キョン「ペルソナ!」 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 17:54:14.66 ID:0DUjbOv60 キョン「……0時前か」 キョン「……」 キョン「ノートがねえ」 キョン「……学校か」 キョン「……明日はやばいよな」 妹「キョン君どっかいくのー?」 キョン「学校」 妹「……今、夜だよー?」 キョン「言われんでも分かっとる」 妹「へんなキョンくーん」 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 17:59:27.85 ID:0DUjbOv60 ジャコジャコジャコジャコジャコジャコ キョン(夏にこんな元気を与えてくれたのは、一体どこのどいつだろうか) キョン(せめて夜中ぐらいは、大人しくしていてくれればいいのに……) キョン(まだ学校までの半分も来てねーのに、汗だくになっちまったぞ) ジャコジャコジャコジャコジャコジャコ キョン(自転車の取っ手が熱い……) ジャコジャコジャコジャコジャコジャコ キョン(……そいや、もうすぐ零時だったか) キョン(また来るんだろうか……アレ) グン キョン「!」 キョン(……やっぱ来たか) 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:04:08.87 ID:0DUjbOv60 キッ キョン(……迂闊だった。こうなると分かってりゃ、何か上着を持ってきたんだが) キョン(さっきまでの蒸し暑さがウソだったかのように、俺を取り巻く大気が冷え切っている) キョン(……そういや、コレの時に外に出たのなんか、初めてだな) キョン(相変わらず不気味な空気が漂っちゃいるが、まあ、別段どうという事はないか) キョン(……) ブルッ キョン(寒ぃ) キョン「さっさとノート回収して、家帰るか……」 ギコ ギコ ギッギッギッ ジャコジャコジャコジャコ キョン(やっぱ寒ぃ……) キョン(そろそろ学校が見えてくる頃か) キョン(……?) キョン「……なんだありゃ」 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:08:01.91 ID:0DUjbOv60 キョン(……学校が建っているはずのあたりに、なにやら巨大な建造物が建っている) キョン(いや、巨大ってレベルじゃねーぞ。頂上が見えないぐらい高い、塔みたいな……) キョン(……あんなもん、昼間はなかったよな?) キョン(となると……コレがらみなのか) キョン(……つか、まさかアレが学校とかじゃないよな?) キョン「ノート回収できるんだろうか……」 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:15:00.88 ID:0DUjbOv60 ……… キョン「……マジか」 キョン(坂道を自転車を押しながら登り切った俺の目の前に、例の塔が立ちはだかっている……) キョン(なんでったって、俺のいやな予感はいちいち当たるんだ?) キョン(俺が目指してたのは、こんな世界中の国から引っかき集めた前衛芸術をミキサーに掛けて積み上げたような代物じゃないんだが……) キョン「……どうしよう」 キョン(少なくとも、ノートが回収できるような状況じゃないよな……) キョン(今までも、コレが来るたび、学校はこんな非常事態に陥っていたのだろうか) キョン(やっぱめんどくさがってないで、古泉あたりに相談すりゃよかった……) キョン(……コレが終わるまで待てば、元の学校に戻るんだろうか) キョン(しかし……俺のなけなしの好奇心がガタガタと余計なことを囃し立てている) キョン(……この塔の中が一体どうなっちまっているのか、非常に気になる……) キョン(……やばかったら、戻ってくりゃあいいよな?) 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:22:13.20 ID:0DUjbOv60 ……… キョン(……一応、内装はうちの学校なんだが) キョン(当然のごとく通路は入り乱れ、あっちの教室のとなりにこっちの教室があり、あるはずのない階段があるはずのない階層へと続いている) キョン(そして、その階段をなんとなく上ってみて、現在地は俺の記憶が正しければ地上6階……) キョン(こんな状況下でも、それとなく、自分の教室を探してしまっている俺は暢気なんだろうか) キョン「ん……」 キョン「これ……何だ」 キョン(廊下に、何か濡れたものを引きずったような跡がある……) キョン(赤い……まさか、血じゃないよな?) キョン(と、言うより、この空間に、俺以外に動いてるものがあるってことか) キョン(……ヤバくね?) 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:26:29.67 ID:0DUjbOv60 キョン「落ち着け」 キョン「俺は何も見なかった。ノートはひとまず諦めよう」 キョン「幸い道順は覚えているじゃないか。今すぐ回れ右をして、この薄気味悪い建物を脱出しようじゃないか」 キョン「明日になったら、古泉か長門にこの超常現象をチクって、俺はそれきり関わらないことにすればいい」 キョン「うん、安全で建設的な考えじゃないか」 キョン(…………) キョン(……なんで俺のすぐ真後ろに壁があるんだ?) キョン(階段は? さっき上ってきたはずの階段は? なんで俺、袋小路に立ってるの?) キョン(ここ何処ですか? なんで俺連れてこられたんですか?) ズル  ズル  ズル キョン「!」 キョン(ヤバい) キョン(何か……居る) 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:34:05.07 ID:0DUjbOv60 キョン(なんか、こっちに近づいてきてるような……) キョン(つか、今俺袋のネズミじゃないか?) ズリ  ズリ  ズリ…… キョン「……」 キョン(最悪じゃねえか……) キョン(何だありゃ。とりあえず、どう考えても人間じゃねえ) キョン(ぶっ壊れたプリンを放り出して、数ヶ月放っておいたら、あんな有様にもなるだろうか) キョン(……その不可解な物体が、明らかに俺のほうに向かって、ゆっくりと近づいてくる……) キョン(いや……なんか、速くなってんぞ!?) ズズズズズズズズ キョン「おいおい、マジかよ!」 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:40:24.51 ID:0DUjbOv60 キョン「!」 キョン(さっきまで行き止まりだったはずの俺の背後が、長い通路に変わってる) キョン(こりゃ、逃げ道があってラッキーと考えていいのか?) キョン(馬鹿言え、こんなわけの分からん状況に陥ってること自体が莫大なアンラッキーだ) キョン(とにかく、今は逃げる!) ズリズリズリズリズリズリ キョン「うわ、追っかけてきて……くっそ!」 キョン(! 突き当りがドアになってる……ああもう、どうとでもなれ!) ガラッ ガシャッ ガチッ キョン「はあ、はあ……」 キョン(鍵なんかが通用するかどうかわからんが、何もせんよりはマシだろ……) キョン(ここは……どっかの教室だな) キョン(とりあえず、室内に不審者、不審物はナシ……まあ、ドアが4つもあったり、机が天井からぶら下がってたりと、相変わらずカオスではあるが) 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:50:12.53 ID:0DUjbOv60 キョン「……何なんだこりゃ」 キョン(ハルヒがらみだとしか思えないんだが、そう考えると、これまでのとは随分毛色が違うな) キョン(……さっきの奴は諦めたんだろうか、それともまた通路のつくりが変わったんだろうか、ドアの向こうからは何の気配も感じない) キョン(とりあえず、ここは安全……と思っていいよな) キョン(……) キョン「そうだ、時間」 キョン「……45分か」 キョン(あと15分で、このイカれた学校も元に戻ってくれるんだろうか) キョン(そうだとしたら、ありがたいことこの上ないんだが……) 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 18:58:29.25 ID:0DUjbOv60 キョン「はあ」 キョン(とにかく、待ってみるか) キョン(……よく見ると、この部屋は資料室の出来損ないか何かのようだ) キョン(ぶっ倒れた本棚から、よくわからん文字が書き連ねられた冊子が零れ落ちている……) キョン「ん?」 キョン「……なんだ、こりゃ」 キョン(本の散乱した床の上に、拳銃みたいなもんが転がっている) キョン(もしかして、武器になるだろうか。またさっきみたいな奴と顔を合わせる羽目にならんとも限らん) キョン(でもコレ、弾入ってんのか?) キョン(……どれ、一発だけ) パァン キョン(……この重みと手ごたえ、多分おもちゃじゃねえんだろうな」 キョン(しかし、弾が出た様子はない……空砲か) キョン(お守りとでも思っておくとするか) 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:10:45.64 ID:0DUjbOv60 キョン「……そろそろ時間だな」 キョン(大人しく元に戻ってくれるんだろうか) キョン(つーか、戻ったとして、俺は学校の何処に居る事になるんだろうか?) キョン(……秒針が0を指す……) カチ キョン(…………) キョン「……マジか」 キョン(時間制限なしかよ……話が違うじゃねえか) 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:26:58.84 ID:0DUjbOv60 カタカタカタカタ キョン「?」 キョン「うわっ、何だよ!?」 キョン(気が付いたら……部屋の中に居たはずなのに、いつの間にか廊下に移動させられてる) キョン(そして、俺の背後数メートルの位置で……巨大な軍手を逆さにして、てるてる坊主の上半分を載せたような、奇怪な代物が浮かんでいた) キョン(でもってそいつが、一直線に俺のほうに向かってきやがる!) キョン「ちくしょう!」 カタカタカタカタ キョン「追っかけてくるんじゃねえ!!」 キョン(くそ、またどっかに逃げ込むか……) ピキピキピキ キョン「!?」 キョン(なんだこれ、冷てぇ! 足が……凍りで地面に引っ付いちまってる!) キョン(あいつがやったのかよ!?) カタカタカタカタ 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:40:42.34 ID:0DUjbOv60 キョン(やべえ、追いつかれる!) キョン(つうか、痛ぇ! 冷たくて痛ぇ!) キョン「こんちくしょう!!」 パァン パァン キョン(……条件反射のように、手に持ったそれを撃ってみるが、当然、銃弾が軍手坊主にダメージを与えている気配はない) キョン(はは、これで弾が入ってたなら、こんなシチュエーションにもってこいな武器なんだがな) カタカタカタカタ キョン(ちくしょう、もう時間がねえ。アレは俺に何をする気だ? やっぱり、食われたりするんだろうか) キョン(俺の人生はこんなわけの分からんままに終わっちまうのか。ノートを忘れたばっかりに? 馬鹿な) キョン(ちくしょう、足が痛い。ついでに言うと、心臓が、人生最大のスピードで脈動している。今わの際に記録更新するとは) キョン「……ちくしょう、ふざけんな!」 キョン(軍手はもはや俺の目の前に居る。正確にはすぐ後ろか。近くに来てみると意外とでかく、仮に武器を持って殴りつけたとしても、倒せるかどうかは微妙だった) キョン(ああ、混乱しているんだな。自分でも分かる。でなきゃ空砲と分かってる拳銃を撃ったり、ましてや……あろうことか、そいつで自分の頭を撃とうと試みやしないだろう) パァン 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:48:23.17 ID:0DUjbOv60 パリン キョン(……妙な音がした) キョン(ああ、まさか。耳のすぐ傍で撃ったもんだから、鼓膜でも破れちまったんだろうか) キョン(ついでに、なにやら目の前が明るい。と言うか、白い。もしかして、もう俺は食われ始めているんだろうか?) ヒュゴオオオオオ キョン(何だ、この風。どうして室内に風が吹くのだろうか? 俺のことはいいからと、マリリンモンローの時代に帰してやりたくなるような風だ) キョン(……何だ、こりゃ?) キョン(率直に言おう。俺の目の前にやってきていたはずの軍手が、忽然と消えてしまった) キョン(そして、丁度さっきまで、その軍手が浮いていたあたりの床に、火のついた布クズのようなものが落ちている) キョン(どっから火が出たというんだろうか。氷を出せるなら火も出せるかもしれんが、何故こいつ自身が、その火に包まれているのか) キョン(……ついでに言うと、さっきまで俺の脚に噛り付いていたはずの氷がなくなっちまっている) キョン(……あれ、俺、助かった?) 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 19:58:56.30 ID:0DUjbOv60 キョン「……はぁ」 キョン(死ぬかと思った) キョン(……また似たような目に会わないうちに、どこか暫定の隠れ場所を見つけたほうがいいな) キョン(詳しくは分からんが、考えるに、教室の中は安全と考えていいのだろう) キョン(しかし、またいつ廊下に放り出されちまうかわからないから、100パーセント安全が保障されるわけじゃない) キョン(ええい、どこでもいい。ドアならそこらじゅうに溢れかえってるじゃないか) ガラッ ガシャッ キョン(……理科室と体育倉庫が科学反応を起したような部屋だな) キョン「ふう……」 キョン(……丁度良い、体育倉庫にあるものだったら、何かしら武器になるものが……) キョン(……長細いものがデッキブラシ以外見当たらねえ) キョン(まあ、丸腰よりはいいな) 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 20:05:08.97 ID:0DUjbOv60 キョン(……さて) キョン(さっきのは一体何だったんだろうか) キョン(あの空飛ぶ軍手が厄介なのは覚えておくとして) キョン(あいつが突然燃え出したことについてだ) キョン(……もしかして、この銃が燃やしたのか? いや、それならもっと早く火が出てたはずだ) キョン(あいつが燃え出した時、確か俺はトチ狂って、自分の頭を撃とうとしてたんだ) キョン(……アレになんか意味があったのか?) パァン パリン キョン「……何だこりゃ」 キョン(俺の頭上に、赤い髪をした、半人半機といった風体の大男が浮かんでいる) キョン(……この銃の正しい使い方は、これなのか。また、なんつーアバンギャルドな利用法だろうか。一種のアンチテーゼとも言える) キョン「……さっきのは、お前がやったのか」 コクリ キョン(肯いたようだ) 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 20:16:06.90 ID:0DUjbOv60 キョン(消えた) キョン(……よくわからんが、なんとなくわかってきた) キョン(つまり、ついに俺も、非健常者の仲間入りというわけか) キョン(……こんな状況下じゃ、仕方ない。ひとまず、普通であることへの執着は、今だけは忘れてしまおう) キョン「……生き残ることが先決、だな」 ……… キョン(……とは言え、俺はどうすれば良いのか) キョン(必死こいて下り階段を探して、ここから逃げ出せば良いのだろうか) キョン(しかしなんとなく、この建物から脱出することは、容易いことではない気がする) キョン(あるいは、この超常現象を突破する手立てをどこかから見つけ出せば良いのだろうか) キョン(さっきまでの俺ならば難しかっただろうが、この謎の拳銃が手に入った今なら、ある程度そこらをふらつくこともできるだろう) キョン(……時計は、0時30分か) キョン(……どうするかね) 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 20:34:30.80 ID:0DUjbOv60 さて、閑話休題。 結局、俺はこの拳銃とデッキブラシを味方に、混沌とした校内を駆け回る道を選択した。 何を目指して、なのかと言うと、俺も何を目指しているのか今ひとつわからない。 これまでも幾度か、こういった(ここまでではないが)超常現象に巻き込まれた経験のある俺なのだが たいていの場合、古泉や長門といった、パトロンからの手助けがあったからこそ、切り抜けてこれたものであり 俺一人でできることと言うのは、非常に限られている。 せいぜい、常人である俺の脳味噌が赴く限り動き回ることくらいだ。 そういう訳で、どうせどこかに留まっていても、無理矢理移動させられてしまうのだ。 俺は何かしら、気を留めるようなものを探して歩き出した。 どこかに、長門や古泉に繋がる手がかりがあるかもしれない。 そうでなくとも、たとえば、このデッキブラシよりもまともな武器になるものが一つ拾えるだけでも、それは成果というものだ。 「……俺のクラスか」 しばらく歩いていると、俺の目に、見慣れた表札が目に入った。 開け放たれたままのドアから室内を覗き込むと、図書室の半分くらいかを放り込まれたのであろう、見知った室内に、大量の本が散乱していた。 ドアが一つ増えてたり、窓が天井にもついていたりと、異様な点はあるにはあるのだが。 それよりも、目を引いたのが。 真っ黒な石碑のようなものが、窓際に二つ置かれている。 丁度、俺の机のあたりだ。 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 21:00:19.41 ID:0DUjbOv60 名作童話劇場の裏表紙を踏みつけながら、謎の物体の近くへと歩み寄る。 見たところ、それは漆黒の棺といったところか。 そんなものが校内を転がっている事は、決してあるべき光景ではないのだが 実を言うと、俺は以前にも、この謎の等身大オブジェを目にしたことがある。 あれは三日前だったか。一週間ほど前から現れるようになった、0時丁度から一時間に渡って続く、不思議な時間帯。 時計の短針は動くのを止め、空気は重く冷えたものへと変わる。 始めのうちは大いにビビらされたものだったが、毎晩のように訪れては、何事も起さず過ぎ去って行くその時間帯に、俺が慣れてしまいだした頃。 俺は二階の廊下のど真ん中に、この棺と同じものが立っているのを目にした。 当然のように俺は驚き、怪しんだとも。いつ爆発するんじゃないかと、その日は一時間の間、心臓が騒ぎっぱなしだった。 やがて、長針が再び短針と重なった瞬間。空気が生ぬるくなるのと同時に、棺は消えてなくなった。 そして、その代わりに現れたのは、何故だか枕を引きずって歩く、見慣れた寝ぼけ顔をぶら下げた我が妹の姿だった。 翌日の0時過ぎに、俺は両親の部屋を訪れ、確信した。 つまり、あの冷たい一時間、俺以外の生きた人間は皆、黒い棺の姿に変わってしまうのだ。 考えてみれば、その時間帯に自室の窓辺に座っていて、誰かが外を通ったり、車が走ったりする音を聞いた覚えはない。 何故、本来の時の流れを無視した、こんなあまりのような時間が存在し、その時間を、俺だけが認識することができるのか。 思えば、このくらいの時点で、古泉か長門に話しておけばよかったのだ。そうしていたなら、俺がたった一人で、こんな非日常的スペクタクルに巻き込まれる事態には陥っていなかったかもしれない。 さて、とにかく。俺のつたない経験から察するに。 この場所に対応している、2年5組の、俺の机の傍。 現実世界のその位置には、今、二人の人間がいるということになる。 俺が目指していたその場所を、俺より早くに訪れていたのは、一体誰だというのか。 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 21:10:59.18 ID:0DUjbOv60 「聞こえやしないよな」 棺のわき腹をコンコンと叩きながら呟く。 俺の想像の通りであれば、時計が再び0時丁度を指した瞬間に、学校は元の姿へと戻り、この二人の人物の正体も明らかになるはずなのだ。 しかし、現状ではそうは行かない。何しろ、この奇妙な世界と俺との間で交わされていたはずの、一時間限定という暗黙の約束は、既に効力を失ってしまっているのだ。 お前ら、俺みたいな体質じゃなくて良かったな。頭の中でそう呟く。たまたまこの時間帯に、この場所を訪れていたこいつらに、俺と同じような力があったとしたら。 こいつらも俺と同様に、この不可思議な時間帯に取り残されていたのだろう。 ふと、時計を見ると、0時55分。まっすぐに上を指す短針に、長針の魔の手が差し掛かったところだった。 まだ二時間しか経ってないのか。 もう丸一日も校内をさまよったような気分になる。 どうやらこの教室も、あのおかしな連中の攻撃の標的には入っていないらしい。 俺は何をするわけでも考えるわけでもなく、秒針が丸い世界を五周するのを眺めていた。 やがて、三本のハリが重なる。 「……は?」 ……今、何が起こった? 俺が時計から目を離した直後。 俺の目の前にあったはずの二つの棺は、跡形もなく消え去ってしまった。 そして、俺の目の前に……見知った顔が立っていた。 そいつは、俺が思わず零した声を聞くと、一瞬、驚いたような顔で俺のほうを向き 「やあ、どうも。三日ぶりですね」 やがて、微笑みながらそう挨拶をしてきた。 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 21:49:21.07 ID:0DUjbOv60 ……… まず。 俺はこの現状を 普段であれば一時間きりで終わっていたこの異常時間が、何故だか終わることなく、延々と続いている。 と、いうものと考えていた。 「あなたが姿を消したという夜が明けた日、僕は長門さんと共に、あなたの家を訪ねました。  そこで、あなたの妹さんから、姿を消す直前のあなたが、学校へ向かうと言っていた事を知りました。  焦りましたよ、正直。長門さんの力を持ってしても、異常が観測出来ないというのは。  学校に戻ってから、しばらく長門さんにがんばっていただきました。  その結果、この校内に、非常に微弱ながら、あなたの存在していた形跡が残っている事に気が付いたんです。  人間を溶かして、霧に変えて、そこらに散布したかのような、まさに異常な形でね」 俺の渡した拳銃を眺めながら、古泉はつらつらと言葉を綴る。 「しかし、異常事態が発生していることはわかりましたが、依然として、事の詳細は分かりません。  ですから、僕らはその夜、あなたが前日に行ったのと同じように、この2年5組を訪れてみたんです。  ほとんど賭けみたいなものですよ。考えるよりも、目で見て感じろと言う様なところでしょうか。  丁度あなたと同じ零時前に、長門さんと落ちあい、あなたが目指していたであろう、この教室のこの位置で。  ……今考えれば、丁度今と同じ頃。零時を過ぎた時だったのでしょう。長門さんが仰ったんです。  『たった今、時系列の異常を観測した』とね。  彼女にとっても、予想斜め上に変化球を投げられていたようなものだったのでしょう。  その短い十数分間に集中して、全力で解析を行ったところ、その巨大な網の端っこに僅かに引っかかったそうです。  そこから、彼女はその時系列の異常が、ここ一週間にかけて連続して発生していることだと言う事実に行き着き  更に、あなたがその時間の中に閉じ込められているのだということにも行き当たりました」 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 22:03:55.89 ID:0DUjbOv60 ……それが、さっきまで俺の目の前にあった棺の正体だったってのか。 つまり、俺はついさっきから、今、お前が現れるまでの間、24時間にわたって意識を失っていたわけだ。 ……寒気がする。 「この時間帯に対応できる人間は、世界にそう多くはないそうですよ。  あなたは非常に希有なケースだというわけです。  僕は長門さんお得意の情報操作によって、跡付け的に適正を付けていただきました。  本当ならば、長門さんが直接出向くのが、あなたの気分の上でも良いだろうと思ったのですが、ね。  彼女が元の時系列へ帰れなくなってしまった場合、あなたを救出することは非常に難しくなってしまいますから」 だから、お前が来たと。 「そういう事です。……代役を立てて正解だったと思いますよ。  なんとなくですが、もう僕はあなたと同じように、この時間に捕えられてしまっているような気がします。  そういった場合……長門さんのほうで、更に他の手を捜してもらうことになっています。  僕はそれまでの間、あなたにもしもの災いが降りかからぬように、お守りに上がったわけです」 そう言って、古泉は机の上に置いた紙袋を、軽く持ち上げてみせる。 それとなく中身を覗き見ると、食料や水に、見るからに頼もしげな何かしらの火器などといったものが、雑多に詰め込まれている。 俺はと言うと、自分が既に48時間という気の遠くなる時間を、無駄に通り過ぎてしまっていたという事実に対する驚愕と ようやく見え隠れし始めた、事態の終息の気配への安堵となど、さまざまな感情が入り混じり、結局何の実も作らないままに、ため息にして口から零していた。 「それにしても……面白いですね」 古泉はひとしきり話した後、例の謎の拳銃を窓ガラスに向けながら、そう呟いた。 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 22:25:01.68 ID:0DUjbOv60 「……この銃は、別段特殊なものではありませんよ。  おそらく、死の疑似体験をすることによって生じた現象なのだと思います。  この……仮にですが、僕らのいるこの時間帯を、"影時間"と呼びましょう。  影時間には、僕はまだ見たことがありませんが……あなたが出会ったという異形の魔物たちが居ますね?  彼らがどのような所以で存在しているのか、詳しくは分かりませんが  おそらく、本来の時間にはなく、影時間にしか存在しない、何らかのエネルギーが在るのだと思います。  そのエネルギーと、あなたの精神とが同調したことで、あなたはこうして影時間を訪れることができ  また、そのエネルギーの恩恵を受けることができている。」 「……そのエネルギーとやらの存在が明らかになったら、えらいことになりそうだな」 「かもしれませんね。これまでに見つけることのできなかった位置に、新しい恒星を発見したようなものです。  長門さん曰くですが、今の科学力をもってすれば、彼女が僕にしたように、人工的にこのエネルギーへの適正を付加することは可能だろうということですよ。  もちろん、今すぐにとは行きませんが。十年もあれば、決して不可能ではないそうです」 「すると、今のお前にも、あれが使えるってのか」 「恐らくですが、可能です。ただ、これもまた、今すぐに使えるというわけでもないでしょうね。  あなたは命の危機に瀕したことで、直感的に、自分と影時間との同調を行えたのでしょう。  僕はまだその同調を行えていませんので……  長く影時間に滞在していれば、自然と操れるようになるものなのでしょうが」 「あんまり長引かれると困るんだがな」 「それは、僕も同じです」 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 22:36:50.95 ID:0DUjbOv60 「兎に角、この銃はあなたに渡して起きましょう。  あなたにとって、この銃は、この影時間と自己との間を繋ぐ架け橋のようなものです。  一種の自己催眠ですね。合図と反応です」 「あいつを呼びたい時は、こいつで頭を撃てばいいんだろ」 「ええ……さて。これから、どうしましょうかね。  今は……0時20分ですか。  あと40分で、影時間は終わり、世界は元の姿に戻ります。  しかし、僕らはその瞬間から24時間をジャンプし、次の影時間へとワープしてしまいます。  その24時間の間に、長門さんが何らかの手を打ってくれるとは思うのですが」 「そもそも、この塔は一体何だってんだ」 「憶測でものを言ってもよろしいでしょうか?  ……影時間を発生させているエネルギーと、この学校に眠っている、また別の未知のエネルギーとが反応して発生した異界です。  恐らく、そのエネルギーの発生源は……主に、SOS団の部室にあるのではないかと」 ……結局、直接じゃなくても、ハルヒの所為なんじゃねえか 「そうなりますね。  と、言うより、むしろ、影時間を発生させているエネルギーすらも、涼宮さんの力によって発生したものなのではないかとすら思えます。  何しろ、力学上で発見されていない新しいエネルギーが、いきなり一週間前に現れて、時系列に異常を発生させているわけですから。  以前のカマドウマではありませんが、彼女の力は時々、彼女の意思とは別のところで、とんでもない事態を引き起こすことがあります」 「はあ」 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 22:48:57.71 ID:0DUjbOv60 ズリ ズリ ズリ ふと。俺の耳に、聞き覚えの在るいやな音が障った。 ……そうだ。俺たちは何を暢気に話しているのか 「……お話に聞いたのは、あちらの皆さんですか」 「ああ、あれは最初に見たほうだ。それと……後ろのは知らんな」 クルクルクルクル 弓矢をぶら下げた人形のようなそいつは、丁度あの軍手のようなノリで、中空をぷかぷかと跳ね回りながら 両手で引き絞った弓矢の先を、あちらこちらに危なっかしく向けながら、こちらへと向かってくる。 「どうですか? あのくらいだったら、あなたにとっては楽勝な相手ですか?」 「分からん。一回しか試してないんだ……それに、2体同時は初めてだ」 「おや、でも、こちらも今は二人ですよ」 「地べた這ってるほうはお前がやってくれ、そんなに危ないやつじゃない……多分」 「分かりました」 そういうと、古泉は何やらを紙袋から取り出し、ガチャガチャと音を立てながら、機関銃を取り出した。 ……機関ってのは、どこまで用意できる連中なんだろうか。 2体の異形は、俺たちの姿を完全に認識したらしく、一目散にこちらに駆けてくる。 俺は若干の緊張を覚えながら、古泉から受け取った拳銃の銃口を、右のこめかみに押し当て、引き金を引いた。 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 22:56:23.67 ID:0DUjbOv60 「やっちまえ」 パリン。という例の音と共に、俺の視界が青白く染まる。 『アギ』 次に聞こえたその声は、果たして俺の喉から出たものだったのだろうか。 俺の声であるように聞こえたが、それはどこか遠くから聞こえてくるようだった。 なるほど。それがキーワードか。 「アギ!」 気分作りにと、開いた左手を前方に差し向けながら、その名前を叫んでやる。 瞬間、異形どもと俺たちとの間に、一本の細い火柱が立ち上った。 狙ったとおり、弓矢を持ったほうが、その火柱に頭から突っ込む。 さながら火の玉のごとき姿に変わったそいつは、触覚をなくした羽虫のようにがむしゃらに飛び回ったあと、天井に勢いよく頭をぶつけ、その後床に落ちた。 よし。予行練習が一回きりのわりには、上手くいったほうだろう」 「なかなか気分がよさそうなものだ」 「俺はお前の奴も羨ましいけどな」 古泉はと言うと、そんな炎の寸劇の間を縫うようにして、機関銃らしき火器に火を噴かせ、地べたを這いずっていた黒プリンを葬り去っていた。 「良かった。こちらの世界の物理学が通用しない相手ではないようです」 なるほど、この調子なら、目的は兎も角、この世界で生き延びることは難しくないかもしれないな。 と、考えた矢先。前方に現れた曲がり角から、三体の化け物どもが現れ、俺たちを見つけた。 ……さて、どうなるかね。 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:05:34.06 ID:0DUjbOv60 さっきの奴とは少し色合いの違う黒プリンが一体。 そして、例の薄気味悪い軍手が二体。 「古泉、あのてるてる坊主は気をつけろ」 「どのように気をつければよろしいのでしょう?」 「……わからん」 言いながら、俺は再び、究極の自己否定行為の模擬動作を行う。 「アギ!」 眼前の薄いブルースクリーンの向こうで、火柱が立ち上る。 そいつは全速力でこちらに駆けてくる黒プリンの目前に発生し、奴さんは必然的に炎の中に身を投じることになる。 まず一体。そう思った矢先に、炎の壁を突き抜けて、なおこちらへ這い寄るプリンの姿が在るではないか。 「何だ、ちくしょう」 炎が利かないってのか。 それと同時進行で、足元に覚えの在る冷ややかさを感じる。 「これは……厄介ですね」 二人仲良く、貼り付けにされちまったわけだ。 俺は半ばやけくそになりながら、もうこうなってしまえば、軍手のほうを先に構う必要はないであろうと決め込み 耐火性プリンの脳天(あたりだろう、多分)に目掛けて、デッキブラシの頭を叩き込んだ。 ぐしゃりという奇妙な手ごたえがあり、そいつの体は更に融解し、地面に広がる。 これは、やったと思って良いのか? 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:10:05.95 ID:0DUjbOv60  「いてぇ!」 そんな刹那、俺の後頭部に衝撃が走る。 例の軍手が、揃って俺たちの背後に回り、ぶらぶらとうっとうしい五指で、頭を殴りつけてきたのだ。 「頭が回るじゃねえか」 「この体制で、銃は難しいですね」 分かってる、安心しろ。こいつらは面倒な耐火性能など持ってないのが分かりきっている。 俺の右手を凍らせなかったのが、お前らの運の尽きだ。 「頼むぜ」 パリン。 『マハラギ』 「マハラギ!」 アギ。と叫ぼうとした俺の口を遮るようにして、頭の中に新たなキーワードが湧き出す。 こりゃ便利だ。どうせなら、呼びやすいように自分の名前でも教えてくれたら良いんだが。 さて、マハラギとは何たるものかと、体をねじって背後を見る。 そこには、数本の火柱が立ち上った中で、じたばたと暴れまわる軍手どもの姿があった。 炎は眼前にあるものの、不思議と俺たちは熱を感じない。なるほど、これがエネルギーを操るって事か。 「実に頼もしい力です」 速いところ、お前も開眼してくれよ。  114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:16:43.90 ID:0DUjbOv60 ……… さて。そうこうしているうちに、時間は経っていた。 俺たちがいるのは、またもやどこぞの教室である。時計は零時のほんの少し前を指している。 「これから24時間、僕らは時間をワープします」 その間に、長門が何か有効な手段を見つけてくれることを願うばかりだ。 頼むぜ、長門。そっちに帰ったら、エンドレスエイトのDVD全巻買ってやるから。 「……過ぎたようですね」 しばらくして、古泉が口を開く。 この時間にやってきて、75時間目の始まりだ。 「恐らく、長門さんがこちらにむけて、何らかのアプローチをしてくださるはずです。  最も、彼女自身がこちらへやってくることは最後の切り札みたいなものですから。  僕の予想ですが、また僕のように、どなたかがこの時間の適正を授かり、やってきたのではないかと」 そいつを探すのが、今回の目的って訳か。 生存のためだけに殺生を繰り返すよりは、いくらか気分がいいな。 「では、参るといたしましょう」 「ああ」 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:23:05.64 ID:0DUjbOv60 「マハラギ、やっちまえ!」 マハラギとやらはつまるところ、アギを一度に大量に出す大技のようなものだ。 ここらを這いずってる連中は、要するに、若干赤い耐火プリンと、プリンセステンコーの頭の飾りが浮いたようなやつとを覗けば 大体アギか、銃撃かのどちらかで楽に倒すことができるようだ。 「問題は、精神力の減少です」 古泉が言う。 「エネルギーを使うには、相応の対価が必要であろうという事です。  要するに、マジックポイントの事ですよ」 成る程。つまり、こいつを呼ぶたびに、俺の何かが磨り減っているわけだ。 そう考えるとなにやら腹が立ってきた。何故俺が自分をすり減らしてまで、こんなわけの分からん連中を無双せねばならん。 そもそも、なんで俺が影時間の適正なんつうものを持っていたというのだ。 「さあ、それは分かりかねます。本物の偶然かもしれませんし、涼宮さんの近くにいる影響も多かれ少なかれあるかもしれません。  まあ、何しろ起こってしまったものは仕方ありませんよ」 気楽に言ってくれるな。 さて。と、背後におなじみの何かを感じ、振り返った俺の目の前に。 ……なんだかデジャヴュがするな。 巨大なカブトムシが居た。 122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:28:35.03 ID:0DUjbOv60 「……これはこれは」 さすがの古泉も、これには驚いたらしい。 これまでの連中は、サイズ的に驚かされるようなクチは居なかったが こいつはなんだ。ツノの時点で、俺たちの体ぐらいのアドバンテージがあるじゃないか。 これ、なんとかなるの? ねえ、なるの? と、迅速な古泉君は、既にマシンガンを装備済み、目の前の奴さんに向けて引き金を引いている。 しかし、カブトムシは痛みに苦しむ様子を見せはしない。 「うすうす思っては居ましたが……こいつは強固ですね」 古泉が小さく舌を鳴らしながら、呟く。いやん。怖い古泉君。 「あなたのアレのほうが有効かと」 ああ、そうだろうと思ってたさ。 「よし、来い!」 パァン。軽い音が、狭い空間に反響する。 ……あれ、パリンは? ねえ、パリンは? 「まさか」 「尽きた……ようですね」 なんというタイミングで。 俺は呆然たる気持ちで、目の前でうごめき、こちらにツノを向けているデカ物を見上げた。 125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:34:26.36 ID:0DUjbOv60 どうやら、古泉の銃撃によって、目の前のUMAはすっかり戦闘気分に入ったらしい。 巨大なツノが、今もまさに俺たちを押しつぶそうとしている。 更に参ったことに、こいつは足が奇妙に速い。普通、この手の敵はトロいのが定石だろうが。 延々続く廊下を這うのに丁度良いサイズのこいつは、俺たちが逃げても、しつこく追いかけてきやがる。 「何かありませんかね。消費が少なめの技とか」 「わからん!」 多分無いんだろう。あいつは大体にして、できることは俺に悟らせてくれてる気がする。なんとなく。 だったら、どうせなら残りのエネルギー残量を数値にでもして、俺に教えてくれれば良かったのに。 「まずいですね、袋小路です」 俺たちの背後には、まだ余裕のペースで追いかけてくるカブトムシ大王様がご健在である。 苦し紛れにもう一度頭を打ち抜いてみるが、やはりあの感覚はやってこない。 ついでに、古泉の脳天に空砲を向けて、打ち抜いてみる。だが、これも何も起きない。 「冗談はやめてください」 「いや、な」 何をこんな状況で漫才をしているのか、俺たちは。 こんなことをしている間にも、カブトムシは俺たちとの距離を縮めて…… ……カブトムシが、停止している。何だ。やしの木に引っかかっちまったのか? 「何してるのあなたたち、こんな木偶の坊相手に」 その木偶の坊の向こう側から、凛とした声が響く。 ああ。なんだっけこの声。ちょっと背筋がゾッとする声。 127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:39:23.59 ID:0DUjbOv60 よくよく見てみると。見慣れた氷の固まりが、カブトムシの六本足とリノリウムの床とを繋ぎとめているのだ。 「邪魔、死んで」 ざくり。 声がした刹那。カブトムシの体が僅かに浮き上がり 次の瞬間、強固と古泉に言わしめた自慢の殻を突き破って、カブトムシの背中から、氷の柱が生えて来た。 ……ああ、思い出したわ。この声。 「おや……僕は、お会いするのは初めてですね」 「二人して愚図ね」 「……お前に助けられる日が来るとはな」 カブトムシと氷の柱が仲良く消えた後。俺たちを追い詰めるものは、残るこいつだけとなった。 ……正直、二度と見たくないとすら思っていた透かし顔が、今、すごく頼もしいです。 「はじめまして、朝倉涼子さん。古泉一樹と申します」 朝倉は、古泉の顔をちらりと、『なんだこいつ』と言うような目つきで見たあとで 「私の自己紹介はいらなそうね」 と、髪をかき上げながら、妖艶に微笑んでくださった。 ……もう一方の手には、ちゃーんと、きっちり、あのナイフが握られている。 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:48:22.17 ID:0DUjbOv60 ……… 「多分、大体のいきさつは、あなたたちが想像してる通り。  涼宮ハルヒの力が産み出したエネルギーによって、この時間帯……あなたの言う、影時間っていうのを借りましょうか。  影時間が発生して、さらにそのエネルギーと、この学校のエネルギーとが作用して、情報爆発が起きた。  その結果、生じてるスペクタクルが、この塔」 古泉から聞いたシナリオと、大部分が同じだな。 涼宮ハルヒの力によって。って部分が、断定系になってるのが、僅かな誤差だろうか。 「解決策は一つ。ようするに、そのエネルギーって奴をなくしちゃえばいいの。  そのための術が、この塔の中に隠されてるはずなのよ。  単純に、湧いて出てくるあのザコどもを根こそぎやっつけてやれば、エネルギーは小さくなって、時空に影響を及ぼすことが出来ないレベルになるかも知らないけど  そんなのやろうとしてたら、一時間を15498回繰り返すハメになっちゃうから。  一番簡単なのは……今の奴みたいに、特別でかいエネルギーを持ってる連中が、ちらほらいるの。  そいつらをプチプチと潰していったら、ずっと早くこの怪奇現象から抜けることができるんじゃないかしら」 「結局、バトルモードは継続か」 「戦わなくちゃ生き残れない。って、人間は言うわよね?」 そうだったっけ? 「それにしても、あなたたちのさっきの有様は無いわね。スペルポイントも意識しないでペルソナを連発して  挙句の果てに逃げ回るなんて、なんていうか、底辺?」 おい、待て。 ののしり言葉は兎も角、そのスペルポイントとペルソナってのは何だ。 133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/09(木) 23:55:00.17 ID:0DUjbOv60 「あたしが適当に作った言葉よ」 なんと。 「あのね、あなたたち、まだ分かってないの? ほんと有機生命体って頭が回らないのね。  私や長門さんとちがって、あなたたちは1から10まで用意してあげないと、世の中を上手く生きられないのね。  この力は、精神と影時間のエネルギーとを同調させることで生まれる。  人間がもっとも手っ取り早く、無意識下の精神を動かせる術は、暗示。  で、暗示でもっとも簡単なのが、任意の動作、単語などと、精神作用をリンクさせること。  ……あなたがやってるその自殺の真似事と同じことよ」 やばい、何言ってんだかさっぱりわかんねぇ。 「成る程。つまり、あなたは僕らに、そのペルソナという名称を強く認識させるために、その言葉を用いたと」 「そういうこと。あの力は、ペルソナ。ラテン語で仮面っていう意味ね。  シャレた名前でしょ? 精神がエネルギーを食って生まれる、普遍的無意識が実体化した魔物よ。  もう一人の自分。それがペルソナ」 「……じつに興味深い考察です。もう一人の自分、ですか。  ますます興味が出てきましたよ。僕もさっさと開眼したいものです」 「何、あなたまだ出来ないの?  ……めんどくさいわね。手っ取り早く式を頭に入れるから、すぐに使いこなして」 「え……っと、どういう事ですかね?」 「座標を教えるから、そこを目を凝らして見なさいってこと。いい、いくわよ? ……はい」 136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:02:28.26 ID:+eFgzL/J0 「……これは驚いた」 古泉が、びっくりしたあと、なにやらニヤついている。 「ええ、すみません。たった今、わかりました。  僕もその、ペルソナを使うことができます」 マジか。あんまりにも容易すぎて、肩透かしを食らった気分だ。 「ちょっと、ためしに出してみても良いですか? 気になるんですよ、どんなのか」 「好きにすれば良いんじゃない」 朝倉が、とんでもなくどうでも良いと言ったふうにため息をつく。 「では、失礼して」 古泉は1000万ジンバブエドルの笑顔を浮かべながら、深く息をつき、呟いた。 「ペルソナ」 パリン。どこかで聞いたような音がして…… 直後、古泉の体の周りを、青い光と、吹き上げる風が包み込んだ。 ああ、こんな風に見えてるのか。アレを出してる時の俺は。 そして、古泉の頭上に現れた御仁。 緑色のローブを着た、男と女の中間のような風貌の人物だった。 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:08:27.79 ID:+eFgzL/J0 「……成る程。分かりました、大体はね」 しばらく、自分の出したそいつを見上げた後で、古泉はその……ペルソナをしまい、俺を見た。 「すみません、お時間を取らせました。ですが、おかげで大体のことは把握できましたよ。  僕のペルソナは、ウェルギリウスと言い、風を使うことができます。  それと、少々の回復もこなせるようです」 回復とな。そういえば、俺のあいつはその手の力は無かったみたいだな。 「それと、あなたの事を見ながら『ダンテ』という名前を口にしていました。  恐らく、あなたのペルソナの名前なのではないかと」 何を余計な情報まで集めているのか。特に反対する理由も無いから、何だって構わんが。 「朝倉さんのペルソナは……」 「氷結魔法。あと、神経系。名前は別に決まってないわ、青い肌の女よ」 「もし、お名前が決まっていなければ」 「……好きに決めたら」 「では、ベアトリーチェという名前はいかがかと」 お前、そのダンテって名前も、完全にお前の趣味で決めただろ。 むしろウェルギリウスとかってのも自分で考えただろ。おい、中二病。なんか言え。 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:14:55.06 ID:+eFgzL/J0 …… さて。兎に角、次の長門の定期連絡までの残り時間をだらだらと悪魔狩りをすることで潰すことにした俺たちだが。 俺のSPとやらは尽きてしまったままで、時間が経てば回復するそうだが、まだもうしばらく掛かるようで。 その結果、戦闘はこの二人に任せきりである。 古泉は強い。っていうか、銃って強い。最強。 朝倉も強い。その勢いで刺されたら俺当然死ぬって感じで。うん。強い。 でもって二人のペルソナだが ウェルギリウス。古泉のペルソナはなんていうか超優しい。回復とかしてくれるし。 んでそんときの顔が超優しい。なんか仮面被ってる顔だけどわかる。超優しい。 完全に惚れそう。でも攻撃力マジでない。ガルがかなりの率で効かない。やばい。 ベアトリーチェ。朝倉のペルソナだ。マジ怖い。っていうかあいつ、朝倉。むしろあいつが朝倉。下がベアなんとか。 だってあいつたまに俺のこと殺そうとしてる。ギロって見る。あと声も朝倉。怖い。 あとブフーラとかって玉に使うでかい氷柱超やばい。耐えてる悪魔見たこと無い。マジ怖い。死にそう。 と、暇を持て余した俺の解説はこの程度にして。 ようやく俺のSPも溜まってきた頃である。 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:21:14.52 ID:+eFgzL/J0 「ん」 朝倉が、不意に声を上げる。 「0時丁度になってたみたい。ボーっとしてて忘れてたわ」 「おや、僕も忘れていましたね。戦っていると、時間が過ぎるのが速いものです」 「今、長門さんからメッセージが……あー、あたしたち、急がないとまずいかもね」 何だって? 「……一般人の中で、徐々にだけど、影時間への適正を持ってるやつらが出てきてるみたい」 「……何だって?」 「……つまり、このエネルギーの影響力が大きくなっているということでしょうか」 「そういうことね。……このペースだと、下手するとそのうち、人間全員が影時間適正を得るなんて事にもなりかねないわ。  まだ、今のところ、この悪魔どもがのさばるのは、この塔の中だけなんだけど……  そのうち連中がそこらにも出始めたりしたら、被害がどれだけ出るか。  ついでに言うと、ふとしたはずみでペルソナに目覚めちゃうヤツらが跋扈する可能性もあるわね」 誰もがペルソナを使えて、そこらに悪魔がのさばる街か。 つまりあれだ。今俺たちがこうしている、この状況が世界中に広がっちまうって事か。 それはまずいどころの騒ぎじゃないな。 「……待って。今、残ってるログだけ追ったら…  やばいわね。一人、この塔に紛れ込んでるわ」 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:25:51.29 ID:+eFgzL/J0 「それは……つまり、僕ら以外に、影時間適正を得た人が、ですか?」 「そういうことね。まあ、こんな目立つ外見してるんだもん、そりゃ近づきたくも為るわね」 「……ちょっと待て、そいつは今、もう既にこの塔に入ってるんだろ?」 「? そうよ。時間で行ったら、0時丁度の時点で既に……あっ」 「……そいつ、最初から学校の中に居たって事じゃないか?」 「! ……となると、僕らも知っている誰かの可能性は、高いですね」 知人か知人じゃないかで、重要性を左右させるというのもどうかと思うが……この際、仕方在るまい。 「急ぎ足で探しましょう」 朝倉。お前、空間が入れ替わる法則とか、あと、その紛れ込んだ人間が何処にいるかとか、その辺わからんのか。 「えっと……わかるわよ。ただ、入れ替わりは五秒以内でしか分からないわ」 十分だ。一刻も早くそいつのところに向かうから、案内してくれ。 「……はいはい」 150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:33:45.42 ID:+eFgzL/J0 …… 道は困難だった。 どうも、ここらをほっつき歩いている悪魔どもは、どう歩けば俺たちのような闖入者に出会えるかを、十分に把握した上で動いているらしい。 なにしろ、あらたな闖入者の元へ向かう最短の道上で、何度も悪魔の軍勢と出会うのだ。 これはもう溜まったものじゃない。まともに相手をしていたら、3人揃ってSPが尽きるというものだ。 しかし、それ以上にまずいのが…… 「一般人がいきなりここに来て、ペルソナを扱えるってのは、多分ないわね」 ……つまり、こんな具合に悪魔を寄せ集めちまってる張本人が、丸腰のままで生きていてくれてるかどうか。って事だ。 「わからないわね。でも、この悪魔ども、私たちなんかどうでもいいって風に、みんなしてそいつのとこを目指してるわ。  もしかしたら、影時間への適正は、私なんかよりも上かもしれない。  もしそうなら、危機に瀕したら、自動的にペルソナが覚醒してくれると思うけど……  でも、そのペルソナだって、SPが尽きたら、ちょっと前のあなたたちと同じ状態なんだから。  何しろ、急いであげないと。時間と比例して、ヤバさも高まるわよ」 ……無事でいてくれ。頼むから。 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:44:55.04 ID:+eFgzL/J0 ……… 「げっ……」 俺のペルソナ、古泉の趣味に基づいた命名曰くダンテと俗称されるこいつが、その手に持った巨大なペンのような物体で、 キルラッシュと本人が名づけた超体術系の特技を繰り出した瞬間である。 朝倉が、上述のような、奇妙な声を上げた。 「な、なんだ、なんかヤバイのか」 朝倉は、TFEIとやらの性質ゆえなのか、この群がる悪魔ども(言い忘れたが、この悪魔という名称も朝倉の発案によるものだ)の耐性や弱点を 俺たちが瞬く間に察知し、伝えてくれる。 其れ関係で、今、俺が相手をしている相手に、この技はまずかったのか。 などという心配に基づき、そう尋ねると。 「違うわ、もっとヤバイことよ。……多分、これね。あたしたちが狙うべきやつは。  新しい闖入者のすぐ傍に、とんでもない悪魔が出たわ。  悪魔っていうか……これはもう、何かしら。化け物ね。  それも、三ついるわ。とんでもない力の寄せ集めみたいのが、三つ。冗談じゃなくてよ、これ」 「……そいつらの下までは、あとどれほどですか」 「ザコをことごとく無視して向かって、あと10分。……何とかならないでもないわ」 「……なんとか、しましょう。二人とも、僕の傍に来ていただけますか? この際です、攻撃は後回しとしましょう!」 「わ、わかった!」 なんだか分からぬまま、俺は古泉の傍に近寄る。さっき殴った悪魔が、俺を恨めしそうに見ているのは、取り合えず放っておく。 155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:51:37.78 ID:+eFgzL/J0 「トラフーリ!」 朝倉が腕に抱きついてくるという、ある種羨ましく、ある種トラウマをくすぐられる状況に陥った古泉は 天使と俺が呼びたくなるウェルギリウスを召喚した後、そう呟いた。 するとどうだろうか。俺たちの周りを包囲していた悪魔どもが、一瞬で消え去ってしまったではないか。 「お前、何したんだ?」 「完全なる一時しのぎでしかありません。悪魔を、すこしだけ以前の位置へ戻しただけです」 「面白いわね。一種の時間遡行を強制する魔法ってこと?」 「はい。ですが、位置としてはとても僅かな移動です。急いで先へ進みましょう。  ……この後、悪魔には全て今の魔法を使います。  多分、途中でSPが尽きてしまいますが」 「いいわ、まともに相手するよりずっと早いわよ。やって」 「了解しました。行きましょう、二人とも!」 おお……群がる悪すら遠ざけてくれるとは 本当にウェルギリウスが天使に見えてきたよ、俺! どうしよう、男っぽいのに! と、おどける暇もありはしない。 俺は悪魔どもの血で濡れそぼった床を蹴りながら、二人と同じ方向へと駆け出した。 っつーか、寒い。忘れてたけど寒い。古泉、朝倉、何であつらえたようにお前らは冬服の制服なんだ。 俺にもブレザーくれ。ジーンズとポロシャツだぞ、俺。 160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 00:57:08.09 ID:+eFgzL/J0 ……… 「やだあああ!!」 何度目の強制プチ時間遡行の後だろうか。 俺たちが立ち入った空間に、耳を劈く絶叫が響き渡った。 朝倉とは違う、女の声だ。それも酷く幼い。 「着いたわ!」 朝倉が叫ぶ。 俺たちがいるのは、グラウンドだ。驚いた、まさかこの影時間の中で、外の空気を吸える日が来るとは。 そして、そのグラウンドの片隅。なにやら、これまでのスケールを超越したサイズの体躯を持つ連中が、止せ集まるようにしてひしめいている。 「あの中よ、生きてるわ!」 オーケー、朝倉。今ほどお前が頼もしい時も無いぜ。 三体。同時に相手をして勝てる率は、どれぐらいだろうな? 「一人一体よ、なんとかなるでしょ!」 うん、それマジ? あのでかいのを一人一体? ……過酷な任務になりそうだぜ。 だが、答えは決まっているだろう。 「よし、二体はお前らに任せるぞ!」 「はい!」 「オッケー!」 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:06:18.94 ID:+eFgzL/J0 ……さて。どいつがどういう配分かというのは、瞬時に、その時の俺たちの立ち位置から決まってしまったわけだが。 俺が引き当てたのは、必要以上に巨大な、あの黒プリンのような生き物だった。 黒プリンといえば、先ほどまで居た塔内に出没する異形の中でも最も弱い部類に入る悪魔だ。 これは楽勝か。と、思いきや。こやつらはその巨大な体躯から、何本もの腕を生やし その一本一本に、満月の灯りに輝くバタフライナイフを構えだしたのだ。 テメエら。それが俺にとってどれほどのトラウマウエポンか分かってやってんのか。 なんかたまによくわからん表情の仮面を持ってる奴も居るし。何だお前ら。その仮面でなにをしようってんだ。盾か? 盾なのか? 何にしろ、俺が行う事は一つだ。どう考えても、デッキブラシでどうこうできる相手じゃない。 「ダンテ!!」 俺はまったくもって躊躇うことなく、自分の頭を、節穴の如き拳銃で撃ちぬいた。 ペルソナとは便利なもので、こうして適当に呼べば、その場に応じて適当な行動を取ってくれる。 ダンテ氏の察するに、現状は、大量のあの黒プリンに襲撃されているような状況に映ったらしい。 発生したのは、マハラギだった。そうだな、大量の敵ならそれだよな。 しかし。プリンと異なる点はといえば、こいつらはアギ一発程度ではくたばってくれはしない点だ。 案の定、こいつらは火の壁を突き破り、一直線に俺に向けてナイフの刃先を向けてきやがる。 ちくしょう、頭いいじゃねえか。 俺が取った行動はと言えば、逃走だ。 いいんだよ、とりあえず! あの黄色い悲鳴の持ち主から、この巨大プリンを引き寄せられさえすりゃあ! そういうわけで、俺は悪魔たちが当初押し寄せていたグラウンド端から見て、対角線上にあたる位置まで悪魔をひきつけ そこで再びダンテを呼んだ。 「マハラギ!!」 こいつらが火に強いか弱いかはいまいち分からん。 しかし、とりあえず、ダンテの持つ能力で、一番広範囲攻撃が行えるのはこいつだ。 173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:14:25.63 ID:+eFgzL/J0 現れた火柱が、巨大プリンを焼く。 しかし、プリンは首尾よく巨大焼きプリンに変わってくれはしない。 きらめくナイフの刃を見ると、心なしか、俺と同時に、俺の中に住むダンテまでもがおびえている気がする。 ああ、俺マジでナイフだめなんだな。 とは言え、今のマハラギで、大多数のナイフを持つ腕が、四方八方に飛び散ってくれた。 いまやドーナッツ型に変形したこやつに周囲を包囲されている俺だが、もはや恐怖は無い。 「見せ所、分かってんだろうな」 俺が、誰にとも無くつぶやく。 その瞬間―――俺の体の奥底で、何か、今までに感じたことの無いモノがうずくのを感じる。 「お前だ!」 野郎どものナイフが、一斉に俺に向けて放たれる。 その目に付く輝きをまとめて否定するかのように、俺は全身を震わせながら、叫ぶ。 「ペルソナ!」 ああ、そう言や、銃を撃つの忘れてた。 しかし、そいつは俺の願ったとおりに、ちゃんと現れてくれる。 なんだこいつ。上着着ろよ。あとタトゥー多いだろ。顔地味すぎんだろ。 これが俺の、新しいもう一人のペルソナか。ちょっと落ち込むな 『ジャベリンレイン』 声無き声がそう叫ぶと同時に、召喚された俺のペルソナの胸から、無数の光の矢が、天に向かって放たれる。 や、否や。そいつらは鋭角な弧を描きながら進路を変え、俺の周囲を取り囲むおぞましい連中の脳天へと走っていった。 ……やるじゃねえか。 霧散してゆく悪魔の気配を周囲に感じながら、俺はそんなことを呟いた。 182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:25:43.30 ID:+eFgzL/J0 ええ、分かっています。SPも残り少ない現状で、一人一体、この巨大な悪魔を討伐する役目を背負うというのは、いささか無茶なのではないかとお思いでしょう。 その通り、僕の余力で、この見るからに強固そうな女性型悪魔を退けることが、はたして可能でしょうか? 朝倉さんから授かったSP計算式と照らし合わせると、僕の余力は、十八番であるガルを4度打つ程度しか残っていません。 そして、察しの通り、怨敵はその程度で命を散らしてはくれそうにありません。 ですが。僕にはこれがあります。自慢ではありませんが、こちらの攻撃力なら、お二人に劣る気はいたしません。 「ふんもっふ!」 おどけた叫び声を挙げる余裕があれば、出来ないことはありません。 目の前で大きく足を広げる――おぞましい光景です――ドレッドヘアーの巨大女性型悪魔に向けて 僕は両手で抱えた重火器の引き金を引きます。 銃弾は間違いなく放たれ、悪魔の体にめり込みます―――ですが、足りません。 こんなチマチマとした攻撃では、悪魔を倒すのに、それこそ15698時間掛かってしまいます。 恐らく、しばし時間を稼いでおけば、お二人が加勢してくれるのでしょうが…… それは、意地に反します。ええ、その通りです。 ですから、僕は彼を呼びます。 お願いします。もう一人の僕よ。どうかこの架橋を乗り越えるための何かを、僕にもたらしてください。 「ウェルギリウス!」 音色とも呼べる音と共に、彼が現れ、竪琴を奏でる。 『ラクンダ』 僕の耳にしたことのない、新しい言葉です。 短いその単語を呟くと同時に、彼の姿は消える。 悪魔がダメージを受けた様子は無い。……そうですか。わかりました。僕は心中で呟く。 斗うのは、僕の役目なのですね。 躊躇い無く、僕は再び引き金を引く。 放たれた銃弾が、先ほどよりもずっと強く、悪魔の体を穿つ光景が見えました。 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:36:17.66 ID:+eFgzL/J0 ……まず最初に思ったのが、変だな、こいつ。と言うこと。 私の情報検索能力が追いつかないくらいのレベルで、耐性が変異してるのよ? そりゃ、すこしぐらい驚いてもいいでしょ。 「ベアトリーチェ」 ま、とりあえずペルソナを呼ぶ。あの二人と違って、私はペルソナと限りなく近い位置まで、可変的無意識を深めているから その場のペルソナみたいな無責任な芸当はできないけど。 「コンセントレイト!」 真っ先に思いついたのは、その名前だった。 言い忘れてたけど、私の前にいるのは、なんて言うべきかな……バスケットボールに頭と足をつけたような、ハンパな代物。 見る限りじゃ一撃で倒せそうなんだけど、さすがにそうもいかないだろうから とりあえず、精神力を充填する。 そうこうしているうちに、私と対峙するサッカーボールが、それまでからは想像もつかないほどの迅速な動作で、私に襲い掛かる。 何度か繰り返されるその電光石火の突撃の、数度目の直後、私の体が、その衝撃を丸ごと受け止める羽目になる。痛い。 人間に合わせた肉体の、なんと面倒なことよ。 「マハブフーラ!」 まだ空中にいる私が、まさかペルソナを呼ぶなんて、どうせこのデカブツは想定していないに決まってる。 残念でした、私、あんたみたいな欲望とエネルギーが直結したような生き物じゃないのよ。 さっきの1回で、溜めに溜めたSPが爆発する。 ああ、これ。ちょっとこの肉体にはきついけど、吐き出す時、なんか気持ち良いのよね。 ザコ相手には使わないけど、こういうときこそやっちゃっていう感じ。 同時に、無数の氷柱が周囲の空間を包囲し、やがて、私に向けて剣を振り下ろそうとしているボールの体に突き刺さる。 はい、終わり。あ、でも、思ったよりダメージが多いかも。なにムキになってるのかしら、私。 189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:44:18.10 ID:+eFgzL/J0 「……お、お前」 思えば。先ほど、黄色い悲鳴を聞きつけたときから、その声が誰の声であったかなど、思い出していたように思えて仕方が無い。 「キョン君……キョンくぅぅん!!」 現れた俺の胃袋を引き抜かんとばかりに、俺のボディへと突進を試みるそいつ。その体重と手ごたえには、間違いなく覚えが在る。 「お前、なんでこんなとこに……」 「だって、キョン君が消えちゃったから……ひっく……」 ……そうだったな。今回を合わせて、四日目だったっけ? 俺は現実の時空列では、えらく長い間姿を晦ませているんだったな。 今更家に帰れっつったって、どうせ帰れないんだろう。ああ、グラウンドに出られた、帰れるぜ! なんて短絡的な考えにいたるほど、俺は経験不足じゃない。 どうせあのフワフワとした謎の境界が、この学校の敷地内から外へ出してやくれないんだろう。だからこそ、怖がりなはずのこいつが、こんなとこに延々といられたんだ。 「シャミが、一緒に来てくれるからって……」 シャミ。シャミセンがここにいるってのか。もしかしてそりゃ、さっきお前が頭上に浮かべてた、等身大の猫人間のことじゃないだろうな。 「……すまん」 そうとしか言いようが無いだろう。まさか、何故俺を心配などしたのだ。などと言えるやつが、この世界に存在するだろうか。 ふと周囲を見ると、程なくしてそれぞれの悪魔を片付けたらしい二人が、駆け足でこちらへ寄ってくる。 「やはり、あなた、でしたか……」 「誰? ……妹? また、なんでそんなのを」 そんなのとか言うな、朝倉。こいつを誰と心得る。紛い無き、俺の実妹だ。お前にそんなの呼ばわりされる所以などない。 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:50:44.61 ID:+eFgzL/J0 「キョン君がここにいるって、おっきいシャミがいうから……そしたら、変な子達が来て、シャミが守ってくれたけど、すごく怖くて……」 いつかの朝比奈さんを髣髴とさせる、途切れ途切れの上ずり声で、妹はそう話した。 ……やはり、こいつのいうシャミセン、通称おっきいシャミというのは、こいつの使役するペルソナのことを指すらしい。 「御兄妹揃って影時間の適正をお持ちとは……あなたの家系は侮れませんね」 そう古泉真顔で言われ、ゾッとする。やめてくれ、家庭内ペルソナ召喚合戦なんて、俺はまったく望んでいない。 「キョン君が来てくれるってわかったから、私、シャミにお願いして、キョン君が来るまでがんばってって……でも、シャミ、途中でいなくなっちゃって」 うん、妹よ。其れは多分SPが尽きたんだ。決してシャミが死んでしまったわけじゃない。 「ホント?」 ああ。本当だ。現に俺もピンピンしてるじゃないか。まあ、さっきの大技は、俺のSPじゃなく、もっと大事な何かを削っていったような気はするが。 「……キョン君? ちょっと、いい?」 「ああ」 朝倉に声をかけられても、俺はもはや恐れない。 いいたいことは大体分かってるからな 「あの子、影時間を訪れるとほぼ同時に、ペルソナの存在を感知してるの」 勘の良いやつなんだ、昔からな。俺と違って 「……逃がさないわよ? 私は早く、長門さんの所に戻りたいんだから」 196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 01:56:41.66 ID:+eFgzL/J0 ……結局、朝倉の無言の圧力に負けて、妹の共謀を許してしまった自分が情けない。 でも、仕方ないだろう。何しろ悪魔の跋扈するこの空間から抜ける手立ては、今のところ見つかっていないのだから。 「私、キョン君がよろこぶなら、何でもがんばるー!」 ああ、妹。お前の百万ドルの笑顔が眩しい。 お前はこれから、若い美空を無駄にしようとしているというのに、どうしてまたそんな輝かしい笑顔なんだ。 「彼女のペルソナ、感じますか? 仰るとおり、猫のような姿をしてします」 俺の耳元で囁くクリーチャー一人。テメエ、朝倉のおかげで手に入れた能力でいきがるなよ。 「すみません。……彼女のペルソナに名前をつけるなら、ヘリオスですね。太陽の牛車を引くものです。  まあ、恐らく彼女は、こんな仰々しい名前を覚えてはくれないでしょうが。  彼女は物理スキルと魔法スキルを反射する魔法を習得しています。これは、僕らにとっても重要なものとなりますよ。  何しろ僕らは、さまざまと在るであろう戦歴を吹き飛ばして、大モノたちを倒そうとしているのですから」 ああ、妹が単純な性格でいてくれてよかったよ。 俺は新たに発現したペルソナの姿を思い浮かべながら、この事態ができるだけ速く終息してくれることを願っていた。 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 02:02:04.46 ID:+eFgzL/J0 ……… さて。時は僅かに進み、ここは再び学校内、見知らぬ教室と見知らぬ教室を混ぜ合わせた時空のど真ん中である。 「有機生命体は、眠ることでエネルギーを補充するんでしょう? それが一番効率が良いのよ、ばかばかしいことに」 と、言う、朝倉教授の有機生命体を舐めきったお言葉に基づき、俺たちはそこらに転がっていた比較的無害な教室を陣取り、交代で寝息を立てている。 ただいま眠っている人数、三名。朝倉、古泉、そして我が妹。つまるところ、俺は見張り役である。 つか、最低でも一時間の睡眠ってお前。俺たちの行動可能時間を把握して言ってるのか。 「じゃ、あなた、一時間で二十四時間分動けるの?」 はい、それ無理。すいません有機生命体ごときがいきがってすいません。 せめてもの救いは、この状況下で幸せそうに眠ってくれる妹の存在だろうか。 ああ、大丈夫だ妹よ。こんなでたらめな世界は、すぐ終わらせてやるからな。おまえ自身がこの言葉を聞いて、肯定するか否定するかはわからんが。 ……… …… … 206 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 02:05:28.10 ID:+eFgzL/J0 「……おい、おいってば」 ……なんだ、騒がしい。 俺は今、貴重な一時間の睡眠を取っているんだ。余計な邪魔は…… 「……目、覚めたか?」 「……誰?」 テメエ。という単語を付け忘れた。 俺の寝起きを迎えたのは……何処のUMAの骨とも分からぬ、アゴに無駄なひげを蓄えた微妙面の男だった。 つづく 267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 21:55:37.32 ID:+eFgzL/J0 ……… 「いや、びっくりしたわ。いきなりぶっ倒れてんだもん」 ……よし、落ち着こう。 俺はまず、上半身を起すと、周囲を見回し、そこがもはや見慣れた校内であることを確認する。 俺は、何をしていたんだっけ? そうだ、たしか休憩を取っていて…… 「……何処だここ」 俺の記憶が確かなら。妹と合流した俺たち四人は、視聴覚室と放送室がフュージョンを行ったかのような教室の片隅で 身を寄せ合うようにして体を休めていたはずなのだが。 見た限り、今、俺と、この見知らぬ男とが存在してるこの空間は、危険も危険、いつ悪魔の攻撃を受けてもおかしくなさそうな、廊下のど真ん中だ。 頭を書きながら、床に手を着く。ぬるり。……なんだ、この手触りは。 「あ、お前、そこ、シャドウの血ついてんぞ」 「は? うわっ、気持ち悪ぃ!」 慌てて制服の裾で手を拭う。まだ生ぬるい血だ。 「お前、結構危なかったんだぜ? 俺っちがたまたま通りすがらなかったら、シャドウのエサになってたかも」 ……俺はまじまじと男の顔を見る。五分刈りの頭に、紺色の野球帽を被り、アゴにひげを蓄えた男。歳は、俺と同じぐらいだろうか? 男は見慣れない制服らしき衣服に身を包み、右手には、どこかのファンタジー小説に手を突っ込んで持ち出してきたかのような、両刃の剣をぶら下げている。 ……だめだ、やっぱり状況がわからん。 つか、あいつらは? 古泉たちは何処行ったんだ? 272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:13:17.11 ID:+eFgzL/J0 「コイズミ? いや、俺が見つけた時には、お前はもう一人だったけど」 男が言う。 成る程、話がだんだん読めてきた。 ぼやけた頭を必死に回転させて、なけなしの記憶を引きずり出す。そうだ。俺は自分の見張りの番で、三人が眠っているのを眺めているうちに 自分も眠ってしまったのだろう。 恐らく、三人から少し離れた場所で転寝と言う形で。 そこに例の空間シャッフルをくらい、俺は一人廊下に放り出されてしまったというわけだ。 悪魔どもがいつやってくるかもわからない道のど真ん中で寝こけるなど、想像しただけで血の気が引くというものだ。 ……で、だ 「……あのよ、ところでオマエ……ぶっちゃけ、何モン? 迷いこんだ一般人って感じじゃねーよな、その装備を見るに」 男の視線が、俺の傍らに転がっていたデッキブラシと、腰のベルト部分に押し込んだ拳銃とに向けられる。 確かに物騒なものをぶら下げちゃいると自分でも思うさ。しかし、目の前のこの男には到底敵わんぞ。何だよその凶器は。 「……もしかしてオマエ、ペルソナとか知ってたりする?」 ……聞きたかった様な、聞きたくなかった様な。 このカオス空間に放り込まれてから数時間で、いい加減聞き飽きて来たその言葉。 この見知らぬヒゲ学生のクチから、その単語が零れ落ちた瞬間。俺はなんとなく、事態が今以上に厄介になろうとしているのだということを感じ、心中でため息をついた。 「……何者なんだ、アンタこそ」 「その感じだと、知ってんのな……やっぱめんどくせー事になってんだな。つか、現地にペルソナ使いがいるなら、俺らが遠征する必要なかったじゃん……」 独り言にしては大仰過ぎる口調で、男が額に手を当てながら天井を仰ぐ。 ふと、男のブレザーの胸に付けられたバッヂに刻まれたローマ字が目に入る。 GEKKOUKAN。それが校名だろうか。耳に馴染みの無い名前だ。 276 名前:順平の口調忘れたよ![] 投稿日:2009/07/10(金) 22:27:56.47 ID:+eFgzL/J0 「あーっと……なんだ。まあ、俺たちさ。影時間がまた発生してるっつうんで、一体どうしたのかっつって調査してたんだけどさ」 影時間。ペルソナに続いて、男がもう一つ、俺の耳にこびりついた名称を口にする。 しかし、男は"また"発生と言った。どういうことだ、こんな奇天烈な事象が、これまでにもあったと言うのだろうか。 「……ま、要はそういうことなんだけどさ。その影時間ってのは、俺らが半年前ぐらいにがんばってやって、ケリが着いたはずだったのよ」 男は剣を持たないほうの手をひらひらさせながら、落ち着きなく話す。 俺は若干のうっとうしさを感じながらも、黙って頭を動かし、状況の把握に努めた。 「だけど、なんかまたここ数週間ぐらい似たようなのが出来てて? しかも、発生源っぽいのが、前は俺らの街にあったのが、今度はえらい別んとこで  俺は元から、きっとそっちはそっちで誰かが解決すんだろうから、俺らが見てやんなくてもよくね? とか思ってたのよ。  でもまあ、俺の仲間がさ。気がついたものをスルーなんて出来ないとかそういうタチなんだな、まあ。そんなわけで、はるか港区から、生徒会費使って来てやってたワケ」 「……その、発生源ってのが、この塔のことなのか」 「そう。前のノリで、俺らはタルタロスっつってるけど。でも、いざ突っ込んでみたら、俺らの知ってるタルタロスと随分具合が違ってよ。  なんかちょっと目離すと、すぐそこら辺の作りが変わっちまってんの。  なんか風花のナビもほとんど使えねーし、気がつきゃみんな散り散りになっちまってさ。  で、どうしたもんかとぶらついてたら、アンタがぶっ倒れてたわけ。シャドウに食われる五秒前って感じで」 なるほど、状況はなんとなく把握できてきた。 この男は、仲間たちとやらにはるばる駆けつけてきてくれた、俺たちの味方……と、考えて良いのだろうか。 だとしたら、かなり心強い。見たところ、こういった事象には慣れているようだし、俺たちよりも、ペルソナやこの塔について詳しいようだ。 「あ、俺、伊織順平ってーの。歳は同じぐらいだろ。よろしくな、キョン君」 ちょっと待て。 いや何がってもう何もかもが。 280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:39:53.91 ID:+eFgzL/J0 「いや、お前が寝っ転がってる時に、シャツの裾の裏にキョンくんって書いてあるのが見えて。あれ、オマエの名前っしょ? ちょっと正直吹きそうになったわ」 慌てて確認すると、なんと言う事だろうか。この世には神も仏も居ないのか。 男、伊織が言うとおり、俺のポロシャツの裾を裏返した部分の一箇所に、黒のマジックペンで、俺を指す奇妙な言葉が書かれているではないか。 こんなことをする奴は一人しかいねえ。ちくしょう、あの偽6年生。 「ま、とにかく俺っちの活躍で、キョン君がシャドウの餌になっちゃうことが無くてよかったじゃん?  ぶっちゃけ俺も心ぼそかったトコだし、どうよ? 協力しねえ?」 誘いを断る理由はない。むしろお願いしたいくらいだ。 「つか、なんかここおかしいっしょ。一時間経ってるはずなのに、影時間終わんねえのもそうだし」 「ああ、それは……」 成る程、この伊織とその仲間たちもまた、このエンドレス影時間の罠にはまってしまった身というわけだ。 俺は記憶している限りで、おおざっぱに、今、俺たちの置かれた状況を説明した。 「……マジで? それってつまり、マジの風花と同じ状態……え、じゃあ、もう外じゃ一日経っちゃってるってわけ?」 そういうことになるな。伊織の話を聞く限り、彼らがこの塔に乗り込んでから、時計は一周と半分をしたところと言うことだ。 「うわ……やば、ちょっとクラっとした。つか、ヤバイっしょ、いくらもうすぐ夏休みっつったって……」 ああ、ヤバイさ。俺もまた、気が遠くなるのを感じながら、そこらに掛かった時計を見る。 現在、長針は40分を指している。あと20分で、俺はまたも、貴重な人生のうちの一日を、たった一時間のために棒に振ることになるわけだ。 なんたるでたらめな話だろうか。 そう言えば……長門はどうしたのだろうか。 朝倉がいれば長門と連絡を取れるのだろうが、今の俺には、まったくもとの時空と連絡を取る手段がないじゃないか。 283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:48:43.78 ID:+eFgzL/J0 「……なるほど。その長門って奴と連絡を取るのに、オマエの仲間と合流したいわけね」 伊織は、俺の端的な説明に何を思ったのか、しばらくあごひげを指で弄った後 「……てか、その長門って奴、何、すごくね? っつか、何モンなの?」 「……禁則事項だ」 「えっ」 「……」 なんとなく引かれた気がする。 しかし、長門が何者かをここで説明してやるというのは、正直俺には荷が重過ぎる。どう話して良いか分からないしな。 「あー、まあ。色々そういうのが分かるペルソナなんだ」 適当に答えておく。 「マジかよ……最強じゃね? それ」 ああ、最強だよ。あいつは。 間違っちゃいないだろう。長門がペルソナを使えるかどうかは知らんが、多分使えるだろうし 仮にペルソナを使えないとしても、あいつが最強であることに揺らぎは無いだろうからな。 「ま、とにかく行こうぜ。俺もいい加減連絡利くとこ見っけて、仲間にも教えてやんないと。せっかくの夏休み影時間に費やすとかちょっと無いっしょ」 しかも、時間が経ってることも知らされぬままにだとしたら、これはもう一種の災厄としか言いようがないな。 俺はこのでたらめダンジョンに迷い込んでから、一体日数にしてどれほどが経過したのかを考えようとして、何度目かの頭痛に見舞われた。 285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:06:01.68 ID:+eFgzL/J0 …… その後。当ても無く歩くというのも心もとないものだったが、アテをつける手立てを持たないのだから仕方ない。 俺は伊織から、以前あった事件の話というのを聞きながら(俺の頭が悪いのか、伊織の説明が悪いのか、さっぱり理解できなかったが)ふらふらと塔内を歩いた。 「お、満月」 ふと、伊織が窓の外に目をやり、呟いた。 満月がどうかしたのか。 と、言った所で、何か自分で違和感を覚える。……満月? 「言ったっしょ、さっき。俺らの場合さ、満月のたびに、でかいシャドウが街を襲いに来るのよ。で、そいつらを倒すのが最初の役目だったわけ。  ま、結局その行動は、なんだ。あんま意味無かったっつか、むしろ逆効果だったんだけどさ」 と、頬を掻きながら言いよどむ。何かを隠しているような口ぶりだったが、俺は特に詮索はしなかった。 「満月のたび……」 ……待てよ。 でかいシャドウで、満月だって? でかいやつとなら、つい最近戦ったじゃないか。 そうだ、あの時、グラウンドで……空には、満月が昇っていたはずだ。 あれからどれだけ時間が経った? 詳しくは分からんが、月がもう一巡して戻ってくるほどの時間は経っていないはずだ。 288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:20:23.82 ID:+eFgzL/J0 「……月が動いてない」 「は?」 伊織が間抜けな声を返してくる。 「つい何時間か前……つまり、数日前に、見てるんだよ。俺は、この学校のグラウンドで、満月が昇ってたのを」 「……えーっと、つまり、どういうことよ?」 「その時、お前の言うでかいシャドウって奴かもしれん連中と戦ったんだ」 「! ……それ、どんな奴らだった?」 覚えている限りで、あの日、妹を包囲していた三体? のシャドウの姿を説明する。 「ナイフ、でかい女、丸い……おいおい、マジかよそれ? そいつらだったら、俺らが去年戦ってきたヤツらと、同じじゃねえか」 やっぱりな。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたさ。 「……え、でも、月がずっと満月のままってのは……えーと、どういうことになんだ? 今回は、お月さんが関係ないってこと?  ……あ、もしかして……いつでも来るよってこと?」 不吉な伊織のセリフが、終わるか終わらないかの際を掻き消すようにして。 塔内に、地響きと震動が走った。 290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:34:17.55 ID:+eFgzL/J0 「おいおいおい、マジでか!」 世の中、どうしてか、いやな予感ほど良く当たるものだ。 まるで伊織の呟きに大手をふるって返事をするかのように、そいつは現れた。 窓の外に……巨大な生き物の姿がある。 漆黒の円盤のような物体に、見るからに不吉そうな仮面を着けた巨人が、四肢を磔にされている。 伊織、まさかこいつも知ってるやつなのか。 「……マジで!? 色々すっ飛ばしてねえかっ!?」 その姿を前に、伊織さん絶叫。どうやら予想通り、心当たりがあるらしい。 窓を開け、身を乗り出し、地面までの距離を見る。いつの間にか、随分下層まで戻ってきていたらしい。せいぜい階にして五階というところか。 目前には、かつて中庭であったと思われる空間が広がっていた。そこに、一つの見慣れた人物の姿を見つけ、俺は声を上げた。 「朝倉!」 声が届いたのか、目下に佇み、徐々に降下してくる巨人を見上げていた人影が、俺のほうに視線をやる。 朝倉だ、間違いない。その朝倉の傍らには、もう一人、小柄な人影がある。こちらは、俺には見覚えが無い。 「天田じゃねえか!」 一方、俺の背後から、中庭を見下ろしていた伊織は、逆にそちらの人影には見覚えがあったようだ。 「やっべぇ、俺らも行かねーと!」 と、一言。その後、伊織は数歩窓から離れ、頭に被った野球帽の後ろと前をやおら入れ替える。 マジか。大丈夫なのか。一瞬の躊躇が俺の胸をよぎる。しかし、確実に追いつくには、それしかあるまい。 覚悟を決めて、俺は窓枠に足をかける。風が冷たい。震えてるのは寒いからだけである。 295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:48:21.96 ID:+eFgzL/J0 「今行くぜ!」 斜め後ろの伊織が声を上げ、足が助走を踏む音が聞こえる。 ええい、ままよ。困った時はペルソナ様が何とかしてくれるさ。 俺は顔中に張り付いた恐怖を無理矢理引き剥がし、何も無い空間へと、体を放り出した。 ぶわり。体が冷たい空気の中を、きりもみになりながら降下して行く。 上空には、例の磔の巨人が、中庭に覆いかぶさるようにして、ゆっくりと降りてくるのが見える。間近で見ると怖ぇ。 ふと、伊織はどうしたかと、空中を探す。しかし、見当たらない。こうしている間にも、地面は着々と近づいてくる。 ちょっと待て、さすがにこのまま叩きつけられたらやばくないか? 風の音にまぎれて、朝倉が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がする。もうかなり近い。 ええい、ままよ。 「ペルソナ!」 口内を冷やす風を吐き出すように、俺は空中で叫んだ。ピストルを撃ってる余裕は無い。 どっちが出たかは知らないが、どうやらどちらかが召喚されたらしく、俺の体を仰ぐ風の温度が、僅かに上昇した気がした。 えらい状況で悪いが、何とかしてやってくれないか。 『竜巻』 頭の中に声が響く。直後、更に新たな風が俺の周囲を舞い始めた。 俺の体が浮いてしまうほどの、強烈な突風だ。そいつらが弓なりにカーブを描き、俺の体を包み込むように吹き荒れる。 ふわり。と、体が重力に逆らい始めるのを感じる。上下の感覚が、やっと形になり始める。 硬く閉じていた目を開けると、青い視界の上に、例のタトゥーを彫り散らかしたペルソナが浮かんでいるのが見えた。 成る程、こいつは風なのか。 タトゥー(仮称)は、俺の顔を一度だけ見たあと、上空に浮かぶ巨人の姿を見上げ、その体制のまま透明になっていった。 地面までは数メートル。俺が近づくにつれて、中庭の地面が砂埃を立て始める。 298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:55:37.68 ID:+eFgzL/J0 「オマエ、無茶すんのな!」 ようやく地面にたどり着いた俺の頭上で、伊織の声がする。 見上げると……なにやら赤い衣服を着て、作り物の翼を背負ったような生き物に体を預け、滑り台を降りるかのようにやってくる伊織の姿があった。 あれがこいつのペルソナか。つか、飛べるペルソナなんて持ってやがったのか。俺はてっきり、オマエも無茶を承知の上でやっているのかと思ってたんだが。 「キョン君」 と、朝倉が駆け寄って来た。傍らには、朝倉と同じ程度の身長の、幼い顔つきの少年が立っている。少年の手には、長い槍が握られている。 「順平さん、よかった、生きてたんですね」 「おうよ。つか、おま……この子、何だよ?」 「朝倉さんです。この学校の生徒だそうで……細かいことは省きますけど、彼女もペルソナ使いで……そこの人の仲間なんじゃないですか?」 伊織と、天田と呼ばれた少年とが、俺を見る。 「ああ、そうだ。長門とも連絡が取れるかもしれん」 「マジか」 「その前に、こいつよ」 朝倉が、上空をにらみつけながら言う。 その視線の先を見上げると、もはや空が見えなくなるほどまで降下してきている、磔の巨人の姿があった。 303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:04:48.79 ID:TLW1Xt490 「ハングドマン……こいつ、前と同じなら」 伊織が何かを言いかけた瞬間。磔の巨人が、何事かを吼えた。 すると、どうだろうか。中庭のあちらこちらの地面が発光し、そこになにやら、身の丈ほどの石像が現れたではないか。それも、無数に。 「やっぱ、前と同じ……え、でも、なんか多くね?」 伊織がまたもや何かを呟く。 「二人とも、気をつけてください、あの石像、魔法を使います!」 天田少年が叫ぶのを待ち構えていたかのように。あたりに建てられた石像たちが次々と青い光を放ち始め そこから、氷の矢だの、電気の帯だのが放たれ、それらは俺たちに向かってまっすぐに飛んできた。 「お、おい、どうすりゃいいんだ、これ!」 「石像を全部壊してください、あいつが落ちてきます!」 言うと同時に、天田は懐からオートマーチックの拳銃を取り出し、其れを自分の胸に当ててかがみこんだ。 「カーラ・ネミ!」 パリン。聞き慣れたあの音と共に、青白い光が天田を包み込む。そして、その頭上に、なにやらがんばりすぎた天体模型のような物体が現れる。 『ジオンガ』 天体模型の体のどこかから放たれた雷閃が、手近なところで火を噴いていた一体の石像に向けて走る。 破裂音にも似た音がして、石像を左右に二分する罅が入る。 308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:12:08.07 ID:TLW1Xt490 成る程。要するに、片っ端から倒せば良いわけだな。 俺は周囲を見回すと、炎を噴出している石像を見つけ、そいつに目星をつけた。 武器は無い(そういや、あのデッキブラシはどこにやったんだろうか)ので、こいつを呼ぶしかない。ポケットから拳銃を取り出し、頭を撃ち抜く。 『アギラオ』 「アギラオ!」 現れたダンテが手を振りかざすと、炎の帯が、石像に向かって一直線に飛んで行く。 と、その直後。パキンと嫌な音がした。聴き慣れない音だ。 「避けなさい!」 「うおっ!?」 立ち尽くす俺のわき腹にタックルを仕掛けてきたのは、朝倉だった。 不意打ちを食らった俺の体は容易く地面に投げ出される。 「何すっ」 ゴオオオオ。文句を一つくれてやろうと体を起した俺の目の前を、炎の帯が走り抜けていった。 さっきまで俺が立っていた場所は、見事なまでにその軌道上にある。……え、何、これ? 「あんたが撃った魔法でしょ!」 いつの間に俺の背後に回ったのか、苛立った声で朝倉が答えた。 「反射よ、反射。相手が何を使ってるかちゃんと見る、同じ属性は反射される! 学習しなさい!」 うむ、分かりやすい説明をありがとう。そしてすいませんでした。 311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:21:10.14 ID:TLW1Xt490 「ブフーラ!」 「おらぁっ!」 「ジオンガ!」 戦いに慣れているらしい二人の動きはさすがのものであり、あの二人なら多分、朝倉と戦っても瞬殺はされないんじゃないだろうか。 その朝倉も、軽快な足取りでそこらを駆け回り、石像を氷柱に生え変わらせてゆく。 抱えた大剣を一振りするだけで、石像の上半分を吹き飛ばしてしまう伊織の戦いぶりもさすがだ。 俺は、というと。正直言って、この中で最も戦闘になれていないのは俺だろう。なんとなくそんな気はしていたが、やはり足手まとい気味だ。 攻撃を回避するのに精一杯で、時々ダンテに羽ペンを振るわせるくらいしかすることが無い。 なんとなく居心地が悪く、中庭の中央あたりを横切ろうとした瞬間。 「危ねぇ!」 どこぞから、伊織の声がする。何が? と尋ね返そうとした瞬間、頭上で鳴り響いた轟音が、俺に全てを悟らせた。 慌てて空無き空を見上げる。わあ、巨人が目の前にいるよ! こっちに向かって降りてくるよ! さっきまでのような緩慢な速度での降下ではない。重力に従い、ありのままの速度でこちらへ降りてくるのだ。 男のサイズは、通常の人間の数十倍で利くだろうか? よく分からんが、うつ伏せになれば、この中庭全体を余裕で押しつぶしてしまうレベルだ。 アレに圧し掛かれたら、多分、プチだね。プチッで終わるね。 「ペルソナ!」 困った時はペルソナ様と、あまり良くない、他人に任せきりの方程式が、俺の中で出来上がってしまいつつある。 現れたのは、タトゥー先生だ。こいつに今ひとつどんな力があるのか把握していないが、とにかく何でもいい、やってくれ。 頭の中に、低い声が響き渡る。 『地母の晩餐』 313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:32:06.79 ID:TLW1Xt490 ……… たまたま見かけた窓の外が、えらい状況になっているのを見かけた時は、それはもう焦りました。 何しろ、中庭の空がえらいものによって塞がれ、更に、中庭では、彼と朝倉さんを含む人々が戦っていたのですから。 何とか再び姿を見れたのは安心しましたが、状況はえらくシビアに見えました。しかし、困ったことに、僕も加勢しようにも、中庭への出口へどう向かえばよいか分かりません。 それでも、とにかく急ごうと。下りの階段を探して駆け出したところでした。 頭の中に、知らない女性の声がしたのです。 『あっ、あの……順平君ですか? 天田君ですか? ゆかりちゃん?』 「は……え、あの、えっと、どうも、古泉です!!」 ……はたから見たら、きっと危ない人に見えたでしょうね。廊下を忙しなく走りながら、虚空に向かって自己紹介をしていたわけですから。 『え、コイズミ……ですか? あ、あの、えっと、すみません、間違えた……のかな?』 何たるタイミングで間違い電話が掛かってきたものでしょうか。 しかし、今、僕は携帯電話など持ってはいませんし、恐らく、この影時間内では使えないのでしょう。 「あなたは、どなたですか? 僕は今、中庭で戦っているかたがたの仲間の、ペルソナ使いです!」 『え、ペルソナ使い……? あっ……私たちとは、別の?』 「分かりませんが、恐らく! あなたは今、どちらにいらっしゃるのですか? ご無事ですか?」 『えっと、わ、分かりません。どこかの校舎内で、窓はありません。でも、中庭……かどうか分かりませんが、戦闘が起きてる場所は分かります。あなたの近くです。  あ、私は……コロちゃんが守ってくれてるので、怪我とかは大丈夫です!』 「! ……あなた、僕らの居場所が探知できるんですか?」 315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:40:11.56 ID:TLW1Xt490 『は、はい、それが私の力ですから……』 「でしたら、僕がまっすぐ、中庭に向かうために、どう行けばいいか分かりませんか?」 『えっと……分かります! 案内もできます!、えっと……突き当たりを右に曲がって、階段が見えるまでひたすら走ってください!  壁は、無視してください、丁度消えます。今の速さのまま、走ってください!』 難しい注文を、あっさりとしてくれますね。 僕は言われたとおり、決して気を急かすことなく、廊下を右に折れ、長い通路を駆けた。渡り廊下だ。 渡り廊下は、僕の記憶より半分も少ない位置で、壁によって阻まれて、終わってしまっている。 ええい、どうにでもなれ。 僕は息を呑み、コンクリートの壁に向かって、減速せずに体をぶつける。 ぶつかる。と、思った瞬間。 まるで壁をするりと抜けてしまったかのように、僕は別の廊下へと移動していた。 ……エクセレント。 『まっすぐ行った先に、階段があります。踊り場に出たら、その先には降りずに、左の壁を抜けてください!』 もうその言葉を疑うことはしません。階段を数段飛ばしで駆け降り、踊り場の床を踏む。躊躇わず、左の壁に体を投げつける。 するり。 たどり着いたのは、昇降口でした。背後を振り返れば、中庭が広がっています。 『着きました……えっ、なに、これ! 中庭に、巨大なエネルギーが!』 女性の声がやおら震え、高くなる。僕は慌てて中庭へ走りました。 先ほど、上空にいた巨人が、中庭に向かって落下してきています。そして、もう一つ。 中庭の中心にある何かが、光を放っていた。 光は瞬く間に広がり、視界を一色に染めてしまう。 317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:50:35.31 ID:TLW1Xt490 「キョーン!!」 光の向こうから、そんな声が聞こえました。聞きなれない男性の声です。 爆発音のような、巨大な風音のような、奇妙な音が、周囲の空気を振るわせる。 それらは風船のように膨らみ、あたりを充満させたあとで、突如、ぷつりと途切れるかのように、消え去ってしまいました。 地響きは止み、驚くほど澄んだ静寂に摩り替わり、世界を支配している。 ゆっくりと瞼を開けると、先ほどの閃光も消え去っています。中庭には……さきほどの、巨人の姿は消えています。空の円盤もです。 再び駆け出し、中庭に出ると、中庭の中心に、誰かが立っています。呆然とした表情で、空を見上げる青年……彼です。 『……あっ、敵、やりました……しとめました。えっと、今の……誰が……?』 「! 風花! 風花じゃねえか!」 『あっ……順平君、中庭にいるんですか?』 「あ、僕もいます。よかった、はぐれちゃって、心配してましたよ」 声が聞こえたほうを振り向くと、中庭の中ほどに立っている二人の制服姿の少年の姿がある。 どうやら、この僕の頭の中に聞こえているのと同じ声と、会話をしているようでした。 彼らが、彼女の言っていた『仲間』なのでしょう。 僕は中庭を見回し、校舎沿いの壁に手を着いて、息を整えている朝倉さんを見つけました。 「朝倉さん、大丈夫ですか」 「古泉君、無事だったの……」 「大丈夫ですか? 今、ウェルギリウスを呼びます」 言うが速いか、ペルソナを召喚し、回復魔法をかける。 続いて、彼だ。彼はさっきとなんら変わりない体制で、まだ空を見つめている。 322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:00:07.72 ID:TLW1Xt490 「大丈夫ですか」 僕が駆け寄り、声をかけると、彼はそれで始めて気づいたといわんばかりに、はっと僕を見ました。 「こ、古泉。無事だったか……」 「はい。お怪我はありませんか?」 「あ、ああ……大丈夫、みたいだな」 彼は自分の体を見下ろし、訝しげに両手を握るなどの動作を行い、言う。 ……今しがたのあの光は、彼が放ったものだったのでしょうか。 『あの……古泉さん、ですか?』 と、頭の中に、彼女……先ほど、お仲間の皆様に、風花さんと呼ばれていた彼女です。その声が聞こえます。 「はい、どうも……すみません、ご挨拶が遅れました。古泉一樹と申します」 「あ、えっと、私、三年の山岸風花です」 「な、何だこれ。どっから聞こえるんだ」 彼が周囲を見回し、声の出所を探している。 思えば、僕はよく、咄嗟に、頭の中に聞こえる声などというものに対応できたものだと思う。 『えっと……とりあえず、皆さん。古泉さんと、その仲間の皆さんと、順平君と天田君。今、私もそっちに行きますから、一箇所に集まっていてください。  今からしばらくは、その中庭は、空間交錯に巻き込まれることはないはずです。コロちゃんも一緒です。  詳しくは、落ち合えてから話しましょう』 325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:08:51.43 ID:TLW1Xt490 言われたとおり、一箇所に集まり、ひとまず挨拶を交し合う。 伊織順平さんと、天田乾君。お二人とも、さきほどの声の持ち主である山岸さんの仲間だという。 「キョン、オマエ、さっきの……」 ひとしきり自己紹介が終わった後で、既に面識があったらしい、順平さんが、彼に話しかける。 「え……あ、ああ。いや、さっき……ありゃ、何だったんだ? お前らがやったんじゃないのか」 「は? いや、俺も天田もあんなのは使えねえよ。あいつならまだしも……」 「朝倉さん、でもないんですよね」 今度は天田君が、やはり既に面識が会ったらしい、朝倉さんに尋ねる。 「ええ、私でもないわ。……キョン君、私、見たんだけどな。さっき、あなたが普段遣ってたのと違うペルソナを出してたの」 朝倉さんがそう言うと、僕らの視線が、いっせいに彼に集まる。特に、順平さんと天田君が、驚いた表情を浮かべている。 「……ワイルドかよ」 「……居るものなんですかね、一人は」 「何だ、そのワイルドってのは」 「いや……まあ、居たんだよ、俺らの仲間にも。ペルソナをとっかえひっかえしちまう、贅沢な奴がさ」 居た。と、過去形の表現を使ったことが引っかかる。 しかし、余計な詮索はするべきでないだろう。僕らはその後、とくに会話をせず、山岸さんが現れるのを待った。 327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:14:14.42 ID:TLW1Xt490 「すみません、時間が掛かりました」 山岸さんは、部室棟の壁をすり抜けて現れた。彼の足元には、なにやら機械を背負い、ナイフを口に咥えた、アルビノの柴犬がついている。 「よう、無事で安心したぜ。オマエも、がんばったな」 「ワン!」 「あ、皆さん。彼女がさっきの声の……山岸風花さんです」 「どうも」 天田君に促され、僕らは山岸さんと挨拶を交わす。小柄な、ショートボブの女性だった。 「……あ、やっぱり……あの、突然なんですけど、皆さん。この空間……中庭全体は、もう安全です」 「は?」 彼女の突然の言葉に、順平さんが、おかしな音程の声を上げる。 「安全って……どういう事ですか?」 彼が訊ねる。 「えっと、空間交錯の影響を受けなくなりました。つまり、ここにいれば、散り散りになってしまったり、迷ってしまったりすることもありません。  私も、ここからなら皆さんをナビできると思います。恐らく、この空間にはシャドウも寄り付かなくなるでしょう。  ……さっきの、すごく大きなエネルギーを浴びた、影響かと」 再び、視線が自分の下に集まった彼が、居心地悪そうに咳払いをする。 330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:28:32.74 ID:TLW1Xt490 …… 伊織の其と比べて、何万倍も分かりやすい説明を受けて。俺たちは改めて、三人と一匹の協力者と挨拶を交わした。 半年前まで、港区月光館学園を中心に発生していた、第一の影時間を知る、月光館学園S.E.E.Sのメンバーたち。 そして、この度、北高を中心に絶賛蔓延中の第二影時間に巻き込まれた、悲しき我ら、SOS団影時間支部。 「私たちのほかに、岳羽ゆかりちゃんと、アイギスという二人の仲間がいます。彼女たちの場所は、まだ探知できないんです……」 山岸さんが申し訳なさそうに目を伏せる。そうだ。俺たちも、まだ合流していない仲間がいる。 「妹ちゃん、大丈夫かしら」 「彼女のペルソナは強力で、SPも多く有していますから……無事でいてくれる可能性は高いと思いますよ」 とにかく、さっさと見つけてやらんとな。 「あの……よろしかったら、今回のことで、お互い分かっていることを説明しあいませんか?」 控えめに声をかけられ振り返ると、朝比奈さんよりもまた一回り小柄な山岸さんの視線が、俺にアッパーカットを決めていた。 そうだった。とくに、伊織をも驚かせた、この終わらない影時間の秘密こそは、なんとしても教えてやらねば在るまい。 「私が話すわよ。其れが一番早いでしょうから」 名乗り出てくれたのは、朝倉だ。ありがたい。 ……… 数分後。S.E.E.S諸君の表情は、なんというか。ハルヒの力のでたらめさを始めて見せ付けられた俺のような表情に変わっていた。 334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:38:03.05 ID:TLW1Xt490 「一時間につき一日……ってことは、もう僕らがここに来てから、まる二日ですか……?」 「ええ、そうよ。そして、もうすぐまる三日目が過ぎようとしてるわ」 「ええっ!?」 朝倉は、何処で手に入れたのやら、レトロタイプの腕時計の文字盤に目を下ろしながら 「一分後、私たちを含めたまま、この塔、タルタロスだったっけ? タルタロスは一時的に力を失い、北高に戻るわ。 次に再びタルタロスの姿を取り戻すのは、それから更に24時間後、次の影時間。 ……あと30秒よ」 「そんな……あっ、あの時と同じ……」 山岸さんが、思い当たるものがあるのか、ぽつぽつと何かを呟いている。 「いい? その24時間の間に、長門さんと言う人が、今、私たちが過ごした一時間のデータを下に、何かしらのアプローチを掛けてきてくれるはず。  多分、あの人なら、少なくとも今の時点で、妹ちゃんや、あなたたちの残りの仲間が無事かどうかもわかるはず。  そして、私たちがこの先どうすれば、この影時間を終わらせることが出来るのかもね。  空間が安定したこの中庭からなら、彼女と連絡を取れるはずよ」 「そんな……ことが出来る、ペルソナがあんのかよ?」 「ペルソナ?」 朝倉が、何だこいつ。と言わんばかりの表情で、伊織を見る。すまん伊織。俺が適当な説明をしたから悪いんだな。 「知らないわよ、そんなの。あの人にペルソナなんて使えるのかしら?  長門さんにもう一人の自分なんて、あるとは思えないけど……さ、時間よ。10秒前。9、8、7、6、5、4、3、2、1、0……」 335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:48:28.23 ID:TLW1Xt490 朝倉のカウントダウンと共に時計の長針が、短針と重なり、新たな影時間が始まる。 体感的に、時間が過ぎたことが分かる要素は何一つない。 「……え、もう終わったの? あっさりしすぎてね?」 「ええ、終わったわ。……メッセージが届いてるわよ、ほら」 そう言った朝倉の手の中に、いつの間にやら紙切れが握られている。長門らしい几帳面な明朝体で、内容は以下の通り。 ・S.E.E.S団 → 協力 ・妹、他二名 → 無事、前者は本塔中層付近、後者は部室棟側の何処か ・悪魔/シャドウ → 前影時間の其れとは別。影時間の月を繋ぎとめているエネルギーの象徴。全滅せよ。 ・中庭 → 影時間内体感時間で245年と3ヶ月後までは安全が保障されている。 「……これだけか」 「長門さんらしい、分かりやすい内容でしょ」 朝倉が笑う。まあ、いい。知りたいことは一通り書かれていたしな。 「……どうやら、我々が向かうべきエリアも、大体目星が付きましたかね。まず、全員が集結することが先決でしょう」 長門のメモを覗き込みながら、なにやらぶつぶつと言いあっている天田と伊織。山岸さんは、また何かを考えるように、空中に視線を泳がせている。 339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:59:37.08 ID:TLW1Xt490 「あ、えっと……すみません、考え事をしてました」 山岸さんが、俺たちの視線に気づき、意識をこちらへと返してくれる。 「えっと……私は主にナビをするので、戦闘はできないんです。  私が案内できるのは、同時に2チームまでです。ですから、皆さんに3人づつに分かれてもらって、このメモに在る、二つのエリアに向かってもらうことは、多分大丈夫です」 「でしたら、そうしましょう。チーム分けは……どのようにしたしましょうか」 「ええと……順平君たちと古泉さんたちとで、レベルの差が多少ありますから……あっ、す、すいません」 「いえ、御気になさらず」 可愛いなこの人。 「では、古泉さんと天田君に交代していただいて……  本層へ向かってもらうのが、キョン君、天田君、朝倉さん。  部室棟へ向かっていただくのが、順平君、古泉さん、コロちゃんでよろしいですか?」 断る理由もない。俺は副団長を笑顔で送り出し、天田少年を迎え入れた。 「改めて、よろしくお願いします。天田乾です」 すっと、細い手が差し出される。よく出来た少年だ。うちの妹と大して年齢も変わらないであろうに、この差は一体何と言うのだろうか。 簡単に握手を交わし、目の前に聳え立つタルタロスの塔を見上げる。 ……先は長そうだ。無事でいてくれ、妹よ。 つづく 344 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:03:43.34 ID:TLW1Xt490 例によって残ってたら続きをまた明日核かもしれないし残ってなかったらスレ立てます かならずしもあした続けられるとは限らないかも ほしゅと支援ありがとうございました 354 名前:酔いつぶれるまで書いとこう[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:24:08.52 ID:TLW1Xt490 さて。そんなわけで、ウェルギリウス古泉をS.E.E.Sへと売り渡し、カーラ・ネミを有する天田少年を迎えた我々SOS団影時間支部は 部室棟へと向かう順平率いるS.E.E.S第二影時間支部を尻目に、本塔中層を目指し、新生タルタロスを駆け上り始めたわけである。 「前は、うちのリーダーの力なのか何なのか分かりませんが、ある程度進めば、そこから改めて上り始めることも出来たんですよ」 というのは、天田少年曰くであり。しかし、我々はその前S.E.E.Sリーダーほどのキャパシティは、あいにくなことに持っていないようで。 仕方なく、今となっては雑魚と成り果てた腐れプリンなどを蹴散らしながら、ひたすら見知らぬ階段を駆け上る時間を余儀なく強いられた。 「あ、しばらくは雑魚ばっかりだと思うんで、順平さんたちのチームのサポートに努めていてもらって構いませんよ」 このように、ナビゲータである山岸さんへの気配りも忘れぬ天田少年は、あろうことか立った今救出へ向かっている我が妹と同い年だというのだ。 何時まで経っても幼さの拭いきれない我が妹と比較して、なんと出来た子どもなのだろうか。 「僕は、母親は早いうちに死んでしまって、早いうちから親戚のうちに居候をしていますし……  それに、僕の在籍している学年でも、所謂子どもだなと思う子は沢山いますよ。妹さんでなく、僕が特異なんです。御気になさらないでください」 俺がそのような意味合いの言葉を述べれば、こうして俺たち兄妹を計らっての言葉も述べてくれるというのだから。 まったく、何と言うべきなのだろうか。爪の垢を煎じて飲ませたいとはこういうことを言うのか。 妹が特別周囲の周囲の児童たちと比べて劣っているとは思わないが、正直、こうした上回る例を目の当たりにしちまうと、悲しくなるね。 「その妹にペルソナ能力で遥かに上回られてるあなたは、どう言ったら良いのかしらね?」 更に。この少年の大人びたボキャブラリと見事にマッチする語彙を持ち合わせるのが、この新生SOS団三番手となる朝倉涼子だ。 つか、お前。影時間に来てから、性分に磨きが掛かってないか。以前はお前は、もう少し俺に対しても遠慮を持って接してくれる奴だったとも思うんだが。 まあ、どうと言え。この毒舌コンビが、シャドウ(旧、命名朝倉曰く"悪魔")を相手にした戦闘においては、俺を遥かに上回る働きを見せてくれるのは確かであり。 天田少年は、俺のデッキブラシ捌きを遥かに上回る槍術と、時折、悪魔の有無を言わさず葬ってくれるハマという魔法と 常人を上回るナイフ裁きでシャドウたちの喉笛を掻き切ってくれる朝倉の体術とを合わせ、俺はパーティーメンバーに恵まれていることを実感せずにはいられない。 何しろ、俺は伊織に進呈された大剣を振り回しはするものの、実戦では大した結果を齎せないハンパモノであるのだから。 357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:31:19.99 ID:TLW1Xt490 「大丈夫です。キョンさんは、以前のうちのリーダーに似ているところがありますから。サポートの按排は心得てますよ」 槍と電雷を巧みに操りながら、そうフォローをしてくれる天田少年は、俺にとってどれほど頼もしい存在か。 それにしても、俺の操るダンテと名乗るペルソナは、もう少し気の効いた技を覚えてくれれば良いんだが。 「いえ、うちのリーダーもそうでしたよ。中間ぐらいが一番ハンパでしたから」 成る程。彼+順平曰くのワイルド使いたる俺は、この程度の実力を持て余すのが宿命であるらしい。 そのワイルド使いという称号がどういった要素を含んでの称号なのか分からんが、少なくとも、順平の最初期と同等のレベルであった頃から経験を積んでいるらしき 天田少年の言う前リーダーと同等に立ち並べというのは、なかなかシビアなことではないだろうか? 「……あの人、愚痴っぽいんですね」ボソボソ 「ええ、そうみたい。長門さんから話を聞いたけど、その線については、彼の追従を許す人はいないらしいわ」 聞こえてるぞ、朝倉&天田ペア。つか、お前らはなぜそうも相性が良い。天田君の知性が宇宙人レベルだとでも言いたいのか。 「御託はいいから、ペルソナを搾り出しなさい! そいつには火炎が有効よ、あんたの唯一の取り得でしょ!」 言われたとおり、アギラオを放つ俺を、果たして誰がヘタレだと継承できるだろうか。 せめて俺も、軟弱者と呼ばざるを得ないダンテと、一歩間違えば劇物たるタトゥー(仮名)との二択でなく、もう少し一般的なぺルソナを仕えれば難儀は無いのだが。 「リーダーも、たまにハマかムドしかない悪魔使ってましたから……」 心遣いが胸に痛いね。 今度こそつづく。 386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 17:39:39.75 ID:TLW1Xt490 たびたび発生する通路シャッフルを、山岸さんのナビゲーションを頼りに掻い潜りながら、混沌の固まりの如き塔を上って行く。 山岸さん曰く、現在俺たちが居るのは地上24階。あたりをうろつくシャドウどものレベルも上がってきているらしく、俺たちは徐々に苦戦しつつあった。 「そもそも、中層って何回あたりからなんだ」 剣の重みで疲れた肩をほぐしながら、朝倉に訊ねる。 「さあ。中層っていうからには、全階層を三つに分けて、その真ん中あたりじゃない?」 マジか。一体この塔が何階まであるかは見当も付かないが、外観から察するに、百階くらいでは利かないだろう。 つまり、俺たちがいるのはまだまだ下層ということか。また、えらく難儀なところに迷い込んじまったな、妹よ。 しかし、ここよりまだ上の階層に居るってことは、当然、徘徊するシャドウのランクも更に上なのだろう。 あいつはこれといった武器も持たず、頼りになるのはペルソナのみ。あいつのペルソナが強いというのは分かっているが、それでもやはり心配は心配だ。 『もしかしたら、どこかに隠れているのかもしれません。下手に動かれちゃうと、また別の階層に行っちゃう可能性もあるから、一箇所にいてくれたほうが探しやすいんですけど……  ユノの力で、皆さんがいるフロア内にいるかどうかまでなら探知できますから、とりあえず、しばらく進んでみてください。  あ、それと……長門さんからの連絡が入った場合は、追って伝えますので』 時計を見ると、現時刻は40分。あと20分で、また一日を飛び越しちまうわけだ。 長門。できれば、今度はもう少し細かい居場所を教えてくれると嬉しいんだが。 「キョンさん、階段見つけました。進みますか?」 と、山岸さんから受け取った通信機に、分散行動を取っていた天田からメッセージが届く。 次は25階か。 実は俺が一番心配なのは、妹を見つけるまでに、俺がへばっちまわないかって事なんだが。 388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 18:00:30.88 ID:TLW1Xt490 『あ……えっと、0時です。長門さんからの、新しいメモが届きました』 しばし戦闘に没頭していた俺たちの頭の中に、山岸さんの囁くような声が響き渡る。 『えっと、本棟組、部室棟組、ともに連絡です。  キョン君の妹さんの現在地は、本棟地上34階だそうです。ただ、そのあたりの空間が不安定なので、急がないとまた移動してしまうかも……』 現在、俺たちは29階。飛ばせばなんとか間に合いそうだな。 それと同時に、俺はまだ妹が無事でいてくれている事に安堵する。 『それから部室棟組、現在35階ですが、ゆかりちゃんとアイギスは、本棟に移動しているそうです。  多分、空間交錯に巻き込まれてしまったんだと思います。  二人は本棟の地上23階に居ます……一箇所に留まっているみたいです。  ……あっ、ゆかりちゃんたちと通信出来るかもしれません。すみません、一度通信を切ります!』 それきり、山岸さんの声は聞こえなくなった。 伊織たちは随分好調に進んでたようだな。 まあ、俺たちはもたついてたおかげで、妹のいる階層をすっ飛ばしてしまわずに済んだわけだから、結果オーライというところか。 「ちょっと、もたもたしてないでよ。急がなきゃまずいって言ってたの、聞こえなかったの?」 ナイフを一閃振り払いながら、朝倉が言う。 そうだったな。また何処ぞにすっ飛ばされてしまわないうちに、妹のところに向かわなければ。 曲がり角を左に折れると、目の前に階段があった。珍しく運が良いじゃないか。 391 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 18:12:50.97 ID:TLW1Xt490 その後、山岸さんからの連絡は特に無く、十五分ほどの時間を掛け、俺たちは34階へたどり着いた。 階段を上り終えると同時に、通信が来る。 『あっ、着きました、34階ですね。……探知できます、そのフロアに、妹さんがいます!  ただ、通信は出来そうにないです……恐らく、どこか一箇所に留まっていると思います。  今のところ、フロア内の空間は安定していますから、今のうちに探し出してください』 存在は探知できても、居場所はわからないのか。 支援系ペルソナの能力ってのは詳しく知らないが、なかなか面倒なもののようだな。 「きっとどこかに隠れてるのね。手っ取り早く、呼んで探しましょ。  妹ちゃーん? 助けに来たわよー!」 「妹さん、どこですかー!」 朝倉の大声というのもなかなかレアなものだ。 それに倣い、恐らく二人には耳に馴染みのないものであろう、妹の本名を呼んでやる。 俺たち三人の声が、フロアに響き渡る。 それから一瞬間を置いて 「キョンくーん! 涼子ちゃーん!」 と、聴き慣れた甲高い声が、いくつかの壁を隔てた先から聞こえた。 「妹ちゃん! 今行くわ、待ってて」 朝倉が返事をし、駆け出す。 妹の声色からして、どうやら無事らしい。よかった。と、俺は胸を撫で下ろし、天田と共に、朝倉の後を追った。 392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 18:25:57.44 ID:TLW1Xt490 「キョン君っ!」 何度目かの角を曲がった時。向かいの突き当りから、こちらへ駆けてくる妹の姿が目に入った。 「無事だったか、よかった……怪我とかしてないか?」 胸に飛び込んできた妹の頭を撫でてやりながら、訊ねる。 てっきりおびえてしまっているかと思ったが、とんでもない、元気いっぱいのようだ。 「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃったけど、途中であった妖精さんが元気にしてくれたの」 妖精。これまた聴きなれない言葉が、妹の口から飛び出す。 またなにやらの専門用語かと、心当たりはないか、天田の顔を見る。 天田は俺の視線に気づくと、自分も知らないといった風に首を横に振る。 「死神ならうろついてましたけど、妖精なんて知らないです」 「ピンクで空飛ぶ妖精さんなんだよ。お金があれば回復してくれるって言うから、お家から持ってきたお小遣いで治してもらったの  ちょっと足りないけど、特別にって。それに、アイスもくれたんだよ」 ピンクで空を飛び、金と引き換えに回復をしてくれて、アイスを振舞う妖精さんとな。 ……ダメだ、想像できん。 ま、とにかく無事でよかった。まったく、俺の妹とは思えん逞しさだな、お前は。 「お兄さんは、キョン君のお友達?」 「ええと……はい。天田乾って言います。お兄さんの協力者、ですかね」 声に振り返ると、我が妹が天田君の顔を見上げ、小首をかしげていた。妹よ、驚け、その少年はお前と同い年だ。 396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 18:38:48.45 ID:TLW1Xt490 『あっ、よかった、合流できたんですね?』 山岸さんの声。 「はい、えーっと……じゃあ、俺たち、どうしましょうか?」 『私のペルソナで、皆さんを中庭まで転送できます』 なんとハイテクな。 「一度戻るのがいいでしょうね。私たちも、いい加減疲れてきてるし」 妹の頭を撫でながら、朝倉が言う。反対する理由もないな。 「じゃあ、お願いしま―――」 『! あれ、何だろう、これ……あっ、空間が急激に歪んで……み、皆さん、そこから離れてください!』 「へっ?」 俺の言葉を遮るように、山岸さんからの通信が激しくなる。 何事かと考えた、その瞬間。 ……俺の足元が、不意に崩れ落ちた。 「キョンさんっ!?」 天田少年が咄嗟に手を伸ばすが、遅い。 俺の体は、崩れ落ちた地面の下に広がっていた闇の中へ落ちていった。 402 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 19:04:02.33 ID:TLW1Xt490 …… 『じゅ、順平君、聞こえますか?』 ゆかりさん達と連絡を取るという通信を最後に、しばらく途絶えていた山岸さんの声が、不意に脳内に届く。 なにやら酷く慌てているようです。 「あ、ああ、どうした? ゆかりっち達と通信できたのかよ?」 『はい、できました。それで……ゆかりちゃん達のいる階層に、強力なシャドウが出現してます! 二人とも、それにつかまってしまったみたいで……』 「っマジかよ! もしかして、満月シャドウか!?」 『はい、恐らく……エスケープロードで助けようとしたんだけど、そのシャドウの力なのか、上手くいかないの』 となると、我々が助けに向かうほかありませんね。 しかし、山岸さんに中庭まで戻してもらった後で、23階まで上る。その間、持ちこたえていてくれるでしょうか。 ……そうだ、それなら。 「山岸さん、聞こえますか。古泉です」 『あ、はい。大丈夫です』 「先ほど、僕を中庭に案内していただいたように、僕らのいる場所から、そのお二人のところへ向かうことは不可能でしょうか」 『! えっと、探知してみます……  ……はい、出来ます! すみません、あんまり余裕がないです、急いでください! その廊下の突き当りを右に、その後、全速力で直進してください!』 404 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 19:28:18.70 ID:TLW1Xt490 一瞬、伊織さんと顔を見合わせると、僕らは言われたとおりの方角へ駆け出す。 コロマルさんも状況が分かっているらしく、僕らのすぐ後ろを付いてくる。 山岸さんのナビゲートに従い、幾度かの壁抜けを繰り返すうちに、周囲の風景が僅かに変わる。 「新校舎です、本棟に着いたようですね」 『はい、そこは本棟22階です。急いでください、ゆかりちゃんたち、何とか持ちこたえてますが、相手の相性が最悪なんです!』 「オッケー、任せろ!」 幸い、階段は目の前にあった。そこらに転がっている掃除用具を蹴飛ばしながら、数段飛ばしで階段を駆け上がる。 「ゆかりっち、アイちゃん、無事かっ!」 階段を上りきると、目の前に引き戸が立ちはだかっていた。それを音を立てて開け放ちながら、伊織さんが叫ぶ。 扉の向こうの風景には見覚えがあった。立ち並ぶ机、散らかったパソコンとその周辺機器。SOS団の部室の隣の、コンピュータ研究部の部室だった。 その部屋の中央に、無数のコンセントによって作られた台の上に結び付けられた、赤い肌の男性のような、巨大なシャドウが鎮座している。 そして、その悪魔と対峙している……白い衣装に身を包んだ、金髪の女性の姿があった。 「アイちゃん!」 その名前を、伊織さんが叫ぶ。すると、金髪の女性がこちらを振り返り、緊迫した表情を僅かに緩めた。 「すみません、順平さん」 「ゆかりっちはどしたっ?」 「こっちよ……」 弱弱しい声に振り返ると、壁に背中を預け、辛そうに体を折った女性の姿がある。 407 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 19:40:51.99 ID:TLW1Xt490 「古泉、頼む!」 伊織さんの言葉に肯き返し、すぐさまウェルギリウスを召喚する。 『メディラマ』 緑色の風が吹き、壁際の女性……岳羽ゆかりさんと、アイギスさんの傷を癒し、体力を回復させる。 完全回復とまでは行かないでしょうが、ひとまずの応急処置にはなるでしょう。 「ごめん、ありがとう」 体を起こした岳羽さんに、ひとつ会釈すると、僕は部屋の中央を陣取ったシャドウに視線を向ける。 「何だこいつ、知らねえぞ……あ、あん時のか」 「アンタがサボってた時のやつよ……最悪よ、こいつ、馬鹿の一つ覚えみたいにジオばっかしてくんのよ」 「うわ、そりゃゆかりっちとアイちゃんじゃキツイわな……しゃーねえ、やんぞ、コロマル、古泉!」 ワン。と、伊織さんの声に応えるように、コロマルさんが吼える。 僕は右手にぶら下げていた機関銃を構え、弾を装填する。 「アイちゃん、ゆかりっちと休んでな、俺らが引き受ける!」 「いえ、私も戦います。気をつけてください、このシャドウは、コンセントレイトを多用します」 「マジかよ。思い出すね、修学旅行の夜……って、んナ場合じゃねえか」 その直後、シャドウが体を震わせ、吼える。体に巻きついた無数のコードが電流によって唸り、シャドウの体が戦慄く。 410 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 19:53:22.62 ID:TLW1Xt490 「うおっ、来んぞ!」 「ペルソナ、レイズアップ! アヌビス!」 攻撃の気配を感じた僕らが身を竦ませると同時に、アイギスさんが声を上げる。 その直後、僕らの眼前に光の壁が現れた。 間を置かずして、シャドウが吼え、その全身から、電流が迸った。 「うおっ、スゲエなおい!」 伊織さんが声を上げる。電流は光の壁によって遮られたため、僕らにダメージはない。 しかし、はじき返された電撃が室内を飛び交い、あたりを破壊する様から、その威力が強大であることが分かる。 「順平さん、すみません、チューインソウルを頂けますでしょうか」 「ああ、はいよっ」 伊織さんが何やらをアイギスさんに投げ渡す。僕は電流を放ち終え、再びコンセントレイトを行おうとしているシャドウに向けて、機関銃を撃つ。 弾丸がシャドウの頭部へ流れ込み、シャドウが呻く。効果はあるようだ。 「トリスメギストス!」 「ワオーン!!」 続けて、伊織さんが拳銃で頭を打ち抜き、コロマルさんが吼える。二人の体からペルソナが湧き出す。 直後、シャドウの体を包み込むように、巨大な火柱が立ち上り、シャドウが喘ぐ。 しかし、何れも致命傷には至らないようだ。 412 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 20:11:01.40 ID:TLW1Xt490 「決め手に欠けんな」 順平さんが舌を鳴らす。その内にも、シャドウは再び電力を集め始めている。 「一気にやりますか」 「そう思います。順平さん、空間殺法は出来ますか?」 「あ? ああ、最近やってねーけど、多分」 「攻撃力を底上げして、一気に叩いてください。では、召喚シークエンス!」 アイギスさんが先ほどとは異なるペルソナを召喚し、順平さんの体を、赤い光が包む。 『タルカジャ』 僕にも覚えのある名前だ。攻撃力を上昇させる魔法。 ならばと、僕もまた、アイギスさんに倣うように、伊織さんにタルカジャをかける。 「ぶっ倒した瞬間、爆発とかやめてくれよっ!」 二回分の赤い光を一身に浴びた伊織さんが、頭部を撃ち抜く。現れたペルソナが、機械の羽を大きく広げ、シャドウに向けて一直線に駆けた。 空気を裂く音と共に、ペルソナの羽が刃となり、シャドウの体に絡みつくコードもろとも、その体を切り裂いた。 シャドウが低い絶叫を上げる。しかし、傷は深いものの、倒れる気配はない。 「何だよ、まだ足りねーのか!」 「……めんどくせーであります」 アイギスさんが、ぼそりとそう呟くのを、僕は聞き逃さなかった。 415 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 20:29:44.99 ID:TLW1Xt490 「アイちゃん? うわ、ちょ、それは」 「メタトロン!」 アイギスさんが叫ぶと、またもや先ほどとは違うペルソナが現れ、その天使のような羽を広げた。 胸を裂かれてもがいていたシャドウの眼前の空間に、光の球体が発生する 「伏せろ古泉!」 「はいっ!?」 伊織さんの声がした直後。爆音と共に、体が吹き飛ばされてしまいそうになるほどの衝撃波が、僕を真正面から襲った。 「いてててっ!」 閃光の向こうで、伊織さんの声がする。その直後僕のアゴを何かが蹴り上げた。痛い。恐らく、そこらに転がっていたパソコンの部品か何かが飛んできたのだろう。 グオオオオ。と、地響きのような声を上げながら、シャドウの体が散り散りになり、中空へと消えて行く。 やがて、爆風は収まり、後にはシャドウの電撃と今の爆発とで、もはや原型をとどめぬ程に散らかりつくした風景のみが残った。 「……アイギス、あんたね」 壁際で身を屈めていた岳羽さんが、何かしらがぶつかったのだろう、右腕をさすりながら、中央に立っているアイギスさんを睨む。 「あ、アイちゃんさ。メギドラオンは一言言ってからって約束したよな、前」 「すみません、つい」 そう言って、無表情のまま、自分の頭をコツリと叩く。 ……やれやれ。個性的な人とは、どこにでもいらっしゃるものなのですね。 418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 20:40:39.85 ID:TLW1Xt490 「つかアイちゃんさ、俺らが来なくても、今のやってたら余裕だったんじゃね?」 「SP切れでありましたので」 「……アイギス、なんか若干昔に戻ってない? 性格とか……」 『あっ、繋がりました! えっと……あ、使徒、完全に沈黙ですね……すみません、こっちの電波が悪くって』 忘れた頃に、山岸さんの通信が入る。彼女のテレパシーは電波だったのですか。 「はい、なんとかなりました。お二人とも合流できましたよ……あ、申し送れました。古泉一樹と申します」 「へ? あ、どうも……えっと、何、どういう展開になってんの?」 『あ、二人は知らないんだよね。とりあえず、皆さんを中庭にワープさせますので……詳しい話は、そこでします。一箇所に集まってください』 彼女の言うとおり、僕らが一箇所に集まると、直後に、頭上に光の輪のような物が現れた。 それが回転し、徐々に大きくなりながら、僕らの体を包み込む。 一瞬の浮遊感の後、目を開けると、僕らはもう、中庭の中央に立っていた。 「お帰りなさい。よかった、無事だったんだね、二人とも」 「風花さん、ご心配をかけました」 駆け寄ってきた山岸さんと、アイギスさんが言葉を交わす。 中庭には、僕らのほかに人影は見当たらない。彼らはまだ塔を上っているのでしょうか。 「あ、そうだ……いきなりなんですけど、キョン君たちのほうが、またよくないことになってて」 僕の心を見透かしたように、山岸さんが口を開く。 421 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 20:58:01.57 ID:TLW1Xt490 ……… 床が冷たい。 突然現れた落とし穴に食われ、どこぞへと迷い込んでしまったらしき俺が目を覚ましたのは、赤色の壁に四方を囲まれた通路の真ん中だった。 恐らくタルタロスの内部なのだろう。しかし、今までのフロアと違い、内装に北高を髣髴とさせるような点が見当たらない。 一体俺はどこまで落ちてきてしまったのだろうか。 右手の傍には伊織から授かった大剣が横たわっており、少し離れた場所に、召喚器(と、S.E.E.S団の諸君は呼んでいた)である、あのピストルが転がっていた。 とりあえず、紛失物はないようだ。不幸中の幸いと言うべきだろうか。 「……山岸さーん?」 だめもとで、虚空に向かって、かわいらしいナビゲーターの名前を呼んでみる。しかし、当然返答はない。 なんとなく、この見るからに特殊な空間は、そういったものが通用しないんだろうなとは思っていたさ。 体を起こし、シャドウの気配に注意しながら通路を進む。これまでのフロア以上に冷たい空気が、俺の薄いポロシャツ越しに、肌を甚振っていた。 422 名前:眠い[] 投稿日:2009/07/11(土) 21:12:13.55 ID:TLW1Xt490 まったく、妹が見つかったと思ったら、今度は俺が行方不明か。 つくづく安定することを許されない血筋である。 兎に角。この不可解なエリアを抜け出し、なんとかして山岸さんと連絡の取れる区域を目指さなければ。 俺が特にこれといった当ても無く、歩き出そうとした時だった。 シュル シュル シュル ……あまり覚えのない、だというのに何故か不吉な音が、俺の背後から聞こえる。 嫌な予感がする。振り返ってはいけない気がする。このまままっすぐ走って逃げようか。いや、追いつかれてしまうのが落ちだろうか。 時間が経つのがやけにゆっくりに感じる。恐る恐る、俺は背後を振り返った。 蛇だ。 二体の巨大な白い蛇が、空中でおどろおどろしく絡み合っている。 427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 21:29:39.64 ID:TLW1Xt490 「くそっ」 これまでに見たことのないフォルムのシャドウだ。 しかも、ここが一体、階層で言えばどのあたりなのか分からない、つまり、敵の強さは未知である。 だが、この距離で顔をつき合わせて、先制攻撃をしないわけにはいくまい。 「アギラオ!」 ペルソナ・ダンテが雄雄しく現れ、腕を前方に突き出す。巨大な火柱が、蛇の体を焼く…… と、思いきや。どうだろうか、ダンテの放った炎は蛇にダメージを与えることなく、まるでその体に吸い込まれるかのように吸収されてしまったではないか。 「マジかよ」 キシャアアア。などと声を上げそうな勢いで、蛇が体をのた打たせ、吼える。 とっさに俺がその場から飛び退いたのは、ファインプレーと言っても良いだろう。 次の瞬間、さきほどまで俺の立っていた床を焦がしながら、アギラオの数倍はあるだろう、巨大な炎の塔が噴出してきたのだ。 マジかよ。心中で、先ほどの言葉を復唱する。 炎の向こうで、蛇がまた新たに攻撃を繰り出そうと、体を震わせている。 付きあきれるか。俺は見なかったことにするとでもばかりに背を向け、そのまま一目散に走り出した。 しかし、俺が逃げ出したことに気づいた白い蛇は、空中を泳ぐように、俺を追いかけてくる。速い。 430 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 21:43:01.07 ID:TLW1Xt490 追いつかれるか。と、背筋を走る寒い物を感じた瞬間。 俺は何かにぶつかり、後方へと弾き飛ばされ、しりもちをついてしまった。 「痛って……!?」 壁にぶつかった感じとは違う。一体何ごとかと視界を凝らした俺は、一瞬、目の前の光景が信じられず、我が目を疑った。 女の子である。 西洋の血が流れているのか、白い肌と、短いプラチナブロンドを持ち、青いドレスに身を包んだ、下手すれば俺よりも年下にすら見える少女が、そこに立っていた。 「あぶなっ」 何故こんなところに女の子がいるのか。兎にも角にも、俺は目の前の少女に向かって、早く逃げろと叫ぼうとした。が、舌が上手く回らなかった。 少女はそんな俺の気が急くのをなだめるかのように、俺を見下ろし、一瞬、ニコリと極上の微笑みを作った。 そして、視線を俺の後方……せまり来る蛇へと移し なにやら左手に持った本を開き、そこからカードらしき紙切れを一枚取り出した。 「ドロー、ペルソナカード」 凛とした声。 ペルソナ。ああ、またこの単語だ。 「メギドラオン」 432 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 21:46:38.13 ID:TLW1Xt490 ……一瞬の出来事だった。 爆音と爆風が、俺を追い越すように、赤い空間を走り抜けて行く。 次に振り返った時、既にそこに、白い蛇の姿は無かった。跡形すらも残されてはいない。 「お迎えに上がりました」 呆然と虚空を見つめる俺に、再び、少女の透き通った声が掛かる。 振り向くと、少女は先ほどと同じ、天使になりかけたような微笑とともに、いまだしりもちをついた体制の俺に、手袋に包まれた手を差し出していた。 何がなにやら分からぬままに、その手に触れる。 冷たい。 「我が主人が、あなたを呼んでいらっしゃいます。あなたを、ベルベットルームへお連れいたします」 つづく