ハルヒ「メリークリスマス!」


メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:ハルヒ「明日で夏休みも終わりか…」

ツイート

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:06:19.13 ID:ppLhad270

12月24日。

来る刻に向けて入念に準備を行うべくと考えた私は終礼直後に部室へと走り、
冬の短い日照時間も末尾を迎える頃になって全ての飾り付けを済ませることができた。
皆を驚かせようと踏んでいた私は団員達へ向けて、

「こちらから連絡をするまでは適当に時間を潰してて」

との通達を入れており、今から呼び出そうと考えていたのだけど。
そのはずだったんだけど……どうやら私は、放課後の部室に独りきりとされたらしい。

それもこれも、皆に準備が整った旨の電話連絡を入れたところ、
各々から帰ってきた答えはというと「用事があるからいけない」の一点張り。ドタキャンってやつ。

「どれだけ私が労力を割いたと思ってんのよ」

呟いてみても回答をくれる人間なんて部室内には居ない。それが余計に現状の侘しさを物語っていた。
そりゃそうよね。
こちらから連絡をいれるまで時間を潰せとは言ったものの、
何をするのかまでは伝えていなかったのだから何らかの用事事が発生し、参加不可になるのも有り得ない話ではない。
加えて、私の方から一方的に用件を伝えただけで皆の予定は訊いていなかったんだから。

それに今日は……イベント毎が世間に溢れ返る日なんだしさ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:17:44.33 ID:ppLhad270

ストーブがあっても寒いわね。
何気なく窓越しの風景を窺ってみても日没過ぎの風景は黒く塗られていて、
明るい部室内からでは近場さえ見通すことができない。華やかさの欠片もないってものよ。
はぁ、憂鬱だわ。お茶でも淹れて温まろっと。

皆が来た時に備えて沸かしてあったお湯を用い、私一人分のお茶を湯呑みへと注ぐ。
すぐさま湯気が立ち、茶葉が薫ってくる。
私はやることもないので、白く上った湯気が冷えた部室内で揺れ、薄れていく様を眺めた。
それと共に室内の飾り付けもだ。

キラキラと輝き、壁に張り巡らされたテープ。
部室棟倉庫に置いてあったので、勝手に拝借して飾り立てたクリスマスツリー。
ふわふわと綿毛が添えつけられたテーブル。
そして、天井を星空のように飾れればと思い用意した色とりどりの電飾類。

いずれも、静かな室内には似つかわしくないものばかりだ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:29:18.45 ID:ppLhad270

別に、寂しくなんてないわよ。
ただ、こっちが皆を驚かせようと思ってさ、長期に渡った団活による労いの意味も込めてさ、
兼ねてから秘密裏に計画していたパーティが突然にして中止になっちゃってさ……
だからちょっと、落胆しているだけなの。
ほら、鍋でもやろうと思って食材も値の張る国産品ばかりを選んだんだし、
ここで食べなきゃ鮮度が落ちちゃうだろうし。勿体ないじゃん。

いや、いいんだけどね。私一人で食べちゃうから。
私は団長なんだし、そのくらいの権利は当然ながらに持っているはずでしょ?
でも、まだお腹減ってないから食べないんだけどね。
やっぱりお腹が空くまで待ってからじゃないと、それこそ勿体ないってものよ。
一番のコンディションで楽しんでこそでしょ、何事も。

ところで、淹れる人が変わるだけでお茶ってこうも味が変かするものなのね。
それも現時点では悪い方向へと。

……考えることがなくなっちゃった。

念の為に、もう一度だけ。
皆に連絡を入れてみようかな。
あくまで私の暇つぶしとして、ね?

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:41:48.68 ID:ppLhad270

電話帳から拾い上げた番号へと掛ける。相手はキョン。
それに他意は無い。団員達の中では、一番暇そうかなと思っただけ。
ほら、みくるちゃんとか古泉くんとか有希とかって忙しそうだし。なんとなくだけどね。

「どうした?」

十数回のコールの後、突然の疑問で応答された。
相手はキョンのようだけど、なぜか息を切らせている。
問いのあとの間にこちらまで聴こえてくる呼吸音が、それを私に知らせてくれた。

「あんた、短距離走でもやってんの?」
「どちらかというと運動が嫌いな俺が、この寒い時期にわざわざ走るかよ」
「じゃあ、なんで苦しそうなの?」
「走っていたからだ……ん?」

キョンがまたも疑問。電話口の向こうで誰かに呼びかけられたのかしら。
そういえば雑踏のようなものも聴こえる。

「誰かそっちにいるの?」
「ん? ……ああ、谷口達とちょっとな」
「何やってんのよ?」
「まあ色々だ。悪い、切る。急いでるからまた今度」

言うなり切られた。
相当に慌てていたらしい。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 13:54:25.68 ID:ppLhad270

電話越しの活気が消えたことで、しんと静まり返った部室内の虚無感を再認識させられる。
ひとまず、お茶をひと啜り。体の芯から温まるような味。

さて。

キョンは走っていた。走るのは嫌いだと答えたにも関わらずだ。
つまり、走りたくないのに走らざるを得ない状況にあったわけね。
もっと端的に言えば、何かに走らされていたということらしい。
それに語調も焦っていたようだし、これらから導き出される状況は、
時間に追われ、キョンは走っていた。ってことになるわね。
うん、つまり私が言いたいのは。

「だからなんなのよ!」

意味もなく紙にメモを取っていた私は、下らない推理ごっこに飽いて吐き捨てた。
もちろんツッコミをいれてくれる人はいない。私は独りきりなんだし。
大体、こんなことをやっても何の得にもならないのにさ、馬鹿馬鹿しい。

やることがなくなった私は、空き手を埋めるようにもう一度お茶を啜った。
残り少なくなっていたそれは既に熱を失っており、なんとも面白味の感じられないものだった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:04:07.47 ID:ppLhad270

「うー……」

唸ってみても仕方がない。
もし、ここにキョンが居たならどういう反応をするかな?
私がこうやって机に顎を乗せて唸っていると――

『煩い、黙れ』

こう来るはずよね。
いえ、もうちょっと柔らかい感じかな。

『どうしたんだ、嫌なことでもあったのか?』

これだと、ちょっと気持ち悪いわね。
台詞と一緒に優しげで円らな瞳を想像してしまったわ。不覚。
あ、もうちょっと奇を衒ってくる可能性もあるかもしれない。

『うー……』

って、あんたが唸ってどうするのよ!
みたいなツッコミ役を私に回すというくらいの機転は利かせそうかも。
いや、あいつはもっと当たり障りない感じに返すだろうから、えっと。

『ご苦労なこった』

のように曖昧な返答が期待値的には高いわね。
うん、やっぱりこれが一番しっくりくるわ。

……まあ、こんなことを考えたところで何の意味もないんだけどね。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:17:00.07 ID:ppLhad270

ここで私は自身が犯していたそもそもの間違いに気付いてしまった。
12月24日。クリスマスイブ。
世間ではクリスマスの前夜祭として賑いをみせる日。

だからといって、私もそれに倣わなければならない必要性はないんだ。

元はと言えばさ、なんでクリスマスがあんのに前日に盛り上がっちゃうワケ?
前日のムードを保ったままクリスマスでフィナーレを迎えるんなら分かるけどさ、
なんだかんでクリスマス当日ってイブに比べて燃え尽きちゃった感があるでしょ?
あれっておかしいよ。なんで前日に全力を注いじゃってるのよ。
クリスマスの方が本祭なんだから、ちゃんと翌日までやりなさいよ。
加えて言うならさ、仏教や神道が主な日本で俄かキリシタンぶって恥ずかしくないの?
マスコミの情報や、企業の販売商戦に乗せられちゃってるのよ?

ほんっと皆、一度冷静になるべきよ。
日本特有の文化が外来種に侵食されている現状について、意義を申し立てるべきだわ。
そうね、まずは総理大臣あたりに申告しようかしら。

なんて今さら考えた所で、パーティの準備は既に整えちゃってるからね、私。
それも入念に、抜かりなくだ。
この環境を活かさずしてそのまま片付けるなんて、何かに負けたようじゃないの。

私は負けないわ。
一人でだって、鍋を作って完食して、その上で今日という日を満喫してやる。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:28:18.23 ID:ppLhad270

ストーブの上に載せていたヤカンから湯を急須へと注ぎ、
一度目の失敗を考慮して慎重に揺すり、それから湯呑みへと移し込んた。

見事な緑色だ。底が見えない。
すかさず啜ってみる。

「あつっ」

静かな室内に、私の声が跳ねた。返答はない。
お茶の味はというと、単に苦かった。それに渋い。一度目以上に拙い出来だ。
みくるちゃんのとは大違い。
あの子は抜けているように見えて、実は陰で弛まぬ努力をしているのかもしれない。
一日百杯の茶を淹れる練習とか、茶葉を煎る練習とか。いや、知んないけど。
下らないことを想像しつつも私は再び腰を落ち着けるべくストーブに一番近い席へ戻り、
それからまたも机に顎をベタ付けした姿勢で考えごとに耽っていく。

これからどうしようか。
今すぐにでも鍋やっちゃってもいいけど、まだお腹が空いてないし。
もしかしたら誰かが来る可能性もあるからさ、待ってあげるのも団長の務めってものでしょ。
もちろん、私のお腹が減っちゃったら待たないけどね。でも、それまでなら……。

あ、そうだ。
せっかく天井に電飾を飾ったんだしさ、試しに点けてみようかしら。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:40:02.11 ID:ppLhad270

一旦は部屋を暗がりに落とし、それから電飾のスイッチを入れると、途端に天井が煌めいた。
赤、緑、青、橙、紫、その他様々な色がチカリチカリと明滅を繰り返す。
やっぱり念を入れて用意しただけはあったようだ。
飾り付け自体の全体的なバランスも取れているし、
カセットコンロの火が灯れば、室内は程よい明るさに包まれることだろう。
実は蝋燭なんかも用意しておいたのだ。一度きりだから今は試せないけどさ。

そのような状況を私が確認した時、突如として部室棟全体を揺らすような強風が吹き荒び、
ゴォッと逆巻く唸りと、窓を叩いていった砂粒が外気の厳しさを顕わにした。

これは少々困ったわね。この調子じゃあ帰りが寒そうじゃない。
時間が経てば温かい部室から出たくなくなっちゃいそうだ。
今から帰ろうかな。本格的に冷え込む前に家へ着けば、幾分かはマシかもしれないし。

まあ、帰んないけどね。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 14:47:11.72 ID:ppLhad270

再び室内に明かりを戻し、電飾を切った。
辺りを神秘的に彩っていた電飾が消えてしまえば、
室内は至って普段通りに味気のないものだ。飾りを施してあるとはいえね。

私はというと、またもストーブ前の指定席へと着席。
試すことも考えることもなくなったので、キョンの行動メモを睨み付ける。
ここに書き漏らした情報はなかったかな。
あ、そうそう、電話の向こう側で雑踏が聴こえていたわね。
それも書いておかないと。……よし。

「はぁー……」

椅子に背を凭れ、天井を仰ぎ見る。
そうしたところで何も変わり映えのない景色が拡がるだけ。
なんだか、もう面倒臭くなってきた。

クリスマスなんてさ、なくなっちゃえばいいのに。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:01:32.51 ID:ppLhad270

「きゃっ!?」

っと思わず悲鳴をあげちゃったわ。
誰も見ていないわよね……よね? 見てたら記憶が飛ぶまでブツわよ?

……ふぅ、一人というのもこんな時には良い方向へと働いてくれるものね。
ところでどうして私が悲鳴を上げたのかというと急に携帯電話が鳴りだしたからであって、
無音に近かった室内との相対効果も相俟り、まさに不意を衝かれてしまったからというわけ。
そうそう、電話の相手は――古泉くん?

「もしもし」
「涼宮さん、すみません」

いきなりの謝罪。私はまずそれに違和感を覚えたんだけど、
それ以上に慌てている古泉くんの様子にも同種の予感を抱くことになった。

「どうしたのよ?」
「いえ、団長自らの先んじた振る舞いを、僕の身勝手な所用で断ってしまったからです」
「古泉くんには用事があったんだから仕方がないんじゃないの。
 私にだって前以って連絡を入れておかなかったという落ち度はあるから」

秘密裏にしていたからね。驚かせようと思ってさ……。

「とにかく申し訳ありません。埋め合わせは後日、必ず行いますので」
「待って!」

このまま通話切れになりそうだったので、それを慌てて繋ぎ止める。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:15:15.43 ID:ppLhad270

「どうかされましたか?」

訊き返してくる古泉くんの声。
私はそれよりも、その背後から微かに漏れてくる雑音に着目した。
何の音だろう? 雑踏……も聴こえるけど、それに混じった誰かの声が聴こえる。
知らない人だ、と思うけど聞き覚えもあるような男の声。それも大分、年をとっていると感じる声の重さ。
その人が僅かに焦りの入った声色で、指令らしきものを飛ばしているような。
A班とかB班とか。なんなのだろう。

「あの、涼宮さん?」

いけない、集中しすぎて黙りこんでいた。

「あのさ、古泉くんの用事ってなんなの?」
「アルバイトですよ」

即答。

「なんの?」
「えっとですね……」

一旦の間。

「クリスマスを盛り上げる為の裏方、というところでしょうか」
「ふーん、大変ね。今どこにいるの?」
「街中です」
「大変ね」
「ええ、それなりには。では失礼致します」

たったこれだけの短い通話は、数分と持たずに終わった。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:21:32.71 ID:ppLhad270

静けさのみな室内の中に置かれた私は、
それを埋めるべくの画策として新たにメモを書き加えることに励んだ。
古泉くんが居た場所は街中。それも恐らくは大通り。
これは雑踏の活気と、それに混じったクリスマスソングから導きだされた推察である。

……これで良し、と。

こんなことをやっても何の得にもならないんだけど、暇潰しくらいの役目は果たしてくれる。
あくまで、お腹が減るまでの暇つぶしね。
鍋を食べたら、私は帰っちゃうし。それまでよ。

ところで、さっきまでの私は何を考えていたんだっけ?

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:34:49.64 ID:ppLhad270

とりあえずお茶を……って、お茶ばかりで飽きたわね。
学食の方に行って自動販売機でジュースを買いにいこう。
ええと、カーディガンを羽織ってと。

外行き用の衣服を整え、扉を捻って外へ。
直後、真っ暗な部室棟を抜けていった風に身が震えた。
単純に冷たかったから、というのもある。
だけど、それをさらに強調するかのように真っ暗に落ちていた辺りの風景が、
私の身体だけでなく、心の底から熱を奪っていくような感触に襲われたから身が震えたのだ。

見回す。

お隣のコンピューター研究部には明かりがついていない。
他の部室にもだ。
というより、今日に限って遅くまで残っている部活動なんて、
このSOS団くらいのもんだろう。むしろ、残っている人間は私だけかもしれない。

本格的に独りってやつだ。
別にいいけどね、そのくらい。

静かなお陰で、却って変に気が逸れないってものよ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:44:44.75 ID:ppLhad270

あー……暗いわねぇ……。
廊下で誰かとすれ違うかも、なんて思っていたんだけど、
人の気配どころか学内の明かりが落とされているじゃないの。
廊下では消火栓の赤ランプや、非常灯の仄かな緑が唯一の明かり。
まるでオバケ屋敷ね。
こんな所で急に人が出てきちゃったりしたら、思わずびっくりしそうだ。

一応、誰かと出くわす心掛けくらいはしておこう。
部室に居た時のように声なんか上げちゃったらさ、笑われちゃうだろうし。
怖くなんかないけどね。全然よ、ええ。
むしろ、この瞬間に私とすれ違った人には洩れなく、鍋パーティへの参加資格を贈呈してあげるわ。
喜びなさい。ほら、そこの誰か。いるんでしょ、一人くらいはさ?

芯まで冷やしに掛かってくる廊下を、パタパタと響く足音と共に歩いていく。
結局、私の心掛けは徒労に終わることとなり、誰ともすれ違うことはなかった。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 15:56:25.57 ID:ppLhad270

温かいココアって美味しいわね。
暑い時期には見向きもされない飲み物ってだけはあるわ。
やっぱ、オールマイティより一部分に的を絞った方が質は上がるのよ。
そう、全体に対しての布陣を張るよりも一点集中型の布陣を張るべき。
転じて、私が電話を掛ける相手も誘いに乗り易そうな人物へと狙いを定めるべきなのよ。

で、思い当たったのは三名。
鶴屋、谷口、国木田。それに後の二人って年中、暇そうでもあるし。

って、志を低くしてどうすんのよ私は。
団員を労うパーティなんだから正式な団員達で執り行うべきでしょうに。
違うわよ、『この三人に断られたらどうしよう』なんて案じてはいないんだからね。
きっと、私が誘えば遥か三千里を渡り歩いた飛脚のように飛んでくるはずだから。

うん。でもやっぱやめとこう。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:05:55.83 ID:ppLhad270

じーっと携帯電話を睨んでみる。不意に鳴りだすかもしれない。
ほら、時計の秒針があるでしょ?
あれが今は真下辺りを指しているわけだけど、
私の予想によると真上に来たと同時に電話が掛かってくるから。
そんな気がするのよね、なんとなく。
あと、10秒、9、8、7……

……ほらね、掛かって来ないでしょ。そういう気がしてたのよ。
これはね、こちらが構えている時に限って物事は起こらないって例を示したかったの。
そもそも、電話なんて掛かって来なくてもいいし。
そんなことは望んでもいないんだから。

「きゃっ!?」

ほらね、掛かって来た。
これが油断すると起こるっていう実例よ。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:17:04.66 ID:ppLhad270

私はディスプレイを眺めてみた。
けれども相手が誰なのかは表示されておらず、非通知となっている。
イタズラ電話だろうか。だったら無視してもいいんだけど……。
ううん、暇だし出てあげよう。

「もしもし」

私は即座に応答したんだけど、それから相手の返答が来ない。
先の予想通りイタズラ電話なのかな。

「もしもし?」

もう一度、今度は疑問調に問い掛ける。

「す……ない」

電波が悪いのかしら?
声の合間々々がザザッとした雑音で割れている。

「誰?」
「わたし」

今回は幾分かクリアに聞き取れた。
その声質は透き通った様に平淡で、静けさが感じられるものであり、
だからこそ電話を掛けて来た相手が私にはわかった。

「有希?」
「そう」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:26:51.36 ID:ppLhad270

「電波状態が悪いみたいだけど、携帯から?」
「そう」
「いつの間に買っていたのよ。私、全然知らなかったのに」
「購入したのはさっき」
「そうなの?」
「……」

無言だけど、有希は電話の向こう側で頷いているんだろうな。

「まあいいわ。今度学校へ来た時、私にも番号を教えなさいよ?」
「わかった」

口数が少ないだけに表情が見えないと、本当に情報量が限られてしまうのねこの子。
体の線が細いんだし、外は冷えているから風邪とかを引いてなきゃいいんだけど。
雪山でも倒れちゃったことがあったし、ユキとは名ばかりで寒さには弱いみたいだしさ。

「それで、私に何か用事でも?」
「すまない」
「何がよ?」
「出席できなくて」

またなのか。
古泉くんも有希も、なんとも律義な奴ね。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:38:34.19 ID:ppLhad270

「古泉くんにも言ったんだけどさ、それはしょうがないってやつだから。
 有希も何か抜けられない用事があるんでしょ? だったらしょうがないわよ。うん、しょうがない!」

有希に言を取らせると瞬間的に沈黙されてしまい次へと繋げにくくなるので、
こちら側が相手の返答分までもを纏めて伝える。
もし間違っている部分があったら否定くらいはしてくるだろうし。

「ところで有希は何をやっているの?」
「……」

だんまり。
それから優に秒針が5歩ほど進んだ後、言葉が返ってきた。

「色々」

何もわかんないわよそれじゃ。
まあ、いいけど。

「そう、大変なのね」
「……」

有希から電話を切るなんてことはしなさそうだし、忙しそうだからこちらから切らなきゃね。

「じゃあ」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 16:50:08.48 ID:ppLhad270

「待って」
「……え、なに?」

予想外にも引き留められたので、やや返答が遅れた。
有希は考えるように時間をたっぷりと使い、それから切り出してきた。

「朝比奈みくるも、古泉一樹も、彼も、悪意や他意があるわけではない。
 純然とした理由によって各々の役目を果たさなければならず、
 それ故に今回、あなたの計画した催しを辞退せざるを得なかった」

え、なに?
急に語りだしちゃったわよこの子。

「これらはすべて急事であった為に不可避であると共に不可測であり、
 他の解決手段が見当たらなかった事も加えられて現状へと至っている」

小休止。もしくは溜め。
なのに私が口を挟む隙が感じられない。

「でも、信じて――」

突如として走ったノイズに有希の声が掻き消された。
何事かと慌てて呼びかけてみても返答は来ず、既に通話も切れていた。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 17:05:36.20 ID:ppLhad270

なんなの一体。
なんであんな不自然な切れ方をするのよ。
それに有希が口にしていた内容からも、普段とは一線を画す何かが感じ取れてきた。
さらには有希の語調もだ。
平淡な中にも僅かに別の要素が含まれているような気配、感覚。表情?

気になるじゃないの。
そういえば、団員達のなかで未だ電話を掛けていないのはみくるちゃんだけ。
有希の言葉も気になることだし、この際だから掛けてみようかしら。
思い立ったら即行動。電話帳から探し出してダイヤルする。

……が、しかし。

「お掛けになった電話番号は、電波の届かない所にあるか、電源が切られれているため掛かりません」

機械的なアナウンスによって、私はみくるちゃんとの交信が不可能だということを悟った。
なんだか変な感じね。或いは、ある種の予感というものなのかしら。
なんとなくだけどもう一度、キョンに掛けてみよう。

ところが。
それも予想通りというべきか、同じ内容のアナウンスが返ってくることとなり、
コール音すらもならないまま相手へと繋がることはなかった。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 19:52:29.90 ID:ppLhad270

役目を果たしてくれそうにない携帯電話をテーブルの上へと置き、窓際から外の様子を眺めてみる。
この行動には然したる意味もなく、動機もない。ただ椅子に座っているのに飽きただけだ。
外はというと相変わらず強風に見舞われているようで、
旧校舎間の広場に植えられている木々が乱暴に振られているのが見て取れた。
それより遠くの景色となると暗さと旧校舎の陰によって見通すことが叶わず、
だからといって窓を開け、寒い思いをしてまで見たいとも思わなかったので、
私は暫くの間、風に弄ばれる木々を眺めたのちに指定席へと戻った。

室内にある唯一の音素である時計が、カチリコチリと過ぎ去りゆく時間を告げている。

静かなものだ。それも驚くくらいに。
まるでここに居るのは……この世界に居るのは、私だけなんだというくらいに。
なんて比喩表現は、些か私には似つかわしくないような気がする。
ノスタルジックなんて願い下げね。もっとこう、アクティブでパラダイスな方向性であるべきだわ。

……でも、ちょっとだけ寂しいかな。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:04:06.06 ID:ppLhad270

テーブルの上に置いていた買い物袋を漁り、中から飴玉が詰まった袋を取り出す。
これは食後に行おうと考えていた『SOS団、新年に向けて』という名目での打ち合わせの際、
お茶菓子代わりとして用意していたものの一部だ。
鍋を食べてからにしようと考えていたから、これで本来とは口にすべき順番が逆になったことになる。
だから何ってことだけどさ。いいじゃん、別に。
鍋の前に飴を食べたらお腹が膨れる?
甘いものは別腹って奴よ。細かいことは気にしちゃダメダメ。

「はぁ……」

皆は忙しそうね。
それもそうか、クリスマスイブなんだし。
一般的には誰も彼もが何処かで誰かと何かを楽しんでいるんだろうから。
それこそ、みくるちゃんや有希や古泉くんやキョンだって例外じゃないのかもしれない。

なのに私は一人。
これだけは確かなこと。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:17:59.29 ID:ppLhad270

たぶん、世間が『特別な一日だ』と騒ぎ立てる影響なんだと思う。
だからこそ余計に、今この瞬間に一人きりで置かれているという自身の状況が、
12月24日という暦上では一年のうちの一日でしかないにせよ、
漠然としてはいるものの惨めで、情けないものとして感じられてしまう。
そういう行事毎によって自意識を引き摺られるのは嫌いなんだけどね。
それでも、こうも日本中どころか世界中で騒ぎたてられちゃあ、
目や耳に入れないように努めること自体が不可能というものだし、抗うのも無駄なことだ。

だから考えてしまう。
皆は何をしているんだろうって。

もしかして、私の誘いよりもそちらの方を優先したのかしら。
そりゃまあ換え難い大事なことってのはあるだろうしさ、
突然に舞い込んできた私の誘いなんて、先に取り付けておいた24日の約束に比べれば、
なんとも魅力なく邪魔臭いものかもしれないけど。

だけど、ね?

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:30:49.37 ID:ppLhad270

これで飴玉、何個目だっけ?
空けた包装紙を数えればわかるかな……って、面倒そうだから数えるのはやめよ。

それにしても、こうやって静かな環境で考え事をするのって久しぶりね。
今までは常に隣に誰かが居たような気がするし、
私はというと四六時中何かに追われ、逆に追いかけていたような気がする。
それが今回のドタキャンという形の中止予報によって、
やるべきことや、やらなくちゃならないことが全て吹っ飛び、時間だけがぽっかりと空いてしまった。

まっこと宙ぶらりんでニュートラルな一時だ。

そういえば、これまでにSOS団を通して実に様々なことをやってきたっけ。
定期的に続けている不思議探索では、不可思議な物を探そうと思っても依然として見つかることはなかった。
けれども、旅行へ行ったり映画を造ったり、色んな体験は楽しい想い出として残っている。

残っている。
だけど、一つだけ拭い去れない疑問が残っているのもまた事実。
ずっとずっと感じていた疑問。違和感。

みんなってさ、私に隠し事をしていない?

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 20:42:48.62 ID:ppLhad270

考えてもみれば思い当たる節なんて数多の如くよ。
みくるちゃんも古泉くんも有希も……キョンは知らんけど、
何かどうも他人行儀なのよね。手の内を明かさないというかさ。
上手く言えないんだけど一歩引いているというか、
一定の距離を保ち、付かず離れずでいることを調整していると表現するべきなのか。
なにかこう、見え隠れしているのよ。

続いてキョンだけど、
意志を露わにしないはずの有希と、妙に繋がっている雰囲気が伝わってくるのよね。
みくるちゃんともそうだし、古泉くんにしたって例外には漏れず。
何かこう、私と相対する時とは違った雰囲気を纏っているし、
それでいて各々は私の前に出るといつもと同じような振る舞いを取り繕うのだ。

まるで皆が皆して、それを私に悟られないようにしているかのように。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:02:39.89 ID:ppLhad270

あら、飴玉が無くなっちゃった。
噛み砕いていたから自覚をしないうちに早いペースで食べ尽くしていたらしい。
だったら甘いものを食べて喉が乾いちゃったし、またお茶でも淹れようか。

席を立って先例と同じく、ストーブ上のヤカンから湯を急須へと移し、
今度は急須内にお湯を長く留め過ぎないように注意を払い、湯呑みへと移す。
熱湯が注がれた湯呑みからはたちまち湯気が溢れ、
それが吹き飛んだあとの見事に透き通った薄緑色の水面には、私の表情が浮かび上がった。
思いのほか、暗い顔をしていたようだ。
それを認めるなりいつもの癖で慌てて取り繕おうとしたところで、
この場には誰も居ないことを再認識し、上辺を繕う代わりに溜息一つを零してからお茶を啜った。

なかなかの出来ね。みくるちゃんにはまだ及ばなそうだけど。

湯呑み片手に指定席へ戻る。
その際、椅子からギシリとの呻きで長く腰掛けていた私への抗議を申し立てられたので、
私は手近にあった別の椅子へと座りなおし、再びテーブルへと頬を付ける姿勢をとった。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:11:35.82 ID:ppLhad270

はぁ、またも思考が逸れちゃったわね。
取りあえず家にでも連絡を入れておこうかしら。
前日から予め言ってはおいたけどさ、夜も更け初めているので心配されちゃうかもしれないし。
えっと、電話帳を開いて家族、家族っと……

「お掛けになった電話番号は――」

まあ、そんな気はしたけどね。
いいわよもう、それはそれで。

私は一人。皆は別の場所でお楽しみ。

それでいいわよ。
考えるのも面倒くさいし。
皆は皆で、私を置いて楽しめばいいわ。
だって今日はクリスマス・イブ! 一年のうちで特別な一日!

企業の販売戦略なりサンタさんの存在意義なり、理由付けもなんでもいいわ。
あーもう、あほくさい。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:30:37.94 ID:ppLhad270

「クリスマスなんてさ、消えちゃえばいいのに」

自分でも生気のない声色だなと思った。
とはいえそれを改める必要もないから、別段焦りもしない。
だって、もう誰も居ないし来ないことも分かっているんだから。
いくら私が待ってみたところで、部室扉を豪快に開け放つなり、
「遅くなってすまん!」
のようにタイミング良く現れる奴なんているわけないんだから。

だからさ、いっそのことクリスマスと一緒に、消えちゃえばいいじゃん。全部。

面倒なのよね。色々とさ。
細々としたことを考えるのも、それらに付随する問題を処理しようと画策するのも。
もっとこう、スパーッと黒か白で割り切れたらいいのに。
ところが実際は表裏一体で、3を10で割ったようで、ごった煮で玉石混交で……

何を考えているのか判らなくなってきたわね。
ともかく、結論から言えば私もそういったものの一部って事よ。
つまりは割り切れないってこと。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 21:49:03.04 ID:ppLhad270

翌日まで、あと三十分を切っちゃったみたい。
このまま日付が変わっちゃうのかな。
たぶん誰も来ないんだろうけど、それでも、
あわよくば今から数分後には……いえ、それは無理だろうから、えっと、
明日になってしまう前には、私の前に皆が現れてくれればいいなって。

それまでは鍋もお預け。
だからって捨てる訳にもいかないし、午前零時になったら一人で食べちゃうからね。

そして、色々と有らぬ事を想像するのも止そう。
有希だって言っていたんだし。
『悪意は無いし他意もない』って。仕方がなかったとも付け足していた。
それに団員に信じろって言われたのに、頭として立っている団長が仲間を疑っちゃダメよね。

そうだ、あと三十分だけ待ってみよう。
きっと誰かが――

唐突だった。
静寂一辺倒だった室内に着信音が鳴り響いたのだ。
私は弾かれたように顔を上げると、すぐさま携帯電話を手に取って確かめる。
暫くぶりの着信は、みくるちゃんからのものだった。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:03:56.95 ID:ppLhad270

「あのぉ……も……もしー、聞こえま……」

酷いノイズだ。
辛うじて繋がっているというのが誰に説明されるまでもなく明白としてわかる。

「聴こえてるわ、みくるちゃんでしょ?」
「そうで……そ……ですか?」

何を訊ねられたんだろう。
みくるちゃんの背後では、あのクリスマスソングが途切れ途切れに鳴っている。
もう深夜だというのに、大通りに曲が掛かっている?
いえ、それ以上にそんな時間にどうして、みくるちゃんは大通りに?

「あの……」
「なに?」
「そっち…………ぷんですか?」
「聴こえないわ、もう一回言って」

ノイズは酷くなっていく一方だ。
どうしてこんなに電波状況が悪いんだろう。
あまり詳しくはないけれど、街中の人が電話を使うせいで回線状況が悪いのかしら。
なんにせよ意思の疎通がうまくとれない。噛み合わない。
みくるちゃんの不鮮明な問いを聴き受ける為、私は何度も訊き返し続けた。
その間にも着々と回線状況は悪化を一途を辿っていき、切れるかと思われた寸前、

「そっちは、何時何分ですか?」

ようやくにして質問の意図が繋がった。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:16:32.34 ID:ppLhad270

急がなければこちらから伝える前に通話が切れてしまうと直感したので、
質問の真意を考えるよりも前に、室内の時計で時間を確認する。
この時計はみくるちゃんが毎日調整しているものなので、
それに差異が生じているという可能性を考慮する必要は無いはずだ。

「23時、33分」
「何秒ですか!?」
「えっと……今、20秒をまわった」
「23時33分の24、25、26……」

みくるちゃんが刻々と秒数を読み上げていく。
それと全く同じタイミングで、室内の秒針も動いている。
まるで人間時報とでも評してあげたいくらいに正確そのものだ。

「えっと……待ってて……さい……きっと――」

次いで、今までギリギリの線で保たれていた通話回線も、
その役目を終えたように途切れてしまい、私はまたも一人で取り残されることが決まった。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:33:26.63 ID:ppLhad270

どうして時間を訪ねてきたんだろう。
時刻を確かめる目的なら手元の時計でも事足りるはずだし、
第一、私へと掛けてきた携帯電話には時計機能くらい付いているはずなのに。
そしてやっぱり、御多分に漏れずに焦っていたことも気に掛かる。
どういう訳か団員達それぞれが何かに追われながら行動している。
皆が皆、何かに急かされるように奔走している。それは間違いない。

一応、みくるちゃんのことも現在時刻と共にメモしておこう。
私は念を込めて事細かに書き込み、メモは制服のポケットの中へと仕舞った。

それから時計を睨み付ける。
睨んだところで長針は躊躇なく進み続け、早くも45分を越えようとしている。

何が起こっているのかはわからない。
だけど、何かが起こっているのは――間違いないのかもしれない。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 22:47:52.31 ID:ppLhad270

何故だろう。酷く落ち着かない。
秒針が一呼吸の間もなく進み続ける度に、
私の中へじわりじわりと忍び込んでくるような焦りが募ってしまう。

団員達の心情が私へも移ったんだろうか。
だからこそ私も、こうやって何かに急かされるような心境へと追いやられているのだろうか。

いえ、少なくとも皆は私を追いこもうとして行動しているわけではない。
たぶん、その逆なんだと思う。
確信はない。でも、そう思う。違う、思いたい。

このままではいけない。
このまま明日を迎えては、絶対に駄目だ。
そんな気がする。

だからお願い。誰か来て。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:06:23.61 ID:ppLhad270

その直後だった。
部室扉が勢いよく開け放たれたのは。
そこに立っていたのは一人。
勢いよく扉を開け放った割には酷く疲れた顔で、

「遅くなっちまったな」

と苦笑いを携えつつ面白身の無い一言を呈してきた。
全力で走っていたのか肩で息をしており、何故か全身がズブ濡れとなっている。

「なにやってたのよ?」
「ほら、最近寒いだろ。人間ってのは不思議なもんでな、
 長らく嗜んでいないものには衝動的な欲求を抱いちまうんだよ。
 まあ要するに、夏が恋しくなった俺は水浴びをしていたので遅れたというわけだ」

もう少しくらい笑える回答をしてくれればいいのに。

「馬鹿じゃないの」
「お前だってこんな時間にまで律義に待ってて、馬鹿じゃないのか? こっちは用事があると言ったってのに」
「暇だったのよ。なんとなくね」
「そうかい。じゃあ、今から始めるとするか……と言いたい所なんだけどな」
「どうしたのよ?」

キョンが上着を脱ぎ捨て、どかっと椅子に腰を落ち着けてから告げた。

「すぐに皆が来る。それまで待っててくれ。ちょいと予定外の奴等もいるけどな。それくらい、いいだろ?」

皆も来てくれたんだ。

「ま、しょうがないわね。遅れた分のお咎めは、所用に免じて無しにしてあげるわ」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:24:21.66 ID:ppLhad270

取り敢えず部室の床が濡れるのが嫌だったので、
棚から取り出したタオルをキョンに投げつけてやった。

「もう少し労ってくれよ」
「こんな時期に水浴びなんかしてたからよ。ところで、予定外の人って誰?」
「見りゃわかる。ほれ、足音が聴こえてきた」

キョンの言う通り複数の足音がこちらへ近づいてくる。
やがて、皆が続々と姿を現した。

「すみません、引き継ぎの関係でアルバイトの方が長引いてしまいまして」

最初に入って来たのは疲労が見え隠れするものの、平時通りのスマイルを絶やさない古泉くんだ。
って、頬の所を怪我してない?

「人混みがごった返した時に、ぶつけてしまいまして。大したものではありません」
「そう?」
「ええ、お気になさらずに。その心遣いに感謝致します、団長殿」

キョンと同じく椅子に靠れるなり、テーブルに両肘をついている。
疲れている様子を繕いもしないなんて、相当に疲弊しているらしい。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:39:26.35 ID:ppLhad270

次は有希。

「って有希、あんた大丈夫なの!?」
「……」

返事がないのはいつもの事だけど、
それを差し引いても余りあるほどに疲労困憊な様子だ。
だって、両の眼が今にも閉じてしまいそうなくらいに引っ付きかけている。
歩みもふらふらと不確かで、ちょいと肩でも押せば倒れ込んでしまいそうなほどに弱々しい。

「ほら、座りなさい」

ストーブの前へ椅子を差し出し、誘導するように手を引いて導く。
その体が物凄く軽かった。手を引いているのになんの抵抗力も感じられないのだ。
ほどなくして椅子へと座り込んだ有希は、ユラリユラリと頭を揺らし始めた。

「風邪でも引ちゃったの?」
「……そうなのかもしれない」

やっぱり寒さには弱いんだ。酷くそれに眠そうだし。
私は少しでもマシになればとの思いで自身のカーディガンを抜き取り、有希の肩へと掛けた。

「おい、俺とはずいぶん扱いが違わないか?」
「あんたは自業自得でしょうが。有希は女の子なんだから労って当然よ」
「くそっ、格差社会かよ」

あんたは一々、文句を垂れないと気が済まないのかな?

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:49:27.00 ID:ppLhad270

「すみませぇーん、遅くなっちゃいましたー」

それからみくるちゃん。
何故かこちらも、キョンと同じく全身ズブ濡れのご様子だ。

「もしかして、キョンの馬鹿と並んで水浴びでもしてたの?」
「そんなつもりじゃなかったんですけど、その、手違いと言いますか……」

みくるちゃんが言葉の途中で、可愛らしいクシャミを一つ。
なんか、追及するのも馬鹿らしくなっちゃったわね。

「タオルあげるから、体を拭いて髪も乾かしてから衣装にでも着替えときなさい」
「すみませぇーん」

まったく、突発的な豪雨でも降ったのかな。
ここら辺には風しかなかったというのに不思議なものね。
ま、それも今はいいか。今は、ね。ふふ。

それから次は……

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 00:05:02.90 ID:L0vyFpLX0

「やっ、こんばんは。お邪魔させてもらうね」

気さくに挨拶をしてきた相手は、私にとって予定外も予定外な人物だった。
状況を察したのかキョンが補足してくる。

「佐々木には色々と世話になったからな。混ぜてやってくれ」

それと同時に、相手からもニコリと愛嬌良く笑い掛けられた。完璧な笑顔ね。
他の面々も、彼女の参加を認める方向へ一票を投じていく。
これじゃあ断れないじゃないの。いえ、特に断る理由もないけど。

「まあいいわ、楽しくやりましょう! それじゃあ皆、SOS団の――」
「ちょっと待って!」

あれ、まだ居たんだ。

「もしかしてあたしのこと、忘れてたのかい?」

そんなことないけど。
と、またもキョンが補足。

「鶴屋さんも呼んでおいた。というか付いてきた」

そうなんだ。よろしく。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 00:18:26.88 ID:L0vyFpLX0

「それじゃ、みくるちゃんは早いとこ着替えなさい。だからキョン!」
「へいへい、外へ出てればいいんでしょう」
「そういうこと」
「俺だってズブ濡れなのに」
「だったら、教室なり他の部室なりにでも行って置いてあるジャージをパクってくればいいわ」
「平然と犯罪幇助をするもんじゃないぞ。ま、俺は自分のがあるからいいけど」
「わかったらさっさと外へ」
「へーい」

古泉くんは言わずして自ら進み出ていった。
さてと、それじゃあ準備にでも取り掛かろうかしら。
といっても既に食材は切ってあるから、スープを入れて鍋を火に掛けて、具材煮込むだけなんだけど。
他の人達は疲れていそうだし、ゲストに頼む訳にもいかないから、私がやるしかないわね。

はぁ、しょうがないわね。
いいけどね、別にこれくらいは。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 00:35:05.73 ID:L0vyFpLX0

キョンがジャージに着替えて戻って来たので、思いっきり笑ってやった。

「お前なぁ、人の苦労も知らないで」
「なによ? 言いたいんなら事細かに聴いてあげるけど?」
「やめとく。余計に笑いの種にされそうだからな」

古泉くんに視線を振ってみると、肩を竦めて返された。
どうやらキョンと同じく語るに足りない内容だという主張なんだろう。
有希は眠そうだし、みくるちゃんは体を震わせながらストーブに張り付いているし、
ゲスト二人組は互いに口数多く歓談に勤しんでいる。
私は、人数分だけ淹れてテーブルに並べておいたお茶を一つだけ手に取り、をキョンへと渡した。

「飲んでみてよ」
「お前が淹れたのか?」
「当り前よ」
「珍しいこともあるもんだな。明日は槍でも降るんじゃないのか?」
「いいから、さっさと飲め」

キョンが神妙に眉間を顰め、そろりと一口啜る。
そんなに警戒しなくてもいいでしょうに。

「どう?」
「……美味い」

考え込むように評価された。続けて訊ねる。

「みくるちゃんとどっちが上?」
「そりゃ比べるまでもなく朝比奈さんに決まっている。月とスッポンだ」

早口で以って即答したキョンの脛を、すかさず蹴飛ばしてやった。

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 01:08:07.44 ID:L0vyFpLX0

鍋の中で煮えゆく具材の様子を探りながら、私は今日の出来事を回想していた。

まずは何はともあれ、良かったなという安堵が一番にして感じられる。
あの時私が苛まれていた焦りや、侘しさ、疑念、不信感、怒り、その他諸々の雑多な感情群。
そしてそれらに追随するかのように各団員達が追われ、切迫していた空気も、
今となっては晴れ渡った冬空の如くに澄み切り、完璧に振り払うことが出来た……のだと思う。

少なくとも、疲れ交じりの笑顔で言葉を酌み交わす団員達を眺めていると、
今の私が抱いている心境は当たらずとも遠からずといったものであるはずだ。

それに、なんとなく確信してしまった。
明らかに何かがあったというのに、それを語ろうとはしない団員達。
そして、所用があったと口にしていたはずなのに、最終的にはこうやって駆け付けてくれた人達。

もしかするとだけど、皆は――いえ、ここから先は私の心内に仕舞っておこう。

ただ、私はもう少しくらいは皆を信用するべきかなって。それだけは戒めとして念頭に置いておかないと。
加えて、団員達との付き合い方にも改善すべき点が多々見つかったような気がする。
主に、私の方にね。

さあて、待ちに待った鍋もようやく食べごろを迎えたようだわ。
一体、この瞬間をどれだけ私が待ちわびたことか。まあ、それを望んだのはこの私自身なんだけどさ。
とにかく、今言うべきことはこれしかないでしょう。

「メリークリスマス! これからもよろしくね、皆!」

時計の針は、既に午前零時を廻っていた。
イブで燃え尽きた世間様へと見せ付ける様に、今日は朝まで騒がなきゃね。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 01:25:43.48 ID:L0vyFpLX0

『それとこれとは別よ。世の中、割り切れないことは多々あるんだから』

という電話越しの詰問口調で、ハルヒが寝起きの俺へと波状攻撃を仕掛けてくる。
前日の運動疲れと、今朝方にようやく終止符を打ったパーティの余韻。
それらから醒める暇もなく家のベッドで眠りについていた俺は、
昼時に掛かって来て一向に鳴り止まない着信音に苛まれ、休息から引きずり出されたのである。

「だから、何が?」

よく回らない頭で防戦一方だった俺は、ここらで語調を荒く変化させ、攻勢へ移ることとした。

『昨日、あんたは何処で何をしていたの?』
「それを訊いてどうする気だ」
『別に、大したことじゃないわ』
「所用だって言ってるだろ。人のプライベートにまで足を踏み入れてくるなよ」
『ふーん。あんたさ、あたしに嘘とか吐いてなぁーい?』
「何も。俺のことを信用していないのか?」
『信用はしているわよ。でも、それとこれとは別。割り切れないことなの』

意味不明の理論展開をまたも繰り返しかよ。訳の解らん洋楽曲をエンドレスリピートしている気分だ。

『……まあ、いいわ。それじゃあね』
「そうかい」
『あ、そうそう。一つだけ教えといてあげる』

うふふ、と悪戯を企てる子供のように笑ったハルヒが、ぼそりと呟いた。

『谷口の奴ね、彼女が居たんだって。だから昨日は、放課直後から忙しかったらしいわ』

じゃあね、と嫌に引き際の良いハルヒに、俺は寒気すら覚えてしまった。

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 01:40:14.80 ID:L0vyFpLX0

押し問答から脱した俺は、緊迫した空気を吹き替えるべくカーテンを開け放つ。
ああ、なんとも眩しいクリスマス当日、晴れ渡った空からの日差し!

といっても、俺は寝直すんだけどな。

それじゃあオヤスミ、と横になった所でまたも着信が来たわけだ。
誰だよまったく。なになに、古泉の野郎か。
シカトで通してもいいところではあるが、恐らくそうはいかないんだろうな。

「はいよ」
『こんにちは』

という挨拶にも演技を通した陽気さが感じられない。
どうやら相手も眠いらしい。なんとも、ご苦労なこった。

「どうしたんだよ」
『御伺いしますが、涼宮さんから何かを問われませんでしたか?』
「問われたな。ってことは、お前もか?」
『ええ、その通り』
「やれやれ。あの時、適当に吐いた嘘が見破られちまったよ」
『困ったものです』
「仕方がないだろうが。俺の隣に居たのが、所用で居ないはずのお前らだったんじゃあな」
『それもそうですが……いくら急場すぎたとはいえ、各所にボロを残しすぎたような気もしますね。
 とにかく、いつもの場所でお待ちしております。一時間後で』

随分と一方的な通達なこったい。
それならシャワーを浴びて、飯は集合場所の駅前喫茶で頂くとするか。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 01:58:18.92 ID:L0vyFpLX0

「うーっす」

なんて具合に体育会系ばりの挨拶で皆へと到着を報せる。
駅前喫茶の角席には既に、古泉、長門、朝比奈さんの三名が揃っているようだ。

「あれ、佐々木はどうした?」
「用があるから先に帰るとのことです。必要事項は僕が承っておきましたので」

古泉が端的に付け加えた。
ま、佐々木は佐々木であちらの活動があるんだろうしな。
それにこちらの事情に深く巻き込んでしまっては、第二次大戦を引き起こし兼ねんだろうし。

「あ、すみません! ハンバーグ定食を一つ」

店員へ注文してから席へ着く。
他の皆もそれぞれに昼食を摂っていることから察するに、時間に追われているようだ。
俺は一応、確かめておく。

「古泉、お前、体は大丈夫なのか?」
「ええ、長門さんのお陰さまで」

名前を呼ばれたせいか、長門はパフェを頬る手を止めてこちらを窺ったままに静止した。
いや、お前は気にしないで食べていいぞ。

「あれほどに同時多発的な閉鎖空間は経験したことがなかったもので、移動だけでも一杯一杯でした。
 それも閉鎖空間内だけには留まらず、あと一歩で外へと踏み出される寸前でしたからね。
 我々も必死というものです。クリスマスムード一色の街中にひとたび神人が躍りでれば、大参事は免れませんから」

まるでイブを支える裏方役だな。大変なこった。

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 02:19:20.50 ID:L0vyFpLX0

それでまずは古泉と別れ、支援するべくの長門も古泉に同行していくこととなった。
ちなみに古泉がハルヒに電話を掛けたのは、ちょうど閉鎖空間が発生し始めた瞬間のことである。
あまりの事態急変にハルヒの身を案じたから、ということらしいが果たして本意はどうだかね。

「そう勘ぐられても答えに窮してしまいますね。
 物的証拠を示せない以上、信用して頂かない他には潔白の示しようもありませんし。
 それに僕、腕が飛んじゃったんですよ? あれには流石の僕も驚いてしまいましたよ」

飯が不味くなりそうな話題を笑顔で語るな。
長門が居なきゃ、お前の腕には今頃ハエが集っていたことだろうに。

「僕も男ですからね、武勇伝というものを語りたくて仕方がないんですよ」
「俺に構わず壁に向かって話してくれよ」
「おや、冷たい方だ。しかし長門さんとは本当に多芸な方なんですね」

だから手を止めなくていいぞ、長門。

「位相がズレ、遮断状態にあった涼宮さんの携帯電話へ向けて、発信されたのですからね。
 それも、地面に落ちていた瓦礫を携帯電話へ造り替えてですよ?」

同意を求められても俺には頷くことしか出来ないんだが。

「これは失礼。とはいえ、長門さんは咄嗟の嘘が苦手なようですがね」

やれやれ。
しかしこれから先も問題は山積みなんだろうから骨が折れそうだ。
……おっとと、ようやくハンバーグ定食のご到着か。待っていたぜ。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 02:42:50.50 ID:L0vyFpLX0

「ところでどうして、こんな面倒な事態へと発展しちまったんだろうな?
 俺達はアレだろ、元はと言えばイブに期待感を膨らませたハルヒの想いが、
 何かを引き起こすと踏んだから街中を警邏していたわけだろ?」

その提案をしてきた張本人、古泉が言を取る。

「当初はその予定でした。あくまでパーティまでの時間つぶしとしてですね。
 ですがどうにも不穏な状態……と言いますか、既に”予兆”があった為に、
 あの場所から離れざるを得なかったというのが現状です。
 故に、僕や長門さん、朝比奈さんは出席の断りを入れたと。となると、大元の原因はあなたですね」

古泉にピシャリとフォークで示された。

「俺が悪いのかよ?」
「そうは断言できませんが、あの時点であなただけでも涼宮さんの元へと戻っていれば、
 恐らく、今回のような大層な事態へとは発展しなかったことでしょう」
「そうは言われてもな、お前等だけを残して俺だけ楽な思いができるかよ。
 俺だって団員なんだから。何か出来ればいいとの善意で、あの時は動いてたんだからさ」

まあ、謝っておくが。

「いえ、結果的には良い方向へと転がったのですから考えこまずに良しとしておきましょう。
 それから涼宮さんの”予兆”ですが、アレは恐らくパーティ以前の計画段階から始まっていたのかもしれません。
 秘密裏にしたいという強い想いで隠匿されてはいましたが、本心ではもしかすると……。
 いや、やめておきましょう。ここでの僕はあくまで一般人。人の心を読み解くことなど到底できやしないんですからね。
 ともかく、落ち度はそれに勘付けなかった僕達SOS団員の全員にあったわけです。
 クリスマス・イブというワードは、『特別な日だ』という暗示やプラシーボ効果に近いものなのだと推測します。
 もちろん、その心理的効果が彼女にとっては重大な事態を引き起こす撃鉄なのですがね」

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 03:00:05.34 ID:L0vyFpLX0

お前って、よくもまあそんなにハルヒの心理状態が分かるもんだな。

「何も解ってなんかいませんよ。あくまで、事実に沿って後付しているだけです。
 もし僕が100パーセント彼女のことを理解できているのなら、事故は未然に防いでおきますから。
 さらには団員としての枠組みを超えた、親密な関係にもね。おっと、これは僕なりの冗談ですよ?
 さて、強引に纏めてしまいますが、誰だって他者へと成代わることはできません。
 僕の推測が正しいのか悪いのか。その答えは涼宮さん本人のみぞが知る訳です」

古泉は難しい顔つきを見せながらコーヒーを啜る。
確かに、こいつが何を考えているのかは俺には分からない。
つまりは、こいつにとってのハルヒも、それと同じことなのかもしれない。
ってことはだ、こういうことか。

「お前だけに任せずに、俺や長門、朝比奈さんも含めて団長様のご意向を理解するべきってことか?」

古泉がカチャリとカップをおろし、さらに難しい顔付きへと変わった。

「僕は、涼宮さんがそこまで我儘なことを考えていらっしゃるとは思いませんよ?
 単純にう、なんというか……」

言葉に詰まった古泉の代わりに、今まで俺達の話を上の空で聴いていた朝比奈さんが割り込んできた。

「たぶんですけど、その、ちゃんと見て欲しい、と思われたのではないんでしょうか」
「お訊ねさせて頂きますが、その根拠はありますか?」
「根拠っていうかなんというか……昨日の涼宮さんは、いつもより何となくですが優しかったような気がしますし。
 それに柔らかかったような気もします。それから、お茶の味がそんな感じがしたといいますかその……違ったって……」

なるほど。拳で語り合うように、お茶で語りあったと。
って、なんだそりゃ。そんなワケあるかい。あいつが自分で茶を淹れるなんて一時の気まぐれだろうに。

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 03:49:58.16 ID:L0vyFpLX0

「ですが」

またも古泉だ。
俺は口を噤み、ハンドジェスチャーで先を促した。

「最終的に涼宮さんが居た場所。あれは、閉鎖空間とは似て非なるものでした。
 人っ子一人、そう、閉鎖空間への進入を生業としていた僕ですら踏み入れることを許されず、
 涼宮さん本人以外の他者は全く以って寄せ付けない空間。
 そうですね、この場では拒絶空間とでも仮称しておきましょうか。
 まるで世界が涼宮さん一人だけを切り取り、パラレルへと分岐していくかのような場所。空間。時空。
 それを示す証拠として、彼女と僕達が居た世界の時間の流れにズレが生じていましたからね。
 もしかすると、あともう一歩遅ければ……そう、何か一押しの瞬間までにあなたが到達できていなければ……
 涼宮さんは帰っては来れなかったのかもしれませんね」

その空間とやらに進入できないくせに、どうして連絡は取れたんだ?

「だからこそ拒絶空間なんですよ。涼宮さん本人が拒絶したもの以外は、例外として許されるわけです。
 例えば携帯電話。ノイズで妨害されたものの繋がったということから推察するに、
 拒絶はしつつも最終ラインとして、若しくは連絡は取りたいという根底にあった想いが叶えられたのかもしれません。
 といってもやはり微弱なものだったので、通話には僕達や長門さんの力が必要だった訳ですし、
 ”通話が繋がる瞬間”を待つ必要があったわけです。その瞬間の真実は不明ですが、こちらとしては殆ど運任せでしたよ。
 仮に、涼宮さんが完全に心を閉ざし、拒絶していたとしたら……これ以上は、僕が語るまでもないでしょう」

これであの事態について不審に感じていた一通りの点は、古泉の口から噛み砕かれて説明されたわけだ。
残るは最終的な部分となるが、その点については俺自身が知っている。
なんせ古泉・長門チーム。俺・朝比奈さんチームで行動したんだからな。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 03:57:52.15 ID:L0vyFpLX0

といっても、俺にはとても理解できなかったのであるが。
それでも判っている範囲で手短に列記していくと、
ハルヒの居る場所を突き止めるべく朝比奈さんがハルヒとの通話を試み、
相手の現在時刻を聞き出す事で時空間座標を特定した。
この際、どうしても時空間がズレた場所に居たハルヒへと電話を繋ぐ為、
まるで携帯電話の電波を探り当てるように俺達も時空間を飛んだのであるが、
時間的猶予も見境も無く飛んじまった為、
豪雨が降り注いでいた場所へと出くわしてしまい、全身ズブ濡れとなったわけだ。

まあ、結局は古泉が先ほど言った”通話が繋がる瞬間”とやらが判明し、
元の場所へと呼び戻されてから通話を行ったので徒労と終わったのだが。
その時には長門も神人との連戦に次ぐ連戦で全身ズタボロとなっており、
いつかみた対 朝倉の時に近い状況であると共に、
古泉の頬の傷を治す余力すらも残っていないような状態だった。
以前、古泉の機関と長門が属する情報統合思念体は協力関係にあると聞かされた記憶があるので、
不確かではあるが各地でも見知らぬ仲間達が共闘態勢を敷いていたのかもしれない。

で、それが済むと今度はハルヒに近似した力を持った人間、
つまりは佐々木の協力を仰ぐ事で強引に拒絶空間とやらを抉じ開け、侵入し、
朝比奈さんが補足した場所を目指して俺はひたすらに走ったという寸法である。

こうやって言葉にしつつ思い返せば短いもんだな。
二度とはやりたくはないけどさ。

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 04:13:56.97 ID:L0vyFpLX0

「ごちそうさまでした」

駄弁りながらも着々と食事を摂っていた俺は、合掌を以ってその場を締めた。
他の団員達も食事を終えてしまったようだ。
ってことは、そろそろここから動かねばなるまい。

「ところで、今日の行動目的はなんなんだ?」
「証拠の隠滅。又は隠匿、撹乱」

俺が訊ねると、食事中に会話を封じられていたのがよほど悔しかったのか、
珍しくも長門が即答してくる様を目撃することになった。
ところで何をどう隠匿するんだよ?

「涼宮ハルヒは、わたしたちの行動状況を詳細に書き留めていたことが分かった。
 それは言動や会話時刻だけでなく、その背景状況や相手の心理状態までもを含めた総合的で高精細な物。
 現在、涼宮ハルヒはそのメモを元に大通り方面で訊き込みをしていると考えられる」

なぜ?

「まずは時間的矛盾を衝くと予測出来る。22時を回ると、本来あの場所ではクリスマスソングが流れない。
 次に古泉一樹のアルバイトについて。これの場所と、アルバイトの種別についてを探ると考えられる。
 その他、わたし達4名の目撃情報などの方面からも当然、詮索してくると考えられる」

ちょっと待てよ。

「それって結構、まずいんじゃないのか?」
「……」

長門はコクリと頷いた。

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 04:28:50.10 ID:L0vyFpLX0

「安心してください。実は各所に協力を要請しまして、情報撹乱の為のスパイを多数泳がせてあります。
 その中には長門さんや朝比奈さん方面からのバックの方々から賛同を頂いた結果、
 互いに協力するという形で動いて貰っています」

古泉が心強い一言を加えた。
しかし、その表情はどう見ても安心しているようには見えない。

「やけに自信なさげだな」
「相手が、相手ですから……」

呟いたのは朝比奈さんだ。

「それにしても、このクリスマスという日の街中には異能者ばかりがウヨウヨしているのかよ。
 ハルヒにとっちゃあパラダイスじゃねぇか。まさにクリスマスプレゼントだな」

再び古泉。

「ですが、どうやら本人はそこまで突き止めてはおられないようでして。
 あくまで僕達が”何か怪しい”という段階でしょうし、
 訊き込みの際も通行人を異端だとは思わずに、至ってありきたりな普通の人としか見ないはずです。
 だから主観的には平凡なままなんですよ。彼女にとってはね。
 というより、そこを見抜かれてしまっては最早どうしようもありません」

とうとう匙を投げやがったぞこいつ。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 04:44:02.76 ID:L0vyFpLX0

朝比奈さんの表情が曇る。

「ですけど、始まりがある事には終わりがあるんだと思います。
 たぶんですけど、これが終われば禁則事項ですになるんでしょうね」

大事な部分を禁則されては身も蓋もないというものだ。

「ですが朝比奈さんの言葉には頷けます」

古泉、お前今ので意味がわかったのかよ!?
エスパーか、お前? あ、エスパーか。

「いえ、いつかこういう日が来ると予測はしていたんです。
 いつか必ず、涼宮さんが僕達団員へと疑惑の視線を向け、探りを入れてくることくらいね。
 そもそも今までの僕達は何かにつけて付かず離れず、
 ざっぱに言うなら、重要な事柄からはいつだって涼宮さんを遠ざけ、除け者としてきました。
 そのような状況が長らく続いていたにも拘らず、現状のようなバランスが保てていたことが奇跡なんです」

お前の言いたいことには、俺にも思い当たる節があるな。
自分だけ事情を説明もされずにいるなんて少々、気の毒だと感じたこともあったさ。

「涼宮さんが自身だけの力で真相へと辿り着く。その時がきっと、終着点なのでしょう。
 それは彼女自身が自分の持っている能力を受け入れる瞬間になるとも思います」

つまり?

「だから、その時は……」

古泉は首を振って、「その時が来たら、またその時に話しましょう」を苦く笑った。

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 04:59:57.07 ID:L0vyFpLX0

だったらだ。

「だったら、どうすりゃいいんだよ? ハルヒはこちらを探ってくるんだろう?
 それに対して、俺達はどういうリアクションを取ればいいんだ?」
「単純明快」

長門がキッパリとした口調で、

「全力で、阻止する」

力強く宣言した。心なしか、ニヤリと笑っているような錯覚すらをも覚えてしまいそうになる。
しかし今日の長門はやけにアクティブだな。病み上がりのハイテンションというものなのだろうか。

「僕も、同意見ですね」
「その、あたしも大方は賛成です……」

おいおい、いいのかよそんなんで?

「なにを仰っておられるのですか、あなたは。これでようやくフェアでイーブンな立場となったんですよ?」

古泉が指を立てて説明を始める。

「今までの僕達は一方的に彼女を騙す側だったわけです。
 それに罪悪感がなかったと言えば嘘になるでしょう。これは嘘偽りではありません。
 ところが今現在の彼女は、僕達を真向から疑って掛かってきているわけです。
 だとしたらこの関係。いえ、この勝負。実に、面白そうだとは思いませんか?」

古泉がいつもとは僅かに異なる、挑戦的な笑みを浮かべている。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 05:16:11.06 ID:L0vyFpLX0

やれやれ、そんなことでいいのやら。これから先、今までにも増して大変そうじゃないか。
些細なことで拾い上げた頭痛の種から花が咲き、新たに種を撒き散らかしてしまったかのようだ。

「取り敢えず会計、済まそうぜ。そろそろ急がなきゃならないんだろ?」

俺が団員達を見回したところ、やはり古泉が先に口を開いた。

「そうですね。とりあえず僕は、アルバイトを適当に見繕っておく必要性がありそうです」

古泉から料金を徴収し、次に長門。

「……」

長門から手早く徴収。
はい、次は朝比奈さん。

「あたしは、そうですね。何をしたらいいんでしょうか?」
「余計なことを喋らないように、口を噤む練習からですよ」
「……古泉くんが酷いこと言いました」

こら古泉。あと料金は忘れずに。

「ですが相手が相手なだけに、手を抜いてはどうこうなりそうにもありませんが」
「それは言えてるけどな。あ、会計お願いします!」

うーむ、ここは俺が一つ良策を考え付かねばな。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/25(木) 05:36:10.76 ID:L0vyFpLX0

カラコンと鳴った鈴音に見送られるようにして俺達が店外へと出ると、
高く済み渡った大気と、抜けるような青空からの日差しに包まれた。
外気は身を竦めてしまいそうなほどに寒いけれど、
迷いの感じられない青天を見上げていたら、俺の心持も感化され高鳴ってきたというものだ。

そうだ、こんなのはどうだろうか。

「ちょっといいか、俺は一番効き目がありそうな案を思いついたのかもしれない」

朝比奈さんが目を丸くする。

「どんな案なんでしょうか?」
「ええと、自分が作業をしている時に一番されたくないことって何だと思います?」
「んーと……」

回答へと至りそうにないので俺が勝手に進める。

「自分の邪魔をされることです。それも、今回はハルヒの邪魔をしてやればいいんですよ。
 なぁーに、任せといてください。俺はこれまでハルヒに散々引き摺り廻されてきましたからね。
 今度ばかりは俺が引き摺り廻す側へとまわっても、文句は言えないってもんでしょう」

「それで?」

古泉と共に、長門がほんの僅かな期待の眼差しで俺を眺めている。

「まあアレだ。取りあえず何処かへ遊びに行こう。5人全員でな。
 そりゃもう捜査ごっこなんてやりようがないくらいに徹底的にだ。そうしてりゃあ、じきにハルヒも飽きることだろうよ」

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 00:38:48.84 ID:YDzcDW4+0

遊びに行くという傍目にみれば最も高校生らしい時間の使い方を打ち出した俺は、
それなり得意げな顔をしつつも結論へと入った。

「目には目を。歯に歯を。俺達は4人も居るんだから、
 各々が交互にハルヒを引っ張ってきゃ、判定勝ちくらいには持っていけると思うぞ。
 むしろ、俺達が率先して不思議探しとやらをやれば一転した状況に錯乱しちまうかもな、あいつ」

「果たして、あの涼宮さんに通用するんでしょうか」

朝比奈さんは今一つ不安気な様子だ。

「僕は悪くない案だと思いますけどね。
 今までとは違った行動パターンで相手を撹乱するというのは、陽動における常套手段でもありますし。
 何より、現在の涼宮さんの興味が『どこかにある不思議』より、『ここにある不思議』へと変化しているようにも窺えます。
 ここにある不思議とは、つまるところ僕達を指しているのですが」

サラリと根拠を加えた古泉は、果敢なほどに強気である。
長門は、何も言わない代わりに溜めのある頷きで異議なしを表現してくれたようだ。

「実は妙案としても一応、古泉が裸で踊って”不思議”ではなく”ただの変人”でアピールする線も考えてはみた」
「謹んで御遠慮させて頂きます。というか僕、怒りますよ?
 僕サイドの意向としては、涼宮さんに勝つか負けるかは死活問題でもあって大議論が巻き起こっている最中なんですから」
「冗談だよ。そんなことをしてしまえば、却ってハルヒの興味を惹いてしまう可能性が無きにしも非ずだから」
「涼宮さんは常識的な方なんです、それも想像以上にです。有り得ません」
「そういえばそうだったな」

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 00:56:27.39 ID:YDzcDW4+0

よし。

「じゃあ、決まりな。暇そうにしている団長様を見つけるなり、声を掛けてやることにしよう」
「あのぉー……何をして遊ぶのかは決めてるんですか?」
「そんなものは、後で考えることにしましょう。ただ」
「ただ?」

俺は笑いを堪えながら、皆へ向けて下らないアイディアを披露してやる。

「微塵すらも面白味の感じられない、珍妙不可思議な遊びへと誘ってやりましょう。
 蟻の観察とか、通過する車種を列記したりとか、道端にある雑草の食用性についてとかね。
 まずは今まで訳の解らん遊びに付き合わされてきた分の仕返しをしてやらんことには、
 こっちも納得できそうにないし、腹の虫が治まらないってものですから」
「それはやりすぎなのでは?」
「知るか。とことん付き合ってやるだけだ。どっちかが飽きるまでな」

だからハルヒ、覚悟してろよ?

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 01:08:40.17 ID:YDzcDW4+0

いざ、ハルヒの元へ。
目的地が決まった俺達は、脇道に逸れることなく大通り方面へと連れ立って歩いていく。
その途中、俺は佐々木のことについて古泉に訊ねることにした。

「佐々木はなんと言っていた?
 いや、そもそもどうして佐々木をイブパーティの席にまで付き合わせたんだ?」

古泉は先ほどまでの昂揚状態から脱し、説明役としての立場を担う。

「彼女に協力を依頼した根本的理由は、何も拒絶空間への進入が目的だった訳ではありません。
 いえ、確かに彼女しかあの事態を解決できず、他に打つ手がなかったというのは紛れもないことなのではありますが。
 しかし、重要なのはそこじゃあないんです。彼女が拒絶空間へと進入できたという事象なんです」
「佐々木がその空間に進入できたということが重要なのか?」
「はい。何もかもを拒絶した涼宮さんだけの場所。その扉を抉じ開けることができた。
 これはつまり、佐々木さんと涼宮さんの相性が良かったからこそ成し得たのではないかと僕は考えているのです。
 拒絶空間は深層心理に関する空間。だから、上辺ではなく、もっと深い人間性という部分での相性ですね。
 佐々木さんが涼宮さんと類似した力を持っていたからこそ可能だったというのは、表面的な部分にすぎません」

佐々木とハルヒがねぇ。
扱いが難しいという部分では似た者同士ではあるけどさ。

316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 01:21:48.70 ID:YDzcDW4+0

「似たような力を所持している。それは彼女らが”共通した何か”を持ち得ているからこそなのかもしれません。
 それが何なのかまでは、現時点の情報量からすると推測すらも難しいのですが。
 結論に入りましょう。要するに、あの場所に佐々木さんを引き合わせたのは後のことを考えてと、
 先述した”共通する何か”を探しだす目的と、現在の涼宮さんについてのコメントなりヒントなり、
 とにかく何でもいいので取っ掛かりがを掴めればとの重複した試行実験だったわけです。
 後者については鑑定士みたいなものですね」

それで、佐々木鑑定士はなんと宣われたのでせうか?

「ただ一言、『面白くなりそうだね』と」

あまりにも他人事すぎるコメント。
しかし佐々木ならばそうだろうと納得できてしまう自分もいるから不思議なもんだ。

「一応触れておくが、鶴屋さんにも理由があったりするのか?」
「彼女はまぁ……」

濁す古泉に代わって朝比奈さんが二の句をつぐ。

「単純に暇だったらしいです。あたしも危ないから遠ざけようとは思ったんですけど……」
「そうなんですか。結局、最後まで付き合ってましたからね。
 表向きと振る舞い通りにノリで突っ走る人だからなぁ、あの方は。
 クリスマスなんだからもっと有意義な過ごし方をするべきだと思うんですがねぇ」
「あのー……それを言っちゃうとあたし達も……」
「……」

やっぱ、クリスマスなんて無くなっちまえよ、ちくしょう。

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 01:44:24.96 ID:YDzcDW4+0

食後の運動とばかりのウォーキングにも熱が入り始めたところで大通りへと到着し、
クリスマスムード一色に染め上げられた街中には、活気と同じく人並みが溢れていた。
さて、このなかにどれだけの異能と呼ばれる人達がいることやら。
それらについては一般人代表である俺には判断のしようがないんだけどな。

「そういえば、もう一つ言い忘れたことがありました。
 これは長門さんの口から説明して頂くのがいいでしょう」

古泉が手ぶりで長門へバトンを渡すと、長門は黒曜石のような瞳を俺へと向けてきた。
待ってしましたと言わんばかりに(言うわけないだろうけど)長門が口を開く。

「今回の事態は、あまりにも突発的で不可測だった。
 わたしや、情報統合思念体すべてにおいて前兆の観測すらもできないほどに唐突。
 その為に事前対策が施せず、多くの不手際を残し、涼宮ハルヒの疑念を増長させる結果となった」

毎度の事ながら長門に説明されても今一つピンとこない俺ではあるが、
長門にすら予測が不可能だったのは相当に異常であることらしい、というのは今まで経験してきた事柄から察せる。
かつて長門は、自身がおかしくなることすらも予測していたんだからな。

「しかし、それこそが涼宮ハルヒの狙いだったのだと我々は結論付けている」

長門が結論を述べた。らしい。
当然ながら俺が飲下せるには言葉が足りていないので、その先を促す。

321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 02:15:14.02 ID:YDzcDW4+0

「念の為に補足しておきますと、涼宮さんが意図してそれを引き起こしたわけではありません。
 ただ結果論として見てみると、涼宮さんにとってプラスに転んだのでそう考えられるだけです」

ハルヒの肩を持つらしい古泉が、やんわりと補足してきた。
それで長門、そのハルヒの狙いとやらはなんなんだ?

「わたしや古泉一樹、朝比奈みくるから各々の正体を明かす手掛かりを得るのが狙い。
 しかしあの時点での涼宮ハルヒは、今挙げた人物等が異能であることは未知としていた。
 よって、自身が抱いた何かに対する疑念を解消させる布石としての問題提起。それが本件の動機。核心部。
 そしてその心境が変わり、逸れることで、間接的にわたしや古泉一樹、
 朝比奈みくるのような異能と呼ばれる存在の正体を解き明かす方向性へ、涼宮ハルヒは向かっていくと推測される」

一体、探偵ハルヒは俺達をどの程度まで推し量れているんだろうね。
その俺の疑問に長門は僅かに首を捻って黙り込む。どうやら黙秘権を持ち出したようだ。
と、ここで古泉。

「繰り返しとなりますが、概ね怪しいという段階でしょう。
 といっても、最終的には神のみぞ知るとしか申せませんがね」

古泉もお手上げとばかりに辺りの様子を見回している。
人波に潜んだ仲間うちでアイコンタクトでも交わしているのだろうか。
朝比奈さんはというと、クリスマス装飾で彩られた街の様子を、呑気にも好奇露わに楽しまれている御様子だが。

「なるほど、あちらの方向に涼宮さんがいらっしゃるとのことです」

どこから仕入れた情報なのかは不明だが、それを元に古泉が先陣を切って歩きだす。

323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 02:38:16.65 ID:YDzcDW4+0

古泉に誘導されるうち、辺りからは今日という日を祝福するかのようなクリスマスソングが溢れだしてきた。
前日、俺が走り回っていた頃にも同じ曲が掛かっていたのを憶えている。
あの時にはそれを愉しむ暇も余裕もなかったものだが、
こうやってお祭りムードな街中をのんびり遊歩するというのも悪くはないように思える。
ところで団長さんよ、

「こんな所で何やってんだ?」

訊き込み、もとい詰問されていたのか迷惑面を浮かべた通行人に俺が頭を下げ、次いでハルヒに笑い掛ける。
ハルヒはというと余程に虚を衝かれたのか「わっ」と弾かれたように飛び退いたものの、
数瞬で繕って普段通り、きりりとした眉を整え返答してきた。

「あんた達こそなにやってんのよ」
「クリスマスだからな、熱心な団員達は街の様子を視察にきているんだよ」

皆もそれぞれに「どうも」といった旨の挨拶を呈す。

「で、あたしに何か用?」
「一人で寂しそうにしていたから、遊びに誘ってやろうってな」
「馬鹿じゃないの? あたしが寂しがるわけないじゃない」
「そうか?」
「そうよ。とにかく今は忙しいの、後にして」

325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 02:58:30.13 ID:YDzcDW4+0

「ところがどっこい、そうは問屋が卸さないんだよ」

逃げようとしたハルヒの手を強引に掴み、
俺は幼稚園時代から温めていたネタをここにきて持ち出すこととした。

「サンタクロースっているだろ?
 実は俺さ、幼稚園時代にはアレが偽物であることを見抜いていたんだ。
 コスプレしていた園長の動作がどうにも嘘臭いし、一年で一日しか働かないってのも変な話だからな。
 そう、見抜いていた。いや、正確には見抜いていたのだと思いこんでいたと言い換えよう。
 しかし驚く事に今日な、なんと朝起きた俺が靴下を覗くとプレゼントが入っていたんだよ」

正確には俺が起きたのは昼時で、プレゼントは親経由で妹に渡されたものの御裾分けだったのだが。
まあそれもこの際はどうでもいいことだろう。

「俺は思ったんだよな。SOS団たるもの、本物のサンタクロースを探してみるべきだって。
 ほら、本気で探せば見つかるかもしれないだろ? あわよくばプレゼントも貰えるかもしれないぜ?」

語りつつも、自分でも訳の分からないことを口走っているなと笑いそうになってしまう。
けれどもこれはこれで、吹っ切れてしまえば割と楽しめるのかもしれないな。
現に、俺の眼前で珍しくも困ったような表情をするハルヒを眺めていると、そのような感情に心を擽られるから。

「どういう風の吹き回しかしら、あんたの方から誘ってくるなんて。でもね、あたしは忙しいの。
 というかさ……どうせ、あたしの捜査の邪魔をしにきたんでしょ?」
「捜査? 邪魔? なんのことだか」

俺は古泉から学んだ肩竦めのポーズを披露してやる。

329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 03:15:55.24 ID:YDzcDW4+0

「とぼけないでよね。あんた達が何かに噛んでるってことは知っているんだから」

陽光にも劣らないギラリとした眼光を宿らせ、ハルヒが俺へと詰め寄ってくきたので、
雰囲気に押された俺は思わず二三歩ほど後ずさってしまう。にしても、恐ろしく鋭い奴だ。
これから先、このドギツイ視線に耐え続けなければならないと思うと居た堪れなくなってくるぞ。

「さあ、本当のことを言いなさい。昨日、どこで何をしていたの?」

ハルヒが本物の探偵のように、俺達の表情一つすら見落とすまいといった様子で、じっとりと探りを入れてくる。
その自信のありようからするに、この問いは聞き込み結果との差異を目的としているのだろう。
この分じゃあ、下手な嘘は言えそうにないな。ならばこうだ。

「そんなこたぁどうだっていい。俺はサンタクロースの方が気になって仕方がないんだ。
 昨日だってサンタさん探しに全力を尽くしていたくらいだしな。なあ、皆もそう思うだろう?」

振り返る。

「ええ、実は僕も幼少時からの疑問でしてね。後学の為にも是非解明をと」
「あたしも実は、本物のサンタさんの衣装を今後の活動に役立てないなぁ〜なんて」
「……」

最後一名もコクリと同意。
俺は機を得たとばかりに続けた。

「団員一同の願いが聞けないってのか? あぁ、冷たい団長様だ」

332 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 03:32:14.91 ID:YDzcDW4+0

心底から沁み出してしまいそうになる笑みを、俺は必死に抑えようと努める。
それは古泉、長門、朝比奈さんにしたって同様の面持ちであるはずだ。
ただ一人だけ、状況から取り残されたように唸っているハルヒ。
あとはお前だけだな。

「あんた達、本気で言ってんの? サンタなんているわけないじゃないの」
「それは探してみないことにはわからんだろう?
 仮にお前が拒否したって、俺が今までお前にされてきたように、
 無理やりにでも手を引いて付き合わせてやるから考えるだけ無駄ってもんだぞ」

脅迫めいたことを口にする俺も流石にどうかと思うね。
人間、一度火が点いたら止められないってやつなのかもしれない。

それからハルヒは十二分なほどに迷い、唸り、団員達それぞれを窺い、
長く、そりゃはもう長ぁ〜い溜息を一つ吐いてから決断した。

「わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば。
 あたしはアクティブでパラダイスなSOS団の団長なんだからね。
 団員達の願いとあらば、断れるはずもないわ」
「流石は団長、格が違うな」
「うるさい黙れ」

ハルヒがやれやれと頭を振り、今度は長門を主眼に据える。

「風邪は大丈夫なの?」
「……平気」
「そう、なら良かった」

またも溜息。おいおい、そう面倒そうにするなよな。こっちはやる気満々ってのに。

335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 03:57:22.71 ID:YDzcDW4+0

さて、これで本日の団活内容が晴れて決定されたわけだ。
その名もズバリ、『サンタクロース捜索』。わかり易くて実にタイトルだと思わないか?

「どこがよ。もう少し捻った名称くらいは考えておきなさい」
「悪かったな。これでも、お前のネーミングセンスにあやかっただけなんだけど」
「そーですか」
「そーですよ」
「……で、目的地は決まっているの?」
「目的地ねぇ」

古泉、苦笑い。
朝比奈さん、照れ笑い。
長門、微小に首を傾ける。

やれやれ、俺に任せるという塩梅らしいな。
アドリブは苦手なのではあるが致し方あるまい。

「手始めとしてこの近辺からだな。ま、そのうち行き着けるだろうから気長に行こう」
「はぁー……あんたってホント、無計画なのね」
「お前に言われたくはない」
「あたしならもっと上手くやるのに」
「考えるより動くべきだってのが俺のモットーなんだよ。今この瞬間からだけどな」

ハルヒが威勢を失い、萎びた白菜のように黙り込んだ。
こいつは、なかなかに困らせ甲斐のあるやつなのかもしれない。

「さあ、行くぞ」

ぐずるハルヒに先駆け、俺は歩きだす。団員達も待ち兼ねたように俺へと続き、
置いて行かれそうになったハルヒは慌ててその最後尾を辿る並び。

338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 04:27:54.87 ID:YDzcDW4+0

俺が皆を先導していく。
そうしながらもう一度、街の景色を眺めまわした。

普段ならばどこか鬱屈として割り切れない何かを抱えているような街並みも、
この日ばかりは晴天からの日差しも手を貸したことで、隅々までが煌びやかに息吹いており、
日向と日蔭、その陰影もくっきりとしていてコントラストが何処までも映え渡っている。
それらはあまりに俺の心情へと訴え掛けてくる光景なので、直視しすぎれば目が痛くなりそうなほどだ。

次いで俺は、SOS団全員が揃い、連れ立って歩くその様を眺めた。

いつもと同じ、不思議探し。
いつもと違う、真逆の順序。

傍目に見て変わったことと言えば、ただ並び順が変わったという些細なことだ。
けれども明らかに別の、視認することが叶わない深い部分が。
12月24日から25日に掛けてという時間にしては一日に満たない僅かな間に、
随分と変遷を遂げたように感じられる。

それはたぶん、良い方向に。

恐らく、赤い衣装に身を包み、立派な髭を蓄えたサンタクロースとやらは見つからないことだろう。
しかし、もしかするとこの変遷こそがサンタクロースからのプレゼントだったのかもしれない。
少なくとも今の俺は、悪い気がしないのだから。

だとしたら、こう言うしかないだろう?

「メリークリスマス。これからもよろしくな、皆」

本当によろしく頼むぜ、皆。
そして、ハルヒ。お前もな。

339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 04:32:06.62 ID:YDzcDW4+0


団長編/独りきりのクリスマス・イヴ
団員編/皆へのメリークリスマス




347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/12/26(金) 04:44:53.83 ID:YDzcDW4+0

という訳で長きに渡った物語も終了となります
うまいこと感想でも書こうと思ったが、何も浮かばないんでまあそれもいいかな
ひとまず、この大事な2日間を潰してまで付き合ってくれた人達にメリークリスマス
もう26日になっちゃったけどね

ってことで、また今度あった時にはよろしゅうございます
ではさようなら、皆さん
メリークリスマス



ツイート

メニュー
トップ 作品一覧 作者一覧 掲示板 検索 リンク SS:キョン「男女の性器が逆転した世界だと!?」