鶴屋「キョン君、お願いがあるんだけど…」 333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/09(月) 23:29:52.03 ID:tPmtYjumO  八月。この漢字にすると二文字の時期には、悪い印象しか残ってない。  去年の終わらない夏休み事件。あれには参った。  いや、長門以外は記憶まで戻されていた為、実際には精神面に害は無かったわけだが。  話は変わるが、夏と言えば何だろうか?  スイカ、海、花火、そして祭り。  祭りなんざ夏以外にもある行事だが、やはり夏祭りは別格だと思う。  何故かって? 「うん? どうかしたかいっ?」  それは、目の前に居る女性を見れば分かる事だ。 336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/09(月) 23:42:32.32 ID:tPmtYjumO  時は数時間程さかのぼり、俺の携帯にメールが入ったところから始まる。  ――俺は自分の部屋で、学生に課せられた義務であり、学生が最も嫌う物。  所謂夏休みの宿題と向き合っていた。  扇風機から送られてくるのは緩い風。焼け石に水とはこの事だろう。  本より乗り気でない行為ではあったが、この暑さのお陰で更にやる気など湧き上がる はずもない。  ノートの上に転がされたままのペンを見て、肺から空気を追い出す。 「…あっついな、しかし」  声に出して呟くと、より蒸し暑さを感じられた。 436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:24:14.77 ID:Cg2/qTIQO >>336  もはや、これ以上作業を進めるのは無理だと悟り、床に身を任せる。  まだ八月に入ったばかりだ。大丈夫だろ。  そう自分に言い聞かせ、安易な現実逃避に走ったところで、携帯の着信音が耳に届い た。 「ん? メールか」  グダグダと起き上がり、ベッドに置いていた携帯を手に取る。  ディスプレイに表示されている名前を見て、またもや溜め息。 「ハルヒの奴、今年は何をさせようってんだ…」  件名は無しか。本文は… 『本日の夏祭りはSOS団総出で参加よ!!』  そうか、祭りか。バイトの誘いなんかじゃなくてホッとしたぞ。  去年は色々と強制参加させられたが、今夏はこれが初めてのイベントだ。  あいつも、少しは大人しくなったって証拠だろうか?  ああ、でも、お決まりの団活は日常的に行われてはいるな。 438 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:26:05.13 ID:Cg2/qTIQO  送られてきたメールは、先程述べたように簡潔なものだった為、すぐさま返信してや る。  集合時間を曖昧にされると、毎度お馴染みの罰金刑を宣告されちまう。 「…それが狙いか?」  あいつもそこまで性悪ではないと信じたいが、念の為メールが返ってくる度に確認し てると、『しつこい! 死ね!』とやりとりを終了させられちまった。  『生きる!』とだけ打って返信を送り、携帯をベッドに放り投げた。  しばらく投げた携帯を見つめていたが、それ以降着信は無く、気分転換でもと思い、 CDプレイヤーを取り出す。  暑い中で聴いてみるのも一興だろ。 「……ダメだ、セミの鳴き声のほうが耳に響きやがる」  窓を閉め切っても、あれほどうるさいのは何故だろう、何故だろう。 439 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:27:28.69 ID:Cg2/qTIQO  ――夕方。  出掛けるところを妹に見つかり、直感的に急いで玄関を出ようとしたが、それを見た 妹は足に掴まって阻止する。  妖怪『つれてって』と格闘する事五分。  今度プールに連れて行く事を約束し、ようやく家を出る事に成功した。  これはもう、遅刻を覚悟するしかないだろう。  自転車に跨り、通学で鍛えられた脚力で、出せる限りの速度で現地に向かった。  ――数十分後、すっかり日の落ちた、出店の立ち並ぶ祭り会場に着いたが、誰も来ていない。  集合時間の十分前なのにだ。  もう中を見て歩いているのか? 「おっと」  人混みに視線を動かしていると、ズボンに入れていた携帯が震える。  取り出してみると、古泉からの電話だった。 「よう、どこにいるんだ?」 『ああ、やはり見ていなかったみたいですね』 「ん? 何をだ?」 441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:30:08.71 ID:Cg2/qTIQO 『メールですよ。返信がなかったので、直接電話しました』 「気づかなかったな。で、用件は何だ?」  まぁ、聞くまでもなく薄々気づいていた。条件は揃っているしな。  時間になっても現れないメンバー。ハルヒではなく古泉からの連絡。  簡単な話だ。 『涼宮さんが急に熱を出したようなので、中止になりました』  もう少し早く教えてほしかったよ。ああ。  こんな事なら、妹を連れて来た方が良かったな。 「お前も来ないのか? 長門や朝比奈さんは?」 『長門さんは分かりませんが、朝比奈さんは涼宮さんだけを残して楽しめないとのこと  です』  流石朝比奈さん。優しい人だ。  しかし、長門はどうしたんだ? 用事が出来たのか? 「まぁいい。お前は……あー、バイトか」 『その通りです。久しぶりの閉鎖空間ですよ』  残念なのは分かるが、こんな事で面倒を起こしてやるなよ団長様。 443 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:34:02.89 ID:Cg2/qTIQO  古泉に労いの言葉を掛け、簡単に別れを告げて通話を切る。  画面にメールの受信が表示されていた。確かに古泉から来ていた様だ。  気づけなかった少し前の自分を呪い、楽しげな祭り独特の雰囲気を羨ましく眺める。  それとなく楽しみにはしていたからな。 「やれやれ…」  一人でこの雑踏に紛れる程の勇気も無い為、到着して数分で帰宅を余儀なくされてし まった。  簡易駐輪場に舞い戻り、もう一度溜め息を吐く。  ――その時だ。  自転車のハンドルに手をかけた俺の視界に、注意を引くものが映った。 「あれは…」  緑の長い髪を後頭部で一括りにした、淡い水色の浴衣に、赤い帯を巻いた人物。 444 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:36:08.43 ID:Cg2/qTIQO  向こうも俺の姿を見つけたのか、手を振って近づいてくる。 「やぁやぁ、キョンくん」 「こんばんは、鶴屋さん」 「いやぁ、待たせてゴメンにょろー」  目の前まで来ると、鶴屋さんはそう言って両手を合わせ、申し訳なさそうに謝った。 「は?」  何故謝られたのか分からない俺は、間抜けな声で聞き返す。  鶴屋さんと待ち合わせをした覚えはない。 「おや、みくるから聞いてなかったのかい?」 「朝比奈さん?」 「今日はこの鶴屋さんも参加させてもらうのさっ」  あー…朝比奈さん、中止の連絡を忘れましたね。  被害者が一人増えたようです。 445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:40:03.86 ID:Cg2/qTIQO  一先ず、自分達の置かれた状況を説明してみる。  すると、何が可笑しいのか急に吹き出した愉快な先輩は、ぽんぽん俺の肩を叩いた。 「だって一人佇むキミを想像したら…っ」 「笑いごとじゃないですよ…」 「いやぁ、ゴメンねっ」  今度は片手で拝み、可愛らしく舌を出して謝ると、 「それじゃ、行こうじゃないかっ」  すぐさま俺の手を取って歩き出した。 「え、あの…」 「このまま帰るなんてつまらないにょろ! 一緒に見て回ろ?」  確かに、虚しいままで終わるよりはマシですが… 「俺なんかと回って楽しいですか?」 「もちろんっ! それとも、みくるとの方が良かったかなっ?」 「いや、そんなことは…」 446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:43:14.26 ID:Cg2/qTIQO  返事に満足したのか、鶴屋さんはニッと笑みを浮かべると、掴んでいた手首を離し、 今度は腕を組んでくる。  突然の行動に戸惑っていると、ダメ押しと言わんばかりに、とんでもない言葉を発し た。 「今日は一日恋人同士だからねっ」  谷口辺りなら発狂しそうな発言に、不覚にも目眩を起こしそうになる。  この人は勘違いを起こすプロだと思う。  そんな足取りもおぼつかない俺を、鶴屋さんは引っ張る形で、この賑やかな人の波へ と誘う。  世間一般的に、間違いなく美人に分類されるであろう先輩を連れ立って歩く。  これは何のご褒美なんだろうな? 「あっ、焼きそばがあるよキョンくん! 食べよう食べようっ」  下らない妄想を打ち消すかの様に、既に周りの雰囲気に溶け込んだ彼女の声が、ふわ ふわしていた意識を戻す。  いかんいかん。祭りと関係の無いところで楽しみを見出しそうになってた。 447 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 10:46:56.71 ID:Cg2/qTIQO 「――あの、鶴屋さん」 「んむ? なにかなっ?」 「何かを食べる時ぐらい腕を外しませんか?」  焼きそばを買う時もだったが、現在進行系で片腕は鶴屋さんに持っていかれたまま。  正直、歩き辛いし恥ずかしさでいっぱいいっぱいだ。 「ああ、気づかなくてゴメンにょろー」  俺の気持ちを汲み取ってくれた……わけではなかった。 「はいっ、あーん」  何故か俺の分の焼きそばを箸ですくわれ、口元に差し出される。  よし、時に落ち着こう。どうしてこんな事をされてんだ?  その疑問を声にする前に、先に鶴屋さんが答えを言ってくれた。 「腕もらってたらキョンくん食べれないもんね。だから私が食べさせてあげるっさ!」  なんだ、朝比奈さんに負けず劣らず、この人も天然か。  周りの視線――主に男共の目が痛い。  今日日、バカップルでも相当の度胸が必要な行為に、本日二度目の立ち眩みが襲う。 476 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:26:21.85 ID:Cg2/qTIQO >>447  しかし、この厚意を無碍には出来ないだろう。  無邪気、と言うのも凶器となる様だ。勉強になりましたよ。  意を決して、差し出されたままの焼きそばに食いつく。  味を感じられる筈もないが、顔を覗き込んだままの鶴屋さんの期待を裏切るわけにも いかない。 「お、美味しいですね」 「だよねっ! こういう場所で食べると、不思議とウマいっさ」  笑顔を絶やさない鶴屋さんの口から覗く八重歯に、青ノリが付いていた事を、俺は指 摘できないまま、彼女が新たに見つけたわたがし店に引っ張られる。  ふと、その途中で見た事のある人物が居た気がしたが、人の多さに見失う。 「歩くのが遅いにょろキョンくん」 「人が多いから速く歩けませんよ」  何より、この子供の様な先輩が居ては、そんな事を気にしてられん。 477 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:29:16.67 ID:Cg2/qTIQO  ――金魚掬い、射的、輪投げなど、ある種の伝統的嗜好も楽しみ、出店の通りから離 れて一息吐く。  もちろん、今も腕は組まれたまま。  外してもらったのは、上記の動きを伴う遊びの時ぐらいだ。  俺の体温が上がり続けているのは、暑さの為だけではないのは明白だろうな。  この人も分かっててやっているとしか思えん。 「あっ、ベンチが空いたよ! 座るにょろー」  促されるまま腰を下ろし、遠くに感じる喧騒から目を逸らし、夜空を見上げる。  もう夜にも関わらず、近くの木で鳴いているセミの声が、この時ばかりは心地良く感 じられた。 「いやぁ、夏だねー…」  唐突に呟いた彼女に目を向けると、どこか寂しそうにも見える表情。  先程までの喜色が消えていた。 479 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:30:45.43 ID:Cg2/qTIQO  普段見せない顔に、思わず心臓が跳ね上がった。  仕方ないだろ? 所謂ギャップというものだ。  うっすらと掻いた汗で張り付いている髪。滅多に見られない浴衣。そしてポニーテー ルと、その髪型だからこそ見えるうなじ。  これでドキリとしない男は、頭がどうかしてる。 「もう半年ぐらいなんだよね」 「なにがですか?」 「卒業まで、さ」 「ああ、そう言えばそうですね」  なにやら雲行きが怪しい。  センチメンタルに浸るには、まだ早い気がするが… 「学生としての夏は、これが最後かもしれないにょろ」 「あれ、大学には行かないんですか?」 「んー、どうだろね。お家事情ってものがあるのさ」  鶴屋さんの家は、確かにお屋敷ではあるが、それで何かを選択する事があるのだろう か?  一庶民である俺には、よく分からん。 481 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:32:38.43 ID:Cg2/qTIQO 「今も花嫁修行の真似事はしてるけど、高校を卒業したら本格的にやることになりそう  っさ」 「つまり、跡取りを探すためですか?」 「ははっ、結婚なんて、まだ早いと思わないっかい?」  自嘲気味に笑う鶴屋さんに、俺は返す言葉を探し続ける。  が、どうにもボキャブラリーが貧困なようで、そのまま黙りこくってしまった。  静けさに、セミの声だけが脳内に響く。  しばらくの間の後、俺が下手に言葉を紡ぐ前に、小さな声で彼女が問い掛けてきた。 「キョンくん。キミはセミが鳴き続ける理由を知ってるかい?」 482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:33:48.49 ID:Cg2/qTIQO  急な問いに、思わず面喰らう。  まさかのセミクイズだ。 「いえ、セミに詳しくはないので…」 「…セミはね? 何年も土の中で過ごして、ようやく外に出てくるんだよ。でも、そこ  から生きていられるのは一週間程度。だから、子孫を残すために一生懸命に鳴いて、  相手を探すのさ」  俺はどんな反応を示せばいいんだろう…?  いや、鶴屋さんの言いたい事はなんとなく分かる。  間違っていたとしても、黙りを決めるより、よっぽど生産的だと思う。 「鶴屋さんは…その、セミに憧れているんですか?」  遠くを見つめていた瞳をこちらに動かし、俺の顔をマジマジ見た後、彼女は小さく笑 った。  間違っていたか。 483 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:35:29.07 ID:Cg2/qTIQO 「ううん、違わないっさ。私は一生懸命に鳴いて、自分自身で相手を探したいにょろ」  でも、もう少し土の中に潜っていたい、と付け足し、再び遠くに視線を向ける。  その姿に、隣に居るのは本当に鶴屋さんなのかと疑ってしまう。  互いに言葉を発しなくなってから数分後、ふいに肩が軽くなった。  鶴屋さんが、乗せていた頭を持ち上げたからだ。  少し名残惜しい。 「いやいや、申し訳ないっさ! 微妙な話で退屈だったでしょ?」 「いえ、呑気な俺にはタメになりましたよ」  …境遇が違いすぎるのに、何がタメになったんだ?  我ながら馬鹿にも程がある。 484 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:37:11.98 ID:Cg2/qTIQO 「人生の先輩からの教授はここまでにょろ! キミは後悔しない生き方をしたまえ!」  そう明るく笑い飛ばすと、今度は組んだままだった腕を放す。  夢心地もこれまでの様だ。  鶴屋さんはベンチから立ち上がると、くるんと俺に向き直り、目を細めた。 「キョンくん、今日はめがっさ楽しかったにょろ。ありがとね」  そう言って身を屈めると、俺の耳元で更に囁く。 「最後に…お願いがあるんだけど、いいかなっ?」  無論、断る理由が見つからない。 「なんです…っ」  俺が応えるより先に、唇が重なっていた。  それは触れる程度の、簡単なキス。 486 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:38:58.90 ID:Cg2/qTIQO 「えへへ、また遊ぼうねっ! ……今度は、キミから誘ってくれると嬉しいかなっ」  それじゃあねっ!と、顔を赤くした彼女が駆けていく後ろ姿を、俺はただただ眺めて いる事しか出来なかった。  と言うより、思考が完全に追いついてなかった。  ――その後、ベンチで飛んでいた意識を取り戻すと、何故か隣には長門が居た。  大量の食料と共に。 「ああ…やっぱ来てたのか長門」 「異常な体温の上昇を感知。かき氷、食べる?」  どうやら見てはいなかった様でホッとした。 「……?」 「いや、今度はちゃんと受け止めないとな」 「…よくわからない」  そうだな。俺にも分からん。人生、分からん事だらけだよ。  分かる事と言ったら… 「IDの数×2腹筋だな」 490 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/03/10(火) 13:42:40.47 ID:Cg2/qTIQO 意外と人いたんだなwww なんか色々ごめんよ