涼宮ハルヒSS「佐々木と谷口」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 19:57:10.99 ID:TDpV/Xrh0




   『長門の願い』     −JAM−


暗い部屋でたった一人、私は膝を抱えてその中心に佇む。

少しずつ増えてきた家具に、付けっぱなしのテレビの光が映り、忙しそうに色を変える。それは明らかに生命が無いからこそ生々しく、しかし私は人恋しくてテレビを消すことが出来ないで居る。


もう五月だというのに夜は肌寒く、薄着をしている肩が震える。
雨音が聞こえた。窓の見ると、ベランダを飛び越えた雨粒が外の景色を暈していた。酷い天気だ。朝には止んでいればいいのだけど。

こんな夜。寒くて寂しくて、暗くて哀しくて、こんな夜に、あなたはきっと眠りの中に居る。私はそう信じている。あなたは暖かい布団の中で、人の温かさに包まれながら、きっと眠っている。



2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 19:58:45.00 ID:TDpV/Xrh0

そんなあなたの見ている夢はなんなのだろう。

叶わなくても、それが私であればいいなと願う。


時間が経てば経つほど、そこに居るのが自分であるとは全く思えなくて、でも自分のせいだと思いたくないから、あたかも裏切られたように失望する。心の奥底では全て自分の責任だとはっきりわかっていて、だからこそ私は悲しむ。


私は眠れずに居る。

叫びたくて溜まらなくて、縋りたくてどうしようもなくて、でもここには一人しか居ない。だから自分で肩を抱きしめ、蹲りながら寒さに耐え、溜め込まれてどんどんと熱くなるものに私は一人で耐え続ける。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:01:33.56 ID:TDpV/Xrh0

こんな夜を迎えるのはもう幾度目だろう。その度に私はまた願う。


いい夜でありますように。

数え切れないほどの夜に、数え切れないほど願いをこめて、そんな夜を越えていく。越えた先にはまた夜があり、願いながら私はまた朝を待つ。

そんな私はきっと強くないけれど、強いあなたが支えてくれる。会えないけれど、幻のようなあなたを私は抱きかかえ、そんな美しいあなたを零れ落ちないように必死で隠す。


そんなあなたはいつの間にかおぼろげになっていく。それが儚くて、その切なさを感じるたびに、私はあなたを求めていると実感できる。
それはどこか陶酔に近い不誠実さを思わせて、私はまた自分に失望する。つまるところ私には影も形も無く、無理やり作られたかのようなその不安定さはこの部屋中に満ちている。

それでも私は素敵なものがたまらなく欲しくて、でもどうしても売っていなくて、どんなに求めても中々手に入らない。だから齎してくれるかもしれないあなたを思って、私は好きな歌を唄う。


JAM。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:02:56.92 ID:TDpV/Xrh0

私はこの世界を、素晴らしい場所だと信じている。


今降っている冷たい雨は、透き通っていて光があたるととても綺麗だ。

吹きすさぶ冷たい風は、その綺麗な雨粒を、どこか遠くに運んでくれる。

一人ぼっちで寂しいテレビは、聞いてくれているであろう誰かに必死で人の声を届けてくれる。


私に関わってくれた全ての人が、私をそう思わせてくれた。今の私にこの世界はキラキラと輝いてみて、だからこそ私はここに居たくて、でも本当にここに居てもいいのかと自問する。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:04:26.25 ID:TDpV/Xrh0

その反面、何の気なしに世界にジャムを塗りたくり、食いつぶしてしまうような人も居る。

私はそんなことはあって欲しくないから、必死でそれを避けようと足掻く。


食いつぶそうとする人もまた私に世界の素晴らしさを教えてくれて、だからこそ私は安堵する。

誰もこの世界を憎んでいないと勝手に信じ、私と同じだと無邪気に喜ぶ。


そして心の奥にある不安を打ち消しながら、寒い夜に私は歌う。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:06:31.17 ID:TDpV/Xrh0

数え切れないくらい罪を犯した。


それは大きなことから小さなことまで多々あるけれど、そのどれもが無慈悲で残酷だった。せめて謝りたいと思うけれど、それが叶わないものばかりだ。

いや、本当はいつでも出来るけど、やらないだけだ。それが解っているから、私は必死で言い訳する。誰に対するでもなく、暗い部屋で一人で自分に言い聞かせる。


だから、と私は思い立つ。手紙を書こう。せめていつか伝えられるように、手紙を書こう。

誰かに伝えなければならないと思った。それは私の口からでは重過ぎて無理かもしれないけれど、手紙であれば伝えられるかもしれない。

そう思った。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:08:54.24 ID:TDpV/Xrh0

こういうとき、どうすればいいんだろう。


私には解らない。

私に関わってくれた全ての人は昔子供で、勿論あなたも昔は子供で、でも私はそうではない。

それが私に何か暗いものを持ってくる。私は本当にここに居るべきなのかと悩む。どこか遠く、暗いこの夜の中に消えるべき存在なのではないかと自問する。


でもそう思っているのは私だけで、世の中の人のほとんどはそんなことを考えていない。

私の存在なんて取るに足らないほど小さくて、それよりも自分の方がはるかに大切で、だからその隅で悩む私なんてものに気をとられる人なんて居ない。

だから私は生きていられる。そうやって隙間に逃げ込みながら、私はずるずると留まり続ける。


でも、と私は夜には思う。誰も知らないから、なんだというのだろう。本当に大切なのはそこでは無くて、そんなことは当に解っているはずなのに、私はただただ逃げ続ける。


10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:11:14.55 ID:TDpV/Xrh0

こんな夜。

私は何を言えばいいんだろう。私はなんていえばいいのだろう。

解らない。解らないから、どうしてもあなたに会いたい。


あなたに会いたくて、会いたくて。


だから私は夜を耐える。肌を震わせる寒さに耐え、暴虐な雨音に我慢して、そうやって朝を待っている。

長い夜はまだ始まったばかりで、先を見ると泣きそうになる。

でも私はただただ朝が来ることを待ちながら、部屋の真ん中で膝を抱える。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:13:59.80 ID:TDpV/Xrh0

長門有希は目を覚ます。


夜に降っていた雨は止み、カーテンを閉め忘れた雨からは綺麗な朝日が差し込んでいる。

窓にはまだ雨粒が張り付いていて、陽光をか弱く遮っている。グラデーションを持った水玉模様が部屋中に出来ているのが嬉しくて、少しだけ気分が高揚する。


洗面所に行き、鏡を見る。

あまりに不細工な顔をしていて、長門は思わず笑ってしまう。

時計を見ると登校時間が迫っていて、少しだけ急いで顔を洗う。昨日から着たままの制服を見て、一瞬無視しようかと思ったが、思い直して着替えをする。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:15:57.58 ID:TDpV/Xrh0

準備が出来る。鏡を見ながら笑う練習をする。


ベルがなる。

誰か来たようだ、と言いはするけれど、来た人は解っている。

長門は浮き立つ気持ちを抑えながら玄関へ向かう。でもそこで少しだけ立ち止まり、リビングに戻ってあるものを取って急いで玄関に戻る。

ドアを開ける前に、持ってきたものを鞄の奥に突っ込む。


鍵を開ける。

国木田が立っている。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:17:57.01 ID:TDpV/Xrh0

「おはよう。」

笑顔でそう言ってくれた彼に対し、長門は無表情に頷く。

まだ笑顔がどうしても作れなくて、でも彼はそれを見てニコリと笑い、優しく語りかける。

「じゃあ行こうか。」

長門はもう一度コクリと頷き、彼の横を歩く。朝の光の中、夜通し待ち望んだこの一時。


一つだけ深呼吸を吐く。その為に立ち止まった長門の為に国木田が振り向き尋ねる。

「どうしたの?」

今は言えない、と思った。だから首を横に振る。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:20:15.91 ID:TDpV/Xrh0

鞄の奥には手紙が入っている。


あの夜に、何度も何度も書き直し、何度も何度も丸めて捨てて、やっと書き上げた手紙だった。

必死で考えに考えて、結果長門は決意する。

それは今まで伝えようとした内容とは全く違ったけれど、だからこそとてもシンプルな一言で、それを一つだけレポート用紙に丁寧に書き込んだ。

そして出来た手紙を何の変哲も無い封筒に入れる。この内容に良く合っているように思えた。



いつか、と長門は決意する。

いつかこの手紙を渡そう。そう決めた。

今はまだ無理で、それを伝えることも出来ないけれど、もう少し強くなれたらきっと渡そう。そう長門は心に決めた。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:23:02.15 ID:TDpV/Xrh0

自分が強くなるということは、想像するととても魅力的で、だからこそ難しそうにも思える。

でも、いつかは伝えなければならない。それだけはきっと確かなことだと思った。


長門は鞄の底を触る。流石に布が厚くて手紙があるかどうかは解らなかったけれど、何故かその場所はすこし暖かくて、だから長門は呼びかける。

もう少し待っててね。
いつか必ず、もう少し強くなるから。
いつか必ず、あなたに向き合うから。

長門はそう手紙に誓って、少しだけ笑顔になって、国木田と一緒に学校へ向かう。



天気は雲ひとつ無い快晴で、その素っ頓狂な爽やかさに当てられて、つい長門はクスリと笑った。


17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:26:57.28 ID:TDpV/Xrh0



『佐々木の青春』  −SO YOUNG−


「最近夢を見るんだよ。」

佐々木は告げる。ベッドに寝転び、カーテンの隙間から光が漏れている。

今日もあまり寝れなかったな、と天井を見つめる。目の周りが酷いことになっていそうだ。風呂の中では溺れそうになるくらい眠かったのにな。

「それが中々悪い夢でね。可能ならば見たくもなかったのだが、何分夢だからそうもいかない。よって僕は毎朝毎朝実に憂鬱な目覚めをするんだ。」

佐々木は手を虚空に伸ばす。別に意味など無い。何かを掴むように二度三度拳を握り、やがて力を無くすようにぱたりとまた手は倒れる。

少しだけ腕に鈍痛を感じたが、その地味な感触は直ぐに走り去った。そうやってから右手を見つめる。手のひらを穴が開くほど見ても、いつもと変わらない。何の変哲も無い手のひらのままだ。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:29:58.64 ID:TDpV/Xrh0


「なかなか難儀な夢でね。僕の恋人が、彼の昔の思い人とただ只管時間を過ごすだけの何てこと無い映像なのだよ。

 何てこと無いはずなのだが、いやはやそこには不思議となんらかの絆の存在が見て取れる訳だ。中々酷だとは思わないかい。」


目覚まし時計が震える。同時にはた迷惑なほど大きな音が部屋の中を跳ね回る。

佐々木はそれを無視する。しばらく目を閉じたまま我慢すると、諦めるように音が消える。夢の中で聞いたような音が、耳の中に残った。


「君は、現在付き合っているのは僕なのだから無視すればいい、と言うかもしれないね。勿論その通りだ。しかし、勝負すら出来ない相手というのも存在するのだよ。」


全く疲れが取れていない体に力いっぱい鞭を打ち、佐々木はやっとのことで体を起こす。


「何をやってるんだ、僕は。」

佐々木は誰もいない部屋の自分のベッドの上で、ぽつりと呟く。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:32:16.47 ID:TDpV/Xrh0

――――。


谷口が走っている。


夕暮れの中、街頭が無意味に、孤独に光る道の上。息を切らし、もがく様に手を振る。僕に気付かずに目の前を走りぬけ、重たげに足をばたばたと踏み鳴らす音が遠ざかる。

僕はその後ろを静かに着いていく。静かに彼の名を呼んでみる。

その気配に気付いたのかどうかは知らないが、谷口が一度振り返る。立ち止まる。


見通しの悪い十字路だった。

なかなかのスピードで、死角からトラックが通り過ぎて行った。

それに気付き、谷口が少し青くなった。僕は初めて、あのまま走っていたら谷口は飛び出していたかもな、と思い至る。


少しだけフリーズした後、谷口が再び動き出す。右を見、左を確認し、恐る恐る道を渡り、谷口は再び走り出す。


―――――。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:35:39.17 ID:TDpV/Xrh0

「夢を見たんだ。」

放課後、街中のマックで谷口は言った。

彼はその内容を話し始めた。どことなく自慢げに見えるのは彼が生来醸し出す雰囲気のせいだろう。別に気に障ることでもない。

なんてことは無い。女の話だった。高校に入って直ぐ転校して行った同級生が夢の中に出てきて、いろいろと御喋りをした、というそれだけの話だ。

なんてことはない。佐々木は自分にそう言い聞かせる。


「それは興味深い夢だね。」それでも佐々木は不機嫌にならざるを得なかった。

「しかし、それは彼女足る僕の前で言うべきことなのかな?」

「い、いや、それは、その・・・・・・」

「ああ、ひょっとして未だに女性としては見れないということかな?それなら納得はするが、ショックが大きいことは否めないな。」

「あはは・・・はは・・・」


谷口が誤魔化すようにヘラヘラ笑い出す。

こういったデリカシーの無さは付き合いだしてからも全然変わらない。友人関係が長かったこともあるのである程度諦めてはいるが、だからと言って好ましいものでは無かった。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 20:37:48.71 ID:TDpV/Xrh0

「まあいい。君が不純な動機を大きなエネルギーにする人間であることは僕も重々承知しているからね。大して気にはしないよ。」

「・・・なんか酷い評価だな。」

「今更だろう。大体、それは本当に夢なのかい?描写が詳細に過ぎるよ。まるで過去の思い出としか思えないようなリアリティだ。」

「いや、完全に夢だろ。幼馴染とか居ないし、朝倉とか、一年の初めにカナダに転校したし。」

朝倉。その名前が出た瞬間、佐々木は少し顔がこわばるのを感じる。はっとして谷口を見るが、どうやら気付いていないようだった。ほっとすると同時に、ぶつけようが無い憤りが湧いてきた。

「なるほど。それくらい心に残っている女性ということか。いやはや、ご執心だね。」

「ナンだよ。やけに絡むな。」


谷口の声が少し低くなった。佐々木は、しまった、と思ったが、だからと言って急に止まれる訳でもない。

感情というのは、そういうものだ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:41:18.92 ID:TDpV/Xrh0

「別に絡んでるわけじゃぁないよ。彼女の前で他の女性の名前を出す思慮の浅さに呆れてはいるけどね。」

「ホントにグチグチ細けぇ奴だな。関係ないって言ってるじゃねぇか。」

「どうだかね。」

意地を出して鼻で笑った。谷口がこっちを見ているのが解った。空気が動かない。


少しして一言「帰る」と呟き、自分の前から誰かが居なくなるのが解った。理性を総動員して、ピクリとも動かないままそれを耐えた。

たっぷり何分も足ってから店内を確認し、彼が居ないことを確認してから頭を抑えてため息をついた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:44:00.40 ID:TDpV/Xrh0

―――――。


走り続けていた谷口が急に歩き始めた。まるで何か壁にぶち当たったかのように、のろのろと、たらたらと。

今まで走り続けていた貯金を全て使い果たそうとしているようなそんな歩き方だった。


公園が見えると、その歩みは更に遅くなった。時刻は17時50分を少し回ったところだった。

たぶん待ち合わせの時間に遅れているのだろう、と当たりをつけた。先んじて公園を見てみると、なるほど。誰も居ない公園に、制服姿の女性が一人ベンチに座っている。


少しだけ心がささくれ立った。大丈夫、まだ大丈夫。

谷口が意を決したか、大またで公園に入っていく。

待ち合わせの相手と思しき女性は彼に対して全く関心を払わず、ベンチに座って本を読んでいた。

谷口は真っ直ぐに近づいた。近づいて、目の前に立ち、それでも彼女が全く反応しなかったので何もいえなくなって立ち尽くす。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:46:51.55 ID:TDpV/Xrh0

そのまま何分も経った。

女性が不意に言った。

「あーあ、もう30分も経ってるのに。待っててくれと頼んできたバカは一体どこで何をやっているのやら。」

「あ・・・その・・・」

「全然来ないわねー。もういっそ帰っちゃおうかしら。元々会いたくなかったし。」

「20分も待ち続けてよく言うぜ。」


谷口は佐々木の思ったとおりのことを言った。女性がにやりと悪戯っぽく笑った。

あれが朝倉涼子か、と佐々木は思う。


――――。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:49:32.91 ID:TDpV/Xrh0


「ねえ佐々木さん、起きた方がいいよ。」

後ろの友人に声をかけられ、佐々木は顔を起こす。

ありがとう、と呟く。眠りに落ちる前に壊れたラジオのような音を出し続けていた世界史の教師がまだ同じように教壇に立っている。

黒板への板書は多少進んでいた。恐らく今後二度と使わないような単語がいくつも並んでいる。

僕はこんなところで何をやっているんだろうな、と不意に思った。こんなに役に立たないことよりもっとやるべきことがたくさんあるんじゃないだろうか。谷口の顔が一瞬だけ浮かんだ。

友人がひそひそと言った。


「珍しいね、佐々木さんが居眠りなんて。寝不足?」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:52:30.46 ID:TDpV/Xrh0

来もしない携帯の着信を待ち続け、ずっと布団に包まってた、なんて言えなかった。

教師が咳払いをする。少しの中断を経て、またラジオが動きだす。無駄だ無駄だとは言うものの、僕らはずっと同じことを続けてきた。


では今までも全部無駄だったのだろうか。他にやるべきことがあったのだろうか。

下らないな、と思うとまた眠気が襲ってきたけど、とりあえず今度は耐えた。


もう無理かもしれないなぁと、何の根拠も無く思った。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:57:03.42 ID:TDpV/Xrh0

―――――。


別の日の話。

そう、これは別の日の話だ。


谷口が下校をしている。隣に居るのは、恐らく国木田だろう。

国木田が何かを告げると、谷口ははっとした顔をした。なにやら面倒そうな雰囲気が漂ってくる。

しばらく鞄をがさごぞと探った後、露骨にうんざりとした顔をして、今来た道を戻り始める。国木田が苦笑しながら谷口に声をかける。


「またね。」と言っているように見える。

不思議と世界には音がなくて、耳鳴りのような甲高い不自然な音が、自然と聴覚を塗りつぶしている。

谷口は振り向きもせず、片手を上げてそれに応える。国木田がまた帰途に着き、二人の行く先が別れる。佐々木は谷口に着いてゆく。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 20:59:44.31 ID:TDpV/Xrh0

不意に、世界が滲んだ。

本当に、何の前触れも無く。適当に振り回したバットが、飛んできた虫に当たったかのように、何の手ごたえもないはずの何かで、佐々木の目から何かが流れた。


ああ、谷口君。君は戻ってはいけない。

佐々木は叫ぶ。戻れ。行くな。帰ってきてくれ。

それが何の解決にもなっていないことは佐々木にもはっきり解っている。それでも叫ぶ。ありったけの力を込めて、命じ、願い、頼む。

それでも届く訳がない。佐々木の込めた力の全ては、無機質だけど圧倒的な、暴風のような、それでいて妙に心地よい音に全て押し流され、ブーメランのように戻ってきて、自分の無力さと明日を呪う。


しばらくして佐々木は立ち尽くし、谷口は順調に学校との距離を縮めていく。

どうしようもない。諦めたくないけれど、諦める。

何故ならこの世界は。

この世界は。


―――――。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:04:07.00 ID:TDpV/Xrh0

>>29
どのSSでも虐げられてて、なんだか谷口が可哀相だったから。



次の日、佐々木はいつもどおり学校に行った。

普段と全く変わらない。いつもと同じ制服を身につけ、遅刻しない程度の時間に家を出る。

天気は良く、なかなか清々しい日差しを浴びながら、少し肌寒い通学路を歩いていく。

学校に近づくに連れて同じ服を着た人が少しずつ増えていって、いつもと同じ場所、同じ時間で友人と合流する。歩きながら他愛ない話を繰り返す。


いつも通りだ。


校門の前には風紀委員が立っていて、生徒に対して律儀に礼をしている。

それにたいし曖昧に頷いて佐々木は学校へ至る。下駄箱で履き古していながらも小奇麗な上履きに履き替え、革靴を代わりに納める。階段を上り、教室へ向かう。

ドアを潜り抜け、自分の席へ向かう。持ってきた荷物をドサッと置くと、隣の男子生徒が振り向いた。まじまじと此方を見ていた。

「・・・どうしたんだい?」

男子生徒は耳にイヤフォンを付け、何か音楽を聴いていた。音量が大きくて、多少音が漏れている。割とダウナーな曲で、朝には到底似つかわしく無いように思えた。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:08:03.91 ID:TDpV/Xrh0

「別に・・・」

そう言って、男子生徒はまた前に向き直る。佐々木は椅子にどさりと座る。そのまま背凭れに寄りかかり、虚空を見上げた。しばらくぼーっとしていると、声が聞こえた。

「なんか無理してんの?」

どこから来たんだとあたりを見回すと、件の男子生徒が興味無さそうに此方を見ていた。

手には時代遅れのMDウォークマンを持っていて、佐々木が見るとそれを振った。バイバイ、と言っているように見えた。

急になんだかいろんな物がどうでもよくなって、あっさりと言った。

「彼氏と別れてね」
「青春だねぇ。」

男子生徒はニカリと笑った。カッカッカ、と悪役のような声を出す。

それ以上は何も尋ねず、男子生徒は何事も無かったかのように再び音楽を聴き始める。


少しだけ「ずるいなぁ」と思ったので、曲名を尋ねた。男子生徒は一言だけ言った。

SO YOUNG。


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 21:11:01.18 ID:TDpV/Xrh0

―――――。

佐々木は谷口の後をつける。

つけるといってもコソコソしている訳では無い。どちらかといえば堂々と、谷口とペースを合わせながら歩みを進めていく。


時折吹く和やかな風に揺らぎながら。少しずつ校門が見えてくる。


もう直ぐだな、と佐々木は心を固める。何度も見た光景が、連続的に脳内にフラッシュバックする。

出来うるならば、もう見たくは無い。なのに途中で終われない。どこかほの暗いこの世界で、佐々木は繰り返し微かな絶望を舐めている。


もう少しで校門というところで、谷口が立ち止まった。

ああ始まったな、と佐々木は自然と目を閉じる。足が止まる。深呼吸をし、もう一度前を見る。

谷口の前に、女性が立っていた。見覚えがある長髪、見覚えのある制服、見覚えのある顔立ち。


何もかも今までと同じ。


女性が現れたのは本当に唐突で、普通の人間であれば絶対に不可能な登場だと言い切れた。それが自然に思えるのは、多分回数を経ているからだろう。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:14:11.15 ID:TDpV/Xrh0

谷口が呆けているのは後姿からでも解った。

肩が落ち、首が伸び、足に根が生えたように立ちつくすその姿は今と変わらない。

限りなく郷愁に満ちているこの世界で、佐々木に懐かしさを教えてくれる唯一の瞬間。出来るならばそこだけを見つめていたい。勿論叶う訳でもない。


女性が何かを呟く。

谷口の体がピクリと震える。

それを見て、女性はニコリと笑う。泣きそうな笑顔だな、と佐々木は思う。

すると、女性は幽霊のように消えてしまう。風に吹かれて砂になるかのように。

そして谷口は一言だけ呟くのだ。

「朝倉・・・」

佐々木は呪う。何故この一言だけ聞こえるんだ。
いつか神様と会ったなら、その頬を思いっきり張り飛ばしてやりたい。


―――――。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 21:17:40.54 ID:TDpV/Xrh0

授業中、佐々木はずっと机に蹲って過ごした。不思議と誰からも注意されなかった。

皆自分が普段と異なっていることに気付いているのかもしれない。友人が何度か声をかけてくれたが、体調が悪い、と適当に返答しておいた。

男子生徒は何も言わずに居てくれたので有難かった。


放課後になる。佐々木は日直だったのだが、友人はバイトがあると言って申し訳無さそうに帰っていった。

正直ホッとした。恙無く業務をこなす。

妙に時間がかかり、終わった時には既に掃除も終わり、教室には誰も居なくなっていた。たった一つ、自分の机に一つ鞄が置かれている。佐々木は机に座った。


なんだか動けなくなった。

少しすると、ドアが開く音が聞こえた。隣の席の男子生徒だった。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:19:54.80 ID:TDpV/Xrh0


「・・・何やってんの?」

「少々疲れたものでね。休んでいただけだよ。」

「家帰って休めよ。」

「歩くのも面倒なんだ。」

「面倒くせぇな。もう一生そこに居ろよ。」

「冷たいな。やはりこういった気持ちはあまり理解できないかい?」

「俺は自転車だしな。」


どこかピントのズレた答えを返し、男子生徒が自分のロッカーを漁る。

忘れ物でもしたのだろうか。やがてお求めの品を見つけたらしく、動作を止めて再びドアへ向かう。忘れ物以外に用事は無いようだった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 21:21:56.43 ID:TDpV/Xrh0

「自転車で登下校してるのかい?初めて知ったよ。」

「別に吹聴することでもないだろ。」


佐々木は、少しだけ勇気を出して言ってみた。


「後ろに乗っけてくれないかい?」


男子生徒が露骨に怪訝そうな顔をした。佐々木はとりあえず言った。

「歩くのが面倒なんだ。」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:25:27.51 ID:TDpV/Xrh0

「・・・やっぱりタクシー代わりか。」

男子生徒は自転車をこぎながら呟いた。

「まあ、そう言わないでくれたまえ。感謝してるよ。」

本音だった。正直乗っけてもらえるとは思って居なかったので、「別にいいよ」と言われた時は逆に驚いた。

異性の友人の自転車に相乗りする、というのは中々大きな意味を持っているようにも思えたが、気にすまいと自分に言い聞かせる。

どちらにせよ、目的の場所に歩いていけるような気力が今の自分にあるとは思えない。


いや、言い直す。本当は行きたくなかったんだ。それはきっと、今のうちに認めておかなくてはならないんだ。

でも自転車は無慈悲に進んでいく。軽やかに、後ろに乗っている自分など忘れているかのように、男子生徒はペダルを踏み、ハンドルを操作する。

それは自分の気持ちなどこれっぽっちも考えてはいなくて、そんな非情さがどこか有難かった。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:28:37.20 ID:TDpV/Xrh0

「もう直ぐだぞ。」

男子生徒が告げる。佐々木は少しだけ心を固める。

今まで時間をかけて築いた囲いから少しだけ漏れている何かを両手でかき集め、手元にある何かで隙間を塞ぐ。

見覚えのある建物が見えてくる。赤い看板に黄色で描かれた文字が、何のロマンチックさも無い退屈を教えてくれているような気がした。

「腹でも減ってたのか?」


男子生徒が、はっきりそれと解るような軽口を難しい顔で言った。


「まあ、そんな所だよ。一緒に食べて行かないかい?」
「別にいいよ。ヒマだし。」


二人は、何の変哲も無いマクドナルドの店内に入っていく。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 21:31:49.15 ID:TDpV/Xrh0

「このマクドナルドは実は思い出の店でね。」

佐々木はシェイクに刺さっているストローを食みながらぽつぽつと呟く。

男子生徒はコーラを飲んでいた。しばらくすると、もう無くなったのかずるずるとあまり爽やかとは言えない音がした。


「前の彼氏に始めて告白されたのがこの店なのだよ。」

「惚気か?」

「失礼。不愉快だったかい?」

「話くらい聞くよ。」男子生徒はさばさばと言う。「ヒマだしね。」


佐々木は苦笑する。ヒマだから、か。所詮自分の与太話など、彼の中ではそれくらいのものなんだろう。

だからこそ今一緒にマックに居る、とも言えなくは無い。要は誰でも良かったのだ。性別など些細な問題に過ぎない。何も知らない友人の大切さを少しだけ思い知った。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:35:03.95 ID:TDpV/Xrh0


少しだけキョンを思い出す。

あの頃のキョンは、まさしく「なにも知らない友人」だった。

今佐々木はキョンに相談することが出来ないことを抱えている。それは、何かがあの頃とは変わったという、はっきりとした証拠のように思えた。


少しだけテーブルで話し声が消えた。佐々木はシェイクを啜る。

男子生徒はフライドポテトを摘んでいる。しばらくすると、自分の持つシェイクからズルズルと行儀の悪い音が聞こえてきた。佐々木はコップを静かにテーブルに置いた。


「異性の幼馴染が居たんだよ。」


男子生徒がポテトを摘みながら、目だけで佐々木を見た。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:37:20.35 ID:TDpV/Xrh0

「・・・誰に?」

「僕の恋人に。ついでに、二人は中々慎ましい仲だったようなのだよ。」

「・・・別にいいじゃん。今の彼女はお前なんだろ?」

「そういう訳にもいかなくてね。」


そんなもんかね、と男子生徒が呟く。佐々木もポテトを摘むも食べる気にもなれず、タバコのように咥えて背凭れに寄りかかる。

言葉を続けようと思ったがこのままだと口を開けないことに気付き、仕方ないから口に押し込む。

「何故か知らないのだけどね、全くそのことを覚えていないのだよ。」


男子生徒がポテトを口に放り込む。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:39:27.38 ID:TDpV/Xrh0

「誰が?」

「僕の恋人が。」

男子生徒の手が止まることは無い。ひとしきり咀嚼し、手元にある空のコーラをまたずるずると啜ってから、こう言った。


「記憶喪失?」

「そのようなものだと思う。」

「・・・その幼馴染は?」

「恐らく今後会うことは叶わない、と言っておこうか。」


どことなくほの暗い結末を邪推させるような言い方で佐々木は告げた。向かいの男子生徒は何の笑顔も見せずに感想を呟く。


「やるせないな。」

「ああ全くだ。」どうしても我慢できなくて、佐々木は苦笑する。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:43:09.04 ID:TDpV/Xrh0

「僕もね、そんなことは気にすることは無いと何度も自分に言い聞かせたのだよ。
 そもそも相手がもう居ないのだし、彼の記憶の中にすら存在しないのだからね。言うなれば幽霊みたいなものだ。」


男子生徒は窓からじっと外を見ている。聞いているのかどうかも定かでは無かった。

そこで「聞いているのか」と聞くのも何か野暮な気がした。だから、佐々木も同じように窓の外を見ながら話すことにした。


「無視すればいいのかもしれないがね、その幽霊が、毎晩夢に現れるのだよ。
 その夢を見る度に、彼らの絆の深さというのかな、そういったものを感じるのだよ。
 いやはや、君。これは中々堪えるよ。自分がどう足掻いても手の届かない、そんな矮小な存在に思えてくる。」

「そんなもんかねぇ。」


佐々木はちゃんと帰ってきた相槌に微笑む。横目でちらりと見ると、男子生徒は未だ外を見ていた。


52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:45:37.08 ID:TDpV/Xrh0


「そんなことばっかり考えてたらね。なんというか、疲れてしまったんだよ。」

「疲れた?」

「どうすればいいのか解らないんだ。本人に聞いても無理。詳細を知っている人も居ない。」

「それで別れた、のか。」

何故か笑いたくなって来た。堪えるのも面倒だったから流れのままに身を任せと、それは爆発するように沸きあがってきたくせに、一息二息空気を零しただけで終わった。

いつの間にか、男子生徒が此方を呆れたような、驚いたような、どちらとも付かない顔で見ていた。


「・・・なんだい?」
「いや・・・お前も嫉妬するんだな、と思ってな。」


嫉妬。

佐々木は少しだけ衝撃を受けた。それは突き抜けるように一瞬だったけれど、金槌で殴られたような、鈍い痛みを持っていた。

そうか、僕は嫉妬していたんだ。単純なことに気付かなかった自分に呆れる。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:50:03.77 ID:TDpV/Xrh0

「嫉妬、かぁ。」


体中のいろんな場所に力が籠められなくなった。机にひじを突き、細い顎を乗せる。体ごと机に寄りかかると、キシリ、と音がした。


「僕もまだまだ子供だなぁ。」
「なんじゃそりゃ。」


佐々木は腕に額を乗せ、机に顔を伏せる。頬が机に当たった。ひんやりとして、どこか気持ちよかった。


「僕はね、自分のことをもう少ししっかりとした人間だと思ってたんだよ。少なくとも、恋愛感情など病と同じだと思えるくらいにはね。」

「だいぶ重病に見えるな。」

「そうだね。僕は何も出来ない人間だったよ。自分すらも冷静に見つめられない。ほとほと失望したね。」

「いいじゃん。俺は聖人君子みたいな奴よりお前みたいな奴の方が親近感を持てるがね。」


男子生徒はクスクス笑いながら言った。上目遣いでそれを見ながら、少しだけ谷口を思い出した。
クスクス笑っている姿はあまり見たことが無い。でもその姿や顔は少しだけ彼と被っていて、佐々木に言い様の無い郷愁を齎した。


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:54:58.04 ID:TDpV/Xrh0


胸が締め付けられる。そこで思考を止める。止めなければ何かが零れて行きそうだった。


「俺は思うんだけどさ。」
「・・・なんだい。」
「嫉妬って、不思議だよな。例えば俺とお前は友人だけど、俺が別の女子と仲良くしてたってお前はなんとも思わないだろ。」

「・・・そうだね。惚気たりしなければ。」
「そう。俺もお前が彼氏とどれだけ仲良くても、正直どっちでもいい訳だ。」


ガサゴソ、と割と賑やかな音がした。布をする音、椅子が鳴る音、机がきしむ音。
顔を上げると男子生徒が鞄を手に携えていた。


「でもさ、時々そういうのが全く許せなく感じる人がいるんだよな。俺は友達と恋人の違いって、そこなんじゃないかと思ってる。」
「興味深い持論だね。」
「お前の彼氏は、その幼馴染さんをどう思ってたんだろうなぁ。」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 21:57:28.69 ID:TDpV/Xrh0

それが解らないから苦しんでいるんだよ、と声に出せなかった。
男子生徒が立ち上がる。鞄を肩にかける。

「・・・帰るのかい?」
「ああ、バイトがあるんだよ。」

そう言って、佐々木の目の前に何かを置いた。時代遅れのMDウォークマン。そして聞いた。

「聞く?」
「何をだい?」

題名を聞く。男子生徒が答える。少しだけ考えて、佐々木は頷いた。

「ま、明日返してくれ。」

そう言って男子生徒は帰った。


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:00:06.29 ID:TDpV/Xrh0

佐々木は一人になり、イヤホンを耳につける。再生。

耳からどこか物悲しい音楽が聞こえてくる。それを堪能しながら、佐々木は愚にもつかない言葉を、しみじみと吐く。


「青春、かぁ。」


戻ってこないのかもしれない、と思った。捨ててしまったものを取り戻すには、何が必要だったんだろう。愛だの恋だの、そんなもので乗り越えられるようなものだったのか。

僕だって出来うるならば知りたくなかったんだ、と佐々木は口に出す。でも知ってしまった。知ってしまった僕はどうすれば良かったんだろう。

解らなかった。少なくとも今までと同じ毎日が続くことだけは、ありえないような気がした。
みんな変わっていく。変わらずにいれれば、どんなに素晴らしいだろう、なんて世迷いごとが少しだけ頭に浮かんだ。

もし。佐々木は考える。もしこの曲が終わるまでに谷口が来てくれたら。僕は彼とやり直せるような気がする。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 22:02:52.42 ID:TDpV/Xrh0

曲が盛り上がり、少しずつ終わりの雰囲気を出し始める。

来る訳無い。来る訳は無いんだ。そう自分に言い聞かせる。

ボーカルが最後の言葉を叫んだ。

SO YOUNG。



その瞬間、佐々木はボタンを押していた。何の考えも、意図も無い。たまたま指に力がこもってしまった、それだけのこと。

再び同じ曲が、はじめから流れ始める。

佐々木は呆然とウォークマンを見つめた。なんだか無償に悲しくなって、それと同時にたまらなく愛おしくなって、両手で胸に抱える。机に伏せる。

佐々木はいくつか思い出の残っている何の色気も無いマクドナルドの店内で、谷口を思いながら只管肩を震わせた。

「谷口・・・」

来ることはないだろう彼を思い、佐々木は泣く。


60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:05:19.83 ID:TDpV/Xrh0



『谷口の万感』  ―LOVE LOVE SHOW―



「笑顔が綺麗だったんだ」と国木田は言った。

忘れもしない。あれは国木田が初めて俺たちに、長門について口を開いた時だ。

俺もキョンも、その進展を全く知らなくて、だからこそ俺たちははた迷惑な好奇心を隠そうともしなかった。どんなに馴れ初とか経緯とかを尋ねても、国木田は照れたように笑って何も話さなかった。

そんな時、キョンが聞いたんだ。


「長門のどんな所が好きなんだ?」


国木田は何故かそれにだけ答えた。それが冒頭の台詞。それだけ言って、「これで僕の話はおしまい」ときっぱり宣言した。そしてありきたりな反転攻勢をかける。


「そういえば、キョンはどうなのさ。涼宮さんと。」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:09:32.31 ID:TDpV/Xrh0


キョンがいつもどおり「なんであいつの話が出てくるんだ」と不満げに言う。

国木田が「素直じゃないねぇ。」なんてからかうと、キョンは頭が痛そうにため息をつく。

そんなありきたりなやり取りをどこか覚えているのだけれど、それはやけにおぼろげな記憶だった。


というのも、谷口は少し考えこんでしまったからだ。

俺は佐々木の笑顔を見たことはあるんだろうかと、そう思ったのだ。勿論あの一見小ばかにされてるような独特の笑い方はいくらでも見たことがある。

でも国木田が見たという長門の笑顔は、それとは何かニュアンスが違うように思えた。

それはきっと心から、何か素晴らしいことがあったときに、自然に内から溢れ出る様な、そんな物であるように感じた。


いつかそんな佐々木の笑顔を見ることが出来るんだろうか。そう思ったら、奇妙な焦燥感のようなものが、胸の奥にちょこっと顔を出して直ぐに消えた。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:15:58.04 ID:TDpV/Xrh0

「ラブレター?君に?」

佐々木は谷口に隠そうともせず露骨に驚いた。冗談も程ほどにしないか、と言わんばかりの声色で、谷口が不満を言うと笑いながら謝った。

「すまない。いや、あまりに意外だったものだからね。」

今朝下駄箱に入っていた手紙を渡すと、興味深そうに聞いてきた。

「読んでもいいかい?」

谷口は頷く。佐々木がニコリと笑って殺風景な茶封筒から手紙を取り出す。中にはなんの変哲も無いレポート用紙が折りたたまれて入っている。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:19:33.09 ID:TDpV/Xrh0


仮にも彼氏に他の女の気配が忍び寄っているのだから少しくらい嫉妬やら心配やらをしてもよさそうなものだが、面白そうに笑いながら手紙を熟読している。

谷口は混み始めたマックの窓際の席で、ジンジャーエールを飲みながらそんな佐々木の姿を見ている。

読み終わるまで一分も掛からなかった。佐々木ははっきりと言った。

「不自然だね。」
「だよなぁ。」

谷口が大きくため息を吐き、それを見て佐々木が面白そうに笑う。くつくつ。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/15(金) 22:24:20.71 ID:TDpV/Xrh0

「大体なんだい、この何の可愛げも無い封筒と紙は。」

そう言って、佐々木は何の変哲も無い茶封筒をひらひらと振る。

「僕の価値観からすれば、こういったものはもう少しファンシーなものを用いると思うのだが、これは僕の思い違いなのかな?」

「俺もそう思った。」

「それに内容からしておかしい。『明後日の放課後、図書室に来て』。図書室は放課後も不特定多数の人間が出入りする場所だからね。
 手紙を用いるということは、愛を告げることになんらかの恥ずかしさを持っているということだから、そんな公衆の面前で告白を行なうようなことは無いだろう。」

「やっぱり悪戯だよな。」

谷口は背凭れに寄りかかり頭を掻く。悪戯だと解っている所に、わざわざ飛び込むほど自分もお人よしでは無い。
まんまと騙されてやってくる谷口をニヤニヤしながら待っている級友の顔を思い浮かべると、なにやら沸々と湧き上がるものを胸の奥に感じる。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:29:20.28 ID:TDpV/Xrh0

「僕はその可能性が高いと思うよ。」

佐々木は手紙を谷口に返し、コーヒーに手を伸ばす。
谷口は受け取ったはいいものの、どう扱えばいいかよく解らなくなり、結局机に雑に放り投げる。茶封筒は何の遊びもなく、ぱたりと机にねっころがった。

「まあ、行ってみればいいじゃないか。ひょっとしたら本物かもしれない。その場合約束の場所に行かないのは、なんとも礼儀に反すると思わないかい?」

「そう言ってもなぁ。」

「文字を見る限り、どうやら真面目で真摯な方のようだよ。ひょっとしたら、何かの報告なんじゃないかい?」

「そんなもの直接言えばいいじゃねーか。」

「さあ?何か理由があったんじゃないかい?君と二人で会っているところを見られたくなかった、とか。」

ひでぇなオイ、と言って谷口は苦笑する。手元に置かれた手紙を再び手に取り、文面を読み返す。
判を押したかのように整い、フォントも統一された文字が並んでいた。印刷されたといえばそのまま信じてしまいそうだった。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:30:48.46 ID:TDpV/Xrh0

佐々木は『真面目で真摯』と評したが、谷口はどちらかといえば画一的で機械のような物に見えた。
封筒などを取ってみてもどこか冷たく、感情を感じさせない手紙だ。

不意に国木田の彼女を思い出す。そういえばあいつも昔、どこか冷たい印象を与える奴だった。

ただあいつは笑うんだよなぁ、なんて思い出し、谷口は向かいの顔を見つめる。佐々木は機嫌が良さそうに、携帯電話をいじっている。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:32:32.17 ID:TDpV/Xrh0

次の日の放課後、谷口は図書室に向かっていた。

正直気が進まなかった。
結局のところ悪戯だろうとは思っていたのだが、あまりに単純でなんの工夫も凝らされていないあの手紙に、どこか仄暗い焦りを感じた、とでも言うべきなんだろうか。

有り体に言えば、必死そうだった。あくまで直感だから、何の根拠も無い。
谷口を動かしたのは、どこかおぼろげな義務感に似た何かだった。


図書館に着く。

広々としたその部屋は、実に閑散としていた。
普段来ていないので解らなかったが、ひょっとすると普段からこれくらいの人しか集わない場所なのかもしれない。

そうであれば、人目を盗んで話すにはなかなか適しているのかもしれなかった。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:34:33.46 ID:TDpV/Xrh0

そんな静かな部屋の真ん中の机にたった一人女子生徒が座っていた。

だから、谷口はこの人物こそが手紙の出し主ではないかと考えた。
谷口は彼女に目を向けながら突っ立っている。誰か頼むから入ってきて欲しいと、諦めながらも少しだけ願う。

しばらくして、女子生徒がこちらを見た。その顔を見ると、谷口は確信するしかない。

「待っていた。」

真剣で、真面目で、機械みたいなのに、どこか追い詰められている。そんな顔で、長門有希が呟いた。

そんな表情をしているくせに、耳にはイヤフォンが付いている。一体何を聞いているんだろう。

告白、では無いよな。たぶん。そう谷口は居るかも解らない神様に頼む。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:37:09.37 ID:TDpV/Xrh0

「手紙出したのお前かよ。」
「そう。」

長門がイヤフォンを外しながら応える。

「お前音楽とか聴くんだな。文学少女かと思ってたぜ。」
「友人から借りた。音楽は素晴らしい。」
「何聞いてんだ?」
「秘密。」

そっか、と呟き、谷口は促されて長門の正面に座る。椅子を引く音がやけに響き、谷口は少しだけ身震

いする。そういえば、長門と二人っきりで会うのは初めてで、そのことに奇妙な後ろめたさを感じた。

「単刀直入に言う。聞いて欲しい。」
「何だ?国木田の愚痴?」
「違う。あなたの話。」

頭上の照明がチカチカと揺れた。少しだけ暗くなり、長門の表情がいままでよりも見えにくくなったよ

うに思えた。不意に言い様の無い焦りを感じる。ただ、それが何なのかは微塵も解らない。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:40:06.23 ID:TDpV/Xrh0

長門が口を開こうとする。一体何なんだろう。この言い様の無い胸のざわつきは。

「私は過去にあなたの情報を操作・改変した。」
「ちょっと待とうか。何言ってるか全然わかんねぇ。」
「言い直せばあなたとその周辺の記憶・情報を操作し、従来とは異なったものにした。」

少しだけ長門が言葉を止める。ふぅ、と細い息が彼女の口から漏れる。
それを見たとき不意に手紙の入っていた茶封筒が頭に浮かんだ。

あの浮世離れした常識の無さと、今告げられている現実離れした言葉は、理解に苦しむという意味でよく似ていた。

「具体的には、朝倉涼子に関する記憶を改変した。」
「朝倉?カナダに転校したって奴か?」
「それもある。でもそれだけではない。」

チャイムが鳴った。

「それだけではない。」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:44:02.66 ID:TDpV/Xrh0

なにやら強烈な不安感が押し寄せてきて、何の意味もなく椅子に座りなおしてみた。
居心地は悪いままで、谷口は奇妙に弾力のある唾を飲み込む。

「私はある人物の信頼を得る必要があった。」

おかしいだろ、と谷口は心の中で叫ぶ。なにか聞いてはいけないことを聞いてしまう、そんな気がした。

「様々な事情を考慮した結果、その人物の窮地を身を挺して救うことにより飛躍的に信頼関係の構築が加速するのではないかと予想された。
 よって私はその窮地を作り出すことを試みた。私は彼の存在を脅かす為、適当な人間を用いることにした。
 その人間に彼を襲わせ、私が彼を庇いつつ救出する。これを行なうことで、その人物との間には理想に近い関係を得ることが出来た。」


谷口はなんとか言葉をひねり出す。


「・・・なんだそりゃ。」


全力で作り出したはずの言葉だったが、長門の生み出すものは微塵たりとも揺るがなかった。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:47:16.08 ID:TDpV/Xrh0

そして長門が、たぶん一番大切で重要なことを告げた。


「あなたと朝倉涼子は、本来幼馴染。」


荒唐無稽なその言葉は、谷口の心の奥にある何かを激しく揺さぶった。今にも立ち上がって逃げ出したくなるような、そんな衝動が湧き上がる。それを全身の筋肉で無理やり抑えながら、谷口は軽口を叩く。

そんな自分に、少しだけ幻滅した。

「へぇ。そりゃ初耳だ。」
「それは私があなたの記憶を改竄したから。あなただけでなく多くの人間の記憶を改竄した。情報上において、朝倉涼子は最早この世界のどこにも存在していない。理由は、」

何故なら。いい加減に聞いていたはずの言葉が急に輪郭を帯びて迫った。
何故記憶を改竄する必要があったか。それは気付かれてはいけなかったからだ。

人に襲い掛かった人間のことを覚えている人間がいてはならないからだ。

長門が言った。

「朝倉涼子を抹消することが、最もシンプルに目的を達する方法だったから。」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 22:50:19.58 ID:TDpV/Xrh0

谷口は意味が解らず頭を抱える。頭蓋骨が割れそうなくらい脳が蠢き、それを押さえ込みたくて掻き毟る。
覚えてもいない女の名前で何故自分が苦しんでいるのか、それが全く解らなかった。

俺の前に座っているこの女は、友人の彼女だ。

その友人は中々の常識人だから、この女もまたそうだろうと勝手に邪推していた。だがそんなことは無い。
長門の言うことは荒唐無稽でちゃんちゃらおかしい。
きっとこいつもまた涼宮ハルヒの怪しい電波を受けた人間で、宇宙人だの超能力者だのを追っかけまわすただの変人だったということだ。
傍から見てる分にはおもしろいが、それに巻き込むのは勘弁して欲しい。なんたって俺は普通の人間なんだから。

そう、俺は普通の人間なんだから、こんな世迷いごとなんて笑い飛ばせばいい。

笑い飛ばせばいいのに、なんなんだ?
何故俺が苦しまなきゃならないんだ。

「忘れさせろよ。」

谷口は無意味にポツリと呟く。長門が真剣な顔で頷いたのが見えた。



83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:07:42.49 ID:TDpV/Xrh0

下駄箱に行くと国木田が居た。

「あれ?谷口じゃん。こんな時間まで何やってたの?」

そう聞かれた。谷口はすこし考え、大仰な仕草で告げる。

「ラブレターもらっちゃってよ。モテる男は辛いぜ。」
「夢の中で?」
「現実に決まってんだろ。」

空になった下駄箱の蓋が、パタリと音を響かせて閉まる。
誰も居ない学校に、何故か知り合いと不意に会う、というシチュエーションがどこか可笑しい。二人とも何をやってたんだか。

もしかしたら、長門を待ってたのかもしれないな、と思った。
長門はいつもキョンと同じようにSOS団の活動とやらでだいぶ下校が遅くなるようだし、国木田がそれを待っていても変では無いような気がした。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:12:21.32 ID:TDpV/Xrh0

「それで、誰だったんだい?」
「何が?」
「ラブレターをくれた人だよ。僕も知ってる人?」

それは、といいかけて言葉が詰まった。
というのも、一体誰に呼び出され、どこへ行き、どんな話をしたのかが、どうも谷口にはよく思い出せなかったからだ。

ついさっきのことを思い出せない自分がなんだか不満だったが、どれだけ憤っても何も思い浮かばない。

「いや、知らねぇよ。」そういって誤魔化すことにした。
「そう。残念だな。」

国木田は深く聞いてこなかった。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:15:14.12 ID:TDpV/Xrh0

夢を見た。

奇妙だった。高校に入ってすぐカナダへと去って行った朝倉涼子が、その夢の中で出てきた。
当時は大して話したことも無かったのだが、そこでは二人は誰も居ない夕暮れの公園で、ベンチに座って話していた。
夢に出てくるくらいに未練があったのか、と苦笑する。

いつか佐々木に話してやろう、なんて思った。傍から見ると彼らは仲が良さそうで、谷口はどこか現実味の無い自分達を見下ろしていた。


会話が聞こえた。

朝倉涼子に好きな人が出来た、という話だった。夢の中の谷口は笑いながら、よかったじゃん、と言っていた。たぶん本心なんじゃないかと、谷口は踏んだ。

不意にこの二人は幼馴染なんじゃないかと思った。そんな突拍子の無い思いつきをしたとたん、何故か長門の顔が浮かんできた。


89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:18:19.49 ID:TDpV/Xrh0

「覚えが無い?」

佐々木はそう声を荒げた。眉間に皺が寄り、どこかキツイ表情になっている。
こんなことで何を熱くなってるんだか、と谷口は不思議に思ったが、確かに告白されといて内容を明かされないとすれば不安になるものなのかもしれない。
そんなことを考えながら、少し冷めた目で佐々木を見つめる。

「ちょっと待ってくれ。図書室に呼び出され、一世一代の覚悟でしてきたであろう告白を君が覚えていない、というのは余りに失礼だし、相手に対して無礼だとは思わないかい?」
「んなこと言ったって覚えてないしよぉ。」
「お願いだから嘘だと言ってくれよ。」

どこか懇願するような口調だったが、だからといって思い出せるわけでもない。
しかも谷口自信、覚えてないようなことなのだから、大した内容では無かったのではないか。

恐らく告白でもなんでもなく、ただの業務連絡のようなものだったのではないかと踏んでいた。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:22:21.96 ID:TDpV/Xrh0

自分の記憶が無い、ということに対し谷口は不思議といやに冷静で、それは今の佐々木とは正反対だった。寧ろ佐々木は人の記憶に対し何故そこまで切迫しているのか、それが疑問ですらあった。

昨日はあれだけあっさりとしていたというのに。何かおかしな夢でも見たのだろうか。

「ねぁ谷口。何か覚えていることはないかい?」
「だから大したことじゃなかったんだって、きっと。」
「そんなことを言わないでくれ。何でもいいんだ。頼むよ。」

そんなことを言ってもな、と呟きながらももう一度その時を思い出す。「頼む」なんて今まで言われたこともなかったな、なんて関係ないことを思いながら、反芻する。
そういえば、一つだけ覚えていることがあった。

「『夢で教える』っていってた気がするな。」
「『夢』・・・」

そう呟いたっきり、佐々木は一瞬だけ肩の力を抜き、直ぐに難しい顔をして黙り込んだ。谷口は、なんだこいつ、と思いながらふと思いつく。そうだ、あのことを話してみよう。

「そういえば、今朝面白い夢をみてさ。」

佐々木が少し顔を上げる。その表情がなんとも形容しがたくて、その顔をいつもの彼女に戻したくて、谷口は今朝見た夢をぽつぽつと話してみた。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:25:11.74 ID:TDpV/Xrh0

次の日、教室で一人机に突っ伏していると、国木田とキョンが声をかけてきた。

「なんだ谷口、やけに早いな。」
「なんかあったのが丸解りだよ。また佐々木さんと喧嘩でもしたの?」

うるせーよ、と言って追い払おうとしたが、その通りだったので否定は出来ない。

棘のある言い方が気に入らなくてつい店出てきてしまったが、今思うとこちらにも落ち度が多々あって、いくつかの後悔が胸を締め付けた。だからといって理不尽な思いが消える訳では無かったが、たぶん

またこちらが謝るんだろうな、という予感はしていた。

でも今は謝らないぞ、と谷口は心に決める。

それを口に出すと、「どうせ三日後くらいには謝るくせに」といわれる。それは全く正しくて、それを見透かされたのが悔しくて、谷口はもう一度呟く。

「うるせー。」

キョンが面倒そうにため息をつくのが聞こえた。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:28:21.19 ID:TDpV/Xrh0

夢を見た。

谷口は忘れ物をして、今来た夕暮れの道を学校へ戻っている。すると、校門の当たりで立ち止まる。
というのも、目の前に急に人が現れたからだ。
現れたのは朝倉涼子だった。

朝倉涼子は笑っているくせに、寂しげな顔をしている。
所々体が欠けているくせにそれはどこかグロテスクでは無く、夕焼けを見ているような不思議な感慨を谷口に与えた。

谷口は不意に呟く。

「ばっかじゃねぇの?」

夢の中の谷口は何にも気付かずに阿呆のような顔をして、首を傾げながら校内に入っていく。
それを傍から見つめる谷口は、今呟いたその言葉が一体どこから来たのかわからず困惑する。

そして、日本史の教師が雷を起こし、谷口は現実に戻ってくる。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:31:52.85 ID:TDpV/Xrh0


次の日の朝も、谷口は一人机に突っ伏していた。
国木田が声をかけてくる。

「どうしたの?」

谷口は目線だけを彼に向け、再びうつ伏せる。キョンがいないからか、国木田は何も言わずに隣に座っているだけだった。正直な所、助かった面もある。
だから谷口は少しだけ話すことにした。自分勝手に。

「昔の話なんだけどさ、」
「なんだい?」

「俺は夜道を急いでいたんだ。」
「唐突だね。」

「すると、どこからか声が聞こえたんだ。」
「なるほど。」

「丁度交差点の手前だった。俺は立ち止まって、声が聞こえたほうを振り返った。」
「妥当な反応だね。」

「すると、俺が今にも飛び出そうとしたその道を、トラックが猛スピードで走り抜けて行ったんだ。」
「そうかい。」

谷口はそこで口を噤む。今度は国木田が口を開く。

「ということは、谷口が生きているのはその声のおかげ、ということでいいのかい?」
「そうだな。」

会話終了。谷口はそのまま黙り込む。国木田も何も言わない。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:35:50.63 ID:TDpV/Xrh0

そうやって一方的に振舞いながら、谷口は昔聞いたはずの声を思い返す。

その声に対して彼にはほとんど間違いないと言える位の確実な心当たりがあったのだけど、それを口にしようとすると、喉の奥でガラガラとしたものが絡み付いてきた。
谷口自身もそれを無理やり引き剥がすような気力も無く、結果それは彼の心と記憶のどこかに戻っていく。

不思議と落ち着いた自分の体や頭を奇妙なくらいに冷静に見下ろしながら、谷口は友人と会話をしている。
それはどこか奇妙な印象を受け、その奇妙さがまた彼の頭の中を冷やしていく。
どこまでも深く冷たくなっていく何かに敢えて触れず、谷口は少しずつ深い底に落ちていく。

国木田が言った。

「別れたのかい?」
「ああ。」谷口は素直に認める。
「そっか。」

国木田はそれ以上何も言わず、もう会話は終わったとばかりに鞄から教科書を引っ張り出し始めた。谷口はそれを横目で見ながらぽつりと呟く。

「ほんとに別れたんだよなぁ。」

国木田の手が一瞬止まり、何事も無かったかのようにまた作業を続ける。


だんだんと教室に人が増え、賑やかになっていく。


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/15(金) 23:38:15.07 ID:TDpV/Xrh0

恐らく、自分は思ったよりも凹んではいない。そう、谷口は自分で自覚する。

ラブコメであれば、恋人に振られたときなんか自暴自棄になって泣き喚いて、世界なんか滅亡してしまえと世の中を呪ったりして然るべきなのだけど、ところが現実はそうではなく、谷口は気分が落ち込んでいる訳でもなければ、目の周りが真っ赤になったりもしていない。

ただ、普段なら気付きもしないようなものをその日は見た。

窓の外で雲が流れている。今日は清々しいくらいの青空で、見ているだけで爽快になってもおかしくない。
でもその光景は教室の窓を通してみている訳で、その窓は意外と汚れている。ベランダの手すりは錆びていて、蒼い塗料がはげて茶色く毒々しい色が見えている。

不意に窓際の一番後ろの席に居る涼宮とキョンが目に入る。涼宮がつまらなそうに窓の外を眺め、キョンはつまらなそうに不貞寝をしている。
涼宮は窓の外を見ながらも時々自分の前の席の男に目を向けて、そしてまた外に目を戻す。

それを見るのが少しだけ辛くなり、谷口は珍しく黒板に目を向けた。教師と目が合うと、珍しそうに微笑んできたので、こちらは苦笑いするしかない。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:00:40.11 ID:gNV1DRGC0

放課後になると、キョンが絡んできた。なんでも今日はSOS団の活動が無いらしい。

最近こういった機会は多くなってきておりキョンは首を傾げているが、そうなり始めたのは長門が国木田と付き合いだした頃と一致していることに谷口は気付いている。

「本屋にでも行かないか。」と誘われた。その後ろで涼宮が聞き耳を立てているのが見えた。
結末が割りと想像できたのでなんとしても国木田を引き入れたかったが、「国木田は今日都合が悪いみたいだからな。」とキョンが呟く。
谷口は教室を出て行く国木田を見つける。国木田は振り向くと肩を竦め、申し訳無さそうにいそいそと出て行った。

胸の奥がズキリと痛んだ。その痛みは直ぐに消えて、谷口は戸惑う。

「谷口、聞いてるか?」

キョンの声が少し遠くから聞こえた気がした。気付くと直ぐ傍にキョンは居て、少し動揺したのだけれど、時間をおいたらいつもどおりに反応することが出来た。

「当たり前だ。宇宙人の話だろ?」
「やっぱり聞いてないじゃないか。」

そう言ってキョンが顔を顰める。谷口はなるべく豪快に、ハハハ、と笑った。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 00:04:09.78 ID:gNV1DRGC0

本屋へ行くと、予想通り涼宮ハルヒと出会った。

キョンは嫌な顔もせず、かといって別段嬉しそうでもない。
極当然のようにこの遭遇を受け入れるこの友人の度量には底知れないものを感じる。そのくせ、涼宮とは何の関係も無いと言い張る。
ひょっとしたらとんでもなく鈍感なんだろうか。だとしたら驚かないのはどういうことか。当然と思うくらい、偶然涼宮と会い続けているとでもいうのだろうか。

「何でお前がここにいるんだ。」とキョンが詰問すると、「アンタが勝手に来たんでしょ。」と涼宮は言う。
どことなく仲の良さそうなやりとり。それを見ると、毎回「もういいかな」と思う。

だから言った。

「悪い、キョン。俺ちょっと用事あったの忘れてたわ。」

キョンは特になんの拘りも見せず、「そうか。」と言う。
その後ろで涼宮がそっぽを向きながらも申し訳無さそうにこちらにチラチラ視線をよこし、少しの鬱陶しさを感じながらもそれに気付いた自分に驚愕する。
そういえば、涼宮の様子なんて伺ったことも無かったな、と思うと、それがなんだかとても勿体無いことに思えて、そこら辺の柱の影に誰か隠れてないかと目を凝らす。

勿論誰も居ない。谷口は、一体誰を探していたのか少し考えて、少しだけ苦笑してその場を去った。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 00:06:59.02 ID:gNV1DRGC0

暇になったのでレンタルCDショップへ行った。
別段何か借りたいCDがあったわけでは無かった。つまるところ、ここに来たのは完全なる気まぐれで、何の計算も働いていない。

ひょっとしたら、最近誰かと音楽について話していたのかもしれない。その深層心理で自然とここに足が進んだ、というのも有得ないことでは無さそうだ。
そういえば、「音楽は素晴らしい」なんて言ってたのは誰だったっけ。

思い出せない。まあいいか。

「あれ?谷口。何をしてるんだい?」

聞きなれた声が聞こえた。振り向くと、学校で分かれたはずの国木田が後ろに立っていた。
その傍らには長門が居た。どこかよそよそしく、そわそわしているように見える。
ひょっとして俺と会いたくなかったのか、と邪推して、首を振る。

当然じゃないか、彼氏とのデートを邪魔されて、喜ぶ奴がどこにいる。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:10:32.59 ID:gNV1DRGC0

「キョンと本屋に行ってたんだけどよ、途中から涼宮が来たから逃げてきた。」
「またか。」国木田がくすくす笑う。

長門が気になって、ちらりと目を向ける。笑ってはおらず、足元を見つめている。拒絶されたような疎外感を何故か感じる。

「さっさと付き合えってんだ。デートの仕方がくどいんだよ。」
「キョンもいい加減解っているだろうにね。」
「言わなきゃわかんねぇじゃねーか?」

国木田が、そりゃそうだ、と爽やかに笑う。いや、爽やかそうに笑った。谷口はそこに、言い様の無い違和感を感じた。なんだか無理に笑っているように見えた。

ちらり、と国木田が長門を見た。長門もそれに気付き、国木田を見返す。
そのどこか不自然なやりとりに、谷口は何かを感じた。

「何か、言いたいことでもあるのか?」

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:14:41.34 ID:gNV1DRGC0

そう聞くと、国木田が驚いたように此方を見た。何か触れられたくないものに触れられたような、そんな顔だった。その横で、長門は少しだけしっかりとした顔をしていたのが意外だった。

谷口は、次に口を開くのはたぶんこいつなのだろうと、そう直感した。

「あなたの彼女である、佐々木さんを見た。」

ああ、と谷口は息を吐く。肩から力が抜けたのが解り、どこか緊張していたことを始めて自覚する。奇妙な感覚だった。別れたばかりだと言うのに、その元彼女の名前を出されてもこんなにも穏やかで居ら

れるのは何故なんだろう。

やはり現実味が無いからなんだろうか。
そんな生ぬるい思いを、長門の一言が少しだけ押しつぶす。

「男性と共に歩いていた。」
「なんだって?」その言葉は、急速に世界に輪郭を描いた。
「知らない男性と共に、駅近辺のマクドナルドに入っていったのを見た。」

谷口は少しだけ立ち尽くす。その少しを経て大げさにため息を付き、肩をすくめ、顔に苦笑を貼り付ける。お手上げだ、と言わんばかりに手を上げる。
だって仕方ないだろ、フラれたんだ。俺が口を挟んでも仕方ないだろ?

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:18:51.93 ID:gNV1DRGC0

そんな谷口の気持ちも少し伝わったのか、伝わらないまでも空気を読んだのか。
国木田は優しげに「そっか。」と呟いて言葉を続ける。

「じゃあ長門さん、そろそろ帰ろうか。」

でも長門は頷かず、こちらをじっと見つめていた。見つめられると照れる、などという下らない軽口も叩けない、そんな真摯な目だった。
意思の篭った目というのは、こんなにも力を持っているのか、と畏怖しながらも少しだけ感動した。

「伝えることは、凄く大事。」

長門が言葉を発していた。

それはとても力強く、なのに何かに必死に縋っていて、今にも消えそうなくらいに拙かった。それを後ろで見ている国木田は、歯軋りしそうに見えた。

もしかしたら今は、長門が一人で何かをしなければならないときなのかもしれない。

それが何なのかは全くわからないけれど、国木田にはそれを支えることしか出来なくて、ひょっとしたら支えているかどうかも解らないのかもしれない。
きっととても歯痒くて、もどかしいことに違いない。

少しだけ、国木田が佐々木に被って見えた。何故だか解りそうで解らないもどかしさが、少しだけ谷口を安心させた。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 00:21:36.80 ID:gNV1DRGC0

長門が大きく息を吸い、再び何かを言おうとする。国木田はそれを見つめる。谷口は二人を見つめる。

「伝えることは、凄く大事。」
「そうだな。」

時間はあったのに、そんな言葉しか言えない自分が笑えた。こんなに滑稽な谷口を見ても長門が笑うことは無い。
そういえば佐々木もあまり笑わなかった。人を嘲るなんてコトからは、無縁な奴だった。
なんだよ、未練たっぷりだな、俺は。
まだ間に合うのかな、なんて下らないことを思った。

「私はずっと、ずっと伝えられなかった。伝えたのに、逃げてしまった。だから、あなたには伝えて欲しい。」
「何の話だよ。」

谷口は苦笑するしかない。

「私の話。でも、あなたに伝えたい。伝えて欲しいと伝えたい。」

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/05/16(土) 00:26:47.45 ID:NU107tJL0

長門の顔は本当に真剣で、何かを伝えようと必死だった。伝えるべきことなのに言葉が見つからない。

そんな経験は良くあるけれど、彼女は初めてそれに立ち向かうように見えた。
俺だったら逃げてしまうかもしれない、なんて下らないことを考える。

追ってもこないものから逃げる自分を想像すると、少しだけ可笑しかった。

長門が此方に手を出した。その手には何かが握られていた。

「何コレ。」
「音楽。聞いて。」

どこか時代遅れのMDウォークマン。
促されるままにイヤフォンをつける。再生ボタンを押す。曲が流れる。


LOVE LOVE SHOW。


これこそが、これこそが伝えたいことだったのかもしれない。そう思うと、何かが繋がった。

なるほど、とニヤリと笑う。やってやろうじゃねぇか。


111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:30:19.40 ID:NU107tJL0

谷口は素直な感想を漏らす。

「素晴らしいな。」
「そう。音楽は素晴らしい。」

ひょっとしたら、あの時聴いていた曲もコレだったんじゃないかと邪推した。まあ、いまさらそんなことは関係ない。

だから谷口は、少しだけ笑った。

なんだか自然に漏れた、不思議な笑みだった。それを見たのか、長門の表情からふっと力が抜けた。
そして彼女はニコリと、恥ずかしそうに笑った。

きっと国木田は、この笑顔に惚れたんだな、と思った。


さてと、と谷口は決意する。

佐々木はどこだっけ?

行ってやるよ、と谷口は口に出す。耳から軽快な音楽が流れ込み、それにあわせて谷口は走り始める。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:33:04.84 ID:NU107tJL0

駅前のマクドナルドには直ぐに着いた。

慣れ親しんだ店だった。何故ならここは谷口が告白した場所で、佐々木はそれを受けて、だから二人はよくここで時間を過ごした。

ここに佐々木が居る、ということを、なんだかステキに思った。
きっとまた何かが始まるんじゃないか、そんなことを思いながら、人が並んでいるレジの横にある階段を上がる。
佐々木は二階の窓際の、二人が向かい合える席が好きだった。空いていれば二人は必ずそこに座った。

だから探した。佐々木は、そこに居た。佐々木も谷口に気付いた。

佐々木の目が、一瞬で大きく開いた。信じられない、とでも思っているのかもしれない。だが、彼女が何を思っているかなど関係ない。谷口は伝える為に来たんだ。


何故なら伝えることは、とても大切なことだから。


長門と別れてから只管にリピートしてきたあの曲が、また終わろうとする。その時またボーカルが、ステキなフレーズを叫ぶ。


LOVE LOVE SHOW。


谷口は自分の思いをたった一つの言葉にする。



113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:36:34.91 ID:NU107tJL0

谷口は呼吸を落ち着け、心を静めるために一瞬まぶたを閉じる。

目を開ければ、そこには佐々木がいる。彼女に向かって今から投げかける言葉を必死でまとめ、覚悟する。

目を開ける。

そして谷口は言った。覚悟を籠めて、言った。

「別れたくない。」

周りの喧騒が一瞬で静かになる。佐々木がぽかんと口を開ける。再び喧騒が戻り、回りの視線が谷口と佐々木に注がれた。

佐々木が、全てを悟ったかのような笑顔を顔に貼り付けた。

むしゃくしゃした。お前は何も解っていない。そうはっきりと言ってやりたかった。


114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/05/16(土) 00:38:04.77 ID:NU107tJL0

そんなお前の思いなんか、諦めなんか。俺が全て覆してやる。

だから、もう一度言ってやる。

さあ行け谷口。今一度、言葉に思いを。覚悟を。決意を。

「俺はお前が好きなんだよ!」

万感の思いを籠めて、谷口はずっと言いたかった言葉を佐々木に告げた。
自分がぶつけた言葉の後のその一瞬、時間が止まる。

そして佐々木が、にこりと笑う。

時間が動き出す。



佐々木は泣きながら、「うん」と言った。

その一瞬の佐々木の笑顔が、谷口には世界中の誰よりも綺麗に見えた。



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