いーちゃん「はあ……雛見沢、ですか」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:11:52.15 ID:0H8v2ce90 「いーは、それを怖いと感じますか」 「……もしも、それが本当の事だったとしたら――間違い無く地獄だね」  ぼくは答える。 「でも、いーとボクは違う。そう感じる意味が違う」彼女は迷う事も無く、こう断言した。  これは、ぼくと彼女が交わした、一つの会話の欠片。 「ボクはね、死ぬ事は怖く無いのですよ。だけど、いーの事が怖い」少しだけ躊躇いながら。 「――ねえ、いー。いーはどうして生きているのですか?」  彼女はさらりとぼくに言った。そう言うのが当たり前のように。  ぼくにそう聞くのが、まるで運命だというように。まるで例外だというように。  その小さな瞳で、ぼくの表情を、じっと見つめた。  まるで、見透かすように。  まるで、探るように。  まるで、弾劾するように。  まるで、断罪するように。  そして、言葉を模索し、躊躇いながら。 「いーは……どうして、生きていられるのですか?」 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:13:45.58 ID:0H8v2ce90  ぼくの答えを聞かずに、彼女は続けた。 「たとえば、沙都子は……」彼女は眠っている沙都子ちゃんへ目をやり。 「沙都子は本当に、本当にいい子です。だけど、とても、とても可哀そうな子です」 「……多分そうなんだろうね。きみがそう言えるのなら」ぼくは言った。  彼女がその事実を認めているのは、とても悲しい事だ。  だけど、ぼくが言える事はこれだけだった。  何かを言えたとしても、それは誰に為にもならない。  ぼくの為にも、沙都子ちゃんの為にも。 「優しい兄が消えても。たとえ意地悪な叔父に苛められようとも。沙都子は、必死で生きています。ボクも――」  数瞬の間。彼女はくす、と笑った。だけど目だけは、とても悲しそうにぼくを見つめる。  それは、とてもちぐはぐで、あやふやな表情。  意味や、理由を抱え込み、なおかつそれを無視する徹底した諦めの表情。 「――ボクもそういうふうに生きたかった。たとえ、後悔しか残らなくても。苦しみしか残らなくても……ボクは、そう生きたかった」 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:16:08.33 ID:0H8v2ce90  どうしようもない告白に。  どうにもならない途絶の、認めないための過去系の言葉に。  ぼくは何も言わない。このぼくに、何かが言えるはずはない。 「いー。お願いがあります」  彼女は顔を上げ、ぼくの目を真っ直ぐに見つめて。  精一杯作った笑みの表情で。  ぼくに願った。  ぼくは、後に続くその言葉を知っている。  いつか誰かに、違う言葉で聞いた事があるから。  だけど、理解できない。  だから、理解できない。  けれど……故に理解できる。  それは、終わらない終わり。終われない終わり。――繰り返す終わり。  彼女はいくらか間を置いて。 「キミにお願いがあります――」  それは、欠陥製品の戯言でも、人間失格の傑作でもなく。  ただただ純粋で、どうしようもないほど腐敗して、狂って、歪んだ、悲しい、永久という牢獄に捕らわれた永劫の願いだった。 「――ボクを……殺してください」  と。壊れた願いを、ぼくは、彼女に乞われた。  だから――ぼくは――。 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:17:39.99 ID:0H8v2ce90  これは彼女達の物語。  進み、止まり、戻る。  そしてまた進まされ、止められ、戻る。永久の螺旋階段での。  たとえ、百回以上試してみても、終わらない、終われない、児戯としても不可解すぎる遊び。  これはすでに、戯言遣いの物語では無かった。戯言にすらならない。  永遠に続く欠片。  永劫に続けさせられる、惰性のみで生かされている結果。  いや、生かされているというのは違う、  ただ、続いているというだけだ。  人としての役割など何一つ果たさない諦めの、行き止まりの、一方通行の物語。  だが、それ故に戯言である矛盾。 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:20:37.40 ID:0H8v2ce90  彼女にとっての全ては、欠片を構成する材質。歯車の一つ。  それは、誰であっても同じ枠組みであり。  誰に対しても、たとえ自分に対しても、一切の思惟も、遠慮も無く、等しく同一であり、  それらの世界は傷だらけの、いや、傷を付け過ぎた欠片だった。  それ故に、傷痕。それも、致命的な疵。  純粋であるが故に、名前を捨てた彼女も。  互いが愛した、故に互いの血を呪う双子も。  救いを望むが故に、救いに望めない少女も。  死んで、死ななくて、延々と終わらない彼女は、永遠に終わらない。  だから傷を消す為に、未だ治らずに生々しい傷口の上から、絶えずに傷を付け続けた。  だけど、ぼくには分からない。その行為にどれほどの覚悟や意志があったとしても。  ぼくには、解らない。  だから、  ぼくは――きみに――。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:22:49.33 ID:0H8v2ce90  一日目  0  運命の呪縛からは決して逃れられない。さっきも言ったろ?  俺達は運命に流していただいてるんだよ。  1  某月某日の某県。いや、別に某にする意味など何も無いんだれけど、天気はあいにくの雨。  とりあえずのところ、ぼくはバスに乗りいくつか山を越え、舗装すらされていない田舎道に揺られていた。 「……雛見沢ですか」ぼくはひっそりと呟く。  なんともまあ、辺鄙なところに来たものだ。  というか――いくらなんでも辺鄙すぎじゃないか?  現代の日本でここまで何も無いなんて、そうそうないとも思うんだけど。  まるで、昭和で時が止まったとでもいうような。進化を止めたような、文明の流入を拒否したような。  携帯を見てみる。当然の事ながら、電波は一本も立っていない。つまりは圏外の印を液晶に映し出していた。  頻繁に携帯を使うわけじゃないけど、少しだけ淋しいなんていうのは真っ赤な嘘であり、戯言にもならない戯言だ。  結局、つまりはどっちなのだろうな、などという事は全くなく。ここに来た理由くらい、ぶっちゃけどうでもいい話である。  ……ここに来た理由はどうでもいい話でもないんだけれども、ただ単純に、頼まれたというだけ。それもとんでもなく断り辛い人に。 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:25:01.06 ID:0H8v2ce90  断れるはずもなかった、とでもいうべきだろうか、断れる理由も、断る勇気も、単純にぼくには無かったというだけか。  でも、やっぱり仕事の内容がなぁ……。  それよりも、だ。バスに乗った瞬間から無視し続けていた問題を、そろそろ解決しなければならない。  ぼくはちらり、とバスの後方を見る――やはり、いやがる。  意志とは無関係に溜息が出てくる。  ぼくは諦めて、バスの最後尾の座席を一人で占領している、白衣の女性に声をかけた。 「……春日井さん、あんたなんでここに居るんですか?」  彼女の名は、春日井春日。  動物生理学、動物心理学を専門とする動物学者。生物学者の権威であり、とんでもない自由人であり、天才であり、変人である。  確か、この人は人類最高の脳髄を持つ集団《七愚人》に選ばれそうになったけれど、性格のせいで落とされたという、割とどうしようもない人。  そして彼女は滅茶苦茶作り物っぽい笑顔を作り、ぼくに微笑んだ。 「やっと気付いてくれたね。わたしはいっきーが大変だと聞いたのでここにいます」  相も変わらずに、酷く抑揚がない喋り方だった。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:27:47.06 ID:0H8v2ce90 「……誰にぼくが大変だと聞いたのですか」 「わたしはいっきーが大変に困ると聞いてここに来ました」そっちの大変ですか。 「ちなみに後者の質問の答えは――勘?」ぼくに聞くな。 「いや、もういいです。ところでいつからこのバスに乗っていたんですか?」 「うん? 確かこの周回で四周になるかな」  ちなみに今は昼、確かこの路線は過疎線。つまりは。 「あんた朝から今まで、ずっとバスに乗ってたのかよ?」  なんというかずいぶんシュールな光景。 「まあそういうことになるかな。つまりわたしはいっきーが大変困るのを見学にきました」 「つまりで要約されてないです」 「実はわたしは雛見沢にある研究機関にお呼ばれしているんだよ」 「え? こんな所に研究機関なんてあるんですか?」  とは言ったものの、重要な研究機関などは人があまり居ない所に建てた方がいいに決まっている。  春日井さんがいた斜道卿壱朗研究施設もそうだったな。  そういえば、よく覚えていないけど、友のやつもそんな事を言っていた気がする……。 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:30:36.93 ID:0H8v2ce90 「あるらしいのです。ついでにきみもここに来ると小耳に挟んだので運命的な出合い方を選んでみたんだよ。どうかな? ときめいた?」 「全然、全く、これっぽっちもときめきません」  つまり、この人は、ただの演出で朝からバスに乗ってたのかよ……。  運転手さんはバスから降りない人を見てどう思ったんだろう?  なんというか、それはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、実に春日井さんらしい行動。 「たしか玖渚機関とか四神一鏡とかそんな所からの依頼だったような」 「……へぇ」とぼくは曖昧に頷く。  まぁ、日本の研究機関の九割九分が玖渚機関か四神一鏡の傘下だし。当然と言えば当然の結果な訳だよな。  納得。頷いていると春日井さんはぼくの顔を覗き込み。 「それでいっきーは何しに来たの?」と言う。ああ、そこのところは知らないんだな。  ぼくは割と正直に、ここに来た由来を話す。 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:32:16.04 ID:0H8v2ce90 「自分探しの旅です」 「ほう」 「……頑張った自分へのご褒美です」 「ほうほう」 「…………ええと、自分らしさのアピールをしようと思いまして」 「ええと。話を要約すると。哀川潤の依頼なわけだね」  あう。 「ええ、まあ、そういう事になりますね」  戯言遣い、この旅初の、完全なる敗北であった。 「どういう仕事なの? お姉さんに教えてよ」  まあ、哀川さんの依頼って事は予想できるか。でもさ。……さすがに本当の事は、言えないよな。 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:34:01.13 ID:0H8v2ce90 「はあ、実はですね」  ――――以下回想。 『よういーたん。いま暇?』 『え? 姫ちゃんの勉強を見てあげるくらいには暇ですかね』 『うん。じゃあ暇だな。そんな暇ないーたんに朗報だ』 『……はい』 『実はさ、アルバイトを頼みたいんだ』 『アルバイト……ですか?』 『ああ。ちょっとさ、雛見沢ってところに行って欲しいんだよね』 『雛見沢……ですか。ちょっと聞いたことはありませんね』 『ただのド田舎らしいよ。そこで古手梨花ってガキのとこで、祭りの手伝いをしてほしいんだとさ』 『祭り……つまりテキ屋をやるんですか?』 『らしーぜ。沙咲いるだろ? 佐々沙咲。あいつの知り合いの依頼らしいんだ。あたしもテキ屋やりたかったんだけどさ、 今月は仕事が結構忙しいんだよね』 『……あのですね、警察関係からテキ屋の依頼って、なにかおかしくないですか?』 『面白そうじゃん。うさんくさくて』 『さいですか』 『で、どうする? やる? やらない?』 『少し考えさせてください』 『よし、じゃあ決定だな。じゃあねー』  ――回想終了。  とまあこんな感じで、ぼくは雛見沢に向かっている経緯を、嘘偽り混ぜて春日井さんに説明するのであった。 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:37:10.05 ID:0H8v2ce90 「ふうん。でもさ。いくらいっきーが童顔だからって子供たちに混ざって遊ぶのはいささか無理があるんじゃない? なんとなく危なそうだし」 「ええ、ぼくも少々無理があると思うんですけど……って知ってんのかよ!」 「いや。適当に言っただけだけど」そう言いながら春日井さんは、窓から外を見て。 「そろそろ雛見沢のバス停に着くね」と言った。そういえば四週目だもんなこの人。  そして、ぼくとしても、あまり突っ込まれたくないので話を変えてみる。  少しだけ気になる事もあるしね。 「ところで、春日井さん。ちょっとだけ気になる事があるんですけど」 「ん?」 「雛見沢の研究機関では、いったい何を研究しているんですか?」  普通は答えてくれるはずもないけど、一応聞いておく。春日井さんだったら教えてくれるかもしれないし。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:40:43.97 ID:0H8v2ce90 「さすがにそれは教えられないな」 「ですよね」往々にしてそういうのは秘匿だしな。 「いや教えてもいいよ。けど一つ条件がある」 「ほう。聞きましょう」 「お姉さんはいやらしいことがしたくなりました。それもバスの中で」 「一人でやってください」  そうこうしている内に、バスは雛見沢に着いた。  外は相も変わらずに、雨だった。  バスを降り。ぼくと春日井さんは、ぼろっちいバスの停留所に居た。 「すごい雨ですね」 「そうだね。ところでいっきーわたしは傘を持っていません」 「そうですか、それは大変ですね。――なんでそんな目でぼくを見るんですか?」 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:43:01.32 ID:0H8v2ce90 「傘を貸して」 「いやです」 「なんで?」 「ぼくが濡れるじゃないですか。ぼくは雨に濡れるのを医者に硬く止められているのですよ。 だいたいですね、なんでこのぼくがあなたに傘を貸さなきゃいけないんですか?」 「わたしは今現在無職です」 ぐ。 「わたしは今現在誰かの所為で無職になりました」 ぐぅぅ。 「これをどうぞ。戯言遣いには傘など必要ありません」と、ぼくは傘を差し出した。 「ありがと。初任給が出たら下の町にあるメイド喫茶をおごってあげよう」  初任給というさりげないいやがらせを忘れない春日井さん。  いや、それよりも、だ。 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:46:49.26 ID:0H8v2ce90 「下の町にメイド喫茶なんてあるんですか?」ぼくの気の無い返事。 「興味ないの? メイドマニアのくせに?」 「ないです」即答。 「だいたいですね、それは誤解ですよ。一体全体なんですかメイドマニアって? どこのどいつがぼくの事をそんなふうに表しているのかは分かりませんがね、 誤解ですよ、誤解。全く理解できませんよね、そういうふうに嘘ばっかり言う人間をいまだかつてぼくは知りませんよ」 「ああ……そう」引き気味の春日井さん。  補足しておくと、ぼくはメイド服が好きなわけではない。  メイドという職業、存在を尊敬しているだけだ。  メイド喫茶のように、服装だけをなぞったところで、それらは模造品、代替品としかいえない。  つまりのところ、結局は心がけの問題であり、服装などは些細な問題でしかない。  したがってひかりさんは、それらの全てを備えた至高の存在であるという事は、紛れもない事実ではあるが。  だからといってぼく個人としては、それらを認めるのをやぶさかではないということではあるようなないような……。  …………。  うん、戯言だよね? 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:49:21.26 ID:0H8v2ce90 「うん。傘も手に入れた事だしそろそろ行こうかな」棒読みだった。  春日井さんはそう言って傘を開き、雨の降る中に降り立った。 「じゃあ、また。縁があれば」縁があれば、ね。……誰の言葉だっけ?  春日井さんは、ぼくの別れの言葉に「うん。縁があれば」と言い歩きだした。  そうして少し進み。そして、振り返り、呟いた。 「――いっきー。きみすこし気をつけた方がいい」 「え? ……どういうことです?」  ぼくの問いに答えず、春日井さんはゆっくり歩いて行く。 「―――――」何かを呟いた気がする。だけど雨音に消されて、春日井さんの声は聞こえなかった。  実に意味ありげ。気にはなる、でも意味はないのかもしれない。だって春日井さんだし。  ぼくは雨が少し治まる事を期待して、停留所の椅子に腰かけた。 「すぐには止みそうにないな……少し、待ちますか」  待つのは嫌じゃない。 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:52:30.45 ID:0H8v2ce90  さて、それじゃあ少し、雛見沢という村について考えてみよう。  ここに来る前に調べられたことは、あまりにも少しでしかないが。  鹿骨市の一部をなす人里離れた寒村。古くは(鬼ヶ淵村)と呼ばれた。  由来は――確か、鬼がどうとかこうとかみたいな、それについては特に抽出すべきような点はない。  そして明治に雛見沢に改名。そしてほどほに最近、、ダムの建設計画が持ち上がった。  だが建設は、完膚なきまでに停滞、頓挫することになる。  住民たちの反対運動。当時の建設大臣子息の誘拐事件。  そして、バラバラ殺人事件で。  五月に京都で起こった連続猟奇殺人のように、急すぎる物ではないが。  いや、その事件の犯人であるところの零崎人識自体は急いでいた、などとは全くもって思っていないだろうけど。  ほんの数週間程度で十二人を解体したのは、この国の普通の観点から考えたら早いペースだろう。  だがこの雛見沢で起こった事件は違う、いや、事件と表してもいいのだろうか?  それは瞬間的では無く、酷く継続的に、一年に一回の祭りの日に、一人は死んで、一人が行方不明になる祭り。  その事件自体インターネット界やその類の世界ではいわゆる――たたりと言われている。  なにを馬鹿な。と、一笑に付すことは出来るだろうが、(ぼくだって馬鹿らしいと思うが)事実信じている人がそれなりにいるというのは確かである。 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:55:25.32 ID:0H8v2ce90  そして、その祭りの後日に、何かが起きると考えるのは安直ではないだろう。  哀川さんも言っていたが、胡散臭いなんてもんじゃない。  なんていうか――作為的にすら感じられる。  場末のショートストーリーですら使われないような話だ。  もしもここに、名探偵や大泥棒、はたまた殺人鬼、もしくは人類最強の請負人などが来ていたら話は別なのだが、 ここにいるのは一介の、役にもなれない戯言遣いが一人だけ。  もちろんそれらの事件は、事件が起こっていれば、という机上の空論の可能性もある。  行方不明も殺人も全てが重なったのは偶然、ただの運命。  運命――ね。  まあ、結局のところ、ぼくはここに来た。こんなに胡散臭い話、断れることも出来たんだろうけど、 依頼者の写真を見て、少しだけ興味が湧いた。  古手梨花、この子の雰囲気。これは――。 「いや、戯言だよな」  ぼくは呟き―――― 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 20:59:40.03 ID:0H8v2ce90  ――ん?  ふと、視線を感じ、道を見てみると。  少しだけ背が高めの女の子が、ぼくをじっと見つめていた。  そしてふいに「――し……くん?」と、信じられないとでもいったような口調でぼくに言った。 「え? えっ、と……あなた誰です?」  ぼくの顔をを見たまま停止していた女の子に、ぼくは問うた。  肩より少し長く伸ばした緑の黒髪。服装はいたって普通。  雰囲気自体は大人っぽくはあるが、顔の造り自体は幼い。高校生だろうか?  対人記憶能力の弱いぼくとしては自信はあまり無いのだけれど、多分初対面だと思う。 「あっ、ごめんなさい! 知りあいに似ていたので驚いちゃいました」彼女は、はっとしたように謝罪し。 「えーと、観光かなにかで来た人ですか?」とぼくに聞いた。 「まあそんなとこです」とりあえず同意しておく。そういえば一応現地の人だったら分かるかな。 「あの、ちょっとお尋ねたいんですが、古手神社って何処にあるか分かりますか?」 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:03:48.33 ID:0H8v2ce90  僕の問いに彼女は迷うことなく、身ぶり手ぶりを駆使し、筆舌に尽くしがたい方法でぼくに神社への道を教えたのであった。 「と、まあこんな感じです。分かりましたか?」と、満面の笑顔。 「……ああ、うん、良く分かったよ。ありがとう、えっと……」 「詩音です、私は園崎詩音です。貴方は?」園崎? 聞いた事があるような……。 「ありがとう詩音ちゃん。あと、ぼくは今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ」  ぼくの奇を狙った答えに、詩音ちゃんは首を傾げる。 「……?」何となくこの子を相手にしていると調子が狂う。 「《いーたん》でも《いっくん》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」 「んー。……それじゃ、いーちゃんで」 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:06:22.09 ID:0H8v2ce90 〜〜〜〜  通りをずっと歩いていると、少しだけ開けた場所に出た。  辺りを見渡すと、うず高く積まれたスクラップと廃棄物の山が見えた。 「――さて」ここなら他の人間はいないだろう。  そろそろ目的地だった神社をわざと通り越してまで、気になった事を確認しようか。  背中に感じていた視線。バス停で詩音ちゃんと話していた時から、今も遠くから見つめられているような、観察されているような。 「そろそろ出てきてくれませんかね?」ぼくは背後の森に、今も感じている視線の主に声を掛けた。  少しだけ待っていると。 「おや、気付いてたのかい? あとで後ろから『ここではね、昔バラバラ殺人があったんだよ』と、お決まりの挨拶をしたかった んだけどなぁ」  言いながら木の陰から出てきて、ぼくに向い、眼鏡の奥からにこやかな視線を送ってきた。  身長はぼくよりも高い。筋骨隆々で鍛え上げられた印象があり、タンクトップからは鍛えられた腕が惜しげもなく披露されている。 「人に見られているのが嫌いなだけですよ。それにしても、こっそりと人の後ろを尾行するのは、あまり良い趣味だとは思いませんけどね」  そしてぼくの皮肉にも、彼は怯まずに。 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:10:29.34 ID:0H8v2ce90 「いやいや、これはすまない」と人懐っこそうな笑みで答える。「じゃあ、さっそくだけど先程の質問に答えようか。まずは、名前だね。 僕は富竹ジロウ、フリーのカメラマンさ――と言いたい所なんだけど、陸上自衛隊調査部所属、富竹二尉だよ」  確かに気配の消し方が普通の人間とは違ったけど、……まさか陸自とはね。 「へえ、陸上自衛隊の人ですか。あの、それじゃあ研究所も国の管轄なんですか?」 「いいや、研究を国が管理しているだけさ。それにしても、あまり驚かないんだね?」 「いや、十分驚いてますよ。ただ、少し感情表現が苦手なんですよ。……それで、何故ぼくに正体を明かしたんですか?」 「失礼なんだけどね、君の事を少々調べさせてもらったんだよ」富竹さんは続ける。 「――面白い経歴だね。いや、面白いと言っては失礼なのかな? ER3プログラムを中退後、日本に帰国。 まあ、中退といっても僕ごとき一般人じゃ計り知れない事だよね。それにそこに残した成果も驚くべき事だよ」 「その成果ってのは、多分勘違いですよ。ぼくは単純についていけなくなって日本に帰ってきただけですから」 「そして、日本に帰って来てからも殺人事件を解決。それとあの恐るべき殺人鬼騒動を解決したそうだね。そして不確定だけど、 澄百合学園の件もかな?」 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:14:30.22 ID:0H8v2ce90  よく調べてやがる。致命的な所は玖渚がいいように改竄してくれている筈だけど。  国がある程度の事を調べれるのは考えるまでもなく確かだろう。 「一応言っておきますけど、それはほとんどぼくじゃありませんよ」 「ああ、それも知っているよ。……だからこそ僕は君に正体を現したんだ。君は確かに恐ろしい奴だ、もちろん玖渚のお嬢さんの事も含めてね。 だけどね、それ以上に恐ろしい者が君の後ろにいる、見過ごせないほどに恐ろしい者が。君がここに来たきっかけ――」 ここで富竹さんは初めて、浮かべていた笑みを消し。 「――哀川潤……だね?」とぼくに聞く。  ああ、なるほどね。 「つまり必要以上に探られたくないので、あえて情報をぼくに渡すって訳ですか?」 「まあ、そういう事だよ。話が速くて助かるね」富竹さんは快活に笑う。 「それで、国がそこまでしてまで守りたい研究って何なんですか?」 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:19:34.96 ID:0H8v2ce90 「D・L・L・R症候群――」  それは自分や他人を傷つけずにはいられない、殺さずにはいられない、自動症の最高級。とにかく埒外に最悪で、 問題外に性質の悪い、とびっきりに凶悪な精神病。  でもそれは存在が疑わしいほど稀で、発症の可能性が低い筈だ。……もしかしたら零崎の奴もそうなのかもしれないな。  でもサンプル事態が少ない筈なのに、そんな研究なんて出来るのか?  いや、確かにあってありえない話ではないけど。  だけど富竹さんは言う。 「それも――」研究、それ自体を恐れるように。 「――ウイルス性の、ね」と。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:23:29.11 ID:0H8v2ce90 ■TIPS  暗い部屋に電子音が鳴り響く。携帯電話の呼び出し音のようだった。  部屋の主である長身だが華奢な青年が、ソファーに胡坐をかいて座っている。  そしてよれよれでだぼだぼのズボンから、携帯電話を取り出し耳に当て操作した。 「ああレンか、俺だっちゃ――」  電話にでるなり、痩身の青年が素っ頓狂な声をあげた。 「――はあ? D・L・L・R症候群の研究だっちゃか?」  それは本来ならありえない事だった。不確定ながらDLLR症候群という神経症は、 一般的にはほとんど認知されておらず、その症例とされる患者はほとんど確認されていない。  ――そんなものを研究したってどうしようもないだろう。  数瞬の思考。だが電話の相手は喋る事を止めない。 「そんなもん研究出来る訳ないっちゃ――まあ、こっちでも一応調べておくが。ああ、――じゃあ、切るぞ」  信憑性に欠ける、だが男には一笑に付す事が出来なかった。  無視は出来ない。それは男にとって家族に関わる事になるかもしれないのだから。  男は立ち上げてあるPCに向かい、操作を始める。  そして、心底つまらなさそうに。 「何とも……因果な話っちゃな」と呟いた。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:26:29.67 ID:0H8v2ce90  2 「なんだかなぁ……」  ぼくは古手神社に向かい歩いていた。  その後、富竹さんに簡単に説明を受け、 厳密には雛見沢症候群という、DLLR症候群に酷似した風土病という事を説明された。  その概要は強度の強迫観念に支配され、それによる自傷や殺人衝動などの症状が発症するという。  だが研究の甲斐あって、ある程度ではあるが、症状の緩和は出来たらしい。あくまで緩和らしいが。  それでも――ぼくが考えたってどうにもならないんだよな。  さて、 「そろそろか」  辺りを見渡すと先程通り過ぎた、神社に向かう筈の石段が見えてきた。  段の下には子供用のサイズの小さい自転車が二台並んでいる。  ぼくは石段を登りきり、神社の横にある家を見つけ、チャイムを鳴らそうとすると――。 「あら? あなたはどなたですか?」と、後ろから声を掛けられた。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:31:12.93 ID:0H8v2ce90  振り返ると、金髪に近い茶色の髪の毛をした、まだ幼い小学生くらいの女の子が、ぼくをじっと見ていた。  どこぞの制服っぽいデザインの服に身を包んだ、可愛らしい印象。 「えっと、……戯言遣いです」  ぼくのなんの捻りもない返しを聞いた少女は、露骨に二歩くらい距離を空け、 いつでも逃げ出せるよう、ごく自然に拳法でいうところの猫足立ちの構えをとっていた。  もちろん少女は拳法を習った訳ではないと思うが、四肢の力を抜き、 どの方向からの攻撃にも対応できる防御体制を本能的にとったようだった。  むしろ毛とか逆立ってるし。(人間じゃねぇ!) 「は!? あなた、もしかして変質者ですの?」すげえ青ざめてるし。 「……」 「いや! 止めて! 助けて! 触らないで! ああ!」いや、動いてねえし。 「…………」 「………………」  膠着状態。  そのまま現実世界で一分、精神世界では一日ほど向かい合い、宇宙の法則が乱れ始めた頃。 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:36:52.34 ID:0H8v2ce90 「それで、その戯言遣いさんが何の用ですの?」さらっと言いやがった。 「今迄の展開を流した!?」 「……ちっ」何その舌うち? ぼくの突っ込みの所為なの?  まるで流し切りが完全に入っても敵を倒せなかった第一皇子の様な敗北感を味わい、地面に膝を着くぼく。  ……さて、転換。 「えーと、きみこの家の子?」  数瞬の間、少女は少しだけ思考し、ぼくの問いに答える。 「……今の所はそうなりますわね」  少女はとてもぎこちなく答えた。  先程の無邪気な幼さは、変わらずに思えるけど。  先程の無邪気な雰囲気は、変わらずに見えるけど。  何故だか、とても、  とても、悲しそうに見えた。  このぼくの感情が何処に起因するのか分からない。分からない、だけどぼくは少女に何かを感じた。 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:41:16.21 ID:0H8v2ce90 「それであなたは、梨花に何か用ですの?」 「え? ああ、うん。……えっと、多分、赤坂さんの使い、って言えば分かってくれると思うよ」  こう言えば分かる、らしい。  少女は先程までの幼さを前面に押し出したかのような無邪気な笑顔に戻っていた。  だけど、あの悲しそうな瞳の奥に残っていた感情は。  あれは、多分……間違い無く――――。 「北条沙都子」 「え?」 「北条沙都子。私の名前ですわ」満面の笑顔でぼくを見つめ。そして問う。 「それで戯言遣いのに……おにーさんのお名前は?」不自然な間に疑問が湧いたが、無視しておく。 「沙都子ちゃん、ぼくはね、今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ」  言ったとたんに――違和感。  詩音ちゃんの時にも感じた不自然。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 21:46:54.20 ID:0H8v2ce90 「……?」沙都子ちゃんはぼくの言葉に首を傾げている。  調子が狂う。ここの人? いや、違うな。だけどこれは。 「《戯言遣いのおにーさん》でも《いーたん》でも《いっくん》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」  そうして、ぼくの投げやりな答えに、沙都子ちゃんはたっぷりと悩み。 「それでは、いーちゃんさんにしておきますわ」と、無邪気に笑った。  そして沙都子ちゃんは、ぼくを玄関に残したまま、少し待って下さいと断り、家に入っていく。  家自体は時代を感じる平屋で、飾り気がなく質素な感じ。  良く言えば素朴な雰囲気であり。悪く言えば、ぼくの住んでいるボロアパートと大差はない。  少しだけ待っていると、奥の扉から沙都子ちゃんが顔を出し。 「どうぞ、入っていいですわ」と、言った。 ここで前回の分が終わるのことを、この>>1はあらかじめ予測していました 40分ほど休憩させて 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 22:45:47.85 ID:0H8v2ce90 「おじゃまします」 「待っていたのです。どうぞ、中に入っていいのですよ」  沙都子ちゃんとは違う声がした。靴を脱ぎ、用意されたスリッパに履き替える。  そして扉を開け中に入ると、ちゃぶ台に着く沙都子ちゃんの隣に少女が座っていた。  沙都子ちゃんと同じくらいの年頃だろう。小女は写真で見た通り、 長めに伸ばした黒髪のストレートで、どこぞの制服のようなデザインのシャツとスカート。  イメージ的には仔猫の様な少女と言えば適当だろうか。  沙都子ちゃんもそうだが特殊な趣味の人ならたまらないであろう美少女だった。  そして少女は、ぼくと目を合わせ、写真とまるで同じ笑顔で。 「ああ、あなたが赤坂に頼まれた人ですか? ボクは古手梨花。よろしくなのですよ、にぱー☆」と。  彼女は、古手梨花ちゃんは一片の邪気の欠片さえも感じさせないように、純粋に、天真爛漫に微笑んだ。 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 22:56:57.49 ID:0H8v2ce90  〜〜〜〜 「――とまあ、こんな感じでお手伝いして貰いたいのです」梨花ちゃんは立ち上がって。 「まあ、お手伝いといっても、そんなにやる事はないのですが」  いや、うん。……そうなんだけど。  ……確かにやる事は少ないんだけれど、……少ないのだけれども……。 「あのさ……なんでぼくがきみの学校に行かなきゃならないのかな?」 「いーは暇なのです」断定されました。 「予定がない事を暇だというのならそうだろう。だけどきみみたいな子供に暇の何が分かるってんだよ!?」  と言えるほど、ぼくは強気な人間ではない。まあ、子供相手だし。従っておくしかないか。  はぁ……やっぱり流されてるよな、この状況は。  なんとなく流されることにかけては、ぼくの右に出る者はそうそういないだろう。 「……分かったよ、それじゃあ明日の朝にここに来ればいいのかい?」  自分の流されやすさに嫌気がさすが、依頼者の頼みなのでしょうがないということにしておく。 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 23:09:07.68 ID:0H8v2ce90 「はい。では明日からよろしくお願いするのです。にぱー☆」  梨花ちゃんは立ち上がり、笑顔でぼくの前に来てその小さな右手を差し出す。 「それじゃあよろしくお願いしておくよ」  ぼくも手を返す。  梨花ちゃんはぼくの手を握りぶんぶんと揺らし、楽しそうな笑顔でぼくの目を覗き込んだ。  あ。 「それでは、また明日なのです。にぱー☆」 「……ああ、うん。それじゃあね」  外に出ると雨は上がっていて、ぼくの上には蒼色の空が広がっていた。  そして業火に焼かれ、爛れた燈の空が、ぼくの上に広がろうとしていた。 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 23:24:06.77 ID:0H8v2ce90  ふいに思い出していた。思い出してしまった。  それは昔の話。  ぼくが壊れかけだった頃の話。  ぼくが壊れてしまった頃の話。  ぼくが壊してしまった頃の話。  ぼくが毀れてしまった頃の話。  でも、  だからこそ、ぼくは――ぼくはそばにいる。  けれど、それこそ戯言だ。理解してしまえばなんてことはない、終わった問題。  だけど、あの時、梨花ちゃんがしていた、あの目は。  それを、ぼくが見間違う事はない。  それは、ぼくだけは見間違えない。決定的な差異。  いや、さすがに――考えすぎだよな。 「これじゃあ、本当に……戯言だ」 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 23:35:32.97 ID:0H8v2ce90 ■TIPS  ふん。《だから私は》くだらん。見下げ果てた根性だ。尊敬に値する程のな。  ――たとえば、だ。お前は運命の出会いという物を信じるか?  俺はお前の事を知った事を偶然だとは思わん。俺はお前と出会った事を単なる奇偶だとは思わん。  《運命という事?》ふん。お前はまだそんな事を言っているのか?  お前はここまで生きてきて、まだそんなずれた事を言う気か?  …………ふん。  いや、それでこそ、それでこそとでもいうべきか。だからこそ続いてきたのか。  無知故の奇跡。いや、怠惰故の軌跡か。  だからこそ、今、此処で、出会うべくして出会ったという事か。ふん、面白い。  ならば理解しろ。  常軌を逸した常識を。正気を逸した常識を。常識を逸した領域を。  お前は、お前の意思でこの物語を閉じた気でいるようだが、それは単なる傲慢だ。単なる模倣でしかない。  お前がどう思おうと、思わんと、  ――運命は、決まっている。 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/15(日) 23:47:47.58 ID:0H8v2ce90 〜〜〜〜 「むう……やはり遠くてもみいこさんにフィアット500を借りるべきだったか」  ぼくはバスの停留所に貼られた時刻表を見て呟く。  時刻の書かれた色褪せた紙には、六時から先の停止時刻は無かった。  ……こんな事ってあるの? いくら過疎線だっつてもねぇ……。  あらかじめ下の街にホテルを取っていたので、宿の心配はないけど。  その時一台の車が、間抜けにもバスの来ないバス停で待っているぼくの前を通り過ぎ、 十メートルほど進んで停止した。そして車のドアが開き中から出て来た人は。 「やっほー! いっきー!」春日井春日その人だった。 「どうしたんですか春日井さん? 研究所の仕事ってそんなすぐに帰れるものなんですか?」 「うん。退職してきたんだよ」 「は?」は? 「退職とは、就業していた労働者が、その職を退き労働契約を解除することをいう」 「それは知ってます」この人はぼくを馬鹿にしてるのでしょうか? 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 00:05:55.34 ID:1HzaWGpK0 「離職ともいう」 「……」 「辞職ともいう」 「…………」 「Gショック☆」 「うるせえ!」  春日井春日恐るべし。本当にそう思うぼくであった。 「それにしても……今日は初日ですよね」  ぼくに心配されるとは、この人も相当だよな。  そうして春日井さんは無理矢理に作った笑顔の表情でぼくに言う。 「話は後にしてとりあえずメイド喫茶にでも行こうか。いっきーはバスを待ってたんでしょ?」 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 00:33:10.39 ID:1HzaWGpK0  停車していた車を指指し、早くしろ、とぼくに促す春日井さん。  この人本当にメイド喫茶を楽しみにしてるのではなかろうか。 「というか、あんた金持ってるんですか?」 「ああ。それは大丈夫。彼が払ってくれる事になってるから」  といいぼくの腕を引っ張り、車に乗せられた。  運転席には白衣に長髪の、柔和な表情をした大人の男性がぼくを見ていた。 「どうも、こんばんは。僕の名前は入江といいます。いっきーのお噂はかねがね聞いていますよ」  落ち着いた口調や仕種が大人の印象を与える。彼は雛見沢研究機関の科学者だろうか。  そして入江さんは一度ぼくから目線を外し、真剣な表情を作った。  何かを期待するような、何かにすがりつくような。  そんな真剣な表情。 「いっきー……君――」そこで言葉を切り。 「――メイドが好きなんだって?」と、大人の男性がしてはいけない緩み切った表情で、ぼくに問うた。  ただの変態だった。 すまんPCの調子が悪い、少し遅くなると思う 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 01:00:40.01 ID:1HzaWGpK0  〜〜〜〜  そうして目的地に着くまで、車内では入江さんの力強い演説が開始されていた。  メイドのここが素晴らしいとか、メイドとしての心構えの問題とか、とにかく色々。  まあ、ぼくもほどほどに共感できる内容ではあったが。まだまだ甘いよな、うん。  ちなみに春日井さんは無言だった。  そして、十分ほど走り車は停止した。 「さあ! 着きましたよ! 行きましょういっきー! 春日井さん!」ちょっと引くくらい元気な入江さん。  後部座席で肩を竦めていた春日井さんも少し復活したのか。 「まあ行ってみようじゃないか」と言い、車から出て行く。  駐車場を抜ければ、そこはなんてことはないファミレスだった。  外装だけ偽装?  一応聞いてみる。 「ぼくにはただのファミレスに見えるんですが」  瞬間、眼鏡を光らせ、ぼくの呟きを聞き取った入江さんが叫ぶ。 「いっき―、君はまだ若い。その程度の事で君はメイドのなんたるかを判断するつもりかい?」 118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 01:17:44.18 ID:1HzaWGpK0  両手を広げ天に掲げる入江さん。そして擬音がついたと錯覚させるくらいの勢いで、人差し指をぼくに突き付ける。 「外装を見ただけで判断するつもりかい? 君はその程度の漢なのか? だとしたらそれは――」 「どうでもいいから早く入ろう」氷のような冷たさであった。  春日井さんの声で我に帰った入江さんは、すまなそうに頭を掻き。 「ああ、これは失礼しました。では入りましょうか」  こうしてぼく達は魔境に入り込んでいく。  意図していなかった事のように。  理解していなかった事のように。  時間は進んでいく。それでも秒針は決して戻らない。  分からなければ良かった。  解らなければ良かった、と。  だけど、それは否応無しにぼくの網膜に飛び込んできた。  それでも、  ――これは、メイドじゃない。 129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 01:40:35.94 ID:1HzaWGpK0  ぼくの心は急速に冷めていく。  いや、元々心なんて在って無いようなものじゃないか。  ぼくにとっては、心なんて在って無いようなものじゃないか。  この、欠陥製品であるぼくには、心なんて在って無いようなものじゃないか。  そんな事、分かってたのに。分かりきってたのに。  なのに、ぼくは、  ぼくは――。  だけど入江さんは、軽く放心しているぼくを満面の笑みで見つめて、ぼくの肩に優しく手を掛けた。 「どうだい、いっきー。これが、これが、エンジェルモードだ!」 「……ああ、はい」なんとか返事を返すぼく。  うん。これはとりあえず合わせておいた方がいいかな。 「これはメイドじゃないんじゃない?」と、氷よりもなお冷たい、絶対零度の春日井さんの声。 「…………」入江さ――――。  怖っ! 本当に怖っ! 「……ごめんなさい」素直に謝る春日井さん。 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 02:10:31.56 ID:1HzaWGpK0  今のは、確実に殺されるかと思った。  鬼だ。  殺人鬼なんて可愛らしいもんじゃない、それはまさに《冥土の鬼》の目だった。  怯える春日井さんをよそに、入江さんは笑顔に戻り、店員のメイド(仮)さんに席を案内してもらう。  段取りがついたのか、入江さんはぼくと春日井さんに 「それでは、行きましょうか。これがエンジェルモートです」楽しそうな入江さん。 「……はい」従うままのぼく。 「……はい」従うしかない春日井さん。  店員のメイド(仮)さんに席に案内されぼく達は席に着き。  ぼくと春日井さんが並んで座り。入江さんが向いに座った。  入江さんは満足げに店員のメイド(仮)さんを見終えてぼくと春日井さんに視線を投げ、少しだけ抑えた声で。 「ええと、それでは自己紹介しましょう。僕は入江京介、表向きは雛見沢に唯一の診療所、入江診療所の所長をさせてもらっています。 いっきーはもう解ってらっしゃると思うのですが、この雛見沢の風土病、雛見沢症候群を研究している研究所であるところの、 入江機関の所長でもあります。ああ、診療所も本当に営業していますから、もしもいっきーが雛見沢にいる間、怪我や病気になった場合は遠慮なくどうぞ」 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 02:33:41.06 ID:1HzaWGpK0 「はあ……だいたいの事は富竹さんから聞いてるんですが。本当にD・L・L・R症候群、いや、 ここでいう雛見沢症候群の研究をしているとはにわかには信じられない話ですよね」  ぼくの問いに入江さんは眼鏡を直し答える。 「ええ、一応言っておきますが、D・L・L・R症候群の研究はあくまで副次的な要素だったんですよ。 始めはほんのちょっとした体調の変化程度だったのですが。それがどんどん重い症状になっていき」  入江さんは目を細め、悲しそうに、悔しそうに呟き。  それは普通の科学者には有り得ない反応。ぼくは続きを口にしていた。 「それが殺人病のようになってしまった訳ですか……」 「……残念ながら、そういうことになります」 「ところで入江先生。このお寿司を頼んでもいいかな?」あんたは黙ってろ。  入江さんは、いいですよ、と頷き、店員さんを呼ぶボタンを押した。  ぼくとしても気になっていた事があるので聞いてみる。 「それじゃあ、あの……ここ何年かの殺人事件と、行方不明事件もやっぱりその関係なんですか?」 149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 03:00:18.05 ID:1HzaWGpK0  はっとしたようにぼくを見つめる。  それは痛い所を突かれた、というよりも―― 「ええ……けれどそれは」 「ああっ! いーちゃんじゃないですか?」  と、誰かがぼくを呼んだ。声のした方を見るとメイド服(仮)に身を包んだ……誰だっけ?  えっと……たぶん、詩音ちゃんが、注文を取りに来ていた。 「あの、詩音ちゃん……だよね?」  恐る恐る聞いてみる。 「そうですよ、詩音ですよ……あの、もしかして忘れてました?」  詩音ちゃんは、可哀想な人を見る目をぼくに向け言う。 「いや、覚えてるよ。たぶん」  ぼくの曖昧な答えに、ほんの少しだけ悲しそうに頷き。 「まあ、そうですよね」と、言い。  店員さんの鏡とでもいえるような笑顔に戻った。 「おねーさん。上寿司一つお願い」 「あんたは黙れ」さらに上寿司。 302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 20:26:33.70 ID:1HzaWGpK0 「はい、上寿司お一つですね。いーちゃんはどうします?」伝票に書き込みながら、営業用とは思えない笑顔でぼくを見て。 「スイーツとか割とお勧めですよ。ああ、でも男の子だし甘いのは苦手ですか?」と聞いた。 「いや、嫌いじゃないよ」好きでもないけど。 「ほう。詩音さんはいっきーとお知り合いだったのですか?」  ふうん。入江さんは詩音ちゃんと知り合いなのか。……まあそうだよな診療所とかの事もあるだろうし。  しかし、研究機関としても動いて村に一軒の診療所ってのは大変だろうな。 「あれ? 監督いたんですか?」と、驚く詩音ちゃん。  ……いや、ほんとに見えてなかったような言い方。 「ははは、詩音さんはほんとお茶目さんですね」  屈託なく笑う入江さんの目の光は本当に嬉しそうで、大の大人としてどうなのだろう、と思ういーちゃんであった。  そして、存分に詩音ちゃんを観察した後、入江さんはぼくにメニューを渡し。 「さ、どうぞ。いっきーも遠慮せずに頼んで下さい」 306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 20:52:50.54 ID:1HzaWGpK0 「はあ、どうも、すいません」何となく頷いてしまったぼくは、なるべく安めな物を選び、詩音ちゃんに注文を頼んだ。 「それでですねさっき詩音ちゃんが言っていましたけど、入江さんは何かの監督なんですか?」 「ああ、それはですね――」答えようとした入江さんを遮るかたちで。 「先生はこの雛見沢の少年野球チームの監督をしているんですよ」 詩音ちゃんは言った。 「僕がこの町や村に貢献出来る事は、その程度しかありませんからね」  というか、この人聖人なんじゃないのか? ……目線はメイドさんにくびったけだけど。  だけど、この人は科学者だ。  科学者にとっては研究という事柄は被検体を物としてみる事、  あくまでサンプルの一例として見なければ研究など出来はしない。だから、それの―― 「……ああ、もう」ぼくって奴は。 「どうしました?」入江さんはぼくを心配するように問う。 「いや、たんなる戯言です」  313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 21:25:53.85 ID:1HzaWGpK0  〜〜〜〜  料理を食べ終わり、雛見沢について情報を聞き終わった。  途中何度か詩音ちゃんが来た事もあり、まともな話は出来なかったけど。  まあ、この程度で充分だろうか。 「沙都子ちゃんにはもう会いましたか?」  入江さんは表情を正す。一瞬だけ俯いた時に、何とも言えない悲しそうな顔が見えたけど。  見えてしまったけど。 「ええと、はい。梨花ちゃんの家にいた子ですよね?」 「はい、そうです」頷き。「いっきー、もし迷惑でなければ、彼女に優しくしてあげてください」  まるで懇願するように、ぼくに言う。 「そりゃ、出来ればしますけど」ぼくには自信がないけど。  だけど、なんでぼくにそんな事を頼むのだろう?  入江さんは悼むように言う。 「彼女も雛見沢症候群の患者なのです」 320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 21:49:00.29 ID:1HzaWGpK0  ああ、なるほど。だから沙都子ちゃんはあんなふうになっていたんだ。  酷く危ういバランスで成り立った存在。ぼくが感じた不自然はそれだったのか。  ……でもそれにしてはあやふやで、もっと別の意志もあるような。 「でもぼくは……」 「いえ、何も取りたてて可愛がれ、とか、直してくれという訳ではないですよ。普通に接してあげてください」  お願いします、と言い。ぼくに頭を下げた。  その真剣な表情に、真摯な態度に。 「……はあ。分かりました」頷いてしまう。結局、ぼくは流されてしまった。  それでも、この人の言葉には一片の嘘も含まれてはいなかった。  たぶん、この人はそれが言いたかったんだ。 「ふうん。メイドが見たかった訳じゃないんだね」 「黙れ、殺すぞ」台無しだった。 「いえいえ、それが本音です」ああ、本音ですか。 338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 22:35:33.65 ID:1HzaWGpK0  〜〜〜〜  ここはホテル前。  食事を終えファミレスを後にしたぼくと一名を、入江さんはついでですから、と言い送ってくれた。 「それでは、また」  車窓から手を振り入江さんは去って行った。  うーん、なんか激しい人だよな。色々な意味でだけど。  ……それよりなにより、嫌な予感がする。 「あのですね、春日井さんは何処に泊まるのでしょうか?」 「早く入ろうよ。私は遠出して疲れたんだよ」 「春日井さんもこのホテルなのでしょうか?」 「そうだよ。このホテルだよ」いけしゃあしゃあと。 「では、ぼくはぼくの部屋に行きますね」ロビー。 「うん。そうだね」 「春日井さんの部屋は何階ですか?」エレベーター。 「あら。奇遇だね。その階だよ」 361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/16(月) 23:49:29.33 ID:1HzaWGpK0 「……何で入ろうとしているのでしょうか」 「入れてよ」もう諦めました、色々と。  〜〜〜〜  こじんまりとしたホテルの一室。無駄な装飾や照明がないのがなんとも悪くない。  ぼくはソファーに腰掛けていた。 「実験動物、ね」  今日あった事を思い出し、ぼくは呟く。  ほんの小さな罪も、ほんの少し罪も、焼きつき。取り込み。ぼくを縛り続ける。  それは、ぼくの原罪とでもいうべき物だった。  分断され、引き裂かれ、引き離された。いや、始めからそんな物はなかったのだろうか。  ……そう言えば説明が付く気がする。それは逃げの一手でしかないのだけれど。  いずれは、それに圧迫されて、身動きできなくなるんじゃないかという錯覚に捕らわれる。  いや、錯覚というか、確信というか。 「魔女の窯といった方が適切かもしれないよな」 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:20:59.58 ID:Nt0KLR150  ■TIPS ジェイルオルタナティブ  代 替 可 能。  どんなものにも変わりはあって、誰かが何かをしなくとも、他の誰かがその何かをやって、 かけがえのないものなど、この世にはないという、そういう概念。 バックノズル  時 間 収 斂  たとえそれが現時点では何の兆候もない、生じていない事象であったところで、それが起こるべき事であるのならば、 避けようもなく、いつかどこかで起きてしまう、もしも起きなかったというのならば、 それはもう、遥か昔にとっくに起き終わっていたと――避け得るものなど、この世にはない、という概念。  成功に意味はなく。  失敗に意味がない。  因は違えど、果は同じ。 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:23:53.09 ID:Nt0KLR150 二日目  0  たとえば、誰かが携帯電話でメールを打ってるところを、横から覗き込む奴がいたら、かなり嫌な感じでしょう?  1  ぼくは目を開けた。  部屋はカーテンがされているのでまだ薄暗いが、窓からは微かに太陽の光が差し込んでいる。  推測するに、大体――六時くらいだろうか。 まあ、どうせ寝れないのだし。 「……そろそろ起きるとしますか」  ぼくは呟き、ソファーからゆっくりと身体を起こす。  ベッドで寝ている春日井さんは――まだ睡眠中のようだ。  なんというか、さすがだよな……ほんと。  ソファーで横になっていた為か、体が少々軋んでいる感じがする。  なるべく音を出さないように、軽い柔軟体操で体を伸ばし、各所の軋みを丹念にほぐした。  さて、と。あまり気が進まないけど用意でもしようかな。 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:26:21.10 ID:Nt0KLR150 「あまり気が進まないのだけど、用意でもしてみようかな……」  口に出してみても、やはり気が進まない。なんとも気が滅入ってくる。  というより、真意が読めないってのも要因の一つなんだろうけど。 「学校行きたくねぇなぁ」不登校児顔負けのことを言ってみる。  最終学歴が小学校卒業のぼくが言うと、何とも情けない気がするけど。  しかし、何故ぼくが学校に……。  まあ、今更に文句を言ってもしょうがないんですよね。 「かくして、運命に流され続ける戯言遣いなのであった」  状況の認識の為に自分で解説してみたが何とも締まらない。というか馬鹿みたいだ。  いや、事実馬鹿なんだろうけど。 「……はぁ。諦めますか」  掛けていた布団を畳み、春日井さんの足元に置き、そのままの流れで、服を持って洗面所に行き、洗顔と着替えを済ます。  そして春日井さんが起きた時の為に、書き置きを残す。  そうしてぼくは雛見沢に出かけるのであった。 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:28:43.72 ID:Nt0KLR150  〜〜〜〜  バスを降りたぼくは、昨日と同じように古手神社までの道を歩く。  途中、何件か商店があるのを見つけた。  ところどころ錆びて色褪せたコーラの看板が、何ともいえないノスタルジックな感情を呼び起こす。  あくまでぼくの問題なのだけれど、こういう感情ってなんか気に入らないんだよな。  小学生以降、ぼくはヒューストンに留学していたから、こういう看板を見てないってのは当然なんだろうけど。  でも、それとも違うというかなんというか……。  ……よく分からないな。  そうして、しばらく歩くと、石段と自転車が見えてきた。  ぼくは、長い旅の果て、古手神社の石段に到着してしまった。  おしまい。  ……にしてしまいたいところだけれど、そうもいかないんですよね。  とりあえず今は何時なのだろう?  ぼくは腕時計で時間を確認する。まだ約束の時間には少し早いだろうか。 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:31:54.21 ID:Nt0KLR150 「待つか」  あんまり早く行ってもあれだし。  石段に腰かけ、辺りを見渡す。見事なまでに何も無い。 「……エイトクイーンでもやろうかな」  エイトクイーンとは、要は頭の体操。  あまり楽しい物ではないけど、暇つぶしにはなるので、わりと重宝する。  ぼくは頭の中にチェス盤を作り、女王を配置していく。  一つ目。二つ目。……三つ目。…………四つ目。  うん、割と良い感じ。女王は順当に配置されていく。  そして、五つ目に突入しようとした時――視界の端に何かを捉えた。  女の子が恰幅のいいおじさんを――いや、おじさんっぽい物体を左手に抱え、こちらの方向に歩いている。  良く見てみるとおじさんっぽい物体は、ケンタッキーフライドチキンでおなじみのサンダース大佐であり、 (厳密には大佐という意味ではないのだけれど)開いた右手には鉈を握っていた。それも凄い笑顔で。  どう考えてもお近づきにはなりたくない感じ。ちなみに女王はとっくに逃げ出している。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:35:00.30 ID:Nt0KLR150  というか、  ぼくも逃げていいですか? むしろ逃げろ!  が、時既に遅し。女の子の足取りは軽く、既にぼくの目の前まで来ていた。  そして石段に座っていたぼくを見つけ、停止。  そしてぼくを見つめる。 「……」  無言。 「……」 「かぁいいでしょ?」  と言い、いろいろ無残に壊れたカーネルをぼくに見せてきた。  ええと……どういうことなのでしょう? これは答え次第ではもしかしてまずめな状況なのでは?  というか、かぁいい、って可愛いって意味だよな。  しかしこんな状態のカーネルを可愛いと思う人類はそうそういないはずだろう。  崩れた頭部からは、まるで脳漿を模したように草が飛び出てるし。割れた腹部からは自転車のチューブみたいなのが出てるし。  女の子はぼくの混乱など露知らず、再びカーネルをぼくの目の前に掲げた。  カーネルとぼくの距離は一センチもない。 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:38:51.43 ID:Nt0KLR150 「コレ、かぁいいでしょ?」 「……はい」可愛くないです。  戯言抜きの恐怖だった。  さすがに瞬間的な恐怖は入江さんには敵わないものの、この子の継続的な恐怖は結構なものである。  雛見沢住人の恐ろしさを垣間見た気がする。  そうして、目の前の女の子は、たっぷりと時間を掛けてぼくを見つめ、口を開いた。 「それで、あなたは誰なのかな? かな? どうしてそこに座っているのかな? かな?」  ふむ、一応意思疎通は普通に出来るようで、石段に座っていた不審者に声を掛けた、という感じか。  この場合の不審者はぼくという事だろう。ぼくも不審者の定義を改めなければならない。と、この子を見て思う。  さて、とりあえず名乗って良いもんか悪いもんか。いや、名乗らないけど。 「いえいえ、名乗るほどの者では御座いません、ぼくは一介の戯言遣い。後者の質問はここの子に用事があってね、ってとこかな」 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:42:39.85 ID:Nt0KLR150  アイドルのような仕草で、女の子は首を傾げる。  よくよく観察してみると、丁度肩くらい迄の茶色の髪の毛。  服装は一般的なタイプのセーラー服を着ていた。高校生だろうか、わりと可愛らしい感じの女の子だった。  半壊したカーネルと、鈍色に光る鉈のセットはとてもシュールに感じるけど。 「レナは竜宮レナっていうんだよ。あなたの名前は何ていうのかな? かな?」  かな? を連続するのは癖だろうか。  それに、こういう子は何となく苦手だな。……理由が予測出来るだけましなんだろうけど。 「悪いんだけど、ぼくはね、今まで他人に本名を教えた事が一度しかないのを誇りに思ってる人間なんだ。 《戯言遣いのおにーさん》でも《いーたん》でも《いっくん》でも《いっきー》でも《いーちゃん》でも、好きなように呼んでくれ」  この二日で既に何度目になるだろう台詞をぼくは言う。 「梨花ちゃんや沙都子ちゃんはなんて呼んでるのかな? かな?」  ふぅん、……そう来ますか。ぼくは返す。 「……えっと、いーちゃんかな」 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:46:27.73 ID:Nt0KLR150  ぼくの言葉を聞いたレナちゃんは頷き、まるでスイッチを切り替えるように惚けた顔を変えた。  天然にして、純真無垢に、純一無雑に、清純無垢に、  元からそうであるかのように、元がそうであったかのように、元々そうだったかのように、  彼女は、嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ私はいっくんって呼ぶよ。いいかな? かな?」 「……ご自由にどうぞ」  成程ね。  壊れているわけじゃなくて、あえて壊しているわけだ。  いや、ずらしていると表現した方が的確だろうか。……それはそれでやり辛いんだけど。  ぼくは腕時計を再び見た。分針は待ち合わせ時間の手前を指している。 「それじゃあ、また後で。……たぶん学校で会えるだろうしね」  ぼくは言った。それを聞いたレナちゃんは本当に楽しそうに。 「あはは」  と笑った。 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:50:50.14 ID:Nt0KLR150  そしてレナちゃんはぼくから目線を切り、再び歩き出した。  そして初めて彼女を見た時のような惚けた顔で、ぼくに振り返り。 「それじゃあ、また学校でねー! はう〜、お持ち帰りぃ〜!」  と言い、まるで手の延長だとでもいったように、カーネルをぶんぶんと振り回し去って行く。  ……あれって軽く三十キロくらいはあるよな。  そしてレナちゃんの姿は見えなくなった。 「ふう……」  狂言回しの仕事じゃねえよな、これは。  それにしても、何となく嫌われた気がする。ぼくはなにかレナちゃんに嫌われる様な事でもしたのだろうか。  考えても――やっぱりわかんないんだよな。  まあいいや、としておく。 「……はてさて、これは戯言なのでしょうか」 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 20:55:45.52 ID:Nt0KLR150  〜〜〜〜  所変わって場所は古手家。 「いただきます」  何故だか食事中のぼくであった。  目の前に並んだ朝御飯。メニューは卵焼きにお味噌汁。  日本の朝食につきものの献立である。  それでは、一口目。  ――お。 「うん、なかなか美味しいね」 「ボクじゃなく沙都子に言うといいのです」 「結構料理が上手いんだね、沙都子ちゃん」 「結構は余計ですのよ」  頬を膨らまして不満げな沙都子ちゃん。 「じゃあ、わりと上手いと思わざるをえないと言って言えなくもないんだね」 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:00:24.24 ID:Nt0KLR150 「回りくどいので、もうちょっと優しさを加味してお願いしますわ」 「わりと上手いと思わざるをえないと言って言えなくもない優しさ」 「まずそうになった!? というか……美味しいと言う気がないんですの?」 「いや、なくはないんだけど。……それじゃあ文の最後に優しさと付けて雰囲気が変わる言葉でぼくを唸らせてくれたら、戯言抜きで言ってもいいよ」 「その勝負受けて立ちますわ!」  ばん、とちゃぶ台に手の平を叩きつけ、拳を握り、崩していた姿勢を正した。  明らかに気負いすぎである。  しかし、何でこんな展開になったのだろう。実際のところぼくにもわからない。  それでは、と前置きを付ける沙都子ちゃん。 「黙って食べ続けた優しさ」 「ぬ」  やっていることは普通に食べ続けているだけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、 不思議と誰かの為に頑張ってるようだ――そんなことは一言も言ってないのに。 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:04:57.83 ID:Nt0KLR150 「親が成績を心配する優しさ」 「むむ」  やっていることは普通に心配しているだけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、 不思議と腹黒く感じてしまう――そんなことは一言も言ってないのに。 「幼女を愛する優しさ」 「なんと」  やっていることは普通にぺドフィリアなのに、後ろに優しさとつけるだけで、 何となく慈愛溢れるよう感じてしまう――そんなことは一言も言ってないのに。言ってないのに。 「彼女との別れを選択した優しさ」 「……やめてくれ」  やっていることは普通に別れただけなのに、後ろに優しさとつけるだけで、 まるで彼女の為に別れたようだ――そんなことは一言も言ってないのに。言ってないのに。言ってないのに。 「負けを認める優しさ」 「ぼくの負けだ……。えっと、逆立ちすればいいんだっけ?」 「それは違います」びしりと言われた。 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:07:50.41 ID:Nt0KLR150  ――というかね。 「いや、さ。ふと思ったんだけど、こんなのってぼくのキャラクターじゃない気がするんだよね」 「いいじゃありませんか。だいたいですね、こんな一見さんに不親切なSSをここまで読む人は、だいたい元ネタも読んでますわ」 「……何言ってんだきみ?」  元ネタ? SS?  わからない。沙都子ちゃんが何を言っているのかさっぱりわからない。皆目見当もつかない。  たぶん雛見沢症候群の影響だろう。気を付けないと偶にこういう事が起きてしまうかもしれない。  一応注意しておくべきだよな。うん。  うん。 「それでは、どうでしたか料理の方は?」 「美味しかったよ」と言う優しさ。 「それでは学校に行くのです。にぱー☆」 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:12:15.19 ID:Nt0KLR150  〜〜〜〜 「あー、それでなのだけど。学校に行ったらぼくは何をすればいいのかな?」  学校へ向う道すがら、ぼくは梨花ちゃんに問うた。  窺うような物言いになってしまうのは、今のぼくの心情を憂慮するならしょうがないのだけど。  とりあえず、ぼくのこれからの処遇は彼女に任せるしかない。 「そうですね……み〜……」  悩んでる。……ほんとに考えてなかったんだな、この子。 「……年長組に勉強を教えてあげてください。いーは大学生なのです、かしこいかしこいなのです」  と言い、梨花ちゃんが背伸びをしてぼくの頭を撫でようとするのを躱した。  なんだか微妙に馬鹿にされた気がする。  しかし勉強を教える程度なら、わりと楽な部類に入るからいいっちゃいいんだけど。 「それはいいんだけど――でもさ、やっぱりちゃんと先生に教えてもらったほうがいいと思うんだよね」  授業の進行具合もあるし。 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:18:18.94 ID:Nt0KLR150 「それはそうなのですけれど」  沙都子ちゃんが割り込むようにぼくに言う。説明好きなんだろうか。 「担任の知恵先生じゃちょっと年長組の勉強まで手を回すのは難しいですからねー」 「知恵先生?」  どうでもいいけど、字的にちょっとだけ智恵ちゃんと似てるな。 「ええ、知恵先生。校長先生以外の唯一の教師ですのよ」 「へぇ、先生もあんまりいないんだね」 「はっきり言って廃校ぎりぎりなのです」  全校生徒集めて、やっと一クラスってのは聞いてたけどそこまで寂れているとは……。  まあ、そうだよなぁ。どう見てもこの村、クローズドヴィレッジにしか見えないもんな。  むしろ出ようとしても、この村から出ていけないのか。  まあ、いいや。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:23:20.35 ID:Nt0KLR150 「家庭教師をしたことがあるし、高校生くらいの勉強で少人数なら、ぼくでもなんとかなると思うよ」  さすがに姫ちゃんに勉強を教えるよりは楽な筈だろう、たぶん。 「では、そうしてくださると嬉しいのです」  という運びで学校に向かうぼく達であった。 「その時いーは、あんなに悲惨な状況になるとは、夢にも思わなかったのです……。にぱー☆」  ろくでもないナレーションを入れるな。  〜〜〜〜  梨花ちゃんと沙都子ちゃんの後ろについて歩き、目的の場所に到着。  古手家から徒歩で、だいたい二十分くらいだろうか。腕時計を見ると、時刻は八時を少し過ぎていた。  そして、ぼくの前を歩いていた梨花ちゃんが足を止め、振り返り両手を一杯に広げて無邪気な笑顔で言う。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:27:31.70 ID:Nt0KLR150 「着きました。ここが私達の学校なのです」  雛見沢分校。  登校時に聞いた情報によると。  興宮の公立学校分校。教員は校長と教師の二名のみ。施設は営林署の建物を間借りしており。  小、中、高、等学校併設の学校。ということらしい。  正門を抜けると、校舎の全景が見えた。  うーむ。  想像していたよりかは立派だった。なんとかちゃんと学校に見えるしな。  奥の方には営林署の名残だろうか、機材や作業機械が積み重なって放置されているようだ。 「沙都子、ボクはいーを知恵先生に紹介してくるのです」 「わかりましたわ。先に教室に行っていますのよ」  沙都子ちゃんは手を挙げ、校舎に入って行った。  それを見届けた後、梨花ちゃんは唐突に 「沙都子はとても良い子なのですよ」と言った。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 21:31:47.34 ID:Nt0KLR150 「え? 一体……どういう事? そりゃあ、さ。沙都子ちゃんが良い子だっていうのは分かるんだけどさ……」 「いーには、知っておいてほしかったのです」  と、一瞬だけ儚げに笑ったように見えた。  それを見た瞬間。  ぞくり、とした。  なんだよ、それ。  どうやったら、  どんな事をしたら、  そんなのは、  それは、  これは、  どうして、ぼくは梨花ちゃんを重ねてしまうんだ。  ぼくは、言った。 「……けれど、ぼくにはきみだって良い子に見えるよ」 「みー。ボクは皆と同じで、初めから良い子なのですよ、にぱー☆」  梨花ちゃんは無邪気に笑い。「さあ、職員室に行くのです」と笑い、歩きだした。 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 22:18:37.31 ID:Nt0KLR150  梨花ちゃんは完璧に普通に戻っていた。  そして職員室に向かい少しだけ歩くと、木造廊下の向かいから歩いていた男の子がにこやかに笑み、片手をあげ。 「おはよっ、梨花ちゃん」 気軽に挨拶をした。 「こちらこそおはようなのです、圭一」  梨花ちゃんも朗らかに返す。まるで何事もなかったように……。 「それで、あんたがいーちゃんかい?」  と、ぼくにも親しげに挨拶をしてきた。はて? 知り合い、じゃあねえよなぁ。  しかし、ぼくの名前も知ってるしな――。ああ、レナちゃんと一緒の理由か。  納得。 「どうも」ぼくは適当に返事を返す。  男の子は適当な返事に意気消沈したように溜息をつき。 「いやいや、聞いてた通り、本当にテンション低いんだな」まあいいけどな、と呟き。 「俺は前原圭一、ってんだ。よろしくな、いーちゃん」と爽やかに少年らしく笑った。 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 22:44:55.10 ID:Nt0KLR150  どちらかというと悪ガキって感じではなく、されど優等生っぽくもない。普通と言って言えなくもない。  いたずらっ子てのが相応しいかな。  それに、なんとなくだけど雛見沢の人っぽくはないな、都会の子っぽいような。  まあ、どうでもいい詮索はよそう。  気付くと圭一君はぼくの目の前で手を差し出していた。 「ああ、うん」  ぼくも手を差し出し軽く握手した。  うーん。少しだけ気恥かしい気がしなくもない……。 「いー、それでは職員室に行くのです。圭一もまた後で。にぱー☆」  圭一君は納得すると、「じゃあ、後でな」と言い。駆け足で教室に走って行った。  元気だなぁ、ぼくが老成してるだけって線もあるけど。 「初めて雛見沢で普通の人に会った気がするな……」 「あはは……」  ぼくの呟きを聞いた梨花ちゃんは楽しそうに笑った。 「……ぼく変な事言った?」 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 23:05:26.91 ID:Nt0KLR150 「いえ、圭一はですね、実は結構凄い人なのです。いわばヒーローみたいな人間なのですよ」  と誇らしそうに胸を張った。 「へぇ……ヒーローですか」  ヒーローって言うとまず真っ先に哀川さんが思い浮かぶんだよな。  ……少々、というか結構ダークヒーローが混じっている気はするけど。  しかし圭一君がね、まあ、梨花ちゃんがヒーローと言うならそうなのだろう。 「それはおいおい分かるのです」 「ふうん」  何となく頷いておく。  しかしぼくが言うのも何なのだけど、思わせぶりな子だよな。  笑ったり、喜んだり、期待したりと。  本当に猫みたいな気まぐれな子だ。 「さ、いざ職員室へ行きましょう。もう授業が始まってしまうのです」  かくして、ぼくの学校生活はいささか不安を残すも始まるのであった。 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/22(日) 23:34:29.07 ID:Nt0KLR150  〜〜〜〜 「それじゃあよろしくお願いします」 「……はぁ、分かりました」  何かわかんないけど……知恵先生の話でほんとに疲れた。  熱意溢れるいい先生なんだろうけど。生徒の事を考える本当にいい先生なんだろうけど……。  何であんなにカレーが好きなのだろうか。……向こう一週間は絶対にカレーは食べたくない気がする。  だいたいブラックカレーってまずいだろ――倫理的にだけど。実際どこかの作家が食べたらしいけど。  それに具はルーが出来た後に入れるなんて普通こだわらないですよ。  知識を詰め込まれたせいか、目を瞑りながらでもカレーが作れそうな気がする。  というか、なんでぼくがカレー博士みたいになってるんだろう? 嫌いじゃないですって言っただけなのに。  ……ほんとに雛見沢で普通の人って圭一くんだけかもしれない。貴重な存在だよな。 「お疲れなのです。いーは頑張ったのです」 「……あ、うん。ところで今何時なのかな?」時間という概念が曖昧になってきた。 「さっき十時半になったのですよ」 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 00:07:29.85 ID:D2gQug530 「え……マジすか?」  予測を遥かに通り越している。 「マジなのです」  冗談でも何でもなく、腕時計はしっかりと十時半を映し出す。  まさかカレーでゲシュタルト崩壊を起こすとは……。というかカレーってなんだったっけ。  カレーって確かそういう名前の飲み物だよな。いや、違う。というよりぼくって誰だっけ?  カレーって確かぼくだよな。ぼくがカレーでカレーがぼくだったもんな。いかん――そっちへ行くな、ぼく。 「というか梨花ちゃん、もしかしてそこで待ってた?」  さすがに二時間はないと思うけど。 「待ってたのですよ。何回か教室に行ったりしましたのですが、七割は聞いていたのです」  それはそれですごいな……ぼくはまだ適当に相槌を打っていたから意識を保っていたけど。  一人でアレは聞くのはきついよな。本当にしっかりした子だと思う。  少し尊敬。 「ところで、いー」 「なに?」 「カレーってなんでしたっけ」 遅くてすまん危なく寝落ちしそうになった 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 00:37:25.69 ID:D2gQug530 「は? ……梨花ちゃん?」  梨花ちゃんは完璧に目が座っていた。目の光は消え失せ、深く濁った底なし沼のような、虚ろな暗い瞳でぼくを見て言った。 「梨花ちゃん? ボクはカレーなのですよ。あれ? カレーがボクなのでしょうか?」  かくして、梨花ちゃん自我は粉々に砕けた。  〜〜〜〜 「さて、教室に行くのです」  どうやら梨花ちゃんは我を取り戻したらしい。  一時は自分を抱えて、ぶつぶつと。 「違う違う、私はこんなカレーを極める為に生きて来たんじゃない」とか、 「むしろ人生自体がカレーなら楽になれるんじゃないか。というかカレー自体が……」などなど呟いていたが。  やがて、なんとか自分を取り戻したようで。小さく「にぱー☆、にぱー☆」と確認するように呟き、いつもの笑顔に戻り歩きだした。  そして教室の扉を開け、教壇に立つ。そうして後ろについていたぼくを指差した。 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 01:03:05.82 ID:D2gQug530 「ただいま戻ったのです。皆、この人は、いーと言います。大学生なので皆に勉強を教えてくれるのです。 ひとでなしの目をしてますが、たぶん優しい気がしますので、使ってやってください。にぱー☆」  さりげに酷い事を言われた気がする。色々否定できないけど。  それにしても、結構人いるんだな。こんなに注目されるのは嫌だけど。  皆の拍手。善意での行動なんだろうけど……それにしたってな。 「ふう……」  ため息が出た。いや、もう諦めてるけど。  それでは、仕事でもしますか。  知恵先生の話だと高等学年の子はあまり多くはないから集中して見てやって欲しい、との事だけど。 「圭一くんに、魅音ちゃん……だっけか」  ああ、もう。子供達がぼくに集まってきた。ほんとにこんなの、ぼくのキャラじゃない。  止めて欲しい。こんなのは本当に、嫌なんだ。 カレー 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 01:35:10.52 ID:D2gQug530  〜〜〜〜  ぼくは子供達を戯言混じりであしらいながら、勉強を見て行く。  勉強自体は簡単な物だったけれど、教えた後に、純粋な目でお礼を言うのは止めて欲しい。 「ついでだから圭一くんやレナちゃんも解らない事があったら聞いていいよ」  ふいに見覚えのある顔がを見つけた。えっと……。 「……詩音ちゃんもこの学校だったんだね」  たぶん間違えてはいないと思う。さすがに三回目……だしな。  でも何となく雰囲気が違うような。ホルスターとか着けてるような子だっけか。  まあいいや。  詩音ちゃんはぼくの言葉に驚き。 「あるぇ? いーちゃん詩音と知り合いなの?」 「え? きみって、確か詩音ちゃんだよね?」  どういうことだろうか。 「あたしは魅音、詩音の双子の姉だよ」  ふうん。成程ね。納得。 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 02:05:25.04 ID:D2gQug530 「へえ」  魅音ちゃんが何かを思いついたのか、ぽん、と両の平手を合わせ皆に向き直った。 「そうだ! おじさんいいこと考えちゃったよ!」 「何かな? かな?」レナちゃんが机から身を乗り出す。 「ん? どうしたんだ魅音?」圭一くんもそれに続く。 「いーちゃんにも部活に出てもらおうよ」はあ。 「魅音さんにしては良い考えですのよ」ああ。  魅音ちゃんは机から立ち上がり、大仰な感じのポーズをとった。 「というわけで」びしりと、ぼくに指を突き付け。「いーちゃんには部活に出て貰いたいんだ」  皆の期待した視線がぼくに集まる。子供達の純真な視線。まともな人類なら断れる筈もないだろう。 「嫌だね」  それでも断る戯言遣いだった。 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 18:53:24.29 ID:D2gQug530  空間が凍る。圭一くんやレナちゃん、沙都子ちゃんは固まっていた。  だけどいち早く硬直から解放された魅音ちゃんは、慌てるようにぼくに言う。 「なんで!? 部活って言ってもね、そんなかたっ苦しいもんじゃないんだ!」  満面の笑みでぼくに笑いかけ「要は遊びみたいなものなんだよ――」  微妙な空気の中、必死の説明は続く。頑張るなぁ……。  ああ、なんか可哀そうになってきた。  というか、またもやまずい流れなのではなかろうか。 「――とまあ、そんな感じだから構えなくてもいいのさ!」と爽やかに閉めた。 「いや、ぼくとしてもその輪を壊してしまうのは気まずいので、きみ達の友情の促進の為に遠慮しておこう」  やんわりと断っておく。  さすがにここまで言えば大多数の人間は諦めてくれるだろう。 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 19:03:34.50 ID:D2gQug530 「それなら大丈夫!」と、指でVサインを作る魅音ちゃん「そんなことは気にせず参加してくれたまえ」  どうやら少数に含まれていたようです。  もしかして、……魅音ちゃんって空気読めない子なのでしょうか?  それとも、この空気の中に敢えて切り込んだのか。だとしたら大物だな。  ふむ。よく分からないけど、やはり雛見沢の人間だよなぁ。 「…………」  静寂。お葬式のような静けさの教室。 「と、いうことで!」脈絡がない……。  そして勢いよく、ばん、とぼくの両肩を叩き「参加しようよ、いーちゃん!」と言う魅音ちゃん。  ……この子すげぇ。 「あ、いや、うん。そうしたいところもやまやまなんだけどさ。……でもね、そういうのってさ――」 155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 19:18:50.69 ID:D2gQug530  あまりの勢いに口ごもってしまうぼく。  教室の皆も、似たような精神状態だと見受けられるようで、 梨花ちゃんや圭一くんは笑いを堪えているし。レナちゃんは朝見た時と同じように、現実から逃避してるし。  沙都子ちゃんに至っては目の端に涙を溜めている。まあ……これはぼくの所為なんだろうが。  ああ、もう。頼まれなければ良かった。  いったいぼくは何を考えているんだろう――ぼくらしくもない、本当に思う。  いったい何なんだろうね、この状況は……。 「はぁ……」溜息をついていた。 「わかったよ。……でも今はちゃんと勉強してくれ」  流された。完膚なきまでに流された――それも勢いだけで。  そうしてぼくの自己嫌悪は、魅音ちゃんへの喝采にかき消されてしまった。 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 20:19:37.77 ID:D2gQug530  〜〜〜〜  そうしてつつがなく授業は終わり、生徒たちに昼休みを知らせているであろう鐘が鳴った。  あくまで客観的な感想としてなのだけど。  圭一くんは感覚的に問題を解くタイプだったので、しっかりとした公式を教えればすぐに理解してくれた。  というか、知能的なレベルはかなり高く纏っているのではなかろうか。  レナちゃんはそれとは真逆に公式そのものに捕らわれるタイプで、逆算的な教え方をしてみた。  そして、魅音ちゃん。  ……勉強嫌いなんだろうなぁ。  頭自体は悪くないものの、今までまともに勉強した事がないんだろう。  それでも姫ちゃんよりは教えやすいってのが……。  ぼくはひっそりと夏休みは姫ちゃんに勉強漬けになってもらおうと誓った。 「ってかいーちゃんって教え方うまいな。大学で家庭教師でもやってたのか?」  教室の真ん中の席が開いていたので、座っていたぼくに話しかけてきた圭一くん。  頷き肯定の意を返す。 「まあ、基本的に貧乏学生だからね。バイトでもしなきゃやっていけないんだよ」 171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 20:47:24.20 ID:D2gQug530 「はは、大変だな」快活に笑い「えと……確か京都だったっけ?」  ううむ。気さくな子なんだな。何となくぼくが行っている大学を思い出していた。  きっと圭一くんなら大学でも友人などには困らないだろうな。結構結構。  などどどうでもいい事を考え、どうでもいい返事を返す。 「そ、京都だよ」 「俺もさ、少し前に東京から越して来たんだぜ」  へえ、なるほど。だから雛見沢の人っぽくなかったんだな。 「ふうん。大変だね、都会から引っ越しって。……ところで何かぼくに用?」 「おっと……忘れてたぜ」圭一くんは軽く頭を掻き、教室の隅を指差し。 「梨花ちゃんと沙都子が呼んでるんだ」とぼくに言う。 「ふうん、何だって?」ぼくは圭一くんに問う。  圭一くんはにやけて。ま、行けばわかるさ。と言い去って行く。  ふむ、しょうがない……行ってみますか。 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 21:09:02.81 ID:D2gQug530 「何か用かな?」  ぼくは座っていた梨花ちゃんを見下ろす形で声をかけた。  圭一くん、魅音ちゃん、梨花ちゃん、沙都子ちゃんが固まって座ってお弁当を広げている。 「み〜。いーは何も食べていないのでしょう?」  梨花ちゃんはぼくに問うてきた。 「うん? 食べてないけど」  一応だけど、三日程度なら水だけで活動できるんですよね。  お腹はすくんだけど。 「ならここに座るのです」梨花ちゃんは余っていた椅子を机に着けた。 「何故に?」 「いーの分のお弁当があるからなのです」 「それは嬉しいっちゃ嬉しいんだけど。いいのかな?」 177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 21:27:12.75 ID:D2gQug530  ぼくの問いに梨花ちゃんは邪悪そうに笑い。 「食べなければ知恵先生にカレーを食べさせられるのです」 「いただきます」即答。よく心得てらっしゃる。  しかし攻撃にはノックバック、反動というものがつきものである。  つまりは因果応報。  梨花ちゃんはカレーという言葉に反応し、頭を抱えて「……にぱー……にぱー」と呟き、あちら側に旅立って行った。  ぼくはちょうど梨花ちゃんと圭一くんの間に置かれた椅子に座る。  何となく座りが悪い気がするな。いや、ぼくの気持の問題だろうけど。 「これをお食べになってください」と、沙都子ちゃんからお弁当の包みを渡される。  机を見ると全員分の弁当箱があった事から推察するに。 「もしかして作ってくれたの?」 「おほほ、ほんのついでですわ」と、頬に手をあて笑った。 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 22:29:07.79 ID:D2gQug530  甘えてんな、ぼく。 「ごめんね、沙都子ちゃん。手間が増えちゃったよね?」  沙都子ちゃんは困ったように首を振り、ぼくの問いを否定した。 「いえいえ、私や梨花のもありますからついでですのよ」  ……うーん、本当にいい子なんだよな。  けど、引っかかる。  入江さんに言われたからか?  分からない。  けれど、本当に分かっていないのはどっちの事なのだろう。 「ささ、早くお食べになってください」  と沙都子ちゃんに促され、ぼくは分からないなりに弁当箱を開けた。 194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 22:45:37.27 ID:D2gQug530 「へえ」  ぼくは感嘆の声をあげる。  中には色とりどりの具が入っており、中々に美味しそうである。  朝御飯もそうだったけど、本当に料理得意なんだな。と感心していると。  沙都子ちゃんがぼくの顔色を窺うように聞いてきた。 「嫌いな食べ物ってありますか?」 「いや、無いけど」  ぼくは基本的に雑食なので大抵のものならなんでも食べれる。 「沙都子はかぼちゃが嫌いないのです。他にも――」というか梨花ちゃん復活してたんだ。  沙都子ちゃんは梨花ちゃんの言葉を遮るように言う。 「んもー、梨花ったら。……私はかぼちゃだって食べられますわ」  そして頬を膨らませ、冗談っぽく梨花ちゃんを睨んだ。 197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/23(月) 23:12:45.64 ID:D2gQug530 「気持ちは分かるけど好き嫌いはあまりいいことじゃないよ」  ぼくは沙都子ちゃんに言う。  気持は分かるけど、ね。  それを聞いた皆が、それぞれに沙都子ちゃんをからかう。  とても嬉しそうに。とても楽しそうに。  ぼくは顔色を変えずに、誰にも聞かれないように溜息をついた。  どうしてだろう――。  どうして、この村の人は。  どうして、この村の人は、  こんなに、  こんなに壊れているのに、欠けているのに、  どうして、こんなに真っ直ぐなんだろう。  そんな事を思考して見たところで、意味などありはしないのに。  所詮、戯言なのに、  なのに、どうして、ぼくは。