涼宮ハルヒのエリート殺人鬼


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1 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 20:16:34.28 ID:5fHMUSBY0

ミス七月

 2007年7月14日、日曜日。汗ばむような陽気の夏の日には珍しいことではないが、海岸はにぎわっていた。日光浴
に来る者もあり、ボート遊びやウィンドサーフィンに興じる者もあった。
 埼玉県西宮市近くに住んでいた橘京子も、その日は海岸まで出かけていった一人だった。19歳の橘は彼氏がいて
付き合って1年半あまりになるが、彼氏とは少し疎遠中だった。別に喧嘩していたわけではないのだが(前日にも電話
で話している)、少しは羽を伸ばそうという気もあったのかもしれない。昼過ぎに海岸に着いた橘は、黒のビキニ1枚の
姿になって日光浴をはじめた。
 30分もしないうちに日光浴は中断された。ハンサムな男、古泉が話しかけてきたのだ。相手は感じのいい笑顔を浮か
べていた。白いTシャツに白のテニス・ショーツ。片腕をギプスで固めている。
「ここから少し近くに僕が住んでいる家があってそこにボートを置いてあるんですが、この腕では大変なので少し手伝
ってもらませんか?」
 橘はセーリングを教えてくれるのを条件に承諾した。
「ちゃんと教えてくださいね」
 橘もおぼこ娘ではない。それがナンパの手管だということくらいはわかっていただろうが、相手は乱暴をしそうなタイ
プには見えなかった。声をかけられて悪い気分じゃなかったし、それになんといっても怪我人だ。
 駐車場に向かって歩いていく二人を興味津々で見ている若い女性がいた。ほんの30分ほど前、青年は彼女にも声
をかけていたからである。ボートを車に積むのを手伝って欲しいと言われ、彼女は駐車場までついていった。車(茶色
のフォルクスワーゲン・ビートル)はあるが、ボートは見あたらない。言い忘れていたが、ボートは家にあるのだ、と青
年は言った。だが、彼氏との待ち合わせ時間を過ぎていた。青年は彼女の謝罪を気持ちよく受け止めた。
「あらまあ、手の早いこと」
 翌日の新聞を見て、彼女は自分があわやミス七月に選ばれるところだったと知った。
 実際、それは十分ありえる話だったのだ。その日行方不明になったのは一人きりではない。「古泉」は4時ごろ海岸
に戻ってきて、もう一人ピックアップしていったのである。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/09/14(金) 20:29:38.17 ID:5fHMUSBY0

 西宮市の近くに連続殺人鬼がいる。警察もようやくそれに気づいた。実際には犯行はすでに年頭からはじまってい
た。2月に19歳の美少女女子大生佐々木が自宅の寝室から拉致され、消えたのが発端だった。それからは決まった
ように、毎月一人ずつ若い女性が行方不明になった。3月、4月、ミス5月はしばらく判明しなかった(家出か自殺だと
思われていた)が、その代わりミス6月は二人出た。
 4月の犯行では目撃者も出た。西宮市立の図書館前で、ギプスをした手で本を抱え、ぼろぼろこぼしながら歩いて
いる男の姿が目撃されているのである。怪我に同情して声をかけた女性に対し、青年は車まで本を運んでくれるよう
頼んだ。車まで来たところで、青年は本をばらまいた。突っ立ったまま、横柄に拾ってくれと言う。その態度に不安を
感じた女性は逃げ出げだした。だが、言われるがままに素直にかがみ、後頭部を彼の前に差し出した女性は……「
ミス4月」になったのだ。
 慌てて過去の失踪事件を洗い直した警察は警察は毎月一人の失踪パターンを見いだした。犠牲者は全員、女子
大生くらいの年齢で、身持ちの固い女性だった。売春婦や家出娘など、男の誘いに乗りやすい「危険グループ」では
なかった。それが「古泉」の手管の巧みさを示している。「古泉」は並外れたテクニックと食欲を合わせもつ希有な殺
人鬼だった(一日に二人を手にかけた連続殺人鬼は他には切り裂きジャックぐらいしかいない。そして切り裂きジャッ
クの場合は、最初の殺人は失敗だった)。

15 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 20:53:32.14 ID:5fHMUSBY0

スーパースター

 西宮市連続殺人の犯人として古泉一樹が逮捕されるのは、それから一年以上たった2008年8月16日のことである。
「古泉」という名前も、乗っている車もわかっていたのに、逮捕まで一年以上かかったのだ。この逮捕もまるっきりの
偶然でしかなかった。夜中、流していたときパトカーに出くわし、パニックに陥って逃亡を図ったのだ。車は止められ、
警官は車内を捜索した。中からはスキーマスクやかなてこが出てきた。
 それまで、古泉はすっかり警察をバカにしきっていた。つかまりっこないと信じていたのだ。たしかに、これだけの手
がかりが与えられていたのだから、もっと早く通常捜査でつかまっていても良さそうに見える。だが、実際にはそうた
やすくはなかった。古泉はきわめて用心深かった。同じ場所で犯行を続けるのが危険だというのはよくわかっていた
のだ。海岸の二重殺人のあと、古泉は狩り場を群馬県に移していた。群馬県のあとは栃木県へ。県境を越えて移動
する殺人鬼に対して警察は無力だった。

21 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 21:09:36.46 ID:5fHMUSBY0

 もうひとつ障害があった。古泉はまるで殺人鬼のようには見えなかったのである。
 古泉が逮捕され、埼玉県における誘拐未遂容疑で逮捕されたと聞いて、誰もが耳を疑った。古泉はまるで暴力的人
間には見えなかった。ましてや連続殺人犯だなんて。逮捕されたとき、古泉は埼玉県の大学法学部への入学を待つ
身だった。05年には埼玉県知事の再選委員会で働き、周囲に強い印象を残している。再選委員会に集合した政治の
プロたちも、古泉の献身ぶりと頭の回転には一目おいた。それだけではない。その合間には「いのちの電話」で熱心
に働いていたこともある。同棲している恋人もいた。彼女には連れ子がいたが、古泉は人一倍子供を可愛がっていた。
十人以上を殺した凶悪な殺人犯とはどうしても結びつかなかった。
 だが、それは警察の方も同じだった。古泉が逮捕されてから半年たっても、埼玉県でも群馬県でも、検察は起訴に
足る証拠を集められなかった。古泉は警察やマスコミの横暴と、自分の無罪を声高に唱える。友人たちはそのその言
葉を信じた。せいぜいが状況証拠しかないのだ。結局古泉は誘拐未遂のみで起訴された。有罪になったが刑期1年か
ら15年の不定期刑。おとなしくしていれば3年ほどで出られる計算だ。古泉は他の囚人相手に法律相談に応じるなどし
て楽しく刑期を過ごすつもりだった。
 しかし、それだけで済むわけがなかった。栃木県で行方不明になった看護婦の毛髪が、古泉の車から発見されたの
である。

24 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 21:27:24.70 ID:5fHMUSBY0

 今度は殺人容疑である。簡単には逃れられない。古泉は脱獄を考えはじめた。裁判所の方がチャンスが多そうだっ
た。古泉は冷静に周囲を観察し、チャンスを探った。「何も考えず、ただ外に歩き出すのが一番」というのが結論だった。
シンプル・イズ・ベスト。弁護士を罷免して自分で自分を弁護し、自信満々の古泉が脱走を考えているとは誰も思わな
かったが、彼の方は周到に準備を重ねていた。決行は2009年6月7日。午前中の休廷時間、古泉は二階の窓から飛び
降りて姿を消した。監獄の中で鍛えていた足首はびくともしなかった。
 鮮やかな脱走劇によって古泉は一躍人気者になった。古泉が脱走した裁判所の市内には「古泉・バーガー(肉が逃
げ出したハンバーガー)や「古泉・カクテル」(メキシカン・"ジャンピング"・ビーン入り)を出す店が登場した。Tシャツは
飛ぶように売れ、ディスコの客は「古泉は生きている!」と合唱した。ヒッチハイカーは「古泉じゃないよ」のカードを掲
げて指を立てる。
 古泉は人気者だった。警察と裁判所と検察をただのひとっとびで馬鹿にしてみせたのである。悪魔のように奸智に長
け、ハンサムで口がうまいスポーツマン。くるくると顔を変える変装の名手。古泉はすべてにおいて卓越しているかのよ
うだった。だから古泉はフォークロアの一部になったのだ。誰もが顔をしかめながら語るブラック・ジョークの対象に、
怖がりながらも心の底で憧れている悪魔になった。このときはじめて、古泉一樹は生を受けたのだとも言える。

31 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 21:56:33.62 ID:5fHMUSBY0

 山中に逃げ込んだ古泉は迷っていた。熱心なスキーヤーだった古泉にとっては勝手知ったる土地であったのだが、
古泉は自分で思っているほど(あるいは神話に出てくるほど)賢くはなかった。すっかり冷静な判断力をなくしていたの
である。古泉は警察の裏をかいて南へ逃げるつもりだった(この読みは当たっていた)が、実際には大回りして裁判所
があった市内に戻ってきてしまった。逃亡の一週間後、古泉はその市内で盗んだ車を運転しているところを逮捕され
た(またしても、パニックに陥って逃走しようとしたのが命取りになった)。なぜ逃げ出したのかと聞かれ、古泉は答えた。
「いや、いい天気でしたからね。部屋の中にいるのにはもったいないと思っただけですよ」
 普通の殺人鬼ならここで話は終わりだろう。だが、古泉はもはやそういうレベルではない。スーパースターだ。牢屋
などに閉じこめておけるわけがない。古泉は心からそう信じていた。二度目の脱獄は半年後だった。こっそり差し入れ
られた糸のこを使って天井に穴を開け、数日前から絶食して痩せた体でそこをくぐり抜けた。本とまくらをベッドに並べ
て寝ているように見せかけておいて、古泉は天井の穴をくぐり抜けた。天井裏を這いすすみ、看守長の部屋に降りる
とそこから逃げ出した。2009年12月30日の夜だった。
 翌日の昼になるまで古泉の脱走は発見されなかった。そのころ、古泉はすでに雑踏の中に消えていた。

34 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 22:06:11.11 ID:5fHMUSBY0

ゴールデン・チャイルド

 古泉には輝かしい未来が開けているようだった。だが、彼はすべてを捨てて殺人をはじめた。政界にも、法曹界にも
進めたはずのゴールデン・チャイルドが、なぜ連続殺人鬼になってしまったのか。そこに古泉一樹の最大の謎と魅惑
がある。いったいどこで彼は道を誤ったのか。あるいはこれは一本道の運命だったのか。
 古泉は1988年1月24日に生まれた。私生児だった。母親は高校を出たばかりだったが、流れ者の男に誘惑されたあ
げくに捨てられ、一人で古泉を育てた。だが、それがハンデになった様子はない。古泉はどこにでもいる、ごく当たり前
の子供だった。頭は良く、ハンサムで、ウィットもあった。ただひとつ欠けているとしたら、それは自信だったろう。そう中
学時代の友人は言う。「古泉はほんの一言か二言、身振りひとつでまわりを笑わすことができた。なのにそのあとを続
ける自信がなかった。あの知性に見あった自信があれば、まわりみんなに影響を与えることができたはずなのに。なん
か社会的な局面になると急に黙っちゃうようだった。女の子相手もそうだけど、新しい友達と会うのはすごく苦手そうだ
った」
 古泉に欠けていたもの、それは社交性だった。後の古泉のことを考えるととても信じられないのだが、まちがいなく古
泉は引っ込み思案な子供だった。人とつきあいたくなかったわけではない。その気持ちは人一倍だったが、方法がわか
らなかったのだ。

43 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 22:35:43.44 ID:5fHMUSBY0

 古泉は、自分で方法がわからないことはやれなかった。他人の前でヘマをすることに耐えられなかったのだ。自信
を持ってできないことは絶対にやらない。それほどに古泉のプライドは高かった。古泉はチーム・スポーツには参加
せず、ウェアとグッズを盗んでスキーに興じた。古泉本人は、自分は痩せすぎでとうてい他の生徒とは競争できなか
った、と言っているが、これも額面通りには受け取れない。いずにれせよ、はじめてやったバスケットボールは、彼に
とってはひどいトラウマになった。
 だから、いくら頭が良くてハンサムでも、古泉は人気者にはなれなかった。古泉が目立てるのは唯一、教室の中だ
けだった。教室には秩序がある。手を挙げれば指してもらえるし、正解を出せば誉めてもらえる。世界は単純で、古
泉でも十分対処できた。
 だが、大学はそう行かなかった。大教室の授業では彼程度の秀才ではとても目立てない。かといって課外活動は、
というと、古泉はそれもできなかった。友愛会にも所属せず、唯一やっていたのが中国語の学習だった。ここで、古
泉は運命的な出会いをする。ガールフレンドができたのである。外向的で明るく世慣れた彼女は古泉とは正反対の
タイプで美人だった。古泉は彼女に張り合うべく、同じ大学の中国語科に編入した。

47 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 23:00:43.93 ID:5fHMUSBY0

 だが、これは大きなまちがいだった。家から離れ、古泉は孤独にさいなまれた。同級生にもなじめぬまま、古泉は授
業から遅れていった。そこに追い打ちがかかった。恋人から捨てられたのである。最初は古泉のナイーヴさを愛してい
た彼女だが、じきにいつまでも変わらない子供っぽさにうんざりするようになった。二人のあいだには性関係はなかった。
ひとつ部屋に寝たこともあったが、古泉は手を出そうとはしなかった。彼女は結婚まで考えていたが、いつまでも煮え
切らぬ返事をくりかえす古泉についに見切りつける。古泉は絶望した。成績も急降下。ついには大学を退学してしまう。
 古泉はつまらぬ盗みやアルバイトをして食いつないでいた。なんの希望もないドロップアウト生活だったが、ひょんな
ことから彼は自分のニッチを見いだす。ある埼玉県副知事候補の選挙運動ボランティアに誘われたのだ。古泉は飛び
ついた。選挙運動中なら単純なことをしているだけで上流階級の人々とも対等に口がきける。ついに憧れの世界に手が
届いたのだ。古泉は積極的に手を挙げ、仕事に取り組んだ。

51 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 23:28:14.04 ID:5fHMUSBY0

 この直後、古泉は離婚したシングル・ママの朝比奈みくると出会う。彼女に対して、古泉は法学部の学生だと名乗っ
た。ただのドロップアウト学生だと名乗るのが恥ずかしかったのだろう。彼女は素直にそれを信じた。自分の嘘にしば
られて、古泉は埼玉県の大学の法学部に願書を提出した。選挙ボランティアを通じて、古泉は必要な自信を身につけ
ていた。いや、むしろはったりを身につけていた、というべきか。どういう態度をとれば相手に自分を印象づけられるか
を彼は会得していたのだ。
 05年の7月、古泉は自分を捨てた恋人に会いに行った。彼女は古泉の変身ぶりに目を見張った。子供だったボーイ
フレンドは見違えるばかりの自信を見につけ、法曹界でキャリアを積もうとしている。彼女はすっかり古泉に魅了され、
二人は婚約した。だが、そこで急に古泉は冷淡になる。クリスマスには会う約束をしていたのに、一方的にキャンセル
された。なんで自分がそんな目に遭わねばならないのか、彼女にはさっぱりわからなかった。古泉は自分のエゴを満
足させるため、自分を振った相手を振りかえすために誘惑したのだが、そんなことがわかるわけはない。彼女は深く傷
つけられ、彼の前から去った。
 だが、古泉はそれでも満足しなかった。翌年1月、長野県で睡眠中の女性が襲われ、昏睡状態に陥った。長野県の
恐怖がはじまったのだ。

55 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 23:38:28.51 ID:5fHMUSBY0

ダブル・フェイス

 古泉には二つの顔があった。ジキル博士とハイド氏、ではない。自信満々のエリートと、内気な少年である。逮捕さ
れてからマスコミに見せていたのはもっぱら前者である。不可解な殺人者、狂えるエリートの古泉はそこから生まれ
てきた。だが、古泉を昔から知っていた人は不思議に思った。キョンは「いのちの電話」時代に彼と同僚だった。キョン
の知っている古泉は失われた愛を嘆く、傷つきやすい若者だった。自信満々、時に傲岸不遜とまで評された法廷での
古泉は、だからとうてい信じられないものだったという。
 だが、そのふたつは本当に違うものだったのだろうか?
 古泉は教室の中では王様だった。どうふるまえばいいかわかっているときには、彼は自信満々にふるまうことができ
た。だが、人間を相手にしたときにはそうはいかない。相手はどう反応するかしれない。古泉はそれに耐えられなかっ
た。自分がヘマをして、笑われるのが恐かったのだ。

56 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 23:47:52.11 ID:5fHMUSBY0

 だが、相手の反応がわかっていれば、古泉でも対応できる。やがて古泉は学んだ。たいていの場合、自信たっぷり
にふるまえば相手は自分の言うことを信じる。同棲していた恋人も、その後結婚することになる長門有希も、古泉の
言うことをすべて信じた。ある程度の知性があれば、素直な女性に言うことを聞かすなんてたやすい。それに法廷は
きわめて限定された場だった。その中で被害者を演じるくらいは簡単だろう。
 古泉は華やかな生活を夢見ていた。法曹界、あるいは政界で華麗に活躍し、大金を稼いで豊かな暮らしをする。古
泉にはそんな物質的な夢しかなかった(当たり前だ。精神的なものは古泉の理解の理解の外にある)。だが、それを
実現する方法はわからなかった。もちろん、そのまま大学に通って勉強するのがいちばんの近道だったろう。だが、
古泉には将来を考える力もなかった。あれば大学卒業の単位を取るまでに7年もかかったりしない。現実が自分の理
想に見合ったものでないと、彼はすぐに投げ出してしまうのである。大学に入学したときも、学校の雰囲気が自分の
理想と違う(古泉は若きエリートが集う学びの家を想像していた。だが、実際にそこは苦学生が通う学校だったのだ)
というだけでやる気をなくしてしまう。

57 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/14(金) 23:55:38.19 ID:5fHMUSBY0

 経験からいくらかレベルは上がっていたが、基本的には古泉の人間関係は以前と変わっていなかった。相変わら
ず不器用で、傷つくのを恐れ、プライドばかりが高かった。もちろん、古泉が頭が悪かったわけではない。だが彼は
優等生でもなかったし、エリートでもなかった。そうなるにはプライドが高すぎ、辛抱がなさすぎた。現実には、古泉
は短気な甘えんぼうのドロップアウトでしかない。
 古泉が二つ目の顔──天使の顔をした悪魔──を見せるようになったのは、逮捕され、裁判にかけられてからで
ある。もとよりエリートのふりをするのは得意だ。そして、こうなってしまえば、もはや嘘がばれる心配はない。彼の実
力が試されることはないのだ。いつの間にか、彼は自分のついた嘘を信じていた。そのときついに殺人の天才古泉一
樹が誕生したのだ。

58 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/15(土) 00:06:00.50 ID:4NT80bXk0

北高の女子寮

 古泉は鮮やかに脱走を成功させた。奸智に長けた変装の名手(古泉は演劇クラスに通っていたこともあった)が次
にどこに行き、何をするかは誰にもわからない。彼にはなんでもできた。名前を変え、目立たぬ仕事につき、また月に
一人のペースで殺人をはじめたらもう誰にも止められない。そうマスコミは騒ぎ立てた。
 だが、それはかなわぬ夢である。
 現実には古泉はこれまでになく追いつめられていた。自由の身になり、なんでもできる立場になってみると、苦労し
て身につけた仮面はなんの役にも立たなくなっていた。彼のやりたいことはひとつだけ。あとがどうなろうと知ったこと
ではない。
 このときの古泉の精神状態はきわめて興味深い。監獄内で押さえこまれていた殺人衝動が一度に吹きだし、自我
のコントロールが利かなくなったのか。その衝動はあれほど苦労して築きあげた人格をも吹き飛ばしてしまうほど激
しいものだったのか。目もくらむような爆発があった。古泉の中にたまっていたどす黒い怒りはすべてを押し流した。
もはや相手を選んでいる余裕もなかった。死姦を楽しむ必要もなかった。望むのはただ殺すこと、それだけ。

62 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/15(土) 00:26:03.14 ID:4NT80bXk0

 2010年1月14日、土曜日の夜。埼玉県西宮市。真夜中過ぎに北高の女子寮を一人の男が訪れた。二人が死に、二
人が重傷を負った。男が棍棒で、寝ている女子高生を手当たり次第に殴り殺していった。最初の一人である涼宮ハル
ヒには噛みついてもいる。わずか30分足らず。古泉は静かに荒れ狂った。だが、そこまでやっても、彼はまだ満足しな
かった。女子寮から逃げる途中、1km離れたところに住んでいた21歳の女子大生に怪我を負わせている。
 古泉はすべてのチャンスを持っていたにもかかわらず、それをふいにしてしまった。古泉の神話の中で、もっとも謎
めいているのがこの点だ。北高の女子寮の惨劇を引き起こさなければ、彼はもっと長く隠れていることができたので
はないのか。何十年間も地下に潜っている反体制活動家のように。なのになぜ、彼はあそこで爆発してしまわねばな
らなかったのか。
 殺人衝動が強すぎた、というのもひとつの説明ではある。だが、そうでなくとも古泉に逃げ道はなかったような気がし
てならない。「古泉一樹」、「現代版『ジキル博士とハイド氏』」、「IQ160のエリート殺人鬼」は彼がこしらえた仮面ではな
かったのか。それこそは古泉がなりたいと思っていたもの、幻想の自分自身だった。古泉は自分の幻想を演じるチャン
スを得たのである。だが、その裏にあったのは高すぎるプライドに脅かされるひ弱な自我だった。そして外からの圧力
がなくなり、幻想が維持できなくなったとき、ついに中身があふれ出した。醜く膿んだ現実が。

 古泉一樹は2012年1月24日に電気椅子にかけられた。

                                                         モデル「テッド・バンディ」

63 名前:◆2hvhgO6UGM [] 投稿日:2007/09/15(土) 00:29:33.29 ID:4NT80bXk0

やっと終わりました。同時に尻と腰と両膝が爆発しました\(^o^)/



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