ハルヒ「……さよなら」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 07:18:47.52 ID:j/Ci/ipw0 「あー、いいステレオが欲しいわ!」 放課後、陽がオレンジ色を帯びてくる頃にあいつはそう呟いた。 カチ、カチ、と耳障りなクリック音が何度も部屋に響き渡る。 おそらく音楽再生ソフトのイコライザーか何かを懸命にいじくりまわしているのだろう。 しかしどうがんばった所でディスプレイに内蔵されたスピーカーからはそれなりの音しかながれてこない。 確かにこの手の音質は、まじめに音楽を聞こうと思うには少し不甲斐なくはある。 けれど、何気ないBGMとしてはそんなに遜色ないというのも事実だ。 誰がスーパーに流れるBGMの音質にケチをつけるだろう。それと同じだ。 「隣から貰ってきてやろうかしら、まったく」 「……やめとけ」 コンピ研の連中を擁護するわけじゃあないが、彼らにだって人権はあるというものだ。 しかしなんでハルヒのやつは最近やたらと部室で音楽をかけたがるんだろうか。 俺に言わせれば蛇足以外の何物でもないんだがな。 遠くに響く部活動の掛け声、吹奏楽部の基礎練習、それに長門がページをめくる音が時折重なる。 ザ・平穏と言わんばかりの音は、かえって静けさを強調すらしているといって過言ではない。 なにもわざわざ小うるさい音楽をかける必要なんかそこにはひとかけらもない。 「じゃあアンタが買ってきなさいよ、アホキョン!」 「あのな」 俺はため息をついて自分の駒をひとつ前に進めた。 「俺が一体この部活のために一体いくら費やしてきたと思ってるんだ!」 「……フン」 パソコンからは相変わらず聞いたこともない曲がエンドレスリピートで流れている。 シャワシャワと季節はずれのセミでも鳴いてるみたいに、それは部屋に響いていた。 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 07:49:41.69 ID:j/Ci/ipw0 「ああ、これは」 俺の向かい側で古泉がほんの少し眉をひそめた。 こいつも長門ほどではないが、表情の変化が幾分読み取りにくい。 「ぼくの負けですね、参りました」 ただ、やつの厄介なのは、腹の奥底で何を考えているかまるでわからない、ということだ。 こうやって当然のごとく俺が僅差で勝つゲームを繰り返して、こいつは何が楽しいのだろうか。 いや、本当は何も楽しくないのかもしれない。そういう人物像を演じるのも仕事なのか。 「今日はこの辺にしとくか」 「ええ、そうですね」 湯飲みを片付ける朝比奈さんに目礼しながら、俺はため息をつくように口の端で笑った。 それと同時に背後からパタン、と本を閉じる音がする。うん、丁度いい時間みたいだ。 「じゃあ、明日も個々人遅れずに部室に集まること!」 勢いよく立ち上がって、ハルヒはそう言った。 「明日は次の3連休の予定を決める会議もするからね!」 もうそんなことは初めてではないし、わかりきっていたことなのではあるが、 楽しみにしていたつかの間の連休もドタバタと終わっていくのかと思うとなんだか少し物悲しい。 俺が休日をぬくぬくと休んで過ごす日というのはまだまだ遠いらしい。 俺はそんなことを考えながらコートを羽織った。 「あと、キョンは明日までにいい感じのスピーカーを買ってくること!」 ああ、頭が痛い。お前はまだそんなことを言うか。 「……却下だ、じゃあな」 俺は着替えのある朝比奈さんのために先に部室を後にした。 ドアの向こうでハルヒの怒鳴り声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。 その夜、俺は明日のこと、その先の連休のことを考えながら眠りについた。 ――その明日がやってこないことも知らずに 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 08:11:43.99 ID:j/Ci/ipw0 「……っと、……なさいよ」 まだ寝たりないんだ、もう少し寝かせてくれ。 「〜〜〜〜!!」 まどろむ俺の脳を無理やり揺さぶり起こしたのは、鋭い肘鉄だった。 まさに字のごとく、脳を揺さぶられたのだ。 「起きろってのに!」 鈍い音が頭から背骨を伝って全身に渡っていく。それが痛みだと気づくまでに数秒かかってしまったのだが。 「っ痛ぇな……くそ」 「いつまで寝てんのよ、アホキョン!」 「もうちょっとマシに起こせんのか、お前は……あれ」 ――。まて。どうして俺はハルヒに起こされなきゃならないんだ。 大体ここはどこだ。俺は自分の部屋で健やかな眠りについていて……ああ、ダメだ、頭が朦朧としている。 さっきの肘鉄の打ち所が悪かったせいじゃないか、そんなことを考えていると余計に考えがまとまらなかった。 「あー、んー……」 俺が頭を掻き毟りながら唸っていると、ハルヒは本当にどうしようもない物をみるような目でため息をついた。 「いつまで寝ぼけてんのよ、クズキョン……もう授業終わってるわよ」 そう言って差し出されたペットボトルの水を俺は受け取った。 これでも飲んで目を覚ませということなんだろう。 「……うーむ」 よほど喉が渇いていたのか、俺は半分ほど残っていた水を全て飲み干してしまった。 体に水分が行き渡る感覚とともに、俺は意識が段々はっきりしていくのを感じた。 「あ!あんた何勝手に全部飲んでんのよ!遠慮ってもんを知らないの!?」 「……そうだ」 「はぁ!?ばっかじゃないのアンタ?」 ああ、そうだ。俺は何を寝ぼけていたんだ。 俺は今大学2年生。くだらない午前の授業でいつものように居眠りしていたんじゃないか。 しかし、随分懐かしい夢を見ていた気がする。まだ俺たちが学生服に袖を通していた頃。 ゆっくりと流れる時間とボードゲーム、朝比奈さんの淹れたお茶、長門がページをめくる音。 今はもう味わうことのないあの感覚。そして、あの歌。 「……歌?」 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 08:30:13.84 ID:j/Ci/ipw0 「あー、もう最悪」 「なあ、ハルヒ。ちょっと訊きたいんだが」 「なによ、うっさいわね!出席ならあんたのも書いといたわよ!感謝しなさい!」 そういや、すっかりそのことを忘れていたな。 寝ている間に出席の紙は俺を通り過ぎていってしまっていたようだ。 いつもは出席を取るまでは起きていようと心がけているのだが、最近の疲れが出たのか今日は耐え切れなかった。 「ああ、すまんな。いや、そうじゃなくて」 「なによ!」 こいつ、たかだか水を飲まれたくらいで怒りすぎじゃないか。 自分で差し出したくせに、と思いながら俺は続けた。 「お前……その、あの歌、まだ覚えてるか」 あまりに唐突な質問をしたな、と自分でも思った。 当然のごとくハルヒは顰めた眉をいっそう捻じ曲げた。 「……あんた何言ってんの?」 再度頭を掻き毟りながら、俺はどう説明してよいものか、組み立てないまま言葉を並べ立てた。 「ほら、あの……高校の時分にさ、部室で」 「急にそんあ昔のこと訊かれたって思い出せるわけないでしょ、あんたほんと頭大丈夫?」 確かに、なんで俺はそんなどうでもいいことが気になっているのだろう。 本当に、頭が大丈夫じゃないのかもしれない。そうだとしたら、確実にあの肘鉄のせいなのだが。 「……いや、なんでもない。悪かったな、変なこと訊いて」 「ほら、わかったらさっさと食堂行くわよ、あんたのせいで席なくなっちゃうじゃないの!」 そう言って無理やり俺の腕を引っ張って、ハルヒは足早に教室を出ようとした。 「おい、まだ俺荷物片付けてないって!」 「さっさとしなさいよ、グズ!」 やれやれ、どうして学生は昼飯を食うのに戦争まがいの椅子取りゲームをしなきゃならんのだろうか。 そんな時、教室に一際明るい声が響き渡った。 「やっほー、お二人さん!」 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 08:54:11.59 ID:j/Ci/ipw0 その声に俺は有り余るほど聞き覚えがあった。 「ああ、鶴屋さん」 「……!」 ハルヒは掴んでいた俺の腕を咄嗟に離した。その方が俺も幾分かありがたい。 「いやー、もう食堂行っちゃったかなと思ったんだけど、一応覗いてみてよかったさっ」 彼女の高校時代の長髪はバッサリと切ってしまい、今はハルヒよりも少し短い。 「キョンくん今日は学校来るって言ってたから会えるかと思ってさ」 けれど、その天真爛漫さは健在で彼女の魅力のひとつだ。 「はは、そんな言い方すると俺があんまり学校来てないみたいじゃないですか」 まあ、毎日真面目に来ているとも言いがたいのは事実なのだが。 そんな俺を尻目に、鶴屋さんは鞄から包みを二つ取り出した。 「だから今日はめがっさ時間かけてお弁当作ってきたにょろ!」 「ああ、これはありがたい!今から食堂行っても席ないですからね」 「ハッハッハ、もっと褒めてくれてもいいさー!」 八重歯を覗かせながら笑う彼女を見ているとなんだか気持ちがほぐれるようだ。 「あ、ハルにゃんも一緒に食べるかい?」 「……あたしはいいわ、今日は授業終わりだからもう帰る」 「そうかい?残念にょろー……」 そんなバカなことはない。ハルヒは俺と同じで午後も授業は入っているはずなのだ。 しかし、俺は特に驚きもせず、少し苦い顔をしながら講義室を後にするハルヒの背中を見送った。 今に始まったことではないのだ。俺と鶴屋さんが二人でいると、あいつはいつも面倒くさそうな顔をして場を離れる。 特に、鶴屋さんと交際を始めてからこの数ヶ月、ハルヒはずっとそんな調子だった。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 13:04:46.72 ID:xh0NfepTO 支援ついでに ハルヒがその場から去り、俺は鶴屋さんと屋外キャンパスで食事を共にした キョン「ん、美味い」 鶴「めがっさ頑張ったからねぇや!」 話は遡る事3ヵ月前になる。 俺と鶴屋さんが交際を始めた時期になるのだが 現在は別の国立大に通う古泉からの久方ぶりの電話が事の発端となった。 古泉「鶴屋さんとお付き合いする『ふり』をお願い出来ますか?……」 理由は機関の意向だということ、鶴屋さんも合意済みという事らしい。 古泉「詳細はまた、追ってお話し致します」 それが、ハルヒにとって良いベクトルに進むという事も確認出来たので、 俺は特段反発する事もなく了承の意を返す。 そして現在に至る事になる。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 13:15:12.57 ID:xh0NfepTO キョン「……鶴屋さん、これっていつまで続けなきゃいけないんですかね 、何か古泉から聞いてますか?」 鶴「それが……私もその後何も聞かされていないんだよキョン君」 最近では古泉に電話をかけても不通であり、 未だ機関の意向の意図が汲み取れないでいた。 なぁ古泉、着実にハルヒは悪いベクトルに進んでいる気がするぞ。 見上げた空は、何処までも続いていそうな曇天模様。 ……それはいつか見た、閉鎖空間の様だった。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 13:25:28.52 ID:xh0NfepTO キョン「鶴屋さん、そろそろ午後の講義に行きます。 ごちそう様でした、美味しかったです」 鶴「じゃあ頑張ってねーキョン君!」 ……午後の講義を済ませ、俺は帰宅の途につく間、午前中に見た夢について思い出していた。 キョン「あれは何だったんだろう……歌?……駄目だ、思い出せない」 また、機を見てハルヒにでも訊いてみよう。 空から小さな雫が落ちてきた。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 13:49:17.10 ID:xh0NfepTO 家に着いた俺は、即座にベッドへと体を預け、睡魔の手に招かれた。 …… ………… 此処は……?古ぼけた建物……紛れもなく其処は、青春って使い古された時間を過ごした SOS団の部室の中だった。 あぁ、これは夢なんだ。 不思議と夢の中にいる自分を自覚出来ていた。なんだっけな、この現象の名称…… なんてどうでもいい事を考えながら俺は部室内を見渡した。 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 13:53:28.53 ID:xh0NfepTO 朝比奈さんの着ていたメイド服 長門が黙々と読書をしていたパイプ椅子 古泉と対戦していたレトロなボードゲーム 何もかもが懐かしい。 そして団長と書かれた三角錐……の横の花瓶にいけられている綺麗な……華……? 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 14:44:46.77 ID:xh0NfepTO それは部室内で彩りをはなちながら、異常さを感じさせていた。 自覚のある夢。 今は一体いつの時期なんだろう?俺は部室を出たのち職員室へ向かう。 学校内には人影はなかった。夢だからか、それとも休日なのか? 夢と現実の狭間で俺はさまよっていた。 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 14:45:58.11 ID:xh0NfepTO あった。 新聞、日付を見る。 それは3連休の初日を示していた。 ……頭が割れる。それくらいの痛みが脳内を廻った。 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 14:53:07.08 ID:xh0NfepTO ガバッ! ハァハァ…… 夢から覚めたかどうか判らないほど頭の中が混乱を起こしていた。 キョン「変な夢……だった…のか?」 自問自答しても、答えは手の中をするりと抜け宙に浮いたままだった。 妹「キョーンくん、ご飯の時間だよ〜!」 キョン「……あぁ今行くよ……」 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 15:33:20.66 ID:xh0NfepTO 次の日、俺は何時ものように大学へと家を出る。 駅前でハルヒと待ち合わせしてから通う事は4月から既に ルールとして決まっていた。 キョン「おう、待たせたなハルヒ」 ハルヒ「おっそい!バカキョン!遅れちゃうじゃない!!」 キョン「悪かったよ。ちょっと変な夢を見ちまったせいでな 、高校時代の夢だったよ。懐かし…ハルヒ「どんな夢…!?」 全てを言い切らない内にハルヒが、物凄い剣幕で質問をしてきた。 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 15:38:03.10 ID:xh0NfepTO キョン「……部室、学校内を歩いてた……人はいなかったな」 ハルヒ「それだけ?」 キョン「……あ、お前の席に綺麗な華が飾ってあった。 そんな事あったか?ハルヒ」 ハルヒ「…………覚えてないわ……行きましょ、遅れるわ」 キョン「お、おい」 空は今日も灰色が支配していた。 76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 15:46:25.10 ID:xh0NfepTO 昼食は基本的には鶴屋さんと一緒にする事が多い。機関の意向だからな。 ハルヒはというと大体半々で昼の時間を共にする。 ハルヒも鶴屋さんに関しては好意を持っているらしいからな。 鶴屋さんと疑似恋愛をして3ヵ月。 人間っていうのは不思議なもんで、疑似と分かっていても 、彼女に対する気持ちが友人以上に思えてきている自分に、最近最近気付き始めていた。 しかし、やはり意図が汲めないのは変わらない事実であり、 それを知っているニヤケ野郎との連絡は取れずじまいだった。 86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:23:14.18 ID:xh0NfepTO ついでにいうと高校卒業以来、長門、朝比奈さんとも連絡が取れずいた。 ハルヒは相変わらず、俺と鶴屋さんが一緒にいる時は仏頂面を覗かせる。 疑似恋愛とはいえ、何か優越感に浸っていた俺は ハルヒにもそういった異性が出来ればな、とこの頃には思うようになっていた。 88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:24:31.09 ID:xh0NfepTO ハルヒ「キョン!午後の講義始まるわよ!急ぎなさい!」 キョン「はいはい、じゃあ鶴屋さん、また後で……」 鶴「バイバーイ!キョン君、ハルにゃん頑張るにょろよ〜!」 俺達はその場を立ち去った。 鶴「…………」 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:30:23.51 ID:xh0NfepTO 午後の講義も終わり、俺は鶴屋さんと合流し、市街へと出掛けた。 通りすがる男性の8割が振り返る。そう、鶴屋さんは所謂誰から見ても美人なのである。 但し、破天荒な性格を知れば好みは別れるだろうな。 俺はといえば、疑似が取れかけるのを必死な抑えるようになっていた。 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:36:25.84 ID:xh0NfepTO 不意に耳をつんざく様にその音楽は流れてきた。 キョン「どこかで聴いたような……鶴屋さん知ってますか?」 鶴「!い、いやちょっち私にはわっかんないかなぁ?それよりキョン君あっちにいこうにょろ!」 キョン「お、おっと!って、そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ」 堅く握られた左手と右手。俺はそれが心地良くもあり、安心を得ていた。 俺は……鶴屋さんに恋をしていた。 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:42:17.90 ID:xh0NfepTO 鶴屋さんとの買い物を済ませ、それぞれの家路に向かうため 大きなスクランブル交差点で、その日は別れた。 帰宅の途、俺はあの音楽が妙に頭から離れず、 必死に記憶の土を掘り返してみたものの結局判らずじまいだった。 最近、自分は記憶障害ではないかと思うほど、昔の事が不鮮明であることが酷くいたたまれなかった。 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 16:49:48.62 ID:xh0NfepTO そんな自分に腹が立ったのか、俺は踵を返し、 再度あの音楽が流れた場所へと向かっていた。 どうして、こんな事に執着するのか誰か俺に教えてほしかった。 戻った場所で先程流れていた曲は繊細なメロディーに心地の良いリズムと重なり合い 何かを語りかけてくるような、そんな気がした。 俺はこれを何処で聴いた? 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 17:00:33.44 ID:xh0NfepTO 思いだそうにも思い出す事の出来ない俺は、やきもきした気持ちを払拭しようと 携帯電話のレコーダーに録音をし、その場を足早に立ち去る。 近道をしよう。 スッキリとしない心を抱えた俺はいち早く自宅に戻りたかった。 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 17:06:03.86 ID:xh0NfepTO 高校時代にはよく使った道を進む。 近道だけあり行く先々の交差点には信号もなかった。 人だけではなく、車も非常に多く走る道だったため、 『事故に注意!』なんて看板が交差点毎にたてかけられていた。 ふと、足下の花に気付く。 事故があったという事実をそれは如実にしていた。 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 17:07:28.58 ID:xh0NfepTO しかし、最近はこのあたりでそういった事があったなんて耳には届いていない。 キョン「もうちょっとニュース番組も見ないといかんな」 お笑い番組ばかり見ている自分を戒め、左右確認を怠らずに自宅へと向かった。 日は既に落ちかけ、夜の帳が降りてきていた。 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 17:16:52.87 ID:xh0NfepTO ちょっと用事。猫の餌買ってこいだと。 続き書く気だけどだれかリレーしてもらっても構わないです パッと行ってきます 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:13:20.61 ID:xh0NfepTO 家に着き、部屋に戻ると自然に携帯電話のアドレスをスクロールしていた。 朝比奈さん 古泉 長門 全員、繋がらない。分かってはいたんだが、 もしやの期待を持っていた事認めざるを得ない。 ……あの曲、あのメロディー。 携帯電話で録音した音を聴いてみよう、……消えている。 そんな筈はないんだ。俺は確かにあの音を録音したんだ。 その日は全てが疎ましく感じ、直ぐに床につくことにした。 112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:23:43.43 ID:xh0NfepTO 目を覚ます、という表現は誤っているかもしれない。 しかし、俺はまたしても意識を持って夢の中に立っていた。 確認作業を行う。 今いる場所は部室だ……ただ昨日と違和感を感じるのに、 そう時間はかからなかった。 あるべきものが無かったからな。 115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:30:31.52 ID:xh0NfepTO 華がない。 俺の事では無いぞ。 部室に彩りを与えていた華と花瓶が、そっくりそのまま無くなっている。 再度、職員室へ向かい新聞を確認する。 夢の中でいう昨日の日付……連休の前日だった。西暦を確認する、昨日はそれをしなかったんだった。 俺が3年の時の年月だった。 記憶を辿る。あの時、何があったか? 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:42:04.54 ID:xh0NfepTO 何故だろう?どうしても記憶の到着点に辿り着けない。 そうして頭を捻っている中、人影が眼に映った。 ……間違いない、俺とハルヒだった。 コートに身を包み、校舎の玄関方向へと向かっている。 俺は2人を追っていた。 何処へ行くんだ?いや何処へ行ったんだろう? 疑問が体を無理矢理に動かす。 122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:50:28.82 ID:xh0NfepTO 下駄箱まで辿り着いたとき2人の会話が耳に否応なく入ってきた。 ハルヒ「感謝しなさいよキョン!」 「お前なぁ……それは当たり前の事だぞ」 ハルヒ「うっさいわねぇ、取り敢えず早くいきましょ! お店がしまっちゃうわ!」 「全く……」 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 18:55:17.59 ID:xh0NfepTO 俺はあの時ハルヒと何をしたんだ? 何故思い出せない?たかが1年前の事を…… 頭の中にあのメロディーが流れ込んできた。 そして、それは俺を夢から現実へと引き戻した。 明後日が3連休の初日である事に気がついたのは目が覚め、 メロディーが消えたすぐだった。 129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:09:15.38 ID:xh0NfepTO いつも通り朝の支度を済ませ、ハルヒとの待ち合わせ場所へと向かった。 ハルヒ「…………」 キョン「ハルヒ?」 ハルヒ「あ……ゴメン、ぼーっとしてたわ。行きましょ」 キョン「あぁ…」 ハルヒの様子は明らかに何時ものハルヒと違っていて、 俺は開口一番に聞きただそうとした言葉を、無理矢理飲み込む。 電車の中でも、ハルヒは無言を貫いていた。 俺もそれに呼応するように口を噤んだ。 134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:23:33.24 ID:xh0NfepTO 大学に着いた頃には、何時もの調子のハルヒに戻っていた。 あれは何だったのか? 無理に聞く事でもないと脳内判断を下し俺は昨日、一昨日と気になっていた事を ハルヒにぶつけてみた。 キョン「なぁハルヒ?」 ハルヒ「何よキョン?お金なら貸さないわよ」 キョン「そうじゃなくてだな……あの…… ちょうど2年前、高3だった時、俺らが何をしていたか覚えてるか?」 反応は……直ぐには返ってはこなかった。 136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:34:04.24 ID:xh0NfepTO ハルヒ「…………どうして……」 キョン「?」 ハルヒ「どうして……」 ハルヒはそう言い残し校舎内へと走り去った。 キョン「……どうしてって……どういう事だ……」 何かがおかしい……今日という日なのか、俺の周りというのか。 その日、加えて変わった事といえば鶴屋さんが来なかったことだった。 鶴屋さんが休んだ事は今まで一度もなかったからな…… 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:39:30.39 ID:xh0NfepTO 今日という、明日には過去になる1日に何が隠されているんだ? 2年前の今日、一体何があった? 考えを巡らせれば巡る程、糸は絡まるばかりか、 2度とは解けない位になっていた。 そして、俺は意識を失っていた、あのメロディーと共に…… 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:46:35.71 ID:xh0NfepTO 「あー、いいステレオが欲しいわ!」 放課後、陽がオレンジ色を帯びてくる頃にあいつはそう呟いた。 カチ、カチ、と耳障りなクリック音が何度も部屋に響き渡る。 おそらく音楽再生ソフトのイコライザーか何かを懸命にいじくりまわしているのだろう。 しかしどうがんばった所でディスプレイに内蔵されたスピーカーからはそれなりの音しかながれてこない。 「隣から貰ってきてやろうかしら、まったく」 「……やめとけ」 しかしなんでハルヒのやつは最近やたらと部室で音楽をかけたがるんだろうか。 なにもわざわざ小うるさい音楽をかける必要なんかそこにはひとかけらもない。 「じゃあアンタが買ってきなさいよ、アホキョン!」 「あのな」 パソコンからは相変わらず曲がエンドレスリピートで流れている。 夢?いや、夢であってこれは夢じゃない。 141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 19:52:03.56 ID:xh0NfepTO 俺は確かに2年前に、この情景を目にし、会話を交わしていた。 そう、3連休の2日前だ。 ……ステレオ? 同時に頭が軋む様に痛みを覚える。 違う、違うんだ。 問題は次の日、連休の前日なんだ。 軋む。軋む。頭が軋む。 それでも俺は確かめる。 143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:03:39.00 ID:xh0NfepTO 今、確かに俺は2年前にいる。 しかし、それはいつぞやの時間遡行ではなく、 あくまで俺の意識下……いや無意識下なのか? とにかく、それを俯瞰視点で俺は見ている。 目の前が急という言葉では足りない速度で真っ暗になった。 144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:06:36.53 ID:xh0NfepTO 目の前が明るくなり、場面が切り替わる。 ハルヒ「感謝しなさいよキョン!」 「お前なぁ……それは当たり前の事だぞ」 ハルヒ「うっさいわねぇ、取り敢えず早くいきましょ! お店がしまっちゃうわ!」 「全く……」 この前の夢と繋がった。 そして、今回はそれが続きを持っていた。 146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:16:42.08 ID:xh0NfepTO ハルヒと俺は坂を下り商店街へと向かっていた。 ハルヒ「ちょっとキョン!間に合わないわよ!」 キョン「しょうがない。ショートカットするか」 ハルヒ「何よそれ?」 キョン「ちょっとした近道だ急ごうぜ。ステレオ欲しいんだろ」 ……また頭が軋む。 ステレオ?そんな物買いに行ったか……? 俺は更に2人を追いかける……と 「待って」 ひどく懐かしい無機質な声が俺を阻んだ。 148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:25:38.82 ID:xh0NfepTO ……長門。どうしてここに? 長門「あなたの脳内との情報連結を行った」 今までどこにいたんだ……訊きたい事は山ほどあったが、 俺の優先事項は別だった。 長門、そこをどいてくれ。 「あなたは此処に留まるべき」 長門はいつでも正しかった、間違った事は言わない。 俺はそれを知っている。 でも、駄目なんだ長門。俺は行かなくちゃならない。 「……そう」 ……あのメロディーが流れ出した 150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:31:03.01 ID:xh0NfepTO 俺は長門を振り切り、2人を追いかける。 長門の目に浮いてたモノはなんだったのかを考えながら。 ……いた。 俺が最近通った道だ。 幾つもの交差点。 足を早める2人。 ……其処で気付いたんだ。 この間あった花が其処にはなかった。 151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:35:35.98 ID:xh0NfepTO ……鈍い衝突音 …………広がる赤 キョン「わあぁぁぁぁぁぁああぁあぁあ!!!!!!!!」 ……………………響く声 俺はぼんやりと頭に流れるメロディーを口ずさんだ。 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 20:43:10.50 ID:xh0NfepTO 長門「あなたは思い出してしまった」 メロディーが心地良く全身に響き渡る 長門「情報連結を解除する」 …… ………… ………………… キョン「……此処は…?」 見渡す限り病院である事が直ぐ理解できた。 あぁ……そういえば意識をうしなって…… それにしても嫌な夢を見た。 161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:17:24.52 ID:xh0NfepTO ガチャ キョン「……古泉」 古泉「お久しぶりです」 キョン「お前の手配か?」 古泉「長門さんから連絡がありまして」 キョン「長門?あいつ今まで何処に?」 古泉「おや?……あぁ、あなたは夢の中で長門さんにお会いしたのを 覚えてらっしゃいますか?」 キョン「……あぁ……あの悪夢か…って、何でおまえが……」 古泉「……残念な報告になってしまいます……」 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:22:56.85 ID:xh0NfepTO キョン「……残念だと」 古泉「落ち着いて訊いて頂けますか」 キョン「……話してみろ」 絶望感が俺を包むに時間はそう掛からなかった。 あれは……現実に……2年前に起きた事…… 待て、でも俺は毎朝ハルヒと通学していたじゃないか、 冗談はそのニヤケた…… 古泉はにやけてなんかいなかった。 ガチャ 164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:28:49.16 ID:xh0NfepTO キョン「長門……」 古泉「申し訳ありませんでした。あなたの会っていた涼宮さんは……長門さんです……」 長門「情報操作」 キョン「久し振りにあったと思ったら2人して何の冗談だ。ハハッ……」 古泉「残念ながら……」 長門「真実」 キョン「嘘…だろ…」 ハルヒは今、何処にいる。 俺はそれだけが知りたかった。 173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:40:29.42 ID:xh0NfepTO 古泉「涼宮さんは……死亡されました。正しくは脳死状態、所謂植物人間です……」 キョン「……」 古泉「高校3年の卒業間近の事です。あなたと涼宮さんは2人で買い物へと赴いた。そこで惨劇は起こってしまった……交通事故です。 あなたは、事故直後から精神が壊れてしまった。それを治す為、一般生活に戻れる様にする為 機関と長門さん、そして鶴屋さんに協力を要請しました。2人は快く受諾して下さり、あともう僅かの所であなたは涼宮さん以外の異性に関心を抱き 一般の男性として戻る事が出来る……予定でした」 185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:57:43.33 ID:xh0NfepTO 古泉「まさかあなたが夢の中で真実を知るのは、我々にとっても想定の範囲外でした。 先程、涼宮さんは脳死状態と申し上げました。あなたにこれだけは伝えなければなりません。……回復の見込みは万に一、いや……ゼロと言っても過言ではありません、 その証拠に朝比奈みくるは未来からの監視の意義なしと判断され、既にこの時代には存在しません」 なぁハルヒ、お前はもう……笑う事も、哀しむ事も、何時ものように……俺に怒ってくれないのか……? なぁハルヒ、俺も同じだよ。笑う事も、怒る事も、哀しくなる事も出来そうにないみたいだ。 なぁハルヒ……俺達は何時までも……一緒だ…… メロディーは流れる、2人を包むように 思い出したよハルヒ、あの時、お前が気に入ってエンドレスでリピートされた歌を。 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/02/01(日) 21:59:28.36 ID:xh0NfepTO ハルヒのとこへ連れて行ってくれ 190 名前: ◆O5jfgegfnI [] 投稿日:2009/02/01(日) 22:10:03.18 ID:xh0NfepTO 「ハルヒ……逢いたかったぞ」 すばらしい日々だ 力溢れ すべてを捨てて僕は生きてる 君は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける 懐かしい歌も笑い顔も すべてを捨てて僕は生きてる それでも君を思い出せば そんな時は何もせずに眠る眠る 朝も夜も歌いながら 時々はぼんやり考える 君は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける 「ハルヒ、俺達は何処までも一緒だ」 ―完