新ジャンル「統失ハルヒ」 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 20:07:55.84 ID:dvFL7+mI0 「おやおや、なんということでしょう」 情けなかった。誰よりも非日常世界に精通しているこの僕が、 現在進行形で悪化していく状況下で、こんな、つまらない常套句しか吐けないという事実に。 「どうしたんだ!? どうなってんだよ、おい!」 視界の外れで彼が叫んでいる。 その膝元には朝比奈さんの姿。四肢に力が入らないようで、彼女はただ身を震わせながら 彼のズボンの裾をつまんでいた。毎度のことながらおいしい役回りですね、あなたは。 僕は彼に向き直り、腕組みをして言う。 「さあ、僕にも正確な状況把握は難しい。つい数秒前まで、世界はとても安定していました。  とすると、この事態の直接的な起因は涼宮さん、ということになりますね」 「違う、俺が訊いているのはそんなことじゃなくて……小泉、後ろ――!!」 身を捻りながら紅玉を放つ。能力の行使に罪悪感はなかった。 僕が"仲間"に対して力を使ったのは、そうしなければ僕が死んでいたからだ。それに、 「この程度の攻撃で、あなたが行動不能に陥る道理もありませんしね」 射線に対象の姿はない。なんて回避行動の素早さだ。 だが僕には、相手の戦闘能力の高さに驚く暇も与えられなかった。 「………死んで」 細い呟き。それが耳に届いたときには既に、僕と"彼女"は膠着していた。 一瞬遅れて、焼けるような痛みが右掌からにじむ。指と指の隙間から、ナイフが赤く煌めいていた。 能力で保護した右手で、完璧に衝撃を殺したと確信してこの威力。 やれやれ、彼女の一撃を止めることができたのは、僥倖だったというわけですか。 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 20:36:41.34 ID:dvFL7+mI0 「痛いなぁ。この体勢からでは見えませんが、  今し方もらった傷は、日常生活にかなりの支障を与えそうです」 あくまで笑顔は絶やさずに。 僕は天気の調子を確かめるみたいに空を仰いで、 「それにしても、ここは随分と懐かしい風景が広がっていますね。  正式名称は記憶に定かではありませんが、一年前のあの日と同じく、  閉鎖空間に類似したモノ、といった認識で問題はなさそうだ」 僕が能力を行使できるという現実が、その確たる証拠。 上限は現時点では計りかねるものの、先ほどの手応えからするに閉鎖空間時とそう変わりないのではないか。 ――と、僕は楽観的に予想する。 「ですが、今回は前回とは違い、圧倒的に情報が不足しています。  何故このような空間に僕たちは迷い込んでしまったのか。  何故このような空間が、迷い込む直前まで認知されていなかったのか。  わからないことだらけです」 嘘だ。僕はこの状況のからくりを、ほとんど解いてしまっている。 からくりを明らかにしなかった理由。 それは、離れたところで身を寄せ合っている二人に、余計な心配をさせたくなかったからではない。 客観的に心情を推察するなら、この期に及んでも、僕は認めたくなかったのだろう。 「……………パーソナルネーム古泉一樹を敵性と判定」 かつての仲間が――長門さんが、僕にナイフを向けているという事実を。 ギリ、と嫌な音を立ててナイフが掌をえぐる。僕が手を離すのと、彼女が距離を置くのとは同時だった。 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 21:08:07.30 ID:dvFL7+mI0 ふわりと着地した長門さんを、僕は今一度観察する。 外見に変異は見られなかった。表情、言動共に平坦なその少女は、 確かに僕がよく知る長門さんだった。でも、ただ一点だけ、いつもと違う部分があった。 透き通った琥珀色の瞳が、今では黒檀のように、色を失っていた。 当然ながら、そこから感情を読み取ることはできない。 まぁ、もともと僕は彼女の心情変化に疎かったのだけれど。 「長門! お前……、お前、自分が何してるか分かってんのか!?  よく見ろよ、カマドウマとか宇宙生物の類じゃねぇ。俺たちの仲間だろ!! なぁ!?」 遠くから彼の呼びかけが届く。しかし、彼女は無言を貫いた。 誰よりも拘束力の大きい彼の声でさえも、今は不要な情報として扱われているようだ。 「長門、おい聞いてるのか、」 「今の長門さんには何を言っても無駄ですよ」 気配だけで、彼が激高しているのが分かる。 感情に任せてこちらに向かおうとする彼を、僕は緩やかに制止した。 「現時点において、あなたの出る幕はありませんよ。  戦闘能力のないあなたでは足手まといになるだけだ」 「でもっ、」 「あなたはそこで、朝比奈さんと静観していてください。  なあに、万事上手く解決して見せますよ。彼女を元に戻して、もう一度SOS団の部室に戻りましょう」 最良の未来を口にして、長門さんに向き直る。 その頃には長門さんはすっかり戦闘準備を整えていて、あちこちに点在していた岩石は、 まるで見えない糸で宙づりにされているかのように、空中に浮遊していた。 僕は"いつも"のように体を紅玉で包み込む。流石に生身のままでは、あれだけの乱数的な攻撃を躱し切れそうもない。 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 21:53:26.13 ID:dvFL7+mI0 彼女が手を真横にふるう。 「呪文もナシにこれですか」 浮遊していた岩石が飛来する。当たれば即死、よくて重傷。 だから僕は、一気に跳躍した。 物理法則を超越したその軌道は、しかし、物理法則を無視した軌道とは重ならない。 大質量が地面と激突する音が、背後で連続する。 軽く首を捻ると、砂塵の隙間に、彼が朝比奈さんを背負って遠くに移動しているところが見えた。 ひとまず安心だ。これで彼らが二次被害を被ることはないだろう。 「さて問題は……どうやって彼女を元に戻すか、ですね」 彼女との距離が50mに迫る。会話ができない上、彼女の攻撃意志は強い。 岩石群の攻撃が苛烈さを増していく。距離、あと20m。油断すればこちらの命がない。 彼には後で殴られるだろうが、ここは彼女を機能停止に陥らせるのが一番だ。 荒っぽい解決策は僕も好きじゃあないけれど、致し方ない。 直進的な軌道を逸れて、真横に体を流しつつ――細かな紅玉を、大量に展開する。 「悪く思わないでください。手加減はできますが、あなたの潜在能力が分からない以上、全力で臨む他ないんですよ」 「…………」 ワンテンポ遅れて、岩石群がこちらに殺到する。 それはさながら、長門さんを守る壁のようでもあったが、僕はおかまいなしに腕をふるった。 紅の散弾が岩石を打ち砕く。半分程度が防がれただろうが、それでも半分は向こう側に到達した筈だ。 もうもうと砂煙が立ちこめる中、僕は長門さんの反応を待った。 対神人用のこの力が、TFEIにいかほどのダメージを与えられるのかはまったく予想できない。前例がないからだ。 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 22:30:39.42 ID:dvFL7+mI0 ……なかなか砂煙が晴れない。無風のこの空間では、完全に視界が開けるまではまだかなりの時間を必要とするだろう。 まさか今の攻撃が、攻撃体勢で無防備だった彼女に致命傷を与えてしまった……? 未だ無反応な煙の向こう側。緊張の上に、苛立ちと不安とが蓄積されていく。 「長門………さん?」 興奮が冷め、冷静さを取り戻した頭で、僕は自分の行為を反芻する。 僕は今の今まで何をしていた。能力を躊躇いなく使って。相手が醜悪な神人であるときと同じように、攻撃をぶつけて。 大義名分なんて関係ない。いくら長門さんが自我を失っているとはいえ、彼女は僕の、同じSOS団の仲間だ。 機能停止に陥らせる? どうして僕はそんな安易な方法を選んだんだ。 これでもし、彼女が元の長門さんに戻らなかったら、僕はどうやってみんなに申し訳を立てればいい。 極度に混乱した頭は戦闘を隅に追いやって、眼はただ、どこかに横たわっているはずの彼女を探す。 砂煙はまだまだ薄まっていなかった。 自然、僕は地面に降りたって、砂煙の中へと自ら足を踏み入れた。それが致命的な判断ミスであることも知らずに。 「………甘い」 嫌な音がした。次いで、元よりノイズだらけだった視界が、暗幕を垂らすように失われていく。 「長門、さん、、」 言葉にならなかった。液体が喉に詰まって、声にならない。 胸に手を沿わす。硬く、冷たい感触があった。ああ、これが血液の循環を阻んでいるのか。 どうりで頭がぼんやりするわけだ。酸素が断たれた今、脳はあと十分ともたないだろう。 「酷すぎる、とは、思いませんか、、これが、彼女の願い、だなんて」 平衡感覚はとうになかった。立っているのか、地に倒れ伏しているのかさえ、今では知ることができない。 細く開いた目に、止めを刺そうとする長門さんの姿が映り込む。約束を破ってしまった僕を、彼は怒るだろうか。 最期にそんなことを考えて――意識の灯火は、掻き消された。 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/03/03(月) 22:35:14.43 ID:dvFL7+mI0 死んでもらった古泉に一抹の罪悪感を感じつつも カタルシス完了した俺の都合で適当に終了