佐々木「キミが、親友だからさ」


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名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:35:04.38 ID:cS+s2Bho0



笹の葉が風に揺れる。

ベガとアルタイル。二つの星は天の川を渡り、無事に出会うことができたんだろうか。

星が散りばめられた夜空を仰ぐ。ひときわ目立つ二つの星が、再会を喜ぶかのように明るく光っていた。


――なあ、織姫に彦星。お前たちに聞くのは間違ってるかもしれないが


あの時、俺がもう少し早く手を伸ばせていたら

世界は、変わっていたのだろうか?




3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:35:46.25 ID:cS+s2Bho0


「キョン」

いつもの喫茶店。カランカランと小気味良い鈴の音がして、俺はドアの方を見遣る。
声の主は、少し汗ばんだ額を冷やすようにショートカットを揺らし、

「すまないね。待たせたかい?」

「いいや、俺も今来たところさ」

届いたばかりのブラックコーヒーに目をやり、よかったよ。と微笑んでから佐々木は向かいに腰かけた。すぐさま来たウェイトレスにアイスコーヒーを頼み、一息ついてからもう一度俺を見据える。

「今日はいい天気だね。この時期にしては少し気温が高いのが難点だが、そこそこ雲もあるし湿度も適度と言える。素晴らしいくらいのお出かけ日和さ」


『プラネタリウムに行かないか?』

佐々木からそんな電話がかかってきたのは二日前の事だった。
ここらでは有名な偏差値の高い大学に入ったこいつは、高校と同じように勉強に追われているらしいが、その頃に比べて何処となく穏やかな、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:37:06.12 ID:cS+s2Bho0


しばらく地球温暖化から海と森林の割合、そこから気づけば日本の雇用問題に話題をシフトさせ熱弁を振るっていた佐々木は、届いたアイスコーヒーに少しだけミルクを入れて、

「どうだい、調子は?」

「……普通だな」

可もなく、不可もなくといったところだろうか。少なくともこの世を揺るがすような出来事は起こっていない。
俺の言葉に佐々木はふむ、と相槌をうち、それから店内に置いてある笹の葉に目を移した。
どうしてこんな所に笹が置いてあるか、理由は簡単だ。本日の日付は七月六日。つまり明日は全国一斉七夕デーだからである。

「ところでキョン、七夕に願いを叶えてくれると言われているのはどの星か知っているかい?」

ぼんやりと笹を見ていた俺に佐々木は問うた。

「ベガとアルタイルだろ」

コーヒーを一口含んでから答える。
俺の返答に驚いたのか佐々木は少し目を見開き、いつものようにくっくっと俺には真似できそうにない笑い方をした。


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:38:05.06 ID:cS+s2Bho0

「驚いたね。キミのことだから織姫と彦星、と返答すると思っていたのに」

「まあな」

佐々木は少し楽しそうな顔を浮かべ、

「キミの言うとおり織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイルだ。これにはくちょう座のデネブを加えると夏の大三角形というアステリズムになる。
ついでにベテルギウスとシリウス、プロキオンで冬の大三角形だ」

予備知識としては充分な情報を俺に教授してくれた。さすが佐々木、というとこだろうか。


喫茶店代を払おうと伝票を持った俺を、遅れたのは自分だからと佐々木は制止し結局割り勘にして店を出た。太陽の光が待ってましたと言わんばかりに振りかかる。
切符を買い、クーラーのかかった電車に乗り込む。すぐ近くで中年の女性たちが忙しなく世間話をしていて、佐々木がそれに眉間に皺をよせ、困ったね。と言いたげに俺に苦笑を投げかけた。

目的地までは三駅ほど。
降りてから少し歩き、五分ぐらい佐々木と他愛もない話をしていると、まるで上からお椀をかぶせたようなドームが視界に入ってきた。
佐々木がそれを指さし、見えてきた。と柔らかに微笑む。

「懐かしいね。ここへ来たのは小学生ぶりだよ」

俺もだ。
小学生の時、遠足か社会科見学かなんかで数回訪れた。空間の中で満点に広がる星空を見て、子供ながらにスゲーと眺めていた記憶がある。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:39:05.01 ID:cS+s2Bho0



エントランスに入ると、喫茶店で見たのよりは一回りは大きい笹、そして短冊が飾ってあった。
その中の一つを手にとる。名前も聞いたことない小学校の名が後ろに書いてあるその短冊は、かろうじて読めるぐらいの字で『おかねもちになりたい』と書かれていた。
俺の『金くれ』といい勝負である。

「俗物だな」

何となくあの時にあいつが言っていた言葉を思い出し、俺はぼそりと呟いた。

「可愛らしいじゃないか」

俺の言葉に佐々木はそう言い、いつものように笑った。


入場料を支払い、館内に入る。
小学校低学年辺りの団体がわいわいとはしゃいでる横を通り、俺は何だか懐かしい気持ちに浸りながら歩く。佐々木は所々壁に貼ってある資料を興味深そうに眺めていた。

入口付近に立っていたいかにもバイトっぽいやつから館内のパンフレットを受け取り、中に入る。
見た感じ貸切とまではいかないが人はまばらで、俺達は適度に見やすそうなところに腰かけ少しリクライニングを倒した。
程なくして部屋は暗くなっていき、一つ、また一つと星が見え始める。満点の星空が映ったところでパソコンのカーソルの矢印みたいなのが出、アナウンスが聞こえた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:50:26.22 ID:cS+s2Bho0

『今回は、七夕の逸話についてお話します』

天の川を隔て、青く光る二つの星の一つにカーソルが向かった。

『これはこと座のベガ。織姫星のことです。織姫は帝の娘で、とても機織りの上手な、働き者の少女でした。
そしてこちらがわし座のアルタイル。彦星です。彦星は牛追い人で、彼もまた働き者の少年でした』

二つの星のその中間ぐらいに四角いシアターが出、緩やかな効果音付きで織姫と彦星の映像が映った。

『働き者の彦星を見て、帝は二人の結婚を認めます。
しかし、結婚してからの二人は遊んでばかりで、織姫は全く機を織らなくなり、彦星も牛を追わなくなりました。
それを見た帝は怒り、ついに二人を天の川を隔てて引き離してしまいました』

離れ離れになり、涙を流す織姫と彦星が映る。

『最愛の彦星と別れ、織姫は涙を流し続けます。
その姿を見かねた帝は二人にこう伝えました。"年に一度、七月七日だけ会うことを許す"、と。
それを聞いた二人は、以前よりも仕事に精を出すようになりました。七夕の日、愛する人に出会えることを励みにして。
そしてこの日、天の川へとやってきたカササギが橋を架け、二人は再会を果たす事ができるのです』

真っ暗だった空間に橙色の光がさし、次第に明るくなり、入ってきた時の明るさに戻った。


『さて、明日は七月七日、七夕の日です。

織姫と彦星は、天の川を渡り無事に出会うことができるのでしょうか?』

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:39:50.54 ID:cS+s2Bho0

………
……


集合した駅前に戻ってきたのは二時あたりだったが、俺も佐々木もそんなに腹は減ってなかったので再び先ほどの喫茶店に転がり込んだ。
注文を伺いにきたウェイトレスに二人ともさっき来た時と同じものを頼み、一息つく。

「楽しかったね」

だな、と頷く。四十分ほどの上映だったが結構見入ってしまった。

「子供の頃を思い出すよ。僕も幼ない頃、天体観測が好きだったんだ。とは言っても望遠鏡のようなものは持っていなかったから、本格的なことはできなかったが。
それでも真夜中の夜空を見上げ、満月に感動したり、流れ星を探したりするのは楽しかったものだ。加えて夜の空気は澄んでいて心地がいいからね」

そう言えば高校一年生の夏。SOS団で天体観測をしたことがあったな。
とは言っても、俺たちは一万五千四百九十八回夏休みが繰り返されたと聞いてぐったりと(特に朝比奈さんが)してたし、古泉が持ってきた望遠鏡をハルヒがぐるぐる回しながら「UFOを見つけましょうよ」と言っていただけだったが。


10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:40:47.94 ID:cS+s2Bho0


「ところでキョン」

頭上で佐々木の声が聞こえ、俺は自分がゆらゆら揺れるコーヒーを見ながらうつむいていた事に気づいた。
慌てて顔をあげ聞き返す。

「どうした?」

「これからの予定についてキミに聞いておきたいと思ってね。まだ解散するには早いだろう。
どこか行きたい所はあるかい? 午前中は僕の要望に付き合ってもらったからね。午後からはキミにあわせよう」

どうする? と、佐々木はアイスコーヒーを一口飲んだ。
行きたいところか。俺は脳内を駆け巡らせて、ふと思いついたのはあそこだった。一日早いがまあいいだろう。


「北高に行こう」




12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:41:43.36 ID:cS+s2Bho0

………
……


「……なかなか長い坂道だね」

北高行きの急勾配の坂を上がっている途中、佐々木が呟いた。

「だろ? これを毎日登るのはいささか大変だったぜ」

額にうっすらとにじみ出てくる汗をTシャツの袖で拭い、俺は答える。
二人共集合場所の喫茶店へは徒歩で来たから北高までは歩きだ。
仮に自転車に乗ったとしてもこの坂はキツいし、佐々木が自転車に乗ってくるとは考えにくく、二人乗りで登ろうなんて日には自転車が逆の方向に進んでしまうだろう。帰りは楽しそうだが。

「キミの高校に僕が入ってもいいんだろうか? 仮にも部外者だからね」

同じように汗を拭いながら佐々木が問う。

「バレなきゃ大丈夫さ」

俺の言葉に、なるほど。と佐々木は笑みを広げ、くっくっと笑う。まあ佐々木の事だから見つかってもアドリブで切り抜けそうな気がするが。
それでも、何となくだが俺は教師に見つかっても大丈夫な気がしていた。せめて、今日ぐらいは。

そんな事を考えていると、……見えてきた。我が母校、県立北高校である。卒業した時と変化ない、プレハブの校舎が俺達を迎え入れてくれた。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:42:55.10 ID:cS+s2Bho0


校庭で部活中の奴らに見つからないように校舎に入り、靴を脱ぐ。ふと辺りを見回すと、会議でもあったのか沢山のスリッパが入れられた箱があり、自分と佐々木の分を二つ拝借させてもらった。

特に変わってる様子が見られない校舎を懐かしみながら、それでも急ぎ足でそこに向かう。SOS団本拠地、もとい文芸部室。

「ふむ……」

そんな言葉を漏らしながら、隅ずみをくまなく眺める佐々木。

「古い校舎だろ」

「趣があるじゃないか」

確かコイツの高校は市外の有名進学校に進路を進めていて、おそらくそこはここの比にならないぐらい綺麗な所なはずだ。そういや光陽園も綺麗だったな。

「それでも」

佐々木は校舎から視線を移し俺を見据え、羨ましそうに、そしてどこか哀愁を帯びた声で言った。

「キミたちのほうが、楽しそうだった」




16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:47:24.76 ID:cS+s2Bho0


鍵は開いていた。
聞くところによると、この部室はもうどの部活にも使われていないらしい。部屋を見回し、最初に目に入ったのは去年使った笹だった。ああ、片付けんの忘れてたんだっけ。

「ここで活動していたんだね」

初めての場所に足を踏み入れるような――ちょうど今の状況を指す表情した佐々木が俺に問いかける。

「活動と言っても、ほぼ遊んでたがな」

さすがにメイド服がラックに掛かってたり、オセロや将棋が棚から出てきたりはしなかったが、それでも俺たちが部屋を使っていた時の名残はあった。

俺は交渉と銘打つにはほど遠いあくどい手口でコンピ研から強奪したコンピューターを起動させる。ガガガと機械音がして、しばらくすると黒い画面が青色に変化した。
思えばこのパソコンにもお世話になった。ハルヒと二人で閉鎖空間に閉じ込められた時しかり、三日の間、異空間に閉じ込められたり……俺、閉じ込められてばっかじゃないのか。
インターネットはまだ通ったままだった。ついでにこれをしてくれたのもコンピ研である。俺はあの時の哀れな部長氏の顔を思い浮かべた。全く、頭が下がります。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:52:37.78 ID:cS+s2Bho0


見つけた。

ハルヒ監修のもと、俺が作ったコンテンツ皆無、あるのはカウンターと謎のエンブレムだけというもはや詐欺のSOS団ウェブサイト。
このエンブレムのせいでまた異空間に巻き込まれたんだよな。あれ以来カマドウマがトラウマになったのは言うまでもない。

そういや、あれに巻き込まれた八人を救出するのも大変だったな。新幹線に乗って他県にいくハメにもなったし、そして都度個人の畏怖の対象と戦わなければいけないわけだ。
朝比奈さんは「ぴゅぅ」と可愛らしい悲鳴をあげ三秒KOで、俺も実際チビりそうになったし、古泉でさえもあのポーカーフェイスを少し歪ましていた記憶がある。いつも通りだったのは長門オンリーだ。
ハルヒのしたことはいつだって俺達を悩ませてくれたものである。

俺は変わりのないサイトを閉じ、次に向かったのは長門の本棚だった。適当な本を手に取りパラパラとめくる。
長門には大変お世話になった。三つ指で土下座してお中元を持っていきたいぐらいだ。


22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:55:11.00 ID:cS+s2Bho0


「あ」

端から順に本を取り、ペラペラとページをめくっていると、それを見つけた。一年の四月頃、読んでと長門に渡されたその本。

『午後七時。光陽園駅前公園で待つ』

ワープロのような綺麗な字体、そんな栞がはさんであった時にはびっくりしたね。
その後途方もない電波話を聞かされて、よく頭の回線がショートしなかったとあの時の自分を誉めてやりたいぐらいである。

俺はその本を手に取り、同じく本を読んでいる佐々木の向かいに座りページを開いた。


――パタン、と佐々木の本の閉じる音がやけに耳に響いた。結構な時間が経っていたようだ。気がつかなかったが外から綺麗な夕日が部室に差し込んでいる。

「……そろそろ帰ろうか」

「そうだな」

頷き、本を元の場所に戻そうとしたがなんだか躊躇われ、結局鞄にそれを押しこんだ。また今度来た際にでも返せばいい。
外で部活をしてた連中はとっくに帰ったようだ。そう言えば吹奏楽の練習も聞こえない。おそらく学校に残っているのは教職員ぐらいだろう。
来た時よりはゆっくりと歩きながら、俺は佐々木に問いかけた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:56:42.70 ID:cS+s2Bho0


「これから、何かするか?」

そろそろ母親が晩飯の支度をし始める頃だろう。ついでに妹が部活から帰ってくる時間でもあり、シャミセンの安息が心配される。
そうだね……、と佐々木は考え込むように顎に手を当て、キミがよければの話だが、と前置きしてから、

「僕の家で夕飯を一緒に食べないかい? 何か御馳走するよ」

「いいのか?」

「ああ、かまわないよ。僕としても一人で黙々と食すより、誰かと話しながら食べる方が好ましいからね」

「なら、お邪魔するよ」

佐々木の持ち掛けに二つ返事で了承し、俺達の進行方向は佐々木の家へと決定した。



「さあ、上がってくれたまえ」

佐々木に促され、俺は家の中に入った。
そう言えば中学からの長い付き合いだがこいつの家にあがらせてもらったのは初めてである。広いエントランスの、オートロック付きの綺麗なマンションだった。
中は一言で言うならば佐々木らしい部屋だった。片付いており、シンプルな調度品。俺の部屋とは雲泥の差、月とすっぽんだ。


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 23:58:36.23 ID:cS+s2Bho0


「そうでもないさ」

佐々木はそう言いながら台所に立ち、冷蔵庫を開いた。それからソファーに腰かける俺に振りかえり、

「何かリクエストはあるかい?」

いいや、お前に任せるよ。

「ふむ……それではパスタにしようか。カルボナーラでかまわないだろうか?」

ああ、期待してるぜ。
それは少し困るな。と佐々木は微笑んでから、パスタの袋をあけ中身を沸騰した湯に投入した。
手持ち無沙汰になった俺はひとまず部屋を見渡すことにした。ベージュ色のカーテンが風に揺れている。

観察も終了し、さて次は何をしようかと考え始めた時、俺は鞄に突っ込んだままのSF小説の存在を思い出した。ああ、持ち帰ってきてよかった。
本当は手伝いたかったんだが、カルボナーラのレシピなんて知らない俺が突っ込んで佐々木の邪魔をするのもどうかと思ったので俺は黙っておくことにした。
それに、おそらく佐々木はこう言うだろう。「お客さんだから」ってな。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:01:04.66 ID:wX3eA3XC0


「できたよ」

リビングのほうから声が聞こえ、俺は本を閉じそっちに向かった。パスタのいい匂いが減った腹を刺激する。

「おお、美味そうだな」

「できあいだけどね。キミがそう言ってくれるなら本望だ。麦茶でかまわないかい?」

「ああ、頼む」

テーブルに置かれていたのは、まるでレストランに出てくるようなシロモノだった。横に丁寧にフォークとスプーンが置かれている。
勉強もでき、料理もでき、整理整頓もできるなんて完璧じゃないのか。神よ、もう少し人に対するパラメータ配分を考えてほしかった。

「僕とて、最初からこう出来ていた訳じゃない。初めの頃は一食作るのにももたついていたからね。努力の賜物さ。
さて、あまりゆっくりしていると冷めてしまう。そろそろ食べようか」

いただきます。と手を合わせて俺はフォークだけ使い、パスタを口に入れた。気になるのか顔を伺うように俺を眺める佐々木に、

「うまいな」

と、正当な感想をもらした。いや、マジでうまいぞこれ。俺の中で未曾有のパスタブームが起こりそうなぐらいだ。


27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:03:04.18 ID:wX3eA3XC0



食べ終わる頃には日が暮れていた。一番星が見え始め、俺は今日見たプラネタリウムの事を思い出していた。
話によると、どうやら今夜七月六日から明日に掛けてが見るにふさわしい頃合いらしい。

「綺麗だったね」

同じように、窓ガラスから空を仰ぐ佐々木が呟いた。

「ああ」

頷く。これからの俺の趣味に天体観測が追加されそうだ。


「SOS団では、どんな活動をしていたんだい?」

どこかためらいがちな佐々木の言葉に、少し動揺した自分がいた。空を見ていてよかった。今は佐々木の目を見て話せる自信はない。

「……もう、忘れちまったさ」

声が震えてしまいそうな気がして、俺は振りしぼるように声を出した。そうだ、忘れたんだ、もう。


28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:07:30.65 ID:wX3eA3XC0



「嘘だろう?」


予防線が、ガラガラと崩れるような気がした。何もかもを見透かしたような、佐々木の二つの瞳が俺を見つめている。

違う、俺は、俺は――……


「キミは、泣いていたじゃないか」

「部室を眺めながら、パソコンを見ながら、本のページをめくりながら、ずっと」


何か言おうとして、出てきたのは言葉じゃなくて涙だった。こらえていたものが堰を切ったように溢れる出す。
部室に行ったら、またアイツらが笑顔で迎えてくれそうな気がした。本を探せば、また栞がはさんである気がした。
それでも、あいつらはいなかった。


忘れられるわけがなかったんだ。

なあ朝比奈さん、長門、古泉、――ハルヒ。


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:09:08.09 ID:wX3eA3XC0





「聞いて、くれるか」

「ああ、いくらでも。いくらでも聞くよ、キョン」

佐々木が力強く頷く。俺はTシャツの裾を握りしめ、深呼吸をしてから話し始めた。


あの日の、七夕の事を。





30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:13:13.72 ID:wX3eA3XC0

………
……


「キョン、あんた今日残りなさい」

ハルヒがそんな事を言ったのは、俺が湯呑を手に持ち、古泉が見当違いな場所に駒を進め、長門が本のページをめくり、朝比奈さんが物珍しそうに風に揺れる笹の葉を見つめていた時だった。
俺は朝比奈印のお茶を飲み干し、一息ついてから、

「なんだって?」

「だから今日残りなさいっていってるの」

「それはさっきも聞いた。で、何でだ?」

ハルヒはふんっと鼻を鳴らしてから腕を組み、ショートカットを揺らしながら言い放った。

「掃除よ。そ・う・じ! 結構散らかってきたから雑用のあんたに部室の掃除させようと思ってね。
それから喜びなさい。何と大大大サービスで団長自ら手伝ってあげるわ。ありがたく思いなさい。
本当は帰りたいところだけど、あんたがしっかりやってるか見はっとかなきゃいけないからね。あんたの事だからどうせ適当に箒で掃除してハイ、終了って帰っちゃうだろうから。
全く、あんたも感謝して菓子折りの一つぐらいあたしに寄越しなさいよね」

お前に菓子折りを送らなければいけない理由なんて蟻の足ほどにも思いつかんがな。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:43:55.88 ID:wX3eA3XC0


「はいはい、分かったよ団長様」

それでも俺はハルヒの言葉に頷いた。
部室は特に散らかっている様子はない。いつも健気に朝比奈さんが掃除してくれてるからな。
じゃあ何故かっていうと、今日は七夕だ。古泉いわく、この時期はハルヒがメランコリーになりやすいらしい。下手に断って閉鎖空間でもできたらたまらないからな……なんて、言い訳じみたことを頭の中で並べていると、

「それでは僕はここらで失礼します。団長直々の提案を邪魔するような訳にはいきませんから」

「あ、あたしも帰りますっ!」

朝比奈さんのセリフの後、長門が本を閉じて立ち上がった。俺の視線に気づくと、注意深く見ていないと分からないぐらいの動作で頭を下げた。どうやら挨拶のつもりらしい。
おい、何のつもりだ。と古泉に念をおくると、ニヤケスマイルを一層引き立たせウィンクを送ってきた。殴っていいか?


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:48:21.81 ID:wX3eA3XC0



三人が帰った後、ハルヒはアンニュイな動作で笹の葉を見上げた。今年もハルヒにより一人二枚、ベガとアルタイル宛ての短冊が吊るされることになったその笹。計十枚の短冊が風に揺れている。

「平和ね」

ぽつん、とハルヒは言葉を漏らした。なんだか今日のこいつは悄然としている。

「だな」

ここしばらくは取り立てて大変な事も起こっていない。足繁く部室に通い、絶品の朝比奈茶を頂き、長門の読書姿を眺め、古泉とのボードーゲームに勝ち星をつける毎日。
どこにでもある、高校生の日常だろう。

「不思議も今はきっとこの暑さに夏バテしてるのね。きっと涼しくなればそこら辺を駆け回るに違いないわ。その時が狙い目よ、キョン。後ろから取り囲んで、一気に捕まえるの!」

夏バテしている間に捕まえたほうが手っ取り早いんじゃないかと思ったが、口には出さないことにした。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 00:55:00.20 ID:wX3eA3XC0

ハルヒは振り向き、

「夏になったらまた古泉くんの孤島にいきましょ! それから花火大会にも行って、また蝉取り大会もするわよ。もちろん優勝者の座はあたしがいただくけどね!」

いつもの百ワットの笑顔を輝かせながらそう叫んだ。
ああ、俺だって賛成さ。きっと長門も朝比奈さんも古泉もな。ただ、また夏休みを繰り返すのは勘弁してくれよ。

何だかんだ言ってハルヒも今が楽しいのだ。SOS団のある毎日が。

今なら胸を張って言える。俺だって楽しかった。こんな日々が、楽しくてしかたなかったさ。


「それじゃ、帰りましょ」

「ああ」

鞄を持ち、施錠をして俺達は歩き始める。
帰り道、こいつはなんだか思案顔だった。それが暴走の前兆でない事を祈るばかりだ。ハルヒの提案はいつだっておもに俺と朝比奈さんに被害をもたらすものだったからな。

まあ、俺も。
七夕には色々と思い入れがある。朝比奈さんとの初の時間遡行にチビハルヒとの校庭落書き、ジョン・スミス。長門にとっては初めて出会ったのもおそらくあの七夕の日だ。


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:00:47.81 ID:wX3eA3XC0



赤信号に足を止めた時、ハルヒは俺を見て、

「ねえ、あたし、あんたと昔……」

そこまで言ってハルヒは言葉を止め、ううん。と首を横に振った。まるでなにかを自分に言い聞かせるように。

「やっぱりいいわ」

なんだよ、気になるぞ。

「何でもないわよ、バカキョン!」

タイミングよく変わった信号にハルヒは走りだし、横断歩道の真ん中ぐらいまで進むと振りかえり、右目に指をあて舌をベーっと出した。思わず顔が綻ぶ。
バカキョンは余計だ! そう叫んで、ハルヒを追いかけようとしたその時だった。

異変に気づいた。
こちらに向かって走る大型トラック、信号が変わったというのに止まる気配がない。嫌な予感がする。急げ、と五感を超えた感覚がそう伝えていた。
馬鹿野郎! そのままいったらハルヒが!


54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:07:10.43 ID:wX3eA3XC0



「ハルヒ!!」

気づいたら鞄を放り投げて走っていた。ハルヒが一瞬きょとんとし、すぐに車に気づき顔を凍りつかせた。

頼む、間に合え、間に合ってくれ!

必死に腕を伸ばし、ハルヒの腕を掴む。そのまま引っ張る時間はなかった。トラックはすぐ傍まで近づいていたのだ。このままだと、二人とも轢かれてしまうだろう。
俺はせめてぶつかった時の衝撃を抑えようと、ハルヒの体を守るように抱きしめ目を瞑ったその刹那――


時間が、止まった。

衝突寸前のトラックも、道を歩く人々の動きも、すべて止まっていた。




59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:13:13.58 ID:wX3eA3XC0



「キョン」

どうして、と考える時間はなかった。聞き慣れたその声が耳に届くと同時に、俺はゆっくりと歩道に押し出された。

「ハルヒ!」

伸ばした手は、わずかに届かない。
次の瞬間、俺は体に痛みを感じた。地面に落ちた時に背中を強く打ったのだ。本来ならありえない事だろう。何せ俺は三メートルほどぶっとばされたのだから。

俺の視界をトラックが通り過ぎる。耳を劈くようなブレーキの音と同時に、鋭い悲鳴が辺りに木霊した。


「ハル――





65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:18:13.60 ID:wX3eA3XC0


――世界が色褪せて見えた、とあいつも前にそんな事言ってたな。なんて事をぼんやりと思い出す。
ボードに貼られた一枚の写真を手にとる。五人で笑っているその姿が眩しくて、それはもう手に届かないほど昔の事のように思えた。

目に焼き付けるようにしばらくその写真を見ていると、コンコン。とひかえめなノックの音が聞こえてきた。

「キョンくん」

瞳は赤く充血し、白い肌にはいくつもの涙の跡がついている。俺達SOS団の中の、たった一人の上級生。

「……朝比奈さん」

俺の言葉に朝比奈さんはうつむきながら、

「わたしは、もう未来に帰らなくちゃいけません。さっき、古泉くんと長門さんにもお別れしてきました」

揺れる子犬のような瞳から、大粒の涙がぽたりと落ちる。
分かっていた。別れは必ず訪れるのだと。かぐや姫が月に帰らなくてはいけないように、いつか朝比奈さんも未来に帰る日がきてしまうのだと。だからその時は、笑って見送ろうと決めていたはずなのに。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:24:31.49 ID:wX3eA3XC0

「キョンくん、わたしは、わたしは……」

白く細い指で涙を拭いとり、嗚咽をならしながら朝比奈さんは言った。

「楽しかっ、たです。みんなが、ひっく、わたしの淹れたお茶、美味しい、って言ってくれて。はずかしいことも、ふぅ、いっぱいしたけど、それでも、すごく、すごく楽しかった」

「……俺もですよ、朝比奈さん」

言えたのはそれだけだった。
朝比奈さんはその愛らしい顔を持ちあげ、そしてびくっと体を震わせると、「あ……」と自分の腕時計に目を移した。おそらく帰還命令だろう。

「それじゃあ、わたし、行かなくちゃ」

手の甲で涙を拭きとり朝比奈さんはぎゅっと唇を噛みしめた。物憂げな瞳がゆらゆらと揺れる。
ああ、帰ってしまうのだ。と俺はぼんやりと頭の中で思い、じわじわと熱くなる目頭に必死で耐えていると、突然俺の体に朝比奈さんが抱きついた。甘い香りが鼻をくすぐる。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:27:57.20 ID:wX3eA3XC0


「キョンくん、キョンくん」

胸に顔を押しつけ、うるんだ声が何度も俺の名前を呼ぶ。

「ごめんね……」

悲痛なその声を最後に体を離し、部室のドアを開いて朝比奈さんは出て行く。

「朝比奈さん!」

声は、かえってこなかった。





71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:36:38.20 ID:wX3eA3XC0


朝比奈さんと入れ替わるように入ってきたのは長門だった。

「この惑星のインターフェースは既に回収されている」

無表情は固定、それでも決意の意思を含めた二つの瞳が俺を見据え、薄桃色の唇が言葉を刻む。

「後は、私だけ」


気づいたら長門を抱きしめていた。いや、しがみついていたと言ったほうが正しいのかもしれない。そうしていないと、また失ってしまいそうで怖かった。
ハルヒ、早く帰ってきてくれよ。朝比奈さんも、また俺に美味しいお茶を淹れてください。長門、また図書館に行こう。寝ちまうかもしれないけど、その時は本の角ででも殴ってたくれたらいい。
だからいかないでくれ。ずっとここにいてくれよ。なぁ、長門。

長門は何も言わなかった。それでも躊躇うようにゆっくりと細い腕が俺の背中に回り、微かな囁き声が耳元を擽った。

「……ごめんなさい」

足から徐々に長門が消えていく。その姿に、俺はかつての委員長を思い浮かべていた。記憶として蘇る、放課後の教室に差す夕日。そして、情報連結解除。

回した腕が空を掴む。長門の閉じられた瞳から涙が一粒、床を跳ねた。


74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:43:14.63 ID:wX3eA3XC0


一つ一つ積み上げてきたものが、一気に崩れ落ちてしまう気がした。
なぁハルヒ、やっぱりお前がいないとダメなんだ。SOS団の団長はお前じゃないとダメなんだよ。
ハルヒだったらこんな時どうするんだろうか。情報統合思念体や未来人組織をとっ捕まえて、『あたしの許可なくSOS団の団員に手を出したら死刑なんだから!』と怒鳴るあいつの姿が目に浮かぶ。

なぁ、戻ってきてくれよ。今ならどんな我儘だって聞いてやる。だから……


丁寧なノックの音が聞こえ、俺は急いで涙をぬぐいドアを見遣った。

「どうも」

「……古泉」

いつもに比べずいぶん力のない笑みで俺に軽く会釈しいつもの位置へと座る。超能力者であり、SOS団の副団長はそこから棚に手を伸ばし、ボードゲームを手に取った。

「オセロでも、しませんか?」

「そうだな」

箱から取り出し、四つのオセロを並べる。
本当はオセロなんかする気分ではなかった。それでも了承したのは、心の奥底で理解していたからだ。これが最後のゲームになるのだと。もうこの場所で古泉とボードゲームに興じる日は、二度と訪れないのだろうと。


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:51:59.71 ID:wX3eA3XC0

最後のオセロをひっくり返し、古泉はいつものように大仰な仕草で両手をあげた。

「完敗です。やはりあなたにはかないませんね」

「……お前が弱すぎるんだよ」

呟くのと同時に、オセロ台の上に涙が落ちた。ああ、本当に終わりなんだな。もう、どうにもできないんだな。


「……涼宮さんは即死だったとお聞きしました。きっと、あのままだとあなたも彼女と同じようになっていたでしょう」

古泉がぽつりぽつりと話し出す。ああ、聞いたさ。居眠り運転の事故だって事も。

「彼女は最後に自身の能力を使ったんでしょうね。せめてあなただけでも、と。
あなたが身をていして涼宮さん守ろうとしたように、彼女も命をかけてあなたを救ったんです」

飾ったままの短冊が揺れる。夕日が落ちて、やがて星が見え始めても、俺はその場所で涙を流し続けていた。





81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 01:56:47.93 ID:wX3eA3XC0



それ以来俺は部室に行かなくなった。
けれど年に一度だけ。七月七日、全てが始まり、そして全てが終わった七夕の日だけは卒業しても尚来るようにしていた。ここにいたら、いつか何事もなかったかのようにあいつらが来てくれるような気がして。
できるだけあの時のままの部室にしている、と言ってくれた岡部に何度も頭を下げて今年もその扉を開く。一人きりの部室は、やけに広く感じた。

団長机にあるパソコンでSOS団のサイトを確認し、長門の本棚から本を取り出して栞が挟まってないか確認する。いつもの作業だ。結果は同じだと分かりきっていても、どうしてもそうしなければいけない気がしていた。
ああ、結局俺はいつになっても受け止められないんだな。そう思うと、自嘲が零れた。

鞄の中から一枚の短冊を取り出し、下手くそな字でそれを書き笹に吊るす。織姫と彦星宛ての願い事は、いつも同じ内容だった。


『また五人で』





87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:03:15.55 ID:wX3eA3XC0

………
……


隣で眠るキョンにそっとタオルケットをかける。この時期は思い悩む事もあるのだろう、涙で濡れた目の下には大きな隈が出来ていた。

何度も涙をぬぐい、肩を震わせ、嗚咽を噛みしめながら彼が話してくれた数年前の七夕の出来事。そして自己紹介から始まったSOS団の日々。七夕の時間遡行にジョン・スミス。
懐かしげに、愛しそうに、まるで宝物を扱うかのように語られた彼の記憶。

僕は最後まで黙って聞いていた。何か言うことはできただろう。キミのせいではない、だからそんなに思い悩んでいたら涼宮さんが報われないだろう、と。
それでもそれが彼にとって一時の慰めにしかならない事は重々理解していたし、そんな常套句しか思いつかない自分に強い憤りを感じた。

そっと夜空を仰ぐ。――感覚は、あった。
ずっと彼には伝えていなかったもの。涼宮さんがこの世を去ったあの日、あの瞬間。僕はそれに気づかされたのだ。

『願望実現能力』

いくら話を聞き、実際に宇宙人、未来人、超能力者を前にしてもにわかに信じ難かったその能力が、その日に突然僕に宿ったのだ。いや、涼宮さんから橋渡しされたと言うべきだろうか。
しかしかつて彼女、超能力者である橘さんが言ったとおり、僕はむやみにその力を使用したりはしなかった。

決めていたのだ。彼女のお葬式での彼の表情を見た瞬間。この能力を使うのならば、この時だけだと。


88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:10:34.71 ID:wX3eA3XC0

鍵をかけて行こうか悩んで、結局かけないままマンションのエントランスを出た。
その番号を押し、通話ボタンを押す前に携帯を握りしめる。……覚悟は、できた。

「もしもし――」




「ごめん、こんな夜分に」

本日三度目の喫茶店。お待たせしました。と向かいの席にアメリカンコーヒーとシフォンケーキが届けられる。僕と九曜さんは何も注文しなかった。

「全然かまわないわ。あたし達も佐々木さんと話せるなら本望。ねっ」

橘さんが隣に座る二人に同意を求めるが、一人はコーヒーを手に取り、いかにも面倒だと言いたげな面持ちで、もう一人は渡されたお冷をずっと見ている。予想通りの反応だ。
「もうっ!」と彼女は頬をふくらませる。どうやら完璧な意思疎通にはまだまだ時間がかかるようだ。

「それで、用事とは一体何だ。急を要すると言ったからには、何か重要な事なんだろう」

珍しく仕切り直しを図ったのは彼だった。キョンと共に活動していた、あの可愛らしい女性とは別口の未来人。
そうそう。と橘さんが瞳を輝かせる。何となく後ろめたくなり、僕はお冷を手に取りそれを一口含んだ。


91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:16:46.15 ID:wX3eA3XC0

「今日、しようと思う」

気持ちを落ち着かせ、刻んだ言葉はそれだけだった。
キョン達ほどではないが、僕たちもあの日から幾度とコンタクトをとってきた。特に橘さんは纏め役のようなものを自ら買って出てくれ、鋭意にそれに励んでくれていた。
そんな彼らならきっと、これだけの言葉でもその意図を汲んでくれるだろうから。


『世界の再構築』

涼宮さんがいて、彼が喪失してしまったSOS団の友人がいて。キョンがもう一度、心から笑える世界を創造する。それが、僕が彼の為にできる唯一の事だから。
そして、それは大きな代償を伴う事も、僕は決して忘れてはいない。

「え?」

橘さんは初め、鳩が豆鉄砲を食ったように唖然とし、

「え? え、……ええ!」

やがて理解をしたのか驚愕に目を開かせ、程なくしてそれは蒼白へと変化を遂げた。
カシャン、とカップがソーサーにぶつかる音がし、僕は視線だけをそちらへと向ける。渋面がデフォルトの彼の驚いた表情を見るのはこれが初めてかもしれない。


93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:23:30.09 ID:wX3eA3XC0

「だ、駄目です! そんな事したら佐々木さん、あなたが……!」

「分かってる」

それでも、もう決めたんだ。
僕の言葉に、橘さんは「うう……」と顔を歪ませ、そして小さい子供が泣きじゃくるように嗚咽をならした。
何かあったのかと周辺の客と店員の奇異の視線が突き刺さる。さすがにもうここにいるわけにもいかないだろう。出ようか、と僕は二人とアイコンタクトをし、伝票を手に持った。



「酔狂な奴だと思ったかい?」

移動した先は、光陽園駅前公園だった。
橘さんをベンチに座らせ、九曜さんもその隣に座ったのを確認してから、少し離れた所で僕は彼に問う。電灯の明かりが、彼のいつもの渋面を照らした。

「奇妙な人間だ。涼宮も、あんたも。この時代の人間の思考は、僕には到底理解できそうにない」

それだけ言って彼は踵を返し、何処かへと歩いて行く。この暗闇のせいか、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:39:17.30 ID:wX3eA3XC0


「ううっ、佐々木さん、ぐすっ……」

ベンチへと戻り、僕は必至で涙を拭う彼女の前に立つ。

「だめなのですっ! 絶対、ぜぇったい、だめ、っく、なんですから。そんなの、ひっく、あたしが、許しませんっ!」

「ごめんね、橘さん」

彼女を慰めながら、ふと心の奥底で嬉しいと感じている自分がいる事に気づいた。
なぜなら、彼女は組織の一員としてではなく、僕の友人としてその涙を流してくれているのだ。
正直で、頑張りやだけれどいつもその努力は空回りに終わってしまう。それでも誰よりも優しくて、とても愛らしい。そんな彼女を、僕は知っている。

ふと、視線をその隣へと移す。
それに気づいてか、ずっとアスファルトの地面を見ていた彼女の、日本人形のような白皙の顔が持ち上がった。揺るぎない漆黒の二つの瞳がしっかりと僕を射抜き、薄い唇が言葉を放った。


「――どうして――あなたは――……泣いているの――?」




105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:49:53.88 ID:wX3eA3XC0

………
……


何だかいい夢を見ていた気がする。
ハルヒがいて、朝比奈さん、長門、古泉が笑っていた。おぼろげな記憶、覚えているのはそれだけだ。
あいつはどんな声をしていたっけ。あいつはどんな風に笑うんだっけ。あいつは……


「おい」

不意にそんな声がして、俺は目を開け飛び起きた。ふと、自分にタオルケットが掛けられている事に気づく。佐々木が掛けてくれたんだろうか。間違っても目の前にいるこの男ではない事は全財産かけてやったっていい。
いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。最優先事項はリビングのイスに座って傲然としているこいつだ。

「藤原……!」

どうしてお前がここに居やがる。お前からモーニングコールを受けたって雀の涙ほども嬉しくねーぞ。むしろ不愉快だ。
そういや佐々木はどこに行ったんだろうか。というかこいつもしかして勝手に入ってきたのか? 向こうの時代では知らないが、この時代の日本では不法侵入も誘拐も犯罪だ。しばらく刑務所で頭を冷やしてきたらいい。

目の前にいるやさぐれ男は、俺の質問をいかにもつまらなさそうな顔で聞き流し、嘲笑するかのようにふん。と笑った。
何となく見下されている気がしたので俺は立ち上がり、目になけなしの力を込めてそいつを睨んだ。

「僕がどうしてここにいるかなんてどうでもいい事だ」

ちっともよくねえぞ。大問題だ。


109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 02:56:42.64 ID:wX3eA3XC0


それから藤原は、夏休み、飼育研究のカブトムシを観察するような目で俺を眺め、たっぷり十秒はそうしていた。
俺がそろそろ殴ってやろうかと考え始めたあたりで、

「さっぱり分からないな。見当もつかない。何の取り柄も無いこの人間にどれだけの価値があるというのか。涼宮ハルヒも、佐々木も」

と、ふてぶてしくのたまった。
俺の人間性についてはひとまず置いておくとして、ハルヒと佐々木ってどういうことだ。説明しろ。

「やっぱり、あんたは何も知らないんだな」

回りくどい話し方だ。悪いがその役はすでに間に合ってるぞ。必要事項だけを早く伝えろ。
俺の心の中を読みとったのか、藤原はふっと鼻息を漏らし、

「今日、佐々木が世界を再構築するらしい」

のっけから爆弾を落とした。
……世界の再構築? おい、どういうことだ。突っ込むところが多すぎるぞ。

「待て、意味がわからん。とりあえず、何で佐々木なんだ?」

俺の言葉に藤原は、そんな事も知らないのか。と言いたげな憐みを含めた視線を向けた。いちいち俺をムカつかせるのが得意な野郎だ。


112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 03:04:03.32 ID:wX3eA3XC0


「願望実現能力があるから」

さも面倒そうに言い放たれたその言葉に、俺は暫しの間唖然とした。佐々木に、ハルヒのようなインチキパワーがある?
佐々木にその素質があるということは前に聞かされていたが、知らなかった。確かに俺は佐々木と一緒にいる時間が少ないわけではなかったが、佐々木は気を使ってかSOS団の話は避けてくれていたし、そんな素振りさえ見せなかった。
そんなあいつにその能力が……。いろいろ聞きたい事はあったがまあいい。これはまだ理解できる範疇だ。それより、

「分かった。それで、世界の再構築うんぬんってのはどういう事だ?」

「言葉の通りだ」

「だから、なんで佐々木はそんな事をするんだ?」

俺の問いに、藤原は質問攻めにうんざりしたのか忌々しそうに顔を歪めた。悪いが今の俺はそんなこいつを気遣うようなゆとりはない。あったところでする気はないが。
まだかまだかと回答を待ちわびる俺だったが、なぜかこいつは口を閉ざし黙りこんだ。おい、今更禁則事項なんて言うんじゃねえだろうな。今回ばっかりは許さねえぞ。
佐々木はこの世界に退屈してるようにも思えなかったし、なにより力を持っていたとしても、むやみやたらにそれを使ったり、簡単に世界をコロッと変えちまうようなやつじゃない。
それならどうしてだ。と寝起きの頭をフル回転させていると、今でも十三分にショートしている俺にとどめが刺さった。

「あんたのためさ」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:13:28.19 ID:wX3eA3XC0

「へ?」

思わず間抜けな声が出る。完全にオーバーヒートだ。頭の上から水蒸気が出てるんじゃないかと思わず頭を押さえそうになった。
――俺? あんたって言うのはこの俺か? 考えもしなかった。予想の斜め上どころか雲を突き上がって天の上だ。
放心状態の俺を目の前にいるこの男は鼻先で笑い、言葉を続ける。

「あんたのために、涼宮ハルヒやあの宇宙人たちがいる世界をもう一度造るらしい」

その言葉に、俺は驚愕を隠し切れなかった。雷に打たれるって言うのはこんな感じなんだろうか。
呆然とする頭を、これまでの日々がまるで走馬灯のように駆け巡る。


この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし。
――また図書館に

わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました。
――いつか、きっとあたしは自分で何もかもできるようになってみせます。その時は、あたしがキョンくんたちを助ける番。

お察しの通り、超能力者です。そう呼んだ方がいいでしょう。
――いつかそのうち、完全に対等な友人となったあなたと昔話を笑い話として語る日が来て欲しいものです。任務や役割など関係のない、ただの一人間としてね。

東中学出身、涼宮ハルヒ。

ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者などがいたら、あたしの所に来なさい。


あいつらに、また会える? 俺はまた、あいつらと過ごす事ができるのか?



143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:19:25.45 ID:wX3eA3XC0

驚きと歓喜が入り混じったような、なんとも形容しがたい感情が心の中に湧きあがる。
「会える」というその言葉だけが俺の頭を支配していて、危うく俺は藤原の言葉の続きを聞き漏らすところだった。

「随分と奇特な人間だ。それでいて、愚かでもある。自分に報いがある事を分かっていながらそれを実行するなんて、僕には理解しかねるね」

「……報い? どういう事だ、それ」

聞き捨てならない単語に、俺は即座に聞き返した。
腕を組みかえ、もう一度俺に睨むような視線を送った藤原は、わざとらしく溜息をついてから、「それは……」と語り始める。



全てを聞き終えたのと同時に、俺はドアを突き破るように開き、夜の中を走りだしていた。




145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:26:35.20 ID:wX3eA3XC0



佐々木はどこにいるんだろうか。
残念ながら俺はただの一般人だ。佐々木の居所を透視できるようなエスパーは持ちあわせてはいない。それでも俺はある場所へと向かい、足を進ませていた。坂道が、運動不足の足に堪える。我が母校、県立北高校へと。
ただ何となく、佐々木がそこにいるような気がしたから。ただそれだけの理由だ。考えるより先に体が動いちまう事だってある。


『ここからは、あのうるさい女が言っていたことだ』

『最近分かったことらしいが、佐々木の持つ能力にも限度がある。使い果たしてしまったら、後は無くなるだけだ』

『世界の再構築。そんな莫大なことにエネルギーを消費すれば、佐々木の持つ願望実現能力を使い果たしてしまうことになる』

『力は持ち主と一体化している。能力が消滅することは、すなわちその持ち主の消滅とイコールされる。この意味がわかるか?』

駄目だ、佐々木。そんなことしたら、お前が――!!

『つまり、佐々木は世界の再構築とともに消えるんだ』


新しい世界に、佐々木はいない。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:34:24.18 ID:wX3eA3XC0


門は開いていた。
夜の北高に来るのももう慣れちまったな。とどうでもいい感想を漏らし、俺は一息つく事もなく悲鳴をあげる足を必死に動かした。
静かな暗闇を見回し、そいつを見つけ出すのには余り時間はかからなかった。

「佐々木!」

佐々木が立っていたのは、偶然にも俺がハルヒに起こされ閉鎖空間で目覚めた場所だった。夜空を仰いでいた顔が、俺のほうに向けられる。
名前を呼びながら、俺は一直線に走った。俺が来るのは想定外だったんだろう。佐々木は声の主が俺だと認識すると、驚いたように目を見開いた。

言いたい事は数え切れないほどあった。イヤホンのコードが絡まってるようにごちゃごちゃした頭の中で上手く伝えられる自信はなかったが、面と向って言わなければいけないことが、いくつもあったのに。
それでも、目の前にいるコイツがそれを許してはくれなかった。

「すまない、キョン」

哀愁を秘めた佐々木の目が、ゆっくりと閉じられる。
その声と同時に、俺は急に猛烈な睡魔に襲われた。視界が霞む。気を抜けば、今にも倒れてしまいそうだった。

「佐々木……」

朦朧とする意識の中、一つ、また一つと必死に歩を進める。次第に足の力が抜け、崩れるように両膝が地面に着いた。


147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:41:17.81 ID:wX3eA3XC0



「どうして」

震える手を佐々木へと伸ばす。意識がなくなる間際、僅かに捕らえた佐々木は、微笑んでいるように見えた。

「ささ、き、……どうし、て」

視界が黒く染まっていく。伸ばした手が、佐々木の温かい小さな両手に包まれ、俺の意識はそこで閉じられた。




「キミが、親友だからさ」

僕の、大事な大事な親友だからだよ。キョン。





148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:48:43.86 ID:wX3eA3XC0




………
……


握った手をゆっくりと離す。キョンの寝顔に、すまない。ともう一度心の中で呟いた。
僕は一切を彼に話してはいなかった。それなのに彼はここに辿り着き、あたかも全てを知っているような雰囲気を醸し出していた。それならば誰から――記憶を辿り、思い当たる人物は一人だけだった。あの時、早々と去っていった未来人。
……なるほど。彼も粋な計らいをしてくれるじゃないか。

それでも僕がその行為を無下にしてしまったのは、僕にも少なからず恐怖があったからだ。自身の消滅をすぐに割り切れるほど、僕はできた人間ではない。
あの時、もしキョンの言葉を聞いていたら、おそらく僕の心は揺らいでしまっただろう。それが、怖かった。

もう一度空を見上げる。もうすぐ日付も変わるだろう。七月七日、全てが始まった七夕の日へと。
満点の星空を仰ぎながら、僕は声には出さずに彼に語りかけた。


149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 09:54:45.43 ID:wX3eA3XC0


綺麗な空だね、キョン。織姫と彦星は、無事に出会うことができたんだろうか?

キミは毎年、この日になるといつも涙を流していた。涼宮さんを、SOS団の人達を思いながら。

僕はその姿を見るのが悲しかった。キョンにはいつだって、幸せでいてほしかったから。

あの日、涼宮さんはその命を落としてまでキミを助けた。

自分が死んでしまっても、キミには、キョンだけには生きていて欲しいと、彼女は最後に願ったんだ。

だからキョン。キミは幸せにならなくちゃいけない。他の誰よりも、幸せにならなくちゃいけないんだ。

キミがもし織姫との再会を望む彦星だとしたら、僕はカササギになろう。キミと彼女が、もう一度出会えるための掛け橋を。


人生どう転ぶか分からないと言ったものだ。まさかキョンを元気付けようとした一日がこう転じるとはね。
そう思うと、自然と顔が緩んだ。

後悔はない。ただ一つの後悔も。




153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:00:06.78 ID:wX3eA3XC0



そっと、キョンの髪を撫でる。

この能力が消える前に、もう一度願掛けをしておこう。キミが幸せになれるように。次は、涼宮さんの手を掴めるように、と。
キョン、僕は消えてしまうけれど、いつだってキミを見守っているから。
……願わくば、もう一度キミの自転車の後ろに乗ってみたかったのだけれど。

そんなメッセージを込めて、もう一度強くキョンの手を握る。



時計の針が、真上に重なる。

この星空を目に焼き付けてから、僕はゆっくりと目を閉じた。





155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:08:48.95 ID:wX3eA3XC0

………
……


「みんなおっまたせー! それじゃ、早速するわよ」

ドカン、と馬鹿でかい音を立て、ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、案の定そいつだった。
見なくても胸を張って断言できるね。こんなドアにも俺達の心臓にも優しくない開け方をするのはあいつぐらいのもんだ。

我らがSOS団団長、涼宮ハルヒは、おそらく笹の葉であろう代物を持ちながら満面の笑みで部活を見回した。
想像はつくが、一応聞いておいてやろう。

「何をするって?」

「あんた今日の日付覚えてないの!? 馬鹿ねえ、七月七日と言ったらすることは一つしかないじゃない」

ハルヒは矢継ぎ早に捲し立て、そして手に持った笹の葉を自慢気に揺らした。

「これに短冊を書いて吊るすの。我がSOS団は、古来からの由緒ある行事はきちっとする事にしてるんだから。
さ、みんなじゃんじゃん願い事を書きなさい。きっと織姫と彦星が叶えてくれるわ!」

ハルヒはそこまで言うと、「みくるちゃん、お茶ちょうだい」といつもの団長席へと座り、鞄から色とりどりの短冊を出した。
それを見て朝比奈さんがハルヒの机にお茶を置き、長門が読んでいた本を閉じ、古泉が机の上のオセロを片付け始めた。ここまでこいつらの意見無し。それももう見慣れた光景だが。


157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:12:30.15 ID:wX3eA3XC0


ハルヒが思いつき、文芸部室を唯一の部員であった長門ごと乗っ取り、上級生の教室から朝比奈さんを誘拐し、親の都合で転校してきた古泉を引きこんでから結成されたSOS団。
ちなみにこのSOSというのは、『世界を おおいに盛り上げるための 涼宮ハルヒの 団』という意が込められている。
もう少しどうにかならなかったのか、と生徒会に提出する部結成書類を書きながら(正しく言うと書かされながら)俺は思ったんだが。

白紙の短冊をじーっと眺める。願い事を書けと言われて、分かりましたはい書きますなんて不可能だ。
順調に書いているのはハルヒだけで、一人で五枚ぐらい書いて鼻歌を歌いながら次々とそれを吊るしている。……今、バカキョンとか書かれた短冊が見えたのは気のせいだろうか。

「うーんと、えっと……」

メイド服に身を包んだ朝比奈さんは、何もそんなに考えなくてもと言いたいくらいの、まるで期末テストの見直しのような真剣な面持ちで短冊と向かい合っていらっしゃる。
ちなみにこのメイド服は、朝比奈さんに着せるためにとハルヒがわざわざ持ってきたものだ。断ればいいものを、律儀に毎日ちゃんと着るところがまた愛らしい。
俺が足繁くこの部室にくる理由の九十パーセントはこのお方だといっても過言ではないね。


159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:18:07.89 ID:wX3eA3XC0


皆が書き始めたのを窺いながら、俺も今適当に思いついた願い事を短冊に記した。『金くれ』っと。まあこんなんでいいだろ。
隣に座る古泉が、書き終わったのか手持ち無沙汰そうに指に挟んでいるボールペンを振りまわしているのを見て、俺はそいつの短冊を奪い取った。

「……日本語か、これ」

相変わらずの字の汚さだ。時折実はお前は古代から来たんじゃないかと思うぜ。
古泉の短冊には、かろうじて読めるぐらいの字で『世界平和』と書かれていた。理系の特進クラスにいるにも関わらず、コイツは字が雑なのである。まあ俺も人の事を言えた義理じゃないが。

「酷いな。ほら、同じぐらいだ」

古泉は俺の短冊を指さし、自分のものと比べた。うるせえ。そんな事は俺にボードゲームに勝ってからいいやがれ。
俺の言葉に、古泉は「関係ないじゃん、それ」と大人っぽい容姿とはギャップのある、まるで子犬のような笑みを見せた。このギャップと、嫌味なぐらい整った面も相まって、こいつは学年問わずやたらとモテるのだ。
ああ忌々しい。くそ忌々しい。

そこから古泉と話していると「そこ、私語は厳禁!」とハルヒから注意が入ったので、俺は少し離れた椅子に座る長門の元へと行った。こいつは何を書いてるんだろうか。少し気になるところである。


161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:23:20.75 ID:wX3eA3XC0


後ろから覗き込もうとしたのと同時に、長門は書いた後眺めていた短冊を隠すように自分の胸に押し当てた。

「……秘密」

透き通るガラスのような声がそれを拒否する。
隙間から覗こうと左右に動いてみるものの、反射神経は長門のほうがいいらしく、反復横飛びのような状態になった。
次第になんだか楽しくなり、フェイントをかけたりしてみたところで、

「何やってんの、あんた達」

と、ハルヒから呆れたような声が聞こえ、俺は動くのをやめた。どうやら長門は意地でも内容を見せてはくれないようだ。


その後のSOS団の活動は、特筆すべき事はなかった。
ハルヒはお隣のコンピュータ研究会から強奪してきたパソコンを上機嫌に動かし、長門は人一人くらいなら殺せるんじゃないかと思えるほどの分厚い本に目を通していたし、
朝比奈さんは先日彼女の友人の鶴屋さんと言う陽気な先輩が持ってきてくれたお茶菓子と一緒に絶品のお茶を運んでくれ、俺は古泉と負ける気が微塵もしないボードゲームに励んだ。

うーん、平和だ。


162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:28:11.60 ID:wX3eA3XC0



翌日。
睡眠時間となった授業も終わり、荷物をまとめてさあて部室に行こうかと思った俺をハルヒが箒を片手に引き止めた。

「キョン、悪いけどあんた、昨日の笹片付けといてくれない?」

「なんで俺がしなくちゃならん」

俺の言葉に、ハルヒが露骨に眉間に皺を寄せた。不機嫌モードだ。しくじった、と思い逃げようとした俺の襟首を、ハルヒの手ががっちりと掴む。

「団長様に刃向かうとはいい度胸ね。あんたは雑用なんだから、しなくちゃいけないの!」

キーンと耳の奥が鳴る。分かったから耳元で叫ぶな。

「それでいいのよ。じゃ、また後でね」

満足気にそう言うとハルヒは掃除に戻り、俺は部室へと足を進めた。やれやれだ。
まあいいか。誰かがいたら手伝ってもらえばいいし、それに昨日見せてくれなかった長門の願い事も見れるだろう。


164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:34:16.78 ID:wX3eA3XC0


軽くノックしてから、返事がない事を確認して部室のドアを開ける。これは朝比奈さんの着替え中に開ける事を防ぐためだ。愛らしくも迂闊なあの方は、なかなかドアに施錠する事を覚えてくれないのだ。
どうやら今日は俺が一番乗りらしい。団長席の後ろにある窓で、たくさんの短冊と笹が風に揺れている。仕方がない、一人でするか。

一つ一つ取り外し、書かれている内容を確認する。とはいってもほとんどハルヒのなんだが。

『世界があたしを中心に回るようにせよ』
『地球の自転を逆回転にして欲しい』
『宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に会えますように』
『SOS団永久不滅!』
『バカキョン』

などなど。……やっぱり最後のは見間違えじゃなかったのか。

続いて古泉、朝比奈さんが書いたものも一枚ずつはずし、俺は長門が書いたらしきものを手に取った。

『平和』

ワープロとタメをはれそうな、小さく控え目な字がその二文字を記していた。思わず顔が綻ぶ。
別に、見せてくれたっていいじゃないか。とその短冊に呟き、他の短冊と重ね合わせたその時だった。


「ん?」

見覚えのない短冊が視界に入る。なんだこれ、と思いながら俺はそれに手を伸ばした。


165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:36:21.87 ID:wX3eA3XC0



長門とまではいかないが、それでも整った、丁寧な字を何度も目で追う。


――意味のない文字列だと、この笹を見つけた誰かのいたずら書きだろうと思った。

それでも俺は、いつまでもその短冊を手放す事はできなかった。



『彦星に幸あれ』




終わり

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/14(火) 10:39:35.22 ID:wX3eA3XC0

以上!
たくさんの支援&保守ありがとうございました!無事完結したのでなによりだ。
七夕に投下しようかと考えてたらスレ立て規制でこの日に
楽しんでいただけたら幸いです



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