キョン「気の合う友達」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:49:35.50 ID:1bEGTwvD0

冷たい月明かりが差し込む、ある夜更け過ぎ。

開け放したままの窓から吹き込んだ少し冷たい風に、窓辺に置かれた本の頁が捲られた。

わたしはその本を覗き込み、苦笑した。

風の悪戯にしてはよくできたものね。

そこには、救いのない最後の場面が月の光に晒されていた。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:50:23.41 ID:1bEGTwvD0

「気の合う友達」

そう彼に言われたのはいつだったかな。

わたしはいつでも優しい君に会いたいと思っているのに。

いや、気の合う友達だからこそ何の気なしに会えるのであればそれでもいい。

わたしは何を憎めばいいんだろう。

彼かな、彼女かな、それとも世界かな。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:51:51.82 ID:1bEGTwvD0

いや、違う。

無邪気に惹かれ、彼を姿を見るだけで、彼の声が聞こえるだけで、

彼の何気ない仕種に気付くだけで、いや、彼の存在そのものに、

騒ぐわたしの心を憎めばいいんだろう。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:52:47.32 ID:1bEGTwvD0

わたしは電気も点けずにベッドに横たわると、携帯を開いた。

慣れた操作で彼のアドレスを呼び出す。

暗い部屋の隅でぼんやり光る液晶に浮かぶ、彼のアドレス。

こんな夜更け過ぎに話すほどの特別な話題など、わたし自身は持ってない。

それは今に限らず、これまでも、そして恐らくは、これからも。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:53:42.48 ID:1bEGTwvD0

わたしは携帯を待ち受け画面に戻すとサイドボードに置く。

そして、何となく音を立てないようにそっとベランダへ出た。

わたしが彼のことを想っているのには少し理由がある。

簡潔に言うならば泣きたくなったから。

わたしの性格は悲しいことや切ないことがあったからと言って素直に泣けるような可愛い代物じゃない。

むしろ、そういう性格とは真逆の常に感情よりも理性が勝った性格だと認識している。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:54:38.70 ID:1bEGTwvD0

しかし、そんなわたしにもアキレス腱がある。

それが、彼というわけ。

だから、泣きたいようなことがあると彼のことを想う。

彼を想ったらまた泣けてしまうから、他の悲しいことも洗い流せる。

わたしはまだ目尻に残る涙を自分の指先でそっと拭った。

彼とのわたしにとっては切ない記憶のひとつひとつを白く煙る溜息に乗せて流していく。

白い吐息はいずれ大気に混じり見えなくなっていく。

そうやって、切ない記憶をまた奥底に仕舞うことで、この儀式めいた行為は終わりを告げる。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:55:53.91 ID:1bEGTwvD0

最初から何もなかったのだと。

彼とは気の合う友達なのだと。

そう自分に言い聞かせることで。

彼と並んで歩く時には対等であろうと目を見つめる。

しかし、彼から一歩引いた途端わたしの目線は下がっていく。

そうして、楽しそうに友人と話す彼の笑顔を見つめることができずに、
わたしはうつむいて彼の上履きだとかスニーカーだとかを見つめることになる。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 07:56:36.07 ID:1bEGTwvD0

それでもそばにいられるなら。

わたしは仮面を被って彼と接する。

彼との距離は縮まらないけど、この微妙な距離さえ愛おしいと思える。

もっと上手な愛し方が他にあるでしょうに。

どうせ叶わない恋ならなおさら。

そう思っても、わたしはまた無様に道化を演じることになるのだろう。

彼と普通に並んで歩けていた頃が懐かしい。

こんなになるくらいなら、好きになりたくなかった。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:00:14.44 ID:1bEGTwvD0

柔らかな日が差し込む、ある穏やかな午後。

「今日は久しぶりにゆっくりと休もう」

そう言い出したのは、どちらからだったか。

そんな些細なことはどうでもよくなってくるような穏やかな時間だった。

ベランダの洗濯物はもう乾いただろうかと窓の外に目を遣る。

物干し竿にかかった洗濯物が風に揺れている。

あの様子だと恐らく既に乾いているだろう。

取り込もうかとも思ったが、しかし、もう少し後でもいいだろうとすぐに思い直した。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:04:17.47 ID:1bEGTwvD0

いつの間にか季節外れになっていたTシャツを見て、
時が過ぎるのは早いものだと思う。

ふと、そばでううんと小さな呻きが聞こえた。

そちらを見るとすでに見慣れた顔が目に入る。

そいつは俺のそばでうたたねをしている。

傾いてきた日差しが入って少し眩しかったのかもしれない。

少しモゾモゾと身じろぎをすると、そいつは再び安らかな寝息を立て始めた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:08:28.48 ID:1bEGTwvD0

俺は起こさないように音も立てずにそっとベランダへ出る。

自分勝手な思いやりに、俺も大人になったもんだと小さく苦笑した。

そして、ベランダからそいつの寝顔を見て今度は一人微笑んだ。

隣の家から夕飯時の音が聞こえてくる。

ガキの頃はそれを合図に家路へ着いたもんだと急に思い出した。

あの頃と比べて俺はどこか違うだろうか。

俺は俺でしかなく、まったく違う人物になっているということはないだろう。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:11:14.61 ID:1bEGTwvD0

しかし、まったく同じかと聞かれたら首を横に振らざるを得ない。

失くしたものがたくさんある気がする。

そう考えるとなんだか淋しい気持ちになってしまったが、そこで気付いた。

やっぱり、俺はこのままでいい。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:13:20.52 ID:1bEGTwvD0

あいつが居てくれるからな。

今もあいつはうたたねをしている。

話す相手もいないから、俺はベランダで一人目を閉じて、昔の景色を思い浮かべていた。

たまにはこうやって振り返ってみることも大事だろう。

記憶が曖昧な部分や記憶違いをしていそうな場所はあいつに聞けばいい。

そうやって自分の居る場所を俺たちは確かめながら歩んでいくんだろう。

これまでも、これからも。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:22:48.68 ID:1bEGTwvD0

柔らかな日差しが差し込む、ある休日の朝。

光の中で夢を見ていた。

冴えない夢だったことは覚えている。

あの頃とは違う変わり映えのしない毎日と重なってふと思う。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:25:34.04 ID:1bEGTwvD0

彼は、このごろ、元気で暮らしているだろうか。

どこか心は痛んでいないだろうか。

知らないうちに、何か背負っているものができるなんて、あの頃は想像もしなかった。

じゃれあって過ごした日々には。

背負っているというならばあの頃もいろいろと背負っていた。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:28:40.42 ID:1bEGTwvD0

戦っていた。

しかし、こんな風に自分自身が何かを背負うなんてことは一度もなかったのだと、気付かされた。

彼とまた会いたい。

そして、また笑おう。

くだらない話をずっとしよう。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:31:50.50 ID:1bEGTwvD0

明日を迎える不安と戦いながら、夜明けを待ったこともある。

「どこかで彼も頑張っている。だから……」

そう考えて、自分を奮い立たせてまた歩き出した。

思えば、あの頃もその後も僕は彼に寄りかかっていたのだろう。

おそらく、それはこれからも変わらない。

ありがとう、今までも、これからも。

僕は心の中でそっと呟いた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:36:01.45 ID:1bEGTwvD0

今、電話をかけて彼にそう伝えたらどう返してくるだろうかと考えて、苦笑した。

簡単に想像できてしまった。

おそらく、いつもの声で想像通りに答えてくれるだろう。

彼はそういう人だ。

あの頃も今もそれは変わらない。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:40:16.23 ID:1bEGTwvD0

着替えて、朝食と呼ぶには少し遅い食事を取り、歯を磨いて外に出かける。

目的なんかはない。

何となくそんな気分だったのだ。

見上げる空の色はいつでもあの頃のあの街と同じ。

僕らの心で変わらないもの。

みんなで歩いたあの頃。

それを胸に秘めたままずっとみんなで歩いて行くのだろう。

僕は暖かい日差しを浴びながら、一歩ずつ軽くなる足取りで歩いていった。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:44:29.90 ID:1bEGTwvD0

あいつの背中が遠くなる。

あとどれくらいで見えなくなるんだろう。

あの頃は、二人の歩む速ささえも不思議なほど揃っていたのに。

そう考えながらあいつを見送ったのはどれくらい前のことだったかな。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:46:31.21 ID:1bEGTwvD0

ううん。本当は覚えてる。

でも、そんなことを考えるくらいには時間は経った。

近くにいるのが当たり前で、余計なことまで解りすぎてた。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:51:11.27 ID:1bEGTwvD0

だからかな。

声を聞かない毎日にも慣れてきたけど、たまに痛み出すのは。

部屋の中に散らばる思い出が、あたしの胸を締め付ける。

時間に、涙に滲んだあの日を締め付ける。

あの日に戻りたいとかじゃない。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:54:26.15 ID:1bEGTwvD0

あいつにただ、解っていてほしい。

そう思うのはあたしの最後のわがまま。

最後に告げた言葉の中に一つ。

たったひとつだけ嘘が混じってる。

それ以外は全部、本当。

でも、その嘘があいつを傷つけた。

すごく、傷ついた顔をしていた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 08:56:41.44 ID:1bEGTwvD0

そして、今でもあたしを苛んでいる。

「嫌いになった」

そんなことあるわけないのに。

そんなこと、あるわけないから、あいつには解っていてほしい。

それがあたしの望みで、でも、解ってほしくないとも思う。

そんな後悔があたしを今でも苛んでいる。

今、あいつはどうしているのだろうか。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:33:06.90 ID:1bEGTwvD0

彼の声が、彼の顔が忘れられない。

会うたびにまた惹かれていくことを知っていて、それでもわたしは彼に会うためにあそこへ向かう。

彼と歩んだ日々はわたしを弱くする。

それでもいい。

わたしの心が叫んでいるから。

彼に会いたい、と。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:39:20.51 ID:1bEGTwvD0

ことばひとつ。

ただそれだけでいいのに、彼は何とも言わない。

だから、わたしは彼から離れられなくなってしまう。

どんなに二人一緒にいても彼とわたしは分かり合えない。

彼が想うべき人は世界でたった一人。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:41:59.45 ID:1bEGTwvD0

彼に惹かれ、彼に恋して。

好きだからと好きのまま彼に近づけたらどれほど良かっただろうか。

でも、彼はどんどん遠くなっていく。

わたしの言えない気持ちをどうか知ってほしい。

諦めたくなっても、彼はまた優しくしてくれる。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:44:47.63 ID:1bEGTwvD0

わたしと同じ気持ちじゃないなら、そんなことばや態度なんていらない。

だけど、優しくされればされるほど、また彼に惹かれていくのが分かる。

悔しいほど彼が愛しいと想っている。

だから、どんな形でもいい。

彼の傍にいたい。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:47:09.06 ID:1bEGTwvD0

どうせ叶わない、叶えてはいけない恋だと知っているから、
それとは裏腹に、気持ちはもっと熱く強くなり、やはり哀しくもなる。

しかし、彼の前ではいつも通り笑顔を見せ続けることしかできない。

枕を濡らすたくさんの涙は彼を想っている証拠。

切なくなるほどの恋心。

「好き」というただそれだけの気持ちでずっと動いていた。

これはわたしの片思い。

大きな、大きな片思い。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 09:51:29.54 ID:1bEGTwvD0

痛い?
良いじゃないですか、年末ですし。

わたしに関係のない行事で世間は先日まで賑っていたみたいですし。

痰壺にタンを吐きいれるくらいのことはしても良いじゃないですか。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 10:26:07.62 ID:1bEGTwvD0

俺の知り合いに、恋愛は一種の精神病だと宣う奴がいる。

俺としては、その意見に諸手を挙げて賛成できないものの、
共感できるのもまた事実だ。

しかしながらと言うべきか、だからこそと言うべきか、
病と言うものは罹りたくて罹るものではなく、
罹りたくなくとも、予防をキチンとしていても、
いつの間にかなってしまっていたりするものである。

その点でさえも見越して、恋愛は一種の精神病だと言ったならば、
俺は至言だと思うね。

そいつに一度問うてみたい。

この状況は何なのか。

この気持ちは何なのか。

こい、というものなのか、とね。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 11:00:16.95 ID:1bEGTwvD0

そりゃな、俺だって心憎からず思ってはいたさ。

――しかしだな。

時間は一時間ほど前に遡る。

「――と、いう訳でっ!」

こいつにしては困ったような、しかし、勢いだけはこいつそのものの笑顔で、
ハルヒはそう叫ぶように宣言した後で、話し始めた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 11:09:59.51 ID:1bEGTwvD0

「カップルらしいこと、その……えっと『6』……?!」

――キーン……

至近距離で大声を出されたため、耳鳴りがする。

刑事ドラマよろしく突きつけてくる手のひらサイズの手帳には、
そのカップルらしいことが連ねてあるのだろう。

きっちり閉じてあって中身は見えないため、
断言はできないが、でないとここで手帳を突きつける意味が解らない。

手帳を持ってない右手はなぜか親指を立てて握っている。

「あんたの奢りでご飯デートっ! さあ、どんどん食べましょ」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 11:26:14.86 ID:1bEGTwvD0

「……その『5』くらいじゃなかったか……?」

耳鳴りが治まらず、箸を握った手を耳に当てたまま、
俺は記憶を辿ってそう返した。

「そうだったっけー!?」

しかし、ハルヒは困ったように寄った眉根はそのままに、
「あはは」と笑うとそう言った。

「……というか、だなぁ」

これまでの『カップルらしいこと』を思い出して、
俺は流石に声に怒気が混じることを抑えられなかった。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 11:55:28.33 ID:1bEGTwvD0

しかし、そこまで言って俺は急に脱力して、机に突っ伏した。

この場に充満する匂いが急激にやる気を奪うのだ。

「『にんにくラーメン専門店で奢り』って言う、
 このデートにあるまじき漢らしさ……ッ」

「おいしいでしょー」

ハルヒは先ほどまでの困ったような笑みではなく、清々しい笑みでそう宣うのだが、
もわーんと漂うにんにくの匂いがその清々しさを帳消しにしている。

周りから聞こえるラーメンを啜る音もその一端をになっている。

「旨い……けどもっ……」

俺は突っ伏していた頭を上げて、
今度は左手でその頭を抱えて首を小さく横に振った。

やれやれと溜息をつくやる気さえ奪うのがこの場の匂いである。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 12:28:17.59 ID:1bEGTwvD0

「お前に常識とかデリカシーを求めた俺がバカだったっ」

「いっいや、求めて欲しいわよ? あたしは!!」

俺の言葉に反応してこちらを振り返るハルヒ。

その顔には再び困ったような笑みを浮かべており、
なぜか左手は握られ、親指が立っている。

どこか必死なのだが、場所が場所なだけに間抜けだ。

「……っっことわるっ!」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 12:39:13.21 ID:1bEGTwvD0

俺はそう言うと、諦めて出てきたラーメンに再び取り掛かった。

ああ……悔しいがスープも旨い……
最近、腹回りが気になり始めたというのに……

泣いていいかな、俺。

流石に泣くわけにはいかないが、小言くらい並べ立てても罰は当たるまい。

「『カップルらしいこと』どころか、『ろくでもないこと』ばっかだったじゃねえか。
 ――例えば、このあいだのぶぅっ」

「はーいはいはいはい。忘れて忘れて忘れなさいっ!」

ハルヒは俺が話している最中にも関わらず、
俺の後頭部を掴んでぐしゃっと顔面から机に押し付けた。

ラーメンに直撃しなかったのはハルヒなりの気遣いかもしれないが、
そんなことはどうでもいい。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:08:09.73 ID:1bEGTwvD0

俺は机に押し付けられた頭を起こし、ハルヒに向き直ると、
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、口を開いた。

「い゛っ……てえな。何すっ――」

しかし、俺はそこまで言ったところで口を閉じた。

「……あー」

何を言おうか悩むように頬を掻くハルヒの表情を見ると、それ以上は言えなかった。

「……ごめん」

……いや、だからな。そうじゃなくて――……

まだヒリヒリする額を気にしながら、俺は数日前のことを思い出していた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:14:02.29 ID:1bEGTwvD0

俺たちが暮らす街の近くを流れる川。

その土手は近くの学校の運動部員らがロードワークするのに持って来いであり、
体育のマラソンでもこのコースが使われることがあるようだ。

そして、朝や夕方には近所の中年がジョギングをしていたり、
小中学生と思しき子どもらが犬の散歩をしたり、遊んだりしている。

そこの橋の見える河川敷に俺たちは向かい合って座っていた。

「…………」

無言は俺とハルヒの二人分である。

ハルヒが口を開き、俺はドキリとした。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:16:55.17 ID:1bEGTwvD0

「……無理」

しかし、そのセリフを聞いて、今度は呆然となった。

「あっはっは!
 だってさぁっ、あたしたち何年バカ仲間(トモダチ)やってきたと思ってんのよっ!」

まさに抱腹絶倒といった体で、ハルヒは尚も続けた。

「今更こんなマジメにやるの無理よっ!!
 ついこのあいだまで、この調子であんたの鼻の穴に指突っ込んだりしてた……」

それは許してはいねえよ。

「って、あっ。ごめっ……」

俺が睨みつけてやるとハルヒはビクッとなり、すぐシュンとなった。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:25:03.13 ID:1bEGTwvD0

――だって、こういうのは困るじゃねえか。

「……その相手に告白してきたのはお前だろ」

俺はいろいろなものに耐え切れず視線を逸らしてそう言った。

「……あー」

ハルヒは顔を上げてしばらく考えるようにしていたが、
膝を抱えるように身体を丸めると、その膝に顔を埋めた。

「そうなん、だけどさあ」

俺たち二人とも。

もし『失敗』だったとしても。

――何もなかったことにはできないって、気付いてしまった。

「恋人」にしたかったわけじゃないって。

……やっぱり「友達」の方が良かったって、後悔されてる気がして。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:35:09.76 ID:1bEGTwvD0

「ごちそーさまっ!」

そう言ったハルヒが、そのままドンブリを机に叩きつけた。

どん! という重厚な音が店内に響き、意識が現実へと引き戻されていく。

俺もラーメンの最後の一口を食べ終えると、伝票を手に取り、席を立った。

俺たちは防寒着を身に付けながら、レジへと向かう。

「会計お願いします」

「おおきにっ! お会計三千九百円になりますっ!」

その値段の大きさに驚きながらも、千円札を四枚渡し、百円と割引券を貰う。

「このやろう……サイドメニュー制覇しやがって。しかも、全のせ……」

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:47:09.43 ID:1bEGTwvD0

「ごちそうさまっ! 味玉サイコーでした。黄味トロトロでー」

俺の愚痴が聞こえていてあえて無視しているのか、
聞こえていないのか、ハルヒは会計をした店員に話掛けている。

「いい食べっぷりだったよ、姉ちゃん! また来なよっ!」

そんなハルヒと店員との会話を聞き流しながら外に出ると、
いつの間にか雪が降り出していた。

「あ、雪……」

結構長い間降っていたのか、積もってまでいる。

しかし、二人の息は確実にニンニク臭いわけで、
情緒もへったくれもあったものではない。

俺は、寒さに身を縮こまらせて、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

「あ、ねえ」

「……へ?」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 13:54:19.70 ID:1bEGTwvD0

俺が振り返ろうと顔を横に向けかけたところで、
ハルヒの顔が視界全体に広がった。

「――……!」

俺が思わず口元に手を当てるのとほぼ同時に、
ハルヒは素早く身を引き、腰に手を当てて得意げな顔をした。

「……題して、『木を隠すなら森の中』作戦」

まさかな。

「ファーストキ……がイン・ザ・にんにく臭ってどういうことだよ」

俺が呆然と呟くと、ハルヒが食って掛かってきた。

「うるさい! あたしだってそうよっ!
 そういうのは、女の方が気にするの。あたしだって悩んだわよっ」

悩みどころは意外と乙女チックだが、
語っている本人はにんにくの匂いを撒き散らしていて、非常に漢らしい。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:03:19.16 ID:1bEGTwvD0

確かに、ファーストキスはまだかだとか、
それを気にするタイプかだとか訊かれたりはしたが、
そんなことを悩んでいたとは思いもしなかった。

「だからこそ、気を遣って二人ともにんにくまみれでっ!」

一人だけなら気になるけど、二人ともならなんて熱弁を奮うハルヒ。

しかしだな。

「お前、絶対気を遣うところ間違ってるって!」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:06:34.23 ID:1bEGTwvD0

俺のその言葉にカチンときたようで、ハルヒは額に青筋を浮かべた。

「これでもかなり考えたのよっ!
 前みたく自然に……こう、その変に気を回させたりだとか、
 負担にならないように……って、……思っ……たんだけど」

そのセリフを俺は呆然と聞いていたが、ハルヒの声は次第に小さくなっていく。

ハルヒはそこまで言うと、振り返り、
肩からズレ落ちそうになった鞄を掛けなおした。

酒を飲んだわけでもないのに、どことなくヨロめいているように見える。

確かに、アレじゃあな。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:10:59.88 ID:1bEGTwvD0

「……前歯」

こんな時には息は合うもので、俺とハルヒは同時にそう言った。

俺とハルヒは唇どころか、前歯まで接触させてしまったのだ。

ごつっという鈍い音が響いたことを考えると、
ハルヒがヨロめいて見えたのも間違いではないかもしれない。

「うん……かなり痛かったよなぁ……」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:14:52.11 ID:1bEGTwvD0

「あ゛ー……ごめん」

俺の呟きが聞こえたのか、必死な顔でハルヒは謝ってくるが、
俺は先へと歩いていく。

「いや、今のは……うん、事故みたいなアレということで」

欠けたりはしてないと思うしと俺は言い、やれやれと右手で頭を抱えていると、
ハルヒが駆け足で追いかけてくる音が聞こえた。

「……アレって何よ」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:17:00.87 ID:1bEGTwvD0

ハルヒの問いかけをあえて無視して、
まだ綺麗なままの雪を踏みしめながら歩いていく。

ザク、ザクという音が二人分。

「という訳で、明日も来ようぜ、ここ」

その言葉に、ハルヒは立ち止まったのか、雪を踏む音が一人分になった。

少し進むと、俺の背中にハルヒの声が掛かった。

「……うん。鋭意努力させてもらうわ」

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:40:24.33 ID:1bEGTwvD0

「ふっふっふ。キョン、このご時世、科学で解明できないことはあんまりないのよ。
 それはあたしにとってはつまらないことだけど、同時に素晴らしいことでもあるわ」

ハルヒは不気味に笑うと唐突にそんなことを言い出した。

物理法則だとかいろいろ無視しまくっている存在が言うセリフではない。

しかし、またわけの解らないことでも思いついたのか。

「……つまり?」

「恋の法則って、知ってる?」

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:48:45.44 ID:1bEGTwvD0

俺は少なからず驚いた。

ハルヒ曰く、恋愛だっていろんなことを突き止めれば、ちゃんと科学で解明出来るらしい。

しかし、恋のテクを科学分析する人なんて聞いたことない。

そもそもこいつは恋愛を精神病だとか言ってたんじゃなかったか……不安だ。

頼むからおかしな知恵をつけてくれるな。

映画製作でも何でもしてていいから。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:52:44.38 ID:1bEGTwvD0

心の叫びは当然だがハルヒに届くはずもなく。

とかなんとか俺が考えてる間に、背中を一発思いっきり叩かれた。

制服越しであるにもかかわらずバチンと良い音が響き渡る。

「痛ぇな。いきなり何しやがる」

「キョン、痛い?」

痛いって言っただろうが。

こいつは手加減という言葉を知らないんだろうか。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:57:02.36 ID:1bEGTwvD0

「じゃあこの痛さと、爪と指の間に針刺されるのと、どっちが痛いと思う?」

質問の意図、俺はつかみあぐねた。

背中を叩かれるのと、爪と指の間を針で刺されるのと。

だからなんだってんだ。

「……針の方、じゃないか?」

「ピンポーン、大正解。なんでだと思う?」

「……さあ」

ハルヒは得意げに指を立てるが、俺はそんなことは知らん。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 14:59:56.46 ID:1bEGTwvD0

「答えはね、痛点の違いなの」

痛点。

痛みを感じる点――の違い?

「要するに、背中の痛点は、少なくて散らばってるんだけど、指先の痛点は、多くて密集してるの。
 だから、針治療とかで背中に針を刺してもあまり痛みはないんだけど、
 指先には痛点が多いから、針を刺すと多い数の痛点を刺激するってこと」

何が言いたい?

「人間の痛点が一番多い箇所ってどこだと思う?」

「知らん」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 15:04:36.37 ID:1bEGTwvD0

「手と唇」

あっけらかんとハルヒは宣った。

ものすごく、だ。

あっけらかんに言い過ぎじゃないのか、こいつは。

「これが恋のメカニズム。
 人はね、好きな人のことをいちばん効率的に感じたいから、
 無意識に、好きな人と『手をつなぎたい』って思うの。
 キスも同じ。
 好きな人のことをいちばん強く感じることができるからなのよ。
 だから、意識してもらいたかったらなるべく相手に触れるべきね。
 少女漫画のお約束みたく物陰から飛び出してぶつかってみたり――」

ハルヒの話がとんでもない方向に行く前に、すでに俺の理性がちょっとおかしい方向へ行っていた。

つまり、どういうことかと言うと、気付けば俺はハルヒの手を握っていた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/12/28(月) 16:07:37.11 ID:1bEGTwvD0

書き途中のがあるんですが、用事ができてしまったのでここで終了いたします。

痛々しい文章を見てくださった方々、ありがとうございました。



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