柊かがみが拒食症になった。 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 22:58:09.49 ID:xbr9C8WfO 最初のきっかけは、多分こんなつまらない考えだったんだと思う。 (お昼ご飯抜けば、その分カロリー減らせるのよね……) 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:05:08.76 ID:xbr9C8WfO 3年B組のお昼休み。 「あうー、また黒井センセにゲンコツ食らったよー」 「こなちゃん大丈夫?頭、冷やしたハンカチで冷やす?」 「どうせまたネトゲで徹夜してたんでしょ?天の雷ってトコじゃない?」 いつもの他愛も無い会話。変化の無い日常。 高良みゆきの一言がそれを変える。 「おや?かがみさん、今日のお弁当はどうなさったんですか?」 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:12:36.04 ID:xbr9C8WfO 「え?あ、うん、今日のお昼はコレ!」 私はアルミ性のパック入りのゼリーをブラブラと揺らせながら皆に見せた。 「ビタミンin?かがみん、今日のお昼これだけにするつもりなん?」 どう見ても下級生にしか見えない同級生、泉こなたが言う。 「毎日チョココロネのアンタより、ちゃんと体のことは考えてるわよ?ビタミン入ってるんだから」 私、柊かがみは得意気に栄養表の印刷された部分を見せつけた。 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:20:39.07 ID:xbr9C8WfO 「昨日お姉ちゃんが言い出したの、お弁当いらないって。ちゃんと食べたほうがいいのに……」 私の双子の妹、柊つかさが心配そうに言う。 ちなみにつかさは、自分で作ったバラエティに富んだお弁当を箸でつついている。 正直美味しそうなんだけど、結構バカにできないカロリーの元なのよね。まあ、見た目も味もアレな私が作ったお弁当よりマシなのは認めるわよ。 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:27:20.15 ID:xbr9C8WfO 「かがみさん、お昼をそれだけで済ませるおつもりですか?」 性格も成績も顔もバスト(……)もパーフェクトな才女、こなたに言わせると完璧超人の高良みゆきが言う。 おっとりとした声だけど、眉をひそめているのは珍しい。 「そういったサプリメントはあくまでも栄養補助が目的で、それだけをメインにするというのは……」 まあ、確かにね。 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:37:31.37 ID:xbr9C8WfO いつもだったらこんな場面で『何の目的でダイエットするのかな?ニマニマ』とか囃したてそうなこなたが、珍しく無言で私を見つめる。 コイツ、デフォルトが猫笑いだから逆に感情が読み取り辛いなぁ。 「まあね、ちょっとした気分ってやつよ」 なんとなく悪くなった空気を払うように、私は敢えて明るく言った。 「どっかの誰かに、またムニムニ触られるのも嫌だしね。心配しなくても、ちゃんと必要な栄養は取るわよ、ただ」 蓋を開け、アルミの袋の中身のゼリーをチュッとすする。 「しばらくお昼はこれで行こうって決めたの。他の食事はちゃんと食べるわ」 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:46:44.12 ID:xbr9C8WfO 「辞めたほうがいいよ、かがみ」 こなたの断固とした言葉の内容より、久しぶりに名前を正確に呼ばれたことにビックリした。 「え……?な、急にどうしたのよ、こなた」 つかさにも昨日遠回しに反対されたし、案の定みゆきにもやんわり非難されたけど、こなたまでが生真面目な表情で意見してくるのは、正直予想外だった。 「私、そーゆーのあんまり好きじゃないよ。不自然だよ。」 いや、チョココロネ持ちながら言われても。 「今までの食事の量を少しづつ減らせばいいじゃん。そんなのだけメインにするの、変だと思うんだよね〜」 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/16(日) 23:55:18.44 ID:xbr9C8WfO そりゃ正論だけど……。 「いいじゃない、私が自分で決めた事なんだから!」 ちょっと口調が強くなりすぎて、周囲の席で昼食をとっていた生徒たちまでチラッと私達の方を見る。マズイ。常連とはいえ、私はあくまでもストレンジャー。 「……だいたい、どうしてそんなに反対するのよ?お昼一食だけって言ってるじゃない」 私はやや首をすくめながら、少し穏やかさを取り戻した声で言った。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 00:04:53.01 ID:hsmhCamlO 「別にダイエットが悪いって言ってるワケじゃないよ」 こなたもバツが悪そうな顔になっていた。 「ただ、なんかお昼がそんなのだけって言うのもさ〜」 「私もそう思うよ、お姉ちゃん」 ハラハラした表情で見ていたつかさが口を挟む。 「私もっと勉強して、カロリーの低いお弁当作るから、それをいっしょに食べようよ」 「私もそれが良いと思います、かがみさん」 みゆきが追随。むむ、三対一。不利なり。 みんなどうしてこんなに真剣に反対するかな?ただお昼ご飯だけ、カロリー押さえようと思ってるだけなのに。 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 00:24:30.35 ID:hsmhCamlO だけどね、私達家族は、朝六人全員で食事するわけだし。 晩御飯は姉さんたちが抜ける時もあるけど、基本的に一緒。同じメニュー。自分だけ特別メニュー作ってくれなんてお母さんに言い辛いし。第一不経済じゃない? 「自分の分だけ毎日ダイエットゼリーを買うのも、結構不経済だと思いますが……」 う、よりによって、みゆきが合理的なツッコミを。 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 00:38:47.37 ID:hsmhCamlO 「と、とにかく!」 私は少し強引に話をまとめようとした。 「ちょっとした思い付きだし、やっぱり続かないと思ったら止めるわよ。ぶっちゃけ、つかさのお弁当が美味しいのは間違い無いしね」 あはは、と笑顔で言ったが、他の三人の微妙な雰囲気は払拭できなかった。 こなたは無言無表情。 つかさは不安そうな心配そうな顔。 みゆきも黙って、ただ私の顔を見つめている。 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 00:48:33.99 ID:hsmhCamlO 正直、その時の私の言葉に嘘は無かった、と思う。 ちょっとしたダイエットの一貫。 うまく行けば儲けもの。行かなくても話のネタ。 受験のストレスをまぎらわせる、ほんの思いつき。 ただ、それだけで終わるはず、の話だった。 これがきっかけだと気がついたのは、しばらく後の話になる。大袈裟ではなく、私、柊かがみの命を左右する重要な選択肢だと。 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 02:42:13.29 ID:hsmhCamlO 十日後。 (毎日ダイエットゼリーでお昼済ませてるのに……) お風呂上がりで汗をかき、タオル一枚。少しでも体重を減らそうとする乙女心、女の子ならわかるわよね? (……減らない) なんで?摂取してるカロリーは減ってるはずなのに、どうして体重は変わらないワケ? この時の私の頭の中は、焦りというより、理不尽に対する怒りのほうが大きかった気がする。 (こうなったら……) ガラッ「お姉ちゃん湯冷めするよ〜」 「ぅわぁッ!!」 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 10:00:55.84 ID:hsmhCamlO 脱衣所に入ってきたつかさを前に、私は体重計から飛び降りた。 「ど、どうしたの?お姉ちゃん。びっくりしたぁ」 「びっくりするのはこっちよ!ノックぐらいしなさい!」 乙女のトップシークレットを何と心得る。 「あ、また体重計ってたんだぁ」 「そうなのよ……なかなか成果って上がらないものね」 ふぅ、とため息をつく私。 「やっぱりああいうのに頼るの良くないよ。お姉ちゃん、ちゃんと食べながらダイエットしよう?」 「ダメ!せっかくその気になってるんだから」私はやや冷えてきた肩を腕で抱えながら言った。 「明日からもうちょっとシビアにやってみるわ!」 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 10:16:00.08 ID:hsmhCamlO 「それで?」 翌日の学校、昼休み。四人でのお弁当タイムに、みゆきが私に質問してきた。 「シビア、と言うと、どのような食事制限をなさるつもりなんですか」 「制限っていうかね」ゼリーをチューチューすすりながら私が答える。 「やっぱり消費するカロリーより、入ってくるカロリーが多いのが原因だと思うのよ。いわゆる質量保存の法則ってヤツ?」 「あまりいわないかと……」 「で、とりあえずカロリー的にあまり多い食材は取らないようにしようと思ったワケ」 みゆきのツッコミを無視して、私はゼリーの蓋を指にはめてクルクル回しながら言った。 相変わらずチョココロネ(よく飽きないわね……)を食べながら、こなたが質問してきた。 「ん〜、カロリーの多い食べ物って、どんなん?」 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 10:36:38.22 ID:hsmhCamlO 「ふっふ〜ん、よく聞いてくれたわ」 私は上機嫌で、仕入れた知識を披露した。なんとなく、普段のみゆきの気持ちがよくわかる気がする。まあ錯覚かも知れないけどね。 「まず意外に多いのが炭水化物。お米、パン、芋類ねこれは体内で糖や脂肪に変わりやすいのよ」 「へぇ〜」 つかさが感心したような表情になる。もっと敬え、妹よ。 「もちろんお菓子類。成分表を見れば一目瞭然ね。一番使われてるのが砂糖、なんて例も多いし」 こなたがチョココロネを口にくわえたまま、なんとなく嫌そうな顔をした。 この小柄な友人は相変わらず私のダイエットを快く思ってないらしく、この話題になると無口になる。 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 12:42:17.74 ID:hsmhCamlO 「あとは、やっぱり肉類ね」私は続ける。 「意外と肉って肥満と直結してるワケじゃないけど、やっぱり脂肪は大敵だからね。蛋白質は植物性、でなければ魚から採る、かな。脂肪が体につきにくいみたいよ」 みゆきのお株を奪うトリビア話に、三人が感心したような顔になる。こなたやみゆきでさえ。ヤバい。癖になりそうコレ。 「と、いうことは……」みゆきが人指し指を左ほほに当てがいながら話す。考え事をしている時の癖だ。 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 12:52:23.65 ID:hsmhCamlO 「かがみさんが今召しあがれる物は、大変限られるわけですね?」 みゆきが今までの話を確認するようにまとめる。 「まず、お米、パン等の主食は駄目。芋類も禁止。肉も食べず、魚中心。もちろん甘いお菓子など、持っての他」 「まあ、そうなるわね。」私はうなずく。 「んじゃさ〜、かがみは毎日どんなメニューのご飯食べてるのさ?」 こなたが指についたチョコを舐めながら聞く。お行儀悪いヤツね。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 13:09:35.39 ID:hsmhCamlO 「ん〜と、え〜とね〜」 つかさが昨夜のメニューを思いだそうとしている。 「まず、メインがお豆腐。それにぽん酢をかけるのね。あとは野菜サラダ。ドレッシングはノンオイル。今は結構種類があるんだよ」 私はうんうん、とうなずく。 「メインのオカズは焼き魚。あとは鶏のささみが多いかな?豆腐が飽きたら、湯葉にしたりヒジキ入りのオカラにしたり」 「……まちたまへ、何故かがみじゃなくつかさが答えるの?」 コイツ本当、細かい事には気づくわね……。 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 13:23:09.10 ID:hsmhCamlO 「私は食材とかを選ぶだけ。実際料理するのは、つかさに手伝ってもらうつもり」 私はあっさり白状した。ていうか、こんなトコで見栄張っても仕方ないじゃない? 「そうなんですか〜。でも安心しました、かがみさん」 みゆきがゆったりとした笑顔で言う。 「ん?何が?」私は飲み終わったゼリーの袋を握り潰しながら聞き返した。 「お聞きしますと、ずいぶん栄養バランスに気をつけたダイエットをなさっているようですから。私、もっと無茶な食事をしてないかと、実は心配してたんです」 「当たり前でしょ〜」私は明るく笑う。 「別に切実に痩せなきゃいけないってワケじゃないし、ま、受験の間の暇潰しってトコね」 ようやくいつものムードが戻ってきた。 どことなく口数の少ないこなたを除いて。 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 13:48:30.78 ID:hsmhCamlO 十数日後。 「……マジ?これ」 私は体重計の上で絶句していた。 減っている。 これまでのダイエットでビクとも動かなかったデジタルメーターの数字が、減っている。 「十日ちょっとで1キロ以上って、嘘でしょコレ……」 奇妙な事に、私が最初に感じたのは、喜びでも達成感でもなく、恐怖に近い感情だった。 (別に断食もしてない、特別な運動もしてないのに、こんなに劇的に体重下がるのって……いいの?コレ)だってこの計算で行くと、一ヶ月3キロ近く減ることになる。 (ちょっと……極端なんじゃないかな) 『バランスがいいですね』 『そんなの不自然だよ』 みゆきとこなたの声が、頭の中で再生されていた。 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 18:09:50.86 ID:hsmhCamlO タオルを頭に巻いたまま、部屋に戻ろうとした所で、つかさに会う。 「あ、お姉ちゃん?今日のカツオのタタキのカルパッチョ風、どうだった?明日はね〜、豆腐ハンバーグ作ろうと思ってるんだ」 えへへ〜、と笑う妹に、こういう方面だけは絶対敵わないな、と改めて確信する。 「……えと、美味しくなかった、かな?」 黙っている私を誤解したのか、オズオズと聞いてくる。 「ち、違う違う」顔を横にブンブン降って、「つかさのお陰で、美味しくダイエットできて感謝してるわよ。真面目によ?」 「そうなんだ?お姉ちゃんの役に立てて嬉しいな〜」 ……不覚にも可愛い、と感じてしまった。良い人すぎるよ、我が双子の妹よ。 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 18:28:11.49 ID:hsmhCamlO 「……どうしたのお姉ちゃん、何か具合悪い?」 まさか、こなたみたいに『つかさは私の嫁!』などと考えていたとも言えず、私は話をそらせようとした。 「うん、あー、えっと、私ダイエット初めて十日ちょっと?」 「それぐらいになるねー」 「つかさから見てどう?私、少しは変わったかな?」 実際に1キロ以上減っているのを知っているが、あえて聞いてみる。 んん?と風呂上がりのパジャマ姿の私をシゲシゲと見て、つかさは言う。 「う〜ん……なんかホッペから首にかけて、ほっそりしてきてる気がする」 「そ、そうかしら?」 「うん、間違い無いと思うよ」 私はニッコリ笑って、「ありがと、つかさの協力のお陰よ」とお礼を言って、部屋に戻った。 71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 18:40:03.43 ID:hsmhCamlO 部屋に戻り、完全に乾いた髪の毛を揺らせながら、大きな鏡の前に立ってみる。 「服着てると、わかり辛いわね……」 パジャマを脱いで、改めて立ってみる。 正直、毎日自分の姿を鏡で見ているため、些細な変化はわかりにくい。 「ほほから首、ねぇ」 本当にスリムになってるのかな?つかさ、気を使って言ってくれただけなんじゃないかな? どうせ減るなら、この二の腕のプニッとした所とか、下腹のポコッとした所とか、太股のムニッとした所が減ってくれるとありがたいのに。 「……もうちょっと、続けてみよう」 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 19:00:52.61 ID:hsmhCamlO 二十日経過。 いつもの3年B組のお昼休み。 「昨夜のアスパラガスのソテー美味しかったわよ〜。やっぱりつかさは鉄人クラスね!」 とダイエットゼリーをくわえながら、最近恒例となった、つかさ料理教室の解説をする。 「お姉ちゃん、恥ずかしいよ……」 つかさがモジモジしながらお弁当箱をつつく。 「かがみさん、やはり少しスリムになられましたね」 みゆきがニコニコしながら言う。 「え!?そ、そう?どの辺が?」 「全体的に、ですかね。理想的な痩せ方だと思いますよ」 「そ、そうなんだ、理想的ね……」 ニヤケる表情を押さえるのに、もう必死。 「……」 こなたは会話に加わらず、黙々とチョココロネを食べていた。 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 19:14:58.04 ID:hsmhCamlO なんとなく最近、こなたとだけ会話が弾まない。 私はこういう時に、女子特有の根回しや腹芸というものができない。常にストレートに聞いてしまう。 「ねえ、こなた?」 「うにゅ?」 なんだその力の抜ける返答は。 「アンタ、ちょっとこの前から変よ?何か言いたい事があるなら、はっきり私に言ってみて?」 勢いよく言うとケンカを売るセリフになってしまうので、穏やかに、諭すようにこなたに伝えた。 「……特に言いたいことがあるってワケじゃないよ」 こなたが長い髪の中に指を入れて、かきまわしながら呟くように言う。 「ただ、かがみんさぁ」 「何?」 「ちゃんと目標決めてダイエットしてんの?」 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 19:29:28.46 ID:hsmhCamlO 「目……標?」 ちょっと隙を突かれた気がした。 「うん」とこなたがチョココロネの袋を丸めながら続ける。 「何キロ減量するとか、何キロになるまで痩せるつもりとか、体脂肪何%になるまでとか、そーゆー目標」 「えー、えっと……」 答えに詰まる。 「そう言えばお姉ちゃん、いつまで続けるの?私はお料理の勉強になるからいいけど」 つかさも尋ねる。 「そう言えばかがみさん、『受験の暇潰し』とおっしゃってましたね」 みゆきが思い出したように言う。 「その観点から言えば、十分良い暇潰しになったと思いますが……」 「それは……そうなんだけど……」 私は答えに詰まった。 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 20:30:43.64 ID:hsmhCamlO 「あたしゃ〜難しいことはわかんないけどさぁ」 とぼけた口調の割りに、こなたの目は真剣だった。 「結局ダイエットで痩せてるってことは、その分自分の体からエネルギーみたいなの補充してるワケでしょ?」 「間違っては無いですが……」 みゆきは困惑顔だ。話の方向が掴めてないらしい。私もだけど。 「……こなた、結局アンタ何が言いたいの?」 私の声は、つかさがビクッと振り向くくらい苛立ちがこもっていた。 「かがみが自分で決めたことに口を出したくないけど」 こなたは丸めた袋をポーンと投げた。 教室の隅のゴミ箱にリバウンドして、床に落ちる。 「やっぱり何事も程々がいいと思うんだよね〜」 袋をゴミ箱に入れ直すために立ち上がり、歩いていくこなた。 私はその後ろ姿を見ながら、説明のつかない苛立ちを覚えていた。 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 20:52:38.32 ID:hsmhCamlO 「何よ、こなたのヤツ……」 その夜、私は湯船に浸りながらブツブツと友人への怒りを口にしていた。 「私が痩せてるからって、妬いてるんじゃないの?」 いや……それはさすがに無いか。 毎日チョココロネ(時にメロンパン)を食べて、部屋にこもってアニメやゲーム三昧の毎日を送っているくせに、ちょっと心配になるくらいスリムな子だ。まあ身長もアレだけど。 「私だって、脱いだら凄いんだから」 ゲーセンのネット対戦型クイズゲームの答えに出てきた、一昔前の流行り文句を口にする(どんなドラマのセリフだったんだろう?)。 私は湯船を出て、脱衣場に上がった。 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 21:22:50.55 ID:hsmhCamlO 脱衣場の、湯気で曇った鏡をざっと手で払って、私はお風呂から上がったばかりの自分の身体を見つめる。 濡れた艶やかな長い髪。 母親譲りの吊り上がり気味の大きな目。 まあ人並みな胸。わずかに浮き出る肋骨。キメの細かい白い肌。 私はそれほど自分がナルシストだとは思っていないが、やはり年相応の美意識も持っている、つもりだ。 「……やっぱり、捨てたもんじゃないわ」 私は髪を上げてタオルを巻き付けながら呟いた。 「もうちょっと、続けてみよう」 そう、ダイエットなんていつでも辞められる。続けられる内は続けたって悪くない。 だって全然、苦になって無いもの。 96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 21:47:48.96 ID:hsmhCamlO お風呂を上がってから、夜中に寝るまでの間、私が一番勉強に集中できる時間帯。 「……」 なんだろう。なぜかイライラして勉強がはかどらない。 胃の辺りがジワジワと締め付けられる感触。手足から力が抜けるような感じ。目から入る文字がダイレクトに脳に届かず、フィルターをかけられているような不快感。 「なんなのよ、いったい」 思わず指先に力が入りすぎ、シャープペンシルの芯が折れて飛んだ。 私は舌打ちして、勉強を切り上げることにした。 頭に入らない時に勉強するほど割りに合わないことは無い。たまにはこういう日もあるわよね。 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 22:00:18.79 ID:hsmhCamlO (……) フトンの中に入って、しばらくたつけど、全然眠くなる気配が無い。 (なんなのよ……いったい) お腹の中心辺りから、ジワジワ、ワナワナと形容し難い感触がひっきりなしに湧いてきて、眠気を追い払ってしまう。 「これ……お腹が空いてるのかな」 温めたミルクを飲むと、眠くなるって言うけど……。 「そんなのダメよ!」 もう今日の分の蛋白質は取ったし、第一牛乳は脂肪分が高すぎる。 (明日、豆乳買ってこよう……) 私は無理にマブタをギュッと瞑り、フトンを頭から被った。 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 22:16:40.35 ID:hsmhCamlO (……み) (……ぇかがみ) 「ねぇ、どうしたのさ、かがみん」 「何がよ!!」 怒声に近い声を上げて、私はそこが隣のクラス、3年B組であることをやっと認識できた。 クラス中の生徒が驚いたように私の方を見ている。すぐ近くにいる、つかさやみゆきも。 普段通りなのは、私に大声を浴びせられた、こなただけだ。 「あぁ、ゴメンこなた、怒鳴ったりするつもりじゃ……えっと」 「んにゃ、別にいいけど」 相変わらず内心がよくわからない、チャシャ猫のような顔で言う。 「今日はお昼のゼリーも食べないから、どしたのかなって」 「ああ、それ……」私は息を吐き出す。 「今日の朝ご飯の時、ちょっとジャム塗り過ぎちゃったんで、その分抜かしてるのよ、それだけ」 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 22:31:02.47 ID:hsmhCamlO 「ジャムの塗りすぎ、ですか?」 みゆきが目を丸くする。 つかさが弁解するような口調で説明する。 「ごめん、こなちゃん。お姉ちゃんいつもカロリーオフのジャムで、食パン半枚食べてたんだけど、私うっかりして普通のジャム渡しちゃって……」「つかさのせいじゃないわよ」 私は遮って言った。 「私が自分で確認しなかったのが悪かったんだから」 自分でも険のある声だ、と自覚はできるが、だからどうしようという考えに結びつかない。 「とにかく自分が取ってるカロリーは自分で把握してるわ。つかさは悪くないわよ」 「ふ〜ん」 こなたの糸目猫口ないつもの表情。変わらない口調。 それがなぜか今はカンに触った。 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 22:44:55.75 ID:hsmhCamlO 「ちょっとこなた、前にも言ったけど」立ち上がろうとして、突然視界が暗くなった。 「あ……あれ?」 耳元でキーンという高い音がする。 全身から冷や汗が吹き出ている。 気がつくと、私はこなたとみゆきに抱えられていた。 「お……お姉ちゃん」 つかさが涙目で私を見つめている。B組の生徒達も。 私は照れ隠しの笑顔を浮かべて立ち上がろうとした。 「ダメですよかがみさん、まだ休んでいなくては」 みゆきが焦ったように言う。 「先程も、泉さんがとっさに抱えたから良かったものの……」 そっか。私、床に倒れこむところを、こなたに助けられたんだ。 「ありがと、みゆき。……こなた」 私はなんとか一人で立ち上がった。 「もう昼休み終わるから、帰る。ゴメンね」 フラつきながらC組に戻る私を、こなたがあの感情が読めない目でジッと追っていた。 121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 23:37:20.71 ID:hsmhCamlO その日の夜。 イライラする。勉強が進まない。集中力が出ない。 (つかさも、少し空気読んでくれないかな) 晩ご飯に海鮮パスタを作ってくれるのはいいけど、マヨネーズが多すぎる。カロリー過多だ。 (ちゃんと食べたいのに、食べたいのに、食べれるように出してよ!) つかさが泣きべそをかいてた記憶がよぎるがすぐイライラに掻き消された。 「ダメね……気分転換しなきゃ」 そうね、少し外を散歩しよう。 外の空気を吸って、コンビニにでも寄って立ち読みしよう。 そうよ、ほんの少し気分転換するだけなんだから……。 122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 23:43:50.36 ID:hsmhCamlO そのあと、私は外に出た。そこまでははっきりしている。 だけど、それからがあまり記憶に無い。 だから、コンビニに寄ったり、スナック菓子やチョコレートやアイスクリームやあんパンを買ったのも自分の意思じゃない。 重いビニール袋をぶら下げて帰った時間も覚えていない。 全部、覚えていない。私のせいじゃない。 124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/17(月) 23:54:20.11 ID:hsmhCamlO そして我に返った私は、ゴミの真ん中に座り込んでいた。 「…………え?」 なに?この袋。 ポテトチップス。チーズ。サラミ。アイスクリーム。サンドイッチ。菓子パン。 「私が……食べた?」 私が買った。私が持ち帰った。私が袋を破った、私が……。 「や、やだ……どうしよう……」 胃の中に、満足と後悔の元がドロドロ渦巻いているのがわかる。 このままじゃ、このままじゃ、食べたものがみんな体に吸収されちゃうじゃない! 「ど、どうしよう……どうすれば」 あ。そうだ。簡単な事じゃない。 「吐けばいいんだ」 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 00:08:28.19 ID:4Tb6uxiMO 「ぅぐっっ……ぁふっ」 私は洋式便器を抱えこむようにして、しゃがみ込んでいた。 右手の中指でノドの奥をえぐるようにつつくと、まるで噴水のように胃の中にあったものが逆流してきた。 「ふぐっ……ふぁあっ」 私は涙を流していた。 胃が痙攣する痛み。 胃液が食道を焼く苦しみ。 そんなものより、欲望に負けて、食べてしまった自分が情けなくて惨めだった。 みゆきもバランスが大事だって言ってくれてたのに。こなたもやりすぎはよくないって言ってくれてたのに。つかさも毎日ダイエットに協力して、料理を作ってくれてたのに。 「いやだ……こんなのは、いや」 認めたくない。こんな、食べたものをトイレに吐き出す自分を。まるで拒食症のヒトみたいじゃない。 そうだ、無かった事にしよう。 こんな事は今夜一度きり。もう食べたりしない。もう吐いたりしない。そう、一度きりなんだ……。 134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 00:25:29.82 ID:4Tb6uxiMO 四時限の終わりを告げるチャイムが鳴った。 「んじゃ、ちょっと行ってくるわね」 「柊ぃー、たまにはアタシらとメシ食おうぜー」 「そうね、今度」 「おう!約束だー」 「……ねえ、みさちゃん。柊ちゃん、ちょっと今までと変わらない?」 「……わかってるよ、あやの」 136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 00:38:02.63 ID:4Tb6uxiMO 「よっ、来たよー」 私が片手を上げて挨拶すると、いつもの三人が迎えてくれる。 「あら?かがみさん、今日はゼリーじゃないんですか?」 みゆきが驚いたように私が持つ弁当箱を見た。 「あ、うん。やっぱみんなちゃんと食べてるのに、自分だけゼリーとかねー」 あはは、と笑う。 「私と中身同じだけど……食べてくれるの?お姉ちゃん」 つかさが心配そうに言う。「くれるって……作ってくれたモノでしょ?ありがたくいただくわよ」 妹を安心させるように、笑いかける。 「……」 「ん?どうしたの?こなた」 139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 00:47:17.01 ID:4Tb6uxiMO 「かがみ、ダイエットはどうしたの?」 こなたが相変わらず感情の読めない表情のまま私に尋ねる。 つかさとみゆきの表情がこわばったけど、何でだろう? 「もちろん、続けてるわよ?」 「そのお弁当は平気なのかなぁ?」 私の弁当箱を指差す。 「大丈夫だって!」私は笑顔で切り返す。 「自分のカロリーは自分が一番わかってるのよ。きちんとコントロールできてるわよ」 「……」 そう。いざとなれば、『無かったこと』にすればいいんから。 178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 13:04:20.76 ID:4Tb6uxiMO みんなで談笑しながら昼食を終える。 「あれ?もうC組に戻るの、お姉ちゃん」 つかさがお弁当の袋をまとめる私を不思議そうに見た。 「まだ、お昼休み終わらないよ?」 「うん、ちょっと余裕を持って行動しないとね」 私は笑顔で応え、「じゃあ、こなた、みゆき、放課後にね」 と、B組を後にした。 立ち去る私を、こなただけじゃなく、みゆきも笑顔を消して見つめていることには気付かなかった。 180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/18(火) 13:16:49.78 ID:4Tb6uxiMO C組の前を素通りし、洗面場に急ぐ。 (早く) 蛇口を捻り、口を直接つけて水をガブガブ飲む。 (早く) 女子トイレに駆け込み、誰もいないのを確かめ個室に入り、カギをかける。 (早く、『無かったこと』にしないと) 洋式便座を抱えこむようにしゃがみ、右手の人指し指をノドの奥にえぐるように入れた。 四人でいっしょに食べた、つかさが作ってくれたお弁当は、あっという間に胃から逆流し、便器の中に流れ込んだ。 口と涙を拭い、便器の水を流すと、私はゆっくりと立ち上がった。 「よかった……これで、『無かったこと』になったよ」 目尻に涙を滲ませながら、私の唇は笑みの形に歪んでいた。 234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 00:59:36.58 ID:EgaFT1anO 夜。 「お姉ちゃん?晩ご飯作ったけど食べないの?」 つかさが呼ぶ。 「今夜はいいー。ゴメン、先に食べといてー」 私は勉強しながら応える。 「うん……」 力無さげに足音が遠ざかる。ごめんね、つかさ。 胃が掻きむしられるような苦痛。手足に力が入らない無力感。頭がボーッとする酩呈感。 そんな不快も、すべてが私を痩せさせてくれていると思うと悪くない。 食べなければ食べないほど。我慢すれば我慢するほど。苦しければ苦しいほど。 どんどん私は痩せていく。悪くない。悪くない。 238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 01:13:15.82 ID:EgaFT1anO 夜中。 家中が寝静まる。 胃をギリギリ絞られるような苦痛が限界に達する。 「そろそろ……ご褒美の時間よね」 私は押し入れの中から、コンビニの袋を引きずり出した。 中身を床に出す。色々なお菓子が転がる。 「ふふ、いただきます」 プリンが、シュークリームが、チョコレートが、ゼリーが、モンブランが、口の中で溶け合い、流動物となって喉を通り、胃の中に入っていく。 あっという間に、コンビニの袋の中いっぱいのデザートは私のお腹に収まった。 240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 01:23:25.20 ID:EgaFT1anO 「ふう……」 至福の一時。満腹感をゆっくり味わう。甘いものは大好きだ。私は目を閉じる。幸せ。 「……」 ジワジワと、満足感が後悔と罪悪感に交代していく。 また食べちゃった。つかさの作ってくれたご飯を食べずに。 甘いもの、カロリーの高いもの、太るもの。 急に胃の中にあるものが、何かの毒に変化していく。私を太らせ、私を醜くする毒に。 「だ、大丈夫……」 全部『無かったこと』にすればいい。 246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 01:56:56.26 ID:EgaFT1anO 「げふっ……ごぁふっ」 口から止めどもなく溢れてくる流動物。便器の水が顔に跳ねるほど、勢いよく噴出する。 そう、『噴出』という表現がぴったりだ。 「げふっ……ぅふぁっ」 右手の人指し指と中指の、関節が前歯に当たって痛い。でも以前よりも楽に吐けるようになった。 「ぁ……ふぅ」 私はトイレの便器を抱えた姿勢のまま、ぐったりと力を抜いた。 ようやく胃の中の毒を全部吐き出せた。 でも、まだ完全じゃない。 私はポケットを探ると、液状の下剤の小瓶の容器を取りだし、10ミリリットルを一気に飲み干した。 「……」 これで明日の朝には下からも毒が出せる。全部『無かったこと』にできる。 「コントロールできてるわ……簡単じゃない」 あは、あはははははは。 私はヒリヒリする喉から、乾いた笑い声を出した。 251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 02:17:16.41 ID:EgaFT1anO ・・・・・・ 「ほな、次の時限は自習やでー。皆、おとなしゅうしときやー」 黒井先生がそう言って教室を出たあと、クラスのみんなは受験勉強のチェックをお互いにしだした。 「つかささん、泉さん、少しお話しませんか?」 全然受験に関しては不安の無さそうな、ゆきちゃんが私とこなちゃんに言う。 「え……う、うん」 私はちょっとドキドキしながら椅子を寄せる。 ゆきちゃんは医大、こなちゃんは普通の大学、私は料理の専門学校。 それぞれ進路の違う私達の、今の共通の話題と言えば……。 「少し、かがみさんのことについて伺いたいことがあるんです」 ゆきちゃんのメガネの下の目は、全然笑っていなかった。 253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 02:30:53.18 ID:EgaFT1anO 場所を屋上に出る階段の踊り場に移して、また三人が向かい合った。 ゆきちゃん、こなちゃん、そして私、柊つかさ。 「それで、ご飯も全然食べなくなって、夜中になにかゴソゴソしてて……」 最近のお姉ちゃんの様子を聞きたいってゆきちゃんに言われた時は、正直安心した。私も誰かに聞いてほしかったんだもん。 「朝もなかなかトイレから出てこないし……お父さんもお母さんも、上のお姉ちゃんたちも心配してるんだけど……」 声が詰まる。私だって心配してるんだよ、お姉ちゃん。 「そうですか……」 私の話を聞き終わったゆきちゃんは、溜め息をついて言った。 「どうやらかがみさんは、摂食障害を起こしているようですね」 257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 02:43:10.41 ID:EgaFT1anO 「え?接……触?」 私は聞き慣れない言葉を繰り返した。 ずっと黙って聞いていた、こなちゃんの眉がピクリと動く。 「摂食、障害、です」 ゆきちゃんは指で空に字を書いて教えてくれた。 「一般的には拒食症とも言われますが……正確に言えば、神経性無食欲症、ですね」 「難しくてよくわかんないよ……ゆきちゃん、お姉ちゃん病気なの?」 私は怖そうな病気の名前に泣きそうになった。 こなちゃんが初めて喋った。 「その病気について、詳しく教えてくれるかな?みゆきさん」 こなちゃんの声が、何だかとても冷たく聞こえた。 259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 02:57:37.45 ID:EgaFT1anO 食事を食べられなくなって体重が減ったり、逆にたくさん食べてその後自分で排泄して、健康を損なうことを摂食障害と言います。 私は神経性無食欲症といいましたが、これには病型が二つあるんです。 一つは制限型。単に食物の摂取量を減らすことで、体重減少を図るタイプ。 もう一つは、過食・排泄型。たくさん食べた後の自力での嘔吐、下剤の乱用、無理な運動によって体重減少を図るタイプ。 私は、かがみさんは後者だと思いますが。 263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 03:16:04.56 ID:EgaFT1anO ゆきちゃんが次々と話す言葉は、難しすぎて頭に入って行かない。 「なにそれ……お姉ちゃん、どこか悪いの?」 「今のところは心の病気です。ですが、必ず体にも影響は出ますね」 ゆきちゃんはちょっとメガネを直して続ける。 「つかささん、かがみさんの生理はきちんと来ていますか?」 「え?えと、生理?」 私は顔が赤くなったけど、考えてみたらそれ所の騒ぎじゃないよね。 私とだいたい半月ずれてるから、順調なら今ちょうど……。 「……来てない。お姉ちゃん、生理用のショーツじゃなかった」 ゆきちゃんの顔が、少し青ざめたように見えた。 266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 03:30:32.53 ID:EgaFT1anO 「もう、体に症状が出てしまってるんですね……」 ゆきちゃんがポツリと言う。私はワケがわからない。 「だって、でも、痩せて生理が遅れてるだけだし」「それだけでは済みません」 ゆきちゃんが、人の言葉を遮って喋るのを初めて聞いた。 「いいですか?電解質の異常、脱水、体のむくみ、低栄養、貧血、吐くことによるアルカリ化、逆に下痢による酸性化」 ゆきちゃんは一気に喋る。 「だ、だから……それっていったい」 「かがみんの命に関わるってことだよ、つかさ」 今度はこなちゃんが応えた。 270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 03:43:46.80 ID:EgaFT1anO なにそれ……。 信じられない。なんで二人とも、こんな怖いこと平気で私に言うの? お姉ちゃんなんだよ?あのお姉ちゃんのことなんだよ?命ってなに? 「かがみさんの右手の拳のところが、赤くなっているのに気づいてましたか?つかささん。あれは手を喉に入れた時に、前歯に当たった跡です」 知らない。そんなのわからない。 「胃液と言うのは、強力な酸です。食べた肉を溶かすぐらいですから。それが毎日口まで上がってきたら、どうなると思います?」 わからないって言ってるじゃない。 「逆流性食道炎と言って、食道や舌が胃液で溶けたり、歯まで抜けることも」 「わからないって言ってるじゃない!黙ってよぉ!!」 271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 03:56:57.30 ID:EgaFT1anO いつの間にか私は耳をふさいで、その場にしゃがみこんでしまっていた。 「……すみませんでした、つかささん」 ゆきちゃんが優しい声で私に言う。 「医者でもないのに、根拠の無いことを話しすぎましたね、怖がらせてしまいました」 私は息を一回吸い込んでから、なんとか立ち上がった。今は、今はちゃんと話を聞かないと。 「どうして……」喉が渇いて声が絡んだ。セキを一回する。 「どうしてお姉ちゃんがそんなことになっちゃったのか、原因が知りたい」 ゆきちゃんとこなちゃんが、顔を見合わせた。 274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 04:18:33.81 ID:EgaFT1anO 「つかさは、太りたくないって思ったりしない?」 話し始めたのは、以外にもこなちゃんだった。 「それは……思うよ、でも」 「女の子なら大抵の子はそう思うよね。太りたくない。痩せたい。綺麗になりたい」 「こなちゃん……」 「私だって、例外じゃないんだよ?」 なんでだろう、こなちゃんの顔をまっすぐ見れない。 「現代の女性に求められている、美の不可欠な要素は『痩せている』ことですね」 ゆきちゃんが話に割り込んできた。 「昔、人がまだ満足に栄養を取れなかったころ、太っている事こそ美と富の象徴でした。日本の絵巻きや、現在の一部の文化では未だにそうですね」 なんだろう、ゆきちゃんが妙に早口だ。 275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 04:33:32.94 ID:EgaFT1anO 「でも、現在の日本ではどうでしょう?」 ゆきちゃんの声が少し怒ったように響いた。 「テレビや雑誌では、明らかに標準体重を下回る人たちが、普通に振る舞っています。陰でどれだけ過酷なダイエットをしているか、誰も知らないのに」 ファッション雑誌を、二人で見た。 『つかさ〜、この服、可愛いと思わない?』 『私達じゃ着れないよ〜』「いつの間にか、誰もがそれが普通の体型なんだと思い込む。太っている、ただそれだけで迫害の対象になる」 『少しお菓子、食べ過ぎたかな〜』 『お姉ちゃん、お菓子好きだもんねー』 「実は一番栄養を取っていなければならない成長期に、一番食事の摂取を我慢しなければならない」 「ゆきちゃん……」 「つかささん、摂食障害というのは、圧倒的に女性に多いんですよ」 277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 04:51:41.14 ID:EgaFT1anO 少しの間、三人は沈黙した。 「……女性にとって、それだけ外見……ボディイメージというものが大きい、と言うことですね。もちろん私も含めて、ですよ?」 ゆきちゃんはおどけるけど、全然空気が和まない。 「お姉ちゃんは……前から太ってなんていなかった」 私がボソリと言う。 「そうですね。むしろ痩せぎみだった方でしょう」 「なのに、どうして……」 「実際に痩せてる、太ってるなんて、もう関係ないんだよ、つかさ」 また、こなちゃんが言った。 「ど、どういうこと?こなちゃん」 「多分、かがみは骸骨に皮一枚の姿になっても、『まだ太ってる』って言うよ」 「そんな……嘘でしょ?」 「認知の歪み、ですね」ゆきちゃんが後を引き取る。 「どれだけ実際に痩せても、どれだけ言葉で教えても無駄なんです。問題は、『本人にどう見えるか』、なんですから」 私の目の前が暗くなった。まるでお腹が空きすぎた時のように。 279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 05:07:25.64 ID:EgaFT1anO ・・・・・・ (……ん?) カクン、と首が前に折れそうになって、慌てて姿勢を直した。 おかしいな、ちゃんと睡眠取ってるはずなのに、眠いし目が霞む。 「……大丈夫?柊ちゃん」 斜め後ろの席の峰岸が、心配そうに小声で話しかける。 私は笑顔でOKサインを出すと、アクビを噛み殺した。 (なんでこんなに、眠いんだろ……) 眠いせいで、授業の内容がさっぱり頭に入らない。 眠いせいで、さっぱり黒板の文字が読めない。 眠いせいで、体の震えが止まらない。 (……え?) なんで私の体、震えてるの? 353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 20:57:20.68 ID:EgaFT1anO 放課後。 私は妹のつかさと並んで下校していた。 「あら?あの娘が着てる服、可愛いわね。私にも着れるかな?」 「……」 「やっぱりダメよね〜、もっと痩せてからじゃないと」 「……!」 「あ〜あ、もっと痩せて、早く綺麗になりたいなー」 「お、お姉ちゃん!」 それまで黙っていたつかさが、急に声をあげた。 「どうしたの、つかさ?大声出して、はしたないわよ?」 「お姉ちゃんは、太ってなんかないよ!もう十分痩せてるじゃない!」 「……?」 何言ってるんだろう、この子。 「お姉ちゃん、もう辞めようよ。もう十分痩せたじゃない。これ以上無茶したら、本当に体壊しちゃうよぉ」 ……ホントにダメな子だなあ、つかさは。 356 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 20:58:25.95 ID:EgaFT1anO 「大丈夫よ、つかさ」 私は優しく、諭すように妹に言い聞かせる。 「私はね、ちゃんと自分をコントロールできてるの。無理なんてしてないし、辛くも無いの。だから、体を壊すなんて有り得ないのよ?」 「コ、コントロールって……食べた後トイレで吐いたり、下剤で無理矢理出したり、そ、そんなのコントロールなんて言わないよ!」 「……なんですって?」 半泣きのつかさの顔よりも、道の往来で言われた言葉に反応してカッとなった。視界が白くなったあと、反転して黒くなる。 357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 20:59:54.63 ID:EgaFT1anO 意識が遠ざかりそうになるのを、辛うじてこらえる。 「……それ、誰から聞いたの、つかさ」 痛む喉から、しゃがれた声を押し出す。 つかさは私の目付きに脅えながらも、膝を震わせながら対峙する。 いつしか、何人かの人達が、私とつかさを遠巻きに見ていた。 「き、聞かれなくてもわかるよ!私が作ったご飯は全然食べないし、夜中にトイレに行った後は変な臭いがするし、朝もずっとトイレにこもってるし!」 「だから何だって言うのよ!?」 大声を出しただけで頭がクラクラする。 「別に誰にも迷惑かけて無いじゃない!!私が痩せちゃいけないの!?綺麗になっちゃダメだって言うの!?」 「お姉ちゃんは綺麗になんかなってないよ!!」 え? 視界がぐらり、と揺れた。 359 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 21:01:14.70 ID:EgaFT1anO 「お姉ちゃんは前のほうが綺麗だった!優しく笑ってくれて、元気だったよ!」 「……」 「今の自分をちゃんと鏡で見てよ!お姉ちゃんはそんな顔色悪くなかった!肌も綺麗だったし、髪の毛もそうだったよ!いくら痩せたって、そんな、関節や血管が浮き出るみたいなっても、私全然綺麗になってるなんて思わない!!」 私はジンジンする頭の中で、懸命に考えを整理しようてしていた。 目の前のこの子は、何を言ってるの? 私の双子の妹のつかさは、私にこんなデタラメ言ったりしない。じゃあこの子は偽者?まさか、さすがにそれは無いよね。 「ああ……そうか」 やっとわかった。こんなので私を騙そうなんて、甘いなぁ。 「つかさ、私が痩せて綺麗になってるの、嫉妬してるのね?」 360 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 21:02:50.09 ID:EgaFT1anO 「……」 つかさは絶句してる。図星だったみたいね。 「私が痩せてるから、綺麗になってるから、邪魔したいんでしょ?でも大丈夫よ?つかさ。私怒ったりしないから」 つかさがわずかに後ろに下がった。 「ちゃんとつかさだって、私と同じにコントロールすれば、無かったことにすれば、私みたいになれるのに……ああ、でもダメね。つかさは意思が弱いから」 妹の泣き顔が、何か信じられないものを見たような表情になっている。 「あ、それともみゆきから、変な情報でも吹き込まれたのかしら?大変よね、あの子も。自分より綺麗な子が周りにいてほしくないのね」 「お姉ちゃん……それ、本気で言ってるの……?」 「それとも、こなた?あの子最初から私のダイエットに反対だったもんね。よっぽど私が痩せるのイヤだったのね。まあ、無駄だったけどさ」 364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 21:13:03.76 ID:EgaFT1anO 「お、お姉ちゃん……違う、違うよ」 つかさはイヤイヤをするように首を横に振るが、私は騙されない。 「いい?私は自分の意思でダイエットしてるの。自分の力で痩せてるの。コントロールしてるの!」 段々と心が怒りに支配されていく。 「あんたがいくら騙そうとしても、みゆきやこなたに何を吹き込まれても、私は平気なんだから!」 ああ、怒るだけで、またカロリーが消費されてる気がする。 「もう二度と、私の邪魔をしないで!!また醜くしようとしたって、無駄なんだから!」 私は言い捨てると、さっさと家に一人急いだ。 「ぅわあああああぁん」 つかさの泣き声が聞こえてきたのは、歩道の角を曲がってからだった。 373 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 21:35:18.97 ID:EgaFT1anO ・・・・・・ 道端にへたり込んで、大泣きした。誰かが声を掛けてくれたけど、かまわず泣いた。 ……お姉ちゃんが、変わっちゃった。 小さな時から、泣き虫でドジだった私をいつも助けてくれた、双子のお姉ちゃん。 『つかさをいじめるなー』 『おねーちゃぁん』 『もうへいきだよつかさ。わるい子はあっちにいったよ』 『うっ、ぐすっ、ほんとう?』 『うん、だからもう泣かないで』 『私を騙そうとしても無駄なんだから!邪魔しないで!!』 血走った目。憎しみに満ちた声。真っ青な唇。 お姉ちゃんが変わっちゃった。あれはお姉ちゃんじゃない。何かもっと怖いものだ。 「つかささん、立ちましょう」 「つかさ、服が汚れるよ」 え? 「ゆきちゃん……こなちゃん……」 優しく手を差し延べる二人の友達の顔を見て、また新しい涙が溢れてきた。 377 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 21:53:12.22 ID:EgaFT1anO 夕暮れの公園。 私とゆきちゃんとこなちゃんは、小さな公園の中にいた。 私はベンチに座り、隣でハンカチで顔を拭いてくれたゆきちゃんのお陰でなんとか落ち着いてきた。 ちなみに、こなちゃんは子供用のブランコを立ち漕ぎしている。 「かがみさんのさっきの反応は、一時的なものですよ。心配はいりません」 ゆきちゃんが優しく言う。 「……本当?」 「はい。拒食、あるいは過食で精神のバランスを崩している方は、『感情失禁』と言って、喜怒哀楽の表現をコントロールできなくなることがあるんです」 ゆきちゃんが、私の涙と鼻水を拭いたハンカチを畳んでポケットに入れた。洗って返さなくちゃ……。 「それに、人間の脳は、糖分と酸素しか必要としません。どちらかが欠乏すれば、当然影響も出ますね」 また胸がドキリ、とした。 「ゆきちゃん、こなちゃん……私、お姉ちゃんをどうにかしてあげたい」 381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 22:09:06.45 ID:EgaFT1anO こなちゃんが漕ぐブランコの音が、キー、キー、と鳴っている。 車のクラクション、電車の通過音、塾へ急ぐ子供達の声。 暮れかかった公園の中で、全部の音が遠かった。まるで……まるで、私達を置き去りにするみたいに。 「つかさ」 ブランコを漕いでいたこなちゃんが、一番高く上がった所から飛び上がり、空中で一回転して、私とゆきちゃんの前にスタッと立った。 運動神経がいいのは知ってたけど、こなちゃんは普段滅多にその身の軽さを見せない。 私は、いや、ゆきちゃんでさえ驚いてこなちゃんを見つめた。 「今夜遅く、みゆきさんと私で、家にお邪魔してもいい?」 夕日を背にしたこなちゃんの表情は、暗くてよく見えなかった。 409 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 23:58:18.59 ID:EgaFT1anO ・・・・・・ (なんなのよ……イライラするわね) 私は家に帰ると家族に挨拶もしないまま、自分の部屋に入った。ドアをバタン、と乱暴に閉める。 どうして、みんなで私の邪魔をするワケ?私はただカロリーをコントロールしてるだけ。 そう、ただそれだけなのに。 制服を脱いで、着替える前に姿見の前に立ってみる。 (……まだ、もうちょっと) まだ二の腕に余分な肉がある。もっと下腹部の脂肪がなくなる。もっと太股は細くなる。 (もうちょっと。そう、あともうちょっとだけよ……) 413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:04:42.93 ID:RS48j0tRO 勉強を始めるけど、集中できない。 ペンを持つ指先が震える。肩が痛む。腰が引きつる。足が寒い。 「つかさ、晩御飯まだなの?」 独り言を言ってから、数日前に「もう作らなくていい」と自分が言ったことに気づき、舌打ちする。 (ダイエットに協力するって言った癖に) その時ふと、なぜ自分がダイエットを始めたのか、疑問に思った。 416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:13:53.55 ID:RS48j0tRO (確か、一ヶ月ぐらい前……) お昼ご飯だけでも、カロリー控えようと思ってね。 あまりサプリメントだけというのは ほんの暇潰しよ そういうのって不自然だと思うよ〜 バランスがいいですね そういうのって好きじゃないなー 「あ……あれ?」 思い出せない。どうして私、ダイエットしようと思ったの? 思い出せない。いつから朝も夜も食べなくなったの? どうしてこんなに胃が痛いほど、空腹に耐えてるの? 「……どうして、つかさを泣かせたの?みゆきやこなたが、私を陥れようとしてるなんて思ったの?」 420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:23:26.46 ID:RS48j0tRO 胃がキリキリ痛む。手が、足が、ワナワナと震える。耳がキーンと鳴って、冷や汗が吹き出る。 (と……とにかく今は) そう、今は『ご褒美』を胃に入れるんだ。 そうすれば満たされる。そうすれば安心する。そうすれば楽になる。 胃の中で毒に変わる前に、『無かったこと』にしてしまえばいいんだから。 私は押し入れからコンビニの袋を引きずり出し、中身を床に転がした。 シュークリーム、ポテトチップ、杏仁豆腐、プリン。私は手近にあるモノから口の中に詰め込み始めた。 425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:34:03.60 ID:RS48j0tRO 口に入れたモノを味わう間もなく噛み締め呑み込みながら、なぜか私は涙を流していた。いつもだったら、至福の時間なのに。 いつも?いつもって、いつから? いつから、家族と食卓を囲むこともなく、独りで部屋でお菓子を詰め込むようになったの? 考えちゃだめ、考えちゃだめ、考えちゃだめ。 今は胃をいっぱいにすることに集中するの。 そしたら、満足したら、すぐに『無かったこと』にするの。 いつの間にか、私は床一面に広がった包装紙のゴミの真ん中に座り込んでいた。 429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:45:58.42 ID:RS48j0tRO しばらく、ぼんやりと広がるゴミを眺めていた。 (お母さんに見付からないように、また後で捨てに行かなきゃ) だけど今は、仮の満腹感を味あわなきゃ。でも、どうして涙が止まらないの? 私はいつまでこんなことを続けるの?私はどこまで痩せれば満足するの? 呆然としているうちに、気がつくとかなり時間が立ってしまっていた。 まずい。早く『無かったこと』にしないと、消化されてしまう。いや、それ以前にキャパシティを超えた食物が、出口から吹き出そうとしている。 慌てて立ち上がろうとした私の後ろから、不意に声がかけられた。 「こんばんわ。お邪魔してるよ、かがみん」 435 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:00:28.77 ID:RS48j0tRO 「こ、な……た」 私の部屋の入り口に立っているのは、間違いなくこなただった。制服姿のままで、いつもの感情を見せない表情で。 「あ……アンタ……いつ、から」 「ノックもしたし、声も掛けたよ。気付かなかったみたいだけどねぇ」 見られた。 私が部屋に座り込んで、オヤツをむさぼり食べている所を、こなたに、見られた。 「イヤーッ!!」 私はこなたに体当たりするように、入り口から部屋の外へ逃げ出そうとした。 こなたにぶつかる、と思った瞬間、急に自分の走る方向が変わり、体が浮いた。 「!?」 気がつくと、また私は部屋の真ん中に座り込んでいた。 「体力が無くなってるのに、急に動いちゃ危ないよ、かがみん」 439 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:12:47.52 ID:RS48j0tRO 「こな、た、アンタ、何、を」 私は口を手で押さえた。胃から、逆流しようとするものを必死で押さえようとする。 「かがみ、どうしたの」 眠そうな目で、いつもの顔で、私を見ないで。 「気分悪そうだよ?」 ダルそうな口調で、いつもの声で、私に話掛けないで。 「こなた……お、願い、部屋の、外、に出て」 食道が焼ける。鼻に酸の臭いがする。もう、我慢できない。 「ん?大丈夫?かがみん」 こなたが近寄り、肩に手を置いた瞬間、私は胃の内容物をすべて床に吐き出し始めた。 443 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:24:39.89 ID:RS48j0tRO 私は泣きながら、自分の部屋の床に吐き続けた。 こなたが背中を擦ってくれていたが、気休めにもならなかった。 いつもなら、苦痛とともに快楽すら伴う嘔吐は、ただ屈辱でしかなかった。見ている人間がいるかいないか、ただそれだけの違いで。 やがて私は胃の中のもの、すべてを吐き出し終えた。 私の部屋は、控え目に言っても散々な有り様だった。散らかるゴミ。広がる吐捨物。こもる異臭。 「もう楽になった?かがみん」 こなたの声に、私の肩がヒクッと揺れた。 448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:38:56.74 ID:RS48j0tRO 「ひ……ひど、ひどい……」 「んん?」 「ひどい、よ、こなた……」 見られたくなかった。 「トイレに行けば……『無かったこと』にできたのに」 「んにゃ?『無かったこと』?」 戸惑ったような声を出したけど、すぐに気付いたらしい。 「ああ。でもさぁ〜」 こなたは言った。 「『無かった』んじゃなくて、単に『見なかった』だけなんじゃないの?コレ」 「え……?」 下を向いて泣いていた私は、涙と吐捨物で汚れた顔を上げた。 「トイレに流せばすぐ見えなくはなるけど、無くなりはしないんじゃないかなってね〜」 いつもの糸目猫口で、こなたは言った。 452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:52:29.33 ID:RS48j0tRO 見たくないから目を背けた。 認めたくないからトイレに流した。 満足するからそれに依存した。 「う、うぅ……ぅ」 私はまた泣き始めた。恥ずかしさではなく、純粋な後悔から。 友人を中傷し、妹を傷付け、家族を心配させ、何より大切な自分の体を痛めつけた。 その結果がこれだ。ゴミと、吐物と、異臭が漂う部屋。これが私がたどり着いた、最果てだ。 顔もツインテールの髪も服も吐物で汚し、異臭を放ちながら、私は静かにむせび泣いた。 「かがみ」 「……え?」 私の体をこなたが覆った。 466 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 02:07:46.72 ID:RS48j0tRO 座り込んだ私を、こなたが包むように抱いていた。 私はお尻を落とし、こなたは膝立ちなので、頭の位置はこなたのほうが上だ。 「な……に?こ、なた」 「んー、友人としてのスキンシップと思いたまへ」 「わ、私、汚れてるから……汚いよ」 「かがみんは綺麗だよ」 「え……」 異臭の中で、すぐ鼻先のこなたの香りがする。 シャンプーと制汗剤、それにバニラっぽい体臭。 「ワガママで、暴走してら劇痩せして、ゲロ吐いて」こなたが愛しげに私の髪を撫でる。 「それでもかがみはかがみだよ。どんなに痩せても太っても、私はかがみのことが大好きだよ」 474 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 02:22:29.94 ID:RS48j0tRO 私、何してたんだろう。 みんなに心配かけて、自分の体壊して。 「かがみはかがみのままでいいんだよ?ダイエット続けるなら止めないし、失敗して太ったたって関係ないよ。だけど」 こなたは私の髪を撫でると、顔を見て言った。 「かがみがなるべく、傷付かないでくれると嬉しいねぇ〜」 「あ……ああ、あ……」 私の手がなんとか動き、こなたの背中を抱くことができた。 「こなた……ご、ごめ……」 言葉になったのはそこまでだった。 「ぅぐっぁあっあ、ふぐぁっ、ああああぁっ!」 私はこなたの服が汚れるのも構わず、胸に顔を埋めて泣いた。 開いた入り口のドアの隙間から、みゆき、つかさ、お父さんお母さん、お姉ちゃんたちが覗きこんでいた。もちろんつかさも泣いていた。 478 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 02:42:08.25 ID:RS48j0tRO ・・・・・・ 神社からもよりの駅まで、こなちゃんとゆきちゃん、そして私、柊つかさは三人で歩いていた。お父さんは夜遅いしタクシーを奨めたけど、こなちゃんもゆきちゃんも固辞した。 「泉さんが、一人で部屋に行くといった理由がわかりました」 「理由って何?ゆきちゃん」私は尋ねた。 「かがみさんが部屋から飛び出そうとした時、泉さんは合気道の技を使いましたね?」 あ、こなちゃんの隣を通ろうとしたお姉ちゃんが、いつの間にか元通りに座ってたアレかぁ。 「いんや〜、技ってほどのモンじゃないよ」 こなちゃんは深くは語らず、うつ向き加減のままテクテクと歩いていた。 しばらく歩いた後、ゆきちゃんがこなちゃんに尋ねた。 「泉さん……もしかしたら、親しい方で摂食障害の方がいらっしゃったんですか?」 489 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 02:52:40.39 ID:RS48j0tRO え? 「みゆきさん、どうしてそう思うのかな?」 こなちゃんはチラッとゆきちゃんを見て言った。 「かがみさんがダイエットを始めると言った時、泉さんは反対されましたね」 確かにそうだった。 「でも無理には止めなかった。無駄だとわかっていたように」 こなちゃんは聞いているのかいないのか、夜道をテクテク歩いていく。 「それに泉さん。私につかささんに説明させましたけど、最初から摂食障害について、ある程度の知識を持ち合わせていましたね?」 「Q・E・Dってとこ、かな?みゆきさん」 こなちゃんは溜め息を一つついた。 492 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 03:04:12.01 ID:RS48j0tRO 前にネットうろついてた時にね、ある女性のブログ見つけたんだ。 ほとんど誰も見てなくて、カウンター回してたの私ぐらいじゃなかったかな? 内容はね、簡単だったよ。その人が一日に食べた品物、それをどうやって楽に吐くか。体重が何キロ痩せたか。ただそれだけ。 「その人の写真も見たよ…」 『骨と皮だけになっても、太ってるって言うよ』 ある日日記の更新が止まってね、私なんとかその人の友達探しだしたんだ。 風邪が元で肺炎を起こして、亡くなったって。まだ21歳だったよ。 494 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 03:12:10.58 ID:RS48j0tRO 「お姉ちゃんも……そうなる可能性があったんだね」 私は少し怖くなって言った。 「正確には、違いますね」 「『私達みんなに』そうなる可能性はあるんですよ」 ゆきちゃんは言った。 「つかさ、かがみはあの後どうしたん?」 重くなった雰囲気を変えるようにこなちゃんが聞いた。 「う、うん、何年かぶりにお母さんとお風呂入って、今は休んでると思うよ」 「そうですか、よかったです」ゆきちゃんはニッコリ笑った。 507 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 03:23:24.44 ID:RS48j0tRO 「では、今日はこの辺で」 「みゆきさん気を付けてね。つかさも見送りありがとう」 「ううん、二人のお陰で、お姉ちゃんが助かったし」 「私は何もしてませんよ?したのは泉さんです」 「いんや、かがみんに抱きつかれて役得だったよ〜」 照れ隠しだとは思うんだけど、本音が入ってないって確信できないんだよね……。 遠ざかる二人の後ろ姿に、私は声を掛けた。 「私ね!お姉ちゃんが、痩せて、それでも健康でいられるお料理、もっと勉強してみる!」 二人は振り替えって、それぞれ笑顔を見せてくれた、と思う。 私は手を振ると、踵を返して神社への帰路についた。 終わり。 514 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 03:28:56.72 ID:RS48j0tRO 書くの遅いのに付き合ってくれた人&保守してくれた人ありがとう。 SS二作目で、誤字は気をつけたんだけど、やっぱりまだあるね……。 またしばらく読む方に回りますノシ 528 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 04:15:34.67 ID:RS48j0tRO >>508-527 ありがとうございます。 できたら、また皆さんに読んでもらえるようなSS書けるよう、精進します。