涼宮ハルヒの決別 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 21:58:23.39 ID:AjhOJpoZ0 青白い街灯の底で、彼女は言った。 「………したいの」 僕は戸惑うことしかできない。 驚きの声も、大仰な素振りも、同意の相槌でさえ、無意味だと知っていたから。 彼女が欲望を抱いたが最後、先に待つのは、その実現のみ。 でも、無意味だと知りながらも、僕は訊いてしまった。 「涼宮さん。もう一度、言ってもらえますか」 「………>>5、したいの」 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(四国地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 21:59:29.02 ID:hNMfkx/z0 バスケ 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 22:12:46.34 ID:AjhOJpoZ0 「………バスケ、したいの」 彼女が確かに発したその声は、しかし、すぐに宵闇に吸われていく。 僕は思い出す。部室で、彼女が眺めていた『バスケットボール大会』の広告を。 僕は残酷であると知りながら言った。 「無理です。メンバーが足りない」 「分かってる。分かってるわよ。  それでもあたしのクラスと古泉くんのクラスから、何人か引き抜けば一応揃うわ」 「虚しく、ないですか」 「……ッ」 涼宮さんの瞳が僕を睨め付ける。 だが眼光に力はなく、彼女はすぐに目を反らした。 「確かに人員は確保できるでしょう」 あなたが望むのならすぐにでも招集できる。 「そのメンバーで大会に参加し、好成績を残すことも十二分に可能だ」 実力は要らない。練習する必要さえない。努力なくとも、当日の勝利は約束されている。 でも、 「でも、それがあなたの望むバスケ大会だとは到底思えません。  彼のいない催しものに意味なんてないんです。違いますか?」 「うるさいわね! キョンのことを口にするの、やめてよっ!」 「すみません」 僕は素直に謝罪した。閉鎖空間は――発生していないようだ。僕の第六感がそう告げている。 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 22:20:46.71 ID:AjhOJpoZ0 「帰る」 「夜道の一人歩きは危険です。よければお供しますが」 「結構よ。一人になりたい気分なの」 「わかりました。お気をつけて」 彼女が僕に背を向けて、歩き出す。躊躇いのない歩調に、僕は一抹の寂しさを感じた。 変質者と遭遇するより、僕と離別する方がマシといいうことですか。 しかし……。 彼女の容姿は人目を惹く。いくら彼女が抵抗したところで、変質者の腕力には敵うまい。 僕は、 >>10 1、彼女に追従した 2、彼女を一人にしておくことにした 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(樺太)[] 投稿日:2008/09/11(木) 22:22:20.86 ID:f7vDETYpO 2 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 22:39:30.78 ID:AjhOJpoZ0 彼女を一人にしておくことにした。 干渉は最小限に抑えるべきだ。彼女の精神は今、危うい位置にある。 僕は塀に身を寄せて、ほぼ無意識に携帯を操作した。 数分もしないうちに、眩いライトが辺りを照らす。 黒塗りの車が目の前に止まった。 僕は無言で乗り込んだ。 「行き先は?」 「いつもの場所だ」 余計な言葉は要らない。それが組織のルール。 彼ら――SOS団の皆――が思っているほど、組織は生易しい場ではない。 家族ごっこは所詮、一般向けのまやかしだ。 車は滑るように県道を抜けていく。 窓を流れる薄暮の風景を眺めながら、彼のことを想う。 彼は目を覚ましているだろうか。それとも、未だ眠ったままなのだろうか。 ドアを抜けると、清冽な白に目が痛んだ。 ここは嫌いだ。灰色の部分がない。何もかもが、白と黒の陰影で構成されている。 長く留まっていると、気分が悪くなりそうだった。 白衣を着た白髪交じりの男が、無言で僕を案内する。 面会に煩雑な手続きはいらなかった。顔と声で事足りた。エレベーターの中、彼はようやく喋りだした。 「部屋が変わった。彼の容態のパターンに変化が現れてね。  より精密にモニターする必要があると判断したんだ」 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 22:49:39.68 ID:AjhOJpoZ0 「―――ここだ」 彼が足を止める。同時に彼の口も閉ざされた。 ここに着くまでに、彼の容態の変化について一通り説明を受けた。 つい二、三ヶ月前まではちんぷんかんぷんだった医学的専門用語も、 いまでは朧気ながらに理解できているから不思議なものだ。 僕は滅菌処理された衣服やマスクを着用して、そのガラス部屋の向こう側に、足を踏み入れた。 白色が、より一層、強烈になる。一点の曖昧も許さない――そんな、完全主義じみた、侵入者に対する嫌悪感みたいなものを感じる。 僕だけの錯覚だろうか。 その部屋は、一言で言うなら「ICU」だった。ただ一点、患者が彼一人であることを除けばの話だが。 精密機器を壁にした、だだっ広い空間。その中心に彼が寝ていた。 僕は、 >>19 1、歩み寄り、話しかけてみた 2、遠目で眺めるだけにしておいた 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(大阪府)[sage] 投稿日:2008/09/11(木) 22:54:08.54 ID:6fyeXJ0I0 2 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 23:07:32.25 ID:AjhOJpoZ0 遠目で眺めるだけにしておいた。 近づくと、思わずとも感情を露わにしてしまいそうだった。 彼は生死の境を彷徨っている。 全身をチューブでつながれて、今にも消え入りそうな生命の灯火に囲いをして、生き長らえさせられている。 過去の彼を知る僕としては、その光景はあまりにも痛々しかった。 彼は苦しんでいるだけなのではないか。尊厳死させてやるべきなのではないか。 何度、医師たちに、或いは機関の上層部に掛け合ったか知れない。 彼は死なない。現代医学の粋を凝らしたこの箱で、癒えることも悪化することもなく、生き続ける。 それが我慢ならなかった。 こんな結果を彼が望むはずない。無意味な生よりも、意味のある死を選ぶはずだ。 このままでは、彼と共に、彼女の精神までもが生ける屍になってしまう……。 病院を出ると、辺りは真っ暗だった。 帰りはタクシーを使うことにした。 家族に見知らぬ黒塗りの車を見られるリスクがないのも理由の一つだが、 本当のところは、機関の者に今の僕の表情を見られるのが嫌だったからだ。 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/11(木) 23:19:57.56 ID:AjhOJpoZ0 次の日。僕は部室に向かう途中に、彼女と出会った。 「あら、古泉くんじゃない。偶然ね。  そうそう、今日はちょっとした発表があるのよ」 心なしか活気が戻っているように見える。彼女が嬉しいと、僕も嬉しくなる。 それは、彼女の精神とリンクした僕の能力とは無関係の感情だ。 だが、そのリンクはあまり長く続かなかった。 部室に入り、早速残りの部員――朝比奈さんと長門さん――を集めて、 彼女はこう宣ったのだ。 「キョンをひき逃げした犯人を探すわ」 僕は、まるで薄氷を襟首に滑り落とされたみたいに、背筋が冷たくなった。 彼女が、あの事件を蒸し返そうとしている。 一度は犯人捜しを諦め、最近では忘却しようとさえしていたあの事件を。 僕は、>>23 1、彼女の話もうつつに、あの事件を思い起こした 2、頭ごなしに彼女の提案を否定した 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(北海道)[] 投稿日:2008/09/11(木) 23:26:58.86 ID:R2HWPzxF0 1 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 00:13:33.85 ID:SLf8oXCx0 彼女の話もうつつに、あの事件を思い起こした。 悲劇というものは、何気ない日常の陰に潜んでいる。 凶兆を感じ取れるのなら、それは既に悲劇じゃない。 前触れもなく、一切の準備もなく不幸に見舞われるのが、本当の悲劇。 五月の初め。 僕たちは桜並木の河原に、ピクニックに出かけていた。 提案者はもちろん彼女で、提案・可決されたその次の日には決行さているという、いつものSOS団の風景だった。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 00:36:41.34 ID:SLf8oXCx0 穏やかに時が流れていく。 葉桜を透かしてふりそそぐ淡緑の木漏れ日の下。 長門さんは読書に耽り、朝比奈さんは小川に指先を浸し、 彼は彼女の隣に座って、まるで小鳥のつがいのよう。 正午を少し回った頃だっただろうか。 彼女が言った。 「飲み物が足りないみたいだから、適当に何かコンビニに走って買ってきてくれないかしら?」と。 彼が立ち上がる。僕も立ち上がった。 道中、僕は彼に、彼女との関係について、いくつかの質問をしたように思う。 事が起ったのは、桜並木へと戻る道中のことだった。 僕たちは他愛もない会話をしながら、無意識に足を運んでいた。つまり、注意散漫だった。 その道はとても綺麗な直線で、荒っぽいドライバーがスピードを出しすぎることで有名だった。 しかし、当時彼はそれを忘れて、歩道から離れた、車道側に半身を置いていた。 気づけば、彼の身は空を舞っていた。 どしゃり、と鈍い落下音。僕は人体の60%以上が水分で構成されていることを、無意味に思い出していた。 数秒のラグを挟んで、正常に視力と聴力が回復する。僕は走り去っていくトラックを認めた。 細部までその車体を確認、記憶する。そして、救急と警察に電話をかけた。 自分でも驚くくらいに冷静に電話をかけ終えた後、彼女たちの元へ向かった。 それからのことは――正直、思い出したくない。 彼女は泣き叫び、朝比奈さんは同じく目を泣きはらしながらも彼女を慰める役割を果たし、 長門さんは普段通り、無言のまま、彼の手術が終わるのを待ち続けた。 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 17:28:42.72 ID:SLf8oXCx0 手術は十時間にも及ぶ大手術となった。 頑なに手術室の前を動こうとしない彼女を説き伏せ、彼女と朝比奈さん、僕と長門さん、二人づつの交代制にし、 二度目の僕らの交代時間が訪れて、ようやくランプが消えた。 汗まみれの医師が現れる。 僕は元々取り乱したりなどしていなかったし、長門さんは冷静が常だ。 僕たちは静かに歩み寄り、問うた。 「彼は、助かったんですか」 「最善は尽くしました。しかし――」 結果的に言えば、彼は一命を取り留めた。 しかし、九死に一生を得た代償は大きかった。 的知名度から言えば、植物状態と言ったほうが分かり易いだろうか。 まだ断定の段階ではないものの、意識が戻る見込みは、絶望的らしかった。 仄暗い手術室前で、僕は長門さんに訊いた。 「情報操作で彼の治療をすることは可能なはずです。  なのに、医師の話を聞く限り、あなたが情報操作を行ったようには思えない。何故です?」 「不可能だったから。  彼は既に息絶えている。本当に意味で、彼は生きる屍と化した」 75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 17:36:57.19 ID:SLf8oXCx0 手術は十時間にも及ぶ大手術となった。 頑なに手術室の前を動こうとしない彼女を説き伏せ、彼女と朝比奈さん、僕と長門さん、二人づつの交代制にし、 二度目の僕らの交代時間が訪れて、ようやくランプが消えた。 汗まみれの医師が現れる。 僕は元々取り乱したりなどしていなかったし、長門さんは冷静が常だ。 僕たちは静かに歩み寄り、問うた。 「彼は、助かったんですか」 「最善は尽くしました。しかし――」 結果的に言えば、彼は一命を取り留めた。 しかし、九死に一生を得た代償は大きかった。 被脳死判定、世俗的知名度から言えば、植物状態と言ったほうが分かり易いだろうか。 まだ断定の段階ではないものの、意識が戻る見込みは、絶望的らしかった。 仄暗い手術室前で、僕は長門さんに訊いた。 「情報操作で彼の治療をすることは可能なはずです。  なのに、医師の話を聞く限り、あなたが情報操作を行ったようには思えない。何故です?」 「不可能だったから。  彼は既に息絶えている。本当に意味で、彼は生きる屍と化した」 「どういう意味です?」 「彼が車に轢かれた際、彼の生命活動は停止したも同然だった。つまり、即死に近い状態。  しかし、なんらかの力が働き、彼の基礎的な生体機構のみが蘇生した」 「そのなんらかの力とは、彼女の力と置き換えて差し支えありませんね」 「……ない。ほぼ確実に彼女の能力。  わたしは何度も彼の体の治癒を試みたが、その度に彼女の能力に阻まれた」 彼女が阻む理由とは何だ? 独占欲、或いは、それ以外に類する何かだろうか。 長門さんは続ける。 78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 17:58:57.97 ID:SLf8oXCx0 「原因は不明。ただ、基礎的な生体機構の蘇生以降、情報操作が行われていないことから、  彼女の能力でさえも、ここまでが限界だったと思われる。わたしの情報操作では間に合わなかった」 「そんな……彼女の能力に不可能はないはずでは」 「人の運命を操ることは神にとって容易いこと。  でも、一度尽きた生命力を完全に蘇らせることは、神にも不可能。  無作為に常識の壁を壊すことはできても、作為的に常識を覆すことは出来ない。  それが、彼女が不完全な神たる所以」 信じるほかなかった。長門さんが口にする推論は、ほぼ結論だと思って良い。 僕は項垂れた。そして泣き崩れる彼の家族に挨拶してから、病院を発った。 機関に提出する始末書、彼女に対する手術結果の報告、 その他さまざまなことが頭のなかを駆け巡って、吐き気がした。 どうしてこんなことに。 僕は十数時間前、彼の隣を歩いていた僕の不甲斐なさを呪った。 彼を轢いたトラックの持ち主を、警察は結局、見つけ出すことが出来なかった。 事故現場には車のものと思われる小さな破片がいくつか転がっていたらしいが、 犯人の割り出しには至らなかった。 彼女というと、外面の感情発露の割りに、閉鎖空間の規模はそう大きくならなかった。 一ヶ月程度、彼の事故現場付近に中規模の閉鎖空間を持続発生させて、それ以後はぴたりと発生しなくなったのだ。 彼女は不自然に明るく振る舞った。 まるで彼の不在を気にしていないとでも言うかのように、笑っていた。 僕はそれがただの虚勢であることを知っている。 でも、彼女にその事実を突きつけることができないまま、だらだらと時が過ぎていった。 その間、彼が目を覚ましたことは一度もない。 79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 18:08:13.91 ID:SLf8oXCx0 回想を終える。 彼女の話は佳境に入っていたようで、彼女は少し涙ぐんでいた。 「昨日、古泉くんに言われて分かったの。  あいつのいない団活なんて意味ないのよね。誤魔化してもダメなの。  やっぱりあたしはキョンがいるSOS団じゃないと、嫌なのよ」 僕は昨夜の失言を悔いた。 彼女は僕の意図に反し、彼への想いをより一層強めたようだった。 「でも、あたしがいくらそんなこと言ったって、あいつが戻ってくるわけじゃないわ。  だからあたしは、今あたしに出来ることをしようと思うの。  キョンをあんな目に遭わしたヤツを見つけ出して、警察に突きだしてやるの」 ああ、彼女はすっかりその気になってしまっている。 僕は、 >>82 1、彼女の意見に理由をつけて反対した 2、朝比奈さんと長門さんに意見を求めた 82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(ネブラスカ州)[] 投稿日:2008/09/12(金) 18:12:37.92 ID:HghgUdfrO 2 85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 18:29:29.97 ID:SLf8oXCx0 朝比奈さんと長門さんに意見を求めた。 彼女が行動を起こすに伴う弊害を、この二人はよく理解しているはずだからだ。 朝比奈みくるが口火を切る。 「わ、わたしは涼宮さんに賛成ですっ。  わたしたちにできることって、それくらいのことしかないですし、  キョンくんがいない間に目的をもって活動するのは、  今までの空元気みたいな活動より、ずっといいと思うから……」 長門さんが二の句を継いだ。 「私も概ね同意」 そして僕を見据える。暗に何かを咎めているかのように。 僕は失望していた。この二人の賛同には僕とは別の意図があるのか。 犯人捜しには、彼女に一時的な希望を与える反面、 彼女に現実を突きつけるリスクを伴う。 現状、閉鎖空間は落ち着きを見せているのだ。 例え彼女が望むことであろうと、無闇にその安定を乱す行為には賛成できない。 彼女は言った。 大きな瞳には、意志の強そうな光が再び灯っている。 「古泉くんも、犯人捜しに協力してくれるわよね?」 僕は、>>87 1、反対した 2、今だけは賛成しておくことにした 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(大阪府)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 18:32:30.11 ID:L+ZQ7TpA0 2 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 19:20:09.58 ID:SLf8oXCx0 「え、ええ……もちろんです」 涙目の彼女に、反対することなんてできない。 自分の意志の脆さを恨みながら、僕は今だけ、彼女に同意した。 後から思えば、この時、僕はなんとしても反対すべきだった。 例え彼女に蔑みを受けたとしても、 例え彼女が心に虚ろな部分を遺すことになったとしても、僕は反対すべきだったんだ。 次の土曜日。駅前の喫茶店に全員が集い、犯人捜しが始まった。 僕は最初から、SOS団の捜査で犯人が見つかる可能性は極々低いと考えていた。 警察が形ばかりの検証をし、その後、機関が情報網を張り巡らして犯人捜索に当たったが、 手掛かりは見つからなかった。素人の探偵ごっこで、どうこうなる事件ではない。 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 19:38:38.79 ID:SLf8oXCx0 だが、彼女には切り札がある。 無意識的に能力が使われたら、直接の手掛かりとまでいかずとも、 犯人に繋がる間接的な手掛かりが炙り出されるかもしれない。 僕は、それに期待する反面、恐ろしくもあった。 彼女がコーヒーカップを置いて、言った。 「いつもの時みたいに二手に分かれましょう。  事件現場に向かう班と、付近に聞き込みに行く班。  わたしは聞き込みに行こうと思ってるわ。こっちの方が向いてそうだしね。  みんなは希望の班があったら言ってみて」 今ではこんな譲歩も、珍しくない。 クジ引きの運に任せた公平さを捨てて、団員の意見を尊重するようになった。 「わたしは事件のあったところに行きたいですぅ。  聞き込みは、その、苦手だから……」 「わたしはどちらでも構わない」 彼女は聞き込み。朝比奈さんは事件現場、長門さんはどっちに回るか分からない。 「古泉くんは、どっちがいい?」 注がれる眼差し。 僕は、>>97 1、事件現場 2、聞き込み 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍)[] 投稿日:2008/09/12(金) 19:46:59.71 ID:ZeTZNAEs0 1 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 20:06:10.21 ID:SLf8oXCx0 事件現場に回ろう。 なんとなく、今は彼女と行動を共にしたくない。 余った長門さんは彼女の班になった。 「時間は無駄にできないわ。早速、調査を開始しましょう」 軽快なかけ声で、皆が席を立つ。 彼が寝たきりになってからは、諸経費はすべて僕の財布から支払われている。 「じゃ、あたしたち先に行くわね」 彼女と長門さんは、僕と朝比奈さんを置いて行ってしまった。遠目に、駅前のタクシーに乗り込む様子が見える。 現場付近に車で赴き、そこからは徒歩で聞き込みにあたるのだろう。 そんなことを考えながら精算を終えて、レシートを受け取った。 目を通す。彼女の頼んだコーヒーの種類を確認する。 彼が入院して以来、ときどき女はいつも注文しているコーヒーの代わりに、彼の愛飲していたコーヒーを注文していた。 未練を窺わせるには十分すぎる行為だった。 レシートをくしゃくしゃに丸めて、振り返る。朝比奈さんはまるで子犬のように従順な瞳で僕を見返し、 「いつも奢ってくれてありがとう、古泉くん」 と言って微笑んだ。ホッとする。現場検証の方を選んだのは正解だった。 「涼宮さんたちはタクシー使ったみたいですけど、わたしたちはどうしましょう?」 「>>101」 1、タクシーを使いましょう 2、歩いていきませんか 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(北海道)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 20:09:39.98 ID:euBHS1Wc0 2 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 20:35:35.82 ID:SLf8oXCx0 「歩いていきませんか。  彼女たちと違って、こっちは幾分、時間的余裕があります」 「それもそうですね」 僕たちは連れだって喫茶店を出た。 傍目からは、仲睦まじいアベックに見えているかもしれない。 けど、僕は朝比奈さんのことについて何も知らされていない。 住所も、年齢も、本当の名前でさえも。 無論、知ろうとも思わないが。 必要なのは、個人を個人と識別できるだけの判断材料だけだ。 冷たいように思われても仕方ないが、未来人と接触するに当たって、余計な情報交換は致命的だ。 彼女は心優しい先輩を演じ、僕は聡明で気の利く後輩を演じる。 それでいい。 「キョンくんが轢かれた時、古泉くんはすぐ傍にいたんですよねぇ?」 少し息を切らしながら、彼女は言った。 歩みの鈍い彼女のことを考慮して歩幅を狭めていたのだが、彼女の息切れの原因は、体力的なところにあるらしかった。 僕は前を向いたまま、 「ええ。車の近づいてくる音が聞こえてきて、振り返った時には、彼の姿が視界から消えていました。  少し遅れて、彼が轢かれたことに気がついて……あのときのことは、あまり思い出したくありません」 「あっ、ご、ごめんなさい」 「あなたが謝ることはないですよ。犯人の捜索に、現場に立っていた人間の証言はもっとも重要な手掛かりの一つだ。  訊きたいことがあるなら、気兼ねなく訊いてください」 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:00:17.98 ID:SLf8oXCx0 「じゃあ……犯人の車について憶えていることはありますか。  こんなこと、何度も聞かれてるだろうから、今更って感じですけど」 「大型のトラックということしか。すみません、当時は気が動転していたのか、記憶が曖昧模糊で自信がもてないんです」 彼女は僕の答えに、若干の落胆の仕草を見せてから、 ちょっと暗めの雰囲気を取り払うように言った。 「それでも、その後の冷静な行動は凄いです。  救急車を呼んで、警察に連絡して……わたしだったら絶対パニックになっちゃってます」 「彼女と一緒になって、様々な修羅場に立ち会ってきましたからね。  当時も僕の理性は千々に千切れていたでしょうが、本能的に、しなければならないことを分かっていたんだと思います。  自分で言うのもなんですが」 朝比奈さんは、感心ですぅ、と頷く。 ペルソナと知らなければ、万人が万人、恋に落ちるであろう愛らしい仕草。 それが終わると、彼女はフッと表情を翳らせた。 次の質問が本命であると、僕は「直感的」に理解する。 「えーっと……古泉くんは、その、機関にも電話したんですか?」 彼女の丸い瞳が僕の瞳を映す。 光彩には、嘘を見抜く鋭い光を湛えられていて――僕は嘘をつくことなく、真実を述べた。 「すぐにしましたよ。彼の事故は、彼女の精神に多大な影響を及ぼすと予想されました。  機関は、やがて訪れる爆発的な閉鎖空間拡大に備える必要がありました。  瞬時に情報共有が行われなかったのは、致し方のないことだったんです」 当時。彼が生死不明の状態にあることを、機関はしばらく、他の組織に隠匿していた。 組織の間には取り決めがある。彼、または彼女の趨勢に異変が見られた場合、それを観測していた組織が他の組織に、瞬時に情報を伝達する。 朝比奈さんは疑いをかけているのだ。突発性の出来事であったにせよ、僕の機関がその約束を、何らかの理由であって破ったのではないか――と。 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:15:58.58 ID:SLf8oXCx0 「あ……、別に古泉くんを責めるつもりで訊いたんじゃないんですよ?」 「分かっていますよ」 互いに巧笑。 それから僕らは、語った直後から忘れていきそうな世間話をしながら現場を目指した。 現場についてからも、僕たちのペースは変わらなかった。 否、変える意味がなかった。現場に再び足を運ぶと、犯人の車のナンバープレートが落ちていた、なんて上手い話があるはずもなく、 僕と朝比奈さんは、そこから少し離れた橋の上で、秋空を眺めていた。 朝比奈さんが言った。 「こんなところを涼宮さんに見られたら、怒られちゃいますね」 「じゃあ現場の道路にへばりついて、虫眼鏡片手に証拠集めしましょうか?」 「あ……それは古泉くんに任せますぅ……」 高く澄んだ空を映した小川の上を、時折、桜の落ち葉が流れていく。 ピクニック当日は鮮やかな深緑だった葉の色も、今では薄い茶色に染まっていた。 あれから、もう三ヶ月経ったことになる。今になって、僕は何をしているんだろう。 >>110 1、僕は、朝比奈さんに尋ねた。 2、僕が話しかける前に、朝比奈さんが訊いてきた。 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(兵庫県)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 21:20:44.78 ID:vXXU1/kn0 1 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:27:22.58 ID:SLf8oXCx0 僕は朝比奈さんに尋ねた。 部室で彼女が提案した時から、引っかかっていたことだ。 「どうして朝比奈さんは、彼女の提案に賛成したんですか。  こんなことをしたって、いたずらに彼女の精神を煽るだけだ。何か意図があってのことですか」 「さぁ……。強いて言うなら、転機が欲しかったんです。  あのままでは、きっと涼宮さん、ダメになっちゃうと思ったから。  それに、私たちも色々と整理しなければならなかったんです。それで、この活動がいい切欠になるかな、と」 セリフは、どこか具体性に欠けていた。 >>113 1、質問を重ねる 2、そろそろ喫茶店に戻ろう。午後からは班替えだ。 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:30:54.40 ID:IyjDIu7N0 1 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:44:23.78 ID:SLf8oXCx0 僕は質問を重ねる。抽象的な表現の放置は、時に大きな誤解を生む。 「彼女の元気が、虚勢であったことは僕も知っています。  でも、僕たちが整理しなくてはいけない色々なこととは、一体何のことですか」 朝比奈さんは数拍の沈黙を紡いでから、 「………わたしたち、あれからはずっと、涼宮さんのケアに回っていたじゃないですか。  キョンくんが事故に遭って、大変なことになっているのに、キョンくんを心配したりする余裕がなかったと思うんです。  だから、今度はわたしたちが、キョンくんに対する感情を整理する番かな、って」 「そう……ですよね。  あれから三ヶ月経ったというのに、僕らの間では、あまりにも彼に関する話題が出てこなかった。  彼女に配慮する時期は、もう、過ぎたのかもしれません」 「あ、そろそろ時間ですよ」 朝比奈さんが腕時計に目をやって、言った。 「戻りましょう。サボってたことは秘密ですよ?」 「了解です」 僕たちは歩き出す。まるで本当の仲間であるかのような、温かな会話。 なのに、僕の胸には違和感が巣を張っていた。 それはつまり、朝比奈さんが嘘を吐いているということ。 116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:49:52.32 ID:SLf8oXCx0 喫茶店の定位置には、既に二つの人影があった。 僕たちも腰を下ろす。班決めが始まった。 午前に引き続いて、朝比奈さんは現地調査を担当するようだ。 長門さんも午前同様、 「どちらでも良い」 らしく、彼女もどちらでも良いとのことだった。 滑舌よく話す彼女を、直視することができない。 「古泉くんは、午後からの班決めで希望ある?」 僕は、>>117 1、彼女と共に聞き込みに行く 2、長門さんと共に聞き込みに行く 117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(兵庫県)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 21:51:33.59 ID:vXXU1/kn0 2 119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 21:56:47.05 ID:SLf8oXCx0 「僕は……聞き込みに行きます」 「そう。ならあたしは現地調査に行くわ。  古泉くんとみくるちゃんが見つけられなかったものでも、あたしなら見つけられるかもしれないし」 僕は朝比奈さんと顔を見合わせる。 現場を訪れ、一時も留まらずに橋で時間を潰していた、とは言えない。 「有希も、古泉くんと一緒なら大丈夫よね?」 「………だいじょうぶ」 かくして、SOS団は二度目の散開と相成った。 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 22:05:59.88 ID:SLf8oXCx0 今度はタクシーを利用した。 僕も長門さんも、同じ道を往復したくないという点では同意見だった。 街の簡易マップを広げる。彼女から拝領した物だ。 長門さんは横から覗き込んで、淡々と言った。 「赤ペンで範囲指定された部分が、走り去ったトラックの推定進行路付近。  黒ペンで塗りつぶされた部分が、訪問済の家を示している」 必要なこと。実際にあったこと。ただそれだけを、何の脚色もなさずに告げる、抑揚のない声。 彼と僕とでは、ずいぶん扱いに差がある。無論、指摘する気もないが。 僕は、>>123 1、質問よりも先に、聞き込み調査を開始することにした。 2、まず最初に、彼女に、朝比奈さんにしたのと同じ質問をした。 123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(静岡県)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 22:17:50.97 ID:fpthWL2x0 2 126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 22:44:44.60 ID:SLf8oXCx0 「どうして彼女の提案に賛成したんですか」 「転機になると思ったから。一見、無意味に見えるこの行為も、停滞している現状を転換させる金敷になる」 まただ。霞がかった、抽象的な答え。 僕が質問を重ねるよりも先に、タクシーが止まった。 今は二時を過ぎた辺りだ。残暑の名残を孕んだ風が吹いていた。 黒でチェックされていない家に向かう。が、長門さんは、そちらとは反対方向に歩み出した。 「ま、待ってください!」 「ついてきて」 それだけ呟いて、目的地も告げず。 僕は追従する他ない。 果たして長門さんが足を止めたのは、彼が事故に遭った直線の道の端だった。 遙か向こうに、事故現場が小さく見える。人影はなかった。 涼宮さんたちは、未だ到着していないのだろうか。 「ここはとてもよく音が響く」 唐突に長門さんは語り出す。 129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 23:03:55.71 ID:SLf8oXCx0 数秒遅れて、前方に軽自動車の影が現れ、徐々に大きくなって、僕たちの脇を通り過ぎていった。 その間、僕らは無言だった。彼女は僕を見上げる。 僕は彼女を見下ろす。視線が軽くかみ合う。 「わたしは時々、あなたという人間が分からなくなる。  否、それでは齟齬がある。あなたが『人間なのかどうか』分からなくなる」 「ほう、これまた哲学的なことを言いますね」 彼女は僕を無視して、 「あなたには感情の起伏がない。  流動心をコントロールする技術を突き詰めたところで、機微の変化までは隠せない。  しかし、あなたは本質心までもコントロールしている。それは常人から逸した身熟し」 「それは……褒めているのですか。それとも、貶しているのですか」 「どちらでもない。  ………ただ、あなたは冷静すぎる。  彼がトラックに轢かれた直後でさえ、あなたの対処は迅速かつ正確なものだった。  そして現に、ここに訪れた今でも、あなたの脈拍や体温には微量の変化も見られない」 得心する。長門さんのどことなく白い目線は、 僕が冷静すぎることによるものだったのか。 僕は、>>132 1、誤解を解くことにした 2、くだらないと感じ、聞き込みに行くことにした 132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県)[sage] 投稿日:2008/09/12(金) 23:07:40.17 ID:jhGXVtXL0 2 135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 23:12:19.07 ID:SLf8oXCx0 くだらないと感じ、聞き込みに行くことにした。 僕に感情の起伏がない? そんなことを言うのはあなただけですよ、長門さん。 「………行きましょう」 踵を返して、聞き込みに向かう。 長門さんは、後ろからとぼとぼと着いてきたが、 この分じゃ、仕事を分担してくれそうにない。大方、午前中も彼女に任せっきりだったのだろう。 僕は憂鬱なまま、インターホンを押した。 チェック方式の上、彼女に忠実な監視役の目の前で、誤魔化しはきかない。 地道に回るしかなさそうだった。 137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/12(金) 23:24:38.81 ID:SLf8oXCx0 すべての聞き込みを終えた頃には、僕はへとへとになっていた。 肉体的な面より、精神的な面でキツかった。これならまだ神人と一線交える方がマシだ。 膝に手をつく僕の隣で、長門さんは実に涼しげだった。 酸素濃度調節機能付きの空調が、彼女の周囲にだけ効いているのかもしれない。いや、きっとそうだ。 長門さんは、僕の恨めしげな視線を受け止めて、言った。 「合流の時間」 喫茶店に戻ってからは、調査の結果を述べ合った。 予想されていたことだが、結果は互いに芳しくなかった。 「流石に初日からいきなり手掛かり発見! ってワケには行かないわよねー。  でも、次は絶対見つけましょ。少しずつ積み重ねていけば、きっと犯人にたどり着くはずよ」 彼女は自らを欺瞞に陥れる。僕は目を背けた。 やがて、彼女の口から「解散」が命じられ、僕たちは夕暮れの街に散った。はずだった。 >>140 1、思い出したように、携帯が震えた 2、僕は背後に気配を感じて、振り返った 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(樺太)[] 投稿日:2008/09/12(金) 23:32:28.80 ID:OE7rUWxkO 2 152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 00:40:50.80 ID:nhQ1XJoN0 僕は背後に気配を感じて、振り返った。 彼女がいた。物思いに沈んだ、彼女らしからぬ雰囲気を纏っている。 「どうかされましたか?」 「お願いがあるの」 はて。僕は彼女のお願いの内容に、まっとく見当がつかないフリをした。 彼女の決心を尊重した結果でもあるし、僕の些細な意地悪の結果でもある。 彼女は僕を見上げて、 「キョンのところに連れて行って欲しいの」 そうくると思っていましたよ。 「彼が家族でさえ常時面会謝絶の特別医療室にいることは、ご存じですよね。  いくら彼の親友、仲間と言い張っても、彼に会うことは叶いません」 「ええ。それは承知しているわ。  承知した上で、お願いしているのよ」 「何故、今になってこのようなお願いを?」 「……今日の犯人捜しで、あたしはあれから初めて、キョンと向かい合えた気がするの。  今までのあたしはただ逃げていただけ。だからあいつと会って、」 「会って、どうするんですか」 「………………」 押し黙る。彼女自身、彼女が訪れたところで何も変わらないことは理解しているのだろう。 彼女はこの世の誰よりも常識を毛嫌いしている一方で、完成された理性の持ち主でもある。 彼女の能力は、深層意識の願いをセカイに反映させる。 そして彼女の深層意識は、彼の「奇跡的復活」を認めない。 すなわち、彼女が病室を訪れたところで、彼女は現実を無理矢理嚥下させられるだけなのだ。 154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 00:46:46.14 ID:nhQ1XJoN0 ――それでもあなたは、彼に面会したいというのですか? 僕は彼女を…… >>156 1、病院に連れて行く 2、病院に連れて行かない 156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(ネブラスカ州)[] 投稿日:2008/09/13(土) 00:48:05.14 ID:SGobumlOO 1 161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 01:07:51.36 ID:nhQ1XJoN0 結局、僕は彼女を病院に連れて行くことにした。 彼と対面させること以外に、彼女の心の中のわだかまりが溶かす方法はないという結論に至ったからだ。 もしこのまま家に帰らせても、彼女は毎週土曜日の犯人捜しで精神を不安定にしながら、 あり得ない彼の回復を待ち続けるだろう。 それは忌避すべき最悪のループ。 僕は勿体ぶって言った。 「いいでしょう。しかし、彼に会えるという絶対の保証はありません。  僕の親しい医師が一人、彼の治療に携わっています。彼に頼んでみます」 「ありがとう……古泉くん、本当にありがとう」 「ふふ、御礼を賜るのは、彼と会えた後で結構です。まだ会えると決まったわけではないんですから。  それでは涼宮さん、タクシーを捕まえてきてもらえませんか。僕はその医師に連絡しておきますので」 彼女は走り出す。距離をとったのを確認し、僕は濃い宵闇に身を潜め、携帯に指を這わす。 ワンコールで繋がった。 「僕だ。彼女直々、そちらに向かう。到着まであと20分もかからないだろう。  それまでに通常のICUに見えるよう内装を弄っておけ」 「それは彼に接続された医療器具も減らすということですか。  20分もあれば、一定レベルのモニター環境を維持したまま彼の外見をマシにできますが」 初め、僕はこいつの言っている意味が分からなかった。数秒遅れて理解が追いつく。 こいつは、彼女が彼と対面したときのショックを和らげようと考えているのだ。 「その必要はない。彼女にはありのままの彼と対面してもらう。  それが彼女のためでもある。  面会時には、部屋は僕たち以外は無人にしておけ。会話の傍受もナシだ。分かったか」 「了解しました」 164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 01:35:11.49 ID:nhQ1XJoN0 彼女が遠くで、手招きをしている。 首尾良くタクシーを捕まえられたらしい。 最後に一つだけ指示を出して、携帯を閉じる。 僕はタクシーに乗り込み、目的地となる病院の名を告げた。 賭け事に、勝負事に、身が震うのはいつ以来か。 いかにして相手より優位に立ち、いかにして相手に自分が優位だと錯覚させるか。 いかにして勝負の趨勢を読み、相手の癖を知り、流れを見極めるか。 気づけば僕は、頭を使うどんなゲームでも負けないようになっていた。 敗北・失敗を忘れるということは、スリルがないのと同じことだ。 だから僕は久しく、成功するか否かの緊張感を味わった記憶がなかった。 それが今、僕はとても危うい綱渡りの初めの一歩を踏み出し、失敗に怯えている――。 病院に入る。警備員、受付、行き交う看護師、医師――みんなが僕に目配せする。 彼女が訪れるという情報は行き渡っているようだ。 「着いてきてください。彼のいる場所には、一般用のエレベーターでは行くことができません」 彼女は黙したまま、まるで親の服の裾を掴んで離さぬ幼子のようにおとなしく、僕の後に続いた。 198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 11:07:26.17 ID:nhQ1XJoN0 薄暗い廊下を歩く。リノリウムの床には、二人分の足音しか響かない。 予定通り、余計な人員は撤収済のようだ。 「キョンに、回復の兆しはないの?」 「残念ながら……ないようです。」 僕は嘘を吐く。 「僕自身、彼に最後に面会したのが二ヶ月ほど前のことですから、  事後経過は医師づてに伝えられるだけでした。医師曰く、彼は生ける奇跡だ、と。  現代医学では、彼がどうやって命を繋ぎ止めているのか説明できないんです」 「キョンは気力だけで生きているのね」 ああ、なんて無垢な勘違いだろう。 「あそこです」 廊下の突き当たりに近づくにつれて、明るさが増す。僕は指さした。 分厚い、しかし透過性の高いガラスを隔てて、彼女は彼を認める。 息を飲む音が聞こえる。 「キョン……っ」 彼女は小さい悲鳴を上げて、ガラスに手を当てた。 視線は彼に、全身をチューブで繋がれた瀕死の彼に注がれている。 僕は決断を迫られた。ここが分水嶺だ。彼女を彼から決別させられるか、否か。 僕は、>>200 1、ガラスの向こうに彼女を連れて行く 2、彼女をガラスの向こうに連れて行かない 200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(北海道)[] 投稿日:2008/09/13(土) 11:08:26.10 ID:PdplibKk0 1 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 11:19:37.29 ID:nhQ1XJoN0 僕は、ガラスの向こう側に彼女を連れて行くことにした。 眦を決する。もう、引き返すことはできない。 「あちらに、滅菌された衣服がおいてあります。  それを着用すれば、部屋の中に入ることができます。行きましょう」 こくり、と頷いて彼女は僕に付き従った。 彼女の目尻には早くも涙が浮かんでいた。 目が眩む。 白と黒だけで構成された空間。 僕のような灰色を許さない空間。 「こんな……こんなことって……」 彼のもとに歩み寄る。 普通の人間なら、ショックで目を背けずにはいられない光景を、 彼女は直視していた。大した精神力だ。 彼は満身創痍だった。 骨折、内臓損傷、筋肉断裂の箇所は、数え切れないほど。 それでも、外見は人のカタチを保っている。 彼女が彼の頬に触れる。 青白くやせこけた頬と、朱く肉付きの良い手の対比。静かに、嗚咽が漏れはじめる。 「ごめんね……何もしてあげられなくて、ごめん……。  絶対に犯人見つけてやるから……だからまた、一緒に……うう」 203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 11:26:03.94 ID:nhQ1XJoN0 僕はしばらく、彼女をそっとしておいた。 生命維持装置が、弱々しく点滅している。まるで彼の鼓動を反映しているかのようだ。 細く。長く。 今にも切れてしまいそうなのに、切れない。 彼女の能力と、現代医学の粋を凝らしたこの装置が、一縷の生命を守っている。 惨い情景だった。 嗚咽が止んだころを見計らい、僕は騙りかけた。 「あなたは……今、彼が幸せだと思いますか?」 三時間ほど席開けるぜよ 218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 12:59:25.04 ID:nhQ1XJoN0 「ひくっ、えく………えっ?」 「酷いことを言うようですが、彼はもう、助からないでしょう。  しかし、死ぬこともない。脳死判定を受けて、ぼろぼろの肉体をなんとか維持している状態です。  果たして、もし彼に意識があったととしたら、彼はそれでも生きていたいと願うでしょうか」 「……分からない……分からないわよ、そんなの」 嘘だ。彼女は分からないのではない。 分かってしまうことが恐ろしいのだ。だから自分を嫌悪する。 両腕で自分の身を抱く。 「僕は、彼は死を望んでいると思います。  僕は彼のことをよく知っている。あなたほどではありませんがね。  しかし、少なくとも彼は、回復の見込みがないと分かっていて尚、延命治療を望むような人間ではなかったはずだ」 彼は潔い人間だった。 「キョンの家族は、延命を希望しているんでしょう……?」 「はい。命続く限り、生かして欲しいと」 彼女は彼の寝顔を見つながら、 「それなら、あたしがどう思おうと、意味がないじゃないの。  キョンは生き続ける。あたしは、こいつが回復するのをいつまでも待ち続けるわ」 僕は寝台に近づく。 221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 13:19:37.55 ID:nhQ1XJoN0 「あなたは本当にそれでいいんですか。  あなたが今言ったことは、あなたが彼に一生、縛り付けられるということと同義です。  僕には、彼がそれを望むとは到底思えない。  あなたにはあなたの人生があるんです」 下唇がかみしめられる。 きっと、彼女の頭の中では、いろいろな感情が渦巻いているのだと思う。 将来のこと。 過去のこと。 彼への想い。 届かない思い。 気づけば彼女は、再び涙を流していた。 嗚咽のない、静かな涙。彼女は感情を整理しているのだ。 彼と出会う前の彼女なら、感情に振り回されて、理性を保てなかっただろう。 僕は彼女が答えを出すのを待った。 そして、 「キョンはいつだってあたしを自由にしてくれた。  ………だから、あたしが一生世話焼いたところで、迷惑に思うに決まってる。  ううん、何やってんだって、怒られるかもしれない……。  あたし、いつまでもキョンに依存してちゃダメなのよ。だって、」 彼女が未練を断ち切るとき。 同時に、彼の命も絶ち切れる。 「もう、キョンは戻ってこないんだから……!」 222 名前:あー、もうこの先安価ねえから(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 13:31:16.08 ID:nhQ1XJoN0 突如、心電図が平坦になる。電子音が彼の死を告げる。 どちらかが欠けても駄目なのだ。 彼女の能力と、生命維持装置の二つが揃って初めて、彼は生きることができた。 この結果は必然と言える。 「キョン!? ねえ、古泉くん、なんでキョンの心臓が止まってるの!?  なんで、どうしてなのよっ!」 僕は騙った。 「重ねて言いますが、彼の体はもう、限界でした。  いつ死んでもおかしくない状態だったんです。あなたが言ったように、気力だけで生きていたんですよ。  だからきっと、あなたと会えて、あなたの決心を感じ取って、安心されたのではないでしょうか。  彼は優しい方でしたからね。あなたを縛り付けたままにしておくのが辛かったのでしょう」 「うっ……キョン……ひぐっ、キョンっ……うっ、ひくっ……」 僕は、号泣する彼女の肩に手を回した。 「だいじょうぶですよ、僕がついていますから。今は泣きたいだけ泣いてください」 「古泉くんも悲しいのに………あたし、だけ、…ごめん、ごめんねっ…・うう、うう………」 彼に対する決別は、事件の起こった日に既に済ませていた。 だから、彼の死を、僕はすんなり受け止めることができたのだった。 223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 13:43:33.58 ID:nhQ1XJoN0 その後、僕は彼女が落ち着くまで傍に付き添い、彼女を家まで送り届けた。 彼の死は、彼女に心に傷を負わせた。 だが、これは避けられぬことだったのだ。 それに、彼の死の直前に、彼女が未練を断ち切れたことで、 彼女の精神に与えた影響は、修復可能なものにとどまった。 彼女は、これから少しずつ、心の穴を埋めていくだろう。 そのためにSOS団があり、日常がある。 時間とともに、彼女の心は癒されるだろう。彼の記憶を、思い出にしながら。 僕は脳裏で報告書をまとめながら、煙草を取り出した。 勝負事の後の煙草ほど、うまいものはない。 紫煙が、秋空にのぼって霞み消えていく。 明日からはまた、彼女をケアする日々が始まる。 それは苦痛ではなく、むしろ、僕にぴったりの仕事のように思えた。 彼の代わりにはなれないが、彼女を支える立ち位置にいれるのは、とても幸せなことだからだ。 涼宮ハルヒの決別 happy end 以下、true end 読みたくない人は読まなければいい 226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 13:56:28.15 ID:nhQ1XJoN0 彼女を送り届けたその足で、僕は病院に舞い戻った。 今現在、機関は他の組織への連絡や、今後の方針決定で、混乱状態にある。 なにせ、彼が死んだのだ。 彼女の精神を乱し、組織間の優劣さえも揺るがしかねない大事件。 僕はすぐさま、上層部に召還された。始ったのは、質問というより、詰問だった。 「彼が死んだときの状況を詳しく説明したまえ」 「心電図が異常であることに気づいた時には、手遅れでした。  異常数値の後に、0になったことから、心室細動を起こしたのではないかと思われます」 「何故、小康状態を保っていた彼が死亡したのか、心当たりはないのかね?」 「あります。  彼の体は、生命維持装置と彼女の能力補助によって均衡を保っていました。  しかし、彼女が彼と接見した際に彼女の能力が停止し――」 詰問は数時間にわたって続けられた。 解放されたのは、午前二時半を少し回ったときのことだ。 227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 14:07:33.38 ID:nhQ1XJoN0 しかし、機関の慎重さも仕方のないことだと言える。 当時、医療室には僕と彼女と彼しかいなかった。 彼は死んでしまい、彼女は現在、自宅で彼の死を受け止めている。 死亡状況を聞き出せるのは僕しかいないというわけだ。 これからしばらく、機関の僕への扱いは特別になるだろう。 まあ元々僕の立場は特殊なものだったから、今更という感じだが。 家族には友人の家に泊まると言ってあった。 僕は行く当てもなく、しかし、自然と足はあの桜並木へと向かっていた。 目的のない夜歩きも、たまにはいいかもしれない。 特にこんな夜は。 「こんばんわ」 耳慣れた声で、挨拶がかけられる。 声は一人分。しかし気配は二人分。 「ずっと待ってたんですよぉ。  喚問、ずいぶん時間がかかったんですねー」 「ええ。困った物です。あんまり長かったんで、肩がこってしまいました」 深い暗闇から、朝比奈みくると長門有希が姿を現した。 僕は微笑みを浮かべる。 まるで放課後、部室で顔を合わせたときのように。 228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 14:12:31.25 ID:nhQ1XJoN0 他愛のない世間話から入ろうとする朝比奈みくるを余所に、長門有希は言った。 「彼を殺したのは、あなた?」 流石は長門さんだ。僕のトリックを見破ることなど、児戯にも等しいということですか。 「………まあ、そういうことになりますね。  一回目は間接的に、二回目は直接的に、ですが」 231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 14:21:52.75 ID:nhQ1XJoN0 「ふぅん。やっぱりそうだったんですね。  わたし、ずっと確証がもてなかったんです。だって古泉くん、本当に嘘が上手いから」 「おや、僕はあなた方に嘘をついた憶えはありませんが。  ところで、あなたたちはこれから僕をどうするおつもりですか?」 長門有希は、冷たい声で言い捨てた。 「あなたのしたことは立派な罪。  機関で処分を任せた後に、然るべき場所で罪を償って貰う」 「僕が犯人だと知ったときの、彼女の心的ダメージは計りきれませんよ。  彼の死と相まって、今までにない閉鎖空間が発生するかもしれません」 「事情があって、転校したことにする。情報操作は得意」 僕はかぶりを振って、 「万事休す、ですね。  しかし、あなた方に連行される前に一つ、窺いたいことがあります。  どうやって僕のトリックを見破ったのですか?」 234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 14:38:11.22 ID:nhQ1XJoN0 「古泉くんの話に結構矛盾があったこと、知ってましたか?  例えば事故直後……古泉くんは冷静に、救急と警察に連絡を入れたのに、  トラックの正確な外観、ナンバープレーをは記憶していないと、警察関係者に語りました。  これって、おかしいですよね。パニックを起こした女の人とかなら分かりますけど、  古泉くんがそんな見落とし、するわけがないんです」 「お褒めの言葉、ありがとうございます」 「ふふっ、褒めてなんかいません。それに……」 朝比奈みくるは妖艶な猫なで声で、僕を絡め取ろうとする。 「古泉くんの機関から、わたしの組織や長門さんの組織に連絡が遅れたことも不思議に思っていました。  どうして情報共有が遅れたのかなぁ、って。  考えてみたら、簡単なことでした。機関が情報を遅らせていたんじゃない。  あなたが機関に連絡するのが遅れたから、結果的に、わたしたちの組織への連絡も遅れたんですね」 長門さんが接穂を接いだ。 「あなたは救急と警察に連絡した後、なんらかの偽装工作を行っていたと思われる。  おそらくそれは、トラックの持ち主に対する事故の隠蔽幇助。  あなたは恐らく、トラックのナンバープレートを記憶していた。  そしてドライバーの電話番号を割り出し、トラックの処分方法や、身の巧妙な隠し方を教えた。  大抵のひき逃げ事件において、犯人は数週間以内に検挙されている。  加えて、今回は機関の捜査網まで敷かれて、徹底調査が行われた。なのに、犯人検挙には至らなかった。  これはつまり、機関の捜査情報を知った上で、犯人の隠遁に協力した人間がいるということ」 237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 14:59:08.81 ID:nhQ1XJoN0 「でもでも、一つだけ不思議な点があるんですよねぇ。  キョンくんを"ちょっと車道側に押し出して"トラックに轢かせるというのは、全然古泉くんらしくないわ。  古泉くんほどの頭脳なら、もっとスマートに殺せたはずでしょう?  もしかしてキョンくんに何か言われて、キレちゃったとか、ですかぁ?」 僕は朝比奈みくるの戯れ言には触れず、 「何故、もっと早くに僕を捕まえなかったんですか?」 長門さんに尋ねた。 「憶測であなたを犯人だと決めつけることはできなかった。  あなたは狡猾だった。彼が限界の位置で生きていると知った後も、  慌てることなく、三ヶ月の時を普段通り過ごしきった。  この時点で、わたしはあなたの行動が独断専行によるものと確信していた。  もし機関上層部が『彼の死』を望んでいるのなら、  機関直属の医師たちは、いつでも『医療ミス』をすることができたはず。  あなたは一人、彼の息の根を止めるチャンスを窺っていた。  しかし衆人環視の医療室で、彼を殺すことはどうやっても不可能だった」 良い推理だ。恐れ入る。 「もちろん、わたしたちの推理が全部デタラメの妄想なんじゃないか、とも考えていたんですよ?  だから状況を転換させることにしたんです。  彼女が犯人捜しをすると言い出した時、わたしたちは期待を込めて、彼女の意見に賛成しました。  でも、結果は大失敗。キョンくんは死んでしまった。  あたしたちの試みは、古泉くんにいいように利用されちゃったんです。そうでしょう?」 240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 15:13:28.60 ID:nhQ1XJoN0 僕は微笑むだけだ。 さあ、推理ゲームを続けてくださいよ。先輩。 朝比奈みくるの余裕の笑みが、一瞬、引き攣る。 「……古泉くんが彼を殺すのに必要な条件は、二つあります。  一つ目は、殺害の現場を医療室の医師らに見られてはならない。  機関に、古泉くんが犯人だとバレちゃいますからね。  二つ目は、彼が死んだ理由を生命維持装置側の問題にしてはならない。  彼は瀕死のまま生き続けていますから、生命維持装置側の問題はとりもなおさず、誰かが装置を停止させたことに繋がるんです。  あなたが安全に彼を殺すには、機関の目の届かない医療室で、  かつ、涼宮さんの能力が停止したように見せなければならなかった。  わたしたちは、こんな条件が揃うのは絶対に不可能だと思っていました。安心してたんです。  でも、古泉くんは、いとも簡単にその条件を揃えてしまいました」 びっくりしましたよぉ、と朝比奈みくるはわざとらしく笑う。 243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 15:28:17.43 ID:nhQ1XJoN0 長門さんが続けた。 「涼宮ハルヒがあなたにお願いをすることは予測できていた。  しかし、あなたに高位の権限があることを、わたしたちは予測できなかった」 そりゃそうでしょう。 あなたたちの前では、僕は機関の下っ端として振る舞っていましたからね。 「あなたは医療室内の人員を、最小限に減らすよう指示した。  彼女が直々に訪れる――理由はそれで十分だったはず。  もっともらしい理由で、あなたは機関を信頼させ、彼女を医療室にいざなった。  そして、誰も介入できない空間で、彼女の心を揺さぶった」 僕は電話の最後にした指示を思い出す。 ………『僕と彼女が院内に入った後は、他機関の人間を絶対に入れるな。      これは彼と彼女の、極めてデリケートな接触だ。警戒するに超したことはない』………… 「わたしたちが、彼の危険に気づいた時には、もう遅かった。  あなたは言葉巧みに彼女の心理に変化を促し、  『彼が死にたがっている』『彼女が本当は彼との決別を願っている』と錯覚させた。  そして、彼女がいつ、彼に使っている能力を停止させてもおかしくない状況で、」 長門睨みながら、 「生命維持装置の一つを切った」 言い切った。黒曜石のような瞳は、冷たく艶めいている。 244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 15:32:28.00 ID:nhQ1XJoN0 軽く読み返すと誤字が酷いな 脳内補正たのんだ 246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 15:47:46.31 ID:nhQ1XJoN0 「わたし、涼宮さんと二年一緒に過ごしてきたから分かるんです。  彼女はたとえどんなことがあっても、彼のことを見捨てたりしないはずなんです。  奇跡を信じて、キョンくんが目を覚ますのを待ち続けたはずなんです。  なのに、古泉くんはその選択肢を奪いました。  あたかも彼女の決別が、彼の死の原因であるかのように見せて、彼を殺したんです。  わたしたちが気づかなければ、あなたはこの先も安穏と、彼女の傍に居続けていたかもしれない。  あなたの犯罪は完全だったわ。  古泉くんの述懐に綻びはないし、彼女だって、自分の決別が彼の死と繋がっていると思い込んでいるんだから、  機関上層部含むその他の組織は、彼女の能力停止が彼の死因であると納得せざるを得ない。  古泉くんに、嫌疑がかけられることはない。でもね、そんな話、わたしたちが許しません」 僕は鋭い朝比奈みくるの言及から逃れるように、夜空を仰ぎ見る。 綺麗な満月だ。雲一つない。 「一つだけ、分からないことがある」 そのとき、長門さんが呟いた。 249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 16:07:43.83 ID:nhQ1XJoN0 「どうして彼を殺す必要があったの?」 年相応の、自信なさげな声で。 ほう、と僕は一人嘆息する。 憶測からここまで推理できるTFEIが、犯人の殺害動機も分からないなんて。 「依存の危険性について、考えたことはありますか」 僕は問いかけた。 「一つの要素に傾倒し、周囲が見えなくなる。  流動的な、しかし確固たる環境によって成り立っていた世界観が、  一個人に向けられた感情で揺らぐようになる。  どこにでもいる生娘の事情なら、そんなのはどうだっていいことです。  しかし、彼女の場合は意味合いが違ってくる。  彼女が何かに依存するということは、依存した対象の行動一つで、世界が揺らぐということ。  もちろん、依存に至る過程では、良い効果もあります。  彼女は彼と親しくなり、彼を通して精神の安定を得る。  閉鎖空間の発生頻度が減って、機関は大喜び。僕の仕事だって減ります。  しかし、一定期間を過ぎたあと、依存関係がどう変化していくか、大多数の人間が分かっていない。  特に長門さん、あなたには分からないでしょうね。  彼女の依存が深みを増していくのに、対し、彼はあまりに彼女を軽率に扱いすぎた」 要は、彼女が彼に恋慕を抱いていると知っているのに、 彼は彼女に十分に応えようとしなかった。 時間とともに、溝は深まる。 彼の振る舞いが、彼女を一喜一憂させているのに、 彼は、ちっともその重要性を考慮しない。面倒だから、と適当に彼女と関わり続ける。 250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 16:17:59.24 ID:nhQ1XJoN0 あの日。 彼女に買い物を頼まれた道中で、僕は彼に問いかけた。 ………『彼女の気持ちに応える気は、ないんですか?』……… ………『またそれかよ。あのなぁ、何だってお前は俺とハルヒをくっつけたがるんだ?』……… ………『ですから、このままでは彼女は、』……… ………『あーもう、うるせぇな。ハルヒの精神なんてどうだっていいじゃねえか。      今はあいつも落ち着いて、退屈することなく毎日楽しんでるんだろ?      そんなにハルヒのことが心配なら、お前が付き合ってやったらいいのさ』……… 「慄然としましたよ。  彼には任せておけない。いつか破綻する。そう思いました。  気づけば僕は、彼を車道側に突き飛ばしていた。  当時の記憶はおぼろですが、よほど興奮していたんでしょうね。  彼が生き残ったのには、心底驚かされました。  だって、大型トラックにまともに轢かれて、息のある人間なんていないでしょう?」 251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 16:26:32.19 ID:nhQ1XJoN0 「まあ、それも今日で終わりましたが」 僕は笑って見せた。彼女は彼から解放された。 今日は――正確には昨日だが――は素晴らしき記念日だ。 「そんな……そんな理由で……」 朝比奈さんが、拳を握りしめる。激昂したいのを抑えているのか。 しかしまだまだだ。感情のコントロールが甘い。 「動機は理解した。  ………あなたは、わたしたちについてきてもらう」 これ以上の会話で得るものはないと判断したのか、長門有希が踵を返す。 朝比奈みくるもそれに続く。ただ、僕は佇んだまま、夜空を眺め続けた。 「どうしたんですかぁ?  機関の処罰が怖いからって、逃げ出したりしないでくださいよ?」 「あはは。そんな情けないマネはしませんよ」 「なら早く、」 「あなた方は、僕に強制できない。強制するだけの権限がない」 252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 16:37:11.12 ID:nhQ1XJoN0 僕は視線を降ろす。さよなら望月。 「あなたたちの話は、所詮、想像の延長論でしかない。  どこに僕を犯人たらしめる証拠があるんですか?  あるのは情況証拠だけで、確かな証拠は何一つありません」 「何を今更……さっき古泉くんは、自分がやったことを認めたじゃないですか!  ちゃんと録音もしてあります」 「それが証拠になると?  いいですか、僕たちはそれぞれ、特殊な機関に属しています。  証拠の逓増なんて容易いことだ。そんなもの、何の役にも立ちやしません」 長門さんが助け船を出す前に、僕は言った。 「例え、長門さんが客観的な立場から僕を名指ししても無駄ですよ。  喚問されても、僕はこう言い続ける。  『朝比奈、長門両名の推理ゲームに、乗ってあげていただけだ』とね。  証拠はないんです。僕はすぐに無罪放免。  むしろ組織間の信頼を損ねたとして、罰せられるのはあなたたちなのではないでしょうか」 257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 16:53:19.50 ID:nhQ1XJoN0 「それなら、あなたに自白させるまで」 長門有希は怒っていた。彼でなくとも分かる。 この凍てつくような怒気は、紛れもなく僕に当てられたものだ。 「強引な手法はとらない方が賢明ですよ。  いいですか、一つ" if "の話をしてみましょう。  僕の友人に、腕の良い心臓外科医がいて、僕の心拍を監視する小型の発信器を心臓付近に埋め込んでもらったとします。  動作する条件は単純。  僕の心拍数が一定値を超えたら、僕が考えた様々な仕掛けが時間差で作動し、彼女にすべての真実を伝える、という物です。  彼女がどういった反応を見せるのかは、誰にも予想ができません。  しかし、この世界が大きな揺らぎに見舞われるのは間違いない。恐ろしい話です」 僕はポーカーフェイスを貫く。 この話が本当か否か。そんなことはどうでもいい。 必要なのは、この二人に、僕に強制することのリスクの大きさを理解させること。 「あり得ないです。心拍数のコントロールなんて出来るわけが、」 「古泉一樹なら可能。現に、彼の心拍には僅かな乱れも起きていない」 「素質と訓練の賜ですよ。  もちろん、さっきのお話は『しがない仮定論』ですがね」 朝比奈みくるが歯噛みする。 この場の趨勢は決した。僕には分かる。 269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 17:17:04.57 ID:nhQ1XJoN0 「これからあなたは、どうするつもり?」 「どうとも」 僕は本日二本目の煙草に火をつけた。 やはり、勝負事の決した後の一服は至福のうまさだ。 「彼女の精神はしばらく振動した後に、安定するでしょう。  そして新たな依存対象に、僕が成り代わる。  彼女の心を、僕はある意味で一番よく理解しています。  隙間の場所も。その埋め方も、ね」 嫌悪と憤怒の入り交じった視線が、僕を刺す。それは殺気に似ている。 だが僕が見返すと、二人は言葉なく目を伏せた。 これ以上の話合いは蛇足だ。 僕は二人に向かって、歩き出す。そして通りすがりざま、 「これからもよろしくお願いしますよ。  今は一丸となって彼女を支えるときです。"仲間同士"がんばりましょう」 という言葉と共に、紫煙を吐き出した。 愉快だ。愉快すぎて笑いそうになる。 274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 17:31:54.43 ID:nhQ1XJoN0 彼女たちはもう、何も言わなかった。 それから僕は繁華街をうろついて時間を潰し、未明、とある駅にたどり着いた。 もうすぐ始発が出る時間だ。東の空に、柔らかな飴色が広がっている。 一番安い切符を買って、一番ホームへ。 ジュースを一本買って椅子に腰掛ける。しゃべりすぎたせいか、酷く喉が渇いていた。 ぼうっとしていると、甲高い音が聞こえてきた。 朝靄に光条が差して、始発電車がホームに滑り込んでくる。電車の中に、人はまばらだった。 僕は座ったままで、停車した電車を眺めていた。いない。 やがて、少しだけ太った電車が発進する。 がたん、ごとん。 ゆっくりと流れていく。一両目。二両目。いない。 三両目。やはり無駄足だったか。 四両目。いた。 僕は彼を認めた。 僥倖に恵まれたのか、彼も僕を認めたようだった。 互いに唇を動かす。 ――「ありがとう」―― 僕は読み取れた。彼にも読み取れているといいのだが。 ――「それでは、よい人生を」―― 涼宮ハルヒの決別 true end  277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 17:35:58.02 ID:nhQ1XJoN0 終わり 途中のハッピーエンドまで、 何もしらない状態で読んでも 古泉が犯人であることを踏まえて読んでも おかしくならないようにするのが大変だった true endの終わり方は、まあ色々と想像してみてくれ 324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 20:26:14.76 ID:nhQ1XJoN0 >>326 視点 自由にハルヒ世界のキャラを選択してくれ 329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 20:30:27.18 ID:nhQ1XJoN0 視点 みくる 時間 >>330 1、事故前 2、事故後 3、真相解明後 330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(中国地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 20:30:54.91 ID:EeDoe0090 1 335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 20:50:39.56 ID:nhQ1XJoN0 人間関係の複雑さが煩わしくなると、人は殻に閉じこもってしまう。 傷つくのが怖いなら、傷つく環境から離れればいい。愚直な思考だ。 それは同時に、人の温かさに触れることができなくなる、ということでもあるのに。 とあるマンションの一室で、わたしは目覚めた。 伸びをする。背骨がぽきぽき鳴る。この時間平面では、わたしは学生だ。 遅刻は許されない。 わたしは衣類や下着の散らかった床を往復し、支度を調えた。 朝食の後片付けは……帰ってからにしよう。 もっとも、今朝できた汚れた食器を洗う場は、過去に積み重ねた食器で埋まっているのだが。 最後に身嗜みをチェック。よし、完璧。 わたしはローファーに足を通す。急ごう。 時に闊達、時に厳格な黒髪美人にして私の友人は、今頃、待ち合わせ場所についた頃だ。 が、玄関を出る直前、わたしはTVを消し忘れていたことに気がついた。 「――不必要なまでの情報化が――正常な人間関係を築けなくしているんです――」 コメンテーターが熱く語っている。面倒になったわたしは、TVをそのままに施錠した。 この時間平面の情報化レベルで、何を愚痴る必要があるのだろう。 この先――何年後かは公言できないが――隅々まで情報化された社会では、 人間関係などないも同然になっていると言うのに。 わたしが到着すると、想像通り、彼女は待ちくたびれていた。 「おそいよみっくるー」 「ごめんなさい。ちょっと寝坊しちゃってぇ」 339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:00:59.78 ID:nhQ1XJoN0 「ほんとかなぁー? わざと遅れてドジっこ演出してるんじゃないのかなぁーっ?」 鶴屋さんは不敵に、唇を歪める。 そして一瞬にしてわたしの背後をとり、 「とにもかくにも、お仕置きだいっ!」 胸を揉んできた。 「ひゃわわわわわわわわああっ」 ……情けない話だが、この嬌声はキャラ作りの結果ではない。 わたしの胸は不必要にデカく、また、不必要に感度良好なのであった。 「やめやめ、やめてくださぁい!」 「今日もいいお乳だね、みっくるー」 「声が大きいですぅ……」 わたしの非難も意に介さず、悠々と歩き出す鶴屋嬢。 さすがは日本で五指に入る財閥の才媛、といったところか。 わたしは無意味に感心して、彼女の後に続いた。 空は高く澄んでいる。涼やかな風が時折、髪を攫っていく。 晩春の朝にふさわしい、穏やかな登校風景。 343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:14:05.18 ID:nhQ1XJoN0 教室の隅で一人、ぽつんとしていたわたしに声をかけてくれたのは、鶴屋さんが初めてだった。 いや、入学当初はそれなりに人気があったりもした。 外面だけに引き寄せられただけの空っぽの人間たち。 彼らはわたしの内面を知ったとたん、離れていった。 わたしは彼ら以上に、中身のない空虚な人間だったからだ。 だから、本当の意味でわたしに関わろうとしたのは、鶴屋が初めてだということになる。 わたしはほんの短い時間、孤独を味わった。 もっとも、わたしは孤独でも構わなかった。涼宮ハルヒの好む”性格”は理解している。 涼宮ハルヒと接触するときだけ、そのキャラクターを演じればいい。 そう思っていた。 『朝比奈みくる? 面白い名前だねっ、気に入った!』 なのに、鶴屋さんはわたしの孤独を、いとも簡単に壊してしまった。 「……あなたは?」 「えーっ!! あたしのこと憶えてないの?  同じクラスだよっ? 席だってそんなに離れてないんだよっ!?  ひっどいなぁ、みくるは」 彼女はわたしの偽名を親しげに呼び、そして、自己紹介した。 わたしが生まれて初めての友人を得た瞬間だった。 元いた時間平面では、人と人の生の付き合いなんてなかった。 情報は常に共有され、不要と判断された情報は記憶でさえも消去される。 必要か。不必要か。ただそれだけの世界。そんな世界で、温かい人間関係なんて築けるわけがなかったのだ。 344 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:24:23.15 ID:nhQ1XJoN0 わたしが鶴屋さんと付き合いだしてから、しばらくの間、鶴屋さんにはたくさんの迷惑をかけたと思う。 もう失望されたかもしれない。 そろそろわたしは鶴屋さんの興味から外されたころだろうか。 そんな悲観的なことを考えた直後、かかってくるのはいつだって鶴屋さんからの電話だった。 鶴屋さんは根気強く、わたしと付き合ってくれた。 狭くて暗い殻の中から、私を引きずりだしてくれた。 そして今では――― 「おはよう、みくる」 「あっ、お、おはようございますっ」 「みくるその慌てたら敬語口調になる癖、なんとかしなよぉ」 「ひゃっ、くすぐったいですぅ」 「こらこらっ、あたしのみくるにおイタはいけないよっ!」 わたしは、多くの友人に囲まれて高校生活を送っている。 本当は涼宮ハルヒの監視に集中しなければならないのだが、 今ではすっかりその本人とも仲良くなって、オモチャにされている始末だ。 348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:32:44.85 ID:nhQ1XJoN0 放課後。わたしは真っ直ぐに文芸部室に向かった。 旧校舎へと続く渡り廊下、ふと見上げた先に、文芸部室の窓がある。 開け放たれた窓の際で、長門さんは読書をしていた。 本当に絵になるなぁ、と思う。 彼女のような寡黙なTFEIは苦手だったが、嫌いなわけではなかった。 むしろ仲良くなりたい、とさえ考えている。 「こんにちは、朝比奈さん。それじゃあ、終わったら呼んでください」 「はぁい」 わたしが部室のドアを開けると、彼はいそいそと退散してくれた。 初めて近くで見たときは、とてもこの男の子が鍵とは思えなかった。 何事も適当にあしらい、責任転嫁を処世術にしている卑怯者。そんな印象を受けた。 しかし、今では真逆の印象を、わたしは彼に持っている。 今なら、彼が彼女の鍵たる所以を理解できる。 「もう大丈夫ですよー」 「あっ、はい。今日は元祖メイド服ですか。可愛いですね」 「照れますよぉ」 わたしは彼の言葉をお世辞だと知りつつ、念入りにお茶を煎れるのだった。 351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:48:59.94 ID:nhQ1XJoN0 やがて、特別授業で遅れていた古泉一樹と、掃除当番だった涼宮ハルヒがやってきて、 部室はとても賑やかになった。 彼と彼女が些細なことで喧嘩して、古泉くんが仲介に入り、 わたしは涼宮さんの腹いせにさんざん弄くり回されて、 長門さんは周囲の騒々しさにも負けず読書を続ける。 何度も繰り返されてきた日常。安心できる場所。信頼できる仲間――。 ただ、その中に一つだけ、わたしが信じられないものがあった。 「朝比奈さん、一局いかがですか?」 わたしが編み物を始めようとしたとき、古泉一樹が声をかけてきた。 編み物を理由に断ることもできたが、わたしは勝負に乗った。 古泉くんが卓上ゲームに誘ってくれたとき、わたしは必ずその誘いを受けるようにしていた。 わたしはゲームを通して、古泉一樹という人間の本質を探ろうとしていたのだ。 勝負の結果は見えている。 いつだってわたしが勝ち、古泉くんが負ける。 ただ、わたしはいつだって勝った気分になれなかった。 手応えのなさとはまた違う、違和感があった。 それに気づいたのは、ちょうどわたしが三年生になったときのことだ。 わたしは巧妙に誘導されていた。わたしがどんなに変則的な手を指そうと、 後で流れを見返すと、拮抗した勝負になっている。 序盤は古泉くんが優勢で、中盤から崩壊が始まり、終盤でわたしが逆転する。 絶対の試合経過。 355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 21:59:32.27 ID:nhQ1XJoN0 その日も、ゲームは形式的に進んでいった。 どこで誘導されたのか。どこで古泉一樹の敗北の糸口を掴まされたのか。 分からない。 一度わざと負けてみようとしたこともあった。 しかし、不自然な手が許されない場面が連続して、わたしはいつの間にか勝っていたのだった。 わたしは駒を動かしながら、上目遣いに古泉一樹を見つめた。 あと数手で詰みだ。いつ投了されてもおかしくない。 「わたし思ったんですけど……古泉くん、本当はもの凄く強いんじゃないですか?」 彼は腕組みを解き、あたかも今まで勝機を探っていたかのように瞬きして、 「僕が強い? ふふ、見え透いたお世辞は、時に皮肉になり得るんですよ、朝比奈さん」 「皮肉なんかじゃありません。手加減、してるんでしょ? どうしてですか」 「不思議なことを言いますね。僕はいつだって本気ですよ。  実際、この勝負だって中盤までは行方が分からなかったじゃないですか」 「それは……そう、ですけどぉ」 357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 22:11:29.76 ID:nhQ1XJoN0 わたしの考えすぎ、なのだろうか。 古泉くんは全力を出し切っているが、終盤戦に弱く、逆に詰められる。 その考えの方が、よほど合理的だ。 と、そのとき、使い走りにさせられていた彼が、飲み物を抱えて戻ってきた。 「遅いっ! あたしを待たせた罪で罰金ね」 「お前なぁー、人に奢らせといて礼より先に罰金徴収とはどういう了見だよ」 彼は彼女との微笑ましい遣り取りを終えた後、 「将棋かぁ。懐かしいもので遊んでるんですね」 わたしを見てニッコリ笑い、 「ほうほう。あー、駄目だな古泉。お前の負けだ」 哀れみの表情で、古泉くんの肩を叩いた。 古泉くんは「おっしゃるとおりです」と苦笑する。そしてこちらに軽く頭を下げて、 「投了します。できれば二局目で雪辱を晴らしたいところなのですが、  下校時間が迫っているので、今日のところは片付けましょう」 360 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 22:31:10.16 ID:nhQ1XJoN0 駒を一つ一つ、箱に入れていく。 彼は彼女とおしゃべりしながら、フリーズしたらしいPCと格闘していた。 わたしが最後の一駒をつまんだとき、古泉一樹は言った。視線は盤面に落ちており、双眸は前髪で隠されている。 「さっき朝比奈さんは、僕が手加減をしているのではないか、と仰られましたよね。  どうしてそんなお考えを?」 「なんとなく、です。古泉くんの指し方は、勝ち負けに拘っていないように見えました。  勝負に勝つことを諦めたとか、そんなんじゃなくて……。勝負の流れを把握して、その上で楽しんでいるような、」 「なるほど」 何を納得できたのだろう。わたしは首を傾げた。 「しかし、そのようなことは理論的には不可能だ。  加減をするのは、上級者にとっては容易いことです。  しかし時の流れともに優劣を変化させるというのは、至難の業ですよ。  連立方程式のような複数の条件を同時に満たす思考が必要ですし、  自らを最後に敗北させるとなれば、今度はその逆の思考を重ねなければならない。  僕には不可能だ。  なにせ僕は上級者でもなければ、そのような思考を持ち合わせてもいないんですから」 伏せられていた顔があがる。古泉一樹は微笑んでいた。 一点の曇りもない、完璧な笑顔が、今し方の言葉に嘘がないと語っている。 なのに、わたしは内心で怯えていた。 これは仮面だ。ただの仮面だ。 その裏に潜んでいる表情を、想像するのが怖い。古泉くんの、嘘と本当の言葉の境目が分からない。 ただ一つ分かるのは、 やはり今までの勝負事が、古泉くんに支配されていたということ。 古泉くんが複雑な思考処理を瞬時に行える、特別な人間であるということ。 364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 22:40:53.80 ID:nhQ1XJoN0 「どうかされましたか? 顔色が優れないようですが」 「だっ、だいじょうぶです!  あのぅ、わたし着替えるんで、外で待っててもらえますか?  将棋盤はわたしが片付けておきます」 「これは失礼しました」 わたしはぼんやりとした頭のまま、将棋盤を片付けて、 メイド服を床に落とした。制服をとり、何気なく窓際に目をやる。 彼と目が合った。 「ひええぇぇぇえぇぇぇ!!! 見ないでくださぁあぁあい」 「エロキョン、何であんたがみくるちゃんのお着替えタイムに部室にいるのよっ!」 「お前が俺をPC前に縛り付けたからだろ! すみません、朝比奈さん。これは不可抗力でして……」 「うっさいあたしのせいにするな! 早くでてけ〜っ!!!!」 帰路。 涼宮さんを真ん中にしてわたしと長門さんが両脇に、 その後ろでは、彼と古泉くんが並んで歩いている。いつもの編成だった。 365 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 22:51:34.70 ID:nhQ1XJoN0 わたしは涼宮さんの話の合間に、後ろを何度か窺った。 古泉くんは楽しそうに、彼はつまらなそうに、会話を紡いでいた。 今見返したところで、古泉くんの表情に作り物といった印象は受けない。 しかし、さっき古泉くんに抱いた畏れは紛れもない、本物だ。 わたしは見たのだ。古泉くんの仮面を透かして―― 空っぽすぎて、気持ち悪くなるほど空虚な内側を。 369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 23:03:14.65 ID:nhQ1XJoN0 わたしはこのSOS団で信じられないものが一つだけあると言った。 それは、古泉一樹の人物像だ。 わたしだって偽名を用いているし、性格だって作り物だ。 しかし、古泉一樹のペルソナは――本当にそれがペルソナであるのなら――完璧すぎた。 人間は、ここまで上手く振る舞えるものなのか。 内面が空っぽの人間が、どうしてああも豊かな感情表現ができる? 逆にその感情表現が演技でない、ありのままのものだというのなら、 どうしてああも冷徹な一面を、垣間見せることができるのだろう? どちらが演技で、どちらが本質なんだろう? 空っぽの状態から、鶴屋さんの手助けで人間関係を手に入れたわたしにとって、 古泉一樹の存在はありえないのだった。 374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 23:18:23.11 ID:nhQ1XJoN0 徐々に長くなる昼の時間は、春の終わりを思わせた。 ふと足下を見れば長い影が伸びている。辺りは斜陽に満ちていた。 「それでは、ここでお別れですね」 分岐路に差し掛かる。古泉一樹が、歩みを止めた。 「じゃあな」 「また明日ねー」 「………ばいばい」 他のみんなが挨拶する中、わたしだけが黙ったまま、古泉くんを見送った。 わたしは、心の中に、古泉くんに対する不信の芽が育ち始めたのを感じた。 すべてはわたしの勘違いなのかもしれない。 古泉くんはSOS団の仲間だ。 何を疑う必要がある。 わたしはそう、自分に言い聞かせた。 たが、不信の芽は成長を止めることなく、わたしの心に根を張っていくj。 ――彼女がピクニックを提案する、ちょうど一週間前のことだった。 番外1 終わり 377 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/13(土) 23:25:31.51 ID:nhQ1XJoN0 一時間半ほど空ける 番外2でほんとのほんとに終わりだからある程度、視点と時期は限定させてもらう >>380 視点 1、キョン 2、ハルヒ >>390 1、事故後 2、事故前 380 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西)[] 投稿日:2008/09/13(土) 23:28:02.74 ID:GPiLRIeKO 1 390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(愛媛県)[sage] 投稿日:2008/09/13(土) 23:30:13.52 ID:hrAmGuBR0 1 408 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 00:17:05.39 ID:Fr7eMeva0 書始めるけど、これはtrue endの一つの解釈だと思って読んで欲しい 覚醒する。だんだん暗闇に目が慣れてくる。 俺はよろめきながら、壁伝いに立ち上がった。まだ躯の扱いを思い出せていないんだろう。 ここがどこかって? まあ信じられないだろうけど、教えてやるよ。 ここは死語の世界だ。 暗闇と静謐に満たされた、生命の終点。 この壁を四方にしてあるこの部屋は、すなわち、俺専用の棺桶というワケさ。 ――というのは真っ赤な嘘で。 壁に手を這わしながら一周すると、スイッチはすぐに見つかった。 ぱちん。暖色の明かりが灯り、部屋の内装が明らかになる。 ここが俺の暮らす部屋か。存外、悪くないじゃないか。 413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 00:31:33.32 ID:Fr7eMeva0 そこは一言で表すのなら、1LDKマンションの一室だった。 ただし窓はなく、唯一の扉には外側から鍵がかけられている。 完全な密室。 そう頭で理解した瞬間、急激に圧迫感が押し寄せてくる。 しかし、俺はその感情に目を瞑って、設備の把握に集中した。 壁際には黒のパイプベッドとベッドテーブル。 その上には……幼稚なデザインの目覚まし時計が置かれていた。 早起きしろってことか。 対面の壁際には、これまた黒のデスクと、大きな本棚がある。 デスクの上には洋風の瓶が、本棚には言わずもがな大量の本がある。 俺は先に怪しげな瓶をチェックすることにした。不用心だって? ま、あいつが用意してくれたんだ。青酸カリじゃないことは確かだろう。 俺はためらいなく蓋を開けた。 はたしてそれは、お酒だった。気を紛らわしたり、眠れないときの睡眠導入剤に使えそうだった。 気が利くじゃないか。 次に本棚をチェックする。ジャンルはめちゃくちゃだった。 長門が見たら発狂しそうなほど乱雑に、本が詰め込まれていた。 まあこれもこれで、読むときに楽しめそうだからいいけどな。 416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 00:45:50.65 ID:Fr7eMeva0 後の設備は、端折らせてもらうことにするぜ。 缶詰やレトルトで満たされた冷蔵庫や、トイレ一体型のシャワールームを紹介したところでつまらないだろうからな。 俺はベッドに寝転んだ。ぎし、とパイプが軋みを上げる。 不安だ。寝てる間に折れたりしないでくれよ? 俺は染み一つ無い天上を眺めながら、今、自分が置かれている状況を整理してみた。 衣食住は確保されている。 ガス、電気、水の使用に制限が設けられているとは思えないし、保管されている食料の量も十分だ。 キッチンの傍で見つけた床下倉庫には、半年は不自由しないぐらいの保存食が所狭しと詰め込まれていた。 また、孤独を紛らわす物も用意されている。 俺がアル中になることを懸念してか(冗談だ)酒はあれっきりだったが、 デスク脇の引き出しには、携帯ゲーム機とソフトが入っていた。それに飽きても本がある。 退屈しのぎには困らずに澄みそうだ。 あと、一見不要に思えて必要なものも、この部屋にはきちんと用意されていた。 時計と、カレンダーだ。 世間から隔絶されたこの密室において、時間の流れを知る意味はない、と思うヤツもいるかもしれないが、 案外、時間の流れを客観的に知ることは大切なことなんだぜ? いやまあ、俺自身こんな状況に身を置くのは、これが初めてなワケだけどさ。 418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 00:50:20.37 ID:Fr7eMeva0 何も考えることがなくなる。 仕方がないので目を瞑った。 「ふぁ〜あ……」 わざとらしく欠伸を一つ。聞き耳を立てているヤツは誰もいないのに、何をしているんだろうね、俺は。 まぶたの裏に、印象の強い記憶が蘇る。 すべてはあのときの会話から始まったんだよなあ。 つい一週間前のことなのに、なんだか凄く懐かしく感じるぜ。 423 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 01:00:59.80 ID:Fr7eMeva0 早咲きの桜に続いて遅咲きの桜もその栄華を全うし、 薄い湿気が街を覆い始める、五月の半ばのこと。 俺は将来に不安を抱えていた。 将来といっても受験や就職とは違う。もっと大きなビジョンで見た将来のことさ。 二年に進級した頃からだろうか。 俺は頓に、このままハルヒと歩んでいく未来を想像をするようになっていた。 ハルヒ専属カウンセラー古泉のありがたいお話によると、ハルヒは俺に依存しているらしい。 通俗的に言い換えるなら、好き、ってことだ。 427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 01:11:59.33 ID:Fr7eMeva0 初めは嬉しくも思った。 ハルヒは性格を除けば、女の理想型みたいな容姿をしている。 そして最近は――佐々木たちとの一件が決着してからは――性格も落ち着いた方向に変わってきているようだった。 つまり、完璧な美少女になりつつあるということだ。 そんなハルヒに恋慕を抱かれたら、諸手を挙げてハルヒを受け止めてやるに決まってる――かというと、 実際問題、ハルヒを取り巻く環境は、それほど甘くはないのであった。 まず監視がヤバい。 プライベートなんてこれっぽっちもねえ。 ついでに言うと、ハルヒと一緒にいる人間に対しても、あらゆる機関から監視の目が向けられている。 なまじ神的能力を持ってしまうと大変だ。 もっとも、当の本人は監視されていることもつゆ知らず、のほほんと毎日を過ごしているんだけどさ。 432 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 01:20:55.40 ID:Fr7eMeva0 だが、俺はのほほんとしていられなかった。 古泉曰く、涼宮ハルヒが干渉を強めれば強めるほど、 依存対象への監視のレベルはあがっていくらしい。 つまり、俺がハルヒに好かれれば好かれるほど、 俺の一挙一動を見守る目が増えるということだ。考えるだけで胃が痛くなってくる。 俺はストレス云々よりも先に、恐怖を感じた。 もし仮に、だ。俺とハルヒが付き合うようになって、ゆくゆく結婚したとして、だ。 いつまで監視は続くんだ? ハルヒは何も知らされていないが、 俺はハルヒが神様的能力を持って、四六時中環視されていることを知っている。 ついでに俺も、ハルヒの選んだ伴侶として、隅から隅まで監視されるハメになるだろう。 そんなのゴメンだった。 何てったって自由がない。俺はただの一般ピーポーなんだ。 確かにハルヒと過ごすのは楽しいけど、それは、高校ライフの良き思い出として終わらせないといけない。 439 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 01:36:21.03 ID:Fr7eMeva0 だから俺は古泉に相談した。 「なんとかハルヒの恋心を反らせないものか」と。 古泉はとてもいい笑顔で答えた。 「無理です」 爽やかな風さえ吹いてきそうである。 俺は絶望した。 「あなたは既に彼女にとって掛け替えのない存在になりました。  オルタナティブはありません。無意識的に行使される能力は、ゆっくりと、しかし確実にあなたと彼女を結ぶでしょう」 機関もそう認識していますよ、と、さも当たり前のことであるかのように古泉は宣う。 「どうしてもっと早く、手遅れになるまえに俺に教えてくれなかったんだ?」 「よもやあなたが彼女と結ばれることを本気で忌避していたとは、思いもよりませんでしたから」 「冗談だと思ってたのかよ……まあいい、それで、俺の未来はマジで確定しちまってるのか?」 もし俺が運命のレールに乗せられちまっているとしたら。 ハルヒの言葉を借りるわけじゃないが、なんてツマラン人生だろう。 俺は酷く落ち込んだ。そのときだった。 「あなたを彼女から解放する方法はあるにはありますよ」 後光が差して見えたね。 身を乗り出す俺を制止し、古泉は口元をニヤリと歪めて言った。 「あなたが一度、死ねばいいんです」 441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 01:37:32.88 ID:Fr7eMeva0 眠いので流石に寝る あと俺の前作は今のところ風鈴だ 症候群じゃない 498 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 09:33:50.11 ID:Fr7eMeva0 「一度死ぬ……?  お前、ついに頭おかしくなっちまったのか?  俺が死んだら元も子もねぇじゃねえかよ」 「まあまあ。静想してください。  あなたは彼女に見初められ、その関係は今日まで暖められてきた。  人間関係の強度は時間に比例します。  つまり、あなたと彼女を離別させるには、  一般的なカップルを破局させるのとは比べものにならない時間と労力がいるんです。  しかし、あなたが死ねば――いえ、彼女に死んだ、と思わせれば、  あなたは比較的時間をかけることなく、永久に彼女から解放される」 502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 09:49:36.93 ID:Fr7eMeva0 「そんなまどろっこしいことしなくても、  俺がどっか遠いところに引っ越したりすれば、」 「無駄です。彼女の能力はもうあなたの足下に絡みついているんですよ。  布石は敷かれている。あなたがどう足掻こうと、  あなたは彼女から離れることができない。  離れるには、彼女自身があなたと決別して、能力を停止させるしかないんです」 俺はにわかに恐ろしくなる。 ハルヒの能力が万能だってのは知っていた。 でも、他人の運命まで捕縛して離さないことまでできるなんて――まるで神じゃないか。 「だから、神ですよ」 「うっせぇいちいち答えんな」 「すみません」 「で、さっきの話に戻るが……俺が一度死ぬということは、  ハルヒの前で仮死薬飲んだり、どっかで事故死したように見せかけたりしたらいいのか?」 505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:02:49.46 ID:Fr7eMeva0 古泉は呆れたジェスチャーを交えながら答えた。 「偽装工作は、あなたが思っているほど単純ではないですよ。  綿密なシナリオと、入念な下準備が必要だ。  それに、あなたは一つ忘れている」 「ん? 何だよ?」 「あなたが欺瞞を仕掛ける相手が、彼女単一では済まない、ということです。  僕が所属している機関は勿論、未来や宇宙の組織――名称は伏せますがね――も騙さなくては。  あなたが人生をやり直す場に、邪魔が入るのは望ましくないでしょう?」 俺は自分の認識の甘さを思い知らされる。 そりゃそうだよな。俺は一応、ハルヒのキーパーソンだ。 突然失踪したり死んだりしたら、死因、死亡状況、その他余すところなく調べ尽くされるに決まってる。 そんでもって、俺が実は生きてました―、なんてコトが分かった日には…… 「あはは……殺されるかもな、俺」 「まあ、十中八九、そうなるでしょうね。  彼女の秘密を知るものは必要最低限に抑えるべきだ。  特にあなたは二年間を彼女と共に過ごしてきた。  あなたの記憶にはとんでもない価値があるんですよ。値段のつけようがないくらいの価値が、ね。  あなたの生存が確認されたとすれば、機関は迅速にあなたの始末に向かうでしょう。  そして今まで指を咥えていた他組織は、あなたの捕獲に向かう。どちらにせよ、失敗したあなたに救いはない」 「こえーな」 「はい。こえーです」 俺は古泉をどつく。慣れない言葉使いで復唱するんじゃねーよ。 「すみません」 「……えーと。じゃあ、やっぱり俺がハルヒから離れることは出来ないんだな?」 506 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:11:45.31 ID:Fr7eMeva0 「いえ。だから言ったじゃないですか。  完璧なシナリオと綻びのない下準備さえあれば、欺せない相手などいません」 こいつの自信満々な物言いは、どっから沸いてでてくるんだろうな。 俺は時々、いや頻繁に、不思議になる。 「あらゆる組織の監視の目を免れて、  俺が死んじまったように見せかけて、  しかも俺がどっかで上手いこと人生やり直せるシナリオなんてあるのかよ」 「僕が執筆いたしましょう。創作には自信があります」 「下準備はどうするんだ? どうせ大かがりなものになるんじゃないのか?」 「僕にお任せください。バイトのおかげで資金に不足はありません」 510 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:22:21.81 ID:Fr7eMeva0 「……………」 俺は沈思黙考する。 ハイリスクハイリターン。成功すれば俺はハルヒから解き放たれ、 失敗すれば、俺はハルヒの取り巻きたちに殺されるか捕まえられて酷い目に遭わされる――か。 古泉を見つめる。ポーカーフェイスに見返される。 目を反らす。古泉はマジだ。本気でこの提案をしてくれている。 でもなー……。何かひっかかるんだよな。 「なあ、どうしてお前は、ここまで俺に協力的なんだ?  お前はこうやってSOS団の一員として俺と話してるけどさ、  元を辿ればハルヒ第一優先の機関の手先だよな。  俺に死んだフリして失踪されたら困るんじゃないのか?  それに俺に荷担したとなりゃあ、バレた時には俺と同じくらい酷い目に遭うぜ?」 「理由が入り用ですか?」 「んー、言いたくないならそれでもいいし、俺はお前のことを信用しちゃいるが、  そこまでしてくれるからには、何かお前にも思惑があるんだろ?」 514 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:33:38.06 ID:Fr7eMeva0 「ありますよ」 古泉は思い出したように、コーヒー缶のプルタブを空ける。 「僭越ながら申し上げますと、僕は今のあなたのポジションを奪いたくて仕方がなかったんです。  監視役というのも、ヤキモキさせられる立場でしてね。  かねがね考えていたんですよ。僕なら彼女の精神を乱さずに済む、閉鎖空間の発生を最小限に抑えられる、と。  ……誤解しないでください。あなたを責めているわけじゃないんです。  ただ、客観的に彼女の心理を深く理解している僕が、あなたと成り代われれば、と思っていただけ。  所詮はしがない妄想ですよ」 俺もコーヒー缶のプルタブを空ける。 ぱきゅ。シリアスな会話シーンだというのに、間の抜けた音がする。台無しだ。 「しかし、あなたがそのポジションが下りたがっているとなれば、僕の妄想も現実味を帯びてくるじゃありませんか。  つまりは利害の一致です。  あなたは僕の用意したシナリオで彼女から解放され、ポストに僕が彼女の鍵を仕る。  どうです。理想的でしょう?」 522 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:48:37.64 ID:Fr7eMeva0 古泉の告白は、別段、意外でもなかった。 つーか、俺も前々から思ってたしな。 俺よりも女心を万倍理解してるこいつの方が、鍵に適任なんじゃないかって。 最初からSOS団の相関図は捻れていたんだ。 「それに、理由はもう一つあります。  僕はあなたを好いていた。純粋に友人として、あなたを認めていました。  あなたは何者にも流されない。それは無関心とは違う、識域下の拒絶であり、容認です。  完成された処世術……だからこそ彼女も、あなたに惹かれたのでしょうね」 よせやい。照れるじゃねえか。 「お世辞じゃありませんよ。  あなたは僕の理想でした。  僕自身、ペルソナの作り方に関しては、かなりの物を持っていると自負していますが、  あなたの"それ"に比べてはただのガラス細工も同然です。すぐに傷つき、壊れてしまう。  現に、朝比奈みくる先輩には猜疑心を向けられつつありますし」 526 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 10:57:42.85 ID:Fr7eMeva0 「大変だな、お前も」 「ええ。苦労が絶えません」 その割りには清々しい笑顔じゃないか。 「あなたの前では自然とこうなります。自分を偽る必要がありませんからね。  ところで……僕の提案はどうされますか?  無論、強制はしません。すべてはあなたが決めることです」 俺は即答した。 「受けるよ」 「分かりました。しかし、ずいぶんと早いご決断ですね。  未練はないんですか?  一度死ぬということは、これまで築いてきたあなたの財産を全て失うということです。  家族も、友人も、SOS団も――何もかも」 「いいんだよ。そりゃ最初は苦労すると思うけどさ、  ハルヒの敷いたレールの上を走り続けるよりは、そっちの方がよっぽど良い」 俺は自由気儘な人生を送りたいのさ、と笑ってみせる。 ま、本音を言えば、ちょっぴり不安だったけどさ。 だらだらと先に引き延ばせば引き延ばすほど、俺がハルヒから離れられる可能性は減っていくんだ。 決断は早いほうがいい。そうだろ? 532 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 11:08:21.98 ID:Fr7eMeva0 後日、俺は古泉にシナリオを聞かされた。 三重トリックだった。 上手くいけば俺は恙なく死に、 一つ目のトリックを看破されても古泉に殺人の疑いがかかるに留まり、 二つ目のトリックを看破されても証拠は見つからず、 三つ目のトリックを看破されても俺の行方は杳として知れぬまま。 「いいじゃん。てっきり仮死薬飲まされて束の間の黄泉ツアーにでも行けるのかと期待していたんだけどな」 「ふふ、それは残念でしたね。  しかし仮死薬を用いた昏睡で死を演出するよりは、こちらの方がよほど健康的でしょう?」 「まあな」 548 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 11:55:13.17 ID:Fr7eMeva0 トリックの仕組みは、解きほぐせばシンプルだ。 役者は四人。俺と、古泉と、不幸を背負った自殺志願者と、金で買われたお医者さん。 後半の二人は古泉が用意した。 この情報化社会、自殺志願者を一人用意することなど出会い系サイトでのメールから交際に発展させるより簡単なんですよ、とは古泉の弁。 また機関直属の医師といっても、元は一般の何も知らされていない医師が金で雇われているだけらしく、 つまり、金さえ積めば傀儡にすることは不可能ではない。 俺は古泉の資金に物を言わせて全ての医師を買ってしまえばどうだ、と進言したが、 計画を知る人間は最小限に抑えるべき、との諫言を賜った。世の中うまくいかないもんだ。 実際、その医師や哀れな自殺志願者にも、必要最低限の指示しか出されず、 全てが終わったあとには、古泉が然るべき方法で処分するとのことだった。ご愁傷様。 ある時、俺は訊いてみた。 「でもよ、金で釣った医者とか、インターネットで見つけた自殺志願者とか、  なんか心配だぜ。裏切ったり、途中で嫌だとか言い出したりしねーよな?」 「その点はご安心を。  医師の方は、元々僕が懇意にしていた方ですし、成功後の報酬のみならず、  失敗時の懲罰の方でも釘を刺してあります。彼には妻もいれば娘もいる。  裏切られる可能性は低い。  また、僕の用意した自殺志願者は、僕に心酔させています。  精神的な束縛ですよ。彼は僕が、彼と一緒に死んでくれると思い込んでいる。幸福な妄想です。  ですから、彼は自分が瀕死に至るそのときまで、利用されていたことに気づきません」 恐れ入るよな、まったく。こいつほど味方でよかったと思えるヤツはない。 そして次に重要なファクターが、ハルヒの能力の可及性と、その対象決定条件だ。 596 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 15:39:11.42 ID:Fr7eMeva0 よくよく考えてみれば、俺は、ハルヒの能力についてあまりにも無識すぎた。 ある者は「神のような能力」という薄朦朧とした表現を。 ある者は「環境情報改変能力」という小難しい表現を。 的を射た表現をしてくれるヤツは、ひとっこひとりいなかった。 それは詮無いことだとも言える。 ハルヒの能力は特別だ。 超能力とか、時間移動とか、情報捜査とかを軽く超越しちまってる。 どの組織もハルヒの能力の実態を、正確に掴めていなかった。 しかし、ハルヒの能力について熱心に調べているヤツが一人、身近にいた。 古泉だ。その調査結果を聞かされた時、こいつはなんてマメな野郎なんだと、 俺は辟易半分、畏敬半分で溜息を吐いたのだった。 改変能力はその名の通り、この世界の理を改変しちまう。 だが、何でもかんでもハルヒの思い通りになるわけじゃない。 ハルヒの目を通した常識が、世界観が、倫理観が、限度を超えた改変を許さない。 cace1 ハルヒの目の前で幼気な猫が車にはねられたとする。 ハルヒは優しい。猫に死んで欲しくないと願う。ここで能力が使われる。 しかし猫は衝撃を全身に受けていて、素人目に見ても助からないと分かる。 猫に元気になって欲しい、という祈りと、 助かるはずない、という諦観がせめぎ合い、最終的に勝つのは後者だ。 猫はわずかに息を吹き返した直後、自然の理に従って道路端で息絶える。 だが、ここで猫を病院に連れて行けばどうなるか? なんと猫は助かるのだ。轢かれた猫が、バラバラになっていたら流石に無理だろうけどな。 要は、ハルヒに、ちょっとでもいいから「助かる可能性」を見せればいい。 奇跡が起きても不自然でない環境をつくってやれば、ハルヒは奇跡を起こすことができる。 601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 15:59:11.33 ID:Fr7eMeva0 以上が能力の可及性。以下が対象決定条件。 古泉の常套句にこんなのがある。もっとも、俺以外には言わないだろうけどな。 『名前。年齢。相貌。声音。――そんなものは、全て代替可能なんです。  個人を個人と識別するとき、無識者はいつだって便宜的に判断を下す。  可笑しいですよね。昨日知り合った人間が、今日もそのままだという確証はどこにもないというのに』 cace2 またまた猫に登場してもらう。今度は二匹だ。 一匹はハルヒもよく知る我が家の猫、シャミセン。もう一匹はシャミツー。 シャミツーのことを知らない人のために補足しておくと、 俺やハルヒが一年生のときに行われた冬合宿で、推理ゲームのためだけに古泉が用意してきたシャミセンそっくりの三毛猫だ。 ある日この二匹を散歩に連れて歩いていると、 いつのまにか片方の一匹が首輪を外してどこかに消えてしまった。 俺は二匹の見分け方を知っていたから、いなくなった方がシャミツーだと分かる。 ここでハルヒに助けを求める。 『シャミセンがいなくなったんだ。一緒に探してくれ』 ついでに妹も持ってくる。 『ううっ……シャミセン、どこにいっちゃったのかなぁ〜……うう、ひっく……』 決まりだ。能力は作動し、日が暮れるまでに無事シャミセンは保護される。 この時、失踪したのがシャミセンであるか、シャミツーであるかは重要ではない。 さて、以上を踏まえた上で古泉はトリックを編んだ。 自殺志願者の青年の顔を俺に似せて整形し、医者には"事故"後、事故に遭わされた自殺志願者に処置すべき指示を与える。 整形にクォリティは要らない。古泉曰く、機関の人間全てが俺の顔を知っているわけではないそうだ。 遠目で俺と見間違えれば十分。 しかも機関でも高位にいる古泉が身元を保証するんだ、 機関直属の医師たちが俺の正確な身元を割だそうとはしないだろうし、病院搬入後は救命治療でそんな余裕はないだろう。 604 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 16:16:21.21 ID:Fr7eMeva0 どんな手法で古泉がその自殺志願者を瀕死にしたかは、 今となっては分からずじまいだが、とにかく、死にかけた俺(に見せかけられた自殺志願者)はハルヒの力によって延命される。 事故後、すぐに古泉の口からハルヒに俺の危篤が知らせられ、 能力は見知らぬはずの救急車の寝台にまで及ぶ。 死亡確認されていようと死の間際だろうと関係ない。瀕死の"俺"は蘇生する。 要は、ハルヒが「俺がまだ生きている」という奇跡を願えるだけの状況があればいい。これが能力の可及性。 また、瀕死になったのが俺であるか、それともある程度俺に似せられた偽物なのかも、 ハルヒの能力行使にはまったく関係がない。 判断材料が限定された場合、能力の矛先はその限定された場に向かう。 ついさっきまで本物の俺がハルヒの傍にいて、 その後、古泉が「彼が事故に遭い、今現在、救急車で病院に搬送されています」と騙れば、 ハルヒは救急車に乗っている"瀕死の人間"が"俺"であると認識する。これが能力の対象決定条件。 俺の偽物が機関直属病院に搬入された後は、買われた医者の出番だ。 646 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 19:31:55.52 ID:Fr7eMeva0 この医者は中々にデキるヤツらしく、院内でもそこそこの権限を持っているそうだ。 ま、それでも古泉には適わないらしいが。 ところで古泉のヤツ、機関の中の序列でいうとどこらへんに位置しているんだろうか。 SOS団の前では下っ端のように振る舞っているが、本当は凄く偉いヤツだったりするのかもしれん。閑話休題。 その医師は主に、搬入されてきた俺の偽物の、体調管理を担当する。 といっても快癒に向かわせる方の体調管理ではなく、悪化させる方の体調管理だ。 俺の偽物はハルヒの能力の手助けで、徐々に回復を見せる。 そこにその医者が"おクスリ"を注射して、絶妙の拮抗状態をつくる。 ……想像しただけでもゾッとするね。 傍目からは「涼宮ハルヒの能力でさえも、俺を死から完全に蘇らせることはできない」という風に映るわけだ。 さて、ここまでくれば後は簡単。 ハルヒが自主的に"俺"に面会するのを待つだけだ。 死にもしなければ回復もしない。 まさに生ける屍と化した"俺"と、ハルヒと古泉が接見する。 ハルヒに、すり替わりを見抜かれる可能性は低い。 再会の感動で正常な判断力が鈍っているだろうし、 "俺"は呼吸器を着けて、全身をチューブに貫かれた状態だ。 見分けはつかない。 古泉はあたかもハルヒを気遣うかのように、俺との決別を促しながら生命維持装置の一つを停止させる。 監視の限られた医療室。古泉の挙止に無駄はなく、見咎める者はいない。 誰も古泉の犯罪を証明できない。 "俺"の死因はハルヒの能力が停止した結果だと、認めざるをえない。 ハルヒの精神状態がそれを語っているからだ。 649 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 19:47:41.36 ID:Fr7eMeva0 かくして"俺の偽物"は死亡し、ハルヒの中での"俺"も死ぬ。 このとき初めて、ハルヒが俺に使っていた能力が消える。俺は自由になる。 計画実行前、俺はこのシナリオにおいて不安な点を古泉に尋ねた。 俺の代わりに死んでくれる自殺志願者を瀕死、もしくは死に至らしめる際、偶然に任せるやり方でいいのか。 そいつが病院に搬入された後、ハルヒの目を誤魔化せても、他の組織の目は誤魔化せないんじゃないのか、と。 しかし古泉曰く、それでいいらしい。 「最初の事故から仕組めば粗が出ます。  偶発的な事故が、もっともキレイな死に方なんですよ。  前触れもなく。仕掛けの跡もなく。僕の手を汚すこともなく、彼が瀕死に至る。  それが一番望ましいんです。  また、他の組織の目は届きません。  あなたの身代わりはすぐに病院に搬送され、やがて、家族でさえも面会謝絶のガラスケースに入れられます。  そこに近づくことができるのは、僕を含んだ特別権限を持つ人間と、彼女をおいて他にない。  機関の手による"あなた"の身元確認が行われようとしても、心配は要りません。  この僕が、事故に遭ったのは紛れもない"あなた"であることを証明するんです。  疑いの余地はない。もっとも、精密鑑定にかけられたところで、発覚を免れる自信は十二分にありますがね」――― 650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 19:48:45.82 ID:Fr7eMeva0 俺は訊いた。 「このシナリオに穴があるとすれば、何だ?」 「彼女が"あなた"を瀕死にした犯人を捜し始めたときに、僕の練った構想が瓦解してしまうかもしれないこと、ですかね。  これまで彼女の能力を調べてきましたが、完全なロジック解明には至っていません。  僕が考案した三重トリックを飛び越えて、僕とあなたの秘密の取引が浮き彫りになる可能性もある。  これはちょっとした恐怖ですよ。ですから、僕は彼女が早期に、"あなた"への面会を申し出てこられることを願っています。  こればかりは運を天に任せるしかありません」 「お前がそこまでいうんならどうしようもないんだろうな」 「ええ。しかし悲観することはありません。  あなたは安心して待っていてください。面倒なことは、すべて僕がやっておきますから」 653 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 19:58:28.32 ID:Fr7eMeva0 ―――とまあ、そんなワケで、シナリオは現実に反映された。 ピクニック当日、古泉と俺はコンビニに向かった。 ハルヒが俺に何かお使いを頼むのはいつものことだ。予測できていた。 校内と違い、土曜日のお出かけの際は監視の目線がぐっと減る。 開けた場所で、しかも移動するSOS団一行を追跡するのは難しいんだろう。 俺は流れるようなタイミングで身代わり君とすり替った。 衣服、髪型はまったく同じ。中肉中背――いや、俺と同じで身長は少し高いくらいか。 自分のツラの造形を観察したことはあまりないが、たしかに、似ている気がする。 ただ、俺はそいつを一目見ただけで、鬱屈した人間だと分かった。 自殺志願者、か。重いな。まあ、重いからこそ古泉に抜擢されたんだろうけど。 古泉とそいつが連れだって去り行くのを見送る。帽子を取り出し、目深にかぶる。 古泉への礼は済ませていた。ぐずぐず別れを惜しむ時間はない。 俺は指定されていたタクシー乗り場に向かった。手を挙げてもいないのに、すぐにタクシーが現れる。 乗り込む。後部座席と運転席の間には、ガラスで仕切られていた。 バックミラーに映った運転手の表情は上半分が切れていて、分からない。 「あー、えーっと……よろしくお願いします」 「…………」 無視かよ。俺はしっとりとした弾力のシートに凭れて、目を瞑った。 あいつ、うまくやってるかな。 失敗して機関にしょっぴかれてたりして。 ハルヒ、泣くだろうな。朝比奈さんのお茶ももう飲めねえのか。 長門をあと一回くらい図書館に連れて行きたかった。 親父、おふくろ、ごめん。妹も流石に死を理解できる年頃だよな。 身勝手な兄でごめんな――― いろんなことが頭の中で渦巻く。仄甘い香りが思考を満たす。 急激な眠気が襲ってきて、俺は、夢の世界にいざなわれた。 661 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 20:07:49.64 ID:Fr7eMeva0 ………………… …………… ……… 回想終わり。 「だぁっ、眠れやしねぇ」 跳ね起きる。どうも俺は繊細な人間に分類されるらしい。 慣れない環境で横臥しても、睡魔はいっこうに足音を立てず、 蘇るのは過去の記憶のみ。 困ったもんだ。ほんっとーに困ったもんだ。 左腕で視界を覆うと、四角い小さな絆創膏が目に入った。 先日、古泉に採血されたときの名残だ。 『俺の血なんて何に使うんだ?  変なことに使うんじゃないだろうな?』 『ははは、やめてくださいよ。  僕は必要な血液を、必要な分だけ戴いたまでです』 会話が耳に蘇る。結局、あの血は何に使われたんだろう。これも分からず仕舞いだ。 俺は絆創膏をはがし、くず籠に捨てた。 古泉は、涼宮ハルヒの束縛が解けるまでそこに留まるように(内側から扉あかないのに、何が留まるように、だ)、と言っていた。 でも実際、俺が外に出られるようになるまで、どれほどの時間がかかるのかは教えてもらっていない。 俺は少し不安になる。娯楽――本とか携帯ゲームとか――がある内はまだいい。 でも、そいつらみんなに飽きちまっても、この扉が開かなかったらどうすりゃいい? あまりの退屈さに生きる気力がなくなり、廃人になったりして……。 663 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 20:14:21.19 ID:Fr7eMeva0 「やめろやめろそんな想像。こういうときは読書に限る」 俺は自分に言い聞かせ、 パイプベッドから滑り落ち、本棚に手を伸ばすのであった。 それから三ヶ月が過ぎた。 俺は別段、問題なくニート生活を満喫していた。 カレンダーと時計のおかげで時間感覚に狂いはなく、 きちんと三食食べて、自主的にトレーニングしていたおかげで体はすこぶる健康だ。 緊張感のカケラもねーな、と思ったそこのお前。 ……俺も同意見だ。怠惰な毎日。 読書して、ゲームして、疲れたら寝て、一応目覚ましで早起きして、寝ぼけ眼で日付をチェックする。 最近では、「はやく古泉から連絡こねえかな」と考える頻度も減っていて、 はて、どうして俺はこんな生活を送っているんだろうと不思議に思うことさえあった。 慣れすぎる、っていうのも考え物だ。 その日も俺はシャワーを浴びた後、読みかけの本を片手に寝っ転がりながら、保存食を囓っていた。 駄目人間の典型である。 時計を見る。夕方か。外の様子が知れないせいで、俺は体内時計以外では この奇抜なデザインの目覚まし時計でしか時間の経過を感じ取れないのだった。 寝返りを打つ。初めてこの部屋で目を覚ましたときから、ちっとも変わらない天井を見上げる。 そのときだった。 669 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 20:21:23.16 ID:Fr7eMeva0 カチャリ。繊細な金属と金属がかみ合う、心地よい音がした。 パイプベッドの軋みとは全然違う音だ。俺には分かる。 俺は跳ね起きて、扉に駆け寄った。冷たくて重い扉。 何度ノブを回しても、がっちゃんがっちゃんと不快な音を響かせるだけだった。 いつしか俺は好奇心を捨て、自ずと施錠が解かれるのを待つようになった。 ノブに手を伸ばす。期待を込める。 回す。不安が襲う。さらに回す。軽い手応え。 回しきる。 やった――。 俺は体を押し当てるようにして開扉した。 一歩。二歩。廊下に出る。 新鮮な空気。 夕陽に染め上げられた薄暮の街並み。 冷気を孕んだ風が、俺を凪いでいった。もう秋、なんだよな。 676 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 20:32:46.17 ID:Fr7eMeva0 俺はしばらくそうして、夜の帷が街を包む様子を眺めていた。 古泉の言葉が、耳許で再生される。 『彼女が能力を停止させるまで、あなたはこの街を離れないほうが良いでしょう。  僕が隠れ家を提供します。  最も信頼の置ける部下に、あなたとは知らせず、移送させますので、  当日は部下の指示に従ってください。  彼女があなたを解放したのを確認した後、部屋の施錠を解除します』 あれから三ヶ月たった。施錠は解除された。 それはつまり、 「何もかも終わったんだな、古泉……」 俺は振り返る。俺が引きこもっていた部屋は、 とある高層マンションの空き部屋だった。 もっとも、両隣の部屋とは内装がまったく別物だ。 防音、防諜設備が充実し、かつ、インターネット環境等が省かれた、スタンドアローンな密室。 690 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 20:45:54.22 ID:Fr7eMeva0 俺は一旦部屋の中に戻り、色々と準備することにした。 夜から行動するのは、なんだか心許ない。明日の朝、始発を捕まえて、この街を発とう。 翌朝、俺は目覚まし時計が鳴るよりも先に目覚めた。 さよなら、目覚まし時計。お前には世話になったぜ。別に早起きする意味なんてなかったのにな。 ピクニックに持ってきていたリュックサックに、保存食数個を詰め込む。 基本的に、俺はピクニック当日の装備のまんま、この部屋に連れてこられた。 くたびれたジーンズにTシャツ、財布とリュックサック。清々しいほどの軽装。 減ったものといえば、携帯電話ぐらいか。 しかし逆に、増えた物はたくさんあった。まず金。 財布に諭吉が繁殖していた。数えたのはずいぶん前だが、ざっと50万はあった気がする。 高校生の持ちあるていい金額じゃない。 次に身分証明書。 よくもまあこんなにたくさん用意してくれたものだ。 新しい学生証からパスポートまで、そりゃもうたくさんあった。 今の俺なら、行けない場所の方が少ないだろう。 最後は、やっぱり金。 他人名義の通帳が、リュックサックの中に無造作に放り込まれてあった。 記入されている金額を見て慄然としたね。 古泉め、こんなに稼いでいたのか、と思った。金額は伏せるが。 703 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 21:01:28.14 ID:Fr7eMeva0 荷物を詰め終えて、俺は最後に部屋を見渡した。 感慨はなかった。不思議と、開放感もなかった。 俺は黙ったまんま、高層マンションを後にした。 なんといったって早朝だ。人の気のない街を足早に抜けていく。 駅に着いて切符を買う。小銭入れを覗いてみると、俺が欲しかった金額ぴったりの小銭が入ってあった。 破顔したね。用意周到にもほどがあるぜ。 甲高い音といっしょになって、始発電車がホームに入ってくる。 電車に足を踏み入れた時さえ、この街とさよならする実感は沸いてこなかった。 朝靄に包まれた街並みが、車窓を流れて、消えていく。 目指すは県外の、とある街。 この街から遠く遠く離れた、目立たない、しかし自然豊かなところ。 慣れるだろうか。慣れるよな。 少なくとも1LDKの密室での三ヶ月よりは、楽しく実のある生活になるに違いない。 俺は新しい学校や、そこでの出会い、築き行かれていくであろう人間関係に、想いを廻らせる――。 「――駅、――駅」 僅かな揺れに見舞われる。しばらくして、また振動。 景色が流れ出す。この駅が、この街の最果てだ。俺は何気なしに、窓外を眺め続けていた。 すると、 「古泉……?」 俺は、見知った男の姿を認めた。椅子に座ってこちらを見ている。見送りに来てくれたのだろうか。 んなわけないか。でも、俺は自然と、唇を動かしていた。 709 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 21:04:58.57 ID:Fr7eMeva0 同時に、古泉の唇も動く。 ――「それでは、よい人生を」―― 俺には読み取れた。あいつにも読み取れているといいんだが。 ――「ありがとう」―― 涼宮ハルヒの決別 番外2 終わり 717 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(関西地方)[] 投稿日:2008/09/14(日) 21:07:18.85 ID:Fr7eMeva0 あくまでキョン生存は一つの解釈 true endの後は前にも言ったけど色々想像してくれ というわけで、この話はこれにてお仕舞いです 矛盾、いろいろあると思うけど、そこは目を瞑ってね スレが落ちる前に終わってほんとに良かったーw それでは