佐々木「キョン、哲学しよう」


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:こなた「バンドだよバンド!」

ツイート

1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[] 投稿日:2011/08/04(木) 05:47:40.89 ID:AsiRY7IE0


佐々木「このSSはウィトゲンシュタイン『哲学探究』を読んだ>>1が、その実践によって色々なもので哲学しようという、些か無謀な挑戦だよ」

佐々木「SSとしても哲学としても、多分に稚拙なものになるだろうことはご容赦願いたいな」

佐々木「とはいえ、質問や意見は大歓迎だよ。議論や対話は、すごくためになるからね」

佐々木「それじゃ、はじめようか」

2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:49:23.64 ID:AsiRY7IE0

 暑い。真夏の太陽が照りつけ、蝉時雨が頭に響く。
佐々木に呼び出された俺は、えっちらおっちら自転車をこぎ、駅前の喫茶店までたどり着いた。
涼しげな音をたてたドアの先の空気は、しかし期待したほど冷たくはなかった。どうやらここも節電のあおりを受けているらしい。
落胆しつつ店内を見渡すと、佐々木がこちらに手を振っていた。

佐々木「やあ、キョン。こんにちは」

 ああ、と適当に相槌を打ちつつ、お冷を運んできたウェイトレスさんにアイスコーヒーを注文する。

佐々木「今日は来てくれてありがとう、キョン」

 今日はね、と言いながら、佐々木は鞄からなにやら分厚い本を取り出した。
アイスコーヒーが運ばれてくると、俺が一口飲む間をおいて、その本をこちらへ差し出す。
表紙には『哲学的探究』読解、とタイトルが書いてある。シンプルな装丁の本だ。
裏に返すと、定価7000円+税とある。お前、これ買ったのか?

佐々木「ああ、欲しくなってね。つい衝動的に買ってしまったんだ」

 ふむん。お前が衝動買いとは珍しい気がするな。面白いのか? これ。

佐々木「すごく興味深い内容だったよ。それを読んで色々考えたんだけどね」

 と、汗をかいたメロンソーダを飲んでから続ける。

佐々木「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し、と言うだろう?」

佐々木「誰かに聞いてもらって、意見を求めたいと思ったわけさ」

 なるほど、それで俺に白羽の矢が立った、と。

佐々木「その通り。哲学云々なんて話を気楽にできる友達は、君くらいしか思いつかなかったんだ」

佐々木「そういうわけで、僕の話を聞いてもらえるかな? キョン」

 そういうわけなら、他でもない佐々木の頼みだ。喜んで拝聴しますよ。

佐々木「ありがとう、キョン。うれしいよ」


3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:50:04.73 ID:AsiRY7IE0


 佐々木にしては幼さを感じさせる笑み。新しいおもちゃを手に入れた子どものようだ。
件の本を、ぱらぱらとめくってみる。番号のあとに、なにやら堅苦しそうな文章が並んでいる。注釈も挟んであるようだ。どういう本なんだ?

佐々木「まずそこから説明しないといけないね。本当は読んでもらうのが一番なんだけど」

 ……何ページあるんだ?

佐々木「2部構成で、500ページくらいかな」

 なかなか骨が折れそうだな。

佐々木「そうだね。難しいだろうけど、なんとか砕いて説明するよ」

 お願いします、先生。そう芝居めいて言うと、佐々木も対抗して、まかせてくれたまえ、などと大仰にのたまった。


4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:50:50.76 ID:AsiRY7IE0


佐々木「その本の著者はルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン。ウィーン出身の哲学者だよ。彼についてはウィキペディアで充分調べられるから、気の向いたときに目を通してみるといいかもしれない」

佐々木「本来の発音ではヴィトゲンシュタインというのが正しいそうだけど、日本ではウィトゲンシュタインというのが定着しているね」

 携帯でぽちぽち調べてみる。へえ。なんだか怖そうなおっさんだな。

佐々木「そうかい? 結構かわいい顔だと思うんだけどな」

 ……かわいい? 世間ではこの顔を「かわいい」と形容するのかしらん。

佐々木「彼は生涯に一冊しか哲学の本を残していないんだ。『論理哲学論考』略して論考と言われている」

佐々木「今日見せた『哲学的探求』は彼の遺稿を本にしたものだよ。彼の業績は大まかに前期と後期に分けられていてね」

佐々木「前期は論考、後期は探求、という風になっているんだ」


5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:51:27.58 ID:AsiRY7IE0


 その論考というのも読んだのか?

佐々木「うん。ウィトゲンシュタインは論考をもって哲学は終わったと判断して、一時その道から退いているんだ」

佐々木「のちに誤りだったと思い直して、また戻ってくるんだけどね」

 哲学は終わったってすごいな。そんなこと言っちゃっていいのか。

佐々木「大言だよね。それを撤回してまた哲学するあたり、すごく真摯だと思うよ」

佐々木「撤回したとは言っても、論考にもすごくいい言葉がたくさんあるよ。”数学は美である”とかね」

佐々木「一番有名なのは、最後に書かれている”語りえぬものについては、沈黙せねばならない”という言葉だね」

 おお、なんかかっこいいな。

佐々木「そうだね。なかなか言えるものじゃないと思う」


6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:52:16.68 ID:AsiRY7IE0


佐々木「前置きはこのくらいにして、『探求』の話をしようか」

佐々木「『探求』のテーマは、言語ゲームという考え方なんだ」

 言語ゲーム?

佐々木「字面どおりなんだけど、言語というのは一種のゲームと見なせる、という考え方だよ」

 ゲームって言われても……ピンとこないな。

佐々木「そうだよね。身近なところでは、テレビゲームやボードゲーム、カードゲーム。色々あるだろう?」

佐々木「そういうものをもっと一般化……広い意味で捉えて、”ルールと目標がある活動”というように定義するんだ」

佐々木「言語で言うと、そうだな……たとえば、君はさっきアイスコーヒーを注文しただろう?」

 ああ。答えつつストローを指でつつくと、カラン、と乾いた音がした。

佐々木「君が『アイスコーヒー』と言うと、ウェイトレスさんがアイスコーヒーを持ってくる。これをゲームだと考えるんだ」

佐々木「日常生活の、簡単なコミュニケーションさ」

佐々木「君がアイスコーヒーと言ったのに、アイスティーやホットコーヒーが出てきたら、目標をクリアできなかった、というわけ」

佐々木「もし君が『アイスコーヒー』と言って、ウェイトレスさんがアイスコーヒーを飲んでしまったとか、コーヒー豆とミルと水を持ってきて、君がアイスコーヒーを作り出したとか」

佐々木「そういうことが起こると、ルール違反になってしまう。ゲームとして成立しないんだ」

 なるほど。なんとなくわかった。


7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:53:31.61 ID:AsiRY7IE0


佐々木「ウィトゲンシュタインの主張は、非常に簡単に言うと、哲学――特に形而上の――は、すべてさっき言ったようなルール違反を犯している、というものなんだ」

 ふむん。ルール違反ねえ。

佐々木「これはちょっと具体例が難しいから、そういうものだと飲み込んでもらいたい」

佐々木「具体例が知りたかったら、野矢茂樹先生の本か、土屋賢治先生の『猫とロボットとモーツァルト』という本に載っていた覚えがあるから、参考にしてほしい」

 そうか……よし、思い込むことにする。

佐々木「ふふ、決断がはやくて助かるよ」

 お前は苦笑いとか半笑いとかできんのか。逆に嫌味だぞ。


8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 05:54:40.39 ID:AsiRY7IE0


佐々木「それで、その言語が実際に使われているルールを考えれば、哲学的問題は解消できると考えるんだ」

佐々木「解決じゃなくて解消というところがミソだよ」

 問題自体がなくなっちまうってことか。

佐々木「本当は言語分析という名前がついているんだ。意味論とか、すごく難解な話もあるんだけど」

 勘弁してくれ。

佐々木「実は僕も詳しくは知らないんだ。勉強不足だね」

佐々木「今欧米ではこういった分析哲学という哲学が主流になっているらしい」

佐々木「ウィトゲンシュタイン以降、どれだけ発展しているのかな」

 楽しそうだな。

佐々木「うん。とりあえず、『探求』の説明はこれで終わりにしよう」

佐々木「次は実践だね」

15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 12:41:49.79 ID:3tMblOjj0


 少々不安だけどな。

佐々木「ものは試しさ。数学でも実践するうちに、段々分かったりするものだろう」

 ふむ。

佐々木「さて、最初に解消する問題は『神』とは何ぞや、だよ」

 それはまた大きく出たな。

佐々木「僕らにも無関係な話じゃないからね。考える機会はあったんだ」

 なるほど。お前は特に、あやうく神に奉られるところだったからな。

佐々木「そうだね。キョンは、神に対してどんなイメージを持っている?」

 そうだな。全知全能で、創造主で、よくわからんが兎に角偉い、みたいな?

佐々木「うん。僕も似たようなものだった」

佐々木「以前ネットで神について議論している人たちを見たことがあるんだけど」

佐々木「神がいるかいないかが争点でね。無限存在がどうとか、不可知論がどうとか」

佐々木「はっきり言ってちんぷんかんぷんだったよ」

 確かにちんぷんかんぷんだな。神とは何ぞや、と言われても、わからんというのが正直な答えだよ。
ハルヒの奴はただの女子高生、だ。あいつをそんなわけの分からんものとは思いたくない。もちろん、お前もな。

佐々木「ありがとう、キョン。君にそう言ってもらえると、うれしいよ」

 そう言って佐々木ははにかんだ。よせやい。恥ずかしいじゃないか。

16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 12:42:37.49 ID:3tMblOjj0


佐々木「それじゃあ、キョン。君は普段、どういう風に『神』という言葉を使っているかな?」

 どう使うか、か。ハルヒに関係することでもなきゃ使わないぞ。

佐々木「うーん。まあ、君が使っていなくてもいい。日常で『神』を使う言葉ってないかな」

佐々木「たとえば『困ったときの神頼み』とか」

 そんなのでいいのか?

佐々木「うん。あくまで自然言語……日常で使う言葉が大事なんだ」

佐々木「言葉に限らず、関係する事柄でもかまわないよ。初詣で参拝するとか」

 神頼みと言っても色々あるな。無病息災とか、大願成就とか。
そういえば海外じゃ、「Oh,my god」とか「Jesus」とか使うな。

佐々木「そうそう、そんな感じだよ、キョン。じゃあ、それらの言葉や事柄に共通するルールは何か、考えてみてくれるかな」

17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 12:49:48.00 ID:3tMblOjj0

読んでくれている方も考えてみて、できれば教えてください。

ところで、喜緑さんがバイトしてるのってこの喫茶店でしたっけ。
あと佐々木かわいい。

21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 20:57:30.74 ID:3tMblOjj0


 うーん。なんとなくは……言葉にするのは難しいな。

佐々木「そうだね。自分の考えていることを、わかりやすく伝えるというのは、案外難しいものだよ」

佐々木「まあ最初のテーマだし、お手本として僕の答えを聞いてもらおう」

佐々木「日常言語で『神』という言葉や習慣に共通するルールは、それが自分の力ではどうにもならない物事に対して使われる、ということだ」

 ふむん。確かに、自分の力でどうにかなるなら、神頼みなんてしないな。

佐々木「人智の及ばぬ、という表現も的を得ているかもしれないね」

佐々木「少し硬い言い回しになるけど、この『神頼み』という言葉における『神』というのは、コントロール不可能な物事の総体なんだよ」

 自分の力ではどうにもならない=コントロール不可能。うん。


22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 20:58:10.78 ID:3tMblOjj0


佐々木「こういうときは、事の興りを見直してみると理解が深まる」

佐々木「『神』がどうやってできたか、ということだね」

佐々木「大昔の人々は、何に対して信仰、もっと簡単に言うと祈祷かな、を行ったと思う?」

 そうだな……手塚治の火の鳥のイメージが強いな。雨乞いが最初じゃないのかな。

佐々木「その通りだよ、キョン。基本的には、彼らは天候や天災に対して祈祷や祭りを行っていたんだ」

佐々木「ハレとケなんて言われているね。こういうのをアミニズム的発想というんだそうだよ」

佐々木「ここからいわゆる宗教的な神がどうやって生まれたかは、容易く想像できるわけさ」

佐々木「彼らはそのコントロール不可能な物事に、主体――人格――を与えたんだ。擬人化だね」

佐々木「我々がコントロールできないものをコントロールしている『神様』は、当然我々よりも優れているに違いない、とね」

佐々木「これはその宗教の形態にも依存すると思うんだけれど」

佐々木「一神教では、その『神』は人間にコントロールできないもの全てコントロールできることになる」

佐々木「そんなことは、それこそ全知全能でもなければ不可能なんだよ」

 ふーむ。なるほど。


23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 21:14:47.82 ID:3tMblOjj0


佐々木「日本においては、『天』とか『運』とか、あと『命』もかな。天命、天運、運命といった言葉にも、『神』と似たニュアンスが含まれているね」

佐々木「元々は中国から伝わった言葉だね。あまり中国の歴史には詳しくないけれど、中国にもたくさん神様がいたのかな」

 道教だったかな。諸星大二郎の漫画には、古代中国の神様がたくさん出てきたぞ。

佐々木「日本はやっぱり影響を受けているんだろうね。八百万の神がいるくらいだから」

佐々木「万物に神が宿るってことは、あらゆるものがコントロール不可能性を持つということだ」

佐々木「どんなものも、自分たちの意のままにはならない、と考えていたんだね」

佐々木「すごく健全だと思わないかい? 僕はこういう考え方は好きだな」

 そうだな。宗教で争いがおこったりしないのは、幸せなことなんだろう。

19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 20:00:01.58 ID:VlQDaiTAO

だね
佐々木団と相対した喫茶店

神か
ウィトゲンシュタインはやはりキリスト教を前提として考えるのか?
個人的に共通点は、何処にでもいる・ある(唯一神でも汎神論でも、何処でも神に祈れる)
大きいものを目印とする(太陽、山、大聖堂、仏像)
人に何かをもたらす(幸運、試練、災厄)
人の頭の中にあるが、人の外部的存在である(神頼みなど他力本願的発想)
すごい(ヤバい)

混乱させたらごめん

24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 21:27:27.95 ID:3tMblOjj0

>>19
ウィトゲンシュタインは熱心なキリスト教徒だったと思います。
生涯に渡って信仰に洞察をおこなっていたようです。
これはあくまで日本語の神についての話なので、向こうでは違うかもしれません。

26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 21:59:45.32 ID:3tMblOjj0

すいませんアニミズムでしたね。
コピペすりゃよかったお……

27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 22:32:11.57 ID:3tMblOjj0


佐々木「というわけで、僕の結論はこうだ」

佐々木「人は自分たちにコントロールできないものを『神』と呼ぶ。一部の人たちは、それに人格を与えている」

 ふむ。ちょいとウィキペディアで『神』を調べてみたんだが、似たような話が書いてあるな。

佐々木「そうだね。言語ゲームの実践は、辞書あるいは事典的な定義づけに近いものがある」

佐々木「言語のルールは、厳密に言えば時代や地域、個々人によっても変わってしまう」

佐々木「言語ゲームが辞書と違う点は、『定義づけされた言葉が使われる』のではなく、『今まさに使われているルール』こそが言語の定義である、とするところかな」

佐々木「言葉の正体を暴く、といえばいいのかな。そんな感じだよ」

 なるほど。少しつかめてきたかも。


28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 22:37:44.22 ID:3tMblOjj0

神については以上です。質問、意見、批判等あれば。
あとで少しおまけを書きます。

29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 23:38:02.42 ID:h+TmHYRso

斜め上の質問。ニーチェ読んでないから全然わかんないんだけど、
「神は死んだ」の「神」はここでいう「神」と同じものを指しとるのかな?

30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2011/08/04(木) 23:49:20.51 ID:1BEV0vFDO

せっかくハルヒでやってて話題が神ならもっとそこを絡ませればいいとおもいましたまる

31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 02:21:10.47 ID:76NQRoI80

>>29
ニーチェの「神は死んだ」の意味は、神、即ちキリスト教は信仰の対象となる価値を失ったという意味だと思います。
だからニーチェの言う神は「キリスト教」のことで、ここで言う神と同じものではありません。
ニーチェはツァラトゥストラしか読んでいませんが、ツァラトゥストラとはゾロアスターの異音です。その名を冠した主人公が、盲目的にキリスト教を信仰する大衆に失望して旅に出るお話でした。
小説としても非常に優れた文学作品だと思うのでぜひ読んでみてください。
ニーチェはなんとなくパンクロッカーに近い印象ですね。刺激的で面白いです。
おまけで書きますが、ここで言う神を殺そうとする行為が「科学」です。

>>30
これもおまけで書きます。

32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 02:44:42.65 ID:76NQRoI80


佐々木「ところで、関連して話しておきたいことが三つあるんだ」

 ほう。

佐々木「ひとつは僕と涼宮さんのこと。もうひとつは科学と宗教について。最後はコントロール不可能とは、実際にはどういうことなのか」

 ふむん。なかなか興味深いな。特にひとつ目は気になる。

佐々木「きっかけだからね。じゃあ、順番に話していこうか」


33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 03:18:49.33 ID:76NQRoI80


佐々木「僕や涼宮さんを神と呼ぶのは、正しいだろうか」

 間違っていると思いたい。けど、願望実現能力というのは、言い換えればあらゆるものをコントロール可能ってことじゃないのか。

佐々木「そこがネックだね。他の部分はどうだい? 願望実現能力以外の部分、だよ」

 いささか変人奇人ではあるが、別段これと言った能力はないぞ。ただの女子高生におさまる範囲だ。

佐々木「その通り。願望実現能力を除けば、僕と涼宮さんはただの人間に過ぎない。全知全能には程遠いよ」

佐々木「比べてしまえば、長門さんや九曜さんの方が全知全能に近いだろうね」

 まあ、あいつらはSFを地で行ってるからな。

佐々木「重要なのはそこなんだ。涼宮さんは、確かに普通の人間にはできないことができる。しかし、彼女は人間だ。つまり、人間が考えられない願望は持ちようがない。人間という枠を超えることはできない」

佐々木「もっと簡単に言えば、彼女が知らない願望は叶わないってこと」

 確かにその通りだ。

佐々木「願望実現能力の性質的に、全知でないことと全能でないことは等しくなる」

佐々木「つまり『あらゆるものを』コントロールできるわけじゃないってことさ」


34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 04:06:33.36 ID:76NQRoI80


 なるほど。じゃああいつを神と呼ぶのは間違い、でいいんだな。

佐々木「僕らが今現に人間であることが、全知全能が不可能であることを示しているからね」

佐々木「パースペクティブの不在だよ。君は自分が全知全能であることを想像できるかい?」

 無理無理。

佐々木「色々言ったけれど、要するにこれは『全知全能』の言語ゲームだね」

佐々木「字面どおりに考えるからおかしくなる。『全知全能』とは、実際には人間に可能な想像の総体を表しているに過ぎないのさ」

 おお。なんか便利だな。言語ゲーム。


35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 04:33:08.94 ID:76NQRoI80


佐々木「まあ、妄想するだけなら面白いかもしれないね。彼女が能力について知ってしまった場合、もしくは僕が能力を手に入れた場合、全知全能を望むとしたら」

佐々木「もしそれが実現したら、神と呼ぶのは正しくなってしまうだろうね」

 ……頭が痛くなるな。言語ゲームのいいところは、それ以上考えなくてすむところだな。

佐々木「わかるよ。現実には、正しいとか間違っているとかの遡上にすら上らない。まさに妄想としか言いようがないよ。哲学の大半は、妄想にすぎないね」

佐々木「まあ、妄想するのは今日の趣旨じゃないから、次の話題に移ろうか」

 なんだかそげぶみたいだな。

佐々木「そげぶ? なんだい、それ」

 最近流行りのアニメだか漫画だかラノベだかの、主人公のキメ台詞だよ。「その幻想をぶっ[ピーーー]」だったかな。略してそげぶって言うんだ。

佐々木「ははっ。いいね、それ。哲学をそげぶするのが目的、というわけだ」


36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 04:52:22.50 ID:76NQRoI80


佐々木「あっ、しまった」

 どうした?

佐々木「そういえば相対主義に関連付けて話そうと思っていたんだったよ。うっかりしてたね」

佐々木「次の話の前に、もう少しいいかい?」

 ああ、かまわないよ。

佐々木「すまないね。……願望実現能力、これを単に願望を実現する能力と解釈すれば、普通の人ももっている能力だと思わないかい?」

 まあ、願望を実現するなんて普通のことだな。思っただけで行動せずに叶うというのじゃなく、な。

佐々木「そうだね。ところが、普通の人でも行動せずに願いを叶えることはできるんだよ」

 どうやるんだ? そんなの。


37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 05:45:58.70 ID:76NQRoI80


佐々木「たとえば君の、涼宮さんが神さまであって欲しくない、という願望はさっき叶っただろう?」

 うーん。そう言ってもいいのかな。

佐々木「正確には、君自身の考えが変わっただけなんだけどね。でもこれは重要なことなんだ」

佐々木「考え方を変えれば、世界が変わって見えるということはごく普通のことだよ」

佐々木「世界を変えることでも、自分が変わることでも、同じ結果が得られる場合、この関係のことを相対的である、と言うんだ」

 ふむ。

佐々木「自分が変わることで、願望をなくすという方法もあるね」

佐々木「世界と自分が相対的であるという認識は大事だよ。はっきり意識していなくても、そうやって世界と折り合いをつけて生きている人はたくさんいる。それが正常なんだ」

佐々木「君が願望実現能力に対して抱いている危惧は、そういうことなんじゃないかな」

佐々木「自分を変えなくても世界を変えてしまえるなら、自分を変える必要はなくなってしまうからね」

佐々木「それは自らを絶対者にすることだ。とてもまともとは言いがたいね」

 そうだな。あいつは変人だが、今のところまともではある。若干アヤシイけど。


38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 06:11:42.35 ID:76NQRoI80


佐々木「ついでに、相対主義と絶対主義についても話しておこうかな」

 さっきの相対的、というのとは違うのか?

佐々木「基本は同じなんだけどね。相対主義は、絶対的に正しいものは存在しない、という主張。絶対主義は、逆に絶対的に正しいものが存在する、という主張なんだ」

 ふむ。……疑問なんだが、相対主義は「相対主義は絶対正しい」って言ってないか?

佐々木「すばらしい。鋭い指摘だね、キョン」

佐々木「相対主義の面白いところは、相対主義自体が絶対的に正しくても、あるいは相対主義自体が絶対的に正しくなくても、絶対的に正しいことがあるという証明にはならない、という点なんだ」

 何を言ってるのかわからんぞ。

佐々木「まあ、詳しくは『論理パラドクス』という本に載っているから、参照してほしい」

佐々木「僕はこの相対主義をいたく気に入ってしまってね。紹介したかったんだ」

 ふむん。俺にはお前の方が面白く見えるよ。

41 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[] 投稿日:2011/08/05(金) 16:13:57.24 ID:9cGeSKJL0


佐々木「さて、次は科学と宗教だよ」

 うん。

佐々木「科学というのは、言ってしまえばさっきのコントロール可能性を増やそうという行為だと思わないかい」

 まあ、そうかもな。

佐々木「ものを『知る』というのは、コントロールするということと関係が深い。科学と技術の関係だね」

佐々木「『知は力なり』はベーコンの言葉だったかな」

佐々木「世界をコントロールできるものとコントロールできないものに二分するとする」

佐々木「片方は人の領域、片方は神の領域、というわけさ」

佐々木「人間は科学――文明と言ってもいい――の力によって、コントロールできる、人の領域を増やしてきた」

佐々木「これはある意味では、神の解体と言ってもいい」

 科学は神の解体ね。

佐々木「あるいは換言すれば、それは自らが神になろうという行為にも等しい」

 全知全能になろうってわけか。大層な目的だな。

佐々木「まあ、意図してやっているかどうかは置いといて、少なくとも方向性としてはそういうものだよ」


42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 16:14:39.10 ID:9cGeSKJL0


佐々木「この科学という恐るべき建築物――バベルの塔――は、一度はそれに成功したかに見えた」

 お。ラプラスの悪魔だっけ。

佐々木「そうだよ。決定論だね。ある時間に宇宙の全粒子の位置と速度を知っている悪魔がいれば、その悪魔は宇宙の開闢から終焉まで全てを知ることができる、というものだ」

佐々木「未来は全て決定済みで、現在はそれを履行しているにすぎない、というのが決定論だよ」

佐々木「ところが、科学を進歩させてゆくうちに、不可能性という壁にぶつかることになってしまったんだ」

佐々木「まさに伝説の通り、バベルの塔は天に届くことはなかった。ラプラスの悪魔を創りだした人間は、図らずも自らの手でそれを殺してしまったんだ」

 うーん。なんでだ?

佐々木「物理学がぶつかった壁は、エネルギー保存則、熱力学第二法則、相対性理論と不確定性原理だね」

 あー。苦手な感じになってきたぞ……。

佐々木「ふふ、すまないね。聞き流してくれていいから」

 後学のためにがんばりますよ……。

佐々木「これは、コントロール不可能性の話になってしまうけど、一緒に話してしまうよ」


43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 16:15:27.38 ID:9cGeSKJL0


佐々木「エネルギー保存則は知っているよね」

 ああ。

佐々木「エネルギー保存則によって、第一種永久機関が否定された」

佐々木「第一種永久機関というのは、無限にエネルギーを生み出せる装置のことだよ」

佐々木「熱力学第二法則は、別名エントロピー増大の法則という」

 それは聞いたことがあるな。

佐々木「まあ、有名だからね。これはある系(システム)において、エントロピーは常に増大する、というものだ」

 部屋をほうっておくと、汚くなる一方って奴だな。

佐々木「そうだね。熱いものと冷たいものをくっつけると、熱は熱いものから冷たいものに移動する。逆は絶対にありえない。系の外部からエネルギーを加えない限りはね」

佐々木「これによって、効率100%の熱機関、第二種永久機関が否定された」

佐々木「これが最初の壁だ。こういう性質のことを、不可逆性という」

佐々木「熱力学第二法則は情報系にも適用される、かなり広範な物理法則だよ」

佐々木「これは伝言ゲームを思い浮かべてもらえばいいかな。元の情報より正確になることは絶対にないからね」


44 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 16:15:59.05 ID:9cGeSKJL0


佐々木「相対性理論の話をしよう。光速度不変則というのがあってね。これは、光速は一定であるというものだ」

佐々木「相対性理論の一部、と言えばいいのかな。正確には、特殊相対性理論の構築によって生まれたものさ」

 特殊ってなんだ。

佐々木「相対性理論は実は2種類ある。特殊相対性理論と、一般相対性理論だ」

佐々木「普通の人はなじみがないと思うけれど、数学や物理で『特殊』というと、条件が限定された、というようなニュアンスで使う」

佐々木「たかだか特殊な条件下、というわけだ。より一般的――普遍的――な理論の方が優れているんだよ」

 ふむん。特殊の方が偉いみたいなイメージだけど、違うんだな。

佐々木「特殊相対性理論は、慣性系、つまり等速直線運動をする物体にしか適用されない。加速度系や重力下では一般相対性理論が必要になる」

佐々木「一般相対性理論は微分幾何学という物凄く難解な数学を使う必要があってね」

佐々木「かのアインシュタインも、この理論の構築にはすごく苦労したそうだよ」

 俺には一生縁のない話だな……。


45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 16:16:24.71 ID:9cGeSKJL0


佐々木「相対性理論による不可能性は、加速して光速に達することはできない、というものだ」

佐々木「光速に達するためには無限のエネルギーが必要なことがわかってしまった」

 そうなのか?

佐々木「加速すると質量が増大するからね。どんどん加速に必要なエネルギーが大きくなってしまうんだ」

佐々木「タイムマシンができないという根拠もここにある」

 それじゃあ、朝比奈さんはどうなるんだ? まあ、あの人は「禁則事項です」だろうけど。


46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/05(金) 16:17:14.53 ID:9cGeSKJL0


佐々木「うーん。理論物理学では先端分野は宇宙論と素粒子論しか残っていなくてね」

佐々木「この辺は学者さんでも分からないことだからね。ただ、加速して光速に達することは不可能でも、最初から光速より速いものならありえるそうだよ」

 なんだか荒唐無稽な話だな。

佐々木「正直、物理を口で説明するのは無理があると思うよ。彼らが扱っている数式や記号は、非常に特殊な言語ということができる」

佐々木「記号や数式をひとつとってみても、恐ろしく情報が圧縮されているんだ」

佐々木「日常言語に翻訳するのは大変だと思うよ」

佐々木「たとえばキョン、君は、宇宙が四次元の超球だと言われて理解できるかい?」

 無理無理。同じ日本語とは思えん。

佐々木「宇宙は体積は有限でも果てはないそうだ。ちょうどトイレットペーパーの芯みたいな感じで」

佐々木「トイレットペーパーの芯は、面積は有限だけど果てはないだろう? それを四次元に拡張すればいいらしい」

 それは結構わかりやすいな。ちょっとロマンを感じるぜ。

佐々木「ふふ、キョンも男の子だね」

佐々木「まあ、相対性理論はここまでにしておこう」

佐々木「これがふたつ目の不可能性、光速度という壁だね」

47 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 00:31:25.23 ID:fal/yz3I0


佐々木「三つ目は不確定性原理だね」

佐々木「これはある量子の、位置と運動量を同時に正確に求めることができないというものだよ」

佐々木「コーシー=シュワルツの不等式で結構簡単に証明できるよ」

佐々木「正確には二つの共役な物理量は同時に正確に測定できない、だね」

 さっぱりわからん。

佐々木「これひとつとっても、ラプラスの悪魔が存在できないことになってしまう」

佐々木「アインシュタインが『神はサイコロを振らない』という有名な言葉を使ったのは、これに対してなんだ」

佐々木「まあ、測定誤差はゼロにはならない、ということを抑えてもらえればいいよ」


48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 00:32:36.25 ID:fal/yz3I0


佐々木「物理については以上だよ」

 やっと終わったか。

佐々木「まだ数学について二つあるんだけどね」

 お前は俺を[ピーーー]気か!?

佐々木「まあまあ。かなり重要なんだ。我慢して聞いてくれると助かる」

 はあ。聞こう。

佐々木「すまないね、キョン。数学の不可能性は、不完全性定理と複雑系だよ」


49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 00:59:41.06 ID:fal/yz3I0


佐々木「不完全性定理は、これも二つに分かれているんだ」

佐々木「第一不完全性定理と第二不完全性定理だね」

佐々木「第一は、『公理系が無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する』」

佐々木「第二は、『公理系が無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない』」

佐々木「数学というのは公理の集合で成り立っているんだ。それを公理系というんだけど」

佐々木「公理系で重要なのは無矛盾性と完全性なんだ」

佐々木「無矛盾性というのは字面どおり、矛盾しないことだよ。数学をやっていて矛盾した結果が出てしまったら、それは使用に耐えないことはわかるよね」

 まあ、困るだろうな。


50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 01:01:22.16 ID:fal/yz3I0


佐々木「そこは数学にとって譲れないところなんだ。ところが無矛盾な公理系を採用すると、証明不可能な問題が絶対に出てしまうことがわかった」

佐々木「これを不完全と表現するんだ。たとえば、数学では未だに証明されていないいくつかの問題に懸賞金がかかっている」

 へえ。お金もらえるんだ。

佐々木「かなりの金額だよ。100万ドルだから、今なら8億円くらいかな」

 は? 8億?

佐々木「僕が知っているのはゴールドバッハ予想――懸賞金はわからない――くらいだけれど」

佐々木「もしかしたらこれは証明不可能かもしれない、とそういうわけさ」


51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 01:19:15.49 ID:fal/yz3I0


佐々木「さて、最後は複雑系だね」

 やっと終わるのか。長かった……。

佐々木「これはかなり難解な話になるから、結論だけにしておこうかな」

 それは助かるな。

佐々木「天気予報ってあるだろう?」

 ああ。あまりあてにならないけどな。

佐々木「あてにならないのも当然だよ。長期的な天気予報は事実上不可能だからね」

 えっ、そうなのか。

佐々木「うん。バタフライ効果が一番わかりやすいたとえなのかな」

 それなら最近聞いた覚えがあるな。シュタゲに出てきたっけ。

佐々木「へえ。一応参考文献として『カオスって何だろう』を薦めておくよ」


52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 02:20:09.07 ID:fal/yz3I0


佐々木「コントロール不可能性の話はこれで終わりだよ、キョン。おつかれさま」

 ……うん。はっきり言ってさっぱりわからんかった。わからんということがわかった。

佐々木「そうだね。現代の科学というのは、世界がよくわからないものだ、ということがわかってきた。そういうことだと思うよ」

佐々木「少々夢のない話だけれど、でも偉大な一歩だと思う。すごいよね」

 うむ。

佐々木「さて、宗教の話をして、今日は帰ろうか」


53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 02:20:41.51 ID:fal/yz3I0


佐々木「科学がコントロール可能性の拡大だとすると、宗教はそれの放棄と言っていい」

佐々木「そして、宗教の究極の目的を、信仰による『神との同化』だと考える」

佐々木「科学と宗教は、方向性はまったく違うけど、目的は同じなんだね」

 ふむ。いまいちぱっとしないな。

佐々木「まあいいさ。正直、僕も少し疲れたよ。こんなにおしゃべりしたのは久しぶりだ」

佐々木「ところで、キョン。明日は空いているかな」

 ああ。暇だぞ。

佐々木「明日も来てもらえるかな?」

 ここは「いいとも」って答えるところだな。

佐々木「ありがとう。今日はつまらない話をしてしまって、すまなかったね」

佐々木「明日はちゃんと哲学しよう」

 ああ。

佐々木「じゃあ、また明日」

 また明日。


54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 02:24:17.06 ID:fal/yz3I0

一日目終了です。長々と正直すまんかった。

質問、意見、批判等あれば。
あとネタも募集したいと思います。これについて言語ゲームしてくれってものがあれば。
よろしくお願いします。

55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 04:05:41.09 ID:grBPzFXv0

「死後の世界は存在するか?」で

56 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 10:10:43.98 ID:tIjG6Qy6o

>>31
ありがとう、休みになったら読むよ
パンクロッカーっていう喩え面白いな、読む気が起きたwwww

俗な話になるけど
文学部哲学科ってこんな数学や物理学のおなかまみたいなことしてんの?
俺の言ってた学校では入試ので数学必須じゃなかった気がするけど 大丈夫なのか

57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 11:43:44.35 ID:cHlisFAs0

>>55
ありがとうございます
ストック考えつつ書いてみます

>>56
哲学科のことはちょっとわからないですね。
多分哲学者研究みたいなんじゃないかなと思います。誰々を専攻した、とか。
俺自身大学は物理学科で、哲学を勉強したのはほぼ趣味ですので。
こういう科学に関する哲学を科学哲学というんですが、東大なんかにも科哲の院があったので、やっている人はいると思いますよ。

58 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 13:14:11.12 ID:sIWpnr3DO



不完全性定理は初めて聞いたとき感動したなぁ
数学が完全でないことを数学的に証明するって発想が素敵


TEFIを交えて、テセウスの船とか哲学的ゾンビとか面白そう

59 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 20:23:25.86 ID:QtSfNjKho

1ドル800円だと…

61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/07(日) 00:51:17.29 ID:fei4DcSt0

ありがとうございます

>>58
テセウスの船と哲学的ゾンビ把握

>>59
電車の中でテュフwwwwwwって声出たわ
脳内補完よろ

次から長門が出ますが、表記変えた方がいいですかね
佐「 長「 にするとかいっそ書かないとか
読みづらかったのは申し訳ないです

63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:39:31.06 ID:Y2K5GoPl0


 夜、自室でぐうたらしていると、長門から電話がかかってきた。もしもし?

「あなたが今日、ある人物と一緒にいたと報告を受けた」

 ああ、佐々木と一緒だったけど……誰に聞いた? 想像はつく。あの不良生徒会役員め。

「喜緑江美里。明日も彼女と会う?」

 ……はあ。ついため息が出てしまう。ああ、明日も会うぞ。

「わたしもその会合に参加したい」

 俺は別にかまわないけど、佐々木に聞いてみないと。何するかは知ってるのか?

「哲学。許可が出たら教えて欲しい」

 わかった。じゃ、一旦切るぞ。
佐々木の答えは”快諾”だった。


64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:40:32.21 ID:Y2K5GoPl0


「やあ、キョン、長門さん」

 おう、と返事をすると、長門も無言で会釈した。それぞれ飲み物を注文する。
佐々木は、なにやらノートに書き物をしていた。何書いてるんだ?

「昨日の復習だよ。長門さんにも話しておこうと思ってね」

 おお、さすが。気合入ってるな。

「こういうことは忘れないうちに書いておく方がいい。ツイッターなんかも便利だけど、書くのが一番だね」

 偉い。ん、どうした長門。長門が例の本を見つめていた。

「その本を貸して欲しい」

「かまわないよ。はい、どうぞ」

 長門はぱらぱらとその本をめくりだした。数分後。

「概要は把握した」

 ……お前、本気だな。

「……すごいね。じゃあ、昨日のおさらいをしよう」

 佐々木はノートをこちらに向け、話し始めた。

――――――――――――――――――――――――

――――――――――――


65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:41:02.00 ID:Y2K5GoPl0


――――――――――――

――――――――――――――――――――――――

「と、こんな感じだよ。何か意見や質問はあるかな」

 長門がのそりと手を上げた。

「ふふ。はい、長門さん」

「二点。涼宮ハルヒを現時点で神と呼ぶのは間違い、これは正しい結論」

「しかし、彼女が人間という存在を超越できないというのは誤り」

「彼女はすでに、訓練によって自身の能力が向上可能であることを知っている」

「それを加味すれば、願望実現能力によって能力的に人間を超越することは充分可能」

「うーん、そうか。『人間』という表現は間違いだったね」

「原理的には、無限のリソースさえあれば、この世に情報統合思念体に不可能なことはほとんどない」

「確かに物理的な制約は受けるが、あなたたちに足りないのは情報を扱う理論と技術」

「この内容はあなたたちに伝えるべきでないと判断する」

「そして、情報統合思念体が涼宮ハルヒに期待している自律進化の可能性とは、『世界』を超越する可能性のこと」

「……なるほど。君たちにできなくて、彼女にできる”かも”知れない、唯一のことがそれか」

「そう。あなたは物理的側面ではなく、あくまで言語ゲームによって否定すべきだった」

「うん。反省します」

 ……なんかすごい置いてけぼりをくらっている気がする。


66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:42:00.23 ID:Y2K5GoPl0


「勉強になるね。ふたつ目は?」

「これは意見ではないけれど、相対主義について」

「シオドア・スタージョンというSF作家が提唱した、スタージョンの法則と同じもの」

「スタージョンの法則は二種ある」

「『常に絶対的にそうであるものは、存在しない』というもの」

「ちなみに原文は”Nothing is always absolutery so."」

「これは相対主義と同義。わたしもこれには共感を覚える」

「ふふ。僕たちは同好の士というわけだ」

 ふむ。もうひとつはどういう法則なんだ?

「『あらゆるものの九割はクズである』」

 ……。


67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:42:50.43 ID:Y2K5GoPl0


「ひとつ提案がある」

「何かな」

「わたしからも問題を提出したい」

「いいね。歓迎するよ」

 あまり難しいのは避けてくれよ。頼むから。

「了解した。では、『死後の世界』についての問題を提出する」

「うん。それは、『天国と地獄』あるいは『黄泉津平坂』の言語ゲームとほぼ同じものだね」

「じゃあ、日常言語と比較してみよう」

「まずもって、『死後の世界』という言葉を実際にどう使うのか」

 普通は使わない気がするが……オカルト好きな奴しか使わないのと違うか。

「一般的な使用としては、その言葉の前には人名が入る」

「その通りだね。誰々の死後の世界、という言い方をするのが自然だ」

「この二つ、『死後の世界』と『誰々の死後の世界』という言葉では、まったく意味が違うということに注目してもらいたい」

「一方は、『死者にとっての世界』、もう一方は『誰かが死んだ後の、この世界』を指す。あの世とこの世、と言ってもいい」

「今日は少し考える時間を設けようか。僕かキョンが何か思いついたら、再開しよう」


68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:44:50.90 ID:Y2K5GoPl0


 文庫本を広げる長門を尻目に、俺と佐々木が頭をひねっている。少しして、佐々木が話し始めた。

「なぜこのような言葉が生まれたのか、という点については、昨日の『神』の話とほぼ同じだね。キョン、わかるかい?」

 ふむん。わからない。

「誰かが亡くなったとしよう。一方で、その人の遺したもの、というのがあるよね」

「当人が死んで、もうこの世にいないにも関わらず、その影響力は残る。人の記憶の中に残る彼、彼の家、彼の道具、彼の思想……」

「ここで人々は、その影響力を擬人化した。これは神より身近で発想しやすい気がするね。祖先崇拝かな」

「アニミズム的発想」

「そうだね。そして、こう考えた。擬人化された影響力――霊――はもうこの世にはいない。ならば、彼らはこの世ではない別の世界にいるはずだ、とね」

「これが『死後の世界』の興りだよ」

 なるほど。想像力がたくましいな。

「ごく自然な発想だよ。このようにして、死に関するあらゆる妄想、『魂』や『輪廻』が、創り出されてきた」


69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:45:46.92 ID:Y2K5GoPl0


「さて、この話題を少し一般化して考えてみよう」

「我々は、『存在しないもの』について考えることができる」

 存在しないもの、ね。

「『哲学的探求』でも、このことについて触れている箇所がある。『名前、語の意味』という箇所だよ」

「たとえば、そうだな、死んだ人なんかは典型的だけども、ソ連とか邪馬台国とかね」

 ああ、今は存在しないな。でも、普通に使う。

「かつて存在したもの、と言ってもいいね。これは、くつがえる可能性がある」

「たとえば、ブロントザウルスとかエーテルとかね」

「ブロントザウルスは、昔は一般的に使われていたけれども、別の学者が発見した恐竜が実はその若い個体だったことが判明したり、複数の化石の混同によって復元されていた事が判明したりして、学術的には無効になっている」

「まあ、今でも市民権はある程度得ているようだけどね。新しい図鑑には載っていないと思う」

「あとはエーテルだね。この概念は、かつて光の媒体で、宇宙に充満していると考えられていた」

「相対性理論と量子力学によって否定されてしまったけどね」

「今では物理学の歴史という文脈においてくらいしか、使われることはないと思うよ」


70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 02:54:50.48 ID:Y2K5GoPl0


「さて、『テセウスの船』という頓知がある。『アキレスと亀』みたいな、古代ギリシャの頓知だね」

 へえ。アキレスは知ってるけど、テセウスは知らないな。

「引用する。”テセウスがアテネの若者と共に帰還した船には30本の櫂があり、アテネの人々はこれをファレロンのデメトリウスの時代にも保存していた。このため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていき、論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となった。すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのである。”」

「ありがとう、長門さん。そういう話だよ」

 ふうん。別にどっちでもいい気がするけどな……。

「キョン、君がそういう”普通の感覚”を持っていることは、大変すばらしい」

「この話に出てくる哲学者に比べたら、君の方がはるかに健全で正常だよ」

「同意する」

 よくわからんが褒められてしまった。


71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 03:06:53.62 ID:Y2K5GoPl0


「この問題に対する答えは、”実際にどう呼ばれているか”だよ。なんて呼ばれていると思う? キョン」

 そうだな。テセウスの船って呼ばれてるんじゃないか。

「その通りだね。たとえば金閣寺という建築を考えてみよう」

「金閣寺は何度も改修工事が行われているけれど、別に変わりなく金閣寺と呼ばれているよね」

「実用的にはそれで問題ないんだ。まあ、ニュー金閣寺とか金閣寺Uとか、変えてもいいんだけどね」

 さすがに情緒がなさすぎるだろ……。

「じゃあ、置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのか、というのは?」

 新しい方をそのままテセウスの船、古い方を旧・テセウスの船とか元祖テセウスの船とかなんとか、わかりやすく呼べばいいと思うな。

「その通りだよ。実用上はそれでまったく問題ない」


72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 03:27:59.96 ID:Y2K5GoPl0


「ウィトゲンシュタインは先の『名前、語の意味』という章で、こういっている」

「”ある語の意味とは、言語ゲームにおけるその語の使用である。”」

「実は、論理的に正しいかどうかすら、言語ゲームにおいてはさほど重要なことじゃないんだ」

「我々が現にその船をテセウスの船と呼んでいる、その事実こそが、その船をテセウスの船と呼ぶことの根拠になるんだ。元の部品が残っていようがいなかろうがね」

「”それがそうである”正当性というのは、我々が行っている言語ゲームによって担保されるんだ」

 正当性は我々が担保する、ね。

「論理的におかしなゲームは使用に耐えないだろうけどね」

「君が僕や涼宮さんを神と呼ばず、長門さんや朝比奈さんや古泉くんを人間として扱う、そういう行為は、君が打算なく友人として付き合える人間だということを示していると、僕はそう思うね」

「そう」

 そんな風に思ってるのか。うん。なんというか、ありがとう。

「ありがたいのはこちらもだよ。ね、長門さん?」

「そう」


73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 04:01:57.18 ID:Y2K5GoPl0


「さて、話を戻そうか」

「『死後の世界』があると思うかい?」

 死んだことがないからわからんな。

「ない、と断言する。ある意味では情報統合思念体は霊に近いが、彼らとてハードウェアをまったく無くしては存在できない。我々にも死という概念は存在する。例示としてあげるならば、生まれる前のことを考えればいい。そこには何もない」

「うん。キョン、君がさっき言ったように、この手の話はオカルトとされている。それが正常な反応さ」

「人は死への恐怖からありもしない幻想を生み出してきた。言葉を借りれば、”人間が本能的に感じる真の恐怖は二つしかない。物理的に押しつぶされることと、エネルギーを絶たれること、だ。たとえば落下の恐怖とか、溺死への恐れだ。他の恐怖感覚は意識活動によって作り出された仮想にすぎない。幻なんだ”」

「へえ、なかなかいいね」

「SF作家神林長平の作中に出てくる言葉。彼は『死して咲く花、実のある夢』という作品で、死を”コミュニケーション不可能性”と定義した。死をメインテーマにした作品としては、実験的で非常に面白かった。お薦め」

「読んでみたいな。貸してもらえるかな」

「了解した。次回持って来る」

「ありがとう。楽しみにしているよ」

 こいつら結構仲よさげだな。いいことだ。


74 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 04:35:29.78 ID:Y2K5GoPl0

一旦終わります。次は哲学ゾンビについて書く予定です。
今回試験的に括弧の前の名前を省いてみましたがどうでしょうか。問題なさそうならこのままいきます。

ちなみにストックしてあるネタは、「愛」「幸福」「欲望」「自由」「理解」です。大体。

75 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 06:21:21.83 ID:r1MVfj2oo

こういう思考遊びは楽しすぎて危険だよね
題材さえ供給されれば一生独り遊びができちゃいそうだ

76 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/08(月) 11:13:13.14 ID:Ee3zaK+Ko

どういう由来かは知らないけどエーテルって有機化合物の結合とか官能基名として使われてるよな
ギリシャ時代の使われ方とは微塵も関係なさげだけど

77 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/09(火) 02:45:10.32 ID:F+p7DeDp0

ありがとうございます。少し投下します。

>>75
言語ゲームが出来れば飽きますよ。妄想としては面白いですが。
哲学者がバカに見えるようになったら卒業です。
危険というのは同意ですね。哲学は病気です。

>>76
そういえばエーテル結合とかありましたね。
失念してました。すみません。

78 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/09(火) 02:46:11.53 ID:F+p7DeDp0


「こういった『存在しないにも関わらず、哲学的文脈で使われる言葉』というのは、言語ゲームにとって格好の標的だよ」

「こういう言葉の中で最も典型的なのが、『哲学的ゾンビ』だ」

 佐々木は長門を見てうなずいてみせた。長門が解説役というのは定着したわけだな。

「哲学的ゾンビとは、物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間と定義される」

「おもに性質二元論、または中立一元論の立場から物理主義(唯物論)の立場を攻撃する際に用いられる。ゾンビの概念を用いて物理主義を批判するこの論証のことをゾンビ論法、または想像可能性論法と呼ぶ」

「ゾンビ論法とは以下のようなもの。
1.我々の世界には意識体験がある。
2.物理的には我々の世界と同一でありながら、我々の世界の意識に関する肯定的な事実が成り立たない、論理的に可能な世界が存在する。
3.したがって意識に関する事実は、物理的事実とはまた別の、われわれの世界に関する更なる事実である。
4.ゆえに唯物論は偽である」

「また、派生する概念として、行動的ゾンビというものが考えられている」

「行動的ゾンビとは、外面の行動だけ見ていては、普通の人間と区別できないゾンビ。解剖すれば人間との違いが分かる可能性がある、という含みを持つ。例として、SF映画に出てくる精巧なアンドロイドは、「機械は内面的な経験など持っていない」という前提で考えれば、行動的ゾンビに当たる」

「ありがとう、長門さん」


79 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/09(火) 02:46:54.02 ID:F+p7DeDp0


 何にやついてるんだ、佐々木?

「いや、実はこれ、90年代に考え出されたものなんだけれど」

「ふふ、ウィトゲンシュタイン以後に、失礼ながら、こういった下らない議論が出てくるのが可笑しくてならなくてね」

「断言するけれど、まったくお話にならないよ」

「キョン。君の哲学に対する態度は、言語ゲームの立場からはまったく正当なものなんだ」

「君はこの話を聞いて、どう考えるかな? いや、こう言った方がいいかな、君はこの話を聞いて、どうする?」

 どうする、って。まあ、話半分に聞くかな? よくわからんしな。

「オーケー、キョン。それでいいよ。君は優しいから話は聞いてあげるだろうけれど、恐らくとりあわないだろう」

「そう」

 お二人とも、俺のことをよくわかっていらっしゃる。

「じゃあ、言語ゲームの立場から、この考えを批判してみよう」


80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/09(火) 02:53:41.06 ID:F+p7DeDp0

書き溜めます。よろしかったら考えてみてください。
色んな批判がありうると思います。ポイントは日常言語とどう違うか、です。
よろしくお願いします。

83 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:07:12.90 ID:SmTBBWZv0


「その前に、物理主義からの批判を述べておく」

「おっと。その方がいいかもしれないね。お願いするよ、長門さん」

「了解した。物理主義からの批判は、『ア・ポステリオリな必然性』と呼ばれている」

「現時点の私たちにゾンビは一見論理的に可能に思えることは認めつつ――これはしばしばゾンビ直感と呼ばれる――、そうした直感は主に現在の私たちの神経系への無知に起因する、という形で行われる」

「つまり神経系への理解がまだ中途半端な段階にあるから現象体験を完全に欠いた人間の機能的同型物などというものを想像できるのであり、もし神経科学の知識が深まっていけば、そうした存在は論理的に不可能であると理解できるだろう、というもの」

「先ほどのゾンビ論法においては、物理学という言葉の前に、常に『現在の』という条件をつけねばならない、という主張」

「うん。これはさっきのエーテルの話と同じだね」

「哲学的ゾンビはあくまで仮定のもので、唯物論は偽である”かもしれない”ということだね。論理的には正しいよ」

「そう」

「ああ、エーテルよりわかりやすいたとえを、今思い出したよ。『天動説』は典型的だったね」

 おう、その方がわかりやすいな。

「まあ、これだけでも批判としては充分な気がするけれど、言語ゲームじゃないからね」


84 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:07:40.87 ID:SmTBBWZv0


「まず、行動的ゾンビを考えてみよう」

「長門さんはある意味では、行動的ゾンビと言える」

 えっと、なんだっけな。対有機……。

「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」

 それだ。

「さて、長門さんは、行動的ゾンビだろうか」

「二重の意味で違う。ひとつは、わたしには意識体験はある。ひとつは、たとえ解剖したとしても、現在のあなたたちの技術ではわたしと人間は区別できない。わたしは少なくとも”機械”ではない。よってわたしは行動的ゾンビでもなければ、哲学的ゾンビでもない」

 ……だ、そうだ。

「うーん。あまり適切なたとえじゃなかったな。尊厳を傷つけてしまったかな。ごめんね、長門さん」

「大丈夫。謝罪には値しない。しかし、わたしをたとえにするのは適切でないと判断する」

「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう。でも長門さんが今言ってくれたことは、重要な示唆を与えてくれたよ」


85 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:08:21.32 ID:SmTBBWZv0


「哲学的ゾンビは『わたしには意識体験はある』と主張するだろうか?」

「この問いに含まれていることが、哲学的ゾンビが言語ゲームとして間違っていることを示しているね。どうだろう、キョン?」

 あると主張するだろうな、もちろん。

「そうだろうね。ところで、君は僕が哲学的ゾンビではないと証明できるかな?」

 無理じゃないか? お前が「僕は哲学的ゾンビです」なんて言い出したら、病院に連れて行くが。

「それは違うよ、キョン。少し前に言ったように、我々の言語の正当性を担保するのは、我々だよ」

「君や他の人が、僕の意識体験を正しいものとするなら、それが正しいんだ。僕に『意識体験』があろうがなかろうが、ね」

「むしろ、それを意識体験と呼ぶ、と言った方が正しいかな」

「つまり、意識体験がある、という主張をするなら、哲学的ゾンビにも意識体験がある、と言わなければならない」

「言語ゲームからの批判はこういうものだ。”もし意識体験があると主張するならば、哲学的ゾンビは存在しない。もし哲学的ゾンビを認めるならば、全ての人間に意識体験が存在しない可能性を認めねばならない。しかし、これは現実的ではない”」

「よって哲学的ゾンビは存在しない、というわけさ」

 ふむん。


86 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:10:20.04 ID:SmTBBWZv0


「どうかな、長門さん?」

「おおむね正しい。より正確に表現するなら、”哲学的ゾンビは想像可能ではあるが、言語ゲームとしては誤っており、なんら有意味な主張ではない”とするべき」

「うん」

「逆に言語ゲームを離れた立場――主に形而上的な――に立てば、この主張はまったく有意味でありうる」

「そうだね。困ったことに」

「しかし、哲学的ゾンビに限らず、想像可能性論法を用いれば、これと同型の主張は無数に可能」

「このような主張が生産的であるとは言いがたい」

「僕もそう思うよ。僕が物理主義をある程度擁護するのは、それがオッカムの剃刀の見方から言っても、現実的で無駄がないから、というだけに過ぎないけれどね」

「不必要な仮定はいくらでもできる。それはもしかしたら正しい仮定かもしれない。でも、それが一体何になるんだ? 生きていく上で不要なら、それは捨て去るべきだ」

「ウィトゲンシュタインは論考でも探求でも、常にそういう態度だった。シンプルで、美しい。そういう価値観を教えてもらったことは、ありがたいと思うよ」

 お前は本当にウィトゲンシュタインが好きなんだな。


87 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:11:17.89 ID:SmTBBWZv0


「さて、そろそろお昼時だね。実はお弁当を作ってきたんだけど、どこか外で食べないかい?」

 お。いいな。じゃあ、川の方まで歩いてみるか。どこか日陰で食べよう。

「そうしようか。お口に合うといいな」

「楽しみ」

 そうして俺たちは、暑いなか川原でお昼を食べた。佐々木が作ってきたのはサンドイッチとバラエティに富んだおかずだった。なかなかおいしかったが結構な量があり、食べきれるか不安だったが、長門がしっかり食べ切ってしまったのだった。


88 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/12(金) 05:32:30.11 ID:SmTBBWZv0

哲学的ゾンビについては以上です。

93 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:07:29.59 ID:KhbI4oGr0


 昼食を外でとってまた喫茶店に戻ってくるってのも、少々おかしな気がするな。

「そうかな? 外の空気を吸うのも悪くないよ」

 気分転換は大事だ。今日みたいにロハでうまい昼飯が食えるなら、むしろそのために来てもいいくらいだな、俺は。……そういう意味じゃなくて、店側としてどうなのか、と。

「迷惑をかけているわけじゃないんだから。気にしすぎだよ」

「そう。売り上げには貢献している。問題ない」

 そんなもんかね。まあ、奇行はいつものことか……。

「おしゃべりするのにいい環境だからね。図書館じゃできないし。僕は常々思うのだけれど、図書館か本屋さんに喫茶店を併設するべきだ」

「同感。きっと繁盛する。少なくともわたしが利用する」

 はは、確かに一部の人間は入り浸りになりそうだ。


94 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:08:03.58 ID:KhbI4oGr0


「まず午前中のおさらいをしておこう」

 ん、死後の世界と哲学的ゾンビだったか。

「そうだね。これらの実在しない概念は、言語ゲーム的には解消されたと思う」

「見通しを良くするために、もっと一般化してみよう」

「死後の世界を『オカルト』、哲学的ゾンビを『心の哲学』とカテゴライズすることにするよ」

「オカルトは、宗教や神秘主義や疑似科学を含む。心の哲学は、同様の思考実験――チューリングテスト、マリーの部屋、中国語の部屋など――や心の哲学の諸問題を含むと考えよう」

「実際にはこの二つの境界は曖昧だし、『オカルト』というと語弊があるけれど、便宜上こうするよ」


95 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:08:39.64 ID:KhbI4oGr0


「この二つのカテゴリーは、ほとんど同様の方法で問題を解消できるはずだ」

「しかし、心の哲学が解消されればそこで終わってしまうのに対して、オカルトは価値観の問題に帰結する」

「たとえば信仰というものは、言語ゲームを離れた場面で明らかに意味を持っているからね」

「文化的側面があるか否か、というのが、二つの大きな違いだと思うよ」

「このような文化的側面から見た形而上学は、現代ではポスト構造主義として主にフランスで研究されているようだ」

「僕はフランスの哲学――実存主義から構造主義、そして脱構築という流れ――については不勉強だから、詳しくは話せないけれど」

「興味があったら勉強してみるといい。レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』を今読んでいるけれど、なかなか面白いよ」


96 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:09:14.09 ID:KhbI4oGr0


「さて、午後の話題は何にしようか」

 好きなことを話してくれてかまわんぞ。聞きに来てるわけだし。

「それだけじゃあ面白くないだろう? 長門さんみたいに、君も話題を提供してくれていいんだよ、キョン」

 それもそうか。言われてもすぐには思いつかないし、考えておくよ。宿題だな。

「期待してるよ、キョン」


97 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:09:48.05 ID:KhbI4oGr0


「よし。じゃあ今回は、『愛』について話すことにするよ」

 深遠なテーマだな。やっぱり漠然としたイメージしかない。

「うん、僕もそうだったよ。言語ゲームのいいところは、アプローチが簡単なところだね」

「よくわからないものに対処するのは大変だ。専門家でもないと、方法がまずわからないからね」

「その点言語ゲームは、日常言語を基準にするから、アプローチが簡単なんだ」

「さて、『愛』という言葉は、日常言語でどのように使うかな?」

 そうだな。恋愛、愛情、愛猫、とか。

「君の家にはシャミセンがいたね」

「愛憎、愛着、愛用、敬愛、家族愛、隣人愛、愛玩、愛顧など多様」

 愛がゲシュタルト崩壊しそうだ。


98 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:10:23.34 ID:KhbI4oGr0


 そういえば、お前は「恋愛は精神病だ」なんて言ってたな。

「ああ、それについては、誤りだったと認めざるを得ないね」

 なんでだ?

「端的に精神病ではないからさ。恋愛がある種の幻想であることは確かだし、現代の『恋愛』という行為が少々病的であることも確かだけれどね」

「恋愛については数多くの名言があるけれど、オルテガ・イ・ガセーの言葉が的を得ていると思う」

「”性本能なしにはいかなる恋愛も存在しない。恋愛はあたかも帆船が風を利用するように、この粗野な力を利用する”だったかな」

「オルテガの言葉は、アインシュタイン交点というSF小説にも引用されている。”人は恋をするとき、相手にありもしない幻想を抱く。その幻想が終わったとき、恋もまた死ぬ”という趣旨」

「うん。彼は恋愛という現象について、実直に何が起こっているかを見ているね」

「恋愛は、普通の言葉だし、健全な行為だ。恋愛は精神病だ、と僕が言うとすれば、異常なのは僕の方だ、と気がついたんだ」

 ふむん。


99 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:10:57.08 ID:KhbI4oGr0


「僕は、なぜ自分が”恋愛は精神病だ”と言ったのかを考えなければならなかった」

「恐らく、僕は恋愛をしたことがない。これはさっきの”幻想を抱く”という行為が間違いだと僕が思っているせいだ」

「他人に対して幻想を抱くのは、これも普通の行為だ。でも僕は、幻想を持って、それが裏切られるという経験から、臆病になってしまったんだと思う」

「他人に裏切られるのは、辛いし、苦しい。それが怖ろしい。そこで僕は、幻想を持つことをやめれば、裏切られることはないと考えたわけだ」

「その戦略の是非は別にして、論理的には正しい。それに、幻想を抱くという行為は、ある意味では相手の尊厳を無視した行いであるとも言える」

「うん。それも考えたよ」

「恋愛が幻想を抱くことだとするなら、僕は恋愛をしたことがない。いや、厳密には、幻想を持つのは誤りだという価値観を持っている以上、恋愛をすることはないだろうと思う」

「ところが、僕は現に性別をもった人間だ。当然、性的な興味を持っているし、それからは逃れられない」


100 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:11:56.13 ID:KhbI4oGr0


「実例を挙げよう。僕が一番懇意にしているのは、男女含めて考えても、君だよ。キョン」

 ああもう、恥ずかしいこと言いやがって。光栄至極に存じますよ。

「僕は君に対して幻想を抱きたくはないし、多分成功していると思う。君も僕に対して幻想なんて持っていないだろう」

 そうだな、多分。

「それが僕にとってはすごく楽だし、価値のあることなんだ」

「しかしさっき言ったように、僕は女性で、君は男性だ。君に対して性的な魅力を感じないと言えば、それは嘘になる。ここが悩ましいところさ」

「時折、自分が女であることが疎ましくなるよ。君に対してこういう話し方をするのも、実はこの辺から来ているんじゃないかと思う。完全にコンプレックスだよ」

「我ながらなんというか……可笑しくなるね」

 そう言って佐々木は、少し困った顔をしてみせた。うーん。俺も似たような感じだぞ? 一応男だしな……。

「まあ、僕の話は置いておいて、恋愛は精神病ではない、というお話さ」


101 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:13:50.34 ID:KhbI4oGr0


「少しいい?」

「何かな、長門さん」

「結論は同意する。客観的に見て、あなたたちの関係は友人のそれ」

「もしあなたたちの関係が変化するとすれば、それは行動に表れる。家族を形成する行為がそれに当たる。簡単に言えば、性交渉するかどうか」

「なっ……」

 うぉい!

「事実。興味があるのなら試せばいい。統計的に見ても、性交渉の際の相性は重要なファクター」

「ただし、現在のあなたたちを取り巻く状況から考えると、安易に実行に移すのは良い結果は生まないかもしれない」


102 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:14:34.80 ID:KhbI4oGr0


「……確かにその通りだね。いやしかし、はっきり言ってくれる……」

 はぁ……。長門、お前、団活ではそういう爆弾発言はしてくれるなよ。心臓に悪いぜ……。

「もちろんしない。この場だから言った。それに別段あなたたちに限った話ではない」

「あなたたちは今言ったことは想定しているはず。動揺するとは思わなかった。ユニーク」

 お前にはデリカシーという言葉の意味を教える必要があるな。

「うーん。言葉にしないことで、あえて考えないようにしていたんだよ。意識しないようにするのは大変だから」

「……軽率だった。許してほしい」

 まあ、いいさ……。この話は終わりにしよう。しばらく佐々木の顔をまともに見れる自信がない。

「同感だね」


103 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 03:19:44.58 ID:KhbI4oGr0

脱線してしまった
今日の分は以上です

佐々木ぺろぺろ

106 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 00:54:56.04 ID:ItTDQzPY0


「ふう。だいぶ脱線してしまったね。『愛』についてに話を戻そう」

「先ほどの言葉に共通する事柄はなんだろうか?」

 なんだろうな。

「不明瞭。『愛する』という行為に限っても、意味も対象も多様。人間、生物に限らず、物や行為、概念にまで及んでいる」

「そうだね。実は、愛の意味を理解した――と勝手に思っているんだけれど――のは言語ゲームのアプローチからじゃないんだ」

「結論から言ってしまうと、僕は『愛』とは自我の拡張だ、と考えている」

 ふむん。

「続けて」


107 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 00:58:25.79 ID:ItTDQzPY0


「きっかけとしては二つあった。ひとつは、コミュニケーションについて考えていたことだね」

「実際のコミュニケーションは非常に複雑で扱いづらいんだ。『探求』のなかでも、かなり単純な言語ゲームを仮定して話を進めている」

「コミュニケーションは何も言語に限られたものじゃない。相手の表情、仕草や、社会的立場、その場所に公共性があるかどうかなど、さまざまな要因があるからね」

「そこで単純化して考えるわけだ。数学や物理で言う、近似のようなものかな。簡単なモデルを建てるんだ。これをモデリングという」

「僕はゲームをモデルとして採用した。ボードゲームやカードゲームみたいな、ごく普通のゲームだよ」

「最初にキョンに説明した通り、ゲームというのはある種のコミュニケーションと捉えることができるんだ。言葉を使わないコミュニケーションだね」

「君は普段ゲームをしているかな、キョン」

 ああ、ボードゲームならよくやってる。古泉と。

「面白いかい?」

 そりゃ面白くなきゃやらないぞ。まあ、暇つぶしも兼ねてるが。

「なぜ面白いと思うのかな」

 うーん。難しい質問だな。


108 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 01:00:54.49 ID:ItTDQzPY0


「きっかけとしては二つあった。ひとつは、コミュニケーションについて考えていたことだね」

「実際のコミュニケーションは非常に複雑で扱いづらいんだ。『探求』のなかでも、かなり単純な言語ゲームを仮定して話を進めている」

「コミュニケーションは何も言語に限られたものじゃない。相手の表情、仕草や、社会的立場、その場所に公共性があるかどうかなど、さまざまな要因があるからね」

「そこで単純化して考えるわけだ。数学や物理で言う、近似のようなものかな。簡単なモデルを建てるんだ。これをモデリングという」

「僕はゲームをモデルとして採用した。ボードゲームやカードゲームみたいな、ごく普通のゲームだよ」

「最初にキョンに説明した通り、ゲームというのはある種のコミュニケーションと捉えることができるんだ。言葉を使わないコミュニケーションだね」

「君は普段ゲームをしているかな、キョン」

 ああ、ボードゲームならよくやってる。古泉と。

「面白いかい?」

 そりゃ面白くなきゃやらないぞ。まあ、暇つぶしも兼ねてるが。

「なぜ面白いと思うのかな」

 うーん。難しい質問だな。

110 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 01:24:21.16 ID:ItTDQzPY0


「質問を変えようか。どういうときに面白いと感じるかな」

 勝ったときかな? でも、あまり圧勝するのもつまらないな。古泉のやつ、ああ見えて弱いんだ。

「うん。僕が注目したのもその点なんだ」

「ゲームの面白さは二種類ある。ひとつは勝利、もしくは目標を達成すること。もうひとつは、相手と実量が拮抗していること、もしくは目標達成が適度に難しいことだ」

 ふむ。

「どちらも重要だけれど、ここでは後者に焦点を当てるよ」


111 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 01:25:07.66 ID:ItTDQzPY0


「我々人間は、さまざまなゲームを創りだして来た。じゃんけんのような簡単なものから、スポーツやビデオゲームまで」

「自分の好きなゲームを思い浮かべてほしい。君なら、将棋やチェスなどのボードゲームだ」

「ルールは簡単だけれど、盤上の駒の動きは非常に複雑なものになる。定石や戦法も発達しているよね」

 プロもいるくらいだからな。

「ゲームに勝つためには、高度な知識と技術が必要になる」

「実力が拮抗しているということは、相手が自分とほぼ同水準の知識と技術を持っているということなんだ」

「彼らは言葉をかわさずとも、相手を理解することができる。そして”いい勝負”ができるということは、それ自体が面白さを感じさせるし、そこにある種の喜びを見出すことができる」

「そして、よく言われることだけれど、”いい勝負”ができたときには、その勝敗はあまり重要ではないんだ」

「勝っても負けても、満足することができるからね。”いい勝負”をするということは、メタゲームになっているね。そのゲームの枠を超えている、ということだよ」

「そこで僕は思ったんだ。これは、愛と言ってもいいんじゃなかろうか、とね」

 なるほど。ちっと大仰な気がするが、そう言ってもいいんじゃないか。


112 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/08/26(金) 01:26:46.00 ID:ItTDQzPY0


「まあ、彼我の間に何のコミュニケーションもなければ、そこに愛が生まれようはずもないけどね」

「ふたつ目の話をしよう。アイデンティティ、というと少し語弊があるかな。自我、あるいは”私”というものが、なぜ”私”なのか、という問題だ」

「自分が自分として成立するためには、自分と世界を区別する必要がある、と僕は考えている」

「これには、知性がいかにして成り立っているのかを、考える必要がある」

115 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:05:47.84 ID:j5+QKase0


「ちょっと上手くまとめる自信がないから、直接引用させてもらうよ」

「知能の中心や意識の底に何があるか考えたことがあるだろうか? その部分、脳髄や意識下にあるのは、実は深遠な思想などではなく、この世界=環境と密接に結びついた身体と身体を制御機能が脈打っている。我々の知能の中心にはまず身体の問題があり、そこから知能は世界に繋がっているのである」

「進化の歴史の中で、発生の過程の中で、身体の諸部分は身体構造と環境との間で構築した構造の上に分散した認識・適応・対応機能を有しており、内臓の自律運動と共に脳の基本部分で統御される。意識や知能は、その基本自律機能の上に定立し、五感に加えて身体諸機関が捉える世界を見せられている」

「つまり我々は他ならぬ身体そのものによってこの世界を捉えており、捉えると同時に自身の存在を確認する。世界を感じる事は同時に感じられる事である。故に知能の機能の多くは身体性の上に実現されており、純粋な思考等は最後の僅かな部分を占めるに過ぎない。然しこの最後の僅かな部分が人を人たらしめる」

「人間の思考の特徴はその独特の遅さにある。この遅さは所与の情報を抽象化し身体自身をも対象化する程の高度な抽象性の上に思考を展開することを可能にする。この思考は荒野で獲物を駆るチーターの俊敏性などとは真逆にあるものであり、反射性と適応性に欠けるがゆえに長期的で抽象的な思考を可能にする」

「身体と知能を含めて知性と呼び、知性を最大限の意味で捉えると、身体は常に思考していると言える。意識の上に登って来なくても、我々の身体を調整し、眠っている間でさえ寝返りをうち姿勢を制御することを知っている。一方で、高度な思考は行動を伴わないことがあるほどに、身体から切り離されている」

116 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:06:21.94 ID:j5+QKase0


「ある意味で、高度な思考は、途切れのなく高速で循環する身体の思考に対して、情報を遅延し身体の制御の束縛から離れることで展開し対立する。この身体の思考と知能の乖離は、知能が産まれた時からの約束であり、人類が進化する限り継続して行く。現代社会のストレス問題も肥満の問題もこれを起源とする」

「身体の思考の構築において大切なのは、各身体部分と感覚と運動(=世界の関わり方)であり、身体の諸部分の状態や取得した情報を持って、世界と自己の状態とし、身体的思考を循環させる仕組みを構築せねばならない。ここで大切なのは身体が世界を捉え、身体が思考するという視点である」

「高度な思考は、前者の思考をメタ的に俯瞰しながら、介入する思考である。そこでは、循環する思考を対象化し、身体を対象化し、自己を対象化することで、反射的機能を乗り越えて、遅延した世界における自己の存在を再定義するための機能である。そこでは感覚が捉える世界の要素が記号化される」

「高度な知性とは、この二つの思考を合わせ持つ知能であって、身体の思考の上に抽象的思考がメタ構造として君臨することで、あるいは乗っかっているシステムの形を取る。身体の思考がバランスを崩せば、高度な思考も同時に脅かされる。身体は常に周囲の環境の自己との関係を意識に知らせる」

「意識は、その基底にある身体からの対象化された素体(記号化)をもとに、自由に素体たちと相対化された自己を組み合わせることで思考を行う。それは多くの場合、世界のルールに従った思考であり、時に予測(=シミュレーション)として、時に論理として、時に推論として、知能の表層の現象として現れる」

117 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:07:15.47 ID:j5+QKase0


「知能を実現するには階層構造に目を向けなければならない。まず、一番下の層には身体全体があり、身体諸機関を通して世界を認識する。かつ、身体諸機関は、高度な知能に頼ることなく、自律的に世界の各部分に適当する能力を持ち、運動する。それらは、内臓機能の制御を含み脳の基本部分で統御される」

「身体を第一層、それらを統御する知能を第二層とすれば、この第一、二層を含めた運動が、身体の思考と呼ぶべきものである。次にこの二層の上に立つメタ知能が、抽象的知能と呼ぶものである」

「この知能は、身体の反射循環機能から離れ、自己の身体を世界から独立し相対化させ、遅延する情報の世界で、下位の層の思考が対象化させ現出させた世界の各要素を組み合わせて思考する能力を持つ。そして、その結論から得られた判断に基づいて、身体の新しい制御を、下位の層に渡す」

「全体的な知能を実現しようとすれば、身体によって捉えられた世界、そして、身体の制御と欲求によってその世界をさらに対象化させ、記号化させるという、多重に変換された世界をまず捉えねばならない。それは、生々しい生のダイナミクスをエンジンとする、対象化された記号の舞い踊る世界である」

「このように、知能は世界から独立し俯瞰するシステムではない。むしろ、世界と自律的身体が協調するダイナミクスを、その根幹の部分に抱えながら、尚かつ、その運動を相対化し、対象化し、その運動を乗り越えた場所で思考しようとする抽象的思考を含む、複合システムである」

118 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:07:47.75 ID:j5+QKase0


「以上が知性の成り立ちについての話だよ。Togetterの『デジタルゲームにおけるキャラクターAI構築のために必要な身体性について』というまとめから引用させてもらった」

「これは非常にいいまとめだと思う。興味があればぜひ読んでもらいたい」

「これが、高度な思考――意識あるいは自我――が、世界から相対化され、区別されなければならないという根拠だね」

「同時に『動物』というものは、高度な思考を持たないがゆえに、自我を持たないというアナロジーとして使えるんだ」

「もちろんヒト以外の生き物も、ウィルスや細菌のようなものから、類人猿やイルカなどの高等哺乳類まで様々だし、人間でも乳幼児は高度な思考を持っていない。グラデーションだね」

「自己というものを定義するためには他者という存在が必要。しかしその背景には高度な意識作用が働いている。幼児にできないのは当然。一生それを認識できずに死んでいく大人も珍しくはない」

「そうだね」

 ふむん。難しいな。

119 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:08:17.39 ID:j5+QKase0


「さて、ここからは僕の仮説――というか妄想かな――なんだけれど」

「生物の進化において、人間はついに高度な思考、意識、自我あるいは自己を持つに至った。もし知性がこれから発達するとしたら、それはこの”私”と”世界”の対立を解消する方向へ行くのではないか、と発想したわけだ」

「僕にはその方法はふたつしかないように思える」

「ひとつは自我がなくなることだ。動物は自我を持たない。それはつまり、世界と対立しないということを意味する。動物はある意味では、”世界そのもの”なんだ」

「もうひとつは、自我あるいは自己が拡張し、世界がすべて私になること、だ」

「そして、人間はその手段を持っているんじゃないか、と思った。人間は自分ではないものに対しても、まるで自分のことのように想い、行動することができる。『自我の拡張』、それが僕の考える愛の正体だ」

120 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:09:08.91 ID:j5+QKase0


「どう思うかな?」

 うーん。言葉が出ないな。まさか愛についてここまで理屈っぽく説かれるとは思いもしなかった。

「興味深い。確かにそれなら、様々なものを対称とする愛というものを一貫して説明できる」

「先ほどのゲームのたとえでも、自我の拡張によって自他の区別がなくなるとすれば、そこにおいて勝敗は意味をなさなくなる。どちらが勝っても負けても、それは自分なのだから」

「……なるほどね。すばらしい指摘だね、長門さん」

「多くのSF作品で、人類の進化、あるいは人類より進化した宇宙人として”意識の集合体”のようなものが登場する」

121 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:09:44.58 ID:j5+QKase0


「クラークの『幼年期の終わり』に始まり、グレッグ・ベアの『ブラッドミュージック』、最近では伊藤計劃の『ハーモニー』も似たアイデア。同じ発想を多くの人間がしている点も興味深い」

「へえ。面白そうだね」

「持ってくる。面白さは保障する」

「ありがとう。さて、今日の話はこれでおしまいだよ」

「せっかくの夏休み、あまり時間を取らせても悪いし、解散しようか」

「明日も楽しみにしている」

 当然のように明日もやるわけね。いや、面白いからいいけどな。
そうして俺たちは会計をすませ、それぞれの帰途についた。

122 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 02:17:16.99 ID:j5+QKase0

愛については以上です
投下間隔が長くなって申し訳ない……ちゃんと毎日書こう
意見質問等ありましたらぜひ

125 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 10:24:58.00 ID:UIFj8rHB0

乙。

博愛は前者の自我を持たない動物的な世界に当たるのかな?


テーマは時間とかお願いします。
ここの時間感覚の違いとかその辺を。

126 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/05(月) 18:30:06.95 ID:d1wZnWd60

ありがとうございます
書いてみます

>>125
すみません
博愛〜と時間感覚〜の文意が取れないのですが
博愛は動物的な世界に対する愛情に当たる、ということでしょうか
「ここの」ってなんでしょう?

127 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 09:36:36.43 ID:nfajG4SDO

うん、書き方が悪くて申し訳ない


博愛については主が『自我の拡張』が愛だと言ったけど、どういうわけか俺は「私と世界の対立を解消する」ことの過程そのものが愛だと思って、自我の拡張は世間一般でいう愛に当たり、博愛という考えは自我の解消という動物的な世界に近いと思ったんだ。

ダメだな、うまく説明できない。自我の拡張でも博愛を捉えることは出来るし、妙な解釈した奴がいると思ってもらえれば



ここの、は個々の、の変換ミス。
主観的な時間の体感速度の変化についてという意味で受け取って貰えれば。




どうもうまく説明できない。スレ汚し申し訳ない

128 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 15:32:44.13 ID:Mci8y2Ri0

博愛は字義的には「広(博)く愛する」ですが、基本的に人間を対象にする言葉みたいです
人間以外のものを愛する=自我の解消ではないか、ということでしょうか?

人間=知性を愛するということと、人間以外のもの=世界を愛するということの違いは、それが双方向的であるか一方的であるかの違いです
世界から愛が返ってくることは残念ながらありません
厳密に言えば人間相手でもその振舞いによってしか愛されているということは認識できず、また偶発的に世界から愛されているかのような状況が生まれることはありえます
「幸福とは快楽ではない。それは、ほとんどの場合勝利である」という言葉があります
ある運の要素が絡むゲームにおいて勝利するということは、世界から愛されていると解釈可能な状態であると考えられます
宗教においても恐らく幸運は神に愛されている証左とされているはずです
個人的には詭弁だし錯覚だろ、と思いますが、それが宗教の宗教たる所以でしょうね

時間については了解しました
今晩あたり投下できるかと思います

129 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 02:55:29.89 ID:jMOBWVQP0


 次の日、喫茶店には既に佐々木と長門がいた。なにやら本を広げている。長門が持ってきたSF小説らしい。

「やあ、キョン」

 おう、と返事をして机の上を見やると、一冊の本のタイトルが目に入った。『虐殺器官』と書いてある。なにやら物騒なタイトルだな。

「最近人気らしいよ」

 へえ。

「僕も持ってきたんだ。ネタにしようと思ってね」

 佐々木が取り出した本には、『これからの『正義』の話をしよう』と書いてある。これはテレビで見た気がするな。なんだっけ……白熱教室? だったか。

「○HKで放送していたね。僕は見逃してしまったよ」

 俺も見てないんだけどな。そうだ、今日は宿題をやってきたぞ。

「えらいね、キョン」


130 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 03:21:12.76 ID:jMOBWVQP0


「はじめる前に昨日の反省をしたい」

「うん。いいよ」

「貞操観念について。わたしは昨日これを考慮していなかったために失敗した」

「現代の貞操観念というものは、非常に混沌としていることがわかった」

「あなたたちのように、いわゆる”貞淑さ”を美徳とする社会常識がある一方で、ポルノ産業が暗黙のうちに肯定されているという現状があり、一部の女性はその提供者となっている」

「そしてほとんどの男性はそれを享受している」

 ……ぐうの音も出ないな。

「性に関する問題は、社会、家族、また現代では特に経済と不可分」

「歴史的にその要因を特定することは困難だが、現代の売買春において、若者が金銭的あるいは精神的な希求によって売春し、それを大人が買う、という歪んだ現象が起こっている」

「また現代では計画性のない妊娠も多くの場合問題となる。子どもを育てるにはかなりの資金を必要とする。また一方には少子化の問題もある」

131 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 03:21:52.87 ID:jMOBWVQP0


「あなたたちの常識が間違っているとは思わない。また、一部の非生産的な現象――多くは不幸を生む――は止めるべきだと思うが、方法論としてどうすればより良くなるのかはわからない」

「しかし、より良くなるためには社会構造の変化は必要。そして貞操観念というものも不変ではありえない」

「現にあなたたちの貞操観念は、高々数十年から百年単位でしか成立していない。詳細は省くが調べればわかる」

「わたし個人は、貞操観念に縛られる必要はないと考える。堕胎や病気は問題だが、避妊技術もある」

「性交渉そのものにはさほど問題はない。生き物として自然な行為だし、コミュニケーションの一種」

「いい分析だね。たかがセックス、されどセックス、というわけか」

 あんまり連呼するなよ。まあ、長門らしいっちゃらしい意見だな。

「これらを考慮すると、あなたたちには荷が勝ちすぎる。あらためて謝罪する」

「気にしてないよ」

 ああ。教えるまでもなくて助かる。でもお前、その調子でやっちゃったりしないだろうな。お父さん許さんぞ。

「わたしは興味がない。大体、宇宙人と人間のゆきずりの関係など、今時三流のスペオペでもやらない」

 ……そうか。お父さん安心した。あと佐々木、笑いすぎ。


132 名前:世界五分前仮説[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 03:22:40.31 ID:jMOBWVQP0


「じゃあ、キョンの宿題を聞こうか」

 おう。有名どころで、世界五分前仮説なんてどうだ。

「なかなかいいところをついてきたね。それは、ウィトゲンシュタインの師である、バートランド・ラッセルによって提唱された問題だよ」

 へえ。そうだったのか。

「詳しくは知らないんだけれど。長門さん、お願いできるかな」

「了解した。原文を引用する」

「世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない。異なる時間に生じた出来事間には、いかなる論理的必然的な結びつきもない」

「それゆえ、いま起こりつつあることや未来に起こるであろうことが、世界は五分前に始まったという仮説を反駁することはまったくできない。したがって、過去の知識と呼ばれている出来事は過去とは論理的に独立である」

「そうした知識は、たとえ過去が存在しなかったとしても、理論的にはいまこうであるのと同じであるような現在の内容へと完全に分析可能なのである」

「以上」

「ありがとう、長門さん」


133 名前:世界五分前仮説[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 03:23:17.43 ID:jMOBWVQP0


「端的に表せば、これは『因果律が論理的な必然性だけからは導けない』という命題と同義」

「心の哲学と構造はほぼ同じ。時間の哲学、オッカムの剃刀や反証可能性と関連する」

「なるほど。じゃあ、言語ゲームの立場からこれを批判してみよう。先に言っておくけれど、この問題も哲学的にはほとんど価値はない」

 時間置くか。コーヒーのおかわりを注文しよう。

「うん。僕はこの問題は、『過去』の言語ゲームによって解消できると思う」

 おっと、速いな。

「日常言語の過去という言葉は、その使用において、『記憶』『記録』『推測』という三つの要素から成り立っていると言っていいと思う」

「重要なことは、過去は絶対的なものではない、ということだ」

「記憶、記録、推測が間違っている、そしてそれが覆るということは充分ありうる。よって過去は常に変化する可能性を持っている」

「つまり先のラッセルの言葉で言えば、『過去の知識と呼ばれている出来事』は、それが端的に過去を示している」

「と言うよりも、それ以外の何ものを以って過去と呼べるのか疑問だね」

「過去という言葉の定義には、事実として世界が五分前に始まっていようが十億年前に始まっていようが、『過去の出来事の実在』は関係しないということだ」

「”過去の知識と呼ばれている出来事は過去とは論理的に独立である”という命題は、偽なんだよ」


134 名前:世界五分前仮説[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 05:01:00.92 ID:jMOBWVQP0


「消失事件における世界改変では、ある意味では過去の出来事は実在していないと言える。世界はその時創られたと言ってよい」

「もし仮にわたしがあなたの記憶をも改竄していれば、元の世界への手がかりは実質失われる。そしてその仮定の世界においても『過去』という言葉は変わらず『過去』であり、何ら問題は生じない」

「あってもなくても同じならば、この仮説は必要ない。これがオッカムの剃刀による批判」

 ふーむ。

「ただ、世界五分前仮説が偽であったとしても、なお『因果律が論理的な必然性だけからは導けない』と言う命題が偽であることにはならない」

「そうかな?」

「少し言葉を選ぶべきだった。正確には言えば、『因果律は経験的仮定である』という命題は偽ではない」

「そんな仮定はいくらでもあるよ。そもそも『原理』とされているものは皆仮説じゃないのかな」

「それならむしろこう言うべきだと思うね。『全命題は仮説を基にしている』と」

「これは第一問題に直結する。ライプニッツの言葉を借りれば、『なぜ世界がこのようになっていて、別のようでないのか』あるいは『なぜ何もないのではなく、何かがあるのか』」

「存在の問題だね。今回はよしておこうか」

 やらないのか? 興味あるんだが。

「これは哲学における最大の問題であるとされているんだ。ウィトゲンシュタインも論考でこう書いている『世界がどのようになっているか、でなく、世界があるということ、これが謎である』」

 へえ。いつかやろうぜ。

「いいよ。さしあたっては話を戻そうか」


135 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 12:45:40.54 ID:SlLcC0yDO

オッカムの剃刀って何だっけ
何かを考えるときに余計なことは考慮すべきでない
みたいな解釈で合ってる?

136 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 18:17:02.15 ID:w6KBrIlw0

あってます正確には
ある事柄を説明するためには、必要以上に多くの前提を仮定するべきでない
というものです

137 名前:世界五分前仮説[sage] 投稿日:2011/09/08(木) 04:33:47.20 ID:NEuBezJY0


「さて、デュエム-クワインのテーゼというものがある」

「引用する」

「クワインは論文『経験主義の2つのドグマ』の中で、信念の検証に関する全体論を主張する。それによると、われわれの信念の体系は全体としてひとつの網の目をなしていて、けっして個別に外部からの刺激――観察――と相対するということがなく、常に網の目全体として観察と向き合う」

「網の目から導かれる予測と観察が矛盾しても、網の目のどこかを修正すれば矛盾は解消でき、どれか特定の信念が反証されるということはない。逆に、経験による改訂の可能性を原理的に逃れている信念というものもなく、場合によっては論理学の公理なども改訂されうる」

「こうした全体論の帰結として、対立する二つの理論があるとき、経験によってそのどちらかが否定されるということはなく、どんな経験に対してもどんな信念でも保持しつづけることができる。これがクワインのテーゼである」

「クワインはこれが物理学だけではなくすべての信念をおおう非常にグローバルなものだと考えており、しかも科学理論のよしあしについての相対主義を含意するものだと考えていたようである」

 ふむ。また相対主義か。

「相対主義は言語ゲームと相性がいいんだ。プレイヤーが複数あるゲームにおいては、ほとんどの場合相対性が認められるからね」

「Wikipediaでパラダイムについて参照することも薦める。いいまとめだった」

「このテーゼによって、あらゆる原理は仮説である――それがそうである『必然性』はない――と言うことができるわけだ」

「結論そのものは正しかったね。つい否定的なってしまう。悪い癖だ」

「ただラッセルがこの仮説で言いたかったのは、因果律が論理的必然性から導かれるべきだ、ということじゃないのかな? ニュアンスとしては」

「結論として、世界五分前仮説は二重の意味で間違っていることになる。第一に過去の定義。第二に、因果律が論理的必然性から導かれないという結論はまったく正当である、ということだ」

 なるほどねえ。


138 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/08(木) 04:39:20.21 ID:NEuBezJY0

世界五分前仮説については以上です
クワインのテーゼとパラダイムについては初めて知りましたが面白いですね

次は時間について書きます
読んだり考えたりしてると筆が進まない罠

140 名前:時間[] 投稿日:2011/09/13(火) 19:22:16.28 ID:iW2IXPAE0


「過去が出たから、時間の話もしてみようか。『時間』という概念は、昔から哲学の重要なテーマだったからね」

「いわゆる哲学で『時間』というと、継起の順序、純粋持続、過去・現在・未来の区別、運動が成り立つための条件などが考えられてきた」

 純粋持続……?

「ああ、これはベルクソンによる概念で、簡単に言うと『流れ』のことらしい。ちょっと説明しづらいな」

「たとえば音楽などは、時間的な構造物だ。計量不可能性、不可逆性、連続性、異種混交性――だったかな?――がある」

「大丈夫。合っている」

「よかった。で、この純粋持続が自由で、純粋自我がどうのって話になるんだけれど」

 すまん。意味不明だ。

「だよね。僕もよくわからない。ベルクソンは『笑い』という本を持っているけれど、積んでるね」

「そうだなあ……うん。目と耳の違いの話をしよう」

 目と耳?

「そうだよ。目と耳は感覚器官だけれど、機能的に大きく違う点がある」


141 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:22:53.18 ID:iW2IXPAE0


 何が違うんだろうな。わからん。

「答えは、シャッターの有無だよ」

 シャッター? ていうと、まぶた――というか蓋――のあるなしか。

「うん。なぜ目にはまぶたというシャッターが付いているのか、ということだね」

「生物学的にはちょっとわからないけれど。保護のためとか、情報量が多いからとかなのかな?」

「目にシャッターがついていても機能するのは、それが基本的に時間にあまり依存しない、空間認識だからだ」

「たとえば、空に鳥が飛んでいる。目を閉じてまた開けると、少し移動した先に鳥がいるだろう」

「その間に何が起こったのかということは、比較的容易に想像することが出来る。当然ながら移動したわけだ。そして速度は二点間で求まるよね」

「加速度は写真が二枚あっても求まらないけど、三点あればいいし、目で見るのも厳密に言えば瞬間ではないからね。さほど問題ないだろう」


142 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:23:38.25 ID:iW2IXPAE0


「このように目が時間的に連続していなくても機能するのに対して、耳はある程度時間的に連続していなければ機能しない」

「たとえば僕が今話している内容の一部分だけを切り取って聞いたとしても、それだけではほとんど意味を成さない」

「また逆にひとつの単語を欠落させて聞いたとしても、それはそれで意味を取りづらくなるだろう」

「ただ、目でも耳のように連続的に使うことはできるから、一概には言えないけれどね。文字を読む場合なんかはそうだね」

「ある種の――全てのものには時間的な連続性はあるけれど――ものは、時間的な連続性を持たなければ、意味を成さない、と考えてもらえればいいよ」


143 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:24:29.75 ID:iW2IXPAE0


「『持続』という考え方はわかってもらえたかな」

 大体な。

「この解釈で合っているのかわからないけれど、さほど的をはずしてはいないと思う」

「ただこれはさっき言ったように、全てのものに時間的連続性があるということを考えると、時間について本質的だとは言えないと思うな」

「時間が連続であるかどうか、という点についても実は議論があるよ」

「最小の時間が存在するのではないかという説がある。この最小の時間をプランク時間という」

「これはプランク定数、光速、万有引力定数から求められる時間で、約5.4×10のマイナス44乗秒」

「ただしあくまで仮説。最近の研究ではこれが最小時間ではないという説も出ている」

「まあ、人間の感覚においては充分連続と言ってかまわない範囲だね」

「どうでもいいことだけれど、大学の数学では実数の連続性を証明することから始めるそうだ」

「なんだったかな。なんとか切断」

「デデキントの切断」

「それだ――を使ってね」

 よくわからんが、実数は連続じゃないのか? というか、そこを疑うのか?

「らしいよ」

 一般人には理解できん感覚だ。


144 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:25:07.56 ID:iW2IXPAE0


「話を戻そうか。さっき言ったようなことが、哲学では議論されてきた」

「ところで、Wikipediaの時間の項には、こういう記述がある。”人類にとって、もともとは太陽や月の動きが時間そのものであった”」

「結論から言えば、言語ゲームにおける時間の本質は、まさにこれだ」

「少々長いけれど、引用するよ」

 そう言って佐々木はまた本を取り出した。『猫とロボットとモーツァルト』? ああ、いつだったか言ってた本だな。


145 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:25:36.54 ID:iW2IXPAE0


「われわれは時間を、さまざまな出来事の前後関係を区別したり、それを時間軸の上に記録するためだけに使っているのではない。そのような作業は、もしそれだけが単独でなされるならほとんど日常的に意味を持たないだろう」

「最もあからさまでありふれた時間の役割は『朝起きる時』に始まる。起床時間は、九時の出社時間から出社までの所要時間を差し引いて決定される。九時に出社しなくてはならないのは、同じ時間に到着するほかの同僚と一緒に共同作業を行うためである」

「起床から出社までの所要時間がどれくらいかは、その間になすべきさまざまな行動によって決定される。起床に始まるこれらの行動の手引きになるのは時計である」

「時計は基準となる運動体であり、共同体の成員全てがこれを参照して自分の行動を決定することによって、集合したり、共同作業を行ったりすることを可能にするものである」

「すなわち、われわれは各自が自分の行動を時計に合わせることによって互いの行動を合わせることが出来る。『時間を配慮する』とは、この場合時計の運動を配慮することである。もっと正確に言えば、時計の運動に合わせてなされる他人の行動と自分の行動の合致、調整を配慮することである」


146 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:26:28.00 ID:iW2IXPAE0


「このような、複数の運動を適合させると言う時間の機能は基本的であり、人間同士の行動を調整するだけでなく、自然の歩みに合わせて農耕、牧畜、漁労、狩猟を営むためにも必須のものである」

「我々はいつごろ種をまき、いつごろ借り入れるかを過去の経験によって知る。すなわち自然の歩みを、太陽の位置、昼夜の回数などを参照して記憶し、暦を作成する」

「もし暦が単に出来事を時間軸上に刻印するだけのものだったら、それはもはや暦と呼ぶことさえ出来ないであろう。暦は我々の行動の指針であり、播種や収穫と言った行動を自然の営みに適合させるための手段であると言う点に本質的意義があるのである」

「そしてこのように自分の行動を自然の営みに適合させるためには、基準的運動を目安にして、あと何日、去年の何月ごろ、といった形で時間を配慮、計算できることが必要なのである」


147 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:27:09.29 ID:iW2IXPAE0


「このような時間配慮にとって、時計のような基準的運動体は不可欠である。基準に選ばれる運動体はどんなものでもよいと言うわけではない。われわれが経験を蓄積して将来に適用できるためには、時間が常に同じ長さの単位によって数えられなければならない」

「たとえばこれぐらいの歩き方で駅まで五分かかったというかこの経験は、次の機会にも同程度の歩き方では同程度の時間が必要となる、と言う仕方で将来に適用可能でなければならない。去年の種まきから収穫までの日数は今年とほぼ同じでなくてはならないし、昨日の一時間と今日の一時間は同じ長さでなくてはならない」

「というのもわれわれは、過去の経験に基づいてどんな行動にはどれだけの時間がかかるか(すなわち時計の針が何回転するか)を知り、それを基にして予測し、計画を立て、行動を決定しており、それが不可能になればいくら過去の経験を積み重ねても何の役にも立たなくなるからである」

「そうならないためには過去の単位時間が将来も伸び縮みしないことが必要である。そのためには基準となる時間が等速運動をしていなくてはならない」


148 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:27:50.87 ID:iW2IXPAE0


「もっと正確に言えば、本当に必要なのは時計が等速運動をすることではなく、配慮の対象になる全ての運動がそれぞれ互いに相対的に同じ割合の周期を保つことである」

「かりに時計が等速運動をしていたとしても、それ以外の出来事が時計の運動に対して一定の比率の速度を保たないなら、たとえば植物の生育に要する日数が前回は一〇〇日、今回は五〇日ということになっていたり、われわれの歩行速度がそのつど大幅に変化すると言うふうになっていたとしたら、時計は何の役割も果たしえず、時間配慮と言うものも不可能になってしまうであろう」

「時間配慮が可能になるためには、時計が等速運動をすることよりも、われわれに配慮される反復的事象がすべて(あるいは少なくとも大部分が)、時計の運動周期に対して一定の恒常的比率を保つようになっていることが必要なのである」


149 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:29:04.21 ID:iW2IXPAE0


「これに対して、『この秩序がなくても、時間を測定する手段が失われるだけで、時間そのものは存在する』と言えるだろうか」

「時間が単なる継起とか純粋持続とか運動の条件を意味するなら、たしかに時間はこのような秩序を必要としないだろう。しかしそのような時間が『存在している』としても誰も気にする者はいないだろう」

「このような時間概念では、たとえば『時間に追われる』とか『時間があまりない』といった日常卑近な現象を説明できはしない」

「もし『時間がない』ということが、『行動の可能性が限られている』という日常的意味をもたず、単に純粋持続の量が少量であるというだけのことだったら、われわれはなぜそれによって焦ったりするのだろうか。またどうやったらそれらを配慮できるのだろうか」

「このような思弁的時間概念はあまりにも抽象的であり、しかもまさに肝心な部分を捨象してしまっている。それはわれわれの生活のなかに根を下ろしうるだけの意味を欠いており、むしろそのような時間の概念にいかなる正当性があるのかが、逆に問われなければならない」


150 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:29:43.85 ID:iW2IXPAE0


「時刻とか時点という意味での時間は、期間(時間)を区切るために使われるのであり、付帯的にのみ時間であるにすぎない」

「つまり期間が本来の時間であるがゆえに、その期間を区切って規定するものも二次的に時間と呼ばれるのである」

「たとえば『今五時だ』という発言は、どれぐらい時間が経過したか、あとどれぐらい時間があるかを知る手がかりとしてはじめて意味をもちうるのであって、そのような脈絡を抜きにして、ただ純粋に現在の時刻を確認したり記録したりすることを狙っているわけではないのである」


151 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:31:09.68 ID:iW2IXPAE0


「削ったりするとわかりにくくなるかと思って、ほぼそのまま引用させてもらった」

「Wikipediaにある、土屋賢二『時間概念の原型 -プラトンとアリストテレスの時間概念』から」

「この哲学論集『猫とロボットとモーツァルト』に収録されているよ。ちなみに直筆サイン入り」

「これはプラトンとアリストテレスの研究によるものだけれど、例となる言葉が日常的だから、言語ゲームにおいてもこの論は正しいと思う」

 うん。なかなかわかりやすかった。

「最後の三文はアリストテレス、それ以外はプラトンの時間解釈だよ」

「僕はこれが、時間について客観と主観、という仕方で分けることができると思う。これは論文を読んだ僕の解釈だ」

「つまりプラトンによる”時間とは時計や暦である”という時間概念は、客観的時間のことを指す」

「そして、今から述べるアリストテレスによる時間概念は、主観的時間のことを指すと考えるわけだ」

「このふたつを合わせることで、時間とは何か、という問いに答えることができると思うよ」


152 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:32:07.80 ID:iW2IXPAE0


「さて、アリストテレスの時間概念に関する箇所は意図的に省かせてもらった。これは、言語ゲーム的に考えると少々間違っていると思ったからなんだ」

「大筋ではさしたる違いはないんだけれどね。ここでは”アリストテレスによる時間概念”ではなく、”主観的時間”について考えようと思う」

「主観的時間にとって重要なのは、『今』という概念だ」

「最後に引用したところを見てもらえばわかるように、『今』という概念は前後関係によってはじめて意味をもつ」

「もっと言えば、我々が『今』という言葉を使うということは、時間を――つまり時計と経験を――意識することに他ならない」

「逆に言えば、意識されなければ、そもそも主観的時間というものは存在すらしない」

「たとえばそうだな……ちょっと想像しづらいかもしれないが、まったく突然に意識を失った場合を考えてほしい」

「覚醒したときに、周りに客観的時間――時計や太陽の位置――を知る手段がなければ、我々は困惑する以外ないだろう。時間という概念はほとんどその意味を失ってしまう」

「まあ、我々は自分の体を参照することができるから――たとえば空腹感とか――、まったく意味を失うということは考えられないけれどね」

「その点については、自分が充分長い期間同じ状態を保持できるロボットになった、とでも考えてもらうほかない」


153 名前:時間[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:34:23.74 ID:iW2IXPAE0


「これによって、我々が時間の流れを速く感じたり遅く感じたりすることも説明できると思う」

「つまり、時間を意識すればするほど我々の時間感覚は客観的時間に近づく。逆に意識していなければ、その間主観的時間は存在しないから、客観的時間よりも速い速度で流れることになる」

「もし仮に主観的時間の量、つまり意識している時間の量を定量化できれば、これと客観的時間の量を比較することによって、主観的時間の速度を定義することが可能になる」

「客観的時間Toを、主観的時間Tsで割ればいい。oはObject――客観――のoで、sはSubject――主観――のsだよ」

「つまりTo/Tsが主観的時間の速度、ということになる。ただの仮説であって、別に科学的根拠はないから、そこは留意してくれ」

「これが『今』という言語ゲーム、主観的時間の意味だ」

「まとめると、『時間』というものは、”時計があり、我々がそれを意識し行動する”という、まさに日常において成り立つ概念だ、ということだ」

「客観的時間のみ、主観的時間のみでは、時間という概念は説明できない。参照されない時計は無意味だし、時計を意識しない行動は、意識していないがゆえに時間について何も語らない」

 ふむ。今回はすんなり腑に落ちたぞ。

「それは良かった。区切りがいいから、休憩しようか」

 おう。


154 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/09/13(火) 19:49:28.37 ID:iW2IXPAE0

時間については以上です
意見質問等ありましたらぜひ

次は正義について書く予定です
でも難しいし長いししにそう

160 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:37:43.03 ID:O+LYlmJc0


「じゃあ、これからの正義の話をしようか」

 『正義』か。難しいテーマだな。

「これまでのアプローチから多分わかるだろうけれど、やはり相対主義で考えるよ」

「すなわち、絶対的な正義は存在しない。そういう意味では、君が今”難しい”と言ったのは、まったくその通りだよ」

「この本を読んで思ったのは、やはり日本語の『正義』と英語の『Justice』は少し違うというとこだ」

「これは歴史的に見て正義というものが、宗教や社会――風土と言えばいいのかな――と切り離せないことに由来していると思う」

「日本では、正義という概念は、義、道、徳、善といった概念と関係しているよね。欧米ではどうなのかな。キリスト教の影響は大きそうだけれど」

「また、政治や法、そして現代では特に、経済とは密接に関わっている。貨幣による経済社会が基本だからね」

「これらを加味して考えると、言語ゲームにおける『正義』は、”ある価値観を共有している集団――コミュニティ――において、望ましいとされていること”だと思うよ」

「この『これからの正義の話をしよう』は、その具体例を紹介してくれる本だ」

「この本によれば、正義には大きく分けて三つの考え方がある」

「幸福、自由、道徳の三つだ。この三つを大まかに説明してみよう」

 おう。


161 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:38:27.57 ID:O+LYlmJc0


「一つ目の幸福に基づく正義、これは功利主義と呼ばれている」

「有名な”最大多数の最大幸福”ってやつだよ。ベンサムだね」

「実際には彼が提唱しているのは”最大幸福”であって、最大多数はつかないそうだ」

 へえ。知らなかったな。

「功利主義では幸福とは快楽であると定義するんだ。そして、行為や制度の社会的な望ましさは、その結果として生じる効用――つまり幸福=快楽の差し引き――によって決定すべきだ、とする」

「より幸福になることが正義だ、というわけだ」

 ふむ。

「問題はどうやってその効用の多寡を決めるか、ということだ」

「現代では放棄されているそうだけれど、快楽を定量化しようという試みもあったみたいだね」


162 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:39:00.36 ID:O+LYlmJc0


「二つ目は自由に基づく正義。自由主義だ」

「これは一言で説明するのは難しいな。基本的には人間には自由である権利がある、とする考え方だね」

「たとえば、個人の自由の尊重、平等な個人の観念、寛容、法の尊重、権力の分立と議会制度、市場経済の承認などは自由主義によって生まれたものだ」

「古典的自由主義では、利己的に行動する各人が市場において自由競争を行えば、その意図しない結果として公正で安定した社会が成立すると考える」

「我々は自由であるべきで、その選択の結果として良い社会が生まれるはずだ、ということかな」

「ただ、現代ではジョン・ロールズの『正義論』の影響を受けて、貧富の差や差別などをなくすために、単に自由なだけではいけないと考えられているようだ」


163 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:39:41.68 ID:O+LYlmJc0


「最後は共同体主義だね。道徳による正義、かな」

「実は僕もちょっとよくわからないんだ。共同体、つまりコミュニティをもっと重視しよう、という考え方のようだね」

「最初に言ったように、正義というものはそのコミュニティの価値観によって左右される。それを無視した画一的な正義は現実的に恐らく無理があるだろう、ということだと思う」

 ふむ。


164 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:40:13.87 ID:O+LYlmJc0


「さて、三つの正義を挙げたわけだけれど、君はどう思うかな」

 うーむ。どれももっともらしいな。

「もっとつっこんでみようか。君は功利主義者か、自由主義者か、はたまた共同体主義者か?」

 どれでもあると言えるし……はっきりこれって言えるものはないかな。

「うん。僕も同意見だ。それに、君が特定の主義を持っているとは思えない。正しい判断だと思うよ」

「現代では価値観は多様だ。これは現に君や僕が特定のイデオロギストでないという事実によって証明される」

「最初に僕は、”『正義』は、ある価値観を共有している集団――コミュニティ――において、望ましいとされていることだ”と言った」

「では立場を変えて考えてみよう。個人における正義とは何か? 主義を持たないということは、何を意味するのか」


165 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:40:44.34 ID:O+LYlmJc0


「君の正義と僕の正義は、まったく同じものじゃないだろう。僕らは同じ日本人で、同じ年齢で、同じ中学で、と多数同じコミュニティに属しているが、違う性別で、違う高校に通い、違う家族と過ごしている」

「多数の異なったコミュニティに同時に属しているわけだ」

「すると、人間の数だけ、その人の持っている価値観の数だけ正義は存在すると言える」

「もっと言えば、それは時と場合によって変わるだろうし、何より彼彼女が自らの正義に背く行動をしないとは限らない」

「同じ人間が相反する正義を同時に信条とすることさえ、ありえるだろうね」

 ううむ……しかしそれじゃあまりに荒唐無稽じゃないか? 実際にはもっと――こう言うと変かもしれないが――固いものだと思うけどな、正義って。

「たしかにね。論理的には無数の正義が可能になってしまうことになる。しかし現実にはそうなってはいない……正義は価値観ほど多様ではないね。ちょっと考え直そうか」


166 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:41:21.96 ID:O+LYlmJc0


「仮定として、コミュニティを小さくしていった極限を考えてみよう」

「その人ただ一人しか採用していないような正義があったとする。それは果たして正義と言えるだろうか?」

 言えないだろうな。

「そう。恐らく僕らはそれを独善と呼ぶだろう……しかしこれは数の問題だろうか? 実際に我々はあるコミュニティ――たとえば独裁政権など――を、独善的と見なさないだろうか」

「もともと『義』という言葉は、正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する『利』と対立する概念として考えられたそうだ」

「ある人や集団の行いや理念が、正義か独善かという判断の分かれ目は、ここにあると思う。すなわち、それが義によって成っているか、利によって成っているか、だ」

「この二つの概念、義と利は、対立するものであっても、反するものじゃないことに注意してもらいたい」

「正しいことと利益になることは、論理的には独立だ。正しくかつ利益になることは充分考えられるからね」


167 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:41:59.18 ID:O+LYlmJc0


「では正しいとは何だろう。正しい、間違っているというのは、正誤の判断、論理的判断だ。これは価値判断ではない」

「価値判断というのは、たとえば美しいとか美味しいといった判断のことだ。これは感覚に対する反応であって、正しいあるいは間違っているということは原理的にできない」

「君がある絵を見て美しいと言ったとする。それは君がその絵を美しいと判断した、という事実であって、僕にはそれを否定あるいは肯定することはできないんだ。賛同は出来るかもしれないけどね」

「正義が正誤の判断だとすれば、そこには基準となるルールがあるはずだよね」

「道理。正義とは、日本語の日常的な意味においては、道理に適った正しいこと全般を意味する」

「ああ、そう。ぴったりの表現だ。”道理”ね」

「じゃあ、少し定義を修正しよう」

「厳密には、”道理”はそのコミュニティの文化や風習の影響を受けるだろうから、価値観と無関係ではないだろう」

「よって正義とは、”ある価値観を共有しているコミュニティにおいて、道理に適うこと”だ」

 なるほど。


168 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/10/03(月) 23:46:00.09 ID:O+LYlmJc0

とりあえずここまでです

正義が価値観じゃなく道理だと気づくまでに3週間かかった
まじ頭悪すぎわろえない

171 名前:正義 ◆om3AO4WlZk[] 投稿日:2011/10/29(土) 05:18:20.26 ID:o9nBARce0


 じゃあ、道理って何だ?

「いい質問だね。たとえばそれは宗教だったり、色んなイデオロギー――功利主義やらなにやら――だったり、あるいは世論とか空気だったり」

「それらが定めるルールが、道理ということになるだろうね。ただし、空気にはそういった規定されたルールというのは存在しないと思うけれど」

「そしてこのルールには共通した点があると思う」

「難しいけれど、少なくとも僕が挙げることができるものはふたつある」

「ひとつは、社会が存続するための条件だ」


172 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:18:56.10 ID:o9nBARce0


「社会が成り立つためには、最低でもその社会はある程度の持続性を持たなければならない」

 まあ、三日天下じゃお話にならんだろうな。

「うん。あらゆる社会に課せられる条件は、”その社会が使用できる資源が有限であること”だ。未だかつて、この条件に晒されなかった社会は存在しない」

「『共有地の悲劇』というたとえ話がある」

「引用する。誰のものでもない共有地がある。
 そこへAさんがやってきて自分の羊を放した。羊はその共有地の草を食べ、羊のおなかがいっぱいになったところでAさんは家に帰っていった。
 それを見ていたBさんは、翌日、自分の牛をつれてこの共有地へやってきた。彼の牛は共有地の草をおなかいっぱい食べて、それを見たBさんは満足げに帰っていった。
 それを見ていたAさんは、その翌日、自分の羊すべてを引き連れてこの共有地へやってきた。彼の羊たちは共有地の草をおいしそうに食べた。そしてAさんは帰っていった。
 それを見ていたBさんは、その日の午後、彼の牛すべてを引き連れて、この共有地にやってきた。彼の牛たちは食欲旺盛に共有地の草を食べ始めた。牛たちすべてがおなかいっぱいになった頃、Bさんは家路についた。
 翌日、AさんもBさんも、すべての羊とすべての牛を連れて共有地にやってきた。すべての羊とすべての牛は共有地の草を食べあさり始めた。
 共有地の草は無限ではない。
 しばらくして、この共有地は砂漠のように草一つない土地になった」


173 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:19:25.48 ID:o9nBARce0


「この場合は共有地という設定があるけれど、社会全体としてみれば、資源は枯渇しないよう使用を制限する必要があるわけだ」

「また、使用を制限する他にも資源を守る方法がある。人口統制だ」

「現代では見られないけれど、昔は口減らしをしていた。中国では一人っ子政策を行っているね」

「こういった方法で資源の枯渇を防がなければ、その社会は存続できないんだよ」

「これは我々が生き残るための条件であって、その善悪に関係なく守らねばならない。幸福や自由や共同体の価値観によって左右されないし、合理的に考えれば、納得はできなくとも賛同せざるを得ないだろう」


174 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:19:55.18 ID:o9nBARce0


「こうした問題は実は学術的に研究されている」

「経済学でもそうだけど、大元になっているのはゲーム理論という数学の一分野だ」

「一番有名なのは囚人のジレンマという問題だね。これは代表的な非ゼロサムゲーム――誰かの勝ちが他の誰かの負けに直結しないゲーム――だ」

「引用する。
共同で犯罪を行った(と思われる)2人が捕まった。警官たちはこの犯罪の原因たる証拠などをまったく掴めていない為、この現状のままでは2人の罪は重くても2年である。そこで警官はこの2人の囚人に自白させる為に、彼らの牢屋を順に訪れ、自白した場合などの司法取引について以下の条件を伝えた。
・もし、おまえらが2人とも黙秘したら、2人とも懲役2年だ。
・だが、共犯者が黙秘していても、おまえだけが自白したらおまえだけは刑を1年に減刑してやろう。ただし、共犯者の方は懲役15年だ。
・逆に共犯者だけが自白し、おまえが黙秘したら共犯者は刑が1年になる。ただし、おまえの方は懲役15年だ。
・ただし、おまえらが2人とも自白したら、2人とも懲役10年だ。
なお、2人は双方に同じ条件が提示されている事を知っているものとする。また、彼らは2人は別室に隔離されていて、2人の間で強制力のある合意を形成できないとする。
このとき、囚人は共犯者と協調して黙秘すべきか、それとも共犯者を裏切って自白すべきか、というのが問題である」


175 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:20:24.85 ID:o9nBARce0


「さて、君ならどうする?」

 自白する。

「おや? これは意外だね。どうしてだい?」

 いや、罪を犯したら自白せにゃならんだろうが。そう言うと、佐々木は一瞬きょとんとした顔してから、声をあげて笑い出した。なんだ? 何かおかしなこと言ったか?

「くっくっ……いや、失礼。君ならてっきり協調戦略、つまり黙秘を選ぶと思ったんだが、君は僕が思っていたよりずっとお人よしだったようだ」

 ……誉められてるのか馬鹿にされてるのか判断つかん。

「ちなみに君の答えで正解だよ。観点はまったく異なるけどね」

「ある囚人から見れば、共犯者が自白した場合、自分が自白すれば10年、黙秘すれば15年になる。逆に共犯者が黙秘した場合、自分が自白すれば1年、黙秘すれば2年で、どちらの場合も自白した方が得になる」

「全体を見れば両者が黙秘して2年ずつ、合わせて4年が最小損失であるにも関わらず、彼らは各々の損得を考えれば自白してしまう。だからジレンマ、と言われているんだ」

「ちなみにこの解のことを専門用語で、パレート最適でないナッシュ均衡な解と呼ぶ」

 囚人のジレンマはわかったけど、最後が意味不明すぎるぞ。

「これについてはさわりだけね。興味があったら調べてみて欲しい」

「囚人のジレンマは現実でもあちこちで見られる問題だよ。価格の値下げ競争とか、核兵器の開発競争とかね」


176 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:20:51.15 ID:o9nBARce0


「SF・ホラー作家の小林泰三(やすみ)が書いた短編小説に、そのものずばり『囚人の両刀論法(ジレンマ)』というものがある」

「現実の社会では、囚人のジレンマの拡張、つまり多数の囚人による繰り返し型のゲームが行われているという前提で、全体が協調戦略を採るのでなく、必ず一定数は裏切り戦略を採ってしまうということに焦点を当てている」

「ネタバレになってしまうが、この作品では解決方法がふたつ提示されている」

「ひとつは脳の機能不全を意図的に起こす方法。脳の害意を司る部分を機能不全にさせることによって、個々が採る選択肢は協調戦略しかありえなくなる」

「グロテスクだね」

「もうひとつは資源を実質的に無限にする方法。これにはSF的ガジェットとしてダイソンスフィアが用いられている」

 ダイソンスフィア?

「恒星を球状の構造物で覆ってエネルギー源にするというアイデア。非常に長期的、数億年から数十億年のオーダーでエネルギー供給が期待できる」

「アメリカの宇宙物理学者フリーマン・ダイソンが考案したので、その名を冠している」

 へえ。

「資源が無限にあれば、裏切り戦略を採る必要はなくなる。ちなみに件の作品はオチが秀逸なので是非読んでもらいたい」


177 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:21:43.11 ID:o9nBARce0


「SFではこういった実験的作品が多く排出されている。たとえばオーウェル『1984年』やハクスリー『すばらしい新世界』に代表されるアンチ・ユートピア――ディストピア――もの」

「これらの作品はどちらも”絶対的な管理社会において人間は幸福たりえるか”という思考実験だと言うことができる」

「あるいは、映画『マトリックス』や神林長平『なんと清浄な街』に見られるような、人間の意識を仮想空間上にシミュレートすることによって、現実世界における多様な問題の解決を図るものもある」

「『マトリックス』では否定的に描かれているが、技術的に可能であればそれが有効な方法であり、ひとつの理想郷の形ではないかという疑念は晴れることはない」

「他にも、電脳というガジェットを用いることがよくある。日本では士郎政宗『攻殻機動隊』が有名。これはその利用によって人間の個体差は有意ではなくなるのではないか、という思考実験のひとつ」

「最近では『魔法少女まどかマギカ』に、個という概念を持たない宇宙人としてインキュベーターが登場した」

「彼らが感情を持たないという設定は非常に興味深い。これは逆説的に”人が個ならざるして感情を持ち得るか”という問題を我々に突きつける」

「どれもユニーク。SF作家は現実にはありえないものを書くが、同時に彼らが表現しているものは人間に他ならない。これがわたしがSFに魅せられる理由」

「なるほどね」


178 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:22:14.02 ID:o9nBARce0


 深いな……思ってたのと全然違うな。宇宙でドンパチするもんだとばっかり。

「その認識は間違ってはいない。今も昔も主流はエンタメ。SFに限らず、大多数の作品が芸術であると同時に商品である以上避けられない認識の差。もちろんエンタメが面白くないわけではない」

「以前紹介したスタージョンの法則”あらゆるものの九割はクズである”は、SFの九割は確かにクズだが、残り一割は他のあらゆる芸術作品において最高のものに比肩する、という含意がある」

「保障するが、彼の多くの作品は間違いなく残り一割に入るほどにすばらしい。彼がこういった発言をすることは尤もだし、だからかっこいいと言える」

 長門がそこまで誉めるんだから相当だな。

「うん。実に面白いね」


179 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:23:17.10 ID:o9nBARce0


「脱線してしまった。つづきを」

「うん。ひとつは社会が存続するための条件だったね。もうひとつは公正さについての尺度の話だ」

「これは『これからの正義の話をしよう』の中では、自由主義への批判として取り上げられている」

「マイケル・ジョーダンというバスケットボール選手がいるよね。彼は人気のあるプレイヤーで、たくさんの報酬を得ている」

「これは彼の才能によるもので、その報酬は彼が得るに値する、というのが従来の自由主義の考え方だ」

 ふむ。至極普通だな。


180 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:23:49.21 ID:o9nBARce0


「批判というのはこういうものだ。”マイケル・ジョーダンは運が良い”」

「彼が得た報酬は、彼の才能”のみ”によって得られたものだろうか?」

「たとえば、彼がアメリカというバスケットボールが盛んな国に生まれたことは、彼の才能によるものだろうか?」

「もっと言えば、バスケットボールという競技が存在する土地や時代に生まれたことは、彼の才能によるものだろうか。あるいは、彼が大成するまで不幸な事故に会わなかったことは?」

 違うだろうな。

「そうだね。彼がバスケットボール選手として身を立てたことは、彼の才能”のみ”によるものではない」

「彼が現代アメリカに生まれたことは彼の選択――自由意志――によるものではないし、選択の不在によって、その責任は彼にはないことになる」


181 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:24:32.95 ID:o9nBARce0


「もっと一般化しよう。あらゆる人間は、その人生の始まりにおいて、それをコントロールすることはできない」

「そして我々はその生まれに人生を左右されてしまう。たとえば、親の貧富と子の学力は明確な相関関係を持つ。つまり、金持ちの家の子ほど学力が高い傾向にある。これは統計的事実だ」

「どの時代の、どの国の、どの家に生まれるかということは、その人の人生を考える上で、かなりクリティカルなポイントだと思うよ」

「さらに、我々が選択できることとは、一体何だろうか? これを考えることは愚かしいように思える。個々の選択を抽出することにはあまり意味はない。ケースバイケースだからね」

「では逆に考えてみよう。我々が選択して”いない”ことは、全て我々の選択の帰結ではありえず、そこには自由意志も責任もない」

「わかりやすいのは、我々人の間に起こる相互作用だろう。自分以外の誰かの選択によって、得られる結果が変わってしまうだろうことは充分想像できる」

「たとえば、君の高校に涼宮さんが入学したことはどうだろう? 彼女がいなければ、SOS団はありえなかっただろう。そしてこれは君の選択の帰結ではありえない」

 その通りだ。いつだかの事件を思い出す。

「相互作用――他人の選択によって受ける影響――を考えれば、我々の取りうる選択さえ、無数の因果によって成り立っていることがわかるだろう。そしてそれは、我々個人の思惑とはまるで関係がない」

「君が今SOS団にいるということは、君の選択によってのみ成り立っている事実ではないんだ」

 巻き込まれてるって自覚はあるがな……。


182 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:25:00.66 ID:o9nBARce0


「こういった事実、すなわち、初期条件による影響の大きさ、相互作用の複雑さ、そしてそれらによって自分自身も変化することを考慮してみよう」

「実際にモデルを建てたわけではないから断言はできないが、ある人の人生というものは、恐らく数学的に複雑系、カオスになっているはずだ」

「考えてみれば、経済活動だって複雑系なんだ。人生そのものが複雑系だからと言って、さほど驚くには値しないことだよね」

「経済が現代における人間の主要な活動だということから、アブダクティブに得られる結論であるという点は正しい」

「人間に限らず、群生する動物は数学的にカオスを示すことが多い。蟻などの昆虫が代表的な例」

「かなり有効なアナロジーだよね。適用できる場面も多いし、便利だよ」


183 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:25:30.56 ID:o9nBARce0


「さて、先ほどの問いかけに、自由主義は答えることができなかった」

 だから考えを改めたんだな。

「うん。一応この本では、この問いかけに対して『自己所有権』という自由主義にとって基本的な考え方を持ち出している」

「その後も、今度はその自己所有権について批判されてしまっているけどね。そういう文脈の上での議論だということは気に留めておいてほしい」

「ただ、この自由主義に見られる考え方は、心理学的に見れば妥当な状態と言っていい」

「自己奉仕バイアスというものがあってね」

「自己奉仕バイアスとは、成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不能な状況的要因に帰属させること。成功は自分の手柄とするのに、失敗の責任を取らない人間の一般的傾向を表している」

「つまり、普通人間は成功を運によるものとは考えにくい、というわけだ。発想としては自然なものだよ。擁護するわけじゃないけどね」

 ふむ……言われてみれば、身に覚えがあるぞ。

「結論としてはこうだ。人生はカオスであり、我々は自らの人生を完全に決定することはできない。そして、不運にも不幸な人と、幸運にも幸福な人が存在する」

「どうすればその差を解消できるのか。いや、方法の如何を問わず、その差は解消されるべきだ、ということだね。これが公平、公正であるということだ」


184 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:25:59.46 ID:o9nBARce0


「実際には、自分で選択した結果というものは考慮しなければならないし、少なくとも大多数が賛同する形で正しく配慮しなければならない。難しいけれどね」

「今はほとんどの国で課税と社会保障による所得の再分配、という形で成立している。程度の差はあれ、先進国では皆そうだ」

 要はさじ加減ってことだろ?

「うん。バリエーションがあるのはいいことなのかもしれないね。ただ、どこかに適切なバランスがあるはずだと思うんだ、僕は」

「これは単なる方法論になってしまうけど、どうだろうね。バリエーションを保ったほうがいいのか、それとも明確に規定すべきなのか。でも精査するのはコストがかかるし……」

 ふーむ。悩ましいな。

「個人的な見解だけれど、公正という面で言えば、一番適切なシステムはベーシックインカムだと思うけど」

 なんだそれ。

「ああ、ごめん。気にしなくていいよ。哲学とはちょっと離れるし」

「方法論はやめておこうか。正解が仮にあったとしても、ここで語るのはあまり意味がない」


185 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:26:28.31 ID:o9nBARce0


「哲学的に行こう。メタ方法論っぽく。先ほど提示した二つの正義、社会が存続するための条件と、適切な公正さ。この二つは衝突することがある」

「正確に言えば、適切な、という形容詞は省いたほうがいいね。社会にとって適切という意味の適切ではないから、誤解を招くかもしれない」

「これはつまり、公正さを保とうとすると存続条件に反する場合がある、ということだ」

「たとえば、かつて様々な社会で奴隷制が採用されていた。この一因は、社会の全構成員の資源が確保できなかったためではないかと思う」

「さっきの口減らしなんかも典型的だね。資源が充分にあればやる必要はない。現代にはない風習だよね」

「あとは長門さんが言っていたダイソンスフィアなんかも考えてみるといいかもしれない。この場合は資源が充分にあるから、公正さを担保できるはずだ」

「歴史的に見れば、その社会、あるいは文明と言ったほうがいいかもしれないが、その技術的なレベルが推移していることがわかるだろう」

「そしてそれに応じて社会というシステムも変化してきている」

「つまり、システムを構成する際には、その社会の持つ技術レベルに応じたものを採用することが重要なんだ」


186 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:27:09.66 ID:o9nBARce0


「昔は口減らしは許容されていたけれど、これは存続条件に反するから許容されていたんだ。現代の技術レベルでは無理がある。存続条件を満たした上で、公正さが担保されていないからね」

「以上の議論を踏まえて、『正義』というものを形作る上で必要なものは次のようになる」

「社会が存続する条件を満たした上で、技術的に可能な範囲で公正さを担保するようなシステムを構築すること、だ」

 なるほどな。実に理に適ってると思うぞ、俺は。

「同意する」

「ありがとう。僕が考えた範囲で得られる妥当な結論はこんなものだ」


187 名前:正義[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:27:42.96 ID:o9nBARce0


「ただ、具体的にだからこうすることが正義だ、とは僕には言えない」

「それを言うためには、その社会における歴史や文化、そして技術的に何が可能かを考えなくてはならないからね」

「残念ながら、僕がやれることは妄想レベルでしかない。能力がないからね。今のところは」

 なんだその含みのある言い方……でも、お前が力を手にしたとして、何ができる、いや、どうする気だ?

「いや、例の能力のことじゃないよ。そういう意味では、僕はあれには興味がない」

「人類は有史以来、理想郷というものを目指し、常に敗北してきた。僕はそれに水を差すつもりはない。我々は自らの手でそれをつかむべきだ」

「僕はそれが可能だと信じているし、でなければ希望を持って生きることは難しい。道は険しいが、だからと言って一笑に付すことはしないし、できないね」

 熱いな。それでこそわが親友。

「さて、実はまだ話し足りないくらいだけど、切りがないから今日はここまでにしようか」

 そうだな。


188 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 05:33:11.18 ID:o9nBARce0

正義については以上です
更新頻度上げたい
需要はなさそうだけど読んでる人いるんかね

意見質問批判等ありましたらぜひに

190 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 12:50:13.89 ID:/MfpG5xDO

来てたのか乙

音楽とかどうよ

191 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県)[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 17:10:44.43 ID:YNBx60Zk0

久しぶりだな乙。
何やったか纏めてくれたらネタは出しやすいんだけど。
偽善と善の境界とかはどうっすか?

192 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 22:26:40.45 ID:E5yob5hDO

定義とかどうだろう

193 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2011/10/29(土) 23:16:23.56 ID:ItV+rVsj0

ありがとうございます

>>190
音楽の言語ゲームだと「人工の音の組み合わせ」ですぐ終わっちゃうんですが
芸術とか価値とかその辺でいいですかね

>>191
今までやったのは
言語ゲーム、神
死後の世界、テセウスの船、哲学的ゾンビ、世界五分前仮説
愛、時間、正義
ですね
善の話は飛ばしたしやらないとですね

>>192
定義の定義とか意味の意味とか自己言及系は面白いですよね
ただ専門家レベルでも意見分かれると思うんでしり込みしますが・・・

197 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 13:28:59.06 ID:qYVyZihZ0


「やあ、キョン、長門さん」

 よう。珍しいな、お前が遅れるなんて。

「すまないね。いや、長門さんに借りた本を読んでいて、夜更かししてしまったんだ」

「というか、つい出かける前まで読んでいたんだが」

 そんなに面白かったか?

「うん、すごくね」

「よかった」

 そうか……俺も読んでみようかね。


198 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 13:29:33.99 ID:qYVyZihZ0


「さて、今日は正義に関連する、善とは何かという話をしようと思う」

 善ね。

「正義は結局価値観ではなかったね。しかし善は価値観と言っていい。善い悪いというのは明らかに価値判断だからね」

 うーん。そもそも価値ってなんだ? なんとなくはわかるんだが。

「なるほど。じゃあそこから話していこうか」

「そうだね……”あるものが価値を持つ”ということは一体どういうことなのか」

 そう言って佐々木は財布から野口英世を取り出した。

「ここに千円札がある。貨幣は現代において最も普遍に近い価値を持つものだと思う」

「しかし、たとえば原始時代に立ち返れば、これはただの複雑な紙切れに過ぎないわけだ」

 まあそうだな。


199 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 13:30:08.25 ID:qYVyZihZ0


「もちろん千円という価値を持たない”原始時代の千円札”にも、他の様々な使い方は想定できる」

「たとえば角が直角であることを利用するとか、長さの単位として利用するとか」

「あるいは描かれた絵を芸術として評価するとか。使い方によってその価値は変化するわけだ」

「何が言いたいかと言うとね、”あるものが価値を持つ”という命題には、”誰々にとって”という主語あるいは主体が必要だ、ということなんだ」

「なぜこの紙切れが”千円”なのか? それは現代の人間のほとんどが、この紙切れが千円という価値を持つという考えを共有しているからだよ」

「言語ゲーム的に考えれば、主語あるいは主体を欠く”価値”という語は、明確なルール違反を犯しているように、僕には思える」


200 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 13:31:04.39 ID:qYVyZihZ0


「価値についてはいいかな?」

 おう。とどのつまり、誰かが与えるものってことだろ。

「それでオーケーだよ。じゃあ次に価値観の話をしよう」

「貨幣が価値を持つ、これが”千円”であるというような考え方のことを、価値観と言う」

「特定のものが価値を持つという判断の基準となる考えだよ」

「そういう意味では世の中は価値観だらけだよね。一般化すれば、ある人あるいは集団が対象とする物体、行為や概念にいたるまで、それに対して与える価値の数だけ、価値観があるということになる」

 それはえらいこったな。

「うん。ほとんど無数にあるよね。こういう状態をわかりやすくするために、価値観に名前がついた。”何々主義”というものが作られたんだ」

「前回正義の話でした、功利主義とか自由主義とか共同体主義とか、これらは全部ひとつの価値観を指す言葉なんだ。英語でismがつく言葉だね」

 ふむ。

「美術の時間にも習うよね。ほら、シュールレアリスムとか。超現実主義かな? あれもそうだよ」

 ああ、あったな。なるほど。

「印象派、なんてのもあるけれど、あれはひとつの価値観であると同時に、その価値観を持った人たちのことも指しているわけだ」


201 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 13:31:53.52 ID:qYVyZihZ0


「歴史的に観てみると、より理解が深まると思う」

「ポイントは情報技術の発達と流通の速度だ。具体的には印刷技術とインターネットのことだよ」

「大昔――大体西暦一千年より前をイメージしてくれ――には、価値観というものは非常に地域性の高いものだった」

「情報を伝達する手段は人間が行うしかない時代だ。しかも移動手段が、船か馬か徒歩にほぼ限られる」

「それほど遠いところから来られるわけじゃない。必然的に、地域に根付いた文化、風習が中心になるわけだ」

 そうだな。

「それから紙が生まれ、活版印刷が生まれ、ついに書籍が出版されるまでになった。出版物を通して、他の価値観について容易に知れるようになったんだ」

「情報の流通量が爆発的に増加した。そして混乱を防ぐために、価値観に名前がつく」

「同時に、新しい価値観もどんどん作られていったんだ」

「これが世に言う価値観の多様化だよ。多様というのは、この場合では色んな価値観が存在することだ」

「現代のインターネットという技術はこれをさらに助長しているね」

「もはや地域性はほとんどなくなってしまっている。唯一の障壁は言語くらいだ。それも時間の問題だと思うけれどね」


202 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 14:15:15.87 ID:qYVyZihZ0


「大体こんなものかな」

 ありがとう。大体飲み込めたぞ。

「うん。ちょっと思いついたから、ここでひとつ思考実験をしてみよう」

「こういう思考実験だ。”同じ価値観をもつ二者が違う価値判断をすることはありえるだろうか?”」

「問題点はこうだ。価値判断の差異こそが価値観の同異の基準となるならば、この実験に果たして意味はあるのか」

「あるいは違う価値判断をするということは、錯誤つまり判断ミスなのか?」

「これが錯誤であるならば、同じ価値観を持つ二者においては、その対象が価値を持つかどうかということは単に正誤の判断になってしまうのではないのか」


203 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/11/28(月) 14:16:08.90 ID:qYVyZihZ0


「どう思うかな、長門さん」

「その通り。共有された価値観において価値判断は誤りうるし、そもそも錯誤の修正というものも価値観を構成する手段になる」

「むしろ問題意識はその価値観が絶対的であることだとわたしは思う」

「そうだよね。絶対的になってしまうよね」

「ある価値観に沿った判断をするということの正誤と、その価値が絶対であることの間に論理的必然性はない」

「よって価値観の相対性は崩れない」

「ひとつ言えるのは、彼の価値観が絶対であると信ずる者にとって、その判断は正誤の判断であり、容易に他の価値観を否定しうるということ」

「なるほど。価値観がひとつしかなければ絶対的になるのは当然だったね。杞憂か」

「そう」

207 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)[sage] 投稿日:2011/11/29(火) 02:42:58.19 ID:mCv2zl6mo

どうにも、価値と価値観と価値判断に誤りと言うか、使い方の重複があるな、多分

208 名前: ◆om3AO4WlZk[sage] 投稿日:2011/11/30(水) 00:13:32.54 ID:XHqTFuNY0

ありがとうございます
ご指摘の通りですね
”価値観”の使い方がかなりアヤシイです

211 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:19:55.46 ID:uooD1iNU0


「少しいい?」

「どうぞ」

「あなたが最初に言った”善は価値観”というのは、少々齟齬があるように思う」

「うん? そうかな……ふむ」

「”善は価値観である”という命題とすれば誤り。善は価値の多寡であって価値観ではない。仮に価値観という言葉を使うならば、”善悪は価値観である”と言うべき」

「ああ、そういうことか」

「ええと、僕が言いたかったのは、長門さんが言ったどちらでもなく、”善は価値観の問題である”ということなんだ」

「そう」

「正確な表現ではなかったね。すまない」


212 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:20:40.71 ID:uooD1iNU0


「さて、一般的に言って価値は、”何らかの”価値であるはずだ。基準を持たない価値というものは、やはり言語ゲームとして成り立たないと思う」

「たとえばこの千円札は貨幣としての価値を持つ。同様に、そこの壁にかかっている絵は絵画としての価値を持つだろう」

「では、善における基準とはなにか? それは”徳”だ」

「Wikipediaの善の項目はシンプルでわかりやすいね。”善とは、道徳的な価値としての良さである”」

「すなわち、善の価値としての基準は道徳なんだ」

「逆説的に言えば、道徳という基準がなければ、善という価値は存在しないことになる」

 ふむ。徳ねえ。


213 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:21:27.45 ID:uooD1iNU0


「道徳、あるいは徳とは何かという問題は、かなり難しいね。ここでは大雑把な話にとどめておこう」

「そうだな、”有徳の士”というものを考えてもらいたい」

「そんな人が実在するかどうかはこの際置いておこう。実在してもらわなければ困る、というか、いるはずだ、いて欲しいというのが僕の希望だけどね」

「勝手なイメージだが、彼は礼節を弁え、寛容で、高潔で、勇気と忍耐を持ち、道理に適い、明朗で、博識であることだろう。そして、それらを能う力を持っている」

「彼の持つ性質がすなわち”善”であり、彼の行いがすなわち”善行”である、と言えるんじゃないかな」

「補足しておく。個々の性質については徳目と呼ばれ、気品、意志、温情、理性、忠誠、勇気、名誉、誠実、自信、謙虚、健康、楽天主義などとされている」

「うん。ありがとう」


214 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:22:16.86 ID:uooD1iNU0


「一方でこれ――徳を持つ人の性質や行い――は、彼の所属する文化によってある程度変化するだろうと思う」

「礼節というのは文化によって違う。たとえば頭をなでるという行為は日本では日常的なことだけれど、海外ではNGだというのは有名な話だ」

「その共同体の道徳という価値観によって、善は変化するわけだ」

「まあ、先に述べたような性質は大抵は歓迎されるし、尊敬も得られるだろうとは思う。社会生活を営む上では良いことだからね」


215 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:23:13.67 ID:uooD1iNU0


「ひとつ問題提起したい」

「どうぞ」

「善悪や美醜は確かに価値判断だが、それが直観的認識であるという説がある」

 直観的……。

「いわゆる”感性”。価値判断とは本質的に感覚あるいは知覚の一種だとする」

「問題は、では価値観と感性の差異は何なのか、というもの」

「なるほど確かに善悪や美醜の判断は直観的かもしれないね」

「うーん。ということは価値判断は価値観に準ずると『同時に』直感的認識でもある――つまりその認識においては明確な基準を必ずしも必要としない――ってことでいいのかな?」

「いいと思う」

「ふむ。メカニズムについては何とも言えないなあ……」

「言語ゲームとしては、二者の違いはパーソナルなものかパブリックなものか、という点だと思う」

「感性、知覚というのは基本的にごく個人的、主観的なものだけれど、価値観というものは共有されてこそ意味を持つよね」

「そこが違いと言えば違いかな? だからどう、ということは言えないな、今のところ」

「わかった。ありがとう」

 はは、軽くおいてけぼりだぜ。


216 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:23:39.64 ID:uooD1iNU0


「以上が善についての話だよ」

 なるほど、なるほど。しかしそう考えるとあれだな。学校で習う道徳というのはどうなんだろうな。

「義務教育では道徳の時間があったけど、正直よく覚えていないなあ」

「なにかの筋立てを聞いて、それについてどうこう、みたいな感じだったような気がするけど」

「いわゆる道徳的ジレンマの例示だったのかな、あれは?」

「道徳教育という意味では、さっき言ったような徳を身につけることが本筋だと思うね」

「ちょうどいいから、道徳的ジレンマの話もしておこう。一番代表的なのは、『トロッコ問題』と呼ばれているものだ」


217 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:24:05.51 ID:uooD1iNU0


「トロッコ問題とは、『ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?』という倫理学の思考実験」

「まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。
(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。
(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?」

「これが概要。簡単に述べると『5人を助ける為に他の1人を殺してもよいか』という問題になる」

 ははあ。これはまた難問だな。


218 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:25:07.11 ID:uooD1iNU0


「典型的なジレンマだね。互いに矛盾する解が二つある」

「功利主義はこの問題にイエスと答え、片や義務論はノーと答えるようだ。ちなみに君はどちらかな?」

 うーん。ノーかな。

「理由は?」

 本人の了承があれば切り替えるかもしれんが、なしじゃ変えられん。殺人と同じになっちまう。

「ふむ。まあ僕も同意見だね」

「個人的には、この問題は、回答そのものにはあまり意味はないと思う」

「というのは、普通は誰かを犠牲にすることなど考えずに、単に5人を助けようとするだろうから。そもそもジレンマに陥ることがない、と僕は思う」


219 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:27:45.32 ID:uooD1iNU0


「むしろ意味があるのは、これに対するアンケートの結果なんじゃないかな。詳しくはWikipediaのトロッコ問題の項を見てくれ」

「行動の原理:行動による害(例えば誰かが死ぬような出来事)は行動しなかったことによる危害よりも、非道徳的だと判断される。
意図の原理:意図を持ってとった行動は、意図を持たずにとった行動よりも非道徳的だと判断される。
接触の原理:肉体的な接触を伴う危害は、肉体的な接触のない危害よりも非道徳的だと判断される。
この三つ」

「この傾向は教育の程度、宗教的背景、民族などの影響がほとんど無かったそうだ」

「皆自分が責任を逃れることを考慮して、こういう結果になったのかも知れないね。実に複雑な心境にさせられる」

 うーん……たしかにな。

「道徳とはなにかを考える上ではいい材料だと思うよ」


195 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関東・甲信越)[sage] 投稿日:2011/11/15(火) 23:51:51.30 ID:vX3r7tLAO

1乙

いつも楽しく読ませて貰ってます。

『愉しい』について考えるというのはどうでしょう?

220 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2011/12/28(水) 04:42:00.84 ID:uooD1iNU0

とりあえずここまで

あとおまけで貨幣について書こうと思っています
偽善と狂気についても後ほど……遅くてすみません

>>195
「愉しい」についてはggってみましたが、顔によろこびを表してうれしがること
だそうです
あまり日常的に使う言葉ではないし、楽しいと区別して使う様でもないみたいですので
ここで扱うのはちと厳しいかと
すみません

225 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2012/01/29(日) 23:16:45.06 ID:6j/WXvaP0


「そうだね。さっき長門さんが言った、善が直観的認識であるということと、この道徳的ジレンマに対する反応の一般性は関連があるように思う」

「我々は感覚、知覚として善を認識する。そして、教育、宗教、民族などの影響を受けずに道徳的判断をすることがある」

「ということは、善悪を判断する能力は、人間に先天的に備わっているではないか? こういう疑問が浮かんでくるね」

「これはたとえば、アリやハチのような社会性昆虫に見られる習性と同じ様なものなのだろうか」

「もし道徳がヒトの生き物としての本能であるならば、それは一体何を意味するんだろうね」


226 名前:価値、善、徳[sage] 投稿日:2012/01/29(日) 23:17:30.02 ID:6j/WXvaP0


「一方で先ほど議論したように、道徳は価値観であり、文化風習に依存するということもまた事実だ」

「恐らく道徳自体は、価値観と人間の生物的習性の両方の側面を持っているんだろうね」

「考えてみれば、種の保存のためには有利だしあって当然の能力のような気もするなぁ。正義の話ともつながりそうだね。我々が不正義に不快感を抱くのは本能、みたいな」

「まあ、具体的な話は専門家に任せればいいんじゃなかろうか。道徳を司る遺伝子とか発見されると面白そうだね」

「そのアイデアは刺激的。SF小説が書けそう」

「ネタとしては既にありそうじゃない?」

「少なくとも読んだことはない」

「ふむ。長門さん、よかったら書いてみてはどうかな」

「考えておく」


227 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/01/29(日) 23:19:16.39 ID:6j/WXvaP0


「ついでに貨幣についても話しておこうかな」

 貨幣か。

「徳について考えていて思ったことなんだけど、徳というのは明らかに価値があるよね、社会において」

 そうだな。善いことだしな。

「同意する」

「で、徳と貨幣の違いは、それが計量可能かどうかという点だと気がついたんだ」

「徳というのは量で計れない。計る基準がない。道端のゴミを拾うことと、電車で席を譲ることのどちらがより善いことなのかを量で示すことができないんだ」

 確かに。


228 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/01/29(日) 23:20:30.81 ID:6j/WXvaP0


「一方で貨幣は計量可能だ。元が数だからね」

「資本主義が世界的に成り立っている現代では、本質的な価値は貨幣しか存在しないのではないか、というのが僕の疑問だ」

「物やサービスは貨幣によって比較できるが、徳や名誉をこれらと比較することがそもそもできないんだよね」

「するとどうなるか」

 どうなるんだ。

「恐らく価値が貨幣に偏重することになると思う。し、現にそうなっていると思っている」


229 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/01/30(月) 00:51:34.50 ID:/gHHf6j60


「具体例はなかなか難しいね」

「そうだな。たとえば教育かな」

「なぜ学校が現在のような施設になったのか知ってるかい」

 いいや。

「元々学校というものは、産業革命以後に工場労働者を育成するために作られたものだ」

「決まった時間にチャイムが鳴り、全員が一斉に行動するところはまさに工場のもので、明治期に海外から取り入れたために日本でも未だに残っている習慣だね」

「江戸時代末期まで日本の教育機関は寺子屋だったから、こういう習慣はなかった」

 ほう。


230 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/01/30(月) 01:11:30.81 ID:/gHHf6j60


「まず第一次産業――農業など――に従事する人たちがいるよね。産業革命後、第二次産業――工業など――に、家を継がない農家の次男などが流れる」

「第二次産業が活発になってくると、産業の規模が逆転する。天候の影響を受けて収入が不安定な農業より、安定して収入が多い工場労働に人が集まりだす」

「次に第二次産業と第三次産業の間でも同じ逆転現象が起こる。いわゆるブルーカラーとホワイトカラーだね」

「需要が高まるとそれに答えるように、ホワイトカラーになるための教育が重視されるようになる。大雑把に言うと事務仕事のためのものだ」

「大学がそうなると次は高校、次は中学というように、教育全体がそうなっていく」

「結果として現代の日本の教育は、ホワイトカラー労働者を育成するための教育を行っていることになる」

「まあ、全部が全部こうじゃあないけどね。こういう面もある、という話だよ」


231 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/01/30(月) 01:19:41.80 ID:/gHHf6j60


「こういう見方をすると、我々はより高い収入を得るために、つまり貨幣のために教育を受けていることになるわけだ」

「これが価値が貨幣に偏重する実例だよ」

「教育がどうあるべきか、というのはかなり難しい問題だけれど、少なくとも徳育においては、教育を受けた身として充分とは言えないと思うね」

 ふーむ。ま、何をやったか思い出せないくらいだしな。

233 名前:貨幣 ◆om3AO4WlZk[] 投稿日:2012/03/01(木) 17:53:39.07 ID:/2ThT12S0


「人間が生きていく上で、生活を営んでいく上で必要不可欠なものは衣食住だ」

「現代においては、衣食住はすべて貨幣によってまかなわれている」

「逆説的に言えば、貨幣がなければ生活は成り立たない」

「貨幣を得ることは生活を営むための手段であるはずだよね」

 もちろんその通りだ。金を稼ぐために生きてるなんて不毛じゃないか。

「有名なコピペがあったよね」


234 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/03/01(木) 17:54:35.85 ID:/2ThT12S0

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたいの」と尋ねた。

すると漁師は「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者が「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃぁ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、
漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら
子どもと遊んで、女房とシェスタ(昼寝)して。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって・・・・・ああ、
これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった
魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。
そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を二隻、三隻と
増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産加工工場を建てて、そこに
魚を入れる。そのころにはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティーに引越し、
それからロサンゼルス、さらにはニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから?そのときは本当にすごいことになるよ」と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、
日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシェスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたってすごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」

235 名前:貨幣[sage] 投稿日:2012/03/01(木) 17:55:18.30 ID:/2ThT12S0


「人間は貨幣を得るために生きているのではない、ということだね」

「もちろん、マネーゲームやお金を稼ぐのが好きな人もいるし、誰しもお金を稼ぐよろこびは少なからず持っているだろう」

 まあ、バイトすらしたことないけどな。こづかいを貰えるのはうれしいもんだ。

「生の目的や意義も面白い話題ではあるけど、また別の機会にしよう」

「『生きるために貨幣を得る』と『貨幣を得るために生きる』、この二つはまったく違う」

「しかし、手段と目的の取り違えることはよく起こる。そしてこの先、何のために生きるのかという疑問には答えられるのか?」

 ううむ。

「要は貨幣に拘泥するあまり本質を見失っているんじゃないか、と思ったわけさ」

「教育は適切な具体例じゃなかったかも。なかなかうまく言えないな。でも、貨幣について考えているのはこんなことだよ」

 なるほどねえ。



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:キョン「今回の2週間は何するかな」