涼宮ハルヒの選択 - Endless four days - 1週目 4日目 373 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/08(土) 23:09:44.58 ID:J4dircPH0 朝日がカーテンの隙間から漏れて、瞼の裏が白く染まる。 まるで深海で留まっていた気泡が水面に浮上するような、穏やかな目覚め。 薄目を開けて携帯を見れば、そこには確かに4/26と表示されている。約束の日だ。 時間にはまだまだ余裕があった。ベッドから抜け出した俺は特に慌てることもなく、ゆっくりと準備をすることにした。 だが、その前に―― 「まったく、こんな深夜に誰が送ってきたんだ?」 日付を確認したときに発見した、新着メール受信の表示。 受信時刻は0:24であり、丁度俺が眠った直後に来たことになる。 朝食代わりの総菜パンを頬張りながら、片手間にメールを開いてみる。 「……なんだ」 別に未知のメールに心躍らせていたわけじゃあないが、あまりにもつまらない内容に溜息をつく。 果たしてその内容は、宛先が存在しないことを示すエラーメールだった。 しかし俺には昨晩誰かとメールした記憶はなく、それを証明するかのように昨夜のログは真っ白である。 「サーバーのミスってやっぱあるんだなあ……」 と。携帯会社の怠慢に愚痴っていた時だった。 「痛っ……なんだ?」 "――絶対に役に立ちますから 憶えていて欲しいんです――" ザー、というTVの砂嵐のような音が頭蓋骨の中で残響し、急性の偏頭痛が、一瞬だけ俺を襲っていった。 おかしいな。睡眠は十分で精神的肉体的両面で疲労はなく、コンディションは抜群のはずなんだが。 しかし頭痛は一過性のものだったようで、俺は特に気にとめることなく、朝食を続けることにした。 これくらいで頭痛薬を服用しているようじゃ、俺の精神はとっくにパンクしてる。 393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/08(土) 23:31:56.78 ID:J4dircPH0 さて。俺的に一番良いと思う服を選び、髪を軽く整えて鏡の前で風貌を確認すると、 どこか冴えない男が、胡散臭そうに片眉を釣り上げてこちらを見つめていた。誰だコイツは。俺は知らないぞ。 だが、俺の十八番「現実逃避」も、真実を写す鏡には全くの効果ナシである。 でもまあ、これが俺ができる最大限のお洒落なんだし。もしハルヒに 「あんたふざけてんの? 出直してきなさい!」 なんて文句を言われてもしょうがねえよな。 腕時計を見る。8:30に駅前で、というのが約束の内容だった。 まだかなり余裕はあるが……たまにはハルヒを待ちうけるのもいいだろう。 俺は家人にいってきます、と言おうとして、 「ん………」 寝ぼけ眼を擦りつつ階段を下りてきた妹に気がついた。 非常に不味い。ここで妹に捕まったりしたら、まず間違いなく遅刻するだろう。 ハルヒの底冷えした冷笑が眼に浮かぶ。だが、家人に黙って外出するのも気が引けるしな。 よし、ここは―― 1、行ってきますと叫んでダッシュだ。 2、穏便にことを済ませよう。妹には悪いが、帰ってきてから謝ればいいし。 >>397 397 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/08(土) 23:33:14.94 ID:Y5EEHvyI0 1 424 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/08(土) 23:55:58.03 ID:J4dircPH0 ここは――思いっきり叫んでダッシュだ。 下手に隠密行動したところで、嗅覚鋭い妹に効果はない。 俺は軽く息を吸い込み、 「行ってきます!」 近隣住民の方々もびっくりの大声で出発を告げ、玄関を飛び出した。 自己最短記録で愛機に跨り、初速から超スピードで駅前に向かう。 景色が流れていく。振り返っても妹が追いかけてくる気配はない。 ははっ、流石のあいつも、ここまで来たら追いつけまい。俺はしてやったり顔で、軽快にペダルを漕いでいた。 ―――風を切る音に混じる、眠そうな声を聞くまでは。 「キョンくんどこ行くのぉ〜?」 …………まじかよ。 のど元まで迫り上がった溜息を飲み込んで急ブレーキ、180°ドリフトからUターン、自宅に逆行する。 腰に巻き付いて離れない妹を、家においてこなければならない。 約束の時間には大丈夫かって? 間に合うわけねーだろこんちくしょう。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「それで―――もう言い訳は終わりかしら」 虚心坦懐の面持ちで、ハルヒはばっさりと切り捨てた。ここまで信じてもらえないと、いっそ気持ちがいいね。 「言い訳言い訳って、ほんとの話だっつーの」 「妹ちゃんを素材に嘘つくなんて、信じらんないわ」 現在俺は周囲の視線を一身に受けながら、ハルヒの機嫌修復に奮闘中だ。 予定の急行は既に駅を発っており、次の普通電車までは数分の間隔がある。 463 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/09(日) 00:23:09.09 ID:dOB8nj920 「遅れたのは悪かった。この埋め合わせはあっちでちゃんとするから、機嫌直してくれよ」 手を合わせて懇願する。だがそんな俺には目もくれず、 「それも怪しいわね。あたしを待たせるならまだしも、予定時刻に遅れる時点で意識の低さが伺えるわ」 ぷいっ、と顔を背けるハルヒ。やっぱ月並みな科白じゃ駄目か。 俺がどう宥めようかと頭を抱えていると、背広を着た若い男が生温い流し目を送ってきた。 さっきから俺たちの脇を通り過ぎるやつらは、揃いも揃ってこんな視線を向けてくる。 それはクラスメイトがたまに見せるそれと酷似していて、俺は視線を向けられる度に、 通行人とクラスメイトが不可視の共通意識で繋がっているんじゃないかと不安になる。 「どうやったら許してくれるんだ?」 「自分で考えないと意味ないでしょー」 ハルヒは俺の甘えを許さない。物腰は柔らかくなっているから、あともう一押しってところなんだが。 ――よし。ここは逆転の発想で、別の感情でハルヒの怒りの噴出口を塞いでしまおう。 1、相変わらず綺麗な髪だ 2、良い服だな。いつも制服だから新鮮だぜ 3、もしかしてメイク……してるのか? >>470 470 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/09(日) 00:25:11.99 ID:NRYBZl+GO 2 532 名前:ハルヒのコーディネートに時間かかった……[] 投稿日:2007/12/09(日) 01:05:36.25 ID:dOB8nj920 「そ、そういや今日の服、よく似合ってると思う」 「急に何言い出すの?」 「なんかこう、ほら、少女のあどけなさの中に、一抹の大人っぽい女性の雰囲気があるというか」 ダメダメだ。ハルヒみたく毀誉褒貶に慣れていないので、ついどもってしまう。 駅に到着したときに一度見たが、もう一度隈無く見直してみるか。あ、そこ、変態とか言うなよ。 えーっと……黒のチュニックブラウスに、ふんわりとした新雪を連想させる白のウールコート。 春らしいピンクのフレアスカートからすらりと伸びた足は、レザーのロングブーツに収まっている。 軽く開いた胸元に光るダブルモチーフのネックレスが印象的、と。 なんだ。言うことは一つじゃないか。別に小難しい文句を考える必要はない。 こういうのは勢いが大切で、思ってることをそのままそのまま言えば大抵なんとかなる。 「だからさ、俺が言いたいのは……」 「はっきりしなさいよね。もにょもにょ言ってても聞こえな――」 うるさい。お前が静かにしないから言えないんだろ。だから、俺が言いたいのは―― 「お前がとんでもなく綺麗で、そいつと一緒に一日過ごせる俺は幸せ者だな、ってことだ」 一気にまくしたてる。鏡がないから分からないが、たぶん、いや確実に俺は赤面している。 こんな機会は初めてなんだ。少々の初心さは多めに見て欲しいね。俺の賛辞をもろに浴びたハルヒはと言えば、 「え、あ、その」 などと言葉を紡げず、先刻の俺以上に返答に窮していた。混乱した小動物みたいで面白い。 素のままでも十分な秀麗さを誇るハルヒだが、案外直球の褒め言葉を受けた経験は少ないのかもしれないな。 583 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/09(日) 01:42:12.30 ID:dOB8nj920 僅かに髪から露出した小柄な耳が、赤く染まっていく。ハルヒはそれから視線を滅茶苦茶な軌道で泳がせたあと、 「あ……あんたもかっこい―――」 俺に何か言いかけて、その直後ホームに進入してきた電車の音にかき消された。 無機物に殺意を覚えたのはこれが初めてかもしれない。 何故ブレーキの摩擦時にあんな甲高い音が鳴るのだろう。今日も普遍の物理法則に憤りつつ、 「それじゃ、行きますか」 「うん」 俺とハルヒは、並んで電車に乗り込んだ。 車内は、座る場所がちらほら見当たるくらいに空いていた。 テーマパークの正式オープン当日ということで満員を想定していたのだが、 大半の客は一本逃した急行に、ぎゅう詰めになって運ばれていったのだろう。 まさに災い転じて福となる。俺の日頃の善行を、神様は見てくれていたのだろう。いや、冗談抜きで。 「……………」 ハルヒは車窓を飛びすぎる風景を眺めていた。 沈黙が俺たちの間に影を落としていたが、それは温かく、居心地の悪いものではなかった。 なんとなしに、俺も風景を見るフリをして、窓に映ったハルヒの姿を眺めてみる。 そこで、さっきは服ばかりに着目して見抜けなかった、ふたつのことに気がつく。 ハルヒは薄化粧をしていた。黒髪も、まるで一本一本梳ったかのように艶やかだ。 そう、思わず理性を放擲してでも、触れたくなるほどに――― 「あ、キョン! 見えてきたわ。あれじゃない? っていうか、あれしかあり得ないわよね」 ハルヒの声に我に返る。細い指の指す先。そこには、俺が知っているどの遊園地よりも大きなテーマパークがあった。 遠目でもその違いは一目瞭然だ。久しく忘れていた高揚感が、俺の中に生まれ始めていた。 593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/09(日) 01:46:42.50 ID:dOB8nj920 【四日目 朝 テーマパーク到着】 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 20:24:22.37 ID:cKUa0qce0 「ある程度は覚悟してたんだけど、すっごいわね……」 「あぁ……俺の予想を遙かに上回ってる」 人混みに揉まれつつ、最寄駅から徒歩10分。俺とハルヒは二人揃って、嘆息の溜息を吐いていた。 といってもそれは駅からテーマパークまでの道に等間隔に植えられた桜や、凱旋門と比べてもほとんど遜色のない入場門に対してではない。 『いつまでかかってんだ、遅ぇーんだよ!』 『子供がいるんですが、この近くにトイレは――』 俺の視線の先には、まるで砂糖に群がる蟻のように入場門に殺到する群衆の姿があった。 喧々囂々の大混雑である。キャトルズ・ジュイエのシャンゼリゼ通りでも、ここまでの群衆は拝めないだろう。 警備員が個々奮闘しているものの、波となって押し寄せる大群にはあまり功を奏していないようで、 『おい――君たち―――さい!』 『列なんて――どうでも―――なぁ―国木――?』 え? 一瞬だけ、喧噪の中によく知っている声が混じっていた気がして視線を転がす。 既に声主は人波に消えていた。気のせいだったのかもしれない。 「どうする? このままじゃ全部のアトラクションまわるどころか、入場するのもままならないぜ」 ハルヒに問いかける。群衆に興味を失い、意気消沈しているかに思われたハルヒは、 「そうね、確かにこのままじゃ人混みに揉まれて一日が終わっちゃうわ」 しかし大胆不敵な笑みを浮かべ、 「普通の入場方法で入るなら、ね」 まるで大人を出し抜く子供のように、悪戯っぽくそう言った。 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 20:58:53.24 ID:cKUa0qce0 「その言い方からするに、普通の入場方法以外の方法があるみたいだが……初耳だぞ、俺は」 「あんたねぇ、こんな簡単なこと考えなくても分かるでしょ?」 眉を顰めて呆れるハルヒ。その物言いが気に入らなくて、俺は足りない頭を絞る。 前売券はとうの昔にsold outしている。当たり前だ。 俺は気に留めていなかったが、完成が近づくにつれ世間では随分と有名になっていたからな。 とすれば、俺たちが通常方法以外で入場するには、非公式な方法を用いることになる。 例えばそう、テーマパークのオーナー、もしくはそれに準ずる人物とのコネクションを使うとか――そこまで思考を進めて、答えに気づく。 「あぁ、鶴屋さんに頼んだのか」 「よくできました」 光栄だね。だが、その小学生の先生を彷彿とさせる口調はよさないか。 「あたしね、昨日鶴屋さんに会って今日のことを話したの。  前日いきなり押しかけても無理かな、って半分あきらめてたんだけど……  流石はSOS団名誉顧問ね、二つ返事で特別優待チケットをくれたわ」 バッグの中を漁っていた手が止まる。 そしてハルヒは、まるで神秘的な宝物を掲げるように、二枚の紙片を取り出した。 「じゃじゃーん。これで優待パスが貰えるはずよ。あたしに感謝しなさいよね、キョン」 「感謝してるに決まってるだろ。」 素直に謝辞を述べる俺。実際、これがなけりゃ俺たちは延々と待たされることになっていただろうからな。 しかしここで引っかかるのが、昨日の下校時、ハルヒが俺を引っ張っていかなかった理由である。 どーだっていいと言えば別にどーだっていいことなんだが……… 1、やっぱ気になる。聞いてみよう 2、折角ハルヒが用意してくれたんだ。さっさと入場するか。  >>40までに多かったの 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 21:00:19.65 ID:3S0MSM/R0 1 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 21:00:19.81 ID:9tU75C5OO 1 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 21:00:51.59 ID:t95O7jXQO 1 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 21:01:06.63 ID:fc6ubvUJO これは2でしょ! 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/12(水) 21:01:50.04 ID:IH8EySHC0 1 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 21:35:15.33 ID:cKUa0qce0 ……やっぱ気になる。ハルヒらしくない行動には、たとえ小さくとも必ず意味がある。 ハルヒの精神分析医古泉には敵わないものの、俺にだって行動分析くらいはできるのさ。 「適当に聞き流してくれてもいいんだがな。昨日帰るとき、なんで俺に着いてくんな、って言ったんだ?  鶴屋さんに説明するの、お前じゃ大変だったんじゃないのか?」 入場口に向かいながら尋ねてみる。 ハルヒが群衆を割ってずんずんと歩を進める様はモーゼの奇蹟の再現みたいで圧巻だったが、 あれほど密集していた群衆が何故いとも簡単に割れたのかは、疑問にする方が野暮というものだろう。 「あたし一人で十分だと思ったからよ。二人で行く必要性はどこにも見当たらないわ」 実に合理的な意見だ。でも同時に、一人だけで行く理由も見当たらないな。 「……………」 俺の詭弁に腹を立てたのか、ハルヒはぶすっと押し黙った。後ろ姿なので表情は伺えない。 もしかしたらあの後私用があって、その所為で俺と一緒になりたくなかったのかもしれないな―― と、自責の念に苛まれてけていたその時だった。 「へ、変に誤解されたら困るでしょ。こんなこといちいち気にするなんて、馬鹿じゃないのあんた」 前方から声が飛んできた。声質に怒気は含まれておらず、俺はほっと胸を撫で下ろす。 にしても変な誤解って何だ? 聡明な鶴屋さんのことだ、誤解なんて生まれようもないんだが。 「なあハルヒ――」 「連絡が行っていると思うんですけれど……ええ、そうです」 しかし水を向けたときには既に時遅し。ハルヒは制服に身を包んだ受付の人に、先ほどの紙片を見せていた。 やがて新しい二枚の紙片が、俺とハルヒに手渡される。楽しい一日を、という声を背に。俺たちは、終にテーマパーク入場を果たしたのであった。 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 22:03:58.87 ID:cKUa0qce0 「……………」 「わぁ……………」 テーマパーク内に入場してから数分後。 俺とハルヒは、今度こそ感嘆の息をついていた。 まず最初に目に入るのが、踏破できるか不安になるほどの敷地の広大さである。 入場門を背にして左手に臨む山はとても険しく、教えて貰わなければ誰が人工物だと思うだろう。 縦横無尽に張り巡らされた曲線は、ジェットコースターのレールだろうか。あんな軌道が有り得るとすれば、の話だが。 右手に臨むのは、これまた巨大な湖である。湖面は快晴の空を反射して、きらきらと覗色に輝いている。 その情景は、魅入ってしまうほど綺麗に澄んでいて、大自然の湖と比べても遜色がないほどに雄大だった。 大きな波紋を残しながら湖面を散歩している客船には、多くの船客の姿がある。 そして遙か前方に――入場客を待ち受けるようにして傾斜している、自然の丘があった。 距離があるせいではっきりと視認できないが、奥には廃屋に近い古い建物が見える。あれもアトラクションの一つなのだろうか? 「とりあえずどこ行くか決めましょ。効率よくまわっていかないと、時間なんてあっという間だし」 無料配布のフィールドマップが広げられる。 アトラクションを示す赤点はそれこそ無数に点在し、非常に盛況しているセレモニー当日、 待ち時間を考慮すれば全部まわる事なんて夢のまた夢なのだが…… ハルヒと俺には、そんなアノマリーをいとも簡単に解決する、魔法のチケットがあった。 言わずもがな、先ほど紙片と交換した「特待パスポート」である。 説明は不要だろうが、このパスポートさえあれば、俺たちは待ち時間を吹き飛ばして全てのアトラクションを体験することができる。 これでますます、鶴屋さんには頭が上がらなくなったな。 「ねえキョン、あんたは一番最初に行きたいところってある?」 さて――瞳を小さな子供のように輝かせているハルヒが俺の返事を待っていることだし、 そろそろ、記念すべきテーマパーク第一号のアトラクションを決めるとしますか。 「なあハルヒ(    )はどうだ?」    >>84 自由記述 ただしテーマパークにありそうなのに限る 84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 22:06:36.07 ID:fc6ubvUJO おばけ屋敷 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 22:33:43.43 ID:cKUa0qce0 「ハルヒ、幽霊屋敷なんてどうだ? ほらこれ、Hill of deadlineってやつだ」 「この丘の上にあるヤツかしら」 フィールドマップから丘の方へ視線を移し、目を細めるハルヒ。 この距離じゃ見えないだろうに。ハルヒはしばし緘黙した後、 「最初から幽霊屋敷に行くってていうのはどうかしら」 躊躇の気配を見せたハルヒに、加虐心がそそられる。なあ、お前もしかして―― 「さっさと行くわよ!」 唇を堅く引き結んで、奮然と歩き始めるハルヒ。お前の意気込みはよく分かったよ。 でもな、一応いっとくと、直通の巡航バスのバス停はそっちと真逆方向だぜ。 いや、お前が丘まで踏破するというのなら止めはしないんだが。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― バスの凝った内装に感心しつつ、窓から見えるテーマパークの景観に今一度感動しつつ、 ほぼ無振動の快適なバスの旅を終えた俺たちは、 「……まるで何処かの廃墟をそのまま運んできたみたいね」 快晴の空の下だというのに、まるで豪雨に打たれて崩壊寸前のような廃館の前に佇んでいた。 内奥から滲み出るような不気味さ。ここら一帯だけ、空気が重い。バスに引き返す客もいるほどだ。 間近に見るまでは屋敷攻略の自信に満ちあふれていた俺だったが、今ではその気概も衰えつつあった。 なあハルヒ、確かに一発目からお化け屋敷は難があったのかもしれん。俺は一時撤退を進言しようとし、 「ふぅん、面白そうじゃない」 111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 23:02:35.96 ID:cKUa0qce0 それが不可能になってしまったことを悟った。 後悔先に立たず。調子に乗って幽霊屋敷を提案した十数分前の自分を説教したい。 お前はいったい、何を考えていたのかと。それからハルヒ大胆不敵な笑みを覗かせて、 「ここまできたら引き返せないわ。  そうね、あたしたちが最短でこの館を攻略するのよ。  幽霊やお化けなんてぶっ飛ばしてやるわ。所詮つくりものよ。つ、く、り、も、の」 廃館の入口に向かって歩き始める。仕方なく後に続く。 どれだけ幽霊屋敷が不気味であろうとも、怖いモノ好きの人間はたくさんいるようで、 入口には末尾が判別できないほどの行列ができていたが、 「おふたりですね。それでは此方の道をお進み下さい」 係員に誘導されるまま、俺たちは一秒も待つことなく館の中に足を踏み入れることができた。 無防備な俺の背中に、何百本という鋭利な視線が突き刺さる。ちらっと振り向けば、そこには恨めしげにこちらを見据える待機客が。 ……そう怒るなよ。俺だって順番を譲ってやりたいくらいなんだ。 ま、仮初の非日常性に嬉々としているハルヒが、考えを改めてくれるのは万に一つもありえないんだけどさ。 「それでは、ここからは自由にお進み下さい。無事の帰還を」 中央ホールのようなところで、係員が足を止めた。先導は終わりのようだ。深々と一礼して去っていった。 「なんかリアリティあっていいわね。それっぽい雰囲気が出てるわ」 二人きりになったホールで、ハルヒが呟く。所々破けた壁紙の上には、絵画がいくつも飾られていた。 性質の悪いことにどれもこれも人物画だ。絵の中の瞳が動くはずないのに、監視されているような錯覚に陥る。 先に進もう。留まっていても仕方がない。閉ざされた来た道とは別に、ドアが3つ並んでいる。 マンションのドアのような、金属質のドア。押しただけで脆く壊れてしまいそうな木製のドア。そして比較的真新しい、真鍮製のノブがついたドア。 114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/12(水) 23:07:17.94 ID:cKUa0qce0 「どれにしようか迷うわ。キョン、あんたが決めていいわよ」 気色の違う三つのドアを前に、気軽に選択権を譲渡するハルヒ。 決めるのはいいが、後で文句言っても受け付けないからな。 ここは――― 1、マンションのドアのような、金属質のドア 2、押しただけで脆く壊れてしまいそうな木製のドア 3、比較的真新しい、真鍮製のノブがついたドア に進もう。 >>125 125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/12(水) 23:11:01.94 ID:VBw1a2P+0 2 135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 00:13:13.66 ID:auBZ9bfH0 ここは真ん中の、押しただけで壊れてしまいそうなドアにしよう。 大きく亀裂の入ったからは今にも屍の手が突き破って来そうだし、 ドアノブの鍵穴からは怨霊の息づかいが聞こえてきそうだし、これぞ幽霊屋敷、って感じがする。 さっきまで怖じ気づいてたのにどういった心境の変化だ、と思われた方もいるだろう。 その方の為に説明するならば、恐怖心なんてのは、心のあり方によっていくらでもコントロールできるのだ。 最悪の未来を予測するから、あり得ない平穏無事な道程を期待するから、怖くなるのである。 だから俺は気持ちを切り替えて、飄々とした態度で幽霊屋敷攻略に臨んでいる―――というのは勿論嘘。 「じゃあこのボロいヤツにしようぜ」 「そうね、あたしもそれがいいな、って思ったの。じゃ、行きましょう」 「どうした、足が止まってるぞ」 「あたしはあんたの後ろでいいわ。後方警戒は任せなさい」 先行させようと背中を押すハルヒに、形だけの抵抗を見せて、 「それじゃ、開けるぞ」 俺はゆっくりとドアノブを回した。ギィィ、と独特の嫌な音を響かせてドアが開く。 広がった視界に洋風の広間が現れる。傷んだソファとテーブルは壁際の暖炉に照らされて、橙色に染まっていた。 あくまで憶測だが、談話室、といったところだろうか。 「洋館、って感じね。でもこの部屋からどこかに通じるドアはないわ」 「何処かに隠し扉があるんだろ」 「あら、考えてることは一緒だったのね」 探偵よろしく視線をあちらこちらに走らせるハルヒ。 でもなハルヒよ、実際に部屋のオブジェに触らず見ているだけならそれは調査じゃない。ただの観察だ。 「う、うるさいわね。そういうのはあんたの仕事でしょう」 142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 00:23:52.05 ID:auBZ9bfH0 そうかい、と返してもう一度部屋を見渡してみる。闇雲に調べてもキリがない。 最初の部屋からどん詰まり、ってことはないだろうから、隠し扉を見つけるヒントがあるはずだ。 まずは―― 1、テーブルの上の写真立てに注目する。 2、ガラス張りの棚に注目する。 3、本棚に注目する 4、暖炉に注目する >>145 145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/13(木) 00:24:52.58 ID:Zd1ynlc90 1+2 = 3 153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 00:39:30.59 ID:auBZ9bfH0 壁にはたくさんの書物が陳列されている本棚があった。 背表紙は俺の知らない言語で書かれており(少なくとも日本語や英語ではない)なんの本かは分からない。 「でもま、中身見たら何か分かるかもしれないし」 一冊抜いてみる。抜いた刹那は身構えたものの、何かが作動した気配はなかった。 今ちょっと警戒してたでしょ、なんてからかってくるハルヒはおいといて本を開く。 相変わらず中の頁も俺の知らない数式と文字ばかり。既知の情報は何もない――と、本を閉じかけたその時だった。 「なんだよこれ……」 俺の目にとまったのは、一枚の挿絵だった。 複数の動物の特徴を継ぎ合わせたような怪物が、苦しそうに悶えている。 キメラ、か。耳にしたことはあるが、そんな空想の産物が、何故こんな学術書に? 俺はしばらくそれに魅入っていたが、 「なんか見つけたの?」 ハルヒの弾んだ声で、我に返った。慌てて本を元の位置に戻す。 「いや、特に手がかりはなかったぜ」 「そう。あ、今思い出したんだけどね。この館主の設定に、何かの研究してる、ってのがあったのよ。  どんな研究してたのか、キョンは興味ない?」 「いや、別にないな………」 いやな妄想を振り払いつつ、俺は手がかり探しに戻ることにした。 1、テーブルの上の写真立てに注目する。 2、ガラス張りの棚に注目する 3、暖炉に注目する        >>155 155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/13(木) 00:39:56.69 ID:ewtkYurM0 1 163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 01:11:08.96 ID:auBZ9bfH0 視線を手近なものに移す。ハルヒの座るソファの前―― 傷だらけのテーブルの上には、暖炉の炎に煌めく写真立てがあった。 セピア調のぼろぼろの写真が入っている。 「相当昔の写真でしょうね、それ」 「みたいだな。これに写っているのは誰なんだろう?」 ハルヒは暫く考え込むそぶりを見せてから 「ここの館主じゃないの。一人暮らしだったみたいだけど」 「どうしてそう思うんだ?」 「だって。ソファとテーブルは一組しかないし、暖炉も部屋全体を暖めるには不十分な大きさだわ。  一人が近くに寄って暖を取るぐらいしかできないでしょうね」 ふむ。ハルヒの推理はもっともだ。 淡泊なアンティークから推測するに、館主――いや博士と呼ぶべきか――は奥さんも子供もいなかったのだろう。 研究に人生を注ぐとは、なんともストイックな生き方だね。寂しい人生と言えばそれまでだが。 設定上の人物に想いを馳せながら、俺は最後に残していたガラス張りの棚をチェックすることにした。 ガラス扉はロックされていて開くことはできないものの、収納されているモノを見ることはできる。 ――綺麗なコーヒーカップが三つに、ポットが一つか。 「………ん?」 突如、強烈な違和感が俺の脳髄を走り抜ける。おかしい。 決定的な何かが俺に異常を伝えている。いくつもの情報が、錯綜する。 廃墟となった館。一人暮らしだった博士。小さな暖炉。3つの綺麗なコーヒーカップ。そして館の何処かで行われていたという研究―― 全てが、繋がる音がした。未だに答えが分からないのか、不思議そうに首を傾げているハルヒに教えてやる。 「研究室への入口はこの裏だよ。手伝ってくれ、俺だけじゃ少し重い」 170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 01:34:35.91 ID:auBZ9bfH0 「どうしてそんなことが分かるわけ? ちゃんと説明しなさいよ」 俺が隠し部屋を見つけてしまったことが不満なのか、ハルヒは頬をふくらませている。 教えを請うときは行儀良くするもんだぜ。ま、元より全部説明するつもりだったんだから結果に変わりはないが。 「博士は何かの研究をしている。でもその研究内容は明かされていない。どうしてだと思う?」 「さあ。生涯をかけた研究だもの、発表したくなかったんじゃないの」 ハルヒは投げやりに答えつつ、ガラス棚の左側に手を添えた。 「違うよ。恐らく博士は、発表できないような研究をしていたのさ」 「発表できない研究って……」 「それは後で教えてやる。  博士は一人暮らしだ。それはあの褪せた写真と、この部屋のオブジェがほぼ証明してるよな」 「ええ、それはあたしにも分かったわ」 と、ここで俺は先ほどのハルヒよろしく、ジェスチャーで探偵を演出しながら、 「じゃあ何故、一人暮らしの博士の館に、コーヒーカップが3つもあるんだ?  しかも一度も使われていない、綺麗なままで」 「あ!」 驚きにぱかーんと口を開くハルヒ。大口開いてることを指摘しつつ、俺は棚をゆっくりとスライドさせた。 「このガラス棚は、研究室への隠し扉を隠すためだけに設置されていたんだよ」 最後によいしょと押し切って、棚を完全に元位置からずらす。果たしてそこには、壁に窪むような形で奥に続く道があった。 暖炉の炎が届かない、薄闇の世界への入口だ。俺はハルヒの耳元に、声を殺すようにして囁いた。 「ここから先が本番だ。博士が研究してたのはな、たぶん人体実験だ。研究室にはキメラが待ってるかもしれないぜ?」 178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 01:53:17.66 ID:auBZ9bfH0 びくり、と身を震わせるハルヒ。いつのまにか俺の心に巣くっていた恐怖心は消えていた。 そしてその代わりと言っちゃあなんだが、ハルヒが怖がる様子を見てみたい、なんて背徳的感情を抱いている自分がいて。 「行こう。来た道は閉ざされてるんだ、脱出するには進むしかない」 「ええ、そうね……」 先刻同様俺を先頭に、隠し通路に足を踏み入れる。 僅かな感触を腕に感じて振り向けば、ハルヒが小さく袖をつまんでいた。 「どうしたんだ、今になって怖くなったのか?」 「暗いからはぐれないようにしてるだけよ。SOS団団長のあたしに、怖いモノなんてないわ」 「そうかい」 拗ねたように顔を背けるハルヒに、不意打ちを食らう。 庇護欲をそそる仕草は朝比奈さんの専売特許だったのにな。 「安心しろ、俺が――」 虚勢を張っているハルヒを宥めようと、俺が声をかけようとしたその時。 後ろから微弱な光をもたらしてくれていた暖炉の炎が、急速に弱まっていき……フッ、と消える。 そして同時に……カーペットをずるずると這い回るような音が聞こえてくる。暗闇の中でも分かるのは、それが人間じゃない、ということ。 「――ッ」 ハルヒの袖をつまむ力が、一層、強くなった。 74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 20:43:15.36 ID:La+IXiXH0 「パニックになるな。俺が先導してやるから」 ぎゅっと目を瞑っているハルヒにそう言い聞かせ、壁伝いに通路を進んでいく。 這いずる音は、だんだんこちらに近づいてきていた。 足下に気をつけながら10mほど歩いたとき、俺の手が、壁とは違う金属製のドアに触れた。 独特のザラザラとした感触。表面は酷く錆び付いている。 「先に入れ」 「え………なに、きゃっ!」 重いドアを押し開き、驚きに目を見開いたハルヒを放り込む。後で「女の子を手荒に扱うな!」などと小言を食らうのは必至だが、 男の俺が先に安全圏に逃げ切る事なんてできないし、こうするしかなかったんだ――って、俺は一体誰に弁解しているんだろうね。 「ハッ………ハッ………」 喘ぐような呼吸音とともに、這いずる音が間近に迫ってくる。 だが、いよいよ俺の立ち位置に接するといった刹那――追跡の気配が一転し、静寂が訪れた。 ここで相対しているのが捕食者なら、とっくに襲われて血肉を貪られている距離。暗闇に慣れてきていた目を、更に凝らす。 「……なるほどね」 ―――――――――――――――――――――――――――――― 錆び付いたドアを開けると、脇から白い何かが飛び出してきてきた。幽霊みたいに顔を青白くしたそいつは、一瞬でドアを閉鎖した後、 「もう、なんですぐにこっちに戻ってこなかったのよ!」 どうやら一人にしてしまったことにご立腹のようである。悪い悪い、ちょっと手間取ってな。でも団員の身を案じるなんてお前らしくないじゃないか。 「俺が怪物に丸呑みされたんじゃないか、とかゾンビに襲われてるんじゃないか、なんてB級ホラーレベルの想像でもしてたのか?」 83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 21:12:56.36 ID:La+IXiXH0 「そんな子供みたいなこと考えるわけないでしょ!  第一ね、化け物なんて生物学的に存在し得ないし、幽霊とか霊障の類は科学的に解明できるってこの前TVで……」 舌鋒鋭く「お化けはいない」と主張するハルヒに、俺は辟易せざるを得なかった。 あれだけ常日頃から盲目的に未確認生物の存在を信じているお前が、こうも簡単に持論を曲げるとはね。 「お前この前まで幽霊がいたらいいわね、とかなんとか言ってなかっけ?」 「それはあくまで希望的観測よ。いたらいいな、とは思うけど」 最近修得した現実的観念を披露されても、正直どう反応すればいいのか困るね。 お前の言い分を吟味すれば、お前はお化けを信じていないが故に、この状況に全く恐怖を抱いていない、ということになるんだが。 「あったりまえじゃない。何度も言うけどね。あたしに怖いモノなんてないのよ」 ハルヒは中空を睨みつつ、自分に言い聞かせるようにいった。 「大した自信じゃねえか……でもさ、ハルヒ」 袖をつままれたまま言われても、説得力は皆無なんだよな。今更ながらに、それを指摘する。 「…………!!」 途端、ハルヒは放り捨てるように俺の腕から離れた。おいおい、何もそこまで過剰反応することねえだろ。 「もしかして無意識下の行動だったのか?」 「………」 ハルヒは喋らず俯いている。無言を貫き通す所存のようだ。 素直になれない団長様にやれやれ、と溜息をつきつつ、俺は辺りを見渡した。 談話室の隠し通路からドアを抜けた先。今現在俺の視界は、闇に塗り替えられた白で埋め尽くされている。 91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 21:27:29.90 ID:La+IXiXH0 白い壁。白い床。白い天井――。俺は知った。 夥しい白色がもたらすのは清冽さでも清潔さでも清廉さでもなく、純粋な嫌悪感なのだと。 天井に蛍光灯は等間隔でならんでいるものの、それら例外なく切れていて、 光源といえば非常用の常夜灯のみ。緑色の光が、不気味に廊下を照らしている。 「まさに秘密の研究室、って感じだな」 「そうね……」 リノリウムの床が、乾いた足音を反響させる。 ハルヒの口数は目に見えて減っていた。いつの間にか俺の袖は再びハルヒのものになっていたが、 ここでハルヒをからかうほど、俺は鈍い男ではない。もしこれ以上ハルヒの矜持を傷つけたら、二度と口聞いて貰えなさそうだし。 さて―――どこに進もう? 1、通路を直進した先に、非常灯に照らされたドアがある。脱出できるかもしれない。 2、通路はこの先二手に分かれている。右に行こう。 3、通路はこの先二手に分かれている。左に行こう >>95 95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 21:29:59.30 ID:C83CHjHqO 3 113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 22:07:21.43 ID:La+IXiXH0 白い通路を進むと、三叉路となっていた。 非常灯に一際明るく照らされたドアが、直進したところの突き当たりにある。 左右に分かれた通路は左右対称に設計されたのだろう、見た感じまったく同じで、違いが分からい。 「隠し通路を見つけるのにもあれだけ手間がかかったんだ。ここにも仕掛けが容易されてるに違いない。  とりあえず虱潰しに調べてみようぜ」 左の通路に進むことにする。論理的根拠は何もない、ただの勘だ。乗り気になってきた俺とは対照的に、 「脱出できそうな扉があるのにわざわざ行くことないじゃない? ほら、あたしはもう十分楽しんだし……」 ハルヒは全く気乗りしないようだったが、 「じゃあ一人で待ってろ。すぐに戻るから」 「行くわ」 考えを改めたのか、俺の"後方警戒"を担当することを勝手に決めて袖をつまみなおした。 どうやらハルヒの脳内では「ひとりぼっち>畏怖対象との邂逅」という不等式が完全に成り立っているようだ。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 「―――なによ、これ」 ゴクリ、と生唾を飲み込む音。それはハルヒの白皙の喉から漏れ出したものだ。 瞳孔を大きく開いて、ハルヒは白骨死体を眺めていた。 その様子は一見、眼前の光景に魅入っているようだったが、俺にはハルヒが今にも逃げ出したがっていることが分かっていた。 「どうも殺されたみたいだな。こいつが博士の死体かどうかは判別できないが」 骸骨は壁に凭れるようにして眠っていた。辺りにこびり付いた血痕は、死体の死因が自殺でないことを物語っている。 124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 22:34:40.76 ID:La+IXiXH0 左の通路の先にあったのは、博士の私室だった。 ドアには鍵がかかっていようだったが、ドアノブごと破壊されていたので進入することができた。 「日記、か?」 白骨死体から目を逸らし、机の上に置かれた本を手に取る。 先ほどの談話室で手に取った専門書と違い、筆記された文字は全て英語だったが…… 残念なことに、俺は英語が得意なわけでもない。最後の頁の走り書きに至っては、文字かどうかも疑わしいほどに歪んでいた。 「やつが逃げ出した、ってどういうことかしら」 突然、俺の肩から身を乗り出してハルヒが言った。あぁ、お前ならこの程度の筆記体は読めて当然だよな。 博士の研究は人体実験に関することだった。ということは、逃げ出したっていうのはその実験体のことだろうか。 しかもこれは憶測だが、博士を殺したのも、その実験体だったりしてな。 「縁起でもないこと言わないでよね」 俺から体を離して、部屋の入口に向かうハルヒ。日記を閉じて、その後を追う。 逃げ出したというヤツとは十中八九談話室に潜んでいたやつだろう、という推理は内緒にしたまま、俺はハルヒに袖を貸した。 博士の私室を出て三叉路に戻ってきた。未調査の道は、来た道を背にして直進と右折の二つ。 ここは―― 1、直進しよう。非常灯に照らされたドアがある。 2、右の通路を進もう。 >>128 128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 22:36:51.40 ID:WDm6l/dUO 1 140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/13(木) 22:55:39.31 ID:La+IXiXH0 俺がどちらの道に進もうかと思い悩んでいると、ふいに袖が強く引っ張られた。 ちょっと待て、せめてゆっくり歩いてくれないか。幾度となく引き伸ばされている服の繊維が悲鳴を上げてるんだ。 「駄目よ、もうたくさんだわ。あたしは十分楽しんだし、あんたも十分楽しんだでしょ!」 ハルヒは俺の懇願を一刀両断した後、三叉路の真ん中の道を確固たる目的の下行進し、 「これでこの廃館ともおさらばね」 希望に満ちた様子でドアを開けた―――はずだった。 がちゃがちゃ。無情な金属音が、非常灯に照らされた空気を伝わってハルヒに届く。 「あー、非常に残念なんだが……ハルヒ、これを見てくれ」 コンコン。俺は右手の甲で通路の側面に設置されたディスプレイをたたき、 「ロックされているみたいだ。ほら、ランプが赤だろ。  コンピュータで制御されてるだろうから、お前の十八番、蹴破りも効果は薄いと思うぜ」 「そのコンピュータってのは何処にあるのよ……」 絶望感に苛まれた、乾ききった声。俺は自分が非道いなあ、と自覚しながらも淡々と推量を述べた。 「調べてないトコは一つだ。右の通路の先――恐らく研究室だが、そこにコンピュータがあるんじゃないかと予想するね。俺は」 171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 00:35:52.06 ID:cJ28/Ryh0 ハルヒを半ば引きずるようにして、右の通路を進む。 予想通り、この隠しフロアは三叉路の真ん中の道を中心にして、左右対称に設計されていた。 もっとも――研究室の中までが、博士の私室と同様であるとは考えられないが。 研究室の前で足を止める。厚みのあるドアは、十数cmほど開いたままになっていた。 物音を立てないよう、慎重に足を踏み入れる。 「惨状ね……滅茶苦茶だわ」 果たして。研究室の中は、まるで台風に直接曝されたみたいな様相を呈していた。 研究に使用されていたと思われる器具――試験管や三角フラスコなど――は尽く破損していて原形をとどめておらず、 貴重な書類と思われる紙束は、机の上に散乱している。ラボの側壁の三分の二ほどを占めるガラスには、幾本もの罅が入っていた。 ガラスはくすんでいたが、辛うじて向こうを透視することができた。正方形の空間が広がっている。 そしてその空間の側面には三つの窪みがあり、鉄格子がはめられていた。 「どう、コンピュータは見つかった?」 控えめなハルヒの声。作り込まれたディティールに感心していた俺はざっと研究室を観察し、 「ん……ああ、これのことじゃないかな。ご丁寧にプログラムまで起動されてるし」 YesとNoが表示されているウィンドウを指さした。光源の曖昧な閉鎖空間のようなこの研究室で、ディスプレイだけが機械的な光を放っている。 「押してみろよ」 「あんたが押しなさいよ」 「いや、遠慮しとく。俺はまだこの研究室に興味があるし」 俺は内心でハルヒの反応を心待ちにしながら、期待に胸を高鳴らせていた。 おそらく。この先に待ち受けるのは、オーソドックスなストーリーに沿ったありがちな展開だ。ハルヒもそれは重々承知しているはず。 だが、俺にはすぐにここを脱出する気は毛頭ない(ということにしている)。 一向に解除プログラムを起動させようとしない俺に痺れを切らしたハルヒは――必然的に、己の手でマウスを動かすことになる。 178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 01:05:14.08 ID:cJ28/Ryh0 「押すわよ。押したらすぐに走るからね」 小さな手が、まるで爆発物に触るようにマウスを動かし、カーソルがYesに重なる。 「…………」 カチリ。承認を示す画面が表示される。異常事態は起らない。 「杞憂だったみたいね。それじゃちゃっちゃと脱出しましょ」 ハルヒは安堵の溜息をついて余裕の態度を取り繕うとし、 「な、なにあれ――」 表情を凍り付かせたまま、ガラス壁を呆然と見つめていた。ほう、ようやくのおでましか。 鉄格子から解放された異形の獣が――ガラス越しで輪郭は曖昧だが――最短距離を駆け抜けてこちらに向かってくる。 「キョンっ!」 ミシリ、という心許ない軋みを上げて、ガラスが揺れた。衝突したそれは跳ね返り、再び距離をとって突進する。 防護ガラスの耐久値は計りかねるが、精々あと数度の衝突持てば良い方だろう。 「…………やだ、やだぁ」 と。俺は今更ながらに、俺の腕にしがみついているハルヒに気がついた。 それはまるで、寓話のお化けを畏れる子供のように。純粋に庇護を求めるハルヒに、心が揺れ動く。 「ここにいてもいずれガラスは破られる。さっきの扉に戻ろう」 狂ったような奇声を上げている獣の輪郭を背に、俺たちは研究室を後にした。ドアを堅く閉めた瞬間、ガラスの破られた音が壁越しに空気を震わせた。 187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 01:38:50.61 ID:cJ28/Ryh0 ――――――――――――――――――――――――――――――― 「はぁ、はぁっ………」 扉まで全力疾走した所為か、ぷつりと緊張の糸が切れた所為か。 ロックが解除された扉の向こう側で、俺は呼吸が荒いハルヒの背中をさすって、息を整えるのを手伝ってやっていた。 扉はといえば、ハルヒに神速で密閉された後、微動だにしていない。"怪物"もあきらめたのかも知れないね。 「はぁ……もう大丈夫よ。ありがと」 「この下がたぶん出口だ。もう歩けるか?」 こく、とハルヒは頷いた。繋いでいた手を引いて、終わりの見えない階段を下っていく。 何故腕に絡ませていたハルヒの腕を解いて、手を引く形になっているのかといえば、 密着率の高いその手法のまま歩けばハルヒの女性を誇張する部分が俺の腕に当たってしまい、 折角の廃館攻略達成という穏やかな雰囲気を邪念が破壊してしまう危険性を多々孕んでいるからで――話が横道に逸れた。 軌道修正を試みる。 「お前的には、このお化け屋敷はどうだった?」 「……こんなに怖い思いしたのは久しぶりよ。あたしが小学校低学年の時に見た悪夢よりも怖かったわ」 答えは聞かずとも分かっていた。一度さらけ出した後は自分の気持ちに正直なのが、ハルヒである。 この期に及んで強がっていたら、それはそれで尊敬するけどな。 「ねえ。あんたは怖くなかったの?」 階段が中盤にさしかかったとき。ハルヒは拗ねたように唇を尖らせて呟いた。 廃館に入ってから出るまでを反芻する。館探検に恐怖を伴っていたのは――実質、隠し通路を抜けるまでだった。 談話室と隠しフロアを結ぶドアの前。そこで這いずってこちらに近づいてきたモノを確認したとき、俺の中の畏れは消えた。 立体音響、特殊加工されたシリコンに、再現度の極めて高い血痕、 そして絶妙のタイミングを以て登場した、実験生物の挙動を再現する移動機械。冷静に観察すれば、その正体は暴かれているも同じだ。 195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 02:17:57.38 ID:cJ28/Ryh0 「じゃあ……あのガラスにもなんか仕組みがあったわけ?」 氷解しない疑問を、次々に俺にぶつけてくるハルヒ。 くもったガラスは実験動物に扮した移動機械の不自然な挙動を誤魔化すためだ。 輪郭が朧気なら、パニック状態の人間はほぼ確実に最悪の方向に勘違いするだろうしな。 「あたし、あんたの洞察力を過小評価してたみたいね」 珍しく俺を褒めたハルヒに驚いて視線をやると、頬が上気していた。 「そう……これは団長としてなんだけど……頼れる団員になったというか、なんというか……」 しかも羅列された言葉は支離滅裂だ。自然、俺は優しく声を掛けた。どうした、まださっきまでの興奮が抜けきってないのか? 「前言撤回。あんたはどうしようもなく鈍くて、唐変木で、朴念仁よ」 あまりの温度差に背筋が震える。俺は心配したつもりだったのが、ハルヒには余計な一言だったらしい。 ハルヒの体が纏っていた婉然な空気は塵と消え失せ、今では静かな怒りの炎が燃えていた。 まったく……あの小さな子供のように愛らしかったハルヒは、一体何処にいったんだろうね? にしても、だ。階段を下りながら、思考に耽る。 もし仮にこのやけに凝った廃館のギミックを解明できていなかったとしても――俺には泰然自若と超常現象を受け入れる自信があった。 確かに未知への畏怖はあっただろうが、いざ異形のモノと相対すれば、落ち着いて行動を選べたはずだ。 俺には一般人とは決定的に違う部分がある。それは、圧倒的な経験の差だ。外宇宙生命体(カマドウマ)と邂逅を果たしてみろ、 あんな実験動物なんて可愛いモグラに見えるね。俺を驚かそうなんて、並の魑魅魍魎じゃ永劫叶わない夢だろうさ。 だからさ、ハルヒ。洞察力とかそんなの関係なく……俺はいつだって、お前を守ってやることができるんだぜ? 「もうそろそろか」 「長かったわねー……なんか一日分の気力を使い果たしたみたい…………でも、」 「でも?」 「なんだかんだ言って、楽しかったわ」 人工ではない、透き通った光が眼下を照らしている。俺たち二人は、喜び勇んで出口に走った。 周囲の客の視線も気にせずに、随感の思いで新鮮な空気を吸い込む。乾いた空気に傷んでいた肺が、蘇る。 廃館攻略を開始してから40分、俺たちはようやく脱出した。―――繋がれた手は、そのままに。 298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 19:19:22.78 ID:dKg07nL70 出口付近で一礼してくれた係員に会釈を返して、俺たちは人並みに溶け込んだ。 時刻は11時前。高く昇った陽の光に、瞳孔が収縮する。横を見れば、ハルヒも眩しそうに目を細めていた。 「意識してなかったけど、かなり歩いてたみたいね、あたしたち」 「丘の麓まで下ってきたわけか……」 後方に視線をやれば、小さく廃館が見えた。入口に立った時と変わらぬ不気味さを醸している。 今頃館主は、ハルヒと俺の反応に思い出し笑いしながら、新たな侵入者を迎えているのだろう。 「次はどうする? 想像してたより一発目が凄かったから、休憩してもかまわないけど」 ハルヒらしくない消極的な意見に、一瞬面食らった。 俺は肉体的精神的ともにまだまだ元気いっぱいだが、お前が小休止したいなら全然構わないぜ。 「それでこそSOS団員第一号ね。あたしはちっとも疲れてないわよ」 当たり前でしょ、と言わんばかりに胸を張るハルヒ。 俺は幽霊屋敷でのハルヒの恐がりっぷりをからかおうとして、閉口した。 どうせからかうなら、古泉や長門の前での方が二倍楽しめそうだ。リスクも二倍になる諸刃の剣だが。 さて―― 片手で器用に広げられたフィールドマップに、視線を落とす。 次は何処へ行こう? 1、アトラクション自由記述「」 2、ん? マスコットキャラクタに人だかりができている 3、小腹が空いたな。何か買うか。 >>305 305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 19:24:11.11 ID:TGKVEg+m0 2 315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 19:51:14.34 ID:dKg07nL70 現在地から徒歩三分以内で尚かつ二人で楽しめそうなアトラクションを検索していると、 いきなりフィールドマップが取り上げられた。なんだ、気になるアトラクションでも発見したのか? 「キョン、あの人集りはなにかしら? 気にならない?」 「見せ物屋か、マスコットキャラクターでも現れてるんじゃないか」 こういった催しは神出鬼没だ。よって、現れた瞬間に人々の注目の的となる。 ハルヒはしばらくぴょこぴょこ背伸びをしていたが、肝心の人集りの中心までは見えなかったようで、 「行くわよ。アトラクションは逃げないけど、ああいう面白そうなことは追っかけなくちゃ逃げてくからね」 俺の手を引いて駆けだした。 人集りの中心がこちらに気づいて逃げ出すわけもなし、なにも全力疾走することないだろうに。 しかしそんな諌言虚しく、ハルヒは遠巻きの人たちをなぎ倒しながら(語弊があるが概ね正しい)人混みに接近していく。 俺はハルヒという名の暴走機関車に撥ねられた人々に冥福を祈りながら、 はて、このテーマパークのマスコットキャラクターはなんだったっけなあ、なんてことをのんびりと考えていたのだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 「めがっさにょろにょろ!」 『キャーカワイイー!!』 『にょろにょろだってー口癖なのかなぁ?』 ……………………………。 さて。まず俺が衝撃のあまり状況描写をおろそかにし、長門並みの三点リーダ羅列してしまったことを、深くお詫びしたいと思う。 明晰な方ならもうお分かりだろう。人混み最前線に駆けつけた俺たちが目にしたもの。 それは、鶴屋さんをそのままデフォルメしたとしか考えられない、人懐こい笑みを浮かべたマスコットキャラクターであった。 325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 20:11:31.90 ID:dKg07nL70 「鶴屋さんのお父さん、かなり子煩悩な方なんでしょうね」 「言えてる」 いったいこの世の何処に自分が建設したテーマパークのマスコットに、 愛娘のデフォルメキャラクターを選ぶ親がいるのだろう。ま、現在俺はその実例を目の当たりにしているわけだが。 ハルヒといえば唖然とした面持ちで、マスコットキャラクターが愛嬌を振りまく様子を眺めている。 「今日は楽しんでいって欲しいにょろ!」 わぁーい、と歓声を上げて握手を求める子供たち。評判は上々のようである。 「中に入ってるの、本物の鶴屋さんかしら」 周囲に拾われない程度の声量で、ハルヒが尋ねてきた。 へぇ、純粋無垢な子供たちの夢を破壊する気はないようで安心したぜ。 「あたしだってそのくらいの配慮はできるわよ! それで、あんたはどう思う?」 「口癖が偏ってる気がするな。先輩は"にょろにょろ"ばっか言ってるような人じゃない」 「にょろ」を語尾につけるだけなら、素人のバイトにでもできる。 声で判断できれば楽なのだが――ぬいぐるみを隔てているせいかくぐもっていて、判別材料としては不安が残る。 ここは―― 1、下手に声をかけるのはよそう。周りには俺たちと鶴屋さんの繋がりを知らぬ子供たちもいるわけだし 2、折角会えたんだ。特待パスポートのお礼も兼ねて声を掛けてみよう >>330 330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 20:15:34.84 ID:jOT5HJbX0 2 342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 20:44:41.66 ID:dKg07nL70 折角の機会だ。特待パスポートのお礼も兼ねて声を掛けてみよう。 俺は子供たちがマスコットキャラクターから離れた頃合を見計らい、 「もしかして、鶴屋さ――ぐむ」 ぬいぐるみの柔らかい感触に押しつぶされた。 やわらけーあったけー……って、あれ、いつまで抱きしめてくれてるんだろう、 すいません息できません、窒息する、いやマジで死にますって!? 「キョンくん、ちょっと声が大きすぎるっさ。あたしが入ってることは皆には秘密なんだよっ?」 意識が朦朧としかけたその時、鶴屋さんの囁きが聞こえてきた。解放される。 外見ではいい大人がマスコットキャラクターにハグされている風に写っていたんだろうが、実際は圧死寸前だった。 周囲の子供を顧みない浅はかな行動に、しばし恥じ入る。ハルヒに偉そうな口聞いていた自分が馬鹿みたいだ。 「なに一人で堪能してるのよ! 抜け駆けはよくないわね」 ハルヒが、俺の手を引き戻した。マスコットを先行体験してきた俺にご立腹のご様子だ。 「で、どうだったの? 鶴屋さんだった?」 「分からなかったよ。ま、もしそうだったとしてもこの状況じゃどうすることもできないだろうさ」 適当に嘘をつく。ハルヒは不服そうに溜息をついた。昼から客足が増えれば、鶴屋さんは更に多忙を極めることになる。 とてもじゃないが、先輩に俺たちと個人的なお話をしている時間はとれないはずだ。 しかし――俺が謝罪と感謝の意を込めて頭を下げ、この場を立ち去ろうとした時だった。 「そこの二人ちょっと待つにょろ。写真を撮ってあげるにょろ!」 慌てたような声が大きく響く。足を止めて振り返れば、マスコットキャラクター――いや、もう鶴屋さんと呼ぶべきだな――が、こちらに手招きをしていた。 355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 21:22:52.68 ID:dKg07nL70 俺たちと鶴屋さんの間に道ができる。くりくりとした無機質な瞳が、真っすぐにこちらを見つめている。 ハルヒは最初、その突然の申し出を訝しがっていたが、 「いい機会だわ。撮ってもらいましょ、キョン」 やがて持参のデジタルカメラをマスコットに手渡した。定番品といえば定番品だが……用意周到だね、まったく。 「それじゃあ並ぶにょろ」 もふもふのぬいぐるみハンドが、器用にカメラを構える。 が、もともとカメラが苦手な俺だ。3秒もしない内に、大量のダメだしを食らってしまった。 「きみ、もう少し笑顔をつくるにょろ! 体もこわばってるにょろよ?」 これでも精一杯なんですよ、とアイコンタクトを送る。 限界なのは事実だった。元々俺は写真写りが悪い。下手に作り笑いしても悪化するだけなのである。 首を捻る鶴屋さん。テレパシーが通じたかどうかは定かではないが、俺に無理矢理笑顔を作らせることは諦めてくれたようだ。 「うーん……じゃあ……もっとくっつくにょろ。隙間がないくらいが望ましいにょろね」 えっと、何を仰っているのかよく分からないんですが。 言語処理能力が著しく遅滞化した頭で横に視線を移せば、ハルヒは黙ったままシャッターの音を待っている。なーに私は余裕です、みたいな風に構えてるんだよこいつは。 「もどかしいにょろ!」 と、ぐずぐずしている俺を見かねたのか、鶴屋さんは一旦構えを解いて此方にずんずんと近づき、 これ以上にないくらいにぎゅっと俺たちをくっつけた後、目にもとまらぬスピードでシャッターを押した。 ――俺がハルヒの白皙の項に見惚れていた、そんな刹那に。 「それじゃこれは返すにょろ。楽しい一日を過ごすにょろ〜」 363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 21:40:12.77 ID:dKg07nL70 デジタルカメラがハルヒに返却される。 お礼を告げる間もなく、鶴屋さん扮したマスコットキャラクターは人集りに飲み込まれていった。 この分じゃ今日が終わる頃には、鶴屋さんはくたくたになっているんじゃないだろうか。 「……あ」 「……あ」 今更ながらに、体が密着していることに気づき、おずおずと距離をとる俺たち。 ぼっ、と顔が火照る。これじゃあ余計に意識しているみたいだな。 鶴屋さんの介添えがあったにせよ、体を押しつけちまったことを、ハルヒが不快に思ってなければいいんだが。 「こ、幸運だったわね。滅多にないわよ、初日に写真撮って貰えるなんて」 「あ、ああ。是非さっきの写真は現像して俺にも一枚くれ」 ぎこちない会話を紡ぎつつ。俺とハルヒは次のイベントを探して歩き出した。 時刻はもう昼前だ。ここは―― 1、昼飯を食べよう。 2、ミニアトラクションならまだ一つくらいいけるかもしれん 自由記述「(大型アトラクションは不可)」 >>369 369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 21:42:20.12 ID:KwxtyfII0 2で二人乗りボート的なものに 389 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/14(金) 22:18:58.16 ID:dKg07nL70 テーマパークのレストランやファーストフードが混雑するのは、主に昼前からお昼時にかけてだ(俺調べ)。 それに今日の胃袋は機嫌がいいのか、せっかちに食べ物を要求してこなかった。後回しにするか。 腹が減っては軍はできぬと言うが、腹が減っていない状態で食べて、美味しく味わえなくては本末転倒だろう。 「あと一つくらい楽しまないか。幽霊屋敷とマスコットとの邂逅で午前中を終わらすのは勿体ないし」 先に昼食をとりたいのなら別だが、と付け加えるのも忘れない。ハルヒは逡巡する素振りを見せた後、 「そうね、あたしとしてはもっと早くにお昼とっておきたかったんだけど……今からじゃもう遅いわよね」 俺の提案に賛成した。早速マップで、近場のアトラクションを探してみる。 付近にはアトラクションを示す点がまばらにあった。 だがしかし、どれも最低必要時間が30分以上と記載されていて、それらを候補から除外していくと、 「ボートしかないな。お前さえ良ければ、これにしよう」 かくして。午前最後のアトラクションは質素なボートでの湖遊覧という、パッとしないアトラクションに決定された。 まあハルヒが不満じゃないのなら――質素だろうが簡素だろうが、俺はなんでもいいんだけどさ。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 何処までも続く湖の上を、ボートが波紋を残して滑っていく。 乗り始め、まるで沈溺したカナヅチの腕みたいに水飛沫を飛び散らせていたオールは、 コツを掴んでからというもの、しっかりとした手応えを俺の手に、水を押し返している。 「気持ちいいわねー。本物の湖の上にいるみたい」 思わず伸びをしてしまいそうになるくらいに、長閑な蒼穹の下。 ハルヒは日光を乱反射する湖面に瞳を輝かせながら、俺はマイペースにオールを手繰りながら、 他のボートが一隻も見当たらない湖を自由気儘に愉しんでいた。 457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 00:13:45.03 ID:jJ2dZ8LV0 当初は興味本位でオールを握っていたハルヒだったが、 数分もたたない内に投げ出し、今では俺が船頭の役割を果たしている。 オールを漕ぐのは一見単調な作業のようで、その実、奥深い。 お前も根気よく続ければ、ボート漕ぎの極致に至れたかもしれないぜ。 「いやよ。力仕事はあんたに任せるわ」 即答。ま、答えなんて聞く前から分かってたけどな。 「団長は敬ってしかるべき存在よ。団員は団長から仕事を全部奪う気概でないとね」 「へいへい。ボート漕ぎも団員その一の悲しき宿命ってわけか」 独りごちた俺に微笑んで、ハルヒはボートから身を僅かに身を乗り出させた。 湖底は覗き知れないものの、湖水には濁りが全くといっていいほどない。 ハルヒもそれを知っているのか、二指で静かに、湖面を弄んでいる。 ぱしゃぱしゃという断続的な水音と、ぽかぽかとした陽気が、睡魔の活動を活発化させる。 ボートが湖の中心に来た辺りで、俺はオールを漕ぐ作業を中断した。 なに、ここまでせっせと漕いできたんだ。ちょっと小休止したところで文句は言われまい。 ぐっ、と大きく背伸びをし、これまた盛大に一つ欠伸をする。こんなぽかぽか陽気、昼寝しない方がどうかしてるさ。 「ちょっと休憩させてもらうぜ――」 俺はハルヒにぶつからないように足を投げ出そうとし、 「うおっ、冷てぇ!」 ぱちゃ、という音とともに、ひんやりとした感触を顔面に浴びた。清らかな冷たさに、容赦なく眠気が吹き飛ぶ。 ぱちくりと目を瞬かせている俺は、さぞかし間抜けに見えたことだろう。 490 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 00:42:12.53 ID:jJ2dZ8LV0 「だーれーが、寝てもいいって許可したのよ」 「これは俺の独断だ。人の睡眠欲にまでけちをつける気なのか、お前は」 「あたしを退屈させる行為を敢えて実践するなんて、大した度胸じゃない」 これだけならギスギスとした掛合いだが、攻撃的な科白を吐き合いながらも、 俺たちは互いに冷笑を湛えていた。ゆっくりと湖面に卸していた右手が、水に浸かる。 そして空気に入り交じっていた感情が、飽和状態を超過した瞬間、 「さっきのお返しだ!」 俺は指先に付着した水を、ハルヒの方へ投げかけた。同時に、ハルヒからも水飛沫が飛来する。 「何がお返しよ! まだ目が覚めきってないんじゃないの?」 応酬に次ぐ応酬。俺とハルヒは、それからしばらく飛沫を掛け合った。 服を濡らさないよう節度はわきまえてあるが、しかし幾度となく繰り返されれば、投擲した総量は両手一杯に湛えた水と等しくなる。 3分後。至る所を濡らした俺とハルヒは、手を掴みあった状態で息を切らしていた。 「……ここらで休戦しないか」 「えぇ……そうね……少し熱くなりすぎたわ」 ぽたり、と髪から雫が落ちる。ぬれた髪のハルヒはいつになく煽情的で、俺は咄嗟に掴んでいた両手を話して、顔を背けた。 行き場の失った手にオールを握らせて、 「そろそろお昼に集中していた客も店を出始める頃合いだ。腹減ったし、戻らないか」 「うん。あんたの所為でこんなになっちゃったけどね」 俺はハルヒの皮肉を一身に受けながら、ボート置き場に向かって漕ぎ始めた。 ボートの軌跡を印づけるように、波紋が続く。乗り始めと同じく、雲一つない蒼穹。 視線を下ろせば、汲々と俺を見つめるハルヒがいた。漠然とだが――午後は、もっと楽しくなる予感がした。 510 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 01:10:09.71 ID:jJ2dZ8LV0 ―――――――――――――――――――――――――――――― 「はむはむ、そこらのファーストフードなんかより、はむはむ、比べものにならないくらい美味しいわね」 なあハルヒ。これは常日頃から妹に口酸っぱくして言っていることなんだが…… 食べ物をを口いっぱいに頬張りながら感想を述べるのはやめた方がいいぜ。 料理人からすれば直感的な感想は嬉しいだろうが、正面で食事を共にする俺にとっちゃ、絵的に厳しいものがあるんだよ。 「はむ……細かいことは気にしなくていいのよ」 ごくり、とスパイシーチキンサンドを嚥下して宣うハルヒ。 満腹感に綻ばせたハルヒを見ているうちに、行儀の教授をする気が失せてしまうのは何故だろう。 サーモンサラダサンドイッチの肉厚を堪能しながら考える。が、俺が最後の一口を食べ終える直前に、 「あむっ」 どんな手品を使ったのだろう、俺の手に収まっていたサンドイッチは、跡形もなく消失していた。 「サーモンも美味しかったのね。次に来たときはこれにしましょう」 下手人に反省の色はなく。俺は自然と言葉を失った。憐れサーモンサラダサンドイッチ、ハルヒの胃袋で成仏するがよい。 昼時を過ぎたファーストフード店で、俺たちは遅めの昼食をとっていた。 腹が減っていた分、サンドイッチとホットレモネードは至高の美味に感じられたが、 サーモンサラダサンドイッチの半分と、ホットレモネードは現在進行形でハルヒの口に吸い込まれている。 じゅごご、と低俗な音が鳴る。まったく……お前の胃袋はブラックホールか。 「ごちそーさま。この値段でこの美味しさは今までになかったわね」 満足げに完食宣言したハルヒに辟易する。お代が誰の財布から支払われるか知っての発言なのか、それは。 517 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 01:23:05.40 ID:jJ2dZ8LV0 店内の軽快なBGMに見送られる形で、俺とハルヒは外に出た。 現在時刻、2時13分。午前中に幽霊屋敷という大物を消化した所為で、まだ二つしかアトラクションを巡れていない。 実質、これで俺たちが一両日中にテーマパーク内全てのアトラクションを巡れる蓋然性は無に等しくなったわけだが、 「さ、次はどこに行くか決めましょ」 あくまでハルヒの姿勢に変転はなく、できるだけ多くのイベントを体験するつもりのようだ。 品定めするように、フィールドマップ内の赤点を睥睨している。 さて――次はどこに行こうか >>525  自由記述(大型・小型なんでも可) 525 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 01:27:01.82 ID:l2eE1+I5O 乙 649 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 17:16:05.98 ID:wwXYEKl10 午前は幽霊屋敷にボートと静的なものばかりだったから、午後は動的なアトラクションにしよう。 絶叫系の代名詞、ジェットコースターなんてどうだ? 「あんたからそんな科白が出るなんて想定外だわ。  そういうのは苦手っていうイメージがあったんだけど」 それは酷い偏見だ。ジェットコースターやスライダーみたいな急落アトラクションは大得意なんだぜ。 ま、それも幼少の頃からずっと、絶叫系こよなく愛していた妹に随伴させられたが故に得た耐性なんだけどさ。 「ふーん、じゃあ遠慮する必要なかったのね。  キョンがどうしてもイヤだっていうなら、今日は勘弁してあげるつもりだったのに」 「本当か? 俺がいやいや首を振っても首根っこ捕まえて引きずっていくつもりだったんじゃないのかよ?」 「それこそ酷い偏見だわ」 呆れたように息を吐いたハルヒを尻目に、ジェットコースターに位置づけされるアトラクション名を探す。 ……入場時の予感は当たっていた。高く聳える山の中心に、若干大きな赤点がある。 小見出しの文句は以下の通りだ。 "未体験の疾走感がここにある! 次世代型ジェットコースター『乙』" 漢字一文字で乙。実にシンプルな名前だね。 鶴屋財閥の期待に添えようと不眠不休で制作活動に勤しんだであろう制作者には悪いが……あんたのネーミングセンス、かなりキてるぞ? 「ここからだと、若干距離があるな」 「いい腹ごなしよ。早歩きでも構わないくらいだわ」 そうかい。胃袋の中で踊るサンドイッチを慮りつつ、俺たちは歩き出した。 だがしかし。使い古された言い回しだが――俺は想像もしていなかったのだ。 「乙」という一風変わった名前が意味する、後に絶叫系最強の名を欲しいままにしたジェットコースターの全貌を。 667 名前:>>662 予想はマジ勘弁……[] 投稿日:2007/12/15(土) 18:00:07.57 ID:wwXYEKl10 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「鶴屋財閥の財力は伊達じゃないわね。どう見ても本物じゃないの」 悠然と構える山の天辺を眺めながら、ハルヒは言った。 衒いのある笑みはまさに"好敵手に不足なし"といった感じであり、十分な自信が窺える 並の絶叫好きなら尻尾を巻いて逃げ出すような迫力に、ハルヒは一歩も動じていなかった。 無論、それは数多の絶叫アトラクションをこなしてきた俺にも言えることで、俺は至極冷静に「乙」を考察していた。 遠目に見えた曲線の交差は、やはりレールだった。 険しい山の壁面を這うように張り巡らされている。目で追うだけでも眼精疲労になりそうだ。 山の構造はプリンみたいな細身の台形状で、乗車スペースまでのエスカレータは内部に設置されている。 だが――既存のジェットコースターをグレードアップさせただけのこのコースには、別段高揚感が沸いてくることもなく、 なんらかの仕掛けがあるには違いないと予想している分、突然の変則的挙動にもさして驚くことなくコースが終わってしまいそうな気がする。 「二名様ですね。それではこちらへ……非常用エレベータをお使い下さい」 相変わらず、万能チケットの効力は絶大だった。 一般用のスロープを使うことなく、山の中腹あたりの乗車スペースにまで一気にワープする。 無線で話は伝わっていたようだ。係員はエレベータから現れた俺たちに一礼すると、 「ご自由に乗車席をお選び下さい。次着までには時間があります」 ここまで優遇されると謝りたくなってくる。 「どうする? あたしとしては一番前がいいんだけど」 「そうだな、俺の希望は――」 1、一番前がいい(身構え不可) 2、一番後ろがいい(身構え可) >>670 670 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 18:04:01.70 ID:RlhQ+ZKt0 1いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい 675 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 18:31:55.72 ID:wwXYEKl10 「―――俺も一番前がいい。後ろも後ろで別の落下感が楽しめるが、最初だしな」 「決まりね。あ、来たみたいよ!」 意見が合致した絶妙のタイミングで、乗車スペースに機体が滑り込んできた。低い駆動音が反響する。 だが、固定具を外されて乗客が次々に降りていった――その時だった。 あるはずのものが欠けている。そんな違和感が俺に危険信号を告げていた。 そしてその違和感に、ハルヒはいち早く気づいたようで、 「フツーさぁ。もっと余韻醒めやらぬ、って感じよね。みんな、不自然なまでにテンションが低いわ」 「確かに。付添人に立たせて貰ってるやつもいるしな」 違和感の正体は、乗客全体に言える憔悴っぷりだった。絶叫系の醍醐味は、スリルによる一時的興奮である。 大抵の場合、隣同士で「すごかったなー」なんて有り体な感想を述べながら降車するもんなんだが―― 「乗車下さいませ」 係員の機械的な声に、俺は思考を中断した。 恐らくさっきの乗客はジェットコースター慣れしていない初心者か中級者ばかりだったのだろう、 と勝手に結論づけて最前列に座る。 続けて、俺の右隣にハルヒが座る。発車を心待ちにしているのだろうか、ハルヒには落ち着きがない。手と手は、今にも触れそうな距離。 「なあハルヒ、もしお前が怖いんなら、」 刹那、体の内側から引っ張られるような感覚が俺を襲う。 俺が冗談半分本気半分に言いかけた科白は、強制的に流された。 「――なに――?」 「――なんでも――ない――!」 乗車スペースを飛び出す。風と高い日差しに目が眩む。 高揚感に瞳を燦然と輝かせているハルヒを尻目に――俺は右手を引っ込めた。 685 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 19:19:36.13 ID:wwXYEKl10 レールの機会補助による急加速の後に待ち受けていたのは、これまた重力に任せた急降下だった。 速い。まだまだ許容範囲内だが、序盤でこのスピードは異例だ。 「キャ―――!!!!」 黄色い悲鳴が後方から飛んでくる。右隣のハルヒといえば、俺の予想に寸分違わぬ澄まし顔。 急降下のお次は急上昇だ。強烈なGが体にかかる。空気が一気に質量を帯びたような錯覚に陥る。 「ねぇ――見て―――!」 興奮した声に振り向くと、そこには100万ドルの夜景に勝るとも劣らぬ絶景が広がっていた。思わず息が漏れた。 テーマパーク内を一望できる、束の間の俯瞰視点。固定具がなけりゃ、ハルヒのデジカメに納めていたところだぜ。 「――――うぉっ!」 が、そんな感想を述べるまでジェットコースターが待機してくれるわけもなく、 「――――ひゃうんっ!」 再び疾走を開始する。乗車前に見ていたレールを、実際に走り抜けていく。 気がふれたかのような激しいアップダウンに、壁面をなぞるような高速蛇行。 どれも今までのジェットコースターの常識を無視した軌道ばかり。まるで滅茶苦茶だ。 でも……俺は認めなくちゃならない。 「キョン――これ―――すっごく――おもしろいわ――!!」 「ああ―――こんなの――初めてだ―――!!」 今までに乗ったどのジェットコースター、いや、どの絶叫マシンより、この「乙」の方が文句ナシに面白い。 「乙」はその垢抜けない名前とは裏腹に、とてつもないスリルと疾走感を持ち合わせている。制作者様、どうか先ほどのご無礼をお許し下さい。 692 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 19:51:24.32 ID:wwXYEKl10 だが。喜楽の時は速く、怒哀の時は遅く流れるのが、時間の道理というものである。 あれほど張り巡らされていたレールもあっという間に走り過ぎ、 「――ふぅ、もう終わり?」 「――そうみたいだな」 徐々に減速していく機体に、ハルヒは不満そうに零す。 「もっと乗っていたかったわ。短すぎるわよ」 「お前の感想には同感だがな。俺たちがマイノリティであることを忘れちゃダメだ」 後ろを見てみろ、と顎で示す。振り返ってから数秒後、 「……一般の人にはちょっとスリルが強すぎたのかしら」 ハルヒは得心したように頷いた。 あれほどうるさかった黄色い悲鳴は、中盤あたりから尻すぼみになり始め、終盤あたりまでくると完全に沈黙していた。 見なくても分かる。後部座席では阿鼻叫喚の地獄絵図とまではいかぬとも、疲弊しきった乗客が困憊の呻きを漏らしていることだろう。 「そういうことだ。俺たちにはあのチケットがあるから、心ゆくまで何度も乗ることができる」 ハルヒは胸元のチケットホルダーを見下ろして微笑んだ。そう、今日だけじゃなくて、俺たちはいつでもこれるんだ。 俺はハルヒにそれを伝えようとし―――ガチリ、という撃鉄が落ちるような音に身を震わせた。 「今の音、なに?」 「分からん。歯車と歯車が噛み合ったような音に聞こえたが」 得体の知れないギミックが作動している事は確かだ。「乙」め、最後の最後に大仕掛けを残していやがったな。 360°全方向に移動しても大丈夫なよう、身構える。 だがそんな警戒を馬鹿にするように、コースターはゆっくりと、山の斜面に添って上昇し始めた。 713 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 20:27:30.98 ID:wwXYEKl10 いつ上昇専用レールから脇に逸れて、湧水が山壁を滴り落ちるがごとく落下を始めないかと身構えること十数秒。 コースターは終に、山の天辺――台形状なので、その上辺に当たる水平部分――にまで到達した。 序盤の絶景を超える偉観がここにある。 碧空との距離が、日常よりも近い。雲の切れ目から降り注ぐ日差しは、テーマパークの施設とそれを取り囲む自然を彩っていた。 「綺麗ねぇ……」 「めちゃくちゃ高いところにいるんだぜ、俺たち」 「うぉー、最高じゃん!」 屍と化していた後部座席の乗客も、にわかに生気を取り戻していた。 へぇ、最後の最後に眼福の贈り物か。制作者も粋な計らいをするじゃないか。 「なぁ、ハルヒ……って、どうしたんだ?」 同意を求めた先に返事はない。ハルヒはまるで眼軸を瞬間接着剤で固定されたかのように、レールの先を見据えている。 その様子を訝しんだ俺は、その視線をゆっくりと辿り、 「は?」 人間が理解不能な状態に陥ったときに漏らす感嘆詞ベスト3に入る言葉を漏らして絶句した。 山頂から水平に飛び出したレールが、途中で消失している。いやそれでは誤謬があるな。レールは元から存在しちゃいなかった。 10mほど飛び出したところで、意図的に途絶えさせられている。まるで海賊船に取り付けられた、投身台のように。 ハルヒの左手が、ぎゅっと俺の右手を握りしめた。コースターの直進は止まらない。 コースターは順調にレールに沿っていき――終に俺たちは、上空百十数メートルの高所に置いてきぼりにされた。 「あたしたちどうなるの? こんな高いところ、落ちたら死んじゃうわ!」 パニックに陥りかけているハルヒを宥めようと科白を探すが見当たらない。くそ、とにかく今は、可及的速やかにここから脱出を―― だが、俺が思考を纏める間もなく、「乙」のギミックが作動する。碧空が地に、地上が天に。風景が180°逆転した。 とてつもなく嫌な予感が――俺の脳裏を駆け抜けた。 722 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 20:45:48.36 ID:wwXYEKl10 咄嗟に本能が俺の空間把握能力に予防線を張るものの、間に合わない。 この後の進行ルートを予想するのは簡単だ。 反転したコースターはこのまま山壁を抉るように山の中に進入し、 滑らかな曲線を描きつつ出発地点へと戻って、ある漢字一文字を作り上げるに違いない。 「は……はは……感服するぜ……」 名は体を表すと言うが、乙、まさにその通りじゃないか。 諦観した頭で、俺は制作者に心からの拍手を送っていた。がくん、と体が揺れる。 焦らしタイムは終了したみたいだな。そろそろ、地獄への直行便が出発する時間だ。 鏡がないので分からないが。宙ぶらりんになったまま、俺は悟りを開いたような爽やかな笑みを浮かべているんだと思う。 「いやぁぁあぁぁああぁぁぁぁ!!!」 止まっていた時間が動き出す。どこか遠くで―― よく知っている団長様の、しかし滅多に耳にできない叫び声を聞きながら、俺は意識を失った。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 749 名前:>>735修正 文章gdgdすぎワロタ[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:12:22.41 ID:wwXYEKl10 頭が、痛い。 力の入らない瞼を少しずつ開ける。視界はまるでデタラメだった。 色という色が、ミキサーで攪拌されたみたいにぐるぐるとまわっている。 TFEI同士の攻性情報戦にでも巻き込まれているのか、俺は。 「…………だい……うぶ…かしら……」 どこか憂いを帯びた声が、濁った視界を若干クリアにする。 ふと、視界の端をハルヒの心配そうな顔が掠めた気がして、急速に意識が回復していく。 そうだ、俺は「乙」に乗って、最後の仕掛けで見事に意識を奪われて――情けない姿、ハルヒに見せちまったんだっけ。 でもいつまでも目を瞑ったまま自責していてもしかたがない。俺はハルヒに貶されるのを覚悟して、 1、一気に体を起こした 2、おそるおそる体を起こした >>751までに多かったの  736 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/15(土) 21:08:53.07 ID:vuyKXUh+0 これは1 737 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:09:21.19 ID:OWHGGWV80 1 738 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:09:53.02 ID:exhEyLxp0 2!2! 739 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:09:56.30 ID:dub9jyb00 1 740 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/15(土) 21:09:59.54 ID:PSc8889Z0 ようやく追いついた!激しく乙です 1. 741 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:10:08.13 ID:+uiSqnjF0 じゃあ1で 742 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:10:09.44 ID:pjEcXSsxO 1 小説化マダー? 743 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:10:50.65 ID:QGl3UZPoO 乙 一 ← 744 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:11:11.24 ID:YoFltsHV0 いや2だな 745 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:11:13.11 ID:0OFBv8br0 あえて2で 746 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:11:16.85 ID:nJuJcoUbO 1の流れだから2 747 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/15(土) 21:11:30.72 ID:vuyKXUh+0 1 748 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/15(土) 21:12:11.21 ID:PSc8889Z0 なんだか” 乙 ” が” 2 ”に見えてきた 750 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:12:27.61 ID:fADiFG3LO 2 751 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 21:12:37.52 ID:uSlW1qMZ0 2 788 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 22:36:59.56 ID:wwXYEKl10 俺はハルヒに貶されるのを覚悟して、一気に体を起こした――はずだった。 ごちん。鈍い音が、鈍痛とともに頭蓋骨内で反響する。しかし悲劇は終わらない。 地面に転がり落ちた俺は、美しく舗装されたアスファルトに強かに後頭部を打ち付け、 よもや陥没骨折しているんじゃないかという激痛にのたうち回りながら、 「いってぇええぇぇぇぇええぇぇえ!」 「痛いのはこっちよ! よくも頭突きなんか食らわしてくれたわね、このバカキョン!」 ハルヒの怒声に、自分の愚かさ加減を知った。 どうやら俺は、俺の顔を覗き込んでいたハルヒに正面衝突する形で頭を上げてしまったようである。 「すまん、まさかお前が目の前にいるとは知らず――」 「言い訳無用よ! まったく、団長であるあたしの恩を仇で返すだなんて、どーいうつもり?」 覚醒の絶叫から一転、平謝りに徹する俺。 ハルヒは烈火の如く怒っている。そうだよな、恩を仇で返したら怒って当然だよな、って 「ちょっと待て、俺はさっきまで失神して寝てたんだよな?」 「そうよ! だからあたしが膝枕してあげてたのに……あ」 怒気で飽和していた大気が緩む。ばっ、と口を覆い隠したハルヒは、しかし既に手遅れであると知暁したのか、 「あんたが失神なんて情けないことするからいけないのよ。はぁ〜あ、テンション下がるわね、もう」 まるで台本を読み上げるようなたどたどしさでそう言い終えて、くるりと俺に背を向けて、足早に歩き始めた。 酷ぇ。こっちのコンディションはまだ完璧じゃないってのに、放置していきやがった。 ハルヒの酷薄っぷりに溜息をつきつつ、先ほどまで寝ていたらしいベンチに視線を移す。 一枚の濡れたハンカチが落ちている。額に手をやれば、僅かな湿り気があった。 どうも、俺がハルヒに手厚い看病を受けていたというのは本当のことらしい。意識がなかったのが悔やまれるね。 ハンカチを拾って立ち上がる。さあ――あの感情表現が苦手な、心優しい団長様の背中を追いかけないと。 813 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 23:04:17.23 ID:wwXYEKl10 「……もう3時か、はやいもんだな」 「結構ジェットコースターで時間使っちゃったからね。誰かさんのせいで」 「はいはい、俺が失神しなかったらまだまだ時間があったって言いたいんだろ」 「ふふ、よくわかってるじゃないの」 「乙」降車後、俺たちはテーマパーク内を散策していた。 ハルヒの適当にぶらつきましょ、という提案が根因だ。 中央の噴水近くでドーナツワゴンを見つけて買い食いしたり、 再び見掛けたマスコットキャラクター「ちゅるやさん」に 好物らしいスモークチーズを与えたりと(中身は交代しているようだった)、 アトラクションなしでも、俺とハルヒはテーマパークでの時間を充実させていた。 「そろそろ歩き疲れたわね」 そんなわけがないだろうに、ハルヒは白々しく弱音を吐く。 「なんあらおんぶしてやってもいいんだぜ?」 「冗談きついわね。あ、でもお姫様だっこなら、王女気分になれていいかも」 「へいへい、それは恥ずいからまた今度な」 取り留めもない会話。それでも俺は感じていた。 ハルヒとの距離が、朝よりもずっと狭まっているということに。 さて――そろそろ散策も飽きてきた。この王女様と共に、夜までの時間をどうするか考えるとしよう。 1、アトラクション自由記述「」 2、アイスクリームが売られている。買ってみよう。 3、ん? どこからか視線を感じる。 >>830 830 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 23:09:11.15 ID:kMzRaSTG0 1.こいずみくんライド 863 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/15(土) 23:59:41.95 ID:wwXYEKl10 「どう、次に行くトコは決まったの?」 「…………」 次なるアトラクションを検索していた俺が、あり得ない名前の3Dシューティングアトラクションを見つけてそれを睥睨しはじめ、はや30秒が経つ。 "魔の手から地球を救え!こいずみくんライド☆" 平仮名表記というところを遊び心と感じるか一部の関係者を困惑させるための曖昧さと感じるかは、人それぞれ。 そして悲しいかな、俺は後者に分類される。「ちゅるやさん」と同じく可愛らしくデフォルメされた青年のキャラクターが、俺の懐疑に更に拍車を掛けていた。 眼を閉じれば眼窩で、イケメン超能力者が「ええ、僕がモデルなんですよ」と爽やかに謳っている様がエンドレスリピートされる。 訳もなくむかついて、俺は無性に、このアトラクションの詳細を確かめたくなった。 「もう、キョンってば! あたしの質問に――」 「お前、シューティングは得意か? そもそもお前、ゲーセン行ったことあるのか?」 「失礼ね! ゲーセンくらい行ったことあるわよ。シューティングゲームは、そうね、一度か二度くらいなら経験があるわよ」 胸を張って経歴を述べるハルヒ。分かった、つまりほぼ未経験ってことでいいんだな? 「どうしてそうなるのよ。あんた、あたしの射撃の腕をなめてるんじゃないでしょうね」 ハルヒの射貫くような瞳に、泳いでいた俺の視線が束縛される。 いや、お前の反射神経は誰もが認めるところだが……あんまり銃の扱いに長けた女の子なんていないだろ? 「それじゃ、その例外を今から示してあげるわ。さ、早くそのシューティングアトラクションに行きましょ!」 「道なりに進めば見えてくるはずだ。それなりにデカい建物らしい」 ハルヒは今までの散策モードを解き、意気揚々と俺の手を引いて「こいずみくんライド☆」に歩き始めた。 どうやら俺は、ハルヒの急性行動喚起爆薬の導火線にうっかり火をつけちまったらしい。 この状態になったハルヒを止める術はなく、あとは引きずられるままに身を任せるしかない。 にしても――この「☆」が語尾につくだけで、どんな硬派なネーミングでも幼児向けのアトラクションっぽくなるのはどうしてだろう。 読む者の言語処理能力を一時的に退行させる、魔的な秘密が含隠れているのかもしれないね。 閑話休題。 877 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 00:34:40.10 ID:VK+MqGWl0 近未来を思わせるサイバネティックかつインテレクチュアルな建造物が見えてきたのは、それから間もなくのことだった。 なんてったって目立つ。だが、周囲のアトラクションが翳むくらいに存在感を顕わにしているのは、その前衛的な建築手法ではなく―― 建造物の上で燦然と輝く、デフォルメされた古泉の巨大看板であった。これから陽が沈むにつれて、ネオンが点灯すんだろう。 もし俺がモデルなら、全財産をかけてでも取っ払いたい代物だ。よく了承したな、あいつも。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「貴重品はこちらで預からせていただきます。立体ゴーグルを各自お取り下さい」 「はーい。でも貴重品まで預かる必要があるのかしら?」 ハルヒの余計な質問に、係員は懇切丁寧に返答した。 「ゲーム中はプレイヤーが無防備なる可能性が高いのです。安全にご協力下さい」 待ち時間が3時間30分のところを待ち時間0分で通過した俺たちは、制服の毛色が若干他のアトラクションと異なった係員に、奥のブースに通された。 外面と同様内装も凝っていて、四面の壁の境界から専用リクライニングチェアまで、あらゆるオブジェクトが滑らかな流線型だった。 古泉主体のアトラクションにしては、勿体ないくらいの完成度である。 そして、まるで本当に未来の宇宙船に乗り込んだような気分になったのは俺だけではなかったようで、 「さっさと始めましょ。このゴーグルを付ければいいのよね?」 ハルヒが新しい玩具を与えられた子供のように、声を弾ませて聞いてきた。 「そうだ。チュートリアルが始まるから、最初は何もしなくていい」 せーの、と息を合わせて3Dゴーグルを付ける。暗転する視界。しかし幾ら待てども、肝心の映像が投影されない。 だが、俺が痺れを切らしてゴーグルを外そうとしたそのとき、 「こんにちは。このゲームの管理人、いちゅきです!」 890 名前:やっと復活ktkr[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:46:41.56 ID:TQ2adfHR0 意図的に変調された古泉の声が、俺の耳に届いた。崩壊しそうになる腹筋を必死に支えつつ、ハルヒの反応を耳だけで伺う。 どうやら笑いをこらえているわけでも驚きにたじろいでいるわけでもなさそうだ。意外と元が古泉だって気づかれないもんなんだな。 それで……えーっと……いちゅきくん、だったかな? 早速だが、このゲームの概要を説明してくれないか? 「このゲームは多人数参加型シューティングアクションです。  他ブースに存在するプレイヤーと共に、地球の制服を目論む悪の巨人を倒すのが、このゲームの目標となります」 ザー、と視界にノイズが走ったあと、デフォルメされた古泉(ええい面倒だ、以下いちゅき)が現れる。 そいつは現実世界の古泉と同じく長広舌を垂れ始めたが、要約すると、こうだ。 人々が寝静まった夜。悪の巨人は街を壊すために眠りから目覚める。 それと同時に選ばれし者が覚醒し、街の破壊を阻止すべく、戦闘機「こいずみくん☆」を駆使して巨人と戦う――というのが一応のストーリー。 どう見ても流用だが、この際気にするのはよそう。 そして選ばれし者である俺とハルヒが、そのこいずみくん☆を操作するわけだが、 「勝手に要約されては僕の立場がありません。  つまり、射撃役と移動役は別々になります。二名以上の場合は移動役は一人、残りは射撃役となります。  丁度あなたたちは二人ですので、分担してください」 割り込んできたいちゅきに悪態をつきつつ、俺はハルヒに水を向けた。 「どうする? 俺はどちらでもいいが」 「んー、そうねえ。あたしも最初は撃つ方が楽しいかなって思ってたんだけど、  3D空間を飛び回るっていうのもいいかも。キョンが決めていいわよ」 じゃあ俺は―― 1、射撃担当 2、移動担当 >>900までに多かったの 892 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:48:57.89 ID:vESNfxU7O 乙(ジェットコースター的な意味で) 1 893 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/16(日) 01:49:03.81 ID:GrfRnymV0 1 894 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:49:25.22 ID:CnLnAFbe0 2 895 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:49:46.27 ID:wkzKCFgoO 1 896 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:50:47.08 ID:uyw6G47yO 乙! 安価は1だ! 897 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:50:49.32 ID:+bkTi/Ic0 やっぱ撃つのはハルヒだろということで2 898 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:50:50.01 ID:PhqAMlp9O 2! >>890乙!! 俺も明日バイト7時上がりだ 899 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:51:38.05 ID:ODHM1w1Y0 復活ktkr 2で 900 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 01:51:50.09 ID:mJduV3rtO 1 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 19:36:39.93 ID:TQ2adfHR0 じゃあ俺は――射撃を担当しよう。 中学校時代、シューティングゲームの覇王とまで謳われた国木田。 学校帰りにゲーセンに寄ったことは数知れず。その国木田に鍛え上げられた腕が鳴るぜ。 「あんたってシューティングゲーム得意だったの?」 「まあな。自称中級者上級者には一日の長があるつもりだが」 ハルヒは珍しく感心しているのか、ふーん、と細い息を漏らした後、 「じゃあ攻撃は任せるわ。あんたの働きには期待しているからね」 居丈高にそうのたまった。もう対巨人兵器戦闘機「こいずみくん」の船長になったつもりなのか? 二人しか乗組員はいないんだ、ヒエラルヒーなんてあってもなくても一緒だと思うんだが。 「気分よ気分! さ、それじゃ早速ゲームを始めましょ」 「了解しました。それではゲームを起動します」 親しみやすい口調から一転、懐かしい仰々しい口調になって、いちゅきが画面脇に退いた。 ゲームでよく見掛ける「Now loading...」の文字列が流れていく。そして―― 轟音をかき消す轟音。空気を震わす衝撃の波。画面一杯に飛び交う紅玉。 天にも届かんばかりに聳え立つ巨人が、鈍い動きで長い腕を振り下ろし、 「きゃっ!!」 「うおっ!!」 俺たちの初期位置であるタワーの、二つ隣にあった廃ビルを吹き飛ばした。 鼓膜が張り裂けそうな爆風とともにコンクリート片が吹き荒れ、思わず顔を背ける。 「どうです、まるで現実世界をトレースしたようでしょう?」 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 20:11:20.56 ID:TQ2adfHR0 気取った抑揚の声が聞こえてくる。そちらの方に視点を捻ると、 どういう理屈かは知らないが、とにかく3D化されたいちゅきが気障なポーズで佇んでいた。 先ほどまでのカジュアルな服装からインストラクタータイプにドレスアップされているものの、 それでも間抜けさが拭えないのは俺の腰程度までしかない身長故か。 「とても失礼なことを言われた気がしますが、説明を始めます。  まず、専用チェアの肘掛けにあたるマニュピレーターに手を当ててください」 言われた通りに手をあてる。ひんやりとした感触が両手を包んだ。例えるなら、固めのゼラチンか。 興味本位で動かしてみると、前後左右に視点が動いた。ほう、主観視点のゲームが、さらに直感的になったような操作感だな。 FPSゲーム慣れしていなさそうなハルヒが気になって耳を欹てると、 「すっごいわね! えっと、こうしてこうしたら……」 早くもゲームの仕様に順応しているようだ。無用な心配だったな。 暴れ続けている巨人と、その周囲を高速で飛び駆けている機体群をバックに、いちゅきは説明を続ける。 「プレイヤー操作に関してはお分かりいただけましたか?  それでは次に、対巨人兵器こいずみくんの初期機体タイプを選択していただきます」 いちゅきの可愛らしい指が、パチリと鳴った。 なんでもありの3D空間。燐光が弾けた後、俺の眼には三台の「こいずみくん」がまるで最初からそこにあったかのように映っていた。 カラーリングは青、赤、黄の三原色だった。もしかして、ゲームシステムは従来のそれを採用しているのか? 「ええ。もうお分かりかと思いますが、赤は攻撃力重視、青は敏捷性重視、黄は中立的な性能となっています。ご自由にお選びください」 「あたしは断然、攻撃重視の赤ね。回避よりも先に相手を叩き潰すのよ」 俺の隣で危険思想を仄めかすハルヒはおいといて。この選択は、この先のゲーム進行に大きく影響を与えそうだ。 ここは――「    」のこいずみくんに乗ろう >>58  赤、青、黄のいずれかを記入 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 20:14:29.48 ID:hhwEe9dr0 ●<赤 69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 20:44:40.25 ID:TQ2adfHR0 ここは赤のこいずみくんに乗ろう。いくらゲーム内で直感的な操作が可能だとしても、超初心者の俺とハルヒの操作はしばらく不安定だ。 精密な動作や高度なテクニックを要求する敏捷タイプは、まず使いこなせない。 だから俺は、少々無様でもバシバシ攻撃できるタイプの方が楽しめるんじゃないか、と考えたのだ。 奇しくもハルヒの意見と合致してしまったわけだが、ま、俺の選択理由はハルヒのに比べて至極合理的なんだし、 ハルヒの気も害せずにすんだのだから一石二鳥ということでよしとしよう。 「それでは搭乗下さい。近づいて決定ボタンです」 マニュピレーターを動かす。途端、視点が切り替わって、気づけば俺は、後部のコックピットに乗り込んでいた。 遅れてハルヒも乗り込んでくる。二人揃ったのを確認して、各種ディスプレイが点灯しはじめた。 「無事搭乗できたようですね。次に、こいずみくんの操作方法を――」 機体の壁を透過して、いちゅきの姿がインストラクションを続行する。 が、俺ははやくも、いちゅきの話に耳を傾けるのをやめて、憐憫の視線を送っていた。 お前の講説はありがたいんだが、生憎俺には必要ないし、うちの船長にはちょいと長すぎたみたいだ。 懲りずに続けるのは構わないが……お前、そこにいたら轢かれるぜ? 「ふむふむ、このペダルがアクセルでこっちのレバーがブレーキね。レーダーも良好、と」 ハルヒは順調に点検を済ませていく。腹に響くような駆動音が、耳元で鳴る。臨場感は抜群だ。 「え、ちょっと待ってください! まだ説明が終わってません!」 「んー、それね。もういいわ」 すっかりいちゅきに関心をなくしたハルヒに、アクセルが踏み込まれる。当然のこと、出力は全開で。 「そんな、あ、滑走路はこっちです―――ご、御武運を――お祈り―――」 景色が加速する。途切れ途切れのいちゅきの言葉に見送られて、俺たちは夜の街に飛び出した。 78 名前:>>72 いちゅきには疑似AIが搭載済み[] 投稿日:2007/12/16(日) 21:15:48.85 ID:TQ2adfHR0 巨人を中心にして広がる広大なフィールド。その遙か上空を、俺たちは戦闘に加わらず飛翔していた。 発進時の機体の不安定さは、チェアからは微振動として、画面からは不規則な揺れとして表現されていた。 恐らく、こいずみくんが被弾、もしくは衝突したら、もっと激しい振動が返ってくるのだろう。 「キョン……あたしたち、空を飛んでるわ……雲も、月も、本当に本物みたいね……」 美麗なグラフィクスに陶酔しているハルヒをよそに、俺は試し打ちをしていた。 通常射撃ボタンでは、中くらいの紅弾が発車される。レバー脇に設置されたスイッチは押しても反応がなく、どんな役割を果たすのか分からない。 「あと一分くらい、いちゅきの説明聞いてりゃよかったかもな」 「その内分かるでしょ。それより、そろそろ巨人をぶちのめしにいかない?」 ハルヒが操縦桿を片手で持ちつつ振り向いた。明らかに浮き足だっている。ま、それも当然か。 廃ビルから飛翔して3分後には、プロ顔負けのアクロバット飛行を可能にしているんだもんな。 末恐ろしい才覚だよ、まったく。 「それじゃ、行きますか」 「いい? やるからにはトップの成績を上げるまで射撃の手をゆるめちゃダメだからね!」 機首が傾き、自由落下を開始する。平和的観光の時は終了し、激しい戦火の中に飛び込む時間だ。 厚い雲を抜けた先。そこには青白い燐光を放つ、巨人の頭があった。 遠目でも覚悟していたが、いざ接近するとその巨大さに気圧されそうになる。 だが――こっちには巨人なんかとは比にならないくらいに心強い同乗員、いや船長がいる。 「撃って、撃って、撃ちまくりなさい!」 照準は元より外しようがなかった。いっぱいにトリガーを引く。 甲高い音と共に、大量の紅弾が直線を描いて飛んでいく。1、2、3...Hit。 「やったわ、直撃よ! でも……あんま効いてないみたいね」 87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 21:54:12.61 ID:TQ2adfHR0 落胆したハルヒの声が、前部から届く。 「もっと近くで撃たないと、威力が減衰するのかもな」 吸い込まれるようにして巨人に落ちた紅弾は、しかし線香花火の終わりのように、火花を上げただけだった。 接近してからの射撃か、もしくは弱点を突いた射撃でないとダメージを与えることはできないようだ。 「面倒ね。ま、そっちの方がやりごたえあっていいけど」 だが、不利な条件と知って尚、ハルヒの姿勢に変わりはない。 そしてそれは俺にとっても好都合だ。弱点を発見するには危険を冒してでも接近しなくちゃならない。 巨人の攻撃にパイロットが怖じ気づいてるようじゃ、とても満足には攻撃できないからな。旋回していた機体が、再び降下を開始した。 街の風景が鮮明になり、他の「こいずみくん」が視認できる距離で、機首が持ち上がる。強烈なGに揺れる画面で、照準を定める。 「さあキョン、思う存分やりなさい。あの土手っ腹に大穴を開けてやるのよ!」 フルバーストで、紅弾をぶち込んでいく。ディスプレイ右脇のログに、Hitの文字がひっきりなしに流れていく。 今度は遠距離射撃とは違う、確かな手応えがあった。巨人が苦悶の咆哮を上げる。 「よし、効いてるぞ!」 と、俺が快哉を叫んでいたその時だった。宵闇が、影で一際暗くなる。俺が上を見上げたとき、既に巨人の豪腕は差し迫っていた。 ……油断していた。こんなに上手く行くはずがなかったんだ。開始してから五分、俺たちはまともな戦果も上げられぬまま―― 「なーに弱気になってんのよ」 ハルヒが弱気になった俺を一喝し、操縦桿をいっぱいに傾ける。巨人の腕は俺たちを掠めて、後方にあったビルにめり込んでいった。 まさに間一髪。事前にアクセルを踏み込んでいなけりゃモロに食らっていたはずだ。なあ、お前もしかして、巨人の攻撃を読んでいたのか? 「ふふん、あたしを誰だと思ってるの? 天才パイロット涼宮ハルヒよ!」 97 名前:修正[] 投稿日:2007/12/16(日) 22:27:50.42 ID:TQ2adfHR0 その言葉で、俺は自分の愚かさ加減を知った。 「はは、ほんとに馬鹿だな、俺は」 自虐的な嘲笑。ハルヒは持てる力を遺憾なく発揮して、射撃を補助してくれている。 そう、最初から俺は被弾を気にせず、撃つことだけに集中すれば良かったんだ。 「これからは遠慮なくいくぜ!」 「次に手を緩めたら許さないんだから!」 規範法則限界の急旋回から、巨人の体躯に張り付くような軌道を描き、振り払う手を躱しながら、サテライト飛行へ。 その間、紅弾はミリ単位で調整された軌道に沿って、巨人の間接部分を容赦なく穿ち爆砕する。 トリガーを引くごとに昔の勘を取り戻していく俺と、操縦桿をきるごとに飛行軌道の鋭さを増していくハルヒ。 天井知らずに、ポイントが加算されていく。 「そこよキョン。もう少しで膝が崩れるわ」 「オーケー。二度と立てなくしてやる」 回避と攻撃が一体となった、鮮やかなヒットアンドアウェイ。他のこいずみくんが距離を置くまでに、俺たちの攻撃は凄まじかった。 そして――ゲーム開始から20分。巨人は、その惨憺たる巨躯を横たえて、燐光となって消滅した。 気づけば、俺たちのこいずみくん――名称・SOS――の獲得ポイントは、全体プレイヤーの2位にまで上り詰めていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 「1位ってどの機体なのかしら。気に入らないわね」 マニュピレーターから手を離しつつ、ハルヒが言った。 現在、巨人を倒し一躍有名となった俺たちは、高々度でこいずみくんを遊覧飛行モードに切り替えている。 眼下ではグレードアップした巨人が復活しているが、今は放置しておいて構わないだろう。 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/16(日) 22:54:17.34 ID:TQ2adfHR0 「世の中は広いんだ。俺たちを超える腕前のチームが存在していてもおかしくないだろうさ」 「だって悔しいじゃない。あんたには競争心ってものがないの?」 「あのな、これはプレイヤー同士がポイントを競うゲームじゃないんだ。協力して巨人を倒すゲームだろ?」 俺自身忘れかけていたゲーム概要を、悪ガキを諭す先生のように言い聞かせる。 折角安穏とした3D空間ぶらり旅を満喫してるってのに、1位と決闘したいなんて言い出されちゃ堪らないからな。 「んー……じゃあ初心者をちょっと教育してあげるっていうのは、」 「駄目だ! 一度でもプレイヤーキルしてみろ。俺たちの評判は地に墜ちるぞ」 「いいじゃん、暇なんだしー」 分かったのか分かっていないのか、ハルヒは唇を尖らせて、外の景観を眺める作業に戻った。 しかし――このゲームプログラムが巨人狩りだけのものなら、 退屈のあまり俺がハルヒの暴論に賛同してしまう可能性がないとも言い切れない。 俺はコンソールを叩き、暇つぶしにプレイヤーリストを閲覧することにした。 Raven....Oracle....Jack/O.....Nineball.... どれもこれも知らない名前ばかり。ま、それも当然か。俺たちだってこいずみくんに搭乗してから識別名を入力したんだ。 既知の名前があるはずない。俺はリストを閉じかけて、 「おいハルヒ、一位が誰か分かるかもしれないぜ」 並び替えができることを発見した。ファンクションキーを操作し、ランキング表示に切り替える。 ハルヒが勢いよく振り向く。ディスプレイに四つの視線が集まる中、スクロールが始まる。十位、五位、三位、二位・SOS、そして―― 「WAWAWAってなんだ?」 「WAWAWAってなによ?」 俺たちは、仲良く揃って同音同句の疑問を口にした。WAが三つ。命名者の真意が、読み取ろうにも読み取れない。 164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 00:41:04.95 ID:A2Q8sigt0 「特定の人間だけに分かる、何かの暗号かしら」 口元に手を当てて、ハルヒが推量を述べる。 「一理あるな。でも、WAWAWAの英字六つじゃ、暗号の籠めようがないと思うんだが」 「確かに無理があるわね。籠められたら籠められたらで凄いけど」 的確な俺の反論に、機内に沈黙が降りる。やがて解読を諦めたハルヒが、がしがしと髪を掻きむしって、 「WAが三つで[わわわ]……あーもう、理解不能だわ。もうちょっと捻りなさいよ、馬鹿じゃないの?」 悪癖を発揮し始めた。まあ、お前の歯に何かが挟まったようなむず痒さは分からんでもないが、 「こいつにはパイロットのセンスがあっても、ネーミングのセンスは最悪だったんだろ」 「じゃあ、適当につけたのかもね」 「その可能性が高い。ま、どっちにせよ、命名者が馬鹿であることに変わりはなさそうだ」 議論の焦点は、いつの間にか名前の真意解読から命名者への暴言大会にシフトしていた。 が、その謂われない誹謗中傷が電子情報となって届いたのか。はたまた安全区域で機体を遊ばせている俺たちを偶然見掛けたのか。 『馬鹿で悪かったな! お前ら、好き勝手罵りやがって』 強制的に通信回線が開き、元悪徳消費者金融の変声機使用済みボイスそっくりの声が聞こえてきた。 不味いな、もしかして今までの会話全て、丸聞こえだったりしたのだろうか。俺は一瞬、建前の謝辞を述べようとし、 「あんた誰よ! こっちはのんびりゲーム楽しんでるのに、邪魔しないでよね!」 挑発的な怒鳴り声にかき消された。威圧者に対する反抗姿勢は折り紙付きのハルヒである。だが、相手も黙って引き下がるような小心者ではない。 『俺か? 聞いて驚け! 俺はWAWAWAのキャプテンだぜ!』 178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:06:16.55 ID:A2Q8sigt0 「へぇそうなの。だから?」 だがしかし、口喧嘩では古今東西無敵を誇るハルヒ。 反抗されようものなら、反抗意志がなくなるまで打ちのめすのがこいつのやり方だ。 『だからって、ええと、だから………』 超高速ジャブで相手を困惑させ、追撃をたたき込んでいく。 「はっきり喋りなさいよ、情けないわね! あんたそれでも男なの?」 『男に決まってんだろ、俺のナンパ歴をなめんじゃねえぞ!』 「あたしナンパする男って大嫌いなのよね。軽いっていうか馬鹿っぽいっていうか」 『あ、また馬鹿って言ったな!』 キャプテンの切ない叫びが、スピーカー越しに響く。激昂しているのは明瞭だ。 ハルヒは止めに、冷艶な猫なで声でこう言った。 「あんたの言葉全てが馬鹿っぽいのよ。底が知れるわね」 『うわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁ』 なあハルヒ。もうそこまでにしておかないか。相手も十分反省しているみたいだし、 つーか、元はといえば俺たちが喧嘩売ったようなもんなんだし。 「あんたが言うならやめるわ」 素直に身を退いてくれたハルヒに安堵する。俺は三点リーダを垂れ流している通信を遮断しようとして、 『うちのが好き勝手に喋ってごめんなさい。僕らの用件は口論じゃないんだ』 どこか聞き覚えのある、幼い声音を聞いていた。いかに高性能な変声機であろうとも、声の特徴全てを隠蔽できるわけではない。 193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:38:20.37 ID:A2Q8sigt0 「口論じゃないとすると、何なんだ?」 「純粋に、君たちと腕を競いあいたくなったんだよ。ログイン時間は互いにほぼ同時刻。  ポイント獲得効率においてはこちらの方が若干上回っているけれど、実力は大差ないと思うんだよねぇ」 数値上では計れないことがある。だから実際に戦闘をして、どちらが上か確かめたいと? 「そういうこと。勿論、この戦闘において君たちには何のメリットもない。ハイリスクノーリターン。  僕の完璧な恣意的申し出だよ。賞品を用意できたらいいんだけど、賭け試合以前に、PKが禁止されているからね、このゲーム」 不合理だよねぇ、とさも残念そうにシステムへの不満を零す、第二の搭乗員。 先鋒のお調子者は自分がキャプテンだと豪語していたが、実質の指揮官はこいつと見てまず間違いないだろう。 「どうだい? 僕の我侭を聞いてくれるかなぁ?」 軽く放り投げられた挑戦状。だが、この三年間培ってきた俺の第六感が、そこに乗せられた覚悟の重みを告げていた。 「少し時間をくれ。こっちで相談するから」 「いいよ。なるべく早く返事が欲しいな」 スピーカーに暫しの別れを告げて、俺は前部座席に身を乗り出した。 「どうする? 面倒なことになっちまったけど、受けて立つか?」 「相手に不足はないわ。でも、あんたが気乗りしないなら蹴ってもいいわよ。わざわざ他のチームと揉めることもないんだし」 「えらく消極的じゃねえか。あれだけ退屈退屈って喚いてたのに」 こいつにとってはまさに千載一遇のイベントのはずだ。だが、ハルヒは煌々と夜空を照らす人工の月を瞳に浮かべつつ、 「あまりこのアトラクションだけに時間を使うことはできないわ。よ、夜のイベントだってたくさんあるんだし……」 俺は―――「     」   1、受けて立ってやる! 2、ハルヒの意向を尊重しよう  >>205までに多かったの 200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:42:00.98 ID:rzK+Ap9x0 2 201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:43:29.58 ID:jzHAwdRj0 2 202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:43:31.90 ID:LdNjvqn80 ハルヒのために2 203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:44:07.75 ID:MesIzPG00 2 204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:44:29.34 ID:79hI5x8+O 2 205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 01:45:11.81 ID:Bozg/kJh0 1 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 20:54:10.42 ID:A2Q8sigt0 トップランカーからの誘いを受けて、若干なりとも浮き足立っていた思考が冷えていく。 相手の、どちらが上なのか明確にしたい気持ちはよく分かる。 でもそれはあくまで、相手側の都合だ。受けて立ってやる義務はない。 「悪いが、今回はパスさせてもらう」 「キョン……」 ハルヒが、息を呑んでこちらを見つめる。いや、これはだな。 予約済みのディナーショーに夜影に映えるアトラクションと、夜のイベントは盛りだくさんだ。 お前の言うとおり、一つのアトラクションで時間を潰しすぎるのもどうかと思ったのさ。 『どうしてだい? こういった科白は好まないんだけど、もしかして怖いのかな?』 挑発にしては随分やんわりした物腰だな。 俺の意志を挫きたいなら、せめて臨戦態勢の森園生さんレベルでないと埒外もいいとこだぜ? 「畏れをなして逃げ出したとでもなんとでも思ってくれて結構だ。  こっちにも予定があってな、いつまでもこいずみくんライド☆にかまけてる余裕はねえんだよ」 きっぱりと挑戦状受諾不可を表明する。それを聞いた相手の男は、 『どうせ――がダダこねんたんだ――くそ――』 『これで良かったのね―――争い――よくないのね――』 しばらくWAWAWAチームの面々とプチ議論をしているようだったが、 『そこまで言うなら諦めるよ』 やがて、心底残念そうにそう呟いた。 ネチネチ嫌味を言われるんじゃないかと気構えていた分だけ、拍子抜けする俺とハルヒ。 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 21:13:15.71 ID:A2Q8sigt0 『君たちにも予定がある。熱くなりすぎて、そんな当たり前のことを失念していたよ』 「分かってくれたならいい。またの機会にでも対戦しようぜ」 社交辞令の挨拶を投げ返す。すると男は、スピーカー越しでも聞こえるように大きく溜息をついて、 『迷惑をかけてごめん。それじゃまたね、キョン』 最後の最後に――超ド級(死語か?)の爆弾を残して一方的に通信を切りやがった。 「おい待て、なんで俺の名前を知ってる!?」 個人情報を握られているという不安が、自動的に声のトーンを跳ね上げる。 が、既に通信は完全に切断されており、俺の声は虚しく機内に響くのみ。 「あんたをキョンって呼ぶのって……限られた人間しかいないわよね」 ハルヒは我が身のことのように表情を翳らせている。お前は余計な心配しなくていいんだ。 ほら、もしかしたら俺の知人だったのかもしれん。 大人数が集まる人気アトラクション内で遭遇する可能性はまさに天文学的確率だが、絶対ないとも言い切れないしな。 「違うわよ、あたしが心配してるのは――」 がしかし、俺のフォローはハルヒの心中を穏やかにするには微々たりとも役に立たなかったようで、 「ああもう、なんでこうなるのかしら!」 苛立ちを隠そうともしないまま、出発地点へと機体を下降させはじめた。 俺のことを知っている人間がいたことで不快指数が上がるのは俺であってもハルヒではあり得ないのに、何故こいつが苛立っているんだろう。 煮え切らない疑問が、胃に耽溺していく。轟という風を切る音や窓外の風景が、急に、色褪せて感じられた。 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 21:55:37.23 ID:A2Q8sigt0 ―――――――――――――――――――――――――――――― さて、3Dゴーグルから解放された俺とハルヒが、網膜に映る現実の非現実っぷりと三半規管の麻痺によって 慢性的な地震に襲われている通路を互いに支え合いながら進み、こいずみくんライド☆の正面玄関まで辿りつくと、 「こんにちわ……じゃなくて、こんばんわなのね。キョンくんと涼宮さん」 「よう、待ちわびたぜ。お前らには言いたいことが山ほどある」 「キョンの断り文句が虚言だったのか、疑いをかけ始めていたところだったんだ」 よく見知った面々が、それぞれ別の感情を胸に秘めて待ち受けていた。胃に溜まっていた不安が、瞬間的に氷解していく。 「野暮な質問だとは思うが、一応聞いとく。WAWAWAってのはお前らのチーム名か?」 「スタイリッシュかつハイテクなフォルムを連想させる、最高にイかした名前だろ? 俺が名付けたんだ――」 無駄に外来語を頻用する谷口は華麗にスルーして、 「そうだよ、勝負を持ちかけたのは僕だ。  中学時代からキョンがどこまで成長したのか確認したかったんだけどねぇ」 国木田が仮想空間での未練を垂れ流す。 そして最後に半歩退いていた阪中さんが、 「あのね、最初に気づいたのはあたしだったの。SOSっていったら、涼宮さんとキョンくんの二人しかいないもんね」 得意げに発見時の感動を披露してくれた。 つまり――俺たちの活躍の一部始終を見届けた後、谷口が勝手に首位権限で自動音声加工の通信を開き、 平和主義者の阪中が制止するにも関わらず、国木田が中学時代のシューティング魂を再燃させて俺に非公式試合を申し込み、 俺がそれを蹴った、と。事の顛末はそういうわけか? 「概ねそれで合ってるよ。ほんと、キョンが僕の申し出を断るとは予想外だったんだけどさ」 72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 22:27:41.59 ID:A2Q8sigt0 そう恨めしげな眼でこっちを見るな。俺だって、お前と白黒つけたい気持ちは山々だったんだが―― 「分かってる。予定があったんでしょ? 無理をいったのは僕なんだし、気に病むことはないよ。ゲーム中でも言ったけどね」 「ああ、キョンは悪くないぜ。"予定"があったんだからな。  ところで、涼宮のやつはどこ行ったんだ? さっきからあいつの姿が見えないんだが」 会話に割り込んできた谷口に辟易しつつ、俺は周囲を見渡した。 確かに言われてみれば、正面玄関まで肩を支えてやっていたハルヒは先ほどから気配を絶っている。 さっきまで隣にいたはずなんだがな。俺は古泉ばりに肩を竦めて 「さあな、トイレにでも行ったんじゃ、」 最もありえそうな消息理由を述べようとし、 「あ、涼宮さん、キョンくんの背中に隠れてるのね!」 服の背面部分を急激に引っ張られ、後ろにひっくり返りそうになった。 首をいっぱいに傾けて背中を見ると、俺の服を両手で握りしめ、身を縮めているハルヒの姿が。何やってんだお前は。 「改めてこんばんわだな、涼宮。散々俺のネーミングを馬鹿にしてくれた分、しっかりお返しさせてもらうぜ」 谷口がいやらしく口端を歪める。ビクリと身を震わせたハルヒは、まるで親鳥の庇護なしでは生きられぬ雛鳥のようだ。 妙に高圧的な谷口と、萎縮しているハルヒ。立場が、日常と完全に逆転している。 「さてさて、俺の純粋な好奇心から生まれ落ちた疑問にきっちり回答してもらうぜ。  なぁに、考える時間が要らないくらい簡単な質問だ」 「な、何よ……」 「何故お前らが二人っきりでここにいる? あの妙ちきりんな活動の一環なら、他のメンバーもいるはずだろ?」 言って谷口は、俺に「黙ってろ」と目配せした。こんな問答に何の意味があるんだか。時間の無駄だとしか思えないね。 90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 23:00:17.58 ID:A2Q8sigt0 生意気な口調に激怒したハルヒに、こてんぱんにされる谷口を予見する。 「それは……キョンが……たまには、二人でって……」 だが。ハルヒの口から漏れ出たのは、通常時の覇気が数百倍にまで稀釈化された弱々しい一言のみであった。 「ほう。それでお前は了承したわけだ。二人で。テーマパークに。デートしようっていう誘いにな?」 もうそこらへんにしといてあげなよ、という国木田の制止も聞かず、谷口は続ける。 「お前らっていつも一緒だよなー。学校でもプライベートでもさ。  俺、お前らのことを見る度に勘違いしちまいそうになるんだよな。もしかしてお前ら――おっと、危ない。この先は口が裂けても言えねえ」 谷口は際限なく調子に乗っていく。俺は普段と明らかに様子が違うハルヒが気になって、 「おい、どうして何も言い返さないんだ――」 再び首を捻ったまま驚愕のあまり硬化していた。ハルヒは、まるで重度の黄熱病に罹患したかのように顔を紅く染めている。 外気との気温差で、肌が過敏に反応したのだろうか。ポケットにつっこんでいたおかげで暖まっていた両手で、ハルヒの頬を包み込む。 「大丈夫か? 寒いんなら言えば良かったのに、なんで黙ってたんだ」 「え……あ……うん」 しどろもどろに返事をするハルヒ。その声は細く、今にも消え入りそうである。 どうやらここらで、谷口に熱〜いお灸を据える必要があるみたいだね。 制裁、粛正といった役所は本来俺にまわってくることがなく(主にハルヒ担当)、今回はかなり希少性の高いケースなのだが、 会話の流れからするにハルヒをこんな風にしちまった責任の一端は俺が担っているみたいだし、 懲らしめる対象が谷口であることが、行為後の後腐れのなさを裏付けしている。例え思う存分やっても、お咎めを食らうことはないだろう。 「ところで谷口。昨日の話では男女比率1対1といった話だったが、女子は阪中一人だけみたいだな」 120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/17(月) 23:29:12.89 ID:A2Q8sigt0 出来の悪い小学生でも分かるぜ。現在の男女比率が2対1という数学的矛盾にな。 「とすると普通に考えて、お前らのどちらかが、誘いをかけてフラれたこということになる」 俺は明日の天気予報を尋ねるように、すっかり菫色に染まった西空を眺めながら、 「あー、阪中。お前は国木田と谷口、どちらに誘われたか憶えてるか?」 「えーっと……」 「言うな阪中! こいつは極悪非道な犯罪者予備軍だ、うかつに口を滑らすと――むごむご」 出し抜けに支離滅裂な言葉を吐き出し始めた谷口を、後ろから羽交い締めにする。さあ、続きをどうぞ。 「国木田くんが誘ってくれたのね。明日一緒に行こうって。あたし、とっても嬉しかったのね」 「阪中さんは以前からこのテーマパークに行きたがってたからね。丁度いいと思ったんだ」 にこやかに会話を紡ぎはじめた国木田と阪中。その微笑ましい光景を見遣りつつ。 俺は静かに、今となっては浜辺に打ち上げられた海月のように消沈した谷口に、止めの剣を突き刺した。 「ということは、だ。誰一人として女子を誘えなかったのは、谷口――お前ということになる。  いや、誘ってはみたが誰にも承諾してもらえなかった、といった方が語弊が少ないのかもしれないが」 「wawa......wawaa.....wa........wawaaa.........wawawa.....」 壊れたラジオと化した谷口。国木田と阪中の手によって、不燃物処理場へと廃棄されるのは時間の問題だろう。 「仇は討ったぞ、ハルヒ」 もう大丈夫だぞ、と背中に隠れていたハルヒに呼びかける。 精神的ダメージによって事実上沈黙した谷口を見て、ハルヒは少しだけ微笑んだ。 「あ、ありがと。でも、あんたにしてはちょっとやりすぎかもね」 184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 00:57:55.26 ID:KvqLjiGN0 完熟林檎のようだった頬は白磁の色を取り戻していた。 見た感じ、熱はもう引いている。異常事態は一時的なものだったみたいだな。 俺は、もう一度頬を包もうと上げかけていた手を下ろし、 「お前ら三人は、これからどうするつもりだったんだ?」 阪中と談笑している国木田に水を向けた。 「僕たちはこれから夕食を取ろうかと考えていたんだよ。  本当はもう少し遅くてもよかったんだけど、君たちが早々にゲームをやめちゃったから」 はいはい分かった分かった。いい加減しつこいぞ。今度お前と来たときは、心ゆくまで勝負してやるから。 「ルソー、ちゃんとご飯食べてるかな……」 夕食という単語を耳にした阪中は、遠い目で豪邸にいる愛犬のお食事事情を気に掛けていたが、 「そういえばキョンくんと涼宮さんは、もう食べるところ決まってるの?」 はた、と名案を思いついたように瞳を輝かせて、 「決まってないならあたしたちと一緒にどう? きっと、皆で食べれば楽しいのね!」 刹那――微妙な空気が流れた。国木田はフリーズドライされた野菜のように人懐こい笑みのまま静止し、 谷口は精神的大ダメージから立ち直れていないのかうんともすんとも言わず、ハルヒは酸欠状態に陥ったかのように口をぱくぱくとさせている。 阪中のお誘いは純粋に嬉しい。だが、俺たちは特待パスポートのおかげでディナーショーを予約してあることになっている。 予定の変更は俺とハルヒ次第。さて、どうしたものか―― 1、ディナーショーに行こう。鶴屋さんの計らいを無碍にはできない。 2、阪中たちとどこかで適当に食べよう。また何かの拍子に、ハルヒが真っ赤になりそうで不安だが…   >>200までに多かったの 185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 00:58:30.16 ID:GJ/U0fPh0 これは1だろ… 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 00:59:54.90 ID:FfaGoj3A0 1で 187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 00:59:57.74 ID:NPYLVpNL0 1 188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:00:23.91 ID:QbuP4+VA0 1以外ありえない 189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:00:33.89 ID:4NlXlU+m0 1 190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:00:35.32 ID:FAHE6gZI0 1だろう 191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:00:45.89 ID:+BViWJXYO ここはあえて・・・ やっぱ1で 192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:00:48.67 ID:bGPcAidW0 1いやあえて2 193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:01:13.10 ID:O37uFNX3O 1 194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:01:15.46 ID:Tfjh1AvDO さすがに1だな 195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:01:36.40 ID:7IJ6u6IJO 2にしようと思ったがやっぱ1 196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:01:45.80 ID:s01rChzj0 1しかなさげ 197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:02:03.90 ID:qzIx/DTO0 どう考えても1 198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:02:10.72 ID:214ANLH/0 1 199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 01:02:36.31 ID:oKoB8J7LO 1 200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:02:38.40 ID:y3Rrb9ekO 1 221 名前:gdgdすぎて修正[] 投稿日:2007/12/18(火) 01:50:03.84 ID:KvqLjiGN0 「誘いは嬉しいんだが、ディナーショーを予約してるんだ。ここからは別行動ということになる」 「折角会えたのに。でも、それなら仕方ないのね」 納得したように頷く阪中。微妙に張り詰めていた空気が、徐々に呼吸しやすい空気に回帰する。 と、それに従って金縛りからとけたのだろう、国木田は引きつった笑みを解凍しながら、 「キョンと涼宮さんが予約しているのって、中央ホールのディナーショーのこと?」 頭に引っかかっていたものを取るようにそう尋ね、 「中央ホールで6時から、って書いてあるわ。ショーの内容は記載されていないけど……」 「すごいよ、本当に凄い!」 ハルヒがディナーショー開催位置を復唱した瞬間、驚嘆の声を上げた。そしてチケットが自分のものでないことに気づくと、 「いいなぁ。君たちが羨ましいよ。もし持っているのが君たちじゃなかったら、外聞をかなぐり捨ててまで手に入れたい代物だよ、それ」 羨望の視線を俺に、憧憬の視線を胸元のチケットホルダーに向けてくる。 高級料理のオンパレードであることは想像に難くないが、そこまで価値のあるものなのか? ショーの内容は未発表なんだぜ? 「キョンは情報誌とか読まないんだよね。いいかい、今日そこでライブするのは――」 「そろそろ行くのね。あたし、お腹空いちゃった」 気になる部分で、阪中が会話を分断する。だが、その催促ももっともだ。 ふと空を見上げれば。菫色だった空は紺碧に塗り替えられていて、 仮想空間とは違う現実の月は、時間と共に確実に存在感を増し始めていた。夜の帳が、降りようとしている。 「それじゃ、そろそろ僕たちは行くよ。また学校で」 「wawa......waa....wa........じゃあな、キョン」 「寂しいけど、バイバイなのね」 245 名前:ちなみにライブするのはENOZじゃないよ[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:25:01.49 ID:KvqLjiGN0 じゃあな、と軽く手を振って別れを告げる。 最後まで壊れたままの谷口が少し気がかりだったが、明後日あたりには完全に自己修復しているだろうし、 俺があいつ言葉責めをしたことは悔悟すべき事柄じゃない、と割り切ることにした。 「俺たちも行くか。中央ホールまでは遠いから、今から向かえば丁度開演時刻の30分前ってところだ」 「………え、なに?」 ハルヒは三人が雑踏に紛れた方に、目を奪われていた。双眸はまるで寝起き時のようにトロンとしている。 まだこいずみくんライド☆の感覚が抜けきっていないのか? なんならもう10分くらい休憩してもいいが。 「ううん、もう大丈夫よ。さっきはなんて言ったの?」 「時間が迫ってるし、そろそろディナーショーに行かないか、と」 「そうね。でも30分も時間あるなら、ちょっと寄り道していってもいいかも」 こいずみくんライド☆前からは、それぞれ東方面と南方面に通じる大きな通路が、二本に分かれている。 寄り道せずに直行するもよし、開演時間ギリギリまで寄り道していくもよし。だが……こういう二択ってのは決めるのが難しい。 寄り道すれば思わぬ出会いがあるかもしれないし、早めにホール前に行けばバンドの人たちと会えるかもしれない。 どちらにするか悩んだ挙げ句、俺はハルヒに選択権を譲渡しようとし、 「キョンが決めて良いわよ。あたしはそれに従うわ」 例によって例の如く、俺の判断力に一任された。ここは―― 1、まだ時間はある。寄り道しよう 2、寄り道せず、真っ直ぐホールに行こう 3、ハルヒは少し眠そう(?)だった。ベンチで休憩しよう >>255までに多かったの 246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 02:25:53.87 ID:GJ/U0fPh0 3 247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 02:27:05.05 ID:Pzf5bCR60 2 249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:27:21.13 ID:bGPcAidW0 3 250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:27:53.88 ID:pJCOJbmkO 3 251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/18(火) 02:27:59.02 ID:Pzf5bCR60 >>248 乙です。 252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:28:08.89 ID:6EoWwGt3O 3で 253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:28:22.76 ID:7IJ6u6IJO 3 254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:28:43.42 ID:9/M/tfeuO 3 255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 02:29:46.25 ID:6cg0hYbZ0 3 398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 19:54:09.40 ID:KvqLjiGN0 「それよりお前、疲れてるんじゃないのか? さっきも顔紅かったし」 「いきなり何よ。あたしはちっとも疲れてないし、顔も全然紅くなんか――」 ごにょごにょと否定するハルヒの手を引いて、近場のベンチに座らせる。 強引な形になったが、これもお前の身を慮っての行動なんだ。批判は受け付けないぜ。 「こんなとこでじっとしてるなんて勿体ないわ。何考えてるわけ?」 激しく抵抗するとまではいかないものの、脚をパタパタとさせるハルヒ。 そのなんでもないような仕草に、息が詰まりそうになる。あぁー、その。ここで誤解なきようにするには、 休憩所望の人間が溢れている夜のテーマパーク内で、ゆとりを持って座るためだけにベンチを専用することはまず不可能であり、 よって零に等しくなったハルヒとの距離のせいで揺れる艶美な脚線が網膜に映り込んだのは不可抗力であったと弁明しなければなるまい。 俺は湧き出ようとする劣情を押しとどめるべく瞑目し、 「じゃあ、これならいいか? 俺が休みたくなったんだんだ。こいずみくんライド☆で疲れたんだよ」 先ほどの提案は「俺の我侭」だということにした。これならハルヒは俺の提案を無碍にはできまい。 他人の懇意を尊重するようになったハルヒの心理の逆利用。二年前には想像だにしなかったそれを、俺は識域下で実践していた。 「よくぬけぬけと心にもないことを言えるわね。いいわよ、あんたがそういうなら座っててあげる」 しょうがないわね、と溜息をついてハルヒは脚の動きを止めた。二重の意味で安堵する。 「もう知ってるヤツには会いたくないわね」 「どうしてだ?」 「だって面倒じゃない。まあそれでもアホの谷口よりは万倍マシだけど」 「夜になっても人は減るどころか増えてるんだ。また誰かと鉢合わせするかもしれないぜ」 「その時はダッシュで逃げるわ。あんたも一々声かけちゃ駄目だかんね」 極度に既知の人物との接触を避けるハルヒに、吹き出しそうになる。お前、誰かに弱みでも握られてるのか? 410 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 20:40:40.63 ID:KvqLjiGN0 「まあ、そんなもんかしら……」 語尾を曖昧にしたまま、ハルヒは顔を渋めて空を仰いだ。 手持ちぶさたになった俺も、空の代わりに雑踏へ視線を落とす。 刻々と時間は過ぎていく。老若男女の人波は、夜の食事場を求めて走り回っていた。 如何に巨大テーマパークといえども、内包できるレストランやファストフードの数には限度がある。 夜と昼の境界にあたるこの時間帯。 有名店は言わずもがな、さほど注目されていない店でも、その店外には長蛇の列ができているに違いない。 「食事一つするにも一苦労だな。俺たちは並ぶ必要ない分ゆっくりできるが」 感想を投げつつ、右隣から消えた気配を辿る。灰色のコートの男性が、雑踏の中に消えていった。 一人、また一人と、ベンチから人が消えていく。それと比例するように、雑踏の人影は増していった。 「大都会の大通りの再現みたいだ。いや、それ以上か」 混沌としてきた雑踏から、焦点を引き下げる。 ベンチに座り続けているのは、既に俺たちと3組のアベックのみになっていた。 四つの椅子に四組の男女。一組あたりが占有できるスペースにはかなりの余裕がある。 「ハルヒ、狭かったらもっとそっちによってもいいんだぞ」 十秒後。待てど暮らせど返事は帰ってこない。 無視されるなんて心外だね。微動だにしないのがそのまま意思表示ってことでいいのか? 「おいハルヒ、」 困惑した俺は左に首を捻ろうとし――初めて肩に重みを感じて、ハルヒの無言状態の理由を知った。 やれやれ、俺の直感も捨てたもんじゃないってことか。やっぱりおまえも疲れてたんじゃないか、この嘘つきめ。 ハルヒの耳にそっと囁く。すぅすぅと幽かに寝息を立てるお姫様は、くすぐったそうに身動ぎした。 427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 21:16:46.17 ID:KvqLjiGN0 ―――――――――――――――――――――――――――――― 『わざわざベンチで見せつけやがって、殺ス、コロス、ころ――』 『挑発なのか? それは俺たちへの挑発なのか?』 『く、悔しくないもんね、お、俺は、うわあぁぁぁぁああ』 道行く男性グループからの怨嗟の視線照射を防ぎはじめて、はや30分。 にわかに活気を失った雑踏から腕時計に目をやると、時間は丁度良い頃合いになっている。 そろそろ歩き始めないと遅刻するかもしれない。だが―― 「すぅ、すぅ」 ハルヒは俺の焦燥を露ほどにも知らず、定期的に寝息を漏らしていた。熟睡している。 「ここまで気持ちよさそうに眠ってられちゃ、起こす方は辛いよな……」 独りごちる俺。 世の中の母親の気持ちを少しだけ理解できたのはいいが、ここからどうするかが問題だ。 朝が弱い人間は目覚まし時計で起きるというのが一般的常識だが、妹の物理的攻撃による起床が日常的な俺は、 いざ起こす側となっては果てしなく無力である。声を掛けて起こすべきか、揺り動かして起こすべきか。 どちらの方がハルヒにとって良い目覚めとなるのか、全然分からない。 「んー、むにゃむにゃ」 心地よさそうに寝言を漏らすハルヒ。……こっちの気苦労も知らないで。 ま、朝からずっと歩き回って休憩もなしにアトラクションを乗り継いできたんだ。 この睡眠で少しなりとも疲れが取れたんなら、俺はちっとも迷惑に感じたりしないんだけどさ。 だが――。タイムリミットは差し迫っている。もう、問題を遷延することはできない。 俺はハルヒを、  1、揺り起こすことにした 2、声を掛けて起こすことにした    >>435 435 名前:くびきりうさぎ ◆CWqpjLFVQc [] 投稿日:2007/12/18(火) 21:19:10.75 ID:K/kIRIztO 当然2 455 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 22:12:03.12 ID:KvqLjiGN0 「おい、起きろ。これ以上眠ってたらディナーショーに間に合わなくなるぞ」 俺は数瞬悩んだ挙げ句、声を掛けて起こすことにした。耳元に口を近づけているので、周りには拾われない程度の声量だ。 だがそんな俺の配慮も虚しく――ハルヒは鬱陶しそうに寝言を漏らすのみだった。 「……るさい……わね……」 俺の聴覚神経が正常ならば、確かに今、うるさいと聞こえたんだが。逸る気持ちを抑えつつ、もう一度声を掛ける。 「おい、起きろってば――」 「……うるさいわね」 ええいこいつめ、人を馬鹿にしてからに。 「起きろって言ってるだろ。いい加減にしないと放ってくぞ」 心にもない脅しをかけてみる。と、頑なに瞑られていた瞼が、ゆっくりと開いていく。 そして瞳が半分ほど顕わになった頃、ハルヒは俺の肩から頭をもたげて 「ん……おはよう、キョン」 よう、目覚めはどうだ。一から状況説明する必要がありそうか? 「えっと……こいずみくんライド☆に乗って、ベンチに座って、その後……」 転た寝してたんだよ、随分気持ちよさそうに眠ってたぜ。ディナーショーの夢でも視てたのか? 寝起きの耳には届いているかも怪しい、からかいの言葉。 だが――それはハルヒにとっては覚醒剤にも等しい効力を持っていたようで、 ぽやぽやしていたハルヒの表情は、急速に通常時の隙がないそれへと変貌していく。 羞恥に顔を染めてぐしぐしとよだれを拭うハルヒは、まるで父親に自室を覗かれた思春期の女の子みたいで可愛らしい。 478 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/18(火) 22:57:06.81 ID:KvqLjiGN0 「あたし、いつから寝てたの?」 「さあな、気づいたときには熟睡してたから」 「不覚だわ………テーマパークに来てるのに眠っちゃうなんて」 いいんじゃないか。3Dゲームってのは視覚に負担をかけやすいんだ、脳が休息を求めてもなんら不思議はない。 「でも、あんたに退屈させちゃったし」 「別段退屈でもなかったぞ。お前の寝顔を観察するってのも有意義な時間の過ごし方だと、」 途端、ハルヒはキッと俺を睨付け、 「今すぐ従前30分間の記憶を消しなさい」 そいつは無理な相談だ。お前の無防備な寝顔は網膜に焼き付けて脳内アルバムに永久保管済みだからな。 「ッ!! あんたにはデリカシーってもんが、」 「冗談だよ、冗談。ま、写真に納めたいほどレアな一面を垣間見ることができて嬉しかったのは事実だぜ」 寝顔の一つや二つ別に恥ずかしがることでもないだろうよ、とのらりくらり弁解しつつベンチを立つ。 ハルヒもそれに追随するが、平衡感覚が取り戻せないのか、足下が覚束ない。 「御手をお貸ししましょうか、お嬢様?」 「結構よ」 強がるハルヒに苦笑して、俺は中央ホール目指して歩き始めた。歩調は遅めの、散歩するような速度。 ディナーショーの開演時間には、このペースではとても間に合わない。だが執事たるもの、常に優先すべきはお嬢様だ。 「ゆっくり行こうぜ。ちょっとくらい遅刻しても入れてもらえるだろ」 やがて隣にハルヒが並ぶ。依然唇は僅かに引き結ばれていて、頬も若干ふくらんでいたが――俺には分かっていた。それが、ハルヒなりの照れ隠しだということに。 528 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 01:01:47.54 ID:27+zdgbV0 ―――――――――――――――――――――――――――――― ところで、ディナーショーという単語を聞いて皆さんは何をイメージするだろうか。 食事は勿論のこと、味覚以外でお客を愉しませる方法についての話だが。 一概にディナーショーといっても、親子連れに受けがいいマスコットキャラクターの喜劇や 中年の方々に人気の艶美なダンスショーなど、年齢層に適したイベントによってこのカテゴリは細分化されている。 そしてその中でも最もポピュラーなのが、有名バンドによる生演奏だ。 演奏するバンドにもよるが、若者の間では圧倒的にこのタイプのショーが好まれる。 その理由は一概には言えないが、慣れ親しんだ音楽に浸りながら束の間の大人気分を味わえるという魅力が主だろう。 さっきから他人事みたいにディナーショーのカテゴリを分析している俺だが、もしどのタイプを選びたいのかと聞かれれば、 俺だって一般的な若者の例に漏れず即答でライブを聴きながらのディナーを所望するさ。 まあもっともその願いも、目まぐるしく移り変わる視覚情報に翻弄されるよりも ライブ演奏をBGMとして聞き流しつつ本命の料理を愉しみたい、という屈曲した持論から来ているんだが―― 「本当にFrom bubbleが来てるだなんて……」 今現在、俺は口をあんぐりと開けた(比喩ではなくマジで)ハルヒの横で、 超有名jazzバンド「From bubble」の演奏に聴き惚れていた。ちなみにこのバンド名を知ったのは、ついさきほどのことである。 だが、空気にアルコールを攪拌させるような流麗な旋律と、アコースティックギターを手足の延長のように扱う神技に、 俺は入場してから5分後には、すっかりFrom bubbleの虜になっていた。 とてもじゃないが、これを聞き流しつつに食事を愉しむなんてことはできそうにない。……嘗めていた。 バンド演奏をBGMにする、とかなんとかほざいていた過去の自分が、最高に馬鹿げて感じられる。 「……それでは、しばらくは食事をお楽しみ下さい。後ほどある主要曲の演奏までには、まだ40分ほど時間がありますので」 主奏者らしき人物が一礼するのを見て、初めて一曲目が終わっていたことに気づく。 テーブルを見れば、並べられたオードブルには殆ど手が付けられていなかった。 主奏者含めバンドメンバーは全員ダークグレーのホンブルグを目深に被っていた。素顔を完全に確認することはできない。 やがて繊細なクレシェンドとともに、上品なjazzが流れ始める。こちらは一曲目とは違い、完全にBGMとして弾かれているようだ。 556 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:02:49.71 ID:27+zdgbV0 「これは国木田が羨むのも頷けるわね。吃驚したわ。鶴屋財閥のテーマパークだから何でもありだとは思ってたけど」 ハルヒが、ほう、と嘆息を漏らす。まだ余韻から醒めやらぬ状態で発音したせいで、頬杖は今にも崩れそうだ。 「実際に耳で聞いてこのバンドの凄さは十二分に理解したつもりだが、そんなに有名なのか?」 「有名なんてもんじゃないわよ。jazzバンドの代名詞ね。普段あんまり音楽を聴かないあたしでも知ってるのに」 呆れたようにこちらを見るハルヒ。時代の流行に疎いことをここまで後悔したのは初めてなんだ。 とりあえず明日には発売中のCD全てを購入する所存だから、もっと詳細を教えてくれないか。 「いい? From bubbleは徹底的に正体不明のバンドなの。  分かってるのは、奏者が全員初老の男性であることぐらい。顔も帽子で半分隠れてるしね」 「週刊誌のカメラマンに盗撮された経歴もないのか。余程ガードが堅いんだな」 ハルヒはほくほくとしたムール貝のブルギニヨンバター焼きを口に運びつつ、 「そりゃもう、音楽関係者でさえ知らないって噂よ。本当の顔を知ってるのなんて家族ぐらいじゃないかしら。  まさに秘密のベールに包まれてるって感じだわ」 秘密のベールか、魅惑的な響きだね。これ以上情報の収穫は見込めないと判断し、俺もオードブルに手をつけることにする。 フォークとナイフの使い方は学習済みなので、食事行程に支障はない。スモークサーモンのキッシュを二口サイズに切り分けて、口に運ぶ。 スモークの芳ばしい旨みと狐色に焼けたホワイトソースの甘みが、口蓋で自己主張しあい、やがて交ざり合う。 使い古された例えだが――舌が蕩けそうなほど旨い。ま、当たり前のことなんだが。 改めて、周囲を見渡してみる。モルタル塗りの壁に、淡い暖色の照明。 そこにjazzの旋律が絶妙のテンポで融け、まるで街外れのバーのような妖しいムードが漂っていた。 ホール内で唯一のティーンエイジャーある俺とハルヒは、もう幾度となく、他の客からの奇異の視線に曝されている。 「俺たち、浮いてるよな」 「わかりきったこと言ってもしょうがないでしょ。鶴屋さんの采配がなかったら、多分一生かかってもこんなディナーショーに出席できないわよ」 577 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:49:18.55 ID:27+zdgbV0 まったくだ、と首肯して、俺は再びナイフを操ることに専念することにした。 身分不相応とか場違いとか、一々気に病む必要はない。来た以上は存分にディナーショーを楽しまないとな。 ――――――――――――――――――――――――――――――― オードブルがなくなる直前、メインディッシュがウェイターによって運ばれてきて、テーブルの上は一気に賑やかになった。 フレッシュフォワグラのソテーも和牛フィレ肉のポアレもレンズ豆のポタージュもどれもこれもが所見であり(当然だ)、 俺はついテーブルマナーを忘れてその殺人的な美味しさを堪能しそうになっていたが、 「はしたないですわね、もっと落ち着きをもって味わいなさい」 まるでどこぞの上流貴族みたいに完璧なナイフ裁きを見せるこいつは、一体何者なんだろうね? お前には一入の感慨による食欲暴走といった生理的反応がないのか。俺たちは最高級フランス料理を賞味しているんだぜ。 「それとこれとは関係ありません。どんな味であろうと動じない。それが淑女の嗜みというものではありませんこと?」 さいですか。すっかり役になりきっているハルヒに緘黙しつつ、俺はグラスに手を伸ばした。 持ち上げて、軽く傾ける。グラスの中で踊る琥珀色の液体は、白ワインではなくただの水だ。 未成年は飲酒不可。こればっかりは、鶴屋さんもどうにもできなかったようである。 ま、こんなとこでハルヒに飲酒されちゃ、泥酔状態のハルヒがもたらす惨状の事後処理を担当するのは必然的に俺になるわけで、 結局水で良かったという結論に帰結するには帰結するのだが、 「水はねぇよ。せめてジュースだろ」 「いいえ、これで良いのです。あのような甘味著しい低俗な飲み物では、高尚なフランス料理が汚されますわ」 ………やれやれ、お嬢様になりきるのも大概にしとけよ。生徒会長みたいにペルソナに食われることになったら厄介だからな。 だが。俺は心中で諌言を呟きつつも、この口調に得体の知れない感情が生まれ始めているのを感じていた。嘘だ、俺は認めないぞ。俺がお嬢様萌えだったなんて―― ここは話題転換に限る。まだFrom bubbleの主演奏までには時間があるし、小話くらいはできるだろう。 話題提起>>586まで多かったの 1、俺たちが去年の文化祭でしたjazz演奏、憶えてるか? 2、ちょっとアルコール頼んでみようぜ 3、From bubbleについてもっと聞きたい 580 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:51:04.48 ID:NdH32dHq0 2で 581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:51:25.57 ID:NdH32dHq0 乙です 582 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:51:36.59 ID:1g6H+BM+0 1 583 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:51:49.27 ID:dTWsLg0N0 乙 1 584 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/19(水) 02:52:04.25 ID:bF0u/uJE0 1に1票 585 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 02:52:59.05 ID:FLsfXcxn0 1 586 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/19(水) 02:53:02.05 ID:orbBZ6tn0 乙!!2で 735 名前:ちょこっと修正ver[] 投稿日:2007/12/19(水) 20:31:24.31 ID:srRHJRL0 ナイフとフォークを置いてBGMのjazz演奏に耳を傾ける。 そうしていると、眼窩に去年の文化祭の光景が映し出されてきた。気がつくと、俺はハルヒに水を向けていた。 「去年の文化祭でのjazz演奏、憶えてるか?」 「あったりまえじゃない。昨日のことのように思い出せるわ」 憤慨したようにハルヒは言い切った。そして反芻するように中空を視線を浮かべながら、 「みくるちゃんがトランペットで、古泉くんがドラムで、有希がアルトサックスで――あたしがヴォーカルで、あんたがギターを担当したのよね」 「その通りだ。今だから言えることだがな、よく発表まで漕ぎ着けたと思うよ。あのときはマジで切羽詰まってたし」 「あら、あたしは最初から成功すると思ってたけど? 実際の演奏もほとんど完璧だったしね」 私的満足度100%のハルヒに、どうだか、と頭を振って目を閉じる。 昨年の10月中旬。その時の記憶は、今でも瑞々しいまま脳梁の引き出しに仕舞われている。 例によって例の如く、God knowsのカバーをやりたいと言い出したハルヒが引き金となって、jazzバンド「Type SOS」は急遽結成された。 経験もあってjazzのリズムにいち早く適応したハルヒと、あらゆる基礎技能が神クラスの長門を除いたメンバーは、練習の度に慣れない楽器と悪戦苦闘していた。 朝比奈さんがトランペットのピストンをパフパフ弄ったり、古泉がスティックの構造把握に勤しんだり、 俺がギターの不自然でない持ち方の研究に励んでいたりしたところを、一体何度ハルヒに見つかり厳酷な指導を受けたことか。 演奏発表の3日前には何とか形になり、前日には普通に聞ける程度になり、当日に一応の成功を納めることができたのは、間違いなく長門のアドバイスのおかげだ。 ハルヒは余裕だったと吹聴しているが、あのときは本当にやばかった。発表当日帰宅後、連日の練習の過酷さに寝込んでしまうくらいに。 ま、それでも後日のハルヒの笑顔を見ると、ギターの技術を習得できたし充実感は有り余るほど得ることができたし、結局はバンドを結成して良かったな、と思えてしまう俺がいたんだが。 「でもね――」 と、俺が懐古していると、出し抜けにハルヒがニヤつきながら、 「一人だけ、いつまでたっても上手にならないヤツがいたのよね。  みくるちゃんが同情しちゃうくらいへたくそなのよ。流石のあたしも、これじゃ文化祭当日までには間に合わないかも、って思うくらいに」 751 名前:名無しさん[] 投稿日:2007/12/19(水) 21:09:31.82 ID:srRHJRL0 その言い方が気になって、記憶の糸を辿る。 古泉はきちんと練習時間に比例して上手くなってたし、長門は元から完璧に演奏できていたし、朝比奈さんはなんとか期限内には吹けるようになっていた。 「……お前の考え違いじゃないのか?」 ハルヒは俺の言葉を無視して続ける。 「んでもって、そいつは意地っ張りで強情で、なかなか人に教えを請おうとしないの」 大馬鹿だな。人間誰しも一度は、形振り構わず頑張るってことを経験しなくちゃならないってのに。 「あんたもそう思うでしょ? このままじゃダメだー、って分かってるのに、プライドが邪魔してたんでしょうね」 お前に矜持云々を指摘されるようじゃ、そいつは相当頭の硬いやつだということになるが、長門朝比奈さん古泉の三人にその特徴は該当しない。 足りない頭を絞ってみても答えは一向に見当たらず、率直に尋ねてみることにする。 「なあ、それは誰のことを言っているんだ?  俺の記憶が劣化せず、また何者かに改竄されていないとするなら、誰一人としてそんなヤツはいなかったはずだぜ?」 「質問を変えるわ」 心底疲れた表情で、ハルヒは溜息とともにはき出した。 「発表前日まであたしの個人レッスン受けてたのは誰だったか、よーく思い出しなさい」 「……あ!」 初秋の夜長。音楽室での記憶が、一気に蘇る。 最終下校時刻を過ぎた校内で、ハルヒに見守られながらギターの弦を弾いていたのは―― 「俺のこと、ね。でも随分酷い言い草じゃねえか。ちゃんと俺は間に合ったぜ」 「あたしが付きっきりで教えてあげたおかげでしょー。まったく、あたしが教授を申し出るまで、ずっと一人で悶々してたんだから」 760 名前:名無しさん[] 投稿日:2007/12/19(水) 21:47:36.18 ID:srRHJRL0 ハルヒは優雅にグラスを左右に揺らしながら、 「みくるちゃんに聞かされたときは焦ったわよ。  あんたが有希の正確無比な指摘で上達しないこと以前に、練習がうまくいかないことを隠してたってことに」 「知られたらお前が怒ると思ってたんだろうな、その時の俺は。  問題を先延ばしにしても何の解決にもならないことは、分かりきっていたはずなんだけどさ」 そして事実、その日から俺はハルヒに、強制的に個人レッスンを受けさせられることになった。 「あんたってば、全然あたしの言うこときかなかったわよね」 「お前の教え方は上手かったけど、俺にはちょいとレベルが高すぎたんだよ」 「あら、あたしは懇切丁寧に教えてあげたつもりだけど?」 「音楽に関する才能で、お前の基準と俺の基準には元から雲泥の差があったんだ。溝が生まれるのは必然だったんだよ」 当時の思い出話が尽きることはない。 焦燥感を滲ませるハルヒと理解力に乏しかった俺は、何度も何度も衝突した。 今から思えばハルヒの教えに素直に従っていれば良かったのだが、 悲しいかな、人とは享受される側であるにも関わらず反発の姿勢をとってしまう生き物なのである。 「一人でやる、ってお前を突っぱねたこともあったな」 「それであたしも、じゃあ勝手にやりなさいよ、って音楽室を飛び出したんだっけ。売り言葉に買い言葉ね」 唯一無二の、俺だけを見てくれる先生のいなくなった音楽室で。 俺は開け放たれた扉から目を背け、黙々と独り練習を再開しようとしたが―― 「でも、やっぱ独りじゃダメだって気がついて」 いつの間にか、俺の指はハルヒの携帯電話に電話を掛けていた。 「本当にびっくりしたわよ。だって通話ボタンを押した瞬間、あんたったらいきなり謝ってくるんだもの」 775 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 22:31:58.39 ID:srRHJRL00 ふふ、と微笑するハルヒに、つい顔を背けてしまいそうになる。 当時の衝動的な行動をありありと思い出して赤面しているのを悟られたら、もっと弄られそうだ。 俺はハルヒの関心を逸らすべく、 「俺だってびっくりしたぜ。速攻で切られて電源OFFにされるかと覚悟してたのに、すぐに戻ってきてくれたんだからさ」 俺の謝罪後のハルヒの行動を、無脚色のまま陳述することにした。再び先生と生徒が揃った音楽室で、 あたしも言い過ぎたわ、なんて控えめなハルヒの言葉から反省会が始まったんだっけ。 「あ、あたしも悪かったと思ってたのよ。でも、あのまま電話してこなかったら本当に帰るつもりだったんだからね?」 今度はハルヒが恥ずかしそうに目を伏せる。一時的に形勢が逆転した。 俺が電話した3分後に音楽室に姿を見せたことから、俺はハルヒが校内の何処かで隠れていたんじゃないかと踏んでいるのだが、 ま、ハルヒが帰路についていたと主張している以上、追求することもないだろう。 「その後の練習は、至極順調に進んだよな」 「どっちが言い出したのかは思い出せないけど、あんな方法があったなら、最初から試していればよかったわ」 悔しそうにハルヒが呟く。それから俺とハルヒは同時に顔を見合わせて、 「あたしが歌うのに合わせた途端、一発で綺麗に弾けるんだもの」 「今までの練習はなんだったんだ、って思えるくらいに上手く弾けたよな」 これまた同時に、苦笑を零した。 ま、その練習法による上達効率上昇も、論理的に考えれば当然のことなんだが。 俺は絶望的にjazzのテンポを取るのが苦手だった。音楽とは、譜面通りに弾いても修得するものではなく、感覚として掴むもの。 jazzはその最たるジャンルの一つだ。ハルヒの歌声を注意深く聞き取ることで――俺はようやく、jazzを理解することができたのである。 「次の日のリハーサルで皆に驚かれたっけ。長門まで目を丸くしてたもんな」 「要はきっかけだったのよ。あんたは誰よりも練習してたんだし」 791 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/19(水) 23:17:01.99 ID:srRHJRL00 「そ、そうか?」 妙に俺を立てるハルヒに、戸惑いを隠せない。 俺は胸の辺りで生まれたむず痒い感情を殺すように、グラスの水を飲み干して、 「いや、きっかけ云々以前に、やっぱりお前のお陰だと思う。  お前の個人レッスンがなけりゃ、お前の歌声でテンポをとれるようになっていなけりゃ、当日は失敗していただろうし」 「そんなことないわよ。あんたの努力が報われたのよ」 しかしやはり俺を立てるハルヒに、違和感を感じていた。 ハルヒの双眸には、決心しては躊躇ってを延々とループしているような、そんな逡巡の光が揺蕩っている。 ――こいつ、酔ってるのか? 水で酔う人間は俺が知る限りいないが、ハルヒがこの妖しいムードに当てられた、という可能性は十分にあった。 ハルヒは芯が強いように見えて、その実、雰囲気に流されやすい。舞い降りるはずのなかった沈黙が、会話の隙間に潜り込んでくる。 これは良くない兆候だ。どことなく嫌な予感がした俺は 「そういやこの前――」 即席の話題転換を画策し、 「ねぇ、あたしずっと言い忘れてたんだけど」 ハルヒの独白に、言葉を遮られていた。従来とは一線を画した真剣な口調に、口をつぐむ。 「ほんとは、もっと早くに言わなくちゃいけなかったんだけど……」 BGMが遠のいていく。口の中はさっき水で潤したばかりだというのにからからで、固唾を呑もうにも呑めない状態だ。 やがてハルヒの薄桃色の唇が、小さく動く。だが、ハルヒの喉から声が漏れる直前――― 「大変永らくお待たせいたしました。これより、From bubbleの主演奏を開始しいたします。」 818 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 00:32:17.15 ID:c8zWvtjJ0 司会者の明朗な声が響き渡った。静逸を保ちつつお喋りを愉しんでいた客たちの視線が、一斉にステージに集中する。 加速度的に、ホール内が喧噪に包まれていく。From bubble再登場の期待に、ディナーに参加している人間全員が浮き足立っていた。 「あ――」 ふと、ハルヒの言葉の続きがいつまで立っても訪れないことに気づく。戻した視軸の先、そこには、 「いよいよねー、愉しみだわ。最初の一曲で確信したんだけどね。  あたしFrom bubbleの曲は全て網羅してるんだけど、CDとライブじゃぜんっぜん音質とか色々違うのよ」 ――さっきまでの様子が、まるで虚構だったかのように明るいハルヒがいた。 表情に決意の色はなく、声音に不安の震えはなく、双眸に躊躇いの光はなく。 すっかり"From bubble登場を待ち望んでいる"状態に戻ったハルヒに、戸惑いを隠せない。 独白の結末を尋ねるべきなのか、それとも虚飾に隠れたハルヒに合わせるべきなのか。思惑を廻らせる。 「どうしたの? なんか浮かない顔してるわよ?」 ここは、 1、さっき、何を言いかけてたんだ? 2、なんでもないって。演奏、楽しみだな >>825 までに多かったの 820 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 00:33:12.29 ID:aeSEotib0 1 821 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/20(木) 00:33:16.21 ID:RAIUMl640 1 822 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 00:33:50.14 ID:Rco0oUnh0 1 823 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 00:34:04.76 ID:Ptx+AaXY0 1 824 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/20(木) 00:34:22.73 ID:AT3G1sXeO 2 825 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 00:34:25.22 ID:2nIxgMzC0 1 850 名前:修正ver 焦って修正多くてすまん[] 投稿日:2007/12/20(木) 01:14:33.78 ID:c8zWvtjJ0 ハルヒの態度が変質したからといって、中途半端に諦めることはできない。 それがもし重要な事柄なら、後で後悔に苛まれるのは間違いなく俺だろうしな。 質問に質問で返すのは御法度だが、この際どうでもいい。 「さっき、何を言いかけてたんだ?」 脈絡を無視した俺の問いかけに、ハルヒは最初、豆鉄砲を食らった鳩のように体を硬直させていたが、 「き、気紛れよ気紛れ」 明らかに挙動不審な動作で、首をステージの方に捻った。あれだけ焦らしといて逃げる気か?そうは問屋が卸さないぜ。 「教えてくれ。このままじゃ気になって、演奏がまるで耳に入ってこない」 質問から逃げ出さないように、ハルヒの撫で肩に手を添える。 俺らしからぬ大胆な行動だが、無意識下での行動なんだし多めに見て貰えるとありがたいね。ハルヒは数秒俺の左手に視線を落としていたが、 「……言い忘れてたの。あたしの我侭きいて、jazzバンド作りに協力してくれて……」 やがて、肩をぴくりと震わせて、 「……ありがとう、って言わなきゃならなかったのに……」 辺りの喧噪に押しつぶされてしまいそうなほど幽かな声で、そう言った。 緊張に張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れる。あのな――なんだって今頃、そんなことを言い出すんだ? 添えていた手を下ろし、懊悩に耽る俺。ハルヒの精一杯の謝辞をどう扱えばいいのか、さっぱり分からない。 「だって、あんたとはあの時たくさん喧嘩したし、無理もいっぱい言ったでしょ?」 僅かに尖った唇で、拗ねたような口調で、ハルヒは続けた。ルージュが、輝度を増した照明に妖しく煌めいている。 906 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 02:32:33.29 ID:c8zWvtjJ0 「……だから、あたしはあんたに感謝してるって言ってるの」 そう言われてもな。先ほどから俺の脳裏を掠めるのはその場凌ぎのしょうもない科白ばかり。 気の利いた受け答えなんぞとてもできそうになく、下手に口を開けばハルヒの謝辞を無碍にしてしまいそうだ。 「んー、とだな。お前の迷惑をかけたという気持ちはその、見当違いで――」 だが、俺がもごもごと口籠もっている間に、 「演奏が始まったわ。聴きましょ、キョン」 美しい旋律が、ホール内に響き始める。From bubble主演奏第一曲目が始まった。 ハルヒは既に俺への独白から気持ちを切り替えたのだろう、目線をステージに合わせたまま逸らさず、 その姿からは"言わなきゃ良かった"という悔悟的なメッセージが容易に受け取ることができる。 ――あぁ、またやらかしたのか俺は。 昼行灯の俺が迷ったときにできることなんて唯一つだ。余計なことを考えずに気持ちをそのまま言葉にする。 そしてそれは、今一生懸命捻り出した事じゃなくて、去年の文化祭ライブ終了後に感じたことでも良かったのさ。 「俺だって最初は面倒だとかだるいとか思ってたけどさ――」 音という音を支配されたこの空間で、俺の言葉が届くかどうかは分からないが。 顔をステージに向けて、視線をハルヒのそれと平行させたまま言う。 「――皆の前で演奏して、拍手を貰ったときの達成感は最高だった。だから感謝しなきゃいけないのはお前じゃなくてこの俺だ。  お前がバンド結成するっていいださなかったら、俺はギターを触ることもjazzに親しむこともなかったんだから」 案の定、返事が返ってくることはなかった。 ふと流し目を送った先で、ハルヒは頬を僅かに綻ばせていたが、十中八九、ライブ演奏に感動しているんだろう。 心中で己の愚昧っぷりを罵りつつ、俺も演奏に耳を傾けることにする。 一曲目と同様に。聴く者全てを引き込むような誘惑の旋律が、耳朶を震わせた刹那――俺はFrom bubbleの虜になっていた。 11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 19:47:59.27 ID:5L/z2vAw0 ―――――――――――――――――――――――――――――― 主演奏開始から1時間後。 オーディエンスの期待値を遙かに上回るjazz最高峰と言っても過言ではない演奏を存分に堪能し、 他の聴衆同様恍惚としていたハルヒを現実へと引き戻しつつ拍手喝采のステージに拍手を加えた俺は、 ゲリラ企画されたfrom bubbleメンバーとの握手会を経て、ホール外に足を踏み出していた。 ひんやりとした夜気に首を竦める。 「時間も忘れるとはこのことか」 腕時計の短針と秒針は、現在時刻が9時ちょっと前であることを示していた。 ホールに入場してから出るまでに、3時間近くもの時間が経過したことになる。 辺りはすっかり暗くなっていた。空は墨汁を流したように黒く、その上に幾つもの星が瞬いている。 いくら仮初めの自然に囲まれているとはいえ、テーマパークは都会の一端にある。 こんなに空が綺麗に澄んでいるというのはまずあり得ないんだが――と空を仰ぎながら訝しんでいると、 「あぁたのしかった。最高だったわね」 ふいにハルヒが話しかけてきた。なんだ、握手された時の興奮で舞い上がったまま もう地上に戻ってこないと踏んでいたのに、随分と早いお帰りじゃないか。 「最後の握手会は皆に自慢できるわよ〜。国木田は泣いて羨むでしょうね」 「ホール内の人間は、誰も握手会があることを知らなかったみたいだな」 「あったりまえじゃない。前代未聞よ、前代未聞。from bubbleメンバーと握手できるなんて」 ついさっき温かい掌に包まれた右手を、今一度見直してみる。 ホンブルグから覗いた白髪混じりの髪と、俺の手を握った掌に入った幾筋もの皺は、 ハルヒの情報通り、メンバーが初老の男性であることを証明していた。 「にしても、あんたって運良いわよねー。握手するとき、主演奏者の人と会話できたんでしょ?」 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 20:36:48.86 ID:5L/z2vAw0 一生分の運全部使い果たしちゃったんじゃないの、と怖くなることをいうハルヒを流しつつ、 握手をしている間の、ほんの僅かな時間に交した科白を想起する。 『どうか彼女を大切に。人は失ったとき、初めて喪失の悲しみを知るのです』 『は、はぁ……』 吟遊詩人みたいな台詞回しに対して咄嗟に口から出た言葉は、辛うじて了承の意を伝える間投詞。 ハルヒは羨んでいるが、実際は会話を紡げていたかどうかも怪しいもんだった。 だが、俺にとってはそんなことより、 「なあ、あの人を知っているような感じしなかったか?」 間近で風貌を観察したとき、マイク越しではない声を聴いたときに感じた既知感が、どうにも頭の隅に引っかかっていた。 紳士的な風格に懐かしさを感じたのは、俺だけではないはずだ。お前も何か―― 「もう一度言うけどね。超有名スターでしかも正体が完全秘匿されているfrom bubbleの主演奏者と、  一般ピープルの中でもさらに格式高い中庸性を確立しているあんたが面識あるわけないじゃないの」 ハルヒはまるで夢見る子供に現実の厳しさを教えるように断言した。ま、常識的に考えりゃそうだわな。 冷静になってみれば、俺とあの人の間に接点があるとは、俺が実は地球人ではなく異世界人だった、なんて空想以上に考え難い。 途中、俺がフツーであることを嘲笑するような文句が混入していた気もするが、 それを指摘するとまた話がややこしくなりそうなので、華麗にスルーするとして。 「相当ディナーショーで時間を使っちまったが、今からどうする?」 長いことジーンズのポケットに押し込められ、くしゃくしゃになったマップを広げる。 1、にわかに、人混みの流れが速くなった。何かのイベントがあるのだろうか? 2、アトラクション選択へ                                     >>32までに多かったの 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/20(木) 20:37:56.62 ID:rQvngZUh0 1 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 20:38:07.77 ID:zNuwY0AJO 1 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 20:38:14.54 ID:DPsCMGeNO 1 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/20(木) 20:38:21.37 ID:5tmMdJokO 1 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 20:38:49.23 ID:1ZluKgm9O 1 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 21:25:23.65 ID:5L/z2vAw0 幽霊屋敷、ジェットコースター、ボートにこいずみくんライド☆とくれば、 残された主要アトラクションは観覧車と豪華客船による湖上一周ぐらい。 時間的に後者の客船は運休しているから、ここは観覧車での高所観光がいいだろう。 消去法により済し崩し的に決ってしまったが、夜の観覧車はロマンチックなこと請け合いだ。 「観覧車はどうだ。夜だから景色は綺麗だし、お前の要望にも添えると――」 俺は自信を持って次のアトラクションを提案しようとし、 「急に人が増えたわね」 眉を顰めて群衆を見つめるハルヒが、俺に興味を失っていることを知って愕然とした。 jazzを口ずさんでいたハルヒの唇は、考え込むように添えられた手によって塞がれている。 おいおい……人が増えたことなんてどーだっていいだろ。 テーマパーク内のスピーカーから流れ出す曲はノクターンへと移り変わり、 ありとあらゆる建物はイルミネーションによってライトアップされ、 テーマパークを囲むように設置されたライトは、夜空へとハイビームを放っている。 時刻はもうすぐ9時だ。大方、子供連れの客が退場しようと、門に駆けつけてるからじゃないのか? 「9時……9時……あ!」 俺の小言が聞こえたのか、はたまた燦然と時間を示す柱時計に気づいたのか。 9時という時間を連呼した後、ポン、と手を打つハルヒ。 しかしその軽快な仕草とは裏腹に、先ほどまでの思案顔が渋面へと変わっていく。 「もう、どうしてこんな大切なことを忘れてたのかしら!!」 その言葉を最後に、ハルヒは近場の係員の元へと駆け出していった。 そして係員と二言三言交すると、パタパタと礼をしてこちらに駆け戻ってくる。何をそんなに慌てているんだろうね、こいつは。 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 22:10:54.55 ID:5L/z2vAw0 だが――ハルヒを窘めようとしていた俺は、次に聴いた言葉に、一気に余裕を突き崩されることになる。 「はぁっ、9時からね、はぁっ、丘の上で花火があるのよっ!」 息を切らしながら、ハルヒは活性化した群衆の根因を伝えた。 鶴屋財閥が総力を注ぎ込んで建設したテーマパークの正式オープン当日だ、 その規模は既存のテーマパークの花火がただの火遊びに見えるくらいに、豪華絢爛なものとなるに違いない。 あぁ、どうしてこんな大事なことを忘れていたんだ――ディナーショーに現を抜かしていたとはいえ、 テーマパーク恒例の夜のイベントを失念してしまうなんて。 「とにかく、急いで場所取りにいかないと」 「もうほとんど埋まっちゃってると思うわ。それでも行ってみる価値はあるけど」 ハルヒの手を引いて、南へ走り出す。 花火を一番綺麗な角度で観賞できる場所の条件には、適度な距離と遮蔽物のない平面空間の二つがある。 そしてこのテーマパーク内でそれがぴったり当てはまるのは、入場門から少し進んだところにある大きな噴水広場のみ。 腕時計を見る。9時までにはもう、幾許も時間は残されちゃいない。場所を取れる可能性は限りなく零に近い。 「―――はぁっ――はぁ――っはぁ―――」 でも。諦めようなんて台詞は絶対に口にできなかった。 焦燥と不安に顔を翳らせながらも、慣れないブーツで一生懸命に走るハルヒに現実を諭すのは、 純真無垢な子供にサンタはいないと伝えるのと同等に酷く、愚かなことだと思ったからだ。 噴水広場に近づくにつれて、群衆の密度が増していく。 結末がすぐそこにあるのにも関わらず頁をめくるのを躊躇ってしまうような、 物語の終末を読み終わる時に感じる畏怖感が大きくなっていく。 その感覚を振り払うように、人混みをかきわけて道を進む。 そして、終に俺たちは辿り着いた。否――広場前の群衆の壁に、それ以上の進行を阻まれていた。 73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 22:50:19.24 ID:5L/z2vAw0 広場を中心にして同心円状に広がる壁に、綻びはない。 間に合わなかった。覚悟していたことだが、その現実が重く俺とハルヒにのしかかる。 「――――ッ」 隣で唇を噛み締めるハルヒに、なんと言葉をかけていいのか分からなった。 華やかなノクターンやイルミネーションが、セピア調に褪せていくような錯覚に囚われる。 広場の中心で談笑する家族連れやカップルに、抱いてはいけないと知りつつも、どす黒い羨望と嫉妬を抱いてしまう。 「すまん、ハルヒ。俺がもっと早くに気づいてりゃ、ディナーショーが終わった後すぐにでも駆けつけられたのにさ」 居心地の悪い沈黙に居た堪らなくなって、自分の非を挙げていく。 そんなことをしても現況は好転しないと分かっているのに、俺の舌は止まらない。 「元はと言えば、具体的なプランを決めてなかった俺が悪いんだ、だから、」 「もういいわよ、キョン」 と、花火開始5分前を示すアナウンスが響いた時だった。顔を伏せていたハルヒが静かに俺を制止し、 「花火なんて、また今度来たときに観られるでしょ?」 見てるこっちが辛くなるような、哀しい笑顔を浮かべた。言葉のニュアンスは花火を軽視するもの。 だが――常日頃から鈍感鈍感と罵られている俺だって見抜けるぜ。お前は、本当は今夜の花火を、滅茶苦茶楽しみにしてたんじゃないのか。 いくら毎夜花火があるといっても、今夜の花火は特別だ。正式オープンに伴う、それはそれは盛大な花火になるだろう。 それを見逃して、お前は本当に後悔しないのか? 「だって………だって仕方ないじゃない! 観賞席は満席で、他の微妙なとこも全部埋まっちゃってるに決まってるわ!  これ以上どうすればいいって言うのよ!! 諦めるしかないじゃない!!」 前触れもなく。ハルヒの叫喚が、広場前に響き渡る。 94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:17:39.90 ID:5L/z2vAw0 「ハルヒ………」 大きく見開かれた双眸は、薄闇でも分かるほどに潤んでいた。 「せっかく、キョンと一緒に見られると思ってたのに……なんで……」 そうしてハルヒは、再び視線を地面に落とした。 後ろの騒ぎに一瞬振り返った群衆も、すぐに視線を空へと移す。 男女の連れが揉めていたところで、こいつらにとっては何の影響もないんだろう。 それは極めて普通な反応だ。もし仮に俺が場所取りに成功して、 後ろで場所を取れずに嘆いている人間を発見しても、場所を交代するという愚挙には出ない。 「…………」 終わりの見えない沈黙が影を落とす。 二年前なら。ハルヒは環境操作能力を識域下で駆使して、 群衆を丸ごと何処かに瞬間移動させるか何かしていただろう。 でも、今俺の隣で大人っぽく着飾っているハルヒは、二年前のハルヒじゃない。 識域下であるにせよ私利私欲のために能力を使うことをやめ、普通の女の子になろうとしているハルヒだ。 「くそ―――」 もう一度花火を観られる場所を思索するが、見当たらない。 役に立たない頭に心底嫌気が差す。 こんな時になって初めて、俺は自分の無力さを思い知る。いつだってそうだ。 今にも哀咽を漏らしそうになっているハルヒを、俺は傍観することしかできない――と、その時だった。 電流のような火花が頭の中で散る。頭を抱え込まなければ、苦悶の叫びを上げてしまうほどの激痛がこめかみに走る。 1、何か、何か大事なことを忘れている気がする。思い出さなくちゃ一生後悔しそうな、大切な何かを―― 2、こんな時に頭痛かよ。俺はこの状況をなんとか打開しなくちゃならないってのに         >>110までに多かったの 97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:18:52.97 ID:UGOama640 1    F7の出番か? 98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:07.91 ID:8NUdLtoG0 1 99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:10.37 ID:QTMi8i+AO 111111111 そんな気分 100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:17.23 ID:ueHNJKnG0 1 101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:38.00 ID:n1jo0eL20 >>49でキョンがいいかけたアトラクションを!! 102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:44.62 ID:ZT6cQJBr0 1だろ常考 103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:19:47.95 ID:0I0mQXQn0 1 104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:20:04.83 ID:2+uq21TPO 1歯科 105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:20:36.13 ID:DrtYMC9a0 1 106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:20:48.49 ID:DPsCMGeNO 乙! じゃあ1で 107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/20(木) 23:20:49.27 ID:gRfY2nKbO どっち選択しても同じ展開になりそうだけど1 108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:20:49.94 ID:jr78i2oU0 1だ 109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:21:00.74 ID:j2aeS0g2O ついにみくるのメールがああああ 1 1 110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/20(木) 23:21:01.98 ID:rn8Y29Kc0 今追いついた 1 147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 00:30:03.89 ID:Dhb0fEf90 何か、何か大事なことを忘れている気がする。 思い出さなくちゃ一生後悔しそうな、大切な何かを。 砂嵐のような頭痛を乗り越えて、隠された記憶を手探りで探し当てる。 刹那――ノイズとノイズの隙間に、麗しの先輩の微笑みが現れた。 覚えていて欲しいんです 絶対に役に立ちますから "F7" それじゃあ、またね 頭痛が急速に引いていく。どうしてこんな大切なことを忘却していたのだろう。 先輩からのメッセージを一時ならずとも丸一日忘れていただなんて、自分で自分のニューロン構造が信じられない。 だが、自己嫌悪に陥り始めた俺に、眼窩に投影された朝比奈さんは語りかけた。優しく慈悲深い、天使のような声が響く。 『ふふ、忘れちゃってたことを責める気はありません。それは必然だったから』 ありがとうございます、朝比奈さん。情けないですね。 あなたが未来に帰った後も、俺はあなたに助けられてばかりいる。 『さあ、今は早く、涼宮さんを喜ばせてあげて』 はい、と俺が首肯した瞬間、朝比奈さんの姿は再びノイズにかき消されたが―― 俺は最後の大きなノイズが走る直前、朝比奈さんのメッセージを眼窩に刻みつけていた。 『F7』 もう、二度と忘れたりしませんよ。 瞼を開く。酷い頭痛が駆け抜けた直後の景色は、どこまでも鮮やかで、華やかだった。 170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 01:10:14.73 ID:Dhb0fEf90 瞼の裏で煌めいて存在を主張する、F7という英数字。 頭に火花が走った途端に、事態を解決する答えが思い浮かぶというのは出来すぎた話だ。 得体の知れぬ英数字は、それだけなら意味を成さない。元よりあるモノに付加させて初めて、意味を成す。 そう、これはヒントなんだ。いつも俺を優しく見守ってくれている誰かが、窮地に立った俺を助けるために送ってくれた、救済のメッセージ。 それに何を組み合わせて思考を再構築するかは俺次第だ。思考停止に陥っていた頭が、急速に回り始める。 「………F7は、場所を示している?」 もしこの英数字が現況を好転させるためのものとするならば。 それは広場以外の場所を示唆する、ということに他ならない。フィールドマップを開く。 丘、噴水、中央ホール、山、湖――F7が関係する文字はない。 俺の考え違いだったのか、とマップを閉じかけたその時だった。 彷徨っていた視線が、英字と数字の並びに止まる。 横方向にA,B,C,D,E,F,G...... 縦方向に1,2,3,4,5,6,7,8..... それは、マップ内での場所を座標指定するための数字だった。 F7に該当するブロックを指で辿る。果たしてそこには、湖の畔と森が、水色と淡緑で表現されていた。 高台も何もない平らな場所だ。周囲を森に囲まれている所為で、見通しも悪い。 もし、F7のブロックにマップから窺い知れぬ未確定要素がなければ。俺はハルヒを今以上に哀しませるという、大罪を負うことになるだろう。 だが――この閃きに、賭けてみる価値はある。 俺は緘黙したままのハルヒの手を握って、 「ハルヒ。もしかしたら、とびっきりの花火が観られるかもしれないぜ」 根拠もなければ確信もない、虚構に化けるかもしれないことを口にした。 伏せられていた瞳がこちらに動く。そこに光が灯り始めたのを見て、俺はもう、後には引けないことを確信した。 191 名前:ちょこっと修正ver[] 投稿日:2007/12/21(金) 01:55:11.84 ID:Dhb0fEf90 「ほんとなの?」 引き結ばれていた唇が戦慄く。 「ああ、俺を信じてくれ」 ハルヒの双眸を真っ直ぐに見据えて、断言する。こいつの懐疑はもっともだ。 手詰まりの状態から一転、噴水広場以上の観賞スポットを用意する、なんて言い出されても、 普通は呆れ果てた憐憫の視線を送るか、一笑に臥して相手にしないに違いない。 「こんなところに居てもしょうがないわ」 だが、ハルヒは違っていた。俺の瞳を覗き込み、そこに欺瞞の色がないと知ると、 「行きましょ――あたしは、あんたについてくから」 俺が一方的に握っていた手を、指を絡めるやり方で繋ぎ直した。小さな手に、確かな力が籠もる。 「少し走るぞ。足は大丈夫か?」 「まだまだ持つわ。あたしを誰だと思ってるわけ? 」 殊勝な笑みを浮かべるハルヒ。余計なお世話だったな、と苦笑して、俺は群衆の壁から踵を返した。 俺たちと同じく立ち往生していた客は、反対方向へと進む俺たちを注視することもなく、広場への進入を試みている。 腕時計を見れば、時間はいつ花火が打ち上げられてもおかしくないほど差し迫っていた。 進めば進むほど人が疎らになる道を、駆け抜けていく。春の夜にしては肌寒い夜風に、頬が上気する。 ふと隣を見れば、ハルヒはさっきまでのメランコリー状態が演技だったかのように目を輝かせていた。 瞳にはテーマパークの装飾が、きらきらと映り込んでいる。と、俺は自分の視界にも異常が起っていることに気がついた。 火照った頭で考える。最初に走り抜けたときは、あれほど色褪せて感じられたのに――いったいどういう理屈なんだろうね。 七色に光り輝くイルミネーションと仄かな夜想曲に彩られた大通りが、なんとも幻想的な風景に映るのは。 331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 20:27:26.54 ID:Dhb0fEf90 大通りから分岐した小道に入る。 等間隔に並んでいた外灯が、湖に近づくにつれて、一つ、また一つと減っていく。 ささやかに活気があった大通りと違い、小道には人の気配がほとんどなかった。 そしてその道は、湖の畔を覆い隠すように生繁る、暗い森へと続いていた。 「――はぁっ、――この中にあるのよね?――っはぁっ――」 「――そうだっ―――あと少しで――はぁっ――到着だぞ――」 酸素を欲しがって朦朧とする頭で、マップを思い描く。F7ブロックまではもうすぐだ。 「――急ぎましょ――」 「―――あぁ――――」 一瞬のアイコンタクト。ハルヒの足はとっくに限界を迎えているはずだった。そこにかかる負担、苦痛は計り知れない。 だが、その痛みをおくびにも出さずに、ハルヒは走る速度を上げていった。 カーテンのように視界を阻む木々や、進入してきた人間を惑わすように蔓延る暗闇。 いざF7ブロックに到達しても、中々湖の畔は見えてこなかった。 方角のみを頼りに、不完全に舗装された道を走る。 F7には何もない 無駄足だった 悪足掻きだった 無意味な努力だった 何故あんな妄想を信じたんだ? 自虐的な嘲笑が、脳裏を掠めては消えていく。 弱気になる自分を叱責して、俺はハルヒの手を握りなおした。 あれほど折重なっていた木々が、どんどん疎らになっていく。 暗闇の先で、仄かな光が瞬いているのが見える。限界まで酷使していた足に、ラストスパートをかける。 そして俺たちは辿り着いた。―――湖の畔に悠然と浮かぶ、客船の下に。 345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 21:06:24.00 ID:Dhb0fEf90 「―――っはぁ、キョン――これって……」 巨大な船体を仰ぎながら、ハルヒが言った。 「――はぁっ、――……昼間湖の上を遊覧していた客船みたいだな」 全体像が把握できない所為で一際大きく見える客船は、無人のようだった。 不気味ではない、心を落ち着かせるような静けさが、客船の周囲に漂っている。 「あんたが言ってた観賞スポットって、これのことだったの?」 心なしか弾んだ声に、俺は無言で頷いた。動悸が収まってくるにつれて、この客船がここにある理由が分かってくる。 客船による湖上遊覧は、午後7時の時点で終了していた。 豪奢な装飾ゆえに、湖の上に放置していても十分映える客船だが、 今日は初運用だし、点検も兼ねて人目に付きにくい場所に安置されることになったのだろう。 そしてそれは俺たちに好都合なことに、 「煌びやかな装飾はこの暗闇じゃ意味ないが――」 「――とびっきりの望楼として、客船を使うことができるわ!」 俺の言葉の末尾を、ハルヒが引き取った。 苦痛に歪められていた顔は、喜色満面に塗り替えられている。 その笑顔に、つい全ての問題が解決したような気になってしまうものの、まだ難関は残っていた。 確かに高見台は発見できた。だが、どうやってこの客船に乗船する? 船体と俺たちの位置の間には若干の距離がある。 係員もいなければ整備員もいないんだ、湖を泳いで船壁をよじ登らない限り、乗船は―― 「可能よ、だってタラップが降りてるもの」 ととと、とハルヒが桟橋を歩いていく。暗闇に目を凝らせば、そこには確かに、地上と客船を繋ぐ道ができていた。 360 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 21:37:22.46 ID:Dhb0fEf90 やれやれ。ここまで段取りがいいと、本当に神様を信仰してもいいような気分になってくるね。 「あんたも早く来なさいよ。忍び込んだところで咎められるわけないわ。  タラップを直し忘れていた、テーマパーク側の不手際ね」 鶴屋財閥が構築した管理体制なんだ、そんなミスを犯すわけないだろうに、 と内心思いつつも、階段の一段目に足を掛けているハルヒの下へ向かう。 ふいに閃いたヒントを解読してF7ブロックまで赴くと、 まるで乗ってくださいと言わんばかりにタラップを展開している客船があった、 なんていうのは今一度考察しても出来すぎた話だと思う。 でも現実としてそうなっている以上……俺にできるのはハルヒの望みを叶えてやることだけだ。 ――俺と一緒に花火が観たい―― 泣きそうになるほど切望していたことが、もう、ハルヒの目の前にある。 「ちょっとそこで待っててくれ」 細波立つ湖面の上を、一足先に渡り終えて、 「――足許にお気をつけて、お乗り下さいませ」 俺は恭しく一礼し、手を差し伸べた。俺の船上員のような態度に、ハルヒは最初目を丸くしていたが、 「ありがとう。助かるわ」 衒いのない微笑を浮かべて、俺の手を取った。もう何度も繋いでいるはずなのに。 初めて手を取り合ったような興奮が、俺の理性に襲いかかる。一気に掌が汗ばんでいく。 顔が熱い。火照っていることを悟られたくなくて、俺はハルヒを甲板へと案内することにした。 ――掌に滲んだ汗が、俺一人だけのものであると錯覚したまま。 406 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/21(金) 23:23:19.30 ID:Dhb0fEf90 ――――――――――――――――――――――――――――――― 船の構造を確かめつつ上層部に歩を進めた俺たちは、さして迷うこともなく甲板に出ることに成功した。 真っ新な甲板に、二つ分の足音が響く。眼はすっかり暗闇に慣れていた。 夜空を反射した黒い湖面には、やはり夜空と同じように、宝石のような星々が鏤められていた。 これを拝めただけでも客船に進入した価値がある。そう思えるほどに、その光景は美しかった。 だが…… 「遅いわね。もうとっくに始まっててもいいくらいなのに」 手摺りに体を預けながら、ハルヒが不平を零した。もう何度となく見た腕時計を、もう一度確認する。 「時間はもう9時をまわってる。遅れてるな」 恐らくは一般人の想像もつかないほどに入念なチェックが重ねられてきたであろう、花火の打ち上げ台。 発射予定時刻を超過している原因は別のところにあるのではないか、と見当をつけながらも、俺は適当な嘘を並べた。 「もしかしたらさ。俺たちがスタンバイするのを待っててくれたのかもしれないぜ」 「そうね、」 だが、ハルヒはその言葉を真に受けたようだ。 「本当に、あたしたちのことを待っててくれたのかも―――」 穏やかな声で、俺の言葉を繰り返し、 「―――あっ」 まるで初めて雪の結晶を見た赤児のように、喉を鳴らした。 黒洞々とした満天に、大輪の花が開く。遠雷のように低い音が、数秒遅れて鳴り響く。 460 名前:ちょっと焦ってた…修正ver[] 投稿日:2007/12/22(土) 00:15:28.21 ID:GWiW+NFV0 儚く散った先の花火を忘れさせるように、打ち上げられる花火は大きく、華やかなものになっていった。 赤、青、黄、緑――いくつもの色彩が、一瞬だけ光り輝いては消えていく。 「……………」 お互いに言葉を発しない。いや、それでは語弊がある。俺には発することができなかった。 どこか思い詰めた瞳で花火を見つめるハルヒには、たとえどんな言葉を掛けても水を差すことになりそうだったからだ。 俺の手を下にして重ねられていたハルヒの手に、熱が籠もる。 ふと夜空から視線を降ろせば、ハルヒはぎゅっと、俺の手を握りしめていた。 撫子色の唇は、喉から出ようとしている言葉を堰き止めているように軽く嚼まれている。 「―――ッ」 本能的に眼を逸らす。心の準備が出来ていない俺が 見てはいけないものを偶然見てしまったような、そんな罪悪感に囚われる。 思考の逃げ場所を探して、俺は古泉の台詞を反芻した。 "彼女の行動の一つ一つに、目を向けてあげて下さい" "あなたと出会った当初の彼女と、どう変わったのか" "それをもう一度、再確認してみてください" テーマパークで夢中で遊んでいるうちに、記憶の彼方へと押しやっていた主目的。 今日一日をハルヒと過ごして。俺は、ハルヒの蟠りを氷解させるファクターを揃えることができたのだろうか。 いや――元より出揃っていたファクターを、理解できるようになったのだろうか。 やけに現実味を失った花火の音を聞きながら、ハルヒの行動を反芻する。 駅前で息を切らせた俺を出迎えてくれたのは、艶やかな衣装を身に纏ったハルヒだった。 こいつが、何処で購入したのか疑問になるような奇抜柄のTシャツや上着を着なくなったのは、 俺と二人で出掛けるときに限って、薄くメイクをしたり髪を綺麗に整えてくるようになったのは、いつからだろう。 532 名前:修正何度もごめん[] 投稿日:2007/12/22(土) 01:40:27.09 ID:GWiW+NFV0 初っ端の幽霊屋敷。偽りのお化けに怯えたハルヒは、躊躇うことなく俺の腕を取った。 袖をつまむのにも抵抗を見せていた昔のハルヒと比べれば、随分と自分の感情に素直になったと言える。 気分転換にと推したボート。 静的なアトラクションは好まないかと予想を付けていたのに、ハルヒはその案を笑顔で受け入れてくれた。 湖の真ん中で眠気に襲われ、独り勝手に昼寝しようとした俺に、ハルヒは拗ねたように水飛沫をかけてきたんだっけ。 もし二年前なら、俺は問答無用でびしょびしょにされていただろうな。 ジェットコースター下車直後。不甲斐なく失神してしまった俺を、ハルヒは介抱してくれた。 俺が目を醒ました後は、素っ気ない態度に戻っていたが……普通膝枕は、介抱する人への優しさがなければしないもんだ。 シューティングゲームの途中に受けた挑戦に、ハルヒは消極的だった。 昔の好戦的なハルヒなら、夜のイベントなんてそっちのけで首位プレイヤーと交戦していただろう。 偶然にも鉢合わせた、谷口国木田阪中の三人組。 さっと俺の背中に隠れたハルヒは、谷口のからかいに言い返すことができなかった。 俺と一緒に遊びに出掛けていることを指摘されて、何故ハルヒはあんなに恥ずかしがっていたのだろう。 いや――いつからだ。ハルヒが俺と街を出歩いているところを知人に見つかる度、恥ずかしがるようになったのは。 ディナーショーのjazz演奏。 それに喚起されたのか、ハルヒは一年前の文化祭での我侭を謝罪してきた。 俺が忘れていたことを、ハルヒはずっと心に留めていた。 咄嗟に言葉を返せなかった。ハルヒに振り回されるのが日常だったのに、それをハルヒ自身に否定されたような気がしたから。 花火が一番綺麗に見える場所だと信じていた、噴水広場前で。 俺と一緒に花火を観たかった、と呟いたハルヒは諦観していた。 叶わないと知って泣きそうになるほどの願いも、ハルヒに環境操作能力を行使させるまでには至らなかった。 空想の出来事を現実化させるならまだしも、広場に少しスペースを空けるくらいなら、良心は咎めなかっただろうに。 533 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 01:42:03.61 ID:GWiW+NFV0 そして、花火を除く上記の行動全てに、総じて言えることがある。 ハルヒは俺の意見を、自分の意志よりも尊重していた。 アトラクションを決めるとき、二択から選択しなければいけないとき―― あらゆる局面で、ハルヒは己の一存で行動を決定しなかった。 一見、俺はハルヒに追従しているようで、自由にテーマパーク内での活動を取り決めていたのだ。 夜空の彩りをより一層増していく花火に目が眩む。隣のハルヒが、口を開く気配があった。 現在と過去を照らし合わせてみれば。ハルヒの俺に対する姿勢は 団長と団員という関係性を超えて、俺が見過ごしている間に大きく変化していたのだ。 それは今日の記憶だけでなく、過去数日の違和感が付きまとう記憶と照合しても辻褄があう。 昨日早朝、通学路を歩いていた時に見掛けた、後輩の男女の理由なき諍い。 その光景は今の俺とハルヒと似ているようで、違っていた。 その後教室で谷口にからかわれたとき、ハルヒは一旦拗ねたように窓外を睨んでいたが、 いざ俺が話しかけると愛想良く返事をしてくれた。まるで先ほどの出来事で怒っているのを、俺に知られたくないという風に。 いつからかは忘れたが、ハルヒが俺に理不尽な情動を投げかけてくることはなくなっていた。 例え腹の虫の居所が悪かろうと、ムシャクシャした気分でいようと、俺に向けるのは常に平常時の顔。 顰めた顔に仮面をして、時には笑顔の仮面を被ってまで、俺に不機嫌を悟られまいとするようになっていた。 「ねぇキョン……あたしね……」 湖面を震わせていた号砲の音が、遠のいていく。 そんなことを露程にも知らぬ俺は、毎日が平和に廻っていると信じて疑わなかった。 非日常的事象は起らなくなりハルヒとの関係は至極円滑になっていると、盲目的に安堵していた。 573 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 02:27:02.01 ID:GWiW+NFV0 だが俺の楽観的思考の枠外で、ハルヒには蟠りが生まれていた。 生じては瞬間的に消滅する、過去の閉鎖空間と比較すれば圧倒的に小さな、特殊閉鎖空間。 それは非日常的な現象を望むハルヒが、己の普遍性に我慢ならずに発生させたものじゃない。 ハルヒは既にフツーの日常に適応している。だから、その根因は別のところにあるということになる。 古泉は言った。 機関はこの特殊閉鎖空間への対策を放棄し、 ハルヒの蟠りを解消できるのは俺しかいなくなったのだ、と。 それは裏を返せば、俺に特殊閉鎖空間発生の原因があったということにはならないだろうか。 もしかしたら――ハルヒの思い遣りや、俺への負担をかけまいとする心配りは、 同時にハルヒの欲求や希望を、抑圧することになっていたのかもしれない。 それが刹那的なストレスとなってハルヒを襲い、特殊閉鎖空間を発生させていた可能性は十分に考えられる。 でも。もしそうと仮定するなら、俺は一つの根本的な矛盾と相対しなければならない。 今までの関係でも良かったはずだ。ハルヒが自分勝手な願い事を言い出して、俺がそれを辟易しつつ嘆息しつつも叶えてやって、の繰り返し。 ハルヒが自分の意志を殺してまで、俺と良好な関係を築こうとする理由が、存在しなかった。 「……いつかあんたに言おうと、決めてたことがあるの」 声は細波のように消え入りそうだった。 ――いや。その矛盾を解消できる仮説は、あるにはあった。 しかしそれはあまりに利己的で恣意的で身勝手な仮説だ。 ハルヒは「恋愛感情は病の一種」と常日頃から謳っていたが、 もし、万が一にもハルヒが俺に恋愛感情を抱いているとするのなら、先の矛盾は綺麗さっぱり消滅する。 経験が浅い、というかナシの俺が偉そうなことを言えたものではないが…… 一般的に好意を向けている相手に、自分の意志を曲げてでも喜んでもらいたいのは、当然のこと。 599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 03:09:18.89 ID:GWiW+NFV0 通常の閉鎖空間を発生しなくなった理由を、俺はハルヒが精神的に成長したからだと決めつけていた。 しかしこうは考えられないだろうか。 外面上は"平穏無事な日常を望んでいる"というスタンスで過ごしてきた俺。 俺に好意を抱き始めたハルヒは、それを無意識下で感じ取り、俺の思考を世界に反映させた。 その結果、非日常的な事象は一切発生しなくなった。そして副次的に、ハルヒが自分の意志を抑えてまで俺に合わせるようになった。 この推理が当たっているとするならば、いつかの帰り道での「今が楽しい?」という問いかけの説明がつく。 あの質問は――ハルヒの深層意識が、俺が何も起らない世界に、俺の意志を優先するハルヒに、 満足しているのかどうか確かめたかったが故の質問だったのではなかったか。 「ずっと、ずっと怖くて言い出せなかったんだけど……」 一言一言噛み締めるように、言葉が紡がれていく。 はは。失笑してしまうほどに自己中心的な暴論だ。 憶測に憶測を重ねただけの世迷い言。こんな妄想しているとハルヒに知られれば、俺は間違いなく軽蔑されるだろうな。 でも――もし仮に何千億分の一の確率で、この仮定論が当たっているとすれば、俺は今すぐにでもハルヒの蟠りを溶かせるということになる。 ハルヒが俺に恋愛感情を抱いているか抱いていないかなんて別にして、自分の気持ちを口にすることは可能だ。 例えそれが、思い切り的外れなことだったとしても。俺の気持ちをハルヒに伝えることは無駄にはならない。 俺は―― 1、俺はわだかまりを抱えたままでも、俺の意志を尊重してくれるハルヒを選ぶ 2、自分を抑えているハルヒなんかいらない。俺は我侭な、いつも俺を振り回してくれる自由奔放なハルヒを選ぶ。 ラスト安価 >>610までに多かったの 601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:10:21.04 ID:6pPIsVLs0 俺は2。やっぱり俺の中のハルヒは2 602 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:10:21.45 ID:HMTrS8Zz0 2 603 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 03:10:53.73 ID:Vlq3422BO 俺の美麗なる保守を魅せる時がきたか… ほぉぉう!しぃぃぃゅううう!!! 604 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 03:10:58.40 ID:brmZCByWO 2 605 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:06.86 ID:evqUjG150 22222222222222222222 606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:08.04 ID:0d7PSPfd0 ・・・2!! 607 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:12.13 ID:Sj3yx8Wa0 2 608 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:14.78 ID:T+dfyt/m0 1 609 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:19.23 ID:++OkguY70 2 610 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2007/12/22(土) 03:11:24.99 ID:l6Rcc23D0 2だあああああああああ 784 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 20:44:59.03 ID:GWiW+NFV0 俺は――自分を抑えているハルヒなんかいらない。 迷惑を顧みないで周囲を振り回す、自由奔放なハルヒを選ぶ。 「もしあんたさえ良かったら……」 空を映していた瞳が、俺を映す。 必要以上に気を遣ってくれるハルヒとは、一緒にいて心地よかった。 例え表面上はつっけんどんでも、その裏で俺を一番に思っていてくれるハルヒに、満足感を得ていたりもした。 だが、それは俺の一方的な優しさの甘受に過ぎない。二人の関係が強くなるときに、どちらか一方に負担が押しつけられることはあってはならない。 だからさ、ハルヒ。お前ばかりが我慢する必要なんて、最初から全然なかったんだ。 お互いに距離を近づけて、衝突して、どちらかが妥協して、再び距離を近づける――それが本当の関係の深め方だろう? 「あ、あたしと、」 「待ってくれ」 ハルヒの独白を遮る。 「どうしても今、言っておきたいことがあるんだ」 大きく見開かれた瞳には、不安と期待の色が入り交じっていた。 「いつの頃からかは忘れたけどさ。俺ってお前から、理不尽な暴力や暴言を受けなくなったよな。  昔はお前にあんなに振り回されてたのに、今じゃ、すっかり平穏な生活を手に入れちまってる」 「……………」 817 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 21:50:03.95 ID:GWiW+NFV0 「機嫌損ねる度に時間構わずメールを送ってくることも、  相談事ができた次の瞬間は吹っ掛けてくることもなくなった。  そしていつの間にか、お前は、俺に悩み事を打ち明けなくなっていったよな」 解消されることのない負の感情は、どんどん鬱積していく。 「お前は認めないかもしれないが……お前は俺に気を遣ってくれるようになった。  滅茶苦茶な我侭をいうこともなくなったし、感情の捌け口にすることもなくなった。  それどころか、俺の意見を優先するようにまでなってくれていた」 鬱積したそれらは、しかし処理されることもなく。 「お前が無条件で不機嫌な自分を曝していたのは、もうずっと前のことだ。 今俺の目の前にいるのは、無条件で笑顔を見せてくれるハルヒだよ」 許容値を超えてはあふれ出し、許容値内に戻っては、再びあふれ出すを繰り返していた。 それをハルヒは訴えようとしなかった。黙ったまま、別の自分を演じていた。 「―――なあ。お前、無理してないか」 「それはちがっ、………」 勝手に喋り始めた唇を、人差し指で塞ぐ。 「今から言うことは全て俺の独り言だ。だから、お前が聞きたくなければ耳を塞いでいてもいい。  でも一つだけお願いがあるんだ。俺が話すのを、止めないでくれないか」 数秒の間をおいて、ハルヒが首肯する。人差し指に、柔らかい感触が伝わってきた。 「こんなことを言うのは最初で最後だぞ。あのな、これは最近気づいたことなんだが――  どうも俺は平穏無事な生活よりも、お前に振り回されている方が性に合っているらしい」 842 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/22(土) 22:41:54.83 ID:GWiW+NFV0 「……………」 「中身のない話題で長電話に付き合わされるのも、くだらん相談メールで熟睡中に起こされるのも、  俺の知らぬところで機嫌を損ねたお前を宥めることも、俺は全然苦にしちゃいなかった」 冒頭で独り言だと断った割に会話口調になっているのは、ハルヒが耳を傾けてくれていると確信しているからだ。 そして事実、ハルヒの唇は俺が言葉を重ねるごとに、熱を帯びていった。 「お前の傍若無人で自分勝手な願望を叶えてやるのも、ありえねーってくらいに滅茶苦茶な我侭を聞いてやるのも、  俺は全然嫌じゃなかったんだよ。いや、むしろ率先してその役割を引き受けていたと言ってもいい」 人差し指を離し、 「どうしてだと思う?」 真っ直ぐにハルヒを見据えて問いかける。 「……分からないわ……」 そう言うと、ハルヒは俺の視線から逃げるように俯いた。髪から覗いた耳は、朱に染まっている。 答えが分かっているのに答えないなんて卑怯にもほどがあるね。 結局、俺がハルヒの代わりに模範解答を言わなければならなくなったじゃないか。 「それはな。俺が苦労すればするほど眩しくなるお前の笑顔が、  無条件で見ることができるそれとは比べものにならないくらいに好きだからさ」 息を詰まらせたハルヒに構わず、解答文を読み上げていく。 「だからハルヒ――お前は好きなだけ俺に我侭をぶつけて良かったんだよ。  団長様の願いを叶えるのが、団員その一である俺の宿命だ。  その平団員のためにお前が我慢するだなんて、愚の骨頂だとしか言いようがないぜ」 887 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/23(日) 00:18:50.70 ID:ADLmFi7+0 悩みごとができたら遠慮なく持ってくればいい。 最低な気分なときはそいつを俺に押し付けろ。 他人に迷惑を掛けるのを自重しても俺を振り回すのを躊躇うな。 俺に叶えられる範囲の願い事が出来たらまっすぐ突っ込んでこい。 ただし、ブレーキをかけようとかクッションを間にはさもうなんて余計な配慮は要らないぜ。 「どんなに突拍子な望みを抱えたお前でも、真正面から受け止めてやるからさ」 最後に後で回想したら間違いなく赤面モノの台詞を吐いて、言葉を切る。 そして今更ながらに、台本が用意されていたわけでもないのに"伝えたいこと"をすらすらと綴ることができた自分に驚いた。 頭の天辺から足先まで全身が火照っている。脳髄は、沸騰しているんじゃないかと疑えるくらいに熱い。 「とまあ、俺の独り言はここまでだ。  同時に、俺が言いたかったこともこれで全部言い終わったことになる」 "独り言"が終わっても、ハルヒは面を上げようとしなかった。 俺のあまりに気障な台詞廻しに失笑しているのか? と、そんなあり得ない懐疑心が膨らみ始めた、その時―― 「……、ひくっ、馬鹿……じゃないの…ひくっ……」 嗚咽混じりの罵倒が聞こえてくる。 お前は知らないかもしれないが、脈絡のない中傷は結構心にくるんだぜ。 「ひくっ……思い上がりも、……いいとこね……ひくっ……………」 確かにお前を顧みない、俺の欲求を満たすためだけの独白だったな。 もしさっきの独り言がただの見当違いだったなら、どんなに蔑まれても俺は反論できないだろうさ。 「……その大馬鹿に、……命令、…するわ……ひくっ……」 911 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/23(日) 00:53:02.44 ID:ADLmFi7+0 有無を言わさぬ命令口調。やっぱりお前はこうでなきゃな。 「もしあんたさえ良ければ」なんて下手に出た嘆願は、お前に似合わないんだよ。 叶えたいことがあるなら、声を大にして命令すればいい。 何度も言ってるだろ? お前の望みとあらば、俺はなんでも叶えてやるってさ。 腰をかがめて、ハルヒに顔を近づける。 「さて、その命令とはなんなんだ?」 伏せられていた顔が上がる。双眸は熱く潤んでいた。懐かしの殊勝な笑顔に、一筋の涙が零れ落ちる。 そして――ハルヒは飛切りの我侭を口にした。 「あたしと付き合いなさい! い、言っておくけどあんたに拒否権は、」 やれやれ。久々に本気の団長命令だから、どんな無理難題かと思っていたら―― 「お安いご用だ。なんなら、一生幸せにしてやると誓ってもいいぜ」 「え――」 即答した瞬間。堰を切ったように、ハルヒの双眸から涙が溢れ出す。 「……こんなに嬉しいのに、ひくっ、……なん、で……」 突然の感情の横溢と、それにリンクした涙の理由が分からないのだろう。 ハルヒはコートの裾で目をぐしぐしと擦りはじめた。 それに見かねてハルヒの両手を掴む。案の定、メイクは台無しになっていた。 「み、見ないで」 「どうして?」 「……あたしの顔、今酷いことになってるから……」 「へぇ、だとしたら俺の眼は検査の必要があるだろうな。だって俺の目には、世界で一番可愛い彼女が映ってるんだからさ」 83 名前:◆.91I5ELxHs [] 投稿日:2007/12/23(日) 01:33:13.80 ID:ADLmFi7+0 元々紅かった頬が、さらに紅潮していく。 唇は言葉を探すように戦慄いている。その様子が、堪らなく愛しい。 劣情とは別の、純粋な愛情からくる衝動に突き動かされる。 刹那の逡巡もなく、俺はハルヒの矮躯を抱き寄せて―― 「―――!!」 震える唇に、自分のそれを押し当てた。元々大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。 密着している体が、繋がっている唇が、熔けているように熱い。 最初驚愕に彷徨っていた視線は、やがて蕩けるような甘いものへと変わっていく。至近距離で見つめ合う。 『どうしていきなりこんなことしたのよ?』 口吻に理由が欲しいのか? そうだな、強いて言うなら、俺はお前に疑心を抱かれたくなかったんだ。。 お前の告白を受け入れたのが、団長命令による強制的なものではなく―― 俺の意志によるものだと、知ってもらいたかったのさ。 お前のことが好きでもなんでもなけりゃ、俺は絶対にキスしたりはしない。 これは二年前の、世界を救うためのキスとは違う。純粋な欲求からきた、極めて自然なキスだ。 恋人同士がキスをするのに明確な理由が必要か? 要らないだろ。 だから……お前は何も考えずに俺を抱きしめ返せばいいんだよ。 『キョンのくせに生意気ね。言われなくてもそうするわよ』 俺のアイコンタクトに、ハルヒの目が細められる。 やがておずおずと背中に回ってきた手に、俺は幸福感を噛み締めようとし、 『でも、やられっぱなしはイヤ』 啄むように動くハルヒの唇に、なされるがままになっていた。 189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/12/23(日) 02:21:35.26 ID:ADLmFi7+0 まったく――俺の不甲斐なさに嘆息を禁じ得ない。 キスの主導権も握れないようじゃ、この先が思いやられるね。 行為に夢中になっているハルヒから、夜空へと視線を逸らす。 と、その時だった。 最後の花が瞬く夜空に、麗しの鐘音が鳴り響く。 その音はまるで、望楼で愛を確かめあう俺たちを祝福するかのように、 儚い夢の終わりを少しでも遷延しようとするかのように、澄み渡っていた。 何故だろう。聳え立つ時計台の鐘楼は、霞んでよく見えなかった。 「あむ……っん……」 しかしその違和感も、激しさを増したハルヒのキスに埋もれてしまう。 まるで俺の存在を確かめるように舌で唇をなぞるハルヒに、理性が奪われていく。 朦朧とした意識で予想する。 明日からハルヒは、気兼ねなく俺を振り回すようになるだろう。 恋人関係というアドバンテージをフルに活用して、赤面必至の要求を重ねてくるかもしれない。 だから。この鐘音が鳴りやむまで、俺は、ハルヒの甘える姿を目に焼き付けておこうと思う。 夢幻のようなこの夜に、ハルヒに告白し告白されて、恋人同士になったことを―――ずっと、忘れないために。 -haruhi route end- 250 名前:◆.91I5ELxHs [] 投稿日:2007/12/23(日) 02:36:07.52 ID:ADLmFi7+0 ↓ 後書きみたいなもの (うぜぇ、って思う人は読み飛ばして全然おk) さて暇つぶしに乗っ取ったスレからここまで続けてきたわけだが 安価で進めていくという制限の中でどれだけストーリーに奥行きを出せるか不安だった 複線全て回収できた自信ないしね…… 急いで構成したストーリーなんで、矛盾点は多々あるだろうけどそこは見逃して欲しい あと誤字、脱字もいっぱいあったはず 全て修正しきれなくてごめんなさい でも、一つだけ言えることは、書いてて楽しかったということ 安価に参加してくれた人にも保守してくれた人には感謝してもしきれないくらい 今思い返しても穴だらけのSSだけど、楽しんでもらえたなら幸いです