ハルヒ「月夜の晩はやな夢ばかりね」


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3 名前: ◆oLOPK320Xk [] 投稿日:2009/07/10(金) 22:14:52.29 ID:rxPAHL1GO

以下のSS、
古泉「最近、閉鎖空間が発生していません」
ttp://www.vipss.net/haruhi/1245501056.html

の続編となります。
御了承下さい。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:17:40.49 ID:rxPAHL1GO

ある晴れた日のこと。

「ハルヒよ」
「何?」

ハルヒは俺に視線を合わせずに返事をした。

「何でだ? 何でこんなことになったんだ」
「自分の胸に聞いてみなさい」

俺は団長様から直々の御尋問を受けていた。
俺はSOS団の部室で正座している。硬い床が痛い。

「俺は何もしてない。一体、俺が何をしたって言うんだ」
「嘘をつくんじゃないわよ。ネタはあがってんのよ」
ここでようやくハルヒは俺を見た。見下ろす形で。
尋問するハルヒはどこぞの刑事のようだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:21:25.57 ID:rxPAHL1GO

眉を思いきりひそめたハルヒに、威圧感を感じる。
確かに俺は嘘をついていた。いや、隠し事をしていた。
ハルヒは何故かそれを見抜いている。
……今すぐにでも逃げ出したい。

しかしそんな俺の恐怖心は何処吹く風。
ハルヒはその大きな机に気だるげに頬ずえをつきながら、

「で? あんた、有希とは昨日はどこまで進んだの?」

と悪戯っぽく、そしてふてぶてしくも、微かな笑いを浮かべながら、尋ねた。

「……やめてくれ」

やれやれ。俺の最も恐れていたことが起きたようだ。
すまない、古泉。迷惑千万なことになってしまった。
というか、何で昨日のことを知ってんだよ、ハルヒ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:26:10.41 ID:rxPAHL1GO

ハルヒは悠然と煎餅をかじり始めた。
俺は床に正座しているというのに。

「え、えっとぉ」

朝比奈さんはあたふたそわそわおろおろしていた。
いいんです、朝比奈さん。あなたにはこの場の収拾は無理でしょう。
こんな針の筵の中、あなたが唯一の癒しです。

「おやおや」
古泉はニコニコと、いつもの三割増しのスマイル0円。
何もかも見透かしたようなツラがムカつく。
そんな爽やかでもお前のスマイルは0円だぞ、古泉。

と、心の中で悪態をつきながら、ハルヒにバレないように古泉に目で合図を送る。
神であらせられるハルヒ様の御機嫌はどうなのだろうか。
閉鎖空間はもう御免だからな。

古泉は俺の合図を理解したのか、一瞬だけ真顔に戻り、そして、にこっとスマイルを返した。
つまり、大丈夫なんだろう。そう解釈する。
……一先ず安心した。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:32:45.43 ID:rxPAHL1GO

長門はいつものパイプ椅子には座らず、俺の横に立っている。
その横顔を見上げる。やはり無表情。
感情がないという訳ではなく、表情が上手く行われていないようだ。
つまり、長門は少し困っている。
助けてやりたいのは山々だが……不可能だ。
ハルヒの詰問はまだ続いているのだ。

「い、いや俺達は……」
「もういいわ」

のらりくらりとかわしていた俺にハルヒはそう言うと、一息、たっぷりと溜め息をついた。

「有希?」

ハルヒは長門の方へと標的を変更したようだ。
長門は微かに目線を上げ、ハルヒの鋭い視線を受け止めた。

「キョンに聞いてもラチがあかないわ。
 有希が教えてちょうだい。いい?」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:35:45.28 ID:rxPAHL1GO

駄目に決まってるだろ。
何で長門と俺のプライベートをお前に報告しなければならないんだ。

そうだろう、長門? と心の中で同意を求めつつ、長門を見た。
長門は俺に目を向けた。視線が絡む。

「……」

無言でハルヒの方へと向き直す長門。
長門はそんな俺の問いを感じ取ってくれただろうか。
いや、長門なら分かってくれるはずだ。
そうして、長門はおずおずと口を開いた。

「……私は構わない」
「えっ?!」

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:41:39.21 ID:rxPAHL1GO

思わず、長門の方へ振り向く。
表情を微かに、照れへと変えて長門さんは一体何を仰っているんだろう?

「じゃあ、教えてくれるわね?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」

予想と期待に反した展開に、軽くパニック。
まさか長門があっさりと了承するなんて。

「黙りなさい! あんたに発言権は一切、絶対、全然、これっぽっちもなし!」

いちいち見ぶり手振りをつけながら、大声でのたまうハルヒ。
どれだけ俺の基本的人権は踏みにじられているんだ。
……もう跡形もないんだろうな。

「涼宮さんが仰るのですから、仕方ありません。
 あなたも腹をくくるしかないようですよ」

ハルヒの尊大な発言に見事なイエスマンっぷりを見せ付ける古泉。

「いや、普通におかしいだろ!」
「団長として団員の風紀を取り締まるのは当然の行動よ」
「流石は涼宮さんです」

古泉はいつも以上にハルヒをよいしょする。
古泉を睨む。スマイルしか返ってこない。
これは絶対に俺への嫌がらせだ。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:48:50.63 ID:rxPAHL1GO

古泉は駄目だ。
ハナッから期待もしてなかったが、予想以上に使えん。
助けを求めて、朝比奈さんに視線をぶつける。

「はわっ!」

朝比奈さんは俺の視線に少し身じろぎした。
がっつくように見てしまったのだろう。申し訳ない。

「あ、あの、わ、私も少し聞きたいかなぁ、って思っちゃってますぅ……」

そして、朝比奈さんは遠慮がちに言った。
天使は可愛らしく俺を見放したのだ。
この場には味方が一人もいない。どうやら俺は絶望するしかないようだ。

「ご、ごめんなさい、キョン君」

可愛らしく謝る朝比奈さん。いいんですよ、許します。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:52:41.11 ID:rxPAHL1GO

「……」

と、朝比奈さんに癒されていると冷たい視線を感じた。
出どころは長門だった。

「な、長門?」
「……」

じっと見つめられる。
その、黒曜石みたいに綺麗な瞳が俺を貫く。

「……す、すまん」
「……そう」

何故か謝らないといけないような気がした。

「私は構わない」

俺が長門に話し掛けるよりも先に、長門は言葉を発した。

「し、しかしだな……」
「私は寧ろ、貴方との出来事を皆に知ってもらう事を望む」

俺には長門の目的も理由も分からない。
確かに昨日、俺と長門には事件というか出来事があった。
これがもう隠しきれるような状況ではないのも分かる。
しかし、こうやって言う必要性はどこにもないだろうに。
長門を見る。長門は俺から目を少しも逸らしていなかった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 22:57:18.44 ID:rxPAHL1GO

そして、長門は俺の言葉を待たずに、

「皆は、友達だから」

と短く言った。
抑揚もなくはっきりと。静かに堂々と。

「涼宮ハルヒも古泉一樹も朝比奈みくるも皆、私の友達」

長門は皆を見れるよう、どこか遠い目をしているように見えた。
俺も、朝比奈さんも、古泉も、そしてハルヒも目を見開いて呆然としている。

「大切な友達には、知ってもらいたい」

長門に不意と心を突かれて、何も言えない。
胸が打たれた。
長門の溢れ出した皆への想い。
心がじんわりと溶けていくようだ。嬉しい。素直に。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:00:27.75 ID:rxPAHL1GO

長門の、その長門らしくない発言に、皆はそれぞれの反応を示している。

ハルヒは顔を明後日の方にやり、恥ずかしさを誤魔化していた。
古泉はしばらく表情を忘れていたが、すぐに笑顔を再び捕まえたようだ。
朝比奈さんなんて、喜びのあまりに顔を真っ赤にしながら目を潤ませている。

俺はと言うと、多分きっと、僅かに笑っていたのだと思う。

「私は皆を大切な友達だと認識している……。
 この認識は好ましくないだろうか?」

長門は何処か体を小さくして、不安げに、控え目に尋ねた。
気恥ずかしさが皆を襲い、支配する。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:06:01.78 ID:rxPAHL1GO

「そんなことないですよぉ、長門さん。私達は大切な友達です。
 そう言ってもらえて嬉しいですよ、長門さん」

朝比奈さんがその気恥ずかしさを、にこやかな笑顔で破って答えてくれた。

「ええ、勿論僕もです。僕達は仲間。皆さん全員が、大切な友達です。
 それを僕も嬉しく思います」

それに古泉も爽やかに応えてくれた。

「ありがとう、朝比奈みくる、古泉一樹」

長門は表情をほんの少し柔らかにして、感謝した。

「私もありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

長門の表情に驚きながらも、朝比奈さんと古泉も柔らかに笑って答えた。
恥ずかしげに、しかし屈託なく、慈しむ笑顔で純粋に応えてくれた。

俺は自分のことのように嬉しかった。
ありがとう。長門有希をこんなにも想ってくれて。

「……貴女は?」

長門はハルヒを見つめた。じっと。あの瞳で。
ハルヒ、観念しろ。長門のこれには絶対に勝てないぞ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:11:43.37 ID:rxPAHL1GO

「あ、当たり前じゃない! 私達はSOS団。絶対に壊れない絆で結ばれてるのよ!
 あたし達は皆、大切な友達よ!
 皆が大切じゃない訳ないじゃない!」

ハルヒは恥ずかしさを振り払うように叫んだ。
自らの皆への想いを、顔を真っ赤にしながら。
おぁ、素直なハルヒは何やら可愛いな。

「ありがとう、涼宮ハルヒ」
「い、今更よ、有希」
「……そう」

長門はまた柔らかに感謝した。
ハルヒは感謝の言葉を述べなかったが、なくてもハルヒの感謝はこの場にいる誰もが分かる。

確かにハルヒの言う通りだ。
こんなこと、聞く必要なんてなかったのだ。
皆が皆を大切に想ってるなんて当たり前は、今更過ぎた。

「……許可を」

長門は俺を再び見つめた。瞬きもせずに。
……だから、それは反則だと言っているだろう。
やれやれ。ここで断ったら、俺は悪役になってしまうじゃないか。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:18:16.07 ID:rxPAHL1GO

仕方ない。古泉の言う通りなのは悔しいが、腹をくくろう。

「……分かった。長門、お前の好きにしてくれ」
「ありがとう」

長門は自分の表情を仄かに匂わすと、ハルヒの方へと向き直した。

「許可は得た。準備はいい?」
「い、いいわよ。
 ……さぁ、言ってもらうわよ、有希」
「了解した」

ハルヒは戸惑いと恥ずかしさと気まずさを、本題へと興味を移すことで隠した。

ハルヒを始めとして、朝比奈さんも古泉も、息を呑んで長門を見守っている。
俺も長門を見る。
心配やら恥ずかしさやら足の痛みやら何やらで色々とぐちゃぐちゃだ。
というか、正座がもうそろそろ限界だ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:23:29.99 ID:rxPAHL1GO

長門はハルヒを真っ直ぐに見据える。
古泉は笑いながら、長門を促すような動作をし、
朝比奈さんはお盆で顔を半分覆いながらも、地味にわくわくしている。
ハルヒは腕組みをしながら、重大な用件を受け止めるように長門を見据え返した。

「結論から言う。
 彼と私は現在、恋人関係にある。
 昨日は私の家で共に一夜を過ごした」

時が止まった。
朝比奈さんも俺も古泉も、ハルヒも。
長門有希のあまりにも赤裸々な告白に辺りは絨毯爆撃されていった。

「これはこれは」

古泉の一言で時が動き出した。

「長門、やっぱりやめてくれぇ!」
「うるさい! あんたは黙ってなさい!」
「キョン君と長門さん、凄いですぅ」

悲痛な悲鳴、それを一喝する声、黄色い声が部室を木霊した。


第一部 完

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:28:55.81 ID:rxPAHL1GO

雨は降り続く。
先程よりも弱くはなったが、止む気配を見せない。

「……」
「……」

今、俺は長門と相合い傘をしている。
にも関わらず、長門と俺は濡れネズミのような状態である。
びしょびしょに濡れて重くなった暗い色の制服が、身体中にまとわりつく。
体は重く、靴の中にも水が入り、歩く度に気持ち悪い。
頭に染み込んだ雨雫がどんどん垂れてくる。
目に入りそうな雫を、長門の鞄を持った左手で振り払った。

「……」
「……」

お互いに無言。二人の間には世間話すらもない。
雨の音だけが、二人の世界の音だ。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:35:06.57 ID:rxPAHL1GO

「……」
「……」

横をちらりと見る。
長門の表情は、雨に濡れた髪と身長差のせいで上手く窺えない。
つい十数分前の出来事を、ふと思い返す。

俺の言葉を受け止め、精一杯のありがとうを言った長門を。
一瞬、慎ましいながらも華やかな顔を浮かべた、長門を。
長門の愛らしさを俺の心に優しく、深く刻み込んだ、あの表情を。

今、長門の表情は、きっと穏やかなのだ。

はっと、我に返る。
駄目だ。思考がどうしても長門で桃色だ。

「……」

長門は無言。話し掛けるのも何やら無粋なような気がして、躊躇われる。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:37:33.84 ID:rxPAHL1GO

何か他に思うことはないだろうか。
傘の柄に意識を向ける。
俺の平凡な右手には、長門の小さな白い手がしっとりと重ねられている。
暖かくて、心地好い。

ゆっくりと、体の内部から俺の心臓を絡めとるような長門の感触。
強く、柔らかに縛り付けられた心臓は長門の体温を全身に送りつける。
自然と顔が綻ぶ。
必死に堅く表情を作っても、長門の暖かさはそれをチョコのように甘く溶かしてしまう。
無駄な抵抗だった。
人間は苦しみには耐えられても、喜びには耐えられない。
俺は我慢することが出来ないのだ。長門相手には。

気付いたら、やはりすぐにまた長門のことばかりを考えていた。
顔が赤く、熱い。
結局は墓穴を掘っただけじゃないか。
いっそのこと、目を瞑ってしまおうか。
少しだけ目を閉じる。すぐに開く。
長門の手の感触が、より鮮明に感じられただけだった。
それは、今は好ましくない。
というか、歩いてる最中に目を瞑るんじゃない、俺。
行きどころを失った視線を、誰のとも知らない傘で切り取られた灰色の空に向けた。
この傘、明日にはちゃんと返さないとな。悪いことをした。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:43:23.82 ID:rxPAHL1GO

「約3分後に私のマンションに到着する」
「ああ」

何とかして、ぶっきらぼうな返事をした。
意味不明な行動、思考をしていたのがバレていないだろうかと内心ヒヤヒヤだ。

「長門、寒くないか?」

今は雨。
寒くはなく、どちらかと言えば、過ごしやすく、暖かい時期。

「問題ない。私には体温の調節機能が備えられている」
「そういう問題じゃない。急ごう」

いくらこいつが宇宙的能力を持っていたとしても、外見は小柄な女の子だ。寒いに決まっている。
長門との夢心地の散歩は楽しかった。
しかし、急げば良かったと後悔する。
俺と長門はマンションへと歩みを速めた。
人生の落とし穴は油断した時に落ちるものだと思うが、これがそういうものなのだろうか。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/10(金) 23:52:44.46 ID:rxPAHL1GO

長門の部屋の前。
長門は鍵を回して、扉が開く。重厚な音が響いた。

「入って」
「お邪魔します」

促されるままに玄関をくぐる。

「すまん。マットの上に座るぞ」
「いい」

長門の許可を得てから、その場に座り込む。
扉が閉まる音がして、辺りが薄暗くなった。
施錠する音が鳴る。それから玄関の灯りがついた。
ずぶずぶの靴と靴下が脱ぎにくい。

「私はタオルを用意する」
長門は俺の靴を揃えながら、呟いた。

「すまない。頼む、長門」

返事と音もなく、長門は洗面台の方へと消えていった。
長門を目で追う。その先に広がるのはいつもの長門の部屋。
ぼうっと、眺める。
相変わらず殺風景で何も無い部屋だ。
昔の長門ならいざ知らず、今の長門には似合わないと思う。
確かに、あいつはこれでも不便はしないだろう。
しかし、似合わない。何か用意すればいいのに。
取り留めもなく、考えてみた。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:01:05.07 ID:od1LCOOOO

長門が膨らんだバスタオルを両手にやって来た。

「使って」
「おう」

べたつく上着を脱ぎながら、受け取る。
掻き毟るように頭から勢い良く上半身を拭いた。

いつの間に拭き終わった長門を眺める。
人形のような顔に、ぴったりと張り付いた髪がどこか、俺の琴線に触れた。

「……」

一人暮らしの、こんなに可愛い恋人の家の敷居を跨いだ俺。
意識しないはずがない。心臓が跳ね上がる。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:04:03.17 ID:od1LCOOOO

いつもならば、当たり前のように家に上がり、居間に座って長門のお茶をすするパターン。
しかし、今は違う。
俺と長門は、恋人同士。
部活の仲間でも、友達でも、親友でもない。

「それと、これを」
「っ!」
「? どうしたの?」
「い、いや何でもない」
「そう。飲んで」

長門は俺の考えを知ってか知らずか、すっとコップを差し出した。
湯気がたっている。甘い香りが辺りを漂う。
それは温かいココアだった。

「おお、気が利くな」
「そう」

満足げに頷く長門。
早速、一口飲む。
甘い温かみがじんわりと口に、そして喉へと広がった。
全身にもすぐに広がるだろう。

「温まるな。助かる」
「そう」
「というか、ココアあったのか?」

長門の家でお茶以外の飲み物が出るのは初めてかもしれない。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:08:55.43 ID:od1LCOOOO

「今、用意した。飲料が持つ体温の上昇機能と貴方の嗜好と照らし合わせて、最も適切な飲料を選択した」

わざわざ用意してくれたのか。ありがたい。
より一層、温かくなった。

「美味いよ。わざわざありがとうな、長門」
「……そう」

長門は視線を俺から外しながら言った。
照れているのか、長門。可愛いヤツめ。抱きしめたくなった。

「長門、お前も飲んどけ。温まるぞ」
「これは貴方の為に用意したもの」
「いいから、いいから。ほら」

遠慮する長門に向けて、ずいっと強引にコップを向けた。

「……」

長門は可愛らしく両手でコップを握り、ココアを軽く口に含んだ。

「美味いか?」
「……甘い」
「そうか。温まったか?」
「体温の上昇を確認」
「そうか」

しばらく交互にココアを飲み合った。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:13:18.36 ID:od1LCOOOO

「貴方と私の唇がコップを通じて、間接的に触れた。
 これは俗に言う、間接キス」
「……」

長門の突然の発言に呆気に取られて何も言えない。
言われて気付いた。これは間接キスだ。

「書物にて知識を得てはいたが、予想外の結果だった。
 ココアではない何かがもたらす体温上昇が確認された。特に胸部における体温上昇が著しい。
 心拍数、血圧の上昇、発汗量の増加も確認」

長門はうつ向きながら、少し小さな声で呟いている。

「今、私が覚えているこの感情は羞恥に近いと思われる。
 しかし、私は今、嬉しいとも感じている。
 ……非常に複雑」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:18:39.50 ID:od1LCOOOO

「……俺も、だ、長門。俺も恥ずかしいけど、嬉しいぞ」

俺の体温もココアでない何かで上昇していく。
あぁ、もう。
何で間接キスなんかでこんなに恥ずかしくなるんだ。

「そう……この現象について解析を検討する必要性がある」
「い、いや、別に必要ないだろ。これはそういうもんなんだ」
「……そう」
「……」

しばし無言。
俺はある思考に捕われていた。
抱きしめたい、と。
この可愛さはひどい。ひどく可愛い。反則だ。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:26:38.42 ID:od1LCOOOO

「バスタオルにて体や衣類に付着した水の吸収を試みたが、これでは不十分。
 加えて、この方法ではこれ以上の効果が望めない」

そんな俺の心の中での煩悶を知ってか知らずか、長門は無表情に告げた。
雑念を無視して、どうにか返事をする。

「確かに。これじゃあ無理だな」
「よって、シャワーを浴びる必要があると判断する」

恋人の家でシャワー。
ひそやかで甘い響きにドキッとする。
そのやましい思いが悟られないよう、平静を努める。

「それはいいが……お前のはともかく、俺の着替えとかあるのか?」

長門の家に俺に合う服なんてあるのだろうか。
冷静さを取り戻すため、あくまで現実的な側面を考えた。

「簡単な服なら私が用意する」
「……あるのか?」

予想に反した答えに、聞き返す。

44 名前: ◆oLOPK320Xk [] 投稿日:2009/07/11(土) 00:30:35.48 ID:od1LCOOOO

「今から用意する」

今から用意、ときたか。
つまり情報操作やら何やらだろう。

「無理する必要はないぞ?」
「無理はしていない。この程度の情報操作ならすぐに可能。
 このままだと貴方は風邪を引いてしまう可能性がある。
 その方が遥かに重大な問題。私はそれを望まない」

長門はすらすらと抑揚なく述べた。
俺の心配をしてくれているのか。

「そうか。……そうだな。
 じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
「そう」

長門の好意を無下には出来ない。有り難く受け取る。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:39:07.35 ID:od1LCOOOO

「じゃあ、長門が先に入ってくれ」

男が女の子よりも、ましてや恋人よりも自分を優先するのはカッコ悪すぎるだろ。

「俺なら大丈夫だ。家の中だしな。これくらいで風邪を引く程、俺の体はヤワじゃない」

親指で自分の胸を指し示しながら、自分の頑丈さをアピールしておく。
そこまで頑丈という訳ではないが。

「……」
「長門?」

長門は俺のごく当たり前の提案に何故かすぐに反応は示さない。
何も言わずに、長門はうつ向く。
迷ってるようにも、躊躇ってるようにも、恥ずかしがっているようにも見えた。
少ししてから、長門は小さな声で呟いた。

「一緒に入って」
「はい?」

呆けた返事をしてしまう。
長門は顔を上げた。そしてさっきよりも大きな声でゆっくりと。

「私は貴方と一緒に入りたい」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:52:57.60 ID:od1LCOOOO

言い終わると、長門は恥ずかしげな表情を浮かべながら、視線を斜め下にやった。
長門の微かに顔が赤いような気がする。
その姿はいじらしく、可愛らしく、今にも抱きしめてしまいそうだった。

「その方が効率的かつ効果的。速やかな対処が行える。
 ……それを別にしても、私は貴方と一緒に入りたいと思っている」
「……」

何と返事をすればいいのだろうか。
な、長門と一緒に入るのか? 誰が? 俺が? 何を? シャワーを? 誰と? 長門と?
思考が錯綜する。

「……許可を」
「……ダ、ダメだ! それは流石にダメだ、長門!」

思わず叫んでしまう。
長門の声を聞いて、俺は遠い世界への旅から正気に戻った。
危うく長門と一緒のシャワーシーンを想像してしまうところだった。
俺には無理だ。長門。勘弁してくれ。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 00:57:20.73 ID:od1LCOOOO

「……何故?」

長門は再びうつ向き、俺に尋ねた。
明らかに失意が籠められた表情で。
心が罪悪感に満たされる。

「私達は恋人同士。違った?」
「い、いや、違わないぞ。違う訳がないじゃないか。」
「ならいいはず。恋人同士なら何ら不思議ではない」「な、長門。確かにそうかもしれない」
「……」

じっと長門の綺麗な瞳で見つめられる。
これはマズイ。しかしこの提案はいくら何でも駄目だ。

「しかしだな、物事には順序ってもんがあるんだ。
 恋人になって初日にそれは余りにも早すぎる。分かるだろ?」
「しかし、そのような事があっても何らおかしくはない」
「いや、でも普通じゃないだろ、それは」
「……そう」

少し不満そうな長門。
理解はしたが、納得はしていない様子だ。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:01:35.26 ID:od1LCOOOO

「分かってくれ、長門。
 それに女の子がそんなに自分を軽く扱っちゃいけないぞ」
「私は自分自身を軽く扱ってはいない」

ちょっとムキになったのか、長門はすぐに反論した。
口を尖らしている訳ではないが、俺にはそう見える。
……可愛いな。

「……俺だって長門とシャワーを一緒に浴びたいという気持ちはある」
「……」

長門は俺を見上げた。
淡い期待を込めて。

「でもな、俺はお前を大事にしたい。
 だからそんな軽率とも取られかねない行動はしたくないんだよ」

長門の目を真っ直ぐ見る。
ヘタレだと言われても構わない。
長門を大事にしたい。

「……了解した」

長門は少し悲しげに理解した。
親に叱られた子供のように体をしぼませて。
半端じゃない、凄い罪悪感が俺を襲う。
思わず謝りたくなってしまった。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:05:26.79 ID:od1LCOOOO

「私のシャワーはすぐに終わる」
「いや、急がなくていいって。しっかり温まれ」
「善処する。その間、貴方はこれで体を冷やさないようにして」

長門はそう言って、自分が使っていたバスタオルを俺に渡した。

「ああ、ありがとう」

長門は無言で背中を向け、そそくさと立ち去った。
その寂しげな背中が俺の心を締め付ける。
俺はその甘い痛みを誤魔化すようにバスタオルで体を覆った。
長門の匂いに包まれた。長門の感触を思い出す。
……あぁ、少し、いや大分、いや凄く勿体ないことをしたかもしれない。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:11:47.19 ID:od1LCOOOO

携帯を折り畳む。
親への連絡は滞りなく終わった。
女の子の家に泊まるとか、そういうのは一応、上手く隠せただろう。

「やれやれ……」

一仕事が終わった途端に一人であることを強く感じる。
俺は長門と触れ合いたくなっていた。
しかし、この場にあるのは長門のバスタオルと空のコップだけだ。
今は母親の買い物を留守番している子供のように、長門を待つしかない。

殺風景な部屋が目に入る。寂しい部屋だな。
そうだ。晴れたら家具を、ソファを買いに行こう。長門と。
いつの日かの休日には長門とソファに座って、一緒にいよう。
その時は長門と、ソファで何を見ようか。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:15:18.40 ID:od1LCOOOO

ドアの開く音が聞こえてきた。

「終わった。次は貴方の番」
「ああ、早かったな……って!」
「?」

振り返り、思わずたじろぐ。
ドアを開けて出てきた、長門の格好。

「……?」

だから首を傾げるな。可愛すぎる、それは。
長門は大きめの水色のTシャツと同じ色の柔らかそうなズボンを着ていた。

「貴方の着替の服を構成する際に私の分も用意した」

俺の目に、長門の淡い肌と細い鎖骨が微かに映る。
上品に紅潮し、しっとりとしていた。
正直、たまりません。めちゃめちゃ色っぽい。

理性を総動員させていると、濡れた髪が横顔に貼り付いていたのに気付いた。
乾ききってないどころか、水が滴りそうな長門の髪。
それもすごく魅力的なのだが、しかし。

「お前、タオル貸せ。ちゃんと乾かさないと意味ないだろ」

長門の持っていたタオルを手に取る。
優しく、慎重に長門の小さな頭を拭いてやる。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:20:29.57 ID:od1LCOOOO

「ほら、目は瞑っとけ」

無言で目を細める長門。
気持ち良さそうに見えるのは、俺の勘違いじゃないだろう。
そして、長門は本当に目を閉じた。
俺の手のされるがままに頭を動かす。
猫っ毛の長門は本当の猫みたいだった。

「よし、終わったぞ」
「そう」

目を開ける長門。
黒曜石の瞳は、やはりまたじっと俺を見つめた。

「ちゃんと拭いとけよ。俺のために急いでくれてたのは嬉しかったけどな」
「気を付ける」

湯冷めしてしまっては元も子もない。

「次は貴方の番。
 洗濯機の横の棚に貴方の着替となる服を置いた。使って」
「ああ、入らせてもらおう」
「先程使ったバスタオルはそのままでいい。今着ている制服などは洗濯籠の中へ入れておいて。私がやっておく」
「何から何まで悪いな、長門。ありがとう」
「いい。それよりも急いで。貴方の体が冷えてしまう」
「そんなに焦らなくても大丈夫だ。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」

意外と世話焼きだな、長門は。
流れるような手付きでバスタオルを畳む長門に見送られながら、ドアを開けた。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:29:39.37 ID:od1LCOOOO

着替えを終えた。
熱めのシャワーで体がぽかぽかしている。

「出たぞ、長門」

ドアを開けながら、長門に言葉を送った。

「いい感じに温まった」
「そう」

居間では長門が簡素なテーブルに座っていた。

「飲んで」
「ああ、いただきます」

その対面に座ると、お茶が差し出された。
いつもの光景と変わらない。
変わったのは二人の関係と、お茶が冷たいことだけ。
すぐに飲み干す。

「美味しい?」
「ああ。冷たくて美味い」
「そう」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:33:33.89 ID:od1LCOOOO

「貴方は空腹?」

2杯目のお茶を差し出しながら、長門は尋ねた。

「ああ。正直かなり腹が空いてる」

まだ夕飯には少し早い時間帯だが、腹が空いている。
色々と疲れたせいだろう。さっき結構走ったし。

「そう。カレーがある」
「……貰っていいのか?」
「いい」
「ありがたく貰おう。よろしく頼む」

腹が減っては戦はできぬ、だ。

「用意する」

軽やかで素早い足音を残して、長門はキッチンに向かっていった。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:38:55.09 ID:od1LCOOOO

作り置きがあったんだろう。
10分もしないうちにテーブルの上には二皿のカレーが用意された。
一皿は山のようにそびえ立つライスに、豪快にルーが盛り付けられている。まるで火山だ。
外見的に、キャラクター的に、長門には全く似合わない。

「食べて」
「いただきます」

俺にスプーンを手渡すと、後は黙々とカレーをほおばる長門。
もきゅもきゅと、ハムスターのように頬を膨らませながら。
それにしても毎度思うんだが、一体こいつの体のどこにこれだけのカレーが収まるのだろう。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:46:47.91 ID:od1LCOOOO

食卓にはカレー以外に何も上らない。栄養が偏り過ぎてないか?

「問題ない。
 本来、私は外部から栄養素の摂取の必要がない。栄養素の偏りは無視できる」
「……それでももっと他のものも食べてみないか?」
「カレー……嫌い?」

寂しそうに尋ねる長門。

「いやいや、そんなことないぞ。長門のカレーは美味い」
「……そう」

安心したような表情の長門。実際、美味いしな。

「それでは、何故?」

長門は小首を傾げる。

「いや、特に理由はないが、視野が狭いのは頂けないな。
 新しいことを色々やってみるんだ。
 無駄なことのように思えるかもしれないが、長門の為になるはずだ。
 それに、俺は長門の他の料理も食べてみたい」
「……そう。以後、他の食事についても考慮する」
「ああ、よろしく頼む」

長門は無言になり、スプーンで皿をつっつく音だけが部屋に鳴り響いた。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 01:54:54.41 ID:od1LCOOOO

俺はようやく1杯食い終わったところで、長門は山盛りカレー2杯目の最後の一口を口に収めた。

「ごちそうさま、長門。美味かったぞ」
「そう」

長門はそう言って立ち上がると、俺のカレー皿を取り上げようとする。

「いや、俺がやろう。ご馳走になってばかりじゃ申し訳ない」

長門の手を押し留め、キッチンに向かう。

鏡のように磨かれたカレー鍋。水滴や汚れが全く見当たらないシンク。
本当にここで調理をしているのか疑問だ。

軽く流した皿を水に浸けて、部屋に戻る。
長門は背筋を伸ばし、正座で待っていた。じっと。
無表情に近い表情で、何かを期待するように。

「長門、カレーが口についてるぞ」

そんな長門の顔にカレーがついていた。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:00:08.00 ID:od1LCOOOO

「……迂濶だった」
「ほら、拭いてやるから、じっとしてろ」

ティッシュで口を拭ってやる。

「……っ」

可愛らしいうめき声を上げて唇を拭かれる長門。
その間も無表情に瞬きすらせず、俺の一挙一動を見つめる。

「よし、取れたぞ」
「……」

指とティッシュが唇から離れると、長門は何故か名残惜しそうにそれを目で追った。
それからしばらく沈黙が続いた。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:05:04.60 ID:od1LCOOOO

「私達は今、恋人同士という仲」
「……そうだな」

沈黙を破ったのは長門だった。
恋人、と声に出すのはやはりまだ恥ずかしいな。

「だから、また私の我が儘を聞いてほしい」

そんなこと、いちいち言わなくてもいいのに。

「遠慮するな。どんと来い」

長門はすぐに立ち上がった。
音もなく歩き、俺の隣で腰を下ろす。
そして、俺に肩を預けてきた。小さな体をちっちゃくして。
長門の指が自分の指にゆっくりと重ねられる。

覚悟を決めたはずだった。
しかし俺の体は上手く動くはずがなく、硬直していた。

「私は今、この状況をずっと維持していたい」

長門のいい匂いがする。
香水なんてしていないだろうに、何でこんないい匂いがするんだ。

「頭を撫でて欲しい」

動かない体と手足を無理矢理に動かす。油の足りない機械のようだ。
こんな俺でも、精一杯撫でるから、目一杯撫でさせてくれ。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:09:54.29 ID:od1LCOOOO

長門の髪に触れる。とっくに乾いていた。
長門の髪は柔らかくてサラサラだ。
触ったことはないが、絹の糸のような手触りとは、多分このことだ。
手触りが凄く気持ちいい。それだけで気持ちが穏やかになる。

「どうだ長門?」
「……気持ちいい」
「そうか」

返事を終える前にぎゅっと、強く抱きついてくる長門。軽い。

「先程のように、私を抱きしめて」

一度、長門を引き剥がす。そんな切ない顔をするな。
すぐに正面から華奢な長門の体を抱きしめる。
薄い布地ごしに長門の肌が感じられる。これは卑怯だ。
誤魔化すように髪を再び撫でたが、逆効果だった。理性が本能を説き伏せる。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:13:50.21 ID:od1LCOOOO

と、脇腹周辺に違和感。
ちょいちょい、と服を引っ張られていた。

「どうした?」
「このまま、この体勢を継続して欲しい」
「お安い御用だ」
「そう……」

長門は右頬を俺の胸に押し付ける。そして、静かに目を瞑った。

「これから大変だな」
「……何故?」

暫くしてそう呟くと、不思議そうに見つめられた。
どうやら少し不機嫌みたいだな。

「……その、だな、
 色々と心配なのさ」
「説明を」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:19:28.05 ID:od1LCOOOO

「これからはお互いの色々なところが見えていく。
 俺は欠点が多いからな。長門が知らない、俺の欠点が見えてくるのが怖い」

情けない愚痴を漏らす。言うべきではないと分かっているのに。
俺はどうしても不安になってしまったから。

「心配には及ばない」
「……そうなのか?」
「そう。私は貴方の想像以上に貴方を見てきている」

俺は長門にそんなに見られていたのか。
色々と恥ずかしい。

「寧ろ私の方が心配」
「何がだ?」
「貴方が私自身に失望してしまわないかが心配。
 これからの私の変化は大きいと予想される。
 今この瞬間も、莫大なエラーの発生と共に様々な情報が獲得されている。
 貴方が望まない変化の可能性も否定できない」

何だ、そんなことか。
俺は少し笑って、すぐに返した。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:23:46.95 ID:od1LCOOOO

「大丈夫だ。俺は長門を知っているからな」
「……?」

確信している。
長門は長門だ。長門が変になったりするわけがない。

「つまり、俺は長門を見ているんだ。お前みたいに。お前の想像以上に」
「……そう」

長門は嬉しそうにうつ向き、続けた。

「貴方は今までにも私の動向に機敏に理解を示してくれた。
 それに、貴方は私をそれ以上に見てくれていると言ってくれた。
 ……私は嬉しい」
「……俺もだよ、長門」

お互いにゼロ距離で本音を語り合う。
顔から火が出そうだ。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:28:07.80 ID:od1LCOOOO

「……貴方は魅力的」
「そうか?」
「そう。
 ……だから浮気はしないで欲しい」
「するわけないだろ」

長門は頭を上げて俺をじっと見つめた。

「他の女性が貴方の魅力になびき、貴方が浮気をしてしまう可能性を、私は不安に思う」
「俺は平凡な一般人だ。凡人だ。
 モテた試しなんてない。前提が有り得ないぞ」

正直、俺は谷口のことを笑えないレベルだと思う。五十歩百歩だ。

「そんなことはない。貴方はとても魅力的。
 面倒見が良く、いつも人を気にかけている。
 今回の件でも私の微弱な信号を受け止めて、私の過ちを修正してくれた。
 非常に優しい、いい人」

長門の誉め言葉を前に、まともに顔を向けられない。

「私は貴方と恋人関係になれたことに、喜びを感じている。
 私よりも優れている女性が周りにいながらも、貴方は私を愛していると言ってくれた」

いつもと同じ淡々とした言葉とはまるで違う。
長門が大きく変わった証だ。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:32:51.30 ID:od1LCOOOO

「だから、不安。
 私は貴方を信頼している。
 なのに、不安」

長門は不安げに下を向き、強く抱きついた。
小動物的な可愛らしさに悪戯心が芽生える。

「まぁ万が一、朝比奈さんみたいな人に言い寄られ……っ!」
「浮気は駄目」

悪戯をしたら、頬をつねられてしまった。
無表情は怖いぞ、長門。

「すまん、長門。冗談だ。許してくれ」
「冗談でも駄目」

両手で両頬をつねってくる長門。痛い。
しかし可愛いなぁ、長門は。

「悪かった。許してくれ。浮気は絶対にしない」
「そう。約束して。当然、私もしない」
「約束する」
「そう」

頬から指が離される。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:36:52.38 ID:od1LCOOOO

「……痛かったぞ」
「これは罰。
 そういう冗談は止めて欲しい。私は、怖い」

長門にじっと、すがるような視線を向けられた。
長門の不安を持てあそんでしまったことに心が痛む。
こんな顔、させたくないのに。

「すまない。二度としない。約束する」
「そう」
「悪かった、ごめん、長門。
 ……後な、女の子の優劣は良く分からんが、
 俺にはお前よりも魅力的な女の子がいないからな。
 お前は魅力的だ。凄く」
「……そう。ありがとう」

言いながら、長門は俺の頬をさすってくれた。
少しひりひりした肌が嘘のように柔らかくなっていく。
だから、俺も長門の頬をさすった。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:43:30.10 ID:od1LCOOOO

「長門」
「……何?」
「好きだ」

自然と言葉が口から出ていた。
どうしても、言えずにはおれなかった。
不思議と羞恥はなかった。なくなっていた。
長門の頬を撫でていた俺の手に、自分の手をやる長門。

「……私も貴方が好き」

長門は感慨深げに、頬に俺の手を控え目に押し付けた。
長門の感触がたまらなく優しい。

「私は貴方が大好き」
「俺も長門が大好きだぞ」

言い終わるや否や、俺は長門の不意を奪って、キスをした。
撫でるように優しく、触れ合うだけのキス。
離して、すぐにまた唇を唇に戻す。
もっと長門を独占したい。今のこれでは、足りない。
最初のキスよりも長く唇が触れ合わせる。触れたまま、少し動いた。
頬にあった両手の右手だけを滑るように頭の後ろに移動させる。
優しく押し付ける。甘くついばむ。
うっすらと目を開ける。長門は目を閉じていた。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:50:09.67 ID:od1LCOOOO

唇を離す。長門の柔らかい感触が名残惜しい。
長門の顔を見ようとしたが、すぐに顔を伏せてしまった。

「体温、心拍数、血圧、上昇。
 外部からの物理的な力がないにも関わらず、胸部に圧迫感。息苦しい。貴方の顔が直視できない」
「俺も同じ気持ちだよ。だから分かる。
 それは照れてるんだ、長門」
「……そう」
「何か他に分かるか?」
「羞恥はある。しかし、それを上回る喜びがある」


「私は、幸せ」
「俺も、幸せ」


また抱きしめた。またキスをした。
長門が愛しい。
長門が愛しくて。強く。優しく。堅く。温かく。
消えてしまうかもしれなかった長門を掴み取るように。繋ぎ止めるように。
肉体という籠越しに、心を何とかして擦り合わせるように。
俺達は抱きしめあった。
そうして、いつの間にか。

「愛してる」
「愛している」

ほぼ同時に愛を囁いていた。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:56:13.57 ID:od1LCOOOO

時間はもうかなり経っている。俺達はまだ密着し続けていた。
長門は時折、頭を擦り寄るように動かす。

「エラーの解析と処理に時間が必要。もう少しこのままで」

長門が俺の方にもたれかかって、目を細めている。

「それ、さっきも言ったぞ。結構な時間が経ってるんだが」
「これが最も効果的な方法。発生し続けているエラーの処理速度が格段に上昇する」
「そうか……」

こうやって話をはぐらかして誤魔化す長門。
まだまだ満足していないようだ。
遠慮するなと言った手前、受け止めるしかない。
しかし、眠くなってきた。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 02:58:06.84 ID:od1LCOOOO

「……んっ……」

欠伸を噛み殺す。まだ時間はかなり早い。
最近なら小学生でも寝ない時間かもしれない。

「貴方は眠気を感じている」
「ああ、ちょっとな。今日は疲れた」
「そう。なら貴方は眠るべき。明日も学校がある。無理はいけない」
「だな……寝かせてもらう。すまないな」
「いい」

だったらそろそろ離して頂けないだろうか?

「……後少しだけ」
「ああ。気にするな」

まぁ、いいか。長門の感触、気持ちいいし。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:00:39.65 ID:od1LCOOOO

「就寝の準備を開始する」
「おう」

長門が俺から名残惜しそうに離れた。
長門の温もりがまだ体に残っている。

「わざわざありがとうな」
「いい」

長門はそう言いながら、俺の横に座ったままだ。
何かを言いたげにして、俺を見つめる。

「何だ?」
「就寝のこと」
「あぁ、寝る場所か」

何処がいいだろうか。
まぁ、居間にでも布団を引いてもらおう。

「……それなら」
「私は同衾を希望する。
 私と一緒の布団で寝て欲しい」
「……はぃ?!」

俺の言葉は長門に切って捨てられた。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:04:28.89 ID:od1LCOOOO

「許可を」

長門は俺の服の袖をつまんでいた。遠慮がちに。
いじらしいお願いの仕方だが、要求は大胆だな。

「いや、それは……」
「先程、私は貴方とシャワーを同室を希望した。
 その際に、私は貴方の意見を尊重した。
 従って、今度は貴方が折れる番」
「い、いや……その……だな。
 健全な男子にそれは厳しいんだ」
「……何が?」

言わせるな。
しどろもどろ。目を右往左往させて、長門の熱視線から逃げ惑う。
恋人からのお願いだとはいえこれは……。
それに長門は今まで文句も言わずに頑張ってきた。
だからお願いは出来る限り、叶えてあげたいんだが。

「さ、さっきも言ったがな、物事には順序があるんだ……」

そういうことである。
長門とは真剣に付き合いたいから、勢いで物事を行ってしまってはいけないと思うのだ。

「……」

沈黙が続く。原因は俺の甲斐性の無さだな。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:07:10.06 ID:od1LCOOOO

「……ごめんなさい」

突然、長門の声が震えるように響いた。
驚いて長門を見る。萎縮しているような長門がいた。

「ど、どうした、長門?」
「貴方に迷惑をかけるつもりはなかった。私は貴方がこの提案に戸惑いと困惑を覚えるだろうと予測できていた。
 加えて、貴方の主張ももっともなもの」

長門は俺に目を伏したまま淡々と話し続ける。

「だというのに、私はその理不尽な提案をせずにはいれなかった。
 貴方に迷惑をかけるつもりはなかった。
 何故、私がこうしたのか分からない」

長門は俺と目を合わそうとしない。明らかに落ち込んでいる。
罪悪感、そしてある種の恐怖を感じているのだろう。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:12:23.29 ID:od1LCOOOO

「今日、貴方は私の我が儘を十分に受け入れてくれた。
 しかし私は更に欲求してしまう。
 私は、贅沢。節制すべき」

そこでようやく、長門は俺を見上げた。

「我が儘を言って、ごめんなさい。
 でも……いつか私と一緒に寝てくれることを望む」

長門は胸に手をやりながら、切実に、祈るように言葉を紡いだ。
長門の腰が浮く。立ち上がろうとしている。

……何てヘタレなんだ、俺は。
可愛い恋人の頼みの一つや二つくらい、聞いてやれないのか。情けない。
男なんだろう、俺は。

「待て」
「……」

長門の右手を掴む。
何とか指の先を捕まえられた。
捕まえたぞ、長門。

「長門」

お前には勝てない。
いや、俺が弱いだけだな。責任転嫁は止めよう。
大きく息を吸う。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:15:29.05 ID:od1LCOOOO

「そのいつか、今でいいか?」
「……!」

決意の一言。
長門から驚きの感情が漏れた。

「……本当?」
「本当だ。今夜は一緒に寝よう」

俺が我慢すればいいだけだからな。
長門は戸惑い、黙っている。思考の渦に入ってしまったようだ。

「……ごめんなさい。私は貴方には迷惑ばかりかけている」
「そんなことないぞ。俺もお前に今まで迷惑ばかりかけてきたしな」

謝る長門を止める。

「顔を上げてくれ、長門」

俺は長門に対して、返し切れないくらいの恩がある。
しかし、その義務感で言ったわけじゃない。
俺は長門のために何かしてやりたいだけだ。

「俺も一緒に寝たい。一緒に寝よう、長門」
「……ありがとう」

くしゃりと、一瞬だけ長門の顔が、笑みへと静かに崩れたような気がした。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:19:51.56 ID:od1LCOOOO

畳張りの部屋には布団が1つ、たった1つだけ敷かれていた。

「準備が完了した」

何なんだよ、これは。
衣ずれの音を立てながら布団に入っている長門を目の前に、現実逃避してしまいたくなる。
心臓が異常に速い。手汗も酷い。
軽く後悔する。俺、大丈夫か?

「来て」

寝ながら、空いたスペースをぽんぽんと叩く長門。
何かそれはヤバいぞ、長門。何やらぐっとくるものがある。
今にも襲いかかってしまいそうだ。

「お、お邪魔します……」

恐る恐る、布団の中に入る。
甘い匂いがした。脳が甘噛みされる。

「……」

長門に見つめられていた。
思考が滲むように痺れる。

「……!」

更にマズいことに、長門が無言で近寄ってきた。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:24:16.94 ID:od1LCOOOO

「貴方の体温に包まれて眠りたい」

長門は言うや否や抱きしめてきた。
長門の匂いがする。長門の体と全身で触れ合う。
色即是空、色即是空。
俺の脳内天使は悪魔側に寝返り中だ。

「おやすみなさい」
「お、おやすみ、長門」

長門の言葉を上擦った声で返す。
長門はもう目を閉じていた。

「……」

目の前に長門。
落ち着け、落ち着くんだ。
閉じられた綺麗な目。
結ばれた柔らかい唇。
上下するなだらかな胸。
背中に回された小さな手。
絡みつく細い体。

これを、我慢しろ、だと。
拷問だ、それは。責め具だ。
悶々とした気持ちに音もなく苦しむ。
胸が、脳が貪られていった。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:25:54.32 ID:od1LCOOOO

深呼吸。
こんなことで事態は改善しないだろうと分かっていても、せずにはいられない。
「……ふぅ」

一息つきながら、長門の無防備な姿から逃げるように必死に目を閉じた。
……今日は色んなことがあったな。

長門による自分自身の処分。
止められて、本当に良かった。
長門がいなくならなきゃいけない理由なんて、何処にもない。

消えてしまいそうな長門を目の前にして、俺の中の感情が爆発した。
長門と一緒にいたい、という気持ちが。

SOS団のメンバーや他の奴らに対するそれとは違う、長門だけへの気持ち。
俺の気持ちに応えてくれた長門。
俺を好きでいてくれていた長門。
長門と俺は相思相愛だった。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:29:56.30 ID:od1LCOOOO

『ありがとう』

長門の笑顔を思い出す。
それはあまりにも不意打ちで、あまりにも綺麗だった。

そして、俺達はキスをした。
お互いに恥ずかしがった後の、長門の表情。
どこか切なそうで、夢見心地で儚げで、それでも咲き誇る花のように可憐な表情。
これでもまるで足りない。
表現が、言語が及ばない。
筆舌にし難い表情。
あの長門を、俺はまた見たい。
俺は長門を、もっと喜ばせてやりたい。

「……」

物思いに浸っていたら、落ち着きが少しだけ戻ってきた。
長門はもう眠ったのだろうか。
目を開けてみる。

「……!」

その瞬間。
呆気に取られ、息を呑んだ。
頭が揺らぎ、胸は突き刺された。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 03:32:49.59 ID:od1LCOOOO

「……」

長門は笑っていた。
眠りながら、安らかに笑っていたのだ。

夜にしか咲かない花があると聞いたことがある。
その花とはこんなものなのだろう。
ふわりと、今この瞬間、俺の目の前で開花している。

何も、言えない。
胸が急激に苦しくなる。全身から力が抜けていく。
何故か涙が出てきた。嬉しいはずなのに。涙が熱い。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:05:07.47 ID:od1LCOOOO

濡れてぼやけた視界に長門を映す。

長門はにこやかに笑っている。
長門。夢を見ているのか、楽しい夢を。
長門は子供のように笑っている。
長門。夢を見ているんだな、幸せな夢を。

天使も悪魔も、この幸福を目の前には降伏するしかない。

長門は笑っている。
幸福に浸って、笑っている。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[保守ありがとうございます] 投稿日:2009/07/11(土) 04:11:06.18 ID:od1LCOOOO

気が付いたら、長門の髪を、頭を撫でていた。
ひたすらゆっくりと、どうしようもなく優しく。

長門の、その夢を、思う。
どんな夢だろうか。どんなに幸せな夢なのだろうか。
そこには俺が長門の傍にいるのだろう。
自惚れかと思われるかもしれないが、違う。
これは断言できる。

「長門」

長門のおでこに水滴のようなキスを落とす。
長門がまた笑ってくれたような気がした。
出来すぎたドラマみたいに。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:18:21.24 ID:od1LCOOOO

「好きだ、長門」

俺の、長門有希という大切な人にだけの気持ち。
万能で、ほぼ完璧で、本の虫で、物静かで、冷静で、無表情で、
でも実は感情豊かで、負けず嫌いで、冗談が好きで、寂しがり屋で、不器用で、怖がりな優しい宇宙人。
そして、ちょっと前から俺の恋人。
長門有希。
俺の、俺だけの人。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:23:58.45 ID:od1LCOOOO

「長門、大好きだ」

長門。
将来、お前は感情をもっと表現できるようになるだろう。
それをお前は恐れるかもしれない。
でもな、長門。
俺はその未来を待ち望んでいるぞ。
お前は仲間想いで、気が利いて、可愛くて、そして綺麗だ。
それを表現してくれ。
これからたくさんの友達が出来るはずだ。
それが俺は楽しみだよ、長門。

長門の頭を胸に抱き寄せ、目を閉じる。

「おやすみ、長門」

しかしそれでも。

「愛してるぞ」

この笑顔は俺だけのものなんだろう。


第二部 完

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:31:17.02 ID:od1LCOOOO

長門はつらつらと語り始めた。
まさか団室で俺は泣きそうになるとは思っていなかったぞ。

「私は彼と一緒に私のマンションへ向かった。
 体が雨で濡れていた為、シャワーを浴びた。
 私は彼と一緒でも構わなかったが、彼に拒否された。
 少し残念だった。
 しかしこれも彼が私を想っているからこそ。
 彼の真剣さに感動した」

顔から火が出そうだ。穴があったら己をねじこみたい。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:36:31.38 ID:od1LCOOOO

「着替えた後、食事、語らい等をして時間を過ごした。
 食事はカレーだった。私の手作り。彼は喜んで食べてくれた。美味しいとも言ってくれた。
 私は非常に嬉しかった」

饒舌に語る長門。対照的に無言の俺。

「彼は堅くなに拒否していたが、結果的に彼と私は一緒の眠ることになった。
 私の我が儘を彼は優しく受け止めてくれた」

手加減なしの長門のカミングアウトに俺は力なくうなだれた。
もう諦めた。もう無理だ。笑うしかない。

そんな俺を横目に古泉はニコニコしている。お前、楽しんでるだろ。
朝比奈さんはキャーキャー言っている。あなた、実は聞く気満々でしょう。
そして、根掘り葉掘り聞いてくるハルヒと、何でも素直にすらすら答える長門。
……最悪な状況だ。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:43:12.49 ID:od1LCOOOO

「そ、それでどうなったんですかぁ、長門さん!」

朝比奈さんは暴走気味。駄目だこれは。
古泉にも事態の収集する気はまるでない。

「彼は先に寝ついた私の額に優しくキスをしてくれた」

朝比奈さんの黄色い歓声があがる。
ハルヒは感心したように腕を組んでいた。
古泉は笑顔で傍観だ。

「しかし彼のした行動はそこまで。それ以上の行為はしていない。
 翌朝、朝食を摂った後、彼と手を繋いで登校した」

遂に全てを白状されてしまった。
長門よ、もう少し羞恥心を考慮してくれ……。
おかげで俺はもうボロボロだ。

「おや、意外と紳士なんですね」
古泉が反応した。やかましい。ほっとけ。

「キョン君、いい人ですねぇ」
そんなことよりこの事態を止めて下さい、朝比奈さん。
何よ、あんたヘタレ?」
そんなこと言われる筋合いはないぞ、ハルヒ。
そうだ、俺は紳士なんだ。

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 04:49:36.93 ID:od1LCOOOO

「いや、それはお前が変なことするな、とだな……」

何と俺は情けなく弱々しいのだろう。
長門に愛想を尽かされないだろうか。

「そんなこと覚えてなかったクセに……まぁいいわ」
満足したのか、腕組みをするハルヒ。

「有希を大事にしなさいよ。あんたなんかに有希は勿体ないくらいなんだから」
「分かってる。ずっと大切にする」

そこだけはすぐに答える。
これは胸を張って言える素直な気持ちだから。
ハルヒはそれに面を食らっていると、長門が、

「私も貴方をずっと大切にする」

とはっきりと力強く言った。

「長門……」

長門の言葉に感動してしまう。
ああ。どうか大切にしてくれ。
俺も大切にするから、長門。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:02:12.44 ID:od1LCOOOO

「はいそこ!イチャイチャするんじゃないわよ!」

感慨に浸ろうとしたら、ハルヒに軽く殴られた。快活な音が響き渡る。

「いってぇな!」
「活動中にノロけるな!」
「長門はいいのかよ?!」
「有希は可愛いからいいに決まってるじゃない!」
「不公平だ! 俺は長門の恋人だぞ」
「うるさい! 団長に逆らうと死刑よ!」

ムチャクチャなハルヒに俺は言い返す。
その光景を見て、古泉と朝比奈さんはいつも通りに笑っていた。

そして。

「……」

長門も微かに一瞬笑った。
いつもの無表情に隠された笑顔ではない。
目を微かに閉じ、頬を綻ばせて。
淡く、柔らかに。綺麗に、優しげに。
温かい、はっきりとした笑顔。
恐らく、俺だけにしか見れなかった。
それでもれっきとした、長門の微笑。

いつの日か、決して遠くない将来に。
長門はもっと笑って、もっと怒って、もっとすねて、もっと幸せになる。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:05:51.68 ID:od1LCOOOO

「ちょっとあんた、聞いてるの?!」

思う。

もっと綺麗になるであろう彼女の横にいつまでも俺がいたい。
守りたい。何処にも行って欲しくない。

喜びは二倍にして分かち合いたい。
悲しみは半分に分け合いたい。

俺は長門有希といつまでも一緒にいたい。

「こらぁ! 無視すんなぁ!」
「あ、ああ、すまない」

ハルヒの叫び声に返事をする。
今日は長門と家具の下見をする約束だったんだが、大丈夫だろうか。

窓の外を見る。
今日は鮮やかに晴れていた。

第三部 完

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:09:59.78 ID:od1LCOOOO

ふと、目が覚めた。
真夜中だった。
やけに目が冴えていたので、窓を開けた。
風が顔にあたる。少しだけ冷たかった。
今日は雲一つない、鮮やかな月夜。
半分以上欠けた月があたしを見下ろしていた。
そう言えば、久し振りに月を見たような気がする。

「最近、やな夢ばかりね」

と、独り言。
実際、夢の内容はぼんやりとしか覚えていない。
ましてや、月夜との関連なんてないだろう。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:15:28.70 ID:od1LCOOOO

「はぁーあ」

思わず、溜め息。
溜め息をすると、幸せが逃げると誰が言ったんだろう。
あたしはもう、あたしの幸せをあげたというのに。


「バカね」

誰か達に向かって言う。
その内の少なくとも一人はあたしだ。

「早くしなさいよ」

踏ん切りはつけた。
でも、この決着はあたしだけではつけられない。

「もどかしいのよ」

あの二人を思う。
後ろ向きな感情で心がざわめいた。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:22:28.17 ID:od1LCOOOO

「さっさとしなさいよ」

あの二人を思う。
片方は鈍感で、もう片方は遠慮しすぎ。
それでも、いつも信頼しあっている。


「やっぱり言った方がいいのかな」

無理だ。出来ない。
そんなことで二人を変えてはいけない。


「バカね」

今度は二人だけに向けて。
とっとと素直になりなさいよ。
あんた達は両想いなんだから。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:27:19.36 ID:od1LCOOOO

「……有希」

彼女を思う。
いつも冷静。
人形のように無表情。
彼に向ける視線。
彼への想いと信頼。


「……キョン」

彼を想う。
いつも気だるそう。
子供のように笑う。
彼女に向ける視線。
彼女への想いと信頼。


「はぁ……」

今でも心が締め付けられる。
諦めたはずなのに。
踏ん切りはつけたはずなのに。

有希は望まれた。
あたしは望まれなかった。
ただ、それだけ。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:32:56.48 ID:od1LCOOOO

「……」

困った。怒った。悲しんだ。十分に。
だからもう迷わない。
この気持ちに。

空を見上げる。
月が何も言わずにあたしを睨んでいた。
冷たい空気を大きく吸った。


「……あたしはあんたが好きだったわよ、キョン」


独り言で嘘をつく。
あたしは今でも彼が好きだ。
目を瞑る。

「……」

けれども、それはすぐに本当になる。
あたしは今までずっと泣かなかった。
けれども、それはすぐに嘘になる。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:40:40.26 ID:od1LCOOOO

「う……」

涙が溢れ落ちた。
小さく、一滴。
涙が流れ始めた。
大きく、とめどなく。

「うぅ……ひっく、うぅぅ」

あたしは今までずっと泣きたかった。
悔しいから? 意地を張っていたから?
分からない。

「キョン……キョン……ぅぅ」
うわ言のように彼を呼び続けた。
返事はない。好都合だ。
返事をされたら壊れてしまう。

「キョン……ひっく、うぅ……うぁぁぁん」

枕に突っ伏して、泣いた。
何度も、何度も。
繰り返し、繰り返し。
ひたすらに泣き続けた。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:46:03.09 ID:od1LCOOOO

「……」

何分経ったんだろう。それはどうでも良かった。
目が腫れた。泣きすぎて少し痛い。
月をまた見上げる。輪郭はぼやけていた。

「……」

みくるちゃん。古泉君。
有希。そしてキョン。

いつもありがとう。
私のワガママに付き合ってくれて。
SOS団。あたしの親友たち。
これからもよろしく。


有希。
もっと素直になりなさいよ。
あんたは可愛いんだから。
これからもよろしく。

キョン。
もっとしっかりしなさいよ。
あんたは鈍いんだから。
それと、これからよろしく。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/11(土) 05:51:07.53 ID:od1LCOOOO

薄らぼんやりの夢を思い返す。
自分の傍に彼がいたことだけは覚えていた。

「月夜の晩はやな夢ばかりね」

また嘘の独り言。
そうやって誤魔化す。
月の輪郭はまだぼやけていた。

「……やれやれね」

彼の口癖を呟く。
あたしは窓とカーテンを閉めた。
今からまた、夢を見るのだろうか。



Fin

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/11(土) 08:32:40.12 ID:od1LCOOOO

すいません。また規制にかかっていました。

以上で、
ハルヒ「月夜の晩はやな夢ばかりね」
は終了となります。
気付かれた方もいますが、タイトルは某歌詞から取りました。
それでは、皆さんありがとうございました。



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