キョン「また野球か…対戦相手は…古河ベーカリーズ?」 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 21:21:32.24 ID:wf+186o10 「みんなー!今度の日曜日また野球するわよ!」 今週もまた例に違わず俺の休日が返上となった瞬間である。 放課後のほんの僅かな、本当にほんの僅かな俺の安らぎのひと時にまた奴はRPGをぶち込んだわけだ。 ハルヒの手の中で風に揺らぐ一枚の紙。その紙面には間違いなく「野球大会」の文字がある。 部室が一瞬静寂に包まれた。 また野球をするってのか。もうあれで満足したかと思ったがどうもそれは俺の大きな誤算だったらしい。 俺は何も言わずに額に手のひらを当てた。 やれやれ。来週の月曜日は坂をあがるのに一苦労しそうだ。 とりあえず俺は同意しないことを示さんと口を開こうとしたそのコンマ1秒前だ。 「……なるほど。スポーツは我々学生にとって大切な学習の一環と言えますし」 団員としての感想を最初に述べたのは古泉だった。 大抵の場合肯定的な意見しか言わない古泉が第一声を放ったのは少しまずかったかもしれない。 ここで俺が文句を垂れてももう遅いだろう。畜生。もう1秒早く口を開いて文句を言えばよかったものを。 しかし時すでに遅し。こうなれば決まったも同然である。 「わ、わぁ〜。またやるんですかぁ?」 続いて朝比奈さんが是とも否とれる発言をされた。俺にとっては否だがハルヒにとっては間違いなく是だ。 長門は相変わらず無言のままハードカバーに視線を落としている。 ……残ったのは俺だけか。ここで否定するのは最近流行の「KY」って奴になるのだろう。 「で、また9人集めて来いって言うわけか、全く」 俺はとりあえず谷口と国木田に連絡を入れるべく携帯電話を開いた。 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 21:29:37.56 ID:wf+186o10 「ただいま帰りました〜」 渚の声が閑散とした店内に響く。 オッサンがレジの前に突っ立ってるかと思ったが予想に反して誰もいない。 置くからパタパタと足音が聞こえてきた。 「あら、お帰りなさい。渚、そして岡崎さんも」 早苗さんがレジの前に下りてきた。 「またオッサンは店番ほっぽりだしてどっかに遊びにいったみたいですね」 たぶん公園で子供を相手に野球でもしてるんだろう。 渚としゃべっていてあまり気にしてなかったが。 「はい。秋夫さんなら公園で野球をしてますよ。なんでも試合が近いとかで、随分はりきってました」 試合?と俺と渚が顔を見合わせた。 「って、事は……アレだな」 「お父さん、また私たちで野球をするつもりなんじゃ……」 早苗さんはエプロンの前で手を合わせるとニッコリ微笑んだ。 「はい。そのとおりです。よくわかりましたね!」 ……さて、今回はちゃんと9人集まるんだろうか。 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 21:49:28.70 ID:wf+186o10 谷口を昼飯で買収したり、国木田に頭を下げるなど紆余曲折があったがとうとう日曜日がやってきた。 学校がある日よりも早く目覚ましに叩き起こされフラフラと身支度を整える。 ちょうど部屋を出てきて 「あー、間に合わなかったー」 と、残念がる妹を尻目に一階に降りた。 時間に余裕がないので朝食を軽く済ませると妹を急かして家を出る。今日は結構遠出になるそうだ。 財布を除く。二人分の交通費と食費は間違いなく足りるが今日は他人の奢りは無理だな。 駅前にはすでにSOS団+ゲスト数名が到着していた。 一応5分前ではあるが団長から罰金命令が下る。 こうなったら前回のように相手のチームから賞金をせしめるしかなさそうだ。 「おはようございます、キョン君、妹ちゃん」 わがエンジェル朝比奈さんからご挨拶を頂戴した。これが俺一人に向けての者なら最高だったのだが。 「やぁ、おはようございます。集合時間前ですが、まぁいつものことです。  何なら僕がいくらかカンパしますが」 「いや、俺は男から情けは受けない主義なんでな、悪いが遠慮しとく」 古泉は肩をすぼめると、「そうですか」と笑みを浮かべた。 ホームに小豆色の電車が入ってくる。 長門は相変わらずの様子で文庫本のページをめくっていた。 今日は反則技はなしで行きたいものだが……またこいつに頼ることになるんだろうか。 とりあえず、俺は「何も起こらない」ことを一心に願いながら電車に乗り込んだ。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 22:05:53.00 ID:wf+186o10 試合当日の朝、古河パンの入り口には「本日青春の為休業」という張り紙が張られていた。 扉を押して中に入る。何も並んでいないパン屋。 「ちーっす。入るぞ、渚ー」 パンが並んでいないだけでこんなにも違って見えるものかと奥へ進みながら思った。 居間ではちょうど早苗さんと渚が弁当を包んでいる最中だった。 「あ、朋也くん。おはようございます」 「あら岡崎さん。朝からお世話様です。寝不足じゃありませんか?」 二人の笑顔がまぶしい。 「いえ、そんな。学校行くよりか遅いぐらいですし」 「おー、なんだ小僧、朝から俺の妻と娘を口説こうってか、いい度胸じゃねえか」 畳を踏みしめオッサンが登場した。手にはグローブとバットを抱えている。 「どこをどう見れば俺がそんな風に見えるんだ」 「お前の全身全挙動を見てたらそう見えたんだよ。悪いか?」 「悪い」 俺はきっぱりと言い放った。 「お父さんも朋也君も元気そうでなによりです」 「はい。今日の試合も大丈夫そうですね。私も渚も精一杯応援しますからね!」 ま、いつもどおりなんだな。 出発まであと10分ってところか。それまで俺は早苗さんのお茶をいただくことにした。 「てめぇ!誰に許可もらって早苗の茶なんかすすってんだ!しばくぞコラァ!」 「早苗さんだよ!あんたの目の前でやりとりしてただろうが!」 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 22:19:04.58 ID:wf+186o10 会場に着くとすでに相手チームがグランドに立っているのが見えた。 見る限り社会人チームであるとか、高校野球経験組であるとか、そういう専門的集団には見えなかった。 体操服が半数いるがこちらとさほど変わらないように見える。 男女比も大してかわらなそうだ。 「今回は裏技を使わずに済みそうですね」 いつの間にやって来たのか、古泉が俺のすぐ隣で同じ方向を見ていた。 「あぁ、ただこれで負けたらハルヒになんと言われることやら……」 はぁ、とため息が出た。 そうだ。前回と違い今回は素人集団……と、思われる集団と対戦することになる。 プロ集団にボコボコにされるならまだ慰めようがあるが今回そうは行かないと言うことだ。 できれば勝利、少なくとも善戦はしなくてはならない。 「まさか今回も俺に期待してる、とか言うんじゃなかろうな」 「おや、もうお分かりになっていましたか。まさにその通りです。  貴方はこの団の中で涼宮さんからもっとも信頼を置かれている存在ですから」 いや、そんなプレッシャーをかけられても困る。 しかも俺が信頼されてるだと?冗談じゃない。 「俺にそんな事いっても無駄だぞ。谷口にでも言ったらどうだ?  朝比奈さんが言ってた事にすればきっと喜んで期待に答えてくれるだろうよ」 「んっふ、キョン君も憎い人です」 古泉は笑うと「行きましょう」とグラウンドに入っていく。 俺と古泉に続きほかのメンバーがぞろぞろと緑色のフェンスの間を通って行った。 前回と全く変わらないメンバーが。 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 22:33:52.56 ID:wf+186o10 俺はベンチに座りメンバー登録用紙に名前を書いた。 それを春原に回すと大きくもたれ掛かり無機質な天井と向き合った。 「それにしてもまたこのメンバーで野球をするとはねー。  ま、楽しいから別にいいんだけどさ。」 視界に割り込んできたのは杏だった。 「そうかい。そりゃあよかった」 「ちょっと、何よその返事は!あんたがどうしてもって言うから来てやったんじゃない!  私を呼んだ以上はそれに見合った仕事をあんたもしなさいよ?」 杏が俺の頭をガシッとつかむとギリギリと力を入れた。 「はっひおいっえうおおかちがぁー!」 「何ぃ?聞き取れないわよ?物を言うときは人にわかるように言うもんでしょ!」 「お前が顎と脳天を押さえつけてるからしゃべれねーんだよ!」 俺は呪縛から抜け出すと杏と向き直った。 「ちゃんとしゃべれるじゃなーい」 「だーかーらー!」 杏に食いかかろうとする俺の肩を誰かが引っ張った。 「ケンカはよくないの。野球はチームプレイなの……」 ことみだった。その後ろには椋もいる。両者とも心配そうなまなざしを送っていた。 「お姉ちゃん、岡崎さんも、ちゃんと仲良くしないと……」 さらに会話に春原が割り込んだ。 「いーんじゃないのー?お二人さん。夫婦みたいでさぁ、お似合いじゃん」 その発言を残して春原は杏の辞書砲with中日辞書(逆引き付き)を食らいベンチの藻屑と消えた。 「お前ら、相手様のお目見えだぜ」 オッサンの言葉に全員の視線がグラウンドの反対側に注いだ。俺らとなんら代わりのない、学生集団だった。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 22:50:13.09 ID:wf+186o10 ベンチに到着するとハルヒはすぐに 「偵察にいって来るわ!」 と残して相手ベンチへと突撃して行った。多分「喧嘩売ってくる」の間違いだろう。 持ってきた荷物を整理していると相手ベンチから誰かが走ってくるのが見えた。 「どうしました、うちの団長が何か問題でも起こしましたか」 「いや、別に私は苦情を言いにきたわけではない」 長い銀髪の女の子だった。朝比奈さんとは違うベクトルの美しさの持ち主だ。 「これを渡しに来た。メンバーの登録表だ。」 クリップボードにはさまれたボールペンと一枚の紙を手渡される。 「あぁ、ありがとうございます」 「そっちのチームは9人しかいないように見受けられるが……  それに一人は小学生ぐらいの女の子じゃないか。大丈夫なのか?」 「あ、いえ。ご心配なくとも俺らは平気ですから」 少し考えていたようだが少女は顔を上げると微笑んだ。 「……そうか。ならよかった。やるからには正々堂々、試合をしよう。では」 見た目もさわやかだが行動もさわやかだな。 そして俺は彼女は朝比奈さんと違い、肉体的な意味でも強そうだなと思った。 朝比奈さんには失礼だったかもしれないが。 「おーいキョン、お前もグローブ選べよ。涼宮が来る前にさ」 「そうだよキョン。随分硬さに違いがあるしね」 おれはあぁと答えるとすでにグローブをはめ手をばんばん叩いている鶴屋さんにクリップボードを手渡した。 「登録票です。適当に名前を書いて置いてください」 「了解っ!みんなに回せばいいんだねっ!」 その通りですと残しグローブの入っているバスケットに歩み寄った。 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 23:07:29.31 ID:wf+186o10 「おい岡崎、あれ見ろよ」 いつの間にか復活していた春原に小脇をつつかれた。 指差すほうを向くと、さっきまで素振りをしていたオッサンが誰かとしゃべっていた。 「けっこうかわいいよな、あの子。相手チームの子かなぁ」 春原の顔には「彼女候補」とでっかく書かれていた。アホかこいつは。 だがよく見てみるとオッサンと何か口論になっているようだった。 「……いや、どうだろうな。見ろ。オッサンと言いあってるぞ」 「あー、そういやそうだな。何言ってんだろう」 あの口の悪いオッサンを相手にしてるのだ。きっと杏みたいな性格の奴なんだろう。 「なんか杏みたいな奴だなー。あんなに性格キツいんなら俺は断然パスだな」 俺もそう思っていたところだ。だが春原。お前はもう少し周りをみて物を行ったほうが良い。 「ほぉー、私みたいなのが、なんだってぇ?」 「……えっ?」 俺は騒動に巻き込まれる前にさりげなく席を立った。 「お、岡崎っ、ちょっ!た、助け……!」 「すまない春原。お前の行った事は多分正しい……だが、俺にはお前を助ける義理は無いっ!」 「なんでそんなに薄情なんすか!俺を見捨てるのかよ岡崎ー!」 ギロリと殺意の視線を感じたので俺は足早にその場を後にする。 「いひいいいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃ!!!」と、春原の断末魔が俺の背を追ってきた。 審判がグラウンドを横切ってくるのが見えた。そろそろ試合も始まるようだ。 オッサンが文句を垂れながらベンチのほうに戻ってくる。 客席で公子さんと話をしていた芳野さんに声をかけると俺は整列の号令を待った。 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 23:23:49.33 ID:wf+186o10 一同がホームベースに介する。 9対9ではあるが、どうやら相手チームには補欠がいるらしい。 チームリーダー同士が面と向き合った。もうすでに火花が散っている。 「ふっふーん!あんたたちなんて私達がこってんぱんにしてやるわ!」 「ほーう、上等じゃねえか小娘。泣いて謝ったって勝ちはゆずらねえから覚悟しやがれ!」 うちの団長は言うまでも無いが、相手のリーダーも相当大人気ない。 メンバーはどちらも男女比4:5。一見するといい勝負になりそうだが、こっちはほぼ戦力0が2人ほど居る。 長門もカウントに含めるとしたら3だ。実質9:6で試合をするようなものだろう。 目の前に立つ金髪の少年もなんとなく体育会系という感じがする。 しかも相手チームにはちらほらと社会人の姿が見受けられた。 一番最初に立てた見立てはどうやら役には立たなそうだ。 「おねがいしまーす!」 リーダー同士の怒号にも似た挨拶が飛んだ。 それに続いてメンバー同士の控えめな「おねがいします」が続く。 さっき言葉を交わした少女と目が合った。 「そっちは苦労も多いかもしれないが、でも全力で戦えばきっと何とかなる。  それに何かこう、秘策もあるんだろう?なんとなくそんな気がするんだ」 「秘策、ですか。まぁ、無いわけではないが……使いたくは無いですね」 なにしろ反則技だからな。 「ほう、そんなに強力な物なのか。  ではその秘策とやらを出させるぐらいの勢いでこっちもがんばらせてもらうぞ!」 ははは、と苦笑いをもらす。もう、笑うしかない。 智代ー、という呼び声に答えて彼女はベンチに戻って行った。智代という子らしい。 「キョーン!こっちが先攻なんだから早くしなさーい!」 こっちもお呼びのようだ。やれやれ。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 23:40:48.01 ID:wf+186o10 さて、後攻となった俺らは一度ベンチに戻るとオッサンの元に集合した。 「おいお前ら、連中は俺らの事をなめ腐ってやがる!  いいか、俺らがどんな実力の持ち主か骨の髄にまで叩きこんでやれ!  手加減は無し!全力で行け!守備位置は前回と一緒だ!」 オッサンの手が前に出た。次々にその手の上に手が重なっていく。 最後に俺の手が乗った。よしっ、というオッサンの小さな声が聞こえる。 「古河ベイカーズ、ファイトォーーーーーーッ!」 おーっ!という声がベンチに響いた。 同時に一番下に乗っていたオッサンの手が引っ込み俺の上に叩きつけられた。 バチィーン! 「いってぇ!何しやがる!」 「へっ、ドンくさいお前が悪いんだよ小僧、まだまだだな!」 最もガキっぽいオッサンに小僧と言われる事がこんなにも屈辱的に感じられた事は無い。 一応ポジションをおさらいしておこう。 ピッチャー、オッサン。ファースト、俺。セカンド、芽衣ちゃん。ショート、杏。サード、美佐枝さん。 センター、坂上智代。レフト、芳野さん。ライト、ことみ。そしてキャッチャーは春原だ。 「この試合が終わったら俺……またきっと箸が持てなくなる……」 春原、がんばれ。終わったらお前に早苗さんのパンをいやと言うほど食わせてやるよ。 それぞれのポジションに着くとオッサンが投球練習を始めた。 「がんばってくださーい!」「秋夫さん、ファイトです」「祐くん、がんばって!」「お姉ちゃんしっかりー」 客席から応援が飛ぶ。 応援が無いだけでも相手チームは不利だな、と俺はファーストベースを踏みしめながら思った。 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/14(日) 23:51:45.24 ID:wf+186o10 「あんたたち、あの調子乗ってる社会人どもをぎったぎたのめっためたにしてやりなさい!  いい、ホームラン打つまで帰ってくるんじゃないわよ!」 じゃあ俺らはどこに帰ればいいんだ。 「じゃ、打順決めましょ!はいこれ!私以外の人はこれ引いてね!」 まあハルヒが1番である事はまず間違いは無かった。 あまり物には福があるという昔の偉い人の言葉を信じ、俺は最後に引くことにした。 そして激しく後悔し、昔の人をひどくうらむ結果となった。 打順はまたもや4番だった。 「俺に……期待してるのか、ハルヒは……」 現実を目の前にして俺は眩暈に襲われた。 ベンチに倒れるように腰掛けると俺はバッターボックスに入ったハルヒを眺めた。 「ほら、言った通りになりましたね」 古泉が笑顔で俺の隣に腰をかける。ほら見たことか、といいたげに見えたのは気のせいだろうか。 「悪夢だ……」 コレで結果が出せずに死に目を見るのは俺じゃないか。期待しても結果が伴わないのは良くわかってるだろうに。 ハルヒ、お前はそんなに俺に屈辱を味あわせたいのか。 「プレイボール!」 審判員の声がグラウンドに響き渡る。これが悪夢の始まりで無い事を祈る。 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:07:54.38 ID:4lDsj+Wu0 バッターボックスにショートカットの女の子が入った。黄色いリボンが風に揺られている。 「打順をクジで決めやがったぜ……マジで何考えてんだこいつら」 オッサンの明にも似た声が聞こえてくる。 「うちの団員は優秀なのよ、だからどんな順番になろうが結果は変わらないって事よ!」 なんだか知らないがどうやらものすごく自身があるらしい。 いつでも動けるようにと身構えるとオッサンの手から放たれるボールを追う。 「だがどんな相手だろうと俺は直球勝負でいくぜえええぇぇぇぇぇぇぇ!」 カッコいいんだかアホなんだか良くわからない言葉と共にオッサンの手から剛速球が放たれる。 スパーーーン!という心地よい音と共に春原のグローブに玉がねじ込まれた。 「ストラーイク!」 春原からヘロヘロとボールが帰ってくる。オッサンは得意げにボールを受け取ると再び構えに入った。 1球目は完全に見逃しだったが……ここで相手を見切るのはまだ早い。 相手も1球目で様子を見た可能性も拭いきれない。 第2球が放たれた。と、次の瞬間、バットが大きく後ろに回される。 「なっ!」 体に力が入る。そしてガッキイイィィィンという音と共に打球が大きくセンター方向に飛んだ。 智代が走り出す。流石は智代だ。ものすごい勢いでバックスクリーンに近づいていく。 「イエーイ!ホームラン確実ね!」 そういいながら優雅に目の前を走り抜けて行く打者に視線を配りながらボールを追う。 ……いや、いくら智代でも駄目だ、打球はフェンスを越えてしまう! と、その時、大きく智代の体が跳ね、空中で弧を描いた。 そしてその頂上でボールがグローブの中に入る。 「や、やった!」 思わず大きくガッツポーズをした。だがしかし。 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:20:15.54 ID:4lDsj+Wu0 「マジかよっ!」 このままホームに華麗に帰ろうとしているハルヒではなく、俺ははるかその向こうのセンターを見ていた。 なんと、ホームランボールをダイビングキャッチで捕らえる。 ボールはそのまま反動でグローブから落ちてしまうが走ってきたレフトの男がワンバウンドでキャッチした。 まずいっ!俺はとっさにハルヒに視線を戻す。 その時ハルヒは3ベースを踏み、そのままの勢いでホームに帰ろうとしていた、 「バカッ、ハルヒ、戻れ戻れ!」 一瞬ハルヒの表情が曇った。「え、何?」そう言ったようにも見えた。 センターからものすごい勢いでホームにボールが帰ってきた。 ピッチャーが「ナイス連携!智ぴょん、芳野っ!」と歓声を上げながら受け取り、キャッチャーにつないだ。 「春原ッ!失敗したらただじゃおかねえからなぁ!」 「ウイッス!」 春原と呼ばれた少年……挨拶の時に真正面に居たヤツだが……が威勢のいい掛け声と共にボールをキャッチした。 ハルヒがあわてて3塁を踏みなおす。 「セーフッ!」 春原が投げかけのフォームでホームベースで固まっていた。 「よーっし、その調子で一丁頼むぜぇ、そんじゃ次!」 小さいながらも客席から歓声が上がった。 「すごいです坂上さん、私にはあんなことできません!」 「秋夫さん、気を抜かずにがんばってくださいねー」 「祐君すごくかっこよかったよー!」 地団駄を踏んでいるハルヒをよそに、俺は観客席を眺めた。 ……そうだな、こっちに足りない物。それは人数だけじゃない、応援もだったんだな。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:31:40.03 ID:4lDsj+Wu0 次にバッターボックスに入ってきたのはなんだかひ弱そうな女の子だった。 「みくるちゃーん!がんばってホームラン打ちなさいホームラン!」 「ひ、ひええぇぇ……!が、がんばりますぅ……」 俺には到底そんな力があるようには見えない。 むしろオッサンの球の勢いでそのままどこかに飛んで行きそうだ。 渚みたいな子だな……ふとそんな考えがよぎり俺は渚のほうを振り返る。 そのまなざしは真剣その物だった。 ぼーっとしていると不意に「えーい!」という声と共にボールが空に打ちあがった。 ボールから目を離してしまったためにボールがどこにあるのか、パニックになる。 「朋也ー!上!真上!」 杏の声に空を仰ぐと打球がすでに降下を始めていた。 まさに落下地点はファーストベースだ。 あわててグローブ構えると間一髪、ボールがその中に納まった。 ベースは踏みっぱなしだ。ホームに投げるかとオッサンの顔を見ようとした。 「おい、岡崎ッ!前を見ろ!」 「え?」 芳野さんに言われるがまま前を見た。 そこには目をつぶったまま突進してくる先ほどの女の子が居た! 「ふえええぇぇぇぇぇぇ!」 と、何かを叫びながらこっちにやってくる。 体を動かそうとしたがもう遅い。俺は強烈な体当たりを食らうとそのまま地面に倒れこんだ。 「ぐっは!」 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:39:36.89 ID:4lDsj+Wu0 「朝比奈さんっ!」 豪快に土煙を上げてファーストベースで朝比奈さんがもう一人を巻き込み転倒した。 「岡崎っ!」「ばっ、なにやってんだ小僧!」「岡崎さ〜ん!」「朋也君!朋也君!」 「あっみくるっ!」「あぁ、朝比奈さん!」「みくるちゃぁーん!?」 敵、味方それぞれからメンバーを気遣う叫びがあがる。 俺はベンチを飛び出すとファーストベースに走った。 すでに相手のファーストはセカンドとライトの女の子に介抱されて上半身を上げていた。 「朝比奈さん、だいじょうぶですかっ!」 目じりに涙を浮かべながら朝比奈さんは自力で立ち上がった。 「だ、大丈夫ですぅ、そ、それよりあの、相手の人はっ!」 「俺なら大丈夫だよ」 ホコリまみれになりファーストが立ち上がった。 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:46:55.05 ID:4lDsj+Wu0 相手の女の子は今にも泣きそうな顔をしていた。 しかしここで泣かせてしまっては男が廃る。 「そっちこそ怪我は無い?えっと……みくるさん、だっけか?」 えっ、と相手に明らかに動揺が走った。あ、やば、変な誤解されたかっ!? 「あれ……岡崎さん、この人知ってるんですか?」 芽衣ちゃんも不思議そうな顔で俺を覗き込む。 みくるさんを介抱に来た男子生徒もこっちを怪訝そうに伺っている。 「あい、いやさ、さっきそのサードの子がみくるちゃんって呼んで……はっ、サード!」 気づけばサードには誰も居らず、変わりにホームベースでこちらを伺っている一番打者が居た。 今のも一応俺の注意力散漫が原因って事になってるのか? 「おいハルヒ、さすがにそれは無いぞ。3塁戻れ!」 「えー!?なんでよキョン!いいじゃなーい!」 「駄目だ駄目だ!少しは状況と言う物を考えてからだな…!」 そういいながらホームに向かって行った。 「えっと、あぁ、じゃぁ、今度から気をつけてな」 みくるさんに声をかけ、ベンチに戻るように促した。 「あっ、はい、すみませんでしたぁ……」 駆け足でベンチに戻っていく。 ……やっぱりどこか渚と良く似ている気がする。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 00:53:09.91 ID:4lDsj+Wu0 駄々をこねるハルヒを強制的にサードに戻し俺はベンチに戻った。 「うーん、キョン君もだけど、あの子も隅におけないねぇ!」 帰ってくるなり鶴屋さんに肩を回され絡まれた。 っていうかその「キョン君もだけど」ってどういう意味ですか。 「女の子の名前をこんな短時間で読んじゃうだなんてねぇ!あの子やりおるぞ!  キョン君、気をつけてないとみくるもとられちゃうかもよぉ?」 ちょうど朝比奈さんが帰ってきたところでそんな事言わなくても。 「えっ、なっ!何の話ですかぁ!?」 「あーっはっはっは!いいねー!青春してるねー!」 そんな事をしているうちになぜか3番だった谷口がとぼとぼと戻ってきた。 「なんだ谷口、随分早かったな」 「うっせえ!キョン、お前の番だ!チクショー!」 そういうと谷口はベンチを飛び出しどこかに行ってしまった。 「谷口も大変だなぁ」 国木田があきれたようにもらした。 ……さて、俺も谷口と同じ運命をたどってくるか。 バットを握り締め俺はいざ死地へと向かった。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:01:46.06 ID:4lDsj+Wu0 少しまだ頭がフラフラするが、すでに3番打者を3審に討ち取り2アウトになった。 4番打者はあのみくるさんを介抱にきた男子生徒だった。 「キョーン、あんたこそ私をホームに返しなさーい!!」 3塁ベースでは一番打者がさっきからずっと叫び続けている。 あんなに叫んで良くのどがかれない者だと感心する。 4番打者というせいか、不思議とグラウンドに緊張感が漂う。 ここで討ち取らないとあとでオッサンに何をされるかわからない。 そのオッサンもオッサンでじっと春原のミットに視線を注いでいる。 不意にオッサンの片足が上がり剛速球が放たれる。 バッターが大きく構える。ストレートか……? 「いや……フォークだっ!」 ホームベース上で打球が大きく落ちた。 だがバッターはすでに振り出した後だった。 そしてストライクが一本入ると誰もが信じた……だが、バッターはその期待を裏切ったのだ。 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:06:51.99 ID:4lDsj+Wu0 信じられなかった。まぐれとしか言いようが無い。 コースを変えた球に慌ててバットの振り方を変えたが、当たってしまったのだ。 中学のころ、体育の時間のソフトボールであれほど宙を振りまくっていた俺のバットが球に当たった。 キィーーーン! 打球はきれいな弧を描き、ちょうどファーストとセカンドの間に落ちた。 打てたがこれは急がないと間に合わないっ! 今までに無いほどの力で走った。なんでこんなにマジになってんの俺? いや、今はそんな事よりも走ることだ。ライトが打球を取るとファーストに投げる。 だがラッキーな事にライトの送球は遅かった。間に合う! 地面を蹴り、ファーストベースにダイブした。 ファーストベースにタッチした。そして同時ぐらいにミットから乾いた音が漏れた。 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:12:38.26 ID:4lDsj+Wu0 足元に走りこんだ男子生徒と審判を交互に見た。 すでに3塁の走者はホームベースを踏んでいるに違いない。 だがことみの送球はお世辞にも早いとは言えなかった。なら、ここでアウトにするしかない。 「ど、どうなんだっ!?」 全員の視線が塁審にそそがれた。 俺の額から一筋、汗が流れ落ちた。 「セ、セーフっ!」 わっ、とひときわ大きい歓声が敵ベンチから上がった。 なぜか客席からも拍手が沸いていた。 オッサンがポカーンと口をあけて突っ立っていた。 俺もにわかに信じがたいが、ほぼ同時である以上塁審に従うしか無いだろう。 案山子のようになったおっさんにボールを返す。1テンポ遅れてわれに返ったオッサンの頭にボールが当たった。 「こ、小僧!ボール投げるときは相手を見て投げろっ!」 いや、俺はみてたぜオッサン。オッサンもこっちみてたじゃん。ま、上の空だったかもわからないが。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:24:41.63 ID:4lDsj+Wu0 ハルヒが帰ってきて一点入った後、5番打者長門が盛大な見逃しっぷりでアウトになった。 もうすでに一回野球をやったはずだが、もしかして長門は運動が好きじゃないのかもしれない。 しぶしぶと腰を上げたハルヒに続いてぞろそろとメンバーが守備位置に着いた。 キャッチャーは古泉。ファースト、俺。セカンド、朝比奈さん。ショート、谷口。サード、わが妹。 ライト、国木田。センター鶴屋さん。レフト長門。そしてピッチャーはハルヒだ。 前回と配置が違うのは多少なりともハルヒが学習能力を持っているからではないかと思う。 うむ。これは学会に発表したらきっと大きな波紋を呼ぶに違いない。 初球からハルヒは2塁打をあびせられご立腹の様子。 だがなぜか相手のバッターも相当悔しがっており、なんとなく複雑な思いになった。 2番はさっきのキャッチャーだった。 「バッチコーイ!」 しかしハルヒはこいつの顔面がそんなに気に入らなかったのか春原少年に顔面直撃のデッドボールを浴びせた。 なぜか敵ベンチから笑いがあがったがそこは突っ込まないで置くことにした。 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:32:40.92 ID:4lDsj+Wu0 ふらふらとファーストベースに歩いていく春原を見送ると、次に打席に立ったのは杏だ。 さっきベンチで散々春原をバカにしていた以上、ここで塁に出ないわけには行かない。 気合十分ではあるが動機は不順な気がするぞ。 「春原ー!私が打ったら全力で走ってホームに帰ってきなさいっ!」 あの状態の春原に走りを強制するのはちょっと酷じゃあないだろうか。 多分杏の事だ。あんな状態の春原でさえもホームを踏めるぐらいの球を出す自信があるに違いない。 ま、それに春原だからなんでもいっか。 相手ピッチャーからボールが離れた。 どうして俺の周りにはこう異常なまでに体が発達した人間が多いのだろう。 その華奢な体から放たれたとは思えない剛速球がストライクゾーンを捉えた。 「へぇ〜、やるわねぇ」 杏が不敵な笑みを浮かべた。 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:40:28.20 ID:4lDsj+Wu0 前回と違い初球を捕えられたハルヒはものすごく機嫌が悪いに違い無い。 球からさっきとも言える様な物がもんもんとあふれ出ているように見える。 おそらく今日も古泉は帰ったら残業させられることになるのではなかろうか。 しかしこれはハルヒ自身の失敗である。こっちではどうする事もできん。 先ほどの事故も物ともせずに朝比奈さんがぐっと身構えていた。 彼女もハルヒの特異性を知っている一人だ。尚更だろう。 「2球目、くらいなさぁーい!」 ビュン、と風を切る音がした。そして次に聞こえた音は球がはじける音だった。 クアァーン!と豪快に音を立てて打球が飛んだ。 レフト方向……長門かっ! しかし長門は微動だにせずにボールを目で追っていた。 「な、長門ッ!ボールとれボールッ!」 声を上げて叫ぶがこれが逆効果となり長門がこっちに目をそらした瞬間に背後にボールが落ちた。 少しの間を空けて長門は背後のボールを手に捕るとハルヒに投げ返した。 しかもとんでもないスピードで。 2、3塁間を箸って居た春原少年の前髪をこすりハルヒのグローブをぶっ飛ばした。 その場に居た誰もが凍りついた。数名はもしかしたら違う点で凍りついたかもしれないが。 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:48:52.48 ID:4lDsj+Wu0 なんだか見てはいけない物を見てしまった気がする。 腕をほとんど動かさずに剛速球を投げるだと……いやいやいやいやそんなことあり得ないだろ普通! 腰を抜かした春原の尻を「3塁行けってば!」と蹴っている杏なんかの100倍はヤバイ。 多分鼻でスパナを回す以上に恐怖だ。 「え、あ、あぁ……」 ベンチに座っている全員が同じ表情をしていた。 ことみのくちから「ありえないの……」という言葉が漏れた。 これは相当に重症である。 後ろを振り返りながらオッサンがベンチに帰ってくる。 「な、なぁ、オッサン……今のみたか……?」 「あ、あぁ見たぜ……い、いや何も見なかった気もするな……」 とりあえず春原は3塁に到着し、今日は2塁で落ち着いたようだ。 「ま、まぁ次は……美佐枝さん、だな」 俺の声に気づいてようやくこっちの世界に戻ってきた美佐枝さんはキョロキョロと辺りを見回した。 「え……あ、あぁ!そうだったわね!」 なんだろう、何で俺、今こんなに不安なんだろうか。 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 01:57:41.16 ID:4lDsj+Wu0 大きく時間を空けて次のバッターが打席に入った。 青い髪をした大人のお姉さんだ。ブラウスで野球か……なんだかはじけ飛びそうだ。特に胸元が。 まぁ、あんな物を見てしまったら誰だってあっけにとられてしまうだろう。俺だってそうだったしな。 グローブをはめなおし改めて何事も無かったかのように構えているハルヒを見て俺は心底感心した。 「同点のまま抑えるのよ、いいわね!」 ハルヒの叫びがグラウンドに響いた。 再び投球フォームに戻るとその手から第1球が飛び出した。 相変わらずの剛速球だが、コツをつかめば投げられるような球なのだろうか、アレは。 「ストラーイクッ!」 団長様はナイスピッチ!という古泉のエールにご満悦のようだ。 そのままの調子で三振を捕ってくれるのが一番ありがたい。 下手に外野に球を飛ばすとさっきのような事態になりかねない。 「ストラーイクッ!」 再び入った。直球だがワンテンポ振るタイミングが遅い。 もしかしたらこのひと、朝比奈さん(大)のような「ただ大人なだけ」の人なのだろうか? 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 02:08:00.73 ID:4lDsj+Wu0 超常現象のような、そうでないような現象を目撃した後と言うこともあり、美佐枝さんは明らかに動揺していた。 前回豪快に打球を放っていた美佐枝さんが2本も見逃すとは……事態は思ったよりも深刻か。 相手ピッチャー……そういえばあのピッチャー、ハルヒとか呼ばれてたっけ。 ピッチャーハルヒが片足を上げ、今にも球が手を離れそうになる。 その時、俺はある事を思いついた。 「美佐枝さん!春原が昨日またグリンピースを残して庭に撒いたとか言ってましたよーッ!」 俺は美佐枝さんの目に光が宿るのを見落とさなかった。 バットが大きく振られて勢い良く球が来た方向と逆方向に飛んでいく。 おおっ!っとベンチにいた誰もが立ち上がった。 ぐんぐんと伸びる打球はそのまま宙を裂き……点数表にあたり鈍い音を立てて客席に落ちる。 「すうぅぅーのおぉぉぉーはああぁーらぁぁぁーーーー!あんたって子はあああぁぁぁぁ!!!」 美佐枝さんがベースを順に踏みながらものすごい勢いで春原を追いかける。 「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」 と負けじと春原も絶叫を上げながらホームを踏みそのまま壁沿いに全力疾走した。 美佐枝さんに抜かされる直前に杏もホームに帰り、直後に美佐枝さんは春原をおって行った。 「春原……お前の犠牲は……無駄にはならなかったぜっ!」 俺は空高く春原に敬礼をした。 「俺はまだ死んでねええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 02:20:43.84 ID:4lDsj+Wu0 ……さて、事態は最悪な方向に流れつつあった。 こっちが1点に対し相手は4点、つまりは3点差だ。 団長の顔が打者が出て行くたびにむくれていく。 心なしか目元しか見えない古泉の顔にも焦りが見えて居るようだ。 次に打席に立ったのは中学生くらいの女の子だった。 初球を狙うがストライクゾーンを少しずれた球を大きく打ち上げてしまいキャッチャフライになった。 なんとなく大人気ない気もするが、それはお互い様と言うことにしておきたい。 次のバッターはあのメンバー表を渡しに来た銀髪の女の子だった。 智代……だったかな?鋭い目をした、しかしきっとやさしい子だと思う。 まあそんな事は試合に全く関係ないわけで、俺は余計な考えを振り払うとボールに集中した。 「智ぴょん、やったれー!」 「だからへんな名前で呼ぶなと言っているだろう!?」 相手も大分落ち着いてきたようだ。こっちにとっては不利なのだが。 大きく振りかぶって第1球を投げる。ど真ん中直球である。 「ふふぅーん、びびっちゃって手も足も出ないんじゃないのぉ?」 相手もすこしムッとした様子だ。 第2球に備え両者のにらみ合いが始まった。 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 02:28:37.10 ID:4lDsj+Wu0 第2球で勝負が決まった。 青空の中に白い球が消えていった。 ……智代の打球は先ほどの美佐枝さんのホームランを飛び越えバックスクリーンも飛び越え球場の外に消えて行った。 「あ……まただ……またボールをなくしてしまった……  ダメだな……こんなんじゃ女の子らしくなんか無い……」 智代がバットを力なく地面に落とすとファーストに向かって走り出した。 時々気になるのか球場の外に視線を送る。 「さすがだ智代ー!よくやったー!」 少し残念そうな智代の背中を声援で押してやる。 「やっぱ俺が見込んだ女だけあるぜ、智ぴょん最高ー!」 「すごいです!お兄ちゃんもあのぐらいのを打ってくれればなぁ……」 「ありゃー、こりゃお見事ねー。私なんかまだまだって所か!」 「俺の永遠のバイブル……こうであってこそだな」 最後春原が言いたかったのはライバルの事だろう。 智代は声援に押されてホームに帰ってきた。 かえって来るころには彼女の顔には笑顔が戻っていた。 その代わり、智代の表情が相手のピッチャーに移ったようだ。 ……俺はこの表情が嫌いだ。帰りにはどっちも笑っていられるのが一番いい。 67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 02:48:53.34 ID:4lDsj+Wu0 さて、これは困ったことになった。 ハルヒのフラストレーションがたまるということは同時に閉鎖空間を生むことも意味する。 その点最も焦っているのは古泉なのだろうが、キャッチャーとファーストがばれないように会話をするのは物理的に無理な話だ。 こうして俺が考えをめぐらせている間にもハルヒのうっぷんは晴れるどころか募る一方である。 とにかく試合を進めることだけに今は専念すべきだろう。 次のバッターは再び大人だった。 こんなときに限って…畜生、野球の点数ぐらいで世界が崩壊したらもうそれこそ笑うしかない。 勝っても負けても笑うのなら断然勝った方が良いさ。 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 02:57:43.33 ID:4lDsj+Wu0 次の打席は芳野さんだ。 前回あれだけ盛大に失敗したのだから今回再び同じ過ちを繰り返すことはないだろうがやはり心配だ。 またなんか恥ずかしいセリフを言いながらこっちに歩み寄ってきたら今度は俺らでタイムをかけるしかない。 「そう、思い出は形の無いものだ……  だからこそ、思い出は美しくなくてはならない……  その美しさに少しでも輝きを与えられるというのなら……俺は絶対にこのチャンスを逃すわけには行かないのだ……!」 顔の前に手をかざし、眼をゆっくりと見開く。 そしてクールにベンチをあとにした。 かっこいいが、その分幸先が心配でならない。 そうだな。この人が塁に出たらさっき俊足を見せた春原に代走させるのもいいかもしれないな。 ……ま、生きて帰ってきたら、な。 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 03:09:39.88 ID:4lDsj+Wu0 新たなバッターを前にハルヒの瞳が再び燃え上がる。 獲物を狙う狼のような目、とでもいうか、ハルヒの全身からも闘志があふれ出ている。 全身全霊の第一球はど真ん中に気持ちの良いほどに叩きこまれた。 両者ともにやる気が体からにじみあふれ、ピッチャーマウンドとバッターボックスはものすごく息苦しい状態になっていた。 しかし自身の闘魂に耐え切れずしてかそこから先ファールが続く。 打ちにくいボールが入り続けるが相手も容赦なくすべてを拾いファールゾーンに流す。 そろそろファールのカウントが2ケタに突入仕様というときに不意に相手が口を開いた。 「君…今の君は、すこしがむしゃらになりすぎて入ないか?」 「……は?」 ハルヒがゆがんだ表情でバッターをにらんだ。 「そう、あんたは夢中になりすぎて大切なものを見失っているんだ……  真に大切なものが分からないものにはささいな幸せを手に入れることすら出来ないんだよ」 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 03:23:03.62 ID:4lDsj+Wu0 「まーたあいつの説教がはじまったのかぁ?  ちっ、長くなるなぁこりゃぁ……」 オッサンがたばこをくわえながらベンチにふんぞりかえる。 今回はまだランナーでない分アウトになる事は無いのだろう。 だがたしかに聞いてる方が恥ずかしくなるようなセリフを平気で言ってしまうこの人は一体…… 「今あんたはとても大事な時期をすごしているはずだ。  大人と子供の境界線を必至にもがいてまわっているんだ。もがくのだから必死になるのは当たり前、寧ろもがかない奴は沈んでいってしまう。  だが必死になりすぎると時に回りが見えなくなり大切なものを見落としてしまう。  そう……それは今にしか手に入らない大切な時間……いわゆる青春の1ページといわれるものだ。  仲間と協力して相手を討ち取ったといぺージが果たして今のままであんたの思い出に刻まれるだろうか?  いや、今のあんたにはきざめないな。そこに刻まれるのはただ一つ、シンプルな倒したという事実のみ……  なあ、おまえは本当にそれで良いと思うのか?それでよいというのなら今の投球を続けるが良い。だが……」 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 03:36:09.35 ID:4lDsj+Wu0 俺は今なぜか猛烈に感動していた。 単にくさいだけのセリフをこの人が放つことによってなぜ俺の心にこんな二まで響くのか…… ハルヒ、お前にわかるのか?この男の熱い思いが、そして俺らの青春が……! 「もし今の自分に疑問を感じたのなら……眼をつぶれ。そして感じろ。  おまえの共の息遣いを、そしてその熱い胸の鼓動を。そして俺にその気持ちを叩きつけてみろ!!」 茫然とつったっていたハルヒがふとわれに帰り辺りを見回した。 みなハルヒを見つめ、そして微笑んでいた。 ハルヒ…今のおまえならできるはずだ! ゆっくりと眼を閉じる。ふわりと浮く片足。そして不思議なほどにしなやかに弧を描く腕を離れたボールはバッターに向かって一直線に空を切る。 構える。そして彼はバットを振ったしかしバットは弾道をそれ……いや、ボールがバットを避けたようにも見えた。 そのままキャッチャーミットに収まった。 静まり返る会場。そして。 「いい球だ。そいつを忘れるんじゃないぞ…  もうこの1ページはお前にとって完ぺきなものとなったはずだ。  俺から言うことは何もない、じゃあな」 男はクールにバッターボックスを去った。 ……その背中は大きく見えた。 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/15(月) 03:46:35.24 ID:4lDsj+Wu0 かっこ良かったのは認める。だが…… 「アウトじゃねえかああああぁぁぁぁぁ!」 俺とオッサンは帰ってきた芳野さんに向かってそう叫んだ。 「いいじゃないか、あいつらの青春の大小が俺らの試合のワンナウト……安いもんだと思わないか」 「え、まぁそりゃあ……そうかもしれねえが」 「うわー……相変わらず凄いぶっとびっぷりね……」 「ま、あの人は昔っからああだから、しかたがないわねぇ」 「まるで詩人のような人なの……」 「いや、この人元詩人みたいなもんなんだよ、ことみ」 「はぁ〜、やっぱり芳野さんはかっこいいです〜!」 人それぞれ持った感想は様々なようだが、これでのこり1アウトになったということには代わりはない。 で、次のバッターは…… 「はいなの」 159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 01:49:20.05 ID:HOT0oPes0 饒舌なパフォーマンスで去って行く男を見事討ち取ったハルヒ。 そのハルヒへ向け、若干なりとも熱くなり始めていた俺がエールを飛ばしているうちに、 バッターボックスには次なる打者が入ってきていた。 またも特徴的なその様相。 遠目にみても、何処かほんわかした女の子のようだ。高校生だとは思うが。 「がんばるのー!」 空いた手でチームメイトへ大きく手を振っている。 うむ、なかなかに優しそうな子ではあるな。 「余談ですが」 古泉が割ってくる。 「先程のバッターの言葉により、閉鎖空間が3個ほど消滅しました」 まっこと余談すぎる。っていうか凄すぎるだろ、あのエンターテイナー。 お前のところで雇ったらどうだ? 超能力者換算(単位:古泉)で、数十古泉の活躍が期待できるんじゃないか? 「ふふ、僕の立場が形無しですね」 あと顔が近いからもう少し離れろ。 「おっと、これは失礼。他者に聴こえないようにするには必然的に耳打ちになってしまうもので」 古泉は苦笑を浮かべつつも、再びハルヒへ向け片手を振り始めた。 大変だな、御機嫌取りなるポジションってのも。 さてさて、相手さんはどう出てくることやら。 162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 02:01:17.35 ID:HOT0oPes0 俺達のチームメイトはそれぞれの方法を以って応援に励んでいる。 「ことみー、がんばれよー」 俺もそれらと一体になって、というと恥ずかしいので控え目に声援。 「はいなの!」 よし、いい笑顔だ。 かつて、塞ぎこんでいたあいつを前にした時は、俺まで沈鬱になりかけてしまったことがあった。 しかしここまで明るく笑える素顔を取り戻してくれると、俺だって嬉しくなってくるぜ。 「投手ごとかっとばしてやれー!」 こんな無理な注文をしてしまうほど、俺の心が躍り掛けている……なんてな。 いや待てよ? 万一にもことみが活躍してしまうと俺にプレッシャーが掛かってくるのもまた事実。 前回の試合では辛酸を舐めされられたことだしな。 「やっぱり、無理しないでいいからなー」 ということで予防線を張っておいた俺は、結構せこい人間だと思う。 それでも春原の同類項と評されるのは勘弁して貰いたい。切実に。 164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 02:15:02.56 ID:HOT0oPes0 戦場へと立ち会った両者、睨み合う。 その緊迫した空気がひしと伝ってくる為、ベンチで欠伸していた俺まで固唾を飲んでしまう。 「覚悟なさい!」 ハルヒ、ボールを収めた拳を突きだす。 「……!」 対し、女の子は沈思状態。 しかしその眼付きは非常に険しく、細糸の解れを発くほどの気迫が感じられる。 こいつ、只者ではないのかもしれない。 と、ここでハルヒが振りかぶった。 大きく体を反らし、地を蹴った足が撓り、砂煙が舞い上がり、腕が駆け―― 「おおっ!?」 キャッチャーミットに収まるのが確定されていた事象のように鋭い捕球音が鳴り響き、 直後、谷口、国木田、鶴屋さんが歓声をあげ、俺も同様に唖然としつつも見惚れてしまった。 あの男の言葉を耳にしてからのハルヒは格が違う。明らかにだ。 余計な力が抜けたとでもいうのか、質量が籠っただけな投球とは異なり、加わるべき方向にベクトルが働いているのだ。 まるで隙がない。こりゃあ、以降は完封試合になりそうだぞ。 ん、なんだ長門? 「補足。既にボールの情報操作を開始してある」 お前の仕業かよ! 俺の感動を返してくれ。 169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 02:27:48.49 ID:HOT0oPes0 「おっと、あいつ何か呟いているな……なになに?」 オッサンが呟くと読唇術を用いた通訳を始めた。 「初速、恐らく時速140km前後。風速西向き5m。外気温、僅かに高めなの。  空気抵抗を概算すると手元に至る頃には時速にして約4kmの損失が生まれ、  故に重力加速度を加えて計算する際、時間差を考慮しなければいけないの。  でも、流体力学のカオス域までもを応用するには計算時間が足りないの。  だから……」 気持ち悪っ。 オッサンが知的なことを言う時点で鳥肌ものだが、 それに付加された、ことみ口調が劣悪なスパイスを加えている。 例えるなら、メロンと納豆に豆板醤を振りかけ、さらにイチゴシェイクにぶち込んだ感覚。 最悪だ。いや、最悪ですっ。 「惜しい! 今、かすりましたよ!」 俺が我に返った時には、芽衣ちゃんが片目を瞑って首を竦めていた。 どうやらまたストライクをとられちまったらしい。 やっぱりあの投手を相手にしては厳しいのかもしれない。 なにか出来ないだろうか。 俺に何か、打てるべき手立ては……? 171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 02:39:52.83 ID:HOT0oPes0 「なんでしょうか、相手チームの人が歩いてきますよ?」 朝比奈さんが可愛らしくも怪訝に観察。 俺も同様、その歩いてくる男の真意を探ろうと画策していく。 バッターに耳打ち。 時折、チラとした目線をハルヒ、そして俺達へと向けてくる。 その手には何かバスケットのような入れ物を携えているようだが…… あ、こっちへ来た。 「よう! いい勝負だよな!」 その何処か威圧感を感じるような様相。 しかし陽気に片手を挙げられたので俺も返す。 「ん? ああ、御蔭さんでな」 「腹、減らないか? やっぱ、試合ってのはお互い最高のコンディションでフェアにやりてぇだろ?」 「特に減ってもいないが……」 「そう遠慮するなって。俺達は毎回楽しくをモットーにしているんだからな。おい、そこの投手のお前もどうだ!?」 ハルヒを呼び付けやがった。 俺は別に腹は減っちゃいないんだけどな。 こ、こら長門、視線が釘付けになってるぞ! 「この街一番のパン屋が焼いた新作だ。きっと驚くような味がするぜ?」 じゃ、俺はそういうことで。 そう残して男は去っていった。 なんだ、威圧感とは相容れないイイ奴じゃあないか。 バスケットの中には、言葉通り美味しそうなパンが、色取り取りに並べられていた。 174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 02:51:22.06 ID:HOT0oPes0 へっ、ちょろいもんだ。 「驚くような味」だと説明はしたので、俺は何も嘘を言っちゃいない。 あとはそちらさんで片付けてくれ。 「お前、なに勝手に俺様のパンを配ってくれてんだ?」 「そう硬いこと言うなって。渡してきたのはあの人が焼いた分だ」 オッサンの表情が一転、満面の笑み。 「なんだって、早苗のパンか?  ハハッ、これで試合後の憂いがなくなったな! でかしたぞボウズ!」 「馬鹿っ――!」 ガタリ、と物音。 その音に視線を奪われる俺達。 予想通り、立ち尽くしては歪み切った顔の早苗さんが肩を震わせており…… 「わたしのパンは……わたしのパンは……試合後の憂いなんですねーーー!!」 早苗さんが彼方へと走り去って行く。 それを認めるなりオッサン、すぐさま相手ベンチへ猛ダッシュ。 数秒後、戻って来たオッサンの口一杯に拡がっていた気色の悪いパン群が生えており、 「早苗ーーー! お前の焼くパンは、お前の焼くパンは……美味すぎて涙が出そうなんだーーー!!」 愛妻を追いかけて消えてしまった。 「っておい、こっちにまで被害者が出ちまったぞ!? 投手どうすんだよっ!?」 見渡したチームメイト達は、一様に首を振っていた。 177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 03:07:37.04 ID:HOT0oPes0 「うぐっ……!」 なんだこのパン。甘い、いや辛いのか? 違う、そのどれもこれもを超越した、もっと刺激的な味がする。 味覚を撹乱するかのように、口の中で噛み締める度に様々な色に目まぐるしく変化していくのだ。 そのなかには、人間が危険を感じるピリリとした味すら混じっている。 「特徴的な風味ですね。僕は、遠慮させて頂きましょう」 「あたしもちょっと……」 古泉、朝比奈さんが否定意見。 「うっわ、激まず!」 ハルヒは容赦なくこき下ろし、俺含めた一同がパンをバスケットへ戻す中で。 「…………」 無言の大食漢、長門有希が降臨していた。 次から次へと放り込んでは、一点を見つめたまま咀嚼している。 「おい、大丈夫かよ?」 「情報統合思念体は、この物質に興味を示している」 マジかよ。それってお前の主観じゃないのか? 真顔でぼそっと囁かれるのも困りものだが、その情報ナントカ体による俺には理解し難い意向は、 軽く人智を越えてしまい、一巡りして間違った方向へと進んでいるような懸念があるぞ。 「あれ、なんだか気分が良くなってきたような……」 気が付けば一般人のなかで唯一、パンを食べ続けていた谷口が不気味に呟いていた。 その瞳は虚ろで、あらぬ方向を向いては「あっ、谷口です!」と話掛けている。 おいおい、これって危ないアレ的な成分が入っているんじゃ…… 180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 03:22:42.21 ID:HOT0oPes0 「そろそろ試合を再開しようぜ!」 相手に毒が廻ってきた頃合いを見計らい、俺は叫んだ。 それによってゾロゾロと配置へ戻る相手チーム。 よし、二名ほど潰せたようだ。 「じゃあ、投げるわよー!」 投手が再び振り被って、ことみが力んで―― カッキィ〜ン! などという快打音は響くこともなく、代わりにコンッという鈍い音が重く鳴った。 それもそうだ。ことみがあの豪速球を打ち返すのは到底不可能。 ならばバントをしろと命じておいたのだから。 相手チームの機動力はパンで鈍らせ、加えて快打でないのだから俺にも利がある。 まさに一挙両得の妙案。 「アウトー!」 まあ、ことみの足の遅さを考慮してなかったのは誤算だったがな。 ここまで状況が変化したとき、それらを見取った杏があからさまな落胆の様子で俺に語りかけてきた。 「アンタってせこい人間ねぇ」 なんに対しての落胆なのか。 そこまで考えるもの面倒だったので俺は聴こえないフリを決め込むことにし、 次なるバッター、つまりは俺自身へ打順が廻ってきたことに意識を集約させ、 ことみから受け取ったバットを片手に煌めく太陽の元へと出陣した。 さあて、やってやるぜ! 190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 07:16:04.91 ID:HOT0oPes0 「あいつ……!」 次なる打者は、陽気(だとあの時は思っていた)男だった。 だけどな、俺は知っている。あいつが俺達に丁重な塩を与えてくれたことをな。 悪いが、俺はああいう小細工を弄して陥れようとしてくる相手は好きにはなれん。 だからこそ全力を以って、今、叩き潰しておくべきだと考える。後々のことも念頭においてだ。 おっと、勘違いしないでいただきたい。 別に、あいつが女性陣の魅惑的な視線を独り占めしているから、 などという浅ましい理由が、俺が行動を起こす動機などでは断じてないということを。 俺は客観的、且つ、社会的に見てだな、 「岡崎さん、頑張ってくださぁ〜い!」 朝比奈さん、貴方はなんてことを!? しかも相手の名前を呼びかけるほどの仲に何時の間に!? はっ、先ほどあいつが倒れ込んだ時にあんな手やこんな手を使って…… 許せん。これは公平な目から判断しても許せん。断じてだ。 「悪い、ちょっとタイムだ!」 大声で宣言。次いで一言。 「おいハルヒ、ちょっといいか?」 覚悟はいいか。 俺は、できてる。 193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 07:31:05.11 ID:HOT0oPes0 みくるさんか。高校生とは思えないぞ、いろんな意味で。 にしてもだ、なんだあの細目野郎は。 投手に向かって耳打ちしつつも時折、俺へ向け意味ありげに流し目を送ってきやがる。 もしかすると一風変わった性癖を持った奴なのか? おいおい勘弁してくれよ、俺にそんな趣味はないからな。 TVゲームの接続ケーブルを春原のケツに突っ込んだことはあるが、アレはほんの冗談だしな。 あの後、どういう訳かリアルで現実と見紛うほどの酷い悪夢に魘されたことがあったが、 気が付けば数日前の地点に戻っていたような気がしたので、やはり夢だったのだと結論付けているんだし。 「プレイ!」 おっと再開か。 さあ、一球目はどう来るか―― 「あぶねぇっ!?」 「ごめんね、手が滑っちゃったのよ」 そうか、そりゃ仕方がな―― 「うおぉ!?」 「チッ……ごめーん。手が、こう、ね?」 いま舌打ちしただろお前。まるで、こっちのチームの誰かさんみたいじゃないか。 とはいえ、この俺がそんな殺人ボール如きで封殺できると思ったら大間違いだぜ? これでもスポーツ全般に渡ってそれなりに働けるつもりなんだよ。 伊達にスポーツ万能を自称しちゃいないんだし、そういう人間を舐めてもらっちゃあ――困るってもんだ! 194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 07:45:11.02 ID:HOT0oPes0 まさかの引き打ちだと!? 快音と共の打球が――谷口だ! 矢のように鋭く直線的な打球が遊撃手谷口へ向け差し迫っている。 危険だ、どう見ても顔面直球コース。俺が叫びかけ注意を促す寸暇すらない。 俺は数瞬あとの光景を予測し、背筋に寒気を覚えて―― いたはずだった。だが、まさか違う意味で寒気を覚えることになろうとはね。 ――突如、谷口が叫んだ。  ファウムネス・バインド 「   捕  球   」 直後にパシィィィイイン!と確かな捕球音。 遅れて「ストライク」という審判の判定も確認。うん、確かに谷口はキャッチしたよな。 でもなんだ、今の? 何か触れてあげたくはないような掛け声は? それに谷口の野郎、さっきからボールを一向に投げ返そうとせず白球を見つめてはブツクサ呟いてやがる。 思い返せばあいつ、先ほどのパンを丸々平らげていたし、何らかの病が発症しているのかもしれない。 とはいえ3アウトなんだよ。攻守交代せねばなるまい。 かなり気が進まないものではあるが、この俺が谷口からのボール回収と谷口自身の撤去も担わんとな。 まさか他の誰かや相手チームに任せる訳にもいかないし、迷惑をかける訳にもいかない。 「おい、谷口」  リベンジャウズ・クロノス 「ククク……これで   交代   の訪れか……」 「おい」 「少々、展開に飽いていた所ではあったが。ふん、なかなかに愉しませて呉れそうだ」 「おい、耳を貸せ」 「風が荒い。交じりゆく匂いだけでなく、慟哭もだ。刹那から生まれくる憎悪が因子を増大させている……」 あ、すんません。そいつもう駄目なんで、居ないものとして扱ってください。 はい、申し訳ありません。ええ、邪魔だったら蹴っちゃってもいいので。はい。 197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/16(火) 07:59:24.95 ID:HOT0oPes0 「お兄ちゃーん! この人怖いよー!」 「ちょっとアンタ、ブツブツ煩いわよ!」 守備につくなり二塁手の芽衣ちゃん、杏がぐちぐちと不満を漏らし始めた。 美佐江さんも口には出さないものの、気になる素振りで露骨に嫌な顔をしている。 俺は一塁手なのでその影響は薄いものの、 あの病気野郎がいる辺り一帯の守備能力ガタ落ちは免れないだろう。 それよりも問題は守りの要でもある投手だ。 オッサンが消えちまったので代役が必要となり、必然的にリリーフは、 「よろしくおねがいしますっ!」 渚なんだよな。 これはどうにも猛打を浴びてしまう展開は避けられないと思う。 しかしだ。 「頑張れよ、渚。打たれていいからな。守りは俺達守備に任せとけ」 「はい、がんばります」 「よし、その意気だ!」 期待しているからな。 でも、くれぐれも怪我だけはしないでくれよ。 で、次なる相手バッターはと…… 267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 06:09:53.43 ID:G+qR+Cx90 「ええと……どうも、よろしくお願いしますね」 我がSOS団において恐らく最も一般人に当たるであろう6番打者 国木田は、 遠慮がちにバッターボックスへ入りいかにも普通そうにバットを構えたあと、 控え目で律義に投手の女の子へ頭を下げた。 あんな弱々しい女の子を前にしてしまえば、まあその反応が普通とも頷ける。 「こちらこそよろしくお願いします」 投手の女の子も丁寧にお辞儀を返す。 「あの、ごめんね。谷口が……あっ、あいつ谷口っていうんですけど。 どうも皆に迷惑かけちゃってるみたいでさ。本当は悪い人じゃないんだけどね」 「いえ、そんなことないです。わたしは楽しいお方だと思ってますし」 「そうなんですか?それだったら僕も助かるかな……」 「あの……えへへ……」 「お前らー!いい加減に試合やれよー!」 一向に進まない緩いやりとりを見かねたのか、あの陽気の皮を被った男が野次を飛ばした。 「国木田ー!期待してるぞー!」 俺も声援を送る。世界崩壊を防ぐべくのメンバーにしては些か心許無いが、可能性はゼロじゃない。 それに相手が女の子である為にワンベースヒットくらいは大いに期待できる。 「それでは……その、投げてもいいでしょうか?」 「どうぞ投げてください」 「いきますよ?」 「はい」 お見合いのような雰囲気のまま、ようやく両者が構えたようだ。 269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 06:34:32.07 ID:G+qR+Cx90 一球目にしてカンッ、という短い音と共に緩いフライが打ち上がった。 すぐさま球筋を眼で追う。方向的にはレフト側、つまりは芳野さんの管轄区域であるが……。 「良いスイングだ。しかし、君には今一つ思い切りが足りない。 酷な事を言ってしまうのかもしれないが、その程度の覚悟では何も得ることなどできない。 浮世とは惨忍なものだ。その温かな外ヅラに反して、本質は凍てついた鉄塊のように硬く、冷たい。 人の心もだ。無意識のうちに他者を拒み、阻み、遠ざけようと働きかけてしまう。 例えそれが、愛する人を傷付けてしまうことになろうとも……」 心配すぎる。芳野さんがまたも語りに入っているからだ。 ここは彼を頼りにせず、遊撃手の杏に支援を頼んだ方が良いはず。 「杏、頼む!」 「大地が俺に囁きかけてくる!!因子が俺へと流れ込んでくる!!!」 反応がない。というか病気野郎の大音声のせいで杏は耳を塞いでいるので届いていないらしい。 「杏!返事をしてくれ!!」 「漲る!滾る!力が溢れる!!!」 駄目だどうしようもない。 こうなってしまえばしょうがない、芳野さん頼むぞ。 「俺は誰も傷つけたくはない。傷ついて欲しくもない。そういう世界は望まない。 もし誰かが傷つくことで傷付けた本人が過ちに気付けるのならば、俺がその役を担い犠牲者となろう。 青年よ、走れ。ホームベースを踏みしめろ。その喜びを仲間達と噛み締め合い、これからの人生において輝き続ける青春の……」 やっぱり落としやがった。本当にどうしようもない人だ。 だがセンターの智代がリカバリーに走っているからランニングホームランは防げると思うので、今はそれで納得しておくか。 271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 06:49:58.54 ID:G+qR+Cx90 「ナイスよ国木田!意外にやるじゃないの!」 予想外の3ベースヒットにハルヒが御満悦の様子で朝比奈さんの背中をバシバシと叩く。 朝比奈さんはというと例の如く可愛い悲鳴をあげている。 どうやら国木田はその地味な外見にはよらず、しっかりと活躍してくれる手合のようだ。 単なるラッキーボールだったのかもしれないが。 「どうやら風向きが変わり始めたようですね」 古泉の耳打ちにも喜色が窺える。 「それで次の打者は……」 俺が呟くと、その人物は豪快に髪を掻き揚げてから宣言した。 「あたしの出番だねっ!ここらで大きいの、ドカーンっとお見舞いしてくるよ!」 鶴屋さんはやる気満々のようだ。是非ともお願いしますよ。 相手チームの剛腕投手が帰ってくる前に、出来るだけ巻き返しておきたいので。 俺は膨らむ期待を応援に変え、その背中へと送った。 「ククク……」 それとは関係ないが、先程から長門の様子がおかしいのが一抹の不安要素だ。 273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 07:11:35.37 ID:G+qR+Cx90 なになに……今度の打者はやたら元気そうな奴だな。いかにもスポーツが得意そうな雰囲気がある。 どうすりゃいい。ここは見送るか?だけど見送ったところでジリ貧確定になるのは目に見えている。 「渚、高めだ」 「はい?」 「ボールを高めに投げてみろ」 「はぁ……わかりました」 低い球を運ばれてホームランにされるのだけは避けておくべきだろう。 柵さえ越えられなければなんとかなるはずだ。たぶん。 そのように俺が算段を立てているうちに、早くも大飛球が生じていた。 今度はライト、ファールラインぎりぎりの深いアタリだ。 「ことみ、そっちへ行ったぞ!」 ことみは上空を見上げていた。口は開きっぱなし。不安がよぎる。 けれどもボールの行方は捉えているようで、何かを呟きつつも落下点へとのんびり歩いていた。 「フェア!」 が、やはり追い付けるはずもなかったようだ。 ボールはライン内ぎりぎりの位置で数度ほどバウンドし、柵で跳ね返ってから止まった。 その間に3塁走者は悠々の帰還。バッターは早くも俺の隣を駆け抜け、次を目指している。 あの勢いからしてランニングホームランを狙っていると考えていい。 「ことみ、早く!智代は中継にまわれ!」 ようやく追いついたことみが智代へのんび〜りに返球。その間に走者は3塁を蹴っていた。 智代は受け取るなりホームを睨み付けるようにし、大きく振りかぶって返球。 レーザービームと比喩してもいいほどの送球がキャッチャー春原へ向かっていく。 どうなる、間に合うか!? 277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 07:26:00.75 ID:G+qR+Cx90 ドゴォ! 「うわぁ……」 恐怖に駆られたような呻きを漏らしたのは朝比奈さんである。 それは先程の打撃音によって齎された反応なのであるが、まあつまりだ。 鶴屋さんは難なくホームベースを踏むことができた。これは良しとしよう。 しかし相手チームのキャッチャーはグローブで球を受けずに、その顔面で受けてしまったのだ。 その際の痛烈な音が、先のドゴォ!である。南無さん。 「いやぁー!ひっさしぶりの運動だったんだけど、いい感じに打ててよかったよかった!」 「いい働きよ!名誉顧問!」 満面の笑みな鶴屋さんとハイタッチを交わすハルヒ。事態は順調にこちらへと傾いているようだ。 さて、この流れが途切れないように続けざまに試合を行わなければな。 「頼むぜ、古泉」 「頼まれましょう」 爽やかなスマイルよろしく受け取ったバット片手に2、3度の素振り。 その安定したフォームからは言わずもがな運動部系の香りが漂ってくる。 こちらのベンチもそれに感化されたのか自然と沸き出しはじめた。 「……へへ、久しぶりに外へ出られた。この小娘は意志が強すぎて困るぜ」 ただ一人、不気味に笑う長門有希を除いて。 そういえば長門の笑い顔なんて初めて見たのだが、かなり恐いんだな。うすら寒気がするぞ。 280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 07:35:28.88 ID:G+qR+Cx90 「よろしくお願いします」 今度はハンサムか。つくづくあちらには変な輩ばかりが集まっているんだな。 って、こっちも人のことはいえないんだった。ま、お互い様ってことなのかもしれない。 ところであのフォーム……こいつはどうもヒット狙いだな。 バスケとはいえ運動部に所属していた俺にはわかる。 あいつはホームランを狙えるのに敢えてヒットで小さく纏めてこようとしている。そんな意志が表れているのだ。 「あの、次はどうすれば……?」 「好きに投げていい。お前に任せる」 「は、はい」 こいつ相手に小細工は意味を成さないだろう。だったら運任せだ。なるようになれ。 むしろ極力は渚に負担を掛けないよう、さっさと次の打者へまわす方が賢明だ。 「ところで春原、お前だいじょうぶか?」 「今さらかよッ!」 「よし、だいじょうぶらしいな」 「もう少しは心配しろよッ!」 282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 07:42:46.41 ID:G+qR+Cx90 初球打ち! 外野と内野の隙間辺りへ落ちそうなアタリか? 「流石は古泉くんね」 「随分とあっさりなんですねぇー」 ハルヒ、朝比奈さん。 「走れぇー!まわれまわれー!!」 「まわれまわれぇ〜」 メガホン片手の鶴屋さんと、それを真似る我が妹。 「ナイスヒット」 最後に国木田が控え目に声援。                                         マテリアル 「クッ……腹が減った……このままでは……早く、一刻も早く…… 春巻 を……」 もうこいつについてはコメントすらすまい。 お、ところで古泉のやつは1塁を蹴る気のようだな。俺も適当に声援を飛ばしてやろう。 285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 08:01:33.31 ID:G+qR+Cx90 ライトのことみ寄りで、さらにセンターと2塁の隙間を狙いやがったな。 嫌な場所を的確についてくる奴だ。こちらの弱点を完全に見抜かれている。 しかしだったらどうして、わざわざヒットに収めたんだ?もっと飛ばせただろうに。 お前の実力ならば楽々とホームランを返すくらい狙えたはずだろう? 残念だな。本当に気の毒だ。顔に感けて慢心しちまったのか? そう。その手抜きさえしなければ、アウトにならずに済んだのにな。 ハンサムが1塁ベースがあるこちらへと突っ込んでくる。やはり、その走りも微妙に手を抜いているものらしい。 次に俺はボールの行方と守備陣を探った。よし、やっぱりお前がいてくれたな。 「智代!頼むぜ!」 「任せておけ」 流石に芳野さんとことみの二人が穴であることをまざまざと見せつけられていれば、 学習能力に長けている智代がそれを見落とすはずもない。盤石だ。 実際、豹のような速度で駆け抜けているのでボールが地に落ちるまでには間に合いそうだ。 残念だったなハンサムくん。お前は智代を甘く見積もりすぎていた。良識で見ると仕方のないこととは言えな。 よしよし、俺の隣まで来たらその肩を叩いて気遣ってやろう。 俺がそうこう考えているうちにハンサムが俺のベースを蹴った。その時。 「まっが〜れ」 何か呟き、そのまま走り抜けていった。意表を衝かれた俺はその肩を叩けなかった。 今なんと言ったんだ?何かの挨拶か?意味までは理解できなかったが。 「あっ!?すまん岡崎!」 智代が慌てていた。その様子に俺も幾分か慌てて状況の確認にかかる。 どうしたことだろう。智代の隣では地で返ったボールが飄々と跳ねていた。 286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 08:10:24.08 ID:G+qR+Cx90 風子、疲れました。もともとデリケートで繊細な風子は疲れやすいんです。もっと労わってください。 それに見真似の遊戯は余計に負担がかかるものです。だから風子はもうしません。わかる人だけわかればいいんです。 観察力のある人だけわかればいいんです。とにかく風子はこれで帰りますから後はお願いしました、変な人達。 289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/17(水) 08:56:14.40 ID:G+qR+Cx90 風子だいじなお知らせを忘れていました。メモしておいたので皆さんのお役に立ててください。 きっと忘れっぽい風子にとっても役に立つはずです。では今度こそ帰りますから風子のことは探さないでください。 ☆SOS団 3 − 5 古河ベイカーズ 2回表/SOS団の攻撃中 ノーカウント状態で古泉がヒットを放ち、現在走っている最中 ☆メンバー成績早見表 SOS団 1 投 ハルヒ  中三 2 二 朝比奈 一飛 3 遊 谷口   三振 4 一 キョン  右安 5 左 長門   三振 6 右 国木田 左三 7 中 鶴屋   走本 8 捕 古泉   ?? 9 三 キョンの妹 古川ベイカーズ 1 投 オッサン ?二塁 2 捕 春原     死球 3 遊 杏      左安 4 三 美佐枝   中本 5 二 芽衣     捕飛 5 中 坂上智代 中本 6 左 芳野    三振 7 右 ことみ   内飛 9 一 岡崎   遊飛 (なぜか4アウト目ですっ > ワ < )