古泉「もしも『私』が神様の敵でも、好きと言ってくれますか?」


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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:20:01.04 ID:oqdd0kdr0

夕暮れの部室だった。
手持ちぶさただった俺は手の中でトランプを弄(モテアソ)び、十分にシャッフルを終えて、さて古泉に本日の缶コーヒー奢り争奪杯でも持ち掛けるかねと考えた丁度そんな時じゃなかったかと記憶しているのだけれども、
記憶力にはほとほと自信が無いので、手にしていたのはトランプじゃなくて花札だったかも分からない。
そんな物覚えの悪い俺でも未だにはっきりと覚えているのは、落日に染められて燃える様に真赤な髪をした古泉の横顔だ。
憂い顔っつーのか、日頃笑顔を張り付けっ放しの少年エスパーでも、つい気が緩む瞬間ってのを持っているんだな、と。そんな当たり前の事がヤケに印象的だった。
まあ、深く考えるまでもなく機関の工作員だって人の子なんだ。そりゃ夕陽を見て物思いに耽る事もたまには有るだろうさ。
俺は微笑の貴公子の、ともすれば男顔の女性に見えなくもない(……いや、やっぱ流石にそれは無理が有るか)横顔に向けて手の中の花札だかトランプだかを振ってみた。が、古泉は気付かない。
疲れでも溜まっているのかも知れんが、しかし最近は神人が大暴れなんてニュース(皮肉と言い換えても良いぞ)もトンと聞いちゃいないしな。
ならば結論、平和ボケだ。この俺の華麗な推理に平伏せ、超能力者。真実はいつも一つとは限らないし、じっちゃんの名前だって情報操作で捏造は容易い!
閑話休題。


2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:23:11.73 ID:oqdd0kdr0

古泉が状態異常「心ここに有らず」なんて珍しい。これが朝比奈さんだったら日常茶飯事なんだがね。
中々無いレアイベントに遭遇した俺が興味本位からじっと見つめているその先で、あらぬ方向を見ながらぼんやりと、少年は囁いた。
「我が袖は、潮干に見えぬ、沖の石の(ワガソデハ シオヒニミエヌ オキノイシノ)」
「人こそ知らね、乾く間もなし(ヒトコソシラネ カハクマモナシ)」
古泉が呟いた言葉を団長机に座っていたハルヒが間髪を入れずに継ぐ。なんだなんだ? 突然、二人して。呪いの儀式でも始まったか?
「百人一首ですよ、キョン君。それにしても上の句に対してパッと下の句が出て来るなんて、涼宮さんは凄いですねえ」
解説&お茶のおかわりをありがとうございます、朝比奈さん。凄いと言うか……スペックの無駄遣いにしか見えないんですけどね、俺には。
「作者は二条院讃岐(ニジョウインノサヌキ)。呪詛ではない」
長門……うん。「呪われちまう!」とか本気で言ってたら俺はどんだけ痛い人間なんだい、ヘイ、ユウ?
そんな眼でずっと見られていたんだとしたら、ダディは悲しくて涙が出ちまうぜ?
「……ジョーク」
宇宙人の冗談は難しい。主に本気かどうかの見極めが、だ。何せ長門の表情には変化が乏しく……間違い探しじゃねぇんだからさ。ミリ単位は厳しいって。
コレが種族の壁ではない事を心の底から祈るばかりの俺だった。異文化間のコミュニケーションって難しいんだと改めて知る次第。合掌。
「和歌がお好きで?」
そう団長に聞くのは当然ながら俺ではない。狩衣だか烏帽子だか、はたまた古代ローマ辺りの服装をさせてさえ様になりそうな対面に座るイケメンティウスだ。
俺がメロスなら断固として走らないとか徒歩最高とか……いや、容姿に嫉妬した訳じゃないからな?
俺の名誉の為にもそこんとこはキッチリ理解しておいてくれ。古泉なら放っておいても自力で脱出する事、風の如し。
バイバイ、セリヌンティウス。
「別に好きな訳じゃないわ。百人一首全部の暗誦とか出来ないし。今のだってたまたま覚えてただけよ、たまたま」
容姿だけなら美少女と言って差し支え無いハルヒに「たまたま」とか連呼されるのは色々と困り物だと考えるのだが、どうだろうか。
この場で同意を求めた所で女性陣から冷たい視線を浴びせられるだけなのは分かっているから、絶対に口には出さないけどな。
俺の想像力が豊か過ぎる? まあ、根本からクリエイティブな男だし、否定はしない。知ってるか? 人間がCPUに唯一勝るのは発想力だけなんだってよ。クリエイティブ、結構じゃねえか。

3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:27:18.68 ID:oqdd0kdr0

「和歌は偶然で覚えられるモノでは有りませんよ。何しろ常用している現代語ではなく古語ですからね。最低限、興味くらいは抱いて頂いてなければ」

毎回の古文の試験に頭を悩ませる僕の立つ瀬が有りません、と古泉は笑った。
対照的な面構えをしているのがハルヒである。不機嫌を表すアヒル口の出来損ないを貼り付けて、眉はへの字。
なんという微妙な表情か。ハルヒは珍しく「こんな時、どんな顔をすれば良いのか分からない」顔をしていた。
笑えば良いと思うぞ……じゃなくって。
ハルヒに助け舟的な声を掛けようかと思ったが、しかしながら、俺にはなぜ少女が困惑顔(多分)をしているのかが分からない為、結局開閉を繰り返す口からは二酸化炭素くらいしか出て来なかった。
和歌の内容が話題に関連しているのだとしたら独力での状況判断はお手上げだしな。
心の中で万歳万歳と両手を上げ下げしていると、朝比奈さんが湯呑みを片手に俺の隣まで来て、そして耳元でそっと囁いた。

「恋の歌なんです、さっきの」

解説は助かる。しかし耳元はマズいですよ、メイドさん。俺の理性を司るであろう数値が、毒に侵されたみたいに眼に見えて減っていくのが分かっちまう。
花の様な少女の纏う、蜜の様な匂いが俺の鼻孔をくすぐる。それだけでいつもの部室を天国と勘違いしそうになる俺は……分かっちゃいたが、どんだけ浅ましい生き物なんだろうな。

「はあ。恋の……ですか」

「はい。それをピンポイントで覚えていたんですよ、涼宮さん」

朝比奈さんはふわりと笑った。この人、もしかしなくても体重とか無いんじゃなかろうか。背中に羽が生えていたとしても不思議がるどころか、造物主には惜しみないGJを拍手と共に贈らせて頂きたい次第だ。

「可愛らしい所、また一つ発見ですね、キョン君」

……また?

「え? ああ、朝比奈さんは今更追発見する必要なんてどこにも無い程可愛らしいですよ?」

天使の生まれ変わった少女は顔を赤く染めて(差し込む西日のせいだけではあるまい)、声を潜(ヒソ)めつつ叫ぶというなんとも難易度の高いチャレンジをやってのけた。

「可愛らしいのは涼宮さんですよっ」

「は?」

うーん……「可愛らしい ハルヒ」で脳内検索を掛けても該当ページはおろかイメージ画像すら出て来ないのは気のせいですか、朝比奈さん?
目の前のメイドさんや椅子に座って静かに本を読む文学少女の画像なら、部室PCのフォルダに俺コレクションが幾らでも眠っているのだが。
閑話休題。

4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:29:26.68 ID:oqdd0kdr0

「さっきの『オキノイシノ』ってヤツがですか?」

「はい」

「恋の和歌だって、よくご存じでしたね?」

未来人と和歌。ベクトルにしてみたら恐らく正反対で、対消滅しそうな組み合わせだ。鰻と梅干し、みたいな。
アレは組み合わせじゃなくって食い合わせか。だが、流行の最先端はコーラにメントスだぜ?
あ、良い子は実践すんなよ。比喩じゃなく腹が爆発するからな?
……また話が逸れちまった。

「キョン君、女の子はお気に入りの和歌を一つ二つ持っているモノなんですよ」

そう言って少女は星さえ蕩けそうなウインクをする。実感→可愛いは正義だ←結論

「ちなみに朝比奈さんも持っていらっしゃるんですか? その……お気に入りの和歌ってヤツを」

俺が聞くと、朝比奈さんはエプロンドレスから筆ペンを取り出して、机上に放り出されていたプリントの切れ端にサラサラと文字を書いた。

「四次元ポケット!?」

「普通のエプロンです」

「猫型じゃないですしね」

……猫耳未来人か。有りだな。うん。有りだ。

「ロボットでもありません」

5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/03/17(木) 14:33:00.72 ID:oqdd0kdr0

朝比奈さんは意外にも達筆であった。もっと丸っこい可愛らしい字を書くかと思いきや。

「筆ペンだと字が変わるんです、私」

ああ、そういや元は書道部でしたね。勿体ない。
美少女×未来人×書道×巨乳×コスプレ。売り方さえ間違えなければ大成間違いなしの器量だというのに。未来人は兎も角として。
プロデューサがハルヒなのが致命的過ぎるよなあ……。
俺が一人勝手に途方に暮れていると、朝比奈さんから書き終わったばかりの紙を差し出された。

「今は唯、想い絶えなむ、とばかりを、人づてならで、言ふ由もがな(イマハタダ オモイタエナム トバカリヲ ヒトヅテナラデ イフヨシモガナ)」

「ユヨシオナガ? 絶滅したニワトリか何かですか?」

「違います」

朝比奈さんが眉を潜めて俺を見るが……ごめんなさい。音読までして頂いて非常に心苦しいのですけれど……内容サッパリです。
古文などという社会に出て使わない教科トップ2に俺が注力している話は当然ながら有りはしない。
ちなみに一位はぶっちぎりで英語だ。俺は生涯に渡って日本から出る気は欠片も無いんでな。
日本最高。古文は意味不明だが、分からないから「こそものぐるおしけれ」とやらさ。

「さっきの和歌の解説をお願いします」

「[禁則事項です]」

……。
……。
いやいやいやいやいやいや。
和歌の解説に未来から制限が掛かってるってオカしいですから。新解釈? 古代史を揺るがす新見解でもその和歌に有ったんですか?

「有りません。ですが、私の口からは……内緒です」

興味が有ったら自分で調べなさいって、素晴らしい教育方針だ。ああ、朝比奈さんの子供が本気で羨ましい。
俺もこんな人が母親であったのだとしたら今時分であってもサンタクロースなんて赤服爺さんを信じていたやも知れず。まあ、それはそれで何か日常生活に不都合が有りそうな気もするが。

6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/03/17(木) 14:34:36.18 ID:oqdd0kdr0

さて、俺が美少女メイドさんと徒然に会話している間にハルヒはどうやら帰ったようだった。珍しい。声くらい掛けていけよと愚痴ったら対面から俺に声が掛かった。

「やってしまいました」

古泉が微笑と苦笑の間という、どっち付かずな顔をしている。やっぱりコレもざらには見ない表情で。

「間接的にですが……結果から言うと涼宮さんをからかってしまいました」

「何やってんだ、お前。職務に真っ向から反発する反抗期が高校二年生にもなって今更やってきたのか?」

どうやら今日はレアイベントの一斉大売出しらしい。

7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/03/17(木) 14:36:57.14 ID:oqdd0kdr0

帰り道、古泉の語った所は……といっても掻い摘むまでも無い短い内容だった。
ハルヒは百人一首の中でも恋を主題にした歌に集中して記憶力を発揮している。そう踏んだ古泉は覚えている限りの恋に因んだ歌の上の句をハルヒに振ったそうだ。
最初の内こそ新しい遊びが始まったと(負けず嫌いな気性も一因だろう)意気揚々下の句を答えていたハルヒだったが、何首目かで自分に投げられている上の句に一定の傾向が有る事に気付いたらしい。
ほんのり赤み掛かった頬で古泉をキッと鋭く一瞥すると、声も無く鞄を引っ掴んで廊下に飛び出して行っちまったって訳だ。

「……いや、お前がそんだけ和歌を記憶している事に先ず驚いたよ、俺は」

「恐縮です」

「あー、つまり恋歌ばっかり記憶している事をお前に悟られたハルヒは、バツが悪くなって逃げ出した……この理解で合ってるか?」

「ええ。逃げる必要は特に無いと思うのですけれど。乙女心とは僕達、男性にとって永遠の謎ですね」

上手い事、綺麗に話を締めようとするな、馬鹿。

「アイツは『恋愛は精神病』論者だからな。格好が付かないんだろうよ」

やれやれと一つ呟いて伸びをする。秋も深まってきた今日この頃は、帰宅時にもなると街灯が点灯し出す程度には薄暗い。

「アルバイトは大丈夫なのか?」

問い掛けに、先を歩いていた古泉は足を止めて振り返った。

「おや、貴方が僕の心配をしてくれるのですか? これは嬉しい誤算ですね」

「ちょっと気になっただけだ。深い意味は無い」

俺は前に出す足を止めず、ソイツを追い抜く。少年は後ろから付いて来た。

「閉鎖空間は出ていないようです。苛立ちではなく羞恥だったのでしょうね。助かりました」

「ちっ……つまらん」

「貴方も酷い人だ」

古泉の押し殺す様な笑い声を聞き流し、俺は今日の晩飯とテレビ番組の予定について考えながら坂道を歩いていた。

8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:40:19.36 ID:oqdd0kdr0

古泉の押し殺す様な笑い声を聞き流し、俺は今日の晩飯とテレビ番組の予定について考えながら坂道を歩いていた。
ぼんやりとしていたのだろう。足元が暗かったのもいけなかった。
何かを踏んづけたと気付いた時には、既に視界が真上を向いていた。癪な話だが、きっと傍目には見事な転倒振りだったのだろうと思う。

「痛ってええっっ!!」

咄嗟に突いた右の手のひらからは、じわりじわりと赤い液体が染み出してきていた。出血にはまるで止まる様子が見受けられない。

「ちょ……大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫じゃないな……見た目よりも大分ザックリといっちまってる。結構痛い」

「丁度側溝の縁(ヘリ)に手を突いたのがマズかったですね」

救急車を呼ぶ程ではないが、電車に乗る事が躊躇われるレベルの怪我に顔を歪ませて辟易している俺へと古泉は言った。

「僕の部屋、この近くなんですよ」

一も二も無いとはまさにこの事だ。

9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:43:11.94 ID:oqdd0kdr0

古泉に案内された、どこにでも有りそうなマンションは、しかしどこにでもある住居に擬態しているだけで、ちょいとそこいらじゃ見掛けない程には人の住家とは言えなかった。
生活臭がまるでしなかったのが原因。
長門の部屋と比べて確かに必要最低限の家具は有る(アイツの部屋には必要であるモノすらない。箪笥とかな)。
……有るのだが、にも関わらず古泉の自室として通されたここは住居としちゃどこか不自然に見えちまうのは、なぜか。
簡単だ。人間がそこで生きている限り不可避で生じる筈の痕跡が全くと言って良い程に見当たらないからに決まっている。
そう、痕跡。具体的には洗濯物やゴミだ。
どこからどう見ても、外観からも内に入ってみても独り身用の2ルームマンションで、それを裏付けるように室内には俺達以外の気配は無い。
もしも俺の予想通りに古泉の一人住まいであるならば、部屋は少しばかり散らかっていても反(カエ)ってその方が自然な気はするんだけどな……。
中に入る前に玄関で待たされた(今日のコレが予定外の来訪である事の裏付けだ)のも二、三分といった所で。そんな短時間でここまで人が住んでいる形跡を消す方法を俺は知らない。つーか、出来る訳ねえ。
グルリと部屋の中をもう一度見てみる。
同居人が居る居ない以前に、この部屋にはそもそも人が住んでいる感じがしない。いや、家具はそれなりに揃っているし「住まい」なのは認める。だけど、どちらかと言えば「住まいのショールーム」の方がこの部屋の印象として腑に落ちる。
もしかしなくともハウスキーパーでも雇っているのかも知れない。ああ、そう考えればギリギリ納得はいくし、逆にそれ以外の納得いく予測が一つとして立たない。
それにしたってエラく実力派なハウスキーパーもいらっしゃるモンだ。自宅でありながらホテルみたいな整然さは……なるほど、コレがプロの犯行ってヤツかね。
整い過ぎていても逆に落ち着かないんじゃないかと他人事ながら訝しんでしまうのは、俺が心の底から小市民だからだろう。ほっとけ。
誤解されても困るので一応弁明させて貰うが、俺だって自室の四隅にマーキングをして縄張りを誇示する趣味なんてのは断じて持っちゃいない。そんなイメージ画像を頭に描いたヤツは今すぐ記憶を消せ。この件に関してのみ俺から長門に頼んでやっても良い。
話が脱線した。
結論。古泉の部屋からは「俺の城」的な主張が砂粒程にも見出だせんかった。
と、初めて潜入した超能力者の部屋に関してつらつらと語ってはみたが、そろそろ飽きた。結論も出たようなので、次の言葉で状況分析の方は締めさせてくれ。

まあ、古泉の不思議な生態とかは割とどうでもいいんだけれども。

10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:45:23.31 ID:oqdd0kdr0

「……一人暮らしだったんだな、お前」

「僕の本業はご存じですよね。つまりはそういう事です」

「本業? 高校生だろ?」

「さて、どうでしょう?」

慣れた手付きで俺の右手に包帯を巻きながら古泉は言った。顔はいつも通りに笑っていたが、声から少しだけ寂しさを感じたのは……俺の気のせいって事にしておく。
一応、今日の所は恩人だからな。多少は気も利かすっつーモンさ。

「救急箱とか部屋に置いてあるのな、一人暮らしなのに」

「以前に言いませんでしたか? 機関では幾らか血腥(ナマグサ)い事もやっていますので。……救急箱のお世話にならずに済めば一番良いのですけれどね」

意味深にニヤリと笑う少年エスパー。あまり深入りしたくない話題だな。藪を突いたつもりも無いのに蛇と強制エンカウントさせられた気分だぜ。

「救急箱なんて所詮気休めですけれど、それでも備え有れば憂い無しというヤツですよ。入り用になる事態について詳しくご説明しましょうか?」

「お断りだ」

「即答ですね。残念だ」

「なら少しばかり残念そうな顔をしてみせろ」

11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:47:30.27 ID:oqdd0kdr0

男子として、青少年として、ハードボイルドな生き方には多少心惹かれないでもない。だが、世の中には知らなければ良かったと後悔する側面が確かに存在する事を、俺はこの一年半で嫌と言う程教え込まれた。
人間は学習する葦である。進歩が無いのは谷口のナンパ術だけで十分だ。

「何を勘違いしているのかは知らんが、俺に厄介事を進んで背負う気は無えよ」

「そうですね……ええ。きっと、その方が良いでしょう」

チラリと俺を一瞥する眼に、僅かばかりの陰りが宿っている。傍目には判で押した様な代わり映えの無い笑顔に見えるだろう。
しかし。
それなりに短くない付き合いから俺は知っていた。基本的に古泉は感情を殺すのが下手な部類だという事実。
ポーカフェイスがもうちょいまともに出来るヤツだったらば、俺はもう少し骨の有る放課後の暇つぶし相手を手に入れていただろう。
……つまりは、そういう事だ。
基本的に古泉一樹という男は偽悪者で、善人で、根が朴訥なんじゃないかと俺は考えている。秘密機関の工作員とかにはこの男、実は性格的に向いていないよな、とも。
……今度、秘蔵のエロ本でも貸してやるか。労(ネギラ)いの意味と今日の恩返しでも込めて。

「そういう痛そうなのじゃなくて、もっと一般的な話なら普通に付き合ってやるよ」

「残念です。こちらの内情を貴方に理解して頂ければ、少しはバイトが減ったかも知れないのですが」

マグカップを差し出しながら嘆息する少年。

「ああ、コーヒーです。熱いので気を付けて」

「出来ればテーブルに置いてくれ。この通り右手が使えないんだ。片手で受け取っても良いが、熱いんだろ? 今の俺は驚いてマグカップを取り落としかねない」

12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:50:13.20 ID:oqdd0kdr0

「これは失礼。話に夢中で貴方の怪我の事を少しばかり失念していました」

トンとマグカップがリビングダイニングの低いテーブルに置かれた。丁度その時だった。古泉の腰辺りから音楽が流れ出して。
どんなセンスの着メロだ、古泉一樹よ。センスが良いのは間違いないが、ちょいとセンスも切れ味も良過ぎるな。

「……イギー=ポップがご立腹だ。犬になりたいって叫んでやがる」

「ご想像の通り、バイトの呼び出しですよ」

戦う高校生はケータイの着信を見て溜息一つ。

「コーヒーをたった今出した所だというのに……いやはや、タイミングが悪い」

「いや、事情が事情だし、俺もさっさと飲み干して帰るよ……づ熱っちい!?」

淹れたばかりのコーヒーは恒星の如き熱量をもって、俺の立案した一気飲み計画を実行に移すより早く、そして鮮やかに打ち砕いた。
俺が魅惑の琥珀色と格闘している様を見て古泉はクスリと笑う。

「慌てなくても構いませんよ。貴方は怪我人ですし。僕は出て行かなければいけませんが、どうかゆっくりしていって下さい」

友人をここに招待したのは初めてなんですよと、古泉は柄にもなく「はにかんだ」。

「いや、俺だって何時になるか分からんお前の帰りを待つ気は無いしな……」

「だったら鍵を渡しておきますので、帰りに郵便受けに入れておいて下さい。あ、そうそう。飲み終わったらマグカップは流し台にお願いします」

13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:51:20.02 ID:oqdd0kdr0

「……え? あ? おい、古泉っ!」

混乱から回復した俺が反論するよりも早く、スマイルゼロ円は颯爽とこの部屋のモノと思しき鍵をテーブルに置いて、そしてやはり颯爽と部屋の外に消えていった。
基本的にSOS団の人間はどいつもこいつも自分勝手だ。

「……なんだなんだ、この展開は?」

古泉の自室に俺一人。全くこのシチュエーションに必然性が見えて来なければ、俺は一体なぜここに居てコーヒーを啜っているのだろうと自問。
コーヒーは少なくとも缶のヤツよりよっぽど美味かった。ああ、美味かったさ。だけれども、それが何だってんだ?

14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:53:26.34 ID:oqdd0kdr0

「好奇心、猫を殺す」という諺(コトワザ)が有る。
俺だってそのくらいは知っているさ。意味する所もな。
だが待って欲しい。ここでその言葉を持ち出すのは卑怯だ。
だってさ。一体、どこの誰にこんな展開の想像が付くんだよ?
今回ばかりは本気で運命を司る三女神とやらに問いたい。問い詰めたい。小一時間問い質したい。
なぜ、俺にばかりこんな洒落にも何にもならない試練を突き付けるのかと。
俺は一度だって「天よ。艱難辛苦を我に与えよ」なんて言った覚えは無い。非常に迷惑だ。
覆水盆に返らず。始まってしまったモノは仕方無いという見方も出来なくは無い。
で……試練だとして? 試されてるのはなんだ? 肝っ玉? いやいや、勘弁してくれよ。
そりゃあさ。俺だって悪いですよ。悪かったよ。謝って済むのなら幾らでも土下座してやるともさ。
家主の不在を良い事に、いつもなんとなーくミステリアスなエスパー少年の私生活を垣間見るチャンスだと。
うさん臭さの正体を探り団長及び団員に報告しなければという奇妙な使命感に駆り立てられ。
いつも涼しい顔をしている美形でもやっぱり下半身は同じで、狼だったんだなと安心する為に。
俺はプチ家探しを敢行した。
……敢行してしまった。
多分あの判断がセーブポイントであり、かつターニングポイントだったのだろう。
やり直しを要求する際はどこに連絡すれば良いのかが分からない。朝比奈さんはきっと首を縦に振っちゃくれないだろうし。
人間って操作周り(インタフェイス)が不便だと思わないか?
クイックセーブとクイックロードくらい付けておけってんだ。時代は二十一世紀だぞ?
人生はノベルゲームにも劣るよな。
閑話休題。


15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:55:44.39 ID:oqdd0kdr0

俺はこの「人間臭さに欠ける部屋」に少しでも「古泉らしさ」を見出だそうとしたんだと、後になってそう思い返す。
部屋は持ち主を映す鏡ってのはよく聞く話だろ。整理整頓され過ぎて逆に不愉快な、こんな部屋が「古泉の本質」だと考えて少しばかり残念な気持ちを一方的に抱いちまった、「それ」を俺は否定したかったんじゃないだろうか。
ま、何を言っても、格好を付けても、だ。
その日、その夜、その時間。リビングに隣接した古泉の私室には「アイツだって男の端くれ。絶対にエロ本やらエロDVDを隠してやがる」と念仏の様に繰り返しながら机の引き出しを引っ掻き回す男子高校生の姿が有った。
っていうか俺だった。
うん、マジで何やってんだって感じだよな。だが、古泉は俺を自室に入れる前「少々片付けさせて下さい」と即侵入を断った。
そこから導き出せる事なんて、俺には一つ考えられない。
たとえ秘密機関の工作員とはいえ、青少年なのだから。

「……だからさ……押し入れの中に女の子を隠す時間が必要だった、なんて誰が思い付くってんだ?」

少なくとも俺には無理だったね。ああ、そんなご大層なモン隠してたとは夢にも思わない自信が有る。
さて、明確な、読み間違えようの無い文章にして端的に状況を説明してみよう。

16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:56:39.15 ID:oqdd0kdr0

家主不在

部屋

押し入れ

開ける


には
美少女

寝ていた


18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 14:59:05.79 ID:oqdd0kdr0

ドラえもんじゃねえんだからさ。押し入れを寝るスペースとして認知するには一世紀程気が早いと思うぜ?
……いかん。動揺しまくってるせいか、俺のツッコミもどうにも的外れだ。
でもさ、仕方無いじゃないか。
どうか……どうか想像して頂きたい。
友人の部屋でエログッズを探していて美少女(ポリエステル製の人形ではない。念の為)を発見。
ビックリし過ぎて心臓が止まるかと思った経験は過去に何度か有るが、宇宙的でも未来的でも超能力的でもないイベントとしちゃ過去最大級の驚愕だった。
押し入れ開けたら眠る美少女って……なあ?
どんだけ特殊な趣味してんだよ、古泉。マジで尊敬する。幾らでも敬ってやる。
……だから、勘弁して下さい。
運命の神とやら。コレがお前のシナリオ通りかどうかは知ったこっちゃねえが……俺は断固として一つ前のセーブポイントからのやり直しを要求する!
……俺の要求なんて通った例(タメシ)が無いんだけどさ。

19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:00:18.47 ID:oqdd0kdr0

その少女は、
不『可解』で、
不『明瞭』で、
不『思議』で、
不『穏当』で、
不『気味』で、
そして、
不『愉快』な程に、
不『自然』だった。

20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:02:44.87 ID:oqdd0kdr0

いや、男の一人暮らしの部屋のその寝室の押し入れに入っていたのだから、それを自然に感じる方が非常識だとか日頃どんな爛れた生活を送ってるんだお前とか、そんな一般論は分かる。ああ、分かるともさ。
だが、そういうのとはなんかこう……違った。一般論とか常識とかそんなトコとは違うステージでの違和感。確証は無いが確信を持って断言しよう。

また非常識な案件が始まっていやがるぜ、これは。

押し入れに「入っていた」と言うよりも「収められていた」の方が彼女の状態を言い表す上で適当じゃないのか。
少女を見ながらこんな場違いな疑問を抱く程度には俺の頭は極めて冷静に現実逃避をしているんで、その辺りを加味した上で聞いてくれるとありがたい。
だってな。正直な話、俺には正確に現状を伝えられる自信が無いんだよ。何事にも動じない悟りなんざ開いた過去も記憶も持ち合わせの無い単なるしがない一般人なんだ。
宇宙的な未来的な超能力的な耐性が俺に全く無いかと言えば(余り歓迎したくない事実では有るが)、ああ、それは嘘になるだろう。
だが、リアルでギャルゲな展開に対しての耐性は、それこそ皆無と言って良い。年齢イコール彼女いない歴を舐めるなよ?
そして、押し入れの中で眠るのは薄暗い中でも光輝いて見えるかのような美人。どっかの海賊漫画で喩えるなら「あの覇気で三千万はオカしいと思ったぜ」って感じ。
平凡を絵に描いてもみあげを足した様などっかの主人公なんざ気圧される事受け合いだ。
つかな。「友人の部屋の押し入れ開けたら美女が居ました」なんて混乱しない方が少数派だろ。まだドラえもんの方が腑に落ちる。
てかマジで助けてくれ、ドラえもん。運命の悪戯が俺をいじめるんだ。
……我ながら大分脳味噌とテンションがオカしい。
閑話休題。

21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:07:51.11 ID:oqdd0kdr0

瞼(マブタ)を閉じたままの少女を何の気なしに(って事にしといてくれ!)注視しながら……俺はその寝姿になんか引っ掛かった。
ああ、引っ掛かったって言っても物理的なモンにじゃない。あくまで「気になった」の前段階な。
ピアノ線を踏んづけてトラップカード発動! とか、そんな展開ではないので安心してくれ。
眠り姫の寝室(何度も言うように押し入れの事だ)へと無断で入り込む不逞の輩(この場合は俺)に対して罠が仕掛けられていても、それは別段オカしくはないかも知れん……が。
幸いにもと言うべきか。どこからもボウガンの矢が飛んで来る事は無かった。
古泉の私室だから、そんな事は絶対無いだろって? いやいや、逆にアイツなら自室だからこそ罠を仕掛けてそうな気がしないか?
ほら、想像してみたら案外しっくり来るだろ、黒古泉(あくまで、超能力者ですから)。
そんな事を思い浮かべちまったからだろうか。古泉がどこかで俺を見て嘲笑っているような気がした。背中に嫌な汗が一筋、つうと流れる。
反射的に神経を張り巡らせて……そこかッ!?
背後……具体的には衣装箪笥上方から送り込まれている視線(?)を感じ取った。感じ取れちまった! 俺イコール一般人って前提丸崩れで涼宮ハルヒシリーズ完!

「見える! ララァ、私にも見えるぞっ!!」

振り向いた際に放った台詞は……まあ、お約束ってヤツだ(中の人などいない!)。
いよいよ俺も人外めいてきた気がするのだが、SOS団で日々経験値を稼いでいれば視線感知くらいのスキルは手に入れていても、しかし許される気はするよな。
などと阿呆な事を大真面目に考えてしまうのは今流行のゲーム脳とやらに俺も染まっているからだろうか。実際にはベッド脇の姿見越しに何か光ったのが見えただけなんだけどさ。
振り返って歩み寄り、箪笥の上に手を伸ばす。
そこに仕掛けられていたのは単なる小型の防犯カメラだった。光を反射していたのはごく普通のレンズ。不思議でも何でも有りゃしない。妖精でも出て来るんじゃないかと予測していたが、当てが外れたな。いや、勿論冗談だ。
しかし、それにしたって防犯カメラねえ。アイツも妙な趣味が……防犯カメラ?
いや、自分で言っておいてなんだが、サッパリ意味が分からない。

22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:11:56.02 ID:oqdd0kdr0

「……は?」

なんで防犯カメラ?
自宅にこんなものを設置する古泉のハイエンドなセンスに一瞬フリーズしちまった。

「……有り得なくない?」

女子高生っぽく言ってみるも、事態は好転せず。する訳ねえよ。一人ボケツッコミ。

「いや、だってカメラの先に有るの……ベッドだぜ?」

就寝中の古泉は常に機関によって監視(保護観察?)されているとか……それにしたって意味が分からん。
森さん他機関構成員女子による盗撮目的にしてはカメラの設置箇所が大胆過ぎるしさ。もしも自分の寝顔を狙うこのカメラに気付いてないなら古泉は相当抜けている。
……朝比奈さんならいざ知らず。あの抜け目の無いニヤケ面が気付いていない筈が無い、か。
つまり、このカメラは古泉が承知の上でセットされていると考えるのが一番妥当だ。しかし、なぜ?

「……いや、順序立てて考えれば割と簡単な話じゃないか?」

俺は押し入れで眠り続けている少女を見つめた。

「きっとこいつは古泉のベッドじゃなくて、この娘のベッドなんだ」

23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:14:05.03 ID:oqdd0kdr0

古泉は俺を部屋に入れる前に散らかっていると言って、多少の時間の猶予を俺に求めた。ま、知人を部屋に入れる前に片付けておきたいというその気持ちは分かる。
だが、今回はちょいと事情が違う。時間を求めた相手は怪我人である、この俺なのだ。それも結構悠長な事は言っていられないレベルの傷。……少しばかり腑に落ちない。
もしかしたらそれはつまり、何としても俺の眼から隠さなきゃいけないモノがこの部屋には有ったって、そう考えるのは決して強引な推理じゃない筈だ。
そして、その「隠さなきゃいけないモノ」……言い換えれば「俺に見せられないモノ」とは何か?
決まっている。
俺の目の前で眠る少女だろう。
それ以外に考えられないし、家探ししても彼女以上にインパクトの有るモノが出て来るとは思えない。
以上、古泉が隠したモノとはこの少女でほぼ確定であり、ならば……この娘は押し入れに仕舞われる前はどこに居たのか。
ずっと押し入れに居たのか。……いや、違う。

「この、カメラに四六時中見張られたベッドに眠っていた、だな」

そう。その確信を持って室内を見てみれば確かに、整った部屋の中で唯一ベッドメイクだけが乱雑だった。
……ここまで思い当たってようやく気付く。
見なかった振りをして穏便に済ました所で、俺がこの少女を発見してしまった事実は一部始終防犯カメラが捉えている訳で。

「……やっちまった」

それはつまり厄介事が、また始まったという意味に他ならない。
それはまた、厄介事から逃れられなくなったという意味でも有る。
だけど、いつもと違うのは。
今回のイベントのトリガーを引いたのがハルヒでも長門でも朝比奈さんでもなく。
誰でもない、俺自身だったって事なんだ。

24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:15:10.34 ID:oqdd0kdr0

恨むぜ、この胸の内に詰まった溢れんばかりの好奇心を。
これじゃハルヒの事を言えやしないじゃないか。
事件はまだ始まったばかりで、いや、始まってすらないのかも知れないが。それでも今回のこの「眠り姫」に纏わる一連のイベントを消化した時に俺に残される教訓は、もう嫌って程に理解したからイベント途中で強制終了とか出来ないか?
……出来ないよな。
俺は溜息と共に今回の教訓を吐き出した。

「好奇心、猫を殺す」

良い子の皆は人の部屋を家探しとか絶対しちゃダメだぞ? お兄さんとの約束だ。

25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:18:35.60 ID:oqdd0kdr0

決して変な意味ではなく、まして邪な行為でもない事をまずは釈明しておく。
少女の肩に手を置いているのは、彼女を揺さぶり起こす為だ。それ以上ではなく、また、それ以下でもない。それ以外には有り得ないのだという事を十分に理解してくれ。
……後ろ指を差すな。
確かに? 俺は色々と若さを持て余し気味の健全な男子高校生だ。それは認める。認めようじゃないか。
しかしだ。それにしたって、眠っている少女相手に狼藉を働く程に狼でもなければ、そんな大それた真似が出来る様な心臓は持ち合わせが無い。
心は鶏肉で出来ている。臆病者オア変態の二択なら迷わず前者。ヘタレ呼ばわりで結構だ。

「っつーか、ぶっちゃけタイプじゃないしな」

誰に対して釈明しているのか。自分自身にか。違いない。
自分の女性の好みなんてモノを自覚した事は一度も無いが、そもそも選り好み出来る身分だとも思っちゃいないが、しかし朝比奈さんに常日頃心惹かれる事から鑑みるに多分、俺は保護欲をそそられる感じの女性が好きなのではないだろうかと考える次第だ。
その点を十分に自分に言い含めた上で問題の少女を見る。
美人だ。うむ。それは間違いない。可愛いというよりも綺麗といった容貌。閉じた眼を縁取る睫毛は長く。
緩くウェーブの掛かった髪は肩辺りまでのセミロング。ピンクのパジャマが少し似合わない。

「下級生から『お姉さま』とか呼ばれてても違和感無いだろうな、この人」

出て来る物語を間違えている気さえするのは気のせいだろうか。そしてこの場合は俺が間違えているのか、彼女が間違えてしまったのか。
マリア様が何を見ているのかなど知る由(ヨシ)も無いし、「世界を革命する力を!」とか物騒な事を言い出されるのも願い下げなんだがな……。
「眠り姫」がどんな容貌をしているのかは……少なくともキャラデザは「いとうのいぢ」ではない。「さいとうちほ」だ。

「しっかし、この無駄な美形……もしかしなくても古泉の兄妹か?」

口に出してみて気付く。そういや、どことなく少年エスパー戦隊に似てなくもない。

26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:20:29.39 ID:oqdd0kdr0

具体的にここがそっくりだ、とかはパッと出て来ないが……そうだな、強いて言うなら雰囲気が瓜二つだった。
親族まで例外無く美形かい。くそっ。う、羨ましくなんて無いからな。
さっきまで気付かなかったのがオカしなくらい、一度そう認識してしまえば彼女は、古泉の縁者である事を疑う余地など無いと言い切れる程に、
まるで鏡で映したかの様に、
左右だけでなく性別を反転させる鏡で映したかの様に、

彼女は完全無欠に女版古泉だった。

27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:30:47.09 ID:oqdd0kdr0

肩を揺さぶり。声を掛け。頬を弱く叩き。水で濡らしたハンカチを顔に乗せて……考え付く限りの、セクハラで訴えられない起こし方を試した。
ファーストコンタクトで彼女を不自然に、そして不気味に感じた理由をそこでようやく理解する。
少女は俺が耳元で多少大きな声をあげても、まるで目覚める素振りが無かった。いや、もっと酷い。
気付くのが遅過ぎる。

「……『Sleeping beauty』?」

口から自然と出て来た言葉に愕然とする。せざるを得ない。おいおい、悪い冗談だろ?
少女の顔に当てられた口許を覆い隠すハンカチは、しかしピクリとも動かない。
胸元を見ればそこは一ミリたりとて上下しておらず。
少女は息をしていなかった。

「……マジかよ……冗談キツいぜ、古泉?」

咄嗟に脳裏に浮かんだ四文字熟語が「死体遺棄」だった俺が冷静で居られる訳が無い。
俺は少女から手を離して、隣のリビングダイニングへと舞い戻り、そしてマグカップの中に残っていたコーヒーを一息に啜った。
そして一言。

「もう限界です」

まるで夫のDVに耐え続けた傷だらけの妻の様に、全身の力を抜いてテーブルに突っ伏す男子高校生の姿が、そこにはあった。
ってゆーか、俺だった。
古泉の登場を心の底から待ちわびたのは、後にも先にもこの夜だけじゃないだろうか。
一生の屈辱。

28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:33:00.95 ID:oqdd0kdr0

ああ、言うまでもないかも知れないが、一応。
一時間後、疲れた顔で帰宅した古泉は、彼が扉を開けた瞬間に何者かによって放たれた渾身の右ストレートによって玄関に沈んだ。
全く、悼ましい事故としか言い様が無い。合掌。



「で?」

「『で?』とは?」

小さなテーブルの差し向かいで酒を飲みながらの、終止和やかなムード……になんてなる訳が無い。
酒を飲んだのだって「これが飲まずにやってられるか」という心境からであるなんて事は、わざわざ言わなくともご理解頂ける所だろう。

「あの押し入れの中の少女について被告の弁明くらいは聞いてやろうと思ってな」

「ふむ、なるほど。玄関を開けて自室に帰ってきただけなのにどうして殴られなければならなかったのかが甚(ハナハ)だ疑問だったのですが」

「カッとなってやった。反省はしてるが後悔はしていない。その反省にしたってお前に手を挙げた事にじゃなく、浅慮にも怪我をした右手を使った事に対して、だ」

「酷い話です」

ああ、その両手をヒョイと上げる欧米風のボディランゲージが、俺の腹立たしさに油どころかニトロを注いでやがる。
古泉との間にテーブルが無かったら即座にもう一発お見舞いしてた所だ。

「余り過度な運動をなさると傷口が開きますよ?」

「その場合、開かせたのは確実にお前だけどな」

29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:37:14.26 ID:oqdd0kdr0

「ふむ。冗談はさておき……」

超能力少年の眼が細くなる。どうやらターン交替らしい。エンド宣言をした覚えは無いんだがな。

「彼女を見つけてしまったんですね? 見つからないように隠しておいたというのに、悪いお人だ」

ニヤリとチェシャ猫染みた笑みを浮かべ、それが笑みから続く一連の動作であるかの澱(ヨド)みない仕草で一息にグラスを呷るソイツ。
透き通ったワインレッドの安カクテルが、重力の存在を見る者に再確認させようとして、古泉の喉へと一目散に消えていった。

「なぜ、彼女が貴方に見つかってしまったのでしょうね? 一応、目には付かない様にしておいた筈なのですが」

「……それに関しては謝る。家探しなんてのは人として最低の行為だった。スマン」

俺の謝罪に、古泉は右手人差し指を左右に振った。メトロノームに憧れているって訳じゃないだろう、きっと。

「貴方の部屋で勉強会を開いた、あの夏休み最終日を覚えていらっしゃいますか?」

「忘れられる訳ないだろ」

終わらない八月。ループを脱出したシークエンスの俺には非日常って感じは殆ど無いが。それでもあの時確かに事件は起こっていて、そしてそれはその後に起こった他の事件の引き金にもなった。
忘れられるモノでは、あの夏休みは決してない。

「……その八月三十一日がどうかしたか?」

「貴方が言う所の『人として最低の行為』を、僕らが崇めている『神』がやっていらっしゃ」

古泉の言葉は言い終える事なく途中で中断された。俺が左手でテーブルをぶっ叩いたからだ。

「……何も……出て来なかった……よな?」

目を逸らした超能力少年の、その視線の先には明後日しかない。

30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:39:13.31 ID:oqdd0kdr0

「ですから、僕は家探しをされた事に関して怒っていたりはしていないのですよ。非難する権利もあの時見て見ぬ振りをした僕には無さそうですし……ね。いえ、むしろ逆。貴方が僕にそこまで関心を抱いてくれていた事に嬉しくなってしまう程でして」

先の質問を軽く無視してそう言いながらも、決して俺と視線を合わせなかったのは古泉なりの優しさだろうか。

「……俺の部屋で何か発掘したのか、ハルヒは?」

「……皆までは言いません。ただし、『神が望んだ事は現実になる』。この言葉で貴方ならきっと、あの日起こった事を悟ってくれるものと信じています」

超能力少年の神妙な顔付きは何よりも雄弁な回答だった。……これが飲まずにやってられるかってんだ!

31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:40:47.67 ID:oqdd0kdr0

「二つ」

「何が?」

「貴方の質問に対して僕が有している回答の数です」

そのピースサインは俺に数でも数えさせようとしてんのか? 忘れたい過去は心が潰れる程に有るが、流石に酔い潰れる程飲んじゃいないぜ?

「ハルヒが俺の部屋で不純な保健体育の資料を探してた事についちゃ、そりゃ二択だろうよ」

見つけたか、見つからなかったか。Dead or Alive。

「いい加減、その話題から離れて下さい。隣の部屋で寝ている少女の話をするのではなかったのですか?」

個人的に、性癖を知られているかどうかってのは、これからのSOS団内における身の振り方に大きく関わってくる話なんだが。
……まあ、いい。

「二つの回答ってのは?」

「嘘と真実です」

あっさりと言うニヤケ面。いや、「これから嘘を吐きます」って宣言してから嘘を吐いちゃダメだろ。

「いいえ。よく考えてみて下さい」

「何をだ?」

「僕がご提示しているのは、あの娘に貴方が深入りしなくても済む『逃げ道』という名の嘘ですよ」

32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:42:11.28 ID:oqdd0kdr0

空になっていた俺のグラスと自分のグラスにクリアブルーのカクテルを注ぎながら、古泉は深い溜息を吐いた。

「貴方があそこまで狼狽されていたという事は……気付かれたのでしょう?」

超能力者はグラスを揺らしながら俺に問い掛ける。
気付いた?
何に?
……決まっている。
少女の特異性。
息をしていないのに。心臓は止まっている(であろう)にも関わらず。
それでも健康的な肌色をしている少女の特異性に、だ。
そう。まるで健常者にしか見えなかったから。だから彼女が息をしていない事に中々気付けなかった。
心臓が止まっているのに、その体を走る血管は確かに赤く。
普通に考えればそんな事は有り得ない。普通では有り得ないのならば……それはつまり普通ではないだけの話。
俺の周りには「そんなの」が溢れている。

「彼女は……少し訳有りなんですよ。貴方のお嫌いな、非常識な方面で、ね」

「少し?」

「発言を修正します。大分、訳有りでした」

「別に非常識が嫌いな訳じゃない。取り立てて好きでもないだけだ」

俺の言葉に古泉は一瞬だけ眉を顰(ヒソ)めた。

「そうですか。ん……まあ、それで良いでしょう。追及はしません」

33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:44:40.46 ID:oqdd0kdr0

「何が言いたい?」

「いえ、別に。……と、話が逸れてしまいましたね」

「……あの少女は訳有りだから、その『訳』に踏み込むかどうかは俺が選択しろ、って、そういう二択か」

真実と嘘の二択。

「ええ。今の発言は正に『我が意を得たり』というヤツですよ。彼女の事情を知ってしまえば、恐らく貴方は後戻り出来なくなるでしょうから」

後戻り……ね。

「ハルヒに出会った時からずっと、Uターン禁止の標識の立ってない道を見た記憶が無いぜ?」

いや、実際には一度だけ。俺には「帰り道」が用意されていた。が、それはここでは言うまい。
あの十二月は、俺と長門の胸の内にさえ有れば、それで良い。

「そういう意味ではなく……ですね。ああ、実際に見て貰いましょうか」

古泉はそう言うと、背面に有るシステムキッチンの戸棚から何かを取り出して、それをテーブルの上にコトリと置いた。
黒光りするゴッツいの。勿論、違法。

「……おま……これっ?」

「弾は入っていません。空砲ですのでご安心を」

35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:47:26.26 ID:oqdd0kdr0

「安心しろ? 無理難題もいい加減にしやがれ!」

「素晴らしいリアクションですね」

その言葉が褒め言葉になるのはリアクションの大きさを仕事にしているごく僅かな人達だけだ。俺はちっとも嬉しくない。

「……お察し頂けていると思いますが、モデルガンでは有りませんよ。本物です」

「頭が痛くなってきた。……なあ、古泉。ここは法治国家ジャパンなんだが」

「ええ、存じています」

どうやら古泉であっても、日本で銃を所持していると捕まる事くらいは知っているらしい。

「僕は何度か言いましたよね。こちら側は血腥い、と」

「隣で寝てる、あの娘もそっち側なのか?」

「ええ。ある意味では僕よりも余程」

古泉は自嘲気味に鼻を鳴らした。

「首元までドップリ、といった所でしょうか」

「つまり……あの娘に関する話を聞いちまったらもう日常に帰れない……とか」

「貴方次第ですね」

36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:49:40.13 ID:oqdd0kdr0

真面目腐った調子で言うソイツ。……否定しないのかよ。

「……僕の話を聞いて貴方がどう動くか予想が付かない以上、今回ばかりは貴方の選択に対して責任が取れそうに無いんですよ、僕には」

「はあ?」

なんだ、それ? なんだよ……その言い草?
俺の行動の責任を、いつ誰がお前に求めたってんだよ?

「なんか勘違いしてないか? ……俺だって、子供じゃないんだ。自分の選択に対してくらいは責任を持てる」

「え? 無理ですよ?」

腹の底から不思議そうな声で俺の言葉を否定した男は続ける。



「 だ っ て 、 貴 方 は 子 供 じ ゃ な い で す か 」



グラスを勢い良くテーブルに叩き付けたのはやはり俺の左手だった。

「喧嘩……売ってんのか、古泉?」

「いいえ、事実です。どれだけの人間が貴方の一挙手一投足に振り回されているか。その無責任な行動の尻拭いに躍起になっているか。貴方はまるでご存じ無い。知ろうとも……なさらない」

「また、ハルヒと機関の話か。いい加減にしろ。俺にはそっちの都合なんざ知った事じゃないんだよ」

「世界の行く末が関わっていても、ですか?」

37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:54:02.79 ID:oqdd0kdr0

「ああ。悪いが俺は一般人だ。世界も神様も俺には関係無いね」

古泉はニッコリと……壮絶な笑みを俺に向けて浮かべた。その表情を敢えて例えるならば百本の薔薇――ただし、一本残らず造花だ。
全身が総毛立つ。虎児を捕りに行く訳でもないのに、飢えた虎の巣穴に入り込んじまった気がした。

「今生きている筈の『世界』を自身には関係無いと言い切る、そこが子供なんですよ、貴方は」

古泉は、同世代の俺を「子供」と断じた。有無を言わせない眼力を持って反論を封じながら、更にソイツは言葉を重ねる。

「この世界を維持する為に、何が犠牲となっているのかも知らず。貴方に世界の裏側が知らされていないのは神の庇護と誇りある大人の意地で
ある事にも気付かず」

肺から絞り出す様な声でそう言いながら、それでも古泉の顔は笑っていた。

「今だってこうして、深入りを避ける選択肢を与えられている。何も知らずにいられる逃げ道を用意され、そしてそれを当然と貴方は考えていらっしゃるでしょう?」

反論出来なかった。そもそも、喉奥から声が出てきてくれなかった。ひゅうひゅうと、呼吸器が不格好な音を鳴らすだけ。

「自分は一般人だから。ああ、なんて素敵な逃げ口上でしょうか。ねえ、いつか言いましたよね。僕も……いえ、機関に所属する全ての超能力者も、四年前までは一般人だったのですよ。
涼宮さんによって一方的に力を与えられ、強制的に役を割り当てられただけ。にも関わらず貴方は僕達を特別の様に言う。貴方は僕達が非常識な案件を処理する事を当然の様に言う。
……でも、今でこそ特異な僕達ですが四年前までは確かにそちら側に居たんです」

一連の俺への非難は、もしかしたら古泉が初めて俺に見せた「甘え」なのかも知れなかった。
全てが終わった後で思い返してようやくそれに気付くのは、きっと俺が鈍感な事よりも古泉が役者だった事が理由だろう。
千両役者。まさにそんな言葉がぴたりと当て嵌まる。
この時の俺は古泉の言葉に込められた本当の意味に、まるで気付けなかった。

38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:56:07.04 ID:oqdd0kdr0

言いたい放題をやったせいか、古泉の声がいつもの穏やかさを取り戻して。
俺を詰(ナジ)る視線の冷凍光線もいつの間にか解除されてやがる。

「お願いが有ります」

古泉は頭を下げた。

「お願い?」

「はい。古泉一樹、一個人としてのお願いです」

「……機関も超能力も関係無く、ってか」

「いいえ。関係だらけです。その辺りは僕という人間とは切っても切り離せませんから。しかし、機関の思惑などでは有りません。……念の為」

立ち上がった少年は玄関へと消えていき、そして突如、部屋の灯りが消えた。

「うおっ!?」

「落ち着いて下さい。意図的にブレーカを落としただけですよ」

暗がりからソイツの落ち着き払った声が聞こえてくる。

「行動の意図が読めん!」

「盗聴対策です」

39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 15:58:45.67 ID:oqdd0kdr0

「盗聴?」

「はい。コンセントから電源を得ているタイプは……いや、詳しい話はまた後日。今は時間が惜しいので」

闇の中を古泉の足音が響き渡る。ソイツは夜目が利くのか、実に的確に俺の腕を握った。

「……こんなんがお前の『お願い』には必要なのかよ」

「先に言った通り、念の為ですよ。機関に横槍を入れられてもつまらないでしょう」

「お願いってのは?」

宵闇の中、古泉がチラリと笑った気がした。真っ暗な中で表情なんか確認出来る筈も無いのにな。なぜだろう、そんな風に感じた。

「とある少女の友達になっては貰えませんか?」

「……友……だちに? 俺が?」

「はい」

腕を引かれるままに隣室……眠り姫の寝室へと歩かされる。暗くて足元がおぼつかない俺には抵抗が出来なかった。出来た所で抵抗する事も無かっただろうが。
しかし、決して状況に流された訳でもなかった。古泉の声が、俺にはどこか必死に聞こえていたからってのが大方の理由。

「ああ、そこのベッドにでも腰掛けて下さい」

「蝋燭なり懐中電灯なりは無いのか? こう暗いと『そこのベッド』すら手探りで、お世辞にも気分が良いとは言えないぜ?」

「ええと、アロマキャンドルで良いですか?」

40 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:01:10.53 ID:oqdd0kdr0

古泉は俺を置いて一度部屋を出ると、すぐに小さな明りを携えて戻ってきた。ラベンダーの香りを辺りに振り撒きながら。

「……甘ったるいな、その匂い」

「生憎香りのバリエーションなどは用意してなくて……鼻に付くのならば消しましょうか?」

「構わん。堪えるさ。真っ暗よりはマシだ。右手の負担が今は何より困る」

「そうですか。いや、申し訳ない。実は貰い物なんです。僕自身もこの香りは……少々趣味とは添いかねます」

「へえ、クラスメイトの女子からか? お前、モテそうだしな」

……悔しくなんかないね。嘘じゃない。谷口なら血の涙を流すだろうが、俺はそこまで人間を捨てちゃいないんでな。

「いいえ。モテるだなんてとんでもない」

顔に張り付いたイケメンマスクを外してから、その台詞は言うべきだと思う。なんかムカつくから今度、額に「にく」って書いてやろうか。
翌日からお前のあだ名は「ミートくん」で決まりだ。そんな様子を想像して一人ほくそ笑む。ただ、問題はコイツのうたた寝現場に遭遇した事が無いって根本的な……計画が頓挫しちまった。くそ。

「これをくれたのだって朝比奈さんですよ。昔……文化祭の時ですか。映画撮影に付随する諸々の事後処理で睡眠不足だった僕を見兼ねられたのでしょう、寝付きが良くなる香りだ、と」

朝比奈さんの優しさは大天使並だよな。納得。そして畜生、この野郎。なに俺の知らない所で天使と交流してんだよ。羨ましい。憎らしい。
俺にも天使降臨の儀式のやり方を教えやがれってんだ。

42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:06:20.94 ID:oqdd0kdr0

「結局、当時は使いませんでしたけれど。こうして日の目を見たのですから、結果オーライですよね」

ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に炙り出された俺達の影が、どことなく水面を漂うクラゲみたいに見える。
その影に程無く、三人目が混ざり込んだ。見上げれば古泉の腕の中に件の少女が抱き抱えられている。お姫様抱っこっていうのか、アレ?

「すいません。彼女をベッドに寝かせたいので、少し端に寄って頂けますか? ずっと押し入れでは、身体が辛いでしょうから」

「いや、俺がベッドから降りるよ。……そういや、本題、っつかその娘に関してまだ殆ど何も聞いてないぜ?」

「関心くらいは抱いて貰えましたか、この娘に?」

「抱かいでか。お前が俺をどんだけの冷血人間だと思ってやがるのか、たった今透けて見えた」

無関心を貫く方がむしろその不思議積載超過少女に限って言えば難しいだろうと考える訳だが。

「思っていませんよ。だから、貴方に首を突っ込んで頂けて……いえ、回りくどい言い方は止します。僕は今回、貴方の優しさに付け込むつもりです」

「優しさ?」

「ええ、優しさです」

少年が少女をベッドに横たえる。二人分の横顔が小さな明りに重なって浮かび上がった。
祭りの屋台で買った三百円程の玩具の指輪を、同じく変身ヒロイン仕様の玩具の宝石箱に収めて、飽かず眺める子供のような……そんな眼をしている古泉なんて見るのは初めてで。

44 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:11:29.26 ID:oqdd0kdr0

今日のコイツはどこかのネジでも外れてんじゃないのかと勘繰りたくなる程に、表情の種類が多彩だ。いつもの笑顔一辺倒が嘘のようじゃないか。
……その視線の先で眠る少女と古泉の間には何かあったのだろうか。きっと、そうだろう。何かあったんだ。もしくはこれから有るのかも分からない。

「困っている人を見たら、貴方は放ってはおけないでしょう? それが普通の人に相談出来ない非常識な案件ならば、尚の事」

「人をどっかの霊界探偵みたいに言わないでくれるか」

俺は普通の高校生だっての。昔、誰あろうお前が保証してくれたじゃねぇかよ、古泉。

「しかしながら、あの霊界探偵と貴方は似たような立ち位置に居られる気はしますが」

「一度として手から変な弾を撃ち出した記憶は無いぞ。どっかの超能力者と違ってな」

「これは手厳しい」

いつもの丁丁発止。いつまでも続けられそうなやり取りだったが、それは唐突に打ち切られた。打ち切ったのはベッド脇の丸椅子に座る憂い顔の少年。

「彼女はTFEIの抜け殻……とでも言うべき存在でして」

「TFEI?」

どっかで聞いた事が有る単語だな。どこだったか。

「それって……そうだ。確か、長門みたいな宇宙人の総称じゃなかったか?」

「はい。この少女が僕に似ているのは、僕の遺伝子を利用して創られた『器』だからです」

45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:13:24.36 ID:oqdd0kdr0

絶句する。宇宙人とお前との間に何が有ったんだと問い質す、その言葉が出てきてくれない。そんな俺を見て古泉はクスリと笑った。

「……という嘘を吐こうと思っていました」

……え?

「嘘、だと?」

「ええ。先程、真実と嘘の二つ、僕には回答の持ち合わせが有ると言いましたよね。貴方が深入りを拒めば、今の嘘八百を真実として貴方にお伝えするつもりでした」

「ちょっと待て。俺はお前の出した選択に対して、どちらを聞くかの回答は未だしちゃいないぞ」

「時間切れですよ」

回答に制限時間が有ったなんざ初耳だ。ルールは最初に明確にしといてくれないと困る……だが。

「だが、この場合は真実を俺に伝えたくてしょうがない、って……お前の態度はそう受け取るべきなんだろ?」

「かも知れません。……疑問に、思いませんでしたか?」

「何をだ? 一々ぼかす様に喋るのは……こりゃもう、お前の癖なんだろうが、直す努力くらいしてみても罰は当たらんと思うがね」

目的語を明確にするように心掛けないと、そのままじゃハルヒみたいになっちまうぞ。

46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:14:56.28 ID:oqdd0kdr0

「精々気を付けましょう。と、話を戻しますが」

「おう」

「この娘を貴方の眼に触れさせたくないと僕が本気で考えたのならば、そもそもこの部屋に貴方を招き入れたでしょうか?」

「……実は引き合わせたかった、とでも言い出すのかよ?」

だが、それならなんで押し入れに少女を隠したのかが理解出来なくならないか?
出会いにはサプライズが必要だとか……お前の事だ。そんな下らない理由じゃないだろ?

「計りたかったんです」

「だから、目的語を言えっつの」

「貴方が僕に対して個人的な興味を抱いてくれているか否か。また、どれほど僕に関心を抱いてくれているか。それが知りたかった」

古泉は言って口許を緩めた。
……どうやら俺はしくじったらしい。
好感度テストの結果は聞かなくても分かる。家探しまでしてるんだ。俺に言い訳は出来そうに無い。
ああ、これは古泉に自分から深入りしようとした事に……なるんだろうな。そんなつもりは無かったのだが。

「じゃ、閉鎖空間が発生したって、あのメールは」

「ああ、あの時ケータイが鳴ったのはただのアラームですよ」

47 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:16:51.44 ID:oqdd0kdr0

……謀られたっ!?

「事前に仕込んでたのかよ? しかし、いつだ?」

「高校生が帰り道でケータイを弄っていても、誰も……隣に居た貴方さえも不審には感じなかったでしょう?」

そりゃそうだ。俺だってテトリスしながら登坂とかしょっちゅうだしな。
そんな小細工、気付く訳が無い。

「じゃ、空き缶に俺が転んだのも? お前が足を払ったのか?」

「いえ、それは純然たる貴方の迂闊です」

そして今回の切っ掛けですね、と古泉。犬も歩けば棒に当たってピタゴラスイッチ。そんな気分だ。
……どんな気分だよ。

「分かった事が有ります。貴方は少なからず僕に関心を抱いてくれていた。嬉しかったです。ありがとう。だから僕は貴方にずっと伝えたかった話を今夜、伝えようと思った」

古泉のこの前置きは……まるで男女の始まりに聞こえた。背筋にぞわりと冷たいものが走る。

「おい、なんか雰囲気っつか、お前の眼がマジだから先に言っておくが……告白とかマジで止めろよ。お前が言うと洒落にならないからな?」

「告白? ああ、なるほど。貴方がどんな愉快な想像をしたのかはなんとなく理解しました。が、残念。僕はノンケですよ」

ややアブノーマルですが、とかそんな追加情報は要らない。知りたくも無い。

48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:18:30.46 ID:oqdd0kdr0

「それに、言いましたよね。彼女の友達になって欲しい、と。本当に、望みはただそれだけなんですよ」

「宇宙人、未来人、超能力者と交流が無くも無い俺だけどな、古泉。しかし流石に息をしてない相手との交流は無理だろ」

その手の専門家は恐山に居る筈だから、そっちを当たってくれ。いや、マジで。
俺は高校生で、イタコに転職した覚えはこれっぽっちも無い。記憶操作でもされていれば話は別だが。

「彼女は死んでいませんよ。なのでイタコの管轄外です」

「……みたいだな。分かってたよ。死体を見た事は幸い無いが、その肌艶は死体じゃ有り得ん」

化粧では取り戻せない瑞々しさはなるほど、少女が息をしていないだけで健康体だという事の裏付けだってのは理解したよ。だが、肝心な所がサッパリだ。

「で?」

「何が『で?』なんですか? あ、このやり取り前にもやりましたね?」

そんなデジャヴは要らん。

「この娘は何者だ?」

「何者だと思いますか?」

得意顔で笑う少年。いや、山彦やってんじゃねぇんだからさ。質問を全く同じ質問で返すな。

49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:25:27.44 ID:oqdd0kdr0

「……お前の血縁者」

「おや、そんなに僕とこの娘は似てますか?」

「似てるな、かなり」

かなり、なんてモンじゃない。こうして並べて見るとよく分かる。二人は双子と見間違うくらいに似ていやがった。
ちなみに、性別の違う双子ってのは二卵性なので余り似ないとか……そんな豆知識はこの際どうでもいいな。

「DNA的には間違ってません。血縁と判断されるでしょう。ですが、僕とこの娘の関係を表す言葉は『有りません』ので、完全に首を縦に振る事も出来ませんね」

「血縁であって血縁じゃない? よく分からん話だな。そういや、名前は?」

「古泉イツキです」

いや、お前の名前じゃねえよ。どんだけ自己主張激しいんだ、馬鹿野郎。

「ええ、彼女の名前でしょう? 一の姫と書いて一姫。発音は僕と同じです」

古泉一姫。それが眠り姫の名前。

「やっぱり血縁なんじゃねぇか」

「……そうですね。母親と、そう言えるかも知れません」

古泉が呟いた一言に俺の眼が点になった。

50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:27:50.57 ID:oqdd0kdr0

「いやいやいやいやいやいや、それはない。この娘はどこをどう見ても、俺達と同年代だろうが」

「生物学的な出産では有りません。遺伝子提供元というのが一番近い表現ですかね」

古泉の手が少女の額に触れる。次の瞬間、俺は自分の眼を疑った。
少年の手が手首まで、まるで風呂に手を突っ込んで湯加減を見るくらいの気軽さで少女の額を穿っていたからだ。

「え?」

「……ご心配には及びません」

古泉が手をズルリと引き抜く。少女の頭に空いている筈の男性の手首までがすっぽりと収まるだろう穴はしかし、まるで見当たらない。

「……手品?」

「いえ、種も仕掛けも有りません。つまり超能力ですよ。ただし『僕の』では無く『彼女の』ですが」

「説明しろ」

「ふむ……そうですね」

エスパーは夕陽を眺めているみたいに、眩しそうに眼を細めて笑った。

「噛み砕いて言ってしまえば、僕はこの少女の超能力で創り出された人間なんですよ」

一瞬、蝋燭に照らされていた古泉の影が見えなくなった気がした。勿論、気のせいだったが、しかしその奇妙な映像はなぜか俺の頭から離れてくれなかった。
影を無くしたどっかのヒーローと、古泉が重なったのだろうか。
空飛ぶ少年。ピーターパン。

『けれど、影を縫い合わせてくれるウェンディはどこにも居やしなかった』

先に言っておく。この物語はそんなオチだ。
ハッピーエンドでは決して有りはしない。
そんなモンはいつもいつも都合良く転がってる訳じゃないのだから。

51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:30:29.59 ID:oqdd0kdr0

古泉一樹。
高校生。
超能力者。
有する超能力は閉鎖空間と呼ばれる特殊な空間か、それに類似する空間でのみ利用出来る。
赤い球形のエネルギー体になる、同じく赤いエネルギー弾を撃つなど、およそ漫画やアニメみたいな事を平気でやってのける。
が、閉鎖空間以外では普通の人間と同じ。
俺と同じ。
それはつまりナイフで切られれば血が噴き出し、銃で撃たれれば死ぬって事だ。

「プロフェッショナルに狙われた場合、それも複数相手の場合は殺害対象が死を免れる事などほぼ出来ません。だからこそ、彼らはプロフェッショナルと呼ばれるのです」

そいつはまた……嫌なプロだな。

「ええ、全く。プロと言いながら仕事に流儀を持たない。言い換えれば何をしてでも殺す流儀、ですから。困りものですよ」

攻めるは易く、守るは難し。なんとなく俺みたいな素人にもコイツの言いたい事が分かるような気はする。

「人は中々しぶとい生き物ですが、しかし殺そうと思えば案外あっさりとしたものです。何の道具も要りません。むしろ後処理の方が面倒なくらいでして」

誰かに怪我をさせるのは案外簡単で、しかし怪我から身を守り続けるのは並大抵の苦労ではない。屈強なボディガードが何人ついていようが……時にあっけなく人は殺される。

「僕はデューク東郷では有りませんからその辺りの対処が割と大変なんです。……おかしいとは、思った事は?」

「思ったさ」

血腥い抗争に明け暮れている筈の、しかも敵対勢力から一番狙われてしかるべきである人間……それは、神のすぐ近くに送り込まれた工作員だ。
普通に考えれば、ソイツは無傷で居られる訳が無い。この世界で一番命を狙われている人間と、言っても言い過ぎてはいないんじゃないだろうかと考える。
勿論、古泉にはSPなんか付いてないし、コイツが身体に包帯を巻いている場面にも遭遇した事は無い。故に俺は一つの結論に達していた。

「だが、お前もよく言うだろ。ハルヒの望まない事象は起こり得ないって」

そう。アイツは友達が傷付く事なんか望まない。望む訳が無い。

52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:32:29.86 ID:oqdd0kdr0

「だから、お前がたまに口にする『組織間抗争』とやらで怪我を負わないのも、それの延長線だと思っていた。思い込んでいたんだが……どうやら違うらしいな」

救急箱はよく使い込まれていて、超能力少年の生きている世界を俺に垣間見せてくれるには十分だった。

「なるほど、確かに納得出来なくは有りませんね。女神の庇護、ですか。ふむ。ですがその仮説、内容としては僕の無事が先に有りきの、辻褄合わせな考え方と言わざるを得ない。非常に貴方に都合が良い話だ」

「俺に?」

「ええ、貴方に」

「お前に、の間違いだろ?」

「いいえ、僕ではないでしょう」

「訳が分からないな」

「おや、説明が必要ですか?」

つまりですね、と言いながら古泉は指を一本顔の前に持って来る。古畑任三郎か、お前は。説明する時には一々ポーズを取る必要でも有るのか?

「つまり僕が女神の庇護下に有ると思い込んでいれば、その間は貴方は現状に甘んじている事が出来る訳です。もしも、僕にその様な庇護が無いと知ったら。僕が恒常的に命の危機に晒されていると知ったら」

「……俺は動く、か」

「お優しい貴方の事だ。僕の現状をなんとか……」

一呼吸。

「なんとか、しようとしてくれるでしょう?」

保育所で親の迎えをじっと待つ、聞き分けの良過ぎる子供みたいな……そんな眼で見られても、困るだけなんだが。
なあ、買い被らないでくれよ。俺は決して面倒見の良い男じゃないし、暗殺者と対峙出来る様な胆力も持ち合わせが無い。

「しかし、世界で唯一貴方にしか行えない事が有る」

沈黙。蝋燭がジジッと死にかけの蝉みたいに鳴いた。

「もしも、僕が死ぬ未来を朝比奈さんから伝えられたら」

どうしますか、と。古泉は小さく笑った。俺は少しも笑わなかった。笑える話題じゃちっとも無かったからな。

「ハルヒを焚き付けて何としてでもその未来を変えてやる」

53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:34:26.87 ID:oqdd0kdr0

考える間も無く即答。……だが、勘違いすんなよ。それは決してお前の為じゃない。

「知人が死ぬのなんざ出来れば御免被りたいし、救えるかも知れないと知っていながら何もしない人間はいない。ただ、そんだけだ」

「十分です。そんな貴方だから任せられる」

分かった事が有る。
古泉は俺の預り知らぬ所で何度も危険な目に遭っているのであろう事。
そしてもう一つ。
俺が気付かなかっただけで、俺に気付かせなかっただけで。
古泉は傷だらけになりながら戦ってきたという事。

「可愛らしい人でしょう?」

眠り姫のセミロングの髪を撫で付けながら呟くソイツ。

「僕の自慢の母親です」

同年代の少女を対象に取って母親と言い切る、前衛的表現が過ぎる残念なギャグにしかその台詞は聞こえなかったが、古泉はいつの時よりも真面目な顔をしていた。

「一姫は四年前、超能力に目覚めました。彼女が目覚めたのは、涼宮ハルヒという名の少女が作り出す空間で、彼女のストレスの具象化した存在と戦う戦士を創り出す能力……」

……おい、それって。

「先程言いましたね。つまり、僕を創造する力です」

54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:36:27.75 ID:oqdd0kdr0

……マジ、なんだな?

「えらく、マジです。この少女が僕の母親だという、その言葉の意味はお分かり頂けましたね?」

その台詞が真実だとしたら、な。だが、ちょっと待て。

「四年前まではお前も普通の人間じゃなかったのかよ?」

聞いていた話と矛盾する。だが、古泉の返答は至極あっさりとしたものだった。

「ああ、アレは嘘です」

「嘘っぱち!?」

「いえ、一姫の立場から見れば真実なので、強(アナガ)ち嘘とも言えません……か?」

はあ、と首を捻る古泉。溜息を吐きたいのは俺の方だっつの。

「……なあ、そんな話を俺にした意図はなんだ? この娘……一姫さん、だったか。彼女と俺を引き合わせたのはなぜだ?」

問いながら、しかし何となくではあるが予測は付いた。
口には出さない……けれど。

「涼宮さんの力が減衰している、という話はいつだったかしましたね」

「ああ」

「恐らく、今年度いっぱいです。それで彼女の力は消えるでしょう」

55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:39:00.75 ID:oqdd0kdr0

「朝比奈さんですよ。彼女が一年上の学年に居るのはなぜか? なぜ同学年ではないのか? 整合性の有る解は一つです。未来からの接触を行う必要性が来年度以降には無いから……でしょう」

「加えてハルヒの力が収まりつつあるという事実。いや、現実か」

……どうやら、俺の予測は外れじゃないらしい。
外れて欲しいと思った事ばかり。悪い予感ばかりが当たりやがる。

「導かれる結論は前述の通り。涼宮さんの力の消滅。どのような切っ掛けでか、までは分かりませんけれど」

「……なあ。そうなったらさ……ハルヒ由来のお前ら、超能力者の能力ってどうなるんだ?」




ラベンダーの香りが、やたらと鼻に付いた。




「無くなる、でしょうね」

「なら……超能力で創られた……誰かさんは……どうなっちまうんだ?」

古泉は答えなかった。ただ、笑っていた。貼り付けた笑みを、されど決して崩さなかった。

57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:41:59.49 ID:oqdd0kdr0

古泉の身体が、少女の身体に沈んでいく。そこに底無し沼でも有るかのように。ゆっくりと。ゆっくりと。
間も無く、少年が頭の先まで見えなくなる。余りに非現実的な光景過ぎて、手品と言われたら逆に信じてしまいそうだ。
そんな事を考えながら見つめていた先の、少女の胸が穏やかに上下しだした。どうやら呼吸が再開されたらしい。
形の良い唇が、小さく、開く。

「ねえ」

出て来たのは、見目から予想していたよりも存外優しい声だった。

「目覚めにラベンダーは無いと思いませんか? ラベンダーは安眠を促す香りなのだから、効能が場面とまるで逆ですよね」

そう苦情を訴えて彼女は眼を見開く。古泉と同じ深い鳶色の眼をしていた。って、当然か。こっちが大元らしいしな。

「目覚めはグレープフルーツの香りがベストなのですけれど、ね。まあ、良いでしょう。そんな小さな事よりも」

頤(オトガイ)が小さく動いて、大きな瞳に俺の姿が映る。

「おはよう。初めまして。でも、私、貴方の事をよく知っています。ずっと。一年以上に渡って、一樹を通して貴方を見てきました」

唇の端を緩めて意図的に作られた微笑は、ああ、そりゃもう古泉によく似ていたとも。

「私の事は一樹から先程聞かれましたよね。なので、私からは取り敢えず一つだけ」

少女は上半身を起こしてベッド脇に置いてあったアロマキャンドルの灯を吹き消した。
途端、真っ暗になる室内。ブレーカが落ちてるから電化製品の待機灯すら付いちゃいない。更に悪い事には、この部屋のカーテンは光を遮断するタイプの代物で。
まるで何も見えない。一寸先は闇を地で行く室内。視覚が全くもって頼りにならないせいか、耳がやけに音を拾うようになる。
そのせいだろう、少女の柔らかな声がまるですぐ側で紡がれているように聞こえた。
具体的には正面五十センチくらいまで近付いているような。顔が近い、って感じだな。
……はて、俺の耳ってこんなに良かったか?

59 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:47:16.60 ID:oqdd0kdr0

「私の『恋人』になって下さい」


鋭敏になった聴覚は少女の口から零(コボ)れ出す一字一句を聞き逃さなかった。
そして、その予想外の台詞に俺は素頓狂な声を挙げ……られなかった。それよりも先に口が塞がれた。
……って……え? え?
何? 俺は今、何をされてんだ?
口の上になんかこう、柔らかくて温いモノが乗ってて……?
……冗談、だろ? いや、逆!? 冗談では……しない?
息苦しくなってそれを振り払おうとしたら、何か湿ったモノに唇を撫でられた。ぞわぞわと背筋が震える。
まるで剥き出しの神経を優しく擦(ナゾ)り上げられた様な。悪寒と圧倒的な悦楽が俺を襲う。抵抗する力がごっそりと抜き取られちまう、その感触。
多分、悪魔が魂を吸い取る時はこんな感じなんだろうなあ、などと馬鹿な事を考える俺の、唇の上で唇が這い回る。
ああ、なるほど。
聴覚が鋭敏になったから顔が近付いてきたように錯覚した訳じゃなく、実際に顔が近付いてきてて。
灯を消したのは、まあ、こういうのは明かりを消してって相場は決まってるわな。
よし。ようやく納得した。


……つまり俺は今、キスされてんだな?

60 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:49:41.06 ID:oqdd0kdr0

誰に憚る事も無く。
神に憚る訳も無く。
彼女は語った。忌憚無き言葉で形無き想いを。過多に騙って語り続けた。
古泉一姫。
眠り姫。
その日、その夜は少女の為に有ったと。そう誰かに言われたならば、きっと俺は信じてしまうに違いない。
まさに、独壇場。この言葉すらこの夜の、この少女の為に有ったのではないかと錯覚してしまいかねない程に。
決して小さくないアロマキャンドルが燃え尽きてしまうまで。
彼女が口を噤(ツグ)む事は一度として無かった。
まるで泳ぐ事を止めたら死んでしまう魚みたいに。
俺に憚る筈も無く。
故意に恋して好意を乞う。
そう、それは。
強迫観念に囚われた恋愛パラノイアみたいに見えた。



61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 16:59:42.61 ID:oqdd0kdr0

「ふしだらな女だと思われたでしょうね。初めて会った男性に唇を……あまつさえ自分から押し付けるなんて。
ですが、勘違いしないで頂きたいのは、私は決して誰彼構わずにキスを仕掛けるキス魔ではないという点です。
この言葉でご理解頂けますか? そうです。貴方の至った考えは、それは自惚れでは決して有りません。
貴方が相手だから、貴方と私の二人きりだから、私は迷わずその唇を奪った。この解釈ですこぶる付きに正しいのですよ。
ええ、多少アルコールが入っているのは否定しません。先程まで一樹とお酒を酌み交わしていたでしょう。
彼と身体情報を半ば共有する関係の私には、彼が摂取したアルコールがどうしても引き継がれてしまう。ので、確かに少々気分は昂揚しています。有り体に言えば私は酔っていて。
しかし、意識はしっかりしたものです。自分で言うのもなんですし、こういった類の自己申告には説得力が欠けると言われてしまえばそこまでですけれど。
それでも。貴方を真直ぐに見つめて揺らがないこの瞳が気を狂わせている人間の持ち物に、果たして見えるでしょうか?
私は自分を見失ってはいません。そして貴方にキスをした先刻もしっかりと意識的に行いました。
不慮の事故でも貴方を誰かと勘違いしたのでも有りません。貴方に誰かを重ね合わせた訳でもなければ、誰でも良かった訳でもないのですよ?
言葉の誤解曲解、空気の誤読未読が得意な貴方でも、しかし事実を誤認なされないように、私はここで宣言しましょう。明確に。

あのキスには確固たる意思が有ったのです。

勿論、貴方のではなく私の。これは言うまでも有りませんね。
私とのキスの是非を貴方に問わなかった事に関しては深くお詫び申し上げます。貴方が気を悪くなされたのであれば、私はどのような形のお詫びでも致しましょう。
冗談では有りませんよ。そして、からかっている訳でもまた有りません。真実、どんな形のお詫びであっても。身体でも、心でも。およそ私に用意出来るものならば例外無く何であろうと。
私は貴方に望むものを差し出しましょう。
ふふっ。貴方は人の本気を冗談で躱してしまうのがお上手ですから。そして悲劇を通り越して喜劇的なまでに他人からの好意には鈍感で。
ですが、それには貴方の周りに居る女性にも問題が無くも無いと言えますね。貴方のそういった特性を知りながら、それなのに彼女達は感情を簡潔な言葉にする行為を憚る。
なぜでしょうね? 恥ずかしいから? 私には分かりません。……いえ、嘘を吐きました。その気持ちも分からなくは無いのです。
けれども。
こと、想いを向ける相手が貴方ならば、しかしそれは憚ってはならないと。彼女達は、彼女は頑ななまでに気付かない。
ああ、気付いてはいるのでしょうね。気付いていながらも、今の関係を壊さないように気付いていない振りをされている。
その間に鳶(トビ)がどこからともなく現われる可能性にも眼を瞑ったままで。
愚かな人。
哀れな人。
幸せな人。
彼女の在り方が私は本当に羨ましい。
望みとは口に出さなければ叶わない事を私は知っている。例え言葉にしても、叫んで縋っても、望みは叶わない時ばかりだとも知っている。
それでも、伝えなければ『確率』はそこに生じる事すら無いのです。
だから……だから私は鳶と疎んじられようと貴方にしっかり伝えます。伝えたい。伝えなければならない。

私は貴方をずっと見てきました。
私は貴方が好きです。
どうか私とお付き合いをして下さい。

捕捉説明をします。ああ、要らないなどとは言わないで下さい。貴方がそこまで鈍いとは幾らなんでも私だって思ってはいませんよ。
ですが、私はそれでも怖い。
もしも。
万が一。
貴方が私の言葉を勘違いして受け取っていたらどうしようと。
だからこれから語る事は貴方の為ではないのです。
貴方に私の想いが間違なく伝わっている確信を求めるが故の独り善がりな言及なのだという事を理解して、どうか不快に思わないで下さい。
そう、これは私自身の為なのです。貴方から『勘違い』『聞き違い』『記憶違い』という退路を奪って、初めて私は私の想いが貴方に余す事無く届いたと。
そう信じてようやく安堵する事が出来る。

私にとって一番怖いのは、この想いが貴方に伝わらない事だから。

先ず始めに。貴方と私は初対面ですけれど……しかしこれは一方的になってしまうのですけれども、私にとってはまるで初対面などでは有りません。
一樹について、恐らく説明させて頂く機会も今後追々有るかと思いますし、また一樹本人の口から聞かれるでしょうから、取り敢えずこの場で私の感情を貴方に理解して頂く上で必要と思われる事だけを説明させて頂きます。
私は一樹の視覚や聴覚といった感覚を全て経験しています。ですのでこの一年と半年、一樹の眼を通して私は貴方という人間を見て、聞いて、知っています。
一目惚れではなく私の側にはれっきとした、そして長い時間の裏打ちが有って成る今日のこの場だという事を、先ず手始めに貴方に知って貰いたいのです。
貴方は古泉一樹と触れ合うと同時にこの私、古泉一姫とも無自覚に接触していたのですよ。
それは友人の。
それは同性の。
それは好敵手の。
それは仲間の。
それはそれは命と天秤に掛け得る大切な間柄のように接して下さった。
私が貴方に好意を抱くには、その経験は必要にして十分だった……ええ、想いを抱くまでの期間から逆算すると十六分くらいですか。

ずっと。何度と無く。貴方とこうして話す日を夢見ていました。

62 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:03:43.62 ID:oqdd0kdr0

ふふっ。驚かれるのは非常に良く分かりますよ。幾ら非常識な世界に愛された貴方とは言え、友人だと思っていた少年が実は少女だった……などといった、まるで出来の悪い三流恋愛小説を読んでいる気分でしょうから。
ですが、勘違いをされると困りますので言わせて頂きますと。私は古泉一樹とは別の人間です。
いいえ、別と。言い切ってしまうのはやはり強引であるかも知れません。そうですね……二重人格の発端となった小説はご存じですか?
ええ。『ジキル博士とハイド氏』です。
私と一樹はあの関係が一番近いかも知れません。私がハイドで、一樹がジキルですが。
逆だと、ここまでの私達の説明を聞いて思われたかも知れません。主人格はジキルだろうと。が、その様子では、かの小説を読まれた事は無いようですね。
端的に説明しますとジキルはハイドという自分の裏の存在を知らないのですよ。対してハイドはジキルという人格、そして彼がジキルであった頃の経験を持っている。
そういった意味で、私はやはりハイドなのです。

先程、私は一樹の感覚を経験していると言いました。『共有』という言葉は使わずに。
つまり。一樹の感覚は全て私にも共感されますが、しかし私の感覚は私が共有を許可しない限り一樹にはフィードバックされないのです。
例えば先程のキスの感触。あれは私しか記憶していません。一樹も同性とのキスなどは共有したくないでしょうし、私も私だけの記憶に留めておきたかった。
貴方は一樹ではなく確かに『女』の一姫とキスをされたのです。故に、男相手にキスをした、などと頭を抱えられる必要は無いのですよ。
私は私。彼は彼ですから。
身体にしても、心にしても。私が持つ能力は変身ではなく……どちらかと言えば分裂という表現が近いでしょうか。
無論、私を基として彼は生まれていますので、そこに少なくない存在の重複を貴方が感じられたとしても、決して私は咎める事をしませんよ。
それは簡単に予想出来得る事ですしね。何かしらの端々に、貴方は私と一樹を否応無しに重ねて感じ、そして……もしも私と貴方がデートをする運びになった折りなどは、やはりどこか不快に思われるかも分かりません。
それは仕方の無い事。
けれど、どうか知っておいて欲しい。
私は女だと。
私は一樹と違うのだと。
私は一姫だと。
私は貴方の友人であり続ける事を望む彼とは違うのだと。
私は、何も考えず、世界の行方など思わず、神の安寧すらも顧みず、唯、貴方の恋人の位置を望む浅ましい女なのです。
ええ、再度、繰り返します。
好きです。
私は貴方が好きです。
『like』ではなく『love』の意味で。恋愛感情を貴方に対して抱いています。
なぜ自分が、などとは言い出さないで下さいね。
私はそこに理由を持ち出したくは有りません。と、言いますか。恋愛感情が先に有りきで、どこが好きなどと言い出した所で全て後付けでしかないでしょう?
感情とはそういうもの。そう……例えるなら化粧品の様なものです。肌に合う合わないに理屈は有りません。
……と。男性に対して化粧品で例えたのは失敗でしたね。ピンと来てない顔をされています。
ああ、お気になさらず。貴方の表情ならば、それこそ大欠伸をされていらっしゃる所から、うたた寝をされている場面まで、私は見ていますから。そしてどんな表情の貴方であろうと私は好きですよ。
……ふふっ。その不機嫌な表情だって『照れ隠し』でしょう?
残念ですね。私はずっと第三者視点で貴方を見てきました。岡目八目、ですか。貴方が長門さんの微細な表情変化を汲めるように、私には貴方の表情が読める気がします。
……どうか厄介な女だと思わないで下さいね。
厄介な女である事は間違い無いのですけれど。疑いようも無いのですが。しかし、誰よりも貴方にだけはそう思って貰いたくないから。
分かっています。これがわがままだという事など。
分かっています。これが甘え以外の何物でも無いと。
でも、貴方は優しいから。
きっと、貴方は親身になってくれるから。
この非常識な事情を抱えた女であっても、それでも普通の女の子と同じ様に扱ってくれる事を、いつからか私は期待してしまっていました。
女神であっても。
宇宙人さえ。
未来人ですら。
異世界人までもが。
……超能力少女も、貴方の前では例外無く普通の少女になれるのだろう、と。
私はずっと羨ましかった。
涼宮さんが。朝比奈さんが。長門さんが。
私もあんな風に扱われてみたいと、願っていて。
そして、優しい貴方にお願いが有ります。

昨日まで存在すら知らなかった女に突然告白されても、その告白を普通は受け入れる事なんて出来ない。私にだってそれくらいは分かります。
だから、最初に一樹が言った通りの関係になって頂けないでしょうか。

『先ずはお友達から』

陳腐では有りますし、使い古されてはいますけれど、貴方にとって体裁の良い返答をこちらで用意させて頂きました。どうか汲んで頂けないでしょうか?
勿論、私は友達という立場に甘んじているつもりは有りません。少しづつ貴方に私という人間を知って貰って、それから今日の告白に対する返事を頂ければ幸いです。
なので。手始めに今週か来週の日曜日を私に下さい。
誤解なさらないように。これはデートの誘いです。ええ。

……私とデートをして下さい。お願いします」

63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:09:25.69 ID:oqdd0kdr0

実際は改行が入らない上に、この長文ですら大分は端折っている事をご理解頂けたら幸いだ。
かくして俺のターンがようやく巡ってきた訳だが……いや、もうなんか……色々と疲れちまってな……。
好意を向けられた経験がこれまで全く無かった俺にとって、眼前で行われたこの一大告白劇はちょいと……彼女には途中でこっちのライフが無くなってた事にくらいは気付いて頂きたかった。
前言通りに生憎、俺の心臓は鶏肉で出来ているんだ。口から霊魂とか出てる気さえするね。
だから、俺には一言返すのがやっとだったって話。

「なら今週の日曜で」

ああ、今なら『流され体質』と笑ってくれても甘んじてその汚名を受けるさ。

64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:11:38.10 ID:oqdd0kdr0

その日は明け方からシトシトと雨が降り、そのせいか前日よりも幾分気温が下がって肌寒かった。
朝食を摂りながら眺めていたテレビに丁度映っていた可愛らしい顔のおねーちゃん曰く、寒冷前線様が我が物顔で「ぶらり途中下車〜日本列島縦断の旅〜」をなさっていらっしゃるそうだ。
……そりゃ俺の布団からいつまで経ってもシャミセンが出て来ない訳だよな。「猫は炬燵で丸くなる」を一々地で行かなくてもいいのに。
ネコデンティティか何かだろうか。俺には知る由も無い。
そんな寒々しい朝っぱらからパジャマで箪笥からタートルネックを発掘する作業に従事しなければならなかったのは忌々しかったが、しかし、秋らしい天候だと言えなくもないかなどと考え直す。
「風流」と「コーヒーの味の微細な違い」の分かる男としては、秋の雨は案外嫌いじゃない、とかな。……いや、戯言だ。寒いのも暑いのも正直要らん。中庸で良いんだよ、何事もな。
……つまらない人間で結構だ。
ってな訳で本日は土曜日。土曜と言えば週一カツアゲ違った不思議探索である。俺は前もって、組分けに細工を施して貰うよう長門に頼んでおいた。
……万馬券狙えるな、長門となら。マジ、チートだ。

「マジ、デートじゃないんだからね!」

ワンパターンな捨て台詞を残して去っていくハルヒご一行。
ふむ……捨て台詞、ね。そう思って見てみたら、大股で歩き去るその後ろ姿が途端やられ役っぽく見えてくるから人間の認識とはほとほと不思議だ。
……「不思議」とな?
計らずも早々に目的を達成しちまった。流石は俺。って事で本日の探索は個人的に終了。打ち切り。
ハルヒ先生の次回作にご期待下さい。ってなモンだ。

「デートじゃない……ねえ」

なあ、団長様よ。デートとくらい思わなければ実際こんな酔興やってられるかっての。俺は同意を求めるように隣をチラリと見た。

「ま、お前からしたら俺相手ってのは不服かも知れんが……悪いな」

「……いい」

65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:14:24.04 ID:oqdd0kdr0

この短いやり取りであっても特定が可能な圧倒的な存在感。皆様は果たして俺の隣に居るのが誰かお分かり頂けただろうか。
そう。三点リーダでお馴染みの宇宙人。午前中における俺の相方は長門である。

「二、三お前に聞きたい事が有ってな」

「何?」

「寒いし、話は喫茶店に戻ってからで良いか?」

過去、長門にこういった類の提案をして断られた例が無い。案の定、少女は無言で喫茶店への道をぺたぺたとでも擬音が付きそうな足取りで舞い戻っていった。
……なんか水族館から脱走したペンギンを見てる気分だ。
タキシード銀みてぇ。
下らない事を考えつつ俺もその後ろに続く。
……あー、寒っ。
誰がこの雨天の中を好き好んで歩き回るものかよ、全く。鬼の居ぬ間に、ってな。一刻も早く温かいコーヒーと戯れたいぜ。
――カランコロン。
喫茶店の扉を開けると響く、鈴の音に誘われて店員さんがやって来る。何名様ですか、とのマニュアル通りの応対に長門がピースサインを出していたのが少しだけ面白かった。

「……二人」

コイツも何だかんだで少しづつ人間社会に順応してきてるんだろうなあ。うん、良い事だ。ただ、長門とピースサインが絶望的なまでに似合わないのは……これはもう仕様だろう。
さて、宇宙人が人類との友好をボディランゲージで示すという、考えようによってはこれは未来の教科書に載るレベルの非常に歴史的な事件なのかも知れないが、
自分が今まさに異星系間における友好の掛け橋である事などウェイトレスさんが知る筈もない。
そりゃそうだ。電波さんにしたって発想が突飛に過ぎる。
もし仮に気付いていたとしたら古泉の機関か宇宙人勢力か未来人組織の所属だろうね。
俺達は彼女に言って店の最奥のテーブルに陣取った。何、特に意味は無い。窓側は寒いし、万が一ハルヒに見つかったらつまらんってそんだけだ。

66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:16:29.57 ID:oqdd0kdr0

「店内あったけー。あ、長門は何飲むよ?」

「……貴方は?」

「俺? 俺はホットコーヒー一択だ。地獄のように熱いヤツを熱いと言いながら飲むのが良いんだよ」

「昨年末の鍋と呼ばれる料理形式の時にも今と同様の内容を貴方は口にした」

「寒い日に熱いモンを口に運べるのは少しばかり幸せな事なのさ。だが、俺達は基本ツンデレだからな。その幸せに対して逆に熱いと文句を言う訳だ」

言うが早いか長門はくりくりとした大きな眼をメニューから俺に向けた。ん、なんだ? 今の説明で分からんトコでも有ったか?

「……ツンデレって、何?」

「ツッコむトコ、そこかよ」

何でもない。只の妄言だ。
……結局、長門はホットココアとクッキーをオーダーした。良いチョイスじゃないか。
五分もしない内に注文の品がテーブルに並び、ウェイトレスのねーちゃんが離れるのを待って俺は本題を切り出す事とする。

「古泉のヤツが言うには今年度いっぱいでハルヒの……願望実現能力だったか? アレが消えちまうらしいんだが……長門、お前は何か聞いてないか?」

「何かって……?」

……聞き返されても困る。

67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:18:07.28 ID:oqdd0kdr0

「そうだな。例えば、お前の親玉はどうなんだ? やっぱ古泉達と同じでハルヒの力がそろそろ無くなるって考えてんのか?」

俺の質問に少女はしばしその動きを止めた。恐らく頭上の母船と連絡を取っているのだろう。長い付き合いだ。俺にだってそのくらいは分かる。

「……質問に対して情報統合思念体は結論を保留した」

「保留?」

「未来の予測は決して容易ではない。涼宮ハルヒが関わっているのならば尚更」

どんだけコンピュータが進化しても次の行動が読めない女……ね。褒めてんだか、けなしてんだか。すげえ微妙なラインだ。

「未来予知と未来予測は違う。前者は同期を止めた今の私には不可能。後者は涼宮ハルヒ次第で幾らでも塗り替えられる」

なるほどな。実際に見てくるのとは違って、計算式で未来を割り出すのは思っていた以上に難しいらしい。

「……だが待てよ。その……情報統合思念体とやらには時間の概念が無いんじゃなかったか?」

「そう」

「だから同期なんて事が出来るんだろ?」

「逆。異時間同期という能力を獲得したから、我々は時間という概念を失った」

「どっちでもいい。なら、未来は覗き見し放題って事じゃないか?」

「……未来から観測した場合の過去は基本的に単一だが、過去から観測した場合の未来は複数が同時に存在する。それを観測する者もまた個と複の境を持たないが故にそこに不可逆の矛盾は存在せず、この概念は意味を成す」

……意味が分からん。

68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:21:53.08 ID:oqdd0kdr0

「結論から言えば、未来を見る事は可能。ただし、それは可能性の一つでしかない。また、分岐しうる未来全てを知る事も出来るが、数が膨大な上に、どの未来が選ばれるかは確率に委ねる他無い。
その確率にしても有機体独自の『揺らぎ』によって容易く覆る事が既に立証されている。以上から、思念体の回答は保留」

……しまった。解説役も午前の部に同席させるべきだったか。なんて気付いた所で後の祭。

「あー、非常に情けない話なんだがサッパリ理解出来ん。……もう少し噛み砕いて言ってくれると助かる」

「涼宮ハルヒが来年の三月末までに願望実現能力を保持し続けている可能性は3.1415926535%」

それなんて円周率!?

「ほぼ三パーセント」

ゆとり教育の弊害キタコレ!

「保母さんパーセント」

保育士って言うらしいぞ、最近は。

「……ん? 複数とは言え未来が見えてんなら、自律進化の可能性だったか? それってのは観測の必要無いんじゃないのか?」

「思念体は細かい情報収集が出来ない。星単位が限界。また、派遣されたわたしのような有機インターフェースは物理境界を持っている為、時間に半ば存在を縛られている」

咄々と説明をしてくれる長門には悪いが、やっぱ理解出来そうにない。辛うじて分かったのは長門の親玉が宇宙規模の大雑把野郎って事と、円周率はコイツなりのジョークって事くらいだ。

「それに涼宮ハルヒ及びその周辺を観察対象とした場合、確率論は意味をなさない。彼女の能力とはそれまで観測し得なかった未来を創り出すもの。そしてその観測出来ない未来にこそ、自立進化の可能性が有るのではないかと思念体は考えている」

69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:23:24.51 ID:oqdd0kdr0

「よく分からんが……なあ、長門。お前はどう思うんだ?」

「……何を?」

「ハルヒから力が消えちまう事」

俺の質問に、長門は正面から言い切った。そりゃもうスッパリと。


「 い い こ と 」


……その心は?

「成長の証」

なるほど。負うた子に教えられて浅瀬を渡るって感じだ。

「成長か。そりゃ確かに良い事だ」

「……そう」

あの涼宮ハルヒであっても、それでもやっぱり人は成長するんだ。
さっき長門が慣れないピースサインを見せた時に思ったじゃないか。
「コイツも何だかんだで少しづつ人間社会に順応してきてるんだろうなあ。うん、良い事だ」ってさ。
そうだ。それは長門の言う通り「いいこと」なのだろう。
ただ、少しばかり釈然としないのは、ハルヒに成長という言葉が絶望的なまでに似合わないだけで。
ただ、それだけだ。
……きっと、それだけなんだ。

70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:24:56.18 ID:oqdd0kdr0

「マジ、デートじゃないんだからね!」

「冗談も大概にしておけ、この馬鹿」

ってな感じで第二ラウンド。お相手は最近、(私的に)何かとお騒がせのアイツ。

「長門に聞いたぞ」

「はあ、何をでしょうか?」

「ハルヒの力……マジで春までに消えるかも知れないらしいじゃねえか」

やっぱり喫茶店の(おねーちゃんに不審な目で見られそうだったので河岸は変えた)奥で俺と古泉はコーヒーを啜っていた。本日五杯目のホットコーヒー。流石に胃の調子が心配になってくる。

「満更、嘘でもないらしいな、この間の話」

「ああ……ええ」

「なあ、お前は怖くないのか?」

自分が消える事が怖くないのか? そう尋ねる俺に向けて、古泉はうっすらと笑みを浮かべた。

「強がりでも何でもなく本音で、余り恐怖は感じていません」

「俺なら怖い」

「僕と貴方では大分話が違ってきますから」

71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:29:14.88 ID:oqdd0kdr0

「話が違う……ね」

俺とお前では、そりゃ違うだろうよ。かたやヘタレの臆病者。かたや日夜世界を守るスーパーヒーローだ。肝の鍛え方が違い過ぎる。

「そういう事ではなくて……ですね」

「なら、どういう事だよ」

「もし盲腸炎になったとして、貴方は盲腸を切る事に抵抗が有りますか?」

「……無いな」

少し首を捻って古泉の言わんとするそのニュアンスは理解したが、しかしそれにしたって比喩が乱暴過ぎないか?

「僕は一姫の一部でしか有りません。そしてそれは普通の人は持っていない……第三の腕のようなものです」

「それは分かる。分かるよ。だがな、それにしたって古泉」

お前は自意識を持つ一人の人間だろうと、言おうとしたがそれよりも古泉の割り込みが上手かった。

「僕は僕という個人だ、とおっしゃるのでしょう? 確かに。ですが、それと同時に一姫のアタッチメント(付属品)でしかないのも自覚しているので」

「だが、爪を切るのとは訳が違う」

呟く俺を、少年のウインクが襲った。ええい、気色悪い行為をするな。

「嬉しいですね」

「……お前、蔑まれると喜ぶって大分アウトだろ、その性癖」

「いえ、そうでなく。貴方がここまで僕を気に掛けてくれていたとは正直予想外でした」

そう言ってソイツは……手に負えない事に微笑んだのだった。心底幸せそうに。普段の胡散臭さを、どこかに捨ててきたような朗らかさで。

72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:32:33.19 ID:oqdd0kdr0

そんなこんなで、日曜日がやってきた。時間とは宇宙人や未来人以外にはすべからく平等に過ぎ去るものなのだという揺るぎない現実を、これほど実感した三日間は無かったと言っても決して過言ではないかも知れん。
とは言うものの、だ。この手のイベントというのは悲観的になる必要性は別段どこにもないのであり、むしろ男ならば期待に胸を膨らませるべきなんだろう。ああ、そんな事は分かっているんだ。
だが、約束の日が「やってきた」と言うよりも「やってきてしまった」と言った方がずっと腹への収まり具合が良いのは、これは一体どうした事なのか。
……デート。
……デートである。
……和訳すれば逢引。
こう書くと途端に明治大正の匂いがしてこないか? って、そんなんは正直、真実、心底どうでも良いよな。
ならば一体全体、何がどうでもよくない事なのかと自分に問い掛けてみるのだが。
……デートなんだよなあ。理由も曖昧に、けれど零れ出る溜息。
「事実上」とか「成り行きで」といった、聞いた人間の興を根こそぎ削いでくれる枕詞に付け入る隙を与えさせないという意味で。
完全無欠にカレンダにはデートフラグが燦然と輝いていた。しかも、蛍光ペンで星印を付けたのは誰あろう俺自身である。
「誤解・曲解のバーゲンセール」などと、不本意にもそんなレッテルを貼られているらしい誰かさんであっても、そこに他のイベントを疑う余地すら見出だせないのであるからして。
……姉さん、事件です。
心は鶏肉で出来ている。コンビニのフライドチキンはなぜあんなにも美味いのだろうか。
さて、唐突だが今までだらだらと語ってきた、俺の高校入学からの一年半を是非ここで思い返してみて貰いたい。
……いや、別に反芻しなきゃ続きを語らないとか言い出す気は無いけれども。
そうして頂けたら幸いだ、って程度で。では、クエスチョン。
女子と二人で何の躊躇も哀感も無く「デートした」と俺が胸を張って言い切れるようなイベントがその一年半には果たして有っただろうか?
……ああ、そうだ。ニアミスこそ多々有れど、デートと勘違いしてしまいそうな出来事にこそ遭遇すれど、しかして実は一度も世間一般で言う所のデートなるモノを行った経験が、俺には無い。
……衝撃の事実だ。
いや、当然の現実か?

73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:36:46.16 ID:oqdd0kdr0

いやいや、そんなんはどっちでもいい。頑として立ちはだかる、この場合の問題は一つしかないのだから。
すなわちデートとはどうすれば良いのか。
「How To」。
これに尽きた。
恥ずかしい話だが、当日の服装一つとっても頭を悩ませてしまったのであるからして、俺がどんだけテンパっているかそれだけでも理解して頂けるかも分からない。
余り気合の入った格好では相手方を引かせてしまうだろう事は想像に難くないし。とはいえ、自分を(特に異性には)良く見せたいと考えるのは、これは最早DNAレベルでのヒトの性に違いなく俺とて決して例外ではないのである。

「いつも不思議探索をやる感じの服で良いじゃないか」

などと姿見の向こう側に立っている男に再三言い聞かせるものの、ソイツは一向に聞き入れようとしやがらない。俗物……訂正、見事なまでのパンピーぶり。いっそ清々しい。
となると、だ。俺の心と身体は箪笥の前でああでもないこうでもないと、カジュアルとシックとアーティスティックの狭間を、まるで嵐の海を行くガレー船の如く揺れに揺れる事となる。
コーディネイトの幅が有る程、服は持っていない筈……なのだが、どうしてだろうか? 時計の針ばかりが進み、服装選考はまるで進まないのが実情で。
どっかの宇宙人が俺の周囲の時間と空間に干渉していたと聞かされた所で驚かないくらいにはウラシマ効果を体験していたね。
はたまた。
待ち合わせには優しさアピールの為に三十分前から着いていた方が良いのか。それともがっついていないクールな一面を披露する目的で時間ギリギリに到着した方が良いのか。
なーんて事も箪笥を漁りながら考えてしまう次第で。全く、我ながらデートくらいで何を舞い上がっているのだろうかと、折々にふと我に返って溜息を吐く事しきりだった。
全く。これじゃ、谷口を馬鹿に出来やしないじゃないか。

「……初めてのちゃんとしたデートなんだよな……」

鏡に向かって呟いてみるも、そんな真似は美少女がして初めて絵になるのであって、悩める男子高校生が同じ仕草をやってみた所で一銭の値も付かないのは……これが世に言う男女差別ってヤツか。……きっと違うな。
ようやく決まった勝負服@不戦敗仕様(勝ちに行くのは諦めた。まず勝利条件から分からん)は、カーキのジャケットに黒のカラーデニム。内にグレーのタートルネックって、無難という言葉をそっくりそのまま体現したような組み合わせになっていたのは規定事項ってヤツなのかも知れん。

74 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:38:03.61 ID:oqdd0kdr0

とてもじゃないが二時間強も悩んだ末のコーディネイトとは思えまい。俺だって夢にも思えん。そういう「いつも通りですよー」って服装をわざとチョイスしたから、その意味では成功していると言えなくもないか。
しかし鏡の向こうに居る口許を緩ませた男は、我ながら地味な気がしないでもないんだよな。ぬう……やっぱ普通過ぎるか?
思わず市松柄のパーカに手を伸ばし……いやいやいやいや、冒険するのはもう少し経験値積んで、レベル上がってからだよな。うん。
アリアハンから離れられない勇者一行の気持ちが少しだけ分かった気がした。
まあ? ちゃんとしたデートってのが初めてなのだから、兎に角、恥をかかない、かかせない格好をするのが第一じゃないのかねとは、紳士的な最終選考理由だろうと自分でも思う。
いや、何を言ったところで結局言い訳なんだけどさ。

75 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:39:35.82 ID:oqdd0kdr0

白のブラウスにダークグリーンを基調とした縦縞のボレロ。ちなみに臍丈。下はダメージ加工されたスキニージーンズというなんとも凛々しい出で立ちでありながら、それでも女性らしさをまるで失っていないのは着こなしなのだろうか。
……ほら見ろ。不戦敗だっただろ?

「よお、おはよう」

「おはようございます。今、来たところですから、どうかお気遣いなく」

彼女は俺の姿を認めると、こちらに向かってふんわりと微笑んだ。本当に古泉と同じ因子から産まれているのかを疑問視出来るくらいには、そこに胡散臭さは含まれていない。
つーか、ぶっちゃけかなり可愛い。
凛とした美人でありながら、されど緩ませた口許からは年相応を感じさせて。照射されるほんわかオーラに思わずこちらも頬が緩みそうになる。
のだが。

「そりゃ、今来たところだろうよ。実際、アンタはたった今到着したんだしな」

初デートの待ち合わせに十分とは言え遅れてきておいて、それでも尚、白百合のような微笑を浮かべ続けていられる面の皮は、しかしやはり紛れも無い古泉の因子がなせる業である。
……騙されるものか!

「すいませんでした。わたしから誘っておきながら遅れてしまって」

「いや、一時間とか待たされた訳じゃないから怒ってはいないけどさ。しかし連絡くらいくれても良かったんじゃないか?」

秋も深まる今日この頃。少しばかり熱を失った足先の悲哀を込めて皮肉ってみる。しかし少女は気にする素振りも無く、どころか益々笑顔を輝かせた。

「携帯電話は置いてきましたので、連絡しようにも出来なかったんです」


76 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:44:39.48 ID:oqdd0kdr0

「え?」

「ああ、部屋に置き忘れたのではなく、わざとですよ、勿論」

「あーっと……俺には話が見えないんだが」

「折角のデートなのに機関からの呼び出しが入ってしまっては、興冷めではありませんか」

なるほどね。どうも忘れがちだが、コイツ、古泉一姫は古泉一樹と二人で一人なんだよな、そう言えば。
エスパー少年が呼び出されるって事は、このエスパー少女が仮死状態に陥るって事と同意であるからして、彼女の言い分は分からないではない。

「だが、昭和じゃないんだし、ケータイ文化が花開いた現代社会では時刻表からデートスポット検索までコレ一発だぜ?」

左手に握っていた(右手はまだ傷が塞がってないんだ)ケータイを振る。なぜポケットから出ていたのかは聞くな。時間が気になるお年頃なんだと、そうしておいてくれ。
……連絡を今か今かと待ち構えていたなんて話はこれっぽっちも無いからな?

「それに……良いのかよ?」

呼び出しを無視するようでは正義の味方エスパー戦隊は成立たない気がする。
地球が今、地味にピンチだったら、これは果たして俺のせいになるんだろうか?

「機関の上司には招集に応じられない旨は伝えてありますし、大丈夫です」

「だが、そういう予定が立てられないのが超能力者だろ?」

「おや? 一樹から聞いていらっしゃいませんか?」

少女が問いながら眼を丸くする。

「目的語を言ってくれると助かるんだが?」

「最近……そうですね。ここ三か月の涼宮さんは、殆どゼロと言って良いくらい、閉鎖空間を創られなかったのです」

古泉……ニヤケ面の超能力少年も言っていた。ハルヒの力は無くなりつつ有る、と。

「だから、こんな真似が許された……そういう事で、ご納得頂けますよね?」

一年前には考えられなかった状況だと、そう二の句を継いで少女は笑った。柔らかに。

77 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:48:30.61 ID:oqdd0kdr0

「……積もる話は数有りますけれど、話し込むには公園は少し寒くないですか?」

「少しじゃないな。天気予報を見てきたが、昨日の冷え込みが尾を引いていやがるらしい」

「雨が降るとか、分かります?」

「降水確率はゼロ。風が冷たいだけで、今日は一日晴れだ」

俺の言葉にへにゃっと頬を緩ませる彼女の、その幸せそうな表情を見れただけで遅刻された元は取れたかな、なんて考える始末。
挙げ句にリップサービスまでしちまうんだから、全く男ってヤツは女の笑顔にほとほと弱い。

「絶好の……その、なんだ。デート日和、ってヤツか」

ああ、羞恥から吃(ドモ)っていなければ結構二枚目な台詞なんだけどなあ。
俺には古泉♂の真似事は無理らしい。アイツ、よくこんな歯の浮くような台詞を噛まずに言えるね。感心しちまう。いや、割とマジで。

「天気が良くて良かった。……さて、どうしましょう?」

首を少し右に傾げる、どちらかと言うと幼い仕草が美人系の外見とはミスマッチで。
こうかは ばつぐんだ !
……危ねえ。クラッと来た。

「あー……取り敢えず、喫茶店に入って今日の予定を決めないか?」

「では二駅先に一樹のお気に入りのお店が有るのですけれど」

「オッケ。なら移動すっか」

「はい」

78 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:52:39.82 ID:oqdd0kdr0

方針も決定した所で、並んで歩く。デートってのが具体的に何を指すのかは知らないが、道すがらの会話なんかもきっとその言葉の中には含まれるんじゃないかと思うんだ。
そう思ったから。
特に何の下心も持たず「肩を並べて」歩ける位置についただけで。
……まさか腕を組まれるとは予想だにしなかった。多分、この辺りが鈍感の言われの原因だろうね。
やれやれ。

「……当たってるんだが?」

「当ててますから」

「……わざとか!?」

「嫌ですか?」

「……こ、古泉は嫌じゃないのかよ」

「わたしは好きな人相手ですから、気になりません。それよりも『古泉』と呼ばれる方が気になるくらいです」

そう言ってニッコリ。俺は自由な左手で頬を掻きながら空を見上げた。
嫌になるくらいの快晴だね、全く。

「なら、なんて呼べば良い? この愚鈍なる男に、どうか教えてくれたら助かるんだけどな」

「名前で読んで貰えたら、飛び跳ねて喜びます」

いや、ちょい待ち。少女の名前の読みは少年とまるで同じだから、それは出来れば御免被りたいぞ?
少年エスパーとデートしている錯覚に陥りかねんとか、想像しただけで身の毛がよだつ。

「なら、いちひめ、と。小さい頃はそう呼ばれていましたから」

「それなら……まぁ、なんとか」

駅の改札を通る時は流石に腕を放さなければならない。俺に続いて改札を抜けた少女に、声を掛ける。

「で、どっち方面なんだ、いちひめ?」

なるべく自然を装ってみたつもりなんだが、少しばかり頬に血が集まっていた。
彼女はちょっとだけ驚いたような顔をして、そしてすぐに顔中を絵に描いたような「幸せ」で埋めてみせた。

「こっちです、キョンくん」

恥ずかしい。楽しい。こそばゆい。嬉しい。
そんなこんなが綯(ナ)い交ぜになって一秒置きに表情がクルクルと変わる。
それがデートだってんなら正しく。

俺達は「デート」を始めた。

79 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:54:17.78 ID:oqdd0kdr0

きっと、この日だけだった。
正しく「デート」と言えたのは。



きっとこの日だけ、だった。

80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 17:56:42.68 ID:oqdd0kdr0

古泉が懇意にしているという喫茶店は、よくは知らないが「隠れ家的名店」と言われる類であるらしく、客は俺たち以外に片手で数えられるほどしかいなかった。
ま、つまり多くて五人って意味なんだが。実際はどうだか分からないが、聞こえてくる話し声から推察するに大体そんなもんだろ。
テーブル席が全て他の客からの死角になるように造られているせいで、正確な人数までは俺の位置からは把握出来ない。
それは言い換えると他の客からも俺たちは見えない、って事なんだが。

「なるほどな」

テーブルに肘を突いて呟いた俺に、少女がピクリと反応した。

「何が『なるほど』なんですか?」

「いや、古泉……あの副団長が好みそうな店だと思ってさ」

運ばれて久しい、もう湯気を吐く熱量を失ったコーヒーを一口啜る。うん、美味い。アイツの部屋で飲んだヤツも美味かったが、流石に喫茶店のには敵わんな。
懇意にしてるだけの事はある。それは金を払っても良い香味だった。

「一樹が好きそう? えっと、それはどういう意味でしょう?」

「そのまんまの意味で、かつ深い意味は無いさ」

「そうですか。わたしはまた、てっきり内密な話をするのに適した場所だとでも仰りたいのではないか、と愚考してしまいました」

コーヒーカップから指を外し、自由になった手を顔の前で振ってみせる。

「深読みし過ぎだろ。普通に『良い店だな』ってそんだけの意味だよ」

機関の秘密連絡に使えそうだとか、そんなん言われて漸く思い至ったっつの。

「アイツの印象は、そこまで黒くないさ」

「そうですか。ええ、気に入って頂けたのでしたらば連れて来た甲斐が有りました」

一姫はそう言って、本当に安堵したように微笑んだ。口元にカップを運ぶ、その姿も絵になる少女を前にして、俺は少しばかり見入ってしまう。

「うん。美味しい」

小さく動く薄い唇の、ほのかなピンクがカップに跡を残す画が、普段化粧っ気の無い少女達に囲まれている俺には不意打ちだった。
不意打ちは、防げない。

81 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:04:24.12 ID:oqdd0kdr0

「……それ」
「え? ああ。今日は少しだけ、お化粧を」
そう言って、一姫ははにかんだ。だから……その外見でそういう幼い表情をするのは反則だろ。

「折角の、デートですから。柄ではないのですけれど、気合が入ってしまいました」

その気合は誰のためにだよ、なんて問う気も起きない。今日のコイツのデートの相手は、誰でもない、この俺だから。

「ごめんなさい。実は遅刻してしまったのも、それが理由です。時間直前まで、どの服を着ていこうか、迷ってしまって」

「……俺と」

「ん?」

「俺と、同じだな。もっとも、俺の場合は今朝じゃなくて昨晩だったけどさ。こういうちゃんとしたデートってのが初めてだから、着てく服で、その……困った」

ああ、何を正直に話してんだ、俺は。デートだぞ、デート。そんな情けないエピソードなんざ脇に置いておけってのに。

「そうなんですか? えっと、私のために、迷ってくれたんですか? 貴方が?」

「え? ……そう……ああ。そう、なるのか?」

「なります」

言って嬉しそうに。クリスマスの朝、枕元にプレゼントが置いてあった事を今にも両親に報告しそうなほど嬉しそうに、ソイツは微笑む。
そんな笑顔を見せられたら……俺にはコーヒーを飲んで苦そうな顔をする事しか出来やしない。
うっせー。照れ隠しだよ。分かってる。ほっとけ。

82 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:06:01.90 ID:oqdd0kdr0

「えっと、わたしは服を決めるのに結局三時間くらい掛かりました」

「勝った。二時間だ。勝ち負けの問題じゃないとかは、この際だ。脇に置いといてくれ」

「ふふっ。二時間も、わたしの事で悩んでくれたのですか?」

だからそんな顔をしないでくれるか。眩しくて直視出来ないだろうが。先刻から目線逸らしっ放しで、そろそろ店員さん辺りに不審がられたらお前のせいだぞ。

「なんでしょう……凄く……嬉しい……かも」

悩んだのはデートって点からで有って、一姫が相手だからじゃない。なんて言ったところで見透かされるのは分かり切っている。生憎、俺はどっかの超能力者みたいに口を開けば嘘八百とは程遠い。
大体、口に出しても進行方向の看板には泥沼と墓穴しか示されてない気がするし。

「ま、その末のコーディネイトにしちゃ俺は普通過ぎるけどさ。お前と違って」

「お前、じゃありませんよ、キョンくん」

意地悪く、けれどどっかの超能力者とは似つかない朗らかさを湛えて笑う、その唇を俺は横目で追っていた。意識せずに、薄い桃色の乗ったその唇を、追っていた。

「いちひめ、です」

どうやら味を占めやがったらしい。

「……同年代の異性を下の名前で呼ぶのは、意識して呼ぶのは結構恥ずいんだが?」

「でしたら意識しないで、自然に。ごく自然に呼んで下さい。それに、わたしの下の名前は『いつき』ですよ。『いちひめ』はニックネームです」

だから呼び易いでしょう、とでも言いたいのだろうか。確かに「いつき」呼びの方は死んでもお断りだが。

「……なあ。俺みたいな冴えないのをからかって、面白いか?」

「申し訳有りませんが、素直にとても楽しいです」

それに、と彼女は続ける。

「貴方を『冴えない』とは、わたしにはまるで思えません。自虐は結構ですけれど、しかし私の好きな人を悪く言うのは幾らキョンくんでも許しませんよ?」

ニヤリと笑う、その破壊力は二重丸。

83 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:07:46.45 ID:oqdd0kdr0

どうやら、本日一杯、俺のターンは回ってこないみたいだ。けれども攻められっ放しってのは性分じゃないから、それでも一応の反撃はしてみる。

「許さなかったら、どうするってんだよ」

「キスします」

カウンターパンチは剃刀のような切れ味で俺の顎を打ち抜いた。くっ……良いの貰っちまったぜ。座っちゃいるが、しかし立ってるので精一杯だとかそんな感じ。

「ちなみに次にわたしの事を『お前』と呼んでもキスをさせて頂きます」

……ってか、キスしたいだけなんじゃないだろうな、コイツ。

「キスしたいだけです」

言い切りやがった。
自分の欲求に対して私生活に支障が出るくらい従順な少女だった。

「わたしは、恋する乙女ですから」

自分で自分を乙女とか言っちゃうのは正直どうかと俺は思う。

「ファーストキスを奪った責任を取って頂けないでしょうか?」

「それを言ったら俺は被害者だろ……なあ?」

「いいえ。貴方は初めてではなかったでしょう? ですがわたしは初めてですので、八二で貴方の責任の方が重大です」

どこの交通法だよ。ええい、俺は断固として抗わせて貰うぞ。控訴だ、控訴。

「女の子はいつだって被害者なのですから」

84 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:09:37.36 ID:oqdd0kdr0

何、そのジャイアニズム(短絡的解決法という意味な)。男が捕食する側だったのも今は昔か?

「男女差別反対だ。弁護士を呼べ、弁護士を」

「機関で良い弁護士を紹介しましょうか?」

「完璧絶対完全にいちひめの息が掛かってるじゃねーか!」

クスクスと、少女が笑う。楽しそうに……ま、楽しんで貰えてるなら、何よりだけどさ。

「今、わたしの事、いちひめって、呼んでくれましたね」

「人が折角自然を装って言ったのに、ツッコミ入れるんじゃありません。そこは優しくスルーしとけ。優しくな」

俺の諌言もなんのその。一姫はテーブルに少しだけ身を乗せた。……顔が近い!

「ご褒美、です」

浅ましくも目前で震える唇に、口付け違った釘付けになる俺の両目。

ふるふると、長い睫が帳みたいに閉じていく。

「……ん……」

「目を閉じるな!」

「ご褒美が嫌でしたら感謝の気持ち、と言い換えましょうか?」

「どっちでも同じだ! そして人目を憚れ!」

「聞きましたよ。人目を憚ったら、キスをして頂けるのですね?」

彼女は眼を開けて、そして映画のように鮮やかなウインクを一度、俺に向けて行った。お芝居が行き過ぎて役に入り込んでしまった役者のように、俺には彼女が「そう」見える。
芝居掛かり過ぎて自然に見える、みたいな。

「……どうかな」

お茶を濁す事しか出来ない俺。情けない。情けなさ過ぎる。なんか皮肉の利いた返し方でもパッと思い付く事は出来ないものかね。
俺の脳味噌には酷な要求なのだろうか。サンドバックにでも生まれ変わった気分だよ。

「拒否しませんでしたね、キョンくん。この後、映画に行きませんか?」

ああ、少女は。季節を先取りして椿のように艶やかに笑う。

「暗いから、衆目を気にしなくても良いでしょう?」

今日の教訓。恋する乙女は敵に回すな。だからと言って彼女に迎合出来ない俺は今日一日、言葉尻を取られて攻められ続けるしか無いのかも知れん。
チラリと見えた脳内十字路の交通看板には「墓穴」と「泥沼」に続いて「玩具」と書いてあった気がした。で、どうして最後の選択肢が直進なんだい、俺?

85 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:11:43.90 ID:oqdd0kdr0

時間が止まったみたいにゆったりと流れる喫茶店で、対面に座った少女がポツリと呟いた、本当に時が止まってしまえば良いのに、という一言を俺の耳は聞き逃さなかった。
その台詞は、シチュエーションと言葉だけ切り取ってしまえば、幸せの絶頂に有る今の再認識にしか聞こえない。
けれど。
一姫はまるで古泉みたいに……失礼、どっちも古泉だったな。あーっと。まるで超能力少年みたいに、裏の有る苦笑をその頬に浮かべていた。先刻まで、つい十秒前まで楽しそうに笑っていたのに。
その陰りの有る横顔は……けれどなぜだろう。とても、綺麗だった。
笑ってた方がお前は可愛い、なんて言葉をこの先、俺はこの少女に決して吐けなくなってしまう程に。
壮絶に。凄惨に。憂い顔は綺麗だった。それが古泉一姫という少女の本質だと理解してしまう程に。
その理解が決して俺の誤解ではないのだと、そこまで理解してしまう程に。
眉目秀麗な美少女が不意に見せた影は、平時鈍い鈍いと言われ続ける俺の心にさえ何か言いようの無い不安を植えつけるのに十分だった。

「なあ」

「……あ、ごめんなさい。少しだけ、考え事を」

「何を」

空気の読めない男だと、そう思われても良い。

「……何を、考えてたんだ?」

それでも聞いておきたい。彼女がこんな顔をする理由を。彼女にこんな顔をさせる、敵を。
敵?
敵だって? 敵ってなんだ。
何、やろうとしてるんだよ、俺。そんなに好戦的だったか? 違うだろ?
何、自分から面倒事に首突っ込もうとしてるんだよ、俺。

「ん……何でもありませんよ」

少女は俺を見て笑う。でも、すぐに分かった。分かっちまった。その笑顔が、仮面だって事に。

「何でも無く、無いだろ」

「いいえ」

彼女は、首を振って拒絶した。

「本当に、何でもありませんから」

86 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:14:09.80 ID:oqdd0kdr0

そう言って、笑顔の仮面を被って、俺の追及を振り切ろうとした。

「ただ、夢みたいだと。そう、思って。思って、しまって」

「夢じゃない」

「……私はずっと、こんな風になりたいという夢をずっと、見てきましたから」

古泉一姫。眠り姫。起きたばかりの、眠り姫。

「だから、今、起きているのか。眠っているのか。あやふやで」

「俺は他人様の夢に出張するほど、暇でもお人好しでもないぜ?」

「でも、貴方には涼宮さんの夢に招かれた、前科が有りますから」

「……うっ」

ああ、一樹が知ってる事は一姫も知ってるんだよな。忘れてた。アイツには今度、プライバシーって言葉を教えてやらなきゃならん。

「勿論、その時が貴方にとってファーストキスである事も知っていますよ?」

「待て! アレは夢って事でノーカンだろ!」

「だったら、わたしとのキスを初めてにしますか?」

「エラく答え難い二択だな、オイ」

しかも一方の本人目の前にしてか。

「我が袖は」

「へ?」

「我が袖は、潮干に見えぬ、沖の石の、人こそ知らね、乾く間も無し」

「あ……それは」

聞き覚えが有った。それは古泉が最近呟いた和歌だ。

「私の袖は、海の底に有る石のように、誰も知りませんが常に濡れています」

袖が濡れる、っていうのが何の隠喩なのかくらいは俺にも分かるってモンで。

「それは……つまり泣き虫の歌か?」

「顔で笑って、心で泣く歌です」

それはなんて……まるで「古泉」みたいだな、とは言えなかった。残りのコーヒー全てを使って飲み下す言葉。

87 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:16:18.72 ID:oqdd0kdr0

「イツキが好きなんですよ、この歌」

イツキ。男の一樹か、女の一姫か。どちらの事を言っているのか。わざと暈(ボカ)したようなその言い方は追求を許さない。
また、拒絶されている気がした。

「ちなみに涼宮さんは小野小町の『夢の歌三首連作』が好きだそうで」

「悪いが、寡聞にして知らん」

「彼女らしいですよね」

「だから、その歌を知らん俺には何が『らしい』のかがまるで分からん。もしも暗唱出来るなら、聞かせてくれるか?」

一姫はもう温いコーヒーを口に含み、少しだけ考えるような素振りを見せた後に、出来ますがお断りします、と言った。

「敵に塩を送るつもりは有りませんから」

「敵って」

「恋敵。そうでしょう?」

「……俺はそういう眼でアイツを見てないからな」

嘘を吐くのは……苦手だ。少女はそれに関しては何も言わなかった。騙されてくれた訳じゃ、無いだろうが。

「一樹は、消えますよ」

それ以上に伝えたい事が有ったのだと、そう考えれば納得出来る話で。

「涼宮さんの力が消えれば、一樹は消えます」

88 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:19:01.24 ID:oqdd0kdr0

ハルヒの力。でも、それはアイツが身に着けたいと願った訳でも、アイツが放棄したいと望んだ訳でもない。

「ええ。言わば、天災です。一樹の事で彼女を憎むのは筋違い。そんな事は分かっています。でも」

一姫は、その身に溢れる古泉の因子を存分に表情に現して言った。

「わたしはそれでも彼女が嫌い」

まるで猛禽のように、笑いながら毒を吐く。

「わたしから普通の生活を奪った彼女を。わたしから一番の理解者を奪っていく彼女を。わたしはどうしても好きになれないのです。割り切る事の出来ない幼い女だと、笑いますか?」

哂(ワラ)いますか? そう言う少女は、笑顔でありながら泣いているようにも見えて。その表情はまるで沖の石のようだと、その和歌の意味する所もよく分からないままにそう、俺は思った。

「彼女はそして、わたしから人を好きになる権利まで取り上げようとしている」

「そんな……そんな事は無いだろ。アイツだって人の心にまでは干渉出来ない」

「口にするのも嫌なのですけれど」

嫌ならば口に出さなければ良い。なんて喉から出掛かった台詞を半ば強制的に飲み込まされる、彼女の鋭い眼つき。

「でしたら、貴方はどうなんですか?」

俺? 俺が、どうしたって?

「ああ、ご存知ないのですよね。一樹は言ってませんでしたから。まあ、言いたくは無かったのでしょうけれど。機関としては貴方の不評など率先して買いたくないでしょう」

「だから! 何の話だよ、先刻から!」

「ですが」

少女は微笑む。何かを企んでいる副団長よりも、怪しく妖しい顔で笑う。

「わたしには機関の思惑など興味有りませんので。世界がどうなろうと、そんな事は知りません。キョンくん。貴方は」

俺は。



「涼宮さん以外に恋をする事は出来ない」

89 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:22:58.56 ID:oqdd0kdr0

そんな馬鹿な話が有るか。

「それは神が望まれないからです。神が望まない事は起こり得ない。ねえ、誰が言いましたか? 誰か言いましたか? 神が人の心に干渉出来ない、なんて。相手は神様ですよ?」

信じられるか。信じられると思うか。他でもない、俺自身の感情だ。

「神は」

けれど、彼女は言い切る。反論など許さないと、断固とした口調で言い切る。

「貴方からも、奪ったのですよ。恋愛の自由という、侵されざる領域を。踏み躙ったのです。だから貴方は」

一姫が、一樹に見えた。真実とやらを俺に言い聞かせる時の、あの少年に目前の少女が重なった。


「 だ か ら 貴 方 は 、 私 を 好 き に は な ら な い 」


不意打ちだった。
不意打ちは……避けられない。
彼女は俺から顔を離すと、首を動かして耳元で喋った。

「何をしても、貴方は私を好きになってはくれない」

そのまま重い頭を預けるように、俺の肩に柔らかい髪が乗る。
キスをされても。睦言を囁かれても。
それでも、俺の心はどこかで冷静だった。まるで背中の後ろでじっとスクリーンを見ているみたいに。全てを他人事のように感じている俺が、頭の隅に確かに居た。

「私がどれだけ好きになっても」

……少女の声は、音に涙を伴って聞こえた。

「貴方は彼女のもの」

まるで呪詛みたいだな、なんて。どこか他人事の様に俺の頭はそんな事を考えた。


90 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:25:59.40 ID:oqdd0kdr0

喫茶店。午前十時ちょい過ぎ。デートをしている男女。泣いている少女。困惑する少年。
テーブルの上のコーヒーは冷め切っていた。誰かさんの心情を映した様に。
俺か。少女か。そんな事は分からない。
分かりたくも、なかった。

「でも、それも涼宮さんの力が消えるまでの事です」

少女の顔が俺の肩の上でぐりぐりと動く。決して短くない彼女の髪が服と擦れてさらさらと。細波(サザナミ)が砂浜を攫うような音を立てた。

「そこで呪縛は終わり。この茶番劇も、終わり」

「茶番……か」

「ええ。茶番です。神様のご機嫌取り。この冬……遅くとも来年の桜が見られる頃には、もう神様は神様ではありません」

それは――それってーのは。
古泉にとっては、決して良い事ではないのだろう。

「神様の力が無くなったら……古泉はいなくなるって聞いたぜ?」

「いなくなりませんよ」

一姫は俺の身体から離れた。俺を見つめる、その顔はもう泣いてはいない。
少し……肩口が冷たかった。

「古泉イツキはいなくなりません」

古泉一樹。
古泉一姫の付属品。
本来、存在しなかった少年。
神によって創られた、偽りの命。

「只、元に戻るだけです」

古泉イツキは言い切る。どうという事も無いと。それは当然なのだと、言いたげに。

「只、一つに還るだけですよ」

無感情に無感動に微笑む、彼女は確かに「古泉」だ。

91 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:29:32.36 ID:oqdd0kdr0

「だ……だけど!」
「だけど、なんだと言うのでしょう。貴方に何が出来ますか? 私に何が出来ますか? 一樹の存在を救いたいという貴方の気持ちは分かります。私も同じ気持ちです。ですが、教えて下さい。どうか、教えて下さい」

まるで詰る様な口調でありながら、それでも彼女は顔色一つ変えず。先刻まで泣いていたのが嘘の様に。涙を見せたのが何かの間違いであったとでも言うかの如く。
気丈な居住まい。

「神様の手のひらから抜け出す方法なんて、有りますか?」

何も、返せない。思い起こすまでもなかった。
これまでに起こった全ての事件。それは「結果的に」見れば一つ残らずハルヒの為のモノでは無かっただろうか。
長門の暴走すら。それですら、涼宮ハルヒという破天荒な存在を俺に再度是認させる為の小芝居でしか無かったのではないかと、そう問われれば何も言い返せない。
神様。
これまで俺が漠然としか考えていなかったその言葉の意味を、初めて突き付けられた気がする。
悩み込んでいる姿を見せるのが何故か癪に思えて、弱みを見せる事を苦痛に感じて、コーヒーカップを手に取る。文字通り、お茶に濁したい気分だったし、水に流せるものなら流したかった。
全てを。
……けれど生憎、カップは空で。
それとも、来年になれば喉元を過ぎて熱さを忘れてしまえるのだろうか。
熱さ――古泉一樹の事を。いなくなった少年の事を忘れて笑えるのだろうか。俺は忘れて、笑えてしまうのだろうか。
そんな事は無いと、言い切れない自分が気持ち悪い。とても薄汚い生き物に成り下がった、そんな気がした。

「一つだけ、一樹を生かし続ける方法は有るんですよ」

「そんな事が、出来るのかよ!?」

「ええ」

一姫は言う。ゆっくりと目を閉じて、吐き出すように続きを告げる。

「一姫を……つまり、私を偽者に仕立て上げる事で。逆説、一樹を本物にしてしまえば存続するでしょう」

一瞬、少女が何を言っているのか俺には分からなかった。

92 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:31:18.24 ID:oqdd0kdr0

古泉一姫を偽者にする?
古泉一樹を本物にする?
古泉一樹がそれで、存続する?
少女の言った意味をよく噛み砕いて、咀嚼して。
そして、漸く俺の脳裏に浮かび上がった言葉は「二者択一」だった。

「ふざけんな!!」

ソーサの上でカップが踊る。テーブルを揺らしたのは俺の怒号で、そして耐え切れずに振り下ろした右拳だった。
巻かれていた包帯に赤がじくじくと広がっていくが、そんなものには構っていられる筈も無い。

「ふざけてなんて、いませんよ」

「だったら尚更だ! そんなのは何の解決にもなってない!!」

「キョンくんの言いたい事は分かります。けれど……ハッピーエンドがどこかに必ず転がっていると信じているのも、貴方のこれまでを鑑みれば分かります……けれど」

一姫が開いた瞳は、表情筋を置いてけ堀にして瞳だけは、突き刺すような憎悪の赤に染まっていた。

「私には神様の庇護など無いのです」

貴方と違って、と彼女は――彼女は。

「一つ、昔話をしましょうか」

俺の右手を握って、包帯を解きながら語り出す。

「昔、一人の少女が居ました。彼女は超能力者に成り立てで、自分に力が与えられた意味を知りながら、それに戸惑っていました。未だ、機関すら設立されていない頃の話です。彼女にはボーイフレンドが居ました」

するすると手際良く解けていく白い布は、それはきっと古泉一樹の経験なのだろうと、そう思うとそれすら何か物悲しく感じた。

「その日、彼女はボーイフレンドを伴って買い物に出掛けました。ええ、丁度。こんな秋晴れの日ではなかったかと記憶しています。私は彼が好きでした。それは恥ずかしい話ですけれど、多分初恋だったのでしょう。知っていますか、初恋のジンクス」

「生憎、そういう方面には疎いんだ」

「初恋は、実らないものなのです」

93 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:34:08.60 ID:oqdd0kdr0

手は止めずに訥々と少女は語る。

「不幸な事故でした。閉鎖空間がその日その時間に発生した事も、閉鎖空間が私達の居たその場所に産まれた事も……そして、その時に私と彼が手を握っていた事、すら」

手を握る。その意味する所くらいなら、俺にも分かる。

「閉鎖空間で戦う事が出来るのは一樹だけですが、介入する事だけならば私にも出来ます。もう、お分かりでしょう。私は彼を、巻き込んだのです。そして、その頃の私には覚悟が無かった。いえ、その一件によって覚悟を決めたのですけれど」

露出した傷口にもまるで臆する事も無く、一姫は持参していた鞄から消毒薬その他を出して、手際良くそれをテーブルの上に並べていく。
使い込まれた、それを。

「想い人の前で一樹を産み出す事を躊躇い、そんな事をすれば恋が瓦解すると恐れ、なぜ自分なのか、なぜ私を普通の少女たらしめてくれなかったのかと運命を呪い神を呪い涼宮さんを呪い……結果、私は取り返しのつかない事をしてしまった」

「……死んじまった、のか、ソイツ?」

まさかな、とは思いながらも問い掛けた俺に向かって、少女はこっくりと頷いた。

「はい。死にました」

古泉は言う。
はっきりと、言う。

「私が、殺しました」

見殺しにした、とは決して言わず。
殺した、と。

「私の幼さが、一人の少年を殺しました。私の弱さが、一人の少年を殺しました。私の汚さが、一人の少年を殺しました」

それはどんな心持ちで口にした言葉なのだろう。十六年間平和に生きてきた俺には、幸いにもと言うべきだろう、その気持ちが分からない。分かる筈も無い。
分かってなど……あげられない。

「つまらない、昔話です」

古泉一姫は、彼女にとってはつまらない訳が無いその話を、しかしつまらないとそう言って締め括った。

94 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:37:29.29 ID:oqdd0kdr0

人が死ぬっていうのは、結構凄い事なんだと思う。
それはきっと……いや。決して「つまらない」事なんかではない。だから、それを「つまらない」とそんな風に言える心境ってのが俺にはよく分からない。
それも、好きだったヤツの事を。
そして、自分の目の前で死んだヤツの事なのに。
一姫はどんな気持ちなのだろう。どんな気持ちで、俺にこの話をしたのだろう。
考える。
考える。
考えても。
考えても。
元々そんな方面に理解も知識も経験も、何一つ有りはしない俺には分かりもしないと、気付いていながら考える事を止められない。

「なあ」

「はい」

「えっと……いや……あー……」

何を言えば良い。何を言ってあげられる。お前のせいじゃない? 一姫が悪いんじゃない?
だったら誰が悪いってんだ。ハルヒか? 違うだろ?
アイツだって、犠牲者なんだ。だけど……だけど天災だったなんて言って。不幸な事故だったなんて一言で。片付けられる訳が無い。だから、一姫は言ったのだろう。

「それでも私は涼宮さんが嫌い」

だから、一姫は言ったのだろう。

「超能力少女も、貴方の前では例外無く普通の少女になれるのだろう、と。私はずっと羨ましかった」

普通。普通の生活をして、普通に学校行って、普通に友達付き合いして、普通に恋愛して。
そういった普通を、この古泉一姫という少女は四年前を境に失った。
だからこそ、俺を選んで。
だからこそ、デートにはしゃいで。
だからこそ、彼女は呟いた。

「時間が止まってしまえば良いのに」と。

それは、本音だったのだろう。
本当に、本心から、賭け値無く、全身全霊から放たれた、願いの言葉だったんだ。

95 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:42:25.74 ID:oqdd0kdr0

なあ、俺。
なあ――俺。
もう、お人好しで良いじゃねえか。
好きだから、で恋愛しなきゃならないなんて法律で決まってる訳でもないだろ?

「……いちひめ」

「はい。なんですか?」

恋愛感情なんかよりももっと大切なモンが、有るだろ?

96 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:43:26.19 ID:oqdd0kdr0













「俺と……俺なんかで良ければ付き合ってくれないか?」












97 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:47:13.52 ID:oqdd0kdr0

これで俺も、道化師の仲間入り。

「同情……してくれるんですか?」

「ああ。可哀想だと思った。俺で笑顔にさせてやれるんなら、させてやりたいと思った」

「貴方は……お人好しですね」

「らしいな。自覚は無いけど。なあ、一姫。こんな事を言うのはこれっきりだ。今、俺は間違い無く迷い無く気が迷ってやがる。今、付け込まないとアウトだぜ?」

一時の気の迷いで。そんなんでも構わない。
一生を棒に振ってでも助けてやらなきゃいけないヤツが、目の前に居る気がしたんだよ。

「嘘かも、知れませんよ、全部。貴方の気を惹く為の。貴方の、同情を誘う為の」

「それでも良い」

少女の涙が全部嘘なら、それはそれで騙された俺が全部悪いって事にしとく。だから、付け込んじまえよ、古泉一姫。

「私はずるい女ですよ」

「なら、さっさと許諾しちまえ。誰でもない俺が許すからさ」

「私は、貴方が何を思うか。どう思うかまで考えて昔話を披露した、身汚い女ですよ」

「すっかりその手管に嵌まっちまった俺にも非が有るだろ。それに、それをちゃんとお前は俺に説明してくれてんじゃねえか……っと。しまったな」

「どう、しました、キョンくん?」

「お前、って言ったらキスだったのをすっかり忘れちまってた」

これで俺も、晴れて道化師の仲間入り。
自分で言ってて歯の浮く台詞だ。でもさ、それで笑ってくれるなら、良いじゃねえかってそう思った。
そんな風に思える自分が、意外と悪くなかった。
運命に翻弄されて神様を呪う少女が、それでも世界は悪くないってそんな事を欠片でも思えるんなら。
それはきっと「いいこと」だ。
長門に教えて貰うまでも無く、それはきっと「いいこと」なんだ。
なあ、俺は間違ってるかい?

98 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:48:55.31 ID:oqdd0kdr0

「……貴方は……優し過ぎます」

「良いんじゃないか? どうでも、いいんじゃないか? そんなの。優しいってのは悪い言葉じゃ、ないだろ?」

「……貴方は……貴方は」

テーブルに、ぽとりぽとりと。包帯を巻き直していた手も止めて少女は。

「私は、貴方が好きです。キョンくんが、好きです。そういう貴方だから、私は好きになりました。そういう貴方だから、私は――」

世界よりも、神様よりも、恋愛感情よりも、何もかもを投げ打って。
俺は目の前の彼女の涙を止めたい。
だから――。



不意打ち、した。
不意打ちは、防げない。だろ?



「私は貴方が、大好きです」

そして、もう一度。
俺達は喫茶店の奥で。誰からも死角になるその場所で。
まるで神様から隠すみたいにキスをした。

まるで契約みたいなキスをした。



秋晴れの日。午前十時ちょい過ぎ。デートをしている彼氏彼女。

それは、まるで彼女がずっと待ち望んでいた画そのままの分かり易い、極普通の、極々普通のデートだった。

99 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:52:34.69 ID:oqdd0kdr0

外は昨日の冷え込みが尾を引いて少し肌寒い。タートルネックにジャケットってスタイルの俺がそう感じるのだから、それよりも軽装の少女は尚更だろうと考える訳だが。

「くちゅっ!」

ほら見ろ、やっぱりだ。

「……今の、くしゃみか?」

一姫は少し顔を赤くして恥ずかしそうに小さく頷く。ああ、だから、そういう幼い表情をすんなっての。

「誰か、私の噂でもしているんでしょうか……いえ、そんな筈は有りませんね。私の存在を知っているのは、機関でも極僅かですから」

機関でも、僅か。それってーのはつまり。いや、間違いない。この古泉一姫という少女は四年前を境に外出すら自粛しているんだ。
曇りそうになる顔を、けれどわざと明るく振舞ってみせる。
そんな心配をして、過ぎた時間を俺が蒸し返して、それが一体何になるってんだ。そんな事よりも。俺にはやるべき事が有るだろ?

「だったら、寒いからだ。ただ単純にな。んな格好してちゃ、当たり前だ」

何にも気付いていない振りをして。この少女に笑顔をやるだけで、それで良い。今は、それで。

「だったらキョン君、私と腕を繋いで貰えますか? 知ってます? 男性って女性よりも体温が高いんですよ?」

言って元々殆ど無かった俺との距離を、更に縮めてくる少女。その表情は、嬉しそうで。楽しそうで。
気温が低い上に風は強い。俺達が歩く道には他に通行人が居る訳でもなく。
やれやれ。俺にはこの誘いをどうやって断れば良いのか、ちょっと咄嗟には思い浮かばん。
ま、断る気なんざさらさら無いけどさ。

「許可を求める必要なんざ無いだろ。いちひめ、俺は、お前の、彼氏なんだよな?」

なーんて口走ってる俺は、ああ、頭がおかしくなっちまってるとしか思えない。

「はい。キョン君は、私の、恋人です」

一語一語、自分に言い聞かせるように。夢のような今を再確認するように。少女は言って俺の左腕に腕を通す。

「ん……あったかいです」

「そりゃ何よりだ」

そっぽを向いて相槌を返す。仕方ないんだよ。「当たってる」んだ。鏡なんか見るまでもなく俺の顔は今、茹蛸みたいに真っ赤なんだ。

100 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:55:39.39 ID:oqdd0kdr0

「だが、いちひめさんや」

「ん? なんですか、キョン君」

「お前はこっちだ」

少女の左腕を掴んで一度腕を外す。そして少女の左側に移動した俺は彼女の左腕を誘導するように右腕と脇腹の間に隙間を空けた。

「車道側は野郎に譲れ。こんなんは常識だぜ。少しばっかり俺にも格好を付けさせてくれるような思考をして貰えると嬉しいね」

もう一度言う。ああ、頭がおかしくなっちまってるとしか思えない。
俺は一体どうしちまったんだろうね。こんな、古泉でさえ苦笑混じりでしか言いそうにない台詞を。
ま、顔が引き攣ってるのはお約束なんだが。ほっとけ。

「ふふっ」

一姫が笑った。笑って、俺の右腕に抱きついてきた。

「嬉しいです。すっごく、嬉しいです。ええ。なんでしょう……本当に、デートなんですね」

「デートに偽物も本物も有るかよ」

でもって、俺達は恋人同士だ。だったらパチモンなんて、有り得ないだろ。

「いえ、そうではなくて……えっと、怒らないで下さいね」

一姫は俺の腕に頭をコツンとぶつけると、小さな声で、しかしはっきりと言った。

「こんなイベントが私に待っているなんて、ずっと思えなかったから」

俺の彼女は、そんな物悲しい事を言って、それでも可愛らしく笑うんだ。

「私は、今、生きてきて一番しあわせですよ、キョン君」

全く、俺の考えなんか全部見透かして。勘の良さなんか古泉♂の方に全部押し付けちまえば良いのにな、と。俺はぼんやりと空を見上げた。

「グッモーニン、眠り姫」

「知ってますよね。眠り姫は王子様のキスで目覚めるんです」

お約束、ってヤツだな。

「だから……起こした責任、取って下さいね」

言われずとも。喜んで。
少女の悲しい過去は、全部俺が上塗りしてやる決意くらいしてから、告白したつもりなんだ、これでもさ。

101 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 18:58:44.49 ID:oqdd0kdr0

さて。俺達の行き先はと言うと三駅先に有る映画館だ。ま、映画館とは言ってもショッピングセンターに隣接されたものであり、そんなデカいモンじゃない。
他にも映画館は無くも無いのだが(去年の夏休みに行った所な)あっちはハルヒの行動半径内なのでパス。
別に見られて困る所は無いのだが……いや、嘘だな。見られては困る。困りまくるだろう。うむ。
別に一姫とそういった話をした訳ではないのだが、俺達は自然、遠くの映画館に行く事で考えが一致していた。

「デートに横槍は興醒めでしょう」

成る程、上手い言い訳だ。その辺は流石、「古泉」ってか。口を開けば詭道主義。煙に巻くのはお手の物だな。
実際の所は俺も、それからきっと一姫も。分かっていた。世界改変。神の逆鱗。そういったものに。だけど、気付いていない振りを、矢張りここでも俺達はしていた。
まるでそんなものは無いかのように。
本当に、俺達はただの、どこにでも居る高校生カップルであるみたいに。
いや。
……そうであれば良かったのに、だな。
俺達は映画館に向かう電車に乗り込む。当然と一姫は俺の隣に座った。ゼロ距離。なんだ? どこのデンドロビウムだ?

「今やってるので見たい映画とか、いちひめには有るのか?」

「んー……有りませんね。と言いますか私、今どんな映画がやってるのかをまるで知りません」

デートプランはスカスカだった。いや、らしいっちゃらしいけどさ。

「キョン君と映画を見るのが目的であって、何を見るかは二の次なんですよ」

だから、そういう事を……言っても良いけど耳元は勘弁してくれ。頼む。マジで頼むから。
俺の顔が肌色に戻らなくなったらコイツは責任を取ってくれるんだろうな?

「あー、いちひめ。その……耳元は、ちょっと……だな」

「耳? ああ、可愛らしいお耳ですね」

そう言って一姫は右手で俺の耳を触……ふああん。
ち……力が抜ける……!? なんだ!? 俺の耳たぶは一体いつの間にサイヤ人の尻尾並の弱点と化しちまってたんだ!?

102 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:03:32.63 ID:oqdd0kdr0

「うふ。キョン君、可愛い」

「可愛くない!」

つーか、年頃の男子高校生に向かって「可愛い」ってのは……なんだ? あれか? これが世に言う「いちゃいちゃ」ってヤツなんだとしたら……。
いやいや、こんなんがそれな訳は無い。俺は断固立ち向か……はあん。

「弱点、発見です」

「弱点だと分かったんなら弄り回すんじゃねえよ……」

顔を振っても未だ、性懲りも無く俺の耳を弄ぼうとする少女の手を取る。ふははは。これで悪戯は封じ込めたぞ……って、あれ? なんでこの子嬉しそうなの?

「キョン君、そうやって、電車に乗っている間、私の手を握っていて下さいね」

しまった、と。気付いた時には既に遅い。俺はどこまでこの少女の掌の上で踊らされにゃならんのだ。

「じゃないと、また、悪戯しちゃいますよ?」

「だから、耳に息を吹きかけるんじゃありませんっ!」

ああ、デートってのは、楽じゃないと知る十七の秋。
けれど、嫌じゃないってのは……俺も男の子なんだ。頼む。これ以上俺に言わせないでくれよ?

「ねえ、キョン君」

電車での三駅なんてのは瞬く間に過ぎる。目的の駅名がアナウンスで流れる頃に、一姫は呟いた。

「映画館では、私と絶対に手を繋がないで下さい」

「……ん? いや、別に良いが」

そもそも、俺から少女の手を握る勇気なんてのは持ち合わせが無い。チキンで悪かったな。初デートなんだよ。その辺の少年ハートはどうか察してくれ。

「だが、理由を聞いても良いか?」

一姫の顔を覗き込むと、少女は少しだけ握った手に力を込めてきた。

「……昔話をしましたよね。手を握っていたから、閉鎖空間にボーイフレンドを連れて行ってしまった、って」

……ああ、そういう事か。

「映画館、だったんです」

「そっか……そう、かい」

「はい」

少しだけ目を伏せて。そんな表情も素体が綺麗系の彼女には良く似合う。

103 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:05:21.09 ID:oqdd0kdr0

似合う。だけど。
俺はそれよりも笑った顔が見ていたい。この少女を笑わせる事が、俺の今日の任務で……それで合ってるよな。だよな?

「分かった」

「ありがとう……ございます」

俺は少女の少し冷やっこい手を握っている左手に指令を与える。指を絡ませるように握りを変えてやる。

「だったら尚更だな。映画観てる間、ずっとこの手を握っててやるよ」

仕方ないだろ。少女の手は、顔の火照りを移した浅ましい俺の手に、その体温がすげえ気持ち良いんだから。
そういう事にしておこうぜ、俺。古泉ほどじゃないけど、まあまあの詭弁ぶりじゃねえか?

「あ……あの、その……えっと」

「言っとくけどな、いちひめ。お前も知っての通り、俺は閉鎖空間に何回かご厄介になった事が有るんだよ」

「それはそうですが……」

「でもって、俺はお前から優男が出て来る事も知ってるぞ」

その現場を見た事は無いが。まあ、今更何を見せられた所で驚いたりもせんだろ。これでも超常現象関係の経験値だけは高いんでな。

「だからさ。何を怖がる必要が有るってんだよ」

そうだ、一姫。お前が誰にも自分を見せれなかった分。誰にも打ち明けられなかった秘密。誰とも接触をしなかった四年間。
そういうのを埋められるのが俺なんだろ? だから俺を選んだんだろ?
そう、お前はなりたいんだろ?

「逃げんな」

「え?」

「俺も絶対お前から逃げないから。いちひめも、俺から逃げんな。曝け出す事から、逃げんなよな」

104 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:08:04.43 ID:oqdd0kdr0

俺はお前を受け止めてやるから。
だって俺は、お前の恋人なんだ。だったよな?
お前から、言い出したんだぜ? 俺の心をこんだけ引っ掻き回しておいて今更、前言撤回とかは無しにしとけ。

「……はい。お言葉に、甘えさせて頂きます。ありがとう」

「ああ。甘えちまえ。そんかし、もしも閉鎖空間が産まれたら守ってくれよな」

なんせ、俺は完全無欠に一般人。神人なんか相手に出来る変態体質は持ってないんだ。いや、別に一姫を蔑んでる訳じゃないぞ。赤球に変身する変態超能力者の方の話だ。

「命に換えましても」

「換えんでいい!」

「ふふっ。私が用心棒ですか。なんか、良いですね」

「何が?」

俺としちゃ、彼女に守られるってのは情けなくって涙が出て来そうな話なんだが。いや、神人に立ち向かった所で、象に噛み付くアリンコだけどさ、俺なんざ。

「好きな人を守る事が出来るっていうのは、ちょっと気分が良いものです」

「ああ、そうかい。俺はピーチ姫かよ」

マリオー、ヘルプミー。ってな具合かい。

「だけど貴方は、私の心を守ってくれる。守られっ放しでもありませんよ?」

「……知らん」

一姫の手を引いて立ち上がらせる。目的の駅はもう目と鼻の先だ。近付いて来るプラットホームを注視する振りをして、俺は目を逸らした。
世の中のカップルってヤツらに心から賞賛を送りたい。彼らはこんなこっぱずかしい事をやって、よくスライムにならないよな、などと。
俺なんかはもう一歩手前だ。気分はスライムベスだ。赤いし。

「貴方で、良かった。私の目は、想いは、間違ってなかった」

……もう良い。今日から俺の事はスライムと呼べ。

105 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:10:25.32 ID:oqdd0kdr0

映画館は、まあ、予想通りと言うべきだろう。ロクな映画がやっていなかった。その中でも割とマシな(カップルで観るには無難な、という意味だ)ヤツの上映時間までには、少し時間が有った。

「席は中央を取れたんですけどね」

「まあ、封切り直後ても無い限り混まんだろうよ。しかし、後列で良かったのか?」

「その方が、色々出来るじゃないですか」

全く。コイツは何をする気なんだかね。……ま、別にどうでもいいが。二時間後の俺の事は二時間後の俺に任すとしよう。
ああ、自分でも分かってる。流され体質なんだ。齢十七。今更このスタンスを変えられるとは思ってないさ。

「で、だ。開幕までには時間が有るが、なんかしたい事は有るか?」

「時間的にはお昼ご飯ですね」

「だな。いや、だが飯に二時間も俺は掛けられねえって」

「だったらウインドウショッピングでも付き合って頂けますか?」

ああ、前述の通り、ここはショッピングセンター内である。しかも割と最近出来たばかりの。ここまで言えば理解して頂けるとは思うが、いわゆるデートスポットでもある。
女性服の店には困らない。俺は居心地の悪さに困るだろうが。

「……分かった」

「ありがとうございます」

にっこりと彼女は、ハルヒに負けない大輪の花をその顔に咲かせる。ハルヒが向日葵なら、こっちはブーゲンビリアってトコか。生憎植物には詳しくないので余り良い比喩対象が出て来ないのは、残念ながら俺の仕様だ。

「なら、行きましょう、キョン君」

「あー、腕を引っ張るな。どうしてそんなに元気なんだ、いちひめは」

ハルヒじゃねえんだから。そんな強引なキャラだったか? 古泉の因子を持っているって設定はどこへ行っちまった?

「分かってませんね、キョン君は。女の子がファッションショウをする時、一番見せたい相手って誰か知らないんですか?」

「悪いがそういう方面には疎いんだ」

これは本当。

「だから、知らん」

でも、これは嘘八百。
そんなんはちょっと頭を捻れば分かることだ。でも、そういう事を口に出さないで貰えたら、と。……まあ、いいけどさ。

106 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:12:21.18 ID:oqdd0kdr0

さあさ皆様お立会い。カメレオン少女のファッション・ショウ。

「どうですか?」

試着室の薄い布がスライドした向こうからは白いワンピースに鮮やかな水色のジャケットを羽織る美少女のお出ましだ。
さっきまで来ていたキリリとしたワイシャツにパンツルックも良かったが、これはこれで女性らしさが滲み出て来る感じで悪くない。
まあ、それだけではなく数着のコーディネイトを俺は見せられた訳だが。正直に言おう。何を着ても似合うとか、この女、まさか超能力者か?

「超能力者です」

「だったな、そう言えば」

「でも、キョン君。何を着ても『似合ってる』と言うのはどうかと思います」

「え? なんでだ?」

実際、本気で心の底から嘘偽り無しにそう思っていたのだが。

「つまり、それは私からすれば『真剣に見てくれていないんじゃないのか』とか『キョン君は私に興味がないんじゃないか』とか」

「あのなあ……」

余り俺にレベルの高い要求をするんじゃありません。婦人服売り場の試着室の前で待っているだけで、俺はソワソワして落ち着かないってーのに。
無茶振りだろ、うん。

「それに、見てないなんて事はねーよ。何を着ても着こなしちまういちひめが悪い。俺に違ったコメントを求めたいならそのスキルを外して来いっつの」

……つーか、俺に寄越せ。足は長い。体は細い。でも出る所はきっちり出てやがるとか、なんだ、そのモデル体型は。
ああ、「古泉」だもんな。

「ふむ……今のキョン君の言い分を総合しますと」

「ん?」

「私に興味が有る。いえ、私の体に興味が有ると、そういう事で良かったですか?」

「曲解にも程が有る!!」

……あれ? 俺、今地味にセクハラされてないか?

107 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:14:50.53 ID:oqdd0kdr0

「滅相も有りません。それに、キョン君も年頃ですから。異性に興味が有る事を恥じ入る必要は有りませんよ?」

間違いない。この女、俺をおちょくって楽しんでいやがる。

「……俺はその台詞に対してなんて返答すれば良いのか教えてくれるか?」

マジで。分かるヤツが居たら今すぐここに飛んで来い。谷口。国木田。こんな時、男ってのはどうすれば良いんだ?
……いや、谷口はマズいか。アイツがこんな状況に放り込まれたらだらしない顔をする事しか出来んだろうし。国木田ならしれっと受け流しそうではあるか……しかし、あれってどうやるんだろうな。とんと検討が付かんのだが。

「機関御用達のホテルにでも電話を掛けておきましょうか?」

「要らん!」

急展開にも程が有る! なんだ? 俺の感情なんか置いてけ堀か? 大人の階段ってのは三段抜かしどころかエレベーター付きなのか!?

「ふふっ。冗談ですよ」

「いちひめ、お前なあ……もっと年相応のジョークにしたらどうだ?」

ブラック過ぎる。違った。真っピンクだ。

「そうですね。幾ら私が特殊な生い立ちの持ち主でも、それでも中身は普通を夢見る恋する乙女ですから」

「自分でそういう事を言っちまうかい」

「言っちゃいます。だから、こういう事はやっぱり段階を踏みたいと言うのが本音です。今のは、キョン君をからかう以上の意味はありませんよ」

全く悪びれずにそんな事を言う少女。頬に微笑まで浮かべやがるからやたらと始末に悪い。
俺には未だ恋愛とかそんなんは早いのかも知れんとか、そんな事を思ったところで誰からも文句は来ないよな、コレ。

108 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:16:34.74 ID:oqdd0kdr0

さて、少し話は変わるが、ショッピングセンターってのはエアコンディションが良い。当然だな。折角来店した客を逃がさないように快適な空調をされているモンだ。
外に比べて少しだけ暖かいここは、けれど秋も初旬。そんな時期にエアコンが動作している事から外の気温ってヤツも察して貰えるだろうか。
可愛いくしゃみを聞けなくなるのは少々惜しいが、そんなこんなで俺は少女にストール(って言うのか?)をプレゼントしてやった。

「一生大事にします」

「せんでいい。適当に使え。適当にな」

「家宝として先祖代々受け継いでいきます」

「一々重たいな、チクショウ!」

まあ、でも。少女が喜んでくれた事だけは鈍い俺にも分かった。本気で喜んでくれたのは、ああ、とても嬉しかったとも。

109 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:18:23.06 ID:oqdd0kdr0

「……それで、映画を観て二人でぶらぶらして、帰ってきた、と」

「おう」

「……貴方はどれだけ鈍いんですか……」

「へ?」

放課後。教室の掃除当番を終えて、さて部室へ向かおうかと廊下を歩いていたら古泉に拉致られた。
なんでも? 昨日のデートについて聞きたい事が有るとかなんとか。まあ、気持ちは分からいではない。コイツにとっちゃ自分の事と言っても過言ではないだろうからな。
二重人格(正確には違うが、まあ、この表現で良いだろう)ってのも大変だな。……ああ、他人事ですが何か?
しっかし、屋上は風も有って寒い。古泉がホットコーヒー持参で無かったら俺は招きに応じなかっただろうな。

「何が有ったのかを一つ残らず包み隠さず僕に教えて下さい」

古泉は真剣そのものの表情で俺に詰め寄る。……顔が近い!

「お前、プライバシーって言葉を知ってるか?」

「機関に所属する僕には縁の無い言葉です」

……。
俺は機関に所属してねえよ。

「俺のターン。魔法カード、『拒否権』を発動する。二ターンの間、俺はいかなる質問にも黙秘を行う事が出来る」

「残念ですが、そのカードは読んでました。僕はそれに対して罠カード、『カツ丼の招き』を発動します」

古泉は懐から紙切れを取り出す。「カツ兵衛カツ丼一杯無料券」。……用意周到にも程が有るだろ、超能力者。

「お前……馬鹿だろ、実は」

「一姫の身を守るためなら何でもしますよ、僕は」

幾ら格好良い台詞を吐こうとも。その手に握っているのは「カツ兵衛カツ丼無料券」である。
締まる訳など有りはしないんだが。

「まさかカツ丼で口を割らないと、貴方はそう仰るのですか?」

……本気で言っているのだとしたら、俺はコイツとの関係について少々見直すべきところが有るのかも知れん。

110 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:20:23.13 ID:oqdd0kdr0

「……いや、まあ良いけどさ。お前にとっちゃ文字通り他人事じゃないんだろうし。話せんところは絶対に話さないが、だがあらましくらいなら話してやるよ」

「ありがとうございます」

古泉は俺に向けて深々と頭を下げる。

「十枚綴りだと、どこまでガードは下がりますかね?」

「幾らでも打って来い。全弾被弾して、それでも俺は余裕のファイティングポーズを取ってやろう」

カツ丼に釣られた訳では断じて無い。コイツの、一姫を思う気持ちに胸を打たれただけだ。そうだ。そうに決まっている。
この誇り高い俺が、幾らSOS団の驕りで財布が宙に浮きそうであったとしても、カツ丼の一杯や二杯や十杯で釣られるものか。

「ちなみに、鞄の中には牛丼の無料券も用意して有ります」

「よし、一枚一答といこうじゃねえか」

「それでこそ、貴方です」

「よせよ。俺とお前の仲だろ、古泉」

……。
……後ろめたくなんてないからな。

111 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:24:20.56 ID:oqdd0kdr0

デートに関しての古泉の追及が一段楽した所で、手の中のホットコーヒーは空になった。
ちらりと横目で少年を見ると、ソイツは一度眼を合わせてにっこりと微笑んだ後、恐らくは俺に合わせたのだろう、残りのコーヒーを飲み干して。
変な所で律儀なヤツだ。

「一姫は、良い子でしょう?」

「……そう、だな。誰かさんとは比較するまでもないくらいに性格は良い」

「これは手厳しい」

ははは、と苦笑しながらソイツは俺を薄目で見つめ、そして二の句を継いだ。

「よろしく、お願いします。僕の代わりに」

そう呟いて頭を下げる少年。
代わり。
その言葉の意味する所を理解した瞬間、俺の喉は知らずぐびりと鳴っちまっていた。
コイツは、消える事を許容している。
運命。
予め定められた道筋。
それはつまり、近い未来に訪れるハルヒの力の消失であり、そしてイコール超能力少年の消失でもあった。
自分の未来が決まっているというのがどんな気分なのか。隣で空を見上げる少年を横目で盗み見するものの、ソイツの表情は読めない。
まるでいつも通り――過ぎる。過ぎて、俺の眼には不気味に映った。
そんな古泉との間、一メートル有るか無いかの距離を一陣の秋風が吹き抜ける。冷たく、湿気った風。
それはさながら、線引きの様で。

「そんな顔をしないで下さいよ」

古泉は言うものの、生憎、常日頃から鏡を持ち歩いているおしゃれ系男子では俺はないので、自分がどんな顔をしているのかなんてのは分からない。
……分かりたくもなかった。

112 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:42:56.54 ID:oqdd0kdr0

「僕の存在は元々がイレギュラなのですから。気を回して頂く程の事では決してありません」

「イレギュラ? そんな言葉で納得出来る訳が無いだろ?」

大体そんな言葉で、なんでお前は納得しちまえてるんだよ?

「こればかりは……そうですね。割り切ってくれと言う僕の方に無理が有りますか。僕の場合は覚悟を決めるだけの時間が用意されていましたから。ええ」

「四年前だかに産まれたって言ってたな。その時からもう、消える運命に気付いていたのか? ……いや、その言い方だとそうなんだろうな」

俺の質問に古泉は頷く。

「はい。なぜそんな事が分かるのかと問われれば……これは中々説明しづらいのですけれど」

「また『分かってしまうものは仕方がない』ってか」

「その通りです。つまり、僕は四年の歳月をかけて覚悟をとっくに済ませてしまっているのですよ。ただ……貴方に同じ境地を強要する気は有りません」

そう言って肩を竦める。その姿は秋晴れの青い風に今にも消え入りそうだった。
眼の錯覚だと、思いたい。

「心残りは……無いのかよ」

「当然、有ります」

素っ気無く。さらりと言うその口振りに「なぜお前はそんなに悟っちまえてるんだ」という類の憤りを少しも感じなかったと、言ってしまえばそれは、ああ、嘘になるさ。

「貴方との事。涼宮さん他SOS団の皆さんとの事。そして……一姫の事」

右手で紙コップを握り潰している俺を見て、古泉は……それでも相変わらずに微笑んでいた。
まるで何も思わぬように。
まるで感情など端から持ち合わせがないように。
人形のように貼り付けた笑みを崩さない。あの日見せた、あの笑顔の方が嘘だったんじゃないかと疑ってしまう程、空白の笑み。

「でも、だからこそ。未来を鑑みれば。貴方に全ての下駄を預けて僕のような半端者は早々に壇上から降りるべきではないのか、などと思ってしまっているのもまた事実です」

「そいつは無責任って言わないか?」

「いいえ、信頼と言うのです。こういうものは」

113 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:45:24.75 ID:oqdd0kdr0

「ソイツは……詭弁だ」

「真実です。何にしろ、僕に出来る事はもう余り無さそうですし。精々が貴方と一姫のしあわせを願う。……それくらいですよ」

消えるというのが、一体どういった心境なのか理解出来ない俺としては、古泉の遺言にも似た台詞に対して黙り込むしかない。

「貴方に……託しても?」

首を傾げてこちらを覗き込む少年エスパー。でもさ。なあ、その問い掛けに一体俺は何て答えれば良いんだ?
秋の風は冷たくとも、俺の頭をクールダウンさせてくれるには温くて。
とても、嫌な感じだ。

「後を託しても? 貴方がこの質問に頷いてくれさえすれば、僕の心残りは綺麗に全て霧散するのですけれど。どうか、余命僅かのこの哀れな男の我が侭を聞いてくれませんか?」

頷いてやりたいという、そんな気持ちは確かに有った。ああ、有ったとも。
それはいなくなっちまう友人への、俺に出来る限りの手向けってヤツだと思ったよ。
だけどさ。
俺はそれでも、生きていて貰いたかったんだ。
俺までがそれを容認しちまう訳には、絶対にいかなかったんだ。
自己中だと罵られても構わない。エゴの押し売りだってのも、そこまで馬鹿じゃないんだ、理解してる。
だけどそれでも。
失くしたくなんかなかった。
古泉一樹っていう名前の……戦友を。
驚天動地で空前絶後な時間を一緒に駆け抜けてきた、唯一の同性を。
もしもここで俺が少年の頼みに頷いて、ソイツの心残りを引き受けちまったら。
そうしたら、そのまますうっと少年が消えていってしまうような気がしたんだよ。

「悪いが、頷けない」

なあ、古泉。自分の死に納得なんて、しないでくれ。

「お前の荷物を俺に押し付けるなよ」

理不尽な未来予想図だったら、抗ってくれ。
頼むから。
俺で良ければ手伝ってやる。一緒に抗ってやるから。

「勝手に死ぬな、馬鹿野郎」

114 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:46:53.04 ID:oqdd0kdr0

俺の言いたい事が果たして伝わったのかどうかは知らない。結論だけ言えば、古泉は首を横に振った。

「出来れば、僕だって生きていたいですよ。一姫のしあわせを……見届けたかった。でも、無理なんです」

屋上の柵に体をもたれさせて、古泉は空を仰いだ。

「僕には、それは出来ないんです」

その表情は、俺にそれ以上踏み込む事を許さない。
余りに不変過ぎて。

「今、ここにいる事の方が、僕の場合は奇跡なのですから」

そこに居て、重さも匂いも温度も有っても。
それは神様の悪戯。
「古泉一樹」とは人の名前ではなく、一不思議現象の名前だと一姫は言った。
少女もまた、その未来を覚悟している。

「居なくなる時はちゃんとお別れを言いますから。唐突に消えたりはしませんよ。ご心配なさらず」

少年の悟り切った言葉に、吐き気を伴う強い嫌悪感を覚えた。だけど。
だけど、それでも俺には……何も出来ない。
それで話は終わりと、俺を先導するように通用口へと向かった古泉はドアノブに手を掛けた所で「ああ、そうでした」と言って振り向いた。

「次のデートは、いつにしましょうか?」

その言い方では交際をしてる相手が少年エスパーに聞こえなくもないと、そんなことに気付いた俺の心中は……まあ詳しく説明する必要も無いだろう。
この色んなモンでぐちゃぐちゃした胸の内を、伝える言葉だって生憎見つかりそうにない。

115 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:49:12.63 ID:oqdd0kdr0

十月も早折り返しを終えた某日。
三回目のデートはやはり日曜日で。当てもなく街をぶらぶらと歩いていた俺と一姫がなんとなく立ち寄ったセンター街のゲーセンは、同じような年頃の少年少女で賑わっていた。
まあ、外は寒いし、余り歩き回りたくないって……皆、考える事は同じなんだな。

「ゲームセンタですか。初めて来ました」

「そっか。あー……っと、人によっちゃ騒音で頭が痛くなるとか聞くな。一姫は大丈夫か?」

少女は頷く。

「大丈夫だと思いますよ? 私は確かに初めてですが、一樹はたまにこういった場所にも足を運びますから」

意外な話だった。まあ、確かにカードゲームであるとかボードゲームであるとかにアイツが地味に執心している事は知っているので、納得出来ない話ではないが。
少年エスパーの守備範囲はレトロゲーだけだと俺が思い込んでいた節も無くはない。

「ゲーム……遊ぶ事に対して結構ストイックなイメージが有ったんだけどな、アイツには」

イメージ先行が過ぎただろうか。にしたってゲーセンではしゃいでるニヤケスマイルはちょっと想像が難しい。
一姫は俺の言わんとしている所に如才無く気付いたようで、口元に手を当てて笑った。

「貴方の想像で間違っていませんよ。一樹はゲームを好きなタイプではありませんし、ゲームセンターに来るのは……きっと私の為なんでしょうね」

「一姫の為?」

「そうです。私を退屈させないように、彼としては出来る限りの娯楽を提供しているのでしょう」

「なるほどな」

つまり、感覚は共有してる引き篭もり少女(この言い方も語弊が有るような気がする)にアイツは何とか外の世界の面白さを教えようとした、って所だろう。

「だから、色んな経験だけは有るのですよ、これでも」

少女の笑顔に浅ましい俺の喉が鳴る。色んな経験というたかだかそんな一言で何を想像しちまっているのか、俺の脳みそは。ええい、煩悩退散煩悩退散。
眼を閉じて首を振る。鎮まれ、俺の下半身。大体、一姫がそんな意味を込めて言った訳じゃない事くらいちゃんと理解してるだろ?

「……恋愛経験だけはさせて貰えませんでしたけれど、ね」

116 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:51:19.04 ID:oqdd0kdr0

俺のピンク色の頭の中を見透かしてかそうでないかは知らないが、少し悪戯っ子のように少女は言う。

「それも意外だな。古泉……いや、男の方だが。アイツ、かなりモテてなかったか?」

「モテる」が「恋愛経験豊富」とイコールで結ばれない事は俺にだって分かるが。それにしたってちょいと不自然な気はするよな。

「古泉一樹は私の付属品なのですよ、キョン君」

唇に指を当てて、彼女は妖艶に笑った。
それが当然と。
それで平然と。
一姫は一樹を付属品と言い切った。

「例えば貴方は異性視点の恋愛なんてしてみたいですか? 性行為をしてみたいと思いますか? 私を愉しませる事が目的の一樹がそんな事を私に経験させる筈が、無いでしょう?」

「性行為って……一姫、あのなあ……」

もう少し恥じらいを持てとかそんな事を続けて言おうとしたのだが、それを少女は横から遮った。

「私はしてみたいですよ、貴方と」

「なっ!?」

絶句する。何を言い返せば良いのかと必死に頭を巡らせるけれど、少女の唐突な台詞に俺の頭は熱ダレを起こしちまっている。
なんだ、これ? どこのギャルゲーの台詞だ?

「ふふっ」

慌てふためく格好悪い俺を置いて、少女はゲームセンターの奥へとするする入っていく。彼女の肩に掛けられたストールの裾がひらひらと、俺に「此方へおいで」と手招きしているようだ。

117 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:53:03.25 ID:oqdd0kdr0

足取りに迷い無く、進む超能力少女を俺は少し早足で追いかける。程なく彼女の隣に辿り着いた時、彼女は人気の無い一角で、とある筐体の前に立っていた。
……シューティングゲーム?

「お好きですか、シューティング?」

「そりゃまあ、人並みには。最近は下火だけどな」

「では、どうぞ」

一姫は椅子を引いて、俺の着席を促す。
少女の意図が読めないまま、筐体に着くとチャリン、小銭の音が鳴った。壊れたようにプレイデモをずっと流していた画面がオープニングに切り替わる。

「やれ、ってか?」

少女は何も言わない。隣で俺を見つめている。にこにこと。やれやれ、分かったよ。何をさせたいのか、何をやりたいのかは知らないが、これでもゲームは嫌いじゃないんだ。
第一、ゲームセンターに来てまでゲームをしない道理も無いさ。
それは初めてやるタイトルだったが、しかしシューティングゲームなんてのは基本、一緒だ。俺は操作を一通り確認してスタートボタンを押す。
ゲームはライフ制ではなく残機制の、まあ、よく有るタイプのものだった。ボタンはそれぞれショット、ミサイル、ボムに対応して同時押しで必殺技が発動。
奇を衒っている訳ではない、分かり易いシステムで、これなら初挑戦であってもそれなりに良い所は見せられそうな気もする。
一番癖の無さそうな機体を選択して、ステージスタート。
二、三分程何事も無く進んだ所で、隣で立っていた一姫が口を開いた。

「お上手ですね」

「まあ、こういうのはパターンってのが有るからな。あんまりそれを外してくると覚えゲー認定されちまうから、序盤じゃそんな事はしてこないモンなんだよ」

「序盤、ですか」

「ああ。この分だと三ステージ目くらいまではいけるんじゃないか? 谷口がこういうのを結構好きでな。俺もよく付き合ってる内にそこそこ遊べるようにはなったんだ」

百円で何分遊べるのか、ってのは割と男子高校生に必須のスキルではないだろうか。電車待ちとかちょっとした暇なんかの充実度がこのスキルの有無で変わってくるし。

118 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:54:56.47 ID:oqdd0kdr0

なんてどうでもいい事を喋りながら一ステージのボスキャラをボムを二つ使い撃破する。ステージ合間のちょちょっとしたストーリーパートが始まった事を確認して、視線を画面から一姫に移した。

「シューティング見てるの、好きなのか?」

「嫌いではありませんが、好きと言う程でもありませんね。ただ、折角ゲームセンターに来た訳ですし、貴方の理解を促す上で一番分かり易い形を取らせて頂いたに過ぎません」

少女はどことなく空ろな目で、画面を見つめ続ける。

「理解?」

「ええ。あ、ストーリーパートが終わりますよ」

一姫に言われて再び筐体へと向き直った俺の、視界に少女の白く細い人差し指が映り込む。
それはまっすぐに伸びて、俺の動かす近未来装備満載の飛行機を指し示した。
そして、彼女は言う。

「これは、一樹です」

「は?」

意味不明にも程が有る。けれどゲーム中に余所見は出来ないので、俺には少女の顔を見る事すら出来なかった。

「質問します。何故、超能力者は複数で神人を狩るのでしょうか?」

「そりゃ、安全の為だろ」

まさか仲良しこよしがしたいから、って理由ではあるまい。

「正解です。それは安全の為。つまり」

薄っぺらいモニタの上。敵の撃ち出して来る弾が俺の機体の周りを覆った瞬間を、見計らったように少女は空いている右手で俺の目を覆った。
続けて、分かり易い撃墜音。

「神人狩りとは、危険なのです。超能力者であっても。神人の拳を避け損ねれば、たった一度でご覧の通り」

画面では今まさに、俺の操縦する飛行機が錐揉み回転しながら墜落していく所だった。

119 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:56:12.00 ID:oqdd0kdr0

たった一度で、この有様。
たった一度で、ご覧の通り。

こ れ は 、 一 樹 で す 。

そう、先刻少女は言った。
神人。緩慢に腕を振り下ろす、たったそれだけの動作でコンクリート建造物をノートのページを引き裂くみたいに砕くバケモノ。
避け損ねればどうなるか、なんて簡単なハナシで。

「一樹は優秀ですが、しかしそれは危なくないという訳ではありません。去年の夏、一樹がどれだけ憔悴していたかは、覚えていますか?」

「……ああ」

「優秀で有るが故に、呼び出される回数は増える。より危険度の高い閉鎖空間へ召集される。当たり前ですね。そして……シューティングゲームとはたった一度の操作ミスさえ許さないもの」

「だけど」

必死になってレバーを操作する。それが古泉ではないのなんて見れば分かるが、けれど、その頼りない飛行機が超能力少年の存在とダブって見えたのはなぜだろう。
分からない。

「だけど、古泉は死んじゃいない」

ワンコインツープレイ。二機目の機体は奮戦する。プレイヤの意思をよく汲んで、弾の雨を掻い潜る。
懸命に。
それを見て、一姫は言った。

「だから、言ったではありませんか。『それ』は『一樹』だと」

画面上を少女の指がつうと、上がっていく。それはある一点で動きを止めた。
残機表示。

「古泉一樹は、残機制なんですよ」

120 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 19:59:24.87 ID:oqdd0kdr0

ああ、確かに。
そりゃ、シューティングゲームほど、それの理解を俺に促すのに適したモンもないだろうさ。
一姫の、客観的に見れば漠然として訳の分からないその一言であっても。
俺は理解しちまっていた。
なるほど、「これ」は「古泉」だ。
気持ち悪くて眩暈がしちまうくらいに、適切な比喩じゃないか。
事ここに来てようやく知る。自分の考えの甘さ。
……甘さ。
それと。
現実の理不尽さ。
ソイツの置かれている状況は、日常的に死の危険に晒されているなんて「生易しい」ものじゃあ、決してなかった。
どうして気付かなかった、俺?
ヒントは有って、有り過ぎるくらいで。
使い古された救急箱は俺に何を語り掛けていた? 何を気付かせようとしていた?
「血腥い抗争に明け暮れている筈の、しかも敵対勢力から一番狙われてしかるべきである人間……それは、神のすぐ近くに送り込まれた工作員だ。普通に考えれば、ソイツは無傷で居られる訳が無い。この世界で一番命を狙われている人間と、言っても言い過ぎてはいないんじゃないだろうかと考える」。そう、気付いていたじゃないか。
無傷で居られる、訳が無いんだ。それなのになんで、俺はソイツの事を考えてやれなかったのか。
友人なんて言っておいて。
何も慮ってやっていない。
結論として考えられるのは、逃避。
俺は、ソイツの置かれている現実とやらにビビって、目を閉じ耳を塞いで、知らない振りを決め込んでいたんだ。
ずっと。
ずっと。
アイツは。
古泉一樹は。
へらへらと笑っている、その裏で。
ともすれば、俺が「世は全て事もなし」とか呟いちまっている、その線の向こう側で。
日常的に。
死 ん で い た 。

121 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:00:21.97 ID:oqdd0kdr0

その事実。現実。
そして、俺は。
友人の死を。
みすみす見過ごしちまってたクソ野郎だ。

122 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:08:37.21 ID:oqdd0kdr0

腕に力が入らない。操縦者のいなくなった飛行機は、程なく呆気なく、撃墜されて画面にはコンティニューが表示されている。

「死んでしまっても、一樹はコンティニューが出来るのです。だから、危険に立ち向かう事が出来る。だから、涼宮さんの傍に居る事が出来る」

ハルヒの傍。それは機関の構成員にとって地雷原以外の何物でも、ない。

「何度一樹として死んだのか、なんてもうとっくに数えていませんけれど」

少女は俯いて目を閉じた。その表情は一つの事実を俺に思い出させて。
感覚共有。
少女の経験を少年にフィードバックさせる事に関しては、それの遮断が可能だと聞かされていた。
しかし。
果たしてその逆はどうなんだ?
少年が受けた死の経験を、少女は受け取らないで済むのか?
心の中に湧き上がった疑問は、けれど少女の表情を見れば簡単に察しが付いちまう。……付いちまった。

「残酷でしょう、現実って?」

一姫の見せた苦笑いは、超能力少年にそっくりで。

「残酷でしょう、涼宮さんって?」

だけど、悔しいけれどそれでも、その横顔は凄惨なまでに綺麗なんだ。
……ああ。
……ああ。
理解、した。
古泉一姫。
彼女の本質。
涼宮ハルヒが嫌い、ってのは。嘘偽りの無いコイツの本心だ。
嫌い、なんて生易しいモンじゃない。
憎い、なんて心苦しいモンでもない。
この少女は、涼宮ハルヒに。この理不尽な世界を創った神様に対して。その絶望的なレールを引いた運命ってヤツに対して。
殺意すら、抱いている。
それは、どうしようもない事なんだろう。

123 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:12:28.04 ID:oqdd0kdr0

「……一姫」

「はい、なんですか、キョン君?」

破天荒な非日常を、うだうだと文句を言いながらそれでも楽しんでいたヤツが居る。
一人だけ、居る。
その裏で誰がどんな目に遭っているかも知ろうとしないで。
俺には関係無い。
そっちで勝手にやれ。
そんな言葉で。
有耶無耶にして目を背け続けていたヤツが居る。
俺には、ソイツが許せない。

「お前が嫌だって、そう言うまで俺はお前の傍に居る」

贖罪……のつもりなのかも知れない。
そんな気持ちで付き合われても迷惑なだけかも分からない。
だけど。
だけど、それでも。
俺にはこんな真似しか出来やしないから。
椅子に座ったまま、見上げる俺にふんわりと、少女は微笑みかけた。

「だったら、ずっと一緒ですね」

なあ、どうしてそんな表情が出来るんだよ。
俺だったらとてもじゃないけど、無理だぜ、そんなんは。
こんだけ……こんだけ滅茶苦茶に世界から見限られて世界から見捨てられて世界から見放されて。
それでも、なんでまだお前は笑う事が出来るんだ、一姫?

「望むなら、ずっとでも俺は構わない」

124 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:13:59.83 ID:oqdd0kdr0

例え世界が彼女にとって苦しいものでしかなくったって。
俺は自分の生きている筈の世界を「自分とは関係無い」と言い切っちまえるガキだから。
例え世界が一姫にそっぽを向いたって。
俺はその「世界」ってヤツと一緒になってお前を傷付けたりはしない。
そう、誓う。
俺は、俺だけはずっと一姫の味方で居ようと。
そう、決める。

「ねえ、キョン君」

少女は髪を掻き上げながら少しだけ腰を落とし、俺の耳元でそっと囁く。

「我侭を、言っても良いですか?」

「勿論だ」

「先刻の台詞……『ずっとでも構わない』の部分を『ずっと一緒にいたい』に直して、もう一度言って下さい」

そう言って。変わらずの口調ではあるけれど、耳元だったせいで喉の鳴る音は聞こえたんだ、はっきりと。
恋人の隣というポジションに緊張しているのは、俺の方ばかりではないと知る。それが少しだけ、嬉しかった。
彼女にそんな感情を抱かせてやれる事が、ほんの少しだけ、誇らしかった。

「構わない、なんて言葉で文末を濁さないで、下さい。もしも貴方から欲して貰えたのならば、それだけで、薄くて安上がりな私はしあわせになれてしまうのですから」

「分かった」

少女の呟きによって俺の胸に去来したこの思いを、さてどんな言葉で言い表せば良いのだろう?
ハルヒ以外に恋愛感情を持つ事が出来ない? なあ、それってーのは嘘なんじゃないのかい?
だって、俺は。
俺はこんなにも。

「一姫。俺はお前とずっと一緒にいたい」

この決心を恋愛感情と、そう呼ばないのならば。
きっとそんなものは世界のどこを探しても無いんだと、そんな風に思った。

125 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:18:10.96 ID:oqdd0kdr0

なあ、笑ってくれても良いぜ。たった三回デートをしただけで、俺は心を奪われちまってたんだからな。彼女の見せてくれる笑顔に、掛け替えの無いものを感じちまうように、いつの間にだろう、俺の脳みそは見事に調教されちまってた。
でもそれは……きっとそれは同情を多分に含んでいるんだろう。
共感(シンパシー)なんて抱けるような共通の土台は持っちゃいないのにも関わらず、な。
しかしそれでも、俺は「この少女が、俺の守るべき対象なのだ」と。こう思う。何の疑いも無く思えちまうみたいだ。
宇宙人でも未来人でも超能力者でも、ましてや異世界人でもない、完全無欠に一般ピーポー、どこにでも居る男子高校生の俺だけれど。
けれど、それは決して無力って訳じゃない。それにどうせ、無力だなんて言って諦めちまったら、それこそ本当に無力になっちまうんだ。
出来る事は、きっと有る。
それは例えば、好きになった少女の隣にずっと居るなんて簡単な事だったり。
それは例えば、好きになった少女にずっと好きで居て貰うなんて難しい事だったりする。
では。
俺に出来る事ってのは、一姫の為に出来る事なんってーのは、他に何が有るのだろう?
とりあえずの所、俺のスタンスは変わる様子を見せちゃいない。
彼女を、恋人を心の底から笑わせてやるのが目標だ。

126 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:20:40.80 ID:oqdd0kdr0

「何か、やりたい事は有りますか?」

ファミレスで軽い昼食を取っていると、一姫が俺にそう問いかけてきた。ので、俺は口の中のパスタを手早く咀嚼して口を開く。

「いや、特に無いな。……すまん」

「え? 何を今、私は謝られているのでしょう?」

「えっと……その、なんだ。デートすんのが一週間前から分かってるんだったら、プランくらい練っておけって話だろ」

我ながら甲斐性の無い男である事実は否めない。
しかし、言い訳をさせて貰えるならば。異性と一度も恋愛をした事の無かったこの、どこからどう贔屓目に見ても冴えない男子高校生にエスコートが出来る素養が果たして有るだろうか。
いや、無い。反語。
以上、言い訳終了。

「違ったか?」

「ん……いいえ。それを言ってしまえば私だって似たようなものではありませんか。貴方と一緒に居る事さえ出来ればそれで満足だと。そこで思考停止してしまっていましたから」

「だから、そういうこっぱずかしい事をのべつ幕無しに言うなっての」

俺の要求を少女は正面から突っぱねた。

「嫌です」

「その心は?」

「貴方の恥ずかしがる表情が可愛らしいのが、いけません」

「……」

古泉一姫。この女、超能力者じゃなくて魔法使いなんじゃないだろうな。
口を開けば沈黙の状態異常を俺に付加する呪文とか、正直洒落になってないぞ、オイ。
その内に俺が言わ猿になっちまったらどうするつもりなのか、そこんとこをちょっと詳しく聞いてみたい。
超能力者らしく、テレパシーでの意思疎通とかを始めやがるつもりじゃないだろうな?

127 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:27:09.00 ID:oqdd0kdr0

「では、午後のプランは無し、と。そういう事で構いませんか?」

「ああ、構わないけどさ……ん? 一姫、なんかやりたい事が有るのか?」

有るんだったら言ってくれれば幾らでも付き合うんだが。俺で良ければ……って、こういう事を言っちゃいけないんだったか。難しい。
自分を卑下するのは、これはもう俺にとっちゃ癖みたいなモンなんだが、それをしてしまうとその俺を好きになってくれた少女まで蔑む事になる……うーん。
モノローグに縛りが掛かってくるってのは初めてで、中々、なんっていうかこう、生き難いな。
いや、好かれているのは悪い気持ちではまるで無いから嘆く必要はきっと無いのだろうけれども。

「やりたい事は特に有りませんけれど、見て貰いたいものは有ります」

「見て貰いたいもの?」

「はい」

はて、なんだろうか。コイツが俺に見せたいもの……ねえ。少し首を捻って、そして一つ、これじゃないのかな、ってのには行き当たる。
俺はまだ、古泉一姫の体から古泉一樹が出て来る現場に遭遇してはいない。という一点。それは俺自身、引っ掛かっていた所では有った。
これからもずっと一姫と付き合っていく心算ならば、古泉一樹と古泉一姫が表裏の二重存在だという事は折り合いを付けなければならない一線だろう。
それも、なるべく早くに。
俺も絶対お前から逃げないから。
口ではそんな事を言ってはいたものの、しかし実際にそんな状況(一姫の身体からスマイルゼロ円がぬるりと這い出てくる様を目の当たりにする状況の事な)に置かれちまったらどんな反応をするのか分からないのが人間だ。
つまり、これは警告。
自分はこういう特殊な女だが、それでも自分と一緒に居てくれるのか、という。
つまり、それは分かり易い、怯えだ。

「少し驚かれるかも知れませんが、それでも見て貰っておきたいのです」

そんな風に言わないで貰いたかった。驚かない、怯えない、苦しまない、覚悟はとうに決めてるんだぜ、俺は。これでも。
だから、辛そうな顔なんか、しないでくれよ。

「分かった」

そう言って笑いかけてやる。「俺はそんなモン見せられても断固としてお前の傍に居続けるぞ」と、そんな意思が通じたかどうかは知らないが、目を合わせた一姫は俺に微笑み返してくれた。
そして、顎に手を当てて中空を見つめるという分かり易い考える人のポーズを取った後に(俺がやっても間抜けなだけだが、美少女がやると大層絵になるポーズではあった)、少女は事も無げに言った。

「では……そうですね。食べ終わったらホテルに行きましょう」

「ぶふっ!?」

128 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:29:40.08 ID:oqdd0kdr0

口を付けていたコーラがものの見事にグラスに回帰した瞬間である。余りに唐突で、それでもグラスは取り落とさなかった自分を自分で褒めてやりたい。

「げほっげほっ! がはっ!? ホ……ホテっ!?」
噎(ム)せ、涙目になりながら少女を見ると、彼女は俺に向けておしぼりを差し出しながら可愛らしく頷いた。

「はい、ホテルです。私の部屋は監視カメラや盗聴機その他が有りますし」

言われて古泉の部屋を思い出す。ああ、そういやそうだったな。機関のエキスパート、古泉一樹にとって唯一と言っても良いだろう、泣き所である目の前の少女は、自室では厳重に監視保護されている。つまり、あの部屋での逢瀬は全て機関に筒抜けって事で、それは俺も余り歓迎したくはないな。
でもって変態超能力者を体から出す所なんか罷り間違っても大衆の目には晒せまい。
だから、この場合はホテルを公開の場に選んだ少女の選択で正しい。いや、分かる。分かるよ。
むしろ間違っているのは俺で。それは分かるんだ。だが……しかし……。
勿論、ここまで来て公序良俗がどうとか青少年育成条例云々なんて言うつもりも無い。だが、そうではなく。
受け取ったおしぼりで口元から顔までに付着したコーラを丹念に拭って俺はゆっくりと問い掛ける。

「良いのかよ、一姫?」

「何がですか?」

首を傾げて一姫。チクショウ、贔屓目抜きにその仕草が可愛らしいので余計に腹立たしい。異性と二人でホテルに入るってのが一般にどういう意味を孕んでいるのか、それに少女の思考が行き当たっていない筈は無いんだ。俺が盛大に飲み物を吹いた理由だって、絶対に分かっている筈なんだ。
だって「古泉」なんだぜ? 一を聞いて要らん事まで頭を回すその察しの良さは男女共通だって、俺は知っている。
額を押さえて目を閉じた。ああ、頭痛がしてきそうだ。右目だけで少女の様子を伺えば……はあ、思わず溜息もこぼれ出ちまうってなモンで。あの顔はよく知っている。これでもかと見慣れてるさ。
そこに誰かさんの存在をダブらせずにはいられないニヤケスマイルだ。

「一姫……分かっててやってるな、お前?」

「ええ、まあ」

事も無げに少女は頷く。

「私も、年頃の少女ですから?」

「異性と一緒にホテルに行くって事の危険性ぐらいはキチンと認識してくれているようで、兎に角俺は頭が痛い」

「いえ、手を出して下さるのでしたらば、私としては拒む理由はありませんが。むしろ、正直に言うのならば手を出して頂きたいとすら思っています」

129 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:32:03.95 ID:oqdd0kdr0

「……あのなあ。お前は少し恥じらいを持て」

「キョン君こそ少しで良いから男らしく、私にがっついてくれても良いのではありませんか?」

「違う……そんなのが男らしさだとは俺は断じて認めない……」

性別の役割が逆転してやがる……。普通は逆だろ? 逆だよな?

「ですが、考えてもみて下さい。仮にも恋人である異性と」

「仮じゃないだろ。あと『である異性』も必要無い。俺は至ってノーマルな感性の持ち主だからな」

同性の恋人とか、そんなんは都市伝説だ、都市伝説。

「そうでした。訂正します。恋人とホテルに入って何もしないというのは、後から思い返すと酷い汚点になってしまう事。それくらいは分かるでしょう?」

後悔はどこまで行っても先には立たないものだという話。だが、果たしてそれはこんなあっさりと通過してしまって良いイベントなのか?
否! 断じて否だ!

「武士は食わねど高楊枝、って知ってるか?」

「いつから貴方は高校生から武士に鞍替えなさったのでしょうか? 私の知る限り、貴方は武士ではなかった筈なのですけれど。しかし、男性ではあるのですから、据え膳食わぬは男の恥。こちらならば当て嵌まりますよ?」

「そんなに俺と……その、そういう事になりたいのかよ、一姫?」

「そんなに私とそういう関係になりたくないのですか、キョン君?」

……七方塞がり。
……ダメだ。何を言っても勝てる気がしねえ。

「そういう訳じゃ……ねえけど。だが、なんっつーか、だな……」

「言葉にも出来ない曖昧な思いで私を拒絶するのですか、貴方は?」

言いよどむ事すら許されやしないとか、一体この世はどうなっていやがるんだ。俺の知らない内に待つ優しさを失っちまったのか?
……バファリンのCMっていつから「半分は優しさで出来ている」と謳わなくなったか誰か知ってたら教えてくれ←現実逃避

「私の思いは単純にして明快ですよ。好きな人に抱かれたい。この上無く原始的でしょう。それとも」

少女は顎を引いて、上目使い気味に俺を見る。俺の頭ン中で警報が鳴る。
ヤバいヤバいぞ、これは。

「それとも、貴方は私を……『優しく』抱いてはくれないのですか?」

130 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:38:22.86 ID:oqdd0kdr0

クリティカルヒット。俺の体勢が崩れる。ファミレス仕様の背凭れ椅子がガタンと大きく音を立てた。
ちっ……コイツ……俺のツボを完っ璧に心得ていやがるとか、有りかよ! 反則だ!

「……クソッ……いたいけな青少年の『もしも彼女が出来たら上目使いに言って貰いたい台詞ランキングトップテンin北高(谷口調べ)』を何の出し惜しみ無く使ってくるんだな、お前は!?」

「言ったでしょう? 一樹の記憶は共有している、と。でしたら、貴方が女子のどんな仕草、台詞が好きなのかなんてお見通しですよ、私は」

きょ……強敵過ぎる。炎と斬撃が弱点の相手に炎の剣持って挑むような抜け目の無さをひしひしと感じずにはいられない! リアルに布の服しか装備してない俺に対して磐石過ぎるぞ、そのウェポンは!

「そして、それを利用しない手は有りません。ほら、私は恋する乙女ですし。貴方を篭絡するのに手段など選ぶと思いますか?」

勝つ為には手段を選ぶな。勝てば官軍。ああ、この恋人に言ってやりたい。既に俺の心は八割方お前のものなのに、って。
……まあ、言える筈もないが。

「望むなら……私はどこまでも貴方好みに染まってみせますよ?」

「そ……それはランキング第四位、『どこまでも貴方色に染めて下さい』の変則系か!? そんな器用な真似まで出来るのかよ、一姫!?」

「ええ。とは言え、八割ほど本音です」

「八割もかよ!?」

……どれだけ自分に素直なら気が済むんだ、コイツは。……なんだ? 今、流行りの「素直クール」ってこういうのを言うのか?
だとしたら、面倒な属性も有ったモンだなあ、オイ!
こうか は ばつぐん だ !
クソッタレ、計算尽くだと分かっていながら萌えずにはいられない!
美人系の外見で恋に貪欲とか、相乗効果で攻撃力三倍な事に気付いてないのか、コイツは? オーバーキルも良い所だぞ、マジで!

「そもそも、本気で私を抱く事を躊躇っていらっしゃるのであれば、貴方が自制すれば良いだけのような気がしますが。ふふっ。しかし、やせ我慢は体に良くないとはよく聞く話では有りますね」

やせ我慢? そんな器用な真似が出来れば最初からこんな話題で慌てふためいていたりしてないんだよ、俺は。ああ、意志の弱い男だと笑うなら笑え。俺だって笑いたくて仕方が無いんだ。
意志薄弱。しかし、健康な男子高校生彼女イナカッタ暦十六年強なんだから、そこは勘弁して貰いたい。
ああもう、これじゃ本気で据え膳食わぬは何とやらだ。
一姫の怒涛の攻撃にぐるぐると回り回る俺の頭の中は高速回転し過ぎてどっかの虎みたいにバター寸前。真っ白になっちまっていて。
果たしてこの時の俺がどんな表情をしていたのかなんて想像もつかない。しかし、恋人の表情だけは捉えていた。しっかりと。
見逃さなかった。
一瞬だけ、少女が見せた陰りを。

131 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:40:09.68 ID:oqdd0kdr0

「けれど……ええ、多分。私にとっては都合の悪い話ですが、貴方は私に手を出されないと思います。きっと」

そう言って、少女は食後のコーヒーに手を伸ばす。どうやら動揺していたのは俺ばかりのようで、一姫はお喋りの合間にも自分の前の皿を片付けていたようだった。
……全然気付かなかった……って、この場合の問題はそうじゃなく。

「手を出せない、ってどういう意味だよ、一姫」

「そのままの意味です」

少女は言う。

「私の持つ疵(キズ)を見て、それでも貴方がそういった気分に陥る事は」

少女は、諦めたように、言う。

「有り得ません」

顔に貼り付けた微笑を見て。それが悲しさを押し殺している表情だと気付いておいて。
そこでようやく俺は我に返る。
何やってんだろうな、ってな具合に。我に返る。
どこまでも、どこであろうと、隣に居続けるって。そんな決心を固めたばかりじゃないか。
それが現実はどうだ? 地獄へのお供どころかホテルに一緒に行くのすら戸惑う始末。
薄っぺらい人間にも程が有るだろ、俺?

「なあ、一姫」

「はい」

「手を出したくない、ってのは……好きじゃないとか、そういう意味じゃないんだ」

ああ、でも仕方ねえ。俺は薄っぺらい人間だ。太陽に翳すまでも無く見透かすのなんざ簡単な、裏も表も有りゃしない、セロファン紙みたいな人間だ。

「そもそも、出したくない訳ですら無いんだ。健全な青少年の枠に漏れず、俺だって当然のように異性に興味は有るし、それが……一姫みたいに綺麗なヤツなら尚更だ」

だったら本音を隠した所で勘の良い恋人相手にどうせ隠し通せるモンじゃないし、洗いざらい、すっきりはっきりゲロしちまっても良い気がした。

「でも、それでも俺はお前を大事にしたい。今までたくさん失った分、それを取り戻せるくらいにとまでは言わないし、俺じゃそんな大それた事、役者が不足してんのだって分かってる」

けれど、それでも。只の人間は諦めない。
綺麗な綺麗な、少女のヒーローになる未来だけは、俺は絶対に諦めない。

132 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:44:07.85 ID:oqdd0kdr0

「だけど、慰みにくらいはなってやりたいんだ」

それくらいしか出来ないってのも有る。だけど、出来る事が有るのなら、何を差し置いてでもしてやりたい。
そう、俺に思わせたのは他ならぬお前なんだよ、一姫。

「大事にする、ってのが具体的にどういう行動を指すのかは俺は頭が悪いからよく分からん。けどな。それは俺の劣情をお前にぶつける、っつーのとは絶対的に繋がっちゃいない。それくらいは分かるつもりだ」

「……だから、我慢なさるのですか?」

「ああ。ヘタレだと言っても良いぞ。だけど、何を言われても俺はお前を一番に考える、このスタンスだけは変えない」

まるで告白だな、なんて思った後に、告白じゃなけりゃ何だってんだ、と思った。
そっか。
そうだな。
期せずして、これは告白なんだ。
俺からお前に宛てた、格好悪い、覚悟の表明。

「お前が、何も憂わず何も悲しまず何も苦しまない、そういう風になれたら、初めて俺はお前を抱きたい。なあ、そもそもセックスってのはそういうんじゃないのか?」

俺の考えが青臭い? そんなんは言われんでも分かってる。けどな。
青臭くたって結構だ。
青二才で、上等だ。
だって、俺は文字通りの青少年なんだぜ?
さあ、言いたい事は言った。上手く伝えられた自信なんざ無い。最悪、只のヘタレの方便としか取られていないかも知れない。一姫が口を開く。

「……貴方は、本当に優しいんですね」

「違う。わがままなだけだろ、こんなのは。一姫、俺はさ。お前に後悔させたくないんだ。こんな事くらいは、後悔しないで貰いたいんだ」

せめて、一生に一度の、こんな事くらいは、後ろめたい思いを持たないで貰いたい。
そんなエゴ。また押し売りしちまってる、俺。つくづく自分が嫌になるけれど止められない。
なあ、神様さんよ。聞いてくれるか。
さんざ不幸だった分だけ、俺の恋人は幸せにならなきゃ、そんなのは嘘だよな。そんなんじゃ、冗談にすらなっちゃいないぜ。
ああ、俺は思うんだ。この世には神も仏も無いけれど、救いと希望は有るんじゃないかと。
そういうものに、彼女にとってのそういうものに、俺はなりたい。ちゃちなプライドは捨ててやる。どんな格好悪い役柄だろうと演じてやる。その代わりと言っちゃなんだが、後生だ、神様。
コイツにしあわせを思い出させてやってくれ。

133 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:45:22.51 ID:oqdd0kdr0

「しませんよ、後悔なんて。貴方を相手に、後悔なんて」

「そうかい。なら、俺にそれを確信出来るだけの時間をくれるか?」

一姫に好意を抱いて貰っているという、確信が欲しかった。
少女の顔から悲しい道化の仮面を剥ぎ取るまでは。
俺には手を出せそうに無い。

「貴方は……優しくて、優しくて優しくて、でもとても残酷なんですね、キョン君」

「理解してる。どうしようもないエゴイストだよ、俺は。しかも、女の子にそこまで言わせておいてそれでも尚踏み止まろうとするとか、情けなさ過ぎて涙が出そうだ」

お涙頂戴の人生を歩んできた少女と、涙無くして語れない俺という人となり。案外、お似合いな気がしないでもないか。

「だけど」

だけど、少女の涙の追加は頼んでないし、頼む気も無いね。オーダーミスだ。ニコニコ笑顔のウェイトレスさん、申し訳無いがテーブルから下げてくれ。

「それが俺だからな。そんなんが、俺だからな。幻滅すんなら今の内だぜ、一姫」

腹の底まで晒しておいて。場に置いたカードは全部表向き。切り札なんか持っちゃいない。
しみったれの自己満足の塊。薄っぺらで浅はか。中途半端に破滅的。
一姫が話してくれた、悲しい過去に代わりまして。
弱いトコをまるっとひけらかして、さあ、プレゼン。

「こんな男だが……悪いな。お前を好きになっちまった」

134 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:47:57.01 ID:oqdd0kdr0

瞬間、零れる涙。
少女は声一つ上げず。まるで時が止まったんじゃないかと俺が錯覚するくらいに不動のままで。
ただ、涙を流した。
ただただ、涙を流した。
ぽろぽろと。
はらはらと。
眼をこれでもかと見開いて。
その網膜に俺を、俺だけを焼き付けてるみたいに。眼球が乾いちまうのもお構いなしに。眼球が乾く間も無いほどに。
涙を、流した。
ただただただただ、涙を、流した。
じっと。しゃくりあげることも無く。
涙腺が壊れちまったような。
放っておいたら全身の水分を涙に換えて、その内に干乾びてしまうんだろうとか馬鹿な事を考えるくらいに。
その姿は、綺麗で。綺麗で。
俺は思わず、息を飲む。一緒になって、凍ってしまう。
そして、見蕩れる頭で、気付くんだ。
ああ、そういえば。俺から「好きだ」と言葉にしたのは初めてだったという事に。
今更、気付いて。
それで少女は泣いている。そんなメロドラマの一シーンみたいなのが目の前で起こっているのは、そりゃあなぜかって言ったら、決まっている。
少女が本気で俺に恋をしてくれているからだろう。
誰かが言っていたのを思い出した。
恋をする少女ほど、絵になるものは無い。ああ、なるほど。どっかのいつかのご高名な画家センセイ様よ。今なら俺にだってその気持ちが分かろうってなモンだ。
確かに、今の少女は世界で一番、絵になるよなあ。
綺麗な綺麗な、俺の恋人。
涙というのは周りに自分の感情を伝える為に流れるんだそうだ。だとしたら、彼女は口を噤みながらも、大声で叫んでいるんじゃないだろうか。
世界へ向けて自分の恋を誇っているように、俺には見えた。
そうだよ。
お前は、誇って良いんだ。
どんなに世界に傷付けられても、それでも負けなかったお前は。どんなに世界に苦しめられても、作り物であっても笑顔を貼り付けられるお前は。
残酷な神様に平伏さなかったその高潔な精神を誇って良いんだ。
少なくとも。俺にとっちゃお前は、最高に誇らしい彼女だぜ、古泉一姫。

135 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:49:47.23 ID:oqdd0kdr0

見蕩れて、凍り付いて。もう一生開けないだろうなと思っていた俺の口は、けれど持ち主の意思なんて見事にシカトして勝手に言葉を紡いでいた。

「一姫」

恋人の名前を呼ぶ。俺の視線の先で薄紅の乗った唇が柔らかく開いていく。

「はい」

「どこまでも、隣に居るから」

「……はい」

「しあわせにはなれないかもしれない。もしかしたら不幸になっちまうかもしれない」

「……はい」

「勿論、出来ればしあわせにしてやりたいとは思ってるけど、こればっかりは……俺たちはちょいと特殊だからな。叶わないかもしれない」

「正直ですね。そこは『必ず幸せにする』と口にするのが殿方の甲斐性ではありませんか?」

俺だって言えるモンなら、言ってやりてえよ。

「茶々を入れるな。……で、だ。でも、だ。俺は一緒に居る。お前が望む限り、ずっと一緒に居る」

「言ったでしょう? 私は貴方を嫌いになんてなりませんよ」

136 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:52:55.48 ID:oqdd0kdr0

「だったら」

だったら。

「一緒にしあわせになろう」

一緒に。

「一緒にふしあわせになろう」

一緒に。
どこまでも。
いつまでも。
一緒に。
いよう。
そういう覚悟。

「古泉に……俺の友人に、伝えてくれるか」

「何を、でしょう?」

コーラを一気に飲み干して、そして潤った喉から、引き絞って俺は放つ。
乾坤一擲。愛の言葉。

「確かに預かった」

137 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:54:47.36 ID:oqdd0kdr0

これだけ伝えれば、察しの良いアイツの事だ、全て理解してくれるだろう。

「まあ、そうは言ってもアイツの事を諦める事なんて、出来ないけどな」

これが本当に出来の悪いメロドラマなら。ソイツはハッピーエンドじゃないといけないんだ。
そして、俺のハッピーエンドは、誰も欠けさせないのが大前提。

「……預かられました」

察しの良い俺の恋人はそう言って。やっぱり少しだけ涙を流した。
正直、かなり萌えた。

138 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 20:58:56.47 ID:oqdd0kdr0

さて、話の流れで俺がどこに連れて行かされたのかはなんとなくお察し頂けるかも知れないが、ホテルである。
アミューズメントホテル、である。

「ラブホテルってこんな風になっているんですね。キョン君、知ってましたか?」

どことなく、はしゃいでいるように見えなくもない一姫を眺めつつ、まるで敵城に乗り込む忍者の如くに息を潜め辺りを伺う男子高校生は、誰あろう俺で間違いはない。
無意味にゴテゴテした外装に相反して、建物の中はシックというか簡素というか、そこそこ落ち着きの有る感じでまあ、一安心と言った所だろうか。
いや、誤解を招かないように先んじて言っておくがここはごく普通のアミューズメントホテル、である。

「あ、ティーパックなんて有るんですね。それもお茶と紅茶……あ、コーヒーも有ります。なんだか、もっとこう猥雑なイメージを持っていたのですけれど、ラブホテルって案外普通なんですね」

室内に流れている控えめな有線はクラシックで、余りその方面に詳しくは無い俺であっても「これはちょっとな……」と苦笑いしてしまいそうな上手いとは言い難い演奏ではあるが、しかしこれもホテル側の「安らいで貰いたい」という持て成しなのかも分からない。
まあ、無音よりは理性の保ちようが有るというものだろうか。
重ねて言う。アミューズメントホテル、である。

「ふふっ。緊張してるんですか? この部屋に入ってからちっとも喋ってくれませんけれど。でも、どこまでも着いて来てくれると言ったのは貴方ですよ? ほら、ラブホテルなんて言っても、そんなに面白い施設が有る訳でも有りませんし。硬くならないで下さい」

アミューズメ……ああ、そうだよ、俗に言うラブホテルだよ、何か文句でも有るのか、コノヤロウ。
大きく息を吸って、吐いて。
オーケー。俺は冷静だ。

「……この状況で緊張するな、と言うのがどれだけハードル高いか分かってるのか?」

室内を物珍しそうに物色する一姫の背中に向けて、そう問いかけた。ふむ。どうやら、本当に俺と一緒でこういう所に来るのは初めてであるらしい。
それにしては入室の際の部屋決めやら何やらが堂々としていた気もするが……まあ、こういうのは肝の据わらない俺なんざと比べる方が間違っているのかも知れんな。

「まあ、それとなく貴方の心境は理解しているつもりです。大方、いざという時に使い物にならなくなってはどうしようなどと……ふふっ。男性は大変ですね」

「そこまでは深読みして貰いたくなかったがな……」

後、身体の線が丸分かりなスリムデニムで前屈みになるのは……背後に居る俺としちゃ目のやり場に地味に困る。
ちなみにこの日の一姫は上が黒に縦線の入った凛々しい感じのジャケット、下は灰色ベースに斑模様のジーンズと白のミニスカートを重ね着していた。ジャケットから覗くフリルの付いたドレスシャツの襟元が見習いたいくらいに良い感じである。
惜しむらくは、肩に掛けたストールが他のコーディネイトに対して少し浮いて見えてしまっている事か。まあ、それにしたって十分に美人なのは間違いないのだけれども。
ああ、俺の方はどうなんだ、って? 聞くな。三時間空回って結局普段通りだ。察しは付くだろ。

139 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:01:21.38 ID:oqdd0kdr0

「大丈夫ですよ。私は一樹の事もあって、それなりに殿方にも理解が有るつもりです」

「そういう理解は要らない! 頼んだ覚えも無い!」

「もし、未遂に終わってもちゃんと慰めてあげますよ。だから、安心して下さい」

「その、自分の優しさをアピールしてる感じの物言いが逆にわざとらしくて苛立たしいぞ、一姫」

「まあ、故意ですから」

少女は鮮やかに振り向く。一拍遅れで揺れるポニーテールに俺の視線は浅ましく追従しちまって。

「……萌えませんか?」

……くっ、少女の問い掛けに即答出来ない俺が居る。突然、素に戻る、というのもそれはそれで演技の一部なんだろうが……なんだろう。これが、俺の弱点を全て知られている、という事なのだろうか。
多分、そうなんだろうな。
こんなことなら古泉(♂)と異性の趣味について熱く討論しなければ良かったと後悔したところで、それこそ真実、後の祭り。
……誰だ、変態超能力者の趣味を聞き出そうとか下らない事を考えた馬鹿は。俺か。俺だな。俺なんだけども。俺で違いないのだが。
朝比奈さんに頼み込めば過去を変えられるだろうか。いや、きっと無理だな。

「まあ」

ソファに座った一姫は一転、声のトーンを落とす。

「萌えて頂いても、この場では少し困りますけれど」

「……だな」

そうだ。俺たちは決してピンク色の妄想を形にしに来た訳ではない。
ラブホテルに来たのだって、ここしか条件に合致する場所が無かったからであり。そこの所はどうか理解しておいて頂きたい。
機関に知られては、困る。一姫はそう言った。
どうやら、俺と一姫のこの逢瀬は機関の与(アズカ)り知らぬものらしく。働き者の超能力少年がなんとかかんとか俺と一姫からマークを外して秘密裏に行われているもの、らしい。
実は俺に四六時中尾行なり監視なりが有ったとかは出来れば知らずに過ごしていたかった……と、まあ、それは置いといて。
つまり、機関御用達のホテルは最初から選択肢には無かったらしい。同様の理由で盗聴機やらカメラやらが有る古泉のマンションも没。
普通のホテルが何の事前連絡も無しで、高校生男女二人組に部屋を貸してくれるかと言えば、これもノー。
カラオケの個室とか、そんなんは見られる危険性が有るから最初から却下の方向で。
となると。
つまり、こういった場所になってしまうのである。
個室が必要だったのであり、それがラブホテルである必要性などは無かったというのはお分かり頂けただろうか。
……。
だから、何だ、って話なのは俺も認めるに吝かではないが。

140 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:06:25.79 ID:oqdd0kdr0

一つ咳をして桃色脳みそに仕切り直しを告げ、ダブルベッドの脇に腰掛けた俺は少女と対峙する。

「俺に見せたいものが有る、って話……だったな」

「はい。そうです。どうしても、見て貰わなければ、ならないものが、有ります」

「その言い方だと、出来れば見せたくない、って風に俺には聞こえるんだが」

「本当に、気付かれたくない所にばかり貴方は気が付くのですね。ええ、その通りです」

そう言って、少女は苦笑する。

「見せたくないなら、無理に見せなくても、良いんだぜ?」

俺だって、こんな場所で超能力少年と対面したくはないしな。ラブホテルで古泉(♂)と二人きり……不可抗力では有ったとしても、それは流石に背筋が寒い。
けれど、俺の思いは珍しく察して頂けず「そんな訳にも、いかないでしょう」そう言って一姫は笑った。彼女の座り込んだ黒い合皮のソファは二人掛けで、不自然に少女が片側に寄って座っているのには気付いていない振りをしておく事とする。
自然に隣に腰掛ける事が出来る度胸は持ち合わせていないんだ。そんなスキルもな。
俺の次の言葉を待っているみたいな、一姫。さて、何を言い出そうか。そんな事を考えて、自然に会話が止まる。車がそうであるように、一度止まったものを再び動き出させるのにはとてもエネルギーが要るものであり、この時もそれは例外ではなかった。
有線だけが流れる室内。口を開くタイミングを見失って、沈黙する俺達。なんとなく、気まずい。
自然に会話を再開させるには、どう切り出せばいいのかと少しだけ思案していて、そうしていて、ふと気付いた。
なぜ、俺の目の前の少女は何も言い出さないのだろう、と。
元々、見せたいものが有ると言い出したのも彼女なら、ラブホテルに入ろうと言い出したのも彼女である。であるならば、会話のイニシアチブも彼女に帰属するのが筋というものだろう、うむ。
いわば少女にとって今の状況はホームである。言うまでも無いだろうが、俺にとってはアウェイこの上ない。
……どうやら、俺に見せたくない、ってのは本当らしい。
一姫は、俺の見てきた限りではどちらかと言うと繊細な部類にカテゴライズされるのではなかろうか。少女をぼんやりと眺めながら、つらつらとそんな事を考える俺。
傍目には捌けているように見える。冗談も言うし会話も上手い(この辺りは古泉によく似ている)。だがしかし、その実、それはただの仮面なのでは……古泉と同じように。
強がっている、だけ。そんな感じで。
ただのどこにでも居る、恋する乙女、女子高生。それが少女の本質な気もする。そんなに一姫と長い訳ではないが(何せ、正味四日だ)、しかし、恐らく間違いではあるまい。
だから、見せたくないものがあれば動揺もするし、ラブホテルに二人きりという状況下で何も感じていない筈も無いのだろう、きっと。
こっちは、俺と同じように。

141 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:08:01.27 ID:oqdd0kdr0

それでも。意を決したように一姫はすう、と一度深呼吸をして立ち上がる。

「お見せしたいものが有ります、キョン君」

そう言った。

「ああ。あんまり気乗りしてないみたいだし、そういうのはさくっと終わらせちまおうぜ?」

少女の勇気に対して、あくまでも軽いノリを装う俺。これで少しでも一姫の気が楽になればいい。

「な、一姫?」

「はい」

彼女は一つ頷いて、テーブルに置かれていたハンドバックを手に取った。

「では、私は準備が有りますので。貴方はここで待っていて下さい」

「了解だ」

一姫が洗面所に消えていくのを見送る。バタンと扉が閉まったのを確認して俺は一つ、大きな溜息を吐いた。

「ふう」

それにしても。ガラス張りとかそんなんじゃなくて本気で助かった。俺の考えるラブホテルって言うとどうも透け透けであるだとか、ベッドが回転するだとか、そんなんになる訳だが、どうやらただの都市伝説だったようで結構な事だ。
……普通にこじんまりした個室じゃねえか。
一姫が居た手前、あまりきょろきょろと部屋を見回す事も憚られた俺であるが(俺にも男の子としての面子と言うものが有ってだな)、しかし恋人は今、洗面所だ。となれば俺が物珍しい面持ちで室内を物色する事に何の弊害が有るだろうか。
いや、ない。
大型のテレビに冷蔵庫。電子レンジに電気ポット。後洗濯機でも有れば普通に生活出来そうだ。ちょっと拍子抜け。テーブルに置かれていたホテルのインフォメーションは確かに「それっぽく」は有ったが、しかし、眺めている所を一姫に見つかってもつまらないのでこれは放置。
ダブルベッドは、まあ、これは仕方が無いのだろう。元々、そういう事の為に有るホテルだし。
……枕元に置いてある小箱が存在感をこれでもかと放っていたが、いやいや、君子危うきに近寄らずである。
色即是空。空即是色。
……お茶でも淹れておくか。

142 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:10:15.35 ID:oqdd0kdr0

電気ポットの中には水が入っており、後はスイッチを入れるだけとなっていた。それを押して電源が入った事を確認すると、どうしたことだろうか、途端、手持ち無沙汰になってしまった。
……ラブホテルのテレビはエロ番組がやっているらしいし、そこに逃げる訳にもいかないよなあ。
不思議なもので人間は暇を持て余すと色々な思索に耽ってしまうものであり、そしてそれは無論、俺も例外ではない。
あれやかれや何やかんやを考えてしまうのである。いや、それ自体は別に何を言う事も無いさ。しかし、だ。
今回に関しては場所が悪かった。
ラブホテル。
男女がナニする目的で利用するホテルの一室。
考えまい考えまいとすればする程逆効果。俺の心臓は徐々に回転数を上げていく。ええい、者共鎮まれ、鎮まれい!
何か手頃な差し迫った問題に思考回路を向かわせてどうにか精神の手綱を取ろうと一人、躍起になる。だけど、出て来るのは一姫の俺に見せてくれた幾多の表情ばかりで……ん?
そういや、なんでアイツは洗面所にハンドバックなんか持っていったんだ?
まさか超能力少年を体から出すのに口紅を落とさなければならない訳でもあるまい。少年が少女の体にその身を沈ませていく時には特に準備的な事はやっていなかった気がする。
逆パターンの場合は違うのだろうか。だとしたら、薬を服用するだとか注射を打たねばならないのか?
うーん、確かにそれは余り彼氏に見られたい光景ではないだろう。
いつぞや俺の右手関連で救急キットっぽいのは鞄の中に入っていたし、あの中にそういったものが一緒に収められていたとかは、まあ、考えられない話でもない。
などと考えていると電気ポットが湯気を吹き始めた。お茶か紅茶かコーヒーか。はてさて、一姫はどれが良いだろう。まあ、無難にお茶と紅茶を一つづつ淹れておいて、選ばせれば良いか。
卓袱台サイズの低いテーブルの上に飲み物入りのマグカップを二つ、用意した所で洗面所の扉が内側からノックされた。

「キョン君?」

控えめな少女の声。怯えているように聞こえなくもない。気持ちは少し分かる。

143 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:11:09.70 ID:oqdd0kdr0

「お。準備ってのはもう良いのか?」

「はい。貴方も……心の準備はよろしいですか?」

「おう、いつでも来い」

そう言ってソファに腰掛ける。視線の先で外開きのドアがゆっくりと開いていき、その端から一姫が顔だけを出した。
能面のような無表情。笑顔さえ貼り付けず。
ぞくり、とした。

「……嫌いに、ならないで下さいね」

「今更、何を言ってやがるのかね、このお姫様は。ならない。あんまり俺の覚悟を甘く見ないでくれよ。悲しくなるからな」

何かを言いかけた口を、しかし閉じて一姫は、ゆっくりと扉の影から姿を現す。
そして、俺は……軽口も何も、言えなく、なってしまった。
肌色というには白過ぎる、およそ太陽の存在を知らないような、肌。
声を出す方法をすら忘れてしまったのは少女が一糸纏わぬ裸体を晒したから……ではなく。
裸だったからでは決してなく。

その裸体の至る所に、尋常ではない数の
ぶちまけた絵の具にも似た
疵(キズ)跡が
有ったからだった。

144 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:14:05.73 ID:oqdd0kdr0

きちんと話を整理すれば、それは分かる道理だった。
道筋は、ちゃんと付けられていた。
古泉一樹は日常的に、恒常的に、死んでいる。殺されているという事実。
古泉一樹は死んでも生き返る事が出来るというルール。
古泉一樹の体に、しかして傷跡なんてものを見た記憶は無いという現実。
そこから導き出せる推理は以下の通り。古泉一樹は死ぬほどの傷を負っても生き返る際に綺麗さっぱり再生する。恐らく、この考えで間違いない。
でもさ。
だったら。

使い古された救急箱は一体誰が利用していた?

一つの体を二人で共有する、古泉一姫と古泉一樹。
少女と初めて出会った晩に、彼女は言った。
「身体情報を半ば共有する関係の私には、彼が摂取したアルコールがどうしても引き継がれてしまう」。
そう、確かに言った。
よく考えれば気付けた事。引き継がれるものが、アルコールだけで有る筈が無い。
身体情報を半ば共有するってのが、具体的にどういう意味を持つのか……俺の目の前で佇む少女の体が、その答え。
雄弁なる、回答。

ああ、俺はソイツが半袖を着ていた場面なんて、見た事が無かった。

145 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:16:04.97 ID:oqdd0kdr0

「醜い、でしょう?」

少女は裸体を隠す事無く、自嘲する。
その肌は、びりびりに切り裂かれた新聞紙のように傷跡だらけだ。
縦横無尽(ジュウオウムジン)に。
縦横無残(タテヨコムザン)に。
首から下を大小様々な傷跡が……その身体を「覆っている」と。俺にはそう表現するしかない。
裂傷。火傷。銃傷。潰傷。打撲傷。
傷。
傷。傷。
傷、傷、傷、傷……。

「見て、いられないでしょう?」

そうは言われても、眼を反らせられない。ソイツは斥力と引力を同時に発生させていた。

「でも、見て貰わなければ……いつかは、知られてしまうものなら、早い方が、きっと貴方の為に良い」

肩口、二の腕、乳房、腹部、腰、太もも、ふくらはぎ。
首から下、傷の付いていない部位なんて一つも見当たらない、彼女の体。

「こんな身体、嫌でしょう?」

産まれたままの姿で少女は、俺に悲しげに微笑んで問いかける。こんな時でも微笑んで、問いかける。

「こんな女、嫌でしょう?」

世界は、こんなにも、無慈悲だ。

「私は、気持ち悪い……でしょう?」

こんな事を彼女に言わさせる、言わざるを得ない状況に追い込む、世界は、こんなにも……ふざけんじゃねえ……ふざけんじゃねえぞ!
俺の恋人に。
初めて出来た恋人に。
こんな事を強要して、こんな台詞を強制して……一体、何が楽しいってんだよ、クソッタレが!!

146 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:17:51.46 ID:oqdd0kdr0

「こんな女、貴方は欲してはくれないで……」

限界だった。
理性なんか、ブチ切れていた。
それ以上、自嘲させたくなかった。それ以上、自虐を繰り返させたくなんてなかった。
もうこれ以上、少女を不幸になんて惨めになんてしたくなかった。
だから、一息に距離を詰めて。
だから、唇を塞いで。
だから、その華奢な身体を抱きしめて。
そして、その傷だらけの身体をベッドに押し倒した。
余りにも悲しくて。
余りにも悔しくて。

「悪い。俺は結局、自分の事しか考えられそうにないらしい。ぐだぐだ言ってたの、アレ全部撤回させてくれるか?」

唇を触れ合わせたまま、目を見つめ、逸らさず、言う。少女は何かを言いそうになって、瞳を右へ左へとふらりふらり、させた後に、ゆっくりと目を閉じた。

「でもってもう一つ頼みが有る」

抱き締める腕に力を込める。
喉が、震えていた。震える声で、呟いた。

「抱かせろ、一姫」

147 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:21:10.58 ID:oqdd0kdr0

ベッドの上に四肢を放り出した、素裸の俺の恋人はなんとなくぼんやりと、状態異常「心ここに有らず」って感じで。
その顔に、俺は見覚えが有った。つい先月の話。
古泉一樹……俺の友人がふと見せた憂い顔に、似ても似つかない筈のその美しい少女の顔は、けれどなぜかよく似ていた。
夕焼けには、まだ時間は早く。

「一姫」

馬乗りになったままでそう呼び掛けると、彼女の視線が徐々に焦点を合わせて、その鳶色の眼に俺の姿を映し出した。何も言わず、ただ俺を見据えている彼女。
何を考えているのかなんてのは、俺は超能力者じゃないんだ、分からない。
もしもテレパスが使えたのならば、きっと躊躇無く利用しただろう。少女の心を見透かしたし、俺の心中を洗いざらい伝えただろう。

「その、電気……」

声が上手く出てこない。どもって、裏返って。たった一言であっても、俺の肺から酸素を残らず奪っていくのに十分だ。

「電気、消すか?」

きっと出来れば俺に、その身体いっぱいに刻み付けられた傷を見せたくはないのだろうなと、そう思って気を利かせたつもりで口にした、その言葉はしかし、全然気遣ってはいない事にすぐさま気付かされる。

「貴方がその方が良いと思われるなら、そうして下さい」

平坦に少女はそう呟いて。感情の欠片まで隠し通そうとしているんじゃないかと勘繰っちまうくらいに、その合成音声みたいな抑揚の無い声は、しかし雄弁だ。
……ああ、なんて馬鹿なんだろうな、俺は。
少女の持つ傷と向き合うつもりなら、その体の隅々までものたくり回る傷をちゃんと見て、やるべきなんだ。それをまあ、自分から目を逸らすような事を言ってさ。
少女の事を本気で考えているのならば、電気を消すなんて提案はそもそも最初から有り得ないってのに。
裸身を晒す少女の身体の上、馬乗りながらも両肘を彼女の顔の横に落ち着けて、体重を掛けないように気を付けながら、バランスを崩さないように慎重に近付いて、そして、右耳に囁きかける。

「……悪い」

「何が、ですか?」

「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、こういう時は女子ってのは恥ずかしがるモンだとばっかり思ってたから、特に何も考えずに口に出しただけで……な」

曖昧な言い方でも、それでも一姫は俺が何を言いたいのか、何を謝っているのかを、察したようだった。
勘の良い、良過ぎる、悲しいくらいに、俺の恋人。

148 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:23:32.60 ID:oqdd0kdr0

「……ああ……はい、ええ」

「一姫の身体を見たくないとか、そういうつもりで言ったんじゃ決してないんだ。浅慮だった。スマン」

誤魔化すように、少女の肩口に頭を埋めて首筋へと、ゆっくり恐る恐るキスをする。鎖骨の傷を、舐めるように。
猫が傷口を舐めて癒すような、心持ちで。
ぴくり、少女の体が小さく跳ねた、気がした。
傷跡は当然だけれど、唇を這わせた所で治りはしないし、消えもしない。

「……ふふっ」

頭の向こうで、少女が小さく笑った。ベッドに押し倒してからこっち、表情らしい表情を見せてくれなかった恋人を、笑わせられた事が嬉しくて、その表情を確認しようとしたら頭を持ち上げる前にそこに小さな手のひらが降った。
髪を、撫で付けられる。暖かい少女の右手。

「キョン君」

「なんだ?」

「あ……ちょっとくすぐったいです、そこで喋られると」

「え……そうか。そうだよな」

「あの……喋らないで、下さい」

悪い、とかなんか適当な謝罪の言葉を反射的に口にしそうになって、慌ててそれを押し留める。一姫は何度も何度も上下に右手を動かしながら、喋り出した。

「貴方は優しいですね。本当に、私を普通の女の子みたいに扱ってくれるんですね」

そんな風に言われるのが気恥ずかしくて、何か反論してやりたかったが、やんわりと後頭部に添えられた少女の手がそれを許してはくれない。
俺に出来るのは少女がくすぐったくないように息を押し殺す、精々でそのくらいだ。

「もう、こんなの、私、馬鹿みたいじゃないですか。馬鹿だなあ、って貴方と居ると自分の事をそんな風に何度も何度も思います。貴方に気を使わせない方法は少し考えれば有る筈なのに」

心音はゆっくりと。二人の間に遮蔽物は無いから直接伝わってくる。とくん、とくん。俺の動悸に比べて一姫のものはおおよそ半分ほどのスローペース。

「でも、貴方に気を回して頂ける事が嬉しくて、貴方に気を使って頂けている自分に気が付いて、それはそれでとてもしあわせなんです」

149 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:25:27.20 ID:oqdd0kdr0

首筋に少女の左手の感触が新たに加わる。頭を抱えられてる格好になってしまったが、傍から見れば情けないであろうそんな体勢でありながら、けれどなぜだが不思議と心地良かった。
温い温泉に浸かっているような、錯覚に陥る。
このまま、眠り込んでしまいそうな、安心感。

「さっきまで、絶望していたのが、嘘のよう」

左の耳元で、少女は囁く。

「傷を見せるのが、怖かった。嫌われてしまうのは、どうしようもなく怖かった。でも、貴方は私の傷を見ても、怖がりも気持ち悪がりもせず、そればかりかそれでも私の事ばかり慮ってくれている」

耳に掛かる少女の吐息は、柔らかで。

「……電気。私の為に、私にとって傷が見えるのは気分が良いものではないのだろうと考えて先程、消そうかって、そう言ってくれたのですよね」

ああ、やっぱり下手な嘘なんかバレバレだ。

「『普通の女の子なら』なんて嘘でしょう?」

肯定の意味を込めて、首を二、三度上下に数センチ動かす。一姫は「ですよね」と言って、クスリ、笑った。

「……私、嬉しかったんですよ? 貴方は気を悪くするかも知れないけれど、それを口にした後すぐにバツが悪そうに歪んだ貴方の顔を見て、私は救われた気がしたんです」

救われた? どうして?

「ああ、この人は本当に、私の事ばかり考えてくれている、って。そんな風に、思って」

少女の独白を聞きながら、俺の脈拍が少しづつではあるがペースダウンしていくのが分かった。
まるで溶け合っていくようだ。元々ゆっくりだった少女の鼓動に、俺の心臓が合わせていくのが、そりゃもうはっきりと分かった。
ドキドキしない、俺と一姫の恋愛はどうもそんな恋愛らしい。スローペースで、マイペースで。ああ、でも始末に負えないのは俺がそんな関係を心地良く感じちまっている事なんだ。
背伸びなんて、必要無い。肩の力なんか、根こそぎもっていかれるような。ああ、でも。考えてみりゃ、こんな恋愛になるのは当然なのかも知れん。
俺が一姫から奪い去りたいのは、そういうもの、なんだからさ。

150 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:27:20.77 ID:oqdd0kdr0

少女の唇が俺の左耳にそっと触れて。口が開く時の粘液質なぬちゃりという音はやけに大きく、頭に靄を掛けていく。

「電気、消して下さい」

予想外の注文だった。思わず聞き返してしまう。

「……え? 何だって?」

「もう一回言わないとダメですか? 電気を、消して頂きたいのですけれど。仰向けになっている私には、枕元に有る照明スイッチは操作出来ないでしょう?」

頭のホールドが解かれる、ゆっくりと。俺は顔を上げた。腕に力を込めて、上半身を起こして恋人に向き直る。

「でも……良いのかよ、一姫。俺は別に……お前の傷を見たくないだなんてこれっぽっちも……」

「キョン君」

少女は微笑む。少し頬を赤らめて、微笑む。
その顔に、憂いは見られない。ああ、これが演技だってんなら、アカデミー賞も真っ青だぜ。

「私だって、恥ずかしいんですよ。普通に、普通の女の子、ですから。明るいのは、少し……嫌です」

そう言って。それは「私は普通の女の子で良いのですよね」と俺に聞いてきているように聞こえ……ああ、勿論だとも。
お前は、普通の女の子だ。少なくとも、俺の前では。普通で、でもって恋愛的な意味でだけ特別ってんで、そういうのでどうだい?

「了解だ」

コンソールパネルを操作して、部屋の照明を「八割」落とす。全部は消さない。
不思議な感じだった。ガッチガチに緊張していたはずなのに、冗談なんか口にしようとしている自分が居る事。

「真っ暗にはしないでいいよな。俺だって、お前の身体を少しは眺めたいんだ。男女の権利は、確か八二だったろ? だったら、残ってる二割の照明は俺のスケベ心だ」

自分で言って、笑ってしまう。綻ぶ一姫の顔が嬉しくて、また笑ってしまう。一姫の瞳に映っている男が、余りにコメディじみていて、それで更に笑ってしまう。

151 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:28:38.87 ID:oqdd0kdr0

「そういう事で、どうだ?」

「……案外えっちなんですね。意外でした。もっと奥手だと思ってました、私」

「否定はせん。エロいのも、ヘタレなのもな。だが、キスする唇の位置も分からないとかは願い下げだ」

「ふふふっ。だったら、キョン君」

一姫は両手を俺に向けて広げる。抱き締めさせろと言わんがばかりの、口達者なボディランゲージ。

「私の唇はどこでしょう?」

ああ、なんて。
綺麗で、美人で、愛らしい。
三拍子揃った、俺の恋人。
古泉一姫を抱く事に、もう俺の中に、何の躊躇いも、有りはしなかった。
有るものか。

152 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:29:50.00 ID:oqdd0kdr0

素裸で二人、寝転がって重なり合う。淡い間接照明がお互いの体の稜線だけを浮かび上がらせた。

「あー、分かってると思うが俺は初めてだ」

「えっと……知っていらっしゃるとは思いますけれど、私も初めてです」

恐る恐る、背中に回された腕は鏡写し。力を入れて引き寄せていいものかどうかも分からない、俺達の体の間には接触寸前の三センチ。
鼻の頭は離れてはくっ付いてを繰り返す。お互いの距離を模索するような、時間。

「だから、至らない部分も多々有るかとは思う」

「でも、一生懸命労わるつもりではありますので」

キスも出来ない、息詰まりそうな唇と唇の距離、目算十二ミリ。
限られた空間の酸素を譲り合う不器用な俺たち。

「「どうかよろしくお願いします」」

「「こちらこそ」」

視線が合って、慌てて眼を逸らす。恥ずかしさがどっかなんか面白くて、噴出すように笑い出す。

「何、やってんだろうな、俺らは」

「違いますよ、今からするんですから」

153 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[saga] 投稿日:2011/03/17(木) 21:31:51.75 ID:oqdd0kdr0

背中に回していた腕を、背骨の凹みに中指と薬指を這わせながら、するすると下ろしていく。少女が小さく喘いだ。それは、くすぐったさを我慢しているような、押し殺したような小さな声だったけれど、理性ゲージはあっさりとレッドゾーンに突入しちまった。

「……くすぐったいか?」

「言わせないで下さい。それとも、えっちなキョン君の事だから、言わせたいのですか? 仕方ありませんね」

一姫の左腕が、さっき俺がやったのと同じように、背中を滑る。その瞬間、ぞくぞくと、震えが俺の脊髄を走り抜けた。

「ほら……キモチイイ、でしょう?」

腐りかけた熱帯産のフルーツみたいな、少女の声。窒息しそうなほどに、噎せ返る、甘い声。
どうにかなってしまいそうだ。どうにか、ってのが具体的にどうなるのかは分からないが、それでも。
どうにかなって、しまいたい。

「正直、気持ち良いと言うよりは、よく分からないな、って感じだ。どうにも、形容する言葉が見つからん」

「初めて経験する、感覚ですしね。私も、似たような感想です。くすぐったくて、でも、やっぱり貴方に触られているんだと思ったら、それだけで、キモチイイんです、キョン君」

つつ、と。もう一度、恋人の指が背筋を這って上り、降りる。息が、意識せず、俺の口から零れる。

「何、してんだよ、一姫」

「察して下さい」

「あのなあ……俺はお前と違って鈍いんだ。これでもお前の思いを汲み取ってやりたいと努力しちゃいるが、それにしたって限界が有るんだぜ?」

「今、キョン君、『お前』って二回言いましたね?」

楽しそうなその台詞に続いて、唇が二度、啄ばむようにして奪われる。薄明かりの向こう、天井に張り付いた離れない人型の影二つ、揺れる。

「……催促、してるんですよ?」

心臓の鼓動、早くなる。まるで、メトロノームのように。俺の心臓は少女という指揮者に管理されているようだ。緩く、早く、変幻自在の自由自在。

「触れているだけで。それだけで満足出来るには人間は貪欲過ぎますよね。私たちはその先にあるものを知っているのですから」

だが……手繰り寄せても、良いものなのだろうか?

「いや、その……だな。俺としても腕に力を込めたいのは山々なんだが」

けれど半分ほど掛かったシーツの中、俺とコイツは一糸纏わぬ状態である。そしてまあ……俺の下半身は、ジョン=スミスモードである。

「……あー、っと」

「はい?」

「抱き締めたら、『当たる』ぞ」

154 名前:空紅 ◆.vuYn4TIKs[saga sage] 投稿日:2011/03/17(木) 21:36:53.77 ID:oqdd0kdr0

はい、ここまで書き溜め分。推敲と言っても日本語がオカしい所なんかをちょこっと直しただけです
では、改めまして。初めましての人もそうでない人もこんばんわ
このSSは某スレにて「オキノイシノ」というタイトルで投下していたものになります
ここにSSを置いておけば他に浮気せずに書き切れるというジンクスを前回確立しまして
まあ、そういう理由で誠に勝手ながらスレを立てさせて頂きました
ご愛顧頂けたら幸いです

165 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 15:48:34.16 ID:3vvN889T0

俺としちゃ、割と本気で言ったはずのその言葉は、しかし少女によって一笑された。

「ええと……今更ですか?」

今更? ああ、そうだよ。どこまで言っても俺なんざどうせ、臆病者だ。嫌われるのが怖くって一々に許可を求めちまいたくなってるって訳。自分で言ってて情けなくって涙が出るね。とは言え俺の恋愛なんてのは傍(ハタ)から見ればお涙頂戴のラブロマンスじゃなくってコメディ喜劇でしかないんだろ。分かってるよ、そんな事は。
けどな。残念ながらと言うか、どっちかと言えば幸せな事になんだろうが、今日の俺は傍観者じゃあないんだ。当事者もいい所。
笑いたきゃ笑え。こっちは必死なんだ。初めて出来た恋人に嫌われないように、恐らく歴史上初の全速力で脳味噌は回転してやがるんだよ。空回り? ンなモン知るか。
嫌われるのが、怖い。紛れも無い俺の本心。
そいつは裏を返せば。そっか。俺はそこまで一姫の事が好きなんだろう。なんて……そんな事思い返したってそれこそ今更、だよな。

「一姫」

「はい」

「俺は、俺たちはきっと似た者同士なんだ」

「私と、キョン君が似てる?」

少女は目を丸くして、真っ直ぐに見つめる。俺は頷いた。

「ああ。俺はさ。今、一姫に嫌われるのが、こう……なんだ、スゲエ怖い」

「それは……それは一緒ですね。先刻までの私と、お揃い」

嫌われたくない、と言いながら全てを曝け出した少女。嫌われたくない、とボヤきながら手を伸ばす事を躊躇う俺。まあ、格好良さには天と地ほどの開きが有るんだけどな。
どちらが格好良い方なのか、なんてーのは言わぬが仏だ。知らぬが華? いかんな、いよいよもって言語表現まで危うくなってきやがった。

166 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 15:51:03.84 ID:3vvN889T0

「だろ? だから、チキンな俺は一々お伺いを立てちまう。どこまで許されるのか、全くの手探りなんだ」

「ふふっ。分かりました。なら」

そう言って一姫は俺を、広げた両手で抱き締めた。ぐにゃぐにゃとしたゴムともチューインガムとも一線を画す人肌の温もりの何かに、俺の体が密着する。人肌の温もりの何か、って何言ってやがるんだ、俺は。先刻から相当テンパっていやがるな、この頭は。
俺の体前面部に押し付けられたそれが一体、人肌以外の何だって言うんだ?

「ちょ、おい! 一姫!?」

「手探り、でいいじゃないですか。私は貴方の手が好きですよ」

「何言って!?」

「もう一度言いましょうか。貴方の手が私は好きなんです。貴方の手のひらの感触が、伝わってくる温度が、心を映したような力加減が、私は好きです。だから、探って下さい」

少女は言う。少しだけ赤く染まった頬を隠そうともせずに、屈託なく笑いながら。

「私の身体を、弱い部分も痛い部分も気持ちいい部分も、全部貴方の手で探ってください、キョン君」

痛々しい傷痕に塗れた少女の裸身。

「スキンシップを、しましょう?」

促されるままほとんど無意識に少女の背中を俺の両手が這い回る。なあ、おい。俺の鉄壁を誇る理性は一体どこに家出しちまったんだ?

167 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 15:59:57.62 ID:3vvN889T0

「そんなに必死に撫で回さなくても、私は消えたりしませんよ。ふふっ。大丈夫。貴方の恋人は、ここにちゃんと居ますよ?」

「あ……ああ」

そうだ。一姫はこの手の中に居る。そんなんは分かってるんだ。だってのに、俺の手は少女の存在の確認作業をまるで止めない。自制のブレーキは蹴り壊したのか踏み抜いたのか、まるで利いちゃくれねえし。
なんだこれ? まるで誰かが俺の身体を乗っ取っちまったみたいな自動操縦。オートパイロット。一体、こいつは何の冗談だよ?

「ああ、でも。止める必要はありませんから。言ったでしょう。貴方の手は好きで、あっ」

丁度背骨の辺り。腰の括れが始まるかどうかといった場所に俺の手が触れた所で少女の声が止まった。小さな喘ぎを伴って。そこで俺は我に返る。

「す、すまん! どっかくすぐったかったり痛かったりしたか!?」

「いえ、そうではありませんけれど。ちょっとピリッと来ました」

「ピリ……? 静電気でも走った、にしちゃ俺はそんなもん感じてないしな」

「流石にそのはぐらかし方はわざとらしいですよ、キョン君」

少女は笑う。薄暗い室内で、彼女を照らし出すのは枕元のコンソールパネルに埋め込まれた仄かな明かり。夜目に慣れた俺にはたったそれだけでも眩しく感じた。……表現が正しくないな。
眩しかったのは、少女の表情。幸せと羞恥と、数え切れない語り尽くせない色んな事情感情が綯い交ぜとなった、複雑怪奇。
イッツミステリアスレイディ。

「……すまん、なんか恥ずかしくてな。気持ち、良かったのか?」

「言いましたよね、私」

人肌に温められた蜂蜜のプールにでも浸かっているような。

「貴方に触られたらそれを純粋に気持ち良いと感じてしまう、そんなどうしようのない脳味噌の持ち主になってしまったみたいです」

168 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 16:15:42.77 ID:3vvN889T0

打ち明けられたゴーサイン。ここで行かなきゃ男じゃないぞ、俺。……と頭ン中で独り言を呪文のように繰り返しちゃみるものの、エンジンは尻すぼみ。むしろそうやって自分を奮い立たせようとすればする程頭がクリアになっちまう悪循環。
さっきまで自動操縦してたパイロットはどこへ行った? ちょいと精神の起伏が激しすぎるぞ、今日。

「それとも、女の子から求めるのははしたないと思いますか?」

「い、いや! そんな事はないぞ!」

「……本当ですか?」

「本当だ。本当。本気と書いてマジと読む。嘘偽り無く掛け値無く、だ」

「ふーん……で、し、た、ら」

背中に有った一姫の右手が這い回る。くっ……だが、この感覚にはもう慣れた。そう簡単にあんな素っ頓狂な声は出さん。面子ってモンが有るんだよ、男の子には。
なんて思っていたら予想外。撫で上げられたのはまるで別の部分。背中の愛撫は前面に有った左手の動きを留意させない為のブラフ。

「……ふわっ!?」

まさかの直接攻撃。一足飛びでの本丸突撃。な、なんてトコ触ってきやがるんだ、コイツは!

「おい! コラ、一姫!? おま、ちょ、どこ触って!!」

「……静かに」

優しく言葉を紡いだ、その唇が寄せられる。星が引力を生むように、星より目映いその彼女の唇は俺の意識を吸い込む。吸い込んで、絡み合って、言葉も無い。
啄ばむようなキスじゃない。求めてくるキス。求め合うキス。目蓋が力を失って視界に帳が降りていく。目の裏に広がる宇宙には、愛撫される快楽と二人の吐息、唾液の奏でる粘液質な音が踊る。


169 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 16:44:56.82 ID:3vvN889T0

一姫の指は柔らかく、俺を撫で。こちらがキスに意識を奪われちまってる間にも休み無く動く。既に下着から開放されていた俺の分身(以降、少しでも生々しさを緩和する理由よりジョンとでも表記する事にしよう)は浅ましく、その指の凸凹が敏感な箇所を通過する度にピクリピクリと反り返る。
されるがままにもっとして貰いたいのか。それともこちらからも愛撫を返すべきなのか。どちらの選択も悪くない。魅力的過ぎて選べず、成すがままのサンドバッグ状態な俺。
徐々に少女の手の上下する速度が速まる。舌が後一ミリ。もう一ミリ奥へとでも言うように俺の咥内で伸ばされ。異物の侵入に対する自然な反応なんだろう、それが何かを確かめるように俺の舌も巻き付く。
二つはの舌はお互いを縛り付けあうように動きながらも、粘液に覆われているせいで互いの表面を滑り合う。その圧倒的悦楽と言ったら俺にはどう表現しようがない。
その波に、しかし攫われる事も無い下半身から来る快楽信号。一姫の手の動きは少しづつ、こちらが高まっているのをテレパシか何かで理解してるみたいに的確な速度。……欲を言うならもう少しだけ強く、ないしは速くして貰えたらなんて思っちまうこっちの思いすらきっと手のひらの上。
無意識に、または意識的にその柔らかく曲げられた手のひらに押し付けるように腰が動く。仕方ないだろ、自然な反応だ、こんなモン!
たっぷりとキスをして。キスをして。ようやく俺の口の中から舌を抜いた。ようやく理性を解放された俺が目を開けた、その向こうで微笑んでいる少女。

「言ってますよ、キモチイイって……貴方の体は正直ですね。もっと、しても良いでしょう? させて、下さい……私に」

言って少女の親指と、人差し指、薬指が輪を作る。撫で上げる行為から、扱き上げる行為へとレベルアップした責めに俺が呻き声を我慢出来る訳が無い。……なんでコイツ、こんなに扱いが上手いんだよと考えて……ああ、男の体について一姫が知り尽くしていたとしてもそれは別に驚く事じゃあなかったか。

「くっ……ひ、卑怯だろ、一姫。お前、男性女性のどっちも『分かってる』なんて」

「分かりたくて、ではありませんよ。不可抗力です」

少しだけ眉をへの字に傾けて。

「ですが、こうして貴方を気持ち良くさせてあげられる今となっては、有用な経験では有ったかも知れませんね」

170 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 17:16:02.87 ID:3vvN889T0

クソッタレ、古泉の野郎! 本気でロクな事しやがらねえな! いや、まあ健康な男子高校生であるのだから、それこそ性欲から解脱しろって言う方が間違ってるのかも分からんが! しかし、自分の事も棚に上げて言わせてもらうぞ、あの変態超能力者!
自重しろ!!

「ふむ、そう考えたらば私がリードするべきですか。異性の扱いにおいて私と貴方のどちらに一日の長が有る……ちなみにキョン君、初めてでしたよね?」

「言わなかったか!? 経験が有ったらこんなやりたい放題されてないっつの、なあ!」

恥ずかしい告白なのは言ってから気付いた。しかし、四の五の言ってられる状況でも無きゃ、黙っていたって隠し通せる事じゃない。残念な事にウチの恋人は勘だけは嫌になるくらい鋭いんだ。
こっちばっかテンパって、ああ見っとも無いったら有りゃしねえ。

「私だって経験は有りませんよ。耳年間が少し行き過ぎたようなモノだと思えば……萌えませんか?」

「萌え、とか言うなよな……さっきから一秒だって萌えと無縁の時間は無いんだ、こちとら」

やられっ放しも沽券に関わる。羞恥を誤魔化す意味も有った。桜色の唇へとダイレクトアタック。その柔らかい場所に寛げたままに、口を開く。

「出来る限り……理性は保つようにするし、やれるかどうかは別として優しくはする。痛かったら必ず言ってくれ」

少女の左手による愛撫が止まる。背中の右手は上下運動を止めて俺を抱きしめた。
何が起きたとキスに閉じた目を再度開く。一姫の顔は……鮮やかに染まっていた。薔薇のように。いや、どっちかと言えばカーネイション。造花なんかじゃ、決して無い。

「……愛が」

作り物じゃない、愛らしさ。

「愛が痛いです」

171 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 17:48:04.26 ID:3vvN889T0

一姫は続けた。

「優しく、なんて望んでませんよ。望外です。好きになって欲しいとは思っても、私にはそんな事は叶わないって知っていたから。だから、恋人になってくれるだけで良かった。形だけでさえ、それでも良かったのに」

傷だらけの体で、心が傷付いてない訳なんてない。心と体は、それは文字通り一心同体。望む事を諦めて。欲する事を忘れて。
初めて出会った時に一姫が言っていた、望みってのは確かに欲望の欠片も無かった。
「この非常識な事情を抱えた女であっても、それでも普通の女の子と同じ様に扱ってくれる事を、いつからか私は期待してしまっていました」と。きっと誰かにとっては望みとすら言えない最低ライン。
だけど少女にとっては長らく叶わなかった至上の欲求。
なあ、一姫。俺はお前を、ちゃんと普通の女の子として見てやれているか?

「たくさんのものを、キョン君は私にくれた。なくしてしまったと思っていたものを、届けてくれた。ねえ、ですけれど。私はそれが怖い。痛い。あんまりにたくさんのしあわせが、一時に私に与えられた事が」

俺を抱き寄せる腕に力が篭る。応えようと、負けじと俺も背に回していた右腕に力を込めた。

「もっと、乱暴にしてくれて良いんです。もっと、酷い事をしてくれて構わないんです。その方が私は余程安心出来るから。ねえ、キョン君。優しくしないで。このままだと私は夢と勘違ってしまいます」

夢か現実か。頬を抓って夢じゃないと、そう確認するがごとく。

「現実って、もっと痛いものでしょう?」

現実は痛いもの。そう刷り込まれた少女。それこそが現実だと誤認せざるを得なかった三年間。
俺は首を振った。

「違う」

そうじゃない。そうじゃないんだ、古泉一姫。

「俺は、ここに、いる。ちゃんと、ここにいる」

173 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 18:18:23.79 ID:3vvN889T0

覚悟を決めて、手を伸ばす。背に回した右手を、肩を抱いていた左手をするする下腹部へと向かわせる。ピクリ、一度震えた少女はだけど、身を硬くして拒絶を懸命に堪えていた。
緊張するな、って言う方が無理な話……だな。無理に言葉を交わす必要は無いさ。行動で応えれば、きっとそれでいい。
何を言われても。それでも乱暴になんて俺には度台無理な話だし。時間ならたっぷり有るんだ。これでもマッサージの腕は家族の間じゃ定評が有る。肩や背中、腕くらいしかやった事は無いが基本はどの部位も一緒だろ。
つまり「優しく」だ。
一足早く、右の手のひらが少女の臀部へと辿り着く。その余りの柔らかさに少々たじろぐも、愛撫する側の俺が固くなってちゃリラックスなんて望めない。心臓はドクリドクリ、血管が圧力に負けていつ破裂しちまってもおかしくないくらいに早鐘を打って、ぶっちゃけ警鐘と取り違えちまいそうなくらいだが構うものか。
いっそ聞こえちまえばいい。この心音が少女に、俺は確かにここにいる事を教えてくれるはずだ。
指先を柔らかい肉の中に埋めていく。どこまでも沈んでいきそうなそれは、しかしどこにこんだけのものを隠していたんだと俺が疑問に思うほどの弾力をもって応える。

「……柔ら……けーな」

しまった。意図せず口から出た感想は最早取り返せるものじゃない。

「それは……そうでしょう。言っておきますけれど、これでも私は細い方です」

何の弁護だよ。女の子なのだから男に無い肉が付いていてもそれは別に恥ずかしい事じゃないと思う訳だが。まあ、しかし異性ってヤツは分からん。永遠の謎だって、これはよく聞く話か。
それにしても本当に柔らかいな。ぐにゃぐにゃだぞ、おい。筋肉とか骨とか、どこに有るんだ? もしかして女にはそういうのが存在してないのか? いや、そんな事は無いだろうが。探るように手を開けば尾てい骨は確認出来たし……逆に言うとそれくらいしか頼りとなれそうなものが無いのはこれは一体どうなってるんだ。

「……別の生き物みてーだな、ここまで来ると」

「別の生き物ですよ、私たちは」

174 名前:1[saga sage] 投稿日:2011/03/19(土) 18:36:42.88 ID:3vvN889T0

あっぶねえ。無意識に下の毛の描写をしようとしてた
……一姫って「はえてない」のかな。どう思うよ? っつーか、どっちが萌えるよ?
正直、どっちが良いのかぼくには分からないんだ。って訳で最悪に空気の読めない所で安価

古泉一姫は「はえてる」「はえてない」
>>178

178 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/19(土) 21:05:15.03 ID:rJm2rNYZo

生えてくるのが進行形で目に見える

生えてる

179 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 21:29:46.16 ID:3vvN889T0

それは男女の隔たりもそうだが、超能力者と一般人って意味も過分に含んでいたんだろう。古泉と同じだな。皮肉屋で自嘲癖。何もそんな所まで似なくても良いのにと思う。

「そっか。そうだな。だが、別の生き物じゃなかったらこうして抱き合う事もままならんぞ?」

「そういう意味で言ったのでは無いのですが……いえ、そうですね。貴方の言う通りでしょう」

一姫はそれ以上言葉を続けなかった。俺だってだ。下手な事を言えば墓穴を掘るし、余り会話する事が推奨されてるような空気でも無かったからな。楽しいお喋りはまた後で。今はそれよりも行動だ。
しあわせなら態度で示せ、ってな? 懐かしいね。
右手で少女の体を固定して左手を滑り込ませる。さわさわと、手に当たる感触は肌ではあるまい。自分の持ち物と比べるのはいささか興に欠ける気がするが、他に比較対象も無いのであえて言わせて貰うと、リンスでもしてるんじゃないかってなくらいにソイツは柔らかだった。

「……余り触られるとくすぐったいです、そこ」

まさか体毛に神経が通っている訳ではないだろうが、しかし言いたい事は分かる。とは言え、自身の持ち得ない未知の手触りというのは中々どうして魅力的ではあった。
こんな所まで性別の違いは明らか、と。不思議な感じだな。遺伝子に殆ど差異は無いにも関わらずホルモンバランスだけで俺たちはこうも違うものかい。
撫で、摘む。一纏めにして紙縒り(コヨリ)のように捻ってみたりと、少女を愛撫するという当初の目的を忘れて一頻り弄ってしまう俺だった。いかんいかん。
だからと言って、これ以上手を下へと滑らせればそれはそれで色々と問題が有る気がしてこないか? どうにも踏ん切りが付かずしかし手持ち無沙汰な事も相まって他に何も出来ずに居ると、とうとう堪え切れないと一姫が笑い出した。

「く、くすぐったいです、キョン君」

いかん、触り過ぎた。

181 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 21:49:47.13 ID:3vvN889T0

体をくの字に折り曲げ震わせる少女。左手は咄嗟に引いたが、果たしてこの手はもう一度伸ばして良いものなのか、ダメなのか。どこかに信号機は付いてないかと探すものの、そんなん有る訳ねえ。

「ちょ、ちょっと今は触らないで下さい……ふふっ、あの、一度こうなってしまうとどこを触られてもくすぐったくって。ごめんなさい、おしりの手も少しの間だけでいいので動かさないでいてくれると……」

息を落ち着かせようと試みる恋人からそんな事を言われれば、まあ俺としては言われた通りにする他無い。この馬鹿みたいに宙に浮いた左手はどこへやれば良いんだ。どこにもやるなって事か。所在無い、ってのは落ち着かなさが半端ないんだけどな。
と、そんな事を考えていて気が付いた。一姫の頭は丁度俺の胸板(って呼べるほど筋肉質ではない。ほっとけ)に当たる位置に有る。ああ、左手を持っていくとしたらココ以外に無いだろうな。俺は少女の頭を抱えるように手を回すと、その形の良い耳が胸の中心に当たるように引き寄せた。
髪の毛の触り心地まで、パーフェクト。俺の恋人を言い表す四文字熟語は完全無欠とかそんなんなのか?
俺では釣り合いがまるで取れちゃいない気が……いやいや、逆に凸凹カップルってのかも知れない。自分で言ってみて悲しくなった。誰が凹だ、誰が。

「キョン君……凄い、心臓ドクドク言ってます……」

「聞こえてなかったのか? 俺はずっとバレてるモンだとばっかり思ってたが。緊張してんだよ、かなりな」

「そんなに固くならないでも……あ、でも硬くして貰わないと困りますね」

「そんな親父ギャグは要らんからな?」

場を和ませる為か、まったくの天然か。どっちでもいいが。一姫は俺の心音を聞きながら、目を閉じた。

「知ってます? 赤ん坊の記憶が私たちには残っていて、心臓の音を聞くと安らぐんだそうですよ。キョン君の体は温かいから、このまま眠ってしまえたらきっと凄く気持ち良いんでしょうね」

「望むならそれも有りだぜ、一姫?」

182 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 22:12:13.14 ID:3vvN889T0

ヘタレと言うな。正直、ここまで来てしまえば目的の八割は達成したも同然だ。ミッションコンプリートにも程が有る。最初からミッションがインポッシブルだったんだよ。
セックスってのは結局、スキンシップの延長でしかないんだろ? だったらお互いが満足した時点で終わりで良いじゃねえか。
……鎮まれ、ジョン。お前の出番はまた今度。お楽しみは取っておく主義の持ち主に付いてきた事を恨んでくれ。

「…………かぷっ」

噛み付かれた……って、どこを口に含んでるんですか、一姫さん!?
そこが性感帯ってのは確かに聞いた事は有りますけど! おい、古泉テメエ! 純真無垢な少女に何教え込んでやがるんだ!

「んちゅっ……あれ? 気持ち良くないですか? ……オカしいですね……事前知識では男性も乳首は感じるって」

いや、気持ち良いけどね! 気持ち良いんですけど! でも、さっきまでこのまま寝ちゃおうぜみたいな方針で可決されてませんでしたか? 俺の勘違い?

「寝るのは後ででも出来ますよ、キョン君? ……ちゅっ……んっ」

舐めるな、と嗜める台詞を口から出そうとするも本能がそれを拒む。浅ましい脳味噌してんのは知ってたが、まさかここまでとは思わなかった。簡単に快楽に流される自分の意思の弱さが情けない。

「だから、今しか出来ない事を、しましょう?」

どうやらすっかり敏感モードは収束したらしい、調子を取り戻した少女からは唇を離す気配を一向に感じ取れない。ああ、チクショウ。なるようになれ、だ。心の中で敗北宣言。好きにしてくれよ、もう。
俺の胸で下を遊ばせながら、少女の右腕が伸びる。それは彼女の後頭部、髪を撫でていた俺の左手首を掴んで……って、どこに持っていく気だ、その手を! 俺が抵抗出来ない事をいい気に何をどうするつもりだ、言ってみろ、一姫!

「怖がらなくて良いんですよ。誰あろう、私自身がそれを望んでいます」

183 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/19(土) 22:15:56.19 ID:3vvN889T0

はい、お疲れ様でした。今日はここまでにして
ではまた今度、続きをしましょう

186 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/03/22(火) 14:01:43.10 ID:YVHHHqou0

優しい言葉とともに少女の触れざる部分へと導かれる手。ふわふわとした、肌とも肉とも付かない手触りに俺の脳みそは完全に委縮してしまう。
「初めて」は感想よりも疑問が先立った。なんだこれ? 何に触ってんだ、これ?
一番類似した感触は同少女の唇のそれなのだが、しかしそれよりも更に柔らかい。体温で溶けないのが逆に不思議に思えてくるほど。表面張力、とろけるプリン。そんな意味不明な言葉がぐるぐると俺の頭の中で二千メートル男女混合リレーを披露する。
男にとって永遠の謎。その名は女。ああ、もう大納得だ。こんなもん同じ生き物として括れるものかよ。手首には小刻みに震える少女の緊張が伝わってくる。手のひらは前述の柔らかい体毛に撫でられ、そして指先は触れるか触れないかの距離を保つ。
そこにジワリと、温い粘液を感じて頭は一気にスパークした。

「一姫、これっ?」

「皆まで言わせないで下さい」

間抜けな問いは当然とピシャリ、叱咤される。

「生理反応です」

胸に顔を埋めている、少女の表情は読めない。その舌は次の行動を急かすように俺の性感帯を這い回り、背面から肩口に回された左手は俺が逃げ出さないようにか強い力でホールドを続ける。
早く理性を失って下さい、そう言外に言われているのはよく分かった。
恐る恐る、中指を鉤状に曲げていく。当たるゼリー状の肉が指先を包み込むように形を変えた。指を濡らす体液はその存在感を増して、第一関節から先はぐちゃぐちゃにされてしまった。

「……感想とか居るか?」

おい、どこまで空気が読めない男なんだ、俺。思った事を素直に口に出して、それが美徳と思われるのは小学生までの特権だぞ。

189 名前:1[sage saga] 投稿日:2011/03/22(火) 14:25:43.73 ID:YVHHHqou0

一姫は笑った。こんな時にまで貴方は貴方なのですね、と。そう言って笑った。少女の緊張を解す一片の役にでも立ったのならば、それは重畳。しかし、余り胸元で喋らないでいてくれるとありがたい。俺の理性の為にもな。

「どんな時だろうと、俺は俺だよ。当たり前だろ」

「そうですね……余り酷い事を言うと場合が場合なので泣いちゃいますよ、私」

酷い事。それってーのが具体的に何を指すのかは俺には正直よく分からない。気味が悪い、気持ちが悪いとかそんなんだろうか。だとしたら、その心配は無いと言い切ってやる。未知との遭遇には違いないが、それにしたって宇宙人でさえ受け入れちまえるこの俺だ。

「……泣き顔も、お前は綺麗だと思うんだけどな……って、いやいや、率先して泣かせたい訳じゃないぞ? そんな理解をして貰っちゃ困る。誤解だ、六回だ」

「綺麗? ……私が? そんな筈は無いでしょう。見ましたよね、私の身体。お世辞は止めて下さい」

見た、ってか見せられたの方が正しい気がする……と。そんなん言ってもどうしようもないか。どうしようもないし、どうでもいい。
それでも、傷だらけのお前の身体を愛しく思ったのはそれはそれで事実。

「なあ、一姫」

「……はい?」

「お前は、綺麗だぞ。保証してやる。保証書だって書いてやる。恋人として誇らしい。これは俺の本音だ。嘘偽りの無い、ってヤツだ。お前の身体を見せられて、それを驚かなかったと言ったら嘘になる。だけどな」

右手で背中の傷跡を撫で擦る。みみず腫れにも似て盛り上がったそれは、少女が負けなかった証明書。

「俺はあの時、目を背けたか? いいや、そんな事はしなかったはずだ。それくらいは……鑑みてくれ。信じてくれ。俺はお前を受け入れる事に何の嫌悪感も抱いちゃいない。……信じてくれ」

190 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 14:49:49.30 ID:YVHHHqou0

信じて貰えるような、そもそもの過去が無い。出会ったのはほんの少し前で、言葉を交わした日数で言や片手で足りる。だけど、それは俺の方ばかりだったらしい。
一姫はずっと、古泉一樹の中で俺を……俺たちSOS団を見ていた。忘れてたな。裏打ちなら馬鹿みたいに有ったって事。

「信じますよ」

超能力少女。ハルヒがコイツを選んだのはきっと偶然じゃない。

「貴方の言う事ならば、一も二もなく。四の五の言わずに。だから、これは……私の問題なのでしょうね、きっと。自己嫌悪の類です。こんな私で良いのでしょうか? そう自分に問い詰める事、突き詰める事を止められない」

「お前で良い」

お前が良い。誰よりも。お前じゃなきゃダメだ。

「……でしたら傷付けて、下さい」

「嫌なこった」

「……でしたら苦しめて、下さい」

「お断りだ」

「……でしたら……でしたら」

自嘲癖はあの友人と変わらない。自虐癖は見るに堪えない。だけど、そういうの全部ひっくるめての少女。

「教えて、下さい」

何を? なんて聞かなくても分かる。俺の返答だって聞かなくても分かっちまうモンだろうさ。けどな。それは教えて貰うものじゃないぞ、一姫。
ソイツは二人で知っていくものだ。そうだろ?

191 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 15:17:09.07 ID:YVHHHqou0

少女の言葉に応えようと、俺の指先が動き出す。ゆっくりと。「触れる」って言葉がこれほどしっくり来る動作もそうそう無い。手探りの上位互換となる言葉は生憎俺には思い付かないが。まあ、そんな感じで。
じわじわと、粛々と。爆弾解体班もかくやってレベルに腕を送り、指を進ませ表面を滑らせる。潤滑油には困らなかった。これならば痛がらせる事も無いだろう。そうは言っても慎重になるに越した事は無い。触れさせるのは粘液の絡んだ中指に限定。
胸元に舌を這わせる事をいつの間にか止めた一姫は、両手を俺の身体に纏わりつかせて何かを堪えているようだった。
徐々にその吐息が忙しなくなっていく。リンクするように俺の鼓動も早くなる。

「……んっ……あっ」

少女が小さく声を漏らすその度に、心臓がドキリと跳ね上がった。指先まで跳ね上げないように細心の注意を払う心の余裕も、その艶めかしいと言って何の問題も無い声に削られる。
陰唇の縁を円の動きで撫でる指の動きが早くなっていないか、強くなっていないか。何度も何度も自問自答。

「キモチ……イイです……よ?」

懸命に訴えるのは、俺がその疑問を口に出そうとしていた事を少女が気取ったからだろう。こんな時でさえ勘が鋭い。まあ「気持ち良いか?」って、声に出してしまえばそりゃ確かに興醒めだしな。
それに、どことなく情けない気もする。男として。

「あ、の……」

「ん? なんだ?」

桃色吐息。いつもの穏やかな声とは違う、切羽詰まったそのトーンで喋られるのは精神衛生上非常に悪いと言わざるを得ない。そしてまた、埋めていた顔を上げてこちらを見る少女の、その表情の破壊力と言ったら無いぜ。
眉を歪めて、目蓋は古今稀にみる重量なのだろう。大きな瞳が今やその半分を隠されている。睫毛はふるふると所在無く震えて下を向き、その奥に隠された眼はトロンと蕩けて濡れている。

「私のそこ……オカしかったり、しませんか? だいじょう……ぶ、ですか?」

んなコト聞かれちゃ、むしろ俺の理性の方が大丈夫じゃないんだが。

192 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 15:44:49.73 ID:YVHHHqou0

大体、こういうのが初体験(男が言っても気持ち悪いだけだな)のヤツに聞いても、そりゃ聞く相手を間違えているとしか言いようがない。勿論、俺だって健全な男子高校生の端くれ。そこそこの性知識は有るつもりだ。
だがしかし、ここで足枷となってくるのが日本の法律であるのは恐らく同年代に聞けば揃って頷いてくれる事だろう。R18指定をしっかりと守っている訳では無い。そうではなく。
……興味津々なお年頃。入手経路は確保済みだ。って、そういう事でも無くって。
アダルトビデオ、エロ本その他……誰に対する配慮なのかは知らないが出版業界を通されたものは例外無く、一番俺たちが知っておかなければならない箇所に邪魔なものが入っている。
誰が考えたのかは知らないが、モザイクってのは……アレはなんなんだろうな。
ってな訳だから、そこが他者と比べてどうなのかなどと問われた所で返す言葉も無いのである。

「……いや、分からん」

こんなどうしようもない返答が関の山だ。

「え? あのっ? あ……ふあっ」

「オカしいと言えばオカしい。いや、だが勘違いすんなよ? こんなモノが人間に付いてるのかよ、って意味での『オカしい』だ。多分、一姫が聞きたいのは他と比べて、って事なんだと思うんだが……俺、初めてなんだよ。実物触るの」

ちなみにまだ全景を見てはいない。念の為。見たい見たいと逸る気持ちが有るのは否定しない。青少年だからな。そこを否定すれば人間は繁殖すらままならん。だがしかし、こういうのは順を追って、だ。

「あ……そう、でしたね」

「だから憶測でしか言えんが、多分大丈夫なんじゃないか?」

少なくとも、俺はこの手触りをおっかなびっくり楽しんじゃいるのでそこんとこは問題無いと思う。

193 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 16:30:53.28 ID:YVHHHqou0

不安と期待。そんなんは俺だっておんなじだ。自分が相手に対して足りるのか。そんなんは誰にだって分かりはしないと知りながらそれでも。
案じてしまうのは、相手を慮っているから。
つまり、恋人同士って事なんだよ。これで正しいあり方なんだ。恥じる事じゃない。きっとな。

「一姫、ちょっとづつ指を入れていってもいいか?」

言って指の円運動を止める。中心部と思われる場所に分速一ミリ、ってスローペースで中指を埋没させていく。肩に感じる握力が強まったが、しかし拒絶するような動きじゃない。それを肯定と自分に都合良く解釈した俺の、指はずぶずぶと肉と液体に沈む。
そこは、聞いていたほど熱くは無く、温かかった。

「んっ……んんっ……」

マッサージでもするみたいに少女の胎内が俺の指をざらりと舐め上げる。恐らくは無意識、侵入物における身体の自然な反応なんだろう。自らの身体に裏切られているかのように、少女の肉と俺の指が擦れる度一姫は喜悦の声を挙げた。
俺の方はと言えば、正直もう気が気じゃない。浅ましいと思われようが構うものか。ココに自分の持ち物が侵入する、した時にどんな快楽が待っているのかを想像する作業で脳内メモリはパンク寸前だ。
きっと、それは心地良いのだろう。そもそも、その為の器官だ。男に射精を促すように出来ている。にしたって……これは凄過ぎるだろ。
うねり、絡み付き、撫で上げ、吸い付く。そこは、それ自体が意思でも持っているみたいに一秒おきにその表情を変える。全身の神経は全部労働放棄しちまったんじゃないだろうかと疑わしい程、指先に意識が集中した。いや、させられたと。そう言い換えるべきなんだろう。
否応無しの引力は紛う事なき劇物。なるほど、今なら法律がこれを見せないようにしてる理由も分かろうと言う話だ。
こんなものを知ってしまえば、頭の中がそれだけで埋まりかねん。

「……あうっ……ふっ、はあっ……んうっ……」

もう少し、もう少しと奥を目指す俺の侵入を不意に何かが拒んだ。行き止まり? いや、それにしたってまだ指の第二関節にも至らないぞ? 随分と短いのは、これは身体の構造だから俺が何を言う事も出来ないのだが、しかしこれじゃ俺のモノはちょっとしか入らなくないか?
己の中の性知識と比較しても異質。違和感。もしかして俺は間違った場所を穿っていたりしたのだろうか。そうでないと言い切れないのでヤケに焦る。とは言え、一姫は嫌がっているでもなく……何かがオカしいぞっと。

195 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 16:58:19.06 ID:YVHHHqou0

「ちょっと悪い」

指を引き抜いた時に一姫の口から一際高い声が漏れる。思わぬ喘ぎにかあ、とその顔を羞恥で真っ赤に染める恋人は余りに可愛く、もっとこの顔を見ていたい俺としては指の抜き差しを続行したかったが、いやいや、それは後で幾らでも出来る。
幾らでもする気だし、観賞するつもりだ。が、今の俺には急務が有る。
脳内でおぼろげなる女性器の構造を思い浮かべる。日本の保健体育の拙さに若干苛立ちを覚えなかったと言ったら嘘になるな。その記憶を頼りに指先の神経を尖らせた。
上の方から陰毛だろ? で、その生え際、性器が始まる辺りに……。

「ふあっ! あっ、あっ!」

敏感な突起を探られて少女が悦の滲んだ声を挙げる。懸命に探索活動をこっちは続けているので、その妨げになるような事は止めて貰えたらという気持ちと、ここが一姫の弱点かオーケー見破ったぜクククという気持ちは、これが人間における天使と悪魔か。多分違うな。
まあ、ここを弄ぶのも後ででいい。と言うか後で絶対に撫で回してやる断固たる決意を持って更に指を下へと進める。
……名残惜しいなんて思っちゃいない。
で、その突起を過ぎればいよいよ本格的に女性器が始まる訳だが。ぷっくりと縁取るように唇。これはさっき散々触ったな。で、その内側に本命……ん? あれ? もう一つ穴っぽいものが有るな。

「あ、あのっ」

「ん? どうした一姫?」

切羽詰まったように訴える少女に対して、聞き返す俺の台詞はどうにも間抜けだな。

「そこは余り触らないで頂けないでしょうか……」

そこ? えーっと、今触ってるこの小さな凹部の事か? まあ、触るなと言われたら別に触らないが、しかしどうしてなのかってのは気になる。

「……そこは、その……おしっ……あの……その……」

顔一杯を今にも弾けて飛びそうに赤くしてる所悪いが、俺には何を訴えようとしているのかさっぱり分からん。何がどう恥ずかしいのかもな。

196 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 17:23:39.81 ID:YVHHHqou0

「き、汚いです!」

いやいやいやいや、一姫さんや。今更何を言っていらっしゃるんだ、お前は。性器ってのがどういうものなのか、俺だってそこまで知らない訳じゃ無いんだぜ? 大体、お前だって俺の持ち物を撫で擦っていたじゃないか。お互い様だろ、そんなもん。
俺はそれよりもこの凹部が何なのかを……あ。……あっ!
あー、あー、あー、あー……そりゃ確かに触られれば拒まざるを得ないし、間違っても触って貰いたい箇所でも無い。大納得。
思い至ったその穴の正体に若干興奮しないでもない俺だが、出来れば後ろ指を指さないで貰いたい。頑として言っておくがスカトロ趣味は持ち合わせちゃいない。

「えーっと……その、悪い。思慮が足らなかった。本当にスマン。……こ、コレってのは」

「だから、触らないで下さい……キョン君……お願いですから……」

今にも泣きそうな一姫の表情は大層そそるものが……って何考えてやがるんだ、俺は!? Sか? ドSなのか? 違うよな! どっちかと言えばM気質じゃなかったか!?

「悪い! マジ悪かった! えっと、コイツは……あー、なんだ。お手洗い的なアレだな? そういうこったな?」

震える唇からは声を出す事も叶わないのだろう、少女は無言のまま何度も首を上下させる。その都度、俺の鎖骨周辺に弱弱しい頭突きが繰り返されたが、それすら少女が必死な事を俺に伝えてきて、恋人には言い訳しようもないが残念、俺は萌えに萌えてしまった。
どうやら俺も例外無くオオカミにカテゴライズされる性別であったらしい。

「そ、そうです……えっと、触って良いのはその少し下です。あのっ! 分からなかったら誘導しましょうか!?」

キャラでもない切羽詰まった声音はそれだけ緊張してるって、まあ人の事は言えないな。一姫の申し出に頷きそうになったのを寸での所で押し留まる。流石にこればっかりは男としての沽券が許さなかったとか……今更だよなあ。

197 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 17:49:19.56 ID:YVHHHqou0

少女の言葉に従って指を滑らせる。他よりも随分と粘液に濡れた部分へと行き当った。さっき指を入れていた箇所は位置的にここだな。

「一姫、ここであってるのか?」

「んうっ……あ、はいっ」

息も絶え絶え、触り続けたらもしかしてこの少女は死んでしまうんじゃないだろうか。そんな危惧を俺が抱く程度には、そこを触れ始めてからの一姫の呼吸は早い。眼をしっかりと閉じているのは恥ずかしさに堪え切れなくなったんだろう。
……睫毛、長いな。小刻みに震えてんのとか、言っちゃ悪いしコイツにそんな思惑は無いんだろうけど、すっげえ蠱惑的だ。

「そこ……です……んっ」

少女のお墨付きを頂いて一安心。ここなら触っても良いって話だったしな。なら存分に、とは言いつつも慎重に。指を埋めて。
迎え入れると拒むを同時に行う器用な少女の秘部は、先ほどにも増してぬるり、粘着いていた。普段なら嫌悪感を覚えそうなゲルの触感はしかし、不思議な事に俺の劣情を掻き立てるばかり。
しっかりと俺の愛撫で感じてくれている、気持ちよくなってくれている。身体は嘘を吐けないからな。その証明だと思えば愛おしさすら覚えるね。なるほど、愛液とは誰か知らんが上手い事言ったもんだ。

「痛くは、ないよな?」

「ふあ、は、はいっ。キモチ……イイです……」

尻すぼみで小さくなる少女の声は、快楽に霞んでいると思えば納得だ。調子に乗って俺はゆっくりと、指の腹でもってその内壁をなぞりあげた。するとそこにまるでスイッチでも付いていたんじゃないかと跳ねる少女の全身。
跳ねるって表現はいささかオーバだろうか。体中そこここで震える、と言えばなんとなく察しは付いて貰えるかい?
……察せられても少し不愉快だけどさ。今のコイツは俺が独り占めしたい。誰にも分けたくないんだよ。恋人の特権、ってな? 特権ってのは持ってるヤツが限られてるから特権なんだぜ。

198 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 17:55:26.99 ID:YVHHHqou0

ぼくがエロ書いても需要無いっぽいし早々に朝チュンにしてやろうかとかさ。思う訳さね

202 名前:1[saga] 投稿日:2011/03/22(火) 20:38:18.75 ID:YVHHHqou0

そんな下らない事を考えつつも、少女の身体の内側を這いまわる指は止めない。一々こちらの動きに呼応して声を挙げ、身体を震わせるのは不謹慎かも知れないがとても嬉しいものがあるな。
しっかし、中指一本でも狭いくらいの場所に本当に俺のモノが入るのだろうか? やはり間違えてるんじゃないのか、などと思わなくもない。いや、そりゃさ。狭ければ狭い程、俺の期待感は高まるんだよ? 自然な反応だよな?
ま、それにしたって入らなければ意味が無い訳で。一姫はここで合ってると言っていたが、疑いは拭えない。お互い初めてなのだから、俺がそうであるように間違った性知識を少女が持っていないとは言い切れないし。
でもって、保健体育の授業を受けていたのは男である古泉の方だ。聞いた話だが中学から後、一姫はほぼ完全に、日常生活をあの変態超能力者に任しっきりだったと言う。だったら知識面で言えば五十歩百歩と考えてほぼ間違いあるまい。
俺にそんな事を思わせるのは、それは秘部の小ささもそうだがそれよりも、その深部に問題が有った。
つまり、先ほどの躊躇に行き当る。狭い。上に浅い訳だ。
コツリ、行き止まりに指が当たる。

「……間違えてんじゃないのか、一姫?」

「え? ……ええ!?」

目に見えて少女が狼狽する。いや、俺だってこんな時までキャラを保てとは言わないが。そんなまさか、どうしよう、とその顔に書いてあるぞ。あーあ、綺麗系の容姿が見る影も有りはしない。

「で、でも! そこだって私は教わって……あの! あの! どうしてキョン君はそう思うのですか!?」

「あー、いや……な」

行き止まりを優しく二、三ノックしてその存在を少女に示す。意図せず抜き差しの形を取ってしまったせいで、少女がひゃうと可愛らしい声を披露した。新手の精神攻撃だよな、コレ。もしくは混乱の付与魔法。
この状況で俺がメダパニしたら、それこそ俎上の鯉だぞ、一姫。

「ほら、ここで行き止まりだろ。俺の持ち物は……まあ、大きさ的に普通だと思うが、それにしたってこの浅さじゃ入っていかん」

「……キョン君……ええと……非常に言いづらいのですけれど……私、初めてなんですよ?」

それはさっき聞きました。だが、それとこの問題と何の関係が有るってんだ、一姫。

「うう……わざとやってるんじゃないですよね?」

「この状況でわざと何かが出来るような出来の良い心臓は持ってないんだけどな、確か……それはお前もご存じの所だろ、一姫」

「知ってます……ですね。キョン君はちゃんと口に出して説明されないと分からない時が有る人でした」

馬鹿にしてるだろ。馬鹿にしてるよな。
……まあ、いいけども。

「それは処女膜と呼ばれるものです」

……。
……。
……ああ、うん。俺、馬鹿だわ。馬鹿でした。馬鹿で本当にすいません。

203 名前:1[saga sage] 投稿日:2011/03/22(火) 20:49:44.38 ID:YVHHHqou0

なんか、今日はダメだねー。指が動かないわ
投下終わり。続きはまた今度
あー、チクショ。本番まで行けると思ったんだけどなあ……

211 名前:空紅 ◆.vuYn4TIKs[sage saga] 投稿日:2011/04/03(日) 13:18:35.87 ID:cSuOVPy30

性転換と厳密には言えない気がしますねえ
では、少ししたら再開で。逢瀬の続きをしましょう

212 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 13:49:36.03 ID:cSuOVPy30

健康な男子高校生。性に興味津々のお年頃。ああ、知識としては知っていたさ。「初めて」は女の側にとっちゃ痛いだけのものだって事も。でもってどうして痛いのかってのもきちんとな。
なのに、どうして俺は馬鹿なのか。故ソクラテス大先生曰く、自身の無知の自覚が知への第一歩である。無知の知ってヤツだな。だがしかし、馬鹿、愚図、鈍感の自覚は出来れば違うタイミングで俺の身に降り掛かって欲しかった。
なにが悲しくて今、この時なのか。バッドタイミングにも程が有る。空気が読めないってレベルじゃない。無酸素脳ファミリーもびっくりだ。
慎重に慎重を重ねて千里の道を一歩づつ歩いているつもりが、脇道に逸れての獣道突き進んでる気分だぜ。そして道を間違えた事にようやく思い至った時のこの絶望感よ。
……死にたい。

「……私、初めてだって言いました、よね?」

「聞いた。努めて冷静になろうとしちゃいたんだが、まあ……察しろ。テンパってんだ」

情けない。……情けなさ過ぎる。前戯、愛撫をなぜ念入りに行う必要が有るのか、その理由をころっとすっかりさっぱり忘れてちゃ世話はない。目的と手段を取り違えるよりまだ悪い。
なんか、一気に熱が冷めたと言うか、熱が出た時のように寒気がするくらいだ。あんまりの自分の馬鹿さ加減。馬鹿さ加減と、一姫にそんな事を口に出させてしまう不甲斐無さに。
初体験がこの場合理由として的確だろうか。いいや、否だ。言い訳なんか出来る訳が無い。

「その……なんだ。すまんかった」

一度仕切り直そうと少女の股間へと伸びていた手を引こうと、したがそれは他ならぬ少女の手によって止められた。

「ここまでしておいて、止めないで下さいよ?」

悪戯っ子っぽく笑う、その顔は羞恥に色付いてとても艶やか。艶やか過ぎて、当てられて、俺の理性の糸を限界ギリギリまで引き絞る。

213 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 14:14:15.72 ID:cSuOVPy30

「止める気は……無えけど」

けど? 「けど」……なんだよ、俺? 自分の恥ずかしい失態に仕切り直しを目論んで、結果として一姫にそれ以上の恥ずかしい台詞行動をさせておいて? 逃げ腰も度が過ぎる。違うか?

「そうですか。なら、続けて下さい。ねえ、キョン君? 私たちはそもそも恥ずかしい事をしているんですよね? だったら恥の上塗りくらい構うものですか? 私と貴方しかここには居ないのですから、いっそ塗り重ねてしまいましょう」

恥を塗り重ねて、肌を擦り合わせて、体を重ねてしまいましょう。一姫は続けてそう言うと俺の右手を奥へと導く。されるがままに暖かい内腿の隙間へと再度進入する右手は、それでも指先まで神経は通っていた。
触れた水音、くちゃりとゼリー状の体液を半ば無意識にかき回す。一姫が小さく吐いた吐息は、声帯を通して擦れていた。
理性を直撃する精神攻撃。キャンデイボイス。状態異常付加、魅了ってか。

「私に狂って下さいよ」

「もう狂ってる」

「私に盛って下さいよ」

「もう盛ってる」

傷だらけの体を労わる事もせず、更なる傷を付ける行為。出来るだけ優しく、出来るなら痛ましく。
大切な傷跡になれば良い。化膿しないように注意深く見守って。少女の慰みになれれば良いのに。
なれるだろうか、この俺は。
いや、そんな小賢しい考えは後に回してしまおう。今は、今だけは。抱きしめたい、と。その気持ちだけで構わない。その気持ちを素直に伝えよう。彼女の勇気に報いる為にも。

「好きだ、一姫」

精一杯の、俺の勇気を乗せた一言は果たしてどれだけ一姫の慰めになれただろう。

214 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 14:51:33.67 ID:cSuOVPy30

「……もっと」

か細い声は少女本来の奥ゆかしさの表れなんだと思う。少なくとも俺はそう思った。強がりや、自分の偽り方。嘘を吐く時の表情から、理性を保つ方法まで。そういったものは全部超能力少年の模倣でしかないんじゃないか。
そりゃそうだ。男古泉の方からこんな弱弱しい声を聞いた事なんざ無かったからな。

「え?」

「もっと、言って下さい……さっきの、『好きだ』って」

甘え方、せがみ方は教えて貰えなかったんだろう。いや、真似をする為のサンプルが無かったのかも知れない。甘える古泉♂ってのは記憶に無いし、アイツにしてみたってキャラじゃないか。
だから、この哀願は少女のオリジナル。古泉一姫そのものズバリの言葉。
なるほど、ギャップ萌えってヤツかい。普段とは一線を画す消え入りそうな拙い「お願い」は悪くない。いや、むしろ良過ぎるくらいだぜ。ああ、マジョリテイで上等さ。下手にマイノリテイ気取ったせいで一姫に深入り出来なかったなんざ願い下げだ。
救い難いくらいに単純で、だから少女に惚れ込んでしまおう。

「好きだ」

「……耳元で、もう一度」

「……好きだ、一姫」

「あっ……もう、一度。もう一度」

有りっ丈の睦言をただ一人の為に駄々漏れにしちまって。ベッドの上で子守唄でも歌い上げるように囁いて。どんだけでも、満足するまで。貪欲でも、不足なく。
その理性が眠りに着くまで。

「好きなんだよ、馬鹿みたいにそれしか考えられない」

「わ、私も。私もっ。好きです。好きですっ、キョン君」

ほんで理性がスリープしちまったら、残った本能に従って求め合えばそれで良いんじゃねえの?

216 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 15:13:18.36 ID:cSuOVPy30

まあ、そんな訳で。結果として俺たちは繋がった。詳しい描写は避けさせて貰えたら助かる。こればっかりは二人きりの秘密、ってな?
いや、その、なんだ。色々と行為にあたり情けない事情も有ったりしたんだよ。ゴムを着けるタイミングとかさ。だが、そういうのは俺がここで体験談を語るよりは自身の身で確かめて貰いたい。嬉し恥ずかし、ってのは他人様を盗み見して得るモンじゃないと俺は思う。こういうのは経験が大事だ。
第一、俺の口から語った所できっと文章ではその感覚やら感想やらなんやらはきっと色褪せてしまうだろうと考える訳で。そして色褪せちまっては俺はともかくとして古泉一姫という少女の価値を貶める行為になりかねず、そればっかりは勘弁だ。
俺の恋人は世界一だぜ?
惚気と蔑みたければ勝手にしろ。でも、俺は本当にそう思ってるんだ。何を言われてもそこばっかりは譲れないし揺るがないだろうさ。
だから事後に少女が聞いてきた事柄に関しても、俺は鼻で笑っちまったね。

「傷だらけでも、良いんですか?」

「傷だらけでも天使が天使にゃ変わりないだろ」

ああ、そうさ。古泉一姫。お前が何者であろうとそんな事は構うものか。
超能力者? だからなんだ? 悲劇のヒロイン? だがそれもここまでだ。
こっから先、お前の世界には俺が居る。俺なんかで申し訳無いが、だが人の命は地球よりも重いとどっかの宇宙飛行士は言い切りやがった。俺もその精神に則り、地球より重いこの体を盾にしてお前を守ってやるつもりだぜ。
……気付いていた。この後、俺の恋人を襲う現実ってヤツの残酷さにも。でも――だから。覚悟だけは地球よりも重く腹に据えた。
守れるのは俺しか居ない。
超能力少年の宝物を。受け取ったその責任を果たそうと思う。
果たして、程なく。俺を――俺たちを取り巻く環境は激変する事となる。

それは十二月。そろそろクリスマスに関しての話題がちらほら周囲で騒がれ始めた、そんな頃に始まった。

218 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 15:41:22.62 ID:cSuOVPy30

三時間目の授業が終われば少し長めの休み時間が待っている。まあ、俺やその他、いつも昼食を共にしている谷口と国木田は四時間目後を昼食時間としているので、実質ダベりタイムと言えるな。
三時間目後の休み時間は三十分で、四時間目後は四十分。となるとどちらがよりゆっくり飯を食えるのかは明白だろ。それに早めに昼食を取ればそれだけ早く腹が空くものである。放課後に直帰する生徒には無縁の問題なれど、ところがどっこい俺にはSOS団という放課後活動が待っている。
空腹は地味に辛いモンだ。

「なあ、今年はお前らでクリスマスパーテイとかするのか?」

授業終了のチャイムと共に俺の机へと寄って来た谷口は開口一番、俺にこう問いかけた。いや、俺にじゃないな。後ろのハルヒにもさり気無く聞こえるようにと気を回したのはその声量からバレバレだった。
……コイツ、今年も彼女の獲得に失敗しやがったな。

「さてね。そういうイベントについちゃ俺はまだ何も聞いちゃいない。後ろで寝てる団長様に聞いてみな」

まだ十二月に入ってそう日も経っていないのだから、谷口が「今年こそ恋人とクリスマスを!」を諦めるには早い気がする。とは言え現実問題、三週間足らずで切っ掛けから恋愛関係の締結まで漕ぎ着けるなどは難しいか。
谷口が俺たちの集いを「キープ」扱いしている事には難色を示さざるを得ない俺であれど、しかし家族とクリスマスの惨めさを知っている一人の男子学生として、まあ、助け舟を出してやらん事も無い。

「ってな訳だ。ハルヒ。今年はどうするんだ?」

机に突っ伏していた団長様は見るからに「鬱陶しい。寄るな。触れるな」というオーラを前面に放ちつつ顔だけを上げて、そのへの字口を開いた。

「……当然やるわよ。何? 谷口も混ざりたいの? 別に良いけど、参加料取るからね」

はてさて、その参加料とやらが出来る限り少額で済む事を祈るしか出来ない俺である。

219 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 16:07:01.09 ID:cSuOVPy30

「参加料!? おいおい、俺は今年の映画撮影も手伝ったんだぜ? それなのにその扱いは無えだろ、涼宮」

谷口の言っている映画とは去年作ったトンデモムービーの続編となる「長門ユキの逆襲 Episode 00」の事である。ここでも谷口は長門の操るゾンビらしきものとなって朝比奈さんに襲い掛かり、そしてその場に都合良く居合わせた古泉イツキの超能力によって公園の噴水へと突き落とされる怪演を披露した。
……どうでもいい話だが。

「勿論その分は差っ引いてあげるわよ。だけど、食べ物飲み物に関しては実費を貰わないとこっちだって困る事くらいは理解して欲しいわ」

「それくらいなら良いけどよ……キョンと同額だよな?」

そこでなぜ俺を引き合いに出すのか。ったく……同額だったら飲食にプラスして各種パーテイグッズの会計まで圧し掛かってくる事を言ってやるべきか。いや、その分こっちの負担が減るのだからここは黙っておく事としよう。

「それにしてもクリスマスに予定の一つも無いなんて、アンタ中学の頃から何も成長してないわね」

「予定は今から立つ筈なんだ。そしたらドタキャンしてやるぜ。あ、でも一応面子には入れておいて下さい……」

弱い。弱過ぎるぞ、谷口。お前はそんな負け犬根性丸出しで、それでいいのか? お前が恋人を手に入れるには先ず、その性格を直す必要が有ると思っているのは……どうやら俺だけでは無かったらしい。背後から国木田の涼やかな声が掛かった。

「面白そうな話をしてるね。谷口。君、今からそんなに弱気じゃ今年も彼女は出来ないよ? 僕としては自分から退路を断つのも時と場合によっては有効だと思うけど」

「谷口にそんな事出来る訳ないじゃない」

ハルヒの物言いは直接的で痛烈だったが、しかし俺もこればかりは同意見だ。背水の陣を敷いて奮い立つタイプでは谷口は無い。どうしようどうしようと焦って物事が何一つ上手くいかなくなる、そういうタイプの人間も世の中には居るのである。誰とは言わないが。
合掌。

220 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 16:30:51.05 ID:cSuOVPy30

「それはそうかもね。ああ、涼宮さん、もし良かったら僕も混ぜて貰っていいかな? 勿論、参加費次第だけど」

国木田の抜け目の無さを谷口も見習えば、少なくともクリスマスを目前にして右往左往する必要は無いのではなかろうか。ここで言う抜け目の無さとは谷口に乗っかる形で自然に参加表明した事ではなく(それは今更議題とする類では無いな)、ハルヒに対して「現実的な参加費」を要請した事に有る。

「ん……まあ、三千円行くかどうかって所かしら。掛かった金額を頭数で割り勘にするだけだから、そこまで構えなくても良い筈よ」

実際、古泉が「知り合い」から鍋の具材やら着ぐるみやらを調達してくるせいで確かに横暴な金額を要求されなかった事は特筆しておかねばなるまい。四次元ポケットもびっくりの副団長の胡散臭い人脈は今年も遺憾無く発揮されるであろう。
……不自然を自然に見せてしまうのは、これがイケメン補正か。はいはい、どうせ俺は一般ピーポーですよーだ。

「それだったら大丈夫。うん。ごめんね、涼宮さん。なんかクリスマスって家には居辛くてさ」

なるほど、こういうのは俺の家に限った話では無いらしい。妹はまだ恋愛のれの字にすら興味が無いのでそっちから冷たい視線を浴びせられる事こそ無いものの、近年ではクリスマスというよりも「今年も一人身のお兄ちゃんを慰める会」に、家族パーテイがなっていた気がするのは……被害妄想だと思いたい。

「具体的に何をするのかはまだ考え中。やりたい事がたくさん有って選ぶのが難しいのよね」

ハルヒの頭の中ではまたどんな頓狂なアイデアが渦を巻いているのか。いや、知りたくも無い。金を出されても金額次第では断るね。
ロクなイベントでは、それはどうせ無いのだから。CTスキャンをしなくても分かる話さ。一般人にその脳味噌を理解するのは一世紀ほど気が早い。

「キョン」

「ん?」

呼ばれて椅子ごと振り向くと、ハルヒは机の上に数学のものと思しきノートを広げシャープペンシルをカチカチとノックしていた。

「アンタ、何かクリスマスにしたい事とか有る?」

221 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 16:57:12.16 ID:cSuOVPy30

問われて考え、出てきた第一声は「珍しいな」だった。

「お前が他人の意見に耳を貸すなんざ……熱でも有るのか?」

「アンタねえ……アタシだって『一応団員』の要求くらい聞いたりするわよ。あ、聞くのと聞き入れるのは別物だから」

ジト目で睨まれるも、しかして「下らない事を言えばシカトする」とその目は雄弁に語ってる気がするぞ。大体、クリスマスはなあ……。

「パスだ」

良い機会だし、言っておかねばならないだろう。

「十二月二十四日は先約が有るんだよ。抜けられない類のな」

谷口と国木田が揃って声を上げる。ハルヒはその顔に驚愕の二文字を貼り付けていた。まあ、こうなる事は覚悟していたさ。だが、仕方ない。
クリスマスは、恋人たちの日だ。

「な、な、なななななななんだってえええっ!! おい、キョン! てめえ、いつの間に抜け駆けしやがった!!」

頼むから谷口よ、そんな大声で怒鳴るな。ほら、周囲のクラスメイトがこっちに注目してるだろうが、恥ずかしい。お前は別にそういうのを気にしないのかも知れんが、俺は大いに気になるんだ。

「驚天動地だよ。まさか、キョンにそういった相手が出来てるなんてねえ……ホント、驚きだ。いや、ごめん。こういう場合は友人として祝福するべきだね。おめでとう、キョン」

国木田が言うものの、ソイツは横目でチラチラと表情を窺っている。誰のか、なんて言うまでもないだろう。さっきから一言も発しない……そう、涼宮ハルヒを、である。
無言で、そして表情を無理矢理押し殺しているのがバレバレな少女。怒っているのか、悲しんでいるのか、それは分からない。だからと言って何も分からない訳では決してなく、押し殺しているのがプラスの感情では決して有りはしない事は理解した。
そして、ソイツがそんな感情を抱く、その理由を俺は古泉一姫から聞いて知っている。勿論、一姫の愉快な勘違いである可能性も否めず、そしてまたハルヒが負の感情を抱いているのも別の理由が有ったとして別段おかしくは無い。
だが、そういった諸々は俺には最早どうでも良かった。考えるのは閉鎖空間が出てしまえば古泉が困るだろうか、とかその程度でしかない。
だから、嘘くらいは吐いておこう。

「お前らが何を考えたのか、それは分かるけどな。そんな色気の有る話じゃねえよ。残念ながら、だ。どっかのクリスマス限定の夜景だかツリーだかを見たいと妹が両親にせがんだせいで今年のクリスマスは家族旅行だ。文句が有るならゴールデンタイムにクリスマス特集を組んだテレビ局に言え」

俺がそう口にすると同時にハルヒが吐いた溜息を見て、俺の胸はズキリと痛んだ。嘘を吐くってのは結構シンドいもの。分かっちゃいたけど、きっと慣れる事は無いと思う。
――嘘は、苦手だ。

222 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 17:33:37.98 ID:cSuOVPy30

本当は分かっていたんだよ、俺だって。こんな嘘で誤魔化せるなんてまさか思ってた訳じゃない。確かにハルヒは縋り付くようにそれを信じたさ。だけど、それは一過性。今、この時分だけ都合良く用意された台本に乗ったに過ぎない事だって、馬鹿じゃないんだ、その内気付くだろう。
つまり、「それ」を延長したに過ぎないんだ、この嘘は。けれど、それでいい。それで十分。
いつかはハルヒの願望実現能力も消える。その「いつか」は必ず訪れるし、そして古泉や長門の言っていた事が確かなら、それは来年の三月までに訪れる。だから、それまでの辛抱だ。
それまで、嘘に嘘を重ねればいいだけの話。
この不思議な時間が終わったら、そうしたら一姫を皆に紹介しよう。俺の恋人だって、胸を張ろう。今は歪でも、真っ当な恋人同士、アイツが望んだ関係ってのは届かないモノじゃ決して無いんだからさ。

「……ふーん。でも、その旅行ってアンタも絶対行かなきゃいけないの?」

口にこそ出さないが、言葉の端々に「SOS団の活動よりも先んじるものなど無い」ってな横暴な思想が滲み出てるぜ、ハルヒ。
でもって、その質問も予想の内だ。この質疑応答のリハーサルは副団長と散々やってんだよ、こっちは。

「ああ。両親が二人きりでのクリスマスディナを御所望なんだよ。いい歳して何やってんだっつー話だが、それで家庭円満となるんだったら妹のお守りくらいはせにゃならんだろ、家族の一員としてな」

しみじみ呟く。演技に関しちゃさっぱりのド素人だったが、古泉にコツくらいは教わっていた為そこそこ実感の篭った溜息は出せたと思う。ちなみに古泉の説いたコツとやらは「別件でいいから、悲しい事を思い出す」というもので、俺はこの時、従姉妹のねーちゃんが知らん男と駆け落ちした事を思い出していた。

「いやいや、それは良い事だよ、キョン。家族は大切だし、僕はそれをちゃんとまっとう出来る君を尊敬するなあ。うん、それならクリスマスに出て来れないのも仕方ないね。ね、涼宮さんもそう思うでしょ?」

思わぬ助け舟を出したのは中学からの親友だ。俺はこの時ほど国木田と友情を築いておいて良かったと思った事は無い。ありがとう、助かった。

「へへっ。なんだよ、キョン。びっくりさせんなよな。まあ、俺に先んじてお前が彼女を作ってるとかは有り得ない話だと分かってたけどよお」

そして谷口。お前はどこまでも小物だな。いや、そこがお前の良い所だが。その長所は分かってやれるヤツが少数派だって事がその身の不幸だ。……いや、俺が心配しなくともその内、きっと分かってくれる人が現れるさ。その時は出来る限りの祝福と罵倒をミックスジュースにして頭からぶっ掛けてやろう。

223 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 17:56:16.83 ID:cSuOVPy30

「ってな訳でパスだ、ハルヒ。悪いな。後、谷口。お前よりは先に彼女は出来る。これは断言しとくぞ」

「無い無い。大体、日々努力してる俺と一切努力してないお前じゃどっちに女神が微笑むのか最初から分かっちまってる話だろ。もし、だ。もしも俺より先にキョンに彼女が出来た日には雪山に登って鬼の格好したまんま恵方巻き食ってやるよ」

また、エラく具体的な罰ゲームだな。……勝ち誇ってるとこ本気で申し訳無く思うが、既にお前負けてるんだぞ、その勝負。本気でやる気なら止めはしないが。
俺が一姫との関係を言い出せる日までに谷口に彼女が出来ている事を願わずにはいられない。流石に友人のそんな哀愁漂う姿を見たくは無い俺だった。

「ん……まあ、仕方ないわね」

仏頂面を作ったハルヒはまだ何か言いたそうだったものの、そこは先手を打つべきだとのシュミレーション結果を元に俺は畳み掛けた。

「ああ、仕方無いって事で勘弁してくれ。お前だってウチが家庭崩壊したらその責任なんざ取れんだろ? ま、そんな大仰なイベントじゃないけども。それにしたってディナーのキャンセル料だって馬鹿にならん」

精神的な問題に関しては、それこそ妙な理屈をこねくり回す事がお得意な我らが団長サマなれど、しかして現実的な方は、これはもう一女子高生にはどうにもならないものである。まさかキャンセル料を負担するなどと言い出せる訳も無い。
そして、そこまでして俺をクリスマスパーテイに出席させる義理は、表立ってのコイツには無いのだから。

「分かったわよ。その代わり、旅行先で不思議なものを見つけたら逐一アタシに報告しなさい。これは団長命令だから」

「へいへい、っと」

それ以上、ハルヒによる追求は無かった。まあ、嘘と判断する証拠が有る訳では無いので、ここではこんなモノだろう。丁度良く授業開始の五分前だ。椅子を戻して黒板へと向き直った俺は次の政経の教科書を探す為にカバンを取り出した。

224 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:11:03.92 ID:cSuOVPy30

四時間目を終え、谷口が学食へと駆けて行く。早く行かないと購買の惣菜パンが見るも無残な絞りカスのみとなってしまうとの事で、必死の形相だ。ならば三時間目の時点で買いに行けとこの間忠告したら、四時間目の間に惣菜パンは一度補充されるという情報を手に入れた。
ただし、弁当派の俺には無用の情報であるのは否めない。

「キョン、ちょっといいかい?」

腹が減っては戦が出来ぬの歌(作詞作曲うちの妹。転調がやたらと多い)をハミングしながら弁当の包みを広げていると国木田から声が掛かった。いつもの事だから用件は分かる。一緒に弁当を食べてもいいか、だ。そんなモン、別に聞かなくても勝手に前の席を陣取ればいいのにな。
一度だって俺が断った事が有っただろうか。そういう所で融通が利かないのは、まあ中学の頃からなので今更口にしないが。

「ん? いいから座れよ。前の席、空いてるぜ?」

「いやいや、そうじゃなくって」

国木田は弁当箱を持っていない左手を顔の前で左右に振った。いつもとは違うパターンに少しだけ首を捻る。

「たまには、別の場所で食べないかと思ってさ」

「……いや、いいけど。だが、流石にこの時分の屋上は止めとけ?」

「僕だって嫌だよ、そんなの」

言って国木田が背を向ける。着いて来い、ってか。なら、場所の当ては有るらしいし、断る理由も無い。さっき助け舟を出してくれた礼も有るし付き合うとしますかね。

「しっかし、珍しいな」

「うん、まあね」

前を歩く少年は教室から廊下に出るタイミングでこう零した。

「涼宮さんの居る前じゃ聞き辛い話題が有ったからさ」

なるほど、納得だ。

226 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:48:09.89 ID:cSuOVPy30

連れられてやって来たのは生徒指導室だった。なんってーか、高校生にとっては殆ど警視庁取調室に近い重圧を感じる部屋だよな。そう感じる理由は名前だけで、別に中はこじんまりした特に何も無い普通の教室であるにも関わらず。
なんで近づき難い雰囲気を醸し出しているのか。かく言う俺もここに入ったのは進路指導の二回だけであり、今回で三回目だ。卒業までに二桁お世話になるかどうかも怪しい。

「で、聞きたい事ってのは?」

ウインナを飲み下し、国木田の箸もどれを次に取ろうかと迷っているのをタイミングと判断した俺は、本題を切り出す。

「ん……いや、そんなに畏まる内容でも無いんだけどね」

裏っ返した弁当箱の蓋の上に箸を置いた少年は、にへらと笑って俺を見た。

「流石にあの嘘が僕に通じるとは思ってないだろ、キョンも?」

……いつもの調子。いつもの表情。当たり障りの無い馬鹿話をする時とまるで変わらぬ国木田に、俺は頷いた。

「ま、お前だけはな。ハルヒと谷口相手には上手くいったみたいだから、それで十分だ」

「ヒトって不思議なものだよね。信じられないものと、信じたくなるものを二つ並べて、はい、どーぞって言ったら信じたくなるものを必ず取るんだから。だから、谷口も涼宮さんも信じたんだ」

「ああ、らしいな。俺にさっきの嘘を教えてくれたヤツも同じような事を言ってたぜ、そういや」

「だから、かな。ううん、二人に比べて僕は君との付き合いが長いのも理由の一端だろうけどさ。キョンに恋人が出来る事を快く思っていない二人には効果的な嘘だったよ。……改めて。おめでとう、キョン」

親友のそれは、初めて誰かに俺たち二人の仲を認めて貰えた、そういう言葉だった。優しい言葉だった。いつか、皆に掛けて貰えたらと願わずにはいられない――この場に一姫が居ない事が、悔しかった。

227 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 18:59:36.32 ID:cSuOVPy30

「それを言うのが目的か?」

悔しさと嬉しさの綯(ナ)い交ぜになったこの感情をなんて呼ぶのかなんて俺は知らない。一と零で人間は出来ていない事を再認識しても、それがなんだってんだ。

「まあね。心配しなくていいよ。この事は誰にも言わない方が良いんだろう? きっとキョンの事だし御家族が旅行に行くトコロまでは本当だしさ。なら、後は僕が黙っているだけ、そうだろう?」

「ああ」

それ以上何を言える訳も無く、取り合えず目に付いた玉子焼きを口の中に放り込む事で会話を途切れさせた不自然さを消す。我ながら狡(コス)い考えで、それが国木田に通じないであろう事も分かっていた。まあ、こういうのは態度の問題だな。
この話題は出来れば早めに打ち切りたい、と。親友は俺の無言の圧力を理解したのだろうが、しかし「どこ吹く風」を体言するようなそのキャラクタには通じなかった。

「時期が来たらで良いからさ。僕に紹介してくれないかい? キョンがどんな女の子を彼女にしたのかって、下世話だと分かっていても興味有るな。それに君は」

「変な女の子が好きだから、ってか?」

「そう、それ」

国木田は笑う。全く……案外身も蓋も無いヤツだよな、コイツも。類友、って言っちまえばそれまでなんだろうけどさ。

「まだ会ってもいない他人の彼女を勝手に『変な女の子』扱いすんなよな」

228 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 19:15:01.66 ID:cSuOVPy30

「うん、それは確かにそうだね。でも、じゃあさ。キョンはその子の事をどんな子だと思ってるのさ。聞かせて欲しいな」

人の惚気を好んで聞くと言うパーソナリティは、俺からして見れば国木田も十分に変なヤツでカテゴライズされよう。類友? いやいや、止してくれよ。俺は至ってノーマルだ。アイアムマジョリティ。和して乱さず。大和男児のモデルケースとして博物館展示されそうなくらいだと自認させて貰う。

「……そうだな。一言で言うなら強いヤツだよ」

「強い? それって腕っ節が?」

「いやいや、精神的にな。腕っ節が強いを最初に挙げられるような女で堪るかよ。そんなん一番に挙げるようなら、俺は真性のマゾヒストだし、どっちかと言えば俺は攻め将棋が好きだぜ?」

ちなみに国木田は矢倉囲いで徹底的に待ちの将棋を得意としている。無論、将棋の戦形がそのまま性格に直結しているとは言い切れないが、しかし、相手の攻めを全て受け切ってからの容赦の無い反撃からして、国木田は実はも何も無くドSだと俺は勝手に思っている。
閑話休題。

「ふうん。強い、ね。抽象的だなあ。まだどんな人なのかを想像するにはピースが足らないね。他には?」

友人の彼女をパズル扱いか。いや、別にいいけど。

「後は……綺麗だ。デート中とか正直、隣に居るだけで罪悪感を覚えたりする……何言わせてんだよ、お前」

そして何をペラペラ喋ってんだ、俺。ペラペラなのは人格くらいにしておけっつーの。

「良いじゃないか。それに、その女の子の事を喋ってる時……自分じゃ気付いてないかな? キョン、君は凄く嬉しそうだ。眉間に皺を寄せていても、口元が緩んでちゃバレバレだよ。いいなあ。羨ましいよ、ホント」

230 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 19:37:51.63 ID:cSuOVPy30

指摘されて、口元を意識するも遅い。確かに国木田の言う通り、表情筋は緩みに緩んでしまっていた。だらしないとはこの事だ。我ながら気持ち悪いと思わずにはいられん。

「羨ましい? 谷口と違ってお前はあんまりそういうの……彼女とか欲しそうに見えなかったけどな」

「あはは。流石に比較対照が谷口じゃしょうがないよ。まあ、僕だって男だしさ。欲しくない訳じゃ決してないさ、彼女」

あっけらかんと言われようとも、その若干中性的な面構えがそうさせるのか説得力に欠けている。それに男女問わずキャラを崩さないコイツから性的な発言が出て来るのは、勝手な話だがなんだか不思議な感じだった。

「ただ、僕は意気地が無くてね」

言って箸を取り直した国木田の様子に、取り合えず質疑応答は一段落した事を察する。場所が場所だった事も一因だろう。なんとなく問い詰められている気分だっただけに安堵の溜息が出てしまうのも致し方ないと言うものだ。

「キョン、知ってるかい? 好きになった人に好きになって貰える確率の話」

「いや、知らん。っつーか、確率論で説明出来るものなのか、そういうのって」

「どうだろうね。人によって様々だったりするよ。四百分の一だって言う人も居れば、六十億分の一だって言う人も居る。なんにしろね。両想いの確率っていうのは」

なぜ、ハルヒの傍に招かれた超能力者が古泉でなければならなかったのか。多分、それが理由なんじゃないか、なーんて俺は考えちまったりする訳だ。我ながら楽観論だ。

「奇跡なんだよ」

偶然では、きっと無い。未来人まで噛んでいて、それが偶然だなんてあるものか。
そんな風に――俺は思うんだよ。

234 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 20:20:17.10 ID:cSuOVPy30

放課後、文芸部室にはノルマンディ秘密倶楽部……じゃねえ、ハルヒ以外のメンバが既に集合していた。そして何事か議論は始まっていたらしい。俺への挨拶もそこそこに、三人は会話を進める。

「なるほど。その予測はどれほどの精度を見込めますかね、長門さん?」

「断定は出来ない。しかしそれ以外の可能性は辛うじて無視出来ないレベルでしかない。ただし、これは先の短期未来予測を前提として算定されたものであり、前提が揺らげばこの予測も成り立たない」

何の話をしてるんだ、と口を挟む事を自重しそうな専門用語が次いで長門の口から次から次へと溢れ出る。予定調和だとか平面未来集合論だとか、正直俺には一ミリも理解出来そうにないが、しかし、その一々に古泉と朝比奈さんは頷き、そして長門へと質問を投げ掛けていた。
住んでいる世界の違いを殊更実感させられるなあ、こういう事が有ると。

「じゃ、じゃあその場合における時空平面上の矛盾並行はどうなってしまうんですか?」

「いえ、辻褄は合いますよ、朝比奈さん。つまりですね、複数の世界が存在しているという、この状況は我々の認識の上でしかないのです。分散して見えるだけであり、そしてそれは記憶の混乱、もしくは詩的な言葉を使って残滓と表現する事も出来そうです」

「凡そその考え方で正しいが、指摘をするとすれば二点。邂逅記憶における改竄の可能性と同時多重存在は原則としての虚数理論に抵触する」

「そうですよね。それに時間軸における跳躍安定機能……私たちの存在そのものが危うくなりますよ。うーん、けど時空誘導制限を開放すれば現在が成立しなくなるし……」

……誰か俺に翻訳コンニャクを持って来い。今すぐにだ。ええい、あの青い狸はどうしてこんな時に限っていないんだよ!

「その辺りの考察は機関に戻ればレポートが幾つか有ったはずです。今度、持って来ましょう。……この話題はここらで切り上げ時のようです。彼が、身の振り方に困っていますよ?」

古泉が笑いながらそう言うと、ようやく俺の顔中をクエスチョンマークが埋め尽くしている事に気付いた朝比奈さんが申し訳無さそうに頭を下げた。いえいえ、気にしてません。
時にはSOS団不思議チームにもミーティングが必要だったりするのだろう。出来れば俺が居ない時にして貰いたかったが、とは言え古泉の野郎が両手に花って状況はなぜかいけ好かない。……狭量で結構だ。

235 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/04/03(日) 20:22:55.31 ID:cSuOVPy30

ここまで。では、また今度忘れられた頃にでもお会いしましょう

237 名前:次回予告[saga sage] 投稿日:2011/04/03(日) 20:35:53.76 ID:cSuOVPy30

「いなくなる時は別れの挨拶をするって……言ったじゃねえか、あの嘘吐き超能力者!!」

お別れはいつも唐突

「私はそんな良い子ではありません。好きな人を失った責を一人で背負い込めるほど……強くもない」

彼女はただ、普通でありたかった

「彼と彼女は単一異相存在。通俗的に表現するならばコインの裏表のようなもの。どちらかしか存在出来ない」

両方は存在出来ない

「分かっていたよ」

何を?

「お前は良い子だもんな」

特別扱いしないで

「貴方との恋人ごっこはもう終わり」

だったらなぜ泣いてやがる?

「世界は終わらない。終わらせない。ハルヒを、俺達の団長サマを舐めるな!」

ずっと見てきただろう?

「後は任せても……良いのですよね?」

一緒に歩んで行きたかった。一緒に歩んで生きたかった

「どうか私を嫌って下さい」

ずっと傍に居る

「……今日をもってSOS団を解散します」

世界が少女の恋の道連れ

「なあ、もう古泉には会えないのか?」

沖の石のように誰にも知られず泣き濡れるのは

「ごめんなさい。それと……ありがとうございました」

――そっか、俺だったんだな

251 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/14(火) 19:41:21.09 ID:kOH5ITr20

「何の話をしていたんだ?」

聞いてはみたが俺に理解出来るような答えが返ってくるとは思えなかったし、そもそも俺抜きで会議を行っていたトコロから察して余り深入りするべきではないのかも知れない。お茶を濁されたとしてもそれは長門、朝比奈さん、そして古泉なりの思いやりである事くらいは察せられるってなモンだ。
質問に対して口火を切ったのはやはりと言ってもよかろう、説明大好き超能力者、古泉だった。

「今冬に起こるであろうと予見される事項に関しての共通認識の構築、とでも言いましょうか。実際にはこんなやりとりにさして意味が有る訳ではないのですけれど、どうにも我々は心配性でして」

説明役が説明役の任を果たしていないのは職務放棄ってヤツなんじゃないのか、古泉。サルでも分かるとまで高望みはせんが、それにしたって一般男子高校生(若干平均よりも読解力は低い)にも納得の欠片くらいは掴み取れるように、もう少し噛み砕いて説明しろ、と俺はなんかそんな事を言いたい。
……言いたいのだが、しかしそれをしてしまうと古泉の溜息が聞こえてきそうなのはどういう事だ。恐らくはだが、古泉は先の一文二文でも俺に理解出来るように話していたつもりであり、それはしかして実際過大評価であるのだが、あの三百六十五日スマイル大安売りの中の俺への評価が下方修正を余儀無くされてしまうというのはなぜか癪に障る。
まあ、いいさ。たまには現代国語のテスト以外で文章読解に努めてみるってのもオツなもんだ。さて、先の古泉の台詞の内容でも読み解くとしますかね。
今冬に起こりうる事項……か。これだけじゃヒントが足りないな。クリスマスに終業式、冬休みが来たと思ったらあっという間の大晦日にハッピーニューイヤー。二週間もしない内に始業式だ。ざっと思いつくだけでもこんだけのイベントが俺を、というか世の学生全般を待ち構えている訳で。
その内のどれについて話しているのかを絞るのは、これで中々に難しい。SOS団不思議担当が三人雁首揃えているのだから先ずハルヒ絡みだってのは間違いないのだが、それにしたって涼宮ハルヒという女は、先に挙げたイベントのどれかと言わず全てに率先して首を突っ込んでいく性格の持ち主である事はもう一年半の付き合いで有るからして嫌と言う程知っている。
……はてさて、ハルヒはどのイベントごとでまた世界を引っくり返す無意識を発揮するつもりなのやら。どれであったとしても、俺にはどうも平穏無事な日常はやってはこない辺りがうら悲しい。



252 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/14(火) 20:07:38.85 ID:kOH5ITr20

元気な事は良い事だし、元気が有ればなんでも出来るとは名文句だが、それにしたってその「なんでも」ってヤツの中に「世界の常識にジャーマンスープレックス」なんて力技は含めないで頂きたかった。
……ん? 力技? アレ? 何か引っ掛かるぞ。

「なあ、長門」

呼びかけにも関わらず先程までミーティングを行っていた三人の内で一番の訳知り顔、長門は窓際で凶器にもなりそうな分厚いハードカバーから視線は離さない。一見さんからすれば「こいつ、聞いてんのか?」ってなノーリアクションだが、しかして長門の耳は地獄耳違った宇宙耳である。
きっちり聞こえちゃいるんだろう。

「ハルヒの力は減衰してるんじゃなかったのか?」

古泉……超能力者集団と宇宙人の共通見解については俺も前に聞いている。ハルヒの力は今年度いっぱいとの可能性が極めて高く、でもって今持っている力もピーク時に比べればとても穏やかになっている――そういう話じゃなかったのか?
それとも何か? それでもジャーマンスープレックスくらいは容易い、ってのか。はあ……出鱈目にも程がある。

「減衰している」

「だったら、お前らは何の対策会議をやってたってんだよ? その減衰ってーのも、実は単なる嵐の前の静けさだったりするってんじゃないだろうな」

またしてもこの文芸部室って八畳の小船が遊園地のバイキングシップよろしく揺れに揺れるような事態は俺もゴメンだぞ。

「――嵐は、来ませんよ」

俺の座る机に湯飲みを置きながら、そう言ったのは朝比奈さんだった。

「キョンくん、嵐はいつか終わるものです。ジェットコースタも、宴も。私たちがさっき話していたのはそれについてなんです」

253 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/14(火) 20:46:41.37 ID:kOH5ITr20

「そ、それって?」

振り向いて朝比奈さんに問い掛ける。彼女はどこか寂しそうに笑った。

「はい、おおよそ想像通りだと思います。その……涼宮さんの力の喪失が、えっと、つまり……未来が確定しました」

未来が、決まった。余りにも漠然とし過ぎていてちょっとイメージが湧かない。ええい、誰かイメージ映像とプロジェクタを今すぐ持って来い。何、そんなものは無い? だったらコンピ研にでも行ってくりゃいい。ハルヒの使いだって言えば一も二も無く貸してくれるだろうよ。

「すいません、いきなりそんな事を言われても上手く理解出来ないんですけど、それってーのは具体的にどういう事なんですか?」

未来は白紙である。某スピルバークの映画にそう洗脳されて育った俺にとって、どうにも未来が確定しているという感覚は分からない。例えばここで何も言わずに文芸部室から出るか、このまま会話を続けるかってたったそれだけでも未来は分岐するだろう。
それなのに。未来から来た彼女は未来が唯一の道程だと言い切るのであるからして、俺の煩悶に関して少しばかりはお分かり頂けただろうか。

「ぐ、具体的にですか? えーっと、私からそれを説明するのは少々難しいんです。具体例を挙げると、それって未来を教えちゃうことになっちゃうのは分かりますよね。過去の人に未来に関わる情報を教えてしまうのは、私たち時間移動者にとって一番のタブーなんです」

「未来を変える事になるから、ですか」

「はい。一年後の未来は勿論、それが例え明日の出来事であっても、一時間後でも一分後でも私たちの言葉には強力なプロテクトが作動しちゃいます」

朝比奈さんのよく仰る禁則事項、ってのだろうな。となると、説明を求めるのは他の相手に変えた方が良さそうだ。

「古泉。お前なら知ってるんだろ。一体、これから何が起こるってんだ?」

256 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/16(木) 23:10:11.24 ID:N+BuhiTx0

「さあ? 僕は超能力者と言えど先見の類の能力を与えられた訳ではないので、そのような事を問われても答えかねます。僕はそこに居るお二方のように」

古泉が二度、目配せした先には長門と朝比奈さんの姿が有った。

「未来を知る権利を持ち合わせてはいないんですよ。だから、出来る事は予測に留まります。これはタイムマシンが開発されるまで現代人類の限界でしょうね。それでよければ、お教え出来ますが」

外れるかも知れないからアテにしないでくれ、という予防線を張ったにしてもヤケに古泉の前置きは長い。まるで態と長引かせているような……いや、前からこんなモンだったか?
ま、どっちでもいいが。俺だってまさか未来を教えてくれとか分不相応な事を言い出すつもりもないんだ。
今を生きる人間には今を生きる人間としての領分が有る。矜持と言い換えても構わんぞ。

「ああ、それで構わんさ」

「では」

古泉は席を立つと部屋の壁に掛けられているカレンダーに寄ってそれを一枚捲った。当然だが十二月の暦を捲ればそこにでてくるのは一月だ。

「未来が確定した、と先ほど朝比奈さんが仰られたのは覚えていらっしゃいますか?」

訂正する。コイツは俺を若年性痴呆症だとでも思っている節が見受けられる。今更、評価なんぞを気にしている自分が嫌になってきた。

「ああ。ちなみに俺はその言葉の意味もなんか釈然としない」

「お気持ちは、分かります」

ま、そりゃそうか。俺たちの未来は俺たちのものだからな。そこんとこは古泉も同じだ。

257 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/17(金) 10:28:54.44 ID:7gr8aHcY0

「ただ、これは立場の違いから来るものでしょうね。僕らであっても、やはり過去は覆らないものという当然の認識を抱いている以上。歴史に『もしも』は無いのです。織田信長が本能寺で討たれなかった歴史は無い。僕の理解もそんなぼんやりとしたものです」

まあ、未来人にしか詳しくその辺りの実際は分からないのだろう。前にTPDD(だったか?)について朝比奈さんに説明を求めた時も言語変換出来るものじゃないって言ってたしな。だったら現代人としちゃ考えるだけ無駄なんだろうよ。故アインシュタイン先生でも口寄せすりゃ話は違ってくるだろうけどさ。

「とにかく。未来は確定した。この言葉を鵜呑みにしてみましょう。そうしなければ話は始まりません。さて、僕ら、現代人の感覚でこの言葉を解釈するとどうなるでしょう?」

古泉が俺に向けて右手を裏返す。お手を強要されてるようで、その芝居掛かった仕草はどうにも好かない。

「そうだな……相変わらずのゲーム脳で申し訳無いが、エンディングおよびルート確定ってのは、つまり分岐、選択肢の類が消えちまった状態を指すんじゃないのか?」

「ですね。おおよそ、その理解でよろしいかと。ただ、それにも問題が幾つか有りまして」

言いたい事は分かる。

「ゲームじゃない、ってな? 前提条件が違いすぎる。現実に分岐が無くなるってコトは有る訳無い」

「ええ。百歩譲ったとして、現代における全ての選択が未来において『歴史』とされていたとしましょう。だとしたら、これもまたオカしな話なんですよ。この場合の矛盾は……そう」

俺と古泉が同じタイミングで眼をやった先には、いつに無く真剣な表情で俺たちの会話を聞く愛らしいSOS団専属マスコットキャラクタ。朝比奈さんという、未来人という矛盾点。

「なぜ、未来人が過去に介入しているのか、ですね」

「ええ、その通りですよ、朝比奈さん」

258 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/17(金) 11:05:03.43 ID:7gr8aHcY0

なぜ、過去が「歴史」であるにも関わらずそこに未来人が介入してきているのか。それが不動のものであるのならば、そもそも未来人が関与する必要性が無いはずだ。

「ただ、これもまた特殊なケースであるという処理の仕方が可能です。今年の春の一件、まだ覚えていらっしゃいますか?」

「古泉、お前には俺が鶏にでも見えてるってんじゃないだろうな?」

あんなショッキングな事件を忘れられるはずが有るか。

「滅相も無い。僕としたコトが、失言でしたね。ええ、藤原くんの引き起こした一連の事件。あの一件で彼がしようとしたのは涼宮さんの力を利用しての歴史の改竄です。つまり、未来にとって『歴史』でしかないはずの過去、僕たちにしてみれば現在ですが――は非常に不安定であるのでしょう。無論、未来から見れば、ですが」

違いますか、と古泉に振られた朝比奈さんは眼を閉じてただ一言、禁則事項ですと、そう言った。

「なぜ、不安定であるのか。それは単(ヒトエ)に涼宮さんの存在によるもの。いえ、涼宮ハルヒという少女の持つ願望実現能力に、と言い換えるべきですか。この場合は。……ここまで言えば薄々分かりますよね」

なるほどな。ここ最近、俺の周りを賑わす話の発端。それってーのは。

「ハルヒの力の減衰」

「ザッツライト。その通りですよ。つまり、『歴史』が『歴史』に戻りつつあろうとしている。この四年半の時空の不安定が終息しようとしているのです」

「ってコトは未来が確定したってのは」

「涼宮さんの持つ願望実現能力の消滅が近いうちに観測されるコトが不動となったのです」

……そっか。
そういう、事か。そりゃ確かに朝比奈さんの言う通り、宴の終わりだ。

259 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/17(金) 13:10:08.46 ID:7gr8aHcY0

だが、待て。それってのは――古泉の……その、なんだ。消滅を意味するって話じゃなかったのか。
だったら、喜ばしい事じゃ全然無い。むしろ回避すべき事態の筈だろ。

「そうですか? これは涼宮さんにとって確実に成長の証ですよ。したらば受け入れないという選択肢も、それはそれでどうかと僕は考えますね。それに何を言った所で――お忘れではないでしょう。未来は確定した、のです」

「そんなんが……そんな理不尽が受け入れられるかよ!」

俺の怒鳴り声にびくりと朝比奈さんが身体を震わせる。別に朝比奈さんが悪い訳じゃないのは分かってる。どちらかと言えば理不尽な事を言っているのは俺なのかも知れないなんて事も分かってる。だけど、それでも。
一緒にこれまでやってきた仲間だぞ。日頃憎まれ口を叩いちゃいるが、しかし紛れも無く大切なSOS団の一員の命が掛かってるんだ。
それを理不尽と言わないで何を理不尽だと言や良いんだよ!

「なあ、長門! お前なら……お前なら古泉が消えずに済む方法みたいなのも分かってるんじゃないのか!? そうだろ!!」

これまでずっとSOS団のピンチを救ってきたスーパーヒロイン。どんな事態にも超然と、立ち向かっていた我らが守護神。すまん、お前には出来るだけ力を借りずにいようとは思っちゃいたけど、だけどこの状況で俺には他に頼りがいない!
仲間を守るためなんだ。もう一度でいい。これが最後だ。だから、頼む。
助けてくれ。
古泉一樹を、助けてやってくれ。

「……一つだけ方法は有る」

まさに天の声。救いの女神。長門はいつも通りの声音で、絶望の淵に蜘蛛の糸を垂らす。
けど、俺はすぐに知る事になる。蜘蛛の糸は、一人分。二人が縋れば、プツリと切れる。

「古泉一姫の存在を古泉一樹のパーソナル情報で上書きすればいい」

それは……それはいつか聞いた問。結局、俺には答える事が出来なかった、問。
――一つだけ、一樹を生かし続ける方法は有るんですよ。一姫を……つまり、私を偽者に仕立て上げる事で。逆説、一樹を本物にしてしまえば存続するでしょう。

逃げ出した影を縫い合わせてくれるウェンディなんて都合の良い存在は、どこにもいない。
世界は、おとぎ話なんかじゃない。

260 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/17(金) 17:06:39.60 ID:7gr8aHcY0

何かを、言おうとした。言わなければならないと思った。長門、朝比奈さん、古泉。三人は三人とも、涼宮ハルヒの力の終息を各々の形で受け入れている。それが我慢ならなかった。けれど、俺に何が言える?
長門がそれしか方法は無いと言い切った以上、本当にそれしか無いのだろう。この宇宙人少女は嘘を吐くなんて器用な事が出来る人格じゃないってくらいは、長い付き合いだ、知っていた。
だが……だが、そんなのって無い。無いだろ。当たり前だ。規定事項だかなんだか知らないが、朝比奈さんに恨みなんて有ろうはずもないが、それでも。
今を決めるのは、今を生きている俺たちの仕事であって未来から一方的に決められるようなモンじゃそれは無いはずなんだ。

「そうだ! ハルヒの願望実現能力の消失がそんな事態を引き起こすんなら、それが消失しないようにしてやれば良いだけじゃないのか!?」

具体的に何をどうすれば力の継続に繋がるかなんて分からないながらも、しかしそれが俺には一番良い回答に思えた。
浅はかだと、言わざるを得ない。俺の提案に、穏やかな声ながらも噛み付いたのは古泉だった。

「貴方がそう言い出すのは想定の範囲内でしたよ。もしも貴方がそれを本気で画策するのならば、僕たち機関は涼宮さんの力が消滅するまで貴方を軟禁します。その用意は有ります。勿論、僕たちだけでは有りません。ですよね、朝比奈さん」

「はい。未来の方向が決定付けられた以上、それを徒(イタズラ)に乱すのは禁則事項、えっと、私たちのルールに抵触します。キョンくんはこの時代の人ですけど、私たちの時代とまったくの無関係という訳では有りませんので禁則事項……その、あの、警察のような組織が有るのですけれど、その人たちが動かないとも限らないんです」

タイムパトロールみたいなものだろうか。確かに、俺たちの生きるこの今が未来にとっての歴史である事を知っている以上、俺は人類初の時空犯罪者になってしまえたりする訳で。果たして超能力機関が、はたまた未来人勢力が、本気になれば一高校生に過ぎない俺をほとぼりが冷めるまで失踪させるくらいは容易かろう。

「けど! だからと言って何もしなきゃ古泉のヤツが死んじまうんですよ! 長門、お前ならなんとか出来るんじゃないのか?」

縋るように見つめた少女は、ハードカバーをパタリと閉じると宇宙を内包したような深い深い瞳で俺を見つめ返した。
なんでだろう、その眼は、いつも通りのはずなのに僅かながらの感情を俺に感じさせて。感情――なんで、なんでそんな悲しそうな眼で俺を見るんだよ、長門!

「情報統合思念体は本件に対して私に観測以上の干渉を行わないように情報操作能力の行使をロックした」

続けざまに長門の口から出たごめんなさいの一言は、誰が言わせているのか気付いた時、俺は本気で生きているのが嫌になった。
何も出来ない自分を棚に挙げて三人に向けて憤る、自分の醜さがほとほと嫌になった。

261 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2011/06/17(金) 17:32:06.14 ID:7gr8aHcY0

俺が何も言えずに黙っていると、その内にハルヒのヤツが部室のドアを壊さん勢いでやってきた。こっちの心労なんざ当然知る由も無い他称女神様によってぶち上げられた本日の議題は差し迫ったクリスマスパーティをどうやって盛り上げるのかだった。
俺はと言うとそのパーティの欠席が決まっているので、蚊帳の外とは行かないまでも観客席である。
あんな会話をした後だってのにハルヒに対する態度は古泉おろか朝比奈さんまでいつもと変わらない。なぜだ? なぜなんだ? どうしてお前らはそんなに他人事みたいな顔で居られるんだよ。
少なくとも俺には無理だった。終始面白くなさそうな顔をしていた自覚は有る。だが、それをハルヒは別の意味で取ったらしかった。

「何? そんな羨ましそうな顔するくらいなら家族旅行をキャンセルしちゃえば良いじゃないの」

「別に羨ましい訳じゃねえよ」

確かに、別の意味で羨ましいだろうか。何も知らされていないってのはお気楽なモンだよな、と。そんな風に思いもしたがすぐにそんな考えも自己嫌悪の海に沈んでいった。
ハルヒに悪意は無い。分かってる。分かってるんだ、そんな事は。自覚が有るってんなら張り倒してやるが、泣き叫んで訴えてやるが、無自覚な以上どうしようもない。余計に質(タチ)が悪いんじゃないかとか、そういうのも結局俺の側から見た一方的な私見であって、ああ、チクショウ。
……八方塞がりってのはこういうのを言うのか。
なんとか超能力者も未来人も出し抜いてハルヒの力を存続させる方法を、来(キタ)るエックスデイまでに思い付き、そして実行しなければならない。しなければ古泉一樹はいなくなる。
五人揃ってのSOS団。ハルヒだってそんな事、今更俺が言うまでも無く分かっているはずなんだ。なのにどうして一人欠けちまうのか。
今まで俺たちを結んでいた縁がハルヒのとんでも能力だって事。だからそれが無くなればバラけてしまっても仕方ないんだ。そもそもそいつが無けりゃ出会う事すら無かった。
宇宙人。
未来人。
超能力者。
俺たちの縁は、そりゃ始まりはハルヒだったかも知れんが、それでもこの一年半によってもっと強固なモンで結ばれてると思っていたのに。
俺一人の思い込みだったのかなんて、ああ、自己嫌悪は留まる所を知らず。長門が本日の活動終了を本を閉じる音で告げるまで俺は寝た振りで下を向き続けている事しか出来なかった。

262 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/06/17(金) 18:02:36.22 ID:7gr8aHcY0

帰り道、地元の駅に降り立った俺を改札の先で待っていたのは久しぶりに見る顔だった。一瞬、驚きを隠せなかったものの、しかし確かにこの辺りが彼女が出て来るタイミングとしてはうってつけなのかも知れない。
どこの誰だかは知らないが……最悪の脚本だ。チェンジ。

「どうも……こんばんわ」

「こんばんわ。お久しぶりです、キョンくん」

「珍しいですね、あなたが出て来るのは。それで、今回は何です? 未来ですか? 過去ですか? この閉塞状態を打破出来るってんならどこにだって時間旅行しますよ」

俺と同じように制服を着た学生が次々と改札を抜けて、俺と彼女の隣を過ぎ去っていく。それはまるで時間の流れのようだったと、こんな比喩は少し詩的過ぎて俺なんかが使うと逆に気持ち悪いだろうか。けれど俺はそんな風に思ったんだよ。
時間の流れから取り残された、二人。これから時間旅行をするんだろうからちょいとコイツは嵌り過ぎだ。

「どこにだって言われるままに跳びますから、だから早く俺を連れて行ってください……朝比奈さん」

朝比奈さん(大)は俺の言葉に少し眼を伏せた。直視に耐えないクソッタレなツラを俺がしていたとしても、それは別におかしくも無かったしな。
俺にはこの時、朝比奈さん(大)がこの絶望的な状況を引っくり返しに来てくれてるモンだと信じる事しか出来なかったんだ。自分で言うのもどうかと思うが、そんだけ追い込まれていたって裏返しだな。

「立ち話もなんですから、取り敢えず喫茶店に行きましょうか」

朝比奈さん(大)が背を向けて歩き出す。俺は慌てて後を追った。彼女の腰まで伸びたロングヘアはゆらゆらと「此方へおいで」と手招きしているようだ。

266 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県)[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 16:10:41.42 ID:LCjz97oN0

タイトルで昔のペルソナのCMを思い出したww

267 名前:空紅 ◆.vuYn4TIKs[saga sage] 投稿日:2011/07/14(木) 20:22:34.18 ID:XWS9/qTJ0

>>266
勿論「もし私がアクマでも、好きと言ってくれますか?」に引っ掛けています
ただ、内容は特にペルソナとは関係無いのは仕様です
あ、続きはもうしばらくお待ち下さい。書き手を止めた訳では無いのでそこはご安心を

276 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/09/17(土) 20:29:12.70 ID:07Gijb350

SOS団の土曜日恒例不思議探索で使われる事も多い、勝手知ったる喫茶店は俺に取っちゃ最早物珍しくもなんともない。俺たち専用とまで最早思い込んでいるテーブルは店の一番奥の窓際で、この時だってウェイトレスに促された訳でも無いのにそこへ座り込んでいた。
頭ン中で店のメニュを思い返した挙句、やっぱホットコーヒー一択かななどと考える俺の対面で朝比奈さん(大)がメニュ表を広げている事に少しだけ違和感を覚えた。

「懐かしいです」

ああ、そうか。小さい方の朝比奈さんも俺と同じでここに来たら何を頼むのかがほぼ固定ローテーションになっちまってるからな。いや、朝比奈さんだけじゃない。SOS団メンバは今やこの店のメニュ表を開く方が稀だ。
だから、朝比奈さんが大きい方とは言え、それをしげしげと眺めているこの情景になんだか引っ掛かりが有るのだろう。

「ここに来たらアイスエスプレッソとかバナナシェイクとかばっかり頼んでいたんですよね、小さい頃の私は」

「ですね。こないだはモカなんとかでした」

「こうやってもう一度このお店に来れるなんて思ってなかったから、どれにしようか凄く悩みます。どの飲み物も、一つ一つ思い入れが有るから」

程無くウェイトレスがやってきて、朝比奈さん(大)は散々メニュと睨めっこをした結果として、昔は一番よく頼んでいたというカフェ・モカチーノを注文した。カップラーメンに掛ける時間よりも手早く俺たちのテーブルの上にふわふわと湯気を上げるホットドリンクが並べられる。
本題を切り出すタイミングとしては早かったかも知れない。後になってみれば朝比奈さん(大)に飲み物を楽しむ時間と、郷愁を味わう余裕をあげるべきだったかもなとも思う。
けれど、情けない話だがこの時の俺には生憎時間も余裕も無かったんだ。

「朝比奈さん」

「はい」

両の手でマグを包むように持ち上げる、その仕草は俺の朝比奈さんと変わらない。なのにどうしてこうも喧嘩腰になってしまうのだろう。
そんな気は無いのに、なのに言葉が荒くなっちまうのは止められなくて。

「喫茶店で昔話をしに来られた訳ではありませんよね? 何しに来たんですか?」

彼女が未来から来る理由。そんなのは分かっていた。それは過去の修繕。未来に至る道路の舗装工事。それ以外の用件で彼女が出現した事例は無い。そう分かっていたからこそ、朝比奈さん……その大人バージョンは俺にとって敵に思えてしまった。
未来。朝比奈さんの居るそここそが正着(セイチャク)なのだとして。そう未来は決められていたのだとして。そこに至る道のりが如何(イカ)なものなのかなんてのは俺には知る由もないが、それにしたって漠然と俺にも思う事は有り。
異物。
異質。
未来を阻むものがもしも有るのなら、それはきっと。
それはきっと俺の恋人なんじゃなかろうか、という絶望的なくせしてきっと外れない勘が俺の意識を蝕んじまっていた。



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