泉こなたが現実を知ったそうです


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 10:48:17.24 ID:xTjY8eiz0

 ――私の趣味は一般的には理解されない。

 それでも良いと思う。
 誰かに媚を売ったりするのは私じゃない。
 私はマイペースでもいいのだ。そのコトで、反感を買ってしまったところでなんて
ことない。私は私であり、個人なのだ。

 ――なんて、思ってた時期もあった。

 現実は――そうじゃ、ない。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 10:51:04.06 ID:xTjY8eiz0

「あのさ、こなた」
 昼休み、隣のクラスである柊かがみが私に声をかける。
「――え?」
「え? じゃないわよ。文化祭の話よ。アンタ、占いするんでしょう?」
「そうそう。私は煎餅占いするんだけど、こなちゃんはどんな占いするのかな〜って昨日お姉ち
ゃんと話してたんだよ」
「私は桐箪笥占いというものがないのかと調べてるんですが……なかなかないみたいで……」
 ――ああ。そうだ。
 季節は春の半ば。文化祭が近づいてきたのだ。
 今年で三年生である私たちにとっての最後の文化祭だ。そのクラスの出し物が個人個人の占い
というのだから全く気が抜けているというかなんというか。
「――? ねえこなた。アンタ、もしかして具合悪い?」
「そんなことないよかがみん!」
「そう? なんかいつも以上に呆としてるっていうか……」
「大丈夫大丈夫! 昨夜もネトゲーで徹夜しちゃってさ〜」
「なんだ。程々にしときなさいよ〜」

 そんな風に、自然に接してくれる友達。
 それが、私の宝物だ。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 10:55:16.88 ID:xTjY8eiz0

 学校から帰ってきて、することといったら一つしかない。
 パソコンの電源を入れると、心地よい起動音が流れる。その音を聞くことで、私の世界は起動す
る。
 インターネットからネットオンラインゲームを開くのに10秒。仲間と共に冒険に出掛けるのに
また10秒。僅か20秒で、私は勇者となる。

 その快感。
 その悦楽。

 この世界では、私には沢山の仲間がいて、皆が私を慕ってくれている。

 ――そう。実をいうと、私『泉こなた』は余りクラスでの日当りがよくない。
 当然といえば当然だろう。私の趣味は一般的な了見ではいまいち理解出来ないものなのだか
ら。
 しかし、私にはかけがえのない友がいる。
 それだけでいい。
 それで足りないのなら、このモニターと電子世界で見つけよう。

 ――それでいい。
 それで、いいのだ。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:00:41.57 ID:xTjY8eiz0

「あのさ、お姉ちゃん」
「ん? なんだいゆーちゃん?」
「えとね、明日、みなみちゃんと遊びに行くんだ。
 でも、わたし、この辺よく知らないから遊びに行くって言ってもどこに行けばいいのか判らなくっ
て……お姉ちゃんなら知ってるかなあって……」
 彼女は二つ年下の従姉妹である『小早川ゆたか』だ。そして明日、彼女と遊びに行くみなみちゃん
というのは彼女のクラスメートであり友人の『岩崎みなみ』だ。
 彼女たちは本当に仲が良く、一部では『できてるんじゃあないか?』と言われるぐらいの交友関
係を持っている。
「へえ〜。ゆーちゃんはデートか〜」
「そ、そんなんじゃないよぉ!」
 赤くなって反論するゆたか。本当に小さくって可愛らしい。
「あはは。
 まあ――」

 ――あれ?

 私って、アニメ関係のお店しか知らないのではないか?
 それではダメだ。彼女たちが喜ぶ場所は――


 ――アレ? アレ? アレ?

「――どうしたの?」
 ――私は、本当に普通じゃないの?

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:04:47.91 ID:xTjY8eiz0

 ――私はもしかしたら普通じゃないのかもしれない。

 年頃の女の子が喜びそうな遊び場も知らない。
 私は間違いなく18歳。本来なら最も遊びたい時期だ。
 なのに、私は一般の女子高生の娯楽を殆ど知らず、オタク文化にのめり込んでしまっていた。

「――はあ……」
 夕食の後。ベッドに横たわる。
 時刻は9時5分。まだまだ夜は長い。
 テレビを付ける。というのは一般的な考えだ。
 私は空いた時間さえあればパソコンをつけ、インターネットに勤しむ。
 実際そうしてきたし、これからもそうしようと考えている。

「それで――いいのかな――」
 こんなコトでは、格好いい彼氏も出来やしない。
 そうして私は行き遅れてしまい、親友の結婚式に参加する日々を送る。

 ――そんなのは厭だ。

「よし――!」
 私は決心した。

 ――脱・オタク計画を始動すると。


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:08:49.59 ID:xTjY8eiz0

 そうして月曜日。
 私は新しい自分として登校しようとした。

「えと……まずは……」
 女子高生といえば携帯電話のストラップだろう。
 重量でいうならば携帯電話本体の3倍もの重量は必要だ。
 ――あれ? ストラップがない。
 ケロロ軍曹とタママ二等兵。ギロロ伍長にクルル曹長。
 沢山つけたほうが可愛いということなのだが私はストラップを持ち合わせてはいなかった。
「まあ、今日のところはこの4つかな」
 満足とはいかないが、この程度でいい。

「でもなあ……」
 スカート。折り込んで短くしてあるからかもの凄くスースーする。
 パンツが見えてしまいそうなほどの短さが可愛いらしいのだが私にはそこまでは出来ないので
このへんで。

「よし。ニューこなた、行きます!」

 ――と。
 こういうアニメの台詞も自重しなくては。


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:13:38.54 ID:xTjY8eiz0

 ――教室はすぐそこだ。
 しかし、私の足は動いてくれない。

 ――変わった。否、変わろうとしている私を、皆は容認してくれるだろうか。
 もしかしたら、つかさは認めてくれないかもしれない。
 もしかしたら、みゆきは距離を置くのかもしれない。
 もしかしたら――

 ――かがみが、私のコトを嫌いになってしまうかもしれない。

 怖い。
 恐い。
 厭だ。


「――なにしてるの? こなちゃん」
「え?」
 振り向くと、そこには今登校してきたつかさがいた。

「こなちゃん?」
「お、おはよう。つかさ」
「うん、おはよ〜」

 ――あれ?
 気がついて、ない。
 私の変化を。

「まあ、つかさは鈍いからねえ〜」

 そう思うことで、私は回避した。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:20:44.42 ID:xTjY8eiz0

 ――昼休み。いつものように皆と食事を採る。

「それでさ〜。セバスチャンが臭くってさ〜」
「うんうん。臭い臭い」
 いつもと同じ。他愛のない会話。
 しかし、私は不思議と彼女たちに混じれずにいた。
「――」
 ――どうして、誰も気がつかないのだろうか。
 私、少しだけだけど化粧もしたんだよ?
 今までしたことなかったけど、一生懸命頑張ったのに。
 このままじゃいけないって思って。頑張ったのに――


 ――誰にも気づいてもらえないなんて、寂しすぎるよ――


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:23:41.93 ID:xTjY8eiz0

今日はみんなよりも早く帰ろう。
 今は、皆と一緒にいる気分じゃない。

 ――少しずつ、気がついてきた。
 否、気がついてはいけない。

 ――なんとなく、判ってきた。
 否否、判る筈がない。

 ――知るな。
 知らない。

 ――判らない。
 もう知りたくない。


「あ。そこの娘、可愛いね」

 ――なんて、声がして――

「どう? アルバイトしていかない?」

 ――そんな、声がした――

 そうして、私はその声の赴くまま。行ってしまった。


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:29:03.33 ID:xTjY8eiz0

 ――私は、汚れてしまった。

 春風が本当に冷たい。
 財布の中には7万円が入っている。

 それは、身体の値段なのだろうか。
 それとも、心の値段なのだろうか。

 私には判らない。
 けれど、男が言ったあの言葉が、きっと私を踏み込ませたのだろう。

『皆やってることだから』

 そう、みんなやっているのなら、私はきっと普通に近づける。
 だから、私は要らぬ汚れをかぶった。
 もう、決して落ちはしない汚れを。


「かがみん……」


 そんなコトを、ふと呟いた。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:32:14.89 ID:xTjY8eiz0

 次の日は、少しだけ化粧を濃くしてみた。
 お父さんも化粧をする私を見て驚いていた。無論、ゆたかも同じだった。

 ――それでも、私の変化に気がつく者は、学校にはいなかった。

 いつもと同じ。
 変わりはしない。
 決して終わらない。
 そんな、日々。


 ――そうして、文化祭の日がやってきた。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:34:58.83 ID:xTjY8eiz0

 ――喧噪はいつもの何十倍のもの。

 各クラスは今まで一生懸命に頑張ってきた準備の成果を見せる為に東奔西走している。
 身体が弱い筈のゆたかもクラスの為に奔走しているところを見ると、彼女は高校生活を楽しんで
いるようだ。
 ……それでいい。
 私は途中で頓挫してしまったが、彼女には幸せな三年間を送ってほしい。

「はあ……」
 私はというと、何もしていない。
 準備もマトモに参加しなかった私がみんなと仲良く楽しめる筈がなく、私はいつも以上に透明
な存在となっていた。
 文化祭の定番であるたこ焼きをかじる。
 昨年はかがみやつかさ、そしてみゆきと一緒に回ったものだ。
 それが、今はない。
 彼女たちは悪くない。
 私が悪いのだ。弱い私が。自分に自信が持てなかった自分が悪いのだ。

「――は、は」
 笑みがこぼれる。
 こんなにも孤独が可笑しいなんて――思っても見なかった。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:37:18.11 ID:xTjY8eiz0

これからも、続いていってしまうのだろうか。

 人は、無関心というモノが最も怖い。
 気にかけてくれなかったり、何も気にかからなかったり。
 それが最も苦になる。
 なにせ、人とは孤独では生きていけないから。
 誰かに寄りかかって、寄りかかってもらって、人は成り立っている。

 ――それが無いというのは、人間にとって最も辛いことになる。
 関心というのは、いつだって人間の原動力になってきたから。
 なくなっているのなら、否。もとよりないのなら――

「もう、生きていても――」

 ――仕方が無い。
 文化祭の日に自殺すれば、周りの人間も無関心ではいられなくなる。
 それならいい。
 私が此所にいたということの証明になるのだ。

 ――そう思って、私は階段を一歩一歩、確実に歩んで行った。
 屋上から差し込む光が、天国にも見えた。


53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:39:52.62 ID:xTjY8eiz0

 ――ここから落ちれば、全てが終わって救われる。

 屋上の縁から下を見ている。
 下が天国で――上が地獄。
 なんて、皮肉。
「――」
 大きく深呼吸する。
 もう怖くなんてない。
 落ちれば、あそこに行けると判ったから。
 力を抜いて、さあ――

「――こなた!!!」
 声。
 私を呼ぶ声?
 否、そんな筈が無い。
 私を呼ぶ人間なんて、ましてやこの声はもう私を呼ぶことは――


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:42:10.91 ID:xTjY8eiz0

「どうして、此所にいるの? かがみん」
「当たり前でしょう? アンタ、最近ずっと変だったんだから」
「――」
 振り向けば、そこには柊かがみがいた。
「どうして? どうしてそんなコトするの!? 死ねば楽になるの?」
「なるよ! こんな人生いらない! 私は――」

 厭なんだ。

 流行を知らない劣等感。
 他者とはちがう違和感。
 恋を知らない、疎外感。

 それら全てが厭だった。
 だから――
「だから私は普通の女の子になろうとした! でも誰も気がついてくれなかった! いつまでも
オタクのモテない女でいたくなんてない。私は――私は――!」
 予てより抱懐していた想い。
 それら全てをぶつけることで、私は願った。
 判って。
 お願いだから、私を判って、と。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:44:07.06 ID:xTjY8eiz0

「なんだ。そんなコト……。
 いいのよ? 変わらなくてアンタはこのままでいいの。周りなんて気にしないの、泉こなたは
泉こなた。それは絶対変わらないし私はアンタのこと、好きなんだから、ね」

 視界が歪む。
 顔も身体も熱くなり、溺れそうになる。

「ほら、叱ってあげるから。こっち来なさい」

「……ん。ごべんなざい……ががみん……」


61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:46:53.42 ID:xTjY8eiz0

「ねえ、かがみん……」
「ん? どうしたの?」
「私、このままでいいの? 私、オタクだよ? アニメゲーム大好きだよ?」
「?」
「だから! 嫌いに、ならない?」


「なるわけないでしょ?
 まあ、なんていうか。アンタ風に言うと――」

 後ろから覆いかぶさるように柔らかい感覚。
 いい匂いがして、何よりも愛おしい。

「こなたは私の嫁っていうんだっけ?」

「――!!」
 ――ああ。もう、限界だ。

「かがみん、大好き……」
「私もよ……」

 現実というのは、決して簡単ではない。
 世間というのは、決して単純ではない。
 だからこそ、人は飽きずに生きているのだ。
 私には、この人だけでいい。
 私には、この人がいればいい。

 ――幸せだよ。かがみん――

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:48:43.31 ID:xTjY8eiz0

Epilogue

 一人の少女が現実を知ってから、3年の月日が流れた。
 季節は春。桜が舞い。少女は大人の女性になっていた。

「といっても、まだまだ小さいんだけどね〜」
「あ! 言ったなかがみん!
 フ〜ン! 貧乳はステータスだもん!」

 一つ屋根の下。仲睦まじいカップル。
 2人は性別こそ同じだが、きちんと愛し合っている。ならば、彼女たちに障害は無い筈だ。

「好きだよ? かがみん」
「私もよ、こなた――」

 桜が舞う。
 今日は、柊神社でお花見をする。
 つかさもみゆきも、皆が久しぶりに会う。

 彼女はもう、地獄を見ることはないだろう。
 最愛を知った彼女を、砕くモノなんてないのだから。


泉 こ な た が 現 実 を 知 っ た そ う で す
                             FIN

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:52:00.92 ID:xTjY8eiz0

今から飯食ってくるわw
みんなが望んでるなら他の書くけど……wwwwwww

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 11:58:28.30 ID:xTjY8eiz0

わかったw
帰ってきたら他のSS書くわwww

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:21:47.03 ID:xTjY8eiz0

ただいまw

それじゃあ書かせてもらうかな。

フグ田タラヲが蒟蒻ゼリーを食べるそうです


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:23:41.02 ID:xTjY8eiz0

 ――僕には常に最高の『モノ』が与えられていた。

 最高の環境。
 最高の洋服。
 最高のおやつ。

 それは僕にとっては当たりまえのコトだ。
 それは僕にしてみれば至極当然のコトだ。

 ――だから、きっと僕はこうなったのだろう。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:27:49.46 ID:xTjY8eiz0

「ただいま〜」

 父と祖父が会社から帰ってきた。無論、僕等、否。僕へのお土産を持ってだ。
 いつもはケーキやおもちゃなのだが、不況の影響か、今日は子供騙しのゼリーだった。
 皇帝である筈の僕はゼリーなんてものは口にしない。しかし、今日の僕は機嫌がいい。

「わ〜いです〜」
 体全体で喜んだフリをしておく。これだけでも僕の印象はよくなる。
「どんなゼリーなの?」
 ワカメが袋からゼリーを取り出す。

 『蒟蒻ゼリー』

 袋には、そう書かれていた。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:31:48.55 ID:xTjY8eiz0

 ――袋には何か絵が描いてあった。
 絵柄は子供と老人の、苦しそうな顔。
 きっと、このゼリーの美味しさは表情をも歪ませるものなのだろう。
「――」
 思わず唾液が溢れた。

 口の中に広がる甘みを想像して。
 口内でころがる弾力を想像して。
 きっと、アレは僕だけのものだ。
 そんな、独占感を想像して――

「ほうれい、タラちゃん。食べなさい」

 祖父が僕の頭を撫でながら言った言葉には、いつもの優しさがなかった気が、した。


82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:34:53.41 ID:xTjY8eiz0

 ――あのゼリーはお風呂上がりが美味しい。

 父はそう言いながら、僕をお風呂に連れて行った。
 僕は嬉々として浴槽に飛び込んだ。耳朶に叩き付けられた音が心地よい。
「なあ、タラちゃん」
「なんですか〜」
「今日は、楽しかったかい?」
 ――なんて、愚問。
 僕にとってしてみれば、もとより楽しくない日なんて、ない。
 僕自身が太陽なのだから、僕が楽しくないと皆も楽しくない。
 ――というより、僕が楽しく感じないことはあってはならない。
 太陽を愛でることは許されても、それを直視したって、いいコトなんてまるでないのだ。

「楽しかったです〜。
 明日はパパも遊んでくださいです〜」

 ――その瞬間――


「――ちっ」


 なんて、音が聞こえた。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:37:39.59 ID:xTjY8eiz0

 ――なにか、違う。

 この家は、僕のテリトリーじゃない。

 高い。

 低い。

 歪む。

 足下が崩れていきそうで。

 なにか、妙な恐怖が、芽生えている。


 ――それはきっと――


 ――あの、父の視線の所為だ。


85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:41:31.87 ID:xTjY8eiz0

 浴室から居間までの距離は、大して遠くない。
 それなのに、どうしてかその距離が永遠に思える。

 恐い。
 怖い。
 こわい。
 コワイ。

 ――逃げたい。
 逃げたいのに、足は床に張り付いて動かない。
 膝も震えている。両脚は僕の身体からは完全に独立している。
 故に、僕はこの場から動けない。

「タラヲ。さっさと来い」
 父の冷酷な声。
 きっと、あの声は僕を殺す声だ。
「い、いや、です〜」
 ささやかな抵抗を孕んだ言葉。
 これにはきっと意味はない。何れにしろ、父は僕を――

「来いって言ってんだろうが!!!!」

 ――怒鳴り、居間まで引き摺っていくのだから。


86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:42:17.04 ID:xTjY8eiz0

 ――こうやって抱きかかえられるのには慣れている。

 今までは、この世全ての存在が自分を愛してくれていると信じていたから。
 人間というモノは、とても綺麗なものだと思っていたから。
 みんなが自分を愛し、慈しみ、そして尊んでくれるものだと、思い込んでいたのだ。

 ――そんなの、嘘だ。

 人はいつまでも人を憎む。
 人はいつまで経っても人を拒む。
 人はどうしても人を恨む。

 故に、僕は――

「さ、ゼリーが待っているよ」

 その、祖父の言葉も何か恐ろしいものに感じていた。


87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:44:20.79 ID:xTjY8eiz0

 先刻までお土産にはしゃいでいたカツオとワカメ。

 2人はただ俯き、決して僕を見ようとしない。
 その目には哀れみなんて籠っていない。
 ただ、邪魔なものがいなくなるという期待も、その目には混じっていた。
 もとより僕はそういう存在だったのだ。
 皆に愛されていると勘違いして、こうして絶望する。

 ――ああ。それでいい。
 僕は、それでいい。

 ゼリーを口に運ぶ。
 ――このゼリーには、きっと毒が盛ってあるのだろう。
 なら、苦しまないようにゆっくりと噛み締めよう。

 ――ゆっくりと、本当にゆっくりと僕はゼリーを飲み下した。

「――」
 その光景を見た祖父は、何か焦っている気がした。


88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:47:48.84 ID:xTjY8eiz0

 ――次の日になっても、僕の身体には異変はなかった。

 昨日、僕は結局袋の中のゼリーを平らげてしまった。
 否、平らげることを強制されたのだ。
 きっと、彼らはこう思ったのだろう


『毒が盛ってあるものを食べなかっただけだ』


 しかし、僕はゆっくりとそれら全てを平らげた。
 その僕は、逃げるように公園にいた。

 ――そこにいる人間も、僕を殺すつもりなのだろう。


89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:51:47.58 ID:xTjY8eiz0

砂場で遊んでいる子供も。
 滑り台を滑る子供ですら。

 ――僕にとっては、全て敵だ。

 ああ。殺されてしまう。
 死ぬのは、厭だ。

 頭がふわふわする。
 正確な思考ができない。
 出来ることといえば、なにかを拒絶すること。
 出来ないことは、なにかを受け入れること。

 死にたくない。
 だから、僕は走った。

 行くあてなんて、なにもなかった。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 12:58:20.35 ID:xTjY8eiz0

 街を走っても。
 どこを走ったところで、僕は同じことしか考えない。
 ――殺される。
 死にたくない。
 だから、逃げる。
 故に、走れ。

 なんて動物的な思考回路。
 まるで人間が考えるような思考じゃない。
 これではまるで弱者じゃないか。

 僕は皇帝だったのに。
 皆が、僕に跪いていたのに。
 どうして?
 どうして――?


93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:01:29.94 ID:xTjY8eiz0

 走っていたら、なにかにぶつかった。

 いつもなら可愛らしく謝るが、そんな余裕はない。
 すぐに立ち上がり、走り出そうとする。

 ――すると――

「タラちゃんじゃないか! どうしたんだい?」

 ぶつかった人、『中島博』が声をかけてきた。


94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:04:40.77 ID:xTjY8eiz0

――中島は僕をゲームセンターに連れて行った。
 人が多いところを恐れる僕にとって、ここは悪魔の巣窟だ。

「どうしてあんなに急いでたんだい?」
「――」
 答えられない。
 否、答えられる筈が、ない。
 昨晩起こったこと、アレを説明したところで、彼が信じてくれる筈がないからだ。
 それに、あのことを話した時、僕自身どうなるか判らない。
「話せないのか。
 いいよ、煙たがられるのは慣れてる」
「――ごめんです……」
「いいっていいって」
 そう言って中島は全国のゲームセンターで絶賛稼働中の『ストリートファイター4』を始めた。
 中島はギルドに加入していた。
 そのギルドの名は『不思議の国のアリス達』。
「それで、僕には何も聞かないんですか〜?」
「訊いても話してくれないんじゃ訊かないよ。そもそも、君の家には関わりたくはないよ」

 ――中島が磯野家から遠ざかった所以を語るには、ここは相応しくない。


95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:07:53.77 ID:xTjY8eiz0

「――そう、ですか」
「君の家の人間には――クズしかいない……そうだろう?」
 中島の手が震えている。その手では波動拳すらマトモには出せない。
「人の全てを奪い去り、人の悉くを持ち去った。
 そんな人間が、そんなイキモノが――!」
 中島は心の底から憤っている。
 きっと、彼にとって、磯野家というものは何よりも憎むべき存在なのだろう。

「根絶やしにしたい。あの血族を! あの血統を!」
 ゲームに敗北し、席を立った中島は、そんなコトを言った。

 その時、一人の少年が中島に近寄って――

「バーサーカーは駄目だって〜!」

 なんてコトを言った。
 中島に話しかけたのではなく、隣のゲームで敗北したプレイヤーが勝利した友人のプレイヤーに
文句じみたことを言うのだろう。戯けた風に千鳥足だ。

「――」
 その少年は、中島の目を見た瞬間、押し黙った。


96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:10:47.24 ID:xTjY8eiz0

「――どうしたんだ?」
 反対側の筐体に座っていた、口を半開きにした男が中島に睨まれた少年に近づく。
「なんだなんだ?」
「――?」
 彼らがプレイしていた筐体の周りにいた人たちが中島に視線を寄越す。
 ――彼らは全員が友人らしく、このゲーセンでは(Fate限定)敵なしと言われている集団だ。
敗北しても席を立つ時間が一秒以内ということから『スクワットチーム』と呼ばれているらしい。

「――あ?」
 中島の眼光がさらに鋭くなる。
 僕はその雰囲気に完全に気圧されていた。

「――こ、このゲーセンで粋がるなぁ!」
 口を半開きにした男が中島に詰め寄る。この男は、馬鹿だ。


 ――だって、自分の腹部に刺さっているモノに気がつかないのだから――

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:13:38.79 ID:xTjY8eiz0

 半開きの腹部に刺さっていたもの。
 ぎらりと光るそれは――間違いなくナイフだった。

「――!」

 ――それからのコトは覚えていない。
 気がつけば中島は警察の人に連れて行かれていた。
 パトカーのサイレン。
 救急車のサイレン。
 その場にいた人間の悲鳴。
 それら全てが、僕を現実から引き離した。

 ――帰ろう。
 帰ってしまえば、安心出来る。

 そんな、莫迦げた考えも浮かんだ。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:16:44.24 ID:xTjY8eiz0

 ――自宅に帰ってみれば、愛なんてなかった。

 無機質な壁。
 無機質な人。
 無機質な声。
 無機質な僕。

 ――誰も僕に気をかけない。
 成る程、もうそういう存在なのか。僕は。

「タラヲ死ね」
「タラヲ死ね」
「タラヲ死ね死ね死ね死ね死ね」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 ――本当は、こう思っているクセに。
 だったら殺してくれ。
 だったら終らせてくれ。
 こんな地獄でも天国でもない。『煉獄』を――


102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:19:54.48 ID:xTjY8eiz0

――その次の日も。
 ずっとずっと、独りだった。

 誰も僕を構わない。
 誰も僕に関らない。
 きっと、僕が生きているからだ。

 ――死ねば助かる。
 ゼリーを手に入れよう。
 アレにはきっと毒が盛ってある。

 ――死ねる。
 ――死にたい。
 ――シニタイ。
 ――シンデモイイ?

「やめるんだ! タラちゃん!!」

 声の主は――

「カツオ兄ちゃん……です……」

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:22:46.28 ID:xTjY8eiz0

「このゼリーには、毒なんて入っていないんだよ……」
「――そんなことはないです〜」
「あのゼリーは蒟蒻ゼリーなんだ。この家にあるゼラチンのゼリーじゃあ死ぬには足りないよ」
「そう、ですか……」
「だから――」

 カツオはズボンのポケットから一つ、ゼリーを取り出した。
「これが欲しいんだろ?」
「――」
 答えられない。
 判らない。
「ちゃんと答えなよ。
 欲しいんだろ? これが」
「……はい……です」

「うん、いい子だ。
 噛まずに飲み込みなよ……」

「――」
 ごくん、という音が、僕の最後に聞いたマトモな音だった。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/06/29(月) 13:24:16.52 ID:xTjY8eiz0

Epilogue

「よくやったぞカツオ!」

「えへへ、照れるよ〜」

「兄貴最高だし。今日はパーチーだし」

「いやあ〜カツオくんには脱帽だよ〜」

「それじゃあ、今度は貴方ですね」




「――なあ、サザエ――?」


フ グ 田 タ ラ ヲ が 蒟 蒻 ゼ リ ー を 食 べ る そ う で す
                                    FIN

114 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 13:59:15.57 ID:xTjY8eiz0

SS界の超新星、ということで「ダイヤモンドノヴァ」というのはどうかな。

154 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:05:59.88 ID:pnDufCG30

SS界の超新星。

これからまた投下するわ。


高良みゆきが恋を知ったそうです



155 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:08:17.10 ID:pnDufCG30

『―――好きです』

告白を受けるのは珍しいことではない。
友人からは『高嶺の花』と呼ばれている私だが、実のところ告白なんて珍しくない。
それが表立たなかったのは私がやんわりとそれを断ってきたから。
もとより私には理想の男性像があるのだ。
その男性に出会うまでは、誰にも私をさらけ出さない。

―――そう決めたハズなのに。

私は、目の前にいる女性と交際を始めてしまった。


157 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:11:58.20 ID:pnDufCG30

「みゆきさん。顔赤いよ? なにかあったの?」

帰り道。私は友人の一人『泉こなた』に指摘された。
なんてことはない。私は先週のコトを思い出してしまい赤面してしまっているのだ。
その原因というか、根源は間違いなく彼女だ。
―――そう。彼女は友人ではない。先週、彼女は私の恋人となった。

……アレは本当に驚いた。
柊姉妹がその日は家の用事で私たちよりも早くに帰宅していた。故に私は彼女と秋葉原に寄った。
いつもなら『柊かがみ』が彼女の相手を主にしていたが、その日は私が彼女の相手をしていた。

―――彼女は、本当に面白い女の子だ。
私が知らない世界をよく知っていて、私にはない魅力を持っている。
私から言わせれば、彼女こそどうして恋人がいないのだろうとさえ思っているのだ。

158 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:14:57.01 ID:pnDufCG30

「あの、泉さん。泉さんって恋人とか作らないんですか?」
喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら聞いてみる。
女子高生なら誰でもするような恋愛の話題だ。
「ううん。わたしそういうのはリアルではいないな〜」
リアルにはいない、ということはネットにはいるということなのだろうか。
「そうなんですか。
 では、好きな人とかいるんですか?」
その日の私は少し大胆だった。
いつもならこんな話すら自分からすることはないというのに。

「―――いるよ。
 でも、絶対拒否られちゃうから」

そう言って、彼女は続けた。

「だって、わたし、みゆきさんが好きだから―――」


160 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:19:02.39 ID:pnDufCG30

―――え。

私はこういう時、全くアドリブがきかない。
予測が出来ない事態に対処出来ない。故にドジをふんでしまう。
ストローでアイスコーヒーの氷をクルクルと掻き混ぜる。こんなことをしても何の解決にならないと
いうのに、私はその氷を眺めていた。

「ねえ、みゆきさん――わたし、本気だよ?」

彼女の目が私を見据える。
こんな気持ちになったのは初めてだ。

―――今までだって、男性から告白を受けてきたことは何度かある。

しかし、私は運命の人というファンシーなものを信じている節があり、その悉くを拒否してきた。
故に、今回だって―――

―――否。そんなコトは出来ない。
私の心拍はどうしようもなく加速して、眼は泉こなたという少女の目に吸い込まれている。

―――ああ。
彼女が、こんなにも魅力的だったなんて。

「―――はい。私でよければ――こなたさん―――」

そうして、彼女は私の『彼女』となり。
私は彼女の『彼女』となった。


163 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:25:16.69 ID:pnDufCG30

―――そうして今週。

私たちはいつものメンバーで下校している。

「それでさ〜セバスチャンが臭くってさ〜」
かがみさんがこなたさんと会話している。私はつかささんと今日の授業について話す。
「それでね〜こなちゃんが―――」
「まあ、そうなんですか。是非見てみたいですね」

まるでいつもの風景。
しかし、今日は少し違う。

「あのさ、かがみん。あとつかさも。
 ―――あのさ、私、みゆきさんと付き合うことになったから」

なんて、こなたさんが皆の前で私たちとの関係を報告したからだ。
つかささんは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに―――
「へえ〜、こなちゃんとゆきちゃんお似合いだよ〜。仲良くね」
なんて笑って言ってくれた。

……しかし、かがみさんの表情は明らかに混濁していた。

―――なにか、失恋じみたものを感じるような、そんな―――


166 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:32:07.72 ID:pnDufCG30

「あの、かがみさん?」

その翌日。
私はかがみさんに屋上に呼ばれた。
季節が冬に近づいてきただけあり、そこには人の気配はなく、冷たい空気が支配していた。
「うん……あのさ。
 ―――こなたと、どうなの?」
かがみさんが口を開く。
その表情は昨日見せた、暗い表情だった。

「こなたさんとは―――」

「貴方が『こなた』って呼ばないで!! こなたって呼んでいいのは―――」
かがみさんの怒号が響く。

―――そこで理解した。

彼女は、こなたさんを―――


169 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:36:49.40 ID:pnDufCG30

「かがみさんも、こなたさんを―――」
「ええそうよ!! 私は貴女よりもこなたのことが好きなの! 毎日毎日、こなたに想いが届くよう
にって思ってた! それでも、こなたは貴女のことが好きなの? それとも、貴女がこなたを好きな
の? 教えてよ!」

かがみさんは、いつもとは明らかに違う声で、私に思いをぶつけてきた。
私には彼女の痛み。辛さは判らない。
ただ、彼女は好きな人を私に横取りされたと思っているのだろう。それだけはなんとなく理解でき
る。

「はい。私は―――」
言いかけて口が動かなくなる。
私は――どうなっているのだろう。


私は今まで、恋愛をしたことがなかったのだ。
故に、かがみさんの問いに答えることが出来ない。

―――だって、私は『まがい物』なのだから。


170 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 17:47:44.14 ID:pnDufCG30

「判らないでしょう? そうよね。貴女は結局はこなたを本当に意味で愛してないのよ。それなら
私があの子を幸せにする。貴女のようなまがい物には絶対に出来ないことをこなたの為にしてあげ
るわ」

氷のような冷たい声。
私は彼女の問いには答えられず、ただ呆然としていた。

―――ワタシハニンゲンジャナイ?

恋をしたことがない私。
愛を知らないのは人じゃない。

柊かがみは、私にそれを伝える為に此所に呼んだのだろう。きっと、そうだ。


「よく考えなさい。貴女と私。どっちがこなたに相応しいのか」

屋上のドアが閉まる。
屋上には、私一人だけ。

風がなによりも冷たかった。


172 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:01:57.43 ID:pnDufCG30

―――それから一週間。私は自室に引き蘢っていた。

馬鹿。
莫迦。
ばか。
バカ。

私の――莫迦。

私はこなたさんをどう思っているんだ。
私はこなたさんにどう思われてるんだ。
私はみんなにとってなんなのだろうか。

「はは、は―――」
思わず嗤う。
自分の阿呆ぶりがよくわかった。

―――きっと、こなたさんも今の私を見たらきっと落胆してしまうだろう。
そして、こなたさんはかがみさんと―――

その方がいい。
私はいつだって日陰者だ。

―――それで、いいんだ。


173 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:02:42.63 ID:pnDufCG30

―――また一週間。

携帯電話の履歴には『こなたさん』の名前が羅列している。
無論、私は彼女からの電話には出ていない。
つまり、彼女は私を見損なってくれるのだ。

それでいい。
私は彼女の側に居ちゃいけない。

かがみさんが言った通り、私はまがい物だから。

「―――?」
そんなことを考えていると、玄関からチャイムが鳴った。

時刻は午前10時。本来なら在り得ない来客の姿があった。

「やっほ〜、みゆきさん」


174 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:11:09.06 ID:pnDufCG30

―――暫くして、私はこなたさんに全てを話した。

かがみさんのこと。
恋をしたことのない私のこと。
逃げてばかりの弱い自分のこと。

彼女は何も言わず、静かに聞いてくれていた。
その姿が何よりも慈愛に満ちた『母』のようだった。
―――そう。女の子同士というのはこういうことなのだ。

男は、どんなに理解を持っていても女性の気持ちには成りきれない。
故に男性には生理の痛みも出産の痛みも判らないし、女性の悩みも判り得ない。
しかし、私たちは違う。

同性であるが故に、全てを判り合えることが出来るのだ。

それがどんなに素晴らしいか。
それがどんなに晴れ晴れしいか。

今まで、私は知らなかった。知ろうともしなかった。

「―――うん。判った」
全てを話し終わり、こなたさんが口を開く。

「私、明日かがみと話してみるね――だから、明日は一緒に学校行こうね」

言葉もなく、私は頷いた。

175 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:13:55.79 ID:pnDufCG30

―――翌日。私は二週間ぶりに制服に袖を通した。

「みゆき? 大丈夫?」
「はい。私には強い味方がいますから。
 ―――お母さん。ありがとうございます」

玄関で靴を履く。そんな動作すら、なにか緊張に似たものを感じる。
身体が震える。
動かない。動けない。
涙目になってくる。視界がぼやけてくる。
すると―――
「―――おはよう! みゆきさん!」
という、私にとって最強の味方がドアを思い切り開いて現れた。

「学校、行こう!」
能天気なのを装ってこなたさんが言ってくれる。
ああ、彼女のこういうところも、私は好きなんだ。


「―――はい!!」

青空のもと。私はいつもの通学路を行く。
―――さあ、一日が始まる。

179 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:21:38.72 ID:pnDufCG30

―――通学路で、こなたさんは『放課後、屋上で』と私に言った。

……学校では、つかささんを初め、皆が私を案じてくれていた。
黒井先生も私に―――
「大丈夫か高良? もしアレやったら保健室行ってきてもいいやで?」
と、心配してくれた。

しかし、私はもう昨日までの私ではない。
こなたさんが側に居てくれるのだ。恐いものなど、ない。

―――そして、放課後。

「で、話って何? こなた」

屋上で、冷たい風に吹かれて佇む少女と対峙した。


180 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:26:47.79 ID:pnDufCG30

屋上には変わらない風景が広がっていた。

人気が全くない。閑散とした風景。
夏場になれば賑わうそこは、冬の今はまるで無人島だ。
冷たい空気。冷たい風。
されど、私の心象は冷たくなんて、ない。

「かがみんは、みゆきさんと私の関係。嫌?」
「嫌に決まってるじゃない。貴女はそこのまがい物に騙されてるのよ。いい? そこにいるのは
人の形をしたまがい物よ。恋もしたことはない。愛も知らない。そんなまがい物が貴女を幸せに
する? ―――ああ。莫迦みたい。笑いが止まらないわ」
「―――」
言葉を失う。
彼女は、私に対してここまでの嫌悪感を抱いていたのだ。

―――しかし、私が恋も愛も知らないというのは間違いだ。

「いいえ。
 私は、こなたさんと一緒にいて、恋も愛も知りました。今までこんな気持ちに成ったことはあり
ませんでした。もう、今までの私とは違います。これからはこなたさんと一緒に歩いていきます」
「ははは! もしかして、貴女は自分がこなたを幸せにできるって思っているの? 貴女、今の自
分を鏡で見てみればいいわ! 今の貴女、どうしようもなく醜悪よ。どうしようもなく惨めよ。」

―――そうだ。
今の私は大事なモノを取られまいとしてごねている子供のようだ。
しかし、コレは譲れない。

「違うよ。かがみん」

小さな声で、青い髪の少女は呟いた。

181 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:34:32.04 ID:pnDufCG30

「え?」
「だって……私、みゆきさんが好きなんだ……かがみんがなんて言っても、私が好きなのはみゆきさ
ん。それを受け入れてくれたみゆきさんがこうやって困ってるのは絶対に嫌だ」

「へえ〜。じゃあ、そこのまがい物はこなたを幸せにしてくれるわけだ」
「うん。みゆきさんは私を幸せにしてくれる。私も、みゆきさんを幸せにする」

―――こなたさん。
「ありがとうございます。こなたさん。
 これで判りましたか? かがみさん」
「―――」
かがみさんは押し黙っている。
その沈黙はなにかを覚悟した、そんな沈黙だ。

「ふふふふふ。
 アーハッハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 判ったわ!! 私は邪魔ね!! じゃあね!!!」

フェンスに駆け上る。
その上で―――

「じゃあ、幸せにね」

と、呪詛に似た言葉を残して、堕ちていった。



183 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 18:37:07.28 ID:pnDufCG30

―――かがみさんは死んだ。

四階建ての屋上から頭から落ちたのだ。
即死。一瞬の出来事だった。

スイカのように真っ赤な『何か』をまき散らす。
まるで爆弾のような音を立てて拉げる丸いもの。
赤という形容では物足りない地獄のような死体。
腐臭は最早此所まで届くほどに凄まじいモノだ。
友人の死を目の当たりにしてしまった大事な人。
その表情はまるで能面のように真っ平らになる。


―――きっと、この映像はくっきりと目蓋に残ることだろう。



184 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 19:03:53.05 ID:pnDufCG30

……それから、私は悪夢に襲われる毎日を送っている。

目を閉じれば、『あの風景』が思い起こされる。

『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』
『―――幸せに』


「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!」

―――かがみさん。貴女は私にどうしろと言うんですか?


185 名前:ダイヤモンドノヴァ ◆mfdeUUh6gQ [] 投稿日:2009/06/29(月) 19:08:02.26 ID:pnDufCG30

Epilogue

吹き荒ぶ寒風。
アレから一年。
今日は『あの人』の命日だ。

屋上は今日も無人だ。

―――さようなら。

「こなたさん――好きでした」

―――もう、苦しいのは厭だ。


高 良 み ゆ き が 恋 を 知 っ た そ う で す
                        完



―――ごめんなさい。



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