涼宮ハルヒの選択 - Endless four days - 3rd route 3週目 1日目


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737 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/19(土) 00:16:05.75 ID:16Pud3Eo

文章沸いてきたんで三周目スタート

――――――――――――――――――――――――――――――

「夢。
 睡眠中にもつ幻覚。ふつう目覚めた後に意識される。
 多く視覚的な性質を帯びるが、聴覚・味覚・運動感覚に関係するものもある」

と、国語辞典に書いてあったのを思い出した。
一秒に数ミリ単位で傾きゆくカーテンを透いた朝陽。
それがあと十数センチ動いたあたりで
起床臨床問わずのニードロップが飛来することも忘れ、俺はただぼーっとしていた。

子供の頃は、怖い夢を見たら深夜でもおかまいなしにおふくろに泣きついたもんだった。
逆に気になる女の子と遊ぶ等の楽しい夢を見たときは、終日幸せな気分でいられた気がする。
子供心とは実に単純に出来ている。
ところで、一つ質問だ。
怖い夢と楽しい夢、いや、全てのジャンルの夢に総じて言えることは何だろう。
反応を集計するのも面倒なので言っちまうと、
それは夢の印象深さと記憶の持続性が、決して比例しないことである。
どれだけ悲惨な悪夢を見ようと、どれだけエッチな淫夢を見ようと、いつかは忘れる。
鮮明な記憶は曖昧になり、曖昧な記憶は霧散してしまう。
目が覚めた直後――、まだ頭が本格稼働を始める前に、夢の内容を思い出せればまだ良い方だ。
何故かって?
平々凡々な夢なら、一度も回想されないまま消えてしまうからさ。

とっとっとっ

……でも、じゃあこの感覚をどう説明しよう?
と、脳味噌のどこかで誰かが言う。俺は答えに窮して、ただただ、胡乱な瞳で自分の両手を眺める。

とっとっとっ

腕には小柄な誰かを抱き締めていた感覚が。鼻腔には仄甘い香りが。
それぞれ、記憶中枢に焼鏝を当てられたのではないかと思えるくらい鮮烈に残っていた。
こんなことは初めてだった。
肝心の夢のストーリーがさっぱりなのに、その名残らしき感覚はしばらく忘れられそうにない……

とっとっとっ、ばたん!

742 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/19(土) 00:19:42.92 ID:16Pud3Eo

「キョーンーくんっ! 朝だよ〜!」

御近所迷惑もお構いなしで叫ぶ少女。
三足目の踏み出しで跳躍、仰角五十四度の放物線を描いて、俺の鳩尾にニードロップ――。
未来予測完了。俺は難なく妹をいなす。

「あむっ、んーっ! んーっ!」

はは、ざまあみやがれ。
布団に頭から突っ込んだと思しき呻き声を朝のBGMに指定。
階段を下りながら、俺は今一度夢の謎について思考を巡らし、首を捻って目を瞑り、当然の結果として、

派手に階段から転落した。

波乱に満ちた四月二十三日は、こうして幕を開ける。
色々と不可解な点があるとはいえ、昨夜の夢が良い夢だったことに間違いはない。
今日一日は、幼少期の純心に倣ってハッピーな気分でいよう。
大の字に伸びた俺は、階段から転げ落ちてもなお、そんな馬鹿みたいなことを本気で考えていた。

そして事実、俺はモノホンの馬鹿だった。

――――――――――――――――――――――――――――――

感覚が麻痺していた。
こちらをガン見するクラスメイトたちの唇の動きと、
耳に入ってくる音声がまるで合ってない。
腹話術みたいだ。教室の天井はこんなに白かったっけか。
もっと灰色がかっていた気がする。
あ、天井の角のところに血痕みたいな染みを見つけた。
衛生的な面は別として、ひんやりした床が気持ちいい。
ところで。どうして俺は、教室の一角にぶっ倒れているんだろうね。

743 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/19(土) 00:36:34.03 ID:16Pud3Eo

記憶が部分的にごっそり抜け落ちていた。
そうだ、こういうときは起床時からの記憶を辿るに限る。
えーっと……。今日も今日とて始業時間に余裕を持って登校し、
登校途中に谷口と出会い、連れだって教室に到着、
まるで待ち構えるように腕を組んだ喜色満面のハルヒと対峙し、
無防備に「よう」と挨拶した俺は、文字通り神威をもって繰り出された正拳突きにぶっ飛ばされたのだった。
そしてその衝撃で数メートルぶっ飛んで――、

がばりと身を起こす。いや、正確には身を起こそうとして失敗した。
あばら骨が数本イってるんじゃないかと思えるくらいの激痛が走り、
俺は再び床に背中を預けることになった。

「はー、すっきりした」

悶絶する俺と対照的に、頭上から清々しい声が降ってきた。

「いささかやりすぎた感はあるけど、ま、あんたなら大丈夫でしょ。ほら、はやく起きなさいよ」

無茶言うな。
焦点を合わせることもままならぬ目で、声主を捜す。
果たして、俺の腰付近を跨ぐようにしてナイスなアングルで立っているそいつは、
予想通りというべきか、ハルヒだった。つーか、こんな理不尽な暴力をふるえる奴はコイツ以外存在しない。
断言できる。
殴るにしても蹴るにしても、普通は喧嘩台詞を吐いた後の筈だからな。

「痛ってぇ……マジで内蔵から出血してるんじゃねえか、コレ……」

声を絞り出すだけで躰が軋んだ。激痛を堪え凌ぎ、俺はゆっくりと身を起こす。
俺に一片でも非があるなら、免罪にしてやってもいい。
そんな精一杯の譲歩とともに、俺は訊いた。

「俺がいったい何をしたっていうんだ。
 お前に恨みを買うような真似をした憶えはないぞ」

ハルヒはスカートの中を覗き見されていることも露知らず、
しれっと言った。

「昨日の夜に視た夢でね、あんたに酷い裏切りにあったのよ。
 ううん、あれは裏切りという言葉じゃ言い表せないわ。
 だってあたしを失意のどん底に突き落としたんだもの。さっきのグーパンチはあたしのもやもやの精算よ」

真性のアホだこいつ。
夢で得たストレスを現実で解消するだぁ? 妄言も大概にしろ。
俺は、

1、痛覚を遮断して、ハルヒに詰め寄った
2、なんだか怒る気にもなれないので、不本意ながらも許してやることにした。
3、行動自由記述

>>747                    おやすみ

744 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/19(土) 00:40:30.09 ID:JOgeinQ0

3、せめてもの仕返しにスカートの中をガン見した

747 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/19(土) 00:46:44.77 ID:xGSSP.SO

ksk

748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/19(土) 00:47:57.27 ID:FaHSjeco

>>743
乙ーん!

3、>>744

780 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 01:35:02.68 ID:2Vl2di6o

俺は烈火の如き怒りに駆られ、せめてもの反撃としてスカートの中身をガン見してやった。
……自分でも情けない反抗の仕方だと思う。
だが、これがこの体勢で最も負傷部に負担のかからない方法なのだ。

――スキャン開始。

白のショーツ、か。俺はちょっと拍子抜けする。
日々突飛なアイデアで氾濫しているこいつの頭には
羞恥心が付け入る隙間もないようで、教室でこそ慎ましく行動すれ、
部室では豪快に足を組み替えたり団長席の上でであぐらをかいたりと
男子二名の視線など歯牙にもかけていないハルヒである。
俺がこいつの下着を非作為的に拝んだ回数は最早計上不可能であり、
かつては少し成りとも興奮していたのが、今では「ああ、今日は派手だな」と思うくらいになっていた。
ここ最近の傾向としては、扇情的なモノが多かった気がする。
だからその分、俺の目に白一色は、かなり大人しめに映った。
思考は極めて自然なプロセスを踏む。もしかしてこいつ――、ドス

「バレてんのよ」
「バレてましたか」

ハルヒはスカートの端を押さえてぐりぐりと俺を踏みにじりながら、

「当たり前じゃない。いいこと? エロキョン。
 夢の中での出来事に加えて現実でもあたしの不快指数を上げるなら、あんたの行く先は死よ」

朝っぱらからハードだね。表情は微笑みを湛えていたが、両眼は決して笑っていない。
形ばかりの反省を表明しつつ、俺は周囲を見渡して、ようやく衆人環視に晒されていることを自覚する。
クラスメイトはハルヒが俺を踏んづけているという構図を見て、
これ以上になく素晴らしい勘違いをしているらしかった。
中にはハルヒの女王様っぷりに性的興奮を憶えている臨時マゾヒストもいそうである。……谷口とか。

さて、いつまでもこうしちゃいられん。

「そろそろどいてくれ。もうすぐHRだろ?
 床でホームルームを傍聴するのは衛生的にも倫理的にも間違ってるし、
 ぶっ倒れている俺を見つけた岡部に保健室まで担がれるのは御免だからな」
「………それもそうね」

不承不承、といった風に足をどけるハルヒ。
俺はだいぶマシになった腹を押さえつつ、自席についた。
クラスメイトが散る。正常な朝の風景が戻ってくる。背後で着席する気配がした。
HRまで後少し。このまま終わらせるのもなんだか悔しいので、俺は小さく、ハルヒにだけ拾える声で言った。

「さっきの、なかなか様になってたじゃねえか。
 何かと清く正しい体面保ってるけど、意外とSMプレイにも造詣が深いのな。エロエロだな、お前」

ボン。小型の水蒸気爆発が起ったのではないか――と錯覚するくらいの音がした。
振り返らずとも分かった。ハルヒは赤面している。
人のことはエロキョンとなじるくせに、自分に淫乱のレッテルを貼られることはヤダヤダというパラドックス。
お前もう高三だろ。こんなんで恥ずかしがるとかどこの萌えキャラだよ。

784 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 02:28:34.46 ID:2Vl2di6o

さて、と。

出会い頭に本気の正拳突きを浴びせられるという、
即刻ハルヒの顔面に絶縁状を叩きつけて然るべき暴挙を、先の一言で精算した俺は、のんびりとHRの開始を待つ。
ハルヒが昨夜見たらしい悪夢の内容については、おいおい訊けばいいだろう。
なに、時間は山ほどある。急ぐことはないさ。

「―――HRはじめるぞ〜―――」

頬杖を突きながら、どこか遠くで豪快な開扉音と岡部の声を聞いた。
次いで、教室の引き戸が静かに軋む音。
ん? 岡部にあと寸でのところで先を越された遅刻者か?
大きな欠伸の予備動作をしながら、窓の外に泳がせていた視線を教卓に投げる。

「ふぁ?」

まず最初に、出かかっていた欠伸が口の中で即死した。
そして次に、俺のふやけた視界が――否、平和だった世界が凍り付いた。
突如日常に飛び込んできた非日常因子に俺の固着観念は何も出来ないまま、
ただ、床に落ちた銀細工みたいにバラバラになる。直感で分かった。復旧の見直しは遠くなりそうだ。
一気に呼吸が荒くなる。礫状の何かが喉に詰まった感じ。
教卓を中心に視野狭窄が進む。黒い無数の羽虫に食いつぶされているような感じ。
そんな俺の悽愴なステータスを一切慮ることなく、岡部は得意げな顔で実に不透明な説明を述べた後、
右隣で俯いている女子生徒の肩に手を置いた。そいつが教卓に一歩進み出る。
目鼻立ちの整った顔だった。流麗な長髪だった。制服の上から一目見ただけで豊満な体つきだと分かった。
きっと谷口ならこう評価するだろう。AAランク+だな、と。遠目から見ても瑞々しい桜唇が開いた。

「お父さんの仕事の事情で、また日本に戻ってくることができました。
 また皆と会うことができて、とても嬉しく思っているわ。
 ほぼ二年半ぶりだから、もう一度馴染むまでに迷惑をかけちゃうかもしれないけど、
 また仲良くしてくれると嬉しいな」

水を打ったように静まりかえった教室。そいつは不安げに、しかし親しげに微笑を零した。
それがカンフル剤となって、充填されていたボルテージが一気に弾けた。教室が歓喜狂乱に沸き返る。
だが、俺はその波に混ざれぬまま、ただ頭を抱えていた。頭痛と眩暈がいっぺんに襲ってきた。

「何がどうなってやがる」

悲痛なうめき声もこの喧噪の前ではまったくの無意味だ。
もしかして、これってまだ夢の続きなんじゃないだろうか?
現実逃避が脳裏を過ぎる。俺はその甘い誘惑を振り切って、恐る恐る教卓を眺めた。
やはり目の前の光景は現実だった。
興奮した生徒と、それを鎮めようと躍起になる岡部を眺めるその女子生徒は
何処からどう見ても、二年前に消滅した朝倉涼子だった。有り得ないことが起きている。現実逃避は今からでも遅くない。
極度の混乱状態に陥った俺は、自分の拳でもって記憶を白紙化することを決意し、

「――ョン、ねぇ、キョンってば! あんた大丈夫?
 顔、真っ青を通り越して土気色になってるわよ?」

ハルヒの声で我に返った。ツンツンと背中を刺す指先が、わりと本気で心配してくれていたことを物語っている。

803 名前:修正ver[] 投稿日:2008/04/20(日) 14:02:39.67 ID:2Vl2di6o

「大丈夫……急に胸焼けがしただけだ。
 昨日の日本酒は、まだ俺の肝臓には荷が重かったんだと思う」
「なぁんだ、二日酔い?
 あんたもあたしみたいに禁酒すればよかったのに」

後悔先に立たずよ、と嘲笑するハルヒ。
反論する気もおきなかった。俺は「ああ、後悔してるよ」とだけ言って、机に突っ伏した。

厄災は忘れた頃にやって来る。

そんなことは多分、この世界の誰よりも俺が一番よく理解していて、
いかなる非常時でも臨機応変に動けると確信していたのだが、
いきなりの朝倉登場にはそんな自負など何の役にも立たなかった。
二日酔いどころかアルコールの残滓さえ感じられぬ胃が、何故かずっしりと重たい。

『へー、それで家はまたあのマンションになったんだ?』
『あたしのこと憶えてる!? あは、うれし〜』
『困ったことがあったらなんでも聞いてね!』

岡部は最早諦めているようだった。教卓に出来た人集り。
よくもまああんなに無警戒かつフランクに話しかけられるな、と思う。
おいおいよく見ろ。そいつは殺人鬼だぞ?
二度の殺人未遂を犯し、うち一回は俺の腹部に刀瘢を遺したマジで危ないナイフ使いなんだぞ?
俺がクラスメイトに送信した切実なテレパシーは、しかし誰にも受信されなかったようで、
人集りはのろのろと教室後方に移動し始め、やがて廊下側の最後尾あたりで止まった。
どうやらあそこが、朝倉にあてがわれた席らしかった。
てっきりその祭りの中心で朝倉を質問攻めしているかに思われたハルヒは、
何故か俺の後ろの席から移動する気配がない。俺は振り返らずに言った。

「お前は興味ないのか。あいつが消えた時はさんざ探偵ごっこに精を出していたのに」
「…………」

返事がないので振り返る。鋭い視線が、集団を刺していた。
俺にはそれが、人の壁を透過して、朝倉を睨め付けているように見える。

――何を考えてるんだか。

一限目の教師がやってきてキレるまで、ちょっとしたお祭り騒ぎは続いた。

806 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/20(日) 14:31:52.19 ID:2Vl2di6o

――――――――――――――――――――――――――――――

一限目、二限目が恙なく終了する。
ファーストインパクトで仮死状態に瀕していた俺の理性は徐々に蘇りつつあり、
俺は5分間の短い休み時間の間に情報を整理することにした。
一つ目。前触れナシに出現した転校生は、二年前の朝倉の生き写しではないこと。
細部が微妙に違っていた。あいつらの流儀でいうなら、バージョンアップというところか。
だが、女の部分が成長していたのは普遍的な成長の結果として、
ドジッ娘属性が寄与されていた驚愕の事実に、俺は理解の術を持たない。
なあ、統合思念体さんよ。てめえはいったい 何 が し た い ん だ。
あいつが現国の朗読中に噛んではにかんだり、数学の基本演算ポカさせてたりして楽しいのかよ、おい!!

……すまん、話が脱線した。話を元に戻そう。

二つ目は、朝倉は俺に危害を加えるどころか、接触する兆しすら見せないことだ。
授業中は生徒教師問わず好奇の視線に晒され、
休み時間はお近づきになりたい男子女子共から言い寄られ質問攻めにされて
そんな余裕など存在しないからかもしれないが、意味ありげなアイコンタクトくらいあってもいいとは思わないか?
俺としては「目的不明」が一番怖い。
ああ、誰でもいいから俺に朝倉の転校理由を説明してくれ。

教室後方に目をやって、細い溜息を吐いた。
俺はこの憂患をどうにかすべく、

1、長門にメールしよう。今なら落ち着いてこの事態について問いただせる。
2、ハルヒ、ちょっと教室の外に出ないか。話があるんだ

>>810

810 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/20(日) 14:42:39.82 ID:3T9KHHMo

1

813 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 15:07:02.25 ID:2Vl2di6o

長門に問い質すことにした。あいつなら何か知っているはずだ。
勿論、教室まで出向いて電波ワードを他人に聞かれるのはマズイので、メールを打つ。
ぽち、ぽち、ぽち。

to:長門
朝のHRで朝倉が現れた
どうなってる?

簡潔だが、これで俺の逼迫した状態は伝わると思う。
朝倉対面直後の俺なら統合失調患者もかくやの支離滅裂メールを送っていたに違いないから、
俺はもうかなり落ち着いているということか。他人事みたいに自己分析して、送信ボタンを押す。

ヴー、ヴー。

ところで。皆さんは女子高生がメール一通にかける時間をご存じだろうか。
今や携帯電話は現代社会の必需品であり、電話よりもずっと安値で情報交換できるメールは、
既に「携帯電話」から電話の部分を取り去るほどに頻用されている。
そして統計学的にいうと、最もメールの利用頻度が高い女性の世代が女子高生である。
手先の延長であるかのようにプッシュされるボタンはPCのタッチタイピングに引けをとらない速度をたたき出し、
長文メールが十数秒で帰ってくるなどざらだ。

では、改めて問おう。

俺が送信した瞬間に受信表示がされるディスプレイは何を表しているのか?
エラーメールの通知だろ、宛先存在してなかったんじゃねえの? などという心寒い答えが聞こえてくるが、
違うんだよなあ、それが。長門はメールの返信に1秒も要さない。
携帯端末と神経接続でもしてるんじゃないか、と疑いつつ、俺は今度あいつにメールを打っているところを見せて貰おうと思っている。
さて、長門の返信やいかに。

from:長門
複雑な事情が関係している
詳しいことは口頭で話す

おいおい、それまでは恐怖に怯えながら過ごせってことか?
俺は被害者の立場を振りかざして、

to:長門
おちおち授業もきいてられねえっての
あいつの顔を見るだけで忌々しい光景がフラッシュバックするんだよ

from:長門
彼女は何があってもあなたに危害を加えない
安心して

820 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 16:15:50.34 ID:2Vl2di6o

たった二行の文字列で、仮初めの安心を得てしまう俺だった。
実際、長門の「安心して」は、きっと他の誰の安全保障よりも信頼に足りる。

to:長門
分かった
他にも色々言いたいことあるけど
お前に話をきくまではじっとしてるさ

送信ボタンを押したところで、

「おいそこ、はやく立て!」
「すいません」

やれやれ、受験期だからって気の短い教師だな。
携帯のフラップを閉じ、いそいそと席を立つ。
形ばかりの礼をして着席すると、

「……朝っぱらから誰とメールしてるのよ?」

という訝しげな囁きが、背中に刺さってきた。シャーペンを媒介にして。
ここで正直に「長門」と答えれば「メールの議題は?」と質問され、
「秘密」だと口を濁せば「団長に隠し事?」と尋問され、
「それでも秘密だ」と堅く噤口すれば「教えなかったら死刑だから」と詰問されるというパターンは
着席したときには既に予測済みである。

「ああ、ジャンクメールを削除してただけだよ」
「ふうん、つまんないの」

興味を失ったように鼻息を鳴らすハルヒ。
余計ないざこざを起こさずに済んだのは喜ぶべきことだが、
迂闊に長門とのメールはしないほうがいいだろう。
まあ必要最低限のこと――朝倉は安全――は聞けたわけだし。
俺は少しだけ気が楽になって、携帯をポケットに放り込み、真面目に授業を受けることにした。

822 名前:みくるは二日目まで待って[] 投稿日:2008/04/20(日) 16:36:15.43 ID:2Vl2di6o

――――――――――――――――――――――――――――――

わからん。何がわからんって、全部だ。
幾何学模様を描いているあのグラフはなんだ?
黒板を跳梁跋扈するあの忌々しい記号群はなんだ?
フル稼働させていた頭は開始10秒でぶすぶすとオーバーヒート、
使い物にならなくなるのは時間の問題だった。
教室の端から聞こえる

「わ、わかりません……っ」

という朝倉の意外すぎる答えと、

「お前が向こうで勉強を怠っていたとは思えないし、
 カナダと日本との授業進行度の違いが原因だな、うん」

それに一々大袈裟な理由付けをする教師と、

「そ、そうだよ。気にすることないよ、朝倉さん。
 ほら、だってこの例題ものすっごく難しいし」

継ぎ接ぎだらけのフォローを見せる生徒には脇目も降らず。
俺は板書内容の咀嚼に、今一度奮闘した。でも、やっぱり黒板のピトグラムはピトグラムのままで。
予備校にも通わず勉強なんかそっちのけで遊び呆けてきた代償がこれか。

「……はぁ」

自然と溜息が漏れた。そして、それを自慢の福耳で聞きつけたらしいハルヒが、

「団員の悩みは団長の悩みよ。
 その聞いてるこっちが鬱塞しそうな溜息のワケを話してみなさい」

と甲斐性を発揮する。正直に話してしまおうか。
でも勉強がわからんと今更告白したところで、『勉強してこなかったあんたが悪いのよ』と意地悪い笑みで返されそうな気もする。

「実はな――>>825 自由記述」

825 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/20(日) 16:45:49.09 ID:BpSh.QAO

佐々木たちについて話す
最近あってない系統で

834 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 18:01:05.24 ID:2Vl2di6o

というわけで、俺はハルヒに別の話題を宛がうことにする。
そうだな、佐々木の話でもしてみるか。俺の学力不足よりは退屈しない話題だと思う。
ハルヒは俺と佐々木の中学時代のなんでもない話が大の好物らしく、
国木田と佐々木の昔話をする度に首を突っ込んでは呻吟したり歯軋りしたりと、実に様々な反応を見せてくれる。
しかもずっと前には佐々木と二人で『中学時代と高校時代の俺の相違点について』などという、
実に非生産的な議題で盛り上がっていたらしい。
ちなみに結局、その話が何処に着陸もしくは不時着したのかは、全てが俺の与り知らぬところだ。
閑話休題。俺は躰を右に90度回して、

「いや――最近、佐々木たちに会ってないなあと思ってさ」

ハルヒの頬杖が折れた。

「そ、そうかしら」
「そうだよ。俺たちが二年生に上がって、初めてお前に佐々木を紹介した頃は
 頻繁に一緒に遊んでたのに、いつからか、頓に交流する機会が減っていった」
「受験の準備とかで忙しいんじゃないかしら。
 パンジーは別として、他の三人はあたしたちと同じ高校三年生だし」

いつも自信に滾っている瞳に、一筋影が降りる。
受験、か。確かにそれが遠因かもな。

「でも、たまには息抜きの場を設けて、親交を深め合うというのも、」

どうだろう、と俺は提案しようとしたが、言い切る前にハルヒが言葉を重ねる。

「ダメダメ、佐々木さんたちの通ってる学校忘れたの?
 光陽園学院よ? 進学校で受験勉強とかめちゃ厳しいのよ?
 あたしたちに都合を合わせるの難しいと思うわ――」

早口で捲し立て、パニクった蟹みたいに口角泡を散らすハルヒ。
その言葉は忠告と言うより、説得に聞こえた。俺は力の入ったハルヒの肩に手を乗せて、

「お前の言い分は分かった。確かに俺は、自分の都合のいいように考えすぎてた。
 そうだよな、あいつらにも予備校とか色々あるよな」
「――むしろあたしは、あんたの受験勉強の方が心配で……へ?」

元々大きな双眸がさらに大きく見開かれる。
ああ。こいつはきっと、この後にまだ科白が続くことも忘れて、俺が納得したと思っているんだろうな。

「でもさ、やっぱあいつらと疎遠になるのはイヤだ。
 お前もそう思うだろ? だからまた近いうちに都合あわして集まって、どっか遊びに行こうぜ」

ハルヒが何か言うより先に、躰を元に戻す。
丁度その頃、黒板でクラスメイトの助言と教師の指導に温かく支えられていた朝倉が例題を解き終え、教室が厳粛な空気に戻る。
ハルヒが反論しようにもできず、固まっている絵が容易に想像できた。
ここ三年の間に、授業の静逸を乱すのを躊躇うほどにハルヒは常識人になっていた。
でもまあ、まさかハルヒが佐々木たちとの再開を避けているとは考えられないので、良い伏線を敷けたんじゃないかな――。

そんな満足感に浸りつつ、俺は再び板書に取り掛かる。

837 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 18:35:12.65 ID:2Vl2di6o

意味が分からずとも、とりあえず書き写すことだけに専念する。
が、まるで己の不機嫌をシャーペンの先から俺の背中に注入するかのように執拗な攻撃が、俺の気を散らした。
おそらくハルヒは、俺よりも板書をとっていない。
こいつは授業を耳で聞いて自宅で復習するだけで現在の好成績を保っている。
神様はどうして人に優劣を付けたんだろう、
ああ、そういや神様は俺の背後にいるんだった、それなら理不尽なのにも感得がいく、
といったお馴染みのルーチンをこなしてから、俺は自嘲めいた溜息をつく。

――――――――――――――――――――――――――――――

授業と授業のインターバル。
誰もが空腹を食べ物で満たし生の充足を得る至福の一時を、

「ねえ、キョンってもしかして女の子に興味ないの?」

国木田はC4爆弾を悠に超える威力をもった一言で、
朝倉の一件で耐震強度偽装建築物の如き脆弱性が危惧されていた俺の心をこっぱみじんに爆破した。
俺は比喩でもなんでもなく、本当に飯を吹き出した。
白い粒が散乱する。その大部分を顔面に受けた谷口に心の中で土下座しながら、
俺は慎重に言葉を選んで、

「質問の意味がよくわからないんだが」
「そのままの意味だよ。
 今日だって朝倉さんが転校してきたのに何処吹く風で、
 キョンの周囲には有り余るほどの美少女がいるのに、誰とも付き合ってる噂が出てこないじゃないか」
「国木田、頼むから声のトーンを――」
「だからこれはもう、キョンに世の男性とは異なった性癖があると判断していいと思うんだ。
 谷口もそう思うよね?」

水を向けられたところで、ようやく谷口が覚醒する。べとべとの顔面を拭いながら白米お化けは俺を指差し、

「ぷはぁっ! このやろ、いきなり何しやがる!!」

国木田がやんわり諫めた。

「まあ落ち着きなよ谷口、僕の話ちゃんと聞いてた?」
「なんだ?」
「いや、キョンがゲイなんじゃないかって話」

ちょっと待て。

846 名前:イリヤ……イリヤぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁ[] 投稿日:2008/04/20(日) 20:10:03.55 ID:2Vl2di6o

俺はノーマルだ。至って普遍的な男子高校生だ。
性欲の矛先は勿論女で、それが男に向くことは断じてありえん。
そんなこと考えるまでもないことだろ!?
俺は谷口の判断能力に一縷の望みをかけた。
ここで谷口が国木田の阿呆に乗せられて誤認すれば、
大手週刊誌広報担当も絶句のスピードで
向こう三ヶ月持続する流言蜚語が学校に広められることになる。
谷口は口元に手をやり、視線を斜め下に落としながら語り始めた。
これでご飯粒が付着していなかったら、結構かっこいいポーズなのにな、と思う。

「んー、俺も前々からずっと思ってたのよ」

おいおい。

「女子に恵まれてる割に色気づいた話は聞かねぇし、
 お前からも独り身特有の『彼女欲しいよぉ!』オーラ出てねぇし……」

マジかよ。

「極めつけは今日だ。
 両立が不可能だと思われていた常識を覆し、
 セクシーとプリティの融合を果たして日本に舞い戻ってきた朝倉には目も暮れず
 勉強なんかしてやがった。以上の事実に基づいた推量は、」

嘘だろ、おい。

「国木田の出した結論は、実に妥当な線をいっていると――」

ダメだ、こいつが文末に辿り着くまでになんとかしないと
本気でヤバイ烙印を押されちまう。俺は箸を机に叩きつけた。
そして膝に手をつき、その反動で起立して、

>>850

と叫んだ。

850 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/20(日) 20:19:44.98 ID:TvxprJw0

俺にはハルヒがいるだろうが!

858 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 20:55:49.04 ID:2Vl2di6o

「俺にはハルヒがいるだろうが!」

と叫んだ。わんわんと耳の中で言葉が残響して、
麻痺した視界には、この世の終焉を目撃したみたいに
壮絶に顔を引きつらせた谷口国木田コンビがいた。
はぁ……言ってやった。言ってやったぜ。
これで万が一つにも、俺がホモセクシャルだという事実無根の嫌疑がかけられることはあるまい。
安堵のベクトルが見当違いの方向を向いていることも露知らず、
俺は一種の爽快感と共に周囲を見渡した。
教室はまるで放射冷却を浴びたかのように凍て付いていた。
談笑していた女子グループ、ふざけあっていた男子たち、
マイペースに昼飯を食らっていた日陰者、他クラスから出張してきた者まで、
誰も彼もが俺に注目している。そして、これはもう俺の与り知らぬ陰謀者の姦計だとしか考えられないのだが、
なんともこの場にそぐわない鼻歌を響かせて、ハルヒが教室に姿を現したのだ。
ハルヒはまず教室の静けさに目をパチクリさせて、近場の女子に何事かと尋ねる。
そしてその女子は恐らく脚色度150%のあらすじをハルヒに耳打ちし、

「――――ッ!!!」

暢気だった表情が一転、摘み立てイチゴみたいに朱くなった。
そして口をパクパクさせ、ようやく「あ、あんたってば、なんてこと……」と言葉を紡いだ辺りで俺は行動を起こした。
弁当とかクラスメイトの誤解修正とかの一切合切を放棄して、俺はハルヒの腕を掴んで教室を出る。
ハルヒは抵抗しなかった。
出際に、どこか淋しげで楽しげな視線が俺にからみついてきて、その方向を見たら朝倉がいたがきっと気の所為だ。
まずは誤解を晴らす必要がある。こいつはきっと、俺がゲイの嫌疑をかけられていたのだと勘違いしている。
隣のハルヒはさっきから一言も喋らないが、
それはきっと、この三年間ホモ野郎と過ごしていたことに業を煮やしているからだろう。

「はぁっ……はぁっ……どこまで行くつもりなの?」
「人目のつかない、他の誰もいない場所だ。なにせ大事な話だからな」

そう言った瞬間。
ハルヒの動悸が一気に激しくなり、同時に期待の膨張率が急上昇したことを、俺は知らない。
さらに赤くなったハルヒに首を傾げつつ走る。
俺を馬鹿だと思うか? ああ、俺も後で自分の馬鹿さ加減にうんざりしたよ。
でも、それを詰責されても困るんだよな。
だってこの時の俺はまだ、自分の方が壮大な勘違いをしていることに気づいていなかったんだからさ。

869 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/20(日) 21:27:23.18 ID:2Vl2di6o

部室棟まで続く渡り廊下から外れた、一本木の下。
走ってきた所為で息が荒い俺と、多分別の理由で呼吸が不安定なハルヒはそこでへたり込む。
春風に葉っぱがそよいでいる。
木漏れ日が金縷細工みたいに綺麗な模様を描いている。
それからたっぷり3分くらいかけて息を整え、俺はハルヒに向き直った。
ごくり、と固唾を呑む音。
ハルヒは挙動不審な感じに目を泳がせて
胸元で手を合わせ、まるで告白を受けると薄々感づいている女の子みたいに言った。

「なによ……大事な話、なんでしょ……早く……言いなさいよ」

決心がついた。

「それもそうだな。いいか、言うぞ。
 ――俺はゲイじゃない。断じてゲイじゃない。
 全世界の人類が俺をゲイだと後ろ指を指そうとも、俺が好きなのは女だけだ」
「ふぇ………?」

それから俺は粛々と弁明を続けた。
お前は教室の雰囲気に乗せられただけなんだ。
あいつらは仕掛け人なのさ。元凶は国木田で、煽り役が谷口、
俺はそいつらがあられもない噂を広めようとしていたのを止めようとしたのだが、
不幸にもその噂はクラス内に少しだけ蔓延し、これまた不幸にもお前がやってきて
俺がゲイであるかもしれないことを心ない女子生徒から聞いた。
だが待って欲しい、それは嘘も嘘、大嘘なんだ。
お前が今から二年前の春に絆した男子高校生は至って普通な男子高校生で、断じてゲイじゃないんだ――
と、概ねそんなことを喋った。
陶然としていた瞳は光を失って、艶のない唇がわずかに動いた。

「じゃあ、最後にあんたが叫んだ言葉って……」
「ああ、あれか?
 あれは俺にはハルヒがいて、ハルヒが、
 "俺がホモセクシャルであることを許すはずがないだろう"という意味だ。
 どうだ、間違っちゃいないだろ?」

ハルヒはコク、と首肯して、

「分かったわ」

よかったよ、誤解が晴れて。ところで何が分かったんだ?

「あんたが救いようのない鈍感で朴念仁で昼行灯だってことがよ!」
「うおっ、なにす、やめ」

胡座の姿勢から一瞬で突き倒され、マウントポジションをとられる。
死んだ。そう思った。だが、振り下ろされる拳は弱々しく俺の胸をぽかぽか叩くばかりで、全然痛くない。

874 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/20(日) 22:09:02.30 ID:2Vl2di6o

「なんであんたはいっつもそうなのよ!
 馬鹿じゃないの? ねぇ、馬鹿じゃないの?」
「バカバカうるせぇんだよ、さっさと上からどきやがれ!」

経緯はどうであれ、ハルヒに騎乗されて暴れているのを
教師及び在校生徒及び偶然通りかかった来賓の方に見られた日には一大スキャンダルである。
最悪停学処分もあり得るだろう。校内での不純異性交遊は重大な校則違反だからな。
が、冷静に現況の危険値を推し量っている俺を余所に、
ハルヒは一向に聞く耳を持とうとしないので、俺は仕方なく最終手段に出た。

「おい、誰かに見られたらどうするんだ。
 こんなの傍目からは昼間から盛ってるアベックにしか見えないぜ」

ぼふ、とハルヒがショートする。
その間隙を縫って、俺は身を起こした。
ぽーっと放心したまま転がったハルヒも起こしてやる。
制服を脱いで、軽く払う。
雑草とか土とかが色々ついていた。あーあ、またおふくろに愚痴を言われるな、こりゃ。

「……ほんっと、最低だわ……」

根因が呟く。朝といいこの昼休みといい、これだけ狼藉を働いておいて何を言うかと思えば
貶し言葉かよ。いい加減呆れるぜ。

「さっさと帰るぞ。お前が俺に何を怒っているのかは知らんが、
 いつまでもここにいるわけにもいかんだろ。あと十分くらいで昼休みは終わりだ」

イヤイヤと首を振って、ハルヒは言った。心なしか、その声は震えていた。

「……先に帰ってなさいよ。あんたなんかと一緒に戻りたくないっ」

深い深い溜息を吐いて、陽光に白く染まった校舎を見上げた。
一本木は最初から何一つ変わらぬままで、穏やかな昼休みの一部品となっている。
たくさんの葉がそよそよと揺れている。
辺りに漂う雰囲気とはまったくもって対照的な、心地よい音があたりに満ちている。

俺は――

1、帰ることにした。ここはハルヒを一人にすべきだろう。
2、なんだか気分が落ち着いたので、ハルヒを宥めることにした

>>879

879 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/20(日) 22:14:04.00 ID:FB5h2NE0

2

901 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/21(月) 00:34:43.19 ID:Za9ZRfwo

なんだか気分が落ち着いたので、ハルヒを宥めることにした。
どういった理屈かは不明だが、こいつの癇癪は空気感染してクラス全体の雰囲気を悪くする。
それを未然に防いでやるんだ、感謝しろよ。
と、今頃噂話に明け暮れているクラスメイト共に心中で言ってから。
俺は渋々、といった風を装って、

「少しだけ休んでく。別にお前の斜めな機嫌が
 元に戻るのを待っているわけじゃあないから、そこんとこよろしく」

一本木に凭れるようにして座った。
「さっさと教室戻りなさいよ」「いつまでそこに居座る気?」などの罵倒を浴び、
最悪ハルヒ自身が立ち去ってしまうことも想像していたのだが、
どうしてなかなか、ハルヒは俺の対面側に凭れて座ったようだった。
さっきの乱闘で火照った体に、涼しい風が心地いい。
宣言通り、俺は本当に5分くらい何も喋らなかった。
意地悪でもハルヒが折れるのを待っていたわけでもなくて、純粋にこの時間を満喫していたのだ。

「なあハルヒ、起きてるか」
「なによ。ってか、その質問おかしくない?
 あたしがこんなとこで転た寝してると思ってたわけ?」
「別に寝てるとは……」

無理に矜持を保つことよりも俺へのツッコミを優先させる辺り、
こいつは本当に変わったと思う。そのことを誉めてやろうか、と迷いつつ、

「お前朝といいこの昼休みといい、なんか情緒不安定だったよな。
 朝の時は夢がどーたらこーたら言ってたけど、あれが関係してるのか?」

結局口慰みに用いたのは記憶の切れ端だ。
素直に「機嫌直せよ」と言えないあたり、俺もまだまだ器量不足なんだろうな。

「関係してなくもないけど」
「是非その内容を聞かせてくれ。
 実は去年の冬らへんから夢判断にハマってて、今じゃ一定の成果を上げられるようになったんだ。
 お前のことだろうから想像を絶する奇っ怪な夢に違いないだろうが、俺が責任を持って解析してやるよ。今なら無償だぜ」
「胡散臭いわね。とってつけた感がぷんぷんしてるわよ、その言い草」

でも、まあいいわ、と言ってハルヒは語りだした。
自分の見た夢を他人に伝えることは、裏返せば思考を覗き見されているのと同義で、
結果、トーンがぐっと落ちたハルヒの声を拾い集めるのは、至難の業だった。

910 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/21(月) 01:10:41.42 ID:Za9ZRfwo

「――これが夢の概略よ。
 どう? あんたに約束をすっぽかされたその女の子、すっごく可哀想だと思わない?」

まくしたてるハルヒはいつのまにか俺の隣にまで躙り寄っていたが、
本人は噸と無自覚なようで、上目遣いで俺の同意を待っている。
ハルヒの概略をさらに掻い摘んで文章化するとこうだ。
馬鹿でアホで間抜けな俺に、どういった宇宙的未来的超能力的作用が働いたのかは分からないが、
好意を寄せる一人の女の子がいた。その子は休日に、俺と他の友人も一緒にデートする約束を取り付けていたのだが、
何故か当日になって、誘った女の友人の一人と俺がドタキャンしてしまった。
その女の子は失意のどん底で杳として知れぬ二人のことを恨もうとするのだが、
何故か巧く恨めなくて、泣きたくなって、けど結局は二人を赦してしまう――。
リアリティがあるようでフィクションっぽさが抜けきらないのは、そもそもこの話が夢の内容だからだろうか。
妙な違和感が脳裏に浮かぶ。
だがそれを斟酌している暇はないので、俺は夢判断とは名ばかりの確認作業を開始した。

「オーケー。まず冷静に事実を飲み込むことから始めようぜ。
 一つ。その俺に好意を寄せている女の子は、お前が全然知らないやつなんだよな?」
「そ、そうだけど。別にそれは関係、」
「関係あるから聞いてるんだよ。
 二つ。夢の中の俺とその友達?の女の子が二人して消えた理由を、お前は知ってるのか?」
「知ってるわけないでしょ。とにかく、」
「まあ待て。
 三つ。その女の子は何故か最後には、ドタキャンした俺とその女友達を赦したんだっけ?」
「そうだけど……あたしが言いたいのは、」
「なんだ、それじゃあ何も問題ないじゃないか」

案の定ハルヒは憤慨する。

「はぁ!? なんでそうなるのよ! 意味分かんない」
「意味分かんなくないさ。
 いいか、その夢の中の女の子はお前とは赤の他人で、
 しかも俺と取り付けた約束からそれが御破算になった経緯の真相は不明瞭、
 最終的に女の子は俺を赦して、極めつけはその話が全部夢の中の出来事だってことだ。
 現実世界の俺がお前に怒られる理由なんてどこにもない」
「ぐっ………」

理詰め完了。
俺は歯噛みするハルヒを尻目に、
ああ、団長に虐げられ、時に正論で仕返しするのが団員の禍福なのだ、としみじみ思いつつ立ち上がる。
こいつが納得していないのは一目瞭然だが、いつまでも夢談義に花を咲かしてもいられない。
遠くで午後の授業開始のチャイムが鳴った。
俺は立ち上がって、座り込んだままのハルヒに手を差し伸べる。

「午後の授業はフケるつもりなのか?」

無反応。
仕方ないので校舎に向かって歩き出す。
それからすぐにもう一つの足音が加わって、俺の手をぶっきらぼうに掴む感触があった。
自分のことを棚に上げて、俺はハルヒのことを、不器用だなあと思う。

929 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/21(月) 21:47:39.21 ID:Za9ZRfwo

それから堂々の遅刻を成し遂げた俺たち二人は
クラスメイトたちの生暖かい視線と教師の睥睨の温度差に戸惑い、
何故かお叱りを受けないまま着席した。
教室の戸を開ける直前、ハルヒが蛇蝎のように俺の手を振り解いたことや、
その後の授業中、ひっきりなしに男子共から行動報告を求めるメールが届いてきたことには
嘆息を禁じ得ないが、

「なあ。この問題、大事な部分が欠けてると思わないか?」
「欠けてるのはあんたの記憶の方よ。
 公式習ったでしょう? それを組み合わせるのよ」

ハルヒの機嫌の行く先が軌道修正されたことは、手放しで喜べることだと思う。
もっとも、何がこいつの機嫌を左右しているのかは定かでないが。
自称ハルヒ専属精神科医の古泉に、一度それについて訊いてみたことがあった。
すると奴は

「禁則事項です」

と気色の悪いウインクをして俺の好奇心を削ぎ、質問をうやむやにしたのだ。
そんなわけで――、
俺は今でも心理的な駆引きでない、直感に頼ったハルヒの宥め方しか知らないでいる。

――――――――――――――――――――――――――――――

受験生の放課後は長い。
といってもそれは余暇でも有閑でもなんでもなくて、
『各々受験に備えよ』という意味の、学校から所与された自習時間である。
がしかし。
最低限守るべき常識とそうでない常識を取捨選択することを覚えたハルヒにとっては
放課後は放課後、自由時間は自由時間で、授業時間の減少と共にSOS団の活動時間は延長された。
もちろんSOS団平団員である俺も、直帰して受験勉強などしようなんて露程にも思わず、
今まで通りハルヒの背中にくっついて団活に精を出している。

932 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/21(月) 22:07:04.30 ID:Za9ZRfwo

それは今日とて例外ではない。
例外ではないのだが――。

「ふぁ〜あ……」

どうもやる気がでなかった。早めの五月病にかかったのかもしれない。
いや、厳密に言うと「五月病」とは四月から新たな社会に飛び込んだ
新入生や新入社員等が、適応不全で鬱病に似た症状を起こすという意で、
俺のやる気のなさとの関連性は――ああもうめんどくせえ。
モノローグさえもが気怠くなってきた俺だった。
これもそれも窓から差し込む春日陰が原因なのだ。
授業中は睡魔の温床を作り、放課後は放課後で俺のモチベーションを削ぎやがる。
机にずっと寝そべっていたいと主張する躰を起こして、俺は辺りを見渡した。

「ねぇねぇ、今日の帰り、喫茶店寄ってかない?」
「えぇ〜普通カラオケでしょ〜。朝倉さんの美声ききたいもん」

相変わらず、教室の一角には女子の山。
あいつが消えた一年の時からクラス編成がほとんど変わっていない所為だろう、
朝倉がクラスに馴染むのには一日とかからなかった。まったく、大した人望の厚さだね。

さて――

1、速攻で部室に行こう。朝倉の再登場の理由を聞かないと。
2、慌てて団活を始める必要はない。クラスの連中どだべるか。
3、部室に顔を出すまでに寄り道していくか。そうだな、○○(校内限定)にいこう

>>936
B選択の場合は、場所自由記述(校内限定)

936 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/21(月) 22:12:26.22 ID:cZZyUf.o

3、購買に行こう

(購買あるよな?)

947 名前:修正ver[] 投稿日:2008/04/21(月) 22:49:48.78 ID:Za9ZRfwo

部室に顔を出すまでに寄り道していくか。
そうだな、購買に行って何か食おう。
昼飯を中途に終わらせてしまったのが祟って、まだかなり腹が減っていた。
今日使ったノート類を鞄に詰めて、

「俺、購買行ってから部活行くから」

シャミセンを彷彿とさせる寝そべり方で机と同化しているハルヒに十数分の遅刻を告げる。
途端、がばりと首を擡げ、

「え? あ、あたしも――」

と何かを言いかけたハルヒだったが、
俺の購買へ赴く理由が私用全開なこともあって、

「先に行っててくれ」

俺はそそくさと教室を抜けた。階段を下りて、廊下を進む。
ついでだ、部員全員分のアイスクリームも買っていってやろうか――、
と、潤沢な資金源故の太っ腹な考えを浮かべていると、ほどなくして購買スペースが見えてきた。
終礼直後のこの時間帯。
当然と言うべきか、中は人でごった返していた。
うわぁ……。知らず溜息が漏れた。
四月の終わりの平均気温は地球温暖化の影響で年々上昇傾向、
日陰でもちょっと暑いくらいなのだが、冷房と冷やかしの奴らは即刻帰宅すればいい。
と、愚痴ってみたところで混雑度が減るわけでもなく。
購買が空き始める時分に人気商品が粗方売り切れになっていることは自明の理なので、俺は仕方なく特攻をかける。

21 名前:とりあえず 前スレのラストレス[] 投稿日:2008/04/22(火) 21:16:21.75 ID:9LquJBoo

――――――――――――――――――――――――――――――

10分後。
現在、俺は手ぶらのまま陳列棚の前に立ち尽している。
何も言うな。同情なんかされてもこれっぽちも慰めにならない。
一言で言ってしまえば――俺は購買戦争に負けたのだ。
視界不全の中で的確に目標を定める判断力が、
刹那の道が開けた時に何者もを掻き分けて突き進む決断力が、
人混みに揉まれている見るからにか弱そうな女子生徒を気遣わない冷酷さが、
そして何より、「俺は購買戦争に勝利できるんだ!」という不遜の意志が欠落していた。
……ぐぅ。
腹の虫が鳴いている。人がまばらな購買の真ん中で、俺は独り臍を噛む。

「あれれーっ、なんでこんなとこにキョンくんがいるのかなぁ?」

今残っていてそれなりに腹が膨れそうなのは、精々割高のポテチくらい。

「おぅい、何落ち込んでるのさっ。あたしだよ、あたしっ! ほら、こっち向きなよっ」

アイスクリームなんか論外だ。捕らぬ狸の皮算用とはよくいったもんだと思う。
普段あまり購買を利用しない所為で、盛況時の購買を甘く見ていたのだ……。

「無視されるなんて心外だなぁっ。
 いつからキョンくんはこんな薄情者になったんだい? いい加減気づくにょろ!」

と、大きな声に耳が震えて、目の前を往復する手に気づく。
うわっ、と俺は一歩後ずさり――。
俺はそこで初めて、腰まで届く翠緑がかった黒髪と縁取りのくっきりした瞳、
そしてこの人最大のチャームポイントともいうべきおでこを視界に納めた。
余りにも意外な人物がそこにいた。

「………鶴屋さんじゃないですか。何やってんすか、こんなところで。
 つーか、その両手いっぱいに抱えたスモークチーズはいったい、」

23 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/22(火) 21:51:46.84 ID:9LquJBoo

「あたしの大好物さ」
「いや、それは知ってますけど……。
 俺が訊いているのは、その尋常ならざる量の話でして」

鶴屋さんはコロコロと鈴音のような笑い声を響かせて、

「北高に寄ったついでに買い占めたんだっ。
 ここのスモークチーズには受験期間中、ずーっとお世話になったからなー」

今頃俺の寂しい両手に気が付いたのか、

「おろ、キョンくん手ぶらだねえ。
 もしかしてキョンくんのお目当てもこれだったのかな?」

遠慮は要らないよ、と一掴みほど押し付けてきた。
俺の目当ては既に完売したおにぎりだったのだが、
先輩の好意を蔑ろにするわけにもいかないので、

「あ……、ありがとうございます」

両手で受ける。空腹な分食料支援は非常にありがたかったが、
チーズは飽きがきやすく一人で全部食べれば食傷必至である。
部室に戻ったら皆に配ってやろう――。そこまで考えて、当然の疑問が浮かんだ。

「ところで、もう部室には寄ったんですか?
 俺たちのクラスはついさっき授業が終わったトコなんですけど」

鶴屋さんはブンブン首を振った。
長い髪が舞って鼻先を掠め、俺がくしゃみを堪えている間に、

「今日はSOS団の近況調査にきたわけじゃないのさっ。
 みんなとは昨夜、さんざ遊んだもんね。
 実はうちのお抱えの、とりわけ懇意にしてる若い衆から気になる情報を耳にしてね、
 ブラフかもしんないけど、まあ確かめるだけの価値は十分かなって思って足を運んだんだっ。
 結局その情報がジャンクだったか、或いはあたしの気が早すぎたのかで、
 無駄足になっちゃったんだけどね〜」

鶴屋さんはスラスラと言葉を連ねる。
何か気になる単語が――ハルヒが耳にしたら一発で食いつくような話だった気もするが、
鼻のむずむずと悪戦苦闘していた俺の記憶には、深く残らなかった。

28 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/22(火) 22:40:00.33 ID:9LquJBoo

それから俺と鶴屋さんは、
購買のおばちゃんが鬱陶しさ満天の視線を投げかけてきて、
結構な通行の邪魔になっていることに気づくまで雑談していた。
鶴屋さんは腕時計に視線をやってから、割と本気で慌てている感じで言った。

「あっちゃー、もうこんな時間かあ。
 今日のところは帰るにょろ! ハルにゃんたちによろしくいっといて」

ほんとに寄ってかないんですか。来てくださったところで
緑茶とお茶請けくらいしか出せませんけど、俺は勿論、他の面子も喜びます。
すると鶴屋さんは衒いのない、心の底から残念そうな表情で、

「ごめんよ、外に車を待たせてあるんだ。あんまし遅くなったら怒られちゃうからね」

ああ、失念していた。俺にはお嬢様大学に通う鶴屋家令嬢を私情で引き留める権利などないのだ。
この人は多忙なのだ。それも超がつくほどに。項垂れる俺の肩をぽぽんと叩き、

「残念無念、また明日っ!
 あ、帰る前に、一つだけお願いしてもいいかな?
 もしみくるに会ったら、あたしに連絡するようにいっといて欲しいんだ」

そんじゃ今度こそばいばーい、と走り去っていくおてんばな鶴屋家次期党首。
朝比奈さんに会ったら?
会うも何も、感動のお別れ会を境に朝比奈さんは未来に帰ってしまい、
あれ以来再会の機会はおろか、連絡さえ一度もとれていない。
朝比奈さんが消えることは、海外留学という形で鶴屋さんにも伝えられていたはずなんだが――。
意味がよくわからない最後の科白を吟味しつつ、俺は後ろ姿を見送った。

――――――――――――――――――――――――――――――

29 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/22(火) 22:56:17.25 ID:9LquJBoo

スモークチーズ全7本のうち3本を腹に収め、残りの四本を手で弄びつつ廊下を進む。
時間的には大抵のクラスが放課後を迎えているはずで、
部室には長門と先に行させたハルヒ、特進クラスの授業が延長されてさえいなければ古泉もいるだろう、
と予想して、俺はドアを開けた。

「よう、遅れて悪かった――」

果たしてそこには、

>>33がいた (朝比奈さんを除くSOS団メンバーから選択 複数選択も可能)

33 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/22(火) 22:59:41.89 ID:XlsVxTgo

期待に目を輝かせたハルヒが居た

61 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/24(木) 23:09:08.08 ID:LpulK5Ao

期待に目を輝かせたハルヒがいた。
それは喩えるならご主人の帰りをじっと待つ寂しがり屋の子犬みたいな感じだったのだが、
しかし「部室に独りで寂しかった」オーラを微塵も漏らさぬハルヒの懸命さがそれを更に煽っていたので、
不覚にも可愛いと思ってしまった俺はご褒美をあげることにする。

「なぁんだ、キョンじゃない。購買如きに随分時間がかかったのね?
 はぁ〜あ、お茶が飲みたかったから、有希ならよかったのに――」
「長門じゃなくて悪かったな。ほら、スモークチーズやるよ」

残っていたチーズを次々に放り投げる。

「わっ、な、何よこれ!?」

と驚きつつも、持ち前の反射神経の良さを生かしお手玉の要領で受け取るハルヒ。
俺は定位置に腰掛け、購買での顛末を話した。他の面子が揃うまでの口慰みだ。
もぐもぐとチーズを咀嚼しつつ耳を傾けていたハルヒは、
俺が購買戦争に撃沈したところまで、「他人の不幸は蜜の味」といった感じに元気よく相槌を打っていたのだが、
鶴屋さんと邂逅を果たしたくだりまで話した途端、

「え、鶴屋さんが北高にきてたの!?」

何もそこまで驚くことないだろ。あの人は北高のOGなんだし、

「違う違う、あたしが言ってんのはそんなことじゃない。
 どうして文芸部室に寄ってもらわなかったの? 鶴屋さんはあたしたちの名誉顧問なのよ?
 二人で雑談して終わりって、それじゃまるで――」

語調は平常ながらもヒステリックな感情の断片を読み取った俺は、
こいつの誤解による矛先不明の怒りを諫めるべく、

「あのな。鶴屋さんは忙しいんだ。
 俺だって勿論お誘いしたさ。でも時間が押してたらしくて、また今度って断られたんだよ。
 つまり、今日の目的はSOS団訪問じゃなくて、別の何かだったのさ。
 それに、鶴屋さんには昨晩たっぷり遊ばせてもらったじゃないか」

67 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/25(金) 00:11:26.88 ID:VHNv8Vgo

「ん〜、それはそうだけど……」

仁王立ちになっていたハルヒは、
不完全燃焼気味にもぞもぞと、ディスプレイの裏に身を戻した。
ややあって、タイピングの音と一緒に、ぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。
俺は長門に煎れて欲しいとかなんとか言っておきながら、
ちゃっかりテーブルに置かれていた緑茶を手にとった。まだ温かかった。
チーズ味に染みた口腔内が洗滌される。
向こう三ヶ月は乳製品を避けようと心に誓っていたが、
その決心が緑茶で濯がれると同時に、鶴屋さんが最後に口にした一節が浮かんできた。
一応、ハルヒに伝えておくべきだろうか。
だが、「もし朝比奈さんに会ったら」という仮定自体がまず有り得ないし、
長期の離別を、海外留学したという設定で得心したハルヒに
そんな謎めいた科白を聞かせたら、洞察力を働かせて妙な動きをしかねない。
どうすっかなぁー。鶴屋さんの口ぶりからするにこの依頼の団長への伝達義務はなく、
つまり別に伝えなくてもいいし、伝えてもいい。
俺はこういう必要性に迫られない選択が一番苦手だ。
ここは――

1、なあ、ハルヒ。実は鶴屋さんに頼まれてたことがあってさ。
2、俺が結論を出すよりも早く、部室のドアが開いた。

>>72

72 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/25(金) 00:14:49.57 ID:hb1hvaYo

2

81 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/25(金) 23:31:17.32 ID:VHNv8Vgo

が、俺が結論を出すよりも早く、部室のドアが開いた。
音もなく長門が入室し、ジェントルメン古泉が執事のように後に続いて、
後ろ手でドアを閉める。どうしてお前ら二人が一緒なんだ。
特進クラスとノーマルじゃあ終礼時間が全然違う筈だろう――
と問い詰めたい衝動に駆られた俺に代わり、

「やっほー、有希、古泉くん。珍しいわね、二人揃って登場だなんて」

ハルヒが手の動きを止めずに言う。
その合間にも長門は糸に引かれるように窓際へ移動、
ハルヒの死角から俺に感情を孕んだ一瞥をくれて、
古泉は俺の真正面に腰を落ち着けつつ、

「僕の授業が終わるまで彼女には待っていてもらって、
 それから少し、共通課題に関する議論を交わしていたんです」
「共通課題?
 特進クラスの課題であたしたちと同じようなやつあったっけ?」

アルコールで薄まった記憶を蒸留しようとでもいうかのように、眉間に皺を寄せるハルヒ。
質問相手が不特定だったので、俺は答えてやった。

「俺の記憶が正しければ共通課題なんてモンは出されてない」
「仰るとおりです。僕と長門さんの共通課題は学校の提出物とは無縁の代物ですから」

曰くありげなウインク。
機関やら思念体やらが絡んだアウトオブ日常の厄介事がまた発生したということか?
古泉と長門が二人で密談していた事実にちょっぴり憤りつつ、俺は先の質問文を視線に添付した。
だがその返信を受け取る前に、

「えー、なになに!? 古泉くんと有希の、秘密の共通課題ってなんなの?」
「声高にお話するようなモノでもありませんよ。涼宮さんにとっては些事以外の何者でもないかと」
「それでもいいのよ。話して。
 団内恋愛は許可してないけど、正直に話したら少しくらいは認めてあげないこともないわ」

やれやれ、何が愉しいんだろうね。ハルヒは目に燦然と光を湛えている。
こいつの眼前に秘密をちらつかせれば百獣の王もたじたじの反射速度で食いつくことくらい、お前なら百も承知だろうに。
意図的に誤解を招致させようとしているんじゃあるまいな――と俺は古泉に呆れる。
まったく衒いのない巧笑を浮かべたまま、古泉は続けようとした。が、

「まったくの誤解。彼の話はあなたにとって著しく退屈かつ有益でない情報であり、
 内容は勿論、アブストラクトの聴取でさえ時間の無駄。
 中庭での会話も終始事務的に進んだ。そんなことよりもわたしの緑茶の試飲を推奨する」

いつのまにやら団長席の横に佇んでいた長門が、
怒濤のラッシュでハルヒの好奇心を遙か彼方に飛ばす。
言われるがままに、ハルヒは長門の煎れたお茶を飲み干した。コトリ、と陶器が机に触れる音。

「……また美味しくなったわね。信じられない急成長だわ。
 前々から美味しいと思ってたけど、昨日と今日じゃ雲泥の差があるわ」
「……そう。良かった」

87 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/26(土) 18:01:34.37 ID:ZoM4WiYo

おお。
先に誉めるところは誉めて細部の誹りを怠らない、
お茶に関してだけはまるで姑のようなハルヒが、今日はフツーに絶賛している。
なんだか無性に二杯目が呑みたくなった。

「長門、俺にも頼むよ」
「どうぞ」

配膳の瞬間移動的速度には目を瞑りつつ、熱いお茶を口に含む。
……ホントだ。旨い。
お茶の煎れ方を変えたとか茶葉や急須を変えたとかそんなのじゃなくて、
ただ純粋に、長門のお茶煎れ技術のパラメータが全体的に向上している。
一週間くらい、どこか辺境の地で修行を積んできたのだろうか――そんな妄想が膨らみはじめたとき、

「お茶を呑むフリをして聞いて」

古泉とハルヒの死角。長門は薄く唇を動かして、

「古泉一樹との情報交換はあくまで組織的な必要性に迫られたものであり、
 わたしの意志ではない。彼の表現方法は適切でなく、私用とはかけ離れたもの」

そ、そうなのか。
そんなに否定しなくても俺は元から誤解しちゃいないし、
むしろ気になっているのはその組織的必要性に迫られた議題であってだな――
俺の無言の返答に気づかなかったのか、長門は不意に声量を元に戻して

「お茶、美味しい?」
「お……おう。物凄く美味しくなってた」
「おかわりを入れてくる」

スタスタと行ってしまった。
摺り足のように静かな早歩きが、長門流のスキップに見えるのは俺だけか?
疑問を胸に正面を眇める。スマイルの魔術師こと古泉は、
全ては僕の思惑通り、といった感じの笑みを浮かべてゲーム盤を構築していた。
食えないやつだぜ、まったく。

91 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/26(土) 20:05:15.54 ID:ZoM4WiYo

さて――。
冒頭で宣言した「波乱に満ちた一日」はまだ半分を過ぎたあたりだ。
それはSOS団がフルメンバーになった今、更なる混乱の萌芽が芽吹こうとしていることを示唆しており、
しかし俺の選択次第では、平穏無事かつ日常通りに団活を終わらせることも可能である。
ただ、後者を選択した場合……、
明日から起こるめくるめくイベントに、終始忘我することを覚悟しなければならないが。

――――――――――――――――――――――――――――――

俺はチェス駒を弄びつつ、思考に耽る。
朝倉が再臨した理由。鶴屋さんの謎なお願い。
機関と思念体が絡んでいると思われるものの、そう逼迫した感じでもない末端構成員達の対談。
ここは――

>>95 自由記述

95 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/26(土) 20:11:14.50 ID:lntysIAO

鶴屋さんねお願いと学校に来てた理由を考える

98 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/26(土) 21:17:54.25 ID:ZoM4WiYo

鶴屋さんが来校していた理由や、言われたお願いについて考えてみるか。
鶴屋さん曰く、今日はSOS団の近況視察が目的ではなかったらしい。
あの人がOGとして訪れてもおかしくない場所はそれこそ枚挙に暇が無くて、
消去法で探るのはまず無理だ。あの人の人脈はかなり広い。
いや、待てよ。
分刻みとは言わずとも、かなり忙しい鶴屋さんが、
まるっきり時間を無駄にする可能性も厭わずにアポなし来校したという事実。
これは書道部の指導とか、教師陣への御挨拶レベルの用件の可能性を一掃してくれそうだ。
また、あのお願いも関連づけられる。
「もしみくるに会ったら、あたしに連絡するように……」
この科白は、朝比奈さんが未来に帰ってしまった前提を無視するなら、再会の予言ともみてとれる。
鶴屋さんはもしかして、朝比奈さんが北高に顔を出していると思っていらっしゃったのではないだろうか。

まぁ、前提の壁が厚すぎて、とても仮定の範疇から抜け出せそうにないけど。

俺は自嘲気味に苦笑する。

「投了ですか?」
「あのな、どうしてそんな戯言が吐けるんだ。
 お前の目は節穴か? 現況で絶対的優位に立っているのはどっちか言ってみろ」
「さあ……五分五分といったところでしょうか」
「ねぇよ」

俺の素っ気ない返事の、どこがツボにはまったのか。
清潔感漂う長身イケメンから、精悍な顔つきのデキる青年へと進化しつつある古泉は目を細め、

「失礼。あなたが心中で、深い懊悩に苦しんでいるように見えましてね。
 悩み事なら気兼ねなく打ち明けてください。
 僕もいくつか悩み事を抱えていますが、仲間が落ち込んでいる時はそちらが最優先事項です」

実に臭い科白を平然と口にする。
覗いた白い歯に反論する気を削がれた俺は、思考回路の半分をチェスに、半分を会話に割り当てて言った。

「ちょっとした考え事さ。さっき購買に行ったら、
 偶然鶴屋さんと出くわしてさ……ああ、そういやお前には話してなかったんだっけ」

102 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/26(土) 21:46:02.51 ID:ZoM4WiYo

「初耳です。出来れば全容をお聴かせ願えますか?」

いつになく興味津々な古泉。
俺は特に抵抗もなく、むしろ絶妙すぎる相槌に自ら進んで口舌をふるった。
そして最後の意味がよくわからんかった鶴屋さんのお願いも話しきり、
オチが付かないまま話は終了、古泉がポツリと漏らした科白がこれである。

「相変わらず鶴屋家は上下の情報統制がなっていませんね……。
 盤石の機密性も身内にとっては薄氷に過ぎない、ということですか」

感想は話し手にも理解できるようにしろ。
鶴屋家の情報統制がなんだって?

「そう焦らずとも、いずれ明らかになることです。
 どうせ彼女はまた近日中に訪れられるでしょうし、その時に聞いてみてはいかがです?」
「どうして鶴屋さんの行動が予測できる」
「勘、ですかね。最近はシックスセンスの科学的解明も進んでいるようですし、直感は馬鹿にできません」

……ああ、お前は超能力者だしな。
あくまでも白を切る所存のようだ。聞いてきたのはあっちの方だというのに。
それから古泉は思い出したかのように駒を動かし、計算し尽くされた罠に迷い込んで即死した。

――――――――――――――――――――――――――――――

さて、そろそろボードゲームも潮時だ。
俺は>>105にアプローチをかけることにした。

人物自由指定 (部室外の人間でも可 ただし校外は×) 

105 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/26(土) 21:50:02.02 ID:my2LWaU0

はるひ

116 名前:ハルヒと朝倉、両方いってみようか[] 投稿日:2008/04/26(土) 22:42:55.97 ID:ZoM4WiYo

俺はハルヒにアプローチをかけることにする。
早朝に食らったボディーブローや、なんとも理不尽な勘違いから生じた昼休みの一騒動。
ハルヒの荒々しい素面を久々に垣間見ることができた背景には、
いずれも昨夜見たという夢が、ハルヒの心理状態を掻き乱す形で介在していた。

「いいこと思いついたぜ、ハルヒ」

おもむろに立ち上がり、団長席の元へ歩み寄る。
俺の接近に気づいたハルヒはすぐさま上半身でディスプレイに覆い被さると、

「なに? あたしは今忙しいんだから、あっちいって遊んでなさい」

小学生時代を彷彿とさせる貶し言葉を投げてきた。辟易を禁じ得ないね。

「俺はお前じゃなくて、"PC"に用があるんだが」

ハルヒは分かり易く俺を睨め付けて、

「PCは渡さないわよ? 一応聞いてあげるわ。何をするつもりだったの?」
「昼休みの夢談義、憶えてるよな」
「ええ、憶えてるわ。忘れたい記憶だけどね」
「確かにあの時お前が言ったとおり、俺が夢判断できるって話は嘘だけど、
 インターネットなら気軽に夢判断できるサイトあるだろ?
 そいつでお前の突拍子もない夢を分析してみようと思ってさ。
 ええと、なんだっけ。俺と、俺のことが好きな女の子と共通の友人を含めた面子で遊びに行く約束をしていて――」

俺が喋れたのはそこまでだった。
口の中でくぐもった声が骨伝導によって聴覚に伝わり、
ああ、どうやら俺はしこたま舌を噛んだらしい、自分で言うのもなんだが、人の舌って肉厚だな、
などと考察に耽っている間に後頭部は危ない角度で地面に突き刺さり、
次いで束の間の直立を保っていた胴体が崩れ落ちていく……
って、冷静に第三者視点を気取っている場合じゃねぇ。

「あのー。俺、何か失言したの……かな?」

仰向けの視線が、顔を羞恥に染めて唇を戦慄かせているハルヒを捉えた。
ああ、これはやばい。生命の危険をびんびん感じるぜ。

118 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/26(土) 23:13:30.42 ID:ZoM4WiYo

深刻かと思われた脳震盪は意外と軽く、
俺は二度目のアッパーを畏れて仰向けのまま後退しつつ、ハルヒの声を聞く。

「あ、ああ、あんたには、
 TPOの言葉の意味を、みみ、みっちりたたき込む必要があるみたいね?」

これでムチでももってたら完全にサディストの科白だ。
えーと、TPOって何の略称だっけ。
Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)だった気がするが、それが正しいという確証はない。
ないのだが、現時点においてはTPOの正確な意味はどうでもよくて、
大まかな意味さえ思い出せればそれで十分だったりする。
つまりハルヒは、あの夢を誰にも口外して欲しくなかったのだ。
だが俺が猛省の辞を述べようとする寸暇も認めてくれないらしく、
何やらパイプ椅子を振り上げそうなオーラまで醸し出したハルヒを見て、俺は退却を決めた。

「ち、ちょっと急用思い出したから行ってくる。
 しばらくしたら戻ってくるから――」

羽をもがれた羽虫よりも情けない動きで部室を出て、ドアを密閉する。
閉める瞬間に烈火の如き怒りの色を瞳に浮かべたハルヒや、
余裕たっぷりに携帯を弄る古泉、首を若干ひねってこっちを観察する長門が見えた。
長門と古泉の二人には、俺たちが何が原因で諍いあっているのかまるで意味不明だろうな。
這々の体で逃げ出した俺に行き先はない。
とりあえず部室棟から離れることを念頭において、散歩がてら校内散策に乗り出してみよう。
それにしても、たかが夢の内容を語られたくらいで、何故あそこまでハルヒが恥ずかしがる必要があるんだろうね?

その夢の"キャストの半数以上"が文芸部室に揃っていたことや、
せっかく記憶の砂に埋もれ掛かっていた夢の記憶を掘り返してしまったことを知る由もなく、
俺は自分本位な溜息を漏らした。

136 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/27(日) 23:42:32.95 ID:In6icVso

――――――――――――――――――――――――――――――

「うわっ……!!」

悲鳴を生唾と一緒に飲み込んだ。
よく堪えたぞ、俺。そのまま進行方向を真逆にして退散したい気持ちを殺して、
俺は躰を隠密行動モードに切り替える。
姿勢は低く、背中は壁に。片目だけを覗かせて、慎重に中庭の一角をスキャニングする。
やっぱりいた――朝倉だ。
優雅にコーヒーなんか飲んでいるあたりこっちには気づいていないみたいだが、
いやはや、今日ほど自分の視力の良さにありがたみを感じたことはない。

さて、これからどうするかが問題だ。

委員長の座も譲り渡し一切の部活動に所属していない朝倉には
当然放課後の用事なんか存在しないはずである。
誰かと待ち合わせでもしているのだろうか?
それとも他の私用か何かか……?
おっと、誤解するなよ。
別に俺にとってはあいつのプライベートなんぞ知りたくもないし、
むしろ二度と関わり合いになりたくないのだけれども、
長門の安全保障済みとはいえ、俺の最重要危険人物であることに変わりはないので
一応不審な動向には気を配らねばなるまいと――あ、動いた。

視界の果てで、校内トップクラスに美しい黒髪が靡いた。
尾行したい、と僅かなりとも考えている自分に、ほとほと嫌気が差す。
学習意欲の無い奴だな。その好奇心がどれほどのリスクを抱えているか、お前は身をもって知っているはずだろ?
理性の正論が頭に響くが、足は一向に踵を返さない。

ここは――

1、ついていってみるか。なぁに、距離をとれば大丈夫だ
2、長門に朝倉の話を聞いていないのに、迂闊な行動はできない

137 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/27(日) 23:44:03.50 ID:In6icVso

安価は>>140

140 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/27(日) 23:45:37.60 ID:Io/3/S6o

1す

147 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/28(月) 22:22:32.78 ID:JrqX.y2o

ついていってみるか。なぁに、距離を取れば大丈夫さ。
俺は足音を忍ばせて、ここから反対側にある中庭入口へと向かった。

――――――――――――――――――――――――――――――

客観的に描写すれば、尾行は終始順調にしていた。
我が家と同じくらい勝手知ったる校内、一瞬朝倉の背中を見失うことはあれど、
すぐに追いついて距離を維持できているし、
ドラマでありがちな途中でちらちら振り返る素振りを朝倉は一度も見せておらず、
自分で言うのもなんだが、俺の隠密行動もそこそこ様になってきていたのだった――が。
朝倉の行く先は、俺を困惑させるために選ばれたと思えるくらい、無作為極まりなかった。
まだ掃除の行き届いていないプールサイド、グラウンドの熱気を帯びた端のベンチ、
屋上の貯水ポンプが作った日陰、etc....これらの場所から共通点を発見できた奴は、
今すぐじゃなくてもいいから教えて欲しい。
北高散策に興じる朝倉を背後から覗き見していると、
不意にSOS団を作る以前の、そこかしこで不思議の片鱗探しに勤しんでいたハルヒの姿を思い出した。
ただ、思い出しただけで重ねることができないのは、
朝倉の顔には現実への絶望とは程遠い、穏やかな微笑が浮かんでいるからで。

あ。動いた。

バスケットボールに見飽きたのか、
体育館の上部席から身を翻し、汗みずくになった部員の横を澄まし顔で通り過ぎてゆく朝倉涼子。
俺もさり気なく腰を上げて、顔をしかめる。

「次はどこにいくつもりだ……」

自然と溜息も漏れるってもんだ。いい加減足が疲れてきたぜ。
次の行く先もくだらない場所だったらら、大人しく撤収しよう――俺はそう誓った。
いつまでも危ない好奇心に身を委ねるわけにはいかないのである。

150 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/29(火) 01:43:27.31 ID:hkj.4D.o

朝倉の尾行を始めて20分、俺が"これで最後"と決めたのを見計らったかのように
中々足を留めない朝倉は、巡り巡って俺たちの教室に入っていった。
流石にもう飽きたんだろう。
しばらくすれば鞄を片手にした朝倉が姿を現すに違いない。

「違いない……んだけど、なかなか出てこないな、あいつ」

壁に出てくる季節を間違えた蝉みたいにへばりついて独りごちる。
別に蝉になろうとしているわけではない。これがもっとも目立たない隠れ方なのである。
それにしても遅い。
遅すぎる。何もあいつと一緒に帰路を歩むわけでもなし、
俺にはあいつが教室から出るのを見届ける義務なんかこれっぽちもないのだが、
こうも遅いと倒れてるんじゃないかとか、色々心配してしまうのだ。例え相手が俺を一度刺した奴でもな。
それから俺は好奇心と懐疑心の狭間を揺れて、結局ドアを開けた。
そして、金縛りに遭った。
だからやめとけと忠告したんだ――と、心の何処かで声がする。
ああ。何故教室内に誰もいないと"目"で判断しただけで、気を緩めてしまったのだろう。

「わたしの後をつけるの、愉しい?
 あなたにそんな趣味があったなんて意外だな。キョンくんはもっと誠実で、真面目な人だと思ってたんだけど……」

語調には若干の怒りと失望が籠められている。
しかしいざ凝り固まった首を捻ってみると、そこには雛菊のようにぽわぽわした、清純な笑顔があって。
さっきまで何処にもいなかったのに、どこから現れたんだ?
そんな質問が無粋極まりないことはこれまでの経験から学習済みだ。
問題は、修羅場一歩手前のこの状況の収束法。

160 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/29(火) 23:45:48.92 ID:hkj.4D.o

フライング気味に走馬燈を映写し始める脳味噌を一喝して、

「イメージぶちこわして悪かったな。
 でもそれを言うなら、こっちだって意外だったぜ。
 この学校の地理なら俺よりもよく知ってるお前が、
 まるで春先の新入生みたいに校内各所を転々と彷徨ってさ……。
 いったい何がしたかったんだ?」

矢継ぎ早に言葉を繋げる。所謂、時間稼ぎだ。

「んー、勿論ちゃんと理由はあるんだけどぉ。それを言うのは、少し、恥ずかしいかな」

恥ずかしい。
それは、このシリアスなシーンにはあまりに相応しくない単語だと思う。
なのに朝倉は、作り物みたいに綺麗な指先で机をなぞりながら、
二年前の記憶を読み取ろうとするかのように、
しかし、眼だけは現在を――俺を、射貫くように見据えている。
奇跡的に俺は未だ金縛りに遭っていない。

「だから言えない。特にあなたに言うのは抵抗があるわ。
 心理的拘束も一因だけれど……何より、わたしにはその質問に応える義務がないじゃない?」
「それを言ったらお終いじゃねえか」
「ううん、お終いじゃないわ。次はわたしの手番でしょ?
 どうしてわたしの後をつけてきたのか、教えてくれると嬉しいな」

きちんと答えてくれたらさっきの質問に答えてあげてもいいよ、と薄く笑う朝倉。
ちっ、時間稼ぎもここまでか。
もしかしたら長門が朝倉と俺の邂逅を嗅ぎつけ救援に来てくれるかも、と淡い期待をしていたのにな。
いや、長門が来ないのはどう転んでも俺に危害が及ばないと確信しているからじゃないか?
いやいやポジティブシンキングに走るのはよせ、今回は俺が自分から朝倉に接触したんだ。つまりは自爆。
朝倉はシャッフルによる限定的閉鎖空間を構築しているわけでもなく、ただ俺とお喋りをしているだけ。
なら今頃本の世界に浸っている長門が、この状況に気づく道理はない。
助けは来ない。朝倉の質問に背を向けるわけにもいかない。
それから数拍悩んで俺は言った。存外、声はしっかりしていた――と思う。

1、「正直に言えば、お前の奇行の目的を知りたかったんだよ。面と向かって言うのは何だが、お前は俺の天敵だからな」
2、「あー……。なんつーか巧くいえないけど、お前のことが気になってさ……」
3、「はっ、別にどうだっていいだろ。俺にだってその質問に応える義務なんかねぇよ」


>>164

164 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/29(火) 23:47:25.10 ID:5zuI9Zk0

1

180 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/01(木) 00:25:23.80 ID:BNS57BUo

「正直に言えば、お前の奇行の目的を知りたかったんだよ。
面と向かって言うのは何だが、お前は俺の天敵だからな」

ついに口にしちまった。
張り詰めていた緊張の糸が、さらに細められて切れそうになるのを必死に抑えつつ、朝倉の様子を伺う。

「そっかぁ……キョンくん、そういう風にわたしのこと見てたんだ」

感情豊かな瞳が、機械的にきゅっと窄められる。
そして俺に一拍分の挙動も許さないまま、一歩分、距離を詰めてくる。
頭が真っ白になったね。所謂ショートだ。
直感のまま敵対心燃やしまくりの科白を宣って、逆鱗を素手で掴んだ結果がこれだ。
あと数刻もしないうちに、俺は死ぬ――

「もうっ、ここは冗談でも、わたしの行動が気になったからとかなんとか言わなきゃダメじゃない」

は?
瞑っていた眼を見開いて、俺はどこか拗ねたような眉目秀麗な顔立ちを鼻先に認める。
近い。この距離なら、朝倉がその気になれば、俺が瞬きしている間バラすことだってできるだろう。
なのに目の前の元委員長は、心底悲哀に満ちた声音で、

「普通さぁ、女の子に向かって天敵はないでしょ? 今の、ものすっごく傷ついたなぁ……」

俺は大真面目に訊いてみる。

「傷ついた? お前がか?」
「他に誰がいるのよ。ある程度覚悟していても、こうも白地に拒絶されたら、わたしだって参るの。
 確かにあなたにとってわたしは、最優先で忌避すべき存在なんでしょうね。
 一度は限定的閉鎖空間に隔離して、一度は腹部に刺し傷を負わせた。
 外傷性精神障害を患っていても少しもおかしくない。
 あなたのわたしへのイメージは、きっと、二度と払拭できないほど悪化してる。でもね、今のわたしは変わったわ。

202 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/01(木) 23:25:54.40 ID:BNS57BUo

「変わったって……安全になったってことか?」
「ええ」

といってもな。お前の自己保障なんざ妹の手作り感MAXの誓約書よりも信用が薄いし、
少なくとも長門から直にお墨付きをもらうまでは、お前を安全と認めることはできないぜ。

「二年前のわたしと、現在のわたしは、厳密に言えば別物で、」
「いや、人の話聞けよ……」

それから朝倉は滔々と語り出した。
再構成にあたって俺への攻撃プログラムが排除されたこと。
情報操作にプロテクトがかけられ、能力的には人間と同等になったこと。
そして、

「初めてこの世界に生み出されてから長門さんにデリートされる一時間前までが、
 再構成される以前の記憶なんだけど、思念体はそれにちょっと細工をしたの。
 おかげでわたしは、以前は膨大な数字の波でしかなかった世界を、改めて見つめ直せるようになった。
 これが………校舎巡りの理由、かな」

言い終わって、笑いものにされることを覚悟しているかのように項垂れる朝倉。
しかし俺は哄笑の準備とばかりに大口を開けることもなく、ただ、
何の脈絡もナシに告げられた校内遊覧の旅の真実に首を傾げていた。わけがわからん。

「今ひとつその理由とやらが分からない。解説してくれると嬉しいんだが」

朝倉は憮然とした面持ちで俺を眺め、諦めたように溜息を一つ、

「んーと、ね?
 さっきも言ったとおり、わたしの能力は人間の女の子並で、
 記憶っていうか、メモリを操作されて、既得情報を未知情報として修得できるようになったわけ。
 つまり、これまでただの知識として収納されてきた情報を、人間的な視点から新鮮な情報として……」

ああ、わかった!

「見るもの全てが"初めて"みたいで、ワクワクドキドキってことか。
 へーえ、マジで生まれたての赤ちゃんみたいだな、お前」

214 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/02(金) 20:49:26.02 ID:HV9Mjj6o

一瞬だけ気を解いて、感想を口にする。
すると朝倉は唇の端をちょっと引きつらせ、

「そんな風に言われるのが嫌だったから、言いたくなかったの。
 あなた、人間の普遍的な老化とわたしたちの経験値の蓄積が同じことだと思ってるでしょうし」
「違うのか?」
「違うに決まってるじゃない。はぁ……もうこの話はお終い」

俺と会話しながら帰宅準備を整えていたらしい。朝倉は鞄を手にとって、

「それじゃわたし、帰るね」
「おい、ちょっと待てよ」

なんだかんだいって無事にこの場を収束させることができた。
一時は背後から刺されてそのまま御陀仏するかと思ったが、
俺はチアノーゼを起こさず心拍数血圧ともに平常通りの健康体だ。
だが、決して俺が襲われなかったという既成事実から心を許したわけじゃないが、
この先、仕方なく同じクラスで過ごすにあたって、どうしても訊いておきたいことがある。

「今朝からこっち、訊く機会がなかったから、今訊いとく。
 どうしてあれから二年経った今にもなって復活したんだ?」

朝倉は一蹴する。

「さぁね。長門さんにでも訊いたら?
 あと、あなたのプライドを傷つけたいわけじゃなんだけど、
 訊く機会がなかったんじゃなくて、訊く勇気がでなかったんじゃない?」

ぐっ、思いっきりプライド抉りまくりじゃねえか。
俺の渋面を見た朝倉は満足げに、

「まぁ、わたしがあなたに接触しないように、気を遣っていたのも理由の一つよ。
 これはキョンくんにとっては朗報、なのかな。
 わたしはこれから先ずっと、あなたに能動的な接触をしないと決めているの。
 だからあなたが色々心を煩わせる必要はない。わたしが巧く立ち回るわ。
 もっとも、あなたがわたしと接触したいと望んだときは、その限りでないけど?」

西日の淡いコントラストに、対クラスメイト用の微笑が浮かぶ。
俺が自らお前と接触を? 冗談じゃない。

「その機会は多分、未来永劫ないと思うぜ」
「ふふ、そう言うと思った。じゃあ、また明日ね」

スカートを翻して、教室から姿を消す朝倉。
一人になった途端、ついさっきまでの記憶に急に自信が持てなくなって、まるで幻みたいに思えてきた。
でもきっかり20分進んだ時計が、あの会話が現実であると告げていた。
それから忘れ物を取りに来た谷口に肩を叩かれるまで、俺は立ち尽していた。
谷口は気味の悪そうな眼で一人ぼっちの俺を眺めていたが、
朝倉と夕焼け色に染まった教室で二人きり、という秘密の逢瀬的場面を
見て誤解されずに済んだので、許してやることにする。
つーか、こうも毎日忘れ物をする谷口の方がよっぽど異常だと思うね。

222 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/02(金) 22:38:46.24 ID:HV9Mjj6o

その後、俺は何食わぬ顔でSOS団の根城こと文芸部室に帰還した。
古泉のフォローあってかハルヒは溜飲を下げてくれたようだ、

「なっがい散歩だったわね?」

と嫌味ったらしい一言を寄越した後は、普通に喋ってくれた。
心なしか恩着せがましく見える古泉のアルカイックスマイルから逃げているうちに、
パタリと恒例の音が響き、窓外の黄昏時の空を眺めつつ昼が長くなったことを実感しつつ、
俺は文芸部室のドアを施錠した。

――――――――――――――――――――――――――――――

活動時間の半分を部室不在のまま団活が終わり、帰宅の途につく。
朝倉の一件がまだ不完全消化のままだというのに、何故かあいつのことに関する心労はほとんど消え失せていた。
その不可思議さに眼を瞑りさえすれば、あとはもう、
隣の古泉と世間話に花を咲かせつつ(話題提供は古泉に一任してある)、
疲れを癒す風呂を夢見て足を運ぶだけだ。だが、今日の帰路はひと味違った。

「なあハルヒ、それと長門。
 いつもの編成って、俺と古泉のペアと、お前と長門のペアじゃなかったっけか」
「いつも一緒じゃつまんなくない? たまには変えるほうがいいと思うの」
「わたしも同意見」

まずなんてったって隣人が違う。
普段俺の右隣を頑なにキープしている古泉は二、三歩分後方に追い遣られ、
普段仲良く前を歩いている長門とハルヒが、ちょうど俺を両ばさみにする形で後退していた。

「そ、そうか……」
「………………」
「………………」

しかもこいつら、全然喋らない。まるで目標の出方を窺い息を殺している暗殺者のような静謐さで、
ぴたりと俺の両脇を固めている。護衛されているような気分だよ、まったく。
仮に俺を狙う暴漢がいたとしたら、今なら一瞬で葬り去られてしまうだろう。
俺は確信する。
やはり何かしらの力が働いて、俺をいつもの日常からなんとしても引き離そうとしているに違いない。

235 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/05/03(土) 00:35:27.36 ID:nhE85MIo

が、そんな不穏な力を察知したところで、俺に何か具体的な行動を起こせようはずもなく、
微妙な空気が流れたまま足が進んで、長門の高級分譲マンションとの分岐路が見え始めた頃。
不意に、膠着状態を保っていた>>240(同行メンバーから一人選択)が、俺にアプローチを仕掛けてきた。

240 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/05/03(土) 00:38:13.96 ID:RXjEDkso

ハルヒ
鶴屋さん関係の話

262 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/04(日) 23:41:04.17 ID:leISE9Qo

「あんたってさぁ………、鶴屋さんと何かあったの?」

ハルヒである。つーか、こうも脈絡のない話題をポンと投下できる奴はこいつを除いて他にいない。
何かあった、とはどういう意味なんだろう。
求められている答えの方向性が分からん。

「難しく考えないで。
 あなたと彼女における関係変化の有無について訊いている、と解釈していい」

おお。サポートサンキュ、長門。
鶴屋さんとの関係ね。うーん、こいつはあくまで俺の主観的感想なんだが、

「良好なんじゃないか。特になんかあったわけじゃないけど、
 あの人が卒業してからも、疎遠になるどころか逆に仲良くしてもらってるし。
 ほら、昨日だって花見に誘ってもらったしさ?」
「あーもう、そんなんじゃなくて!
 あたしはSOS団全体の話してるんじゃないの。あんた個人のことについて尋ねてるの!」

どことなく怒りを孕んだ口調に、一歩分距離をとってしまう。
すると必然的に俺の躰はハルヒと反対側の長門にぶつかるはずなのだが、

「また明日」

マンションへと続く高い塀が織り成す影に溶け込みつつ、
バイバイ、と手を胸元で振る長門。

「あ、ああ。また明日な」

鞄が急に重みを増した錯覚に襲われつつ、俺も軽く手を振り返す。
しかし残念ながら「ふぅ、これで圧迫感が二分の一に軽減されたぜ」――と息吐く暇はない。

295 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/09(金) 00:55:08.09 ID:REPKIXIo

ハルヒはいつまでも長門の背を追ったままの俺の視線に割り込んでくると、

「で、どうなのよ?」
「……………」

辟易せざるを得ない。いったい全体、
何が面白くてこいつは、俺と鶴屋さんの関係を質そうとしているのか。
不倫していると噂されている超有名タレントに執拗に迫るマスコミみたいに、
しかしああいう職業に就いた大人が必ずといっていいほど喪失している、イノセントな瞳を輝かせて。
ハルヒはもう一度言った。

「――どうなの?」

今度ばかりは逃げ切れないみたいだな。
後ろの古泉が助け船を出してくれそうな気配もないし――。
と、俺が観念しかけたその時である。
ハルヒの言及の不自然さと長門の助言(関係変化云々)、
部室に向かうまでの鶴屋さんとの邂逅事件を統合して分析していた頭が一応の結論を出したのだ。

もしかしてハルヒのやつ……俺が鶴屋さんといざこざおこしたと思ってるんじゃないか?

その結論を斟酌する時間的余裕はない。
しかしそれが正しいのか見当違いなのかは別にして、
そいつを当てはめてみるとハルヒの棘立った口調にも説明が付きそうでもある。
俺は購買で鶴屋さんと会ってから別れるまでの具体的な経緯を、ハルヒに話していない。
鶴屋さんはSOS団名誉顧問であり、茶道部訪問の際には大抵文芸部室に顔を出してくれる。少々忙しくとも。
だからこそ、今日みたいなケース――北高に寄り購買にまで足を運んだにも関わらず文芸部室には訪れない――はかなり珍しいと言えた。
きっとハルヒは、俺に嫌疑をかけているのだ。
平団員の分際で鶴屋さんの気分を害し、SOS団訪問の意欲を削いだ――大方、ハルヒはこのようにデタラメな推量を構築しているのだ。
いい迷惑だぜ、まったく。

307 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/10(土) 21:24:03.78 ID:ZdFOv6Yo

俺は一口に纏めて言った。

「鶴屋さんと俺の間には何もねえよ。
 あったら罪悪感からお前に白状するだろうし、
 大体、俺の知る人間の誰よりも広量で達観してる鶴屋さんが、
 俺一人とトラブったところで文芸部室に寄るのを断念すると思うか?」

古泉よろしく肩を竦めてみる。
ハルヒはぽかんとしていた。
バス停で道に迷った風の異国人を見掛け、
世界共通言語である英語で「道に迷ったのですか?」と尋ねたら
まさかの古代ヘブライ語で返答された――そんな面持ちで俺を見ている。

「…………!?」

一瞬身構えた。
こんな雰囲気を醸すハルヒが次にとる行動といったら、
肉体的暴力か精神的暴力の二択のみである。
前者ならローキックかボディーブローが放たれ、後者なら「バカ」だの「ニブチン」だのと罵倒され、
理不尽なそれに痛めつけられた俺は、その時は
「何故俺がこんな目に」とハルヒを恨んだりもするのだが、
後から古泉やその他の乙女心に精通している賢人どもに事情を話されて、ハルヒを許してしまう――。
それが常だった。しかし目の前のハルヒはアヒル口を作って、

「あんたが何のことを弁解してるのかしんないけど、必要条件は満たしてるからもういいわ」

と数学的なことを言ってそっぽを向いた。必要条件ってなんだ?

「さあね。あんたがもうちょっと聡かったら分かってたんじゃない?」

唇を半月にして、ハルヒは笑う。
遣り場のない怒りが沸いた。
だが俺の頭が悪いのは紛れもない事実なのだ、
俺は黙って、何故か先程からちょっとだけ上機嫌な意地悪女に歩幅を合わせる。
なんとなく、溢れた副団長様を振り返ってみた。謀らずとも、俺は不意をついたようだった。
鞄を怠そうに肩にかけ、躰を染める西日の眩しさに両眼を眇めていた二枚目俳優こと古泉は、
即席の、しかし写真に納めればそのまま何かの広告塔に採用できそうなほど完璧なスマイルを浮かべる。
俺は視線だけで訊いた。

"ハルヒは一体何をあんなにムキになって、鶴屋さんと俺との関係を訊いてきたんだ?
 購買での経緯を事細かに話した方が正解だったのか?"
"さあ、どうでしょうね
 ただ一つだけ言えるのは、あなたが及第点の答え方をした、ということです"

偉く上から目線なアイコンタクトだな。
ハルヒの心理状態は誰よりもよく分かってるってか?
俺は首を左右にふりつつ前を向き、誰かさんを真似て夕陽に目を細めてみる。
そこで気づいた。

ああ―――、古泉は俺なんかよりも、ずっとずっと、聡かったんだっけ。

310 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/10(土) 22:51:45.06 ID:ZdFOv6Yo

――――――――――――――――――――――――――――――

いつもながらの過剰なお出迎えをしてくれた妹を優雅にスルー、
どうせさっきの大声で分かっているだろうが念のためおふくろに声をかけて、
自室に入ったその瞬間――糸が切れた。俺の躰をどっか空の高いところから操っていた、幾本もの見えない糸が。
ベッドに寝っ転がると、躰が疲れを一気に吐き出した。
水をいっぱいにふくんだスポンジが、床に落ちて叩きつけられたみたいに――そう喩えれば分かり易いだろうか。
スウェットの着心地の良さに感動しつつ、

「ああ、疲れた………」

わかりきっていることをあえて口にする。人間とはそういうもんだ。
それに、この行為は俺にとって必要なことに思えた。
今日一日だけで被った肉体面精神面疲労は計り知れない。
この倦怠感を悦楽に置換できるのは上級マゾぐらいさ。

今日だけで色んなことがあった。
特に朝倉の一件は、それ一つだけで俺が明日から不登校になるのに十分な大事件である。
ハルヒや鶴屋さん、ちと印象が薄いが長門だって今日はどことなく不自然な感じがしたが、
流石に朝倉再臨は俺のキャパシティを逸していた。
だってあの朝倉だぜ? 俺に物理的精神的に致命的なダメージを負わせた朝倉なんだぜ?
そいつが何の予兆もなく現れたんだ。
しかも復活背景は未だ分からぬままときてる……ん、待てよ。
長門に問い質すつもりが後回し後回しになり、
結局朝倉復活の裏話を聞けないまま穏々と帰宅して。
どうしてたいした焦りもなく寝っ転がってるんだろうね、俺は。
朝の対面であれほど吃驚して恐れ戦いていた割には、
放課後に朝倉本人と接触したり、一時ではあるものの部室では朝倉のことを忘れていたりと、
後から振り返ってみれば実に暢気なもんだった。
なんだ、全然キャパ越えなんてしてないじゃん。

"お前はいつからこんなに神経の図太い男になったんだ?"

俺の心理状態の推移にいちいちケチをつける囁きが鬱陶しくなって、布団を被る。
だが、このまま倦怠感に身を委ねたままってのも気に入らない。

1、起きるか。適当に制服とか鞄の片付けして、妹の相手でもしてやろう
2、このまま寝てしまおう……そのうち誰かが起こしにきてくれるだろうし

>>315

315 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/05/10(土) 22:58:50.94 ID:kC/jTo.0

1

325 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/11(日) 21:43:45.54 ID:YQT8d0Qo

――起きるか。
片付けなんか忘れて寝ちまおうぜ?
そんな内なる甘い囁きに耳を塞ぎ、俺は律儀に制服をハンガーに掛けて、整理だけでもと鞄を開いた。
そして見つけた。

「なぁーんか鞄重たいと思ってたら、コイツの所為だったのかよ……」

混入物を摘み出す……とはいうもの、かなり重厚なそれは二本の指じゃ足りず、
面倒さくなったので重力の力を借りた。鞄を真っ逆さまにする。
どたばたぱさぱたと教科書やノートが先に落ち、
隙間ができたことによって、最後の大物、ハードカバーがどすんと着地した。
ページが強引に捲られて、栞が落ちる。
長門のものに違いなかった。俺の知っている奴の中で、
こんなに分厚い本を読んでいて、しかもその本を俺に気づかれずに鞄に忍ばせる技量があって、
メールという偉大な意思伝達法もそっちのけで栞に文章をしたためる女なんて、
この世界中探してもあいつだけだ。
それにしても、栞を挟むならもっと薄い雑誌とかに挟んで欲しいね。
なんだってこんな重たい本に挟む必要があったんだ。おかげで少し肩が凝っちまったじゃねえか。
ぶつぶついいながら栞に目を通す。

『19:30 駅前の公園 伝達事項がある』

相変わらずの達筆だ。ただ、その内容は余りにも短くて、
それ故に分かり易くて、でもたったこれだけかよ、と溜息が出て。
俺はまず公園で長門と会ったら、どうしてメールを使わないのか問い詰めてみようと心に決める。

玄関で靴を履いていると、妹が居間から現れた。

「あれぇ、キョンくんどこいくのぉ〜? もう夕ご飯だよ?」
「ちょっと所用ができた。一時間くらいしたら戻るから、お袋にいっとてくれ」
「はぁ〜い。でもでもー、キョンくん、その格好で出掛けるの?」

指摘で初めて、スウェット姿のままであることを知る。
着替えようか。いや、かなり時間がおしてきているし、そんな暇はないだろう。

「ああそうだぜ。いいじゃねえか、スウェット。
 それに俺は元々衆目を気にする性格じゃないからな」

妹は笑う。

「キョンくん、不良だねー」

口元を抑えて。くすくす、くすくす。
俺は少し不快になった。昔はもっと純な笑顔を浮かべていたのに、
妹はいつのまにこんな――年頃の娘が親父を嘲笑するような笑い方をするようになったんだろう? 

343 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/15(木) 22:33:32.89 ID:25WmRnYo

――――――――――――――――――――――――――――――

ベンチに北高の制服を認めた時、
遅刻してしまった罪悪感よりも懐かしさが心に広がった。
いつ以来だろうな――こういった密会を交わすのは。

「よう。……待たせて悪かった」

誘蛾灯のように虫を惹きつける外灯の下。
虚空を見つめていた瞳がふいにこちらを向いて、

「謝らなくてもいい。座って」

ぽふぽふと隣のスペースを撫でる。
たったその仕草だけで、硬いベンチが柔らかいソファに思えてしまうから不思議だ。
もう一度遅刻を詫びつつ腰掛ける。

と、その時だった。こめかみに痛みが走る。

『―――、――」

午後の優しい陽光。
賑やかな子供の声。
ただそれを眺め、耳を澄ませる傍らの少女。
走馬燈のように駆けめぐっていったイメージは一瞬で、
記憶に留められることなく、雲霞のように消えていく。
今のはなんだったんだ?
疑問だけが、微弱電流を流したみたいな痛みと一緒に残った。
ついさっき視ていた映像が、もう思い出せない。
けど唯一つ、その中で流れていた時間が、
とても穏やかで、幸せなものだったことは断言できる。まぁ、根拠なんか何処にもないんだけどさ。

「だいじょうぶ?」

細い声が頭に響く。それで俺は、忘我状態から脱することができた。
長門が能動的な会話をするようになってくれてホントによかったと思う。
もし初めてあった頃の長門なら、
俺から話しかけるまで緘黙を貫いて朝までベンチに二人ぼっち――って、流石にそれはないか。

「だいじょぶだいじょぶ。心配すんな」

現実に回帰した俺は、早速本題に入ることにした。
ああいったフラッシュバックはさっさと忘れるに限る。

348 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/15(木) 23:00:03.28 ID:25WmRnYo

「お前には前置とか閑話とか意味ないから省略するぜ」

俺は訊いた。

「どうして朝倉が復活したんだ?」

すぅ、と息を吸い込む音。きっと、今から始める長広舌に備えてのことだろう。
だがしかし、と俺は心の中で首を捻った。
まさに今から朝倉復活の種明かしが行われようとしているのに、まったくもって胸臆が疼かない。
朝はもっと取り乱して、朝倉の一挙一動に戦慄しまくり避けまくりで……いや、そうでもなかったような……。
妙な落ち着きとともに隣を見る。長門はちょうど唇を開けようとしていたところだった。

「わたしの中に、不明なエラーが蓄積している――」

葡萄色の夜空を浮かべた瞳が、退屈そうな、
そう――まるで予定調和の会話に飽き飽きしているかのような鈍い光を宿している。

381 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/05/19(月) 00:06:02.16 ID:V3Kdgkco

――――――――――――――――――――――――――――――

「はぁーん。それが朝倉復活の真実ね。
 俺の知らないところで、そんなことが起ってたのか」

説明は、予想していたよりも短かった。
それでも、初めてハルヒと長門の正体を明かされたときぐらいの長さだったが。

――ここ最近。
長門に異常な量のエラーの増減が確認されていたのだそうだ。
発生、消滅原因はともに不明。
プラスマイナスゼロでなんとか平衡状態を保っていたのだが、
増加速度が現象速度を凌駕するようになり、
もうしばらくしないうちにエラー蓄積限界値を突破しようとしていたらしい。
そこで情報統合思念体サマの登場だ。
二年前の冬の事件を鑑みて事態を重く見た思念体は、長門の監視やら何やらと理由をつけて、
朝倉の再構成(厳密には消滅前のデータを修復した)を決定した。それが約24時間前のことである。

その話を鵜呑みにするならば、
まさに今長門は窮地に立たされているわけで、俺は一刻も早く長門を救うべく行動しなければならない……のだが。

「心配御無用。エラーは既に自然消滅した」

逸る俺を瞬時に制止させたのが、その一言であった。
ふっと翳された手の平に、ベンチに座り直される。

「……なんだって?」
「言葉のとおり。昨夜未明、わたしの中で蓄積されていたエラーが消滅した」
「いやいや待て待て。それならさっきの壮大な前振りはなんだったんだよ!?」

喚く俺と対照的に、長門はあくまで冷静だった。

「あなたに朝倉涼子の復活を納得させるため、経緯を委細に話す必要があった」

その言葉で、長門の話の矛盾に気づく。おかしい。まったくもっておかしいじゃないか。
長門のエラー事件が勝手に収束したのは喜ばしいことだとして、
何故監視役として再構成された朝倉が、長門エラーの消滅と共に消えないんだ?

「エラーが自然消滅したとはいえ、また今回と同様の異常事態が起こる可能性がある。
 思念体は様子見として、彼女を残留させることにした」

マジかよ。

「虚偽ではない」
「それっていつまでなんだ?」
「わたしの安全性が保障されるまで」

そいつぁアバウトすぎるぜ、長門さんよ。
だがこの銀河系を統括してきたお偉いさんにとっちゃあ、人間単位の一週間や二週間なんて一瞬だろう。
希望的観測を抱いた分だけ、後で後悔することになりそうだ。

524 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/12(木) 23:20:10.92 ID:ULkr6Xwo

俺は北高卒業式でちゃっかり証書を拝領している朝倉を思い浮かべつつ、

「オーケー、覚悟しとくよ」

受験勉強だの、年を重ねるごとに盛大化しているSOS団主催イベントだのに
あたふたしているうちに俺は大学生になっていることだろう。
もし仮に朝倉が大学までひっついてきたとしても、大学校内じゃ偶然出会う確率は極々低い――。

「……いや、まず大学に無事合格できるかどうかが問題だ」

苦笑する。
どうして朝倉とできるだけ会わずにすむ方法を、今模索しなければならないんだ?
俺が強くなれば一発で解決する話だろうが。俺は今一度尋ねてみた。

「本当に、エラーは消滅したんだな?」
「そう」
「再発しそうな気配はないのか。あー……、エラーの増減が不安定になったりとか」
「今はとても落ち着いている」
「そうか、そいつは良かった。
 でも、喜緑さんや朝倉は大変だな。
 いくらお前が大丈夫だ、って主張したところであいつらは任務続行なんだろ」

四六時中の監視は否応なしに神経をすり減らすに違いない。
と、少しあの二人が心配になった矢先、

「彼女たちは、わたしの暴走再発の可能性が零に等しいことを理解している。
 また思念体が彼女たちに要求した、わたしのモニタリング頻度は以前と比べてかなり減少している。
 よって、彼女たちは現状を楽観視していると言っても過言ではない」

案外、そうでもなかったようだ。
俺は相槌を打ちながら、放課後の朝倉と話した記憶を再生した。
確かに朝倉は、冗談を言うほどリラックスしていた。
新しい自分探しとかなんとか、女性ファッション誌のキャッチコピーみたいな科白も飛ばしていたような気もする――。
と、その時だった。

「彼女と接触したの?」

珍しい長門の方からの発言に、俺は少し驚き、その質問内容に眉を顰める。
こいつ、やっぱり読心術マスターしてるんじゃないのか?

「答えて」

深紫から漆黒に色を変えた瞳が、俺を捉えて離さない。
ずっと公園の暗闇に視線を泳がせていたら、割と長門が真剣なことに気づけなかっただろう。
俺は言った。

530 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/13(金) 01:41:15.53 ID:VoOmnqYo

「ああ、団活でハルヒと揉めたときに、一回外に出ただろ。
 そんときに朝倉見掛けて、少しだけ喋ってた」
「細部まで思い出して」
「時間は……そうだな、俺が部室抜けてから20分くらいしたあたりか。
 朝倉が教室に入っていったから、不思議に思ってついていったら、
 どうも尾行に気づかれてたみたいでさ、いきなり声をかけられたんだ――」
「声をかけたのは、あなたではなく朝倉から?」

いつになく質問に徹する長門。
どっちが先に声をかけたか、なんて確認に、いったいどんな意味があるんだろうと呆れつつ、

「そうだよ。
 見栄張るのもあれだから本当のところをいうと、滅茶苦茶びびったよ。
 でもあいつ、意外と普通だった。
 俺の心配が丸ごと杞憂だと言いたげに、自分は安全だとか宣ってやがったぜ」

言い終えたとき、長門は既に視線を遠くの外灯に向けていた。
俺は黙って、長門が話し始めるのを待った。
今座っているベンチの、丁度真上にある外灯の光が長門の貌に陰影をつけている。
柔らかい輪郭が浮き彫りになって、俺はその白皙の頬を撫でてみたいと思う。
だがそれを実行に移す前に、

「そう」

長門は、怒りと優しさが同居した溜息を吐いた。
真っ黒だった瞳には光が灯っていて、何か得心した御様子だ。

557 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/16(月) 23:08:36.10 ID:tsj6wL.o

長門はそれきり、口を開こうとしなかった。
接着剤で接合したみたいな閉じ方じゃなくて、
僅かに開いているんだけどほんの少しだけで、
誰かに開けてもらうのを待っているような、そんな閉口の仕方だった。

「………」

朝倉の謎は解けて、長門の異常も解決済み。
もう話すことは何もない。
けど、俺は腰を上げなかった。
理由?
長門と二人で夜中のベンチというのはこの上なくレアなシチュエーションだし、
また夜道に自転車をこぎ出すのが億劫になったからさ……というのは、半分本心で半分嘘である。
俺は妙な感覚に浸っていた。
軽い男が軽い女にするように一押しすれば、
隣の寡黙で真面目な文学少女も俺に靡くんじゃないか――?
しかし、現実は厳しい。
妄想は妄想止まりだった。長門は音もなく立ち上がり、こちらに向き直る。

「帰るのか」

コクリ。

「………そっか。
 こんな時間だ。気をつけて帰れよ」
「あなたは?」
「もうちょっとここでゆっくりしてるよ」
「風邪……」
「大丈夫。今日はかなり暖かいから、
 どっちかっつーと転た寝してるところをホームレスに襲われないかの方が心配だぜ」
「……そう」

ぱちりと瞬き。
あれ、今のは軽いジョークのつもりだったんだが。

「それじゃあ」

科白に続く「バイバイ」を片手で表現して、長門が去っていく。
とぼとぼ歩く制服姿は初めて会ったときから少しも変わって無くて、
でも周囲に張り詰めていた静かな覇気みたいなものは、すっかり消えていた。
ここは――

>>561

1、長門に声をかけてみる
2、帰宅する

561 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/16(月) 23:18:30.62 ID:PAgK6w20

ksk

562 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/16(月) 23:18:53.46 ID:PAgK6w20

1

591 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/18(水) 23:42:31.63 ID:hJWsczoo

引き留めたい――。
そんな気持ちだけが先行して、

「なあ、聞いておきたいことがあるんだが」

首だけを捻って、長門がこちらを見た。

「何?」

俺は「しまった」と思いながらも、
何か気の利いたことを言おうと頭を回転させる。
しかし哀しいかな、しばしの間をおいて口から出てきたのは、

「朝倉のこと、ハルヒが騒ぎ出したらどうするつもりなんだ?」

という、聞くまでもない質問のみ。
それでも長門は答えてくれた。
あたかも公園に設置された彫像のように、頑なに姿勢を保ったまま。

「涼宮ハルヒが朝倉を詮索する可能性は低い。
 何故なら、彼女は精神的な成長を遂げたから。
 他人の家庭環境は、複雑であれば複雑であるほど、そっとしておくべき。
 彼女はそう判断した……と推測される」

驚きはしなかった。
朝倉が転校したことがHRで明かされた際も、ハルヒは微妙な反応だったからな。

「じゃあ、ほっといてもあいつが探偵ごっこに乗り出すことはないと?」

首肯。
黒く澄んだ瞳が、「話はそれで終わり?」と語っている。

595 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/20(金) 00:41:49.43 ID:BAtyPBwo

俺が何も言わないでいると、長門は今度こそ去っていった。
その後ろ姿が寂しげに見えたのは、きっと俺の視界に補正がかかっているからだろうな。

「さて、俺も帰るとするか」

いざ一人になってみると、夜の公園は怖い。
ほんの些細な、昼間なら何事もなく無視できるもの――
例えば、垣根の隙間からこっちを観察しているあの黒猫が、
誰かが化けているんじゃないかと疑ってしまうのだ。
まだまだガキだね、俺も。

愛車に跨って少し後悔する。

最後の質問は、やっぱ蛇足だったよな。
まあ、ハルヒの好奇心の矛先が、まともになってきていることの確認ができたのは良かったが……。
朝倉は長門の監視以外に、俺やハルヒに干渉することはしないと言っていた。
つまり、ハルヒの方から朝倉に絡んでいかない限り、面倒事は起らずに済むというわけだ。

と、そこまで考えて俺は気づいた。
放課後、朝倉と話していて感じた矛盾の正体に。

「どうしてあいつ、わざわざ俺の相手をしたんだろうな……」

私的な俺への接触は極力避けると言うのなら。
長門の異常が解決し、朝倉復活の事情説明も長門が果たす予定であったのなら。
なにもあいつは、俺の尾行に気づく必要なんてなかったんだ。
何事もなかったかのように帰れば良かった。
放課後の出会いの有無に関わらず、俺は今夜、長門に何もかもを話して貰う手筈だったのだから。

俺は上の空でペダルを踏んだ。
と、その時、

「みゃあ」

シャミセンのとは違う、気品に満ちていているのに角のない、おおよそ野良とはかけ離れた声がした。
さっきの猫か?
俺は公園出口に向かいながら振り返った。
宵闇に浮かんでいた黄色の瞳は、もう、どこにも見当たらなかった。

607 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/21(土) 01:03:10.98 ID:FHl.9M.o

――――――――――――――――――――――――――――――

帰宅してからひとっ風呂浴び、ほくほく気分で和んでいると電話が鳴った。
妹が受話器に飛びつく。
こんな夜遅くまで起きている程には大人びた妹だが、
家人の誰よりも電話の応対が好きなところは変わっちゃいない。

「キョンくんにでんわ〜。ふふ、女のひとからだよ?」

俺は受話器をもぎ取って、

「はいはい、お前はもう寝ろ」

ニヤついた視線から逃げるように部屋を後にする。
階段を上りながら、俺は受話器の向こうに尋ねた。

「誰だ?」
「こんばんは、キョン」

こりゃまたえらく懐かしい声だな。
俺はどう返事しようか束の間考えてから、

「よぉ、僕っ子。久しぶりだな」
「やはり君は頭がいい。
 ありふれた言葉の一繋ぎだけで、僕の正体を看破するなんてね」

もっと悩むと思っていたのだろうか、こいつは。
しかもキョンという渾名は全然ありふれてないだろ。

「大仰だよ、ただの消去法だ。
 俺のことをキョンと呼び捨てる女は二人だけ。
 そんでもって片方はご丁寧にもこんばんわ、なんて言いやしない」
「くっくっく、彼女がそれを聞いたら怒るだろうな。
 それに君は誤解しているよ。彼女は礼儀知らずじゃない。
 特に理性的な彼女の一面は、普段君に見せているものとは対極に位置していると言ってもいい」

俺はそろそろこの代名詞だらけ(俺の渾名を除く)の会話がだるくなってきたので、

「ところで佐々木、今夜はいったいどうしたんだ?」

645 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/06/22(日) 01:27:08.84 ID:Zd5A6cso

本題を促した。俺は受話器を耳に当てながら、
ドアを閉め窓を閉め、密室を作り上げる。
最近中学生になった小さなスパイが、盗聴を企てているかもしれないからだ。
用心にこしたことはない。
ややあってから、佐々木は言った。

「旧友と久闊を叙したい気持ちに、明確な理由が必要なのかい?
 実際に会うことは双方の予定の食い違いで叶いそうもないが、
 こうやって電話で話すだけでも、僕にとっては重畳なんだ。
 もっとも、君が早々に寝床についたり、
 家族とのコミュニケーションを優先したいのであれば、無理にとはいわないがね」
「あーあー、分かった、分かったよ。
 無粋なことを聞いた俺が悪うござんした」

くっくっく、と懐かしい笑い声が響いて、

「それじゃあ、どの話題にしようかな。
 正直、たくさんありすぎて困っているんだ。
 日常生活を送る上で、僕たちは数多の法則性を無意識に解釈して、利用しているだろう?
 大多数の人間はそれらの概要を触れた時点で興味を失うか、詳細を理解しようとする意志が挫けてしまう。
 でも僕は違うんだ。この不思議に満ちた世界を、完全に解読するまで知的欲求が止まらない」
「損な性格だな」

一言で斬り捨てた俺に気分を害した様子もなく、

「おや、僕の記憶が正しければ、君もそういったタイプの人間じゃなかったかな。
 まあいい、君は昔から己の性格を露呈するのを避けるきらいがあったからね。
 これ以上の追及はよしておくよ。
 さて――。M理論の話はもう語り尽くしたし、
 今夜は、ニュートリノの反粒子の正体について突き詰めてみようか」

勝手に悩んで勝手に話題をチョイスする佐々木。今夜は夜更し確定だな、こりゃ。
俺はベッドに仰向けになって受話器を耳元に置き、早くも相槌を打つ準備を始める。
明日の朝のことを考えると鬱になるが――、
それでも佐々木との電話に若干気分が高翌揚しているのは、
俺も知的欲求盛んな人間のうちの一人であることの証明かもしれない。

964 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/06(日) 22:17:49.72 ID:3NAB03oo

選択再開

――――――――――――――――――――――――――――――

「以上が僕の推論だよ。
 どうだい、どこぞの二流理系学者の書いた論文よりは、遙かに信憑性があるだろう?」
「さあ、どうだろうな」
「懐疑的だね。ふふん、さては従前の会話からもう綻びを見つけ出したんだね?
 驚いたな。君は僕の知らないうちに、随分聡明になったようだ」

何を勘違いしているんだろうね。
俺は今し方の話の半分どころか、1パーセントも理解できていないというのに。
が、今更真実を伝えて落胆させるのもアレなので、

「まあな。それなりに勉強はしてる」

誤解させたままにしておくことにした。
電話越しに見栄をはるくらい、別にいいだろ?
くっくっくっという独特の笑い声の後、小さな溜息が聞こえてくる。
佐々木が受話器をもったまま、遠い目をしている光景が浮かんだ。

「光陰矢の如しとはよくいったものだね。
 中学校の卒業式から早三年、僕たちはまたしても受験生などという、面倒な肩書きを得てしまった。
 ねえキョン。周囲が未来のビジョンを明確化してゆく中、僕はどうもその流れについていけずにいるんだよ。
 どうも受験勉強というモノに身が入らない。
 予測可能な問題に、達成感の得られない答え。こんなのに時間を空費して、いったい何になるんだろう」

その言葉が勉強に疲れた学生の詭弁でないことを、俺はよく知っていた。
佐々木にとって受験とは、ただの通過点に過ぎないのだ。とても、とても退屈な。
でも中学時代は、佐々木は淡々と高校受験に備えていたように思う。
学歴重視の社会を愚痴ることも、佐々木にとっては記号化された試験問題を投げ出しもせず、凡人の間に溶け込んでいた。
何か、佐々木のやる気を妨げる出来事があったのかもしれない。
俺は少々訝った。
しかしそれを正面から尋ねる気にはなれなかったので、

「しかたねぇだろ、受験生なんだから」
「その言葉は些か便利すぎると思う。
 どんなに僕がこの不合理を訴えても、結局はその一言で押え付けられてしまうのだから」
「あのなあ。お前が勉強だるいめんどいやめたい言ってどうするんだ。
 お前の無限にわき出してくる好奇心の矛先は
 幸運にもNASAとかGUSTとかの研究対象と一致してるんだから、
 お前は心おきなく受験勉強に打ち込めばいいんだよ」
「正論だね」

くっくっく、とまたしても佐々木が笑う。
ただ、その響きはさっきのとは違って自嘲的だった。

20 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/08(火) 21:27:15.84 ID:ZLYFigko

「以上が僕の推論だよ。
 どうだい、どこぞの二流理系学者の書いた論文よりは、遙かに信憑性があるだろう?」
「さあ、どうだろうな」
「懐疑的だね。ふふん、さては従前の会話からもう綻びを見つけ出したんだね?
 驚いたな。君は僕の知らないうちに、随分聡明になったようだ」

何を勘違いしているんだろうね。
俺は今し方の話の半分どころか、1パーセントも理解できていないというのに。
が、今更真実を伝えて落胆させるのもアレなので、

「まあな。それなりに勉強はしてる」

誤解させたままにしておくことにした。
電話越しに見栄をはるくらい、別にいいだろ?
くっくっくっという独特の笑い声の後、小さな溜息が聞こえてくる。
佐々木が受話器をもったまま、遠い目をしている光景が浮かんだ。

「光陰矢の如しとはよくいったものだね。
 中学校の卒業式から早三年、僕たちはまたしても受験生などという、面倒な肩書きを得てしまった。
 ねえキョン。周囲が未来のビジョンを明確化してゆく中、僕はどうもその流れについていけずにいるんだよ。
 どうも受験勉強というモノに身が入らない。
 予測可能な問題に、達成感の得られない答え。こんなのに時間を空費して、いったい何になるんだろう」

その言葉が勉強に疲れた学生の詭弁でないことを、俺はよく知っていた。
佐々木にとって受験とは、ただの通過点に過ぎないのだ。とても、とても退屈な。
でも中学時代は、佐々木は淡々と高校受験に備えていたように思う。
学歴重視の社会を愚痴ることも、佐々木にとっては記号化された試験問題を投げ出しもせず、凡人の間に溶け込んでいた。
何か、佐々木のやる気を妨げる出来事があったのかもしれない。
俺は少々訝った。
しかしそれを正面から尋ねる気にはなれなかったので、

「しかたねぇだろ、受験生なんだから」
「その言葉は些か便利すぎると思う。
 どんなに僕がこの不合理を訴えても、結局はその一言で押え付けられてしまうのだから」
「あのなあ。お前が勉強だるいめんどいやめたい言ってどうするんだ。
 お前の無限にわき出してくる好奇心の矛先は
 幸運にもNASAとかGUSTとかの研究対象と一致してるんだから、
 お前は心おきなく受験勉強に打ち込めばいいんだよ」
「正論だね」

くっくっく、とまたしても佐々木が笑う。
ただ、その響きはさっきのとは違って自嘲的だった。

22 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/08(火) 22:48:40.42 ID:ZLYFigko

俺は時間を確認する。――現在時刻、23:24。
よい子はもう寝る時間だ。隣室では妹がすやすや寝息を立てているだろう。
毎度のことだが、佐々木の講説に傾聴しているとどうも時間の経過を忘れてしまう。
特に興味惹かれる話でもないんだが……と、俺が不思議に思った、その時だった。
佐々木が、

「ふふっ」

と女の子らしい嬌声を漏らす。

「解せないな。実に不可解だよ。
 君との質疑応答がほとんど想定通りに進んでいるというのに、
 僕は君の返事を聞く度に、思考のつっかかりが融けていくような気持ちになる。
 実際、君は相槌をうっているだけなんだが、
 どうしてかな、それだけで僕の考えが洗練されていく」

頭の良い人間は、会話の行く末を把握しているという話を聞いたことがある。
相手の性格、会話の流れから、その先どんな言葉の応酬がなされるのか分かってしまうらしい。
将棋やチェスなどの、相手の手を読む遊びに通じるものがある。
しかしそれらの卓上遊戯と同じように、大体の予想は誰にでもできるものの、
細かな内容となるとそれはまた別問題で、一握りの人間、俗に言う天才にしか不可能な芸当だ。
そして佐々木は、疑いようもなく後者の人種であった――
と補足的モノローグをして、俺は訊いてみる。

「俺の相槌に特別な力があるとでもいいたいのか?」
「その発想は実にナンセンスだよ」

言われなくても分かってる。訊いてみただけだ。

「さしもの僕も、そんな事を考えるほど非科学的思想に傾倒してはいない。
 キョン。僕はね、心理的な面での効果について話しているんだ」
「心理的、ねぇ。
 お前の心に働きかけるような言葉を言った憶えはないんだが」
「当たり前じゃないか。言ったろう?
 それに該当する君の言葉は極々平凡で、ただの相槌に過ぎないと。
 例を挙げるなら、うん、さっきの受験の話でもそうだ。
 僕が研鑽を積むことに嫌気が差していると言ったら、
 君は使い古されて手垢の付いた言葉を、なんの躊躇いもなく返してきた」

しかたねぇだろ、受験生なんだから――。ああ、確かにそんなつまらないことを言ったっけ。

「でもね。僕は自分でもびっくりするくらい、その言葉をすんなり受け入れることができたんだ。
 君の気怠そうな、それでいて無条件で周囲の環境を受け入れると覚悟したような声を聞くと、
 何故かあの退屈極まりない教書を読み解いてもいい気になってくるのさ。
 実に興味深い作用だよ」
「そうか、そいつは良かったな……ふぁ、あ」

欠伸を一つ。お前がやる気を再起させたのは喜ばしいことだが、
聞き手ばかりに回っていると、眠気が襲ってきやがるんだ。お前は一度しゃべり出したら長いからな。
なあ、そろそろ話題を変えないか。

46 名前:今日は安価だけで…zzz[] 投稿日:2008/07/10(木) 00:26:34.46 ID:qbYWFYYo

話題選択安価
>>50

1「そういやお前、ここんとこ忙しいのか? 最後にお前らと遊んだの、いつだか忘れちまったよ」
2「夢について、お前なりの考えを聞かせてくれ。あぁ、夢といっても将来的な方じゃなくて、眠った時に見る方のな」
3「○○はどうしてる?(近況情報)」

3を選ぶ場合は、○○に佐々木の愉快な仲間達の中から一人を当てはめてくれ

50 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/07/10(木) 00:41:22.04 ID:c2LnzJY0

2

96 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/12(土) 17:55:27.99 ID:QNLMkXwo

「いいとも」

何故か、声は嬉しそうに弾んでいた。俺は訊いた。

「夢について、お前なりの考えを聞かせてくれ。
 あぁ、夢と言っても将来的な方じゃなくて、眠ったときに見る方のな」
「夢、か。それを新たな話題とすることに異論はないが、話す前に一つ、聞いておきたいことがある」
「なんだよ?」

佐々木は幾許の沈黙をおいて、

「君は僕に、どういったベクトルの考察を求めているんだい?
 夢を視るメカニズムについて知りたいのか。
 夢の内容から識域下の働きを知る、深層心理学的な意見が欲しいのか。
 明晰夢や予知夢などの、非現実的な現象に興味があるのか。
 そこらへんをもっと明確にしてもらいたいものだ」

何も考えていなかった俺である。
つーか、なんで質問した俺がこう質問攻めされなくちゃならないんだ?
俺が答えに困っていると、くっくっくっ、と受話器から嬌声が漏れてきた。

「はい、時間切れ」
「わりぃ、何も考えてなかった」
「正直なのは良いことだよ、キョン。
 そんな君には特別に、全部纏めて話してあげよう。
 いいかい? 今夜は特別だよ?」

いやに勿体ぶる佐々木。
単にお前が喋りたいだけなんじゃないか――そう言いかけて言葉を飲み込み、俺はただ「恐縮です」と述べるに留めた。

「コホン」

小さな可愛らしい咳を皮切りに、佐々木の長い長い話が始まる。

109 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/12(土) 21:29:03.29 ID:QNLMkXwo

「結論から言うとね、夢とは記憶の整理作用なんだ。
 あまりにも平凡とした答えですまないが、
 これが諸説ある夢の仕組みの中で一番有力と言えるし、僕も正しいと考えている。
 君に延々大脳皮質に投影されるまでのプロセスを説明したところで、
 理解の手助けになるとは思えないので省略するけれど、
 夢を視る理由は、きちんと説明しておいたほうがいいだろうね」
「基本的な脳の仕組みなら少しは知ってる。
 夢の見る時間帯、レム睡眠とかノンレム睡眠とかもな」
「本当に基本的な部分だね……。
 いいかい、夢を見る理由は二つあるんだ。
 一つは不要となった記憶を抹消する為、もう一つは大事な記憶を忘れまいとする保存の為。
 記憶は夢と密接に関係しているんだ――」

あー、ちょっと待った。

「なんだい?」

感情を隠そうともしない、露骨にイヤそうな声で佐々木が尋ねてくる。
俺は欠伸をかみ殺しながら、

「記憶と夢が関係していることくらい俺の妹でも知ってるぜ。
 なあ佐々木、できれば序盤は端折ってちゃっちゃと触りに入って欲しいんだが」

このペースじゃ本当に暁光を拝むまで夢談義することになりそうだ。

「そう急かさないでくれよ。
 さっき言ったことはこの話においてとても重要なファクターなんだ」
「……OK、分かったから続けてくれ」
「キョンは物わかりがよくて助かるよ。
 夢を見る理由を説いたところで、次は、実際に見ているものが何なのか、という話だね。
 あれはね、簡単に言えば記憶の切れ端なんだ。
 ある記憶を不要と判断したところで、それがすぐに消えてなくなる道理はない。
 また、ある記憶を克明に覚えておきたいからといって、それが完璧な状態で保存される道理もない。
 前者は徐々に薄まりゆく記憶の残滓が、後者は落ち零れた記憶の欠片が、
 それぞれ夢として僕たちの眼に映し出されるんだよ。
 だから夢には整合性がなく、色彩が曖昧なことが多い。
 君は、登場人物が淀みない言葉を発し、周囲の風景に色づけがなされており、
 なおかつストーリーが筋道だった夢をみたことがあるかい?」
「残念ながらないな。良い夢にせよ悪夢にせよ、内容はどこかしらで破綻してた」
「それが普通だよ。例外があるとすればフラッシュバック性の夢だが、
 これは一つの記憶の断片が強調されすぎた結果に過ぎない。
 夢とは、新旧様々な記憶の切れ端が重なり、継ぎ合って構成されているものなのだからね」
「ほう」

俺は嘆息した。それを聞いてか、佐々木の声は上機嫌を示す、流れるような響きになっていく。

「だから僕は、かつてフロイトやユングが研究した夢分析には肯定的な立場だよ。
 的中率や正確性が低いことは否めないが、夢の内容から、その夢を見た人の性格、心理状態を計ることは可能だと思う」

どこか胡散臭い夢診断も、佐々木に肯定されると信憑性を帯びてくるから不思議だ。

115 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/12(土) 22:56:34.02 ID:QNLMkXwo

「逆に理解に苦しむのは、明晰夢と呼ばれるシロモノだ。
 現実世界と区別がつかないほどのリアリティを維持しながらも、
 夢の中で自由に思考し自由に行動することができる――シミュレーテッド・リアリティそのものじゃないか」
「シュミレーテッド・リアリティ? なんだそれ」
「平たく言えば、そこが仮想空間であると認識できない仮想空間と言ったところかな。
 もっとも明晰夢の場合は、夢の中にいるということが知覚できるみたいだがね。
 しかし、いくら人間の脳が研究途上にあるとはいえ、そのような現象はキャパシティを超えていると――いや、この話を煮詰めるのはよそう。
 どんなに明晰夢の存在を認められないと主張したところで、体験したという人間が複数人存在することは事実なのだからね」

僕が実際に体験できれば手っ取り早いんだが、と力無く笑う佐々木。
同じく力無く笑ってみる。当初、夢への興味を膨らませていた俺は、今では理解を諦めかけていた。
こいつは何処からこの手の知識を蒐集してくるんだろうな……。

――――――――――――――――――――――――――――――

それからも佐々木は饒舌に夢の考察を語ってくれ、
終盤に入った頃には2時を回っていた。本格的に話題の選択を後悔しはじめた俺である。

「というわけで、幼少期の子供の夢は実に抽象的だ。
 原料となる記憶が乏しいから、そこから構成される夢も単調かつシンプルなものになる。
 夢には既知の情報しか現れない。
 これは言い換えると、夢に現れるモノ全ては、予め知識として頭の中にあるということだ。
 知らない世界、知らない生物、知らない法則が夢の中に存在していたところで、
 それは今までに得た経験、知識の断片を混交させた結果に過ぎないんだよ」
「……ん、ぁ。すまん、ちょっと意識飛んでた」

佐々木はむぅ、と唸って、

「もう限界かい? 中学の頃の君は、もっと夜遅くでも平気だったのにな」
「すまん。最近は規則正しい生活に慣れてきててさ」
「くっくっくっ、想像できないよ。早寝早起きのキョンなんてキョンじゃない」

失礼な奴である。
確かにあの頃と比べたら夜更し耐性が弱まった気がするが、
それはむしろ好ましいことで、誉められて然るべきなんじゃないのか。
俺は若干の不服を含ませて言った。

「そろそろ寝ようぜ。
 夢の話については、十分すぎるほど聞かせて貰ったしな。
 明日だって休みじゃないんだ。北高はともかく、光陽園は受験生の転た寝を許してはくれないだろ?」
「僕が転た寝することを前提にしているのが気に入らないが、
 まあ確かに、僕が授業中にうつらうつらしてしまう可能性は零と言い切れないね」

どうしてこいつはこうも回りくどい言い方に拘るんだろう。
俺は首を傾げながら、しかしそれが佐々木らしさなのかね、とか考えつつ、

「じゃ、またな。おやす、「おっと、忘れていた」

切ボタンを押す機会を逸していた。
なんだよ。夢について語り足りないなら、また今度にしてくれ。

120 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/12(土) 23:11:46.72 ID:QNLMkXwo

「違うよ、僕が忘れていたのは、君へのある質問だ。
 滅多に話題を振ってくれない君が、今夜は僕に尋ねてくれた。
 驚いたよ。君が好む話は大抵、世間話に属する他愛もないことであるはずなのに、
 今夜に限って『夢』について尋ねてくれたんだ。
 そこで僕は興味が沸いた。経緯が知りたくなったんだ。
 君が『夢』なんていう非生産的な事柄について、僕の意見を求めるに至った経緯を、ね?」

甘い猫なで声。
ふいに、ベッドに俯せになって足をパタパタさせている佐々木の姿が浮かんだ。

ここは――

1俺は嘘をつくことにした。「昨晩酷い悪夢を見てさ、夢について知りたくなったんだよ」
2正直に言うか。「実は昨晩、ハルヒが変わった夢を見たらしいんだ。それでちょっと気になって……」

>>124

124 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/07/12(土) 23:16:31.54 ID:mwt9F5go



141 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/07/12(土) 23:56:25.22 ID:QNLMkXwo

「実は昨晩、ハルヒが変わった夢を見たらしいんだ。それでちょっと気になって……」
「変わった夢?」
「ああ。どんな夢だったかは半分くらいしか憶えてないが、
 妙ちきりんな夢だったらしいぜ。まあ、話としては一応筋は通ってたが」

てっきり夢のストーリーを聞いてくるかと思ったが、佐々木は

「ふぅん」

と細長い息を吐いて、一言。

「近いうちに、君たちとは顔を合わせる機会がある。
 その時に、涼宮さん本人に尋ねてみるとするよ。
 ただでさえ不明瞭な夢の記憶が、君を仲介したことによって更に輪郭を失っているだろうからね」

お前、今ものすっごく酷いこと言ったぞ。
あれか? そいつはつまり、俺の脳味噌が情報伝達能力に欠けると言いたいのか?

「ふぁ……。ようやく僕の寝床にも睡魔が棲みつき始めたようだ。
 眠気で鈍った思考ほど使い物にならないモノはない」
「え、ちょ、おい――!」
「僕は寝るよ。お休み、キョン」
「お、おやすみ」

プツッ、プーッ、プーッ、プーッ。
ああ、なんて虚しい音だろう。
結局。
俺は最後の最後まで、佐々木のペースに乗せられっぱなしだった。
発言量の割合にしたって、俺が1パーセント確保できていたかどうかさえ怪しい。
俺はそれから10秒くらい画面を見つめて、携帯を充電スタンドに差し込んだ。
暗闇が視界を覆う。
瞼を閉じると、滑らかに眠気が躰に広がっていった。

この佐々木との会話が後に重要な意味を持つことにも、
携帯のディスプレイの上端にメール受信のマークが表示されていたことにも気づかずに。

俺は穏やかな眠りに落ちた。


―――――――――――――――三周目、一日目終了



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