キョン「あ・・・」橘「え?あ・・・」 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 03:41:57.80 ID:+Wm+QVsCO 「あなたの事が嫌いです話し掛けないでください」  あの会合から一週間。 夏休みに入ったのをいいことに、一人で小旅行と洒落込んだ俺。 各駅停車のローカル線を使ってのんびりと窓の外を眺めていると、 ふと、見知った顔をみつけ、つい、声を掛けてしまったのだが。  その相手、橘京子は、酷く不快そうに眉をしかめ、上記の発言を俺に寄越した。 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 03:53:05.46 ID:+Wm+QVsCO  タタン、タタン。 電車は非常にゆっくりとした速度で進む。 いまこの車両には、俺と橘含めて四人しか乗客がいない。 一般的な壁に沿う形に座席が配置された車両ではなく、 二人用の席が向かい合うような配置になってる、ボックス席仕様のこの電車。 橘は窓のサッシに肘をついて、俺から顔を背けて窓の外を見ている。 窓は半分程開けてあり、橘のツインテールがなびいている。 「ん……?」  橘の横、空いてるスペースに小さな鞄が置いてあるのに気づく。 といっても、ショルダーバッグやウェストポーチみたいな 普通の女子高生が持ち歩く物ではなく、まるで俺の足元に置かれているボストンバッグのような……。 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 04:02:16.61 ID:+Wm+QVsCO  ぐいと、自分のバッグを持ち上げて立ち上がり 隣の――ボックス、橘とそのバッグが占領する向かい側の座席に腰掛けてみた。 「……」  無言。無音。無視。無反応。 こちらをちらりと見はしたものの、ため息をつくでもなく、舌打ちするでもなく、 混雑時に赤の他人が座ってきたのを確認しただけのような浅い反応。 いや、俺もなにもリアクションを求めて行動をした訳じゃないけれど それでも少し切ない物がある。 それとも「話し掛けないでください」という先程の文言に俺が従っているから無干渉なのだろうか。 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 04:12:28.99 ID:+Wm+QVsCO 「お前もどっかに一人で旅行か?」  ならば。 って言うつもりではないが、しかし気になった事を素直に聞いてみた。 思えば、色々とあって、暫定的に間接的に敵対すらしていたのに、 俺も、結構図太い。 「話し掛けないでください、交渉が決裂した以上、  あなたと親密に接する理由も義理も義務もありません」 「そうか……」  明確な拒絶、ともとれる発言だった。 だが、何故だろう、俺はなんとなくだか声をかけ続けてみる事にした。 「ま、お前も、と言ったように俺はちょっと一人小旅行なんだよ。  目的地があるわけじゃないし、プランもなんも無いんだが、  とりあえず終点まで行ってみようと思ってさ  橘はどこになにしに向かってるんだ?」 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 04:22:09.61 ID:+Wm+QVsCO  ここで、  ようやっと、  橘がこちらに向き直り俺を見た。 やっぱり嘆息も舌打ちもなく、無駄の無い動きで俺を一瞥する。  タタン、タタン。  電車は、静かに音を立てて次の駅へ進む。 どこへ? なんて聞いたけれど、終点まであと二駅。 ローカルらしく乗り換えなんてなく、ゆえにここに乗り合わせている時点で ほとんど目的地はわかっているような物だ。 「あたしは旅行ではなく帰郷です。夏休みになったから実家に帰るんですよ」 「橘って一人暮らしだったのか」 「えぇ、まぁ」  タタン…、タタン…。 電車が減速し駅がみえてくる。 けれど橘は立ち上がらない。 次は、終点の一つ前。 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 04:40:54.00 ID:+Wm+QVsCO  停止した電車。 知らない他人が一人降りて、車両に残ってるのは三人。 「両親と一緒に暮らしてる状態で、あんな組織になんか属してられませんよ、本当」 「お前も、色々大変なんだな」 「他人事みたいに、言いますね」 「世間話のように、いかないさ」  タタン、タタン。 電車は、見たことのない、 しかしどこか似た景色を知ってるような、 少し郷愁を誘う風景。 都会からは掛け離れ、しかし田舎と言うほどでもない。 温泉街でもありそうな、観光地みたいな景色。 「ありますよ」 「ん、……あ?」 「温泉街、ありますよ」 「そうなのか」 「身近過ぎて逆にまともに行ったことないですけど」 「へぇ」 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 05:11:57.48 ID:+Wm+QVsCO  タタン、タタン。 線路の継ぎ目の上を車輪が通過する際に起こる音、 それを除けば、沈黙。 橘は、また窓の外に視線を戻してしまった。 夏の暑い日差しの中、窓から入る風が心地よく、 なんとなしに、真似するように同じポーズで外を眺めてみる。 「なんで小旅行なんかしようと思ったんですか?  あなたの事だから、またぞろSOS団の方で嫌が応でも是が否でも  結局、旅行するのでしょう? こんな微妙な場所じゃない遠くに」 「あぁ、多分そうだろうな。だけど、いや、だから、  俺は一人で旅行してみたかったんだと思う」 「自分の事なのに曖昧的ですよあなた」 「他人の事なのに断定的なんだお前が」  お互い、外を眺めながら、 軽い山なり投球な会話の応酬。 入学式で隣同士になった相手のような、探り合いと言うか様子見の会話。 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/20(月) 22:32:12.15 ID:+Wm+QVsCO >>31  流れ行く光景。  見知らぬ風景。  列車は再び減速し始め、車内にアナウンスが響く。 「……」 「……」  自然と黙り込む。 沈黙、寡黙。 ぎこちない動きでドアが開いて、空気が勢いよく抜ける音がする。  一人、降りて。  二人、残った。  次は、終点。 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/20(月) 23:03:17.50 ID:+Wm+QVsCO 「お前の実家ってこの先なのか」 「一応、そうなります」  誰もいなくなった車内で、 終点に向かって、窓の外を眺めながら黙り込む俺と橘。 二人きり、などという雰囲気ではなく、 むしろ一人と一人と言った感じ。 向かい合う席に着いて、しかし会話はなく……。 と思ったら、唐突に橘が話し掛けてきた。 「SOS団が嫌になったんですか?」 「ん? なんだいきなり」 「さっき、言ってたじゃないですか。だから、一人で、って。  あの方達といると疲れますか?」 「あー、そういうわけじゃないけどな。ただ疲れるのは確かにそうだ、だから――ちょっと前休養だ」 「あら、そうですか」 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 00:47:46.88 ID:UOL+6KIHO  憂鬱そうに、ここで初めて橘はため息をつく。 なんでそこでため息をつくのかは知らないし、わからないし、想像の範疇外だが、 だからと言って聞いてみる気にはならなかった。 そこまで、親しくも仲良くもない。 だから、なにも言わず眺める対象を橘の横顔を変更させるだけに留めた。 「なんでしょうか、あたしの横顔はそんなに綺麗ですか」 「そこはなにかついてますか? 程度に抑えとけよ」 「で、どうなんですか?」 「なんかついてる」 「そうですか」 「あぁ」  再び会話が途絶える。 でも、息苦しさは感じない。 なんとなく橘からも刺々しさがなくなってる気がする。 135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/21(火) 01:08:37.73 ID:UOL+6KIHO  三度、列車は減速する。 吊り革が力無く揺れ、窓から入る風は弱まり、 やがて、他の同様見慣れない駅に電車は止まった。  タタン、タタン。 と言う音は、もうしない。 開けっ放しになった扉を一瞥し、バッグを担ぐ。 着替えと音楽プレーヤー位しか入ってないバッグは、でかいけど軽い。 「行くか」 「まるで最初から二人組だったみたいに振る舞わないでください」 「じゃあ点検終わって、また電車が同じ道を走り出すまでここにいるのか?」 「……行きますよ」  そうして、二人、降りた。  電車には、誰も、いない。 146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 02:17:15.52 ID:UOL+6KIHO ―――  電車を降りて、駅員に直接切符を渡して改札を抜ければ すぐに駅の外にでた。人はまばらで、 しかしそれは廃れてるとか寂れてるとか言うイメージには繋がらない。 なんだろう、なんか素敵な場所だ。 この場合お上りさんとかの形容は当て嵌まらないのだが、 そんな感じを連想させるほどに俺はキョロキョロしていて、 橘はそれを呆れたような目で見ていた。 「べつに珍しくもなんとも無い町ですよ? あなただって、田舎のお婆さんのお家とか  お盆に行ったりした事はあるでしょう? なにも変わりませんよ」 「ま、確かに珍しくはないけど、新鮮ではあるよ、やっぱり」 「そうですか」  ひょいと、ズレたバッグを肩にかけ直して それをきっかけに歩きだす橘。 目的があって来た訳でなく、地の利が全くない俺は つい、それに着いて行く形で歩きだす。 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/21(火) 02:27:20.14 ID:UOL+6KIHO  ついて来るな。 と言われると思った。 思ったけれど、しかしその予想は外れ、橘はなにも言わずに俺の一歩前を歩く。 「小旅行って行ってましたよね」 「ん? ……あぁ、まぁ」 「期間はどれほどの予定で?」 「長くて一週間、短くても三泊くらいはどこかでしたいと思ってる」 「なるほど、それはそれは。しかし、行き先未定でしたのなら、  宿泊先に予約とかしてないですよね?」 「……、そういやそうだな。やっぱり空いてないかね?」 「普段ならともかく、時期が時期ですから、厳しいんじゃないでしょうか」 「そうか……」  無為無策で敢行したはいいが、 いきなり頓挫しそうな情報をいただいた。 157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 03:22:54.92 ID:UOL+6KIHO >>148  今更になって焦る。 この辺りにはカプセルホテルすらなさそうだし、 困惑と焦燥が攻めぎあう。 もっと堅実で現実なプランを練ればよかった、 こんな行き当たりばったり、ハルヒを笑えん。 急激に暗雲たちこめ暗鬱な表情に成り行く俺に、橘は心底呆れたように嘆息し 「……ま、捜せばもしかしたらあるかも知れませんし、  こういうハプニングも旅行の醍醐味じゃないんですか?  それくらい楽しめる寛容さと寛大さを持った方がいいと思いますよ?」  そんな台詞。 慰めてるのか、貶してるのか、 とにかくそんな台詞を言った後、 「では、あたしはこれで」と橘は去ってしまった。 俺の前から、 この場から。 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 03:39:16.38 ID:UOL+6KIHO  なんだろうか。 元々一人で、一人増えて少しの間だけ二人になって、 そしてまた一人に戻った。 戻った、だけなのに、こんなにも静かで、感傷というか、なんというか、 よくわからない感情が沸き立っている。 例えるなら、消失世界の、虚無感に似た、あれに近い物。 「俺が……? 橘に……? ――はっ、馬鹿らしい」  かぶりを振って、橘が行った道を少しみつめ、前を向く。 バッグを肩にかけ直し、一歩、前進。 ざとなれば公園のベンチに座って空でも眺めながら夜を明かしても良い訳だし、 寒さを心配する季節でも無い。 さて、とりあえず土産屋でも見て回ろうかね? 171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 04:37:00.80 ID:UOL+6KIHO >>162  そこからの時間は、まぁそれなりに楽しく、そこそこ愉快に過ごした。 木刀を店先に置いてるような典型的な土産屋をいくつか冷やかしたり、 普段は近寄りもしない和風な雰囲気の食事処でうどんを啜ってみたり、 橘が言っていた温泉街の付近も歩いてみて、足湯を嗜んでみたり。 色々、様々、多種多様、 家でも、学校でも、ちょっとした休日の外出でも、 味わえないのんびりとした風情ある時間を過ごせたと思う。  けれど、宿泊場所は一向に決まらずに、 とうとう夜の帳が降りてきた。 172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 04:46:07.29 ID:UOL+6KIHO  もちろん、食事とか、土産屋回りとかをしていた時も 見かけた旅館とかには顔をだして空きがないか聞いてみたりもした。 しかし、いきなり予約も無しにやってきても 早々都合よく空いてる筈もなく。 また、空いていても予算的な都合で諦めざるを得なかったり、そんな感じで、 一度は引っ込んだ焦燥が再燃した。 べつに切羽詰まってはないし、前述の通り公園で一夜を明かしてもいいのだが どうせならやっぱり布団がいいと、今更になって俺はついでではなく それを目的に旅館を探索し始めていた。  そして一カ所。  とある旅館を見つけた。  見つけたというか、目に留まった、もしくは目を惹いた。 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 04:55:57.76 ID:UOL+6KIHO  大きく、歴史と由緒がありそうな、建築物、建造物。 どっしりと構えた、その雰囲気、作り構え。 いくつか回った中でも比較的安い料金。 そんなものはあとから俺の視界に入ったに過ぎず、 もっとべつのもの、別の場所に俺は注視していた。 俺が目を留めて、目を惹かれ、目を離さないでいるのは、看板。  『橘旅館』と、その看板には書いてあった。 224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 16:10:34.49 ID:UOL+6KIHO >>174  一々、なんでその看板に目を留めてしまったのか、 なんて説明するまでも無いだろうと思う。 橘はここに実家があり、帰郷するためにきたと言っていた。 『……ま、捜せばもしかしたらあるかも知れませんし』 その、別れ際の台詞。 渋々というか、仕方ないと言うか、やむかたなしというか。 その、言い方。  俺は、自然と足を橘旅館に運んでいた。 227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 16:28:51.91 ID:UOL+6KIHO  大きな扉を前に、深呼吸。 わりかし真面目にもしかしたらと考えてる自分が恥ずかしい。 「……」  開く。 と同時に、ざわめきが大きく聞こえてくる。 広いロビーを浴衣姿の宿泊客が歩いていて、 仲居さんがパタパタと小走りに行ったり来たりしている。 「やっぱり、来たんですね」  ロビーに置かれたソファの隅、  座って読書をしていた橘が、  持っていた文庫を閉じながらそういった。 285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 22:44:31.15 ID:UOL+6KIHO >>227  予想的中とばかりに微笑む橘。 今日、初めて橘の笑みを見た気がする。 このタイミングというのが喜べないが、 手の平の上感が否めない。 「泊まって、行きますか?」 「まるで家まで送ってもらって、照れながら誘う恋人みたいに振る舞うな」 「じゃあ夜が終わって、また太陽が同じ軌道を昇り出すまで公園にいますか?」 「……泊まってく」  どこかでやったやり取り。 流れ作業の用にそれをこなし、橘は満足したのか 「ついてきてください」と行って立ち上がり、ロビーを歩いて行ってしまう。  俺は。 289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/21(火) 22:55:24.52 ID:UOL+6KIHO ――― 「しかし勝手にあがっていいのか? 何泊するのかとか料金のこととか色々あるだろう」  綺麗な木造の廊下をずんずん歩く橘。 対する俺は少し腰が引け気味、女将さんとかに怒られないのだろうか? というか橘はここの娘なのか? なら女将さんは橘の母になるのか? とか、色々を廊下を歩きながら考える。 しかし広い旅館だな、随分賑わってるみたいだし よくもまぁ都合よく空室があった物だ。 「あら、部屋は満室ですよ?」 「は?」 「それに料金の心配も必要ありません」 「……は?」 306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/21(火) 23:58:27.35 ID:UOL+6KIHO  おい、それはどういうことだ? と聞こうとしたのだが、実際に思いが言葉となって口からでる前に 橘が一つの、旅館の本館から離れた二階の部屋の前で立ち止まり、「ここです、この部屋をを使ってください」とそういった。 「ここは……?」  質問の形をしてはいたが、 促されるがままに部屋に入り、中を一見しただけで大体の辺りはついていた。 しばらく使われていない勉強机、少しだけフリルのかかったベッド、 旅館に関わらず絨毯が敷かれて、オレンジのカーテンが窓にかかっている。 「あたしが、中学生の頃使ってた部屋ですよ」 320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 00:49:49.90 ID:kaN1n75EO >>306  橘京子が中学生の時まで使っていた部屋。 今更ながら、少々以上に罪悪感というか背徳感というか、 悪い気がしてしまって仕方がない。 「本当に良いのか?」 「構いません、あたしもこの部屋に入るのは一年振りになりますし、  いまの家にはあなたなんか上げませんが、ここにはもう、なにもありませんから。  私物はほとんど残ってませんし、気にせずにどうぞ」  言いながら、自分も部屋に入り、ベッドに腰掛ける橘。 みれば、ベッドの隅に先刻橘が担いでいたバッグが置いてある、 遅まきながら気づくことだけど、しかし考えて見れば実家に帰るのに、旅行にでた俺と同じ容量のバッグ。 ほんとうにこの部屋に私物はないのだろうと、理解する。 347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 05:34:09.19 ID:kaN1n75EO >>320  理解し、納得し、 けれどやはりなんとなく後ろめたさが否めない、無くならない。 「なので、そこの箪笥を漁っても下着がでてきたりする心配もありません。  安心して好きに使ってください、朝食くらいはだしますよ」  というか、安心、ってなににだよ……。 そもそも箪笥とか漁らねえよ俺は、なんだと思ってんだ。 みたいな、ちょいとばかし疑問があったが、 素直にありがたいのも確かなので、とりあえず「……、ありがとう?」と 感謝の言葉を口にしてみた。 若干疑問形になったのは、ご愛敬と言うことで。 「いえ、……べつに、感謝には、及びません」  橘はそれを受けて、 何故かいやに歯切れの悪い反応を見せ、言った。 「善意で、あなたに接してる訳ではありませんから……」 355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 06:05:48.32 ID:kaN1n75EO ―――  そんなこんなで、気がつけば結構な時間帯。 色々、慣れない行動で溜まった疲労の所為もあり 寝るには少し早いながらも、すでに部屋の真ん中に余った布団が引かれ、 先程案内してもらった温泉にも入らせてもらい、どこと無くくつろぎモード。 「温泉なんて、何年振りに入ったっけな……」  何年も前に、家族旅行をしたときが最後だった気がする。 小さな妹と、俺と、両親。 まさか俺が一人で旅行なんてすることがあるとは、思わなかっただろう当時の俺。 しかも、偶然知り合いに出会って、そいつの世話にならなかったら 危うく公園で夜を丸々過ごすことになるところだった杜撰な流れ。 358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 06:15:37.80 ID:kaN1n75EO  『善意であなたに接してる訳じゃありませんから』  橘は、あの台詞を吐いてから、 腰掛けていたベッドに倒れ込み、身動き一つしないでいる。 このままベッドで寝ているつもりなのだろうか? というか動かないだけで本当は起きてるんじゃなかろうか? 多少は、気になってしまう。 「……」  黙っていると、少し聞こえる吐息。 その度に上下する身体。 それだけでは、ちょっと判断できない。 『善意であなたに接してる訳じゃありませんから』 「……理由がなんであれ、行為に対する感謝くらい、素直に受け取ってくれよ……」 360 名前: ◆7SHIicilOU [maximumHeart] 投稿日:2009/07/22(水) 06:28:45.93 ID:kaN1n75EO  ふと、そういえば今日という一日、 携帯を一度も開いてないのを思い出し、バッグから取り出して見ると 案の定というか何と言うか、メールが溜まっていた上に、着信もあったことが確認できる。 ……誰から、なんてのは言うに及ばず。 あの馬鹿は、返事がくるまで待つということを覚えなくてはいけない。 メールはチャットじゃないんだ、そんなすぐに返事が返ってくるわけないだろうに、 性質の悪いストーカー紛いの行動をしやがってあいつ……。  一件一件メールを確認し、七件目の内容を見たところで 残りのメールも全て纏めて削除した。 あーあ、なんかもう帰りたくなくなった。 375 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 09:25:23.12 ID:kaN1n75EO  ごろんと布団に大の字になる。 着信の方も確認はした。何回かの馬鹿からの着信と、一回の副団長からの着信。 また、あいつに迷惑をかけてしまった。 と軽い罪悪感。 かけ直そうかとも悩んだが、橘も寝てるのかなんなのかわからないし、 ロビーまで行って一般客に混じってしまうのも抵抗があるので止めた。 まぁいい、この小旅行の間はあいつらとのしがらみは一時的にシャットダウン、 ちょっと個人的に冷却期間を置きたい。そのための、旅行なんだから、 全ては帰ってからでいい。 377 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 09:39:50.49 ID:kaN1n75EO  いまは、  いまだけは、目の前にあることだけを考えていたい。  差し当たっては橘のこと、とか。 「橘」  呼び掛けてみる。 返事はなく、やはり起きてるのかどうかはわからない。 呼吸音と、動く肩が無ければ、死んだのかと勘違いしてしまうだろう程、不動。山の如し、だ。 腰掛けていた状態で横になったから、当然ベッドの布団は下敷き。 俺は二枚ある薄手の掛け布団を一枚、橘にそっとかけてやる。 反応は、やはりない。 構わない、ただの、自己満足だし。 「なぁ橘、なんとお前が言った所で、やっぱり俺はお前に感謝している、それは本当だ。  お互い立場とか考えたら、電車の時のお前みたいに接するのが自然なんだろうけどさ、  それでも、それなりに仲良く、友達くらいにはなれないか?  俺は、お前の事、嫌いにはなれそうもないし、さ」  言いたい事は言った。 聞いてくれたかどうかはわからないが、それでもいい。 ベッドから離れて、電気を消して俺も残って一枚の布団に潜り込む。 「おやすみ橘」 「……おやすみなさい」 381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 09:50:05.42 ID:kaN1n75EO ―――  翌日、の朝。 寝るのが早かった為か、目覚ましをかけてた訳じゃないのに結構な早起きができた。 早起きして、起き上がって、 欠伸をしたり、身体を伸ばしたりするまえに、俺はしばし硬直した。 「あら、起きましたか。おはようございます、朝食はできてますよ?」 「まるで新婚みたいに振る舞うな」 「食べないんですか?」 「……食べる」  橘が、布団から少し離れたテーブルの前に座りこみ、 すでに食事を開始していた。 向かい側には俺の分と思わしき朝食が並んでいる。 450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 18:29:49.44 ID:kaN1n75EO >>381  流石に浴衣まで借りるのは抵抗があったため、寝巻ではなく普通に私服ではあるが しかし寝起きを同い年の女子に見られるのは結構羞恥。 顔を洗いたいし、寝癖も直したい。 が、まぁ、平然と目の前で同じ内容の朝食を口にしてる橘を見てると そんなことも少しどうでもよくなる。 新感覚だった。 「あ〜、いただきます」 「召し上がってください」  味噌汁を飲みながら、投げやりに言う橘。 457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 18:48:43.69 ID:kaN1n75EO 「……?」  席、という明確な位置付けはないけれど とにかく橘の対面に座って初めて、違和感を抱いた。 これは……。 「ときに橘、聞きたいんだが」 「なんでしょうか? 毒なんかは入れてないですよ」  ――入れてない。 いやいや、この台詞はまだべつに普通だ。 毒はあとから混入させられる。 「この朝食は、お前が?」 「えぇ、この時間は忙しいですから」  ……、えーと。 「いただきます……」 「? どうぞ」 459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 18:58:16.95 ID:kaN1n75EO  橘が開けたのだろう窓から風が入ってくる。 まだ朝早いためか、土地柄なのか、入ってくる空気は熱に澱んでいず、比較的爽やか。 女子の手作り朝食という過去にない経験に困惑しつつ、 自宅の台所で作ったらしい橘の料理の上手さにまた驚愕しながら舌鼓を打ちつつ、 向かい合って食べてるにも関わらず、会話も無しに黙々と箸を口に運ぶこの光景は どことなく倦怠期夫婦の食事風景みたいだなあとか思っていた。 ……いや、だからなんで夫婦とかなんとかに想像がいくのだ、 べつに仲良くない奴と班になって給食を食べる小学生とかでも例えはよかっただろうに。 「橘って、料理上手なんだな」 「……人並みですよ」 「……そっか」 461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 19:07:23.38 ID:kaN1n75EO  重い空気は、打破しようとした結果、より強固な物となって確立されてしまった。 仕方ない、早く食事を終えて、またぞろ街探索にでもでかけよう。 今日も快晴みたいだし、ぶらりと散歩するにはいい天気。 「ご馳走様」 「ずいぶんと早いですね、量、足りませんでしたか?」 「いや、十分だ。まともな朝食なんか久しぶりに食べたしな」 「そうなら良いですけど、ともかくお粗末様でした」  先に食べていた橘よりも早く箸を置いて、 布団横に置いていたバッグから携帯と財布を取り出す。 流石にあのあとに着信があった様子はない、あったとしてもとりあえずは無視だが。 473 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 19:31:43.65 ID:kaN1n75EO  用意が終わり、立ち上がる。 本当は上着も着替えたかったが、どうせ一人で散歩するだけだし 橘をでていかせる訳にもいかないし、 そこまで気にする必要もないかと思い直し、顔を洗うために洗面所の場所を聞こうと振り返ると 橘が行儀悪く箸をくわえてこちらを見ていた。 「もう出かけるおつもりですか?」 「あ、あぁ、昨日は途中から見て回るどころじゃなかったからな」  橘は「ふうん」と言ってから、 食事を再開して。 「ならもう少し、待っててください」 476 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 19:45:37.77 ID:kaN1n75EO ―――  てくてく、と、橘が歩いていく。  テクテク、と、俺が一歩後ろをついていく。 『ならもう少し、待っててください』 『あたしも、戻ってきたはいいけれで暇ですし』 『案内も兼ねてご一緒しましょう』  そういって、食事を終えて、 そこは男女の違いか、着替えると言って俺を一時的に部屋から追い出した橘。 先程までとは違い若干お洒落着にも見え、扉の前でそれを待っていた俺としては 色々と思うところがあったり。 で、対する俺はというと、結局着替えていない。 482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 19:54:33.31 ID:kaN1n75EO  てくてくと、テクテクと、 朝の空気が暖かくなっていくのを肌で感じる町並みの散歩。 こっちへ行くと、それがありますよ。 あっちに行くと、どれがありますよ。  そんな案内を聞いて、 非常にのんびりな歩調で歩む。 「昨日はあそこで食べたんですか」 「あぁ、結構美味かったぞ。安かったし――ってお前に言っても今更か」 「いえ、あたし行ったことありませんし」 「……そういや、昨日も近すぎるから逆に行かないとか行ってたな」 「えぇ、地元の事ほど無知なんですよ、案内とか言いましたけど、  実際は、美味しい食事処とか聞かれてもわかりません」 「おいおい……」 494 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 20:28:03.64 ID:kaN1n75EO  一夜を共にした、とか言うと語弊がありし誤解を受けそうだが、 とにかく昨日からの紆余曲折が少しだけ橘との距離を縮めたのか こうして話してるいま、今までで一番会話がまともにできてる気がした。 ほんのり、嬉しかったりしたり。 「そうですか……、美味しかったのなら今度行ってみることにしましょう」 「そうしてみたらいい」 「えぇ。では、次行きましょう」 「はいはい」  こうした、振り回されるとはまた違う、強引な感じが俺は心地よいと思っていた。 あの馬鹿とはベクトルの違う、穏やかで静かな強引さ、自然と微笑みが浮かんだ。 499 名前:焼売食べてた、ついでに昨日は冷し中華だった、腹一杯になると眠い[mage] 投稿日:2009/07/22(水) 20:39:48.92 ID:kaN1n75EO 「なに、笑ってるんですか?」  前を歩いて、俺に背中を向けていた筈の橘が、雰囲気で気づいたのか くるりとその場で反回転しこちらを睨みながら後ろ向きで歩き、問うてくる。 その行動を危ないと注意するかどうか少し悩んで、なにも言わず、 代わりに質問に答える 「なんでもない、ちょっと楽しくなってきただけだ」  ピタリと、足を止める橘。 目を細めてさらに俺をじっと見つめてくる。 やや気圧されて、一歩後ろに下がる俺、微妙に情けない。 「それは狡いですね」 「んあ?」  よくわからないことを言い出した。 狡い、楽しんでることがか? 「あー、それは橘は俺といても楽しくないぜー、っていうアピールか?」 「そうじゃなくて―― ――あたしも楽しくさせてくださいよ」 512 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[hage] 投稿日:2009/07/22(水) 21:00:20.01 ID:kaN1n75EO  その会話を皮切りに、外出の目的は橘によう観光案内から、 橘の要望に俺が答える。 まるで彼女の我が儘に付き合うようなただのデートみたいになった。 まずは小さな喫茶店に入ってパフェを奢ってやり、一緒に俺もコーヒーを飲んだり。 街に一つのデパートでウィンドウショッピングに付き合ったり、  終始、というか始終、橘に逆らえなかった―、違うな、逆らう気が起きなかった。 振り回されるんではなく、服の袖を掴んで一歩先から引っ張られるイメージ。 それが一日を通して橘に抱いたイメージだった、 勿論、実際にはそんなことはせず、先を進んで 欲しい物があったときに、じっとこちらを見つめるだけの静かな物だったけれど。 516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[yuge] 投稿日:2009/07/22(水) 21:07:30.15 ID:kaN1n75EO ―――  タタン、タタン。 電車は非常にゆっくりとした速度で進む。 いまこの車両には、俺と橘含めて四人しか乗客がいない。 一般的な壁に沿う形に座席が配置された車両ではなく、 二人用の席が向かい合うような配置になってる、ボックス席仕様のこの電車。 橘は窓のサッシに肘をついて、俺から顔を背けて窓の外を見ている。 窓は半分程開けてあり、橘のツインテールがなびいている。 「色々、ありがとうございました」 「俺の方こそ、部屋貸してもらったり、朝食も作ってもらったり、案内してもらったり、  世話になりっぱなしだったから、少しでも喜んで貰えたならありがたい」  橘の横、空いてるスペースに小さな鞄が置いてある。 といっても、ショルダーバッグやウェストポーチみたいな 普通の女子高生が持ち歩く物ではなく、まるで俺の足元に置かれているボストンバッグのような物、 そしてその脇には一つの紙袋、 向こうで増えた、一つの洋服。 523 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[kage] 投稿日:2009/07/22(水) 21:13:37.83 ID:kaN1n75EO 『これ、素敵ですね』  礼と言うか、感謝と言うか、 その他嬉し恥ずかしの理由と言うか。 その時だけは、こちらから買うと口にした。 『え? いいんですか?』 『あ、ありがとう、ございます……』  タタン、タタン。 列車は相変わらずの速度で線路上を走る。 車両にいるのは、俺と橘だけ。 532 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[nige] 投稿日:2009/07/22(水) 21:26:29.39 ID:kaN1n75EO  この三日間、ほんとうに色々あった。 色々ありすぎて描写しきれないほどに、濃い三日間だった。 橘と、仲良しこよしとまではならなかったが。 「来年もどこか行く予定で?」 「まぁ、来年は受験もあるからわからんが、今回は楽しかったし、また行きたいとは思ってる」 「そうですか、ならその時には連絡ください」 「わかったよ」  この程度には仲良くなった。 そこまでの過程になにがあったのかは秘密だがな。 550 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 21:40:00.37 ID:kaN1n75EO  減速し始める電車、 見慣れた景色が窓の外に見える。 懐かしいとまでは行かなくても、生まれも育ちも同じこの街、 やっぱり落ち着くものがある。 どこか旅をするためには、戻る場所が必要だというのはよくわかった。 気がする。  タタン……、タタン……。 560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 21:51:41.85 ID:kaN1n75EO  電車を降りて、機械に切符を通して改札を抜けて駅の外にでた。 人はまばらで、しかし見慣れた光景と、安堵した。 携帯に、三日間で溜まったメールと着信、ここに戻ってきた以上対応しなければならない。 けれどそのまえに。 「それじゃあな、橘」 「えぇ、さようなら」  ここからは、道が違う。 俺は駅前に三日前から停めといてあった自転車で、 橘はバスで、それぞれ帰宅する。 こっちの、いまの橘の家にはお邪魔したりしない。 区別分別。 567 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[HerbTea] 投稿日:2009/07/22(水) 22:00:37.17 ID:kaN1n75EO  バス停で、バスがくるまで待ち、 やってきたバスに橘が乗り込むのを見送ってから 自転車に跨がり、カゴにバッグを突っ込みペダルを踏み込む。  いつもの道、自分の自転車、 しばらく進んだ所で携帯が震えたのを感じて取り出すと、 画面には橘京子の名前があった。 588 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 22:30:07.10 ID:kaN1n75EO ―――  あれから、一月。 予想通りあの馬鹿に首根っこ抑えられて合宿と名ばかりの旅行をしたり、 夏祭りとかプールとかを堪能させられて、気付けば夏休みも、残り僅か。 遊び疲れたのかなんなのか、久しぶりにできたフリーの今日、 なんとなしに手持ち無沙汰で散歩にでた。 自転車を使わず、徒歩でテクテクと、いつもの駅前の広場ではなく ローカル駅の方へ、のんびりとした歩調で歩みを進める。 「あ……」 「え? あ……」  レモン色のワンピース。 俺が勝手やった洋服を着た、橘がいた。 「……着てくれてんだな」 「まぁ……」 「……そっか、よかった」 「とりあえず、どこか行きましょうか?」  少し離れた距離、 話しながらこちらに近づいてくる橘。 一月ぶりに会うと言うのに全然普通で、溜息。 589 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/22(水) 22:31:01.67 ID:kaN1n75EO  俺の一歩先に立ち、じゃあ行きましょう、と言って そのままこちらを見ながら後ろ向きに歩きはじめる。 その行動を危ないと注意するかどうか少し悩んで、なにも言わず、 代わりに微笑んでみた。 「ねぇ、キョンさん」  名前で呼ばれた。 咄嗟に、立ち止まってしまう。 「あの時の返事、今更ですけどしていいですか?」  あの時、ってあの時のか……。 自然と緊張する俺。 「よろしくお願いします、キョンさん」 「……いいのか?」 「はい。それにあたし」  橘はそこで台詞を区切って、 一拍置いてから、素敵な笑顔を俺に見せてくれた。 「やっぱり、キョンさんの事、嫌いじゃないみたいですから」       Fin 614 名前: ◆7SHIicilOU [] 投稿日:2009/07/22(水) 22:42:39.48 ID:kaN1n75EO __     ̄ ̄ ̄二二ニ=- '''''""" ̄ ̄            -=ニニニニ=-                           /⌒ヽ   _,,-''"                        _  ,(^ω^ ) ,-''";  ;,                          / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;,'                      (.゛ー'''", ;,; ' ; ;;  ':  ,'                    _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'  ┼ヽ  -|r‐、. レ |                 _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ  __ノ 636 名前: ◆7SHIicilOU [ttp://magister01.blog64.fc2.com/] 投稿日:2009/07/22(水) 22:57:14.85 ID:kaN1n75EO とりあえず二部の構想は半分くらいしか無い やる気はもっとない 少なくともこのスレには収まらないし、乗っ取りが基本的に専門なので でも、橘とキョンがこれ以降どうなったのか気になる人はまぁ薄く期待しててもいいんじゃないですか? ブログでやるかもしんないし 647 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/22(水) 23:07:28.96 ID:kaN1n75EO 橘「それではみなさん   長い間お付き合いいただき   ありがとうございました   非常にスローペースでしたが、最後までみてくれて   スレを保守、支援してくれた方々には本当に感謝しています   おやすみなさい、また会う日まで、   あなた達の事、嫌いじゃないです」 849 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/23(木) 22:17:43.89 ID:+UavFk2iO ―――  稟と、ベルがなる。 ひんやりとした空気が身体を抜けて後ろに流れていく、 顔見知りになった店員に挨拶をして、いつもの店奥の席に足を運ぶ。 二人掛けのテーブル、そこにはすでに珈琲が一杯、置かれている。 俺はそのカップが置かれている方の反対の椅子を引いて座る。 「待たせたな」 「べつに、いつもの事ですから」  軽い会話をこなして、 先程の店員に自分の分の珈琲を頼む。 855 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/23(木) 22:36:20.95 ID:+UavFk2iO  煩くない程度に、クラシックの曲がBGMに流れている。 木造のモダンな雰囲気のこの喫茶店、 もう結構な常連になっている気がする、お気に入りの場所。 あの馬鹿達には教えてはいない。  頼んでから、二分もしない内に店員が珈琲を持ってくる。 礼を言って、机にあるミルクと砂糖を入れてかきまぜる。 香り高い珈琲を一口、変わらない味を口の中で楽しんで飲み込む。 それを見計らって、先にあったカップの持ち主が話し掛けてくる。 「しかし、一ヶ月振りだと言うのに態度が素っ気ないですね、キョンさん」 「お互い様だろ、橘」  そんな感じで、いまの所俺達はそこそこ仲の良い間柄を持続させていた。 861 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/23(木) 22:57:34.14 ID:+UavFk2iO  橘は、相変わらずツンケンした態度なのだが、 稀にだが笑顔を見せてくれるようになった。 ……極稀だが。 「今年はどちらのご予定で?」 「ん〜、海外にでも行きたい気分だなー、って……」 「海外ですか、あたしに語学力を求めないでくださいね」 「苦手なのか?」 「日本語以外は苦手なんです」 「……」 863 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/23(木) 23:05:11.95 ID:+UavFk2iO  カチャ、っと瀬戸物同士が触れる音。 小さな、甲高い音。 一度橘が珈琲を口に含んで、カップを置いた音。 「そもそも、パスポート持ってないですあたし」 「俺も持ってない」  ま、この辺りの会話は冗談の範疇。 俺だって海外なんか行った所でどうにもならない。 「そうだな、京都、行きたいな」 「京都、ですか」 「好きなんだよ、日本の都道府県で唯一好きって言える場所だ」 「そう言えば前にも言ってましたね」 902 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 01:48:09.11 ID:WAXCVPRLO >>863  あの日の、近くの駅の終点から始まった小旅行も、 もう何度目になるのだろうか。 距離と時間を少しずつ伸ばして、今回は一週間から二週間くらい 旅先に滞在したいとか思っている。 そのために慣れない短期バイトもいくつもして、倍にすれば七桁を超える額貯めた、 プランも、ある程度は決めて動くようにした。 ……と言っても、プランニングするのは毎度橘の役目だけど。 「京都……、中学の修学旅行以来ですね」 「俺もそうだな」 「キョンさんには悪いですけど」  橘が、ちょっと面白くなさそうに俺を見つめる。 俺もカップを置いてそれに真っ向から返す、 まるで見つめ合ってるような状態だが、橘は問題なく素直におしゃべりをする。 「あたし、京都あまり好きじゃないんです」 「そりゃ、どうしてだ?」 「名前、被ってますから」 905 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 02:02:03.51 ID:WAXCVPRLO ―――  受験生の自覚がどうとかこうとか、まぁ色々甘受しなくてはならないだろう俺。 成績に余裕があるならともかく、あの馬鹿や橘に教えてもらってるとは言っても結構一杯一杯で、 二年から三年に進級したときもギリギリチョップだったというのに 今年の夏休みは勉強宿題なんのそので二週間旅行にでるというのだから 本当に我ながら将来が心配だったりする。 いや、それでもこと最近に限ればそこそこ成績も右肩上がりなのだが、 余裕がないのは同じこと。 「橘は余裕あるのか?」 「そんなのあるわけないじゃないですか、受験に必須、重要科目の英語がさっぱりです」 「……だめじゃねぇか」  職にあぶれたらどうしようかね……? サラリーマンになりたい訳じゃないけど、さ。 「あたしと旅館、継ぎます?」 「へ?」 「なんでもないです」 「……ま、それもいいかもなー」 「そうですか」 912 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 02:21:11.95 ID:WAXCVPRLO  旅館、を継ぐね。 それはそれで楽しそうだな……。 あの橘旅館で毎日沢山の客の相手をして……、ってちょっと待て それって橘のとこに婿養子に入るってことか? つまり、いま俺かなりの衝撃告白されたんじゃなかろうか。 ……ま、いいか。 「どうしましたか?」  無意識に立ち止まっていたのか、橘が振り向いて怪訝そうにこちらを見ている。 関係ないけどいまの橘はツインテールじゃなくてポニーテール、 俺が好きだという理由で少し前から変えてもらった。 さらに関係ないけれど、髪を完全に解いた橘は黙っていると儚い媛様みたいだった。 915 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 02:25:25.73 ID:WAXCVPRLO 「いや、なんでもない」  何事もなかったかのように、橘の横に並び先を促す。 橘は嘆息をつくでもなく、問いただす訳でもなく、黙ってまた横を歩く。 一歩先ではなく、横を、同じペースで、並んで歩く。 いつからこうした形になったのかは、いまいち覚えてないが、多分橘が気まぐれで 突然横を並んでみて、そのまま定着したのだろうと推察する。 「この後どうする?」 「映画でも見ましょうか」 「それもいいな、見る映画は任せるよ」 「そのつもりです」 918 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 02:45:27.30 ID:WAXCVPRLO ―――  強い日差し、生暖かい風、 人込み、人混み、雑多な群れ。 アスファルトから反射してくる熱、陽炎。 そのどれもが夏を感じさせる要因で、 同時に俺達を苦しめる原因でもあった。 映画館の中は空調が効いていたのだが、 逆にそれが外の暑さを、体感的に熱さにまで引き上げることになった。 「熱いですね」 「のわりには、涼しい顔だな」 「いえ、本当に熱いですよ……?」 「冷たい物でも食べるか、奢るよ」 「それはありがとうございます」 「おぉ、素直に感謝できるんだな」 「ぶちますよ」 925 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 03:01:23.27 ID:WAXCVPRLO  他愛もない会話。 丸一日たてば大半を忘れててそうな、雑談。 ぶちますよ、とか言っても、橘がそういって手を上げたことは いままでに一度もないし、俺だって本気で言ってる訳じゃない。 軽口、冗談の粋。 「どれがいい?」 「いちごがいいです」 「わかった」  シェイクを買って、日陰でストローをくわえながら さっきみた映画の話しをして盛り上がったり。 さっきの話に戻って、京都に行ったらどこを回ろうかとか。 まるで、恋人とデートしてるような感覚を覚える。 まるで、彼女とデートしてるような錯覚に陥る。 それは願望か否か。 橘はどう思ってるのか、とか。 「バニラ一口ください」 「じゃあストロベリー一口よこせ」 「はいどうぞ」 「さんきゅ」 953 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 10:02:45.41 ID:WAXCVPRLO もう1000か… 970 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/24(金) 12:43:47.60 ID:WAXCVPRLO 落としてくれていい 次スレもいらないよ ぶっちゃけ、最初にFinって書いた時に落ちてくれたら最高だったんだけどね