長門「きらいにならないで


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:長門「……一樹」

ツイート

1 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:31:12 ID:6o1BCNwQ0

便乗してみる。
規制のせいで、書いた奴の発表の場がないから付き合って欲しい。

注意点
・何の変哲もない書き尽くされた長キョン
・キャラクタの性格がおかしい。
・世界設定も原作に不忠実、と思う。ご都合主義
・キャラ全員で語っちゃってるが気にしないでくれ


というわけで俺のオナヌーに付き合ってくれ。

2 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:32:12 ID:6o1BCNwQ0



「よう、今日もお前が一番のりか。」
SOS団の根城である文芸部部室の唯一正統的な使用権を持っている少女長門有希。
小さく、俺にしかわからないほど小さく頷いて、ページを捲る。
俺たちは来月から3年生に進級して受験勉強に励まなくてはいけない立場となる。
朝比奈さんはこの春から晴れて近くの大学に進学(したことになっている)したが、SOS団の活動に当たり前のように加わっているため、この季節にありがちな出会いと別れと言うイベントのフラグが未だに立っていない状況である。
しかも、朝比奈さんたっての希望で、これからも団活の時間にはメイド服を着てお茶くみという、男女雇用機会均等法に抵触しそうな仕事を健気にも続けていただけるというありがたいお言葉もいただいていた。
というわけで、SOS団はいつもとあまり変わらない面子で、近くに存在する不思議すら気付かず不思議がないと、どういうわけかご機嫌にぼやく団長様を筆頭として、宇宙人、未来人、超能力者、凡人が一同に集い意味もなく怠惰な時間をすごしているのである。
ここまでに多くの事件と命の危機に瀕してきた。学級委員長に殺されそうになったり、ハルヒが世界を不要と思ったり、七夕にタイムトラベルしたり、殺人事件(狂言)の推理をしたり、何回も夏休みを繰り返したり、長門が世界を改変したり、朝比奈さんがさらわれたり、ほかにも色々。。。
生憎高校生ながら、人生のスペクタクルのすべてを体験した自信がある。
古泉や朝比奈さん、そして長門に助けられながら、胸躍るような冒険をしてきた。
しかし、どういうわけか、そんな日替わりランチで襲来してきた大事件も弾切れを起こし、ここ最近は音無しだ。
古泉のアルバイトと俺に対する意図の理解できぬ忠告とが月に数度ある限りで、それ以外は至って平和な毎日。
ついぞ最近までは、今度は何時危機が飛来してくるかとびくびくしていたが、今ではそんな大冒険が疎遠になってしまったのに一抹の寂しさを覚える

3 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:34:51 ID:6o1BCNwQ0

「なあ、長門。最近ハルヒも落ち着いているようだけれど、お前の親玉は何か言ってないのか?」
本から顔を上げて、長門は小首をかしげる。小動物のような邪気の無い仕草。
「あ、いや、なんかひっきりなしにやってきた面倒ごとがぱったりと止んだから。敵対していたような組織とかどうしたんだろうなぁってな、あは、はは…」
本に目線を戻して、大儀そうに呟く。
「涼宮ハルヒが不要と判断した。よって、組織は解体消滅。構成員の殆どは普通の有機生命体にもどり、記憶も改変されて日常生活を送っている。」
抑揚のない言葉。
「ハルヒが願ったからか・・・」
驚きよりも、喪失感を感じた。
「そう、涼宮ハルヒは自分の作った組織を確固たるものとするため、SOS団の存在を脅かすものすべてを排除した。
それは彼女の無意識下にある一定の条件に合致する行動思想および理念を持って運営されている組織すべてに当てはまる。」
「でも、あれだけ不思議や非日常が好きなあいつがどうして・・・」
「涼宮ハルヒは自分の作ったこの組織に対して強い現状維持を望んだ。
よりどころである組織が永劫続くようにと彼女は無意識に願ったとされる。SOS団の保全と存続を願い、事件から遠ざかったと推測するのがもっとも合理的。」
「それは、古泉や朝比奈さんにはいいことなんだろうな…」
「そして我々は、情報フレアの観測が不可能になる可能性がある。」
俺は長門の顔を見ていて、朝倉を思い出した。
「じゃあ、その情報爆発を人為的に起こす、、とか言わないよな。」
長門はそんなことしないだろうが、ほかのインターフェースに狙われたらと思うと生きた心地がしない。せめて喜緑さんに優しく殺してもらいたい、とか考えていると
「そのような行動思想を持つ急進派も先日消滅した。いや、消滅したと言うのには誤謬がある。
彼らは急進的な思想を捨てその殆どが主流派に流れていった。原因は不明。涼宮ハルヒの願望によるものが大きいと推測する。」
それを聞いて安心した。とりあえず宇宙人にナイフで刺し殺される心配はないんだな。
「ただ、今件によって涼宮ハルヒの情報フレアの観測が困難になった。
以後も観測は続くが、彼女の存在や行動原理が他の有機生命体と同様になったため、観測対象として重要なファクターを占めた存在ではなくなった。
彼女自身が変化を嫌うようになり、自己環境の保全に走ったことで、我々は彼女の情報から自立進化の可能性を見出すのは難しいと判断した。
当初と変わり現在情報統合思念体はこの地球に存在するさまざまな有機生命体との接触を試みており、涼宮ハルヒだけが観測対象ではなくなり、涼宮ハルヒに対する観測優先順位は降下したのは紛れも無い事実。
一部の涼宮ハルヒを観測する情報統合思念体対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースを除いては別の情報フレア観測のため任を解かれた。」

4 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:36:41 ID:6o1BCNwQ0


長門がふと悲しそうな目をした。『私の処分が検討されている』と言ったあの時と同じような目だ。
「長門、お前も任を解かれて別のところに行くのか?」
小さく首を振って否定する。全身の緊張がほぐれて椅子の上で脱力する。
「私がいなくなるのは、寂しい?」
液体ヘリウムが俺を映し出す。心なし瞳が揺れている。
「そりゃ、寂しいさ。お前は今までどんなときでも俺たちを助けてくれたじゃないか。
お礼の一つも出来ないうちに居なくなったら嫌だからな。」
「そう」
沈黙。それは居心地のいい沈黙だった。
長門が暖かい目で俺の目をじっと見つめている。初めて会ったときとは違う人間らしい、優しい瞳。
「私は、」
何か口に出そうとした瞬間、朝比奈さんが柔らかな声で入室されてきたので、そこで押し黙る。
何事もなかったかのように本に目線を落として読書を始める長門。
それからハルヒ、古泉といつもの面子がそろって、
当たり前のような風景が緩やかに流れて、当たり前のように笑い、当たり前のように皆帰って行った。
ハルヒがこの団の保全を望むのも理解できる。
とても居心地のいい空間。笑い会える友人。楽しいひととき。
俺はそれが永遠に続くものだと思っていた。
何せハルヒという、傍若無人だがポジティブでへこたれることを知らない元気100倍の神様がついているんだから。
しかし、俺が思っているほど環境というものは現状維持に寛容ではなかった。



文章量が多すぎた。もう少し小分けする

5 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:38:23 ID:6o1BCNwQ0


 その日の団活も長門が本を閉じる音で終了と相成る。

皆が黙々と片付けを始めてそれぞれ挨拶と共に帰宅して行った。

俺はハルヒの散らかした団長席周りの掃除を任されたため、居残りだ。

「ったく、ハルヒの奴、もう少しきれいに使えよな。」

散らばった書類、消しくずだらけの床、朝比奈さんのコスチュームの一部。団長席は落書きだらけだ。

変なマークに、訳の分からない絵、コスプレ(!?)アミダクジはメンバーの名前が描いてあり、朝比奈さん

が当たり(むしろはずれ)のようだ。あいつ古泉はともかく俺にまでメイドの格好させるつもりだったのか。

「これ」

「うを!な、長門か。帰ったんじゃないのか。」

ふるふると否定する。そしてじっと俺を見つめてきた。その手には文庫本。いつものアレか。

「家に帰ってから、読んで。帰るまでは読まないで。そしてその本の中身を人に見られないようにして、家族にも。」

強い意志を感じる瞳に俺は一瞬たじろいだ。

「なあ、そんなまどろっこしいことしないで直接今伝えてくれよ。」

「それは出来ない。あなたたち有機生命体の文化と価値観を尊重して私は今この行動に出ている。」

文化、価値観、尊重?言っている意味が良く分からないんだが。

そんな俺の感情もお構いなしに長門はきびすを返して音もなく部室から去っていった。

手元に残った文庫本。きっと呼び出しのしおりが挟まれてて、俺は呼び出されてまた面倒ごとに巻き込まれるんだろうな。

いや、ハルヒ自身がそういった事件からSOS団を遠ざけたんじゃないのか?

俺は部室の片づけを済ませて、遅い帰路に着いた。




掲示板投稿は初めてで不慣れなところもありますがご容赦を

6 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:39:44 ID:6o1BCNwQ0


さっきまで晴れていたのに、いつの間にかどんよりと曇り空が広がり、
長門のメッセージが気になって仕方が無いのと何時雨に降られるか心配で足早に家に帰る。

玄関先では妹とシャミセンが出迎えてくれた。

帰宅の挨拶もあいまいに部屋に飛び込むと、長門の文庫本を開いて中身に入っているであろうしおりを探し始めた。

長門と俺はこういった秘密の手紙めいたやり取りが当たり前のようになっていて、
何かしらの問題が発生した場合彼女がまずコンタクトを試みて、
俺がそれに応じると言う段取りが暗黙のルールとなっていた。

案の定文庫本の間にしおりが挟まっており、「今日の8時、いつものところで待つ」とだけ書かれていた。

いつものところ。これも俺と長門の合言葉みたいなもの。

初めてあいつと待ち合わせた(初日は俺がすっぽかしたんだが)光陽園駅前公園。

その日俺はあいつから宇宙人であるという告白を受けた。

長門はどんな問題でも初めに俺に相談をして、行動の可否を問うてくる。きっと今日もそうに違いない。

飯もそこそこに外に出ると、雲がますます垂れ込み、春分が近いにもかかわらず凍てつく寒さが身を切った。

7 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:41:29 ID:6o1BCNwQ0

 自転車を飛ばして公園に着いたのは7時。

いくらあいつがSOS団中完璧に近い能力を有していたとしても外見は小柄な女の子だ。

治安が大分悪化してきたご時世、女の子を暗がりの公園に一人で待たせるのは心もとない。

いつもの不思議探索では罰金常習だが、今日くらいはあいつより早くいても罰は当たるまい。
って、いるよ。

真っ暗な公園の中、外灯に照らされてベンチに腰掛ける小さな少女。

口から小さな白い息が時折吐き出されている以外微動だにしていない。

「まってたのか?」

「…」

首肯。

「今来たところ。」

「お前カバンを持ってるじゃないか。家に帰ってないだろ。2時間以上待ってたのか?」

嘘がばれたのがまずいのか長門は目を少し見開いた。でも、どうしてばれるような嘘を。

「問題ない。私は、体温の自己調節機能をもっている。」

「そういう問題じゃないだろ。いくら暦じゃ春だからって、カーディガン一枚で寒空の中・・・」

長門の頬を両手で覆ってみた。やっぱり。氷のようにひんやりと冷たい。

「あ・・・」小さく声を上げた。まるで普通の少女のように。

「こんなに冷たいじゃないか。ほら、俺のマフラーかしてやるから。ついでにカイロもやるよ。カバンも持つから。」

人形のようにお行儀よく鎮座している長門の首にマフラーを巻いて、
カバンを取り上げると、凍えないようにと持ってきたカイロを手にねじ込んだ。

ぽかんとした表情で俺を見て、
それからいつもの無表情に顔を戻すと「あたたかい」と一言つぶやいて俯いてしまう。

「じゃ、行こうか。こんな寒空で立ち話じゃ俺が凍えてしまう。」

その声に応えるように音もなく立ち上がって、マンションへ俺を案内した。

9 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:45:10 ID:6o1BCNwQ0


 こんなに違和感なく一人暮らしの女の子の家の敷居をまたげる俺に、少しばかり自己嫌悪。

もう少しドキドキすればいいのに、当たり前のように家に上がり、
居間に座ってあいつのお茶をすするパターンに慣れ切ってしまった。

「どうぞ…」

お茶が差し出されて、俺はそれを黙って飲み干す。

「おいしい?」

これが俺たち2人の形式的な儀式。

「で、長門。話って何だ。」

2杯目のお茶を差し出されたときに尋ねてみた。

「もう食事は済ませた?」

質問に対してまったく違う質問を浴びせてくる。

「え、ああ、一応は食べてきたけど、正直小腹がすいてる。」

「そう、カレーならある。」

そういえば長門は2時間以上あそこにいたんだから、腹くらい減ってるんだろ。
腹が減っては戦はできぬ、だ。

「ああ、いただこうか。少しでいいぞ。」

パタパタと足音を残してキッチンに引きこもる長門。

10 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:45:59 ID:6o1BCNwQ0


おそらく作り置きしていたんだろう、10分もしないうちにふた皿、
内一皿はエベレストのようにそびえ立つライスに、マグマのごときルーが盛り付けられている、
この少女のキャラクターに似つかわしくないダイナミックなカレーライスが現れた。

「食べて」

スプーンを手渡されると、後は黙々とカレーをほおばる長門。

いったいこいつの体のどこにこれだけのカレーが収まるのだろう。
と毎度同じことを考えながら、ありがたく俺の分を頂戴した。

カレー以外に何も上らない食卓。栄養素が偏り過ぎないか?

「我々インターフェースは生命維持のために外部から栄養素の摂取は必要無いため、
栄養素の偏りというものは瑣末なもの。
しかし肉体の構成情報の99.999%は有機生命体と同じ。
よって人間と同じ生命維持臓器をもち、食物の経口摂取による消化とエネルギー、
栄養素の抽出、分解、排泄は可能。」

「長門、カレーを食べながら消化と排泄のご高説はいらん。食欲が減退する。」

何故?と言いたげに小首をかしげる。

「おいしいカレーがまずくなってしまう。それだけだ。」

「そう、以後気をつける。」

スプーンで皿を突付く音だけが部屋にこだまする

俺がカレーを一杯食い終わったところで、長門が2杯目の最後の一口を口に収めた。

11 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:47:08 ID:6o1BCNwQ0

「ごちそうさま…」

そう言って立ち上がると、俺のカレー皿と取り上げようとする。

「いや、俺が片付けるよ。ご馳走になってばかりじゃ申し訳ない。」

そういって長門の手から皿をひったくると、キッチンに向かう。

ぴかぴかに磨かれたカレーなべと、使った痕跡すらないシンク。
本当にここで調理をしているのか疑問に思うくらいだ。

シンクに皿を置いて、部屋に戻ると長門は背筋を伸ばし、正座をしてじっと待っていた。

「話がある。」

俺が座ると長門は改めて姿勢を正して無表情で俺を見つめた。

「なあ、長門、カレーが口についてるぞ。」

長門の真面目顔にカレーがついている。

「…うかつ」

「ほれ、拭いてやるから、じっとしてろ」

たまたま持ち合わせていたポケットティッシュで口を拭ってやった。

「う?…」

よく分からない、かわいらしい声を上げて唇を拭き拭きされる。

その間も無表情に瞬きすらせず一挙一動を見つめる。

「よし、取れた。」

「……」

指とティッシュが唇から離れるとなぜか名残惜しそうにそれを目で追う。それからしばらく沈黙が続いた。

12 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:49:33 ID:6o1BCNwQ0

「で、用件は何だ。」

黙っていたら朝までにらめっこが続くんじゃないかと思い、我慢できずに俺から口を開いてしまった。

無表情に変わりは無いが、はっと気付いたように目を動かして、穴が開くかと思うくらいじっと俺を見つめた。

「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。」

いつものような口ぶり。

「あなたも私の今から言うことに耳を傾けてほしい。」

頷く。いつものことだ覚悟は出来てる。俺が理解できるような内容であることを願うか。

「私はあなたにこの情報を出来るだけ語弊なく確実に伝えるために72時間19分33秒の間、
私の得てきたすべての情報に照らし合わせて適切な言葉を選択した。
あなたがこの言葉を聞いて、私の伝えたい表面情報を理解する確立は93.2%、
深層情報を理解する確立は43.6%、
確実とはいえないまでも私が伝えたい意図を理解してくれると判断する。」

よっぽど難解な問題なのだろうか。あの長門が3日かけて噛み砕いてくれた情報。

こうなったら俺の腐った脳細胞を総動員して一字一句逃さず理解してやらないと失礼だ。

13 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:57:49 ID:6o1BCNwQ0


「分かった。俺も理解するよう努力する」

胡坐を掻いていた俺も姿勢を正して長門と同じように正座した。聞く人間の礼儀だ。

どんなとんでもない事件の到来かと内心うきうきしながら長門の言葉を待っていたが、
一向に長門がしゃべろうとしない。

余程深刻な問題なのだろうか。もしかして、情報統合思念体が長門を消去するとか!?

くそ、そんなことさせてたまるか。いや、それは長門自身がさっき否定したばかりだ。

「あなたは、私という個体を情報統合思念体の一部、宇宙人としてではなく、
一つの個として存在を認めてくれた。」

いつもとは違う話の切り出しに少し戸惑った。なんて応えたらいいか、
悩んだが平生を装っていつものように応えてみる。

「ああ、長門だって心を持った女の子だ。
初めは何考えてるのか分からなかったけど、たくさんの時間すごしているうちに確信した。
お前にだって感情が備わってて幸せになる権利だってある。少なくとも俺はそう信じてる。」

14 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 01:58:24 ID:6o1BCNwQ0


「あなたが私を個として認めたときに、私の中で莫大なエラーが発生した。
そして私に大きな誤作動を起こした。世界の改変。
しかし、バグを修正してもなお膨大なエラーが発生を続け、ついにそれは観測活動そのものに支障が出るまでになった。
バグによる誤作動の防止のため、エラーそのものを情報統合思念体が凍結管理で回避してきたが、
涼宮ハルヒの観測レベルが下がったことにより、長門有希と呼ばれるインターフェースのエラーを凍結管理する重要性が低くなった。
よって私が今まで生み出し続けたエラーが解凍され、その情報解析を独自に行うことが私の新たな任務となった。
私はいま、この世界で情報統合思念体対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスとしてではなく、
『長門有希』という個体としての自立活動を認可された。」

俺は電撃が突き抜けるような感覚に襲われた。

「何故情報統合思念体が、このような結論に達したのか、意図は不明。」

15 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 02:00:27 ID:6o1BCNwQ0


「私はいま、自由になった。
涼宮ハルヒの観測という任務は残っているもののそれはあくまで付帯任務に過ぎず、今の私に課せられた重要課題はエラーの解析と解消。
そしてその解析データを情報統合思念体に報告し、自立進化の可能性を見出すこと。
ただ、エラーの解消は私の独力では到底及ばないほどの情報量を有しており、
長期にわたる助け手が必要と判断。」

「私という個体は…あなたに、共にエラーを解析してもらいたいと願っている。」

「どういう、ことだ?」

「これが、私があなたに伝達すべき最良の言葉であることを願う…」

長門の瞳が俺を射抜いた。

心すらも見透かしそうなほど透き通った瞳。確固たる意思が底に存在しているのが分かる。

彼女は今不退転の思いで次の言葉を吐き出そうとしているのが分かった。

16 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 02:04:12 ID:6o1BCNwQ0


「私を愛して、これからずっと」




とりあえず、ここで5分の1ほど。びみょーに長いです
時間も時間だけれど1人でも続きが読みたい方がいればUPしていきます。

18 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:43:08 ID:6o1BCNwQ0

再開します。
まだまだ続きますのでお付き合い願います。

19 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:45:12 ID:6o1BCNwQ0


マンションの共同玄関から長門が手を振っている。

いつも見送りは部屋の玄関までなのに、今彼女は俺の後姿を消えるまで見届けていた。

「あなたは突然のことで混乱している。断られても構わないと思っている。ただ、これは私の偽らざる気持ち。」

長門そう言って俺を送り出し

「…マフラー」

マフラーを俺の首に巻いてくれた。まるで主人を仕事に送り出す妻のように。

俺は頭の中が真っ白だった。

長門が自由を得て、自分の望むように生きることが出来るようになった途端、告白をしてきた。

それも、世間の女子高生が言う、気になるあなたと期限付きのお付き合いではなくて、
未来永劫一心同体。

俺は長門にプロポーズされた。

高校生で結婚前提のお付き合いとは、長門も思い切ったことを言い出すもんだ。

「なんて、何他人事みたいに言ってるんだ。俺の問題なんだぞ。」

ついつい独り言。頭の中がぐちゃぐちゃで収拾がつかない。

自転車をこぐたびに凍てつく風が体中にまとわりつくが、
そのカミソリのような冷たさが現実から逃避しようとしている俺の頭を否応に覚醒させる。

ところどころの外灯の明かり以外は、自転車の小さなライトだけが頼りだというのに立ちこぎで走り抜けていく。

次第に体が火照り、家につくころには体中が汗ばみ、息が乱れ、わき腹がきりきりと痛む。

20 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:47:13 ID:6o1BCNwQ0

あの改変された世界の後、長門と俺は以前にもまして強い結束で結ばれたと思う。

どんな事件が起こっても、俺は長門に全幅の信頼を置いた。

長門も俺という存在に頼りにはならないにせよ、信頼と安息を得ていたことは知っている。

ただ、それは友人として仲間としてのものだと思っていた。

俺はハルヒに長門との関係を疑われたことがたびたびあったが、そのたびに2人で否定をしてきた。

そういうやり取りを繰り返していくうちに、長門はあくまで俺を仲間として信頼しているだけであって、
恋愛感情とかそういうものは抱いていないと確信していた。

そもそも恋愛感情というものを長門が持ち得ない、
いずれ感情を得たときに学んでいくのだと決め付けていた部分が大きかったが、
実際は情報統合思念体がその情報を凍結していただけで、
長門は間違いなく人を愛するという感情を有しており、
そしてエラーが発生するたびに人を愛する想いに胸を焦がしていたのだろう。

21 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:48:00 ID:6o1BCNwQ0


俺は、長門を1人の個として見ていていた。しかし今度はそれを1人の異性として見つめなおしたとき、
胸が張り裂けそうなくらい複雑な気分に支配された。

父親が娘を見守るような感情から、俺は異性として彼女を見つめてあげることが出来るのか。

簡単な様で、複雑な問題だった。

ただ、今言えるのは、俺は長門を意図的に異性としてみようとしていなかったこと。

俺と長門の信頼がそんなもので壊れてしまわないようにと張った予防線。

でも、異性としての長門を見たとき、
今までの言動はなるほど好意の表れであったということが『鈍感』と言われて久しい俺でも薄っすらと理解できる。

ハルヒが俺と長門の関係を幾度となく疑ったのも、そういった態度に起因するものだといえば説明がつく。

そう考えると俺は長門に悪いことをし続けてきたのかもしれない。

好意を持って接しているのに、頓珍漢な態度や行いが帰ってくるんだ。

22 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:51:21 ID:6o1BCNwQ0

いつもの授業。すっ飛ばして放課後。

さて、いつものSOS団のただ惰性に続く団活も終わりに近づいていた。

朝比奈さんは素敵なメイド姿で俺を癒してくれて、
長門はあの告白のことなどまるで無かったかのように定位置にて無表情の読書、
古泉は本気か手抜きか相変わらずボードゲーム連敗記録を更新中で、ハルヒはHPのカウンター回し。

そういや昨日長門が、ハルヒは現状維持と団の存続を強く願ったと言ったよな。

こういうことを言うと、古泉に泣きつかれそうだが、ちょいと蜂の巣を突付いてみるか。

「なあ、ハルヒ。最近暇だよな〜。なんかこう、ぱあっと面白いこと無いのかねぇ。
また古泉の親戚に頼んでもらって別荘とか山荘とかで面白事件に巻き込まれたいよな。」

我ながらバカなことを言ったものだ。

「何言ってるの!こうやってメンバーみんなで居れれば一番楽しいじゃない。
面白くないと感じてるのはあなたの気持ちがSOS団に向いてないからよ。
このメンバーがいるのが楽しいのよ。」

23 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:52:07 ID:6o1BCNwQ0


パソコンから顔を上げてハルヒは、2年前のあいつからは想像も出来ない、
むしろそのときの俺が考えそうな事を言って見せた。

「そうか。なんかお前らしくないな。」

「ふん、不思議よりも、もっと大切なものを見つけただけよ。だからあなたもその大切なものを大切にしなさい!」

訳の分からないことを言い出した。お前の大切なものを俺も大切にしろ。どういう意味だ?

「涼宮さん。あまりむつかしい言葉の使いまわしで彼を混乱させてあげないでください。」

「そうね、キョンは馬鹿だから分かりやすく言ってあげるわ。」

きらりと笑顔を光らせ、団長机に仁王立ちすると人差し指を俺に向けて

「SOS団は神聖にして侵すべからず!あなたの居場所はここよ!」
とのたまった。

前といってることがあまり変わっていないが、
おそらくは今まで不思議を見つけるために存在していたこの団体が、
不思議以上にかけがえの無い存在になったということ。

ハルヒが求めていた不思議以上に、このSOS団は尊いものと神様が選んだんだ。

24 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:53:06 ID:6o1BCNwQ0


古泉はニコニコしていた。朝比奈さんもうれしそうに笑っている。

閉鎖空間も変わり行く未来もそこには存在しない。

でも、長門だけは何かが違っていた。きっと俺にしかわからないくらいの微細な変化だけれど、
ハルヒに向けた視線がどこか敵意のある、そんな目つき。

きっと見間違えに違いないさ。俺はそう言い聞かせていた。

 大変ご機嫌に解散を告げた団長はスキップと鼻歌を口ずさみながら帰っていった。

ああしてりゃホント可愛いんだよなあいつは。

そのご機嫌に惑わされたか、古泉も大変ご機嫌に顔を寄せてきた。当社比3割り増しに顔が近い。

「申し訳ありません。涼宮さんが閉鎖空間はおろか、
この世界の安定を望んでおられるので我々機関としても大変喜ばしいことでして。」

25 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:53:49 ID:6o1BCNwQ0

「ああ、そのことか、昨日長門から聞いたよ。」

「え、長門さんからもう聞いちゃったんですか?」

朝比奈さんが話しに割って入ってくる。

「ええ、ちょっと用事…」その単語で俺はあの日の長門の告白を思い出して心音が上昇した「…がありまして、そのときに教えてもらいました。」

「うふふ、そうですかぁ。やっぱり長門さんとキョン君は仲良しですね。」

日向のような笑顔に癒されます。

「それは残念ですね。その喜ばしいニュースは僕が一番に伝えようと思っていたのですが。」

だから顔が近い。というか身体を寄せてくるな。

「お前じゃなくて長門でよかったと今更ながら思った。」

「それはそれは。」

おどけて見せる古泉。

26 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:54:30 ID:6o1BCNwQ0


「ところで朝比奈さん、ハルヒが世界の安定、
現状維持を望んでしまったら宇宙人も超能力者も未来人もいなくなるって心配はないんですか?」

昨日から魚の小骨のように引っかかっている疑問を、おそらくこの先の事象に詳しそうな方に聞いてみた。

それに対してちょっと考え込むそぶりを見せてから、

「詳しくは禁則事項ですが、涼宮さん自身はそういった願いを捨てているわけではありません。
彼女の不思議に対する探究心に終わりはありません。」

「世界の存続と不思議を望む心が絶妙なバランスで推移し続けます。
一見不安定そうですが、これが今もっとも世界が安定した状態といえましょう。」

古泉と朝比奈さんがかわるがわる饒舌に語りかけてくる。

確かに古泉の組織からしてみれば世界の崩壊消滅といったカタストロフを回避できたんだ。

あとは、機関がハルヒを退屈させないように時折サプライズしておけばいいんだからな。

敵対組織が消滅した以上、横槍や嫌がらせも無いだろうから気楽なんだろう。

心なしか古泉の笑顔が営業スマイルではなく、心底安心した緩やかなものに見えた。

27 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:55:07 ID:6o1BCNwQ0


「そうか、お前ら機関からしたら願ったり叶ったりだからな。」

「ええ、あなたには感謝していますよ。
僕たちだけではおそらく後100年掛かっても彼女をあそこまでの境地へ持っていくことは出来なかったでしょう。」

どうしてそこで俺に感謝されなければならんのだ。

「考えても見てください。私たち機関は何年もの歳月をかけて、
彼女の精神を安定させるべく時間金銭人員を用いてさまざまなアプローチを仕掛けてきました。
その3年間の結果はあなたもご存知の通り、入学当初の彼女でした。
閉鎖空間そのものは当初より出現は減ったものの、
それたただ単に彼女が『自分以外はみんなバカ』と思っていただけの状態で、
彼女の人間性そのものはなんら改善されていませんでした。
我々は世界の崩壊を恐れるあまり、涼宮さんに大きな心的ストレスを与える要因を徹底的に排除していったため、
外界のストレスに存外に脆い箱入り娘になってしまっていたのです。
ですが、あなたは機関が出来なかった、叱り導く役割を果たしてくださったことによって、
強い人間に育ち、周りの人間を理解し認めることが出来るだけの寛容性を身につけさせてくれました。」

ガラにもなく古泉が興奮気味でまくし立てる。まあ、俺のことをほめてくれてるようだから悪い気はしない。

28 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 17:55:55 ID:6o1BCNwQ0


「ま、とにかく今のあいつは気まぐれの女神さまじゃないって事だけは理解した。」

「ええ、ですが、彼女は現状維持を強く望んでいます。
僕たちの誰かが変化することを最も嫌うでしょう。
その時何が起こるかはまったく想像がつきませんのでくれぐれも…」

「その心配は無い」

今まで静かだった長門が本に向かって言い放った。
古泉は突然の出来事に目を丸くするが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻って

「それもそうですね。すみませんいつもの癖で…」

そう言うに留めた。

古泉はまだ何か話したそうだったが、
長門の横槍で会話の糸口を失ってしまったらしく残念そうに俺に目配せをしてから挨拶と共に部室を出て行った。

朝比奈さんもそれに続くように可愛い声を置き土産に去る。

29 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:01:34 ID:6o1BCNwQ0

残されたのは俺と長門。

古泉と朝比奈さんの足音が聞こえなくなるのと同時に本を閉じて顔を上げた。

皆がいるときとは明らかに違う表情。

潤んだ瞳が俺を見つめている。いつもは無味乾燥の表情が艶っぽい。唇も心なしか震えている。

もう長門は自分の感情や想いを押し殺さなくても良くなったんだよな。

とはいえここまで豹変するとこっちもどうやって接したらいいか分からない。

「なぁ、長門…」

「今ここで会話をするのは好ましくない。」

そして部室から出て行った。ついて行けばいいのだろうか。

いつもの抑揚のない身振りのはずなのに一挙一動に魂がこもって見えるのは目の錯覚だろう。

俺は長門の2歩ほど後ろを黙って歩く。

時折俺がついて来ているか確認するようにあいつが振り向く以外ただ淡々と歩を進めるだけ。

ぼうっとした思考の中のそぞろ歩き。気がついたら長門の部屋の前。

鍵を回して、重たそうな音を立てると扉が開いて、ふわっと彼女の家の香りが漂ってきた。

30 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:02:10 ID:6o1BCNwQ0

「入って」

促されるまま玄関をくぐるり、靴を脱いだところで扉が閉まる音がして足元が暗くなった。

施錠する音が聞こえてそれから玄関のライトがつく。

「おじゃまします」

誰もいない部屋に向かって挨拶をすると、しぃんと返事が返ってきた。

「大丈夫、ここなら盗聴も監視もされない。」

俺の靴をびしっと(ミクロ単位で)そろえてから長門はカーディガンを脱いでつぶやいた。

相変わらず殺風景な何も無い空間を身体で覚えている俺は、
薄暗い部屋なのにテーブルの前に座…出来なかった。

何かに足を取られて不覚にも転倒しそうになる。

「気をつけて」

電気がつくと、昨日まで存在していなかった家具やファブリックが並んでいた。

31 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:02:31 ID:6o1BCNwQ0


「以前までの部屋は殺風景と判断。最も合理的と思われる情報を選択。」

「で、インテリア雑誌から飛び出してきたような北欧スタイルになったと。」

「…あなたが不快感を感じるのであれば再構成をする。許可を。」

「いや、長門の持つ雰囲気にぴったりだ。ちょっと寒い感じもするけれど、足りない部分は補えばいい。」

「そう、ありがとう」

すると柔らかい表情を作った。もしかしてお前、笑ってるのか?

いつものように長門はお茶を用意しにキッチンへ消えて、いつものテーブルに腰を下ろす俺。

…なあ、ソファーや椅子があるのに、どうしていつもと同じテーブルで同じことしてるんだ。

「のんで」

そんな俺の思いをよそに、長門がお茶を出してそれを飲む

「おいしい?」

そしていつもの問答。いつもの沈黙。

「寒いな。」

その沈黙を俺から破ってみた。

「そう…。」

立ち上がると部屋のエアコンにスイッチを入れる。すぐに温かい風が部屋を満たした。

32 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:03:04 ID:6o1BCNwQ0


そうしてから座りなおして、まっすぐな目で見据えて来た。

「私は昨日、あなたを混乱させる発言をした。」

「ああ、正直今でも頭の中がぐちゃぐちゃだ。」

「でも、あなたは私の部屋にこうして来てくれた。私という個体はあなたからの答えを期待している。」

長門が返事を催促した。

こいつでもこんな問答が出来るのかと当事者ではないかのように感心してから、咳払いをして

「…昨日、一晩考えた。長門が俺のことを大切に想ってくれてる事に驚いた。
お前の感情があそこまで成熟してあんな結論を出せるほどだったなんて思ってなかったんだ。
正直見くびってた。」

「それはあなたに責任は無い。
事実情報凍結解除されるまで感情と思われるエラー現象は発生直後のわずかな間だけ発現していた。
それを悟られぬように私自身も隠蔽していた。でもそれをあなたは機敏に感じていてくれた。」

33 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:04:08 ID:6o1BCNwQ0


「でも、あそこまでとは思ってなくて、戸惑っている部分もある。
それに俺自身、意図的にお前を異性としてしみないようにしていた。
信頼関係が崩れるのが怖くて今まで押し殺してきたけれど、昨日お前の告白を聞いて、
今までの気持ちを探ってみたらお前がとても大切な存在だって言うのに気付いた。
だけど、お前のあの告白は大切にしまっていた宝物みたいな気持ちで、
俺みたいな頓珍漢な鈍感男が告白されて浮ついた気持ちでOK出しちまうような軽々しいものじゃないんだ。」

「…」

長門の目がこの先に待ち構える結末を見据えたようだ。

明らかな恐怖、拒絶の色が見て取れる。その先は聞きたくない、そう目が訴えていた。

苦しそうな表情を見ていると、訳の分からない感情が俺を満たし始める。

「…?」

涙で長門の顔がゆがむ。

「でもな長門、俺はお前が、好きなんだ!大好きなんだ!自分の気持ちに嘘がつけないんだ…」

頭では言ってはいけないことと分かっていたのに、
長門を目の前にして理性で押さえつけてた愛しさが心のそこからあふれ出してきた。

34 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:04:35 ID:6o1BCNwQ0


手放したくない、どこにも行ってほしくない。雪のように消えてほしくない。

俺の願望がリフレインする。

そうして堰を切って流れでた涙と一緒に気持ちだけが決壊して理性を押し流す。

「長門、大好きだ、お前のことが誰よりも」

「ありがとう…私も、好き」

長門は立ち上がり俺の隣に腰をかけると、そっと頭を抱きかかえてくれた。

「長門ぉ…」

情けない声を出して顔を上げると、長門の頬に一筋の涙が見えた。

「断られると思っていた。断られて当然だと思っていた。断られる覚悟も出来ていた。
あなたは良識のあるやさしい人。だから、私のことを考えて最良の選択を下すと覚悟していた。
さっきまであなたに断られると思って怖かった。でも、あなたの言葉を聞いて、うっ、ひっく・・・」

そうしてわぁっと泣き出した。初めて見せる長門の感情の高ぶり。

いつも無表情でクールに染まった顔が、喜びに彩られて涙している。

そうやって俺たちは生まれてはじめての愛の告白を涙に費やした。

35 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:13:30 ID:6o1BCNwQ0


もう少し投下したら今日の分を終わりにする。
もうちょっと付き合ってくれろ

36 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:14:22 ID:6o1BCNwQ0

「エラーの解析に時間が掛かる。もう少しこのままで」

長門が俺の方にもたれかかって、目を細めている。

「もうそう言って30分だぞ。」

「こうすることで情報処理の速度が上昇する。
莫大に発生し続けるエラーを解析し続けるためにはこの状態でいることが最も効果的な手段と判断。」

いつもと同じ淡々とした言葉。

でも、時折スンスンと鳴る鼻とあれだけ流した筈なのにまだ流れ出てる涙が、長門が大きく変わった証だ。

「私は、幸せ。」

「…せっかくの幸せな気分をぶち壊すけれど、これから大変だぞ。」

「何故。」

やっぱり不機嫌そうに俺を見つめる。

37 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:14:50 ID:6o1BCNwQ0


「いや、だってさ、本当は俺、お前のことを異性としてもっと理解して、
お前も俺をもっと異性として理解してもらってから将来も考えた交際をしようと思ってたんだ。
俺たちは今、互いの都合のいい想像の範囲でお互いを美化してしまってるんだ。」

「どういうこと?」

「これから、お互いの悪いところも見ていかなくちゃいけない。嫌でも見ることになる。
俺は欠点だらけの人間だ。だから、怖いんだよ、長門が俺に対して幻滅しないか。」

「心配には及ばない。私はあなたが想像している以上にあなたの長所短所を見てきている。
むしろ私はあなたがこれから変わり行く私自身に幻滅してしまわないかが心配。
あなたの人間性の変化は今後とも軽微と判断されるが、
私の変化は本人ですら対処が後手に周るほど急速ということは想像に難くない。
今この瞬間も急激なエラーの取り込みよってさまざまな情報が更新されつつある。」

「唐突な変化はハルヒのおかげで慣れっこだ。
まあ、ハルヒみたいに世界をぶっ壊すわけじゃないから、長門のほうがずっと気が楽だよ。」

39 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:15:26 ID:6o1BCNwQ0


「そうしない保証も無い。私は一度世界の改変を行った。
あなたがもし私以外の女性と親しくしていたら改変を行う可能性がある。」

おいおい、なんつー脅しだよ。

「だから、、浮気は許さない」

俺の肩にもたれかかっていた頭を上げて俺をじっと見つめた。

浮気って俺は万年もてない男だったんだぞ。浮気もへったくれもあるか。

「あなたは何故自分の周りに女性ばかりが集まっているか理解できる?」

「そりゃ、作者や読者が…禁則事項です・・・。」

「本来あなたは古泉一樹に比べると、外見も身体能力も学力も大きく見劣りする。」

自覚はしているが、曲がりなりにも将来を約束した男に向かってそれは無いだろ。

「それなのにあなたは、あなたの持つ類まれな能力で異性を虜にしている。それは罪なこと。」

40 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:16:35 ID:6o1BCNwQ0


「そうしない保証も無い。私は一度世界の改変を行った。
あなたがもし私以外の女性と親しくしていたら改変を行う可能性がある。」

おいおい、なんつー脅しだよ。

「だから、、浮気は許さない」

俺の肩にもたれかかっていた頭を上げて俺をじっと見つめた。

浮気って俺は万年もてない男だったんだぞ。浮気もへったくれもあるか。

「あなたは何故自分の周りに女性ばかりが集まっているか理解できる?」

「そりゃ、作者や読者が…禁則事項です・・・。」

「本来あなたは古泉一樹に比べると、外見も身体能力も学力も大きく見劣りする。」

自覚はしているが、曲がりなりにも将来を約束した男に向かってそれは無いだろ。

「それなのにあなたは、あなたの持つ類まれな能力で異性を虜にしている。それは罪なこと。」

41 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:17:12 ID:6o1BCNwQ0


「いててて、だからって頬をつねるな!俺は普通の高校生だ。
お前やハルヒみたいな特殊能力は持ち合わせておらんし、そんなやましい下心などない!」

「本来あなたのような、面倒見が良くて、
いつも人を気にかける性格の雄性体は局地言語俗称で『いい人どまり』に過ぎず、
恋愛や好意から無関係な人生を歩むのが現実。
しかしあなたの周りは私も含めてあなたのそのような『いい人どまり』の性格が魅了される一つのポイントであり、
それがあなたの周辺に雌性体のコミュニティーを形成させる原因となっている。」

両方の頬をつねるな。

「だからこそ、私はあなたに選ばれたことを歓びと感じている。
私よりも優れた雌性体が周りにいながらも、あなたは私を愛してくれると言ってくれた。」

「でも、もし朝比奈さんに言い寄られたら…いててて!」

長門無表情でこわいぞ。ちびりそうだ。

「浮気は許さないといったはず」

「しませんしません、浮気はしないから、長門さん許して、いでで」

42 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:17:50 ID:6o1BCNwQ0


すると長門はつねる力を緩めて、俺の顔を覗き込んでから「2人きりの時には名前で呼んで」とお願いされた。

「え、えっと、長…」ぎゅぅ

痛い。

「ゆ、有希」

恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「…体温上昇、心拍上昇、血圧の上昇、胸部に圧迫感。息苦しい。あなたの顔が直視できない。」

俺の頬から手を離すと、顔を背けてまたもたれかかってきた。

「長門?」

そう呼ぶと不機嫌そうにこちらを向いて頬をつねろうとする。

「有希」

目をそらして、くるりと向こうを向いてしまった。これは面白可愛い。

「長門」くるり「有希」ぱっ「長門」くるり「有希」…

面白い。いつもどおりに呼ぶと不機嫌そうに振り向いて、名前で呼ぶと恥ずかしそうに顔をそらす。

「…ひどい」

ちょっとからかいすぎたが長門がしょげてしまった。

「ご、ごめん。ただ、長門が可愛くて」

43 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:18:36 ID:6o1BCNwQ0

ぷい、とあっちむいてしまった。こいつ、一気に感情表現が豊かになった。これはきっと拗ねてるんだろう。

「名前で呼ばないと振り向かない。」

「…有希」

出来るだけやさしく呼んでみた。

肩を震わせて、たっぷりと時間をとった後、スローモーションでこちらに振り向く。

「……何」

長い沈黙の後、潤んだ瞳を俺に向けて返事をした。

「これからよろしくな。」

小さく長門は頷いて、俺の身体から身を離すと立ち上がり「食事」とだけつぶやいてキッチンに消えていく。

44 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:19:42 ID:6o1BCNwQ0

いつものようにカレーだろうと高をくくっていたら、出てきたのは質素な焼き魚と味噌汁と付け合せの煮びたし。

「私の主食はレトルトカレー。」

それは知っている。俺が知りたいのは、貧しい家庭に並ぶ粗末な献立が何故今ここに並んでいるかだ。

「私の得た情報では、異性に好かれるためには手料理がよいとあった。これであなたの心を鷲づかみ。」

スイーツ(笑)の本に影響されて、でも出てきたのが焼き魚…。いいセンスだ

「食べて」

いただきます。

「おいしい?」

いつもと同じ問答だなあ。うん、うまい。

「そう」

あったかい表情で長門も焼き魚をつつき始める。ごく普通の献立を2人で囲んでるとほっとした雰囲気だよ。

気合の入ったご馳走とか、あなたの好きな○○、じゃなくてごく普通の家族が当たり前のように囲む普通の食卓。

45 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:20:48 ID:6o1BCNwQ0

ただひたすらもくもくと食事を続ける俺たちは、
先ほどの感動的な愛の語らいからは程遠い世俗的な夕食を囲み、
時折顔を見合わせて、おいしい、うまい、と一言二言会話をするだけで時間を費やしていった。

「ご馳走様」

俺が箸を置くと、先に食べ終わっていた長門が俺の食器を片付け始めた。

「いいよ、俺がやるから。」

さえぎろうと思って、手を伸ばしたが有無を言わさぬ視線が俺を貫く。

それから小さな身体を翻してキッチンへ器を持っていき、しばらく水を流す音を響かせてから部屋に戻ってくる。

制服の裾を捲り上げた所帯じみた姿。有希には似つかわしくない。でも、新鮮な姿でもある。

パタパタ、テトテト、そんな性的な興奮を催す媚びた表現が似つかわしい足取りでソファーに腰をかけていた俺の隣にちょこんと座るとまた体重を預けてきた。

ブラックとシルバーのモダニズムに溢れるソファーの上に、高校生が2人身を寄せあっている。

普通ならお互いにキスして、縺れ倒れ、お互いの裸体をさらしあって、
あれこれムフフな行為にいたるのだろうが、残念ながらそんなことをやろうと思うほど頭の中がクリアじゃない。

彼女には失礼だが今俺の頭の中は、どうやったらハルヒにばれずにこの関係を続けていけるのかで一杯だった。

46 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:21:33 ID:6o1BCNwQ0


あと、古泉の機関もそうだ。

ただでさえあいつは、俺と有希が一緒い歩いているだけで関係を疑うほどに猜疑心の強い奴で、
挙句SOS団員の恋愛は禁止と常日頃から(どういうわけか俺に向かって)のたまっていらっしゃるので、
ばれたときが怖い。

怖いといっても殺されることは無いだろうけれど、どんな影響が周りに起こるか想像ができない。

閉鎖空間くらいなら古泉に任せとけばいいんだろうけれど、
つい先日ハルヒは世界の安定と現状の維持を強く願っていることを知り、
古泉はその均衡が壊れないように善処してほしいと迫られたばかりだ。

それを聞いたその日のうちに俺と有希はお互いの気持ちを確かめて、二人の旅路を歩みだしたんだ。

これからは今まで以上に2人で居る時間が増えてくる。

目ざとく俺の行動を監視しているハルヒにばれないなんて確証は無い。古泉や機関もそうだ。

俺がハルヒの安定を握る鍵だといっている以上、
現状維持を破壊する俺たちの恋愛に関して快く思うとは決して想像できない。

47 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:22:15 ID:6o1BCNwQ0

機関はというより古泉は、
俺とハルヒをくっつけてハッピーエンドにしようとしてるのが見え見えでそんな中で俺たちの関係をどう思うか。

懸念事項が山積みだ。

「どうしたの?」

いつの間にか取り出した、分厚い本のページから顔を上げて俺を見つめる。

どんなときでも本の虫なんだなお前は。

「いや、古泉とか、ハルヒに知られたらどうなることやらと考えていたんだ。
いまさら言うのもなんだが肝が冷えてきた。」

「心配は要らない、情報操作は得意。
でも、直接私とあなたが2人きりで接触している現場に遭遇された場合の対処は困難。」

そうしてまた紙面に顔をうずめる。有希がそういうなら心配要らないか。

「任せて」

そういうと得意げに無表情を輝かせて見せた。

48 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 18:27:19 ID:6o1BCNwQ0


今日の分はここまでです。
また明日今日くらいの時間に投稿します。
何か一言でも感想がもらえると狂喜乱舞します。

54 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:44:01 ID:6o1BCNwQ0

それから俺と有希は、ハルヒや古泉、朝比奈さんやそのほかのクラスメイトはおろか北高生にすらばれないよう、
人目を忍び、隣町の向こうにまで繰り出して、
日曜日、それもハルヒやSOS団メンバーの活動およびその他のお誘いが無いフリーの日曜日にのみ秘密のデートを楽しんだ。

初めは窮屈に感じていた他者の都合優先のデートスケジュールも今ではなんともいえない後ろめたさが病みつきになり、週一もないデートが待ち遠しかった。

学校では、今まで以上に会話が減り互いにそっけなく無関心を装ってハルヒの追及をかわし、
でも怪しまれぬよう声をかけて古泉や朝比奈さんの目を忍んだ。

携帯電話での連絡も、機関や未来から監視されている可能性があるとして使用していない。

互いを強く想い合って近くにいるのに、毎日疎遠でコミュニケーションが満足に行えない。

その遅れを取り戻すように、貴重なデートはたくさんのイベントとサプライズを携えて俺は常に有希を喜ばせようと無い知恵を絞っていた。

55 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:44:33 ID:6o1BCNwQ0

初めてのデートは彼女のたっての希望で図書館だった。

本来ここはSOS団の活動範囲にあたるため、ハルヒとの遭遇率が極めて高いリスキーな場所であったが、

「あなたと初めて二人きりで来た場所。私が私として『生まれた』場所」と意味深な言葉と共にはじめてのデートに選択した。

いつもとは違う私服姿の恋人にくらくらしながら、デートとはどうすればいいかと悩み色々と失敗をして、
でも有希は穏やかな無表情で許してくれたりと、一生の思い出になる時間を楽しんだ。

それからは水族館や遊園地、動物園と一通り定番のスポットを連れて行き、
付き合い始めて3ヶ月目のデートで夕日が照らす並木道がきれいな公園でキスをした。

あのときの有希は夕日できれいな朱色に染まっていた。

56 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:45:08 ID:6o1BCNwQ0

それからも時が許す限り2人きりの時間を濃密にすごしてきたが、どういうわけか俺たちは肉体関係を結ぼうとはしなかった。

元気な高校生であれば、やっぱりそういったことに身体が興味を示すはずなんだが、
いくら2人きりソファーの上でくつろいで身体を密着させてキスをしても、そこから先への行為にいたろうとする気が起きなかった。

それはハルヒと関係があるかと聞いたら、そうではないらしい。ただ単に俺がヘタレなんだろう。

据え膳食わぬは男の恥。ただ、有希は俺のそんなヘタレな部分を、理性的、と言ってほめてくれている。

これではますます有希とのエッチなことが出来なくなった。でも、いいか。

なんだかこいつも俺のそんなヘタレなところを魅力として受け取ってくれているなら。

一種のロミオとジュリエット効果なのか、平生の無味乾燥で互いを遠くから見詰め合う日々が想いをますます燃え上がらせ休日の密会を経て、俺たちを盲目にしていった。

そうして高校生活最後の夏休みは、友達の家に止まりに行くと称して有希の家に入り浸り、
普段欠如しているコミュニケーションを取り戻すかのように、互いの時間をむさぼりあった。

その夏休みの濃密な時間が、長門有希を大きく変えたのかもしれない。

57 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:45:31 ID:6o1BCNwQ0


 ある日のこと、俺と有希は開け放った窓より入るそよ風を感じて、身を寄せ合って昼寝をしていた。

少しじっとりとした室内。汗ばんだ俺の額に髪の毛がへばりついているのが良く分かる。

目を開けると最愛の女性が優しい無表情で額にへばりついている髪の毛を手櫛ですいてくれていた。

ゆったりとしたうす黄色い五分丈のコットンパンツに白いVネックの半そでシャツと、ファッションもへったくれもない少年のような格好をして有希は床に腰を下ろして寝転がっている。

白いシャツから浮かび上がる下着の輪郭が恐ろしく扇情的で、つい先日にだって見た様な格好なのに、
その日は本能が理性に勝っているのか、どうにかしてこの女性を擁きたいという劣情が盛り上がってきた。

時折身をよじる恋人は、艶やかで色めかしく、たっぷりとしたVネックから覗く雪のように白い肌が俺の理性を封じ込めようと働きかける。

俺の変化を悟ってか有希が覗き込んで「どうしたの」と尋ねたが、うん、としか言えず、
ただ最愛の女性の性的な魅力に取り込まれ、頭がバカになっていた。

58 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:45:55 ID:6o1BCNwQ0


そうやって気付いたら、シャツが脱がされ上半身下着姿の恋人が不安げにでもどこか期待に満ちた目で、
俺の首に両手を回して聞きなれた名前を呼んでいる。

その瞳は所在無く揺れて、唇はてらてらと光って振るえ、いつもは真っ白な頬が燃え上がり、
細く小さい肩は不規則に上下していた。

「うれしい」

きれいに破顔する。俺はその時始めて恋人のあからさまな笑顔を見て、理性も何もが吹き飛んだ気がした。

「有希、有希」

がむしゃらに名前を呼び、唇の触れたところにところ構わずキスをする。

手のひらで髪の毛をくしゃりと掻き分けると、ふわりと鼻腔をくすぐる悩ましい香りが沸き立つ。

もっと密着して、互いの体温を交換するように強く抱きしめあい、力を緩めるとまた強く抱きしめあう。

腕を絡めて、足を絡めて、唇を重ね合わせて、如何わしい本や映像のような決められた手順など無く、
ただ赴くまま互いの欲求、不安、悦びを満たそうと、
触れ合う場所をすべて触れ合わせようと貪欲に身体が求め合った。

59 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:46:36 ID:6o1BCNwQ0

荒い呼吸の下で、少女に覆いかぶさると、小さく震えながらも俺の首に両腕を回して身をゆだねてくれる。

じっとりとした室内に、男女のこもった香りだけが立ち込め、それをそよ風が押し流した。

そのそよ風を消し飛ばすけたたましい携帯電話の電子音が室内に響き渡り、
びくりと飛び上がった俺と息を荒くしながらも何事もなかったかのように平生の表情を見せる有希。

初めは無視して続きをしようと思っていたが、恋人が出るように促すから渋々電話を取ると、
着信に『涼宮ハルヒ』と表示されていた。

このときほどハルヒの身勝手に憤ったことはなかった。

「はいもしもし!」

半ば怒声に近い声色で出ると、それに勝る怒号が向こう側から聞こえた。

「キョン!夏休みが長いからって団員としての自覚を持って生活してるでしょうね!」

やれやれ、何を唐突に言うかと思えば。

「何溜息ついてるのよ。腐ってるあなたに喝を入れてあげるわ。今日の2時にいつもの場所に集合よ!
遅れたら死刑だから!」

お前のせいでせっかくの気分も雰囲気もぶち壊しだ。

「なにぶつぶつ言ってるのよ。あたしはこれからほかのメンバーに連絡するから、忙しいの。じゃあね!」

60 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:47:11 ID:6o1BCNwQ0

こっちの話も聞かずに問答無用できりやがった。通話時間29秒か、省エネで懐にもやさしいな。

振り向くと、いつの間にか制服の上着を着た有希が携帯電話にぼそぼそと話しかけている。

了解した。そう言って通話を終了すると、俺に背を向けてコロンと床に寝そべった。

うす黄色のコットンパンツと、セーラー服がアンバランスだ。

「…有希、その、ごめん」

「謝罪の意図がつかめない」

そうだな。なにを謝ったのか俺にも良く分からない。

「私はあなたにああして愛されたことを心から喜んでいる。
ただ、あなたと先ほどのように触れ合うことで膨大なエラーが発生し、
それによって涼宮ハルヒの情報操作が薄れ妨害を受けたのは、私の責任。」

61 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:47:36 ID:6o1BCNwQ0

どうりでこの夏休みはハルヒの呼び出しが少ないわけだ。
情報操作で意図的に興味対象をシフトさせていたんだな。

「しかし、ここまで早急な妨害活動が行われたのは、涼宮ハルヒ関心は依然あなたである証拠。
以前より興味が増している可能性も十分ありうる。私の見込み違い…うかつ」

「でも、ならますます俺が悪いな。
あんなことしたせいでせっかくの2人きりの時間をみすみす手放すようなことになって。」

「私としても残念。」

そうだな。あのときの有希は最高に可愛かったんだが。

「…」

立ち上がると、セーラーのスカートを腰に巻いて、コットンパンツをするりと脱いだ。目の毒だ。

学校指定の靴下を履き、乱れた髪の毛を手櫛で整えると振り向いて俺の前に立つ。

「怪しまれないよう、先に行っている。あなたはいつもどおり遅れてきて。」

ちゅ、と頬に唇を当てる。

「いってきます」

小さな声が重たい扉の音にかき消され、部屋に独り残された。

62 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:48:07 ID:6o1BCNwQ0


「いってらっしゃい」

遅れて送り出す言葉をかけるがもう当人には聞こえてないだろう。しんと静まり返った部屋に俺独り。

セミの声と時折遠くを走る車の風きり音だけが聞こえる静寂の世界に取り残され、
先ほどの行為を反芻するだけの精神的余裕が生まれだすと、
身もだえするほどの後悔と恥ずかしさが心を埋め尽くした。

「お、俺はなんて事をしてしまったんだ。」

閉鎖空間でハルヒにキスをした時以上の気恥ずかしさと後悔の念が襲い掛かる。

フローリングの上をのた打ち回って、頭をかきむしり、ばくばくと脈打つ心臓を叩いて冷静を取り戻そうとしたが無意味。

普段クールなあいつが、積極的に求めてきて、
何事もなかったかのようにみんなの前でクールに振舞うんだ。ギャップ萌え。

俺しか知らないあいつの一面。正直、たまりません。

しっかし、アレをしてしまった後に、平静を装っていられるのか。

古泉ほどの演技力でもあればいいんだろうが、お生憎様そんな特技は持ち合わせていない。

やたら勘の鋭いハルヒの目を欺き通せるか、心配だ。

63 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:48:37 ID:6o1BCNwQ0


「有希、すまん。俺はお前との関係を隠し通せる自信が無い。」

出来るだけゆっくり、時間を稼ぐためにシャワーを浴びて、
鬱々とした気分でマンションを出ていつもの待ち合わせ場所へ向かう。

北口駅前には不機嫌そうなハルヒが仁王立ちに、古泉は胡散臭い笑顔で、
朝比奈さんが穏やかな表情で、長門は無表情で、何も変わらないSOS団の風景がそこには広がっていた。

俺だけ取り残されてしまったかのような疎外感。

「遅い!罰金!」

そう声を張り上げたのが合図でいつもの喫茶店になだれ込んだ。

ひんやりと冷え切った店内に、シャワーを浴びてまだ湿り気をかんじる俺の身体を容赦なく凍てつかせる。

自然と身震いが起こった。

そんな俺にお構いなく、容赦なしに注文をしていく面々。

それから前回の不思議探索以後なにか不思議が見つかったのかと団長じきじきの面接の後、
くじ引きを行った。

64 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:49:08 ID:6o1BCNwQ0

「おや、僕とペアですね。よろしくお願いします。」

にやけ顔の古泉とペアか。

ハルヒたちと別れて、俺と古泉が駅前に取り残された。

「さて、どうしましょうか?」

「そうだな。炎天下の中歩き回るのも身体に良くないだろう。どっかに入ろう。」

「賛成です。この近くに美味しいと評判のカフェがありますのでいかがでしょうか。
いえ、もちろん僕がお誘いしましたのでおごりますよ。」

ニコニコと偽善スマイルを振りまいて主導権を握ると有無を言わさず歩き始め、
5分もせぬうちに喫茶店に入りその評判を身をもって味わうことになった。

有希の言葉を借りれば、ユニーク。

古泉も苦笑いをしながら、「噂は当てになりませんね」と小声で俺につぶやいた。

まったくだと笑い返してやると、古泉も楽しそうに声を潜めて笑った。

そうやってハルヒの召集が再び掛かるまで外でも眺めて時間をつぶそうと考えていたが、
どうも古泉は俺に用があるらしく、少々神妙な顔つきになった。

65 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:49:54 ID:6o1BCNwQ0

「ちょっと、よろしいでしょうか。」

それが話の切り出しだった。こいつのこの表情は俺はあまり好きじゃない。
というのも大抵ハルヒがらみで、大抵良い知らせではないからだ。

「もったいぶって話すなよ。用件を伝えろ。」

「ええ、僕もこれに関してあまり多くの言葉を費やすつもりはありません。」

しばらく考え事をしているように目線を中空に向けて、溜息をひとつついてから口を開く。

「端的に申します。最近、あなたはどこの友人の家に泊りに行ってるんですか?」

いきなり核心か。

「どこと知ってお前に何の関係がある。」

自身が驚くほどの低く唸るような声が漏れる。

俺よりも古泉のほうが驚いたようで、目を丸くした後作り笑いを見せて敵意が無い風に振舞って見せた。

66 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:50:12 ID:6o1BCNwQ0

「いえ、ただ、あなたがこの夏休みによく友人の家にお泊りされているので、
好奇心でお聞きしているだけですよ。谷口君も国木田君もあなたを家には泊めていないそうなので。」

「お前の機関は人のプライバシーやプライベートを何だと思ってるんだよ。」

さっきの声から一転いつもの諦め声で俺は観念したような顔をして見せて天を仰いだ。

「申し訳ありません。僕としても覗きは趣味ではないのですが…。」

「で、俺と長門の生活を覗き見してたんだな!」

身を乗り出して胸倉をつかんだ。

「…やはりそうでしたか。」

しまった。

長門の情報操作はハルヒすらも押さえ込むほど完璧だった。

それをいくら超能力者といえど古泉や機関が看破出来る筈は無い。

67 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:50:42 ID:6o1BCNwQ0

「てめぇ、」

怒りで肩が震えた。ここまで人に対して怒りを感じたのは久しぶりだった。

有希の大切な秘密を無粋な糞野郎に覗き見されたのが許せない。古泉が一瞬怯えた表情を見せる。

「落ち着いてください。僕も、おそらく機関も、たとえそうであったとしても関係を解消しろとは言いません。
希望といたしましては、その、涼宮さんを、
と願いますがそれを無理強いしたところでいつかほころびが生まれるのは明らかなのです。」

冷静を取り戻して手を離した。周りの客が好奇の目で見ている。

古泉は落ち着かせるようにコップを手にとって、口を潤すと、
言葉を選ぶように目をきょろきょろと動かして考え込み、恐る恐る唇を開いた。

「お願いですから、冷静に聞いてください。そしてどうか怒らないでください。
僕個人としてはあなた達の恋愛を応援したい気持ちもあるのです。
ですが、今の状況は涼宮さんどころか世界すらも消し飛ばしかねない状況に陥りつつあります。」

68 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:51:19 ID:6o1BCNwQ0

「ハルヒに知れると、世界が書き換えられるとか言うんだろう。」

容易に想像がつく。それを機関も恐れてるに違いない、と思っていたが次の言葉で見事に予想は外れた。

「涼宮さんも大人です。少なくとも僕はあなたと長門さんの関係を彼女が知ったところで、
世界が消えてしまうような事態はもう起こらないと信じています。
機関はどう判断をするか読めません。まだをあなた達の関係を知っていません。
今知られると、あなた達の関係を危惧する輩も出てくるでしょう。これはまだ僕の心だけに秘めています。」

「じゃあ、なにが世界を消し飛ばすんだ。ハルヒがそれをしないならいいじゃないか。」

「ええ、確かに涼宮さん『だけ』がそうであればいいでしょう。ですが、事はそう単純ではありません。」

はぁ、と息を吐くと意を決したかのように俺を見据え、ポツリと言い始めた。

「もし、僕が消えてしまっても、涼宮さんに『無事で居るようにお祈りしてろ』と言って置いてください。」

物騒なことを言い出した。ぞわぞわと背筋が粟立つ。

69 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:51:54 ID:6o1BCNwQ0

「情報統合思念体のインターフェースの動きが最近になって沈静化してきています。」

そうだ、ハルヒはすでに観測順位として優先ではなくなった。そう有希も言っていた。

「ですが、それとは裏腹に涼宮さんの周りでは、度重なる情報操作が行われているのです。
これに関しては最近機関がようやく確認できたことでして、
今まで何故これほど大掛かりな情報操作を察知できなかったのか不思議なくらいです。
機関がまるで催眠術にかけられたかのように、皆その事情が明らかな数値で現れているにもかかわらず、
異常が無いと信じていたのです。」

一息ついて、古泉は真剣な目つきになった。

「もう、この世界の情報量は度重なる改変によって臨界点に達しつつあります。
これは不用意な改変によるバグの蓄積…などではありません。
明らかに意図され、計算された臨界です。このままでは世界は不要な情報の干渉で、
構成情報を保てなくなりこのコーヒーカップのように宇宙という器を残したまま、
中身が綺麗さっぱり消え去ります。」

空になった白磁のカップをスプーンで叩くと、澄んだ音色が耳に届いた。

70 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:52:24 ID:6o1BCNwQ0

「それなら、長門に頼んで情報の解析と、解決を・・・」

「あなたはまだ分からないのですか?」

分からない。分かりたくないんだよ。お前の言わんとすることを俺は認めたくない。

「この情報改変によりこの世界を情報臨界点へ導いたのはほかならぬ長門さんなのです。」

「…バカを言うな。長門はあいつは俺とこれからずっと一緒に歩んでいくと誓ったんだ。
それなのにこの世界を潰してどうする。」

「…長門有希に」

フルネームで呼び捨てをする古泉は決心めいた表情だ

「深刻なバグが発生している、としか・・」

有希が、狂ってる?

「…はい」

有希が?

「…失礼ながら」

71 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:52:54 ID:6o1BCNwQ0

「なあ古泉。俺はお前のこと友達だと思ってたし、SOS団メンバーは仲間だと信じてた。お前もそう思ってると思ってた…」

「殴られる覚悟も出来ています。でもこれは友人としての忠告です。
気をつけてください、長門有希はいま狂っています。」

古泉、お前はあいつのなにを知ってるんだよ。いつも有希は俺に笑いかけてくれるんだぞ。
幸せそうに顔をほころばせて、きれいな目を向けて、子猫みたいに俺に身を預けて、
少ない感情で精一杯喜びを表そうと健気にがんばって、
幸せだって、嬉しいっていっしょうけんめい言うんだぞ。

あいつの表情は明らかに本物の心だ。それを否定して狂ってる?

「信じられないのも分かります!ですが、このままでは」

怒りを通り越して情けなかった。友達と信じていた奴に、
大切な恋人のせっかく生まれた心を狂っていると言われた気持ち、お前に分かるか古泉。

「古泉、悪い。もうこの話は終わりにしてくれ。俺は帰る。」

あれから古泉が大声で俺を呼ばわったが聞こえない振りをして喫茶店を後にした。

72 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:53:30 ID:6o1BCNwQ0


 追いかけてくるかと思ったが、あいつは来なかった。

ついてこないほうが都合がいい。もうこれ以上あいつと話をしたくない。

じりじりと照りつける真夏の日差しが、俺の熱っぽい頭をさらにヒートアップさせる。

ぼんやりとした思考の中で、あいつが見せた綺麗で愛らしい表情が浮かび上がる。狂っている。

あいつが語ってくれた俺に対する愛の言葉がリフレインする。狂っている。

有希が見せてくれた仕草の一つ一つが思い出される。狂っている。

激しく掻き抱いた時見せた、きれいなきれいな笑顔が、、、狂っている。

「じゃあ、なにが正常なんだよ。」そう呟くと答えが返ってきた。

「正常という定義は、どこの世の中にも存在していません。しかし、狂気はどの世界にも転がっている普遍的なものなのです。」

73 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:54:20 ID:6o1BCNwQ0


俺はいつの間にか駅前の公園のベンチに座り込んでいたら、後ろから綺麗な声が聞こえた。でも、聞きたくない声だった。

「狂気に満ちた世界の中で一つの正常が存在していても、あなたはそれを正常だといえますか。
あなたたちにとってそれが正常な意思でも、狂気に満ちた私たちはそれがむしろ狂気と映るのです。」

「ああ、そうですか。小難しい言葉並べてないで言ってください。有希が狂ってるって。」

そこには、天使ような出で立ちの朝比奈さんが険しい表情で立っている。

「信じてください。私だって信じたくありませでした。
でも、すでに未来からの通信が途絶えている状態です。楽観できるような状況ではないんです。」

「で、俺になにをしろって言うんですか。あいつに向かって狂ってるからもう近寄るなと言うんですか!」

照りつける太陽のせいで、頭が茹で上がっている。

沸騰してぐつぐつと煮えたぎる脳みそが俺の感情を激昂させる。

74 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:55:01 ID:6o1BCNwQ0


「キョン君…お願いです。みんなを仲間を信じてください。
古泉君はこのことを知ってすぐに、あなたたちのことを考えてああいう行動に出てくれたのです。
機関に報告する事だって出来たんですよ。でも、彼はしなかった。あなたを友達と思っているから…」

「あいつに入れ知恵したのは朝比奈さんでしたか…」

ますます血が上る。この人せいでハルヒのご機嫌伺いの古泉が付きまとう。

「ごめんなさい、でもこのままではあなた達が。」

「うるさい!いいか、人の心には踏み入っていい部分と悪い部分があるんだ。
それを土足で入り込んで、いまさら信じろだと!?冗談も大概にしてくれ。」

このときばかりは朝比奈さんに対して憎悪に近い感情を抱いていた。
よく飛び掛って絞め殺さなかったなと後々になって考えるほどはらわたが煮えくり返っていた。

75 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:55:47 ID:6o1BCNwQ0


「…仲間を信じてあげてください。あなたが信じている以上にみんなあなたのためを思っているのです。
頑なにならないで、2人だけの愛に盲目にならないで。ゆっくり深呼吸して。
あなたが冷静にならないと長門さんは自分の過ちに気付けない。」

「黙れ!俺の前から消えてしまえ!仲間が何だ!俺には有希がいれば、何もいらない!!」

つばを飛ばして怒鳴り散らし、走り出した。

なにが仲間だ。なにが友人だ。誰も有希のことを理解しようとしない。

宇宙人だから感情を持ってはいけないのか。

自分の望むものを手に入れようとする行為そのものが、あいつらから見れば狂気なのか。

情報の臨界点?それをあいつが導いた。

お前達がハルヒハルヒと俺達を追い込んで、
愛もまともに語り合わせない環境に追い込んでいたからじゃないか。

そんなに自分達の組織の思想と目的が大切なのか。その為には人の心も想いも踏みにじれるのか。

76 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:56:37 ID:6o1BCNwQ0


友達だと思ってたのに、仲間だと思っていたのに、
所詮我田引水を試みる怪しい組織の末端連中じゃないか。
あいつらの意思は組織の決定に従っているだけなんだ。

それを仲間という体のいい言葉に包み隠しているだけだ。

仲間を信じろだと?
屈託ない少女のやっと手に入れた心を生贄に世界を自分達の理想に作り変えようとしているくせに。

駅口にハルヒと古泉と有希がいる。
ハルヒは明らかに不機嫌そうな面前で、俺が視界にはいるや何かを大声で叫びだした。

くそ、忌々しい神め。お前がいるから、俺と有希はこんな目に。

77 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:56:57 ID:6o1BCNwQ0

「キョン!あんたどこに行ってたのよ!みくるちゃんもいなくなって。きゃぁ!」

ずんずんと進んでハルヒを突き飛ばし、有希の手を取る。

「もうたくさんだ、うんざりだ。そんなに人の心をもてあそびたいならよそでやってくれ。俺達をそっとしておいてくれ!」

「ど、どうしたのよキョン!あんた団長の私を突き飛ばして、それに有希になにを!」

しりもちをついて、見上げる裸の王様、いや神様か。そんなハルヒをかばうかのように古泉が俺の前に立ちふさがる。

「気を確かに持ってください!今のあなたは明らかに異常です!」

「だまれ!有希の次は俺を異常者扱いか!」

ぷつんと何かが切れるような感覚。こぶしを振り上げて古泉に殴りかかる。

が、神人と命の取り合いをしている古泉に勝てるわけが無かった。

あっさり受け流されると、逆に殴り飛ばされた。

口の中でずるりといった感触があって、どろりとした何かが一杯に広がった。

遅れて視界が震えて、アスファルトに叩きつけられる。

78 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:57:41 ID:6o1BCNwQ0

「お前は涼宮さんや朝比奈さんのこと考えないで、悲劇のヒーローぶりやがって!」

いつもの穏やかな表情を忘れてしまった古泉は怒りに任せて言葉を吐きつけてくる。

そうして倒れて意識が朦朧としている俺を引きずり起こそうと胸倉につかみかかろうとしたとき、
視界の向こうから現れた有希が鮮やかに蹴り飛ばして言った。

「パーソナルネーム古泉一樹を敵性と判断」

敵意に染まった視線で古泉を見ている。

腹部を押さえて痛みに顔をしかめながら、地べたに蹲る古泉。

「ちょっと、あんた達、なに、してるのよ。」

場の異様な雰囲気と俺や古泉の怒声に怯えたのか、
いつの間にか立ち上がったハルヒががたがたと肩を震わせて俺たちを見ている。

有希がハルヒにちらりと目線を送ると、小さい悲鳴を上げて後退り逃げるように地面に転がってうめいている古泉に駆け寄った。

79 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:58:14 ID:6o1BCNwQ0

「すみません、僕としたことが情けないですね。」

苦しそうな笑顔でハルヒに抱き起こされる古泉。

「ねえ、どういうことなのよ。何でこんなことに。あたしわけわからない。」

状況がいまいち飲み込めず、普段のあいつからは想像が出来ないほどおどおどした表情を見せて、
俺、古泉、有希と視線をかわるがわる向ける。

「なんとかいいなさいよ!どうしてケンカするのよ!あたし達SOS団でしょ!仲間じゃない!」

パニックに陥って髪の毛と黄色いリボンを振り乱し、目じり涙を浮かべて叫ぶ。

仕舞いには狂ったかのように訳の分からないことをわめきだし、
とうとうハルヒはわんわんと大泣きを始めた。

「涼宮さん、落ち着いてください。今日は暑いですから僕たちはどうやらいらいらしていたみたいなんです。」

なだめすかす古泉の手を払いのけて、ハルヒは俺のところに走りよってきた。

80 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:58:53 ID:6o1BCNwQ0

「キョン。ごめんなさい。折角の夏休みに呼び出して、だから怒ってたんでしょう?
お願いだから古泉君と仲直りしてよ。団長命令だからぁ。」

いつもの気の強い傍若無人で唯我独尊なハルヒはそこにはいなかった。

いるのはちっぽけなどこにでもいる女の子。

憎くて仕方が無かったはずなのに、小さくしぼんでいくハルヒを見て怒りも口の中を満たす血の味も消えていた。

だんだんと頭が冷静になり、
なんて理不尽な理由と根拠の無い決めつけで俺は怒りくるっていたのだろうと自らの行いを後悔し始めた。

古泉に異常だと言われたが、まったくそうだ。

「ハルヒ・・・」

俺はシャツにしがみついて肩を震わせるハルヒに『ごめんな』と口を動かそうとしたが、
再び有希が俺との間に割って入り、ハルヒを突き飛ばした。

バランスを崩してよろよろと尻餅をつきそうになるところを、古泉がとっさに支えた。

古泉が有希に向ける目線が怒りに燃えている。

そんなことを歯牙にもかけずに俺の最愛の少女はハルヒを見つめ、冷淡に無表情に言う。

82 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/08(水) 23:59:26 ID:6o1BCNwQ0


「私の大切な人に近づかないで。」

「…有希」

「あなたは、彼を束縛する。許せない。あなたがいるせいで、彼は苦しむ。あなた卑怯。私はあなたを軽蔑をする。」

途切れ途切れの単語をつむぎ出す。壊れたレコードのようにぶつぶつと。

「長門さん!!」

足音が俺の横を駆け抜けた。

息を切らして、朝比奈さんが苦しい表情で有希の肩をつかむと自分に向き直らせ、頬を平手で張った。

かわいた音がしてそれから朝比奈さんがぽろぽろと涙を流し始めた。

83 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:00:18 ID:RUnoWXHg0

「ひどいです、どうしてそんなになっちゃたんですか。だれも、あなた達のことを責めていないし、
追い詰めてもいないのに、2人で壁を作って。」

どうしてこの人たちは、俺たちに対してこんなに必死になっているのだろう、
と場違いな思索をめぐらそうとしていたら、敵意をむき出した有希が朝比奈さんを払いのけ一歩後づさる。

「…パーソナルネーム朝比奈みくるを敵性と判断。当該対象の情報連結解除を申請」

「なが、と、さん?」

涙でぬれた顔を恐怖に引きつらせる朝比奈さん。有希の表情に躊躇は、無い。

「!?有希、やめろ!」

有希が迷うことなく手を伸べて朝比奈さんを消そうとしたところを、寸でのところで止める。

「なぜ?朝比奈みくるは私達の関係を妨害しようとしている。情報連結解除の許可を。」

どうしたんだ。どうしてそんなに冷酷な顔をして人1人を消そうとするんだ。

子供がありを潰すかのように、朝比奈さんの殺害の許可を申請する?

「許可を。」

申請を繰り返す。

84 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:01:10 ID:RUnoWXHg0

「有希…帰ろう。あの人はもう邪魔はしない。そうですよね、朝比奈さん。」

朝比奈さんを見る。青ざめた顔色だったが、はっと我に帰ると小さく頷いた。

「…了解した。」

伸べた手を下ろして、有希は俺の胸にそっと顔をうずめた。

「なでて。あなたを傷つける有機生命体を排除した。」

そう言って身をゆだねてくる少女。

俺は強く抱きしめて、さらさらしたショートの猫毛をくしゃくしゃと撫で回すと気持ちよさそうに目を細める。

あれだけ恐ろしいことをしようとしていたのに、俺は今の有希の表情を見て堪らないほどの愛しさを感じていた。

狂っているのは俺なのだろうか。

85 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:01:57 ID:RUnoWXHg0


「キョン…」

不安げにハルヒが俺を呼ばわる。

「……すまんな」

有希の手を引いて俺はその場を立ち去ろうとしたが彼女は手を振り解きハルヒに向き直る。

大分落ち着きを取り戻したが、震える瞳を悟られぬよう虚勢を張って尊大に振舞い、有希に言い放った。

「なによ。別にキョンなんか煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃない。」

「そうさせてもらう。もう彼に付きまとわないで。彼が愛しているのはあなたじゃなくて、私」

再び俺に向き直ると、爪先立ちになって唇を重ね合わせてきた。

数秒して静々と唇を離して、再びハルヒを見る。鋭い眼光と唇の端が吊り上った、妖艶な表情。背筋が凍る。

その唐突な行動を見せ付けられ、皆あっけに取られているところを平然と俺と手を組み、
まるでそこら辺の恋人がするように指を絡ませあって手のひらを重ね合わせ歩き始める。

86 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:02:12 ID:RUnoWXHg0

誰も俺達を呼び止めなかった。一度だけ振り向くと、厳しい顔の古泉とほうけた表情のハルヒに、
恐怖で凍りついた朝比奈さん。時が止まったように微動だにしない。
もう、俺達との距離が離れているのに。

「周辺の有機生命体の記憶を操作した。先ほどのやり取りはすでに無かったことになっている。誉めて。」

ぼそっと呟く。「ああ」とだけ返事をして手を強く握り締めた。

ほぅ、と言った溜息で返事を返してから再び開口、
「しかし、涼宮ハルヒの力に妨害され、SOS団の記憶へアクセスが出来ず、情報操作の力が及ばなかった。うかつ…」

「そっか、でも、しばらくそのことは考えたくない。有希、腹が減ったなあ。今晩は何にしようか。」

「…カレー。」

お前の作るカレーは最高に美味い。楽しみだが、、

「俺、古泉にぶん殴られて口の中がずたずただ。カレーはしみる。」

「…そう」

綺麗に透き通った瞳が俺を見つめる。ふ、と俺が吹きだした。有希も頬を緩めた。

たとえ狂っていたとしても、俺はお前を見捨てない。絶対だ有希。。

87 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:06:15 ID:RUnoWXHg0


こっから結構展開が急になります。
あとちょっとなので最後まで付き合ってください。

88 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:06:56 ID:RUnoWXHg0


例の騒動から一夜明けた朝。
古泉に殴られた頬がズキズキと痛む。起き上がって洗面所の鏡で顔を見ると見事に青あざになっており、
なかなかみっともなかった。

有希はとっくに布団から這い出て、朝食の用意をしていてくれていた。

すっかりなれた有希との生活。
もう、どっちが自分の家なのか分からないくらい俺はこの部屋に馴染んでしまってる。

次第に増えていく生活用品。染み付く俺のにおい。

衣類も今ベランダで太陽に照らされている。毎朝あいつが干してくれているからだ。

すでに衣装棚の1区画は俺の服で埋め尽くされて、状況としては同棲に変わりない。

自宅を5日は空けており、その間一度も両親が電話すらよこさないのは、情報操作のおかげなんだろう。

90 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:08:22 ID:RUnoWXHg0

「のんで」

何時ごろからか忘れたけれど、身につけるようになったエプロンを翻してモーニングコーヒーを差し出してくれた。

サイフォンを買って、美味しいコーヒーの入れ方を色々と研究しているのだそうだ。

「おいしい?」

じぃっと穴が開くほどに俺を見つめる。

笑顔で返事をすると満足した様子で向かいの席に座ってトーストをかじり始める。

まねるようにトーストをほおばるが、
昨日の痛みがまだ残ってるので満足に咀嚼できずパン一枚食べるのに難儀する俺を心配そうに見つめてくれる。

91 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:10:03 ID:RUnoWXHg0

「希望するのであれば、情報操作で外傷を治癒する。」

「いや、治さなくていい。普通の女の子はそんなことしない。ただ心配してくれるほうが俺には嬉しい。
それに古泉の野郎に後で文句言うのにはこの顔の方が効果がある。あいつに土下座させて謝らせてやる。」

途中までは緩やかな表情でいた有希は、古泉という単語を聞いた途端、
誰もが分かる険しい表情になって不機嫌そうに呟いた。

「古泉一樹とは接触を避けるべき、彼は私達の関係を解消させようとしている。
朝比奈みくるも同じ。2人の行動には以後留意すべき。」

「でも、一晩冷静に考えたら二人とも俺達の関係を否定してはいなかった。」

じろりと有希が俺を見つめ
「彼らの組織は世界の安定を目的としている。私達の行動と相反する理念を持つ。
仮に末端の2人がそうであっても、上位意思が同じとは限らない。」といい終わると
「私を信じて。」とすがるような目になって懇願してきた。

92 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:10:32 ID:RUnoWXHg0


「もちろん信じてるさ。でも俺にも本当のことを教えてくれ。
きのう古泉や朝比奈さんからこの世界が情報臨界点というものを向かえて非常に危険な状態に陥っていると聞いた。
すでに未来への連絡が取れなくなってるらしい。
その情報の臨界をお前が意図的に引き起こしているとも聞いた。そして、お前が狂っているとも…」

「…昨日のあなたを見て、大抵の予想はついていた。
事実私はこの世界の構成情報の上書きを意図的に繰り返して、情報質量の飽和状態を作り出した。」

「意図は?」

「この世界の安定。」

「安定?古泉は世界が綺麗さっぱり消え去る危険性があるって。」

「それは可能性に過ぎない。私はあなたとこの世界で歩み続けることを誓った。
彼らは私が情報臨界点を生み出してこの世界を空の器にした後、
私の都合のいい世界の再構成を行い、
あなたとともに安寧に暮らしていくと考えているのは予想に難くない。
しかしそのような行為はあなたに対しての裏切り行為でもあり、あなたと私の信頼関係を破壊する。
私はそれを望まない。」

93 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:10:53 ID:RUnoWXHg0

「でも、事実未来からの通信が途絶えたと。」

「飽和した構成情報内に、他の時間軸からの情報が受け入れられるだけの余裕が無いということ。
情報量に臨界点が存在するということ、すなわち受け入れる器から水が溢れている状態。
そこに水を注いでも溢れてしまうだけ。微弱な情報が入り込む余地は無い。」

「でも、それと世界の安定となにが関係あるんだ?ただ悪戯に世界を爆弾にしてるだけじゃないか。」

有希は冷めたコーヒーを口に含んでから、そういう意図は無いだろうがなんだか億劫そうに口を開いた。

「そう、現状は何時爆発してもおかしくない爆弾。その状況を作りだしたのは紛れもなく私、ごめんなさい。
でも、あと少しで世界は安定する。その鍵は涼宮ハルヒ。」

お前の口からハルヒの名前が出るとはな。昨日あれだけ軽蔑したまなざしを向けてたじゃないか。

94 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:13:15 ID:RUnoWXHg0

「この世界の構成情報を涼宮ハルヒは無条件に創造、書き換える能力を有しているのは周知の事実。
しかしその能力にも限界があることが解析の結果判明した。」

「全知全能の神じゃないのか?」

「限られた器の中であれば全能。しかし彼女の意思が及ぶ範囲は、この世界という器の中でのみ。
次元を大きく跳躍した願望実現能力は有していない。
彼女は未来人、宇宙人、超能力者と呼ばれる存在を望んでいながら、
いまだまったく異なる次元から現れる異世界人だけは私達の前に現れていないのはその為と推測する。
連続性のある時間平面次元面へは能力を発現するが、閉ざされた別世界へは星の瞬きとしての情報質量でしかない。
そこで私は、この器の中にしか影響を及ぼさない涼宮ハルヒの閉ざされた能力を用いて、
暗黒物質的情報を意図的に生み出し情報臨界点に導いた後彼女に情報フレア、
構成情報への干渉を引き起こして能力を拡散、生み出した情報と融合消去することで、
情報改ざん能力の無力化と破壊を計画。これによって私達の関係の解消を行おうとする危険因子が排除できる。」

なるほど、昨日有希があいつに侮蔑の言葉を吐きつけたり、俺とのキスを見せ付けてにたりと笑って見せたのもハルヒの動揺を誘うためか。

「そう、しかし、古泉一樹とあなたのケンカを目の当たりにしたため、私とあなたの関係に対する動揺が少なかった。」

「有希がそういう思いで情報臨界点を生み出したのが良く分かった。
ハルヒを普通の女子高生に戻してくれるのは俺としてもありがたい。
でも、どうしてお前はあの時、朝比奈さんを殺そうとしたんだ。それだけは納得できない。」

95 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:14:47 ID:RUnoWXHg0


びくりと見て分かるほど肩を震わせて、有希は俺を見つめた。怯えたような顔。

悪いことがばれてしまって縮こまってる子供のように不安が全体を支配していた。

「…ごめんなさい。分からない。よく、覚えてない。」

「どういうことだ。お前、朝比奈さんを躊躇無く消そうとしたじゃないか」

「本当に、ごめんなさい。」

「謝ってほしいんじゃない。怒ってもいない。ただ、どうしてなのか知りたいだけだ。」

「お願い、私を嫌いにならないで。」

バタン、と有希は突然椅子から転げ落ちて、左手で胸を強く抑えて、右手でフローリングを掻いて蹲った。

「おい!大丈夫か!」

駆け寄って、激痛でのた打ち回っているかのような小さい身体を抱き起こすと、
フローリングを掻き毟っていた手で俺の寝巻きを破れるほど強く握り締め、
荒い呼吸と、ぼろぼろとこぼれる涙と死人のような瞳で苦しそうに「ごめんなさい」と何回も繰り返していた。

96 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:15:09 ID:RUnoWXHg0

「どうしたんだよ、有希!有希!」

「お願い、捨てないで、嫌いにならないで、嫌わないで、ごめんなさい、ゆるして、」

うわごとのように繰り返し、涙と鼻水を寝巻きにこすりつける。

「なにを言ってるんだよ。嫌いになんてならない。どんなときでもお前のそばにいるって言っただろ。」

死んでしまいそうな勢いで、身体を痙攣させる有希を見て俺もパニックに陥った。

死ぬな死ぬなと取り憑かれた様に叫びながら、
少女の身体を抱きしめて背中をさすったり頭を抱きかかえたりと繰り返していると、
収まったのか俺の胸の中で小さな呼吸音が聞こえるだけになった。

「おい…」

鳴きそうな声で恐る恐る呼んでみると、いつもの表情で何事もなかったかのように俺を見つめてくれた。

97 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:15:46 ID:RUnoWXHg0

「エラーが発生した。」

他人事のようにそう呟くと、俺の唇をふさいだ。

「心配をかけて、ごめんなさい」

申し訳なさそうな顔をして、それから俺の胸の中にもう一度顔をうずめた。

「…私は狂っていない。」

「そうとも。感情が次々に芽生えて不安定になってるだけだ。」

胸に抱いた少女を抱きあげて、立たせると、ぽんぽんと頭を軽く叩いてからソファーに座る。
有希も朝食を片付けると、俺の隣に座って読書を始めた。

こうやって俺達は夏休みを2人きりゆっくりと過ぎる時間に身をゆだねてすごしている。

たまに立ち上がって掃除機をかけたり、洗濯をとりこんだりする以外は特別することが無い時間。

でも俺はこんな時間が大好きだった。

99 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:19:23 ID:RUnoWXHg0


「幸せだなあ。」

そんなことをしみじみ呟いた自分がいる。

「そう」

そっけない風に応えているが嬉しそうに目をほころばせている。

「お前は、どうだ」

「幸せ」

即答だった。

「でも、この幸せは通過点。私達はもっと幸せになる。」

そうして本を閉じると俺の前に立って、そっと頭を掻き抱いてくれた。

100 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:20:18 ID:RUnoWXHg0



上機嫌に有希が夕食を作っている。

今日は和食を作ると張り切っていた。

いつものエプロンに身をつつんで、
つい数ヶ月前まで使用痕跡すらなかったキッチンから軽快な包丁の音といい香りが立ち上る。

「しょうゆがない・・・うかつ」

キッチンから戻ってくると、財布を取り出す。

「あ、いいよ。俺が行って来る。」

「そういうわけには行かない。あなたはおとなしく食事まで待つべき。」

そういうわけには行かないだろ。何時までもお前にばかり任せるのも申し訳ないし。

「せめて、これくらいはやらせてくれよ。お前ばかりまかせっきりでは俺が忍びない。」

「あなたは、浮気してる。外出に見せかけて…」

じと目で俺を見る。ちょっとまってくれ

101 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:22:05 ID:RUnoWXHg0


「…冗談。」

ちゅ、フレンチキス。

「しょうゆ、お願い。」

そう言って財布を手渡された。

「おう、いってきます。」

威勢良く飛び出そうとしたら襟をつかまれて首が絞まる。

「まって」

目をつむると唇を差し出してきた。

「はやく…」

「はいはい、いってきます。」

キス。

「いってらっしゃい」

有希からキス

やれやれ、恥かしいったらありゃしない。バカじゃなかろか俺たちは。

102 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:22:45 ID:RUnoWXHg0

でも、俺はすこぶる上機嫌だった。
昨日の嫌なことも忘れるくらいの飛び切りの笑顔を有希が見せてくれたんだ。

キッチンから鼻歌が聞こえてくる。
お前も本当に人間らしくなったな。これからもずっと俺のそばで笑っててくれ。

部屋を出て共同玄関を鼻歌と一緒にくぐると、夕暮れ時の暑苦しくもどこか涼しい外気と穏やかなときの流れが俺を包み込んだ。

コンビニにしょうゆって置いてあったかな。と考えながら、
外灯がちらちらと照らす夕暮れの道を歩いていると夕闇の中から
さっきの上機嫌がすっ飛ぶような人物が俺の前に立ちはだかる。

103 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:23:14 ID:RUnoWXHg0

「こんにちは」

営業スマイルで暗がりから姿を現したのは古泉。

「そのあざ、てっきり長門さんに治癒してもらったと思ってました。
しかし、真っ青ですね。いや、昨日は申し訳ありません。」

申し訳なさそうに苦笑いをして肩をすくめて見せた。

「何の用だ。俺は忙しい。」

つっけんどんに応対するが、古泉は意に介さぬように言葉を続けてきた。

「お時間はとりません。すこしお話を」

「それは出来ない。有希を待たせてる。」

すると古泉はすがるような目になって、「お願いです」と懇願してきた。

「ハルヒのお守りか?もういい加減にしてくれ。」

104 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:23:43 ID:RUnoWXHg0


古泉を振りほどこうとしたが、それでもしつこいので俺が根負けしてしまった。
古泉が息を整えて、服を直すと「僕はあなたの味方です。」と呟いた。

「いえ、SOS団と呼ばれている組織のメンバーは皆あなた達の味方です。
まず、涼宮さんのことですが、あなた達が涼宮さんに対して抱いている感情は誤解です。」

そう古泉が言うと、ハルヒが決まりの悪そうな顔をして物陰から現れた。

古泉に促されるように俺の前に立つと、はじめはいつものように尊大にふんぞり返っていたが、
次第に萎縮してから小さな声で呟いた。

105 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:24:03 ID:RUnoWXHg0

「ごめん、あたしがあんなにもあんた達を追い詰めてたなんて思ってなかった。」
そう言ってから視線を泳がせてゆっくりと言葉を続ける。
「実を言うと、あんた達が付き合ってたのずっと前から知ってたのよ。
いつか教えてくれるだろうと思って、気付かない振りをしていつもどおりに接してたつもりだったんだけど、
古泉君から聞いたらあたしの普段の態度が有希にすこぶる不愉快だったようで、
それがいつの間にかあんたにも伝播して、あたしそういうつもりじゃなかったのに2人をすごく束縛してた。」
そう言って呼吸を整えてから
「正直言うとあんたと遊んでると楽しかった。
付き合い始めて一番楽しい時って分かってたのに、あたしは自分の楽しみのために、
しょっちゅうあんた達を呼び出してた。
有希はおとなしいから、少しくらいわがままを通しても見逃してくれると甘えてた。でも怒ってた。すごく…」

だんだんと取り留めの無い内容になりつつある。
古泉がハルヒの名を呼ばわって、落ち着かせるように肩を2,3度叩いた。

106 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:24:41 ID:RUnoWXHg0


「ごめん、自分でもなに言ってるか分からなくなってた。」
それから深呼吸を一つ
「本当は、2人にずっと言うつもりだった言葉、今言わせて。
もし、有希があたしを許してくれるなら伝えておい「パーソナルネーム涼宮ハルヒを敵性と判断。」

ハルヒの言葉をさえぎって聞きなれた声の凍てつくような言葉。振り向くと狂気の無表情がそこにいる。

「長門さん」

古泉がハルヒをかばうように身構えたが、古泉を振り払ってハルヒは少女の下に駆け出した。

「有希、ごめんなさい、あたし、あたし!」

「彼に近づく、ゆるさない、あなたは彼を!」

スキール音が耳を貫き、俺と長門の間をクルマが走りぬけ路地の塀に突き刺さった。

その間に居たはずのハルヒがいない。
突き刺さったクルマに目をやると、ボンネットから煙をふかしてオイルの焼ける臭いがあたりに立ち込める。

塀は粉々に砕けて、ぱらぱらと小石を道路に撒き散らしていた。

あれじゃ、即死だ。

107 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:25:47 ID:RUnoWXHg0


「は、ハルヒ!」

目の前が真っ暗になった。有希がハルヒを殺した。

「大丈夫です。涼宮さんは生きてます。」

ハッキリとしかし柔らかい声音が、俺の怖気だった心と耳をやさしく癒す。

「何とか間に合いました。急いでください、長門さんに理論的な話し合いは無意味です!」

朝比奈さんだ。いつもの頼りない彼女ではない、意を決したかのような表情。

その腕にはしっかりとハルヒが抱きとめられている。

「パーソナルネーム朝比奈みくるを敵性と判断。当該対象の情報連結解除を申…」

取り憑かれたような表情で、緩慢に腕を差し伸べる。

108 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:26:25 ID:RUnoWXHg0


すると再びスキール音が聞こえ、彼女の背後から一台のクルマがハイビームを照らし突っ込んでくる。

俺はその明かりに幻惑され視界から有希が消える。

クルマは俺の隣を猛スピードで駆け抜けると、狭い路地の向こうでジャックナイフして古泉たちの隣に停車した。

有希は通常ありえない高さで跳躍している。

「乗って!早く!」

助手席から聞き覚えのある声につられて、俺は促されるままで黒塗りのクルマに乗り込んでしまった。

その時視界の向こうで、月明かりに照らされた有希が寂しそうに俺を見つめていた。唇が動いている

109 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:27:16 ID:RUnoWXHg0


「きらいにならないで」

「ゆき!」

乗り込んで扉が閉まると同時に俺はあいつの名前を叫んでいた。
俺はお前を捨てたんじゃない。信じてくれ。

「しっかりつかまっていてください。」と初老の男性が言うが早いか、
乗員オーバーのセダンは後輪をスリップさせながら狭く薄暗い道をありえないスピードで滑走を始めた。

後部座席には、気絶したハルヒを抱えた朝比奈さん、そして古泉の足下に俺がぎゅうぎゅうと詰め込まれる形でひしめいている。

「いや、間一髪でした。」

古泉がさわやかに脱力した。

110 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:28:40 ID:RUnoWXHg0


「本当、ぎりぎりでした。
長門さんが情報操作を行った瞬間に情報の揺らぎの合間を縫ってTPDDで過去に戻って新川さん達の協力を仰いで、
ツバメ返しに涼宮さんの救出。
どういうわけか時間遡行の位置座標指定の権限が与えられていたので出来ましたが、こわかったですぅ。」

「いやいや、なかなかのお見事でした。一歩間違えればあなただって命は無かったのですから。」

運転手はそう言って朝比奈さんを褒めると、彼女は天使のような表情を赤らめて俯いてしまった。

「ところで古泉。これはどういうことなの。
これは由々しき事態よ。あなたは事の顛末を知っていたようだけど、何故報告しなかったの?」

厳しい口調でこちらも向かずにしているのは多分森さんだろう。

古泉は冷や汗をかきながら、いや、その、と答えに窮している。

そうだろうな、あんな雰囲気で問い詰められたら怖気づいちまうだろう。

111 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:30:50 ID:RUnoWXHg0


「すみません。僕のミスです。」

観念したのか笑顔も忘れてうなだれると、
それでも追及の手を緩めようとしないのか森さんが激昂して助手席のベルトをはずし身をよじって怒鳴りだした。

「ミスで済まされる問題なの?!
あなたの独断で危うく涼宮ハルヒはTFEI端末に殺害されるところだったのよ!
構成情報の臨界点といい、今回の失態といい、あなたはどうして彼女のそばにいながら満足に任務をこなせないのよ!」

もう少しで森さんは古泉の胸倉をつかんで殴りかかりそうだったが、新川さんの仲裁で事なきを得た。

結構この人って気性が荒いんだな。

「森さん、古泉を責めないでください。元はといえば、俺が原因です。」

肩で息をしている森さんを見上げるように俺は古泉の足元で呟いた。

「・・・長門有希との交際のこと?」

「はい…」

気を落ち着けるように一呼吸つくと、森さんは助手席に身体を戻してシートベルトを締める。




森さんの性格がやばい事になってますが、俺の中の森さんの素はこんなイメージですw

112 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:31:19 ID:RUnoWXHg0


「残念だけど、あなたが原因だと思ってる、彼女との交際に関してはもうすでに機関は把握しているし、
それに関してなんら世界に影響を与えないことも確認されているわ。
古泉もあなたと同じようなことを考えていたんでしょうけど、上層部だってバカじゃないわ。
末端構成員が手に入れれる情報くらいすでに把握している。」

「と、得意顔で申していますが、我々がその情報を手に入れたのもつい先日前でございまして。」

「ちょっと新川、そんなこと言わなくても!」

「あなただってそう言って古泉に食って掛かってますけど、我々も今は独断行動じゃないですか。
同じ穴の狢同士仲良くやりましょう。」

そう言ってからからと笑う。

113 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:31:51 ID:RUnoWXHg0

「新川さん、機関に黙って俺達を助けてくれたんですか?」

「もちろん事後にはなりますが報告はいたします。
ただ、時間も押し迫っていましたので煩雑な手続きをしている暇も無かったので。」

「すみません。私がもう少し過去まで時間遡行できれば…」

「いえいえ、飽和状態のわずかな情報質量変化にもぐりこんで2回もタイムトラベルを敢行するお嬢さんの手際には惚れ惚れいたしましたよ。」

「どうやら未来からTPDD使用許可承認と使用権限規制の解除が常に発信されていたみたいで、
私の行おうとしていた行動は未来では既定事項だったようです。
正直、私のいた未来が消滅していないことのほうに驚きましたが。」

「しかし、そうだからといって楽観できる状態ではないでしょう。」

森さんの溜息交じりの言葉。その通りだ。

114 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:32:21 ID:RUnoWXHg0


「…有希は、ハルヒの能力を消して世界を安定させると。
でも、殺しちまったら、何の意味も無いじゃないか。あいつの取った行動には矛盾が生じている。」

古泉の足元で蹲って深刻に語る俺はこっけいだろうが、気絶しているハルヒ以外皆真面目に聞いていてくれた。

「エラーの蓄積で、みんなの言うように狂ってしまったのか。」

「狂ったというよりは、愛ゆえの暴走と言ってあげたほうがあなたの恋人も喜ぶでしょう。」

新川さんが前を向いたまま笑っている。

115 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:32:59 ID:RUnoWXHg0

「年寄りの戯言と思って聞き流してもらって結構です。
愛欲におぼれた女性というのはそれはそれは恐ろしいもので、独占欲は山より高く嫉妬は海よりも深い。
長門有希はなまじ強大な力を持っている故、
御自分でも分からぬままに嫉妬に駆られてああいう行動をとっているのやも知れません。
人というのは過ぎたる力を持つと心がその力の持つ狂気に支配されますため、
今の彼女は自分自身の意志というより力の赴くがままに立ち回っているのでしょう。
御ふたりはまだ付き合い始めて日も浅く、
燃えるような情愛だけが互いを突き動かしているでしょうから相手を強く戒め諭し導くということに抵抗があるやも知れませぬ。
ですが、あからさまに戒めるのはひそかに愛するに勝りましょう。
おそらく長門有希をああいう行動に駆り立てたのはあなたですよ。」

笑えない愛の暴走だ。世界や人の生き死にに関わった暴走などはた迷惑この上ない。
それが当事者である俺達だけならともかく巻き込まれているみんなは堪ったものじゃないだだろうに、
こうして巻き込まれても不平の一つも言わない。

ほんとにすまん。俺は古泉や朝比奈さんを仲間じゃない、信じるべき人間じゃないと思ってた。

116 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:33:29 ID:RUnoWXHg0


「新川さん、キョン君に罪はありません!キョン君は今まで長門さんのためを想って行動されていたんです。
それを責めてしまったら、彼が可愛そうです。」

朝比奈さんが俺をかばってくれた。涙が出るほど嬉しかった。
あれほどの罵声を浴びせかけて、あなたの言葉に声も貸さなかったのに、こうやって今でも俺のことを考えてくれている。

「僕も彼1人の責任とするにはあまりにもことが大きすぎます。
それに僕達がそうなるよう2人を追い込んでいたのです。」

古泉も、本当にすまない。これがすんだらもう一発殴らせてやる。

「それは遠慮します。あの後相当後悔しましたよ。あなた達を考えてと言えば聞こえはいいですが、
罵声と軽蔑の言葉を浴びせかけた挙句に殴り飛ばしてしまったのですから。」

「それが古泉の本性よ。注意しておかないとまた殴られちゃうから。」

ケラケラと笑って森さんが助手席の窓を開ける。夜風が生ぬるい。

117 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:34:25 ID:RUnoWXHg0


「とはいっても、理論的に話を聞かせるにも聞く耳を持ってくれるのかしら。」

もう一度深刻そうな声色で森さんが言うなり、朝比奈さんが、ちがいます。と否定の声を上げる。

「きっと理論とか理屈じゃなくて、キョン君の傍にいていいって安心させてあげるのが一番です。」

どうしてそう言い切れるのだろう。誰しもが思ったに違いない。

「えっと、その、ほら、長門さんって、
見かけによらずキョン君にべったりであなたの指示をいつも待ってるじゃないですか。
もう、理論とかそんなんじゃなくて純粋にあなたに必要とされている自分が嬉しいんですよ。」

「えっと、それは、友人としての推測ですか?」

俺の問いに朝比奈さんが目を伏せて頷く。
そうして顔を上げると、俺をじっと見て今までに見せたことのない素敵な、
何処か有希の笑顔を見ているのと同じ安らぎを感じられる笑顔を見せてくれた。

118 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:34:56 ID:RUnoWXHg0


「長門さんはわたしにとって、大切な人です。だから分かるんです。
あの人がどんな心で今を生きているか。」

確信の表情を持って言い切る。

「長門さんはあなたが思っているほど、理論的でも理知的でもありません。
激情家のヤキモチ焼きで、寂しがり屋。常に大切な人に導いてもらわないと、
心が駄目になってしまう人なんです。
長門さんは今すごく不安なんだと思います。
自分が自分じゃなくなるくらい移り変わっていて、
人間的な感情が激しい変化を発生させているに関わらず、あなたが優しすぎて、
包み込みすぎて、逆に本当に愛されているのか疑って、怖くて仕方が無いんです。」

再び朝比奈さんがじっと俺を見つめている。明確な意思を持ったとても綺麗な顔。

119 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:35:41 ID:RUnoWXHg0


「きっと、長門さんは大好きな人に本当に愛されているのか分からないんです。」

俺は、今まであいつの事を考えて行動をしてきたつもりだった。

時間も心も自分自身さえもあいつにささげてきた。何が足りなかったんだろう。

「俺はわかりません。あいつを不安にしているのが何なのか。
いつも精一杯の気持ちを伝えてきたのに、
有希がそれでも不安になるならどんな気持ちを表現してあげればいいのか。」

「あのね、」

森さんのあきれ返ったような声。

「女の子は優しくされてるだけじゃ不安なのよ。
あなたみたいに優しさと包容力の安売りをしてると、
愛しているって気持ちや言葉が本当に自分だけに向いているのか分からなくなるの。
時には無理やりにでも引っ張ってくれるだけの暴力的な強さもほしいのよ。
たとえ間違っていても、この人についていけば大丈夫って思わせる逞しさがあなたには足りないのよ。」

120 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:37:19 ID:RUnoWXHg0

「…よっぽどあいつの方が強くて頼りになる。俺が逆に導かれてるよ。」

「キョン君そういう強さじゃないの。踏み外そうとしている道を笑いながら付いて来る人を信頼できます?
手を引っ張って元の道に戻してほしいの。
たとえどんなに間違ったことをしても、強く引き戻してほしいと願ってるの。
それは力や能力の強さじゃない。」

「朝比奈さん、俺だってバカじゃありません。でも、俺はあいつにどう接していいか分からないんです。
壊れそうな心を傷つけて、あいつを悲しませたくないんです。」

「女の子は、キョン君が思っているほど心の弱い生き物じゃありません。
まして、長門さんは誰よりも力があってどんなときにも陰日なたにSOS団の危機を救ってくれたじゃないですか。
どんなに危機的な状況でも最後の瞬間まで決して諦める人じゃありませんでした。
ですから、長門さんの心を信じてあげてください。あの人は待ってるんです、あなたからの言葉を。
甘やかすだけじゃない、戒め導いてくれる強い意志を。」

朝比奈さんに普段の面影はない。

121 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:37:37 ID:RUnoWXHg0


「強い意志、ですか。
今までハルヒの周りで引き起こされる事件の渦中にあって、
ただ呆然とその現象を享受するしかなかった俺が、いったいどんな意思を持っているのでしょうね。
結局のところあいつを甘やかすだけ甘やかして、
互いの関係が壊れるのが怖いからと望むことをすべて無条件で与えて、
間違っていることさえも好きだという一言に包めて何でも許してきた。
皆には悪いけど、あいつがさっきハルヒや朝比奈さんを消そうとしていたにも関わらず、
恨みも怒りも微塵にも感じていません。
寂しいから俺がそれを紛らわしてやらないといけない、そんな粗末な義務感だけしかないんですよ。」

古泉のまねをして首をすくめて見せた。

「みんな、すまん。そんなに期待を持ってもらっても、俺は一介の高校生だ。
人の心を読む力に長けているわけでもない。」

122 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:38:26 ID:RUnoWXHg0


「あなたはもう普通の高校生ではありません。僕達異能者よりも大切な力を持っています。」

そう言って真剣な笑顔で俺を見る。

「涼宮さんがあなたを必要としたには、我々SOS団の渡し舟でありメンバーの一致を図る『つなぎ』としての存在。
僕達のそれぞれを結び合わせる帯。
あなたがいなかったら互いに息の詰まる監視と牽制の只中で上っ面だけのごっこ遊びを繰り広げて、
いつかは破綻してしまったでしょう。」

「そうですよ。わたしだって、キョン君がいて皆と等しく仲良くしていてくれたからだんだんとこの活動が楽しいと思えるようになったんです。
あなたが私達を結び合わせてくれました。
ですから、次は長門さんの隙間だらけの心と不完全な感情を結び合わせてください。
大丈夫ですキョン君なら出来ます。」

123 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:39:37 ID:RUnoWXHg0


宵闇の中を走り抜けるセダンはいつの間にか見慣れた路地に停車をし、
新川さんがシートベルトを外してこちらを向くと手を伸べて促すように外をさした。

森さんが助手席を降りて、ドアを開けるとそこはいつものマンションのメインエントランス。

ぐるりとめぐってここに帰ってきた。

明かりが差すエントランスから影が伸びて、ドアにかかっている。

その影の向こうには、小さな少女のシルエット。

森さんの慇懃で恭しい一礼に送られて俺はドアの外に出た。

レッドカーペットなんて派手派手しいものではない、淡い橙色の一筋の敷布の向こうに少女が無表情に立ち尽くす。

124 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:40:21 ID:RUnoWXHg0

「有希。。」

自然と名前が唇から漏れた。聞こえたかは分からない。

しかしその名前に反応したかのように一歩一歩とこちらに近づくと、
歩き始めたばかりの赤ちゃんのように両手を差し伸べて支えてくれるものを探すようぎこちない風に身を揺らす。

今にも倒れてしまいそうな恋人を見るといたたまれなくなり、駆けだして掻き抱いた。

その顔はいつものように能面を貼り付けたみたいな無表情に、涙の筋が幾重にも重なり、
ヘリウムも抜けきった淡い色の瞳がぼんやりと俺を焦点なく見つめている。
唇の中でもごもごとつぶやきだすと、背中に手を回して痛いくらいに抱きついた。

「わたしが、わたしじゃなくなる。」

125 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:40:52 ID:RUnoWXHg0


胸の中でつぶやく少女。蚊の鳴くような声。そして明らかな恐怖に震えた声音。

「涼宮ハルヒも、朝比奈みくるも、殺すつもりはエラーないのに。わたいじゃないエラーわたしが、わたしをエラー皆をエラー世界をエラー、消そうとerrorerrorerrorerrorerror……」

びくびくとエビのように反り返ってがくがくと震えた後、崩れ落ちた。唇から矢継ぎ早に放たれるエラー。

「有希、俺は普通の高校生だ。お前やほかの奴らみたいに特別な力も知識もない。
だからずっと守ってもらう側の人間だって思ってた。
いつも何かあったらお前のほうを見て困った顔をすれば助けてもらえると、
それが当たり前だと思って、ずっとお前に甘えてた。」

胸の中で同じ言葉を続けていたが、それも次第に収まりつつある。

126 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:41:13 ID:RUnoWXHg0


「お前にはたくさんのピンチや問題を解決してもらっていた。
なのに何も恩返ししてやれなかった後ろめたさがあってからか、
お前に好きだといわれたとき、お前の望むように、求めるように与え続けようと決心してたんだ。
お前の言うエラーの解析だなんて正直どうでも良かった。
ただ求められるように愛情や感情を提供してやる、
そんなつまらない恩返しにも似た義務感だけが俺を突き動かしていた。」

「エラー…わたしは、それでも構わなかった。あなたに愛されること、それが私自身…error」

127 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:41:43 ID:RUnoWXHg0

「ちがう、お前は俺がいて完成するような、そんなちっぽけなものじゃない。
人間はな、人間一人で出来上がるほど立派な結合力は持ってない。
たくさんいる友達や仲間がつながってやっと一つの存在になれるんだ。」

「理解不能。存在の概念として、あなたの考察は整合性が見られない。支離滅裂の理論。エラーerror」

「理解不能でいいんだよ!お前だって今まで理解できないといって切り捨ててきた感情を手に入れようとあがいてたじゃないか!
その気持ちはどこから生まれてきた。何で手に入れようとした。
お前だって本当は支離滅裂で勝手身勝手の感情がうらやましかったんだろ。」

「肯定。しかし、それはあなたがわたしを満たしてくれるための手段に過ぎない。
あなたがいれば私の個は十分に完成する。」

途切れ途切れのエラーと身を震わせる以外抑揚のない有希の声が胸を通して耳朶に響く。

128 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:42:18 ID:RUnoWXHg0


「有希、俺を目をみろ。お前は本当に今、自分自身の存在に満足しているのか。」

「愚問。あなたがここにいる。ここに世界がある。わたしに欠けたものは何一つない。」

「いいや、欠落しすぎで何から突っ込めばいいか!」

接着剤のようにへばりついている有希を引き剥がして距離を離すと、
親を見失った子供のように不安な表情を見せ、俺の名前を何度も呼ばわった。

なあ、有希どうしてこんなに壊れちゃったんだ。お前はそんなに弱い奴だったのか。

129 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:42:35 ID:RUnoWXHg0


「長門有希、ようく見てくれ。これが世界だ。俺が望む、お前が望む、みんなの望む世界だ…」

セダンから古泉の手をつかんで引きずり出した。姿勢を崩しながらも笑顔は崩さないナイスガイ。

そんな古泉を見て朝比奈さんが笑いながら俺の手をとり、流麗な仕草で外に立つ。

「ハルヒ起きろ!お前の出番だ団長様!」

都合よくぐっすり眠っている眠り姫の頬をぺんぺん叩くと、眉根を震わせてから目を開く。

「あれ、キョン。あたし…」

「SOS団集合だ。バカになった長門に俺たちのすばらしき友情と団結を見せ付ける。」

「え、あ、何のこと?」

いまいち解せない顔をするハルヒを無理やり引っ張り出して地面に立たせる。

眠たい目をこすっていたが、有希の顔を見ると申し訳なさそうに目を伏せた。

130 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:43:17 ID:RUnoWXHg0


3人の前に俺がハルヒの専売特許である仁王立ちをして腕組みをした。

「いいか長門!よく聞け。ここにニヤケの古泉がいる、マスコットの朝比奈さんがいる、雑用の俺が居て、
団長であるハルヒがいる!しかしだ!この世界にはたった一つだけかけたものがある!」

深呼吸。

「長門、お前だ。俺たちは、そして何より俺は、お前がいなきゃ、駄目なんだ。」

「そうです、あなたがいなければ僕達は寂しいんです。あなたに不要と思われることがつらいんです。
それに、あなたがいないと色々と不便なもので…」

「本を読んでいる仕草も、キョン君を見ているときの優しくて幸せそうな顔も、全部私達の財産です。
長門さんがいないSOS団なんて考えられません。」

ハルヒを見ると、目じりに涙を浮かべている。胸に手を当ててから、決心したように頷いて俺の前に出た。

131 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:43:57 ID:RUnoWXHg0


「有希!あたしはもう一度あんたとやり直したい!今度は友達として、あんたを大切にしていきたい!
また、あのときみたいにみんなで旅行に行きましょ。
バンドをしたり、ゲームしたり、笑って暴れて遊んで、世界を大いに盛り上げましょう!

涙が丸っこい瞳から零れ落ち

「あたしはあんたが、大好き!」

言葉も零れ落ちた。それから身を震わせてごめんね、と謝る少女はいつもの尊大な神ではなく、ただの人。

俺は目を伏せている恋人にそっと歩み寄った。

「なあ俺たち、SOS団をもう一度やり直そう。
受験、進学で今まで見たいなハチャメチャは出来ないけれど、
工夫次第で最高の思い出がまだたくさん作れるんだ。
そしていまだかつて誰も見たことのないワクワクする様な楽しみを見つけよう。
10年経っても20年経っても笑って語れる最高の思い出を作ろう。」

132 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:44:20 ID:RUnoWXHg0


ぼんやりと俺の顔を眺めているのだが、手を差し伸べるとその手を見てから困った顔をした。

「わたしは皆を否定した。なのに何故、それでもなお好意を持って接するの。」

俺の手のひらが、有希の頬に触れる。ふっくらと柔らかい、そしてひんやりと冷たい肌は涙で濡れでじっとりしていた。

「何べんも言わせるな、それが仲間だよ。どんなときでも俺にはみんなが付いている。お前には俺たちがついてる。」

頬に触れた手のひらをうなじまで回して抱き寄せる。良い香りが鼻腔をくすぐる。

「もう一度やり直そう。2人で、みんなで。」

腕の中で恐る恐る少女が頷いた。

133 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:44:56 ID:RUnoWXHg0


「ここにあなたがいる。そこに世界がある。」

言葉をさえぎるようにハルヒが俺たちに抱きついてきた。

「キョン!有希!絶対に幸せになりなさい!団長命令よ」

強く強く抱きしめてから顔を上げて、大輪のひまわりを咲かせた。

「そう」

ぶっきらぼうに言ってから、ハルヒに向き直るとそっと頭をなでて言葉を続ける。

「そしてこれから見つける。欠けたものを。わたし達、みんなで…」

猫っ毛をふわりと揺らしてハルヒの肩に顔をうずめた。

134 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:46:11 ID:RUnoWXHg0


あともう少し。

135 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:46:29 ID:RUnoWXHg0



「遅い!罰金!」

元気印の団長が両手を振り回して、不機嫌そうに言い放つ。

隣にはにやけた腰巾着と、麗しい天使。俺と有希は顔を見合わせて微笑み合った。

とはいってもこの表情はまだ俺にしか読めないほど微細な変化だ。

あの夏休みが懐かしい。あれから俺たちは1からやり直し始めた。

ハルヒや古泉や朝比奈さんが俺たちを祝福して、支えてくれていた。

だから今こうしてこいつと2人幸せと共に歩むことが出来ている。

136 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:47:00 ID:RUnoWXHg0


「有希!おなかが大きくなってきたわね。」

ひまわりの笑顔と共に駆け寄ってきたハルヒは親友の下腹部に触れて目を細めた。

「現在妊娠22週目」

他人事のように、でも斜陽の日差しの儚いあたたかさを浮かべて、ハルヒの手に自分の手を重ねた。

「男の子かしら、女の子かしら。ねえキョン!あんたならどっちがいい?」

もう、その問答は両親妹親戚、そしてお前から耳にたこが出来るほどされておなか一杯だ。

毎度毎度同じこと尋ねても答えなんぞは変わりなかろう。

「どっちでも構わん。無事に生まれてきさえすればな。」

と答えるが、唇は緩んでニヤケが隠せん。

137 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:47:25 ID:RUnoWXHg0


「じゃあ、有希は!?」

「その質問は今日で28回目」

そう言ってお腹をなでる。だんだんと母親の顔になりつつある、俺の人生の伴侶。

「あたしは女の子だと思うわ!有希の表情がすごく優しくて素敵だもの!絶対にそうよ!」

やめろ、お前が思うと処女懐胎さえ現実に起こりうる、と言うか俺の楽しみをお前の空想具現化能力で奪わないでくれ!

「わたしは、自己を通して生まれてくるこの生命そのものに喜びを感じている。性差による変動はない。」

「あいかわらず、分かりにくいこと言うわね。素直にどっちでもいいとかいえないのあんたは?」

俺もそう思うよ。感情の表現が豊かになってきたかと思ったら、
古泉も顔負けなややこしくて意図の汲みにくい言葉をつらつらと述べ立てるのが癖になったのか、
しゃべる言葉一つをとっても遠回り過ぎて訳が分からん。

138 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:47:55 ID:RUnoWXHg0


「皆さん、こんなところで立ち話では母体に負担がかかります。いつものお店でゆっくりとお話をしましょう。」

「ん、それもそうね。じゃ、いくわよ!もちろんキョンのオゴリ…といいたいところだけど、
あんたこれからお金が入用だろうから特別あたしが払ってあげるわ。感謝しなさい」

もう、そのお前のオゴリも今日で9回目だよ。ありがとな。

ぞろぞろと何年も同じメンバーでよくも飽きずに同じ喫茶店を毎週のように占拠できるものだ。

もうこれも一種のライフワークになっている。

ただ、高校のころと大きく違うのはくじ引きによる組み分けがなくなったこと。

大学生のころはハルヒが気を利かせて、
俺と有希をペアに不思議探索を決め込んだデートをお膳立てしてくれたが
それぞれが社会で責任を負う立場になると少ない時間をより多く皆で過ごせるように常に一緒くたに行動するようになった。
加えて卒業と共に俺たちが夫婦になったから、
わざわざお膳立てされなくても毎日顔を付き合わせるようになったのも一助だったかもしれない。

139 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:48:27 ID:RUnoWXHg0


 少し冷房のききすぎた店内で有希がお腹を気にして俺の目を見る。

最近こいつは困ったことがあるとこうやってじっと見上げてくる。

今までは俺がそうしてたように、お前だったら何かしてくれる、という期待に満ちた表情。

おそらく自分だけの身体なら、
朝倉との大立ち回りのようにぶち抜かれようがぶちまけられようが
損傷は軽微などと冷めて言い放つんだろうが、もう一つ大切な命を宿しているんだからそれを守るために無理は出来ない。

その証拠に、妊娠してから(本人は妊娠1日目と言うか夜伽の翌朝に申告)は情報操作を封印して普通の女性と同じ状態を維持している。

そのほうが身体にかかる負荷が少ないらしい。

140 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:48:49 ID:RUnoWXHg0


最近は食事も偏食家で大めし喰らいだったのをあらため、栄養バランスが云々とうんちくをたれだし、
妊婦禁忌食材がどうのとやたらうるさい。

何よりも驚いたのが、こいつにもつわりと言う現象が存在していたと言うことだ。

つい先日まで、部屋に寝転がりっぱなしで、
話しかけても「そう」「わりと」等初めて会ったときと同じ要領を得ない返答ばかりだった。

食の好みの変化か、カレーがどうしても食べられないと嘆いていたが、
おでんの美味さに目覚めたようで本人いわく栄養バランスを考えたと言う、
特製おでんを1週間ほど食わされた日には死ぬかと思った。

朝倉よ、お前が存在していればその喜びを分かち合えたかもしれないな。
よみがえってきて欲しくはないけれど。

141 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:49:13 ID:RUnoWXHg0

「ストールを…」

いかんいかん、トリップしてしまった。有希が半そでの両腕でお腹の子供を覆っている。

「すまん。」

手提げから薄手のストールを羽織らせた。触れた首筋は普段以上にひんやりと冷えていた。

両端を鳩尾のあたりでくるりと巻いて蓑虫になる。そしてからようやくほっとした表情をしてメニューに目を通し始めた。

ハルヒと朝比奈さんは、今日の不思議探索の目的である有希の妊娠祝いを買いにいくお店をどこにするかで舌戦を繰り広げている。

安定期に入って大分落ち着いてきたので、久しぶりの遠出とショッピングに2人はおおはしゃぎだ。

「みくるちゃん!お母さんになるんだから、生まる子供のために必要になるものが貰って嬉しいわよ!」

「いいえ、一生の思い出になるからこそ、2人で使えるものがいいんです!
それに、お母さんは後20年以上続きますけど、二人っきりの時間は今だけなんです。
お2人の思い出の為に2人で使えるものを!」

142 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:49:40 ID:RUnoWXHg0


朝比奈さん。
ハルヒのおもちゃだったあなたがそこまで口答えできるようになったのはハルヒの性格の角が取れたのか、
あなたが強くなったのかどちらなのでしょう。

「それに、ベビー用品店は普段SOS団が近づかないところじゃない!
もしかしたら妊娠した宇宙人やその子供がまぎれてるかもしれないわ!」

…少なくとも宇宙人の妊婦はここにいる。そこに俺たちが行けば、お前の願望は実現するだろう。
気付くかはどうかはともかく。

「そこに決まりよ!」

やっぱり朝比奈さんの意思は何も尊重されないのか。NOと言えるみくるを目指しますと息巻いて早数年。

結局あなたは何も変わっていない、我らのマスコットなのですね。

彼女の周りにだけ木枯らしが吹いている。

143 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 00:50:31 ID:RUnoWXHg0


それから俺たちは運ばれてきたコーヒーや軽食をつついて、学生のころと変わらない会話を続けている。

不思議宇宙人未来人超能力者、見つからないけどいつか見つけてやるわと目を輝かせるハルヒ。

お前の夢はすぐ近くに大切仲間として存在している。

相槌を打って笑っている古泉。

魅惑の美女となって今でも俺を悩ませる美しき朝比奈さん。

無表情で楽しそうに目を輝かせている、有希、その中に宿る命。

有希が視線に気付いて、こちらを振り向きいつもの顔を見せ小首を傾げ、
俺にしかわからないくらいほんのりとほっぺたに桜を散らしてから
小さく張ったお腹を大切そうに手のひらで覆う。

そして何か考えついたように瞳を震わせてから、誰にでも分かるくらいの明るい笑顔を見せたのだった。


―おわり―

145 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/09(木) 01:04:33 ID:RUnoWXHg0

投了

書き始め当初はキョンデレのヤンデル長門がハルヒを殺そうと暗躍するss
思いついたキョン長の娘がみくる設定で、みくるが長門の暴走を食い止めようとする母娘の掛け合いに針路変更
しようと思ったら、何の変哲もないSOS団友情物語になってしまった。

みくるがキョンに向かって
「お父さん。わたしはまだ生まれてませんけど、愛してくれてありがとう。」って涙ながらに言わせたかった。。。

154 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:29:17 ID:/9pmyezE0

表題は『ずっと…』



あんたは、知っているかしら。

赤い手ぬぐいをマフラーにしたカップルが銭湯に行くっていう歌を。

受験勉強の気晴らしに聞いてた深夜ラジオで流れていた往年のヒットナンバー。

あのころのあたしには、その気持ちが良く分からなかった。

バカじゃないと思って、鼻で笑っていた。体中がむず痒くなるような気がして、気分が悪くなったからラジオを消してしまった。

あんなじめじめした、陰気で自信のない女はあたしが一番嫌いな人種で絶対にああはなりたくないと心から誓っていた。

155 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:29:51 ID:/9pmyezE0


あたしは誰よりも強く生きていける、独りで何でも出来ると信じていた。

根拠のない自信に満ち溢れていた。

それからあんたとは違う大学に進学して、心機一転新しい楽しみと出会いを見つけてやろうと息巻いていたけれど正直あんたより面白いと思う人間に出会えなかった。

男も女も等しく、ジャガイモばかりで、男はあたしの身体目当てにぎらついた目をして寄り付いてきて女はあたしの頭脳とバイタリティを当てにして面倒ごとを押し付けようとするだけ。

そのくせ自分の思うようにあたしが動かないとなると不機嫌そうな顔をして、捨て台詞と共に離れていく。

人間はなんて身勝手なんだ。そう憤る日々が続いた。

156 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:30:40 ID:/9pmyezE0


でもそんなあるときにふと思ったの。
あたしがあんたにしていた仕打ちはどうだったんだろうって。あたしだって何でもあんたに押し付けていた。
あたしがそういわれて不愉快になっていたということは、あんたがあたしにそういわれて不愉快になっていたということ。

だのにあんたは溜息はつくけれど、精一杯のことをしてくれた。
あたしはそれを当然と思っていた。

でも、本当はそうじゃない。それは特別なこと。
当然と思っていた権利は、あたしが何も労せずに手に入れたもの。

当然のごとく行使していたけれどそんな責任の伴わない権利なんて本当の権利じゃない。

157 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:31:03 ID:/9pmyezE0


あたしは、あんたに対して何も責任を負わなかった。

迷惑ばかりかけて、時間もお金も奪って、当たり前のように偉そうに振舞って、でもそれはとてもいけなかったことで。

とても情けなかった。

突然謝るべきだと思いついた振りをして2年ぶりに電話をした。

本当のところは、あんたといたあの楽しい時間を再び求めたあたしの身勝手。

158 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:31:55 ID:/9pmyezE0


あんたの生活だってある。きっと楽しい友達をまたたくさん作ってる。

そこに入り込む余地がないのかもしれないのに、あたしは自分をあんたの生活にねじ込もうとした。

電子音が数コール。

たった数コールで、あんたは出てくれた。まるで待っていてくれてたかのように。

まったく変わっていない声、何処か気だるさを含んだイントネーション、でもちょっと大人っぽくなった響き。

159 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:32:31 ID:/9pmyezE0


安心した。そして自分が孤独だということに気付いて怖くなった。
独りぼっちが不安でしょうがなくなって、涙がたくさん出てきた。

謝る言葉を考えていたのに忘却してしまい、泣きじゃくって何を言ったのかも覚えてない。

そうしたらあんた、すぐに行くからって言ってクルマで一晩とばして会いに来てくれた。

160 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:32:58 ID:/9pmyezE0


あたしが住んでいるアパートの前に止まった見知らぬぼろぼろの軽自動車。

地図を片手にあたりをきょろきょろ見回している懐かしい顔。

ベランダからキリンのように首を長くして待ってたあたしは嬉しかった。はだしで飛び出してた。

冷たいコンクリートも、足の裏にまとわり付く砂も気にならない。

そんなあたしに気付くと車を降りて、溜息をつかれてしまった。

口癖が漏れて、ぶつぶつと文句を言うけれど絶対に怒らない、否定しない。

そしてカーナビがないから迷った、と苦笑いを浮かべる。

161 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:33:16 ID:/9pmyezE0


それから2人でおしゃべりをした。

大学に進学してからの2年間の愚痴が立て板に水を流すように飛び出して、一時間も二時間も三時間もしゃべり続けた。

久しぶりの団長と団員の交流。あんたがおごってくれたコーヒーはとても美味しかった。

すぐに会いに来てくれて、わがままもたくさん聞いてくれた。

空っぽだった心を一杯にしてくれて、ガス欠だったあたしの身体から力がわいてきた。

162 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:33:46 ID:/9pmyezE0


そのときに確信したの。あたしにはあんたがいないと駄目なんだって。

1人で何でも出来るけど、1人じゃなにもできない。

喫茶店をでてから、がたぴし鳴る軽自動車で海を見に行った。

磯臭い潮風と、胸を洗うほど冷たい空気。

お世辞でも綺麗じゃない海岸沿いに車を止め二人並んで腰をおろし、しばらく引いては寄せる波をぼんやりと眺めていると涙が出てきた。

こうして時間が流れただけ、こいつと離れてしまう時が近づいてしまう。

163 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:34:08 ID:/9pmyezE0


心の燃料をたくさんくれたのに、あたしの燃費はすこぶる悪い。

また、あんたがいなくなったらすぐにガス欠して、つらくて寂しい日々をすごさなくちゃいけない。

2年我慢した。じゃあ、あと2年がんばれる?出来ない。

3年間あんたと過ごしてたくさんの楽しい思い出と元気を貰って、やっと2年間がんばれた。

もう1週間もがんばれないよ。

164 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:34:31 ID:/9pmyezE0


あんたがいなくなったら、あたしはどうやって元気を出せばいいの?

泣いてるのを気取られないように顔を伏せていたけれど、隠しおおせるわけがない。

すぐに気付かれて、優しい気だるそうな声で心配してくれる。

ずるい奴。普段は無関心を装ってるくせに、美味しいところをちゃっかり頂いて知らん顔。

165 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:34:50 ID:/9pmyezE0


無性に腹が立ったから、バカ呼ばわりした。

威勢を張ってみたけれどきっと迫力なんてなかったと思う。

困った顔をして、座ってる距離を縮めると、そっと肩を抱き寄せてくれた。

正直びっくりした。まさかあんたがそんなことするなんて思ってなかった。

でも、嬉しかった。あたしは特別な存在だって教えてもらえたから。

応えるように体重を預けると、ぶっきらぼうにたった一言で告白してくれた。

そのままの体勢で頷いて応じると、そうか、といつものかったるそうな声を上げて、肩をぽんぽんと叩いてくれたあんたは最高にかっこよかった。

166 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:35:34 ID:/9pmyezE0


そうしてあんたは帰って行った。

アパートに泊って欲しいと懇願しても、頑として断られてあたしは少し傷ついたのよ。

もっとあんたの温もりが欲しかった。あんたの全部を知りたかった。あたしの全部を知って欲しかった。
でも、そういうのはお互いに良くないと怒られた。

こういうときは堅物の哲学者みたいな顔をするから嫌い。

あんたの温もりが恋しいから、あんたの残り香を消さないようにその日は服も着替えずお風呂も入らずに布団に入った。

香りの向こうにあんたはいないけど、香りを通してあんたを感じることが出来た。

167 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:35:55 ID:/9pmyezE0


寂しくないといったらうそになる。でも、さっきまでの世界が闇につつまれたような孤独感とは違う、いつか抜け出せるトンネルのような寂しさに変わっていた。

この長いトンネルを抜ければ、また光が戻ってくる。

そんなうっすらとした希望が、あたしを元気付けてくれた。

それから毎日あんたは電話をかけてくれて、たくさんおしゃべりしてくれた。

168 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:36:17 ID:/9pmyezE0


学校に行っても友達らしい友達がいないあたしのたった一人の話し相手。

一番の親友。

そして最高の彼氏。

あんたのおかげで高校三年間が楽しかった。輝いてた。

あんたがいない大学2年間はつまらなかった。寂しかった。

あんたが一緒にいてくれた残りの2年間は寂しかった。幸せだった。

だから、これからの人生は楽しくて、輝いてる幸せな日々がいい。

169 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:36:44 ID:/9pmyezE0


つまらないのはもう嫌。寂しいのはもっといや。

あたしは素直じゃない。わがままだし、意地っ張り、性格だって穏やかじゃない。

すぐに不機嫌になって、わめき散らして、自分じゃ何も出来ないのに何でも出来ると思い込んでる。

だから、、、こんなあたしを見守ってくれて本当にありがとう。

そして、これからも見守り続けてくれて本当にありがとう。

170 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:37:04 ID:/9pmyezE0


初めに言ったわよね、赤い手ぬぐいの歌。

あの歌詞で、あなたの優しさだけが怖い、って言う箇所がある。

今のあたしはそれ。

あたしは何も怖くない。世界が敵になったって構わない。

でも、あんたの優しさがいつか失われると考えちゃうと怖いの。

その優しさを失うのが怖い。

だからお願い。ずっと優しくして。ずっと傍にいて。

これからもずっと、ずっと

171 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:37:20 ID:/9pmyezE0




ねえ、今あんたは幸せ?


うん、あたしも幸せ


ありがとう


これからもずっと一緒ね


あたりまえよ


これからもっと幸せになるのよ


―――そうよね?キョン…

172 名前: ◆TS8yhAeDPk[] 投稿日:2009/04/15(水) 00:43:10 ID:/9pmyezE0

投了

王道にハルキョン
能力は高校在学中に消失した設定



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:かがみ「ねえハルヒ、最近杏うざくね?」