魅音「レナのお腹……おっきくなってきてるなぁ」


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 09:49:52.58 ID:BI/JMS4R0

一月一日。

目の前には数百枚の年賀状の束。

しかし、私はその中の一枚を握りしめたまま動けなくなってしまった。

魅音「レナのお腹……おっきくなってきてるなぁ」

その年賀状の送り主は前原圭一。

そしてその隣には、なんの違和感もなく「前原礼奈」という四文字が並んでいる。

魅音「あと、三ヶ月くらい……かな?」

何回目だろうか。

私はさっきから同じセリフばかりを繰り返していた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:04:05.84 ID:BI/JMS4R0

蒐「魅音。あんた、何ぼーっとしてんだい」

魅音「うわぁ!」

振り返るとその名の通り鬼の形相をしたお母さんが包丁を片手に腕をまくって私を見下ろしていた。

魅音「ごめんなさい!急いでやるから!」

蒐「まったく、この忙しいのにこんな簡単な作業に時間くって」

蒐「最近ちょっと見るに見かねるわよ?」

蒐「鬼婆さまが今のあんた見たら、一体なんて言うかしらねぇ」

正直、したくもない想像だ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:13:41.98 ID:BI/JMS4R0

魅音「わかった、わかったからさ」

魅音「これ終わらしたらすぐそっち手伝うからさ。向こう戻っててよ」

蒐「なかなか来ないから催促にきたんじゃないかい、まったく。……ん?」

しまった、とおもった瞬間にはもう遅かった。

お母さんの手がその年賀状にのびる。

蒐「…そういうこと、か」

魅音「違うってば!全然違うってば!」

魅音「そういうんじゃなくて……そう、ほら見て、レナのお腹!」

魅音「すごいよねー!なんか人間の神秘を感じちゃうっていうかさー」

蒐「……」

視線が痛い。

なぜ痛いかって、私はその視線に含まれる意図をきちんと理解しているから。

でも、私はそれでも無意味な言い訳を続ける。

半分はお母さん。

そして、もう半分は自分に対しての言い訳を。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:20:25.72 ID:BI/JMS4R0

蒐「……魅音、あんた―」

「蒐さーん、後藤様からお電話がきてまーす」

私が身構えたとたん、タイミングよく勝手口のほうから声が聞こえた。

魅音「…ほら、お母さん。電話だって」

蒐「……ったく」

お母さんは溜息をこぼしながら、年賀状を私に手渡し勝手口に入って行った。

魅音「―なに動揺してるんだ、園崎魅音……」

早く年賀状を仕分けして手伝いに行かないとまたどやされてしまう。

私はその年賀状を「友人」の束に混ぜて、滞っていた作業を再開した。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:27:47.87 ID:BI/JMS4R0

梨花「あけましておめでとうございます」

魅音「お、梨花ちゃん!あけましておめでとー」

魅音「ついでに…おかえりなさい、雛見沢に!」

梨花「やっぱりこっちはちょっと寒いね。はい、これお土産!」

梨花ちゃんはそう言って紙袋差し出す。

中身は……これでもか、というほどの東京バナナだった。

魅音「梨花ちゃん…これはどういうこと?」

梨花「あれ?みぃは東京バナナ嫌いだった?じゃあ、ひよこ饅頭とかのほうがよかったかしら…」

魅音「じゃなくて、あんたが今いるのは京都でしょうが!これはおかしいんじゃない!?」

梨花「ふふ。みぃのその反応を見たくて買ってきたの。ありがとう、温かいお迎え」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:37:07.20 ID:BI/JMS4R0

ほほ笑む梨花ちゃんには、もう少しも少女の面影がなかった。

魅音「なんか、またおっきくなった?梨花ちゃんは合うたんびに成長してる気がするんだよなぁ」

梨花「ふふっ、みぃ会うたびにそれ言うね」

梨花「もう22歳だよ?成長は4年以上も前から止まってるよ」

魅音「そうかなー。絶対おっきくなったと思うんだけどー」

魅音「じゃあ、いこっか。もううちのほうは人集まってるから」

私は助手席の扉を開ける。

梨花「運転はうまくなったの?」

魅音「梨花ちゃんこそ毎年あうたんびにそれきくじゃん」

魅音「まあ、それは乗って直に感じてみてよ」

梨花ちゃんは強張った表情で「じゃあ期待…うーん」とつぶやいた。

まったく失礼極まりない。

私は運転席に座りエンジンをふかした。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:45:50.52 ID:BI/JMS4R0

梨花「じゃあ、今回戻ってこれたのは私だけだったの?」

魅音「うん、そうだよ」

魅音「沙都子はまだ就職が決まってないからって泣きそうな声で電話してきたし」

魅音「詩音と智史も沙都子を置いてくわけにはいかないからって」

魅音「それに……」

梨花「圭一とレナはさすがに今年は無理?」

梨花「うーん、身重だしね」

魅音「それにこっちに実家があるとかならともかく、お父さんも向こうにいるんだから無理してくる必要はないよね…」

少しだけ沈黙が降りる。

梨花「…みぃ、確かに運転うまくなってきたね」

魅音「でしょー?何年乗ってると思ってんのよー」

梨花「…何年乗ればいいんだろうと思ってたんだけどね」


34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 10:52:12.59 ID:BI/JMS4R0

魅音「はい、到着ー!」

梨花「やっぱり、今一歩技術が足りないと思うんだけど…」

助手席から這い出た梨花ちゃんは若干弱っていた。

魅音「えー、そう?そんなことないと思うけどなぁ」

梨花「……。でも、着いた。んー、雛見沢の空気だ!」

んーっと言って梨花ちゃんは思い切り伸びをした。

さっきは否定されたけれど、やっぱりまた大きくなった気がする。

身長とか、あと胸とかじゃなくて、なんていうか、こう……。

魅音「……雛見沢の空気、おいしい?」

梨花「うん!住んでた頃は全然気がつかなかったけど、すごく」

魅音「そっか」

梨花ちゃんはにこりと笑顔を浮かべる。

その笑顔には、かつて少女だった梨花ちゃんの面影があった。

さすがにもうにぱ〜☆とかは言わないけれど。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:00:59.84 ID:BI/JMS4R0

魅音「よし、じゃあ私はなんとかこれを車庫にしまってくるから梨花ちゃんは先に中入ってて」

梨花「なんとかって……。うん、わかった」

バンッと勢いよく助手席のドアをしめて、小走りで門の中に入っていく。

魅音「…変ったよ、梨花ちゃんは」

成長することを変わるって言うのなら…梨花ちゃんはすごく変わった。

四年前に雛見沢を出て行く時、あんなにも不安そうな顔をしていた少女は

たった四年で、まるで別人みたいに変わってしまったのだ。

魅音「みんな……そりゃ変るわ。ははっ」

ガリッ。バックした瞬間にいやな音がした。

魅音「…はい、気にしなーい気にしなーい」



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:10:51.76 ID:BI/JMS4R0

「おお、梨花ちゃま!お帰りなさい!」

「梨花ちゃまお久しぶりじゃけな、なむなむなむ…」

梨花「みんな、ただいま。お変わりなかった?」

玄関をあけると早速梨花ちゃんは村のお年寄りたちに囲まれている。

魅音「ほらほら、みなさん。梨花ちゃんも長旅で疲れてるからここ通してあげてー」

梨花ちゃんの肩に手をおいて声をあげる。

しかし、その手は当人によってゆっくりと下ろされた。



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:11:31.03 ID:BI/JMS4R0

梨花「いいの、みぃ。私もみんなと話したいから」

魅音「でもさ…疲れてないの?」

梨花「うん。全然大丈夫!」

魅音「…そっか」

私がほほ笑むと、梨花ちゃんはそれに対して満面の笑みを返してくれた。

梨花「ありがとう、みぃ」

―ありがとうなのですよ、みぃ―

その声が少女だったころの梨花ちゃんとダブる。

魅音(まったく、どうした園崎魅音)

自分自身を厳しく叱咤して、私は玄関をあがり大勢の人でごった返している居間に向かった。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:22:12.05 ID:BI/JMS4R0

しばらくたって、やっと解放された梨花ちゃんがゆらゆらと私のほうに向かってきた。

梨花「ふぅー…」

魅音「お、梨花ちゃん。解放されたのかい?」

梨花「うん。…さすがにちょっとだけ疲れたかも」

魅音「当たり前だよ。京都からここまで休む暇もなかったんでしょ?」

魅音「ちょっと待ってて。オジサンが食べ物とってきてあげるから」

私は膝に手をついて立ち上がる。

梨花「ふふっ」

魅音「ん、どした梨花ちゃん?」

梨花「うーん。なんでもないの」

ふふ。うふふふ。

梨花ちゃんは口元を押さえて楽しそうに笑っている。

魅音「なんだよー、気になるじゃんよー。なになにー?」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:28:28.66 ID:BI/JMS4R0

梨花「ううん。なんでもないの。ただね…」

魅音「ただ?」

梨花「みぃだけは全然、変わらないなって、思ったの」

―全然、変わらない―

ズキン。

胸が痛んだ。

何気ない言葉だったのはわかっている。

だからこそ、よけいにひどく胸が痛む。

自分で分かっていることだったからこそ…改めて言われると、とても辛い。

魅音「…」

梨花「みぃ?」



52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 11:32:25.77 ID:BI/JMS4R0

何か言葉を返さないと。

そう思うと余計に言葉が出てこなくなる。

でもこのまま黙ってたら、変だし……。

梨花「みぃ?どうした――」

魅音「あ、あっはっはははっはー」

とりあえず笑うことにした。

魅音「あっはは、あはははは。確かに、おじさん変わんないよねー!」

梨花「…?う、うん……?」

魅音「なんていうかそこが特徴みたなところもあるし…あはは。」

魅音「じゃあ、料理とってくるよ」

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 15:29:29.35 ID:BI/JMS4R0

ついでにいくつか疑問の声が上がってるみたいなんで、本文で語らない部分

について一応書いておきます。

まず梨花の口調ですが、あれは故意です。

書いてても違和感ばりばりなんで読む側はもっとひどいでしょう。

でも、普通に考えて、22歳(一応大学生の設定)が

「なのですよ〜。にぱ〜☆」

とかやっていたら気持ち悪いし、

「そうね。あなたの言うとおりかもしれない」

なんて、なんていうか女中二病みたいなしゃべり方してたらいやなんで、
普通のごく一般的な22歳の女の子っぽい感じのしゃべり方にしてます。

でも、書いてていやだったら「なのですよ〜☆」口調になるかも。

あと、他のキャラですがちゃんと登場します。

悟史は元気です。詩音と沙都子と仲良く?やってます。

他の部分は文中で説明することでしょう。

あ、あと結末は先延ばしにしました。
安価に任せるかも…では続き書きます

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 15:38:24.61 ID:BI/JMS4R0

「お、魅音ちゃん!飲んでるかい?」

「全然飲み足りなそうじゃないかー。おい、コップ魅音ちゃんに渡したげてー」

「園崎家の血流をこの老いぼれたちに見せつけておくれよー」

敷居をまたぐと、そこはあの頃の綿流しのお祭りに負けないくらいの大盛況だった。

ぐいぐいと押しつけられるコップを笑顔で差し返しながら溜息をつく。

魅音「ごめんねー、私今梨花ちゃんにご飯とっていってあげなきゃいけないからまたあとで」

「おーう、つれないなー魅音ちゃん。ほら、一杯一杯!」

「なに、梨花ちゃまきとるんの?そりゃめでたい!挨拶せんと!」

「おまえはあの大盛況の中、気づかったんかい。魅音ちゃん梨花ちゃまは―」

魅音「梨花ちゃんもさ、長旅で疲れてるから少し休ませてあげようよ」

魅音「みんなもいくら正月だからってほどほどに…って、花井のおじさんは今アルコール厳禁でしょ!」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 15:45:33.28 ID:BI/JMS4R0

園崎本家の正月はいつもこんな感じだ。

家のもんを完全に開放して、村人全員が好きな時に入り、出て騒ぐ。

ばっちゃの号令によって、御三家の風習が無くなり、園崎家当主という冠が消え去ってからもお正月のお祭りは変わらない。

―いつまで変わらないんだろうな…―

酔っ払いたちをうまくあしらいながら、大皿に大量の料理を載せる。

昔から、盛りつけは得意なのだ。

「魅音ちゃん、ほら一杯一杯ー」

魅音「しょうがないなー。じゃあ、はい」

私は花井のおじさんからグラスを奪いぐっと、日本酒を胃に流し込む。

魅音「後でじっくりこの園崎魅音がお相手して差し上げますからね〜」

空のコップと笑顔を残してその場を去った。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 15:54:20.57 ID:BI/JMS4R0

魅音「はい梨花ちゃん、お待たせー」

梨花「みぃ、ありがとう…って、ほんとに多い……」

梨花ちゃんは自分の肩幅より広い大皿を受取、たじろいだ。

魅音「駄目駄目、育ち盛りなんだからそれくらい食べないと!」

梨花「お正月太りはまぬがれなさそう…」

あはははは。声をあげて笑い、お皿の上の伊達巻を一つつまみ口に放り込む。

魅音「梨花ちゃんは少しやせすぎだよ。もうちょっと肉月が良くなって健康的な方が…」

梨花「みぃ、その常識は昭和中期には撲滅されてたと思うけど…」

笑いながら苦笑いする梨花ちゃんの顔を見つめる。

魅音(あ、なんか違うと思ったらすごく薄く化粧してるんだ)

梨花「…みぃ?どうかしたの?」

魅音「…あ、別にー。ただ、梨花ちゃんお化粧うまくなったな、って」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:03:52.29 ID:BI/JMS4R0

梨花「少なくともみぃよりは上手いよー。もう来年から社会人なんだから、これくらい」

魅音「そっか。来年から社会人か……」

魅音(あの梨花ちゃんがねー…)

『みぃ、圭一はかわいそかわいそなのです』

『にぱー☆』

思い出の中の梨花ちゃんは、いつもにこにこと笑っていて、タヌキで、

たまに大人びた発言をする…小さな少女だった。

それが、社会人か……。

魅音「社会って、すごいよねー……」

梨花「…それって、馬鹿にされてるって受け取ってもいいの?」

魅音「馬鹿にしてるわけじゃないけど……あの、沙都子まで立派に就職先を探してるわけだし」

魅音「思えば詩音も智史もレナも圭ちゃんも、社会に出て働いてるんだよねー…」

梨花「みぃだって、ここで立派に働いてるじゃない」



146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:13:14.10 ID:BI/JMS4R0

魅音「え、私!?いや、私のは働いてるうちに入んないでしょ」

魅音「仕事って言っても、なんか中学生の頃から当然のようにやってたことの延長だし」

魅音「それにほとんど雛見沢からも出なくていいし、それに私は……」

梨花「みい」

私の言葉を梨花ちゃんがさえぎる。

梨花「それは、みぃ以外の誰にできる仕事なの?」

魅音「それは…。え…っと、誰にでもできるんじゃない?」

梨花「そんなこと絶対ない。今、みぃがやってることはみぃにしかできないことだよ」

梨花「雛見沢中…ううん、世界中探したってみぃにしかできない仕事」

魅音(そんなこと、ないよ。だって、私は……)

梨花「三年前…お魎が亡くなった時。正直言って、みんなすごく不安になったと思う」

魅音「…まあ、ばっちゃはねぇ」

梨花「そう。いくら御三家の風習を断つって言っても、やっぱり村のみんなは園崎家当主には信頼を寄せていたと思うの」

魅音「うん、それはわかるよ」

じゃなきゃ、ある個人の屋敷にこんな大人数が集まったりしない。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:22:12.40 ID:BI/JMS4R0

魅音「でもさ、それは結局ばっちゃの威光で、私自身の力じゃ……」

蒐「おや、あんたたちこんなさみしいところで二人なにやってるんだい?」

後ろを振り向くと、ひと段落したのかさっきよりは落ち着いた表情のお母さんが立っていた。

梨花「あ、蒐。お久しぶりです。あけましておめでとうございます」

蒐「梨花ちゃん、あけましておめでとう。京都からはいつ来たんだい?」

梨花「今日の始発で出てきたの」

蒐「そうかいそうかい。来年からは忙しくなるんだろう?今年はゆっくりしておいきね」

梨花「もちろんそのつもり。やっぱり雛見沢は――」

お母さんと梨花ちゃんの会話を聞きながら、私は立ち上がるタイミングを見計らっていた。

魅音(今、この二人と三人でしゃべると会話があらぬ方向に飛んでいきそうだし…)

ゆっくりと膝に手をつき、後ずさりしながら半立ちになる。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:29:29.97 ID:BI/JMS4R0

梨花「―あ、蒐」

蒐「ん、なんだい?」

梨花「今日、ここに泊って行ってもいい?」

梨花ちゃんの視線が突然お母さんから私の方に向く。

蒐「おー、おー、全然構わないよー。最近ふぬけっぱなしのこいつの相手でもしてやっておくれよ」

続いてお母さん眼光も光る。

葛西さんが酔うといつも口にする

『私がにらみ合いに負けたのはたった一度。蒐さん相手にたった一度だけです』

という言葉がまざまざと実感される。

私は蛇に睨まれた蛙状態になった。

蒐「あんた、梨花ちゃんの前でまでそんなふぬけた面見せて恥ずかしくないのかい?」

魅音「あたしは別にふぬけてなんか……」

蒐「目を見て言いな!」

魅音「ひぃ!ご、ごめんなさい…」

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:37:19.04 ID:BI/JMS4R0

梨花「蒐…。それくらいにしてあげ―」

蒐「いいや、梨花ちゃん。悪いけどちょっと言わせてもらうよ」

蒐「魅音!あんたいつまでそうやってるつもりなんだい!」

蒐「三ヶ月間、あたしゃ静観してきたよ。でも、もう限界さ。なんなんだい、今のあんたは!」

魅音「お母さん、今は梨花ちゃんもいるし……」

蒐「逃げようったってそうはいかないよ。ごめんね、梨花ちゃん。ちょっとだけ、いいかい?」

梨花「わかった。私も…今のみぃはよくないと思うから――」

逃げ場所をなくされた私は、無意識に半立ちから正坐へと体勢を変えていた。


162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:44:36.01 ID:BI/JMS4R0

蒐「率直に言うよ。あたしは恥ずかしいよ。たかだか男を取られたくらいで一か月も二か月も三ヶ月もうだうだうだうだうだうだ…」

蒐「あんた、このまま一生そうやっているつもりかい!!」

魅音「取られたって、そんなんじゃ……ない…」

蒐「そんなじゃない?じゃあ、どんなんだい!言ってみな!」

蒐「あんたがこうなったのは、圭一君と礼奈ちゃんの結婚式に行った後からだろう?違うかい?」

私は歯を食いしばる。

必死に、今にもこぼれそうな涙をこらえた。

魅音「違う、違う…そんなじゃない……」

蒐「……っ!あんたっ―」

魅音「だって、圭ちゃんは…元からレナのもので…あたしのものになんて…一度もなったことない―」

梨花「みぃ……」

魅音「それに……圭ちゃんだってレナといるほうが幸せに決まってて…レナも幸せで……」

魅音「雛見沢に残るあたしは、二人やみんなが幸せならそれで……、それを願うしか……」

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:54:29.36 ID:BI/JMS4R0

バチーーーン。

破裂音と同時に世界が回転する。

魅音(え…?なに……?)

ドンッ!

体が床にたたきつけられた。

少し遅れて気がつく。

あたしはお母さんにはたかれたのだ。

蒐「こっちに来な!!」

魅音「…え?……え?」

襟首を思い切りつかまれて、廊下をずるずると引きずられる。

魅音「お母さん!痛い…痛いよ!」

蒐「黙りな!あんたは今すぐ謝らなきゃいけない人がいるだろう!?」

バンッ!

激しい音をたててふすまが開く。一回の一番奥の部屋。今はもう、誰も使ってない部屋。

その奥には大きな仏壇があり、ばっちゃのしかめつらをした写真が私のことを見下ろしていた。

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 16:57:36.48 ID:BI/JMS4R0

うお、マジっすか。沙都子・梨花は10歳だとおもって計算してた……

すいません、じゃあ、沙都子梨花ちゃん当時九歳ってことで、魅音28歳でおねがいします。

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:01:23.88 ID:BI/JMS4R0

蒐「さあ、謝りな!」

魅音「…なんで―」

蒐「それがわからないほど今のあんたは腐っちまってるのかい!?」

お母さんの声が部屋の中で反響する。

どなられて、泣き面をした……無様な元次期党首をばっちゃは何も言わず見下ろしていた。

蒐「…あんた、さっき自分がここに残るしかなかったみたいな言い方したねぇ?」

蒐「ばっちゃがなんで御三家の風習をやめて、園崎家当主の権利を取っ払ったか、わからないのかい!?」

魅音「……」

バシン。また頭を殴られる。

でも、そこは痛くなかった。

体の痛みより……心のほうがずっと痛かった。

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:09:12.24 ID:BI/JMS4R0

魅音「ごめんなさい…」

私は俯いたまま呟いた。

魅音「ごめんなさい、ごめんなさい……」

蒐「あんた……っ!」

梨花「蒐、それくらいで…。これ以上今言っても意味ないよ…」

蒐「……」

お母さんは何も言わなかった。

何も言わずに黙って私を見下ろし…黙って部屋から出て行った。

梨花「みぃ…」

魅音「…あたしだってわかってるよ。自分が馬鹿だって。全部自分のせいだって」

魅音「でも、こうするしかなかったのよ。あたしは、こうするしか…」



181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:13:52.12 ID:BI/JMS4R0

梨花「…みぃ。ちょっと、外にでない?」

魅音「……」

梨花「家の中で、そんな顔してられないでしょ?園崎魅音は雛見沢の看板なんだから」

梨花「ね、行こう?」

魅音「…うん、そうだね」

私は差しのべられた梨花ちゃんの手をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。

頬に触れる。涙は流れていないようで、安心する。

私たちは裏口から外に出た。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:21:43.26 ID:BI/JMS4R0

梨花「この間、沙都子がうちに遊びに来たんだけどね―」

梨花「京都は、夏は熱くて冬は寒くて――」

梨花「なんか、今になって雛見沢の写真をたくさん撮ってた富竹の気持ちがわかるな―」

梨花ちゃんは、気を使ってか殊更明るくふるまい、たくさんの話をしてくれた。

私はまだぼんやりとした心地でその言葉に相槌を打っていた。

梨花「みぃ、こっちこっち」

魅音「ところで梨花ちゃん。どこに向かおうとしてるの?」

梨花「そのうちわかるよ。たぶん、すぐ」

テクテクテク。私の前を楽しそうに笑いながら歩く梨花ちゃん。

詩音も沙都子も悟史も、レナも圭ちゃんも……。

みんなこんな表情で、日々を過ごしているのだろうか。

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:27:58.77 ID:BI/JMS4R0

魅音(でも、しょうがないじゃない)

魅音(私は自分でこの道を選んだ)

魅音(こっちの分岐点を選んだ。だから――)

梨花「みぃ、こっちだよー」

魅音「あー、うん。ってこっちは……」

すぐ先のほうに旗のはためきが見える。

梨花「うん、そう。古手神社」

パタパタパタパタ。

最近めった来ることもなくなった、灰色の石段を梨花ちゃんは音を立てて登っていく。

魅音「ちょ、梨花ちゃん!待ってよー」

梨花「あははは、もうみぃになんか負けないよー」

魅音「何をー!待てーー」

小走りで会談を駆け抜けて、境内に躍り出る。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:35:00.55 ID:BI/JMS4R0

梨花「ここも手入れされてなくて汚いね…」

確かに境内は枯れ葉やカラスの羽が落ち放題だは、子供たちの遊んだあとが残り放題だわで汚かった。

魅音「公吉のおじさま、最近腰痛がひどいらしいからね。一応係決めたんだけど、まったくもう」

梨花「公吉ももう年なのですよ」

魅音「そうそう、年々…ってあれ?」

梨花「…ちょっと、昔の話し方出ちゃった」

そう言って梨花ちゃんは恥ずかしそうにほほを染めた。

魅音(かわいい…)

魅音「あはははは。いい、いい!梨花ちゃん、それやっぱすごいかわいいよー!」

梨花「うー、馬鹿にされてる。もう完全に抜けたと思ってたのに…」

悔しそうにうつむいてほほを真っ赤にしている。

その姿は、どんな言葉よりも今の私をほっとさせた。

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:40:38.50 ID:BI/JMS4R0

魅音「梨花ちゃんもまだそういうとこあるんだねー。あはは」

梨花「私だってまだ、22の小娘だもん」

梨花ちゃんはほほを赤らめたまま涼しく微笑んむ。

梨花「それに、みぃ。人間、そんなには変わらないよ?」

魅音「えー、そうかな?」

梨花「うん、そう。1000年百年間付き合ったけど、全然変わらなかった奴だっているもん」

魅音「100年!?なんだそりゃ!」

梨花「ふふ。大切な友達の話。本当はみぃもみんなも知ってるけど…もうしらない奴の話」

魅音「……?」

梨花「よし、ついた!…ずいぶん錆びついてるけど、開くかな…?」

梨花ちゃんは祭具伝の扉の前に立ち、ポケットから大きなカギを取り出した。

そして、それを錆びついた錠前に差し込む。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:44:15.97 ID:BI/JMS4R0

魅音「ねえ、ちょっと梨花ちゃん!ここって……」

梨花「みぃ、大丈夫だよ。私が一緒に入れば誰に怒られることもないし…たたりなんてもう起きっこないんだから」

梨花ちゃんはうんしょっと言いながら頑丈な鉄扉を開けて、するりと中に入っていく。

魅音「祟りは起きないって……ちょっとー」

多少の…いや、結構な不安を残しながら私もそのあとに続いた。

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:52:37.40 ID:BI/JMS4R0

祭具殿の中は薄暗く、3メートル近く上にある窓からしか光が差し込まなかった。

魅音「梨花ちゃん、さっきからなに探してるの?」

梨花「ちょっと、待ってね。大事なものだから大切に保管して……あった!」

祭具殿の隅の方で、ずっとがちゃがちゃと何かを探していた梨花ちゃんは筆箱みたいなケースを片手に戻ってきた。

梨花「これをね、探していたの」

カパッ。蓋が開くと中にはビー玉っぽいのが二つ丁寧にしまわれていた。

魅音「なに……これ?」

梨花「これはね、雛見沢に伝わる宝具なの。かつて、オヤシロさまが作った」

魅音「はいっ!?何それ!?」

梨花ちゃんの口から発せられた言葉に驚く。

何だろう?ここまで用意周到にして人をからかうなんて、沙都子だってしないだろうに…。

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 17:57:16.60 ID:BI/JMS4R0

梨花「私は別にみぃをからかおうとして、ここに連れてきたんじゃないよ?」

魅音「でも、そんな話中学生の頃だって信じなかっただろうし―!?」

魅音(あれ?なんだろう……?)

私は、もう一度よく、そのビー玉みたいなものを凝視する。

魅音(これ、どこかで見たような……)

ぼんやりと声が蘇る。

シンと静まり返った……そう、ここ。祭具殿の中に、普段はあぅあぅばっかり言っている弱気なこの

強く、胸に直接響くような、優しい声が蘇る。

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 18:05:21.47 ID:BI/JMS4R0

???「みんな、この球をよく見てください」

???「この球は心実の球という名前の宝具なのです」

???「これをゆっくり見つめて、そして僕の言葉に耳を傾けてください」

???「きっと最後まで聞き終わった頃……もうみんなは元のみんなじゃないと思うのです」

???「でも、それが本当の正しい世界。みんなが歩いて行くべき世界なのです」

???「でも、僕も、あの病も本来は現実にあってはならないものなのです」

???「だから、もし悲しい衝動に襲われても、それに涙を流さないで」

???「僕はみんなと過ごせて、とても幸せでした」

???「あなたたち全員の幸せを、心から願います」

???「じゃあ、みなさんお元気で……なのです!」


212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 18:12:45.61 ID:BI/JMS4R0

魅音「羽入!!!」

魅音「そうだ、羽入!!ねえ、梨花ちゃん、羽入はどうしたの!?」

魅音「なんで……なんで今まで羽入のこと忘れてたの……?」

梨花「それが、羽入の望みだった……から」

私は突然よみがえった記憶に狼狽する。

そんな私をみて梨花ちゃんはせつないような、うれしいような複雑な表情を浮かべた。

梨花「あの日羽入は心実の球という宝具を使って、みんなのある記憶を忘れさせたの」

梨花「みぃ、雛見沢症候群のことは覚えてる?」

魅音「う…う、うん。あのみんなが疑心暗鬼になっちゃうって病気でしょ?」

梨花「そう、それ。じゃあ、鷹野や小此木たちと戦ったことは思い出した?」

魅音「うん、それも思い出した……。なんで?なんでこんな重要な記憶ばっかり抜け落ちてるの?」

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 18:23:46.09 ID:BI/JMS4R0

魅音「そうだ!雛見沢症候群っていうのは?なんか村を出たらやばいとかって……」

梨花「雛見沢症候群はもう完全に撲滅したわ。十年前くらいに、村全体で入江診療所の感染病予防注射って受けたの覚えてる?」

魅音「あ、そういえば……なんか入江先生個人の家一軒一軒周って注射打ってたよね。覚えてる覚えてる!」

梨花「あれが雛見沢症候群を撲滅する薬。だからもう雛見沢に風土病は存在しないわ」

魅音「そう……なんだ……」

戻ってくる記憶と入ってくる情報に頭がついていかない。

魅音(しばらく頭脳労働ってやってないしな……それどころか考えることから逃げてばっかで)

魅音「……どうして羽入は私たちからその記憶を消したの?」

梨花「僕にも詳しくは教えてくれなかったのですが……罪悪感が消えないって言っていたのです」

魅音「罪悪感…?」

梨花「そうなのです。あと最後にひとこと「もう、あなたたちはゲームの駒じゃないのですよ」って…」

魅音「どういうことなのかしら……」

梨花「僕にもわからないのですよ」



220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 18:33:15.39 ID:BI/JMS4R0

レナ「…圭一君。私たちの出番なかなか来ないね」

圭一「作者は出すつもりあんのかよ、まったく……」

沙都子「魅音さんが主役っぽいのはわかりましたが、なんで梨花だけ特別扱いなんですのーー!」

詩音「まあまあ沙都子。沙都子の就職が決まっていないじゃしょうがないんじゃないですか」

悟史「そうだよ、沙都子。出番があることを信じて気長に待とうよ」

沙都子「うー、そうですわね…。私ももう、設定上22歳らしいですし」

圭一「俺たちなんて27歳―おい、みんな!ちょっと見てみろよ!」

レナ「あーー!!作者さん、もしかしてレポートなんか書くつもりなのかな?かな?」

詩音「ちょっと、どうなってるんですか?ねえ、ちょっと、聞いてるんですか?」

沙都子「ひどいですの!これは裏切り行為ですのーーー!」

ごめんなさごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
三時間くらいで書き終わると思うので終わったら再開します……。
もし気がむいたら保守しておいてやってください……。

284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:14:36.92 ID:BI/JMS4R0

魅音(わからないですよ、か。……あれ?)

梨花「ただ僕にわかるのは、羽入が満足してこの世界から消えていった。その事実だけなのですよ」

魅音「あー、やっぱり!」

梨花「みー、なんなのですか?」

魅音「梨花ちゃん。完全に口調戻っちゃってるよ?」

梨花「みー?…あ」

その瞬間梨花ちゃんの顔が、暗がりの中でもわかるほど上気していく。

魅音「なんか自然過ぎて気付かなかった!あはははは、やっぱりそっちの方が似合ってるよー」

梨花「こ、これはえーっと…だって、この部屋にいるとなんとなく昔に戻った気がして……」

魅音「あー、わかるわかる。なんかあの頃……毎日毎日みんなで部活してあそんだ、あの頃に戻ったみたい」

あはははは。笑い声が祭具殿の中に響きわたる。

もうこの暗い空間にうす気味悪さはなく、それどころか雛見沢中のどこよりも落ち着ける場所な気がした。

285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:23:30.15 ID:BI/JMS4R0

梨花「みぃが空気を読まないせいで、せっかくのシリアスな空気が壊れちゃったじゃない」

魅音「あはは、ごめんごめん。それで……あたしは羽入のことも、雛見沢症候群のことも、鷹野のことも思い出しちゃったけど…いいの?」

梨花「それは問題ないので……ないの」

魅音「あ、無理しなくていいよ?」

ぎろりと睨まれたので、口をつぐむ。

梨花「…たぶん、みぃの記憶が蘇ってるのはこの他の二つの宝具と、祭具殿っていう空間のせいだと思う」

梨花「だから、ここをでたら…またみぃは全部忘れると思う。雛見沢症候群のことも、鷹野たちのことも…羽入のことも」

魅音「そっか……。でも、仕方ないんだよね?それが羽入の望んだことなら…あ」

魅音(あれ?でも……)

魅音「でも、梨花ちゃんは羽入のこと覚えてたんだよね?」

梨花「うん。私は、羽入のことを忘れなかった。だって私あの時……」

梨花ちゃんは黙って、空いている右手で耳をふさぐジェスチャをした。

魅音「あ、そうだったんだ…。だから、梨花ちゃんはそのあとの顛末全部知ってるわけね」

287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:33:05.47 ID:BI/JMS4R0

梨花「雛見沢の真実を、誰か一人くらい覚えていてもいいと思ったの」

梨花「それに……羽入との歴史を全部、なかったものになんてしたくなかったし……」

魅音「梨花ちゃんは羽入と仲良しだったもんね…」

ついさっきまで何十年も忘れていたことが、昨日のように思い出せた。

いつもじゃれあい、ふざけあっていた梨花ちゃんと沙都子。

そしてそれに毎回のように巻き込まれる羽入。

最終的にはレナが止めてたっけな。いや、加担することもあったような…。

詩音は……なんかあいつの場合思い出したくない思い出ばっかりな気がする。

悟史が帰ってきてからは恐ろしいほど丸くなったけどね。

そんで圭ちゃんは、なんだかんだいっていっつもやられ役。

やられ役のくせにいっつも楽しそうにしてて、でもたまにすごい頼りになって、

面白くて、優しくて、かっこよくて……。

私は……

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:40:47.43 ID:BI/JMS4R0

魅音「……部活メンバー全員集合、か―」

口の中だけで呟いたつもりでいたけれど、まっすぐ私の眼を見つめる梨花ちゃんにはなんだか見透かされている気がした。

魅音「そんで、梨花ちゃんはどうして私をここに連れてきたの?」

魅音「雛見沢に残ってる私くらいは……羽入のこと覚えてていいと思った?」

梨花「みー…違うのです。それも少しだけありましたけど…ここをでたら結局忘れてしまうのです」

魅音「じゃあ、なんで?ただの気まぐれ?」

梨花「なんか昔のみぃ戻ってきた感じがするのです」

魅音「え!?どこら辺が?」

梨花「それは、みぃが自分で気づかなきゃいけないことなのです。そのためのこれなのですよ」

梨花ちゃんはさっきから握っていたその「宝具」というやつを改めて差し出す。

魅音「さっきの記憶を忘れさせるっていう、あの……」

梨花「みー、違うのです。これは心実の球はあの時消えてなくなったのですよ」

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:47:42.11 ID:BI/JMS4R0

魅音「じゃあ、この二つは?」

梨花「この二つはそれぞれ違う効力がある球なのですよ」

梨花「羽入が消えてしまう前に僕に託していったのですよ」

梨花「みぃに、このうちの片方を使ってもらおうと思って出したのです」

魅音「え、私に!?」

魅音「でも……これも使ったらなくなっちゃうんじゃないの?」

梨花「ご明察なのですよ」

私はケースの中におさまったビー玉のようなものを見つめる。。

魅音「でも……これって羽入との思い出が詰まってるんでしょ?使ってなくなっちゃったら……」

梨花「大丈夫なのです。羽入もきっと使うべき人に使われることを望んでいるのですよ」

魅音「使うべき人……ねえ」

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 22:53:51.05 ID:BI/JMS4R0

梨花「みい」

魅音「ん、なに?」

梨花「今から僕はみぃにとってきっと辛いことを言いますです。…いいですか?」

魅音「辛いこと……?」

梨花「はいなのです。自分でもわかってて、でも認めたくない。そういう風にみぃが考えていることを言いますです。…いいですか?」

梨花ちゃんの眼は真剣だった。

私はその視線に少したじろぐ。でも……すぐに、ぴんと姿勢をただす。

魅音「梨花ちゃん、あたしを誰だと思ってるんだい?」

梨花「みー?」

魅音「天下無敵の部活メンバーの総取り、泣く子は黙る、拳銃すら恐れない雛見沢分校の女帝園崎魅音だよ?」

魅音「仲間の忠告が怖いなんて言ったら、みんなに笑われるってもんよ!」

梨花「みー。今の魅音なら何も心配はないのですよ……」

魅音「ん、なんか言った?」

梨花「…なんでもないのですよ」

301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:04:41.85 ID:BI/JMS4R0

梨花「じゃあ、言ますですよ?」

魅音「うん、いいよ!」

梨花「みぃは……現実から逃げてばかりいるのです」

魅音(…現実?)

梨花「表向きは今までと何も変りなく、普通に生活してる。でも、意識はいつも現実とは違うところにあるのです」

魅音「…どういうこと?」

梨花「わからないのですか?」

魅音「……」

私は口を噤んだ。

梨花「みぃは、三か月前の圭一とレナの結婚式のひからすでに少しおかしかったのです」

魅音「なんでよ!私ちゃんと二人を……」

梨花「確かに拍手はしてた。歌も歌ってた。笑ってた。最後には泣いてた。とてもうれしそうな顔をして」

魅音「ほら…!あたしちゃんと…」

梨花「でも、それが通じるのは他人だけ…なのですよ?」

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:13:31.92 ID:BI/JMS4R0

魅音「…そんなんじゃ……」

魅音(そんなんじゃない……)

梨花「ちょっと強く言いすぎました。ごめんなさいなのです」

梨花「でも、沙都子も詩音も悟史も、みんなみぃのこと心配してたのですよ?」

魅音「……」

魅音(心配……してた?)

魅音「…来てくれなかったじゃん」

魅音「心配してるくらいなら、正月くらい顔を見せてくれてもいいでしょ!?」

魅音「詩音も沙都子も悟史も……来てくれてないじゃん!」

私は思わず声を荒げて、そう言っていた。

結局来てくれなかった。私のことを心配してくれるなら……ほかならぬ双子の妹くらい来てくれてもよかったのに!!

梨花「みー……。じゃあ、みぃの方から向こうに行くっていう選択肢はなかったのですか?」

魅音「……えっ?」

梨花ちゃんの突然の一言に私は驚く。

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:21:23.64 ID:BI/JMS4R0

梨花「みぃの方から、圭一とレナには会いづらいにしても、しぃたちには会いに行ってもよかったんじゃないのですか?」

魅音(だって……それは……)

魅音「だ、だってあたしは、家の準備とかあったし、正月は色々立て込むからあたしが抜けるわけには……」

梨花「……それ、蒐が言ったのですか?」

魅音「……え?」

梨花「誰かにいわれたのですか?みぃに行くなって。否定されたのですか?」

魅音(否定なんて……)

梨花「……みぃが本当に自力で答えを出せないなら、僕が答えを言ってあげるのです」

魅音(……答え?)

梨花「みぃは、言い訳がなくなるのが怖いのです」

梨花「現実と向き合って過去を肯定するのがいやなのですよ」

313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:27:33.12 ID:BI/JMS4R0

魅音「ん?みぃに行くなって否定されたって、どういうこと?」

梨花「みー、間違えたのです……。みぃに行くなって、誰かが言ったのですか?が本当なのです」

沙都子「ちょっと間違いが多くなってるんじゃありませんこと?」

入江「あんまり間違えると、僕が沙都子ちゃんにおしおきしちゃいますよ〜〜!?」


気を付けますorz

319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:38:55.58 ID:BI/JMS4R0

魅音「そんなんじゃ……」

梨花「みぃ……。後悔はどれだけ深く、その奥を覗きこもうとしても結局は過去なのですよ?」

魅音「……て」

梨花「その事実から今のみぃは目をそむけてばかりいる」

魅音「…めて」

梨花「今の自分の不幸を全部「雛見沢の園崎魅音」を選んだ過去のせいにしても、結局なにも―」

魅音「もうやめてよーーーー!!!!!!」

私は耳を塞ぎ、全ての音を遮断するために可能な限りの大声を出す。

しかし声は一瞬にして残響すらなくなって、あとには叫んでしまったことへのバツの悪さだけが残った。

魅音「ごめん……梨花ちゃん。あんな偉そうなこと言っておいて…」

梨花「僕のほうこそごめんなさいなのです…。辛いのは魅音だってことはちゃんと僕たちみんな、わかってるのです」

魅音「圭ちゃんは……?」

魅音「圭ちゃんと、レナは……?」

梨花「……」

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/13(火) 23:49:04.30 ID:BI/JMS4R0

補正
魅音「あ……」

私は無意識に、大きな失言をしてしまったことに気づいた。

魅音「あ、ごめん、なんでもないの、忘れて……」

梨花「…みぃ」

魅音「うん、確かに梨花ちゃんの言う通りだよ。すっごい、図星!おじさん、ちょっとくらっときちゃったかなー」

魅音「そうだね……今の私は、そうかもしれない。言われてみて、わかった気がするよ」

魅音「……現実と向き合うか…。昔から現実ばっかり見てきたつもりでいたんだけどなー」

たははーと、私はとぼけた笑いを浮かべて、頭をかいてみる。

梨花「……」

魅音(やっぱり、わかっちゃうんだよなー)

梨花ちゃんの真剣な目を見て私は笑顔を崩した。

そうだった。長い間一人でいたから……忘れてしまっていた。

私たちは、あの日々の中で育んできた関係は、そんな浅いものじゃなかった。

それだけは、ずっと信じてきたじゃない。

じゃあ、今、なんで私はこんなに……。

326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:00:04.88 ID:nN6WtLwP0

梨花「みぃ。本当にまた現実と向き合おうと心から思いますですか?」

梨花ちゃんは私の心を見透かすように優しくそう言って、そっとやさしく…くしゃくしゃと頭をなでた。

魅音「やめてよー、梨花ちゃん。恥ずかしいー…」

梨花「みー。なんで恥ずかしいのですか?」

魅音「えー…?はは、なんでだろうね……」

なでなで。梨花ちゃんは私の意向を無視してしばらくの間私の頭をなでていた。

梨花「みぃ。もう一度聞きますです」

梨花「本当に、また現実と向き合おうと心から思いますですか?」

魅音(現実と……)

現実と向き合うって、なんだろう。

現実。その言葉を思い浮かべるたびに圭ちゃんの顔が頭に浮かぶ。

魅音「現実と向き合って…現実と戦って、どうなるのかなぁ。あはは」

自虐的に笑ってしまう。この際だ、とことん自分に正直になってみよう。

私にとって今の現実は圭ちゃんがいない世界のこと。

現実と戦うってことは……圭ちゃんとレナの幸せを奪うということ。

331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:06:38.69 ID:nN6WtLwP0

魅音(そんなこと……私はのぞんでないもの……)

梨花「みー?ちがうのですよ、みぃ」

魅音「違うって……何が?」

梨花「向き合うっていうのは、戦うことじゃないのですよ」

梨花「逃げずに……きちんと受け止めるってこと、なのですよ。過去も、今も、未来も」

梨花ちゃんはいつのまにか私の頭から話した手で、宝具の片方をつまむ。

そして、私の目の前にかざした。

梨花「これは夢実の球という宝具なのです」

魅音「ムジツ?」

梨花「夢に実ると書いて夢実なのです」

梨花「みー。この球を握ってくださいなのです」

梨花ちゃんは私の掌を広げると、ビー玉状のそれをちょこんと乗せる。

私は力を込めないように、ゆっくりそれを握った。

335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:18:04.22 ID:nN6WtLwP0

梨花「その球は一度だけ……自分の最も望むIFの世界を見せてくれるのです」

魅音「…イフ?」

梨花「はいなのです。夢の中の時間で一日から一週間、現実の時間で数時間そのIFの世界に行くことができるのです」

梨花「みぃは今、選ばなかった…選べなかった過去を後悔してるのです」

梨花「だから……夢の中でそれを経験してきてください、なのです」

魅音「でも……それって、夢なんでしょ、結局?」

梨花「そう、夢です。そこがどんなに素敵な世界でも、どんなに卑劣な世界でも結局は現実ではない幻の世界なのです」

魅音「そんなの……」

梨花「確かに、意味はないように思うかも知れません。でも、今のみぃには……そのIFの世界を見ることがとても必要なことだって、そう思うのですよ」

梨花ちゃんの掌が私のこぶしを優しく包む。

梨花「みぃ。……それでも、あまり気は乗らないですか?」

340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:26:19.29 ID:nN6WtLwP0

梨花ちゃんの質問に私は小さく首を振った。

魅音「ありがとう、りかちゃん。…頼りにならない部長でごめんね」

魅音「あたし、みてくるよ。そんで、自分と向き合ってくる」

魅音「今自分がどうしたいのか、どうするべきなのか。ちゃんと、答えを知りたいから」

梨花「みぃ……。よかったのです。じゃあ、目を閉じて……」

うなずき、私はゆっくりと瞳を閉じた。

かりそめの闇が広がる。

梨花「……みぃ。じゃあ私が手を離したら静かにこころの中でこう唱えてくださいなのです」

梨花「もしも、もしも、もしも……」

梨花「心をこめて唱えれば夢見の球がみぃの本当の声を聞いて、本心から求めるIFの世界に連れていってくれるのです」

魅音「うん……わかったよ」

346 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:32:42.64 ID:nN6WtLwP0

梨花「みぃ。人間は自分にたくさんのうそをつきながら生きていきます」

梨花「でも、「心」だけは誰もだますことが出来ないのです」

梨花「だから、たどり着いた先がどんな世界でもきちんと向き合って」

梨花「そんな世界に導いた自分の心を責めることだけはしないで…………――」

梨花ちゃんの手がそっと離れる。

私は心の中で静かに語りかける。

もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも……

もしももしももしももしももしももしももしも……

もしも。







―――もしも、レナがこの世界にいなかったら

358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 00:41:44.52 ID:nN6WtLwP0

レナ「ねえ、圭一君!ちょっとこの展開はあんまりなんじゃないかなぁ…。かなぁ!?」

圭一「うお、レナ!俺にやつあたりはやめろ…ってかなたを降ろせーーー!!!」

レナ「ここまで出番が一度もない上にこの仕打ち……こんなひどい仕打ちあんまりだよ〜!」

沙都子「まあまあレナさん、いいじゃありませんの。物語の中じゃ圭一さんとラブラブ、幸せそうじゃありませんこと?」

詩音「うふふ、そうですねー。圭レナ、サトシオンの二組にはとてもはっぴーな展開じゃありませんか〜」

悟史「サトシオンはやめようよ……」

レナ「でもでもでもー。うー、あんまりだよ〜…」

時報「僕は富竹。フリーのカメラマン――」

レナ「うるさいんだよーーー!!」

時報「へぇあ…?うわーーーっ!!!」

時報が鳴ったので、ちょっとレポートを済ませてきます。
きっと戻ってくるので……もしよかったら、保守よろしくお願いしますorz

403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 03:55:37.11 ID:nN6WtLwP0

長らくお待たせしました!レポート終わりました!

ではでは、睡魔に強襲されるまで頑張りたいと思います。

保守してくれた方、ありがとうございます。励みになります!

408 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:05:22.91 ID:nN6WtLwP0

――ん……?

薄く眼を開くと、外の世界は刺すような日差しだった。

私はあわてて目を閉じる。

魅音(眩しい……)

布団にくるまり、その中でゆっくり瞼をあげる。

布団をすかすほどの強い日差しが部屋の中に満ちている。

魅音(あー、今日はすごい晴れだー)

おそるおそる蒲団から頭を出す。

日差しは相変わらず強かったけれど、だんだんと網膜が外の世界になじんできていた。

魅音(あれ……?ここ、どこだろう…?)

布団の外の景色を改めてきょろきょろと見渡す。

どうも見慣れない風景…というより、ベットに寝ている時点で園崎家でないことは確かだった。

409 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:10:17.38 ID:nN6WtLwP0

魅音(あれ?詩音の部屋に泊まりに来てたんだっけ……?)

???「この指とまれ、あたしの指に〜っとー」

ガラス扉一枚隔てた部屋から誰か人の声が聞こえる。

???「ひぐらしのーなーくー、開かずの森に〜っと」

その声は、私があきるほど聞いてそして、飽きるほど求めた、その人の声だった。

???「後もどーりーは、もう出来ない〜っと、はい、完成!」

魅音(……っ!!)

私はベッドから跳ね返るように起き上がる。

そして、勢いよく飛び降りてその薄いガラス戸を割ってやるぐらいの心持で、開けた。

魅音「圭ちゃん!!!!!!」

圭一「うおっ、なんだなんだ、朝から!?」

412 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:15:55.48 ID:nN6WtLwP0

そこに立っていたのは間違いなく……圭ちゃんだった。

私の一番幸せだった時期―あの数年間を一緒に過ごした、私にとって大切な人が呆けた顔をしてそこに立っていた。

魅音「……圭ちゃん」

圭一「おう、おはよう魅音。今日は朝から元気だなー」

魅音「……っ。圭ちゃーん……」

話したいことがたくさんあった。伝えたいことがたくさんあった。

でも、情けないことに私はただ立ち尽くして、名前を繰り返しつぶやくことしかできなかった。

圭一「どうしたー、魅音。寝ぼけてんのかー?」

魅音「ね……寝ぼけてなんか、ないよー…」

圭一「おーそうかそうか。とりあえず朝飯できたからよ。その…」

圭一「まず服を着ようぜ。せめて下着くらいは一応な。ここ日本だし」

魅音(……ん?)

416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:24:00.77 ID:nN6WtLwP0

圭ちゃんの言葉に私は自分の体を見下ろす。

魅音(……)

圭一「なんつーか、こう、今のこの情景は……お、絵になる―」

魅音「いっやーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

頭の中が一瞬真白になる。意識が回復すると、私はベットの上で布団にくるまっていた。

魅音「わー……なに?なになになになに、なにこの状況はーーーー!?」

布団の中で声を押さえながら叫ぶ。

今更になって気づくがすごく体がスースーする。こんなに自由な格好でいるなんて、自我が芽生えてからはほとんどなかった気がする。

圭一「あの、魅音さん……?」

魅音「わぁーわぁーーーーー!!!!圭ちゃんちょっと待って!来ないで!!すぐ服探すから!!」

圭一「あん?探す?」

418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:29:18.02 ID:nN6WtLwP0

圭一「探すって……いつものところにあるじゃないのか?」

魅音(いつものところ……?)

いつもって、いつよ?そんな疑問をかみ砕きながら、掛け布団をはおり部屋を徘徊する。

魅音(あ、下着あった!けど……)

なんか脱いだ後のような……?まあ、いっか!背に腹は代えられないし……

私は落ちていた下着と、パジャマとカーディガンを羽織り鏡を確認する。

魅音「うん、間違いなく私だ――」

まだ意識はぼんやりしていたけれど、あんまり圭ちゃんを待たせるわけにいかない。

それに……早く圭ちゃんの顔が、見たい。

422 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:37:03.14 ID:nN6WtLwP0

魅音「ごめんね、圭ちゃん。お待た――っ!?」

圭一「お帰り、魅音」

勢いよくガラス戸を引きあけると、そのすぐまじかに、目玉焼きを頭からかぶった圭ちゃんが立っていた。

魅音「圭ちゃん……なにやってんの?」

圭一「俺がしてえなあ、その質問はよー」

圭一「タライに黒板消しにバケツに、消化器……俺は雛見沢で最も多くのものを被ってきた男だと自負しているが、目玉焼きを被ったのは初めてだぜ…」

魅音「…あ、朝から大変だったね、圭ちゃん…」

圭一「誰のせいだ!だ・れ・の!!」

圭ちゃんは頭に乗った目玉焼きを三角コーナーにすてて、タオルで頭をふく。

魅音「ねえ、圭ちゃん…。あのさ……」

424 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:45:31.52 ID:nN6WtLwP0

ぐい。頭にタオルを乗せた圭ちゃんは突然私の顔のまじかに顔を近づける。

魅音「ひ…ひぃっ?な、ななな、どしたの、圭ちゃん―」

圭一「こういうとき言わなきゃいけない言葉があったよな?」

魅音「こ、ここ、言葉…?」

圭一「そう。お互い、ありがとうとそれだけはどれだけ年を喰っても絶対忘れない。そう、決めてただろ?」

魅音(…ん?ありがとうともう一つ……)

魅音「……あっ、ごめんなさ…い?」

圭一「なんか疑問系っぽくなかったか?ま、いっか。よくできました」

圭ちゃんはしかめつらを笑顔に変えて、そして…ガシガシと私の頭をなでた。

魅音「…ひぃっ!」

圭一「あー、また目玉焼き作んないと…ってもうなくていいか。朝は食パンだけにしよう、うん」

圭ちゃんは私の動揺になんてこれっぽちも気づかずに、トースターに食パンをセットしている。

426 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 04:57:58.56 ID:nN6WtLwP0

魅音(えっ?ちょっと待って。これは一体どういう状況…?)

圭一「いやー、今日は晴れて良かったよなー。雨の日の運転はあんまり好きじゃないし―」

魅音(よし。いったん落ち着いてよく考えるのよ、園崎魅音。えーっと、まず目が覚めた時私はよく知らない部屋にいて…)

圭一「スケジュール通りに事が進めば向こうにつくのは三時くらいかー」

魅音(それで……そう!私は裸だった!下着すらつけずにあの蒲団から出てきて、それで…)

圭一「七回忌ってもちろん本家でやるんだよな?だったら興之宮でみんなを拾ってってもいいな」

魅音(そうだ、圭ちゃん…私が裸で出て行ってもそんなに驚いたりしなかった。ということは裸で寝てたのは全然自然、普通なことだったんだ)

圭一「悟史たちもいい加減車買えよなー?免許持ってないわけじゃないし、東京は車なくても便利だからって言ったっていざというときのために――?」

魅音(裸で寝ることが自然…!?ということは、それは、その、つまるところ………)

圭一「魅音さん。魅音さん。応答願います。魅音さん。魅音さ――…」

魅音(……え、ちょっと、待って、どういうこと!?だって私まだそんな、いや、まだってことはもう全然ないんだけど記憶とかも曖昧でこんな―)

429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 05:05:31.18 ID:nN6WtLwP0

魅音「ねえ、圭――」

ビシッ。顔をあげた瞬間おでこに衝撃が走った。遅れて激痛。

魅音「…い、いったぁーーーー!」

魅音「なにすんのー、圭ちゃーん」

圭一「おう、すまん!なんか俯いてたから…いや、まさかこんなタイミングよく顔をあげるとは…」

私はおでこを触りながらちらりと正面を盗み見る。

そこには台所のサッシ窓から入る陽ざしに照らされた、圭ちゃんの顔がある。

もう……二度と手に入らないと思っていた、懐かしい優しい笑顔があった。

魅音「ねえ、圭ちゃん…」

圭一「お、おう…。おれも男だ、三倍返し位は覚悟してるぜ!ほら、どんと―」

魅音「ううん、違うの。ねえ、圭ちゃん」

圭一「…お、違うのか!ん、なんだ?」

魅音(こんなこと聞いたら、変かな?でも聞かないと確かめられないし…)


431 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 05:11:23.34 ID:nN6WtLwP0

魅音「あの、さ…。ちょっと変なこと聞くかもしれないけど…いい?」

圭一「?おう、どんどこい!」

すーー。少し多めに息を吸う。

その瞬間……。すごく、胸が苦しくなった。

私が今言おうとしてる言葉は、十数年の間言いたくて、でも、言えなくて…結局いう機会を一生失ってしまった言葉なのだ。

魅音「圭ちゃんはさ……、えっと、あの…」

圭一「なんだよ、はっきりしねえなー。まあ、そこも魅音らしいけどな」

魅音「はっきり言えないのが、あたしらしいの?」

圭一「おう。なんか重要なこと言おうとすると言葉が詰まって、結局いえねーんだよな、魅音は」

魅音「あ……」

432 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 05:19:35.09 ID:nN6WtLwP0

魅音(圭ちゃん……)

圭一「ほら、今更俺に遠慮するようなことなんて何もねーだろ?早く言って、楽になっちゃえよー」

魅音「うん、じゃあ、言う。圭ちゃんは……私のこと………好き…?」

ブッフォア。そんな擬音をたてて、圭ちゃんはすすっていたコーヒーを吹いた。

魅音「うわ、汚い!圭ちゃん、汚いよ!」

圭一「だ、だって、今の質問は……さすがにおれの想像の範疇を超えていたというか…」

圭ちゃんは慌てふためいて、テーブルの上を台拭きで拭いている。

魅音「だ、だって……」

魅音「…じゃあ、違う質問にする。私たちってさ、その……付き合ってるん…だよ、ね…?」

圭一「はぁーーー?」

圭ちゃんはさっきよりもさらに大きなリアクションでのけぞり、私の顔を見つめた。

圭一「なあ、魅音。ほんとに、大丈夫か?なんか仕事でかけてるストレスとか、ご近所トラブルとか、そういう心労がたまってるんじゃ…」

魅音「ごめん、圭ちゃん!質問に答えてほしいの。私たちって……付き合ってるんだよね?」

436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 05:29:49.50 ID:nN6WtLwP0

圭ちゃんは数秒、私を怪訝な顔で見つめた。そして、口を開く。

圭一「……正式には、付き合ってただな、二年前まで」

魅音「え……?」

圭一「で、今は―」

そういうと圭ちゃんは右手をのばして、私の左手を捕まえる。そして、トントンと薬指をたたいた。

圭一「夫婦だろ?俺、なんか間違ってるか?」

魅音(………………?)

魅音「ふ、ふ、ふ、ふふ」

魅音(あーだから、付き合ってたか。なるほどねー)

魅音「ふふふ、ふ、ふふ、ふう、ふ」

魅音(あ、私圭ちゃんと結婚してるのかー。うん、そっかー)

魅音「ふ、ふふ、夫婦、ふふふ、うふふふ…」

圭一「お、おい!どうした?魅音?おい、魅音!?」

魅音(あーーー。なんだろう。幸せすぎて、死にそう……)

バタン。その音と同時に、またも意識が消失した。

439 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 05:39:26.89 ID:nN6WtLwP0

圭一「――い魅音。魅音、しっかりしろー。みおーん」

魅音(――ん?)

圭一「魅音さーん。起きてくださいーい。園崎魅音さーん」

魅音「圭……ちゃん?」

圭一「お、やっと起きたか!突然倒れるからいやー、焦ったぜー」

魅音「あれ、あたし……」

圭一「お前、体を張ったギャグはそろそろ卒業しろよなー。鼻血出るわ失神するわで偉い驚いたぜー」

ベットに横になる私のおでこを圭ちゃんの掌がなでる。

魅音(あ……)

魅音(なんか、気持ちいい――)

圭一「起きたばっかで悪いけどさ、もうそろそろ出ようぜ。あんまりのんびりしてると、また義母さんにどやされるからさ」

魅音「出かけるって……どこに…?」

圭一「また寝ぼけてんのか?今日はおおばば様の七回忌だろ。ほら、早く起きて、着替えて!」

圭ちゃんの手が私の背中に回って、体をぐいっと持ち上げられ、起こされる。

445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 06:03:04.18 ID:nN6WtLwP0

大石「んっふぅ〜、みなさん。どうやらもう限界みたいですね〜」

沙都子「そういう大石さんこそ、頬に涙がこぼれた跡がありましてよー?」

梨花「しょうがないのですよ。普通こんな時間に起きているのはフクロウさんくらいなのです。みー…」

レナ「あははははは。みんな駄目だね、全然駄目!そんなんだとこの物語全部、レナがのっとっちゃうよ?」

レナ「レナの一世一代の頑張り物語始めちゃうよ?いいの、それでも?あはははははははhhhh」

時報「レナちゃん、変換出来てない――」

レナ「うるさいうるさいうるさーーーーい!!みんなみんな殺されちゃうよ?怒ったレナに殺されちゃうよ?」

時報「でも、レナちゃん。今この物語を乗っ取ってもこの物語…アッーーーー!!!」

大石「んっふふ〜。いいお・と・こはあと」



446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 06:06:04.55 ID:nN6WtLwP0

1ですがもう限界です。

なんとかキリのいいところまで行きたかったのですが、残念!

たぶんおちます……

459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 07:36:06.58 ID:nN6WtLwP0

圭一「ほら、目覚めたか?なんなら着替えも俺が――」

魅音「ばっちゃの……七回忌?」

ばっちゃの七回忌は……もう三か月前に済んでるはずなのに。

魅音(これは一体どういう……)

圭一「みーおーんー!」

突然圭ちゃんが私の頭に手を置き、髪をガシガシとかきまぜる。

魅音「うー、なによ圭ちゃーん」

圭一「なによはこっちのセリフだろー。俺車の準備とかしとくから、あと十分で出かける準備しろよー」

魅音「……はーい」

とりあえずそう答えると圭ちゃんは微笑んで、そして、私に近づき……

やわらかくキスをした。

魅音「………………?」

圭一「じゃあ待ってるから、早く来いよー」

461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 07:44:47.17 ID:nN6WtLwP0

バタン。

玄関のドアがしまる音が響く。その奥から遠くなる圭ちゃんの足音。

魅音「…………………!!!!!!!」

魅音「…………っ、っ!!!!!!!!!!」

私は一人取り残された部屋で、声にならない悲鳴をあげて悶絶した。

なんだろう。一体どうなってるんだろう。

私は圭ちゃんのお嫁さんで、一緒に住んでいて、そして…キスをされた。

魅音(なに、これ!?なんなのかしらこれは……)

そわそわと部屋の中をうろちょろしながら、なにも考えられない頭で考える。

魅音(ありえない。こんな展開ありえるはずない。だって、圭ちゃんは――)

魅音(だって、圭ちゃんは――――?)



466 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 08:05:19.92 ID:nN6WtLwP0

半分寝ぼけてかいたらわけわかんなくなってきた……orz

すいません……僕はやっぱり完全に落ちることにします。

保守してくれてる皆さん、本当にありがとうございます。

ご期待に添えるよう頑張るつもりではいるので……では落ちます。

623 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:22:33.09 ID:nN6WtLwP0

すいませんみなさん、お待たせしました。

寝て起きて学校行ってました…orz

保守ありがとうございます、まさか残っているとは思わなかった!!

今日はレポートもないので、なんとか頑張ろうと思います。

625 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:24:51.14 ID:nN6WtLwP0

あと年齢設定なんですが、みなさんのレスをいろいろ見て

勝手な話しながらこの世界の当時のりかさとの年齢は

12歳だったことにします。

独断です。偏見です。

でも、この物語の魅音が28歳であるか、25歳であるかを考えるとできるだけ低いほうがいいかと。

そんな感じでおねがいします。

626 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:30:04.44 ID:nN6WtLwP0

ドクン。

それを考えた瞬間。一拍、心臓が跳び跳ねた。

魅音「あ……れ………?」

魅音(だって…圭ちゃんは………?)

ドクン。また跳ねる。

魅音「…何でもない、何でもない」

魅音「圭ちゃん下で待ってるから…着替えなきゃ……」

魅音(圭ちゃんが……私と?そんなはずは……)

ドクンドクンドクンドクンドクン。

脈拍が早くなっていくのを感じる。

魅音「なんでもない、なんでもない…」

魅音(おかしいでしょ…?圭ちゃんはあの日から………)

魅音「何でもない何でもない…早く準備して、圭ちゃんのところに……」

631 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:37:32.96 ID:nN6WtLwP0

私は思考をかき消そうと強く頭を振り、そっと、自分の唇に触れる。

魅音「だって、これは、事実だもん……。幸せすぎるけど、夢みたいだけど……ここが私の、現――」



『逃げちゃ、駄目なのです』



その時だった。

…心拍に紛れて体の奥から透き通った、強い声が聞こえた。

魅音「な、なに……今の…?――幻聴?」

  『魅音。逃げちゃ、駄目なのです』

今度はもっとはっきり聞こえた。

耳を通してじゃない。心に直接語りかけるような、そんな、強い囁き。

魅音「誰……?誰なの…?」

魅音「ねえ、どこにいるの……!?」

635 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:47:46.57 ID:nN6WtLwP0

声は私の質問には答えなかった。その代りにもう一度、同じセリフを繰り返した。

  『魅音。逃げちゃ、駄目なのですよ』

魅音「逃げるって、何が……」

ドクドクドクドク。心拍数が上がっていく。

魅音「……逃げるって、意味わかんない――」

  『正視するのです。あなたが逃げたかった現実を、静視するのです』

魅音「現実……?だって、今、私はここに……」

魅音(圭ちゃんは……、圭ちゃんは……)

  『現と夢の狭間にいるうちは、何も変えることが出来ないのです』

魅音「うつつ…?ゆめ……?」

魅音「あんたが何言ってんのか、あたし全然……」

魅音(圭ちゃん、笑ってた)

魅音(あの日、あんな幸せそうに……心の底から……笑ってた)

  『あなたの「心」はもう「ここ」に辿りついてる』

  『あと必要なのは…あなたの覚悟だけ』

639 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 20:59:05.69 ID:nN6WtLwP0

魅音「うるさい……」

魅音(だから私は傷ついた。もう後戻りできないんだって、気づいた……)

魅音「うるさい!!うるさいうるさいうるさーーーーい!!!!!!」

私は頭を抱えて、その二つの声を追い払うように叫んだ。

でも、声は私の中から聞こえてきて、いくら叫んでも声にかき消されることはなかった。

魅音「うる……さい……っ」

  『魅音……あなたの辛さはボクにも分るのです。ボクは世界の外側からあなたたちを見守っていたのですから』

  『でも……魅音。あなたは現実と向き合うためにこの世界に来たのではないのですか?』

魅音「………」

魅音(私の…本当の……現実は………)

膝の力が抜けて、私は倒れるようにしゃがみ込む。

魅音「だって……私……あんなこと、望んでなかった………」

  『魅音……。受け入れたくないのはわかるのですよ』

  『でも、厳しいことを言うようですが…夢実の球の力は本物なのです。この世界は、魅音が心の奥底で望んでいたものなのですよ』

641 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 21:11:46.33 ID:nN6WtLwP0

―――もしも、レナがこの世界にいなかったら。


まざまざとその声が蘇り、私は自分の肩を抱く。

この世界が自分の本心だなんて……認めたくない。受け入れたく、なかった。

でも、あの、氷のように冷たい声はまぎれもなく――。

魅音「…あたしの声だった……」

魅音「あたしが……本当に望んだの……?」

魅音「レナのいない世界なんて……。だって、レナは私の大切な―――」

  『人間の心は複雑なのです。愛の裏には憎悪があり、献身の側面に悪意があるのです』

  『魅音がレナのことを大切な親友だと思っていることくらいボクもしっているのですよ』

魅音「でも、でもでもでも――。あの時のあたしの声、冷たくて……」

魅音「すっごく、冷たくて………」

怖かった。親友のいない世界を望む自分の声が、あんなにも冷徹だったという事実が、恐ろしかった。

  『……それに立ち向かうために、あなたはこの世界に来たのではないのですか?』

魅音「……えっ?」

643 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 21:20:55.23 ID:nN6WtLwP0

  『夢実の球の世界は、ただ使う人間の都合よく設定される世界ではないのです』

  『使った人間の心に受け入れる覚悟と、前を向く勇気があれば、この世界はきっとその人間を正しい方向に導いてくれるのです』

  『魅音。あなたは、なにが怖いのですか?』

魅音「……えっ…?」

魅音(何が怖いって、私は自分が、自分自身が……)

  『どうして、それをこわいと思うのですか?』

魅音「それは……」

  『魅音。あなたは何を認めたくなかったのですか?』

  『どんな言葉がほしかったのですか?』

魅音「…………」

私は答えられない。自分自身のことなのに……なにも答えられなかった。

649 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 21:35:20.83 ID:nN6WtLwP0

  『大丈夫なのですよ…魅音』

その言葉が優しく響くと、心の中が少しだけ温かくなる。

  『この世界の全てにまっすぐに向き合えば、あなたはその答えを手に入れることができるのです』

  『だからあなたは、ただ目を離さずに世界を直視していればいい、だけなのです』

  『簡単なように見えて、それはとても難しいこと。でも、魅音。あなたなら大丈夫。なんて言ったてあなたは――』

心を包むように続いていた言葉は、そこで途切れる。

魅音「あなたは――――?」

  『あぅあぅ、なんでもないのですよ。とにかく、魅音。ここからがこの世界の本当のスタートなのです』

  『多くを語ってしまいましたけれど、実はそれほど心配していないのです』

  『大船に乗ったつもりで、あなたのこの世界を見守っているのです』

魅音「………」

魅音(真っ直ぐ向き合えば答えは見つかる、か……)

魅音「……わかったよ。その言葉を信じて、がんばってみるよ」

  『その意気なのです!ファイト、オーなのですよ!!』

魅音(ファイト、オーか…)

652 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 21:45:48.49 ID:nN6WtLwP0

本当は、まだすごく怖かった。

目をそらし続けていた本心の中で、自分がそんなことを考えていたのかと思うと自己嫌悪で胸が押しつぶされそうになった。

魅音(でも……)

もし、ここで世界と向き合うことで何かが変わるというなら……

魅音「……うん!あたし、がんばってみるよ!」

魅音「ところで…さぁ」

  『はい!なんでも聞いてくださいなのです!』

魅音「あたし、あんたにどっかであったこと、ある?」

  『あぅあぅあぅあぅ……!じゃあ、ボクは行くのです!頑張ってくださいなのです〜〜〜』

その言葉の余韻が消えると、本当にその声はどこかに行ってしまったのがわかった。

魅音(……なんだったの…?)

660 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 22:12:54.29 ID:nN6WtLwP0

バタン。台所の方から扉の開く音が聞こえた。

圭一「おーい、みおーん。準備できたか……って、何も進んでねぇ!!」

魅音「圭ちゃん……」

圭一「中々来ないなぁと思ってきてみれば……っとぉ?」

魅音(圭……ちゃん………)

視界がじわじわと滲む。ほほをひんやりとした何かが流れる。

圭一「魅音……どうしたんだよ?今日やっぱりだいぶ変だぞ?」

つかつかと歩いてきて圭ちゃんはわ私のおでこに手を当てる。

圭一「熱はねーんだよなぁ。じゃあやっぱり、精神的なものか?自律神経失調症って結構……っおう!?」

もう、誰の声も聞こえなかった。

圭ちゃんの腰に手をまわして、ただひたすら、涙を流す。

圭一「ほんっとに、どうしたんだよ一体……」

本当は私にこんなことをする権利なんてなかった。

圭ちゃんの体に触れる権利、圭ちゃんに甘えて寄りかかる権利はあの日、白いドレスに身を包んで泣きながら笑っていた、私の親友にしか、ないのだ。

親友……こんな私をレナはまだ、親友と呼んでくれるだろうか。

664 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 22:18:52.51 ID:nN6WtLwP0

魅音(でも、今だけは……)

魅音「……イ。……サイ、…………イ、……サイ………」

圭一「?魅音。何言ってるんだ?」

魅音(ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……)

レナに、圭ちゃんに、私を信じてくれた人たちに、私を信じてくれている人たちに。

私は涙を流して、謝り続けた。

魅音(ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……)

圭一「参ったな、こりゃ……」

みんな、ごめん。

でも、今だけは……ほんの一瞬だけでいいから……。


この世界の私の権利を使って……圭ちゃんに甘えさせて――。

683 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 22:53:34.99 ID:nN6WtLwP0

圭一「ほい、コーヒー」

かたっと音を立てて、少し古びれたマグカップが私の目の前に置かれる。

魅音「……ありがとう」

中を覗くと、すでにミルクが入っているようでコーヒーは小麦色に濁っていた。

ズズっと音を立ててそれをすすう。砂糖は入っていなかった。

魅音「これ……」

圭一「ん?」

魅音「…ううん、なんでもない。ありがとう」

魅音(やっぱり、ちゃんとわかってて砂糖入れなかったんだ……)

この圭ちゃんはしっかり、私がコーヒーをどうやって飲むかを知っていた。

現実の圭ちゃんはきっと、知らない情報をちゃんとわかっていて、当然のように実行してくれた。

圭一「魅音…やっぱり具合悪いんじゃないのか?」

魅音「……え?そんなこと―」

圭一「いや、やっぱりさっきから顔色わるいって」

圭一「もし無理そうなら、俺一人で行ってくるから魅音は休んでろよ」

687 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 23:02:35.88 ID:nN6WtLwP0

圭ちゃんは心配そうに私の顔をのぞく。その真剣な顔を見ていると……段々と切なくなっていった。

魅音(レナはいっつもこんな表情で、圭ちゃんに心配されてるんだろうな……)

魅音「ううん、大丈夫だよ……。もう落ち着いたから。もう少ししたら準備するから、行こう?」

圭一「本当に、大丈夫か?朝みたいに騒がしいくらいならいいんだけどさ、顔色悪いの見てると……」

魅音「見てると?」

圭一「こっちが心配すんだろ?」

圭一「しかも突然泣かれた日には、何も悪いことしてないのになんか過失がないか、自分の記憶を疑っちまうぜ」

魅音「…あははは。今の言い方、すっごい圭ちゃんっぽーい」

私は目を細めて、二コリとほほ笑んだ。

魅音(いつまでもあんな風に落ちている場合じゃない)

魅音(あんたはこの世界で絶対に、さっき答えられなかったその答えを見つけなきゃいけないんだから)

圭一「……うん。まあ、顔色も良くなってきたみたいだな」

圭一「じゃあ、俺の方からお義母さんに電話入れておくから、今度こそ着替えてこいよ」

魅音「うん、わかった!」

693 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 23:26:40.36 ID:nN6WtLwP0

魅音「……ふぅ」

私は後ろ手でガラス戸をしめて小さくため息をついた。

魅音(……いいんだよね、これで…)

魅音(罪悪感はあるけど……でも、圭ちゃんと会話せずにこの世界と向き合うなんてできないもん)

カーディガンとパジャマを脱ぎ、とりあえず目についた洋服ダンスを開けてみる。

魅音「お、正解ー」

そこには私の趣味の女物の服がびっしりと詰まっていた。

魅音(この世界の私はおしゃれに余念がないみたいだねー)

他人の物を物色しているみたいで、何となく気分が落ち着かないので手近にあったブラウスとロングスカートを取った。

魅音(――ん?)

魅音「圭ちゃーん、喪服じゃなくていいのーー?」

圭一「おーう。ていうか、喪服は本家にあるからって言ったの魅音だろ?」

魅音「あ……っと、そうだったね。あはははー」

702 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 23:35:06.67 ID:nN6WtLwP0

魅音(不要な発言ができないなぁ……)

ブラウスの袖に腕を通しスカートを――。

魅音「…………」

穿くのをやめて、ブラウスも脱いだ。そして、もう一度タンスの中を物色する。

こんな機会二度とないんだから……せっかくだから、圭ちゃんの前で女らしいおしゃれをしてみたかった。

魅音「えと…。これに、これ……じゃなくて、こっちにこれ…。うーん、ちょっと違うかな…」

魅音(こういう時、詩音がいればすごく助かるのになぁ)

圭一「魅音、ちょっといいか?」

ガラス戸の向こうにシルエットが浮かび上がる。その手は今にもそれを開けようとしていた。

魅音「あ、ちょっと待って!入るのは駄目だよ!?……何?」

圭一「お義母さんが何時頃つくかって。こっちは魅音の着替え待ちだからよ」

魅音「あ、そっか…。じゃあ、あと二十分から三十分!」

圭一「何でそんなかかんだ!?まあ、いいか。となると着くのは……」

圭ちゃんの声が遠ざかる。肩から緊張がほどけた。

715 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 23:49:19.38 ID:nN6WtLwP0

魅音(なんか、でもちょっと圭ちゃん不用心すぎじゃない?着替えてるんだから服を着てない可能性も……)

そこまで考えて、私はその不用心さの理由に思い当たる。

魅音(あ、そっか……。そういう関係なんだから、当然だよね。今更下着姿に焦るはずなんて……)

魅音(そして、現実の世界で実際にその立場にいるのは……)

魅音「……うん、これと、これでいっか」

今手に持っていた服を着ることに決定して、私は急いでそれを纏った。

魅音(うーん、ちょっとスカートが短い……のか?)

さっぱりわからないけれど時間がもったいない。急いで化粧をすることにした。

魅音(目的を忘れるな、園崎魅音。あんたは、ここに答えを探しに来たんだから)

魅音(圭ちゃんといちゃいちゃしに来たんじゃないんだよ?第一に、私にそんな資格も権利もないじゃない)

魅音(それがないなら…ただ、虚しくなるだけ)

必要最低限の化粧だけして、化粧台から立ち上がる。

716 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/14(水) 23:53:15.58 ID:nN6WtLwP0

えらく投下遅くてすいませんorz

ロードの遅い頭ではこれが限界で…

はやく書くように努力しますが

ある程度の速度しか出せないので

ループで「Thanks」でも流しながら

よゆうを持ってお待ちください……

734 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 00:01:37.92 ID:eGqtvFqn0

魅音「圭ちゃん、お待たせ―!」

圭一「あれ、二十分から三十分かかるんじゃなかったのか?」

圭一「まだ十分も経ってないぜ?」

魅音「いいの。準備万端!ほら、いこ?」

私は圭ちゃんの肩をたたき、ほら、ほらっとせかす。

圭一「うお、なんだよ。魅音が時間かかるって言ったからコーヒーもっかい入れたのに…」

魅音「あ、ほんと?じゃああたしも飲むー」

圭一「はいはい。ほら、カップ」

圭ちゃんにカップを渡す。こぽこぽと気持ちい音を立てながら、コーヒーはカップに吸い込まれていった。

魅音「ありがと、圭ちゃん」

圭一「ほい、ミルク」

私は圭ちゃんが差し出したミルクをありがとうと言って、受取りコーヒーに入れた。

738 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 00:09:33.69 ID:eGqtvFqn0

魅音「うーん、おいしいねー」

圭一「…………」

魅音「ん…?どったの、圭ちゃん?」

圭ちゃんはコーヒーをすする私を怪訝なものでも見るような顔で見つめている。

圭一「…ほんと今日の喜怒哀楽の緩急は過去二番目だなー」

魅音「あ、あはははは。うん、ごめんね、ほんと。もう心配いらないから」

魅音「じゃあ、過去一番っていつ?」

圭一「過去一番っていや、もう完全に決まってんだろー」

圭ちゃんはもったいぶるように微笑んで、残りのコーヒーをぐっとあおった。

魅音「えー、いついつー?勿体ぶんないで教えてよー」

圭一「ほんとに自分でわかんねーのか?ったくしょうがねえなあ…」

圭一「結婚式だよ、結婚式!」

743 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 00:16:13.55 ID:eGqtvFqn0

見てるみなさん、すいません。

ここまで書いといてなんなんですが

無計画にすすませていった結果、どうもあとコメ200ちょっとの間では終わらないような気がしてきました。

今の構想のまま行くと時間がオーバーするか、満スレになるか…二択ですorz

そこで意見をいただきたいのですが、

1・ここから大幅に物語をしょーとかっと、無理やりこのスレに結末までぶち込むパターン

2・新しくスレをたてて、そっちに移動するか……

のどっちがいいでしょうか?

2の場合、僕は一応ワードに書き込みながらこれを作ってるのでちょっと前の内容ぐらいなら張ることができます。

1の場合残念ですが、>>716はカットされます。

ご意見お願いします。

780 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 00:42:02.89 ID:eGqtvFqn0

魅音(結婚式…?)

魅音「結婚式…て誰の…?」

圭一「はあ?俺たちのに決まってんだろ?」

魅音(私と圭ちゃんの、結婚式……)

魅音「あ、そうだよね。私たちのに決まってた、あははは…」

圭一「人様の結婚式だったら抱えてつれてかえりゃ終わりだけど、自分たちのじゃなそうもいかねえしな。しかし、あのときは本当にすごかった…」

圭一「お義父さんと出てくるときにすでに号泣してるわ、裾思いっきり踏んで式中に十二単やぶくは――」

圭一「挙句の果てにあれだけのご列席の前であんなことまで……」

魅音「わぁー、わぁーー!もういい!もういいから!聞きたくない聞きたくなーい!」

私は大手を振って、圭ちゃんの言葉をさえぎる。

圭一「まあ、あれを超える日が来たとしたらそんときは容赦せずに、病院に連れてくからそのつもりでいろよな?」

魅音「うー、圭ちゃんひどいよー…。でも、大丈夫だよ…もう、きっと」

魅音「今日…今日だけだから」

787 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 00:51:53.61 ID:eGqtvFqn0

魅音(この世界が私の意識の外でどうなるか分からないけど……)

魅音(でももし私が夢から覚めた後でもこの世界は私抜きで続いていくなら…その方が嬉しいなあ)

私はマグカップの角度を上げて、コーヒーを一気に飲み干した。

魅音「じゃあ、いこ。圭ちゃん」

圭一「散々待たせた人間の態度とは思えない態度だな…。まあいっか。よっしゃ、行こう」

圭ちゃんはすっと椅子から立ち上がり、ポロシャツの襟を手直しする。

顔だけ見ているとわからないけれど、こうやって立つと随分たくましくなったのがわかる。

当たり前なのかもしれない。

だって私が持っている圭ちゃんの記憶は高校三年生のころでほとんど止まってしまっているのだから。

790 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 01:02:00.78 ID:eGqtvFqn0

魅音「ねえ、圭ちゃん」

圭一「ん、どした?行こうぜ」

魅音「あの、変ついでにもう一個だけ質問させてもらっていい?」

圭一「もうその前ふりの時点でだいぶ変だぜー。まあ、いいや。なに?」

私は体の後ろに隠した手を強く握る。

魅音(これは、確認。この世界の園崎魅音がどうなのか、それを確かめるための質問)

魅音(だから……いいよね?これくらい――)

魅音「圭ちゃんさ、私と一緒にいて……幸せ?笑って暮らせてる?」

圭一「……」

圭ちゃんは何も答えずに口を噤んだ。

そして、言葉を発する代わりにゆっくりと近づき、私の顎をつかみ…

さっきよりも長い、さっきよりも深い、強く感触の残る口づけをした。

圭一「……魅音どうなんだよ。俺と一緒で幸せか?」

792 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 01:09:38.36 ID:eGqtvFqn0

圭一「俺はその答えを聞かないぜ。顔を見てれば、幸せか幸せじゃないかくらいわかるからな」

魅音「………っ」

圭一「ほら、行こうぜ、魅音。夜枕元でおおばば様に怒鳴られたくないだろ?」

魅音「……うん……」

私はすんでのところで泣いてしまうのをおさえて、靴を穿くふりをして、一筋だけこぼれた涙をぬぐった。

魅音(なに、それ……)

履きなれないハイヒールはなかなか足にフィットしてくれなく、履くのに手間取った。

私の履かないハイヒールを常用する園崎魅音は、幸せに暮らしているらしい。

顔を見ればそれがわかるくらいに、幸せそうな表情で。

魅音(……よかったじゃない。私には関係ないけど…)

やっと、履けたハイヒールで私は家の外に一歩踏み出す。

795 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 01:14:28.34 ID:eGqtvFqn0

皆さん、たくさんの意見ありがとうございます。

じゃあ、とりあえずVipに次スレをたてることにしようと思いますが、

タイトルなにかいいのないでしょうか?

出来ればそれについてのアイデアもいただきたいのですが……

色々言ってすいませんorz

今日どこまでもつかわかりませんがいけるところまでは行こうと思いますので

よろしくおねがいします。

858 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 02:47:36.54 ID:eGqtvFqn0

すいません!寝てました!申し訳ない……。

意見ありがとうございます。スレタイは今のままで行こうと思います。

もうしばらくここで書こうとおもいます。

保守してくれた方々ありがとうございました!

869 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 03:09:36.71 ID:eGqtvFqn0

圭一「ほいよ、魅音」

魅音「あ、ありがと」

圭ちゃんからペットボトルを受取り、一口、口に含む。

魅音「うーん、コーラってたまに飲むとおいしいよねー!」

圭一「相変わらず俺には理解出来ないけどな。炭酸なんてビールで十分だぜ!」

魅音「あー、またおっさんみたいなこと言ってー。25歳でそれじゃあと十年後にはタルだね、タル!」

魅音「きっと、末は大石さんだね!ズボンの上に贅肉もりあげてんっふっふ〜っていうようになるよ!」

圭一「大石さんは別に贅肉たぷたぷだからあのしゃべりかたなわけじゃないだろーが!」

あはははは。狭い車内に二つ分の笑い声が響き渡る。

外の景色はもうほとんど都会の色を失って、続く景色はほとんど灰色、緑、黄色の三色で形成されている。

私にとって車窓と言えばこの風景と決まっていたから、都会の道路を走ったときは少し緊張した。

魅音「東京からちょっと離れるともう田舎だねー」

873 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 03:30:37.54 ID:eGqtvFqn0

圭一「あははは。ここの人も雛見沢出身の人間にだけは言われたくないだろうけどな」

魅音「えー。だって雛見沢と変わらないじゃん。道路と、家と、電信柱と、あとは人がいるだけ」

魅音「なんか落ち着くなー。圭ちゃん、窓いい?」

圭一「おう、ちょっと待てよー」

ブーーーーーっと音をたてて窓が開く。

爽やかな風が髪を、首を、頬をなでて次の瞬間にはもう通り過ぎた。

魅音「ほんと、今日いい天気だねーー」

私は窓の外の景色から目を離し圭ちゃんを見る。圭ちゃんは微笑みながら私のことを見ていた。

魅音「ど、どうしたの圭ちゃん。…私まだなんか、変?」

圭一「いやいや、逆だよ、ぎゃーく。やっといつもみたいな感じに戻ったからさ」

圭一「ほんと、どっかおかしくしちまったんじゃないかって心配だったぜ」

876 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 03:42:21.31 ID:eGqtvFqn0

魅音「あははは、ごめんね、心配掛けて…」

圭一「ほんとだぜー。なんか今日の朝からの珍事は……」

圭一「そうだな。まだみんな雛見沢にいたころに戻ったみたいな。それくらい騒がしかったな」

魅音「みんながいたころ……かぁ」

圭ちゃんと話していてわかった情報によると、部活メンバーで雛見沢に残った人間はいないみたいだった。

詩音、沙都子、悟史の三人は私にとっての現実と同じで東京に住んでいて、梨花ちゃんもこっちと同じで京都の大学に行っている。

だから、変わったのは……私とレナだけだった。

私はレナのいた位置に座り、レナは……この世界には存在しない。

魅音(……駄目駄目、暗くなっちゃ!)

魅音「あの頃はなんか、一日がすっごい、早かったよねー」

圭一「ああ、確かにそうだったなー。でも、結構意外と覚えてるんだよな、あの頃してたことって」

圭一「特に罰ゲームについては全部覚えてるって言っても過言じゃねえしな…。なぁ、魅音?」

魅音「あははは、圭ちゃーん。それは覚えてるんじゃなくて忘れられないって言うんだよー?」

魅音「あれだけのことやって忘れられるような神経の人間はそうはいないからねぇ、クックックッ」

880 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 03:51:52.22 ID:eGqtvFqn0

私が手をわなわなさせると圭ちゃんは苦笑いをして、前を向いた。

圭一「馬鹿だったよなー、あの頃は。無茶もたくさんして、恥ずかしいことも平気で言って…今思い返すと間違いばっかりだな」

魅音「あははは、そうかもねー。ほんと、馬鹿みたいに……いや、馬鹿だったんだね…」

少しだけ言葉を止めて、昔のことを二人で回想する。

でも、私と圭ちゃんが思い出している過去はたぶん、全然違うものなのだろう。

私の過去にはレナがいて、圭ちゃんの過去にはレナがいない。

魅音「……馬鹿だったけどさ」

圭一「…ん?」

小さくつぶやいたつもりだったけれど、圭ちゃんには届いていたようだ。

魅音「…馬鹿だったけどさ、本当に……ほんっとうに、最高の日々だったよね」

圭一「…ああ、そうだな。あの雛見沢での日々があって、今俺たちはこうしてるんだからな」

魅音「………」

887 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 04:30:08.62 ID:eGqtvFqn0

私は何も言わず窓の外の、走りさる景色に視線を向ける。

魅音(違うんだよ……。違うんだよ、圭ちゃん……)

魅音(私にとって、あの最高の日々からつながっていた地続きの未来は……)

圭一「沙都子まだ就職きまってないんだろ?梨花ちゃんは早々に決まったっつーのに」

圭一「今頃半泣きしてんじゃねーのか?」

魅音「…あはは、トラップの実力が必要とされる職種だったら、向こうからオファーがあるのにね」

圭一「生まれたのがこの時代の日本で残念だったな、沙都子は」

あはははは。車を満たすエンジン音と風の音と笑い声。

圭ちゃんとこんなにゆっくり二人で喋ったのは、何年振りだろう。

昔は毎日こんな風にして、話してた。

いつから、私は圭ちゃんとこんな風に会話することができなくなってしまったんだろう…?

893 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 05:25:52.50 ID:eGqtvFqn0

魅音(でも、しょうがなかったんだよね……)

魅音(レナが圭ちゃんのことが好きで、その上で三人で仲良くするためにはそれしかなかった……)

コーラをぐっと一気に口に含む。口内で炭酸がはじけて、飲み込むと甘ったるさが少し残る。

私はちゃんと、向き合ってる。

過去と向き合って、その上でしょうがなかったと思ってる。

じゃあ、これ以上どうすればいいんだろう―――。

圭一「――で、そんときの取引相手がさー……って、魅音?」

魅音「……っあ、はい!なに?何の話だっけ!?」

圭一「……さあ、何の話でしょうか。覚えてる限りで言ってみよう」

えーっと、さっき話してたのは……あー、駄目だ。全然思い出せない……

魅音「……ごめん。すっかりと聞いてませんでした」

圭一「全然か!?どんだけ器用に相槌打ってたんだよ……」

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:05:06.23 ID:eGqtvFqn0

魅音「あはは、ごめんごめん…!今度はちゃんと聞くから!」

圭一「ま、そんな改めて話すような話しでもないんだけどな」

圭一「それより、魅音。そっちの方の進行はどうなってる?」

魅音(………?)

魅音「進行って……なんの?」

圭一「そっちのチームが担当してるプロジェクトだよ。年内に段取りは整いそう
なのか?」

魅音(ぷ、ぷぷ、ぷろじぇくと!?)

窓についていた肘がずると落ちる。

明言しよう。私は生まれてから今まで、プロジェクトなんて言葉を会話で使われ
るのは初めてだった。

圭一「まあ大体の情報は回ってきてるんだけどさ、魅音の主観を聞きたいんだ」

圭一「ほんとにあの進行予定通り進みそうか?」

圭一「どうだ?名将、園崎魅音!」

魅音「う、う、うん…!あー、えっとーー」

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:06:07.02 ID:eGqtvFqn0

魅音(それ、なんの話?)

なんて言おうものなら、今度こそ圭ちゃんは怒りだすかもしれない。

目が、めちゃくちゃ真剣だった。

魅音(やばい、やばいなぁ…。どうしよう……)

私は「うーん、そうだねー」なんて惚けたことを言いながら、必死に対処法を考
える。

魅音(………ええい、ままよ!)
魅音「ねぇ、圭ちゃん…」

圭一「…どうした?やっぱりなんか問題があるのか?」

魅音「あのさ……今日ぐらいは、仕事の話するの、やめない?」

魅音「ばっちゃも帰ってくるしさ、みんなとも会うんだから今日くらい昔に戻ろ
…?」

圭一「………」

沈黙がおりる。なびく風の音が余計にその沈黙を際立たせる。

魅音(駄目……?これやっぱ、効かない…?)


173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:07:32.99 ID:eGqtvFqn0

圭一「……悪かった。そうだよな、今日はこんな話するべきじゃねぇよな」

魅音「…!」

圭一「そういや昔、親父とお袋が飯中に仕事の話してた時、家でくらいそういう
話すんなよって思ってたなぁ」

圭一「うん、そうだな。なにが悲しくて家にまで仕事もちこまなきゃいけないん
だ!」

圭一「わりーな、全然そういうこと考えてなかった。うんうん、そうだなー」

魅音(あ……まあ、取り敢えず良かった…)

圭ちゃんの反応を見て、胸を撫で下ろす。

圭一「でも、魅音も普段はそういう風に言わなかったよな。急にどうしたんだ?


魅音「うぇ!?いや、まあえっと……」

魅音「今のままだったら全然いいんだけど、その……そう、子供とかがいると…
…っ!」

魅音(あ、ああ、あたしはなんてことを…!)

流れとはいえとんでもない事を口走ってしまった!

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:09:33.27 ID:eGqtvFqn0

魅音「いや、あの今のはその!流――」

圭一「うーん、そうだよなー。その事もおいおい考えなくちゃなー」

魅音「……へ?」

圭一「仕事が忙しいのは確かにそうだけど、そんなこと言ってばっかじゃ駄目だよなー」

魅音(否定とかは…そっか、するわけないんだった)

魅音(でも、子供を作るって………)

圭一「今日も帰ったらお義父さんに言われるだろうし…って魅音どうした?」

魅音「な、ななんでもないよー…。ちょっと風が涼しいもんで」

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:10:26.88 ID:eGqtvFqn0

圭ちゃんは不振そうな声で「…ん?」と漏らす。

確かに、助手席に座っている人間が窓の隙間に顔を埋めていたら、不振にも思うだろう。

でも、自分でもわかるけれど、いま私の顔は真っ赤なのだ。

だから顔をあげるわけにはいかない。

圭一「……?ま、いっか。魅音、コンビニとかよらなくていいか?」

魅音「……ううん、大丈夫ー」

圭一「よし。じゃあ雛見沢まで飛ばすぜー!」

圭ちゃんの楽しそうな声を聞きながら、私は高鳴る胸を必死に押さえようと努力した。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 20:52:17.81 ID:eGqtvFqn0

沙都子「あ、あれ圭一さんたちですの!」

詩音「あー、ほんとだ。圭ちゃーん、お姉ぇー!」

路地に車を止めて、興之宮の駅に向かうと詩音と沙都子が二人手を振りながら私たちを迎えた。

圭一「わりぃわりぃ、待たせたな」

沙都子「まったくでございますわ!一体何時間待たせるつもりなんですの!」

魅音「ごめんねー、沙都子。詩音も」

私は手を合わせて謝る。

詩音「…あれー。圭ちゃんから聞いた感じだともう少し壊れてるって話だったのに全然普通じゃないですか」

沙都子「そうですわね。さっきまで魅音さんがどれくらい壊れてるのか楽しみにしてたんですのよ」

圭一「ああ、あれは朝だけでさ。今はもう治ってるんだよ」

詩音「なんでしたっけ?突然裸で出てきたと思ったら、圭ちゃんの頭に目玉焼きを被せて……」

魅音「わーー、わーー!もう、その話は忘れて…って、圭ちゃんもなに吹聴してんのよ!」

圭一「いやいや、あんな衝撃的なこと笑い話にしなきゃ損だろー」

あはははと笑う圭ちゃんの肩を力一杯叩く。

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 21:05:44.98 ID:eGqtvFqn0

詩音「はいはい、夫婦漫才はそれくらいにして……もうちょっと待っててもらっていいですか?」

魅音「うん、もちろんだけど、そういえば悟史は?」

沙都子「…にーはいつものあれですのよ。今日が何の日か考えればすぐわかりますわ」

魅音(……あー、そういうことか)

今日はばっちゃの七回忌。ということは、たぶんお手洗いにいってるのだろう。

悟史は園崎家に出向くとき100%の確率でお腹を壊す。それはどうやらここでも同じのようだった。

詩音「まったく……少しは圭ちゃんを見習ってほしいものです。毎回毎回…いつになったらなれるんでしょうねぇ」

圭一「まあ、そう言うなって。そういう繊細さが悟史の持ち味だろ?」

沙都子「圭一さんには最も足りないものでございますわねー!」

圭一「んだよー、俺が繊細じゃないってのかー?」

圭ちゃんの言葉に三人でうなずく。圭ちゃんが繊細だったら、生きている大半の人間は神経質ということになってしまう。


206 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 21:44:09.76 ID:eGqtvFqn0

悟史「ごめん、お待たせ……。あ、圭一と魅音着いたんだ」

しばらくすると駅の舎内から顔色の悪い悟史がふらふらと出てきた。

圭一「おう、悟史!あんまり具合がいいようには見えないな…」

魅音「むしろ今にも死にそうにしか見えないよ…」

悟史は手すりに手をつき、ぐったりとうなだれている。

沙都子「この程度で心配していたらキリがありませんでしてよー」

詩音「そうですそうです!嫁の実家に行くのに全く情けない!」

悟史「むぅ……。悪いとは思ってるんだけどね、こればっかりは……」

嫁と妹、二人にいびられて更に弱弱しくなっている悟史を圭ちゃんが励ます。

そして、励ます圭ちゃんまでいつの間にか攻撃対象に加えられて、マイノリティの男二人はさんざん言われ倒される。

魅音(この恒例行事もやっぱり変わんないなー……)

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 21:55:20.30 ID:eGqtvFqn0

詩音「大体、圭ちゃんがそうやってこういうときにこの人を甘やかすからいつまでも強くならないんですよ!」

詩音「これだから男同志の連帯っていうのは……」

圭一「うおっ、今度は俺かよ!」

案の定、段々と詩音の矛先が圭ちゃんのほうに向いて言っている。

魅音(そろそろ止めるか……)

そう思い、一歩足を出し口を開こうとする。しかし――

魅音(あ……れ…?)

言葉は出てこなかった。自分がいま何というべきか、全くわからなかったのだ。

魅音(私はここで、なんて言えば正解なんだろう)

悟史「詩音、圭一は関係ないよ…。僕も、ほら本家に着いたらピシッとするからさ、ね?」

魅音(こっちの魅音は普段こういうときなんて言って止めてるの?)

詩音「そういう体裁的な問題じゃなくてですねー、こう精神的な問題っていうか…」

魅音(そもそも、普段こういうのを止めるのは…)

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 22:12:19.09 ID:eGqtvFqn0

詩音「もう、みんな優しいでしょ?園崎を嫁にもらっておいて、園崎恐怖症が抜けないって言う事実自体が不満なんです!」

沙都子「姉ぇ、ちょっとヒートアップしすぎでして―」

魅音(そうだ、こういうのを止めるのはいつも、レナだったっけ)

詩音「ちょっと、沙都子は黙ってなさい。それとも、ねぇを敵に回しますか……?」

沙都子「わ、わかりましたのよ……」

魅音(レナはいつもどんな風に――)

詩音「おねぇからも言ってやってくださいよ!この男二人にガツンと!」

魅音「……」

詩音「―?…お姉?」

魅音「…ん?あたし?」

219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 22:21:34.86 ID:eGqtvFqn0

名前を呼ばれて顔をあげると、全員の視線があたしに向いていた。

魅音「ん……?あ、そうだね…ほら、詩音もあんまり悟史を責めるのはやめなって。便乗する沙都子もね!」

魅音(…正解?)

私はみんなの反応をうかがう。四人とも、なんとも言えないえないような表情を浮かべていた。

圭一「…な?なんか、変だろ?」

沙都子「確かに……空気が読めないのとは少し違いますわねー…」

悟史「そう…かな。僕は魅音らしいと思うけど」

そう言った三人の顔は…みんな似たような反応だった。

あれ?と思いながら動揺している私の背中を詩音がバシンと叩く。

詩音「単に話を聞いてなかっただけじゃないんですか?もう、ぼーっとして…」

詩音「鬼ばばが見てたら怒鳴られますよ?あの、本物の鬼も逃げ出す表情で」

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 22:44:38.14 ID:eGqtvFqn0

そう言うと詩音は私の脇の下に手を入れ、背筋を思い切り伸ばさせる。

魅音「うわっ、なにするのよ詩音!やめてよー」

詩音「背筋を伸ばしてあげてるんですよ!しゃきっとせんかい、しゃきっと!」

魅音「痛い痛い!つる…もう、つる―――!!」

詩音は本気だ。本気で私の背骨を折るつもりだ。そうとしか思えない痛さだった。

悟史「詩音、もうそれくらいに……」

沙都子「もういい年ですのに……。周りの視線が恥ずかしいですわ…」

圭一「……だな。もうあの二人はほっといて行こうぜ。ほい、こっちだ」

私たちから視線を外した三人は車が止めてある路地の方に歩き出した。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 22:54:10.88 ID:eGqtvFqn0

魅音「詩音!ほらっ、みんな行っちゃったよ!だからもう―」

詩音「はいはい。言われなくてもやめますよ」

三人の背中が消えると詩音はすっと、私の脇から手を離した。

突然話されてたので前かがみにつんのめり、転ぶ寸前だった。

魅音「もう、一体なんなのよ……」

詩音「べっつにー。私はただ前かがみな姉の背中を伸ばしてあげただけですよ」

詩音は涼しい微笑みを浮かべて、そう言った。

詩音「あらー、三人とも見えなくなっちゃいましたねー。早く追いかけないと」

魅音「誰のせいよ、誰の!もう、置いてかれ―」

詩音「でも…もしお姉が私に何か話したいことがあるなら聞いてあげなくもないですけど」

私の言葉をさえぎるように、詩音はそう言った。まだほほ笑みは残っていたけれど―真面目な表情だった。

魅音(う、うー……)

魅音「べ、別に、あたしはそんなことなんか―」

詩音「ふーん。本当にー?」

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 23:06:14.38 ID:eGqtvFqn0

同じ高さから探るように覗いてくる、鋭い眼。

小さい頃から苦手だった、自分の裏側まで覗かれそうな…そんな目だった。

魅音「ほ、本当に何にもないんだってー…!」

詩音「ふうん?ほ・ん・と・うに?」

魅音「本当!絶対に、本当!」

私は大きく首肯しながらそう言う。目は見ちゃ駄目だ。あの目に捕らわれたら言いたくないことまでペラペラと…。

沙都子「二人とも、まだやってらっしゃいますのー?」

すると、幸運なことに三人が消えていった所から、沙都子一人だけ戻ってきた。

沙都子「にぃも圭一さんもいい加減にしろって顔してましたわよー?」

魅音(沙都子、ナイスタイミングー!)

魅音「ほら詩音、そろそろ行かないとやばいって!そもそも元からぎりぎりの時間なわけだし!」

詩音「ちょっとおね―」

魅音「後で!まと後でにしよう!ね、沙都子?」

突然会話を振られた沙都子は怪訝な顔をしながらもうなずいた。

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/15(木) 23:17:32.29 ID:eGqtvFqn0

沙都子「まあなんでもいいでございますけど、早く――」

魅音「そう!さっさと行こう!ちゃきちゃき行こう!」

私は勢いでそう言って、沙都子の背中を押す。

沙都子「…?なんなんですの?」

詩音「…いいんですよ、沙都子は。たぶん、大人の話です」

沙都子「それは余計に気になりますわ!私もどう考えてももう大人なのですのよ!」

魅音「そういうのは就職が決まってから言おうねー。それに別に大人の話でもないから!」

沙都子「わー!それは言わない約束ですのー!」

騒ぐ沙都子をいじりながら、ふぅと安堵の息を吐く。

魅音(相変わらず詩音は勘がいいんだから…)

魅音(でも、今回ばかりは言いたく立って言えないし―)

ちらりと詩音を確認すると目が合う。

その目は言葉無くしても、「逃がさない」という意思を強く放っていた。

私はもう一度、音もなく溜息をついた。

274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 00:24:45.30 ID:3P14bbCT0

本家に着くと、すでに多くの親戚、村人、その他関係者の方々が屋内、屋外にごった返していた。

現実でもそうだったけれど、今日は平日なのだ。

それも葬式というわけではなく七回忌なのに、この人数。

その時…そして今日も園崎お魎という人はそれほどの物を持っていたのだということを、改めて感じた。


詩音「あ、お姉。ここにいたんですか」

魅音「うん。…結局手伝いもさせてもらえず追い出されてさー」

縁側で一人ビールを飲んでいると、全く同じことを考えていたのかビール瓶とグラスを持ってきた詩音もやってきた。

詩音「あははは。いつまで次期当主をやるつもりですか」

詩音「お姉に仕事をしても、得する人がいないどころか損する人がいますよー」

魅音「…はは、まったくおんなじことお母さんに言われた」

『あんたが仕事をしたら、お金をもらって手伝っている人間に示しがつかないだろ?立場をわきまえな!』

お母さんのこえと顔がまざまざと思い浮かぶ。

魅音(今朝は年賀状の仕分けが遅くて怒られてたんだけどねー…)

詩音「圭ちゃんとあの人は?さっきまで三人でお父さんと話してませんでしたか?」

276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 00:32:41.39 ID:3P14bbCT0

魅音「ああ、あの二人は三郎おじさんに連れてかれたよ。悟史の顔、さすがに仮面がとれかかってたねー」

詩音「あらー、そうですか。三郎おじさんは悟史君のこと大好きですからねー…相思相愛には一生なれなさそうですけど」

あはははは。私たちは二人で笑い、グラスを合わせて乾杯した。

魅音「沙都子はどうしたの?」

詩音「ああ、さっき梨花ちゃまからこっちについたって連絡があったらしくて、自転車で向かいにいきましたよ」

詩音「自転車で迎えにいって帰りはどうするか知りませんけど、ね」

魅音「あはは、あの年で二人乗りは恥ずかしいねー」

魅音「誰かに見られでもしたら、「あぶない!」「梨花ちゃま、なんてことを!」って大騒ぎなるよ、きっと!」

詩音「目に浮かびますねー。でも、あの子たちで「あの年」なんて言って…それ、自分の首を絞めるとは思いませんか?」

あははは。グラスを傾けながら、私たちは同じタイミングで笑う。

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 01:43:22.84 ID:3P14bbCT0

魅音(やっぱ、落ち着くな……)

自分と同じ顔をして、自分と同じような笑顔を浮かべる双子の妹を見つめながら、そう思った。

ふと、考える。

魅音(なんか、今と全く同じ様な状況が……。あ、そっか!)

そうだ。確か、現実の七回忌でも今と全く同じ状況になったんだった。

その時、私はもてなしの仕事が一段落つきここで休んでいて、今と同じように詩音がビール片手にやってきたのだ。

魅音(つくづく、私たちって双子なんだよなぁ……)

詩音「それでその時沙都子ったら―」

魅音「…?どうしたの?」

突然言葉を止めた詩音にそう尋ねると、詩音はスッと目を細めて私を見た。

詩音「…また、その顔」

魅音「――え?」

詩音「お姉、会ったときからたまに見せますよね?今みたいな顔」

魅音「い、今みたいな顔って、そんなあたし……」

あたふたする私に詩音は薄く微笑み、そっと右手をのばし床についた私の手の、甲に触れた。

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 01:51:00.50 ID:3P14bbCT0

詩音「もー、逃げられませんよ?」

詩音「さっきは沙都子に邪魔されましたけど、今度は話してくれるまで、離さない」

詩音「…いいですね?」

魅音「う、うぅ……」

睨んでいるわけではない。むしろ微笑んでいるはずなのに、私はすでにその目におびえ切っていた。

魅音(ここじゃ、誰も来てくれそうにないし……)

詩音「さあ、早くゲロっちゃった方が楽になりますよー?」

詩音「それともアルコールを摂取してゆるくなったお口から無理やり聞きだされる方がいいですかねー?」

魅音「うう、怖い!怖いよ、詩音…あんた、ちょっと迫力ありすぎ!」

詩音「おやおや、元園崎家次期党首様ともあろうものがこのくらいで怯えなさって…ねぇ?」

魅音「あんた、それ悩みを聞きだす人間の態度じゃない!絶対尋問かなんかだって…!」

私は勇気を振り絞って、詩音に捕まった左手を取り戻す。

魅音「ほんとに、なんでもないって!ただ、ちょっとだけ今日はぼーっとしちゃって…それだけだからさ」

魅音「悩みとか隠し事とか、そういうのは全然ないの。だから、心配しな―」

314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 01:58:40.50 ID:3P14bbCT0

私は動揺しながら身振り手振りを使って必死にごまかそうとする。

そんな姉の姿を、さっきまで頬笑みを浮かべながら攻めていた妹は――静かな目で、じっと見つめていた。

魅音「……ねえ、詩音。ほんとに何でもないんだってば……」

詩音「…へぇ、そうですか」

目をそむけ、うつむきながらつぶやく私に、詩音は一応の納得したという返事をくれた。

魅音(…ごめんね、詩音。でも、こればっかりはあんたにも相談出来ないの―)

数秒間の沈黙の中で私たちはそろってビールを開けた。

そろそろ何か別の話題でも…私が口を開こうとすると、先に詩音のほうが口火を切った。

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 02:05:16.77 ID:3P14bbCT0

詩音「…へぇー、そうですか」

詩音「お姉にとって私って、そんなに頼りにならない妹ってことですか。そうですか」

魅音(え…?)

魅音「あ、あたしは別にそんなつもりじゃ……」

詩音「じゃあ、なんでそんな見え透いた嘘をつくんですか?」

魅音「う、嘘、なんて………」

嘘なんかついてない!と、そう言うつもりだった。しかし、無理だった。

きっと、どんなに取り繕おうとしてもそれは無理だろう。

逆の時、私はそうだった。だから、取り繕う言葉すらもしりごんでしまうのだ。

詩音「……圭ちゃんのことでしょ?」

魅音「……え!?」

ドクン。心臓がすごい音を立てて跳ねる。

魅音(なんで、詩音がそのことを――)

322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 02:13:19.99 ID:3P14bbCT0

詩音「図星……ですね?」

魅音「………」

なんでなんでなんでなんで……。その三文字が頭の中でぐるぐると駆け巡る。

魅音(どういうこと?だって、そのことをこの世界で、私以外が知ってるわけ……)

詩音「…お姉。言ってくれないなら、あたしのほうから言っちゃいますよ?」

魅音「………っ?」

詩音「…いいんですね?」

魅音「うっ…………」

どうしようどうしようどうしようどうしよう………。今度はこの五文字に入れ替わる。

もう、わけが分からなかった。

魅音(なんで詩音が……詩音だけじゃ、ない……?)

もしかして、この世界全部の人間が私という乱入者のことを知っていて、みんなで私のことを見ている。

それを不憫に思った詩音が私に教えてくれようとしてる……とか?

いやいやいやいや……と思いながらも、それ以外に説明がつかないような気もする。

魅音(どうしよう…。言われるぐらいならこっちから先手を切った方が……)

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 02:23:11.09 ID:3P14bbCT0

しかし
えんえんと書き続けるのは辛いです。な
んかもう面倒くさくなってきたし…。
あしたも予定があるし、と
りあえず今日は適当にやめて
がっかりするみなさんの顔を想像して、
トーク番組を垂れ流しながら
うつらうつら眠りに落ちるとしますか……。

ガッカリしないでくださいね!たぶ
ん明日も一応書くんで。
ばとうしてくれても構いませんが、取
るに足らない表現は受け付けませんよ?

340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 02:42:57.19 ID:3P14bbCT0

魅音(…よし!)

魅音「あの――」

詩音「ズバリ、浮気でしょう!?」

魅音(………………………………?)

魅音(…………なんだって?)

私が、自分の言葉を遮って詩音が言った言葉を理解するのには数十秒の時間を要した。

魅音(………………………浮気?)

詩音「圭ちゃんのあの様子から察するに……喧嘩ってわけじゃないんですよね?」

詩音「とすると、お姉はたまたまその現場を見ちゃったけど、そのことを圭ちゃんにはいってない」

詩音「でも、そのこと自体忘れることはできないから、心ここにあらずでぼーっとしている」

詩音「どうです?違いますか?」

詩音はその言葉の後ろに違わないでしょう?という言葉を付け加え、胸を張って言い放った。

343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 02:55:07.21 ID:3P14bbCT0

魅音「………あ、っと――」

魅音(どうって……)

魅音(どうです?って言われましても…………)

詩音はこれを冗談で言っているわけではない。顔は真剣そのものだった。

しかし、これは何というかあまりにも……

私は、口元に手をあててゆっくりと、うつむく。

魅音(詩音は真剣に、あたしのことを心配してくれてる。これは、その心配の末に行き着いた愛情からくる推理で――)

魅音「……………ぷ」

詩音「…?おね――」

魅音「あはははは、あははは……、あはははははははは!」

我慢しきれなかった。口元にそえた手をお腹にあてて、私は腹の底から、笑った。

詩音「……!ちょっと、お姉!一体なんなの―」

魅音「ごめん…ごめん、詩音……。わかってる。あたしわかってるんだ…あははははは!」

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 03:03:51.21 ID:3P14bbCT0

詩音にきつく睨まれながらも、笑いは中々おさまらなかった。

ばれてるんじゃないかと思ったじぶんの勘ぐりと、詩音の事実無根な丁寧な推理。

二つの「それ」が重なって、なんだか私はおかしくて堪らないのだ。

魅音「ごめん…ごめん、ちょっと待って…。今止める…あはははは、あ―ぅ?!」

突然詩音の腕があがったと思った瞬間、ビシッ、という音が鳴り続いて首筋に激痛が走った。

魅音「―……いっ、たぁーーーい!な、ななな、なにすんの―」

詩音「ショック療法です!人の真剣さを無下にしようとする馬鹿で、不作法で、空気の読めない姉に対する天誅です!!」

魅音「どっち―」

詩音「ちなみに、まだあと二発残ってますよ?私の怒りの分と、私の悲しみの分です!さあ、覚悟しなさい!」

魅音「ちょっと……ちょっと待って!ごめん、あたしが悪かった!ほんと、ちゃんと謝るから勘弁して…」

私は狂気の視線で姉を見下ろす妹に頭を垂れる。

その垂れた頭を、鉄槌を振り落とすはずだった右手でガシガシと床にすりつけられるけれど、文句は言えなかった。

私も同じことをされたら、きっと同じくらい怒るだろうから。

349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 03:23:58.41 ID:3P14bbCT0

詩音「……お姉。私は今、本気で怒ってます」

詩音「自分がこぶしを収められたことが不思議なくらいに、本気でですなんでだかわかりますか?」

魅音「…はい。あたしが――」

詩音「たとえ事実とは違ったとしても、本気で心配してくれている人の言葉を真面目に聞こうとするどころか、あろうことか、大声で笑い飛ばす……」

詩音「これは空気が読めないってレベルじゃない……一種のハラスメントです!犯罪ですよ!」

魅音「詩音……。本当にごめんなさい……」

私は深く頭を垂れながら、詩音に謝り続ける。

これは当然の報いだから仕方あるまい。

とにかく、詩音に本当に心配がいらないんだってことを納得してもらって……。

詩音「………」

魅音「…?詩音………?」

352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 03:28:47.47 ID:3P14bbCT0

声が聞こえなくなったので、顔を上げてみると……詩音は沈痛そうな面持ちで唇を噛んでいた。

魅音「詩音……。そんな顔しないでよ…。悪いのは全部あたし―」

詩音「私は……そんなに頼りになりませんか?」

魅音「えっ……」

詩音「私は……お姉にとって抱えている悩みを打ち明けるには足らない存在……ということですか?」

魅音「そんなこと……」

詩音「だって、そうでしょう!?」

355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 03:50:16.78 ID:3P14bbCT0

詩音は音量は押さえて、でも叫ぶような口調でそう言って私に背を向けた。

詩音「私は真剣に……ただ、真剣に悩んでるお姉の力になりたいと思っただけなのに…」

魅音「詩音……」

詩音「お姉は……私の話、ちゃんと聞いてくれましたよね?」

魅音「え……?」

魅音(話って………あっ)

すぐにそれは思い当たった。そして、あることも一緒に気づく。

魅音「話って……悟史との…?」

詩音「……そうです」

詩音「私が周りの目を怖がって悟史君と…結婚したいってこと中々言い出せなかったとき、お姉は話を聞いてくれましたよね?」

詩音「今更どうして周りのことなんか気にするんだ、自身を持てって、言ってくれましたよね?」

魅音(こっちのあたしも……ちゃんとそう、言ったんだ―)

魅音「……うん。言ったね、そういう風に」

私は詩音の背中に話しかける。

359 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 03:55:04.30 ID:3P14bbCT0

魅音「でも、あれはそんな大したことじゃないよ」

魅音「あたしは、今更園崎家が北条家に遺恨なんて持ってないことはちゃんと知ってたんだもん」

魅音「だから、それを正しく詩音に伝えただけ―」

詩音「その大したことじゃない、ひと押しが!!」

詩音はまた、声を押し殺して叫んだ。そして囁くように続ける。

詩音「どれだけ私たちにとっての救いになったか……お姉、わかってるんですか?」

魅音(あ………)

台詞まで、全部同じ。

詩音が今言ったその言葉の…一言一句違わぬものを私は以前に一度、聞いていた。

魅音「詩音……」

詩音「今の私たちがあるのは、お姉のおかげなんですよ…?」

詩音「違うとは言わせません。だって違くなんてないんですから」

詩音「だから………」

360 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 04:02:33.38 ID:3P14bbCT0

詩音はすぅーと息を吸い、そして短く息を吐いた。

詩音「だから、私もお姉の力になりたかった。ただ、それだけなのに……」

詩音「迷惑なら迷惑、うざいならうざいって言えばいいじゃないですか!」

詩音「それなのに、あんなふざけたやり方でやり過ごそうとするなんて……あんまりですよ…」

魅音(詩音……)

私はゆっくりと立ち上がり、そっと詩音の肩に手を置く。

それはすぐにはじき返される。でも、私はあきらめない。

詩音を後ろから、抱き締めた。

詩音「今度はなんですか?そんなことされたって、私は―」

魅音「詩音……、ごめんね…」

魅音「本当に、ごめん。本当に……ごめんねー……」

私は詩音を抱きしめながら、ただひたすら、謝る。

魅音(ごめんね…ごめんね、詩音………)

魅音(二回も、こんなに傷つけて……ごめんね……)

363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 04:20:45.03 ID:3P14bbCT0

私は現実でも今とほとんど同じやりとりを詩音と交わした。

ただ、一つだけ決定的に違うのは……現実では詩音憶測を私が笑わなかった、という点だけだった。

383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 06:38:09.76 ID:3P14bbCT0

魅音「本当に…ごめんね……」

詩音「…もう、いいですよ。わかりました。あの粗相ことは多めに見てあげます」

詩音はそういうと、私の腕からのがれて私の方に向き直った。

詩音「それで…なんで悩んでるかは教えてもらえないんですか?」

魅音「………」

詩音「……そこはやっぱり教えてもらえないんですね?」

詩音の言葉に何も返せず、私はまた口ごもった。

でも、これも現実と違うのは……この園崎魅音は本当に悩みなんて無いだろう、ってことだ。

憶測だけど、きっとそう。だから、詩音を心配させたのはあたし……あたしなのだ。

384 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 06:46:22.42 ID:3P14bbCT0

魅音「……ごめんね、詩音」

詩音「ーーっ!私に言えないほどの悩みって――」

魅音「待って!…ちょっとだけ、私の話を聞いて?」

私に言葉を切られた詩音は、複雑な表情を浮かべながらも言葉を止めてくれた。

魅音(ありがとう……詩音)

魅音「あのね……確かにあたしは今悩んでる」

魅音「自分で何をどう悩んでいいか分からないくらい…悩んでるの」

詩音「――ッ!じゃあ―」

魅音「でもね!でも……こんなこと言われても信じられないかもしれないけど……」

魅音「その悩みは、明日の朝になれば消えてる。跡形もないみたいに消えてるはず」

魅音「どうしてって言われても答えられないけど、本当のことなの」

私がそう言って言葉を止めると、詩音は複雑な表情を浮かべて私を見た。

詩音「そんな出鱈目なこと…どう、私に信じろっていうの?」

詩音「さっきから言ってるけど、ごまかすくらいならもっとちゃんとした―」

魅音「ごまかそうとなんてしてないよ!」

385 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 06:55:26.76 ID:3P14bbCT0

魅音「…本当に、ごまかそうとなんてしてない」

魅音「あたし、詩音の真剣さちゃんと理解してるよ。だからあたしも真剣に答えてる!」

魅音(…あの日私はそれができなかったから――)

魅音「明日の朝になっても同じ顔してたら、またその時問い詰めてくれていいから――」

魅音「…お願い。信じて……?」

詩音「………………」

詩音はしばらくの間沈黙していた。ただ、真っ直ぐ私の双眸を見据えながら。

だから私も真っ直ぐ見つめ返す。その瞳はもう、怖くなかった。

そうだ。詩音の瞳が怖いときはいつだって……私に負い目があるときなのだ。

詩音「………そのわけのわからない話を私に信じろと?」

魅音「…うん。無理なのは承知で言ってる。でも……私を信じて」

詩音「………………」

詩音「…………………っはぁ〜」

また数秒沈黙が訪れたのち…詩音は長く息をついて、そしてほほ笑んだ。

386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 07:05:13.00 ID:3P14bbCT0

詩音「そんななんの確証もないような話を、ただ真摯に言っただけで信じてもらえるほど、世間は甘くありませんよ?お・ね・え?」

魅音「で、でも……今のあたしにはそうすることしか―」

詩音「本当に、馬鹿で世間知らずですねー、お姉は。全く、圭ちゃんに迷惑かけてませんかー?」

魅音「かけてない!……と、たぶん思うけど、えっと、それとこれとは違くてーーっ!」

あたふたと言葉を探す私の頬を、詩音は思いっきりつねった。

魅音「いひゃい!いひゃひゃひゃひゃひゃ…やめへよーー!」

詩音「さっきの目と、この痛みでしょうがないのでそのことを信じてあげますよ」

詩音「他ならぬ魅音の頼みだから、私はこんな馬鹿げた話を信じてあげるんですよ?そのありがたみ、ちゃんと感じてますかー?」

魅音「ひょっと、いひゃくひぇあんまわかんな…いひゃひゃひゃひゃ!」

詩音は満足そうに私のほほをつねったり伸ばしたり、もてあそんでる。

その痛さたるや、筆舌に尽くしがたかったけれど、それでも私は満足だった。

現実では見ることのできなかったあの日の詩音の笑顔を、ここでは見ることができたのだから。

391 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 07:17:55.72 ID:3P14bbCT0

  「おーい、しおーん!!詩音はどこだー!?」

悟史「しおーん。一体どこにいるんだよー?」

詩音「おやおや、タイミングよくお呼びがかかるもんですねー」

魅音「……ほんろらね」

廊下の奥から三郎おじさんと悟史の声が響いてきた。

三郎おじさんの声はなんだかすごく生き生きしていたけれど、対する悟史の声は……なんだか憔悴しきっていた。

詩音「…ここに隠れてお姉とじゃれあってるのも楽しいですけど―」

詩音「ちょっと可哀そうだし、旦那さまを助けにでも行ってきますかー」

魅音「そうだよ。このまま行くと悟史の園崎恐怖症がますます悪化しちゃうよー?」

ようやく解放された右ほほをさすりながら、私はそう言った。もちろん、本心で。

詩音「そうですね。じゃあ、ちょっと行ってきます」

詩音は空のグラスだけ持って、廊下に戻って行こうとする。

392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 07:21:25.22 ID:3P14bbCT0

詩音「――あ、その前に一つだけ決めときましょうか?」

魅音「…?何をー?」

詩音「明日、お姉が万が一今日みたいな顔してた時用の、罰ゲームですよ、ば・つ・げ・え・む!」

魅音「えー!信じてくれたんじゃなかったのー!?」

「それとこれとは話は別ですよ」とほほ笑んだ詩音の表情は、鬼を通り越して、なんていうか……サタンだった。

詩音「まあ、あとで私が勝手に考えておきますからお楽しみに」

詩音「じゃあ、旦那様助けに行ってきますね。またね、お姉!」

魅音「うん。悟史をいじめちゃ駄目だよー?」

私はそう言って、双子の妹の後姿を見送った。

魅音(なんか、変な約束とりつけちゃった……?)

魅音(まあ、でも……大丈夫だよね?この魅音なら)

私は詩音が置いて行った瓶ビールを傾けグラスに継ぎ、ぐいっと一気にあおった。

440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 13:43:48.30 ID:3P14bbCT0

蒐「あ、ちょっと魅音、こっち来なよ!」

ビールを一瓶開けて居間に戻るとすぐにお母さんに声をかけられた。

圭一「おう、魅音。どこ行ってたんだよ?」

蒐「そうだよ、あんた。ちょっとそこに座んなさいよ」

魅音「圭ちゃん、ちょっと……どうしたの?」

促されるままにお母さんの隣に座りながら、私は圭ちゃんを見た。

顔はタコみたいに真っ赤で、黒い喪服は皺くちゃによれ、挙句の果てには頬にすり傷が出来ていた。

圭一「…ん?あ、これかー。これはさ、その……」

蒐「三郎さんにやられたんだってさ。あの人はほんといつまでたっても飲むと子供なんだから」

魅音「三郎おじさん!?………なのは大体わかってたけど、こりゃまたこっぴどくやられたねー?」

背中に付いた畳ぼこりを払うと、あざが出来ているようで圭ちゃんは触るだけでもちょっと痛がっていた。

圭一「まあ、慣れてるっちゃー慣れてるしな。ただ、置き去りにしてきた悟史がちょっとだけ……不憫だったかな?」

蒐「あははは、いいんだよ、あの子は三郎さんくらいの方が」

蒐「他の人間だったら負い目を感じてよそよそしくしちまうけど、あの人はそういう気遣いを持ち合わせてないからね」

蒐「悟史も、逆にあれくらい振り回されてる方が、気が楽なんじゃないかい?」

441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 13:44:29.62 ID:3P14bbCT0

魅音「…まあ、とりあえず三郎おじさんは心から楽しんでるってことは確かだろうね」

お母さんと圭ちゃんのグラスにビールを注ぎ、自分のグラスにも注ぐ。

お母さんの座っている奥に大量のビール瓶が並んでいるけど…まさか一人で飲んだのだろうか?

蒐「そうそう、それで圭一。そっちの方は上手く行ってるのかい?」

魅音(…そっちの方?)

魅音(あ、さっき車でいってたプロジェクトってやつかな…?)

圭ちゃんは少し誰かかっていた姿勢をピンと立て直し、首元を整えた。

圭一「あ、はい。まだ100%とは言えないですけど、90%計画通りに行くと思います」

蒐「…その10%はなんだい?どこか不安箇所があるのかい?」

圭一「いえ。……どっちかというと、逆ですね。10%の確率で計画以上にいいものができるんじゃないかと思ってます」

蒐「……ほお?」

圭ちゃんは自信に満ちた表情でお母さんに視線を送る。

お母さんは数秒真顔でそれを受け止め、すっと不敵な笑みを浮かべた。

蒐「…圭一?あんた、あたし相手に適当が通じるとは思ってないだろうね?」

蒐「25歳にしてあんたを今みたいなポジションに置いてるのは、別に婿養子だからってわけじゃないってことは散々説明したよね?」

442 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 13:45:21.46 ID:3P14bbCT0

圭一「はい。きちんと理解してます」

蒐「あたしや、あの人はあんたの力量を信じてるんだ」

蒐「それを裏切ったら……迷わず切って行くからね?それだけは腹にすえておくんだよ?」

圭一「はい。わかってます…お義母さん」

二人はまるで私を空気のように扱い、緊迫した雰囲気を作り出している。

私はビールに口をつけることすら出来ずに、その状況を見つめた。

魅音(……なに、この空気?)

魅音(なんか……。とりあえずあたしにはとてもついていけないや―)

蒐「…………だったら」

蒐「ほら、もう姿勢を崩して乾杯のし直しだ。ほら、魅音も呆けた顔してないでちゃっと、グラス持ちな!」

魅音「……へ?あ、はい!」

圭一「まったく、何人ごとみたいに聞いてんだよー?口開いてるぜー」

圭ちゃんがそう言うと、二人は、あはははと笑い合っている。

私は結局なんの流れも読めないまま、二人とグラスを合わせた。

444 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 13:47:07.07 ID:3P14bbCT0

  「あ、ちょっと圭一君いいかーい?」

居間の人だかりの方から圭ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。

圭ちゃんはちらりとお母さんの方を向く。

蒐「行っておいで。あたしの方はもう大事な話は終わったんだからさ」

蒐「あとは、魅音も交えて孫の話でも―」

圭一「あ、じゃあ僕ちょっと行ってきます!」

圭ちゃんはあたふたとグラスをあけて、お母さんに一礼、私にアイコンタクトをして呼ばれた方に向っていった。

蒐「……まったく。圭一はいつまでたってもウブだねー。あたしたちはいつ、孫の顔を見せてもらえるんだい、魅音?」

圭ちゃんがいなくなったとたん、お母さんの攻撃対象は私へと移り変わった。

魅音「ま、孫!?えっと、そういう話はあたしの一存じゃ……」

蒐「だから三人で話そうと思ったら、圭一に逃げられたんじゃないかい。全く、あんたの魅力が足りないのが原因なんじゃないかい?」

魅音「うー、お母さんの意地悪ー…」

くっくっくっと、お母さんは意地悪く…そして楽しそうにほほ笑んだ。

私はその表情を見ながら、今朝の、私に対して本気の怒りをぶつけていたお母さんを思い出す。

いつからだろう。私は現実でお母さんのこんな楽しそうな顔を、久しく見ていなかった。

449 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 13:53:51.22 ID:3P14bbCT0

保守してくれていた皆さんすいません、ありがとうございました!

長らくお付き合いいただいて本当にありがとうございます。

このSSは一応今日、完成させようと思ってます。

今まで通り、今日もきっと書き込むペースがバラバラになってしまうと思います…orz

支援、保守してくれるみなさんには本当に申し訳ない限りです……。

できる限り加速してがんばるつもりなので、もし、まだこの続きに興味のある方は

今日一日だけ……お力添えおねがいしますorz

506 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 18:31:59.37 ID:3P14bbCT0

魅音「…あのさ、お母さん」

蒐「ん?なんだい改まって。」

魅音「うん。ちょっと、聞きたいなー、と思って」

蒐「何だい、もったいぶって。ほら、早くいいなよ」

お母さんはやけにテンションが高かった。

そんな姿を見ていると、段々と切なくなってくる。

魅音(…駄目駄目。顔に出るぞ、園崎魅音)

魅音「あ、うん。その、圭ちゃんなんだけどさ―」

魅音「…どう?頑張ってる?仕事とか、色々」

蒐「はぁーー?」

私がそう質問すると、お母さんは本当に怪訝な顔をして私を見た。

蒐「そりゃ、あたしがあんたにするべき質問なんじゃないかい?」

魅音「あ、えっと……まあ、そうなんだけどね―」

魅音「なんかこう、そうじゃなくて……あ、お母さんの評価を聞きたいの!客観的に見た圭ちゃんの評価!」

蒐「ふーん…?」

509 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 18:38:34.31 ID:3P14bbCT0

お母さんはなおも怪訝な顔で私を見る。

でも、少しの酔いもあって私はしっかりお母さんに食い付いた。

魅音「ね!お願い!」

蒐「まあ、別にかまわないけど……唐突にそんなこと言いだすなんて…、おかしな子だね、本当に」

ぐいっとまたグラスを傾け、ビールを仰ぐ。私はすかさず、空になったグラスにビールを注ぐ。

蒐「でも、あたしゃ仕事の内実までには目を光らせてないから、特に面白い事は言えないよ?」

魅音「うん、いい!それでも、いいよ!」

強く頷き、私もビールを仰ぐ。今度はお母さんが私に注いでくれた。

蒐「……ったく。その代わり今から離す事を圭一に絶対言うんじゃないよ?」

魅音「うん、わかった。…でも、なんで?」

蒐「あたしゃ、期待してる人間にはとことんスパルタで接するのはあんたもわかってるだろう?」

蒐「まあ、圭一も半分わかっちゃいるだろうけど……狎れ合いの関係になるのはもっと年を取ってからで十分さね」

お母さんはもう一杯あける。すぐに注ごうとすると、その手を止められた。

蒐「魅音。…あたしゃ、正直言うとね。最初は圭一に対して不安なところがあったんだよ」

魅音「…不安?圭ちゃんに?」

510 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 18:40:56.41 ID:3P14bbCT0

「ああ、そうさ」と言いながらお母さんは一体どこに隠してあったのか背後から大吟醸を取り出し、コップにごぼごぼと注いだ。

蒐「あの子の若いころの活躍はあんたを通して―まあ、通さずともきちんと見てたよ」

蒐「あの口の回りと行動力。些か冷静さに欠けるってとこはあったけど…まあ、そんなの大人んなりゃ身につくってもんさ」

蒐「それに……あの子には人を引き付ける魅力みたいなのがある」

蒐「本人の自覚がなくても、魅力がある奴ってのは周りに人を集めるってもんさ」

私は真剣に頷きながらその話を聞く。

魅音(お母さん、そんな風に圭ちゃんのこと見てたんだ……)

蒐「でもねー…、なんていうか、ちょっと行き過ぎだなって思っちまうこともあったんだよ」

魅音「行き過ぎ?」

蒐「そう。若いうちに、ちょっと出来上り過ぎちまってるんじゃないか、ってね。早盛晩弱によくあるパターンに見えたんだよ」

蒐「ああやって、早いうちに自分の「流れ」って奴を作っちまうような人間は、必ず先々どこかでうぬぼれる」

蒐「うぬぼれた時点で、成長の可能性はなくなるからね。あの子はそういう類だと思ってたんだよ、あたしは」


514 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 18:55:07.55 ID:3P14bbCT0

大吟醸を豪快に音を立てて飲みながら、お母さんは話し続ける。

蒐「でも……あの子は違ったねー。圭一はどこまで行ってもいい意味で自分に自信がなかった」

蒐「自惚れることもなくすっと真っ直ぐ大人になって、責任も冷静さも身につけた」

蒐「あの、荒唐無稽に見える口車もねぇ、今の圭一が言うと信じてもいいと思えるんだよ」

蒐「昔見たいに信じてあげてもいいなんて上からの目線じゃなくてね」

お母さんはそこで言葉を切って…にやりと笑って、私の頭をはたいた。

魅音「ちょっ、お母さんいた―」

蒐「ったく何恥ずかしいこと言わせんだい、この子は!すっかり酔いがまわっちまったじゃないよ」

ごぽごぽと音を立てる度に大吟醸はお母さんの中に消え、それは高らかな笑いに変わる。

蒐「全く、本当に……おおばば様に見せたいねぇ、今の圭一を」

魅音「うん……。見せたい……」

深く頷きながら、現実の七回忌を思った。

あの日、私は今の台詞とは全く逆の事をずっと考えていたのだ。


516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 19:17:08.11 ID:3P14bbCT0

蒐「……全く。ほら、貸しな」

お母さんは私のグラスを奪い、ビールを一気に開けてそこに大吟醸を流し込んだ。

蒐「乾杯しようか。……おおばば様にさ」

魅音「…うん」

カラン。微かな音をたててグラスは交わり、私達は黙ってその液体を飲み干した。

蒐「あんたとも、こんな風に盃を交わしながら話せるようになったんだねー…」

魅音「お母さん、何年それ言うつもりー?」

蒐「そんなん、知らないねぇ。あたしが飽きるまで言い続けてやるさ」

お母さんはくっくっくっと、満足そうに笑みをこぼした。

魅音(お母さん……幸せそうだなぁ)

ぐびぐび。自分も負けじとコップを傾ける。

魅音(でも……なんで、そんな幸せそうなの?)

魅音(なんで、そんな満足そうにしてるの?)

魅音(あたしが……雛見沢を捨てて東京に行ってるこの世界で)

521 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 19:41:16.16 ID:3P14bbCT0

魅音「ねえ、お母さん…?」

蒐「……なんだい?」

お互い少し酔いがまわってきているみたいだった。

お母さんの充血した眼の中に、目を充血させた自分の姿が見える気がする。

魅音「ついでに、もう一個だけ質問してもいい?」

魅音「今度は、もっと単純な質問」

蒐「……今日は本当にどうしたんだい?やけにしみったれてるねぇ」

蒐「まあ、しみたれっててもいいのかもねぇ。騒がしさのせいで忘れちまうけど、七回忌ってのはそう言うもんだ」

私は一気にグラスを傾けて、大吟醸を飲み干し、尋ねる。

魅音「あたしが……雛見沢を捨てたこと、何とも思ってないの?」

蒐「…雛見沢を捨てた?あんたが?」

魅音「うん…。だって、あたしは今東京にいて、圭ちゃんと結婚してて、本家には用がある時に帰るくらいでしょ?」

魅音「ばっちゃが死んだ時、あたしには雛見沢に残ってばっちゃの仕事を注ぐ選択肢もあった。当主なんて冠がなくても、本家には沢山の仕事があるし…」

魅音「でも、あたしは東京に残った。つまり雛見沢を……」

522 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 19:43:36.65 ID:3P14bbCT0

蒐「あんた―」

言葉の続きはお母さんに奪われてしまった。

お母さんはじとっとした目で私を見る。

そして…一発思い切り私の頭をはたいて、次にはもう笑っていた。

蒐「あんたは、ほんとに馬鹿な子だねー…」

魅音「…!馬鹿って、あたしは―」

蒐「いいや、あんたは馬鹿だよ。本当に、馬鹿。今だにそんな事気にしてたのかい?」

もう一度、今度は柔らかく頭を叩き、お母さんは「違うだろ?」と囁いた。

魅音「…え?何が違うの?」

蒐「あんたは、雛見沢を捨ててなんかないだろ?だって、いま、ここに戻ってきてるじゃないかい」

魅音(あ……)

蒐「雛見沢に生きて、雛見沢に骨を埋める。確かに少し前までは園崎当主としてそう生きるのが義務付けられて、あんたはそう教育されてきた」

蒐「でもさ…あんたは時代が変わった瞬間を、その目で見ただろ?きちんとさ」

魅音「………」


529 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 19:56:34.37 ID:3P14bbCT0

蒐「園崎の鎖を強くした張本人自ら、それを断ち切った瞬間を、あんたはちゃんと見ただろ?」

魅音「………うん。見た」

蒐「じゃあ、後は一体何をどう考えれば今のあんたが雛見沢をすてたことになるってんだい」

蒐「それとも何かい?あんたまさかこの年になってホームシックにでもかかったんじゃないだろうねぇ?」

魅音「…あはは、違うよ。…ごめん、ほんと」

魅音「あははは、そうだったんだ…はは。あー、あたし何やってんだろう…」

蒐「ん、なんだ、酔っ払いかい?この程度の酒で情けない…」

私が笑い始めると、お母さんはまだまだだねぇと微笑みながら、更に大吟醸を飲み続けた。

本当は、私だって、酔ってしまいたかった。

でも、頭の中は腹立たしい程に……冴えているのだ。

魅音(そうだったんだ。…でも……しょうがなかったんだよね。あの時は)

魅音(先のことなんて見えなかった…だから、あたしは雛見沢に残らなくちゃって思った)

魅音(だから……どれだけこの世界のお母さんが嬉しそうでも、あたしにはどうしようもなかったんだよね?)

今日現実でお母さんに言われた言葉が鋭く胸をよぎる。

しかし、私はそれを無理やり無視して、この世界のお母さんの笑顔を見続けた。


594 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:42:13.94 ID:3P14bbCT0

梨花「沙都子は本当にそういうところが進歩しないねー」

沙都子「なんですってー!?梨花こそ、もうかれこれ7、8年全然変わらないま
んまじゃありませんのー!」

梨花「そういう身体的なことを言いはじめた時点でもう沙都子の負けだよー」

魅音「あはは、そうだねー沙都子。あんたが口で梨花ちゃんに勝つにはあと百年
はつまなくちゃねー」

圭一「そうだぜー沙都子」

圭一「つーか、お前未だにそんな変な口調だから、いつまで経っても就職がきま
んねーんじゃねーか?」

沙都子「う、うーー……。その話はご法度のはずでしてよ…?」


七回忌も終わり、お客さんがほとんど引き上げていき、本家にはそれなりの静け
さが戻っていた。

結局、そのまま本家に泊まることになったこの世界でのいつものメンバーは、私
と圭ちゃんの寝室に集まっていた。

597 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:43:10.78 ID:3P14bbCT0

沙都子「べ、別に就職が決まらないのはこの口調のせいではありませんでしてよ!」

沙都子「第一、普段は普通の口調で―」

詩音「はーい、みなさーん。そろそろ就寝の時間ですよー」

沙都子の言葉を切る様に襖が開くと、そこには詩音とげっそりした顔の悟史が立っていた。

圭一「おー、悟史。やっと生き返ったかー!」

悟史「はは…、まあ、おかげさまで……」

梨花「悟史、お久しぶり。大変だったみたいだね」

悟史「ああ…、梨花ちゃん。大変だなんてそんな……」

沙都子「…あれを大変と言わずに何を大変と言いますの?」

悟史は襖に手をかけ、肩で息をしていた。

それもそのはず、悟史はついさっきまで、どのような経緯があったのかはわからないけれど、気を失っていたのだ。


598 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:43:44.47 ID:3P14bbCT0

魅音「…まあ、三郎おじさんも悪気があったわけじゃないんだけどねぇ…?」

詩音「まあまあ、生きてるんだからいいじゃありませんか!」

バシンと詩音は悟史の肩を叩く。がくんと体勢が崩れ、倒れる寸前に見えた。

詩音「それより、ほら、そろそろ就寝時間じゃありませんか?」

沙都子「えー、たまになんですからもう少しくらいいいじゃありませんのー!」

詩音「私だって、20を超えた人間の集まりに対してこんなこと言いたくありませんよ?」

詩音「ただ、その中に一人、明日東京にとんぼ返りして、面接に行かなきゃいけない人がいるみたいだからこう言ってるんですよ?」

圭一「そうなのか、沙都子!?」

沙都子「……目をそむけたくなるような現実ですわ――」

俯いて肯定する沙都子の頭を梨花ちゃんが優しくなでる。

梨花「ほら、就活が終わったらいっぱい遊ぼうね!だから…頑張ろう、沙都子?」

沙都子「うー…終わりが見えませんのー…」

私は俯く沙都子に何とも言えない切なさを感じる。

だって、沙都子は一月になっても結局就職が決まってないのだから。

魅音(励ましたいのはやまやまなのに、なんかこう、罪悪感が……)


599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:44:28.36 ID:3P14bbCT0

圭一「大丈夫!沙都子なら絶対やれるって!それを信じてさ、頑張れ!」

詩音「そうそう、圭ちゃんの言うとおり。そんな気でいたら受かる会社も受からなくなっちゃいますよー?」

悟史「…そうだよ、沙都子。辛いかも知れないけど、頑張ろう?」

みんな口々に沙都子を励ます。

魅音(そうだよね。こっちの世界は全部あたしの現実と同じになるってわけじゃないんだ)

魅音「…沙都子。あんたはいつからそんな弱虫になったの?」

魅音「トラップ名人のあんたが就職先の一つも落とせないはずがないじゃないよ!」

梨花「うん、そうだよ。みぃの言うとおり。だから、安心して今夜は眠ろう?」

沙都子はまだイジイジと畳の目をいじっていたけれど、「わかりましたわ…」と一言つぶやき、立ち上がった。

沙都子「そうですわね……。最初から自信をなくしていたら受かるものも受からなくなってしまいますわ!」

沙都子「よし!絶対明日の面接は通る…通って見せますわ!!」

こぶしに力を入れ、そう宣言した沙都子に私達は応援の言葉をかける。


600 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:45:14.71 ID:3P14bbCT0

魅音(…沙都子。決まればいいね、就職)

沙都子「じゃあ、明日に備えて早速寝ますわ!」

詩音「おーやおや。現金なことで」

沙都子「うう…、ねーが意地悪ですわ」

悟史「まあまあ…じゃあ、圭一、魅音、また明日。おやすみ」

詩音「良い夜を〜〜」

梨花「おやすみなさーい」

沙都子「おやすみなさいませー」

圭一「おう!おやすみー」

魅音「みんな、おやすみー…」


602 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:45:58.34 ID:3P14bbCT0

みんなが出て言った後の部屋は、あっという間に静かになった。

圭一「じゃあ、俺たちも寝るか?」

魅音「う、うん………」

私達は、ほんの数センチしか離れていない布団に横たわり、そして電気を消した。

魅音(…うーー。なんか、緊張するなぁ…)

私は布団の中でそわそわしながら、隣をうかがう。

しかし、数分後しっかりと隣の布団から圭ちゃんの寝息が聞こえ始めた。

魅音(うわっ、寝るのはや!)

ちらりと横を見ると、圭ちゃんは寝がえりを打ってこっちを向いた。

魅音(うー…、近いよー……)

暗闇の中で、圭ちゃんの寝息が聞こえる。


603 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:46:56.12 ID:3P14bbCT0

最初は心臓の音がうるさいくらいになっていた。

でも………、見慣れた天井の木目と、豆電球の黄色い光を見ているうちに…。

そんな気分はいつの間にか消え去り、楽し過ぎて忘れてしまいそうになっていた現実がよみがえり始めた。

魅音(なんでなんだろう……)

木目の数をあてどなく数えながら考える。

魅音(どうして、私は……)

冷たい足の先を擦り合わせながら自問する。

魅音(この世界にこんなにも―)

言いようのない罪悪感と、それに矛盾する感情がせめぎ合う。

魅音(どうして私はこんなにも、レナがいない世界に安心しているんだろう…)


607 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:51:01.51 ID:3P14bbCT0

私はレナの事が、好きなはずだった。

昔も、今だってもちろん親友だと思っていたはずだった。

でも、それなのに私は……

レナのいない世界に、こんなにも安らぎを感じてしまうのだ。

魅音(…圭ちゃん――)

私は隣の布団で寝息をたてている、圭ちゃんの横顔を見る。

手を伸ばせばすぐに触れられる。でも、私はそうしなかった。

魅音(そんなことしても、ただ寂しくなるだけだ)

魅音(だって、明日からはまた、いつもの現実が始まるんだから)

結局私は一日この世界で過ごしたけれど、何の答も見つけることが出来なかった。


610 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:53:42.83 ID:3P14bbCT0

魅音(でも……いいや)

私はゆっくりと瞳を閉じる。

魅音(考えるのは……もう、怖いんだ)

魅音(また、明日から現実は始まるけど、この世界の園崎魅音を思い出せば少しは楽に―)

  『―心が楽になりますか?』

―――すると、暗闇の中から朝に聞いた優しい、そしてどこか懐かしい声が胸の中に満ちた。

魅音(え……?)

  『それが、あなたにとってこの世界で気づいたものですか?』

魅音(………)

  『それが、あなたの想うあなたの心の、真実ですか……?』

魅音(………)

  『………魅音?』


611 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/16(金) 23:54:17.55 ID:3P14bbCT0

魅音(………違う…とは、思うよ)

魅音(…でも、あたしは結局なんの手がかりも見つけられなかった……)

魅音(ただ、この世界の魅音が幸せなのを実感するだけで、それ以外は何にも――)

  『いいえ、違いますよ、魅音』

魅音(…………え?)

  『あなたはこの世界で、ちゃんと全ての答えへの糸口をつかんでいました』

  『ピースはすべて、揃っている。後はあなたがそれを正しい形に当てはめていくだけなのです』

魅音(……どういうこと?)

  『あなたには振り返るべき、過去があります』

魅音(……過去?)

  『はい。あなたがこの世界で掴んだ糸口を辿っていけば、そこにたどりつくのです』

616 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:00:47.13 ID:OAO1U/S80

『魅音。あなたに今一度、問います』

  『あなたは、自分と向き合い、真実を受け入れる覚悟がありますか?』

魅音(………)

魅音(…うん、わかった)

魅音(だから、見せて。あたしにその過去って言うやつを―)

  『はい、了解なのですー』

  『じゃあ…魅音。ボクの言葉が途切れたら、ゆっくりと目を開いてください』

  『瞳を開けば、きっとその過去はあなたの前に広がっているはずなのです。では――』

617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:01:31.37 ID:OAO1U/S80

魅音(あ………)

魅音(……うん)

暗闇の中で、私は強く頷く。

魅音(…うん、わかった)

魅音(…見せて。あたしにその過去って言うやつを―)

  『はい、了解なのですー』

  『じゃあ…魅音。ボクの言葉が途切れたら、ゆっくりと目を開いてください』

  『瞳を開けば、きっとその過去はあなたの前に広がっているはずなのです。では――』


650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:40:24.51 ID:OAO1U/S80

ジジジジジジジジージー。ジージジジジジジジジジジー。

声が聞こえなくなり、しばらく経つと遠くから蝉の鳴き声が聞こえ始めた。

その音はやがて大きくなり、視界は少しずつ明るくなっていった。

魅音(―ん。ここは……?)

ゆっくりと目を開くとそこは目をつぶっても歩ける程に、見慣れた場所だった。

魅音(…?)

私の意識とは無関係に体が勝手に動いて行く。

間違いなく私の意識は自分の体にあるのに、言うことを聞かないどころか、私にはそもそも主導権がないようだった。

自分の乗っている車を、誰かがリモコンで操縦している……そんな感じだった。

魅音(これは……いつだろう?)

私の体は二階の階段をドタドタと音を立てながら一階に下りる。


651 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:41:05.19 ID:OAO1U/S80

ピンポーン。その時玄関のチャイムが鳴った。

魅音「はいはーい!」

魅音(……!?)

魅音(あたしが勝手に喋った?)

私の体は「ちょっと待ってねー!」と言いながら小走りで玄関に向かう。

魅音(これは……いつのことだろう?)

揺れる視界を見ながら段々と認識する。

おそらく私は……過去の私の五感だけ認識しているのだ。

魅音「ごめんごめん、おまたせー!」

そう言って過去の私は扉を開く。

そこに立っていたのは……高校時代のブレザーを着た、レナだった。


653 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:43:00.86 ID:OAO1U/S80

魅音「あ、レナじゃん!どしたの?」

魅音(…!レナ!)

二つの自分の声が重なって聞こえる。

レナ「あ、ごめんねみぃちゃん。もしかして、勉強中だった…?」

見慣れた制服姿のレナは心配してる風なことを、いいながらちらちらとケーキの箱をちらつかせた。

魅音「そんなもんちらつかせながら、何?あたしを誘惑しに来たわけー?」

レナ「あははは、うん。みぃちゃんせいかーい!」

過去の私とレナは笑いながらそんな事を言いあい、二人で居間に入っていく。

魅音(あ…れ……?)

私は今のそのシチュエーションに確かに、覚えがあった。

魅音(これ……なんだっけ?)

私が考えている間に、私はお茶を準備して、レナはケーキの箱を開けていた。

視界に映るレナの姿を見ながら、私は胸がヒリヒリするほど傷むのを感じた。

658 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:51:04.39 ID:OAO1U/S80

魅音(レナ……)

高校の頃のブレザー。

同じ高校で二年、あたしが卒業してからもまた一年。

みんなで集まる回数が減ってきていたあの頃、いつも一緒にいたのは同じ高校に進んだレナと圭ちゃんだったのだ。

レナ「みぃちゃーん。チーズケーキの方でいい?」

魅音「あ、いいよいいよ。買ってきてもらったんだからどっちでも好きな方で」

過去の私は、先に座りケーキを皿に乗せているレナの横顔を見ていた。

魅音(レナ………)

沢山の感情が入り混じって、少しも判別が付かない。

でも、とりあえず……これが本当の私の体だったら、私は涙を流していたと思う。

全部の感情の外側で、私はただただ、懐かしかった。

レナの横顔に、楽しかった時代全部を見た気がして…切なくなった。


665 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 00:58:57.54 ID:OAO1U/S80

過去の私とレナは他愛もない話をしながら、時間をかけてケーキを食べた。

その内容から、この時点の私は浪人中でレナと圭ちゃんが高校三年生だということがわかった。

魅音(……なんだろう)

このシチュエーションには確かに見覚えがあった。

私が家でゴロゴロしている所に、テスト終りのレナが一人で遊びに来る。

よくあった状況のような気もするけれど、どこか引っかかるものがあった。

レナ「でねでね、その時佐藤先生がね―」

魅音「うわぁ、すっごい状況が浮かぶなー…」

そこで、一瞬だけ、二人の間に沈黙が生まれた。

カタッ。過去の私が「ごちそうさま」と言ってフォークを受け皿の上に置く。

そして言った。

魅音「…レナ。勘違いだったらいいんだけど……もしかして、あたしにちゃんとした話があって来たんじゃない?」


671 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:10:29.16 ID:OAO1U/S80

魅音(あ……)

少しの沈黙の後に、真面目な顔をして私をみたレナの表情を確認して、思い出した。

魅音(この日は………)

レナ「……うん。そうだけど、でも実際は……話してもらいにきた、かな?」

魅音「…ん?」

魅音(やっぱりそうだ……)

レナは静かに、全てを見据えようとする目で私の事を見る。

この時、私は…おびえていた。レナがどんな話をするのだろうか、と怖くて脅えていたはずだ。

レナ「ねぇ、みぃちゃん。私と圭一君に報告すること、ない?」

魅音「報告することなんて、別に……」

レナ「じゃあ、報告しなくてもいいと思ってるの?」

魅音「そ、それは……」

過去の私の声は震えていた。

レナの目は……怒っていた。


678 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:17:35.71 ID:OAO1U/S80

レナ「ねぇ、みぃちゃん。どうしても、自分の口から言ってくれないの?」

レナ「レナがこんなに頼んでも?どうせ後になれば分かる事なのに?」

魅音「…………」

魅音(…………)

レナは数秒間黙り、私を見つめた。

でもそれが利かないと分かると、ふぅーとため息をついて、そして……悲しそうな顔を見せた。

魅音「レナ……、あの……」

レナ「しぃちゃんから聞いたの。今朝ね、興ノ宮に戻ってきたところを、ばったり会ってね」

レナ「しぃちゃん、受験勉強大変ですねって。だから私、答えたよ?三人でやると、楽しいんだよ、って」

レナ「そしたらね、三人って誰ですか、って。だから答えたの。レナと、みぃちゃんと、圭一君だって」

魅音「レナ……」

魅音(レナ……)


684 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:28:17.98 ID:OAO1U/S80

レナ「ねぇ、みぃちゃん……なんで教えてくれなかったの?」

魅音「………」

過去の私は唇をかんでいた。

悪かったって思ってたんだっけ?と思ったけれど、少し考えて、そうじゃない事に気づく。

魅音(そうだ、この時私は………)

レナ「なんで、こっちの大学に、しかも秋入学が決まったってこと……黙ってたの!?」

魅音「レナ……」

レナ「みぃちゃん、東京の大学行くってずっと言ってたじゃん!」

レナ「それで行くなら一流って言って、無謀なぐらい難しい大学受けて落ちて、それでもまた一年浪人して、頑張るって言ってたじゃん!」

レナ「三人で勉強しながら、みんな合格して、揃って東京に行こうって言ってたじゃん!」

レナ「何で少しも相談してくれないの!?何で何も教えてくれないの!?」

レナ「みぃちゃんが一番の友達だと思ってた。それってレナだけなの!?ねえ、みぃちゃん!」


689 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:35:51.54 ID:OAO1U/S80

レナははぁはぁと息を漏らしながら、俯いているわたしの事を見つめている。

私は……強くこぶしを握っていた。

そして、くだらない事を考えて……憤りを胸の中に募らせていた。

『あんたたち二人のためじゃない!』

その言葉が喉元まで出ているのを我慢しながら、必死に耐えていた。

魅音(なんて……馬鹿だったんだろう……)

魅音「……………」

レナ「……何にも言ってくれないの?」

レナ「何で言ってくれなかったのかも教えてくれないの?」

過去の私はひたすら黙り続ける。私は…苦しかった。

我慢するのが、苦しかった。この体を今すぐ、明け渡してほしかった。

でも、このときの私は何も言えないのだ。

それをただ、信じていえないのだ。


694 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:45:32.64 ID:OAO1U/S80

レナ「……大学の話の他にもね、しぃちゃんから話を聞いたの」


魅音「………っ!」

レナ「先に言っておくけど、しぃちゃんは悪くないよ?私が無理に聞いたの」

レナ「もし、その事が、みぃちゃんが進路を突然変えた原因になってるんだったら……全部みぃちゃんの勘違いなんだよ?」

レナの声が少しだけ、淀む。

過去の私はそれでも俯いたまま下を向いたまま…

ただ小さく答えた。

魅音「……ううん。その事は…関係ないよ」

レナ「関係ないの?じゃあさ、その事についてみぃちゃんがどう考えてるか、教えてもらっていいかな?」

魅音「………」

魅音「……あたしはただ、二人が仲良く―」

レナ「ほら、やっぱり!!」


699 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 01:56:26.08 ID:OAO1U/S80

見てる皆さん、すいません。ある事実が発覚しました。

……………終わりませんorz

どう考えても、完全にちゃんと書くには時間が足りません……。


そこで、今一度みなさんにお尋ねしたいのですが、

1ショートカットして無理やり終わらせる

2次スレにて完結

2は本当です。だらだら続けず、今度こそ絶対終わらせます!

すいませんがどちらか選んでいたいてよろしいでしょうか?

よろしくお願いします……orz

あと支援保守してくれてる皆さん、本当にありがとうございます……

752 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 02:24:06.94 ID:OAO1U/S80

たくさんの意見本当にありがとうございますorz

ではほんとうに申し訳ないですが、次スレでもお付き合いください…。

スレのほうですがみなさんのご指摘通り、パー速の方にたてようと思います。

スレタイは同じでパート3にしようと思います。

よろしくおねがいします…orz

774 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 02:47:34.49 ID:OAO1U/S80

テーブルの上で、レナの手が震えている。

私の手もテーブルの下で震えていた。

…今の私なら、この状況をたった一言で解決することができた。

でも、それが叶わない。これはもう……遠い日に過ぎてしまった出来事だった。

レナ「ねえ、みぃちゃん。みぃちゃんが今してるのをなんて言うか知ってる?」

魅音「………」

レナ「…当て水量って言うんだよ?私と圭一君が何をしているところを見たの?」

レナ「近くで見たの?確認したの?私…には聞かなかったんだか、圭一君にでも聞いた?聞いてないでしょ?」

レナ「みぃちゃん。勝手に勘違いして、憶測して…そう言うのって週刊誌とかがやることなんじゃなかな?」

レナ「同じ学校で勉強して、一緒にご飯を食べて、遊んで、泣いて、笑って、ケンカをして……そんな仲間に対してすることなのかなぁ!?」

魅音「…じゃあさ……」

やっと言葉を口にできた私の声はかすれ切っていた。


777 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 02:50:43.23 ID:OAO1U/S80

一応、パー速のほうがいいかな?と思ったのは保守のが大変じゃないからなんですけれども…

vipのほうがいいって方もいるみたいですね……

vipだと保守大変じゃないですか?

あと、出来ればvipのほうがいい理由が知りたいのですが…

791 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 03:13:20.46 ID:OAO1U/S80

魅音「…じゃあ、あの時…なにしてたの?」

レナ「少なくとも、みぃちゃんが考えてるようなことじゃ全然ないよ」

レナ「でもさ、みぃちゃん……。レナがいまここでそのことについて正直に説明したら、信じる?」

魅音「……………」

魅音「…うん、信じるよ…」

嘘だった。過去の私は、わかりやすい程の嘘をついた。

レナの目は揺れていた。あの日は気付かなかった事に今気づく。

レナは………今にも泣き出しそうな表情をしていた。

レナ「…本当に、信じてくれる?」

魅音「…うん。信じる。約束する」


795 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 03:22:59.41 ID:OAO1U/S80

なるほど……。皆さん、いろいろとありがとうございます!

決めました。タイトル同じでvipにたてます。

自分勝手で本当にすいませんが…やっぱり期間が決まっていないと終わらないような気がするので……

保守していただくのはすごい申し訳ないですが………

なんとか、面白いものをかくよう努力するので、よろしくお付き合い願います。

今日はもうちょっと書きますが、00:00以降のは次スレにも張るつもりなので、

このスレを保守してくれているみなさん、もう無理はせずおやすみくださいorz

明日の夜九時過ぎ頃たてます。

806 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 03:52:11.61 ID:OAO1U/S80

レナ「…じゃあ、わかった。話すよ…?」

レナ「あのね、あの日私熱があったの」

レナ「でもね、どうしても一日勉強できない日があるのは不安だったから、興ノ宮の図書館に行ってたの」

レナ「その日…みぃちゃんと圭一君は買い物に行ってたよね?」

魅音「……うん。午前中ね」

確かに…そうだった。

何を買ったかは全く覚えていなかったけれど、レナも行かなかった所を見ると、マウンテンバイクかそこらだった気がする。

レナ「買いものに言った後…みぃちゃんと圭一君は別れて帰ったんでしょ?」

魅音「…圭ちゃんが寄りたいところがあるって言ってたからね」

過去の私の言葉は少し鋭かった。

この時私は、その時いった圭ちゃんのよりたいところはレナの元だったんだと、思って止まなかったのだ。


808 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 03:56:21.91 ID:OAO1U/S80

今日はここで寝ますorz

一応、ある程度書きためてからかくつもりですが、最後まで書きためるのは…しないかもしれませんorz

本当に個人的な話、レスポンスを見ながら書くとすごいモチベーションがあがるんです…

夜九時はいちおう明日のつもりです。

もしかしたらもう少し遅れるかも知れませんが明日中には立てるので……

では、保守、支援してくれたみなさん本当にありがとうございました!おやすみなさい。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:14:32.53 ID:OAO1U/S80

梨花「沙都子は本当にそういうところが進歩しないねー」

沙都子「なんですってー!?梨花こそ、もうかれこれ7、8年全然変わらないま
んまじゃありませんのー!」

梨花「そういう身体的なことを言いはじめた時点でもう沙都子の負けだよー」

魅音「あはは、そうだねー沙都子。あんたが口で梨花ちゃんに勝つにはあと百年
はつまなくちゃねー」

圭一「そうだぜー沙都子」

圭一「つーか、お前未だにそんな変な口調だから、いつまで経っても就職がきま
んねーんじゃねーか?」

沙都子「う、うーー……。その話はご法度のはずでしてよ…?」


七回忌も終わり、お客さんがほとんど引き上げていき、本家にはそれなりの静け
さが戻っていた。

結局、そのまま本家に泊まることになったこの世界でのいつものメンバーは、私
と圭ちゃんの寝室に集まっていた。


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:15:16.48 ID:OAO1U/S80

沙都子「べ、別に就職が決まらないのはこの口調のせいではありませんでしてよ
!」

沙都子「第一、普段は普通の口調で―」

詩音「はーい、みなさーん。そろそろ就寝の時間ですよー」

沙都子の言葉を切る様に襖が開くと、そこには詩音とげっそりした顔の悟史が立っていた。

圭一「おー、悟史。やっと生き返ったかー!」

悟史「はは…、まあ、おかげさまで……」

梨花「悟史、お久しぶり。大変だったみたいだね」

悟史「ああ…、梨花ちゃん。大変だなんてそんな……」

沙都子「…あれを大変と言わずに何を大変と言いますの?」

悟史は襖に手をかけ、肩で息をしていた。

それもそのはず、悟史はついさっきまで、どのような経緯があったのかはわからないけれど、気を失っていたのだ。


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:16:16.32 ID:OAO1U/S80

魅音「…まあ、三郎おじさんも悪気があったわけじゃないんだけどねぇ…?」

詩音「まあまあ、生きてるんだからいいじゃありませんか!」

バシンと詩音は悟史の肩を叩く。がくんと体勢が崩れ、倒れる寸前に見えた。

詩音「それより、ほら、そろそろ就寝時間じゃありませんか?」

沙都子「えー、たまになんですからもう少しくらいいいじゃありませんのー!」

詩音「私だって、20を超えた人間の集まりに対してこんなこと言いたくありませんよ?」

詩音「ただ、その中に一人、明日東京にとんぼ返りして、面接に行かなきゃいけない人がいるみたいだからこう言ってるんですよ?」

圭一「そうなのか、沙都子!?」

沙都子「……目をそむけたくなるような現実ですわ――」


8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:17:37.66 ID:OAO1U/S80

俯いて肯定する沙都子の頭を梨花ちゃんが優しくなでる。

梨花「ほら、就活が終わったらいっぱい遊ぼうね!だから…頑張ろう、沙都子?」

沙都子「うー…終わりが見えませんのー…」

私は俯く沙都子に何とも言えない切なさを感じる。

だって、沙都子は一月になっても結局就職が決まってないのだから。

魅音(励ましたいのはやまやまなのに、なんかこう、罪悪感が……)

圭一「大丈夫!沙都子なら絶対やれるって!それを信じてさ、頑張れ!」

詩音「そうそう、圭ちゃんの言うとおり。そんな気でいたら受かる会社も受からなくなっちゃいますよー?」

悟史「…そうだよ、沙都子。辛いかも知れないけど、頑張ろう?」

みんな口々に沙都子を励ます。


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:19:04.55 ID:OAO1U/S80

魅音(そうだよね。こっちの世界は全部あたしの現実と同じになるってわけじゃないんだ)

魅音「…沙都子。あんたはいつからそんな弱虫になったの?」

魅音「トラップ名人のあんたが就職先の一つも落とせないはずがないじゃないよ!」

梨花「うん、そうだよ。みぃの言うとおり。だから、安心して今夜は眠ろう?」

沙都子はまだイジイジと畳の目をいじっていたけれど、「わかりましたわ…」と一言つぶやき、立ち上がった。

沙都子「そうですわね……。最初から自信をなくしていたら受かるものも受からなくなってしまいますわ!」

沙都子「よし!絶対明日の面接は通る…通って見せますわ!!」

こぶしに力を入れ、そう宣言した沙都子に私達は応援の言葉をかける。


12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:19:44.06 ID:OAO1U/S80

魅音(…沙都子。決まればいいね、就職)

沙都子「じゃあ、明日に備えて早速寝ますわ!」

詩音「おーやおや。現金なことで」

沙都子「うう…、ねーが意地悪ですわ」

悟史「まあまあ…じゃあ、圭一、魅音、また明日。おやすみ」

詩音「良い夜を〜〜」

梨花「おやすみなさーい」

沙都子「おやすみなさいませー」

圭一「おう!おやすみー」

魅音「みんな、おやすみー…」


15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:20:21.79 ID:OAO1U/S80

みんなが出て言った後の部屋は、あっという間に静かになった。

圭一「じゃあ、俺たちも寝るか?」

魅音「う、うん………」

私達は、ほんの数センチしか離れていない布団に横たわり、そして電気を消した。

魅音(…うーー。なんか、緊張するなぁ…)

私は布団の中でそわそわしながら、隣をうかがう。

しかし、数分後しっかりと隣の布団から圭ちゃんの寝息が聞こえ始めた。

魅音(うわっ、寝るのはや!)

ちらりと横を見ると、圭ちゃんは寝がえりを打ってこっちを向いた。

魅音(うー…、近いよー……)

暗闇の中で、圭ちゃんの寝息が聞こえる。

最初は心臓の音がうるさいくらいになっていた。


16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:21:01.43 ID:OAO1U/S80

でも………、見慣れた天井の木目と、豆電球の黄色い光を見ているうちに…。

そんな気分はいつの間にか消え去り、楽し過ぎて忘れてしまいそうになっていた現実がよみがえり始めた。

魅音(なんでなんだろう……)

木目の数をあてどなく数えながら考える。

魅音(どうして、私は……)

冷たい足の先を擦り合わせながら自問する。

魅音(この世界にこんなにも―)

言いようのない罪悪感と、それに矛盾する感情がせめぎ合う。

魅音(どうして私はこんなにも、レナがいない世界に安心しているんだろう…)


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:21:44.82 ID:OAO1U/S80

私はレナの事が、好きなはずだった。

昔も、今だってもちろん親友だと思っていたはずだった。

でも、それなのに私は……

レナのいない世界に、こんなにも安らぎを感じてしまうのだ。

魅音(…圭ちゃん――)

私は隣の布団で寝息をたてている、圭ちゃんの横顔を見る。

手を伸ばせばすぐに触れられる。でも、私はそうしなかった。

魅音(そんなことしても、ただ寂しくなるだけだ)

魅音(だって、明日からはまた、いつもの現実が始まるんだから)

結局私は一日この世界で過ごしたけれど、何の答も見つけることが出来なかった。

魅音(でも……いいや)

私はゆっくりと瞳を閉じる。

魅音(考えるのは……もう、怖いんだ)

魅音(また、明日から現実は始まるけど、この世界の園崎魅音を思い出せば少しは楽に―)


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:22:25.00 ID:OAO1U/S80

  『―心が楽になりますか?』

―――すると、暗闇の中から朝に聞いた優しい、そしてどこか懐かしい声が胸の中に満ちた。

魅音(え……?)

  『それが、あなたにとってこの世界で気づいたものですか?』

魅音(………)

  『それが、あなたの想うあなたの心の、真実ですか……?』

魅音(………)

  『………魅音?』

魅音(………違う…とは、思うよ)

魅音(…でも、あたしは結局なんの手がかりも見つけられなかった……)

魅音(ただ、この世界の魅音が幸せなのを実感するだけで、それ以外は何にも――)


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:23:07.55 ID:OAO1U/S80

  『いいえ、違いますよ、魅音』

魅音(…………え?)

  『あなたはこの世界で、ちゃんと全ての答えへの糸口をつかんでいました』

  『ピースはすべて、揃っている。後はあなたがそれを正しい形に当てはめていくだけなのです』

魅音(……どういうこと?)

  『あなたには振り返るべき、過去があります』

魅音(……過去?)

  『はい。あなたがこの世界で掴んだ糸口を辿っていけば、そこにたどりつくのです』


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:23:56.20 ID:OAO1U/S80

  『魅音。あなたに今一度、問います』

  『あなたは、自分と向き合い、真実を受け入れる覚悟がありますか?』

魅音(………)

暗闇の中で、僅かな輪郭がみえる。

私を導こうとする声はそこから聞こえるような気がした。

魅音(もし、あたしが向き合って、受け入れたら……)

  『………?』

魅音(現実でも、安心できるのかな?)

魅音(…あの、漠然とした不快は、なくなるのかな?)

  『…すべては、魅音。あなた次第なのです』


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:24:30.17 ID:OAO1U/S80

  『さっき自らが沙都子に言った言葉を、思い出すのですよ』

魅音(あ………)

魅音(……うん)

暗闇の中で、私は強く頷く。

魅音(…うん、わかった)

魅音(…見せて。あたしにその過去って言うやつを―)

  『はい、了解なのですー』

  『じゃあ…魅音。ボクの言葉が途切れたら、ゆっくりと目を開いてください』

  『瞳を開けば、きっとその過去はあなたの前に広がっているはずなのです。では――』


27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:25:04.51 ID:OAO1U/S80

ジジジジジジジジージー。ジージジジジジジジジジジー。

声が聞こえなくなり、しばらく経つと遠くから蝉の鳴き声が聞こえ始めた。

その音はやがて大きくなり、視界は少しずつ明るくなっていった。

魅音(―ん。ここは……?)

ゆっくりと目を開くとそこは目をつぶっても歩ける程に、見慣れた場所だった。

魅音(…?)

私の意識とは無関係に体が勝手に動いて行く。

間違いなく私の意識は自分の体にあるのに、言うことを聞かないどころか、私にはそもそも主導権がないようだった。

自分の乗っている車を、誰かがリモコンで操縦している……そんな感じだった。

魅音(これは……いつだろう?)

私の体は二階の階段をドタドタと音を立てながら一階に下りる。


28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:25:43.72 ID:OAO1U/S80

ピンポーン。その時玄関のチャイムが鳴った。

魅音「はいはーい!」

魅音(……!?)

魅音(あたしが勝手に喋った?)

私の体は「ちょっと待ってねー!」と言いながら小走りで玄関に向かう。

魅音(これは……いつのことだろう?)

揺れる視界を見ながら段々と認識する。

おそらく私は……過去の私の五感だけ認識しているのだ。

魅音「ごめんごめん、おまたせー!」

そう言って過去の私は扉を開く。

そこに立っていたのは……高校時代のブレザーを着た、レナだった。


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:26:15.79 ID:OAO1U/S80

魅音「あ、レナじゃん!どしたの?」

魅音(…!レナ!)

二つの自分の声が重なって聞こえる。

レナ「あ、ごめんねみぃちゃん。もしかして、勉強中だった…?」

見慣れた制服姿のレナは心配してる風なことを、いいながらちらちらとケーキの箱をちらつかせた。

魅音「そんなもんちらつかせながら、何?あたしを誘惑しに来たわけー?」

レナ「あははは、うん。みぃちゃんせいかーい!」

過去の私とレナは笑いながらそんな事を言いあい、二人で居間に入っていく。

魅音(あ…れ……?)

私は今のそのシチュエーションに確かに、覚えがあった。

魅音(これ……なんだっけ?)

私が考えている間に、過去の私はお茶を準備して、レナはケーキの箱を開けていた。

視界に映るレナの姿を見ながら、私は胸がヒリヒリするほど傷むのを感じた。

魅音(レナ……)


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:26:56.67 ID:OAO1U/S80

高校の頃のブレザー。

同じ高校で二年、あたしが卒業してからもまた一年。

みんなで集まる回数が減ってきていたあの頃、いつも一緒にいたのは同じ高校に進んだレナと圭ちゃんだったのだ。

レナ「みぃちゃーん。チーズケーキの方でいい?」

魅音「あ、いいよいいよ。買ってきてもらったんだからどっちでも好きな方で」

過去の私は、先に座りケーキを皿に乗せているレナの横顔を見ていた。

魅音(レナ………)

沢山の感情が入り混じって、少しも判別が付かない。

でも、とりあえず……これが本当の私の体だったら、私は涙を流していたと思う。

全部の感情の外側で、私はただただ、懐かしかった。

レナの横顔に、楽しかった時代全部を見た気がして…切なくなった。


33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:27:33.89 ID:OAO1U/S80

過去の私とレナは他愛もない話をしながら、時間をかけてケーキを食べた。

その内容から、この時点の私は浪人中でレナと圭ちゃんが高校三年生だということがわかった。

魅音(……なんだろう)

このシチュエーションには確かに見覚えがあった。

私が家でゴロゴロしている所に、テスト終りのレナが一人で遊びに来る。

よくあった状況のような気もするけれど、どこか引っかかるものがあった。

レナ「でねでね、その時佐藤先生がね―」

魅音「うわぁ、すっごい状況が浮かぶなー…」

そこで、一瞬だけ、二人の間に沈黙が生まれた。

カタッ。過去の私が「ごちそうさま」と言ってフォークを受け皿の上に置く。

そして言った。

魅音「…レナ。勘違いだったらいいんだけど……もしかして、あたしにちゃんとした話があって来たんじゃない?」


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:28:13.16 ID:OAO1U/S80

魅音(あ……)

少しの沈黙の後に、真面目な顔をして私をみたレナの表情を確認して、思い出した。

魅音(この日は………)

レナ「……うん。そうだけど、でも実際は……話してもらいにきた、かな?」

魅音「…ん?」

魅音(やっぱりそうだ……)

レナは静かに、全てを見据えようとする目で私の事を見る。

この時、私は…おびえていた。レナがどんな話をするのだろうか、と怖くて脅えていたはずだ。

レナ「ねぇ、みぃちゃん。私と圭一君に報告すること、ない?」

魅音「報告することなんて、別に……」

レナ「じゃあ、報告しなくてもいいと思ってるの?」

魅音「そ、それは……」

過去の私の声は震えていた。

レナの目は……怒っていた。


37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:28:49.39 ID:OAO1U/S80

レナ「ねぇ、みぃちゃん。どうしても、自分の口から言ってくれないの?」

レナ「レナがこんなに頼んでも?どうせ後になれば分かる事なのに?」

魅音「…………」

魅音(…………)

レナは数秒間黙り、私を見つめた。

でもそれが利かないと分かると、ふぅーとため息をついて、そして……悲しそうな顔を見せた。

魅音「レナ……、あの……」

レナ「しぃちゃんから聞いたの。今朝ね、興ノ宮に戻ってきたところを、ばったり会ってね」

レナ「しぃちゃん、受験勉強大変ですねって。だから私、答えたよ?三人でやると、楽しいんだよ、って」

レナ「そしたらね、三人って誰ですか、って。だから答えたの。レナと、みぃちゃんと、圭一君だって」

魅音「レナ……」

魅音(レナ……)

レナ「ねぇ、みぃちゃん……なんで教えてくれなかったの?」

魅音「………」


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:29:27.75 ID:OAO1U/S80

過去の私は唇をかんでいた。

悪かったって思ってたんだっけ?と思ったけれど、少し考えて、そうじゃない事に気づく。

魅音(そうだ、この時私は………)

レナ「なんで、こっちの大学に、しかも秋入学が決まったってこと……黙ってたの!?」

魅音「レナ……」

レナ「みぃちゃん、東京の大学行くってずっと言ってたじゃん!」

レナ「それで行くなら一流って言って、無謀なぐらい難しい大学受けて落ちて、それでもまた一年浪人して、頑張るって言ってたじゃん!」

レナ「三人で勉強しながら、みんな合格して、揃って東京に行こうって言ってたじゃん!」

レナ「何で少しも相談してくれないの!?何で何も教えてくれないの!?」

レナ「みぃちゃんが一番の友達だと思ってた。それってレナだけなの!?ねえ、みぃちゃん!」

レナははぁはぁと息を漏らしながら、俯いているわたしの事を見つめている。

私は……強くこぶしを握っていた。

そして、くだらない事を考えて……憤りを胸の中に募らせていた。

『あんたたち二人のためじゃない!』

その言葉が喉元まで出ているのを我慢しながら、必死に耐えていた。


41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:30:05.38 ID:OAO1U/S80

魅音(なんて……馬鹿だったんだろう……)

魅音「……………」

レナ「……何にも言ってくれないの?」

レナ「何で言ってくれなかったのかも教えてくれないの?」

過去の私はひたすら黙り続ける。私は…苦しかった。

我慢するのが、苦しかった。この体を今すぐ、明け渡してほしかった。

でも、このときの私は何も言えないのだ。

それをただ、信じていえないのだ。

レナ「……大学の話の他にもね、しぃちゃんから話を聞いたの」


魅音「………っ!」

レナ「先に言っておくけど、しぃちゃんは悪くないよ?私が無理に聞いたの」

レナ「もし、その事が、みぃちゃんが進路を突然変えた原因になってるんだったら……全部みぃちゃんの勘違いなんだよ?」

レナの声が少しだけ、淀む。


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:30:54.98 ID:OAO1U/S80

過去の私はそれでも俯いたまま下を向いたまま…

ただ小さく答えた。

魅音「……ううん。その事は…関係ないよ」

レナ「関係ないの?じゃあさ、その事についてみぃちゃんがどう考えてるか、教えてもらっていいかな?」

魅音「………」

魅音「……あたしはただ、二人が仲良く―」

レナ「ほら、やっぱり!!」

テーブルの上で、レナの手が震えている。

私の手もテーブルの下で震えていた。

…今の私なら、この状況をたった一言で解決することができた。

でも、それが叶わない。これはもう……遠い日に過ぎてしまった出来事だった。


43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:31:42.56 ID:OAO1U/S80

レナ「ねえ、みぃちゃん。みぃちゃんが今してるのをなんて言うか知ってる?」

魅音「………」

レナ「…当て水量って言うんだよ?私と圭一君が何をしているところを見たの?」

レナ「近くで見たの?確認したの?私…には聞かなかったんだから、圭一君にでも聞いた?聞いてないんでしょ?」

レナ「みぃちゃん。勝手に勘違いして、憶測して…そう言うのって週刊誌とかがやることなんじゃないかな?」

レナ「同じ学校で勉強して、一緒にご飯を食べて、遊んで、泣いて、笑って、ケンカをして……そんな仲間に対してすることなのかなぁ!?」

魅音「…じゃあさ……」

やっと言葉を口にできた私の声はかすれ切っていた。

魅音「…じゃあ、あの時…なにしてたの?」

レナ「少なくとも、みぃちゃんが考えてるようなことじゃ全然ないよ」

レナ「でもさ、みぃちゃん……。レナがいまここでそのことについて正直に説明したら、信じる?」

魅音「……………」

魅音「…うん、信じるよ…」

嘘だった。過去の私は、わかりやすい程の嘘をついた。


45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:32:19.34 ID:OAO1U/S80

レナの目は揺れていた。あの日は気付かなかった事に今気づく。

レナは………今にも泣き出しそうな表情をしていた。

レナ「…本当に、信じてくれる?」

魅音「…うん。信じる。約束する」

レナ「じゃあ、わかったよ……。あのね、あの日私熱があったの」

レナ「でもね、どうしても一日勉強できない日があるのは不安だったから、興ノ宮の図書館に行ってたの」

レナ「その日…みぃちゃんと圭一君は買い物に行ってたよね?」

魅音「……うん。午前中ね」

確かに…そうだった。

何を買ったかは全く覚えていなかったけれど、レナも行かなかった所を見ると、マウンテンバイクかそこらだった気がする。

レナ「買いものに言った後…みぃちゃんと圭一君は別れて帰ったんでしょ?」

魅音「…圭ちゃんが、寄りたいところがあるって言ってたからね」

過去の私の言葉は少し鋭かった。

この時私は、圭ちゃんの言った寄りたいところはレナの元だったんだと、思って止まなかったのだ。


46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:33:09.44 ID:OAO1U/S80

レナ「……圭一君の寄りたかったところは知らない。私達はたまたま帰り道で会ったの。圭一君が用を終えて、私が図書館から出たその後で、ばったり」

レナ「みぃちゃんが気にしてるのは……そのあとなんでしょ?」

魅音「………」

レナ「……抱き合っている風に見えたんでしょ?でもそんなの、全然違う」

レナ「私がフラフラして倒れ掛ったのを、圭一君が支えてくれた。本当にただそれだけのことだったんだよ?」

魅音「…倒れ掛ったのを支える感じには、見えなかったんだけどなぁ……」

魅音(なに言ってんの、この馬鹿!!)

私は大声で叫ぶ。でも過去の私には届かない。

この魅音には私の言葉どころか……レナの言葉も全く届いていなかった。

レナ「……っ!みぃちゃ――」

魅音「…あははは、うそうそ。冗談だよ。あ、じゃああれはあたしの勘違いだったんんだー…」

過去の私の声はふてぶてしい。


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:34:17.02 ID:OAO1U/S80

レナ「……やっぱり信じてくれないんだ?」

魅音「…信じるって。約束だもん…」

レナ「…信じてくれてない」

魅音「…信じるって」

レナ「信じてくれてないじゃない!!」

魅音「信じるって言ってるでしょ!!」

過去の私達は、大声で叫びあい、そして睨みあっていた。

重い沈黙。レナの揺らぐ目は、貫くような視線を私に送っていた。きっと……私も。


51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:35:07.02 ID:OAO1U/S80

その沈黙を破ったのは……私だった。

魅音「…あはは、レナ本当に信じてるんだってば。ただ、あんまりにも状況が状況だったからてっきりね…」

魅音「別に言いふらそうとか思ってたんじゃなくてさ、ほんと偶然に、ポロッと詩音にこぼしちゃっただけなんだよ」

魅音「ごめんごめん。そのことで、レナを不快にさせちゃったなら、あたしちゃんと謝るよ。ごめん!この通り!」

愚かな私はレナから視線を剥がすように、強く頭を下げる。

レナ「……しぃちゃん言ってた。みぃちゃんその時泣い――」

魅音「それにさ!!」

レナの言葉を遮る。

魅音「あたし別に、そんな理由でこっちの大学行くって決めたわけじゃないし……」

魅音(……………)

過去の私の台詞に、私はもうわけが分からなくなっていた。


53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:35:59.98 ID:OAO1U/S80

魅音(…私は、レナと圭ちゃんが理由でこっちの大学に入学したわけじゃない……と思っていた)

魅音(でも…この流れは………)

レナ「…へぇ?」

レナ「…じゃあ、どうしてなのかな?」

魅音「それはさ、えーっ…っと…さー」

過去の私は口ごもる。

魅音(…どうして?なんで口ごもるの?)

魅音(あたしはばっちゃが死んじゃったから、その代わりに雛見沢に……)

魅音「……ばっちゃの後継にさ。やっぱり、勝手が一番わかってるあたしがこっちに残ってるべきなんだよ」

レナ「でも、みぃちゃん最近までそんなこと……」

魅音「気が、変わったんだよ」

魅音「雛見沢の人を見てたらさ、やっぱりここにはみんなを支える園崎って言う柱をさらに後ろから支える人間がいるんじゃないかって」


54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:36:45.04 ID:OAO1U/S80

私もそう思っているはずだった。

それなのに……なぜだろう?

この魅音の台詞は……まったく嘘にしか聞こえなかった。

レナ「……本当なの、みぃちゃん?」

魅音「…うん。…ごめんね、今まで隠してて。中々、言いだせなかったんだ」

魅音「さっきの話も…ごめん。でも、別に勘違いされてそう困ることでもないでしょ?」

魅音「レナは……圭ちゃんの嫌いなわけじゃないでしょ?」

レナ「………」

レナは、口ごもり、やっと私から視線を外して俯いた。

自分の心臓の音が聞こえる。バクンバクンと激しく体中にこだましている。

過去の私は…緊張していた。

緊張しながら、レナの言葉を待っていた。


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:37:29.62 ID:OAO1U/S80

レナ「……みぃちゃん」

魅音「……ん?」

レナ「私ね……今から正直な気持ちを言う。今まで口に出したことのなかった……正直な気持ち」

魅音「……うん」

レナ「だからね…………」

レナは俯いていた顔を、挙げてまた真っ直ぐ私を見る。

レナ「それを聞いたあとに、みぃちゃんも正直に私の質問に答えて欲しいの」

魅音「………はは。なにそ――」

レナ「私、真剣だよ?」

言葉通り、本当に真剣な表情を浮かべているレナ。

私は今どんな顔をしているのだろうか……。

想像ができた。その想像通りだとしたら……正直、見たくもなかった。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:38:20.54 ID:OAO1U/S80

魅音「…わかった。約束する」

レナはその私の台詞を聞いて、ちいさく頷いた。

レナ「……みぃちゃん、私ね」

レナ「圭一君が……圭一君のこと、好きだよ?」

魅音「………」

魅音(レナ………)

レナ「いつからかな…?ずっと一緒にいたからそんなことも忘れちゃったけどね、この気持ちは本当」

レナ「私、圭一君の事が好き」

レナ「そしてね…………」

レナは一拍置く。そして、ふぅと息を吐いて続けた。

レナ「そしてね、私、みぃちゃんも圭一君の事が好きだと思ってた」

魅音「………っ!ちょっ―」

レナ「最後までしゃべらせて!……ね?」

バクンバクンバクンバクン。過去の私の鼓動が加速する。


60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:39:02.07 ID:OAO1U/S80

レナ「私たち、お互い今までそう言う話したことなかったよね?」

レナ「分校の時代から、高校に入ってからは特に……そんな事言い出せる雰囲気、なかったもんね?」

レナ「今までの私たち三人の関係って……人から見たらすごく、不健全だったのかもしれない」

レナ「だって男の子一人に女の子二人、そのうち女の子二人はその男の事が好き……普通に考えたら、そんな関係成り立たないよね?」

魅音(レナ……)

レナ目が少しずつ潤っているのがわかる。

目に力を入れながら、声を詰まらせながら、レナはこの日の私に向って一生懸命、本当の事を話していた。

レナ「でも……でもね。私は……とっても、楽しかったよ?」

レナ「そんな三人でいても、とっても楽しかった。…もしかしたら少しくらいの嫉妬なんかはあったのかもしれない」

レナ「でもね、そんなの目に入らないくらいすっごく幸せだったの」

レナ「永遠に今が続いたらなんて馬鹿みたいなこと、真剣に祈っちゃうくらい、楽しかったの。幸せだったの!」

レナ「…ねぇ、みぃちゃんは?」


61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:39:48.38 ID:OAO1U/S80

魅音「………」

レナ「みぃちゃんは……違うの?」

レナ「圭一君のことなんて全然好きじゃない?それとも、レナが圭一君のこと好きだなんて全く気付いてなかった?」

レナ「三人で過ごした日々を……幸せだったって、思ってなかった…?」

魅音「……………」

魅音(レナ………)

レナは語尾をすがるようにはね上げる。

魅音は答えられない。何も、口に出来ない。

私は、全部思い出した。

この時の自分が何を考え、どうしてこんな状況を作ったのか、その全てを、思い出した。

魅音(あたしは……)

魅音(あたしは……、馬鹿だ……)


62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:40:37.54 ID:OAO1U/S80

レナ「…ねぇ、みぃちゃん」

レナ「…もし、みぃちゃんが私とおんなじ風に思って、今までの日々を続けていきたいと思ってるなら……」

レナ「こっちに残るなんて言わないで、また一緒に東京を目指そう?」

レナ「それで、もし圭一君がいつか私たちのどちらかを選ぶその日まで、この日々を一緒に続けていこう?」

レナ「私たち以外の人に持ってかれちゃったりして……あはは。そしたらさ、今度は一緒に泣こう?」

レナ「圭一君の悪口でも言いながら、慰めあおう?」

レナ「ねぇ、みぃちゃん………。一緒に東京行こう?」

魅音「…………………」

カタカタと、握った手が震えている。

その理由がわかった今、私はそれがとても情けなくて、悲しかった。


65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:41:53.13 ID:OAO1U/S80

過去の私は………怖かったのだ。

今まで見ずに避けてきた三人の関係を直視させられている事が。

そして………何よりも怖かったのは、それを認めることだった。

私が圭ちゃんを好きなこと。レナが圭ちゃんを好きなこと。

それを認めた瞬間…私の視界にはもう、結ばれた圭ちゃんとレナと、その傍らに佇むしかない、自分の姿しか映っていなかった。

魅音「…そっか」

レナ「……みぃちゃん」

だから私は逃げた。

魅音「……あはは、そうなんだ」

レナ「……何が?」

もう元には戻らないと知りながら。

魅音「…レナ、圭ちゃんのこと、好きだったんだー…」

レナ「……みぃちゃん?」

レナの語った私の心の「真実」から、目をそむけた。

魅音「…おじさん、鈍感だから全然気付かなかったよー…あはは」

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:43:05.72 ID:OAO1U/S80

レナ「……っ!」

魅音「…ごめんね、レナ。今まで、あたし無神経でさ。でも、ほら、あれだよ。えーっと、大丈夫」

魅音「あたし、圭ちゃんのこと好きとかさ…そういうの、全然ないから。だから、安心して?」

レナ「…みぃちゃん…………」

魅音「あっはっはっは、レナはほんとあたしのどこを今まで見てきたのー?」

魅音「確かに、あたしたちは傍から見れば男一人に女二人の三人に見えるよ?」

魅音「でも、実際は女一人に男二人。そんな感じじゃなかった?」

魅音「あたし、それって三人の共通見解だと思ってったんだけどなー。レナはそんな風に変に勘ぐっちゃってたのかー」

あはははと笑う過去の私を、レナは涙を流す寸前の緩んだ目で見つめる。

でも過去の私はそれに気づかない。

もう、レナの事を直視できなかった。レナの目を……見れるはずが、なかった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:43:49.23 ID:OAO1U/S80

レナ「…ねぇ、みぃちゃん。それ、本気で言ってるの?」

魅音「うん、もちろん!本気も本気だよー!」

魅音「…あはは、だってこんなこと冗談で言えるわけ、ないじゃん。ほんきほんき。まるっきり、私の本心」

レナ「……」

魅音「しっかしレナがそんなに圭ちゃんの事が好きだったとはねー!」

魅音「早く言ってくれればよかったのに。そしたらおじさん、全力で応援したよ?」

魅音(馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!)

魅音(どうしてあんたは気付かない!?)

魅音(どうしてあんたは逃げようとする!?)

魅音(どうして、あんたは……レナと向き合おうとしないの…?)

私がそう呟く間も、過去の私の馬鹿な言い訳は延々続く。


70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:44:33.42 ID:OAO1U/S80

しばらく時間が過ぎ、それが終わると……俯いていたレナが、小さく呟いた。

レナ「………約束…」

魅音「んっ?なに?」

レナ「……みぃちゃん、さっき約束したよね?」

魅音「…なんだっけ?」

レナ「…正直に言うって、約束」

魅音「ああ。……うん、したよ」

レナ「信じていいんだね?」

魅音「だから、もう正直に―」

レナ「今のが全部、正直なみぃちゃんの言葉。そう信じて……いいんだね?」

魅音「……うん。だって、全部本当だもん」

レナ「…そっか………」

レナは静かにそう呟いて、また黙った。

掌にべっとりと汗をかいているのを感じる。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:45:22.22 ID:OAO1U/S80

レナ「………わかったよ」

レナ「みぃちゃんが……どうしてもそれが本当だっていうなら……あたし信じるよ」

魅音「…うん。本当だよ。誓って言う」

レナ「じゃあさ……」

レナ「私、これからみぃちゃんに恋の相談とかするよ?」

レナ「圭一君と上手くいくように協力してとか……平気で言うよ?」

レナ「みぃちゃんの言うことがほんとなら……それでいいんだよね?」

魅音「……うん。いいよ、それで」

魅音「…九月から大学だし、直接協力はあんまりできないけど……レナの相談にくらいなら乗るよ」

魅音「その代わりさ……圭ちゃん他の東京の女に取られたりしたら、罰ゲームだからね?」

あははは。魅音は笑う。


74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:46:26.66 ID:OAO1U/S80

一瞬……俯いたレナの瞳から滴が零れたのが見えた。

でも、レナはそれをすぐに拭い、そして………顔をあげた。

レナ「……うん、わかったよ」

レナ「みぃちゃんが決めたことだもんね……」

レナ「…それで、いいよ。わかったよ――」

そう言ったレナの顔は……笑顔だった。

魅音(……何が、三人でいるために身を引いただ―)

魅音(あたしはただ、三人でいることから逃げて…)

魅音(レナを…悲しませただけだったじゃない……)

レナの笑顔の残像を残して、視界は少しずつ暗くなっていく――――――


76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 21:47:12.96 ID:OAO1U/S80

『今のが一つ目のピースなのです』

魅音「……うん」

  『……辛いですか?』

魅音「……うん」

  『…もう、やめますか?』

魅音「……ううん」

  『…了解しましたのです』

  『では、また目を閉じてください』

  『今一度、別の時間にあなたの意識を飛ばすのです――――』


95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:22:57.78 ID:OAO1U/S80

再び静寂が消えると、視界が突然明るくなる。

ゆっくりと瞼をあげると……私はどこか、外を歩いていた。

魅音(ここは……?)

雛見沢でないことは一瞬でわかる。

私のすぐにビルが建っていたからだ。

ビル――ということは興ノ宮ってわけでも無さそうだった。

魅音(ということは……そうか)

視線がクイと上空を見上げた。

そこにはやたらと大きなビルがあり、更にその上方にはアドバルーンが漂ってい
る。

見覚えがある。ここは鹿骨だ。

鹿骨市内で唯一デパートというものがある場所である。

過去の私は立ち止まらずにそのデパートの中に入っていった。


96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:23:30.19 ID:OAO1U/S80

魅音(……なんでだろう?)

私がこのデパートに自主的に来たことなんてあっただろうか?

過去の私は真っ直ぐにエレベーター乗り場に向かい、ちょうどいたそれに乗った。

そして、最上階のボタンを押した。

魅音(………なんだろう。覚えがあるような……)

チーン。最上階につき、扉がひらく。見上げた空は少しいつもより近くにあった。

詩音「お姉ぇー!こっちですよ、こっちー!」

私は声が呼ばれた方に振り向く。

過去の私は屋上にばらまかれたパラソルの一つに、詩音の姿を見つけ


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:24:04.50 ID:OAO1U/S80

魅音「ごめんごめん遅くなって。待った?」

詩音「いいえいいえ、全然待ってませんよー?」

詩音「じゃじゃーん。準備のいい事になんと、特性パフェを頼んでおきました〜!」

詩音はそう言ってテーブルの上を指さす。

確かにそこにはやたらに大きなパフェ用の皿が二つあった。

一つは空。もう一つは……

魅音「溶けてんじゃん!」

魅音(溶けてんじゃん!)

私と、過去の私の声が綺麗に重なる。

だって、そのパフェはもうデロデロで、飲み物のようになっていたのだ。

詩音「中々来ない姉を待っていた妹の焦れったさが、如実に表れてると思いません?」

魅音「そんな遠まわしな嫌味いらないよー…」

過去の私は声のトーンを落としながら、席に座る。

屋上のフードコートにはほとんど人がいなかった。


101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:24:42.01 ID:OAO1U/S80

魅音(……そうだ。確かこの日あたしは――)

魅音「大体、いきなり電話して三時にここにきてくださいって言ってきたのはあんたでしょー?」

詩音「だってー、お姉絶対暇だとおもっただもーん。それがまさか今日に限って講義があるなんて…聞いてないです」

魅音「だって、言ってないもん」

過去の私はしばらくドロドロになったパフェを見つめて、覚悟を決めたのかそれに手を伸ばし、飲みこむ。

クリームの甘ったるさが口の中に溢れて気持ち悪かった。

詩音「…お姉。そんなの無理して飲まなくても………」

魅音「なんか癪に障るんだもん」

魅音「それで……なに?用事って」

過去の私が尋ねると、詩音はすっと、全てを見透かすあの、目をして私の事を見つめた。

詩音「いえね、ちょっとお姉に聞きたいことがありまして……それで読んだんですよ、ここに」

魅音「聞きたいこと……?」

詩音「ええ、そうです」


103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:25:21.13 ID:OAO1U/S80

魅音(そうだ、思い出した……)

魅音(たぶんこれは、あの三回忌の一週間後くらい…だった気がする)

過去の私はごくりと生唾を飲んだ。

詩音に呼び立てされるのは、大抵なにか自分に都合が悪いことが起きようとしている前兆だと、思っているからだ。

魅音(でも、これはそんなじゃない)

魅音(これは――)

詩音「単刀直入に言いますね」

詩音「あの三回忌の日、お姉が言ったこと……本当ですか?」

魅音「三回忌…?」

詩音「ええ、そうです。鬼婆の三回忌ですよ。忘れたとは言わせません」

詩音はパフェ用のスプーンを手で弄びながら、過去の私に問いかける。

過去の私も…なんのことか大体わかったようだった。


118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:56:17.27 ID:OAO1U/S80

魅音「…三回忌になんかあったけ?」

詩音「お姉、言ったじゃないですか。雛見沢の人間ほとんど集ってる前で、高らかに宣言したじゃないですか」

詩音「あれの事を言ってるんですよ、私は」

魅音「…あー、あれか。うん。それがどうしたの?」

惚けた声で答える過去の私に、詩音は少し声を尖らせる。

詩音「どうしたのじゃないですよ!なんであんなこといきなり言いだしたんですか?」

詩音「あの日は雛見沢の、特におじさまおばさまの世代には重要な日だって、お姉が一番わかってるんじゃないですか?」

詩音「お酒の勢いで言った、じゃ済まされないんですよ?」

魅音「…詩音にそんなこと言われなくたって、わかってるよ」

魅音「あたしはちゃんと考えて、ああ言ったの。今だって、後悔はしてないよ」

魅音(………)


119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:56:52.04 ID:OAO1U/S80

―三回忌の日。

私は雛見沢のみんなの前で堂々と宣言したのだ。

あたしは雛見沢に残って、ばっちゃの代わりに園崎家の冠を捨てても、みんなの為に生きる、と。

詩音「…だって、お姉。あれは自分を縛りつけることにしかならない発言ですよ?」

詩音「もう、園崎家だからって雛見沢に骨をうずめる必要がない。せっかく無くなった鎖のカギをお姉は自ら再びかけたんですよ?」

魅音「だから!…それでいいと思って言ったんだってば」

魅音「あたしはばっちゃの後を継ぐって決めたんだよ」

魅音「たとえばっちゃが御三家を解体したとしても、あたしはあたしなりに雛見沢をまとめていきたいんだよ」

魅音(………)

…なぜだろう。

私は自分が今言ったことを自分の本心だと思って、ずっと頑張ってきたつもりだった。

でも、さっきのレナとの会話を見た後だと……

今の自分の言葉をペラペラの紙きれのようにしか、感じることが出来なかった。


120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 22:58:00.03 ID:OAO1U/S80

詩音「へー…」

詩音「…そんな殊勝なことを考えての発言だったんですかー」

魅音「…嫌に後を引く言い方するねー」

魅音「なに?言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ!」

視界が真っ直ぐ詩音の目を見つめる。

過去の私は、詩音の言葉に何故かムキになっていた。

魅音(なんで……?)

魅音(自分の言葉が正しいと思ってる人間はそんな反応しない――)

詩音「さあて、なんでしょうねぇ?」

詩音「お姉……?青筋浮いてますよ?」

魅音「……っ!」

バン。あたしはテーブルを手の平で思い切り叩く。

詩音の空になったパフェの器がカランと音を鳴らし、倒れた。



138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 23:31:49.28 ID:OAO1U/S80

詩音「…お姉?私まだ、何も怒らせるようなこといってないと思いますけど?」

魅音「…あんた言い方がまどろっこしいからだよ!」

魅音「まどろっこしいから……」

詩音「まどろっこしいから……なんですか?」

過去の私は口を噤む。

私にはその続きがわかった。

魅音(まどろっこしいから、自分の決断を疑ってしまう――)

詩音「……ふぅ。お姉、最近自分の顔鏡で見てますか?」

魅音「……自分の顔?」


139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 23:32:44.34 ID:OAO1U/S80

詩音はそう言うとハンドバックから鏡を出し、ばっと私の前に広げる。

鏡には……しっかりと現実が映っていた。

魅音(あたし……こんな表情してたんだ……)

魅音「な、なに、突然?別に今こんなの見せられなくても、あたし家で毎日鏡くらい見て――」

詩音「毎日鏡見て、まだその自分のツラに気付かないんですか?」

詩音は鏡を閉めると同時にピシャリと言い放った。

詩音「魅音。あなた今、相当、ふ抜けたツラしてますよ?」

魅音「ふ、ふ抜けたって……そんなツラして―」

詩音「いいえ、してます!間違いありません!」


150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 23:57:22.44 ID:OAO1U/S80

詩音「他の誰にもわからなくてもねぇ、私の目はごまかせないよ、お・ね・え?」

魅音「…っ。あたしは何も誤魔化してなんか―」

ピッと微かな音をたてて、詩音はスプーンを私の方に向ける。

詩音「東京にはもう行かなくていいんですか?」

魅音「……な!なんで、あたしが今さら東京に――」

詩音「私の情報収集能力を見くびってもらっちゃ困りますねー?」

詩音「聞きましたよ?東京の方で、これから園崎家の新しい可能性を試すって話」

魅音「それに魅音が興味を持って立って話も、ね」

魅音「なっ……!」

過去の私は声を詰まらせた。

詩音は不敵な表情で、私の顔を舐め回すように見ている。

今詩音の口から出た言葉は全て、まぎれもなく、真実だった。


151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/17(土) 23:58:01.99 ID:OAO1U/S80

詩音「…なんで、わざわざ雛見沢に残りこっちの大学にいったお姉が、東京での新規事業に興味をもったんですかねぇ?」

魅音「それは……」

魅音「ただ単にどんなことやるか知りたくなっただけだよ……」

魅音「結局、良く分からなかったけど」

詩音「へぇーー?あくまでしらを切り通す気ですか?」

詩音は視線で、声で圧迫しながら私に詰め寄る。

魅音(なんか……今日はこんなことばっかだな――)

それはつまり、私自信が沢山の嘘を人についているということだった。

自分の付いた嘘が、後になって自分自身に降りかかる。

その事を……そんな単純な事を、今更になって私は気付かされた。

魅音(それはつまり、結局――)

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:00:31.75 ID:dTYKVbQ00

詩音「ふーん……?」

詩音「……………圭ちゃんでしょ?」

魅音「…………っ!」

過去の私は声にならない悲鳴をあげた。

詩音「ついでに言うと、レナさん。…違いますか?」

魅音「……違うって何が?」

魅音「的外れ過ぎて、何がどう違うのかもわからないんだけど」

詩音「お姉が東京に行こうか悩んでたのも、東京に行かないって決めたのも、原因は二人なんじゃないですか?って聞いてるんです」

詩音「お姉……まだ圭ちゃんに未練があったんじゃないですか?」

魅音「………」

詩音の言葉に私は今度こそ、沈黙する。

詩音はもう笑みを浮かべていなかった。

ただ心配そうに、魅音の顔を見つめていた。


161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:12:06.33 ID:dTYKVbQ00

詩音「私、お姉が決めたことだと思ってずっと黙ってましたけど、やっぱり変だったよ、あんな幕の切り方」

詩音「何年も何年も好きだ好きだみたいな空気を感じさせながら、突然やっぱり違いましたって、どう考えてもおかしい」

詩音「ねぇ、お姉?未練たっぷりだったんでしょう?だから東京にも行ってみようと思ったんでしょ?」

詩音「それならどうして、突然あんなこと、あの場で言ったんです?」

詩音「あそこで言った言葉は、私相手に愚痴っぽく話した言葉とはまったく違う……信用がかかわってくるんですよ?」

魅音「………」

魅音「………だから、わかってるって」

詩音「じゃあ、どうして……」

魅音「どうしても何もっ!!」

私は、深く息を吸い、吐きだした。

目眩がしそうなくらいの血液のめぐりが激しい。

過去の私はもう一度息を、強く吸った。


166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:15:33.57 ID:dTYKVbQ00

魅音「…あたしは元々、やっぱり圭ちゃんのこと好きなんかじゃなかったんだって」

魅音「本当に、それだけ。あの時詩音には散々その理由を話したじゃん」

詩音「理由…?」

詩音「あの、思春期を迎えた頃身近にいた男の子が圭ちゃんだけだったーとか、友達づきあいが長過ぎて好きの境界が曖昧になってただけー…とか」

詩音「挙句の果てには、あたしは男だから、女を好きになる!とか言い出したあれのことですか?」

魅音「……そうだよ」

詩音「…そんなので納得するあたしだとでも?」

魅音「……納得してもらわなきゃ困るんだよ。だって、それが真実なんだからさ」

魅音「それに……」

言葉を切ったあたしを、詩音はただ静かに見つめる。

何処までもお節介な妹だと、私はこのとき、うざったがっていたはずだ。

その自分の愚鈍さに気づき、苛立った。


171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:25:09.00 ID:dTYKVbQ00

魅音「それにさ……実はあたし、圭ちゃんとレナのこと、応援してるんだよ?」

魅音「ほら、あの二人が一緒にいるとさ、なんて言うかこう……しっくりこない?」

詩音「…お姉―」

魅音「なんかあたしさ、それに気付くのが遅かったんだよねー…あはは」

魅音「レナが圭ちゃんのこと好きだったってのも、レナ本人に聞くまで全然気付かなかったし、それにさよく観察してたら圭ちゃんも…」

魅音「……まんざらじゃなさそうな顔してたしさ」

詩音「……………」

私はもう、耳をふさぎたかった。目も、閉じてしまいたかった。

でも、それは出来ない。

詩音は、やるせない顔をして私の顔を見る。

そして、口を開いた。


180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:32:26.50 ID:dTYKVbQ00

魅音「それにさ……実はあたし、圭ちゃんとレナのこと、応援してるんだよ?」

魅音「ほら、あの二人が一緒にいるとさ、なんて言うかこう……しっくりこない?」

詩音「…お姉―」

魅音「なんかあたしさ、それに気付くのが遅かったんだよねー…あはは」

魅音「レナが圭ちゃんのこと好きだったってのも、レナ本人に聞くまで全然気付かなかったし、それにさよく観察してたら圭ちゃんも…」

魅音「……まんざらじゃなさそうな顔してたしさ」

詩音「……………」

私はもう、耳をふさぎたかった。目も、閉じてしまいたかった。

でも、それは出来ない。

詩音は、やるせない顔をして私の顔を見る。

そして、口を開いた。


182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:33:30.91 ID:dTYKVbQ00

詩音「…お姉。何かあったんですか?」

魅音「…何が?」

詩音「私にはわからない、何かです。じゃなかったら……人間はそんな辛そうな顔、しませんよ」

過去の私は、そんな顔してないと言おうとする。

でも、言えない。

魅音(そうだ……)

魅音(三回忌の日……あたしは見たんだ―)

あの頃、まだ圭ちゃんとレナは付き合っていなかった。

だから私は……少しだけ、希望を持っていたのだ。

今なら、まだ引き返せるかもしれないと。

レナともう一度向き合い、圭ちゃんとのことで自分と向き合うチャンスがまだある、と思っていたのだ。

でも、三回忌の日。私は見てしまった。

たまたま通りがかった、隅馴れた本家の廊下で

見慣れない服を着た二人が、私の全く分からない話をしているところを…見てしまったのだ。

だから――

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:37:33.58 ID:dTYKVbQ00

魅音「別に、何もないよ……」

詩音「うそ――」

魅音「嘘じゃないって!」

嘘だ。でも、嘘じゃない。

私はこのとき、なにもないと必死に思い込もうとしていた。

東京に行きたいなんて思ってない。

圭ちゃんなんて何とも思ってない、レナの事を応援したい!

全部、強く思い込んで、嘘の壁がいつの間にか本音とごっちゃになって、わけが分からなくなっていたのだ。

だから、私は本心とは違うことを大真面目に答える。

それを本当だと信じて。



198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:46:06.24 ID:dTYKVbQ00

魅音「詩音……心配してくれて、ありがとう」

魅音「でもさ……ホントになんでもないんだよ」

詩音「…お姉?」

魅音「もし辛そうな顔をしてたんだとしたら、多少のプレッシャーがあるからじゃないかな」

魅音「園崎家にとって園崎本家を守るってことは、人間の体で言う心臓を守るってことだからさ」

魅音「もしあたしが若いからって舐められたり、女だからって誰かに取り込まれたり……そんな事になったら一巻の終わり」

魅音「血液の流れが悪くなれば早々に臓腑は腐り、四肢は弱って、最後は食い散らされるしかない」

魅音「ばっちゃが作った園崎という体を、あたしのミスで滅ぼすわけにはいかない。そのことで、最近ちょっとプレッシャーを感じてるんだよ」

私の演説を聞く詩音の目の色が少しずつ変わる。

何を考えているのか、詩音が私のことを分かるように、私も詩音のことがわかった。

魅音(駄目!騙されないで!あたしが適当なこと言ってるって気付いて!)


209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 00:54:33.52 ID:dTYKVbQ00

私はこれが自分の過去であることさえ忘れ、必死に詩音に伝えようとする。

しかし――

詩音「それ……本当ですか?」

詩音は疑問を少し緩めた声色で、そう、過去の私に聞いてしまう。

魅音「…うん」

詩音「でも、それなら私にくらい言ってくれたって――」

魅音「…甘えたくなかったんだよ」

魅音「どこかで甘えればどこかで必ずぼろが出る。そして、そのぼろは広がって、いつか大きな落とし穴になる」

魅音「大げさな話かもしれないけどさ……でも、それぐらいの心意気であたしは園崎家の看板をしょって行きたいんだよ」

詩音「お姉……」

自分の口車に唖然とする。全く圭ちゃんの事をいえないな、と思った。

魅音(いや……圭ちゃんと比べたら失礼だよね)

魅音(だって圭ちゃんは……嘘はつかないもん。)


226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 01:22:27.72 ID:dTYKVbQ00

魅音「だから、あたしの事はもう心配しなくていいから―」

詩音「いえ、それは断ります」

詩音はピシャリと言い放ち、またスプーンを私の方に向ける。

詩音「だって、私達は唯一無二の兄弟じゃないですか」

あははは。過去の私は笑う。その中で私は、見えない涙を流していた。

魅音「あははは、そうだねー」

魅音「それはそうと……詩音。あんたはどうすんのさ?」

詩音「え?私ですか?」

魅音「結局あんたは東京に行くの?悟史追っかけてさ」

私の質問に詩音は…にこりと笑って頷いた。

詩音「ええ、もちろん。私はお姉と違って、愛のために生きているので」


228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 01:24:56.18 ID:dTYKVbQ00

ここから前の年に、定時制の高校を卒業した悟史はこの年から沙都子大学に入った沙都子と一緒に既に上京していた。

そして、大学を卒業した詩音は二人に一年遅れで東京に行ったのだ。

魅音「ほんと、あんたのそう言うところは凄いよねー…この半年であんたはここから東京に何回通った?」

詩音「えー……、13回ですか?」

片手の指がグーからパーになり三本目でようやくストップした。

魅音「あんた……どんだけよ!?」

詩音「本当は全然足りてないんですけど……まあ、愛を貫くにはそれなりのお金が必要でして」

魅音「まったく、今の園崎家はあんたにこそいい時代だね……」

私がそうぼやくと、詩音はくすりと笑い、微笑んだ。


236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 01:35:36.42 ID:dTYKVbQ00

詩音「でもね、お姉。私が東京に行く理由はそれだけじゃないんですよ?」

魅音「……?」

詩音「私もね……お姉みたいに園崎家の力になりたいって…そう思ってるんです」

魅音「え……?」

過去の私は驚いた顔をして詩音の顔を見る。

私はその言葉を聞いて、このあと詩音が紡ぐはずの言葉を思い出す。

詩音(そうだ…)

詩音(あたしのあんな恥ずかしい口八丁の後で、詩音は……)

詩音「お姉。私ね、元々園崎家の事があまり好きではない……つーか嫌いでした」

魅音「うん、知ってる」

過去の私は即答した。今の私はそうだったなあと思う。

詩音「こんな狭い雛見沢の世界を制圧して―まあ、確かに一応県にまで幅は聞いてますけど、とにかく狭い世界で繁栄したみたいな気でいる園崎家が嫌いでした」

詩音「特に鬼婆!こんな狭い世界に、わざわざ鎖まで作って支配地を固めて、本当に馬鹿みたい!」

詩音「ってな風に思ってたことも知ってましたか?」

私は頷く。詩音はそれをみてふふっと笑った。


242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 01:51:01.51 ID:dTYKVbQ00

詩音「そうですよね…。同じ血を授かり、同じ痛みを受けた姉妹ですもんね、私たち」

魅音「うん…」

詩音「でも……それって私がただ、ガキだったから」

詩音「何も知らないガキだったから。そう思ってただけなんですよね…」

詩音は目を細めて、自分の左手をいつもより近い空に透かした。

詩音「今でも許せないことはもちろんあります。特に北条の件は村の負の歴史だと思っています」

詩音「でも……あの日」

詩音「あの、鬼婆が御三家の冠を捨てようって言った、あの日」

詩音「私、わかったんです。鬼婆達がかけた鎖は、ただの囲いじゃなかったんだって」

魅音「…うん」

詩音の言葉を、過去の私はうなずきながら聞く。

詩音「さっきああ言ってたお姉には悪いと思うけど……」

詩音「私もう、雛見沢に鬼婆二世は必要ないと思います」

魅音「……?」

詩音「だってもう囲いなんて作らなくても…雛見沢は一つに固まっていたから」


252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:06:29.67 ID:dTYKVbQ00

詩音はそっとかざしていた左手を握り、テーブルの上に置いた。

詩音「それがわかって……鬼婆は囲いを解いた。鎖を閉めた時から、鬼婆はその解く瞬間を考えていた。それがあの日、わかった」

魅音「…………」

詩音「お姉にはまだ話したことなかったけど……私鬼婆に言われたんです」

詩音「もうお前たちは自由だからどこにでも行けって。園崎の力の及ばないところで、世界を知れって」

詩音「世界を知って、それでなお雛見沢を守ろうと思う気があるなら園崎の名を持って、ここに戻って来いって」

詩音「私があの鬼婆にですよ?笑っちゃうよね、お姉?」

詩音はそういいながら顔は少しも笑っていなかった。

過去の私は……何も言わない。でも思い出しているはずだと思う。

自分も、同じことを言われた過去を。


253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:08:02.59 ID:dTYKVbQ00

詩音「私……一人で頑張ってみようと思います」

詩音「こっちは確かに園崎の名がつくものにとってこれ以上にない居心地のいい街だけど、私は鬼婆を見返すために、外に出ていこうと思うんです」

そこまで言うと詩音は微笑み、私の肩を叩いた。

詩音「だからお姉も!」

詩音「大変だと思うけど……頑張りましょう、一緒に」

魅音(…今からでも遅くない)

魅音(一言。一言が言えれば、今までの嘘を全部覆せる)

魅音(そしたら、誰にも嘘をつかず、自分にも正直に、歩いて行けたのに……)

途方もない気分で、私は魅音に語りかける。

でも、過去は容赦なく現実へのレールに乗って走っていく。

魅音「うん…頑張ろう!」

魅音「詩音が外から攻めるならさ、あたしは絶対、完璧に内側を守って見せるよ!」

詩音「まーたお姉は、攻めるとか守るとか、そういう野蛮な置き換えしかできないんですか?」

魅音「野蛮ってなによ野蛮ってー。でもあんたが東京に行ったら今度こそ本当に寂しく――――」

最後に映った詩音の微笑みを残像しながら、世界はまた暗くなっていく―――


255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:11:38.25 ID:dTYKVbQ00

『――今のが二つ目のピースなのです』

魅音「…うん」

  『魅音…大丈夫なのですか?』

魅音「…。でも、なんとなくわかってきたよ」

魅音「……すごく単純なこと。やっと、わかってきた」

『……それなら良かったのです』

『次が最後のピースなのです』

『魅音。心をの準備は出来てますか』

魅音「…うん。お願い――」

  『了解しましたのです』


257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:24:14.27 ID:dTYKVbQ00

声が消えるとすぐにその声に気が付いた。

過去が始まり最初に私を包んだのは、ひぐらしの大合唱だった。

目を開く。

魅音(ここは――)

今度はすぐにわかる。

電信柱とそこから延びる電線と、古びた電話ボックス。

それ以外は道路と畑しかない。

見慣れた雛見沢の街並みが目の前に広がっていた。

過去の私は、何もないこの通りで一人ガードレールに座っているようだった。

魅音(……?)

魅音(今度こそ何をやってるんだろう……?)

過去の私は何をすることもないままぼーっと、右手にもった既に空っぽの缶コーヒーを口に当てたり、降ろしたりしていた。


260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:30:01.86 ID:dTYKVbQ00

魅音「…行くか」

そう呟き歩き始めようとした時だった。

圭一「魅音……?」

後ろから声をかけられて振り向く。そこには圭ちゃんが立っていた。

圭一「お、やっぱり魅音じゃねぇか!お前、今一番忙しい時だろ!?何でこんな所にいるんだよ!」

魅音「け、圭ちゃん……」

過去の私は、少し驚く。でも、意外な事にそこまでではなかった。

魅音(ああ、そっか………)

そこで私は思い出す。

魅音(これは……三年前の綿流しの前日だ――)

圭一「準備委員長がこんなとこでサボってていいのかー?会長に怒られるぜ?会長にー」

魅音「い、いいのー!委員長はあたしで、会長なんて職業はないんだからお母さんに文句言わせないもん」

圭一「ほー、そうかいそうかい。じゃあ、遠慮なく告げ口させてもらおうかなー?」

魅音「うー…。それはちょっと勘弁…」


264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:38:30.69 ID:dTYKVbQ00

圭ちゃんはけらけらと楽しそうに笑いながら、私の肩を小突く。

私は動揺を隠しながら、やめてよーと言い肩を叩こうとして……やめる。

魅音(……この時あたし―)

魅音(通るか通らないかもわからないここで、圭ちゃんを待ってたんだ――)

魅音「圭ちゃん今着いたのー?」

圭一「おう!今から園崎ホテルにチェックインしようかと思ってよー」

そう言って圭ちゃんは気持ちのいい笑顔を浮かべる。

久しぶりに会ったこの日の私は、それに対して自分も全力の笑顔を浮かべようと思った。

でも……無理だった。

魅音「…あれ、レナはー?一緒に来なかったのー?」

圭一「ああ、レナは今日どうしても就職先の用事で外せないから明日来るって――いや、てか知ってるだろ?」

魅音「あ、そうだそうだ、そうだった。あははは、忙しくて忘れてたよー」

圭一「ったく、友達がいのねぇやつだなぁ」


269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:47:30.44 ID:dTYKVbQ00

過去の私は、圭ちゃんの笑いに合わせ、ほんと最近年でさーと言いながら笑う。

本当は……しっかり覚えていた。忘れるはずがなかった。

もう……言い訳もできない。

この時私はもう……レナの報告を素直に受け止められなくなっていたのだ。

圭一「…魅音。ほんとに今暇なのか?」

魅音「…う、う、うん。暇!ちょっと祭りの準備も余裕が出来て、コーヒー飲んでたとこ!ほらっ!」

過去の私は、今までに比べれば微笑ましい嘘をつきながら、圭ちゃんにコーヒーの缶をつきつける。

圭一「うお!そんなしなくてもわかったって!」

圭一「じゃあさ、これ魅音のうち持ってくついでに久しぶりに一緒に散歩でもしようぜ」

魅音「え……?いいの…?」

圭一「はぁ?いいって、今俺が魅音に聞いたんだろー?」


272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 02:53:08.73 ID:dTYKVbQ00

圭ちゃんは怪訝そうな顔で過去の私を見る。

心臓がバクンバクンなっている。うるさいくらいに。

魅音「う、ううううん、そ、そうだね。そうだった……あ、あははははは」

圭一「…?何壊れてんだ、魅音?」

魅音「な、なな、なんでもない!じゃあ、さっさと行こう!ちゃきちゃき行こう!」

圭一「だから、散歩しようっつてんのに……」

キャリーバックを転がす圭ちゃんを後ろにして、過去の私は歩き始める。

圭ちゃんはおい待てよーと言いながら、追いかけてくる。

うるさいくらいに鳴いていたひぐらしの声が、鼓動の音で聞こえなくなっていた。



276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:00:58.50 ID:dTYKVbQ00

圭一「なんかさ、魅音とこんなふうに歩くのって久しぶりだよなー」

魅音「う、うん。確かに…」

魅音「みんな帰ってくる時は結構一斉だもんね。圭ちゃんは今回どんくらいここにいるの?」

圭一「うーん、そうだなぁ……来週の就職先の集まりを無理言って欠席すれば、テスト期間がある三週間後までいれるんだよなぁ」

圭ちゃんは目を細めて、「夏は夏で無駄にやることが多いんだよなぁ」と呟き溜息をついた。

過去の私は何かを言おうとする。

それはきっと魅音の本心だった。

でもそれを、ぐっと音をたてて飲み込んで……本心じゃない方の言葉を選ぶ。

魅音「……あははは、駄目だよ圭ちゃん」

魅音「今は「就職先」なんて曖昧な名前だけど、来年になったらそこに骨をうずめるための日々が始まるんだよー?」

魅音「今のうちにゴマをすれるだけすっておかなきゃ!」

圭一「うーん……それも、そうかぁ」

圭一「さすが魅音!大人の世界で生きてきた奴の言うことはだてじゃねぇな!」


278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:09:14.39 ID:dTYKVbQ00

あはは、まぁねという私の声が沈んでいる事に圭ちゃんは気付かない。

もし、圭ちゃんにレナや詩音みたいな機敏さがあれば……なんてふざけたことを考えて、すぐ自己嫌悪に陥る。

魅音(それが一番なかったのは……あたしだ)

圭一「しっかし、ほんと雛見沢はかわんねーよなー…」

圭一「東京なんて一か月もすれば新しい店が一軒出来て、古い店が一軒潰れてる。そんな感じだぜ?」

圭一「ここはほんと……なんつーか、かわんねーよなー」

魅音「…うん。それが雛見沢だよ」

魅音「ここだけは絶対に変わらない。いつまでも変わらない、みんなの故郷だもん」

過去の私がやっと少し落ち着いた声で言うと、圭ちゃんは、ははっと嬉しそうに笑った。

圭一「そうだなー…」

圭一「そういうことだとさ、魅音ってほんと雛見沢だよなー」

魅音「え……?」

圭一「魅音に会うとさ、ほんと懐かしい気持ちになる」

圭一「いつの間にかタイムスリップして、あの事に戻った気になるんだよな」


281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:13:44.79 ID:dTYKVbQ00

圭ちゃんはそう言って、本当にうれしそうな顔をするのだ。

まるで、本当にあの頃に戻ったみたいに――。

真っ直ぐな目で、真っ直ぐな笑顔で――。

でも、過去の私は、気づいてしまった。

ここが過去だということは……いつか必ず現在に帰ってしまうことに。

未来が待っている生活に、帰ってしまうことに。

魅音「圭ちゃんだってさ……変わんないよ」

圭一「え、俺も!?そうかー?俺かなり変わったと思うんだけどなー」

魅音「ううん。ほんとに、ぜんっぜん、変わらない」

魅音(そういう無神経なところが――)

過去の私はたぶん、心の中でそう呟いたはずだ。



287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:20:47.52 ID:dTYKVbQ00

圭一「うーん……まあ、いっか!かわんねぇってことはいい事でもあるもんな、ミス雛見沢」

魅音「圭ちゃんのバーカ」

私は薄く笑いながら、圭ちゃんの肩を叩く。

圭一「いてて……。そういや、魅音。お前、本当に大学出てからも雛見沢残るのか?」

魅音「…うーん、うん。そのつもりだよ。もう村のみんなに宣言したし」

圭一「そっか……」

圭一「…なぁ、ほんとにそれでいいのか?」

圭ちゃんは少し歩調を早め、私の前に回り込み振り返る。

魅音「急に…どうしたの、圭ちゃん?」

圭一「いや、まあ、この村に残るのがわりぃなんて思ってねぇんだ。たださ…」

圭一「大学の時は、それじゃしかたねぇって納得したけどさ、やっぱり去年の夏魅音が東京に遊びに来た時思ったんだ」

圭一「こいつ、やっぱり東京に出てきたいんじゃないかって」


293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:26:56.51 ID:dTYKVbQ00

圭ちゃんはもう笑っていない。真面目な表情で、私に向ってそう言っていた。

魅音(圭ちゃん……)

今の圭ちゃんの言葉は……沢山の過去の私にとってとても幸せな発言のはずだった。

沢山の過去の私が、決断を変えるに充分な程の効力をもった発言だった。

でも……もう。遅い。

それを聞くには……この私じゃ遅すぎたのだ。

魅音「…あはは、そんなこと思ってないよ。変なけいちゃーん…」

圭一「それによ、今日魅音の顔見て……やっぱり思った。お前…少し疲れてるんじゃないか?」

魅音「…あたし?疲れてる…?」

圭一「いや、ほんとになんの確証もないんだけどさ」

圭一「ただ少しだけ…元気がなかった風にみえたんだ。声かけた時の後ろ姿見て…」


296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:32:06.09 ID:dTYKVbQ00

過去の私はいつの間にか俯いたゆっくり顔をあげて、圭ちゃん目を見る。

懐かしい目だった。

透き通るような目だった。

少しだけ、すいこまれそうになる。

しかし………魅音は溢れ出る沢山の自分の感情を否定して、首を振った。

魅音「……圭ちゃん。ありがとう」

圭一「いや、礼はいいんだ。ただ――」

魅音「…ううん。お礼を言わせて、圭ちゃん。ありがとう」

魅音「あたし、圭ちゃんに心配してもらって嬉しいよ。だって、圭ちゃんは……」

魅音「もう八年近くの付き合いになる……あたしの親友なんだからさ」


301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:38:11.98 ID:dTYKVbQ00

魅音(………………………馬鹿)

私はもう、声を上げようとも思わなかった。

魅音「でもね、大丈夫。今日はちょっと、祭りの準備で疲れてただけだよ?」

魅音「いくら男っつっても、おじさん一応女だからさ、男衆に交じって力仕事をするとさすがにこたえるんだよねー!」

魅音「腰も、ほら、だいぶこってるしさーー!」

そう言って私の視界は空を見上げる。

雛見沢の六月は空が以上に高い。

馬鹿で、馬鹿でどうしようもない園崎魅音は……その空を見上げながら、流れそうになる涙を必死にこらえていた。

圭一「…本当にそうなのか?」

魅音「うん、そうそう!だから、大丈夫!まあ明日が終われば退屈な事務職に戻るんだしさ、あと一日の辛抱だよ!」


305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:47:14.39 ID:dTYKVbQ00

圭一「…本当にそうなのか?」

魅音「うん、そうそう!だから、大丈夫!まあ明日が終われば退屈な事務職に戻るんだしさ、あと一日の辛抱だよ!」

視界が圭ちゃんに降りてくる。

もう涙の気配はなかった。

圭一「なあ、肉体労働もいいけどさ、魅音ももう22の娘さんなんだから、そう言うのは男に任せて――」

魅音「娘さん!?おい、どこに目を付けてそんなこと言ってるんだ、この前原圭一はーーー!!」

バシーン。思い切り圭ちゃんの背中を叩く。

いってぇ!と叫び圭ちゃんは数十センチ、飛び跳ねた。

圭一「お、おま、今のは俺本気で――?」

魅音「…っはい!」

圭一「…?いや、っはい!って言われても……?なに――」

魅音「何って、こう手を出したら決まってるじゃん!握手でしょ、握手ぅーーー!」

過去の私は手をぶんぶんと振りながら圭ちゃんに手を差し出す。

圭ちゃんはまだ困惑していた。


308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:52:56.46 ID:dTYKVbQ00

魅音「…圭ちゃん前に言ってたじゃん。男の友情は固く結んだ握手から始まるって。…だからさ―」

圭一「いや、確かに言ったかもしれねーけど、何を今さら――」

魅音「いいから!はいっ!」

強引に差し出す私の右手を、圭ちゃんはまだ不思議そうな顔をしながらそっと、握った。

圭一「…なぁ、これなんか意味――」

魅音「―意味なんてないよ。親友同士が友情を確かめるために握手をした。何か問題があった?」

圭一「いや、そりゃないけど――」

以前困惑気味の圭ちゃんの見て過去の私は、あはははと笑いながら…名残惜しさもなさそうに、その手を離した。

魅音「よし!ありがとう、圭ちゃん」

圭一「う、うん…?まあいいけどよ……友情は確かめられたのか?」

視界は上下する。過去の私は、力強くうなづいたのだ。

魅音「うん!おじさんもー、大丈夫だよ!あんがとね、けーいちゃん!」


311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 03:59:55.28 ID:dTYKVbQ00

魅音(大丈夫じゃない…………)

魅音(あんた……全然大丈夫じゃ、ないじゃない……)

私は、くるくると楽しそうに笑う過去の私を……憐れむ。

もう、取り返しがつかない所に自らを辿りつけてしまった、自分の過去を…憐れんだ。

圭一「うーん、何かよくわからんが確かに、大丈夫そうだな!」

魅音「あはは、全く、圭ちゃんはあんだけでこの園崎魅音を心配するなんて、甘いよ?」

魅音「それよりさ……」

魅音「自分の方は、どうなのよ?」

過去の私は圭ちゃんのわきばらをぐりぐり肘で押す。

圭一「はぁ?自分のほうって……だから就職も順調に――」

魅音「あーん、もー、そうじゃなくてー……」

魅音「……わかんないの?」

圭一「…あー、わからん。…んで、何のことだよ?」


314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:07:17.63 ID:dTYKVbQ00

魅音(もう聞きたくない……)

魅音(もう、見たくないよ……)

しかし、やはりそれは私には許されない。

私の四肢は過去のもので、過去は今からではどうしようもないものだった。

魅音「もー、本当にわからないわけー?」

魅音「レナのことだよ!レーナーのーーっ!」

圭一「はぁ!?レナがどうしたって!?」

魅音「…ねぇ、圭ちゃん。それ本気でいってるわけ?さすがに冗談であってほしいよ、その愚鈍さ……」

圭一「……愚鈍で悪かったな」

圭ちゃんはふてくされたように、そっぽを向く。

圭ちゃんがそっぽを向いたときだけを狙って、私の視界は圭ちゃんを捕らえた。


319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:15:03.31 ID:dTYKVbQ00

魅音「ねえ、圭ちゃん。…正直に答えてね?」

圭一「…拒否権は?」

魅音「なーし!!」

圭一「何だよそれ…。まあ、いいや。で?」

圭ちゃんがこっちを向く。私の視界は前を向く。

魅音「圭ちゃんはさー、いくら鈍感で、鈍感過ぎて鈍感を極めたダメ男じゃん?」

圭一「うんうん……って、俺はどこまで鈍感な――」

魅音「あーはい、どうどう。まあ、そこはいいとして……」

魅音「年頃の男の子としてさ、女の子と付き合いたいなーとかは、思わないわけ?」

過去の私がそう質問すると、圭ちゃんは一瞬すごーく嫌な顔をしてから、すぐに真顔になった。

圭一「……魅音。それはどういう趣旨の質問だ?」

魅音「えー?その言葉の通りの質問だよー。ねぇどうなの?」

圭一「どうって……」

魅音「あたし……真剣だよ?」

過去の私が声をすごめると、圭ちゃんは「一体なんだよ…」と漏らし、そして真剣に答えを考え始めた。


321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:19:52.03 ID:dTYKVbQ00

圭一「なあ、魅音」

魅音「…ん?」

圭一「これって真剣な質問なんだよな?」

魅音「…そうだよ。すっごく、すっごく真剣な質問」

私がそう答えると、圭ちゃんはわかったよ、と言って両手で前髪をかき揚げ、私の方を向いた。

圭一「恥ずかしーんだけどさ……」

魅音「恥ずかしくないよ。…言って?」

圭一「……。俺、中学時代からあのグループで騒いでたじゃん?」

魅音「うん、そうだね」

圭一「そんで、高校時代は魅音とレナとほとんど一緒にいたじゃん?」

魅音「うんうん。確かに、そう」

圭一「だからかもしんねーんだけど…分からないんだ」


328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:24:55.81 ID:dTYKVbQ00

過去の私は圭ちゃんの方を向いた。

目が合う。

でも……魅音はその視線をそらさなかった。

自分の心を封印して……逸らさなかった。

魅音「何がわからないの…?」

圭一「そのさ……友情とそれの違いがさ」

私は手を強く握りしめた。

何かを我慢するために……強く、強く。

私はその何かがわかった。とても、くだらないものであることも知っていた。

皮膚の痛みだけが私の意識にも伝わる。

鋭く、それでいて、鈍い痛みだった。



337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:43:47.77 ID:dTYKVbQ00

バシーン。少しの沈黙の後……過去の私は強く、圭ちゃんの肩を叩いた。

圭一「いってぇ!な、なんだよいきなり!俺が何して……」

魅音「ねぇ、圭ちゃん。よーく、考えてごらん?」

圭一「……?」

魅音「例えば、レナが他の男の人の元に行ったら……どう?」

圭一「……」

魅音「どう?悔しくならない?」

圭ちゃんはしばらく黙ったまま、自分の顎に手を当てていた。

圭一「うーん、どうだろうなー。中々想像できない――」

魅音「じゃあさ。レナがだれかほかに大切な人が出来て、もう圭ちゃんは見向きもされなくなる。これだったら……どう?」

圭一「……うーん。それだったら…ちょっと悔しかもなー…」

魅音「それだよ、圭ちゃん」

魅音「たぶん経験がないから分からないだけで……そう言う機会が来たら、圭ちゃんは気付くはずだよ」

圭一「………」

魅音「でもね、圭ちゃん」


338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:44:45.73 ID:dTYKVbQ00

ギリ。掌が痛む。

私は次に自分がどんなことを言おうとしてるわかっていた。

それが、本当に自分が望んでいないものだということも、もちろん知っている・

それでも……私は過去を受け入れるしかないのだ。

この光景を飲み込んで……自分の現実に迎え入れるしか…ないのだ。

魅音「そうなってからじゃ……もう、遅いんだよ?」

魅音「誰かに取られてからじゃ……遅いんだよ?」

魅音「あの時ああしとけば良かった、には……なんの意味もないんだよ?」

圭一「……」

圭一「……そう、か」

圭一「あの時ああしとけばよかったには……意味がない、か」

魅音「…うん、そう。だから、後悔しないうちに…捕まえきな?」

そう言って過去の魅音は……微笑んだ。

心で二つの涙を流しながら…微笑んだ。


340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:45:49.27 ID:dTYKVbQ00

圭一「……ああ」

圭一「…そう、なのかもな」

魅音「…うん。…そうだよ」

圭一「でもさー…」

圭ちゃんと再び目が合う。

一瞬時が止まる。

ひぐらしの鳴き声だけが、世界を包む。


341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 04:46:24.44 ID:dTYKVbQ00

圭一「…俺、魅音がおんなじ状況になっても、たぶんくやしいぜ?」

魅音「…………」

魅音「…………圭ちゃんのばーか」

再び世界が動き出す。

魅音「……あたしに感じてるのは、友情でしょ?」

魅音「まったく、そんな区別もつかないんだからーー!」

圭一「うお、いてっ!ちょ、何す――」

過去の私は手を回しながら、圭ちゃんの背中を追いまわす。

もう、圭ちゃんの顔を見ることがなかった。

なびく髪と、記憶より少し広い背中を追いまわしながら、世界はゆっくりと、暗転した――


353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 05:03:39.20 ID:dTYKVbQ00

限界です、寝ますorz

すいませんこんな遅くまで付き合っていただいて……

もうあとはエンディングを残すまでなので、明日には絶対おわります。

もしよろしければ、この駄文にもう少々お付き合いしてくださればと思います。

支援保守してくれてる皆様、本当にありがとうございますorz


あと、最後に一言だけ自分の見解を。

レナはあんなこと言いながらも魅音に遠慮していて積極的にアピールしなかったというのはどうでしょう?

ではすいません……落ちます。

479 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 17:59:15.92 ID:dTYKVbQ00

保守ありがとうございます!

バイト終わったので続き始めます。あ、今日でもちろん終わりますよ?

お待たせしてほんとにゴンナサイorz

最後までお付き合いよろしくお願いします。

481 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:00:14.88 ID:dTYKVbQ00

瞳を開くと、私の体はまた暗い宙の中を漂っていた。

『――今ので、あなたは全てのピースと向き合いました』

  『答えは見つかりましたか?……魅音』

魅音「……うん。見つかった」

魅音「あははは……。全部わかったよ、あたし」

魅音「答えなんて言うほど……大騒ぎするほど、大したもんじゃ、なかったよ……」

  『――魅音…』

  『辛い…ですか?』

魅音「…辛い、かぁ……」

魅音「どうだろう……あんまり自業自得過ぎて、辛いなんて……言える立場じゃないよ、あたしはさぁ……」

鼻の奥がツンとした。


482 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:00:57.27 ID:dTYKVbQ00

魅音(――あたしがずっと感じていた息苦しさは)

魅音(全部あたしの……)

魅音(全部自分のまいた種だった)

魅音「あははは……あたし、馬鹿だね。ほんっと、馬鹿……」

魅音「……全部、自業自得じゃん。全部…勝手に空回りしてただけじゃん……」

魅音「……圭ちゃんなんか好きじゃないって思いこんで―」

魅音「……ばっちゃの後を継がなきゃって思いこんで―」

魅音「……レナの応援をしなくちゃって決めつけて――」

魅音「……雛見沢を守るなんてかっこつけて――」

魅音「……でも……」

魅音「あたし……全然、諦めきれてなかった……」


485 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:01:52.37 ID:dTYKVbQ00

  『魅音………………』

魅音「もしかしたら、レナが自分から譲るって言ってくれるかもしれないとか…」

魅音「圭ちゃんが自分から、あたしを連れ去りに来てくれるかもしれないとか…」

魅音「待ってれば、勝手に幸福が転がり込んできて……」

魅音「それで、意味のない思い込みも全部報われるって……」

魅音「………でも、そんなこと考えてるうちに二人は結婚して……」

魅音「幸せそうに………笑ってて………」

魅音「もう、全部終わりだって………」

魅音「なんの可能性もないんだって………気付いて……」

魅音「じゃあ、なに?」

魅音「あたしは今度は……二人が離婚することでも願うつもりだったの…?」

魅音「そんな、さい、っていな事……本気で考えるつもりだったのかなぁ…?」

魅音「あたし……馬鹿だよねぇ?」

魅音「救いよう……ないよねぇ?」

魅音「ほんと、もう……笑うしか……ないよー…。あはははは……」

488 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:03:00.57 ID:dTYKVbQ00

あははは…あはは、あははは。あははは、はは、はは……

私は笑った。自分の馬鹿さ加減に、ひたすら……笑った。

でも……なぜだろう。

笑ってるはずなのに。自分を嘲ているはずなのに。

頬を幾筋も幾筋も……冷たいソレが流れるのだ。

魅音「あははは、あれ?おかしいな……なんで?これ、とまらな―――」

  『……魅音』

魅音「ごめん、ちょっと、待って……今すぐ、止め―――」

  『いいのですよ、魅音』

魅音「………え?」

  『――泣いても、いいのですよ』

『何も恥じることはないのです』

  『ここには今、あなたと私だけ』

  『だから……何も恥じることはないのです』

  『あなたは今、あなたの為だけに……涙を流しても、いいのです』

490 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:04:26.99 ID:dTYKVbQ00

魅音「……でも……」

  『涙は言葉の結晶。言葉に成り得ぬ感情が涙となって溢れ出る』

  『あなたは、もう伝えられぬ沢山の気持ちを心に抱えている』

  『それを涙と成さずして、どう、悲しみから逃れられましょう』

  『魅音。あなたは、泣くべきなのです』

  『自らを嘘の檻の中に閉じ込めるのは……どんな心地でしたか?』

魅音「……でも…」

魅音「……で…………」

魅音(………でも―――)

堰止められていた何かが溢れる。

魅音「うわぁーーーーーーーーん…ひっ、う……、う、うわぁーーーーーーーーーん……」

あふれだしたそれは……何処まで流れれば止まるのか分からないまま、ただ流れ続ける。

私は、時間も、声も、何一つ気にせず、生まれたばかりの子供のように、ただただ、泣いた。


492 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:06:49.97 ID:dTYKVbQ00




  ――悲しみは涙だけではもちろん、癒すことはできない――

  ――でも、その涙はあなたの心に記憶されあなたの現実をも浄化するでしょう――

  ――例え、あなたにこの声が聞こえず、あなたがその記憶をなくそうとも――

  ――心はきちんとその涙を覚えているはずなのです――

  ――だから、魅音。あなたは今、ただ泣いて、涙を流して――

  ――この人生の小休止の中で、声が枯れるまで涙を流して――

  ――そして、現実にそれを持ち帰るのです――

  ――それがきっと、あなたにとって最高の救いになるから――






499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:19:20.82 ID:dTYKVbQ00

どれくらい時間がたったのかわからないくらい、長い時間が過ぎたあと。

やっと私の涙は涸れて、視界がはっきりとしてきた。

  『――どうですか、魅音』

  『多少は、心の霧が晴れましたでしょうか?』

魅音「……うん」

私はゆっくりと頷く。

  『それなら…良かったのです』

魅音「……ねぇ」

  『はい。なんでしょう?』

魅音「このイフの世界って……」


500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:20:14.74 ID:dTYKVbQ00

  『――この世界は使った人間の現実を映し出す器』

  『夢実の球は、使用者が心の奥底で、自分の最大の欲求を阻害していると思っている……もっと簡単に言えば、これがなければもっと自分は上手くいくと思っているものを器から除外する宝具なのです』

  『使用者は、この世界にいるうちに必ず、自ら抱えている葛藤の原因をかすめます』

  『そのかすめた、原因がボクの目には見えるのです』

魅音「だから、私はレナがいない世界に来たんだ……」

魅音「確かに今見てきた記憶だけ振り返れば、レナがいなかったらあたしはああなってなかったんだもんね……」

魅音「本当に……悔やんでも悔やみきれないくらいに……馬鹿げた発想だよ……」

  『誰にでもそう言うことはあるのですよ、魅音。あなただけではないのです』

魅音「……ありがとう」

魅音「――でもね、これは忘れちゃいけないことだと思う」

魅音「心の奥底で……あたしは親友のいない世界を望んだ」

魅音「そして、その世界を受け入れた。安らぎまで得た。

魅音「その事実を……私は絶対に、忘れたくない」

魅音「…二度とそんな馬鹿な妄想に、取りつかれないように」

502 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:21:37.79 ID:dTYKVbQ00

   『……その言葉を聞いて、とても安心したのです』

  『そう思ってさえいれば……あなたの心がそれを忘れる事は決してありません』

  『……さすが部長なのですよ』

魅音「ん?なに?」

  『あぅあぅあぅ。なんでもないのですよ』

魅音「そう……?あ、あとさ、もう一つ質問があるんだけど……」

  『はいなのです。お安い御用なのです』

魅音「この世界は……本当に存在するの?」

魅音「あたしの頭の中だけでこしらえた……幻の世界なの…?」

  『……いいえ。魅音。それは違うのです』

魅音「…?どういうこと?」

  『数多の世界は平行線。繋ぐ道が無いだけで、イフの世界は必ず存在するの
です』

  『今日あなたが体験した魅音はこの世界の中では紛れもない真実』

『そして、ついさっきまでのあなたは……紛れもなく、この世界の、園崎魅音だった
のですよ』

505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:24:03.88 ID:dTYKVbQ00

魅音「そっか……。そうなんだ………」

魅音(それなら……)

魅音「あのさ……一日って、もう終わり?」

魅音「もう、時間って残されてない?」

  『……?どういうことなのですか?』

魅音「……うーん、どうしてもってわけじゃないんだけど…」

私は一度強く息を吸い、そして吐きだした。

魅音「一つだけ、けじめをつけたいことがあるんだー…」

  『けじめ……なのですか?』

魅音「うん、そう。けじめ」

魅音「一番最初に……あたしがかけ違えたボタンへの、けじめ」

魅音「この世界でなら……それが、つけられるんだ」

507 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:25:22.71 ID:dTYKVbQ00

声はしばらく黙っていた。

しかし、ふっと温かい風が吹いたと思うと、優しい言葉が聞こえてきた。

  『あなたの心が、そう望んでいるのですか?』

魅音「……うん」

魅音「あたしの心が、望んでる」

魅音「これだけは……絶対に、嘘じゃないと思う」

  『―――わかりました』

  『では、この世界の最後に、あなたの心が望んでいるものをかなえてきてください』

  『あなたの心が満たされれば、それをもって、あなたにとっての現実とこの世界とのつながりは切断される』

  『――あなたの現実は再び周り始めます』

魅音「うん……。わかったよ!」


508 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:26:15.99 ID:dTYKVbQ00

  『……魅音?』

魅音「…ん?なに?」

  『頑張ってくださいね、これからも』

  『ボクは……あなたも、あなただけではなくみんなことも、ずっとずっと、見守っているのですよ』

魅音「……ありがとう」

魅音「あたし……もう逃げないよ」

魅音「絶対に、自分の心に嘘をつかない。…約束する!」

  『言われなくても、ボクはそう、信じているのですよ』

  『では―――』


509 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:26:55.85 ID:dTYKVbQ00

魅音「あ、待って!最後に……もう一つだけ、いい?」

  『はい、なんでしょうか?』

魅音「あたし……あなたの声に聞き覚えがあるんだけど…どっかで会ったことある?」

  『……………はい、ありますよ』

  『もし、また機会があったら……一緒に、笑って話しましょう…なのですよ』

魅音「やっぱり、あるんだ……」

魅音「うん…。わかった!一緒に、笑って話そう!」

  『………ありがとうなのですよ、魅音』

  『では、あなたの心の望みを満たすためにゆっくりとその瞳を開くのです――』

  『梨花によろしく―――――』


518 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:48:30.58 ID:dTYKVbQ00

パッと目を開くと、目の前には本家の天井があった。

布団をそっと持ち上げて、時計をみる。

午前0時20分。まだ時間は20分しか過ぎていなかった。

魅音(………。ごめんね、この世界の魅音――)

魅音(もう少しだけ、このあんたの体……借りるね)

魅音(たぶん、すごく迷惑をかけるかも知れないけど……あんたなら、大丈夫でしょ?)

圭一「……ん?どうした、魅音……」

眠そうな圭ちゃんの声が布団の中から聞こえてくる。


519 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:49:22.17 ID:dTYKVbQ00

魅音「ごめんね、圭ちゃん。ちょっとだけ……起きてもらっても、いい?」

圭一「んー…?」

バチッと音をたてて蛍光灯をつける。

圭一「うお!?眩しい……」

圭一「ったく、なんだよ魅音、こんな時間に電気つけて――」

魅音「ねえ、圭ちゃん」

私は寝ぼけ眼の圭ちゃんの前に、正座をして座る。

圭一「…おお?一体何ごと――」

魅音「―圭ちゃん」

圭一「だから………ん?」

圭ちゃんは目をこすりながらも私の真剣さに気づいたようで、つられるように正座した。

圭一「…魅音?これは一体――」

魅音「ねえ、圭ちゃん。あたし今日、変だったでしょ?」

圭一「……?」

圭一「うん、まあそうだな……完全無欠に、変だったよ。今日の魅音は」

520 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:50:15.37 ID:dTYKVbQ00

圭ちゃんは頭を掻きながら、私の目を見る。

少し鼓動が高鳴る。

でも、大丈夫。

もう、あたしは……逃げない。

魅音「変ついでにさ――。今から、あたしが口走る変なこと、何も言わずに聞いててくれない?」

圭一「はぁ!?」

魅音「反応とかしなくていいの。ただ、黙って、私の顔をみて、私の言葉を……聞いてて欲しいの」

魅音「駄目……?」

圭ちゃんは目を細めて、少しだけ何かを考えてるようだった。


522 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 18:51:31.56 ID:dTYKVbQ00

しかし、数秒の後…小さくうなづいた。

圭一「まあ、変ついでにな……」

圭一「ああ、いいぜ。聞いてやるから、言ってみな?」

魅音「圭ちゃん……ありがとう!」

私は頭を下げる。

息を強く吸う。

強く吐く。

魅音(……ごめんね、レナ。今だけ許して――)

顔をあげる。

そして、圭ちゃんと視線を絡めて……口を開いた。


534 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:05:27.46 ID:dTYKVbQ00

魅音「あたしね……圭ちゃんの事がすき。ずっとずっと、好きだった!」

圭一「―――はぁ?なんだよいきな――」

魅音「たぶんずっと……もしかしたら始めて出逢ったときからかもしれない。本当に、ずっとずっと好きだった!」

圭一「ちょ、ちょっと待て!魅音……?」

圭ちゃんは案の定動揺していた。

それでも、私は構わずに続ける。

魅音「部活やってて楽しかった。昼食の時も、楽しかった」

魅音「…分校の時代はかなり無茶なこともしたよね?覚えてる?沙都子のトラップにレナが気絶して、二人で診療所に走った時のこと」

圭一「――はぁ!?ちょっと、待て、レナってだ――」

魅音「高校にあがってからはさ、さすがにあんなことしなくなったけど……でも、一緒にいるだけで、楽しかったよね?」

魅音「三人で授業抜けて、鹿骨に遊びに行ってさ、選り寄って出張中の佐藤に会っちゃうの!」

魅音「あたしと圭ちゃんは元々粗鋼もアレだったからいいけど、優等生扱いだったレナもいたからもう大変!」

魅音「あたしたち二人に絡まれてるんじゃないのか?ってすごい剣幕で絡まれてんの!笑っちゃうよねー…」


535 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:06:02.46 ID:dTYKVbQ00

圭一「……なぁ、魅音?さっきから何の話――」

何かを言おうとする圭ちゃんの口に手を当てる。

魅音(……ごめんね。もう少しだけ……言わせて?)

魅音「……おかしいね。いざ思い出そうとすると、何かくだらないことばっかり思い出す」

魅音「もっとおっきなことも沢山あった気がするのに、かき混ぜてみるとそんなちっちゃい思いでばっか……」

魅音「でもね……。あたし、すごく、楽しかったよ?」

魅音「何やってても楽しかった……。本当に、毎日が輝いてた!」

魅音「思い出す日々全部が本当に輝いてて……」

魅音「本当に大切で……」

魅音「……大切で………」


537 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:06:42.12 ID:dTYKVbQ00

魅音(……頑張れ)

魅音(……頑張れ、園崎魅音!)

魅音「だから……手放さなきゃいけなくなるのが、怖かった……」

魅音「あたしは圭ちゃんが好き……女として、圭ちゃんが好きだった!」

魅音「だから、レナに……レナにだけは取られたくなかった!!」

魅音「レナはあんな風に言ってたけど……、あたしには無理だもん!!」

魅音「いやだったの……嫉妬しちゃうんだよ!」

魅音「怖かったんだよ!……だってレナはかわいくて、優しくて、でも強くて……あたしなんかじゃかないっこない」

魅音「年を重ねるごとに、そればっかり目について、不安になっていく……そんな自分がすごくいやだった!」

魅音「目をそらしたかったけど、無理だったの…。だって――圭ちゃんとレナはいつも私の傍にいて、いつも視界の中にいてそれで、それで――――」

魅音「……レナと圭ちゃんが付き会いだしたら、あたしはもう二人と一緒にいれないって―――」

魅音「……そんな二人、みてられないって―――」


538 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:07:22.76 ID:dTYKVbQ00

圭一「……魅音――」

魅音「……二人とも一片になくさなきゃいけないなら、自分から手放そうって……」

魅音「そう………思ったの」

魅音「だってあたし……、圭ちゃんのことも……レナのことも……二人とも、大好きだったんだもん――」

言葉に詰まる。

言いたいことはたくさんあると思うのに、それを伝える言葉があまりにも足りなかった。

私は俯く。

魅音(……でも。……ちゃんと言えた)

魅音(言葉に出来る限り全部……圭ちゃんに伝えられた)

魅音(もう……満足だよね?)


540 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:08:04.84 ID:dTYKVbQ00

―――変なこと言ってるでしょ?でもね、明日にはちゃんと戻ってるから――

……そう、呟こうとした瞬間。

頭にふぁさっと、温かさが触れた。

そして……力強く、ガシガシと数回撫でられる。

魅音「圭ちゃ――」

圭一「わかったよ」

魅音「……え――?」

圭一「いや、そう言う意味じゃなくてさ…」

圭一「魅音が今話してる内容が俺にはよくわからねぇし、それについて何も言ってやれないけど……」

圭一「でも聞く。全部、ちゃんと聞いててやる。何も言わずに、全部受け止めてやる」

圭一「だからな、魅音」

圭一「――我慢すんなよ。なんでもいい。全部、吐き出せ。……な?」


542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:09:12.16 ID:dTYKVbQ00

ガシガシガシガシ……。

頭に圭ちゃんの掌の感触を感じる。

魅音(……………)

魅音(圭ちゃんの………馬鹿ぁ――)

魅音(……いざとゆう時にばっか、かっこいいんだから――)

魅音(こういう時にばっか……優しいんだから)

ポタっポタっ……布団に小さな丸いしみが出来る。

ポタポタポタポタ……。

一度落ち始めたそれは、もう止まらなかった。

魅音「――ほん、とうに……」

魅音「……ずっと、好きだったんだよ!?」

魅音「ずっとずっとずっと………好きだったんだよ?」

魅音「……ずっとずっと、ずっと……本当に好きで……」


546 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:10:45.70 ID:dTYKVbQ00

魅音「…でも誰にも言えなくて……」

魅音「自分でも認められなくて……」

魅音「苦しくて……苦しくて……」

魅音「……圭ちゃん……好きだった。大好きだった。本当に大好きだったんだよ――?」

魅音(……さよなら……圭ちゃんが好きだった自分)

魅音(……ごめんね……見つけるのが遅くなって……)

圭ちゃんの掌の温かさを感じながら、視界は涙に滲んでいく。

少しずつ世界は白くかすんでいく。

心の声だけがずっと、木魂するようにその白んだ世界の中に残って―――

私はゆっくりと、現実に帰っていく―――。


――レナ……ごめんね。

――全部わかったから……。あたしもう、間違えない。


――圭ちゃん……ありがとう。

――素直になれたから……。あたしもう、大丈夫だよ。

567 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:38:42.91 ID:dTYKVbQ00

ザワ……ザワザワ…………。ザワザワ………ザワ………。

―――――ん?

魅音(………あれ?)

周囲の喧騒に、気づき私の意識は少し覚醒する。

ザワザワ……ザワ…………。ザワザワザワ…ザワ………………。

魅音(………なんだろう。うるさいなー………)

段々と意識が戻ってくる。

少しだけ開いた瞼の外側にはうっすらと、煌煌とついている蛍光灯が見える。

魅音(………電気……つけたまま寝たかな……?)

ゆっくり……ゆっくりと、瞼を開く。


571 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:39:25.95 ID:dTYKVbQ00

梨花「……みぃ?みぃ、起きたの!?」

魅音「………?…梨花ちゃん?」

梨花「良かった………」

バフッ。音をたてて、梨花ちゃんは掛け布団越しに私の体に抱きついた。

魅音「……ちょ、梨花ちゃん?……どしたの?」

梨花「……ううん。なんでもないの」

梨花「ただ、ちょっとだけ………心配してただけ」

魅音「……?」

私は自分の頭を掻きながら梨花ちゃんの言葉に首を傾げる。

魅音(……これは……どういう状況?)

心の中でそう考えていると、梨花ちゃんはそれを見透かしたように「たいしたことじゃないよ?」と言った。

魅音(……?)

魅音(この騒がしいのは……宴会?)

そこでやっと私は、思い出した。

579 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:58:25.10 ID:dTYKVbQ00

魅音(そうだ……)

魅音(あたし、確かお母さんと喧嘩して……梨花ちゃんと散歩に行って……)

魅音(散歩に行って……………?)

魅音「…ねぇ、梨花ちゃん?」

梨花「ん?なぁに?」

魅音「あたしたち……確か、散歩に行ったよね?」

梨花「…うん。散歩に行ったよー」

魅音「それで……どうもおじさん、そこからの記憶が曖昧なんだけど…」

魅音「…なんで、ここで寝てるわけ?」

時計を見上げる。

午後九時。宴会もちょうど、宴もたけなわな時間帯だった。


582 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:59:02.49 ID:dTYKVbQ00

梨花「…倒れたんだよ」

魅音「…?倒れた?」

梨花「そう。散歩の途中に、みぃが突然失神したの。古手神社の辺りで」

梨花「……覚えてない?」

梨花ちゃんは小首をかしげて、丸い目で私を見つめる。

魅音(失神……?)

魅音(このあたしが………失神?)

魅音「……いやいや、ないない!」

梨花「あったんだからしょうがないでしょー?」

梨花「わざわざ一回ここに戻って、人を呼んでみぃを運んで……大変だったんだよ?」

魅音「…えー?うっそだー」


584 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 19:59:57.21 ID:dTYKVbQ00

私はとりあえず笑ってみた。

しかし、記憶が全くないのも事実だった。

魅音(…失神なんて女の子がしそうなこと、あたしがするだろうか――)

首をひねるあたしの頭を、梨花ちゃんがさわさわと撫でる。

魅音(……あっ)

梨花「失神するなんて、みぃもか弱い乙女なのね。あはは――」

梨花ちゃんは頭をなでながら私に悪態を吐く。

でも……何故だろう。

今一瞬――鼻の奥がツンとした。


586 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:00:47.82 ID:dTYKVbQ00

梨花「いいこいいこー…って――みぃ?」

魅音「……あ、ごめんごめん!ちょっと寝起きでぼーっとしてた。あははは」

魅音「こーらー梨花ちゃん!誰を捕まえて乙女だってー!?」

私は梨花ちゃんの売れを捕まえて、ぐいと引きよせ脇腹をくすぐる。

梨花「あ、だめっあはは、ちょっとみぃやめ……あはは!」

魅音「ほれ、これで反省したかね?」

梨花「うー…みぃが急に元気になったー」

蒐「ほう。そりゃあ大層なことじゃないのさ」

私と梨花ちゃんはばっと同時に入口の方を振り返る。

そこにはいつからいたのだろう、お母さんの姿があった。


591 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:19:22.88 ID:dTYKVbQ00

蒐「……魅音。あんた、わかってるね?……色々とさ?」

魅音「うぅ……。はい、お母さん」

私は布団の上に正座をしてお母さんに向き直る。

何故か梨花ちゃんも私の隣に正座をしていた。

蒐「?梨花ちゃんは別にしなくていいんだよ?」

梨花「…いや、確かにそうなのかもしれないけど、なんか罪悪感が……」

蒐「なんだって?……まあ、別にしちゃいけないってぇことはないからねえ」

お母さんはそこまでで梨花ちゃんからは視線を外し、あたしの方を向いた。

その視線はいつもの刺すような鋭い――?

魅音(……あれ?)

魅音(……なんでだろう。お母さんの目………)


593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:20:21.79 ID:dTYKVbQ00

蒐「……魅音。あんた、いい加減にしなよ?」

蒐「あたしにああ言われて、梨花ちゃん連れて外に逃げて、勝手に気絶して…」

蒐「挙句の果てに起きてからすぐに、詫びの一つにもこないたぁ――」

魅音「いや、それはその、状況把握に手間取って――」

蒐「弁明はきかねぇつってんだよ、この阿保が!」

バン。お母さんは足を床にたたきつけて、すごむ。

しかし……どうしてなんだろう。

魅音(お母さんの目……)

魅音(なんか、心配してるようにしか見えない――)

蒐「ふ抜けた顔してるだけなら勝手にしな!」

蒐「ただ、あんたがふ抜けた顔してるってことはねぇ……雛見沢がふ抜けちまう事に綱がんだ!」

蒐「雛見沢のまとまりが無くなっちまったら、あんたはおおばば様にどう―――」

お母さんはそこで言葉を止める。


595 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:21:04.24 ID:dTYKVbQ00

蒐「……」

蒐「……突然あんた、なにしてんだい?」

魅音「……ご覧のとおりです」

蒐「……その行為はねぇ、覚悟もない人間がやったら逆効果になるんだよ?」

蒐「魅音。あんた、ちゃんとそのことわかって、それをしてるのかい…?」

魅音「……はい、わかってます」

私はそう言いながら、布団をはみ出て、畳みに手をおく頭を深く下げる。

蒐「半端な覚悟で土下座決めるのなんざ、三下の――」

魅音「お母さん」

蒐「……なんだい?」

魅音「御心配おかけして…すいませんでした」

私は言葉に強く、思いを込めてそう言った。

そして、顔をあげてお母さんの目を見る。


596 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:21:46.17 ID:dTYKVbQ00

蒐「……わかったよ」

蒐「…反省してる人間に長々と説教垂れるのは、あまり褒められたもんじゃないしねぇ……」

蒐「……まあ、隣でなぜか一緒に土下座してる梨花ちゃんに免じて、許してやるよ」

ちらっと隣をみる。確かに、何故か梨花ちゃんも私と一緒に頭を下げていた。

魅音「……お母さん」

魅音「……ありがと」

私がそう言うと、お母さんはふっと笑い、そして背中を向けた。

蒐「……礼を言うぐらいなら、こっち手伝いな」

魅音「…うん!わかった――」

蒐「あと……」

もう一度お母さんは視線だけこちらに向ける。

蒐「…そのツラで、おおばば様に挨拶行っとくんだよ?」

魅音「………はい!」


599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:31:13.81 ID:dTYKVbQ00

お母さんは私の返事を聞くと満足そうな笑みを浮かべて、部屋を出て言った。

魅音「……ふぅー。寝起きに来られると、つらいねぇ。あの迫力は」

梨花「そう?私全然怖くなかったよ。それに……」

梨花「みぃも、全然怖そうじゃなかった」

魅音「……あはは、まあね」

魅音「なんでだろー…。今までももしかして、あんな目で見てたのかなー?」

魅音「あたし……全然気付かなかったよー、あはは」

少し照れくさくなり、頭を掻く。

梨花ちゃんは微笑んで私の事を見つめていた。


601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:32:15.60 ID:dTYKVbQ00

梨花「みぃ…?」

魅音「ん?どうしたの?」

梨花「…ううん。ただ……元気出たかな?って思って」

魅音「…元気ぃー?」

突然の曖昧な質問に困惑する。

魅音(元気って言われても――)

そう考えた時。私はあることに気がついた。

梨花「…どう?みぃ」

魅音「うーん……」

魅音「元気……かどうかはよく分からないけど――」

もう一度確かめる。やっぱり、気の所為じゃなかった。

梨花「よく分からないけど――?」

魅音「なんか、さ……」

魅音「息が……すごく吸いやすい――」


605 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:38:04.91 ID:dTYKVbQ00

思い切り息を吸い込んで、思い切り吐く。

それは繰り返すうちに確信に変わる。

魅音(なんでだろう―――)

魅音(息を吸い込むだけで、自分が生きてるってことが分かる――)

梨花「それは……本当に、良かった――」

魅音「…でも、なんでだろう?あたしただここで数時間寝てただけで――」

魅音(……あれ?)

魅音(寝てた……だけだっけ?)


606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:38:35.25 ID:dTYKVbQ00

梨花「……みぃ?」

魅音「あ、いやなんでも。ただ……」

魅音「…そう言えばあたし、なんか夢を見てたような――」

夢。

確かに、さっき起きる直前まで見ていた気がした。

怖い夢だった気がする。

幸せな夢だった気がする。

楽しい夢だった気がする。

辛い夢だった気がする。

そして―――


とても、大切な夢を、見ていた気がする。


612 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:48:52.13 ID:dTYKVbQ00

魅音「……あれ?おっかしいなぁー…?」

魅音「なんか強烈な夢だったから……絶対に忘れないって、夢の中でまで思ってたはずなのに……」

私はあるぇー?と言いながら何とかその夢を思い出そうとする。

梨花ちゃんは…そんな私を怪訝そうな顔もせず、微笑んで見つめていた。

魅音「………駄目だ。ほとんど思い出せない!」

梨花「みぃ。夢なんてそんなもんだよ…ふふ」

梨花ちゃんは楽しそうに笑って、そう言った。

それにつられて……少しだけ思い出す。

魅音「……あー。なんかそう言えば梨花ちゃんは出てきた気がする」

梨花「え、私?」


614 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 20:49:39.46 ID:dTYKVbQ00

魅音「うんうん。…でもねぇ、しゃべり方が昔の梨花ちゃんっぽかったんだ」

魅音「――なのです。とか自分のことボクっていったりとかーー」

私は少しずつ情報を思い出しながら、それを口にする。

その情報を梨花ちゃんは……なんて言うか、呆けた顔で聞いていた。

魅音「……あ、でも梨花ちゃんじゃないかも!」

梨花「……なんで?」

魅音「その子確か……『梨花によろしく』って言ってた気がするんだ――」

梨花「……」

魅音「うん、そう!間違いない!全然思い出せないけど、それだけは覚えてる!」

魅音「でも、だとしたらあれ梨花ちゃんじゃ――」

梨花「私じゃ、ないよ」

私の言葉を遮って、梨花ちゃんはそう言った。

そして、満面の笑みを浮かべて……私にこう言った。

梨花「それは…………私の、かけがえのない親友だよ」

と。


631 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:13:00.16 ID:dTYKVbQ00

梨花「――じゃあ、わざわざ送りに来てくれてありがとね」

魅音「なんのなんの。結局三が日ずっと仕事してて、ろくに相手してあげらんなかったからねー」

一月四日。

私達は三日前と同じように駅の前に立っていた。

梨花ちゃんは自分の現在へと戻るために、私はそのりかちゃんを温かく送り出すために。


梨花「みぃが相手してくれないから、私の相手してくれるの岡村しかいなかったんだよー?」

魅音「あらー、それはそれはー……」

魅音「………岡村には何か貢がせないとねぇ」

梨花「…みぃ?」

魅音「あはは、なんでもないなんでもない!」

私が手をふって誤魔化すと、梨花ちゃんは「わかってるのよ?」と心の中で言っているような表情を浮かべてほほ笑んだ。


632 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:13:53.01 ID:dTYKVbQ00

魅音「そそ、それより梨花ちゃん次はいつくるのかなー?」

梨花「あ、うん。卒論さえ出せば後は暇だから、こっちに戻ってくるつもり」

梨花「そしたら結構長くいることになると思うけど、本家大丈夫かな?」

魅音「もっちろん!」

魅音「園崎旅館はいつでも大歓迎だよ!」

梨花「あははは、じゃあ予定がわかったら予約の電話入れるから」

魅音「うん!待ってる」

梨花ちゃんは時計を確認した。

私は毎年、何人もの仲間の、この姿を見る。

これは過去から現在へ帰る人間共通の、無言の合図なのだ。


634 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:14:38.86 ID:dTYKVbQ00

でも……。

普段は辛いこの合図を、私は笑って見守ることができた。

魅音「ほら、梨花ちゃん。電車乗り遅れたら大変だよ?」

魅音「おじさんも忙しいんだから、一時間は付き合ってらんないよー?」

梨花「…はーい。じゃあ、私行くね?」

魅音「うん!」

梨花ちゃんはキャリーバックに手を掛けて、私に背を向けようとする。

魅音「…梨花ちゃん!」

梨花「みー?どうしたの?」

私はコートのポケットに入れていた手を出して……ぐっと力を入れ、ガッツポーズを作った。


635 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:15:34.34 ID:dTYKVbQ00

魅音「いってらっしゃい…!」

魅音「どんなことがあっても……雛見沢は梨花ちゃんを待ってるからさ!」

私がそう言うと、梨花ちゃんは恥ずかしそうに周囲を確認した。

梨花「もう、どうしたの、みぃ…?大げさだよ〜」

梨花「…なんかやってる方より、やられてる方が恥ずかしいー…」

魅音「あははは。そうかな?」

梨花ちゃんはやんわり頬を赤らめる。

そして……その後でとびきりの笑顔を見せてくれた。

梨花「…行ってきます!」

そう、力強い言葉を添えて。


640 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:24:44.96 ID:dTYKVbQ00

その後―――――。

私は一人、帰り道を歩いていた。

魅音(うー……さみぃー…)

魅音(やっぱ、車で来た方が良かったかな……?)

カツカツカツカツカツ………。

誰もいない曇り空の雛見沢に、私の靴音だけが寒々しく響き渡る。

魅音(冬は風情があるって言うけど……)

魅音(この寒さはいただけないなぁー)

カツカツカツカツカツ………。

元旦から久しぶりにできた空白の時間だった。

何か、考えるべきことがあった気がする。

少し前まで……頭を満たしていた問題が、あった気がする。

でも、おかしなことに……今の私の頭の中にその問題があるような気は、しないのだ。


641 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:25:58.39 ID:dTYKVbQ00

カツカツカツカツカツ………。

魅音(手が……冷たいなぁ……)

魅音(……お!このコート、こんな所に内ポケットがあるじゃん!)

私は自分のコートに、今まで全く気付かなかった隠し内ポケットがあることに、気づいた。

魅音(しめたしめた……こんな奥にあればさぞ暖かいだろうよ。クックックッ…)

魅音(お!想像通り温か――)

その時。内ポケットに手を入れた瞬間。

そこに何か、紙っぽいものが入っているのを発見した。

魅音(ん?なんだこれ――)


658 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:55:26.42 ID:dTYKVbQ00

私はそれを引っ張り出してみる。

その髪は半分折りになってそこに入っていた。

魅音(…?なんだこ――)

ちらりと開いて見て、すぐにわかった。

魅音(……これは――)

魅音(圭ちゃんとレナの年賀状――)

――何でこんな所に?

――何で折りたたまれて?

――誰がここに?

そんな疑問は……浮かばなかった。

私は、ただ静かな視線で……その年賀状を眺める。

笑顔で並んでいる圭ちゃんとレナ。

そしてだいぶ大きくなってきたレナのお腹。

二人の確かな絆となる三人目の命。

この年賀状一枚で……二人の幸せはめいっぱい、伝わってくるのだ。


659 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:56:09.78 ID:dTYKVbQ00

魅音「………」

カツカツカツカツカツ………。

私は手が冷たいのも忘れ、その年賀状の幸福に目を奪われる。

カツカツカツカツカツ………。

カツカツカツカツカツ………。

魅音「……圭ちゃん?」

カツカツカツカツカツ………。

魅音「………レナ?」

カツカツカツカツカツ………。

カツカツカツカツカツ………。


660 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 21:56:55.52 ID:dTYKVbQ00

魅音「……二人とも。幸せになってね!」

――私は、冬空の雛見沢を歩き、幸せそうな友人二人の姿を見ながら……そう思った。

いくつかの過去が自分をよぎる。

いくつかの選択が自分をよぎる。

でも結局……過去は過去なのだ。

全部終わった事なのだ。

だから……今を生きる私は自分の過去を、自分の選択をきちんと受け止める。

それしか方法は、ないのだ。

大好きな圭ちゃん。そして、大好きな親友……レナ。

私は、二人の故郷であるこの街で、二人のこれからの幸福を心の底から願った。

折れ目のついた年賀状を見ながら……私は雛見沢を、私の守るべきこの街を、踵を鳴らしながら、闊歩する。

大丈夫。あたしはもう、大丈夫。

誰に告げるでもなく、そう、口ずさみながら。


671 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:09:20.48 ID:dTYKVbQ00

魅音(―――あっ…)

もう本家まであと数分という所。

珍しい冬の夕立が、寒空の雛見沢を襲った。

魅音(ああ、もう…。ついてないなー…)

私は走りだそうとするけれど、自分が今日に限ってスニーカーを履いていない事に気が付く。

ヒールを鳴らしながら少しだけ、走ってみるけど……すぐに諦めた。

魅音(…まあ、いっか)

魅音(だいぶ寒いけど、もう少しで家だし、それに―――)

それに―――。私は、いつから濡れるのが、嫌になったんだろう。

ぼんやりと、そんな事を考えた。

昔は、違った。むしろ雨になると興奮するような……私はそう言う人間だった気がする。


673 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:10:16.00 ID:dTYKVbQ00

魅音(……いつからだろう)

魅音(いつからあたしは………雨が嫌いになったんだろう)

ザーーーーーーーーーーーッ。

さっきまで響き渡っていたハイヒールの音は、雨によってかき消される。

私は雨の中を歩きながら、ぼんやりと、昔のことを思い出していた。

―――まだ、分校にいた頃。

このぐらい強い雨が一日中続いていた日。

その日私達は、元々水鉄砲で対決するつもりだったのだ。

ザーーーーーーーーーーーッ。

雨の音に誘われて……その時の記憶が鮮明に蘇っていく―――――。


686 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:19:12.64 ID:dTYKVbQ00

私達は六人。いつもの部活メンバーで、大雨の中、校庭に走り出た。

『これじゃ、ヒットしたかどうか判定が難しいでございますわねー…』

そう言いながら、校舎宙を舐め回すように見るのは沙都子。

『みー、あたっても気付かないかもしれないのですよ。にぱー☆』

これはたぬきの梨花ちゃん。

『ねぇ、これ雨の中でまでする必要あるんですかー?』

ぼやきながらもしっかり両手に水鉄砲を握る詩音。


689 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:19:49.31 ID:dTYKVbQ00

『あははは、でも雨に打たれながら水鉄砲を撃ち合うってちょっと面白くないか
な?かな?』

レナは楽しそうにそれに答える。

『そうだぜ、詩音!雨が似合うってぇのはいい男と負け犬と、子供だけの特権な
んだからな!』

圭ちゃんはそう言っていつもの調子でみんなを盛り上げる。

『なぁ、魅音?』

そして、そう問いかけられた私は……こう答えるのた。


691 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:20:34.04 ID:dTYKVbQ00

魅音「……そうそう、圭ちゃんのいう通り」

魅音「……雨になんて負けてらんないよ」

魅音「……だって………私たちの時間は……限られてるんだから……」

――だから、そうだろ?園崎魅音――

限られた時間の中で、一番幸せな態度で世界に望んでいく。

あんたはたくさんの間違いの中で、それを見つけたんだろう?

だから………。


709 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:39:29.63 ID:dTYKVbQ00

  ――………………ので……――

その時。雨の中から、声が聞こえた気がした。

でも、周りには誰もいない。

魅音(気のせいか―――)

――………………いいのです…――

魅音(……っ!)

今度は確かに聞こえた。

でも周りを見渡しても、どこにも、誰も、いない。

魅音(どこ………?)

私はぐるぐるとまわりを見渡し……そして、空を見上げた


710 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:40:10.33 ID:dTYKVbQ00





―――泣いても、いいのですよ―――






712 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:40:46.58 ID:dTYKVbQ00

―――――え?

もう一度空を見上げる。

しかし、声はもう、聞こえなかった。

魅音(泣いてもいいって……)

魅音(だって、あたしは……)

魅音(本気で……本心から……二人の幸せを願ってるんだよ?)

言い聞かせるようにそう呟く。

すると……今度はもっと、確かな声が聞こえる。

自分の胸の奥から………確かな声が、聞こえた。


713 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:41:29.98 ID:dTYKVbQ00







――だから、あんたは泣いていいんだよ。魅音――








715 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:42:14.31 ID:dTYKVbQ00

魅音「……っ」

でも周囲を見渡しても誰もいなかった。

雨の雛見沢が一瞬、私一人の空間になる。

魅音「……っく……」

バチャン。

一つ、大きな水溜まりに足を突っ込んで、私はそこで立ち止まる

魅音「……………」

魅音「……っぅく……」

魅音「うわぁーーーーーーーーん…ひっ、う……、う、うわぁーーーーーーーーーん……」

自分の体を抱きしめる。

雨の中でうずくまる。

そして私は………声の限りに、泣いた。


716 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:42:56.71 ID:dTYKVbQ00

魅音「……圭ちゃん、好きだった……」

魅音「……レナが羨ましいよー……」

魅音「あたしの馬鹿……っひ、うわぁーーーーーーーーーん……」

――私は二人の幸せを願った。これは嘘じゃない。

でも……本当は、自分も幸せになりたかった。

写真に写る二人みたいに……本当の幸福を、掴みたかった。

魅音「あたしの馬鹿馬鹿………本当に馬鹿っ……」

魅音「……時間が限られてるんだったら、どうして本気を出さなかったの!?」

魅音「……過去に戻れないって知りながら……どうして、どうして………」

私は雨の冷たさも忘れて、ただ、ただ……心の言うままに泣き続ける。

人通りは、そんな私がいるのを知っているかのように、まったくない。

雨の雛見沢は私の独壇場だった。


718 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:43:46.07 ID:dTYKVbQ00

魅音「ひっ……。うっ、くぅ……ふっ……」

魅音「……でも、でもでも……もうしょうがいないんだよ……」

―……悔しい?―

魅音「……う、ん……。す、っごく……」

―……悲しい?―

魅音「……う、……うん……っ…」


―……もう、嫌になった?―


魅音「…………っ…」

私はその質問に、少し悩んでから……大きく首を横に振った。

魅音「……辛い、けど…」

魅音「……悲、しい、けど……」

魅音「………それでも、この世界で、あたしは生きてくしか、ないんだから……」


720 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:44:28.93 ID:dTYKVbQ00






――……それで、いいんだよ…――





――頑張んな、園崎魅音…――




722 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:45:18.43 ID:dTYKVbQ00

ザーーーーーーーーーーーッ。ザーーーーーーーーーーーッ。


心の奥から聞こえていたその声は消えて、私はまだ、涙の残りかすを流していた。

魅音(………)

魅音(………そろそろ、立ち上がらなくちゃ……)

頭の中でそう考えている私がいた。

でも、体は動かない。


724 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:46:28.89 ID:dTYKVbQ00

魅音「……うん」

魅音「……わかってるよ………」

私は一人頷いて、絞り出すように涙を流す。

圭ちゃんは言っていた。

雨の日に似合うのはいい男と、子供と…そして、負け犬だと。

私は今、雨が似合っている自負がある。

だって私は……今、最高に負け犬の気分なのだから。

魅音(だから、今日は――)


728 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:48:19.78 ID:dTYKVbQ00

魅音(今日だけは……泣こう。素直に、我慢なんてせずに。そして――――)

泣いて。

枯れるまで、涙を流して。

今日の園崎魅音が終わるまで、私は負け犬で居続けよう。

そして明日、また世界が始まったら、新しい園崎魅音を始めるのだ。

そうだ。夜になったら電話をしよう。

何年も前から、真っ直ぐ向かい合えなかった、親友と、大好きな人に。

そして、改めて言葉を交わすのだ。「二人の親友」の園崎魅音として。

そこから、また日々は始まるのだ。

二人の……最高に羨ましい、最高に幸せそうな二人の傍らにいながら。

私はまた、新しい幸せを探しに行こう――――。


729 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:49:17.06 ID:dTYKVbQ00

そんなことを考えていることなど知るよしもなく、雨はふりつづける。

濡れきったコートは酷く冷たかったけれど、それくらいでちょうどいい。

今私は最低な気分の、負け犬なのだから。

畑に一人佇む顔の無いカカシだけが、そんな私の姿を興味もなさそうに見ていた。


732 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 22:51:10.65 ID:dTYKVbQ00






800 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 23:14:56.61 ID:dTYKVbQ00

皆さん、どうもお付き合いいただきありがとうございましたorz

特に支援、保守してくれた皆さん、本当に心の底からうれしかったです。

エピローグは悩んだんですけど……書かないことにします。

そこは、幻となって消えたエロシーンと一緒に、脳内保管ということで……

最後になりますが、もう一度お付き合いいただいたことに最大の敬意を評してありがとうと言わせてください!

あ、蛇足ですが、僕も一番好きなのはレナです。では!

838 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 23:34:32.03 ID:dTYKVbQ00

――はちきれそうに広がるシャツの胸ボタンを、震える手で一つずつ、一つずつ……外す。

ドクンドクンドクン。

うるさいのは自分の鼓動だった。

クマちゃん(焦るな……)

クマちゃん(気取られるのは恥ずかしい……)

クマちゃん(急がなくても逃げられることはないんだ……だからゆっくり……)

パチン。

音を立てて最後のボタンが取れる。

そして、今まで隠れていたそれが……そっと自分の視界に広がった。

クマちゃん(本当に……大きな胸だ)

クマちゃん(ずっと……あこがれていた)

クマちゃん(それが今日―――――)

俺はそっと、その大きな胸に……触れた。

843 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 23:37:28.09 ID:dTYKVbQ00

大石「…んっふっふぅ〜。クマちゃんはかわいいですねぇー……」





誰か続き読みたい方いますか?

860 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 23:42:18.59 ID:dTYKVbQ00

知恵「……刑事さん。その…………」

知恵「電気を………消していただけませんか――?」




まさか……。こっちの方がいいですか?

872 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/18(日) 23:50:40.75 ID:dTYKVbQ00

クマちゃん「……駄目だよ。電気はつけておく―――」

俺は冷酷にもそう言い放つ。

そして……知恵のその淡い桃色の胸に、まだカレーを食べたての湯気を吹いたスプーンを押し当てた……。

知恵「あっ……熱いぃ……」

クマちゃん「自分が使ってたスプーンだろ……?」

クマちゃん「ほぅら、こんな風に……」





続き読みたい方いますか?

887 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/19(月) 00:07:54.88 ID:E/2LsaQs0

冗談でしたorz

疲れたのでもう寝ます…

もし次に自分が書くとしたら

沙都子「就職が決まりませんの……」

だと思います。今度こそ、では。

色々とありがとうございました。楽しかったです。

985 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/01/19(月) 02:20:05.65 ID:E/2LsaQs0



――あなたが人を想うとき――

――あなたの心は自分を想います――

――あなたが明日を想うとき――

――あなたの心は過去を振り返ります――

――月を見て美しいと思えば、太陽の光を懐かしみ――

――現実を煩わしいと思えば、夢の中に夢を見る――

――心はあなたであると同時に、あなたと最も遠くにいるのです――

――それをどうか忘れずに、自分の選択をいつも一歩立ち止まって見てるのです――



蛇足でした。



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