キョン「佐々木?佐々木じゃないか?」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:05:00.35 ID:7gL1QMX4O

「おや。懐かしい顔だ」

時は夕方。
ぽつぽつと染み出すように雨が降り出した仕事帰りの駅前、見慣れた背中を見つけた。
正確には、見慣れたというよりも見慣れていた方がしっくりくるかも知れない。
それくらい、久しぶりだった。

高校大学と順調に卒業し、さぁ社会人として世の歯車になろうかという時期。
こんな事を考えているくらいだから、まだまだ自分は子供なのだと思えるくらいには大人になっていた。

そんな日常、学生の頃に比べて妙に淡々と過ぎていく日々の中、こういった偶然は嬉しいものだ。
それこそ、こんな風に旧友とたまたま再会するといったちょっとした事でも。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:11:26.03 ID:7gL1QMX4O

振り返り、まるで昨日別れたばかりのように軽い挨拶を返してきた友人の姿に息を飲む。
見慣れたと思ったのは何かの間違いなのではないかと思う程、その友人の姿は変わっていた。
短かった髪は胸まで届き、言葉は悪いが貧相だった体つきも女性というに相応しいものになっていた。
男というものは、どうやらこんな場面では滅法弱いらしい。
なんと言葉を返そうかと考えあぐねた結果、出てきたのはこんな言葉だった。

「久しぶりの再会だってのに、軽いな」

「くくっ。変わらないな、君は」

我ながら情けない。
が、嫌味が嫌味に聞こえないこの独特の話し方は、昔のやり取りを思い出すには十分過ぎる材料だ。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:19:24.74 ID:7gL1QMX4O

「もう少し気の利いた台詞回しが出来たらな、とはよく思う」

「そうかい?そういう所も含め、君というキャラクターは成り立っているのだと思うよ」

「誉め言葉……ではないよな」

唇の端が釣り上がる音が聞こえそうな、奇妙な笑顔を見せる。
それが不快に感じないのだから佐々木は不思議だ。
ともすれば嘲笑に取られてもおかしくないこの懐かしい表情は、そのまま学生服を着せれば中学生の頃のままだろう。
外見が変わっても人の本質は変わらないという当たり前の事に安心してしまう。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:26:04.57 ID:7gL1QMX4O

「お前も、変わらないな」

本音、だと思う。
気の効く男なら佐々木の変貌ぶりに二言三言賛辞を送るのだろうが、
久しく見る友人の笑顔に対する感想がそれだった。

「ほう。もっと違う言葉が出てくるかと思っていたんだがね」

「綺麗になったな、とかか?」

堪らずといったように吹き出す佐々木。
ああそうだろう、気障な台詞が似合わない事など百も承知。
だからこそ、だ。
今の言葉は、旧友という特別な距離を保っているからこその特権だった。

「面白いよ。ああ、前者だ。変わらない、か……これでも多少は女が上がったとは自負していたのだがね」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:33:51.80 ID:7gL1QMX4O

「見た目は変わっただろうよ。確かに、綺麗になった」

「本当にそう思っているのかな?」

本当だ、とは自信を持って答えた。
気恥ずかしさは勿論あったが、顔を見た瞬間茫然自失としてしまっていたのも事実だ。
それでも佐々木は疑わしげに半目で睨んできたのは、再会の時、視線が自然と顔から身体へと泳いでしまっていたからだろう。
目敏さ、というよりも、観察力は相変わらずだ。

「悪かったよ」

降参と謝罪の意味を込めて両掌を上へ向ける。
それを受けて佐々木はまたもや喉の奥を鳴らす。

言葉のやり取りをある程度省略したこの会話もまた、懐かしい。
それは消えていた火が再び燻り返すような、不思議な擽ったさがあった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:42:59.72 ID:7gL1QMX4O

そんな安っぽいドラマのようなやり取りを経て、二人は今バーで肩を並べている。
カウンターが良い、とは佐々木の希望。
先程のやり取りは関係ないだろうが、顔を見合わせて座るのは恥ずかしいそうだ。
そんな佐々木らしくもない言葉にはもちろん疑問を持ったが、肩を並べて座るのもそれはそれで良いものだ。
実に久しぶりなのにそれを感じさせないこの距離間。
こんな友人は、何事にも代えられない得難いものだと改めて実感した。


他愛もない会話をしていると、注文していたカクテルがカウンターを叩いた。
グラスを持つ佐々木の細い指。

……それを見た時の衝撃に声を上げなかった自分を褒めてやりたかった。

エンジェルキッスという洒落たカクテルのグラスに手をかける佐々木。
細く、長く、爪には薄くネイルアートが施された綺麗な手。
いつの間にかこんなにも大人の女性になっていた佐々木の左手の薬指に。


指輪が、光っていた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/12(水) 23:55:32.17 ID:7gL1QMX4O

気付かぬ振りをすべきだろうか。
それとも、恋人?婚約者?あるいは、亭主が居るのかと尋ねるべきか。

何故そんな事を考えたのかは自分でもわからなかった。
わからなかったし、そんな葛藤を佐々木は見抜いているだろう。
グラスを持ったまま、目を細めて乾杯を催促する。
目を細めるというよりは、頬肉を吊り上げるといった方が当て嵌まるような独特の笑顔。
口が笑っているかどうかは、グラスを持つ為にカウンターに肘をついているせいで確認出来なかった。

結局、指輪の件は見なかった事にした。
こんな時にしか気の利いた言葉を吐き出さない口に嫌気がさす。

「再会を祝して」

「乾杯」

軽い、透き通るガラスの良い音が鳴った。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:03:15.48 ID:xXYB7cfRO

「美味しいね」

本当に美味しそうにエンジェルキッスを啄む佐々木はこちらに目線を寄越す。
何か言いたい事があるのだろうとでも言いたげな意地悪な笑み。
佐々木に手玉に取られる事は学生時代から既に諦めていた事だ。
こいつに口で勝とうなどと今更思う程自分は自信過剰ではないという自覚はあったし、
なによりも手玉に取られ、手の平で転がされるような会話にある種の心地よさも感じていた。
それくらいに、右隣りに座る友人は理知的で、そして意地悪だった。

だが、この様はなんだ。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:12:37.17 ID:xXYB7cfRO

古い女友達が薬指に指輪を嵌めている。
それ自体は珍しくない、いや、至極当然の事なのかも知れない。
自分から見ても、右隣りの旧友には今も昔も魅力があった。
女性として、人間として十分尊敬に値し、また嫉妬と羨望も持っていた。
それと同じくらいに、信頼と愛情も。

愛情というと語弊があるかも知れないが、それは愛情だと思う。
佐々木を、誰かに染められたくない。
嫉妬するほどに魅力的で、羨望の眼差しで見るほどに理知的な佐々木だからこそ。

「くくっ。突然だが、君に質問をしてみたい」

沈黙に痺れを切らしたのかとも思ったが、すぐに思い直す。
自分の右隣りに座る女性は、沈黙さえも楽しめる器を持つ人物だったのを思い出したからだ。

「なんだ?」

狼狽せずに返せたかは、自信がない。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:20:42.18 ID:xXYB7cfRO

「愛とは何か」

沈黙。
余りに突拍子で馬鹿げた質問だから呆れた訳ではなく、佐々木がからかうような笑顔でこちらを見ていた訳でもない。

当の質問者が、これ以上ない程に真剣な目をしていたからだ。
軽い世間話ではないという事はすぐにわかった。
これでも佐々木から親友の称号を与えられているくらいだ、軽口で返せば呆れられるだろう。
それだけは避けたいという妙な見栄と、考える時間を稼ぐ為に自分のグラスに口を付けて一拍。
アースクエイク。
たまたま友人との再会を喜び合う会としては余りに衝撃的すぎた現状にはぴったりのカクテルだ。

そんな事を思いながら、グラスを置いた。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:30:57.85 ID:xXYB7cfRO

これ幸いと佐々木は自分のグラスを持ち上げて視線を外す。
優しい佐々木の事だ、考える時間を少しでも増やしてくれると言う事だろう。
持ち時間が増えればそれだけ悩む時間も増え、苦しむ時間も増えるのだから、
やっぱり佐々木は意地悪なのかも知れなかった。

「ふむ。少し難しすぎたかな」

薄く口紅の塗られた唇を濡らして、今度は目を細めて笑う。
その笑顔は昔から変わらない、人をからかう時のそれだ。
……どうやら、時間切れという事らしい。

「そんな泣きそうな子供のような顔をしないでくれ。君を責めるつもりなんてない」

「残念ながら、知らない事は解り得ないようだ」

「くくっ、真理だね。とある宗教家の言葉だ。君が知っていてその言葉を使ったかは知り及ぶ所ではないが」

もちろん、そんな言葉は知らなかった。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:39:14.02 ID:xXYB7cfRO

「では質問を変えてみようか」

ふっ、と小さな溜め息をついて伏し目がちに笑う佐々木。
どこか諦めにも似た表情に少しむっとした。
それが何に対する諦めだったのかは、それこそ知り及ぶ所ではない。

「愛に二つ名をつけるならば、君は何が相応しいと思う?」

今度は回答を求められているのではなく、考えを聞かせろと言う事か。
上手く逃げ道を崩された。逃げようとは思わないが。
それに、この問いには上手く答えられそうだ。
今の自分の醜い胸中を晒せば良い。
自信を持って、こう答えた。

「独占欲」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:49:05.17 ID:xXYB7cfRO

くい、と佐々木の頬が吊り上がる。
目が笑っていないと言う事は、恐らく及第点を頂けたのだろう。
そう思って再びカクテルに口をつける。

「……」

続いて佐々木もカクテルに目線を落とした。
グラスに浮かぶチェリーを指で弄びながら、左手で頬杖をつく。
それが自分に対して指輪を見せつけているように感じて、少しばかり腹立たしさを感じた。

それにしても、上手い言い回しだったんじゃないだろうかと自画自賛。
指輪に気付いている事も、それを快く思っていない幼い胸の内も孕ませた言葉。
どうとでも取れる言葉遊び程面白いものはない。
だからこそ昔は佐々木との会話が楽しかったし、今現在隣りに座る佐々木も気付いているようだった。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 00:55:27.51 ID:xXYB7cfRO

今度の沈黙はそれなりに長かった。
再会の喜びもそこそこに、様々な思考を巡らせるには十分な時間。
例えば、佐々木に指輪を贈った相手はどんな男なのだろうか、とか。

「?」

視線に気付く。他に誰が居る筈もなく、隣で佐々木が見上げている。
先程までとは打って変わって、甘えるような上目使い。
大概の男はこれを見ただけで惚れてしまうんじゃないかと思うような、そんな目。
そういえば、昔その大概以外の男はなんだと言う質問をハルヒにしたなと思い出し、苦笑いが顔に出てしまった。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:05:49.31 ID:xXYB7cfRO

……沈黙もそれはそれで心地良いものだったが、せっかくの再会だ。
少しくらいは会話を繋いでも良いだろう。

「静かだな」

「うん?そうかい?」

はっとしたように視線を上げる佐々木。
どうやら、会話を仕切る手綱はこちらに回ってきたようだ。

「どうしてまた、あんな質問を?」

他に聞きたい、問いただしたい事ならいくらでもあったが、衝撃緩和材としてこの話題は適任だろう。

「くっくっく。そこから聞くのか」

効果はあったようだ。
一瞬だけ目を見開いたが、また目を細めて佐々木は喉を鳴らす。
ついさっきまでの妙な緊張感と、重苦しい感触がありそうな空気はどこへやら。
昔のままの会話の心地よさが帰ってきた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:19:44.40 ID:xXYB7cfRO

「君は相変わらず、僕をよく見てくれる」

そう言われると、なるほど昔から自分は佐々木をよく見ていたと思う。
そして、同時に……。

「そして、同時に」

まるで思考を音読されているかのような錯覚。
これも、佐々木との会話の楽しみの一つ。

「そして同時に、よく理解してくれているね」

嬉しくない筈がなかった。

「君は僕を見て変わらないと言ってくれた。それがどれほど嬉しかったかわかるかい?」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:26:26.19 ID:xXYB7cfRO

佐々木の言葉が意味する所を読み取れないようでは親友失格だ。
昔から佐々木はこの手の遠回しな言葉のやり取りを好む。
会話に至高の喜びを見出だす、とはかつての佐々木の言葉だ。
さっきの言葉と併せて答える。

「もちろん。お前の理解者だからな」

「くく……。いつから君はそんな気障な言い回しができるようになったんだい」

「言ってくれるな。言ったこっちが赤面しそうだ」

それは比喩ではなく、実際に顔に血液が昇るのを感じていた。
顔が赤くなっていたかどうかは定かではないが、佐々木が呆れるように目を細めていたのを見ると、
それは情けない顔をしていたようだ。
もっとも、それを不快に感じはしなかったのは言うまでもないが。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:35:39.67 ID:xXYB7cfRO

その後は特に当たり障りもなく、平和な会話を楽しんだ。
核心を上手く避けつつも、互いの心をつつくような刺激的な言葉の応酬。
じゃれあうような、そんな魅力的な会話。

そんな中、ほんの少しだけ見え隠れしていた佐々木の寂しそうな笑顔。
時折グラスを傾けては視線を遠くに移し、自嘲するように小さく溜め息を吐く。
佐々木の折り紙付きの理解者からの見解を述べるとするならば、
正確には佐々木は敢えて不安を見せている。
気付いてくれ、と言わんばかりに。

もちろん俺は気付いていた。
きっと佐々木は恋人、あるいは夫と上手く行っていないのだろう。
だがそれを指摘する事も、助言を与える事も出来ない。
佐々木はそれを望んでいない。

不安を見せる、それ自体が佐々木なりに甘えてくれているのだろう。
わがままに聞こえるかも知れないが、そんな小さなわがままを受け止める事ができるのも、
親友である自分の特権だった。恋人ではなく、親友の。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:47:18.02 ID:xXYB7cfRO

バーでの最後のやり取り。
適度に酒が回ったらしい佐々木は独り言のように呟いた。
もしかしたら、独り言だったのかも知れない。

「カウンターにしてよかった」

右肩に柔らかい衝撃。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
佐々木が肩に軽く頭突きをして、そのまま枕に埋まるように深呼吸。

「……」

今自分がどんな顔をしているかは想像に難くない。
上目使いで見上げてくる佐々木の顔はまたもや意地悪そうに笑っている。
からかっているようではない。かと言って甘えているようでもない。
気まぐれな親友は困った顔を見るのが楽しくて仕方がないとでも言うように唇端を吊り上げた。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 01:54:47.75 ID:xXYB7cfRO

どういうつもりだと聞くような野暮な真似はしない。
佐々木はただ在るべくして在るように肩に体重を預けてくる。
そのつもりなら、こちらも在るがままに在るべきだ。

「……」

声をかけない。
腕も回さない。
佐々木の左手の薬指に鎮座まします指輪に気付かなければ、あるいは。
いや、お互いに指輪の話題は避けてきた。それならば。

そして、唾を飲み込み、口から出てきた言葉はこんなものだった。

「……恋人と、上手くいってないのか」

間違いだったとは思わない。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:04:54.85 ID:xXYB7cfRO

「……うん」

言って、佐々木は頭を離した。
何か取り返しの付かないものを、二度と手に入らないものをなくした喪失感が襲う。
背中から腕にかけて焦燥感が寒気となって走る。
抱きしめなくて良いのか。抱き留めなくて良いのか。

そんなもの、この店に入った時から決まっていた。

「優しいな、君は。そんな君だから」

言って、長い睫毛をより強調させるように瞼は閉じられた。
言葉は続かない。
瞼と共に、二度とは開かない扉が閉ざされた音が聞こえた。

「僕を一番よく理解してくれるのだろうね」

そして肩を竦めて笑うその顔は、皮肉な事に今日一番綺麗だった。
せめてもの自分への腹いせと、佐々木に指輪を贈った相手への嫉妬と、正直な感想を織り交ぜ練り込み、一言。

「綺麗になったな、佐々木」

佐々木は、喉を鳴らさずに唇と目だけで笑った。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:14:44.34 ID:xXYB7cfRO

>>66
もうちょっと

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:21:16.23 ID:xXYB7cfRO

勘定を済ませ、外に出ると雨は止んでいて、代わりに月が目一杯に存在を強調していた。
綺麗な半月。
行き慣れたバーを出て、1分も歩けば駅に着く。

「佐々木」

目だけで返事を返してくる。
久しぶりの再会がこの日だった事を神に感謝したいくらいだ。

「今日は何の日か知ってるか?」

「今日かい?なんだったかな」

顎を引いて考えるそぶりを見せる。
元々情報には聡い佐々木の事だ、すぐに気付くだろう。
ちょっとした意地悪な気持ちで、思い付くより先に教えてやる。

「ペルセウス座流星群」

はっとしたように顔を上げた。
こんな事で悔しそうにするのだから、佐々木の中での自分の位置がわかろうと言うものだ。
つまり、こんな奴に負けた、と。苦笑するしかなかった。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:32:27.01 ID:xXYB7cfRO

「それは……星を見に行こう、と誘ってくれているのかな?」

「そうなるかな。もう終電だから、無理にとは言わんが」

「くくっ。バーのお礼もあるしね。僕でよければご一緒させてくれ」

二人は駅から南へ5分も歩けば、街灯の少ない通りに出られる。
もともと建物自体が少ない通りだが、やはり多少は明るい。
一人ならばもう少し歩いて真っ暗な場所まで行く事も出来たが、佐々木を連れてそこまで行くのは憚られた。

「月が明るいね」

「ああ。少し曇ってるし、このぶんじゃもしかしたら見られないかもな」

「それもまた良しさ。確約された楽しみなど、面白くないだろう?在るか無いかわからないからこそ価値がある」

佐々木が言う事はいつも正しい。
そんな事を思いながら、曖昧に頷いた。
手頃な木箱に腰をかける。佐々木もそれに倣って隣に座った。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:39:02.17 ID:xXYB7cfRO

「……それに」

「うん?」

「君とこうして空を見上げながらする他愛もない話というのも、僕は好きだ」

言った通りに空を見上げていた佐々木が、目だけをこちらに向けて微笑む。
酒が入っているせいだろうか。少し眠そうな流し目は、言いようのない美しさを秘めていた。
惑わされるような、吸い込まれるような、切られるような。
月明かりを反射した佐々木の瞳が動いたのを、涙と見間違えてしまう程。
それ程までに佐々木の横顔は美しく、儚い。

見惚れぬよう、空を見上げる。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 02:48:35.30 ID:xXYB7cfRO

「なぁ、佐々木よ」

「うん?」

「ペルセウスってどんな奴か知ってるか?」

「くっくっ、神々を奴呼ばわりとは君も偉くなったものだな」

「生憎無神論者なんでね」

「そうか。僕は徹底的な懐疑論者でね。ペルセウスの話は知識としてはある程度は、ね。ゼウスの子、だったかな」

「その通り、さすがだな。その先は?」

「残念ながら詳しくは。振ったからには教えて欲しいな」

「ああ。ペルセウスはな……」

「あ!」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 03:00:22.42 ID:xXYB7cfRO

結局、見られたのは佐々木が声を上げた一筋だけ。
そのまま一時間程二人で上空を見上げていたものの、先に佐々木が首を解した。

「……一つだけだったね。でも、綺麗だった」

そう言って再び空を見上げる佐々木。何を願ったんだろうか。

「君は何か願い事をしたのかい?出来れば拝聴したいのだが」

「ああ。大変不純なものなんでね、ご遠慮願いたい」

まったくもってその通りだった。
かの勇猛なるペルセウスと言えども、何万人からお願いされたら手が回らないだろう。
だから、願いはもっと純粋な人のものを叶えてやって欲しい。

佐々木はくつくつと喉を鳴らす。

「残念ながら、三回唱えるには今回の流星は短すぎたみたいだがな」

「そのようだね。僕の願い事も、間に合わなかったよ。……でも、綺麗だった」

「ああ……綺麗だったな」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 03:09:40.50 ID:xXYB7cfRO

終電はもうとっくに出てしまっている。
明日も仕事だろうに、こんな遅くまで付き合ってくれた事に素直に感謝を述べる。
そして。

「今日はありがとう。得難い時間を過ごす事が出来たよ。君にとってもそうだと信じたい」

タクシーに乗り込む佐々木が、半分振り返りながら悪戯っぽく笑う。
頬肉を吊り上げる音がなりそうな表情で、喉の奥を鳴らす。
聞き慣れた独特で特別な笑い声。出来る事ならば、独占したかった。

「気をつけてな。こちらこそありがとう、アンドロメダ」

「うん?くく、君も言葉遊びが好きだな」

「誰かさんの影響でな。ま、帰ったら調べてみてくれ」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 03:16:19.21 ID:xXYB7cfRO

「くっくっ。そうするよ。いつの間にか君も物知りになったものだね」

「それもまた、誰かさんの影響だ」

「ほう?嬉しい事を言ってくれるね」

タクシーの運転手が出発を促す。
深夜の呼び出しだ、あまり良くは思われていないのだろう。
最後に佐々木に挨拶をしようとしたら、先を取られた。
それも、とびっきり意地悪な笑顔で、だ。

「おやすみ、ペルセウス。海獣は手強いよ」

「……!」

……言葉がでない。
あまりにもあんまりな佐々木のからかいに、顔が熱くなるのがわかった。
知っていたのだ、何もかも。
そして、手の平で転がされていた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/13(木) 03:26:17.74 ID:xXYB7cfRO

星座を見ながら得意げに話した逸話も、ひょっとしたらバーでのやり取りも。
思えば、佐々木は肩にもたれ掛かる時になんと言ったか。……「カウンターにしてよかった」と。

敵わない。心の底からそう思った。そして。
変わらない。
良いように手玉に取られ、手の平で転がされて。
そしてそれに、一種の心地よさを感じる自分。
そのやり取りだけは、決して変わらない。なんと得難い日だったのだろう。

苦笑いしか出て来なかった。
例えペルセウスになれなくとも、ここにはこんな形の幸せもある。
「……ああ、おやすみ」

右に指示器を出して曲がるタクシーを見送り、やれやれとため息をつく。
もう一度空を見上げてみる。


ペルセウス座を掻き消そうとするように、明る過ぎる月が存在を誇示していた。


【終わり】

91 名前: ◆r3yksmPHg2 [] 投稿日:2009/08/13(木) 03:29:00.15 ID:xXYB7cfRO

ペルセウス座流星群にちなんでの短篇でした。
支援ありがとうございます。
遅筆で申し訳ありません、流星群見ながら書いてたので…。
久しぶりに地の文書こうとしたけど、書き方忘れた。
何はともあれ、遅くまでお付き合いありがとうございました



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