魅音「うわー!ほんとにすっごくおっきいねー!」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:56:12.73 ID:4mNMKTxt0 魅音『―――――あ、そうなんだ。なら良かった良かったー』 レナ「うん、みぃちゃんはどう?お正月とか大変じゃなかった?」 魅音『うーん、まあ大変っちゃ大変だけど慣れてるしね』 魅音『いやー、そんなことより、岡村がまだこっちに残ってるんだけどどうやらまだ梨花ちゃん狙ってるみたいでさ――――』 受話器越しに、元気そうなみぃちゃんの声が聞こえる。 なんだかとっても懐かしく感じる楽しそうな、でも少しだけ自身の無いような声。 先月も、その前も、電話くらいしているはずなのに……「みぃちゃん」と話すのは本当に久しぶりな気がした。 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:59:35.51 ID:4mNMKTxt0 本作は 魅音「レナのお腹……おっきくなってきてるなぁ」 http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1231807792/ http://punpunpun.blog107.fc2.com/blog-entry-1020.html の続きです。 上の設定を継続しますので、本作だけだと最初のほうはわかりづらいかも知れません。 なので、是非興味の別れた方は上の前編をよろしくお願いします。 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:01:21.20 ID:4mNMKTxt0 魅音「―――――でさー……」 レナ「あははは。なんかそっちも楽しそうだねー!」 魅音「まあねー。でも、なんかそろそろ新しい人でも来ないかね〜」 魅音「雛見沢とは言わずとも、興ノ宮でも、鹿骨市役所にでもいいからさー」 レナ「ん?どういうこと?」 私がそう訪ねると、みぃちゃんはよくわからないけど少しだけ楽しそうに笑い……呟いた。 魅音「……なんかさ、レナと圭ちゃんから来た年賀状見たらあたしも結婚したいなーとか思うようになってさ」 魅音「でも、ここら辺ってあんまり出会いってないじゃん?もう、待つしかないんだよねー」 あははは。みぃちゃんはそう言って、気持ち良く笑う。 私はその言葉に……声も出なかった。 レナ(みぃちゃん………?) レナ(今のって………) 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:02:41.48 ID:4mNMKTxt0 魅音「あははは!あたしがこんなの似合わないかな?」 似合わない?そんなはずない。 みぃちゃんがどれだけ繊細で女の子らしいか、私はよく知っている そのみぃちゃんが、他ならぬ私に……前原礼奈に、こんなこと言うなんて……。 魅音「でも、似合わないあたしにこんなこと言わせたのはレナと圭ちゃんなんだからねー?だから笑わないで――――」 レナ「笑わないよ」 信じられない。頭の中でそんな事を考えながら、私はみぃちゃんにそう言っていた。 あ、しまったと思う。 今まで和やかに話していたのに突然…明らかに自分の口調はおかしかった。 でも、気になる。その変化が引っ掛かる。 だから私は話をそらさずに続けた。 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:07:17.57 ID:4mNMKTxt0 レナ「笑わないよ…、みぃちゃん。でも、なんでそんなこと急に―――」 魅音「……あ、やっぱり唐突だった?ちょっと不自然だったかなー……」 私は受話器越しに頷く。それが見えるわけでもないのに、強く、強く。 少しだけ、沈黙していた。言ってしまえば気まずい時間だったのかも知れない。 こんな風な空気になったこと……高校生のころ以来だった。 本当に、私達が向き合っていられた、あのころ以来。 レナ(みぃちゃん……) あの日光景が、鮮明に浮かぶ。 レナ(みぃちゃん……みぃ――――) 魅音「レナ。不自然ついでにちょっとだけ、聞いてほしい」 レナ「えっ……」 魅音「―――いい?」 みぃちゃんが、すぅーと息を吸い込んだのが聞こえた。 私は小さく、「うん、いいよ」と答える。 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:10:06.60 ID:4mNMKTxt0 魅音「ありがと、レナ」 魅音「あのさ……心当たりがなくても、いいんだ。あたしもなんかよくわかんないし」 魅音「でも……これだけは言わなくちゃって思って――――――」 もう一度、息をのむ音。私も気を深く吸い込む。 レナ(みぃちゃん――――) 魅音「レナ……ごめんね?」 魅音「なんで謝ってるかは気にしないで、とにかく謝らせて!」 魅音「レナ……ごめん!!」 その言葉を聞いて……ふぅっと、私はすった息を吐いた。 温かい空気が受話器にかかり溜息に聞こえてしまうんじゃないかと、少しだけ心配する。 でも、大丈夫だろうという確信もあった。 みぃちゃんは……みぃちゃんと私と圭一君は、もう大丈夫だ。 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:12:54.36 ID:4mNMKTxt0 魅音「レナ、ごめ―――」 レナ「みぃちゃん」 親友のごめんを切り裂いて、私は言う。 レナ「みぃちゃん……私も、ごめんなさい」 レナ「私も、良くわからないけど……ごめんなさい」 い、で声が途切れると……今度は言葉の気配のない静寂。 私は―――もしかしたらみぃちゃんも一瞬受話器の向こうの相手を忘れていた。 ただ、じぶんの過去と、笑顔と、輝きと向き合って、それを懐かしいと思っていた。 そして……全く同じタイミングで私達は笑いだした。 魅音「あはははは!何、これ……25にもあたしたち馬鹿みたい!」 レナ「25になったのはみぃちゃんだけで、私はまだ24だもーん」 魅音「全然変わんないよ!そういうなら、レナはもっと年上に対する敬意を払いなさいよねー!」 レナ「だってだって、みぃちゃん年上でしかも部長の癖になーんか頼りないんだもーん」 魅音「ああ、レナ!雛見沢の女王に対してなんて口のきき方を―――――」 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:14:37.79 ID:4mNMKTxt0 笑って。 じゃれるようにののしりあって。 まるで受話器越しだとは思えない――――とても近い場所で、私達は話し込んだ。 ずっと心にしこりとして残っていたものが、落ちていく。 それの名前は……罪悪感。 今まで全然わからなかったのに、落ちていく瞬間にそれだったことに気づいた。 レナ(私、そんなもの感じてたんだ……) レナ(でも…これからまた、やり直せるよね?) レナ(私たち、最高の親友でいられるよね?) 魅音「大体さー、あんとき一番いけなかったのは詩音――――」 その言葉は、受話器の更に奥から聞こえる言葉にかき消される。   「みおーん。あんたいつまで電話してんだい!」   「終わったら来てくれって言ってから一時間経つよ!!」 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:16:54.88 ID:4mNMKTxt0 魅音「……ごめん、お母さんだ」 魅音「呼ばれてたの忘れてた――」 もう、切らなければいけない流れだった。 少し…いや、大分名残惜しい自分がいた。 レナ「いいよ、みぃちゃん。早くいかないと、怒られちゃうよ?」 でも、意外にも素直にその言葉が口から出てきた。 レナ「また、電話くらいいつでもできるし」 魅音「…うん、そうだね。レナは今一日中暇だもんねー?」 魅音「どう?妊娠とは関係なくふとってきちゃってるんじゃない?」 レナ「あー!それは言っちゃ駄目だよー!」 魅音「はいはい、わかってるわかってるって」 あははは。カラッと笑うみぃちゃんにつられて笑う。 そう言えば、昔はいつもそうだったっけ。 みぃちゃんとか、圭一君の笑顔になんだかわからない内につられて笑ってる。 そんな事をぼんやり思いだした。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:18:23.70 ID:4mNMKTxt0 魅音「…電話もいいけど、今度作ってそっちに遊びに行こうと思ってんだけどいい?」 レナ「ええ、本当!?忙しくないの!?」 魅音「そりゃ忙しいよー!でもさ、心の中には天秤ってものがあるじゃない?」 魅音「…私の心の天秤で、友達って言うのは最重要事項、一倍重たい錘なの」 魅音「親友の初めての出産、他に変えられるもんなんて絶対ないね!」 てへへ。そこまで言って、みぃちゃんは恥ずかしそうに笑う。 恥ずかしいなら、言わなければいいのに。そんな軽口を言いたかったのに、私は言えなかった。 その代りに、掠れた小さな声で「ありがとう」と呟く。 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:20:42.50 ID:4mNMKTxt0 魅音「ありがとうはこっちの台詞だよ」 魅音「レナ。あんたが友達で本当にうれしいよ。ありがとう」 魅音「ついでに、圭ちゃんにもおんなじこと……あ、いいや。今度また電話する」 レナ「……うん」 魅音「じゃ、そろそろお母さん限界っぽいから切るわ。またね!」 レナ「……うん」 ガチャッ。ツーツーツー……。 通話が終わり、受話器からは単調な音だけがリズムを崩すこともなく流れている。 私はぼんやりとしたまま、その音を聴いていた。 気が付くと、頬を一筋涙が流れている。 簡単に泣くようになったものだと思いながらそれを拭うと、一筋二筋と、それは止まることなく流れてくる。 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:22:54.96 ID:4mNMKTxt0 ――――本当に、涙脆くなった。 特に、幸せに対しての涙腺があまりにも弱い。 私は今日、また一つ幸せになった。幸せを取り戻した。 そして……今の自分に足りないものなんて何もないんじゃないか。そんな心地になった。 充たされて、満ち足りて、足りないものなんて無い気がして……。 最近、私は怖かった。 かつては当然と思えていた幸せの欠乏が……今は、想像するだけで震えてしまうほど、怖かったのだ。 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:24:34.45 ID:4mNMKTxt0 圭一「へえ、魅音から電話があったのかー」 圭一「良く考えると、あいつの方からあるってのは珍しいかもな」 レナ「そうだねー。でもこれからは頻繁にかかってくるかもよー?」 圭一君のスーツをハンガーにかけながら私はにっこりとほほ笑んだ。 「ああん?なんだそりゃ」と言いながら怪訝な顔をした彼は、でもなんとなく楽しそうだった。 レナ「あははは。どうする?みぃちゃんと電話してたら買い物に行くのすっかり忘れてたー。とかあったら?」 圭一「そりゃあ……魅音に嫉妬するかもなぁー」 圭一「あはは、不思議な三角関係になるな!そういや昔、レナと魅音が二人で――――」 笑顔で話す彼のYシャツを洗濯機に入れながら、私は自分とみぃちゃん二人分の溜息をついた。 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:26:16.39 ID:4mNMKTxt0 レナ(まったくもう、本当に鈍感なんだから……) レナ(まあ、そこがいいところでもあるけど……) 当時の私とみぃちゃんが聞いたらさぞ複雑な感情を持って聞くであろう話を、圭一君は楽しそうに続ける。 この無神経さが今の自分達があると考えると、何だか複雑な気分になる。 果たして、圭一君がもっと鋭くて私たち二人の気持ちに気付いていたら――― 今、どうなっているのだろう。 圭一「―――てなこともあったよなー」 レナ「……」 圭一「……?てなこともあったよなぁーー」 レナ「……」 圭一「――レナ?」 レナ「……。……ひやぁ!?」 突然、後ろから抱きつかれて私はつい大声を上げる。 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:28:29.65 ID:4mNMKTxt0 レナ「な、な―――。…どうしたの、突然」 圭一「どうしたのもこうしたのも……今、完全に魂抜けてたぜ?」 圭一「洗濯機の中になんか面白いもんでもあったかー?」 そう茶化すように言って、圭一君は洗濯機の中を覗く。 私は「うー、茶化さないでよー」と言って、そっと彼の胸に額を埋める。 圭一「なんだ、なんだ?今度は突然甘えるのか?」 レナ「……だって、まだ新婚だもん」 圭一「おお、おお。いつまでその台詞が聞けることやら―――」 彼はそう言いながらも、柔らかいタッチで私の頭を撫でた。 さっきから胸を包んでいた、複雑なものが消える。 ―――最近変わってしまったものに、もう一つだけ付け加えようと思う。 私は……とても、弱くなってしまった。 一人では、不安感を抑えることさえできなくなってしまったのだ。 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:45:48.13 ID:4mNMKTxt0 レナ「……ごめんね」 圭一「ん?なんで?」 レナ「私……圭一君に甘えるばかりで――――」 圭一「あー?なんだよ、突然」 圭一「夫婦ってそういうもんだろ?甘えろ甘えろー」 ガシガシ。強く頭を撫でられる。 私はいいのかな?という自分への疑問を残しつつ、抱き締める腕の力を緩めることが出来ない。 圭一「なんだよレナー。魅音と電話してホームシックになったのかー?」 レナ「……うん。そんな感じかも……」 圭一「なんだよ、冗談で言ったつもりなんだけどなー」 圭一「まったくもって、魅音は心の故郷だよなー」 レナ「うん……」 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:47:57.42 ID:4mNMKTxt0 レナ(心の故郷、か……) ぼんやりと、今日電話の最中で思い出した記憶が浮かんでくる。 あの日。 今の私達の道が分かれ道だってことに気付かせられたあの日の記憶。 「きっかけなんて本当に小さな所にあるんだ」と実感させられた記憶。 レナ(変化が……怖い―――――) レナ「……ありがとう、圭一君」 私は勢いよくそう言って、彼の胸からそっと離れた。 そして微笑む。 レナ「うん、元気になったよー。じゃあ、ご飯作るね!」 圭一「なんだよ、まだいいんだぜ?」 圭一「こんなことめったにないんだから、もっと甘えろよー」 圭一君はほれほれとまるで猫を呼ぶような仕草で私を胸に誘う。 私は「いいからちゃんと服を着てくださーい」と言って、もう一度ありがとうを残し台所に向かった。 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:35:19.64 ID:YnNeTFC50 圭一「え?魅音がこっちに出てくる!?」 レナ「うん。さっき電話でそう言ってた」 私がそう言って微笑むと圭一君は挙げ豆腐をほおばりながら、驚いた表情を浮かべた。 圭一「あいつが自主的に東京に出てくるのなんて……何年ぶりっていうか、就職してからあったか?」 レナ「ううん、ない。仕事を始めてから私たちの結婚式を抜かすと今回が初めてなんじゃないかなー?」 えへへへ。と自然と笑い声が出る。 とても気分がいいんだなあ、と自分で感じる。 それは彼にも伝わるようで私に「うれしそうだな」と言いながら、自分でも微笑んだ。 レナ「えへへへ。そういう圭一君だって、嬉しそうだよー?」 圭一「まあなー。ということは、梨花ちゃん以外全員東京に集まる日があるってことかー!」 レナ「梨花ちゃんもそろそろ春休みだろうから、もしかしたら全員集まれるかも!」 圭一「おお!そしたら軽い同窓会だな!」 圭一「そっかそっかー!なんか嬉しいこと続きだなー」 レナ「そうだねー。……って、最近なにか他に嬉しいことってあったかな?」 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:38:01.93 ID:YnNeTFC50 私がそう言って首を傾げると、圭一君は「待ってろよー?」と言いそそくさと立ち上がった。 そして、玄関に掛けてある鞄から一枚の印刷しを取って、戻ってくる。 レナ「……?それ、なにかな〜?」 圭一「いいから見てみろって」 渡された紙をじっくりと見る。 レナ(……異動表?) レナ(えーっと、営業部――広告部―――開発部……前原圭一) レナ「あ、圭一君の名前あったよー」 レナ「えーっと、開発部……あ、移動の希望が叶ったんだ!」 圭一「そうなんだよー!やっと入社当初からの願いが叶ったぜー」 レナ「あはは。おめでとー」 嬉しそうに笑う圭一君に、私も同じくらいの笑顔を浮かべて「良かったねー!」と伝える。 圭一「それでさ、開発部の**課の主任と早速話をしたんだけど、前に話してた企画が――――」 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:41:11.64 ID:YnNeTFC50 彼は嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、以前にも聞いた、やりたいと思っている企画の話を始めた。 私はその話にも、笑顔を浮かべて頷く。 ………実際に話してくれている内容は、ほとんどわからなかったけれど。 レナ(――――少し前までは仕事の話もついて行けてたのにな…) レナ(最近はもう、さっぱりだ―――――) 頷きながら、ぼんやりと昔のお父さんと……お母さんのことを思い出す。 確かお母さんもよくお父さんに仕事の話をしていたっけ。 お父さんはそう言うときいつも「お前はほんとにすごいな」と微笑んで頷いていた。 なんか今の自分たちみたいだな、と思う。 胸に一筋、冷たい風が吹いた。 レナ(そんなこと、考える必要ないじゃない) そう言って、その冷たい風を追い出す。 代わりに、今日みいちゃんからもらった温かい風と、圭一君の掌の体温を思い出す。 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:43:50.96 ID:YnNeTFC50 圭一「そんでさ、佐藤さんがさ――――」 レナ「うん、うん。あははは!」 圭一君の話はまだ続いている。私は丁寧に相槌を打ち続ける。 そう言えば、お父さんから話を振る時は決まって「あいつらどうしてるかなあ?」の前置きが付いていた気がする。 興ノ宮で働いていた頃の仕事仲間の話。 もしくはさらに振り返り、私は少しも知らなかった人たちの名前が出てきたり。 お父さんは昔を振り返る話をしたがった。 その度に……お母さんは少し煙たそうな顔をしていた。 レナ(そう言えば圭一君……) レナ(みぃちゃんが来るって話は……もう、いいのかな?) レナ(圭一君の中では、終わっちゃったのかな?) 私は内心、もっとすごく驚いて私と同じくらい喜んでくれると思っていた。 でも、やはり彼は今―――開発部に移動出来たことの方がもっと何倍も、嬉しいと思っているように感じた。 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:47:17.80 ID:YnNeTFC50 レナ(実際そうなんだろうなー…) レナ(奥さんとしては、一緒に喜ぶべき場所なんだよね……) また、胸に風が吹く。 今度は舐めるように、べとりと絡み付く風だった。 私はそれも必死に追い払う。 今度はあの日のみぃちゃんの泣きそうな表情を思い出した。 圭一君が……プロポーズしてくれた日のあの目を思い出した。 レナ(私はこんなに幸せなんだから) レナ(こんな事気にして、気に病んでいるようじゃ罰があたっちゃう!) 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:49:41.06 ID:YnNeTFC50 圭一「――――とまあ、こんな感じでさ」 圭一「いやー、ほんと順風満帆だぜ!全く、全ての風は俺のために吹いてるな、こりゃ!」 レナ「あははは、すっごい自信」 レナ「でも、本当に良かったね、圭一君。すごいすごい!」 箸を持ったままぱちぱちと手を叩く。 圭一「おうおう!もっと喜んでくれていいんだぜー!?」 圭一「俺が活躍すればするほど、レナも俺たちの息子か娘も私腹を肥やすことができるんだからな!」 レナ「頑張ってね、お父さーん!」 圭一君はがははと笑いながら「お父さんは頑張るぜー」と声を高らかに上げる。 普段だったら、御近所の迷惑になっちゃうよ?と言うところだけれど、今日は言わなかった。 レナ(お父さん……か) レナ(私は……お母さんになるんだ) レナ(ここに私たちの子供がいて、これからは家族三人になるんだ―――) 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:52:47.43 ID:YnNeTFC50 大きくなってきたお腹をそっと触る。 時折、お腹をけるくらいに元気になってきたこの子が男の子なのか女の子なのかは調べていないからまだ分からない。 少しずつ提案し合っていく名前の案の紙がかさばっていく中で、この子はどんな名前をつけて、どんな人生を送っていくのだろう―――。 ああ、このお腹に宿っているのは一つの人生なんだと、改めて思いだす。 あと数か月で生まれると言うのに……私はまだそれがとても遠いものに思えてならないのだ。 89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:55:55.21 ID:YnNeTFC50 圭一「あ、そうだ!今日またいい名前が思い浮かんだんだけどさー」 レナ「ほんと?」 圭一「おう!……美鳥とかどうだ?」 レナ「―――なんか、大変な目にあっちゃいそうな名前…かな?」 圭一「いい名前だろ?」 レナ「はいはい、そうだねー。じゃあ、冷蔵庫に貼っておこう?紙に書いてあるんでしょ?」 圭一「ああ、もちろん!しっかし、こんなにいい名前候補があると迷うな〜…」 そう言いながらパチンと音を立てて冷蔵庫に「美鳥」と大きく書かれた紙を張る。 他にも、渚やちえり、花鈴に楓など……多種多様な人生を送れそうな名前が冷蔵庫の前面にぺたぺたと付け足されていく。 男の子の名前には由紀村や大、挙句の果てには悟空やキラヤマトまで多彩な名前が張ってある。 レナ「……ちゃんとした名前を付けてあげようね?」 圭一「ん?なんか言ったかー?」 レナ「ううん。なんにも」 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:58:47.54 ID:YnNeTFC50 レナ(そう、だよね……) レナ(ほんとに、変わっちゃうんだよね――――) 圭一「いやー、しかしほんとにどれも捨てがたいなー!」 冷蔵庫の前で、満足そうにほほ笑む圭一君を見ながらそんな事を思う。 私たちは今確実に変化しようとしている。 そして、それは幸せな変化のはずなのだ。 レナ(みぃちゃんも言ってくれた。私達を見てたら結婚したくなったって) レナ(また親友に戻ることもできた。そして、本当にそれも嬉しいはずの変化) レナ(幸せな………変化) レナ「……うん、そうだね。……どれも、捨てがたいよね?」 圭一「この中から一つとは――うーん、はたして選べるのか俺達は?」 圭一「最悪選べなかったら魅音にでも―――――」 圭一君はそう言いながら、こちらを振り返った。 そして……不思議な顔をして私の事を見ている。 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:02:28.79 ID:YnNeTFC50 レナ「……?……圭一、くん?…どうしたの?」 圭一「どうしたの、って……。聞きたいのは俺の方だ」 レナ「え……?」 ゆっくりと近づいてきて、そして…そっと私の眼の下を拭った。 レナ「……どうし――――」 圭一「レナ。どうしたんだ?」 優しい、全てを包み込むような彼の表情で視界が包まれる。 圭一「なんで…泣いてるんだ?」 レナ(え……?) 私は自分でも頬に触れてみる。 信じられない事に……私は自分の意識の外側で勝手に泣いていた。 涙が出る気配なんてちっとも感じなかったのに、勝手に涙を流していた。 レナ「あ……れ?」 レナ「なんで、私……泣いてるんだろう?」 レナ「別に、なんも泣くようなことはないんだよ?ただ、すごい幸せだなって思ってて…。なのに、なんで……」 93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:05:32.87 ID:YnNeTFC50 私は原因不明な涙をごしごしと拭う。 ごしごしごしごし……。 少ししか流れていないと思っていた涙はふけば拭くほど溢れてきて、どんどんと擦る袖口を濡らした。 圭一君の顔がぼやけてくる。 黄色い蛍光灯の瞳の中に入り込んできて、眩しくて、私は瞼を閉じる。 その瞬間また、眼尻に溜まっていた涙がぽたぽたと首筋を伝って床のタイルの上にこぼれおちた。 レナ「本当に、ごめんなさい……」 レナ「ちょっと、待って、今――――」 圭一「レナ。いいからさ、とりあえず泣いとけ」 私は増えていく瞬きの合間に圭一君の顔を見た。 相変わらず愛情に満ちた表情をしていた。 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:08:26.94 ID:YnNeTFC50 レナ「ううん、でもほんとに泣く理由なんて―――」 圭一「理由もさ、今はおいとこうぜ?」 パフ。頭にポンと掌がのる。 レナ(理由も…おいとく?) レナ「だって……」 圭一「涙もさ、鼻血と一緒だからさ、全部出し切りゃ止まるだろ」 圭一「理由なんてその後から考えればいいからさ、取り敢えず出す涙があるんなら全部だしとこうぜ、レナ」 レナ「は、鼻血……?」 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:12:46.12 ID:YnNeTFC50 レナ(鼻血と一緒……) レナ「圭一君……。さすがに、鼻血と一緒には無理が……あはは!」 あははは。私は涙を流しながら、笑った。 圭一「いいや、俺は似たようなもんだと思うぜ?ほれほれ、鼻血だと思ってどんどん泣いちまえー」 レナ「もうちょっと、圭一君…あははは!」 あははは、あはは、はは……私は笑いながら、泣いた。 原因不明の涙は、ぽろぽろと途切れることなく続いている。 レナ(ほんとにこれ……なんなんだろう?) 頭の片隅で、そんな疑問を浮かべながら取り敢えず今は彼の言う通りにしようと涙が付きるのを目指して、ただそれを流れるままにした。