涼宮ハルヒの終焉


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1 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 19:57:34.09 ID:UP8AnXBF0

目覚まし時計の音、妹の声。柔らかな朝日が窓から差し込む。俺は、まだもう少し閉じていたいと
訴えけるまぶたに打ち勝ち、身体を起こした。母親の作る朝食のにおい、テレビの音、自分の部屋。
何気ない日常の風景。すべてがそこにある、信じて疑わない俺の人生。
最近は、朝目を覚ましてすぐにこんなことを感じるようになっていた。まるで自分の存在、日常を
毎日、朝日を迎えるたびに確認しているかのようだった。
SOS団に関わらなくなり始めたのはいつごろからだろう?それが日常に溶け込むようになったのは
いつだ?まるで、俺は最初からSOS団なんてものに関わっていないかのようだった。
心を落ち着かせ、自らの記憶をたどっていく。ハルヒと出会い、長門や朝比奈さんとともにSOS団
を立ち上げ、古泉が加入した。ハルヒの傍若無人な振る舞いに振り回され、死を目の前にしたことも
あったし、何度も時間軸上を移動し、無限に続く夏休みや文化祭を抜けた。ハルヒがいなくなった
ことで改めて自分の気持ちに気づいたときもあった。不思議や超常現象を経験しすぎたのか、
世間の常識と俺の常識がかけ離れたものとなっていた。それでも俺はSOS団のメンバーと共に、
俺自身の意思で活動を続けていたのだと思う。

2 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 19:58:41.54 ID:UP8AnXBF0

「キョンくーん、遅れるよー」
妹の声ではっとした俺は、どうやら20分ほどそうして過去の思い出を引っ張り出していたらしい。
わかってる、今行くから。俺はベッドの淵から立ち上がり、学校へ行く準備を始めた。
しかし一度引っ張り出した思い出ってやつは着替えながらもどんどん蘇ってきて、爽やかなはずの
朝に似つかわしくなく、俺の胸はなんとも表現できないモヤモヤとした感情で埋め尽くされていた。
「考えてみると、まだそんなに月日はたっていないんだよな」
そう声に出してつぶやいてから、俺は部屋のドアを開けた。
「くそっ、嫌なことを思い出しちまった」

3 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:01:18.73 ID:UP8AnXBF0

「おっはよー!元気っ!?」
「うん、元気だよ」
いつもの朝の風景。私は毎朝この瞬間に、一日分の元気をもらっているんだと思う。
「みくるは朝からかわいいねぇ」
「ちょっ、鶴屋さーん」
呼ばれた彼女は、でもお構いなしといった具合にわたしに絡んでくる。やっぱり、鶴屋さんと一緒だと
ホッとする。今のわたしの数少ない心の支えでいてくれる。
「みくるは勉強のしすぎじゃないかなっ?目が赤いよー?」
「えぇー、ど、どうしよう。恥ずかしいよ」
センター試験まであと3ヶ月を切り、わたしたちの学年はみんなピリピリとした雰囲気になっている。
わたしは国立大を目指しているので、かなり勉強をしている。それで目が赤いのを、鶴屋さんは
夜中に勉強のしすぎだと思ったのだ。
でも、これは違うんだ、勉強のせいなんかじゃない。最近更にひどくなった。
情緒不安定から泣いてしまうことが多い。特に夜だ。

4 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:02:56.39 ID:UP8AnXBF0

「あんまり勉強しすぎると、センター試験までもたないよっ?」
「うん、ありがとう」
鶴屋さんの優しさが胸にしみてしまう。なるべく考えないようにしていた思いが、どっと溢れてきた。
ずっと活動していけると思っていたのに。ずっとみんなで一緒にいられると思っていたのに。
すべてはまやかしだったのだろうか?わたしは未来から来たんじゃなく、最初からこの時間軸上
の上で生まれ、今まで生きてきたのだろうか?
そうだ、と誰でもいいから言って欲しかった。神という存在は自分の心の中にいるというのなら、
わたしはその神とやらに言って欲しいと思った。あなたはこの世界の人間です、普通の人間です、と。
でもわたしは違うんだよね?時間軸を移動してやってきた、未来人なんです。
そしてそのかつての未来人は、いまや力を失ってしまったただの人間なんです。

わたしの意識とは関係なく、膝がかくんと折れ、そのままぺたんとしゃがみこんで泣いてしまっていた。
鶴屋さんの前で泣いたのは初めてだった。
だめ、泣いちゃだめ、我慢しなきゃ。鶴屋さんが見てるのに。
そんなことを頭の片隅に泣き続ける私を、わたしの肉体だか精神のどこかにいるであろうもう一人の
わたしが、何を言うでもなく、ただ黙ってこちらを見ているような気がした。

5 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:04:02.57 ID:UP8AnXBF0

「雨、ですか」
朝は多少雲があったものの日差しを感じられていたのに、お昼前にはどんよりとした雲が空一面
を覆い始め、一粒二粒と、泣き出した。
やれやれ、天気が悪いと僕の気持ちも滅入りますね。それでなくても最近は懸案事項だらけで、
滅入る機会が多くなっているというのに。そんな機会は願い下げなんですが。
懸案事項。しかし本当のそれは懸案事項と呼ぶには似つかわしくない程、緊急を有すること
である。我々(SOS団のメンバー5人)全員が、各々の心に屈することなく立ち向かって
いかねばならない問題だろう。
「古泉くーん!この問題がちょっとわからないんだけど、教えてもらっていいかなぁ?」
「そういうことならなんなりと」
隣の席の女子の、授業の宿題という懸案事項を手伝いながらそんなことを考えていた。

6 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:05:52.45 ID:UP8AnXBF0

正直に言うと、分からなかった。
誤解のない様に付け加えると、宿題の話ではない。なぜ僕たちの力が弱まっていったのか、である。
宇宙人、未来人、超能力者。
三者三様の違ったベクトルで存在している僕たちが、その力が、能力が、同時期に少しずつ
失われていったのである。そんなことなどあるのだろうか?
朝比奈みくるは時間軸の移動及び交信の力(正確には未来技術だがここでは力と定義している)が
弱まり、今の我々の生きる時間軸上に残るという一大決心をした。といっても未来には
朝比奈みくる(大)がまぎれもなく存在しており、その彼女は時間軸を移動して我々の世界
へ来ているためこの不具合が恒久的なものではないだろうという見解に至ると、朝比奈みくるは
胸をなでおろしていた。しかし彼女の最近の言動を詳しく見てみると、どうやら落ち着いた暮らしを
しているわけではなさそうだった。
あの長門有希も、変わった。以前のような能力も思うように使えなくなっており、情報統合思念体
との疎通もあまりうまくいっていないらしい。さらに驚くべきことに、対有機生命体コンタクト用
ヒューマノイドインターフェースであるはずの彼女に、最近では人間らしさを垣間見ることができるの
だ。長門有希自身が自ら学んだ人間像をその身体にトレースしているだけなのかもしれないが、
個人的見解から言うと、力を失いながら逆にヒトとしての『情報』が現れるようになったのでは
ないかと思っている。長門有希が今更人間らしさを表そうとする理由がないし、もしそうなら生まれた
ときから、あるいは高校1年生になったときに表しているだろう。いくら涼宮ハルヒの監視だけだと
いっても、朝倉涼子のようなインターフェースのほうが人間(の姿)として都合がいいはずである。
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースと人間の間に位置する今の長門有希は、
自らの存在、アイデンティティと向き合わねばならなくなっているのかも知れない。
もっともこれは長門有希自身の問題にほかならず、葛藤しているのかしていないのか、その必要が
あるのかないのか、僕には分からない。

8 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:08:25.49 ID:UP8AnXBF0

超能力者である僕の力も弱まっていった。僕が超能力を発揮する場所、閉鎖空間。
ある時期を境に、徐々に神人を倒すことに時間がかかり始めたのだ。僕だけでなく、機関の
みなが力の低下を訴えていた。もちろん機関では現状把握のための会議や草案の提出が
求められたが、その原因、対策に対する有力な結論は現在も出ていない。
そして特筆すべきは、超能力を発揮する機会がなくなったということだ。それは力の消失を
意味しているのではない。力を発揮する場所、閉鎖空間が生まれないのである。
かつて涼宮ハルヒの精神状態が比較的良好な日々が続き、閉鎖空間が生まれにくくなった
時期はあった。だが今回はまったく音沙汰なし、平和といえば平和な日常が続いている。
SOS団がほとんど機能しておらず、涼宮ハルヒの精神状態が目に見えて悪いにも関わらず、
閉鎖空間が発生しないということを除けば、だが。

「あぁーなるほど、そこの式が間違ってたんだ。ありがとっ古泉君」
「いえ、お役に立てられれば幸いです」
隣の彼女は突破口を見つけると嬉々として問題に取り掛かった。

ふと目を外にやると、いつのまにか雨は本降りになっていた。校舎に打ち付ける雨と
秋雨をもたらした雲をなんとはなしに見ていた。吹き荒れる風に舞い上がった紅葉たちが
この世界に弄ばれている自分たちに見えた気がして、憂いとも哀愁ともつかぬ妙な心情が
僕の心を満たしていた。

9 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:10:34.33 ID:UP8AnXBF0

瞳を閉じる、瞼を休める。一呼吸おいてから、瞳を開ける。
光がわたしの瞳から屈折して視神経に伝わり、視覚細胞から受容される刺激が駆け巡り、
それを私の手だと認識する。
手、わたしの手。腕、わたしの腕。身体、わたしの身体。
ざあああああああっ、雨の音。わたしはこれが雨の音だと知っている。
大気中に含まれる氷の結晶が落下しながら過冷却の水の粒の中に入り、周りの水蒸気を
集めて成長していく。氷晶が零度以上の大気中を通るときにやがて解けて雨粒となり、地上
へと降ってくる。

しとしと、ぽとぽと、ざああああっ。

雨はどこから来たの?どうやってできるの?知らない?知っている。
知識、わたしの知識。情報統合思念体によって組み込まれた知識、わたしの知識。
私は、私の、わたしの生まれた世界。宇宙。わたしを生んだ情報の海、わたしを創った情報の海。
広い、大きい。暖かい、包まれる。
わたしの生まれた地球?年は17歳、トシは4歳。
わたしは何者?わたしの意識、記憶。わたしがわたしであった証拠。わたしがわたしでない証拠。
わたしという存在の確立、存在する確率、他者が認めたわたし。他者の心のわたし。
自分の中の他人、情報の海の他人。創られた、モノ。
ヒト。ヒトじゃないもの。ヒトに近い存在。ヒトにあらざる存在。
私も、私が、わたし、私、長門有希。ユキ、雪。
わたし、わたし、ワタシ・・・・

11 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:12:38.00 ID:UP8AnXBF0

4限目が終わり、わたしは部室で昼食を食べようと静かに席を立った。
「長門さん、今日もお昼一緒に食べない?」
わたしの前の席の女の子がくるりとこちらを向き、屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「ごめん、今日は部室で食べるつもり」
「そっか、じゃあ明日は食べようね」
そう言って彼女はぱたぱたと友達のところへかけていった。それを見届けてからわたしは
一人部室へと向かった。
文芸部の部室からは中庭を見渡すことができる。わたしは以前から降り続いている雨と、
本館と旧館をつなぐ続く渡り廊下を見つめながら、待っていた。
わたしは雨が好きだ。特に、風が吹くことなく割と強く降る雨が。
世界の混沌や七色に輝く希望だとかを洗い流してくれて、雨上がりの太陽に照らし出されて
きらきらとひかる世界に、惹かれるからだ思う。
音も好きだ。いろんなところに当たって、はじけて、わたしの深層心理と共鳴していくみたい。

最近読み終わったこの本、『アルジャーノンに花束を』。今度部室に来たときに貸してあげようかな。
50年も前の作品だけどすごく感動した。そうだね、貸してあげよう。
そして今のわたしの心理状態を知ってもらいたい。一緒に悩んでなんて大それたことは言えないけど、
なんでかな、伝えたい・・・のかな?
『助けて・・・今わたしは何者なのかすら分からない存在に狙われています。わたしがわたしである
 ということすら分からない。お願い、あなたにしか頼めない』
狙われていることはないけれど、少し大げさに書いてもいいよね。こんな紙切れが本に挟んであったら
心配して電話をかけてくれるかもしれない。もしかしたらわたしの家まで直接来るかもしれないなぁ。
ちょっとだけ楽しみ。
かまってもらえなかったらという少しの不安と大きな期待を膨らませ、手紙を本の間に挟み、
渡すのを忘れないように本棚の淵に横にして置いておいた。


ざぁああああああああああっ

そのまま一人で、昼休みを終えた。

12 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:14:56.86 ID:UP8AnXBF0

俺はいつの間にか勉強をするということに一種の悟りのようなものを見出していて
受験まであと1年ということもあり、すんなり勉強モードへ切り替えられていた。
といっても始めるのが周りより一歩遅かったせいもあり、居残りや補講に参加して
遅れている分を取り戻そうと必死になっている。
少しでも勉強しないといい大学には入れないからな。
目指すは文系国公立大学だが俺は苦手科目の英語を克服しないといけない。
あと1年でどこまで力がつくか分からないが、やるしかない。
幸いなことに勉強に集中できる環境は整っている。1年のときは席替えをしても決まって
ハルヒが俺の後ろの席になっていたが、ここ何ヶ月か前からは遠くに離れた席を引いていた。
ハルヒが俺の後ろの席じゃないということは、勉強するにおいて最も重要なことのひとつだ。
まぁ最近はSOS団の活動にも出ていないし、なにしろハルヒとも喋っていないから、
あんまり関係ないが。
つまり、やるもやらぬもあとは自分次第ってことだ。
「今日は世界史の補講か」
さぁて、今日もラストスパート。テキストを机の上に出した俺は少し目を通しておこうと思い、
予習を始めた。

14 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:17:36.54 ID:UP8AnXBF0

朝の一件を鶴屋さんが深くまで追及してこなかったことは、正直ありがたかった。
でも、鶴屋さんにだけはわたしがこんな精神不安定な状態にあるということを知られたくなかった。
彼女は優しい。何も言ってこないけど、本当はすごく心配していると思う。
これ以上余計な心配はかけさせたくない。
せめて鶴屋さんの前だけでも明るい朝比奈みくるでいなくちゃ。
今日は集中講座もないから久しぶりに部室に行ってみようかな。たまにはメイド服を着て気分を
入れ替えたいし。
そう思ってわたしはホームルームが終わると早速文芸部のある部室棟へと足を運んだ。

コンコンっ

「はい」
誰もいないだろうと思っていたけど、ついつい以前の癖で部室の扉をノックしていた。
だから中から返事が返ってきたことに少しびっくりして、誰だろうと考えながら扉を開けた。
声の持ち主は椅子に座っていて、わたしが入ると身体ごとこちらに向きなおし、久しぶりに見る爽やかな
笑顔で迎えてくれた。
「古泉君だけなんて、珍しいですね」
「いえ、ついさっきまで長門さんもいたのですが、図書委員の仕事があるからと出ていかれましたよ。
 図書委員としての彼女の働きぶりは全校生徒が認めるほどですからね」
「わたしが参考資料を探しに図書館へ行ったときは、パソコンで検索し終わるより速く探して
 持って来てくれたんですよ」
などと談笑しながら、あぁ懐かしいなぁと感慨にふける思いがしていた。
古泉君に着替えるからと部室の外に出て行ってもらい、メイド服に手をかけたとき、また少し涙が出そうに
なったのをあわててこらえてすばやく着替え、お茶を入れる準備を始めた。

16 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:24:54.36 ID:UP8AnXBF0

「涼宮さんとキョンくんは、やっぱりまだ・・・?」
30分ほど二人きりの時間がたち、暇をもてあましていたわたしたちはオセロをしていた。
オセロとか将棋は得意じゃないけれど、古泉君もあまり得意ではない。
キョンくんとの時はいつも負けていたから。
互角の戦いをしていたわたしたちは、終盤になって若干古泉君の黒色がわたしの白の数を上回っていた。
「えぇ。2人とも滅多に部室に来なくなりました。しかも打ち合わせでもしているかのように、2人が同じ日に
 来るということがありません。まだ涼宮さんのほうが来ています。2人とも最後に来たのは2ヶ月ほど前でしょうか」
「そう、ですか」
なんとなくそうだろうと思っていたけど、改めて古泉君の口から聞いたわたしは明らかに分かる態度で、うなだれた。
2人とも部室に来なくなっていた。SOS団はその活動を果たさず、市内の不思議探索パトロールもしていない。
わたしは放課後に受験のための授業が入っているのでどうしても顔を出しにくくなった。
今では古泉君だけが毎日部室に来て、図書委員の仕事のない日に長門さんが来るらしい。
「どうして、こんなことになったんでしょうね・・・」
答えの出ない問題と分かっていても、わたしはそう口に出して言わずにいられなかった。
古泉君なら持ち前の洞察力と理論思考でわたしの不安を解消してくれるのではないかと淡い希望をいだいていた。
「・・・・・」
しかし返ってきた言葉は、いや言葉すら返ってこなかった。
やっぱりだめ?古泉君でも分からない?またみんなで活動することはできないの?
キョンくんはどこか冷めた目つきでSOS団を見ている感があるし、涼宮さんは、何というか話しかけることすら
はばかれるような暗い雰囲気で、入学当初より孤立、浮いた存在になっているという。
オセロの途中だというのにわたしは机に突っ伏して、目頭が熱くなっていくのを必死に抑えようとしていた。
そんなわたしの心情を見抜いたのか、
「朝比奈さんのせいではないですから、そんなに気に病まれることもないですよ。僕ができるだけのことはしていますし
 あの2人もいずれこの部室にそろって帰ってくるでしょう。僕たちに3人にできることは2人が帰ってきたときのために
 SOS団という居場所を維持していくことではないでしょうか」
と、やさしい穏やかな口調で説いてくれた。
そんなやさしさから、やっぱりわたしは泣いていた。嗚咽を漏らしながら、わたしは古泉君に何度もありがとうと伝えた。

17 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:27:46.24 ID:UP8AnXBF0

朝比奈さんを一人で帰らせるのは危ないと思い、僕は彼女の家まで送ってあげることにした。
「今日は本当にありがとう。また、よろしくね、古泉君」
「僕でよろしければいつでもお送りして差し上げますよ。それではまた」
朝比奈さんを家の前まで送り、僕は自分の家とは逆の方向へ向けて歩き出した。
少し、話をしておきたい人がいたからだ。

予想したとおりその家のチャイムを鳴らすと、はーいという元気な女の子の声とともに
ばたばたと廊下を走る音が外まで聞こえ、間髪いれずに彼の妹が扉の向こうから顔を出した。
「あっ、古泉君だ。久しぶりだねー、キョン君に用があるの?」
「はい。彼はもう帰っ・・・」
「呼んでくるねっ」
全てを言い終らないうちにばたばたと駆けていく彼女。
何と元気なことでしょう。その元気を少し分けていただきたいくらいです。
5分くらい待つと、彼はジーンズにパーカーというラフな格好で2階から降りてきた。
けだるそうな感じはするものの、いつもの彼の雰囲気を感じさせる口調で狡猾に話しかけてきた。
「よう、古泉。久しぶりだな。お前がうちに来るなんて珍しい。また何か嫌な話でも持ってきたのか?
 あいにくと俺はお前たちの青春の一ページに加わるようなこっぱずかしいことは遠慮したいんだがな」
「お話があって来たのには間違いありませんが、あなたの気に障るような話ではありません。勉強もあるでしょうし、
 すぐに済ませるようにします。ここじゃなんですし、外へ行きませんか?」

19 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:30:38.37 ID:UP8AnXBF0

彼はしぶしぶといった様子も見せずに黙ってついてきてくれた。
昼前から降り出した雨は今になってもやむ気配を見せず、
道路にできた大きな水溜りが降り続ける雨とともに車のライトによって浮かび上がり、反射して光っていた。
僕たちはしばらく無言で歩き続け、どちらからともなく住宅街の一角にある公園へと入っていった。
砂場、滑り台、ジャングルジム、水のみ場。公園の中ほどには木でできたテーブルに、ベンチがあり、
同じく木造三角錐の屋根によって雨の浸入に侵されることなく、街灯の明かりによってひっそりと浮かび上がっていた。
テーブルを挟んで向かい合って座った僕たちは、屋根に打ち付ける冷たい雨音を聞きながら話し始めた。
「それで、何の話なんだ?」
先ほど彼はあんなことを言っていたが、ちゃんと聞く気はあるようだ。真剣なまなざしで僕の目を見据えていた。
実は僕は、彼に何を話そうか決まっていなかった。なぜSOS団を遠ざけるようになったのか、なぜ涼宮さんは
あのような精神状態になりあなたと話もしなくなったのか、僕たちの力が弱まっていったことについて何か知っているか。
彼にどの話題から聞けばいいのか考えあぐねていた。
「涼宮さんは、あなたのことを特別な存在として思っています」
しかし口から出た第一声は、自分でもまったく考えていなかった言葉だった。
彼も予想していなかったらしく、一度離した視線をもう一度こちらに向けて、その真意を探ろうとしていた。

20 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:33:09.26 ID:UP8AnXBF0

「それは俺があいつの面倒や事後処理をしてきたからだろ?あいつは俺を都合のいい存在としてみている
 って意味なら、分からんでもないが」
「いいえ、そういう意味ではありません。僕も最初はにわかに信じられなかった。あの涼宮さんに限って、このような感情を
 持ち合わせるようになるはずがないと。しかしこれはまぎれもない事実でしょう。あなたに恋愛感情を抱いている」
「ばかばかしい。そんなくだらん話をするためにこんな雨空の夜に、何が好きで男二人っきりで公園にいるんだよ。
 話がそれだけなら俺はもう帰るぞ」
苛立ちを見せる彼はベンチから立ち上がり傘を差そうとした。言ってしまった以上、後には引けない。
「とりあえず座って、最後まで聞いてください。すべての謎を解くにはこの話をすることがベストだと思ったのです」
『すべての謎』というフレーズが引っかかったのか、彼は思いとどまったように傘を置き、座りなおした。
「俺は忙しいんだ。手短に話せ」
とりあえず彼が思いとどまってくれてよかった。この後の話も冷静に聞いてくれるといいのですが。
「承知しました」

22 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:35:34.27 ID:UP8AnXBF0

「時系列に沿って話していきましょう。去年の春からです。あの頃の僕たちはSOS団メンバーとして様々な
 活動をしていました。 校門でビラを配ったりSOS団サイトを作ったり、不思議探索ツアーをしたり。
 あの頃は活動暦こそ浅かったものの、みんなで協力してこれからSOS団として頑張っていこうという
 スローガンの下、楽しい日々を送っていました」
「そんな安っぽいスローガンがあったとは初耳だし、まだまだハルヒのわがままに振り回されていない時期だったからな。
 それから起こる災難を知らずにいれた平和な時期だろうよ」
「閉鎖空間でのことを思い出してください。新世界のアダムとイブになろうとしていたあなたたち二人は、我々
 の住む世界へと帰ってきた。では、どうやって?」
「そんなことは忘れた。かなり前の話しだしな」
「そうですか、では思い出してあげましょう。キスです。涼宮さんが望んでいたんですよ」
そこまで話すと彼は一呼吸置いて天井を仰ぎ、やれやれといったジェスチャーをして見せた。
「ハルヒが望んだとかそんなことは知ったこっちゃねぇし、それはないだろ。おれは長門や朝比奈さんのヒントを
 頼りにしてみせただけだし、それがハルヒが望んだっていうのとどう繋がるんだよ」
「まぁいいでしょう。しかしそれ以降も野球大会や夏の孤島での合宿、文化祭に冬合宿などイベントを、毎日の日々を
 過ごしていくうちに涼宮さんはあなたに惹かれていった。彼女は『恋愛なんて一時の気の迷い』とおっしゃって
 いましたが、これは『一時』ではありません。まぎれもなく恋愛感情でしょう。かわいらしいではないですか」

23 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:37:46.08 ID:UP8AnXBF0

「それはおまえの勘違いだ、妄想だ。おまえ実はハルヒが好きなのか?今じゃハルヒは暗く鬱状態みたいに
 なっているから、あれを相手にするのは大変だぞ?」
核心のひとつ。なぜ涼宮さんが暗い鬱状態になってしまったのか?間違いなく彼は原因を知っている。
「涼宮さんは急激に変わってしまいました。トレードマークの黄色いヘアバンドを取り、髪をロング近くまで
 伸ばして。性格も暗く、内向的に。まるでSOS団を立ち上げる以前の状態に、いやそれ以上にひどい。
 そう思いませんか?」
「・・・そうだな」
そうつぶやいて彼は雨に濡れるジャングルジムのほうを見つめた。彼がなにか思うところを話しだすだろうかと
待っていたが、それっきり口をつぐんだままだった。
興味がない。そう身体から発信しているかのような振る舞いだった。
僕は彼に問いただす言葉も、怒りすらも湧かなかった。

24 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:39:33.60 ID:UP8AnXBF0

「僕たちの力が、弱まっています」
「・・・知っている」
「朝比奈みくるは我々の住む現代に残る決意をし、長門有希は徐々に人間らしさを手に入れて、
 僕は閉鎖空間内での力がほぼ無くなってしまいました。涼宮さんは鬱状態になり、閉鎖空間すら
 生み出さなくなっています。あなたはかつての心を失い、今ではSOS団は機能していません」
「そんなこと、別にいいじゃねぇか。朝比奈さんはこの世界のほうが合ってるだろ、若い頃に戻れたんだし。
 長門だって、情報統合思念体に愛想つかされて人間に近づけてるってんなら願ったりかなったりだろ。
 おまえも変なバイトしなくてすむし、普通の高校生に戻れたんだからそれでよしと思えばいいじゃねぇか」
あれ、なぜだ?あなたはそんなことを平気で言えるような人でしたか?
どうも思わないんですか?
「現実を見ろよ、現実を。いつまでもSOS団だとか不思議探索だとかやってる場合かよ。ばかばかしい」
この半年の間たまっていた気持ちがこの瞬間に一気にふきだしてきた。
あなたと涼宮さんが部室に来なくなり、僕たちの力が弱まり、それぞれが自分自身と自問自答しながら
過ごしてきた。
なぜこんなことになってしまったのか。SOS団は終わりなのか。力を失った自分、とは。
それぞれのいとおしい人。歩むべき道。
今まで築きあげてきたすべてのことが、大きな音を立てて崩れていくのが分かった。

25 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:40:32.97 ID:UP8AnXBF0

「それで、どうするんだ?」
声が聞こえはっとした僕は、彼の胸倉をつかんで立っていることに気づいた。
僕は今どうして彼の胸をつかんでいるのだろう。僕は今どんな顔をして彼の胸をつかんでいるのだろう。
自分が思うことは結局自分のことでしかない。それは他人には分からないことで、あなたとわたしが
お互いを完全に理解しあえるということは、ない。
自分自身を問いただして、自問自答しても、アイデンティティというもの、言葉、表現すらよく分からないというのに。
あなたのことが、分かりません。いえ、自分のことを考えているということは分かりました。
でもそれは悪いことなんかじゃない。とてもとても大事なことです。
ただ、それは不器用な生き方です。自分の半径1メートルだけの世界にしか関わらないというのならいいですが。
なによりも、寂しい。心も、生き方も。
「あんなにも、満ち溢れていたのに」
こんなこと言うと、今の彼に笑われてしまいそうですね。
僕は右手の力を抜いて彼の胸から手を離し、ひとつため息をついた。
今度は逆に彼に胸倉をつかまれるだろうか、などとどうでもいいことを考えつつ、
雨脚が弱くなっている空を見上げ、傘を手に取りそのまま差さずに歩き出した。
水溜りも気にせず歩いている中、彼がベンチに座りなおしたのを感じていたが振り返ることはなかった。

26 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:44:44.10 ID:UP8AnXBF0

12月に入り、冷たい北風が学校の上の山のほうから吹くようになってきた。
「くしゅんっ、くしゅんっ」
下駄箱でくしゃみをしたわたしは周りの視線に耐えられず早足でその場を去った。
風邪、ひいたかなぁ。最近は頭がぼぉーっとするし、微熱が続いている。
そんなわたしの状況を知っているのにもかかわらず、教室に着くなりハイテンションな声が
かけられた。
「おっはよぉー有希!なぁにあんたまだ風邪治ってないの?そんなもん気合よ気合。よしっ、いっちょ
 寒風摩擦でもしてきなさい」
もう、そんなことしたら余計悪化するよ。ていうかあれは男子限定だよね。
「いいよね、頭の悪い子は風邪ひかない、だっけ?」
「わーん有希がわたしのことバカって言ったー。おとなしくてかわいい顔してて、ひどいこと言うぅ」
本当はもうちょっと言いたい気もするけれど、我慢した。

ここのとこ何かと忙しかったから本を渡せずじまいになっていた。部室の本棚に置いたままだったと思う。
何度か二人で一緒に帰ったけど、恥ずかしくてうまく話せない日が多かった。
よし、今日は渡そう。本も手紙も読んで欲しいから。
これからはもうちょっと積極的になったほうがいいのかな。普通の女の子のような、恋がしたい。

27 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:45:50.08 ID:UP8AnXBF0

微熱のせいか、疲れのせいか。授業中に眠くなってしまったわたしは、少しだけと思い瞼を閉じた。
ちょっとだけ、と思っていたわたしの意識とは裏腹に、睡魔という大きな渦がわたしを飲み込んでいった。
すごく身体が重い。力が出ない。歩いても前に進めない。
ここはどこ?暗い。海?いや、ちがう。
その瞬間懐かしさにも似た記憶がわたしの中へあふれんばかりの勢いで入ってくるのが感じられた。
これは、なに?ああ、あなた。久しぶりですぐには分からなかった。
いまさら何の用?わたしは自らの力で生きていく決意をした。だからわたしの前からはやく消えて。
お願い、お願いします。もういいでしょう?

なんで・・・・そんなの聞いてない。聞いてないっ!
だから、だから?それが前兆だったの?
『有希?』
そっか、どうしようもないんだ。やっぱりわたしは長門有希だったんだね。
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースの、長門有希。
『有希?』
わたしの居場所はそこだったんだ。
喜んで・・・いいのかな?
でもやっぱり、悲しいよ。ヒトの心を持つと、悲しいよ。

28 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:47:22.22 ID:UP8AnXBF0

「有希っ!?」
瞼を開け顔を上げると、わたしの席の周りには人だかりができていた。
「どう、したの?」
「どうしたのじゃないわよ。うなされてたし、すごい汗かいてるわよ!」
見れば確かに、わたしは汗をかいていた。でも信じられなくて、なんどか額の汗をぬぐった。
わたしにも発汗作用があるんだ。以前はどうだったっけ、汗なんてかいたことあったかな?
「長門さんは風邪をひいているらしいわね。保健委員、彼女を保健室に連れて行ってあげなさい」
「あ、あの先生。わたしは大丈・・」
「長門さん、保健室行こ?」
先生の指示によってわたしは拒否する暇もなく保健室へと連れて行かれた。

軽い診断を受けたあと、保健室のベッドで仮眠をとらせてもらうことにした。
ベッドに横になり、ちょうどいい機会だと思ったわたしは、先ほどの疑問を解消しようと
自分の記憶をさかのぼった。
しかしどうしても思い出せない。記憶の深い位置を探ろうとしても大きな壁によってそれ以上前の記憶にたどれない。
なにかおかしい。違和感がある。わたしの記憶・・
ちょっと待って、じゃあ今のわたしの一番古い記憶って何だ?
わたしはできる限り前のことを思い出そうとして、深い深呼吸をしてから目を瞑った。

わたしの中の一番古い記憶。それは三ヶ月前だった。

30 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:49:15.34 ID:UP8AnXBF0

おそらく、今日だろう。たぶん深夜。
俺は自分の予感を信じていた。必然なのかも知れない。
だからこうして誰もいない放課後の文芸部室にまで来て、手紙を書いている。
なぜ今日なのかは分からない。どうして俺にはわかるのか、分からない。
けれどこれだけはしておかなければいけない気がして、筆を走らせた。

学校を出た頃には日はすっかり沈み、部活を終えた生徒たちもすでに帰ってしまっていて、
俺は人気のない下り坂を寒空から逃げるように少し早足で降りていた。
十数メートル先を一人で歩く男の後姿が見えた。
古泉だった。
あいつとはほぼ一月前に夜の公園で話をして以来、話していない。
そんな気まずい雰囲気はあったものの、俺は古泉の背中に声をかけていた。
「よう、遅い帰りだな」
「誰かと思えば、あなたですか。そういうあなたもこんな遅くまで勉強ですか」
「いや、ちょっとした用ってやつさ。駅前まで付き合えよな」
俺は電車に乗って帰るが古泉はそのまま歩いて帰る。駅までは方向が同じだから一緒に
帰るのが自然だろ?
肩を並べて歩いてみたもののこれといって話す話題もなく、沈黙の帰り道を黙々と歩いていた。
今夜のこと、話してみるか?いや、こいつらまで巻き込まれる確証はない。
そうなったときのために手紙を書いたんだ、今話して余計な心配をさせるよりいいか。
おまけにこいつに話したらあれやこれやと聞きまくってくるだろうからな。
俺ですら分からない部分があるんだ、うまく説明できる気がしない。

31 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:53:36.06 ID:UP8AnXBF0

彼は今何を考えているのだろう。この間あんなことがあったから、もう僕たちには関わらないだろう
と思っていたのに。何を話すでもないが、一月ぶりにこうして顔をあわせ、駅までの道のりを
一緒に帰っている。
正直彼と話すことはもう何もないと思っている。彼があんな態度を取るなら解決策は我々だけで
見つけていこう、と。涼宮さんに何かをしてあげることができたのはあなただけだったのに。
いくら僕が涼宮さんのためにしても彼女は・・・・
幻滅を通り越して失望していた。
あの角を曲がればもう駅だ。ようやくこの気まずい雰囲気から開放される。
そう思っていると、彼が話し始めた。
「正直言うと、俺にはわけが分からないんだ。この世界も、今の自分も、SOS団のみんなも」
そういう風に言えば許されるとでも思っているのだろうか?無関心だったのは、
仲間のことを知ろうとすらしなかったのはあなただけですよ?
しばらく無言でいた僕は角を曲がってから、心を落ち着けて返事をした。
「それで、何が言いたいんです?」

33 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:56:34.44 ID:UP8AnXBF0

平静を装ったつもりだったが、完璧には無理だった。彼なら僕の態度に気づいたかもしれない。
明るい光で溢れる駅構内を背にして、彼は僕のほうを向いて言った。
「俺がすべての責任を取る」
彼の顔は光を背にしているため、暗く、表情もよく分からなかった。
だが両の目だけは暗闇に屈することなく、その眼光を際立たせるかのごとく鋭い光を持ち合わせていた。
僕は蛇ににらまれた蛙のようにその場から動くことができずに、冬だというのに背中を冷や汗が伝うような
気持ちの悪い感覚にとらわれていた。
ようやく問いただそうとしたときには彼はくるりときびすを返し、構内へと入っていくところだった。
「待ってくださいっ!」
家路へと急ぐ人々の波に掻き消された彼を呼び止めようとしたときにはすでに遅く、立ち止まったまま声を荒げる
僕の姿をすれ違う人たちが奇妙な眼差しで一瞥しながら通り過ぎていった。
どういうことだ、俺がすべての責任を取る?
激しいほどの嫌な胸騒ぎに襲われた僕は、しばらくその場を動くことができずに立ち止まったまま改札口を見ていた。

34 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:57:40.04 ID:UP8AnXBF0

身体のだるさは昼間よりひどくなっていた。
この分だと、今夜かな?
わたしは昼に見た夢(いや夢の中の現実といったほうが正しいのかもしれない)の内容と照らし合わせながら
自分でも驚くほど冷静に分析し、現実を見ていた。

仮眠をとったわたしは午後からの授業にすべて出て、みんなが帰った後の教室に一人残り、自分の席で
読書をしていた。まるでなんでもない日常を満喫するかのように。
気づいたときには辺りは真っ暗になっており、全校生徒に帰宅を促す校内放送が流れている中、
野球部の数人がナイターに照らされながらグラウンド整備をしていた。帰らなくちゃいけないのは分かっていたのに
わたしの足は靴箱ではなく文芸部室へと向かっていた。
ひっそりと静まり返った廊下は蛍光灯の無機質な明かりが照らすだけで、昼間とはまた違った雰囲気をかもし出していた。
部室の蛍光灯のスイッチを押すと、長机の上に手紙のようなものが置いてあることに気がついた。
「なんだろう」
こんな分かりやすいところに置いてあったら手にとって読んでしまう人がいるだろう。
手紙は閉じられてもおらず、文面が丸見えだった。
ここまで無防備にさらしてあると、どうぞ読んでください、むしろ読めと言っているようなものだった。
手紙をたたんで隅に置いておこうと思ったわたしは、その字が彼のものであるということに気づき、
ためらいもなく読んでしまっていた。

35 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:59:22.73 ID:UP8AnXBF0

わたしはその手紙を5回ほど読み返した。でも何度読み返しても彼の真意が分からなかった。
そんなこと起きるはずがない。そんなの、嫌だ。
こんな手紙があると本当にその通りになりそうだよ。
わたしは手紙をくしゃくしゃにし、ゴミ箱へ捨てた。こんなことは起きない。だからこの手紙も必要ない。
それはある種の願望だった。
わたしは本棚に置かれたままの『アルジャーノンに花束を』を手紙のあった位置に置いた。
そう、あなたが明日の朝回収するのは手紙じゃなくこの本。明日はわたしも早くこの部室に来よう。
そして彼に言うの、あの恥ずかしい手紙は何?こうしてわたしたちは朝を迎えられてるっていうのに。
わたしが捨てておいたから、代わりにその本を持っていってね、と。
笑顔で話せるような気がしていた。

そこまで思い出してから、わたしは寝返りを打った。
多分明日の朝わたしは部室に行けないだろう。でも、想いだけは残るよね。それで十分。
そう納得すると、わたしは深い眠りに落ちていった。

36 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:02:09.83 ID:UP8AnXBF0

奇妙な違和感を覚え、わたしは目を覚ました。薄暗い天井に、蛍光灯が見える。
何時だろう。頭の上においてある目覚まし時計を確認しようと、手を伸ばした。
あれ、目覚まし時計がない。いまだ眠気眼のわたしはその状況を確認するのに少し時間がかかった。
わたしの部屋の天井じゃない。ベッドで寝ているわけじゃないし、背中が痛い。
身体を起こし辺りを見回してようやく分かった。
わたしは学校の教室に、3年の自分の教室にいる。

夢?いや違うと思う。
こんなに5感がはっきりした夢などあるはずがない。なぜわたしはこんなところにいるの?
自分の格好を見てまた驚いた。制服を着ている。
わけが分からなかった。確かにわたしは自分の家で眠りについたはずだ。
こんなことってあるのだろうか。
起き上がって窓に近づき、外の景色を見てみた。
「なんなの、この世界」
そこには空一面灰色の世界が広がっていた。夜でもなく昼でもない、ただ灰色の世界がそこにはあった。
遠くの町並みを見ても明かりが付いているところなどない。人の気配がまったくしない、まるでゴーストタウン
だった。
「ここはもしかして、閉鎖空間?」
話には聞いていたけど、わたしはいままで閉鎖空間の中に入ったことはなかった。
「なんでわたしが?」
もうひとつ疑問があった。涼宮さんはこの半年以上閉鎖空間を作っていなかったのだ。なぜ今頃になって?
いや、今の涼宮さんの精神状態を考えれば閉鎖空間は常に作られていてもおかしくない。
だから作られたということは、逆に必然だ。ではなぜ今回作られたのか?
分からない。
わたしは閉鎖空間についてあまり詳しく知っているわけじゃない。でもわたしだけが閉じ込められたとは考えにくい。
ちょっと怖いけど、学校中を歩いてみようと思った。SOS団の誰かに会えることを願って。

37 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:04:30.54 ID:UP8AnXBF0

俺は教室の窓から校庭のほうを見ていた。薄暗い、灰色の世界。閉鎖空間。
「やっぱり、か」
今夜俺は閉鎖空間へ行く。なぜかは分からないが知っていた。ハルヒもいるだろう。
分からないのは俺とハルヒ以外の3人が来ているかどうか。
頼む、俺とハルヒだけであってくれ。俺は淡い希望を抱きながら教室を出た。
すべてに決着をつけるために。

38 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:06:40.92 ID:UP8AnXBF0

「閉鎖、空間?」
僕はにわかに信じられなかった。自分の意思で閉鎖空間に来たのではない。
巻き込まれた、と表現するのが正しいだろう。
なぜ?なぜだ?落ち着いて考えろ、ここは閉鎖空間だ。
涼宮さんはここ半年以上閉鎖空間を作っていない。あの精神状態にあるのにもかかわらず、だ。
実はひどすぎて作らなかったと考えたら?作れなかった、か?
どちらにしろその沈黙を破って作られた今回の閉鎖空間。普通ではない。
現に今までの閉鎖空間とはまるっきり性質が違うようだ。これは僕にしか分からないだろう。
単刀直入にいえば、そう、完璧だ。涼宮さんの望む世界。
おそらくこの閉鎖空間には終わりはないだろう。端もない。
力が無いので今までのように神人を倒してこの世界から脱出することもできないし、
それ以外の脱出方法が思いつかない。
それ以前に神人が出た時点で、打つ手がない。

39 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:06:57.53 ID:UP8AnXBF0

終わり、ですね。
あれこれと考えていたが、明確な結論がでると肩の力が抜けたように自然とそんな言葉が脳裏をよぎった。
僕は自分の席に戻り椅子に座った。
軽くため息をつく。
思えば楽しい毎日でした。超能力者として生を受けたためにこんなにも満ち満ちた日々を送ることができました。
長門さんのおかげ、朝比奈さんのおかげ、彼のおかげ。そして、涼宮さんがいてくれたから。
涼宮さんが最後に選んだのは閉鎖空間でした。いわば僕の空間です。
まぁ、悪くない。もう少しこうやって過去の思い出に浸っていましょうか。
過去の思い出、僕たちの世界がたとえ5分前に作られたものだとしても、まぎれもない僕たちの記憶なのだから。

41 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:08:50.06 ID:UP8AnXBF0

わたしの足は迷うことなく彼の教室へと向かっていた。
「2年の教室、2年の教室」
どうしてだろう、まっさきにこのクラスへと歩いているのは。どうしよう、もしいないとしたら。
ううん、たぶんいる。そう、感じる。

やはり、彼はいた。窓際近くの後方に。憂いを帯びたような横顔をして席に座っていた。
「古泉君」
彼はいつかのように身体ごとこちらを向いて、ありったけの笑顔をして迎えてくれた。
「あなたもこの世界に来られていたのですね、朝比奈さん。いや、巻き込まれたのか」
そんないつもと変わらない調子でおどけてみせた。
心強かった。本当に心強い。
彼は閉鎖空間のことをよく知っているし、もしかしたらどうしてわたしたちが巻き込まれたのか知っているかも
しれない。
彼の座る窓際まで近づき、もう一度外を見てみた。やはり空は薄暗い灰色の世界で、どんなに遠くを見ても
それはどこまでも続いているかのようだった。
わたしははやる気持ちを抑えながら疑問のひとつを口にした。
「どうして、閉鎖空間なんでしょう?」
「・・・すみません、僕にも分からないんです。こればっかりは涼宮さん本人に聞いてみないことには。もちろん
 彼女本人が原因を知っている保障はどこにもありません」
「そう、ですか。そうですよね、こんなこと分かるわけないですよね。未来のわたしからも何も聞いていないんだから」
だめだった。未来人と超能力者が揃っていながら何一つ分からなかった。
たったそれだけの会話でわたしたちは沈黙し、すべての希望を断たれた気がしていた。
そうか、わたしたちはただの人間だから。ただの人間にはこんな超常現象なんて、分かりっこないよね。

「行きましょうか」
しばらくして彼がそう言った。わたしには行くあてがないけれど、彼にはあるのかもしれない。
床に座っていたわたしは彼が差し出した手を借りて立ち上がり、冷え切った廊下へ向かうため
教室を後にした。

42 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:10:56.15 ID:UP8AnXBF0

目を覚ますと、体育館にいた。有機生命体は死を迎えるとまず体育館で目を覚ますのだろうか?
そんなことはないよね。というかわたしは有機生命体として死を迎えるのではないから、これが死後の世界
でないというのは明らかだ。
わたしの肉体も精神も、母なる情報の海に帰るはずだから。
もう少しこの世界の情報が欲しい。
ここは学校の体育館。電気は付いておらず二階の窓から薄暗い灰色の空が覗いている。
本館へとつながる渡り廊下への扉を開き、改めて外の世界を見回してみた。
昼夜の判断が付かない。明け方でも夕方でもない。そしてこの世界の雰囲気。
わたしの中にわずかに残る情報が、ひとつの答えを導き出した。
「閉鎖空間」
なぜかは分からないが、わたしのなかでわたしが言っている。閉鎖空間だなんて言葉、聞いたこともないのに。
わたしは一月以上前の記憶がないから、もしかしたらそれ以前に聞いたことある言葉なのかな?
でもどうして一月以上前の記憶がないのだろう。ぽっかりと穴が開いてるみたいに、思い出せない。
わたしはふらふらとおぼろげない足取りで本館のほうへと向かった。
身体が思うように動いてくれない。脳内の情報伝達がうまくいっていないのか、身体そのものが使い物に
ならなくなっているのか。
何度か壁に身体を預けて長い廊下をようやく歩き、突き当たりにある階段を上り始めた。

「長門?」
踊り場まで来たときに、上から声が聞こえた。まさかと思ったが、顔を上げて数段上にいるその人物を確認して、
わたしはうれしさで微笑んでいる自分に気づいた。
彼だった。

44 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:12:47.62 ID:UP8AnXBF0

「長門?」
嘘だろ、ほんとに来てしまったのか。最悪の事態だ、まさか長門までこの閉鎖空間に引き込むとはな。
やってくれるじゃねーか、ハルヒ。
俺は長門のいる踊り場まで降りていき同じ高さに立ってから、聞かねばならぬことを聞いた。
「古泉と朝比奈さんを見なかったか?」
俺の質問の意味を、単語をひとつずつ確認しながら答えようとするそぶりで、長門は言った。
「二人とも見てない」
その言葉に安堵しつつ、長門の返答の仕方から以前の宇宙人らしさが抜けていることに改めて
新鮮さとうれしさが込み上げてきて、非常識だと分かっていても、微笑を隠すことはできなかった。
だから長門の様子がおかしいことに気づくのが遅れていた。階段の手すりに身体を預け、
低い声ではぁはぁと息をしているのが分かった。
「長門、きついのか?」
古泉が言ったように今の長門は宇宙人ではない。かといって完璧に人間でもないらしい。
しかし人間らしさがあるならば、身体のきつさも感じるというわけだ。
俺には完璧な人間になるために宇宙人としての力を失う反動か何か、としか思えなかった。
今の長門には力がないから神人が出てきたらおしまいだな。まぁ古泉にも力がないからどっちみちおしまい
なんだが。
「歩けるか?」
「大丈夫。ありがとう」
どう見ても大丈夫じゃなさそうな長門の肩に手を回して、二人で階段を上りだした。

45 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:14:29.14 ID:UP8AnXBF0

希望を求めて学校中を歩いていた。朝比奈さんは僕を頼っているだろう。せめて不安に思われないように
毅然とした態度でいないとな。
どの教室も特に変わった様子はなく、人のいない静けさが際立っていてなんだか気味が悪かった。
校舎の位置関係から部室のある旧館は一番最後になってしまっていた。あそこに何かしらこの世界に対するヒントや
解決策がなければ、本当に終わりかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、朝比奈さんが後ろから僕の袖を引っ張っていた。
立ち止まった彼女は一心に窓の外を見下ろしている。この外にあるのは中庭だ。
彼女の視線を追いかけながら下の方に目をやると、その理由が分かった。

46 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:17:06.73 ID:UP8AnXBF0

涼宮ハルヒ、彼女がいた。
この世界を生み出した元凶。全ての根本である、彼女。涼宮ハルヒもこの閉鎖空間の中へ来ていた。
それを確認すると、僕は走っていた。廊下を駆け、階段を飛ぶように降り、そしてまた廊下を駆けて、中庭へと出た。
一瞬にして上がった息を急いで落ち着かせたかった。彼女まであと二十メートル。
その位置で僕はじっと彼女を見ていた。
彼女は芝生に座っていた。大きな木の根元で、それを下から見上げていた。
制服を着た彼女は、いつもの学校での様子そのままだった。
瞳からはその輝きが失われ、身体から発せられる無気力、倦怠感。ヘアバンドをしていない長く伸びた髪が
風に揺れていた。
しばらくすると朝比奈さんがやって来た。少し息の上がった彼女は、どうしようかと不安そうに僕の顔を見ていた。
話して、みますよ。
心の中で朝比奈さんにそう答え、僕はゆっくりと彼女のいる木の下まで歩いていった。

49 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:20:26.44 ID:UP8AnXBF0

俺は長門の体調が優れないため、教室で一休みすることを提案した。
素直に応じた長門と共に教室で休みながら、俺はこれからどうするつもりでいるのかを話した。
まじめに話を聞いてくれた長門は俺の話が終わると納得したような顔をして答えた。
「あなたには、あなたにだけは話しておきたいことがある。単刀直入に言う、から」
以外だった。長門からこうして逆に話を聞かされるとは思っていなかったからだ。
この状況で長門が話したいと言っているんだ、ただの話じゃなさそうなのはすぐに分かった。
「わたしは・・・もうすぐ、行かなくちゃいけないの。そういう運命、必然だった」
『行く』。
その言葉には重い何かが含まれていた。『何か』は、俺の中で、どこかの部分ですでに感じていたのかも
知れない。認めたくなかった。
「長門、だめだ。そんなの俺は認めねぇ。いや、どこのどいつだろうと認めさせねぇ!連れて来い、そいつをだ」
「でも、もう決まっていることだから。現にここ最近はずっと調子悪かったし。それが今日だってことも。
 わたしには分からないけど、分かる。矛盾してるね、でもきっとそうだから」
長門が何を言ってもどんな状況を話しても理屈を展開してきても、俺は論破してやるつもりだった。
長門の瞳を真正面から見据えて、敢然と立ち向かうつもりで。
だが長門の瞳には、すべてが現れていた。長門の生と死が。宇宙人の長門と人間の長門が。
短い返事と共にその答えを瞳に宿していた。
長門は闘ったんだ。情報統合思念体によって創られた長門有希のアイデンティティではなく、この世界の
まぎれもない一個人の、人間としての長門有希の中に存在するアイデンティティと。
それは圧倒的な力だったのだ。拮抗などというものではない。圧勝。
どちらが勝ったとしても結果は同じだっただろう。
だが長門は自分自身の存在を見失うことなく答えを出したのだ。素晴らしい、誇るべき、自分の在り方を。
俺にはかける言葉はなかった。

51 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:23:18.15 ID:UP8AnXBF0

「そうか。長門が出した答えに口出しは出来ないな。よく、頑張ったな」
そう言って俺は長門の頭にぽんっと右手をのせた。軽くくしゃくしゃと頭をなでると、恥ずかしいのか
顔をうつむき加減にしながら
「むうぅ」
とうなっていた。微笑ましかった。
「お願いがあるの」
手を下ろしてから、長門はそう言った。
「行ってしまう反動で、わたしの記憶はつい最近くらいのことしか思い出せないようになってしまった。
 だから、これまでのSOS団の活動を、ひとつずつ話して欲しい」
長門の望みだった。
俺は出来るだけ笑いながら、楽しそうにかつてのSOS団の活動について話をした。ハルヒに振り回されたこと、
部室で暇をもてあましていたこと、不思議探索、カマドウマと闘ったこと、野球大会、文化祭、夏と冬の合宿・・。
俺は記憶の片隅に追いやったはずのものを、もう一度掘り起こしていた。
ひとつずつ詳しく話していると、時間がどんどん過ぎていくのを感じられた。
長門は楽しそうだった。本当に楽しくて、俺が抑揚をつけて話をするたびに喜んだり、不安そうな顔をしたり、
驚いたり。悲しい話などしたくないし、長門のそんな顔は見たくなかった。
「それでな、つい最近だ、一月前も例によってハルヒに振り回されたんだ。あの時は今まで以上にハルヒのやつが
 張り切ってて本当に大変だったな。長門が覚えてないのが残念だ。その事件というのがだな・・・」

52 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:25:06.97 ID:UP8AnXBF0

足音や気配で僕たちの存在に気づいているはずなのに、涼宮ハルヒは一向にこちらを見ず
ただ黙って大きな木を見ていた。
僕は彼女にあと一メートルというところまで近づいてから話しかけた。
「お久しぶりです、涼宮さん。僕です、古泉です」
声をかけてから何秒たったのだろう。涼宮ハルヒはようやく思い出したように顔をこちらに向け、
無表情そのままに、返事をした。
「あら、古泉くん」
声と瞳に力はなく、そのあまりの感情のなさに鳥肌が立つ。おそらく後ろの朝比奈さんも同じ感情を抱いただろう。
やはり精神状態は悪いようだ。
「どうしてこんなところにいるのですか?」
僕は一つずつ聞いていくことにした。
「分からない」
「何が起こっているのだと思いますか?」
「分からない」
「この世界にいて、何か思い出すことはありませんか?」
「分からない」

54 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:27:56.74 ID:UP8AnXBF0

分からない。ただそう答えるだけなのに、彼女は一つの返事をするのに長い時間をようした。
そのやり取りの間に朝比奈さんは僕のそばに来ていて、涼宮ハルヒが答えるのをじっと見ていた。
「涼宮さん、思い出してください。あなたは一度この世界に来たことがあるんです。キョンくんと一緒に」
それまでじっと見ているだけだった朝比奈さんが、痺れを切らしたのか僕より一歩前に出て,
顔が同じ高さになるようにしゃがんで彼女に質問していた。
分からない。多分そう答えるだろうと思っていた。質問をした朝比奈さん自身も期待はしていなかっただろう。
だが彼女は逸らしていた視線をこちらにやり、両膝を芝生につけたまま上半身だけを朝比奈さんに近づけて、
彼女の肩を両手でつかみ、喋った。
「キョ、ン。キョン?
     いるの?ここに、いるの?」
おかしい、おかしい。目が・・・目が尋常じゃない!
あわあわと震える朝比奈さんを見ながら、僕も固まって動けなくなっていた。
彼の名前だ、間違いなく彼女は彼の名前を聞いてからおかしくなった。なぜだ、なぜだ?

56 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:28:40.80 ID:UP8AnXBF0

どのくらいの時間がたったのかわからない。三分かもしれないし、十秒だったかもしれない。
朝比奈さんが倒れるように座り込むと、ようやく両手を肩から離して解放した。
涼宮ハルヒは顔を下に向けてうなだれるような格好をしていた。
その隙といわんばかりに朝比奈さんは後ずさりをしながらゆっくりと離れていく。僕は後ろから彼女の肩と手を支えながら
立ち上がるのを手伝った。
朝比奈さんが完全に立ち上がり、二人でしばらく見下ろしていても、涼宮ハルヒはその顔を上げようとしなかった。
僕は、戻ることのできない茨の道を、選択した。
「涼宮さん、よく聞いてください。僕は超能力者です。あなたが以前から望んでいた、ただの人間ではない一人、
 超能力者」
朝比奈さんが驚いたようにこちらを向いたが、何か言い出す前に僕は話を続けた。
「そして朝比奈さんは未来人。本当に未来からやってきました。長門有希は、そう宇宙人です。なんでもありの
 宇宙人。涼宮さんはそれらの存在と接し、遊ぶことを願っていた。実は涼宮さんが気づいていないだけで、
 それらはすでに涼宮さんとともに行動し、遊んでいたんです。僕たちは去年の春からSOS団の活動の中で
 様々なことをしてきました。そのほとんどで、僕たち宇宙人、未来人、超能力者の力が関わっているのです」
そこまで早口で告白したものの、涼宮ハルヒの表情はほとんど変わっていないようだった。今だ顔は沈んだまま、
その表情すべてをうかがい知ることはできない。でも僕はかまわず続けた。

57 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:31:36.00 ID:UP8AnXBF0

「ではどうして僕たちがあなたの生活に混じり、SOS団に入部したのか?それはあなたが望んだからです。そのような存在を
 望み、一緒に遊びたいと望んだからです。SOS団の活動は本当に楽しかった。5人がそれぞれのことを想い、協力し、
 あの部室に通いつめた。だから僕たちはああして活動をしてきたのです。それぞれが力を持っていたのです」
朝比奈さんはもはや何を言うでもなく、事の成り行きを見守っていた。
「しかしそれも過去の話。今僕たち3人にはかつてのような力は残っていません。たとえば今我々がいるこの灰色の世界、
 閉鎖空間。この世界は涼宮さんの内面の世界と言えます。涼宮さんの精神状態と深くリンクしています。僕はこの世界でのみ
 力を発揮できる超能力者でした。だが、その力が失われた。神人と戦う術を持っていない。普通の高校生になってしまいました。
 それは長門有希、朝比奈さんも同じです。長門有希は本当の人間になろうかとしています。
 なぜ力が失われたのでしょうか?
 僕は考えたのです。それは涼宮さん、あなたがその存在を望まなくなったからではないですか?
 宇宙人も未来人も超能力者も異世界人も、そんなものはいらないと。違いますか?」
涼宮ハルヒに反応はない。
「どうしてですか?どうしてその存在を望まなくなったのですか!?あなたが望んだから僕たちは存在し、集結したのです。
 存在を望まず、活動を望まない。これではSOS団が崩壊するのも当然です!」
「・・・に・・・れる。・・・・に・・われた」
「あなたが望まなくなったことと、あなたの性格が変化したことに因果関係はあるのですか!?」
「・・・に嫌われる。・・・に嫌われた。・・・に嫌われる。・・・に」
彼女の肩をつかんで揺さぶりながら問い詰めるかのごとく、僕は興奮していた。彼女が何を言っているのかすら聞き取れ
ないほど。こんな問い方をしても仕方ない。けれど自分でもどうしようもなかった。
「なぜですか!?どうして!答えて下さいっ!彼すらも、キョンまでもおかしくなったのですよっ!!」

60 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:33:46.83 ID:UP8AnXBF0

「・・・・ん・・きょんきょンきょんきョンきょんキョンキョんキョンキョンキョンっ
        嫌われる嫌われる嫌われたキョンに嫌われたキョンに嫌われたキョンに嫌われたぁっ
    不思議なんて要らない要らない要らないっ宇宙人も未来人も超能力者もみんなみんなみんな要らない!!
                 あはは、あはははははははははははははははははっ」
何度も何度も同じフレーズを繰り返してから、涼宮ハルヒは狂ったように笑った後、両手で頭を抱えて、叫んだ。
僕たちの存在を、要らないと、否定した。
それは明らかに病だった。心の病。彼女は頭を抱えながら身体をよじらせ、咆哮した。
心の痛み、心の叫び、心の崩壊。
ヒトはどれほどのトリガーを引けば精神崩壊への一歩を踏み出すのだろう。どれほどのちりが積もれば
混沌の心で満たされるのだろう。どれほどの愛を失えば生きていくことができなくなるのだろう。
信じるということ、望みを持つということ、愛すること。疑うということ、絶望するということ、憎むこと。
自己の確立、他者の確立。
自分と己。あなたとわたし。関わっているようで関わっていなく、そして繋がっている。
『こちら』の世界と『向こう』の世界。無と無限。無機質な世界に生きる他人の無感動な情緒。
いとおしい。
いとおしい。もう二度と会えないのかもしれないから悲しい。会えたということは会えなかったかもしれないのに
会えたということは素晴らしい。
それなのに自分、すなわち世界が存在することの謎、世界が自分であるということ、自分を失うということへの不安。
ダイアローグという他者との間での問答の形式、自分一人で行われる内なる思考の形式。
内なるダイアローグを知らないことは、他者とのダイアローグなど不可能。
そこは言葉も、自分も、他人も、欲も、ひとつ。悲しいことか、嬉しいことか。

もはや僕たちがかける言葉はなかった。

61 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:39:07.73 ID:UP8AnXBF0

わたしと古泉くんは二人で部室へと向かっていた。この世界から抜け出すための手がかりを探して。
「涼宮さん、大丈夫でしょうか?」
錯乱状態にあった涼宮さんはわたしたちの制止を振り切り、校舎の中へ走って消えていったのだった。
「僕が話した内容はあまり聞いていないようでしたが、彼のことを思い出してスイッチが入ったのだと思います。
 やはり彼女は僕たちの存在を望まなくなっていた。しばらく落ち着くまで一人にさせたほうがいいでしょう」
旧館の階段を上りながら古泉くんは答えた。そうですね、わたしは返事をしながら部室の扉の前に並んで立った。
涼宮さんが来ているとは考えにくいけど、それとは別の緊張感を感じていた。
ここに何もなかったら・・・
意を決したように古泉くんが扉を開けて中に入った。

62 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:41:58.62 ID:UP8AnXBF0

部室に特に変わった様子はなかった。いつもと物の配置も同じだし、ヒントになるようなものはなかった。
パソコンを立ち上げようと古泉くんが椅子に座り、電源を押した。
しかしいくら待ってもパソコンは起動しなかった。電気はきているのでそれが原因じゃないのは分かる。
「以前は長門さんがこのパソコンにアクセスしたからメッセージのやり取りが出来たのか。そもそも
 今の長門さんじゃ何も出来ない、な」
古泉くんは苦笑いをしながら降参といったポーズをした。
この部室に何のヒントもない。結局自分たちでどうにかするしかないのだ。いや、どうにもならない可能性もある。
出ることなど不可能な閉鎖空間。涼宮さんが創造した新世界。新しいわたしたちの世界。
「わたしたち、この世界から出ることは出来ないのでしょうか?もうずっと、閉じ込められたまま・・」
「そうなることは避けたいですね。この世界を創造した涼宮さんに何らかの心境の変化が表れれば、あるいは。
 この世界にいるのが僕たち三人だけなのかは現時点では分かりかねますが、幸いなことに涼宮さんがいます。
 彼女とコンタクトを繰り返し、最善の心理状態へと持っていくことが出来るなら。諦めるのはまだ早いかもしれません」
そうだよね、涼宮さんがこの世界を作ったのなら壊すことが出来るのは涼宮さん自身しかいない。
わたしたちが協力して、いや何より涼宮さん自らの意思で自分を取り戻し、この世界を壊すより他ない。
それがわたしたちの出した答えだった。

63 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:44:04.65 ID:UP8AnXBF0

そう、涼宮さん自身が己に打ち勝ってもらうしかない。不思議を消し去った彼女自身に向き合ってもらうしか、ない。
ふうっと息を吐いてから僕はひとつ伸びをした。緊張を和らぎたかった。
「あ、お茶いれますね」
助かります、朝比奈さんがいれたお茶ほど心安らぐものはありませんから。
そう言ってから僕は今一度部室を見渡した。
やはりとくに変わったところはない。いつも通りの部室の風景だ。朝比奈さんのコスプレ衣装、長門有希の読む
本棚、オセロやボードゲーム、パソコン、長机の上の本。いや、なにかが引っかかった。
机の上に置かれた本である。
僕は立ち上がってからその本の前まで行き、表紙に書かれたタイトルを読んだ。
『アルジャーノンに花束を』
これはたぶん長門有希のものだろう。いつもの彼女なら読み終わった本はきちんと本棚に直すはずだ。
なぜこの本の存在に気づかなかったのだろう。僕は怪しいところがないかぱらぱらと本をめくった。

半分ほどめくったところに、その手紙は入っていた。間違いなく長門有希の筆跡だ。
たった2行のその手紙には、こう書かれていた。

65 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:47:04.09 ID:UP8AnXBF0

『助けて・・・今わたしは何者なのかすら分からない存在に狙われています。わたしがわたしである
 ということすら分からない。お願い、あなたにしか頼めない』

僕は恐ろしいほどの胸騒ぎを感じて、鳥肌が立っていた。これはどういうことだ・・・いやそのままの意味だろう。
長門有希は助けを求めている。そしてこの閉鎖空間の中にいるのは間違いない。
これは僕たちに向けたメッセージなのだ。
「古泉くん、その手紙は?」
お茶を作り終えたのだろう、朝比奈さんが湯飲みを持ったまま聞いてきた。
「長門さんが書いた手紙です」
彼女は渡された手紙を読み終えると今日一番に不安そうな顔をした。
「なぜ長門さんが狙われているんでしょう?」
「分かりません。ただ分かるのは、長門さんの精神は芳しくなく、そして明確な意思を持って僕たちに助けを求めて
 いる。嫌な予感がします、早急に長門さんを探し出したほうがいいでしょう」
僕と朝比奈さんは長門有希を探し出すためお茶も飲まずに部室を飛び出した。

66 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[sage] 投稿日:2008/06/08(日) 21:50:35.16 ID:UP8AnXBF0

なぜ狙われているんだ、誰に狙われているんだ、自分自身と闘っているのか?
部室棟をくまなく探しながら、少しでも何か分からないかと最近の長門有希の状況と手紙の内容を照らし合わせながら
考えていた。
部室棟を一通り探し終えると、隣の校舎へと移り一階から順に見て回った。
途中朝比奈さんは教室の中に入り、窓際まで近づいてから部室棟とは反対の校舎を見ていた。
二階へと上がり、そうやって何度目か窓際まで近づいたときに、朝比奈さんは見つけた。
「古泉くん、長門さんが向こうの校舎にいます!」
急いで朝比奈さんの位置に駆け寄り、彼女が指差す方向を見た僕は息を呑んだ。
彼と一緒に歩いている。
二人はすぐに廊下の突き当たりを曲がり、僕たちの位置から見えない奥へと消えていった。
そのとき僕には帰り道で彼が言った一言と手紙の内容が思い出されていた。
『俺がすべての責任を取る』
『助けて・・・今わたしは何者なのかすら分からない存在に狙われています。わたしがわたしである
 ということすら分からない。お願い、あなたにしか頼めない』

「朝比奈さん、行きます、追いかけますよ!」
「ど、どうしたんですか古泉くん、そんなに慌てて」
僕は朝比奈さんの手をとり、二人の後を追うべく走った。
「長門さんが危ない。くそっ、彼が言っていたのはこのことか。いや、そのうちのひとつにしか過ぎないのか!?」
朝比奈さんはよく分からないという顔をしていた。そうだろう、聞いたのは僕だけだ。
よく考えると彼の言動もおかしかったのだ。何かを企てるような感じ。悪意。
僕たちはお互いの息遣いを聞きながら、立ち止まることなく二人を追いかけて走った。

67 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:54:05.96 ID:UP8AnXBF0

わたしたちは屋上へと向かっていた。それはわたしの希望だった。
たとえ閉鎖空間の中であっても、少しでも空に近い場所で最後を迎えたかった。
彼と最後の時間を過ごしたかった。

教室で一度体調がよくなったかと思いきや、屋上へ着く頃にはまた彼の肩を借りる羽目になっていた。
「本当にごめんなさい。おくじょうへ行きたいなんてわがまま言って」
「長門がお願いするなんて今までなかったからな。俺に出来ることなら何でもするさ」
彼に身体の半分近くの重心を預ける格好でわたしたちは屋上への扉を開いた。
月の昇っていない灰色の空がやけに近く感じられ、押しつぶされそうな感覚にとらわれていた。
「長門、大丈夫か?」
そんなわたしの顔色を察したのかすぐに心配そうな声が聞こえてきた。
「やさしい、よ。女のこは優しいだけのおとこなんて、飽きちゃうんだよ」
優しさで胸が痛むからか、こんな状況だからか。わたしは素直に答えてあげることが出来なかった。
「長門がそんなこと言うなんてな。好きな人でも出来たのか?」

いたずらをいたずらで返すようにして、彼はしてやったりという表情で、『笑った』。
その『笑み』が、眩しくて、つらくて、わたしは顔を背けた。

69 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:57:32.15 ID:UP8AnXBF0

一歩ずつ、一歩ずつ。わたしたちは歩いた。
今のわたしには自分で思い出せる思い出がない。つまりこの世界は、わたしの世界は数日前に創られたのかも
知れない。何も思い出せない。何も思い出せない。何も思い出せない。
でも、彼が話してくれた記憶の中のわたしは、紛れもなく存在していた。確かに彼らと一緒にいたのだ。
だから大丈夫、ちゃんとわたしは存在していたのだから。
じゃあ彼らの記憶が更に上書きされて創られたものだとしたら?すべてのものの存在価値は等しくなり、意味を
持たなくなる。わたしがわたしであったとしても、他者の中のわたしはすでに書き換えられた存在であり、その他者も
記憶を含む存在ごと、書き換えられているとしたら―――。
無。

彼と最後の時間を過ごしたかった。昼休みや放課後は彼が文芸部室に来るかもしれないという淡い希望を抱き、
何度も部室で待っていた。しかし彼が来たことは一度もなかった。胸が痛かった。
こんな感情を抱くなんて、本当にわたしは人間になろうとしているのかな?それともすでにヒトと呼ばれる存在?
・・・ヒトは消え去ったりしないよね。わたしみたいな最後を迎えるはずがない。
だからわたしは、ヒトじゃない。どちらのわたしがわたしなのか、結局答えはでなかったなあ。
わたしの人生という死、情報の終結。それを受け入れることはできたのに。

ばかばかしかった。
そんなこと、もはや何の意味も持たない。情報の海から生まれた長門有希であろうと、両親のいない『ヒト』の長門有希
であろうと。
わたしの記憶が創られたものであろうと、他者が作られたものであろうと。
自分が自分であるということを信じれずに、誰が自分を信じてくれよう?
わたしは自分で出した答えを信じたい。
わたしは、いる。わたしたちは、生きている。わたしのいない世界も、続いていく。
これは諦観でも境地でもなかった。わたしの、心だった。
そして、終わるのだ。

70 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:00:40.17 ID:UP8AnXBF0

ドラマなんかでは青春群像の代名詞的に使われる屋上だが、意外にも俺は屋上に来たのは初めてだった。
「へえ、屋上ってこんなになってたんだな」
長門の肩を支えながら俺はなんの面白みもない感想を漏らしていた。
「天気のいい日はここで気持ちを落ち着けるのがおすすめ」
なんだ、意外だな。長門も屋上にきて黄昏たりすることがあるんだな。ずいぶん人間らしい。
「本当にごめんなさい。おくじょうへ行きたいなんてわがまま言って」
「長門がお願いするなんて今までなかったからな。俺に出来ることなら何でもするさ」
確かに長門にお願いをされるなんてことは滅多にない。だが今回が初めてというわけではなかった。
二回目だ。
あの時のお願いを叶えてやることができなかった。行こうと思えばすぐにでも誘って行けたはずなのに。

『また図書館に・・・』

長門、俺はあの時の約束をまだ果たしていないんだ。それなのにお前は勝手に行っちゃうっていうのかよ。
図書館なんてすぐ近くだろ?長門がお願いすれば今からだって行けるんだぞ?俺が連れていく。
そうすれば長門はこんなところで行かなくて済むかもしれない。もうちょっとみんなと一緒にいれたのかも
しれない。
なあ、なんで最後のお願いが『屋上に連れて行って』なんだよ!長門はあの時の記憶をまったく思い出せない
のかよ!
なんで、自分の最後の場所へ連れて行ってだなんてお願いしたんだよ。

71 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:02:26.36 ID:UP8AnXBF0

その時俺は背後に人影を感じ、振り返った。後ろには屋上の扉と給水塔があるだけで、広い屋上にはもちろん
俺達しかいなかった。

72 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:03:37.93 ID:UP8AnXBF0

気のせいだと長門のほうを向き直ると、その表情が一層悪くなったことに気付いた。
「長門、大丈夫か?」
気分が悪いのか下を向いた長門に声をかけると、宇宙人であったことを忘れたかのような
あまりに人間らしい、女の子らしい返事が返ってきた。
「やさしい、よ。女のこは優しいだけのおとこなんて、飽きちゃうんだよ?」
なが、と・・お前・・・
「長門がそんなこと言うなんてな。好きな人でも出来たのか?」
俺の声は震えていた。緊張?驚き?いや、悲哀だ。
それを誤魔化すためにつよがりな言葉しか出てこなかった。
くそっなんで泣いてるんだよ俺は!長門は我慢してるんだぞ?俺が泣いてどうする、俺が泣いてどうする!!
しかし俺の意思とは反対に、あふれる涙を止めることはできなかった。
泣くな、泣くな、泣くなっ!

涙が止まらずどうしようもなくなった俺は、笑った。頬をつたう涙を気にせずに。
なぜ笑っているのか分らなかった。いや、笑ってあげることしかできなかった。
俺は今どんな顔をして笑ってるんだろう。ちゃんとうまく笑えてるんだろうか?
すまない長門、本当にすまない。図書館にはまた今度二人で行こうな。絶対に俺が連れていくから。
こうやって心の中でしか謝ることのできない俺を、長門は許してくれるだろうか。

だが顔を背けた長門から、その答えを読み取ることはできなかった。

73 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:06:21.32 ID:UP8AnXBF0

苦しい。私の呼吸器官が正常に作用していないのではないのかと、疑う。
足取りは重く、重力の重さに耐えきれなくなりそうだった。
ゆっくりと顔を上にあげて空を見る。屋上から見上げた空はやっぱり灰色で、どんよりとしたままだった。
それでフッと力が抜けてしまったのかもしれない。わたしの両足は立つことをやめ、ストンと膝を地面につけ、
身体は前へと倒れた。
「長門っ!」
彼の声を聞いて無意識のうちに手をついたわたしはどうにか地面に打ち付けられることはなかった。
「大丈夫か!?」
彼は倒れたわたしの正面に回り肩を持ってくれていた。
半身になり、握力の低下した両の手で、彼の肩をゆっくりと、精一杯の力をこめて掴んだ。
そんなわたしを後押しするかのように彼は背中に手をまわして支えてくれた。
ぐっと彼との距離が近づき、密着していくのがわかった。
朦朧とした意識の中で、わたしの記憶、ぽっかりと空いてしまった記憶が心の深いところから
訴えかけているような気がした。

74 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:08:34.21 ID:UP8AnXBF0

『思い出して』

―――何を?

『わたしの記憶』

―――思い出せない。

『思い出せる。わたしの心が初めて震えたときだから』

―――震えた・・・・何だろう、何かが引っ掛かっている。

『思い出して、これが彼との最後の思い出になるのだから』


「・・がと・・・・ながと、長門っ!」
瞼を開く。真っ暗な世界から光が飛び込んできて、徐々にこちらの世界を形成していく。
焦点の定まったわたしの瞳に映ったのは、わずかに頬を濡らしている彼の顔だった。
こんな顔見るの、初めてだなあ。
「またこうしてささえてもらってる。まえは、教室だったけど」
わたしはそう、言った。
「お前、記憶が・・・戻ったのか!?」
彼は驚いていた。目を丸くして、ありえないとでもいう顔をしていた。でも一番驚いていたのはわたし自身だった。
これは、わたしの記憶?彼を助けたことがある。

75 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:12:54.01 ID:UP8AnXBF0

「長門、全部思い出したのか?」
「ううん、あなたをたすけたときのきおくだけ。ほかのことはおもい出せない」
どうしてもその時の記憶しか思い出せなかった。
「そうか。でもよかった、これから少しずつ記憶を思い出すかもしれないな。あれからもう1年以上経つんだな。
 あの時はめんどくさかったんだ、谷口から何回も真相を聞かれて」
わたしは彼の手に身体を支えられたまま、少し笑顔の戻った彼の話を聞いていた。
わたしはうれしかった。彼と思い出が共有できている。
「あのときは、ありがとう」
「礼を言うのは俺のほうだ。殺されそうだった俺を助けてくれたんだからな。
 長門がいなかったら今の俺は存在していない」
そう言ってフッと笑ってくれた。
焼き付けよう。ほかの記憶は忘れてもいいけれど、彼のこの笑顔だけは忘れたくない。
肉体を失っても、情報の海に帰るのだとしても、この記憶はなくならないよね?なくしたくない。
行きたくない、行きたくないよ。本当はまだまだやりたいことだっていっぱいあったし、希望に満ちていた。
今のわたしには思い出せないけど、SOS団だって楽しそうだし、復活させたかった。
彼と、一分一秒でも長く一緒にいたかった。

77 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:13:20.29 ID:UP8AnXBF0

頬を奇妙な感覚が襲い、右の掌でなぞってみる。
「これ、は・・・」
これが、ヒト。これが、心。
「これが、なみだ・・・」
わたしは泣いていた。彼のように次から次へと涙は出てこない、一筋の涙だった。
それを認識すると同時に彼の人差し指が私が撫でたのと同じ軌跡をたどっていくのを感じた。
「泣きたいときは、我慢しなくていいと思うぞ」
そう言った彼にわたしはお返しとばかりに、濡れたままの頬に右手を添えた。
涙で濡れた頬は、温かかった。
「なきすぎだよ、すこしは、がまんしなさい」
精一杯笑ったつもりだけど、どうかな?わたしちゃんと笑えてる?
あなたの記憶の、最後の長門有希は、笑っていてほしいから。

78 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:15:27.05 ID:UP8AnXBF0

長門の最後がもうすぐそこまで来ているということは、はっきりと分かっていた。
顔色は優れず、自分で立つことすらできず、俺の支えによってかろうじて身体を半分だけ起こしている。
そして、喋りもままならなくなってきていた。
俺たちはしばらく無言で、最後の時間を分かち合っていた。
長門の、生と死を。

その時だった。地震でも起きたのか、軽い揺れが起こり俺はあたりを見回した。
間髪入れずに強烈な光が放たれ、そのあまりの眩しさに俺は長門を支えているのとは逆の手で目を覆い、
視界が回復するまで待っていた。ここは閉鎖空間、そしてこの現象・・・まさか・・・
周りの光に目が慣れて、薄目を開けながら俺は絶望していた。
今まで何度か閉鎖空間の中で遭遇したことはあったものの、常になんとかなる状況下だった。
古泉がいればもちろんあいつにまかせられるし、ハルヒと一緒のときに切り抜けたこともある。
しかし今回は望みが無い。まったく、無いのである。
俺はそんな状況でも五人でなんとかこの閉鎖空間を脱出できるものと思っていた。
俺たち『5人』なら、と。
もうどうしようもないのか。
神人は俺たちの都合などお構いなしに、グラウンドの真ん中に現れていた。

79 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:18:30.73 ID:UP8AnXBF0

「なにか、おきたの?」
軽い揺れの後に眩い光、そして俺の表情。神人は破壊行動はしていないので轟音がしているわけではないが、
それらの理由で長門は何が起きたのか心配したようだった。
「大したことじゃないんだ、すぐ治まるよ」
出来るだけ冷静に言ったのがよかったのだろう、長門はそれだけで安心したように頷いて見せた。
そして長門は最後のお別れとして喋り出した。俺には分かった。
「こんやはほんとうにありがとう。わたしのへやで最後をむかえるつもりだったけど、こうしてあなたと
 さいごのじかんがすごせたから、嬉しかった。おもいでも聞くことができたし。こころのこりがないっていったら、
 うそになるけど、こうかいはしてないんだ」
長門は一言一言を噛みしめるように、言葉を選びながらゆっくりと話した。
手に力が入らないのか、俺の肩を握っていた両手はだらんと下に垂れていた。
軽すぎる長門の身体はずっと支えていても痺れることはなかった。
「こんどあなたに会える機会があれば、ふつうのおんなのこになって、あいたい。ふつうにであって、あそんで、
 しょくじをして、恋におちて。そうしたらきっと、このおもいをつたえることが、できるとおもうから」
俺はか細くなっていく長門の声を一言も聞き漏らすまいと集中しようとした。しかし溢れる涙を堪えることはできず、
瞳から落ちる大粒の涙は、長門の頬に落ちていった。

81 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:20:33.23 ID:UP8AnXBF0

「ねぇ・・・―――」
「!?」
俺は一瞬自分の名前を呼ばれたということに気付かなかった。長門、俺の名前を、覚えているのか?
記憶が無くなっていったのに、俺の名前は忘れずに覚えていてくれたのか?
長門はもう一度消え入るような声で、だがはっきりと、おれの名前を呼んだ。
「―――、もういちど・・あえるよね・・・・わたしたち・・もういちど・・・あえるよね?」
「当たり前だ、俺たちは必ず、出会う。長門が俺に会いに来ることを忘れてたら、俺が長門を探し出す。
 この世界を隅々まで、探し出す!」
俺がそう必死になって
言うと、長門はまた安心したように笑った。その笑顔は今まで見てきた長門のどんな笑顔より、
輝いていた。
眩しすぎて、つらかった。
だから俺はこの笑顔を記憶に焼き付けようと思った。この笑顔を、忘れたくなかった。

82 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:23:14.34 ID:UP8AnXBF0

神人はゆっくりと破壊行動をしながら校舎の方へと近づいていた。この分だと校舎が全部壊されるのに
そんなに時間はかからないだろう。
すでに長門も異常な事態に気付いているようだった。だがそちらに注意を向けたくても今は自分の身体のことしか
気を向けていられない。長門は、つらそうだった。
「あんまり・・むりは・・・したらいけない・・・からね・・さきにいって・・・まってる・・から」
「長門、長門っ・・もう・・いいから・・・喋らなくて、いいから・・な?」
長門の瞳は今まさに、完全に閉じようとしていた。喋ることすらつらそうだった。
「あれ・・・みえない・・よ?かすんで・・みえないよ・・・・そこに、いるんだよね・・・ちゃんと、わたしを・・・みて・・・・る」
長門は最後の力を振り絞り、左手を曲げ、ゆっくりと上げた。俺は抵抗することなく、長門の左手が俺の頬に触れるのを
待っていた。
「俺はここにいるぞ、長門。ずっと長門の傍にいてやる。長門が嫌だと言っても、だ。だから安心していい。
 安心して、いいから」
とめどなく流れる涙が俺の頬を伝い、長門の指に触れ、落ちていった。
「よかった・・・・・でも・・・・・・・・・なかないで・・」
そう言って、長門は、笑った。


そして力を失った左手は、あまりにあっけなく、落ちていった。


神人が遠くの校舎を壊す音が鳴り響いていた。

83 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:26:11.30 ID:UP8AnXBF0

俺はしばらくの間その音を他人事のように聞きながら、長門の顔を見つめていた。
雪のように透き通った白い肌は、神人の放つ青白い光に照らされていた。
長門は自分の人生に悔いはなかったのだろうか。たった4年余りの人生に。
記憶をなくしたのでそれ以上に短い人生だと感じていたのかもしれない。
そのなかで17年間生きてきたのだと言い聞かせていたのかもしれない。
それは分らない。
いや、長門はきっと幸せだったのだ。生きることが、幸せだった。
それは人生の時間ではなかった。長さではなかったのだ。

俺はまだ温かさの残る長門の頬に触れ、落ちた涙を指でぬぐってあげた。
長門は、奇麗だった。
「ありがとう、有希」
そう言うと長門が笑って返事をしてくれたような気がした。
俺はもう一度長門の顔を見つめてから、唇を長門のそれに重ね合わせた。

86 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:31:10.59 ID:UP8AnXBF0

最後に残った扉、屋上。その扉を開けると、まず髪の長い女性の後ろ姿が確認できた。
続いて屋上のちょうど真ん中あたりでしゃがみこんでいる人の姿。
よく確認できないが、その前に誰かが寝転がっているようだった。
その他には広い屋上に何もない。誰もいない。
神人の放つ青白い光に照らされて、屋上は神秘的な雰囲気を醸し出していた。

朝比奈さんと僕は入口に立ち止まったまま、状況を確認しようとした。
髪の長い女性はどうやら涼宮さんらしかった。僕たちより数メートル前に立って何かをぶつぶつと呟いている。
周りの轟音にかき消されてこの距離では完全に聞き取ることができない。
屋上の真ん中に目をやる。
少しうつむき加減のその人物の顔に光があたり、それからゆっくりとこちらの方を向いた。
だが何かをしゃべるでもなく、反応も見せず、ただ虚ろな目でこちらを見ているだけだった。
その男の膝もとには、女性が横たわっていた。微動だにせず、体をまっすぐに伸ばした姿勢で、横たわっていた。

89 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:38:00.23 ID:UP8AnXBF0

「有希ぃぃいいい―――っ!!」
僕は我を忘れてそう叫びながら走りだしていた。数メートル先にいた涼宮さんをよけることなく、手で押しのけながら
走っていた。
涼宮さんがよろけたことすら、かまわなかった。

なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだっ!!
全速力で走っているのに、彼までの距離はなかなか縮まらなかった。周りの景色はスローモーションとなっているのに、
僕の意識だけはいつも以上の回転で、彼に問うていた。
ようやく彼まであと半歩というところで僕は右手を後ろに振りかぶり、そのままの勢いで、頬にたたきつけた。
彼は避けることもせずに頬で拳を受け止め、後方へとのけぞった。
その瞬間時間は正しい速さで流れ始め、僕は思い出したかのように荒い呼吸をしながら、叫んだ。
「よくもよくもよくもっ!有希をっ!!あなたは、あなたは何を、何をっ!!」
どのように叫べばいいのか分からなかった。何が答えなのか分からなかった。
ただ真実は僕の目の前に、物言わぬ屍として横たわるだけだった。
「あなたが有希をっ!有希は狙われていたんだっ、ずっと助けを求めていたんだっ!あなたに狙われていたんだっ!!」
僕は自分で何を言っているのか分らなくなっていた。どうすればいいのかも分らない。
未だ殴られた姿勢のまま顔を背けている彼の態度によって、僕の精神はさらにおかしくなりそうだった。
何をしてるんだ、何をしてるんだ?どういうことなんだよ、殺したのかよ、殺したのかよ?
「なんとか言えよぉお!これがすべてのケリなのかよぉおおおおっ」
両手で胸ぐらをつかみながら座り込んだままの彼を激しく揺さぶった。
唇から出血している彼の口が何かを呟いているのを確認できたときには、涼宮ハルヒが発狂していた。

90 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:40:35.85 ID:UP8AnXBF0

古泉君がキョンくんになにか喋ってる。その前に古泉君はキョンくんを殴っていたような気がする。
長門さんが横たわっている。ぴくりとも動かない。
二人の声は聞こえないし、周りの音も聞こえない。
わたし、どうしちゃったのかな。何が何だかわからない。わからない。
あれは、誰?髪の長い女の人。ふらふらとよろめきながら立ち上がった。
なんだ、涼宮さんか。どうして彼女がこんなところにいるんだろう。いつからいたっけ?
それよりわたしはどうしたらいいのかな。わからない、わからない。
うるさいうるさい。笑うな。
あははははははっあはははははははははははははははっ
うるさいうるさいうるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいっ。

「あははははははぁっ、あーっはははははははははっ!!キョンが殺した、キョンが殺したぁ!
           見た見た、見たぞぉ。キョンが殺した、キョンが殺したあああっ!!
      あーーっははははははははははははっ!」

うる・・さい・・
ぼやける、視界が閉ざされていく。
みんな涼宮さんを、見てる?古泉君は・・・私を見てる?
ドサッ?
ああ、私が倒れた音か。どうりで、目の前が真っ暗なわけだ。
だめだ、何も考えられない。いま目を閉じちゃ、倒れたらだめな気がするのに。
神人もいたよね。でももうそんなことどうでもいいや。
走馬灯なんて、嘘っぱちなのかな。何にも思い出せないよ。

うるさい・・・よ・・・・

92 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:43:06.88 ID:UP8AnXBF0

あたりには瓦礫の崩れる音とハルヒの笑い声が響いていた。
「あははははははぁっ、あーっはははははははははっ!!キョンが殺した、キョンが殺したぁ!
           見た見た、見たぞぉ。キョンが殺した、キョンが殺したあああっ!!
      あーーっははははははははははははっ!」
発狂していた。まさに狂ったように笑いながら、ハルヒはふらふらとしていた。
その奥で朝比奈さんが倒れたのが見えた。
長門が死んでいるのと、ハルヒの発狂ぶりを見たショックからだろう。
「朝比奈さんっ!」
俺の胸倉をつかんでいた古泉は朝比奈さんが倒れるのを見るとすぐに彼女のそばに駆けていた。
なんとか介抱しようとする古泉の横で、ハルヒはこちらに背中を見せながら笑ったまま数体増えた神人の方を見ていた。
高校入学当初くらいにまで長く伸びた髪を見ながら、俺は自分でも驚くほど冷静にハルヒの言葉を繰り返した。

『殺した』、か。
確かに俺は長門を殺してしまったのかもしれない。長門が生きる役目を終え、情報統合思念体のもとへと
帰ってしまうことになったのは、元をたどれば俺のせいなのだから。
だからハルヒがそう言うのは間違っていないし、古泉が俺を殴るのも当然のことだ。
古泉、すまなかった。全部俺のせいなんだ。だから気のすむまで殴ってくれて構わない。
失望してくれていい。殺したいほどに憎んでくれてもいい。
全部、俺のせいなんだから。

93 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:45:18.29 ID:UP8AnXBF0

言い訳がましく聞こえるかもしれないが、長門の身体に異変が起きていることを知ったのは閉鎖空間に入って
からなんだ。学校だとか、日常生活の中では気付いてなかった。
俺が普段から仲間の身も心も心配していればよかったんだろう。だがあの頃の俺はそんなことをしなかった。
自分のことばかりで、SOS団がどうなろうと知ったこっちゃなかった。
ほかでもないSOS団のメンバーなのにな。
それに気付いたのが遅すぎた。力を失った状態のSOS団でも、SOS団だから、この閉鎖空間をも打ち破ることが
できるのだということに。5人揃って元の世界に戻ることはきっと出来たんだよな。

でも、もうそれを叶えることはできなくなってしまった。

長門が死に、ハルヒは取り返しのつかないくらい狂ってしまった。
ハルヒ、本当はお前に言いたいことがたくさんあるんだ。今までのことを謝りたいし、これからのことだって
話したい。この閉鎖空間を抜け出してからのこと、SOS団再結成のこと、進路、俺たちの未来――
それを語るのに時効はあるのか。もうどうしようもないのか。長門が死に、古泉も朝比奈さんも力を失い、
ハルヒが狂ってしまった今、取り戻すことはできないのか?
すべてを壊した張本人である俺が言える言葉じゃないな。今更になって仲間とか、絆だとか言いだすつもりか?
じゃあなんで今までSOS団を見捨ててきたんだよ。みんながそれぞれに問題を抱えていたことは知っていたのに。
都合のいい時にそうやって仲間面するのはやめろよ。古泉だってだから俺が憎いんだろ?
そうだ、もう戻れない。戻ることはできないんだな。
俺はいつ・・・

95 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:47:16.57 ID:UP8AnXBF0

はじめは何が起きたのか分らなかった。ハルヒが俺の懐に潜り込み、身体を密着させながらケタケタと笑っているのが
聞こえた。
次第にお腹のあたりに強烈な熱さを感じるようになった。高温の松明を押し付けられたかのような熱さ。
しかしそれは外からの痛みではなく、腹の中からの痛みだった。
ぐりぐりと臓物をかき回されたかのような痛み。すぐに頭の中が混乱し、正常にものを考えることができなくなった。
それでも自分のお腹に目をやり、ハルヒの握った刃物によって俺は刺されたんだということが分かった。
ブレザーの下のワイシャツ、そのボタンのつなぎ目あたりを刃物は深々と刺さっていた。
「ハ、ルヒ?・・・これはいったい・・」
そう俺が問いかけても目の前にいるハルヒは顔を下に向けながらケタケタと笑うだけだった。
ハルヒは後ろに下がりながら両手で刃物を抜き去り、俺の血で真っ赤に染まったそれを、自分の足もとに落とした。
俺、死ぬのか。そうか、これは罰があたったんだな。こんなことになったのは俺のせいだからな。
何も言わないハルヒだけど、さぞかし俺を憎んでいたんだろうな。古泉よりも深く、大きく。
俺はマンガのようにあふれて止まらない出血によってできた血の海に両膝をついた。
あまりの急展開に古泉も理解ができていないようだった。驚嘆の表情に満ちていて、ぴくりと動くことさえできない。

96 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:50:10.82 ID:UP8AnXBF0

ハルヒ、これがお前の出した答えだったのか?
ずきずきとものすごい痛みが下腹部を襲う中、俺はもう一度ゆっくりとハルヒのほうに顔を向けた。
相変わらず顔は下を向いたままだったが、どこか様子がおかしかった。わずかだが肩は揺れ、必死に何かを
こらえているようだった。
その時ハルヒの瞳から一粒の涙がこぼれた。涙は青白い光に照らされて、きらりと光って見えていた。
それは一度だけ右の頬を伝っただけで、それ以上流れることはなかった。
そして右の頬を濡らしたまま、ハルヒは俺の方を向いた。その顔はついさっきまで発狂していた人物とは思えないほど
透き通った眼と、表情をしていた。
「なん、だよ。そんなに俺を刺せたのが、満足、なのかよ」
俺の死に際の皮肉をあしらうかのように、ハルヒは口の端を少しだけあげた。肯定なのか否定なのかはっきりしろよな。
そんな俺の心理を読み取ったのか、ハルヒは一呼吸置いてから静かな声で話しだした。
「無様ね、キョン。SOS団の活動にかかわらず、有希を殺し、そして今瀕死の状況に陥っている。無様としか言いようが
 ないわ。こんなあたしに刺されちゃったんだから」
ハルヒはそう言ってから最後にケタケタと笑った。こいつは本当にさっきまで狂っていたのか?いや、あれは間違いなく
狂っていた。冷静に見せようとしているが、これは狂ったままのハルヒだ。瞳の輝きがまがまがしい。
「あたし、自分で自分をどうコントロールすればいいのか分からないの。いつからあたしとこの世界の歯車が狂ったのか
 分らなくて。でもこう言っちゃなんだけど、キョン、あんたにもその原因の一つがあると思うの」
あぁ、それは分かってるさ。

101 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:54:10.42 ID:UP8AnXBF0

「あたしはおかしくなっちゃった。自分でそれがはっきりと分かったわ。今だって冷静に話しているように見えるかもしれない
 けど、心の中はぐちゃぐちゃ。かろうじてヒトの心を保っているわ」
ヒトの心を保っている?本当にそうなら俺を刺さずにすんでるだろ。
俺はだんだんと意識が遠のいていくのを必死でこらえていた。
「さっきあんたに原因の一つがあるって言ったけど、結局はあたしのせいなの。それはよく分かってる。SOS団が
 機能しなくなったのも、こんな世界に閉じ込められたのも、有希が死んじゃったことも。だから、古泉くんとみくるちゃん
 には悪いことをしたと思っているわ。こんな薄暗いあたしの世界に閉じ込められて、得体のしれない何かに殺されてしまう
 かもしれないんだから。有希があんなことにならなければ、5人全員で元の世界に戻りたかった。それが無理なら
 この世界で新しい人生をスタートさせることだってできた。またあの日のように、みんなで楽しい生活を過ごすことが
 できたはず。
 でも、それも手遅れになってしまった。もう分かってしまった、ううん、感じたの。わがままかもしれないけど、あたしは
 自分の手でキョンと、この世界を終わらせたい。そしてあたし自身も。それがあたしの出した答え」
そこまで話すとハルヒは俺の瞳を見据えて、俺が答えるのを待っていた。
それだけで俺はハルヒがこれから何をしようとしているのかが分かった。ハルヒはハルヒ自身と俺と、この世界に
決着をつけようとしていた。
ハルヒの真意を読み取った俺は、腹に受けた傷のことなど忘れてしまったかのように微笑み返していた。
「それは、あの2人の・・・ため・・なんだな」

102 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 22:58:06.90 ID:UP8AnXBF0

僕はあまりの急展開についていくことができなかった。なぜ涼宮さんは刺したのか?
彼女の話している内容も理解できないし、納得している彼もまたわからない。
あの出血量ではもう彼は助からないだろう。この閉鎖空間ではそれを治療することすらできない。それを
分かっていたとしても彼のあの落ち着きぶりも奇妙だった。
まるで初めから死を受け入れているかのようだ。

3体に増えた神人はその活動を止めることなく、僕たちのいる校舎へと近づいている。もう10分ともたずに
この校舎も壊されるだろう。そうなれば僕たちはおしまいだ。
そしてこの状況も、僕にはどうすることもできなかった。すべてを終わらせることができるのは、2人しかいなかった。

「決まったみたいね。さぁキョン、そうと決まれば行くわよ。もたもたしてるとこの校舎まで壊されてしまう。
 そうなる前に・・・」
「あぁ、そうだな・・・肩を・・貸してくれよ・・・ハルヒ」
2人は事前に打ち合わせでもしていたかのように、脚本でもあるかのように、これから起きることを把握していた。
何なんだ、2人は何をするつもりなんだ?
涼宮さんは彼のそばまで行き、しゃがみこんでから彼の肩を支えるようにして立ち上がった。
「何を、何をするつもりだ!?僕にはあなたたちのしようとしていることが分らない。もうすぐこの世界も終わる。
 そう、僕たちの存在は消されてしまうんだ、神人によって!これ以上何をあがこうとしているのか!?
 もうどうすることもできないんだ」

103 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:00:45.08 ID:UP8AnXBF0

僕が精一杯声を上げても、訴えても、2人には届かなかった。2人とも柔らかい笑みを浮かべながらその問いに
答えてくれた。
「古泉くん、みくるちゃん、本当にごめんなさい。こんな世界に巻き込んでしまって。どんなに謝っても許されること
 ではないと思っている。有希だってそう、ずっと一緒にいたかった」
「そう・・だな・・・だけど・・な、古泉」
「だから、あたしたちが終わらせるから。これがあたしたちにできるせめてもの償い。」
分らない、分らない。そんなことを言われても分らない。納得できない。
「あたしたちは元の世界に帰れないけど、古泉くんとみくるちゃんは、元の世界で長生きしてね。あたしたち3人の
 ことは、時々思い出してくれればそれでいいから」
「朝比奈さんを、頼むぞ・・・一生・・そばにいて、あげてくれ・・・守ってやってくれ・・」
なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだっ!そんなこと頼まれたくない!!
「あなたが守ってあげてください!あなたも涼宮さんもこの世界を一緒に脱出して、みんなでお互いを支えあって
 生きていけばいいじゃないですか!?僕はそんな無責任なお願いを頼まれるような覚えはない!
 あなたがいないと朝比奈さんだって悲しむ、僕だって涼宮さんがいない世界など考えられない。
 そうだ、ならば4人で一緒に、長門有希の元に・・・」

105 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:02:26.72 ID:UP8AnXBF0

「だめだっ!!」
顔面蒼白で、支えられながら立っているのもやっとなはずの彼から、睨みつけるような瞳でそう止められていた。
僕は必死だったのだ。長門有希がいなくなり、さらに核である2人までも失ってしまった世界。
そんなあちらの世界などに希望は持てない。
ならばいっそ『あちら』ではなく『むこう』の世界で、5人揃っていたいと思ったのだ。
そこに幸せがあるのならば、僕は構わなかった。
「だめだよ、古泉くん。それはあたしたちが許さない。あなたたちは元の世界に帰らなきゃ。みくるちゃんに
 元の世界で、今夜の真相を話してほしいし。あたしたちは嫌でするんじゃない、全てを終わらせるために、
 古泉くんとみくるちゃんのために。だからあたしたちの気持ちを分かってほしい。これが、願いだから」
僕は自分の腕の中で眠る朝比奈さんを見下ろした。
気絶して倒れたはずの朝比奈さんは、今ではかすかな寝息を立てながら横になっている。
彼女はこんな非常事態であるのに何も知ることができない。そして僕の意見だと、知らぬ間にその命を終えているのだ。
僕と朝比奈さんの使命は、元の世界に戻り、今夜起きた出来事を忘れることなく3人の分まで、3人と一緒に生きていくこと。
そう、そうだ。彼らがそれを望むのなら、僕たちはそうするべきなのだ。
気持ちの高鳴りから自分がとんでもないことを口走っていたことに気付く。
それに気づくと、一つの決意に辿り着くのにそう時間はかからなかった。
僕はもう一度朝比奈さんの顔を見つめながら、2人にも聞こえるような声で、言った。
「生きよう、朝比奈さん。生きてこの世界から脱出するんだ」
それを聞くと2人は満足したような表情をして、僕に背を向けてからゆっくりと屋上のふちへと歩いていった。

106 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:04:51.30 ID:UP8AnXBF0

目を、覚ます。
ぼんやりとした視界から見慣れた天井が見えてきた。
重たい目をこすりながら、枕元に置かれた目覚まし時計に目をやる。午前7時、今日は学校へ行かねば
なるまい。
身体を起こし、ベッドのふちに腰掛ける。そこから見える窓の外の景色は、いつもと何ら変わりのない日常の
風景。朝の陽ざし。
そんな風景に5日前の非日常がフラッシュバックする。思い出したくもないのに、次々と切り取られたシーンが
浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
頭を軽く振って意識を戻す。だめだ、まだ整理はついていないんだ。
雑念を追い払うようにため息をひとつつくと、僕はベッドから立ち上がり窓のそばまで近づいた。
窓から差し込む光に照らされているというのに、心が温まることはなかった。

この5日は学校を休んだ。朝比奈さんもどうやら休んだらしい。
あんなことがあってから学校へ行ける人などいはしまい。
5日経ったというのに、授業に集中できないというのに。
僕の態度を感じて心配してくれる方がいてくれたことは嬉しかった。だから僕は精一杯の笑顔でその優しさに答えた。
だがどんな案ずる言葉も今の僕には効果がなかった。
心がぽっかりと空いてしまった僕にそれを埋めてくれるだけの言葉は世界中探してもみつからないだろう。
そんな気休めな言葉を探しながら、授業など一言も耳に入らないまま放課後を迎えた。

108 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:07:33.63 ID:UP8AnXBF0

来てないだろうな。
放課後の部室に来ている朝比奈さんの姿を想像することができなかった。
部室の前に立ってそう考えていた僕は、しばらくしてから扉を開けた。
やはり、来ていなかった。がらんとした文芸部室はずっと使われていないかのように冷たい雰囲気で
訪問者を受け入れた。
物の配置は以前のままだったが、奇妙なほどの懐かしさにとらわれた僕は見慣れたはずの部室をぐるりと見渡した。
どれをとっても今までと同じ、5日前と同じだった。部室だけは。
ただ違うことは・・・・

自然と足は窓の方へと向かっていた。団長席に座り、パソコンを立ち上げた。
怪しいところがないか一通り見てみたものの特に変わった様子はなかった。SOS団のサイトも変わりなかった。
そこまでしてから僕はふと思った。僕は何を期待しているのだろう。何らかのメッセージや世界再編への手がかりでも
見つけようというのだろうか?
自分でしていることなのだから答えはわかりきっている。そう、その通りだ。
出来ることならこの世界をやり直したい。せめて5日前にだけでも戻りたかった。
だが5日前に戻れたとして、その世界で僕に何ができるのだろう。
すべては必然のように組み込まれ、たとえ5日前に戻れたとしてもあの時にどうにかなる状況でないのはわかっていた。
もはやどうすることもできないという必然だったのだ。あれは世界が、いや僕たち自身が迎えた一つの結末なのだ。
あの日を迎えたことにより、SOS団の5人が揃うことはなくなった。
残ったのは僕と朝比奈さんだけだった。

109 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:10:01.33 ID:UP8AnXBF0

30分ほどそうして団長席に座っていたと思う。
何を考えるでもなくただぼーっとしていたその空間の静寂は、ノックの音とともにかき消された。
入ってきたのは、朝比奈さんだった。
「あ、古泉君」
朝比奈さんが部室に来てくれたことは素直にうれしかった。あれから5日たったとはいえ、朝比奈さんの受けた
ショックも相当なものだろう。
長門有希が死に、涼宮さんが発狂したのを見た後に気絶し、次に目を覚ました時には自分の部屋で、
元の世界には涼宮さんと彼がいないのだから。
あの夜の次の日にあった朝比奈さんからの電話で、僕は真相を隠すことなくありのままに話した。
しかし彼女はすでにほとんどのことを知っていた。
僕がなかなか最初の一言を言いだせないでいると、彼女の方から話してきたのだ。
『涼宮さんとキョンくんは、行っちゃったんですよね。そしてそのおかげで今わたしたちはこの世界に帰ってこられた』
と。
第六感、とでも言うべきか。目覚める前に2人が朝比奈さんのところへ挨拶をしに来たのだというのだ。
そこでは話こそしなかったが、2人が僕たちのために身を呈してくれたことだけは分ったらしい。
そして、行ってしまったことも。
その後の電話では大声で泣き出した朝比奈さんをなだめることで精一杯だった。
あの時は僕も精神不安定の状態にあったが、朝比奈さんに泣きつくわけにもいかず、なだめ役に徹したのだ。
彼女と話すのはその時以来だ。

111 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:12:54.18 ID:UP8AnXBF0

「朝比奈さん、その後お体の具合はいかがですか?」
僕は出来るだけいつもの調子を心がけようと、明るくジェスチャーを交えて挨拶をした。
手を大げさに広げ、いかにも欧米人らしいたち振る舞いで、調子に乗ってハグまでしてしまいそうなほどノッていた。
うん、すごく自然だ。いつもの古泉一樹らしい。
「古泉君、どうしたんですか。いつもの古泉君らしくないですよ」
と言いつつ、朝比奈さんはフフフと笑った。
どうやらおかしかったらしい。無理に明るくしようとしていることがバレてしまった。
しかしどんな理由であれ朝比奈さんが笑ってくれたことは嬉しかった。
「元気そうでなによりです。これからは僕たちの時代ですからね、SOS団を引き継ぐものとして暗い性格でいては
 後輩たちに示しがつきません」
そこまで言ってから僕はしまったと思った。朝比奈さんの笑顔が見れたせいで、ついSOS団の話を振ってしまった。
この話題はまだ早すぎる。お互いにとってつらいものだ。
徐々に徐々に真相を突き止め、二人で乗り越えていこうと思っていたのに。
僕が急に押し黙ったことすら、朝比奈さんにはいとも簡単に見透かされていた。
彼女は普段のほほんとした性格で、ロリで巨乳のマスコットキャラとしての位置づけがなされているが、するどい
ときはするどい。そして場の空気を読むことができる。
「古泉君、大丈夫だから。わたしなら、大丈夫。現実は受け止めることができたし、それを乗り越えていく
 決意も出来ている」
これではどちらの心が弱いのか分らなかった。いや、弱いのは僕の方だった、あきらかだった。

112 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:14:52.88 ID:UP8AnXBF0

僕は朝比奈さんがいない部室でかつてのSOS団の面影を探し、閉鎖空間に消えた3人からのメッセージを探し、
躍起になっていた。現実を受け止めることができなかったのは僕の方だった。
でも考えてみて欲しい。
もしこの世界が5分前に作られたものだとしたら。閉鎖空間から脱出してきたと思っているこの世界は、実は
閉鎖空間によって書き換えられたものだとしたら。
僕たちの存在など価値がないに等しい。
例えば知覚心理学の面から言えば、知覚とモノの世界、主観的世界と客観的世界は必ずしも一致するとは
限らない。
5感の感じる物理的刺激と、脳に送られる電気信号が何者かによって作られたものだとしたら、それは
バーチャルリアリティとなる。それは現実と呼べるものか、果たして仮想現実と呼ぶものか。
当事者にとっては紛れもない現実だが、仮想現実であると認識する『現実』があるから、それを仮想現実だと
認識することができる。
仮に閉鎖空間がバーチャルリアリティだとしたら?むしろ100人中99人は閉鎖空間がバーチャルリアリティとし、
この世界を現実世界だと答えるだろう。
これで僕の言いたいことがほとんど分かってくれたと思う。つまり閉鎖空間で起きた出来事は・・・

113 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:18:05.76 ID:UP8AnXBF0

「古泉君、閉鎖空間で起きることは、まぎれもなくこの世界とリンクしている。それを一番分っているのは、
 古泉君のはず」
もはや言葉がなかった。まさか、ここまでとは。
「朝比奈さんには僕の考えなどすべてお見通しなんですね。強く、なりましたね」
「いえ、わたしだって古泉君が考えるようなことと同じようなことを思いました。夢であって欲しい、みんな
 生きて帰ってきているはずだ、と。でもいつまでもそんな幻想に浸っていてはダメなんだって、気付いたんです。
 キョンくんも、涼宮さんも、長門さんも、3人ともそんなことを望んではいない。わたしたちがいつまでも過去の呪縛に
 縛られていることなんか望んでなんかいないんです。
 こんな気持ちでいたら3人に笑われちゃいます。怒られるかもしれません。そんな風に思ってもらいたくて、
 別れたんじゃないよって」
僕に反論できるはずもなかった。まったくその通りだったからだ。
涼宮さんからは長生きしてね、と。自らを犠牲にしてまで僕たちを助けてくれた。
彼からは朝比奈さんを頼む、と。僕は頼まれたのだ。
そして長門有希が見ることのできなかった、自らの意思で切り開いていく未来を、この目で確かめるために。
僕たちは強く、生きていかなければならない。
それがあの3人に対する、1番の感謝の表現なのだから。

114 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:22:22.63 ID:UP8AnXBF0

「長門さんのことですが、わたしはキョンくんのせいだとはどうしても思えないんです」
そう、そのことが気になっていた。長門有希の助けを求める手紙と彼の不審な言動。
それがタイミングよく一度に起きたため僕は迷いもなくその二つを結びつけ、その不安は屋上で確信へと変わったのだ。
気が動転しているときにそれらがパズルのピースのように噛み合い、勘違いをしてしまったとでもいうのか。
しかし僕が問い詰めたときに彼は何の反論もしてこなかった。あれでは自分がやりましたと白状しているととられても
仕方がないだろう。
「遠くてよく見えなかったんですが、今考えるとあの時の長門さん、少しだけ笑っていたように見えたんです」
まさか。死に際に笑うことなどめったにありはしないだろう。
「そんなのは自分の死を真正面から受け入れた人か、悟りを開いた宗教者くらいしかいませんよ。
 ましてや長門有希は彼に殺され・・・」
「だから、ですよ。キョンくんは長門さんに何もしていない、だから最後に笑うことができた。自分の死を真正面から
 受け入れることができたんです。大好きなキョンくんに最期を看取ってもらえたんです」
いくらなんでも誇大妄想だと思った。仮に彼が何もしていないとしても長門有希が死ぬ理由がないし、受け入れる
はずもない。彼女は人間として、生きたいと思っていただろうから。
「よく思い出してください、あの時涼宮さんは僕たちが屋上に到着する前にすでに着いていた。そしてこう言ったんです、
 『キョンが殺した』と。この説明はどうします?」
僕だって彼が長門有希を手にかけていない証拠を見付けたかった。だがいくらあの時気が動転していたとはいえ、
それだけでは彼を無実にする証拠に足りないのだ。朝比奈さんが言うことはすべて憶測の域を出ないのである。
「それは・・・分りません。でもあの時の涼宮さんは間違いなく発狂していたし、キョンくんと倒れている長門さんを見て
 勘違いしたということも十分考えられませんか?」
朝比奈さんの推理は、いや推測は、勘でしかなかった。理論性に欠けるし、証拠がない。
だが、何か的を得ているような感覚がしていた。言っていることは希望論も含めた推測でしかないのに。
「もしかしたら、朝比奈さんの言うようにそんな真相が隠されているのだとしましょう。しかし今となってはその全てを
 知ることはできない。そのことについてはこの先ずっとわからないかもしれません。
 ただ分かることは、彼と涼宮さんは、僕たちのために身を呈して世界を取り戻してくれたことだけです」

115 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:25:13.64 ID:UP8AnXBF0

話し込んでいた僕たちは朝比奈さんの提案でお茶の休憩をとることにした。
最近買っていた新しい種類の茶葉が封を切らずに残っているという。
ありがたい、朝比奈さんのいれたお茶で身も心も暖かくなるとしましょう。
朝比奈さんは必ずお茶の葉を専用の茶筒に入れて保存している。まめな性格の彼女ならではで、その茶筒は今や
10本近くあると思う。
いつものようにお茶の葉を茶筒に入れ、紙袋をゴミ箱に捨てている時だった。
「これはなんでしょう」
と、ゴミ箱の中に入っていたと思われるくしゃくしゃになった手紙らしきものを持ってきた。
「そこのゴミ箱に入っていたのですか?誰かが書いた恋文、といったところでしょうか」
これがうちの団長様に見つかった日には、いつかの日のように大騒ぎになるのでしょうね。
などという懐かしい記憶を呼び起こしながら、僕はその手紙をできるだけ奇麗にしわを伸ばし、朝比奈さんにも見える
ように机の高さで持ち、黙読し始めた。

その1行目で、僕と朝比奈さんはお互いの顔を見合わせた。
「これは・・・!」
しかしすぐに手紙の方に向き直り、一字一句を読み間違えないように、慎重に読み進めていった。


僕も朝比奈さんも一気に3回は読み直したと思う。
難しい言葉が羅列してあり理解に苦しんだからではない。この手紙が、彼によって書かれたものだったからだ。
この手紙の内容が正しければ、閉鎖空間に閉じ込められた夜の当日に書かれたものだ。

116 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:27:33.08 ID:UP8AnXBF0

当日といっても閉鎖空間の中で書いたものではなかった。学校が終わり家に帰宅する前に書いていた。
こんなことありえないとでも言わんばかりに、朝比奈さんの声は震えていた。
「キョンくんは全て、知っていたのでしょうか?その日に、起きることも」
「この手紙を読む限りでは、そのようですね。そしてこの手紙で、朝比奈さんが言っていたことの裏付けが取れた。
 彼は間違いなく、長門有希を殺してなどいない。僕の間違いだったんです」
朝比奈さんはこらえきれなくなった感情を瞳から落ちる涙に変えて、その心情を表した。
「なんで・・こんな大事な、手紙を・・・キョンくんは捨てちゃったの・・・・・?」
くそっ!何であの時の僕はもう少し冷静に動くことができなかったんだ!?モノを考えることができなかったんだ!?
彼は言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。彼は敵なんかじゃない、味方だったんだ。
閉鎖空間に囚われる前から、ひとりで闘っていたんだ。
なのに・・・それなのに・・・!!
僕は馬鹿だ。大馬鹿者だ。たった一人の親友を信じてあげることさえできず、疑心暗鬼で、心が腐っていたんだ。
そのせいで助かる命をも救えなかった。彼は闘っていたのに。
それどころか結局彼に助けてもらい、元の世界に帰ってきた。自分を犠牲にしてまで僕たちを助けようとしていた
彼に、僕はなんてことを言ったんだ・・・
僕は馬鹿だ、どうしようもないくらいの大馬鹿者なんだ・・・
後悔と自責の念があとからあとから湧いてきて、その手紙を読みなおすことができなくなっていた。
僕の視界は信じられないくらい滲んでいて、ブレザーの袖で何度も何度も瞳を拭いても、いっこうにおさまる気配は
なかった。
どんなに償っても、償っても、一生返すことができないような気がした。

僕と朝比奈さんは、泣いていた。いつまでも、泣いていた。3人と、この世界に感謝をしながら―――

121 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:32:03.91 ID:UP8AnXBF0

『よう、長門か朝比奈さんか古泉。この3人のうち誰だろうな、俺の恥ずかしい手紙を真剣に読んでいるのは。
 もしかしたら3人で読んでるのか?だったら止めてくれよ、一人だけが読んで、あとの2人には口で伝えてくれ。
 そうじゃないと、ホントに恥ずかしいからな。なんかラブレターを読まれてる気分だ。
 と、冗談はこのくらいにして。
 今この手紙を読んでるってことは、閉鎖空間の中にいるってことだろう。俺とハルヒだけじゃない。
 長門も朝比奈さんも古泉も来てるってことだ。この事態だけは起きて欲しくなかったんだがな、みんな力を
 失ってるから神人が現れたらおしまいだぜ?古泉もサボってないでさっさとバイトを始めて欲しいもんだ。

122 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:33:19.89 ID:UP8AnXBF0

なんというか、こんなことになったのは全部俺のせいだ。すまない。
 長門にも朝比奈さんにも、何の力にもなってあげることができなかった。ごめんなさい。
 古泉、おまえは俺が相当憎いだろう。当たり前だよな、俺が古泉の立場だったら速攻で殴ってる。謝っても
 許してもらえないことは分かってる。全部俺が悪いんだ。次にこっちで会う機会があれば、気のすむまで
 殴ってくれて構わないぜ。
 そしてハルヒ。ハルヒはおそらくこの3人と一緒にはいないだろう。だから俺は直接言うつもりだ。もしいたとしても
 こんなこと書けないけどな。それでだ、俺とハルヒが話すとき、3人にはその場にいて欲しくないんだ。わがままだって
 思うかもしれないけど、俺たち2人で解決したいんだ。だから、とびっきりのシチュエーションを用意しておいてくれ。
 ハルヒだけは俺がなんとかするから。
 こんな内容の手紙じゃ、3人は満足してくれないよな。俺は謝ってばっかだし、あいまいなこと言ってるし。
 だからSOS団全員で、5人で力をあわせてこの閉鎖空間をぶち壊してやろうぜ。そしてみんなで元の世界に
 帰ってきて、ひとつずつ謎を紐解いていって。SOS団に不可能はないだろ?だから古泉の力を借りなくたって
 みんなの力で絶対に元の世界に帰れる。そう、絶対だ。
 と、こんな恥ずかしいことを今まで書いてきて思ったんだが、一番いいのはこの手紙が誰の目に触れることなく、
 明日の朝一番に部室に手紙を回収しに来る羽目になる俺がいる、って結果が一番いいんだよな。

 うん。


  なぁ、もしこの閉鎖空間を誰一人欠けることなくぶち壊すことができたなら

                                          俺たちSOS団は、またやり直せるよな?』




129 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:36:58.89 ID:UP8AnXBF0

長々とこんな駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
もしSOS団のメンバーが力を失ったらどうなるか?というコンセプトで書き始めました。
当初は、長門→キョン、キョン→みくる、みくる→古泉、古泉→ハルヒ、ハルヒ→キョン
という全員が片思いの状態で、力を失った普通の人間としての恋愛模様を描こうと思っていたんですが・・・・
どこで脱線してこんな鬱展開になったのでしょうか。
キョン→みくるだけを除いて本文中にその名残の描写があると思います。ハルヒの場合は想いすぎ、ということで。

それぞれが良かれと思ってした行動が裏目にでる、もどかしい気持ちになっていただけたら、しめしめです。
助けてと手紙に書いたりキョンの手紙を捨てたり、ほとんど長門だけですけど。

139 名前:愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:43:07.99 ID:UP8AnXBF0

ハルヒが狂った原因は書こうか書くまいか悩みました。
あまり考えずに狂わせたので、ハルヒの力でキョンの家族やキョン妹に生命の危機のような
ことが起き、それからキョンがハルヒたちを遠ざけた。のような中身のない原因しか思いつかなかった
からです。
真相が気になっていた方には申し訳ありませんでした。



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