キョン「やれやれ――――それじゃあ、零崎を始めるとしますか」【リライト】


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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 21:31:12.33 ID:ni8jmXLlo



【まえがき】

このスレは涼宮ハルヒシリーズと戯言・人間シリーズのクロスssとなっています。


まず、この題名に見覚えのある方に謝罪したいと思います。
前スレを完結させることができずに、本当に申し訳ありません。

このスレは、昨年夏ごろに製作速報に投下し未完だったssの『焼き直し』です。

未完だったものを>>1自身で完成させるために、文体や構成、一部ながら内容、
特にgdgdになっていた後編や回収しなかった伏線などに、新たに手を入れ直しました。

書き始め初期のプロットに合わせるため、前スレと若干の齟齬があります。
そのあたりは逐一指摘していきます。


【重要事項】

・基本的な展開は変わっていないため、このスレが初見の人のために前スレのURLは
 貼らないでおいてください。(前作のURLはこのスレの完結時に掲示する予定です)

・内容についても、このスレでまだ書かれていない部分については話さないでいて
 貰えるとありがたいです。(このスレで書かれ次第解禁という形でお願いします)

・本ssの設定についてですが、ハルヒシリーズのSOS団を主な登場人物とした、
 戯言シリーズの『クビシメロマンチスト』のサイド・ストーリーです。

・一部分『零崎人識の人間関係』等の戯言・人間シリーズ他刊の設定やネタバレが
 登場しますので、 既読者やネタバレしてもいいという人以外は、申し訳ありません
 がご遠慮してください。

・涼宮ハルヒについては、一応驚愕後を想定していますが、驚愕未発売につき
 残念ながら朝倉さん、喜緑さん、偽SOS団の皆さんは登場しません。
 (朝倉は出したかった……)

・書き溜めは少しはあるものの誤字などだらけで、その修正をしながらの投下です。
 投下間隔が開いたりし、亀進行となります。



それでは投下していきたいと思います。



2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 21:37:28.67 ID:ni8jmXLlo






『お前がいつの日か出会う禍(わざわい)は、
            お前がおろそかにしたある時間の報いだ』

                      ――ナポレオン・ボナパルド――




 〜〜 第零章 プロローグ 〜〜




いきなりだが、少し過去の事を思い返そう。

かつて古泉と交わした会話の中に、次のようなものがあった。



「――名探偵について考えてみましょう」


高校生初の夏休み初日にして、SOS団夏期合宿一日目の話である。

本来ならこの時期は、テストの結果と親の小言で赤くすり減ったHPゲージを回復させる
ため自由自適なニート生活を満喫するはずだった。

だが残念なことに、大輔より祭り事の好きなハルヒが夏休みにじっとしている訳もなく、

有無を言わせぬ団長様のありがたいお言葉により発案された合宿計画は、衆議院の優越
ならぬ団長の優越、つまりはハルヒの独裁により強制可決される運びとなり、

そして政治家のマニュフェスト並みに中身のスカスカな提案は、古泉と、古泉の属する
『機関』の支援により計画倒れすることなく実行されてしまったのだ


これは、その機関主催の無人島殺人事件パーティー会場へ向かう客船の甲板での会話だ。


3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 21:48:49.50 ID:ni8jmXLlo


「普通に一般的な生活を送っている人々は、そのまま普通に生活していれば奇妙な
 殺人事件に巻きこまれることは稀ですね」


何を言い出すかと思えば……。そりゃそうだろ。

日常的に推理小説やホラー映画の殺人犯と接触してたら命がいくつあっても足らん。

殺人鬼が跋扈する世の中だったら、世界人口は少なくて可容人口を超えたりしないさ。


「しかしミステリ的創作物の名探偵たちは、なぜか次々に不可解な事件に巻き込まれる
 ことになっています。何故だと思いますか?」

「そうしないと話にならないからだろう」

「まさしくね。大正解です。そのような事件はフィクション、非現実的な物語の世界に
 しかありません」


ぎすぎすと突き刺さる太陽光線とそよぐ潮風に夏を感じていたところなのだが。

そんな俺の機微に心配ることなく、古泉はハルヒ絡みの面倒な話を聞かせてきやがった。

フェリーの縁で二人きりと言うシチュエーションも男とじゃロマンスのかけらもない、
こういうイベントは朝比奈さん、せめて長門あたりと消化したかった。

そうした場合、朝比奈さんは帽子を風に飛ばされてあたふたしたり、長門は普段通りに
無表情で突っ立ってるだけで色気も無さそうな気がしないでもない。

4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 21:57:34.84 ID:ni8jmXLlo



その時に古泉とした話の内容をまとめると、こういうことだった。

ハルヒが退屈をしていて、このままだと世界がヤバい。だからイベントを企画してみた。

事件の起こりそうな絶海の孤島を用意して、そこで遊ばせてストレスを解消させよう。


取り立て重要な話ではないため詳細に覚えてないが、そんな感じの内容だったはずだ。

実際に古泉は、ハルヒの前で事件を演出するのだが……

この会話が伏線になっていたのに俺が気付くのはもっと先のこと事だ。

しかもその伏線はここではまったく関係ない。


さらに、古泉の話は無駄に長い上に分かりずらいため、大部分を割愛させていただこう。

ほとんどがミステリ漫談になっていたしな。


だがしかし、ここで重要なのはその古泉的ミステリ講釈の中の一節だ。

名探偵が行く先々で事件に会うのはなぜか、という先程の話に戻ってくる。



「言い換えれば名探偵の現れる所に、奇怪な事件は発生するのですよ」

「たまたま出くわすのではなく、名探偵と呼ばれる人物には事件を呼ぶ超自然的な能力
 があるんです。そうとしか思えませんね」

「事件があって探偵役が発生するのではなく、探偵役がそこにいるから事件が生まれる
 のですよ」


この時の俺は、昼休みのグラウンドでショーツを被りながら全裸で疾走する谷口でも
見ているかのような視線を向けていたことだろう。

実際に、黄色い救急車を呼ぼうかと考えるほど、正気かどうか疑っていた。


7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 22:08:57.81 ID:ni8jmXLlo


古泉の頭は狂っているかいないかだったら、間違いなく狂っているだろうが、

問題になっているのは「古泉の脳がイカれているか」ではない。

この古泉解釈の、さらにその先にある展開だ。


古泉の話をまとめてみると、次のような感じになる。

名探偵は事件を引き寄せる力――言うなれば、犯罪者誘引体質――を持っている。

犯罪者を誘い出し、あえて自分の前で事件を起こさせ、犯人を捕まえるという。

まるで虫の寄る臭いを出す食虫植物と、臭いに誘われた虫みたいだ。


古泉はこれで終わりにしていたが、俺はもう少し考えてみた。

『名探偵は必ず遭遇した事件を解決する』ということを付け加えたい。


食虫植物は虫を寄せ付けるだけではなく、捕食するからこそ『食虫』と言われるのだ。

名探偵は関与した事件を、一度も殺害されることなく絶対的な解法へと導く。

これがミステリ小説の鉄則であり、その小説がミステリーである証明でもある。


主人公(名探偵)が途中退場したら、いったい誰が事件を解決すると言うのか。

事件の謎解きをする人物こそ主人公なのに、彼が消えては小説は完結できない。

答えを見つけることが出来なければ、もはや推理小説とも言えない。


主人公は犯人の魔の手から逃れつつ、残された証拠を見つけ出して論理を組み立てる。

毎度と都合よく、犯人を暴くために必要な細かい証拠を発見して、犯人に襲われても、
生き残るどころか、それを証拠へと昇華することが一般人に可能か?

……無理に決まっている。


結局のところ、何が言いたいのかというと。

主人公は、出来事(フラグ)を本能的に察知する力があると言うことだ。


9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 22:16:45.52 ID:ni8jmXLlo


ほんの微細な違和感を発見し、それを解決へとつなげる力。

犯罪者の行動を感じ取り、危機を条件反射的に回避する才能。

いや、常時では犯さないミスを犯人に誘ったり、作ったりする能力ともいえるか。


前述の『犯罪者誘引体質』に会わせる形で、『分岐頻発性体質』とでも言おう。

この二つの体質を持っている人間こそ主人公(名探偵)なのである。



………。

………。


……なーんて、古泉みたいに推測してみたのだが、いかがなものだろうか。

いやいや、これはただの狂言ですよ?

俺がこんな合理的なのか、只の言葉遊びなのかわからん話を本気でする訳ない。

別にこんなことは思いついたことをすらすら並べたもの、気にも留めないでほしい。

こんなことを大真面目に言うような奴はただのほら吹き詭弁士だ。

古泉と同類の『エセロジカリスト』の称号を俺が与えてやろう。


退屈な数学の授業中に、もう先生に指されないと分かった後にする独白でしかない。

その程度のものでしかないことを踏まえて、次の話に移りたいと思う。


10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 22:24:38.66 ID:ni8jmXLlo


こんな『主人公になる条件』なんて事を考えたのは古泉の話の後、つまり割と最近だが、

高校の夏休みまで主人公になれると思っていたかというと、当り前だがそんな訳がない。


子供の時は、テレビの中で戦っているヒーローに憧れもしたし、ごっこ遊びもした。

変身ベルトを装着しポーズをとって必殺技の練習をしている写真がアルバムにあった。

けれど、いつの間にかにそういうことを俺はやめていた。


本の中の呪文を暗記して唱えて見ても、学校に食パンを咥えながら走っていっても、

自分では、漫画やアニメの主人公になれなかったからだ。


サンタは元から信じていなかったが、段々と他のものも存在しない事に気付いていく。

テレビで見ていた正義の味方や読みふけったジュブナイルの魔法使いなどから順に、
特番で映された幽霊や宇宙人も、テレビのやらせだと考えるようになっていった

そんな非現実的なものに期待を抱かなくなり、現実的で具体的なものに憧れる。

多分これは思春期なら誰もが経験することで、大人になる過程なのだろう。


火は手でなくガスコンロから出て、世の中を動かすのは正義でなく法律と資本主義。

幻想でしかない主人公からリアリティある物へと乗り換えた。


だから、そんなものが本当にいるとは信じられなかった。


11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 22:28:26.77 ID:ni8jmXLlo


例えば教師が「織田信長は白人でした」なんて突然言ったら信じられるか?

そんな訳あるまい。

実際に朝倉に殺されかけなければ、信じていたかどうか。

今までの事は全て植物状態のあなたが見ている夢です、と言う方がまだ説得力がある。


ハルヒに長門に朝比奈さんに古泉。神様に宇宙人に未来人に超能力者。

大人になったはずの世界の代わりに、子供の頃に望んでいたはずの幻想が現実だった。


SOS団のメンツと、正確にはハルヒと会ってからは、俺の中で固定化されたはずの常識
(というか世界の常識だったはずだ)は崩壊し続けている。

訳のわからないうちに神輿に担ぎあげられ、実際は俺はハルヒを担いでいる方の人間に
成っていたのだが、知らぬ存ぜぬ非日常のハルヒワールドにフルダイブさせられていた。


なんだかんだ付き合わされた今だって半分くらいは分かっていないさ。

この世界を受け入れる事が出来るまでに、去年の一二月まで、九ヶ月は要したのだから。

最近は慣れてきたのか、そっとやちっとの事じゃ驚かないようになってしまった。


こいつらと過ごす『主人公』と言うよりは『主人』のハルヒを中心にいろんな事が起こる、

晴れ時々SFな日々を川に浮かぶ桃のように流されるのも悪くないと思う。

そんな「なるようになる」なんて野放図な考え方が染み付いてしまった事がまずかった。

誰かの手に掬われて外果を割ってもらうまでは流されている事にすら、自分では気付く事
が出来なかったのかもしれない。

だから、『そいつ』と会うまでは――だったのかも知れない。

こんなこと今更言っても、戯言なんだけどな。



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12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 22:30:32.74 ID:ni8jmXLlo





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             {:',|└─‐‐─┘|//          ヒ
             {ヘ  ̄ ̄ ̄ ̄ / :}
          , -―-ゝヘ  _ノ  {_/ ___       の
         {  >=入_、____人=<  ヽ
         ヽ 〃   `┴‐┴'´   ヽ   /      傑
          \|   /      ',   | /.∧
            ヾ_ {       }   レ′/団',    作
            `ーゝ ____」L=‐'  /_長__',






14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:02:17.96 ID:ni8jmXLlo





 〜〜 第一章 鼓動――(来導) 〜〜



 0、


 自己紹介してください。




15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:03:45.39 ID:ni8jmXLlo


 1、


『いい予感というものは当たらないくせに、悪い予感だけはよく当たる』



こんなのは、今まで生きてきた人間が一度は思うことだろう。


そんな定理に、俺も何時から気付いていたのやら。

思い返しても分からないほど、物心ついたころから知っていた事だ。


出来たはずのテストが赤点で、出来なかったテストも赤点な時だとか。

降水率10%で傘を持たずに出かけたら、案の定雨が降った時だとか。

好意を寄せていた女の子の好きな人が自分じゃないと知った時だとか。


そういう人生的法則を知るのが、子供ながらに大人になることだと思ってた。


だが、違った。


俺は、そこそこのレベルと言える高校に入り、だらだらした入学式の演説を聞き流し、

ぶつぶつと言う新しいクラスメイトの自己紹介を聞き、ぽつぽつと自分も挨拶を済ませ、

いそいそと新たな一年を供にするであろう席に座り、はやばやと後ろの人が立ち……、


――後に過去を回想し、この時点で自分史最大の『悪い予感』を感じたことを付け足す


……『そいつ』の発した自己紹介により、悟らされた。


何を悟らされたのかって? それは……


「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、
 あたしのところに来なさい、以上」


それが定理や法則なんて物じゃない、真理だということを。


16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:09:00.10 ID:ni8jmXLlo


高校に入ってからの悪い予感は全部当たっていた気がする。

なぜならその悪い予感(厄介事が起きる予兆)ていうのは、大抵『そいつ』が
百万ドルの満面の笑みを浮かべながら俺たちの目の前に現れている時起きるからだ。

むしろ当たっていなかった時は無いと言ってもいい。さすが真理だ。

この齢にして悟りを開くとは思わなかった。


何時ぞやの野球大会の時なんかもそうだが、合宿だの体育祭にでるだの言いだした
にもこいつは、悪戯に成功した小学生と同じくらい明るく笑っている。

あとは、七夕や夏休み後半なんかもそんな感じだった。


結局、何でこんな不毛な事を考えているのかといったら、やっぱり来た訳で……。

「何が?」なんて言わせないぜ? 分かりきったことだからな。




「みんなっ!!! 京都に、行くわよっ!!!!」




夏に照りつける太陽よりも輝く笑みを浮かべた『そいつ』――涼宮ハルヒがいるからだ。


18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:20:24.82 ID:ni8jmXLlo


何てことはない只の平日、五月一二日、木曜日、午後三時半前。

やっとこさ岡部のマラソン地獄を生き抜き、汗でぐしょぐしょになり体に張り付く
体操着をさっさと仕舞って、気兼ね無くグダるため、俺は部室へとやって着た。


いや、もう無理、動けんわ……。

バックを放り出して即座に机にうつ伏せる。

日光が当たっていないせいか、それとも自分の体が熱すぎるのか、

板が冷たく感じて気持ちいい。


だいたい、まだ五月上旬だってのに、夏なみに熱いとはどういう事だよ。

どっかの新聞で「地球温暖化はそれほど影響ない」と言ってたが、ありゃ大嘘だ。

しかも岡部も岡部で、炎天下に校庭マラソン二十周とか本気で殺す気か。

学校裏サイトで蔭口でも叩かれておけばいい、あのハンドボール馬鹿は。


裏サイトで岡部の悪口が書かれてないか、部室据え付けのPCで確認しようと顔を上げた。

すると、ちょうど麦茶を差し出してくれた朝比奈さんと目があった。


「キョンくん、お疲れですか?」


いえいえ、あなたの麗しいお顔を拝見できただけで元気百倍アンパ○マンですよ、はははっ。

そう言ってみたかったのだが、体が疲労に正直な故に、そんなことは言えない。


「ええ、六限目が体育でしてちょっと……」


何とか噛まずに返事を返し、差し出された冷えたお茶を飲む。ホント、生き返るわ〜。

さらに、朝比奈さんは冷蔵庫から冷やした濡れタオルまで渡してくれた。

メイド服に身を包んだ朝比奈さんの仕草は、実際のメイド以上のものに成りつつある。

こういう細かい所まで心配りが行き届く出来たメイドは珍しいのではないだろうか。


19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:29:46.71 ID:ni8jmXLlo



「そう言えば、あなたのクラスはずっとマラソンだったそうですね」


朝比奈さんのあまりのメイドぷりに思わず感嘆を漏らしていると、

タイミングを見計らったように、自然と俺たちの会話に入ってくる奴がいた。

机に肘をつき、キザな表情を浮かべ顔を傾げ、手のひらをひらりと返す。

こんな輻射熱であぶられる中で、動作の一つ一つが涼しげな野郎が、古泉だ。

てか、俺と朝比奈さんのラブラブハッピータイム(俺視点)に割り込むなよ。


「噂ではかねがね、なかなか熱い教諭らしいですね」

「今どき熱血教師なんて流行らないし、第一熱くなる所が違うだろ」

「ふふ、僕たちも四時限目にありましたが、運よくプール掃除で涼しかったですよ」


クソっ、こいつばっかり何時も羨ましいんだよ。

けど五月にプール掃除って、いくらなんでも早過ぎるだろ。

そう古泉に言い返すと、


「今年はどうやら例年よりも夏が早く来るようなので、早めにプール開きをするんです」

「……なぁ、それってもしかして≪機関≫の力ってやつじゃないだろうな?」


お得意のにやにや笑いを張り付けながら返答した。

こいつがこんな仕草をしている時はだいたい一枚かんでいる事は経験則で分かっている。

しかし聞いてやると、憎たらしいほど様になったポーズで肩を竦めながら、


「さぁ、どうでしょうかね」


ふふふっと微笑む古泉の顔は、俺にはパンチングマシーンにしか見えなかった。


21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:40:19.26 ID:ni8jmXLlo


今すぐにでも殴り飛ばしたいという欲求とは裏腹に、体はもう動きたくないと言っていた。

仕方がないから、今日のところは見逃しておいてやる。


「それはそれは、お礼でも言った方が良いのでしょうかね?」


このクソ野郎、マジでぶちぎれる五秒前だ! ご、さん、いch……、


「問題なのは、この猛暑で涼宮さんの機嫌が悪くなることなんですよ」


俺の殺気立った様子を汲んだのか、古泉は急に話を戻しやがった。

もちろん本気で殺したい訳ではないが、後で体力が回復したら一発殴ろうと心に決めた。


「出来る限り涼宮さんが不機嫌になるのは阻止したいんですよ。だからプールなんです」

「プールごときでハルヒの気分が変わるのかよ」

「統計学的に証明されてますよ。閉鎖空間の発生率が六割減ります」


あいつ、どんだけプールが好きなんだよ……


「だからって、学校に手をまわしてプール開きをさせるのか?」

「水泳の授業をするだけで世界が救われるんですよ? 安いものじゃないですか」


まぁ、確かにな。

深夜まで残ったコンビニ弁当並みに安価な物になっちまったんだな、世界ってもんは。


「それに、涼宮さん以外の人たちにとっても幸せなことだと思うのですが?」


ドヤ顔でこっちを見てんじゃねぇよ。

そんなに好意を押し付けたいなら谷口にでも言っとけ。

あいつなら多分一年間パシリ位ならやってくれるぞ。


22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/22(火) 23:53:56.33 ID:ni8jmXLlo



古泉の顔なんざ見ることに生産的意義なんてない、むしろ朝比奈さんを見ていたい。

俺はその生物的に必然な欲求に素直に従い、俺は背後にいた朝比奈さんに目を向けた。


俺が見てることに気付かない朝比奈さんは、にこやかに鼻歌を歌いながら掃除をしている。

あぁ、やわらげなあの微笑は、朝比奈さんの優しさと可愛いらしさで出来てるんだろうな。

小動物のようにちょこちょこと動いている様子を眺めているだけで、心が洗われるようだ。

そんななんてことの無い事を考えているうちに、体力のほうも回復してきた。



「あれ? キョンくんは涼宮さんと一緒じゃなかったの?」


ふと思い出したように、朝比奈さんが尋ねた。


「言われれば…… 確か体育が終わっても教室では見かけなかったですね」

「さっき涼宮さんからメールがあっての。緊急ミーティングがあるからすぐに集合って」


もちろんだが、俺にはそんなメールは来ていない。


「何でも、面白いものがあるから、とか言ってましたよ?」


面白いもの? 少なくとも5限目の時にはそんな様子が微塵も無い気がしたが。

古泉に目を向けてみても、探偵ごとく指を顎にあてて思案している様子だった。

なんか、こいつがこういうジェスチャーをしていると、本当に絵になるからムカつく。

というか、古泉にはハルヒからメールが来たんだな……。


「長門さんは、涼宮さんから何か聞いていませんか?」


言い忘れていたが、この部室には、やかんの近くに朝比奈さんが、俺の正面に古泉が、

そして、部屋のすぐ窓際には長門が鎮座ましている。

あんなに日が照っているのに、日差しが熱くないのだろうか?

部屋に入ってから本のページを捲る位しか動作をしていなかったし、正直忘れていた。


「………聞いていない」


聞いてないそうだ。

24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:09:57.02 ID:tbIK3Yz9o



それにしても、ふむ……。

どうせ皆は部室に集まるのに、ハルヒはわざわざ臨時招集をかけた。

もうこうなったら理由は一つしかないだろう。

俺の視線に気付いたのか、古泉は俺に目配せして、


「いえいえ、プールの件は確かに僕たちの細工ですが、涼宮さんのほうは知りませんよ」


自分から弁解してくるとは怪しいな。


「残念ながら、ひと月に何度もイベントを起こせるほど予算は多くはないのです」

「よく言うぜ。クルーザーと別荘と無人島を買ってたくせに」

「あれは特例ですよ。湯水のごとくお金は使えませんからね」


これでもキツキツなのですよ、と古泉談。

なんでも最近では閉鎖空間の発生が少なくなったため、バイト代も減俸されたそうだ。

古泉に給料支払うくらいなら、俺に思いやり予算を手当てしてくれよ。

不思議散策のたびに奢らされてるせいで、財布の中が寒いんだ。


古泉の言うことを信じるとして、そしたら朝比奈さんの仕業か?


「〜〜〜〜♪」


自分で言っておいてなんだが、それはないだろう。

あの人が属性こそ非日常系(未来人としても美少女としても)だが、根っからの一般人だ。

何かがあったら毎回俺に相談してくれる、可愛らしくも役に立たない人。

なんの気兼ねもなく楽しそうに歌っているんだ、今回の件にはノータッチに違いない。

断言しよう、これから何かが起こっても朝比奈さんが助けになることは間違いなくない。


25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:16:04.52 ID:tbIK3Yz9o


最後に残ったのは長門である。

その長門も、古泉ほどは多くないがイベントを持ちこんでる一人だ。

多分カマドウマの時や、犬うつ病の仕掛け人はこいつだろうと俺は睨んでいる。

なんだかんだで、一番SOS団で働いてる奴だからな。

こいつには負担をかけないようと俺は思っている。


「……私は一切関与しない」


だから、唐突にそう長門に言われた時は面を食らった。


「えっ?」


ほんの少し目を合わせただけで、俺が問おうとした質問に答えていた。

まぁ、先に古泉と話をしてたし、長門は宇宙人だからわかったのかもしれないが、

それでもその言葉は衝撃的だった。

俺が理解できていないと判断したのか、同じ言葉をぼそぼそと繰り返した。


「……私は一切関与しない」


長門の口振りは今までと変わらないが、普段の水面に水滴を垂らしたような静かさ
とは違う。

俺には氷河のように冷酷な宣言に思えた。

「私は関わらない」と。それはまるで、
      ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
まるで、これから何が起こるか知っているかの様じゃないか。


「長門……」

―――バタンッ!

「やっほ〜〜〜っ!! みんないるー?」


俺の声はドアを蹴破りながら入ってきた奴の声に掻き消された。


26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:22:00.23 ID:tbIK3Yz9o


どうやらそいつは、本当におもいっきりドアに蹴りを食らわしたらしい。

ギイギイと、扉は激しい音を立てて軋んでいたが、ハルヒは気にも留めていない。

早々にキッキングポーズを解いたハルヒがズカズカと入ってくる。


両手にはどっしりとした紙袋を抱えていた。

どうやら手がふさがってたからドアを蹴飛ばしたらしい。荷物くらい置けよ。


「よしよし、みんないるわね!」

「遅れて来ておいて、すまんの一言もないのか」


思わず漏れた小事に、ハルヒはキッと睨みつけながら、


「なによ、あんたはいっつも遅刻してくる癖に」


んなこと言うお前も、俺が来るほんの少し前に来ている癖に。


「うっさいわね。そんな事どうでもいいのよっ」


ハルヒは戸の開く音にビビっていた朝比奈さんにお茶を急かしながら、俺の前に立ち、


「ほらっ、あんたはコレを持っときなさい」


手に持っていた紙袋を押しつけて来た。

悲しき下っ端根性かな、差し出された紙袋を思わず受け取っていた。


27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:26:25.01 ID:tbIK3Yz9o



「ひっ!」


去年の今頃や十二月の出来事のためだろうか、ハルヒの持ってくる紙袋にトラウマが
朝比奈さんに出来たらしい。

紙袋を持った俺を見て、身を引いて後ろ足に逃げようとしていた。

なんかこの絵面だと俺が悪いことをしたみたいで、俺の心が傷付くんだが。

半分朝比奈さんの心労をまぎわらすため、もう半分は今度は何にコスプレするのかを
期待つつ片方の紙袋を開く。


「……あれ?」


思わず拍子ぬけた声が出てしまったのは、想像してたのと違う物が入っていた為で。

紙袋の中にはコスチュームではなく、本や雑誌がぎっしりと入っていた。


よく中を見ようと広げて見る。

背の部分に学校の図書館のシールが貼ってあるのもちらほら。

もうひとつの袋には何日分かの新聞も混ざっているようだ。


「こらキョン、覗くなっ!」


ハルヒは俺から紙袋をひったくり、「覗いちゃ駄目だから」と言いながら古泉に渡した。

古泉も「承知しました」と答えて、ハルヒが後ろを向けると何やらウインクをしてきた。

アイコンタクトのつもりなのだろうが、あいにく俺には分からん、分かりたくない。


28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:30:22.80 ID:tbIK3Yz9o


対するハルヒはいつもの席に向かわず、朝比奈さんから受け取ったお茶を飲みながら、

普段は使っていないホワイトボードを引きずり出して、何やら書きだした。

何を書いているのか見ていると、後ろから紙の擦れる音と溜息のような声が聞こえた。


「―――なるほど……」


呟きの主を振り返ると、古泉が袋から一冊の雑誌取り出し、目を落としている。

お前、見るなって言われてたろ。


「いやはや、これはまずいですね……」


記事を見ながら零れた小話を古泉に聞き返そうとした時、再び背後で音がした。

向き返ると、ハルヒは手にしていたペンの蓋を閉めて、ニコニコと笑い、口を開く。


この時、俺が感じたことは一つだった。


――あぁ、またか、と察する。

――かつて何度も経験した、あの『悪い予感』。

――また何かに巻き込まれるらしい、と。


ハルヒは超ド級で最高な笑顔を浮かべながら言った。



「みんなっ!!! 京都に、行くわよっ!!!!」



23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/22(火) 23:55:17.66 ID:9+WM1viDO

七誌……かと思ったら、京都行く方の奴か
期待

29 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/02/23(水) 00:41:02.49 ID:tbIK3Yz9o

今日の分は終わりです
初回なので、通常の三倍の分量です
前回から見ている人には大きく違和感を感じるかもしれませんが、
失敗の教訓と言うことで台本形式から地の文に替えてみました

地の文は初めてでうまく出来ているかわかりませんが、
今後もこの形式で行く予定です
キョン節が難しい

誤字脱字や追加とかをしながらなので投下スピードが遅いです
今日はこれにて失礼します

>>23
このssが終わり次第、前スレにあった総合スレにしたいと思います


41 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:00:40.52 ID:h4K3qDAb0



 2、



てな感じで冒頭へと戻ってくるわけであるが、


「………」

「……――」

「……ふぇ?」

「……ふむ、」


トライアングルでも鳴らしたら、キーンとよく響きそうなほどの静寂。

「空気が凍る」という表現がぴったり合うほどの沈黙だった。

しかもハルヒは何に対して威張っているのかわからないが、腰に手を当てた仁王立ちして
ふんぞり返ってる。


誰かなんかリアクションとれよ。

そう思って周りを見渡しても、朝比奈さんは目を点にしてオドオドとキョドってるし。

古泉はいつの間にかに読んでいた雑誌を戻して知らん顔して思案している様子だ。

長門に至っては日常時でも反応がないのだから、期待は全く出来ない。

こいつらがハルヒに何もしないのはいつもの事だ。

結局俺が切り出すことになった。


「……え〜と、なんだって?」

「『なんだって』、じゃないわよ!? ちゃんと話を聞きなさいよ!」


バンバンとホワイトボードを叩きながら、怒り笑いしてきた。

笑いながら怒るって難しくて普通できないよな? 器用な奴だ。


「だ・か・らっ! 京都に行くのよ」

「何しに?」

「何しにって、キョン。今京都で何が起きてるのか知らないの!?」

「……祇園祭とかだろ?」

「今は五月よ! あんたニュースくらい見なさいよ」


ニュース見る一〇分があるなら、俺はその分寝る時間を増やすね。

朝の五分の睡眠は、夜の一時間に匹敵するんだよ。


42 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:05:46.65 ID:h4K3qDAb0


「『京都連続通り魔殺人事件』のことですね」


やっと古泉が口を挟んできた。


「そうよ古泉くん、さすが副団長ね。さらにワトソンの称号もあげるわ!」

「拝領します」


深々と礼をする古泉は、流し目でちらちらと見てきた。

そんな目で見ても別に羨ましくもなんともないぞ。

なんかデジャブ……。

前にもこんなことがあったな、なんて考えているうちにハルヒは、赤ペンでグリグリと
ホワイトボードに書いてあった文字を囲った。


「それで、その通り魔事件がなんだってんだ」

「なんだじゃないわよ!? あんたバカァ?」


なぜニュースを見てないくらいで馬鹿にされなくちゃいけないのか?

他人の出来事なんて円周率の八六五桁目くらい興味がわかん。


「もう五人も殺されてるのにまだ犯人が捕まってないのよ、異常じゃない」


切り裂きジャックは十数人は殺していただろうし、そんなに多いとは思えないのだが。

俺がそう言うと、古泉は持っていた紙袋置き、手を広げて大げさな身振りをし始めた。


「世界的に見れば確かに小さな事件かもしれませんが、日本という枠の中では十分に
 異常な事件なんですよ、これは」


43 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:06:22.41 ID:h4K3qDAb0


「そもそも、連続殺人鬼なんてものは歴史的に見ても珍しくはないんです」


例えばあなたの言う切り裂きジャックやアメリカのジェイソンもそうですね、と古泉。


「他にも、過去最凶の殺人鬼一族ソニー・ビーン家など例を挙げれば切りがありません」

「じゃあなんで京都の事件が異常なんだ? 明らかに海外のが被害者が多いだろ」

「問題なのは、人数ではなくて場所と時間なんです」


解らん、ちゃんと説明しろ。


「ところで、普通の殺人犯と殺人鬼の違いは分かりますか?」


知るかよ、そんなこと。

催促してるんだからさっさと説明しろよ。


「殺人鬼とは、継続的に連続性を持たずに人を殺す『鬼』と定義が出来ます」


『鬼』?

桃太郎とか一寸法師に出てくる鬼のことか。

まさか「殺人鬼とは鬼ヶ島から出てきた鬼が人に擬態したものなんです」なんて言わないよな。

それはオカルティックなんてものじゃなく、もはや精神障害者のたわ言だぜ。


「言葉の綾で、人外ということです。生物学的には人間にカテゴライズしますが」


44 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:06:51.07 ID:h4K3qDAb0


あなたは、と古泉は話を続ける。


「心理学には、人間は同種族を殺し続ける事が出来ないという一説があるのをご存じで?」


ご存じねーよ。学がなくて悪かったな。

俺の軽口をさらりとかわした古泉は、ふふふと笑いながら続ける。


「人間として文化的に育った人は心底に植えつけられた倫理観や宗教観から、長期間に渡り
 殺人をする罪悪感に耐える事が出来ないというものです」

「殺人鬼は、人の身でありながら人の出来ないことをする者ということになり、よって
 人外であり『鬼』なのです」


それでも大量殺人犯ってのは日本でも珍しくないぜ? サリンとか秋葉原のとか。


「彼らはあくまで人ですよ。殺人犯でこそあれ殺人鬼ではないです」

「理由は、彼らは一度しか殺人行動をしていません」

「『殺そうとしたらつい多数の人間が死んでしまった』ということに過ぎないのですから」

「殺人鬼はあくまで一度にも殺さず、幾度もなく殺すから『鬼』たりえるのですよ」


まぁ、古泉の説明はよく分からなかったが、解った事にしよう。

それで、殺人犯と殺人鬼の違いがなんだって必要なんだ?

俺の言葉を聞いた古泉は、首をすくめてこう言った。


「その『京都連続通り魔殺人』の犯人が日本史上初の殺人鬼だからです」


45 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/04(金) 10:08:15.51 ID:h4K3qDAb0


「日本には明治以降、明確に殺人鬼と言うカテゴリーは存在しませんでした」


津山事件を含めずにね、と古泉は最後に付け加える。

確か「八つ墓村」のモデルになった事件で、明治時代かなんかの農村で村人の四分の一を
殺して回ったって話だろ。

そいつも十分殺人鬼の資格があるじゃないか。


「あれは壮絶な自殺の一環ですよ。それに殺人鬼は良心の呵責なんて持ちません」


なんか納得いかないが、それでも古泉は話し続ける。


「江戸以前には文書にごく稀に記述されていますが、多くが『妖怪』や『鬼』として、
 書かれたり、もしくはそれらに習合されて、事実確認は取れません」

「ですから、その犯人が『日本表史初の殺人鬼』ということになります」


ふむ、まぁ分かった。

ようは日本で初めての殺人鬼だから珍しいってことなんだろ。


「残念ながら、それだけではないのですよ」


ふぅ、と肩を揺らして息をつく古泉。

いちいち勿体つけながら喋るから俺はこいつの話を聞きたくないんだ。

俺の気持ちを珍しく汲んだのか、古泉は話を進めた。


「この『京都連続通り魔殺人事件』の最も特徴的な点は、その類まれな残忍さでしょう」


そう言いながら、古泉は紙袋から一冊の雑誌を取り出しページを開き、俺に渡してきた。

どうやらさっき古泉が隠れて読んでいたもののようだ。

てか、勝手に紙袋を開けたらハルヒが何か言ってくるだろう。

そう思っていたがすでに封印令は解かれていたらしく、当のハルヒは古泉に何も言う所か
身を乗り出して、俺の手から雑誌を引ったくり見ている。

仕方なくハルヒの後ろから覗き込んでやると、そこには仰々しいテロップとモザイクが
処理された写真がデカデカと載っていた。

50 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/03/05(土) 01:22:44.10 ID:zO+MoGaAO


『“恐怖!” 古都を襲う謎の殺人鬼!? その狂気の犯行を追う!』


『ついに、連続通り魔殺人事件について有力な情報を入手!!』

『昨日、五月六日に日本屈指の国立大学である高都大学の構内にて謎のバラバラ殺死体が
 発見された事件の目撃者、発見者に本誌は独占インタビューに成功した』

『発見者の一人、高都大の学生である米束俵さん(仮)によると、

 「昼食を済ませ、人気の講義の席取りをするため早めに教室にきたら、扉を開けた瞬間に
  隙間から赤黒い液体が流れ出してきた。驚き急いで中を覗くと、床や壁一面に血が飛び
  散り、肉片が床の血の中に浮いていた(米束さんは口を押さえて嘔吐をこらえる)」

 残念ながら、これ以上米束さんに事情を伺う事は出来なかった』

『だが、他の発見者から現場の写真を提供していただいた(右下参照)』

『その写真に写っているモノに我々は愕然とした。何故なら、それを者と物、どちらで
 呼称するべきか解らないほどに解体されてしまっていたからだ』

『報道規制の関係により、写真にはモザイクをかけたが、モザイク越しにも事件の異常性
 はイヤでも伝わるだろう』

『床に流れ酸化した血液、血の海に浮かぶ骨の破片、教卓にへばりついた肉塊、辺りに
 漂う死体の腐敗が進んだ鉄錆のような臭い』

『もはや液体か固体か判別の着かなくなった死体には、ある種の儀式的要素を感じた』

『犯人の目的とは、動機とは、意味や意義は一体何なのか? 我々は先の事件との共通点
 を探した』

………
……


64 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 01:14:54.96 ID:Bji68mp0o


「………」

「………」


俺もハルヒも、思わず黙ってしまった。

その写真は、記事にある通り大学の一室なのだろう。

ただ、わずかに覗く白いコンポジの床が見えて、やっと確信が出来る程度だ。

なぜ一目でわからなかったのか。

それは、その一部分を除く大部分が、赤黒く塗り潰されていたからだ。


ほとんどがモザイク処理されていて、写真からは色以外窺えない。

だがモザイクのかかり切っていなかった片隅には、赤色の正体が鮮明に映されていた。

どす黒い、塊。

これが本来の色なのか、表面に付着していた血液が酸化したのかは分からないが、
間違いなく、紛れもなく人肉の破片。

周囲に浮かぶ黄ばんだ破片――骨だろうか――は、決定的なまでにグロかった。


頭や肺腑を揺らされたような不快感が全身を包み、冷や汗が出てきた。

大部分がモザイクで隠されたせいで、あまりにもバラバラにされたせいで、嘔吐感まで
は感じる事はなかった。

道路上の野良猫の圧死体を見たなんてものじゃないほどの、嫌悪。


65 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 01:15:39.06 ID:Bji68mp0o


「キョンくん〜、なんだったんですかぁ? 見せてくださいよー」


はっと、背中越しに掛けられた朝比奈さんの声で正気に戻った。

ハルヒや俺より背が低い朝比奈さんは、背伸びをして後ろから覗きこもうとしている。

慌ててハルヒの手から雑誌を奪い返して、俺はそれを古泉に突っ返した。

あんなもの朝比奈さんに見せたら即倒どころか、一生モンのトラウマ確定だ。

朝比奈さんがちょっと恨めしげに俺を見つめているが、そんなことで朝比奈さんの
メンタルを救えたのなら安い。


長門は興味も無さそうに本を読んでいて、にやけ面野郎は返された本をしまい、俺に
向けて肩をすくめた。

それで問題は……、


「で、ハルヒ」


そこで、やっとハルヒは俺へ顔を上げた。

今までうつむいていたハルヒの顔は、先ほどよりも白い気がした。

さっきまでの威勢も減り、俺を睨む威力もずいぶん弱かった。


「こんなものを持ってきて、どうするつもりだ?」


いや、もう分かっている。雑誌やら新聞やらを集めて、それに先の『京都に行くわよ』宣言。

ここまでヒントが出ていて解を導けない訳がない。

俺を見ながらハルヒが言う。


「決まってるじゃない、私たちで、この殺人鬼を捕まえるのよ」


66 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 01:16:32.69 ID:Bji68mp0o


「………」

「ひぇ〜……」

「………」


本日二回目の沈黙。

ただ、先ほどの静寂とは意味も、声音もまったく異なっていた。


「……殺人鬼って、この事件の犯人の事だよな」

「……他にどこにいるのよ」


唇をキッと噛みながら、ハルヒは答えた。


「……正気か?」

「正気に勝機よ! なによキョン、文句でも在るの!?」

「当たり前だろ、そいつは凶悪殺人犯なんだ、さっきの写真も見ただろ。危険すぎる」

「だって、日本初の連続殺人鬼よ! SOS団が捕まえなくて誰が捕まえるのよ!」

「だからって、死にに行くのか」

「死なないわよ!!!!」


ふーふー、とハルヒは荒く息を吐く。


「誰も死なせないわよ! あたしがそう言ってるんだから、信じなさいよ!!」

「いくらなんでも根拠が……」

「行くったら行くの!!!」


67 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 01:17:51.63 ID:Bji68mp0o


肩を激しく上下させながら、ハルヒはそう怒鳴った。

眼元には薄く水が溜まっているように見える。


ああ、そうか。

ハルヒはただただ愚図っているだけなんだ。


さっきの雑誌だって、多分中身なんて見ずに、表紙に『特集』なんて書いてあったから
持ってきたのだろう。

そもそもこの事件自体、ニュースやワイドショウで放送されている表面的な事しか知らな
かったに違いない。

そこにある『死』の本当の姿を知っていなかったから。

面白そうだからと、いつもと同じ感覚でイベントを、ハルヒは持って来たに過ぎないのだ。



だから、テレビでは流れてなかった、表面的ではなかった週刊誌の写真がショックで……。

自分が思っていたのとかけ離れていて、戸惑っているだけなんだ。

あんなことを言ったから引っ込みがつかず、自分でどうしたらいいのか分からない。


ハルヒは、子供が喧嘩して怒られているような、怒りと苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざり合った
目をして、俺を睨んでいた。


「絶対に、行くんだからね!!!」


そう言いながらハルヒは自分の鞄をがっと掴み、


「いい!? 明日の朝五時にいつもの駅前で集合っ! 来なかったら――」





               「――死刑だから!!!!!」



68 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 01:39:53.65 ID:Bji68mp0o




 3、



ハルヒが出ていった後、俺はようやく元の椅子に座れた。

嫌な汗をかいたな……。

怒鳴ったハルヒに驚き、始終あたふたとしていた朝比奈さんは、今も朝比奈さん専用の
お盆を胸に抱きながらオロオロと挙動不審なままだった。

と、その時――、


piriririri piriririri . . .


と着信音が古泉の制服から聞こえてきた。

すぐに古泉は電話に出ると、一言二言を交わしながら、廊下へと出ていった。


まぁ、あんだけ怒らせたんだ、そりゃこうなるわな。

だからと言って古泉を労う訳ではないが、少しすまなかったと感じてもいる。

ただ、幾ら何でも、あんな写真を見た後に行きたいとは思えない。


「あの、キョンくん……」


そうして思案していると、朝比奈さんが声をかけてきた。


「涼宮さんは、そのぉ、大丈夫でしょうか……?」


俺が知る訳がない。

だが朝比奈さんの御言葉に、そんな粗暴な返答をする訳にはいかなく、


「多分、明日になったいつも通り、俺を怒突き回してくるでしょうよ」


69 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/03(火) 02:10:44.53 ID:Bji68mp0o


そんな適当な返答を、俺が怒っていると解釈したのかもしれない。

朝比奈さんは俺を諭すような口振りで会話を続けた。


「たぶんね、涼宮さんはそんなに怒ってなくて、本当は悲しんでるんだと思うの」


手に持ったお盆をころころと手のひらと膝の上で回している。


「なんていうのかなぁ。本当は、こんな事になるつもりはなかったんじゃないかな」

「それでキョンくんと喧嘩しちゃって、悲しいんだと思う」

「その犯人さんを捕まえようっていうのだって、本気じゃなかった様な気がするの」


そうでしょうか? 俺はいつもみたいなハルヒの思いつきにしか見えませんでいたが?


「キョンくんにはちょっと分からないかも。でも、やっぱりそうだと思うわ」

「だから、キョンくん。あんまり涼宮さんを怒らないであげてね」


そう、朝比奈さんは悪戯の好きな弟を叱る姉のように、俺に言った。



しばらくすると、古泉が戻ってきた。

まぁ、バイトなのだろう。


「いえ、今回は違います」

「へ? ハルヒが怒って、閉鎖空間が発生したんじゃないのか?」

「それが、閉鎖空間も他の能力の行使も一切確認できないのです」

74 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/04(水) 01:36:21.71 ID:Wk14D/kJo


そう言いながら、古泉はニマニマとした薄気味悪い笑みを張り付けている。

何か言いたそうじゃないか。


「はい、よく解りましたね」


俺だって解りたくはないが、解っちまうんだ。

習慣と言うか慣れというか、そういったもんは怖いな。

……で、なんだよ。


「そうですね……、あまり詳しくは言えませんが、」

「ありがとうございます、とでも言っておきましょうか?」


おい、何だそれは。喧嘩を売ってるのか?

今は結構ムカついてるからな、いいぜ、本気だったらその喧嘩買うぞ?


「いえいえ、これは『機関』全体の本心ですよ。何故なら、あなたのおかげで我々は最大に
 して最高の譲歩を引き出すことに成功したのですから」


何言ってるんだ? 譲歩?


「ええ。あなたが涼宮さんと口論した時に、彼女が漏らした言葉ですよ」

「『機関』にとっての、涼宮さんの計画の問題を一気に解決してしまうほどの一言です」




77 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/04(水) 02:28:17.96 ID:Wk14D/kJo


そこで、古泉は目の前にあるすっかりぬるくなった水出し麦茶を飲んだ。


「まだ解りませんか?」


湯呑を傾ける古泉の顔をまじまじと見ていた俺を、古泉は見返してきて、


「我々『機関』にとっての最大の懸案事項だったのは、『京都に行った場合、涼宮さん本人
 を含むSOS団の誰かが、連続殺人鬼に殺されてしまう事』です」

「理由は、さすがに解りますよね?」


ふう、と溜息をつく古泉は、オーバーアクションに手を広げて、


「涼宮さんが殺された場合は言わずもがな、世界崩壊の危機が訪れる可能性があります」

「SOS団員、特にあなたは今の涼宮さんの心理状態を大きく左右する因子と言えるでしょう」

「誰かメンバーが死亡するだけで、間違いなく現実は不安定化し、最悪は崩壊の危機です」


「だからこそ、先程涼宮さんが『死なない』と言った事が、意味を持つのです」



『死なせないわよ!!!!』

『誰も死なせないわよ! あたしがそう言ってるんだから、信じなさいよ!!』




83 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:41:58.57 ID:TWRorFwao


「涼宮さんの能力はあなたもご存知の通り、望んだ事を全て叶える能力です」

「それが『僕達』がここにいる理由なのもわかっているでしょう?」


そう言う古泉の目に促され視線の先を見ると、朝比奈さんと長門がいる。

未来人と宇宙人……、そして超能力者。


『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』


思い出したくなくてもふっとどこからか湧いてくる、一年と一ヶ月前のハルヒの爆弾発言。


「『僕達』の存在理由と同じ僕達が犯人に襲われない理屈、それが先程の言葉なのですよ」

「彼女の力が暴走した映画撮影の時、あなたはどうやって事態を収拾したか覚えていますか」


そういや確かあの時は……、


「あなたは涼宮さんに『これはフィクションだ』と言わせ、現実を追認識さすること
 によって、彼女の力によって引き起こされた現状を全てキャンセルしました」


なる程、言いたいことが解ったぞ。


「つまりハルヒに『死なない』と言わせたから、京都で俺たちに危害が及ぶ可能性が
 無くなったってことか」

「大正解です」


胡散臭いエスパー野郎が寄せた顔にはいつもの笑みが張り付いている。

どんな時でもへらへらしていそうな奴に保障されても、塵ほどの安心が持てん。

それと、生ぬるい鼻息が頬に当たってる、顔が近けぇよ、気色悪い!

顔を離した古泉は、麦茶でしめらせた唇を舐め、


「さらに、今回はそれを言わせるだけでなく、強く望ませる事にまでも成功しま
した」

「コレで間違いなく、僕達が殺人鬼に殺される危険性は皆無と言えるでしょう」


「……最も、」


「これはあくまで『機関』の理論であって、僕の考えは異なるのですが……」


そこまで言うと「これ以上は蛇足ですね」と付け足し、立ち上がった。

だが言動とは逆に、古泉はまだ何か言いたそうな表情をしている。

が、俺がわざわざ自分からこいつの長話に付き合いにいく義理は、蟻ん子の手の平に
あるかもわからない小指ほどにもない。


84 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:42:49.95 ID:TWRorFwao


さて、俺も帰ろう。


「あ、キョンくん……」

「………」

「………」


俺が立ち上がると、朝比奈さん達三人が俺を見た。

実際には前者二人だけで、長門は相も変わらず、本に目をやり続けているのだが。

朝比奈さんは、繁殖期の雌ライオンの檻の前に連れられた兎みたいに目をウルませ、
古泉は、解っているでしょう、と言わんばかりに俺を見る。


だがそんなのは、俺の知った事ではない。

ましてや、殺人事件に首を突っ込もうって言うんだ。

ハルヒの譲歩だか望みだか知らんが、それが当てにならないかも知れん。

……まぁ、ハルヒの能力の理不尽なまでの効力は俺が身を持って経験しているが。


だからと言って、誰がわざわざ死にに行くものか。

お前らだって、これが限度を超えた我がままだって気付いているはずだろ。

野球大会やら合宿やらとは訳が違う、本当に起こっている殺人事件。

こんな事にまでつき会ってやる必要は……


「ありますよ」


ドアの前にいた古泉に、いつもの笑みはなかった。


「涼宮さんが求めた以上、僕らは彼女に出来る限りのフォローをします」

「何故そんな事をするのか、何故僕らが選ばれたのかなんてもう考えていません」


考えても意味がないから、そう言った。


「そんな事よりも、この現状で僕に求められている事をするまでです」

「僕達にしか出来ないから、なんて正義感や優越感からではありません」

「それは涼宮さんに、『機関』に、何より僕自身に求められている事だから」

「例え道化であったとしても、これが、僕のする事ですから」


言いきった古泉は変わらず、滅多に見せないシリアスな面のまま俺を見降ろしていた。

何分も見合った訳ではない。時間にしてほんの十何秒にもならないだろう。

それでも、胸元を羽毛布団越しにジョブ九連打されているような、圧迫感があった。


居心地が悪かった。


85 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:43:28.91 ID:TWRorFwao


言いたい事を言ったのか、古泉は元の半分くらいの薄ら笑いを浮かべドアを引き開けた。


「今日はもう帰って貰っても結構です。あぁ、これは別にあなたを仲間外れにして、
 僕達だけで明日からの作戦会議をするから、という訳ではありません」


……わざわざ自分からバラしてくれてどうもありがとな。


「明日は来てくれても来ていただかなくても構いません。ただ、来ていただけるなら、
 『機関』が全力を持ってあなたの警護をさせていただきます」

「涼宮さんの言葉だけでは、あなたはまだ不安なようですからね」


ただ……、


「涼宮さんが最後に言った言葉――」

「――それだけは、忘れないで下さいね?」


……ふん。

ドアへエスコートする古泉と、不安げに俺を見上げる朝比奈さん、始終本を読む長門。

最後にもう一度、古泉を見返して、そして俺は三人を後目に、部室を出た。



――この時の俺は重要な事を忘れていた。

――それは、多分俺のこの運命で、唯一のターニングポイント。

――ハルヒに会った会わないとか、SOS団とかなんかじゃない、もっと個人的な。

――だがそれが俺達の未来の選択肢にもなっていたのは間違いない。

――殺人事件の事とか古泉の論説気どりにより忘却と言う底なし沼に沈んでった出来事。


――長門が何を言っていたのか。古泉が何を言いかけたのか。あの怖気は何か。


――確かに感じたはずの疑問だったが、後に思い出した時には遅すぎた。

――その重さを、俺は数日後に身をもって知る。



86 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:43:59.07 ID:TWRorFwao


………
……


午前4時、十分過ぎ。

まだ太陽の光どころか自転車配達のバイトの兄ちゃんすら来ない時間だ。

しかも今日は、建校記念日とやらで休校つまり休日な訳で。

何もない休日は大抵昼過ぎて母親か妹に起こされるまで寝ているのだが、休日と言っても
まだ体のサイクル的には金曜日という立派な平日なのである。

昨夜二三時なんて微妙な時間に寝たせいでもあるのだろう、俺は完全に目が覚めた。


「……ん〜、はぁ……」


こんな時間に起きても何もすることなんざない。

ただ、さっきから二度寝しようとしているのだが、何故か眠れん。

普段だったら遅刻ギリギリでしたくなくても無意識にしてくれるというのに。

こんな時に眠らないで何時寝るのか。


だが、寝れないものは仕方がない。

とりあえず窓を開け部屋の換気ついでに外を見ると、蛍光灯の光がちらほらと見えるが、
基本まだ寝静まっている頃だ。

薄暗く、灰色の世界。単一色で塗り潰された、まるで閉鎖空間のような……、


「ちっ」


朝から思い出したくもない事を思い出してしまった。

だが不可抗力には逆らえるはずもなく、そこから連鎖的に色々と思い浮かべていた。


あの後古泉達が何を話したのか、本当の京都に行くのか。

ハルヒは、どうしているのか。


そんな事を考えていると、携帯のランプが点滅しているのに気がついた。


87 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:44:28.56 ID:TWRorFwao


確認してみると、メールが一件受信している。

送り主は古泉、受信日時は昨日の一二時頃だった。

内容も、ハルヒの言ってた旅行についてで、持ち物、集合場所、集合時間が簡潔に
羅列したあっただけのメール。

集合は、いつもの駅前で午前五時。


今は……、四時一四分。駅前まではチャリで最低二十分。

勿論走れば十分間に合う時間だ。だが、


「……行けるかよ」


携帯をベットに放り、自分もそこに横たわった。

昨日言った通りだ。俺は死にに行くつもりはない。

ハルヒがなんと言おうと、古泉が幾ら護衛を付けようと、行く気はしない。


それなのに、なんで落ち着かないんだ。


腹のあたりに何かがとぐろを巻きながら這い回っているような居心地の悪さ。

胃がむかむかする。それに何に対してイライラしているのかも分からない。

壁に掛けてある時計の秒針は休むことなく進んでいく。



88 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:45:25.00 ID:TWRorFwao


死ぬかもしれない、なのになんで古泉も朝比奈さんも行くと言えるのか。

自分の役目だとか、ハルヒの力ってのはそんなに信用できるのかよ。

殺人事件がどうだとか、古泉の話がどうだとか、どうでもいい。

何でそんなにあいつに着いて行けるんだ?


長門にも朝比奈さんにも、ついでに古泉にだって、任務なんてさせて。

まだ若いのに、なんて俺が言える事情じゃないのかもしれない。

それでも、あいつらにそんな事をさせるのなんて、どうかしていると思わざる得ない。


朝比奈さんはSOS団のお茶汲み兼メイド係で、古泉はハルヒの太鼓叩き。

長門は……まぁ、読書係でもいい。

ただそれだけじゃあ駄目だったのか。

今まで通りの、部室で朝比奈さんのお茶を啜りながら古泉と盤ゲーして。

土日の探索で長門と図書館に行ったり、時たまガアガア鳴きだすハルヒに構ったり。

それでいいじゃないか。


強く握りしめたせいでキーを押したか、携帯電話の画面がはっきりと光った。

そこに映ってあったのは、古泉からのメールの文面。


その簡素な文面は、思え返さなくても幾度か見覚えがある。

夏休みの時か、合宿の時だったかも知れん、こんな感じのが古泉から送られてきた。

勿論、男から絵文字ベッタベタのメールが送られてきても気持ちが悪いが。

……だが、そうかもしれない。


89 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:46:06.52 ID:TWRorFwao


別に京都で起きている殺人事件を見に行くからだとか、そんな事は関係なく。

いつも通りのハルヒの我がままじゃないか?

これこそが、SOS団的活動だったはずだ。

何も深く考えることなく、昨年何度もしてきた事に過ぎない。


ベットから起き上り、蛍光灯を付ける。

眩しさに目が一瞬くらんだが、それくらいはすぐに慣れた。


去年の一年を『日常』なんて言えやしないが、それでもそれがSOS団の普遍的活動
であり、多分これからも俺らが卒業してSOS団のメンツが別れるまで続ける事だ。

そのなかで俺は長門に負荷をかけないって、過去に誓った。

いつも慌てふためく朝比奈さんを守ってあげたいとも思った。

ハルヒの馬鹿騒ぎにも付き合ってやろうと気構えをしていた。

そう、だから今回も……。


「俺があいつに付き合わないで、誰が付き合えるんだってんだよ」


口からこぼすや否や、マナーモードにしていた携帯がバイブしだした。

長く揺れるそいつをベットに再度放りだし、俺は衣服の入った収納へ向かった。


90 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:47:47.90 ID:TWRorFwao


………
……



「うっ。ふぅ……、はぁ、ひっ……」


肩にかかるエナメルの重さと早朝の体のだるさが息切れに拍車をかける。

全速力で十七分間を漕ぎ続け、ガラガラの駐輪場へ自転車を止めた後そこまで体力は
無く、さすがに走り続ける事は出来なかった。

これでも、スポーツと疎遠な事実上帰宅部文系にしてはスタミナがある方だと思う。

毎日あの殺人的通学路な坂を上り下りして鍛えられているはずだが。

だとしても、結構バテ気味だ。


汗をぬぐいつつ腕時計を見ると、針は四時四九分を指している。

もう駅まではすぐそこだ、間に合わない事はないだろう。

あの後急ぎ着替え等の支度をし、身支度を整えて親や妹を起こさないように家を出た。

親には書置きを残してきたし、警察に「息子がキャトルミューティレーションされた」なんて
言いに行く事はないはずだ。

帰ってきたら妹は置いていった事を散々文句たれるだろうが、あいつには八橋を土産に
すれば、どうせすぐはしゃぐから問題ない。


まだ早朝で、駅からも始発がさっき出たばかりで、朱と橙に染まってきた頃だ。

駅へ向かう道すがら、ほとんど人とは出会うことはなかった。

そして駅に着くと、ガランとしたロータリーのいつもの場所で、四人の人影を見つけた。


91 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 02:48:38.80 ID:TWRorFwao


薄桃のフリルのついたワンピースに、ピンクのリボンで髪を二つに纏めた朝比奈さん。

いつも通り制服で突っ立ってる長門に、いつもよりカジュアルな古泉もいる。


「………」


そして、まだ電気のともった路灯の下で、ハルヒが俯いていた。

足元にバッグを置き、それに目を落としながら、時計をちらちらと見ている。

俺もつられて腕時計を確認すると、四時五六分。


ベンチに座った朝比奈さんは、ハルヒと同じく時計を見ていた。

古泉も、腕を組みながら背にもたれ、周りを見ている。

銀行の横をすぎ、俺はそいつらに向かい駅前へ直行した。



「あっ、キョンくん……!」


始めに気付いた朝比奈さんにつられ、ハルヒが顔を上げた。

周りにいた長門にガン見され、古泉も「わかってました」としたり顔をして俺を見る。

面を上げたハルヒは、見間違えかもしれないが、一瞬不安そうに見え、その後すぐに
安心したような表情を見せた。

だがそんな顔をハルヒが何時までもしてる事はなく、またコロリと表情を仏頂面にし
俺にずんずん大股で向かってき、


「遅いわよキョン!」


一年間変わる事の無かった待ち合わせ場所と毎度待っている四人。

町散策も映画撮影もラグビー観戦だろうとSOS団はここで待ち合わせていた。

そう、いつもと同じ。

……だから俺が行かない訳にはいかないだろ?

あの冬に思い知らされた事を、俺は忘れてはいない。

俺は、SOS団団員その一で、そして……、


ハルヒはにやりと笑いながら言った。


「遅刻、罰金!!!」


……俺だって、『死刑』はイヤだからな。


80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県)[sage] 投稿日:2011/05/05(木) 12:59:32.26 ID:iKwGcxMo0

転居乙です。
『機関』が玖渚や四神一鏡の事である可能性には期待しているのですが、「大きな戦争」の一件から殺し名と呪い名がそれに唯々諾々と
従いそうにないのが怖くて怖くて・・・
匂宮と闇口は依頼次第だし零崎は災害みたいなもんだし薄野も墓森も天吹も石凪も殺人理念にバリバリ引っかかりそうだし・・・・
呪い名なんか8年くらい後の布石にする為だけに呪いそうでヤバ過ぎ。
あと狐さん。

92 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/22(日) 03:23:44.43 ID:TWRorFwao

以上で第一章は終わりです
起承転結で言うなれば「起」に相当する部分ですが、一般的な起承転結の話の盛り上がり
バランスは、「起」が中程度、「承」が小、「転」が大きく「結」が中、と言うらしい?
全く持って盛り上がらない「起」でしたが、とりあえずフラグだけはバリバリしています
結構長くなってしまいましたが、これでも前スレよりは削れたはずです…
それでは>>1にある通り、前スレとの比較をしたいと思います

@キョンが京都行きを嫌がっている。
前スレでは登場人物を自分の物語に当てはめて書いていたのであまり気にしていませんでしたが、
普通の人はいきなり「殺人鬼に会いに行くよ」なんて言われて抵抗しないはずが無いですよね?
ましてや消失以降のキョンはSOS団の仲間に優しいのに、みんなが殺されるかも知れない場所に行きたがる訳がない
それが今回の改善の理由です
ま、なんだかんだいく訳ですが、この辺りは深く捉えなくて結構です

A5/11からスタートだったはずが、12日開始
一日無駄でしたので省いておきました

B最初の名言とかプロローグがかなり変わりました
名言については、よりしっかり来るのが見つかったから、プロローグは零崎人識の人間関係〜戯言使いとの関係
を強く意識しているのがよくわかるかと思います。
同時期に進行している話ですし、その他もろもろ関係していきます。

他にもありますが、この章で重要なのは、長門の言葉と、古泉の話と、キョンの心境くらいしかありませんので、以下省略します

>>80
『機関』については後々触れます
ただ、あまり重要ではないので期待外れかもしれません
呪い名も……そこまで風呂敷を広げるのはちょっと無理ですね


他にも、ハルヒは知っていて戯言は分からない、戯言は読んだけどハルヒって何ぞ?
〜な人がいたら随時質問してください


あと、もうすぐ驚愕が発売ですが、このスレは基本雑談OKです。
たのしみだなぁ

それでは今回はこれで、次回はもっと早く来れますように

98 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:24:20.98 ID:yxeyYQVeo





 〜〜 第二章 姫たる資格――(秘めたる死覚) 〜〜



 0、


 人の恋路を邪魔するヤツは、鬼に嬲られ死んじまえ。






99 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:25:33.48 ID:yxeyYQVeo


 1、


「ようこそ。お待ちしておりました」

「のわぁっ!」


朝早くに目が覚めた代償として鈍行列車の中で、百万匹の睡魔に襲われたのかと思う程
の夢の世界へ誘う引力に苛まれつつ、

ここで寝たら今日中ハルヒに怒突き回され続けること必須なので、ガタゴト響く引睡リズム
とぬくぬくなシートの誘惑との、

一時間にも及ぶ戦いには辛くも勝利したはずだったが、今まで必死に争ってきた睡眠欲は
予期せぬ新たな登場人物の登場でぶっ飛んでしまった。


半ばうたた寝状態の俺と朝比奈さんをハルヒが叩き起こして連行した先、京都駅の名物、
大階段のふもとで俺たちを待っていたのは、

なんと、夏冬合宿でエプロンドレスを着こなし、二月某日に誘拐された朝比奈さんを救い
出してくれた年齢不詳の完璧メイドさんこと、森園生さんである。


「皆様、お久しぶりでございます」


深々と丁重な御辞儀をする森さんは、今更ながら気付いたがいつものメイド服ではなく、
誘拐事件の時のOLルックスだった。

メイド姿があまりにも印象的で、違和感が超大和型戦艦級なのは置いておこう。

それより、何故ここに森さんがいる?


「あれ? 言ってなかったっけ?」


荷物をどしん、と置きながらハルヒは俺を振り返った。

てか「どしん」って、高々数日の合宿に何を持ってきてるやがる、こいつ。


「森さんには、今回の合宿で京都市内の案内役を努めてもらうことになってるから」

「実はこの件で知り合いに連絡を取っているうちに森さんが京都出身だと知りましてね。
 僕らとしても赤の他人よりは気も楽ですし、是非ともとお願いさせていただきました」

「しかも、今日から泊る旅館は森さんの実家で、ちょー格安で泊まれるって言うんだから、
 やっぱり持つべきものはメイドの知り合いね!」


いや、メイドと人脈は関係ないだろ。

やけに気分よさげに笑っているハルヒと途中から口を挟んできた古泉に、二人の後ろで
にこやかな笑みを崩さない森さん。

……古泉の仕込みであることは、まず間違いなさそうだ。


100 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:26:37.42 ID:yxeyYQVeo


今更ながら、森さんも古泉同様に『機関』の一員である。

似合いすぎてるメイド姿も、ハルヒに付き合っている時だけのパートタイムでしかない
と言うのも、本人談だ。


『来ていただけるなら、『機関』が全力を持ってあなたの警護をさせていただきます』


つまり森さんこそ、『機関』が俺達を守るために派遣したボディーガードなのだろう。

確かにあの森さんの絶対零度のソノウ・スマイルの威圧感に圧倒されない人はなかなか
いないだろうし、これは適任なのかもしれない。

さっきの「森さんの実家が旅館」云々も、きっと『機関』の仕様なのだろう。


「みんな聞いてたわね。そう言う訳だから、今日から合宿中、森さんを仮団員兼SOS団
 会計係に任命するわ」

「何だよ、会計係って。急にそんな位に着かされても困るだけだろうが」

「だって、ただの仮団員だったらキョンより位が下だし、何より旅館まで提供して貰って
 いるのよ。それこそ失礼じゃない」


誰もそんな心配してないだろう。


「なにあんた、進級したいの? なら犯人捕まえたら特別に団長付にしてあげてもいいわ」


全くもって結構だ。役職に着かされても、どうせ雑用やらされるのは目に見えてる。

それに「団長付」とか、明らかにお前個人のパシリのことだろ。誰がやるか。


長門は本読むくらいだし、朝比奈さんは朝比奈さんで何か頼まれても、「はわわ〜、落とし
ちゃいましたぁ」みたいな感じになるだろうし、

「古泉くんは副団長はだから雑用なんてさせないわよ」ってことで、結局回り回って俺の所
へ厄介事はやってくるんだ。

むしろ下手したら二、三十キロほど増えているかも知れん。


そんな話題の中心にされていた森さんは、やわらげに微笑みながら、


「謹んで、拝領させていただきます」


わりかし喜びながら仮団員と書かれた腕章を受け取っているように見えた。


101 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:27:18.06 ID:yxeyYQVeo


「さっそく京都を見て回りたいんだけど、荷物が邪魔だから、いったん旅館に荷物を置き
 に行くことにするわ」


ハルヒにしちゃマシな提案だ。

俺も数キロの荷物を背負って、内陸特有の暑気を闊歩させられるのは願い下げる。

隣でふうふう言ってる朝比奈さんなんて、まだ外にも出てないのにこの有り様だし。


「ご心配ございません」


どうやら森さんにはこの展開が分かっていたらしい。


「表にタクシーを準備しております。どうぞお荷物はそちらへ。こちらのほうでお部屋へと
 運ばせていただきます」

「さっすが森さんね、一ポイント!」


森さんのメイド力には感嘆を隠せない。

某貧乏執事も主の機嫌に会わせるため常に数種類のガムを用意していると言われるし、
使用人にはそういう先見性と盤石な備えが必要なのか。

それと、いきなりポイントって、なんぞや。


「ポイントねー。ん〜、それじゃあ、蓄積五ポイントで一階級進級ってことで」


しかも今決めるとか、こちらのいい加減さも相変わらず。

律儀な森さんはそれでもこんなハルヒに礼をいっている。

せめてこの四分の一でもハルヒが礼儀を学んでくれたら、俺もだいぶ楽になるのだが。


102 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:28:12.21 ID:yxeyYQVeo


んな俺の嘆願というか誓願というかはハルヒに届くことは勿論なく、森さんの呼んだ黒タク
に荷物を積めると、ハルヒは出そろった俺らをぐるりと見まわし、


「え〜、それでは皆さん! これで準備が整った訳ですが」


ハルヒがいつもの勝気な口調ではなく、妙に丁寧なのは森さんがいるせいか。


「今日から三日間、私たちSOS団はここ京都で臨時合宿を行います」

「目標は通り魔事件の犯人の確保! 何としても絶対捕まえるんだからね」

「いいわねみんな。それじゃあ京都の街に、しゅっぱーつ!」


オーっと声と拳を張り上げるハルヒ、慌ててそれに倣って「お、おぉ〜」と言う朝比奈さん、
ハルヒをガン無視で文庫本を読む長門に二人揃って微笑む『機関』組の二人。

その時の心導で思わず来ちまったが、どうやら今回もあの言葉を言う羽目になりそうだし
先に言っておこう


「……やれやれ」



余談だが、俺達の荷物を乗せた黒タクだが、どうも過去に二回ほど見憶えがある気がする。

黒タクの去っていった方向を見る俺の脳裏には、とある初老の執事の顔が浮かんでいた。


103 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:29:14.79 ID:yxeyYQVeo


………
……


今更だが、俺は一つ気になっている事がある。


「なぁハルヒ」

「なによキョン。喋ってる間があったらほら、犯人を探しなさいよ」


因みに今はもう京都駅前から移動して、すでに左京入りしている。

始めにハルヒが行くと言い出したのが、京都で最もな有名どころな清水寺だったからだ。

そんでもって、俺達はいまその参道兼土産屋通りとなっている茶碗坂を歩いているのだが、
これがなかなか辛いのなんのって。

約二十度はありそうな上り坂の運動量に、昨日から続く激しい日射光線は俺達から体力
と水分を容赦なく奪っていく。

朝比奈さんはトライアスロンに参加した後、サッカーとバスケの試合にフルタイム出場した
かのように疲れ切り、もうはるか後ろをやっと着いてきているようなもんだ。

ちなみに人通りは思ってた以上に少ない。今日休みなのは北高だけだし、普通なら平日の
金曜日だというのもあるかもしれないが、おそらく通り魔事件の影響だろう。


「仮にだ。仮にその犯人を見つけたとして、どうやって捕まえるんだ?」


朝比奈さん曰くハルヒは別に殺人鬼と会うのを強く望んでなく、古泉はハルヒ自身の言葉
で願いが打ち消されているから、殺人鬼に会うことはないと言った。

それに『機関』とやらの護衛だってざるではなかろう、と思うくらいには信用している。


だが実際の所、相手はハルヒであり、そんな一筋縄でいくような奴じゃないのは経験則
から明らかな訳で。

ハルヒは超絶パワーがあるし、長門も万能宇宙人、古泉は……自分で何とかするだろう。

ただ朝比奈さんは未来人でありながら、光線銃すら持っていない。いったい彼女を誰が
守ると言うのか、いや、俺以外にはいまい(反語)。

そう言う俺も小坊の時ちっとならった空手なんぞ期待は出来ず、自分の身すら危うい。


「なんの策もなく犯人に突っ込んだらこっちの身が危ないぞ」

「うるさいわねー、ちゃんと考えてあるわよ」


そう言ったハルヒは自分の持っていたバックをがさごそと漁り、


「ほらこれっ。これを使って捕まえるのよ」


104 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:31:21.06 ID:yxeyYQVeo


某猫型ロボットよろしく取り出したのは、そこらのホームセンターで売ってそうな縄と数年間
は水垢を落としてないシンクみたいな鈍色の、携帯程の箱。

とりあえず手に取ってみるとこれまた携帯と変わらない重さだが、上辺に雌クワガタよろしく
金属の角が生えている。

いや、これってもしかしてもしなくても。


「護身用のスタンガンと捕縛用の縄を買っておいたのよ。私の自腹なんだから感謝しなさい」


待て、これはいくらなんでも何かの冗談だろ?


「冗談じゃないわよ。何も簡単な事じゃない」

「犯人を見つけたらこっそり近づいて、えいってスタンガンを当て気絶させる」

「次に、気絶した犯人を縄でぐるぐる巻きにしてゆわいて、あたしに献上するの」

「これぐらい、みくるちゃんだって出来ることよ」

「………」

「スタンガンだって、人を気絶させられるくらいのが欲しいからわざわざ神戸まで
 行って探して来たんだし……」

「こんな完璧な作戦を考えて、団員分の装備を昨日買いに行ったあたしを褒め称えこそして
 も、馬鹿にされるいわれなんて、ミジンコの体細胞の核小体ほどもないわ」


冷静になって考えてみろって。相手はもう五人も人を殺している輩だ。

昨日家に帰った後のニュースショーでちらっと聞いたが、犯人は鋭利な刃物で人を刺殺し、
それから解体しているという。

そんなとち狂った上に刃物を持っている奴に、近づくどころか俺は逃げ帰る。

さらに言えば、犯人を特定するには物的証拠を押さえるか現行犯しかなく、どこぞの研究所
で証拠を検査してもらうなんて事が出来ない以上、つまり……。


ハルヒは、俺の心中なんざ知ったこっちゃなく、近くにいた長門と古泉や、ちょうど追いつい
てきた朝比奈さんと、幇助していた森さんにそれらを渡していく。

しかし、こんな物がとても役に立つとは思えんが、貰えるものは貰って損はしないだろう。


「あとはキョンのやつね。……えと、じゃあこれで」


というとハルヒは俺が持っていたスタンガンをひったくり、新たに何かを押し付けた。

一瞬訳が分からず、手の中を見返すとそこにはさらに物騒な、年季の入ったった革鞘入り
ナイフがあった。



105 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:33:33.33 ID:yxeyYQVeo


……はぁ? いや、おい、ちょっと待て。


「なによさっきから待て待てって煩いわよ」

「これは何だ」

「見て分からないの? サバイバルナイフに決まってるじゃない」

「そんなの見ちゃ分かる。俺はどうして、お前が俺にナイフを押し付けたのか聞いてるんだ」

「だって持ってるの警察に見つかったら職質モノだから、あたしは持っていたくないもの」


だったら何故持ってきた。そして何故俺に渡す。


「昨日お金が足りなくて、スタンガン五個しか買えなかったから、その代わりよ」

「だったらお前のそっちを寄越せ」

「これはあたしが買ったのだもの、貸す権利はあっても貸す義務はないわ!」

「せっかく倉庫の奥から見つけてきたんだから、ありがたく受け取っておきなさい」


一先ずハルヒに押し切られて、カバンにしまってしまった。

たったこれだけで、警察の目が気になってしまう。

だいたい、こんな物を持っていても、スタンガン以上に役に立ちそうにない。


「それにさぁ……」


数秒溜めてから、ハルヒは俺に一言、言い残した


「キョンみたいな、いっつもボーっとしてる奴が狙われるんだからね」

「いい? あんたも気をつけておくのよ」


おいおい、お前がそんなこと言うと、マジでヤバくなっちまうんだからさ。

程々にしてくれよな、いや、ほんと。


106 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:34:02.59 ID:yxeyYQVeo


………
……


その後、延々と続くかに見えた参道も終わり、ようやく目的地である清水寺に着いた。

着いたら着いたですぐに、「きっと次の犯行現場は清水の舞台で、大統領演説並みに大々
的にやるに違いないわ」なんて事を言い出し、

朝比奈さん、長門、ついでに森さんを連れてとっとと行ってしまった。

姦しい女連中が去っていけば、残るのは野郎二人だけで、


「いやはや、厄介な事になってきました」


案の定、古泉が話しかけてきた。

まぁ無視をしてもいいのだが、何やら不吉な事を言っていやがる。


「何が厄介だって?」

「涼宮さんの事ことです」


あいつが厄介じゃない時なんてないだろうが。

古泉はははっと失笑を漏らすと、


「ただ、今回は本当に大変な事になるかもしれないのです」

「なんだよ、そんなこと言うと、俺達が殺人鬼に遭遇するみたいじゃないか」

「ええ、その通りです」


………。


「なぁ古泉」

「何でしょう?」

「お前は昨日、俺達がもう殺人犯に会う可能性がない、と言っていなかったか」

「確かに僕は先日、『危険性は皆無』とは言いましたが、それはあくまで殺害される危険性で
 あって、殺人鬼と遭遇する危険性とは言っていなかったはずですが」

「そんなの言葉遊び、詭弁だろうが」


筋が通って無い。言ってる事が違うじゃないか。


107 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:35:00.22 ID:yxeyYQVeo


「あなたの言うとおり、「殺人鬼との遭遇」と「危害が加わる危険性」はある意味等しい」

「勿論『機関』もそう考えていたのですよ。涼宮さんの『あのセリフ』は殺人鬼と涼宮さんの
 邂逅の危険性を処理するものだとね」

「ただ、どうも涼宮さんの様子がおかしくはありませんですか?」


おかしい? ハルヒの様子がか?


「はい。例えば、昨日喧嘩別れしたあなたを弾劾せず、むしろいつも通りに接している、とか」

「まぁこれは理由もはっきりしていますよ。ただ単純に、あなたが来てくれたから、でしょうね」


ハルヒはメンバーが欠けるのを許さないし、荷物持ちが欲しかったんだろうな。

実際、ハルヒに本堂へ駆けだす際に四人分の荷物を預けてられ、俺の腕はパンク寸前だ。


「………」


そう言うと、今度は古泉がジト目で俺を見てきた。

珍しい表情だな、古泉がするには。


「……はぁ。まぁそれでいいでしょう」

「それよりも気になっているのは、何故涼宮さんが京都に来てから殺人鬼探しに熱を入れ
 始めたか、です」


何故も何もない、ハルヒにとってはそれが目的だからだろう。


「あなたと言い争う事にまでなったのです、普通ならば昨日の今日で、少しでも自重しそうな
 ものではないですか?」

「あいつに「普通」を求める方がお門違いなのは、お前もよく知ってると思うが」

「彼女だからこそ、より一層そういった面が強いのですよ」

「訳がわからん」


古泉こそ何故か分からないが、中国の露店で売っている唐揚げを具材も知らずに食べ、
後から店主にそれがサソリだったと教えられた様な顔をしていた。



108 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:35:47.53 ID:yxeyYQVeo


「でしたら、とりあえずそれを前提として聞いてください」


そうでないと、話が進まないからだそうだ。

論証で大事なのは、論の基幹となる前提だと思うぞ。


「せっかくあなたが来てくれたのだから、涼宮さんも極力争わないようにするだろう、と僕らは
 思っていました」


スルーしやがった。


「実際に彼女は、あなたに付いて来てもらうためにああ言ったわけですから、再び蒸し返す
 とは考えられなかった」

「しかし現状では、彼女の言動から見るに、こちらに来る以前よりも殺人鬼と会う事を望んで
 いるように見えるのです」

「理由は分かりません。ですが、僕たちは何としても涼宮さんを殺人鬼から遠ざけなければ
 ならない」


そこで古泉のすべらかな口調は止まった。

俺の目の奥にある視神経から脳の中身でも覗きこもうとしているのか、舌が止まろうと俺を
見据えている。

古泉の顔に、いつもの微笑は無い。



「涼宮さんと殺人鬼を引き合わせてはいけない理由は、まだあります」


俺の表情から何を読み取ったのか、古泉はまた口を開いた。


「涼宮さんが殺される可能性がある、という直接的理由でもなければ、何か証拠があったり
 論拠を並べられるものではない」

「昨日言いかけた『機関』とは異なる、僕の推考した理論です」

「聞いてもらえないでしょうか」


いつだって自分から勝手に喋ってくる癖に、とこの時は思えなかった。

古泉の表情は昨日とは違い、何か訴えかけてきて。

聞かなければいけない、そうしなければならないように思えてならず、俺は自然と頷いていた。


109 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 02:36:33.83 ID:yxeyYQVeo


「あなたは、どうして涼宮さんが不可思議な現象や非常識な存在を追い求めているのか、
 疑問に思った事はありませんか?」


ハルヒが謎を探す理由?

そんなのは考えた事がこれまで一度もなかった。

初めてあった時から電波な事を抜かす奴だったしな。

だがかつて朝倉がカナダへ転校した事にされ、それをハルヒが探りに行った時、ハルヒは
こうも言っていた。

自分がちっぽけな存在に思えて、自分は特別でなく、自分よりもっと面白い人生を歩んで
いる人がいる。それが、自分じゃないのは何故、と。


「どうすれば自分が特別になれるのか。四年前、子供ながらに涼宮さんは考えた」

「結果、それこそが宇宙人や未来人や超能力者という存在を見つける事だったのですよ」


頭の残念な奴だ、とは流石に言えない。

自分も多分小学生くらいの時は、そんなものを信じていたしな。

いやはや、この歳になってホンモンに出会うとは思ってもいなかったが。

くふくふと含み笑いした古泉は、


「確かに年相応な考えではあったでしょう」

「ですが、ただそれだけが、涼宮さんが超常現象を求める理由なのか」

「僕は他にも理由があるのではないか、と考えたのです」


考えるだけなら自由だからな。

立ちっぱなしに疲れたのか、古泉は俺を誘い階段の端に座った。

道のど真ん中に棒立ちしているのと、階段の一角を占拠するのではどっちが邪魔か。

どっちも邪魔かろう。写真を撮る観光客が少なくてよかった。


118 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 12:37:33.93 ID:yxeyYQVe0

「ところで、あなたは神とは一体どんなものと考えていますか?」


ずいぶん話が変わるじゃないか。

まあ付き合うって言ったのは俺だし、適当に答えておこう。


「お前ら曰く、ハルヒが神様なんだろう?」

「そう捉えている人も『機関』には多い、と言うだけで、僕が信仰している訳ではありません」

「しかし涼宮さんの願望実現能力は、既存の法則を捻じ曲げ、自由に事実をも改ざんする、
 正しく神ごとき『全能』な力、と言えるでしょう」

「ただ、それだけでは神とは言うことはできません」


なんでだ? それこそ神様らしいもっともな証明だろう。


「もう一つ、重要な要素が足りなないのです」

「そしてそれは、『全知』。全てを知っている、ということです」


……『全知』、ねぇ。


「古今東西、神とは『全知全能なる者』と多くが定義づけています」

「最大宗派のキリスト教やイスラームを始めとする一神教では特にその傾向が強いですが、
多神教にもこの考えは存在していないことはありません」

「例えば、ゾロアスター教のアフラ=マズダの最終審判が典型的です。善良なる魂を選別し
 天国へと導く訳ですが、その選別は人間の行いを全て知っていないと出来ません」

「仏教には神は存在しませんが、輪廻転生という考えも、最後の審判同様、その人の一生
 を知らないと判定など出来ないものです」

「日本でも、祖先の霊や仏様が見ているから悪い事はしてはいけない、なんてよく言われる
 ますよね。この『祖先の目』と呼ばれるものも過大解釈すれば『全知』といえるでしょう」

「選別する事の出来る『全能なる力』と判断する事の出来る『全知なる才』」

「二つが合わさることで、神は神たりえるのです」


どっかの新興宗教団体のポスターに書いてありそうな事だ。

妙にしっくりくる辺りが特に。



111 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 03:05:08.85 ID:yxeyYQVeo



「しかし、涼宮さんはどうでしょうか」

「彼女が世界のすべてを知っているように見えますか?」


全くもって見えないな。


「仮に彼女が全てを知っていたら、僕らのような不思議を探す必要がないはず」

「そもそも、自分がそんな力を持っている事すら知らない」

「つまり、涼宮さんの行動そのものが、涼宮さんが神でない事の証明です」

「そのため僕は、あなたに彼女を「不完全な神」と称したのですよ」


成る程と納得されてる所もあれば、どこかおかしい気もしないでもない古泉論。

まぁ、だからそれがなんだって話なんだが。


「ここで、先程の涼宮さんの話に戻りましょうか」


軽く咳き込み、喉を鳴らしたのは、いったい誰のまねだ。


「ここで世界が仮に二つに分けられるとしましょう。基準は涼宮さん。境界は涼宮さんが既知
の世界か、未知の世界か」

「この場合、もちろん僕ら超能力者は、涼宮さんに知られていないので、後者に分類します」

「では微積分はどうでしょう。 長門さんは? フランスの大統領は? 未来人は?」


一片に言うな。えーと、微積分は授業内容だから前者、長門は宇宙人だから後者で……

しかし古泉はそれは考えなくて結構です、といった。


「まだ僕がいいたいことが解りませんか?」


お前が分かりやすく言わないから、さっぱりわからん。

結論だけ簡潔に言え、簡潔に。


「つまり、「未完成の神」である涼宮さんはですね」

「自分の知らない後者を見つけ出して、「完全なる神」へとなろうとしているのですよ」


112 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/05/28(土) 03:09:41.00 ID:yxeyYQVeo

以上で本日は終了です
前スレでは出てこなかった森さんが登場しました
女性キャラの中で四番目位に好きです、

それでは、読んでくださってる方、ありがとうございます
次回は明後日か、来なければ来週の金曜です(多分後者)

121 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越)[] 投稿日:2011/05/29(日) 22:01:38.52 ID:ozSNQp9AO

すいません、やはり今日は無理でした。金曜日も難しいかもしれません
それでもなんとか土日には投下しますので、ご容赦をお願いします

今日驚愕を買ってきて、今し方付属冊子を読み終わったのですが、このSSではレス式投下用に
地の文を短くしていますが、久し振りに原作を読んだら、原作のような地の文の方がいいのでは?
と考えてしまいました
前者なら、レス形式なら読みやすく見易いですし、
後者なら、キョン節がより生かせるのかなぁ、と思ったり

そこで読んで下さっている人の意見を聞きたいのですが、
1、今まで通り、短文の地の文で
2、原作同様にキョンの地の文を長くする
どちらの方がよろしいのでしょうか?

本来はこんな事聞くことではないのでしょうが、何卒、よろしくお願いします

あ、別冊の佐々木さんカワユス! 私的ランキングでは一気に三位浮上ですよ
私オシメンのきょこたんとみくるちゃんは、まだ本編を読んでないので何ともいえませんが、
谷川さん、期待していますよ

次回までに意見を頂けると嬉しいです
見苦しいレス、申し訳ございませんでした
これからも読んで貰えると有り難いです

126 名前: ◆cBdDqHBBvg[sage] 投稿日:2011/06/02(木) 20:51:24.35 ID:KZK1qozAO

ご意見ありがとうございました
全会一致で1に決定しました。パチパチ
以後変わることなく書き続ける所存なので、これからもご購読よろしくお願い致します

…と言った直後に申し訳ありませんが、もう少し投下が遅れるかもしれません
理由は前スレ同様、未読だった驚愕とのネタ被り、設定が交錯してしまいました
ようやく読み終わったのに、しかもたっちーがもう退場とか……朝比奈さん(泣)
前回の投下も読み終わってからにすれば良かったです。深夜に書いたせいで誤字ばかりですし
驚愕を精読しなおし、プロットと書き溜めを調整してきますので、少しばかりお時間を下さい
幸い、大きく変える必要はないので、これ以上クオリティを下げないよう努力いたします
ですので、今し方、お待ち下さい

ついでに、余り溢れる橘愛とネタが噴出しVIPで橘スレを無意識の内に立ててしまうかも知れませんが、
その時は、ぬる暖かい目で見守っていただければ、最愛です

早ければ日曜にでも、最低水曜には投下致します

129 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:18:09.99 ID:joK0tFzEo


珍しく長ったるい古泉の話を茶々も入れずに聞き続けた俺だが、口を大して挿まなかった
のは、万年赤点の脳みそがとっくに思考限界値を軽く五千オーバーしていたからだ。

某海賊団の三刀流剣士とアフロの神さまの裁判だか、祖先の目だか知らないが、俺の
おつむはとっくにぐっちゃぐちゃなんだよ。

今回のこれで分かったのだが、古泉の話が分かりずらいのは、やたら具体例をポンポン
と挙げるせいじゃないだろうか?

そんなものを省いちまえば、案外スカスカな話しかしてないではないか、こいつは。


で、結局。古泉が言いたい事は何だったのか。

ハルヒは神さまだが、実は神として足りないところがあった。

そこを補完するために本人はそれを探している。

ハルヒに欠けたピースこそ、古泉ら超能力者を代表とする不思議であったりする。


……突っ込みどころが満載で、むしろ逆に突っ込みすぎて中の水が漏れてきてでもいるの
だろうか、という例えと同じくらいの意味不明さ。

いつぞやも言ったが、ハルヒに足りないのは不思議じゃなく、モラルと一般常識だろう。

そんなものが入った宝箱をハルヒが見つけても、きっと中のものには目もくれず、装飾豊か
な宝箱を持って帰るだろうしな。

ハルヒのことだ、質屋に持って行って、来秋公開予定のド素人映画を飾り付けるために
爆竹1トン買い付けよう、とか言い出しかねない。


爆音で学校周辺の住民から苦情でも来たら、今度こそマジで休学処分くらいはされるぜ。

ただでさえ普段の行いと前回の屋上の件で教師には睨まれてるし、朝比奈さんがこの時期
に停学でも食らったら、留年してまたSOS団に……。

それはそれで俺の目の保養的には十分ありがたいが。


他にも、お前ならこれをネタに第二次SOS団ー生徒会戦争とかやらかしかねん。

『機関』としてはハルヒを退屈させずに済むんだろうが、いったいどれだけその度に俺と
朝比奈さんが精神的、肉体的苦痛を味わっているのか、一度試算してお前に請求すんぞ。

まぁ、こんな所で起きてもないことをぐちぐち言いはしないけど。


130 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:20:41.98 ID:joK0tFzEo


色々言いたい事は言ったが、他にも思う所はあるのだ。

例えば、


「『ハルヒが自身の力を知らない』なら、『ハルヒが不思議を探している』のはおかしい」

「お前の理屈だと、ハルヒに自覚がない事が無知の裏付けなのに、ハルヒに自身の欠落に
 ついて自覚がなければ不思議なんて探さないはずだ」

「しかも現実、ハルヒは自覚なしに不思議探索なんてしていやがる。この矛盾はどうする?」


必死にない脳をぼろ雑巾のごとく絞りようやく論理的な形にした問いだったのだが、

古泉は、予め質疑応答が描かれた国会審議かのように間も置かず回答した。


「それは、涼宮さんが無意識のうちにそう思っているからです」


無意識……。また無意識か。

あいつの精神は、夢遊病患者か重度の痴呆症のジジババなのか?

放蕩するにも程がある。

家族や友人想いで有名な杜甫だって投げ捨てちまいそうだ。


「それでもSOS団を辞めないあなたの精神も、もはや一般人のそれとは言えませんよ」


おべっかはいい、さっさと続けろ。

古泉は気持ち悪い事に、やけにニヤニヤ俺を見ながら口を開いた。


「涼宮さんの精神は、例えるならば、三位一体、というのが最も適切でしょうか」


ほら出たよ、意味不明な例え話が。

何だよ三位一体って。

世界史辺りで聞いた事が覚えがないこともないが、生憎テストのときだって覚えていないも
のを、今パッと思いつく訳がない。


「イエス=キリストは創造主、神の子、聖霊の全てを超越し、かつ内在するという概念です よ」

「涼宮さんでいえば、神としての涼宮さんと、人間としての涼宮さんが存在し、それぞれが互い
 を内包しつつ影響を与えあっている、といえましょう」

「ここではそれが、神として欠損を補完しようとする潜在的な意志が、涼宮さんに不思議な事を
 探させている形で表面化しています」

「その逆のしかり」

「最近の涼宮さんがすぐに閉鎖空間を発生させないのも、彼女の理性が能力の行使を抑制
 しているためなのです」


131 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:25:59.67 ID:joK0tFzEo


結局、ハルヒは迷惑かけているのかいないのか。

そう言ってやると古泉は、


「その結果、僕らが助かった先月の事件を、事もあろうあなたが忘れるとは思えませんが」


あぁ、忘れちゃいないさ。

奇妙奇天烈な宇宙から降ってきた黒天使も、未来に踊らされた哀れな未来人も。

始終おろおろしっぱなしな振り回されっ子でツインテールが究極的にキュートな超能力者も。

久しくあった、数年後も親友と言い合える心友も。

……そして、ぶかぶかセーラーとスマイリーマークがパーソナルサインな少女もな。


「可愛い人だったのですがね」


希有なことに、過去を回想しているらしい古泉につられ、俺も思わずしみじみしてしまう。

こればっかしは、古泉と同意見だ。初めての後輩だし。

俺より下っ端が出来たと思ったのにな。

今からひょっこり誰かが来ても、雑用係は譲る気はないが。


「あんな気立てのいい娘が、ハルヒの一部だったなんてな」

「……僕が思うに」


晴天の空の片隅をじっと見ながら古泉は、


「彼女、小学生までの涼宮さんだったのではないでしょうかね?」

「……あぁ」


それは、納得はいくかも知れん。

何がこうしてあんなひねくれた奴になったのかは知らんが、ハルヒもヤスミも明るく活発的
な奴だし、思えば漂う雰囲気が同じだった。


「涼宮さんの無意識の象徴、神たる力の結晶だった渡橋ヤスミ」

「彼女は、表の涼宮さんとは反対の存在でありつつ、涼宮さんと同値でした」

「二人の在り方は、先程の三位一体よりは、二人羽織と言った方が適正かもしれません」

「どちらかが走れば一方も追随し、どちらかが喜べば他方も笑う」

「内包する神格が欠損の補完を求めれば涼宮さんが不思議を探し、彼女が僕らを守ろうと
 した結果、ヤスミさんが動いた」

「互いを支配するではなく、助け合う。ふふ、まさに神らしく素晴らしい精神の持ち主ですよ、
 涼宮さんは」


132 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:33:42.42 ID:joK0tFzEo


古泉はまだ何やらほざいているようだが、これ以上は海葉深部にある記憶の表面張力を
はるかに超えそうなので、スルーしておこう。

今の話だって、分かったような、分かんないような、ってのが本心だな。

いつも考察推測は古泉まかせだった弊害か、いや元々の脳髄のつくりが違う気がする。

ハルヒや長門は当然だが、古泉は理数系の特別クラスで朝比奈さんもそこそこいいし。


「そんなことないですよ」


すると、さっきまで延々と御託を並べていた古泉が反応していた。

空から目を離し俺を見た古泉が、意外な事を言った。


「僕も、大抵は分かってませんからね」

「僕らに分かっている事は非常に少ないまま、これは三年という月日を経ても大して変わる
 ことはありませんでした」


ならいつも俺にくどくど説いてくる高説はいったい何なのか?

根拠もなしに言っていたとすれば、お前の株価は、第二次世界大戦終戦間際のドイツ戦債
の価値か、一九二九年一〇月二五日のウォール街平均株価並みに下がる事になるぞ。


「僕らが知っている事を材料に構築した只の、しかし僕が命を持って保証する仮説です」

「もっとも知っているのは、涼宮さんが僕ら超能力者や閉鎖空間を生み出し、どうやって
 神人を処理するのか。それと普段の行動だけですが」

「そう、あまりにも考える材料が少なすぎる。だから思考し想像するにも限界があります」


古泉は手のひらを俺につきだし、指折り数えながら、


「なぜ涼宮さんが神なのでしょうか? いつから、そうだったのでしょうか?」

「四年前に僕らを超能力者する以前はなぜ能力者を作らなかったのか。それが以前は
 神ではなかったとしたら、何がきっかけで力を得たのか」

「この世界はいつから存在し、それは涼宮さんが作ったのかどうか」

「涼宮さんについての疑問はつきません。だからこそ、能力の具現化したミヤスさんとは、
 もう少しお話をしたかったのですがね」


ふっと肩息をつき手の下げた古泉だったが、それは結局、分かりませんって言ってるだけ
じゃないか。


「人間が発展するには、まず分からないものを分からないと認めることが必要なのですよ」


なんか良さげな事いってるが、誤魔化しきれてないぞ。


133 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:37:59.87 ID:joK0tFzEo


実際、この世界にハルヒについて全てが分かる奴なんて本当にいないのだろうな。

なんせ古泉曰く、自分でだって分かってないんだから。

そのあたりは、いつかの約束の一つとして、アダルティな朝比奈さんへの質問ボックスへと
入れておこう。


それよりも。

ハルヒ二重人格論はいったん置いとくとして、もう一つ分からない事がある。


「何故、お前は今この場面で、この話をした?」


ハルヒが謎を探す理由。「不完全な神さま」論。

どうしてハルヒが不思議を探すかは分かった(理解ではない、ここ重要)。

だが、古泉がこのタイミングでこれを話す理由はなんだ?

まるでその殺人鬼が、


「その殺人鬼が、常識では考えられない、不可思議な存在だからです」

134 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:40:57.29 ID:joK0tFzEo


俺が言うのを遮り古泉は、アポロン神の神託を受けた巫女のようにはっきりと言った。

そして、それは俺が予期していたのと同じものだ。


「あなたは第三の通り魔殺人が、どこで行われたかご存知で?」

「知らんがな」


ニュースでちらっと聞いたが、あんまり聞いているとあの写真を思い出して気持ちが悪く
なりそうだったからな、すぐにチャンネルを変えた。

俺でさえこうなったんだ、朝比奈さんが写真を見てたらショックで一ヶ月は入院ものだろう。

やはり俺のしたことは正しかったようだ。


とは言え俺のメンタルも考えて、とっととこの話は済ませて欲しい。

古泉は了解とばかりに手のひらを挙げ、続けた。


「真昼の大学の構内、まだ大勢の学生がいる時間帯、場所で、です」

「……おいおい。それじゃあ、目撃者とかもいたんじゃないか?」

「ええ、第一発見者が犯人の姿を目撃しているのですが、ただ……」

「ただ?」

「……犯人は、落下したら即死モノの高さの教室の窓から、飛び降りたと」

「しかしその数日後には、第四の犯行が起きています」


つまり犯人は、曲芸師のようにネットやゴムひもを使って脱出……


「いえ、外からも、何もつけずに校舎から飛び降りる人影が確認されています」


だとしたら、そいつはよほど体が丈夫なのか、霊能力か何かで衝撃を流したとでも言うのか?


「それは分かりかねますが、間違いなく明らかなのは……」

「その殺人鬼は、廊下を行き来する多くの人に気付かれることなく、被害者に悲鳴を上げ
 る暇さえ与えずに人を殺せ、高速で解体することができ、」

「なおかつ高所から飛び降りても無事という、人間離れした、正しく人外、鬼と言える存在
 である、ということです」


135 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:42:11.67 ID:joK0tFzEo


あまりにも常識からかけ離れ、それこそハルヒが考える与太話のようにぶっ飛んでる。

ビルから飛び降りて無傷とか、どこの未来少年だ。


……だからこそ、理解が出来ない。

宇宙人未来人超能力者はハルヒが望んだからいる。これはその通りなのだろう。

だがそうすると、こいつの存在も、ハルヒが望んだ事になってしまう。


そんな筈がない。


これだけは断言できる。その殺人鬼とやらはハルヒの妄想の産物の可能性はゼロだ。

当り前だ、興味本位でハルヒが誰かの死を望むはずが無いからじゃないか。

去年の嵐の無人島でも言ったが、ハルヒはバカだが、そこまで愚かで常識を欠いてない。

俺達の団長はそんな奴でない、俺は一片の曇りもなくそう信頼している。


「勿論、僕も同じ意見です」

「だからこそ、あなたはこの質問をしたのでしょう?」



ああ、そうだ。

ハルヒが殺人鬼を呼ぶはずがない。

そしてその殺人鬼は常人ではない。

……なら、


「いったい誰が、その殺人鬼(不思議)を呼び寄せたんだ?」


136 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:44:36.62 ID:joK0tFzEo


ここに着いてそれなりに時が過ぎたが、清水寺の前は人はまばらで、増える兆しはない。

観光客がいなければ、土産屋のバイトも外に出て呼びかける必要はないからな。

そして本堂の方も、外国人の感嘆や修学旅行生のはしゃぐ喧騒ひとつ聞こえない。


「僕が知っているとお思いですか? そこまでの評価をあなたから受けているとしたら、僕
 としても嬉しい限りなのですが」

「いいから言え」


はあぁ、と形ばかりの溜息をつくと古泉は、


「……またこれも、僕の考えた自説なのですが」

「涼宮さんは、自身の領域ではない物には干渉できないのではないでしょうか」


でしょうか、じゃない。それだけじゃ訳が分からないだろう。

手を払い、古泉にとっとと先に進めるよう促す。


「例えば、涼宮さんは目下、未来人宇宙人超能力者を探している訳ですが……」


SOS団の活動方針とやらか。今更過ぎて忘れかけていた。


「どうしてそれらは、このように実在していながら、素性がバレないのでしょうか?」


それは、お前らがハルヒに隠しているからだろ。

長門も朝比奈さんもお前も、それぞれ等しくばれたら困るらしいし。



137 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:45:40.82 ID:joK0tFzEo


「正解です。僕らは自身の正体を涼宮さんには隠している」

「しかし、それはおかしいはずです」

「願望実現能力を持っているはずの彼女が、超能力者やその他を集めながらも、未だ
 発見することが出来ていない」

「全てを叶える力をもってしても、対象を収集しつつもその正体には気付かないという
 非常に不完全な結果に留まり続けている」

「もう一度聞きます。それはなぜですか?」


だから、ハルヒに隠しているからだろ。


「涼宮さんの『不思議を発見』という力が、僕らには及んでいないためです」

「公園の灰色のハトを白バトにすることはできても、僕は見つからない」

「ハトと超能力者。先ほど言った涼宮さんにとって既知と無知」

「ここまでヒントを差し上げれば、あなたでも完答出来るでしょう?」


こんな露骨な誘導尋問は初めてだ。

言いたい事は分かったが、それを言うとこいつに負けたみたいで悔しい。

しかし、古泉が用意した解答以外は思いつかないのも確かだ。

こんな茶番を終わらせるため、さっさと言ってやろう。


「……ハルヒの力は、ハルヒにとって知らないものにはきかないってか?」

「大正解です」


やはり一発殴っておくべきか、殴るしかないだろう、さあ殴ろう、の三段活用だっ。


138 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:46:54.34 ID:joK0tFzEo


ちっ、さすがに敷き石は外れないか。

近くに何か凶器になりえるものを探していると、古泉は古泉でまとめにかかったようだ。


「猫に人語を喋らせたり、謎のオーパーツを探りあてたりすることは出来ます」

「しかしコンピュータ研の部長氏の行方不明の原因や、朝比奈さんの殺人光線には気付く
 様子もなく、不思議にはノータッチのまま終わってしまう」

「これらより涼宮さんは、彼女にとっての外部、不可思議な現象に対して力を行使すること
 はできない、と言うことがわかります」


さっきの内なるハルヒがどうとかこうとかよりは分かり易かったが。

それで、この話がどうさっきの殺人鬼が現れた原因につながるんだ?


「この殺人鬼は、涼宮さんの力により作られた存在でも、呼び寄せられた訳でもなく」

「自身によってここ、京都に出現している、という事です」


ハルヒが望んだ訳でもなく、自然発生した怪異ってことか。


「まさしく、数の大小はともかく、世界中にはそのような存在が確かに認められます」

「涼宮さん関連でない以上、僕らも全く素性が掴めていないのですが」


『機関』でさえ分からない奴という事実は、俺に不安を煽った

顔をしかめる俺に対し古泉は、第一次ペルシア戦争の時に敵艦隊が難破した事を聞いた
アテネの下っ端兵士のような楽観的な微笑を携え、


「彼女の望んだ存在ではないという事は、つまり殺人鬼に涼宮さんの力は働かない」

「ならば、涼宮さんが自身に対して「犯人を見つけたい」と願い殺人鬼にアクティブに接しない
 限りは、無害な筈です」

「彼女に願わせないため、涼宮さんの意識を殺人鬼から逸らそうとしているのですから」

「それでも心もとないと思われるのでしたら、僕から『玖渚機関』の方へ殺人鬼について探り
 を入れるよう頼んでもいいのですが」


またも古泉の口から出てきた意味不明な単語。

『玖渚機関』? 何だそれは。ネーミングからしてお前ら『機関』の仲間か親族か?


139 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:49:48.03 ID:joK0tFzEo


口が滑った事に気付いたのか、古泉は罰の悪そうな顔をし、


「流石にここまではあなたに話す予定ではなかったのですが」


別に古泉の裏事情にそこまで興味はない。

だが、一度聞いたら気になるじゃないか。

説明したがりな古泉は結局、苦笑いしつつも説明を始めた。


「日本の『政治の世界』を裏で牛耳る、この国で最も権力のある組織の事です」


これはまた……ハルヒの好きそうなものが出てきたものだ。


「日本にいて『玖渚機関』の影響を受けていない者はいない、と言われるほど大きく絶対的
 な権威と財力」

「さらに、世界の四分の一をも支配するとも聞きます」

「裏社会に君臨する超巨大組織。まさに涼宮さんの欲するマーヴルな存在ですね」


そんなものが本当に存在するとはな。

スケールがでかいのと、古泉みたく実例を見てないためピンとこないが。


「『玖渚機関』は神戸から、僕らが住む西ノ宮一帯に本拠地を置いています」

「ゆえに『機関』との繋がりも深く、仲間とは言えませんがそれなりに密な関係なんです」

「そうですね……、『玖渚機関』は『機関』にとって上位組織、いえ違いますね。言うなれば
 最大の支援者、筆頭株主なんて言い換えも出来るでしょうか」

「本来の京都は、『玖渚機関』直接の影響下にあるとは言えないのですが」

「何でも玖渚家直系の御息女がいらっしゃるそうでして、今はその方に協力を要請している
 のですよ」


どうやら俺に「探れ」と言われるまでもなく、先んじて動いていたようだ。

『機関』が常に、念のために備えているのは知っているから驚きもしない。

そのおかげで朝比奈さん誘拐事件は無事に解決したのだからな。

やはりある程度の安全は保証しないと、古泉もハルヒの京都行には渋っていただろう。

いくら理論武装しても、得物がナイフなら何の役にも立たないってわけだ。


ハルヒじゃないが、巨大な社会の闇とやらに俺も興味がない訳じゃない。

だがそういうものに関わったら、どうせよからぬ事に巻き込まれるに違いない。

そんな危ない橋は俺は渡たる気はなく、古泉も詳しくは話すつもりが無いらしい。

俺達は早々に話を切り上げていた。


140 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:53:49.15 ID:joK0tFzEo


格別話す事もなくなり、ハルヒたちの荷物を持ちながら歩くのも億劫だったため、

俺も古泉も何することもなく、石階段の端で奇妙なオブジェになってると、


「……ん?」


ふと、疑問に思う事があった。

先程までの古泉の話だが、俺は以前聞いたような気がする。


「むむむ?」


先程までの古泉主催シンポジウムのせいで疲弊した脳を再起動させる。

経年劣化しだし曖昧になりつつあるここ一年程の記憶を半年分ほど遡ったところで、


『この世界は、最初からこうだったの』



映画という皮を被った朝比奈みくる悩殺シーン集を作っている最中、俺がつい迂闊なことを
口走ったせいで、天国の手塚治先生も仰天するほどの、

一億万馬力をハルヒが発揮し、ようやく物語の結末が見えてきた頃に朝比奈さんが俺を呼
び出して俺に言ったセリフだ。


古泉とは異なる、涼宮ハルヒ的超常現象の解析理論・朝比奈版。

そのあと会った長門も、


『……超自然的存在は涼宮ハルヒの願望によって生まれたのではなく、元々そこにいたの
 である』

『涼宮ハルヒの役割は、それらを自覚無しに発見することであり、その能力は三年前から
 発揮されている』

『ただし、彼女の発見は自己認識に到達しない。彼女は世界の異変を探知できるが決して
 認識することはない』

『認識を妨害する要素もまた、ここに存在するからである』


俺にそう翻訳してくれた。


自然発生する怪異。ハルヒはそれを発見しようとし、しかしそれが出来ないこと。

古泉がさっきまで言っていた自論とやらは、どことなく、てか明確に、これに酷似している風
にしか思えない。


141 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:54:39.51 ID:joK0tFzEo


ちょうど映画が撮り終わるちょい前に、俺の家に押しかけてまで古泉はこう言った。


『我々の理論が絶対的に正しいとは僕も思いません』

『しかし、そうでも思わないとやっていけないというのも現状なのです』


そこまで思いつめた古泉が、今さら宗旨替えをしたってことか?

俺のその問いに答えたのは他でもない古泉だった。


「『機関』の論理は変わりませんよ。これはあくまで僕個人の意見に過ぎません」

「幾ら対立組織が減ろうと、僕らが常に緊張状態にある事には変わりない」

「この仮説も純粋に考察を重ねた結果、このような結論になっただけで、他勢力の意見を
 取り入れているつもりはないです」

「だとしても、これを『機関』内部で言えば、それだけで組織内の対立や分裂を引き起こす
 可能性がある」

「とてもじゃ無いですが言えない。故に自分だけの意見というのです」


以前会った時に橘は「古泉は『機関』を立ちあげ運営してきたリーダー」と言った。

それを信じるならば、トップが言うことを変えたとなっちゃ組織は空中分解するだろう。

たとえそれが嘘でも、『機関』内での古泉の立場が危うくなることに間違いはない。

他勢力と常に顔を合している訳だ、寝返りや裏切りを疑われてもおかしくないのだから。


「森さんなどの一部の人には賛同を得られたのですがね」


そう言い終わった直後、古泉の携帯から着信音が響いた。

すぐさま応答し俺に背を向けて、古泉は二、三言小声で交わす。

思わず腕時計を見ると、驚くことにすでにハルヒが中に入ってから一時間も経っていた。


急な電話と時間経過に焦りを覚え、それは顔に出ていたのだろう。

すぐさま電話を済ませた古泉は俺を宥める様に、


「心配しなくても大丈夫です。森さんからの我々の団長の帰還の報告ですよ」

「ついでにですが、『玖渚機関』の協力も得られるとのことです」


思わず上げかけた腰を戻し、ふぅと肺につまった息を吐いて新鮮な空気を求める。

なるほど。

今回森さんを連れてきたのは、今みたくバラバラに別れても護衛するためか。


「今森さんが僕らと同伴しているのは護衛、というのもありますが、先ほど言ったように彼女
 の意識を殺人鬼から逸らすために行動してもらうためです」

「そういった点では、僕みたいなのよりも、女性である森さんが適任だったでしょうから」


するとちょうど、人越しに四人が戻ってくるのを見つけた。

笑っているハルヒたちの手にはそれぞれ、ピンクの可愛らしいお守りが一つずつ。


142 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/05(日) 23:56:10.22 ID:joK0tFzEo


先に立ちあがった古泉は、起き上るように俺に手を差し出しながら、今までの俺達の会話
を総括するように言う。


「……僕の言った事を全て信じて欲しい、なんてことは言いません」

「ですがせめて、涼宮さんが殺人鬼の事なんて考えないくらい、この旅を楽しませてあげて
 くれませんですか?」

「これが、僕の切実な願いです」


教室では絶対に見せない笑顔で俺達を手招きするハルヒに、横で微笑む森さん。

指に引っ掛けたお守りをぽーっと見ている朝比奈さんと、あと長門もいる。


もう珍しくもない光景だが、それでもいつかは見れなくなるかもしれない。

それが朝比奈さんが未来に帰る時か、長門や古泉やハルヒが普通の人間に戻る時かは
分からない。


だが、それは今ではない。

それまでこいつらと過ごすと決めたあの日から、まだ半年もたっていない。

それに俺は、もう傍観者でも巻き込まれているだけでもないことを決断しているのだ。


それにさ、古泉。お前もそうだろ?


『敵対するAとBが、より強大な敵Cの前に仕方なしに手を結んだ』

そんな事を言っていた頃のお前なら、朝比奈さんのに近い意見なんて、例え考えたのが
自分であっても、認めようとはしなかっただろう。

長門を助けるとも明言なんてしなかったはずだ。


一年前より俺達は、変わっている。

少なくとも『機関』や未来や統合思念体を抜かした、SOS団の中なら。

俺と長門と朝比奈さんと古泉とハルヒの間では、利害も対立もなしの仲間であるはず。

数日後の寝起きのハルヒへのプレゼント叩きこみ作戦だって、去年の俺達はするとも考え
てもいなかった事だ。


だから、


「んなこと言われなくたってやるっての」


古泉の差しのべた手のひらに拳をぶつけて、腰を上げる。

いつだって俺らの役目だろ、猪突猛進で向こう見ずな団長を守るのは。

144 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)[sage] 投稿日:2011/06/06(月) 00:19:14.21 ID:WYBfLBGAO


正直読むのめんどくさかったぜ
次回期待

145 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県)[sage saga] 投稿日:2011/06/06(月) 00:23:46.73 ID:E/rQrYbO0

やはり殺し名、人類最強にはハルヒの干渉も及んでいなかったか・・・
何より招きよせているのは「欠陥製品」の方だし、そっちに遭遇してしまったらハルヒが「13体目」になる程度じゃ済まなくなりそうだ。

150 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/06(月) 15:49:36.73 ID:QV1+x14wo


レスしてください、ありがとうございます!

>>144
ごめんなさい。でも、SOS団メンバーの認識はこのスレの結構大切な背景になっています
先に言っておくと、特に古泉君は他の登場人物に比べて重要な役割があります
とりあえずここでは、最後のレスの通り、キョンと古泉の心の距離が縮まっていることだけを
知っておいてもらえれば大丈夫です
前スレでは全く回収しなかったとこの一つなのですがw

他の設定は、原作解釈や他作品とのクロスにより生じる矛盾の調整です
願望実現能力が「望んでいることは必ず実現する」なら、例え正体を隠しても見つかるはずだ
とかは、よく読んでいる時に思ったりしていました
多分原作では最終的には知れてしまう、と言うふうに解決するつもりなのでしょうが、
ここではこのような独自解釈を当てはめさせていただいております
なのでこのあたりは、ふーんと眺めてもらえれば結構です


>>145
まさしくその通りです、よくわかりましたね
そうでもしないと、ハルヒとい―ちゃんが互いに引き寄せあってしまうし、
ハルヒの周りが人殺しばかりになってしまうので

163 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:13:44.09 ID:/aeqh1Bpo



 2、


さて、太陽光の入射角がほとんど直角になりかけた頃に清水寺から戻って来たハルヒは、


「アイスが食べたいわね」


唐突に俺を見ながらそうホザき出した。

そりゃあ、ただでさえ初夏以上の熱気の中、ポートモスビレーを攻略せんばかりの強行軍を
しいてたら暑いに決まってる。

もしくは遠まわしに、俺に買ってこいとでも言っているのだろうか。

それよりハルヒ。いつもの勝ち気な笑いや、机に突っ伏す時の仏頂面はどうした?

口調は不快感が丸出しのくせに、ニヤニヤ笑いと、達成感に満ち溢れた表情がマーブルに
入り混じったような顔をしているぞ。


「に、ニヤニヤなんてあたしがしてるはず無いじゃない!! なに適当な事言ってんのよ!」


指摘された途端、ゼンマイを巻くようにキリリと目尻を釣り上げようとしているようだが、
いかんせん頬も口元も弛緩し、にへらぁと笑っているため、

ハルヒのその言葉の説得力は、ジョン王の失地回復宣言ほどにも到底及んではいない。

清水の舞台の上でサーカスでも催されていた訳でもあるまいし、ハルヒに笑みを耐えさせなく
するほど面白いものでもあるのだろうか?

一番初めに来たいと言い出したのはハルヒな訳だし。


「前から此処には来たかったのよ、なんか文句でもあるの!」


一時間強も野外で待たされて、無い訳がなかろうが。

果たして神社を観るだけに何故こんな時間をかけて、こうも喜んでいるんだ?

不思議話をネットで検索している内に神社仏閣オタになった口なのだろうか。


「人になに勝手にキモい根暗趣味を持たせてんのよ。そんなわけ無いじゃない」

「それならさっきまで、ずっと何をしていたんだよ」

「そ、それは……っ」


なにが言い辛いのか、急にハルヒは俯き、山伏の呪詛のようにぶつぶつ言いだした。

神社で人には言えないこと……。

まさか誰かに呪いでもかけていた訳じゃあるまいな。


164 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:17:04.63 ID:/aeqh1Bpo


思わず自分の胸を撫で回していると、少し離れた所にいた朝比奈さんがとててっと、そのまま
ポッケに入れて持ち帰りたくさせる仕草と共に、俺に駆け寄ってきた。

その御手にはどうやら皆お揃いで買ったらしい薄桃色のお守りが、まだぷらぷらしている。

一体なにをおっしゃるかと思えば、朝比奈さんはそのお守りを俺に差し出し、


「あのぉ、これってどうやって使うんですか?」


日本人にあるまじき質問をなさりましたよ、この人。

思えば節分に巫女服を着た時も、何故こんな事をしているのかよく分かっていなそうで、京都に
着いてからの周りを見る目も平時とどこか違う雰囲気な気がする。

時間飛躍できるほど科学技術の発達した未来では、お守りや祈祷といった宗教的観念などが
失われてしまっているのかもしれない。

今あるものが将来なくなってしまうと分かると、どこかもの寂しいものがある。


「ええっと、これは神さまに災厄防止と幸せを願うために身に付けるものでして……」


寂寥感に包まれつつ朝比奈さんへの説明を終えると、お守りは肩にかけていたポシェットに
つけておくことになった。

付け方も分からないようなので、ピンクの布生地で包まれたそれを手渡してもらう。

するとそこには、「恋愛成就」と「地主神社」の文字が刺繍されてあった。

……なぜ朝比奈さんが恋の護符を買っているかは置いておくとして(置いておくなよ!重要な
事柄だろ!)、「地主神社」とはどこの神社だ。

さっきまで朝比奈さん達がいたのは清水寺じゃなかったか?


「その『地主神社』とは、清水寺のすぐ隣にある神社のことですよ」


すかさず誰も頼んでいない解説役を買って出たのは、やはり古泉だった。

流石は「歩く百科事典」を俺に他称されるだけあり、こんな時にこいつは便利だ。


165 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:20:43.27 ID:/aeqh1Bpo


「『地主神社』は古代から、それこそ日本建国神話の神代から存在するとも言われる程の古い
 歴史を持つ、由緒正しき社でして、」

「明治維新まではすぐそばに建立された清水寺の鎮守神でもあり、『地主』の名が示す通り、
 この辺り一帯の産土神でもあったという説もあります」

「そもそも『地主神社』で奉られている主祭神は、出雲神話が由来の大国主なのですが、堅剛で
 勇猛果敢な武神として有名でした」

「ですが彼はまた、多くの女神と子を生して、古事記では百八〇柱、日本書紀でも百八一柱もの
 子供がいたとも記されており、」

「その妻神と子神の多さゆえに子宝や恋愛成就の神として崇められ、今では特にカップルや
 若い女性の間で非常に人気が高く、デートスポットにもなっていまるのです」


と、楽しそうに古泉は語ってくれたが、そこまで詳しいってことは来たことあるのだろうか?

腹の底の見えない奴だが、見てくれだけはいいのが確かだ。

裏でこっそり誰かと付き合っていても、こいつの事ならおくびも出さずに隠し通すだろう。


しかし今問題なのは古泉の彼女の遍歴でもな含蓄でもない。

『何故オンリーマイゴッデス・朝比奈さんが縁結びのお守りを買っているのか!』

ただその一点に尽きよう。

ついでに言えば、宗教という概念すら無さそうな情報ナントカ体に作られた長門も一緒に護符を
買っていたのも気になるが……

するとここで、古泉の話を聞いていた朝比奈さんは、


「へぇー、そうだったんですかぁ」

「森さんと涼宮さんに買おうって言われたので、みんなでお揃いのを買ったんですよ」


森さんとハルヒが?

二人でも異色な組み合わせなのに、そこに恋愛のお守りが加わると余計意味が分からない。

森さんは年齢不詳だが美人だから相手に困ることは無いと思うのだが。

いや、だが待て。

森さんはすでに車を運転できる年齢であるのは確かだし、しかも普段から『機関』の任務に
ついているらしい。

敵対組織の拉致に即座に対応しているし、もし二十四時間仕事に縛られているとすれば、実は
婚期を逃して慌てているなんて事も……、


「………」


……そんなわけないか。

決して背後から、殺意を液体窒素で凍固させて作ったつららで突き刺すような鋭い視線を
感じたために日和ったんじゃナイカラネ……。


166 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:24:29.67 ID:/aeqh1Bpo


森さんは、その、……生物的本能に即死級の恐怖を感じたため、考えない方向として。

では、残った言い出しっぺの片割れであるハルヒはどうだ?


何故ハルヒがお守りを、「悪霊退散」ならともかく「恋愛成就」なんて書かれたものを買おうと
言いだしたのだろうか

こいつは自ら「恋愛感情なんて精神病の一種」と豪語するような奴だったはずだろ。

もしくはハルヒが真っ当に恋愛しているなんて、とてもじゃないが考えられないが。


当然ながらハルヒが気になり、顔色を窺えば何か分かるかと思って目を向けてしまう。

いつも通りの、平生のハルヒなら「あんた、何か変なこと考えてんじゃないでしょうね」とでも
のたまうと思っていた。

だが実際は、


「っ! っっ! 〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」


そこにいたのは、今まで見せたことの無いようなリアクションをとるハルヒだった。

身体を不自然にびくーんと強張らせて動かなくなっていると思いきや、口をぱくぱく広く開いたり
閉じたり、目を大きく見開いたり。

さらに、昭和の漫画ならすかさずボフンッという効果音や、立ち上る湯気のマークでも書き加え
られてもおかしくない位に顔が急騰しだし、赤面している。


その不自然な格好は、それから十数秒もの間は石化魔法でも喰らったようで。

青画面状態だった頭がようやく解凍しだしたハルヒは、今度は開閉し続ける口から、


「……な、――なっなな、なななッ!」

「……なんとむやみ(一六八三)な?」

「ナントの廃止! ……ってなに言わせてんのよ、このバカッ!!」


俺の語呂合わせにすかさず反応し、しかもノリツッコミまでも披露するなんて……。

あまりにもらしくない行動に、ハルヒが余程テンパっている事が分かる。


「おや? ナントの勅令が廃止されたのは一六八三年ではなく、一六八五年だったはずと僕は
 記憶しているのですが?」


理数コースのはずの古泉に世界史知識があるのは、国立大でも狙っているからか?

あとハルヒ、この語呂はお前がテスト前に教えてくれたのだよな。

期末テストが平均点から僅かに足りなかったのは、お前のせいらしいぜ。


167 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:27:46.33 ID:/aeqh1Bpo


「うるさいわねッ! 他の所があってればライン割れしなかったんだから、結局あんたの努力が
 足りなかったのよ!」

「それにキョン! な、なにか変なこととか勝手に想像してないでしょうね!!!」

「あれは森さんが……、そう! 森さんが買おうって言ったからみんなで買ったんであって、
 あ、あたしが言い出したんじゃないんだから、勘違いするんじゃないわよ!」


軽口は叩けるものの、未だ混乱しているらしく、赧然とた様子にも関わらず人の目もはばからない
ハルヒは、誰に対してか分からない弁解めいたことを口走っている。

それと、俺が何を一体どう勘違いするのだろうか。


「そ、その話はもういいからっ。 とにかく今すぐカキ氷を買ってきなさい!」

「当然ここにいる全員分あんたの奢りで! 今朝遅れてきた罰金にするわ」

「いい? これは団長命令だから。 分かったらとっとと行って来い!!」


そう急きたてられるまま、松原通に追い立てられる俺だった。

ハルヒが何かをはぐらかそうとしている事ぐらいは分かるが、ここで俺がなにを言おうと通じない
だろうし、逆に暴れ出しかねん。

よって、ここは素直に従っておいたほうが得策なのは自明だからな。


少し前の笑顔から一転し怒りだしたハルヒの、どこに地雷が埋まってたのかは分からずじまい
だが、フォロー検定一級を持ってる奴がウチの団には丁度いる。

なのでプリプリするハルヒは副団長に任せて、俺はおとなしく買いに行こう。

ついでに、俺の財布へのフォローもお願いしたいところだ。

観光地のアイス代×6をなめんなよ。

お土産一人分に匹敵する出費はバカにならないんだからさ。


168 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:32:14.89 ID:/aeqh1Bpo


あぁ、そうそう。

これはオマケみたいなものだから気にせずスルーしてもいいが、俺がカキ氷を注文しにいっ
間のハルヒたちについてだ。

もちろん、その場に俺はいなかったのだから、正確なことは分からないが、参考程度にその時
背後から聞こえた音声のダイジェストを置いておこう。

一体どんなことが行われていたのかは想像によってしまうのだが、むしろ想像力を極大まで
喚起する声に、清水寺界隈の全男どもが妙な熱気を携えてしまった。

こんな実情を知れば、また朝比奈さんにトラウマを追加するになるだろうから伏せておくが、
暇があるのなら、そんな可哀そうな朝比奈さんの冥福を祈りつつ聞いていって欲しい。


「ひへぇっ!! ど、どどどうしたんですか、しゅしゅしゅじゅみやしゃん!」

「……へ? あたしが嘘を言ったって? あ、あたしは嘘なんて言ってないですよぉ」

「だってほんとうに涼宮さんがお守りを買おうって言いだして……」

「やややめてくだしゃいすずみ……、ひゃふっ! だ、だめです、こんな人がいるところで!」

「えっ? えええ!? ひゃぁ、そ、それもやめて……んっ!」

「あひゃ!! そっちはもっとだめなんです! ふぅん、はぁぁっ、あっだめ……」

「あっ……えっ? そ、そこは本当にだ……、んっ!、あ、ああぁぁやぁ……ッ!」


「――――いやあああぁぁぁぁぁ〜〜……」


――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――――――


そして、俺が戻ってくるとそこにいたのは、

いつも通りに戻った、いやそれ以上にみずみずしく健康的で、肌もテカテカした様子で背を向け
仁王立ちしているハルヒと、


「ひぐっ……、う、ううぅ〜〜……、っくぅ、ぇう、んぇえ……」


石畳に膝をつき長門に泣きすがる、ボロ雑巾になり果てた朝比奈さんだった。

あぁ、南無三、南無三……。


169 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:34:38.30 ID:/aeqh1Bpo


………
……



「冷たくておいしいっ!、やっぱりカキ氷はイチゴ練乳に限るわね!」

「わわっ! あ、あたまが痛いですぅ〜……」

「………」

「去年の夏祭りで食べ損なっちゃったからね、今の内に補完しておかないと今年分を今度の
 夏祭りの時に食べれないもの」

「それはそうと森さんのあずき抹茶、ほど良い甘さと粒あんのプツプツ感がいいわ!」

「ふふ、もう一口いかがですか?」


こんだけ暑くて、しかも俺のおごりとくればさぞ旨いだろうさ。

長門を見てみろ。俺の金だという事なんて気にせず、ひたすら無言で食べてやがる。

それもまぁいつもの事だから、別に不満があるという訳ではないが。


ついでに言うと森さん以外の注文は、俺と古泉はレモン、ハルヒと朝比奈さんがイチゴ練乳。

宇宙人・長門は完全人工着色着味化合物のコーラという、なかなか興味深いものだった。

俺的にはカキ氷ってのは飲み物の代わりな感じだから、甘々系よりサッパリが好きだ。


それにしても……。

定番で、かつ女の子女の子したメニューをハルヒが頼むとはな。

ありきたりで普通なものを嫌うハルヒにしては、かなり珍しい光景と反応だ。

さらにそれを褒めているとなればなおさらだろう。

それを指摘すると、ハルヒはジト目でジーっと俺を睨みつけながら、


「別に。好きなものは好きなのよ。それともなに、あたしに似合わないとでも?」

「なんだ、分かってるじゃないか」


と、まぁいつもどおりの軽口のつもりで言っのだが、ハルヒは違った。

ハルヒはむっと口を尖らし、残っていた氷をズズズっとかき込んだ途端に、


「ふんッ!」


そっぽを向いてしまった。

また俺は余計なことでも言ったのだろうか?


170 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:35:16.74 ID:/aeqh1Bpo


しばらく一人でツーンとしていたハルヒだったが、幾ばくかしないうちに、


「ムムっ? あれは……」


などと呟きながら、通りの方を凝視していた。

ハルヒの視線の先を負ってみると……。


「舞妓さんか」


まさしく京都の代名詞、舞妓さんが歩いていた。

よく話や写真では見た事はあるが、本当に街中にいるものなんだな。

それにしてもこんな所の辺りでもいるとは。祇園は大分離れているが。

だが、どうやらハルヒはそんなことは気にしていない様子で、


「……ジー……」


ジーっと別の事に想いを馳せていそうな顔で見つめていた。

何か思い入れや思い出でも在るのだろうか?

観察を続けていたハルヒだったが、後ろから森さんが声をかけてきた。


「涼宮さん」

「へっ?」

「少しばかりお耳をお貸し頂けますでしょうか?」


ハルヒの隣に移動してきた森さんは、食べかけのカキ氷を脇に置き、ハルヒとゴニョゴニョ
耳打ちをし出した。


171 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:36:12.73 ID:/aeqh1Bpo


二人のこそこそ話、といっても森さんが一方的にしゃべっている様子だが、声が小さいため
聞き取ることは出来ないが、代わりに、


「〜〜〜〜〜〜」

「………ッ―――!!」

「フフッ、〜〜〜〜〜〜」

「――なんと! そんな手があったのねっ!!」


ハルヒは顔を赤くさせ激しく驚愕したかと思えば、今度は熱心に話に聞き入ったりし、

あげく終いには、森さんと何か合意が言ったのか、お互い手のひらを強く握りしめ、


「あなたはやっぱり最高の逸材だわ! ぜひSOS団の、いえ私専属のブレーンとして新たに
 正団員になって欲しいくらいだもの!!」

「いえいえ、それほどのお褒めのお言葉は受け取れませんわ。ふふふ……」

「謙遜しなくてもいいわ! 森さんにプラス二ポイントで、特別団長秘書に任命します!」

「喜んで拝命いたします」


ニヘニヘと微笑むハルヒと、女版古泉のようにほくそ笑む森さん。

なんとなく朝比奈さんが言っていた、お守りを買う時の状況って奴が分かった気がした。

その時もハルヒは森さんの巧みな話術に乗せられたのではないだろうか。

ハルヒを手玉に取るとは流石、古泉の『機関』に所属するだけある。


それに五ポイントで進級って言ってたってことは、朝の一ポイントと今の二ポイント以外に
二ポイントを得ていたという事だ。

やはり、多分それもお守りを買うことを成案した時のような気がする……。


172 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:39:51.49 ID:/aeqh1Bpo


そして、森さんとの秘密会談の後、すぐにハルヒは、


「これからは班分けをして回るわよ!」

「全員で同じ所を回ってても、他の場所に潜んでたら見つかるものも見つからないもの」

「実際にまだ清水寺しか探してないし、あと二日半しか私たちには時間がないの!

「そんなの全然に合理的ではないわ」

「だから、二人づつ班に分けて、それぞれが分担する場所に行ってもらいます!」


そのように宣言したハルヒは、異論はないわよね、と威圧し俺達の顔を見回した。

確かにハルヒの言うとおり、京都についてから四時間以上もの時間を費やしているのに、
未だに見たのが清水寺だけなんて修学旅行ならとんでもない事態だろう。

ただ俺達の修学旅行は来年なわけで、しかも京都滞在にあと二日は残っている。

さらに言えば、本来の目的は観光ではないが、このままハルヒがそれを忘れて京都視察に
興じてくれればよかったのだが。

だが意外なことに、それに初めに賛同したのは古泉だった。


「いいですね。幸いなことにすでに人数分のバスの一日乗車券を購入していたのですが、無駄に
 ならずに済んでほっとしました」

「流石は副団長ね! 準備が早くて助かるわ!」


踏ん反りかえるハルヒにカバンから出したカードを献上した古泉は森さんと共に、不審な表情を
していただろう俺へそろってアイコンタクトを飛ばしてきた。

……想定内の事だから安心してください、てか?

お前らの事だから、元から全部仕込んでいたのではと疑いたくなるね。


「ふふふ、あなたには何もかもお見通しですね」


冗談のつもりだったんだがな、ホント、薄気味悪い奴だ。

全てはお前の手のひらの上で、とでも言いたいのだろうか。

だとしたら古泉、神様を手玉に取れるお前って何なんだろうな。


「この平和な日常を愛して守ろうとするSOS団の副団長、そしてあなたの友人」

「それではいけませんか?」


……ふん、言ってろ。


173 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:42:56.28 ID:/aeqh1Bpo


どうやら俺が目を離している隙に、すでに班分けを始めていたらしいハルヒは、


「それじゃあ次は古泉くんが引いて頂戴」


ブラブラ市内探索と同じく、三本の爪楊枝製即席くじを握っていた拳をずいと差し出した。

そして、

パチパチパチパチっ。

ハルヒと古泉が激しく瞬きを交わしだした。

おい、それはモールス信号か何かの暗号のつもりなのか?

だとしたら暗号を送ってる事が丸わかりだぞ。


「わかりました、では僕は一番右『以外』を引かせていただきましょう」

「ナイスよ古泉くん! それが懸命だわ!」


そして送信した内容も即効でばらしてやがるし!

こいつらは一体何がしたいんだか……。

呆れてものも言えない俺であったが、古泉は気にすることも無く一番左の棒きれを引く。

そして、それには赤色の星印がついていた。

先に引いていた朝比奈さん達の手元を見てみると、朝比奈さんが無印、長門が赤色の星、
森さんは青色の印付きのくじをそれぞれ持っている。


この時点で古泉と長門のペアは確定したし、残るは朝比奈さん、森さんのどちらかだ。

その一番右とやらがどちらで、何故ハルヒが手元に残そうとしたのかは分からない。

分からないが、朝比奈さんとの古都の恋愛明神巡りデートのため、絶対に無印を引きたい!

そして森さんはなんか怖い!

なんとしても無印を引き当てたい俺は精神を統一、一極に練り上げ、そして――ッ!!!


「それじゃああたしこっちを引くから、あんたこっちね」

「……はぁっ?」


思わずつんのめり、ポイッと投げだされた爪楊枝を何とか地面すれすれでキャッチ。

なんとハルヒは、俺に選ばせる前に自分で引きやがった。それも一番右を。

その爪楊枝の先端には、青色の星印がぽつんと付いている。

慌てて手を開いて確認すると、そこに転がるくじに、印はなかった。


174 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:45:24.76 ID:/aeqh1Bpo


……おいおい、これは何の冗談だ?

いつもなら朝比奈さんとペアを組むと目くじら立てるハルヒが、朝比奈さんを組ませた?

だが、そんなことは歯牙にも掛けていないのか、いつもの文句も何も俺に言わず、


「じゃあ有希と古泉くんは八坂神社、あたしと森さんは祇園、みくるちゃんとキョンは二条城の
 周辺を捜索すること」

「集合場所は、午後五時に旅館に近い京都御所の南口に集合ね!」

「昼食は各自で取ること。分かったわね? それじゃ解散っ!!」


そう言い残すと、すたこらと森さんを連れて人ごみに消えていってしまった。

あっけにとられ、中腰のまま手のひらに爪楊枝を乗せ続ける俺。

バカみたいなので、もう一度石段に腰をおろす事にした。


そこでようやく思考回路が開いてきた。

……もしかしたら、

俺と朝比奈さんを組ませたのではなく、自分が森さんと組みたかったのだろうか。

それなら俺と古泉に一番右以外を引かせたのも納得がいく。

しかし、だとしたら、一体なにを二人で企んでいるのだろう?

森さんがいるとはいえ、再びハイテンションのハルヒの事だ。俺や朝比奈さんが丸一日位は
突っ伏す羽目になりそうな事をしでかしそうだ。

だが古泉は、


「そんなに杞憂する必要はありませんよ」

「再度言いますが、『機関』の涼宮さんの意識を殺人鬼から逸らす計画は、今のところ、かなり
 順調に進行しています」

「あなたの例えた通り、糸のままに動くマリオネットのようにね」


手のひらの上とは言ったが、そんな趣味の悪い例を出した覚えはない。


「これも作戦の一部ですから、あなたは何も気にしないで、いえ、少しは期待でもしながら、
 朝比奈さんとのデートをお楽しみ下さい」

「ひぇっ! で、でででででーと……っ!」


朝比奈さんは顔を紅気させ、俯いてしまった。

いい。実に、いいです。朝比奈さん。


175 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:46:54.32 ID:/aeqh1Bpo


話したいことは、さっきのと合わせて全部済んだのだろう。

古泉は腕時計をチラリと見て時間を確認すると、


「僕はこれでも結構多忙な身でしてね、集合時間も迫っているのです」

「それに、どうやら僕には新たな仕事が増えてしまったようですし、お先に失礼しますよ」

「では、また後程。つかの間の安らぎをご堪能ください」


気付かぬ間に傍に接近していた長門に意味ありげな視線を飛ばすと、

置いていた荷物を肩にかけて古泉は松原通へと歩きだし、


「………」


ちら見され側の長門は特に気にとめた様子はないが、いつもより存在感の薄い長門は、

一定距離を保ちながら追う形で、これまた一層に無表情かつ無口で去っていってしまった。

手首に通したままの薄紅のお守りだけが、揺れていた。


176 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:50:39.89 ID:/aeqh1Bpo


……さてと。

ハルヒと森さん、古泉と長門のペアは去ってしまえば、最後に残るのは二人だけだ。

その二人は、知らぬ間に命のロウソクを首振り扇風機の前に置き去りにされてしまってた
俺と、

先の会話からずっと手元をもじもじ、じっと黙りこくってしまってる、まっかっかな朝比奈さん。


「……あの、」

「ひゃ、ひゃい!!」


ちょいと声をかけただけで小さく飛びあがてしまった。

何故かひどく動揺していらっしゃるようだ。

だがそれと同時に、足の上に乗せていたカキ氷のプラカップも跳ね上がり、


「キャっ! ちべたっ!」


ほとんど溶けかかっていた氷と練乳が混じった白濁の液体が、足先へかかってしまった。

突然の事にあわあわしている朝比奈さんは、『足を拭く』というコマンドが出てこない様子だ。

気候に合わせた布面積の小さな靴だが、このままだと匂いが染み付いてしまう。


「……あわわわっ――」


仕方ない。

俺は駅で買ったミネラルウォーターを脱がせた靴にぶっかけて白濁液を洗い落とす。

残った水は、ハンカチに湿らせて朝比奈さんの小さい足を拭かせてもらった。

……うっすらとバラのクリアで甘い香りがする。香水を付けてらっしゃるのだろうか?


そうそう、断じて誓うが、この時俺は顔をあげてないからな。

桃色ワンピースの中の同じくピンク色のパンツなんて、これっぽっちも見てはいない。

しかし、暑さゆえすぐ乾くとはいえ、濡れそぼった靴を履くのも気持ち悪いはず。

この辺りにはお土産屋も多い。それなら……、


「すいませんが、このままちょっと待っていてくださいっ」

「あっ、キョンくん……!」



177 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:51:07.42 ID:/aeqh1Bpo


「キョンくん、ほんとうにごめんなさい。新しいお靴まで買ってもらっちゃって……」

「いえ、俺が驚かしてしまったのが元の原因ですから、これ位はさせてもらわないと」


……結局、汚した靴の代わりに、俺が買ってきた草履(+足袋)を履いてもらった。

普通の靴屋も、次点の下駄もなかったが、京都的には草履も正しいはずだ。

ちょいとばかし洋服と草履がアンバランスだが、おのぼりさんってことで見逃してくれ。


値段の方は、男の意地を張ってデザインや質のいい奴を見繕ったら、あれまあ、諭吉先生が
いずこへか旅立ってしまったしまった。

後悔をしている訳ではない。

急場凌ぎの為とはいえ安物を履かせる訳にはいかないし、なにより見てはいけないモノを
ついつい覗いてしまった贖罪でもある。

しかし、その理由を知らない朝比奈さんは、


「そんな、こんな高いのをもらう訳にはいかないですっ」


の一点張り。変に真面目な所があるからなぁ、この人。またそこも魅力なのだけれども。

なんとか朝比奈さんに妥協してもらえる方法を考えた結果、


「それじゃあ、朝比奈さんも俺に何かください」


お互いにプレゼントを贈りあう、という形で落ち着いた。

と言っても当り前だがそんな高価なものを貰うつもりはない。

そうだなぁ、出来れば、いつまでも形に残るものが良い。


「わ、分かりました。わたしも頑張ってプレゼントしますっ!」


……どんなものを選ぶのか、今からちょっと楽しみだ。


178 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:53:21.07 ID:/aeqh1Bpo


………
……



二条城と言えば、春に咲き乱れる桜の名所である。であるが……。

悲しいことに、この五月中旬には葉桜どころか、毛虫が寄る害樹でしかなくなっている。

ついでに、お城と言っても忍者の特殊な仕掛けを体験できたりするアトラクションは当然だが、

はっと見て「面白い」と言える物なんて、なにも一つも無い。


よって、清水寺を出て二時間弱経った時には、俺たちはもうすることが無くなってしまった。

その内訳はというと、左京からこちらのバス停に着くまで十数分。

着いてから二人で回って探したレストランでランチを食べ終わるまで二十数分。

お冷を飲みながら近くに行きたい所はないかとかどう歩くか考えて、これも二十数分。

移動時間を含めた二条城内観光に一時間弱。見るとこない癖にクソ長ぇな、おい。


言うまでも無いが、殺人鬼を探せというハルヒ勅令は当然ムシった。

見つける気もないし、無駄に歩いて大腿が筋肉痛なんて事にもなりたくないし。

ともあれ、することがないならブラブラするしかないのだけれど。


しばらく二条城敷地内を歩いてた俺たちだったが、朝から絶好調なハルヒに引きずられて
歩き通しだった朝比奈さんは、


「ふうぅ……」


俺が荷物は肩代わりしているが、流石に歩き疲れたのだろう。

そうだな、丁度いい具合に木陰にベンチがある。座れという神の啓示かもやしれぬ。


「お疲れのようですし、あそこで一旦座って休みませんか?」

「その言い方だと、なんだかあたし、お婆さんみたいです」


ぷぅっと、肌理の細かくプルプルした頬を膨らませて拗ねちゃう朝比奈さん、まじかぁいい!

ちょっと子供じみた仕草や綺麗なお肌は、数年後でも衰えないのは俺が確認済みだ。

この人は年を拾っても、変わらず愛くるしいままなのだろう。


「むしろ、そうなるまで朝比奈さんを見ていたいですよ」


179 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:56:31.50 ID:/aeqh1Bpo


「へっ……、え、ええっ!?」

「そ、そそそんな、きょきょキョンくん!!」

「あのそれって……、ど、どどどどういう……ッ!!!」

「はい?」


またもや座ったばかりのベンチから飛び上がり、真っ赤になった朝比奈さん。

先程からどこか挙動不審だが、何かあったのだろうか?


「わはぁ! まさか、きょ、キョンくんがわ、わたしに?」

「で、でも、それってすっごく禁則になっちゃうどころか、未来に強制送還されてもおかしくない
 くらいの規則違反になっちゃいます」

「だからそれは無理なんですけど、でもわたしはぜんぜん嫌じゃなんかじゃくって、むしろとても
 嬉しくて、ほんとうはそうしたいんですけど……」


噛んでたりどもってたりしていたと思ったら、今度は俯いてぶつぶつと呟きだしてしまった。

全く京都に来てからの朝比奈さんはそうだが、ハルヒもどこかおかしい。

京都には感染者を情緒不安定にでもする、流行りの伝染性精神症でもあるのだろうか。

いや、それともまさか、だがお守りも買っていたし、もしかしたら……


「――朝比奈さん、」

「ひゃっ、ひゃいッ!!」


背筋を伸ばして朝比奈さんに向かい合う俺。そして、

俺に合わせ姿勢をただし、頬を赤らめ目を潤ませて恥ずかしそうに見上げる朝比奈さん。

……この様子だと、どうやら俺の予想は当たっていそうだ。


「朝比奈さん、あなたは実は俺に――」

「う、うん。わたしも、実はキョンくんのことが……」



「――俺に、通り魔事件の事で何か話があるんですね?」



「……え?」


180 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:57:04.61 ID:/aeqh1Bpo


「………」

「………」


あれ、なんだ? この朝比奈さんの反応は。

京都に着いてからの俺たちの懸案事項と言えば、目下の通り魔事件であるのは間違いない。

そして古泉は、ハルヒたちと離れると、それについて話し出した。

となると朝比奈さんもきっと、二人っきりになったタイミング、つまり今、事件への思う所を俺に
語りだすものだと思っていた。


そう俺は考えていたのだが、どうやら違ったらしい。

呆けた状態に凍結されていた朝比奈さんだったが、氷が溶けだすと泣きそうな表情になる。

そこからさらに怒った顔になると、最後には落胆しきった様子で、


「……はぁ。そうですよね、『あの』キョンくんがあたしに告白なんてするはずなんて……」

「でも、あんなことがあった後に、これはあんまりです……」

「………?」


ぼそぼそと呟いただけなので、朝比奈さんが言っているのかほとんど聞こえなかった。

それでも、何かを諦めてるように愚痴を零したように聞こえたので、理由を聞くと、


「……キョンくんなんて、もう知りません」


つーん、と拗ねてしまわれた。

俺が何かしでかしたのだろうか?



181 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 16:59:22.76 ID:/aeqh1Bpo


それ以降、いくら話かけても「つーん」としか言わず、俺と逆の方ばかり向いている朝比奈さん。

この朝比奈さんもまたいじらしく可愛らしいのだが、俺と口を利いてくれなく辛い……。

前にもこんな事があった様なない様なー、とそんな感じもするが、肝心のその時どのようにして
和睦をしたのか、まったくもって思い出せない。

今ここで思い出さなかったら、残りの三時間どころか二日間も気まずいままな可能性もある。

そもそも存在が曖昧な記憶を手繰り寄せても、それがモノホンか、はたまた俺の捏造したものか
なんて分別付けられない。

結局のところ、今この瞬間の俺がどうにかするしかない訳だ。

そして、俺はどうやって朝比奈さんと仲直りしようとしたのかというと、


「……レモンティーかミルクティーか。暑いからさっぱりとしたストレートがいいかも知れない」


袖の下というか、近くにあった自販機の飲み物で媚を売ることにした。なさけねぇな、俺。

いや元々は、あまりの居心地の悪さと、緊張で乾いた喉を潤そうと抜け出しただけなんです。

そうしたら近くに自販機を見つけて、ふっと思いついただけなんです。本当なんです。

……って、一体誰に弁明してるんだ?

そんな無益な事に耽りつつ、ストレートの缶紅茶と缶ウーロンを両手にぶら下げてベンチへ戻ると、


「あっ、キョンくん、よかったぁ……」


俺が帰ってきたことにほっとしたように、そう言って出迎えてくれた。

さっきまでのツンケンした雰囲気ではなく、ちょい頼りない感じの普通の朝比奈さんだ。


「ごめんなさい……。かってにあたしが勘違いしてただけなのに、」

「あたし、キョンくんに酷いこと言っちゃったりしちゃったりして……」


だが、そう言いながらもしだいに、陰鬱気な雰囲気で落ち込みだしてしまっていた。

二つに結わかれ下ろされた髪も肩も下がり、頭を垂らし顔は窺えないが、表情は想像しがたくない。

公園、ベンチ、缶、そして朝比奈さんの様子。冬先のあの日のリプレイの様だ。


182 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/24(金) 17:02:52.06 ID:/aeqh1Bpo


ただ、あの時と違うのは、今朝比奈さんを憂鬱な心もちにさせているのは、多分俺なのだろう。

朝比奈さんがどうして気を病んでいるのか、何をどう勘違いしたのかはわからない。

わからないけど、


「朝比奈さんに勘違いさせたのは、俺なんでしょう? なら悪いのは、俺じゃないですか」

「……えっ?」

「そう、いけないことは全部、朝比奈さんを勘違いさせた俺のせいなんです」

「朝比奈さんを怒らせたのも、呆れさせたのも、俺に何を言ったのも、もろもろ俺が悪いんです」

「だから、朝比奈さんが気を病まないで、いつもみたいに微笑んでいてください」

「……キョンくん」


隣で目を丸く驚いたように俺を見つめていた朝比奈さんだったが、ぷいっと顔をそむけると、


「……ずるいです」

「あたしの気持ちも知らないのに、そんな風に言えるんだもん」

「いっつもいっつもキョンくんはキョンくんのままだから、」

「だから、あたしも長門さんも、涼宮さんも……」

「朝比奈さん、何を言って……?」


口をいじけたように尖らせて喋っていた朝比奈さんは、ふっと頬を緩めて俺を見上げ、


「うん………うん、そうです。ぜーんぶ、キョンくんがいけないんです」

「キョンくんが鈍くておばかでとんかちで、でもちょっと優しくて頼りになって、」

「だからね、キョンくん――」


                   「――ありがとねっ」


189 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 01:52:54.46 ID:rR2E7+JPo


………
……


あれからというもの、


「ふっふふんっ♪ うっふふんっ♪」


朝比奈さんの機嫌は何故かすこぶる良くなっていた。

リズムも音程も外れた鼻歌を恥ずかしげもなく披露したり、俺の横をぴょこぴょこと跳ねたり。

ときたま「あ、こっちのお店見て行ってもいいですか」なんて積極的に俺をリードしてみたり。

カキ氷を溢して以来過度に遠慮気味だったり、二条城での気まずい空気や挙動はどこへやら。

そんなもの無かったかの様に、いつも通り、いやそれ以上に楽しそうにしていらっしゃる。


正直、さっきまで朝比奈さんが何故怒ったり呆れたりしていた理由は分からずじまいだった。

けれど、こんなに童心に返ったようにはしゃいでいる今になって、蒸し返すのも野暮ったい。

なにがともあれ、朝比奈さんが元気になったっていう事だけで、俺は十分なのさ。


さてさて、俺が発見した煎茶専門店で買い物を済ませ朝比奈さんを連れ出たのが三時五〇分。

後一時間で集合だが、この周辺はあらかた回ったし、今さら新たな店を探す時間はない。

俺も朝比奈さんも疲れ気味で、喉も乾いてきた頃だ。手に食い込む紙袋も整理したい。

なので、時間つぶしついでに、さっき見かけて感じのよさそうだった喫茶店に入ることにした。

外観通り、シックで落ち着いた印象のお店のようだ。


「アイスコーヒーを一つ」

「あたしはアイスティーでおねがいします」

「ストレートかミルク、レモンからお選びできますが?」

「んっと、それじゃあミルクで」


みくるがみるく……、みくるのみるく……。ゴクリッ…

って、俺は何を考えてるんだ。まるで変態谷口みたいなことを考えるなんて。

もしやこの前借りた本を経由して、谷口菌でも移ったのかもしれん。死にたい……。


190 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 01:57:47.77 ID:rR2E7+JPo


「そういえば、あたしたちが神社を見てた時って、キョンくんと古泉くんはどうしてたの?」


自身の情けなさと罪深さに、思考がデフレスパイラルしていた所、この一声で正気を取り戻した。

ヤバかった。このままだったら変態病の感染を防ぐため、近くのお堀にダイブしていたところだ。

既に結露が垂れ始めたアイスティーを口に含み、その冷たさで冷静さを取り戻した俺は、


「ただずっと喋ってただけですよ。暑くてあんまり動きたくなかったので」

「そっか。それで古泉くんと何を話してたの?」

「残念ながら、古泉がただ語ってくるだけだったんで、ほとんど聞いてなかったんです」


確かに聞いてはいたが、今となっちゃ朝比奈さんと過ごした時間の方が重要度も密度が濃くて、

話題だったかすら全く思い出せん。

そう言う朝比奈さん達はどうなのだろう。参拝とお守り買うだけにしては時間がかかっていたが


「あたしたちは、ですか? えっとそうですねー」

「みんなで舞台の上で写真を撮って、その後、涼宮さんがお水を飲みに行こうって言って」

「水、ですか?」

「うん。お寺に下の方に、三つの小さい滝があって、確か『音羽の滝』って名前だったかな」

「そのお水を飲むと、健康や勉強とか出来るようになるって言い伝えがあるって言ってました」

「なるほどなぁ。ハルヒはそういうもんが好きそうだし」

「それで涼宮さんは、一番左の滝の水を30分くらい飲み続けてました」


どんだけ頭良くなりたいんだ、あいつ。もう十分成績はいいはずだが。

それに、よくカキ氷まで食っても腹下さなかったな。


191 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 02:03:49.12 ID:rR2E7+JPo


「その後、あのお守りとおみくじを一緒に買ったんです」

「へぇ。朝比奈さんは運勢はどうでしたか」

「確か小吉っていうのでした。みんなでそれを木に結んで来たので持って帰れなかったけど……」

「それは結ぶと、運勢が良くなるって言われてますから。大抵の人が置いて帰りますよね」

「でも、涼宮さんは大吉見たいでして、結ばずに持って帰ってましたよ」


よほどいい事が書いてあったのだろう。いつから神さまはハルヒに媚を売るようになったんだ?


「神社に『恋占いの石』っていうのがあって、」

「それは聞いた事があります。二つの石の間を目を瞑って辿り着けば恋が叶うって奴ですよね」

「はい、そうです。それをみんなでやったんですけど……」

「涼宮さんが、何度も挑戦しても、出来なくて。成功するまで何回もしたんです」

「それじゃ神さまの御利益もあったもんじゃないな」

「ふふっ。でも、あたしは一回で出来たんですよ?」

「それはすごい。朝比奈さんの恋が叶うといいですね」

「……うん、」


ちらっとそれまで楽しげに話していた朝比奈さんの表情が曇った気がした。

だが、気にする間もなく、カランカランッと来客のベルが響くとともに、



「ふっふーん! どうどう? 巫女子ちゃんのいきつけらしくオシャレなお店でしょ?」

「うん。落ち着いた雰囲気な喫茶店だね。全く巫女子ちゃんがいる様子が思い浮かばないよ」

「そんな!? 週二で通ってるのに! 店員さんにも名前をいつも呼んでもらうのにぃー!」

「多分それは常連客だからじゃなくて、ブラックリストに乗ってるからじゃいかな」

「毎回お釣りをユニセフの募金箱に入れてくんだよ! しかも百円玉もっ」

「店員さんのお小遣い投資、御苦労さま」

「うわーん! そんな『新米アイドルの育成にお布施だよ、ただしプロデューサが全額回収済み』
 みたいなのなんてないよぉ!」


思わず俺も朝比奈さんも、あまりの五月蝿さにそろって茫然としていた。

真っ赤なくせ毛でハルヒみたいなハイテンションな女の子と、

生きた人間の目とは、とても思えない程ドス黒く濁った瞳の男が、そこにいた。


192 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 02:17:01.55 ID:rR2E7+JPo


「それでねっ、あそこがあたしの特等席! 特別にいっくんも座るのを許可してしんぜよう!」

「そっか。それなら、わざわざ座らせてもらうのも悪いから、ぼくはこっちに座らせてもらうよ」

「わっ! お店で一番この席から離れた所に行こうとしないでよ! いっくんのいじわるっ」


その口やかましいカップルは夫婦漫才をしながら歩き始めると、

あぁ、なんでこんな時に限ってホントに、嫌な予感って奴は当たるんだろうな!?

客のほとんどいない店内で、ピンポイントに俺たちの隣を陣取りやがった。

せっかくの朝比奈さんとの優雅なティータイムになんて泥水を刺してくれるんだ、この野郎!


過去一年間で鍛え上げられた不幸レーダーが、レベル2に示してくれている。

この手の輩は関わらないのがベストだ。

あからさまに悪い予感がひしひしと伝わる背後に聞こえないよう、注意を払いながら顔を近づけ、


(朝比奈さん、朝比奈さん)

(ど、どうしたんですか、キョンくん?)


朝比奈さんは俺のひそひそ声に合わせて、目の前にまで顔を寄せてくれた。

ぷりっと瑞々しくきらきらと輝く唇や、愛らしいお目々を見ようとする煩悩を叩き殺し、


(もうすぐ五時になります。そろそろ出ましょう)

(わ、分かりました。でも、なんでこしょこしょ話なの……?)

(それは……)



「 あぁぁ―――――!!! 隣の人たちがキスしてる――――!!! 」




193 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 02:18:59.42 ID:rR2E7+JPo


はぁぁぁあああ―――!?!?!?


後ろから唐突に大声を掛けられ、心の中で絶叫してしまった。

はぁあ! 意味分からん! 何言ってるのあの赤ミヤスは!?

突然過ぎる叫び声と、その内容の衝撃度に思わず立ち上りかけた俺に伝わった感覚は、


ちゅ……、ゴチンッ!!!


目前に迫り、ほとんど接触してもおかしくない至近距離には、朝比奈さんの顔が。

いや、ほんの少し、口と熱源を感じている。特歯がひりひりする!

金槌を振り落としたのような痛みが歯ぐきに走っている。

というか顔が近い近いですよ朝比奈さんっ!

だが待て、つんのめったのは俺なんだから、俺が顔を離さなくてはいけなくて。

あれっ? 頭ってどうやって動かすんだ? 首の動かし方が分からないぞ!

今なら分かる、多分俺今すごく混乱してる!

ごめんなポケモン、こんな風だとは知らずにいつも攻撃成功させろよ、なんて言って!


俺が無意味な現実逃避を走り始めると、今度は今までパチクリともしなかった朝比奈さんが、


「………え? キョンく……」


どれくらいくっ付いていたのか、ほんのコンマ五秒かもしれないし、五時間かもしれない。

あまりの感触に、竜宮城的走馬灯的な思考速度に陥っているしまっている俺に対して、

朝比奈さんは、ばっと後ろに下がり、口元に手をあてて、

顔が見る見るうちに赤くなり、そして目元にすっと涙が……、


「………ひぅ、うぅぅう………―――――ッ!!!」


そのまま席を立ち、店の奥まで一直線に駆けだして行ってしまった。


194 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/06/25(土) 02:20:52.86 ID:rR2E7+JPo


朝比奈さんが走り去った後残されたのは、追うことすらできなかった愚かな男ただひとり。

……あの衝撃、感触、痛み。

もしやもクソもない、多分間違いなく、ほんの少し前まで、俺は朝比奈さんとキスをして……

ついと唇に触ると、ほのかに熱を持っている気がする。

あ、朝比奈さんと、本当に、キス……したらしい。

あまりにも現実離れしすぎた出来事に、おつむがついて行けない。

それでも後ろから聞こえてきた声は、


「あ、あっれー? もしかしてのもしかしてってば、あたし、悪いこと、しちゃった……?」

「………」

「ねぇ! なんでいっくんは無言で席を立っちゃうの!? やめてよっ、なんか怖いよ!」

「……巫女子ちゃん」

「ひっ!? な、に……かなぁ、なんかすっごいおっかない顔をしてるんだよいっくんってば!」

「人にはね、していい事といけないことがあるんだよ……?」

「う、うん! うんうんうんうんッ!! 分かった分かりましたからあたしが悪かったです!」

「あの娘、すごいメイド服が似合いそうだったのに。メイド検定準一級クラス。そんな女の子を
 泣かすなんて、巫女子ちゃんは人間としてはしていけないことをしたんだ」

「えーーー!? アベックとしての初チューを邪魔しちゃったのじゃなくて、そっちなの!?」

「むしろ怒る所はそれぐらいしか見当たらないけど?」

「他にもいっぱいあるよ! 仲いい雰囲気をぶち壊したり、あえて居づらくしちゃったりとか!
 いっくんあたしより酷いよそれは!」

「それでも、実行した巫女子ちゃん程ではないけどね」


殴りてぇ……、藤原とか周防とか長門の親玉以上にぶん殴りてぇ。


219 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/08/22(月) 01:55:04.00 ID:pctwIQSno


正常に脳が運転しだしたと思ったら、今度はふつふつと隣の奴らに怒りがわいてきた。

逆に怒気のせいで頭が冷えていくかのように、冷静な自分もいる。

こんな野郎に構わず朝比奈さんを連れて早く出てけ、と警告する何か。


うん、間違いなくそれこそもっともだ。

意識的にしろ無意識にしろ、こうも雰囲気をぶち壊しにするような奴らに構うことはない。


それよりも大事なことは朝比奈さんだ。

方向的に店のトイレに閉じこもってしまった様だが、 どうにかここからさっさと離れないと。

朝比奈さんが置いていった荷物とバック、まだ飲みかけの飲み物は……勿体ないが置きざりか。

机の隅に置かれた注文票を掴み取り、とっとと離れようと慌てて立ち上がった、




―――その時、


221 名前: ◆cBdDqHBBvg[saga] 投稿日:2011/08/22(月) 01:57:06.71 ID:pctwIQSno


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「すいません、連れが迷惑をかけたみたいで。大丈夫ですか?」


振り返ると、そいつは俺と向き合い、素直にそう謝った。

誠実そうに正実そうに。

だが、その声音から。いや聞く前からだ。そいつの目を見れば分かってしまう。

そうは言ったが、こいつは迷惑を掛けたとも、謝罪の意思も微塵もないと、


―――俺『程度』の事なんか眼中にないと、そいつの目は言った。


いや、何も言っていなかった。無言であったと言うのが正しい。

無言に俺に語りかけてきたその眼にあったのは、あるいはなかったのは、全て。

何も存在しない空白の存在、何も存在させない無為の式。

つまるところが、―――無。

その眼球の中も、言葉の中も空っぽで、何を掛けても割ってもそこには塵一つ残らない。

一切の存在も実体をも否定し批判する観念。

            ゼロ      ゼロ
『0』。そう、そいつは零。―――零の概念、そのものではないか


あらゆる物を、一閃の光さえも逃さず奪い取ろうとするブラックホールの如き目。

全ての存在を、一切合切恨んで憎んで否定するどころか完全に拒絶を示す眼。

そいつの視線に、



―――見るな。触れるな。聞くな。喋るな。知るな。行くな。越えるな。……関わるな!!!



あらゆる俺の経験も、

本能も、

身体も、

精神も、

全てがそいつを拒絶しようとしている。

この一年に培ったありったけのモノが、今すぐ逃げろと俺に嘆願していた。

初めて身に感じる、朝倉の凶器でも、周防の狂気でもない、本物の凶危。
                         ポイント・オブ・ノー・リターン
この男こそが、死線であり、三途の川、 帰 還 不 能 地 点 である事を悟らされた。


そして、俺は――

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222 名前: ◆cBdDqHBBvg[sage saga] 投稿日:2011/08/22(月) 02:03:44.62 ID:pctwIQSno

ここ2ヶ月ほど投下できずにすいません。ようやく時間が出来たので報告だけでも
理由はリアルがあまりにも忙しかったためです
なので、まだ書き駄目もあまりないので、今回は修正版を生存報告替わりにさせてもらいました
>>1にも書きましたが、もうプロットも完成していますので、絶対に完成させます
ただ、今年はあまり時間がとれなそうなので、これからは極端に投下が遅くなるかと
夏いっぱいは用事がありますので、次回投下できるとしたら9月に入ってからだと思います
毎回待たせてしまって申し訳ありません
今しがたお待ちください



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