キョン「俺とハルヒの関係……、それは……それは………」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:16:01.65 ID:ZGjXA5PQ0 東側にうっすらと日が傾く、夕暮れ時の文芸部室。俺の耳には吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。 熱心に練習中なのであろう、演奏は途中で何度も中断と再開を繰り返す。 はて、どこかで聞いたことのあるメロディーなのだが……。 古泉「ふふ、どうですか? この一手は、我ながら自信があるのですが。」 キョン「むぅ。それなら………、こうか。」 古泉といつものように机に向き合い、ゲーム勝負しているのだが、どうも今日は雲行きが怪しい。 どうやら将棋を選択したのは間違いだったのかもしれないな。 古泉「おや、それではこの飛車は頂きますね。」 俺は、聞こえてくる音色の様に、古泉の指し手に『待った』を投げ掛け、中断と再開を何度も繰り返している。 ハルヒ「あんも往生際が悪いわねぇ、ちゃっちゃと投了しちゃいなさいよ。」 キョン「うるさい、意地があるんだよ男の子にはな…。これから華麗に大逆転してやるさ。」 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:16:54.07 ID:ZGjXA5PQ0 古泉「それは、それは、この状況下からの逆転劇とはさぞや見物でしょうね。楽しみですよ。」 ただの嫌味のようにも聞こえるが、こいつの表情をみる限り本当に俺が戦況をひっくり返すのを期待しているかのよう だ。 ハルヒ「ただ観てるだけってのもつまらないわね……。そうだ、私は古泉くんが勝つ方に賭けるわよ!」 古泉「これは光栄です。それでは是非とも涼宮さんのご期待に添えなければいけませんね。」 ハルヒ「キョンが負けたら、あたしにジュース奢りだからね。精々がんばんなさい。」 キョン「すでに勝負が始まってから賭けるヤツがあるか…、しかもこの終盤で。」 ハルヒ「あら? 奇跡の逆転劇を見せてくれるって言ったばっかりよね。あんたにとっては有利な条件ってことじゃな い。」 奇跡ってのは滅多な事じゃ起こらないから奇跡っていうんだぜ。 まぁ、小悪魔的に微笑むハルヒの様を見る限り、俺の思っている事など、とっくにお見通しのようだ。 ハルヒ「ちょっと何ボーっとしてるのよ。まさか時間切れとか期待してるんじゃないでしょうね? 有希まだ本閉じち ゃ駄目よ!」 俺は、一途の望みを託し、救いの視線を投げ掛けていたタイマー長門にしっかりと釘を打たれる。 無常にもタイマー長門は分厚いハードカバーに夢中のようでこちらに気付く気配は一向に無い。 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:18:20.52 ID:ZGjXA5PQ0 みくる「ふふ、なかなか白熱してるみたいですねぇ〜。わたしはルールとか良く分からないけど、頑張ってね。」 キョン「そうだ、良かったら今度俺が教えてあげましょうか? 朝比奈さんだったら飛車が斜めに移動したって…」 ハルヒ「はい、そこ! 無駄口叩いてる暇があったら頭を働かしなさい。」 キョン「むぅ……。」 古泉「いやぁ、なかなか手厳しいですねぇ。」 朝比奈さんがお茶を運びながら応援してくれるのだが、なかなか良い一手は閃くことは無い。 そんな俺を尻目に朝比奈さんは、古泉やハルヒ達に湯飲みを手渡す。 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:20:43.68 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「へぇ…結構、独特の風味なのね。なかなかいけるわよみくるちゃん。」 みくる「お口に合って良かったです。碁石茶っていうんですけど、レモンを加えるともっと美味しくなるらしいんです よ。」 古泉「そうなんですか。今度は是非その方法で味わってみたいですね。」 みくる「楽しみにしててくださいね。……はい、キョンくんもどうぞ。」 碁石茶とやらを差し出す朝比奈さんに俺は礼を言って受け取る。 朝比奈さんの顔を近づく瞬間、その麗しき唇にどうしても目がいってしまう……。 って俺は何を考えてるんだ。……ん? 前にもこんな事を想像してしまった気もするが。 キョン「そ……、それじゃありがたく頂きます。」 邪な考えを振り払うように急いで湯のみに口をつける。 さっぱりとした紅茶に似た味……だが、それとは別になにやら柑橘系のさわやかな香りが。 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:23:02.77 ID:ZGjXA5PQ0 みくる「ふぇ? どうしたのキョンくん。」 キョン「…あ。もしかして朝比奈さん、香水とか付けてます?」 みくる「よく分かったですね。これホップの花を使ってる珍しい物なんですよ。」 古泉「ホップを香水に…。それは確かに珍しいですね、僕にはビールのイメージしかできませんよ。」 ハルヒ「…………。有希ー、有希ー。」 話の輪に加われず、面白くない表情で湯飲みを啜っていたハルヒが長門に呼びかける。 長門「……ビールの主原料の一つ。、ホップとはクワ科の多年生の植物で、北緯35-55度のやや寒冷な地域で栽培され る。  ビール以外の用途はほとんどなく、ビールの原料のために栽培されている。  ビールに使われるのは雌花の部分。花に含まれるルプリンという粒にさまざまな成分が含まれ、麦芽の甘みを引き締 める苦味、  爽やかなアロマ、殺菌作用、泡の保持など、ビールになくてはならないさまざまな効果をもたらす。」 ……長門、お前の頭はグーグル先生と直結でもしてるのか? 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:25:29.73 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「はい、ありがと有希。」 キョン「お前、目の前にパソコンがあるんだから自分で検索しろよな。」 ハルヒ「だって、有希の方が早くて正確で消費電力もかからないんだもの。そんな質問は愚の骨頂よ。」 長門「……グーグルは私が育てた。」 みくる「偶然ネットで探して見つけたんですよ。まとめて買うと安いから鶴屋さんと一緒に買っちゃいました。」 ほんのり朱色に染まった頬で嬉しそうに語る朝比奈さん。その節約家的なところがまた堪りません。 キョン「ハルヒや長門も朝比奈さんを見習って香水の一つでもつけてみたらどうだ? 少しは大人の女性ってやつに近づけるかもしれないぜ。」 長門「多人数の香水の匂いが混ざった教室は、さながら地獄絵図。」 長門は夢も希望も無い一言で却下する。 ハルヒ「なによ、いつまでもそんなピコピコばっかりやってる子供のあんたに言われたくないわね。」 ハルヒはハルヒでそう言うと、俺のポケットからはみ出していた携帯ゲーム機を指差した。 キョン「ピコピコじゃねぇ、PSPだ。お前だってDS持ってるじゃないか。」 ハルヒ「あぁ、これはいいのよ。『脳トレ』とか『どうぶつの森』とか、教養や癒しにつかうオシャレアイテムなんだから。」 ハルヒは座っていた椅子の上に立ち上がり、得意気な顔で胸ポケットからライム・グリーンのDSを取り出し俺に見せ付ける。 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:29:36.71 ID:ZGjXA5PQ0 キョン「わかっちゃいない…、わかっちゃいないぜハルヒさんよ。そういうお前みたいなライトユーザーのせいでDS市場には毒にも薬にもならないゲームが乱発してんだぞ!」 ハルヒ「べ…、別にいいじゃない。嫌なら買わなきゃいいだけでしょ、何熱くなってるのよ!?」 キョン「良くない! このままじゃ、ゲーム市場全体を低調に追い込んでいくだけだ! はっ、『大人の女力検定』だ!? 出来る女はそもそもDSなんか持ってねぇよ!」 ハルヒ「い…言わせておけばキョンのくせに! あんたのPSPだってひょいひょい型番上がってるのに、ろくな機能追加されてないじゃない!  バッテリーの持続時間上げるとか、内蔵メモリー2Gぐらいつけるとか、他にやる事あるでしょ!」 古泉「おやおや、また始まってしまいましたか、困ったものです。」 長門「任天堂信者とソニー信者は決して相容れることはない。……この結果は必然。」 俺とハルヒは互いに火花を散らしあい、どちらの機種が優れているかを小一時間熱論した。 もちろん、どちらも一歩たりとも引くつもりはないのは言うまでもないだろう。 古泉はニヤケ顔で静観、長門はまた読書に戻り、朝比奈さんは青ざめた顔で慌てふためいていた。 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:32:32.96 ID:ZGjXA5PQ0 みくる「あ、あの…二人とも喧嘩はよくな………、ふぎゅ!」 見るに見かねた朝比奈さんが、俺達の前によろよろと歩き始めた瞬間、椅子にでも足を引っ掛けたのか勢いよく転んでしまった。 ハルヒ「み、みくるちゃん大丈夫!?」 キョン「だ…大丈夫ですか!? 朝比奈さん!」 俺達の呼びかけに返答せず、ただ小刻みに身体を震わせる…。 嫌な予感がした俺は、慌てて床に倒れたままの朝比奈さんを抱き抱えた。 ハルヒも椅子から飛び降りこちらに駆け寄ってきた。 ハルヒ「ちょっと、顔が真っ青じゃない!? ねぇキョン、みくるちゃんどうしたの!? 大丈夫なの?」 俺に聞いても分かる訳が無いのだが、動揺しているのだろう、何度も俺の肩を揺さぶって質問を繰り返す。 古泉「涼宮さん、落ち着いてください。まずは、早く朝比奈さんを保健室まで運びましょう。」 古泉の呼び掛けで多少は冷静さを取り戻したのかハルヒは無言で頷く。 俺は朝比奈さんを背負い、急いで保健室へ向かう。 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:34:22.31 ID:ZGjXA5PQ0 雪崩れ込むように転がり込んだ俺達に、常駐していた養護教諭は目を丸くしていた。 俺は今にも胸倉に掴みかからんとするハルヒを制し、古泉が事情を説明すると、朝比奈さんをベットに寝かし養護教諭は一通りの診断を始めた。 あまり大勢で居ては迷惑なので、古泉を残し俺達三人は部屋を後にする。 キョン「大事に至らなきゃいいんだがな……心配だ。」 ハルヒ「みくるちゃん一体どうしたのかしら……、全く検討も付かないわ。部活が始まった時は一緒に、冷蔵庫に入ってた賞味期限切れのいなり寿司を食べるくらい元気だったのに……。」 キョン「おいハルヒよ…、もしかしてそれが原因なんじゃないのか?」 長門「………わたしも十二個食べた、問題は無い。」 ハルヒ「そうよ、別に変な味もしなかったし。お米には八十八の神様が宿ってるのよ? 無駄に出来るわけもないしね。」 キョン「お前らの鋼鉄ステンレス製の胃袋と朝比奈さんの胃袋を一緒にするんじゃない!」 長門「米を一粒無駄にすると目がひとつ潰れる。」 キョン「いや…、そういうことじゃ無くてだな。」 まるで俺を変人扱いしているかのように眺めている純粋無垢な四つの瞳に居た堪れなくなった俺は、これ以上追求するのを止めにした。 しばらくすると、保健室のドアが静かに開き、古泉が顔を出した。 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:36:24.72 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「古泉くん! どうだった、みくるちゃん大丈夫なの!?」 長門「……主な原因は精神的・肉体的負担。そして 細菌性食中も多少の原因となっている。」 古泉「ですね。ようは過労と軽い食中毒のようです、ご心配なく。」 ハルヒは長門と古泉の説明を理解したと同時に安堵の溜息をつき、久しぶりの笑顔を見せた。 ハルヒ「それにしても過労かぁ…、私達って知らない間にみくるちゃんに結構苦労かけてたのね。団長失格だわ…。」 長門「……うかつだった。」 俺は思わず突っ込みを入れたくなったが、素直に反省しているようなのであえて深くは考えないでおく。 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:37:54.03 ID:ZGjXA5PQ0 古泉「朝比奈さんは、しばらく様子をみた後、念の為病院へ連れて行くそうなので…。」 ハルヒ「そっか、それじゃ今日の団活はこれで終了ね。みくるちゃんの荷物は一緒に持ってきたし、後は部室に鍵かけて帰りましょっか。」 キョン「ふぅ……、それにしても安心したら急に腹が減ってきたな。なんか食べて帰るか?」 ハルヒ「あぁ、それなら今日のいなり寿司がまだ残って……」 キョン「全力で断る。」 ハルヒ「あら美味しいのに。あんた、いなり寿司嫌いだっけ?」 ハルヒは嬉しそうな表情で、鞄からタッパーを取り出すと長門と例のいなり寿司を食べ始めた、俺と古泉は二人の様子を眺めながら後から着いて行く。 どうでもいいが、物を食べながら歩くのは行儀が悪いぞ。 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:39:10.92 ID:ZGjXA5PQ0 古泉「ふふ、相変わらずですねぇ。とても僕には真似できそうにありません。」 キョン「真似せんでもよろしい、地球にエコロジーな存在はあいつ等だけで十分だ。」 古泉「しかし、今日はあなたにばかり重労働をさせて申し訳ありません。朝比奈さんを背負いながら階段を下りるのは大変でしたでしょう?」 キョン「あぁ、気にするな。…今だから言えるが、実は階段を下りる時に背中から伝わる朝比奈さんの二つのメロンの感触が……」 ハルヒ「そいりゃぁー!!」 キョン「げぶっ!」 いなり寿司を口に咥えたハルヒが、胸ポケットからDSを取り出し俺の顔面に裏拳を炸裂された。 どうでもいいが、物を食べながらDSで殴るのは行儀が……、俺の意識はそこで闇の中に消えていった。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:41:09.33 ID:ZGjXA5PQ0 翌日、俺はハルヒに殴られた首の痛みに耐えつつ、いつもの坂道を登っている。 しばらくして、後ろから何やら駆け足で近づいてくる足音が聞こえてきた、まだ遅刻する時間でもないのにご苦労なことだ。 朝倉「キョンくん、おっはよー。今日も元気?」 勢いよく俺の背中を叩く声は、おそらく委員長の朝倉だろう。 ズキリと痛む首を押さえ、振り返った俺は笑顔で微笑む朝倉にじっと抗議の視線を送る…。 朝倉「え……? これは……、そういうことなの? もしかしてキョンくんが私のことを…。」 何故か、頬を染めソワソワしている朝倉。何を勘違いしているのか分からないが、軽く挨拶を返し先を急ぐ。 しばらく歩いていると、坂道も終盤に差し掛かる…、そろそろ学校に着くころだ。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:41:49.94 ID:ZGjXA5PQ0 朝倉「……って、聞いてる? わたし達のクラスの出し物アンケート結果なんてつまらないわよねぇ。長門さんのクラスは占いって言ってたし。」 キョン「だったらお前が仕切れば良かったんじゃないか? 誰も意見を出さなかっただろうに。」 朝倉「だって、その時はアンニュイなキョンくんの横顔に夢ちゅ……じゃない。そう、な…何もいいアイデアが浮かばなかったのよ!」 キョン「何を慌ててるんだお前は? どっちにしても面倒くさい事だな。」 朝倉「ふふ、まぁ私が本気を出せば学校内どころか日本国中のアンケートをあっというまに集計してこれるわよ。」 キョン「そうか…、そりゃ面白い冗談だ。期待しておくよ。」 朝倉とそんな他愛もない会話をしているうちに教室に到着した俺は、いつもの席に座った。 間髪置かず、後ろに座っていたハルヒは俺の首根っこを掴み手元に引き寄せる、その痛みに、思わずおれは声を張り上げる。 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:43:23.10 ID:ZGjXA5PQ0 キョン「……ッ! だから首痛ぇってば!!」 だが、俺の叫びは空しくもハルヒの耳を左から右へ素通りしていったようだ。 ハルヒ「で、古泉くんと有希には今週末ってことで伝えておいたから。あんたも文句ないわよね?」 キョン「は……? 一体なんの話だ。」 ハルヒ「なんのって……。あんた意外と冷たいわね? もちろんみくるちゃんのお見舞いに決まってるじゃない。」 キョン「な…、何? 朝比奈さん入院したのか?!」 ハルヒ「あれ、あんた知らないの? おかしいわね…、昨日みくるちゃんから連絡あったと思うんだけど。」 昨日はお前のせいで、あれから朝まで意識がなかったからな…、首を傾げるハルヒを横目に俺は自分の携帯をチェックする。 ハルヒの言う通り、着信履歴にはしっかりと『朝比奈みくる』と表示されていた。 やれやれ、後で掛け直すか…。 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:44:36.70 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「まぁ、入院っていっても、ただの検査入院だからしっかり休養して来週には退院できるって。」 キョン「そうか…、そりゃ良かった。」 ハルヒ「というわけで、週末いつもの駅前集合ね。忘れちゃだめよ! あと各自みくるちゃんの差し入れを持ってくること。」 キョン「誰が忘れるかよ。駅前集合だな、了解だ。」 そして、HRが始まり授業が終わるまでの間、俺はぼんやりと黒板を眺めながら朝比奈さんが好みそうな物を考えて過ごした。 授業内容はもちろん頭に入っていない……、後日朝倉あたりにノートを借りることにしよう。 掃除当番が終わり、俺が部室に到着するころには少し日も傾きかけていた。 ドアノブを回し入室すると、長門とハルヒがいる、長門は勿論読書だが、ハルヒは……。 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:46:18.20 ID:ZGjXA5PQ0 キョン「お前は小学生の時、俺の愛車だったミニ四駆のアバンテジュニアか?」 ハルヒ「……なによ、その分かりにくい比喩表現は。」 ハルヒは何やらブツブツと考え事をしながら自分の机の周りをクルクルと回り続けていた。 俺はとりあえず鞄を長机に放り投げ、椅子に着く。 ハルヒ「うーん、……いったいどうしたら究極の……。」 キョン「何を考えてるかしらんが、お前の携帯借りてもいいか? 昨日充電してないから電源切れちまった。」 ハルヒ「もう、気が散るから話しかけないで! そこにあるから勝手に使いなさい。」 不機嫌そうに怒鳴るハルヒが指差す先にある携帯を手に取り、俺は朝比奈さんに電話を掛けようとする。 俺の持っている機種とは違うが、まぁ通話くらいなんとかなるだろう。 ふと携帯のディスプレイに目を向けると新着メール一件の表示がなされていた。 ハルヒ「ネットで検索しても……、でもそれじゃ……。」 ハルヒは相変わらず早足で勢い良く回っている、よく電池が切れないもんだ。 別にこいつのメールになんぞまったく興味などないのだが、新着メールの存在を教えてやらねば後々五月蠅そうだ。 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:48:24.38 ID:ZGjXA5PQ0 キョン「怒鳴らずに聞けよ。お前宛にメールが一通届いてるぜ。」 ハルヒ「古泉くんからじゃなきゃ、また迷惑メールでしょ。放って置くか削除しといてちょうだい。」 淡々と俺に答えるハルヒ…、間違ったことは言ってないのだが、なにか哀愁を感じるのは何故だろう。 まぁ、まかり間違っても無いであろうが、もしお前とお近づきになりたい男子生徒からなら俺が丁重にお断りの返事を送信してやろう。 そんな気持ちで、開いたメールの文章には、 『再度警告致します、これ以上は貴方とその周りの人間の安全は保障いたしかねます。  さあ、もう一度自分の罪を思い返してください。貴方は罪深い存…』 キョン「なんだこれは……、まったく趣味の悪い迷惑メールだぜ。」 最後まで文章を読まずに表示を閉じた俺は、すぐさまメールを削除する。 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:50:09.66 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「古泉くんからだった?」 キョン「いや…、ただの迷惑メールだ。気にするな。」 ハルヒは一言頷くと、何事も無かったかの様に、また周回運動を開始した。 なんだか興が削がれてしまったので俺は携帯を机の上に置き、隣に置いてあった将棋盤を眺める。 キョン「そういや昨日ドタバタしてたから片付けるの忘れてたな。」 ん……? 良く見ると駒の配置が違う気がする、昨日の騒ぎで移動したのか。 キョン「違うな。これは俺と古泉の位置が…」 長門「………あなたの望む通り、逆転させておいた。」 振り返るとさっきまで読書していた長門が俺の隣で佇んでいた。 いや…、そんな目で見つめられても正直困る。 キョン「あー…長門。俺の言っていた意味はそうでは無くてだな。」 長門「報酬はブラックアバンテでいい。」 そう言い残すと長門は静かに部室のドアを閉じた、なにやら今日はスーパーでカレールウが安売りらしい。 しかし、ブラックアバンテなんて今時、どこで売ってるんだよ…。 俺も帰ろうかと思ったが、いまだにハルヒの電池が切れそうにないので仕方なく、古泉視点から盤面を眺める。 やれやれ…、我ながら見れば見るほど穴だらけの守りだ。とりあえず古泉側の駒で俺の布陣に王手をかけ勝負を終了させる。 しばらく俺は、盤上で自分の指し手を振り返りながら思考に耽っていた。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:51:38.46 ID:ZGjXA5PQ0 ハルヒ「よし! 決めたわ。うん、完璧これでもうバッチリだわ。」 キョン「……っと!? なんだ、いきなり大声をだすな。」 突然一人で納得し、頷きだすハルヒの勢いに、俺は思わず手に持っていた駒を落としてしまう。 ハルヒ「さーて、考えも纏まった事だしそろそろ帰りましょうか? こんな時間じゃ、古泉君も今日はもう来ないでしょうし。」 キョン「はいはい、分かったよ。それにしても何も連絡よこさないなんて古泉らしくないな。」 ハルヒ「まぁ、誰にだってうっかり忘れちゃうことだってあるわよ。細かいことは気にしないの。」 俺の場合なら問答無用で即コブラツイストなんだろうけどな…、あえて藪は突付かないでおこう。 黙って床に落ちた駒を拾い上げると、将棋盤を片付け、帰り支度をする。 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:53:10.38 ID:ZGjXA5PQ0 夕暮れの部室棟にはあまり人も残っていないようで、廊下は静寂そのものだった。 キョン「……そうだ、ハルヒ。お前喉渇いてないか? 何か飲み物でも奢ってやろうじゃないか。」 ハルヒ「え…? まぁ確かにちょっと渇いてるけど。あんたから自主的に言い出すとなんか気持ち悪いわね。」 もちろん、俺がハルヒにタダで奢ってやるなんて義理はこれっぽちも無い。 理由は、昨日こいつと約束した将棋勝負の景品だ。 もっとも、正式に俺が負けたわけでもないし、古泉に負けを認めるのもなにか悔しいのでこうした遠回りな言い方になっている。 ハルヒ「でも、まぁありがたく頂いておくわね。ふふ、キョンもたまには役に立つじゃない。」 小走りで昇降口を飛び出し、振り返りながら俺に笑顔を向けるハルヒ。たまにはこういうのも悪くない。 キョン「へいへい、そいつはどうも。何買うか先に決めておけよ。」 ハルヒ「それじゃ坂下の自販機で売ってる1.5リットルのコーラね! 」 前言撤回…、こいつに少年漫画に載ってるような青春学園ストーリーを期待した俺がバカだったようだ。 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:55:01.73 ID:ZGjXA5PQ0 キョン「あのな、お前そんな量のコーラ飲んだらどれだけの糖分が……」 俺は現代社会における炭酸飲料の摂りすぎの危険さを伝えようとした、……が、その瞬間ハルヒの頭の上に小さな影が…。 ……影? ………なんでそんなものが頭の上に? …………その影が、スローモーションで徐々に大きくなって。 キョン「ハルヒ?! 危ないッ!!!」 俺は無意識にハルヒの身体を突き倒す。 その瞬間、俺とハルヒの間に茶色い土…、黄土色の陶器…、そして観葉植物が地面にぶち撒けられていた……。 ……つまりは鉢植えがハルヒの頭の上に…!? 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:57:19.68 ID:ZGjXA5PQ0 放心状態だった俺は、目の前の出来事を全て認識すると、視点を上空へ向けた。 真上の教室の窓は全て閉まっている………とすれば。 キョン「お前は昇降口の中に隠れてろッ!!」 ハルヒ「ちょ…ちょっと、キョンあんたどこに行くのよ!?」 地面にへたり込んだハルヒの問いかけを返すことなく、俺は全速力で廊下を駆け抜け、階段を一段飛ばしで駆け上がる…! 何事かと何人かの生徒はすれ違いざまに困惑の表情を俺に向けていたが、今はそんな事を気にしている暇はない! 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/02(月) 23:58:00.71 ID:ZGjXA5PQ0 鶴屋「ちょっとちょっと、キョンくんっ、そんなに急いでどうしたのっ?! さてはまたハルにゃんの仕業かなっ?」 三階まで駆け上がった所で聞いたことのある声に俺は思わず振り返る。 キョン「つ…、鶴屋さん。ちょうど良かった、じ、実は……。」 俺は息も絶え絶えに鶴屋さんに事の次第を説明する。 鶴屋「な、なにさそれっ? 全然洒落になってないじゃないか!?」 キョン「ええ…! 俺は屋上を確認してきますんで、ハルヒの事お願いできますか?!」 鶴屋「まかしといてよっ! どんな悪漢、暴漢が来ても鶴屋流古武術でドカンと返り討ちさ!」 ニカッと八重歯を覗かせながら親指を立てる鶴屋さん、こういう時には非常に役に立ちそうな先輩でなによりだ。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:00:24.24 ID:ZGjXA5PQ0 その後、何とか屋上前にたどり着いた俺は、慎重にそのドアを開け外に出る。 一通りを見渡すが、辺りに怪しい人影はない…、どうやら既に立ち去った後のようだ。 緊張の糸が切れた瞬間、身体から流れ出た大量の汗に気付いた。 考えも無しに飛び出したが、もしここで犯人と出くわしてたら俺はどうするつもりだったんだろうか……。 そんな事をとりとめも無く考えながら、鉢植えが置いてある一角へ移動する。 無造作に置かれてあった大量の鉢植えを一つ一つ観察していくと、先ほど見た柄と同じ色の陶器がいくつかあった。 キョン「やっぱり……、ここから落としたのか?」 しかし当たり前だが、屋上全体を落下防止柵が周り一面を囲っている、高さもかなりのものだ。 鉢植えを抱えながらよじ登るにはかなり危険があるんじゃないだろうか…。 俺は、そんな探偵小説の真似事をしながら色々と調べてみるのだが、当然のように犯人に繋がるような手掛かりなど見つかるわけもない。 大分息も整って来たのでそろそろハルヒの所へ戻るとするか。 きっと、恐怖に怯えながら縮こまっていることだろう、ここは優しい言葉の一つくらい……、 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:02:30.71 ID:l7Uoj04y0 ハルヒ「おっそいわよバカキョンッ!! 一体いつまで待たせるつもりなの、いくら携帯に掛けても繋がらないし!」 キョン「だから、電源が切れてるって言ってただろ? そんなに耳元で怒鳴るな。」 俺の姿を見るなり、いつもどおり……いや、いつも以上の罵声を浴びせるハルヒ。 どうやらこいつの感情ゲージには喜怒哀楽の『哀』は存在しないようだ。 鶴屋「いやぁ犯人が襲い掛かってきたら、あたしがぶっ飛ばそうって思ってたんだけど。残念、残念!」 キョン「鶴屋さん、ありがとうございました。」 鶴屋「名誉顧問としては当然のことさっ。そうそう、地面に散らばってた鉢植えなんかはハルにゃんと一緒に片付けといたから安心してね。」 ハルヒ「全く、どこの誰か知らないけど、キョンじゃなくて、あたしと鶴ちゃんにこんな雑用やらせるなんて…。いい度胸してるわ、絶対にとっちめてやるんだから。」 怒りの炎をメラメラと燃やすハルヒ、なんだか聞き逃せないワードがあったような気もするが。 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:05:28.22 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「まぁ、あたしもキョンくん達の部室に寄るつもりだったから丁度よかったよっ。」 キョン「え、鶴屋さんが? 何か用でもあったんですか。」 鶴屋「ほら…、みくるがあんなことになっちゃったから…。あたしで良かったらみくるの代わりに何かすることないかなってさ? 伝えようと思ってたわけだよ。」 いつも花丸元気印の鶴屋さんだが、朝比奈さんの名前が出てきた瞬間、一瞬表情が曇ったような気がした。 友達思いの良い人だな、朝比奈さんの爪の垢も足して誰かさんに飲ませてやりたい位だ。 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:06:08.67 ID:l7Uoj04y0 ハルヒ「鶴ちゃんのメイド姿か……、うんうん中々いいかもしれないわね。」 鶴屋「いつもみくるが着てるあの服かい? まっかしといてよっ。でも胸の部分が余っちゃうかもね、わはは!」 能天気な会話を弾ませて下校する二人の後姿を眺めながら、俺はまた思考に耽っていた。 余りにも度が過ぎている、本当にただのイタズラで済ませていいものなのか。 ハルヒ「なにボーっとしてるのよキョン? 着いたわよ、早くサイフ出しなさい。」 だが、一番頭を悩ませたのは自販機の前で1.5リットルのコーラを催促するハルヒを相手に、どうやって350ミリリットルに変更させるかであった。 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:09:08.17 ID:l7Uoj04y0 古泉「たしかに、それは余り楽観視できる事ではありませんね。」 家に着いた俺は、自分のベッドに寝転びながら、コードレスフォンで古泉に電話を掛けていた。 キョン「そういえば古泉。お前なんで今日無断で部活休んだりしたんだ?」 古泉「はて…。おかしいですね、あなたにメールを送っておいたのですが? バイトがありますからと。」 キョン「あぁ、そうか。悪い、俺のは朝から一日電池切れだ。」 枕元で充電中の携帯を眺めて答える。どうやら今日は携帯運が無いらしい。 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:09:48.91 ID:l7Uoj04y0 古泉「さて、話を戻しますが。涼宮さんが誰かに恨まれるような心当たりとかはありませんか?」 キョン「正直あり過ぎて困るな。……だが、下駄箱に大量に不幸の手紙が突っ込まれることがあっても、今回みたいな殺傷沙汰になるような事はしていないはずだ。」 古泉「僕もその点においては同感ですね。確かに彼女の行動は豪快ですが、あくまで常識的な範囲内ですから。」 もっとも、範囲内ギリギリセーフだという事は補足しておこう。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:11:38.10 ID:l7Uoj04y0 キョン「……ということだ、皆目検討がつかん。」 古泉「では、犯人像は置いておくとして、今回の事について最初から整理してみましょうか。」 キョン「それは、さっき説明したとおりだが?」 古泉「あなたは、上を見上げた瞬間、頭上の窓が全て閉まっていたので犯行現場は屋上だと断定しましたが本当にそうなのでしょうか?」 キョン「回りくどい言い方はいい。要点だけ喋れ。」 俺は、シャーロック・ホームズにおけるワトスンの立場に置かされているような気がして語尾を荒げる。 古泉「失礼。つまり、涼宮さんの頭上に鉢植えを投げ付けた後、素早く窓を閉めて屈めるなりして身を隠す。そうすれば、あなた達に姿を見られることはありませんからね。」 キョン「でも、鉢植えを抱えたまま廊下を移動して、俺達が来るのを待ち構えるなんて少し無理があるんじゃないか? 放課後とはいえまだかなり人が残っていたし、誰かに目撃されちまうだろ。」 全速力で廊下を駆け抜けた時、何人かの生徒とすれ違った事や鶴屋さんと遭遇した事を思い出した。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:14:20.75 ID:l7Uoj04y0 古泉「しかし、屋上から地面まではかなりの距離があります。涼宮さんに命中させるつもりなら、もっと階下からでないと不可能かと。」 キョン「なにも、本当にぶつけるようと思ってたんじゃないかもしれないぜ。そう例えば脅し……」 そこで俺は、何気なく返答しようとした自分の言葉に疑問を抱いた。 何だ、何が引っかかるんだ……。 ……ハルヒに借りた携帯。 一通の迷惑メール。 …内容はなんだった。 ……『これ以上は貴方とその周りの人間の安全は保障いたしかねます』 そう、確かそんな内容だった。これはつまり、ハルヒではなく俺が標的だったという可能性も……。 思考がそこまで至った瞬間、背筋になにか冷たいものが走った様な気がした。 古泉「おや、どうかしましたか? 何か言おうとしていたみたいですが。」 キョン「いや、すまん。なんでもない。」 馬鹿馬鹿しい、どこにでもあるただの迷惑メールじゃないか。 我ながら、こじつけもいい所だぜ。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:16:53.23 ID:l7Uoj04y0 古泉「もっとも、僕達がいくらここで仮説を立てようともノックスの十戒を破ってしまう者が存在してしまう以上、徒労に終わるかもしれませんがね。」 苦笑しながら冗談めいたように話す古泉。ノックスの十戒ってのは確か推理小説のルールだったか。 キョン「例えば、長門があの魔法みたいなやつで、鉢植えを屋上から俺達の頭上まで瞬間移動させちまったってのもアリってことだな。」 古泉「そういうことです。超自然能力や超能力者などは存在してはならない。僕自身も十戒を破ってしまう存在ですね。」 キョン「だったら、賞味期限切れのいなり寿司を大量に食べてもケロっとしてるハルヒだって十分資格があるさ。」 古泉「ふふっ、どうやら大分調子が戻ってきたみたいですね。」 どうも、こいつと話していると無駄にシリアスな台詞が増えているような気がしてかなわん。 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:19:41.69 ID:l7Uoj04y0 キョン「あぁ、それとこの事は朝比奈さんには……。」 古泉「分かっています、余計な心配をかける必要はないでしょうから。今はゆっくり休養していてもらわないと。長門さんには僕から伝えておきますので。」 キョン「すまん、助かる。」 古泉「いえ。それでは。」 電話を切り受話器を耳元に置いた俺は、そのまま寝返りをうつ。 それから眠りにつくまでの間、なにか嫌な予感が俺の頭から離れることはなかった。 朝倉「…………、わっ!? 何この猫。お願いだから静かにしててね〜。んー、もうちょっとでキョンくんの部屋の窓が…。」 シャミセン「キミは、住居侵入罪というものを知っているかね? 私は、この家の警備を任されてる。故にキミの行為を見過ごす分けにはいかないのだよ。」 朝倉「しゃ、喋ってる?! 猫が喋っ…って、あ! 落ちる、落ち……!」 ―――――――――――――――――――――――――――――― 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:23:03.92 ID:l7Uoj04y0 翌日、寝不足の眼を擦りながらおぼつかない足取りで登校路を歩いていた。 しばらくすると、後ろから駆け足であろう足跡、遅刻には程遠いこの時間ならあいつだろうな…。 朝倉「おっはよう、キョンくん。今日も会うなんて偶然ね。」 キョン「よう……って、なんでお前そんなに傷だらけなんだ?」 俺に挨拶を交わした朝倉の顔や手には絆創膏、足には包帯が巻かれていた。 朝倉「ちょっと塀から…じゃない。そう、階段から転んじゃってね。」 キョン「お前ん家の階段はどんだけ長いんだよ…。」 俺は、こいつの住んでいた高級マンションを思い出した。いくら高級でも良いことだけでは無いらしい、というよりエレベーターを使えばいいのにな。 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:27:04.33 ID:l7Uoj04y0 朝倉「それよりもほら見て、この内太ももの所、ちょっと蒼痣できちゃって…」 そう言いながら朝倉は俺にすらりと伸びたカモシカの様な右足を差し出す。 キョン「ん? どれどれ。」 その場に片膝を付き、指差す箇所を覗き込もうとした時、坂下から歩いてくる谷口の姿が見えた。 俺と目が合うと、谷口は気まずそうに目を逸らした。 朝倉「ねぇ……、どうキョンくん? もっと近寄って見てみて…。」 キョン「あ、悪い朝倉、ちょっと用事あるから先行くわ。怪我には気をつけろよ。」 何故か目を瞑っていた朝倉に一声掛けると、俺は早足で遠ざかる谷口を追いかける。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:30:19.86 ID:l7Uoj04y0 谷口「よ…、よおキョン! 早く行かねぇと遅刻しちまうぜ。」 キョン「相変わらず分かりやすいヤツだなお前は…。いい加減この前貸したモンハン持ってこいよな、妹の催促がうるさくて適わん。」 谷口「いやぁ…どうにも直ぐに忘れちまってなぁ。俺って忘れ物属性があるのかもな。」 胸を張りながら誇らしげに言う谷口、なんだ忘れ物属性って。もっとも、そんな属性など百害あって一利無しだぞ。 谷口に明日は持ってくるようにと、釘を刺しつつ俺達は校門をくぐった。 朝倉「ど、どうかな……、そんなに黙ってジッと見られると恥ずかしいじゃない…、でも、キョ…キョンくんなら……」 長門「………一人でなにをブツブツ言っている。」 朝倉「……あ…れ、長門さん?」 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:34:16.74 ID:l7Uoj04y0 登校した俺は後ろに座るハルヒと、いつもと変わらぬ挨拶をし、いつもと変わらぬ授業を受けた。 いつも変わらぬ日常、そう思っていた…部室であいつがあんな事を言い出すまでは……。 キョン「な、なんだって。お前、一体どういうつもりだよ。」 ハルヒ「どうもこうも、今言ったとおりよ。あたしはしばらく部活を休むから、パソコンも勝手に使ってていいわよ。」 キョン「しばらくって、どれくらいだよ?」 ハルヒ「そんなの分からないわよ。しばらくはしばらくなの。」 古泉「それはまた急な話ですね。理由を聞かせて頂いてもいいですか?」 ハルヒ「んー……。ごめん、それはちょっと言えないの。」 キョン「なんだよそれ。まさか昨日の事気にしてるんじゃないだろうな? あんなメール偶然に決まってるだろうが。」 ハルヒ「メール? なによそれ。とにかく急いでるから、じゃね!」 キョン「おい! 待てよハル……」 俺の呼びかけも空しく、勢いよく扉を閉めるハルヒ。 と同時に、けたたましく廊下を駆けて行く音が聞こえる。 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:37:51.20 ID:l7Uoj04y0 古泉「なにやらあなたには涼宮さんの行動に何か心当たりがあるようですね。」 キョン「それはだな……、そのー」 長門「…………。」 古泉の問い詰めと長門の無言の視線に、どう答えようかと思案していると、唐突に扉が開いた。 鶴屋「ちわーっ! みくるの代わりに来ちゃったよっ! って、あれハルにゃんは?」 微妙な沈黙を突き破り、突撃してきたのは我が部の名誉顧問こと鶴屋さんだった。 古泉は先ほどの出来事を掻い摘んで鶴屋さんに説明する。 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:39:31.58 ID:l7Uoj04y0 古泉「そういうわけなので、残念ながら今日の部活は…。」 鶴屋「ちょうどよかったっ。することないならあたしの作戦に付き合ってよっ!」 キョン「…作戦? なんですかそれ。」 鶴屋「昨日の事件の犯人をあたしたちSOS団で捕まえようって作戦だよっ!」 いつの間にかこの人の中では、イタズラから事件に格上げされていたらしい。 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:43:25.85 ID:l7Uoj04y0 古泉「具体的にはどのようなことを?」 鶴屋「テレビに出てくるような名探偵ならめがっさ簡単に証拠をみつけちゃうんだろうど、あたしたちは素人だからねっ。地道に聞き込みとかしていこうかなっておもってるんだけどさ。」 古泉「確かに、その方法が一番確実ですね。それにここで何もしないよりいいでしょう。」 長門「…………柔よく剛を制す。」 キョン「長門、それを言うなら『攻めは最大の防御なり』じゃないのか?」 長門「そう。そっち。」 鶴屋「それじゃキマリだねっ。分担して聞き込みしよっか! 皆、準備はいいかいっ!?」 古泉「僕は問題ないのですが……、長門さんには誰か着いてあげた方がいいのでは?」 長門「………わたしも、問題はない。」 古泉「い、いや…、しかしですね。」 困惑気味に長門を見つめる古泉を横目に、俺は部室に置いてあった黒マジックとスケッチブックを使い、長門用にカンペを作ってやる。 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:46:54.74 ID:l7Uoj04y0 キョン「ほら、これ使ってみろ。」 古泉「ほう、さすが。長門さんの扱いにかけてはあなたの右に出るものはいませんね。」 キョン「それは褒められていると受け取っていいのか。」 長門「…………『ここでボケて』。」 キョン「何を勝手に書き足しとるんだお前は…。」 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:50:53.36 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「んじゃ、分担だけど一樹くんは校舎の方を、有希っこは部室棟。あたしはグラウンド周辺ってことでいいかなっ?」 キョン「それじゃ俺はどこを。」 鶴屋「それは、さっきからキミの眼があたしに訴えかけてるじゃないっさ。」 鶴屋さんは俺の瞳を真っ直ぐと見つめる、なんかだか少し気恥ずかしい。 キョン「ど、どういうことですか?」 鶴屋「さっきから、ハルにゃんが心配で心配で、堪らないって眼をしてるからっさ。あたしは眼を見れば大体の考えはわかるんだよっ。」 キョン「な……!」 古泉「ふふ、なるほど。」 爽やかな笑顔で頷く古泉、なにか無性に腹立たしい。 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:54:29.99 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「ということでキミは、ハルにゃんのナイト役ってことで! しっかり頑張っておいでさ!」 キョン「俺は、その…、別にそういうわけじゃ」 長門「『ここでボケて』」 キョン「えぇぃ、そのカンペはもういい!」 古泉「さあ、早く行かなければ。今ならまだ間に合いますよ。」 キョン「ったく。」 部室のドアを閉め、廊下を駆け出す。 決してハルヒの事が心配で走ってるんじゃない、あいつが俺に隠し事をしてるのが気に入らなくて。 そして、あいつらが勘違いして促すから、仕方なく走ってるんだよ…! 目まぐるしく変わって行く景色を横目に、俺は誰に言うわけでもない言い訳を延々とぼやき続けていた。 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 00:58:46.62 ID:l7Uoj04y0 校舎からかなり離れた所にある公園まで来たのだが、まだハルヒの姿はない、俺は、肩で呼吸をして息を整える。 やはり、そうそう上手くは事が運ばないらしい。 駄目もとでハルヒの携帯に掛けて見るが、案の定『電波の届かないところか電源を切って…』とお馴染みのアナウンスが流れる。 分かってるさ、どうせ後者なんだろう。 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 01:02:23.88 ID:l7Uoj04y0 この時間の公園は人通りもなく、静かで落ち着いた場所だ。 俺は、流れる汗を拭って、ひと息つくべくベンチに腰を掛け様とした瞬間。 黄色のカチューシャ、見慣れた制服、そして、その胸ポケットから覗かせるライム・グリーンのDS。 …見つけた、間違いないハルヒだ。 ハルヒは、落ち着きなく辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていた。 何を探してるか知らないが、俺が見つかると不味いことになるのは火を見るよりをも明らかだ。 素早く物陰に身を隠し、細心の注意を払いながら、気配を消す。 まったく何で俺はこんな所コソコソしてるんだか…。 そんな事を考えつつ、あいつの尾行を開始しようとした……、その刹那。 キョン「ッ!? がぁぁぁぁぁッ……!!」 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/03(火) 01:13:11.45 ID:l7Uoj04y0 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。 それは、まるで大蛇の様に俺の首に巻きつき、万力の様な力で締め上げる。 身体に酸素を供給しようと口と鼻を最大限に活用させようとするのだが、公園に漂っているのであろう柑橘系の匂いしか入ってこない。 キョン「………ぅ…………くッ!!!」 駄目だ…! ここで何もしなきゃ確実に殺されちまうッ! この巻き付いた『何か』を何とかしなければ…! 本能でそう理解するのだが、ただ口を金魚のようにぱくぱくとさせ続けることしか出来ない。 必死に動かそう振り上げた腕は徐々に下がり、だらりと糸の切れたマリオネットのように空しく揺れる。 ………俺の最後の眼に映ったのは、遥か前方の背を向け遠ざかっていくハルヒの姿だった …………そのまま俺の意識は ……………闇の中に消えていった ―――――――――――――――――――――――――――――― 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:17:00.32 ID:l7Uoj04y0 眼に映る天井は…、どこかで見た覚えがある。 ……それよりも今は、この激しい頭痛をどうにかしたい、ただそう思った。 でもなんで俺はこんな所で寝ているんだ…、記憶がハッキリとしない。 なにか頭に濃い霧のようなものが蠢いて、思い出そうとすると激しい痛みを伴う…。 確か、ハルヒを追っていたら、公園に着いて…… あいつを見つけた俺は、それから……それから……… キョン「うわああぁあぁぁぁッ!!」 被されていた布団を押しのけ、俺は飛び起きる。 制服のシャツは寝汗でベトベトになっていた…、肌にまとわりついて気持ち悪い。 一息深呼吸をつき、落ち着いて辺りを見渡した この畳張りの部屋…、以前に何度か来たことがあるのを思い出す。 壁越しに聞こえてくる音楽、窓の外から見えるビルや民家の明かり…、それらの一つ一つが、まだ俺が生きているという事を実感させた。 キョン「どうやら天国……、ってわけじゃないみたいだな。」 もっとも天国に行ける自信があるわけじゃないが、地獄に落とされる覚えもないさ。 そんなどうでもいい事を考えながら引き戸を開ける。 「…………起きた?」 こちらを振り返らずに、そいつは忙しそうに手を動かしながら、俺に問いかける。 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:21:38.24 ID:l7Uoj04y0 長門「………やる?」 長門は振り返ると、手に持ったゲーム機のコントローラーを俺に差し出した。 その先のテレビには、なにやらパズルゲームらしきものが映し出されている。 キョン「いや、いい。今はとてもそんな気分にはなれん……。」 長門「………そう。」 俺を見つめる目が何か残念そうにも見えたが、とりあえず床に座りぼんやりと窓をの外を眺める。 なにか体中に寒気がするのは、風邪を引いたからでは無いらしい…。 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:25:21.53 ID:l7Uoj04y0 下手をすれば俺は殺されていたかもしれない、これは、もはやイタズラではなく脅迫だ。 『これ以上は貴方とその「周りの人間」の安全は保障いたしかねます』 ハルヒはこの事を察して、部活を休む事にしたんだろう、俺たちを巻き込まないために……。 それなのに、俺は一人で突っ走って……、情けないぜ全く。 長門「……これ以上の追究はやめるべき。…いまのあなたはただの足手まとい。」 俺の考えを読み取ったのか、長門はテレビの画面を見つめたまま、そう言い切った。 ………わかってるさ。 キョン「俺にはおまえや古泉みたいな力なんてない。ただの一般人なんだからな…。」 まるで自分に言い聞かせるかの様にそう答えた。 そうさ、俺みたいな凡人がいくら動き回ろうが死亡フラグを立てて歩いているようなもんだ。 結局ここで俺はゲームオーバーなんだよ。 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:31:24.17 ID:l7Uoj04y0 その時、インターフォンのチャイムであろう音が室内に響き渡る。 長門「…………でて。」 キョン「客人の対応もできんのか、この宇宙人は。」 長門「………もうすぐ16連鎖。…だからでて。」 俺は腰を上げ、渋々玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは、制服姿のままの古泉だった。 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:35:52.93 ID:l7Uoj04y0 古泉「長門さんから連絡を頂きまして。ご無事で安心しましたよ。」 キョン「それで何の用なんだ? 長門と対策会議するんなら勝手にやっててくれ。」 古泉「いえ、僕はあなたをお迎えにあがりました。下で車を待たせていますので。」 そう言いながら、マンションの階下に目線を向ける古泉。その先にはタクシーが止まっていた。 長門「………古泉一樹、あなたとの勝負はいずれ。」 古泉「ふふっ、僕もあれから多少なりとも、腕を磨いてますので。」 長門「それは楽しみ。」 なんの会話だか分からないが、おそらく今、長門がやっているパズルゲームの話だろうか。 俺は長門に礼を言うと、マンションの前に待たせてあったタクシーに古泉と共に乗り込む。 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:39:36.99 ID:l7Uoj04y0 キョン「それで…、なんでお前はまだ制服のままなんだ?」 古泉「いえ、鶴屋さんから本日は解散との電話を受けたのですが、どうしても気になってしまって…。先ほどまで色々と校内を歩き回っていたんです。」 キョン「こんな時間まで残業代も出ないというのにご苦労なこった。」 相変わらずこいつは生真面目なやつだな、俺には到底真似できん。 そんな事を思いながら、こいつのニヤケ顔を横目に眺める。 古泉「すいません…、あなたを危険な目に遭わせてしまって。僕も軽率な事を言ってしまいました。」 古泉の言う軽率とは、俺がハルヒを追うことを促した事だろうか。 キョン「お前も俺が足手まといだとか思ってるんだろ。悪かったさ。」 古泉「『も』、ということは長門さんからそれを?」 キョン「……………。」 俺は古泉の問いかけには答えず、ただ窓から流れ行く景色を眺めていた…。 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 01:41:14.52 ID:l7Uoj04y0 古泉「もし、そうだとすれば、きっとあなたの為を思ってのことでしょう。そうでも言わないとあなたは必ず飛び出してしまいますからね。」 キョン「そんなお人よしに見えるか? 平凡な日常をただダラダラと過ごせればそれでいいんだよ、俺は。」 投げやりに呟くが、古泉の耳にはどうやら届いていないようだった。 古泉「それを踏まえた上で、僕からも忠告します。ハッキリ言ってあなたはついてこれそうもない。」 キョン「だから大人しくしてろってか。」 古泉「我々の機関は、涼宮さんと同等にあなたも重要視されています。王将の変わりは存在しないのですからね。」 キョン「そんな大層な駒じゃねぇよ、俺は……。」 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:07:43.93 ID:l7Uoj04y0 さっきから妙にイライラしているのは何故だろうか…、いや検討はついている。 この全身を覆う寒気や頭痛を紛らわせる為に、無意識の内に感情を高ぶらせているのだろう。 その後、家に着いた俺は熱いシャワーを浴びたあと、晩飯も食わずに泥のように眠りに着いた。 朝倉「長門さん。今日の晩ご飯は何ー?」 長門「……そこに置いてある。」 朝倉「見なくても分かるけど、またカレーなのね。…………はッ!?」 長門「何をクンカクンカしている。」 朝倉「んー、少しキョンくんの匂いがしたような気がしたんだけど。勘違いかな?」 長門「……あなたが何を言っているか理解できない。」 朝倉「まぁ、キョンくんが長門さんの家に来ることなんてないわよね。うん。」 長門「…………はい。」 朝倉「地の文が使えないから言うけど、どうしたの? ぷよぷよフィーバーのセットされたPS2のコントローラーなんて差し出して。」 長門「………わたしに勝つまで今日は寝かさない。」 朝倉「えッ!? …ちょっと、それ無理! 長門さん廃人“ぷよらー” じゃな……」 長門「スタート。」 ―――――――――――――――――――――――――――――― 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:10:29.19 ID:l7Uoj04y0 翌日、教室の席に座りながら朝の授業を待つ間、いまだに治まらぬ頭痛を相手に、机に突っ伏し教室をぼんやり眺めていた。 能天気な顔でゲームの攻略法を語り合っている、谷口と国木田。 目の下に真っ黒な隈を作り、千鳥足で教室に入ってくる朝倉。 ……だが、後ろに座っているであろうハルヒに振り返る事はしなかった。 放課後、HRが終わるや否や、ハルヒはすぐさま荷物を持って立ち上がる。 ハルヒ「あたしは帰るけど、あんたはちゃんと部活行きなさいよ。サボっちゃ駄目だからね。」 キョン「あぁ………。」 俺にぐいっと顔を近づけ、一言忠告するハルヒ。 目の前にいるはずなのに……、俺とあいつの距離はとても離れている気がして、目を合わせることが出来なかった…。 ハルヒ「それじゃね。」 踵を返し、教室のドアへ歩いていくハルヒ。 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:13:57.77 ID:l7Uoj04y0 …………どうしたらいいんだ、何が出来るっていうんだよ ………考えようとすればするほど、この全身を覆う頭痛と寒気がますます強くなっていく気がして ……思考が停止する。 俺は、その場でぶらりと前に手を差し伸べた状態で、あいつの姿が消えていくのをただ眺めるしか出来なかった。 キョン「……これで、よかったんだよな。」 俺には何も出来ることなんてない… 言い聞かせるように呟く… 治まった頭痛に安堵してる自分が居る事に気づいて…… ただ情けなくて……拳を握り締めた。 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:15:43.05 ID:l7Uoj04y0 谷口「よぅ、なーにシケた顔してんだよ。」 いつもどおりの能天気な顔で、谷口と国木田が俺の前に歩いて来た。 国木田「どうキョン? 暇だったら、たまにはカラオケでも寄って帰らない。」 谷口「明日は休みだしな、完徹で歌い尽くすのとかどうだ。」 キョン「谷口…、国木田……。」 目の前の見慣れた間抜け顔が、何故だかとても懐かしい感じがした…。 何でもいい、何かしなければ、俺は俺じゃなくなるような、そんな気がして俺は誘いを二つ返事で受ける。 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:16:54.33 ID:l7Uoj04y0 谷口「どうしたんだ。ホントに大丈夫かよお前。」 キョン「いや、なんでもない…。なんだかお前らとカラオケ行くのは久しぶりだな。」 国木田「そういえばそうだね、涼宮さんのなんとか団に入ってからは特に。」 谷口「お前らの団といえば。昨日、廊下で長門のヤツを見掛けたんだが、すれ違うヤツ全員にボケの無茶振りしてたぞ。」 国木田「いくらボケても無表情だから、みんな涙目だったよね。あれ一体なんの罰ゲームなの?」 どうやら、あの宇宙人は俺のカンペを全く活用してなかったみたいだな…、まぁ予想は出来た自分が何か悲しい。 谷口「古泉……だっけか? あのニヤケ顔男は廊下で女子をはべらかしてやがるし。全く、ろくな活動してやがらねぇ。」 国木田「長門さんはともかく、古泉くんのは谷口の嫉妬じゃないの?」 谷口「違ぇよ! 間違ってもあんな団入りたくねぇからな。絶対入りたくねぇぞ!」 心配しなくても誰もお前なんぞに入ってもらわなくても結構だ。 そんな事を思いつつ、普段の日常に少しずつ気持ちが落ち着いていく自分を感じていた。 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:25:12.47 ID:l7Uoj04y0 国木田「ところで今日は部活は休みなの? 涼宮さんは帰ったみたいだし。」 キョン「あぁ。もっとも今日だけじゃなくて、当分は暇になりそうだがな。」 谷口「その件なんだが。噂で聞いた話だが涼宮がイジメられてるそうじゃねぇか。」 国木田「なにそれ? そんな噂流れてるんだ。」 谷口「部活のやつらにもハブられて孤立してるって聞いたが、お前がここで暇そうにしてるって事は本当だったみたいだな。」 キョン「だ…、誰がそんな事言ってたんだ。」 谷口「人伝いだったからわからんが、まぁ自業自得ってことだな、いい気味だぜ。」 国木田「ちょっと谷口…。」 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:27:21.35 ID:l7Uoj04y0 谷口「キョンもよかったじゃねぇか、涼宮からようやく開放されて。」 キョン「…ッ!!」 俺は無意識の内に谷口の胸倉をつかんで拳を振り上げていた。 国木田「ちょっと、キョン! やめなよ。」 制止の声が耳に届いた瞬間、我に返り掴んでいた手をゆっくり離す…。 谷口は少し咳き込み、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:29:21.22 ID:l7Uoj04y0 キョン「あ……いや、すまん。」 谷口「おい。お前、なにマジになってんだよ、らしくねぇぜ…。」 確かに、谷口の言うとおり俺らしくない…、なんで俺はこんな事を…。 朝倉「拳で語り合う友情もいいけど、こんな所でやっちゃ停学騒ぎになるわよ。」 キョン「朝倉……。」 いつの間にか俺達の間には朝倉が立っていた。 国木田「キョンだって、分かってるだろ。谷口はバカはバカだけど、悪いバカじゃないって事。」 キョン「あぁ、分かってるさ…。」 朝倉「んー…そういう、悩んでるキョンくんも中々だけど、やっぱり……」 そう微笑みながら朝倉は、俺の額にゆっくりと手を触れた…。 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 02:30:26.21 ID:l7Uoj04y0 キョン「な、なんの真似だ。急に…」 朝倉「いいから……。ゆっくり目を閉じて。」 諭すように語り掛ける口調に流され、俺は言われるがままに目を閉じる…。 キョン「……………。」 ひんやりとした感触が手のひらから額に伝わる…、なんだか心地良いな。 朝倉「………………ぃじょ。はい、もういいわよ。」 最後に何か、朝倉が呟いたような気がしたが俺には聞き取れなかった。 谷口と国木田は何が起こったのか分からず、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。 おそらく俺も同じような顔をしているんだろうな。 キョン「で、なんの呪いなんだこれは?」 朝倉「ふふっ。それは企業秘密よ。」 なんの企業だか良く分からんが……、何か思考がクリアになったような気がする。 やれやれ、プラセボ効果ってやつか? 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:00:42.85 ID:l7Uoj04y0 谷口「おいおい、何かよく分からんが俺にもやってくれないか?」 朝倉「うん、それ無理。」 三秒で申し出を却下される谷口。下心むき出しの表情で言ってれば当然だろう。 その後、土下座をしながら1,500円までなら出すと泣きつく谷口にハイキックをかましてから、朝倉はこちらに向き直る。 国木田「…さっきからなんだか、いい香りがしてるなぁって思ったんだけど。朝倉さんもしかして香水つけてる?」 朝倉「あれ、バレちゃった? 少ししか付けてなかったんだけどなぁ…、先生には内緒にね。」 朝倉は、何やらルチアーノソプラーニ ドンナと舌を噛みそうな自分の付けている香水の説明を国木田に始めた。 ……ん? 何かこの光景を以前にも体験したような気がする…。 確か、数日前の部活で……、そして…次は……… 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:02:33.49 ID:l7Uoj04y0 その時、何か知恵の輪のように複雑に絡み合った鎖が徐々に解けて行くような感覚に見舞われた。 あの不可解なメール…、振ってきた鉢植え…、俺が襲われたあの瞬間…。 自分でも驚くほどに思考の回転数が上がり、ここ数日の出来事が一気に頭の中に浮かんでくる。 キョン「そうか……、そういう事だったのか!」 谷口「なんだよキョン。いきなりデカイ声出して…。」 キョン「すまん…。行き成り変な事を言い出すかもしれんが。お前らの力を俺に貸してくれないか。」 真剣な顔で三人の顔を見渡し、俺は内容を説明する。 谷口は不思議そうな顔で、国木田は驚いた顔で、朝倉はただ微笑んでいた。 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:04:48.76 ID:l7Uoj04y0 ……数時間後、俺は夕暮れの部室に佇んでいた。長門や古泉達は、まだ学校内の聞き周りらしく部屋には俺以外誰も居ない。 深呼吸を着くと、時間潰しに遊んでいたPSPを胸ポケットにしまい、もう一度思考を整理する。 しばらくすると、部室のドアが開き、俺が呼び出した人物が入ってきた。 「あれっ? キミ一人なのかい。長門っちや一樹くんは?」 キョン「いえ、ここに来てもらったのはあなただけですよ……。鶴屋さん。」 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:12:04.64 ID:l7Uoj04y0 おっと投下ミス 101の前↓ 鶴屋「ほほぅっ? もしや、このシチュエーションは…、あたしに告白とかしちゃうつもりかなっ?! なんてね。」 キョン「ええ、そのつもりです。」 鶴屋「うっそー!? キョンくん、キミも意外と大胆だねぇーっ!」 キョン「もっとも、告白といっても、鶴屋さん……、あなたの犯行の全貌ですが。」 鶴屋「犯行? 何それ、もしかしてあたしが鉢植え落っことした犯人だっていうのかな?」 キョン「それだけじゃありません。昨日、ハルヒを追いかけた俺の首を絞めたのもあなたですね。」 鶴屋「それマジっ!? あの後そんな事があったんだ? どうりで今日は部活に顔ださないと思ったんだよねぇ。」 俺の言葉を全く意に介さない様子で、普段通り笑顔で軽く受け流す鶴屋さん。 少しは動揺でもしてくれりゃ、やりやすいのにな、全く。俺の中の自信が揺らぎそうになるぜ…。 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:09:52.26 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「それに、どうしてあたしが、ハルにゃんや、キョンくんにそんな事しなくちゃならないのさっ? 刑事ドラマ風にいうなら犯行の動機ってやつかな?」 キョン「動機は……、分かりません。でもあなたしか考えられないんですよ。」 鶴屋「ふぅ〜ん。どうもキミはドラマの見過ぎみたいだね。まぁいっか! 面白そうだし相手してあげる。言ってごらんさっ。」 キョン「では、まずは一番最初から。俺達の上から鉢植えが落ちてきた時のことです。」 鶴屋「あの時だね。キミが必死で階段を駆け上がってきたから何事かなって、びっくりしちゃったよ。」 キョン「そう…俺が階段を上がったところで鶴屋さんに会った。その時点で既におかしいんですよ。」 鶴屋「おかしいって、どういうことだい?」 キョン「あなたは、帰りに『部室に寄る』と言っていた。だが会った場所は、二年の教室から部室棟に向かう方向と正反対だ。」 鶴屋「なにそれっ? わっはは! 何を言うかと思えば…、それだけで犯人なんだっ! 探偵の真似事をするならもうちょっとマシにしてほしいよっ。」 鶴屋さんは目の前でケラケラと、まるで俺を嘲笑するかのごとく笑い続けた。 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:14:25.82 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「職員室の方に用事があってさっ。それで少しフラっと辺りを散歩してただけ。大体、授業が終わってからどれくらい時間が経ってると思ってるんだいっ?」 キョン「確かに……、これだけでは犯人と断定するのは無理でしょう。屋上も調べましたが証拠らしいものは見つからなかった…。」 鶴屋「まぁ、現実はドラマのようには上手くいかないってことよっ! どうだい、もう気がすんだかな?」 そう、確かに現実は筋書き通りに事は運ばない…。 ここでドアを勢いよく開けて、都合よく証拠品を突きつけてくれるような人物なども現れたりはしない。 だが、ここで俺は立ち止まるわけには行かない、理屈が通って無くてもいい…、兎に角犯行を認めされるのが先だ! 104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:16:11.69 ID:l7Uoj04y0 キョン「いえ、もうひとつ。俺が襲われた時の事です。」 鶴屋「んー…、それは良く知らないんだよねっ。一樹くん達も言ってくれれば良かったのにさ。そう思わないっかな?」 キョン「それは、あいつらなりに気を使ってくれたんでしょう。」 鶴屋「……うわ、そっか。ハルにゃん追いかけろって嗾けたのあたしだったけっ?! ごめんね、まっさかそんな事になってたなんて。」 いつもと変わらぬ調子で頭を下げる鶴屋さん。普段なら笑って受け流すのだが、この状況下では…。 ゾクリと何か冷たいものが俺の背筋を走った。 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:17:10.27 ID:l7Uoj04y0 キョン「話を戻しますが、昨日、俺がハルヒを追い駆けた後です。長門、古泉、鶴屋さんの三人はそれぞれ校内で聞き回りをしていましたね?」 鶴屋「そうだね。あたしはグラウンドで、一樹くんは校舎の方だったかな…? んー細かいことは忘れちゃったよっ。」 キョン「長門から聞きましたが、お互いは携帯で連絡を取り合っていただけで、最後まで互いの姿は見ていなかったそうですね。」 鶴屋「まー荷物も持っていったし、わざわざ集まる必要もないかなってさ。それがどうしたのさ?」 キョン「あなたは、古泉と長門にあたかも自分が校内にいるかのように見せかけ、俺の後を追い駆けたんだ。」 鶴屋「それなら、有希っこや一樹くんにだって可能なんじゃないかなっ? ふふっ、これだけでまたあたしを犯人扱いかいっ。」 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 03:18:41.29 ID:l7Uoj04y0 キョン「いえ…。あなたを呼び出す前にグラウンドに寄って運動部の連中に聞き込みをしてきました。」 鶴屋「…へぇ、それで、なんて聞いてきたのかな?」 キョン「昨日の放課後、あなたを見掛けたかどうかですよ。……結果、誰一人あなたの姿を目撃していないッ!」 以前ハルヒが合宿でやっていた仕草を思い出しながら、俺は鶴屋さんの方を勢い良く指差す…! 鶴屋「そ…、そんなのキミが声を掛けた子が、偶然あたしを見てなかっただけかもしれないよっ。」 キョン「同じく聞き込みをしていた、古泉や長門は多数の生徒に目撃されているのに、鶴屋さんだけが偶然とは考えにくいんじゃないでしょうか!」 鶴屋「ぐ、偶然っていえば偶然だよっ…! そんなのだけじゃ証拠にならないんじゃないっかな?」 鶴屋さんは語尾を荒げ俺に反論する。 その表情には先ほどと違い、多少の動揺の色が見られた。付け焼刃にしては上等だ…! これで一気に畳み掛けてやる。 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:00:38.75 ID:l7Uoj04y0 キョン「さらに続けて俺が何者かに襲われた時の事です。俺はハルヒを尾行しようと物陰に隠れて神経を研ぎ澄ませていた。  にも関わらず、俺は犯人の接近に気づく事は出来なかった。…これは、犯人が、偶然俺を見つけたのでは無く、事前に存在を知っていなければ難しいでしょう。」 鶴屋「何度も言うけど…それなら、一樹くんや、有希っこだって同じじゃないさ。二人に、アリバイがあるっていうんならドア越しに聞き耳を立ててた『誰か』がいたのかもしれないよ?」 キョン「その可能性も考えられます…。だが首を絞められたとき、俺はある匂いを嗅ぎました。」 鶴屋「匂い…? くっくくく、キミは警察犬みたいに犯人の匂いでも嗅ぎ取ったっていうのかなっ?」 キョン「いえ、俺が嗅いだのは柑橘系の匂い……、香水です。」 鶴屋「それがどうしたんだい? 香水なんていまどき男の子でも付けてるじゃないっか! そんなので…」 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:01:49.09 ID:l7Uoj04y0 キョン「分かるんですよ…! 数日前に朝比奈さんから全く同じ匂いの香水を嗅ぎました…。そして、その香水は鶴屋さん。あなたと一緒に買ったと言っていた!」 鶴屋「それがどうしたのさ!? そんなの他にも付けてる子なんていくらでも、居るかもしれないじゃないっ?」 キョン「朝比奈さんはこうも言っていました、『ホップの花を使ってる珍しい物』だと…!  どうです。これもまた偶然で済ますつもりですかッ?!」 鶴屋「偶然さ、…偶然! 偶然ッ!! こんなの全部偶然だよっ! そこまで言うんだったら証拠を見せてごらんよ! あっはははははは! まさか校内を全部聞いて回るとか言い出すんじゃないだろうねっ?!」 キョン「そのまさかですよ…。」 鶴屋「……ッ!?」 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:03:35.22 ID:l7Uoj04y0 俺は徐に携帯を取り出し、アドレス帳から検索し、電話を掛ける。 数回のコールが鳴ったあと受話器越しから国木田の声が聞こえてきた。 国木田『あっ、キョン? こっちの方はバッチリ。キミの言うとおり、クラスのアンケート集計だって言ったら皆すんなり答えてくれてるよ。』 キョン「そうか、助かる。その調子でがんばってくれ。」 国木田『特に朝倉さんが凄いんだよね。欠席や帰宅しちゃった人にまで全部聞いてくれてるみたい。』 キョン「朝倉が…?」 国木田『彼女のおかげで、あっというまに終わりそうだよ。』 谷口『ったく、ラーメン一杯で偉そうに言いやがって。大体、香水の種類なんて聞いてどうするんだよ、気持ちわりぃ。』 キョン「ぶつくさ垂れるな、餃子もつけてやるさ。どうせお前は女子にしか声掛けてないんだろがな。」 谷口『いや、まぁそうなんだが……、男子担当の国木田な。どうにも男共のあいつを見る目が、明らかに獣のような舐め回す目つき……』 最後まで言い終わらない内に、なにやら鈍い音と『アッー!』という谷口の悲鳴が聞こえてくる。 朝倉『キョンくんっ! どう、わたし凄いでしょ。』 キョン「あぁ、どうやらお前がこの前言ってた事は本当だったみたいだな。」 朝倉『それで、約束の映画なんだけど何時に……』 俺は、ゆっくりと携帯を閉じると鶴屋さんの顔を見た。 ……その瞳からは余裕も焦りも感じられない。ただ、真っ直ぐとこちらをみつめていた。 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:05:45.48 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「はっはははははははは、いやぁ、まいったね。キミも中々やるじゃないか。あははははは…。」 突然、ネジの外れた玩具のように笑い続ける鶴屋さん。 少しずつゆっくりと、その足が俺に近づいてくる…。 キョン「もういいでしょう、どうしてあなたがこんな事したのか教えてくれませんか。」 鶴屋「どうしてそんな事って…?」 俺は諭すように、ゆっくりと鶴屋さんに語りかけた。鶴屋さんもその問いに静かに応じる。 ……その刹那。 118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:14:51.53 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「………その態度が気に入らないからだよッ! 涼宮もッ、あんた達もッッ!!」 叫び声が耳に届いた瞬間、あたりが一瞬、暗闇に包まれた…。 遅れて、激しい衝撃が俺の左胸を襲う。その勢いで俺は地面に叩きつけられた…! キョン「……ぐ…ぁ……、」 鶴屋「どうせあんたの頭の中じゃ、あたしが涙を流しながら謝ってハッピーエンドって思ってたかい? 全く、御目出度いのもいいとこだよ。」 思ってた… 思ってたさ、悪いかよ…… でも、…こんな展開は想定外だぜ……。 鶴屋「ふふっ。あの突きをまともに受けたら動けないっしょ。……まずはあんたから裁きを受けなッッ!!」 地面に座り込んだ俺の側頭部目掛けて、凄まじい速さの蹴りが襲い掛かる。 そして、激しい衝撃音が部室に響き渡った……! 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:17:46.34 ID:l7Uoj04y0 キョン「…そ、……そう簡単にやられるかよ。」 鶴屋「へぇ……。最初の一撃は、そのオモチャのお陰で救われたってわけ? 運がいいね。くっくくくく…!」 咄嗟に左の胸ポケットから取り出したPSPは、俺の側面…約5センチの所で鶴屋さんの蹴りを受け止めていた…。 さすがPSPだ…、なんともないぜ! キョン「鶴屋さん、あんたに話す気がないんだったら……。力づくでも聞き出してやるッ!」 俺は起き上がる勢いを利用し、下から上へ思い切りPSPを振り上げる……が、鶴屋さんはいとも簡単に身を後ろに逸らし回避する。 鶴屋「まだそんな事言ってるのかい…? それがあんた達の罪なんだよ!」 俺達の罪……、一体なんのことだよ、皆目検討もつかない。 とりあえず、今分かってることは…気を抜けばやられちまうって事だ…! キョン「………ちぃッ!」 右、左、右と、次々繰り出される高速の突きを辛うじて受け流がしていく。 その衝撃はすさまじく、PSPを持つ俺の手にはかなりの負担が掛かった。 121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:21:20.87 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「あんたも中々やるじゃないか。何か格闘技経験でもあるのかい?」 キョン「……通信空手を少し。」 鶴屋「あっははっははは! そんなので殺り合ってたんだ?! くくっ、あたしの鶴屋流古武術もまだまだって事かな。」 くそっ、月々の小遣いを削りに削った59,800円の一括払いを舐めるなよ。 鶴屋「まぁ、でも久々に全力を出せそうだね…、何時振りかな、楽しみだよ。」 キョン「…そいつはどうも。」 鶴屋「お陰で少し昔を思い出しちゃったよ。」 キョン「昔ですか…、なんだか興味がありますね。」 俺は少しでも体力を回復させようと、話を聞きだし時間稼ぎをしようとする。 鶴屋さんは少し俯きながら考える仕草をしたあとに此方を向いた。 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:24:30.86 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「ふふっ。いいよ教えてあげる、……あんたが入学してくる前、あたしが一年の時さ。  あの頃は、あたしも涼宮と同じように何にでも全力だったよ。」 キョン「……確かにあなたなら、ハルヒみたく何でも軽くこなしそうだ。」 鶴屋「でもね、集団生活ってやつは出る杭は打たれるものなんだよ。その様子が気に食わなかったんだろうね、しばらく経ってからクラスの中心核からシカトさ。  残りの連中も、なし崩し的に参加して、あたしはいつの間にか孤立してたよ……。」 キョン「…………。」 当時の事を鮮明に思い出しているのだろうか…、拳を震わせて話す鶴屋さんの言葉に俺は黙って耳を傾ける。 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 04:27:33.57 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「そんなあたしに、唯一普通に接してくれたのがみくるだった……。それからあたしとみくるはいつも一緒だった。楽しい時も…、悲しい時も…、ずっと…ずっと一緒だったんだよ。みくるさえ居れば他には誰もいらなかった…。  そのあたしからみくるを奪ったのは…涼宮、あいつだったのさ。」 キョン「そ、それは……! 多少強引だったかもしれないけど、朝比奈さんの意思で…」 鶴屋「別にみくるが部活に入ることに何も問題はなかったよ。そこまであたしは束縛するつもりはない…。  ……問題は、その後さッ! ………今まであんた達がみくるにしてきた事だよッ!!」 キョン「…ッ! ……でも、………ハルヒにだって悪意があってやったわけじゃ」 鶴屋「自覚のない悪意が一番タチが悪いって言葉を知ってるかい…! いつもみくるはあたしに話してくれた…、その度に心が締め付けれられて…。なのに、あいつはみくるにしてきた全ての事を何一つ気にしてない…、覚えてすらいないんだよッ!!」 キョン「………く……。」 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:00:36.48 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「それと…、あんたも自分は関係ないって顔をしてるけど、分かってるのかい?」 キョン「な…、何をですか……?」 鶴屋「黙って涼宮の行為を今まで、傍観してたあんた達も同罪なんだよ! 今のみくるは、昔のあたしと同じ…。  だから今度はあたしが助けてあげなくちゃいけない…、あんた達のふざけた部活をぶっ潰さなきゃならないんだよッ!!」 瞬間、鶴屋さんがこちらに向かって駆けた…、俺は再び臨戦態勢をとる。 罪…、ハルヒの……、いや俺達全員の罪…! 俺は……俺は一体どうしたら……!? 132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:05:33.80 ID:l7Uoj04y0 キョン「……くッ、」 鶴屋さんから繰り出された俊足のローキックを身をかがめ、PSPで払い受ける。 だが、この体制は、手を下ろした状態で頭が下っている。でも鶴屋さんの両手は空いていて…… 俺の頭が無防備にその前に…………、 鶴屋「今度こそ、終わりだね…。」 キョン「…!? しまっ……、」 激しい痛みと衝撃音を響かせ、またしても俺は地面に平伏してしまう。 頭部に直撃を喰らって軽い脳震盪を起こしたのだろうか、意識が少し遠のく…。 134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:15:08.41 ID:l7Uoj04y0 鶴屋さん「……さあ、もう一度自分の罪を思い返してください。」 どこかで聞いたことのあるフレーズが俺の耳に入ってくる…。 いや正確には見た…、だな。どこで…? 確か…、部室のハルヒの携帯で…。 靄の掛かった頭でぼんやりとそんな事を思い出していた。   『さあ、もう一度自分の罪を思い返してください。』 鶴屋「さあ、もう一度自分の罪を思い返してください。」   『貴方は罪深い存…』 鶴屋「貴方は罪深い存在。贖罪すらも許されない存在……。」 ……………贖罪も許されない…? 本当に…、本当にそうなのか… 脳裏に朝比奈さんの姿が浮かんでくる…、次に…ハルヒ、古泉、長門、俺…。 俯瞰視点でのいつもの部活の光景…、ハルヒがバカをやって…、朝比奈さんがとばっちりを受けて…、古泉がニヤケ顔で…、長門が興味なさそうに眺めてて…。 そして、俺が慌てふためいて……でもその後は…。 135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:20:43.89 ID:l7Uoj04y0 キョン「……く、……ぐ、……………が…」 俺は必死に、意識を取り戻そうとした。 うっすらと視界に映ったのは俺を見下ろす鶴屋さんの姿……。 彼女の死角から、俺は静かに手を動かす。 鶴屋「キョンくん…、あんたはみくるが気に入ってたみたいだからねぇ。両腕だけで済ませてあげようかい……? もっとも金輪際、みくるに近づくのは許さないけどね。」 冷酷に判決を言い渡す裁判官のような口振りでツカツカと俺に歩み寄る。 ………三歩 ……二歩 …一歩 今だッ!! キョン「食らええええええぇッ!!」 俺は最大限まで引き付けた鶴屋さんの方向にPSPを向けると、素早く本体を捻るような感じで力を加える。 その瞬間、取り出し口の奥からUMDが勢い良く射出された。 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:25:54.11 ID:l7Uoj04y0 UMDの軌道は確実に鶴屋さんの額を捉えていた……、はずなのだが。 鶴屋「おっと…、これはまともに喰らうと危なかったかな?」 キョン「な…なんだと……。」 部室の天井に突き刺さっているUMDは、鶴屋さんの頬に薄っすらと赤い筋を付けただけだった。 くそっ、宇宙人でも一撃で倒せそうな切り札だったってのに…! 鶴屋「何で、避けられたのか不思議で堪らないって顔してるねぇ…? 前に言って無かったかな、眼を見れば大体の考えはわかるってね。  あんたのその眼、まだ全然勝負を諦めていないって感じだよ。」 キョン「そ……、そうさ…。諦められるかよ…。鶴屋さんの…、あんたのその間違った考え方を修正してやるまではな…!」 俺は、ふらつく両脚に力を入れて、なんとか立ち上がる。 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:33:06.53 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「くっくくくっ! あたしが間違ってるだって!? なら、みくるをオモチャの様に扱ってる涼宮が正しいっていうのかい!」 キョン「確かに……。朝比奈さんはハルヒのオモチャじゃない、……でもあんたの所有物でも無いんだ!  いつもハズレ籤を引くのは朝比奈さんかもしれない…、けれど俺達は全てが終れば直ぐに笑顔で笑い合えるんだよッ!!」 鶴屋「そんな奇麗事はいいさ…、どこにそんな証拠があるんだい……! みくるが不幸じゃないって誰が分かるんだい!?」 キョン「それは、あんたが一番良く分かってるはずだ。朝比奈さんがあんたに部活の出来事を話す時の表情……、その顔はいつだって『笑顔』だったんじゃないんですか!?」 鶴屋「………ッ!」 俺は知っている、部室棟で出会った時の何年後かの朝比奈さん。その彼女の懐かしそうに…、そして、いとおしく部室を眺めていたその眼…。 その眼を俺は知ってるんだ…、でもそれを鶴屋さんに伝えることはできない。 ……だから、俺はPSPを構え鶴屋さんに向き直る。 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:38:06.39 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「なんなんだい、あんたはッ! どうしてそんなに涼宮を庇う!! あんたと、涼宮はどういう関係っていうのさっ!」 鶴屋さんは瞬時に俺との間合いを詰め、至近距離まで近づくと、牽制のローキックを連打で放つ。 しかし、今度は脛でその攻撃を確実に受け流しながら、着かず離れずの間合いを保つ。 キョン「俺とハルヒの関係……、それは……それは………」 俺は、体を時計回りに捻ると、右手を後ろに構えて渾身の突きを繰り出す。 鶴屋「……くっ!」 キョン「俺は、ハルヒの……、あいつの保護者だああああぁああッッ!!!」 俺のPSPと、鶴屋さんの拳が互いにぶつかり合った。 その威力は互角……、釣り合いのとれた、振り子のようにどちらもその場に佇む。 143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:46:58.53 ID:l7Uoj04y0 鶴屋「……ほ……保護者…? どういう事さ…!?」 キョン「あいつが、朝比奈さんや皆に度が過ぎた行為をするんなら、俺がぶん殴ってでもその暴走を止めてやる…!  だから……、だから俺以外のヤツにはあいつに一切手出しはさせねぇッ!!」 鶴屋「は、………はははは! あんたってやつぁ…。もういい…、もういいよ。これで終わりにしてあげる…!」 鶴屋さんは、後方に軽く跳ね、もう俺との一度間合いを広げた。 そして、構える、その瞳からは決死の覚悟が伺える…。 俺のPSPを持つ手からは、血が滲み出て地面に赤い印を付けていた。どうやら鶴屋さんの言う通り、次の一撃が最後になりそうだ。 ……互いに慎重に間合いを計っていた。 そして、陸上部のものであろう、グラウンドから聞こえた空砲の音。それを合図に俺と鶴屋さんは同時に駆けた。 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 05:54:42.65 ID:l7Uoj04y0 ……………… ………… …… 一瞬の静寂…。夕暮れ時の文芸部室。俺の耳には吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。 あぁ…、そうかこのメロディーは……。 鶴屋「どうして……、止めるって分かったのさ…?」 キョン「鶴屋さんの言葉を借りるなら、眼……ですよ。」 俺達の差し手は、互いの目前で寸止めされていた。 その手が振り下ろされていたら、どちらもタダでは済まなかっただろう。 鶴屋「眼………か。全く、普段は唐変木のクセして、こういうときだけ鋭いんだからさ…。」 キョン「俺からも聞かせてください。何で止めたんですか?」 鶴屋「キョンくんのその姿を見てたら、自分が馬鹿らしくなってね…、涼宮が羨ましいよ。あたしも、もっと早くキミと遭いたかった…。」 キョン「ハルヒが羨ましい…? 俺からすれば鶴屋さんと朝比奈さんの関係の方が羨ましいですよ。」 鶴屋「あっはははっは! 前言撤回っ、やっぱりキミは鈍感くんだねっ。ふふっ、ハルにゃんもこれから大変そうだわ。」 屈託の無い笑顔の鶴屋さん。その表情は俺の良く知っている、いつもの顔だった。 146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 06:02:48.03 ID:l7Uoj04y0 キョン「後先考えない子供みたいなヤツだけど、悪いやつじゃないんですよ。きっと鶴屋さんも……」 鶴屋「……でも駄目だよ、これはあたしなりのケジメ。キミには眼を見れば分かるでしょ。」 キョン「………………。」 真っ直ぐ俺をみつめるその瞳からは決意の意思が伝わってくる。 その強さは絶対……。俺には鶴屋さんのその決意に答えてやることしかできない。 ………俺はPSPを振り上げると、鶴屋さんはゆっくりと目を瞑る。 ……最後に俺の目に映った鶴屋さんの唇がほんの少し動いたような気がした。 …そして、辺りはまた静寂に包まれる………。 「ごめんね、みくる……。もしも、もう一度遭う事が出来たら…その時は………」 ―――――――――――――――――――――――――――――― 147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 06:10:30.11 ID:l7Uoj04y0 初秋の穏やかな日差しの元、俺は駅前の生花店で朝比奈さんに贈る花の品定めをしていた。 まぁ、当然のごとく花の知識など人並み程度しかないのでどれにするか悩むな。直感的に目に付いた物にしてみるか。 こういうのは、気持ちの問題だからと自分に言い聞かせつつ、バス亭まで歩いていく。 いつものように、俺以外の面子は既に待ち合わせ場所に集合していた。まだ遅刻には程遠い時間だってのにご苦労なこった…。 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 06:18:26.72 ID:l7Uoj04y0 ハルヒ「遅いわよ、キョン! いつまで待たせるつもり?!」 見慣れたライム・グリーンのDSをいじっていたハルヒは、俺の姿を見つけるなり、開口一番これだ。 キョン「俺が遅いんじゃなくてお前らが早過ぎるんだ。後タッチペンは人を向けるな、刺さったらどうする。」 ハルヒ「刺さるわけないじゃない? 何のために先が丸まってると思ってるのよ。どっかの円盤射出機じゃあるまいし。」 キョン「……あ。お前今PSPの悪口いっただろ!」 ハルヒ「なによ、文句ある!?」 古泉「今はこれくらいにしておきましょう。もうすぐバスが来る時間……」 キョン「古泉は黙ってろッ!」 ハルヒ「古泉くんは黙ってなさいッ!」 苦笑いして退場する古泉を尻目に、俺とハルヒはお互いの機種についての論議を徹底的に交わす。 長門「任天堂信者とソニー信者の対立に干渉することは危険が伴う。推奨はできない。」 古泉「しかし、ここまで活き活きしている彼の姿を見れるのは貴重なので、嫌ではありませんがね。」 長門「それはわたしも同感。」 153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:10:46.62 ID:l7Uoj04y0 キョン「…ほ、本当にこいつは飽きないヤツだな…。いい加減認めろよな。」 ハルヒ「……あ、あんたほどじゃないわよ…。あんたこそ折れなさいよね。」 古泉「どうぞ、お二人とも。」 二本のペットボトルを差し出した古泉に礼をいうと、口をつけ一気に中身を飲み干す。 その後、喋り疲れた俺とハルヒはしばらく地面にへたり込んでいた。 ハルヒ「………ん。何かいい匂いがするわね。あんた香水でも付けてるの?」 キョン「そんなもの俺が付けるか。これだろ、さっきそこの花屋で買ったやつだ。」 そう言いながら俺は、紙袋に入っていた花束をこいつに見せてやる。 154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:14:21.26 ID:l7Uoj04y0 古泉「おや、デンドロビウムですか。確か花言葉は………」 キョン「思い出さんでもいい。お前が、それを流暢に答えるのは様になり過ぎてなにか腹が立つ。」 古泉「ふふっ、それでは長門さんお願いします。」 長門「別名、デンドロビューム・デンドロ。ラン科セッコク属の園芸植物、原産地は東南アジア。花言葉は『我侭な美人』。」 ありがとよグーグル長門先生。 わがままな美人か、これは朝比奈さんというよりも……、 ハルヒ「何よ、人の顔をジッと見て。…いっとくけどこれはあげないからね。あんた自分の分まだ残ってるでしょ。」 なにを勘違いしているのか、大事そうにペットボトルを抱えるハルヒ。 こいつに自覚がなくて助かったと思うべきなのかどうなのか 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:26:06.16 ID:l7Uoj04y0 しばらくすると、時刻どおりにバスが到着したので俺達一行はそれに乗り込んだ。 一番後ろの席が空いていたので並んで座る。 キョン「そういえば、お前いつまで部活休むつもりだ? ……もういいんじゃないか、あの事件の原因というか…、それだ…その……」 ハルヒ「あぁ、それなら大丈夫。みくるちゃんの差し入れを用意するのに忙しかっただけだから。」 キョン「…………はい?」 ハルヒ「何よ、鳩にアサルトライフルをかましたような顔して。それに事件って何?」 ちょっと待て、こいつが部活を休んでいたのは、鉢植え事件以来、俺達を巻き込まない為じゃなかったか? いや、きっと俺を心配させない為にわざと忘れた振りを………、 キョン「…古泉、ちょっといいか?」 俺は、古泉にここしばらくの閉鎖空間の発生率について尋ねた。もちろんキョトンとした顔でみつめているコイツに聞かれないように耳打ちで。 157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:30:26.65 ID:l7Uoj04y0 古泉「そう言われれば……。朝比奈さんが倒れた日に発生した程度で、それ以降は全くです。おかしいですね、あんな事がありましたのに……」 古泉の言葉を聞いて俺は確信した、おかしくもなんともないさ、至って単純明快だ…。 こいつは、あんなメールなんて全く気にしていなかったし、事件のことも一日寝たら綺麗さっぱり頭の中から消えていたんだろうよ。 それなのに俺は勝手な解釈をして鬱々真っ盛りになっていたというわけだ……。 ハルヒ「ちょっとしたサプライズ品だからね。もし、準備してるところをあんたにでも見られたら台無しだから、内緒にしてたってわけよ。」 俺の気も知らずに、ハルヒのいうサプライズ品が入っているのであろう自分のバッグを指差しながら特上の笑顔で答えた。 そんなハルヒを横目に、移り行く市街地の景色を眺めながら、俺はここ数日で一番大きな溜息をついた。 ……やれやれ。 158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:41:02.88 ID:l7Uoj04y0 そうこうしている内に、俺達は朝比奈さんが入院している市内の病院に到着した。 さてと、病室は何号室だったか…俺は自分の記憶を探る。 ハルヒ「病院って携帯電話禁止じゃない? もしかしてDSのワイヤレス通信対戦とかも禁止されてるのかしら。」 長門「……病室内でのDS使用そのものが禁止されている所もある。」 到着してそうそう、わけの分からん事を言っている団長さんをスルーしつつ、案内板を眺めていると、ぐいっと首根っこを掴まれる。 ハルヒ「ねぇ聞いたキョン!? もしここがDS使用禁止だったらどうしよう。入院してるみくるちゃんが可哀相だわ…。」 キョン「お前が入院したら妹の押入れで眠ってる、弁当箱サイズの初代ゲームボーイを差し入れしてやるから安心しろ。」 もっとも液晶欠けが生じてはいるが、動作保障は折り紙つきの耐久性なので安心だろうよ。 そんなどうでもいい事をしている内に、受付ロビーの方向から古泉が歩いてきた。 古泉「尋ねてきましたよ。朝比奈さんの病室へは、こちらへ。」 指差す方向の先にあるエレベーターへ、俺は首根っこを掴んだままのハルヒごと引きずって歩く。 キョン「おう、すまんな古泉。」 古泉「いえ、お気になさらず…。ところでどうしてその様な格好に?」 長門「しらない。 159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 07:51:34.75 ID:l7Uoj04y0 副団長先導の元、俺達は無事に朝比奈さんの病室へ到着した。プレートを見ると、幸いな事に個室の病室だった。 古泉がノックを数回すると『はぁ〜い。』という、天使のようなとろける美声が扉ごしから聞こえた。俺達は、静かに扉を開け入室する。 ハルヒ「みっくるちゃん元気っ〜! なんだか久しぶりな気がするわね。」 みくる「あ、こんにち……わ。……と、ところでキョンくん達は何でそんな格好に?」 長門「しらない。」 何故だかわからんが、ここに着いた頃には、俺は引きずっていたハルヒを背負っている体勢になっていた。 その場の勢いだけで動いているこいつに理由を求めるだけ無駄なんですよ…朝比奈さん。 161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:00:11.65 ID:l7Uoj04y0 古泉「これは僕からの差し入れです、ここに置いておきますね。」 そう言うと、古泉は果物の盛り合わせられたバスケットを窓際の机の上に置いた。 みくる「うわぁー、ありがとうございます。とっても美味しそうですね。」 古泉「ふふっ。特に林檎は田舎の祖父母から送られた物でして、味は保証つきですよ。そうだ、早速剥いて差し上げますね。」 わたしがやりますから、と言う朝比奈さんを制しながら、窓際に座りナイフ片手に器用に林檎を剥く古泉。 そんな二人の様子が非常に絵になっているのが何か気に食わないのは言うまでも無い。 ハルヒ「あ、古泉くん、剥けたらあたしにも一個ちょうだいね!」 それに比べて、なんだこっちのシュールな光景は…。人の背中から物を催促するな。 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:05:46.76 ID:l7Uoj04y0 長門「……これ。」 いつの間にか朝比奈さんの隣に移動していた長門が、手に持った数冊の本を手渡す。 朝比奈さんは礼を言いながら受け取った。こいつらしい贈り物だな。 みくる「ちょっとだけ退屈してたんで助かりました。えー……と題名は…『繁殖』ですか?」 長門「『感染』『転生』に続く医療ミステリーの第三弾。善意が犯罪を加速する新感覚の展開に目が離せない。」 みくる「へぇー、なんだか面白そうですね。えっと……、農村風景が未だ残る関東のとある市の幼稚園で食中毒事件が起きた。園児の症状から、おにぎりの杜撰な管理による……、」 古泉「おっと、剥き終わりましたよ、どうぞ朝比奈さん。」 解説文を読む朝比奈さんに、古泉が林檎を差し出した。その額にはうっすらと冷や汗が…、ナイスタイミングだ。 すかさず続けて俺は腕にぶら下げていた紙袋から花束を取り出した。 キョン「あまり花には詳しくなくて…、気に入ってもらえるか分かりませんが。」 みくる「とっても綺麗ですねぇ。ありがとうキョンくん。」 花束を片手に俺に微笑み掛ける朝比奈さんの100万ドルの笑顔…。それだけで俺は、ここ数日の疲れが一気に癒されるような感じがした。 「デンドロビウムねぇー。その花はみくるじゃなくて、キミの背中宛てのほういいんじゃないかなっ? なんてね、あっははは!」 164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:14:34.12 ID:l7Uoj04y0 みくる「あっ、鶴屋さん来てくれたんですかぁ。……この花がどうかしたんですか?」 鶴屋「んーっ。それはちょっとねぇ〜っ?」 振り返るとそこには頭に包帯を巻いた鶴屋さんの姿があった。ニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべながら、戸惑う俺に視線を送る。 これはひょっとして、ささやかな復讐を受けているのだろうか。 ハルヒ「あれ。鶴ちゃん、頭の包帯どうしたの?」 鶴屋「これかいっ? みくるには電話で話したけど、ちょっと馬に蹴られちゃて。いやぁ、まいったよっ!」 ハルヒ「へぇ…、鶴屋家では馬も飼ってるのね、今度映画の撮影に貸してもらおうかしら。」 物騒なことを言いつつ、ハルヒは俺の背中から、着地音を盛大にたてながら飛び降りた。…やれやれ、ここが個室で助かったぜ。 165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:24:26.60 ID:l7Uoj04y0 ハルヒ「さて、それじゃ最後はあたしの差し入れね。……ジャジャーン!」 ベタな擬音を叫びつつ、ハルヒは自分のバッグからいつぞや見たことのあるタッパーを取り出した。 朝比奈さんは頭にクエスチョンマークを出している。 キョン「おい、……そのタッパーはまさか。」 ハルヒ「ふふん、今度のはただの稲荷じゃないわ。あたし特製の究極かつ至高のいなり寿司よッ!!」 みくる「わぁ、涼宮さんの手作りですかぁ。すごく美味しそうですよ。」 豪快に蓋を外すと中には、少しいびつな感じのいなり寿司が数個並んでいた。 確かに見た目は美味しそうなのだが……、なんだろうかこの胸をよぎる不安な感情は。 ハルヒ「材料だって、ネットで注文するのも鮮度とか品質が心配だったから、最高級の物を全部自分の足で探したのよ。」 みくる「そうなんですか。すいませんわたしの為にわざわざそこまで。」 ハルヒ「ううんいいのよ、みくるちゃんにはこれで元気を取り戻してもらわないと。ここ数日、沢山試作品つくったんだけど、やっぱり一番の自信作は最初のヤツだったわ。朝にもう一度味見したから間違いないわよ!」 その時、また俺の頭の思考の回転数が上がった。ここ数日……、一番最初のヤツ……。 キョン「なぁ、長門……もしかしてあのいなり寿司は……、」 長門「…すでに賞味期限は過ぎている。だがわたしならば問題は無い。」 俺の予想通りの答えを返す長門。しかし、既にハルヒはタッパーを片手に朝比奈さんのベッドの上に跨っていた。 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:30:31.76 ID:l7Uoj04y0 ハルヒ「ほら、みくるちゃん遠慮しないで。はい、ア〜ン!」 鶴屋「うん、このいなり寿司めがっさいけるじゃないっかっ! これはあたしが口移しで食べさせてあげるよ、みくるぅ!」 みくる「ふぇ〜……なんだか二人とも眼が怖いですよぉ…。そ、それになんだか少し変な匂いが……」 ハルヒのいなり寿司をつまみ食いしながら負けじと朝比奈さんに迫る鶴屋さん…。まぁこの人の胃袋もハルヒクラスに頑丈そうだし問題はないだろう。 古泉「……どうぞ。」 古泉が俺の鞄からそっとPSPを取り出し、俺に差し出す。 初秋の穏やかな日差しが差し込む病室に、二つの鈍い音が響き渡った。 窓から入ってくる空気が頬に触れる…、ひんやりと冷たくて心地よい。 そろそろ文化祭も間近か、また忙しくなるのだろうか…、そんな事をぼんやり考えながら佇んでいた。 そうそう、俺のPSPの色はな……、ってハルヒ!? お前、まだ立ち上がって…… T H E  E N D 173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/11/03(火) 08:35:39.47 ID:l7Uoj04y0 やっと終わったー、投下するだけがこんなに大変とは思わなかった。 支援&保守どうもありがとうございました。 こんなわけのわからんSSを読んでくれた方感謝です、ぶっちゃけPSPが書きたかっただけなんだ それでは!