涼宮ハルヒの現実


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15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 18:21:41.03 ID:yxOE4Icc0

盛夏の灼熱の日差しが傾き、涼やかな風が吹き始めた夕刻。
俺とハルヒは、特別不思議探索という名の買い物を終えて帰路についていた。

「今日はありがと。助かったわ」
「なんだよお前らしくもない。別にいいぜ」

にべもなく礼を述べるハルヒに戸惑いを覚える。
俺を散々振り回しといて、そのままの勢いで帰っちまうのがいつものお前だろう?

「まあ、ね。でも今日は色々持ってもらったわけだし・・・その・・・」

ぶつぶつと蚊の鳴くような声で何かを呟くハルヒ。
なんだ、言いたいことがあるならはっきり言えよ、もどかしい。

「だから・・・また今度――」

しかし俺はハルヒの言葉を最後まで聞くことができなかった。
その言葉をかき消す程大きなクラクションの音が、辺りに響き渡ったからだ。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 18:40:37.32 ID:yxOE4Icc0

次いで響く衝突音、女性のものと思われる悲鳴。
これ程ダイレクトに耳朶に触れるってことは、かなり近いってことだ。

「行くぞ、ハルヒ!」
「え・・・ええ」

辺りに反響する甲高い音は、何か得体の知れない恐怖感を芽生えさせる。
俺は不安げな表情のハルヒを連れて、恐らくは惨状を呈しているであろう事故現場へと走った。
一応言っておくが、野次馬根性を出したわけじゃあない。
ハルヒはともかく、ある程度力のある俺なら何かできるかもしれない――そう考えたのだ。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・ひどい」

予想していたよりも現場は荒れてはいなかった。
むしろ事故以前と比べて大差ないといってもいいだろう。
事故を起こしたワゴン車の損傷は、せいぜい塗装が剥がれている程度。
車を運転していた20代の男性にも怪我らしきものは見られなかった。
しかし集まり始めた野次馬達と、事故を起こした運転手、そして俺達の目はある一点に集中していた。

ワゴン車から数メートル離れた道路脇に転がる、十代前半の少女に。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 19:01:57.15 ID:yxOE4Icc0

「ちょ、ちょっと、キョン!」

無意識の内に俺は、その少女の下に飛び出していた。
取り巻く人々の中には携帯で救急車を呼ぶ人も確認できたが、少女に触れようとする者はいなかった。
何故だ、何故誰もこの子を介抱しようとしない?

「おい、大丈夫か!?」

返答はなく、閉じられた瞼は一向に開く気配を見せようとしない。

「おい、おいってば!」

頭部から夥しく流れる血液が、俺の腕を伝っていく。
頼む、なんとか言ってくれ。せめて少しでも反応してくれればまだ望みはある。

「・・・あ・・・たし・・・・・・・・」

形の整った綺麗な唇が、僅かに動く。
今、確かにこいつは何かを言おうとしていた。

「どうしたんだ、何か言いたいことがあるのか!?」

もしかしたら、これがこいつの最後の言葉になるかもしれない。
俺は耳を少女の口元に近づけた。一言だって聞き漏らしたりしねえ。
遺族宛か彼氏宛かは知らないが、絶対に伝えてやる。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 19:33:57.70 ID:yxOE4Icc0

しかし、その直後俺と少女は無理矢理引き離された。
救急隊員だろうか、制服に身を包んだ人間が俺の肩に手を置いている。

「後は私達に任せて」
「ま、待ってくれ、まだこいつの話を・・・」

俺がもう一度耳を近づける間もなく、少女は担架に乗せられて救急車へと運ばれていった。
乗せられた担架ごと、少女は手際よく救急車内のスペースに収納されていく。
その途中、一瞬だけ見えた彼女の顔に、生気はなかった。
ドップラー効果と共に消えていく救急車を見送った俺の体には、虚無感だけが残っていた。

「・・・だいじょうぶ?」
「ああ・・・」

不意に耳に届いたハルヒの言葉。
なんだか随分久しぶりに聞いたような気がするな。

「どうしてあんなに必死になってたの?
 こんなになってまで・・・」

ああ、確かに酷い格好だ。
それなりにお気に入りだったシャツは汚れ、手は少女のものと思われる血液で紅く染まっている。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 19:57:17.08 ID:yxOE4Icc0

だが・・・俺にはあの少女を介抱せざるを得ない、明確な理由があった。
整った顔立ちに長く滑らかな黒髪、そしてラインの綺麗な体。
あの時―――俺はその少女に、見たこともない数年前のハルヒを重ねてしまっていたのだ。
もちろんそんなことはハルヒ本人にいえるわけもないので、適当に言い訳しておく。

「なんか放っておけなかったんだよ。一人で心細かっただろうしな」
「へえ・・・あんたもそういうとこあるのね」

少し感心した風に俺を見つめるハルヒ。
だがその双眸には、形容し難い憂いが満ちていた。
事故現場を生で見たことによるショックが原因なのだろうか。

「ほら、これ貸してあげるから吹きなさい」
「すまん」

完璧とまではいかないものの、血痕が目だない程度に腕を拭き終える。
俺は改めて周囲を見渡した。事故が発生してから十数分。
野次馬はその姿を消しはじめていた。

「行くか」
「そうね・・・帰りましょう」

買い物袋を抱えて、自然とハルヒの手を引く。
俺達二人の背後には、長い長い斜影が伸びていた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 20:10:36.76 ID:yxOE4Icc0

カチ、カチ、カチ、カチ――

無機質な連続音が、やけに耳に障る。
その音の発生源である時計に目をやれば、針は現在時刻が12:30であることを示していた。
30分前と比べてほとんど進歩のないレポートを眺め、俺は深く溜息をつく。
目を閉じれば、自然と瞼の裏に”あの”情景が再生される。

彼女が最後にいいたかった言葉は、一体なんだったのか。
今となっては知る術などないが、そだけが無性に気になった。

「キョンく〜ん、電話だよー」

階段を駆け上がる音が響き、次の瞬間にはドアが開いて妹がひょっこり顔を覗かせる。
せめてノックくらいしてくれないか。年頃の女の子なんだしもっと女性の嗜みをだな――

「はいっ!」

無邪気な顔で電話の子機を突き出す妹。
俺は耳に子機を押し当て、妹を部屋の外に追い出した。
好奇心丸出しのこいつに盗み聞きなんてされたら厄介だからな。

「もしもし」
「今晩は。夜分遅くにすみません」

漠然とした予想はついていたが・・・やはりお前か。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 20:28:28.97 ID:yxOE4Icc0

「で、何の用だ。俺は今忙しいんだ、手短に頼む」
「それはそれは。
 しかしこちらの事態はある意味で緊迫していましてね。
 至急、あなたに連絡を取る必要があったんですよ」

しかしそういう古泉の声は余裕たっぷりで、とてもじゃないが
高速で拡大する閉鎖空間の対処に困っているとか
超能力者の敵対勢力と交戦しているといった状況ではなさそうである。
緊迫した事態? どういうことだ?

「言い方が悪かったようですね。
 今のところ実害はまだ発生してません。
 ですが、これからどうなるか全く予想がつかないのです」

古泉の独白に俺は耳を傾ける。

「あなたは以前、閉鎖空間に侵入した際、神人を見たことがありますよね?
 そのとき神人はどうしていましたか?」
「暴れていたな」
「ええ、その通りです。
 涼宮さんの不安定になった精神の具現化ともいえる彼らは
 閉鎖空間内で破壊の限りを尽くします。
 そして彼らの暴走を止めるのが我々の仕事なわけですが――」

んなことは言われなくても知ってる。

「今日、僕達の住んでいるこの街で、比較的小規模の閉鎖空間が発生したんですよ。
 もちろん神人も出現していました。ですが・・・ここで機関の戦闘員は今までにない奇妙な光景を見たんです」

「―――神人はたった一体。そして、その神人は破壊行動を一切していませんでした。ただ、立ち尽くしていたんですよ」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 20:52:05.43 ID:yxOE4Icc0

眼窩に再生される、青白く発光して灰色の空間内を暴れまわる神人の姿。
俺にはどうにも、そんなやつが静かに立ち尽くす様を想像することができなかった。

「我々は驚愕しました。
 彼女が閉鎖空間を発生させた以上、そこで出現する神人は暴れているはずです。
 何故ならその破壊活動こそが閉鎖空間を作り出した目的でもあるんですからね。
 分かりやすく言えば、サンドバッグを目の前にして殴らないボクサーのようなものですよ」

いつもに比べりゃ若干分かりやすい例えだな。

「それから我々はどのように対処を行うか悩みました。
 閉鎖空間の拡大速度は平常時と比べかなり遅く
 また神人の活動もないために放置していてもなんら問題はありません。
 しかし・・・いつかは神人が増え、破壊活動をする可能性もあります
 ですから我々は、通常通り閉鎖空間の消滅作戦を開始しました」

いくら無害といってもいつどうなるかは分からない。
なんせハルヒの機嫌しだいだからな、その判断は正しかったはずだ。
だが今こうやって電話してきているってことは――

「そしてその結果は――いえ、賢明なあなたのことですからあらかた予想はついているでしょうね。
 今現在、神人は健在です。今回出現した神人は、こちらからの攻撃を全て無効しました」

演技なのだろうか、あきらめたような溜息が受話器越しに聞こえてきた。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:19:09.70 ID:yxOE4Icc0

「機関はお手上げ状態ですよ。
 その後も超能力以外のあらゆる手段を以って神人に攻撃を加えましたが
 なんらダメージを与えた様子はありません。
 反撃してこないのが唯一の救い、といったところでしょうか」

十数秒の沈黙。先に負けたのは俺の方だった。

「で、これからどうするつもりなんだ?」
「とりあえず現時点では神人を24時間体勢で監視していますが・・・
 閉鎖空間の発生原因を排除しない限り、事態は解決へと向かわないでしょうね」

閉鎖空間の発生原因、か。
そんなもの、一つしか思い当たらないんだが・・・

「今回の閉鎖空間の発生原因は、こちらでも把握しています。
 閉鎖空間の発生場所、発生時間、そして神人の立っている位置からして、
 あの交通事故が直接的な原因で間違いないと考えているんですが・・・あなたはどう思いますか?」

同意見だ。あの交通事故がハルヒになんらかの影響を与えたに違いない。
今日(正確には昨日だが)の買い物でハルヒは終始ご機嫌だったからな。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:38:41.30 ID:yxOE4Icc0

「やはりそうみたいですね。
 一応、機関の方でもあの事故について調べてみたんですが
 人身事故、それも被害者の方は重傷だったみたいですね。
 現場にいた彼女が精神的に影響を受けたのは、至極当然です」

おい、待て。お前、あの少女が搬送先の病院でどうなったか知ってるのか!?

「え、ええ、知っていますが。それがどうかしたんですか?」

教えてくれ、あの後あの子はどうなったんだ?

「・・・・それは・・・・」

言葉を濁さないで早く教えてくれ。お前しか聞ける奴はいないんだ、頼む・・・

「彼女は―――」

一瞬の間。

「――脳死判定を受けました。事故時に頭部に激しい衝撃を受けたようで――」

受話器を取り落としそうになりながら、俺は必死に今の古泉の言葉を噛み砕いていた。
脳死? あのドラマとかでよくある植物人間ってやつか?
はは、まさか。まだ小学6年生か中学1年生ほどのあの女の子が、脳死だって?

「―――幸い、命に別状はないようですが、脳の損傷はもう手のつけようがないと・・・聞いてますか?」
「ああ。聞いてるよ」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 21:54:30.87 ID:yxOE4Icc0

多分今の俺の顔は、空気が抜けた風船見たいに腑抜けているんだろう。
ああ、バカみたいだ。
俺はただハルヒに似ていただけの見ず知らずの少女に、どうしようもなく同情している。
一緒に遊んだこともなければ、まともに会話さえしたこともないってのに。

「話を元に戻します。
 とにかくあなたは明日、涼宮さんに昨日の交通事故について話をしてみてください。
 解決の糸口を見つけられるのは、あなただけですから」

古泉の爽やかな口調が、無性に腹立たしかった。

「ああ、わかった。じゃあ明日な」

俺は返事も待たずに通話ボタンを切り、子機を机に置いた。
全身に一気に広がる倦怠感が、俺をベッドへと誘う。
俺はレポートはそのままに、ベッドへと倒れこんだ。
目を閉じればあの光景が浮かんだが、無理矢理に思考から締め出した。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 22:19:34.33 ID:yxOE4Icc0

小鳥の囀りがよく通る、静かな朝。東から差し込む陽光が、街を照らしている。
どこか見覚えのある風景を、俺は俯瞰視点で眺めていた。
もっとも空を飛んでいるような浮遊感はなく、ただ視点を移動させることしかできない。

俺はしばらく何も考えず閑静な住宅街を眺めていたが
吸い寄せられるようにある街の一角に視点を移動させた。
いや、強制的に移動させられたといったほうが正しいな。

だがここで俺は大きく声を上げそうになった。
俺に許されたのは「視る」ことだけだったので、実際に声が出ることはなかったが。

(ハルヒ!? ハルヒなのか!?)

意志の強そうな大きな瞳、整った眉、薄い桃色の唇。
若干幼さが感じられるものの、その容貌は確かにハルヒのものだった。
制服は北校のものではなく、髪型もセミロングで俺の知っているハルヒよりも長めじゃなかったら
こいつをハルヒだと断定できたんだがな。

(ハルヒに姉妹がいたなんて話は聞いたためしがないし・・・どうなってやがる)

それにしても不機嫌そうな顔だな。まるで俺が北校に入学して直後のハルヒの表情じゃねえか。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 22:44:35.62 ID:yxOE4Icc0

それからしばらく、俺はハルヒに追従して視点を移動させていった。
大股でずんずん歩くところとか不機嫌モード全開のオーラなんかはハルヒそっくりなんだが・・・
先程からハルヒらしき少女は通学路らしき道(同じ制服の生徒が数人歩いていた)を歩いてきたが
北校へではなく、どこか別の学校へと続いているようだった。

と、ここで俺は視界の端に、どう見ても制限速度を超えている一台のワゴン車を発見した。
目でワゴン車の走る一本道を辿る。このままいけば――少女と衝突するのは確実だな。

やけに冷静な頭で、俺はそんなことを考えていた。
なんとも現実味のないこの風景に、緊張感は皆無だった。
徐々に聞こえてくるワゴン車の走行音。おい、お前このままじゃ轢かれるぜ?

10――7―5―3―2―1―0

鈍い音。時間が止まったような感覚。
そして俺は視た。

無残に路上に投げ出された、ハルヒそっくりの少女の姿を。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 23:01:38.70 ID:yxOE4Icc0

「ああああぁあああぁああ!!!!!」

自分で自分の声だと認識できないくらいの叫び声を上げて、俺は上体をはね起こした。
荒い呼吸音が、カーテンから差し込む淡い陽光に照らされた埃をかき乱している。

「はぁっ、はあっ、はあっ、はぁっ・・・」

今まで幾度となく夢は見てきたが、あれほどまでにリアルで細かく情景が描写されていた夢はない。
ハルヒ、いやハルヒによく似た少女が交通事故で死ぬ夢は、フロイト先生を引き合いに出すのが躊躇われるほどの悪夢だった。

「はぁ、はぁ・・・今の夢は一体・・・・」

起床時の行動は習慣づいているもので、俺は自然と時間を確認した。
やはりというべきか、まだいつもの起床時間よりも1時間も早い。

二度寝することも可能だが、俺は起きる道を選んだ。
中途半端に寝ればいざ登校するときに苦しむのは目に見えていたし、正直に言えばもう一度あの夢を見るのが怖かった。
そして何より――あの夢について考えることが山ほどある。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/23(月) 23:22:48.84 ID:yxOE4Icc0

ベッドに腰掛ける形で座り、気持ちを落ち着かせて夢の内容を一つ一つ思い出していく。
まず俺の視点は夢に登場するどの人間の視点でもない、第三者の視点だった。
しかも夢の空間内では自在に移動することができ、少女の姿を俺の意志で追跡することができた。
この時点でもうさっきの夢が普通じゃないことが分かる。
夢の中で己の意志で行動できたことは何度かあるが、
空中からの俯瞰視点で、あんなに自由自在に動き回れるのは今回が初めてだった。

次に、吸い寄せられるように視線が惹きつけられたハルヒに酷似した少女の姿。

「・・・本当によく似てたな」

仕草といい表情といい、部分的な特徴(髪の長さや制服)を除けば、ハルヒそのものだといっても過言ではなかった。

そして最後に――思い出しただけで指が震えてくる。
そのハルヒによく似た少女は、申し訳程度にブレーキを踏んだワゴン車に跳ね飛ばされた。
ここでもある疑問が浮かぶ。何故俺は夢の中であれほど冷静でいられたのか。
何故衝突までのカウントダウンするほどの余裕をもっていられたのか。

あらかじめあの事故を知っていなければ、あれほど冷静でいられたはずがない。
いや待て、知っていた? 俺があの事故を?

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 00:14:36.74 ID:uYT8idf/0

交錯する疑問が俺の思考を乱していく。
くそ、考えれば考えるほど余計にわけがわからなくなる。
夢の中で起こることを知っているなんて予知夢を超越してるじゃねえか。

「ハルヒ・・・」

突然、無性にハルヒのことが心配になった。
先刻の夢は、もしかすると昨日の交通事故と関係しているのかもしれない。
といっても、夢は記憶を整理するためのものという説を肯定しているわけじゃなく
ハルヒの特異な能力が関係して俺にあの夢を見せたのかもしれない、ということだ。
夢の中に現れたハルヒに酷似した少女は、昨日実際に介抱した少女とは別人だった。

もう一度時計に目を移す。時間は丁度いい頃合になっていた。
俺は久々に、妹のボディープレスを受けることなく一階に下りた。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 00:36:30.43 ID:uYT8idf/0

「あら、キョン。今日は早いじゃない」
「たまには俺も早起きするんだよ」

教室の後ろのドアから顔を覗かせたハルヒを見た時、
俺は心中に染み渡る安堵感で、表情を崩してしまいそうになった。
100Wの明るい笑顔。俺に声をかけて席についたハルヒは、何も変わっちゃいなかった。
なんだ古泉、ハルヒの精神は至極安定してるじゃねーか。

「昨日買ったDVD、どうだった?」
「全然ダメ。なんかね・・・・」

それから俺達はいつも通りHR前の雑談をした。
何気ない会話が、ただただ楽しかった。
コロコロと変わるハルヒの表情を見ているうちに、俺は昨夜の夢を忘れようと心に決めた。
ハルヒ、いやハルヒに酷似した少女が交通事故で死ぬ夢なんてさっさと忘れるに限る。
覚えていても得することなんて何もないしな。

だが――それには一つ乗り越えなければならない障害がある。

「なあ、ハルヒ。そういや昨日交通事故があったけど
 あの子、一命はとりとめたみたいだぜ?」

この話題を振って、ハルヒが大した反応もなく普通に会話できれば、俺はあの事件と夢を吹っ切ることができる。
ただの嫌な事件、ただの悪夢として忘れることができる。
俺は、そう信じていた。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 00:49:47.59 ID:uYT8idf/0

「そ、そうなの。良かったじゃない」

なのに、なんで

「あ、もうすぐHR始まるわよ?」

なんで

「・・・どうしたの、キョン?」

なんでそんな曇った笑顔を作るんだよ、ハルヒ。

「HR始めるぞー」

担任岡部の声が教室に響き渡り、俺は席を立った。
昨日の交通事故、消滅しない閉鎖空間、昨夜の不吉という一言では片付けられないほど異質な夢。
俺は、それらが繋がっていることを認めざるを得なかった。
交通事故の話題を出した瞬間、ハルヒの澄んだ瞳に生まれた憂いの光が、全てを物語っていた。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 01:02:00.28 ID:uYT8idf/0

授業の束縛から解放され、クラスメイト達が散り始める放課後。

「あたし、今日はちょっと用事あるから帰るわね。
 他のみんなにもそういっといて。
 あ! あたしがいなからってサボっちゃダメよ?」
「わかってるよ。じゃあな」

軽く手を振ってハルヒに別れを告げる。
だがそんな軽快な口調と裏腹に、俺の心は沈んでいた。
喧騒に包まれている廊下を、文芸部室を目指して歩いていく。
端々でたむろしている集団を避けながら、俺は窓の外に視線を向けた。
そこには俺の心情を投影したかのような曇天が広がっていた。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 01:12:58.03 ID:uYT8idf/0

つい3日前までは俺の隣で今日の活動やら不思議探索ポイントやらを熱く語っていたハルヒがいない。
たったそれだけのことなのに、なんでこんなに寂しいんだろうね。

ハルヒは結局、朝のHRの後もいつもと同じハルヒを演じ続けていた。
本人はバレていないつもりなんだろうが、
長門の無表情フェイスから微細な変化を読み取れる俺にそんなもんが通じるとでも思ってたのか?
バレバレなんだよ。お前が何かに悩んでいることはな。

隣にいるはずのないハルヒに、心中で文句をぶつけていく。

何故相談してくれなかったんだ。
俺なら気の利いたことはいえなくても、少なくともお前の悩みを聞くことぐらいできたってのに。

いつの間にか俺は、文芸部室もといSOS団本拠地の目の前に立っていた。
コンコン。ノックを二回した後に、いつもよりトーンダウンした「はぁ〜い」という可愛らしい声。
俺はハルヒ以外勢ぞろいした部室に足を踏み入れた

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 01:24:45.15 ID:uYT8idf/0

「あなたを待っていたんですよ。
 とりあえず座ってください」

相も変わらず爽やかスマイルを浮かべる古泉。
メイド服ではなく制服姿でおぼんを持っている朝比奈さん。
そして窓際ではなく、中央の簡易テーブルのパイプ椅子に座ってこちらをみつめる長門。

三者三様、色々といいたいことがありそうだな。

「ふぅ」

俺は空いているパイプ椅子に腰掛けた。
コトリ、とお茶を置いた朝比奈さんが、最後に俺の横のパイプ椅子に腰掛ける。
文芸部室の空気が固まったような気がした。

「で、どうしたんだ?」

なるべく気軽に、そう問いかける。

「昨日交通事故のあった場所に発生した閉鎖空間の拡大スピードが、爆発的に増大しています」
「未来との交信が途絶えました。もう・・・バックアップは期待できません」
「情報統合思念体が崩壊因子を宇宙広域に多数確認。対処は不可能」

そりゃ大変だな。
ま、要するに

「世界の破滅が近いんだな?」

450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 20:05:41.13 ID:uYT8idf/0

「簡潔かつオブラートに包まず言えば、そうなりますね」

あくまで微笑を崩さない古泉。
昨日までは安定していた世界が、どうしてこんなことになったんだ。
閉鎖空間はほぼ拡大せず、神人は活動を停止していたんだろう?

「今のところ、確認しているのは結果のみです。
 この絶望的な状況に至るまでの過程は、全く把握できていません」

把握できてないって・・・じゃあ何の前触れもなくこうなったっていうのかよ?

「この事態の原因と考えられる候補は、あるといえばあります。
 涼宮さんが、不可抗力の出来事に対しても閉鎖空間を発生させるのは知っていますよね?
 彼女は・・・悪夢を見たのではないか、と機関の方では考察しています。しかも相当酷い悪夢をね」

俺は「悪夢」という単語に反応せざるを得なかった。
瞼を閉じなくても、あの忌まわしい夢がフラッシュバックする。

「最初の崩壊因子が発見されたのは、午前5時46分38秒。
 涼宮ハルヒはノンレム睡眠状態だった。彼女が悪夢を見ていた可能性は十分にある」
「長門が言うからには確かなんだろうが、まだそれが原因だと断定されたわけじゃないんだろ?」

すぐにでも壊されると分かっていても、希望的なことを口にする。

「未来との交信が途絶えたのも、それと丁度同じ時間だったんです。
 ですから、彼女が寝ているときに見た夢――それが何か鍵を握っているんじゃないかと思うんですけど・・・」

いつになく真剣な眼差しでそういう朝比奈さんは、こんな状況下でも可愛らしい。
あなたにそんなシリアスなセリフは似合いませんよ。まったく・・・俺の希望的観測もここまでってことですか。

467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 20:37:05.70 ID:uYT8idf/0

「なあ、皆――」

本当は分かりかけていた。
ハルヒが今朝、俺の発した「交通事故」という言葉に反応した瞬間から。

「――聞いて欲しいことがあるんだ」

あの時ハルヒは、瞳の奥に隠した感情を笑顔で無理矢理に押し隠していた。
不機嫌な時は世の中に絶望したような表情を。
上機嫌な時は赤道直下の太陽のような表情を。
常に自分の気持ちに正直で、他人がどれだけ振り回されるかも意に介さなかったハルヒが
閉鎖空間の拡大速度が一気に上昇する程不安定な精神状態だったにも関わらず、感情を隠そうとしていた。

「ハルヒの見た夢は――」

なのに、なのに俺は・・・ハルヒにその理由を問いただそうともしなかった。
ハルヒの返事が、どうしようもなく怖くかったから。

「――俺の見た夢と繋がってるかもしれない」

483 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 21:21:40.27 ID:uYT8idf/0

「夢が繋がっている? どういうことです?」

いくら非現実の世界に精通してるお前でも、夢の同調なんてものは未体験だったみたいだな。
俺はまず、昨夜見た夢の内容を三人に話すことにした。

細部まで描写された、現実世界そのものと言っても過言ではないほどリアルな風景。
まるでゲーム中の俯瞰視点のように自在に動かすことのできる視点。
街の一角を登校する、制服や髪の長さは違うもののハルヒにとてもよく似ていた少女。
その少女を見つけた直後に起こった、痛ましい交通事故。
そして――現実世界へと回帰するまで、気味が悪いほどに冷静だった俺の思考。

「・・・とまあこんなわけだ」

全てを話し終えたとき、部室はこれまでにないほどの静寂に包まれていたが
それは意外な人物によって破られた。朝比奈さんである。

「つまりキョン君は、キョン君の夢の中で車にはねられた少女が、涼宮さんの夢の中での意識体そのものだったと言いたいんですか?」

ええ、概ね合っていますよ。

「しかし、夢を共有するなんてことができるんでしょうか?
 彼女があなたを閉鎖空間内に召還可能なのは一年前の一件で分かっていますが
 夢となるとその理論は何の意味も持ちませんからね。」

古泉の話はもっともだった。常識的に考えて、一つの夢に二人の意識が同時に存在するなんてことはありえない。
だが――

「涼宮ハルヒが、その夢を”見せたい”と望んだのなら
 同時刻にノンレム睡眠状態だった彼に彼女が夢を”見せる”ことは容易」

495 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 22:14:14.91 ID:uYT8idf/0

長門が上手くまとめて代弁してくれた。
ありがとな、と感謝の視線を送るが、その表情には1ミクロンもの変化はない。やれやれ。

「なるほど。つまり厳密に言えば、あなたは涼宮さんの夢に存在していなかったということですか。
 ただ”見ていた”だけ。彼女の力によって、彼女の見ていた夢をTVのLive中継を見るように眺めていた、と?」

そういうことだ。それなら夢の中で少女にワゴン車が接近していたとき、俺が取り乱さず冷静だったことの説明もつく。
TVに映っている人間に手を伸ばそうとするやつなんていないからな。
もっとも、俺は目が覚めた瞬間に、その少女を助けられなかったことに対する激しい後悔に苛まれたが。

「しかし・・・それでもまだ根本的な疑問は解消されていません。
 確かにあなたの話は筋が通っている。ですがそれはあくまでも、彼女が力を行使したと仮定した場合です。
 もしその夢が、あなただけが見た夢であり、涼宮さんの悪夢とは全くの無関係だったとしたらどうです?」

そう言う古泉の表情からは、もう爽やかスマイルが消えていた。
機関の一員としても、不確定要素の排除は重要なのだろう。
だがな、古泉――

511 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/24(火) 23:02:03.98 ID:uYT8idf/0

もしその夢の中に、俺が知らなくてハルヒだけが知っていることが含まれていたとしたらどうする?
夢の中にいた少女の特徴や行動を、俺は仔細に話すことができる。
すぐに記憶から抜け落ちてしまうような夢と違って、昨夜ハルヒに見せられた(?)夢に未だ色あせる気配はないからな。
そしてその中の幾つかに・・・古泉だけじゃなく、朝比奈さんと長門も既知の情報があるはずだ。

俺は一番分かりやすいであろう、その少女の通った通学路を大まかに説明した。

「・・・涼宮さんの中学時代の通学路とほぼ一致していますね」
「な、なんでキョン君がそれを知ってるんですかぁ〜!?」

驚嘆の表情を浮かべる古泉と朝比奈さん。
長門は相変わらず微動だにしていなかったが、その瞳の瞳孔がほんの僅か開かれたような気がした。

「俺はあくまでその少女の通った道を言っただけだ」

一呼吸置いてから

「だが・・・それはハルヒの中学時代の通学路と一致している。
 これは偶然なんかじゃない。――もう言わなくてもわかるよな?」

夢の中で俺が見たのは、「ハルヒにとてもよく似た少女」ではなく「中学生のハルヒ」だったのではないか。
北校とは違う制服やセミロングの髪。今のハルヒとの違いも、それで全て納得いく。
”ハルヒによく似た少女=ハルヒなのではないか?”という疑問は元からあったものの、俺一人だけでは確証を得られなかった。
だが俺の話と3年前から観測してきた三人の話が符合したことにより、俺の推論は現実味を帯び始めたのである。

ここで俺の言った通学路が出鱈目だったなら、話は振り出しに戻ったわけだが、
推理が当たって喜ぶべきなのか・・・なんとも複雑な気分だな。 

555 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 00:29:45.53 ID:IRcVe0oC0

「どうやら・・・あなたが見たのは涼宮さんの悪夢ということで確かなようです」
「信じてくれるのか?」
「ええ、僕は信じますよ。
 その少女が中学時代の涼宮さんを形どった彼女の意識体だったとすれば、説明がつきますからね」

古泉はやっと含みのない笑みを浮かべた。
まあ、なんだ。別にお前の爽やかスマイルが好きなわけじゃないんだが、お前はいつもそうしていろ。
久々にシリアスな顔されてもこっちが困るんだよ。

「わ、私も信じますっ!
 キョン君は、知らないはずの中学時代の涼宮さんの通学路を知ってたし、キョン君が嘘つくなんて思えないし・・・」

ありがとうございます、朝比奈さん。
言いたいことはなんとなく分かりますけど、とりあえずそんなに慌てなくてもいいですよ。

「諸所の疑問点が残るものの、あなたの話は合理的。私もあなたの話を信じる」

575 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 01:15:11.78 ID:IRcVe0oC0

お前も信じてくれるんだな、夢が繋がっているなんて突拍子もない話を。
長門がミリ単位で首肯したのを見届けて、俺はもう一度3人の顔を見渡した。

「これまでの話から、俺が見たのはハルヒの夢を外側から見たもので、
 ハルヒの意識体は、中学生の時のハルヒを形どっていたということは分かってもらえたはずだ」

もう「あくまで推論だが」なんて保険じみた言葉は後付しない。

「でもそれが分かったところで、まだ分からないことはたくさんある」

さっき長門も言っていたが・・・

「何故ハルヒは俺に夢の共有を許したのか。
 何故ハルヒの意識体は、中学生のハルヒを形どっていたのか。
 何故ハルヒの意識体は、ワゴン車に跳ねられるという最悪の結末を迎えたのか」

悪夢と少女の正体が分かったところで、解せないことは山ほどあった。
昨日の夕方の交通事故に触発されて悪夢を見て、事故現場に一緒に居た俺に
自分の夢を見せたという可能性もあるが、それなら夢の中で跳ねられるのは現実世界の事故現場にいた少女のはずだ。
その少女にハルヒが自分の姿を重ね合わせた、という強引な考え方もできるものの
それなら中学生のハルヒが登校中に事故に遭うなんてシチュエーションは現実世界の事故とはかけ離れている。

790 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 17:12:01.44 ID:IRcVe0oC0

「・・・・・・・」

容赦なく耳に届く、無機質な時計の秒針音。

「あのぅ、私思ったんですけど」

暗礁に乗り上げたかに思えたそのとき、控えめな声が部室に響いた。
三人の視線が、不安げな瞳で手元を見つめている朝比奈さんに集中する。

「涼宮さんが見たのは、本当に夢だったんでしょうか?」

小動物のように可愛らしい小さな口から、ポツリと漏れた、俺の推論を根底から覆すような言葉。
俺はすぐにその言葉の意味を飲み込むことができなかった。
ハルヒが昨夜見たのは夢じゃない?
だとしたらハルヒは、悪夢じゃなくて何を見たというんです?
朝比奈さんは、言葉を選ぶようなそぶりを見せて再び口を開く。

「例えば・・・もの凄く嬉しかったりもの凄く怖かったりした思い出を
 寝ているときにもう一度思い出すことってあるでしょ?」

まあ、そういった経験は何度かありますが・・・じゃあ朝比奈さんは
昨夜俺が見たのは、ハルヒの”夢”ではなく、ハルヒが元々保持していた”記憶”だったかもしれないと言いたいんですか?

794 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 17:14:52.05 ID:IRcVe0oC0

「はい。もし涼宮さんが昔の記憶を見ていてそれをキョン君に見せようと思ったのなら、
 キョン君が見た光景が現実世界と変わらないほどリアルだったのも当然ですし
 登場したのが中学生の涼宮さんだったことや、不可解な結末にも説明がつくんじゃないかなぁって」

・・・確かにあなたの考え方は俺の推論を再構成、補完しうるかもしれません。
でも朝比奈さん、その考え方には――

「――あなたの考えには、一つ重要な前提条件が欠落している。お分かりのことだと思いますが」

俺の言葉を引き取った古泉に、朝比奈さんは顔を曇らせる。

「涼宮さんが中学生のときに、通学路上で交通事故に遭ったという史実は存在しません」
「涼宮ハルヒの生体データに、交通事故が原因と思われる傷害履歴はない」

そう、ハルヒが過去に交通事故に遭っていたとは、到底考えられないのである。
俺が昨夜夢の中で最後に見たのは、ワゴン車に吹き飛ばされ、血を流して倒れている無残な中学生のハルヒの姿だった。
もしハルヒがあんな事故に遭っていたとすれば、とてもじゃないが健常者として生活を送ることはできないだろう。
奇跡的に回復したとしても、なんらかの後遺症や外傷痕が残るはずである。

「ふぇ・・・それは分かっているんですけど・・・すみません、話をややこしくしちゃって」

しゅん、と項垂れる朝比奈さん。

「・・・・・・・」

部室内に、再び重い空気が流れはじめた。

799 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 17:21:10.40 ID:IRcVe0oC0

固まり始めた推論の延長線上に発生する矛盾。
その矛盾の解消なくして、事態の打開策を生み出すことはできない。
俺達の発言を縛っているのは、仮定論の先に生まれる、さらなる矛盾だった。

「残念ですが・・・これ以上の話し合いは無意味なようですね。」

ふいに、ポケットから携帯を取り出しディスプレイを見つめていた古泉が、静かに呟いた。
そして何を思ったのだろうか、鞄を片手に立ち上がる。

「おい、待て。どこにいくんだよ」
「この話し合いで事態の解決策が見出せるかもしれない。そう思っていたんですが」

朝比奈さんも、心配そうな表情で古泉を見つめている。
はあ? 何寝ぼけたこと言ってやがる。 まだ話し合いは終わってねえ。

「現時点において必要な情報、時間共に不足している。彼の言い分は妥当」

歩き出す古泉を止めようと立ち上がりかけた俺を、長門の冷静な声が制止した。
残り時間がもうほとんど残されていないことは分かってる。でも、だからってあきらめるのは――

「この世界は・・・今から約43分後に消滅、もしくは改変されることになります」

古泉は振り返り、柔和な笑みのまま俺に言い聞かせるように言った。
立ち上がった古泉の顔を見て、初めて窓から差し込む赤光に気付く。
今から43分後、か。
正確に記憶しているわけじゃないが、昨日の現実世界での交通事故も、それくらいの時間だったな。

805 名前: ◆.91I5ELxHs [] 投稿日:2007/07/25(水) 17:39:01.20 ID:IRcVe0oC0

「閉鎖空間の拡大速度増大を確認した後、機関の戦闘員は総力を挙げて神人の消滅作戦を実行していました。
 今、機関の方から連絡があったんですよ。神人が活動を始め、同時に終末までのタイムリミットも大幅に縮まった、と。
 戦闘員の半数は死傷した模様です。相手は一体ですが、今まで対処してきた神人とは格が違うようですね」

崩れかけの微笑をギリギリのところで保ったまま、古泉は言葉を紡いでいた。

「僕も戦闘員として閉鎖空間へと侵入するつもりですよ。
 結果は見えていますが、何もしないで世界の崩壊を待つわけにもいきませんから」

俺は、古泉になんと声をかければいいのか分からなかった。
古泉の言ってることは、どうしようもないくらい正論だった。
超能力者の一人として閉鎖空間の消滅にあたるのは、宿命だともいえる。
それがたとえ、勝ち目のないものでも。

「あなたが残された時間をどのように使うかは自由です。
 もう機関が、あなたに何かを依頼したり強制することはありませんからね」

830 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 18:30:25.06 ID:IRcVe0oC0

それから古泉は、表情とは裏腹に珍しく真剣みを帯びた声で礼を述べた。

「思えばあなたには、本当にお世話になりました。
 何度も無理なお願いをしてしまって・・・あなたには、感謝してもしきれないくらいですよ」

長門と朝比奈さんにも向き直り、同様に礼を述べる。

「あなた方にも、本当にお世話になりました。
 この二年間、SOS団の一団員として楽しませてもらいましたよ」
「古泉君・・・」
「・・・・・・・・・」

簡素ながらも感謝の言葉を伝える古泉の口調からは、心からの感謝の意が伺えた。
なんなんだよ、この最後のお別れみたいな挨拶は。

「それでは皆さん、お元気で」

古泉が精一杯の微笑を見せて、俺達に背を向け歩き出す。
赤光に照らされた古泉の背中には、一片の悲壮感もない。
その背中に向かって、俺はこれ以上できないほど凝縮した一言を伝えた。

「死ぬなよ」

ドアに掛けられた手が、一瞬止まり

「ええ、もちろんです」

古泉の姿は、ドアの向こうに消えた。

850 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 18:57:55.66 ID:IRcVe0oC0

もし俺がしようと思えば
「お前一人が加勢したところで、状況が変化するわけがない」
「最後くらい好きなように生きろ」
とでも何でも言うことはできた。
だが、結局俺はそれをしなかった。いや――できなかった。
尤も俺がそんなことを口走ったところで、古泉が考え直すとも考えられないが。

俺が視線を元に戻すと、今度は朝比奈さんが立ち上がっていた。
いつもは揺らいでいるか潤んでいるかどっちかの瞳には、決意のようなものが浮かんでいる。

「私、未来に帰ってみます。昨夜から交信は途絶えてるけど・・・今行動しなくちゃダメだと思うんです」

やれやれ・・・あなたも、ですか。
酷なことを言うようですが、未来からの交信が途絶えているってことは――

「キョン君の言いたいことは分かります。でも、まだTPDDは生きてるし、もしかしたらってことも」
「あなたの元いた時間平面は、すでに消滅している可能性が極めて高い。存在していない時間平面への渡航は自殺行為」

なあ長門、もう少し穏やかな言い方はできないのか?
朝比奈さんが涙目になってるじゃねえか。

「ふぇ・・・確かにそうだけど・・・何もしないで世界の消滅を待つのは嫌なんです!」

888 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 21:00:11.28 ID:IRcVe0oC0

だが俺は朝比奈さんを見やりながら、頭の端で長門の言ったことについて考えていた。
ハルヒが力を行使して世界を変えようと決めた今、この時間平面から派生する未来は分岐する以前に消滅しているはずだ。
未来からの干渉がないことを考えても、これが最も有力な説だろう。

「それでも・・・行くんですか?」
「はい。どうしてもこの目で――確かめたいから」

まったく、いつからあなたはハルヒみたいに意志の強そうな目をするようになったんですか。

「もしかしたら――」

朝比奈さんは最後まで言い終わらず、古泉同様の微笑を浮かべドアの方へ歩き出した。
先程よりも赤みを増した斜陽が、朝比奈さんの髪の栗色を引き立たせている。

「必ず帰ってきますから・・・待ってて下さいね」

最後の最後に飛び切りのウインクを残して、彼女はドアの向こうに消えていった。
そしてその数秒後、長門の機械的な声が部室に響いた。

「朝比奈みくるはこの時間平面上から消失した」

896 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 21:26:43.54 ID:IRcVe0oC0

「あなたは最高の先輩にして、最高のSOS団専属メイドでしたよ、朝比奈さん」

届くはずのない朝比奈さんへの言葉を、小さく口にする。
今頃朝比奈さんはどこにいるんだろう。
まだ時間遡行の途中なのか、もう未来に着いたのか、それとも―――

最悪のケースが頭によぎる。
もし存在しない時間平面座標に向けて時間遡行した場合、遡行対象がどうなるのかは分からない。
長門に聞けば詳しく教えてくれるだろうが、俺はあえて聞かないことにした。
「自殺行為」と称されるくらいだ、ただで済まないことは確かなんだろう。

そこで俺は、邪念を振り払うかのように頭を軽く振った。
朝比奈さんは「帰ってくる」と言ったんだ。
あの可愛らしい先輩には全然似合わない、真剣な眼差しで。
だからきっと朝比奈さんは帰ってくる。
俺が信じなくてどうするんだ。

俺はそう自分に言い聞かせた後、改めて部室内を見渡してみた。
長門と俺の二人だけ。なんだか、初めてこの部室に来たときのことを思い出すな。

「――長門、お前はどうするつもりなんだ?」

917 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 22:19:18.25 ID:IRcVe0oC0

「情報統合思念体は現在、処理能力を限界まで使用して宇宙広域に拡散した崩壊因子の解析を試みている。
 私を除くTFEIは、処理能力向上のため全て統合思念体に格納された」

長門の、ハルヒとは違う底が見えないような深い黒の瞳が、こちらを見つめる。

「涼宮ハルヒの暴走を直接的に止める術はなく、他勢力、そしてあなたが同席した話し合いを終えた今、私がこの惑星に残留する意味はない」

古泉が閉鎖空間に行っちまって、朝比奈さんは時間遡行して、お前が情報統合思念体に帰って・・・
つまり俺は一人ぼっちって事かよ?

「・・・・・・・・」

俺の問いかけに長門はしばらく口を閉ざしたままだった。
そして目視できるかできないかの微妙な角度で首を傾げ、俺の質問とは一見無関係と思える質問を返してきた。

「あなたはこれからどうするつもり?」
「そうだな・・・・・」

この状況下、俺が残された数十分にとるべき行動はなんだ?
家族と過ごすか?
何もせずゆったりと一人で時間を潰すか?
それとも世界の終焉を知っているというアドバンテージを生かして、欲望に身を任せるか?

頭の中にいくつものくだらない考えを渦巻かせて、結局俺は考えることをやめた。
そして同時に、長門の質問の意味に気付く。ああ、俺は一人じゃない。
――残された最後にすることは、もう決まっていた。

「もう遅いのかもしれない。世界の終焉は、もう決まっていることなのかもしれない。
 でも――それでも俺はハルヒに会いに行く」

930 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 22:46:18.23 ID:IRcVe0oC0

「・・・・・そう」

俺の返事に、長門は特に反応も見せなかった。
ま、俺の返事の内容はこいつにとって予想通りだったのかもしれないな。
俺はなんとなく溜息をついてパイプ椅子から立ち上がった。
鞄はそのままにしておく。もう中に詰まっているものは用済みだ。

「お前は結局感情表現が下手なままだったが・・・
 あっちに帰っても他のTFEIと仲良くやれよ」

古泉のように、今までの礼は言わない。
朝比奈さんのように、また会えるなんてことも言わない。

長門なら、俺がわざわざ言葉にせずとも分かっているはずだから。

「じゃあな、長門」

軽く手をあげて、俺は長門に背を向けた。

962 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/25(水) 23:45:19.46 ID:IRcVe0oC0

長門のことだ、未練がましいお別れの言葉なんて言わないだろう。俺はそう思い込んでいた。
だから長門の声が俺の背中に投げられたとき、驚きを隠せなかったのは至極当然の反応だったといえる。

「今、涼宮ハルヒの精神状態は非常に不安定」

振り返りそうになる足を必死に抑えて、俺は立ち止まった。
心の中で、長門の声に返答する。
――ああ、分かってる。

「あなたが彼女を発見する前に閉鎖空間が現実世界を飲み込む可能性もある」

長門の声は、全神経を耳に集中しなければ分からないほど微かに震えていた。
――そんなこと、言われなくても分かってるさ。

「・・・気をつけて」

何故か脳裏に、寂しそうに目を伏せている長門の姿が浮かんだ。
――大丈夫だ。だからもうこれ以上・・・

「あなたに会えて、良かった」

――長門!!
「振り返らない」という、自分に架したはずの誓いを破って俺は振り返った。

パイプ椅子に座り夕日に照らされているはずの宇宙人は、どこにも見当たらなかった。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 01:22:04.83 ID:r+Dtf/gF0

「長門・・・・行っちまったんだな・・・」

ふと窓の外に目をやれば、本格的に広がり始めた雲に夕陽が反射して、空が鈍い橙色に染まっていた。
俺は誰も居なくなった部室の風景を目に焼き付けて、北校を後にした。

古泉の言っていたタイムリミットまで、残された時間はあと30分。
普通にハルヒを探し回っていたらとても間に合わないだろうが、俺にハルヒの居場所の見当はついていた。
恐らく、いや確信を持っていえるが、ハルヒはあの事故現場にいる。
北校からあの事故現場までなら、そう遠くはない。急げば15分程度で到着できるはずだ。

走りながら、ハルヒのことを想う。
まったく、昨日までは平和な日常が続いてたってのに――
何故俺が世界の破滅の危機に直面しなくちゃならんのだ。
それもこれも全てお前のせいだぜ、ハルヒ?
お前が寝てる間に厄介なもん見ちまうのはしょうがないとして、
どうしてそれを寝ていた俺に無理矢理見せたにもかかわらず、”相談”しようとはしなかったんだ。
どうでもいいような不思議を見つけるたびに、一々俺に報告してきたお前が、どうして。

陽が落ちつつあるといっても、季節は夏。呼吸が荒くなると共に、全身から汗が噴出していく。
それでも俺は、走るペースを上げていく。

ハルヒ、お前には聞かなくちゃならんことがたくさんあるんだ。
だから――だからそれまで持ちこたえてくれ。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 02:27:00.27 ID:r+Dtf/gF0

昨日通った道を走りながら、俺はあることに気がついていた。
事故現場に迫った辺りから、誰一人として俺とすれ違っていないのである。
またどの家からも、人の居る気配を感じ取ることができなかった。
まるで事故現場の周囲から、人が消えてしまったかのように。
車や自転車、歩行者と一度も遭遇せず、軒並み全ての家がもぬけの殻。
俺は「ここがすでに閉鎖空間なのかもしれない」と不安になった。
時間と共に鈍くなる空に広がる橙色と紅く染まっている町並が、俺にここが現実世界であると教えてくれる唯一の証拠だった。
しかし、いくらなんでもこれは偶然の成せる技ではない。
環境情報を自在に変えられる能力の持ち主、ハルヒが無意識下で力を行使して人を遠ざけているのだろう。
その中でも俺だけが事故現場に何の障害もなく近づけるってことは――やはり俺はハルヒに近づくことを許されているのか?

そんなことを考えている内に、俺は昨日の事故現場に着こうとしていた。
タイムリミットまで残り10分、か。
道を思い出すのに少し時間を食ったな。
俺は事故現場の道へと続く最後の角の前で、一度足を止めた。
荒い呼吸を整えて、滴り落ちる汗を拭う。
最初になんて声を掛ければいいかなんて、考えるだけ時間の無駄だ。
そう判断した俺は、なんの躊躇いもなく角を曲がり終えた。

果たして俺の視界に映ったのは、制服のままで道路の真ん中に立ち尽くすハルヒの姿だった。
その視線の先にあるのは、昨日事故にあった少女のものと思われる血痕。
――――ハルヒ!!!

頭よりも先に口が開く。

「・・・・・・・・キョン・・・・・・・・」

だがそれとそんな俺とは対照的に、こちらに目を向けたハルヒが上げたのは、どこまでも平坦で無感情な声だった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 17:51:38.86 ID:yqNTHd2W0

斜陽の光によって朱色に染め上げられたこの空間で、ハルヒだけが浮いているようだった。

「もう誰も来ないと思ってたのに・・・やっぱりあんたは来てくれた」

一歩一歩近づくにつれて、ハルヒの双眸に灯っていた光が消え失せているのに気づく。

「あたしね・・・」

ハルヒは俺にハルヒの居る場所が分かった理由や、現実世界に具現し始めた異常事態には一切触れずに

「・・・あんたに聞いて欲しいことがあるの」

そう言葉を紡いで、俺を真っ直ぐに見据えた。

昨日少女が倒れていた場所の数歩手前で足を止める。
世界がどんな形であれ”終わる”までに残された時間は残りわずか。
その限られた時間に、ハルヒに聞かなければならないことは数え切れないほどあった。

「ああ、聞いてやるよ」

それでも俺は、ハルヒの独白を聞こうと決こうと決めた。
ハルヒが俺に最後に伝えたいことがあるんなら、それを聞いて終わるってのも悪くない。
俺の心境は「やっぱりこうなるんだな」という諦めに似た感情で満たされていた。

そしてこの瞬間から、俺の人生において最も長い10分間が始まった。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 17:56:24.53 ID:yqNTHd2W0

ハルヒは一度だけ少女が倒れていた場所にに目をやって、無感情な声はそのままに語り始めた。

「昨日ここで交通事故を見たとき、あたしは奇妙な違和感を感じていたの。
 前に同じような交通事故を見たことがあるような――そんな感覚。
 でもあたしはその時、既視感の正体が分からなかったわ」

昨日の事故現場を去ったときのハルヒの様子が脳裏によぎる。

「既視感の正体に気付かせてくれたのは、眠っているとき見た夢だった。
 夢の内容は・・・キョンなら言わなくてもわかってるわよね?
 その夢から覚めたとき、あたしは全部分かったの。
 ―――ううん、思い出した、って言ったほうがいいのかな」

ハルヒは、初めて悲しそうな表情を浮かべた。
だが俺は、無表情だったハルヒの微細な変化に気が付かないほど動揺していた。
ハルヒは何故、俺がハルヒが眠っている間に見た悪夢を見ていたことを知っているんだ?
それに、全て思い出したって――。

「本当は、ずっと前からおかしいとは思ってた。
 高校に入ってあんたに出会って、SOS団を作ってからは毎日が楽しかったし
 普通の日常じゃない、不思議な出来事もたくさん体験してきた。
 あたしは、これ以上に叶わないくらいに最高の思い出を作ることができた」

俺の質問に一切答えず、独白を続けるハルヒ。
しかし、ハルヒが一旦言葉を切った後に放った言葉は、俺の疑問を跡形もなく吹き飛ばすものだった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 17:59:32.78 ID:yqNTHd2W0

「でも、それも当然よね。
 だって――それはあたしが、そうなるように望んだことなんだから」

お前は・・・自分の能力を自覚していたっていうのか?
絶句しそうになる口を動かして、ハルヒに言葉を投げかける。

「それは違うわ。
 あたしが、あたしの力に気付いたのは、あくまでも今日目が覚めたときよ。
 それまであたしは、自分をただの女子高生だと認識していた」

それならなんであんな夢を見ただけで自分の力に気付けたんだよ!?
どう考えたっておかしいじゃねえか。
自分が車に轢かれる夢を見ただけで、どうして――

「まだ分からないのね。
 キョンなら、もう分かってると思っていたんだけど」

ここで俺は、不意に耳を塞ぎたくなる衝動にかられた。
その先が聞きたいという追求的欲求と、聞けば後戻りできないという本能的恐怖が鬩ぎ合う。
いい加減に覚悟を決めろ、俺。

「いい? 昨夜見た夢は、あたしが勝手に描いた夢じゃない――」

無限に思えるような間を経て、

「――あたしが、以前実際に体験したことなのよ」

瞬間、閃光が視界を埋め尽くし、俺は思わず目を閉じ腕で顔を覆った。
眩い光に包まれる寸前、ハルヒの哀しい笑顔が見えたような気がした。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 18:01:33.15 ID:yqNTHd2W0

どれくらいの時間そうしていたのだろうか。

まだ体が動くことを確認してから、俺は恐る恐る目を開けた。
思うように働かない目で辺りの様子を観察する。

「ここは・・・」

人どころか、あらゆる生物の気配がない街に、一面灰色の空。
その空に届かんばかりに聳え立つ、青白く光る巨大な神人。
神人の周囲を飛び回っているはずの赤い光珠は何処にも見当たらず、俺は胸の中に広がる醜悪な想像が生まれるのを感じていた。
吐き気を堪えて、閉鎖空間に来てから何処にも見当たらないハルヒの姿を探す。
しかしどんなに探し回っても、見えない壁の範囲内(俺の立っていた場所から半径50mといったところか)に
ハルヒの姿を見つけることはできなかった。

(キョン、聞こえる?)

絶望感に支配されかけたとき、俺の頭に聞きなれたハルヒの声が響いた。

「ハルヒなのか? どこにいるんだ」
(あんたに見せたいものがあるの)

俺の質問には答えずに、ハルヒは俺が最初にいた場所、つまり昨日事故があった場所に戻るように指示した。
ハルヒとどうやってコミュニケーションをとっているのかはこの際どうでもいい。
とにかく俺は、光に包まれる直前に聞いたハルヒの言葉の真意が知りたかった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 18:21:47.48 ID:yqNTHd2W0

「ここでいいのか?」
(ええ、そこで待っていて)

それから数分後。俺は、現在地から少し離れた角に人影を発見した。
この閉鎖空間内に侵入できるのは超能力を保持した人間か、ハルヒに選ばれた人間くらいだが・・・
好奇心に負けて、こちらに近づきつつある人影に自分の方からも接近する。

果たしてそれは、不機嫌な顔を浮かべ、セミロングの黒髪をなびかせて大股で歩く中学生のハルヒだった。
一瞬どうするか迷ったが、声を掛けてみる。

「俺が分かるか?」
「・・・・・・・・・・」

しかし俺の期待を裏切って、まだ幼さの残るハルヒは俺の問いかけをことごとく無視した。
まるでそこらの虫けら以下の反応のなさだな、今のはかなりの精神的ダメージだったぜ。

(無駄よ。それはあたしの記憶だもの。
 どんなに話しかけても反応はないし、触れることもできない)
「記憶だと・・・?」

ここで俺は、これが昨夜見た悪夢の再現だということに気付いた。
違う点は、俺が俯瞰視点ではなく、中学生ハルヒと同じ目線で見れるといったところか。
だが、どうしても納得できないことがある。

「お前はこれが実際に体験したことだの記憶だのと言っているが、どういうことなんだよ?
 お前は今まで交通事故に遭ったことはないはずだ。こんな記憶があるわけないじゃねーか」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 19:20:11.28 ID:yqNTHd2W0

俺にはどうしてもこれから起こるであろう交通事故が、ハルヒの”記憶”だと認められなかった。
朝比奈さんも同じようなことを言っていたが、長門と古泉はその可能性を完全に否定していた。
あの二人が言うからには、ハルヒが事故に遭った記録がないことは確かなはずだ。

(・・・・・・・・もうすぐよ。ちゃんと見て)

ハルヒはまたしても俺の当然ともいえる疑問を無視して、中学生のハルヒを見るように言った。
数十秒後に、この先のT字路――昨日実際に事故があった場所の手前辺り――で中学生のハルヒはワゴン車に轢かれるだろう。
でもそれを見方を変えたとはいえ再度見ることに、一体何の意味があるんだ?
それに俺は、お前が轢かれるところなんてもう見たくないんだが・・・。

(もっと近くに寄って)

しぶしぶながらも、その声に従う。
俺は中学生のハルヒから2mの距離をおいて、その後を追跡した。
ワゴン車との邂逅を果たすまで、もう10mもない。
ここで俺は微かに響く車の走行音に気がついた。
俯瞰視点でこの光景を見ていたときには気付かなかったが、恐らくこれはあのワゴン車のものだろう。
トップスピードで走っているのだから遠くまで聞こえるのも無理はない。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 19:47:27.96 ID:yqNTHd2W0

が、俺はこの走行音に気付くと同時に、ある簡単な矛盾が生じるのを発見した。
俺でも車が猛スピードで接近していると分かるのに、地獄耳を持つハルヒそれに気付かないなんてことはありえない。
にもかかわらず、中学生のハルヒは歩調を全く変えずに歩を進めていく。

まさか――嘘だろ?

突然、俺の脳裏に最悪のシチュエーションが展開された。
考える間もなく、中学生のハルヒの前面に回りこむ。

「ハルヒ!」

思いつめたように大きく開かれた瞳と、固く引き結んだ唇が、
俺の予感が現実に昇華しようとしていることを証明していた。

「おい、何考えてんだ!」
(何を言っても無駄よ・・・それはあたしの記憶。どんなに足掻いても変えることはできないわ)

ハルヒの冷めた言葉を無視して、俺は中学生のハルヒに声を掛け続ける。
二回目なら取り乱さないかと思っていたが、間違いだった。
俺にハルヒがこんな目に遭うのを、黙ってみていられるわけがない。
ハルヒが事故に遭った、本当の理由を知った今となっては尚更だ。

「やめろ、なんでこんなこと・・・」

抑えるための手はすり抜けて、空を掴む。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 20:17:33.69 ID:yqNTHd2W0

ワゴン車の接近を知らせる音が、辺りの空気を振るわせる。
T字路の一歩手前で、中学生のハルヒは一度立ち止まり

「ハルヒ―――!!!」
(ッ・・・・・・・)

何かから開放されたような安らかな表情を浮かべて、最後の一歩を踏み出した。
刹那、その姿は俺の視界から消え去った。

「・・・・・・・これが・・・・事故の真相かよ」

同じ事故だというのに、昨夜見たものと今見たものとでは結末の意味がまるで違っていた。
俺はこの事故に隠された真実に、中学生のハルヒと同じ視点に立つことでようやく気付くことができたのだ。

(あたしはもう嫌だったのよ)

虚無感に埋め尽くされている俺の心に、堪えるようなハルヒの声が響く。

(何も起きない現実の世界に、愛想をつかしていた)

でも・・・だからってこんな方法で・・・!

(あたしは楽になりたかった。
 何も起きない普遍的な人生なら、終わらせてもいいと思ったの。
 だから自殺という道を選んだ。でも――)

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 20:54:30.25 ID:yqNTHd2W0

「あたしは結局、死ぬことができなかった。
 中途半端に生きて、夢を見続けることになったの」

いつの間にか、心の中で響いていた声は俺の背後から聞こえてきていた。
振り帰れば、俺に背を向けて俯いているハルヒがいた。
夢を見続けるって――植物状態になったってことか?

「ええ、その通りよ」

散り散りだった俺の思考が、パズルが完成するかのように形を成していく。

あらゆる事象が、ハルヒの思うようになる世界。
世界は三年前から始まったというという古泉の説と
今から三年前に時間断層が生じているという朝比奈さんの話と
三年前にハルヒを中心とした情報フレアが観測されたという長門の話。
自殺を図り植物状態になったというハルヒと、今まで俺達SOS団と過ごしてきたハルヒの矛盾。

そして、今しがたのハルヒの「夢を見続けている」という言葉。

ああ、やっと繋がったぜ。つまりこの愉快な世界は――

「そう。この世界は、あたしが植物状態にあるときに無自覚に創り上げた、空想の世界なの。
 自殺しようとした記憶と事実を封印して、あたしは自分にとって果てしなく都合のいい世界に浸ると決めた」

227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 22:21:35.50 ID:ws35nonQ0

すでに灰色だった閉鎖空間がさらに色を失ったような錯覚に囚われる。

俺の十数年あまりの人生も、古泉も、朝比奈さんも、長門も
SOS団で行ってきた活躍も、皆作り物だったってことか・・・。

俺はフラつきそうになる足を必死で支えて、ハルヒの背中に向かって歩き出した。
受け止めるべき現実が大きすぎて俺の処理能力は限界に達していたが、まだ俺には聞かなくちゃならないことが残ってる。

「じゃあ、なんでお前はその記憶をもう一度思い出すことになったんだ?
 忌まわしい記憶とその事実を消した世界を、破綻させることになるっていうのに」

もし今朝全てを思い出さなければ、俺達は今までどおりの予定調和な
日常と非日常の上手く融合した生活を送っていた。それを、何故今になって――。

「あたしだって思い出すつもりはなかった。
 ずっとこの現実とは隔絶された世界で、好きなように生きるつもりだった。
 でも、それを許してくれなかった存在がいたの」

声は、今にも泣き出しそうなほどに震えていた。

「多分、現実世界のあたしは、覚醒しようとしている。。
 とにかく、その刺激が原因で、あたしの世界には揺らぎが生じた。
 それの結果が昨日起こった交通事故よ。
 あの事故を目の当たりにしたあたしは、計らずとも封印していた記憶を取り戻してしまった」

こちらに振り返ったハルヒの双眸から、一筋の涙が零れ落ちる。

「自殺して死に掛けた記憶と、こうして元気に高校生活を送っている記憶。
 その矛盾は、思い出すことを望んでいないあたしに全てを思い出させたのよ」

243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 22:39:44.26 ID:ws35nonQ0

「でもね――」

ハルヒは再び俯いて

「何の不思議もない現実世界に帰る気なんてないわ」

次に顔を上げた時、ハルヒは涙を浮かべたまま、懐かしいあの殊勝な笑みを浮かべていた。

「今の世界はもう元には戻らない。
 だからあたしは、もう一度この世界を作り直すつもりよ」

古泉の言っていた「世界の書き換え」の意味が、今になって頭に浸透していく。
もしかしたらこの世界も―――
次いで浮かんだ考えを振り払って、俺はさらに歩を進めた。
仮にそうだったとしても、今、ここに立っている俺には関係のないことだ。
俺には、例え俺ごとこの世界が消えちまうとしても、やらなくちゃならないことがある。

「お前は・・・本当にそれでいいのかよ」

自然と口から言葉が漏れる。

「自分の都合のいい夢に浸って、目が覚めようとするたびに無理矢理目をつむって――
 そんなの、悲しすぎるじゃねえか」

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 23:03:17.80 ID:ws35nonQ0

ハルヒの笑顔が、目に見えて崩れていく。
ま、元々無理に貼り付けてたんだろうし当然だな。

「確かにお前の言う通り、現実の世界は退屈以外の何者でもないのかもしれない」
「・・・・・るさい」

ハルヒに近づくごとに、体の力が抜けていく。

「死にたくなるほど単調な毎日が続いているのかもしれない」
「・・・うるさい」

それでも俺は歩みを止めない。

「でもな、ハルヒ。お前だって分かってるはずだぜ」
「うるさい!」

怯えたような目のハルヒが、霞んで見える。

「そんなつまらない現実でもな、幸せに思えることは何処にでも転がっているんだよ」
「・・・・うるさいっていってんじゃない、このバカキョン・・・・」

これ以上体を支えきれなくて、ハルヒの体に倒れこむ。
意識が朦朧としているが、ハルヒが俺の体を支えてくれているのは分かった。
俺の耳元で、ハルヒの涙声が聞こえた気がした。

「・・・あんただけは、いっつもあたしの思ったとおりにならなかった。
 文句ばっか言って、なんにでもめんどくさそうで・・・・ほんと、なんでなのかしら・・・・」

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/26(木) 23:35:28.10 ID:ws35nonQ0

何故俺だけが、ハルヒと最後の刻を過ごすことを許されたのか。
俺がハルヒの創った世界の登場人物の内の一人なら
何故ここまでハルヒを突き詰めるような発言ができるのか。

焼ききれそうになる頭に最後の最後でそんな考えがよぎったが、すぐに消えていった。

全身の力を振り絞って、あるかどうかもわからない自分の足で立つ。

「・・・キョン・・・あたし・・・あたしね」

ハルヒの大きな瞳から零れ落ちる涙を、震える指で拭う。

「もう・・・やめよう」
「キョン―――」

ハルヒの肩に手を置いて、焦点のさだまらない目で、ハルヒの揺れる双眸を見つめる。
sleeping beautyか・・・二年前の光景を思い出すね。

「目を覚ますんだ、ハルヒ―――」

瞳を閉じて俺はハルヒと唇を重ねた。
暖かい何かに包み込まれたように感じた瞬間、俺の意識は途切れた。

350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 00:10:39.12 ID:UGlIUUKM0

染み一つない、真っ白な天上が目に入る。
あたしの頭に最初に浮かんだのは

「ここはどこだろう」

という単純な疑問だった。
周囲を見渡しても、淡いグリーンのカーテンが邪魔をして、
仰向けの体は、自分の意志では少しも動かすことができない。
少し腹立たしくなったものの、ふと腕に違和感を感じて視線を移した。
腕から伸びた細いチューブは、あたしの視界の端の先まで伸びている。
これは――点滴?
ということはここは病院なんだろうけど・・・
それならどうして病院にいるのか?
それがどうしても思い出せなかった。

どのくらいそうしていたのだろう。
カーテンが開いて、白衣に身を包んだ若い女性があたしの視界に入った。
――陽光が眩しい。
最初はてきぱきとあたしの身の回りで何かをしていたが、
やがてあたしに気付いたのだろうか、驚いたような表情を浮かべて部屋から飛び出していった。

暖かい日の光に誘われて、あたしは再び目を閉じた。
何か思い出さなければならないことがあった気がしたけれど、今の私にとっては眠ることの方がそれよりもずっと魅力的だった。

364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 00:31:08.70 ID:UGlIUUKM0

次に目が覚めたとき、あたしの周りにはたくさん人がいた。
涙を浮かべて、あたしの手を握る人。

「本当に・・・本当に良かった」

お父さんもお母さんも、何でこんなに泣いているんだろう?
あたしは訳が分からなかった。
その理由が知りたくて、あやふやな記憶を必死に辿る。
あたしはいつものように学校に行こうとして・・・うーん、そこからがどうしても思い出せない。

「部分的な記憶障害が予想されます。
 恐らく事故当時の記憶は・・・・」

白衣の人が何か言っていたけど、あたしには分からないことだらけだった。
あたしはとりあえず体を起こそうとした。体のどこも痛くないのに、起き上がれないはずはない。
でもどんなに試しても、体はびくともしなかった。どうして?
頭の中が、クエスチョンマークでいっぱいになっていく。

悪戦苦闘しているあたしに気付いたのか、お父さんがリクライニングベッドを起こしてくれた。
もう、そういうわけじゃないのに。あたしは自分の力で起き上がりたかったのよ?

と、そのときあたしは、家族や親戚の向こうに立っている、10代後半の男の人を見つけた。
こちらに背中を向けていてその顔は分からないが、誰なのか無性に気になった。

388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 01:01:51.67 ID:UGlIUUKM0

「ハルヒ、あんたは覚えていないかもしれないけどね・・・あんたは交通事故に遭ったの。あんたは3年間、ずっと眠ったままだったのよ」

ふいにあたしの手を強く握って、お母さんが話しはじめた。
あたしが事故に遭って3年間も眠ってたって・・・冗談にもほどがあるわよ。

「冗談なんかじゃない。お前の長い髪が証拠だよ。
 体も長い間動かしていなかったから今は起き上がるのも無理だろうが
 リハビリ次第でかなり回復できるそうだ。これからは大変だぞ」

背中の真ん中ぐらいまで伸びた髪は、お母さんとお父さんの言っていることが本当だということをを教えてくれた。
あれから3年ってことは・・・あたしは今、16歳ってこと?

「そうよ。早く動けるようになって、学校にも行けるようにならないとね」

それからお母さん達は、あたしが眠っていた間のことを、事細かに話してくれた。
何度か脳派に覚醒の兆しが見られたのにも関わらず、あたしがなかなか目を覚まさなかったこと。
時折、夢を見ているかのように何か呟いていたこと。

でも、何故か事故についての話になると、二人の口は途端に重くなった。
何かあたしに隠しているような、あたしに知られたくないことがあるの?
部屋の中にいた親戚の人たちもどこかくらい顔をしていて、あたしは不安になった。

「よお。俺のこと、分かるか?」

ずっとあたし達の話に加わらず、遠くにいた男の人がこっちにやってきたのは、そんな時だった。

415 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 01:24:10.05 ID:UGlIUUKM0

懐かしいような、ずっと前から知っているような、そんな感覚。

「あ、ああ、紹介が遅れてすまなかったね。
 彼が交通事故に遭ったお前を最初に見つけて、介抱してくれたんだ。
 お礼をいいなさい」

お父さんが何か言っていたけど、そんな言葉はもう、あたしの耳に届いていなかった。
――思い出さなくちゃ。
どこかにあるはずの記憶を必死に探す。
優しそうな笑みを浮かべて、あたしの瞳を真っ直ぐに見つめてくる男の人は

「ま、覚えてなくても無理ないか」

とか言って頭をかいていた。
その仕草一つ一つに見覚えがあって、それでも記憶は見つからなくて。

違うの、あたしはあんたのこと、絶対に知っているはずなのに――

言葉が言葉にならなくて、代わりに涙が頬を伝う。
どうして・・・どうして思い出せないんだろう。
まるで大事な記憶が永遠に失われてしまったように感じたあたしは、哀しみの渦に巻き込まれかけていた。

ぽふ。

頭に、大きくて暖かい何かが触れる感触がして、あたしはゆっくり視線を上げた。
その男の人の手が、あたしの頭を優しく撫でていた。

441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 01:47:14.31 ID:UGlIUUKM0

頭を撫でられるだけで、なんでこんなに気持ち安らぐのだろう。

「大丈夫か?」
「・・・・うん」

そう言うのがやっと。
多分今のあたしの顔は、これ以上にないくらい赤くなっていると思う。
あたしが落ち着いたのを見計らって、その男の人は中腰になって視線の高さを合わせてくれた。
そして、どこか思い出すような目になって、あたしを見つけたときのことを話し始めた。

あたしはその目にも見覚えがあって、また泣き出しそうになったけど今度は堪えた。
泣き虫だと思われたくない。泣いてる姿を見られたくない。
そんな気持ちが湧き上がってくるのは、やはり思い出せない記憶が関係しているのだろう。

「・・・そりゃもう大変だったんだぜ?
 目を閉じてうごかないお前に、ずっと声を掛けてたんだが中々返事を返してくれなくてな」

何故かあたしには、倒れたあたしを必死で介抱する彼の姿が簡単に想像できた。

「・・・でも、こうして目が覚めて本当に良かった。
 いいか? これからは車に気をつけろよ?」

男の人がそういった瞬間、部屋の空気が一瞬張り詰めたような気がした。

「・・・・うん。気をつける」

まるで小さな子供が大人に言いつけられて約束したような会話に、あたしは少しむっとした。
それでもあたしが返事をした瞬間に、部屋の空気は確実に穏やかになっていた。

481 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 02:18:14.55 ID:UGlIUUKM0

「それじゃ、俺はそろそろ行くとするよ」

その男の人は、突然そう言って腰を上げた。
もう・・・行っちゃうの?
抑えきれない寂しさが、あたしの気持ちを言葉にした。

「家族水入らずってのもあるだろうしな。俺もいつまでもここにいるわけにもいかない。
 またくるさ。そのうち、な」

もっと話したいことがあるのに、まだここにいて欲しいのに――
でも、その言葉が発せられることはなかった。
引き止めちゃいけない。
さっきのような、あたしとは違う自分が、あたしの行動を制限しているような感覚。
その得体の知れない自分が、どうしようもないくらいに憎かった。
その自分は、きっとあたしの思い出せない記憶を知っている。あたしにはそんな確信があった。

彼はお父さんとお母さんと二言三言交わし、親戚達に礼をして、病室のドアへと向かっていった。
そして、ドアの手前で足を止め、背を向けたまま、あたし宛の言葉を残していった。

「お前には3年分の記憶がない。でも――お前にはまだいくらでも未来が残ってる。
 もしかしたらその途中、退屈なこととか面倒なこととか、投げ出したくなるようなことがあるかもしれない。
 それでも絶対に途中であきらめたりするんじゃねえ。
 案外楽しいこととか幸せなことは、どこにでも転がってるんだぜ?」

560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 03:18:10.06 ID:UGlIUUKM0

もう泣かないと決めていたはずなのに、また涙が溢れそうになる。
眼窩に浮かぶ、白い光の中であたしにキスをする彼の姿。

「待って!」

思わず叫ぶ。でも彼はあたしの言葉を聞くことなく、病室を後にした。
心配した表情であたしを見つめるお母さんとお父さんの前で、あたしは涙を止めることができなかった。


―――1年後―――

あれから必死にリハビリを続けたあたしは、元の生活を取り戻していた。
同年代の人間に比べて、3年間分の経験がないあたしは圧倒的に苦労することも多かった。
でも、それでもあたしが一度も弱音を吐かずにここまでこれたのは、あの人の言葉のおかげ。

「今日はどこ遊びにいく?」
「う〜ん、あたしは新しくできたあのお店がいいな」

あたしが途中入学することになった北校で3年ぶりの再会を果たした中学時代の知人は
揃いも揃ってあたしのことを”変わった”という。

自分ではどう変わったのか分からないけど、あたしには確信を持っていえることがある。
3年前と比べて、あたしはこの世界を心から楽しんでいる。これも、あの人の言葉のおかげ。

ほんと、あの人には感謝してもしきれないくらいね。

570 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 03:20:53.62 ID:UGlIUUKM0

あの人とは、あたしが起きたときに顔を合わせて以来、一度も会っていない。
あの人に関する隠れた記憶が永遠に抑えられたままなのは許せないけど・・・
きっと彼があたしの元に現れないのには、理由があるのだと思っている。

あと・・・あたしは未だに、おかしな症状に悩まされていた。
夕焼けに照らされている道を歩いているとき、ふいにあたしの目の前に彼が現れるような気がするのだ。
そして決まって彼が現れることはない。ほんと、困った後遺症だわ。

「ハルヒ、はやくいこうよ〜?」
「ああ、うん。すぐ行くから!」

高校で新しくできた友人の声に我に返る。
あたしは届くはずのない言葉を呟いて、友人の下へ走り出した。

「・・・確かにあんたの言うとおりだったわ」

今ならこの言葉に籠められた意味が分かる。

「――この世界には、幾らでも幸せは転がっている」


〜一応完〜

593 名前:涼宮ハルヒの現実◆.91I5ELxHs [] 投稿日:2007/07/27(金) 03:27:17.81 ID:UGlIUUKM0

俺が何故今夜中に終わらせたかったかというと
明日から三日間超絶に忙しくて2chに顔を出せそうになかったからなんだ。

そのせいでちょっと無理矢理終わらせた感は否めないが、許して欲しい。


即興で書いてたので誤字脱字誤変換は数え切れないほどあったと思うし
文章もかなり稚拙になっていたと思う。
それに関しても読んでくれた人には謝罪しないといけない。

でもまあ、俺の乗っ取ったSSを読んでくれて本当にありがとうございました。
性欲の方は、また時間があれば書いていくつもりです

それではまたどこかのスレであいましょー
眠い…zzz

596 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 03:28:59.67 ID:UGlIUUKM0

ああ、最後に言い忘れてたぜ。

あとがきで補完するなんて最低だと思うが、キョンがあれからハルヒの前に顔を見せなかったのはちゃんと理由があるよ。
適当に想像してみてくれ。じゃあ本当におやすみ……





664 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 06:23:15.90 ID:JpiuHqoqO

なぁ、おまいら妄想垂れ流していいか?

668 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 06:42:59.78 ID:JpiuHqoqO

夢を見た…。

「これからは車に気を付けろよ…」

そう言って、「涼宮ハルヒ」の病室を去った夜の事だった。

「あの涼宮ハルヒが創った世界で、宇宙人、未来人、超能力者等と謎の同好会未満の団体で遊び回る」
何て言う妄想垂れ流しな、自分をハリセンか何かで殴り倒したい様な夢だった。
まぁ…夢の最後でその「涼宮ハルヒ」が世界の成り立ちに気付いて、世界が終わる。思い出して見れば、まるで意識が無い時の病室の「涼宮ハルヒ」が見ている夢を見ていたのかも知れない…。

まぁ、不思議な事もあるもんだなぁ…と俺は気にはしなかった。
ただ、ただ…何となく、理由もなく…俺は「涼宮ハルヒ」の見舞いに行かないようになった。

673 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 06:55:24.68 ID:JpiuHqoqO

その1年後、俺は電話で「涼宮ハルヒ」が、北高校なる公立の高等学校に途中入学した事を彼女の両親に聞いた。


が、俺がそこに足を運ぶ事はなかった。確かに近くの学校だし、顔位は見に行っても良かったんだろうが、他校生としては良く知らない学校にはあまり足を踏み入れたくなかったからな…。

更に月日は流れ、俺が受験何て言う、生涯もっとも味わいたくないイベントの為に修行を積み重ねていた時の事だ。


「涼宮ハルヒ」が北学に入学した事を伝えた後、全くかかって来なかった涼宮ハルヒの両親から電話がかかってきた。

678 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 07:04:41.94 ID:JpiuHqoqO

電話の内容はこうだ。
1.涼宮ハルヒは俺に会いたがっている
2.そのハルヒが今度学園祭でステージにたつらしい。

3.是非、元気になった娘の姿を見て欲しい。

今北産業状態だが、まぁだいたいこんな所だった。

確かに何にも無い日には無理でも、文化祭の時なら他校生が入っても問題ないだろう…。それにもう俺は受験勉強なるものには飽き飽きしていたので、魔が差した…そう、魔が差したんだ…。

俺は今、北高の文化祭に参加している。

680 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 07:13:49.66 ID:JpiuHqoqO

涼宮ハルヒが出るステージには………どうやら、まだかなり早いらしい。

俺は仕方なくWAWAWAラップ喫茶や、やたらと人(つーか全部男)が並びまくってる焼きそば屋で、変な言葉使いの元気な緑のロングヘヤーの少女をみながら時間を潰した。

森の冥土喫茶なる妖しい喫茶もきになったが、どうやら時間らしい。

文化祭のパンフレットを確認するとどうやらハルヒが出るのは、軽音楽部、有志のバンドが出る時間帯のようだ…。

取り敢えず、遅れて見逃すのも悪いし俺は体育館に向かうことにした。

686 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 07:32:13.88 ID:JpiuHqoqO

青春してるな…と肩を叩いてやりたくなるような演奏を聴きくこと数10分…。


その瞬間はやって来た。


「次は軽音楽部のバンドSOS団によります演奏です。」

放送がプログラムを伝えた、実行委員がプログラムをめくる。何故か俺の心臓は狂った様に激しく鼓動を打つ。

舞台そでから表れたのは、ここ北高のブレザーを着た男が1人。同じく、セーラーを着たのが3人 。

黒一点の男がいけ好かない笑みを浮かべ、ドラムスティックで、リズムを取り出すと。
フワフワの茶色の髪をなびかせる天使の様な少女が、ベースでラインを重ね。

小柄で今にも折れてしまいそうなショートカットの少女が、外見からは信じられないギターソロを披露する。

そして最後に100wの笑みを浮かべた少女が叫ぶ。
「SOS団の演奏を一生心に響かせるが良いわ!行くわよ!!God knows!!!」

692 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 07:46:23.60 ID:JpiuHqoqO

何だろうな…これ…?
何で俺は今自分の手を噛んでまで、声を押し殺してるんだろうな…?

何で俺は交通事故から立ち直った少女の勇姿が見えなくなるほど泣いてるんだろうな?

分からない…ただ意味も無く…絶叫したくなる…この感情は何なんだ?

舞台の上の少女はどうやら俺に気付いたたしい。

一瞬驚愕したが、すぐに不適な笑みを浮かべ、プロの歌手顔負けの歌声を響かせる。

………後ろのバンドメンバーも俺を見ているような気がするのは気のせいか?

3曲ほど歌った後メンバー紹介があった…後ろの3人は、古泉一樹、朝比奈みくる、長門有希。というどこか聞いた事がある名前だった。

でも…この時俺は油断していた…まさかあんな事になるなんてな…

696 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 07:55:32.07 ID:JpiuHqoqO

「では、最後の曲です…この曲の後、みんなに凄いお知らせがあるから、楽しみにしてて!」

そう言ってハルヒはニヤリと笑ったが、他のメンバーは驚いて居るようだ…。

全くコイツはやっぱりみんなを困らせてるらしいな…ってあれ?俺は何を考えてるんだ?


その曲は、離れ離れになった恋人を永遠に想い待ち続ける。
そんな切なくて純粋な恋人への歌だった…。

699 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 08:09:39.15 ID:JpiuHqoqO

その曲に触発されたのか、俺はまた泣けてきた…。だから前が見えねぇって…。
そして曲の最高潮…I STILL I STILL I LOVE YOU
I WAITING WAITING FOREVER
英語の連続の時、涙を拭った俺の前からハルヒが消えた
I STILL I STILL I LOVE YOU
I WAITING WAITING FOREVER
いや、声は聞こえから消えたのではなく移動したのだろう?
どこに?
マイクに走っている様な足音が混じる。そして歌声に涙声が混じってる気がするのは気のせいか?

I STILL I STILL I LOVE YOU
I WAITING WAITING FOREVER

って言うか何でも歌声が近くなって……
「なっ?!」

ハルヒは俺の目の前まで来て、手をひっ掴むと、歌いながらステージに向かい走り出した。

「ちょっ、ちょっと待て!おい!何の冗談だ!?」

I STILL I STILL I LOVE YOU
I WAITING WAITING FOREVER
もう会えないの?

708 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 08:29:01.34 ID:JpiuHqoqO

ステージの真ん中に連れ出される俺を見て、バンドメンバーの表情が目まぐるしく変わる。

驚愕から理解へ、そして全てを思い出した用な泣き顔へ…。
そして、ハルヒは満面の太陽も叶わない最高の標準で最後の歌詞を歌いきる

I STILL I STILL I LOVE YOU
I WAITING WAITING FOREVER
I STILL I STILL I LOVE YOU

また会えるよね…ねっ!

みんな何が起こったか、分からないようだが、体育館が震えるような歓声が巻きおこった。

「さぁ!みんな!紹介するわ!SOS団の新メンバーキョンよ!」
歓声が止んだ体育館にハルヒの嬉しそうな声が響く…


無茶苦茶だ…正直奇跡何て生易しいもんじゃねぇ…というか有り得ねぇ…

「ゴチャゴチャ言ってんじゃないわよ…次のサプライズの曲は歌って踊るんだからね♪」

げんなりした俺の背中を紅葉を散らす勢いで叩いたハルヒを見て謎の喜びが浮かぶ俺は変態なのか…てか、歌って踊るって無理だから。

「じゃあ、みんなこれで本当にラストだからね♪晴れハレ愉快♪」


何で歌って踊れるんだ…俺

717 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 08:50:33.68 ID:JpiuHqoqO

結論。

神様とやらは大馬鹿野郎らしい…。

いや…もうどれが夢で現実で、嘘か本当か分からん。

ただな、俺もハルヒ節とやらに、いつの間にか染まってたんだろうな…。

その後、涼宮ハルヒに聞いた話だが、途中入学したクラスに俺にバンドスコアを渡すいけ好かないハンサム野郎と、無口なギタリストがいたらしい…。

で、めでたく

アル晴レタ日ノコト、魔法以上の奇跡が限り無く降り注ぎ、不可能がなくなっちまって、次の年朝比奈みくるの入学を期に、みんなの記憶が都合良く戻って、形こそ「宇宙人や未来人や超能力者と遊ぶ、世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団」
から
「宇宙人や未来人や超能力者もどきと、音楽を創り出す世界を音楽で盛り上げる涼宮ハルヒの団」
即ちSOS団復活と相成ったらしい…
やれやれだ…。

納得いかない?
あぁそうだな…俺も納得行かねーよ…。でもな、思い出したんだよな…。

小さなころ…。
そう、「まだサンタや、不思議な事に愛想を尽かしてない俺」が好きだった物語達は、ご都合主義のメチャクチャハッピーエンドで、こうやって終わってたんだよな…

それからみんな、末永く幸せ暮らしましたとさ。
めでたしめでたし

ったく…悪くねぇって思っちまうよ…お前にのせいだからな…。
なぁ…時空の歪みで、進化の可能性で、神なすぐ憂鬱になって無茶苦茶する俺の大切な女神様。

720 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/07/27(金) 08:53:08.92 ID:JpiuHqoqO

すまん正直蛇足だが…読んでくれた方ありがとうございました。電波に勝てなかった…反省はしてるがあんまり後悔はしてない。


実は初めてのSSなのは秘密だ

726 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 09:01:08.59 ID:JpiuHqoqO

>>1さんすいませんでした。
現実に余りに感動し過ぎてやってしまいました。ごめんなさい。





814 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 13:03:15.41 ID:Nj3hb1k90

俺もちょっと考えたSSがあるんでどっかしら投下したいと思う

819 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 13:25:06.99 ID:Nj3hb1k90

作者が書いたハルヒの現実世界での目覚めをキョン視点で


「ここは・・?」

気が付くと俺は扉の前に立っていた。
逡巡し、先程の世界の終末が脳裏をよぎり、しかし何故か驚かず、ふう、と一息ついた。
ここが、此処こそが、現実だ。
そう、直感した。同時に、自分の両手を見、そして胸に手をあて一定のリズムを刻む鼓動を重々に感じ、
―――これが最期だと、俺の俺であるこの魂は間も無く消滅すると、そう、何故か悟った。

だってそうだろう?夢の世界の住人が現実世界に干渉するだなんて、
そんな非現実的なことが現実世界であってはならない。

俺はもう分かっていた。
この扉の中に何が待ち受けているか。そして俺はどうすれば良いのかを。

ここはかつて俺が入院していた病院であり、目の前の扉の向こうはかつて俺が寝ていた病室であり、
そして―――

ハルヒが寝ている病室だ。

822 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 13:38:02.49 ID:Nj3hb1k90

病室の中には、ハルヒの親族であろうと思われる人達が何人かいた。
その人達は俺が入ってくるのを見るなりみな一様に俺の元へ駆け寄り、
「うちの子が目を醒ましました!」「本当にありがとうございます!!」
等感謝の声をシャワーのように浴びせてきて、俺は少々困惑気味に会釈しながらも、
ああ、現実世界の俺がハルヒを自殺から救ったのか、とぼんやり思った。
と同時に。

『貴方は涼宮ハルヒに選ばれた』

長門だか古泉かが言ったこの言葉の意味がなんとなく分かった気がした。
とにかく。

俺は感謝するに暇の無い喜びに満ちた人達に「すいません」と言いつつ彼らの間をすり抜け、
ベッドの前に立った。


「よお。俺のこと、わかるか?」

826 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 13:53:17.18 ID:Nj3hb1k90

初めて会った時と同じ、背中まで伸ばした(というか伸びた)長い髪の毛を携えたこのハルヒは、
初めて会った、しかしどっかで会ったことがあるかもしれないと必死に思案しているような感じに見て取れた。
そりゃそうだろう。3年間も眠っていたんだから、
3年前に自分を助けてくれた人の顔なんて早々思い出せるわけがない。
とは思考したものの、俺は一抹の寂しさというものを感じずにはいられなかった。

「ま、覚えてなくても無理ないか」

現実に生きるハルヒに言ったのか、俺と共に過したハルヒに言ってるのかはわからなかったが、
とにかく俺はそう言い、頭を掻いた。

829 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 14:01:49.27 ID:Nj3hb1k90

「・・・そりゃもう大変だったんだぜ?
を閉じてうごかないお前に、ずっと声を掛けてたんだが中々返事を返してくれなくてな」

現実世界は知らない。とにかく終焉の発端となった事故の事を話した。
現実でも似たようなものだろう。

「・・・でも、こうして目が覚めて本当に良かった。
いいか? これからは車に気をつけろよ?」

自殺だなんて、この世界に・・・現実に絶望するんじゃねえぞ。

「うん・・気を付ける」

まるで小さな子供が大人に言いつけられて約束したような会話だな、これは。
それでもハルヒが小さな声でそう言うと、病室内の空気は穏やかなものに包まれた。


「それじゃ、俺はそろそろ行くとするよ」

837 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 14:33:09.74 ID:Nj3hb1k90

「家族水入らずってのもあるだろうしな。俺もいつまでもここにいるわけにもいかない。
 またくるさ。そのうち、な」

そう言って俺は腰を上げると、再び大人達の感謝の言葉を満身に浴びせられ、
それに応えながら出口へと向かった。

その扉の向こうは、現実世界の俺にとっては廊下だが、
俺にとっては、扉の向こうには何もないのだろう。
いや、きっと―――
そこには、メイド装束に身を纏い微笑んでいる朝比奈さん。
黙々と、しかし面白い描写があるのか時折くすっと笑む長門。
『一戦交えましょう』と心の底からの穏やかな笑みを携える古泉。
そして―――

いや。
メンツはここまでで十分だ。
心配するな、お前の夢の住人達はお前の夢なんだ、楽しくやってるさ。
だからハルヒ。

俺は何か言いたげなハルヒの視線を背中で感じ、
でも振り返らずに、言った。遺言、てか。


「お前には3年分の記憶がない。でも――お前にはまだいくらでも未来が残ってる。
 もしかしたらその途中、退屈なこととか面倒なこととか、投げ出したくなるようなことがあるかもしれない。
 それでも絶対に途中であきらめたりするんじゃねえ。
 案外楽しいこととか幸せなことは、どこにでも転がってるんだぜ?」

868 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 17:01:23.91 ID:Nj3hb1k90

扉を開いた。
廊下から吹き込んでくる風の代わりに、眩い、それでいて穏やかな光が差し込んで来た。
周りの人達がそれに気付いている様子はない。だよな。

いよいよだ。
俺はこの扉を潜ったら完全に消えてしまうのだろう。恐くないといったら嘘になる。
けれど。
俺が、朝比奈さんが、長門が、古泉が、ハルヒの夢の中のありとあらゆる住人達が感じた様々な出来事は、
夢ではあった、だけど確かに存在したんだ。
だって、存在したから、ハルヒは今。
こうして、夢から目覚め、現実を見据えることができたのだから。

「待って!」

ハルヒの泣きそうな声が背後からした。
それが命の恩人に向かって言っているのか、或いはジョン・スミスたる俺に言っているのか、
もはや今となってはどうでもいいことだ。

―――そう、今ようやく俺はハルヒのことが好きなんだと認識できたことくらい、どうでもいいことだった。

俺は振り返ることもなく、ただ、手を振った。

「やれやれ」

自嘲ではない。穏やかな気持ちで辞世の句を吐くと、
扉を潜り、光に満ちた世界へと足を歩み入れた。

(終)

871 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 17:04:43.06 ID:Nj3hb1k90

現実世界でのキョンらしき男性に対して色んな推測があったけど
とりあえずこれが俺の推測。
作者がどう思ってるかが気になる。
あと色々拙い表現はムシして^^;

884 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 17:45:04.94 ID:Nj3hb1k90

ハルヒの閉鎖空間が事故現場ではなく病院だったら
改変です作者さんご容赦


「ハルヒなのか? どこにいるんだ」
(あんたに見せたいものがあるの)

俺の質問には答えずに、ハルヒは以前俺が階段から転げ落ちた際(俺には記憶がないが)に運びこまれた病院の、
俺が3日3晩寝込んだ病室に来るよう指示した。
ハルヒとどうやってコミュニケーションをとっているのかはこの際どうでもいい。
とにかく俺は、光に包まれる直前に聞いたハルヒの言葉の真意が知りたかった。

「そこでいいんだな?」
(ええ、そこで待っていて)

それから数分後。
俺は病院へと赴き、病室へと向かっていた。
外の世界よろしく、病院内も不気味なくらいの静まりを見せていたが、
それに慄く余裕すら今の俺にはなかった。

間も無く指定された、かつて俺が入院していた病室の前に辿り着いた。
俺は扉を開けようとして、しかし同時に、中を見てしまっていいのか?
という怯えのようなものが脳裏に掠めた。
この扉の向こうには、間違いなく全ての真実がある。
なんとなくではない、確信だった。
それでも。
俺は震える手でドアノブを掴んだ。今更引き返せるかってんだ。
そして、ドアを開けた。あらゆる祈りを込めて。

888 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 17:57:44.16 ID:Nj3hb1k90

(これが現実よ・・・・・・)
「――――――――!!!!」

言葉が出なかった。
かつて俺が横になっていたベッド。
そのベッドの上に横たわり、生命維持装置を何台も稼働させ、
何本ものチューブを身に痛々しい程に取り付けられている少女。
髪の毛こそ長く伸びてはいるが、見間違えるわけがない――――涼宮ハルヒだった。

「い、一体いつからこうなんだ?」
(3年前よ)

3年前。そうかそうか遂にお前までそんなこと言い出したか。

「バカ言うなよ。冬休み前に俺がここに、この部屋に入院したことくらいお前だって知ってるだろ!!!」

そうだ。そしてお前は目を醒まさない俺の為にここでずっと看病してくれてたんだじゃないのか。

(あたしはもう嫌だったのよ)

889 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 18:05:52.06 ID:Nj3hb1k90

完全に気が動転している俺の心に、堪えるようなハルヒの声が響く。

(何も起きない現実の世界に、愛想をつかしていた)

何言ってるんだ?

(あたしは楽になりたかった。
 何も起きない普遍的な人生なら、終わらせてもいいと思ったの。だから)

ここまで聞き、俺は再びあの事故を思い出した。
思い出し、一つの可能性に突き当たる。
即ち――――

「自殺という道を選んだの」

いつの間にか心の中で響いていた声が俺の背後から聞こえてきて、びくっと肩を震わせた。
同時にハルヒのこの言葉で、俺は心の中で何かが崩れたような気がした。

892 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/07/27(金) 18:09:39.40 ID:Nj3hb1k90

「あたしは結局、死ぬことができなかった。
 中途半端に生きて、夢を見続けることになったの」

振り帰れば、俺に背を向けて俯いているハルヒがいた。
夢を見続けるって――植物状態になったってことか?

「ええ、その通りよ」

俺の目の前で背を向けて立っているハルヒ。
俺の目の前で生命維持装置とベッドにその身を委ねているハルヒ。
散り散りだった俺の思考が、パズルが完成するかのように形を成していく。


以降は変わらず。
すいません俺の脳内ではこうゆうのがいいと感じてたんでなんとなく書きました



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