涼宮ハルヒの絶唱 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 00:36:52.55 ID:PZ6tVy+w0 しかし主役はTANIGUCHI 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/07/13(日) 00:38:34.46 ID:PZ6tVy+w0 モヒカン刈りの軽音部員が歌う。 Destiation Unknown 俺たちはそれを横から見ていた。 Destiation Unknown 俺が行かなきゃならない場所はわかっている。目の前のステージだ。時間はまだ多少、ある。 「よう、ガッチガチだけど大丈夫かあ?」 Tシャツ姿の谷口がにやにやとした笑いを浮かべながら、ベースを抱く俺の肩を叩いた。 いや俺は平気なつもりなんだが、むしろお前の方が…… 「谷口こそ、顔ちょっと引きつってるよ。大丈夫?」 Yシャツ姿で袖をまくった国木田が谷口に突っ込みを入れる。 かくいう国木田も、さっきからギターのストラップを気にして、何度も調節しているのは緊張の表れだろう。 「失敗したところで気に病むものでもないでしょう。練習は積みましたが所詮付け焼刃です。楽しんでやれればそれでいいと思いますよ」  スティックを使って手首のストレッチをしていた古泉が話に入ってきて、 その話というのをどこでしているかと言えば講堂の舞台袖だ。 ついでに時は十月、俺にとっては二度目の北高祭の一日目。 以上にちりばめられた『ステージ』とか『ベース』とか『ギター』というキーワードから、 俺たちが今から何をするのか連想できないという奴がいるなら、 X線なり磁気なりで脳味噌を輪切りにして調べてもらうことを強く奨めておこう。 そう、俺たちは今からライブというものをしなくてはいけないわけだ。 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/07/13(日) 00:40:14.26 ID:PZ6tVy+w0 ――事の始まりは四ヶ月前。 佐々木(を勝手に担いでいた)一派とのいざこざもそれなり平穏に決着を迎え、 ある意味それ以上のイベントである中間考査も何とかやり過ごした六月初め。 風薫る、などと評される季節は過ぎ去ったものの、俺が所属するところの学校非公認団体SOS団、 その活動拠点たる文芸部部室には、今日も今日とて緑茶の香りが漂っていた。 初摘みの新茶を手に入れまして、とまこと嬉しそうに語る北高の天使にして我が団のマスコット、 朝比奈みくるその人の手によって香りの元たる湯呑みが各人のもとへ供される。 いつもどおり礼を言って一口すすると、なるほどいつもより甘みが強いように思う。 朝比奈さんの手を経由していれば生理食塩水でも甘いと感ずるであろう我が舌の事ゆえ、あまり信用はならないのだが。 朝比奈さんは古泉、長門と順にお茶を配り、 最後に机の端に自分の湯呑みを置いてから盆を下げ、ちょこんとパイプ椅子に腰掛けた。 この時点で俺と古泉が指している碁は一番目の勝負の最終局面を迎えているのだが、 我がSOS団の絶対君主涼宮ハルヒ陛下はいまだ部室に姿をお見せになっていない。 天照大神とは違ってこのままお隠れ下さっていれば全く以って平和、世は全て事も無しなのであるが、 噂をすれば影が差す、マーフィーズロウは世のいかなる局面にも適用される法であるらしく、 ほら考えている間にも足音が近づいてきた。二百m走なら日本記録ってレベルの速度だ。 そしてそれは、炭酸飲料を一気飲みしてげっぷが出るのよりも高確率で、 あいつがろくでもないたくらみを抱えている兆候なのである。 やはり足音はドアの前で止まり、次の瞬間SWATでも突入してくるのではないかと言う勢いでドアが開け放たれ、 「みんな、バンドやるわよ!」  閃光弾よりも輝く笑顔に音響弾のごとき大音声でハルヒはのたもうた。 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2008/07/13(日) 00:42:48.68 ID:PZ6tVy+w0 「というわけだからキョン! 軽音部に行って機材借りてきなさい!」 話の切り出し方がいつもどおりならこちらの反応もいつもどおり。 朝比奈さんはおろおろしていて一切無言。無言というか絶句。 長門は本から一瞬だけ顔を上げ一切無言。すぐに視線を戻す。 古泉はスマイルを向けるだけで一切無言。肩をすくめて俺を見る。 そして団の雑用係たるこの俺が委細を伺う事になるわけだ。もはや『やれやれ』も出やしないね。 「何でまたバンドなんぞをやらにゃあならんのだ」 「去年の文化祭が終わったあと、やるって言ったじゃない」 ハルヒは俺に向かって、 あらこの子ったら脳の代わりに五分炊きの粥でも詰まっているんじゃあないかしら とでも言いたげな視線を向けながら理由を語る。 「有言実行、これこそが組織のトップに求められる資質よ」 「そいつは結構だが、できれば自分の裁量の範囲内だけにとどめてくれ」 「団長の意思、すなわち団員の総意じゃない」 相変わらず魔法以上に愉快な思考の持ち主だな。春はとうに過ぎたが労働闘争を開始する必要がありそうだ。 おいそこのナンバー2、ちょっと激布を用意してくれ。 振られた副団長は微笑とともに肩をすくめた。俺はため息とともに同じアクションを取る。 「話はついてるんだろうな? コンピ研のときみたいなのはごめんだぞ」 こうなったハルヒを止める術など過去あったためしがなく、これからもおそらく存在しない。 また何かに熱中していてもらった方があらゆる面で都合がいいし、しかもスポーツなどに比べて練習、本番ともに 肉体的危険が少ない――精神的に大ヤケドを負う可能性は依然残るのだが――と、こう判断した俺は、 早々に抗弁を諦めてお隣さんを引き合いに出しつつ確認を取る。 またぞろ不祥事を捏造して備品を巻き上げるのはさすがに気が引けるわけだ。 「当ったり前じゃない、あたしだっていつもハイウェイマン気取りってわけじゃないのよ」 やっている事が辻強盗レベルだという自覚はあったらしい。片棒を担いだ人間が言えた事でもないだろうが、 いい加減遠慮とか慎みも持ち合わせような。 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 00:46:22.69 ID:PZ6tVy+w0 「今年は新入部員がほとんどいなくて、入ってきたのは自分の楽器持ってる子ばっかなんだって。  で、機材を遊ばせておくのもなんだから貸してくれるってさ。ギターが一本にベース二本って言ってたかしら」 団員五人に弦楽器三つじゃ釣り合わない事はなはだしいな。 まあ昨年文化祭後のハルヒの腹案に従うのであれば朝比奈さんはタンバリンだから、 足りないのはドラムくらいか。 「あら、みくるちゃんにもちゃんと楽器やってもらうわよ。ドラムは今から吹奏楽部に交渉に行ってくるから、任せといて!」 お前のタフ・ネゴシエイターぶりはさんざっぱら見せ付けられてきたわけで、 そっちに関しては頼まれたって心配なんかするつもりはない。その分は自分と朝比奈さんに回させてもらおう。 俺は素人で、朝比奈さんは受験を控えた素人だ。朝比奈さんに関しては憶測だが、外れてはいないと思う。 えらく高いハードルを用意してくれたものだが、背面跳びじゃなきゃ超えられないバーはすでにハードルと呼べないのではないか。 そんな事を考えながら駆け去っていくハルヒの背を見送って、俺と古泉は軽音部の部室である第二音楽室へ向かった。 ハルヒの言っていた事は事実であったようで、向こうに着くなり渡されたギターと二本のベース、 ついでにと持たされたチューナー、アンプ、エフェクター、それらを接続するシールドを何とか抱えて俺たちは部室へ戻ってきた。 昨年の文化祭での件からか軽音部はとても協力的な態度で、それは大変ありがたいのだが、 しかしまたずいぶんと機材が余っているものだ。まさかハルヒの力でいきなり湧いて出たわけじゃあるまいな。 そのハルヒはいまだ帰還を果たしておらず、仕方なしに、というわけでもないがちょいとギターを爪弾いてみる。 中学の音楽の授業でギターをやったことを、まだいくらかは体が覚えてくれていた。 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 00:49:19.03 ID:PZ6tVy+w0 「わぁ、キョンくん上手ですねぇ」 こうまでたどたどしい『禁じられた遊び』でそうまで驚嘆されるのも気恥ずかしい話ではあるのだが、 朝比奈さんに賞賛されるのはそれ以上に誇らしいものである。 「まあ長門ほどじゃないですよ」 言いながら視線をずらすとベースを抱えた長門がぼーん、べーんと弦をはじきながらペグを回していた。 それから軽く居住まいを正しておもむろに弾き始める。去年と違うのは楽器だけで、指とピックの動きは相変わらず正確だった。 「まったく、お見事なものです」 長門の演奏に古泉が合わせる。こいつは指弾きだ。まー相変わらず何をさせてもお似合いです事で。 「僕だってある一点を除けば一般的な男子高校生ですから、当然こういうものにも興味はあるんですよ」 さいですか。まったく興味がない様子を隠そうともせず、俺は答えた。 俺の反応に対してすくめた古泉の肩が下りると同時に部室のドアが開き、 満面にこれでもかといわんばかりに笑みを浮かべたハルヒが入ってくる。 ドラムセットの各パーツを抱えて後ろからぞろぞろレミングスよろしく付いてきたのは吹奏楽部の部員だろう。 とりあえず部室中央の長机をずらして、ドラムセットを構築するスペースを作った。 人員、物資ともにいかなる手段を用いて強奪せしめたかは聞かないでおこう。胃痛や頭痛の種になりかねない。 ところで見間違いじゃなく確実にドラムセットが二つあるが。 「片方は練習用のドラムよ! 準備室で埃かぶってたからついでにガメてきたわ!」 なるほど、確かに打面はプラスチックだかゴムだかわからんがとにかく黒い樹脂製だ。 しかしこんな嵩張るもの二台も置いておく必要ないだろ、返してらっしゃい。 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 00:51:31.91 ID:PZ6tVy+w0 「それなんだけどね、あたし考えたの。二バンド組みましょう。何をやるかはそれぞれのバンドで決めるってことで……」 一瞬たりとも考えずに思いつきで言っているに相違ない意見をハルヒは述べる。 「あたしは自分でギター持ってるからこれでギター二本、ベース二本、ドラム二台。3ピースバンドが二組できるわ」 人数は五人しかいないけどな。 「足りない分は準団員がいるじゃない」 俺は谷口、国木田、鶴屋さんの顔を思い浮かべた。そろそろ彼らも『涼宮ハルヒと愉快な仲間たち』の一員として認知されてきつつある頃だろう。 しかし鶴屋さんは人類の範疇に納まる程度とはいえ何でもできる人だが後の二人はどうなんだろうな。 そんな事を考えている間にハルヒは藁半紙を細く裂いたものになにやら書き付けており、それを握りこんだ拳をぐいと突き出すと 「んじゃ、クジ引いて」 俺のクジには赤でBと書いてあった。古泉は赤のD。朝比奈さんは青のBで長門のは青のD。 残った二本のうち一本をハルヒが引く。青のG。 「あら、ちょうど男女で分かれたわね」 アヒル口になりながら人差し指と親指でクジを捩っている。っておい、これってバンドのパート決めか? 経験や希望は無視かよ。 「うるさいわね、男は度胸、何でもやってみるのよ。新しい自分を見つけなきゃ。  それよりそっち二人でじゃんけんして。有希、みくるちゃん、こっちもやるわよ」 言われるがまま俺は古泉と向き合い、手を振り下ろす。俺の石が古泉のハサミを粉砕した。 まさかお前こんなゲームまで弱いのか。 「正直なところ、自信はないですね」 肩をすくめながらかぶりを振る古泉の向こうでハルヒが拳を突き上げた。 「よっしゃあ、あたしがメインボーカルね! そっちは?」 俺だよ。つーかこれがボーカルオーディションか。斬新すぎだろ 「星を掴もうって人間には運も必要なのよ。そういえばキョンが歌ってるところなんて見たことないわね、楽しみだわ」 山吹色を受け取った代官の様な笑顔でハルヒが言う。俺は星なぞ掴みたいと思った事はないし、 楽しみだって言うならもう少し素直な笑顔を見せてもらいたいものだ。 「それじゃ、早速練習しましょ」 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 00:57:10.45 ID:PZ6tVy+w0 ハルヒ以外は全員が未経験のパートであるからして、本当に基礎的なところから練習が始まる。 つーか新しい自分を見つけなきゃとか言っておいて昨年とまったく一緒のポジションに自分を置いてるのはいいんすか団長。 「つべこべ言わずに古泉君を見習って手を動かしなさい」 引き合いに出された古泉は練習用ドラムセットの方でメトロノームに合わせて基本的な8ビートを叩いていた。 こいつもゲームを除けば意外に何でもできる奴なんだよな。 長門も、いつも本を読んでいる窓際のあたりに据え付けられたドラムセットに収まっているが、 右手と右足が完全に連動してしまっておりやたらバスドラムがドスドス鳴っている。 情報操作をしていないというのは一目瞭然である。何か問題でもあったのだろうか。 やっぱり素人だった朝比奈さんと、それに毛が一本生えたくらいの素人の俺はとりあえずコードの押さえ方を覚えていく。 まあベースといえばルート弾きが主だから何とかなるだろう。なるんじゃないかな。なるといいな。 そんな感じで進行していた練習も、最終下校時刻を迎えるに当たって終了となり、帰途につく事となる。 「しかし何でまたバンドなのかね」 「先ほど部室で仰っていた通りでは? あなたの歌っている姿が見たい、と」 相変わらず朝比奈さんに何やかやとちょっかいをかけながら歩くハルヒの背を見ながらこぼした、 数時間前とまったく同じ俺の疑問に、古泉が食いついた。こっちも相変わらず顔が近え。離れろ。 「それならカラオケでも何でもいいだろうに」 どのみちそこまで披露したいものでもないんだが。 「それではつまらないと考えられたのでしょう。なにせ派手好みなところのある方です。  傾き者といったところですか。わざわざ二手に分けたのも、より客観的にあなたの晴れ姿を見られるからでしょうね」 あいつは俺の母か。人として軸をまっすぐにしろ、俺が望むのはそれだけだ。 「なんにせよ、期待に沿えるように頑張りましょう」 ずいぶんとやる気だね。まあ今までやってきた珍妙不可思議奇妙奇天烈なイベントに比べれば いくらでも前向きになれるってもんだな。 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:01:11.29 ID:PZ6tVy+w0 しかしながらやる気のあるなしにかかわらず解決しなければならない問題もある。 バンドスタイルでやるのであればどうしたって最低あと一人メンバーが必要になるのだ。 まあコンピ研に誘いをかけて打ち込みって手もあるかもしれないが、まずは手近なところから。 ということで翌日の昼休み、俺はともに机を囲む悪友に問いを投げかけてみた。 「国木田、お前ギターできたっけ?」 「中学のとき音楽でやったくらいだよ。でもなんで?また涼宮さんと何かやるの?」 より正確に言うのであればハルヒとではないのだが、どういうわけかバンドやろうぜ! という音楽雑誌のメンバー募集コーナー的な事態に立ち至っているのだ、と事情を述べたところ 「おいそれなら俺に声をかけろよ。涼宮がらみってのは若干不安だが手伝ってやる」 飯粒を飛ばしながら谷口が口を挟んでくる。まず頼んでねえし、人を指すな。ましてや箸で。そもそもお前なにか楽器弾けるのか? 「当っっったり前よ、ギターつったらモテ系男子の王道じゃねえか!」 非常に君らしい短絡的な動機である意味一安心だ。しかしそれなら何で軽音部に入ってないんだ? 「部活なんかやってたらナンパに行く時間が減るだろ」 一分の隙もない完璧な理屈だな、それは。完璧すぎて理解する気が失せるのが欠点か。 第一、軽音部が時間の無駄だというならSOS団だって同じだろう。 「お前らとなら目立つだろ。今回は俺も一枚噛ませてもらうぜ。バンドだってなら、まさか池に叩き込まれるって事もないだろうしな」 あれはお前自身の過失だったろ。同情に値しないことは無きにしも非ずと言えなくもないが。 ま、とりあえずはご両所の腕前を拝見と行こうか。話はそれからだ。 14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:03:35.57 ID:PZ6tVy+w0 その日の放課後。部室には八人の男女が集っていた。本来男子チーム四人の女子チーム三人で七人のはずが、 なぜ一人増えているのか。鶴屋さんが向こうに加わっているからである。 今朝方昇降口で偶然会ったハルヒが声をかけ、二つどころか四つ五つ返事で加わったのだ。 見てきたように言うと思われているかもしれないが、実際に見たので確かだ。 我が校きってのマルチロールファイターを先に押さえられた事により、俺は国木田に声をかける事になったし 声をかけていないはずの谷口がついてくる羽目にもなった。 その谷口の腕前であるが、教室で豪語していたほどではなかったがそれなりに様になってはいた。 国木田はそれには劣るがそれでも俺よりはスムーズに指が動いている。 成績がいい奴はこんなところでも物覚えがいいものなんだろうかね。けっ。 「――しかし、文化祭で披露するといっても何をやったものでしょうか」 タタトトと練習用スネアを叩いていた手を止めて古泉が呟く。 何をやらせても大体は絵になる奴で腹立たしいことこの上ないのだが、確かにそれは懸案事項だ。 まず俺たちでは(少なくとも今は)曲は作れないのでオリジナルは論外。頼めそうな当てもない。 ハルヒ?そりゃ俺たちが自分で曲を書く以上に論外だ。 『朝比奈ミクルの冒険』本編および主題歌をご記憶の諸兄であれば同意してくれる事と思う。 あのセンスで書かれた曲を歌いきる自信は俺にはない。 実際に歌い上げた朝比奈さんにはただ驚嘆と畏敬の念があるばかりだ。 必然、残った選択肢はカバーかコピーという事になる。さてさて、ならば何を真似たものか。 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:05:42.64 ID:PZ6tVy+w0 「そんなもん、若者らしくパンクロックだろ」 谷口よ、若者=パンクというその思考からしてすでに若さに欠けてないか? お前のノーフューチャーに俺を巻き込まんでくれ。 「馬鹿言え、本番が終わってステージを下りた俺の前に広がるであろうバラ色の未来を  お前にもお裾分けしてやろうってんだぞ」 しかし谷口の妄言はともかくとして、ある程度ノリのいい曲の方が勢いでごまかしやすかったりはするのではないだろうか。 他の二人もほぼ同様に考えているようだ。 さて女子チームのほうはというと、朝比奈さんから受け取ったベースを鶴屋さんがメロディアスに奏で、 渡した朝比奈さんは目を丸くしてそれを見ているという光景が繰り広がれれていた。 何度も考えたことだがあの人に苦手なものはあるんだろうか。ハルヒは即興でギターをあわせ、 長門はツッツッタンと8ビートを叩いている。昨日よりは確実に上達しているのだが、 やはり情報操作はお手のものである長門らしからぬ光景ではある。 帰り道でそれとなく聞いてみたのだが「何も問題は発生していない」という一言で切って捨てられ、 突っ込んで聞こうとしたところで、岩を砕く波のような父親のごとき力強さでハルヒが割って入ってきたため、 その話はそれきりになってしまった。 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:13:10.95 ID:PZ6tVy+w0 さらに翌日、土曜日。珍しく団の活動が入らなかったこの休日に、男子チーム四人は昼前から俺の部屋へ集合していた。 他の三人の家からだいたい等距離にあるかららしい。そういえば国木田以外の家には行ったことがないな。 一同車座になった中心には洋邦シングルアルバム取り混ぜておよそ三十枚ほどのCD。 全て4ピースバンドの作品で、俺のものが五枚ほど、谷口と国木田もそれぞれ同じくらい、 残りは古泉の持ち込みで、もともと持ってたのか買い集めてきたものかまでは知らんがとにかくこれらを聞いて、 気に入った曲があればそれをコピーしようという場当たりな腹積もりなのである。 コピーといったって耳コピは当然出来ないのでスコアに起こさなくてはならないのだが、 それは古泉の『知り合い』がやってくれる手はずになっている。『機関』ってマジで人材豊富だな。 まあひょっとしたら本当にただの知り合いかもしれないが。 ちなみにハルヒたちはやはりというべきかオリジナル中心に考えているようだ。 好きなだけ奇矯な曲を作ってもらいたい。どうせ歌うのはあいつ自身なのだ。 適当に練習などもしつつ約四時間、十五枚ほど一気に聞いたところで一つの曲が気になった。 ケースに手を伸ばす。赤いジャケットにはアンプとそれに立てかけてあるギターのイラストが描かれていた。 「この曲いいな」 明るい曲調でコードも割合簡単そうだ。 「でしたら、他にやる曲も同じバンドで固めてしまいましょうか」 三冊ほど重ねた漫画雑誌をスティックで叩きながら古泉が言った。 「そういえば、具体的に何曲やるの?」 国木田はギターを弾いていた手を止めて言う。ちなみにこのギターは谷口のもので、 あれだけの事言っておいて万が一自分でギターを持っていなかったらどうしてくれようかと、 脳内議会において制裁案の審議が進行していたのであるが、この事実により全ての案が棄却される運びとなった。 「多くて五曲ってところじゃないかな。去年はどのバンドもそんなもんだったと思う」 「しかしキョンよお、お前これ歌えるのか?」 ……まあ、何とかなるだろ。きっと。 俺は谷口にそう返して、そのスウェーデンのバンドのCDを軽く放った。 19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:16:09.24 ID:PZ6tVy+w0 週があけて月曜日、昼休み。早々に飯を掻きこんだ俺たちは連れ立って部室へ向かっていた。 『俺たち』とは当然俺、谷口、国木田の三人である。 ずいぶんとやる気になっているように見えるかもしれないが、実際にその気なのである。 今までに比べれば、などと斜に構えて評してはみたものの、文化祭でバンドという実にまっとうな高校生らしいイベントに 心が浮き立っている事実はもはや否みがたい。古泉の言を借りるなら、 やたら不可解で理不尽なトラブルに巻き込まれるという一点を除けば俺だって至極普通の男子高校生なのだ。 「お、長門か」 部室へ近づくとドラムの音が漏れていた。ドアを開けて覗き込む。 「やはりこちらに来られましたか」 意外な事にそこにあったのは長門の無表情ではなく古泉のスマイルだった。 視線を左へ向けると長門もいて、練習用ドラムのスローンの上でハードカバーに視線を落としている。 「スコアが上がってきたのでお持ちしました」 スティックで指し示した机の上には紙袋。中身はダブルクリップで留められた紙束が数冊。さすがに仕事が速い。谷口と国木田にもスコアを回し、とりあえず一曲通して合わせてみた。 ……想像はしてたけど酷いなこりゃ。この状態でアンプから音を出したら 近辺の犬や猫や花鳥や風月が騒ぎ始めるんじゃなかろうか。あと四ヶ月でものになるのかね。 その不安は日を追うごとにいや増していく事となった。 なにせ一月もすれば期末考査というこの時期、レーダー網をかいくぐる戦闘機編隊のごとき成績水準 ――学年末のテストでは若干高度を上げたものの――を維持していては親の堪忍袋も爆発四散であろう。 結果として、朝比奈さんがぼむぼむとベースを奏で、長門がトコトコとドラムを叩く放課後の部室で、 ギターを手になんだか盛り上がっているように見える鶴屋さんと国木田を尻目に、 俺とついでに谷口が、ハルヒに文系科目を、古泉に理系科目を教わるという情景が生まれるわけだ。 臨時教師の二人は下手な本職より教え方がうまいものだから、 胴体着陸しかねなかった成績をある程度の高度までは引き上げられたものの、 肝心のベースの腕前ほうが停滞してしまっている。 本来肝心なのは成績の方だという突っ込みに関しては、後日別に窓口を設けさせていただくのでこの場はご遠慮願おう。 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:20:11.33 ID:PZ6tVy+w0 少し日が前後するが、ハルヒにとってもっとも特別な日の一つであろう七夕には八人で笹に短冊をつるし、そこからさらに二週間。 ようやく「待ちに待った」という手垢まみれで赤錆だらけの修飾語が一番似合う時期、夏休みである。 で、あるのだが、今年も合宿があるしその他の団の活動もいつもどおりだし当然夏休みの課題はあるし探索中にビラを見つけたハルヒが 唐突にフットサル大会に出ようとか言い出すししかもその大会になぜか佐々木たちもエントリーしてたしで、 期待したほどの時間が取れないまま休みが一気に半分終わってしまった。さすがにちょっと不安になる。 別に金を取るわけじゃないんだから気楽にやればいいんだろうが、 どうせならうまくやりたいってのも正直な心境だってのは理解してもらえるだろ? 第一、下手打ったらハルヒに何を言われるか分からんしな。 しかしどうしたものだろう。どうもこうも練習しかないのだが、誰か下駄とまでは行かずとも 草履くらいは履かせてくれないものか。そんなことを思わず漏らす。 「わたしの家で練習をすればいい」 その声に背もたれに預けていた体重を戻して前を見る。長門と目が合った。 「あのマンションは防音性が非常に高く、実際に音を出しながら練習をすることが可能」 たしかに、部室じゃあまり大きな音は出せないし、そもそも休み中である今、 正式には部として承認されていない団体が学校で練習というのはどうかという話だ。 しかし思い切り音が出せるのはいいが、それは技術的には意味がある事なんだろうか。 「気分転換は効率の良い技術の習得には不可欠」 それはそうかもなあ。俺は再び椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見た。 「それに、謝罪という意味もある」 「その謝罪ってのは、これに関しての事か?」 これ、のところでまた体重を前に戻してテーブル上を指差す。 ちなみに今はSOS団にとって最も基本的な活動、不思議探索の休憩時間中である。 場所はいつもの喫茶店で、払いもいつも通り俺。古泉ももう少し空気を読む頻度を上げてくれてもよさそうなものだ。 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:24:26.76 ID:PZ6tVy+w0 ちょっと話が逸れたが、とにかくいつもの喫茶店の六人席のテーブル上にはおよそ十枚ほどの皿がぎっちりと並んでいる。 「申し訳ないとは思っている。しかし私も限界が近かった」 そうか。そのフライドチキンはうまいか? それは良かった。空腹は最高のスパイスだな。おいしく食べられて鶏さんも本望だと思う。 でも腹が空いているなら先に言って欲しかった。そうすりゃ途中でもう少し安く済ませる事もできたんだし。 たしかに、金じゃ換えられないくらい世話になっている身なので食事をおごるくらいはやぶさかではないのだが……。 なお『途中』ってのは図書館からここまでの間のことだ。午前は長門とペアになったからな、行くところなんてそこくらいだろ? 「読書を優先しすぎた」 あるよな、腹減ってるのに気付かないくらい何かに集中するのって。まあ俺自身にはそんな経験ほとんどないんだが。 さて、探索の休憩時間ということは当然他のメンバーも揃っている。すなわち団長も今の話を聞きつけるわけであり 「じゃ有希んちで合宿ね!」 となるわけである。精神的に抜群の瞬発力を誇るハルヒにしてはさほど飛躍した発想とはいえないが、 先に家主に確認をとろうとしないのはやはり常人と違う角度で思考しているせいだろうか。 「あー、かまわんのか?」 ハルヒに言われて谷口と国木田にメールを送った俺は ――メールを送っちまった後にってのもどうかと思うが――訊ねた。 あまり気にしそうにもないが、礼儀だ。 訊かれた長門はいつも通り二ミリほど頷いて 「構わない」 それからフォークに突き刺してあったフライドポテトを口へ運んだ 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:34:23.04 ID:PZ6tVy+w0 といったわけで翌日正午過ぎ。長門のマンション前に集まった男女七人。 夏物語はまだこれからだぜ! などと訳のわからないテンションの谷口の頚椎に一撃くれたハルヒが、 自動ドア脇のパネルを操作する。数秒して開いたドアをくぐり、 七人+機材+その他の荷物+途中で買い込んできた食料品のせいで いつになく狭苦しく感じるエレベーターを経由して七○八号室前へ。 このマンションに来るたびに、借りてきた猫にすら見下されかねないほどの様相を呈していた朝比奈さんも、 「有希っこの部屋ん中ってどんなんか、楽しみだねっ! 意外とぬいぐるみで埋まってたりさっ!」 と谷口に負けず劣らずハイボルテージな鶴屋さんが隣にいるせいか、クリスマスに来たとき以上に落ち着いてらっしゃるようだ。 ドアの前に立ったハルヒがすぅ、と息を吸い込む。次の瞬間、カシャンと鍵が開く音がしてノブが回った。 「……入って」 「ぇぁぅ。お、お邪魔します」 大声出して長門を呼ぶつもりであったであろうハルヒは息を詰まらせて妙な音を発しながら長門に続いてドアを潜る。 その次は俺だ。なぜって、この米とペットボトルをとっとと台所に置きたいからさ。たしかに人数は多いけど、 何も十キロ買うことはないだろうにね。 抱えた米を揺すり上げながら居間へ入った俺は、そこで立ち尽くした。 「はへー、何もねえな」 体力ゲージが赤から黄色くらいまで回復した谷口が、楽器を抱えて入ってくる。そうだな、何もないって普通なら思うよな。 だけど俺の感想は違うんだ。うまく言葉には出来ないけど。 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:45:27.12 ID:PZ6tVy+w0 初めてここへ来たのは一年と少し前。時系列的に言うなら四年前が正しいのかな? どっちにせよフローリングがむき出しで窓にはカーテンすらなかった部屋。 最後に来たのは半年前で、冬だってのにやっぱり敷物はなかったけど、窓にはペイズリー柄のカーテンがかかっていた。 今は床に涼しげな青竹のラグマットが敷かれ、細く開かれた窓からの風が、 束ねられた白いレースのカーテンと金魚の描かれたガラスの風鈴を揺らしていた。 図書館のスタンプが捺された分厚い本がテーブルの上に三冊。 そして、そのテーブルの脇に立つ長門は制服ではなくノースリーブのシャツにクロップドパンツという格好をしていた。 ループした594年とは違って進み続けた半年。長門にとっても変化は続いているようだ。 いつもの無表情も、いつかの『あの』笑顔へと変化するのだろうか?俺は、それほど遠い日の事ではないと思う。 「何を呆けてんのよ!」 モノローグってる俺の尻にハルヒの右足が打ち込まれた。すぱぁんといい音がする。 バラエティ番組でおなじみタイキックという奴だ。米を抱えたまま崩れ落ちそうになり、あわてて台所へ入った俺を、 お玉やフライ返しと並んでフックにかけられた銀色宇宙人が黄色い目で見ていた。 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:52:15.40 ID:PZ6tVy+w0 俺がこの家においてもっとも長い時間を過ごした場所である和室には、長門が知人から借り受けたと称するドラムセットが鎮座しており、 畳に跡が付かないようにラバーのマットまで敷いてあった。持ってきた機材をセットして準備完了だ。 さて交代で練習という事になるわけだが、なんかもう絶対ハルヒが「先にやらせろ」と言ってくるのが目に見えていたので、 男子チームは無言で部屋を出る。閉じた襖がすぐ開いて、 出てきた長門が盆の上にペットボトルを乗せて改めて和室に入って数分。 「あれ、まだ始めてないのかな?」 なんの音も聞こえてこないことに国木田が首をかしげ、 「高いマンションだから、防音性もいいんだろ」 チューナーのLEDランプを見ながら谷口が無茶な事を言う。 そこの襖が何製でどこ産でも百%の遮音性なんかあるわけねえだろ。 が、宇宙人の手がそこに加わっているとなれば話は別で、俺と古泉はそれを重々承知していた。 とりあえず一時間交代で、ということで練習を始めたのだが、 チューニングやって生音で合わせて歌詞の発音をチェックしてもらって適当にダベって……とやっているうちに はや一時間が経過したので、それを伝えに和室の襖を開けた。 とたんにズドドドドドドドドドドというツーバスの音が体に叩きつけられる。 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:54:01.08 ID:PZ6tVy+w0 「ちょっと何覗いてるのよ!」 すぐに演奏が止まって、軽く肩を上下させて額に薄く汗を浮かべているハルヒが振り向きざまにピックを投げた。 それはぺちんと俺の額に貼りつく。長門以外の二人も同じ様に息を乱していて、 まあなんか朝比奈さんだけ特に消耗しているようにも見えるが、とにかく居並ぶ美女の肌が上気しているさまというのは、 正直大変よろしい光景ではある。もうちょい堪能したいところではあるが用件は伝えねばなるまい。 「こんな堂々たる覗きがいるか、交代だ交代。そもそも覗かれて困る事もないだろう」 「楽しみは本番まで取っておくのよ」 そういえば部室で練習してたときも曲合わせだけで歌ってはいなかったな。それほどもったいぶるものでもないだろうに。 額のピックをハルヒに投げ返してやる。 「しっかしちょっと飛ばしすぎだったかしらね、結構疲れたわ」 「そうだね、三時間くらい経った気がするよっ。水も空っぽさっ!」 受け取ったピックをギターの弦に挟むハルヒの言葉に、 額の汗を拭いながら同調した鶴屋さんの言葉どおり五百mlのペットボトルは全て空になっていた。 汗を拭き拭き出ていったレディスと入れ替わりに俺たちメンズチームが和室に座を占める事になった。 谷口、空気の匂いを嗅ぐのはよせ。 長門が新しいボトルを運んできて、代わりに俺たちの携帯を奪い去って行った。このほうが集中して練習できるとの事で、 まあそれはそうだろう。ただこの部屋に時間がわかるものを残しておくと、 面倒がほんの少しだけ増えるってのも理由の一つなんだろうが。 「長門さん、凄い上達してたねぇ」 「こちらも負けないよう、頑張りましょう」 国木田がストラップをかけたのを確認して、古泉が全員を一度見回してからスティックを四度打ち鳴らした。 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 01:57:52.75 ID:PZ6tVy+w0 「いやー、気分いいな!」 一気に三曲通してやったところで谷口の回転計はレッドゾーンに飛び込みっぱなしとなっていた。 これだけ大音量で演奏をしたのは初めてで、俺も確かに気分がいい。 一曲目の出だしでいきなりとちっていたという事実も水を差せやしないくらいだね。 「キョン、いきなりあのミスは酷いよ」 あっさり国木田に水を差されてしまった。歌はミスってないから大目に見てくれ。 「マイクがないから少々わかりづらかったですが、たしかに発音は問題なかったと思いますよ」 ありがとう古泉。お前がそういうのなら俺には何の問題もないはずだ。 「にしても、やっぱり演奏は酷かったけどな」 お前に言われたくねえよ。自分だってコーラスずれてるわ歌詞噛むわ、散々だったろ。 俺はティスプーン一杯分の苦虫を噛み潰したような表情で水を呷りながら、谷口に返す。 その後も練習を続け、一人二本ずつあったペットボトルもだいぶ前に空になっていた。 さてそろそろ交代の時間だろうなと考えていたら襖が音もなく引き開けられ 「交代」 髪を猫耳のように逆立てた長門がそこに立っていた。ハルヒのおもちゃにされたらしい。 「一時間てこんなに長かったかぁ?」 谷口の口調にはやや疲労の色がにじんでいる。そりゃ疲れるだろうな、実際は三時間なんだし。 長門に聞いたわけではないが、多分そういうことだろう。三年間時間を止め続けるよりは、容易い事のはずだ。 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:01:31.98 ID:PZ6tVy+w0 和室を出た俺はカレーの匂いに気がついた。 次に朝比奈さんの髪型が、三つ編みを後頭部で巻き上げた夜会巻きの一種のようなものになっている事を発見し、 さらに鶴屋さんに視線をずらすと、両サイドのお団子から髪の毛が一房たれているというスタイルに変化していた。 見当たらないと思ったら台所から出てきたハルヒはいつもどおりの髪型で、 俺はこいつの自身に対する頓着のなさに否を叩きつけたい、いや、断固として叩きつけなければならないと固く決心した。 お前この流れで来たらお前も髪型変えるだろ。普通。さらにかぶらない髪型といったらポニーテールだろう。なあおい。 「そんなことよりあんたらが練習してる間に夕食作っておいたから、ちゃんと見ておきなさいよ。  あたし達が共同作業で作ったカレーを焦がしたりなんかしたら、厳罰を以って臨まざるを得なくなるんだからね」 それが執行される事はないと断言しておこう。 なぜなら俺だって焦げたカレーなんぞ食いたくはないし、ましてやこの四人で作ったカレーとなれば、 最近和解したどこぞの親子がやれ究極だやれ至高だと心血を注いで作ったそれよりもうまいであろう事は想像に難くない。 身命を賭して守り浮こうではないか。 「それじゃ任せたわよ。それにしてもさすが高級分譲マンションね、襖でもまったく音が漏れてこなかったわ」 あれ、こいつが谷口と同レベルの事言ってると何でこんなに悲しく感じるんだろう。 軽く目頭を押さえながらそんな事を考える俺の横をすり抜けて、ハルヒは『スタジオ』へ入っていった。 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:12:00.71 ID:PZ6tVy+w0 気分転換にパートを交換してみたり、持ち込んでいた課題をじりじりと進めてみたり、 誘引フェロモンを嗅ぎつけた虫のごとく鍋に近寄ってつまみ食いをしようとした谷口の関節を国木田と二人がかりで極めてみたり、 脇で見ていた古泉に腕の当て方とかをアドバイスしてもらったりして、合間合間に火にかけっぱなしの鍋の様子を見ているうちにまた一時間。 さっきの事があるので一応ノックなんかしてみるが、反応はない。仕方なく三センチほど襖を開けると、 またもすぐに気付いたハルヒが襖をすたーんと開ける。 「また覗きん坊!? いい加減にしなさいっ!」 「だから交代だっつーの」 ハルヒの後ろでは朝比奈さんがなんだかやたらと疲れた様子ではーへーはーへーと呼吸を整えていた。 さて俺たちが二度目のスタジオ練習を終えると、 ちょうど民法各局が一斉にニュース番組を流し始めるくらいの時間になっていた。 ここで「バンドとしての一体感を高めるため」とか二秒も考えていないであろう理屈をハルヒが持ち出したため、 練習を中断してゲームに興じようという事になった。長門んちでゲームといえばおなじみ、アレである。 「だああ! てめえ顔が近えんだよ!」 「やかましい、お前が顔を逸らせ!」 俺と谷口がけたたましく何をやっているか解らない奴がいるといけないから説明しておこう。 ツイスターゲームだ。聞いても解らない奴はネットなりなんなりで検索してみて、 野郎二人でこれをやるという事が精神面に与えるであろう影響について熟考してみるがいいさ。 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:14:08.97 ID:PZ6tVy+w0 一体感云々というハルヒのお題目に沿うなら、なるほど同じバンドのメンバー同士でやるのは道理だが、 谷口と顔すりあわせるようなことになればそんなもん狼に吹かれた藁の家と同程度には瓦解してしまうだろうね。 「えぇっと、右手が青です」 腹抱えて笑っているハルヒと鶴屋さんの横で指示盤を回した朝比奈さんの無慈悲な宣告が響く。 仰向けに近い状態の俺に谷口がかぶさるという、 ベタ過ぎるという意味でも生理的な意味でも絶対に避けたかった事態に直面しており、 ここからさらに腕を動かそうなどイーサン・ハントでも不可能な指令と言わざるを得ない。 「いや、俺がこっちの青まで飛べれば体勢を立て直せる」 おお谷口、今このときほどお前が頼もしく見えた事はないぞ。実際は体勢の関係でほとんど視界に入ってないけど。 掛け声とともに動かしたその右腕は俺の脇のあたりに引っかかり、支えきれなくなった谷口が俺の上に落ちてくる。 このアホ、前言撤回だ! 当然俺のほうでもこれ以上体勢を保つのは無理。 腕がちょっと危なそうなのでとっさに体を捻りながら倒れこむ。 すると、丁度俺の腕の上に谷口の頭が乗る格好になった。つまるところ腕枕状態である。 そんな俺たちにハルヒと鶴屋さんがシリウスとカノープスのような笑顔で携帯カメラを向けていた。 って、写真だけは! 写真だけはやめて! 「……汚された」 「……それはこっちの台詞だ」 どちらが俺でどちらが谷口か、言う必要はないだろ? どちらにせよ俺たちの胸を埋めるこの漆黒に光が差すことなどありはしないのだから。 あんな状態になるまでに潔く諦めてしまわなかった十数分前の俺の、折れない心が今はただ恨めしい。 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:15:23.51 ID:PZ6tVy+w0 そんな感じで頭髪が全て真っ白になっても違和感がない程度に打ちひしがれている俺たちの前で 古泉と国木田がさっきの俺たちと非常に近い状況になりつつある。 「左足、緑!」 指示器をぶん回し、嬉々としてハルヒが告げる。 「これは、なかなか……っと」 無理な体勢から足を動かした古泉が、国木田の足を払う。 「うわっ」 払われた国木田は、古泉の胸板に突っ込んだ。 「いや大変申し訳ありません。お怪我は?」 「えっ? あ、うん、大丈夫……」 「それは何よりでした」 などとやり取りしているふたりを、さっきを上回る速度で回りこんだ鶴屋さんがムービーモードで撮っていたり、 ハルヒと朝比奈さんがちょっと顔を赤らめて見ていたり、なんかこう、もやっとしたものが胸をよぎるね。 そういえば古泉はヘテロセクシャルだって言ってたけど、 その胸の中で頬を染めているように見える国木田はさてどうだったかな。 去年の文化祭での鶴屋さんへの食い付きぶりを見れば大丈夫だと思うが、 機会的同性愛と言うものも存在するし……いかん、考えるのはやめよう。 このままだと思考があらぬ方へ向かった挙句、スイングバイで加速しながら明後日へすっ飛んでいってしまいそうだ。 ところで長門、連続でシャッター音を響かせるその一眼レフカメラはいつどこから取り出した? 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:17:38.55 ID:PZ6tVy+w0 その後の長門、朝比奈ペアの試技は、相方が長門であることに緊張しまくりの朝比奈さんが早々に限界を迎え、 見所と言えばご本人そのもの程度と言う結果に終わった。まぁスカート履きだからどの道あまり長くは持ちそうになかったんだが。 トリを飾った涼宮、鶴屋ペアはかたや万能文化デコ娘、かたや人類の進化の可能性という 反則スペックの二人であるゆえかなり長く持ちこたえたものの、 やはり顔がくっつきかねないような体勢に追い込まれたところで、 興奮した谷口が携帯カメラを構えるのをハルヒが発見し 「何勝手に撮ってんのよコラァ!」 とカンガルーキックを炸裂させたためにマットから離れてしまい終了となった。 どうやら団長と顧問の肖像権は、何にもまして保護されるべきものらしい。 国木田が谷口に紛れてこっそり撮影していた事は黙っておいてやろう。さっき考えてた事が杞憂に終わりそうで何よりだ。 これだけ騒いでいれば腹も減る。夏の空はまだだいぶ青さを残しているが、時間的にももう夕食時だ。 再び体力ゲージが真っ赤になった谷口は、さすがに不憫なので手伝いはさせずに壁際に立て掛けておこう。 長門は前と同じようにキャベツを一玉取り出して一気に刻み、 それで終わるかと思ったら小さなフライパンを取り出してしらす干しを炒めて、キャベツへ乗せた。 朝比奈さんはいつの間にやら仕込んでいた水出し緑茶のピッチャーを、人数分のグラスとともに盆に載せてテーブルの脇へ持って行く。 面倒だから鍋と炊飯器も持っていくか。長門、鍋敷きくれ。 鶴屋さんは長門に言われて寝室へ行って 「いやー、寝室も何もないよっ。シンプルライフ極まってるねっ」 とやたら嬉しそうに折り畳みテーブルを持ち出してきた。 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:19:09.83 ID:PZ6tVy+w0 。あとはくっつけたテーブルの上によそったカレーを並べて、真ん中にサラダを置けば支度は終わりだ。 ――カレーライスとキャベツサラダのセット。字面だけは半年前と同じで、その程度の事だけど少し可笑しく思えた。  八人が異口同音に六文字からなる言葉を、合掌という動作を交つつ唱えて食事が始まる。 こういう礼儀って大事だよな。 「これが食えるってだけで参加した甲斐はあったな!」 谷口、飲みこんでから口を開け。礼がなってねえ。しかしその気持ちには理解を示してやろう。 一口ごとに体力ゲージがぐいぐい回復していくのが見えるようだ。むしろ最大値までアップしているかもしれん。 何せ我が校きっての美少女四人の手による合作であり――各人の作業分担割合はまあこの際あまり関係ないだろう――味も良いと来ている。 うちの男子の少なくとも八割は、これが食えるならちょっとした法くらい犯すな。 なにせあのshabbyな焼きそばに水道水なんてメニューですら長蛇の列を作っていたような連中だし。 ま、その長蛇の細胞を構成していた俺が言えた事でもなかろうが。 上っ面だけの世辞を言っているようにしか聞こえないような、いつもどおりの口調で賞賛の言葉を述べている古泉ですら、 スプーンを口へ運ぶその手の動きは「百%本気で言っていますよ」と言外に伝えている。 国木田もさすが男の子と言いたくなるような食いっぷりで、 こんなふうに傍観者気取りの俺だってほら一気に半分食っちまった。 鍋のそばにいる鶴屋さんに向けて空の皿をぐいと突き出している長門を目の端に捉えながら、 俺はサラダに手を伸ばすことにした。 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:21:12.58 ID:PZ6tVy+w0 さて食事が終われば当然後片付けとなるのだが、ここでまたハルヒから提案があり、 じゃんけんで負けた者が一人で皿を洗うという事になった。そして俺は今、シンクに張った水の中に手を突っ込んでいる。 そう、俺は負けたのだ。負け犬、ルーザー、アンダードッグ。どれでも好きな称号で呼んでくれ。 まさか一回でけりが付くとは思わなかった。俺が知らぬ間に何かしらの共謀があったのではないかと疑いたくなるね。 空になっていた鍋と炊飯器の釜まで洗って手を拭きつつ居間に戻ると、 ハルヒと鶴屋さんがおらず、どうやら入浴中のようだ。そういえばここで風呂に入った事ってなかったな。 しかし朝比奈さんは長門と入るのか。落ちつかんだろうな。 俺と谷口が風呂から上がると、みんなで菓子をつまみながらゲーム大会二回戦の準備中のようだ。 今度の種目はモノポリーらしい。しかし食ったばっかだってのによく入るな。 「甘いものは別腹、これすなわち普遍の真理よ」 普通を何より嫌うお前らしからぬ発言だな。ま、いいや。一個くれ。 「……ってたけのこの里かよ。ここでチョイスするならきのこの山だろ」 「たけのこの方がビスケットの味が濃くておいしいじゃない」 いやいや、きのこの歯ざわりの軽さとチョコの味わいのマッチングこそがだな、などと 議論が始まってしまったのだが、なにせ向こうにはイエスマン古泉がいるので数の暴力で俺の意見は封殺されてしまった。 なあ古泉、お前の意見はあくまでもハルヒの機嫌を取るためだけのものだよな? そうだろ? なお鶴屋さんは第三勢力『きこりの切り株の会』略してKKKの一員であり、 長門は我関せずとその横でカリカリカリカリとトッポを齧っている。 朝比奈さんと国木田は真剣に眉毛コアラを探していた。 谷口は小枝をつまみながら「どれもうまいからいーじゃねーか」だとさ。 しかし何でチョコ菓子ばっかりあるんだろう。 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:22:45.26 ID:PZ6tVy+w0 ところでモノポリーといえば戦略性が重要なゲームの代表といっても差支えがないと思うが、 これだけ大人数でやると運の入り込む余地もだいぶ大きくなり、 それはすなわち古泉がトップをとると言う事態が起き得ることをも意味している。 小さくガッツポーズする古泉なんて初めて見た気がするな。まあ『小さく』ってのがあいつらしいか。 万能人類×2と万能宇宙人向こうに回してこの結果なら、俺だったら拳を天に突き上げるくらいするかもしれん。 ちなみにその俺はこの度もめでたく最下位。決着が付くまで冷やかしてるだけってのはなかなかつらいぜ。 ま、罰ゲームがあるわけじゃないから気楽なも 「じゃあ罰ゲーム何にしましょうか」 おい聞いてねえぞ! そんな泥棒を見て縄をなうような――いやこの諺だとおかしいか、とにかくそんな後出し俺は認めんからな! せめて「古泉が一位なんだから古泉に決めさせよう」という流れに持っていこうとするも 「いきなり言われても思いつかないので」などという理由で結局決定権はハルヒに戻っていった。これだから主体性のない最近の若者は! 「ま、ベタなのでいいわね。キョン、ちょっとこっち来なさい」 人差し指をくいと曲げてハルヒが呼んでいる。行きたくないが行かなきゃ状況が悪くなるだけだ。俺はハルヒの脇にしゃがむ。 ハルヒは俺の額にそっと左手を当てて、そのまま上に動かして前髪を持ち上げた。 右手が額に近づく。ああ、あれですか。あれですな。 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:24:08.60 ID:PZ6tVy+w0 「てぇいっ」 楽しげな掛け声とともに、俺のデコにハルヒの中指が打ち込まれる。どのくらい楽しげかというと語尾に星とか音符がつきそうなくらいで、 ついでに俺の目からも星が出る始末だ。こいつは指先にセラミックでも仕込んでるのか。 「次みくるちゃんね」 予想はしてたが全員か……。まあ相手が朝比奈さんなら惨事にはなるまい。この後はハイスペックな連中ばかりだが。 「え? えぇ? ……それじゃあキョンくん、ごめんなさい」 ぺち。 まるで見上げた空から一滴の雨粒が落ちてきたような、実に微かな衝撃が俺の額を走りぬける。 「ああもうそんなんじゃ駄目よ! もっとこう抉りこむように……」 「ええい、一回は一回だ。次行くぞ、谷口」 「あ、俺デコピン苦手だからしっぺでいいか?」 「いいわよ、好きにやっちゃいなさい!」 やられるほうの意見も尊重しろよ。俺は嘆息しながら腕を突き出す。谷口が振りかぶった次の瞬間、 ばちっ! ととにかくいい音がして俺の手首を重さが走り抜けた。 「あー痛って痛って」 谷口の野郎はにへらにへらしながら手を振っている。自らの手が痛むほどの力を込めて見舞ってくれたしっぺは、 一撃で俺の手首を真っ赤に腫れ上がらせた。これなら中学の授業で剣道をやったにとき食らった小手の方がいくらかマシだ! 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:26:25.78 ID:PZ6tVy+w0 その後、国木田、長門にしっぺをくらい、鶴屋さん、古泉にはデコピンを貰って、合宿の一日目が終了となる。 野郎はドラムのある和室に押し込まれ、女子は開いてる部屋だ。 しかし一日の最後がこれほど苦痛に満ちたものだったことは、かつてない経験である。覚えてろ、特に谷口。 翌日。学校がある日なら妹のサンセットフリップ――妙なところばかり成長して兄としては心中複雑な限りだ――で 叩き起こされる程度の時刻に、自発的に目覚めるという快挙を成し遂げた俺は、 とりあえずまだ寝ている谷口の顔にペンを走らせた。これは級友に対する一つの礼儀である。 古泉はすでにおらず、国木田は端っこで丸くなってタオルケットを抱え込んでいた。小動物かこいつは。 用を足して顔を洗い、若干寝癖がかっていた髪を水で撫でつけてから居間へ行くと、 「おはようございます」 「おはよう」 古泉と長門が台所に立っていた。朝飯の支度か。何かやる事はあるかな? 「いえ、もう終わりますので。それより和室のお二人を起こしてあげてください」 「……長門、先に女性陣を起こして来てくれるか」 言われた長門はナノ単位で首をかしげてから寝室へ。俺は和室に戻って国木田だけを静かに起こし、 少し待って顔を洗い終えた皆が洗面所を出てから谷口へ声をかけた。 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:28:49.35 ID:PZ6tVy+w0 「起きろー谷口ー。もう飯の支度も済んでるってのに起きてこないもんだから、ハルヒがかんかんだぞー」 「んあー……? っと、そりゃ面倒そうだな」 意外とすんなり起きてくれた谷口をせかし、居間へ向かわせる。 「ああ、おは――っ!?」 古泉が味噌汁を盆に乗せて運んでいたが、谷口を見ると顔を伏せて片膝立ちの姿勢になった。 自分の左肩に顔を押し付けてプルプル震えている。 それを見たほかの一同も谷口に顔を向け、それから思い思いのリアクションを取ってくれた。 ハルヒと鶴屋さんは言わずもがなの大笑い、朝比奈さんは真っ赤になった顔を伏せて下唇を噛んでいる。 国木田は倒れこんで痙攣してるし、長門ですら顔をそむけて谷口を見ようとしない。 リアクションを取られた当の本人はというと数秒ほど瞳の中に疑問符を浮かべていたが、さっと振り向いて洗面所に駆け込み 「キョン、てめぇ!」 いや朝から気分がいい。ちなみに水性のペンだったから洗えば跡も残らないって事は伝えておこうか。 「意外、と言っては失礼ですが、芸術の才がおありですね。ぜひ別の形で見せて欲しいものです」 立ち直った古泉が、それでもまだ笑いをこらえるような様子でテーブルに味噌汁を並べていく。 いやいや、今のはキャンバスが優秀なのさ。それよりめったな事を言わないでくれよ。 「そうねぇ、今度の文芸部の会誌は全員が自分で挿絵も描くってのはどうかしら」 ほーら余計なこと言うからまたいらないところに飛び火したぞ。 俺は谷口の抗議とハルヒの発言を聞き流しながら味噌汁をすすった。 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:30:40.61 ID:PZ6tVy+w0 朝食後はまたじゃんけんで、今回はかなりもつれた末に古泉が最下位となった。順当だ。 洗い物をやっている間に和室の布団を上げ、それが終わったところで課題に取り掛かる。 よく午前中の涼しいうちにやっておけなどと言われたものだが、それを実践したのは初めてだな。 昨日この部屋へ来たのと同じくらいの時間になったところで昼食をとり、それからは練習だ。 昨日同様ハルヒたちから先に練習を始めた。 今日の夕食は男子チームで作る事になり、練習の合間に買出し、調理と昨日より少し慌ただしい感じで時間が過ぎて行った。 実質九時間のハードな練習で疲労が高まっていたのも手伝ってはいるだろうが、 タバスコとレモンで辛酸っぱく味付けしたチキンソテーはとても評判が良かった事を記しておこう。 その後入浴、ゲーム、就寝とこれも昨日をなぞり、特に何かがあった訳でもない合宿二日目が終わる。 いや、あるにはあったのだが、谷口が罰ゲームで関節極められたなんて別に面白くもない話だろうしな。 女性陣から技をかけられたときは鼻の下が伸びていたし、あいつにとって果たして罰だったかどうかもちょっと疑わしいのだが 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:41:48.70 ID:PZ6tVy+w0 合宿最終日、三日目である。どうやら今日は俺が最後らしく、部屋には誰もいない。 さしあたり携帯のカメラを起動して自分の顔をチェックする。アステカの壁画のような様相になっていた。 指で擦ると消えるということは、昨夜枕元にこれ見よがしにおいておいた水性マジックを使ったのだろう。 油性を使われていたら大惨事であった。実にわかりやすい、愛すべき男だ、谷口という奴は。 着ていた黒いTシャツで顔を強く拭い、谷口の大作をこの世から消し去った丁度その時 「おーいキョン、いつまで寝てんだよ!」 部屋の外から谷口の声がする。俺はそのまま居間に出て、皆に朝の挨拶をした。 今日の朝食は洋風メニューだ。苦々しげにパンを齧る谷口の顔を眺めながらの食事と言うのも、 たまには悪くないもんだね。食べ終わったら改めて顔を洗っておかないとな。 さて昨日同様に片付け、課題と済ませていって昼食をとり、午後から練習。 ちょっと練習に熱が入りすぎて夕食の支度を失念していたので、面倒だから炭火でバーベキューって事になった。 室内でやって大丈夫なものなのか? 「大丈夫」と力強く呟いた長門を部屋に残し買出しへ。ハルヒは鶴屋さんに耳打ちすると、 きししと笑いながら二人で離脱していった。なんかアメリカのアニメで見たような気がする笑い方だな。 さくっと肉野菜その他を買い込んで部屋へ戻り、いつの間にやらテーブル上に出現していたグリルの中に ガスコンロで熾した炭をぶち込んで、その上からさらに炭を足す。 素人のバーベキューでは火力が安定したのは食べ終わった後なんてのはよくある話なので、火熾しは最優先だ。 十五分ほど遅れて離脱した二人が荷物を抱えて帰って来た。 なんかビンの触れ合う音がするが、飲み物ならまだあったはずだが。 怪訝な視線を注ぎつつ、あるいは切り、あるいは串に刺し、場合によっては軽く塩胡椒を振った食材を食卓へ運んで、 合宿最後の食事、いわば打ち上げの始まりだ。 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:45:34.91 ID:PZ6tVy+w0 ところでハルヒ、鶴屋さん。お二方が喉に流し込んでいるその琥珀色の液体に関して二、三問いただしたく存ずるが。 まずそりゃなんだ。 「見ての通りのウヰスキーよ」 なんかえらいレトロな言い方しやがったな。で、それはどこから湧いた? 「うっとこの棚から掠めてきたのさっ! 若いうちからこんないい酒飲んじまったら後が大変にょろよ!」 大変だって言うなら持って来んでください。 さてハルヒよ、お前禁酒してたんじゃなかったか? いや未成年が『禁酒』って時点でもうおかしいんだけどさ、本来。 「時とともに変わっていくことを、あたしは罪だと思わないわ。  そもそもあの時言ったのは『二度と酔わない』だったはずよ。要は飲んでも酔わない程度で止めときゃいいのよ」 ハルヒは依存症一歩手前のような言を吐きながら樽の香りがする液体を一気に空ける。 ――二時間後。 完膚なきまでに酔っ払ったハルヒが真っ赤な顔でぐにゃぐにゃになっている朝比奈さんの耳を肴に、なおも杯を重ねていた。 すぐ脇では鶴屋さんが真っ赤な顔でがちがちになっている国木田を、がっちり抱え込んで杯を重ねている。 国木田もだいぶ飲まされてたが、あの顔色は酒のせいばかりじゃないよな。 谷口と古泉は割と早い段階で涼宮、鶴屋両艦からの十字砲火を受け轟沈。仕方なく俺が和室に引っ張っていった。 それでも谷口はだいぶ頑張っていた方だが、古泉の奴は孤島で見せた余裕はどこへやら。どうもあれは飲んだ振りだったらしい。 長門は一人平気な顔で、なんたら山だのなんたら海だのとラベルの貼られた一升瓶を脇に並べてグリルに向かっている。 日本酒が好みだったんだな。 俺はというと極々薄い水割りで何とかごまかしていたが、それもそろそろ、限界に、近い……。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 02:58:21.17 ID:PZ6tVy+w0 ――――ちりり ……風鈴の音がする。あのまま居間で寝ちまったらしいな。顔をこすりながら体を起こして、まず左へ顔を向けた。 鶴屋さんが国木田を抱き枕にして寝ていた。うらやましくはないぞ。 なんせ国木田の方は耳を齧られているせいかだいぶうなされているからな。 起きたら体色が真っ青になっているかもしれん。ハルヒは……。 「涼宮ハルヒは朝比奈みくるとに寝室にいる」 ああ、いたのか長門。お前は寝なくていいのか。 「わたしは本来睡眠を必要としないように作られている」 便利なもんだ。で、寝る間を惜しむこともなく読書ができると。 「そう」 長門はページをめくりながら首肯した。 「ドラムの練習も。か? ……よっ」 テーブルの上の水に手を伸ばしながら、俺は続けた。 「……そう」 再び頷く長門を見ながら、コップの水を一気に煽る。んあ!? これ水じゃねぇ! 「泡盛。沖縄地方特有の蒸留酒」 自分自身が酒臭かったせいかまったく気付かなかった。予想外の事態にあわてた俺は、 吹き出しそうになったのを何とかこらえてどうにか局面を打開できないかと首と思考をめぐらせたが、 口の中に溜め続けているのも辛くなってきて結局そのまま飲み込んでしまう。 が、考えてみればこのコップの中に吐き出せば済む話だった。 「――かぁっ、わかってたんなら教えてくれよ」 二十度だか三十度だかの酒をストレートってのはやっぱりきつい。 喉に生まれた熱を押し出すように息を吐いた俺を、長門が無表情フェイスで見ていた。 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:00:31.30 ID:PZ6tVy+w0 「……楽しかったか?」 その顔が笑っているように見えた俺は、視線を合わせて長門へ聞いた。 あくまで「そう見えた」だけで実際には表情筋に動きはなかったが、 俺にそう見えたって事はこいつは内心笑っているわけだ。 自惚れが過ぎるって事は、ないと思う。 「……謝罪する」 「怒ってるんじゃねえよ」 再びアルコールを摂取した事で若干ぐんにゃりとしてきた体をよっこいせと引きずって、 罰の悪そうな長門のすぐ脇に移動した。 実際にこんないたずらをされて、それで長門が喜んでるっていうならむしろこっちが笑うね。 「なあ、この三日、楽しかったか?」 俺は長門の頭にぽす、と手を乗せた。 情報操作をしなかった理由。何の事はない、その方が楽しいんじゃないかと、そう思っただけの話だ。 練習をしに来いって言ったのもそうだ。俺に対する謝罪じゃなく、自分が楽しいから、誰かを家に呼びたいと考えただけ。 半年前ここに一夜の宿を借りた『八日後』の朝比奈さんは言った。長門は「みんなであたふたしてみたい」のだと。 SOS団全員でバンドをやるなんてあたふたするには持ってこいのイベントじゃないか。 長門本人はそれを否定した。「私は彼女のようになりたいとは思わない」と。 だが、朝比奈さんがそう思ったのは理解できるとも言った。 『自分の中に全く存在しない感情』を、知識だけで理解できるほどに長門は万能だろうか? まあ、以上は全て古泉ばりの憶測でしかないわけだが、だけど確実なこともある。 こいつにも感情はあるんだ。他人には分かりづらいだけで。そして、その中には当然マイナスのものも含まれている。 怒り、悲しみ、――寂しさ。 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:02:33.46 ID:PZ6tVy+w0 「次からはさ」 乗せていた手が床に落ちた。結構いい音がしたけどあんまり痛くないのは酔ってるせいなのかね。 「普通にうちに遊びに来いって言やいいのさ」 口実なんかなんだっていい。栞で呼び出すなんて回りくどいことをする必要もない。 「俺たちはSOS団なんだぜ」 長門は三度瞬きしてからふいと視線を逸らして 「……次からは、そうする」 その言葉を聞いて俺は目を細めた。数秒で完全にそれが閉じて、この夜の記憶はここで途切れる。 目の前になんだか白いものが見える。本当に眼前といえる距離で、ちょっと顔を動かせば鼻先が触れそうだ。 たしか長門が着てた服がこんな色だったような…… 「おはよう」 右耳にその長門の声が届いた。左耳はなんだか柔らかいもので塞がれている。この感触は覚えがある。 いや厳密には少し、本当に少しだけ違うが……。 視線を引力とは逆へ向ける。長門の顎の辺りがかろうじて視界に入った。やはり膝枕をされているわけである。 慌てて体を起こすと、大の字になっている鶴屋さんと、やっぱり隅で丸くなってる国木田が見えた。 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:08:07.69 ID:PZ6tVy+w0 「っと、すまん。……何時だ?」 「いい。午後二時八分三十三秒」 というごく短いやり取りを経て洗面所へ向かう。強めに擦って念入りに顔を洗って、少しでも酔いを醒ます。 倦怠感は酷いが頭痛がほとんどないのがありがたい。 居間へ戻ると国木田が起きていて、やや青ざめた顔で話しかけてきた。 「なんだか耳に傷があって血がついてるんだけど、夕べ何があったの?」 あの八重歯で噛まれたんだもんな。加減によっちゃ血くらい出るか。 まあ一部の人間にとってはうらやましいと取れなくもない出来事だし、そんなに気にしなくていいんじゃないか? そんな感じで言葉を濁しつつ、まず鶴屋さんを起こしてから、他の連中も起こしていく。 一番ダメージがでかいのは古泉らしく、はっきりと青ざめた顔をしている。 これだけきつそうな様子も初めて見るな。この合宿は実に貴重な経験をもたらしてくれる。 「僕の方も得がたい経験をしましたよ、ブラックボウモアをラッパ飲みなんてね。二度とやりたくはないですが」 スマイルにもいつものキレがない。酒には詳しくないがお前がそういうならよほどの暴挙なんだろうね、それは。 長門がいつの間にやら作っていたお粥は、バーベキューの余りの肉や野菜が細かく切られて入っていた。 そいつをすすり終わって、片付けはまるっきりノーダメージなハルヒと鶴屋さんに任せる。 どんな内臓してるんだろうこの二人。 特にハルヒは島のときより酒に強くなっているんじゃなかろうか。 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:21:31.16 ID:PZ6tVy+w0 みんなを足して人数で割ればちょうど全員が半死半生といった体(てい)なので、練習はさすがにできなかった。 知ってる曲を適当に弾いて、まあちょっとしたレクリエーション的なことをしているうちに夕方になる。 そろそろ帰り支度か。アンプやエフェクターの類は置いていく方がいいだろう。 その他の荷物と楽器を取りまとめて、玄関を出たところで 「じゃあね、有希!」 ハルヒは長門にそう告げてから踵を返した。ハルヒ以外もそれに倣って一言かけてからエレベーターへ向かう。 「またな」 俺も軽く手を上げて挨拶をしてから最後についた。背後でドアが閉まる音がする。 エレベーターの前に来たところで朝比奈さんが首をかしげた。 「あれ、長門さん?」 振り向いた俺の前、つまり振り向く以前の俺の背後に長門がいた。頼むから足音くらい立ててくれ。どうかしたのか? 「見送り」 そう呟くとすーっとカーゴ内へ入っていった。一階まで下りて、来たときよりは多少広く感じられたエレベーターを出る。 エントランスの自動ドアの前で長門は足を止めて、手を小さく振っていた。 「じゃあ、またね!」 ハルヒは指先が音の壁を越えるのではないかというような速度で手を振り返す。 「待ってる」 自動ドアが閉まる直前、長門の口がそう動いたように俺には見えた。 マンションの前はすぐ曲がり角なので、その長門の姿は数歩で俺たちの視界から消えた。 その後、「また」の言葉どおり何回か長門の家で練習を重ね――さすがにあんなどんちゃん騒ぎはしなかったが―― 何とか課題も終わらせて夏休みを終えた。 休み明け一発目のイベントはオーディションである。これを経ずして文化祭のステージに立てるのは 北高の音楽系の部活に所属している場合のみであり、我々SOS団としては避けて通れぬ道なのだ。 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:25:14.35 ID:PZ6tVy+w0 そんなオーディションを俺たちはあっさりと通過する。少なくともハルヒたちは他のどの一般生徒のバンドよりもうまかったし、 しかも審査員が生徒会役員の時点で100%決定済みと言ってもいい。 生徒会長としてもここでわざわざハルヒの邪魔をするメリットがない。ここは普通にバンドに打ち込んでもらって、 終わったあとに別のイベントを用意する方が手札を減らさずに済むはずだ。 数日後、出演順の決定も行われ、ハルヒたちがハナ、俺たちがトリと、注目されるポジション二つをSOS団が独占する形となった。 これもあいつが望んだゆえのことなのか、それとも古泉―生徒会長ラインの仕込みなのか。 クラスの方の出し物は、今回は軽食喫茶ということになっている。阪中の母親直伝シュークリームが主力になる予定だ。 古泉のところも飲食店で、あいつを筆頭に眉目秀麗な男子が給仕をするとのこと。 朝比奈さん、鶴屋さんのクラスも昨年同様に女子生徒をを前面に押し出していくらしく、 おそらくこの二クラスが最大のライバルになるだろう。張り合える気があまりしないし、張り合うつもりも同じくらいないけど。 長門は昨年の好評を引き継いで占いという名の未来予知 ――未来の自分と同期できなくても観察や統計で普通の人間の行動なら結構当てられるものらしい――を、 やるんだかやらされるんだか知らんが、とにかくまたあのマントと帽子で時折校内をうろついていた。 どれも事前の準備はそこまで必要になるものでもないし、周囲が気を遣ってくれるので時間はかなり取れた (なんだか過剰に期待されているような気もして、それがいささか重たくも感じるのだが)。 部室で練習、暇があれば都合が合う面子だけでも長門の家へ行ってさらに練習、 そんな日々を過ごして指先に小さなマメを幾つか作り、それが癒える頃、ようやく本番を迎える事となった。 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:38:34.01 ID:PZ6tVy+w0 「リハーサルを行いたいバンドは講堂に集合してください」 放送部員の女子の声が校内に響く。教室で仕込みを手伝っていたハルヒはそれを聞きつけるや、 目の前で缶をぱかりと開けられたキャットフードのCMの猫のごとくまっしぐらに駆け出していった。 もちろん俺の首根っこをくわえるのも忘れずに。 数十秒遅れて講堂にやってきた谷口、国木田が目を見張る。数十秒前の俺もおそらくあんな様子だっただろう。 まず入ってすぐ目に付いたのはフロア中央やや後方寄りのPAブース。前回は放送部員が放送室でミキシングをやっていたのだが、 えらく本格的になっている。ステージ上にもアンプや大型のスピーカーやモニター、基数は少ないものの照明まで設置されていた。 この学校にこんな大層な機材類があったとは考えづらい。 そうだなあ、さしずめ「知人が通っている音楽系専門学校の皆さん方が、実務経験を積みたいと仰るので」とか、 そんな感じじゃないか、古泉よ? 「おおむねその通りです。いや、渡りに船とはこのことですね」 白々しいスマイルでいつの間にか横に立っていた古泉に、投げかけた問いが肯定される。 つまりあそこにいる新川さんは講師ってことかな。森さんや多丸さんらもいるのか? 「今回は新川さんだけです。ちなみに、実際に音響関連の資格を持っているそうですよ」 などと世間話に興じている暇はないらしい。こういうのは通常、出番が最後のバンドから先に済ませていくものなのだそうだ。 珍しく機関員の素性が話題に上ったところで惜しい気はするが、楽器を抱えていそいそとステージへ上がった。 およそ十五分後。 『ありがとうございましたー』 勝手がわからないながら何とかリハーサルを終えた俺たちは、マイク越しに礼を言ってステージを下りた。 さすがに練習で使ってたアンプと違って迫力ある音が出るものだ。 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 03:50:21.16 ID:PZ6tVy+w0 その後は他のバンドのリハーサルを見たり(昨年の軽音部五人組は今年も出るようだ)、 他のクラスを見て回って時間を潰していると、すぐに開演の時間となった。 壁の時計でそれに気付いた俺は、ポケットに手を突っ込んだまま小走りに講堂へ向かう。 ハルヒたちの歌には当然興味があったし、よしんばその様な感情を抱いておらずとも、 見ていなかったら後で音高く頬を殴られるくらいのことはありえるので、メロスほどではないにせよ急がねばならないのだ。 山の上にある我が校だが、だからといって山賊が出てくるということもないので、 セリヌンティウスのもとへは遅れることなく無事にたどり着く。 「うお」 講堂は明らかに昨年より多くの人で埋まっていた。 あの時は雨が降ってきて外にいられなくなった奴らが流れ込んだのだが、今日は快晴。 ハルヒたちの知名度も高まったものであることよ。 どうせ俺らの時にはかなり減っているだろう。 そう考えれば多少はリラックスしていられるね。 さて出番前の様子でも見てみようか。俺は舞台袖に足を向ける。 思い思いの衣装を纏うハルヒたちのほかに数人『予備校生』らしきスタッフがいた。 長門は去年と同じ魔法使いルック。鶴屋さんも去年と同じウェイトレスの衣装を少し改造してあるようだ。 で、朝比奈さんも去年と同じウェイトレス姿。ただしこちらは映画バージョンのウェイトレスだ。 えーと、そのー、その短さですとステージに立つのは危険極まりないと予想されますが? 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 04:03:51.84 ID:PZ6tVy+w0 「大丈夫よ、スパッツはいてるから」  と口を挟んできたハルヒは一人だけビスチェとミニスカというニューコスチュームで、 なんたら明王とかなんたら観音のごとく気炎を背負っていた。天井が焦げるぞ。 「それくらいのほうが派手でいいわ!  本当は花火とか放水ホースも用意してもらいたかったんだけど、さすがに古泉君のツテでも難しかったみたいね」 どこの夏フェスのステージに立つつもりだったんだろう。 まあ用意すること自体は確実に可能だっただろうけど、さすがに音響機材だけで十分と判断してくれたか。 紙吹雪くらいはつけてやってもよかったんじゃないかな。 「んじゃ、行っくわよ!!」 ハルヒの激と同時にスタッフが無線に何事か呟く。講堂の照明が落ち、 スピーカーから流れだすは朝比奈さんのキラーチューン、『恋のミクル伝説』。 この場合朝比奈さんがキルされるチューンという意味であるのは言うまでもない。 コスプレ女子四人組が若干外れた歌に乗って講堂のステージに登場というシーンは比較的シュールな情景だと思われるが、 観衆は拍手と歓声でしっかり迎えている。 一部戸惑っているのはいまだ不慣れな一年生と父兄かな。 今年度はここまで割りとおとなしく来たからなあ。 一般生徒の印象に残るイベントなんか春先の団員勧誘くらいだろう。 楽器の接続を終えたハルヒは左右を見て頷き、それから背後を見て頷いた。 カンカンとスティックの触れ合う音が天井に響いて、それからクラッシュシンバルが打ち鳴らされた。 同時にギターとベースも雄叫びを上げる。 そして朝比奈さんのデス声が講堂を揺らした。 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 04:14:29.46 ID:PZ6tVy+w0 後にハルヒは語った、「あれはギャップ萌えだ」と。 たしかに朝比奈さんがあれを歌うのはギャップがあるだろう。しかし何層狙いだこれは。 「SOS-Band、ただいま参上!!」 三分ほどの曲が終わって、ハルヒがギターを鳴らしつつ叫ぶ。歌い終えた朝比奈さんは半ば以上黄泉の国へ踏み込んでいる。 あの身体でよくもあんなヘヴィかつラウドなスクリームを轟かせられたものだ。 「たしかに、彼女にこのような能力があるのは意外でした」 いつのまにか黒のベストとスラックス姿の古泉が隣に立っていた。またクラスの出し物の格好でうろついているらしい。 「一曲目が始まってすぐにはいましたよ。演奏のときは着替えますのでご容赦を」 まぁ別にそのままでもかまわんが。客受けはいいだろうしさ。 二曲目はハルヒ自身が歌うアップテンポなロックナンバー。相変わらず伸びやかで透明感のある声を、 譜面を見ながらだった去年とは違いステージングを交えつつ響かせているが、お前せめてその曲を朝比奈さんに充てろよ。 盛り上がりがさらに増す中、三曲目は鶴屋さんがボーカルを執るスカパンク調の曲。 ステージ上をステップを踏みながら飛び跳ねて回り、しまいには長門のところのマイクで歌っている。 毎度のことながらこの人が何かをうまくやっている姿には全く驚きがないな。 それからもう一度MCが入ってメンバー紹介。そこでようやく、ステージ直下にいるカメラを持った数人の生徒に気がついた。 お前らそのやたら下ナメのアングルはどういうわけだ、事と次第によってはあまり使っちゃいけない類の言語で詰問させてもらうぞ。 「写真部の方です。あちらに映研の方もいます。どちらも涼宮さんの要望だそうですよ」 俺をなだめながら言う古泉の指す先には、確かにビデオを構えた生徒がいた。またサイトに載せるとか言い出すんじゃあるまいな。 いつぞやのメイド写真に比べれば、ちゃんとした活動報告という体裁にはなるだろうからずいぶんと穏当ではあるが。 ステージ上ではメンバー紹介が続いていて、鶴屋さんがコールに合わせてギターを鳴らしているところだった。 「最後に! メインボーカルはあたし、涼宮ハルヒ!」 今度はハルヒがギターを鳴らす。その後、親指で後ろを指差して 「でも次の曲は有希が歌います」 それから長門がぼそりと曲名を呟いて、四曲目が始まった。 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 04:27:34.87 ID:PZ6tVy+w0 続くバラード、マシンガンフレーズ満載のファストチューンをハルヒが歌い、もう一度MC。 ここでCDとライブDVDの販売計画をぶち上げ(そのための撮影だったようだ)、 それからアイリッシュ調のシンガロングナンバーを全員で歌い上げた。 「次でラスト! カバーだけど本物以上に盛り上げていくわよ!」 曲名のコールにかぶるようにギターが唸りを上げ、鶴屋さんの見事な英語のラップを経てハルヒが歌う。 完全にやりたい放題やってるな。そもそも演奏時間が予定をはるかに超えている。 「I don't...I don't mind,wasting time with you」 そのフレーズを歌っていたとき、一度だけハルヒが俺と目を合わせた。 間奏が入って、その次のコーラスで曲が終わる。オーディエンスはスタンディングオベーションだ。 まあもともと立ってるしか居なかったけど。 「お疲れ」 戻ってきたハルヒに声をかける。 「ホントに疲れたわ! でも楽しかった!」 袖に戻ってきたメンバーは、長門に至るまで全員どこかしら満足げな顔だった。 朝比奈さんは若干声がかすれていたが。 「次はあんたの番だからね!」 汗を拭いて水を一口飲み息を整えたハルヒは、俺に指を突きつけそう言った。 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 04:42:32.75 ID:PZ6tVy+w0 そのあとに出た軽音部のガールズバンドが大変やりにくそうに演奏しているのを途中まで見て、 それから大阪冬の陣の真田丸よろしく女子に包囲されている二年九組を冷やかし、 建安十三年の長江のごとく男子で埋まった朝比奈さんのクラスへの突入を断念。 長門のところへ顔を出してみるとこちらも大盛況で、 パンフレットを見ても他に興味を引かれるものはなく、つまるところ俺は暇を潰す手段がない。 仕方なく自分のクラスの手伝いに戻ると、ハルヒと阪中他数名の女子が談笑していた。 阪中はハルヒに対してしきり見に来てねと繰り返していて、そういえば明日はコーラス部の発表もあるんだったっけなと思い出す。 それを横目で見ながら、こちらも割りと客入りがいい我がクラスのため、茶を注ぐのに精を出す俺であった。 クラスメイトの気遣いで作業はライブが終わるまでは免除であるはずなのだが、なにせやることがないので仕方ない。 何杯目になるかわからん茶を注ぎ終え、ウェイトレス役の女子の持つ盆へ並べているところへ谷口と国木田が連れ立って戻ってきた。 「お、ここにいたか。そろそろ移動した方がいいんじゃねえ?」 「もうそんな時間か」 ……… …… … 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 04:58:56.39 ID:PZ6tVy+w0 とまぁ長い回想を経てようやく今この瞬間へと時が移るわけである。 軽音部バンドは次の曲が最後のようだ。 俺はブレザーを脱ぎ、ついでにネクタイも外して、畳んで並べられたパイプ椅子の上にそれを置いた。 手を身体の前で組んで、それを上へ持って行き、一伸び。その手を横にいる谷口の背にバーン! 「痛ってえ!! 何しやがる!」 いやあさっき肩叩かれたから。一発は一発だろ? 「小学生かてめえは!」 ま、落ち着けよ。緊張はほぐれたろ。 「代わりに心が折れるわ!」 馬鹿なやり取りをしている俺たちを国木田と古泉が笑って見ている。 俺よりはハルヒがやりそうなことだが、柄じゃないこともたまにはやってみるもんだ。 演奏を終えた軽音部員が、タオルを頭でがしがし拭きながら戻ってきた。モヒカンって立てないとこんな感じになるんだな。 などと考えている俺の横を通り過ぎて袖を出て行く。 入れ替わりにハルヒが入ってきた。 「きっちり宣伝しといたから、みっともないところ見せたら承知しないわよ!」 何でこの団長はむやみに人に重圧をかけるのを好むのか。 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 05:12:09.53 ID:PZ6tVy+w0 俺たちはSEなど用意してないので、転換が終わってスタッフの合図があってから普通に出て行く。 楽器を繋いで軽くチューニング。逆光のおかげで客席が暗く見えるため、 もともとそれほどではなかった緊張感がさらに小さいものになる。谷口、国木田もあまり気負っていないようだ。 古泉? 確認するだけ無駄だ、あいつがこんなことで緊張するわけがない。 ぷぁー、べーんとストリングの音が講堂の天井に響く。俺は一つ息を吐いてから、古泉の方を見て頷いた。 フロアタムとバスドラムが鳴って、一曲目が始まる。 短い間とはいえきっちり練習してきた曲だし、派手に動き回りながら弾いてるわけじゃないのでミスと言えるほどのミスはない。 そのまま演奏を終えると、想定していたより大きい歓声と拍手が俺たちを包み込んだ。 観客が結構残っているのはわかっていたが、暖かい反応に素直に安心する。 俺はまた一つ息を吐いて、谷口を見た。谷口も俺を見て、それからギターの弦をはじく。 一曲無事に終わって余裕が出たのか、前に出てフロアモニターに足をかけて弾いたりしていて、 おかげで何箇所かとちっていたようだが、勢いで乗り切ることができた。 とりあえずここでメンバー紹介を差し挟む。つっても学年とクラスと名前を言うだけだ。 「……で、ドラムが二年九組、古泉」 古泉がドラムを打ち鳴らす。曲が終わった後の歓声よりも今上がった黄色い声のほうが大きく聞こえるのは気のせいじゃなさそうだ。 「最後にボ「ボーカル、二年五組、キョン!」 ……谷口に被られた。俺には本名を言う機会は与えられないらしい。もういい、 全校生徒及び保護者の方に至るまで俺をキョンと呼べばいいさ。教師まで俺をそう呼ぶんだから。 ほんの少しだけ打ちひしがれた気分で三曲目を歌い、次で俺たちのステージも最後になる。 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 05:26:01.31 ID:PZ6tVy+w0 ラストの曲もギターから始まるので谷口の方を見ると、なぜかギターを下ろしていた。 それから着ていたTシャツの裾に手をかけて一気に引き上げ――要するに上半身裸になる。 脱いだシャツはフロアに投げ込んで、その行動にも驚いたが、もっと驚いたのは身体の方だ。 腹筋がきれいに六つに割れているのである。こいつ、きっちり体作ってきてやがる。 なんという余念のなさだ。ちょっと歓声が上がるのが妙に悔しい。 まず練習しろよという俺の内心の突込みをよそに谷口はギターを構えなおし、弾き始めた。 曲が途中に差し掛かって、だいぶ調子に乗ってきた谷口が、ギターで引っ掛けてマイクスタンドを倒してしまう。 しかもこのすぐ後にこいつが歌うパートがあるにもかかわらず。程度を考えろアホ! 一瞬だけあわてたような顔を見せた谷口は、こっちに走ってきて俺の前のマイクで歌いだした。 「顔が近えんだよ!」 「仕方がねえだろ!」 と、音声にすれば上記のようになるであろうやりとりを視線だけで交わし、 そのまま一つのマイクで、ハモりに音程を引っ張られそうになりながらなんとか最初のサビを歌い終える。 袖からスタッフが走り出てきて倒れたスタンドを直し、戻っていった。それをなんとなしに目で追うと、袖にいたハルヒと視線が合った。 ウインクを一つ投げて、前に向きなおる。 ……俺もずいぶん調子に乗ってるよな。 「キョンくんおっ疲れっ! 格好よかったよ!」 袖に戻るとハルヒの横に鶴屋さんが来ていた。ライブのときとは違うウェイトレス姿だ。朝比奈さんはどうしたんだろう。 「みくるは客受けがいいからクラスに張り付けっぱなし! いやーリピーターが多くて去年以上に笑いが止まらないねっ!」 金持ちになる人間にはやっぱりそれなりの理由があるもんだなあ。 鶴屋さんは他のメンバーにも一人ずつ声をかけている。俺は鼻の下がラージヒルになっている谷口を横目に、 ブレザーとネクタイを掴み上げた。振り向くと肩越しにハルヒの顔が見える。 「団の看板に泥塗らない程度にはできてたか?」 「あ、あんたにしちゃ上出来よ」 ハルヒはなぜか俺から少し視線を逸らしてそう言った。 64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 05:38:13.38 ID:PZ6tVy+w0 「あれ、お前だけか」 文化祭終了後。いつも通り放課後の部室に出向いた俺を待っていたのは、珍しく古泉一人だった。 ハルヒは先に来ていたはずだが。 「何でもPV撮影だとか。長門さんと朝比奈さんがいらっしゃった途端に、二人を捕まえて駆け出して行かれました」 文化祭でやったバンドのか。CDもDVDも結構売れてるみたいだな。 「お隣では今この瞬間も増産が行われていますよ」 憐れよなコンピ研。多分報酬は出ないんだろうし。 ま、俺にゃ関係ないね、それよりどうだ一局。 「それではお相手願いましょうか」 古泉は一番手近にあったチェスボードの上に、優雅な手つきで駒を並べ始めた。 「そういえば、あいつらが最後にやった曲、CDでもDVDでもカットされてるんだよな」 谷口が文化祭で引っ掛けた女子に三日で振られたという馬鹿話の後、特に話題がなくなった俺は、 ナイトでポーンを弾き飛ばしながらさして深い考えもなくそんな話を振ってみた。 「さすがにカバー曲で収益を上げると権利関係に問題が生じるでしょうしね。それに……」 古泉もナイトを動かし、ポーンの敵を討つ。それに? 「あの歌はあなたへ向けたものだったからだと思いますよ」 まーた始まったよ。俺はビショップを進めた。 「参考までに聞いておこうか、あれはどういう歌だ」 「ラブソングです」 まあ、そうだろうな。この話の流れだし。 「あなたと見つめあっていた時に歌っていたのは  『あなたとなら無駄な時間を過ごしてもかまわない』というフレーズでした」 盤上の手を読むのに四苦八苦している様子の古泉は、 するりとその言葉を投げてよこした。あいつあれに気付いてたのか。 66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 05:55:31.23 ID:PZ6tVy+w0 「つまりあいつは俺に告白するために四ヶ月かけてあんな舞台まで用意したってことか?」 「そうなるでしょうね」 逡巡した後、古泉は駒を動かした。 「思うにな、古泉」 俺は迷うことなく手を進める。 「はい?」 どうやら守りを選択したらしい古泉は駒を下げる。俺は即座にそれに対応して次の手を打つ。 「そういうありもしない裏を読んでいるから、俺に勝てないんじゃないかな」 古泉がさらに一手差し、俺はルークを古泉の喉元に突きつけた。 「おやおや」 古泉は肩をすくめてから改めて盤上に目を落としたが、すぐに諦めた。 「ありません。参りました」 俺と古泉で駒を並べなおす。 「大体だな、告白は面と向かってしろと言ってはばからないあいつが、だ。そんな方法をとるなど有り得ると思うか」 「『される』と『する』ではおのずから違った視点になってくると思いますよ。まして――」 他の駒を並べ終わった古泉が、最後にクイーンをキングの横へ置いた。 「我々が把握している限り、涼宮さんが誰かに告白をした、という事実は存在しません。つまり、やり方を知らないんです、彼女は」 68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 06:12:22.18 ID:PZ6tVy+w0 だからってこんな回りくどいやり方もないだろう。 「前に言ったことがあるでしょう? 涼宮さんはひねくれたところがあると。  英語の本来は男性が歌う曲で告白をしてみたり」 ヒネクレ者にひねくれてると評されるってのは、実はまっすぐな奴なんじゃないか? 俺がそう言うと古泉は肩をすくめるだけだった。 ハルヒの歌声がドラムセットのなくなった窓際に届く。映研の連中も付きあわされているんだろう。 「告白に対するあなたの答えもなかなかひねくれた物だと言えます」 まだ続くのかよその話は。つーか俺は答えなんか返した覚えはないぞ。 「僕たちが演奏した曲は、全てあなたが選んだものでした。それが答えですよ」 古泉がポーンを進める。 「告白される前に答えが用意されてるっておかしいだろ」 俺もポーンを進める。 「涼宮さんが答えを望んでいるなら何一つおかしいことではありません。  彼女は泥だらけのスニーカーで時間も空間も追い越せるんですよ」 あいつの背中はあいつが思っている以上に正直なのかよ。 そもそも俺は十二分に素直だ。 じゃなきゃ改変された世界を捨ててまでここにいねえよ。 「それはそうでしょうね。しかし肝心の部分で素直ではないのです、お二人とも」 ああもう好きに言ってろよ。そもそも俺はあの歌の歌詞の意味なんか知らないんだぜ。 「でしたら訳されてみてはいかがですか?」 気が向いたらな。 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 06:33:15.64 ID:PZ6tVy+w0 その夜。どういうわけか気が向いてしまったらしい俺は辞書片手にスコアに向かっていた。 途中、これがハルヒに向けての答えだとすると 赤面どころじゃすまないような語句が幾つか飛び出してきたが、 それはまあ置いておくとして、 最後に俺が真っ先に選んだ曲を一部訳してみた。  詩の中じゃなくて現実にある場所  俺たちが家と呼ぶ場所がある  西も東も関係ない  俺たちの家が一番の場所だ  時々は道化師のような気分になるけど  絶対に止められないと思えるときもある  誰にも俺を倒すことはできない 「誰にも俺を倒すことはできない」ってのは、自惚れが過ぎるかな。「俺たち」ならまあ正解か。 「俺たち」って誰かって?  もちろん――俺たちSOS団のことさ。                               fin. 70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/07/13(日) 06:37:23.81 ID:PZ6tVy+w0 長々付き合ってくれた方々はどうも有り難う 楽しんでいただけたならこれ幸い 起きてまだ残ってるようならSOS団VS佐々木団の フットサル対決でもgdgd書きますわ