古泉「共犯者ですね、僕たち」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:21:19.16 ID:FAxO9TvP0  古泉一樹は疲れていた。  彼の日々の生活は、過酷なものだった。  神と呼ばれる少女の機嫌取りをし、彼女の機嫌が損なわれた時に誕生する神人という 化け物を倒し、そしてまた次の日も少女の機嫌取りをする。  かれこれ三年もこんな調子だ。  古泉一樹も、三年前は普通の子供だったのだ。  けれど、彼はもうそれを思い出すことが出来ない。  学校には本音を言える友達が居て、そして温かい家庭があったのだが、もう彼はそれを すっかり忘れてしまっている。好きで忘れているわけではなく、それほどまでに疲れている のだ。そう、思い出す余裕がない程に。  古泉一樹は、神人の発生に応じて、生活をしなければならない。  酷いときは、睡眠時間が一週間続けて一時間だったこともあった。  ただただ呼吸をするだけの生活。そこには、幸福などある筈もなかった。  どうせ眠りについても、また神人の発生を伝える携帯の着信に起こされるのだ、と思い、夜 眠るのをやめた。たちまち、大きなクマが出来上がり、上司に酷く怒られた。不条理ではない だろうか。眠るだけの時間を与えてすらくれないくせに。  そんな生活も、彼女が高校に入ってからは、改善された。一度は世界が崩壊しかけたものの、 その後の彼女の精神状態は極めて安定していると言え、神人の発生回数も大分減少した。  古泉一樹が、涼宮ハルヒに生活を振り回されることは殆ど無くなった。  普通ならば、それを喜ぶべきだろう。夜も安心して眠ることが出来る、自分の娯楽に時間を充て ることが出来る、と。  けれど、古泉一樹は、それらのことが、全て涼宮ハルヒの裏切りのように感じていた。 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:27:39.22 ID:FAxO9TvP0 「古泉くん、じゃあねー」 「はい、さようなら」  廊下ですれ違う女子に挨拶をしながら、僕はいつもの通り、部室へと向かう。けれど、 僕が行かずとも、部活が普通に機能することは分かっている。いや、僕だけではない。 それは、朝比奈みくるも長門有希も同じだろう。彼女にとっては、彼以外は、ただの邪 魔者でしかないのだから。  表面上は、朝比奈みくるや長門有希、そして僕にも笑顔を投げかけ、明るく接してく れているが、そんなものは演技だ。そう、彼に気に入られるための。  あんな化け物を発生させる精神を持っているくせに、人に慈愛を与えようとするなんて。  考え事をしていると、時間は早く過ぎる。  気が付けば、僕は部室の前に立っていた。 「こんにちは」  笑みを浮かべながら扉を開けると、そこには机に突っ伏した涼宮さんしか居なかった。 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:34:04.93 ID:FAxO9TvP0  いつもなら、部室に入るときに挨拶をすると、彼女はいつも答えてくれる。けれど、今日は いくら待っても返答が無かった。どうしたのだろうか。彼女が一人だけ部室に居ないことなら 度々あるが、彼女が一人で部室に居るのは極めて珍しかった。  なるべく音を立てないように椅子を引き、そして座る。部屋には珍妙な空気が流れていた。 雑音を拒むような静寂。それは誰でもない、彼女が作り出しているのだ。 「古泉くん」  永遠に続くのではないかと思われた静寂は、しかし永遠には続かなかった。それは当たり前 なのだが、何だか拍子抜けしてしまう。  相変わらず机に突っ伏したまま僕の名前を呼んだ彼女に、どうしたのですか、と問いかける。 「うん……いや、なんでもない」  やはり突っ伏したまま答える彼女の声は、少し震えていた。 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:42:18.27 ID:FAxO9TvP0  泣いているのだ、と、そのとき気付いた。  問い詰めるべきか、知らないふりをしておくべきか迷う。 「そうですか……」  迷った末に、どちらもしないことにした。人に話せるような悩みならば、僕が 強制しなくても自分から話す筈だ。それに、無理矢理聞き出すような真似をし て、機嫌を損ねるのも、あまり好ましくない。触らぬ神にたたりなし。  十分程経った頃だろうか、彼女がもう一度口を開いた。 「古泉くんに聞きたいことがあるんだけど」  とても小さな声だった。しかし、それは静寂の中に響くには充分な大きさだった。  何を聞いてくるつもりなのだろうか。少し緊張しつつも、僕は冷静を装い答える。 「なんでしょうか」 「うん、あのね」  一息置いてから、彼女が決心したように言葉を発した。 「古泉くんは、みくるちゃんのこと、どう思う?」 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:52:12.26 ID:FAxO9TvP0  予想外の質問に、え、と声を漏らしてしまった。  突っ伏している彼女の肩が、びくりと震える。 「あ……う、ううん、何もないの。ごめんね、変なこと聞いちゃって」  何もないわけがない。 「変なことだとは思いませんよ。ただ、どんなことを聞かれるのかと意気込ん でいたものですから、少し拍子抜けしてしまっただけです」 「そ、そう……」 「それで、朝比奈さんがどうかしたのですか?」 「あ、いや、……やっぱり、男ってみくるちゃんみたいなのが好きなのかなって思って……」  意味が飲み込めない。そもそも、質問からして、わけがわからない。僕の理解力に問題がある のだろうか、それとも、彼女の表現力に問題があるのだろうか。後者であってくれると、嬉しいのだが。 「人によって好みは違うと思いますが」  当たり障りのない返答をすると、彼女はそっと顔を上げた。目は少し赤くなっていて、頬には涙の跡 がある。泣いていたことは一目瞭然だった。  泣いている、と知ってはいたものの、実際に見ると驚いてしまった。彼女は悲しくても、寂しくても泣い たりすることは滅多に無い人なのだ。泣く代わりに、閉鎖空間を発生させ、無意識下でストレスを解消 しようとする。それほどまでに、自分の痛みと向き合おうとしない人なのだ。  そんな人が自分の痛みを認め、泣いていたのかと思うと、とても不思議な気分になった。 「じゃあ、キョンは」  何がこれほどまでに彼女を普通の人間に仕立て上げたのだろうか。 「キョンは、みくるちゃんのこと、どう思ってると思う?」  彼への、恋心か。 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 20:59:08.50 ID:FAxO9TvP0 「優しい先輩として見ているのではないかと思いますが」  何故だろう。無性に苛々してきた。きちんと笑顔で喋れているだろうか。 「そうなのかな……」  なんでだ。  色々な感情が渦巻いて爆発しそうだった。  どうして、そんな人間みたいな顔をするのだろうか。まるで人間のように傷付いている顔を しているのだろうか。苛々する。神だ、神だ、と崇められているのに。それなのに、そんな人 間みたいな顔付きをするのは非情に卑怯だと思うのだ。違うだろうか。いや、僕は間違った ことを思っていない筈だ。あんな化け物を生み出してきたくせに、そんなにいけしゃあしゃあ と人間になろうとするなんて、あっていいのだろうか。いや、言い筈がない。彼を愛し、そして 普通の女子高生としてこれからを過ごすつもりでいるのだろうが、そんなことはさせない、さ せてなるものか。  認めない。 「古泉くん?」  名前を呼ぶ声で、ふ、と我に返った。 「ああ、いえ、すみません」 「ううん、いいんだけど……ごめんね、変なこと言っちゃって」 「何があったんですか?」 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:04:41.26 ID:FAxO9TvP0  そんなに人間みたいになっちゃうなんて、一体何があったんですか?  本当に聞きたかったことはそれだが、彼女はそれを違う意味で捉えた。 「うん……さっきのことなんだけどね……」  それから、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。  なんでも、彼がずっと朝比奈みくるのことばかり見ているので、怒鳴った ところ、彼は無言で部室を出て行ったのだと言う。そして、朝比奈みくるもそ れに続くように……。 「付き合ってるのかな、あの二人」  そういう彼女の眼には、涙が溜まっている。今にもこぼれそうだ。 「付き合ってるわよね……みくるちゃん可愛いし」  あ、と、思いつく。  そうだ。 「涼宮さん」  あなたに教えてあげたい。 「朝比奈さんを消しましょうか」  あなたが人間として存在することは罪なのだ、と。 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:09:54.26 ID:FAxO9TvP0 「え……みくるちゃんを消すって……」  驚いた表情を浮かべながらも、その眼には期待の色が浮かんでいる。  僕は笑いたくなるのを必死で堪えた。そうだ、涼宮さん。それが、あなた の本性だ。 「殺すんですよ」  彼女の眼が見開かれる。 「え……何、言ってるの……」 「とぼけなくてもいいですよ。殺すんです。子供じゃあるまいし、分かるでしょう」  沈黙が走る。  けれど、もうその沈黙は僕の敵ではなかった。  寧ろ、僕にまとわりついてくる。沈黙が逆に語りかけてくるのだ。  できればそうしてくれ。ころしてくれ。でも、わたしが加害者になるのはいやだ。 ころしてくれ。わたしの許可など取らずにころしてくれ。はやくはやく。 「なんてね、嘘ですよ、冗談です。本気にしてしまいましたか?」 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:19:46.79 ID:FAxO9TvP0 「え……」  落胆の表情を浮かべる彼女。  喋ってしまえばいいのに、言ってしまえば良いのに、望みを全て、汚らしい望みを全て 僕に投げつけてしまえばいい、僕はあなたが良心的な人間ではないことくらい、よく知っ ている、常識や理性に囚われずに本能のまま、偉そうに振舞ってみせればいい。常識 なんて、あなたの一番嫌いな言葉だったのに、それなのに、いつの間に、そんなものに 囚われるようになってしまったのだろうか、ああ、彼に惹かれてからか。 「涼宮さん」  三年間、ずっと振り回されてきた。  それなのに、あっさりと棄てるなんて許さない。認めない。 「本当に欲しいものは口に出さないと」  もう僕は戻れないのだ、三年前に。  よくは思い出せないけれど、僕の幸せは三年前に詰まっていたような気がする。きっと あんな幸せに包まれることはもうないだろう。僕は余計な感情を覚えてしまった。猜疑心。 絶望。殺意。……三年前までは知らなかった感情を、知ってしまった。  誰の所為だ。彼女の所為だ。 「大丈夫です。あなたは、自分が思ってるほど綺麗な人間ではありませんよ。  僕はそれをよく分かっています。素直に、言ってみてください」  一度道から踏み外れたくせに、しかも一人でだけならまだしも、たくさんの犠牲者をつれて 踏み外れたくせに……。 「……みくるちゃんを……殺して……」  一人だけまともな道を歩こうなんて、絶対に認めない。 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:28:15.57 ID:FAxO9TvP0  朝比奈みくるは簡単に死んだ。  僕が殺したのではない。彼女が消したのだ。 「人を殺すのは初めてです。上手くいかないかもしれません。  ……応援していて下さいませんか? 殺人がうまくいくように」 「応援って……」 「ああ、いえ、涼宮さんにも殺人をさせるわけではありません。  ただ、心の中で『朝比奈みくる、死ね。朝比奈みくる、死ね』と  願ってくだされば……」 「それだけで、いいの?」 「ええ、それだけでいいんです」  一体、どれほど強く朝比奈みくるの消失を願ったのだろうか。 「ふふふ、はは、あはははははははははは」  心の中でずっと、朝比奈みくる死ね、と繰り返している彼女を想像すると、 滑稽で堪らなかった。笑い転げた。どんなバラエティ番組よりも、それは面 白いことのように思えた。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:37:42.76 ID:FAxO9TvP0 「朝比奈さん、どうしたんだろうな」  彼がぼそっと呟く。誰も返事はしない。  朝比奈みくるは行方不明扱いになった。  まあ、それで大体当たっているのだが。  涼宮ハルヒは、僕が朝比奈みくるを殺して、そして適当な場所に死体 を隠したのだと思い込んでいる。以前よりも、閉鎖空間の発生数が少し 増加した。もしかすると、死体が見つかったらどうしようと冷や冷やして いるのかもしれない。いや、冷や冷やしているのだろう。  実際彼女は、朝比奈みくるが行方不明だと全校朝会で告げられた日 の昼休みに、僕を呼び出して興奮気味に問いかけてきた。 「死体はどこに隠したの」  よくやった、とも、ごくろうさま、とも言わないで、第一声がそれか。さすが、 神は格が違う。 「大丈夫ですよ」 「そんなことを聞いてるんじゃない! どこに隠したのよ」  僕の冷静な態度が気に食わないのか、彼女は、きっ、と睨みつけてくる。 「絶対に見つかりませんから」 「古泉くんってさ、ちょっとおかしいわよね」 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:41:35.42 ID:FAxO9TvP0  何を言いだしたのだろう。 「私は冗談のつもりだったのに本当に殺しちゃうし」  はあ。 「ありえないでしょ、普通。冗談でしょ、普通」  今更そんな。 「私は本当に殺してもらおうだなんて思ってなかった!」  まだ正常な道を歩こうとするのか。 「殺人者は古泉くんだけなんだから! 私は悪くない!」  僕だけを取り残して、幸福を飲み干そうとするのか。 「だから、死体が見つかっても、私は何も関係ないんだからね」  往生際が悪いにも、程がある。 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:47:02.16 ID:FAxO9TvP0 「でも、涼宮さんは頼みましたよね」  せいぜい悪あがきをするがいい。 「朝比奈みくるを殺して、と頼んできましたよね」  絶対に逃がさない。 「それは……」 「頼みましたよね」 「そんなの……」 「頼みましたよね」  もう、笑顔を浮かべることなど忘れていた。きっと、僕の顔は、 今まで彼女が見たことのない表情を浮かべていたに違いない。 その証拠に、いつもは人の眼を見て話をする彼女が、いまこの 時は、僕の眼をしようとしなかった。 「頼みましたよね」  心の中で何度も願ったんでしょう。朝比奈みくる死ね、朝比奈 みくる死ね、と。ああ、また笑えてきた。必死で堪える。 「……頼んだわよ」 「それは冗談ではなかったですよね」 「……たしかに、冗談じゃなかったわよ」 「本当に殺して欲しかったんですよね」 「……」 「本当に殺して欲しかったんですよね」 「…………そうよ」 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 21:57:08.57 ID:FAxO9TvP0 「やけに、急に認めるようになりましたね。どういう心変わりですか」 「別に」  そういうと、彼女はにやりと笑った。その顔の醜さは、人間のものではなかった。 「ここで認めたからってどうもならないもの」  化け物が、自慢げな表情で喋りだす。 「だって、私は心の中で思っただけよ? みくるちゃんなんか死ねばいい、って。  実際に手を加えたのは、古泉くんでしょ? 私には関係ないわ。  殺してって頼んだからって何? それを知ってるのは私と古泉くんだけ。  万が一死体が見つかったとして、古泉くんが捕まって、『涼宮さんに殺せと  命令された』と供述したところで、証拠は何もないわ。そうでしょ?」  森さん。僕たちが崇めている神は、こんなに浅はかですよ。  ああ、あとであなたにも聞かせてあげたい。森さんだけでなく、皆に聞かせてあげたい。 全校放送で、いや、全国放送でこれを流したい。 「ええ、そうですね」  顔がニヤつくのを抑えきれない。 「……なに、ニヤニヤしてんのよ。古泉くん、やっぱりおかしいわよ。  おかしいから、人を殺しちゃったりするのよ。私は関係ないからね。  大体、死体をどこに隠したか聞いたのだって、私は古泉くんの心配をしてたのよ?」  どうしてそんな嘘と分かる嘘を吐くのだろうか。 「もし見つかったら、古泉くん、きっと酷い一生を送ることになるわよ。  刑務所に入って、仮に出所できたとしても、世間からは偏見の眼で見られ……、  こわいわね。世間って酷いものよね。  古泉くんだって、そんなことで人生を棒に振りたくないでしょう?」  どの口がそんなことを言うのだろうか。もう既に僕の人生は、あなたの所為で滅茶苦茶だ。 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:04:15.80 ID:FAxO9TvP0 「僕は別に構いませんよ」  彼女の顔が引き攣る。 「ああ、そう。じゃあ、自首でもなんでもすれば?  古泉くんとも今日でお別れかしらね。  短い間だったけど、副団長ご苦労様」  話は終わったとでも言わんばかりに、スカートを翻し、僕に背を向ける彼女。  けれど、彼女はそのまま歩き出すことは出来ない筈だ。数分後、彼女はまた 僕と向かい合っている。そうせざるを得ないのだ。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:10:29.57 ID:FAxO9TvP0 『死体はどこに隠したの』  彼女の歩みが、ぴくりと止まる。 『大丈夫ですよ』 『そういうことを聞いてるんじゃない! どこに隠したのよ』  震えながら振り向く彼女。 『絶対に見つかりませんから』 『古泉くんってさ、ちょっとおかしいわよね』  あなたは、異常なことがお好きじゃないですか。  だから、そんなあなたに異常をプレゼントして差し上げただけですよ、僕は。 「一部始終を、テープに取らせていただきました」  喜んで受け取ってくださいますよね。 「自首でもなんでもすれば? と仰いましたね。  自首しましょうかね。このカセットテープと共に」 「いや、いや、こ、古泉くん、だめ、違う、それは……」  慌てて駆け寄り、僕からテープレコーダーを奪いとろうとする。けれど、その手は 震えていて、全く力など入っておらず、振り払うことは容易だった。 「共犯者ですね、僕たち」 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:17:52.64 ID:FAxO9TvP0 「どうしたの、古泉。なんだか、最近御機嫌じゃない」  森さんは優しい人だ。  僕が喜んでいると、まるで自分のことのように喜び、僕が悲しんでいると、 まるで自分のことのように悲しみ、そして僕が疲れきっていると、僕のことを 必死で休ませようとする。  もう思い出せないけれど、僕の母はこんな人だったような気がする。 「分かりますか?」 「分かるわよ。オーラが穏やかになったわ」  穏やか。今の僕の現状には似ても似つかない言葉だ。 「そうですか」 「どんないいことがあったの?」  慈愛を含む瞳で見つめてくる彼女に、あのカセットテープを聞かせてやりたい。 けれど、我慢だ。それは出来ない。 「内緒です」  もう少しだけ、楽しみたいんだ。 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:30:49.18 ID:FAxO9TvP0  朝比奈みくるが失踪したとされて、一ヶ月が経った。  もう彼も、朝比奈みくるの名前を出すことはなかった。まるで最初から居なかった 人物のようだ。彼女の淹れるお茶の味も、もう思い出せない。  涼宮さんとも、あまり喋らなくなった。喋る場が無くなったのだ。自然と、団活は無くな っていった。長門さんは、毎日あの部屋で本を読んでいるようだが、もう、あまり集まら なくなった。どうしてそうなったのだろうか。よく分からない。  無口な宇宙人しか居ないと分かっている部屋に、自ら好んで行くほど、イカれてはいない。 学校が終わると、家に帰り、閉鎖空間の発生を告げる電話が鳴れば、現場に行き、そして それ以外の時間は、カセットテープを聴くようになった。 『私は本当に殺してもらおうだなんて思ってなかった!』  ふふ。 『殺人者は古泉くんだけなんだから! 私は悪くない!』  くくく。 『だから、死体が見つかっても、私は何も関係ないんだからね』  ははははははは。  時折、僕の彼女に対するこの気持ちは何だろうかと考える。  こんなに一人の人間に執着するなんて異常かもしれない。  これが恋なのだろうか。いや、違う。僕は決して彼女のことが好きなわけではない。  強いて言うならば、復讐心。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:35:24.69 ID:FAxO9TvP0 「古泉」  放課後、僕の教室の前に珍しい人物が立っていた。 「おや、どうしたんですか」 「いや、ちょっとな」  久しぶりに見る彼は、少しやつれているように思えた。 「大丈夫ですか、具合が悪いようですが……」 「いや、大丈夫だ。ちょっと、話せるか?」 「ええ、それは大丈夫ですが……」  よく見ると、目の下のクマも酷い。 「じゃあ、ちょっと、公園ででも話さないか」 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:44:20.94 ID:FAxO9TvP0 「それで、どうしたんですか」  ベンチに座り、本題を問うと、彼は少し気まずそうにした。 「少し言いにくいことなんだが」 「ええ」 「ハルヒのやつが、おかしいんだ」  思わず噴出しそうになる。彼女なら随分前からおかしい。そう、三年程前から。 「具体的に、どういう風にですか?」 「……朝比奈さんが居なくなっただろう」 「ええ……」  どうしてその話が出てくるのだろうか。 「この間、ハルヒと電話をしていたんだ。……それで、俺が朝比奈さんの話を振ったんだよ」 「ええ」 「そしたら、ハルヒが急に喚きだしてだな……」 「喚く、とはどういう風なことを」 「耳元でガンガンガンガン煩かったから、逆に聞き取り辛かったんだが……、  みくるちゃんが居なくなったのに、まだみくるちゃんのこと気にかけてるの、だの、  私は殺してない知らない、だの、カセットテープさえ取り戻すことが出来れば、だの」  想像するだけで笑えてくる。実際に聞きたかった。彼は、その様子を録音したりはして ないのだろうか。 「あとは、その……」  僕の顔をチラチラ見ながら、彼が発言すべきかどうか迷っている。なんだろう。そこまで 言っておいて、言いよどむのもおかしな話だ。 「あとは、なんですか」 「古泉くんが、みくるちゃんを殺したのよ、だの」 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:50:58.91 ID:FAxO9TvP0 「僕が、ですか?」  目を見開き、声も高めにそう言うと、彼は安心したような表情になった。 「ああ、いや、すまん。お前のことを疑ってたわけじゃないんだ。  寧ろ、俺が疑ってるのは……ハルヒなんだ」 「と、いいますと」 「その日から、おかしいんだよ。ほら、席が後ろのやつの独り言って、  結構よく聞こえるだろ? ハルヒって、別に前までは、独り言多い  やつじゃなかったんだよ。でも、その日を境に、ブツブツブツブツ  聞こえるんだ。教師の声に遮られて、全部が全部聞こえるわけではないんだが……」 「何を言ってるんですか、涼宮さんは」 「……お前を」  いつもは気だるそうな彼の眼が、今日は真剣に見開かれている。僕は、それを、 不思議な気持ちで見ていた。なんだろう、まるで第三者として、自分の視界を見て いるかのような……。 「お前を殺す、と」   61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 22:58:16.85 ID:FAxO9TvP0  家に帰り、ベッドになだれ込み、彼との会話を思い出す。 『お前の殺す、と』  はは。  乾いた笑いしか出なかった。  共犯者、なのに。  共犯者とはそういうものではない筈だ。もっと、支えあう存在じゃないか。いや、別に 僕は彼女と支えあいたいと思っているわけではない、けれど、彼女にはあまりにも共犯 者としての自覚が無さ過ぎる。 「身勝手な人だ」  声に出すつもりはなかった。けれど、気がついたら、言葉として口を出ていた。 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:06:14.51 ID:FAxO9TvP0  それから、放課後、彼と落ち合うようになった。 「ハルヒと、今度の日曜日遊ぶ約束をしたんだが」 「楽しそうですね」 「そんなわけないだろ。あいつ、俺のこと財布だとしか思ってないからな」 「そうでしょうか」 「そうだろ。SOS団の、不思議探検のときの、俺の財布のこき使われ方を見れば分かるだろ」 「あれが彼女の愛なんですよ」 「そんな愛は要らんがな」  度々、彼は、彼女が邪魔だというような発言をした。 「俺、実は松延のことが気になってるんだ」 「松延さんですか」 「ああ、素直で小さくて可愛い子なんだ、これが」 「そうなんですか」 「でも、松延と喋ってると、決まってハルヒが邪魔してくるんだ」 「あなたのことが好きなんですよ」 「そんな好意は要らないんだがな」  彼の口から、彼女の悪口のような発言が出るたびに、僕は幸福を覚えた。 もっと言え、もっと言え、と思う。  機関全員から肯定されている彼女の存在を、もっと否定してくれ。 「古泉、お前は、ハルヒのこと好きか?」 「愛すべき方だとは思いますよ」 「愛すべき、なあ……。お前、個人としては、どうなんだ?」 「……僕、個人としてですか?」 「ああ」 「……そうですね……。内緒です」 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:15:11.50 ID:FAxO9TvP0 「なんだそりゃ」  不平の声を上げながらも、彼は笑っていた。僕の本心が分かったのだろう。 「なあ、お前も、ハルヒが邪魔だと思うことあるんだろ?」 「さあ、どうでしょうね」 「提案があるんだ」  ニヤニヤとしたその顔は、いつか見た涼宮さんの顔とよく似ていた。  化け物の顔だ。 「ハルヒを殺さないか」  デジャブ。なんだろうか、これは、どこで聞いたのだろう。  いや、聞いたのではない。僕は以前、これによく似た台詞を言ったのだ。 「はは、殺すだなんて物騒ですね」 「古泉。笑い話じゃない。えらくマジだ」  確かにその目は本気だった。本気で、そして狂っていた。 「あいつが居たら、俺は普通の青春を謳歌出来ないんだ。  お前だって、そうだろう。あいつの所為で、たくさんの普通を奪われただろう」  その言葉は、僕の言葉へ、ゆっくりとけれど確かに進入してきた。 「もう、いいんだよ。長門もそうじゃないか。あいつに振り回されて。  皆被害者だ。殺したっていいんだ。あんなの公害だ、公害」  心臓がどくどくと鳴っているのが分かる。 「あんなのにいつまでも囚われてる必要は無いんだ、そうだろ?」  僕は、何も答えられない。 「古泉。一週間、待っておいてやる。いい返事を期待してるからな」 77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:21:36.70 ID:FAxO9TvP0 「じゃあ、俺は帰るから」  一人公園に取り残された僕は、彼の言葉を頭の中で繰り返していた。 『お前だって、そうだろう。あいつの所為で、たくさんの普通を奪われただろう』  確かにそうだ。彼女さえ居なければ、僕はいまごろ普通の男子高生で、家に帰れば、 おかえり、といってくれる人が居て、そして、あたたかいご飯を食べて、幸せな気持ちで 入浴をし、ほどよい疲労に包まれながら眠っていた筈だ。  それが、どうだろう。いまのこの生活は。  電気のついていない暗い部屋に帰り、コンビニ弁当を、もそもそと食し、薄暗い中入浴 をし、気持ちの悪い疲労に包まれながら、気味の悪い静寂の中を一人で眠る。  けれど、今更彼女をどうかしたからといって、普通が手に入るわけではない。  そう思い、朝比奈みくるを殺したのだ。  どうせなら、涼宮ハルヒを異常にしてやれ、と。  それが最高の復讐なのだ。  殺してしまっては、それではいけない。だめなのだ。 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:26:24.40 ID:FAxO9TvP0  一週間、という期限は、あまりにも短いように感じた。  あっという間に、日は過ぎていく。 「あと二日か……」  ぼそりと呟いた、そのときだった。 「古泉くん、なんか女の子が呼んでるよ」  隣の席の子が、トントンと肩を叩き、教えてくれた。誰だろうか。 のろのろと席から立ち上がり、声の主を見る。 「古泉くん、ちょっと来て」  随分と変わった、涼宮ハルヒがそこに居た。 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:32:45.10 ID:FAxO9TvP0 「屋上まで行きましょう」 「でも、あと三分ほどで次の授業が始まりますが……」 「サボればいいでしょ」  彼女の髪はボサボサだった。制服も薄汚れている。頬はこけ、目には力が無い。 声もしゃがれてしまっていて、以前のはきはきとしたものとは、全く異なっている。 「随分と、変わりましたね」 「ふふふ、分かる?」 「ええ、それは意図的にやってらっしゃるんですか?」 「ふふふふふふふふふふ」  不気味だった。  確かに、僕は彼女が異常になればいい、と願った。けれど、これは違う。なんだか違うのだ。 「涼宮さん、僕、教室に戻ります」 「嫌よ、古泉くん。屋上に行くの。ふふふふ」 「いえ、次、数学なんです。中野先生、凄い怖いじゃないですか」 「ふふふふふ、中野は今日、出張よ」  そのとき、チャイムが鳴った。彼女はニタリと笑う。 「一秒遅れるのも、一分遅れるのも、一時間出ないのも変わらないわよ。  私、古泉くんに話があるの。いいでしょ?」  冷や汗が背中を伝う。 「ね、いいわよね?」  何を怖がっているのだろうか、僕は。 92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:37:07.69 ID:FAxO9TvP0  屋上へ出ると、心地よい風が吹いていた。少し、ほっとする。 「ねえ、古泉くんさあ」  僕の方は見ずに、空を見ながら、彼女は話し始める。 「みくるちゃん殺したのって、なんでか分かってる?」 「彼と、涼宮さんの邪魔をしたからです」 「そうそうそう。そうなのよね」  そう言いながらも、陽に照らされた彼女の顔は、死人のようだった。 「でもさ、みくるちゃんが消えても、全然うまくいかないの」 「はあ」 「あのね、私のクラスに松延っていうのが居るのよ」 「……ええ」 「知らないだろうけど。すごい不細工なの。もう、人間とは思えないくらいのブサ」 「そうなんですか」 「そうなのよ。そいつが、邪魔してくるの」 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:42:51.20 ID:FAxO9TvP0 「私とキョンが喋っている間に、割って入ってくるのよ。  ねえ、どう思う? ありえないでしょ?  私とキョンってお似合いじゃない? 美男美女って感じで……。  でも、あいつは美女じゃないのよ。キョンとお似合いなわけないの!  ふふ、ふふふふふふふふふ、で、気づいたのよ。  キョンってB専だったのねぇ、ふふふふふ。私、美人過ぎたんだわ。  ねえ、見て? いまの私、凄い不細工でしょう? 髪の毛もボサボサだし、  目の下にクマも出来てる。制服だって、もう三日も洗ってないのよ?」 「……」  何もいえなかった。そもそも彼女の言っていることが理解出来なかった。  狂ってしまった。  彼女は本当に狂ってしまった。 「でも、不細工になったのに、キョンは松延とつるむのよ!  おかしいじゃない、そんなの! なんで、どうして、なんでよ!  私は、キョンのためにみくるちゃんまで殺したのに!  あ、ねえねえ、もういいわ。みくるちゃん殺したの私にしていいわよ。  古泉くんは何もしてないわ。私がキョンのために殺したの、ふふふ」 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:47:44.66 ID:FAxO9TvP0 「でね、松延を殺そうと思ったの。  みくるちゃんを私が殺したことにするっていっても、  実際みくるちゃんを殺したのは古泉くんなんだものね。  キョンは多分それが気に入らなかったのね。  だから、私に構ってくれなかったのよ。  お前の愛は、そんなものか、って絶望しちゃったのね、きっと。  だから、松延を殺して、私の愛情の深さを教えてあげようと思ったの、ふふふ」  無責任な程に青い空が、とても白々しく見えた。  僕が、彼女をこんな風にしてしまったのだろうか。  違う。こんな復讐がしたかったわけではない。  もっと、正常な状態の彼女を追い詰めたかったのだ。 「でもね、気付いたのよ。ねえ、古泉くん聞いてる?」 「ええ、聞いてますよ」 「そう? なんか、私の眼、見てない気がしたから。  ……ああ、私、いま不細工なんだった。あんまり直視したくないわよね。  それでね、気付いたのよ。松延を殺しても、どうにもならないってことにね。  邪魔者なんて次から次へと沸いてくるの」 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/23(金) 23:55:41.28 ID:FAxO9TvP0 「だから、気付いたのよ」 「何に、ですか」 「ふふ、ふふふふふふふふ、ふふ。  キョンを監禁しちゃえばいいのよ。そうすればキョンは私のものなの。  それでね、キョンを遊びに誘ったりして、家に招こうと思ったんだけど、  中々来てくれないのよ……。  で、さ。古泉くん、最近、キョンと放課後遊んでるでしょ?」  ドキリとした。まさか、どこかから会話を聞いていたのではないだろうか。 「キョン、古泉くんのことなら信頼してるみたいだから、  ……なんとかうまく古泉くんからキョンを誘い出してくれない?」 「……誘い出すとは?」 「そうね……三日後の土曜日くらいに、遊びに誘って、  そして、そこで飲み物を買ってあげて飲ませるでしょ?  その中に、睡眠薬を混ぜて、眠りについたキョンを私が受け取るわ」 「…………」 「すぐに答えが出せないのは分かるわ。  でも、あんまりもたもたされても困るのよ。  出来れば、明後日までには答えを出して欲しいんだけど……」  二日後。  偶然にも、彼が申し付けてきた期限と同じだ。 127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:06:02.90 ID:Vg7picEA0  教室に戻り、席に座り、ひたすらに考える。  一体どうするべきなのだろうか。  彼は、ハルヒを一緒に殺さないか、と言い、彼女は、彼を監禁したいから 誘い出してくれと言う。  どちらの言うことを聞くべきなのだろうか。  もう正直、どちらにも関わりたくなかった。  もとはと言えば、自分の巻いた種だ。自業自得だ。  けれど、尻拭いをする気にはなれなかった。  いっそのこと自首をしてしまった方が楽かもしれない。 『ふふふふふ』  頭の中で彼女の笑い声が反響する。  彼の話によると、僕のことを殺そうともしていたらしい。  彼女は敵に回したくない。  けれど、だからといって、彼女に彼を明け渡すのも、後味が悪い。 『ふふふふふ』   139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:15:59.75 ID:Vg7picEA0  放課後、僕は部室へと足を走らせた。  きっと彼女は居る筈だ。無表情で、読書をしながら、椅子に座っている筈だ。 「長門さん!」  扉を勢いよく開け、名前を呼ぶと、案の定、彼女――長門有希は居た。  彼女はそろりと本から顔を上げ、僕を見るなり言った。 「何」  その無機質な声に、まさか安心する日が来るとは思いもしなかった。 「いえ、その……」  ここまで来たのはいいものの、何を話せば良いのかが分からない。  いや、彼女のことだ。案外全てを見抜いているような気がする。 「変化無し」  発言内容を悩んでいると、ふいに彼女がそう呟いた。  変化無し……変化無しとは、何だ? 「すみません、あの……変化無し、とは……」 143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:22:09.65 ID:Vg7picEA0 「これで、1917回目」  全くわけが分からない。 「あの……説明を……」 「記憶が無いのは、これで1879回目」 「記憶が無い?」 「そう」  長門さんの無機質な目は、少し悲しそうに見えた。 「前回は、記憶があった」 「すみません……あの、記憶、とは……」 「前回の記憶」 「……前回とは」  長門さんは本を閉じ、僕と向き合い、話し始めた。 150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:29:48.99 ID:Vg7picEA0 「最初にループが起こったのは、彼と朝比奈みくるが付き合ったため。  涼宮ハルヒが無意識的にループを起こした。  けれど、ループを起こしても変わらないものは変わらない。  彼と朝比奈みくるは毎回毎回付き合い、そしてその度にループは起こる」 「三十二回目のとき、あなたには記憶があった。  彼と朝比奈みくるを付き合わせないように、と最大の努力を払った。  けれど、無理だった。二人はまた付き合い、そしてまたループは起きた」 「二百五回目、また、あなたには記憶が蘇る。  あなたは今度、朝比奈みくるを殺す。  それは最初は、彼と朝比奈みくるが付き合うのを阻止するためだけだった。  けれど、その回を境に、あなたは段々とおかしくなる」 「それから、あなたは毎回、朝比奈みくるを殺した。  殺人理由は、段々と涼宮ハルヒへの復讐へと変わっていった。  ループの記憶が無くても、殺人の記憶だけは受け継がれているかのように、  あなたは毎回毎回朝比奈みくるを殺した。  今回のように、涼宮ハルヒの能力を利用したこともあれば、  あなたが自分の手で殺したこともあった」 160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:37:39.88 ID:Vg7picEA0  信じられなかった。  僕はこんなことを何回も何回も繰り返していたのだろうか。 「朝比奈みくるを殺したあとで、彼と一緒に涼宮ハルヒを殺そうとしたこともある。  けれど、即死させることは出来ないため、朦朧とした意識の中、涼宮ハルヒはまたループを起こす」 「彼を涼宮ハルヒに明け渡したこともあった。  けれど、彼は毎回すぐに死んでしまう。  理由は不明。……彼が死んだことを認めたくない涼宮ハルヒは、またループを起こす」 「私へと相談を持ちかけてくるのは、これで、1328回目。  けれど、当然私にも解決策が分からない。  もたもたしているうちに、松延と彼が付き合い、涼宮ハルヒはループを起こす」  頭痛がしてきた。これは本当の話なのだろうか。 「仮に、松延さんを殺したらどうなるのですか」 「彼も後追い自殺をする。涼宮ハルヒはループを起こす」 「そんな……。それじゃあ、このループからはどうやって抜け出せばいいのですか」 「不明」 167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:45:16.91 ID:Vg7picEA0 「不明って、じゃあ何回も何回もこんなことを繰り返すんですか!」  思わず怒鳴ってしまう。  けれど、彼女は動揺した様子もなく、僕の質問に、こくんと頷く。  その冷静さにも腹が立った。  彼女の胸倉を掴み、壁に叩き付けた。彼女は呻きもしない。  そのことにまた腹が立つ。  何度も何度も彼女を壁に叩きつけると、彼女の頭から血が出てきた。 「あなたが私を殺すのは、四十三回目」  長門さんは無機質な声でそれだけ言うと、そっと目を閉じた。 177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:53:31.70 ID:Vg7picEA0  目が覚めて、これが1918回目だと気付く。  またループからは抜け出すことが出来なかった。  いつも通りの日常。  放課後、部室に行くと、古泉一樹が先に来ていた。 「こんにちは」  彼の挨拶に、頷くと、ふ、と彼が笑った気配がした。 「1918回目ですね、長門さん」  今回は記憶がある。 「ふふ、前回は殺してしまってすみません。痛かったですか?」 「痛覚は無い」 「そうですか。長門さん。今度こそ、ループを抜け出しますよ」 「どうやって」 「ふふ、焦らないで下さい。これはいい考えです」  笑みを浮かべながら、そう言う古泉一樹。  彼がとてつもなく不思議な生き物に見え、じっと眺めていると、彼は私の眼を見て、 嬉しそうに呟いた。 「共犯者ですね、僕たち」                                        (完) 187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/24(土) 00:55:41.10 ID:Vg7picEA0 見切り発車で、ところどころ矛盾があり、 そして腑に落ちない終わりだったと思います。すみません。 保守をしてくれた数多くの方に感謝します。ありがとうございました。 今度投稿する際は、きちんと一度書きおこしてからにします。 本当に、駄文につき合わせてしまいすみませんでした。 それでは、おやすみなさい。よい休日を。