キョン・ハルヒ「「ペルソナ!」」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:18:53.46 ID:W39N/MaM0 「最初に気づいたのは、いつだったかしら。もう、随分ここに居るから、どれぐらい前だかわからなくなっちゃったわ」 漆黒のカーテンに開けられた巨大な穴のような満月が、俺たちの立つ、モナドの塔の屋上を、青白く照らしている。 その月光を背負うようにして、巨大な槍を片手にぶら下げたハルヒが、俺たちの前に立ちふさがっていた。 「影時間に初めて気が付いた日。私は、どうして良いか分からなくて、まず、真っ先に学校を目指したの。  あの日の夢のように、学校に行けば、全てが元に戻るかもしれないと思って」 逆光の所為で、ハルヒがどんな表情を浮かべているか、いまいち読み取ることが出来ない。 解読不可能の表情のまま、ハルヒは平坦な声で、言葉をつむぐ。 「そこでね、あいつに会ったのよ。あいつは、私に全てを教えてくれたわ。  私の持つ力のことも、この影時間の正体も。  私が望めば、手に入らないものなんてこの世にはない。  あいつはそれを教えてくれたの」 俯いていたハルヒが、ゆらりと面を上げ、俺たちを見る。 笑っている。 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:21:20.77 ID:W39N/MaM0 1http://www.vipss.net/haruhi/1247129327.html 2http://www.vipss.net/haruhi/1247388757.html 3http://www.vipss.net/haruhi/1247659781.html 4http://www.vipss.net/haruhi/1247831528.html 締めんぞオラ 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:28:26.70 ID:W39N/MaM0 「でもね。私は未熟だったから、その力を使いこなすことが出来ない。  私が本当に全てを手に入れるには、私が強くならなきゃならない。あいつはそうも教えてくれた。  私は当然、それを求めたわ。望むもの全てを手にできる存在に、私はなりたかった。  だから私は、あいつを受け入れたの。一つになったの。  そうして、タルタロスが生まれた。あの塔はね、私の心の中の世界だったの。  シャドウを倒すことで、私は私の心のもっと奥へと入って行ける。  シャドウを倒す為の力も、あいつが授けてくれた」 そう言うと、ハルヒは槍を持たないほうの手を、スカートのポケットへと挿し込み そこから、一枚のカードを取り出した。 「心が開けるたびに、私の力は強くなった。ペルソナも増えていったわ。  私は毎日毎日、影時間が来るたび、タルタロスに行った。  上の奴らなんかつまらないから、私はずっとモナドに居たわ。  それは誰にも知られない、私だけの時間だった。  でも、そこに何故か、あんたたちが入り込んできた。  あの日、モナドに落ちてきたあんたを見て、初めてそれを知ったの」 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:34:13.16 ID:W39N/MaM0 「もう……全てを、知っていたというのですか、あなたは」 古泉が掠れた声で呟く。 「もちろん」 ハルヒは笑顔を浮かべ、答える。 「私の力も、古泉君や有希が何もなのかも、全部分かったわ。  そりゃ、びっくりしたわよ。それなりに。  でも、私はそれよりも、自分の力の全てを手に入れたかった。  そうすれば……或いは、全てをなかったことにだってできるかもしれないじゃない」 ふ、と。ハルヒの浮かべている笑顔の性質が、僅かに変わった気がした。 何かを悼むような視線を、空中に泳がせながら、ハルヒは言葉を続ける。 「あんたたちが私の邪魔をしに来たんだと思って、どうしてくれようかと思ったんだけど。  でも、どうやらあんたたちは、私が力を手に入れて行くのを手伝ってくれてるみたいだった。  だから、私はずっとモナドに身を潜めて、あんたたちが全てのシャドウを倒してくれるのを待ってたの。  もう面倒だったから、影時間の外に出るのもやめちゃったわ。そうしたいとおもったら、できちゃったの」 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:45:20.26 ID:W39N/MaM0 頭の中で、ハルヒの言葉を整理する。 俺たちが倒してきたシャドウは、ハルヒが自分の力を引き出すためのカギのようなものだった。 そして、その全てが倒された今。 「私は深層、モナドと一つになった。キョン、あんたたちの手助けのおかげで、予定よりずっと早くにね。  それと、そっちの……あなたたちのことは、いまいち知らないけど。  何にしろ、助かったわ。ありがとうね」 ハルヒが、アイギスたちに向けて微笑む。悪意のかけらも感じない、純朴な微笑が、逆に気味悪く感じられる。 「有希は……有希には、何をしたの!」 俺の左後ろで、朝倉が吼える。両手でアーミーナイフを硬く握り締め、今にもハルヒに掴みかかりそうな剣幕だ。 しかし、其れをしないのは、深層心理で分かっているのだろう。 ハルヒは、俺たちが容易く勝てるような相手じゃない。 「さあ、私は知らないわ。ただ、あいつがね。有希は厄介だから、手を打つとは言ってたわ。  何をしたのかは知らないけど、私も、有希が味方になるのは嬉しかったし。  ま……あんたたちが殺しちゃったみたいだけど」 「違う、有希を殺したのは、あなたよ!」 朝倉がそう言うと、ハルヒはあきれたようにため息をつき 「安心しなさいよ。もうすぐ、こんな世界、なかったことにしてあげるから。  今度はね、もっとまともな世界に書き換えてやるわ。  古泉君も、みくるちゃんも、有希も、出鱈目な存在じゃなくて、私にも、たいした力なんてない世界。  ……おかしいわね。あんなに欲しがってた不思議が、こうして手に入れてみると、いらなくなっちゃったんだから」 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:52:20.43 ID:W39N/MaM0 ハルヒの言っていることは、本当なのか? 俺は薄ら笑いを浮かべるハルヒの顔を見つめながら、考える。 つい先刻、長門が俺たちに残した言葉。 ――ハルヒもまた、心を食われている。 ――"混沌"に。 混沌。ハルヒの言う"あいつ"というのが、その混沌という奴なのだろうか。 ハルヒはそいつを受け入れ、一つになったと言っていた。 しかし、そいつはいったい何のために、ハルヒにハルヒの力の存在なんかを教えたんだ。 そして、俺たちや、長門までもを巻き込んで、ハルヒの力を強めることを促したんだ。 「やることは、あと一つなのよ。  このモナドの塔から、あんたたちの存在を消す。  私とモナドの間を遮るものは、それで一つもなくなる。  そして……私は、世界を作り直すの。  ねえ、あんたたちにも悪い話じゃないでしょ?」 ハルヒが言う。 本当に、ハルヒの言うとおりの事が起きるのだろうか。 ハルヒの力は、本当にハルヒのものになろうとしているのか? 俺にはどうしてもそうは思えなかった。 ハルヒの中に、ハルヒではない何かがいる。 そいつが、ハルヒの力を食おうとしているのだ。 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 16:58:50.88 ID:W39N/MaM0 「おとなしくやられてくれる気は、ないみたいね」 しばらくの沈黙の後、ハルヒがため息をつく。 俺の右手は剣を握り、左手には召喚器が握られている。 おそらく、俺の後ろに並ぶ他の面々も、同様に戦闘体勢に入っているのだろう。 ハルヒ、待ってろ。今、お前の目を覚まさせてやる。 「どっちにしろ同じことよ。無理矢理にでも、あんたたちにはここから出てってもらうわ」 そう言って、ハルヒは。 手にしたカードを、空中へ放り投げた。 同時に、そのカードが巨大化する。 俺の拙い知識でも、かろうじてそのカードが、一体何であるかが分かる。 それはタロットカードだった。13番目のアルカナ、死神のカード。 「ペルソナ」 ハルヒが呟くと同時に、巨大化したカードが輝き、ハルヒの体を、青白い光が包み込んだ。 「ペイルライダー!」 その声を合図に、ハルヒの頭上に、見覚えのある容貌の骸骨が現れる。 先刻、俺たちの前に現れた、あの大鎌の死神だ。 しかし、先ほどとは異なり、今回は漆黒の馬に跨っている。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:07:00.71 ID:W39N/MaM0 『み、皆さん、聞こえますかっ! えっと、ペルソナが……タイプ、死神のペルソナです! 何をしてくるか分かりませんけど、注意してください!』 すばらしくアバウトなナビゲーションを合図に、俺たちは各々、ペルソナを召喚する。 「ベアトリーチェ、ニブルヘイム!」 真っ先に攻撃を繰り出したのは、朝倉のペルソナだった。 放たれた無数の氷の矢が、吹雪と共に、ハルヒと、その頭上の死神を襲う。 しかし、それらは対象の体へ触れる前に、奇妙な壁のようなものによって阻まれ、底に吸い込まれていってしまった。 「効かないわけ?」 ギリと奥歯を噛みながら、朝倉が悪態を吐く。 そんな朝倉を見て、ハルヒがふっと口元を緩め、叫ぶ。 『ベノンザッパー!』 死神を載せた黒馬が駆け、俺たちに向けて大鎌を振るう。 その太刀筋から、淀んだ紫色の光が放たれ、俺たちを続けざまに襲った。 「くっ」 反射は間に合わなかったらしく、俺たちは攻撃をモロに食らってしまう。 ペルソナの身体能力上昇効果によって、多少のダメージの軽減はある。しかし、鎌で斬りかかられたということに換わりはない。 そして、追い討ちをかけるように、全身を襲う奇妙な気だるさ。吐き気。 毒か。 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:14:12.67 ID:W39N/MaM0 『! み、皆さん、すぐに毒を受けた人は、治してくださいっ! なにか、よくないものが来ますっ!』 「あっはっは、勘が良いわね、みくるちゃん!」 俺のほかにも、数名が毒を受けたらしい。攻撃を回避した一分の面々が、回復を行おうとするが、間に合わない。 「ペイルライダー!」 『ペストクロップ』 声の後、ハルヒの立つ場所を中心に、赤い光の渦が巻き起こった。 そこから数閃、解れるようにして光の帯が放たれ、弧を描きながら俺たちへと降り注ぐ。 『よっ、避けてください、お願いですっ!!』 朝比奈さんが叫ぶ。俺は毒で重くなった体を必死で動かし、高速で接近してくる赤い光を、辛うじて回避した。 直撃は免れたというのに、目の前をその光が横切った瞬間、心臓が大きく脈打つのを感じた。 こいつを食らったら、やばい。本能がそう告げている。 とにかく、何をするにも毒が邪魔だ。 「メサイア!」 『メシアライザー』 光の彫刻を呼び、一切の不浄を癒す合言葉を叫ぶ。 ついでに傷も癒えてくれるのだからありがたい。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:20:33.06 ID:W39N/MaM0 「うらあああ!!」 癒しの光が消え去った直後、俺の隣を駆け抜けて、両手で日本刀を握り締めた伊織が、ハルヒに向かっていった。 それとほぼ同時に、コロマルが同様に駆け出す。その口に、短刀を咥えながら。 ガキン。 伊織が振り抜いた剣閃を、ハルヒの槍が止める。 そのまま押し切ろうとする伊織が、在ろうことか競り負けているではないか。 ハルヒ。お前も我が妹並みの、怪力の持ち主となったというのか。 「ワウッ!」 そこに、コロマルが飛び掛る。ハルヒが咄嗟に、伊織の剣を受け流しながら、身をよじらせた。 直撃は免れた。しかし、ハルヒのセーラー服のわき腹に、一線の傷が作られる。 「邪魔よ!」 僅かなダメージが気に障ったのか、ハルヒは怒りを孕んだ口調でそう叫び、両手で構えた槍を振るった。 その刃が、コロマルと伊織の体を一度に切り裂く。 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:28:29.43 ID:W39N/MaM0 「順平、コロちゃん!」 傷を受けて、地面に投げ出された二人に向かって、岳羽さんが駆け出す。 俺たちは今のうちに、回復する隙を作らなければ。 「ネミッサ!」 『戦の魔王』 「ウェルギリウス、アローシャワー!」 ペルソナを呼んだのは、俺と古泉だった。 巨大な光の矢の嵐と、無数の光の腕が、ハルヒを襲う。 が。 「ペルソナぁ!」 攻撃がハルヒに届く直前に、ハルヒはポケットから新たなカードを取り出し、それを空中へ放り投げた。 同時に、死神ペルソナの姿が消え、新たに別のペルソナが現れる。 そいつは……どう形容すべきか。コンクリート(だと思う)の床から、顔面を半分だけ突き出したかのような、果てしなく不気味で、また、あまりにも巨大なペルソナだった。 『あっ、ぺ、ペルソナ、タイプ悪魔です!』 現れた悪魔ペルソナは、ハルヒの背後で、まるでハルヒを飲み込もうとするかのように、巨大な口を広げた。 そこに、俺たちの攻撃が届く。しかし、攻撃はハルヒの体をすり抜け、背後の巨人の口へと吸い込まれていってしまうではないか。 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:37:48.41 ID:W39N/MaM0 「キョン、ワイルドって、こういう風に使うのよ」 にやり。と、嫌味たらしく笑顔を浮かべながら、ハルヒが言う。 ああ、畜生。俺はどこのワイルド使いよりも、ペルソナの扱いが下手なようだな。 「次よ、ヴァルナ!」 ハルヒが叫ぶと、巨大な頭部が消え去り、新たに、ハルヒの頭上にペルソナが現れる。 青白い全身に、白い彫刻と、鋭利な刃を、付けられるだけつけました。とでも形容すべきか。 これまでの二体に比べれば、随分と現実的な姿をしたペルソナだ。 『ふえ、タイプ、節制です! あと、氷です!』 徐々に朝比奈さんのナビが分かりやすくなっていることに、軽い感動を覚えつつ、俺はそのペルソナの挙動に注意を払った。 青白き体のペルソナは、一瞬、何かを苦しむように体を屈めた後 『終わる世界』 と、吼えながら、天空を仰いだ。 同時に、その胸の前に光の玉が現れ、そこから無数の光の帯が放たれ、俺たちを襲う。 畜生、全体攻撃ばっかり連発しやがって。 「テトラカーンっ!」 咄嗟に、我が妹が魔法の壁を張ってくれたお陰で、直撃は免れた。 状況を確認する。コロマルと伊織は、既に回復を受け終えたようだ。しかし、相手の耐性が不明なため、下手に動けないといったところか。 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:43:56.72 ID:W39N/MaM0 「レーオポルト、ギガンフィスト!」 「カーラ・ネミ、アサルトダイブ!」 森さんと天田がペルソナを呼び、各々の肉体言語的スキルを命じる。 二対のペルソナの突撃を、ハルヒのペルソナが受けとめる。 ATフィールドの残像が見えそうな、強烈な競り合い。俺はそこに追撃を加えるべく、例のヤツを呼んだ。 「来い! あと、いい加減名前教えろテメェ!」 最近、ようやくこいつの使い方が分かってきた。 ようするに、こいつはただ呼べば出てきてくれるのだ。召喚器などを使わず、ただ叫ぶ。 俺の眼前が青白く染まり、名称不明のタトゥー男が現れる。 と、瞬間 「なっ、何よ、そいつ」 ハルヒがタトゥーの姿を見て、何やらうろたえている。 と、その影響か、ハルヒのペルソナの力が、一瞬衰えた。そこに、森・天田両名のペルソナの攻撃が叩き込まれ、ハルヒのペルソナが後方へ吹き飛ばされる。 「痛ぅ!!」 ペルソナの痛みは、使役者の痛み。ハルヒが苦痛に顔をゆがめ、胸を押さえる。 「何だってのよ、ヴァルナ!」 苛立ちを隠さずあらわにしながら、ハルヒが再び、あの青白いペルソナを呼ぶ。 しかし。現れたそいつの様子が、明らかにおかしい。まるで、何かにおびえている様に。 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 17:54:04.95 ID:W39N/MaM0 よく分からんが、チャンスなのは確かだろう。俺はタトゥーに向けて指示する。 「例のヤツだ!」 『地母の晩餐』 そのコールと共に、大地が割れるかのような衝撃が走り、地表から強烈な閃光が立ち上る。 「きゃああっ!?」 ハルヒが絶叫するのが聞こえる。こいつの威力はお墨付きだ。 光が止むと、辛そうに体をかがめながら立つハルヒの姿があり その目の前に仁王立ちとなった、青白いペルソナの姿がある。 と、刹那。その巨体が膝を折り、地面に倒れこみ、消え去る。 「この……キョンの癖に、キョンの癖にいい!」 忌々しげに顔をゆがめ、ハルヒが俺をにらむ。お前はどこのガキ大将だ。性質的には大差ない気もするが。 「あんたの所為で、消えちゃったじゃないの、ヴァルナああああ!」 そう吼えながら、ハルヒは新たにカードを取り出す。 三枚同時に。 ちょっと待て、お前。何をする気だ。 「ヘカテ、アンリ・マンユ、フドウミョウオウ!!」 マジか。 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:01:09.48 ID:W39N/MaM0 「冗談でしょっ!?」 背後で、岳羽さんが叫ぶ。ああ、俺も冗談だと思いたいです。 俺たちの目の前に、三体のペルソナの姿がある。 顔だけ獣の女性のようなペルソナ。カニをえらくグロテスクにしたような四つん這いのペルソナ。赤黒い肌の、剣を持った男性型ペルソナ。 「キョンの癖に、ふざけんなあああ!」 ハルヒの怒号と共に、三体それぞれが体を振るわせる。 獣人ペルソナの体からは、月光の如き光があふれ出し、カニペルソナの立つ地表から、漆黒の液体があふれ出す。 そして、赤黒いペルソナが剣を振るうと、その剣閃が漆黒の炎によって形成された龍へと変わり、俺たちを襲う。 もう一度言う。 冗談だろ? 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:07:28.70 ID:W39N/MaM0 ……… 「どう、キョン、わかった? あんたが、あたしに、勝てるわけ、ないの」 やつれきった頭の中に、ハルヒの声が響き渡る。 目を開けると、満月を背にしたハルヒが、俺の体の上に覆いかぶさっていた。 何だ、これは、どういう状況だ。 「アンタしか残ってないわよ。ふざけてるわ、どんだけ丈夫なのよ、あんた」 それは俺のセリフだ。 というか、待て。俺以外残って無いだと? 「死んだわけじゃないわよ。でも、動けるのはアンタぐらいね」 ぜえぜえと荒く息をつきながら、ハルヒが言う。 俺の見た限りでは、お前も並々ならないダメージを受けているように見えるが。 「アンタがさっさと死なないから悪いんじゃない」 しかし、奇妙な会話だな。などと、この場に不似合いなほど、余裕のある考えが頭に浮かぶ。 何故こんなに落ち着いているんだろうな、俺は。 ハルヒの面を久々に拝めたからだろうか。 そのハルヒが、今まさに、俺を亡き者にしようとしているというのに、なんと暢気な俺の頭か。 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:19:45.03 ID:W39N/MaM0 「安心しなさい、キョン、すぐ、また、世界を創ってあげるから……あんたも、また、同じ部に―――ひっ」 不意に。何かが、ハルヒの言葉を遮った。 ハルヒの目が強く剥かれ、何かにおびえるように、その表情が強張る。 「ハルヒ?」 「な、何、これ……やだ、何、誰……あた、あたしの中に、中から、来るっ……」 胸を押さえ、焦点の会わない視線をそこらに振り回しながら、ハルヒが喘ぐ。 目の前で何が起きているのか、それを考えることが出来ない。 ハルヒの中に居るもの? ああ、そうか。 そいつが、ついに、出てくるのか。 「かっ、は―――っ―――……」 不意に、ハルヒの声が止む。 俺の体の上に、そいつが圧し掛かっている。 「……君たちのお陰で、事は随分、首尾よく進んだよ」 出やがったな。 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:30:47.81 ID:W39N/MaM0 「テメエは何者だ」 俺のその言葉を聴くと、そいつはハルヒの顔で、何やら満足そうに笑い 「くっくっく、やはり今度は、あの憎きフィレモンの邪魔も入らなかったようだ」 意味の分からない単語が、そいつの口から飛び出す。 ハルヒの顔で、珍妙なセリフを吐かれることに、軽い苛立ちを覚えながら、もう一度 「テメエは何者だ」 「ふむ」 一呼吸を置いた後、そいつは言った。 「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ」 ニャルラトホテプ。 遠い昔に、何かの小難しい本の隅に、そんな名前を見たような気もする。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:42:41.15 ID:W39N/MaM0 「お前は、ハルヒに何をしたんだ」 「よかろう、ここまで私の計画に貢献してくれた御礼だ。貴様には教えてやろうか」 ハルヒの姿をしたそいつが、俺の体の上から退き、月を見上げながら立ち上がる。 俺はようやく開放された上半身を起し、ハルヒの姿をしたそいつが話し出すのを待った。 体のあちこちが宿命的に痛んでいる。召喚器も見当たらない。仮に斗うとしたら、果てしなく分が悪い状態だ。 「貴様はこの女の持つ力を知っているな。  私が求めたのは、それだ。  ……私は、この宇宙を生きるものたちの普遍的無意識の化身。  遥か古代より、人の営みを見続けてきたものだ。  全ては、人という生き物が、敢然たる存在になる時のために。  私は弱きものを奈落の底へと引きずり込む役目を持つ」 ふと、気づく。最初はハルヒの声であったそいつの声が、徐々に濁った何かに変わり始めている。 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 18:58:19.79 ID:W39N/MaM0 「しかし。私はもはや、人が完全な生き物へなれる日などが来るとは思っていない。  遥か古来より、人は影を積み重ね、愚かな、醜い生き物へと変わってきた。  私はそんな人を、奈落の底へ引き込むために存在している。  意味が分かるな。もう、人間という生き物は、終わってしまっているのだよ。  これ以上、進化の可能性などはありえない」 進化の可能性。その単語が、俺の頭に引っかかる。 そうか。こいつは、長門の親玉と似たような存在だってわけか。 「この世には滅びが必要だ。私は過去に幾度となく、その滅びをもたらそうとした。  しかし、そのたびに、愚かな人間たちが……自分の影も知らぬものたちが、フィレモンに唆され、私の邪魔をした。  だが、今回は違う。  私は見つけたのだよ。この世に滅びを与えることのできる力を」 そう言って、ハルヒの姿をしたそいつは、ハルヒの手を、ハルヒの胸元に当て 気の遠くなるような薄笑いを浮かべた。 「この女の力を手にするために、私はこの女の精神を、混沌の塔として具象化させた。  実に愚かな女だ。私がすこし唆してやったら、喜んで私を受け入れたよ。  私はこの女の精神と同化し、この女が、自らの普遍的無意識へと足を踏み入れてゆく、その過程を共にした。  そして、今……私とこの女は、女の持つ力の全てを手にした。  後は、この女という個体が消え去ればいい。  全ての力は、我が手に移り、世界に滅びのときが訪れる。  ……まさか、最後の行程までもを、貴様らが担ってくれるとまでは思っていなかったよ」 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 19:13:40.43 ID:W39N/MaM0 「……涼宮さんを、騙したということですか」 不意に聞こえた声に、俺と、ハルヒの姿をしたそいつとが振り返る。 振り向くと、右腕に大きな火傷を負った古泉と、その体を支えるアイギスの姿があった。 「騙した? それは違うな。あの女もまた、滅びを求めていたではないか」 ぐつぐつと喉の奥を鳴らしながら、そいつが言う。 「自らの力の大きさに耐え切れず、この女は滅亡を求めたのだ。  希を現実へとかえる、その力に、自分が飲み込まれてしまうことを恐れた。  この女は聡明な人間だ。自らの愚かさ、弱さを知っていた。  私はこの力を使って、この女が望んだとおり、滅びを齎してやるのだ」 「……あんま勝手なこと、言わねーでくんねーかな」 更にもう一つ、俺の後方から声がする。 「簡単に滅び滅びっつーけどさ……一応この世界、俺らが死ぬ気で頑張って救ったわけよ」 「それを、あっさり滅ぼすといわれて……黙っていられるほど、人間出来てないんですよ」 伊織と天田だ。言葉と同時に、天田が召喚器で頭を撃つ。 『メディアラハン』 僅かに桃色がかった光が、地表の俺たちに降り注ぐ。 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 19:25:07.50 ID:W39N/MaM0 「人の愚かさとか、弱さとか……どいつもこいつも、そんなことばっかり!」 更に、立ち上がった岳羽さんが叫ぶ。 「彼が守ってくれてるこの世界……私が百回死んだって、滅ぼさせてなんかやらない!」 さらに、岳羽さんの向こうで、朝倉と森さんが体を起す。 「ま、世界救ってる数じゃ負ける気しないけど……おおむねは、伊織君たちと同感ね」 「あんまり過激な急進派は嫌われるわよ……有希に手ぇ出した罪は、海より深いわよ」 「ユキ? あの情報統合思念体の端末のことか」 朝倉の言葉に、そいつ……ニャルラトホテプが反応する。 「愚かな個体だった。人の愚かさを知る身でありながら、人の情などを最後まで捨てなかった。  貴様ら愚かな人間たちに感化され」 「やめて!」 甲高い声が、濁った声を遮る。 「ハルにゃんのことも、ユキちゃんのことも、悪く言ったら、あたし、許さないから!」 猛々しくバス停を振り上げながら、豪語する我が妹。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 19:34:45.38 ID:W39N/MaM0 「いいだろう」 ニャルラトホテプが、両手を広げ、満月を見上げる。 その、直後。 ハルヒの全身から、猛烈な勢いの漆黒の煙が噴出し、満月を覆い隠した。 同時に、ハルヒの体が力なく崩れ落ちる。 「涼宮さん!」 ハルヒ。 俺と同時に駆け寄った古泉が、ハルヒにディアラハンを施す。 先の戦いの傷は癒えたようだが、意識を取り戻す気配は無い。 『まずは貴様らから、滅びを与えてやろう』 おぞましい低い声が、天空から降り注ぐ。 見上げると、そこには……全身に無数の白い斑点を持った、漆黒の巨人の姿があった。 閉鎖空間に現れる光の巨人と良く似た輪郭。その胸の部分が、奇妙に盛り上がり、何かを象る。 それは……ハルヒの顔だった。 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 19:45:31.99 ID:W39N/MaM0 『み、皆さん、これ、何が……どうなっているんですかっ!?』 不意に。頭の中に声が響く。朝比奈さんのものじゃない、山岸さんのものだ。 『塔の前に、とても大きな巨人の足が……あっ、それと……時間が、時間が動いてます!』 ……何だって? あわてて左腕の時計を見る。 終わらない零時を回り続けていたはずの長針。 永遠にゼロを指したままだった短針。 その短針が、僅かに右へと動いている。 「ウソだろ、でも、影時間は終わってねえぞ!」 伊織が言う。 ―――ああ、そうか。 世界が滅び始めているというのか。 「ハルヒ、悪い、少し待っててくれな」 目を閉じた顔にそう語りかけ、床の上に、ハルヒの体を横たえる。 目前に、9人の背中と、巨人。 「ペルソナ!」 数人の掛け声が重なり、視界が青白く染まった。 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 19:55:38.45 ID:W39N/MaM0 「ジャベリンレイン!」 「メギドラオン!」 「マハラギオン!」 先立ってペルソナを放った、俺と、アイギスと、伊織との魔法が、ニャルラトホテプの巨体に叩き込まれる。 しかし、何かしらダメージを受けたような気配は無い。そりゃ、これだけでかけりゃな。 『這い寄る混沌』 俺たちの攻撃などは何事もなかったかのように、巨人が両手を広げた。 同時に、ヤツの肉体と同じ、漆黒の触手のような光が、俺たちの立つ屋上へと襲い掛かる。 「うおっ!?」 はじめの2、3本は回避できたものの、後は弾数がものを言う。 次々と降り注ぐ光が、俺たちの体を穿ってゆく。 「シャミじゃ、防げないよ!」 妹が叫ぶ。つまり、物理でも魔法でもないということか。 ちくしょう、ならやり返してやる。 「メサイア、メギドラオン!」 ………… ……あれ? 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:06:51.56 ID:W39N/MaM0 「ペルソナが出ません!」 天田がそう叫ぶのと、俺が現状を理解するのとは、ほぼ同時だった。 さっきの黒い光の影響だろうか。あれをまともに食らった全員が、同じ状態に陥っているようだ。 「このっ!」 古泉らしからぬ粗野な掛け声とともに、機関銃が火を噴く。同時に、アイギスもまた、両手のバルカンをうならせた。 しかし、この巨大なタコのような代物には、見るからに一般的な銃撃など通用しそうにない。 岳羽さんの放つ弓も同等。畜生。ペルソナが使えなかったら、手も足も出やしない。 誰か居ないのか。ペルソナを使えるヤツは。 『あっ、繋がりました! すいません、不安定で! 状況は、どうですか!?』 いた。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:13:24.55 ID:W39N/MaM0 「風花、オラクルよオラクル!」 「朝比奈さん、例のヤツやってください!」 俺と岳羽さんとが、同時に叫ぶ。 だって仕方あるまい。どう見てもギャンブルとはいえ、この場の俺たちでは何も出来ることがないのだ。 『えっ、い、今ですか!? でも、大事な戦いなんじゃ……』 『わ、わかりました、やりますっ!』 『え、えっと、じゃあ、わかりました! オラクル、発動します!』 その一言を最後に、通信が途絶える。 『カオスエレメント』 その隙間を付くように、ニャルラトホテプの放つ鈍色の波動が、俺たちを襲う。 「魔反鏡っ!」 咄嗟に、アイギスが何やらを空中へ投げつける。 小さな手鏡のようなそれが、一瞬にして光の壁へと変化し、波動を相殺した。 エクセレンツ。 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:26:47.99 ID:W39N/MaM0 『オラクル、発動します! どうなるかは、わかりません!』 不安を煽るような一言とともに、俺たちの頭上に、二つの球体が現れた。 一つは白く、一つは赤い。 「頼むぞ畜生っ!!」 先立って、白い光が割れる。 噂では、場合によっては生命力と精神力を極限まで減らされる、などという自体にも陥るというこのオラクル。 ハズレ目が出れば、おしまいだ。 『あっ、私のオラクル、完了しました! えっと……バットステータス解除です!』 なんという奇跡か。 『わ、私のも出ます! えっと……あ、あの、なんですか、これ?』 言葉と同時に、赤い球体に裂け目が走り、例の目が現れる。 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:31:03.16 ID:W39N/MaM0 『え? ちょっと、見せて……あ、これは』 頭の中で、山岸さんと朝比奈さんがなにやら話し合っている。 オラクルの結果というのは、ちょっと見せてと見せ合えるようなお手軽メモ的媒体で届くのか。 『えっと、ごめんなさい。敵、ステータス上昇です』 さすが朝比奈さんは、世界が終わりそうなときでも絶好調だぜ。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:38:41.14 ID:W39N/MaM0 「キョンさん、喋るより、ペルソナを出してください!」 アイギスに一喝され、現実に意識を引き戻される。 そうだ、俺たちを縛る忌まわしき封ペルソナ魔法は、目出度く解除されたのだ。 ええい、相手のステータスがどうなろうと、倒してしまえば同じだ。と、強気に息巻いておく。 「メサイア、メシアライザー!」 とりあえず回復。続いて攻撃だ。 「ネミッサ、戦の魔王!」 「イシス、刹那五月雨撃!」 無数の拳と矢が入り混じり、ニャルラトホテプの体へ叩き込まれる。 「ニブルヘイム!」 「万物流転です!」 更に、そこに朝倉と古泉の魔法が追い討ちとして決まる。並大抵のシャドウなら、これで終わりだ。なのだが…… 目の前の巨人の胸に浮かぶハルヒの顔が、笑っている。 くそ忌々しい。 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:49:15.25 ID:W39N/MaM0 『愚かさに愚かさを重ねて、どこへ迎えると思っているのかね』 不意に、頭の中に声がする。麗しきお二方のナビゲートとは違う。 忌々しい濁声と、ハルヒの声とが入り混じった、気色の悪い声だ。 『見たまえ、世界は終わり始めた。シャドウたちは街へ溢れ、人々を脅かしているだろう』 「何だと」 その言葉に、古泉が顔をゆがませる。 『わからないのかね。空白の時に閉じ込められていた影時間は、今、世界と一つになった。  物を言わぬ棺となっていた人間たちも目覚め、今、この影の空の元に居る。  世界がシャドウで埋め尽くされるまで、どれほどの時間が掛かるだろうな?』 ハルヒの顔を模したそいつが、笑う。 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 20:58:32.72 ID:W39N/MaM0 『シャドウとは、人の心に在る影の化身。私の体の一部のようなものだ。  人は己の影が作り出した魔物に食われ、潰えるのだ。これほど愉快なこともあるまい』 「煩ぇ!」 伊織が吼え、ペルソナを呼ぶ。同時に、妹と天田が、全身から青い炎を吹く。 「アギダイン!」 「ジオダイン!」 「メギドラオン!」 三発の呪文が入り混じり、巨人の体を打つ。しかし、ニャルラトホテプは怯まない。 『終わりにしてやろう』 頭の中に、声が響き渡る。 胸のハルヒ像の前に、二つの光輪が重なり合ったような、奇妙な形状の光が浮かぶ。 『! 何、これ……とても強いエネルギーが、に、逃げて!』 一体、どこに逃げろというのか。 何しろ、そのエネルギーとやらは、俺たちでなく。 このモナドの塔の外壁に向けてたたきつけられたのだから。 『刻の車輪』 轟音とともに、足元が崩れ始める。 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 21:36:33.95 ID:W39N/MaM0 おいおい、マジかよ。見る見るうちに満月が遠くなり、視界に瓦礫が混ざり始める。 俺たち、何階に居たっけ。あ、屋上か。屋上って、何階だっけ? とにかく、地面までの距離がハンパじゃないのは確かだ。 さすがにこれは、地上スレスレで竜巻けばいいって問題じゃないだろう。 「古泉、アイギス、天田っ!?」 体が落ちてゆくのを感じながら、周囲を見回し、思いついた仲間の名前を呼ぶ。 しかし、あたりは崩れてゆく塔の残骸が散らばっているばかりで、そこに望む仲間の姿は見当たらない。 体はどんどん落下してゆく。天を仰ぐと、既に月はどこにも見えなくなってしまっている。 「キョンっ!!」 不意に、俺を呼ぶ声がする。 重力に支配された体を無理矢理捻じ曲げ、声のした方向へ振り向く。 そこに在る、見慣れた顔。 「ハルヒ!」 「キョン、助けて、怖いよ!」 この衝撃で、さすがに目を覚ましたらしい。そこにはハルヒが居て、俺と同じように、落下に身を任せながら、こちらに向けて手を伸ばしていた。 空を泳ぐ。とはこんなことを言うのか。 俺は揺れ動く体を必死で鞭打ち、俺に向けて伸ばされたハルヒの手を握り締めた。 しかし、それ以上どうすることも出来はしない。もはや、ハルヒには神の力も何もないのだ。 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 21:47:17.65 ID:W39N/MaM0 体はとめどなく落ちてゆく。今、地上どれぐらいだろうか。分からない。俺の感覚なら、もうとっくに地面にたたきつけられていてもおかしくないんだが。 ハルヒは俺の手を両手で握り締めると、この場に似合わない、鳥の鳴くような声で言った。 「ごめんなさい、キョン、私、あいつに騙されて、ごめんなさい!」 先ほど、ニャルラトホテプが、ハルヒの体を借りて話をしていた間の記憶があるのだろうか。 或いは、この状況から、全てを悟ったのか。 ハルヒは両目から大粒の涙を零しながら、何度も何度も、ごめんなさい。という言葉を発した。 馬鹿野郎、そんな場合じゃないだろうが。 ハルヒの流した涙が、まるでシャボン玉のように、周囲に浮かぶ。 それらが、俺たちを包み込む青白い光に反射して、輝く。 「えっ……」 ハルヒが、ふと、声を上げ、辺りを見回す。 そして、ようやく、俺も気づく。 落下が止まっている。辺りの瓦礫も、空中に浮かんだまま、それ以上落ちて行こうとしない。 「これ……何?」 ハルヒが呟く。足元には何も無い。 ハルヒの力ではない。ならば、一体誰が、こんな芸当をやってのけたのか。 ああ、答えは一つしかなかったか。 「……空間をロックした。しかし、長時間は保たない」 俺達の頭上に、いつの間にかやってきていたそいつが、言う。 「行って」 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 21:54:06.82 ID:W39N/MaM0 「有希いい!!」 その名を、ハルヒが叫ぶ。 長門。俺達の前で目を閉じたお前が、どうして。 「影時間と世界が同期したことで……情報統合思念体とのリンクを行えた。  近隣のヒューマノイドインターフェースが集結し、この空間をロックしている。  ……時間が無い。これから、貴方達を、ニャルラトホテプの元へと飛ばす」 傷らだけの制服こそそのままであるが、目の前に居るのは、間違いなく長門だった。 「チャンスは一度きり。ニャルラトホテプは、涼宮ハルヒの力を完全に支配できてはいない。  彼女の力の最後のカギは、今も生きているから」 深海の色を地上へ引きずり出してきたような、深い瞳が、俺を見つめている。 俺に向けて差し伸べられた長門の手。そこには、見慣れた拳銃が握られている。 ハルヒと繋いだ手の反対の手で、それを受け取る。 「貴方」 その言葉と同時に。俺とハルヒの身体が、赤い光に包まれた。 「キョン、怖いよ、キョン!」 ハルヒが叫ぶ、俺はその手を握り、召喚器の引き金に手を掛ける。 其れと同時に。俺とハルヒの身体は、周囲の瓦礫を砕きながら、上方へ向けて放たれた。 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:03:47.70 ID:W39N/MaM0 いくつもの障害物が、俺達の目前で砕け、細かいコンクリートの粒となり、空中を汚してゆく。 ほんの少しの間、そんな奇妙な感覚が続いた後、俺たちは塔の外壁であったあたりを突き破り、ニャルラトホテプの立つ、北高上空へと飛び出した。 見ると、ニャルラトホテプは、突如崩壊の止まったモナドの塔を前にうろたえながら、俺達のほかに、空中を舞う二つの光球を相手に、両腕を振るっていた。 そいつらが一体誰なのか、俺は視認できずとも判った。いわば、ペルソナの共鳴とでも言うべきか。 朝倉と、古泉だ。 「朝倉、古泉いいいい!!」 ニャルラトホテプの頭上へ向かい、空気を切り裂きながら、二人の名前を呼ぶ。 『馬鹿な……またも、運命は、私の選択を否定するというのか!』 低く濁った声で、ニャルラトホテプが呻く。その胸に存在したはずの、ハルヒの顔を模した彫刻は、崩れ落ち、ワケのわからない凹凸の集まりに変わり果ててしまっている。 『涼宮ハルヒは、滅亡のカギなどではない。彼女は……彼女たちは。進化の可能性』 それに答えるように、長門の声が、どこかから響き渡る。 『可能性だと……また、その言葉に、邪魔をされるのか……  このような力は、もはや未来永劫生まれぬかも知れぬ……だというのに!!』 ああ、残念だったな、混沌さんよ。 その貴重な宝物は、残念ながら、とっくの昔に、自分の運命を決めちまっているんだ。 「ハルヒ、何がしたい?」 傍らのハルヒに向けて、尋ねる。 ハルヒは一瞬、驚いたような顔を見せた後で、叫んだ。 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:07:18.27 ID:W39N/MaM0 「戻りたい!!」 そんなデカイ声で言わんでも、目の前なんだから、聞こえるって。 「私、戻りたい!! また、みんなと一緒に過ごしたいよ、キョン!」 だ、そうだ。混沌。 『……愚かな……  覚えておけ……宇宙の中心で轟く白痴の塊とは、貴様ら自身だということを……!!  貴様等ある限り……私は消せん……!!』 「知ったことじゃありませんね。僕らは僕らの時代を生きるだけです……人は、そういうものでしょう」 「古くから人を見てるなんてわりに、何も判ってないのね」 気づけば、ニャルラトホテプの頭部の周囲に、三角形を描くように、俺を含む三つの光球が浮かんでいる。 俺が召喚器を頭に当てると、ハルヒが俺の手を握る力が、少し強くなった。 「ダンテ!」 「ベアトリーチェ!」 「ウェルギリウス!」 同時に、叫ぶ。 『神曲』 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:15:48.28 ID:W39N/MaM0 俺達の発した魔法が、ニャルラトホテプの頭上で、一つの巨大な光となり、巨体へと降り注ぐ 『ぐおおおおおおお!』 おーおー、チープな叫び声だな。 光を浴びた傍から、漆黒の巨体は、跡形もなく消滅してゆく。 後に残ったのは、時間を止められたままのモナドの残骸と、空中に浮かぶ、俺たち四人のみ。 と、思いきや。 「キョン君、よかった、やっつけたんだねっ!」 「……青春ってやつね」 朝倉の光球の中には、俺の妹の姿があり、古泉の下には森さんの姿があった。 そういや、あいつらは。伊織たちはどうしたんだ。 『時が、元に戻り始めている』 頭の中に、長門の声が響き渡る。 『全ては戻ろうとしている。涼宮ハルヒが影時間を産み出した、その瞬間へ。  ……進化の力は、再び涼宮ハルヒの元へと還る。この記憶も、涼宮ハルヒの記憶からは抹消される。  そして、本来イレギュラーであった、彼ら……伊織順平たちの記憶も』 その言葉を聴き、ハルヒが表情を曇らせる。 「……私、また……あの力を、手に入れるの?」 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:21:11.20 ID:W39N/MaM0 『……何も知らないあなたに戻るだけ。恐れることはない』 「だって……私、また、何も知らずに、キョンや古泉君や有希やみくるちゃんに大変な思いさせて……」 半べそ。などというレアな表情を浮かべるハルヒが、そんなことを言う。 何を今更。 「涼宮さん……僕らはそんなに信用ならない輩ですかね?」 古泉が言う。 「僕は望んでいますよ。此れまでの日常に戻ることを。あなたと、彼の営みを眺める毎日に還る事を、ね」 「古泉君……」 だ、そうだ。ハルヒ。おそらく一番迷惑をこうむってるであろう、こいつがそう言うんだ。 お前が何を躊躇う必要も無い。 「……キョン」 何だ。 「ずっと、私の傍に、居てくれる?」 ああ、勿論。 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:27:09.77 ID:W39N/MaM0 と、同時に。周囲の空間が震動しだす。 ただの地響きではない。何しろ、絶賛空中浮遊中の俺たちまでもが揺れているのだから。 『私たちも、時空を巻き戻る。影時間の発生しない世界へと、世界は分岐する』 待て、長門。ハルヒは兎も角、俺達の記憶はどうなるんだ。 『おそらく、継続する。今回の事例は、涼宮ハルヒが自らの力に気づいた場合の事例として、貴重なもの。  我々が其れを記憶していることには、大きな価値がある』 なるほど。 妹にも、ハルヒのトンデモパワーがばれちまったんだが、そのあたりはまあ、いいんだろうか。 「もうすぐ、時間が戻るの? 私、みんな忘れちゃうの?」 ハルヒが言う。 ああ、おそらくな。この勢いの揺れは、多分もうすぐだろう。 「……キョン、お願い、こっち向いて」 「なん」 …………何ですと? 「おや」 「あーっ!」 「あら」 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:29:32.31 ID:W39N/MaM0 「……ど、どうせ忘れちゃうんだから、此れぐらいいいでしょ」 いや、あの、ハルヒさん。 そうは言っても、話を聴く限り俺の記憶はなくならないようなんだが…… 「っ、だから! 覚えとけっつってんのよ、わかんないヤツね!」 あー、うむ。なんだ。 ……お言葉に甘えて、覚えておく。 「ハルヒ」 赤くなったハルヒが、横目でこちらを見る。 世界がぶれ始める。 「また、部室で会おうな」 次の瞬間、世界が暗転した。 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:32:32.76 ID:W39N/MaM0 どすん。 「……夢、だよな」 いつぞやのごとく、寝ぼけた眼で見慣れた天井を見つめながら、そんな言葉を呟く。 夢とはこんなに鮮明に記憶しているものだろうか。 ペルソナを呼ぶときの、内から何かが膨れ上がるような感覚。引き金の重さ。ハルヒの手の感触。その……また別の感触。 何から何までが、ついさっきの出来事のように思い出せる。 どたどたどた。 夜中であるというのに、喧しく廊下を駆ける音がする。 ばん。ドアが開き、現れたのは、我が妹だ。 満面の笑顔に、僅かに浮かべた涙。 感受性豊かになったな、妹よ。 「キョンくん! やったね、がんばったね、あたしたち!」 あー。夢でいてほしかったような、そうでないような。 80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:38:54.98 ID:W39N/MaM0 ……… 「やあ、王子様」 ……俺は夢でも見ているのだろうか。 土曜の朝。俺が待ち合わせ場所を訪れると、そこにはただ一人、古泉の姿があるだけだった。 いつもなら、俺より先に、間違いなく四人全員がそろっているはずなのに。 「珍しいこともあるものですね。もっとも、あれほど珍しい経験のあとでは、それも霞むというものでしょうか」 遠足帰りのような笑顔を浮かべつつ、俺に向けてウーロン茶のペットボトルを差し出す古泉。 「貴重な経験が出来たと、今だからこそ思えますが」 「俺は今からでも、俺の中でなかったことに出来るならそうしたいな」 「相変わらずですね。うらやましい役回りを担っておきながら」 「俺にゃ荷が重過ぎたよ」 「いえいえ、ご立派でしたよ。最後の一言など、僕までもがときめいてしまうほどでした」 やめてくれ。いつの間にブフダインを習得した。今、背筋がリアルにブルってなったぞ。 81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:44:08.94 ID:W39N/MaM0 続いて現れたのは……ごめんなさい。正直ちょっと忘れてました、朝比奈さん。 「私、もうわけがわからなくて……通信が出来なくなったと思ったら、塔が壊れて、其れも止まっちゃって、どうしようと思ってたら、山岸さんは消えちゃって……」 思えば彼女一人中庭に置いてけぼりだったわけだ。 すいませんでした。詳しい説明は、俺の脳だと難しいので、長門に頼んでください。 で、その次に現れたのは…… 「……なんでお前が居るんだ」 「つれないわね。一緒に戦った仲間じゃない」 白いワンピースに身を包んだ、200万ジンバブエドルの笑顔の朝倉涼子がやってきた。 夏の空にぴったりな装いしやがって、氷結属性だったくせに。ニブルヘイムしてみろちくしょう。 「なんかね、なし崩し的に再構成してもらったの。ほら、今回、一応、自体の収拾をつけるのに助力したわけだし。  そのへんが評価されて、バックアップとして復活したのよ」 かといって、お前が普通にSOS団の不思議探索に顔を出すというのも奇妙な話ではないのか。 「その辺はなんとだってするわよ。大丈夫、涼宮さん辺りは簡単に受け入れてくれるでしょ」 ああ、確かに。あいつは何だって、ちょっとそれらしい説明をすれば、首を縦に振りそうだな。 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:49:08.42 ID:W39N/MaM0 そして、長門。なんと、今日のビリはハルヒか。 「記憶の修正の影響が発生していると思われる。彼女の脳波を一時的に……」 すまん、三文字で。 「寝坊」 なんとまあ。 「……貴方たちに謝らなければ」 す。と、長門が視線を伏せる。 「精神を汚染されていたとは言え、迷惑を掛けた。謝罪する」 「気にすんなよ。終わったことは、もう良いんだ」 「ええ、その通り。それに、最後は貴方の助力がなければ、僕らは勝利できませんでしたからね」 ああ、そうだったな。やっぱり、長門には何かと助けてもらいっぱなしか。 むしろ、こっちが悪かったな。と言うべきだ。 「……心配ない」 長門は少し戸惑うように視線を泳がせると 「貴方たちを守るのが、私の役目」 と、小さく呟いた。 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:52:47.32 ID:W39N/MaM0 「おや」 駅前に視線をやった古泉が、ふと声を上げる。 「お姫様がご到着されたようですよ」 にやけた視線を追って、俺もそちらを見る。 その瞬間―――視界の端に、金色の蝶を見た気がした。 「あ……?」 「どうしたの、キョン君?」 あ。ああ、いや。 「多分、気のせいだよ」 再び、同じ場所を見る。そこには金色の蝶は愚か、羽虫の一匹も飛んではいない。 と、あらためて。古泉の視線の先を見る。 黄色いリボンを風に揺らしながら、寝ぼけ眼でこちらへ歩いてくる少女の姿。 我らが団長、涼宮ハルヒのご到着である。 END 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 22:54:34.37 ID:W39N/MaM0 終わった! 終われた! 支援とかありがとうございました 長々かかってごめんね 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 23:00:31.10 ID:W39N/MaM0 1http://www.vipss.net/haruhi/1247129327.html 2http://www.vipss.net/haruhi/1247388757.html 3http://www.vipss.net/haruhi/1247659781.html 4http://www.vipss.net/haruhi/1247831528.html +このスレ で本編は全部回収できるはず 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 23:03:17.18 ID:W39N/MaM0 無策でやってたから所期のスタンスとか文のテンションとかがいちいち違うよ! 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 23:29:59.34 ID:W39N/MaM0 正直どっかでキタローを絡めたかった欲望を自制できたのは俺偉いと思う 酒飲もう 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 23:39:29.41 ID:W39N/MaM0 どうせだから蛇足で考えついたけど採用しなかったもの一覧 ・ハルヒ戦でダンテがDMC仕様にクラスチェンジ ・ハルヒのペルソナに愚者ゴウトドウジ ・ハルヒのペルソナに永劫ノア ・キョンに最強装備倶利伽羅の剣 ・最後に妹のクラスに転入してくる天田少年 うん、どれもやめといてよかった