涼宮ハルヒの優情


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1 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 13:22:30.76 ID:yQ+mxIMb0

前回は見苦しいことをして本当に申し訳ありません。

せめて言っていいこと悪いことだけは、気をつけます。

      〜〜〜〜これまでのあらすじ〜〜〜〜

 みくるの新たなコスプレ用衣装の買い出しに出かけたハルヒ達SOS団一行は、
その途中らき☆すたの世界に迷い込んでしまい、アキバで泉こなた、柊つかさ、柊かがみに出会う。
 こなた達にアキバでの衣装探しを手伝ってもらうことになり、その過程で一同は親交を深めていく。
 かがみと古泉は互いの気持ちが通じ合い、こなたはキョンに惹かれていくが、
キョンは気づかず、古泉はかがみを巻き込まないために別れを告げる。
 そんな中、こなたの、キョンとハルヒの幸せを願う心をハルヒは託される。
 ハルヒが整理できずに抱えたまま、SOS団一行は元の世界へ帰ってきたのだった。

3 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 13:55:12.78 ID:Rv/8olYjP


“Things I’ll Never Say” Avril Lavigne

4 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:08:23.68 ID:Rv/8olYjP


窓の外で昼下がりの井戸端会議が終わったらしく、近所のおばさん達の声が離れていく。

(全くもう……暖かくなったり寒くなったり、どっちなのよ!ていう天気が続くから、

あたしまで調子狂っちゃうのよ……)

ベッドの上でそう思いながら自分の部屋の天井を忌ま忌ましく見詰める。

5 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:14:36.92 ID:Rv/8olYjP


夕食前に飲んだ漢方薬が効いたのか、ふうっとついた溜息にまだ熱っぽさが少し残っているけど、昨夜ほど辛くはない。

夜中、うつらうつらとして目が覚める度に、ひどい身体の熱さと苦しさが増していった。

天井のオレンジ色の薄暗い電球がいやにクッキリ見えていたのを覚えている。

そのままぼうっとしていると、屋根の遥か上、間延びした時間帯の空に、

飛行機がまっすぐをなぞるような軌跡を残す音が響いてきた。

6 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:19:48.09 ID:Rv/8olYjP


(今頃あいつ、部室でみくるちゃんとお茶でも啜りながら、まったりしてるんじゃないかしら。

有希は有希で二人が楽しそうにおしゃべりしてるのを聞いてるのか聞いてないのか、

窓辺で本ばっかり読んでるのに決まってるのよ。時々湯呑に口をつけながら。

そのくせ、古泉くんがやってきたら、あいつとみくるちゃん相手に、

2−2でオセロでも始めてるに違いないわ。

7 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:23:58.76 ID:Rv/8olYjP


どうしてみんな、いつも団長のあたしが発破をかけないと動こうとしないのかしら。

この世の不思議はこちらから捕まえにいかなきゃ、待っていてくれないのよ。

もっとSOS団員としての自覚を持ってほしいわ。

有希、本から得た知識はフィールドワークで生かすものなのよ。

古泉くんは副団長として、よくやってくれてるとは思うけど、

なぜかあたしがいない時に限ってよくバイトで抜けてるらしいわね。

それは責められないけど、あとの平団員二人とみくるちゃんだけ残したらどうなるかわかるでしょ!?

みくるちゃん、あなたがコスプレ衣装を着てるのは、

「萌え」を体現することでミステリアスな事件を誘引する、

という目的があってのことってのを忘れてない?そうよ、キョン!!

何であんたが衣装着たみくるちゃんを眺めて喜んでるのよ!!

本当に、あのアホは今頃何してるのかしら……。)


9 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:31:01.52 ID:Rv/8olYjP





今日、涼宮ハルヒは学校を休んだ。それ自体は事件でも何でもないのかというと、

ここは意見が分かれるところであって、つまり毎日のように事件を起こす張本人の不在によって、

俺の平穏無事な学校生活が今日一日は保たれたというべきか、

あるいは存在そのものが事件のようなこの後ろの席のクラスメートが今日一日学校を欠席し、

少なくとも始業から放課後までは何も起こさなかったことを一つの事件と見るべきか、

ということだった。

10 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:36:02.43 ID:Rv/8olYjP


ちなみに、ある「事件」のことで少し気になることのあった俺は、

これまた同じクラスの国木田に一応確認をした。

 キョン 「今日、ハルヒは来ないのか?」

 国木田 「キョンが知らないのに、僕が涼宮さんのこと知るわけないよ」

よし。涼宮ハルヒは今日は休んだんだな。


11 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:41:14.25 ID:Rv/8olYjP



なんとなく一番の胸の支えがおりた俺は、少し軽くなった心と足で、

我らがSOS団の根城となっている文芸部室へと向かった。

このところ、暖かくなったと思ったら寒くなったり、少々アップダウンの激しい天候が続いたから、

さしもの団長様も身体の調子が狂って、風邪でも引いたのだろう。

明日また登校してきたらからかってやろうか、などと考えていた。

この時点での俺は、よもやそれどころではなくなるなど、知る由もなかったのである。


12 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:46:49.01 ID:Rv/8olYjP



部室のドアをノックする。すぐにドアの向こうから、

朝比奈さんの聴く者の心を一瞬で開花させるような声が返ってきた。

ドアノブを回して軽く挨拶しながら中に入ると、いつものように窓辺のイスに姿勢よく腰かけて、

膝元の分厚い本の頁に視線を巡らせている長門の姿が目に入った。

 みくる 「今、お茶淹れますね」

そのお言葉だけでも今日一日の疲れがとれる。毎度有難いことです。

長テーブルのパイプ椅子に腰を下ろして一息つくと、

ふと思い出して俺は朝比奈さんに話しかけた。


13 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:53:05.14 ID:Rv/8olYjP


 キョン 「そう言えばハルヒの奴、今日珍しく学校休んだんです」

 みくる 「ええ……そうですね、風邪で辛かったみたいで……」

急須から人数分の湯呑へと、お茶を分けて注ぎながら、心配そうに答える。

なぜ知ってるのか、と言いかけて、そこにいる長門も朝比奈さんも、

ハルヒの状態把握を基本とする生活を送っている人達であることを思い出した。

14 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 14:58:51.82 ID:Rv/8olYjP


 みくる 「はい、どうぞ」

可憐な笑顔とともにコトリと俺の前に置かれた湯呑からは、

慎ましやかに湯気が立ち昇っている。

そう、恐らく陰で言い知れないプレッシャーを抱えながら、

部室では最高のお茶を振る舞ってくれる天使のような方なのだ。

と言うか、ハルヒがいないと分かっていてもメイド衣装なのですか。

15 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:04:07.62 ID:Rv/8olYjP


 キョン 「ハルヒも明日にはうるさく顔を出してくるでしょうし、

      朝日奈さんも羽を伸ばせる時は伸ばして下さい」

ひととき、朝日奈さんとお茶を啜りながら、まったりとおしゃべりを楽しんだ。

そうだ、長門、古泉が来たら、2−2でオセロでも……


その時、ドアがコツコツと鳴って、古泉が現れた。

  古泉 「みなさんで話し合いたいことがあります」


16 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:09:38.06 ID:Rv/8olYjP


  古泉 「――結論から言いますと、我々の内誰かが、涼宮さんのお見舞いに行かねばなりません」

古泉の話はこうだ。昨夜から風邪で参っていたハルヒが、段々と回復してきた。

それは喜ばしいことだが、精神的・肉体的に余裕ができてくるにつれ、

今日自分が学校を休み、特にSOS団の活動ができないことに対して、

非常に不機嫌になってしまった。結果、例の閉鎖空間が発生し、

それは拡大し続けている。それを止めるためには、ハルヒの家まで行って慰める必要がある。

17 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:14:36.98 ID:Rv/8olYjP


 キョン 「一体どこの小学生の病欠なんだ!?

      連絡帳に宿題のプリント挟んで持ってくってのか?」

古泉は大マジな顔で、

  古泉 「そこまでする必要はありません。

ただ我々が今日SOS団として有意義な活動をしたことを、

多少の嘘をついてでも涼宮さんに報告すれば、

幾らかは心が晴れてくれると思うのです。かと言って、

団員全員で押しかけるとお身体に障りますから、

ここは誰かが代表して行くべきでしょう」

18 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:19:45.98 ID:Rv/8olYjP


解った。古泉、お前が行け。

  古泉 「僕が行くのはやぶさかではありませんが、

      やはり一番気のおけない間柄の人がベターではないでしょうか」

俺はチラリと朝比奈さんを見た。

 みくる 「あ、あの、あたし、涼宮さんのお見舞いに行きたいんです……けど」

ええ、何となく違うんですね、わかります。

  長門 「ここはあなたが行くべき」

……解った。というより、何となく解っていた。ハルヒのことで、

一番の面倒事は、俺にお鉢が回ってくる、って寸法なんだ。

19 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:25:30.07 ID:Rv/8olYjP


 みくる 「キョンくん……。頑張って」

  古泉 「お願いします。僕ももう行かねばなりません」




朝比奈さんに渡された、ハルヒの家までの簡単な地図が描かれたメモを頼りに、

俺は何とか涼宮家の前まで辿りついた。なるほど、長門のマンションから歩いていける距離だ。

22 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:39:49.42 ID:Rv/8olYjP


一呼吸間をおくと、頭上からすくい上げるように燕の親が宙を舞って、

ハルヒの家の玄関扉の上に造営した巣のヒナにエサを運んでいた。

ドアの下に敷かれた新聞紙にはまばらに糞が落ちている。

しかしここまで来てハタと思いあたったのだが、

ハルヒが学校のことを家で話してるようには思えない。

そこへ男の俺が突然訪ねてきたらハルヒの親だっていぶかしく思いはすまいか。

23 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:44:45.37 ID:Rv/8olYjP


そう考えると途端に俺のハルヒ的立場とは何ぞやという疑問が湧いてきたが、

いやいや何故にこの俺がそんなことを考えねばならぬのだと、

まなじりを決する勢いそのままに、俺は涼宮家のインターホンを押した。

俺はハルヒの見舞いに来たんだ。

24 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:49:57.05 ID:Rv/8olYjP


ややあって「はい」とインターホンのスピーカーから涼やかな声が応える。

ハルヒと似ているが、もっと落ちついた声だ。

自分が高校のクラスメートで、ハルヒと同じ部活の者であること、

見舞いに来たことを告げると、「あ、はい」と言って声が途切れた。

しばらくして、玄関のドアから、ハルヒの母親が迎え出てきた。

そう、一目で分かる。ハルヒは母親似なんだな。

25 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 15:55:15.98 ID:Rv/8olYjP


「ありがとう、どうぞ、あがって」と用意されたスリッパを履いた時に、

俺はまた先ほどの、やはり最も疑問とするべきことを思い出した。

ハルヒはどうなんだ?皆に推されて半分ヤケクソでやってきたが、

ハルヒだって一応は女の子だ。病気で弱った姿を見られるのはよしとしないんじゃないか。

それ以前にいきなり家に来たことをどう思うか。

しかしもう遅い。階下で母親に案内された部屋の前まで来てしまった。

ノックをする。「どうぞ」ドアを開ける。

26 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:00:35.68 ID:Rv/8olYjP


ハルヒはベッドから身を起こし腕を組んだ状態で、

まるでライオンが飛びかかる直前に身をかがめて獲物を狙っているような黒々とした目を光らせて、

俺を正面から見据え、口をきっと真一文字に結んでいた。

 ハルヒ 「ボーッとしてないで入りなさいよ、寒いから」

 キョン 「お、おう」

27 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:06:31.40 ID:Rv/8olYjP


布団の足元近くに腰を下ろしてあぐらをかくと、

 ハルヒ 「あんたのこといつも仇名で呼んでるから、

      名前聞いても一瞬分からなかったわよ」

 キョン 「それは俺の責任ではないが、なあ、ハルヒ」

 ハルヒ 「何よ」

今の当人のセリフとは相反した部屋の状況を俺は指摘した。

 キョン 「とりあえず、その全開になってる窓を閉めてもいいか?

      こじらせるといかんぞ」

28 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:11:53.05 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「なっっ……!へ、部屋の空気が籠ってると、

      あんたにうつしちゃいけないと思ってあたしは」

ここで前触れもなくハルヒは盛大なクシャミをかまし、

同時に俺の鼻腔に酸っぱい匂いが拡がった。もうその心配はしなくていいぞ。

俺は立ち上がって窓を閉めたついでに、ティッシュの箱を取ってきて、

手の甲を鼻に当てて鼻水をすすり上げているハルヒに渡した。

29 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:17:11.19 ID:Rv/8olYjP


 キョン 「今日一晩、無理せずゆっくり休めよ」

 ハルヒ 「あんたは」

パジャマの上に着ている部屋着のカーディガンの襟を寄せながら訊いてきた。

 ハルヒ 「あんた達はどうなのよ。あたしがいないからって、

      羽伸ばしてたんじゃないでしょうね」

 キョン 「うっ」(しまった!カチューシャを外しているからと油断した!)

すまんな、古泉。いきなり作戦失敗だ。今の俺の返答が全てを物語ってしまった。

30 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:22:44.58 ID:Rv/8olYjP


取り繕う間もなく、

 ハルヒ 「これだから、あたしがいないとあんた達は……。いい?

      キョン、団には規律ってものが必要なのよ!」


こうして俺は、小一時間ほどSOS団団長様から有難い説教を頂戴した。


31 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:28:07.62 ID:Rv/8olYjP


不思議現象がいかに稀有なもので探し当てるのが難しいか、

そのための団員としての心構えなどの内容を話すうち、

段々と元気よく、声のトーンが上がってきたので、エネルギーを使わせてはいかんと、

 キョン 「解った、俺からみんなに伝えるから」

となだめた。見舞いに来たのに疲れさせては元も子もないし、

ハルヒの母親に娘のことが心配になるような内容の言葉は聞かせたくなかったからな。

32 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:32:59.99 ID:Rv/8olYjP


途中でハルヒの母親がお茶とお菓子を持ってきてくれたんだが、

その間俺はなるべく何気にしゃべりまくって、ハルヒの言葉を、

普遍的な部活の話題・内容へと変換するのに苦労した。

おっとりしていても聡明そうな方だったから、どこまでごまかしきれたか解らないけどな。

ともあれ、おふくろさんの登場で、この件については一段落したのだが。

33 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:38:31.57 ID:Rv/8olYjP



思うに、人生には転換点というものがあって、それは時に、

緩やかな転調を先駆けとして来るんであった。

実に、この時がそうだったんだな。

 ハルヒ 「ねえ、あんた、こなたに会いたい?」

また鼻をかみながら、ハルヒが唐突に聞いてきた。



34 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:43:59.35 ID:Rv/8olYjP


 キョン 「会いたいって……またあいつの話聞いてみたいとは思うな」

 ハルヒ 「あたしも会いたい」

ひょっとして。

 キョン 「こなたと連絡とったのか?」

 ハルヒ 「まさか。掛けられるわけないじゃない」

 キョン 「……?」

真っ直ぐな瞳が俺を見つめた。

35 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:50:20.40 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「あんた、気づいてた?こなたは、あんたのことが好きなのよ」

 キョン 「なっ……!?」

俺の動揺に、ハルヒは痛恨の表情でがりがりと頭を掻いた。

 ハルヒ 「あーもう、やっぱり……。でも、

      そっちの方が良かったのかもしれないわね……」

驚きで喉が詰まったままの俺に、ハルヒは言葉を継いだ。

 ハルヒ 「だけどね、あたしとあんたが付き合ってると勝手に勘違いして、

      身を引いたに違いないのよ」

36 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:55:14.51 ID:Rv/8olYjP


なんでそこまで解るんだと言いかけた時、俺の脳裏にこなたの言葉が甦った。


 『ハルヒちゃんのこと、大事にするんだぞ』

バスターミナルで見せた、悲しげな微笑。


なんて鈍感野郎なんだ、俺は。ボウリングのピンに巻きつけられる位薄くなるまで、

自分をハンマーで叩きのめしたいほどだぜ。

37 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 16:59:52.45 ID:Rv/8olYjP


俺が歯を喰いしばっていると、ハルヒが少し落ち着いた声で言った。

 ハルヒ 「だから、あんた、決めなさい。こなたの気持に応えるかどうか。

      ……待ってあげるから。あんたがどういう答えを出そうと、

      それを聞いてから、こなたに電話するわ」

38 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 17:04:54.53 ID:Rv/8olYjP


帰り際、ティーカップとトレイを返しに持っていくと、

ハルヒの母親に「来てくれてありがとう」と言われた。

小柄な細身で、人を安心させるような、柔らかい、優しそうな雰囲気と、

知性を併せ持ったような感じの方だった。俺は男だから解らないが、

化粧してないように見える。特に笑顔の時、目元と顔の輪郭がハルヒとそっくりなんだが、

ただ、活発なハルヒとは対照的に、昔ながらの慎ましい日本のお母さんここにあり、てとこだな。

39 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 17:10:08.24 ID:Rv/8olYjP


いわく、

 「最近、娘が自分で作った部活動が楽しいらしくて、前より生き生きしてる。

  あの子のことだから、気の合う仲間どうしで一緒にワイワイ作った、

  ていうよりは始終周りの方を引っ張り回して、

  あなたにもご迷惑かけてるんじゃないかと心配で……」

40 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 17:15:08.48 ID:Rv/8olYjP


そうおっしゃられるとこちらも恐縮して、

 「いえ、こちらこそ、仲間もハルヒ‥さんのおかげで、色々な活動ができてますし」

とでも言う他なかった。そうすると母親としては、

 「どんな活動をしているんですか?あの子、

忙しそうにしてるばかりで何も教えてくれなくて……」

と聞きたくなるよな。

41 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:04:12.94 ID:Rv/8olYjP


こればっかりは事実そのまま言うわけにいかないから、少しぼかして、

 「この辺の地域のことを、歩き回って調べたり、

その他ハルヒさんのアイデアで地域の行事に参加したりしています」

とだけ答えておいた。

 「どうかよろしくお願いします」

と、心配そうな面持ちに僅かに笑みを浮かべておっしゃった。

42 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:09:49.16 ID:Rv/8olYjP


ハルヒの家を辞し、歩き出しながら俺は、

今日なんのために見舞いに来たのだろうと考えて、ハッとした。

ひょっとして古泉の野郎は……。

もしかしたら長門も朝比奈さんも。

しかし、今はそれどころではない。

とぼとぼと歩きながら、考えなければならないことが突然、

山ほどできたことを知った。

43 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:13:00.88 ID:Rv/8olYjP



こなたのいた世界からこちらに戻ってきたのは何週間も前だ。

時間はあちらも同じように流れてるみたいだから、

こなたにとってもとっくの昔に済んだ話だと思ってるかもしれない。

気持ちに応えるだと?何にしても今からでは遅すぎるというものだ。

ハルヒがこなたの気持ちを知っていたというのなら、

なぜ今頃になってそのことを俺に教えたのだろう。古泉のことがあったにせよ、

もう少し早く知らせてもよいものを、随分と意地悪なことをする。

これじゃまるで……

44 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:16:40.65 ID:Rv/8olYjP


そう思いかけて、俺はみぞおちから突き上げられたような鋭く重い痛みに襲われた。

吐き気を催す。無意識の底に蓋をして、封じ込めていたものが、

俺の胃の中を逆流して押し寄せてくる。

それは、ハルヒへの責めではない。

自己嫌悪。

ズンと胸の中にいったん沈んだ鉛の玉が、腹の内側をのたくり回るようだ。

近くの塀に手をついて、地面を睨みながら必死に耐える。

45 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:19:56.23 ID:Rv/8olYjP


ハルヒには告げられない理由があった。

だからせめて、俺が自分でこなたの気持に気づくまで待っていたのだ、今までは。

今まで?いつからの今までだ?ハルヒはいつから今まで、待っていたのか?

ハルヒは何を待っていたのか?

その周辺のことを今まで俺は考えようとしなかった。

なぜなら、俺は怖かった。

何のことはない、一番ベタのベタをやっていたのは俺だったのだ。

46 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:23:33.42 ID:Rv/8olYjP


「それ」を意識してしまうことで、俺はハルヒと、

今まで通りの関係ではいられなくなるからだ。

いや、関係なんかどうだっていい。正確には、

ハルヒといられなくなるかもしれないからだ。

ハルヒが俺の前から去ってしまう。それが怖かった。

だから俺は無意識の底にハルヒへの思いを沈め、古泉が時折振ってくる、

その手の話題を避け、気のないフリをするという蓋で閉じてきたのだ。

47 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:26:50.67 ID:Rv/8olYjP


ハルヒといられさえすればいいのだから。

あいつと一緒に過ごしたぶんだけ、あいつの魅力に気づいていかない奴などいない。

涼宮ハルヒはそういう女だ。去年の暮も迫った頃に、

ハルヒが北高から消失した時、俺は必死でハルヒの姿を追い求めた。

それは紛れもない事実だ。あいつのいない世界など、俺にとっては無と同義だ。

そのことに気づくヒントを、俺はあの時長門からもらっていたのだ。

だから、後おれのするべきことは、そんな自分の気持ちを正直に受け入れることだけだった。

48 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:30:28.59 ID:Rv/8olYjP


だが、俺はそれを怠った。

世界が元通りになった安堵とともに、もう一度過去に戻りさえすれば、

ハルヒのことに関しては一件落着とばかりに、せっかく外れかかった蓋を、

誰にも気づかれないようにしっかりと閉め直すという愚に走ったのだ。

自分の気持ちとさえ向き合えない弱い自分。その弱さからすら俺は目をそらし、

そんなものはあたかも存在しないかのようにさえ振る舞い続けてきた。度し難いアホだ。

49 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:33:05.34 ID:Rv/8olYjP



『こなたの気持ちに応えるかどうか、あんたが決めなさい』

ハルヒに、ハルヒの口からそこまで、俺は言わせてしまった。

ハルヒは待っていたのだ。ハルヒが待っていたのは――。

俺は自分の気持ちを優先するばかりで、ハルヒが俺をどう考えているかなど、

みじんも考えたことはなかった。ハルヒにそこまで言わせてしまってから、気づいてどうするんだ。

50 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:35:57.23 ID:Rv/8olYjP



遅すぎた。こなたのことも。ハルヒのことも。

自分に嫌気がさすぜ。

しかし、時間は戻らない。ここからはどうするかだ。どんな結果が待っていようとも。

こなた、ありがとう。そして、スマン。

ハルヒとのことにケリがついて、もしまた会えたなら、

お前の旋風脚で俺を蹴り飛ばしてくれていい。それからきっと、

また笑い合おうぜ。

でも今は。

ハルヒとのことにこそ、俺は答えを出さなければいけない、もう手遅れでも。


51 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:38:32.41 ID:Rv/8olYjP


しかし、ハルヒに今さら何を言えばいいかが解らない。

天を仰いでも、浮き世のことなど知らんとばかりに、

ただいつものように夕空があるばかりだ。

古泉。お前がどんな意図をもって、俺をハルヒの元へ向かわせたのかは知らんが、

とんでもない事態を招いてるぜ。明日、朝起きたら世界が終了していた、

なんてことにはならないだろうな。

ともあれ、ここで一人鬱々としていても仕方がない。

空がぼやけた薄青紫色になって冷えていく下で、俺は家路についた。

52 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:41:07.54 ID:Rv/8olYjP





次の日の朝起きると、俺は世界が終了したかのような頭痛と熱を覚え、

その日は病欠した。


キョンの妹 「キョンくーん!ハルにゃんがお見舞いに来てくれたよー!」

53 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:43:43.21 ID:Rv/8olYjP



ひとしきりハルヒとハルヒに懐いて絡んでいる妹、おふくろ達の会話が聞こえ、

やがて一人がゆっくり階段を上がってくる音が近づいてきた。

「入るわよ」

とほぼ同時にドアを開け、ベッドの側まで来ると、

俺を見て他人事ながら呆れる、という口調で言った。

 ハルヒ 「見舞いした当人に見舞されちゃあんたも世話ないわね」

55 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:46:37.63 ID:Rv/8olYjP


お前が言うセリフか、という怒りよりもベタ過ぎる自分に呆れる。

俺は部屋の壁にもたれながら風邪に降参とばかりに天井を見上げた。

 キョン 「ああ……まったくその通りだ……」

すると、意外にも少し沈んだ声が左から聞こえた。

 ハルヒ 「うつして悪かったわね……」

見ると、俺のベッドに視線を落としている。

 キョン 「いや。昨日の今日で風邪は引かねえよ。それより、

      お前も病み上がりなのに大丈夫なのか?」

56 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 18:49:48.06 ID:Rv/8olYjP


後で古泉から聞いたのだが、実は団員達も同様にハルヒの身体を気づかって止めたそうだ。

しかし自分がうつした風邪だから自分は免疫がある、

みんながうつるといけないからあたしだけが行く、これは団長命令よ、

と押し切ったのだそうだ。長門と違って俺はただの風邪だと分かってるから、

古泉達もそこまで引き止めはしなかったんだろう。

59 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:14:28.38 ID:Rv/8olYjP


俺の心配にも、我らが団長様は両手の平を腰の側面に当てて肘を張ってみせた。

 ハルヒ 「このとおりよ。…でもあたしも正直寝込んでいる時は、

      かなり参ってたのよ。たかが風邪だけど、

      このあたしを一度とはいえダウンさせるなんて、

      相当タチの悪いヤツね。……あんたが見舞いに来てくれて嬉しかった」

強気の笑顔が途中から真顔になっていた。

奇遇だな。俺には今のお前の気持ちが痛いほど解るぜ。痛いのは頭だけどな。

まあつまり、俺が今言いたいのは、俺もお前に感謝してるってことだ。

60 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:18:10.88 ID:Rv/8olYjP


俺の言葉にハルヒはフッと笑って、

 ハルヒ 「それにあんたの昨日のノート写させてもらわないといけないし」

何事もなかったようについと部屋の奥まで歩いていく。

俺の前を横切る時、ふわんと校舎の匂いがした。

 キョン 「ちょっ…まさかそっちが目的か!阪中に借りりゃいいじゃねえか」

 ハルヒ 「目的とは心外ね。見舞いにきたついでと言ってほしいわ。

      大体、あんたが昨日家に置いてってくれればねえ。」

 キョン 「自分から、ついで、という言葉の軽さがだな」

 ハルヒ 「いいじゃん、今から阪中さんに借りるんじゃ、

      二度手間になるし。今日のノート、あんたに見せてあげるから。

      ここに置いてくから、後で写しなさい。机借りるわよ」

61 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:22:05.14 ID:Rv/8olYjP


あっけらかんと言いながら、早速学習机の脇の棚からノートを引っ張り出して、

昨日の科目のを探している。なんだか丸め込まれたような気がするが、

こちらの方では断る理由はない。ただ、

 キョン 「お前も今日の宿題とかあるだろ」

 ハルヒ 「いいわよ。宿題なら休み時間に済ませたし。大体頭に入ったから」

 キョン 「……そうか。ありがとよ」

62 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:26:42.29 ID:Rv/8olYjP


さて。明日谷口や国木田が親切にもノート貸してやろうか、

などと言ってくれたらどうするかな。正直に答えたら、

「お前ら、やっぱり……」とか言われそうだ。

それにしてもハルヒは、まったくふだんの奇矯な振る舞いとは釣り合わない頭脳を持ってる女だ。

今も昨日のノートを写しながら、書いた俺よりも理解が進んでるのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えながら、後れ毛の残るうなじの辺りを眺めていると、

 ハルヒ 「あんたもキツいでしょうけど」

ノートにシャーペンを走らせながら淡々と話し出した。

63 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:49:54.37 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「きのう、あんたがいきなり家に来たせいで、

      お母さんは『いい子ね』なんて言ってあんたを彼氏だと思い込んでるし、

      親父は機嫌悪くなるし、あたしも大変だったのよ」

それっきり、後は黙々と2つのノートのページをめくったり、

ラインマーカーのキャップをつけたり外したりする音を立てていた。

64 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:54:14.53 ID:Rv/8olYjP


斜め後ろからでは、ハルヒが今どんな表情をしているか見えない。

ハルヒがもし今振り返ったら、俺は何かを答えなければならないだろう。

しかし、今俺が持ち合わせている言葉の全てを探しても、答えることは出来ず、

従って答えてはいけないことを俺の直感は命じていた。


そしてハルヒは―――全てを写し終えてノートを閉じるまで、振り返らなかった。

65 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 19:58:48.32 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「じゃあ、明日。部室にも必ず来るのよ。風邪の病み上がりだからって、

      平団員に特別扱いはナシだからね!」


ハルヒが部屋から出るのを見送った俺は、口の中がカラカラになっているのに気づいた。

水をコップ一杯飲み干して部屋に戻ってくると、

ハルヒの今日のノートが置いてあった。

66 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:01:52.43 ID:Rv/8olYjP


立ったついでだと思って早速写させてもらっていると、

頭の中にまたハルヒの声が聞こえた。

 『あたしも大変だったのよ』

今ならさっきのハルヒの言葉に答えられることに気づいた。

自然と言葉が口をついて出る。

 「そうかい、そりゃ、すまなかったな」

と。

そして、もう一つ。

俺は明日、部室に行って、団員全員の前でハルヒに告げる答えを決めた。

67 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:05:32.49 ID:Rv/8olYjP





 ハルヒ 「悪いけど、断るわ」


ガラスのように平坦な表情で、ハルヒは俺に事実上の死刑宣告を下した。

 キョン 「……!」

俺は絶句した。長門も朝比奈さんも古泉も、表情が凍りついている。

何事もなかったような顔をしているのは当のハルヒだけだ。

68 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:10:18.60 ID:Rv/8olYjP


団長の席に座ったままハルヒが続ける。

 ハルヒ 「正直、そのセリフって聞き飽きてる割には、

      あまり意味が解らないのね。

      そりゃ、あんたの気持ちは嬉しいわよ。

      でも、これ以上あたしとあんたで何が出来るって言うの?

      別にあんたをSOS団の雑用ってだけ見てるわけじゃないわよ。

      あんただけじゃない。有希もみくるちゃんも古泉くんも、

      お互い色んな経験を共有した仲間でしょ?

      これからもそれでいいじゃない?」

69 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:13:17.80 ID:Rv/8olYjP


もう慰めと言いくるめに入ってるな。

「これ以上」だって?シモネタを言える雰囲気じゃないしな。はは‥

膝の力が脱けて、俺は床にへたり込む。

ハルヒ。お前はもう……。

70 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:16:47.66 ID:Rv/8olYjP



思考ってものが意味を成さなくなるぜ。解っていたとはいえ、

こうも普通に振られるとはな。世の男によくある出来事が、

たまたま今俺に起きてるだけなんだよな。そうだろう、古泉?

見上げると古泉は、厳しく真っ直ぐな目で俺を見ていた。

まるで、あきらめるな、まだ終わっちゃいないと言っているかのようだ。一体――?

71 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:19:39.92 ID:Rv/8olYjP


俺は、同じく黙っている朝比奈さんを見た。

俺を見つめる双眸のどこにも、哀れみの色を映し出してはいない。

一度だけ、この眼をした朝比奈さんを見たことがある。

正確には今の朝比奈さんじゃない。

〈白雪姫って、知ってます?〉

あの時はそう、長門、お前も。

〈sleeping beauty〉

俺は何かをハルヒに伝えなくてはならない。

考えろ。

これ以上。

72 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:25:02.88 ID:Rv/8olYjP


俺は床にバンッと両手をつき、ゴンッと床を頭で叩いた。

 キョン 「ハルヒ!俺と結婚してくれ!!」

床に叩きつけた額がジンジンする。

まぶたの裏が真っ黒に見えるくらいキツく目をつむったまま、

俺は待つ。

束の間の、永い沈黙。

73 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:29:12.27 ID:Rv/8olYjP


ハルヒが椅子から立ち上がる音が聴こえて、

静かに床の軋む音が俺の額に振動となって近づいてきた。

聞き分けのない子供を諭すような落ち着いた声が頭上に響く。

 ハルヒ 「顔上げなさいよ。これじゃあたしが悪者みたいじゃない。

      あんた、どこの球団ファン?」

74 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:33:54.16 ID:Rv/8olYjP


最後の言葉が不可解だ。顔を上げると、何気ない顔をして、

俺の答えを待っている。

俺が地元のプロ野球の球団名を言うと、

 ハルヒ 「なら、第一関門突破ってところね。

      今日のナイターの健闘を祈りなさい。

      …そう言えば、伝統の一戦だったわよね」

さあ立って、と俺を促して立ち上がらせると、

和やかな顔で俺に片手を差し出してきた。

75 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:38:06.69 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「あんたとあたしって、相性最悪だけど、

      色々あった方が人生楽しいじゃない。

      あんたとなら、何とかやっていけそうな気がするわ。

      こちらからもよろしく」

俺とハルヒは、SOS団員全員に見守られながら、握手を交わした。

何度かつないだことのある、しかし、今から全く意味を新たにする手。

76 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:42:19.79 ID:Rv/8olYjP



 ハルヒ 「さあ、そうと決まったら」

ハルヒが皆を振り返る。

 ハルヒ 「みんなには悪いけど、今日は今から臨時の自主活動にしてちょうだい。

      あたしとキョンは今から出掛けるから」

 みくる 「え……?どこへ?」

嬉しそうな表情から一転、拍子抜けした顔の朝比奈さんが尋ねる。

77 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:45:24.12 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「決まってるでしょ、今から大急ぎで夕飯の支度をしなきゃいけないわ!

      腕によりを掛けたご馳走をこしらえなければね、

      ウチの親父を説得するんだから!まずは食材の買い出しよ!」

つないだままの手が早速引っ張られ始め、俺達は廊下に躍り出た。

意気揚揚と弾む背中に俺は問う。

 キョン 「ちょっ……いきなりかよ!」

78 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:48:02.03 ID:Rv/8olYjP


 ハルヒ 「こういうことは早い方がいいのよ。あんたとあたし、

      結婚するんでしょ?今からそんな弱気でどうすんの」

 キョン 「だからって突然その話題を持ち出したら、

      色々な誤解がだな……まず俺やお前の将来設計だの、

      どこに住むだの、先立つことがたくさんあるだろ」

 ハルヒ 「そんなもん、後からどうにでもなるわよ。

      それより、親父はトラキチなのよ。

      もし、今日の試合に負けでもしたら、

      一生許してもらえないと思って間違いないわ。

      あたし、今から応援することにしたから!」

79 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:53:19.67 ID:Rv/8olYjP



  古泉 「お二人とも、かなり舞い上がってるようですねえ、

      特に涼宮さんが。……はい、もしもし」

 みくる 「何だか……お隣が騒がしいです……」

  長門 「今からコンピュータ研の部員及びその他、

      会話を聞いた者の部分的記憶改変に向かう」

  古泉 「晩ご飯の支度をしている間に、少し冷静かつ慎重になるといいのですが。

      …ああ、長門さん」

  長門 「何」

80 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:56:29.64 ID:Rv/8olYjP


  古泉 「森と新川が、今夜、僕の自宅で慰労会を兼ねた、

      ミニパーティーを開いてくれるんですがね、

      お二人もご一緒にいかかです?」

 みくる 「え、でも……」

  古泉 「僕個人としては、そろそろ我々も互いの持つ情報を、

      共有してもよい時期に来ていると考えてるんですがね、

      他の勢力からより強固に涼宮さん達を守るためにも。

      ‥駄目でしょうか?」

81 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 20:59:04.28 ID:Rv/8olYjP


  長門 「わたしは構わない」

 みくる 「…じゃあ、あたしも。ふふ」

  古泉 「何か?」

 みくる 「古泉くんも、心おきなく柊さんと会えるようになるなあ、て」

  古泉 「……」

82 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:03:01.96 ID:Rv/8olYjP


  長門 「わたしも祝福する」

  古泉 「そんな、僕達はもう……」

  長門 「あなたも自分の気持ちに素直になって良い時期」

  古泉 「……」

 みくる 「ふふ……実はあたし、森さんにあこがれてるんです。

      色々教わらなくちゃ」

  長門 「……人が人を求める心、人が人に与える心…」

  古泉 「え?」

 みくる 「長門さん?‥行っちゃった」

83 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:06:12.77 ID:Rv/8olYjP


その日の涼宮家の晩餐がどうであったかについては、あまり訊かないでほしい。

結論から言うと、ハルヒと俺が結婚の約束を交わしたことを、

その席で俺がハルヒの両親に伝えることはなかった。

言えるはずがない。不躾な言い方をすれば、

俺はハルヒの親父を見た。ハルヒの親父は俺を見た。そんなところだ。

最もしじゅう緊迫感あふれる夕食だったかと言えばそうでもない。

84 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:09:21.97 ID:Rv/8olYjP




代金も、そしてハルヒの指示で買い込んだ食材も俺持ちで、

ハルヒの家に帰ってきた俺達は、息つく間もなく調理に取りかかった。

もっとも料理の腕にかけてはハルヒは今さら言うまでもない領分を発揮していたから、

俺はもっぱら調理用の器具やら容器の出し入れと洗いを、

訳も解らずただハルヒの指示に従ってやっていたに過ぎない。

恐らく複数の料理の下ごしらえを手伝っている最中に、

ハルヒの母親が勤め先から帰宅した。

85 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:11:41.44 ID:Rv/8olYjP



挨拶もそこそこに笑顔で台所から強制退場させられた俺が、

ハルヒに言われて居間のテレビを点け、ローカル局のチャンネルに合せると、

我らがホームチームはまだ序盤の回ながら3点差をつけられていた。

状況をどうハルヒに伝えるか迷う間もなく、恐らく最高のタイミングで、

涼宮家の主人が玄関のインターホンを鳴らし帰宅を告げた。

86 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:14:10.12 ID:Rv/8olYjP


そこからは多少端折らせていただく。

言っとくが、居間のテレビは試合終了まで点けっぱなしだった。

ローカル局の強みか、どんなに長引いても完全中継だ。

こういうところが深夜アニメを待つファンの恨みを買ってるんだな。


ほとんど味わう余裕がなかったとは言え、ハルヒの渾身の料理は、

俺が手伝っていた時の状態からは全く想像がつかないほどの、

素晴らしい出来映えだった。

87 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:17:02.00 ID:Rv/8olYjP


ハルヒの親父は――男は外見じゃないからそこは余り描写しないが―

少なくとも表面上はハルヒの言うように不機嫌ではなかった。

話を聞き、俺も短い受け答えをしているうちに解ってきたことだが、

ハルヒの性格の七割がたはこの父親から受け継いでいる。


ざっくばらんで、嫌味なく言いたいことをポンポン言う親しみやすさを感じさせたかと思えば、

人の話を聞きながら時折見せる炯炯たる眼光は、孤高の秀才を思わせる。

かと思えばまた自由闊達に脱線しまくった話をしてくれたり、

俺に独断に基づいた毒のない押し付けをしてきたりと、

俺もいつの間にか引き込まれて笑いを禁じえなかった。

88 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:19:30.80 ID:Rv/8olYjP



こういう俺の態度が他人事のようだと思われるかもしれないが、

一人の人間として俺は、ハルヒの父親と母親に会ったばかりだ。

ハルヒと一緒に考えて決め、ハルヒの父親と母親、俺の親父やおふくろに相談したり、

時には説得しなければならない時もいつか訪れるかもしれない。

が、今はどんな人物なのかただもっと知りたい、

そう思わせる魅力をハルヒの親父も母親も持っていた。

おふくろさんは、夫とハルヒ、俺の会話(ほとんど親父とハルヒのやりとり)を見て聞いて、

しじゅう笑っているばかりだった。慎み深いが笑う時は笑う、朗らかな方でもある。

89 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:22:39.57 ID:Rv/8olYjP



結婚のことをまだ言い出さない俺を、ハルヒがどう思ったか解らない。

しかし、途中まで多少不満げな顔を向けていたのが、野球中継が終わった後に、

俺に許すようなわずかな笑みを浮かべてくれていた。

有り体にいえば、全てはこれから、なのだ。

90 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [] 投稿日:2010/07/30(金) 21:24:59.74 ID:Rv/8olYjP



懸念となっていた試合結果だが、我らがホームチームは、

序盤につけられた点差は最終回を迎えるまで縮めることが出来ず、

二回以降スコアボードに0の二行列を並べていたが、

九回裏二死から下位打者が逆転満塁弾を放ち、勝利を飾った。

                             (完)


91 名前:吉星 ◆ObCLeKAw2g [sage] 投稿日:2010/07/30(金) 21:28:05.45 ID:Rv/8olYjP


以上です。最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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