ハルヒ「田舎に行くわよ!」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 21:52:15.10 ID:RvnI7k8+O


二両編成の地方ローカル線。その後方車両に俺達SOS団は全員で腰を掛けていた。
車内には俺達以外に人影はない。
経営成り立ってんのか?この鉄道は。

さて、何故俺達が貴重な休みにこんな僻地まで来ているのかというと、
それは例の如く、涼宮ハルヒが行きたい、とただ一言そう言ったからである。
以上。説明終わり。
季節は夏も盛りを過ぎて少し涼しくなってきた頃で、
まあ出掛けるのにいい時期だとは思うがね。
ただなんでこんな何も無さそうな田舎なのかねえ。
その説明を無論、俺は受けてはいなかった。

規則正しく揺れるローカル線の座席は非常に心地好く、
開け放たれた窓から吹き込む風が実に爽快だった。
そして、少し憂いを帯びた様な目で窓の外を眺める朝比奈さんが、
それはもう絵画にして残したい位に美しかった。

「ん?なんですか?」

俺の視線に気付いたらしく、
朝比奈さんがきょとんとした様子でこちらに顔を向けた。

「あ、いえ。なんでもないです」

今日も白いワンピースがお似合いですよ。朝比奈さん。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 21:54:27.48 ID:RvnI7k8+O

長門はといえば、相変わらず読書にふけるばかりであった。
しかし、車内の寂れた感じも相まって、その姿はなかなかに絵になっていた。
窓から吹き込む風に長門の前髪が微かに揺れた。
にしても、景色とかそういったものに興味は無いのかね。
もうずっと本に視線を落としたままだが。

古泉は珍しく、と言うべきか。眠っていた。
なんでも昨日遅くまでバイトだったそうだ。
ご苦労なこったな。まったく。

さて、ハルヒであるが、こちらも珍しく、黙って座席に座っていた。
しおらしくしているその様からは、
普段の傍若無人なハルヒなど想像も出来なかった。

「なによ」

俺の視線はそんなにわかりやすいのだろうか。

「いや、なんでもない」

「あっそ」

そう言ってハルヒはフンッと言わんばかりに首を右に八十度捻った。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 21:57:07.57 ID:RvnI7k8+O

ローカル線はいよいよ終着駅へと辿り着き、
多少乗客を不安にさせる音を上げながら停車した。

「おい、古泉。起きろ。着いたぞ」

俺がそう言うと古泉は目をこすりながらのろのろと立ち上がった。
こいつがこんなにも疲れているなんて本当に珍しいな。

「さて、どこに行こうかしら」

改札を通り、駅を出たハルヒの第一声がこれである。
こっちが聞きたい。

「お前、何処か行きたい所があったんじゃないのか?」

「だから言ったでしょ?田舎よ。田舎」

まるで俺がド阿呆な事を口走ったかの様な顔をするハルヒだった。
いやいや。おかしいのはお前の方だぞ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 21:59:07.49 ID:RvnI7k8+O


「田舎だったら、もう来てるじゃないか」

そう言って俺は辺りを見渡す。
駅周辺は流石に舗装されているが、少し先には剥き出しの地面も見えた。
田畑が一面に広がり、遠方には連なる山々が拝める。
蝉の鳴き声も最盛期は感じさせないものの、やかましく聞こえたし、
ぽつぽつと見える家屋はどれも年代物であろう。
木製の駅のすぐ脇には小川が流れていて、
澄んだ流水が実に涼しげだ。
間違いない。ここは所謂田舎であろう。

「違うのよ。そういう意味じゃないの」

違うらしい。ハルヒが違うと言うのだから、違うのだろう。
だが一体何が違うと言うんだ。

「うっさいわね。とにかく向こうへ行ってみましょう」

そう言ってハルヒが指差したのは、比較的家屋の集まる区域だった。
別に山のど真ん中に行きたかった訳ではないらしい。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:02:38.28 ID:RvnI7k8+O

ちょっとした集落の様な所に入り込んだ俺達であったが、
目的は完全に不明であり、ただハルヒの後に続くだけであった。

「なあ古泉。あいつは一体何がしたいんだ?」

朝比奈さんの手を取ってずかずかと進むハルヒの背中を見ながら俺は言った。

「僕にもさっぱりです」

古泉はオーバーに手の平を天に向けて見せた。
いつの間にかいつもの調子に戻ってやがる。

「昨日のお前のバイトとやらに関係あるんじゃないのか?」

「さあ?どうでしょう。僕にはわかりかねます」

そう言って無駄に爽やかな笑顔をつくる古泉。
やめろ。鬱陶しい。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:06:49.17 ID:RvnI7k8+O


「ちょっとあんた達!あれを見なさい!」

俺、古泉、長門の十メートルは先を歩いていたハルヒが、
何処かを指差しながらアホみたいにでかい声で叫んだ。

「何だってんだ?まったく」

その答えはハルヒ達に追い付くとすぐにわかった。
鳥居。
ハルヒの指差す先にはそれらしきものがあった。
ここからは鳥居らしきものしか確認出来なかったが、
まあ普通鳥居の先には社があるものだろう。

「で?あの鳥居がどうした?」

「いかにも何かありそうじゃない」

何かがある事に微塵の疑いも持ってはいないといった様子で、
天真爛漫な笑顔をこちらに向けるハルヒであった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:07:49.56 ID:RvnI7k8+O


「行くわよ」

「どこへ?」

「あそこよ」

ハルヒが再び鳥居を指差す。

「何故?」

「おもしろそうだから」

純粋無垢な少女の様な笑顔でハルヒは言った。
無論、ハルヒの決定はそのまま俺達の決定となった。

そこから鳥居まで大した距離はなかったはずだが、
しかしその間にあった蕎麦屋で一服し、
更に駄菓子屋で懐かしの菓子を漁り、
そして石蹴りなんかしながら進んだもんだから、
目的地に着くまでには多少では済まない時間を要してしまった。
陽が暮れちまうぞ。まったく。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:09:50.20 ID:RvnI7k8+O

近くで見てみると、古ぼけてはいたが立派な鳥居だった。
あんなに遠くから視認出来たのだし、
そりゃ立派でしかるべきか。

「いかにも何か起こりそうじゃない」

やめろ。お前がそんな事を言うと本当に何か起こりかねん。
ハルヒは一人で鳥居に駆け寄り、
その石造りの柱をペシペシと叩いていた。

「この施設に立ち入ることはおすすめ出来ない」

長門が俺にしか聞こえないであろうか細い声で言った。
ほれ見ろ。早速怪奇現象の兆しだ。

「どういう事だ?」

「この施設内に時空の揺らぎがある。涼宮ハルヒを接触させるのは危険」

なんだそりゃ。時空の揺らぎ?意味がわからん。

「言語による説明は困難」

そうかい。
まあどの道理解出来そうな話題ではないがな。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:14:29.49 ID:RvnI7k8+O


「僕も嫌な予感がしますねえ」

お前もか。
ってうわっ、近っ!

「まず離れろ。で、なんだって?」

「閉鎖空間に似た感じを受けます。でも少し違う様な……」

「つまりよくわからんがやばそうだ、と」

返事の代わりにテンプレートな笑顔を向けてきた。
これは肯定の意味だろう。

そうは言ってもな。
あんなに嬉々としたハルヒを止める術など俺は持ち合わせていないぞ。

「さあ行くわよ!」

打つ手を思案するうちにハルヒはずかずかと境内へ侵入せんとしていた。
その背中は意気揚々たるもので、
それを止める具体的な理由もないままに引き止める事は不可能に思われた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:17:16.73 ID:RvnI7k8+O


「おい、ハルヒ!」

完全に無策であった。
が、面倒事はごめんだからな。

「なによ」

お楽しみを邪魔された子供の様な顔でハルヒは俺を睨みつけた。

「いや、ほら。あー……陽も暮れてきたし、そろそろ帰らないか?」

「何言ってんのよ。もうここまで来てんのよ?」

ごもっとも。
はるばる神社までやって来て、
鳥居だけ見て帰るのは鳥居マニア位のものだろう。

うーむ……。
ここ、夜になると幽霊が出るらしいぞ。
……これじゃ逆効果だな。
俺実はこれから用事があって。
……即却下だろう。

無理だ。こいつを引き止める名案など俺には思いつかん。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:18:20.00 ID:RvnI7k8+O

長門に助け舟を求める。
ダメだ。
真っ直ぐ前を見たまま俺を見ようともしない。

古泉は?
ええい、そんないい笑顔はいらん。

朝比奈さん……は状況を理解していないらしいな。

「ほら、行くわよ」

サッと身を翻してハルヒは境内へと侵入した。
もうどうにでもなれだ。
何かあっても長門がなんとかしてくれるだろうし、
まあ一応古泉も居るしな。

俺は諦め半分投げやり半分でハルヒの後に続いた。
今にして思えば、この時になんとかしてハルヒを止めておけば、
あんな面倒な事にはならなかったろうになあ。
やれやれだ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:21:41.02 ID:RvnI7k8+O

境内に入った俺達は、社に向かって真っ直ぐに歩いた。
黄昏れ時。昼から夜へと移ろうその狭間。
西日射す境内の赤く染まった様はなんともノスタルジックで、
名状し難い美観であった。
来た事もないのにどこか懐かしい。そんな気がした。
まるでここだけ時が止まっているかの様な、そんな静けさ。
やかましい蝉達は一体何処へ行ったのだろうか。

「何もないわね」

社まで辿り着き、首を右に左に振りながらハルヒが言った。
たしかに。
立派な鳥居があるのに、境内には社だけと寂しい。
賽銭箱からは相当な年季が感じられた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:26:13.93 ID:RvnI7k8+O

その後、俺達はハルヒの後に続いて社を一回りしたが、
結局ハルヒが期待する様なものは何も無く、
俺はほっと胸を撫で降ろしていた。

つまらなそうな顔のハルヒに続いて、
俺達は再び賽銭箱と相見えた。

「ほんと、何もないわね」

フンッと鼻息荒くハルヒが腕組みをしながら言った。
無くて結構こけこっこ。
……アホか。

「仕方ないわね。お祈りでもして帰りましょうか」

この時のハルヒはどこか悲しげに見えた。
目当ての物が見つからなかった、といった類いの表情だった様に思う。

「キョン。お賽銭」

俺に出せってのか?
こういったものは自分が出した物だから意味がある様な気がするのだが。

まあこの程度の事でごねてハルヒの機嫌を損ね、
そして後々厄介な事になるのは御免被りたかったので、
俺は黙って財布を開いた。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:27:54.31 ID:RvnI7k8+O

そして俺は財布から朝比奈さんの為に百円、
俺、ハルヒ、長門の為に三十円、
古泉の為に五円をそれぞれ賽銭箱に投じた。
財布の中に残る小銭は他に五百円玉が二枚しかなかったんだから、仕方ないだろ?

俺が財布をポケットにしまうと、
ハルヒを筆頭に律儀に全員目をつむって手を合わせていたので、
俺もなんとなくそれに倣った。

何も起こりませんように何も起こりませんように。

それから数秒。


目を開けると、ハルヒの姿が消えていた。




21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:33:59.88 ID:RvnI7k8+O

俺は驚いて辺りを見回す。ハルヒの姿はどこにもない。
いや、他にも違和感がある。
木のざわめきや風の音さえ聞こえない。
この感覚……。
何の気無しに俺は腕時計に目をやった。
先程俺はこの神社の静けさを時が止まった様だと表現したが、
これは間違いない。

マジで時間が止まっている。

俺の腕時計の秒針は三十七秒を指したまま微動だにしなかった。
閉鎖空間?
いや違う。境内を照らす西日は実に鮮やかだ。
じゃあここはどこだ?
消えたのはハルヒの方か?それとも俺達の方なのか?

そうだ、長門は?

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:37:16.36 ID:RvnI7k8+O


「うおっ!?」

長門はいつの間にか俺の目の前に立っていて、
冷気さえ感じさせる様な目で俺を見上げていた。
もしかしてハルヒを止めなかった俺を怒っているのか?

「時空隙」

ただ一言、それだけ言うと長門は口をつぐんだ。

「これは困りましたねえ」

古泉が西日を眩しがって目を細めながら、
大して困った様子も窺わせずに言った。

「はわわ、どどどどうなってるんですか?」

朝比奈さんがようやく異常に気付いて、俺の腕にすがりついてきた。
うむ、悪くない。
悪くない。

ちょっとすると朝比奈さんも平静を取り戻し、
すいません、と頬を赤らめながら俺の腕から離れ、
ぺこりと可愛らしく頭を下げた。
なんとも小動物を思わせる愛らしさだ。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:38:27.29 ID:RvnI7k8+O


「さて、これからどうしますか?」

古泉がどこか余裕を感じさせる笑みを浮かべながら言った。
まあいつもの澄まし面なわけだが。

どうするか、って言われてもなあ。

「長門、これは一体どういう事なんだ?」

「時空隙」

それはさっき聞いた。
そうじゃなくてもっとこう具体的にだなあ。

「時間と時間の狭間」

ああ、なるほどね。
何がなるほどかはわからんが、なんとなくわかったぞ。
つまり、またもトンデモ現象に巻き込まれたってわけだ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:40:59.34 ID:RvnI7k8+O

長門の話によれば、俺達は時間と時間の狭間とやらに飛ばされちまったらしい。

では何故その長門の言う時間の狭間に俺達は飛ばされてしまったのか。
それはまず間違いなくハルヒの超常的能力に拠るものだろう。
考えるだけ無駄ってもんだ。

問題は、いかにこの異空間から脱出するか、という事である。

「どうしたらここから出られるんだ?長門」

「この境内に何か鍵があるはず」

「鍵って言うと、家の鍵みたいなもんか?」

「違う。形状が鍵型という意味ではない」

つまり、ここから脱出する為に必要な何かが、
この境内にあるってわけか。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:42:09.83 ID:RvnI7k8+O


「それはどんな物なんだ」

「形状は不明。ただ、時間に係わるもの」

形状は不明、か。
時間に係わるものってなんだ?
というか、長門の力でちゃちゃっと元の世界に戻れないのか?

「この空間に対する情報操作行為は推奨出来ない」

「何故だ?」

「若干だが、涼宮ハルヒの精神に影響が出る可能性がある」

なるほど。
それならまあ、やめておいた方がいいんだろうな。

「いい」



29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:44:48.10 ID:RvnI7k8+O


「じゃあ自力でその鍵とやらを見つけなきゃいけないのか」

こくり、と小さく長門が頷いた。

どうしたもんかねえ。
時間に係わるものか。
時計?
境内にそれらしきものは見当たらないぞ。
なら太陽?
はさっきから微動だにしていないし、何より太陽をどうこう出来るはずもない。
腕時計。さっきから止まっているだけだ。
……朝比奈さん?
いやいや。朝比奈さんが鍵だったとして、使い方がわからん。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:48:16.23 ID:RvnI7k8+O


「とりあえず境内を探索してみるか」

俺がそう提案すると、三人は黙ってついてきた。
俺達が砂利を踏む音以外に静寂を破るものはない。
西日は未だ沈む事なく境内を赤く染めていた。
この黄昏れ時は長くなりそうだ。

境内はさして広くはなく、一通りの探索を済ませるのに大した時間は要さなかった。
俺達は再び賽銭箱の前に集合した。

「一通り見て回ったが、何かあったか?」

古泉に尋ねてみるも、やつはいつもの様に手の平で天を仰ぐだけ。
長門に目を向けてみると、こちらは微動だにせず見つめ返すのみ。
朝比奈さんはといえば、
ミーアキャットの様にキョロキョロと辺りを見回していた。

収穫はなし、か。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:50:39.38 ID:RvnI7k8+O

俺は賽銭箱前の石段に腰を降ろした。
陽も傾いていて涼しい事は確かだが、疲れるもんは疲れる。

古泉は顎に手を添えて何か考え事をしており、
長門は何を考えているのかもわからない。
瞬き以外の一切の挙動がなかった。
朝比奈さんは相変わらずキョロキョロとしている。
何か見つかりましたか?

こうして社から境内を見渡せば、
ここが異常な空間だとは思えない程に見事な景観であった。
時が止まっているというよりは、ゆっくりと流れている様な空気感。
まあ実際は見事に止まっているわけであるが。

「あの……」

辺りを執拗に警戒するハムスターの様だった朝比奈さんが、
ついに何かを発見したのか、こちらに向き直っていた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:54:33.35 ID:RvnI7k8+O


「どうかしましたか?朝比奈さん」

「何か音がしませんか?キョンくんの後ろ、その扉から」

朝比奈さんが怯えた様子で俺の背後を指差しながら言った。
全員の視線が一斉に俺の背後に集中する。
耳を澄ます。

……コツッ……コツッ……。

確かに、社の中から何か音がする。
扉を何か固いものでつついている様な音だ。

俺達以外の何者かが居るのか?
この異空間に?
だとしたら随分ツイていない奴もいたもんだな。
だが、普通社の中に人間は居ないだろう。

俺は古泉に目配せをし、扉へと向かった。
こういった場所は施錠されているものだと思っていたが、
それらしき物は何も無かった。
二人で扉の前に立ち、息を合わせてそれを一思いに開いた。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 22:58:35.95 ID:RvnI7k8+O


こけこっこ

そこに居たのは鶏であった。
更に言えば、立派な鶏冠を具えた威風堂々たる漆黒の雄鶏であった。

時に係わりのある何か。
間違いない。俺は確信したね。
こいつだ。こいつに違いない、と。

だってよく言うだろ?
時をつくる雄鶏の鳴き声だとかなんとか。
もっとも、夜を知らせる鶏ってのはあまり聞かんがな。

「おい、古泉」

俺は再び古泉に目配せした。
古泉も俺の意図を察したらしく一度だけ頷いて見せた。

狩りの時間だ。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:00:49.63 ID:RvnI7k8+O

俺達はじりじりと雄鶏との距離を詰める。
しかし雄鶏はその場を頑として動かなかった。
いいぞ、そのままおとなしく捕まってくれ。

あと少しで完全に俺の捕獲可能圏内に入るというところまで接近した。
すると漆黒の雄鶏はおもむろにその羽根を大きく広げた。

「と、飛んだ!?」

鶏って飛べたか?
いやそんな事はこの際どうでもいい。
とにかく奴を逃がす訳にはいかん!

「長門!」

とっさに俺は長門の名を叫んでいた。
長門ならなんとかしてくれる。
そんな気がしたからだ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:02:40.42 ID:RvnI7k8+O

長門は俺の叫びから一拍置いて、
礼儀正しくお辞儀でもしたのかと勘違いする様な挙動で
足元にあったつぶてを拾い上げた。

それから右腕だけをグルンと回す不自然な投法でつぶてを雄鶏に向けて放った。
それは一直線に雄鶏に向かっていき、そして見事命中。
ボフッという音と共に雄鶏の黒い羽根が数枚抜け落ちた。
そして雄鶏はふらふらと石畳の上に不時着。

それから長門が雄鶏を確保した。
雄鶏は両の羽根を押さえ付けられる形で
長門の両手にすっぽりと納まっていた。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:04:43.86 ID:RvnI7k8+O

胸の高さに雄鶏を持ち上げる長門。
いや、俺に見せつけられてもなあ。

「で、こいつが鍵って事で間違いないのか?」

俺の問いに長門は小さく頷いた。
ようやく元の世界に帰れそうだ。

「ところで、こいつをどうすれば元の世界に戻れるんだ?」

「鳴かせる」

そう言うと長門は雄鶏を持つ両手に左右から力を込めた。
もふっと長門の手の中で半分位に潰れる雄鶏。
俺はその時をつくる鳴き声を確かに聞いた。

普通の鶏とは異なる、高く澄んだ声。
それは言うなれば、ソプラノ歌手の甘美な歌声の様であった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:05:49.16 ID:RvnI7k8+O

すると瞬く間、
永遠に沈む事のないと思われた夕陽がついに沈んだ。
それと同時にこの世界は闇に包まれた。
何も見えない。
目を開いているのかもわからない程の暗黒。



「さ、帰りましょう」

ハルヒの声に俺ははっとして目を開いた。
まさに太陽が地平線へと沈み行くその最中だった。
腕時計に目をやる。
秒針は四十一秒を指していた。

帰ってきた。

安堵の念が全身を駆け巡るのと同時に、
疲労もまた全身を襲った。
異常な空間てのは通常の空間よりも身体への負荷が大きいものなのかね。
それともただの歩き疲れだろうか。
まあどっちでもいい。
とにかく早く家に帰ってゆっくりと休みたかった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:06:45.80 ID:RvnI7k8+O

帰りは寄り道もせずにさっさと駅へ向かったので、
行き程の時間は要しなかった。
まったく長かった様な短かった様な、
とにかく疲れる一日だった。
辺りは既に薄暗く、虫の音が微かに響いていた。


帰りの電車内。
乗り換えの都合上偶然にであるが、
気付けば俺はこいつと二人きりになっていた。

「なあハルヒ。お前あの時何をお願いしたんだ?」

「なんでそんな事あんたに教えなくちゃいけないのよ」

そのお願い事のせいで俺達が厄介な事態に巻き込まれた可能性があるからだ。
……などとは言えんがな。
まあ、またどうせろくでもない事を祈っていたんだろう?
それだけは賭けてもいいが、間違いないね。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:08:45.57 ID:RvnI7k8+O


「……まあいいわ。特別に教えてあげる。大した事じゃないしね」

大した事じゃないだと?

「時間を私の好きに出来ますようにって、そうお願いしたのよ」

それはな、ハルヒ。
一般的に考えれば十分過ぎる程大した事なんだよ。
というか原因はやはりお前だったのか。
ちくしょうめ。

「どうしてまたそんな事をお願いしたんだ?」

「時間の進行速度に納得がいかないからよ。特に最近ね」

納得出来なければ変えてしまおうというのがハルヒらしいと言えばらしいな。
まあ俺だって、時間の神様に不平不満が全く無いって訳ではないがな。

「どう納得出来ないってんだ?」



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:09:51.22 ID:RvnI7k8+O


「最近時間の流れが早過ぎるのよ。明らかにおかしいわ。
だって気付いたらもう夏が終わりかけてるのよ?
やりたい事はやってきたつもりだけど、
それでも決定的に足りないのよ。
だからわたしは考えたわ。時間の流れを変えるにはどうしたらいいか。
田舎は時間の流れがゆっくりだってよく言うじゃない?」

ああ、それで突然あんな僻地へと向かったわけか。

「でも駄目ね。所謂田舎でも、時間が過ぎるのはあっという間。
期待外れもいいところよ。神頼みの効果も無かった様だしね」

いや、神頼みの効果は抜群だったぞ。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:11:54.88 ID:RvnI7k8+O

にしても、相変わらずとんでもない事を考える女である。

そもそも時間の流れる速さなんてのは、
場所という要素に依存するもんじゃあないと思うぞ。
そりゃあ相対性理論によれば、
時間てのは絶対的なものではないらしいが、
それでもただ地球上に居るだけじゃ、
何処に居ようが時間の流れる速さなんざ一緒だろうよ。

「お前なあ、時間の流れがゆっくりに、ってのは体感時間の話であって、
実際に秒針の進む速度が遅くなる訳じゃないんだぞ?」

「知ってるわよ!その位」

だったら田舎に行けば、なんて事は考えないで欲しかったがね。

「あんたは時間がさっさと過ぎて行っちゃっても悔しくないの?」

悔しい悔しくないの問題ではない気がするが。

「べつに。俺はお前程時間に対する執着は無いしな」

「あんたはもっとやる気を見せなさいよ!
まったく、団員にあるまじき発言ね!」



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:13:16.54 ID:RvnI7k8+O

俺は現状の進行速度で十分に満足しているんだよ。
むしろオーバーワーク気味だ。

だがしかし、あっという間にここまで来てしまったという感覚は確かにある。
俺にしてみればここ最近は十分過ぎる程にドタバタとしていた、
というのがその一因であろう。
そのドタバタの中心に居たのは間違いなくこいつなのだが、
当の本人はまるで時間が足りないと言う。
まったく、こいつの要求は留まる所を知らないな。

「なあハルヒ」

「なによ」

「でも、楽しかったろ」

次の停車駅を告げる車内アナウンスが入った。
車窓には見慣れた夜景が広がっていた。

「……まあまあね。
 これからはもっとタイトに時間を活用していくつもりだから、
覚悟しときなさいよ」

今日見た中では一番の笑顔でハルヒは言った。
ハルヒの宣言によれば、
これから俺の負担が更に増加するのはほぼ間違いなさそうだが、
まあそれについてはその時に考えればいいだろう。
先の杞憂に囚われて今を憂鬱に過ごすってのもつまらないしな。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/08/30(日) 23:14:33.30 ID:RvnI7k8+O


「じゃあ」

「明日」

「学校で」

俺はハルヒと別れて一人になった。
時刻は八時に近い。
そういえば晩飯も食べていなかった。
家に帰ったら飯を食べて、
風呂に入って、テレビでも見て、
それから明日に備えてゆっくりと休みたいな。

貴重な休みもまたハルヒに振り回されて終わっちまった。
まったく、短い休日だった。

宿題が出ていた様な気もするが、
まあ今更手を付けようにも決定的に時間が不足しているな。






おわり



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