古泉「どうかしましたか、長門さん?」長門「……別に」


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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/06/07(木) 01:23:00.67 ID:erSZgrcA0


思考が徐々に目覚めようとしていた。
粘つきドロドロした、泥沼の底から浮かび上がるように、思考が覚醒していく。
気持ち悪い。
気持ちが悪い。
気持ちが悪すぎる。
これが起床と言うのでしたら、まるで死人が蘇り過程を踏んだかのような、二度も経験したくはない事柄でした。
そんな二度も経験したくない過程を、一度経験した僕は、

「……はぁはぁ。朝ですか」

原因不明な寝覚めと共に、最悪な起床を果たしたのでした。
息は乱れ、衣服は不快な汗に混じりベッタリと身体に張り付いている。間違いなく普通ではないでしょう。
自己の体調管理を疑った僕は、すぐさまに体温計を取り出すと熱を測った。結果は平熱。
異常は見当たらない。

「……夢見が悪かったのでしょうかね」

考えられない事では無い。
超能力という不可思議な能力に目覚めた際の一年間は、ノイローゼ気味になりました。
当時はそれで幾度と悪夢を体験した記憶は、今でも脳裏に刻み込まれています。

だから。
僕は否と首を横に振った。

刻み込まれた経験と言いましたよね?だからこそ僕にはコレは、悪夢やそういう類のモノでは無い、と漠然と理解していました。
何故、証拠も無いのに解るのか。
そう訊かれると、苦笑を張り付かせるしかありませんが。
分かって、解ってしまったのだからとしか僕には答えようが無かった。

ならば。コレは何なのでしょうか。
自問自答を繰り返す僕は、堂々巡りのウロボロス。
推測する材料が、明らかに不足しているのは、もはや五里霧中を掴む所業に等しいでしょう。

2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/07(木) 01:24:28.32 ID:erSZgrcA0



「……考えるだけ無駄ですね」

そう判断するしか無かった。
異常は何処にも見当たらない。ただの偶然の結果。そう結論付けるのが正しいでしょう。
そんな風に起床した僕は、まずは不快な感触を伝えてくる衣類を脱ぎ捨てると、バスルームに向かいました。
今日は平日。
学生の身分である僕には、学校に通学するのが義務付けられている日だ。
本音を言えば寝直したい欲求もありますが、真面目な優等生を演じている僕には、許されざる行為です。
だから遅刻しないように、早々に準備をしてしまいましょう。


思い返せば。
異常が何処にも見当たらない、なんて。それこそ異常でしか無かったのですが。
この世界は――神様が望むない事は起こらない。起こり得ない。そう知っていたはずなのに。
望み通りに動く世界。
そんな世界の中で生きているのに、偶然なんかの言葉で片付けるのは、如何にも愚者の思考で。
愚者であった僕が、それに行き着くのは、もう少し後の話でした。


3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/07(木) 01:38:32.84 ID:erSZgrcA0


学校に通学した僕は、それからは真面目な優等生を演じつつ、放課後になるのを待ちました。
機関の構成員である僕は、SOS団での活動が本番を意味します。それまでの学業は前座でしかないでしょう。

もちろん。知識を深める授業や、体を動かす体育にしても、嫌いではありません。

嫌いではないが……大好すきです!と声を大にするのは、語弊が混じります。精々が一般学生が「嫌いじゃないよ」、と言うニュアンス程度と思っていて下さると助かり。優等生を演じている都合上、あまりフザける訳には行かないのが辛いとこですが。

そんな風に、日々の学業を無難にクリアしていき。
放課後を報せるチャイムが学校に鳴り響くのを耳に捉えつつ、僕は日課となる文芸部室に足を運ぶ。
漸く、本番です。

4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/07(木) 02:09:59.01 ID:erSZgrcA0


「今日は誰が先に来ているのでしょうね」

僕はSOS団メンバーを脳内を思い出す。
筆頭は我らが団長様である涼宮さん。彼。朝比奈さん。長門さん。
彼らに出会ってから早一年と十ヶ月は経過している。出会った当時は新入生だった僕らは(朝比奈さんは上級生でしたが)、誰も留年することなく進級を果たしています。

「……彼は少々危なかったのか、涼宮さんに付きっ切りで勉強を教わったようですが」

何でも。超家庭教師として、涼宮さんが彼の自宅まで訪れて勉強を教えていたようですよ。
羨ましい限りですよね。可愛い女の子に、ずっと付きっ切りで一から丁寧に教われるのですから。皆様もそうは思いませんか?
ちなみに、涼宮さんは我々に話すのを照れ臭かったのか、彼の自宅まで通っていたのは秘密にしています。
彼も特別、言う事でもないと思ったのか、それとも涼宮さん本人に直接口止めされているのか、我々に言ってくることはありませんでした。

我々。この場合は、朝比奈さんと長門さん。そして僕を含む三名。
つまり彼と涼宮さんは、周囲には内緒で仲良くしていたとことでしょう。実に良いことです。
世界の平穏の為にも、彼らの友人の立場である僕としても、祝福するべき状況だ。

「……いずれ、お付き合いされるのでしょうね彼らも」

そうなればいいと。僕は内心で応援しつつ、未来に思いを馳せました。
彼らが付き合う事になれば、きっと涼宮さんの世界は安定することでしょう。
その時、きっと僕が所属する機関は無用の長物と化す。

「そうなれば……」

僕は何処にでもいるだたの男子高校生。超能力という不可思議な能力も無くなりただの人間になる。
こんな風に、影ながら彼らを監視する後味の悪さも感じずに済むのでしょう。
必要不可欠とは言え、やはり他人の秘密を嗅ぐような行為は、あまり気持ちの良い物ではない。

「必要ならば、使命を全うするだけですが」

そうなるのは、もう一寸だけ時間が必要でしょうけど。
僕は思い馳せた未来から、現実にへと意識を戻しつつ足を止めた。
目の前には扉。
SOS団本拠地であり、文芸部室に到着です。
















5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/07(木) 02:11:48.29 ID:erSZgrcA0


書き溜めなし。暇があれば書き続ける
途中で安価するかもだから、暇ある人は付き合ってくれると嬉しいです

今日はこれで

10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/07(木) 22:19:55.92 ID:erSZgrcA0

レス感謝。ハルヒとか昔の遺産なのに目に止まって嬉しいよ
仕事が終わったので、風呂いったら書き始める

言い忘れてたけど、カップリングはスレタイから察してね


11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/07(木) 23:01:51.09 ID:erSZgrcA0


文芸部室前で立ち止まったまま、僕は一息をつく。
集合する時間には、まだ余裕があります。慌てることはありません。慌てるとロクな事がありませんから。

「……以前は大失態を犯してしまいましたしね」

思い出すのは過去に犯した過ち。
授業を終え放課後になった後の掃除当番の事です。
同じ班の掃除当番を任されていた女子生徒が、貧血か何かしらの体調不良に襲われ、教室を掃除中に倒れたのです。
フェミニストを気取るつもりはありませんが、目の前で女性が倒れているのに、それを見過ごすのは男性としては失格でしょう。

例え。
掃除後にSOS団での活動があり、その日は団長様自ら大事な発表があるから絶対に遅刻するなと大号令が発せられていても。
やはり目の前で倒れられては、見過ごすには、些か後味が悪いにも程があるでしょう。
それに。
仮に僕が遅刻して、涼宮さんの機嫌は悪くなったとしても、精々が僕の地位が危ぶまれる程度。
世界が直ぐさま崩壊の危機に陥るほど切羽詰ったモノでは無かった筈です。
久方ぶりのバイト出動は否めませんでしたが、僕の苦労とクラスメイトを助ける事、その二つを天秤に掛けた際、どちらを選択するかの判断は楽な物でした。


12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/07(木) 23:24:18.37 ID:erSZgrcA0


僕はそのままクラスメイトを保健室に運び、保険医にクラスメイトの処置を頼みました。
苦しそうに息を吐く少女と、真剣な顔で診察する保険医。
両者を少し離れた位置から、見守る自分。
本当は全てを任せても良かったのですが、乗りかかった舟です。最後まで付き合う事にした僕でした。どうせ遅刻は確定でしたしね。
そんな位置関係を築きつつ、診察は十分ほどで終わりました。
暫くは安静にしてなさい、と横になるように勧めた保険医の指示に、クラスメイトは大人しく従っていまいた。
……どうやら大事無かったようです、とホッと息をついた僕に、
近寄ってきた保険医はお疲れ様と労いの言葉をくれ、女生徒の軽い状況を教えて貰い、僕は保健室を後にしました。

ここまでは良かったと思います。
僕の行動に、非は無かったと。

遅刻は確定していましたが、それでも遅れた時間を取り戻そうと保健室から文芸部室までを、最短ルートで走り抜ける僕。
少々、慌てていたのは事実。
それが良くなかった。僕らしくもない失態だったでしょう。
走りぬけ文芸部室に辿り着いた僕は、普段なら立ち止まりノックをしていたのですが、急いでいた僕は今回は実行しなかった。
大事な発表が有り、僕は遅刻している身。
ならば文芸部室には、僕以外の団員は全員集まっており、まかり間違っても中で朝比奈さんが着替えているなんて無い。
無いんです。無い……はずだったのですが……。

13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/07(木) 23:48:25.68 ID:erSZgrcA0


ここまでお話すれば、これを読んでいるだろう皆さんにも大体の事情は察していた頂けたかと思います。
大体のオチもね。ええ。
ですが。せっかく前フリまでしたのですから、もう暫くはお付き合いください。

「遅れて申し訳ございません!実は掃除中にクラスメイトが倒れてしまい保健室に付き添ってい……」

「え……古泉君……?あっ……」

「朝比奈さ……ん?」

マヌケなカカシのように、凍り付いてしまった僕を誰が責められるでしょうか?
まさか室内で朝比奈さんがメイド服を脱ぎ去って純白の……いえ思い出すのは止めておきましょう。
そして視界の隅には長門さんが黙々と読書をしていて、涼宮さんと彼が居ないな、と咄嗟に(他に対処することもあったのに)判断を終えた所で。

「いやぁぁああああああ!!みっ見ないでくださぃ古泉君〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

「――失礼しましたっ!!」

ビデオテープを早送りで巻き戻ししたように、僕は文芸部室を外へ。
その後の室内の状況は、見えない僕には憶測で語るしかありませんが……大変だったんでしょう。
羞恥からメダパニ状態に陥った朝比奈さんの悲鳴と、ガシャンドコッっと何かが衝突する音が響き、それに追撃するように更に悲鳴が……。

15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 00:09:25.10 ID:pbSir+T80


機関の教育により授かった聴覚は、それらを細部まで聞き逃す事はなく。
見えていないのに。
見えていないからこそ、よりリアルで痛々しい展開予想を脳裏で描いてしまい、途方に暮れてしまった。

……どこの青春ラブコメ物なのでしょう。

こういうのは僕の役回りでなく、彼の役回りです。
裏方に徹し、決して表舞台で大立ち回りする主役には成れない。

成れないし、成ろうとも思わない。
僕では役者不足ですし、荷が重過ぎます。
どこまで行こうが。

僕はキーマンに成れど、ヒーローに抜擢はされないのです。
なんて古泉一樹というパーソナリティを再確認……ええ、まあ、見事なまでの現実逃避だったでしょう。

16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 00:33:17.66 ID:pbSir+T80


「こ、古泉君。もう大丈夫ですよぉ〜……ぐすっ」

「……はい」

判決を待つ死刑囚の気持ちとは、ひょっとしたらこういう気分なのかもしれません。
一声聴けば、誰でも分かる震えた涙声。
罪悪感で胸が一杯になります。非情な申し訳なさに、いっそ切腹でもすれば許して貰えるかと一考するぐらいには。
ああ。
ああ。
身から出た錆とは言え。
室内に入るのを躊躇ってしまう。唯一の救いは、文芸部室内に涼宮さんが彼が居なかった事でしょう。
もし居たら、現実逃避なんて猶予すら無く、僕は吊し上げられている。
刑が先延ばしになっただけで、それが何の救いになってないのは、もちろん気付いていましたが。
覚悟を決めた僕は、文芸部室に入ることにした。
遅すぎた、今更感ありありのノックをコンコンと、反省していますアピールのように鳴らし、ガチャリと扉を開ける。

「先程は大変失礼致しました。煮るなり焼くなり、どうぞ如何様にもしてください!」

勢いはジャンピング土下座。
実際に土下座をすると、された方も対応に困るので、腰を深く折り曲げる程度に留めましたが。
それでも心は土下座。
全ての非は僕にある。弁解も言い訳の余地すらなく。大半の男性の方なら、僕と似たような行動に移るでしょう。移りますよね?

17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 00:52:19.31 ID:pbSir+T80


兎に角も。

必死だった僕は、それ以降は朝比奈さんにずっと謝罪を続ける、情けない姿を晒し続けました。
朝比奈さんも多少は冷静になられていたのか、涙目&涙声でしたが、最終的にはお許しを頂きまして。
最後の最後には。「ふふっ。古泉君でも失敗するんですね。初めて下級生らしく見えちゃいました」なんてお姉さんの笑みで見られてしまい。

ええ、正直に吐露します。
少々、見惚れたのは嘘ではありません。

彼が彼女の事を、天使や聖母と褒め称えるのも、無理からぬ事かと思いました。
普段はSOS団専属の可愛らしいマスコットキャラを務めている朝比奈さんですが、やはり上級生だと再確認させられましたよ。
その後、朝比奈さんと、その場に居合わせた長門さんの両名には。
今回の騒動のお詫びとして、近場のカフェテリアにお誘いし奢りました。そんな目で見ないでください……口止め料を含んでいたのは事実ですが。
生と死を分かつ分岐路に立てば、どれだけ卑怯な手段だろうと実行するのが人間でしょ?
それに喜んで騙されてくれた彼女達の優しさに、僕は感服するしかありませんけどね。

ちなみに、涼宮さんと彼が居なかったのは。
簡潔に説明しますと、「大事な発表は全員居るときにしないと意味ないし、今日はナシッ!」と言って、彼を引き摺って文芸部室を後にしたらしいです。少々、ご立腹だったらしいですが、そこは彼が上手い具合にフォローしてくれたようですね。有り難いことです。
次の日のSOS団の活動で、丁重の事情を説明し、事無きを得たことを追記しておきましょうか。

23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 22:42:11.26 ID:pbSir+T80




「なんて事がありましたよね……」

回想シーン終了です。
何を伝えたいかと言うと、部屋に入る時のノックは大事という事です。特に女性もいる空間の際は、より慎重になるべきでしょう。
回りくどい?結論だけ言え?
それはご勘弁を。彼にもよく嫌な顔をされますが、これが僕の持ち味なものでして。はい。
実際、トラウマですからね。僕にとっては。大切な経験でした。

「では改めて」

ノックをする。コンコンと音が響く。
その動作に。
その響く音に。
どこか既視感を覚えた。幾度となく繰り返してきた動作だ。もはや記憶に刷り込まれているのかもしれませんね。

「……」

応答はありません。
これだけで、ある程度は室内の人物を推測できるものです。
僕の予測が正しければ……。


25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 23:22:20.45 ID:pbSir+T80


「お邪魔します……ああ、やはり」

予測は正しかった。三点リーダーの応答は、ある意味で雄弁な回答でしょう。

「長門さんでしたか。今日も一番乗りのようですね」

「……」

窓際の席は彼女の特等席。
いつもの様に、黙々と本を読む長門さんは、僕に視線は向けずとも。コクリ、と微かに頷くのでした。

「そうですか。でしたら、僕は貴女に続き二番手ですかね」

彼女の反応に、僕は嬉しさに気を良くしてしまう。
僕は自分の指定席に座った。長門さんから一番遠い位置。まだ誰も居ないのだから、近くの席に座ればいいのに無意識とは怖い物です。
僕は読書を続ける長門さんを伺った。

出会った当時の彼女は、人形のようで。宇宙人である彼女は、人と違うからこそ、感情を持ち得ない。
故に、正しく。
人形そのモノ。
人の形をしたナニカ。
人を真似たモゾウヒン。
そんな風に、僕は不気味な印象を彼女から受け取っていました。
そもそも。出会う前から、僕達は違う組織に所属していました。警戒するのは当然で有り、それは長門さんにしてもそうだったでしょう。
しかし。これは言い訳なのでしょうね。見苦しい僕の恥部を晒す。
ただ長門さんは知らなかっただけ。
感情の表現を。
感情の発現を。
感情の出力を。
言わば生まれたばかりの幼子に、知識と能力を与えられただけで。
分からなくて当然だったのです。それを僕の勝手で独善的な思い込みで、歪め映していただけで。
曇った眼を取り払い、彼女を改めて視たとき、僕は愕然としたものですよ。副団長失格ですよね。
知ってしまえば、後に残るのは可愛らしいただの少女。僕らの頼れる仲間。
宇宙人なんて属性は、所詮は肩書き。それを言ったら僕は超能力者。そう考える僕を、甘いと罵られようが構いません。
僕の居場所は、此処だと、既に誓っていましたから。



26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 23:42:27.18 ID:pbSir+T80


「他の方はどうしたのでしょうね。連絡はきていませんが」

「違う」

違う?どういう意味でしょう。

「貴方は二番手ではないということ」

「なるほど」

つまり僕が来るよりも、先に誰かが文芸部室に来ていたということですよね。

「そう」

「その方は?」

「朝比奈みくる」

察しはつきました。
彼女ならば仕方ない面もありますよね。

27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/08(金) 23:53:38.87 ID:pbSir+T80


「大学受験に向けての予習で大変でしょうから」

「……伝言を預かっている」

「ほぉ」

是非、お聞かせしてもらいたいです。

「朝比奈みくるは、友人と勉強をするので、今日は早退すると。貴方達に伝えて欲しいと伝言を受けた」

本から目線を上げ僕を見つめる長門さん。
闇のように漆黒の瞳は、まるで吸い込まれるような感覚に囚われます。

「そうですか。ありがとうございます」

朝比奈さんからの伝言を、間違いなく伝えてくれた長門さんに、僕はお辞儀しました。

「そして、お努めご苦労様です」

労うことも忘れはしません。
礼や労いを伝える意味を、そこに籠められた感情を、少女が理解するかは別ですが。

「そう」

「はい」

素っ気無く相槌を打った彼女は、僕から視線を外しました。向きは横から、真下へ。そこには本が。
それでいい。構いやしない。
例え意図が伝わらずとも、感情を学び始めている少女に対して。それを失するのは礼儀に欠けていると、謂わざる得ませんから。
余計なお節介の何物でもない行為。だけど、僕は思う。大切で大事な行為だ、と。

28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 00:19:04.39 ID:FuLdg/LJ0


もし。
もしも。

僕の意図するとこが、彼女に届いていて……いえ、止しましょう。
高望みは、失望への一方通行。
僕はお手本。少女がいつしか、心というあやふやな形無きモノを全て掌握した際の、正解になれば幸いですから。
それ以上は、望むべきでない。

「それにしても冷えますね」

思考を振り切るように、どうでもいいことを口走る。
コートを脱ぐと、余計に寒さを意識してしまいます。暖を取ろうと、備品としてあった電気ストーブを思い出した。

「おや……」

思わず含み笑いを漏らしてしまいました。
室内を見渡せば、僕が求めていた電気ストーブは、なんと長門さんの足元で役目を全うしていたのです。
昔じゃ見られない光景と言っていいでしょう。事情を知る人間でも、普通では考えられない光景かもしれません。

宇宙人が電気ストーブを使う。

こう文面で表現すると、違和感しかありませんよね?
だから僕は笑みを漏らしてしまった。どこか可笑しく、微笑ましくなって。
これは証。少女が成長した証の一つです。

29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 00:30:16.39 ID:FuLdg/LJ0


「しかし、どうしたものでしょうか……」

口の中で転がす様に、小さく呟く。その呟きは、決して外部に漏れず口の中で溶けていく。
せっかく長門さんが電気ストーブを使っているのに、それを貸して頂く――つまり彼女が暖を取れぬ状況は気が引けます。
せっかく少女が持ち得た、何か大切な物を、壊してしまいそうで。
ならば別手段を探すのが、常套手段であるでしょう。何事も、一つの物事に縛られていては、前に進めませんしね。
と、僕が思考を切り替えた瞬間に、

「どうかしましたか、長門さん?」

「……別に」

ジッと擬音がつく視線が、僕に飛ばされているのを気付いたのでした。
珍しい事です。異例とまで……は言いませんが、それでも稀な例ではあるでしょう。
その瞳の焦点が、力を弱めつつも、未だに僕を中心に収めているのも含めて。

30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 00:48:33.31 ID:FuLdg/LJ0


「えーと……」

本音を言うと、対応に困りますね。
アイコンタクトから察すには、情報が足らなさ過ぎる。僕が困惑している、と。

「使う?」

何を、とは愚問でしょう。
向けていた視線は隠していたつもりでしたが、少女にはバレバレだったようですね。
流石は、長門さんだ。

「そうですね……」

僕は考える素振りをした。
あくまで素振り。僕は僕で、違う暖の取り方を発見済みです。

「長門さんが寒くないので?」

「そこそこ」

あやふやで、曖昧な言い回しだ。
そこに彼女の成長を見出す。僕が考えていたよりも、大きな成長を。
というか見て聞いて飽きない。長門さん風に言えば……ユニークなんですよね。彼女の最近の表現は、昔の彼女を知る身としては。
ギャップ萌え、と表現するのが正解か。
人間らしく成るにつれ、昔と今の間に広がる差が、どこか可愛らしく魅力的に見えてしまい。
皆さんも日常で、そういう似た様な場面に出くわされた経験はおありだと思うのですが、どうでしょうか?
つまり父性を刺激されると言いますか、そんな風に受け取って頂ければ幸いです。変な意図は含んでいないので、曲解しないでください。

37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 22:58:13.05 ID:FuLdg/LJ0


「僕もそうですね。そこそこ。耐えられない程ではないですが、人はより快適な環境を望みますから」

「効率的なのは良いこと」

「仰る通りかと」

無駄を省くのは、誰しも望む事だ。
しかし。感情というあやふやで曖昧なモノは、阻害する動きをするのが日常茶飯事で。
効率と非効率の中間を、揺らぎブレ、宙ぶらりんに吊るされるのが人間に生き様なのですが。
目の前の少女には、絶対に言えませんね。
時に疎ましくなり、捨てたいとさえ嘆く物に、興味を示し学ぼうとする少女には。

「……」

長門さんは僕の言葉に、頷く事で相槌を打つと、

「使う?」

また同じ問いを発してきました。
随分と、僕は彼女に気を使われているようだ。

38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 23:18:19.51 ID:FuLdg/LJ0


「いえいえ。それは長門さんがお使いになってください」

女性が肌を冷やすのは禁物でしょう。

「貴方は?」

「僕は……そうですね」」

腰掛けていた椅子ごと、大きく方向転換をすると。人差し指でとある場所を指差しました。

「アレなんてどうでしょうか」

示す先には、電気ポット。コンセントは差さっている。すぐにお茶を飲めるだろう。
水さえ入っていればですが。
いや、その場合は空沸きになるので危険ですよね?

「朝比奈みくるが沸かしていたのは確認している」

「でしたら安全で、直ぐに飲めますね」

僕は頷き、立ち上がった。

39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 23:32:48.48 ID:FuLdg/LJ0


朝比奈さんがこの場に居れば、僕が淹れずとも上質なお茶が用意されるのですが。彼女が居ない今、甘えてはいられません。
自分用のコップを取り出し、お茶っ葉を取り出す。

また既視感を覚えた。
コップを用意する動作。
お茶っ葉が醸しだす匂い。

朝比奈さんが勉学に励むようになってから、自ら淹れる場面が多くなっている証拠。
彼女は上級生。ただ一人の三年生。半年もしない内に、僕らが通う北高から卒業していく。
身近に迫る将来のビジョン。
僕は未来でどうしている。彼らは未来でどうなっているのか。未来人である朝比奈さんは知っているのだろうか。
神様。
主人公。
宇宙人。
未来人。
超能力者。
五人揃ってのSOS団。運命共同体である僕らは、未来でも確固たる縁を結べていれば文句は無い。
例え不可思議な力がなくなったとしても、そのままの関係でいられなくても、僕はずっと仲間達と過ごしたいと思っている。
確かなのは。
未来人以外に、未来を知る術は無く、約束された未来など在りはしないと言うこと。
それを。
それさえ忘れず覚えていれば大丈夫。
約束されていない、とは。逆説的に、己の努力次第で良い方向へ進めていけるという保証でもある。
昨日よりも良い道を、明日へと繋げていく。臭い台詞ですが、嫌いではありません。むしろ大好物と言っても過言ではないでしょう。

42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/09(土) 23:54:56.36 ID:FuLdg/LJ0


「……そうだ。長門さんにも淹れましょうか」

僕としたことが、失念していました。
考え事に集中して、周囲への気配りを疎かにするのは悪癖ですね。

「どうです、長門さん?」

味は期待しないで欲しいですが。
朝比奈さんの淹れるお茶と比較すると、月とすっぽんの差があるでしょう。

「お願いする」

彼女の視線は、既に活字の世界へ。いつの間にか僕から外れていました。
気になる物ですね。
彼女がどんな風に、我々の世界を認識し、捉え思考の渦を巻いているのか。それこそ、長門さん本人しか知りえぬことですが。

「承知しました」

さて。
自分の分だけなら手抜きで構いませんが、長門さんの分も淹れる事になっては、本腰を入れる必要がありますね。
少しでも美味しいお茶を、飲んで貰うことにしましょうか。

43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/10(日) 00:12:15.04 ID:qPAKmdZ30


「……ふぅ」

寒さを耐え凌ぐのに、お茶を淹れたのは正解でしたね。
味わいについては、個人的には妥協点を上げたいのですが、それは自分に甘すぎると言うべきでしょうか?
まあ比較対象が朝比奈のお茶だと、僕以外の誰が淹れても、及第点に及ばないに違いない。

「……」

長門さんは本の虫。

僕が淹れたお茶を受け取り、一口付けてからは周囲の動きを微動だにせず黙したまま。
稀にカップに手を動かす動作音が、彼女の存在感を示している。
はてさて。あのお茶は長門さんの口に合ったのか。気になる所ですね。訊いても答えてくれるかは別ですが。

何はともあれ。
お茶を淹れ終え、暖を取り初めて数十分が経過していました。
文芸部室には僕と長門さんの二人きり。未だ文芸部室には、僕ら以外の人物が訪れる気配は無かった。


45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/10(日) 00:35:17.60 ID:qPAKmdZ30


携帯電話を取り出して時間を確認する。
質素な飾り気のないディスプレイには、大きな文字で午後四時五十七分と表示されていた。
幾らなんでも遅すぎる。
仮に日直や掃除当番だったとしても、もう文芸部室に来ていても可笑しくはない。

「今日の彼らは掃除当番でも無かったはずですし……」

機関の構成員として、彼らのスケジュールは把握済みです。
頭の中でそれらを照らし合わし、自分の記憶違いで無いか確かめたが、やはり間違ってはいない。

不安が脳裏を過ぎりました。

最近は平穏でしたが、僕らの日常は天気予報で事前に注意勧告があるほど、悠長な事は言っていられません。
なにせ台風の目のような方が、我々の団長でありますから。
僕も便乗して楽しんでいますので、涼宮さんが持ち込む愉快痛快なイベントに問題はない。望む所です。
今回の場合の問題は。
涼宮さんや彼では無く――不特定多数の外部の人間。

神様の力は、凡人の身には畏怖を覚えるほど魅力的でしょう。
神様に愛された少年も、人質としては至高の一品。

どちらも、簡単に世界のパワーバランスを崩壊させてしまう代物。
まあ、本人達は無自覚なのですけどね。

46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/10(日) 01:00:46.53 ID:qPAKmdZ30


それでいい。それがいい。彼らをそんな脅威から守る為に在るのが、僕や僕が所属する機関なのだから。
ええ、もちろん。
その枠組みには朝比奈さんや、長門さんも含みます。機関の意向はどうあれ、僕はそのつもりです。

「……ふむ」

長門さんが動く様子はない。
仮に、彼らに危機が迫っていると仮定した場合、長門さんは察知していてもおかしくは無い筈です。
重要観察対象として、情報統合思念体に設定された涼宮さんと彼。二人に危害が加わるのは、長門さんの親玉としても、得られるメリットは少ないでしょう。
急進派ならば話は別ですが。
何処の組織も、一枚岩でないのは、地球も宇宙も共通らしい。

だが長門さんが所属するのは主流派。
ならば。
少女が動いていないのなら、現状での危険度は低いと判断できます。

「なんて、ね」

ええ、安心できる訳がありませんよね。
彼女は宇宙人。
人間のように手足を動かさなくても、何かしらの防御対策を打っている可能性は大いに有り得る。
行動するならば、早い方が良い。
長門さんに一任しておけば、安心だという思いはあるにはありますが。
万が一。億が一。
問題が発生した場合、悔やむのは自分です。
少女の万能性を信じていない訳でも、少女の仲間思いな心を否定する訳ではありません。
ただ。
信頼と依存。この線引きは必要不可欠な事柄で、それを出来ぬ者に、仲間と名乗り肩を並べる権利は存在しないというだけの。
当た前の。
当たり前すぎて、つい忘れがちに陥る、仲間と胸を張る為の必須条件。そんなお話です。

53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/11(月) 23:01:04.42 ID:WBgT1p7a0


「お尋ねしてもいいでしょうか、長門さん」

意を決して、僕は彼女に声を掛けた。
不安に渦巻く心とは勝手に、表情は常の笑顔を維持して。
笑顔は癖のような感じですよ?

「……」

応答は無い。
気にせず僕は続けようとして、室内に軽やかな音楽が流れました。まるで僕の行動を見計らったように。
発信源を突き止めれば、音楽は長門さんのスカートから鳴り響いていました。
音楽と言っても、昔ながらの携帯端末にも標準装備されている着信音でしたが。長門さんらしいといえば、らしいのですけどね。


ただ。
間を外されたのかせいか、流れる着信音がどこか可笑しかったのか。
緊張していた身体から、力がストンッと抜けていました。何故、そうなったのかは自分でも理解に苦しむのですけど。
ええ、僕の危機とした不安は確認された訳ではありません。なのに、僕は緊張を解き、心の片隅で安心していたのです。

54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/11(月) 23:28:51.31 ID:WBgT1p7a0


平和ボケ?
僕はぬるま湯に浸りすぎていたか?

疑問は尽きない。
ただ分かったのは、僕の危機感や不安は、取り越し苦労だったという事でした。
その理由も、この後に判明することでしたが。

「鳴っていますよ」

「……」

促した僕に、小さく頷いた長門さん。
スカートの内ポケットから、最近になって購入し所持するようになった携帯電話を取り出しました。
淡いピンク色の女性らしいデザイン。長門さんに良く似合うデザインです。

「電話なのでは?」

「違う」

「ならばメールですか」

「そう」

「……確認されないので?」

「……」

鈍重な動作で携帯電話を扱う長門さん。
どこか扱い難そうに携帯電話を操作する様は、持ち始めてからの期間を如実に表しています。
ふふっ。これでも初めに比べれば、格段の進歩ですから。
今では三流芸人でも披露しないだろう、携帯を逆様にして通話をしたりなど、非情に可愛らしいお姿を披露してしましたので。
何故、僕が知っているのかですか?
それは、もう、はい。役得という事にして置いて下さい。すぐに皆様にも露見することですから。
そう、この後すぐにでも。

56 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/11(月) 23:57:49.60 ID:WBgT1p7a0


「……涼宮ハルヒ。及び彼からメール」

自明の理。
少女の電話番号やメールアドレスを知っているのは、限られた人物しかいない。

ここまで場面が進んで、僕は漸く把握しました。
僕に起きた異変を、理論的に説明できる術を。

長門さんの携帯が反応した事により、自分でも無意識で理解したのでしょう。
我らが団長閣下と彼からの連絡だと。
僕は心の片隅――無意識の部分でそう悟ったに違いない。些か苦しいですが、それ以外に説明できる余地はなかった。
余地……予知なんて能力は、僕に備わってはいませんしね。

「僕の携帯に連絡が無いのが寂しいですね」

「仕方ない。彼らは……特に涼宮ハルヒは新しい物好き」

「既存よりも新規な物には、それだけ面白みが含まれますからね。涼宮さんらしい」

「そう」

既存よりも新規を。
新規よりも新奇を。
目新しいほど、そこには未だ誰も見たことのない発見が隠されているかもしてない。例えば不思議とかですね。

57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 00:21:37.69 ID:PTkLEb/C0


「ただ、そう言わないで上げてください」

「……」

彼女は首を斜めに少し傾けた。
愛らしい疑問符。僕は笑って疑問に答えた。

「涼宮さん達は嬉しいのですよ」

「何故?」

「長門さんが携帯電話を持つ様になってです」

彼女が携帯電話を所持し始めたのを知った彼らは、事有る事に長門さんの携帯にメールを送っているようです。
面白がっている節もあるが、根本的な所では嬉しいのでしょう。
寡黙で孤独を好む性質の少女が、分かり易い連絡手段のツールを持つ様になったのが。

「連絡手段が容易になったのは良いこと」

「大きく見れば、それも一つの理由ですね」

ただ僕が言いたいのはそうじゃないんですよ。
もっと単純で。もっと情に直接的に訴える。温かさを感じる物なんです。
今の貴女なら分かってくれませんか?いいえ、分かってくれる筈です。僕はそう信じている。

58 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 00:38:10.85 ID:PTkLEb/C0


「……友人と連絡を容易に取れる様になることで、仲間意識がより強固になるということ?」

「ええ、その通り」

ですがまだ硬いですね。もう少し噛み砕いて見てください。

「友人と連絡を容易に取れるというのは、必要以上の接触を押し付けられ煩わしいということ」

……どうしてその方向に行ったのでしょう。ひょっとしなくてもワザとですよね?

「冗談」

ユニーク、と返せばいいですか?

「嬉しい。そして、寂しさが減る」

「ええ、そうです。涼宮さんや彼も、そう思っているんです」

「そう」

「はい」

「彼らもそうなら……嬉しい」

「僕もです」

貴女がそう思ってくれていて。
信じさせてくれて。期待に応えてくれて。僕は他人事なのに、自分事以上に嬉しく思ってしまうです。
その末恐ろしい冗談も含めてね。

59 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 00:52:19.34 ID:PTkLEb/C0


「貴方は」

「はい?」

「貴方は……私が携帯を持つことにより、連絡が密になることで、嬉しと思う?」

「愚問です。僕も嬉しいですよ」

だって。
その携帯をプレゼントしたのは、僕なんですよ?

「僕の趣味や嗜好で、勝手にデザインや機能性を選んだのは申し訳ないですけどね」

長門有希。
彼女の名が示す有希――雪のような純白のイメージが鮮烈なのですが。

僕は敢えてあのデザインを選んだ。深い意味は無かったのです。
ただ。稀には新鮮なイメージを取り入れるのも、彼女の魅力を引き立てる一因になるのではないかと思って。

淡い淡い。
儚げで、だけど安らぎと穏やかさを連想させる桃色。
どこか少女に似合うと思ったのです。当の少女も、好きに決めていいと言っていましたしね。

60 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 01:09:52.93 ID:PTkLEb/C0


不と思ったのですが……これは携帯の話です。間違っても、下着や服の話ではないですからね?
念の為、ええ、念の為ですが補足しておきます。確かに、ピンク色とか好きなデザインを選んだとか、誤解を招く発言も多いですし、ね。誤解を招くのは本位ではありませんから。
いえ、興味が無い訳ではないですが、僕には荷が重たいです。ご勘弁ください。

ただ。
話を戻しますが。今になって少し後悔もしています。やはり、一緒に相談し合った方が良かったかもしれない、と。

「いい。気にしていない」

長門さんのフォロー。
どちらに対してだろうか、と曖昧なフォローに、長門さんは補足が必要と感じたのか。

「機能性に不都合は感じていない」

「それは良かった」

ありがとうございます。
僕はそう気持ちを籠めて、微笑みました。
気に入って貰えてるかは定かでは有りませんが、長門さんが使ってくれているのならソレで良いでしょう。
なにせ彼女の携帯をプレゼントしたのは一ヶ月と少し前。
僕がプレゼントし、彼女のマンションで使い方を軽くレクチャーしてから、少なく見積もっても三週間は経過している。
余計なお節介だと。
そう思っていただけに、最近になって日の出を見ているのは、感無量でしたからね。

65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 22:45:48.52 ID:PTkLEb/C0


「それで彼らからのメールの内容をお尋ねしても?」

大体の内容は推測出来ますけど。
推測するまでもなく、少女の携帯に二人からのメールが同時に届く時点で、推測もへったくれも無い気がするのは……口にするには無粋ですかね。

「今日は部室に来れないとの事」

「お二人してですか?」

僕の頬が、彼のいうところのニヤケ笑い、になっていたのは不可抗力でしょう。

「そう」

「おやおや。全く……」

仲が良い事で、羨ましい限りです。
僕は肩を竦めて、彼らの恋路を内心のエールとして表現しました。

「おそらく二人で行動を共にしている」

「それ以外に結論するのが、難しいと言いましょうか」

長門さんの言い分だと、二人とも内容は違ったという事だろう。

66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 23:03:27.13 ID:PTkLEb/C0


涼宮さんに彼。
二人の距離は、僕は想像していたよりも、接近しているのかもしれない。
何て言いますか。今日一日で随分と彼らの間に存在する新密度ゲージと言う物が、自分の中で更新される一日です。

付き合った。
恋人同士の関係になった。

機関の方からそんな報告は届いてはいません。
涼宮さんや彼には、四六時中とまでは言わないまでも、裏から監視員が張り付いている。彼らの安全を守る為に。
その監視の網は、ザラではありません。
しかし。
それでも。
我らがSOS団の頭領である少女には通用しない。
神様が本気で隠したいと願ったなら、物理的――否、例え三次元を跳躍した監視の網の目でも。
スルリと飛び越えて隠蔽してしまわれる事でしょう。束縛を何より嫌うお人ですから。
神様の照れ隠し。
現代の神隠し。
等身大の少女と少年の、甘酸っぱい恋愛模様は、何者の介入も妨害もされず。
ゆっくりゆっくり。山あり谷ありの道を、確実な一歩で踏んで、育まれていくのでしょう。いつか芽吹く花の種のように。

67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 23:28:40.31 ID:PTkLEb/C0


「……ロマンチックですねぇ」

嘲笑や皮肉ではなく、本心からの呟きです。
僕らの年代なら、それは青春と呼ばれるもので――きっと皆様だって心の奥底では例外なく憧れを抱いた筈でしょう。ですよね?
もっとも、あのお二人が本当にお付き合いまでに発展しているのかは、確定事項では無いですが。
まあ。確定事項ではないが、規定事項では有りそうけど。僕はクスリと笑った。

「それはそうと、……?」

彼らが文芸部室に来ないのなら、今日は僕と長門さんだけ。
これでは実質的にSOS団の活動もままならないでしょう。
そう思い「それはそうと、どうしましょうか?」と長門さんの声を掛けようとして気付いた。

「……」

長門さんは本に目線を向けもせず、かといって僕に向けている訳でもなく。
内面に沈むかの様な、何処か遠くを見る視線、と表現すべきでしょうか。その表情は無表情なのですが、僕には憂いを含んだ物悲しげに映ったのでした。
気のせいかもしれませんけど。いいえ、きっと気のせいでしょう。
僕の勘違いだ。だけど気になった僕は、

「どうかしましたか、長門さん?」

「……別に」

彼女は普段通り。一ミリすら揺るがぬポーカーフェイス。僕が知る長門有希そのものだ。
……やはり僕の勘違いでしたね。早計でしたか。きっと彼女は彼女で、僕には想像の及ばない領域で、何かを検討していたのでしょう。

69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/12(火) 23:53:56.57 ID:PTkLEb/C0


では気を取り直して。僕は長門さんと視線を合わせると口を開いた。

「それはそうと、どうしましょうか?」

「何が?」

「いえ。彼や涼宮さんも今日は団活を早退ですし。長門さんはどうするのかと思いまして」

「……貴方は?」

「僕ですか……?」

質問を質問で返されるとは思いませんでした。
僕は少し考える。このまま帰宅したとしても、特にやるべき事はない。
彼と彼女が喧嘩でもしない限りは、僕の使命は機関に報告する業務作業ぐらいの物しかない。業務報告も「異常は無し」と簡潔に資料にマトメるだけ。
言ってしまえば暇人。暇を持て余した人ですね。

「そうですね。本来なら解散が妥当だとは思うのですが」

少しだけ気付いた事があったのです。
だから僕は長門さんに提案しました。戯れの提案。それ以上でも、それ以下でもありません。
今から僕が発言する言葉は、そういう類の物でした。

70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/13(水) 00:15:53.51 ID:jCBZNnkX0


「もし宜しければですが……携帯の扱いをレクチャーしましょうか?」

「……理由を求める」

ですよね。唐突にも程があるお誘い。長門さんでなくても、疑問を口にするでしょう。

「いえ、ね。前は必要最低限の使い方しか説明しませんでしたから」

「私は問題を感じていない」

「でしょうね。ただ携帯電話とは面白い物でして。連絡手段を容易にする為のツールではありますが、そこに様々なオプション的な楽しみ方があるんですよ」

僕が先程、彼女に情に訴えると言いました。
僕がこれから少女に説明するのも、ご他聞に漏れず、彼女の感情の発育を促すもの。

「さっき長門さんはメールを受信されましたが、その際に響いた着信音は標準仕様の物でしたよね?」

「肯定する」

「その着信音を、例えば音楽――着メロと言うのですが。それに変更してみるのも面白いと思うのです」

「何故?」

「はい。想像してください」

僕は要点だけを噛み砕き、だけど丁寧に説明しました。
例えば。好きな人からメールを受信した場合は、自分がお気に入りの音楽を流れるように設定されたりはしないでしょうか?
好きな人じゃなくても構いません。
仕事上の事務的な相手や、身内専用と区別して音楽を設定して、重要性のランクを区分けする人もいることでしょう。

71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/13(水) 00:32:30.45 ID:jCBZNnkX0


携帯電話の機能一つだけでも、持ち手の趣味によって、その人の個性が表れる。
別に不思議でも何でもない、至って普通の事ですが。それが人間性であり、心と言う解明不可能なメカニズムの一つ。
僕が長門さんに説明したのは、そういう事でした。

「どうでしょうか。理解頂ければ、幸いなのですが」

一通りを説明し終えた僕は、優しく尋ねてみました。
果たして、少女には伝わったのでしょうか。

「分からない」

少女は一言。そう言っただけ。
どう解釈しようが、どう捻ろうが、結論が一つに限られた単純明快な回答。

「そう、ですか」

分かっていました。だから落胆することはない。最初に前置きしたのは僕自身。
戯れ。そう、戯れです。
表現を悪く言えばふざけたこと。または、遊び心が半分という意味もある。
だったら、残り半分は何で構成されていたのか。そんな事は口にしなくても……いいですよね。

「どうかした?」

「いえ、お気になさらないください」

内面の心境が、表情に出力されたのだろう。
僕は何でもないとばかりに平静を取り繕って、務めて明るい声音を装う。
少女が気を遣う必要はない。僕が悪かっただけの事。

72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/13(水) 00:41:28.31 ID:jCBZNnkX0


「何をやっているんでしょうね僕は……」

既知感。既に知っている感覚。

そう。僕は少女がどう解答するかを知っていたのです。
大袈裟かもしれませんが、幾千幾万を何度も体験したかの様に、僕は確信していた。僕で無くても、少女の事情を知る身近な者なら分かっていたかもしれません。
少女が未だ、そこまで感受性豊かでは無いという事を。
だってのに……ここまで心が乱されているのだから、僕はどうかしています。前置きまでして、予防線を張っていたのにも関わらずにね。
一人善がりの、独善的な行為。
向けられた少女には傍迷惑で、偽善とすら呼べない代物でした。

「長門さん」

「何?」

「先程の提案はお忘れください。貴女の迷惑を省みない発言でした」

これでいい。
そして、深く悔いる必要もない。長門さんは着実に人間らしくなってきている。ならいずれの機会もあるでしょう。
それは僕では無いかもしれませんが。
僕には些か以上に、荷が重い領域だっただけの事。これが彼なら、もっと上手いこと出来たのかもしれませんけどね。

「そろそろ解散しましょうか。彼らも居ないことですし」

腕時計で時間を確認した僕は、意図せずそう言っていた。
解散が妥当なのに、まるで逃げるように、この場から離れようと促していました。
立ち上がる僕。脱いだコートを羽織ろうとした所で、

「古泉一樹」

「はい?」

無言だったので、もう話は終わったとばかり思っていたのですが。
僕は長門さんの言葉を待ちました。

73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/13(水) 01:00:48.99 ID:jCBZNnkX0


「……教えて欲しい」

教える?

「何をでしょうか?」

「貴方達が使用する、この携帯端末機の使用方法」

「……」

思わず三点リーダーを返して僕です。それぐらい少女の申し出は、意外性に溢れていました。
僕は浅はかだったのでしょう。今にして思えば。
少女は「分からない」と言っただけで、何も全てを否定していた訳ではないのに。勝手に、そう思い込んでいたのです。

「……迷惑だった?」

「いえ、そんな事はありません。僕から振った話題です。長門さんがよろしければ、是非お付き合いさせてください」

「そう。だったら、お願い」

アップダウンの激しい心は、リバウンドするように弾みだす。
端的に言って、僕は喜んでいた。現金な物ですが、僕だって人間なのです。喜びは、素直に受け取るべきでしょう。

「感謝する、古泉一樹」

少女が笑ったように見えたのは、僕の願望が成せる技ですかね?

「僕もですよ、長門さん」

僕は笑った。弾む心を抑えつけ。鏡に映せば作り物の笑顔ではなく、そこには歳相応の笑顔があったでしょう。

82 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/22(金) 23:00:15.38 ID:7Y/1hW5r0


自宅の寝室。学校から帰宅した僕は、パソコンのディスプレイと睨めっこしていました。

「これで……終了ですかね」

文面に問題が無いかを最終チェックして、エンターキーを指で叩く。画面に「送信完了」という表示を確認した所で、一息を付きました。
ちなみに今やっていた作業は、機関への報告でした。何も事件が無くても、報告しないといけないので中々面倒ではあるのですよ。例え「異常なし」と報告するだけでも、そんな短文で終わらせれる筈もありませんしね。
子供同士のママゴトではなく、社会でも名の通った大人が相手。
分かりやすく簡潔に言うよりも、複雑に――出来る限り難しく言って差し上げないと、ご理解を得られないのが辛い所です。
だから、こうも世界は難しく回ってるのでしょう。

「さて。やるべき事は全て終えましたし。寝ましょうかね」

パソコンの電源を落とし、僕は照明の灯りを消す。
パチンッ、と音が鳴り真っ暗闇へ。そのままベッドに潜り込み、毛布と布団を二重にして寝る体勢へ。
柔らかいクッションに迎えられた意識が、急速に狭ばっていくのを感じる。朝の寝起きが悪かったせいか、脳が急速を要しているようでした。

「アレはなんだったのでしょうか……」

長年の演技で、しっかりと癖付けられた敬語口調を尻目に、僕は睡眠を欲する思考に抗い推論していた。
議論に上がるのは、言わずもながら最悪の寝覚めの原因。
朝の目覚め以降は、特に身体的にも精神的にも不調は見当たらず、再度発生する事も無かった。

83 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/22(金) 23:17:53.64 ID:7Y/1hW5r0


「……」

そうなってくると……ええ、結論は一つしかなく。

「……夢見が悪かった、としか考えられませんね」

起床時には、悪夢などの類では無い、と断定していた気持ちも薄らいでしまう。
刻み込まれた経験とは、言ってしまえば傷と表現できるでしょう。心の傷と。ならば時間の経過と共に、傷跡になるのが道理。
時間は、人の傷を癒し。
時間は、人の傷を消し。
時間は、人の傷を無す。
癒し消して無にしていくのが、時間の所業。傷だけでなく、大切な記憶や思い出さえ忘却の彼方に押しやってしまう。
残酷さと慈愛を許容させた二律背反。それに救われもするが、時に時間という絶対概念から逃れ得ぬ人は、それに絶望も感じるでしょう。
老いなんて、もっともな例の一つですよね。
では。僕の場合はどうなるかと言うと、判断に苦しむというのが答えでしたが。

「まだ答えを出すのは早計なんですけどね」

明日の起床時に、同様の感覚が襲う可能性は大いに有り得る。
二度ある事は三度ある、と言いますが。その格言があるのは、二度目があるからこそ成り立つものでして。
やれやれ……議論した結果が、今朝と同じく現状は様子見から変わらずとはマヌケにも程があった。

84 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/22(金) 23:31:37.19 ID:7Y/1hW5r0


「……ぬるま湯に浸かりすぎた、か」

ここ数ヶ月は平穏すぎた。閉鎖空間すら、月に一度発生するかどうか。
その間の古泉一樹の生活は、何処にでもいるただの男子高校生。機関の構成員であり血生臭い日常とは掛け離れた生活だ。
勘が鈍っている。文芸部室の際も同じ事が言えるでしょう。
機関の訓練で培った筈の、戦士としての嗅覚は。

どこか異常を訴えているのに。どこにも異常が見当たらなくて。それこそが異常なのに。それが異常だとは気付けない。

まるで。そう……まるで。
ただの男子高校生としての古泉一樹が送る、この日常こそが。
いつもと変わらない、いつもと同じ日常。

繰り返される、正しき日常。

だとばかりに、僕の五感全てに訴えかけてきている。
それこそ時間が、全てを癒し消し無にするように、心が泡立つ違和感を拭い去っていくのでした。

「埒が明きませんか」

今のままでは迷宮入りは確定している。明日の起床か、それ以降に同じ状況に陥るまでは。
もし発生しなかったら?
決まっています。それこそ時間の所業――時効でしょうね。もしくは僕の気のせい。気の迷いと言った所でしょう。

86 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/22(金) 23:53:39.47 ID:7Y/1hW5r0

もし仮に。
仮に、他に原因追求への術を探るのなら……、

「長門さん……」

口から漏れたのは、宇宙人少女の名前。
少女の万能性ならば、僕が感じるこの違和感の正体が判明する可能性があるかもしれない。
……一度、確認を取ってみるのもアリですかね。
僕はそう判断した。答えてくれるかは別ですが、訊いてみても自分にデメリットが有る訳ではない。
原因が判明すれば良し。彼女が知らないと答えたなら僕の勘違いで有り、答えてくれなくても自分の問題なのですから、自分で解決すればいいだけですしね。

「……」

なんとなく。
ええ、なんとなくなんですが。
彼女と少しでも交流を増やせれたら、嬉しいと思っている自分がいる。
今日も携帯の使い方をレクチャーしようとした時……彼女の無表情な筈の顔が、笑っているように見えた。
いえ。
いいえ。
……何でもありません。ただの戯言ですので、今までの言葉は無かった事にしてください。どうかよろしくお願いします。
ただ、彼女に質問するのは確定事項にしましょう。やはり、この違和感は気になりますので。だったら、彼女をどこかにお誘いするのが無難でしょうね。
さて、何処がいいでしょう。選択肢は無限大で、眠気に誘われた頭では難しいですので、また明日考える事にしましょう。

87 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/23(土) 00:04:28.96 ID:Abq21Knf0


「……寝ましょう」

一日を振り返り、次の日の行動を決めた僕は意識を飛ばす。
目を瞑り、暗闇の世界へ。自分の中で芽生えた気持ちすら暗闇に沈め込むようにして。
一日が終わる。

始まりから終わりへ。終わりから始まりを開始する為に。
生から死へ。死から生へと謳歌する為に。

まるで寝るという行為は、生者が死者に変わるオフモードで。まるで起床という行為は、死者が生者に変わるオンモードだと。
そんな風に考える僕は、まるで特定の状況で稼動する、自動人形のようだと自嘲しつつ、深い深い闇の淵へと堕ちていった。

88 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[ !red_res] 投稿日:2012/06/23(土) 00:17:43.17 ID:Abq21Knf0

               「飽きないなー」

        「本当に」

                       「別に私は」

            「いいんだけど」

                                「でもさ」

         「早くしないと」

「早くしないと」

                        「本当に。早くしないと」

      「手遅れに」


              「そう。手遅れにね」



         「手遅れになっちゃうわよ――嘘吐きくん」


93 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/23(土) 23:06:02.21 ID:Abq21Knf0

目覚めは快適でした。

死者が蘇るような苦痛も、夢見が悪く魘された様子も。一遍の欠片すら存在せず。
昨日の目覚めが夢幻だったかのように起床を果たした僕は、やはり自分の感じた違和感を気の迷いだったのかと思いつつ通学していました。

今は昼の休憩時間。

僕は昼食を終わらせた後、飲み物を買おうと思い中庭を歩いている。
周囲には僕と同じように学食を終わらせた人や、友人同士で楽しげに談笑しながら歩くグループなどの賑わいを見せている。あちらのベンチでは男子と女子がベンチに座りながら楽しげに笑いあっています。青春ですね、ええ。
有り触れた。
日本の学校なら、何処にでも有り触れた光景でしょう。天気も快晴で、学園中が詰まらない授業から開放されたとばかりに喝采が溢れ出しています。
僕も、そんな有り触れた光景の中の一部に溶け込むように、歩く。

「……おや」

自販機を目指して歩く僕の視界に、有り触れた光景には存在しないだろう異物が侵入してきました。
異物、と言っても一見だけでは異物どころか不自然な点は存在しないのですけどね。まあ……それこそがむしろ異物の恐ろしさなのですが。

「……」

素通りするべきか方向転換するか悩む僕。
悩む間も足は前に進んでいる。距離は十メートルは離れているがどうしたものか……なんて考えていたら、異物――とある人物は僕に気付いたのか微笑みを寄越してきました。
どうやら……見付かってしまったようです。
こうなれば、もはや素通りも方向転換するのも諦めるほか無い。積極的に絡みたい相手とは言えませんが、致し方ありませんか。
微笑みをくれた相手にゆったりと近づくと、僕は口を開いた。


95 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/23(土) 23:28:52.43 ID:Abq21Knf0


「こんにちわ、喜緑さん」

「こんちにわ、古泉さん」

情報統合思念体が地球に送り込んだ、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
長門さんとは別の派閥に所属している、宇宙人組織の一人である喜緑江美里。
彼女はまるで人間の様に微笑みながら、僕の挨拶に返答をしてきました。

「珍しいですね。こんな場所で出会うなんて」

「そうでしょうか。私だって学食を使うときもあれば、貴方達と同じように自販機を使うんですから、何処で出会ったとしても不思議ではないと思いますけれど」

「ええ、そうでしょうね」

但し、それは裏を返せば。
出会うタイミングは彼女次第であり、彼女が意図しない巡りは発生しないのではないか、と勘繰ってしまうのです。
……内心の不信感を表に滲み出さぬように、細心の注意を払い笑みを浮かべた。僕と喜緑江美里の雑談は続く。

「最近はどうですか」

「どう、とは?」

聴覚を擽る甘い声音。首を傾ける可愛らしい動作。内心を読ませない微笑。
どれもこれもが完璧で有りながら、完璧すぎて作り物臭く感じてしまう。

96 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/23(土) 23:49:39.65 ID:Abq21Knf0


「天気や政治の情勢についての意見も訊いて見たいとは思いますが、僕と貴女の立場を前提に答えてくれると幸いですね」

敵に回したくは無いが、宇宙人サイドの思惑が気になるのは事実。故に、軽いジャブを放つ。

「ふふっ……そう警戒なさらないで下さい。目下、私達の行動理念は目的対象である涼宮ハルヒの観察ですよ」

「観察だけに留めて頂けるなら有り難い事ですが、その言葉を全て受け入れるのは難しいですね」

「それは仕方ありませんよ。私達と貴方達では、立ち位置が違っているのですし」

「そうですね。それに組織とは一枚岩でもありませんから」

長門さんは主流派。出会った事は無いですが朝倉涼子は急進派。ならば目の前の彼女は、どの派閥に所属しているのか。
推測では穏健派(あくまで便宜上の呼称ですが)に所属では、と機関は睨んでいるが、所詮は推測の域を出ませんし。なによりも、穏健だからと言って攻撃的で無いとは限りません。無条件で信じるのは、愚か者の思考でしょう。
僕が暗に「他の派閥はどうなのでしょうね」と探りを入れたのに気付き、彼女は困ったような笑みを浮かべ、情報の補足をしてきました。

「それは否定しません。私が所属する派閥は先程述べた通りです」

ですけど、と彼女は微笑み。

「今に限って言えば、他派閥も怪しい動きが無いのは保証します」

「……今に限って、ですか」

「時は移ろいでいくもの。万物全てを変化させて。違いませんか?」

「仰る通りです。始まりから終わりまで、変化しない物は存在しませんから」

空を見上げれば、綺麗な青空が。
その遥か先の宇宙そのものでさえ、膨張して広がっているのです。目に見えて無くても、変化は起きている。

97 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/24(日) 00:04:32.54 ID:2/6rLRHc0


「少しは安心の材料になったでしょうか?」

「ええ。気分を害されたかと思いますが、平にご容赦を」

頭を下げ、その後に礼の言葉を繋げる。ありがとうございます、と。
慇懃な態度かもしれませんが、社交辞令だけでなく、本音も含めてお礼を言いました。少なくとも、欲していた情報は入手したのですからね。

「いえいえ。お気遣い無く。ただ、そうですね」

「何でしょう?」

「私からも質問させて貰っても良いでしょうか?」

「ふむ……僕にお答え出来る範囲内でしたら」

「難しい質問じゃないので、大丈夫ですよ。古泉さん個人に対して、喜緑江美里という私的な質問ですから」

個人に対して……なるほど。つまり、

「僕達の難しい立場は抜きで、一個人としてと言う事ですか」

「そう受け取って貰って構いません」

質問内容は計り知れませんが、それならば黙秘を貫く必要性は低くなりそうですね。
機関について探りを入れられた場合、僕のポジションからは、殆どの質問に対して黙秘、あるいははぐらかすしかなくなってしまう。それについては、申し訳ないとさえ思いませんが。
世の中は等価交換。
彼女が打ち明けた情報が真実とは限らぬとは言え、こちらも相応の情報を渡さないと体裁が悪いですしね。

101 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:30:30.68 ID:HP/IO8pU0


「分かりました。……お手柔らかにお願いしますね」

さて。一体、どんな質問が飛び出してくるのか。
……彼女はゆっくりと唇を動かし、

「          」

……聞こえなかった。少女の口は間違いなく動いていたのに。
彼女はジッとこちらを、覗き込むように佇んでいる。

「……失礼。もう一度、お願い出来ますか」

全神経を集中させる。次は聞き逃さぬ様に。

「          」

また……だ。彼女が呟く言葉が聞こえない。いや……理解できない、のかもしれない。
認識が――阻害されている?何の為に?

「解りませんか」

「……貴女の悪戯でなければ」

「私は一切関わっていませんよ。もし解らないのであれば、まだ至っていないのでしょう」

「至って……いない?」

意味が分からない。
ただ心がざわつく。肌が粟立つ。鼓動や脈が高鳴りを打っている。何か重要な見落しが発生している気がする。

102 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:32:26.61 ID:HP/IO8pU0


「質問内容を変えさせて貰いますね」

「……どうぞ」

頷くしか無い。今は……少しでも情報が欲しい。

「               」

やはり……認識出来ません。
唇の動きから、先程よりも長文だったのは読み取れた。だけど、それだけ。
肝心の内容に至っては……それこそ彼女風の言い方をすれば「至っていない」からこそ届かない。

「……何ですかこれは」

景色が揺れているのか、己の視界がブレているのか。
僕と彼女の周囲だけが、世界から切り取られたように隔離されてるかの様に遠く感じる。

「                           」

さっきよりも長文。
だが認識されない。至れない。届かない。
ただ過去にも同じような境遇に陥った事があったような気がする。気がするだけで、記憶に無く。そもそも記憶すら曖昧であやふやで……。

「                     」

意識が乱れる。ノイズが暴れ乱れる。
混濁し混戦する思考を断ち切ったのは、

「……質問は以上です。ありがとうございます、古泉さん」

僕に届く声を紡いだ宇宙人の少女で有り。
その瞬間、

「……あ」

パツンッ、と風船が割れた音を響かせて、覚束ない世界が急速に戻ってきていました。
薄れていた現実感が、自分を包み込んでくる。

103 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:33:05.82 ID:HP/IO8pU0


「……不思議な現象ですね。まるで僕に禁則事項が適応されているようですよ」

乱れた呼吸を、大きく息を吸い込む事で安定させる。

「知って欲しくないのかもしれませんね」

「一体、誰がでしょうか」

「この世界の神様がじゃないですか?」

神様。神様……ね。
この世界の神様と聞いて、連想するのはただ一人。

「残念ながら、涼宮さんが関わっていれば僕には『分かります』し、彼女ならこんな回りくどい事はしないでしょうね」

「でしたら。他の神様かもしれません」

「例えば――情報統合思念体ですか」

キッ、と鋭い視線を彼女に投げ付けました。
冷静さを欠いていた覚えは有りませんが、不愉快な感傷が攻撃的な気配として滲み出したのは否めませんでした。……僕は焦っているのか?

「違いますよ。私の創造主である情報統合思念体はこの一切に関係していませんよ」

「噛み合いませんね。なら貴女はどうして、僕にそれほど的確な質問を投げ付けれたのでしょう」

彼女は、何かを知っているはずだ。それは間違いありません。このまま捨て置く訳にも引き下がる訳にも行かない。真実を追究……しなければ。
これが僕だけの事情に留まらず、涼宮さんや彼に……波及しないとも限らない。否、もはや始まっているのかもしれませんでした。
眼力を強める。誤魔化させない、と力を籠めて。

「困りましたねぇ」

苦笑いする宇宙人は、全然困ったようには見えませんでした。
惚ける気なのだろうか。


104 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:35:43.56 ID:HP/IO8pU0


「古泉さん」

「何でしょうか改まって。素直に応じて頂ける気になったのなら幸いですが」

「お答えする事は出来るのですが、ただ信じて貰えるか……」

「それは……こちらで判断します」

ただ貴女は答えてくれたら構わない。
それを分析し、検討した結果、信じる信じないは僕が判断する事でした。

「そうですか。ではお答えしますが……私の役割は観察者です」

補足なのか「役割を立場と言い換えてもいいかもしれません」と注釈も付け加えられました。

「ただソコに、今回の件については『傍観者』という属性も追加されます」

「……ふむ」

「それを前提にして、私がどうして古泉さんの事を存じていたかを考えれば、貴方なら答えに辿り着けるのではないでしょうか?」

「これはこれは」

僕は皮肉気に唇を歪めて見せた。過大評価では無いでしょうか?
肩を竦めつつも、回りくどい説明をする宇宙人の真意を探る為に、僕は知恵を振り絞り推論を立てる。
彼女が言ったキーワード。

観測者と傍観者。
この二つは似ているようで、似て非なる物でしょう。簡単に両者の意味を比較した場合。

前者は――物語を観測し、結果を記録する者。物語に介入せず、ただ記録する立場。
後者は――文字通り、傍から観る者。物語に介入せず、ただ見物する立場。

こうなる筈です。こう分解すると、共通点や違いがハッキリと区別されますよね?では共通点は何か。
決まっています。どちらも「物語に介入しない人物」であり「物語の存在を知っている人物」だと言う事だ。

ここまでは誰でも辿り着けます。誰にでも。
では喜緑江美里――目の前の宇宙人が伝えたかった真意とは?

「……なるほどね」

確証は定かではありませんが、凡その道筋は検討つきましたよ。


105 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:41:27.75 ID:HP/IO8pU0


「喜緑さん」

「はい」

「貴女は……観測者の命を全うする内に、傍観者という立場を取らざる得なくなった。もしくは傍観者でいようと判断したか」

つまりは。
彼女はこの異変の首謀者ではなく、これまで通り観測者としての使命を全うする間に、当事者である僕よりも早く異変に気付いた。
彼女はそう言いたいのではないかと、僕は言いたい訳です。但し、この推論も穴は多い。傍観者であるなら、僕に接触するのはご法度の筈です。その辺の匙加減は、結局は彼女次第なのかもしれませんが。

「ふふっ」

答え合わせを待つ僕に、彼女は笑った。優秀な生徒を持つ先生のような鮮やかな笑みで。

「流石はSOS団の頭脳でしょうか。神様を謀り続けるだけはありますね」

「……褒め言葉、と受け取るには些か皮肉が強いですね」

「いえ、褒めてますよ」

「それは、どうも。でしたら優秀な生徒に、先生からの答えを期待してもよろしいでしょうか?」

この件に、彼女や情報統合思念体が無関係だと言いたいのは理解しました。
ですが、僕に襲い掛かっている謎の異変は、解明出来ていないままです。

「私の役割は、観測者で傍観者です」

「……」

「観測者で傍観者。この接触も、本来なら超越行為なんです」

「答える気は無い……ですか」

「いいえ、違います。古泉さんは勘違いをしています。だって――               」

「……そういう事、ですか……」

全て繋がりました。一連の彼女の意図が。
つまり超越行為と言うのは、僕に接触するのでは無く(それも含まれるのでしょうが)、僕に答えを教えるという事なのでしょう。
しかし僕にはそれが伝わらない。彼女の口から真実を伝えられても、僕に振り掛かっている異変のせいで教える事が出来ないのでしょう。

117 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 21:26:50.91 ID:UBb6chae0

「そう難しく考えなくても大丈夫だと思いますよ。この現象は、古泉さんにしか適応されていないようですので」

「それが事実でしたら驚きですね。こういうのは、彼の役割だと思っていましたから」

「意外そうですね」

「ええ。今まで幾度も困難を乗り越えては来ましたが……これでは」

僕がメインを張るようなシナリオではないですか。
困る困らない以前に、有り得ないと思う僕はおかしいでしょうか?

「貴重な体験ですね。一般人なら絶対に、経験出来ないレアなイベントです」

疲れた溜息が、自然と肺から漏れました。
レアなイベントなら、もう僕の双肩には重たいほど圧し掛かっているのですけどね。現時点で。そこに追加なのは、正直に勘弁して欲しいです。

「返答に困ります。ああ、念の為確認しますが、どうしたら解決するのでしょう」

駄目で元々。期待はしていませんが、そう問わずにはいられませんでした。
彼の気持ちに共感してしまいますね。今後は、遠回しな言い回しを控えてもいいかもしれません。
僕は内心で反省しつつ、癖になった笑顔で彼女の言葉を待ちました。
目の前の宇宙人さんは意地悪気な微笑と、右手の人差し指を口元に添えて。

「禁則事項です☆」

鮮やかに言い切ってくれたのでした。
……流行っているのですかねソレは。未来人特有の、いえ朝比奈さんだけの持ち味だと思っていましたが。僕も過去に、彼に披露して嫌がられたりしていますが。

「長門さんに教わりました」

そうですか。宇宙人にもジョークが言えたのですね。
長門さんが感情と言う物を学びつつあるのは存じていましたが、他のTFEI端末もそうだとは知りませんでした。

106 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:44:38.82 ID:HP/IO8pU0


「私にはこれが“感情”だとは明確に定義は出来ませんが」

「長門さんと違い、貴女は元からコミュニケーション能力が比較にならぬほど上位に属しているようですからね」

故に紛い物臭く感じてしまう。
人以上に、人らしい人形。皮肉ですね。悪い良いは別なのですが……そのせいか余計に警戒心を抱いてしまう。

「ふふっ。長門さんと私では、随分と対応が違うのはどうしてでしょう」

「……盗み見ですか。僕が言えた義理では無いですが、趣味が悪い」

「観測者ですから」

「ユーモアに溢れていますね。ブラックですが」

僕は軽口を返し考える。
これからどうするべきか……これ以上は会話をしても進展は無いと判断して、この場を離れるのは妥当だと判断する。
長時間の会話だったせいか、あれだけ余裕があった昼休みの休憩時間は、もう十分を切っていました。
友人同士で楽しげに談笑しながら歩くグループ、ベンチで座っていた筈の男子と女子の二人組みも、いつの間にか見えなくなっています。
やはり……一度引いた方が良さそうですね。
暫定的では有りますが、喜緑江美里は敵では無いと判断できます。
敵ならば、僕に「異変を気付かせる」という情報を流すのはナンセンスです。気付かせなければ、網に捕らわれた標的は、反抗すら発想しないのですからね。
もしくは……その動きを狙われているのかもしれませんが。
疑心暗鬼に陥りそうな議題ですが、幸いな事に考える時間は残されています。まずはゆっくりと状況を見極める所から始めましょうか。

「そろそろ休み時間も終わりますので、これで失礼致します。貴重な情報、ありがとうございました」

「いえいえ。お時間を取らせてしまい、こちらこそ申し訳ございません」

お互いに頭を下げた僕ら。
僕は背を向け、そのまま離れようとした時に、声が掛かったのでした。

107 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/27(水) 00:46:56.51 ID:HP/IO8pU0


「古泉さん。最後に一つだけお願いがあります」

「……お願いですか」

僕は振り返らず、背中越しに返答しました。
だから彼女が、どんな表情を浮かべていたのかは見えませんでした。
ただ。
どこか切なげな響きを含んでいたのは、僕の気のせいなのでしょうか。
長門さんの例があるのに、僕は心の何処かでは否定的だったのかもしれません。
……長門さん以外のTFEI端末にも、感情が宿るというのを信じていなかった。
それは如何してなのか、僕は分析すらせずに蓋をして閉じてしまうことで対処する。

「はい。長門さんと仲良くして上げて欲しいんです」

「それが……お願いですか?」

「ええ。ダメ……でしょうか?」

そのお願いは。
拍子抜けと言えば、拍子抜けでした。
だから、なのでしょうか?僕は安請負とは違いますが、あまり深く考えずに頷いていたのでした。

「ダメではありませんよ。僕に出来る範囲でしたら。長門さんは同じ部活に属する仲間ですしね」

「貴方ならそう言ってくれると思っていました」

約束ですよ、という朗らかな笑みの声に。約束しましょう、と癖になった笑みの声で応じ。
背後から気配が遠ざかって行くのを感じつつ、僕も午後の授業に遅刻しないように、その場を後にした。

授業は残り半分。
長門さんに尋ねるべき質問が増えたのを確認しつつ、僕は今度こそ本当に、校舎へと戻って行ったのでした。



108 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res] 投稿日:2012/06/27(水) 00:50:04.67 ID:HP/IO8pU0








                     「絶対に嘘にしないでくださいね――嘘吐きさん」





119 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/29(金) 21:46:49.31 ID:UBb6chae0


放課後。いつものように文芸部室に集まっていました。
まだ全員は揃ってはいません。我らが団長閣下であられる涼宮さんが居なかったのでした。
それもあり、文芸部室の空気は弛緩しており、各自好きな事をしていました。
朝比奈さんはメイド服に着替えて、熱心にお茶を沸かしています。どうも新しいお茶っ葉を購入されたらしく、「種類によって温度や淹れるタイミングが異なるんです。頑張りますから楽しみにしててくださいね」と。いやはや次回が楽しみなものです。
長門さんは窓際の席で本の虫。読書少女らしく、読む本は分厚いハードカバーで、今日も知識の収集に余念は有りません。
そして。
僕を除いた最後の一人は、

「考え事をするのもいいが、そろそろ諦めたらどうだ」

オセロ盤を挟んだ向かい側で、難しそうな顔でいる彼ですね。
僕と彼の習慣になりつつあるゲーム。今日は初心に帰ってオセロをしていました。

「まさか。勝負はこれからですよ」

「その自信がどこから来るのか教えて欲しいもんだよ」

やれやれ、とお得意の仕草をされました。
彼が先手の黒で、迎え撃つは白を操る僕。盤面は黒が白を蹂躙するように塗り潰しています。
劣勢なのは事実ですが、甘く見て貰っては困りますね。

120 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/29(金) 22:04:52.07 ID:UBb6chae0


「一発逆転の切り札は、残しておくものでしょう?」

「使わないからこそ切り札と言ったのは、何処の誰だったかね」

パチリ。黒が裏返り白が増える。

「仰る通り、切り札は最終手段ですね。それを場に示すというのは、局面は最終段階ですから」

「つまり今は最終局面とは違うわけだ」

パチリ。増えた白が、黒に同じ分だけ塗り潰される。

「さあ。どうでしょうか?」

「俺に言えるのは、このままじゃお前の黒星記録が更新されるということだけだな」

パチリ。陣地を奪い返そうと白が、黒を染め上げる。

「そういえばですね」

「何だ?」

パチリ。奪い返した領土は、やはり黒に塗り潰され。白は劣勢へと追い込まれる。
局面は着々と終盤へと、流れていく。
僕は逆転の可能性を考えつつ、チラリと視線を盗み見るように団長席へと飛ばしました。
不在の団長席。主は今頃、何をしているのでしょうか?

121 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/29(金) 22:22:57.40 ID:UBb6chae0


まあ。それはそれ、これはこれとして。
今ならば少々踏み込んだ会話をしても大丈夫だ、と判断した僕は声量を落として口を開きました。

「昨日はどうしていたのかと思いまして。涼宮さんと一緒に行動されていたのでは?」

囁く僕。
パチリ、と軽快に黒を操る彼の手が、鈍るのが目で確認出来ました。

「何の事だ。俺にはちっとも分からんな古泉」

僕に釣られたのか合わせたのか、同じ様に囁き返しながらも、その言葉尻は忌々しいと言わんばかりの彼。
笑う僕。

「長門さんの携帯に、同時に涼宮さんと貴方からメールが届いたのは偶然だったと」

「稀にはそういう事もあるだろうさ」

パチリ。白が勢力を増やす。

「惚けるのなら、もう少し上手く誤魔化さないと。相手に信じて貰えませんよ」

「誤魔化すも何も、俺はお前と違って真実しか話さん性質でね」

パチリ。黒が予測とは違った場所に進行する。

「これはこれは。人を嘘吐き呼ばわりとは、酷いですね」

「酷くない。いつだって零円スマイルを浮かべてる奴には丁度いいだろう」

122 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/29(金) 22:53:38.76 ID:UBb6chae0


「この笑顔はもはや癖のような感じでして。それに僕のアイデンティティでもありますから」

「それが胡散臭いと言ってるんだ俺は」

溜息を付く彼は、それを台詞の間として繋ぎ、

「大体だな。確証も無い癖に、鎌かけようとするんじゃねぇよ」

「鎌かけでないと言えばどうします?」

「お前には人権侵害についてやプライバシーについて、話し合わないといけなくなりそうだな」

これには苦笑いを返すしかありませんね。
もっとも、もはやお約束の遣り取りにもなってはいるのですが。
彼もそれに気付いたのか、嫌そうに顔を顰めていました。お互いに暗黙の了解と申しますか、彼自身も存じてはいるのです。
自分や涼宮さんに、監視の目が付いているのを。
知っていて、知って尚も。
それに気にした様子を表面には露出せず、心の内で留めてくれている彼は、やはり優しいと言うのでしょう。
僕には、その優しさに甘える事しか出来ない。
頭が上がりませんね。

「ご安心ください。プライバシーは守られていますので」

僕と彼にしか届かない声で、決して周囲に漏れる囁き声で僕は言う。
言外に、感謝と申し訳なさを含めて。

「やれやれ、だ」

それは何に対して、か。
尋ねて見たくもありますが、これは言葉にしないのが華なのでしょう。
綺麗な関係を、自ら踏み荒らす必要は無い。そうですよね?

「変なアイコンタクトを求めてくるな。俺には男と見詰め合う趣味は無い」

麗しい友情だと思うのですけどね。

「思わん。キモいだけだ」

ふざけた応酬をしながらも、盤面は動いています。
局面は終局間近ですが、白と黒の鬩ぎ合いは五分五分の均衡に迫ったように見えます。僕の勘違いで無ければですが。

「卑怯な戦術を取りやがって」

ジロリ、と睨まれました。ですが心外ですね。

「純粋な力量で負けるなら、他の場所から補うのが戦術だと僕は考えます」

ポーカーフェイスならぬポーカースマイルを貫く僕は、やんわりと受け流します。


123 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/06/29(金) 23:19:15.34 ID:UBb6chae0


「どこの孔明のつもりだお前は」

「でしたら、貴方は天下三分の一角を成した劉備玄徳でしょうか?」

人情に溢れ、誠実で義理堅い性格なのは、彼の周囲に集まる人達ならば周知の事実。彼を知る人は、心地良さを感じずにはいられない。
だからこそ、神様は彼を選んだのでしょう。
まるで三国志の物語のように、初めは農民でしか無かった劉備が天下を争う、世界の中心に立ったように。
彼も。
神様に選ばれたのですから。

「美化しすぎだ。実際の劉備だって、本来じゃ主君をころころと変えた裏切り人生を歩んだそうじゃないか」

「……博識ですね。彼の一般的なイメージは聖人君子。三国志を知らない人でしたら、その発想は出てこないはずなのですが」

だから僕もあえて深く語りませんでした。
彼は意外な場面で、知識を発揮するので侮れませんね。

「常識だろこんな物」

吐き捨てる言い草。
斜に構えたがるのは彼の持ち味ですが、今回の場合は普通に嬉しくなさそうですね。
……ああ。理解しました。

「つまり俺はSOS団一筋で、裏切るつもりはないんだ、と」

「はい、そこ。曲解するな」

「ははっ。そんな照れなくても構わないんですよ?僕は今、心が感動で打たれているですから」

「ついでに顔面も打たせてくれないか古泉」

「ご遠慮しましょう。暴力は何も生み出しません」

チッと舌打ちするのは頂けませんね。
それに僕は知っていますよ。貴方がSOS団を裏切らないし、誰よりもSOS団を大事にしているのは。

「……」

反論は有りませんか。無言は肯定という事で構いませんよね。

「……お前はどうなんだよ」

分かっているでしょう。言葉にして欲しいです?

「いらん」

でしょうね。ですが恥ずかしい会話ですねこれ?
小声とは言え、きっと朝比奈さんや長門さんにも聞こえているでしょう。
長門さんは動じませんでしたが、チラリと視線を飛ばしたら朝比奈さんは肩を跳ねさせましたし。

「けしかけて来た奴が、言う台詞じゃないな」

「かもしれません」

でも、こういうのは、そう、お互い様って奴ですよね? 乗る方も乗る方と言う事で。
彼は溜息を付いて、僕は笑った。

129 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:35:12.02 ID:aTTB7lD+0


「しかし。いくら策略を練ろうが、力量差は縮まらないようだな」

「ええ……自分では惜しいとこまで粘ったつもりなんですけどね」

結果は白の敗北。
大敗とまでは言いませんが、例え数枚差であろうが負けは負けです。

「これが貴方と僕の違いなのかもしれませんね」

劉備玄徳と諸葛亮孔明。
英雄と策略家。
選ばれたか選ばれなかったか、の明確な立ち位置の違い。

「たかがゲームの勝ち負けで大袈裟だな。意味が解らん」

「負け惜しみですよ。気にしないでください」

「そうかい」

「そうです」

僕は癖になった笑みを浮かべ、彼は癖になったポーズを決める。
お約束みたいな物ですね。

「それにしても遅いな……」

「涼宮さんですか?」

「他に誰かいるか?」

「いえいえ。ひょっとしたらサプライズで、SOS団に相談をする人がいないとも限りませんし」

嫌そうに顔を顰められました。
サプライズ、という単語にあまり良い思い出が無い様ですね彼は。

130 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:36:20.77 ID:aTTB7lD+0


「んな奴がいたら、ハルヒに見付かる前に叩き返すことを提案するよ」

「困ってる人の相談を無碍にするのは、人としてどうかと思いますよ」

「その困ってる本人の為を思ってだ。ハルヒにでも知られたら、解決するどころか問題を掻き回すこと請け負いだろう」

「んふっ。僕はノーコメントで」

「このイエスマン野郎が」

それが僕の立場ですので。むしろ褒め言葉扱いと受け取っても構いませんよ。
しかし。確かに涼宮さんが遅いのは事実。
彼が仰る通り、また何かしらのサプライズでも考えているのかと首を捻った時……バアンッ!と文芸部室の扉が音を叩いたのでした。
噂をすれば影ですね。

「ごっめーん!少し色々やってたら遅れたわ!!みんなは集まってる?」

いつも通り瞳をキラキラさせつつ、我らが団長の登場です。
今日も変わらず元気そうで、なによりです。満面の笑みが眩しい。

「お前は静かに入ってくることは出来んのか」

「うるさいわねこの馬鹿キョン。あたしがどうしようとあたしの勝手でしょ」

「お前の勝手で、周囲の迷惑を考えたことあるか?」

「誰が迷惑してるのよ?」

「建て付けが悪くなる一方の扉だったり、朝比奈さんがビックリしてる迷惑を考えてから発言しやがれ」

「だったら雑用係りのアンタの仕事でしょう!それにみくるちゃんはビックリしすぎなの。いい加減、ちょっとは慣れないとね」

「お前なぁ……」

この二人は相変わらずですね。犬も食わない夫婦漫才とはこの事でしょう。
だって。口論してても、どこかお互い楽しんでいる節が見え隠れしているのですから。それを見守りつつ楽しんでいるのも事実ですが。
それは朝比奈さんや長門さんもそうなのでしょう。おそらくは。

131 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:36:55.39 ID:aTTB7lD+0


「まあまあお二人とも。仲が良いのは分かりましたので、そろそろ口論をお止めになってはどうでしょう?」

だけど困った事に、このまま放置していると話も前に進みまないのは事実。軌道修正を試みた僕の仲裁は、

「「誰がだ(よ)!!」

……阿吽の呼吸なんて生易しいシンクロ具合ですね。これは一本食わされました。いや二人ですし二本でしょうか?

「……」

「……」

彼も涼宮さんも気付いたのか、思わず沈黙されていますね。微笑ましくて自然と笑みが滲み出てしまう。

「うわぁ〜息ピッタリですねぇ」

「ぬぐっ」

「うぐぐっ」

朝比奈さんの弾んだ声がトドメ。邪気が含まないからこそ、その怒りはどこにブツけるべきか困っちゃうんですよね。分かります。
渋面で唸る彼と彼女は……おや、何で僕を睨みつけてくるのでしょうか?

「どうかしましたか涼宮さん、キョン君」

ああ。僕ではやはり朝比奈さんのような真似は出来ませんね。
惚けようにも、僕の表情はきっと邪気満々って言った所でしょうから。同じ笑顔でも、こうも違いが明確になるんですから。

「……お前隠す気ねぇだろ」

僕にだけ聞こえる憎まれ口に、僕は首を捻って返答しました。いえいえ、別にそんなことありませんよ?普段は呼ばないあだ名を呼んだのにも意味がありません。

「と、とにかくっ!!今日は団員の皆に重要な連絡事項があるから、心して聞きなさい!!」

下手に追求すると泥沼に陥ると判断したのか、涼宮さんは強引に話題を切り上げようと声を張り上げました。
内心で少しホッとする。少し踏み込みすぎたか?と不安でしたので。
だけど僕としては、少しでもこうやって外因的アプローチを与えて、二人には素直になって欲しいと思うのです。
世界の為、という建前も有るには有りますが。やはり彼らの友人を自負する立場としては、二人が幸せなのが一番ですしね。
余計なお節介かもしれませんが、ふふっ。

132 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:38:08.82 ID:aTTB7lD+0


「では団長閣下。他の皆さんもお待ちですので、どうぞお願いします」

恭しく礼をして、促す。彼女も頷き、団長席から一人一人の表情を見下ろすようにして腕を組みました。
どのようなご命令が飛んでくるのか。僕は清聴の構えで待ちました。他の方々も(長門さんも本から視線を上げて)涼宮さんに視線を注いでいます。

「まどろっこしいのは嫌いだから、結論から言うわね。取り合えず、今週に限ってはSOS団の部活動を休止にします!」

……どんな内容か身構えていましたが、予想斜め上でした。
まさか涼宮さん自身の口から、このような発言が飛ぶなんて、いくら僕でも予想外もいいとこです。

「言っておくけど飽きたとか解散じゃないから勘違いしないでよね。皆には唐突で悪いけど、ちょっと優先してやる事が出来ちゃったからね」

「それは構わないのですが、副団長としてお尋ねしても良いでしょうか?」

「ふふんっ。本来なら団長たる命令は、意義を挟まず首を縦になんだけど。古泉君は日頃から副団長として頑張ってくれてるから質問を許すわ」

「寛大な措置を頂き光栄です団長閣下。では失礼して、その優先するべき事柄は何なのでしょうか?」

「もっともな疑問ね」

これは総意の代弁でもあるでしょう。いえ、三人のと言い換えるべきかもしれないですね。

「だけど、それはこの場では言えないわ。伝えたいのは山々なんだけど、今言っちゃうと意味がなくなるしね」

「サプライズですか」

「ふふんっ。禁則事項よ」

流行ってるのですかね……その文句は。
まさか朝比奈さんが未来人だとバレてるのかと、素でドキリとしてしまう。

「そういう事でしたら、僕には文句はありませんよ」

「そう。他の皆は何かある?」

全員、特に異論は無し。

「じゃあ今日は来たばっかりだけど、これで解散!私は用事があるから、先に帰るから。皆も暗くなる前に帰宅するように!」

瞳を爛々と輝かせた彼女は、そう言い放つと文芸部室を後にしたのでした。


133 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:40:42.96 ID:aTTB7lD+0


「……嵐のようでしたね」

「いつもの事だろ」

呟いた言葉に、応じるのは彼。

「それじゃあ俺も帰るとするかね。俺も用事があるから、こっからは別行動だな」

「そうですね。別に邪魔をする気はありませんので、どうぞ貴方は貴方の使命を果たしてください」

「……引っかかる言い方だな、古泉」

「いえいえ。用事に遅れてはいけませんし、貴方も急ぐべきだと僕は思いますよ?」

「はぁ……そうだな」

僕との問答に気疲れでもしたのか、彼は大きく溜息をつくと席を立ちました。
ハンガーに掛けてあったコートを羽織ると、

「それでは朝比奈さん。先に失礼します。帰りの道中は気をつけてください」

「はい、キョン君も。気をつけくださいね」

「長門もな。お前に限っては要らぬ心配だろうが」

「……そう」

次は僕にも、と声がかかるのかと期待していたのですが、彼は僕を視線で一瞥だけして去って行ったのでした。
期待が外れたというべきか、これって明確な差別だと思うんですが、どうなんでしょう。

「キョン君は、恥ずかしかったんじゃないかと私は思います」

少しばかり傷ついた心に、癒しの手を差し伸べてくれたのは、朝比奈さんでした。
人の痛みに敏感な、彼女らしいフォローに僕は感謝を籠めて笑い頷きました。同意です、と。

「分かりやすかったですしね」

涼宮さんと合流するつもりなのでしょう。
あまり隠す気はありませんでしたが、さりとて積極的に言い触らす行動もせず。彼らしいのらりくらりとした態度に、僕は可笑しさを感じる。
朝比奈さんも同意だったのか、僕達の間でなんとなく会話が発展していく。サプライズとは何か、彼と彼女の関係はどこまで発展しているのか。
取り留めの無い雑談。共通の友人を話の種に盛り上がる僕らは、組織間の難しい事情はどうあれ普通の学生でした。

「彼は素直じゃない」

ボソリ、と読書中で輪から外れていたはずの長門さんは、きっちりと会話を聴いていたらしい。
僕と朝比奈さんが談笑していたオチをつけるように、さり気無く毒舌っぽい口調で幕を下ろしてくれました。
笑った。僕と朝比奈さんは。

「涼宮さんもですけどね〜」

「あえて同意はしませんが、否定もできませんね」

コロコロと笑う僕と朝比奈さんを尻目に、視線を本に固定したままの長門さん。
雑談が続く中、僕はチャンスだと考えていました。
SOS団での活動は一時中止。つまり自由な時間が出来たという事です。

ならば。
僕の身に降りかかっている謎の現象を、原因追求するには打って付けだろうと。
まずは当初の予定通り……長門さんに声を掛けるところからでしょう。

さて、どうやって声を掛けようか?

朝比奈さんと時折混ざる長門さんとの雑談に、僕は時に話題を提供し時に相槌を打ちながら考えました。

134 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:43:32.94 ID:aTTB7lD+0



「ありがとうございます、長門さん」

文芸部室に踏み込んだ僕は、一歩も動かず定位置の座席に腰を落ち着けていた長門さんにお礼を言った。

「朝比奈さんは帰られましたか?」

「帰った」

少女の短い返答。僕は思惑通りに事が進んだので微笑みを浮かべた。

本来ならば、僕達はあのまま雑談を切り上げ三人で下校していたでしょう。しかし僕は長門さんに用事があった。
だから未来人の少女には申し訳ないと思いつつ、僕は先に用事があると言い文芸部室を出て行き、そのまま校舎裏まで行った後に、長門さんにメールを送ったのでした。

『相談があります。あまり他人には知られたくありませんので、朝比奈さんにはご内密にして頂ければ幸いです。
 宜しければ、文芸部室に残っていてください。朝比奈さんの下校が確認次第、文芸部室に戻りますので。返信待っています』

そういう内容のメールを送信。
直ぐに返事はありました。

『了承した』

彼女らしい飾り気も彩りもない硬質な文章。
そして今に至るのでした。

「突然のご無理を言ってすみません」

「問題ない」

「そうですか。なら好意に甘えさせて貰います」

「そう」

ありがとうございます、ともう一度感謝を示してから、どうしようかと考える。
この場で用件を話すべきか。それとも場所を移すべきか。
最終下校時刻までの猶予は短かった。とても、全ての内容を伝え議論するには足りていない。

「そうですね。長門さんが宜しければ場所を移しましょう」

「……何故?」

「もうすぐ最終下校時刻ですから。長門さんの力を使えば先生方の見回りも回避は出来ましょうが……」

「推奨はしない」

「ええ、僕もそう思います。長門さんの宇宙パワーを使用するほど切迫した事態では未だありませんからね」

それを抜きにしても、僕はきっと場所を変えていたでしょう。
理由を問われれば、僕はこれでも優等生で通ってるということでしょうね。規則は、可能な限り守るべき物でしょう?

135 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:44:38.56 ID:aTTB7lD+0


「同意する。しかし我々が所属するSOS団は、その規則を破る確率が高い」

「……それは言わないお約束です」

僕も自分で言っておきながら、そう思ったのは事実だからこそ苦笑してしまう。
もしかすると。これは長門さん風のジョークなのかもしれませんね。

気を取り直して僕は考えました。
場所を移動するのはお互い合意とみなして問題ないでしょう。後は何処で話し合うか……。
候補としてぱっと思いつくのは、

長門さんのマンション。
僕の自宅。
ファミレスやカフェテリア。

冬の寒さを凌げつつ、落ち着いて会話が可能な場所。その条件を元に選出した場所は、案外と少ない。
そして前者二つについては……条件的には一番と言っていいぐらい的確なのですが、道徳的にどうなのかと少し引っかかり覚える。
ええ。
そうです。
長門さんのマンションと、僕の自宅。どちらを選んだとしても、若い男女が二人きりになってしまうシチュエーションが構築されるです。
もちろん僕にその気はありませんよ。誓ってもいいです。これから話す内容に色っぽい要素も皆無ですし。

ですが、第三者視点で見た場合はどうでしょうか?
男性が相談があるからと言って、女性の部屋に尋ねる。もしくは男性の自室に女性を招く。その情景は事情を知らぬ方からしたら下心がある行為にしか見えません。
仮に友人や知人……それこそ涼宮さんや彼にバレた場合は、どう説明したらよいものやら。
僕の抱える事情は、内密にしておきたい。
それらの要所を押さえた際、やはり足踏みをしてしまう。結果、消去的に行き先も決まったのでした。

「行き先ですが……長門さん?」

ファミレスに行きましょう、と言葉を続けようとしたところで。
既に長門さんは席を立ち上がって、コートを着用していた。いつのまに?全然、気付かなかった。

「そろそろ先生の見回りが来る」

「失礼。ならば急ぎましょう」

自前のコートを羽織り、急いで支度をする。
文芸部室を出て、急ぎ足で校門に向かう。僕はタイミングを見計らって、隣で肩を並べる長門さんに喋りかけた。


136 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:45:23.02 ID:aTTB7lD+0


「長門さん」

「なに?」

「行き先ですが、まだ決まっていなかったと思うのですが?」

校門を通り過ぎた後。長門さんは迷いない足並みで、僕の隣を歩いている。肩を並べて歩いてはいるが、僕は釣られる様に長門さんに歩調に合わせているだけで。
長門さんは何処に向かっているのでしょうか?

「……」

僕の質問が不思議だったのか、長門さんが微かに首を傾けた気がした。

「えーと……」

どうリアクションすればいいのだろうか?
困惑しつつも、長門さんの足は止まることはない。少女の中で目的地は決まっているらしい。

イヤな予感がします。この方角には心当たりがあり過ぎる。
一抹の不安……なんて軽く凌駕して、もはや確信しながらも問わずにはいられませんでした。

「長門さん。ひょっとして行き先ですが、貴女のマンションじゃないですよね?」

否定して欲しいなーと祈る心は、

「そう」

単純明快な返答に、バキバキと真っ二つにされたのでした。
いやはや……人生って難しいですよね?


137 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:46:45.72 ID:aTTB7lD+0


この後の一悶着は省略させて頂こうと思います。

結論だけ言えば、僕は長門さんのマンションにご招待されてしまう事になるのですがら。
ああ、そんな視線で睨み付けないでください。
道徳がどうだの、知人友人にバレたら不味いと憚っていたのに、何を開き直っているんだ、と仰りたい気持ちは分かるのです。僕だって不本意な気持ちは残ってるのですから。
もちろん僕だって流されるまま、長門さんに従った訳じゃないんですよ。

ただ口論しあった結果、


「貴方の言い分は非効率的。私の自室なら時間や周囲の視線を気にせず、ゆっくり会話できる。
 他の場所――例えばファミリーレストランや貴方の自宅でも不可能では無いが、ファミリーレストランは視線や時間が気になる。故に却下。
 貴方の自室の場合、視線や時間の問題は解決できるが、話し合いが終わった後に、貴方は私の帰りを心配し送ろうとすると思われる。故に却下。
 効率を考えた場合、やはり私のマンションが妥当。否定するなら、打開案を」


そんな風に理路整然とされた言い方をされては、両手を万歳するしかありませんでした。
男女間の云々を説明しても、ご理解を得るには難しいと判断せざる得ませんでしたしね。詳しく説明するばするほど、僕が下心アリと泥沼に嵌りそうでしたし……。


そうして。
僕は初めて一人きりで、長門さんのマンションにお邪魔することになったのでした。



138 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:48:10.61 ID:aTTB7lD+0


「飲んで」

トン、とテーブルに置かれたコップが置かれる。渋そうな色と湯気を確認しつつ、お礼を言ってから、僕は受け取って口をつけた。
喉から流し込まれるお茶が、冷えた身体をほんわかと温めてくれる。ふぅと一息を付くと、対面に座る長門さんもコップに口をつけお茶を飲んでいた。

「美味しいです。身体が温まりますね」

「市販のティーパックから淹れたお茶。朝比奈みくるのと比べると味は格段に落ちる」

平坦な口調。まるでお世辞はいらない、と言われたように錯覚してしまう。
確かに長門さんの言葉は事実。
長門さんと朝比奈さんのお茶を比較した場合、両者には超えられない壁はあるでしょう。市販のと、お茶っ葉から淹れた物。どちらが美味しいかは歴然としている。
それでも、

「今の僕は長門さんが淹れてくれたお茶は、朝比奈さんのと甲乙つけ難いと思いましたよ」

本来なら比較するのが間違いではあるのですが。内心で比較対象にしてしまった朝比奈さんに謝る。
だったら、どうして僕は長門さんに説明しているのかは、自分でも理解できない衝動なのですが。微苦笑。

「何故だか分かりますか?」

「分からない。貴方は朝比奈みくるが淹れたお茶より美味しいというのが」

首を捻り疑問を出力する少女に、僕は微笑んだ。

「味覚と心は別物なのです。長門さんにも経験があるはずです」

そう。分かりやすい例えを出すならば、「海の店」なんかが良い例でしょう。
値段は高く、味だってそこらのスーパーや市販品と同列なのに美味しく感じてしまったりや、一人で食べる食事よりも気心しれた相手と食べる食事も美味しく感じますよね?



139 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:48:54.73 ID:aTTB7lD+0


「だから僕はこう言いたい訳ですよ。味覚は重要な要素ですが、ヒトはそれよりも心を重視するのではないかと」

「だったら……」

言うべき言葉を整理するように言葉を区切ると、

「貴方が美味しいと感じさせたモノはなに?」

「決まっています」

それは環境の違い。新鮮さと言い換えてもいい。

「長門さんの部屋で、長門さんが淹れてくれたお茶を、二人きりで飲めたからでしょう」

ウインクを一つ。
まるで告白のような気障ったらしい台詞ですが、仕方ありませんよね。なにせ本音ですから。
僕は長門さんのお茶を、美味しいと思ったのだから。機会があれば、また飲んでみたいと思うぐらいに。

「どうかしましたか、長門さん?」

無言の長門さん。僕の冗長すぎる台詞に呆れられたのだろうか。

「……別に」

ジッと黙したまま注がれる視線は無機質で。
僕が危惧した呆れとは別物らしいが、その観察するような瞳からは、何を思考していたのか読むことは出来なかった。
昔に比べると感情や思考を読み易くなったとは言え、やはり隅々まで把握するのは宇宙人相手では困難で。
僕は話題を変えようと――今日此処に来た本題へ入ろうと切り込みました。

「そろそろ本題に行きましょうか。休憩は十分に取りましたし」

「そう」

どうとでも取れそうな返答を、同意と都合良く解釈して僕は事情を説明する。
昨日から始まった異常を、喜緑江美里と遭遇し発生した異変を、可能な限り事細かく詳細に語る。


願わくば。
彼女が解決の糸口になれば幸いなのですが。

140 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:49:50.91 ID:aTTB7lD+0


説明会は三十分ほど続きました。
刻々と過ぎていく時間と共に、僕の要領得ない(自分でも正確に把握していないので)説明に、長門さんが時たま相槌を打つ構図。
全てを語り終えた時には、喉が渇いていた。

「以上です」

コップに口をつけ冷めてしまったお茶で喉を潤す。
眼前では真っ直ぐ僕を見る長門さん。

「……これだけで何か分かりますでしょうか?」

情報が不足しがちなのは僕だって分かっている。しかし長門さんならば、と期待する気持ちはあった。

「……」

静かに答を期待する僕に、長門さんは俯いた。
少女のその姿は、親に叱られた子供の図のように映り、妙な罪悪感を覚えてしまうのは気のせいではないのでしょう。
次に少女が発するだろう言葉を、僕はなんとなく察してしまったから。

「……分からない」

ああ。やはり。
搾り出すような声音に、少女は悪くないのだと諭したくなる。

「申し訳ない」

「長門さんが謝る必要はありません。誰も悪くないんですから」

それでも。もし謝らないといけないのが誰だと言うのなら。
それは僕。古泉一樹。過度な期待を寄越した僕だ。

「ですから、気になさらないでください。元々は僕個人の問題なのですからね」

僕は意識して笑うと、長門さんを気遣う。
それに少女が“分からない”という収穫はあったのだ。一歩、前に進んだと言っても問題はないでしょう。
更に外堀を埋めていけば、この謎現象の全体像をうっすらと見えてくる筈です。

141 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:50:33.16 ID:aTTB7lD+0


「まとめましょうか。ご協力お願いしても?」

「任せて」

「いい返事です」

左手で右の肘を支え、顎に右手をやる。気分は推理小説に登場する探偵でしょうか。
唇を割るように、顎にやった右手の人差し指をピンッと立たせる。

「まず一つ目。この件に情報統合思念体は関わっていない。これは間違いないでしょうか」

「保証する。この件に情報統合思念体は関わっていない」

中指もピンッと立たせた。形はピースサイン。

「二つ目。喜緑江美里氏は、個人単独で関わっている可能性。
 可能性は低いとは思いますし、メリットどころかデメリットしか思い浮かばないんですが……からかわれてる可能性も念の為に」

「彼女は関わっていない。彼女の役割は傍観者。自らの責務から外れる事は有り得ない。
 念の為に貴方の体をスキャンしたが、情報操作因子は発見出来なかった」

おや。いつの間に。……まあいいでしょう。喜緑江美里については、ほとんど疑っていませんでしたし。
しかし長門さんの言葉が事実ならば、僕の健康状態も把握されたと解釈しても問題はなさそうだ。

「つまり僕の肉体的心理的な負担とかから……」

「貴方の身体は正常。精神については把握しかねるので、判断は下せない」

「いやはや、健康状態が分かるのは便利ですね。まあ仮に精神的な負担からでは喜緑江美里氏と会話した際の『届かぬ声』に説明がつきませんか」

ならば、と僕は薬指を突き出す。

「三つ目。涼宮ハルヒの力による影響」

「願望実現能力」

「そうです。彼女ならどんな不条理も理不尽も不合理だろうが、成立させてしまう事が可能です。荒唐無稽の摩訶不思議すら喜んで歓迎するでしょう」

もっともらしく解説している僕ですが、これも正直言って……ハズレなんですよね。


142 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:51:18.16 ID:aTTB7lD+0


「涼宮ハルヒが力を使用した報告は、情報統合思念体から受けていない。私も観測していない」

「なんですよねえ。僕の方も報告は機関から受け取っていませんし」

なによりも僕達――所謂、超能力者である古泉一樹が、涼宮さんの力の発現を見逃すはずが無いのです。
神様が本気で隠そうとすれば別なのでしょうが、これまでそういった一例はありませんでしたし、彼との密会の際に『神隠し』が発動したのを『分かってしまう』のですから。
涼宮さん自身も、今は安定している。
この線も、議論するまでも無く、解決の糸口からは断裂しているのでしょう。

「ふむ。……なるほど」

「……?」

僕の呟きに、何か分かった?と首を捻る少女は小動物めいた可愛さを醸し出していることに、本人は無自覚なのでしょうね。

「いえ。手詰まりなのが分かったと思いましてね」

苦笑して肩を竦めた。期待させたのなら申し訳ないのですが。
実際には手詰まりというより、これ以上の外堀を埋めようがないだけだが。選択肢の数が膨大すぎるのです。
後は外部犯を疑うしかないが、それだけで数多の星の数が舞っているだろう。
長門さんや僕が知らない未知数の可能性だって潜んでいるかもしれない。

かもしれない。もしかしたら。たられば。

そんな状況で、これ以上を詮索しても意味は無い。
だからこそ「手詰まり」なのですよね。頭が痛くなる始末ですよまったく。

「困りましたね」

途方に暮れる。しかし甘受するほど、僕の心は諦観も達観もしていない。
必ず原因を追求し……いずれは陽の下に曝される事になる。どのように暴かれるか、僕の運命はどう捻り曲がるかは別として、それは確定事項だ。
……始まりがあれば、終わりも必然と訪れるのだから。

143 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:52:11.62 ID:aTTB7lD+0


「……大丈夫?」

……自分が意識していたよりも、深刻な表情をしていたのかもしれない。
滅多に見せない気遣いの台詞が少女の唇から漏れたことに、僕は失敗したと慌て表情を取り繕った。

「大丈夫ですよ。ご心配おかけして申し訳ございません」

「そう」

「長門さんに気遣って頂けるなんて、考え方によれば役得かもしれませんしね」

「変な遠慮はいらない。貴方は仲間。私でなくても、貴方が辛そうなら心配して気遣う。私も、そう」

「……参りましたね。すみません、どうも好意を素直に受けるのは慣れていなくて」

変な遠慮か……仰る通り。
長年に渡り染み付いた、他者の顔を立てる行動も、処方術の一つではあるのですが。こう言われると形無しですね。

「ならばこう言いましょう。ありがとうございます、と」

「気にしなくていい」

「はい。そして、それは貴女もそうだとお忘れないでください。僕達は仲間なのですから」

「……了承した」

僕達の間にある絆を再確認しつつ、具体的にどうしたものかと思案する。

もう此処に居るべき所要は片付いてしまった。時間はもはや夜の八時を過ぎている。普通の家庭では、もう晩御飯を食べ終わっている所もあるだろう。
意識したら空腹を感じた。さっきまで深刻になっていたのに現金な物だと苦笑した。

「これから、どうするの?」

「そうですね。まずは晩御飯を食べようかと思っていますが」

その為にも、今日は解散でしょう。長門さんもこれから食事をするでしょうし、長居をするのは困るでしょう。
僕は帰ろうと思っていたが、

「違う」

「はい?」

「貴方に異変を発生させている現象について」

ああ……そちらでしたか。
長門さんには、さぞかし僕の返答は的外れな返答だったでしょう。どうやら本格的に思考が空腹に釣られているらしい僕は。

144 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:53:03.50 ID:aTTB7lD+0


「現状の進展は、これ以上は困難でしょう。機関に報告し独自に調査しようと思いますよ」

「そうでもない。聞いて欲しい」

「ふむ?ではお願いします」

先を促がしはしましたが、内心は驚いていました。積極的に相談に付き合ってくれるなんて、彼でさえ想像外でしょう。
その対象が彼ならば分かりますが、今回の対象は古泉一樹です。間違っても彼では無い。
仲間、という絆を軽んじた気は有りませんでしたが、これは反省が必要でしょう。

僕が反省する間も、長門さんの対処法考察は続いている。
無口系少女の名目を返上する、専門用語を交えて繰り出されるお経のような呪文詠唱に、僕は読解するのに必死でした。
彼ならば中間ぐらいでギブアップしているでしょう。僕も曲解していないか不安なぐらいですし。

その内容を簡潔に表していくと。

僕――古泉一樹には情報操作因子による工作は確認出来なかったが、瞬間的に外部から操作される類の物ではないかと推測されるとの事。
もしくは巧妙に隠匿され、一見しただけでは長門さんの力でも見極めが難しいレベルの可能性もあるらしい。

その説明ならば辻褄は成立するでしょう。
起床時に発生した気持ち悪さも、喜緑江美里が発した言葉も、特定の時間帯やキーワードが関係している。
通常の状態では、発見は困難なのも頷けた。

「だから貴方は――」

ほとんど息継ぎもなく発せられた長い長い解説は終盤。いえ、結論ですね。

「――今日から私のマンションに泊まっていくべき」

僕のこれからの身の振り方を、少女が下した訳ですが…………耳を疑う代物でした。僕は呆然と長門さんを見据える。

145 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:54:25.10 ID:aTTB7lD+0


「聞こえなかった?」

……落ち着きましょう。きっと気のせいです。幻聴が聞こえたのでしょう。もしくは曲解してしまった可能性大です。ほらっ難しかったですしね!

「は、ははっ失礼。もう一度……お願いできますか?」

「貴方は今日から私のマンションに泊まっていくべき」

……ご丁寧にも一字一句違えず同じです。どうやら僕の耳も理解力も正常らしい。
その結果。呆然から唖然と、僕の表情が変化しただけでに過ぎないのがなんとも言えない結末ですが……。

「大丈夫」

何が大丈夫なんだろう。僕には不安しかありませんが?

「これが一番効率的」

残念ながらですね、長門さん。僕は効率云々を問題にしているんじゃないんです。

「僕は男性です。そして貴女は女性です。分かりますか?」

「分かる」

「なら察してください。貴女が提案する内容は倫理的な問題が多分に孕んでいる事を」

女性の部屋に、若い男性を招待するだけでもアレだと言うのに。
そこにお泊りまで追加とあっては、流石に不味いと思うのです。ええ、それは色々と。紳士的な対応と態度を心掛けてはいますが、僕だって男の子なんです。
ああ……しまった。
不味い不味いですよ。
相談という大義名分があったからこそ自分を騙せていたが。それを失った今や。
鮮烈なイメージを伴って、此処が長門さんの部屋なのだと実感してしまう。しかも二人きり。他者の目が触れない領域。
その様な場所にあまつさえ泊まれ、等と。無理無茶無謀、の三拍子が大手を振っているのを、純粋な少女にお願いですから気付いて欲しい。


146 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:57:40.93 ID:aTTB7lD+0


「分かった」

「ご理解頂けましたか?」

「私が貴方の自宅に泊まればいい」

……おかしいですね。根本的な問題を履き違えてやいませんか?
遅れながら少女が「理解した」では無く、「分かった」という表現を使用したのは、僕が長門さんの家に泊まるのを拒否している意味での「分かった」だと気付く。

「それも却下です。問題が解決されていません」

「貴方の言っている意味が、理解出来ない。貴方が問題にしているのは何?」

長門さんも退く気はないらしい。少女もそういえば頑固だったような気がしますね。記憶を遡れば。
だけど僕だって背水の陣。長門さんのマンションにさて、当初はお邪魔するのを渋っていたのです。二度は折れる気はなかった。

「僕が問題にしているのは、簡単な事です。恋人同士でも無い男女が、第三者を介さない場所で、二人きりになる事です」

「恋人同士?」

「そうです。お互いがお互いに、好意の想いを寄せ合う関係を築き上げている同士という事です」

「……恋人同士ならいいの?」

「え、えぇーと……もちろん節度は大切だと思います。恋人同士でも」

なんだろう。この会話は。真面目な話をしている筈なのに、どうしてか滑稽さを感じてしまう。
僕と長門さんの間で、絶対的な隔絶たるズレが生じている気がしてならなかった。

「恋人同士でも、節度を守ればいいのなら。私達でも問題はない筈」

「え」

ちょ、待ってください。何ですかその誤解を招く発言は。捉え方によっては……ドキリと心臓が揺れた。

「私と貴方は好意を寄せ合う関係……仲間」

シンと、僕の中だけで空気が凍った感覚が襲いかかる。跳ねていた心は、枯れた花のように急激に萎んでいた。
恋人と仲間。思いと想い。
それは似て非なるモノ。
……しかし少女にはそれが理解できない。宇宙人にはそれが区別できない。

「私は言った筈。変な遠慮はいらない」

ヒトとウチュウジンでは、生まれ方が違う。性の在り方が異なる。
故に、友情や愛情の感情の送受を。
故に、仲間や恋人の関係の繋がりを。
全て「好意」という枠組みの中に組み込んで、処理しまうのでしょう。
効率を優先するなら最大の長所であり、地球で暮らすには致命的な短所となりえる、両極端な在り方。

「返答を」

言ってしまえば大雑把なのだ。いえ正確に表現するのならば、まだ少女には区別して区分けが可能な程、精神が発達していないのでしょう。
善悪の価値観や、好意悪意の感情、目に映らない絆を。
少しづつ、少しつづ、生まれた赤子が覚えていくように、少女も学んでいる最中の話。

ズレ。
僕が感じていた滑稽さは、ここから発生していた齟齬だったのでしょう。
知っていた筈なのに、少女の見かけや言動に惑わされ、失念していた。最近は、随分と人間らしい情緒も見せられていましたしね。


147 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[] 投稿日:2012/07/31(火) 21:59:02.90 ID:aTTB7lD+0


「……返答を」

長門さんは僕の返事を待っていた。
僕の危惧が理解できないからこそ、僕が無言なのを不思議がっているだろう、と想像するのは難くない。ズレを認識した今の僕なら。

「ちなみに訊きますが、妥協案はないもので?」

「貴方がどうしても拒否するのなら、無理強いはしない。
 その場合、貴方は自分の自室で休む間、私は貴方の自宅付近から異常が発生しないか観測する」

「つまり……僕が夜中に睡眠を取っている間、番犬よろしく状態ですか?」

「そう」

……それ立派な脅迫ですよね。お世話のつもりでしょうけど、余計なお節介と言うものです。
と、皮肉を言う気はありません。彼女に悪意はないのでしょうから。

「はぁ……僕の負けです。降参ですよ」

根負けと言えるかもしれない。
そう考えれば、幾度の世界ループを記憶を保持したまま乗り切った長門さん相手では、こうなるのは規定事項だったのかもしれなかった。

「そう」

「ええ。そういう訳ですので、よろしくお願いします」

「分かった。まずはご飯の準備から」

「それは助かりますね。僕も空腹ですから」

負けを認めてから、もしくは勝ちを譲ってからはトントン拍子に会話が進みました。
初めて女の子の家にお泊りが、こんな形になるとは予想外でしたけどね。色気もヘッタクレもアリやしないのですから。
まあ。
日々の日常を彩るスパイスとでも解釈すれば、そう詰まらない物でもないでしょう、と僕は楽観していたのでした。


148 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res] 投稿日:2012/07/31(火) 22:01:35.90 ID:aTTB7lD+0







                    「甘いのね貴方は。だから貴方は――嘘吐き」





153 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/08/02(木) 00:06:00.48 ID:CMQjKmOg0


「……疲れた」

心身ともに疲労困憊した呟きに、もちろん慰めの言葉を届けてくれる存在が居てくれる訳も無く。
僕は早くも後悔していた。
根を上げるのが早すぎる、と思われるかもしれません。僕だってここまでの緊張とストレスが圧し掛かるとは思わなかったのです。

日々の日常を彩るスパイス。色気もヘッタクレもアリやしない。

散々と言えば、散々というほど扱き下ろすような台詞ですが、謝ります。返上させてください。
少々……ではない多量なスパイスでした。消化不慮を起こしそうな程に。彩りマシマシなんて注文をした覚えはないのに、サービスが良すぎやしませんかと文句を言いたくなった。……変なクレーマー文句ですが、そう感じたのだから仕方ない。
事実、色気もヘッタクレも無かったのです。
しかし僕が楽観視しすぎていました。
事件は晩御飯(長門さんが作ったレトルトカレー)を食べ終えた後に発生しました。……お風呂です。入浴。一日の疲れと汚れを清める行為。
それ自体は、特に問題はありません。普通の事です。

「毒ですよねえ」

主に視覚的な意味で。
長門さんが入浴をすると言い浴室に消え、その間にぼぉーっと居間で暇を潰していたら、入浴から戻ってきた長門さんが戻ってきたのです。

バスタオル一枚だけの姿で。

驚愕し思考停止した僕を一瞥すると、あまつさえ居間の箪笥に下着類を収納していたらしく、その場で下着類を出すと着替えようとしたのです。
バスタオルがハラリと空を舞い――煩悩退散煩悩退散。咄嗟に後ろを振り向いたので、ほとんど見えはしませんでしたが。
長門さんには羞恥心がないのだろうか。
それとも僕が男として見られていないのか。はたまた信頼されているからなのか。判断に悩みますが、どちらにせよ僕の理性が試されている気がしてならなかった。

アニメや漫画ではラッキースケベと表現され、この現象が発動した男性人物は妬みの対象になるらしい。僕だって、そう思った事は少なくはない。
しかし自分が同じ境遇に陥った場合、むしろ罪の意識が大きくなってしまい。素直に喜べないのですよね。
朝比奈さんの件しかり。長門さんの件しかり。

154 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/08/02(木) 00:32:29.52 ID:CMQjKmOg0


「ほんとうに……毒ですよねえ」

男性失格かもしれないと思いつつ。
僕は長門さんに仮として案内された部屋(長門さんの自室とは違う)で、遠くを見る視線で黄昏ていました。

「そうは思いませんか……長門さん?」

「理解出来ない。貴方が毒と分析する対象が」

花柄の模様がプリントされたパジャマ姿を惜し気もなく披露してくれた少女は、僕の目から見ても可憐で可愛らしく映る。
なのに、僕の背筋には薄ら寒い感覚が撫でていくのでした。

「……強いて言うなら、この空間内にいますかね」

「空間スキャンをしたが、発見は出来なかった」

貴方は何を言ってるの?と首を傾げる動作に、今のは皮肉ですと言えたらどれだけ楽だろうか。

「質問を変えます」

「そう」

「どうして貴女がここに居るのでしょう……?」

もう就寝前。後は寝るだけ。だから僕をこの部屋に案内してくれたのに。
なのに少女は、当然のように自分の自室とは違う、この場に居座っていたのでした。

「一緒に寝るから」

驚き疲れたせいか、もはや達観の境地に至りそうです。僕の羞恥心や道徳観も麻痺しているらしい。

「それも必要なんですか?」

「必要。距離が近いほど、正確に観測しやすい」

「別々の部屋でも問題無いかと思うんですけど」

「駄目。それなら貴方が自宅で寝ているのを、観測するのと変わらない」

少女の言い分は、理に叶っている。
このまま口論を重ねても、また論破される結果は目に見えていました。むしろ、泊まると言った際に気付かなかった僕の不手際。

「……せめて布団をもう一つ用意してください。同衾するのは、僕も許容しかねます」

せめてもの抵抗。長門さんと一緒の布団に包まって眠るなんて、僕の理性が限界突破するのを恐れた。

「手を繋げば十分でしょう?」

「大丈夫」

「だったらそれでお願いしますよ」

長門さんは小さく頷くと、部屋を出て行かれました。自室から布団や枕を取りに行ったのでしょう。
ふぅ……これで良かったのだろうか。
イエスマンとは言え、ここまで押しに弱い、とは自分でも思っていなかったのに。長門さんと会話をしていると、どうにも調子が乱される事が多い。

「……戻った」

「おや、早かったですね」

畳まれた布団の上下セット。そして枕を抱きかかえた長門さん。
二人が寝転がっても余裕があるスペースなのに、きっちりと僕の布団の右側に横並べにし、隙間無く敷いていく。
ええ、予想していたので驚きはありません。
ここまで来れば、僕にだって覚悟は決まっている。
最後まで付き合いましょう。毒を食らわば皿まで、と言いますしね。

「準備完了」

「お疲れ様です。それでは寝ましょうか」

「……」

無言で頷いた長門さんは布団に潜り込む。僕も布団に座ると布団を被った。
二人とも布団に潜り込むと、照明の灯りが消えました。横を見れば薄闇の中で、長門さんがリモコンを操作していたのが確認できた。


155 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2012/08/02(木) 01:05:22.04 ID:CMQjKmOg0


「古泉一樹」

「はい?」

「手を」

……ああ。そういえばそうでしたね。
素直に右手を差し出した。右手を、長門さんの左手が握り包み込んでくる。
指と指が。
手の平と手の平が。
ぎゅう、と柔らかく滑らからな感触に覆われるのは、驚きよりも、何故だか不思議な安心感と懐かしさを僕に与えてくれました。
……あたたかい。

「……」

「……」

暗闇の中。手を繋いだ僕達は無言の時を過ごす。布団と布団の境界線上を、僕と長門さんの握り合った手が繋いでいました。

「長門さんの手……温かいですね」

右手に少しだけ力を籠める。

「貴方も」

長門さんも握り返してくる。
少女の体温。
少女の感触。
少女の匂い。
より強く感じ伝わってきて。
心が温かい。不思議な感覚が、胸を仄かに満たしていく。

「……心拍数が平常よりも上昇している」

「そうかもしれません。こんな体験は、初めてなものですから」

緊張も少しばかりあるのだろう。
でも、

「不思議と……眠れそうな気がします」

こうなる前は、絶対に眠れないだろうと思っていたのに。体は睡眠を欲しているらしい。ゆっくりと体から力が抜けていく。

「そう」

「ええ。長門さん」

「……?」

「色々と便宜を図って頂いて。僕のために」

「いい」

「ありがとうございます。それと、おやすみなさい長門さん」

霞みかかった思考はほとんど動いていなくのに、自然と右の手の平に力を籠めていた。
そう……か。

「ねぇ……長門さん。気付いたんですけどね」

「なに?」

「こうやって誰かと寝るのって……何十年振りみたいなんですよ僕」

「そう……」

安心感と懐かしさは、きっと昔を思い出していたのだろう。
僕が超能力に目覚める前の過去に、両親達と過ごしていた時期の事を。遥か昔で……もう遡っても思い出すことはないけれど。


それを最後に、僕は本格的に眠りの世界に誘われていきました。



「……おやすみなさい、古泉一樹」


156 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2012/08/02(木) 01:07:01.59 ID:CMQjKmOg0

漸く長門の家にお泊りがシーン終了。次からは物語も進む予定
安価やるんでお付き合いしてくれたら。ではまた次回にー



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