古泉「ただいま」 1 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 15:10:44.29 ID:ODI5AAQ0 さて、敬愛なる皆様は最早お気付きだと思うが嵐ってーのはずっと一所に留まってるようなモンじゃあない。 ま、そりゃそうだ。明けない夜なんてモンは無いし、どんだけ繰り返しても、それこそ終わらない夏休みなんて夢のようなモンさえ世界には無かったんだ。 時は待たない、ってヤツだな。はて、これは誰が言ったんだったか。誰が言ったにしても含蓄有る言葉だね。うむ。 つまり、時間ってーのは宇宙人だろうと未来人だろうと超能力者だろうと、はたまた神様であったとしても、平等に過ぎ去っていくように出来ているらしい。ん? そんなんは常識だろって? いやいや、その常識ってーのを疑っていたのが昨年までの俺だったりするんだ。もしかしたらループエンドだったりすんじゃないのか、とかも多少本気で考えたりもしたね。ああ。 こら、そこ。ゲーム脳乙とか言ってんじゃねえぞ。 もしもだ。もしも仮にアンタが俺と同じ状況に追い込まれてみろ。俺と体を入れ替わり、高一の八月であったり十二月であったり、高二の四月であったり七月であったりを経験してみろ? 俺は断言するね。今、画面の前でふんぞり返ってるアンタだって時間感覚ってヤツに多少の弊害を持っちまうだろうってさ。 SOS団で唯一の一般人であり、かつ、まあ自分で言うのもなんだが比較的常識人な俺でさえこの始末だ。その俺が語り部の、そんな物語を楽しんでるアンタらなんかは最たるモンだと思うね。違うか? だがしかし。それでも俺達は順調にハルヒ出題の問題(一つ残らず難題で無理難題なのは、まあハルヒらしいっちゃらしいんだが)を解き明かし、潜り抜け、あるいは素通りして……。 ああ、ここまで言えば分かるだろ? 大体、話の骨子は読めたよな? 俺達は無事に三年生に進級したのであった。 つまり、この話は後日談ってヤツだな。 神様が居た面白おかしく、波乱万丈、驚天動地で支離滅裂な、その残り香だけがほんのりと桜吹雪に乗って校舎を包み込む。 そんな感じの、取り立てて面白味も無い、フツーの日々、ってヤツを、俺はこれから語っていこうと思う。 勿論、主役は俺じゃない。 この話の主役は……いや、これまでのどの話の主役もそうだったのだが。 最初から最後までクライマックスでお馴染み。 俺達の団長様だ。 そう。やっぱり後日談であってもスポットライトはコイツに当たる。 涼宮ハルヒ。 何を隠すでもない。俺の、恋人である。 2 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 15:26:40.08 ID:ODI5AAQ0 「……非常に貴方らしい恥ずかしい独白ですね。ああ、ターンエンドです」 とは言え、俺達に限って言えば余りその日常風景が変化している訳でもない。残念だったな。だが、様子が一変してる事を期待したアンタらが悪い。 「うるせえよ、古泉。大体、原作中で乱立させた死亡フラグを残らず叩き折りやがったヤツが言えた義理か?」 言いながら俺はカードを引く。お、悪くない引きだな、今日は。 「一緒になって叩き折った人間が何を仰っているのですか。あんまりそういう事を言うのは止めて下さい。僕はこれでも、昨年の七月の貴方の台詞には少なからず感動しているのですよ?」 「さっさと忘れろ、んなモン」 俺が場に出したカードにもたじろぐ事の無い、古泉のポーカーフェイスは健在である。だが、内心の動揺が俺には手に取るように分かるね。 伊達に二年もお前とテーブルゲームをやってきた訳じゃないんだぜ? 「『SOS団は誰一人欠けさせねえぞ、ハルヒ!!』。……あ、今の似てましたか?」 「……古泉、お前なあ……」 ああ、口の中に今、見事に苦虫が巣食ってやがる。 「そんな顔をしないで下さい。言ったでしょう。僕は感動したのです、と。嫌味でも皮肉でもありませんよ」 そんな風に思われる事こそ心外です、と。そう言って古泉は俺の使役するモンスターカードに蹴散らされた薄っぺらいヒーローを墓地に送る。 「だったら、声真似とかしてんじゃねえよ。そもそも、ちっとも似てねえっつの」 「おや、そうですか? 僕としては今のモノマネは自信作だったのですが……と、投了です。コーヒーで良かったですか?」 「ああ、冷たいのを頼むわ」 「了解しました」 そう言って古泉は一つウインクを俺にむけると教室を出ていく。 ……はーあ。 全く。アイツも偉く丸くなったもんだ。 背伸びをした際にぎしりと音を立てる椅子は昨年までとは質感が違う。当然だが、音も違う。なんとなく、しっくりと来ないが、まあ、これが進級ってヤツなんだろう。 誰も居ない三年五組の教室の隅で一人、俺は大欠伸をして窓の外を眺めるのだった。 4 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 15:40:59.63 ID:ODI5AAQ0 さて、上の一文に不自然を感じた方は一体何人居られただろうか? その数少ない方々に俺は是非とも敬意と称賛の拍手を送りたい。ブラボー、名探偵になれるぜ。 三年五組。 まあ、つまりは俺の所属している学級だ。 さて、なぜそこに古泉が居るのかと問われれば。まあ、俺に会いに来ただけと言えるのだが。ああ、勿論放課後の暇潰し相手としてだぞ? 深い意味は無い。 って言うか。アンタ達が疑問に思っているのは「なぜ文芸部室じゃないのか」だろ? だが、その疑問に行き着いた時点で解答は出てると思うね。 わざわざ俺が言う事も無いような気がするが……ま、それでもあえて言葉にするならば。……簡単だな。SOS団……じゃねえ、文芸部が廃部になったからだ。 原因は、これも改めて言わなくても分かるだろうが部員不足。規定人数の五人に満たなきゃ原則として同好会は認めて貰えない。 ま、そんな訳で文芸部室は取り上げ、没シュート。てれってれってれー、ってか。 勿論、ハルヒは抗ったさ。そりゃもう、俺と古泉の二人掛かりであっても止まらない馬力でもって直接教師と生徒会に掛け合い。その挙句に一悶着、と。 右腕に貼られた絆創膏はその時にハルヒにやられた引っかき傷だ。やれやれ。アイツは彼氏相手であっても手加減ってモノを知らないね。 ……ああ、ちょっと不安になってきた。俺はアイツの中でどんな立ち位置を与えられているのか。 流石に雑用呼ばわりされる事はもう無いが、それにしたって恋人相手とは思えない不変っぷり。 「まあ、いいんだけどさ」 俺は首筋に貼ってあるもう一枚の絆創膏をなぞった。 「そこがアイツの、いいところでもあるさ」 そう、思い込む事にして自分を騙す、あんまり格好良くない俺だった。……とは言え騙してるのは半分くらいなんだけどな。 5 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 15:51:54.62 ID:ODI5AAQ0 「やっぱり貴方の独白は恥ずかしいですよ。聞いているこっちが赤面物です。以後はどうか、自重して頂けると僕としては助かりますね」 振り返ればヤツが居る。超能力者改めおつかいクン一号ご帰還だ。 「聞き耳を立てるヤツが悪いに三千点だ」 「そう言わないで下さい。諜報活動というのは機関の主要任務でして、どうもまだ、その癖が抜けてないんですよ」 古泉はヘラヘラと笑いながら俺の机に缶コーヒーを置く。小指をクッションにして音を立てない、そんなさり気無い仕草が一々俺の癇に障るね。 「お前の天職はバーテンダーだな」 「ふふっ。考えておきましょう」 古泉は前の席に後ろ向きに座ると、自分用に買ってきたジンジャーエールの缶から小気味良い音を鳴らした。 「コーヒー党じゃなかったのか?」 「ああ、アレはキャラを作っていただけです。実は僕はコーヒーも紅茶も、苦手ではありませんが取り立てて好きという訳でもありません」 「苦労してたんだな、お前」 俺が適当にそんな相槌を打つと、古泉は笑った。 「いいえ。キャラ設定というのも存外楽しいものなのですよ。そうですね……こうして仮面を脱いで接する事が出来る友人と談笑する際などに、幸せを感じます」 「気持ち悪い」 「おや、照れているのですか?」 「寝言は寝て言え」 古泉から視線を逸らしてさっきまで見ていた様に、校舎の外を眺める。北高は少しだけ周りよりも高い場所に有り、見晴らしは結構悪くない。 桜が、春一番に舞っていた。 6 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 16:02:53.06 ID:ODI5AAQ0 「絵になるな、アイツらは」 「ええ。お二人とも、北高屈指の美少女ですから」 俺達が揃って見下ろす、その視線の先では少女が二人、下校途中の生徒に対してビラ配りをやっていた。 ハルヒと長門だ。 「桜並木と少女。これが絵にならない筈もないでしょう?」 「そんなモンかね」 「そんなものです」 既に大半の生徒は校舎から撤退している。無理も無い。新学期おめでとうテストとか言う憎たらしい名称の拷問が終わった、その翌日である。 教師達は一心不乱に採点に追われ、部活の顧問なんてやっていられる訳もないから部活動、同好会その他の活動は今日明日と全面停止だった。 「さっさと帰れば良いのにな、俺達も」 歩き去る生徒の姿はまばらで、夜空を眺めていて流れ星を見つけるレベルのレア具合と化していた。 そんな中でもハルヒと長門は懸命に……いや、長門はただ流されているだけだろうが……時たま道を行く生徒にビラを手渡していた。 「そう言わないであげて下さい。可愛らしいじゃありませんか」 古泉が缶を振る。 「朝比奈さんの帰って来る場所を作っておいてあげたい、だなんて」 「ま、思いやりに溢れたその動機は否定せんでもないさ、俺だって」 だが、ちょっとでも好奇心を示してくれた生徒に対して脅迫まがいの行為を迫るのは頂けないな。 ……あ、ハルヒが男子生徒の胸倉掴んだ。 8 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 16:18:32.17 ID:ODI5AAQ0 舌打ちを一つして席を立ち上がる。 「あの馬鹿が犯罪行為に手を染めない内に、あの男子生徒を救出するぞ、古泉」 「ふふっ、了解です」 阿と言えば吽。促すよりも早く走り始めた古泉に追従して、俺達は揃って走り出す。急いで飲み干したコーヒーの空き缶はゴミ箱にストライク。当然、左手は添えるだけだ。 廊下は走るな? だったら動く歩道でも付けやがれってんだ。 「まったく、あの馬鹿は少しも成長してないな」 長門を見習え。アイツの急成長っぷりを隣で見ておきながら何の感慨も無いなんてのは、そりゃもう罪悪だぞ、罪悪。 「そうでしょうか? 貴方ほど涼宮さんの成長を感じていらっしゃらない方も、僕は他に存じ上げていないのですが」 「一々茶々を入れるな、古泉」 「ああ、なるほど。今のが世に言う『つんでれ』でしたか。失礼。僕とした事が至らない発言を」 ああ、うるせえ! 誰がツンデレだ! その言葉はな、俺達の団長様の為に産まれたような言葉なんだよ! 断じて俺の為じゃねえ! 「ふふっ。では、そういう事にしておきましょうか」 まだ何か言いたそうな後ろを走る古泉をギロリと睨みつけると、ソイツは走りながらも器用に肩を竦めた。目は口ほどになんとやら。ああ、ニヤケスマイルが非常に鬱陶しい。 コイツほど桜の季節が似合わない似非爽やかもいないだろうね、まったく。 9 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 16:33:12.83 ID:ODI5AAQ0 「そこまでだ!」 「むむっ、何奴っ!?」 ……コイツ、昨日、水戸黄門見てたな。 「お前の悪事は全て教室から見させて貰った! 大人しくその男子生徒を放せ!」 まあ、水戸黄門が昨日テレビでやっていた事を覚えているって事は俺も見ていた訳なのだが。 「悪事だなんて人聞きが悪いわね、キョン。これは勧誘よ、か・ん・ゆ・う。アンタ、目でも悪いんじゃないの? 今度、眼科に連れて行ってあげよっか?」 胸倉掴まれてつま先立ちしてる男子生徒の様子を見て、一体百人の内何人が「同好会勧誘」だと答えるのか。断言してやる。そんなんは零だ、零。 「ふーん……アタシの敵に回るっての、キョン。面白いじゃない」 「別にお前の敵に回るつもりは無い。っていうかどっちかって言えばむしろ味方だ、馬鹿」 このまま同じ事を繰り返していたら間違い無くハルヒと長門は愛の説教部屋行きである。ハルヒに説教はまだ分かるとしても、長門がとばっちりを食うのは正義の味方として見てられん。 「ふん。どうしてもこのアタシを止めたいって言うなら、力づくで来なさい! 先生! せんせーい!」 「……呼んだ?」 言いながら俺とハルヒの前に立ち塞がるのは、SOS団の誇る万能秘密兵器。長門有希その人である。どうやらコイツも昨晩の放送を見ていたらしい。その身に纏う雰囲気は悪代官に雇われた用心棒である。 ドイツもコイツも馬鹿ばっかだ。 「……コイツらをやっちゃいなさい!」 「了承した。鯛焼きはカスタードクリームを希望する」 これまた安い報酬で雇われたモンだと溜息を吐く事頻り。お前には宇宙人的なプライドとかそういったものは無いのか。 やれやれ。 10 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 16:45:09.06 ID:ODI5AAQ0 「……古泉」 「はい」 俺の後ろでにこやかに待機していた元超能力者が隣に並び立つ。ズザツとか効果音がしたのは……まあ、気にしないでおく事にする。 SE(サウンドエフェクト)とかそんなもんは今時、珍しくも無いからな。 「長門に対してジェットストリームアタックを仕掛けるぞ」 「……あの絶技を使用しますか……本気ですね。了解です。タイミングは?」 「スリーカウント」 仁王立ちになって足元を確認する。締め上げられている男子生徒の顔が土気色になり始めていた。事態は一刻の猶予も無い。無論、俺達の方を向いて不敵に笑っているハルヒに男子生徒の変容が気付ける理屈も無く……くそっ。スリーカウントが長い! 古泉の靴の踵が地面を叩く。スリー……ツー……ワン! 「「イグニッション!!」」 俺達はまるで獲物を狩りにかかったサバンナ最速の獣、チーターの様に長門先生に向けて左右から襲いかかった。 一切の躊躇無く。 一切の戸惑い無く。 そして、それは長門も同じだった。少女は左右から襲い来る狩人に対してまるで臆する様子も無く、その場から身動ぎ一つしない。 纏めて迎撃、ってか。長門らしいぜ……だがっ! 俺と古泉の二年越しのコンビネーションをちょいと甘く見過ぎちゃいないか、元宇宙人!? 11 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 17:03:40.89 ID:ODI5AAQ0 同時攻撃。長門に向けて俺達は「分かり易い」「軌道を読むに易い」テレフォンパンチを放つ。当然ながらこれを手首を握って受け止める長門。インチキパワーはすっかり失ったとは言え運動能力はハルヒにも劣らない少女である。 だが。 これで両手は封じた。スピードを落とさずに更に肉薄する俺と古泉の両方をどうやって食い止める? 出来る訳はねえよな? 「……しまった」 ああ、そうさ。古泉が機関に居た頃の癖を忘れられていないように、お前も宇宙人だった頃の動きが抜けちゃいない! どちらか一方を蹴撃しようとも、もう一人がお前に辿り着く。そして、長門。 お前にはどちらを攻撃するか、って感じの「咄嗟の判断」をするには年齢が足りな過ぎるんだ! ニヤリと笑う少年と二人で長門を挟み込む。チェックメイトだ、急ごしらえの用心棒。 そして俺と古泉は少女の耳元で、勝鬨(カチドキ)を囁く。 「長門、マロンパフェDXを食いたくないか?」 「今ならロイヤルミルクティをお付けしましょう。奢りますよ」 結論から言う。長門、陥落。 「あー、ずっこい、有希ばっかり!!」 ハルヒが手の中の男子生徒を捨てて、ズンズンと恐竜のような足音を伴って俺たちに歩み寄ってくる。ああ、そのまま今度は俺の胸倉を掴むつもりなんだろ? 分かってるさ。 だが、やられっ放しってのも性に合わん。ハルヒ。お前にはちょいとばっかし反省をして貰おうかい。 「先生、出番です」 「……うむ」 長門有希は今度はハルヒの敵となって、元スポンサーに立ち塞がったのであったとさ。 さて、この後俺達とハルヒの間で壮絶な長門買収合戦があったのだが、それに関しては特に語る必要もないだろう。 結局、素直な良い子である長門の一人勝ちとこの戦いは相成り、この後四人で向かった喫茶店のテーブルにははみ出るほどのスイーツが並びまくったのである。 12 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 17:21:50.62 ID:ODI5AAQ0 「何がいけないって言うのよ?」 「そうだな。お前の勧誘方法はほぼ間違っているという点を除けば大体正解だ」 喫茶店からの帰り道、俺はハルヒと二人で並んで歩いていた。なぜ、なんて言うなよ? ここでそんな野暮な事を言う奴は退場だ。 ま、有り体に言えば古泉が気を利かせてくれたのであり、だが、もしかしたらアイツは長門に惚れているのかも知れんとかは……無いとは言い切れないだけに薄ら寒い。 いやいや、考え過ぎだろう。 そもそも、古泉はハルヒに対して好意を抱いているのであり……いやしかし、逆境を共にした男女の間には恋愛感情が芽生えやすいとも聞いた事が有る。 釣り堀効果、だっただろうか? むう……古泉だけは止めておけ、と言ってやりたい気持ちが反面。しかし、古泉が表面上はともかくとして根っこの部分で良いヤツなのを知っている俺としては……それでもやっぱり古泉だけはダメだな。 「……ってワケで、次はこの作戦で……ちょっとキョン、聞いてるの?」 ハルヒの物騒な声音で思考の海から回帰する。ああ、返答を間違えたら俺、蹴られたり叩かれたりするんだろうな。 幾つになっても私刑はゴメンだ。 けれど、ここで「ああ、そうだな。良いんじゃないか?」なんて適当に相槌を打ってみたりすると、コイツがもしも悪魔的な考えを口にしていた場合に、また罪無き一般生徒が犠牲になる訳であり……。 しかたがない。聞いてなかったのは俺で、悪いのも俺だ。腹を括るとするか。 「悪い、聞いてなかった。なんだって?」 「……今、他の女の事を考えてたでしょ、アンタ?」 ジト目で睨む涼宮ハルヒはいつの間にか超能力に目覚めていやがった。それも一番厄介な読心術系だ。勘弁してくれー。 「……佐々木さん?」 だが、そこでなぜ「佐々木」の名前が出て来るのか。ハルヒの脳内回路は俺にはよく分からない感じに混線しているようだ。何はともあれ、テレパシストになった訳ではないようで内心胸を撫で下ろす俺である。 14 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 17:38:05.95 ID:ODI5AAQ0 「いや、違う」 「へえー、どうかしらね。アンタの事だから、またどこかで出会った女の子カ・シ・ラ? 登校途中にトーストを口に咥えた美少女と出合い頭に衝突してパンツ見て、その子がクラス替えでたまたまアタシ達と同じクラスで……誰!? 三船さん!? 椎名さん!?」 ……どうしてコイツの頭の中は一々王道ギャルゲ的なのだろうか。第一、いきなりそんなオリジナルキャラが出て来るようなSSにすんじゃねえって、馬鹿。 「あー……まあ、ハルヒになら話しても良いか。その……こういうのは第三者が口やら手やらを出したりする類じゃねえと思うんだけどさ」 「一々まだるっこしい前置きはしなくて良いの! アンタの彼女は一を聞いて千里を踏破する女なんだから、そういうのは無駄なだけよ」 へいへい、そうですか。よくそんな自信過剰にして傲慢不遜な台詞が言えるね。俺なら例え、口に拷問器具を付けられても言えそうにないぜ。 唯我独尊ってのはもしかしたらお釈迦様がハルヒの為に造った言葉なのかも知れんね。 「その……だな」 「キョン。男らしくないわよ。さっさとズバリ言いなさい! それとも吐くのにカツ丼が必要? なら、今から定食屋に入っても良いのよ!」 「今、俺は生クリームで胃液が逆流しそうなんだが、それを察してのその発言は籠絡じゃなくて拷問だよな?」 ニヤリと。唇の端を意地悪っぽく上げるハルヒの表情は、けれど夕日に照らされて俺の目にはそこそこ魅力的に映り込んだ。 ……断じて俺がマゾなんじゃないからな。 「吐くまで食わすわよ?」 「吐くのは言葉じゃなくて、カツ丼だな。この流れだと」 俺は空を見上げる。ああ、そもそも舌戦でこの女に勝とうとした事が間違いだったと、俺はいつになったら気付くのか。 しゃあねえな。悪い、古泉、長門。明日からハルヒタイフーンの風速が更に強くなりそうだ。 「考えてたのは、古泉と長門の関係だ」 「ああ。あの二人、付き合ってもう一カ月なのに、全然進展してないもんねー」 へ? なんですと!? 15 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 17:55:46.95 ID:ODI5AAQ0 「ん? 何よ、キョン。鳩が迫撃砲食らったような顔してるわよ?」 ……その鳩は間違いなく死んでるよな。うん。……なんだ、ゾンビみたいな顔だとでも言いたいのか? 死んだ魚のような目をしているとでも仄めかしているのか、お前は? そんなんが彼氏で、お前は許せるってのかよ? 発言の撤回を断固求めるぞ、俺は。 「いや……ちょっと……違うな。大分驚いた」 寝耳にポカリスエットを二リットル注がれた気分だ。 「え? もしかしてアンタ、あの二人が付き合ってる事知らなかったの?」 「……初耳だ」 絞り出すような声で俺がやっとかっとその事実を告げると、ハルヒはにんまりと笑った。お前、今日はエラく意地の悪い表情が目立つぞ。 「って、ちょっと待て。一か月前って事は……『団内恋愛禁止』の撤回ってもしかしてアイツらの為だったってのか!?」 「もしかしても何もそれ以外に有る訳無いでしょ? 有希に相談されたのよ。このままじゃ意に沿わない返答を古泉君にする事になる、って。本当、変な所で真面目なんだから、あの子」 知らなかった……いや、まあ、古泉が俺にそういった内容を相談しそうにないのは分かるよ。分かるんだが……長門がハルヒに直訴だって? 俺の知らない所でエラい成長振りだ……正直、イメージ画像が浮かばない。 「……それで、撤回したってのか?」 「そうよ。可愛い有希の頼みだもの。断れる訳ないじゃない?」 ……。 ……謀られた。完全完璧完膚なきまでに古泉の口車に踊らされた……。 「えっと……だな、ハルヒ」 「ん? 何よ、ニブキョン?」 いや、言って良いのか、コレを? ハルヒに? 『団内恋愛禁止の撤回……涼宮さんにここまで言わせておいて、それでもまだ貴方は臆するのですか? まったく、とんだ臆病者ですね』 ……言える訳無え…………。 16 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 18:16:29.44 ID:ODI5AAQ0 沈み込む夕日に向かって明日の古泉の打倒を誓う俺だったが、そんな渋い男の背中での叫びにも、まさかあのハルヒが耳を貸す筈もない。 「ほら、なんだってのよ。アタシ踏ん切りの悪い男って大っ嫌いなのよね。さ、可愛い彼女に嫌われたくなかったら、さっさと言いたい事を言いなさい」 ……なんとか誤魔化さなければ……出来る限り自然に……この勘の良い少女にも気付く事が出来ないような反則的なまでの口から出まかせを。 ……誰か分かるヤツが居たら今すぐここに飛んで来い! 「えっと……だな……」 「ふんふん」 いつもは俺の話なんかまるで聞き流す癖に、なんで都合の悪い時に限ってコイツはこんなに俺の発言に食いつくんだろうな。 性格が悪いのか、間が悪いのか。多分、両方だな。 「……お前は長門の相手が古泉で、それが許せるってのか?」 どっかから持って来て取って付けたような内容ではハルヒに簡単に真意ではないとバレてしまう。だからこそ、俺は思っていた事をそのまま素直に口に出す事にした。 我ながら孔明のような策士っぷりである。ああ、自分で自分を褒めてあげたいね。 「……アンタ、そんな失礼な事を考えてたの?」 心外だ。まさかハルヒに「失礼」なんて言われようとは。誰に言われようともコイツにだけは言われたくない台詞堂々のナンバーワンは、しかし確かに今のは礼を失する発言だったかも知れん。 だけどさ。古泉だぜ? 胡散臭いって言葉をそのまま人間にしたような、アイツだぜ? お父さんはそんな相手断固許しませんよ! 「キョンもさっき言ってたじゃない。こういう事は第三者が口を出す問題じゃない、って。大体、古泉君で何か問題が有るの?」 問題は……無い。だが、心情的には俺は首を縦に振る訳にはいかん……いかんのだよっ! とは言え。アイツ以外に長門を任せられるような人間を知っているかと聞かれて、俺には誰の名前も挙げられないのが実情であるからして……。 「とりあえず、古泉が長門を泣かしたら」 「決まってるじゃない。地獄って言うのは現実に有るものだって分からせてあげるつもりよ」 ……いや、俺はそこまでする気はありません。 17 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 18:33:26.43 ID:ODI5AAQ0 さて、唐突にシーンをぶった切って済まないが、どうか聞いて貰いたい。 俺にはずっと懸案事項が有った。 それはつまり「長門が宇宙人じゃなくなったら、どうなるだろうか?」という事であり。 それはあるいは「朝比奈さんが未来に帰ってしまったら、どうなってしまうだろうか?」といった具合に。 それははたまた「古泉が超能力者という責務から解放されたら、どんな事が起こってしまうのか?」なーんて感じで。 それは集約すれば 「神様がただの女子高生に成り下がってしまえば、俺の世界は元に戻るのか?」 となる。 甚だ自分本位で申し訳無いがしかし、どうか察して頂けないだろうか。 俺はあの破天荒で型破りな日々を、それでも愛していたんだ。だって、そうだろ? あんな体験をして、あんな世界を見せつけられて。 それでも尚、普通の方が好ましいなんて言うヤツが居たら、そんなんは思春期じゃねえよ。きっとよぼよぼのおじいちゃんだって、それでも魅せられるに決まってる。 だって、熱を持たない人間なんて、この世界のどこにも存在してないんだから。 俺達は一人残らず例外無く、外気を蔑ろにした三十六度を十億の細胞に搭載してんだ。違うか? だから、涼宮ハルヒに吸い寄せられて。 いや……何考えてるんだ、俺? ちょっと待ってくれよ。 俺は今の、この充足した日々に、それでも物足りなさを感じてるってのか? なあ……オイ、勘弁してくれよ、俺。 もう、あんな日々は戻ってこねえんだよ。 18 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 18:53:13.25 ID:ODI5AAQ0 さて、事件ってのは唐突に起きるもんだ。 歴史は繰り返すとは有名な言葉だが、つまり俺達が過去を学ぶのはそれを繰り返させない為である事に異論を挟む人はいないように思う。だよな? ……だってのに人間ってのは本当、救いようのない阿呆なモンだから繰り返しちまう。何度でも。何度でも。 それはもう、二年前の八月を引き合いに出すまでも無い。俺だって救いようのない阿呆だ。 思えば予兆は有ったんだ。いや、気付かない方がどうかしてる。つまり、俺はどうかしてたんだろう。無理も無い、ハルヒと付き合い始めて半月ちょっと。一番浮かれている時期だったのは間違いないし、事実として俺は浮かれていた。 だから、気付けなかった。 勿論、理由を並べ立てても、それで弁明出来る訳じゃないし、そんな事はしようなんて思っちゃいない。 俺は、最悪だ。 SOS団は誰一人欠けさせない。そう神様に宣言した去年の七月。だけど、結局の所はどうだよ? 朝比奈さんが俺達の隣を歩いているかい? いないよな。 ああ、彼女が帰る時に「しかたがない」とか馬鹿な事を考えたのも俺自身だとも。朝比奈さんは未来人で、未来には家族も友人も居て。 そんな小賢しい事を考えて引き止めなかったのはここのコイツだ。分かってる。 だけど。 今にして思えば俺は素直に泣いておくべきだったんだ。泣いて、引き止めるべきだったんだ。それで彼女を引き止められなかったとしても。 素直に「SOS団は欠けさせない」って誓いに則って行動するべきだったのだろう、と。 俺はこの日、長門を前にしてそう思った。 そんな事を、考えた。 「古泉一樹が、昨日付けで転校した」 無表情はそのままに、それでも少女の瞳からは。 リノリウムの床に、まるで桜の花びらみたいに、ぽとりぽとり、鈍色の染みが広がった。 それは元宇宙人少女が初めて見せた、涙だった。 20 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 20:03:36.10 ID:ODI5AAQ0 考える。あの古泉が、果たしてハルヒへの思いを吹っ切れるだろうか? ああ、そんな事は分からない。そんな事は古泉本人しか知りはしない。 では、長門を好きになど、なるのだろうか? 別に長門に魅力がない、なんてそういう意味で言ってる訳じゃない。勘違いしないで欲しい。 そういう意味では無く。 あの古泉が。 五年も神様少女の幸福「だけ」を願って生きていた超能力少年が。 果たしてその想いを失うなど、捨てるなど、諦めるなど、そんなのは有り得る話だろうか? ……ああ、そんな事は古泉本人にしか分からない。だけど。 だけど、一つだけ。俺にだって分かる事は有って。 『団内恋愛禁止の撤回……涼宮さんにここまで言わせておいて、それでもまだ貴方は臆するのですか? まったく、とんだ臆病者ですね』 その、団内恋愛禁止令の撤回は、古泉が仕組んだ事で先ず間違い無く。 一月前。三月。ハルヒが神としての特性を失ったのは、丁度その月の初め。朝比奈さんが未来へ帰った、その翌日。 つまり、古泉が超能力者でなくなり、そして長門が宇宙的能力を失った……その、直後の撤廃令。 時期が重なり過ぎているのは、それは決して偶然なんかじゃ、ないだろう。 だったら。 ……導き出せる結論なんてのは、一つしかない。 「長門、聞かせてくれ」 少女の肩に手を置いて、問いかける。怒鳴り散らして問い詰めそうな、その感情を出来る限り仕舞い込んで、俺は問いかける。 相手を気遣った優しい声を出せていたのかどうか、なんてのは分からない。 「……何?」 俺を見据える、ブラックホールを内包したような大きな瞳。まるでいつもと変わらないのに。その大きさはいつものままだけど。 けれど、長門の頬には絶え間無く滴が伝っていた。 おい、ハルヒ。世界を大いに盛り上げるって、その「世界」の中に「元宇宙人」が入っていないなんて事は無いよな? お前は仲間外れの寂しさを、よく分かってる筈だろ? もしも、元宇宙人が相手だって、ソイツが泣いてたら手を差し伸べるべきだよな? 俺は涼宮ハルヒの彼氏だ。誰にでも優しい、そんな元女神様の恋人だ。 だったらさ。俺のやる事なんざ、一つしか有りはしない。そうじゃないか。 「お前は、古泉の事が好きか?」 俺の問い掛けに、少女は小さく頷いた。ほんの数ミリ、首肯した。 「……大好き」 腹は決まった。腹は括った。 「オーケー、長門。その一言で十分だ」 俺達の大切な団員を泣かせるようなクズは。 「お前の前で古泉に土下座をさせてやる。泣こうが喚こうが絶対に許さねえ」 「あの下種野郎に地獄って言うのは現実に有るものだって思い知らせてやる」 首を洗って待ってろ、元超能力者。 21 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 20:28:54.51 ID:ODI5AAQ0 それから。俺とハルヒは教師に掛け合って古泉の転校先を問い質した。こういう時、ハルヒの猪突猛進ぶりは本当に信頼出来る。勿論、俺はハルヒのブレーキ役をこの時ばかりは丁重に辞退させて頂いた。まあ、事情が事情だ。仕方が無いとそう思って欲しい。 特進クラスのなんとかって数学教師はかなり渋っていたものの、しかしハルヒが全力で仲間の行方を捜しているのだ。その迫力は某怪獣映画もかくや、である。 もしも古泉の転校先を教師が吐かなければ、それこそストーキングもしそうな勢いの俺達の団長を前にして、まあ、生半可な覚悟で沈黙を貫き通そうというのがそもそもの考え違いである事を悟った彼は二時間の激闘の末にようやく学校名を口にした。 「誰にも言わないで欲しい、という古泉たっての希望だった……か」 俺の後ろに続いて職員室から出て来たハルヒに問いかける。 「だが、アイツの希望なんか知ったこっちゃねーよな、実際」 「当り前でしょ!? 古泉君は有希を泣かせたのよ!? その罪、万死に値するわ!!」 「……だよな」 俺の代わりに心の底から怒ってくれているヤツが隣に居る。その分、俺は冷静になれた。まったく、ハルヒ様々だ。敵に回せばこれ以上に厄介な相手はいないが、味方であればこれほど頼もしいヤツもそうはいないだろうよ。 「……ハルヒ」 「何よ、キョン」 「折角手に入れて貰った所悪いんだけどな。その学校には多分、古泉は行ってないな」 「そうね。アタシもそう思う」 もしも俺が古泉だったとして、俺達が怒り狂う事。そしてそんな俺達の脅迫染みた質問責めに教師が耐えられる筈も無い事は想像するに容易い。っていうか自明だな。 だったら。 その存在理由を失ったとは言え「機関」のメンバーである古泉だ。姿を晦ます事なんざ朝飯前に相違無く。 そして俺達は、探偵じゃない。そういった方面ではドの付く素人。単なる一高校生の寄せ集め。 ……こうなってくると、長門の宇宙的能力の喪失が痛いな……。 いや、そんな風に考えちゃダメだろ、俺。アイツは宇宙人って特性を失って、だけどだからこそ涙を流す事が出来たんだ。それは喪失なんかじゃない。断じて違う。 「だけど、今は心当たりを虱潰しに当たってみるしかない。違う、キョン?」 「いや、お前の言う通りだ」 ハルヒが前を向いている。だったら、俺は後ろを向いてる訳にはいかないんだ。 コイツの隣に立って、同じ景色を見ていたいから。 半月前。ああ、そう言や、そんな覚悟をもって俺はハルヒに告白したんだっけか。我ながら、青臭いね。 だけど……覚悟も無しに悪戯に長門に告白したアイツよりは、死ぬほどマシだ。 22 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 20:56:41.12 ID:ODI5AAQ0 神様はその力を失った。 願望実現能力、だったか。裏を返せば、そこから先は涼宮ハルヒの思い通りには行かないってそういう意味。もしかしたら古泉はそういうのを俺に教えようとしたのかも知れない。 自身が姿を消すという、荒療治によって。言い換えれば、ずっと夢に酔っていた俺の目を覚まそうとしてくれたのかも、分からない。 なんてな。 もしも俺の思った通りの理由だったとして。だけど、そんなんはお前さんに一々諭されるような事じゃ無い筈なんだ、古泉。俺が自分で気付くべき事の筈なんだ。違うか? そして、それに少女の恋心を利用して良い、そんな道理はどこにも転がっちゃいないんだ。俺なんかよりもよっぽど賢いお前が、なぜそんな簡単な事に気付かなかった? 気付けなかった? 電車に揺られる事二時間弱。俺とハルヒと長門はその週の土曜日、古泉が転校したという二県先の高校に突撃していた。 いつぞやの中学侵入を思い出すね。なんて言ってはみても、しかし夜中と真昼間では勝手が違う。門が閉まっている事こそ無かったが、グランドでは運動部が部活中。校舎へ向かう道には吹奏楽部が屋外練習ときたもんだ。衆人環視ってヤツだねえ。 「どうやって中に入るんだよ、ハルヒ?」 ただでさえ、最近は物騒である。学校に警備員を配置している事なんてザラだし、この学校もその例外では無いらしい。正門横の掘立小屋ではおっさんがのんびりとテレビを見ていやがる。 「あのおっさんに見つからずに潜入するのは楽そうだが、それよりも生徒の目が多過ぎるぜ? あれに見つからずに、なんてのはちょっと無理が無いか?」 「ちっちっち」 俺の前で細い指が右へ左へと揺れる。催眠術を掛けようとしているのでは、どうやらないらしいが。 「学校なんてのはね、不審者でなければ誰でも入れるのよ。分かる? 何の為にアンタに学生服で来るように言っておいたと思ってんのよ」 そう胸を張って言う、ハルヒも当然だが制服を着ていた。俺だけにその旨を伝えたのは、長門は休日であっても制服がデフォルトだからである。言うまでもないだろうが、今日もやっぱり長門の私服姿は拝めなかった。 「良い、キョン。あくまで堂々としてなさい? 堂々と、よ。前に調べたんだけどこの高校、バスケが凄い強いらしいのよ。だから設定は『ライバルチームの偵察に来たマネージャーとその友人』って事にするわ!」 よくもまあ、そうポンポンと奇想天外な発想が出来るもんだ。まったく、柔軟な思考回路で羨ましい限りだね。 24 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 21:17:52.88 ID:ODI5AAQ0 「アンタ、喧嘩売ってんの?」 「いーや。褒めてんのさ。お前が味方で頼もしい、ってな? さ、そうと決まればさっさと入ろうぜ」 守衛小屋に向けて歩き出す俺に、トコトコと付いて来る長門。そして、俺達を速足で追いかけて来るハルヒ。少女はあっという間に長門を抜き去って俺の隣へ立ち並ぶ。 「アンタ、なんでそんなに堂々としてんのよ?」 いや、なんでって言われても。堂々と、ってのがお前のオーダーだろうが。何の問題が有るってんだよ。 「アンタらしくないわ」 「お前の中の俺らしさってのに関して、今度ゆっくりと話し合いの場を設ける必要が有りそうだな……っと。ハルヒ、ちょっと近い」 俺は半歩分、恋人との間に距離を取る。さり気無く。気付かれないように。 「は? 近くて何か問題が有る訳?」 こっちを睨み付けて分かり易く顔をむくれさせる。そんな所も可愛いとは思うが、しかし今日ばかりはそういった展開は無しだ。 「ハルヒ。長門の事も、ちょっとは考えろ」 「あ」 好きだった男と離れ離れになった直後の少女の前でそんな雰囲気になるのは、きっと少女にとって見ていて気持ちの良いものではない。それぐらいは男女の機微に疎い疎いと日頃散々ハルヒに罵倒されている俺にだって分かる。 「……そうね。キョンの言う通りだわ」 自称、一を聞いて千里を踏破する女はそれだけ言って、俺から視線を逸らした。ああ、そうだ。俺達の恋愛なんてのは後でゆっくりとやれば良い。 俺の恋人である以前にお前は。 涼宮ハルヒはSOS団の団長なんだ。 世界中のどこのグループよりも、団員想いの、団長様だ。 そういう優しいお前だから、団員の為に本気で怒れるお前だから、全力で行動出来るお前だからこそ。 俺はお前を好きになったんだと。 まあ、これは全てが終わった後で、ちゃんと言葉にしてコイツに言ってやろうと思う次第だ。 25 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 21:33:37.22 ID:ODI5AAQ0 潜入作戦はトントン拍子に進んだ。それこそ俺達が拍子抜けする程にあっさりと。 守衛のおっさんは来客帳ってヤツにちょっとしたサインと学生手帳の確認だけで俺達を快く通してくれたし、職員室に居たどっかの部活の顧問だろう壮年の女性は余りに呆気無く俺達の質問に応じてくれた。 余りに展開があっさり過ぎて、ハルヒのオーダー以上に堂々とし過ぎちまったくらいだ。 まあ、でも。 廊下をとぼとぼと歩くハルヒの後ろ姿の小ささからお分かりだと思うが、古泉に関する情報はまるで得る事は出来なかった。 「長門」 「……何?」 「大丈夫か?」 「……大丈夫」 「そうか。なら……いい。悪かったな。変な事聞いちまって」 「……いい。気にしていない」 長門はまるで表情を変えなかった。長門表情学権威の俺の目にすら、無表情にしか見えなかった。 ……クソッタレ。 大丈夫な訳は無い。そんな筈は無いんだ。本当に大丈夫なヤツは「好きだ」なんて言いながら涙を流したりなんかしない。 今の長門は、二年前の長門とは違う。ちゃんと心を持っていて、涙だって流せて、そして、人に恋をする事を覚えた。だってのに。 まるで時間が巻き戻っちまったような無表情。能面。 ……そうか。 長門表情学権威なんて言って。ちょっと長門の事が分かった気がしていい気になってた俺。 でも、そうじゃなかったんだな。 長門は、ちょっとづつ、けれど確実に。表情を身に付けていってたんだ。感情を、身に付けていっていたんだ。 「……怨むぞ、古泉」 俺の大切な仲間に、こんな表情をさせているお前の事を。無表情なんて悲しい表情をさせている男を。 俺は一生怨むに違いない。このまま二度と俺達の前に姿を現さなかったとしたら。 俺は古泉を一生怨むに、違いない。 26 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 22:03:01.75 ID:ODI5AAQ0 その日、地元に帰って来た後。ハルヒの命令で俺は、長門のマンションまで付き添う事になった。いや、多分ハルヒに言われなくても俺はそうしていただろう。もしくはハルヒに長門のフォローを頼んだかも知れない。 ……見ていられなかった。 ……目を離せなかった。 長門はまるでいつも通りで。足取りが疎かな訳でもなく、言葉が少ないのもそこに抑揚が無いのだって少女のデフォルトだ。 だから、見た目には何も変わっちゃいない。でも、俺は気付いた。ハルヒだって、勘の鋭いアイツの事だからきっと気付いていたに決まってる。今の長門は、とても危うい。 片道二時間の往復にバスの待ち時間エトセトラエトセトラ。帰って来た頃には日はとっぷりと暮れ切っていた。冬は終わったとはいえまだまだ落日は早い。所々の街灯の下を長門が通過する度に、小さなソイツの背中は透けて消えてしまいそうな、そんな危機感を俺は覚えた。 疲れているのかも知れない。頭を振って幻想を追い出す。 ……一番疲れているのは、誰よりも長門だってのに。俺がそんな弱気でどうする。 とにかく、何かを話すべきだと思った。沈黙はダメだ。思考がマイナス方向へと否応無く沈んでいっちまう。何か、長門が楽しくなれるような話題は無いものか。この場で俺から話し始めておかしくなくて、でもって長門の気分が上向くような……。 そんな、話題。 そんな事が出来る、ヤツ。 ああ、憎々しい。忌々しい。 俺がずっと大切にしていた少女の心を見事な手際で掻っ攫っていったヤツの事ばかり、頭に浮かぶ。そして、ソイツ以外に長門に表情を取り戻させる事は、きっと出来やしないんだ。 恋愛は、精神病の一種。神様だって例外じゃないんだ。元宇宙人少女なら、尚の事。 「なあ、長門。聞かせて欲しい事が有るんだけどさ」 「……そう。何?」 「古泉の事」 俺がそう震える唇で切り出した時、長門が少しだけ、ほんの少しだけ笑ったように見えた。勿論、俺の目の錯覚だろう。そうに決まってる。 「古泉一樹の……事」 ……ああ、チクショウ。 「彼は、とても、優しい人」 長門に「優しい」なんて概念を教える事に成功した、ソイツがどうして俺達の前から姿を消したのか。 分かっていた。 止むに止まれぬ事情がアイツにも有ったんだろう、なんて事ぐらいは。 27 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/12(土) 22:47:50.73 ID:ODI5AAQ0 「……知ってるさ」 「そう」 長門は振り向かない。ただ、前を見て歩く。その後ろ姿を「強いな」と感じて、そして悲しくも感じた。 「古泉一樹は戻っては来ないかも知れない」 「そう……だな。だが、戻って来る気がアイツに有ろうが無かろうが、そんなんは俺達の知った事じゃねえ。そうだろ?」 「貴方は考え違いをしている」 街灯と街灯の間。前後から影が伸びる場所で長門はそう言って不意に立ち止った。危うくぶつかりそうになる俺。 「考え違い? そりゃなんだよ?」 「古泉一樹は今、帰ってくる為に戦っている。私達と一緒に居続ける為に、彼は一時的に私達から離れた」 ……それってのは……。 「彼は私に帰ってくると、別れ際にそう言った。私は、彼を信じる」 オイ、マジかよ!? 「そういう事は早く言え、長門!」 叫んで長門の前に回り込む。そして中腰になって少女と視線の高さを合わせた。 「あの馬鹿は他には何か言ってなかったか!? 何でも良い! 手掛かりとは思えない話でも構わない! 覚えている限り、有りっ丈のアイツが言ってた事を、俺に聞かせてくれ!」 長門は沈黙した。時間にして三十秒も無かっただろうが、それでも俺にはその口が再度開くまでの間を妙に長く感じた。 「彼は、私を好きだと、そう、言ってくれた」 「それから!?」 「けれど自分には時間が無いから返答は要らないと、そうも言っていた」 「えーっと……ちょっと待てよ、長門。お前は古泉に要請されてハルヒに『団内恋愛禁止の撤回』を求めたんじゃないのか?」 「違う」 長門は言う。 「あれは私の意志によるもの。彼の発言に、私なりに返答をしようと思った。それだけ」 「……古泉の陰謀じゃ、無かったってのかよ……」 「少なくとも、私は彼からそのような要請は一度も受けていない」 まったく、なんてこった。悪役なんて、どこにも居やしないんじゃねえか。ただ、歯車がちょっと綺麗に噛み合い過ぎただけ。ちょっと恋愛感情に連鎖爆発が起こっただけって、そんな……そんな。 「長門。古泉を絶対見つけるぞ」 少女は小さく首肯する。 「アイツに謝らなきゃならん事が、個人的に出来ちまった」 32 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 13:47:51.42 ID:KeD.49c0 その日の夜、入浴を終えてハルヒに電話でもしようかとケータイの充電具合を確認する為にそれを手に取った、丁度その時、だった。 電話が、鳴った。 咄嗟に俺は、それをハルヒからだと思った。以心伝心。こっちが電話を掛けようとしたそのタイミングで電話が掛かってくる事が、アイツとの間にはたまに有ったからな。この時もそれだと思ったし、ハルヒにしたって帰り道の長門の様子は気になっているに違いないからだ。 だから俺はディスプレイに表示されている発信元を確認すらしないで、ケータイの通話ボタンを押し、それを耳に当てた。 「もしもし」 ああ、きちんと確認していれば俺の第一声は罵倒から始まっていたのだろう。「非通知」。この状況でそんな番号から俺に電話を掛けてくるヤツなんってーのは一人しか居やしないからな。 「ああ、どうも。……お久しぶりですね、と言うのも何か変な感じですが。たった四日声を聞いていなかっただけなのに懐かしく感じてしまうのは、これは何なんでしょうか?」 俺の耳に飛び込んでくるその声は、どこまでも癇に障る喋り方のイケメンボイス。 「古泉!?」 現在絶賛行方不明中の元超能力者のもので間違いなかった。 「手前、一体どの面下げて……!?」 「音声通話で僕の表情が分かるのですか、貴方は? これはちょっとしたスペクタクルですね。僕の知らない間に、いつそんな超能力を身に付けられましたか?」 揚げ足を取る、その喋り口が余りにも変わらな過ぎて……いや、こんな所で涙汲んで堪るか。 「うるせえ。ついさっきだ。……そんな事はどうでもいいんだよ! お前、今、どこに居やがる!? 悪い事は言わんから素直に吐いちまえ!」 とは言え、俺達の元から自分の足で姿を消した副団長が簡単にその居場所を吐露するとは思っていなかった俺である。だが、そう言わずにはいられなかった。長門の代わりに、ハルヒの代わりに、言いたい事、問い質したい事は山となってその標高はエベレストもかくや、ってな具合だったからな。 だが、そんな俺の予想の斜め上の返答を、古泉はなんて事は無いと簡単に、口にした。 「さあ……そんなのは僕が聞きたいくらいですよ。実は僕、今機関によって軟禁されていまして」 「軟禁!?」 「はい。まあ、生きていくだけならば支障は無いのですけれど、時間潰しが出来そうな本の一冊も無いような状況では、僕であっても少々神経が参ってしまいそうな、そんな状況なんですよ。あはは」 あはは、じゃねえよ。 「やれやれ……困ったものです」 古泉はまるで困ってもいないような口振りでそう呟いた後に一つ嘆息したのであった。 33 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 14:08:07.92 ID:KeD.49c0 「ケータイは使えるんだろ!? だったら、GPSとかはどうだ?」 「試してみましたよ」 抜け目の無いその性格は健在で、俺が思いつきそうな事は既に実行済み、ってか。なるほどね。どうやら帰ってくるつもりだった、ってのは満更冗談でも無いらしいな、古泉。 「ですが、ダメですね。通話以外の全ての機能が消されていました。その通話も軟禁中の僕からの要求を、外に居る人間に伝える為に……こう言っては何ですけれど『お情け』で残されているようなものでして」 「……ちょっと待て、古泉。お前、なんで俺の所に掛けてこれたんだ? 機関の人間ってのは阿呆なのか? それだけの用途で良いなら内線で事足りるんじゃないのかよ?」 「まあ、彼らが知恵に欠けている事は認めます。日頃携帯電話の電話帳機能に頼っている人間が担当なのでしょうね。ぼくが十一桁の数字くらい覚えていられないと思われているのなら……いえ、逆にチャンスではあるのかも知れませんが」 「なるほどな。そういう事か。合点が入った」 「もう一つ。内線を利用しないのはそれを準備する事が出来なかったのでしょう。涼宮さんが神の座を降りられてから機関は縮小の一途を辿っていますから。まあ、財政難なのでしょうね、あちらも」 あちら。その言葉が引っ掛かる。 「古泉。俺にも分かるように話せ。先ずお前が俺達の元を離れてまで何をやろうとしていたのか。そして、なぜお前が機関に軟禁されているのか、だ」 「ふふっ。そうですね。貴方にしてみれば当然の疑問でしょうか。どこから話せば良いでしょうか……僕は機関の縮小、閉鎖を訴える派閥のシンボルのようなものなのです。いえ、本意ではありませんが」 「機関の閉鎖?」 「そうです。機関には幾つもの派閥が有り、派閥争いが有るとは前にも言いましたね。僕らであっても一枚岩では決して無いのだと。そして、僕を軟禁したのは……もうお分かりでしょう? 機関における過激派……涼宮さんの力の復活を望む方々ですよ」 古泉の言葉に、俺の脊髄に電流が走る。 涼宮ハルヒの力の復活だって!? 冗談じゃねえぞ!? 「ええ。ですが彼らにとっても冗談では無いようですよ? 僕を殺さず軟禁しているのは、何かに使えるかも知れないとそう思って……いえ、思われているからなのでしょうね。過大評価も良い所なのですが、しかしそのお陰でこうして貴方に連絡を取る事が出来ました」 「……古泉、お前は無事なんだな」 「ええ」 短く二文字を口にした後で、ソイツは「しかし」と付け加えた。 「今の所は、ですけどね」 状況は、俺の予想よりも随分と深刻な様だった。 34 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 14:30:27.04 ID:KeD.49c0 「ですが、まあ、そこまで絶望的な訳でも有りません。僕の同志はそれ程少ない事も無いのです。いえ、言葉を間違えましたね。僕の所属する旧主流派……今の『縮小派』は機関における最大派閥です。この内乱は、失敗に終わりますよ。僕が保障します」 話は終わった、と。古泉はそこで台詞を切った。だが、何か腑に落ちない。このもやもやとした、感覚のその元となっているのは何だ? 「……古泉。お前が俺達の下から姿を消したのは……」 「お察しの通り、機関を終わらせる為ですよ。機関の秘密工作員ではない、只の男子高校生の古泉一樹として貴方達と一緒に居続けるにはこれしか方法が無かったのです」 違う。そうじゃない。 いや、それも理由の一つでは有るだろう。だが、それではまだ正解の半分だ。 「お前……さっき過激派、って言ったな」 「はい」 「って事は、だ。放っておいたら何をしでかすか分からない連中なんだろ?」 そう、例えば。ハルヒや俺や長門に対して、どんなアクションでも起こしかねない連中なんだろう、ソイツらは。 「……そこまで見抜かれますか」 分からいでか。お前、俺を舐めるのも大概にしとけよ、馬鹿野郎。 「お前が俺達の下を去ってまで機関を潰そうとしたのはその為だ。俺達の身を守る為だ。そうだな?」 そうに……決まっている。俺は知ってるんだ。表面でどんな偽悪者を気取ろうとも、お前が心根ではSOS団を気に入っていた事。そして副団長というその肩書きに少しばかりの誇りを感じていた事。 何よりもお前は、あの長門有希に「優しさ」という概念を教える事に成功した、古今無双のお人好しだって事! 俺はそれを知っている。 「買い被り過ぎですよ」 そんな訳有るか。 「ああ、こうして貴方に連絡をしたのは一つ、伝えたい事が有ったからなんですよ。貴方達は決して、何のアクションも起こさないで下さい。貴方方は今、僕の同志によって監視、保護されています。何もしないで頂けたら、守る方も楽なんですよ」 そうやって守られたまんまで、機関の内乱が終息するまで口も手も出すな、ってか。 「はい。よろしくお願いします」 古泉はきっと受話器の向こうで頭を下げたのだろう。だがな。どんだけお辞儀をされても譲れないモンってのは有るんだ。 「お断りだ」 「は?」 普段は澄ました優男の、ポカンと口を開けて立ち竦む姿を想像するのは、案外面白くて俺はげらげらと笑っちまったね。 35 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 14:49:11.04 ID:KeD.49c0 「いえ、貴方達の身が危ういんですよ!?」 「だったら、お前はどうだって言うんだよ、古泉!!」 意識せず、声は張り上がった。気付いたら、俺は叫び声でまくし立てていた。 「何もしなきゃ俺達には普通の平穏な日常が戻ってくる、ってか!? それは良い! むしろ望む所だ! だけどな! 俺達の『達』の中には、古泉一樹! お前もしっかり名前を連ねてるって事に二年もSOS団に在籍していてなぜ気付かねえ!!」 ああ、ふざけんなよ、この野郎。自己犠牲の正義のヒーロー気取るには、お前じゃ役者が不足してんだ。謎の転校生役が関の山だっていつになったら気付きやがる。それでもまだ、正義のヒーローになりたいんだったら、首から上ををアンパンに挿げ替えてから出直して来い。 「このままお前らを放置したら、お前はどうなる!? 過激派に処理されるか銃弾の盾にされるかくらいは俺にだって容易に想像が付く! 古泉一樹! お前はもしもSOS団の誰かがそんな目に遭おうとしてる時に黙っていられる事が出来んのか!?」 そんなヤツをダチに持った気は俺には無えし、俺だってそんなダチでありたくなんか無えんだ。 「答えろ、古泉! お前の所属と役職を!」 これだけ言ってもまだ聞き分け無えヤツを、長門が「優しい」などと評価するものか。 「僕の……所属と……役職は……」 なあ。俺なんかは幾ら裏切ってくれても良いんだ。だけどさ。 長門が「信じる」って言ったんだぜ? あの長門が、だ。 それだけは……どうか裏切ってくれるなよな。 アイツが初めて恋愛感情を抱いた男を、どうか俺に認めさせてくれ。どうか祝福させてくれ。 頼む。 頼むよ。 お前がハルヒじゃなくて長門を選んだ事を、どうか俺に確信させてくれないか。 たっぷりと沈黙した後に、そいつは口にする。 「僕の名前は古泉一樹」 躊躇無く、戸惑い無く、口にする。 「所属はSOS団! 役職は!」 俺が一番聞きたかった言葉。 「副団長です!!」 長門。お前が選んだ男は、俺なんかよりもよっぽど格好良いぜ。ちょっと嫉妬して良いか? 36 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 15:38:20.34 ID:KeD.49c0 翌日、深夜十一時。俺は公園で人を待っていた。ああ、入学早々長門に呼び出されたり、まあ色々と有ったあの公園だ。 待ち合わせは午前零時だったが、俺は居ても立ってもいられずに、気付けばそこのベンチでホットコーヒーを両手で抱えて暖を取っているというのが本音で。 だが。古泉の言う通りに俺達に監視が付いているのであれば待つ必要は無いだろうとも思っていた。 そんな俺の思惑通り。ベンチに座り込んで五分も立たない内に、公園脇の道にちょいとここいらでは珍しいオフロード使用のごっつい車が劈くようなブレーキング音と共に停車した。 「……お待たせしました」 そこから降りて俺の下へ歩いてきたのは一組の男女。ああ、久しぶりですね、森さん。新川さん。去年の十月以来ですか。あの時はお世話になりました。 「いえいえ。こちらこそ、ウチの古泉がいつもお世話になっているようで」 紳士的に頭を下げる新川さん。ああ、この人のお辞儀はいつ見ても清々しいなあ。 「あーっと。そういった挨拶とか社交辞令とかは後回しにしましょう。それよりも本題です。こっちの提案を飲んで貰えますか?」 俺の言葉に少し複雑そうな表情をする森さんアンド新川さん。まあ、気持ちは分かる。 「……貴方の気持ちは非常に嬉しいのですが」 「我々、機関としてはその様な話は決して飲めないというのが本音です」 だろうね。無茶を言ってる、ってのは重々承知の介だ。 「貴方としては古泉を私達が切る事を懸念しているのでしょうけれど。でも、そこまで私達は非情じゃないの。安心して。古泉は必ず救い出すから」 森さんが諭すようにそう言う。 ああ、この人達は大人だ。思えば古泉もそっち側に片足突っ込んでいやがったっけ。でもって俺は全然子供だよ。 だけどな。 子供にだって、意地もあれば友情だって有るんだ。 困っている友人を見捨てるだなんて、あのハルヒが許すと思うかい? そんなのは当然ノーだ。俺だって首を振るね。 でもって長門だって、今回の提案にはこっくりと、ミリ単位なんかじゃなくこっくりと頷いたんだ。それは覚悟の証、ってヤツだろ。もう宇宙的能力の何もかもを使えなくなってる長門が、それでも我が身を省みないなんざ尋常じゃないぜ? 「……森さん。新川さん」 俺は右手をぐっと握りこむ。 「何、勘違いしてんですか?」 ハルヒの優しさと、長門の恋心とを背に負って。今の俺が貴方方の話で折れるなんて思われちゃ甚だ不愉快だ。 「古泉は、俺達、SOS団のモンです。機関のものじゃない。そこんところ、勘違いしてませんか?」 まるで古泉が乗り移ったみたいに、俺はにっこりと笑って大人二人にそう言い切った。 37 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 16:02:50.28 ID:KeD.49c0 「ハルヒを囮に使う」 喫茶店で俺がそう言うと、ハルヒは待ってましたとばかりに頷いた。既にトレードマークとなっちまってる百万ワットの笑みで、そりゃもう格好良く頷いた。 「敵の一番の狙いはハルヒ、お前だ。だからこそ、お前が一人で居れば、敵さんはそれを狙わないでいる事が出来ない」 涼宮ハルヒは知っている。自分が昔神様だった事を。長門が宇宙人で朝比奈さんが未来人で古泉が超能力者だった事を。それを乗り越えて、コイツは俺の隣で笑っている。 「良いわ。そういうのはアタシ以外に向いてない、これはもう適役と言えるわね。ヒロインはやっぱりアタシ以外にはいないのよ。でもって」 ハルヒがティースプーンの先を俺に向ける。 「アンタがヒーローよ」 柄じゃないねえ、とは思ったりもするが、これはもう仕方がない事なのかも知れない。彼女がヒロインなら、その彼氏は当然ヒーロー以外ではいけないのだろう。 「分かってる」 「アタシの身は、アンタが守りなさい」 「当たり前だろ」 そう、それは当たり前。ハルヒを守るのは他でもない。この俺以外には居る訳ないし、もしも立候補が居たとしてもそんなのは謹んで握り潰させて貰うとしよう。 俺は、少女のヒーローに、選ばれたんだから。いや、違うな。自分から、その役を進んで選んじまったんだ。その自分の選択に後悔は無いし、これから先もするつもりは無い。だって、そうだろ? 男の子なんだぜ。 誰だって、好きな女の前では格好を付けたいもんだ。 「ま、アンタがピンチだったら、しょうがないからアタシが守ってあげるわ」 直接戦闘能力、つまり喧嘩の腕で俺は遠くハルヒに及ばない。情けない話だが、まあこれは純然たる現実だ。しかし。 「要らん。お前はどっかのキノコの国のお姫様みたいに、ただ黙って見てれば良いんだよ」 ヒロイン、ってのはそういう役どころだろ。戦うヒロインが最近の流行? そんなんは知ったこっちゃねー。 「心配すんな、ハルヒ。お前が選んだ恋人はな」 有り余る経験値が、一体何の為に有ったと思ってる? 「こういう事に関しては、SOS団で一番頼りになるんだぜ?」 ずっと黙って俺達を眺めていた長門が、少しだけ表情を緩ませたような気がした。そうかい。お前もそんな風に思ってくれるか。嬉しいね。 だったら、期待には答えないと、嘘だよな。 でもって、俺達の団長様は、そういう悪い冗談が一番嫌いなのさ。 42 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 16:24:02.85 ID:KeD.49c0 ほい、シーン回想終わり。場面は戻って深夜の公園だ。 俺の青臭い啖呵に対して沈黙する森さんと新川さん。この二人が人間臭くて大いに助かったと、そう言わざるを得ない。機関ってのが非情じゃない、ってのも満更嘘でもないのかもな。 だけど。 俺達の大切な団員がピンチだってのに、俺達に黙ってろ、ってーのはちょいと都合が良すぎるでしょう、森さん? 新川さん? もう一押し、か。 「昨晩、古泉が電話をしてきたんですよ、俺に。どうもそれが俺にはずっと引っ掛かってまして」 電話。それ自体が俺には引っ掛かっていた。 「まあ、アイツはお二人と同じ様な事を言ったんですけどね。何もすんな、って。だけど、考えてみて下さい。それって根本的におかしいでしょう?」 「……何もさせたくないのなら、そもそも電話自体をしない、という事ですか」 「イエス」 そうだ。俺達にはあの時点で、何の手がかりも無かったんだ。そして古泉は一つの足跡も残さないように細心の注意を払って俺達の前から姿を消した筈なんだ。それなのに。 アイツはあろう事か、捨ててきた俺に電話を掛けた。 それってーのは、つまり。 「お分かりでしょう。俺にだって分かったんです。貴方達が気付かないとは思えません。言葉にしてはっきりと言いましょうか?」 二人は何も喋らない。ただ、無言の圧力ってーか、俺に「その先は口にすんな」ってプレッシャを与えている事は痛いほど分かった。 でも、残念。俺は子供なんだ。思った事をそのまま口に出しちまう、子供なんだ。 長門をずっと見てきた俺が断言しよう。 素直に勝る矛なんてのは、この世の中にハルヒは定義しちゃいねえんだよ。 「古泉は、俺に、俺達に本当は助けを求めてきてたんですよ」 SOS。救難信号。 あの電話の、真意。 「助けを求められて、涼宮ハルヒが黙っていられると思いますか? 貴方達がずっと守ってきた少女は、そんなヤツでしたか?」 届け。 俺の思い。 ハルヒの思い。 長門の想い。 一欠けらでもいい。 この人達に、届いてくれ。この優しい人達の心に、届いて響け。 43 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 16:42:33.07 ID:KeD.49c0 「……分かりました」 「新川さん!?」 白髪混じりの髪を揺らして笑う新川さんは、森さんに向けて続けてこう言った。 「古泉は、良い友達を持った。森。私はあの子が苦しんでいたのを知っているし、君だってそうだろう。私達は世界を守る為、ずっと私を殺してきた。そんな事を強いられた少年が、友達など作る事は出来ないと思われていた少年に、こんなに思ってくれる友人が出来た」 「しかし! そんな感情論で我々は動く訳には行きません!」 森さんの切実な訴えにも、しかし新川さんは首を振る。 「その感情を取り戻す為に、我々が機関から個人に返る為に、我々は機関を終わらせようとしている。森。そうではなかったか?」 「それは……ですが!」 「私は古泉という少年をずっと見てきた。彼は非常に優秀だ。計算高く、思慮深い。その少年が」 新川さんはそこで一度言葉を切って俺を見る。 「信じた。彼を。仲間達を」 ヤバい……今、俺ちょっと泣きそうだ。何、感動してんだよ。まだ、何も始まってもいないってのに、俺。感動すんのは早すぎるだろ、俺! 「つまり、勝算が有るという事です。そう考えて、託して、構いませんね?」 託す。 託される。 何を? 決まってる。 そして、覚悟だってとうに決まっていた。 「はい!」 「良い、返事です。ああ、本当に古泉は、良い友人を手に入れた」 新川さんはそう言って、森さんの肩に手を置いた。 「森。君は信じられないか? 古泉が、我々の同志が信じた少年達を、君は信じられないか?」 想いは、届く。それが心の底から搾り出した、真っ直ぐな一本の矛ならば。心に構えたどんな堅固な盾だって、それは貫くんだ。 「古泉を……よろしくお願いします」 森さんは深々と頭を下げたのだった。 49 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 17:45:23.56 ID:KeD.49c0 作戦はこうだ。俺とハルヒから先ず一旦機関のマークを全て外す。それも極めて分かり易く。敵さんに悟られるようにな。その上で俺達は古泉が拉致られている「過激派」とやらのアジトに近付く。 まあ、敵さんだってそこまで馬鹿じゃないだろう。囮だって事は気付いてるはずだ。だが、それでも目前で泳ぐクロマグロに銛を投げないでいる事は出来ないと思うね。当然だが俺達二人に対して捕獲部隊を寄越すだろう、うむ。 さあ、俺達はどうする? まあ、適当に戦って、だが相手はプロだから一分もせずにひいこら逃げ出すのが関の山だね。やれやれ。俺は一般人なんだ。まさかハルヒと二人で実写版ダブルドラゴンなんて出来ねえよ。 そんな感じで。今、俺達は埠頭の倉庫を逃げ回っている。 「キョン、ヘタばってない!?」 「正直、しんどいな」 事前に逃走ルートを決められていなかったら、逃げ切れていたかどうかすら定かじゃない。俺は持たされた拳銃に麻酔弾を込めながら荒い息を吐く。 「だが、長門はもっとしんどい。これくらい、どうって事ないさ」 「そう来なくっちゃ」 ハルヒが隣に居るから立っていられてるとは……口が裂けても言えないな、こりゃ。流石にそこまで気取った台詞は古泉の領分だ。 「まだまだ、追っ手が足りないわ。もっと引っ掻き回さないとね」 「……だな。ったく、古泉が帰ってきたら向こう一年の驕りは全部アイツに吹っかけてやる。それくらいせんと割に合わんぞ、こんなもん」 「あはっ。それ良いわね。有希を泣かせたんだから、それくらいで済めばむしろ安いモンよ」 「……もう一暴れ。行けるか、ハルヒ」 「誰に聞いてんの? アンタ、ヒトの心配する余裕が有るんだったら、自分の息整えなさいよ」 トリガーを引っ張りあげてガチャリと音が鳴ったのを確認する。そして、俺は言った。 「ヒトじゃない」 他人(ヒト)じゃない。 「恋人だ。心配して、何が悪い」 分かり易く顔を赤く染めてそっぽを向くハルヒの頭に、ポンと手を置く。 「狙撃、任せたぞ」 「ゲーセンのハイスコアを尽(コトゴト)く塗り替えたアタシの腕を信用しなさい? アンタには指一本触れさせないわ」 オーケー。なら、もう一回だ。 いや、一回と言わず、何度だって。 長門が古泉に辿り着くまで、どんだけでもヤツらを引っ掻き回してやる。 51 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 18:04:19.56 ID:KeD.49c0 夜の埠頭に、罵声が飛び交う。 「居たぞ! あそこだ!」 「追いかけろ! 逃がすな!」 「あの二人を只の高校生だと思うな!」 「クソッ、狙撃手の腕が良過ぎる! 神だか何だか知らんが一介の女子高生に過ぎんのではなかったのか!?」 ナイトスコープを着けた男達の足音が響き渡る。ふん、ハルヒをそんじょそこらの女子高生と一緒くたに纏めて貰っちゃ、それこそ彼氏である俺の立つ瀬が無いってなモンだ。 俺は男達にわざと見つかるように、彼らが居る一区画隣を靴音高く走り抜ける。 「逃がすな! ガキは素人だ!」 おう、素人だとも。だが、その道のプロになんざなるのはこの身が裂けたってお断りだ。背後から分かり易く俺を追い掛けてくる男の数は三。 後は任せたぜ、ハルヒ。そう心の中で呟いて俺は急旋回。細い路地へと潜り込む。 パシュ、と。なんとも間抜けな音に続いて重たい何かが地面に落ちる音がした。 「トラップだ! どこかから狙撃手が狙ってやがる!!」 「探せ!」 ……無理だね、アンタ達には。月の明かりだけで昼間と同じ様に周りが見えちまうアンタ達には、涼宮ハルヒは捕らえられない。 港の明かりってのは、船を誘導する意味も有ってかなり明るいんだ。 俺でさえ時折直視出来なくなるんだぜ? アンタ達には明かりを背負って立つ、ハルヒの姿は眩し過ぎる。 どさどさと、続けて二人分の狙撃完了の音を受けて俺は胸を撫で下ろし、そして次の合流地点へと向かう。走ってはダメだ。足音は、夜の埠頭に、静けさの中よく響く。 ……まるで某潜入ゲームでもやってるみたいだな。 声を押し殺し……だが、全力ダッシュ百メートル走を何度も繰り返した俺にはそれがうまくいかない。 クソッ。静まれ、俺の心臓! ドクンドクンと脈打つ心臓の音さえ、ヤツらには聞こえてしまいそうに、俺の血液は全身を全速力で駆け抜け続ける。 52 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 18:23:51.28 ID:KeD.49c0 合流地点で無事、ハルヒと再会。俺は無事を示す為にソイツに笑って見せようとしたが、だが、どうも上手くいかない。引き攣ってるってーのか、笑っていると、上手く息が出来ない。 「息……上がってるわよ。大丈夫?」 「こんな事……初めてなんだ。体がトップギア入っちまったまま戻って来ねえ」 過呼吸にいつ陥ってもおかしくない速度で肺が動く。体は俺の意思をまるで聞こうとしない。 「だが、心配すんなよ。トップギアなんだ。最高にハイって感じで体自体はかなり軽い。近年稀に見る絶好調だぜ?」 その言葉に嘘は無い。何よりこんな状況でハルヒ相手に騙し通せる嘘を吐くようなスキルは俺には持ち合わせが無いんだ。 「無理は……しないでよ、キョン?」 「お前らしくないな」 目を閉じる。頭の中で高校入学からの二年間をスライドショーで一気に再生しながら、俺は言った。 「ハルヒ。団員のピンチなんだ。ここで無茶をしないで、俺達はいつ無茶をすんだ?」 ああ、我ながら。SOS団根性が骨にまで染み付いちまったような台詞。そんなんがいつの間にかすらすらと、口から出てくるようになっていた。影響力の強い女だよ、お前は。 少女は俯く。コンテナとコンテナの隙間に月明かりは届かない。影は落ちない。 「キョン」 「何だ?」 「だったらアンタは全力で引っ掻き回しなさい」 「もとよりそのつもりだ」 そう言うと、俺の胸に小さな拳が触れた。 「ぶっ倒れるまで、このアタシが許可するわ!」 「いや、ぶっ倒れたら流石にマズいだろ。人質が増えちまったら本末転倒も良い所じゃねえか」 「ちっちっち。分かってないわね。もしもアンタがぶっ倒れたら」 コンテナとコンテナの間は真っ暗で。目が慣れてきた俺でも一寸先を見るのがやっとってな具合。だから、少女のキスなんか、そりゃもう避けられる道理が無え。 「アタシがアンタを負ぶって逃げ切ってやるわ」 ……やれやれ。俺の彼女は、最高に男前だ。 54 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 18:42:46.03 ID:KeD.49c0 それから。俺達はとことんまでに逃げ回った。罵声と怒号の中を走り抜け、硝煙と潮風の中を駆け抜けた。 とことんまでに。 とことんの「とこ」と「とん」のどっちが終わりを意味するのかは知らないが、まあ、人間の体っていうのには限界が有る。日頃の運動不足が祟ったのか、火事場の馬鹿力って感じでスペックを越えた動きを俺がしていたのか。そんな事はよく知らん。 気付けば俺は尻餅を着いた状態から立ち上がる事さえ出来なくなっていた。 「キョン!!」 「……あれ?」 追っ手を狙撃ポイントに誘導している真っ最中。ちょっと足が縺れたかなと思ったら、次の瞬間には俺の体はまるで時間停止でもされたように持ち主の言う事を聞かなくなっていた。 「……このタイミングで…………クソッタレッ!!」 視界の向こうからハルヒが飛び出してくるのが見える。ダメだ。こっちに来んな! 「ふう……散々梃子摺らせてくれやがって、このクソガキがっ!」 後ろから追いついてきた男に胸倉を掴んで持ち上げられる。ダメだ。抵抗する力も残っちゃいない。必死に麻酔銃を持つ右手を持ち上げようとするが、肘辺りで神経が断絶しちまったみたいに動かない。 「夜遊びする悪い子にはお仕置きが必要だよ……なっ!!」 締め上げられた。 息が……出来……ない……。 背後から、怒声がした。 「アタシの! キョンに! 手を! 出すなあああああっっっ!!!!」 力無く首をだらりと後ろに向ければ、逆さまにハルヒが拳銃を構えてこちらに走ってくるのが見えた。 あの馬鹿……出て来んなって……作戦の前にあれ程言っといたってのに……。 銃声。罵声。銃声。銃声。 俺を締め上げていた男の手から力が抜ける。地面にぶっ倒れる俺に、ハルヒが覆いかぶさった。 「キョン!? 生きてる!? 生きてるわね!? 死ぬんじゃないわよ!?」 「……勝手に……[ピーーー]な……よな」 俺の意識は一度そこで途切れる。 最後に見たのは、ハルヒの……泣き顔だった。 55 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 18:44:01.17 ID:KeD.49c0 [ピーーー]→ こ ろ す です。いやー、笑った笑った 60 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 19:10:22.47 ID:KeD.49c0 目を覚ました時、世界は真っ暗だった。……いや、ていうかさ。ここ、どこ? かろうじて分かるのは、月明かりも届かない以上屋根が有って前後左右が壁に覆われていて……。とにもかくにも起き上がっての現状把握を試みる。 その時。パサリと。俺の上に掛かっていた布が落ちた。 ハルヒが着ていた、ジャケット。 思考が一瞬停止する。なんだ? どういう事だ? なんでハルヒの服が有る? しかも上着だけ? どんなダイイングメッセージだよ? いや、死んでねーっつの! 訳が分からない。 「何が……起こってんだ?」 思わず呟いた一言は、思いの外反響した。どうやら俺の寝かされていたここは思ったよりも大分狭いらし……そうか。昏倒した後でコンテナの中に放り込まれたんだな、俺は。 立ち上がって壁に触り、質感を確かめる。ひんやりとしたその金属質は俺の勘が間違っていない事を告げている。 でもって、だ。俺がここに寝かされてるって事は……ハルヒはまだ逃げてないって事に決まってんじゃねえか!! 何、ぼさっとしてんだよ、俺! えっと、コンテナの出口は……引き戸だったな、そう言えば。 焦って開こうとして、慌てて手を止める。そう言や外は「過激派」の連中がうろついてる筈だ。ここで下手に音を立てる訳にはいかねえ。 慎重に、長門の首の動きくらいの緩やかさをもってそれを開け始めて……銃声。 「こんなチマチマした事やってられるかっ!!」 飛び出す俺。夜の静けさに鉄と鉄が磨れる音は思いの外よく響く。だが、構ってなどいられないし、元よりハルヒの下へ向かうつもりだったんだ。 ハルヒは、一人で、戦っている。 そう思ってしまえば、俺は居ても立ってもいられずに銃声のした方向へと駆け出した。 そして、俺は夜の闇の中に少女の悲鳴を聞く。 「ひいいーん、涼宮さん、こういうの私には向いてませんよーう」 「良いから、みくるちゃんは可愛いから敵だって撃つの躊躇するわよ! 何より、撃たれたって未来の防護スーツが有ればなんともないんでしょ!?」 「そ……それはそうですけどー……うひゃあ! い……今、足元をちゅいん、って! ちゅいん、って!!」 「だーかーらー! 怖いんだったらとにかく走り回りなさい! アタシが未来装備付きでみくるちゃんを守ってる以上、間違いなんて億が一にも起こりはしないわよ!」 ……ああ、驚き過ぎて腰が抜けるって、本当だったんだな。 62 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 19:29:00.17 ID:KeD.49c0 月明かりの中を駆け抜ける、どっかアメリカ辺りの特撮から抜け出てきたような、体にぴっちりと張り付く桃色のスーツを着込んだ少女はしかし、月明かりの中ではなく本来時を駆ける少女である。 そして同じく。その隣で艶かしいボディラインを心行くまで披露するのは目に優しくないイエローのスーツを着込んだ俺の恋人だ。 さて、言わずとも察して頂けると思うが、俺の目は見事に点になっていた。 「……ナニ、ヤッテンノ?」 思わず片言である。そりゃ片言にもなろう。俺の視界はツッコミ所満載である。いや、言い換えよう。ツッコミ所「しか」無え。 先ず朝比奈さんがどこから出てきたのが第一の疑問である。第二の疑問はなぜよりによってそんな際どいデザインなのかである。そして第三の疑問は……。 俺、もうこれ要らなくない? という切なくも切実な疑問だった。 「ふはははは! 踊れ! 踊りなさい! アンタ達が敵に回したのはSOS団! この名を大事に胸に抱いて、地獄に落ちるが良いわ!!」 完全に悪役の台詞を声高に叫ぶハルヒはノリノリ。ああ、好きにしてくれよ、もう。 「うひゃああ! ごめんなさいごめんなさい! 体が勝手に動いちゃうんです! 逃げて! 逃げてくださああい!!」 魔女っ子使用のマジカルステッキを振り回し、一人、また一人と薙ぎ倒していくそのお姿も正直、意味が分かりません。 大体、逃がしちゃダメじゃん。 そこは、一方的な暴力が支配する……なるほど、地獄ってのは現実にこそ有ると知る次第。合掌。 「な、なんなんだ、アイツらは! 銃弾も刃物も通らんなど、こんな事がまかり通って堪るもの、ぐはあっ!!」 「ご……ごめんなさい! ごめんなさい! お願いですから私に近寄らないでくださあああい!!」 「良いわ! みくるちゃん、流石SOS団の一員だけあって躊躇の無い一撃よ! さあ、まだまだアタシは物足りないわよ! アンタ達の首を並べてキョンの墓前に晒してやるんだから!!」 ……シンデナイヨ? 「く……クソッ! き、貴様らの血は何色だあっ!?」 「……赤……だけど? みくるちゃんは?」 「え? ……私も普通に赤、ですねえ……?」 違う。哀れな彼はきっとそんな事を聞きたいんじゃないんだ、ハルヒ。朝比奈さん。 66 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 19:56:55.83 ID:KeD.49c0 さて、皆様も気になっている事が有ると思う。まあ、俺だってずっと気になってはいたさ。 長門と古泉は一体どうなったのか。 こっちのシーンは最早完全にギャグパートに移行してしまった以上、もう問題は無いだろう。というか俺はシリアスパートから一気にギャグへと落とされたこの落差を一体どこの裁判所に持ち込めば受理して貰えるのかといった疑問も無いではない。が、そこは水を差す所でもないように思う。 勧善懲悪、ってのもたまには悪くない。ああ、なるほど。水戸黄門の話はこの伏線だったのか……いやいや、まさかな。 まさかまさか。 ないない。 「ひとーつ、人の世の生血をすすりっ!」 ……ハルヒ、それは桃太郎侍だ。 「ふたーつ、不埒なあくぎょうざんまーい! ぴいっ! 口上の最中はひ、卑怯ですうっ!!」 なんですか? 未来でも再放送なんてのがやってるんですか? あー、話を戻す。こっちのシーンは何の心配も無い以上、果たして長門と古泉は無事に再会出来たのだろうかと、ハルヒと朝比奈さんから目を背けて結構真剣に思案に走っちまう俺は、しかし別に薄情、ってワケでもないよな。 哀れな「過激派」の人たちはちょっと同じ男としては見るに耐えないし。何よりハルヒと朝比奈さんのあの姿は純情ボーイのこの俺には目に毒だ。 どんだけ揺れる素材で出来てんだよ。設計者出て来い。 ……違った。古泉と長門だ。 尻ポケットに入れておいた無線機の電源を入れる。あーあー、マイクテス。マイクテス。本日は晴天なり。月、すげえでけえ。 ザザ、と。ノイズが少し入ったその後で、聞こえてきたのは、聞き間違えようも無い。長門の声だった。 「……三つ。見事に叩き斬る」 ……。 よし、状況はもうバッチリと把握した。ところで俺、もう帰っていいか? 69 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 20:14:49.04 ID:KeD.49c0 全ての喧騒が終わり、ひっそりと静まり返った埠頭。戦後処理を行っている現場を離れ、俺達は灯台の麓へと足を運んでいた。 言いたい事は、腐るほど有った。 「よお、優男」 「……どうも」 「たった四日か五日の間に、イメチェンでもしたのか? 今のお前は好青年とは言い難いぜ?」 「髭剃りなんて貰えなかったんですよ」 そう言って、古泉は肩を竦めた。しかし、どんな仕草をしても、いつものコイツなら絵になったのだろうが、しかし今は無駄な悪足掻きでしかないのは誰の目にも明らかだろう。 「ところで僕、いつになったら下ろして貰えるんですかね?」 「知らん。長門に聞け。ああ、長門。別に下ろしてやらんでも良いぞ」 「……了承した」 「あのー、この年齢になると流石に恥ずかしいのですが。と言いますかですね。普通、逆じゃないですか?」 元超能力少年は、憔悴し切っていた。無理も無い。軟禁生活ってのがどんなものだったのか、俺はよく知らないが、しかしそれでも気分が良いものではないというのは……ぶふうっ。 だ……ダメだ。笑いが堪えられねえ。 「あははははは! ざまーみろ、古泉! 写真撮ってやろうか、写真! 写メってクラス中にバラ撒いてやる! 今なら只だぜ!!」 「あはっ! 良いわね、キョン。キョンの癖にナイスアイデアよ!」 「ちょ……止めて下さい! その目は本気ですね! 長門さん! お願いです! 今すぐ僕を下ろして下さい!!」 「……嫌」 「えー、なんで困ってるんですか、古泉君。お二人は、とってもお似合いですよ?」 「そういう問題では無いんですよ、朝比奈さん!」 まあ、古泉がどれだけ抗った所で未来スーツを着た長門に腕力その他で勝てる訳なんざ有りゃしない。一分ほどジタバタと抵抗した後に、少年はその目に諦念をとっぷりと映して俺を見た。 「……一生、恨みますよ」 「無駄だな、古泉」 今のお姫様抱っこ「されてる」状態でどんな目で凄もうが、そりゃ絵にならないってなモンだ。そうだろ? 70 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 20:34:34.37 ID:KeD.49c0 「……まあ、お前には謝りたい事も有ったしな。写メだけは止めておいてやる。俺の寛大な心に感謝しろ」 「『だけ』と言うのが気になりますね。僕には他にも罰ゲームが待ってるんでしょうか?」 知らん。勘違いしてお前に勝手に怒りを抱いてたのは、後ろめたさが有ったのは俺とハルヒだからな。もう一人にはそんなモンは無えから、一体どんな要求をしてくるのか分からんぞ。 だが、古泉よ。お前はそんだけの事をやらかしたんだ。どんだけ心配を掛けて、どんだけ不安にさせて、どんだけ心細い思いをさせたか、ちょっとくらいは分かるはずだろ? だったら、多少の我が侭くらいは聞いておくべきだと思うね。 なあ、長門。 「さて、罰ゲームの発表だ」 俺の促しに長門が小さく頷く。絶対零度の視線に射抜かれた古泉は……もうどうにでもして下さいとでも言うように少女の腕の中でぐったりとしていた。 まな板の上のタンノくんである。山葵は目に滲みるらしい。 「古泉一樹」 「はい」 「貴方は放っておくとどこへ行ってしまうか分からない」 「それは……申し訳有りません。どんな言い訳も、有りません」 「だから」 どんな判決が下るのかとゴクリと唾を飲む音が重なった。俺とハルヒと朝比奈さんのものだ。ああ、朝比奈さん、目がキラキラしてやがる。 ま、俺だって。この後どんな判決が下るのか、大体の予想は出来るけどさ。ラブシーンだろ? 勝手にやってくれよ。 「貴方には明日から私の部屋で生活して貰う」 「な、なんですとー!?」 「さっすが有希! それでこそ、有希よ!!」 「……おやおや、これはこれは」 「う、うわー! 素敵ですねー! ラブストーリーですねー!!」 「……古泉一樹。貴方に拒否権は無い。これは罰。一方的に下されるもの。重ねて言う。貴方に拒否は出来ない」 この後、お姫様抱っこされた古泉を挟んで俺が訥々と長門を説得するシュールな映像が数十分に渡って展開される事になるのだが、そのシーンもカットだ、カット。 結局、説得し切れなかったんだから……ああ、俺はどこでこの元宇宙人少女の育て方を間違えた? リセットボタンはどこだよ? アクションリプレイのコード表はどこのホームページに落ちてるんだ? 74 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 20:55:58.27 ID:KeD.49c0 さて、敬愛なる皆様は最早お気付きだと思うが嵐ってーのはずっと一所に留まってるようなモンじゃあない。 ま、そりゃそうだ。明けない夜なんてモンは無いし、どんだけ繰り返しても、それこそ終わらない夏休みなんて夢のようなモンさえ世界には無かったんだ。 時は待たない、ってヤツだな。はて、これは誰が言ったんだったか。誰が言ったにしても含蓄有る言葉だね。うむ。 つまり、時間ってーのは宇宙人だろうと未来人だろうと超能力者だろうと、はたまた神様であったとしても、平等に過ぎ去っていくように出来ているらしい。ん? そんなんは常識だろって? いやいや、その常識ってーのを疑っていたのが昨年までの俺だったりするんだ。もしかしたらループエンドだったりすんじゃないのか、とかも多少本気で考えたりもしたね。ああ。 こら、そこ。ゲーム脳乙とか言ってんじゃねえぞ。 もしもだ。もしも仮にアンタが俺と同じ状況に追い込まれてみろ。俺と体を入れ替わり、高一の八月であったり十二月であったり、高二の四月であったり七月であったりを経験してみろ? 俺は断言するね。今、画面の前でふんぞり返ってるアンタだって時間感覚ってヤツに多少の弊害を持っちまうだろうってさ。 SOS団で唯一の一般人であり、かつ、まあ自分で言うのもなんだが比較的常識人な俺でさえこの始末だ。その俺が語り部の、そんな物語を楽しんでるアンタらなんかは最たるモンだと思うね。違うか? だがしかし。それでも俺達は順調にハルヒ出題の問題(一つ残らず難題で無理難題なのは、まあハルヒらしいっちゃらしいんだが)を解き明かし、潜り抜け、あるいは素通りして……。 ああ、ここまで言えば分かるだろ? 大体、話の骨子は読めたよな? 俺達は一人も欠けずに無事に三年生に進級したのであった。 つまり、この話は後日談の後日談ってヤツだな。 神様が居た面白おかしく、波乱万丈、驚天動地で支離滅裂な、その残り香だけがほんのりと桜吹雪に乗って校舎を包み込む。 そんな感じの、取り立てて面白味も無い、フツーの日々、ってヤツを、俺はこれから語っていこうと思う。 勿論、主役は俺じゃない。 この話の主役は……いや、これまでのどの話の主役もそうだったのだが。 最初から最後までクライマックスでお馴染み。 俺達の団長様だ。 そう。やっぱり後日談の、その更に後日談であっても、それでもやっぱりスポットライトはコイツに当たる。 涼宮ハルヒ。 ああ、ここまで読んでくれた人にはもう言う必要は無いと思うがこれも規定事項なんだ、勘弁してくれ。 彼女は、俺の、恋人である。 75 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 21:06:14.06 ID:KeD.49c0 「……非常に貴方らしい恥ずかしい独白ですね。ああ、ターンエンドです」 とは言え、俺達に限って言えば余りその日常風景が変化している訳でもない。ま、分かっていた事だよな。様子が一変してる事を期待したヤツももういないだろうさ。 「うるせえよ、古泉。大体、今回も乱立させた死亡フラグを残らず叩き折りやがったヤツが言えた義理か?」 言いながら俺はカードを引く。あーあ、最悪の引きだ。この局面でそんなモン引いてくるかね、全く。 「一緒になって叩き折った人間が何を仰っているのですか。あんまりそういう事を言うのは止めて下さい。新川さんから聞きましたよ? 僕はこれでも貴方の台詞には少なからず感動しているのです」 「んなモン聞いてんじゃねえよな、お前も……」 俺が場に出したカードにもたじろぐ事の無い、古泉のポーカーフェイスは健在である。だよな。んったく、今回は流石に俺の負けかね。 伊達に二年もお前とテーブルゲームをやってきた訳じゃないからな。負ける時の感覚、ってのがなんとなく分かっちまうのが気分悪いね。 「『古泉は、俺達、SOS団のモンです。機関のものじゃない。そこんところ、勘違いしてませんか?』。……あ、今の似てましたか?」 「……その場に居た訳でもないのに、何が『似てましたか』だよ……」 ああ、口の中に今、見事に苦虫が巣食ってやがる。 「そんな顔をしないで下さい。言ったでしょう。僕は感動したのです、と。嫌味でも皮肉でもありませんよ」 そんな風に思われる事こそ心外です、と。そう言って古泉は俺の使役するモンスターカードを蹴散らした薄っぺらいヒーローを小指と人差し指で挟む。 「だったら、声真似とかしてんじゃねえよ。そもそも、ちっとも似てねえっつの」 「おや、そうですか? 僕としては今のモノマネは自信作だったのですが……と、詰みですね。僕は……」 「ジンジャーエール、だろ。分かってんよ」 「よろしくお願いします」 そう言って古泉は一つウインクを俺に向ける。気色悪い真似すんじゃねえっつの。 ……はーあ。 全く。コイツも偉く丸くなったもんだ。 背伸びをした際にぎしりと音を立てる椅子は昨年までと同じ。なんか、進級したってのが嘘にも思えるね。俺は立ち上がる。 文芸部室に一人、古泉を残して俺は窓の外を眺めながら廊下を歩くのだった。 78 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 21:24:36.18 ID:KeD.49c0 さて、上の一文に不自然を感じた方は一体何人居られただろうか? その数少ない方々に俺は是非とも敬意と称賛の拍手を送りたい。ブラボー、名探偵になれるぜ。 文芸部室。 もう、これだけで俺からは何も言う事は無い。後は各自で察してくれ。何が有ったのか。ちょいと頭を捻れば分かるような問題に対して親切に解答を披露するほど、俺はサービス精神が旺盛な訳じゃないんだ。 そういうのは元超能力者の領分、ってな? 廊下を歩いていると長門に出会った。良いね良いね。こういうのはなんか後日談って感じがする。こうやって一人一人が出てくるんだろ? もう予想を裏切る必要も無いしな。それに案外、おれはこういうのも嫌いじゃない。 「長門。今から自販機のトコ行くんだが、飲み物のリクエストは有るか?」 「……不要。朝比奈みくるが淹れてくれるお茶が有る」 「そっか。ま、それもそうだな」 あれ? そしたら俺も、古泉も飲み物なんか要らないんじゃないのか? ……ま、いいか。 「ああ、そうだ。長門」 「何?」 「部室に今、古泉が一人だぜ」 俺がそう告げて振り返ると、パタパタと走っていく少女の背中が見えた。おうおう、可愛くなっちまってまあ。良いね良いね。青春だ。高校三年の春ってのは、こうじゃないといけないよな。 不思議なんて、起こる時は起こるもんだし。何の伏線も無しに未来人少女がピンチに颯爽と現れる世の中だ。 第一、宇宙人少女が恋をする、なんてのが不思議じゃなくてなんだってんだ、ってな。 なんか気分が良くなって鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、今度は朝比奈さんとすれ違った。 「ふふっ、なんだか機嫌が良さそうですね、キョン君」 「ええ。特に何が有った訳でもないんですけどね」 そうだ。特別何も無くったって。俺の世界はこんなに面白い。 「ああ、そうだ。朝比奈さん」 「ふえ? なんですか?」 「今、部室に古泉と長門が二人だけなんで、なるべくゆっくりと向かってやって貰えますか?」 「あ……ふふっ。分かりました」 きっと、こんなフツーの日常だって。そうだ。ちっとも悪くない。物足りなさを感じていた頃の時分に言ってやりたいね。 世界が面白くないのなら、自分から面白くなるように動け、ってさ。 79 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 21:40:18.25 ID:KeD.49c0 桜の季節も、そろそろ終わりだ。 「よお、ハルヒ。何やってんだ?」 「見れば分かるでしょ? 飲み物を選んでんのよ」 自販機を相手に今にも喧嘩を売りそうな形相でガンを飛ばしている女子高生、ってのも中々見ないと思う。まあ、そんなんが俺の彼女だ。 最高に男前な、俺の誇りの少女だ。 「そんなに悩むんなら、いっそ買わないのも一手じゃねえか? 今頃、朝比奈さんがお茶を淹れてくれてるだろうし」 「ああ、それもそうね。でも、部室まで持ちそうに無いのよねえ。今、喉が渇いてるのよ」 「ふーん」 そう言ってまた悩み込むハルヒを尻目に俺は自分の分のコーヒーとオーダーのジンジャーエールを購入する。缶コーヒーを半分ほど飲んだ後、なんとはなしに言ってみた。 「半分、要るか?」 「へっ!?」 顔を分かり易く真っ赤に染める……ああ、俺はコイツの事が好きなんだな。 「間接キスくらいで、何を今更赤くなってんだよ、馬鹿」 笑っちまう俺の手からハルヒは缶を引っ手繰るとそれに口を付けようとする。だが、唇まで後数センチで手が止まる。ああ、一度意識しちまったらやりづらい、ってヤツだな。分かる分かる。俺にも経験が有るな。 だけど。 「なあ、ハルヒ。いつまでも固まってんなよな。さっさとしないと、俺、先に部室行くぞ?」 「ちょ、ちょっと待ちなさい、キョン! 彼女を置いていくなんて、アンタ彼氏の自覚有るの!?」 「有る。有りまくりだ」 なあ、俺の世界ってのも、結構捨てたモンじゃねえだろ、俺? 「なんなら口移しで飲ませてやっても良いくらいだ。だが、流石に場所は変えて、だけどな」 ぶー垂れる少女は、ああ、どこまでも、お前はヒロインだよ。まったく。 最高に最愛の、お前は俺のヒロインだ。 80 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/13(日) 21:43:26.09 ID:KeD.49c0 「ねえ、キョン」 「なんだ?」 「有希と古泉君。上手くいってるのかな」 「ああ、その事ならどうも心配無いみたいだぜ?」 「ん? なんでよ」 「いや、長門からこないだ聞いたんだけどな」 「ふんふん」 「木曜辺りからようやく、家に帰ってきた時にアイツ『ただいま』って言うようになったんだとよ」 〆 85 名前:カラクレナイ ◆.vuYn4TIKs[] 投稿日:2010/06/13(日) 21:59:51.12 ID:KeD.49c0 お疲れ様でした。久々にながらをしたので不安ですが楽しめて頂けたでしょうか 製作速報という所は初めてで、ハルヒSSは完全にアウェイだなーというのが第一印象 いや、しょうがないよね。禁書面白いもん。僕も好きだ えー、僕としては書き足りない部分、カットした部分は余り有りません まあ、ながらだしね ただ、森さんが白色未来スーツを着て胸を揺らす描写を削ったのはどういう事だ さて、余りぐだぐだと喋ってもどうかなと思うのでこの辺で退散します 古長分は拙作「古泉一樹の情操教育」で一年前辺りに出し尽くしました。あでゆー