シンジ「綾波が笑わないんだ」 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 21:49:24.91 ID:sPnCU7XT0 トウジ「何言うとんねん、普通やんか」 トウジが呆れた声を出し、ケンスケが深く頷く。 おかしな話だが、言った僕も彼らの意見に同意する。 昼下がり、教室で、机を囲んで会話をする僕ら。 平和な時間が流れている世界。 そう、世界には平和が訪れたんだ。 だけど、綾波は笑わない。 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 21:53:06.31 ID:sPnCU7XT0 最後の使徒が訪れて、1年。 僕は15歳、中学三年生になっていた。 最後の戦いで本当に終わったのかどうかはわからないが、 その時以来、使徒はやってこない。 束の間なのかもしれないが、世界には平和が訪れていた。 ネルフはもちろんまだ存続しているが、業務内容は復興支援。 エヴァは全機完全凍結された。 7 名前:エロ無の予定![] 投稿日:2012/03/03(土) 21:58:34.46 ID:sPnCU7XT0 アスカ「3バカが集まって何話してるのよ」 長く伸びた明るい髪を揺らしながら、アスカが近づいてきた。 使徒との戦いに終結宣言が出された後も、アスカは日本に残り普通の学生として生活している。 トウジ「おう聞いたってくれや嫁はん、お前の旦那がなぁ」 アスカ「だだだ、誰が夫婦よ!!」 顔を赤くして反論するアスカ。 僕はいつものやり取りに慣れてしまい、苦笑するばかりだ。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:03:36.87 ID:sPnCU7XT0 僕らの中学では来月、平和になったおかげで、数年ぶりに文化祭が行われる。 学校全体が文化祭一色の様相を呈しており、あちらこちらで準備に走る生徒たちの姿を見かける。 僕ら3年生も受験が控えているが、この一大イベントを逃すものかと目の色を変えて準備に取り掛かっている。 その先頭を走るのが、アスカ。 クラスメイトに罵声を浴びせながら、着々と準備を進めている。 昼休み、少しサボろうとしていた僕らは彼女から痛い制裁を受けて持ち場に戻った。 レイ「おかえり、碇君」 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:07:48.40 ID:sPnCU7XT0 「あぁ、ごめんね綾波」 謝罪をしつつ、看板作りの作業に取り掛かる。 綾波は無表情のまま何も言わずに、作業に戻った。 近くで女子生徒、男子生徒かまわず騒ぎながら作業をしている。 まるで幼い子供のようだ、と騒ぐ彼らを見たが僕も気持ちは少し踊っている。 最初で最後の文化祭なんだ。それくらいの感情は持っている。 だが、目の前にいる青みがかった髪の女の子には、そんなの無縁のようだ。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:11:48.94 ID:sPnCU7XT0 「碇君、楽しそう」 「そう?…綾波は文化祭って初めて?」 「えぇ」 「そうなんだ、僕もだ」 「そうなの」 「生まれて初めてだから、少し、楽しい」 「そう」 「綾波は、あんまり楽しそうじゃないね」 「初めてだから、どうすればいいのかわからないの」 上手く、会話が続いていない気がする。 最後の使徒を倒してから一年。僕は一度も綾波の笑顔を見ていない。 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:22:45.76 ID:sPnCU7XT0 「綾波が笑わないんだ」 カヲル「それはいつも通りなんじゃないのかい?」 僕の言葉にカヲル君がケンスケやトウジと同じ反応を見せる。 「うーん、何か上手くは言えないんだけど」 「何となくは、わかるけどね。僕も彼女と同じだから」 「カヲル君も、この世界が楽しくないってこと?」 「まさか。僕は君と一緒に生きれて、凄く充実しているよ」 「だったら、どういうこと?」 「彼女は使徒を倒すために生まれた存在」 「その使徒がいない世界で、どう振る舞えばいいのかわからないんじゃないのかな」 21 名前:ミスりました…[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:28:20.63 ID:sPnCU7XT0 「そうなのかな」 「わからないけどね、僕は彼女とは違うから」 少し含みのある言い方でカヲル君が話す。 放課後の帰り道。夕焼けに長く伸びた2つの影。 「何かしてやれないかな」 「君は何をしたいの?」 僕は―――。 綾波にどうして欲しいのだろう。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:33:57.31 ID:sPnCU7XT0 ミサト「おかえりシンちゃん!」 ミサトさんにただいま、と返す。 床には散らばったビールの空き缶が数本。 「またこんなに飲んで…。ネルフに行かなくていいんですか?」 「いーの、いーの!」 「首になったらどうするんですか?」 「大丈夫よー。そうそう首になんて出来ないから!」 ミサトさんがガハハ、と豪快に笑い飛ばす。 使徒との戦いでネルフでの地位を一気に高めたミサトさん。 言うように、ミサトさんに文句を言える人物は少ない。 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:40:06.36 ID:sPnCU7XT0 「でも、ちゃんと働いてくださいね」 「だいじょぶだいじょぶ」 本当に大丈夫なのかはわからないが、これ以上話しても意味はないだろう。 一つ溜息をつき、脱衣所へと向かった。 リツコ「あらシンジ君、お邪魔してるわ」 脱衣所の扉を開けた先に、半裸の女性が一人。 「うわわっ!!す、すいません!!!」 「いえ、こちらこそごめんなさい。見たくもなかったでしょう?」 「そそそそんなこと!!あ、いえ!!!」 意味深な笑みを浮かべ、上着を着るリツコさん。 思わず目を逸らした隙に、僕の隣を通りダイニングへと戻っていった。 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:45:20.88 ID:sPnCU7XT0 「ホンットさいっていっ!!」 4人で食卓を囲みながら、アスカが僕を責めたてる。 「しょうがないだろ、不可抗力だよ…」 「いやぁシンちゃんおさかんねー」 「ミサトさん…!」 「あら、私は若い男の子に見られて嬉しかったわよ」 「リツコさんまで…」 頬を膨らませ不機嫌そうなアスカと、皆にからかわれる僕を見て大人女性2人が笑う。 珍しくリツコさんもお酒を飲み、楽しんでいるようだ。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:49:48.91 ID:sPnCU7XT0 「最近、笑うことが多くなったわ」 しみじみとリツコさんが喋りだす。 「そうねー、今まではどっかひっかかった感じだったものね」 「あらごめんなさいね」 「でも気持ちは私もわかるわ」 「こんな日をずっと夢見て戦ってきたんですものね」 どこか遠い目をした二人を見ながら思った。 彼女たちも多くのものを抱えて戦ってきた。 それがなくなった今だからこそ、こうして笑えるのだろう。 「平和って、笑えること、ですよね? 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 22:55:57.12 ID:sPnCU7XT0 「こうやって、たくさんの人達と一緒に」 「食卓囲んで笑えることが、平和なんですよね」 「どうしたの?シンちゃん?」 僕の言葉にミサトさんが問いかける。 「いえ、…綾波が笑わないんです」 「アンタ、バカァ?あの無感情女が笑うわけないじゃない!」 隣からアスカが口を出す。 「今までだってそうだったじゃない」 ぷいっとアスカが顔を背ける。 「そうなんだけど…綾波はこの世界が嫌いなのかな」 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:03:07.22 ID:sPnCU7XT0 「それはちょっと違うんじゃないシンちゃん」 僕とアスカの言い合いにミサトさんが口を出す。 「自分の守った世界を嫌いなんて、フツー思うかしら」 「それは、そうなんですけど…」 「あの子は笑わないんじゃなく、笑えないんじゃない?」 「使徒を全て殲滅して、自分の存在価値がわからなくなってる」 「自分は何のために生きていくんだろうって、必死にもがいているから」 「だから、笑えないんじゃない?」 カヲル君と似たような言葉を僕に伝えるミサトさん。 綾波の、生きる意味―――。 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:11:20.64 ID:sPnCU7XT0 翌日も学校で文化祭の準備を続けていた。 教室の端で自分の背丈ほどもある看板に色を塗る綾波。 その表情からは、綾波の心情は読み取れない。 綾波は、今何を考えながらその筆を動かしているんだろう。 「おいシンジ、ちょっとそっち持ってくれや」 ケンスケの言葉に振り返り、手を貸す。 大きな木材を二人で運ぶ途中、手の離せない僕らの顔にアスカが落書きをしてきた。 アスカはバーカ、と笑いながら舌を出す。 ケンスケが大げさに怒る。それが無性に楽しかった。 綾波は、この感情を忘れてしまったのだろうか。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:15:54.93 ID:sPnCU7XT0 「綾波、一緒に帰らない?」 「ええ、わかったわ」 夕焼けに染まる校庭で綾波に声をかけた。 「顔、ペンキついてるわ」 「あぁ、これ。アスカにやられたんだ」 「悪戯されたのに、嬉しそう?」 「うん。何でかはわからないけれど」 「最近の碇君は、本当に楽しそうに笑うのね」 言いながら遠くを見つめる綾波。 夕焼けに照らされたその横顔は、物悲しげに映った。 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:20:36.96 ID:sPnCU7XT0 「…私が、おかしいのかしら」 少し間を置いて、綾波が語りだした。 「使徒がいなくなって、すごくいいことだと思う」 「みんなが笑ってて、すごくいいことだと思う」 「でも、私はどこかにぽっかり穴が開いたような感じなの」 「毎日、ただ過ぎていくだけの日々」 「退屈だけど、平和な日々」 「それがみんなの望んでいたことなのはわかっているのに…」 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:23:48.73 ID:sPnCU7XT0 「使徒がいた方が、よかった?」 「そんなことはないわ」 「ただ…」 ただ、何?その言葉を押し殺した。 その先は聞かなくてもわかっていた。 綾波は苦しんでいた。 カヲル君やミサトさんの言うように、悩んでいた。 そんなこと何も関係ないように周りには振る舞って。 僕は、それに気づいてあげれなかった。 綾波に何度も救われたことも忘れてしまっていた。 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:29:24.95 ID:sPnCU7XT0 「僕が、綾波を笑わせる」 「え?」 「綾波が、この世界を笑って生きていけるように」 「僕が笑わせる」 「碇君…」 みんなと笑っていける世界を作っていきたい。 その思いでずっと戦ってきた。 みんなの中には綾波も含まれているんだ。 一人じゃないって、綾波が思ってくれるように。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:34:49.51 ID:sPnCU7XT0 「だから、力を貸してほしい!!」 使われていない教室にみんなを呼び出し、頭を下げた。 「へー、あの綾波がねぇ」 ケンスケが驚いたような顔で眼鏡を手で動かす。 「そらもちろんええけど、式波はええんか?」 「何でアタシがあんな能面女のために…」 「いやそっちやのうて、旦那が他の女にご執心でええんか?」 「いいわけ…って何言わせてんのよ!!」 「みんな、ありがとう…」 「ところで、方法は考えてあるのかい?」 カヲル君の言葉にハッとする。具体的対策については何も考えていなかった。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:40:56.35 ID:sPnCU7XT0 「アホ渚!笑いゆうたら、漫才にきまっとるやろうが!!」 トウジが身を乗り出し叫びだす。 「ワイのごっついギャグで顔筋つらせたろうやないか!!」 「却下」 「何でじゃぁ!!」 アスカの言葉に鋭いツッコミを入れるトウジ。いや、意外に良いのではないか? 「そんなことするくらいなら、プロの漫才師を呼んだ方がよっぽど効率的だわ」 「…ぬっ…ぐっっ…」 アスカの反論にトウジが黙ってしまった。 そこはコスト面から見たツッコミを入れてほしかった。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:45:17.68 ID:sPnCU7XT0 「ほんなら式波は何かええ案あるんか!?」 「もちろんよ!!」 胸を張ってアスカが答える。 「へぇ、気になるね」 カヲル君の言葉に僕も頷く。アスカが綾波のために案を考えてくれているとは思わなかった。 「ずばり、くすぐりの刑よ!!」 一瞬、全員の顔が固まった。 「見てなさい!私が泣くほど笑わせてあげるわ!!」 本気で言っているのか。かこつけて悪戯したいだけなのか、それすらわからなかった。 「彼女、一周回ってバカだったね」 小さく呟いたカヲル君の言葉に大きく同意した。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:49:54.87 ID:sPnCU7XT0 皆であれでもない、これでもないと意見を言い合う。 しかし、どれもピンとくるものはない。 その場だけ笑っても仕方がないんだ。 綾波が、僕らとこの世界を笑って生きていける。 そう思わせる何かが必要だった。 『笑い』と『笑顔』は似ていて違う、そこに僕らは悩んでいた。 「これ以上話し合っても仕方ないと思うけどな」 カヲル君が議論の最中に言葉を挟む。 「カヲル君そんな…」 「そういう意味じゃないよ、ただこれに関して言えば」 「君が決めないと意味がないんじゃないかな?碇シンジ君」 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 23:55:05.37 ID:sPnCU7XT0 皆がカヲル君の言葉にハッとなり、同意した。 そうだ、僕が綾波を笑わせるって決めたんだ。 僕が考えないと意味がないじゃないか。 「もちろん手は貸すよ、ただ頭は貸せないな」 「うん…ありがとうカヲル君、大切なことを忘れてた」 「僕が綾波に届けたい気持ちを考えていなかった」 一人じゃないって綾波に届けたい。 少なくとも、僕がいるってことを。 そう考えると、自然と案が浮かんだ。 「みんな、実は―――」