長門有希以外の酩酊


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/13(土) 10:56:48.59 ID:FFAEVW8w0

長門有希以外の酩酊

――年度末の足音がヒタヒタと近付いてくる、三月のある日のことである。

先月は朝比奈さん誘拐事件があったものの、それからしばらくは平穏だったが、そのことが油断につながってしまった。

俺が長門の鬱憤晴らしにと「二人で飲み会を」などと提案しちまって、その三度目には謎の勢力に……そう、朝比奈さんを力尽くで強奪しようとした奴らの再襲撃を、あろうことか長門の酩酊中に受けちまったんだからな。

幸い、親玉から再び再構成のうえ派遣された我らが朝倉涼子のお陰で、俺たちは命拾いしたってわけだった。

まったく朝倉が戻ってくれていて、助かったぜ。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:00:49.40 ID:FFAEVW8w0

その後、学校では生徒会長に呼び出され、有名無実の文芸部が部としての正当な活動…つまり会誌を発行しなければ廃部だと申しつけられたりもした。

もちろん俺たちは団結してその存亡の危機ってやつを乗り越えたのだが。

憂鬱だった年度末の試験も無事終わり、あとは適当に行事を流せば春休みだ。

大きな事件、小さな出来事、思えば色々あった高校一年も、もう終わりなんだな――。

柄にもなくそんな感慨に耽りつつ、この日俺は弁当箱の入ったカバンを持って部室へ向かっていた。

昼休みといえば、谷口と国木田という変わり映えのしない連中と顔をつきあわせるのが入学以来の常ではあったが、ここしばらくはちょくちょく部室で弁当を食べることも増えた。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:06:47.91 ID:FFAEVW8w0

なぜかって?
長門がいるからだ。

今日はたまたま午後は「ホームルームだけ」という予定だったのが急遽中止となった僥倖に際して、教室で飯を食う理由など無くなったということもある。

部室のドアを開けると、例によって静かに定位置で本を開いていた長門が顔を上げる。

キョン「よっ」

俺を見上げて長門がわずかに前髪を揺らす。
ああ、1ミクロンの首肯。

長門がシラフの時の表情を読み取るのは極めて困難で、有り体に言えば「無表情」というひと言で片付けてしまうのだが――

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:12:24.11 ID:FFAEVW8w0

――ここでちょっとだけおバカな話をしよう。

「朝倉式・長門表情読み取り検定」というものがあってだな、まずは初段認定に長門の「肯定」や「否定」を確実に見分けられないと話にならないそうだ。

さらに段位が上がるにつれて細かい感情を読み取る力が必要とされ、最高位の八段ともなると、「恥じらい・照れ」が読み取れるレベルだという。

長門自体がそもそもそんな状態に陥ることがほとんどあり得ない、という問題はあるが、であるがゆえにシラフの状態でそれは見出すことすらほとんど不可能……らしい。

――朝倉んちでたまに長門と一緒にご飯をよばれるようになって、俺たちはこういう下らぬ話で盛り上がっていたわけなのだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:17:49.82 ID:FFAEVW8w0

朝倉はどうだと聞いたら、自分は家元・師範だから「長門の心の動き」が全て解ると、きっぱり言い切った。

なんと、長門と「にらめっこ」をして勝つ自信があるというのだから、もう脱帽するしかあるまい。

まあ下らぬ話はさておき、俺は確かにこの一年で、長門の無表情にほんのわずかだが現れる「表情」の変化を感じ取ることが出来るようになったのは事実だ。

蛇足ついでに言えば、俺はこの時に朝倉から「名誉八段」の称号を頂いてたのである! ――社会の荒波を乗り越えるには全くちっとも役に立たない資格ではあるがな。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:23:42.62 ID:FFAEVW8w0

もっとも、朝倉によれば「キョン君は有希を照れさせる天才だから」というのがその理由らしい。
ハテそんな憶えはないのだが……な。

――さて部室である。


静かに読書をする長門が浮かべる、ごく微細な表情の変化を読み取るのが楽しくなった俺は、ただじっとあいつの姿を眺めることがいつしか安らぎになってしまった。

俺はいずれにしても、部室で長門が黙って本を読んでいるところで、静かに弁当を食うのだ。

こう表現すると何やら変態ぽいが、要するに、むさ苦しい野郎の顔を見つつ、あまり興味のない話に相づちを打つよりも気分がいい……と言ったら理解して貰えるだろう。


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/13(土) 11:31:16.32 ID:FFAEVW8w0

――この日、俺が弁当を食い終わると数分後、昼どきには珍しく古泉が部室へ入って来た。

古泉「またお二人ですね?」

キョン「おう悪いか……って何だ、その荷物?」

古泉の両手には重そうな紙袋が提げられていた。
紙袋といっても、持ち手が太く全体もビニールで補強されている、高級そうで頑丈なものだ。

古泉「これはです、ね……よいしょっと」
古泉はテーブルの上に重そうに紙袋をゴトリと置くと、中身を取り出した。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:39:17.29 ID:FFAEVW8w0

古泉「はい、こんな感じです」
順番に取り出されたのは高級そうな日本酒と、焼酎の一升瓶だった。

日本酒は墨文字で……? すまん、読めねえ。

古泉「あと、こっちは……と。他にもいろいろありますよ」
そう言って古泉はもう一つの中身を次々とテーブルに並べていく。

赤・白のワインの瓶、ウィスキーのボトルに何種類かのカクテル瓶……。
がちゃんがちゃんという音と共に、みるみるテーブルの上には各種酒瓶が並んでいった。

キョン「おいおいこりゃ一体どういうことだ?」
またハルヒが何か号令をかけたのか。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:48:33.29 ID:FFAEVW8w0

古泉「ふふっ、お酒は量が足りてるのはいいですが、足りないことほど寂しいことは、ありませんからね」

古泉は聞いたようなことを言うと、しゃがんで部室の小さな冷蔵庫の中へがちゃがちゃと入れ始めた。

古泉「ビールと白ワイン……あとカクテルは冷えてますから、冷蔵庫へ入れておきましょう」

キョン「だから、何で、ここに、酒を持ってきたんだ?」

古泉は聞こえないのか、わざとはぐらかしているのか、微笑んだまま俺を振り返る。

古泉「うーん全部入りきりませんね……とりあえずビール優先、カクテルは出しておいていいでしょうか?」

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 11:58:46.51 ID:FFAEVW8w0

部室の小型冷蔵庫はたちまち酒類で満タンになっちまった。

キョン「ああ、いいんじゃないか……。ってだから! 教えろ!」

古泉「今ご説明しますよ」
古泉はそう言うと笑顔のまま立ち上がり、両腕を少しぶらぶらとさせた。

キョン「どうしたんだよ。ていうかそんな大量の酒、重かったろうに」

古泉「いえ、このくらい。体力には自信がありますから……と、言いたいところですが、実は『機関』の車で校門まで運んでもらいました」

笑いながら右手で軽く力こぶを作ると、力なく肘を中心に弧を描くような動作をする。


12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:11:13.44 ID:FFAEVW8w0

古泉「僕は校門からここまで運んだだけなんですが……実は腕がパンパン、です」

古泉がひと仕事終えてテーブルを迂回し、俺の向かいに立って「実はですね」……と言ったのと同時に、部室のドアが開いた。

入ってきたのは、ああ相変わらず愛らしいお顔。
みくる「ああ、ちょっと遅れちゃいましたねぇ。うふふ、ちょっと仕込みに手間取っちゃいましたぁ」

我が麗しの朝比奈さんは、両手に見覚えのある大きめの藤製カゴを提げていた。
キョン「あっと……それはもしかして……」

みくる「はいっ、サンドイッチとかおつまみ……というかオードブルというか、色々頑張っちゃいました」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:16:35.52 ID:FFAEVW8w0

ああ、やはりプールやら、いつもお弁当を作って持って来てくれる時のカゴだった。

古泉「ご苦労様でした、朝比奈さん」
古泉が微笑みながらカゴを受け取り、テーブルに置いた。

古泉「おや、これはまたずいぶんずっしりと。重かったでしょう」

みくる「いっぱい作りました……けど大丈夫ですよぅ!」

キョン「それで、と。酒と……それから、つまみですと?」

俺は古泉の顔と朝比奈さんの顔を、まるで横断歩道を渡る律儀な小学生のように交互に眺める。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:21:12.06 ID:FFAEVW8w0

みくる「はいっ。わたしの学年は今日は短縮でしたから、いったん帰って、それから持って来たんです」

古泉が中断された言葉を続ける。
古泉「実はですねえ、今日の放課後、ここで宴会をやることになったんですよ、もちろん涼宮さんの提案で」

キョン「いや何となくそんなことだろうとは思ったけど……ただ聞いてないぞ俺。長門は?」

長門「……」
長門は顔を上げて俺を見た。んん? ほんの少し、済まなそうな顔?

キョン「えっと、何の宴会なんだ?」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:27:16.87 ID:FFAEVW8w0

古泉「先日生徒会長氏のお達しで、我々は文芸部としての活動成果を出すことを条件に部室使用を容認されましたね」

キョン「ああ……無事、俺たちはノルマを達成したじゃないか」

古泉「そうです。涼宮さんは大変結果に満足したようで、状況としては至って平和ですが」

古泉は笑顔を少しだけ弱めて言った。
古泉「ここ半月ほどの間に数回、小規模な閉鎖空間が発生しています」

キョン「え」

古泉「小さなものでしたし、《神人》の暴れ方も、地団駄を踏むような……可愛らしいと言えば語弊があり過ぎますが、とにかくすぐに狩ることの出来るレベルのものでした」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:33:05.77 ID:FFAEVW8w0

キョン「原因は推測がつくのか?」

古泉「ええ。涼宮さん自身、ちょっとフラストレーションが溜まったのでしょう。いつものとは少し違う意味、で」

古泉は一瞬朝比奈さんに笑顔のまま視線を向けてこう言った。
古泉「とにかくこのあたりで一度、パーッとやりたい、ということですよ」

朝比奈さんは黙って話を聞いていたが、古泉と目が合うと愛想笑いのような表情を浮かべて、そのまま俺の方を見上げている。

古泉「涼宮さんはここしばらく、ハカセくんに集中講義を行うことで週末の探索行動を休みにしましたね。あれは、実は親ごさん同士が顔見知りのために決められたことで、涼宮さんは最初乗り気ではなかったことなんです」

キョン「そうなのか? けっこうノリノリだったように見えたぞ」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:40:03.15 ID:FFAEVW8w0

古泉「ええ、勉強を見ることはこれまでもあったことですが……彼女にとって週末は我々との行動の方が遥かに楽しいこと、だったんですね」

キョン「あの、探索というか散歩というかお茶会というか……がねえ」

古泉「そうなんです。ですが、この度の週末の家庭教師は断れない案件だったのですね。それで、無理に自分を納得させるため、気持ちを前向きに」

キョン「東大へ入れるわよっ、てか」

古泉「そうですね、とはいえそれはむしろ自分への言い訳というか、折り合いをつける意味なのでしょうけれど」

キョン「ふむ……それはそれで至極まっとうな心理だし理解しやすい」
俺が納得しかけて、慌てて古泉に問いかける。

キョン「いやでも、なんで俺に知らせないんだよ」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:46:09.20 ID:FFAEVW8w0

みくる「えっと、それは涼宮さんがサプライズだから黙って準備してねって……」

古泉「団長命令、です」

キョン「サプライズって。長門は知ってたのか?」

長門「……知らされていた。しかし口外するなという命令だった」

古泉「涼宮さんはどうやら、ただ飲み会やるから来いという招集はかけたくなかったようです。あなたを驚かせたい、というのが彼女なりのイベントでもあったのでしょう」

そう言うと古泉はくっくっと軽く笑い、長門の方を向く。

古泉「長門さんはあなたに黙っているのは大変だったでしょうか」

長門「……」
長門はさすがにもう本を置いてこちらを向き、表情を変えずに俺を見ている。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:52:14.68 ID:FFAEVW8w0

キョン「しかしなあ、普通に俺にも『やるわよっ』でいいだろうに」

古泉「それはですね、何度目かの探索が休みになった日、お二人に携帯がつながらなかった時があって――」

あ……ひょっとして長門の部屋が情報封鎖された時……か? あいつ、あのタイミングで俺に電話してたのかよ……。
そしてつながらないってんで、続けて長門にも?

古泉「その後、僕に電話がかかってきました。二人とも電話に出ない、何かあったのか、知ってるか――と」
古泉はそう言って俺の顔を意味ありげに見つめる。

古泉「僕はあなたから事前にその日の『飲み会』のお誘いを受けてましたからね。もちろんその時、あなたと長門さんがご一緒なのだ、とすぐに判断しました」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 12:57:56.00 ID:FFAEVW8w0

長門「……」

キョン「で、お前は何と言ってくれたんだ?」

古泉「ええ、あなたは一日中ご家族でどこかへお出かけしている、と。久しぶりに妹さんのお相手で大変だと話していた……と、お答えしておきましたよ」

古泉は柔和な笑顔のまま、すらすらとそう答えた。

キョン「長門のことは……」

古泉「長門さんは朝倉さんのところで料理を教わっている、と」
古泉が視線を長門に向けると、長門も俺から古泉に視線を移動させた。

長門「……感謝している」

キョン「古泉……。肩を揉もうか? いや揉ませてくれ。あ、お茶淹れようかな、淹れたいな。淹れさせてくれるか?」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:03:18.00 ID:FFAEVW8w0

そそくさと立ち上がった俺を制して、プッと吹き出した朝比奈さんの顔と見比べながら、古泉は愉快そうに言う。

古泉「いいんですよ。あの時間、お二人は長門さんのマンションで酩酊状態にあることは容易に想像がついていましたし、もしそんなことが涼宮さんにバレれば、それこそ恐ろく巨大な《新人》が複数、閉鎖空間で暴れ出したでしょうからね」

キョン「……長門はいいとして、それでアイツ俺のことは納得したのか」

古泉「溜息と同時に、あいつも大変なのねえ、とだけ言っておられました」

キョン「妙に殊勝なんだな、珍しい」

みくる「それで、そのあと私たちに、キョン君には内緒で今日の準備をするように、って」


22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:09:23.25 ID:FFAEVW8w0

キョン「ってことは? つまり? 本当の意味で本当に実際大変だったお二人さんに、『飲み会』やってた俺が支度をさせちまった、ってこと……で……ございましょうか?」

古泉「そういうことに、なりますね」
古泉は爽やかな笑顔を崩さず、そう言った。

――済まねえ古泉。本当に申し訳ないです朝比奈さん。自然に頭が下がります。

古泉「まあまあ、僕は『機関』の会議の準備なんて言えませんから、実家でのんびりしたことにしてますし、朝比奈さんもまさか追試……いや失礼……とは言えないので、鶴屋さんとショッピングということにしてありました」

キョン「……なんか申し訳なさすぎなんですけどな古泉」
俺は恐縮して古泉に思わずおかしな言葉遣いをしてしまう。

古泉「そのことはもういいじゃないですか。結果的にうまく行ったんですから」

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:16:22.50 ID:FFAEVW8w0

キョン「ところで、サプライズなのに、それを俺に明かしちゃっていいのか?」

古泉「いえ、このことをむしろ事前にあなたにお話しておかないと、突然本当のサプライズに遭遇したあなたが、長門さんとご一緒だったことを罪悪感から白状してしまうかも知れませんし」

ああ、確かにそうだ……。

事前説明を受けず、何も知らずに部室へ来たらパーティの準備が整っていて、「さあ、ここんとこみんな忙しかったから、パーッとやりましょう!」なんて。
普段あれだけ俺たちを振り回してきたアイツに、そんな気遣いさせて、飲み会やってた俺はきっと……。

古泉「それだけではなく、心の準備をしておいていただいた方が、何かの拍子でポロリと漏らす危険性も下がりますしね。お酒が入ると、何が起きるか解りませんので」

キョン「ああ、確かにその通りだ。酔った拍子に俺がすでに何度も長門と飲み会やってたなんてことを、言葉の端にでも匂わせたら……」

古泉「言葉尻を捕まえて、苛烈な尋問が開始されるでしょうね」
怖いことをさらりと言う。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:23:31.92 ID:FFAEVW8w0

でもしかし、いや、きっとそうなるだろうな。

詰問、尋問、いや拷問か。ネクタイで首を絞められるどころじゃないだろうな。
レジスタンスのように命を賭けても口を割らない……なんて自信はアイツに対しては微塵もねえ。口を割っちまう。

――そしたら、地球滅亡だ。

長門「……」
長門も少し伏し目がちにしているが、本を読んでいるわけではない。

みくる「とにかく、このことは知らなかったことにして、気持ち良く……その、やりましょう!」

朝比奈さんはそう言ってみんなの顔を見回すと、天使のようににっこりと微笑んだのだった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:29:49.57 ID:FFAEVW8w0

古泉「さて、予定だとあと15分ほどで涼宮さんがここに到着しますので、あなたは何も知らないという体で、教室へ戻っていて下さい」
古泉が時計をチラと見た。

古泉「恐らく教室で招集がかかると思いますから、そのあとは……。今日こそはみんなで『パーッと』、やりましょう」そう言ってウインクをする。

キョン「ああ……そうだな」
だが古泉、そのウインクはやめた方がいいが……今日は許す。

キョン「解ったよ。今回はじゅうぶん注意するさ。……しかしおまえも大変だったのに、本当に悪かったな。忙しかったんだろ」

古泉「このところ閉鎖空間の発生がほとんど無かった、もしくは小規模にとどまってくれていたので、時間的には余裕があったんです。でも、お話した通り『機関』への報告書の作成などがあって――」溜息をつく。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:35:50.31 ID:FFAEVW8w0

年度末とかで会議会議の連続と言ってたが……ってお前は地方の役所に勤める係長補佐か?

古泉「僕は一番年少の部類ですが、最重要人物と最も近いところに居るもので、実は報告日誌が膨大なんです。それらを報告書にまとめ、さらに森さんたちとのブロック会議で精査されて……その上の本会議ですから」

古泉はいつもの笑みを消してそこまで一気に言うと、再び柔和な笑みに戻ってこちらを向いた。
古泉「――精神的に、少し疲れました」

ああ、こいつがグチをこぼすとは相当だったんだろうな。
すまなかった古泉係長補佐。
よし、今日はパーッとやろう。あとでお酌してやる。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:41:48.99 ID:FFAEVW8w0

キョン「で、朝比奈さんは大丈夫だったんですか? その、追試……」

みくる「はいぃ……どうしても1教科だけ、危なかったんですけど……」

朝比奈さんは一瞬顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯きスカートの裾を両手でぎゅっと握りしめてから、笑顔でこう言った。

みくる「でも、もう終わったから」

キョン「結果……なんですがその様子だと……?」

俺が遠慮がちにそう聞くと、朝比奈さんは明るい表情でVサインを出した。

みくる「はぃっ、もう全然大丈夫ですっ!」
珍しく鶴屋さんを彷彿させるハイテンションである。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:47:38.26 ID:FFAEVW8w0

そういえば先週はずっと鶴屋さんと参考書買いや、追試対策の勉強にと付き合って貰ってたんだっけ。

キョン「良かったですね! ちょっとお疲れのように見えますが……ハルヒには追試のことは内緒ですが、お祝いですね」

みくる「はいっ!!」

ああ、やっぱりこの人には疲れた顔や怯えた顔よりも、笑顔が似合いますことよ。

朝比奈さんがVサインを終えたところで、俺と長門が同じタイミングで立ち上がった。

キョン「じゃあ、俺は教室でさりげなく待機しとくわ。すまんな、よろしく」
長門「……私も準備を」

俺たちはそのまま部室を出て、1年の教室へ向かった。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 13:53:49.98 ID:FFAEVW8w0

歩きながら俺と長門は二人ともずっと無言だった。だが考えていることは同じことだろう。
古泉と朝比奈さん、あの二人には苦労かけちまった。俺と長門が呑気に二人で飲み会やってたのを知ってたのになあ。

無言のまま5組の前まで来た別れ際、俺が思い出して「そういやおまえの準備ってなんだ?」と聞くと、長門は「おでん」とだけ言って自分の教室へ去っていった。

まったくシラフの長門を見ていると、やっぱりまた酔わせてみたい……などという気持ちが頭をもたげてくるな、いや今はいかん。

仕方が無いので教室へ入る。
もう帰ってしまった生徒がほとんどで、あとは数人が弁当を食べ終え、帰宅するだけになっていた。

俺は何事も無かったかのように自分の席に座り、所在なげにハルヒの席を見る。
あいつは昼休みと同時に購買か食堂へ出かけるのが常で、今日はホームルームが無くなったと聞いたとたん、俺が振り返ったらもう居なかったっけ。


30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:00:20.60 ID:FFAEVW8w0

ぼんやりそのままハルヒの机から教室の入口へ視線を移してぼーっとしていると、朝倉涼子が入って来た。

キョン「おお、朝倉。帰ってなかったのか?」

朝倉「ええ、ちょっと用事、があってね」
朝倉はにっこり笑って自分の席でカバンに教科書を詰め始めた。

キョン「なあ……そういやおまえこの間、次に長門が酔っぱらうような場合は一緒に、つってたよな」

朝倉「え? ああ、こないだね。あれ以来有希にはアルコールは摂取させていないけど、念のために次からはそうさせてもらうつもりよ」

朝倉はカバンを閉じながらそう言うと、振り返って言った。

朝倉「……それに、今日は私も呼ばれてるのね」
そう小声で囁くように言って、ウインクした。


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:06:56.78 ID:FFAEVW8w0

キョン「へっ!? じゃあ……サプライズってことは」

朝倉「もちろん涼宮さんから聞いて知ってるわよ。実は今、調理実習室借りておでん作ってたとこ。あとちょっと煮ればOKだから、長門さんが交替で火を見てくれてるはずよ」

朝倉はカバンを持つと近寄ってきて、小声でそう言った。
とはいえ教室にはもう、離れたところに数名しか残っていなかったのだが。

キョン「他には誰か来るのか?」

朝倉「鶴屋さんが来るそうよ。今回は涼宮さんがあなたをサプライズ仕掛けで驚かせるってことで張り切ってるのね、でも」

朝倉はいたずらっぽい笑顔になって、説明を続ける。

朝倉「事情は古泉君から聞いてるでしょ? つまりね、実はあなたを騙すつもりでいる涼宮さんを、みんなで満足させる会ってことなのよ」


32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:12:04.61 ID:FFAEVW8w0

キョン「ああ、なるほど……。そういうことか」

朝倉「じゃ、あたし有希ちゃんとおでん鍋持って、先に部室へ入ってるわね」
朝倉はそう言うと、軽やかに教室を出ていった。

考えてみりゃ、そうだな。俺ではなく、主役はやっぱりハルヒじゃなきゃな。

――それから数分経って、ようやくハルヒが現れた。

ハルヒ「はーいキョン、居たわね! ホームルーム消えたからって帰っちゃダメよ!」

キョン「ああ、これから部室へ行こうと思ってた、ところだ」

ハルヒ「ふふん、なかなか団員としては殊勝な心がけね。褒めてあげるわ」
そう言いながら上機嫌で入って来ると、チェシャ猫のような笑顔を俺に向けて言う。

ハルヒ「じゃ、あたしに着いて来なさい!」


33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:18:48.81 ID:FFAEVW8w0

声高らかにそう号令をかけると踵を返し、ネクタイを引っ張りこそせぬものの、ズンズンと先に大股で先導し出した。

キョン「おいおいちょっと待ってくれよ」
俺は慌ててカバンを肩にかけて後を追う。

少しだけハルヒは歩を緩めて、こちらを見ずにこう言った。
ハルヒ「……あんたさ、ここんとこ疲れてるんだって?」

キョン「いや、えっとまあ。そんなことはないが」

ハルヒ「ふうん。あんたなんかどうせ週末何もすることがなくてゴロゴロ家で寝てるもんだと思ってたけど」

キョン「ずいぶんと、失敬だな」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:26:31.12 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「妹ちゃんもいるし……いっつも休みのたびに出かけられたら寂しいわよね」

ハルヒは前を歩きつつ、ぼそっとつぶやくように言う。

キョン「え? そんなことは、ないぞ。あいつああ見えて友達多いし」

ハルヒ「まあいいわ。ここんとこみんなバタバタしちゃってたわね」

キョン「年度末だし、な――」

いつの間にかハルヒの歩調はゆっくりになり、途切れ途切れにそんな事を話しているうちに、部室棟に着いた。

……んん? 心なしかもうそこはかとなくいい匂いが漂ってきている気が。

階段を上がり、部室の前に来ると、もうそのダシの醸し出す至高の香りは隠しようもない。


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:31:59.46 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「キョン、開けなさいよ」

さっきの一瞬のナーヴァスさは消え、ハルヒはいたずらっ子のような顔でにやにや笑っている。

キョン「へいへい」

がちゃり、とドアを開くと、わーっという歓声と、パチパチという拍手の乱打のお出迎えだ。

長テーブルを挟んで左に手前から古泉、朝倉、長門。右側に朝比奈さんと鶴屋さん。みんな満面の笑顔で、鶴屋さんは「イエーイ」とか言って拳を突き上げている。

すでに紙製の取り皿やプラコップ、割り箸などがめいめいの前に置かれ、真ん中には小型コンロにおでん鍋が置かれていた。

さっき見た……とはハルヒにゃ言えないが、朝比奈さんが作ってきてくれた唐揚げやサラダなども、大皿に綺麗に盛りつけてある。


36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:38:42.26 ID:FFAEVW8w0

ああ、パーティ……だ、まさしくな。

訂正しよう、みんな満面の笑顔と言ったが、長門はあくまで無表情で規則正しく拍手をしていた。

よく見ると、さっきは無かったスナック菓子やらのコンビニ袋も3つ4つ足元に置かれていて…ああ、これはハルヒが買ってきてくれたんだな。

ハルヒ「どう、部室が宴会場よ、ビックリしたでしょ!」

――おっと、これはサプライズだったんだな。やばいやばい。

キョン「おおう、これは……いったい何の真似だあ」

ハルヒ「むふふう、今日はねっ、ここでみんなで宴会をするのよっ!!」
ああ得意満面ですね団長様。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:45:35.49 ID:FFAEVW8w0

キョン「びっくりしたなあ。宴会っておまえ、何のためのなんだあ」
あれ棒読みっぽくなっちまったかも。

チラと見ると、古泉が笑顔のままほんの少し眉をひそめている、すまん。

ハルヒ「これはねっ、先の生徒会による不当な弾圧に対する我がSOS団の、勝利の宴なのよっ!」

俺の大根ぶりを気にかけるでもなく、ハルヒは自信満々でそう宣言し、ずんずん奥の「団長席」に進んでどっかりと腰を下ろした。

視界を塞ぐパソコンの液晶モニタは脇へよけられている。

ハルヒ「さっキョン。あんたはそこに座りなさい」
ハルヒは自分の向かって左手、長門の向かいのパイプ椅子を指さす。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:51:49.79 ID:FFAEVW8w0

キョン「お、おう。ああ、しかしほんとうにびっくりしたなあ。いやいやこりゃあサプライズっちまったよ、わっはっ、は」

俺は大げさに驚いた演技をしながら、こちらへ「ダメ出し」とも読める情けない笑顔を向ける古泉に内心合掌しつつ、ぎくしゃくと指定された椅子に着席した。

ハルヒ「ふふーん。驚いてるわね。あんたのそのマヌケ面のためにみんな準備してくれたんだからねっ」

キョン「あ、みなさまほんとうにありがとうございます」
って何で俺みんなにペコペコ頭下げてんだ?

ハルヒ「……あんたもいっつも奢ってばっかじゃ……かわい、そうだし」
ん? 何か言いましたかハルヒさん。聞こえなかったが……。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 14:56:51.87 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「そっ、それじゃあっ。各自飲み物を用意して、乾杯するわよ!」

団長の号令で、それぞれワインをコップに注いだり、カラフルなカクテルの栓を開けたりしている。

はっ、長門は――?
長門「最初はビール」
ですか。ですよねー。

ハルヒ「あんたはあたしにお酌しなさいっ」
ハルヒはそう言ってグイと紙コップを突きだしてきた。

俺は「へいへい団長様」と言いつつ、目の前にあった缶ビールの栓を開け、コポコポと注いでやる。

ハルヒ「うん、よろしい! ……はい」

キョン「えっ?」

ハルヒ「ご返杯よ!」
そう言って、ハルヒは自分のコップを置いて俺からビールの缶を取り上げ、促した。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:02:52.01 ID:FFAEVW8w0

キョン「あ、ありがとうございます」

俺は妙に緊張してコップを差し出した。ハルヒが注いでくれる間、何でか知らないが左手まで律儀に添えちまったぜ。

ハルヒ「みんな、飲み物行き渡ったわね?」
団長閣下は皆を睥睨すると、コップを持ち上げて高らかに宣言をした。

ハルヒ「じゃあ、アホ生徒会長による不当な弾圧に対する、我らがSOS団の完全勝利を祝して、かんぱーい!!」

「かんぱーい!!」
全員の声が響き、次いでゴクゴクという威勢の良い嚥下音が響いた。

「ぷっはー!」「けふっ」「げっふ!」「くはあ」「んー」……などなど、色んな声やら音がそこかしこから聞こえてくる。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:09:46.11 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「……今日はね、部室での飲食許可を涼子と鶴屋さんに取ってもらったのよ。ねっ」

朝倉「ええ。もちろん軽食っていうことと、当然飲酒は申請してないけど」
朝倉はそう言ってハルヒに笑いかけた。

キョン「そういうことはコイツが出て行くとややこしくなるだけだからなあ」
ハルヒ「うるさいわねバカキョン」

みくる「何て言って、許可を取ったんでしたっけ?」
朝比奈さんがこりこりとポッキーかじるの可愛いな……。

朝倉「文芸部と書道部による、コラボレーションの企画会議を兼ねた食事会、ってことで通したの」

キョン「はー、凄いな。お前、先生方の信頼厚いもんなあ」

古泉「朝倉さんは委員長。鶴屋さんは品行方正学業優秀、名家の子女であらせられますし」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:16:11.28 ID:FFAEVW8w0

鶴屋さん「へへー、お世辞言っても何も出ないよっ。まっ、こう見えても優等生だかんねっ。ちょろいもんさね!」

鶴屋さんはニカッと笑いながら、ビール片手にNYORON印のスモークチーズを立て続けにつまんでいる。
あ、それちょっと残しといてくださいよ。

古泉「まったくもって、お二人のご尽力には感謝申し上げます」
古泉はワインの入ったコップを持ったまま、軽く会釈をした。

鶴屋さん「いいっていいって! 何せみくるの進級も無事決まったし……あ」

みくる「それは……言わない約束じゃないですかあ!」
オレンジ色のカクテルを舐めていた朝比奈さんが、たちまち涙声になって鶴屋さんの袖を引っ張る。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:22:15.86 ID:FFAEVW8w0

鶴屋さん「ごめ……。みくるっ、悪い悪いっ!!」

鶴屋さんはバツの悪そうな顔でスモークチーズを異常な速度でほおばりつつ、頭をかいた。だからスモチ残しておいて下さいよ、じゃなくて!

ハルヒ「えっ、進級って、どういうこと?」

みくる「うう……そのお……実はあ」

鶴屋さん「い、いやねっ、みくるったらうっかり提出済みだと思ってた課題一つ忘れててさっ、慌てて今日突貫でやっつけて持ってたってわけ……にょろ」

ハルヒ「なぁんだ。大変だったわね、みくるちゃん」
ハルヒのコップは一気飲みでもうカラだ。
すかさず長門がすっと立ってお酌をしているのが新鮮な光景ではある。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:29:48.39 ID:FFAEVW8w0

みくる「……はいぃ、でももう大丈夫ですからぁ」

ハルヒ「あ、有希ありがと。何だかわかんないけど大丈夫なら問題ないわねっ」

長門「……」
長門は席に戻る時にホンの一瞬、俺に目を合わせた。

こいつは今日は……酔えないわな。気の毒のような気もするが、仕方がない。

ハルヒ「とにかく今日は無礼講よっ。ただしあたしだけは別よ、団長は別格なんだからねっ」

キョン「へいへい」
やれやれ、無事に誤魔化せてホッとしたよ。頼みますよ鶴屋さん。

俺がちらりと視線を送ると、鶴屋さんは(キョン君、ごめんさっ)という表情で、「これ、おいしいよっ」と言ってスモークチーズのスライスが載った皿をこちらへ寄越してくれた。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:35:59.30 ID:FFAEVW8w0

――それからはそこここで自由におしゃべりをしたり、自然と席が入れ換わったり、立食のようになったりと、ワイワイやる格好になった。

俺は長門と朝倉の間にさりげなくしゃがんで、鶴屋さんの脇で日本酒の瓶を抱えているハルヒに聞こえないように話す。

キョン「……それで、その、今日の長門は本当に大丈夫なんだな?」

朝倉「大丈夫。今日は情報操作で全く酔わないようにしてあるから」

長門「心配ない」

キョン「そっか、それなら安心だな。はは、それだけハラハラしてたんだ」
俺は一気に安心して、そうしたら少し酔いが廻って来て、いい気持ちになってきた。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:41:49.72 ID:FFAEVW8w0

長門「……わたしも酩酊、いや泥酔状態に陥り全く外部からの封鎖を探知できなかったばかりか、自己の能力が無力化した挙げ句結果的にあなたを危険な状況下に置いたことを深く反省し――」

朝倉「……有希ちゃん!」

キョン「長門、も、もう気にするなよ……」

長門「とにかく今日は何をどれだけ飲酒しようとも、わたしが酩酊状態に陥ることはない。安心して」

長門はそう言うと俺を見上げた。

キリッ、としているように見えるが、こいつが酔っぱらわないってのはそれはそれで……ちょっとつまらんなー、なんたってあの時のこいつときたら……。

朝倉「ダメよキョン君。何考えてるか顔に出てる」
ふふっ、と笑うと朝倉は赤ワインをぺろりと舐めた。

ああこいつ、何故だか赤ワインが似合いますこと。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:47:49.50 ID:FFAEVW8w0

キョン「朝倉は今どうしてんだい? その」

朝倉「操作? もちろんしてるわよ。でも人間の酩酊状態は気に入ってるから、今日はほろ酔いくらいまでをリミットに設定してるの」

キョン「ああ、それでちょっと顔が赤いんだな……」

朝倉「ふふっ、お酒って気持ちいいのよね。何だか有希には申し訳ないけど」

長門「……うらやましい気持ちがないとは言えない」
長門は淡々とした口調で、サンドイッチをほおばっている。

長門「でも、仕方ない。涼宮ハルヒに見せるわけにはいかない」

キョン「そうだな、また今度ゆっくりやろう」

そう言うと長門はサンドイッチを咀嚼したまま、軽く頷いた。
これはかなり解りやすい「肯定」だな。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:54:11.09 ID:FFAEVW8w0

それから、本棚沿いに古泉の方へ移動する。

古泉は冷えた白ワインか、全くしゃれたものを飲んでるぜ。

向かいではハルヒがきゃあきゃあ言いながら朝比奈さんをいじりまくり、鶴屋さんがケタケタと笑っている。

古泉「……しかし。いいものですねえ、やはり皆でこうして騒ぐというのも、たまには」
古泉はそんな様子を見ながら、目を細め微笑を浮かべている。

キョン「ふだん『機関』の人らと出かけたりしないのか?」

古泉「たまに、ですがありますよ。主に森さんとが多いですが……」

キョン「どこ行ってんだい」

古泉「食事が多いですかねえ。あ、飲みます?」

キョン「……あ、すまん」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 15:59:53.48 ID:FFAEVW8w0

古泉は俺のコップが空になったのを見ると、新しいプラのコップに白ワインを半分ほど注いでくれた。

古泉「どうしても僕らは不規則な生活になってしまうもので」

キョン「うん。解る……よ。予定なんか組めないもんな」

古泉「ええ。たまには温泉旅行でも……なぁんて思わないでもないです。でも、僕がここに来るまでには、心の準備を終えていましたから」
古泉は笑顔のまま、ワインを一口飲む。

キョン「そう、か。……それにしても、やっぱりお前酔わないじゃないか」

古泉「そんなことはないですよ。森さんに食事の時、死ぬほどビール飲まされた時は……正直ベロベロになりました、ふふっ」

キョン「付き合わされたのか? 無理矢理」

古泉「それもありますが、何というか……」


51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:01:40.87 ID:FFAEVW8w0

>>49 そうです 支援どうもです



53 名前:面目ない>縞パンw[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:05:41.01 ID:FFAEVW8w0

キョン「まさか、森さんと付き合ってんのか!?」
俺は声が大きくならないよう、古泉に顔を近付け、無声音で問い詰める。

古泉「まさか、あの人は僕の上司であり……そうですね、姉のような存在、ですかね。普段はとても優しくて親切な方ですよ」

キョン「でも怒ると怖そうだよなー?」
俺はチビリとワインを舐める。ん、これは酸味がほどよくて飲みやすいな。飲み過ぎないようにしよう。

古泉「ふふ、そうですね。笑顔で殺気を醸し出すことが出来るのは、ちょっと」

古泉はにやにや笑い、朝比奈さんお手製のマカロニサラダを口に入れて愉快そうにこう言った。

古泉「そういえばあなたは森さんのソレを一度目撃されてるんですものね」

キョン「ああ……朝比奈さん誘拐未遂事件の時、な。あれは怖かった」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:11:48.82 ID:FFAEVW8w0

古泉「ふふっ、《神人》の前ではそんなものではありませんよ……」

古泉はそう言うと一瞬真顔に戻り、何かを思い出したかのようにコップを凝視したあと、ワインを飲み干した。

こいつは何を見たというのだろう。いや、深く訊かないでおこう。その方がよさそうだ。

キョン「あ、まあ一杯」
そう思って白ワインのボトルを差し出す。

古泉「これはこれは。嬉しいですねえ、お酌なんて恐縮です」
笑顔で向けられたコップに、ワインを満たし、顔を近付けて話す。

キョン「いや、何だかいつもお前らも大変なんだよな。息抜きも必要だとか言いながら、俺だけ長門と何回か飲み会やっちまったし……。今日も気を使ってもらってさ」

古泉「いいんですよ。僕の役割は自覚していますし、そのことで涼……彼女の精神が安定するのなら、それが一番です」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:18:35.28 ID:FFAEVW8w0

いつの間にか俺たちはお互いに顔を近付け、ほとんどささやき声で会話していた。
気が付くと向かいでハルヒがポカンとした顔でこちらを見ている。

やばい。

ハルヒ「やあねえあんたたち、何ヒソヒソやってんの。まさかソッチの関係なわけ?」
良かった、聞かれてなかった。

キョン「バカ、そんなわけないだろう。てか古泉顔が近い、離れろ」

古泉「あなたから近寄ってきたはずなんですが……」
古泉はいつもとは違う、心から愉快そうな笑顔で体を仰け反らせた。

俺も中腰のまま本棚に寄りかかって、この「宴会」を眺める。

ここは学校で、部室で、しかし昼下がりでみんな酒盛りをしているわけだ。
岡部に見つかったら停学騒ぎになりかねんな……いや退学か?

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:24:48.84 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「何考えてんのよ、辛気くさい顔しちゃって」

ハルヒは朝比奈さんの唐揚げをぽんぽん口に放り込みながらこちらを向いて「ダメよ、楽しみなさいっ!」と言って笑った。

キョン「ああ、楽しんでるさ。ただこんなに騒いで学校大丈夫かと思ってな」

俺がそう言うと、ハルヒはきゅう、っとコップの日本酒をあおり、タン! とテーブルに置いてこう言った。

ハルヒ「だぁいじょうぶよ! 今日はね、ホームルームが中止になったってことは、きっと何かの用事……そうね、あっちも教職員の集まりとか宴会で手薄になってるに違いないわ! だから絶対、大・丈・夫!」

キョン「ん……そうか、そうだな!」

ああ、こいつの力強い「絶対大丈夫」宣言があれば、たとえ今この瞬間に部室の前に教師がさしかかっていたとしても、突発性の記憶喪失か何かで引き返すであろうことよ。

ああありがたやハルヒ様。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:30:29.16 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「ふふっ、盛り上がってきたわねー。あ、涼子あたしにおでんの卵くれる? あと大根と。つゆだくでねっ」

朝倉「はーい。おつゆ一杯サービスよ」

鶴屋さん「あーっ涼子ちゃん、あたしにはダシ汁がたっぷり染みこんだ『ひろうす』を残しておいて欲しいにょろよ!」

朝倉「わかってますよ、はい、熱いから気をつけて」

長門「……わたしにも卵を」

朝倉「はいはい、ちょっと待ってねえ」
朝倉よ、おまえはおでん屋のおかみさんか?

みくる「キョン君、唐揚げも食べてくださいねえ」

キョン「あっそれはもう是非とも!」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:37:16.53 ID:FFAEVW8w0

……ああ、何だか楽しいなあ。

長門と二人きりであいつが酔っぱらってくのを見てるのも楽しかったが、仲間とみんなでこうやってワイワイやるのはまた別な意味で。

ハルヒ「有希〜! 飲んでる〜?」
ハルヒが入口側から対角線上に居る長門に声をかけた。

長門「……けっこう」

ハルヒ「そっ、有希もたまにはハメを外してもいいのよ!
 …有希、酔わないようにしてちゃ、ダーメ!」

長門「……わかった」

瞬間、俺は朝倉と目を合わせた。

――まずい。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:43:11.87 ID:FFAEVW8w0

俺はさりげなく、本棚づたいにカニ歩きをして朝倉と長門の間に移動した。

ハルヒの動静をうかがいながら、無声音で長門に尋ねる。
キョン「……今のハルヒの、大丈夫か?」

長門「大丈夫ではない。わたしの情報操作による酩酊の防止が解除されてしまった」

キョン「……はい?」っておい!

朝倉「まずいわねえ。このままだと有希ちゃんはアルコールに対してごく普通の少女と同じ影響を受けるわ」

キョン「この前みたく、か?」ごくりと喉が鳴る。

朝倉「とにかく有希、コップ貸して」

朝倉はそう言うと長門が手にしていた赤ワインの入ったコップを持ち、高速で呪文のようなものを短く唱えた。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:49:49.49 ID:FFAEVW8w0

キョン「あれか? 情報……」

朝倉「そう。有希のためなら今の私でも操作はできるから。とりあえずこのコップの中身で酔うことはないようにしておいたわ。でも……まさかここにあるお酒を全部そうするわけにはいかないし」

キョン「長門が自分では出来ないのか」

長門「……涼宮ハルヒはわたしが酔う場面を見たいと望んだ。ゆえにわたし自身による、それに反するような操作が無効化している」

長門は朝倉からコップを受け取ると、じっと赤ワインの水面を眺めてから、一口こくりと飲んだ。

キョン「……どうだ?」

長門「……これは問題ない。今まで飲んだものも処理は終わっている」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 16:55:59.26 ID:FFAEVW8w0

ふう、ほっと一息だ。

いや、ということはこれから長門が口にするものを、一回一回その都度朝倉によって操作してもらわないといかんのか――。

朝倉「仕方ないわね、うまくやるしか」

ハルヒ「なぁによー、今度はそっちでコソコソして、何してんのキョン!」

ドキ――ン!!

ハルヒは一升瓶を片手にずんずんこちらへ来ると、俺が最初に座っていた椅子……つまり長門の正面にドシンと腰を下ろした。

うわっやっべえ、今一瞬ゴジラのテーマが頭の中で鳴った気がしたぜ……ていうか、一番まずい状況になっちまったんじゃないのか?

ハルヒ「有希ぃ、あなたいつも全然酔わないから面白くないわねえ。今日は酔っぱらうまで飲んでもらうわよ」

63 名前:支援感謝[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:02:01.86 ID:FFAEVW8w0

キョン「お、おい。やめとけって長門は」

ハルヒ「何? キョンも有希が酔うところ見たいでしょ? きっと可愛いと思うのよ〜、むふふふ」

ああ、それは保証する。長門が酔った状態はそりゃあもう。

……いやしかしそれはいかん。あんな状態をここに居る皆の前で見せるわけにはいかん。

俺の前だけ……ってそういうことじゃなくて、あんな状態の長門を一度見てしまった日にゃ、ハルヒは今後何度も見たがるに違いないっての!!

朝倉「あ、あの有希ちゃんはね、いくら飲んでも酔わない……から」

朝倉があたふたと取り繕うように説得するが、ハルヒはじっと長門を笑顔で見つめたままだ。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:08:13.52 ID:FFAEVW8w0

もし長門が酔ってあんな可愛い状態になったら、そしてそれをハルヒが気に入って、いや気に入らないわけがない、常態化させるようなことになったら。

その隙をついた「何者か」の攻撃を受けたら――。

鶴屋さん「ははーっ、あたしも有希んこの酔ったとこ、めがっさ見たいにょろー!」

あなたは! このタイミングで! 何ということを!!

古泉「……」
みくる「……ぁ……」

ハルヒ「ささっ、有希それ飲んじゃって。次はこれよ」
どん、と日本酒の瓶を目の前に置きやがった。

長門「わかった」
長門は素直に赤ワインの残りを飲み干し、コップを置いた。

ハルヒはもう、新しいコップにトクトクと日本酒を注いでいる。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:14:37.82 ID:FFAEVW8w0

キョン「……」
朝倉「……」

キョン「は、ハルヒよ! お俺にも一杯くれないかっ!?」

朝倉「あ、あたしもいただける?」

ハルヒ「そうこなくっちゃあ。はいはい!」

ハルヒは満面の笑みで俺たちのコップにも日本酒を注ぐ。

朝倉は受け取ったコップにもう片方の手を添えると、にこにこ笑いながら呪文を高速詠唱――。
それにかぶせるようにして、俺は無理矢理に大きな声を出す。

キョン「んあえっと、朝比奈さん唐揚げいただけますかあ?」

みくる「ひゃっ! あっはい、どうぞお、涼宮さんも」

ハルヒ「あっ、ありがとうみくるちゃん」
……今だっ!

67 名前:支援御礼[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:20:04.35 ID:FFAEVW8w0

俺が目配せをするまでもなく、身を乗り出した俺の後ろで朝倉は、自分のコップと、長門の手に持っていたコップとを、一瞬で交換した。

ハルヒ「本当、みくるちゃんの唐揚げおいしいわあ。あ、有希あらためて乾杯ね」

長門「……かんぱい」

二人はコップをぶつけ合うと、コクコクと日本酒を飲みくだす。
ハルヒは一気飲みで、長門は二口ほどだ。

朝倉とアイコンタクトをすると、「大丈夫」と目が言っていたので安心する。

ハルヒ「くぁあーっ! 生きてる、って感じよね!!」
長門「……」

キョン「おいおい、おっさんかお前は」

ふう、肝を冷やしたぜ。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:26:13.38 ID:FFAEVW8w0

鶴屋さん「あはははっ。いい飲みっぷりだねえハルにゃん!」

ハルヒと鶴屋さんが盛り上がってる隙に、朝倉にそっと耳打ちする。
キョン「遠隔操作はできないのか?」

朝倉「……有希を酔わせる、という涼宮さんの希望が強くて干渉されてるの」

なるほど、長門の自制能力が消失したくらいなんだからな……。
朝倉の能力にまで影響が出てるってわけか……まずいな。

キョン「……で、これずっとそうなのか? だったらかなり」

朝倉「ううん、『今日は』って言ってたから、ここを凌げば」

キョン「よし、わかった、なんとかここは協力し」

鶴屋さん「じゃあ〜、今度はお姉さんが有希んこにお酌しちゃうよっ」

キョン&朝倉「!!!」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:32:02.72 ID:FFAEVW8w0

――鶴屋さん、あなたという人は……。

鶴屋さんは喜色満面といった様子で一升瓶を片手で軽々と持ち、長門のコップに向ける。

鶴屋さん「つぎ足しはいけないにょろ! 空けるっさ!」

長門「……了解した」
長門は残っていた酒をくい、とあおった。

鶴屋さん「全然変わらないねえっ、ほんとにうわばみだねえこりゃっ」
そう言いながら、鶴谷さんはドバドバと長門のコップになみなみと日本酒を注ぎ込んだ。

ハルヒはやはり「んふー」と言いながら笑顔で長門を見ている。

思わず朝倉と目が合うが、この状況だとどうしようも……。





――その時、古泉が動いた。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:36:50.63 ID:FFAEVW8w0

古泉「おわっ!! あちちち、あつっ、あっつい! あ、アッ――!」


古泉はぐつぐつ煮えたおでんの汁を皿に掬おうとして、自分の股間にこぼして立ち上がり、普段では考えられない声で地団駄を踏み出した。

がたんがたんと大きな音がしてパイプ椅子がひっくり返る。

全員の耳目が古泉のダンスに集まった。

朝倉がその隙に長門のコップに手を添えるのを視界の隅で確認しながら、俺はわざと大声を挙げた。

キョン「ぶわっはははー、どうした古泉、おまえリアクション芸人かよ!?」

全員が古泉を指さしてゲラゲラ笑い出す。

――すまん古泉。お前のことは、永遠に忘れない。骨は拾ってやる。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:42:05.78 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「どうしたのよ古泉くん、あはは、め、珍しいじゃないの!」
ハルヒも腹を抱えてヒイヒイ笑っている。

古泉「大変なところに、こぼれ……てアッツい! 熱いですとても!」
古泉は変な動きをやめない。

鶴屋さん「あっはっはっは! その腰の動きは……反則っさぁ!!」

悪い、古泉……俺もおかしくなってきちまった。

朝比奈さんまであんなに真っ赤な顔をして笑いを堪えて……おい、朝倉お前まで笑うことはないだろう……って、くっくくくく!

長門「……アツアツのおでん汁は凶器」
長門まで若干……

古泉「……はあ、はあ、いやはや失態をお見せしてしまいました……」
古泉は高そうなハンカチで股間を抑えて苦笑している。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:48:32.72 ID:FFAEVW8w0

長門は朝倉が処理を終えたコップを何事も無かったかのように、右手で持ち直していた。ありがとう、古泉一樹。

ハルヒ「あーもう、涙出ちゃったわよう……」

鶴屋さん「古泉くんも、酔いがまわっちゃったのかなっ、お腹痛いにょろよ」

二人ともひいひい言っている。ああ、俺も腹筋が痛いぞ古泉。

場所が場所だけに、女性陣は何も出来ずに見守るしかなく、古泉は一人でおでんの汁をハンカチに染みこませるように処理している。

古泉があんな顔で股間の汁の処理を……。
キョン「ブフッ」

ハルヒ鶴屋朝比奈朝倉「プッ」
「わっははははあー!!!」



75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 17:53:57.58 ID:FFAEVW8w0

古泉「――あなたはひどい人だ」

古泉は笑顔のまま怒るという不思議な表情で椅子に座り直し、うらめしそうな声を出して見る。その佇まいがまたおかしい……、いや本当にすまん。

ハルヒ「ひい……、あーおかしかった。そうそう、有希、飲みましょっ」

長門「わかった」

ハルヒ「さ、グッと行ってちょうだい!」
ハルヒは「にー」と歯を見せて長門をじっと見ている。

しかしハルヒのやつも大概うわばみだと思うぞ。

長門は無言のまま、なみなみと酒が入ったコップを右手でコクンコクンと、水でも飲むかのごとく、飲み干した。

鶴屋さん「ひゃあーっ、やっぱすごいねえっ! ほれぼれするよっ。……これ、水じゃないよねっ?」

77 名前:さるくらった・・・[] 投稿日:2010/03/13(土) 18:11:04.16 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「とにかく、有希に飲ませましょ、はいはい次」

ハルヒはまたもや、たった今長門がカラにしたコップに日本酒を注ぐ。

長門は表情を全く変えず、それをじっと見ている。
――が、一瞬だけ俺と朝倉に視線を動かして、戻した。

俺も朝倉と目を合わせた。

――次は……どうする?

その瞬間、部室内に悲鳴が轟いた。

みくる「あひゃぁあっっ!!」

朝比奈さんが凄い声を出して、いきなりパイプ椅子から転げ落ちた。
手に持っていた唐揚げが宙を舞う。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 18:19:03.70 ID:FFAEVW8w0

ガチャンドシンと音がして、朝比奈さんは「い、いひゃいですぅ……」と言いながらお尻をさすっている。

もちろん、このチャンスに朝倉が長門のコップを……。

ハルヒ「ちょっとみんな今日はどうしたのよっ、みくるちゃんまで!」

鶴屋さん「勉強ばっかり続いたからねっ、酔いも回りが早いっさきっと!」

みくる「いひゃいけど……ぽわぽわしまふぅ、ね、へへ」

朝比奈さんの赤い顔を見て、ハルヒと鶴屋さんはまた、ケラケラと笑っている。

ああ朝比奈さんまで体を張って……それにしても何もないところでズッコケるなんて、あなたにしか出来ない芸です。
いや本当に酔っぱらってるってことも、十二分に考えられるのだが。

ハルヒ「あーっおかしいわねえ……あ、有希、それ飲みなさいね!」

長門「わかった」
長門は操作済の日本酒をクイーッと飲み干す。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 18:28:45.82 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「凄いわねえ……本当に水みたいだわねえ」

そう言いながら、また長門のコップに日本酒を注ぎ込みやがった。

朝倉が突然、「まさか水ってことはないわよね」とにこやかに笑いながら、そのコップを取って鼻先へ持って行く。

キョン「おいおい、まさかあ!!」
ハルヒ「うわっ急におっきい声出さないでよキョン!」

この瞬間、朝倉によって情報操作が行われたのは言うまでもない。

朝倉は何事も無かったようにコップを長門に戻してこう言った。

朝倉「間違いなくお酒だわねえ。……匂い嗅ぐまでもないんだけど、うふっ」

朝倉、ナイスだ。やはりお前は頭脳プレーもカンペキだな。
俺は心の中でGJ、と朝倉に親指を立てる。

鶴屋「じゃあさっ、こっちのお酒はどうっかな?」

――鶴屋さん。鶴屋さん? あなたは何を持ってらっしゃるのでしょうか。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 18:36:34.67 ID:FFAEVW8w0

鶴屋さんが酒が固まって置かれている場所から探してきたのは、スピリタスだった。

キョン「……これ、お前が買ったの、か……?」
俺が呆れて古泉を見やると、古泉は「まさか」とひと言だけ言って、困ったような笑顔を向ける。

ハルヒ「それはねっ、あたしが持って来たの。有希がいっつも酔えないんじゃ可哀想と思って。何かもの凄〜く強い酒らしいのよ」

お前のしわざかよ……。

鶴屋さん「さすがにコップでガブ飲みはまずいっさね、コレはっ」

当たり前です。ましてや、酒のアルコール分を無力化出来ない今の長門にそんなことさせたら。

ハルヒ「じゃあ、ちょろっとずつ入れましょ」
そう言ってハルヒは新しいプラコップを持ってきた。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 18:46:44.31 ID:FFAEVW8w0

鶴屋さん「さあさあ、じゃあ……これくらいでいいっかなっ」
鶴屋さんはコップに1cmほどちょろちょろと火の酒を注ぎ、ツイと長門の前に差し出した。

ハルヒ「……あたしも味見してみようかしら」

キョン「やめとけよ、死んじまうぞ」

ハルヒ「なぁによう、大げさなこと言って。お酒はお酒でしょっ。じゃあ、あんたが飲みなさいよ」

ハルヒは鶴屋さんから受け取ったスピリタスをプラコップに注いで、俺の鼻先に突きだした。

キョン「いやだってこんな強い酒飲んだことないし……」

ハルヒ「ふふーん、あんたも男でしょっ!? いいとこ見せなさいよねっ」
瞳の中にプレアデス星団を光らせるな!

その横では鶴屋さんが笑いながら「キョン君、死んじゃうかもよっ」と笑っている。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 18:56:00.35 ID:FFAEVW8w0

俺は朝倉に目配せをして、ハルヒからコップを受け取った。
それから、おもむろにコップをあおる。

キョン「?ぶっはぁああああああーっ!!!!あがげへっごほ!!」
俺は思いきり含んだ酒を吹き出してしまい、勢い余って本棚に後頭部を思い切り打ち付けた。

ガゴン! というデカい音がした、ああ、本気で痛いなこれ!

ハルヒ「ちょ、きったない! バカキョン! 何するのよー!」

鶴屋さん「あはははは、あっはははは!」足をバタバタさせて笑っている。

あ、朝倉、いま……だ……

キョン「だっでごんだづよいざげ……げへっうごほっ」
俺は本気で咳き込みながら、それでも朝倉をチラリと見ると、朝倉は目で「GJ」と答えてくれた。

古泉「涙と鼻水……というより色々なものが出ていますよ。はいどうぞ」
朝倉の背中ごしにティッシュを差し出してくれる。すまん。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:05:51.39 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「そんなに強い酒なのね。アホに先に飲ませといて正解だったわ」

キョン「誰がアホだ誰が!」

ハルヒ「……でも有希なら飲めるんじゃない? ダメなら無理しなくていいのよ」

長門「大丈夫」
そう言うと長門は俺が醜態をさらす原因となった液体(ただし情報操作済)を、難なく一口で嚥下してしまった。

ハルヒ「はあ〜。こりゃダメだわ……有希、あんた凄いわねえ」
さすがのハルヒ&鶴屋コンビもポカンと口を開けて呆れている。

ハルヒ「肝臓が機械で出来てるのかしらねえ。それとも宇宙人?」

長門「……」
朝倉「……」
古泉「……んっふ」
みくる「……?」

キョン「…なわけないじゃん…か」

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:14:55.48 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「まあいいわ。こんだけ飲ませても酔わないんじゃ、きっと有希は底なしの酒豪なのかも知れないわね……」

朝倉「ね、有希は酔わないって言ったでしょ?」

古泉「そうですよ。それに長門さんがお強いのはもう充分、解ったんですから」

キョン「そ、そうだぞ。だいたい趣旨が違うだろうが」

ハルヒ「そうねえ。がぶがぶ飲んじゃお酒にも失礼ね。今日は諦めるわ。ごめんね、有希」

長門「……問題ない」

鶴屋さん「そうっさね、じゃっ、あたしもおでんでも……ブハッ」

ハルヒキョンみくる朝倉「プフッ」「くすくす」

古泉「もう忘れてくれませんか、皆さん……」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:23:28.52 ID:FFAEVW8w0

――――
夕方

そんな感じでその後の「宴会」はわいわいと和やかに進み、その後長門の酒はその都度、朝倉が情報操作を行った。

ハルヒ&鶴屋さんコンビが長門に酒を勧めるたびにハラハラし通しだったが、幸い二人には操作を気付かれず、何とか乗り切った。

ハルヒ「あーぁ、しかし今日は色々みんなやらかしてくれたわね。楽しかったわぁ……ひっく」
ハルヒもずいぶん酔ったようで、顔が赤く目も半開きだ。

鶴屋さん「ぷふぅー、しっかし有希んこは強いねえっ。ぜんっぜん変化なしかいっ。お姉さん降参だよー!」
鶴屋さんも顔が真っ赤ですよ。

ハルヒ「そろそろお開きねぇ……。有希、今度は有希んちでゲームとか……ひっく! しながらやりまひょう。そん時は……酔っぱらって貰うわよぉ」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:32:47.44 ID:FFAEVW8w0

長門「……了解」
長門はそう言うとちらりと、ホンの一瞬だけ俺と目線を合わせた。

やれやれ、ハルヒも満足のようだ、今日のところは長門を酔わせるのは諦めてくれたことだし、とりあえずほっと一安心だ。

ハルヒ「みくるちゃん、涼子も料理ありがとねへっ」

みくる「いええ……たのしかったあ……」
朝比奈さんは目を閉じてぐらぐらしているが……大丈夫ですか?

朝倉「ふふっ、お粗末さまでした」
朝倉は情報操作を程良く展開したらしく、うっすら頬を赤く染め、自然な酔い具合に見える。いい、加減ってやつだな。

古泉はうっすらと股間に残ったおでん汁のシミを気にしつつも、笑顔で
「楽しかったです」
と言い、最後にまた全員の大爆笑を誘発した。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:40:48.06 ID:FFAEVW8w0

ハルヒ「さて、この状態で片付けまでやると……ヒック! 変な事故が起きそうだから、明日やりまひょ!」

鶴屋さん「じゃっ、迎えの車を呼んだから、みんな校門まで……歩くっさ!」

キョン「そりゃー助かります」

それからめいめい支度をして、部室を後にしようとした時、俺の前に居たハルヒが振り返った。

ハルヒ「ちょっとキョン」
キョン「なんだい」

ハルヒ「あんた……ひっく! 楽しかった?」

キョン「あ、ああ。楽しかったぜ。たまにはいいな」

ハルヒ「そっ。良かったヒック!」

キョン「……」

それからハルヒは上機嫌ですたすた先頭へ出て歩き、ふらふらの朝比奈さんは古泉と鶴屋さんが両脇から支えるように続く。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:47:34.29 ID:FFAEVW8w0

俺の足も少しふらつくのは、本棚で頭を打ったせいでは、ない。

腕を組んで歩く長門と朝倉を振り返り、二人に小声で声をかける。

キョン「無事に済んで良かったなぁ」

長門はチラと俺の顔を見て言った。

長門「全く酔えないのは……つまらない」

キョン「あ……」

俺が絶句したのを見て、すぐに朝倉が長門と腕を絡めたままフォローする。

朝倉「うん、そうね。そりゃあそうだわ〜。みんな周りであんなに盛り上がってたんですもの」

キョン「……ああ、ずっと長門だけシラフだったんだもんな」

長門「でも仕方が無い……」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/13(土) 19:53:49.18 ID:FFAEVW8w0

外はすっかり日が暮れていたが、酒のせいかほてった体に外気が気持ちいい。

朝倉「そうそう、有希の部屋で宴会っていう難関が浮上しちゃったわねえ」

キョン「ま、そん時はそん時だ。また……古泉に活躍して貰うか」

朝倉「ふふふっ、そうね。活躍……ふふっ」

長門「…ふ…」

ん?
長門の表情にも1ミクロンだけ、「思い出し笑い」が浮かんでいるな。

長門と差し向かいで、可愛らしい酔い方をするのを見るのは……みんなと一緒でもいいかも知れないな、危機が来たって俺たち全員で対処すれば何とかなるさ。

俺も酒のせいか、少し気持ちが楽天的になっているようだぜ。
そんなことを考えながら、俺たちは校門へと向かった。


――おしまい



92 名前:1  ◆8JJfvTJa6A [sage] 投稿日:2010/03/13(土) 20:01:34.50 ID:FFAEVW8w0

長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。
いい時間に終えようと投下したのにこんな時間になっちゃってorz
さるさんくらったりしましたが、読んでいただいた方に感謝します。

ではではノシ



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