ハルヒ「ねえ、私を見て」 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 00:41:50.06 ID:5mr3Yv/j0 何か書いてみてもいいですか 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 00:45:01.57 ID:5mr3Yv/j0 じゃあ書きます >>1のネタを拝借する 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 00:50:22.77 ID:5mr3Yv/j0 首を吊る寸前に、少しだけ、思い出した。 ハルヒの笑顔。 少しずつおかしくなっていったハルヒ。 折り重なる肢体。 最期のハルヒの泣き顔。 キョン「………なんでこんなことになっちまったんだろうな?」 答える声はない。 俺は輪に首を通し、椅子を蹴り倒し、そして――― 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 00:58:37.97 ID:5mr3Yv/j0 ……… …… ハルヒ「ねぇキョン。ちょっと、その、話があるんだけど」 キョン「ん?」 放課後、SOS団も解散した後。 いつもは朝比奈さんや長門を伴い、揚々と帰宅するハルヒが、職員室に呼び出されて帰るのが遅くなった俺を、 わざわざ玄関口で待っていた。 キョン「何だ。俺を待ってたのは、その話とやらのためか?」 ハルヒ「……まぁ、そうね」 キョン「珍しいこともあるもんだな。で、何なんだ?」 ハルヒ「……あたしの親が、知人から、映画のチケット譲られたのよ」 ハルヒ「最近流行ってるアクション物なんだけど、親父は仕事で忙しくて見に行く暇ないからってあたしにくれたの」 ハルヒ「で、あたしとしては、貰った分を無駄にはしたくないのよね。でも二枚だと、みくるちゃんか有希どっちかは行けなくなっちゃうし」 ハルヒ「だから……その……」 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 01:09:05.54 ID:5mr3Yv/j0 俺ははっきり言って、戸惑った。 この成り行きは……あれか? その話をする為だけに待ってたなんて、恐らく他のSOS団員に聞かれたくなかったからなんだろうが。 キョン「あー、つまり……」 キョン「日頃扱き使ってばっかりでモチベーションだだ下がりの平団員一号に、団長様直々が労いの場を設けてくれるわけか」 正直に「デートか?」なんて訊いたら張り手が飛んでくるに決まってる。 俺が明後日を見ながら言った台詞に、ハルヒは活きのいい魚のように喰いついた。 ハルヒ「そ、そう!そうよ!」 ハルヒ「本当なら、役職順に古泉くんに譲るのが筋ってもんだけど……それじゃ、あんたがあんまり哀れだしね」 ハルヒ「団長の心憎い慰安会ってわけ!光栄に思いなさい!」 ハルヒの顔は夕陽のせいだけじゃないだろう、眼に見えて赤かった。 ちょっと可愛いと思ったのは、俺の気の迷いだ。 キョン「はは、……じゃ、ありがたく頂くとするかね」 ハルヒ「と、当然よ。団長の心遣いを無碍にするような罰当たりには鉄槌が下るんだから!」 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 01:19:10.33 ID:5mr3Yv/j0 ハルヒ節を振り翳す団長殿は、一見、初対面の頃と変わっていない。 だが、長い間ハルヒを見てきた俺には分かるつもりだった。 ハルヒの内面が、どんな風に変わってきているかってことを。 キョン「それじゃ、見に行くのは次の土曜日でいいな?」 ハルヒ「日曜日は不思議探索だから、まあ妥当ね。時間は……昼前にマックの前ね。ついでに昼も食べていきましょ」 キョン「わかった」 まあ、ここは俺が奢るところだろうな。この前下ろした貯金はまだ残ってたっけか。 ハルヒ「じゃ!遅刻したら罰金なんだから、時間通りに来なさいよ!」 キョン「へいへい」 ……多分、この時はまだ、何も起きていなかった。 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 01:34:26.90 ID:5mr3Yv/j0 ……… …… あっという間に約束の土曜日。 俺は奇跡的に妹のボディプレスの力を借りることなく、早朝といえる時間に目覚めた。 やることもなかったので着替えを済ませ、朝食を平らげた後は、シャミセンの相手も億劫だ。 散歩を兼ねて早出することにした。 ぶらぶらと辺りを散策し、待ち合わせ場所に足を向ける。 待ち合わせ一時間前。さすがにハルヒも来ちゃいまい。 ……そう思っていた俺が甘かった。 キョン(………あれ、ハルヒか?) 休日の都市部だけあって結構込み合っていたが、その中でも黄色のカチューシャは取り分け目立っていた。 めかしこんで、所在なさげに、落ち着きなく周辺をうろうろしている。 しきりに腕時計を見遣り、溜息をつき……。 いつもの尊大な態度はなりを潜め、そこにいるのは物憂げにしている、ごく普通の少女だ。 俺は何となく目を離し難くて、遠くからしばらくそんなハルヒの様を見つめていた。 だが、ハルヒの方も突っ立っている俺を見逃すほど鈍くはなかったらしい。 俺の方に気付くと、さっきまでの気弱な様子は何処へやら、むくれ顔へと変貌した。 121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 01:47:28.88 ID:5mr3Yv/j0 ハルヒ「ちょっと、キョン!来てるなら声掛けなさいよ!」 キョン「ああ、すまん。……しかしお前、さすがに来るの早すぎないか?」 ハルヒ「……今日はちょっと、夢見が悪くて寝付けなかったから早起きしたのよ。別に他意なんてないわ。ぜーんぜんないんだから」 ハルヒ「あんたこそどうしたのよ。万年遅刻魔のあんたがこんな時間に来るなんて。明日はミゾレが降るんじゃないの」 キョン「別に俺は待ち合わせに遅刻してるわけじゃないんだがな……ビリはビリだが」 キョン「俺も今日はたまたまだ。深い意味はないさ」 ハルヒ「……そ」 ハルヒはふいと顔を逸らし、言った。 ハルヒ「予定時刻より早いけど、お昼にしましょ」 キョン「あ、ああ……」 何がおかしいと思ったのだろう。 俺はその時、ハルヒがせいぜい瞬きの合間くらいの短い時間に浮かべた、何ともいえない表情について考えた。 それは俺を認めて何かに安堵したようでもあったし、何かを怖れて強張っているようにも見えたが、何しろ一瞬のことだった。 俺はハルヒの一次症状を、気のせいだろうと判断したのだった。 125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 02:02:10.36 ID:5mr3Yv/j0 俺とハルヒは日本でも最もポピュラーだろうハンバーガーショップで昼食をとり(お代は勿論俺持ちだった)、映画館に足を運んだ。 移動の間に話したことも、些細なことである。 ハルヒは今後のSOS団活動について巡らせていた構想を明かし、普通に考えれば実現不可能なそのあれこれに俺はツッコミを入れる気力もなかった。 まあ、無理だ無理だと思っていることも、ごり押しでやり遂げてしまうのが涼宮ハルヒという女なのだが。 なにせ「機関」なんて出自も謎な組織が背後にいて、資金面に関しては問題にならないときている。 俺にも活動費を分けてほしいくらいだ。 SOS団の恒久的活動についてうんたらと語っているハルヒは全くいつものハルヒで、俺はやはりさっきのは単なる杞憂なのだろうと思った。 ただ、映画館にいくと、またもやおかしいと思う度合いは増えた。 ハルヒは大人しかった。 黙々とポップコーンを食べ、口数少ない。 激しいアクションシーンに乗る雰囲気もなく、たまに俺をちらちらと見る。 キョン(……なんなんだ、一体?) ハルヒがそんな調子なものだから、映画自体は文句のない内容だったというのに、あまり身を入れて鑑賞することが出来なかった。 何処となくすっきりしない。 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 02:20:12.35 ID:5mr3Yv/j0 ハルヒ「まあまあだったわね。オチがちょっと在り来たりだと思ったけど、ハッピーエンドだったのは評価できるわ」 ハルヒ「最近の映画とかドラマって、安易に脚本を悲劇モノにしがちなのよ。人が死ねばいいってもんでもないでしょうに」 ハルヒ「あんたもそう思うでしょ、キョン」 キョン「そうだな。恋愛オチってのもベタだが、ベタなのも人気があるってことだからな」 ハルヒ「………」 キョン「………」 会話が続かなかった。 映画の感想を一端の批評家のように口にするハルヒは、映画館を出てから一度も俺に視線を合わせなかった。 足早に俺の前を歩いて、振り向かない。 ハルヒが俺にボールを投げ、俺がボールを返し、そこで会話が途切れる。 俺が振ったボールも、返されたり返されなかったりだ。 今日はハルヒの企画した、まあぶっちゃければ仮デートみたいなもんだと俺は思っていた。 易々と口に出来るような度胸の備え付けがないから、お茶を濁してはいたが。 俺も、二人きりの映画をそれなりに楽しみにしていたんだ。……だというのに、妙に気まずいのは何が原因だ? 変わりないように見えるのに、何処か変なハルヒ。 そんなハルヒに掛ける言葉を見つけられない俺。 130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 02:36:41.33 ID:5mr3Yv/j0 キョン「なあ、ハル……」 ハルヒ「今日はここで解散にしましょう」 急に立ち止まったハルヒが、俺の声を遮って言った。 俺は声を喪って立ち竦む。 ハルヒ「ご飯は一緒に食べたし、映画は見終わったし、スケジュール分は終了したから。これ以上することもないしね」 キョン「いや、だけど……」 ハルヒ「明日探索があるんだから、また会うじゃない。今日絶対しなきゃいけないことなんてないわよ」 そう言われてしまえば、確かにその通りだ。 不思議探索は今や名目と化し、SOS団員が集って遊ぶための機会になっている。 皆でわいわいやるなら、明日すればいいだけの話で、ハルヒにしては至極真っ当な論理だ。 何も言えないでいる俺に、ハルヒは肩越しにちらりと視線を寄越した。 その瞳に浮かんでいたもの。 ……俺には、読み取れなかった。 ハルヒ「じゃ、そういうことだから」 手を軽く振ってハルヒが去っていく。 何処か捩れてしまっている。頬を染めて映画を見に行かないかと、そう提案したあの時のハルヒから。 俺は反論の糸口を見つけられず、ハルヒを見送って……。 131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 02:38:57.29 ID:5mr3Yv/j0 ―――その日の夜を境に、ハルヒが失踪した。 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 02:59:28.63 ID:5mr3Yv/j0 ……… …… 古泉「……事態は急を要します」 古泉の真顔を見るのは何時ぶりだろう。 俺は現実逃避にそんなことを考えた。ものの一秒の気晴らしにもならなかったが。 一夜明けて日曜日、午後五時を回った時間帯。 本当なら不思議探索の名のもと、ハルヒに市街を引きずり回されていただろう時間帯。 古泉の呼び掛けで俺たちは長門のマンションに集まり、「機関」の調査の報告を聞いていた。 連絡があったのは今朝のことで、事態を飲み込むのには時間を要した。あまりに突飛な話だったからだ。 ハルヒが自室から突如として消え失せ、行方知れず。 ハルヒの両親も行き先を聞かされていなかったらしい。朝、気がつくと娘がいなかった、と。 両親は気まぐれに出掛けたのだろうと考え、夜になれば帰ってくると思っているらしいが、そう楽観視できなかったのが「機関」一派だった。 古泉「我々機関は、涼宮さんを監視しています」 俺が顰め面になったのを認め、古泉は首を振る。 古泉「その是非については、今は取り合えず置いておいてください。ともかく涼宮さんが外出するならば、それは当然監視犯の眼に止まるはずなんです」 古泉「ですがその記録がない。……また機関の勢力を総動員しても、涼宮さんを発見することが出来ませんでした」 古泉「機関の包囲網は完璧です。彼女の自宅から一日で移動出来る範囲なら、三時間もあれば追跡が可能な筈なんです」 それが影すら見いだせなかったということは、ハルヒは「普通に出掛けた」のでは有り得ないということ。 俺は自分がどんどん渋い顔つきになっていくのを感じた。 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:01:02.28 ID:5mr3Yv/j0 監視犯→監視班 145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:11:33.53 ID:5mr3Yv/j0 長門「……思念体からも探査を行ったが、涼宮ハルヒは見つからなかった」 駄目押しは長門だった。 宇宙を仕切る長門の親玉にすら捜索出来なかったというなら、それは平常の事態ではない。 みくる「長門さんでもダメなんて。それって……涼宮さんが望んだから、ってことですか?」 隅でじっと話を聞いていた朝比奈さんが、手を上げて発言する。 キョン「朝比奈さんは、何か聞いてないんですか?未来の上司とかから」 期待はしていなかった。朝比奈さんは残念そうに俯き、ごめんなさい、と小さく零す。 落ち込ませたいわけじゃないんだが。 みくる「連絡を取ろうとしたんですけど、駄目でした。最近はいつもそう。こっちからはいくら訊いても、情報を回してもらえないの」 キョン「そうですか……」 朝比奈さんの身分から考えれば仕方のないことなんだろうが、こういうとき朝比奈さん(大)がいれば頼もしいのにな、とついつい考えてしまう。 朝比奈さん(大)が登場するとき、それは八方塞がりの状況を打開する手がかりを、いつも与えられるときだったからな。 古泉「朝比奈さんの先程のご質問ですが、機関の見解としては、それも十分あり得ると考えられています」 キョン「ハルヒが望んで消えたってことか?」 古泉「はい。誰にも見つかりたくない、ともし彼女が強く願ったなら……その願いは実現するでしょうからね」 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:21:41.05 ID:5mr3Yv/j0 しかし、と古泉は前置きし、 古泉「考えられはするのですが……しかし、理由が見当たりません」 難しい顔で俺を見る。 古泉「少なくとも金曜日までの涼宮さんに、僕は変化を感じ取れませんでした。閉鎖空間発生の予兆もありませんでしたしね」 古泉「彼女の感情は一時昂りを見せていましたが、それも悪い方にではなかったはずなんです。ですが……」 キョン「何かあったのか?」 悩ましげに表情を歪め、古泉は肯定した。 古泉「………金曜の夜です。閉鎖空間発生にまで至りませんでしたが、超能力者は僕も含めて全員『感応』しました」 みくる「『感応』って?」 古泉「涼宮さんの意識と同調して……何て言えばいいんでしょうね、一体化、というんでしょうか。彼女が感情を暴走させたときに陥る状態です。僕は過去に二度ほど経験しました」 古泉「これはつまり、金曜の夜に涼宮さんが激しく感情を揺らす事態があったということです」 150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:37:30.37 ID:5mr3Yv/j0 キョン「……ちょっと待て。そんな状況だったのに、なんで土曜日に連絡しなかった?」 古泉「そこは心苦しいところなのですが。……連絡がつかなかったんです」 俺は口を開けた。呆気に取られた、というのが正しい。 キョン「とれなかったって……。何言ってるんだ。さっきも話した通り俺は土曜日ハルヒと居たが、携帯は持ってた。連絡ならいつでも取れただろ?」 古泉「何度も発信しましたよ。ですがあなたは応答しなかった」 古泉「また、これが奇妙な話なんですがね。機関は隠れデート中のあなたと涼宮さんを確認できなかった。厳重な監視体制を敷いていたにも関わらず」 古泉「……あなたと涼宮さんは、土曜日、日中デートを行いながら、誰からも見られていない状況にあったんですよ」 今度こそ、俺は何も言えなくなった。 なんだそれは。 自分がそんな不思議現象の渦中にいたなんざ、とてもじゃないが信じられん。 入ったファーストフードの店員に注文して、映画館じゃ受付にチケット提示もやったぞ、俺たちは。 さすがにその論調には無理があるんじゃないのか? 古泉「そうですね。あなたは嘘を言っていない。しかし機関員が調べたところ、あなたと涼宮さんを記憶している店員はいなかった」 キョン「………」 古泉「何なら、証拠提出もできますよ」 キョン「いや、いい。……本当なんだな?」 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:45:14.50 ID:5mr3Yv/j0 俺は混乱していた。 誰からも見咎められなかったという、俺とハルヒ。 一匹の蠅も見逃さないような、と古泉が豪語するからには、機関は相当な厳戒態勢を取っていたのだろう。 そんな監視をすり抜けていられるなんて、偶然ではまず考えられないことだ。 根源は、やはりハルヒだろう。ハルヒが望んだから。それ以外に理由が思いつかない。 それじゃあ……やはりハルヒは、自らの意思で姿を消したということになるのか。 だが、なぜ? あいつが姿を消したがる理由なんて、何処にあるっていうんだ。 土曜日、何処かおかしかったハルヒ。もっと気に掛けて、心を砕くべきだったのか。 俺があのとき、あいつを引き止めていたら……。 ハルヒ『……今日はちょっと、夢見が悪くて寝付けなかったから早起きしたのよ。別に他意なんてないわ。ぜーんぜんないんだから』 キョン(……あれは) キョン(そうだ、ハルヒと待ち合わせたときの……) キョン「――夢だ」 古泉「は?」 キョン「ハルヒは金曜の夜、夢見が悪かったと言ってた」 153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 03:55:22.16 ID:5mr3Yv/j0 俺の発言を理解した古泉は、途端に思案顔になった。 古泉「夢……ですか。確かに僕らが感応したのは夜中でしたから、涼宮さんも眠っていた時間帯でしょうが……」 古泉の困惑もわかる。 夢。そう、たかが夢なのだ。 どんな悪夢を見たとしたって、それを現実にまで影響させるほどハルヒは脆弱な女じゃない。 悪夢で閉鎖空間を発生させることは間々あると聞くが、それにしたってごく小さなものだろう。 古泉「……分かりませんね。金曜の夜彼女に何があり、何故彼女は姿を消してしまったのか」 結局、バックに大きな専属組織持ちの三者が顔を合わせても、判明したことは何一つない。 俺は項垂れ、古泉は沈黙し、朝比奈さんはぎゅっと膝の上に乗せた拳を握り締める。 そこで、長門が面を上げた。 長門「……今、思念体から報告があった」 長門「――時空に、看過できない歪が発生している」 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 04:04:54.65 ID:5mr3Yv/j0 キョン「……歪?」 長門「それを発生させた『何者か』によって巧妙に隠蔽されていた為、発覚が遅れた。……発生日時は一昨日で間違いない」 古泉「それは………!」 古泉がはっと顔を上げ、長門に鋭い声を浴びせた。 それは意図してのものでなく、条件反射的に発したその問いを丁寧に言い繕う余裕がなかった、といった感じだった。 古泉「もしや、その『何者』かが登場した歪ですか?」 長門「……恐らく、そう」 キョン「待て、どういうことだ。その『何者』ってのは……」 俺の脳裏にぐるりと予想が巡る。 未だ見ぬ外敵。天蓋の宇宙生命体。未来工作員。超能力者の敵対組織……。 長門「そのどれでもない」 長門が答えた。 長門「―――それは恐らく、『異世界人』に該当する存在」 189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 12:33:30.79 ID:z0VsZxa30 異世界人。 ハルヒが望んだ四種の「不思議」の中で、唯一、未だ登場していないその存在。 いつか来るだろうと思っていた。ご都合主義的に文芸部室に集った他勢力、目の前に居るこいつらのように。 思っていたが、こんなタイミングで現れるっていうのは……。 古泉「長門さん。涼宮さんの変調に、その『異世界人』が関わっているという認識で固めてしまってもよろしいでしょうか」 長門「……断定はできない。だが、可能性は非常に高い」 長門が言いたいのは物的証拠があるわけじゃない、というところだろう。 だがその『異世界人』がこの世界に現れ、その日の夜にハルヒがおかしくなった…。 そんな図式を描かれて、因果関係を考えるなって方が無茶な話だ。 古泉「つまり『異世界人』が僕らにとって明確に敵である……そうみなしてしまっても良さそうですね」 古泉「機関は引き続き涼宮さんの捜索、その『異世界人』の情報集めも開始します」 古泉「もっとも『異世界人』の方は情報が不足し過ぎていますから、満足な成果は期待できないかもしれませんが」 古泉が今後の方針を明かし、手を広げて長門に場を譲った。 190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 12:43:21.35 ID:z0VsZxa30 長門「思念体も涼宮ハルヒの探索を独自に行う。歪の解析も同時進行にて行う予定」 古泉「長門さんには周辺の警戒もお願いします。『異世界人』が特殊能力を所持していた場合、渡り合えるのは長門さんだけでしょうから」 長門「……了解した」 長門が平坦な目線を、朝比奈さんに移す。 朝比奈さんは勢い込んでこくり、と頷き、 みくる「あたしは……もうちょっと上司に掛け合ってみます。何か指示があるかもしれないし」 みくる「涼宮さんが、心配なのに……何もできないの、いやだから」 泣いてしまいそうで、でもそれを耐え忍んで声を震わせる朝比奈さんは健気そのものだ。 俺は朝比奈さんの、「心配」というはっきりした声明がひどく愛しかった。 緊急事態で、作戦会議を始めたはいいが……一人の友人としてハルヒを案じる声を真っ先に口に出せたのは、朝比奈さんくらいのものだった。 古泉が怖いくらいの真顔から、僅かに笑みを浮かべる。 一体何を思ったものやら。 古泉「未来から今回の件がどうなっているのかは気に掛かるところです。何か分かったら教えてください」 みくる「は、はぁい」 古泉「………さて、それでは……」 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 12:53:27.96 ID:z0VsZxa30 古泉は居住まいを正し、俺たちを見渡した。 古泉「何かあったら連絡を回すことを徹底しましょう。くれぐれも、気をつけてください」 古泉「敵は未知です。涼宮さんだけでなく、我々にも何らかのアクションを仕掛けてくる可能性も有り得ます」 古泉は俺を見た。 古泉「特にあなたは、なるべく一人で出歩かない方がいいでしょう。『機関』から護衛をつけます。何かあったら呼んでください」 キョン「……わかった」 俺一人、だ。今更どうこう言う気もないが、俺一人何の役割もない。 だがここで俺が何かをしたいと割って入ることに、意味があるとも思えない。それぞれの分野を仕切っているこいつらに無駄な混乱を招くだけだ。 事は深刻なのだ、恐らく、俺が考えている以上に。 俺は目を瞑ってハルヒの笑顔を探した。 ハルヒ。お前今、何処にいる? 古泉が場を和ませようとしたのか、最後に冗談のように、小さく笑った。 古泉「夜に何事もなかったように涼宮さんが帰ってきてくれたら、僕らの早とちりで済むんですがね……」 195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 13:10:38.84 ID:z0VsZxa30 ……… …… 無論、古泉が言うようにはならなかった。 ハルヒは夜になっても、日付変更の段階になっても、帰っては来なかった。 二日が過ぎ三日が過ぎ、ハルヒの両親は警察に届け出をしたが、やはりなんら進展はなかった。 ハルヒは見つからないまま。有力な目撃情報も得られないまま。 四日、五日、六日……。カレンダーに×印のみが加算されていく。 俺は不審がられない程度の距離から機関員に護衛され、登下校した。 放課後には文芸部室で古泉たちと情報の交換会をした。 めぼしい成果は上がっていないらしい、古泉は肩を落としている。 朝比奈さんはいつもの癖でメイド服に着替えて、お茶を淹れ、当然のようにハルヒの席にも置いていた。 長門はぱったりと読書をやめ、いつも何かを考えるように静寂を保っている。思念体と常時やり取りをしているのだろう。 ハルヒ一人がいないだけで、こんなに寂しくなるもんだったのか、この部室は。 火が消えたようだった。 あの騒がしい団長様が居ない、ただそれだけで熱が奪われ、何処か空虚さが漂う。 何人居ようと、どれだけ物に溢れていようと、中心がいなけりゃがらんどうでしかないSOS団アジト。 196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 13:28:57.61 ID:z0VsZxa30 情報を開示しあった後、俺たちは何を喋るでもなく、静かにしていることが多かった。 各々椅子に座って、「団長」の三角錐が立ったハルヒ専用席をじっと見る。 ハルヒは、パソコンをつけて鼻歌を歌いながら、ネットサーフィンをよくしていた。 そこで下らない何かを見つけては、無理難題を言い始めて。 朝比奈さんが怯え、俺が文句をつけ、古泉が賛同し、長門は我関せずと読書。 時々は椅子の上に立って、俺たちを見下ろし、ニカッとガキ大将みたいな顔で笑うんだ。 そのどれもが何だか遠い日のことみたいで、俺はナーバスになってる自分を自覚した。 何感傷的になってんだ、俺は。 今はハルヒを見つけることが優先課題だっていうのに。 ハルヒは死んだわけじゃない…。必ず見つけられるはずだ。『異世界人』の陰謀なんざ知ったことか。 みくる「……会いたいなぁ、涼宮さんに」 朝比奈さんがぽつりと言う。 俺は、不覚にも、その一言に目頭が熱くなった。 キョン「……俺も、会いたいです」 朝比奈さんがふわりと、悲しい顔で笑う。古泉が、複雑な表情で眼を伏せた。 198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 13:47:28.29 ID:z0VsZxa30 今日も、前に進められた案件は何もなし。 暗澹とした気分で学校から家に帰った俺は、私室のベッドに寝転がると、携帯を弄る。 連絡が入っていないかと確認するのは、ここんところの日課になっていた。 自発的にハルヒを捜し歩いても見つけられない俺ができることは、万が一ハルヒから何かのメッセージ発信があったときに、それを見逃さないことだ。 何度ダイヤルしても繋がらない電話に、送信しても返ってくるメール。 待ち受け画面に受信の報せがないことをチェックし、俺は力なくうつ伏せた。 土曜日のハルヒ。いつもと同じに見えて、何処かしら奇妙だったハルヒ。 キョン「……わからん」 何があったんだ。 どうして俺に何も言わずに、消えちまったんだ。 『異世界人』は、ハルヒに一体何をした? 『異世界人』の正体は何だ? キョン「………」 此処数日、色々と考え過ぎて眠りが浅かった所為もあるんだろう。 俺はベッドの上で瞼を閉じ、そのまま、緩やかに眠りに落ちていった。 199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 13:53:41.54 ID:z0VsZxa30 ハルヒ『ねえ、私を見て』 ………ハルヒ? 瞬いたが、広がるのは暗闇ばかり。ただ、声だけが鮮明に聞こえた。 ハルヒ『ダメ、そんなこと考えちゃダメ。あたし……』 ハルヒ『私を見てほしい』 ハルヒ『違うの!違う!あたしはそんなことしてまでキョンに見てもらいたくなんかない!』 ハルヒ『でも、××なきゃ、キョンはあたしを見てくれないって』 ハルヒ『馬鹿、そんなわけないじゃない。キョンがそんなこと言うわけないの!』 ハルヒ『だって、だって……キョン……』 ハルヒ『助けて』 ハルヒ『私を見て』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『キョン………』 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 14:00:03.05 ID:z0VsZxa30 か細くて弱弱しい、ハルヒの声。助けを請うハルヒの声。 幾重にも響くハルヒの言葉は、支離滅裂で、その意味まではわからなかった。 だが、ハルヒが俺に確かに救いを求めているは伝わった。 キョン(何処にいるんだ、ハルヒ。俺がお前を迎えにいってやる) キョン(くそっ、なんで、声が出ない!?) 闇に向かって叫ぼうとしても、俺の自意識は聴覚のみに特化されて、どうすることもできなかった。 ハルヒが其処にいるかもしれないのに。ままならない身体が歯痒い。 ハルヒ『怖いよ、キョン』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『私を見て』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『私を置いていかないで……』 208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 14:10:42.32 ID:z0VsZxa30 ハルヒが泣いている。 俺はもう一度、無駄な足掻きと判りながらハルヒに向かって声を張り上げようとし、 キョン「………」 眼が覚めた。 キョン(……なんだ、今の夢。ただの夢にしては、妙にリアルだった) キョン(もしかして、ハルヒが俺に思念を送り込んできた……とか。だが『あたしを見つけないで』ってのはどういうことだ) キョン(ハルヒは自分の意思で消えて、見つけて欲しくなくて、それでも救われたがってる…?) キョン(………わからん) 212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 14:25:32.78 ID:z0VsZxa30 頭の整理が追いつかず呆けていた俺だったが、ふと、手元の携帯がチカチカ光っているのが見えた。 遅れてバイブレーションが作動する。 キョン(着信……相手は、非通知?) 意味ありげな夢のすぐ後に、誰とも知れない奴からの電話。不吉な予感がする。 俺は通話ボタンを押し、耳に慎重に携帯を押し当てた。 キョン「……もしもし」 たっぷり数秒、返球は沈黙。 俺は、心拍動が激しくなっていくのを感じた。 単なる無言電話だというのに、何故だか、強烈なプレッシャーを感じたのだ。 手が汗ばんで、小刻みに震えた。 ???「――××市××番地の空き地」 受話器から漏れてきたのはボイスチェンジャーか何かを通しているのだろう、不自然に高い声だった。 ???「来て見なさいよ。あんたの大事な人が待ってるから」 216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 14:36:22.80 ID:z0VsZxa30 キョン「―――お前、誰だ?」 声が掠れた。なんだ、くそ。手の震えが止まらん。 大体、その慣れた口調は、まるで――― 電話相手は馬鹿にしたような笑い声を上げ、一方的に通話を切った。 後にはツー、ツー、と空しい電子音が跳ね返ってくるのみ。 ……俺は呆然としていたが、考えるのは後だと、すぐさま古泉に連絡を取った。 古泉『××市××番地の空き地。相手は確かにそう言ったんですね?』 キョン「ああ」 古泉『分かりました。××市ならすぐに手配できます。機関員を向かわせます』 キョン「俺も行かせてくれ。もしそこに、ハルヒがいるなら」 古泉『……そうですね。あなたが出迎えるのが一番でしょう。しかし、何らかの罠という可能性も捨て切れません。慎重にいきましょう』 キョン「わかってるさ」 219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 14:51:49.11 ID:z0VsZxa30 俺は機関が自宅まで回してくれた車に乗り込み、現地へと向かった。 車には古泉、長門も同乗していた。 キョン「お前も行くのか」 長門「……あなたを護るのがわたしの仕事」 長門が静かに、だが決然と言う。……頼もしい限りだな。 長門が居てくれるなら、危急時にも安心できる。どうやら古泉が長門も呼んだらしい。 その古泉は、助手席から振り返り、俺に事の幾つかを問いただした。 電話相手とのやり取りから、その直前に見た夢の話までを古泉に説明する。 古泉「……あなたが電話を受けたという相手。恐らく、『異世界人』とみて間違いないでしょう」 素直に考えれば、そうなるよな。 キョン「俺もそう思う。受けた印象だが……普通の人間相手とは思えなかった」 鋭く腹を抉り裂くことができるのを、敢えて撫でられているような薄気味の悪さがあった。 悪意を肌で感じた、というのだろうか。 222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:01:54.80 ID:z0VsZxa30 キョン(しかし、あの喋り方は) 思い起こす。あの緩急のついた、特徴的な話し方。 考えたくはない。考えたくはないが……。 『異世界人』というからには――その可能性も、考えなくてはならない。 俺は古泉に推測を話すか迷い、だが間違っているかもしれないと思うと、中途半端なことを口にする気にはなれなかった。 ……そして、一時間ほど車に揺られた頃だろうか。 古泉の携帯が鳴り響いた。 古泉「失礼」 古泉が俺たちに会釈し、通話する。 古泉「はい。はい、今向かっているところで……そうですか」 何がしか応答し、通話を終えた古泉が、厳かに報告した。 古泉「先行していた機関員が目的地に到着しました。……見つかりましたよ」 古泉「―――涼宮さんです」 226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:19:51.13 ID:z0VsZxa30 ……… …… 「空き地」と指示された通り、そこは空き地以外の何物でもなかった。 遊具もない。家一軒分くらいのスペースはあるだろう土地は、手入れされていないようで、ほうぼうが草に覆われていた。 そしてそこに、……ハルヒは居た。 健康的な肢体を誇っていたあのハルヒとは思えぬほど、痩せ細り、やつれた姿で、草の陰を寝床にして眠っていた。 今までどうやって過ごしていたのだろう。 衣服は薄汚れ、髪はぼさぼさで、食事をまともに取っていたとは思えない。 キョン「ハルヒ……」 俺はハルヒに駆け寄り、そっと上体を抱き上げる。微かな寝息が聞こえなければ、死んでるんじゃないかと疑うほどだ。 腸が煮えくり返るような怒りを俺は覚えた。 キョン(ふざけるなよ、『異世界人』) キョン(ハルヒを……ハルヒを、こんな目に遭わせやがって…!!) 228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:29:22.11 ID:z0VsZxa30 古泉「とにかく、一旦彼女を病院に連れて行きましょう。同行した医師の見立てでは命に別状はないようですが、酷く衰弱しています」 キョン「……ああ」 古泉「お怒りはご尤もですが、今は落ち着いて下さい。ひとまず涼宮さんと再会できたことを喜びましょう」 古泉の眼にも明瞭に怒りの火が揺らめいて見えたが、それを無為に表出させるようなことはせず、古泉は笑みを浮かべている。 発散では意味がない。怒りは、これからの活動の源に。 ……そんな古泉を前にしていたら、少しは頭が冷えた。 キョン「ああ……そうだな」 やらなきゃいけないことは山ほどあるが、とにかく、ハルヒは帰ってきたのだ。 俺は眠るハルヒの額にそっとハンカチを当て、汚れたところを拭き取ってやった。 231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:34:42.09 ID:z0VsZxa30 長門「………」 古泉「どうしましたか、長門さん」 長門「……情報操作の痕跡がある」 古泉「どういうことです?」 長門「涼宮ハルヒではない。『異世界人』が行ったことと思われる」 古泉「……『異世界人』に、情報を書き換える力がある……?涼宮さんと同じように?」 長門「………」 古泉「………」 235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:46:39.09 ID:z0VsZxa30 ワゴン車にハルヒを寝かせて病院まで連れて行くことになり、機関員らしき人たちが手際よくハルヒを担架に乗せる。 古泉と長門が何か後ろの方で喋っているようだったが、重要なことなら後で俺にも話が回ってくるだろう。 俺は今は、ハルヒの保護を優先することにした。 キョン「古泉!俺は病院までハルヒについていく!」 大声を出すと、やや離れた地点で会話中だった古泉が、長門と確認を取るように頷き合う。 古泉「分かりました。僕らはもう少し調査したいことがあるので、此処に残ります!後で必ず伺いますので!」 キョン「わかった!」 手を上げ、合図を送る。 乗り込んだ車のドアがぴしゃりと閉じられ、運転手がエンジンを入れた。出発進行。 ハルヒ「………ん……」 後部座席いっぱいを使って寝かされていたハルヒが身じろぐ。 俺はハルヒの顔を覗き込んだ。 キョン「ハルヒ、俺だ。分かるか?」 ハルヒ「………キョ、ン……?」 239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 15:59:37.17 ID:z0VsZxa30 本当に、衰弱している以外は大丈夫そうだ。夢見心地なのか、ハルヒのふわついた声に俺は安堵した。 ハルヒはゆっくりと瞼を押し上げて、黒曜石のような黒瞳でぼんやりと俺を見ている。 それが、次第に現実を認識し、現を映し始め――― ハルヒの顔が、はっきりと引き攣った。 恐怖に。 ハルヒ「いや……」 キョン「ハルヒ?」 ハルヒ「いや、いやあああああああああああああああああああああ」 ハルヒはがくがくと震え出し、蒼白になって俺から逃れようとするように後ずさる。 後頭部をドアの出っ張りにぶつけ、それでもクッションを蹴るようにして俺から、俺の視線から逃れようと――― 俺は唖然としていたし、同乗していた他の機関員たちもそうだったようだ。 キョン「おい、ハルヒ、落ち着け…!俺だよ、キョンだ!お前を傷つけた奴じゃない!」 必死に宥めようとしても無駄だった。ハルヒは何かに怯え、取り付く島もない。 240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 16:08:12.14 ID:z0VsZxa30 ハルヒ「だめ、だめぇええええ、なんで、なんであたしを見つけたの!なんで!!」 ハルヒ「ああ、あたし、あたしは、したくないのに、なのに……!」 ハルヒ「あああ、やだ、やだよぉ、キョン、キョン……!!」 ハルヒ「あたしから離れて、いなくなって、みんなあたしの視界に入らないところにいってよぉ!!」 ハルヒ「そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃあああああ」 ハルヒの声はヒステリックに裏返り、自分が何を叫んでるのかも多分理解しちゃいないのだろう、取り止めがなくなっていく。 前の座席に座っていた機関の医師が、鎮静剤入りなのか注射針らしきものを取り出してきて、 医師「これ以上興奮状態に置くのは危ない。押さえて」 俺に指示した。 キョン「でも……!」 医師「下手をしたらこのまま自傷行為に走るかもしれん。早く!」 244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 16:15:41.57 ID:z0VsZxa30 キョン(……すまん、ハルヒ!) 俺はハルヒの身体を押さえつけ、他の機関員も身を乗り出して、暴れるハルヒの両手を固定した。 医師は手早く注射針を打つ。さすがプロというべきか、鮮やかな手つきだった。 ハルヒはじたばたと手足を跳ねさせていたが、暫く経過すると、ようよう落ち着いたらしい。 俺が篭めていた力を緩め、ハルヒから退いた――その時だった。 ハルヒ「ねえ、キョン、私を見てね」 248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 16:24:44.01 ID:z0VsZxa30 ……俺はぞっとした。 それはさっきの狂ったような叫びからは一転した、甘ったるく、切なげに潤んだ声色だった。 どういうことだと問い返そうとしてハルヒに視線を返すが、ハルヒの声はそれっきり、寝息に変わっていた。 赤ん坊のように無垢な寝顔。 俺は口にしかけた声を飲み込む。 キョン(………どう、なってんだ……) ずるりと尻餅をついて、俺は頭を抱えた。 何が何だかわからない。 ただ、胸中にひしめく『悪い予感』――それだけが少しずつ、現実味を帯びていくようだった。 254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 16:47:00.43 ID:z0VsZxa30 ……… …… その後、ハルヒは機関の息のかかった病院に入院した。 暫くは点滴を打って療養し、体力の回復を図る意図だ。機関の監視下に置く意味もあるんだろうが。 ハルヒの御両親は連絡を受けてすぐに駆けつけ、病院で娘を抱きしめ号泣した。 警察沙汰になるのは止むを得ないが、そこは機関が手を回し、表向き誘拐事件という扱いになるようである。 俺といえば、不信感というか、違和感というか……そういったものが拭い去れず、落ち着かなかった。 ハルヒのあの怯えぶりは気になるが、『異世界人』に何か干渉された影響だろう。 身柄は無事に帰ってきたのだし、日を置けば何とかなるはずだと思う。思うのに、胸がざわついて仕方がない。 正直、再会してすぐに悲鳴を上げて暴れられるとは思ってもみなかったのもあり、思いの外ダメージがでかかったらしい。 軟弱なことだ。こんなことでどうする俺、と自分を叱咤する。 SOS団員が勢ぞろいしたところで、意識を回復したハルヒに面通りが叶い、俺たちは病室に足を踏み入れた。 身を清められ、今は黒髪にも櫛を通されて綺麗なストレートを取り戻している。 カチューシャはさすがに付けていなかったが。 ハルヒ「皆に心配かけちゃったわ。ごめんね」 明るい笑顔で、一番に言うハルヒ。 俺は正直拍子抜けしていた。 キョン(なんだ……いつものハルヒじゃないか) 257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 16:59:55.11 ID:z0VsZxa30 みくる「ふ、ふぇええ……ほ、本当に、しんぱいしたんですよ…!」 ハルヒ「うん。ごめんね、みくるちゃん」 泣く朝比奈さんをぎゅっと抱きしめるハルヒ。こうすると仲のいい姉妹のようだ。 長門「……わたしも、心配した」 前に出、そう言ってハルヒに抱擁をねだる長門。 ハルヒ「有希もごめんね。ありがと」 三人娘はそれぞれ肩を抱き合い、微笑みあう。 ……身構えていたのが馬鹿らしくなるくらい、機嫌がいいときのハルヒだ。 ハルヒ「あと――キョン。この前はいきなり叫んだりして悪かったわね」 ハルヒの急なご指名だ。 ハルヒ「頭がパニックになってたのよ。何が現実で何が夢かが分かんなくて……。だから、あんたを怖がってたわけじゃないのよ」 キョン「そ、そうか……。いや、気にしてないさ。怖い目にあったんだろ?それにお前が無事なら俺はそれで」 うろたえて阿呆みたいに臭い台詞を吐きそうになり、俺は慌てて自重する。 古泉が笑って耳打ちした。 古泉「涼宮さんがあなたを見て暴れた、と聞いていましたが……この分ですと、問題はなさそうですね」 266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 17:12:09.75 ID:z0VsZxa30 キョン「ああ……そうだ、な」 実を言えば引っ掛かりはあった。 「私を見てね」と囁いたハルヒのあの変化……。あれは一体なんだったのかと。 だがそれは、些少な問題に過ぎないと、このときの俺は思ったのだ。 放置しておけない『異世界人』のこともあるが、今は。 ハルヒが帰ってきて、またこの五人でのSOS団としての生活が始められる。 馬鹿をやってその度に後始末に奔走しなきゃならないものの、充実した学園生活、俺たちの一度きりの毎日。 それらを取り戻すことができたんだ。小難しいことに頭を悩ませるのを、少しは休止してもいいんじゃないか? 俺はそう思った。 ……そう思ったことが、恐らく俺の、最大級の失敗だった。 271 名前:ちょっと266訂正[] 投稿日:2009/02/17(火) 17:38:47.29 ID:z0VsZxa30 キョン「ああ……そうだ、な」 実を言えば引っ掛かりはあった。 「私を見てね」と囁いたハルヒのあの変化……。あれは一体なんだったのかと。 ハルヒ「キョン、どうしたのよ?」 キョン「ああ、いや。……何でもねえよ」 不思議そうに首を傾げるハルヒ。 キョン(……俺の気にし過ぎか) 俺は首を振り、胸のざわつきを振り払う。 あの時は俺も動転していたし、もしかしたら何かの聞き違いか幻聴ということもあるかもしれない。 いつも通りのハルヒが目前にいるのだ。あの一言くらい、些少な問題に過ぎないと、このときの俺は思い込もうとした。 放置しておけない『異世界人』のこともあるが、今は。 ハルヒが帰ってきて、またこの五人でのSOS団としての生活が始められる。 馬鹿をやってその度に後始末に奔走しなきゃならないものの、充実した学園生活、俺たちの一度きりの毎日。 それらを取り戻すことができたんだ。 小難しいことに頭を悩ませるのは休止して、また皆で集まったときに考えればいい……。 俺はそう思い、談笑に加わって、違和感から眼を逸らした。 ……その判断が、恐らく俺の、最大級の失敗だった。 273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 17:50:53.43 ID:z0VsZxa30 ……… …… ハルヒは数日の入院ですっかり回復し、退院した。 一日は家で静養し、明日から学校に復帰するらしい。 消息を絶っていた間のことは殆ど記憶にないというハルヒに、『異世界人』の手掛かりが手に入らなかった古泉は落胆していたが、その『異世界人』も俺への電話一回以降、音沙汰がない。 古泉「涼宮さんの記憶が曖昧なのも『異世界人』の仕業でしょうが……不可解なことがあるんです」 古泉「どうして『異世界人』は、涼宮さんの居場所をわざわざあなたに教えるような真似をしたんでしょう?」 俺にもてんでわからなかった。そう、ハルヒを隠したのが『異世界人』ならば、隠しておいて返還する意図が判らない。 『異世界人』の目的が、まるで見えて来ないのだ。まさか宣戦布告じゃあるまいし。 古泉「まだあります。長門さんの調査によると、各地に情報が操作された痕跡が残っていました」 キョン「情報……?」 古泉「移動の際に姿を隠すなどしているんでしょう。ですがそれは、長門さんたちのようなインターフェースによる例えばシェルターとは質が違っているそうです」 キョン「―――つまり『異世界人』にはハルヒのような力がある……そういうことか」 古泉「ご明察です」 276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 17:58:33.89 ID:z0VsZxa30 古泉は目聡い男だ。俺が思うところに行き当たったらしい。 古泉「………心当たりが、あるのですね?」 キョン「………」 古泉「あなたと『異世界人』が接触したのは電話で、一度きり。声色はボイスチェンジャーで変えられていた」 キョン「ああ」 古泉「喋り方は強気な女性のようだった」 キョン「……ああ」 古泉「『異世界』の神。……涼宮さん、ですか」 キョン「………わからん。こればっかりはな」 キョン「もしそうだとして……お前、どうする?」 古泉は愚問だというように、微笑んだ。 古泉「僕の神はこの世界の涼宮さんただ一人ですよ」 281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:19:38.39 ID:z0VsZxa30 文芸部室では、朝比奈さんが一人で働いていた。 みくる「明日には涼宮さんも復帰ですねぇ」 キョン「ええ。ハルヒのやつ、病院でも元気有り余ってましたからね。明日が大変ですよ」 みくる「涼宮さんは元気が一番ですよぉ。ほんとに、よかったです」 部屋の掃除を終え、茶器を熱心に磨いている朝比奈さんは、ハルヒが来たら真っ先に特製のお茶をプレゼントするのだと張り切っていた。 わざわざクリーニングに出してきたメイド服で「心機一転です」と微笑むお姿もいじらしい。 みくる「あたし、結局今回も役に立てなかったから……このくらいはしたいんです」 天使の憂鬱。何もできなかったのは俺も同じですよ、朝比奈さん。 だがそんな言葉で慰めたところで、朝比奈さんの想いが軽くなったりはしないだろう。 キョン「朝比奈さんは、ここにいてくれるだけで皆助かってますよ。朝比奈さんがいるのといないのとじゃ、部屋の空気が大違いです」 みくる「キョンくん…。ふふ、ありがとう」 朝比奈さんからお茶を頂いて、俺は息をついた。 久しぶりに味わった気がするな。 282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:23:17.83 ID:z0VsZxa30 中川が辞任…だと… 285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:40:50.40 ID:z0VsZxa30 キョン「……そういえば、長門は?朝比奈さん聞いてますか?」 茶を啜りながら、窓際を見る。長門の指定席は、今日は空のままだ。 みくる「調べたいことがあるって言ってましたよ。だから、今日ははやめに帰るって」 キョン「そうなんですか」 『異世界人』絡みのことで、何か分かったのだろうか。 古泉の話によると、長門は情報操作があったという地点を丁寧に調べて回っていたらしい。 キョン(まあ、明日はハルヒ復帰の日だし、長門も休みはしないだろ) キョン(詳しいことは明日聞けばいいか……) キョン「朝比奈さん、もう一杯貰えませんか」 みくる「はい、わかりましたぁ」 287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 18:52:29.34 ID:z0VsZxa30 ……… …… 長門「………そう」 長門「『異世界人』は、あなた」 ??「………」 長門「涼宮ハルヒをあんなふうにしたのは、何故」 ??「壊そうと思ってさ。この世界も、涼宮ハルヒっていう無邪気な悪魔も」 長門「……理解できない」 ??「お前にはそうだろうなぁ。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース」 ??「……欲しかったよ。こんな便利な人形」 長門「……この世界から手を引かないならば、あなたを敵性と判定する」 ??「最初から許す気なんてないんだろう?なら、かかって来いよ」 ??「それに、悪いけどな。もう遅いんだよ。もう『完了』してる――」 291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:16:15.96 ID:z0VsZxa30 ……… …… 文芸部室のドアが、何かに押されるように重々しく開いた。 ギィギィと軋む音を立て、立て付けの余りよろしくないそれが開いて、廊下の窓から吹き込んだ風が部室内にまで流れてくる。 俺は朝比奈さんに淹れてもらった二杯目の茶を啜っているところだった。 朝比奈さんは俺と対面の位置に座り、お茶菓子を取り出していたところで…… キョン「……古泉?」 風に、髪がふわりと舞う。 さっき別れたばかりの古泉だった。機関と連絡を取るとかで、一旦校舎外に出ると言っていたんじゃなかったか。 ドアにだらりと凭れ掛かるように立つ古泉は、らしくなく制服が乱れていた。タイが曲がっている。それに、胸周りが赤く汚れて…… 覚束ない足取りで一歩を踏み出し、古泉の眼が俺を射抜く。 古泉「に、げて」 ごぽり、という音がした。 口から溢れて顎を伝う、緋色。 古泉「にげて、ください―――!」 296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:30:39.69 ID:z0VsZxa30 悲鳴が上がった。 朝比奈さんの、俺の?どちらのものだったか今はもうわからない。 古泉の瞳は生気をなくしていた。 ――命を振り絞って叫んだ警告のとき既に、限界だったのだろう。 古泉の身体は力を失い、ドアの行く手を横断するように足元から崩れ落ち―― うつ伏せに、動かなくなった。 キョン「あ………」 ……床に、古泉の胸から腹部にかけてを中心に血溜まりが出来ていく。 そこで気付いた。背から貫通している、一本の包丁――― みくる「こいずみ、くん……?」 ふらふらと、朝比奈さんが古泉に近寄っていく。 俺は、目の前の光景に頭がついていかず、凍りついたままだった。 そう、俺も、朝比奈さんも、このときすぐに逃げるべきだったのだ。 古泉の命懸けの叫びに事態を察して、倒れ伏す古泉を見捨ててでも、走り出すべきだったのだ。 304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:52:41.26 ID:z0VsZxa30 走り出せなかった代償。 ざしゅりと、続けざまに響いた嫌な音が、それだった。 みくる「……はぇ……?」 古泉を抱き起こそうとしていた朝比奈さんが、前のめりに、古泉に重なるように倒れる。 糸を切られたマリオネットを、俺は連想した。 ごとりと床に接吻るようになった朝比奈さんの頭部、その首筋から血が噴き出て、メイド服を赤く染色する。 赤、赤、赤。 視界が赤に染まっていく。 二本目のナイフを投擲した、そいつは、ドアの陰からひょこりと姿を現した。 トレードマークのカチューシャをつけて。 ハルヒ「ごめんね、みくるちゃん。ごめんね、古泉くん」 ハルヒ「でも――そうしなきゃ、キョンが私を見てくれないの」 涼宮ハルヒが進み出て、俺に泣きそうな顔で微笑みかけた。 307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 19:55:46.64 ID:z0VsZxa30 ごめんなさい、夕飯なので一旦止まります 322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:29:17.18 ID:z0VsZxa30 キョン「…………」 キョン「……ハル、ヒ……?」 何だこれは? 俺は、何を、目の前にしてるんだ? 折り重なった古泉と朝比奈さんの死体。 血に沈んだ文芸部室。 古泉を刺したときについたのだろう、手や腕をべったりと血に濡らしたハルヒ。 ハルヒ「ねえ、これで私を見てくれるのよね」 ハルヒ「ちゃんと、私、キョンの言うとおりにやったもの」 ハルヒ「これでキョンは私だけを見てくれるでしょ?私を置いていったりしないでしょ?」 325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:42:18.97 ID:flTB/z7c0 キョン(何を―――言ってるんだ?) 俺は首を振り、ずるずるとハルヒから後退する。 おかしい。こんなもの。現実じゃない。現実じゃないはずだ。 だって、何故、ハルヒが、あのハルヒが、俺たちのハルヒが、古泉や朝比奈さんを、こんな…… ハルヒ「ねえ、どうして逃げるのよ!キョンが言ったんじゃない!」 ハルヒ「キョンが言うから――私、私、キョンしかいないと思ったから、だから……!」 ハルヒは泣き出した。くしゃりと顔を歪め、悲痛に叫ぶ。俺が悪いと言わんばかりに。 キョン(何を、言ってるんだ) キョン(俺が、ハルヒにこんなことを望んだ、だって……?) 噎せ返るような血の匂いに吐き気がした。 俺は口に手を当て、ハルヒと、もう動かぬ二人とを見比べる。 327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:48:43.92 ID:flTB/z7c0 ハルヒ『ダメ、そんなこと考えちゃダメ。あたし……』 ハルヒ『私を見てほしい』 ハルヒ『違うの!違う!あたしはそんなことしてまでキョンに見てもらいたくなんかない!』 ハルヒ『でも、××なきゃ、キョンはあたしを見てくれないって』 ハルヒ『馬鹿、そんなわけないじゃない。キョンがそんなこと言うわけないの!』 ハルヒ『だって、だって……キョン……』 ハルヒ『助けて』 ハルヒ『私を見て』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『キョン………』 ハルヒ『怖いよ、キョン』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『私を見て』 ハルヒ『あたしを見つけないで』 ハルヒ『私を置いていかないで……』 331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 20:52:47.71 ID:flTB/z7c0 ハルヒ『だめ、だめぇええええ、なんで、なんであたしを見つけたの!なんで!!』 ハルヒ『ああ、あたし、あたしは、したくないのに、なのに……!』 ハルヒ『あああ、やだ、やだよぉ、キョン、キョン……!!』 ハルヒ『あたしから離れて、いなくなって、みんなあたしの視界に入らないところにいってよぉ!!』 ハルヒ『そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃあああああ』 341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:04:57.72 ID:flTB/z7c0 ハルヒ『――そうじゃなきゃ、殺しちゃう!』 ハルヒ『みんなを殺しちゃう……』 ハルヒ『あたしは殺したくない、あたしは殺したくないのに――!!』 ……思い出した。 ハルヒの夢と、救いを求める叫び声。 キョン(あれは……ハルヒの、葛藤) キョン(だったら) キョン(『異世界人』は――) 346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:16:57.68 ID:flTB/z7c0 ……… …… 長門「………」 ??「なあ、歯向かっても無駄なことくらい分かるだろう?」 長門「……黙って」 ??「さっきからお前の攻撃は俺に掠りもしてないぜ」 長門「………」 ??「まあ仕方ないか。俺に傷つけるのは、違うって分かってても辛いんだろうな。俺とそこの奴はある種同位体だし」 長門「……あなたは『彼』とは違う。発言の撤回を要求する」 ??「ふーん。……『してない方が可愛いと思うぞ。俺には眼鏡属性ないし』」 長門「――っ!」 ??「随分な口説き文句だな」 長門「なぜ」 ??「記憶くらい読めるさ。長門、お前はわかりやすいな」 352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:27:52.37 ID:flTB/z7c0 ??「涼宮ハルヒはもっと分かり易かった。ここの俺も幸せだな、あんなに愛されて」 長門「……何をしたの」 ??「簡単さ。俺があの女に愛想尽かして離れてくビジョンと、それが仲間のせいってビジョンを繰り返し夢で見せた」 ??「ついでにそれであの女が仲間を殺してく夢も見せた。俺に強姦される夢も見せた」 ??「涼宮ハルヒは俺に執着すると同時に俺を怖れる。涼宮ハルヒは『優しい俺』以外の人間を遮断する」 ??「これが第一段階」 長門「………」 ??「第二段階はさっきの夢を、そうだな、一万回くらい繰り返し頭に流す。次第に涼宮ハルヒは精神を病んでくる」 ??「で、俺は涼宮ハルヒにとびきり優しく囁いてやる」 ??「『古泉や朝比奈さんや長門がいなくなったら、俺、ずっとお前の傍にいられる』」 361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:36:48.68 ID:flTB/z7c0 ??「涼宮ハルヒは殺人要請を吹き込む俺のことも最初は怖がって、誰からも姿を消そうとする」 ??「涙ぐましい努力だったよ。『あたしを見つけないで』。助けて欲しいくせにな」 ??「だが能力でいえば俺もあの女も同じだ。俺は離れてやらなかった。繰り返し同じ台詞を囁き続けた」 ??「それで、最後には仲間を殺して恋人を手に入れたがる殺人鬼の一丁あがりってわけだ」 長門「……下衆」 長門「あなたにこの世で息を吸う資格はない」 ??「いいなぁ、その怒りっぷり」 ??「だが、俺にだって言い分はあるんだぜ?」 ??「涼宮ハルヒが存在しなけりゃ、俺はこんな世界に首を突っ込みに来たりしなかったさ」 ??「だけど涼宮ハルヒは生きてやがる。殺しても殺しても、別の世界ではのうのうと生きてやがる!」 363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:45:10.44 ID:flTB/z7c0 ??「だから、だ。俺は決めたんだ」 ??「どの世界の涼宮ハルヒも殺す。惨たらしく苦しめて狂わせて殺す。最大級の罪を犯させて殺す」 ??「世に存在するあらゆる涼宮ハルヒの息の根を止めて、どの時空、どの次元の涼宮ハルヒも抹殺する」 ??「そうすれば俺は枕を高くして眠れるからな」 長門「…………」 長門「あなたは狂っている」 長門「あなたの世界の涼宮ハルヒがどんな存在であったのか、わたしの認知にはないが」 長門「別世界である時点で、それは別人。……あなたが殺してきた全ての涼宮ハルヒは、あなたの憎悪とは無関係の人間」 長門「あなたが、『彼』とは全く別であるように」 長門「この世界の進化の可能性が涼宮ハルヒであり、あなたの世界での進化の可能性があなたであったように」 371 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 21:57:52.65 ID:flTB/z7c0 ??「……人間モドキのお説教聞いても、有り難味はちっともないな」 ??「もっと他に、喋りたいことはないのか?遺言くらいは聞いてやるぜ」 長門「――あなたには、話すだけ時の浪費」 ??「……はは、そうだな。よく分かってるじゃないか」 ??「今頃、お前のお友達は涼宮ハルヒに殺されてるだろう。時間稼ぎはもういいな」 ??「―――大人しく死ね、長門有希」 長門「………!」 長門(わたしは、死ねない……) 長門(死なない…!) 383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:13:20.12 ID:flTB/z7c0 ……… …… キョン「ハルヒ」 後ろに踏み出しそうになる足を、床に縫い付ける思いで、踏ん張った。 がちがちと歯の根が鳴る。 血まみれのハルヒの眼が見開かれる。 ハルヒ「キョン―――」 キョン「……悪、かった。俺が、悪かった」 正直言うと怖かった。俺は、目の前のハルヒが恐ろしかった。二人の人間を殺して見せたハルヒが。 だが、ハルヒは――こうやって本当に刃を古泉に、朝比奈さんに向けるまでに、きっと死に物狂いで葛藤したのだ。 あの車内での絶叫が、俺を全身で拒否した形相がそれを伝えている。 ハルヒにこんな真似をさせたのは、『異世界人』。 そして、俺を怯えた眼で見ていたハルヒ。俺がやれと言ったのだと、不整合なことを叫ぶハルヒ。 ………答えは見えていた。 畜生、あの電話はブラフだったってことか。 『異世界人』が別世界のハルヒと疑惑を持たせるための。何にせよ、俺たちは嵌められたのだ。 392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:26:06.20 ID:flTB/z7c0 だが、それをハルヒに伝えてどうなるだろう? 俺がやれと言ったと思い込んでいるハルヒに、それは俺じゃなかったのだと告げたら? 俺じゃない奴の命令で、ハルヒにとっても大切なはずの二人の命を、奪ってしまったのだと自覚したら。 ハルヒは――今度こそ、壊れてしまう。取り返しがつかなくなってしまう。 そんな気がした。 キョン「俺のせいで、ごめんな、ハルヒ」 ハルヒ「……キョン、キョン……!ぁああ、わた、わたし……!」 駆け寄ってきたハルヒを、抱き締める。その血塗れの身体ごと。 ハルヒ「私、私を見ててくれる、見ててくれるわよね?キョン?」 キョン「ああ、見てる。ずっと見てるから、大丈夫だ。……ハルヒ」 俺の脳裏に古泉の胡散臭い笑みが浮かび、朝比奈さんの柔らかな微笑が浮かんだ。 ハルヒが退院して今回の件に決着がついたら、また涼宮さんが楽しんでくださるような企画を捻出したいですねと、俺にプランを持ちかけてきた古泉。 明日になったら涼宮さんに飲んでもらいたいからと、お茶の前準備に余念がなかった朝比奈さん。 俺はハルヒを抱き締め、そのハルヒからは見えないように、歯を食い縛って、泣いた。 397 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:37:29.93 ID:flTB/z7c0 キョン(これだけの惨状に人が来ないのは、ハルヒの力か……?) キョン(どうでもいいか) ハルヒ「……キョン。私、これからどうしたらいいかしら」 キョン「……ん?」 ハルヒ「私、みくるちゃんと古泉くんを殺しちゃった」 ハルヒ「これってきっと、死刑モノよね」 キョン「……そうだな。自首、するか?」 キョン「自首すれば死刑にはならなくて済むだろ」 キョン「俺も一緒にいくよ。一緒に刑を受ける」 ハルヒ「……」 キョン「ずっと見てるって言った事に嘘はない」 キョン「信じろ、ハルヒ」 ハルヒ「……うん。わかった。キョンがそう言うなら、信じるわ」 407 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:54:30.09 ID:flTB/z7c0 ハルヒには罪悪感を感じる心も、既に抜け落ちてしまっているらしい。 茫洋と俺の言葉に従うだけの、人形のようになっていた。 キョン(約束は、護るさ。だから――) 俺はハルヒを立たせて、隅に下がらせた。 古泉と朝比奈さんの眼を閉じ、腕を組ませて。未使用のテーブルクロスを棚から引っ張り出し、上から覆うようにかぶせる。 キョン(今はこれくらいしか出来なくて、すみません、朝比奈さん) キョン(……また後で会おうぜ、古泉) 暫く祈った後、俺は立ち上がった。 キョン「ハルヒ。警察に行く前に、寄りたいところがあるんだ」 ハルヒ「……何処?」 キョン「ちょっと遠出になるかもしれん。出来れば、此処で待っててくれると助かるんだが」 410 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:58:10.03 ID:flTB/z7c0 まずい、>>1に繋がらなくなってきた 416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 23:02:04.75 ID:flTB/z7c0 すみません 1の設定と少し噛みあわなくなってるのでズレるかもしれないです 後>>1さんすみません、長引きすぎて…… 今から明け方までに完結だけはさせたいので、もう少しお待ちください 420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 23:05:25.55 ID:flTB/z7c0 ハルヒ「キョンが行くなら、私も同じところに行くわ」 キョン「いや、ハルヒに来てもらう訳にはいかないんだ。……男の事情ってやつなんでな」 ハルヒ「………」 ハルヒ「本当の、本当に、戻ってくるのよね?私、キョンが見ててくれなきゃ、私……」 キョン「大丈夫だ、絶対帰ってくる。約束する」 キョン「だから――そうだな、そのためにハルヒに、祈って欲しい」 ハルヒ「………いのる?」 キョン「そうだ。ハルヒの祈りは……俺たちにとっちゃ、それだけで百人力だからな」 433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 23:12:26.15 ID:flTB/z7c0 あと受験生は勉強して下さい本当に お願いします土下座します 多分落ちても読む方法は色々あるので 優先事項を間違えちゃいけない 464 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/17(火) 23:45:43.83 ID:flTB/z7c0 ……… …… ??「メリーさんのひつじ、メェメェひっつじィ」 長門「………」 ??「メリーさんのひつじ、まっしろねぇー」 長門「………」 ??「しぶといなあ、長門。こんだけ刺されてるのに……耳も落とすか?」 ??「痛覚遮断できるんだっけ、お前ら。人間じゃないから」 ??「だけど今は痛いだろう?俺がそういう風に細工したからな」 長門「………」 ??「親玉に協力求めても無駄だって言ってるじゃねえか」 長門「っ―――」 ??「お前を下手に助けるようなことしたら俺が消してやるって最初に脅しかけたからな」 ??「自覚した神への扱いは、もっと丁重にした方がいいな」 ??「それにしても無表情でつまらん。苦痛に顔を歪めるとか、哀願するとかしてくれよ」 473 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 00:00:37.12 ID:IDHpbNzy0 長門(……まだ、時間が足りない) 長門(この男を野放しにはできない。チャンスを待つ?) 長門(だが、このままでは、身体の方が持たずに崩壊する――) 長門(今……使うしかない) ??「……なあ、長門。ここの俺はいいよな」 ??「涼宮ハルヒ――あいつは論外だけどさ。可愛らしい上級生に、お前みたいな従順な女子もいて、割合話せる親友もいて」 ??「和気藹々とした家族に恵まれて、何も悩まずに……この世の醜さなんて何も知らずに幸せいっぱいだ」 ??「それでいて、………こんなところに、わざわざやって来るような向う見ずだ」 長門「………!!」 486 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 00:16:39.51 ID:IDHpbNzy0 気付いてやがったのか。 隙を見せはしないかと機会を窺っていたのだが、一筋縄でいかない相手なのは分かり切っていたことだ。 俺ははっ、と息を吐いた。バレてるんなら――ここで、腹を括るまでだ。 ??「ようこそ、正義の味方面した『俺』」 茂みから這い出た俺に、そいつは侮蔑を固形にして再現してみました、というような冷ややかな笑みを浮かべた。 骨の髄まで悪役気質なんだろう、顔つきに性根が滲み出ている。 キョン「………お前と一緒の顔だなんて、虫唾が走るな」 ??「そう言うなよ、お前も俺なんだからさ」 変に馴れ馴れしい口調。顔と背格好がそっくりなだけで性格は別物だな。 これが俺とはとても思えん。 キョン「ふざけろ。長門から退け、この腐れ野郎が」 ??「手厳しい物言いだな。キョン同士仲良くしようぜ」 491 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 00:23:28.53 ID:IDHpbNzy0 キョン「――お前の世界でも、お前は『キョン』なのか?」 ??「ああ。くだらないあだ名をつけられると困るよな」 キョン「そうかい。じゃあ……」 俺は家庭調理室からそのまま拝借してきた包丁を構えた。 キョン「俺は今から、キョンを止めてジョン・スミスだ」 涼宮ハルヒが居るから成立する、俺だけの二つ名。 お前には分からないだろう? 俺と全く同じ顔の『異世界人』は、俺の台詞に盛大に吹き出した。 本気で馬鹿にした笑いなのが腹立たしいな、こいつ。 ??「ジョン・スミス?ギャグセンス抜群だな。そのジョン・スミスは何しに来たんだ?」 戦慄してるんだろうが、今の俺の心境から行くと、恐怖を通り越して武者震いが正しい。 俺は笑った。 ジョン「―――キョン。お前を、殺しに来たんだよ」 503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 00:44:05.40 ID:IDHpbNzy0 そいつは――キョンは、俺の啖呵を低質なジョークと受け取ったらしい。 俺を鼻で笑った。 キョン「……やれやれ。俺を殺しに、ねえ」 キョン「そいつはちょっと、見込みが甘いんじゃねえか、ジョン・スミスさんよ」 キョンは全く余裕のポーズを崩さない。まあ、向こうにしてみれば当然だろう。 相手は別世界の「俺」のくせに、どうやら神に等しき異能の力を持つ男。 対しての俺といえば、特殊能力もなく格闘技が得意技というわけでもない、一般人に過ぎないのだ。 テントウムシがチーターに挑むくらいの、初めから勝負の見え透いた試合である。 ジョン(……分かってるさ。無謀は初めから承知の上だった) だが俺は、こいつだけは許せない。 ハルヒを騙し、傷つけ、結果的に古泉や朝比奈さんを死に追いやった。 そして今、俺の目の前で長門をいたぶり殺そうとしているこいつだけは、何があっても許せない。 ジョン「やってみなきゃ分からないっていうだろ?……勝負しようぜ、キョン」 ジョン「怖気づいちゃいないだろ?ただの人間相手にさ」 516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 01:01:08.18 ID:IDHpbNzy0 ぴくり。 俺の挑発に、キョンの表情が初めて、喜色以外の方向に動いた。 キョン「……そこまで言うんなら、乗ってやるよ。折角の『俺』とのよしみだしな」 ジョン「へえ?太っ腹なことだな。今すぐ俺を殺しといた方が身のためかもしれないぜ」 キョン「このままじゃあんまりお前に不公平でつまらんからな。特別サービスってやつだよ」 キョン「俺からは手出ししないで置いてやるから、今から一回だけ、俺の好きなところを刺していいってことにする。で、俺がお前の一撃で死ななかったらジョン、お前の負けだ。俺はお前をバラバラに吹っ飛ばして殺す」 キョン「どうだ、随分な譲歩だろ?本当なら今すぐお前を殺すことも俺にはできるんだ」 長門「………」 まあ随分と、ペラペラと喋るもんだな。 それは恐らくさっきの俺の挑発への、苛立ちの裏返し。余裕を保ち己が優位だってことを知らしめたいがための言動だ。 ジョン「オーケー、それでいい」 何にせよ、恵んで貰ったもんは活かさないとな。 チャンスは一回。 十分だ。 531 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 01:18:59.46 ID:IDHpbNzy0 俺は包丁にキスをした。 あんまり色気がない験担ぎだが、頼むぜ。 キョンが、綽綽と手を広げて、俺の胸に飛び込んで来いと言わんばかり、顔はニヤニヤ笑っている。 俺は柄を固く握り、意識を研ぎ澄ませた。 これが最初で最後。 古泉。 朝比奈さん。 ジョン(――俺に力を貸してくれ) 542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 01:33:54.81 ID:IDHpbNzy0 ジョン「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」 包丁を胸元に構え、キョンの心臓部めがけて突き進む。 世界が止まって見えた。キョンの下敷きにされている長門の顔、俺と同じだが醜悪な面構えをした男の顔、俺が走る間に切っていく草木と、風の遮り。すべてが。 俺は男の中心部を狙って飛び込み、刃の切っ先を――怒りに塗れた思いの丈を殴りつけるように、左胸へめがけ―― 突き立てる寸前だった。 キョンが笑みを深めるのが見えた。 「そこは効かない」と自慢したがりの子供のような笑み、俺が狙うだろうことを予測して、先回りして保護しているだろう場所 ――を、俺は通り過ぎ。 キョンの余裕が、悲鳴に変わった。 キョン「がっあああああああああああ!!!!???」 ジョン「そんな素直なところ狙うかよ、馬鹿」 556 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 01:45:03.29 ID:IDHpbNzy0 左胸を避けて。 突き立てたのは、下半身――「男の急所」。 ズボンから血がどくどくと溢れ出し、叢と下衣を濡らして、スプラッタ映画なみの光景を作っていた。 キョンはもんどりうち、痛みに喘ぎ、憎悪に滾った眼で俺を見る。 ああ、これは痛い。思わず自分のを抑えそうになった。 キョン「殺してやる……殺してやるからなァアアアア!!」 叫びが熱に変わり、ぐん!と衝撃波が飛んでくる。……やっぱりここで、相手が戦意喪失ってシナリオには無理があったか。 鋭い風が切りつけるように此方を渡るのがわかる。まともに食らったら、ヤバい。 俺がその場を飛び退ったのと同時に、立っていた場所の土が次々と抉れていく。 キョンの、怒りの余りペンチまで捻じ切りそうな怨嗟が、力となってこちらに襲い掛かってくる。 ジョン(ヤバい……!) 多分ぶつかったら全身バラバラで今繰り広げられている以上の惨事だが、逃げ場がない。 俺は咄嗟に、耐えられる気はしないが、衝撃に身構えようと眼を瞑り―― 570 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:05:25.82 ID:IDHpbNzy0 長門「――防護シールド展開」 白い光が周囲を包み込んで、キョンの攻撃破の尽くが、一瞬にして消滅した。 ジョン「長門……!」 さっきまでキョンの足元に伏せていた長門が、奴の負傷の隙をついて、こちらに回ってきてくれたらしい。 ジョン「すまん、助かった」 長門「いい。……離れていて」 いつもの調子で、そう静かに告げた長門の全身が、ダイオードのように青く青く光り輝き出す。 眩し過ぎて眼を開けてられない。 長門「エネルギー充填完了。ジェノサイドモードに移行」 長門「………あなたを護るのが、わたしの仕事」 光を放ちながら、長門の唇が笑みを形作ったように見えたが、相当な光量だったから見間違いかもしれん。 ――その姿は、俺の前で一変した。 螺子の先のみを巨大化させたような、鉄製の円錐上の物体。 さながらドリルの先端が、凄まじい勢いで回転を始め―― 草原に身動きが取れなくなっていたキョンの、今度こそ胸部を、貫いた。 581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:18:01.49 ID:IDHpbNzy0 キョン「がっ…………!!」 貫かれた拍子に、キョンの口内から血が飛び散り、飛沫が顔を汚した。 キョンを刺し貫いた長門の変化バージョン――鉄ポールみたいなそれは、徐々に細くなっていく先端すら掌大くらいの大きさがある。 それだけのものが腹部から背までを貫通しているのだ。普通に考えて助かるわけがない。 キョンは暫し痙攣していたが、瞠目したその眼に黒々とした怨嗟を渦巻かせている。……まだ、生きているのだ。 鉄ポール状態であった長門はずぷりとキョンの胴体から抜け出ると、しゅるしゅると湯気を立てながら色を失っていく。 なるほど、ジェノサイドモードっていうのは長時間は使用できないのか。 それで使う機会を待っていたのだろう。効率よく敵を掃討できるように。 ……俺は長門がジェノサイドモードを解き、元の長門の姿に戻るのだ、と思った。 だが、鉄ポールは銀色から白色へと光沢を失い……ぼろぼろと、砂のように崩れ始めた。 593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:34:13.28 ID:IDHpbNzy0 ジョン「……なが、と?」 白部分が崩れていく分だけ、形は歪になり、長門は小さく滅びていく。 鉄ポールから、くぐもった声が放たれた。 それは元来の長門の綺麗な声とは程遠いもので…だが、しかし、俺のいつも頼りにしてきた長門の声だった。 長門『……ジェノサイドモードは最終手段。己の全エネルギーを消費し、構造を変換して対象を破壊するための機能』 ジョン「……!」 俺は言葉を失った。 それはつまり、長門は今の行動選択で、全生命エネルギーを使い果たしたということだ。 ……俺を護るために。 キョンを、討ち果たすために。 長門『……わたしは元々、消耗していた。何もせずとも長くは保たなかった』 ジョン「長門……」 長門『後のことは、あなたに任せる』 599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 02:47:42.75 ID:IDHpbNzy0 長門、すまない。 ……すまない。 何を言えばいい。何を言えば、俺は―― 長門『言葉はいらない』 俺の悔恨を見取って、慰めるように長門が言った。 そのときの長門はもう、野球ボールくらいの大きさにまで小さくなっていた。 俺はその白い塊を掌に掬い取るようにする。 落ちていく白い砂は、止められないけれど。 長門『あなた達と過ごした日々に、十分過ぎるほど受け取った』 柔らかな声。ああ、……そうか。 長門『―――ありがとう』 俺は砂と化した「長門だったもの」を掻き集め、角砂糖ほどになった後散り散りになった粉を、なくさないように握り締めた。 ジョン「――ありがとう、長門」 ありがとう。 ……今まで、本当に、ありがとう。 603 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:01:36.88 ID:IDHpbNzy0 長門が最期、微笑んだ。 ……俺には、そう見えた。 俺は白い砂を手で集め、ポケットに詰められるだけ詰め込んで、残りはその場に山なりに積み上げた。 風に飛ばされないように手頃な石を重石代わりに置いてから、ようやく埃を払い立ち上がる。 然るべき場所に埋葬するために後程取りに戻る気ではいるが、今は他にやることがある。 ジョン「……後始末、しないとな」 振り返った数歩先。キョンは未だ、草を背に仰向けになり、ヒューヒューと口からか細く息を吐いていた。 眼は死んでいない。 腹部に大きな穴を穿たれ、下半身は包丁が突き刺さった姿で、まだ、男は生き延びていた。 611 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:14:19.82 ID:IDHpbNzy0 ジョン「……よお、どんな気分だ?虫けらみたいに扱ってた奴等にお灸を据えられたときってのは」 キョン「……」 俺は男を、既に俺の中の感情もハルヒと同じく麻痺してしまったらしい――憎しみも怒りもない、ただ静かな思いで見下ろした。 絶対的に死に行くものを前にすると、こんな気分になるのか。……さっきまで、立場は逆だったんだがな。 キョンは常識的に考えて即死レベルの負傷だ。これで生きているということ自体信じ難いことである。 俺はキョンが、俺に何を吐き掛けてくるかを待った。 嫌味か罵詈雑言か、恨みの声か――俺が予想したのはそんなところだが、キョンはそれらを裏切ることにしたらしい。 キョン「くっ。くっくっく……はっはっはっは!!」 ―――前触れもなく、キョンはいきなり肩を震わせ、笑い出した。 俺を嘲笑するために、計算づくで持ち出された笑い方だった。 618 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:28:10.85 ID:IDHpbNzy0 ジョン「……何がおかしいんだ?」 キョン「おかしいさ!これがおかしくない奴がいたら、……そいつは、異常だぜ……ククッ」 ジョン「………?」 こんな状況に在りながら、腹を抱えて笑い出す――はっきり言って不気味以外の何物でもない。 俺の訝しげな目線をさも心地いいもののように受け取りながら、 キョン「――知らないようだから、教えてやるよ」 キョンは己が勝者だと確信した声で、俺に囁いた。 キョン「お前に俺は殺せない。情報統合思念体とやらにも、その他のどんなものにも俺は絶対に殺されない」 キョン「なぜか?――俺が神的能力を保持する人間であり、この力は、他のあらゆるに優越するからさ」 キョン「生殺与奪権はすべて俺にあり、俺の許可のない『俺の死』は叶えられない」 キョン「今は予想外に負傷しちまったから、こんな体勢に甘んじてるが……少し待って力が回復すれば、俺は身体を治癒できる」 キョン「お前たちに止めはさせない。あの人間モドキも、とんだ無駄死にってわけだ。ああ、お前の寿命をほんの数十分ほど伸ばすのには成功したけどな」 626 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:43:57.05 ID:IDHpbNzy0 ジョン「……そうかい」 そんな身体でよく口が回るもんだ。自慢したさに喋るのもいいが、今一瞬を大事に生きろよ、少年。 ……キョンはそこで勝利に酔いしれていた顔を強張らせ、理解の及ばないものを見る眼を、俺に対して向けた。 話を一通り聞いたのにも関わらず、俺の顔色も態度も全く変わらないのを、さすがに怪訝に思ったらしい。 キョン「ジョン・スミス、お前、頭が悪いのか?俺が言ったことが分かったなら――」 ジョン「なあ、知らないみたいだから、俺も特別に教えてやるよ」 俺はキョンの股間に刺さっていた包丁を一思いに引き抜いた。血が更に溢れ出し、キョンが痛みに引き攣った声を上げたが、知ったこっちゃない。 ジョン「この世界にも神的能力を持ってる人間ていうのがいる。そいつはまあ、俺じゃないんだけどな」 キョン「何を言ってるんだ?そんなこと、俺だって……」 はっと、何かに感づいたらしい男の顔が青褪めていく。 ジョン「俺は、そいつから……此処に来る前に、祝福を受けてきた」 ジョン「俺の、生涯一度の告白と一緒にな」 632 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 03:50:27.95 ID:IDHpbNzy0 ハルヒ『………いのる?』 キョン『そうだ。ハルヒの祈りは……俺たちにとっちゃ、それだけで百人力だからな』 ハルヒ『……わかったわ。生きて私のところにキョンが帰ってくるように、キョンを阻む敵なら蹴散らして戻って来れる様に』 キョン『いいや。――キョンに、じゃない』 ハルヒ『……え?』 キョン『ジョン・スミスに』 642 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 04:14:51.10 ID:IDHpbNzy0 キョン「あ……ああ…あああ……!」 ジョン「だから今の俺は――神的能力を持つハルヒの承認によって、『俺を阻む者を蹴散らす』権利を得てるってわけだ」 俺の言葉を理解したキョンは、すっかり色を失っていた。 俺はそれを笑う気力もない。ただ、義務のように分からず屋の男に解説するだけだ。 引き抜いた血濡れた包丁を再度、固く握り締め、強く思った。 これで終わらせよう、……みんな。 ジョン「そして、この世界は元々ハルヒの世界――ってことは、だ」 ジョン「元々異世界のお前の神的能力と、ハルヒの力……どちらが生殺与奪権を鑑みて、優先されるだろうな?」 キョン「う、……うう」 ジョン「試してみようぜ、キョン」 キョン「ううう、俺、俺、俺は、俺はあああああああ…!!!」 645 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 04:19:25.97 ID:IDHpbNzy0 感慨は沸かない。俺と同じ顔の人間の、苦悶の声を聞いても、何一つ心揺さぶられはしなかった。 俺も大概壊れちまったかな、と思ったが――まあ、仕方ない。 俺がお前の世界に生きていたら、俺もお前みたいになってたんだろうかね。 ……どうかな。 そんなことを思いながら、俺はまったく無感情に、包丁を男の首筋へと振り下ろした。 650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/18(水) 04:26:25.93 ID:IDHpbNzy0 ちょっとあと30分ほどで親が起きてくるんですが さすがに徹夜でやっていたことがバレると危険なので 親が起床して出掛けていくまで携帯で 出掛けていってからPCで再開しようかと思います >>1さんのこともあるので午前中には終了させます… 667 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 04:52:23.40 ID:178I2pdgO ……… …… ハルヒ「……おかえり、キョ……ジョン」 ジョン「ああ。……ただいま、ハルヒ」 ハルヒ「無事に、ジョンの用事は終わったの?」 ジョン「まだ、な。弔ってやりたい奴がいるから、全部が終わったって訳じゃないが」 ジョン「一番やりたかった……しなきゃいけなかったことは、済んだよ」 ジョン「ハルヒのお祈りが効いたんだな」 ハルヒ「………そう。そっか」 ハルヒ「私の祈りが役に立ったんなら、よかったわ」 ハルヒ「でも、もう……私を一人ぼっちにしてくのは止めて。私、キョンに見ていて貰えないと、ダメになるの。何にもできない、怖くて泣きたくなるの」 ジョン「一緒に居るよ、ハルヒ。これからは、こんなことは二度とない」 ジョン「俺にも、もう……ハルヒしか、残ってないんだ」 676 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 05:19:51.55 ID:178I2pdgO 古泉と朝比奈さんの死体がまだ残っているその部室で、俺とハルヒはひとたび、抱き合った。 お互い血を浴びた、犯罪者同士だった。 そのきっかけこそ違えど、人を殺めた者同士だった。 俺は確かに自らの意思で、包丁を選び取り、あの男に殺意を持って突き立てようと図った。 今でこそ人間的な情感が削ぎ落とされたような精神状態であるものの、あの時の俺の中には、大義名分となる理由が幾らでもあった。 一つ、古泉と朝比奈さんの間接的な仇。 一つ、ハルヒを傷つけ追い込んだ原因。 一つ、危機にあった長門の救援。 一つ、重ねられた悪意を滅さねばなならないという義憤にかられて。 何にせよ、だ。俺はあの時の判断に今上げた理由の一つがあれば十分だったし、後悔したことも、するつもりもなかった。 ただ、俺がこの決断の前後にて明らかに変えられてしまったこと。 人を、殺したということは、どうにもならない。やり直しが効くとか、効かないとか……そういう次元の話ではないのだ。 683 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 05:44:51.26 ID:178I2pdgO 言い方を変えれば、俺はハルヒと同じ罪に手を染めて初めて。 ハルヒの傍にまで堕ち、ハルヒの「私を見て」という願いを、真に叶えることが出来たのかもしれない。 それも、単なる自己満足の範囲にある話かもしれないけどな。 ハルヒ「……ジョン。まだやることがあるなら、残りのこと……警察に行く前に、やっちゃわなきゃ」 ジョン「そうだな」 ハルヒ「今度は私も、ついていっていい?」 ジョン「ああ。それならハルヒにも、手伝って貰うかな」 ハルヒ「うん」 俺とハルヒは、手を取り合って校舎と外を行き来した。 誰にも見つけられなかった。まるで世界に、俺とハルヒしかいないかのように。 俺は長門の遺品と砂を回収し、半分は見晴らしのいい高台に埋め、半分は袋に入れて部室に持ち帰った。 全部を手放してしまうのには、何だか、惜しい気がしたから。 684 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 05:58:22.07 ID:178I2pdgO ハルヒの助力もあって、思ったよりスムースに「やるべきこと」一覧を消化してしまうと、後は終幕に向けて転がり出す以外にはやりようがなかった。 長門の砂袋を古泉と朝比奈さんの眠り姿に沿うように並べる。 少しでも一緒に居られるように、という配慮の積もりだった。 そんな俺の後ろ姿を見ていたハルヒが言った。 ハルヒ「警察にいきましょう」 俺が言った。 ジョン「それなら、校舎を出る前に、屋上に出ないか――」 695 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 06:19:51.77 ID:178I2pdgO 特に意味があった提案というわけでもななかった。 もう暫くで自然界すらまともに拝めなくなるなら、屋上からの全景を眼に焼き付けておいても悪くはないだろうと、その程度の考えだったのに。 ……ああ、こんなにも、俺たちの前途は澄み渡り、広大である。 暗く閉ざされた廊下を二人で渡り、階段を上るたび。 当初の発想は、萎び枯れて消えていった。 鼓動が、一つになる錯覚をする。重ねた手のひらからその弾みを感じる。 後戻りをしたくない。 このままで、どうかこのままであることを、誰かが許してくれてもいいんじゃないのか? 701 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 06:28:26.51 ID:178I2pdgO ……そうして俺たちは、屋上に上がった。 ジョン「綺麗だな」 ハルヒ「……ほんと」 そこにあった景色は、ただの空、ただの山麓、ただの町並み。 俺たちの生きてきた当たり前の世界。 703 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 06:33:13.99 ID:178I2pdgO ハルヒ「私の手を握って」 ジョン「ああ」 ハルヒ「離さないで」 ジョン「ああ」 ハルヒ「いつまでも傍に……」 ハルヒ「ずっと傍に居て」 ジョン「ああ」 ハルヒ「キョン、お願い――」 ジョン「大丈夫、ここにいる」 ジョン「お前を最後まで見てるよ。……ハルヒ」 709 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 06:54:17.22 ID:178I2pdgO ……… …… 警察A「罪状。同じクラブに所属していた二人の殺害、他にも身元不明の死体遺棄。もう一人の少女とは無理心中」 警察A「少女は死亡、彼は奇跡的に生存。…しかし、その後も自殺未遂を繰り返す」 警察A「なんともご立派な経歴ですね」 警察B「口を慎め。仏さんの前だ」 警察A「でも、逮捕状が出た直後に自殺したんでしょう?やっぱり捕まりたくなかったんでしょうか」 警察B「さあな。俺は今回の自殺がたまたま失敗しなかった……それだけの話じゃないかと思うがね」 警察B「経歴見たら、今回の死亡まで一度として自殺が成功してない。まるで……最初の心中相手の女の子が、彼を生かしたがってたみたいじゃないか?」 警察A「……考え過ぎですよ」 警察B「ふ、そうかもな。なんにしても……彼はやっと、眠れたんだろうよ」 718 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 07:11:15.80 ID:178I2pdgO ……… …… 落ちていく瞬間、ハルヒは笑った。 最期まで離しはしないと結んでいた筈の手が、解けた。ハルヒが俺を、芝生側へ押しのけた。 ハルヒ「……キョン」 最期の最期。 手渡されたのは、名前だけ。 俺が殺した男の名を呼んで、俺が捨てた名を呼んで。 それは、俺に、あの名前のまま生きろという意味だったのか。 721 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 07:16:06.57 ID:178I2pdgO ハルヒ「……キョン」 ああ、聞いている。聞いてるよ、ハルヒ。 俺は落ちていく、そのさなかに声を聞く。 キョン、と、ハルヒの声を繰り返し。 何度でも、俺が再びハルヒを見る、その瞬間まで。 722 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 07:18:05.96 ID:178I2pdgO 終わり 730 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 07:24:02.50 ID:178I2pdgO こんなに長くなるつもりはなかったんです…。というわけで何とか終わりました。 途中から慣れない携帯に切り替えたので読みづらい点もあるかと思います。すみません。 そして>>1の方には大変ご迷惑をおかけしました。続きのお話楽しみにしてます。 長らく支援くださった方に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。 長文勘弁してやって、ください…