キョン「全世界をひっくり返しても必ずお前を取り戻す」


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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 17:47:25.38 ID:Yrxo7Ufx0

今年もだ。今年もこの季節がやってきちまった。ああ、カンカン照りに冴え渡る太陽に俺の無気力を少しでも分けてやりたい。そうすれば俺の一向に伸びる気配を見せない学力だって向上せざるを得ないし、どこだったかが六月にしてあわや四十度なんて記録を叩き出す事も無かったはずだ。

果たしてここまで全力を振り絞り俺たちを苦しめて、太陽のヤツに何か得でも有るのだろうか。いや、無い訳が無いだろう。何か有るからこそ、その身を一層焦がして俺たちの住む太陽系第三惑星へとガンマ線やらアルファ線やらを送るのであるからして、地球の科学者たちは早いところあの灼熱帝王様の弱みを見つけるべきだと思う。

そして見つけ出した弱みを憎憎しい黄色い鼻っ面に突き付けてやれば、そろそろ氷河期も恋しくなってきた事だろう地球だって喜ぶに決まっている。俺だって手放しで喜ぶさ。

何より太陽自身の寿命も少なからず延びるのであるからして、これは脅迫ではなく延命措置、善意の行動である事は誰の目にも明らかだ。一石二鳥、ウィンウィンの関係ってな。つーか、こんな気温が続くようならクーラの無い教室に留まる事を強制されている俺たち北校生の命が割とマジに危うい。

不平等とはつまり、こんなモンではないだろうか。同じ学校に居ながら職員室はエアコンが二台も設置されており、また同じ高校生ながら佐々木の通っている学校では一教室に一つ、必ず冷房設備が有るという。

羨ましい話だ。私立と県立の違いは無論知ってはいたが、親の経済力を理由にするそれ以前の話で俺には学力が足りなかった訳だが。それでも、こんな事ならば無理を言ってでも私立に行っておけば……などと思ったが、逆立ちしてもなんとやら。逆立ちが三秒と続かない俺にはそんな真似すら許されん。

あー、何を言いたいかってーとだ。熱いんだよ。「暑い」ってレベルじゃない。「熱い」んだ。見回せばクラスメイトの半数越えが机に上半身を預けてくたばっている。分かるだろうが今日の気温は尋常じゃない。

「熱いわね……」

ほれ見ろ。子供は風の子元気の子。灼熱太陽なにするものぞ、我こそが太陽神なりってなハズの我らが団長様ですらこの有様だ。世界の優秀な科学者諸君、早急に恒星用の解熱剤を開発しようではないか。


2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 17:56:02.04 ID:Yrxo7Ufx0

後ろの席で続いてハルヒが何事かボヤくも俺には聴力はおろか、最早声を返すだけの気力も残っちゃいない。辛うじて「俺はもうダメだ。後は頼んだ」という意味を込めて右手を頭上でひらひらと揺らしてみた。

「……そんな所で扇いでもちっとも涼しくならないわよ、馬鹿キョン」

どうやらハンドサインは一つも伝わらなかったようだ。が、訂正する必要性を感じないので放置しておく事とする。いつもならば放置に対して俺の背中をシャーペンで突付くという報復に出るハルヒも、しかしこれだけ熱いと虫の息である。

体力面でハルヒと比べるべくも無い俺は虫の息どころかバクテリアの域だ。気温が高過ぎて「溶ける」という表現の意味をここに来てようやく身をもって理解した。

人体は七から八割方水分で出来ているので、これはもうスライム状の生き物と似たり寄ったりなんだろうよ。しっかし、こうも熱いと溶けるを通り越して蒸発するぞ。ほら、谷口のヤツなんか魂が口から出ちまって……おい、谷口、戻って来い!

そんなこんなで化学教師の「早く自分だけでもエアコン圏内に避難しなければ」という思いを如実に映してだろう、授業は駆け足どころかカモシカインマイレッグで進み、チャイム十分前にして放課後に突入である。

ご存知だとは思うが俺の席は窓際後方二列目であり、それはつまり太陽の範囲攻撃射程内である。カーテンを引いちゃいるものの、そのカーテンが今にも燃え上がりそうなほどに熱い。なるほど、これがファイアウォールとやらか……いや、冗談だ。真に受けるなよ。

「おい、ハルヒ。生きてるか?」

死んでいたら大問題だが。

「……なんとか、ね。早く部室に避難しましょう。あそこなら扇風機が有るし、冷蔵庫も有るわ。それにみくるちゃんがお茶を淹れてくれる」

ああ、そうだった。皆の衆はご存知無いかも知れないが、ついに我らがマスコット未来人、プリティエンジェル朝比奈さんは冷たいお茶も淹れられるようにバージョンアップを果たされたのである。


3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 18:09:15.87 ID:Yrxo7Ufx0

夏であっても熱いお茶を啜っていたあの日の俺に教えてやりたい。冷たいお茶が飲みたいなら素直にリクエストするだけで状況はこうも激変するものなのだという事を。

捻くれ者は貧乏くじを引くように世界は出来ている……なんてな。

俺とハルヒは我先にとサウナルーム――じゃねえ、教室を飛び出し、廊下で競歩でも行っているんじゃないかと傍から見れば疑わしくなるようなデッドヒートを繰り広げた。走れば暑い。かと言って一秒でも早く楽園には辿り着きたいと言う俺たちが我侭だってのは言われんでも分かっているから黙っていてくれ。

だが、そんな俺とハルヒを部室で迎えてくれたのは朝比奈さんのエンジェリックスマイルではなく。

「ああ、朝比奈さんなら早退なされたそうですよ。この気温ですからね、仕方ありません」

同じ笑顔であっても、朝比奈さんとは違ってマイナスイオンを発生させるなどこれっぽっちも有りはしない副団長によるお出迎えだ。

嘆いたのはハルヒである。

「そんな……アタシのお茶は! アイスロイヤルミルクティは!?」

おい、上に立つ者として団員の心配をする言葉が第一声でなければならないんじゃないのか、ハルヒ。まあ、気持ちは多少なりと分からなくも無いし、しょうがないから俺が代役を務めてやるが。

「なあ、古泉。朝比奈さんは大丈夫なのか?」

「ご心配なさらずともよろしいかと。僕よりも余程頼りになる女性に付き添われてご帰宅なさったようですから」

古泉の言う頼りになる人で脳内検索を掛ければ該当者は一名。なるほど、鶴屋さんの事か。そりゃ確かに心配は要らないな。俺が百人居るよりも心強いお人だ。


7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 18:18:51.35 ID:Yrxo7Ufx0

「ふーん……まあ、仕方無いかもね。今日はほんっとうに暑かったし。みくるちゃんだし。……あ、そうだ。良い事思いついた」

扇風機が首を振るのに合わせて右へ左へと身体を傾ける、不審なフラワーロックかメトロノーム紛いの動きをしながらハルヒが口にした言葉は俺の背中に電流を走らせた。

つまり、「今度は何物騒な事思い付きやがったんだ、バカヤロウ」である。思い返すまでも無いが、ハルヒが思い付いた「良い事」とやらは総じて俺にとっての災厄でしかない。出来ればもう少し常識的な発想をして頂ければこの身が擦り減る事も無いのだが、悲しいかな、我らが団長様にとって常識とは打破すべき敵であり、涼宮ハルヒとはつまり非常識を抜きにして語れない存在なのである。

それはつまり、コイツの周りに未来人、超能力者が居る事からもご理解頂けるであろうか。

流石に異世界人ってヤツはまだ登場してきちゃいないけどさ。

「その眼は何よ、キョン」

「いんや、別に何も。強いて言うなら、俺たちの輝ける団長様はどんな素晴らしい何かを思い付いたのか俺は興味をそそられて仕方が無いってのを視線に込めてみただけだ」

「ふん、どうだか」

勿論、皮肉混じり――つーか完全無欠に皮肉なんだが。それにしたって聞きたくすらないなんて本音は口に出した瞬間に俺の身体が宙を浮く気がするので却下だ。

「僕も気になりますね。今度はどのような事を思いついたのですか、涼宮閣下?」

「そう? 古泉くんも気になる? 教えて欲しい?」

勿体付けるな。それともなんだ? 俺に覚悟を決める時間をくれているってんなら痒いところに手が届き過ぎて背中は引っ掻き傷だらけだな、オイ。


8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 18:27:31.10 ID:Yrxo7Ufx0

「ええ、率直にとても気になります」

「キョンは?」

どうして俺に振る?

「はいはい、俺も気になるって事にしといてくれ」

「何よ、その言い方」

他にどんな言い方が有るってんだよ。素直は美徳じゃなかったのか?

「……気になって気になって夜も眠れそうにないね、ああ。まったく、このままじゃ不眠症で医者にカウンセリングをして貰わなきゃならん」

「おや、それは大変です。涼宮さん、どうか彼のためにも速やかな発表をして頂けませんか?」

古泉が苦笑いとも微笑みとも取れるどっち付かずな表情を披露する。最近、コイツのこういう顔を見る事が多くなった気がするね。前のような笑顔一辺倒に比べれば大分接しやすくなったと言えるだろうか。

ま、これも俺がそう勝手に思っているだけで誰に言う気も無い事だけどさ。勘違いかも分からんし。


9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 18:36:43.09 ID:Yrxo7Ufx0

「では!」

言ってハルヒが椅子によじ登る。馬鹿と煙はなんとやら。本当にお前は一段高い場所が好きだよな。熱い空気ほど比重が小さくなる……つまり、高いトコほど暑いんだが、頭が良いはずなのにそういうのはまるで考えちゃいないんだろうよ。

涼宮ハルヒってのはそういう女さ。ああ、一年以上も見てきたんだ。今更そこに疑問なんぞ抱くまい。

「みくるちゃんちにこれから突撃します!」

俺の中で戦いの女神がラッパを吹き鳴らした瞬間である。ついに、だ。苦節一年と三ヶ月。道のりは果てが無く、千里の道を一歩進んじゃ二歩下がってる気もしていたが、そんな事は決して無かった。

俺の今までの戦いは決して無駄なんかじゃなかった……などとどこぞの映画か漫画の主人公のように声高に叫んだ。無論、本当に叫んではそれこそハルヒが前言撤回してしまうため声にならない声でだが。

「……何か言いなさいよ、キョン」

ええい、感動で言葉が出なかったという経験がお前には無いのか。俺は今まさにその真っ最中だからほっといてくれ。

「お見舞いと言うのは非常に良い提案かと思いますが、しかしクラブ活動が同じであっても僕と彼は異性です。いえ、性別を加味せずとも突然お邪魔して、迷惑になりませんかね」

「え? 古泉くんとキョンには勿論別の仕事が待ってるわよ?」

当然と口にしたハルヒだが、台詞全体に「絶望」とルビが振ってある。マジか。自分だけ秘密の花園に突撃か、メアリー。ここまで俺に期待させておいてお前、ちょいとその扱いは残酷過ぎるだろ。


12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 18:51:07.15 ID:Yrxo7Ufx0

いや、疚しい気持ちは一欠けらも無いぞ。寝巻き姿の朝比奈さんを見てみたいであるとか、彼女が日頃生活を送っているそのエリアは一体どんな花の匂いで満ちているのだろうなんて一ピコグラムほども思っちゃいない!

「嘘ね」

「ああ、嘘ですが何か!? 仕方ないだろ、朝比奈さんだぞ。いや、朝比奈さんだから特別って訳じゃない! 男ってのはそういうのに弱い愚かしいヤツが八割で俺も例に漏れず多数派なんだよ」

アイアムミスターマジョリティ。

「……古泉くん、同じ男として気持ちは分かるかしら?」

ハルヒにチラリと視線を向けられた古泉はとんとんと自分の鼻先を中指で数度叩き。

「分からない、と言いたいところですが。しかし、ここで首を横に振るのは朝比奈さんの麗しさを否定するようでそれも面白くない回答ですね」

「無回答は肯定と取るわよ?」

「いやはや、これは困りました。では、こう回答する事にしましょう。涼宮さんも朝比奈さんに負けず劣らずでとても魅力的ですよ」

古泉とハルヒのやり取りを横で聞きながら感心してしまう。なるほど、これが模範回答ってヤツか。ただし、この忌々しいイケメンが口にするからこそ答足りうる気がしないでもない。


16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 19:06:54.51 ID:Yrxo7Ufx0

「口が上手いわね、古泉くん」

「いえ、僕は事実を言ったまでですよ……ねえ、貴方もそう思いませんか?」

ここで話の矛先を俺に向けるか。なるほど、ナイストスだぜ、古泉。こんな打ち頃のトスであれば流石に俺でもし損じたりはしない。

「ああ、確かに。病気で弱ってるハルヒとかは見てみたい気もする。普段の快活なコイツを見てるだけにな。こういうの……なんて言うんだっけか?」

「……ギャップ萌え、とでも言いたい訳?」

「ああ、それだそれだ。流石ハルヒ……って、お前なんて眼で見てやがるんだよ」

アレだ。ゴミを見る眼ってこんなんで間違いない。やっぱり俺じゃこういうのは向いてないらしい。古泉、すまん。折角のトスだったが遥か彼方にボールは飛んでいったらしい。力み過ぎたな。

「――ま、いいわ。その気持ちは分からなくも無いし、みくるちゃんはめちゃんこ可愛いしね。……アタシの事も少しは見てるみたいだしね」

ん? 今、お前何か言ったか?


17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 19:22:34.76 ID:Yrxo7Ufx0

「べ、別に!」

そう言ったハルヒはどこか楽しそうだった。ああ、確かに俺が朝比奈さんのプライベートを覗き見る権利を手にしたら今の少女みたいにニヤニヤしちまうだろうさ。


さて、俺と古泉に下された命はと言うとだ。

「今日は何月何日かしら、キョン」

「あ? いきなりそんなん言われてもな……ちょっと待て。――俺のケータイが壊れてなきゃ七月の五日らしいが」

「そう言えば、明後日は七夕ですね。なるほど」

「一人で納得するのはお前の悪い癖だぞ、古泉。俺にも分かるように一、二言付け加えるくらいは親切の領域に入ると思うぜ」

「察しが悪いわねえ、キョン。七夕と言えば笹でしょうが」

てな感じで。現在、俺と古泉の男手二人組は鶴屋さんの家に向かっている最中である。いわく、一番立派な笹を持ってきて朝比奈さんを驚かせてやれだそうで。

病床の身には余り刺激を与えるのも正直俺はどうかと思ったのだが、それを差し引いても最終的には朝比奈プライベートゾーンへの侵入を果たす事が叶うという欲求が勝ってしまった。申し訳ない。


19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 19:37:30.54 ID:Yrxo7Ufx0

「良いではありませんか。病床とは言え単なる暑気当たりでしょう。それならばちょっとしたサプライズも薬ですよ」

「そんなもんかね」

古泉と二人、肩を並べて下校道を歩く。これから夏本番を迎えようとする空は、まだまだ日が高い。それはつまり暑いって意味に相違無く、俺と古泉は二人とも三百五十ミリリットルのアルミ缶を手に持っていた。

「やはり、暑い日は炭酸が美味しいですねえ」

「それには同意だが、だからと言ってコーヒーに炭酸水を混ぜて売り出すのはどうかと思うんだよな、俺」

「それ、試してみられたのですか?」

「いや、少し貰っただけだ。あーっと、誰にだったかな?」

不思議探索の時だったのは覚えているんだが、となると古泉か? いや、古泉相手にそんな親切はしないだろう。朝比奈さんか……それともハルヒか。まあ、その二択しかないんだけどな。

妙な感じだ。買ってやった経緯ははっきりと覚えているのに「誰のために」の部分がそっくりと抜け落ちている。確か、ソイツが妙に不思議そうにそのアルミボトルを見つめるモンだから、つい興味本位で買っちまって……で、結局俺が最初から最後まで文字通りの苦い思いをしたんだったな。

ハルヒか?

朝比奈さんか?

うーん……覚えが無い。


21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 19:52:46.37 ID:Yrxo7Ufx0

「……なんとも要領を得ませんね。少し貰っただけと言いながら、買って全て自分で飲んだとも貴方は仰る。よほど記憶が曖昧なのでしょうが」

「まあ、いつの事だったかも覚えてないくらいだしな。それに俺の記憶力の悪さは……どうせ、こっちのテストの点数なんかもお前は知ってるんだろ?」

俺のプライベートってヤツは一体どこへ行っちまったのかねえ。青い鳥みたいにいつかは自分の家に戻ってきているものである事を俺には祈るしか出来ないのが歯痒い。

「それは、ええ。そんな恨みがましい眼で見ないで下さいよ。僕だって仕事です」

「他人のプライバシに土足で踏み入る時点でお前の仕事は相当にブラックだよ。止めちまえ、そんな仕事」

「そうも行きません。僕が仕事を放棄すれば、それは即ち世界の危機ですから。僕はこう見えましても」

この世界がそれなりに好きなんだろ。知ってるよ。前に聞いた。

「良い記憶力ですね」


24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 20:03:12.49 ID:Yrxo7Ufx0

「お前、俺をあからさまに馬鹿にしてるだろ」

「滅相もありません」

言った後でコーラを呷り喉を鳴らす古泉は、今すぐどっかの清涼飲料水のメーカがCMを依頼しに来ないのが不思議なくらいに爽やかで、その爽やかさが逆に太陽の熱を増長させる。

……オカしいな。爽やかって言葉を涼しいと同じような意味で今まで俺は捉えていたんだが。

「しかし、少し気になりますね」

「スパークリングカフェが、か?」

今すぐその興味は捨て去る事を俺としては一押しせざるを得ん。お世辞にも美味しい飲み物じゃないぞ、アレは。

「いえ、そうではなく。貴方のその記憶の混濁ですよ」

古泉が缶を持っていない方の手でこめかみをトントンと叩きながら。

「もしかしたら、何者かによって既に攻撃が始まっているのかも知れません」

「攻撃ってなんだよ、攻撃って」


25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 20:25:21.65 ID:Yrxo7Ufx0

つい素っ頓狂な声が出てしまう。だが、男子高校生の間で攻撃なんて単語はゲームの話題以外じゃ縁遠いしな。そりゃ一オクターブ高い声だって出るさ。

「貴方がそのような反応をするのも分かります。しかしながら僕らは極々日常的に非日常の脅威に晒されている。以上、眼に映るものを全て一度は疑ってかかるべきでは……ないでしょうか?」

「そんな生き方してりゃ神経がその内に参っちまうぜ」

デリケートな方なんだよ、こう見えても。お前やハルヒみたいに心臓に毛が生えてる類と一緒にしないでくれ。

「そうして神経が参っている貴方と言うのも……ええと、なんでしたか? ギャップ萌え……というヤツでしょう」

ニヤニヤするな。顔を近付けるな。ええい、気持ち悪い。

「お前が本気でそんな事を考えているんだとしたら、俺はお前との付き合い方を一考する必要が有りそうだ」

「いえ、僕ではありませんよ」

なら、誰だよ? まさか機関の女の子に俺へとなんらかの感情を抱いてる超能力者でも居るってのか。そりゃ朗報だな。ちなみにその子はお前から見て可愛いかどうかを教えてくれたら助かるね。


27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/05(火) 20:46:17.14 ID:Yrxo7Ufx0

「幸運な事に機関では今のところそのような話は聞いていません」

「幸運? そりゃ随分な言い草じゃねえか、古泉。あー、話は戻るが」

「どこまで戻ります?」

「記憶が操作されてるんじゃないかとかその辺りか。俺の知っている限りじゃそんな事を出来そうなヤツは居ないぜ。それに出来たとしてなんで俺からそんなみみっちい記憶を奪っていく必要が有るんだ?」

超能力者は言うに及ばず、未来人であってもそんなに簡単な事ではあるまい。それともとうとう異世界人ってヤツまで暗躍し始めたか? 勘弁してくれよ。

「そのような勢力は感知していません。と言いますか、正直に言いますと記憶云々は戯れの冗談のつもりでした」

……なんだよ、それ。

「僕は思うのです。我々SOS団は今のメンバで増えも減りもしないだろう、とね。何の確証も無い只の勘ですけれども」

額の汗を拭う真似をして口元を隠す。ここで笑ってるのを悟られるのは少々癪な気がしたんだよ。悪いか。

ほんの三ヶ月前に俺も同じ事を考えたなんて、口が裂けたってそんな恥ずかしい事は言えやしないさ。だからただ、心の中でこっそり同意しておくだけだ。

ハルヒと、朝比奈さんと、古泉と、俺。

きっとSOS団はこの四人でメンバが固定されちまってんだよ。――そう、思う。

31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 19:22:29.91 ID:kZ15gpsB0

「この勘というもの、されど決して馬鹿にしたものではないかと。貴方だって今更我々の輪の中に見も知らぬもう一人が入ってきたところで違和感を覚えられるでしょう? 恐らく、我々の女神も同じですよ」

「そうかもな。となると異世界人ってのはどんなタイミングで出て来るんだと思うよ?」

ハルヒが入学当初にぶちかました衝撃の自己紹介。あの言葉通りにハルヒの元へと現れた未来人と超能力者。だったら異世界人ってのも本当は出て来てなけりゃおかしいんだ。

いつまで出待ちしてやがんのか、それともずっと出て来ないつもりなのか……多分、後者に関しちゃ有り得ない仮定だろうけれども。――根拠なんざ無い、ただの勘だ。

俺の問い掛けに古泉は笑った。

「案外、貴方がその異世界人とやらでは無いのですか?」

「あのなあ……俺もその可能性は考えなくも無かっただけに洒落にも何にもならんぞ、その発言は」

「そうですか。これは失礼。貴方であっても流石にそのような危惧を抱きましたか。ですが貴方が一般人である事は機関によって裏付けが取れていますよ。ご心配なさらないでもよいでしょう」

本当か? 俺にひよこのオスメスが判別出来ないように、超能力者にどっかの誰かが異世界人かどうかの判別なんて出来ないんじゃないだろうかなどと、俺は半ば本気で思っているんだけどな。

大体、異世界ってなんだよってーな話じゃないか? 平行世界、パラレルワールド? それともファンタジックな剣と魔法の世界を指す言葉?


32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 19:34:39.14 ID:kZ15gpsB0

「それは……確かに。ともあれ、それを言い出してしまえば異世界人である事に何の特性が有るというのですか? 僕達はこう考えます。異世界人とは」

聞いてやろうじゃないか。

「涼宮さんにとって、そしてまた常識にとって、普通とは一線を画していなければならない。確かにその方を異世界人だと言い切れる何らかの特性を持っていらっしゃるだろう……と」

ふむ、なるほどな。確かに古泉の言うことも一理認めてやらんでもない。ハルヒが求めているものは、少なくともあの電波自己紹介をした入学当時のアイツが望んでいたものは常識を打ち壊す劇的な何か、なのであり。

それなら、俺が異世界人って線は消えちまうか。

「それとも僕らに巧妙に隠していらっしゃるだけで、何か非常識な事が貴方に出来たりするんですか?」

「やれやれ……出来るんならとっくに手の内をバラしちまってるさ」

「ですよね」

などと言い合っている内に鶴屋さんのお宅に到着である。ちなみに、到着したと言っても家をぐるりと取り囲む土壁の端っこであり、ここから正門まではさらに二百メートルは歩かねばならない。

「いつ見ても壮観だな、この壁は」


33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 19:45:18.61 ID:kZ15gpsB0

俺がポツリと漏らした呟きに古泉が苦笑する。

「何、笑ってんだよ?」

「いえ、この間ここを通った時も貴方は全く同じことを言ってらっしゃったなと思いまして」

変な事を覚えてるんじゃねえよ。己の語彙の少なさに俺が落ち込んじまったらどう責任を取ってくれるってんだ。

「しかしまあ、確かに鶴屋さんのお屋敷は立派ですね。知っていますか? これだけの土地と建物を所有し続けるというのは、それだけでも莫大な金額を要するのです。この白壁が美しい体裁を保ち続けるのもまた、お金が掛かる。僕らとしてはスポンサの事業が上手く行っている何よりの証でして」

ああ、そう言えば鶴屋グループは機関のスポンサだって話だよな。鶴屋さんのご親族さんとやらに俺は一度も会った事がないが、古泉のやっているトンチキな活動に出資するようだから相当に頭の柔らかい人なのだろう。鶴屋さんご自身もそんな感じだ。

「僕は一度会ってお話をさせて頂いた機会が有りました……が、その話はまた後日という事で」

正門に辿り着いたタイミングで古泉が話を切る。少しばかり興味をそそられる話ではあったが、今絶対に話しておかねばならん内容で無い事には同意しよう。

チャイムを押して待つこと数秒、インターホンに出たのは鶴屋さんだ。

「ほいほーい。どなた様っかなーん?」

……門の向こうに居るのが誰なのかも分からない状況ですら鶴屋さんはいつもの鶴屋さんである。


34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 19:56:34.29 ID:kZ15gpsB0

「ども」

「おおっ、その声はキョン君じゃないか。何々? みくるの事が気になって来たのかい?」

「え? 朝比奈さんはこちらにいらっしゃるんですか?」

「うん、いるよー。家に帰っても誰もいないって言うし、そんなんだったらウチに来て貰った方が私も安心だしねー」

全く、一から十まで本当に頼りになる先輩である。ってな訳でハルヒ、無駄足を恐らく現在進行形で踏んでいるだろうがご苦労さん。

「って訳でみくるの身柄は預かった! 返して欲しければ……えーっと、どうしようかな?」

なるべく穏便に返して頂きたいところであるが……って、違う違う。本題その一は確かに朝比奈さんであるが、その朝比奈さんが保護されているのならそれはそれで構わないのだ。

「あーっと、鶴屋さん。こんにちは、古泉です」

「お、古泉君も一緒に居るのかい?」

流石に俺は一人でこの馬鹿でかい屋敷を訪ねる度胸は無い。ピンポンダッシュでさえも躊躇われる小心者で悪かったな。


35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 20:06:06.10 ID:kZ15gpsB0

「ええ。我々は実は……」

と、古泉が本題を切り出そうとしたのだが、それは元気の良い声に遮られた。

「皆まで言わないでだいじょぶ! ハルにゃんから聞いてるよん。ウチの裏の竹林に有るヤツで良かったらどんっどん持ってっちゃって良いから!」

ほう、ハルヒのヤツ先回りして話は通しておいてあるのか。リーダーとしては正直その資質をどこまでも疑わねばならん傍若無人の無神経だが、イベント事にのみ関して言えばその手腕は折り紙付きだ。

猪突猛進とハサミは使いようなのである。

「そうですか。では遠慮無く」

「うん。あ、すぐ門開けに行くからちょいと待ってて」

ぷつりとインターホンの切れる音。俺と古泉は揃って顔を見合わせた。

「涼宮さんに朝比奈さんの現在の居場所をお伝えしておきましょう」

「ああ、そうしてくれ」

速やかに連絡しないと後が怖いからな。


36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 20:27:03.00 ID:kZ15gpsB0

俺たちを和やかに敷地へと迎え入れてくれた鶴屋さんに折りたたみのノコギリを丁重にお借りした後、竹林へと足を踏み入れた。用意の良い事に虫除けスプレーまでお借りして万全の体勢である。

「……寝巻き姿の朝比奈さんを見たかったんだけどな、俺は」

「いけませんよ。誰にだって見られたくない場面というものは有るのですから。それが女性であれば殊更に、ね。帰りにお顔を拝見出来るのですし、それでよろしいではありませんか」

むう。まあ、名目はお見舞いであるのだから、その相手がどのような格好をしていようがそれは本題とは何の関係も無いのは認めよう。認めるが、それでも納得出来ないものが込み上げてくるのは男子として産まれたが故の避けられぬ性である。

「あー、そういや古泉。ハルヒのオーダーだが『なるべく立派な笹』ってのは具体的にどんなものを指すのかお前、分かるか?」

前後左右を見回しながら聞いてみる。外から見て見事な竹林は言うまでも無く分け入ってもそりゃもう見事なものであり、しかしあんまりにも立派にドイツもコイツも成育なさっているがためにどれか一つを選びようがないってのが俺の本音だ。

大体、こんなデカいモンを朝比奈さんの家まで持っていく手段が俺には思い浮かばん。トラックを使うにしても軽トラじゃ収まり切らないだろうよ。


37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 20:42:54.77 ID:kZ15gpsB0

「……僕たち二人がかりで運搬が可能で、かつ公道を歩く際に歩行者や車両に迷惑が掛からないという条件を満たした上で一番大きなもの、と僕は推察しますが」

オーケー。なら一番小さい笹を探そう。周りに生えまくっている竹じゃなくて、笹な。

「了解しました」

二人であれはどうだ、いやいや大き過ぎて運ぶのが疲れるなどの問答をした挙句、結局は高さ二メートル程のこじんまりとした笹を持ち帰る事にした俺たちである。ハルヒに文句を言われそうだが、文句を付けるんなら自分で採ってこいってなモンだ。

大体、最終的に部室に飾るであろうものなのであるからして、大き過ぎては単純に邪魔である。

鶴屋邸玄関先になるべく邪魔にならんように笹を置いて玄関を潜ると、そこにはなんとなーく見覚えが有る気もする靴が置いてあった。朝比奈さんのものかとも一瞬いぶかしんだが、しかし右を見れば靴箱に「この愛らしさは朝比奈さん!」と判別可能なピンクのシューズが並んでいた。

という事はつまり……。

「お疲れ様、二人とも。遅かったじゃない!」


38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/06(水) 20:56:46.41 ID:kZ15gpsB0

だよな。玄関近くの障子戸を開いて顔を出し、一番に俺たちの出迎えをしたのはハルヒだった。なんだよ、結局俺たちより先に見舞いを済ませちまってたのか。

「それで、笹は良いのを見繕ってこれたのかしら?」

「運搬の手間を考慮してから物を言え。まあ、去年と似たり寄ったりだ。多分、あれくらいがジャストサイズだよ。なあ、古泉」

うまく言い包める事を超能力少年に期待しつつ、話を振る。が、ソイツはこの話題には頷いたっきりで話題を変えた。

「それで、朝比奈さんはいかがですか?」

「みくるちゃん? 可愛いわよ」

そんな事はただの宇宙の真理である。古泉が聞いているのは断じてそういう事ではないだろう。ほれ、見ろ。古泉のヤツも苦笑い以外の反応が出来てないじゃねえか。

41 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/07(木) 20:02:21.30 ID:9wHDT/ms0

ハルヒ。分かっていたが再確認。お前、阿呆だろ。俺と古泉の閉口を分かっているのかいないのやら。ハルヒは顔を喜色満面に染め上げて、朝比奈さんの無事だけはそれで確認する事が出来るが後はさっぱりだ。

「あーっと……朝比奈さんは元気なんだな?」

「そうね。軽い暑気当たりってだけらしいわ。なんでも、この死ぬほど暑い中体育してんだんですって。そりゃ、みくるちゃんなら一発だわ」

何気に失礼な発言をしている気もするが、しかして俺も同意せざるを得ない内容であったために注意するのも躊躇われる。小動物系だもんなあ、朝比奈さんは。そのお姿を見て感じるのは安らぎか不安の基本的に二択しかないし。

「そっか。折角ここまで来たんだし、顔だけでも見てって大丈夫そうか?」

「エロい事期待したって無駄よ」

期待してねえよ。こっからどんな超展開を繰り広げてエロいイベントに辿り着くってんだ。お前の頭の中の朝比奈さん攻略フローチャートをちょっと図を描いて説明してみろ。

「何よ。みくるちゃんがパジャマ着てたりしたら、どうせアンタみたいな程度の低い男はだらしなく鼻の下伸ばすんでしょ。お・あ・い・に・く・さ・ま! みくるちゃんはすっかり良くなっていつも通りの制服よ」


42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/07(木) 20:12:43.50 ID:9wHDT/ms0

……勝手に人をパジャマ萌えに断定した挙句、品性をこき下ろすとか傍若無人にも程が有る。そりゃパジャマにある種の……こう、なんというか、なにがしかを掻き立てる未知なる力が有ってそれが俺に作用していないとは断言出来ないと言や、出来ないけれども。

しかしあえて言わせて頂きたい。パジャマとは寝乱れている、その襟元のはだけ具合こそが至高にして嗜好であると!

……なんでもない。只の妄言だ。

「大事無いと聞いてほっとしました。熱中症は酷いものだと死に至ることも有ると聞きますから」

「大袈裟っさ、古泉くん!」

ハルヒの後ろから元気の良い声がする。視線を飛ばせば、そこには仁王立ちする鶴屋さんと、その後ろに朝比奈さんだ。心配してしいたほどではなく、足元がふらついている事もなければ顔色もそこそこ良い。

いつもの、朝比奈さんだ。内心胸を撫で下ろす。

「ふふっ。大袈裟なのは鶴屋さんもじゃないですか。ちょっと立ち眩みがして転んじゃっただけだって、何度言っても聞いてくれなかったでしょう?」

おや? そうなんですか?

「だーって、マラソンの途中、あーんなジャストタイミングでずっこけられたら誰だって勘違いしちゃうよお。もう、悪かったって! みくる、許してよー」


43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/07(木) 20:22:01.80 ID:9wHDT/ms0

言って鶴屋さんが朝比奈さんに縋り付く。その光景はいつもと立場が逆転していてなんだか新鮮だった。しっかし、この二人は本当に仲が良いな。

「後少しで救急車まで呼ばれるところだったんですよ。私、すっごい恥ずかしかったんですから。……心配してくれていたのは、嬉しいですけど」

ふむ、どうやら本当に俺たちが心配するまでも無かったみたいだな。朝比奈さんには鶴屋さんって素敵な親友が居る。古泉と顔を見合わせると、何を思ったのかソイツはハルヒへと目配せをした。何の合図だよ?

「……友達、か」

ハルヒの口から小さく掠れた声が漏れたのを俺は聞き逃さなかった。いや、「聞き流せなかった」だな。

だが、俺に何を言える? 朝比奈さんって友達がお前には居るじゃないか。俺や古泉は友達じゃないのか。そんな事くらいなら言えるだろう。だが、朝比奈さんと鶴屋さんの仲睦まじい姿を見て口にした、ソイツの本意はそうじゃないんだと俺は思う。

朝比奈さんはなんだかんだ言っても先輩で。

俺や古泉は異性に当たる。

ハルヒには「朝比奈さんにとっての鶴屋さん」みたいな相手がいないんだ。それは、例えば俺にとっての谷口や国木田みたいなモンで。フランクに何でも話し合える友人。そういうものの価値をハルヒは、この先輩二人を見てうっすらとでも感じたのかも知れない。

48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 19:52:36.57 ID:XTkHCf7H0

今更。人によっちゃそんな感想を今のハルヒに抱くんだろう。ああ、確かに。友人ってのがどれだけ大切なモンなのかを知るのが遅過ぎるのは間違いないさ。

それでも。今からだってお前が望めばそういう相手に出会えて、仲良くなって一緒に遊びに行ったりってな事は出来るんだ。なんてったって、お前は古泉いわく世界の全てを自由に出来るらしいしな。いや、そんな摩訶不思議能力を使わなくても良い。ただちょっといつもよりもフレンドリーに人に接すれば、それこそ一発だぜ。俺が保障する。

そうだな……ハルヒ、お前はちょっと活発過ぎるきらいが有るし、落ち着いていて、でもって物静かなタイプが凸と凹がしっくり来そうだ。ただ、それだけじゃお前の有り余る力に翻弄されちまうだろうからな。なんでも出来るタイプって言っちまったらちょいと選り好みが激し過ぎるか?

いつか、そんなお前と肩を並べられそうなヤツとも、きっと会えるさ。いや、武闘派なお前にしてみたら「背中を預ける」って言い方が良いか?

ま、なんでもいい。

「……ゆっくりしていきたい所ですが、しかし、我々は笹を学校に持ち帰らねばなりませんし、朝比奈さんの無事もこうして確認出来ました。では、そろそろ帰りましょうか?」

こちらを見て超能力者は目配せ一つ。俺はゆっくりと頷いた。


49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 20:01:45.96 ID:XTkHCf7H0

「だな。そんじゃハルヒ、俺らは先に行くわ。そうだ、鶴屋さん」

「ん? なんだい?」

「朝比奈さんをよろしくお願いします。いや、ハルヒでもいいけどな。大事を取って家まで送っていってやれよ。団長の仕事だろ、こーいうのは」

出来れば朝比奈さんをずっと見ていたかったというのは本音であるし、彼女の家まで付き添うのならば是非とも俺がと言いたかったが。それより勝る何かが心の中に巣食っていた。


それほど大きな笹では無かった事も有り、そしてまた、二人で担ぐというのは先端部分を担当する方にとっては罰ゲーム以外の何ものでもなく、そのために交代制で運搬をする事に古泉と何を喋った訳でもないが自然になっていた。

「……助かりましたよ」

「何が?」

「先ほど。涼宮さんの心が小さく揺れるのを感知しました。いえ、特別珍しいという訳でもありません。よくあると言えばそれまでです。しかし、僕たち超能力者としてはそのような些細な引っ掛かりであっても気を揉むのには十分でして」

相変わらず要領を得ない話し方だ。


50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 20:14:53.59 ID:XTkHCf7H0

「それで? 一体お前は何が言いたい?」

「いえ、ご自分の言動にお気付きでないのならばそれはそれで結構ですよ。……友達が欲しい、と思われるようになったのは良い兆候ですね」

それはハルヒの話で間違いないだろう。どうやら耳敏くコイツにもハルヒの独り言は聞こえていたらしい。ハルヒの監視が超能力少年における高校生活最大の目的であるのだからして、ハルヒの一言一句を聞き逃してなるものかと、そういう職務に忠実な心根が聴力にも作用しているのかも知れない。

……単なる集中力の問題か。

「中学の頃には考えられませんでしたよ。羨望などといった感情は彼女には無縁でしたから。彼女……涼宮さんはただ孤高を望み、またそうでなければならないと自分に言い聞かせていた節が有りました」

そりゃアレだ。思春期特有の恥ずかっしーい思い込みだな。かくいう俺にも覚えが無い事も無い。お前だって有るだろ。自分は他人とは違う。自分は群れの中に埋没したりはしない。埋没したフリをしているだけだ、みたいなさ。

いつかハルヒから聞いた野球場の思い出話をなんとなく思い出してしまう。触れるもの皆傷付けるガラスの十代、って中学時代だったんだろうなってのは容易に想像が付いた。そも高校入学当時のアイツはそんな感じを引き摺っていた。


51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 20:26:40.13 ID:XTkHCf7H0

「あの頃の涼宮さんならば。今日の朝比奈さんと鶴屋さんのような睦まじい間柄の他愛の無いやり取りを目の当たりにされても苛立ちしか覚えられなかったはずなのです」

「大人になったんだろ、アイツもな」

果たして大人になるというのが具体的に何を指すのか。俺にだってそんな事は分かっちゃいない。心穏やかに過ごせるようになる事か、それとも一人は寂しいものだと自覚する事を言うのか。まだガキの時分を抜け出せていない俺には理解出来ない領域の話さ。

「ですね。いえ、きっと、そうです。そしてきっと彼女はそのような自分の心を自覚なさったのだと思います。つい先ほど……」

「古泉」

叱咤するような声音になってしまったのは……理由は分からないって事にしておく。詳細に自己分析してみたとしても余り面白い解答が得られそうには無い。

「この辺で止めとこうぜ。アイツをプロファイリングすんのは、そりゃお前の仕事内容には有用なんだろうが。それでも誰かの心の中を別の誰かが覗き見たり、そういうのはどうかと俺は思う」


52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 20:44:53.36 ID:XTkHCf7H0

果たして古泉は俺の言葉に「……職業病ですね、すいません」と言って苦笑した。北高名物心臓破りの坂に差し掛かり、もう何度目だったかも覚えの無い荷物持ち交代をする際に古泉はポツリと言った。

「貴方は、変わりましたね」

俺に言わせて貰えりゃお前だってこの一年で随分変わったんだと、言い返す気力は夏日が奪い取っちまっていた。


ついだらだらと部室で古泉と七夕について喋っていたら家に一番近い駅に到着する頃には日は落ち切ってしまっていた。街頭には羽虫が集り、この暑いのに殊更熱い場所に群がろうとするその習性は俺みたいなのにとっちゃ永遠の謎だ。イカロスにでも憧れているのだろうか。

近所のコンビニには青い光で虫を誘った挙句焼き殺すという正式名称不明のあの機械が置いてあり、その横を通り過ぎる際にバチバチと耳障りな音が鳴った。ほらな。光に憧れちまった虫の末路ってのは呆気ない。暑い時に熱い場所に近付いてどうするんだよ、全く。

どんだけ昔から飛んで火に入る夏の虫なんて言われてると思っていやがるのか。学習能力が足りてないぞ。


53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 21:00:14.81 ID:XTkHCf7H0

なんて思いながら視線をコンビニから帰路へと戻した。コンビニを過ぎてしまえば住宅街へと続く道。俺の家もその住宅街の一角に有る。その道沿いにその見知らぬ少女は居た。

外灯の明かりが作り出す白いおぼろな円を出たら明日の自分は不幸になるって自分ルールでも作っちまったみたいに円の中心を違わずすっくと立つソイツ。立ち尽くす、といった感じでも無ければ誰かを待っているってようにも見えない。

ん? ……あの制服、北高だな。

いや、ちょっと待て。俺の家の近所で北高に入ったヤツは少なからず居るが、しかしソイツらは全員同じ中学校の出身なので顔も名前も覚えている。にも関わらず、俺はその少女の名前も、顔も知らない。以上から導き出される結論として、彼女は別の校区の出身である。

だが、果たしてそんなヤツがここで何をしているのか。俺の頭で出せた辛うじて納得のいく解はこうだ。すなわち、少女は誰かを待っている。でもって、こっちは多分に推測だがこの少女はこれから告白に至るのではないだろうか、と。

帰り道に誰かと待ち合わせているにしちゃ時間も遅い。そもそもそんなんなら普通は駅の待合室かファーストフードショップ、男子であればゲームセンタなんかが定番だ。

だったら待ち合わせているのではなく、待ち望んでいると考えて何の不条理も有るまい。そして、その考えに至った途端、高鳴りだす心臓。なんと浅ましい事だろうか。


54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 21:21:37.75 ID:XTkHCf7H0

ええい、告白されんのが俺って決まった訳じゃないぞ。それに告白するつもりなんじゃないかってのも穴だらけの推理によるものだ。この住宅街から北高に通ってる男子って他に誰が居たっけ……えっと……。

古今稀に見る超高速で頭の中に有る虫食いだらけのタウンページを捲っていく。歩みは止めないが、意識していないと緊張して右手と右足が一緒に出てしまいそうだからそっちにも気を配らねばならん。チラリと気付かれないようにその少女のご尊顔を拝見させて頂けば、これがまあ「マジかよ」と脳内で絶叫してしまうに足りる美少女である。

誰だ? 誰に告白する気なんだ。三組の鈴木か? それとも七組の吉田か? もしかして俺じゃないだろうな? 見覚えの無い娘なれど「だったらお友達から」なんて返答を既に弾薬庫に用意してしまっている俺は……だって仕方ないじゃないか。美少女だぞ、美少女! それも毛色は違えどハルヒや朝比奈さんレベルのとびっきり。

物静かそうなトコもこれはこれで……と、ヤベッ。眼が合っちまった――って、オイ。俺を見て近付いてくるのかよ!? 誰か俺の頬を抓ってくれ、今すぐ!

古泉ならともかく、まさかこの俺に告白イベントなんてものが訪れるとは夢にも思っちゃいなかった……って、ああ! 少女の歩みは狂い無く俺の眼前に立ち塞がるコース!

こんな時、俺に出来るのはと言えばなるべく堂々と、男らしく立ち止まる事であり……誰かこの鳴り止まない心臓を鷲掴みして止めてくれ。今ならこちらからお願いする。少女に聞こえてしまえば格好悪い事この上無い。

そして俺と、謎の美少女は対面した。俺の肩口くらいのちんまいサイズ。大きくつぶらな瞳はまるで宇宙を内包しているような不思議な魅力を湛えて俺を見据え……お互い足を止めて沈黙する事三十秒強。沈黙に耐えられなくなったのは俺が先だった。


55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/12(火) 21:48:26.36 ID:XTkHCf7H0

「……あー、っと」

立ち塞がったんならそっちから声を掛けてくれよ。どうして俺が何と言って切り出そうかを考えなくちゃならないんだ。良い天気だな? 阿呆か。時間を考えろよ、俺。

「俺に……何か用か?」

しまった。先に名前を聞くべきだっただろうか。なんて考えても遅い。既に口に出してしまったのだ、矢継ぎ早に名前やらクラスやら所属するクラブやら……聞きたい事は山と有ったが聞ける訳ねえだろ。

「……私を」

見た目から想像していたよりもハッキリとした、耳に残る声。

「覚えている?」

耳に残る声で、でもその声は記憶には残っちゃいない。当然だ。目の前の少女とは初対面だからな。

「ん……いや、悪い。どこかで会ったかも知れんが覚えてないな。どこで会ったのか、言ってくれたら思い出すかも知れんが」

「……覚えていないのならば、それでいい。私は覚えている」

「そ……そっか。なんか、悪いな。こっちばっか覚えてないのも。気分悪くないか?」

少女は俺の質問には答えなかった。代わりに、って言うべきなのかどうかは分からないが俺の眼をじっと見つめて一言「ごめんなさい」と言った。

58 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/14(木) 20:29:12.96 ID:XWS9/qTJ0

だが、ちょっと待ってくれ。突然の謝罪に申し訳なくなっちまうのは俺の方だ。そんな事されてみろ。俺の姿をした俺ではない俺。まさかのドッペルゲンガーの仕業を疑ってしまうじゃねえか。

あながち無いとも言い切れないのが更にタチが悪い。最近大人しいと思っていたら単なるフェイクでしかなくて、またやってくれたのか、あの神様は?

何かが有れば即「今度はハルヒのヤツ、何やらかしやがったんだ」と思考を巡らせてしまうように、この一年半でなってしまった。どんな親切を目の前の美少女にやらかしたのかは知らないが、それでも俺の評判を上げてくれてありがとうよなんざどうしたって思えない。当たり前だ。思える訳ねえ。

「……俺は、えーっと、君に何をしたんだ?」

記憶に無い事を少女に対してやらかしていたとあれば、これは久し振りに朝比奈さんと古泉の助力を頼まねばならない事態である。そうでだけはあってくれるなと思いながらの俺の問い掛けは、しかしなんとも要領を得ない回答を招き、殊更に俺を混乱させるだけとなった。

「助けてくれた」

はてさて、俺は川で溺れる少女を見た事など無ければ、飛び降り自殺をはかる少女を説得した記憶も無い。火事の現場に出くわした事すら無いという考えようによっては天下泰平事も無しってな人生を歩んできた男である。

……助ける、ってのは一体どういう意味だ? いや、広辞苑を寄越せって言ってるんじゃないぜ? そうじゃなくて、俺に少女を助けるなんて大それた事が果たして無意識かつ無自覚に出来るのか、って聞いてるんだ。行間紙背ってーのを読めば、ま、そのくらいは分かってくれるよな?


59 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/14(木) 20:43:19.33 ID:XWS9/qTJ0

「助けた? 俺が、君を?」

「そう」

「いや、覚えが無いんだけどさ」

「貴方が記憶しているとは考えていない。しかし、それでも私を助けてくれた人が貴方であるという事実に変わりは無い。だから、ごめんなさい」

……どうも、知らない場所で大変な恩を売ってしまったようである。こうなると益々ハルヒが俺のそっくりさんを作り出した線が濃厚になってくるだけあって、その真摯なる言葉に苦い表情を作ってしまう俺が居る。が、その前に、だ。

「あー、俺が君に何をしたのかは悪いが本当に覚えは無いんだけどな。それでも言わせて貰うと、だ。多分、そういう時に使うべきは『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だと思うぞ、うん」

例えばだ。見知らぬ他人から突然言われるにしても謝罪よりは感謝の方が対応し易かろう。しかも、それが美少女ならば尚更だ。これを機会にお近付きになっておこうと俺が考えたとしても、それは別に咎められるような事じゃない……よな?

あ、なんか自分がマジョリティだってのに自信が無くなってきた気がする。


61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/14(木) 20:59:32.35 ID:XWS9/qTJ0

「……そう」

もしかして、この子は三文節以上続けて喋る事が出来ないとか、そういった呪いめいたものに罹っているのではないかなどと失礼な事を考えてしまう。それくらい謎の美少女は言葉が少なかった。全く喋らないというのではないが……物静かではなく無口系なのはたったこれだけのやり取りでもよく分かったよ。

「でもって、出来れば俺が君を助けたっていう、その詳細を教えてくれたら今度は俺が助かる。それで貸し借りをチャラに出来るレベルでそりゃもう助かるんだ」

いや、割とマジで。頼むから不可思議な事例を口にのぼらせないでくれよ?

「それは今の貴方に言っても理解出来ない」

お前が三文節以上喋られる事は理解した。それはそうとして、言葉の端々から危険な匂いがするのは俺の気のせいだよな? な?

ん? ……「今の貴方に」って言ったか? それはつまり今の俺じゃなければ分かるって事だから……この美少女、もしや朝比奈さんの関係者か?

にしては胸が慎ましくいらっしゃ……いや、なんでもない。可及的速やかに忘れてくれ。


63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/14(木) 21:09:44.53 ID:XWS9/qTJ0

「けれど、貴方が知らない事と私が貴方に感謝している事とは無関係」

「いや、まあそりゃあな。だが、知りたいのが人情ってモンだろ」

「教える事は出来ない。これは私の意志であり、また貴方の意思でもある」

また訳の分からない事を言い出したぞ。俺の意思? そりゃどういうこった。俺と少女は初対面である。彼女にしてみれば違うのかも知れんが、俺にとっちゃ間違いなく初めて注視する顔だと言い切ろうよ。

その美少女が。俺の何を知っているというのか?

「待ってくれ。さっぱり訳が分からない」

「知る必要は無い」

きっぱり言われてしまった。この子、さっきから表情が全く変わらないんだが、もしかしなくても嫌々俺に謝罪に来ているんじゃ、などと考えてしまうのはこれは流石に穿ち過ぎかもな。

64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/16(土) 21:19:30.35 ID:7YKqA0Q90

「それでも」

彼女は顔色一つ変えず、そして俺の眼を見たままに決してその眼を逸らさず、小さく口を開いた。小さく、けれどはっきりと。

「ありがとう」

どうやらその言葉の内訳は教えて貰えそうにないってのは、ここまでのやり取りで理解した。まあ、いいさ。興味も関心も尽きないが、それでも美少女に感謝されるってのはそれ単体であっても価値が有る。悪くない、ってヤツだな。

なんとは無しにぼんやりと、そして何も言えずに彼女を見ているとそこで、その手に何かを持っている事に今更ながら気付いた。暗がりだったからってのも理由だが、それよりも彼女の深い瞳に視線を吸い寄せられていた方が理由の八割を占めると自己分析しよう。うん。

見蕩れていた、って言ったらちょいと語弊が有りそうだけどさ。

「なんだ、その――手に持ってるのは? 紙切れ……に、俺には見えるんだけどさ」

「これは、短冊」

短冊。言われてみりゃ確かにだ。ぱっと見はやる気の無い栞にしか見えないが、そこはそれ、時節を鑑みれば納得出来なくもない。

「ああ、七夕に吊るすのか?」

「そう。正確には笹に吊るす」


65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/16(土) 21:31:12.00 ID:7YKqA0Q90

って事は願い事が書いてあるのか。いやいや、それともこれから書く白紙の短冊なのか……って、俺にはどうでもいい話だったな。

ああ、そういや俺もそろそろ今年の短冊に何を書くか考えておかないと。またハルヒに、やれ地味だの、やれ夢が無いだのと散々こき下ろされるのは勘弁だ。

「願い事を、する」

「そっか。なんか意外だな。君はてっきりそういうのには縁遠いタイプだと思ってた節が俺にはあ……あ?」

なんだ、この違和感?

意外――何が意外だ?

今日、ついさっき初めて会った女の子じゃないか、目の前の彼女は。だったらその子がどんな趣味嗜好をしているとか、そんなんが俺に欠片程度でも分かって堪るか?

人は見かけに依(ヨ)らない。ハルヒに出会ってから俺の胸に深く刻まれた言葉である。超絶美形であってもエキセントリック。谷口曰くの中身さえ違えば深窓の令嬢。つまり何が言いたいかってーとだ。

外見で人の内面を判断するような愚行を俺はなるべく避けようと、そう心掛けて毎日を生きている訳だ。これでもな。

となると。やはり俺の中で疑念が浮上するのであり。

「……なあ、やっぱり俺はお前とどこかで会った事が有るんじゃないのか?」


66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/16(土) 21:43:48.52 ID:7YKqA0Q90

「知る必要は無い」

一刀両断。俺の放ったクエスチョンマークを迎撃する、その切れ味はきっと名の有る刀匠による業物に違いない。そして――そしてこの切れ味にもどこか覚えが有るのは、一体どういうこった?

話は終わったとでも言いたげに踵を返す少女。なんだよ。本当に、訳の分からない謝罪と一切の修飾と無縁の感謝を俺に告げたかった、要件はそれだけなのか、コイツ?

何だろうか、この胸の内側でざわざわする嫌な感じ。このまま少女を帰してはいけない。そう俺の第六感が声高に叫ぶも名前すら知らない少女を何と言って引き止めれば良いってんだ?

「……ま」

待ってくれ。そう言おうとした声帯は不恰好にひゅうひゅうと息を漏らすだけ。見知らぬ少女なのは確かだ。けども……ええい、どんだけ臆病者なんだよ、俺は?

俺が口をパクパクとさせる間も少女は足取りを緩めず。一歩一歩確実に俺から遠ざかっていく。走り寄って名前くらい教えてくれよとでも気軽に聞いたところで不審がられたりはしないさ。そう囁く右耳の俺。

けれどこの時の俺は左耳の俺の囁きに耳を傾けて、しまった。

――同じ北高の生徒なんだから、校内をうろうろしてりゃ見つけられるだろう、である。

結論から先に言えば、彼女は北高の生徒では無かった。

今は、もう。


67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/16(土) 22:11:15.54 ID:7YKqA0Q90

家に帰って風呂と食事を済ませて自室へと帰ってくると、ベッドの上に放り出したケータイの外部ディスプレイが着信を示す赤いランプを点滅させていた。えーっと、赤はメールで緑が電話だったか? 逆だったかも知れんな。ま、そんなのは開いてみれば分かる話だ。

どうやら、俺の記憶力も満更捨てたものでも無かったらしい。俺が足でシャミセンをあやしながら夕食を食っている、丁度その頃に来たメールだった。送信者は……珍しいな、朝比奈さんか。

夜分に申し訳ありません、から始まるメールは俺が普段は決して使わない絵文字をふんだんに使用したもので、なるほどこれが昨今叫ばれている女子力とやらかなどと自分でもよく分からない納得をさせられるものであったとかそれはまあ置いておいて。

メールの全文を堪能するのは俺だけの特権とさせて頂こう。まあ、待て。内容だけで十分にイマジネーションを刺激されるのは俺が保障してやる。

掻い摘むと。それはつまりデートの提案である。しかも深夜だ。女子と、それもとびっきりの美少女と深夜徘徊なんてーのは、これで胸を高鳴らせないようなヤツを俺は男子とは絶対に認めない。

深夜零時前後……両親と妹の眼を盗んでってのが少し骨の折れる話だが、しかし健康な男子高校生の一人として、これしきのミッションはこなしてみせましょう、朝比奈さん!

そんなこんなで四時間後。コンビニで売っている目覚ましドリンクを二本も飲んで準備万端で待ち合わせ場所……駅前公園のベンチで辺りを注意深く見回す俺であった。

気分は入場を今や遅しと待つボクサーである。この一戦に俺の未来が懸かっていると、言っても決して言いすぎではあるまい。なにせお相手は未来人だしな。……いや、やっぱ関係ないか。


68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/16(土) 22:31:33.68 ID:7YKqA0Q90

それにしても……何かとこの公園には縁が有るよな。去年の七夕、三年前にタイムスリップした時の事を思い出さずにはいられない。ま、今日はそんな事も無いだろうけどさ。何か有るとしたら、そりゃ二日後。七夕本番だろう。

とは言え、来る七月七日に向けて特に自分からアクションを起こそうと思っているわけでもない俺なんだけども。ハルヒの思い付きを先回りしようなんてどう考えても無理な話だし、いつも通りのぶっつけ本番で、今回なんか有ってもそれでいいだろ。

な、二日後の俺? 今日ばっかりは朝比奈さんとの逢瀬に意識を集中させてくれたってバチは当たるまい。

時計の針が日付の変わる五分前を指し示した時、背後の草むらがガサガサと音を立てた。記憶を呼び覚ますに十分な登場の仕方だなと、溜息が漏れてしまう。

「よいしょっ……と。待った、キョンくん?」

久し振りの再会となる彼女は一年前と同じ様に俺の隣へと腰掛けた。どうにも、肩透かしを食らった感が否めない俺としては非常に悲しい。それは彼女が出て来るにイコールないしはニアイコールで厄介事が付いて回るせいであり、彼女自身にはなんら含める意味など無いのだが。

それにしたって俺としては朝比奈さんが良かったです……朝比奈さん(大)。

「いえ、そこまで待ってませんが……貴女が出て来たって事は、また何かハルヒがやらかし始めてたりするんですか?」

もう一度言う。けっして朝比奈さん(大)が悪いのではない。悪いのはハルヒだ、いつだってな。

73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 16:40:32.76 ID:33yXplgl0

朝比奈さん(大)は朝比奈さん(大)でハルヒによって揺るがされた自分の未来を立て直そうと必死なだけであり、それは俺や古泉が日頃東奔西走しているのとなんら変わりはないのである。……あ、古泉もそう考えたら悪いニュースを持ち込んできたりするか。

それも割と頻繁に。俺は男女差別とかはしない主義なので、アイツの場合はアイツが悪いとしておこう。恨むなら自分の胡散臭さを恨むんだな、超能力者。

「いえ、今回は……その、涼宮さんが関係しているかどうか私にもまだ分かってないんです」

珍しい事も有るモンだ……と。いやいや、ハルヒが無関係とまだ決まった訳じゃない。そもそも、七夕直前なんてタイミングでアイツが無関係だなんて、そりゃお釈迦様でも首を横に振るさ。

「朝比奈さんにも分からない?」

「はい。未来人であっても分からない事は有るんです。――今日の昼頃、えっと、こっちの時間での話ですけど。まだ小さい私が体育の授業中に立ち眩みを起こしたでしょう?」

「ああ、はい」

俺に取っちゃ今日の話でも、彼女にとっては昔々の話。確認を取られる事の違和感は、すなわち彼女が未来人であるという証左でもある――なんてな。

「でも、それがどうかしたんですか?」

「小さい私は気付いていませんし知らせていませんが、実は立ち眩みの理由は日射病の類ではありません」

だったらなんだって言うんですか。

「時空震です」


75 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 16:54:16.39 ID:33yXplgl0

ジクウシン……時空震って、多分漢字はこれで合ってると思う。が、肝心の内容がサッパリだ。時空ってので思い浮かべるイメージ画が俺に取っちゃ某ネコ型ロボットのタイムマシンが行き来するあの空間であり、そこが震えるってのは……なんだったか、昔の劇場版でそんなのが有ったな。

閑話休題。

「古泉君達の使う言葉では世界改変と言います。両者には多少語意の誤差が有りますが、それはこの時代の人に説明してもどうしても理解出来ないものだから省略しますね」

おいおい。世界改変と来たか。何をやっているんだ、超能力者。ハルヒにそれをさせないためにお前らは日夜人知れず活躍してるんじゃなかったのか? 職務怠慢で司法手段を取るぞ、このやろう。この件に関しちゃ俺が市民オンブズマンの代表をしてやってもいい。

「いいえ、古泉くん達はよくやってくれていますよ。だからこそオカしいんです、キョンくん。涼宮さんの力はこの時代の人たちの努力によってよくコントロールされています。それこそ綱渡りのような絶妙なバランスですが、それでも未来から見れば奇跡的な曲芸なの」

その綱渡りでハルヒが歩いている綱ってのは、まず間違いなく俺の事だよな。

「つまり、ハルヒの仕業じゃないって言いたいんですか、朝比奈さん(大)は?」

「考えにくい……そう思っています」

なら、誰の仕業だ? 未来人? 超能力者? それとも未知なる第三勢力の登場かよ、笑えねえ。


76 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 17:17:45.17 ID:33yXplgl0

「大体、意味が分かりませんよ。その世界改変だか時空震だかをやらかしたヤツは何が楽しくて朝比奈さんを立ち眩みに追い込んだんですか」

実害らしい実害は他に見られない以上、それが犯人の狙いであると……これは余りにも短絡的な推理だったか。でもさ、実際問題他に何か起こってるかと問われれば俺としちゃ首を横に振らざるを得ない。

俺が気付いてないだけで世界には何かが起こっているってのも、過去に何度か経験しているが。その場合も兆候なりなんなりが有るものだ。ちょっとした違和感――そこまで考えて思い出したのは夕方に出会った少女の存在だ。

……ついに異世界人でも動き出しやがったのか。冗談じゃねえぞ、クソ。

「そこなんです。時空震が有ったと目されるその前後でSTCデータ……えっと歴史の整合性とでも言うべきものなんですけど、そこに乱れが確認されていなくって」

そこで俺の出番、って事ですか。毎度毎度、どこにでも居る一般男子高校生を捕まえて何を期待してるんだろうな、なんて皮肉の一つも言いたくなるね、全く。

やれやれ。


77 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 17:32:45.70 ID:33yXplgl0

ま、朝比奈さん(大)の頼みと有っては俺に断るべくも無い。彼女には過去何度もお世話になっているし、それに何より俺としても俺の朝比奈さんに危害を加えた狼藉者にお灸をすえてやりたかったしな。

「キョンくんには申し訳ないんだけど、問題の時間軸に座標移動をして貰って誰が何のために今回の時空震を発生させたのかを調査し――」

朝比奈さん(大)の話の途中。そこで、公園の噴水奥に設置されている時計が長針と短針を重ね合わせて新しい日付の到来を告げた。



まるで夢から覚めたような心持ちで我に返った俺は、なぜか見覚えの有る駅前公園のベンチに一人で座り込んでいた。非常に暗い。駅前幾ばくも無い距離に有りながら喧騒とは無縁で有る事から、どうやら深夜らしいとあたりは付いた。

ほとんど機械的にズボンのポケットを探ってケータイを取り出す。液晶の光る画面を覗き込めば七月六日の午前零時を一分過ぎたところだった。

「……なんだ?」

霧の掛かっているようなレム睡眠モードの脳みそが次第にクリアになっていく。しかし、それとは半比例的曲線を描いて俺の頭の中のクエスチョンマークは分裂に次ぐ分裂を続けた。

つまり、俺はなぜこんな時間にこんな場所に居るのか、であり。

またあるいは、どうしてこんな場所で眠っていたのか、でもある。

夢遊病を発病していたと、そう自分自身を断ずるに客観的に見ても十分過ぎる状態で疑う余地を探す方が難しい有様だった。


78 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 18:50:00.11 ID:33yXplgl0

なんだ? またハルヒの仕業か?

それとも……いやいや、古泉たち超能力者は超能力者なんて肩書きだがこんなけったいな催眠術を使えたりするような類じゃない。

だとしたら……だとしたら。

俺は神様、超能力者に次ぐ第三のトンデモ勢力の台頭に居合わせたのかも知れない。これが溜息を吐かずに居られようか。

「次は古泉みたいなヤツじゃなくて、もっと話し易くて一般常識に溢れた異性の萌えキャラであって欲しいモンだな」

首をカクンと折り曲げて九十度後方。正面に見えるは天の川。願い事のベクトルは……そうだな。時節ってーのも鑑みて織姫と彦星にでも向けておくか。星に願いを、なんてのは柄じゃないけども。そういう柄じゃないってヤツもたまにならきっと……えっと、アレだ、アレ――ギャップ萌え、っていうのだろ。

ま、十六年後二十五年後じゃなくて、出来れば明日明後日にも叶えて欲しいんだけどな、こっちは。今まさに、異世界人による攻撃か何かに晒されている俺としちゃ、緊急にして死活問題だ。

――本気で夢遊病になっちまってたらどうしようか。


79 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 19:10:06.43 ID:33yXplgl0

どうか異世界人とやらが話の通じる萌えキャラ(癒し系)でありますように。後、ついでに俺が夢遊病なんかじゃありませんように!

後者に至ってはかなり本気の祈りである。魂の絶叫と言っても甚だ過言ではないのだが。しかしながら、俺が夢遊病患者で無い場合はこの状態――すなわち眼が覚めたら深夜の公園のベンチでしたってな今現在を指す――の原因を未知なる襲撃者に委ねざるを得ないのであり。

遠因はまあ、間違いなくハルヒなのだが。

また厄介事をよこしてくれやがったなと思う反面、新キャラ登場に少しだけ興味関心的なものを抱かないでもない。俺とハルヒ、それに古泉の三人だけで占拠するにはどうにもあの文芸部室は手広なのだ。

一年以上も経っての新キャラ投入には不満すら抱くが、そんなのも古泉に言わせれば神の采配とかそんなので済んじまうんだろう。四月から全くブレないそのハルヒ信者振りには呆れを通り越して若干尊敬の念すら湧いてきた。

まかり間違ってもあんな胡散臭い超能力者になって女子高生の機嫌伺いに青春を費やすような人間にはなりたくないが……っと、話が逸れた。


80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/17(日) 19:35:52.96 ID:33yXplgl0

「指し当たっての問題は……アレだな」

公園に幾つか有る出口の内、一番帰路に近いそこに問題のブツは置いてあった。うんざりと首を回す。見なかった振りをしたい。しかし、そうもいかない。もう見てしまった。見てしまった以上、最早徒歩で帰る訳にもいかないのであるからして……ええい、ちくしょう。

こんな世界に誰がした! ハルヒだってんなら小学校一年生から六年生までで使用した道徳の教科書をまとめて送り付けてやったとしても嫌がらせではなく純然たる親切だ!

俺の恨みがましい視線のその先。そこには見慣れたママチャリが置いてあり、それはどうも俺が毎朝の通学に利用している自転車に、そりゃもうヒッジョーによく似ていた。

ちなみにこの場合のヒジョウとは非情の方だ。

「あそこに俺の自転車が置いてある。つまり、俺はここまで自分の足でやってきたという状況証拠としてその存在は十分である。そしてその道程を本人は一つも覚えていない。なるほど……」

ここで自分を夢遊病者と断じては人生の終わりである。さようなら高校生活。いらっしゃいませ入院生活。俺は断じて認めない。

結局、自転車が置いてあった件に関しては深く考えないでおこうとの脳内会議の判断に従い、俺はソイツを駆って帰路へと着いた。

82 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 19:23:29.06 ID:Tgn3VSA90

七月六日は明け方以降雨模様で。しかしながら「生憎の」なんて枕詞に無縁なのはちょいと洞察すれば簡単に分かる話だろ。この時期一番の強敵ってのはハルヒすらも机と相思相愛の仲に追い込む殺人的なまでの太陽光線であるなんてのは言わずもがな。

昨日とはうってかわって過ごし易く、まあそれが俺の学業への集中力とは何の関連性も無かったってのは否定したい現実である。

言い訳をさせて貰えるならば、昨晩の夢遊病もどきについて授業内容そっちのけで考察に励んでいたのは紛れも無い事実であり、期末考査の点数と病院収容とではどちらが俺の未来により重く圧し掛かってくるかを天秤に掛ければ傾き具合は火を見るよりも明らかだ。どうか、そういう事にしておいて貰いたい。

貴重なる期末考査直前の授業を一日分潰しておきながら、俺の愚かしいまでに真っ直ぐなる脳みそでは「早く病院に行け」以外のコロンブスの卵的状況解釈が出て来なかった。悲しむべき限りである。

だからと言ってハルヒの脳みそなど借りたくもならんけどな。きっとアイツならどこの似非科学論文から引っ張ってきたのか分かりやしない超常的な事例を引き合いに出してやれ宇宙人の仕業だ、やれ四次元空間の捩れがどうたらなどとのたまうのだろう。

お前こそ病院に行けと俺は声を大にして言いたい。ってな訳で脳内ハルヒは退場である。一発レッドカードだ。

「どうしたの? なんだか顔色が悪いよ。保健室に行った方がいいんじゃない?」

親切なるクラス委員長の進言ではあったが残念至極。コイツは精神性だ。

「悩み多き年頃なんだよ、多分に漏れず……な」

「へえ。貴方でも悩み込む事なんて有るんだ。ちょっと意外かな」

おい、そりゃどういう意味だ。どうも俺には侮蔑以外の意味に取れんぞ、朝倉。


83 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 19:39:48.24 ID:Tgn3VSA90

「別に、悪い意味じゃ無いよ?」

「そうかい。だったら教えて貰いたいモンだな。先ほどのお前の発言、どこをどう解釈したら好意的な意味に取る事が出来るのか」

太陽炉でも搭載してれば底抜けにポジティブになれるだろうが、生憎消化器官しか無いんだよ、地球人類には。

「そんな怖い顔しないでよ」

「そりゃ悪かった。だがな、朝倉。顔色見りゃ分かると思うが、生憎今日の俺には余裕が無い」

そう言うと、この眉目秀麗なるクラス委員長は右手と左手の指を交互に重ね合わせ「X」を幾つも作り出した。

「気に障ったのならごめんね。なんて言えば語弊を生まないのかな……んーと、貴方ってそういう、いわゆる色恋沙汰っていうのとは無縁に見えたの」

おい、フォローしたつもりなんだろうが泥沼に嵌ってるぞ。俺がモテなくて誰かに迷惑を掛けたってんなら、その迷惑に思ってるヤツを今すぐ俺の前に引っ立てろ。余計なお世話だと叫びながらパンチングマシーン相手みたいに遠慮無くぶん殴ってやれそうだ。

「……まあ、確かにそういった悩みでは無いけどもな……」

「ふーん、私で良いなら相談に乗ろうか?」


84 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 19:51:50.89 ID:Tgn3VSA90

世話好きだからこそクラス委員長なんてのに抜擢されてんだろう。時と場合さえ違えばそれは確かにありがたい提案だった。親切銀行なんてのがあれば確実に貯蓄しておいただろうさ。ま、それくらいバッドタイミングだったんだよな。

悪い、朝倉。お前だって突然クラスメイトから「夢遊病になったっぽいんだが病院に行く以外でどうすれば良いだろうか?」なんて聞かれても困惑するだけだろ?

「いや、一人で悩むさ。そういう類の難問なんだ。厚意だけ受け取っとくよ」

「そう? 進路の悩みとかは人に話すとすっきりするって言うけど……」

進路は進路でも寝てる間の進路を相談するってーのは大分趣旨内容が違ってくる気がするね。

とは言えどうやら本気で心配されているらしい事は少女の眉が絵に描いたようなへの字をしている為に鈍感なる俺にも気付けてしまい……やれやれ、嘘を吐くのはあんまり得意じゃないんだけども。

「あー……なら、さ。朝倉、もう少し自分の中で煮詰めてみて、それから聞いて貰ってもいいか?」

俺の嘘に秀麗なるクラスメイトは顔全体を花のようにほころばせたのである。ああ、最善の受け答えをしたはずなのに、なぜか良心の呵責がキリキリと胃をなじる。


85 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 20:03:18.05 ID:Tgn3VSA90

「任せて。私、そういうの得意なんだから」

そりゃ心強い限りだな。ま、一年くらい後になったらよろしく頼むわ。

本日最後の授業開始を示すチャイムに顔を上げ、それじゃあねと言って俺の机から遠ざかるソイツ。――と、後ろからボソボソと声が掛かった。

言うまでも無いが俺の背後の席は万年ハルヒが陣取っている。

「何よ、アンタ。柄でも無く悩んでたりするの?」

休み時間中ずっとグラウンドの遠くを眺めて、いや空模様だな。七夕信奉者のコイツとしては明日が晴れるかどうかできっと内心ヤキモキしているに違いない。

「まあな」

「ふーん、まるで高校生みたいね」

おい、ハルヒ。俺はいつ退学になった? っつーか今まで俺を人間扱いしてなかった、その揺るがぬ言質を取ったぞ。

ふざけんな。


86 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 20:27:08.66 ID:Tgn3VSA90

「そう言うお前はどうやら局所的若年性認知症らしいな。周りの同世代が同じ服を着て同じ学び舎に集い同じ内容を学習してるっていうのに、そこに集合を見出せないとか大分病状が進んでるぞ」

悪い事は言わんからさっさと病院に行け。そしてその曲がりくねって遺伝子ばりに螺旋を描いてやがる性根をギプスか何かで矯正して貰え。

「ふん、アタシ統計論とか大っ嫌いなのよ。人間は数字ではないし、一人一人を尊重すべきだと常々思っている訳。画一も均一も新しい時代を担う人材となる才能にとっては出る杭を打つ以外の何物でも無いでしょ?」

ハルヒの口から「尊重」なんて言葉が出てくるとは素直に驚きだ。いや、待て。つまり尊重されていない俺はやっぱり一人として数えられていないって事なんじゃないのか?

……まあ、ハルヒらしいと言えば頷くしかないのだが。それにしたって売り言葉を正面から買うばかりでなく、たまには買い叩くなりスルーなりしないと財布が持たんだろうに、コイツは。

「はいはい、そうだな」

迎合するでもなく、相手にしないでもない平坦な音程で相手をかわす。我ながら上出来なスルーの手本だった。よく見て学べよ、ハルヒ。

「なによ、そのやる気の無い返事は」

よく分かったな。その通り。俺にやる気なんてこれっぽっちも無い。いわんやその相手がお前なら、だ。

「別に。あー……朝倉と俺のやり取りをお前は聞いてたかどうか、そんなのは知らんが。実はな、俺は今非常に個人的な難問を抱えている」

「ちょっと話してみなさいよ」

お前の耳には「個人的な」って修飾語が聞こえて無かったのか。


87 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/18(月) 20:53:39.08 ID:Tgn3VSA90

「嫌だね。言っただろ、他人様に相談するような内容じゃ……って痛えな、このやろう。シャープペンで突付くんじゃねえ!」

思わず後ろを振り返って立ち上がったのだが、その瞬間、教室前方の扉が開き初老の倫理教師がやってきた。そして教室内で一人立っている俺を見つけ、こう仰られ。

「……起立も礼も私の授業では必要有りませんよ」

サンキュー、ミスター。ならお言葉に甘えて座らせて頂くとしよう。

……ああ、教室中の視線が痛い。なるべく無表情を装って席に着き、倫理の教科書に視線を落とす。俺はマジメに勉学に勤しみます。だからそんな俺の観察などしてもつまらないだろ、クラスメイト諸氏。

ほら、倫理なんて受験で選択しない君も、お前も、そこのお前も。内職に励んだ方が良いぞ。

出来もしないテレパシに勤しんでいる俺の、机上にひょいと紙くずが投げ込まれた。ハルヒである。……ゴミなんか投げ付けて、本格的に嫌がらせを始めやがったな。

ガキかお前はと言いたいのをグッと堪える。我ながらこの辺りは大人の反応だと自画自賛してはみたが妙に空しい。これが大人になるという事か。いや、多分違うな。

92 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 21:10:21.03 ID:qk/8HnxZ0

いい加減にしろ。そう紙に書いてリターンエースを決めてやろうと考え――ああ、そっか。ゴミを投げ込んだと考えるのは早計だ。しかし。例えばこれが国木田からだったりしたら即そっちの線に頭がいく事を考えると、日頃の行いってのが祟ってるとしかハルヒに関しちゃ思えない訳で。

同情の余地なんて残ってないどころかマイナスだぜ。

そんな事を思いながら紙くず――ルーズリーフを四分の一の大きさにカットしたものだった――を開く。そして俺は少しばかり感動してしまった。

「話したくなったらいつでも相談しなさい」。

その紙の隅っこには「出来れば超常的なものがいいけどね」とも添えてあったが、それは即ち普通の、些細な、現実的な相談であっても受け付けるというハルヒなりの意思表明であり――心配とか、そんな柄かよ、ハルヒ。

キャラじゃねえぞ。

ギャップ萌えでも狙ってんのか?


93 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 21:14:09.74 ID:qk/8HnxZ0

だとしたら褒めてやる。

――――大成功だ。

確かに俺は今、ちょっとだけ……ああ、本当にちょっとだ。魔が差すってレベルだ。顕微鏡を覗き込んでようやく見えるか見えないかってレベルで、だ。

ハルヒに対して可愛いトコロも有るじゃないか、なんて考えちまった。ああ、気の迷いで済ませてしまえやしない程に割としっかり思っちまったともさ。

息を呑み、両の眼を目蓋の上から二度三度揉み込む。さて、なんて返答しますか、お客さん?

お前は俺のお母さんか! とか……いや、ダメだな。照れ隠しに茶化すような行為は、なんでだろうか。やっちゃいけない気がした。

結局、背後のハルヒに向けて投げたアナログ通信装置に俺が載せたのは「サンキュ」の一言だけで。我ながら、語彙力の無さがほとほと嫌になる。

でも、まあ、さ。

一番押さえておくべきポイント、感謝の意を表すってのは出来てるし、レッドラインぎりぎりの可って事にしておいちゃくれないか。


94 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 21:31:51.72 ID:qk/8HnxZ0

これが今の精一杯なんだ。


放課後、古泉と将棋の駒を並べていると勢い良く部室の扉が開かれてハルヒが満面の笑みでやってきた。

「おい、たまには扉の金具を労わった開け方とかしてやらんとその内ソイツもストライキを起こすぞ」

「何もしない方が老朽化は早いのよ。張りの有る毎日を送るためにアタシは活を入れてあげてるの!」

よくもまあ咄嗟にそんだけすらすら言い訳が出て来るもんだ。月に一度、俺がソイツの労をねぎらうように油を注してやってるのを知らんとは言わせんぞ、ハルヒ。

「こんにちは、涼宮さん」

「ハロー、古泉くん。早速で悪いけど例のモノ……」

言いかけたハルヒが仁王立ちのままに音でも聞こえてきそうな目叩きを二度、三度。おまけに眼を擦り……どうした? 埃でも入ったのか?

「ううん、なんでもない」

の割には枝垂れ柳の下に幽霊でも見たような顔をしてるが。

「ちょっとね。ううん、多分気のせいよ。この部屋、こんなに広かったかなーって思っただけ」


95 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 21:47:26.94 ID:qk/8HnxZ0

何を今更。この三人で一と四分の一年もこの教室を、文芸部が部員ゼロなのを良い事に違法占拠してきたじゃねえか。

ま、確かに三人で使うにゃ贅沢な間取りなのは認めなくもないが。

「結局、新団員も目ぼしいのがいなかったしね。ヤスミちゃんはホント、惜しかったわ。でもアタシ達と入れ替わりなんだから、長年頭を悩ませていたSOS団の存続問題は解決したと前向きに捉えていきましょう」

悩んでいたのはお前一人だ。ついでに言えば、こんな正体不明、活動内容不逞の団を後輩に残すんじゃねえよ。負の遺産ってのは相続放棄が法律で認められてる。……おい、無視か!

「ま、いいわ」

「あのな、お前は良いだろうけど……」

「それで古泉くん、昨日言っておいたモノは用意出来てる?」

人の話を聞け! 古泉! お前も苦笑いしながらさらっとハルヒの側に付いてんじゃない!

「ええ。ちょっと待って下さい」


96 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 21:52:42.01 ID:qk/8HnxZ0

盤上、後は歩を並べるだけとなった古泉は手を止めて、使用者のいない机の上に置いてあった紙袋を恭しくハルヒへと手渡した。何が入っているのかは大方想像も付く。

季節もののイベントは読みやすいんだよ。

「お確かめ下さい。涼宮さんのイメージ通りであればいいのですが」

どこかの国の教育機関で執事学科とかいうのが大真面目に設置されている事実をなぜか超能力少年の仕草を眺めていて思い出す。一から十まで嫌味の無い仕草であるのは間違いないのだが、皮肉な事に完璧とはどこか憎たらしいモノだ。

古泉が献上した紙袋の口を開けて中を覗き込んだハルヒは、にんまりと笑う。

「流石ね、古泉くん。注文通りよ。いいえ、オーダー以上の働きだわ。キョン、アンタも古泉くんを見習って……そうだ! 爪の垢ってDNAを少なからず含んでるらしいし、案外民間療法っていうのも馬鹿に出来ないものなの!」

死んでも飲まん! それで超能力に目覚めちまったりした日には一体どこの誰が責任取ってくれるってんだ!

「ノーセンキュー。全力で拒否する」


97 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/19(火) 22:18:23.77 ID:qk/8HnxZ0

「あら、そう。ま、いいわ。これで古泉くんじゃなくアタシの爪の垢とか求められても気持ち悪いしね……あー、キョン。土下座しても無駄よ」

勝手な想像をして人を蔑むようなヤツになりたいなんてこれっぽっちも思わん。

「どっちにしろ飲まないから安心しろ。で? その紙袋の中身はなんだ?」

「ふーん、教えて欲しい? どーしよっかなー?」

「別に。お前が聞いて欲しそうな顔をしてたから親切に聞いてやっただけだ。言いたくないってんなら、俺の推測を言ってやる。ズバリ、七夕飾りだろ」

台詞を奪われたハルヒがジト目で俺を睨みつけるも、ざまあみろとしか思えんね。無能なクイズ番組のプロデューサーみたいに正解発表を引き伸ばそうとしたお前が悪い。

「ま、それっくらいはキョンでも分かるか」

ウチの妹でも分かるわ。馬鹿にするのも限度が有る。谷口であっても……いや、スマン。なんでもない。

「という訳で来たる明日、七月七日に備えて昨日採って来た笹を皆でデコレーションします! いい? おもいっきり派手に飾り付けなさい! この際だからクリスマスツリーの電飾なんかも許可するわ。織姫と彦星の目に留まりさえすれば後はこっちのモノなんだから!」

去年も思ったが、コイツのこの無根拠なる自信はどこが出力源なのか。まあ、それが一と四分の一年、俺が翻弄され続けた涼宮ハルヒというクラスメイトの、誰とも似つかないオリジナリティなんだけどさ。

「さっきケータイの天気予報見たの! そしたら、明日は晴れだって! ピーカン!」

なるほど。部屋に入ってきた時の満面の笑みはそれが理由かい。

やれやれ、仕方ない。ガキ臭いと思わないでもないが、こんなのでもやっとかないと季節感のスピードに振り落とされちまうからな。

今日くらいは付き合ってやるよ。

98 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 20:19:45.83 ID:U59yhIw80

「では、次はこれでお願いします」

椅子の上に立っている俺が古泉から手渡されたのは、天の川を模した飾り。素材は折り紙となんら変わらない、金と銀に輝いている簾みたいなヤツを皆様一度は見た事が有るんじゃないだろうか。これなら毎日でも織姫と彦星は逢引出来るだろうさってな、なんともチープな天の川だ。

「あー、どっかこの辺に適当にぶら下げとくんでいいか?」

「適当とか、アンタ年に一度の大盤振る舞い、応募者全員大サービスをなんだと思ってんのよ! 並み居る願い事を掻き分けて、アタシ達の短冊に載せた願い事の順位を少しでも上げるためにはどうすればいいか、その頭で考えなさい!」

応募者全員なのか先着何名様限定の類なのかハッキリさせてから喋るべきだと思わずにはいられない。前者だったとしたら余りに太っ腹過ぎて織姫と彦星とやらの疲労を心配せざるを得ず、また後者だった場合には狭量だと言わざるを得ない。

神様とやらも中々に大変な仕事のようだ。チラリとハルヒを一瞥すれば先程から古泉が持ってきた折り紙を利用して七夕飾りを量産している。ちなみに鼻歌混じりだ。

……神様ってのはそんなに大変な仕事でもない気がしてきた。


99 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 20:35:23.73 ID:U59yhIw80

「おい、適当な所で飾り作りは止めておけよ」

「なんでよ?」

「古泉が持ってきただけでも笹がパンクしそうなんだ。ほら、ここなんか見てみろ。明らかな積載量オーバーだ。笹がロケット代わりなのかアンテナ代行なのか、そんな事は知らんが、それにしたって重量過多でスピードが出るとは俺には思えん」

せめて短冊を吊るスペースと、そして今飾り付けているこれが遠目に見ても笹だと理解出来るフォルムくらいは残しておきたい。

「いやあ、確かに貴方の言う通り。調子に乗って飾り過ぎてしまったかも知れませんね。この辺りで止めておいても風情が有って良いかと思いますが……いかがです、涼宮さん?」

「うーん、悪くはない……んだけど」

なんだ? まだ奇怪なマークでも足らなかったか?

視線を笹から机に戻した、ハルヒの手には作りかけの「ヤッコサン」が握られている。はあん……調子に乗ったのは俺と古泉だけじゃなかったって事か。パソコンのディスプレイに隠れて見えないが、恐らくその向こう、ハルヒの机の上には折り紙で作った飾りが山を成しているに違いない。


100 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 20:55:18.95 ID:U59yhIw80

「おい、ハルヒ。お前、どんだけ折ったんだ?」

そう問い掛けると少女は口をへの字に曲げて、渋々と答えた。

「……いっぱい」

本当に七夕が好きだな、コイツは。

「それは困りましたね。商店街の七夕祭り実行委員会にでも寄付しましょうか?」

なんとか少女の機嫌を損ねまいとフォローしているよう――だが。古泉、商店街の竹でコイツの気が済むんだったら、昨日わざわざ俺たち二人が笹を買いに行かなかったって話なんだ。

とは言え、これ以上飾りを増やせば重量に枝がぽっきりと折れてしまう事受け合いである。仕方ない。ハルヒの機嫌を損ねる事は別段珍しくも無い日常茶飯事だから良いとして、それとはまるで関係は無いのだが、俺はハルヒの純粋に何かを楽しんでいる顔というのが嫌いではないのだ。

企んでいるのとは違う、楽しんでいる笑顔。この捻くれ者な団長様がそれを俺に見せてくれるのは非常に稀であったが、七夕ってのはその稀ってのが巡ってくる機会であったりもする。

スルーしちまうにはちょいと惜しい。ま、なんだかんだ言っても自他共に認める美少女だからな、ハルヒは。


101 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 21:07:20.20 ID:U59yhIw80

「ハルヒ。肝心要の短冊を明日吊るしたいんだったら、悪いがこの笹を飾り付けるのはここで止めておけ」

「…………折角作った飾りは……」

だから、そんなしょぼくれた顔するんじゃないって言ってんのに、コイツは。

「実はな。俺は帰った後でもう一回七夕飾りをせねばならんのだが」

「ふーん、アンタの妹ちゃん、アンタとは似ても似つかないくらい可愛いもんね。家で笹飾ってても大して不思議じゃないわ。それが何?」

いや、もう聞かなくても分かるだろうに。

「そっちに飾る用に貰っちゃダメか?」

両の手の平を合わせて嘆願のポーズ。ちなみにこの質問に対する答えも俺には聞かなくても分かっちゃいたんだが。

「このアタシ直々に作ったんだから、どんだけ出来が良いか分かってるでしょ? イベント事においては一切の手を抜かないのがSOS団主義よ」

ああ、分かってるさ。その完成度の高さも。でもって神様手ずからってんだからご利益も一入(ヒトシオ)なのかもな。だからこそ、有効活用してやるってそう言ってるんだぜ、俺は。


103 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 21:25:03.79 ID:U59yhIw80

そんだけ頑張ったモンなんだから誰かに褒められたりしたいだろ、お前だって。幸運にもウチにはそういうのがごく自然に出来るお子様が一人居てな。こういうのには適役だ。

「ああ、そうだな。だからそのハイクオリティな一品で是非とも妹を喜ばせてやりたいと、兄らしい事を余り出来ない不肖の俺としちゃお前の力を借りたい訳だ」

「妹ちゃん、喜ぶかしら」

ハルヒの問に、横から古泉が答える。

「きっと、喜ばれますよ。涼宮さんはこういった事もお上手ですから。ああ、もし時間がお有りでしたら一緒に彼の家に行って飾り付けを手伝うのも、それはそれで悪くないかも知れません」

お邪魔してもよろしいですよね、と俺に目配せを一つして古泉は続ける。ええい、気持ち悪い。

「きっと二重に喜ばれると思いますが。いかがです、涼宮さん?」

「残念だけど、今日はアタシが家の夕食当番なの。寄り道していられる時間は無いわ。ま、七夕飾りは作っちゃったものを捨てるのも勿体無いし、商店街に寄付するくらいなら――キョン、アンタにあげる」

「そっか。悪いな、サンキュ」

「ただし!」


104 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 21:49:29.89 ID:U59yhIw80

まーた、無理難題を言い出すんじゃないだろうな。笑顔に戻ってくれたのは結構だが、その代価として割に合わん事を俺に押し付けでもしたら古泉に丸投げも辞さないぞ、俺は。

ハルヒのご機嫌取りを元々仕事にしているヤツの代役を買ってまでやってやったのだから、それくらいは許されるだろ、うむ。

すっかり空になった副団長持参の紙袋にいっぱいまで手製の七夕飾りを詰め込んで(どんだけ作ってやがるんだ、コイツは)、それを俺へと差し出しながらハルヒが告げたのは、予想に反して二つ返事で承諾出来ちまう内容だった。明日は雨か、それとも槍か。

七夕だってのに、縁起でもないな。

「ただし、スポンサ用に短冊の枠を一つ空けておきなさい! そのくらいの権利は有るはずよ。明日の帰りにはそっちに吊るす用の短冊を一枚用意しておくから、一番飾りが目立つ位置をリザーブしておくの! いいわね!」

そんなもん、お安い御用だ。空けておくさ、一番星に近い位置をな。思わず苦笑が込み上げる。

ああ、これは益々もって我が家の笹まで不可思議な能力を得てしまいそうじゃないか。妹の突飛な願い事が叶っちまうのは流石に勘弁して貰いたい俺としちゃ、その辺りの監督も世界平和の為にやらなきゃならず。

だけど……なんってーのか。

七月七日、ってのはこう、いつもとは違う日にしないと嘘だし、これはこれで悪くないかなどと考えてしまっていたのだ。

「それじゃ、二人とも。明日までにこの笹に飾る願い事を二つ、考えておいてよね。以上、解散!」

十六年後と二十五年後。未来に夢を馳せるのも、年に一度くらいは風物詩って言葉で片付けられるさ、きっと。


107 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/22(金) 22:10:52.06 ID:U59yhIw80

夕暮れの帰り道、さっさと帰ってしまったハルヒとは違い、古泉が俺に連れ立って来た。

「なんだ、お前。本当に俺の家に来て笹の飾り付けを手伝ってくれるのか?」

「いえ、七夕という涼宮さんが頓(トミ)にナイーブになる時期ですから、僕にも色々と用事が有るのですよ。なので、ご一緒させて頂くのは駅までです」

なるほどな。深く聞く気もないが、確かにハルヒにとって一年でもっとも大切だと言えなくもない日だってのは俺も知ってる。

ま、それは古泉たち機関のメンバにしてみれば第一種警戒態勢ってのと同意なんだろうが。

「そうかい」

藪を突付いて蛇を出すまでも無い。聞いて面白い話では、それはない。

聞いていい話でも、きっとないだろうよ。

110 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/23(土) 20:20:47.28 ID:ONuIqjEp0

俺たちの間になんとなく沈黙が訪れる。ちょいと待ってはみたが、古泉から何らかの話を振る気配は無い。話題を探して困っているようにも見えず。

ま、そもそも古泉が本気になれば俺にその表情を読み解く事なんざ出来はしないんだが。コイツも大概鉄面皮だよな。面の皮が笑顔の形で形状記憶されている可能性も俺には否定出来んほどだ。

はてさて。沈黙、別にそれが嫌だって訳でも無いんだが……けれどどうにも落ち着かない。客観的に今の状況を鑑みれば、男二人が並んで下校している。しかも無言で。と、余り歓迎したい画面(エヅラ)ではあるまい。

……やれやれ。こういう時は話を逸らすに限る。

「ハルヒは七夕に情緒不安定に陥り易い、ってのは分かったよ。で、だ。それでお前はどうしてここに居る?」

「どうして、とは?」

「そんな大事な日にどうしてお前は俺と居るんだ、と俺は聞いているんだが。よくは分からんが世界の一大事すら有り得る状況で、しかもお前は関係者で責任者だろ」

俺が言うと、古泉は鞄を持っていない右手で懐からケータイを取り出した。二、三の操作をした後に俺へと画面を突き付け……こりゃなんだ? 画面と古泉の顔を交互に見比べるも理解出来ない。

肝心な時にもっとも肝心な超能力である所のテレパシも使えないで超能力者を名乗るなと言いたいね。目と目で通じ合えるアイコンタクトですら古泉よりサッカー選手の方が上手いくらいだ。

「……なんだ、この画像?」

「なんだも何も、見たままですが」


111 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/23(土) 20:34:08.42 ID:ONuIqjEp0

見たままってお前な。

「あー、生憎超能力も霊感もおよそ超常的と言われる全ての感覚において俺には素養が無いんだが」

「存じていますよ」

何がオカしい。今のは決して笑うシーンじゃないぞ、古泉。

「だったら一つ聞かせろ。いや、二つ聞かせろ」

古泉がケータイに大事に保存しているその画像。

「第一に、俺にはこの画面に映っているのが自転車を駆って今まさに自宅の敷地内へ帰宅せんとする俺を盗み撮りしたものでないのならばなんなのか。第二の質問はこれを俺に見せてお前は何をやりたいんだという事だ」

何の嫌がらせだ。高度な精神攻撃以外の解釈が俺には見当たらない!


112 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/07/23(土) 21:00:09.23 ID:ONuIqjEp0

「ああ、僕とした事が説明が不足していましたね。これは、昨晩の画像です」

……だったらなんだってんだよ。

「機関であっても平常時であれば貴方のご自宅まで監視するなどという事はやっていません。信じて頂けるかは別として、我々もそれほど暇ではないので……主に資金繰り方面で走り回って貰わないと自転車操業なんですよ、これでも」

「機関の内情なんか誰が聞いた? 俺が聞きたいのは……いや、違う。言いたいのは人のプライバシを勝手に侵すなって事だ!」

自宅が監視対象なんて冗談じゃないぞ。ゆっくり出来る場所が一つも無いと知ってしまえば神経疾患になる事受け合いだろうが。ノミの心臓と揶揄される事も有る俺の芸術品のごとく脆く光り輝くグラスハートを舐めるなよ!

「ですから、七夕近辺であるが故の特例措置だと考えて下さい。これは貴方の保護のためでもあります。……それで、この画像の話に戻りますが」

結論から言え。

「僕ら機関のメンバによってこの日、貴方の家はずっと見張られていました。その見張りをしていた機関員が昨晩の日付変更後にこの写真を撮ったのですが……貴方はこの晩、十九時過ぎに自宅へと帰られてから一度も外出をしていない。言っている意味が、分かりますか?」

114 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 18:27:47.48 ID:z/LdwtBf0

……なるほど、つまりコイツは例の夢遊病の一件について俺に問い質したくて下校を共にした訳か。そりゃ勿論ハルヒの居る場所じゃ話せない内容だし、また、この時節である以上ハルヒの力が何らかの形で関わっていると推測するのは至極妥当だ。

だから機関が動いた。七夕直前でありながらも現場最前線の超能力少年をハルヒではなく俺への尋問に割く価値が有ると判断したのだろう。分からない話では無かった。

「……そりゃテレポーテーションだな」

「ええ、我々もびっくりの超能力ですよ。で、そのような非常識行為をしたという自覚はお有りですか、テレポーターさん?」

「まさか、有る訳ないだろ」

だが、誰によってかは分からんが公園に飛ばされた挙句にちょいとした記憶喪失にされた。それは間違いないだろう。こうして第三者から俺の陥った状況を告げられてようやく安心した。腑に落ちた。

少なくとも夢遊病ではない。

「ふむ、そうですか」

「どうせまたハルヒの仕業だろ?」

「ふふっ、どうでしょうね」

言葉を濁すソイツ。


115 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 18:40:26.59 ID:z/LdwtBf0

「なんだよ、歯切れが悪いな」

いつもの古泉らしいとは、どうにも言えないような倦怠感がその歩き姿からは漂っていた。いや、背筋は真っ直ぐに伸びているし歩幅も歩調も申し分なく普段通り。でありながら、その表情からは決定的に何かが足りなかった。

「……涼宮さんの望まれた事だとして、彼女は真夜中の公園に貴方を呼び寄せて一体何を望んだのでしょう。どうにも、理由が僕には見当たりません。彼女はエキセントリックな物言いをなさりますが、その心根は非常に常識人ですよ」

アイツが常識人だ? 機関ってのはまた穿ったモノの見方をするヤツで溢れかえってるらしいな。

「原因と結果には理解に十分な相関が有る、と僕は言っているのです。例えば、去年の夏休み。僕ら機関が孤島の殺人事件を捏造したのは覚えていますね」

「名探偵ハルヒ様大活躍の巻、だな」

「結構です。あの時彼女は殺人者は内部犯ではあって欲しくないと考えて、嵐の中に館から逃げる真犯人の幻影を作り出しました」

結局その、ハルヒが見たって言う人影はなんだったのか分からず終いだった。まあ、いいさ。あれは終わった話だし、殺人犯なんてーのは居るより居ない方が絶対に良いからな。

「つまり、彼女による願望実現能力の発露には何かしら理由が有るのです」

「しかし今回、俺がテレポーテーションに目覚めちまった一件には理由が見当たらない、って事か」

「ザッツライト。であるならば、僕には涼宮さんの仕業とはどうにも考えにくいのですよ。彼女の能力の顕現は……こう言っては語弊を産むかも分かりませんが、とても心理を推理し易いストレートなものでした。これは経験則です」


116 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 18:59:20.78 ID:z/LdwtBf0

映画撮影の時にゃ、鳩が白かったら画面映えするのにってたったそれだけの理由で一晩の内に黒かった神社境内の鳩を真っ白に染め上げちまったようなヤツだ。素直って言うか、基本的に単純なんだよ。直情径行、イノシシ武者って言葉がハルヒほどしっくり来るヤツに俺はこれまで出会った事が無い。

「今までがそうだったからって今回も同じとは限らんだろ。ましてや七夕だ」

そう、古泉の言いたい事も分かるんだ。けれどそれは平常運転だった時の話。だけど、七月七日を間近に控え、それでもハルヒは関係無いとは俺にはどうしても思えない。

果たして、その疑念は古泉も同じだったらしい。

「ですね。これが七月七日、その近辺でさえ無かったのならば、第三勢力の台頭でほぼ間違いないでしょうがしかし……念の為に聞きますが、貴方には何か引っ掛かりめいたものが有りますか?」

「こっちが聞きたいくらいだよ」

ハルヒによるものか、謎の異世界人だかそんな事は知らんが毎年七夕になると何かしらイベント事を用意するのは止めて欲しいもんだ。普通に七夕やらせちゃ貰えないもんなのか。

去年は去年で……。

え? あれ?

「おい、古泉」

記憶にぼんやりと、かかる霧のようなフィルタ。重たいセピア色したフィルタ。

「去年の七夕に、ハルヒは何をやらかした?」


117 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 19:17:30.47 ID:z/LdwtBf0

「まさか忘れてしまったのですか? 貴方が僕に教えてくれたのではありませんか、時間移動をし――」

古泉の話の途中。不意に視界がブレた。





夕暮れの帰り道、さっさと帰ってしまったハルヒとは違い、古泉が俺に連れ立って来た。超能力イケメンは俺の質問に一瞬、キョトンとした表情を作る。そして慌てて取り繕うように苦笑いをその顔に浮かべた。

「まさか忘れてしまったのですか?」

止めろ。そんな人類未踏の地だと思われていた場所に原住民を見たってな眼で俺を見るんじゃねえ。

「去年の七月七日、大型の閉鎖空間が頻発するあわや世界の終わりという事態に一緒になって街中を駆けずり回った事も?」

「いや……え? あれ?」

覚えてる。ああ、しっかりと覚えているともさ。一年前の七夕騒動。シナプスだかニュートンだかに直接油性マジックで殴り書きをしたんじゃないかって位に衝撃的な出来事だった。

星に願いをなんて大真面目に俺たちの陣頭指揮を取っておいて、いざ夜になってみりゃ閉鎖空間のオンパレード。星に祈っても願いなんて叶わない、なーんて現実主義者な一面が理想主義で夢見がちな心に産んだ影。

現実見んのか夢見んのか。中途半端なんだよ、どっちかにしておけと力いっぱい叫んだのは我ながら説教臭さが鼻に付き過ぎて消したい過去だ。


118 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 19:34:49.67 ID:z/LdwtBf0

「お陰で今年は例年以上に警戒態勢ですよ。実は僕も明日、七夕当日は寝ずの番でして。もしかすると今年も貴方の手を借りなければならないかも知れません」

「どうしてもってんなら力になってやるが、そもそも俺に何が出来るのかって話だぜ、古泉」

神人に喧嘩を売るなんざ狂気の沙汰。去年だって俺がやった事ってのはハルヒを即席花火大会へと連れ出したくらいだ。……あんなんで安定する世界ってのはどんだけフラフラなのか。一度レントゲンでその構造を見てみたいモンだ。

バランスゲームやってるんじゃないんだぜ?

「ご謙遜を。この世界は貴方に掛かっていると言っても、けして過言ではありませんよ」

「間違えるんじゃねえって。世界の命運を握ってるのは俺じゃない。ハルヒだ。俺なんかはアイツのそばに偶然位置取っちまっただけの哀れな一小市民」

夕焼け空に一つふうと溜息を吐いた古泉は、今日の所はそういう事にしておきましょうかなどと聞き捨てなら無い台詞を抜かしやがった後に、T字路で立ち止まった。

「では、僕は右ですので。ここで失礼します」

「ああ。出来れば明日俺が不愉快な電話で安眠妨害されないように、精々首尾良くやってくれ」

腕を上げる俺に応え、同じように赤い大気の中すっと右腕を伸ばす超能力少年の、その背中はなんとなく頼もしく見えた。

「さて、と」

なんて呟きながら俺も踵を返して帰路に着く。帰りの電車から見えた遠く消えていく太陽は、何が有っても必ず明日は来るって揺るがぬ現実を再確認させるに十分だ。

――七月六日も、そろそろ終わり。明日は七月七日。

ハルヒが待ちに待った、七夕だ。


119 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 19:50:30.68 ID:z/LdwtBf0

「おっはよー! 起きて、キョンくーん!! ご飯はご飯じゃないんだよ! チョコたっぷりのコーンフレークだよ、キョン君! だから起きてー!!」

チョコたっぷりのコーンフレークだろうが、それは朝ご飯である。ご飯はご飯じゃないというなんだか哲学テイストな妹の発言に、朝から思考の海に旅立つ気構えは十分だ。

人はそれを二度寝と言う。……いや、そんな事は分かってるんだ。分かっているがおやすみなさい。

「キョン君! 起きてってばー!! おかーさんが怒るよー。学校、遅れちゃうよー!」

掛け布団の上から揺すられるものの、しかしながらそれは心地良い睡眠へと誘う揺りかごの前後運動にどこか良く似ていて――あー、眠い。

「もう! おかーさんに言いつける!」

あー、ちょっと待て。そりゃマズい。親子だって事に疑う気すら起こらない容赦の無いダウン攻撃は、身体の小さい妹だからまだ洒落で済むんだ。

「……あー、ここで問題です。お前がこの問題に正解したら潔く俺は起きる。俺が学校に遅刻するかどうかはマイシスター、お前に掛かってるので頑張ってくれ」

「え! あ、うん! キョンくん、わたし、頑張る!」

なんて言うか、ノリの良い妹である。


120 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/07(日) 20:03:29.96 ID:z/LdwtBf0

はてさて、とは言ったもののクイズか。余り難し過ぎると寝過ぎるしな……ま、悩んだ時は時事ネタに限る。

「えー、昨日は七月六日でしたが」

「うん!」

「では、今日は何月何日でしょう?」

我ながら、そこそこの問題――だと思ったが俺は妹を甘く見過ぎていたらしい。

「そんなの簡単だよ、キョンくーん」

ま、引っ掛けも何も無い只の知識問題だしな。妹の年齢ならもう常識だったか。

「七月六日の次の日はー」

七月六日の翌日は――。




「――七月八日だよっ!!」



『七月七日の消失 あるいは 星合いカノンは天の川を逆行する』


122 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 11:04:49.48 ID:OoeN/3dX0

サンタクロースなんて赤服爺さんを幾つの時分まで信じていたのか、なんてーのは笑い話としてもお粗末であれば世間話の取っ掛かりとしても時節を外していてバツが悪い。今は七月。有ったかどうかも最早記憶に無い梅雨は低気圧と高気圧の押し競饅頭を名古屋場所に移したと聞く。

今年は空梅雨だったな。

つまりは夏本番でありクリスマス、毎年我が家にも律儀に出没する深夜徘徊老人をネタに話し出すのは厳しかろうと考える次第の俺だ。

さて、とは言えこの辺りはどうもテンプレートとして括られる流れらしく無碍にする訳にもいかないのである。大人の事情ってヤツさ、どうか理解してくれよ。

クリスマスは未だなんとか年内行事の枠に収まっている為、鬼に笑われる事もないだろう。なら、無理矢理にサンタクロースの話から膨らませて行こうかなどとも考えたが、幸運にも俺は風情、情緒、及び季節感ってヤツに対してそこまで憎らしい感情を抱いている事も無いらしい。

手紙の書き出しも時節の挨拶から始めるのが真っ当だろう。ここは俺も日本人の礼節に習い、今時分にそぐう話から本題へと進む事にしようではないか。

さて、七月八日である。前日は七月六日だった。皆様ご存知の通り、七月には七日が無い。昔々は有ったらしいが、俺の祖母さんが産まれた頃には当然のように七月七日は無く、二月の二十九日に挿げ変わっていたらしい。

一体なぜ、七月七日は二月二十九日までタイムリープしてしまったのか。これは神話と歴史の両方から追う事が出来る。

歴史の方は学の無い俺に聞くのが野暮だと割り切ってくれたら助かるね。なんとかって天皇だかその親族だかの我が侭だってくらいしか覚えてないしな。ってな理由から俺としては神話絡みの七月七日事変について語りつつ、本編へ上手くフェイドインさせられたら拍手喝采でよろしく頼む。


123 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 11:23:17.47 ID:OoeN/3dX0

そもそも、皆様は七夕という行事をご存知だろうか? 俺もガキの折、田舎の祖母さんに聞いて初めて知った単語である。あー、なんだったかな。今は失われた七月七日を指す言葉だったはずだ。

俺にはどう頑張ってもななゆうとしか読めないのだが、これでたなばたと読むらしい。嘘だと思うヤツ、広辞苑でも国語辞典でも開いてみろって。本当にたなばたで繰れるから。いや、読み方はどうでもいいな。肝心なのはその内容だ。

昔々の、神様とやらがごろんごろんしていた頃の話だ。織姫と彦星っていう想い合う女神と男神が居た。確か中国が発祥の神話じゃなかったかと記憶しているのだが、なにせ、祖母さん伝いの茶飲み話だ。所々間違っていたとしても勘弁してくれよ。

その、織姫と彦星だが、女神さんの方が名は体を現すで織物の名人。彦星はと言やこっちは牛飼いの達人だったそうだ。……牛飼いに達人も何も有るものだろうかと素人考えをしたくなるが、そこはそれ、何事にもプロってのは存在するもんだ。何より、俺はこの件に関して酪農家の方から怒られたくはない。

素人は黙ってろと言われたら俺は一介の男子高校生なので口を噤む他無く、なら一日牛の世話をしてみせろなどと来られた日には堪ったものではないだろう。

……話が逸れたな。

織姫と彦星の話に戻る。二人は両想いだったし、何より働き者だった。そんなこんなで縁談はトントン拍子に進み、見事二人は結ばれたそうだ。話がここで終わっていればどんだけ第三者にはつまらないハッピーエンドで済んだだろう。

とどのつまり、二人はお互いを好き過ぎたのが原因なのではないかと考える。結婚の後、織姫も彦星も互いの事ばかりを考え仕事がてんで出来なくなってしまった。ザ・転落人生の幕開けだ。


124 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 11:44:41.42 ID:OoeN/3dX0

愛だけでは生きていけない。どこかのヒーローの台詞に真っ向から反抗するようだが、世の中ってのは実際そんなもんだ。理想論でなんざ語れなけりゃ、理想郷とは程遠い。神様の住んでるトコでもそれは同じだったらしい。怠惰は悪。キリスト教なら七つの大罪レベルだぜ。

ってな訳で二人は周囲によって引き裂かれた。そりゃもう見事に離されたとも。宇宙一の大河、天の川まで挟むっつー念の入れようさ。どんだけ織姫の織物は、彦星の牛は珍重されていたのかってな。天界にもカリスマブランドなんて概念が有ったのかもな。

これで以前に戻ると思いきや。ま、そんな訳は無いだろう。織姫も彦星もバーンアウト症候群、通称「燃え尽きちまったぜ」にて戦線離脱。物の役にも立ちゃしない。ま、気持ちは分からんでもない気が……いや、恋愛のれの字も語れない俺には無理な話だった。

絶望の日々。会いたい人に会えないのなら生きている気力も湧かん。恋愛にどんだけ依存してるんだと思うのは、これはまともに人を好きになった事がないから言えるんだなどと返されたらぐうの音も出ない。違う、俺の場合は出会いが無いんだ。

指を差して笑うな、そこ!

……コホン。あー、どこまで話しただろうか。仕方ないから偉い神様が二人を一年に一度だけ会わせてやる事にした。一生懸命働けば、一日だけ。どこの刑務所の模範囚扱いだよ。でありながら、二人はこれを聞いて以前にも況(マ)して働くようになったってんだから、神様ってのは単純なのか。それともそんだけ想いが深いって事なのかねえ。

俺にはよく分からん話だ。

っと。ここまで語ってみたが、しかしなぜ七月七日が暦から消失しちまったのかは分からんだろ? そりゃそうだ。肝心要はここからだからな。

神話ってのは、数少ない例外を除きバッドエンドで終わるものらしい。


125 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 12:02:13.58 ID:OoeN/3dX0

ある年、七月七日に雨が降った。一年に一度、七月七日だけ会える約束だった織姫と彦星だったが、天の川が増水してれば船は出せない。結局、この年は雨天だけにお流れになっちまった。

そんな年も、有るだろう。二人はそう思って耐え忍んだ。だけど。

翌年、七月七日、雨。

また翌年、七月七日は雨。

五年続いた七月七日の雨降りは、神様の世界に悲劇をもたらす事になる。

ロミオとジュリエット。引き裂かれた男女ってのは大概同じ結末を迎えるものなのかも分からない。

荒れ狂う天の川。橋渡しの制止を振り切って漕ぎ出す一隻の小船。今日ならばいいのだろう。これ以上一人になどしておけるか。その男神はただ一人、自分の妻神の為に、その涙を拭う為だけに無謀と無茶を掛け算したような天界一の大河に挑んだ。

結論から言う。彦星と織姫はもう二度とお互いを抱き締める事は無かった。彦星の死因は分かると思う。織姫の方は……察するに余りあるだろ?

不幸ってのは連鎖するものだ。

そして天界の神様達は二人を忘れようとする。悲し過ぎたから。二人に与えた一日の存在ごと、消してしまう。

これが七月七日の消えた経緯だ。ま、現実の理由としちゃこんな神話じゃなくって本当は先に言った通り、天皇だったかの我が侭だったらしいが。どっちが情緒に溢れているかと言われれば中国版ロミジュリの方だろうよ。


126 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 12:20:42.47 ID:OoeN/3dX0

「おお、なんかロマンチックだな」

おい、待て。お前に果たしてロマンチシズムが分かるのか、マイクラスメイト。今だって俺の話を聞きながら「今度のデートに」だの「使える話題をゲットだぜ」だのぶつぶつ呟いてやがったのを俺の耳は漏らさず拾ってるぞ。

「止めとけ、谷口。この話題の賞味期限は今日明日だ。でもって、大概のヤツは知ってるよ。一般教養だ。知らないのはお前くらいじゃないのか?」

「そ、そんなハズ無えだろ!」

その台詞の根拠はどこから出て来るんだ、ったく。眼に見えて狼狽してるトコ悪いけどな。俺の妹ですら知っている内容を逆にお前がなぜ知らないのか不思議なくらいさ。

「まあ、一般には歴史教養として広まっているからね。僕も知らなかったよ、そんな神話が有るなんて。それに、なんだっけ? たなばた? この言葉も初めて知ったな」

弁当を包みに仕舞いながら言うのは国木田である。ふむ、コイツがこう言うって事はつまり、自分勝手に常識だと思い込んでいた線が濃厚だ。

「知らなかったのか?」

「うん。七月七日が無いっていうのは物心付いた時にはもう当たり前だったからね。今更そこに疑問を持つ事も無かったよ」

世間慣れした子供が容易に想像出来てしまうのは国木田の人となりがそうさせるのだろうか。どうも、コイツはこのままサイズだけ縮小すれば小学生時代、幼稚園時代にコピー&ペーストしても違和感が無い気がする。

……それに比べて。

「な、なんだよ、キョン! 何が言いたいんだ、その視線は?」

「いや、別に」


127 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 12:49:16.76 ID:OoeN/3dX0

谷口は別の意味で子供の頃から変わっていない気がするぜ。

「それにしても、キョンのお祖母さんは博識だね。一度会ってお話してみたいな、僕は。ええっと……ユキさん、だっけ?」

「何、友達の祖母を口説こうとしてるんだ、お前も」

軽口であり、勿論本気で言ったつもりは無い。無論、本気で言っていた場合には俺は全力で止めに行くが。

「嫌だな、キョン。純粋な知識欲さ。それに僕だって君の郷里まで着いて行こうなんて思っていないよ。きっと君が里帰りする時分には僕も父方の実家に旅行中だろうし。お盆に帰るんだろう?」

どこの家もそんなモンだ。俺は一つ頷いて谷口を見た。

「ってな訳で遊びに誘うなら盆以外にしてくれよな。暇だったら付き合う……っつーか、俺の予定は今年もゼロだ。妹を連れて市民プールに行くだとか、そういうのと重ならないならゲーセン巡りだろうと海水浴だろうと暇潰しには大歓迎だぜ」

軽佻浮薄なるクラスメイトは待ってましたとばかりに顔を輝かせて叫んだ。

「よっしゃ、なら三人でナンパしようぜ、ナンパ! 夏の海は確率変動中で入れ食いなんだとよ!」

「それ、去年も言ってなかった?」

国木田と俺は顔を見合わせて苦笑いするしか無かった訳だが。ま、どうせ失敗すると分かっていてもそれでも悪友とつるむのは悪くないものさ。もしかしたら、って微かな期待も残念ながら嫌いじゃない俺だ。

今年の夏もいつも通り。

変わらぬ日常を過ごせそうで、天下泰平に異を唱えるべくも無い。

織姫と彦星みたいな劇的な恋愛なんて無くても、世界は回っていくんだぜ。


129 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 13:03:36.82 ID:OoeN/3dX0

……なんてな。


残り少ない七月の授業も終わり、担任の岡部が放課後のホームルームで二、三何事か注意を促していたが、どうせ真っ直ぐ家に帰りなさいとかそんな実の無い発言だ。帰り支度をしながらの俺が覚えていないのも、それは仕方ない話だろう。

鞄に筆記用具を詰め込んで席を立つ。お、後ろの席はもう帰ったのか。毎度毎度、お早いお帰りで結構だ。の割には遅くまで学校に残っていたりという目撃談が俺の耳にも聞こえてきてるが、別にどうでもいいことだ。

涼宮の奇行にも最早慣れっこになってしまっている自分が空恐ろしい。人間の環境適応能力の高さを少し侮り過ぎていただろうか。

「おーい、キョン。帰りにちょっと寄り道していかねーか?」

「悪い、谷口。今日は用事が有るんだ」

恨めしそうな眼をする少年へと、更に何か言い訳めいた言葉を放ってやろうかと思ったが、その前に谷口の身柄は朝倉涼子によって拘束されていた。

「ちょっと、谷口くん。寄り道するのは、それは勝手だけど出来る限りこっそりやってくれない? 岡部先生から色々言われるのはこっちなんだから」

大声での素行不良発言。そりゃクラス代表としちゃ看過する訳にはいかんだろう。南無三。谷口よ、安らかに眠ってくれ。

さて、教室を出て俺が向かった先は文芸部室である。毎日のように見ている扉をノックしてもしもーし。……返事が無い。只の扉のようだってそりゃ当たり前か。

ノブを回して、部屋に入る。


――そして、俺は愕然とした。


130 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 13:26:37.41 ID:OoeN/3dX0

愕然。漠然とした表現で申し訳ないが、一体この心の内を他にどう表記すれば足りるのか、俺の語彙の少ない頭ではちょいと咄嗟に思い浮かばない。

とにかく、驚いた。

何にか? 俺の方が聞きたいね。俺は一体全体何に驚いている? いや、自問自答の禅問答をする趣味は俺にも無いぞ。そうだな……これも漠然とした言葉になっちまうが、全てに俺は驚いちまったんだ。

文芸部室。それはいい。そこに何の揺らぎも無ければ、問題も無いさ。向かって左には本棚が有り、果たして俺が一生読む事も無いであろうハードカバーがまばらに並べられている。しかし、他にその本棚に並んでいるものは無い。

何かが、足りない。

部屋の中央には長机が一つ置かれ、そこに折り畳みのパイプ椅子が四つ。机の端には今となっては古めかしい骨董品のようなパソコンが置かれている。が、それだけ。他に目に付くものは毒にも薬にもなりそうにない配布のプリントくらいのものだ。

窓際に一つだけ置かれた椅子の上には分厚い本。読み掛けだろうか、栞が挟んであるのが見て取れた。どうやらこの部室には住人が居るらしい。

……けれど、それは俺ではない。

何かが、オカしい。

先ず、第一の疑問がまるで氷解しない。いくら部屋の中を見回そうとも刑事ドラマみたいなヒントが見当たらない。

――俺は。

――俺はこの部屋に何をしに来た?

縁も所縁(ユカリ)も無い文芸部。その根城。一年の一学期から変わらず帰宅部を貫く俺にとってこの部屋はおろか部室塔すらろくに歩いた記憶が無い。にも関わらず。

この両足は真っ直ぐに。

一切の躊躇無く。

この部屋へと歩き着いた。

それはまるで巣穴へせっせと餌を運ぶ働き蟻の本能のように。そこに疑問すら持つ事無く。

なぜか、義務のように放課後この部屋へと来てしまった。だが。

産卵のために生まれた川へ昇ってきた鮭が季節を間違えて一人ぼっちになっちまったみたいな。

今の俺について説明出来るヤツが居たら、今すぐここに飛んで来てくれないか。


131 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 13:51:09.59 ID:OoeN/3dX0

「どうなってやがるんだ、チクショウ……」

意味が分からない。頭の上に誰かが居て俺の身体をマリオネットよろしく動かした挙句、飽きたからと言って放り出したとしか考えられん。だが、どうして文芸部室だ? 神様が自堕落な高校生活を送り続けている俺に対して文芸部に入れとでも声に出さず打診したんじゃないだろうな。

だとしたら、余計なお世話なんてテンプレートな返答しか出来んぞ。面白みの無い人間で心底申し訳無いが、しかしそれで誰に迷惑を掛けた記憶も無い。

むしろ、お前の仕業で迷惑してるのはこっちだぞ、バカヤロウ。しかも現在進行形でだ。

説明役でも何でも寄越したらどうなんだ。

まあ、なんだ。良く分からんが俺はここに用は無いらしい。きっと疲れているだけだ。そうに違いない。そう思い込むぞ、俺は。

夢遊病に何時の間にやら罹っていた、などと自分を諦めるのなんざ真っ平ゴメンだ。

早い所、この意味不明行動を忘れてしまおう。力の入らない足腰を一度叩いて叱咤激励し、振り返る。ドアノブに手を掛けると、力を入れた訳でもないのにそれが回った。

怪奇現象まで襲って来やがったか。なーんてな。冗談だよ。内開きのドアから小股のバックステップで距離を取る。ドアが開いた。ま、常識で考えればソイツが独りでに開くなんて事はない。つまり、外から開けたヤツが居るって事さ。

きっと、この部屋の住人だろう。さて、何と第一声を掛けようか。見知らぬ男子生徒が自分たちの部室に居れば驚嘆は間違いない。


132 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 14:10:51.90 ID:OoeN/3dX0

出来れば面倒は避けたい俺の脳みそが、入部希望の見学者を装うのがベストという結論を出すのと同時に闖入者が俺へと声を掛けた。

「……えっと…………え?」

言葉が出ないほどビックリしてくれなくても良いのだが。なんだ? そんなに俺の存在は仰天かつ驚天動地か? 良く言えば無難、悪く言えばステレオタイプな男子高校生だと自認しているつもりだったが、どうやらその認識も改めねばならんようだ。

やれやれ。

「あー……なんて言ったら良いんだろうな、こういう時は。第一声が思い浮かばん。悪い。怪しい者じゃない……とか言ったトコロで逆に怪しいか?」

取り合えず危害を加える意思が無い事を示す為に両手を顔の横まで持ってきてはみた。……客観的に見ればこのポーズ、威嚇してるようにも取れなくはない、などとは気付けど後の祭りである。不審者オブ不審者。

せめて入ってきた生徒が男子であればまだ話しようは有ったはずだ。しかし悲しいかな、こういう時は大抵良い方向になど物事は転ばない。これは十七年間生きてきた俺の経験則だった。

部室へと入ってきたのは丸い眼鏡も愛らしい、線の細い美少女。しかも見るからに弱々しい、草食動物のオーラを全身から醸し出す正統派文芸少女。

恐らく教室では図書委員。……あー、これは俺の妄想な。

「あ……あの……」

彼女は眩しいものを見るように俺から眼を背け、唇をふるふると奮わせた。何かを言いかけて、詰まる。それを二度繰り返した後で大きく深呼吸をした。

「もしかして」

深呼吸の割には小さな声で彼女は言葉を紡ぐ。少女が愉快な勘違いをしていない事を願うばかりの俺は神妙な顔つきをしていたんじゃないかと思う。

「入部希望……ですか?」

「あ……ああ! その、見学させて貰えないかと思ってさ。泥棒でも不審者でも無いぞ」

……最後の一言は要らなかったと気付いても口から出した言葉は取り消せない。ひょっとして馬鹿なのか、俺ってヤツは。


133 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 14:33:53.69 ID:OoeN/3dX0

「……そう。分かった。なら、見学していって」

「ああ。突然でスマンな」

「いい」

それまでの不信感バリバリな表情から一転して、少女は顔を上げると俺に向けて笑顔を投げた。谷口じゃないが、美少女の笑顔ってのはそれ単体で価値の有るものだと感じずにはいられない、柔らかい微笑みは十七年間女っ気などと縁の無かった俺にとって余りに衝撃的で。

……ヤバい。よくよく見てみりゃかなり可愛いぞ、この子。

「あ。名前」

「そうだったな。自己紹介をしないと」

立ち尽くす俺の前を、なるべく距離を置くように右へ通り過ぎた少女は本棚から一枚のプリントを取り出した。それを俺に差し出して……なんだ? 受け取れって事なのは分かるが……ああ、入部用紙かい。

「私は文芸部の部長」

驚いた。部長って感じのキャラクタにはどうにもそのおどおどした態度から思えなかったからな。いや、貶してるんじゃないぞ。人には向き不向きが有るって言いたいだけだ、俺は。

「長門――有希」

「……長門?」

「そう。それが私の名前」

照れ臭そうに彼女が口にしたその名前は、勢いよく頬張ったスイカに満載された種が如く、俺の胸の内に言い知れぬ異物感を植え込んだ。

なぜだろうか。聞いた事の無い、初めて聞く名前のはずなのに。

俺にはずっと前から慣れ親しんている音の並びにしか思えなかったと、そう言ったらアンタは笑うか?


134 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 18:21:34.04 ID:OoeN/3dX0

はてさて、「どこかで聞いた事があるな。どこだったか?」などとは完全に俺個人の煩悶であり、少女には何の関連も無かろう。であるならば、ここで自分勝手に思索に耽るのは失礼というものだ。名乗られたからには名乗り返すのが礼儀である。そこに疑問を持つのは思い切った捻くれ者だけさ。

「そっか。長門さんか。今日一日だけかも知れんが、よろしく頼む。俺の事は知らないよな?」

完全無欠に初対面の男子生徒を知っている方がオカしな話だ。俺は涼宮よろしくの有名人ってんでも無い。普通に高校生活してるならその他のエキストラで一まとめに括られちまう類だが、別にその扱いに対して異議が有る訳じゃないしな。

果たしてしかし。彼女の返答は俺の予想を丸っきり裏切ったものであり。

「……知っている」

正直、頭を抱えずにはいられないのが内心だ。この一年と半年、こんな大人しい物静か系女子の耳に名前が届き、かつ記憶にまで刷り込まれるような事を俺は行ったであろうか。大急ぎで記憶のフィルムを掻き回して引き伸ばせど、身に覚えなんか一つも無い。有って堪るかよ。

「え?」

素っ頓狂な声が喉から出ちまう。仕方無いだろ。いつの間にやら悪名が校内に轟いちまってたんだとしたら、割と本気で青春の大ピンチで崖っぷちだ。

「な、なんで?」

「……貴方の名前は――」

おっかなびっくり、次いで彼女が口に出したのは確かに俺の名だ。一方的にこっちの名前を知られてるってのはどうにも気分が悪い。それとも自覚が無いだけで有名人だったり……いやいや、それは無い。無い。無い。無い。

何が楽しくてこんな何の取り得も無い男について噂をせねばならんのか。俺は理解に苦しむし、もっと有意義な事にその時間を使ったらどうだと声を大にして言わせて貰いたい。

「……覚えてない?」

135 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/08/14(日) 18:36:16.02 ID:OoeN/3dX0

聞かれてもまるでピンと来やしない。なんだ? 俺とこの子の間になんらかの接点が有ったりしたのか? この美少女と? オイ、俺自身。なんでお前はこんな千載一遇の機会を俺に黙っておくんだ。いや、マジで。

「図書館で……貸し出しカードを作ってくれた」

「……ああ! あの時の!?」

言われてようやく思い出す。去年の春の話だ。入学して一月経ったか経たないか。そんくらいの時に、俺はふらふらと市の中央図書館へと向かった事が有った。今となってはなぜそこに行ったのか、その理由なんてのは覚えちゃいないんだが。とにかくその図書館で誰かに貸し出しカードを作ってやった……そっちは覚えてる。

「そっか、お前か」

「……そう。ずっとお礼が言いたかった。校内で何度か見掛けたから、同じ学校の生徒だというのは知っていた。けれど、言い出すタイミングが掴めなかった」

まあ、引っ込み思案っぽいのはなんとなく分かる。人と話すのが苦手です、って顔に書いてあるとまでは言わないが、イントネーション、言葉の端々に見え隠れするモンさ。

「気にしないでも良かったんだぜ?」

「貴方は気にしなくても、私はずっと……ずっと気にしていた。やっと言える」

少女――長門は一度目叩きして、俺へととびっきりの笑顔を見せてくれた。

「……あり……がとう」

頬を少々赤く染めているトコロまで完璧な、言葉にならない文芸少女の絵になる笑顔だった事は記述しておかねばなるまい。

146 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)[] 投稿日:2011/09/17(土) 20:29:05.45 ID:07Gijb350

例えばこの恥じらい含有割合絶妙な微笑がもしも谷口辺りにでも向けられていたのだとしたら。冗談ではなく、割と本気度の高い予想であの馬鹿は自分に好意を向けられていると勘違うだろうよ。
人の振り見て我が振り直せ。俺の脳内における想像にしか過ぎないが谷口像であったが、あの締まりの無いニヤケ面を思い出すだけで俺は彼女に好意を抱かれていたりするんじゃなかろうかなどというこっ恥ずかしい思い込みからはどうにか距離を置く事が出来た。

「いや、お礼を言われるような事は何一つしてないからさ。正直、記憶だって曖昧なくらいって本人がこう言ってるんだから、気にするなよ」

「……そう?」

「ああ、そうだ」

こっくりと頷く俺に対して、しかしながら彼女――長門はどうも微妙に困惑というか失望というか、なんかそんな表情を笑みから一転その可愛らしい顔にうっすらと表現してみせる。
なんだ? 俺、なんか悪い事したのか?
戸惑うも何を言って会話を続行したら良いのか分からない俺が天井へと視線を逃亡させて鼻の頭を掻いていると、少女が意を決したように――それこそ一の谷の絶壁を下り平家の軍勢へと奇襲を今にも仕掛けんとする源義経みたいな眼をして口を開いた。

「――お、お礼っ!」

オオレイ? フラメンコの掛け声なんかいきなり叫んでどうしたんだ、コイツは?
自身のどう見ても情熱的とは欠け離れた雰囲気が嫌で自己啓発でも始めたんだとしたら、悪い事は言わないから周りに誰も居ない所で鏡の前なんかでやるといいんじゃないかって俺は思う訳だが。

「ち……ちがっ。その、えっと、お礼を……」

お礼。……なんとまあ律儀な事か。通りすがりにちょちょっと図書館の貸し出しカードを作ってやっただけだというのに、そこまで恩を感じちまうなんて正直驚いた。
もしかしてこの子の前世は渋谷駅前にて銅像と化した忠犬なんじゃなかろうかと、その可能性を考察し始めてしまうも吝かではない俺である。



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