涼宮ハルヒの選択 - Endless four days - 2nd route


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210 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 20:12:11.98 ID:rXL.B/Yo

麗しの鐘音が鳴り響く。
遙か遠くの鐘楼は真昼の陽炎のように、あるいは真夜中の朧月のように霞んでいる。

「――あたしね――今――なの――」

ふと、懐かしい声がした。

「――だから―――ずっと―――」

誰かを呼び止めようとしていたそれは、遠ざかるように小さくなっていく。

「―――一緒――――に―――――」

再び独りになった、誰か。やんでいた鐘音が、慰めの鐘音が鳴り始める。
耳障りな音の源を確かめたくて、もう一度鐘楼を凝視する。
聳え立つ時計台の頂上。力無く揺れる鐘の下には、四柱の一つにもたれる人影があった。

―――――――――
――――――
―――

「…………なんだ、メールかよ」

寝惚け眼を擦り擦り、ぶるぶると痙攣する携帯を黙らせる。
こんな中途半端かつ最も安眠していたい時間にメールを寄越す人間は一人しかいない。
涼宮ハルヒ。我らがSOS団団長様にして宇宙人未来人超能力者から一目置かれる神的存在、つーか神。
さてその神様が、一般ピープルの中でも最たる凡庸性普遍性中庸性を誇る俺に、こんな早朝から何の用なんでしょうかね?

ハルヒの片仮名三文字と、律儀に毎日変更される日付――4/23――の文字を一瞥し。
期待半分、失望半分の心持ちで、俺はメールを開封した。

226 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 20:45:10.59 ID:rXL.B/Yo

――――――――――――――――――――――――――――――

「おはよう、キョンくん。今日は自分で起きられたんだねー、えらいえらい」
「お褒めに与り恐縮です」

何故妹の高慢な物言いに付き合ってやっているかといえば、
それにはマリアナ海溝より深くオリンパス山より大きな理由がある、というわけでもない。

「何か学校に用事あるのぉ〜?」
「別に」

素っ気なく返事すると、妹は口をぷくりと膨らませて、

「キョンくん冷たぁ〜い。どうせハルにゃんに呼び出されたんでしょー」
「いんや、違うね。学校の所用でだ」

妙に勘が鋭い妹にたじろぐ俺。

「ふぅん。ほんとかなぁ〜?」

やれやれ。いつからお前は母親並の甲斐性を発揮するようになったんだ。
お前は俺専属の起床係に留まってりゃいいんだ。余計な勘ぐりはいらねぇんだよ。
機械的に朝食を食べ終えて席を立つ。

「あ、ちょっと待ってキョンくん―――」
「良く嚼んで食べるんだぞ」

朝の慌て時にも妹への心配りを忘れぬ良き兄を演出しつつ、俺は玄関を飛び出した。
蒼穹からさんさんと降り注ぐ陽光が眩しい。今朝の天気予報によると、終末まではぽかぽか陽気が持続するのだとか。
普段は天気予報を信じていない俺だが――特に根拠もなく、今回の予報は当たるという確信があった。

242 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 21:10:53.33 ID:rXL.B/Yo

下履きまばらな昇降口から、今年から場所が変わった教室へ赴く。
ハイキングコースでの珍獣谷口との邂逅事件を、ごっそり割愛した理由はシンプルだ。
酒の肴どころか水の肴にもなりそうにない下世話トークに、週刊誌コラムよりも価値のない無駄情報。
賢明な方なら俺の気持ちを察してくださっていることだろう。あぁ、最高につまらなかったさ。
教室の框を踏むと、そんな俺の暗澹たる気分を知ってか知らずか、

「おはよう。キョン」

ハルヒが満面の笑顔で、おいでおいでと手招きしていた。
それに誘われるまま、指定席に腰を落ち着ける。

「指定時間ぴったりに到着するなんて、なかなかやるじゃない」
「意図的に時間をずらしたわけじゃねえよ。そっか、ギリギリだったんだな」

眠気を一切感じさせぬ快活なハルヒに、こいつに睡眠の概念はあるのかと疑いを掛けながら今朝のメールを反芻する。
"起きてるならすぐに学校に来なさい! 以上"
この上なく簡潔で別解釈ができない文章に、俺は溜息をつきつつ跳ね起きるという奇妙な目覚めを体験した。
直ぐさま理由を問いただしても返信は梨のつぶて。結果、俺は昨夜の疲れが取れぬ体に鞭を打ってここまで早朝出勤してきたわけだが――

「で、どんな用事だったんだ?」
「え? 別に特に用事はないけど?」

は?
疑問符に疑問符で返すのは憚られるが、致し方ない。

「用事がないのに俺を呼んだって、いったいどーいうことだよ?」
「だーかーら。特に理由はないって言ってるでしょうが。朝早く起きちゃって、暇になりそうだから呼んだのよ」

団長直々の呼び出しよ、と偉ぶるハルヒに、言葉を失う。溜息を禁じ得ないね。
ここまで理不尽な呼び出しを食らったのは何時以来だろう。

255 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 21:28:19.36 ID:rXL.B/Yo

―――――いや待て、現況をよく見直してみろ。
これは一見、我侭女に振り回された男子生徒の不幸な早朝風景だが、
視点を変えれば、ほうら、貴重な朝の校内を満喫できる素晴らしき余暇に様変わりしたではないか。
この数年間で培ったポジティブシンキングを遺憾なく発揮する。ハルヒは俺を

「どうしたのあんた……大丈夫?」

と不審がっているが、そんなことは些末な問題だ。この際プライドは抜きだぜ。
さて、この有意義な時間をどう過ごそうか?


1、当初の目的通り、ハルヒの暇つぶしに付き合ってやるか 聞きたいこともあるし
2、人物指定安価(北高に無関係な人は不可)「   」が気になる

>>292

292 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 21:38:19.68 ID:KGbVCw.0

1

331 名前:鶴屋さんは卒業してるけど放課後幾らでも絡めるぞ[] 投稿日:2007/12/26(水) 22:16:33.37 ID:rXL.B/Yo

がしかし、幾重のフィルターをかけたところで、HR前の休憩時間はそれ以外の何者でもなくて。
あれほど盛っていた気概は早くも衰え、俺は無意識のうちに水を向けていた。無論、ハルヒに。

「昨日の部室でのことなんだがな。古泉がまた勝負をしかけてきやがったんだよ」
「いつものことじゃない」
「いや、それが昨日はちょっとばかしいつもと違っててさ――」

頬杖をついて窓の外に視線を投げ、話に耳を傾けているのか判別つきにくいハルヒと、
壁に背中を預け、教室の他生徒たちの動向を観察しながら話題を振る俺の
噛み合っていないようでしっかり噛み合っている会話は、それから数十分ほど続いた。
と、教室内に人が溢れ始め、恒例の微温視線がこちらに飛び始めたときのことである。
俺はふとした拍子に、思考の端っこに隠れていた疑問を引っ張り出した。

「なあ。お前が今朝みたく寝てる俺を起こすのって、かなり久しぶりのことじゃないか?」

突然の話題転換にハルヒは数秒面食らっていたが、

「そうかしら。あー……、そう言われてみればそうかも」

納得したように首を何度か縦振りし、

「なんでかしら。あたしがあんたに遠慮するはずがないんだけどね」

余計な言葉を語尾にくっつけて首を捻った。それに釣られて、俺も後頭部をガラスに当てる。
無視してもなんら支障ない疑問だが、それ故に解明できないとむず痒く感じられる。
時期を特定できないものの、いつのまにか、ハルヒが俺に我侭をぶつけてくる機会は激減していた。
どうしてこんなに分かりやすい間違い探しを、ずっと放置していたのだろう。
常日頃から騒がしいハルヒが静かになろうものなら、誰よりも早く気づける自信があったんだが。

「でもま、今気づけたんだしどうでもいいじゃないの。あたしもついつい忘れちゃってたんだと思うわ。去年は忙しかったしね」

355 名前:色々と修正[] 投稿日:2007/12/26(水) 22:53:07.63 ID:rXL.B/Yo

投げ遣りな言葉。しかしそれには、俺の懐疑を封さつする妙な説得力があった。

「お前が気づいてなかったんなら、黙ってれば良かったな」
「墓穴を掘ったわね。これからは積極的にあんたを振り回してやるとするわ」

お前の私的願望を叶えるくらいなら骨を折ってやってもいいが、超常現象は勘弁願いたいね。
振り回すなら振り回すで、周囲に迷惑を掛けない程度にパワーセーブしてくれ。

「あんたが迅速かつ的確に行動すれば他の団員に被害は及ばないわよ?」

【被害】なんて単語が出るとは驚きだ。お前も自分が台風であることを自覚してたんだな。

「いちいちうるさいわね! とにかくあんたはこれからもSOS団平団員としてせっせと働くの」
「へいへい、肝に銘じておきますとも」

わざとらしく頭を振って、古泉よろしく肩を竦める。
隣の団長殿が喜色満面であることは想像に難くなかった。
大方、明日からにでも夜中に携帯が絶叫し始めることだろう。
いい迷惑だが――これがいつもの日常だったんだから、ある意味では元の状態に戻った、とも言えるけどさ。

「起立」

凛とした委員長の声が響き渡る。どうやらお喋りが過ぎていたみたいだね。
俺たちは条件反射的に席を立ち、自動的にHR前の雑談も終了した。
席についてからの出来事は特筆すべきことでもないので省略したいところなのだが、
惰性で俺が意識を失うまでを描写しきってしまうことにする。
担任岡部の明朗な話が数分あって、1時限目の授業に備えた俺は、いざ授業が始まってから数分で訪れた睡魔にあっけなく侵攻を許した。
俺の対睡魔防壁は基本耐久値が著しく低い。それが早起きしたことによって攻められる前から罅だらけになっていたのだ。抵抗しただけ名誉の敗北と言えよう。
加速度的に意識が薄まっていく頭の中。俺は内側に敏感になった感覚で、小さな音を聞いていた。
それはパズルがはまるような、或いは鍵が一つ開いたような、気持ちの良い音だったが――その全体像を掴む前に、俺の意識は途絶えていた。

366 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 23:19:07.29 ID:rXL.B/Yo

――――――――――――――――――――――――――――――

時は変わって昼食時、いや正確には昼食後の昼休み。
昼飯恒例のメンバーと袂を分かち、暖かな陽光に包まれた絶好の昼寝タイムを満喫しようと机に突っ伏し早10分。
眠気は一向に襲ってこなかった。午前中に眠りすぎたんだろうか。
机に無造作に突っ込まれたノートは98%が白紙で構成されており俺の推測を裏付けてはいるが、
それを現実と認めたら認めたで俺の学習状態の穴がポロポロとまろびでてくることになるわけで、判断材料として採用するわけにはいかない。
しかし、かといってこれ以上机に突っ伏すわけにもいかず……数分堂々巡りを続け、俺は思考を投擲した。

「さて、どうすっかなー」

ハルヒは学食へダッシュしたきり戻ってこない。文芸部室もといSOS団本拠地でよろしくやってるのかもしれないね。
長門にお茶を煎れて貰ってご満悦のあいつが目に浮かぶ。
と、俺が重い腰を上げようと、力を入れた時のことだった。

「おいキョン、お前そんなとこでのほほんとしてないで、こっちこいよ!
 今度の土曜に正式オープンするテーマパークの特集記事があるぜ」

谷口のお呼びに首を捻る。教室の一角で、なにやら談義をかもしている一群があった。
そのテーマパークとやらはクラスメイト共通の注目事項であるらしく、雑誌は男女ともに仲良く回し読みされている。
今雑誌を興味津々の様子で読みふけっているのは――阪中か。
あいつがテーマパークなんて娯楽施設に興味あったとは甚だ意外だ。
が、いつまでもここで昼休みの身の振り方を悩んでいてもしかたがない。時間は有限なのである。

ここは――
1、文芸部室に行こう 長門やハルヒ(ついでに古泉)がいるかもしれん
2、テーマパークね……初めて聞いた気がしないな
3、場所自由指定(ただし知人がいそうなところに限る)「   」に行こう

>>376

376 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 23:22:36.38 ID:tVa.2u2o

2

390 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/26(水) 23:52:27.17 ID:rXL.B/Yo

「その記事、ちょっと俺にも見せてくれないか」

普段は谷口情報に猜疑的な俺だが、ソースが目の前にある以上信憑性は高い。
俺が一群に近づくと、クラスメイトたちは既に記事を読み終わっていたらしく

「はいどうぞ。キョンくんもこういう施設に興味あるの?」

阪中がはい、と雑誌を手渡してきた。

「まあな。好きこのんで出掛けようとは思わないが、参考程度に見ておこうと思ってさ」

古泉直伝の柔和な笑みで雑誌を受け取る俺。
が、しかし。この情報もいずれハルヒのデビルイヤーに絡め取られて
特別不思議探索という名の遊覧に引っ張られていくことになるだろうし、
予備知識を蓄えておいて損はないだろう、というのが本当の理由である。非常に悲しいことだが。
家族との関係を壊さぬように嘘をつく安月給のサラリーマンみたいな心情で頁を捲っていると、
お目当ての特集記事が現れた。次世代型ジェットコースター「乙」に、3Dシューティングアクション「こいずみくんライド☆」……なんだこりゃ。
とくに二つ目のアトラクションのマスコットキャラなんて、どうみても古泉じゃねえか。

「どうだ、すっげー面白そうだろ?」
「既存のアトラクションもかなりグレードアップされているみたいだよ。
 もちろん、新開発されたアトラクションも必見だけどねえ」

感想を待ち望む4つの視線。しかし俺にはどうにも、このテーマパークに新鮮味を感じることができなかった。
デジャヴとはまた違う、そう、まるで夢の中で体験したような既知感。
俺が反応を示さず、膨れあがってきた違和感と格闘していると、

「なんでぇ、もっとキョンが驚くと思って持ってきたのによ。……もしかしてお前知ってたのか?」
「その可能性は十分に有り得るよ。だってキョンはあの先輩と深い仲だし」
「ふ、深い仲ってどういうことなの? あたしはそんなこと初耳なのね!」

415 名前:微々修正[] 投稿日:2007/12/27(木) 00:21:54.44 ID:C7i20AEo

谷口、国木田、阪中の三人衆が沸き立ち始めた。
しかも阪中の激しく誤解を招く言動に、クラスメイトどもが集ってくる始末だ。
おーい、何俺を捨て置いて勝手に話進めてやがる。あの先輩って誰のことだよ。

「鶴屋さんのことさ。あの人、SOS団の面々とは特別親交が深いんだろう?」

鶴屋さん? 国木田の口から飛び出た人物名に眉を顰める俺。
すまん、話の流れが掴めん。このテーマパークと鶴屋さんに一体どんな関係があるんだ?

「キョン……君はまだ夢見心地から抜けきっていないんじゃないかなぁ。
 鶴屋さんはテーマパークを建設した鶴屋財閥の令嬢だろう?
 それとも、直接話を窺ってないの? それなら仕方ないけど」

国木田が言い終わる前に、俺は記憶の頁を破れんばかりの勢いで捲っていた。
目当ての頁はすぐに見つかった。昨夜、そう、ほんの昨夜じゃないか。
遅咲きの桜舞い散る木の下で、鶴屋さんはテーマパークについて確かに俺たちに話していた。
こんな印象深い出来事を忘れるなんて、俺の海馬の一部は壊死でもしているんじゃないだろうか。

「思い出したぜ。鶴屋さんから話は聞いてた。そっか、明明後日にはオープンなのか……」
「だってさ、谷口。キョンが驚かないのも無理ないよ」

意気消沈した谷口の肩をポンポンとたたく国木田。俺はしばしその風情に青春の1ページ的何かを感じ取っていたが、

「キョンくんって鶴屋さんとそんなに親密な仲なの?」

阪中を筆頭とする女子群の、リサーチ対象を見つけたリポーターもかくやという好奇心に
嘆息することとなった。どうしてこいつらはなんでもかんでも色恋沙汰に発展させようと目論むのかね。
ほら、男子共も非難の視線を送ってきているじゃないか……あれ、なんでその標的が俺なんだろう。痛い、とても視線が痛いです。

「ハルヒの関係でちょっとばかし付き合いがあるだけだ。お前らが思うような深い関係じゃねえよ」

433 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 00:49:47.25 ID:C7i20AEo

近いようで遠く、遠いようで近い。鶴屋さんの卒業で益々あやふやになってしまったその距離を、俺は暫定的に「遠い」ということにした。
SOS団としての親交は疎遠になるどころかむしろ親密になっているとも言える位だが、
俺個人が鶴屋さんとどこまで親しくなれたかは計りかねる。例え一年でも、歳の差は不可視の距離を生むのだ。
それは今となっては未来に還った朝比奈さんが、存分に証明している。ああ、何度彼女が同年代であったらと妄想したことだろうか。

『えー、キョンくん適当いってるんじゃないのー』
『そうだよー、ホントのトコ教えなさいよー』

俺の拙い返答に満足行かなかったのか、女子群はそれからもやいのやいの問い詰めてきたが、

「たっだいまー。有希のお茶もどんどんみくるちゃんのそれに近づいて―――何やってんのあんた達」

ごくり、と生唾を嚥下する音がハモる。

『いや、これは……』
『ちょっとした疑問を解消しようと……』

喧噪から一転、春風も凍てつくような静謐さを取り戻した教室内で、
ハルヒだけが自在に行動できていた。つかつかつか。
どこぞの大企業の社長秘書官のように、硬い足音を響かせてこちらに一直線に歩いてくる。
ハルヒは俺の首根っこを掴むとそのまま俺の席に放り投げ、
ハルヒ自身も席について優雅に足を組み、これまた優美な動きで指を重ね合わせると、

「さぁキョン。さっきあの子達となに仲良くお喋りしてたのか、話して貰いましょうか?」

とても柔らかな微笑をお浮かべになって、情報開示を要求なされました。
滅茶滅茶な敬語口調になっているのは些末なことだ。今はどのようにこの窮地を乗り切るか。
断頭台に首を固定されたマリーアントワネットの心境を味わいながら、俺は生贄を探して視線を辺りに走らせた。
だが。船の転覆をしった鼠が如し――クラスメイトたちは一人残らず別教室への待避を完了していた。薄情な奴らである。
結局俺の手に残ったのは薄っぺらい週刊誌と怒り心頭のハルヒのみだ。まったく……なんでいつもこうなるんだろうね。未知の法則か何かで定められているのか?

445 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 01:20:55.67 ID:C7i20AEo

――――――――――――――――――――――――――――――

「この上なく春麗らかな午後ですね。午睡したくなる欲求に駆られます」

チェス駒を指先で弄びながら、爽やかフェイスの超能力者が詩を謳うように言った。
その様があんまりにも芝居がかっていたので、

「眠っても良いぞ。なんならもう二度と目覚めなくてもいい」
「おやおや、悪辣ですね。僕が永久の眠りについては、あなたは哀しむのではありませんか?」

まさか。諸手を挙げて快哉を叫んだ後、お前の遺骸をカスピ海上空から降下させてやるさ。
憐れ古泉、海洋生物の糧となって地球を廻るが良い。

「これは手厳しい。迂闊に転た寝もできないということですか」

古泉は片手を顎に添えた後、しかし特に気にした風もなく駒を再配置し始めた。
やれやれ。あと何度敗北を喫せば埋まらない実力差を知暁してくれるんだろうね、こいつは。
気分転換に視線を窓際の方へやると、液体窒素で凍結保存させられているといわれても
百人が百人頷くような静謐さでハードカバーを読む長門の姿があった。
しかしこれは毎度思うことなんだが、頁を捲る所作を、もちっと柔らかくはできないもんなのかね。
いくら発言量が増えたと言っても、行動が着いてこなくちゃ意味がないと思うぜ?

「……………」

そんな俺の感想が通じてか。長門が俺を瞳に映した。
しばしのアイコンタクト。しかしその間に意識がやりとりされることはなく、長門はすぐに視線を本へ戻した。
そういやあの本ももうすぐ読み終わりそうだな。明日にでも続編、持ってきてやらないと。
と、俺が長門の読書量に感嘆していると、今更ながらにけたたましく鳴り響き続けるキーボードタッチに気がつく。
言わずもがな、下手人はハルヒだ。まったく、こいつには静かにタイピングするという概念が存在しないのだろうか。
このペースじゃ母音のキーが吹っ飛ぶまでに、そう時間はかからないだろうさ。

451 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 01:40:32.69 ID:C7i20AEo

ぐるりと団員の様子を確認してから、再び手元に視線を落とす。
長門の煎れてくれたお茶を一口啜って、俺は至福の美味を味わった。
朝比奈さんの玉露にはまだ及ばないものの、それでも十分な甘露となりつつあるお茶。
頑張れ長門、お前がお前自身の究極の味を見出すまで、俺はずっと試飲役を務めてやるから。

さて、実のない閑話はここまでにしておいて。
率直に告白すれば、俺は退屈を持て余していた。
長門は本の世界に埋没し、ハルヒはHP改修に躍起になっていて、
古泉は結果の見えた勝負をしかけてくるのみ。
レポートでもやったらどうだ、という至極まともなアドバイスがどこからともなく聞こえてきたが、
生憎、その意見に従うことはできない。何故かって?
レポートの第一問目からいきなり座礁に乗り上げたってのに、どうやって難問もとい海獣ひしめく荒海を航海しろというんだ。
どんな優秀な航海士でもコンパスを放り投げるだろうよ。ま、例外はいるにはいるんだが。


ここは――

1、ハルヒ
2、長門
3、古泉
4、人物名自由安価(誰でもおk キョンのモノローグで語る)

1、2、3を選んだ場合、すぐにまた話題選択安価があります

>>462

462 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 01:43:33.55 ID:Jwo3d3Mo

ちゅるやさん

555 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 19:14:41.16 ID:NS.o43co

他のメンバーは一様に忙しそうにしているし、ここは瞑想に耽るとしよう。
麗らかな春の午後。太陽はのどかに下界を照らし、時折吹き込む春風はこの上なく快い。
素晴らしき瞑想日和(?)である。ついさっきこれと酷似した見解を述べていたヤツがいる気もするが、
きっと俺の記憶違いだ。体重をパイプ椅子に預けて目を閉じる。

瞼の裏に再生されたのは、昨夜の記憶だった。
鶴屋家の敷地内、古風な日本庭園の一角でお花見は開かれた。
次々と振る舞われる高級日本料理に舌鼓を打ちつつ、一夜限りの禁酒解禁によって
注がれたこれまた高級な日本酒(醸蒸多知だったけか)を嗜みつつ、
鶴屋さん含むSOS団メンバーは夜遅くまで桜を観賞したんだっけ。

『あ、あたしは遠慮しとくわ。度数かなり高いんでしょう?』

鶴屋さんがぐいぐいと酒を勧めるのを、ハルヒが丁重に断って。

『さっぱりとした風味のようで、後味は奥ゆかしくまろやか。とても美味しいですね』

誰も聞いちゃいないのに、古泉が料理一つ一つを絶賛し。

『………………ぷはぁ』

一瞬で自分の料理を平らげた長門は、一升瓶片手にウワバミっぷりを披露して。

『おいお前ら、あんま騒ぎしゅぎんなよぉ』

すっかり酒に言語視野をやられた俺は、
舞い散る撫子色と、それを浴びる鶴屋さんの着物姿に見蕩れていた。

『あらあら、呑みすぎはいけないよっ。百薬の長も毒になるっさ』

576 名前:修正ver[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:02:23.41 ID:NS.o43co

『いやぁ、俺はそれほどいただいてましぇんから』
『顔真っ赤にして言われても説得力ないねぇ』

俺が注がれるままに呑んでいたことを知った鶴屋さんは、
すぐさま俺の手から杯を没収し、水の入ったグラスを持ってきてくれた。

『キョンくんには代わりにこれを呑ませてあげるにょろ』

そして、受けとろうと伸ばした俺の手をするりと躱し――

『……ぷはぁ。自分で飲めますって』
『いーのいーの。後輩の世話を焼くのは楽しいもんなのさ』

まるで酔い潰れた夫を気遣う良妻のように、グラスを口元で傾けてくれた。
焦点が合わない視界いっぱいに、鶴屋さんが映り込む。
後ろで綺麗に纏められた髪や、露わになった白いうなじ。
清廉な性格を表すように真っ直ぐな目鼻筋は、ハルヒのそれとはまた違う美貌を形作っている。
俺が酔いの抜けきらぬ頭で、ぽけーっと鶴屋さんを眺めていると、

『まだ酔いが醒めないのかいっ? 今日は家で休んで「なにのほほんと昼寝してんのよっ!」

頭蓋を割れたかと思うほどの怒声に、瞑想モードが強制解除される。
起きちゃだめだ、俺。曖昧だった記憶があともう少しで蘇るんだぜ。
慌てて心頭滅却雲煙過眼等の四字熟語を唱えて、瞑想に戻ろうと尽力する。
だが我らがSOS団団長に、団員の怠慢を許す慈悲深い心はこれっぽちもなかったようで、

「気色の悪いニヤニヤ笑い浮かべて。ずいぶんと楽しい妄想に励んでいたみたいね」
「人聞きの悪いことを言うな。人の回想を邪魔しやが――痛っ、やめ、まひへひゃめろって」

俺の横に回り込むと、万力でほっぺたを抓り上げてきやがった。なんてことしやがる。

587 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:28:53.68 ID:NS.o43co

「悟りはもっと清らかな面持ちで開くものよ。さあエロキョン、何を考えていたのか白状なさい!」

エロキョン言うな。俺がえっちい妄想していたことは決定事項なのかよ。

「それは今から決める事よ。あんたがずっと黙ってるつもりならそう判断せざるを得ないけど?」

くそ、これで黙秘権を行使する道は断たれた。
ハルヒ一人にどう思われようと勝手だが、団長から変態の烙印を押されるとなると
長門や古泉の俺を見る目が変わってしまう恐れがある。

『………へんたい』

くっ、これはこれでまた魅力的なものがあるが――っていかんいかん。
マジでアブノーマルな趣味に目覚めちまうとこだった。

『ふふ。ようこそ、変態の世界へ』

全裸に葉っぱ一枚の古泉が、脳裏を掠めていく。
偏見で塗り固められたその古泉は、非現実的なようで現実的だ。やべ、吐き気が襲ってきやがった。

「あと三秒以内に言わなかったら私刑だかんね。いーち、」

カウントダウンを始めたハルヒ。
昨夜の花見を思い出していたことは別に話してしまっても構わないだろうが、
鶴屋さんに水を呑ませてもらったくだりは、割愛した方がいいような気がする。第六感的に。
でも、あやふやな記憶を補完するためには順序よく話していく必要がある。とすると、必然的にそのくだりも話さなくちゃならないわけで――

1、昨夜の花見を思い出してただけだよ
2、いや、昨日鶴屋さんに水呑ませて貰ったあとの記憶があやふやでさ。お前ら知ってるか?
>>597までに多かった方

589 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:29:14.40 ID:Kd6kNmo0

2

590 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/27(木) 20:29:56.44 ID:rT6SNh6o



591 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:30:19.11 ID:b/5HU3o0

2

592 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:30:36.61 ID:H8e5.sDO



593 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:30:43.77 ID:VNaixAE0

1

594 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/27(木) 20:30:51.08 ID:mLWRfqE0



595 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/27(木) 20:30:56.57 ID:21bNH6Q0

うーむあえて2で

596 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 20:31:12.97 ID:zXC6HGk0



597 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/27(木) 20:31:21.72 ID:rT6SNh6o

2と書きながら迷ってるから1も一票

627 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 21:13:06.42 ID:NS.o43co

「にーい、むぐっ」

口を塞ぐ。

「待った。話すからカウントダウンはナシだ」

どうせ三つ目のカウントダウンは一瞬で終わらせようと企んでいたに違いない、
二つ目で止めた俺に、ハルヒは長い睫毛を瞬かせていたが、

「それじゃ洗いざらいぶちまけなさい」

やがて、成人雑誌を隠し持っていた弟を問い詰める姉のような態度で、脇のパイプ椅子に腰を下ろした。
その不貞不貞しさにに呆れつつ、口火を切る。

「俺が回想してたのは昨夜のお花見のことだよ。
 酒の所為か、どうも記憶が曖昧でな。ばらばらに散った記憶を集めてた、というわけだ」
「確かにあんた、かなり酒入ってたもんねー。強くないのに無理するからよ」
「反省してる。でもやっぱ、記憶が曖昧なままっていうのは気持ち悪い。
 かなり酔ってた俺の他は、禁酒してたお前にほろ酔いの古泉に酒豪の長門と、みんな記憶は確かだろ?
 もしよかったら終盤あたりの出来事を教えてもらいたいんだが」

下手に出て頼んでみると、

「いいわよ。あたしは一滴も呑んでないし」
「いいでしょう。僕も若干酔っていましたが、記憶には自信がありますので」

ハルヒはあっさり承諾してくれた。横から古泉も加わってきたが、役立ちそうなので文句はナシだ。

「それじゃ聞くぞ。鶴屋さんは、泥酔した俺を見かねて水を持ってきてくれたよな?
 そっから後のことが聞きたい。たしか、鶴屋さんが俺に何かを提案してくれたような気がするんだ」

647 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/27(木) 21:59:08.32 ID:NS.o43co

「あぁー、あのときの。あれはねぇ……」
「あれは?」

期待を胸に復唱する。

「あれは……、鶴屋さんはあんたになんて言ったのかしら……」

が、明瞭な頭脳と正確な記憶を持つハルヒは、わざとらしく口籠もり、

「ごめん、ちょっとあたしも思い出せな――」
「鶴屋さんはあなたに、鶴屋家での宿泊を提案されたのですよ。
 あの状態で帰路に着くのは、危険だと判断されたのでしょう」

代わりに古泉がスラスラと答えを述べた。
切れていた記憶が回復していく。あぁ、確かにそんなお誘い受けたっけ。
それで、俺はその提案を断ったんだよな。次に目覚めたときは自宅だったし。

「厳密に言えば違います。最終的に鶴屋さんの提案を断ったのは、涼宮さんと長門さんの二人ですよ」

ハルヒと長門? 思いがけぬ名前の登場に困惑する。
その本人達に視線をやれば、ハルヒは我関せずといった風に明後日の方向を眺め、
長門は頑なにハードカバーを読み続けていた。二人ともどことなくぎこちない。

「涼宮さんは『団長として団員が迷惑をかけることを無視できない』と主張され、
 長門さんは『自宅に二日酔いに良く効く薬がある』と主張されまして」

古泉は眼精疲労を労るように目頭を押さえながら、

「結局間をとって、僕があなたを家まで送る、ということになったんですよ。
 まったく……酔臥していたあなたを運ぶのは、大変骨の折れる作業でした」

714 名前:一応エロいける[] 投稿日:2007/12/27(木) 23:32:08.58 ID:NS.o43co

むむ。意識が朧気なときに貸しを作るなんて卑怯じゃないか?

「心配なさらず。当然、ノーカウントですよ。
 もっとも、あなたには数え切れないほどの借りがあるので、
 一つや二つ貸しを作った程度では、到底相殺しきれないないでしょうが」

如才なく微笑む古泉から目を逸らしつつ、

「でもま、運んでくれてありがとよ。もし一人で帰っていたら、道ばたで脱水症状起こしてかもしれねぇ」
「これは珍しいですね。あなたからお礼を賜るとは」

もう一度二人を観察する。

「〜♪〜〜♪〜♪〜〜」
「…………」

プログラミングに戻って口笛を吹きはじめたハルヒと
通常時と比較して1.5倍の速さでページを捲る長門は、依然ぎこちないままだった。
当時のこいつらの思惑を窺い知ることができないが……まぁ、醜態をさらしていた俺に何か思うところがあったのだろう。
情けないとか。放置しておけないとか。鶴屋さんの手を煩わせたくないとか。
想像したら悲しくなってくるね。ここらで一服するとしよう――と、俺が煎茶に手を伸ばした時のことだった。

昨夜犯した、致命的にではないにせよ十分悔悟するに値する失態に気づく。
古泉曰く、俺は宴会がお開きになったときには既に酔臥していたらしい。
ということは、他のメンバーがしたお礼を、俺は一言も述べないまま去ってしまったことになる。
鶴屋さんのことだ、俺が辞去しなかったことを不快に思ったりはしていないだろうが、
あれほど豪勢な宴会を楽しませて貰った挙げ句一言のお礼もなし、というのは相当常識外れの行為である。
近々、できれば今日にでも鶴屋家を再訪する必要がある。社会常識云々以前に、そうしないと俺の気が済まない。

748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 00:05:06.02 ID:RZ8z2Lwo

決意と共にお茶を飲み干す。
すると、どの角度から湯飲みの煎茶残量を計測したのか、

「……もう一杯、いる?」

長門が尋ねてきた。どうやら朝比奈さんのメイド魂は
時空の壁を超えて、しっかり受け継がれているようだ。感涙を禁じ得ないね。
でもな、長門。今日呑んだ分でも既に5杯を超えているんだ。
これ以上呑んだら俺の胃袋は水風船よりもたぷたぷになって破裂してしまうだろうよ。

「遠慮しとく。もう十分味わったから」
「……そう」

寂しそうに目を伏せた長門に、一種の罪悪感を憶えつつ。
俺は時計を見上げた。午後4:30という微妙な時間が、短針と長針で表示されている。
団活終了まではまだかなり時間がある。
誤解なきようにいえば、俺はSOS団の活動をうとんでいるわけではない。
がしかし、あまりに恒例化された団活――ボードゲームに読書にPC弄り――に退屈しているのも確かだ。
この鬱屈した心情を晴らすには、メンバーとの直接接触ぐらいしか手段は残されちゃいない。
ここは誰に話しかけようか――

1、長門
2、古泉
3、ハルヒ

>>755

755 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 00:06:10.52 ID:nq7xLpU0



777 名前:酒入ったから文章に乱れが見られるかもしれんね[] 投稿日:2007/12/28(金) 00:18:00.18 ID:RZ8z2Lwo

ここは長門に話しかけよう。さっきの寂しげな伏目も気になるし。
それにいっつも本の世界に埋没している長門の邪魔をするのは、
背徳感にも似た妙な喜悦感があるしな。水の向け方次第じゃ無視されるかもしれないが、
最近は口数が増えてきたし、大抵の話題なら返事をしてくれるだろう。

「なあ、長門」
「…………?」

ボブショートの髪を僅かに揺らして、長門がこちらに振り向く。
琥珀色の瞳には、迷惑そうでも鬱陶しそうでもない、純粋な期待の色が浮かんでいる。
話題は一切考えちゃいない。即席で何かを用意する必要がある。

ここは――


自由記入「      」について


>>790

790 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/28(金) 00:20:41.68 ID:rtezjjAo

ちゅるやさん関係の話題

828 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 00:47:31.46 ID:RZ8z2Lwo

ここは、鶴屋さん関係の話題でいくか。
数学教師が言ってたじゃないか、疑問は出来た瞬間に氷解させるに限る、と。

「古泉に聞いたんだが……昨日の夜、
 俺が鶴屋さんに迷惑かけそうになってたのを止めてくれたんだってな」

コク、と首肯する長門。

「どうしてだ?
 もしお前に甘えてりゃ、俺はお前に物凄く迷惑かけてたかもしれないんだぜ?」
「………迷惑ではない」
「それじゃ答えになってねえよ」

二日酔いに良く効く薬。それが自宅にあるから、俺を預けて欲しいと長門は言った。
だがお前の情報操作をもってすれば、俺の血液中からアルコールを飛ばすなんて造作もないことだ。
俺をわざわざマンションに連れて行く必要はなかったはずだろう?

「わたしはあなたを介抱することを迷惑だと思っていない」
「だから答えになってないって。もっと別の方法が――」
「……言い方を変える」

長門はまだ下校時間にもなっていないというのに本を閉じ、しかとこちらを見据えてこう言った。

「………わたしはあなたを介抱したかった。
 あのままではきっと、あなたは二日酔いに苦しんでいた」
「長門……」

今更ながら、今朝の目覚め時に頭痛を伴っていなかったことを思い出す。
二日酔いに良く効く薬があるというのは虚偽だったのだろう。第一、未成年の長門がそんな薬を所持しているとは思えない。
長門は古泉に俺を任せた後で、俺が二日酔いにならないよう魔法を掛けてくれたに違いない。

892 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 13:57:51.66 ID:RZ8z2Lwo

「わり、俺、勘違いしてた」

長門の思い遣りを曲解した俺はとんでもない大馬鹿野郎だ。
こいつの魔法がなけりゃ、俺は今朝から激しい頭痛と嘔吐感に襲われて、
ハイキングコースの中盤辺りで野垂れ死んでいたに違いない。さんきゅな、長門。

「………いい」

長門はしばらく俺のテレパシーに付き合ってくれていたが、
二、三度瞬きすると、本の世界に戻っていった。会話の糸が切れる。
三度の飯(カレー)より本が好きな長門だから、長時間引き留めておけないのは仕方ない。
でもなんとなく、長門との絡みを終わらせたくなかった。
湯飲みを見る。空っぽだ。腹に手を当てる。たぷたぷだ。
長門との交流と胃の健康。常識的に考えれば、当然選ぶべきは後者であろう。
だがそれは、あくまで健康を第一とした場合の選択だ。たとえ胃が破裂しようとも――俺は、長門の奉仕を選ぶっ!
俺は相応の覚悟を持って高々と挙手し、

「お茶、もう一杯もら――」
「じー」
「え?」

ジト目のハルヒに、追加オーダーを中断させられていた。
どうしたんだ、右の頬だけご褒美貰えなかった子供みたいにふくらませて。

「じー」

何か欲しいのか? 今現在、俺の財布は閑古鳥どもの合唱広場と化しているが、
アイスバーかポテトチップス程度なら奢ってやってもかまわないぜ。

「……はぁ。別に何も欲しかないわよ。あたしはそんな即物的な人間じゃありませんよーだ」

908 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 14:40:06.79 ID:RZ8z2Lwo

右頬のみならず、左頬にも空気を送り込むハルヒ。
あの両頬を思いっきりプレスしたらどうなるんだろう。そんな悪戯心を押さえ込みつつ、

「ならジト目をやめてもらおうか。集中できないんだよ」
「よくいうわ、常に意識散漫なくせに。いいわ、分かったわよ。やめてあげる」

ハルヒは口をすぼめると、

「いっつも有希が優遇されてる気がするわ」

と意味深な発言を残してPCディスプレイに身を隠した。
声音に棘はなく苛ついてる様子でもなかったから、放っておいもよさそうだが――
行動学の権威古泉教授は、今の遣り取りに感じるところがあったようで、

「ふむ」

自説を根底から覆された学者みたいに呻吟していた。
眼光は鋭く、チェス駒を透かして別の何かを捉えているかのよう。
表情は常のアルカイックスマイルを消し、滅多に見せない素顔を露呈している。

「不可解だ。最初から僕の杞憂だったのか……いや、そんなことはあり得ない」
「おい。何か悩みがあるなら相談に乗ってもいいんだぜ?」
「ありがとうございます。実は、今日の団活が始まったときから感じていたことなのですが、」

ここで。やっと古泉が、俺の顰め顔に気づく。

「口が滑っていたようですね。忘れて貰えると助かります」
「そりゃ無理な相談だな。お得意の力で記憶消去したらどうだ?」
「何度も説明したと思いますが、もう一度言いましょう。不可能です。
 もしそんなことができるのなら、僕が不定期なバイトに駆り出されることもありませんでした」

928 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 15:39:35.68 ID:RZ8z2Lwo

テンプレート化した説明文句。
それを全て言い終える頃には、古泉は平常時のスマイルを貼り付けなおしていた。

「ま、俺はチンパンジー並に記憶能力が乏しいんだ、明日になったら綺麗さっぱり忘れてるだろうさ」
「ええ、言われてみればそうでした」

おいおい、今のは否定するところだろ。しかし古泉はその科白を華麗にシカトし、

「準備が整いました」

テーブルのチェス盤を指差した。
盤上には、数ミリのズレも見当たらない緻密さで駒が配置されていた。
お前の準備作業もいよいよ機械じみてきたな。

「今度こそ雪辱を晴らさせてもらいますよ」
「俺には見えるぜ。数分後に降参している、お前の憐れな姿が」

渋々、といった風にルークを動かす。古泉とのテーブルゲームは、
いわば学習機能のない機械を相手にしているようなものだ。
はっきりって楽しくない。そう、楽しくないのだが――
暇を持て余しているときに誘われると、つい駒を動かしてしまう。
そして決まって後で後悔するのだ。どうしてあの時勝負を受けてしまったのか、と。

――――――――――――――――――――――――――――――

「それでは、ここで失礼します」
「…………」
「じゃあね。古泉くんは頼りになるから大丈夫だと思うけど、気をつけて帰りなさいよー」

団員各々の事情によって、本日は昇降口前での解散となった。

939 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 16:14:06.36 ID:RZ8z2Lwo

夕陽に熔けていく二つの人影。それをぼうっと眺めながらも、俺は心中穏やかでなかった。
なんでも長門と古泉の二人は用事があるんだそうで、しかもその帰路は途中まで一緒なのだという。
パーフェクト美男子の古泉と、清楚で小柄な美少女の長門。
余りある身長差から、周囲の目には先輩と後輩の下校風景にしか映らないに違いないが、
伏目の長門に饒舌に語りかける古泉は初心な彼女を気遣う優男という光景に映らんでもなく、
要するにあの二人が交際しているという、天地が引っ繰り返っても起きえぬ誤解が生じる蓋然性が――

「――くッ」
「ちょ、なに痙攣してんのよ! 救急車呼ぶ?」

大きく手を振っていたハルヒが、俺の顔を覗き込んできた。

「いや、救急車はいい。よくある発作だよ、発作」
「発作?」

心配そうな表情が一転、訝しげに歪む。
ふっ。お前には理解できんだろうな、愛する娘を不逞の輩から守ろうとするこの温かい父性が。

「……まぁいいわ」

ハルヒは軽く溜息をつくと、

「不審者が出てるって噂、あんたも知ってる?」

ふいに真面目な声色になってそう言った。

「いや、初耳だが」
「だと思った。最近ね、北高生ばかりを狙う変質者が出没してるらしいのよ」
「変質者ね。レインコート姿のおっさんくらいしかイメージ沸かないんだが」
「あんたの変質者像なんか誰も聞いてないわよ。それが、今まで誰もその不審者を見たことがないんだって」

943 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 16:46:29.85 ID:RZ8z2Lwo

ちょい待ち。その話には矛盾がある。

「誰もそいつの姿を見たことがないのに、何故不審者だと分かるんだ」
「小さな足音がするのよ。一人で下校している時に限って、その足音がついてくるの。
 でも、意を決して振り返っても誰もいないの。で、尾行された人は飛び上がって家にダッシュするってわけ」

ほう、見えない尾行者ね。幽霊みたいだな。

「でしょでしょ? それであんたはどう思う?」

ふむ。もし実体があるなら、そいつは余程尾行に手慣れているということになるが――
現実的に考察するなら、ストーカーにつきまとわれているという妄執に取憑かれた
女生徒たちが作り上げた、空想上の不審者ってところか。つまり存在しない不審者に皆怯えているんだよ。

「それはあり得ないわ。だって……」

俺が罠に填ったことがそんなに喜ばしいのか、

「だって?」

ハルヒはわざとらしく引きをつくり、

「……尾行されているのは、全員男子生徒なんだもの」
「男子生徒ぉ!?」

俺の反応をたっぷり愉しんだ後、解説を再開した。

「誰も実際に襲われていないから、そいつに特殊な趣味があるってことはないみたい。
 不審者の徘徊理由に関しては『誰かを捜しているんじゃないか』っていう意見が大多数ね」

14 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 17:57:39.85 ID:RZ8z2Lwo

北高の男子生徒に用があるんなら、平日の学校の門を叩けばすむ話なのにな。
闇雲に尾行して怪しまれるよりも、そっちの方がずっと効率的かつ平和的だ。

「推測で罵倒するのは憚られるが、そいつはちょっと頭が弱いと思う」

俺は同意を期待したが、ハルヒは会話に一拍間をおき、

「さあね。もしかしたら、不審者の正体は北高男子の一人に思いを寄せている、シャイな女の子かもしれないわよ?」
「ありえねー。そんな女の子が尾行技術マスターしてたら普通引くって」

可憐な少女が電柱から電柱へ、壁から壁へと隠密移動を繰り返していく様を想像して、噴き出しそうになる。
俺は一頻り笑いをかみ殺してから、

「……で、お前はこの噂を聞いてどうするつもりなんだ? そいつをひっつかまえて尋問するのか?」

半ば答えが見えていた質問をした。だが――

「今回は諦めるわ」

あまりに率直な否定に、脳が一時停止する。

「確かに噂の真相は解明したいけど、あまりにも手掛かりがなさすぎるし。
 そんなことに時間を割くより、他の面白いことを探求する方がいいと思うの」
「意外だな。またあの腕章つけて探偵ごっこを始めるんじゃないかと覚悟していたのにさ」
「安心しなさい。探偵ごっこよりももっと面白いことであんたを振り回してあげるから」

ふと隣を見れば。オレンジに染まった校舎をバックにして、同じく西日に照らされたハルヒがニコニコと笑っていた。
その表情に、遠慮や配慮の感情は一片もなく――俺は最後の科白が、本心からのものであったことを知る。

「ははっ、そうだよな。それでこそお前だ」

安堵の溜息が零れる。不審者の話題に花を咲かせている内に、俺たちは校門前まで歩を進めていた。

19 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:14:53.35 ID:RZ8z2Lwo

場の流れに従うのなら、ここはハルヒと二人で帰るところなのだろう。
が、鶴屋さんへのお礼、長門と古泉の謎の所用、北高男子を狙う不審者と、
放課後の活動予定候補は枚挙に暇がない。ここは――


1、鶴屋家を訪問しよう(二日目も可)
2、ハルヒはああ言っていたが、不審者のことが気になるな…
3、古泉の所用とはなんだ?
4、長門の所用とはなんだ?


>>30までに多かったの

20 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2007/12/28(金) 18:15:21.79 ID:Du1ZdVQ0

1

21 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:10.87 ID:v86djoAO

1

22 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:20.61 ID:Kp0nFMDO

1しかない

23 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:21.10 ID:6xaVXIE0

4

24 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:42.03 ID:CajzQgDO



25 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:44.11 ID:Qe6n4ago



26 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:49.66 ID:QHKgIIAO

3

27 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/28(金) 18:16:53.28 ID:0m223s20

2

28 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[undefined] 投稿日:2007/12/28(金) 18:17:18.45 ID:Kn.XT4U0

4

29 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:17:58.62 ID:kHU6X3I0

4

30 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 18:18:13.21 ID:wqpWsp.0

1

64 名前:さすがに羽入は冗談です[] 投稿日:2007/12/28(金) 20:36:52.15 ID:RZ8z2Lwo

鶴屋家を訪問しよう。言いそびれていたお礼を今度こそ伝えないと。

「ハルヒ、今日は一人で帰ってくれないか。用事思い出したんだ」
「あんたもなの? 団員みんながバラバラに帰るなんていつ以来かしら……」

不満そうに鞄が揺れる。その仕草が可笑しくて、

「どうしたんだ。一人で帰るのが寂しいのか?」
「ばっ、馬鹿いってんじゃないわよ」

見え透いた強がりに苦笑しつつ、ハルヒを元気づけてやる。

「偶然予定が重なっちまったのさ。明日からはまた皆で一緒に帰れるんだし、そう落胆するな」
「うん……じゃあ、また明日ね」

ハルヒは最後に明るい笑顔を見せると、駆け足でハイキングコースを下っていった。
不審者の件が気になるが――男子生徒しか狙わないという情報を信頼するなら、
ハルヒが襲われることはないだろう。というより、あいつのことだから襲われても返り討ちにしてそうだ。

校舎の壁時計は午後5時過ぎを示していた。古泉と長門の早退で、一時間近く解散が早まったことになる。
校舎から振り返ると、遠くの方に、黄色いカチューシャが見て取れた。
周囲には数名のクラスメイトがいて、時折、楽しそうに言葉を交している。
二年前とは違う和やかな風景。ふいに、安堵感と寂寥感がごっちゃになった妙な感情が込み上げてきて――
俺は足早に、しかしハルヒに追いつかないように加減して、ハイキングコースを歩き出した。

混濁した情動の正体は、結局分からずじまいだった。

―――――――――――――――――――――――――――――

77 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 21:54:45.99 ID:RZ8z2Lwo

巨大な門に設置されたインターホンを押してから、既に10分が経過しようとしていた。

『やあやあ、キョンくんじゃないかっ。すぐに行くから待ってるんだよっ』

防犯カメラに写った俺を見て、鶴屋さんはそう言った。
がしかし、目的の人が在中している事実に胸を撫で下ろせたのも最初の数分だけで、
あれから門は一向に開く気配を見せぬまま、俺の眼前に立ちはだかっている。

「なにやってんのかなあ、鶴屋さん」

覗色から淡紫へ色を変える空を眺めながら、思う。今の俺は不審者だ。
日本屈指の御屋敷の前で身分不相応な男が長いこと突っ立ってたら、そいつはもう間違いなく不審者だ。
あと数分もすれば通行人の一人が然るべき公的機関つまり警察へと通報し、
近くの駐在所で油を売っていた中年警官二名が現場へ急行、鶴屋家への不法侵入を試みていた
不審人物を捕縛し、俺は相互不信化社会を嘆きながら投獄されるのである、ああ、なんて悲劇だろう――
と、つまらない妄想ストーリーはさておき。いよいよ本当に、屋敷の厳かな雰囲気に気圧されつつある俺だった。
もしかしたら鶴屋さんはインターホンに返事をしたきり、俺のことを忘れてしまったのかも知れない。
あともう一度だけインターホンを鳴らして、それでも鶴屋さんが出てこなければ大人しく帰ろう。
しばしの逡巡を経て、インターホンへと手を伸ばす。と、俺の指がボタンに触れそうになった、その時だった。
ドスン、という閂が落ちる音が響く。次いでギコギコと軋みを上げて門が開き、

「遅れちゃってすまないねぇ。とりあえず上がんなっ。お酒はないけどお茶ならあるからさ」

鶴屋さんが現れた。装いは着物姿に袢纏という鶴屋流ラフスタイル。
だが、いつも無造作に引っ詰められている髪だけは、今は綺麗に結わえられていた。

「それじゃ、お邪魔します」
「遠慮しないの。こっちこっち」

ぴょんぴょん跳ねていく鶴屋さんに追従する。屋敷につくまで、俺は夕暮れ時の日本庭園に目を奪われていた。
朱色に染められた桜には、昨晩の夜桜とはまた違った美しさがある。鶴屋さんはもうこんなの見飽きているんだろうな。
ふと、そんな当たり前のことを考えて。俺は自分と先輩との経済的距離を、痛感した。

121 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/28(金) 23:29:22.85 ID:RZ8z2Lwo

俺が通されたのは、寒い冬の日に朝比奈さんと訪れた庵だった。
最後に見たときから変わらぬ家具や畳に、二年前の記憶が前触れなしに蘇る。
一人勝手にノスタルジックな気分になっていると、鶴屋さんが袢纏を脱ぎながら

「今日はどうしてうちに寄ったんだい? 忘れモノでもしたのかなっ」

ずばり聞いてきた。

「いえ、まあ忘れモノといえば忘れモノなんですが……」

お茶をできるだけゆっくり啜って思考タイムを稼ぐ。
練りに練ってきた科白は、それを書き連ねた紙ごとどこかへ吹き飛んでいた。

「んーっ、ちょいと話しにくいことなのかなっ?」

いえ、そういうことでもないんですよ。

「昨日の夜、俺、かなり酔ってましたよね」

俺は前置きはなしにして、本心のまま謝罪することを決めた。
遠回しに言ったところで、慧眼持ちの鶴屋さんには無意味だ。
まごついている間に言いたいことを逆に言い当てられてしまっては元も子もない。

「俺、酒弱いのは自覚してたのに、度数高い酒をがぶがぶ呑んで、
 挙げ句の果てには帰り際の記憶がないくらいに酩酊しちまって……」
「あの時のキョンくんは、めがっさ気持ちよさそうだったなあっ」
「それで、そのまま古泉に連れてかえってもらって……」
「うんうんっ、あの時は結構揉めたんだよねー」

146 名前:誠死ね[] 投稿日:2007/12/29(土) 00:05:51.09 ID:9EIFn/Ao

錯覚だろうか。偶に挟まれる相槌はとても楽しそうだ。

「俺、鶴屋さんにまだ言ってないんですよ」
「ふぇえっ? 何をだい?」

ぐい、と俺を覗き込む鶴屋さん。
袢纏を脱いだことによって露わになった肩口から目を引きはがしつつ、

「その」
「んんっ?」
「お礼を、まだ言ってません」

今回の訪問の核心部分を口にする。
鶴屋さんは切れ長の睫毛をぱちくりさせているが、ここで止まるわけにはいかない。

「あんなに御馳走になったのに、勝手に飲んだくれて帰ってしまって……
 遅れましたが、言わせてください。昨夜は本当にありがとうございました」

姿勢を正して頭を下げる。あとは鶴屋さんの返事待ちだ。
門前からここまでの態度から考えて、鶴屋さんが俺の昨夜の失態を咎めているということはまずありえない。
だから今更のこの謝辞も、笑って流してくれるだろう――俺は、そう考えていた。
10秒後。黙りこくったままの鶴屋さんを不審に思い、恐る恐る顔を上げる。
すると机を挟んだ向こう側には、ふるふると双肩を震わせる鶴屋さんの姿があった。
あれ、これってもしかして、激昂三秒前だったり?
肩の震えが全身に感染していく。楽観的にことを考えていた過去の自分を罵倒しつつ、俺は厳しい叱咤に身構えた。
だが――

「あははははははっ、駄目、もう堪えきれないよっ」

昂然と面を上げた鶴屋さんは、お腹を抱えて爆笑し始めた。

162 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2007/12/29(土) 00:28:47.60 ID:9EIFn/Ao

想定外の反応に激しく戸惑う俺。反射的に尋ねてしまう。
あのー、すいません。今の話、そんなに面白かったですか?

「はぁっ、はぁ……笑いすぎて涙が出たにょろ」

鶴屋さんは乱れに乱れた呼吸を整えてから、

「キョンくんがいやに真面目な顔してると思ったら、
 そんなことで思い悩んでたなんてねっ。あんまり可笑しくて、笑いを堪えきれなかったのさっ」
「そんなこと、ですか。俺は結構気にしてたんですけどね」
「ごめんごめん。でもね、あたしはそんなことちーっとも気にしてなかったんだよっ。
 前にも言ったと思うけど、あたしは楽しんでいる人を見るのが、楽しんでいる人の傍にいるのが好きなんだっ」

着物の袖で目尻を拭いつつ、

「だからキョンくんはなんにもも気にしなくていーの。
 キョンくん、ハルにゃん、有希っこ、いっくんは昨晩楽しんでくれただろっ?
 あたしはそれを見ることができて、ものすっごく嬉しかったんだ。
 だからお礼を言わなきゃいけないのはあたしの方だいっ」

そう言うと鶴屋さんはコホン、と咳払いをして、
半ば崩れ気味だった正座を修正すると、

「ちょ、待ってくださ――」

制止する間もなく、鶴屋家次期党首の名にそぐう完璧な所作でお辞儀した。

「――――」

目の前の鶴屋さんの別人っぷりと、お礼を返されてしまった自身の不甲斐なさの両面で、言葉を失ってしまう。

215 名前:ちょびっと修正[] 投稿日:2007/12/29(土) 01:19:22.18 ID:9EIFn/Ao

結局。俺の舌が機能を回復し始めるまで、鶴屋さんは頭を下げたままだった。
しどろもどろになりながら説得を試みる。ただし、小声で。

「こんなところ誰かに見られたら、俺の命が危ないですよ!」
「そうかなあっ。家人が客人をもてなすのは当然のことだよっ」
「とにかく駄目なものは駄目なんですって」
「しょうがないなあっ」

なんとか頭は上げてくれたものの、鶴屋さんは依然、慇懃な佇まいを崩そうとしない。
それどころか眼を細め、小さく舌を覗かせる始末である。
先輩相手にこんな言葉を遣うのは憚られるが、やむを得ん。
この人―――確信犯だ。

「どうしたら元の鶴屋さんに戻ってくれるんですか?」
「そうだねぇ。昨日聞けなかったSOS団の内部事情をリークしてもらう、なんてのはどうだいっ?」
「内部事情をリークって、要するにメンバーの近情が知りたいと?」
「そうだよっ。あたしに言えないような秘密があるなら別にいいけどねっ」
「いえ、そんなんでいいなら喜んでお話しますよ」

あなたは名誉顧問ですし、と付け加えるのも忘れない。
すると鶴屋さんは、あっさり次期党首モードを解除し、

「じゃあ、まずはハルにゃんのことから聞きたいなあっ」

世界最高峰のストーリーテラーを前にした聴衆のように瞳を輝かせた。
両手は指先だけ重ね合わせ、机に半ば身を乗り出すようにしている鶴屋さんは随分リラックスしているように見える。。
SOS団メンバーの近情を知ったところで、一体どうするのか。その意図はさっぱり掴めないが、
とりあえず命の危機は去ったのでよしとしよう。鶴屋さんにお辞儀されているところを他の家人に見つかってみろ、
俺はまず間違いなく刎頸に処され、その首は髑髏になるまで庭先に飾られていたに違いない。恐ろしや恐ろしや。
が、交換条件を飲んだ以上、俺に生の充足を得ている暇はなく――

「ハルヒですか…、」

幼女時代の妹を連想させるわくわく顔の先輩に、

「そうですね。最近はあいつも、クラスメイトとフツーに話すようになりました」

俺は慎重に言葉を選びつつ、口火を切った。

281 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 14:55:29.40 ID:9EIFn/Ao

――――――――――――――――――――――――――――――

「ふぅ……」

カラカラに渇いた喉をお茶で潤す。
巧妙な相槌のせいか、はたまた気の緩みのせいか。
俺の口は蛇口が吹き飛んだ水道のように、ドバドバ情報を垂れ流していた。
今振り返ると、大半がどーでもいい情報だったように思える。
鶴屋さんは嫌な顔一つせず聞いてくれていたが、もし俺が鶴屋さんの立場なら、
「お前喋りすぎだって。落ち着けよ」と窘めていただろう。俺は軽く自己嫌悪に陥って、

「すいません、俺ばっかり喋ってしまって」
「んなことないよっ。あたしはみんなのことが知れて大満足っさ」

次の瞬間には、鶴屋さんの朗らかな笑みに救われていた。
ほんとう、あなたは広い器量をお持ちだ。
生まれてこの方一度も人を不快にしたことがないと言われても信じますよ。

「でもま、随分長いこと話を聞かせてもらってたみたいだけどねー」

と、鶴屋さんが障子を見て言った。視線を辿る。
鈍い赤に染まっていた障子紙には、暗褐色が広がっていた。
――もう夜、か。
本来の目的は果たしている。これ以上居座り続けたら迷惑だろう。

「そろそろお暇します。つい長居してしまいました」

腰を上げる。だが、最後の一礼をする直前、

「おやおや、もう帰るのかいっ?
 折角あたしも話を用意してたのに、それじゃパァになっちゃうねぇ」

素っ頓狂な声が、俺を引き留めていた。

289 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:14:36.84 ID:9EIFn/Ao

話を窺いたい気持ちは山々なんですけど、迷惑なんじゃないですか。
俺んちは半放任主義なので夕飯抜けても大丈夫ですが、
鶴屋さんちはそうもいかないでしょう?

「迷惑かどうかはあたしが決めることだよっ。
 夕食までにはまだまだ時間あるしねっ。
 それにね、いざとなったらキョンくんも食べていけばいいっさ」

いやいや、二夜連続でお世話になったら俺の立場がありませんよ。
昨日の不逞を詫びにきたのに……これじゃ夕食泥棒みたいじゃないですか。
狼狽する俺をよそに、鶴屋さんは湯飲みにお茶を注ぎながら、

「いーのいーの。
 皆で一緒に食べた方がご飯はおいしいのっ。
 先輩の言うことは素直に聞いたほうがいいにょろよ〜?」

猫なで声で追撃してきた。否応なしに心が揺さぶられる。
卑怯な人だ、こんな時に限って先輩権限を使用するなんて。

ここは――

1、夕食はナシにしても、先輩の近況を窺おう。
2、二夜連続外食は妹の機嫌を損ねそうだ。またの機会にしよう。

>>297までに多かった方

290 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:15:19.22 ID:HHfmjpA0



291 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:15:37.83 ID:4VXOIkQ0

1

292 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/29(土) 15:15:42.97 ID:f08gG0so



293 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/29(土) 15:15:51.19 ID:9KsD96DO

1

294 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/29(土) 15:15:59.74 ID:7qODi8Qo



295 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:16:16.92 ID:MR0.Aaw0



296 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:16:27.40 ID:eb.3MvY0

1

297 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 15:16:35.19 ID:MR0.Aaw0



328 名前:結構修正ver[] 投稿日:2007/12/29(土) 16:01:19.77 ID:9EIFn/Ao

わざわざ再確認してもらう必要はないと思うが言っておく。
俺は押しに弱い。果てしなく弱い。確固たる意志はあるにはあるが、
絶対譲れない部分以外での押し引きには簡単に負けてしまうのだ。優遊不断というやつである。
だから俺をよく知る鶴屋さんに、俺が言いくるめられるのは時間の問題だったと言える。

「ほら、もう一度座るっさ」
「は、はい……」

再び腰を降ろす。ただし、

「二夜連続で外食したなんて妹に知られたら、自宅で俺の居場所がなくなります」

晩餐のお誘いについてはきっぱり遠慮しておいた。鶴屋さんはそれには答えず、

「何から話そうかなっ。うー、いっぱいありすぎて取捨選択ができないよっ」

悩みに耽るハルヒのように中空を睨み、
古泉お得意のポージングを決め、長門みたく沈思黙考すると、

「それじゃあ、大学のことから話そうかっ。
 退屈だからって居眠りしたら許さないよっ?」

底抜けに楽しげな笑顔で、新しく始まった大学生活のことを話し始めた。
まったく……そんな不躾なことしませんよ。

「――でね、その子がいうには――――それを聞いたら――」

そうですね。ニュアンス的には、居眠りしない、じゃなくて居眠りできないといったところです。

「――我慢できなくて――大笑いしっちゃってねっ―――」

だって、あなたは聞き上手であると同時に……飛切りの話し上手じゃないですか。

――――――――――――――――――――――――――――――

344 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 17:07:59.89 ID:9EIFn/Ao

宵闇に包まれた幽邃の地に、心地よい音が響き渡る。
カランコロンと下駄を鳴らして先導する鶴屋さんは、石畳の位置を全て把握しているようだった。

「いやぁ、あたしもキョンくんに負けず劣らず喋っちゃったなぁ。
 キョンくんは聞き上手だねっ」

庵を出たきり口を緘していた鶴屋さんが、前を向いたまま言った。
俺は冷静に語尾部分を否定してから、

「お互い様ですよ。それに、俺は鶴屋さんの話聞いてて楽しかったし」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないかっ。
 でもホントに退屈しなかったのかい?
 あたしの大学のことなんて、キョンくんにはぜーんぜん関係ないことだったのにさっ」
「無関係ってことはないですよ。話は面白かったですし……
 なにより、鶴屋さんの大学生活が順調そうで安心しました」

鶴屋さんが一番語りやすそうだったのは、やはり大学についてのことだった。
新しくできた友人、お嬢様大学故に厳格な教授、帝王学経済学の奥深さ。
話の合間に見え隠れする、大人びた鶴屋さんに戸惑うこともあったが――

「それに、初めて大学っていう場に興味を持てました。
 俺が来年進学できるかどうかは微妙なところですけどね」

半ば真意混じりの冗談に、鶴屋さんはくすくすと微笑を零しつつ、

「だいじょーぶだいじょーぶ。
 キョンくんにはSOS団があるじゃないかっ」

よいしょ、と閂に手を掛けた。訪問したとき同様に、ギシギシと音を立てて門が開いていく。

356 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 18:19:14.29 ID:9EIFn/Ao

屋敷側から覗いた外の風景は、まるで別世界のようだった。
不定期に瞬く外灯や傾いだ電柱。普段見過ごしているものが、急にくすんで見える。
いやいや、眼を醒ませ。俺はその俗世側の人間だろう――と俺が恒例の葛藤に苦しんでいると、

「寂しいなあっ。ホントにご飯食べてかないのかいっ?」

ぐらつく心をなんとか支えて、

「お気持ちだけ頂戴します」
「んー、残念無念っ。ま、無理に引き留めも意味ないしねっ。次の機会を楽しみにしとくにょろ」

門外へ一歩踏み出す。
屋敷と外界隔てる透明の壁を越えて振り返れば、
やはりそこには鶴屋家次期党首に似付かわしい、着物姿の御仁があった。

「今日はありがとうございました。
 本当は謝るだけで帰るつもりだったのに、つい長居してしまって」
「あははっ、もうその科白は聞き飽きたってば。真っ暗だから気をつけて帰るんだよっ?」
「大丈夫ですよ、安全運転で帰りますから。……それじゃ」

愛機に跨る。最後に会釈してから、俺は緩慢な動きでペダルを踏み込んだ。
しばらくしてから振り向くと、鶴屋さんはまだ門前で佇んでいた。大きく手を振っている。

「ばいばーいっ! 気が向いたらいつでも寄ってきなっ!」

その純粋な厚意に、思わず心が温かくなって。
気づけば俺は、思いっきり手を振り返していた。角に差し掛かり、鶴屋さんの姿が見えなくなるまで。


人気のない道を走る。何気なく空を見上げると、
夜空よりも先に、一つの外灯が目に映り込んだ。
死際の心臓のように瞬くそれは、その比喩通り、あと数日で事切れることだろう。
ペダルを漕ぐ足に力を込める。さあ、早く帰ろう――急がないと、家族団欒の晩飯にありつけない。

378 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 20:15:13.15 ID:9EIFn/Ao

――――――――――――――――――――――――――――――

風呂から出て気分爽快、ここはビールでもグイッといって春の夜長を満喫しようと
実に親父臭い思考で冷蔵庫を開けると、棚には麦茶ボトルしか陳列されていなかった。

「シケてんなあ」

と文句を言っても麦茶が赤ワインに変質するわけではない。
ボトルの中身をコップに注ぎつつ、冷蔵庫の蹂躙者を呪う。
ビールがないことに文句はなかった。俺は未成年者で、元より家中で飲酒しようとは考えていない。
だが――ジュースや牛乳まで消えているとは一体どういうことなんだろうね。
俺が風呂上がりに飲むと知りつつそれらを欲望のままに飲み干すとは、
犯人は相当肝っ玉の据わっているヤツか、後先のことを考えていないヤツということになる。
俺は脳内データベースに問い合わせ、前科持ちの家人を検索した。
0.3秒で顔写真がピックアップされる。あどけない笑みの少女。間違いない、今回もこいつの仕業だ。

「ふんふふんふふーん♪」

と、その時だった。今し方特定したばかりの容疑者が、

「ぎゅーにゅーぎゅーにゅー飲っみたっいなー」

オリジナルソングを口ずさみつつ現れる。
無垢な視線。無邪気な笑み。
どんな大罪にも恩赦を下させるその武器は、しかし俺には通じない。
牛乳ならあるんじゃないか? 冷蔵庫を開けてみろよ。

「わぁーい……あれぇ、ないよー?」
「おかしいな。朝見たときにはあったんだが」
「あ! おもいだしたぁ。夕方、のどかわいたからぜんぶ飲んじゃったんだー。てへっ」

393 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 20:32:10.94 ID:9EIFn/Ao

悪びれた風なく頭をコツン、とやる妹。
物心ついた頃から変わらぬその仕草に頭を抱えつつ、

「俺になんか言うことないか、おまえ」
「んーと……ぎゅうにゅう買ってきて?」

コップを持つ手がプルプルと痙攣する。
こいつめ、本来なら慕うべき兄を従者か何かと勘違いしてからに。

「あのな。俺だって牛乳飲みたかったんだぞ。
 それを他の家族のことも考えないで飲み倒しやがって」
「だってぎゅうにゅう好きになったんだもーん」
「なんだって牛乳が好きになったんだ?」
「それはねー……・」

妹は人差し指を顎に当てて思案顔を作ると、

「ひみつだよっ」

きゃいきゃい叫びながら居間に駆け戻っていった。
やれやれ。兄に隠し事をするようになるとはね。
妹の思春期突入に複雑な感情を芽生えさせつつ、俺はコップの残りを飲み干した。


麦茶はやっぱり不味かった。

400 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 20:41:19.83 ID:9EIFn/Ao

鶴屋さんへの謝罪という懸案事項を解消した俺は、
現在、たまった宿題を減らそうともせずのんびりとTV観賞に勤しんでいる。
お袋は町内会だかなんだか忘れたがとにかく外出していて、家には俺と妹の二人しかいない。

ここは――

1、自由記入「     」から電話がかかってきた
2、妹に牛乳好きになった真意を尋ねるか
3、自由記入「     」についてモノローグ

>>410

410 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 20:43:58.54 ID:HNu6E220

1 長門

470 名前:修正[] 投稿日:2007/12/29(土) 21:32:02.35 ID:9EIFn/Ao

TVを見始めてから約一時間。
番組は情報発信系からバラエティへシフトしていた。
お袋が帰ってくるまで後15分もない。俺はそろそろ自室に籠もろうと立ち上がり、

Prurururu,Prurururu.....

携帯の着信音に足を留めた。メールではなく電話を使うあたり、
急用、もしくは口頭で伝えなければならない用件ということだが……こんな時間に誰だ?
ディスプレイを確認する。果たしてそこには、事件の節目に電話をくれる、親切な宇宙人の名前があった。
刹那、背筋に緊張が走り抜ける。俺は廊下に出てドア塞ぎながら、携帯を耳に当てた。

「もしもし。何かあったのか?」
「……………」

ひたすらな沈黙。
そして、待つ側にとっては無限に思えるような時間を経て、

「……相談がある」

長門は緊迫感のまるでない、平坦な声で呟いた。
張り詰めていた緊張が溶けていく。俺は心中ホッとしつつ、ちょっとからかってみることにした。

「相談って……あの相対して談話するの相談だよな?」

さて、どうでる長門?

「………今のは、冗談?」

ほう、やるじゃねえか。だが、相手に確認してちゃあまだまだだぜ。
そういうときは逆に冗談を言い返してやるのさ。いいか、次からはそうするんだぞ?

「………がんばる」

494 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 22:10:24.36 ID:9EIFn/Ao

健気な長門の返事に涙を拭いつつ、

「して、その相談とやらは何なんだ?」

話を前に進める。

「………………」

再びの沈黙も、今度は気にならない。
俺はなめていた。長門の穏和な話し口調から、
精々、俺の家に一時保管してある分厚い本の催促か、
図書館デートのお誘い(無論、両方とも前歴はない)だろうと、高を括っていたのだ。

「……朝倉涼子を復活させてもいい?」

だから次に長門が言葉を発したとき、

「は?」

俺は、喉を絞められた鶴みたいな声を上げてしまった。
朝倉を? 復活させる?
脳裏を幾つもの記憶が掠めていく。
AAランク+と評された端麗な容姿。情愛溢れる黒い瞳。
笑うと綺麗に形を変える唇。そして――夕陽に、或いは月光に煌めくナイフ。
心臓が早鐘のように脈打ち始めたのが分かる。俺は胸を押さえながら、

「い、いきなりなに言い出すんだよ。
 あいつは砂塵になって消えちまったはずだろ?」
「……情報統合思念体ならパーソナルデータの修復は可能」

532 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/29(土) 22:45:54.50 ID:9EIFn/Ao

マジかよ。初耳だぞそんなの。

「……悪戯に警戒心を与えたくなかった」
「そーいうのは話しといてくれた方が良い。人間、パニック回避には前もっての覚悟が一番なんだ」

事前情報なしに登校して教室にいる朝倉を見掛けたら、それこそ卒倒する自信がある。

「それで。なんで今更になって復活させたいんだ?」

当然、俺が納得いくような理由が用意されているんだろうな。
あいつは二度も殺人未遂を重ねてる。その内一度は別世界の朝倉の所業だが、
俺にトラウマを植え付けていった点ではどちらも一緒だ。
ゴミ箱に放り込んだファイルを元に戻すみたいなノリで復活されちゃ困るね。

「………理由はある」
「じゃあ早いとこそれを教えてくれ」
「………それは………」

口籠もる長門。どうしたんだ、お前らしくもない。

「……………」
「おい」

と、俺が長すぎる沈黙に苛つき始めたときだった。

「………あなたはそれを聞いて怒らない?」

躊躇いがちな問いかけが、貴重な長門の感情発露がスピーカー越しに響く。

「怒らないって。だから早く続きを教えてくれ」

だが――俺は焦燥故に、それを軽く流してしまった。
今振り返っても思う。このときの俺は人類最低の大馬鹿野郎だった、と。

「………わたしの中に、不明なエラーが蓄積している」

807 名前:指摘により修正[] 投稿日:2007/12/30(日) 01:18:02.34 ID:3V2rkRco

エラー、だって?
長門の告白に抱いたのは、怒りとは似ても似つかぬ純粋な驚きだった。

「……そう。正確には、メモリ空間に不定期に蓄積したエラーデータが許容量に近づいている」

淡々と事実だけが述べられていく。

「発生当初、そのエラーは増大と減少を繰り返していた」
「プラスマイナスゼロにはならないのか」
「最近では均衡が崩れ増大傾向にある。許容量を超過した場合、異常状態は必至」

久々に耳にする無機質で温かみのない単語群。
俺は長門が人間ではなく、情報統合思念体によって作られたアンドロイドであることを再認しながら、

「そいつはつまり、あの冬の日と同じことをお前が起こしちまうってことか?」
「………可能性がある。だから朝倉涼子を一時的に監視役として復活させる」
「何もわざわざあいつを復活させなくても、喜緑さんがいるじゃないか」

ハルヒが能力行使をやめるようになってから、思念体は穏健派が主流になったと聞いている。
長門の個人的な申請にも喜んで力を貸してくれると思うぜ。

「既に喜緑は監視者として動いている。情報統合思念体はそれでも不十分だと判断した」

黄緑さんでもカバーしきれないって、そんなにヤバイ状態なのか。

「状況は一刻を争うものではない。多角的な監視は、異常事態の未然防止確率を高めるため」
「だからって、元急進派の朝倉を復活させる理由にはならないだろう。
 穏健派から新しいTFEIを派遣してもらうことはできないのかよ?」

無自覚の内に、どうあっても朝倉を復活させまいとしている俺だった。

863 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:04:24.99 ID:3V2rkRco

「無駄な情報操作は避けるべき。朝倉涼子なら帰国という形で潜入できる」

今現在、悠々自適な高校ライフを送っている喜緑さんは、
かなり恣意的な理由で情報操作している気がするけどな。
そんな胸中の呟きが聞こえたのか、

「………彼女の情報操作には意味がある、と思う」

長門は困ったようにそう言って、

「あなたは朝倉涼子の復活に反対?」

恐らくは今回の電話の核心であろう質問をしてきた。

「修復後の朝倉涼子から、急進派のプログラムは除去されている。
 あなたへの殺害意志はない。穏健派として、監視役の役割を果たすだけ。
 危険はない。わたしが保証する」

その畳みかける口調に、ついさっき観たテレフォンショッピングを思い出す。
俺は無感情を装いながら、

「俺が反対したところでどうにもならないのに、そんな質問意味ねぇよ。
 お前がおかしくならないのが第一優先事項だろ」
「………それは違う。あなたが了承がしなければ朝倉涼子は復活できない」
「どうしてだ」
「朝倉涼子のデータ修復には、バックアップ元であったわたしのログが必要不可欠。
 わたしは思念体と約束を交した。あなたが了承しない限り、わたしはログを呈示しない」

14 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:19:09.76 ID:3V2rkRco

スピーカー越しに届く声は少し揺れていた。
ふと、眼窩に受話器をぎゅっと握りしめている長門の姿が映し出される。

さて―――どう答えたもんかね。

復活した朝倉に危険はないらしい。つまりただの可愛い女の子だ。
人畜無害な笑みを浮かべて委員長の座に再臨し、長門のエラーが解析されるまで監視役を果たす。
だが、俺の心的外傷はそんな言葉で癒されるほど浅くない。
教室で、廊下で、帰り道で。俺はあいつと顔を合わせる度に、身震いする羽目になるだろう。
正直言ってあいつはもう、俺の中では恐怖の偶像となりつつあるのだ。
怖い。マジで怖い。そう、復活なんてどうあっても許せるコトではないのだが――
長門がわけのわからんエラーで悩んでいるのも、それと同じくらいに不愉快なコトだった。
前回の突発的異常事態に比べ、今回は事前に不明なエラーの蓄積が分かっているから良かったが、
それはあくまでも不幸中の幸いで、事態は刻々と深刻化している。
現況は喜緑さんだけでもカバーできるそうだが、監視役はやっぱ多い方がいいに決まってる。

「………あなたの気持ちを聞かせて」

長門、俺は――

1、お前に異常が起らないなら、喜んで朝倉の復活を祝ってやるさ。
2、あいつとは嫌な思い出が多すぎる。すまんが、復活は了承できない

>>27までに多かったの

15 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:19:43.57 ID:vLW5aDE0



16 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:16.19 ID:N6TtFGs0



17 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:19.34 ID:zGhSXKI0

1

18 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:20.03 ID:.I5TFd60

1

19 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:40.62 ID:PIejhsE0

1 作者乙だぜ

20 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:44.14 ID:Hls6hyAo



21 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:46.79 ID:n9MS/OU0

2

22 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:20:57.13 ID:Z23EqiQ0

2

23 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 02:21:16.03 ID:beHoCYSO

迷うが1

24 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:21:20.99 ID:n7SsDes0

2

25 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:22:25.93 ID:BZBM9.AO

1

26 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 02:22:50.67 ID:wmopsMDO

1で 明日も楽しみにしてるよー

27 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 02:23:26.16 ID:O/QGRyw0

1

126 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 21:09:28.61 ID:3V2rkRco

「………あなたの気持ちを聞かせて」

決め手はその言葉だった。
あくまで俺の心情を汲もうとする長門の優しさに、
ぐずついていた思考が冴え渡っていく。

「はっ。何くだんねーことで悩んでんだ、俺はよ」

いいか。長門がエラーに侵されてんだぞ。
あの冬の日の異常事態に似たことが起こるかもしれねぇ。
またこの世界が、別世界に書換えられちまうかもしれねぇんだ。
俺はそんなの嫌だね。俺はこのネタに満ちた世界が大好きだ。平穏な世界よりもずっとな。
そしてそれは長門も同じなんだ。何故そんなことが言えるかって?
アホか。長門が深層意識でこの世界を不快に感じていたら、エラーが蓄積していることを
情報統合思念体に告白するわけがねえんだよ。黙ってるはずなんだ。
黙りこくって、エラーが蓄積してるのを他人事みたいに分析して、そんで最後には一人勝手に暴走するはずなんだよ。
長門はこの世界を気に入ってる。分厚い本を読んで、ハルヒに時々弄られて、週末に俺と図書館に行くことに満足している。
だから自ら防止策をとった。情報統合思念体に、他TFEIによる自己監視を申請した。
思念体は喜緑さんに監視者の役割を与え、次いで朝倉を監視者にするべくデータ修復しようとした。
だが長門はストップをかけた。

何故? どうして?

答えはとってもシンプル。朝倉を畏れる肝っ玉の小さい貧弱男が一人近くにいるからさ。
本来なら第一に優先すべき思念体への修復協力よりも、長門はビビり野郎の意見を尊重した。
馬鹿な話だ。まったくもって合理的じゃない。

なあ長門。お前は本気で、俺がごねたら朝倉修復をやめるつもりだったのか?
これから先も喜緑さんのバックアップだけに頼るつもりだったのか?
もしそうならお前はとんでもねぇ愚か者だぜ。いいか、良く聞けよ?
俺はな、お前自身を犠牲にした上での優しさなんて要らねぇんだよ。
ちょっと我慢するだけで済む問題なんだろ? それなら俺は、

「喜んで朝倉の復活を祝ってやるさ。
 俺なんかにはこれっぽっちも遠慮する必要ないぜ」

143 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 21:48:38.71 ID:3V2rkRco

「……本当にあなたは後悔しない?」

意志に揺らぎがないことを示すために声量を上げて、

「後悔しない」

断言する。

「……そう。データ修復はすぐにでも可能。
 明日にはあなたの教室に朝倉涼子が転入することになる」

明日って……随分はやいんだな。
二年前の事件の時に完膚無きまでに消滅させられてたから
復活には時間がかかると予想していたんだが。

「時間はかからない。恐らくあなたの言う復活とは再構成のこと。
 今回はわたしのログを元にして、朝倉涼子を新規に作成する」

ふーん。じゃあ解りやすく言い換えると、
明日会う朝倉は二年前に削除された朝倉本人ではなく朝倉のコピーなんだな?

「そう。消去される直前までの記憶は継承している」

俺は叶わぬ願いだと知りながらも訊いた。

「どうせなら記憶なしの状態で復活できないのか?」
「できない。何故ならクラスメイト等の既知人物に対する会話に整合性がとれなくなる」

……だよ、な。
OK、この件に関しては了解したよ。
明日朝倉に再会を果たしたら、平常心を心懸けて旧知の友のように挨拶してやるさ。

181 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:41:23.20 ID:3V2rkRco

「……………重ねていう。彼女に危険はない」
「他ならぬお前の言うことなんだ。信じるさ」
「………ありがとう」

長門はそれきり言葉を返さなかった。
なんとなく通話を切らずに、明るい居間と薄暗い廊下の対比を観察する。

『ありがとう』

頻用されて意味が薄れたその言葉も、長門の唇を通すだけで本来の重みを取り戻す。
まるで魔法みたいだな――興奮が冷めた頭で、俺は映画撮影時の長門を回想していた。
時間だけが無為に消費されていく。

「……………」

そして、三点リーダが100個分並んだ頃。長門が受話器を置く気配がした。


1、「待ってくれ。無粋な質問、していいか?」
2、「……おやすみ」


>>192までに多かったの

183 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:16.02 ID:n7SsDes0

1

184 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:22.75 ID:wdGjt1ko



185 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:23.24 ID:x4hH32Y0

>>179
危うく吹く所だったぜwwwwwwwww

186 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:29.37 ID:xmmOJhUo



187 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:31.18 ID:bhbThLwo

ここは1だな

188 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:32.68 ID:BzhOWDk0



189 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 22:42:38.84 ID:5YszTbI0

1

190 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 22:43:09.93 ID:HEEVunYo

もう1でいいよ

191 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2007/12/30(日) 22:43:16.18 ID:BB8afF2o



192 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/30(日) 22:43:16.67 ID:x4hH32Y0

1

252 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2007/12/31(月) 00:19:06.67 ID:QjrV0Ogo

カチャリ。子機と本体が触れあう音がする。だが完全に通話が途絶える直前に、

「待ってくれ」

俺は長門を呼び止めていた。
人間にはあり得ない反応速度で、長門が受話器を静止させる。

「無粋だってことは分かっているんだが、質問していいか?」
「…………」

沈黙を肯定と判断して、俺は燻っていた蟠りを告げた。

「再修正プログラムは、使えないのか?」

二年前の冬の日。暴走した長門に対して用いた短針銃。
急拵えであったにも関わらず、銃から発射されたプログラムは抜群な効果をもたらしたよな。
今回はあの時と違う。お前は不明なエラーの蓄積を、情報統合思念体に告白した。
情報統合思念体が本気を出せば不明なエラーなんて一瞬で――

「それはできない」

遮った声は、まるで人工音声のように無感情だった。

「……わたしは誕生してから今までの間に莫大な経験値を獲得した。
 初期デバイスからかけ離れたわたしを、思念体が解析することは不可能」
「そう、なのか」

想像できていた答えだった。俺に考え至れたことを、長門や情報統合思念体が考案していないわけがない。

259 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/31(月) 01:06:55.53 ID:QjrV0Ogo

だが――今の言葉を鵜呑みにするなら、無視できない疑問が浮かび上がることになる。

「お前らのエラー解析の仕方は、多分どんなに根気よく説明されても理解できないだろうから訊かないけどな。
 お前の親玉にも解決できない問題を、お前は一体、どうやって解決するつもりなんだ?」
「……………」

数瞬の沈黙を経て。
スピーカー越しに、すぅ、と息を吸い込む音が聞こえ、

「もうっ、いつまでキョンくんでんわしてるのー?」

ドンドンと振動を伝えるドアに、俺は文字通り飛び上がった。
やれやれ、長電話しすぎたか。俺が時間を忘れていたことを後悔していると、妹はドア叩きによる説得を諦め、

「テレビみててもつまんないよぉ〜キョンくんいっしょじゃなきゃおもしろくない〜」

結構な声量で駄々をこねはじめた。
やがてB級ホラーの演出が子供のお遊戯に見えるくらいに、ドアノブが激しく回り始める。
と、俺が頭を抱えていたその時だった。
廊下の薄闇に光明が差す。メシアが帰還を果たしたのである。
俺はドアから背を離し、

「妹よろしく」

何事かと目を丸くしているお袋に妹を一任すると、一目散に階段を駆け上がった。
自室に立て籠もり、再びドアを背にして様子を伺う。

「……あのねー、キョンくんが女の子とず〜っとでんわしてたんだよー……」

あいつめ、あたかも俺が不純異性間交友をしているかのように吹聴しやがって。
溜息をつきつつ、携帯を耳に当て直す。しかし――

ツー、ツー……

スピーカーから流れ出るのは、無機質の極みとも言うべき電子音だった。……あぁ、無情。

269 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2007/12/31(月) 02:07:47.84 ID:QjrV0Ogo

俺は窓の外を一瞥してから、携帯をベッドに放り投げた。
今夜はもう遅いしリダイヤルはやめておいた方がいいだろう。訊く機会は幾らでもあるしな。
適当に明日の支度をしてベッドに倒れ込む。消灯してすぐには寝付けなかった。
印象深かった出来事が、スライドになって眼窩に投影されていく。
夕陽に染められたハルヒ、大人びた着物姿の鶴屋さん、不明なエラーが蓄積していると告白してきた長門。
最初距離をとっていたそれらはやがて一つに重なりはじめ――
完成形を見届ける前に、意識は眠りに落ちていた。


その夜、不思議な夢をみた。
真っ赤に染まった教室で、朝倉が微笑んでいる。
俺は訊いた。
"何故お前がここにいる?"
朝倉は答えた。
"さあ。どうしてだと思う"
俺は考える。だが、あと少しで答に辿り着くといったときに、
"ふふ、時間切れ"
朝倉が音もなく俺の前に移動していた。
腹に違和感が生じる。手を当てると、掌は夕陽よりも鮮やかな朱に染まった。痛みはない。
"ごめんね"
視線を戻すと、朝倉は微笑みながら泣いていた。
あらゆる事象が矛盾していた。俺はこれが夢であると認識した。
"これは、未来のひとつなの"
俺は耳を塞いだ。そして、夢の記憶が消えますようにと祈った。


一日目終了

442 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/07(月) 17:20:41.98 ID:bg0LfdQo

【二週目 二日目 朝 通学路にて】

翌日。
春の朝日に淡く白んだハイキングコースに相応しく和気靄然と歩を進める他の北高生徒とは対照的に、
俺は腸チフスとコレラとペストと重症急性呼吸器症候群を同時併発したのではないかと思えるほど
惨憺たる気分で足を引きずっていた。胃袋に無理矢理押し込んだパン一切れは早くも消化不良を起こし、
昨晩見た夢(内容は憶えていない)は繊維の硬いほうれん草みたいに思考回路に挟まって正常な情報伝達を阻害している。
一言で言えばコンディションは最低だった。正直な話、今すぐ踵を返して自宅に引きこもりたいね。

『課題やった?』
『全然。もうあきらめてる』
『休み時間に死ぬ気でやったら間に合うって』

また一人、また一人と後輩たちが俺を追い越していく。
四月上旬の頃はおどおどしていた一年生も、
今ではすっかり高校の雰囲気に慣れてそれぞれの高校ライフを獲得していた。
入学当初の高校に対する、期待と不安が入り交じった感覚。俺の今の心境はそれとよく似ていると思う。
クラスの中心的存在で誰からも慕われる委員長と、ナイフを片手に婉然と微笑む殺人鬼。
その二面性を知っていてしかも一度刺された経験のある俺に、復活した朝倉をフツーのクラスメイトとして扱うことができるのか。
朝倉の記憶がどうにもならないんなら俺の記憶を改竄してくれと長門に頼めば良かった。いや、それは無理な相談か――
なんてことを考えていると、

「よっ。辛気くせぇ顔してどうしたんだ。風邪でも引いたのか?」

谷口が現れた。いつもながらに脳天気な顔してやがる。

「ま、どうせ後で分かることだろうがな、」

俺は一瞬朝倉のことについて口走りかけて、

「いや、なんでもない」

すんでの所で思い留まった。
あいつは昨日帰国したという設定だ。今話せばどうして俺がその情報を知りえたのか後々ややこしいことになる。

451 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 18:07:45.03 ID:bg0LfdQo

「先に行っててくれ」

谷口は哀頽のジェスチャーを取った後、

「はいはい分かりましたよ。でもよ、急がないとマジ遅刻するぞ」

すったかと他の生徒を追い越して走っていった。
腕時計を見て、駅に逆戻りしそうなほど遅滞化していた歩行ペースを若干早めることにする。
俺は豆粒になった谷口の背中に語りかけた。
たまには役に立つこと言うようになったじゃねえか。
そんなお前に朗報だぜ。あと30分もすれば、AAランク+の失われし美少女と再会を果たすことができるだろうよ。
担任岡部と共に現れた朝倉に、クラスは感動と興奮に沸き返り――

「あ……!」

そこまで言って、ある可能性に気がつく。
どうして今の今まで失念していたんだろうね。自分のことでいっぱいいっぱいだったからか?
いるじゃないか。朝倉の失踪に、ある意味谷口より注目していたヤツが。

「………長門には悪いが、やっぱ面倒なことになったなあ」

溜息を地面に吐き出しつつ、山のてっぺん目指して歩く。
折角速めた歩行ペースは、新たな懸案事項によって元の速さに戻っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

さて、重い足取りで教室の框を跨ぎハルヒの水向けに上の空で返事をしつつHRを迎えた俺は、
これから十七年余の人生で最も予想の外れる午前中を体感するとは夢にも思っちゃいなかった。

「あー、皆にとても良い話がある。この度、うちのクラスに転校生がやってくることになった」

担任岡部がドアを開けると、爆発的にクラスが沸き返った。
随感の面持ちで教室に足を踏み入れた朝倉は、人懐こい笑みそのままに今回の帰国についての説明を含めた
これからよろしくね、といった感じのありきたりなスピーチをし、新設された席――教室の後方右側――に腰を下ろした。

457 名前:夕ご飯食べてた[] 投稿日:2008/01/07(月) 19:00:02.00 ID:bg0LfdQo

「休み時間までは静かにな」

岡部の一言で騒がしかった教室が沈静化する。
退屈な連絡事項が話されている間、俺は朝倉を盗み見ていた。
長い黒髪、太い眉、深い黒色の瞳、綺麗な唇。どのパーツをとっても、朝倉は以前の朝倉だ。
いや、正確に言うと体の部分部分は成長していたけれども。
朝倉は俺に一瞥もくれずに、岡部の話に耳を傾けていた。なんらかのアプローチを仕掛けてくるかと身構えていたが、
気が早すぎたということか。俺が一人になるまでは接触してこないつもりなのかもしれない。
俺はそれから暫く盗み見を続けていたが、同じく朝倉に視線を向けていた谷口と目が合って顔を背けた。

抑圧されていた所為もあるのだろう、際限なく高まっていた教室内のボルテージは、

「起立、礼」

現委員長の一言で、一気に破裂した。どっ、と朝倉の元に人が集中する。

『あっちでの話、詳しく聞かせてよ?』
『二年ぶりだよね。会いたかったんだ〜』
『朝倉さん、久しぶり!』

口々に質問を浴びせかけるクラスメイトに、朝倉は丁寧に応対していた。
二年間の空白期を感じさせぬその語りに、俺は記憶が継承されているという長門の説明を思い出した。

「――お父さんの仕事でね――しかたがなかったの――」

よく通るメゾソプラノの声が教室の端まで届いてくる。
クラスの半数以上が密集した一角を、俺は自席でぼんやり眺めていたが、

「朝倉も大変ねー。戻ってきた途端質問攻めに合うなんて」

後方から飛来したハルヒの声に、ガクリと頬杖を崩された。
どうしてお前が大人しく席に収まっているんだよ。
お前もあの一群の中に混じっているとばかり思っていたんだが。

466 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 19:57:53.28 ID:bg0LfdQo

「あたしが席に座ってるのがそんなにおかしい?」

振り向く。ハルヒは訝しげな表情で首を捻っていた。

「いやだってお前、朝倉がいなくなったときはあんなに騒いでたじゃないか」

これは事件よ、なんて言い出して朝倉のマンションまで押しかけたことは未だ記憶に新しい。
あれほど行方を追っていた張本人と再会できたんだ。
お前のことだから当時の疑問を解消すべく、他のクラスメイトを蹴散らしてでも朝倉を質問攻めするんじゃないかと――

「あのね、あたしだってもう子供じゃないの」

まだ成人してないから子供だろ、というツッコミを飲み込んで相槌を打つ。
するとハルヒは一歩先のカリキュラムを学習している塾生みたいな得意顔で

「それぞれの家庭には事情があるんだし、無闇やたらに首を突っ込むのはよくないわ。
 確かに朝倉が突然戻ってきたことは気になるけど、ほとぼりが冷めてから訊いてみるつもりよ」

ハルヒらしからぬことを堂々と宣った。

「…………」
「…………?」

ややもすればハルヒの精神状態を大きく揺るがしかねないこの一大事件を、ハルヒは淡々と処理している。
今しがたの言葉が真実か否かは判別できないが――ここはその言葉を信じて安堵するとしよう。
こいつの妙な心理変化は古泉に尋ねるに限る。俺は暫くハルヒの顔を観察してから、そうか、と返して体を捻りなおした。


休み時間が終わって一時間目。新たな転校生を迎えてから初めての授業は英語だった。

472 名前:修正[] 投稿日:2008/01/07(月) 20:44:30.06 ID:bg0LfdQo

順当にクラスメイトが当てられていき、やがて朝倉の番になる。

「Unfortunately, since I intended to make payment.....」

可愛らしい唇が指定された英文を読み上げる。完璧な発音だ。
カナダで二年過ごしただけあって、さらに研きがかかっているような気がするね。
英語教師の絶賛とクラスメイトの羨望の視線に、朝倉ははにかんで席についた。
俺はそれを冷めた目で見つめていた。基礎学力なんて情報操作でどうとでも弄れるんだ。
どうせ二年前と同じように、高校三年の学習要項程度は余裕でこなせるようプログラムされているに違いない。
だが――俺は次の3コマで、その考えが偏見による思いこみであったと知ることになる。


二時間目の数学の授業。無作為に、或いは故意に当てられた朝倉に絶対の期待を寄せていたクラスメイトは、

「……分かりません」

手をもじもじさせてそう答えた朝倉を、呆気にとられた表情で見つめていた。

「ま、まあ、あっちとこっちじゃ勉強の進み具合に違いがあるからなぁ」

数瞬の間をおいて数学教師がフォローを入れたが、微妙な空気は変わらない。
それもそのはず、教師が質問したのは割と難しめの問題についてだったが、
基礎的な学習を済ませていれば十分答えられる問題だったからだ。もっとも、俺には到底理解できない質問だったが。

三時間目の現国でも、朝倉の不思議なミスは目立った。

「……わ、分かりません」

それが重なるにつれて、朝倉が答えに詰まるのは二年のブランクが原因だ、
ということで教師とクラスメイトの見解は一致したようだったが、
それを余所に、俺は一つの仮説を打ち立てていた。今ここで共に授業を受けている朝倉は、二年前消滅した朝倉のコピーverだ。
なら、こいつの学力は高校一年の春から一切向上していないことになるのではないか。
いや待て、それならそれで矛盾が発生する。北高にTFEIが潜入する上で基礎学力は高い方が良いに決まってるし
二年前の状態でも朝倉は国立図書館並の知識量を蓄えていたはずだ。もし今回復活させる上で情報統合思念体が
朝倉に手を加えていないとしても、朝倉が勉強についてこれない理由が見当たらない。

「――ョン、キョンってば。次、体育だよ」

国木田の声で我に返る。熟考に耽っているうちに、三時間目は終わっていた。

481 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 21:34:47.33 ID:bg0LfdQo

「朝倉、可愛くなったよなぁ」

女子長距離走の様相をガン見しつつ、谷口が恍惚と呟いた。
ぽかんと開いた口からは今にも魂魄が漏れ出しそうで、俺はなんとなくその呟きを拾い上げてやることにする。

「再評価するとどうなるんだ。前回のAAランクプラスを上回るのか?」
「ったりめぇよ。伝説のSランクにも手が届くくらいだぜ……」
「お前の判断基準を共有することはできないから、是非ともどこがどう可愛くなったのか端的に教えてくれ」
「全部だ」

重症だな。俺は谷口に愛想を尽かして、休憩時間を一緒に潰す相手を探そうと辺りを見渡した。
そして男子の約九割が朝倉の魅了で廃人になってしまったことを理解した。
皆、ダウナー系のドラッグをキメたみたいに力無くへたり込んでいる。
虚ろな瞳が追っているのは幻覚の妖精さんではなく、とてとて走る朝倉だ。

「駄目だこいつら」

と、俺が男子クラスメイトの様子に危険を感じ始めた時のことだった。国木田が俺の横に座り込み、

「キョンは自分を保っているみたいだねぇ。
 谷口は……もうすっかり朝倉さんの虜になっちゃってるなぁ」
「お前はまともそうで安心したよ」
「僕の好みは年上だからね。それでも、久々に会った朝倉さんにはかなり心を揺らされたけど」

コンクリートを行進する黒蟻を眺めながら、何気なさを装って俺は訊いた。

「朝倉ってさ。二年前と比べてどこが可愛くなったんだ?」

すると国木田はさも失望したように溜息を吐いて、

「君の観察眼は相当曇ってるよ。
 本気で、彼女が獲得したあの崩壊美とも言うべき儚げで頽れそうな可憐さが分からないのかい?」

502 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/07(月) 22:11:59.02 ID:bg0LfdQo

分からないな。殺人鬼フィルターを通しているからだろうか、
外見上の秀麗さを理解することはできても、内面的な変化はどうにも窺い知ることができない。
現に俺はまだ一度もあいつと言葉を交していないし、さっき整列したときも無意識の内にあいつを避けていた。

「例を用いて説明してもらえるとありがたいんだが」
「仕方がないなぁ。でも君は運がいいよ。
 彼女のことを一番よく知っている僕にそれを尋ねたんだから」

いつしか陶然とし始めた国木田に憐憫の感情を抱きながらも、俺は続きを促した。

「いいかい? 二年前の彼女は才色兼備で容姿端麗と、まさに非の打ち所がない美少女だった。
 でもそれ故に、ちょっと、ほんのちょっとだけ近づきがたいイメージがあったんだ。
 女神を想像すればちょうどいいと思うよ」
「それで?」
「ところが。二年ぶりに帰ってきた朝倉さんからは、そのイメージが払拭されていたんだよ。
 以前は模範解答の連続だった数学が分からなかったり、現国の朗読で滑舌が乱れたり。
 要するに親しみやすさが増したってことかなぁ……あ、女子の長距離走、終わったみたいだよ」

男子共が嬉々として立ち上がる。俺は半ばつられる形でその視線を追ってみた。
するとそこには――

「………はぁっ、はぁ……」
「朝倉さん、大丈夫?」
「うん、……はぁっ……平気だよっ……はぁ」

地面にペタンと座り込んだ朝倉を、数人の女子が取り囲んでいた。
黒髪は艶やかに乱れ、頬は桃色に上気し、唇からは熱い吐息が漏れている。
情報制御空間で俺を殺そうとしたときはどんなに瞬間移動しても汗一つ流さなかったのに、
5km走っただけでこの消耗具合―――どう考えても演技だ。それも迫真の。

「茶番だな。まったく、朝倉も何考えているんだか」

俺は失笑した。そして恐らくは俺と同じ感想を抱いているであろう国木田の方に視線を戻した。


俺以外の男子は全員悶絶死していた。

538 名前:焦らしてたわけじゃないよw[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:10:39.11 ID:zrFy.sUo

――――――――――――――――――――――――――――――

譫妄状態の男子共に肩を貸してやって余計に疲れた体育が滞りなく終了し、昼休みが訪れる。
だが俺は弁当箱を取り出さずに、机につっぷして体力を回復しながら今後の朝倉への対応を検討していた。
脳内に保守派と革新派のデフォルメキャラが登場する。

「いつまで彼女のことを避け続ける気ですか?」 あいつに近づくとトラウマが疼くんだよ。
「朝倉は何もアクション起こさねぇしほっといていいんじゃねえの?」 俺は保守派に賛成だぜ。
「長門さんのエラーについて話し合うべきことがあるでしょう!」 う、確かにそうだが話をするきっかけがないんだ。
「だーかーら。俺らが難しいエラー解析の話聞かされたって意味ねぇだろ」 だよ、な。意味ないよな。
「逃げるんですね?」 そ、それは違う。
「怖いんですか?」 お、俺は怖くなんかないぞ。
「あなたは畏れている。惨めに躰を竦ませて怯えている。
 それは裏を返せば、長門さんの言葉を信用していないということです」 うるさい!

革新派の猛追に耐えきれなくなった俺は、つい声を荒げてしまった。
クールになるんだ。ゆっくりと深呼吸をして目を開ける。
するとちょうど、制服に着替えなおした女子たちが教室に戻ってくるところだった。
中心にいるのは勿論朝倉で、仲良く他の女子とお喋りしている。午前中の間に、朝倉はすっかりクラスに馴染んでいた。

「キョン、はやくこっち来いよ」

女子の帰還がトリガーとなって、彼方此方で昼食が始まる。
俺は谷口に生返事をして、弁当箱を片手に立ち上がった。

ここは――
1、いつもどおり谷口たちと弁当をつつこう。朝倉に話しかけるのはもう少し先延ばしだ。
2、部室で食べよう。あそこなら朝倉も来ないだろうしな。
3、朝倉に話しかけよう。いつまでも懸案事項を遷延することはできない。

>>547までに多かったの

539 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:11:32.16 ID:awb3aOYo



540 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:11:37.52 ID:RT5AHkAO

A

541 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:09.54 ID:ImzQsGwo

KOOLwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww



542 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:13.97 ID:WJhOPMs0

2

543 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:18.26 ID:IQ6F5cSO

3

544 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:19.22 ID:7n56z1g0

2

545 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:19.53 ID:td/Yxlko



546 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:28.24 ID:YHxhScDO



547 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 00:12:28.66 ID:29uNWaQ0

3wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

576 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 01:22:18.62 ID:zrFy.sUo

が、俺の足は谷口の方向とは別の、朝倉がいる女子グループへ向かっていた。
深層意識がそうさせているのだろうか。足は機械的に俺を移動させ、いよいよ朝倉との距離が3mに縮まる。
科白はまったく考えていなかった。台本は真っ白で、何について切り出せばいいのか分からない。
クラスメイトが密集するこの場で情報統合思念体なんて電波なことは言えないし、
二年前のあの日について語るにも朝倉が殺人未遂犯だなんてショッキングな事実を公表するわけにはいかない。
結局思考がまとまらないまま、俺は自分の足で朝倉の前まで連れてこられた。

「どうしたの? 何か用?」

俺に気づいた取巻きの一人が尋ねてくる。軽快な口調とは裏腹に、
目にはさっさと部外者を排斥したいという暗い願望が浮かんでいた。

「えーっと……、」

朝倉と二人で話がしたい。そう言えば済む話なのに、口から出るのはその場繋ぎの情けない言葉のみ。
朝倉が視界の外に追いやっているとはいえすぐ傍にいるという事実に、手汗がじっとりと滲んだ。
しかし取巻き達は俺の悲惨な内面状況を慮ることもなく、

「ねぇ、あたしたち今からお昼ご飯食べようと思ってるんだけど」

白地に棘混じりの言葉を浴びせかけてくる。
ええい、こうなりゃもう破れかぶれだ。俺は思春期真っ直中の恋する少年を模倣して
朝倉の手を強引に掴んで教室の外に飛び出ようと決心し、

「わたし、約束してたの忘れてたわ。今日は彼と一緒にご飯を食べるつもりだったの」

涼やかな声に蛮行を思い留まった。俺は貯蓄してあった勇気を全部はたいて声主を見た。

581 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 01:35:07.78 ID:zrFy.sUo

すると驚くべきことに、
朝倉が元委員長にあるまじき行為――即興の嘘――を並べ立てて、弁当を片手に立ち上がっている。
あのうすみません、彼って誰のことですか?

「ごめんね。また今度一緒に食べましょう?」

朝倉は女子グループの皆さんにぺこりと頭を下げると、

「それじゃあ、行きましょうか」

極自然な動作で俺の手を引いた。
情報操作的にではなく精神的に左手の指先から体が硬質化していくのが分かる。
展開が早すぎて脳の処理が追いつかない。
が、どうやら俺に朝倉と手を繋いで教室を闊歩する権限が認められていないことだけは確かなようで、

『――――なに調子ぶっこいてんの?――――』

教室内には、煉獄の蒼炎即ちクラスメイトの熱視線が俺を嬲ろうと渦巻いていた。
焼かれるのはご免なので、朝倉の手を逆に引く形で教室を脱出する。

「もう、強引なのね」

愉しそうに朝倉が笑う。廊下に出た瞬間、後方で悲痛な叫び声が木霊した。

「俺たちは友達じゃなかったのかよ! どこ行くんだよキョン!」

知らねぇよ。こっちが訊きたいくらいだ。
俺は滅裂な思考のまま走り出した。とりあえず『人目のない場所』を念頭において。

643 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 21:42:47.54 ID:zrFy.sUo

――――――――――――――――――――――――――――――

雲一つない青い空。眠気を誘う柔らかな日差し。
食事をするには絶好の場所である屋上で、しかし俺は重苦しい沈黙を紡いでいた。

「んむ……この卵焼き、とっても美味しいわ」
「……………」
「こっちの鮭もご飯に良く合うし」
「……………」

朝倉を人気のない屋上に連れ込んだのがつい五分前のことだ。
あれから朝倉は女子グループへの宣言通り、可愛らしくラッピングされた弁当箱の包みを開けて昼食を取り始めた。
極度の興奮状態にあった俺は十数秒その様子を第三者的に傍観し、
どんな心理が働いたのかは不明なものの朝倉の隣に座って質素な弁当をつつくことにした。
端からはさぞかし仲睦まじいアベックに見えていたことだろう。が、そんな平和的食事風景がいつまでも続くはずがない。
思考がクリアになるにつれて俺は徐々に隣人の素性を思い出し、
ちまちまと口に運んでいたおかずはたちまち喉を通らなくなって今に至る。

「屋上で昼食をとるのもいいわね。あ、でも夏はかなり暑くなりそう――」
「なぁ、朝倉」

既に役割を果たしていなかった箸を置いて、俺は終わりの見えない独り言を遮った。
すると朝倉は子犬のようなくりくりした瞳をさらに丸くして、

「なぁに?」

純粋な疑問をソプラノに乗せてきた。
俺は脳内悪徳業者から勇気を借りて一気に訊いた。法外利息は承知の上だ。

「なぁに、じゃねえだろ。俺にはお前に話さなくちゃならないことが幾つもある。
 それと同じで、お前にも俺に話さなくちゃならないことがあるんじゃないのか」
「……………」

長門に負けず劣らずの三点リーダが続く。それから朝倉はやんわりと微笑み、

「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」
「じゃあ死んで」
「死になさい」

なんて猟奇的殺人的科白の代わりに

「それは違う。あなたがわたしに問いかけることはあっても、わたしからあなたに話すことは何もないわ」

まるでこの会話を予め想定していたかのような自然さでそう言った。

681 名前:修正 もし安価なら↓[] 投稿日:2008/01/08(火) 22:46:44.50 ID:zrFy.sUo

思わずキョトンとしてしまう。
もし誰かが屋上の一角を隠し撮りしていたら、
そこには谷口も吃驚のアホ面で朝倉を見つめる男子生徒が映っていたことだろう。

「えぇっと、だな。それはつまり、お前は俺に一切興味がないと解釈してOKなのか?」
「そういうこと。わたしが再構成された理由は唯一つ、彼女の監視それだけよ。
 新しい命令がない限り、あなたに自発的に接触するつもりはない。
 でもまあ……潜入して半日も経たない内に、あなたと接触しちゃったわけだけど」

それが嘲弄に聞こえて、俺は柄にもなく唇を尖らせた。

「はん、矛盾してるな。お前は今自発的に接触する意志がないと言ったが、
 俺たちが今こうしているのも、お前が取巻き連中に嘘ついてまでして俺を教室外に連れ出したからだろ。
 まったく、おかげで俺の集団リンチは確定事項だぜ」

すると朝倉は小鳥の囀りのように清涼なクスクス笑いを響かせて、

「だって……あなたったらずっと独りであたしの前に突っ立ってて、なんだか可哀想だったから。
 確かにわたしに"TFEIとして"あなたと接する気はなかったわ。
 でもね? 困っているクラスメイトを助けるのは、元委員長として当然のことでしょう?」

随分と義理堅い宇宙人なんだな。
ま、過程がどうであれ二人きりで話をする場が設けられたのは事実だ。その配慮には感謝してやるよ。

「素直じゃないのね」

生憎俺は鈍感でね。感情表現が苦手なのさ。
こちらを覗き込んでからかう朝倉に、国木田の親しみやすさUP説を想起しつつ。
俺は質問事項を脳梁に並べて、どれから尋ねようかと吟味した。

ここは――

1、お前は二年前のあの日を憶えているか?
2、長門の監視について詳しく聞かせてくれ
3、若干、復活前の朝倉と仕様変更があるみたいだが……

>>680

680 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 22:45:36.72 ID:yDuWhXU0

3

725 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/08(火) 23:57:40.40 ID:zrFy.sUo

ここは――午前の授業の端々で疑問に感じていたことを尋ねてみるか。

「今回再構成されるにあたって、仕様変更はあったのか」
「最初の質問から安全確認?
 あなたらしいわね。でも安心して。
 わたしの情報操作にはプロテクトがかけられていて――」
「はいストップ」

先走り始めた朝倉を静止する。
俺が訊きたいのは情報操作的なコトじゃなくてだな……
基礎学力や基礎体力のパラメータについてなんだ。
数学の授業でお前は答えに詰まっていたし、体育の授業では息を切らせていた。
以前のお前なら有り得ない失態だ。あれは演技だったのか?

「ん……」

先ほどまで会話のイニシアチブを掌握していた朝倉が急に俯く。
俺はそれを不審に感じたものの、

「もしも情報統合思念体がお前の基礎能力を改竄したのなら、それには理由があるはずだよな」

好機とばかりに追及した。すると朝倉は困ったように視線を泳がせて、

「あれは……基礎能力の減退はね……わたしが一つだけ思念体に要求したことなの」

俺の予想の遙か斜め上の事実を告白してきた。

「わたしには有機生命体特有の概念や感情に興味があった。
 情報統合思念体全体の調査対象だからではなく、一つの個体としてその正体を知りたかった。
 いうなれば、オリジナルのわたしが削除されるまでに抱いていた"夢"みたいなものかしら」

思念体にそうプログラムされていただけかもしれないけどね、と寂しげに微笑む朝倉。
俺はしばし逡巡してから質問を続けた。

「それとお前が能力を格下げすることにどんな関係があるんだ」
「あなたたち人間と対等に位置することで、新たに得られる情報があるのではないかと推測したのよ」
「ほう、それで成果はあったのか」
「ええ。莫大な未獲得の経験値を得ることができたわ」

740 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:29:01.98 ID:ILVcstco

パッと顔を輝かせる朝倉に、一瞬の眩暈が俺を襲う。
危ない危ない。こいつの場合、こういう何気ない仕草が致命傷になるんだ。

「羞恥によると思われる体温上昇や、酸素の不足による心拍の加速化――
 どれもこれも初めてのことだらけ。まるでわたしが人間に生まれ変わったみたいで、とても新鮮だったわ」
「へぇ……」

その試みの所為でどれだけの男子が悶死することになるか、こいつは露程にも危惧していないに違いない。
俺は無垢とは無知という名の罪であるという名言を反芻しつつ、次の質問に移ることにした。
朝倉の仕様変更の理由は存外なモノだったが、長門の前例がある分、納得してやれんこともないしな。

腕時計に目をやると、朝倉と密談する猶予はもうあまり残されていなかった。
あと一つの質問ぐらいでで弁当を包み直さないと、午後の授業をバックレることになるだろう。


ここは―――

1、お前は二年前のあの日を憶えているか?
2、長門の監視について詳しく聞かせてくれ

>>749までに多かったの

741 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/09(水) 00:29:32.22 ID:uyvX516o



742 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:30:02.91 ID:77lpv5.0

1

743 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:30:26.32 ID:Z7T726AO

2

744 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:08.48 ID:WOC2WJ20

1

746 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:22.26 ID:qep84RA0



747 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:42.16 ID:JCpS/6Uo



748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:31:55.18 ID:3v5XzYDO

2

749 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/09(水) 00:32:34.40 ID:Z7T726AO



790 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/10(木) 20:49:18.91 ID:DVsLcsIo

ここは――後回しにしていた本題に移ろう。
長門のエラー蓄積は朝倉復活の直接的な起因でもあり、いうなれば朝倉の存在理由である。
俺は核心に触れることによる朝倉の豹変に怯えつつも、虚勢を張って訊いた。

「……長門の監視について詳しく教えてくれないか」

すると朝倉は1ナノも顔のパーツを動かすことなく――つまり朗らかな笑顔のまま――質問を返してきた。

「あら、長門さんからはわたしが復活することしか聞かされていなかったの?」
「大まかなことは知ってる。
 あいつに不明なエラーが発生していることや、それがバグのトリガーとなる可能性、
 そしてお前が監視者として復活させられるまでの経緯……」
「なぁあんだ、ほとんど知っているんじゃない。それならわたしが話すことは極々限られてくるわよ」
「何でもいい。今はあいつに関する情報が少しでも欲しいんだ」
「ふふ、随分彼女のことを心配しているのね?」

情報提供をのらりくらり遷延する朝倉にイライラが募ってくる。
お前には理解できないかもしれねぇけどな。
人間ってのは、身近な人間が窮地に陥ってたら助けずにはいられないもんなんだ。
そしてそれは相手が宇宙人でも同じで、しかも長門は二年間一緒に過ごしてきた仲間ときてる。
俺があいつを心配するのは当然のことなんだよ。

「ふぅん」

なんだその人生経験の甘い坊やを窘めるお姉さんのような溜息は。

「気にしないで。ただ……あなたがちっとも変わっていないことが分かっただけよ」

801 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/10(木) 22:09:27.04 ID:DVsLcsIo

「失敬な。俺だってお前の不在期間に少しは成長したつもりなんだが」

なんとも説得力のない自己主張。それを朝倉は華麗に流して、

「………じゃあ、長門さんの監視方法について説明するわ。
 監視の理由や、他の監視者についてのことを除けばわたしが話せるのはそれくらいだし」
「監視方法、ね。喜緑さんの監視じゃ完璧にカバーできないっていうのが、
 距離的時間的な意味でないことは承知していたんだが、一体どうやってるんだ?」
「あなたの想像通り、四六時中ぴったりくっついているような原始的な方法ではないわ。そうね、分かりやすく例えるなら……」

朝倉は腕組みをして中空をにらみ、

「あなたたち人間が使うパーソナルコンピューターは、インターネットを介して繋がっているでしょう?
 それと同じようなもの。仕組みはあなたには理解できないから割愛するけれど、TFEIもリンクしているのよ。
 だからわたしは長門さんをモニタリングできる。彼女の行動、その行動原理、取得情報――それら全てをリアルタイムで参照できる」
「便利な能力だね。もっともその徹底した監視方法じゃ、プライバシーもへったくれもなさそうだが」
「プライバシー? あなたも長門さんと同じコトを言うんだ。
 彼女はその言葉を引き合いに出して、トイレと入浴時だけはモニタリングを停止するように要請してきたわ」

途端、俺の脳内でよからぬ化学物質が分泌され始める。
まずい。非常にまずい。いくら長門が沈黙の美少女だからといって
普段窺い知れぬプライバシーを想像して悦ぶのは絶対の禁忌だ。これじゃ谷口と同類になっちまう。
俺は硬く拳を作ってからそれを頭の高さまで持ち上げ、

「――ッ」

思い切り頭に叩きつけた。激しく頭蓋が揺れて、妄想.exeが強制終了される。

「データベースには高度な知性を持つ有機生命体各個人の私生活上の自由、とあるけれど
 わたしにはあまりその概念が理解できないの」
「ま、まあ、それはたくさんの人間と触れあう中で自ずと理解できてくるんじゃないか」
「……本当かしら?」

朝倉が眉を傾けて訝しむ。俺は可及的速やかに軌道修正を試みた。

「きっとそうだって。そんなことより今の話を聞いて思ったんだが、
 TFEIがリンクしてるってことは、長門は喜緑さんとも繋がっているんだよな?」
「ええ、その通りよ」
「なら喜緑さんだけでカバーできない理由は何なんだ。
 長門は多角的な監視が必要になるとかなんとか言っていたが、それだけの情報量を
 リアルタイムで監視できるなら一人で十分事足りるだろ」

810 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 00:06:22.44 ID:tDjw7V2o

「事足りないわ」

即座の否定。俺は間髪入れずに訊いた。

「どうしてだ」
「あのさあ。あなたはTFEIが別TFEIをモニタリングすることを、
 友達同士がずぅっと携帯電話で連絡をとりあうのと同じようなものだと考えているんじゃない?」
「う……」

図星だった。

「やっぱりね」

俺が言葉に詰まったのを見て取った朝倉は、
携帯電話を高翌齢者に解説する携帯ショップ店員のような物腰になって、

「どんなに高性能なTFEIでも、他のTFEIをモニタリングするとそれなりの負荷がかかるの。
 特に長門さんの場合は初期モデルと比べて大幅に進化を遂げているから、データの遣り取りにも一苦労なのよ。
 それに加えて今回の監視は精密度が重視されているから、モニタリングする情報量は莫大になるし」
「……お前らも結構苦労してるんだな」
「そうよ。でもまあ、わたしと喜緑さんで分担するようになってからは幾分余裕ができたみたいだけど」

一人で監視していたときは物凄く大変だったでしょうね、と先輩TFEIを思い遣る朝倉。
なんでもかんでも情報操作で解決できると思っていた分こういう苦労話はとても新鮮で、
俺は思わず「へぇ」などの感嘆詞を吐こうとし、

「――あなたはまだわたしが怖い?」

瞬きのうちに距離を埋めた朝倉に、戦慄していた。
近い。擦れ合うといったレベルではなく、俺の右肩に朝倉の左肩がぴたりと触れている。

「ど、どうしたんだよ藪から棒に」
「喜緑さんだけでカバーできないのか、とあなたが訊いてきたとき、
 わたしはその質問に純粋な猜疑以上の意図が含まれていると感じたわ。
 そうね――それを言語化するなら、わたしが監視者として復活した現実を否定したい、といったところかしら?」

衣擦れの音が耳朶を刺す。上目遣いの双眸が俺の眼球を固縛する。
相手が普通の女子であれば一瞬で陥落しているというこの状況下で、俺の胸は焦燥に焼かれていた。
否応なしにフラッシュバックする忌まわしい光景に、心拍が跳ね上がっていく。

826 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 01:20:46.72 ID:tDjw7V2o

「有機生命体の恐怖という感情は未だに理解できないわ。
 オリジナルのわたしが長門さんに削除された時でさえ、
 わたしが得たのは任務が遂行できなかったことによる内罰的考察のみだった」

朝倉の声が遠い。

「死という概念はそのまま恐怖に直結していて、臨死体験による恐怖はトラウマとなる。
 そんな話を彼女がしていたわ。トラウマ――ギリシャ語で"傷"という意味らしいけれど、
 やはり肉体損傷を畏れていないわたしにはその概念が分からない」

視野が黒に塗りつぶされていく。

「――――あら、ごめんなさい」

と、いよいよ意識が朧気になりはじめたところで朝倉が腰を上げた。
圧迫感が消えて呼吸ができるようになる。俺は肩で息をしながら、それでも朝倉の独白に耳を傾けようとした。

「でも、あなたがわたしに恐怖を抱く条件が存在するなら、わたしはそれを回避することができる。
 情報操作はしない、というよりできないし、昔のわたしと違って今のわたしは佩刀していない。
 なんなら身体検査でもしてみる?」
「いや……遠慮、しとく……」
「ふふっ、あなたならそう言うと思った」

朝倉は悪戯っぽく微笑みながら、

「今のわたしはね、あなたに簡単に組み伏せられるか弱い女の子なんだ。
 急進派の影響がないからあなたへの殺害欲は一切ない。原始的な手段を用いてあなたを傷つけたりはしない。
 自分で言うのもなんだけど、わたしは安全よ」

834 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 01:34:39.44 ID:tDjw7V2o

ああ、それなら昨晩長門から嫌と言うほど訊かされたよ。
それで……さっきからゴチャゴチャといったい何がいいたいんだ、お前は。

「だからぁ、要するにわたしを怖がらないで欲しいってこと。
 無理に親しくしてとは言わない。でも、わたしを避けるのはやめて。
 そしてできるなら、初めて会った頃のように普通にお喋りして欲しいな」
「へ?」
「お願い。約束して?」

合掌してウインクする朝倉。
刹那のデジャヴが脳裏を駆け抜けたが、俺はそれに委細構わず首肯を返していた。

「え、あ、うん……それくらいなら」
「ほんとう?」
「あ、ああ」

済し崩し的に約束が交される。

「よかったあ!」

朝倉が眩い笑顔を作って小さく快哉を叫ぶ。
その様子を視界の端に捉えながら、俺は索漠とした違和感を感じていた。この会話、何処かおかしくないか。
決定的な矛盾があるはずなのにその正体が分からない――と俺が拙い思考回路故の葛藤に悶えていると、

「ん……あれ……?」

朝倉の寝起きみたいな声が聞こえてきた。
いつしか明瞭になった視界の真ん中で、朝倉がぐしぐしと目を擦っている。

「ご、ごめんなさい。わたし、ちょっとぼうっとしていたみたいで……」

何を言っているんだろうね、こいつは。
ついさっきまで、お前はあんなに饒舌に喋っていたじゃないか。

853 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 21:30:09.58 ID:tDjw7V2o

「わたしが饒舌だなんて……あなたは何を言っているの?」
「それはこっちの科白だ。脅迫的に俺に約束を取り付けたこと、もう忘れたのか?」

やれやれ、といった風にこめかみを抑える。
質問に質問を重ねられた朝倉は、しかしそれに憤慨することもなく、

「約……束……? わたしは今の今まで、モニタリングを分担することによる処理軽減について話していたはずよ」

右手の人差し指を顎にあてて、視線を碧空に投げながら平然と答えた。
わけのわからんことを言うな、いくら生後1日だからといって冗談が過ぎるぜ、と言いたいところだが―――
ここ数年で培った俺の表情見識眼力は、朝倉が嘘をついていないと告げている。
朝倉がド忘れした可能性は……ないよな。こいつに限ってそんな間抜けを犯すとは考えられないし。
なら、俺が朝倉に情動を煽られた所為で白昼夢を視ていたというのだろうか。いや、それはもっと考え難い。

「……………?」
「……………」

疑問符を頭の上に浮かべる朝倉と、緘黙し懊悩に耽る俺。
そんな奇妙な膠着状態はしばらく続き、

「もうこんな時間。わたし、先に教室に戻ってるわ」

涼やかな予鈴に終止符を打たれた。
朝倉が弁当を片手に歩き出す。俺は数秒呆けていたが、朝倉がドアを開けた辺りで呼び止めた。

「おい待てよ! 話はもう終わりなのか?」

余りに中途半端すぎる。

「終わりよ。あとはほとんどあなたの既知情報だろうから、伝達したところで意味がないわ」

862 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 22:23:29.75 ID:tDjw7V2o

「既知情報かどうかなんて一度聞いてみなきゃわかんねぇだろ。
 それに昨日の夜、長門に聞きそびれたことが、」
「あのさあ」

朝倉はしつこく言い寄る男をあしらうように飄々と言った。

「わたしは監視者として必要な情報しか与えられていないわけ。
 だから、あなたがもっと今回の騒動の背面に首を突っ込みたいなら、
 直接長門さん喜緑さんに本人に訊くことをお勧めするわ。
 二人とも同じ学校にいるんだもの、それはとても容易いこと」
「…………」

正論すぎて辟易する。
そりゃまあ、お前の言うとおりそれが一番確実な方法なんだろう。
でも長門の言葉を引用するわけじゃないが、ある事象を考察するとき、
複数の意見を統合することによって多角的な解釈が可能になったりするじゃないか。

「あんまりわたしを困らせないでよ。あなたにも話せることと話せないことがあるでしょ」

朝倉は俺に寸暇も与えず続ける。

「とにかく話はこれでおしまい。
 でも、最後に一つだけ確認したいことがあるの。
 長門さんは確かに自分の口で、不明なエラーが蓄積しているとあなたに言ったのね?」

俺はその質問の意図が掴めないままに首肯した。

「ふうん」

朝倉はそれからしばし瞑目して、

「分かったわ、ありがとう。………じゃあね」

どんなに魅惑耐性のある男でも一瞬で撃沈させられるに違いないウインクを魅せて、屋上を立ち去った。

867 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/11(金) 22:56:23.73 ID:tDjw7V2o

俺は完全に朝倉の気配が消えてからもしばらく屋上で時間を潰すことにした。
明らかになった監視事情、朝倉の一時的な変異と記憶喪失、未だ不明瞭な事態解決の糸口。
懸案事項は山ほどあるが、とりあえずそれらを脇に置いて空を仰ぐ。

雲一つない青い空。眠気を誘う柔らかな日差し。

訪れたときと何一つ変わらない風景に心癒されながら、俺は最優先課題の攻略に頭を捻った。
さて――恐らくは話し合いの余地なく斬り掛かってくる悪鬼ひしめく教室に、どうやって潜入しようか。

――――――――――――――――――――――――――――――

875 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/12(土) 00:33:57.63 ID:08e0lgco

放課後。俺は八つ裂きにされることもコンクリート詰めにされることもなく、
ハルヒ――いや守護神とでもいうべきか――と肩を並べて部室棟へ足を運んでいた。
俺の生存理由など省略して然るべきことかもしれないが、悪戯に衆目を集めている
ハルヒにガッチリ掴まれた右手から気を紛らわすためにも回想シーン的なものを挟むことにする。

つい数時間前のことである。極限まで悋気と嫉妬が蔓延し
地獄への廻廊的様相を呈していた廊下を渡りきり、這々の体で教室もとい地獄への扉を開けた俺は、

『よう。落ち込んだときはお互い様だぜ?』
『慰めてやるからこっちこいよ。まったく、お前も無茶するよなあ』

優しい言葉とは裏腹に晴々しく嗤笑する男子たちに迎え入れられた。
予想と全く違う対応に戸惑いつつ朝倉の姿を探すと、女子グループの中心で質問攻めにあっている。
時折、取巻き達が黄色い声を上げる。俺はニマニマ笑いがとまらない男子共と好奇心旺盛な女子を交互に見比べて悟った。
ああ――俺は朝倉に告白して玉砕したことになっているのか。
非常に忌々しいことだが、俺が逆の立場になった時のことを考えればそれも致し方のないことである。
いやむしろこれは幸運なのかもしれない。
こいつらが勝手に勘違いしてくれているおかげで俺は社会的に抹殺されずに済んだわけだしな
……と、俺が周囲の皮肉を聞き流しつつ胸を撫で下ろしていると、

『……………』

ある時を境に、教室内が油を流したように静まりかえった。
俺を含むクラスメイト全員の視線が、一点に集約する。

「ん、どうしたのみんな。あたしが学食行ってる間に何か面白いことでもあったの?」

黄色いカチューシャの少女は、あどけない笑みを浮かべて首を傾げた。
その時俺は知った。自分が、幸運という言葉では片付けられないほどの僥倖に恵まれていたということに。

893 名前:修正[] 投稿日:2008/01/12(土) 01:32:03.44 ID:08e0lgco

それからの顛末は皆様方の予想通りである。
共通意志の元に結束したクラスメイトたちは速やかに平常時モードへと移行し、
自然、自分だけ疎外されたと被害妄想に陥ったハルヒは一直線に俺の元に向かってきた。

「どういうことよ。なんであたしだけが仲間外れなわけ!?」
「さ、さあ。どうしてだろうな」

むくれ顔で詰問してくるハルヒに後退る。だが俺の背中が教室の端に張り付く直前、救世主は現れた。

「……あ! ほら、もう授業始まるぞ」
「むぅー」

ハルヒが渋々といった風に席に戻る。
それから放課後までの二時間、俺の上着はシャーペン攻撃の雨に曝されることになったのだが――
根拠もへったくれもない噂話でハルヒの機嫌が奈落の底に落ちるよりは遙かにマシだったと言えよう。上着の一枚や二枚安いもんだ。
それにいざ使い物にならなくなっても、古泉を通して機関に頼めば支給してくれそうな気がするしな。

とまあそんなわけで、幾つもの奇跡が重なったおかげで、今俺は生きている。
放課後辺りにはハルヒの頭から昼休みの一件は姿を眩ましSOS団についてのワクワク感が空いたスペースを席巻している、といった具合だ。
ちなみに冒頭でハルヒを守護神と呼称したのには理由がある。
いくら俺が玉砕したという設定になっているにせよ、変態的な朝倉ファンの方々の間では
俺が朝倉と手を繋いだだけでも万死に値するという見解が大半を占めているようで、窓外から、或いは廊下の影から時折刺すような視線を感じるのだ。
がしかし、流石にハルヒが隣にいる瞬間を狙って闇討ちしようとする肝の据わった輩はいないようで、
俺は守護神ハルヒの庇護のもと、生の充足を得ているというわけである。

閑話休題のつもりが随分長くなっちまったが――そろそろ到着か。軽く耳を塞いだ刹那、お馴染みの炸裂音が響き渡った。

「やっほー! 有希、お茶お願いね」
「……もう煎れてある」
「やるじゃない。でも、もし温かったりしたら罰則よ?
 そうね、この前買ったビキニタイプのニャンニャン衣装でも着て貰おうかしら――」

ハルヒが繋いでいた手を乱暴に解き、団長席に歩みよって湯飲みを取った。
そして例によって例の如く、なみなみと注がれていたお茶を一気のみする。

「………熱い。美味しいわね」

姑みたいなニマニマ顔から驚嘆の驚きに目を丸くしているハルヒを見遣りつつ、俺もパイプ椅子に座ってお茶を頂くことにする。
熱い。そして旨い。飲まなくても分かっていたことだった。長門がヘマるはずがないんだ。

897 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 02:12:55.56 ID:08e0lgco

長門の功績がまるで我がことのように誇らしくなった俺は
是非ともこの感慨を共有しようと俺の正面を定位置としている超能力者を探し、

「今日はあいつ、遅いんだな」

初めて古泉の不在に気がついた。

「おかしいわね。今日は古泉くんもあたしたちと同じ時間に授業が終わるはずなんだけど」

ディスプレイ越しにあまり心配していなさそうな声が届く。テーブルの端っこには、
持ち主の不在を寂しがるかのように、あるいは関心を向けられていないことを哀しむように無秩序に駒を散乱させたチェス盤があった。
そんなに哀愁を漂わせるなよ。どうせあいつが来た途端嫌でもお前で興じることになるんだからさ。
心中でチェス盤に慰めの念を送りつつ、朝比奈さんがいた時のことを回想する。
古泉が遅刻したときは、専ら朝比奈さんがボードゲームの相手になってくれていた。
最弱王古泉と違って朝比奈さんの実力は俺よりも少し弱いといった程度で、それなりに拮抗する勝負が多かった。
あぁ、懐かしの日々――だが朝比奈さんはもういない。一人でチェスはできない。
古泉なら教本片手に一人遊びに興じられるだろうが、俺はあまりそういう地味な一人遊びに熱中できない性質なのだ。

結局、手持無沙汰になった俺が辿り点いた結論はいつもと同じだった。

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな
4、モノローグ対象人物自由指定「     」

>>907

907 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 02:16:59.44 ID:8R5MX62o

4 鶴屋さん

36 名前:最近ちょっと遅筆ぎみ……[] 投稿日:2008/01/12(土) 17:52:41.35 ID:08e0lgco

昨日の鶴屋家訪問を反芻する。

俺の謝罪を真摯に(?)受け止めて逆にお辞儀を返した鶴屋さんは
いかにも次期党首然としていて、何も知らない第三者の視点からは
俺と鶴屋さんの関係がさぞかし不思議なものに映ったことだと思う。
俺みたいな一介の高校生が、社会に足を踏み入れつつある鶴屋さんと気軽に談笑できる理由。
それは、鶴屋さんがSOS団とそこに所属するメンバーを特別に眷顧しているからに他ならない。
だからもてなしは常に一流だ。鶴屋さんは「お茶しかないけどねっ」なーんて謙遜していたが、
実際に運ばれてきた緑茶は、日頃からお茶を嗜んでいる俺の肥えた舌をも唸らせる妙味だった。
それは高級茶葉を使用したからだけではなく、鶴屋さんが今まで培った技巧を凝らし、心を籠めて煎れてくれたからこそできた味だ。
今俺の手にある煎茶も確かに旨いが、あの緑茶と比べたら――

「……………」

長門の瞳が、いつもより鋭利な琥珀色の瞳がこちらに動く。

「……………」

この比較は封印するとしよう。
勘違いされそうなのでことわっておくが、決して外部圧力がかかったわけじゃないぞ。
ええとそれから……鶴屋さんは俺にSOS団の近況報告を催促した。
あの時は歯止めが利かず、ついつい喋りすぎてしまったが……
今から思えば、俺の心は鶴屋さんが「うんうん」と相槌を打つ度に、堆積していた感情を吐き出していた。

42 名前:ご飯行ってた[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:02:15.08 ID:08e0lgco

こんなことを堂々と言うのは憚られるが……恐らく鶴屋さんは、俺にとって最高の相談相手なんだと思う。
SOS団の内情をよく知っていて、でも一定の距離を保っていて、
どんなにシリアスな話も笑い話に変えてしまえるような深い器量を持っている。
そんな彼女に俺が多くを語ってしまったことは、ある意味必然だったのかもしれないな。

「……ん」

回想を中断して背伸びする。
小さく開けられた窓から吹き込む風を胸一杯に吸い込むと、初春の香りが失われつつあることが分かった。
ホワイトボードのスケジュール表は今が四月末であることを示している。
俺は早々に晴れ舞台を下りてしまった桜を思い出して少し切なくなった。
この街でまだ満開の桜が拝めるのは――鶴屋さんちの日本庭園くらいだろう。
ふと、耳に昨日の去り際に聞こえた言葉が蘇る。

『気が向いたらいつでも寄ってきなっ!』

鶴屋さんに話したいことはまだたくさんあった。
鶴屋さんはああ言っていたことだし、ここはその御言葉に甘えて、通りがかったのを言い訳にお邪魔するわけには――
って馬鹿か俺は。厚かましいにも程がある。
将来に向けて日々勉学に励んでおられる鶴屋さんを三日連続で邪魔すれば、
俺は朝倉ファンに闇討ちされるよりも早く鶴屋家の暗部に謀殺されること請け合いだ。

俺は今度こそ昨日の回想を終わらせてすっかり温くなった煎茶を飲み干した。
胸のあたりに生じた錘は、流されずに留まったままだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな

>>52までに多かったの

36 名前:最近ちょっと遅筆ぎみ……[] 投稿日:2008/01/12(土) 17:52:41.35 ID:08e0lgco

昨日の鶴屋家訪問を反芻する。

俺の謝罪を真摯に(?)受け止めて逆にお辞儀を返した鶴屋さんは
いかにも次期党首然としていて、何も知らない第三者の視点からは
俺と鶴屋さんの関係がさぞかし不思議なものに映ったことだと思う。
俺みたいな一介の高校生が、社会に足を踏み入れつつある鶴屋さんと気軽に談笑できる理由。
それは、鶴屋さんがSOS団とそこに所属するメンバーを特別に眷顧しているからに他ならない。
だからもてなしは常に一流だ。鶴屋さんは「お茶しかないけどねっ」なーんて謙遜していたが、
実際に運ばれてきた緑茶は、日頃からお茶を嗜んでいる俺の肥えた舌をも唸らせる妙味だった。
それは高級茶葉を使用したからだけではなく、鶴屋さんが今まで培った技巧を凝らし、心を籠めて煎れてくれたからこそできた味だ。
今俺の手にある煎茶も確かに旨いが、あの緑茶と比べたら――

「……………」

長門の瞳が、いつもより鋭利な琥珀色の瞳がこちらに動く。

「……………」

この比較は封印するとしよう。
勘違いされそうなのでことわっておくが、決して外部圧力がかかったわけじゃないぞ。
ええとそれから……鶴屋さんは俺にSOS団の近況報告を催促した。
あの時は歯止めが利かず、ついつい喋りすぎてしまったが……
今から思えば、俺の心は鶴屋さんが「うんうん」と相槌を打つ度に、堆積していた感情を吐き出していた。

42 名前:ご飯行ってた[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:02:15.08 ID:08e0lgco

こんなことを堂々と言うのは憚られるが……恐らく鶴屋さんは、俺にとって最高の相談相手なんだと思う。
SOS団の内情をよく知っていて、でも一定の距離を保っていて、
どんなにシリアスな話も笑い話に変えてしまえるような深い器量を持っている。
そんな彼女に俺が多くを語ってしまったことは、ある意味必然だったのかもしれないな。

「……ん」

回想を中断して背伸びする。
小さく開けられた窓から吹き込む風を胸一杯に吸い込むと、初春の香りが失われつつあることが分かった。
ホワイトボードのスケジュール表は今が四月末であることを示している。
俺は早々に晴れ舞台を下りてしまった桜を思い出して少し切なくなった。
この街でまだ満開の桜が拝めるのは――鶴屋さんちの日本庭園くらいだろう。
ふと、耳に昨日の去り際に聞こえた言葉が蘇る。

『気が向いたらいつでも寄ってきなっ!』

鶴屋さんに話したいことはまだたくさんあった。
鶴屋さんはああ言っていたことだし、ここはその御言葉に甘えて、通りがかったのを言い訳にお邪魔するわけには――
って馬鹿か俺は。厚かましいにも程がある。
将来に向けて日々勉学に励んでおられる鶴屋さんを三日連続で邪魔すれば、
俺は朝倉ファンに闇討ちされるよりも早く鶴屋家の暗部に謀殺されること請け合いだ。

俺は今度こそ昨日の回想を終わらせてすっかり温くなった煎茶を飲み干した。
胸のあたりに生じた錘は、流されずに留まったままだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

1、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→長門
2、みんな自分のことで忙しそうだが、団員の誰かに暇つぶしを手伝ってもらうとするか。→ハルヒ
3、古泉の行方が気になるな

>>52までに多かったの

43 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:04:00.68 ID:wO8ePEDO

2

44 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:05:05.27 ID:z0qxn.go

朝倉派だけどここは1しかないか・・・

45 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:05:44.50 ID:8R5MX62o

2

46 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/12(土) 19:06:56.70 ID:F9yuJ2Y0

2

47 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:07:25.78 ID:xLuwtuYo



48 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:08:20.08 ID:89mvEmg0

3

49 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 19:08:24.14 ID:HPsOLLU0

1
>>44よお俺

50 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:09:05.01 ID:XhrWmUAO

1

51 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/12(土) 19:10:18.65 ID:.zEk7oko



52 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/12(土) 19:11:24.57 ID:z1JvdaI0

3

61 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:01:52.36 ID:08e0lgco

――――――――――――――――――――――――――――――

「お前ら、今暇か?」

本棚から取ったハードカバーの頁を数枚捲り、
机にびたりと張り付いて睡魔召還の儀を執り行い、
鞄からレポート課題を取り出してペンを握った後ものの数秒で挫折した俺は、
最後に私事に没頭しているお二方に問いかけた。
するとハルヒは俺の予想に寸分違わぬ、まるでチンパンジーが人語を喋ったところを目撃したような顔で

「暇なわけないじゃない。どうしたの?
 あんたの用事があたしの関心を引くもしくはSOS団存続に関わる緊急のものなら話ぐらい訊いてあげるけど?」
「残念ながらそれらには該当しないな」
「あっそ」

実に素っ気ない返事を残してディスプレイに視線を戻した。
忙しさゆえかいつもより酷薄なハルヒの態度に辟易しつつ、反応が梨のつぶてである窓際を窺う。
長門と目が合った。あー、お前はいつもどおり読書に励んでいるみたいだが……?

「……用件を言って」
「たまにはテーブルゲームでもどうかなと思ってさ。
 お前が嫌なら全然断ってくれてかまわないんだが、どうだ?」

長門は五つほど三点リーダを並べてから答えた。

「いい」

はて、この"いい"とは肯定と否定、どちらの意味なんだろうか――
と俺が久々に長門の返答を吟味していると、長門は徐ろに立ち上がり、

「……あなたの暇つぶしに協力する」

古泉の指定席に腰を下ろした。
どういった魔法だろう、テーブルの端に追い遣られていたチェス盤は、
いつのまにか整然と駒が並べられた状態で俺と長門の間に移動していた。

72 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:52:17.61 ID:08e0lgco

――――――――――――――――――――――――――――――

俺が長門とチェス勝負を初めて十数分後。
チェス専用スーパーコンピューター「Deep blue」のスペックを余裕で超過し
世界チャンピオンを赤子の手を捻るように倒すこと間違いナシの実力保持者長門に対し、
俺はそれなりに拮抗した勝負を繰り広げていた……というのはもちろん誤謬で、
実際は長門が持てる知力を大幅にセーブし手加減しているが故の拮抗状態だ。
もっとも、長門が俺を弄して悦楽するという嗜虐的趣向を秘めている可能性は完全に否定できないが――

「………うぅむ」

悩み抜いた末に最善手と思しき手を指す。
が、俺が手を引っ込める前に、

「あなたの番」

長門は次の一手を指し終えていた。毎度のことだが、なんつー速さだ。
しかも適当に駒を動かしているようでしっかり先を読んでいるから性質が悪い。

「定石を打ち合う序盤はもう終わってるんだし、そんなに慌てなくてもいいんじゃないか」
「わたしは落ち着いている。あなたがもっと速く指すべき」

無茶言うな、といいかけて口を噤む。
序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように。
上記はチェスの格言だが、あらゆる局面を瞬間的に処理できる長門にはやはり無縁の代物なのだろう。
俺は煮詰まった思考を一時緩めて、閑話を提供することにした。

>>80

1、昨晩の電話で聞きそびれたことを聞こう
2、朝倉との接触について話すか

80 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/12(土) 20:55:50.23 ID:AmI/h2s0

1

103 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 00:05:18.11 ID:HU4uPfAo

「ところで、昨日の夜は悪かったな。妹の邪魔が入っちまってさ」
「………気にする必要はない」
「電話、途中で切れちまったけど、あれはお前が切ったのか?」

長門は躊躇いがちに首肯した。
おいおい、別にお前を咎めているわけじゃあないんだぜ。
誰だって受話器の向こうから奇声が聞こえてきたら受話器を取り落とすだろうよ。
ただ、もしかして俺が妹から逃げた弾みに切っちまったんじゃないかと心配していただけさ。

「………そう」

長門の唇から細く安堵の息が漏れる。
小さな誤解が解けたのを確認して、俺は会話を再開した。

「昨日は中途半端に電話が切れちまったから、今、続きを聞かせてくれないか?」
「…………」

しかし長門は言語機能を失ったかのように口を緘したまま目を伏せている。
情報統合思念体が解析できないようなエラーを、一体どうやって解析するつもりなのか。
その疑問は昨夜からずっと頭の隅に引っ掛かっていた。
だから面と向かって尋ねたことによってすぐにでも答えを得ることができると思っていた俺は、
困ったように首を僅かに傾げる長門に、苛立ちを感じざるを得なかった。

「ハルヒに聞こえるのを危惧してるのか?
 大丈夫だ、小声で話せば集中してるあいつには聞こえねぇよ」
「…………」
「それともなにか話せないような理由が――」
「……後ろ」

長門の瞳孔がナノ単位で開かれる。

114 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/13(日) 00:44:15.59 ID:HU4uPfAo

あぁ、鈍さに定評のある俺でも簡単に知暁できるね。こいつは最高によくない前兆だ。
俺は戦慄に躰を縮めつつ表情識別眼よりも気配察知能力を
レベルアップさせておけばよかったと後悔しつつ、何気なさを装って振り向いた。
ハルヒがいた。気難しそうな能面を貼り付け、腕組みをしてこっちを見下ろしている。

「忙しかったんじゃなかったのかよ?」

なんとか声は裏返らずにすんだものの、
どういった類の話題で盛り上がっていたのか追及されれば躱しきる自信はない。
それ以前に先の会話を傍聴されていたとしたら、その時点でジ・エンドだ。
俺が死刑判決を待つ容疑者のような心境でいると、ハルヒはへの字に歪めた唇を動かして、

「パソコンの方は一段落したのよ。
 だからちょっとあんたを見にきてやったんだけど……有希相手にチェスしてたのね」
「あ、ああ。それが長門のやつ、滅法強くてさ」
「有希がテーブルゲームに強いのは知ってるわ。どれどれ、あたしに見せてみなさい」

もう一つパイプ椅子を持ち出せばいいものを、その手間を惜しんで俺の指定席に割り込むハルヒ。
俺は狭いのと体側面に密着したハルヒによってリビドーが煽情されるのとでパイプ椅子からの脱出を試みたが、

「ちょっと、何処行く気よ!
 いくらあんたの頭じゃ勝ち目ないからって中盤での投了は許さないわ」

問答無用でパイプ椅子に引き戻された。

「あたしが協力してあげるから、最後までやるの。有希は二対一でも構わないわよね?」
「……かまわない」

お前も何了承してんだよ。フツーそこは卑怯だとか姑息だとかいって試合放棄するところだろ。
がしかし、そんな俺の心の叫びが現実に響くことはなく、

「有希もなかなかの曲者じゃない。でもその程度じゃ前年度チェス世界チャンピオンのあたしに勝つことはできないわよ」
「あなたの話は虚構。成績自慢ならわたしは秒間二億手先を読めるコンピューターを最短手で撃破できる」

126 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 01:12:53.81 ID:HU4uPfAo

最早突っ込む気力まで失せてきた俺だった。
ハルヒに情報統合思念体等の電波ワードを拾われていなかったことは
喜ぶべきことだし、上手い具合に注意をチェスに逸らせたのは幸運だったが――

すっかり自分が蚊帳の外に置かれたことを自覚し、頬杖をつきつつ思う。

昨夜の妹といい屋上での予鈴といい今しがたのハルヒといい、
どうして俺が核心に触れようとするたび邪魔が入るんだろうね。

「ぼけーっとしてないであんたも一緒に考えなさい!」
「俺はとっくに戦力外通知されたとばかり思っていたんだが」
「んなわけないでしょ。あたしはあそこがいいと思うんだけど……」

分かった。お前の言い分は分かったから、
躰をもぞもぞさせるな。内緒話をして耳に息をかけるな。そんでお前専用の椅子をもう一つもってこい。

「やだ、面倒だし」
「………やれやれ」


一人退屈を持て余していた30分前に帰りてぇ。
上辺でそんなことを願いつつも、俺は心の奥底では騒がしくなった現況を愉しんでいた。

時折俺たちから目を逸らす長門に、抑圧された感情の発露に、少しも気づかぬまま。

156 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 13:59:08.54 ID:HU4uPfAo

――――――――――――――――――――――――――――――

「終始手に汗握る展開でした。
 あのような名勝負に立ち会えたことを僕はとても光栄に思います」

黄昏時の昇降口で、靴に手をかけながら古泉が言った。
俺は先刻のチェス盤を想起しつつ、

「よく言う。途中から急に現れたかと思ったら散々戦局を引っ掻きまわしやがって」
「僕としては長門さんに最善の助言を呈したつもりでいたのですが……」
「あいつに助言なんて余計なお世話なんだよ。
 お前が口挟まなきゃ、俺たちはあと20手早くチェックメイトをかけられてたな」
「ふむ、そこまで貶められては僕も矜持が保てませんね」

言葉とは裏腹に、整った顔立ちは巧笑を浮かべた。
俺は反省の色が見えぬ超能力者に愛想を尽かして昇降口を出た。
ハルヒは一人、校門に向かう他の生徒たちを眺めていた。長門の姿はない。
なんでも今日は生徒会室に用事があるのだそうで、一緒に帰れないんだそうだ。
その旨を聞いたハルヒは生徒会長の御姿を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、

『大した用件ではない』

という長門の言葉に三人での下校を決断した。
ちなみに俺は精々支給される予算についての連絡だろうと見当をつけていたので、さほど心配していなかった。
長門に手出ししようものなら瞬間的に蒸発して存在を完全抹消されること請け合いだしな。いやマジで。

「手間取ってしまってすみません」
「全員揃ったわね。じゃ、帰りましょ」

164 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:40:57.76 ID:HU4uPfAo

ハルヒが自分を真ん中に、右を俺、左に古泉を並べて歩き出す。
これでハルヒがドレスに着飾り俺と古泉が黒スーツに身を固めていたら
傍からは社長令嬢をガードするSP二人、といった具合に映っていることだろう、
なーんて実にくだらない仮想をしながら左の会話を傍聴する。

「―――不審者が――らしいんだけど―――古泉くんは会った――ある?」
「――――ませんね―――接見したいとは―――いるのですが―――」

二人は昨日聞かされた不審者の話題で盛り上がっていた。
北高周辺の情報は根こそぎ手中に収めているであろう古泉が、
あたかも初耳であるような驚嘆の演技をしている様に胸中でエールを送りながらも、
俺は首を反対方向に捻った。

一時の栄華を極めた桜の樹が、自身の薄命を嘆くように残りの花弁を散らしていた。

「…………」

微塵の前触れもなく、ここ最近の記憶がフラッシュバックする。
朱墨に染められた満開の桜、鶴屋さんとの紡いだ温かな会話、
監視者として再臨した朝倉、未だ解明されぬ長門のエラー、そして―――

俺は足を止めた。何故だろう。
このままハルヒたちと家路を共にするつもりだったのに、
表層とは違う内奥の意識が『直感で動け』と告げていた。

ここは――

1、鶴屋さんの家に行こう。社会常識が欠落した行動なのは承知の上だ。
2、生徒会室に行こう。あの人なら、欠けていた情報を埋めてくれる気がする。
3、ハルヒたちと帰ろう。現時点で急を要することは何もない。

>>184までに多かったの

165 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:05.17 ID:ZffTkYDO



166 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:32.97 ID:0r8ajoDO



167 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:38.16 ID:pEUuoRE0

2

168 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:39.06 ID:GcJdIQgo



169 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:42:42.98 ID:HYQnVa6o

2

170 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:43:29.76 ID:FxBxePw0

2

171 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:43:45.41 ID:dmq0mISO

2

172 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:44:07.17 ID:FMIipcso

1

173 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:44:36.67 ID:D2sS80s0

2しかない

174 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:46:08.78 ID:5pQziYDO

2

175 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:46:48.74 ID:dXwjCWEo

2

176 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:47:31.54 ID:mFHvP860



177 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:48:29.85 ID:fvg/e0Io



178 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:50:43.35 ID:04.yO2g0

1

179 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:51:10.14 ID:zDVKv1M0

いくらなんでも安価遠すぎる
2で

180 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/13(日) 14:51:48.89 ID:HaVS4S20

2しかないだろ

181 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:53:27.25 ID:eJl7tJ.0

2

182 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:53:48.08 ID:04.yO2g0

もう2決定じゃねーかwwww鶴屋さん派すくねーwwww

183 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 14:55:28.42 ID:WDbHc2DO

2!

184 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 14:57:29.82 ID:6dsG9Uco

2

195 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 15:51:08.93 ID:HU4uPfAo

昼休み。詰め寄る俺に対して朝倉は、『詳しいことを知りたいなら長門さんと喜緑さんに訊けばいい』と突っぱねた。
そして現在、都合のいいことに生徒会室にはその二人が揃っている。
いや正確には生徒会長が同席している可能性が高いが……それは瑣事だ。どうでもいい。

「どうしたの? 桜見つめて感傷に浸るなんてあんたには似合わないわよ?」

急に足を止めた俺に、ハルヒがいつもの調子で訊いてきた。
俺は一か八かの賭けに出ることにした。

「教室に教科書忘れたことにたった今気づいたんだ。
 俺は取りに戻るから、先に帰ってていいぞ」

口で嘘を並べながら目で困惑ぎみの古泉にアイコンタクトを送る。
たのむ古泉、察してくれ。

「忘れものぉ? そんなのどうだっていいじゃない」
「どうだってよくねぇよ。あれがなきゃレポート課題ができない」
「どうせ家帰っても勉強しないくせに。もうここまできたんだし、今日は帰りましょうよ」
「いやだからそういうわけには、」
「つべこべ言わずに一緒に帰るの! これは団長命令よ。絶対服従なのよ。逆らったら私刑だかんね」

怒濤の攻めに決心が揺らぎそうになる。だが、俺の決意があと少しで陥落するといったところで、

「涼宮さん。これはSOS団副団長としての申し出なのですが、
 先のお話で登場した不審者の出没場所を僕に案内してもらえないでしょうか?」

ハルヒの矛先が反らされる。グッジョブ古泉。
現れた助け船に、藁をも掴む思いでしがみつく。

「んー………」

ハルヒはそれからしばらく俺と古泉とを見比べていたが、
やがてこんなことにムキになっている自分に羞恥を感じたのだろうか、明らかに不満足そうな渋面で頷いた。

「分かったわよ。先に帰ってるわ」

201 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 16:22:06.68 ID:HU4uPfAo

「それではあなたもお気をつけて。
 噂によれば一人での下校は不審者の追跡対象となりうるそうですから」
「ご心配なく。知ってるよ」

二人に別れを告げて踵を返す。行き先は勿論教室ではなく生徒会室だ。
俺は助け船のお礼に今度新しいボードゲームを持参してきてやろう、なんて考えながら元来た道を逆行した。

校舎は夕陽に染められていた。"あの日"よりも淡い橙色だ。
昇降口で長門の在校を確認し、生徒会室への廊下に進む。
と、その時だった。廊下の薄闇のように、淡朦朧とした疑問が浮かぶ。

はて――"あの日"って一体、いつのことだったっかな。

さして重要ではない、しかし軽々しく捨て置くこともできない記憶の混濁。
結局それは廊下の最後の角に差し掛かる頃になっても氷解することなく、思考の隙間に埋もれていった。

209 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 20:01:26.36 ID:HU4uPfAo

――――――――――――――――――――――――――――――

キィ、という耳障りな音がシンとした廊下に響き通る。
最後の角を曲がろうとしていた俺は、本能的に躰を壁に押し付けた。
確証は持てないが、今の音は生徒会室のドアが開扉された音だ。顔を半分だけ出して様子を窺う。
どうしてこんな隠密行動をとっているのかは俺自身分からない。

「――――です――――だから―――」
「―――が――――――ある――――」

果たして生徒会室前に佇んでいたのは喜緑さんと長門の二人だった。
団活が終わって帰路に着き、俺が再び校舎にUターンしてくるまで
さほど時間は経過してしていないはずなのだが、長門の所用とやらはもう終わってしまったのだろうか。
二人は言葉を交しているが、声はその細さ故に聞き取れない。
と、俺がどうしたもんかなぁと二の足を踏んで様子を見守っていた、その時だった。

「――――必要は――ない――」

長門が喜緑さんに何かを告げて返答を待たずに歩き出した。
一瞬こちらに向かってくるかと焦ったが、その方向は逆だった。
意図的ではないにせよ、盗み聞きしてしまったことによる後ろめたさはある。
俺は罪の発覚を免れたコソ泥のように額の汗を拭い、

「――――――」

刹那後にはこちらにチラリと振り向いた長門に、戦慄を覚えていた。
気づかれたか? いやこの距離だ、隠れている俺を察知するのは至難の業だろう。
だが相手は長門だぞ、俺がここで盗み聞きしていた可能性は十分にある。

214 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 20:52:49.44 ID:HU4uPfAo

長門の視線を受け止めた眼球の奥が痺れを訴える。
一瞬だけ見えた長門の表情は、一年前のまだ表情識別眼が未熟な俺でも
分かるくらいに怒っていた……いや、苛立っていた。
あの風光を比喩するなら、普段はとっても仲良しな姉妹がいて、
珍しく妹が姉に持論を反対されて拗ねている、といったところだろうか。
いささかディティールに凝りすぎた気がしないでもないが。
そういえばおおよそ礼儀正しいとは言えない辞去を賜った喜緑さんは
どうしているんだろう。俺は廊下から長門の気配が消えたことを確認して身を乗り出した。
喜緑さんがいた。目と鼻の先10cmの距離に。

「こんにちは。それとも今はこんばんわ、でしょうか」
「……それはこの際気にしなくていいかと」

俺としてはあなたが携帯を使うような感覚で情報操作をしていることの方がよっぽど遺憾ですよ。
喜緑さんは窓外の黄昏時の風情を眺めて、

「やはりこんばんわの方が適切でした。
 ところで、生徒会室に何か御用ですか」

睡蓮を連想させる微笑みを浮かべた。
長門と入れ違いになってしまった所為で当初の計画は瓦解していた。
……ここは単刀直入に用件を伝えるべきなのだろうか。
と、呻吟する俺を見かねたのか、

「立ち話もなんですし生徒会室にいらしてください。美味しい紅茶があるんです」
「御言葉に甘えさせてもらいます」

即答した。お茶を誘われてそれを了承するのは極々自然な流れであって、
誘ってくれた人が滅多にお目にかかれない生徒会書記兼美少女TFEIとくれば尚更断る理由がなくなる。

221 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 21:55:20.10 ID:HU4uPfAo

さて。
喜緑さんの白皙の御手によって校内三大聖地にいざなわれた俺は、
デスクに足を投げ出し紫煙をくゆらせている生徒会長殿との対面を果たした。
その様はどこからどう見ても悪徳企業の重役かマフィアのボスそのものだ。
ただし、会長の右手にペンが握られデスクに審査書類が山積していなければの話だが。
会長が書類に没頭したまま言った。

「あー喜緑くん。かねがね尋ねようと思っていたのだが――」
「失礼します」

存在を主張する。会長と喜緑さんの間の私事に関することを勝手に耳にするのが憚られたからだ。
会長は憮然たる表情で面を上げた。

「キミは確かSOS団のメンバーの一人だったな。
 学内改革による恩恵を得られぬ三年生に進級したキミが、この生徒会室に何の用だ」

相も変わらぬ居丈高な語調に威圧されるものの、ここで踵を返すわけにもいかない。
だが俺がもっともらしい来訪理由を陳述する前に、

「応対はわたしがします。会長は引き続き、書類審査をしてください」

俺の背後から喜緑さんが現れた。会長の雰囲気が一気に引き締まる。

「そうだな。私がわざわざ手を煩わせることもあるまい」
「はい。それではこちらにかけて少々お待ち下さい。すぐに紅茶を煎れてきますから」

横柄な口調のまま喜緑さんの言葉に従う会長。
生徒会執行部筆頭と生徒会長の不思議な関係に思いを馳せつつ、俺は高級ソファに腰掛けた。
そういえば昨年の春と比べてこの部屋にもかなり備品が増えたな。
このソファもそうだが、書類棚の上に乗せられたくまのぬいぐるみや可愛らしいピンクのポットなど、
モノによっては生徒会室にまったく相応しくないものまで自由に置かれている。
SOS団の私物が散在する文芸部室をあれほど非難していた会長氏が、よくこの状態を認可したもんだ。

228 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:06.52 ID:HU4uPfAo

「熱いうちにどうぞ」

カチャリという陶器が触れあう音。
いつの間にか喜緑さんが正面のソファに座り、上品な仕草で紅茶を味わっていた。
できるだけその所作を模倣してカップを手に取る。落ち着いた芳香が鼻腔を擽った。
口に付けると、フルーティーな風味が口蓋いっぱいに広がった。これは……レディグレイですか?

「正解です。あなたは紅茶に詳しいんですね。意外でした」
「立場柄、お茶関係に通暁せざるをえないんですよ。
 生憎俺には紅茶を嗜むような高尚な趣味はありません」

喜緑さんは俺の現実的な返答に気を害することもなく続けた。

「わたしは紅茶が大の好物なんです。
 往々にしてフレーバーとは低品質の茶葉に付加価値するための手法と見受けられがちですが、
 人工的に着香されたものを除けばフレーバーティーとはとても上品な味わいで、
 特にダージリンセカンドフラッシュを使用したアールグレイは―――」
「喜緑さん」
「はい、どうかしましたか?」

うーん、自覚がなかったのか。相当の紅茶好きだな。
でも俺がここに訪れた理由は紅茶談義に花を咲かせるためじゃない。
俺は早くもティーポットに手を伸ばしている喜緑さんにツッコムのを諦め、カップを置いて姿勢を正した。

1、さっき長門と何を話していたんです?
2、長門のエラー解析について訊きたいことがあるんですが
3、朝倉の復活について私見を聞かせてください

>>238までに多かったの

229 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:28.55 ID:Zu57ZVIo



230 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:50:55.14 ID:ahK5yoA0

3

231 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:51:29.21 ID:HYQnVa6o



232 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/13(日) 22:51:54.81 ID:H4ioquI0



233 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:52:21.76 ID:xYfwY2AO

2

234 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:53:28.85 ID:KRHnJmY0



235 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:53:39.72 ID:6blgk02o



236 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:54:23.04 ID:ZhXq/6AO



237 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/13(日) 22:54:24.15 ID:9//w/Vgo



238 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/13(日) 22:56:01.32 ID:pEUuoRE0

2

258 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 00:47:54.34 ID:AmT.V1Mo

「俺が今日、生徒会室に来た理由をお話します」
「気が早いんですね。もう少し紅茶を味わってからでも遅くはないと思いますけど」

そう言った喜緑さんは、本心から俺の生徒会室滞在の延長を望んでいるようだった。
俺は煩悩を断ち切って訊いた。

「そういうわけにもいきません。長門について、いえ、具体的にはあいつの中に蓄積した――」

が、俺が全てを口にする前に、

「慌てないでください」

唇に人差し指をあてて顔を近づけてきた喜緑さんに、緘黙を余儀なくされた。
香水によるものかはたまた元から躰に纏っているものかは判別できないが、
嗅ぐ者を幻惑させるような芳香に思わずクラリとする。
その妖艶な仕草は以後封印すべきです。清純なあなたのイメージが汚れますよ。

「会長、少し席を外してもらえないでしょうか」
「私に隠れて密談かね?
 生徒会長としてその行為は感心できんが……」

喜緑さんが笑顔のまま会長氏を見た。煙草の先端が蒸発した。
どうやら最新型TFEIの視線には熱線に等しいエネルギーが籠めることが可能なようだ。めもめも。

「よかろう。ただし20分までが限度だ。書類審査を中庭ですることはできんのだからな」

会長が立ち上がる。俺はその威厳に満ちつつも寂獏感たっぷりの背中を見送った。
頑張ってください、俺は影ながらにあなたを応援していますから。

「これで傍聴者はいなくなりました。続きをどうぞ」
「えーと、長門の中に蓄積したエラーの解析方法について説明してもらえないでしょうか」

271 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 01:33:39.56 ID:AmT.V1Mo

近づけば遠ざかり、手を伸ばせば阻まれた疑問の答え。
そこに到達するのが一筋縄ではいかないことは既に十分承知していた。
だから喜緑さんが表情を曇らせて黙っても俺は落胆しなかった。

「別にその仕組みを俺が理解できなくてもいいんです。
 それともなにか話せない理由でもあるんですか?」

喜緑さんは曇っていた表情を穏やかな春空に回復させつつ、

「あなたにエラーの解析方法を伝えることに躊躇はないんです。ただ………」
「ただ?」
「長門さんは――長門さんはそれを、あなたに伝えなかったんですか?」

俺は再三に渡る質問がうまいこと妨害されたことを語った。
最初に訊いた電話は妹との一騒動の合間に切られ、
復活した朝倉に尋ねたら詳しいことは長門と喜緑さんに訊けと言われ、
文芸部室で改めて長門に尋ねたら今度はハルヒに会話を遮られた。
まったく、今思い返してもむしゃくしゃするほど俺はお預けを食らっているね。
話を聞き終えた喜緑さんは、まるで担任教師に指摘されて初めて
学校では自己主張に乏しい娘の側面を知った親みたいな顔つきをしていたが、

「やはり彼女はあなたが論理的思考の段階を踏むことを畏れていたんですね。」

やがてそう呟いた。ろんりてきしこうのだんかい?
すみません、いきなりそんな言葉を使われても意味が不明なんですが。

「今のは忘れてください」

喜緑さんは一拍間を開けてから、

「長門さんのエラーを解析しているのはわたしです」
「あなたが長門のエラーを?」

自分で言うのもなんだが俺の疑惑はもっともだ。
情報統合思念体が解析不可のエラーを、どうしてその配下にあるTFEIが解析できるんだ?
そんな俺の心情を悟ってか、喜緑さんはとても分かりやすい説明してくれた。

「わたしは対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースとして彼女とほぼ同列の進化を遂げています。
 だから彼女のエラーを複雑な変換を経ずに解析することが可能なんです。
 あなただって、遠い親戚よりも身近な家族のほうが行動原理や感情変化をより深く察することができるでしょう?」

290 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 02:53:10.78 ID:AmT.V1Mo

確かに言われてみればそうだった。
人間という有機生命体と干渉し経験値を得たことによる独自の進化は、
何も長門だけに許された特権ではなく、喜緑さんに起こっていたとしてもなんら不思議ではない。
古泉は喜緑さんを長門の「お目付役」と称していたくらいだし、
俺だって長門のことを一番良く知っているTFEIが誰かと訊かれたら間違いなく喜緑さんを挙げただろう。
喜緑さんの比喩を流用するわけじゃあないが、ある意味では
長門の姉的存在である喜緑さんがエラー解析に携わっているというのは当然の結果だ。
だが――それを認めてもなお矛盾は発生する。
答えを得てもそこが終着点ではない。疑問の探求とは往々にしてそういうものである。俺は追加で訊いた。

「なるほど、納得できました。
 では、あなたが再修正プログラムが組めない理由はなんです?」

喜緑さんは紅茶のカップに視線を落として答えた。

「わたしの処理能力では長門さんのエラー解析速度に限界があるんです。
 不完全なプログラムは彼女のエラーを助長するだけにすぎません」
「再修正プログラム完成の目処は?」
「まだ立っていません。
 ……本来、再修正プログラムとはエラーを確認したTFEI自身が組み上げるものなんです。
 情報統合思念体が作り上げたTFEIは大抵のエラーに自己対処出来るように作られています。
 よく病魔に冒された人間は自分のことは自分が一番良く分かっていると言いますが、
 わたしたちの場合はまさにそれが嵌入します」
「でも長門はそれができないんですよね」
「はい。長門さんは自ら外部、内部ともに同期を拒否するシステムプロテクトを構築していますし、
 わたしたちが未来に同期して長門さんの暴走の顛末を知り、それを現在の長門さんに伝えることもできません」

前者は長門から直接聞かされた分理解は容易い。
だが後者の理由はすんなり耳に浸透してはくれなかった。

「どうして長門に伝えることができないんですか」
「その情報そのものがバグのトリガーとなる蓋然性があるからです」

喜緑さんは言い聞かせるように続けた。

「あなたの眼には、長門さんのエラー解析にわたし一人で取り掛かるのが
 遅々とした対処行動に映るかもしれません。でも、これが最も効果的な方法なんです」

317 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/14(月) 21:39:31.40 ID:AmT.V1Mo

「そうなん……ですか」

漆黒を流し込んだような憂いの瞳が、真っ直ぐに俺を見据える。
今度は俺がカップと眼を合わせる番だった。
情報が頭中で錯綜している。一度整理してみよう。
長門のエラーを解析しているのは喜緑さんだ。
長門の近親者的立場にある喜緑さんは、情報統合思念体よりも
スムースにエラーを解析することができる。だがその処理速度にも限界があって、
今すぐに再修正プログラムを構築することはできない。時間がかかる。
そこで思念体は暫定的に監視者を設置することにした。
初めは喜緑さんがエラー解析と監視を並列して行っていたが、
今日から朝倉がバックアップを務めるようになった。
以上が事件の概略だ。

―――いや待て。まだ補完すべきところがあるんじゃないのか。

警告の囁きが思考を侵してくる。俺はそれを無視して明るい調子で訊いた。

「このままエラーの解析を続けていけば、いつかは再修正プログラムを構築することができるんですよね」
「それは保証します。必要なのは時間なんです………紅茶のお代わりはいかがですか?」
「あ、はい。お願いします」

喜緑さんは軽く髪を耳にかけてからティーポットを手に取った。赤銅色の液体が静かに流れ落ちる。
角のない所作に見蕩れているうちに、カップには紅茶が一杯目と同じラインまで注がれていた。

「どうぞ」

微笑と共にカップが差し出される。双眸から憂いの色は消えていた。
俺はカップに口を付けた。液体が喉を滑り落ちるごとに、あらゆる懸念は既往のものであるかのように感じられた。
紅茶が半分になったころには、先程の囁きは完全に沈黙していた。

324 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/14(月) 22:15:19.17 ID:AmT.V1Mo

これで――懸案事項の解消は終わりだ。
喜緑さんに話を窺ったことによって、長門のエラーに関して頭を悩ます必要はなくなった。
後は雑談するなり紅茶談義に花を咲かせるなりして、自由に喜緑さんとの時間を愉しむとしよう。
お暇するという選択肢はないのかって?
んなもんあるわけねーだろ。対面するのでさえレアなシチュエーションなんだ。
折角得られた対談の機会をポイと投げ出すなんて庸愚の極みだね。

「まだ時間は大丈夫ですか?」
「はい………」

喜緑さんは数秒瞑目し、

「大丈夫だと思います。
 会長はまだ屋上で黄昏れているようですし、わたしたちの密談を咎める者はいません」

常に清く正しい学校生活を心懸けましょう。
俺は今まで蔑ろにしてきたその訓辞を改めて胸に刻み直しつつ、口火を切った。

1、さっき長門と何を話していたんです?
2、朝倉の復活について私見を聞かせてください
3、ずっと知りたかったんですけど……どうして会長はまだ学校に留まっているんですか?

>>331

331 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/14(月) 22:20:10.17 ID:1k87uSMo



361 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/14(月) 23:27:53.29 ID:AmT.V1Mo

「そういや、どうして長門は生徒会室に寄っていたんですか?」
「わたしがそうするように連絡したからです。
 表向きの召還理由は文芸部への支給予算に関する最終確認ですが、
 実際は先程の件についてのちょっとした意見交換です」
「先程の件というと、長門のエラーに関してですか?」

一瞬だけ喜緑さんの表情に影が差したように見えたが――錯視だろう。
現に喜緑さんは一点の曇りもなき微笑を浮かべている。

「はい。といってもわたしが彼女の行動方針を確認したかっただけで、
 全然大げさなものではなかったんですけど」
「それは直接会って話さなくちゃいけないものだったんですか?」

朝倉はTFEIは互いにリンクしていると言っていた。
詳細は知らないが、莫大な情報を遣り取りできるなら意思疎通くらい余裕でできるに違いない。

「絶対の必要はありませんでした。
 でも実際に相対することによって情報を得ることには意味があるんです。
 人間の中にも、メールよりも電話、電話よりも直接会って話すことに重点を置く人がいますよね。
 それと同じです」

猛省する。今しがたの質問は無粋極まりなかった。
TFEI同士の肉声によるコミュニケートに意味がないと決めつけているようなもんだ。
が、適当な謝罪文句を構成しきる前に、眼窩に怒気を孕んだ長門の視線が蘇った。
俺は自然と訊いていた。

「去り際の長門の様子、なんかおかしかったですよね?
 表現しにくいんですけど、不機嫌っていうか拗ねてるっていうか……」

375 名前:また推敲忘れてたんです><[] 投稿日:2008/01/15(火) 01:03:10.43 ID:i2Dz/S.o

「あなたには長門さんの喜怒哀楽が分かるんですか?」

この三年間で俺の表情識別能力は一つの究竟に達しつつあったが、
遠距離での完全な識別はまだ如何ともし難いので謙遜しておく。

「ええ、少しくらいなら」

すると喜緑さんは教会で懺悔する罪人のように頭を垂れて、

「それなら誤魔化すことはできませんね。
 彼女は……あくまで推測ですが、怒っていたのではないかと思います」
「珍しいですね。ここんとこ発言量が増えていたとはいえ、
 あいつがあからさまに感情を露わにすることなんて滅多になかったんですけど」
「責任はわたしにあります。わたしは彼女の意見を尊重することを忘れていました。
 何が最善策で何が妥協策であるかは、当事者の彼女が決めるべきことだったのに……」

呟きがカップの端に落ち、滑落して紅茶に沈んでいく。
喜緑さんは長門とは極々近い派閥である穏健派に所属しているから、
本来意見対立は起こらないはずだ。しかも喜緑さんは"お目付役"として
何度も長門の静かな怒りを鎮めてきた実績がある。
長門が喜緑さんに真っ向から反抗するほどに譲れない行動方針とは、一体なんなんだ?
疑問を敬語に変換してから口にする。だが喜緑さんはかぶりを振って、

「ちょっとした意見の食い違いです。あなたが気に病むことはありません」

割とはっきりした干渉拒否を俺に告げた。
身近なTFEI同士プライベートで諍いが起こることもあるんだろうが、今の言い方には少し傷ついたね。
明後日からの二連休には感傷旅行に出掛けるとしよう。そうだな、できるだけ自然豊かで大きな湖のあるところがいい――
と俺がいじけていると、喜緑さんは俯いたままクスリと笑みを零した。

「それにしても、盗み聞きとはあまり感心できない趣味です。
 一人の女子生徒として、生徒会執行部筆頭として、あなたには処罰が必要かもしれません」

382 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/15(火) 01:48:14.90 ID:i2Dz/S.o

「え?」

戸惑いを隠せない。
よもやこのお方の口から"処罰"などという物騒な単語を聞く日がやって来ようとは。
半日常的にハルヒの私刑(主にシャーペン攻撃)を受けている俺でも喜緑さんの処罰内容が想像できない。
うーん、いったいどんな罰が下されるんだろう。そこ、卑猥な妄想は自重しろよ。

「あなたには明日の放課後、生徒会室に寄ってもらいます」
「その時に処罰が下されると?」
「はい」
「あのー、校則には盗み聞きが違背行為にあたるとは何処にもないんですけど」
「安心してください。わたしがたった今作りました」

俺は生徒手帳の校則欄を確認した。
"盗み聞きは重罰に値する"
あぁ、確かにあるな、ってそんな馬鹿な校則があってたまるか。
まったく……どこまでフリーダムなんだろうね、このTFEIは。

「一応訊いておきます。強制ですか?」
「強制です。拒否権はありません」

確固たる口調に辟易した俺は、カップに手を伸ばした。
若干冷めた紅茶を喉に流し込みながら窓に視線を移すと、外にはすっかり夜の帳が降りていた。
どうやら俺と喜緑さんは随分長いことお喋りに興じていたらしい。

「お代わりは――」
「もう結構ですよ。俺は十分味わいましたから」

このまま厚意に甘えていたら10杯くらい呑んでしまって、
以後レディグレイを胃が受け付けなくなりそうだ。
処罰も食らったことだしそろそろお暇するとしよう。
それにこれ以上の滞在は屋上で項垂れているであろう会長を精神的に凍死させることに繋がりそうで怖い。
残りの学校生活を円滑に過ごすには余計な恨みは買わないに限る。俺はすっかり重くなってしまった腰を上げた。

「今日はありがとうございました。美味しい紅茶まで御馳走していただいて」

415 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/15(火) 21:26:55.45 ID:i2Dz/S.o

「いえいえ。私のお話で満足していただけたならよかったです」

言って喜緑さんも腰を上げる。
俺は見送りを遠慮したが、喜緑さんは生徒会室までトコトコ足を運びドアまで開けてくれた。
廊下に足を踏み出すと、シンとした夜気に覆われた。寒い。
紅茶でぽかぽかしていた体が急速に冷めていくのが分かる。

「いつのまにか夜になっちゃいましたね」
「わたしも驚いています。
 あなたと会話した時間は、いつもよりも早く経つように感じられました」

恐らくは自覚なしの喜緑さんに失笑してしまいそうになる。
今の科白はもっと大切にとっておくべき科白でしたよ。
例えるなら、うら若き女性が想い人にそれとなく気持ちを告げる際に遣うような。
俺は笑いを噛み殺しつつ最後に会釈しようと振り向いた。そして見た。
ウェーブがかった細髪を透いた先――。
ティーポットの横で一つのカップがポツンと、蛍光灯の冷淡に照らされているのを。
俺と喜緑さんのカップは応接机の上にあるし、会長のカップはデスクの何処かにあるだろう。
となると、あれは長門の使用したカップということになる。

「…………ん?」

その時だった。

狭められた視界。
言葉を交わす二人のTFEI。
耳障りのない陶器が触れ合う音。
見つかってから生まれた明確な罪悪感。

さっき生徒会室を訪れたときよりも強烈な既視感に襲われる。
脳裏に鮮やかなイメージが浮かぶ。

428 名前:ルート分岐地点で手間取った すまん[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:56:30.43 ID:i2Dz/S.o

比較的いつもよりリラックスした感じの長門に、喜緑さんが饒舌に語りかけていた。
まるで俺が居合わせていなかった時間の生徒会室の情景を再生しているみたいだ。
がしかし、それが実際に一時間前かそこらにあったことでないことも自明なわけで、
自然と俺の脳味噌は、何の指令も与えられていないにも関わらず勝手に憶測を構築しはじめていた。

喜緑さんは今日だけでなく……以前から長門と面談を重ねていた? 何のために?
喜緑さんの言葉を鵜呑みにするなら『長門の行動方針の確認及び意見交換』のためにだ。
しかしそれなら何度も面談する必要はないし、そもそも行動方針の確認とは余りにも穿ちすぎている。
喜緑さんは「ちょっとした意見の食い違い」と言っていたが、長門がどうしても譲れなかったこととはいったい――

「どうしたんですか?」

不意に喜緑さんが首を傾げる。

「………あ……いえ、なんでも………」

俺は急に気恥ずかしくなって、沸騰していた思考を冷却した。次いで顔を伏せる。
憶測に憶測を重ねた疑惑ほど自身を滅ぼす結末を生む。
デジャヴが出所の情報なんて谷口コラムよりも信用が置けないってのに、何を熱くなっていたんだろうね。
バカバカしい。俺は可及的速やかに先程のイメージを消去しようとし、

「…………」

見上げた先の喜緑さんの令色に、やっぱりそれを思い留まっていた。
先程の不可思議なデジャヴに関係なく、この人はまだ、俺に伝えていない情報を残していると感じた。

―――収集した情報には、まだ補完すべきところがあるんじゃないのか。

警告の囁きが再開される。

1、俺は無意識に避けていた。それは単純な、しかし罪深い"訊き忘れ"だ。
2、長門のエラーは喜緑さんに任せていれば自動的に解決される。結論は既に出ている。

ルート分岐安価

>>440までに多かったの

429 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:57:36.98 ID:cgVsirso



430 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:12.45 ID:hvCTXWQo

1

431 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:19.84 ID:7WTCrR.0

1

432 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:58:25.72 ID:lk.ACFUo

1

433 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:02.24 ID:xeV.ITso



434 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:15.21 ID:.nozn6s0



435 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:15.75 ID:4qNtrzwo



436 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 22:59:52.22 ID:OynTuLY0

1

437 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:02:12.92 ID:cW2lkcSO

1

438 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/15(火) 23:02:45.37 ID:Kp.Nu0Y0

1

439 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:03:27.36 ID:gVfw8UDO

1
これは1だろw

440 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 23:03:40.06 ID:iOtE4QEo


圧倒的だな

457 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/16(水) 00:49:44.33 ID:Y4Mq33co

既に紅茶の甘い香りによる介在はない。
囁き声は砂漠に降る雨のように思考回路に浸透していった。
そして俺は気づいた。
欠けていた情報は意図的に隠蔽されていたわけではなく、
俺自身が得ることを無意識に避けていた、ということに。
それはとても単純で、同時にとても罪深い"訊き忘れ"だ。

「……喜緑さん」

言い訳の方法はいくらでもある。

或いは、その情報は自動的に与えられるはずだったのに与えられなかったから。
或いは、朝倉復活への対応で精一杯で頭が回らなかったから。
或いは、切迫感が無いことによって事を楽観視できる状態が出来上がっていたから。

でも――もしこれらの要因が意図的に作り出されたものだったとしたら?

最後に一つだけ訊いてもいいですか」
「………はい」

喜緑さんの表情が諦観に歪む。
俺は感情を殺して訊いた。


――――――――――――――――――――――――――――――

468 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/16(水) 21:14:01.56 ID:Y4Mq33co

――――――――――――――――――――――――――――――

「ただいま」

言った直後に身構える。が、どんなに待っても突き当たりのドアは開かない。
リビングに足を進めると、テーブルの上に一人分の食事が並んでいた。
妹はTVに夢中だ。どうやら家族団欒の夕食はとっくの昔に終わっていたらしい。

「いただきます、と」

合掌してからラップの包みを開ける。
途端、焼き魚の芳ばしい香りが広がったが、食欲は沸かなかった。
それは口に運んでも同様で、美味しいはずの食べ物は冗談のように味気なかった。
味蕾神経が狂ってしまったのだろうか――そんなことを考えながら
遅々と箸を動かしていると、妹が牛乳&コップともども現れて正面の椅子に腰を下ろした。

「キョンくん、いつかえってきてたのー?」
「ついさっきだ」
「ふーん。気づかなかったぁ」

両手をチューリップの形にして顔を支える妹。
新しい友達とはうまくいってるか? 先生には叱られてないだろうな?
等々いくらでも話題提起はできたはずだが、口から出たのは

「…………」

凋んだ風船のヘリウムガスみたいに虚しい三点リーダのみだった。
が、そんな情けない兄貴を見て機転を利かせようとしたのだろうか。妹は思い出したように手を叩くと、

「そういえば、きのうの夜にキョンくんに電話があったんだよ〜」
「誰からだ?」

476 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/16(水) 22:28:25.87 ID:Y4Mq33co

「おんなのひとー」

俺が訊いてるのは性別じゃねえよ。名前だ、名前。

「わかんなぁい。だってそのひと、すぐに電話切っちゃったんだもん」
「電話を切られる前にきいとかなくちゃ駄目だろ。
 そいつは俺に用があったんだよな? どうしてすぐ俺にパスしなかったんだ」

妹は飄然と答えた。

「キョンくんとってもいそがしそうだったから。
 伝えに行こうとは思ったんだよー? でも、ケータイのほうのでんわをじゃまするのもどうかな、って」
「お前の葛藤は嬉しいけどな。
 せめて携帯の方が終わってからでも教えてくれればリダイヤルできたのに、」
「…………」

軽蔑の視線が俺に突き刺さる。
昨夜携帯が鳴ってからベッドに潜り込むまでの行動を反芻する。
長門と長電話して、それに抗議してきた妹をお袋に預けて、自室に駆け上がって――
あぁ、妹が第二の電話を俺に伝えるチャンスは何処にもないじゃないか。
俺は謝罪の印に妹のコップに二杯目の牛乳を注ぎつつ、追加で訊いた。

「そいつの声や口調に憶えは?」
「んーん。あたしがその人の声を忘れてるかのうせいもなきんしもあらずだけどね〜」

急に難しい言葉を遣いだした妹に感心するのは後回しだ。
ふむ。俺の知り合いで女と言えば、SOS団の二人と現クラスメイトの女子、中学校時代の女友達くらいしか浮かんでこないが……
って結構な量だな。妹が知らないもしくは声を忘れているand俺に用件があるという条件を付加しても、絞り込むのはかなり難しそうだ。
ここは潔く諦めるか。そのうちまた掛け直してくるかもしれないし。

「今度掛かってきたときは名前を控えておいてくれ」
「うん、わかった!」

480 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/16(水) 23:29:26.25 ID:Y4Mq33co

席を立って台所に食器を運ぶ。
またお袋に迷惑をかけてしまうことになるが、今の俺が食器洗いをしても
皿の一枚や二枚簡単に割ってしまいそうで、結局はお袋に任せるという結論に帰結する。

「どこいくの〜?」

俺はドアノブにかけていた手を止めた。
さっきまで牛乳をコクコク呑んでいた所為だろう、妹の口の周りには見事な白髭ができている。

「もう二階に上がるつもりだが」
「じゃあおふろはいらないの? キョンくんきたなーい。ふけつー」
「おまえな……」

こういった暴言のレパートリー増大が、
妹の語彙強化を素直に喜べない所以である。まったく、誰に似たんだか。

「人様のこと不潔だの汚穢だのいうな。
 今日は疲れてるんだよ。明日の朝にでも入る。これでいいだろ?」
「朝におふろなんてむりに決まってるよ。
 キョンくん、あたしなしじゃ一人で起きられないのに」

殊勝な笑みが童顔に浮かぶ。
いたずらに不快指数を上げられた俺は、
最後に髭を撫でるようなジェスチャーを見せて居間を出た。
後ろから声が聞こえてきてもお構いなしで階段を駆け上がる。
――今頃あいつはぐしぐし口の周りを擦っているところだろうな。
してやった感とともに自室のドアを開ける。


薄闇と静寂。


虚構の糸が、ぷつりと切れる音がした。

488 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/17(木) 01:24:09.99 ID:Ikg4Xowo

押え込んでいた感情が汪溢しはじめる。
独りになった瞬間すぐこれだ。喜緑さんとの最後の会話がエンドレスリピートされる。
ははっ、一種の拷問だよな。考えなくちゃならないことは分かってる。
停滞することによって失われる時間の大切さも理解してる。でも――思考が追いつかない。
俺の稚拙なニューロン構造じゃ、最善策を選びとることは疎か選択肢を用意することさえできやしない。
俺は上着を脱いで椅子に腰を下ろした。帰り道に外灯を見て気を紛らわしていたのと同じように窓に視線を移す。
深い紺色の空に昇っていた月は、丁度薄い雲に覆われていくところだった。
携帯を開いてメモリを検索する。濃さを増した暗闇に、ぼう、と青い光が滲む。
しばらくすると目的の名前が見つかった。
俺は眼を閉じた。そして白じむ瞼の裏に先刻の情景が投影されるのを、拒むことなく受け入れた。

――――――――――――――――――――――――――――――

544 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/19(土) 21:45:17.76 ID:boDjiiAo

――――――――――――――――――――――――――――――

俺は感情を殺して訊いた。

「もし再修正プログラムが完成する前に
 長門がバグを引き起こした場合……あいつはどうなるんですか」

もっと早くに知ろうとしなければいけないことだった。

喜緑さんがエラーを解析して再修正プログラムを構築する。
監視者である朝倉と喜緑さんは長門を随時監視する。
特殊能力の欠片もない一般人である俺は、それを黙って傍観しているだけでいい。

巧すぎる話だ。
物事が何でも簡単に解決するわけがない。こいつら宇宙人に関する揉め事は特にな。
万事上手く済めばめでたしめでたしだ。だが予定外の事態が起これば結末は変わる。
安泰な日常に回帰するはずだった結末は、予測不可能な方向へと収束しはじめる。
そんな当然のことから俺は眼を背けていた。与えられた希望的観測が全てだと信じていた。
計画が破綻した場合のことなんて考えもしなかった。
いや、例え計画が破綻したとしても何かしら平和的な代案があるだろうと思考を捨てていた。
それはまるで――現実を畏れる小さな子供のように。
喜緑さんは淡々と言った。

「長門さんは然るべき方法によって処理されます」

動悸がする。聴きたくない。だが行動は意志と相反して、

「具体的に教えてくれませんか」

漠然とした予感が生まれてくる。悪い予感だ。
ありえない、そんなはずがないだろう――いくら否定してもそいつはひたすらに最悪の結末を囁きかけてくる。
一瞬の間があった。そしてその囁きは、喜緑さんの唇を透して現実の響きとなった。

「……彼女に暴走の兆しが見られた瞬間、彼女は削除されます。
 情報統合思念体は検討を重ねた結果、
 自律進化の可能性である一体のTFEIを捨て、自身に蓄積した莫大な情報を維持する道を選びました」

552 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/19(土) 22:50:28.47 ID:boDjiiAo

「…………そんな…………」

予期していたのに。思考が、地面に叩きつけられた銀細工みたいに砕け散る。

削除。

無機質な響きだ。不必要になったモノを廃棄する。
ただそれだけの意味を表す言葉が、こんなにも残酷だなんて知らなかった。
俺は放心していた。やがて芽生えたのは、怒りにも似た興奮だった。
長門を削除する? 冗談じゃない。
諧謔を弄するのも大概にしてくださいよ。
そんな生徒会執行部が弱小部を廃部にする感覚で
削除されたら長門の立つ瀬がないしあいつを知る人間みんなが困る。俺は畳み掛けた。

「長門は情報統合思念体にとって唯一無二の存在でしょう?
 削除なんて短絡的すぎやしませんか。せめて拘束とかもっと穏便なやり方があると思うんですが」
「彼女がバグを起こした際に時間的余裕はありません。
 削除と拘束、どちらが容易かつスムースに実行できるかはあなたもご存じのはずです」
「なら今から拘束すればいいじゃないですか。
 あいつの人権は無視されたも同然の扱いですけど、それでも削除よりはずっといい」
「できません。拘束行為そのものが彼女のバグを誘発させる可能性があります。
 思念体は長門さんの削除を決定しましたが、あくまで自律進化の可能性を捨てたわけではないんです。
 わたしたち監視者には、彼女がバグを起こすその瞬間まで観測することを義務づけられているんです」

爪が肉に食い込むことも構わずに拳をつくる。痛覚は既に別の感覚に凌駕されていた。
反吐が出る。あいつはこの三年間ずっと親玉のために働いてきた。
それをなんだ。ちょっと使えなくなったからって猶予も与えずに消しちまうのか。
しかも消すその直前まで役に立ってもらうなんて外道にもほどがある。
三流小説の悪役幹部でもここまで酷薄な態度を部下にとることはないだろう。
つまり一言でいうなら、情報統合思念体、お前は上司失格ってこった。
俺は一頻り心中で悪態を吐いた後、冷静を心懸けて続けた。

「長門を傷つけることを肯定するわけじゃありませんけど、
 機能停止にまで追い込めば削除の必要はないんじゃないですか。
 度合は違えど、結果的に長門の暴走は止まります」

561 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/19(土) 23:44:03.33 ID:boDjiiAo

「それもできません。
 繰り返しますが、情報統合思念体の出した結論は"削除"なんです。
 二年前の暴走時、思念体は事態の不透明性と原因と思しき彼女のエラーが想定可能であったことから、
 酌量処分として任務の続行を彼女に命じました。
 ですがそれは彼女に再度異常が発生しない、という前提での暫定的処分です」
「それじゃあ理由になってないですよ。
 今のところ長門はバグを起こしていない。前回は世界の書換えという大それた暴走でしたけど、
 今回のバグがどんな影響を長門に与えるかは、まだ分からないじゃないですか」

世界改変のような深刻な暴走かもしれないし、図書館の不法占拠みたいな矮小な暴走かもしれない。
どちらにせよ、それが分からないうちから削除を決定するなんて理不尽極まりない。
情動で塗り固めた冷静さが剥落しそうになる。それと相称するように反論の韻は平坦だった。

「あなたの持論はもっともですが、それで思念体の意向を翻すことができるとは思えません。
 鑑みてください。
 彼女は一度実際に世界を書換え、思念体を消滅させているんです。
 確かに彼女の暴走には様々な可能性があります。
 あなたの言うように些事で終わるかもしません。
 ですがその想定は同時に、再び彼女が思念体の消去に乗り出す可能性も示唆しているんです」
「……あいつにそんな思想があるとは思えない。
 日常に不満があるようには見えませんでしたし、むしろあいつはこの頃になって
 以前よりずっと愉しんでいるみたいで――」
「保証はありません。
 思念体は長門さんという名の崩壊因子を内包することを一度は許しました。
 しかし二度目はない。それが思念体の最終見解です」

573 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 01:45:28.55 ID:AA0v9fgo

何が最終見解だ。検討の余地は完全になかったのか。
情報統合思念体ほどの知性の塊が、こんな安直な解決方法しか選べないなんておかしいだろ。
俺は昂ぶった感情をそのまま言語化しようとした。
だが口はパクパク開閉するだけで言葉を発しなかった。まるで鉄のようだと思った。
理路整然とした喜緑さんの言葉に綻びはない。どの角度から穿とうとしても跳ね返されるだろう。

――どうすればいい。

どうすれば理論武装した喜緑さんを、ひいては頑迷な思念体を説得できる?
一秒毎に焦りが増していく。
長門の削除を容認することは絶対にできない。
だが思念体の考えを覆すだけの説明をすることができないのもまた事実だ。
刹那、脳裏に黄色いカチューシャの団長様が浮かぶ。もう形振り構っていられなかった。

「もし長門がいなくなったら、ハルヒが黙っちゃいませんよ。
 ハルヒなら地の果てどころか宇宙空間にまで飛び出してでも長門を捜し出そうとするでしょうね。
 ただでさえそれなのに、もし長門が消されたと知ったらどうなるか。俺は想像したくありません。
 そしてそれは、あなたや情報統合思念体も同じはずだ」

理論的説得と対極に位置する感情的脅迫。
言い終えた後、俺は奇妙な感覚に包まれていた。
ハルヒを引き合いに出した時点で情報統合思念体に勝ち目がないことは明白だ。
なのに俺の心は自信を回復しないまま、喜緑さんを介した思念体の言葉を待っている。
漠然とした不安を払い落とすように、俺は脅し文句を続けた。

「俺にこういう科白が似合わないことは知ってます。
 でも言わざるをえません。普段ならハルヒの諫め役である俺ですけどね……
 長門が消えたら、俺だってハルヒと一緒に暴れますよ。なんなら"切り札"を使ってもいい」

あいつにはこう言うだけで事足りる。

『俺はジョン・スミスだ』

ハルヒに刺激を与えるにはこれで十分、いや十分すぎるくらいだ。
情報フレア、正規手法による世界改変――それがどんな結果を生むかは分からないが、
情報統合思念体に不幸がもたらされるのはまず間違いない。

600 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/20(日) 20:02:47.07 ID:AA0v9fgo

「俺は前にも一度、今言ったことをあなたの親玉に伝えました。長門を介してね。
 だから今度はあなたの口から、二年前のことを忘れちまった大馬鹿野郎に伝えてください」

そこで一旦言葉を切ってから、

「俺はおまえが長門を削除することを絶対に許さない、とね」
「……………」

言葉を探る風でもなく言い淀む風でもない、ひたすらな沈黙。
俺はそれを説得成功故の沈黙だと判断した。―――勝った。
強引であることは否めないがこれは俺の完封勝利だ。そう思った。
振り返ってみれば、俺が今回の件で"長門の削除"という選択肢に
思い至らなかった根因は、二年前の脅迫、ただそれだけに尽きる。
ハルヒという絶対最強の切り札をチラつかせることは、
一見単純な障壁のようで、その実、盤石の楯となって思念体の悪行を抑止していたのだ。
そしてそれは長門がSOS団の一員である限り、ずっと崩れることがない。
俺は盲信していた。
例えこの先何が起ころうとも、ハルヒの暴走防止>長門の削除という不等式は永久に不変なのだと。

「―――思念体はあなたの言葉を忘れたわけではありません」

ふいに、抑揚のない声音が耳朶を刺した。
高翌揚感が砂塵に帰す。確固たる自信が喪失されていく。

「二年前と今では状況が違うんです。
 あなたの脅迫は既に意味を失っています。
 長門さんが消えるのを涼宮ハルヒは静観するでしょうし、
 あなたは彼女に対して環境情報操作能力を喚起させることもありません」
「どうして………どうしてそんなことが断言できるんですか」
「思念体が既に予防措置をとっているからです。
 それによってあなたが先程口にした行動は完全に意味を失うでしょう」

603 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 20:59:25.14 ID:AA0v9fgo

機械的な言葉に欺瞞は見受けられない。
激しく動揺していることを隠して俺は言った。

「思念体が用意したからには相当上等な予防措置なんでしょうね」
「いいえ、仕組みはとても単純です。
 長門さんは表向きは長期出国という形であなたたちの前から姿を消します。
 しかし朝倉の場合とは違い、長門さんには涼宮ハルヒを納得させるだけのファクターを用意してもらいました」

動揺した心からどす黒い感情が溢れ始める。
そのファクターはどうやって用意させたんだ。
まさか嫌がる長門に強要したんじゃないだろうな。
俺や古泉の身の安全を保証する代わりに、みたいな卑劣な手で――。
脳内に荒唐無稽な想像が浮かぶ。
しかし、あくまで口先は冷静を保っていた。

「どれだけ長門に協力させても無駄ですよ。
 あいつは長門を連れ戻しに行く。絶対にね。いつもあいつの傍にいた俺が言うんだから間違いありません」

継ぎ目を見取れないほど流麗に反論が紡がれる。

「確かにその蓋然性は大いにあります。
 だからあなたの力をお借りしなければなりません。
 彼女の環境情報操作能力の発現を直接止められるのは、あなただけですから」

嗤笑する。声高に笑うのではなく、唇を歪ませて、だが。
喜緑さん、あなたはとっても重要な前提条件を忘れていますよ。
俺は情報統合思念体の削除計画に協力する気は毛頭ない。
ハルヒの能力発現を止める? ありえないですね。
むしろ先頭に立ってハルヒの導火線に火を灯しますよ。
俺は明らかな敵意を持って意思表示した。それが、数刹那後に掻き消されるとも知らずに。

「あなたは必ず涼宮ハルヒを諫めます」

喜緑さんは同じ言葉を繰り返した。そして――

「何故ならそれが彼女の、長門さんの望みだからです」

606 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 21:56:10.43 ID:AA0v9fgo

絶句する。

頭の中で興奮した"俺"が叫んだ。

望み? どういうことだ。
長門が自分の消滅を受け入れ、延いては俺がハルヒを止めることを認めるわけがないだろう。
あいつには未来がある。鬱な性格から少しずつだけど前進して、
最近は口数も増えてきて、人並に感情を発露するだけの性格も獲得して
ますます毎日が愉しくなってきているはずなのに、そんな破滅的な願望を抱くわけがねぇんだ。

次に冷静な"俺"が未来を見据えて言った。

ハルヒは一年前の一件からこっち、能力を行使することをやめている。
古泉の話じゃ閉鎖空間もまったく現れていないらしい。
つまりハルヒの精神は極めて平静な状態にあるわけだ。
そこで俺があいつに『俺はジョン・スミスだ』と告白すればどうなるか。
答えは火を見るよりも明らかだ。ハルヒが再び能力を発現し、平穏だった日常は崩壊する。
しかもハルヒを焚きつけたからといって、首尾良く長門を取り戻せるかどうかは分からない。
最悪の場合、今の世界が消し飛んでしまう可能性もある。

最後に現実的な"俺"が誰ともなしに呟いた。

長門の二度目のバグがどんな事態を引き起こすかは予測不可能だ。
それがこの世界に、いや俺たちにどんな影響を及ぼすかはあいつ本人でも分からない。
きっとあいつは怖かったんだ。
平和に回っているこの世界が、崩壊因子となりうる自分のせいで何度も危険にさらされることを。
だから最期まで思念体に隷従することを決めた。
自分が削除された後も平穏な日常が流れ続けて欲しいと、自分を探そうとするハルヒを俺に抑えて欲しいと願った――。

どれくらいの時間が経ったのだろう。やがて俺は溜息とともに吐き出した。

「卑怯ですよ……そんなこと聞いたら、俺は長門の望みに従うしかないじゃないですか」

623 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/20(日) 23:36:42.92 ID:AA0v9fgo

「先見の明をお持ちですね。
 長門さんはあなたの時折発揮される洞察力をとても高く評価していました」

そりゃ良かった。ま、ほんとに時折だから誇れるもんでもないんですけど。俺は訊いた。

「あいつの望みを、今、俺に話して良かったんですか」
「本当は彼女が削除された後、迅速にわたしが口頭で伝える手筈になっていました。
 彼女は現時点であなたが削除に関する事項を知ることを阻害していたようですが、わたしに制約はありません」

その言葉で確信する。
あいつは、俺がこの領域まで思考の段階を踏むことを遅延させたかったのだ。
再修正プログラムが間に合わなくなって自分が削除される、その時まで。
もしエラーの解析方法を知れば、その方法――喜緑さんによる解析――の速度限界に気づく。
そしてその発見はそのまま、エラー解析が間に合わなかった場合の長門の処理方法についての疑問へシフトする。

長門は最初の電話時、会話の途中で受話器を降ろした。
きっと妹とのゴタゴタなんて、所詮ただの言い訳でしかなかったんだ。
昼休み、朝倉は追及しようとする俺に「あなたにも話せることと話せないことがあるでしょ」と言って踵を返した。
それは、自分にプロテクトがかけられていることの暗示ではなかったか。
部活で改めて尋ねたとき、長門は俺の関心をハルヒに逸らした。
上手くなったもんだよな、昔はあんなに不器用だったのにさ。

――とにもかくにも非道い話だ。

最悪の場合、俺はあいつが消えたという事実を噛み締めたまま途方に暮れ、
しかし喜緑さんから伝えられた長門の"願い"に縛られたまま、
感情的に行動しようとするハルヒを押さえつけなくちゃならなかった。
本当なら今すぐ長門の部屋に猛ダッシュしてあいつを怒鳴りつけてやるところだが……

「長門は情報統合思念体の意向に同意した。
 ハルヒが長門を捜して放浪しないように細工をするのも、
 削除後に喜緑さんの口から俺にあいつの遺志が伝えられるのも、
 全てあいつが自分で決めたことなんですね?」
「はい」

短い返答。俺にはそれで十分だった。
見当違いの相手に敵愾心燃やして、俺が長門を護るんだと勢い込んで――ただの独りよがりじゃねえか。
俺はその背景にある長門の心情を、半分も理解してやれていなかったんだ。

652 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/21(月) 00:46:53.37 ID:6qZhkK6o

ずっと伏せていた顔を上げる。瞳に流れ込んできた情報に温かみは皆無だ。
框を隔てた向こう側。廊下の宵闇に侵された白い空間で、喜緑さんが変わらぬ姿勢で佇んでいた。
双眸には暗い色が滲んでいる。俺はその理由を知りながらも訊いた。

「長門を削除するのは……あなたですか」
「はい、正確にはわたしと朝倉で情報結合の解除を申請し、彼女のパーソナルデータを完全に抹消します」

今まで事務的だった口調が、辛そうに歪む。
それが演技なのか長門を失うかもしれない事実への純粋な感情故のものかは判別できなかった。
監視者。
これもまた、長門の言葉によって先入観を植え付けられたことによる思いこみだ。
監視者=削除者であることは、事態の濫觴を遡れば当然だった。
朝倉が復活した理由は単一だと誰が言った。
あいつは今のところ穏和な顔で長門の監視を続けているが、
長門にバグの兆しが見られた途端、あの狡猾な微笑とともに削除に動き出すに違いない。喜緑さんのバックアップとして。
昨夜、長門は是非を尋ねた。もし、その時に今回の真相を把握していたら――
果たして俺は、長門を破滅させるかもしれない死神の復活を許しただろうか。
ふと、喜緑さんの右手でナイフが燦めいた気がした。注視する。勿論そんなものはなかった。
だが再修正プログラムが間に合わなければ、今の錯視は現実のものとなって長門に襲いかかるのだ。
それを止める術はない。古泉レベルの超能力も行使できない俺は、
たとえ運よく長門と削除者二人の間に割り込んだとしても一瞬で爪弾きにされてしまうだろう。
背中に悪寒が走る。気持ちの悪い汗が滲む。
喜緑さんは悪くない。そう思っていても、長門の削除を犯すかもしれない目の前のTFEIと隣接することができない。
俺は一歩後退った。すると喜緑さんは、まるで失恋した少女がせめて自分を嫌わないで欲しいと懇願するかのように俺を見上げて、

「……色々と思い悩むことはあると思います。
 ですが明日、生徒会室にもう一度足を運んでください。
 これは生徒会執行部としてではなく、彼女の一人の友人としてのお願いです」

659 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/21(月) 01:29:33.23 ID:6qZhkK6o

俺は了承を示す言葉を探した。
だが憔悴しきったシナプスが探し当てたのは、保留を表す別れの言葉のみだった。

「――帰ります」

早足に生徒会室前を後にする。
振り返ることはなかった。ただ、俺の背中を見つめる喜緑さんの哀切の眸子を
猜疑の目で見てしまうことが怖かった。

帰路の分岐の一つで俺は足を留めた。
この先を進めば、長門と朝倉が暮らす高級分譲マンションがある。
長門は俺が全て知ってしまったことを知らない。
今の俺が赴いたところでできることは何もない。
感情だけで長門の意志をねじ曲げることはできない。
それは結果的に長門の決心を冒涜することになる。
俺はしばらく逡巡した後、結局帰途につくことにした。
そして最高に冴えない頭で、情報統合思念体でさえ辿り着けなかった
長門を削除しないで済む方法を何度も何度も模索した。
するとどういった理屈だろう。あれほど長かった通学路はあっという間に踏破され、俺は玄関の前に立っていた。


俺が答えを得るには、道程はあまりに遠すぎた。


――――――――――――――――――――――――――――――

携帯を机の上に置いて、半ば倒れ込むようにベッドに沈む。
堂々巡りの思考の再開は明日にしよう。
自分にそう言い聞かせて、波立っていた心の湖に静謐を取り戻す。
白塗りの天井は消灯しているのに薄明るく、俺はふと光源の探して視線を彷徨わせた。
淡朦朧とした光の正体は月光だった。窓外は暗闇に包まれていて、その中心で半月が煌々と輝いている。
雲はなく、しかし星もなく、月だけが昇っている空。ただただ索漠とした印象の、幻想的な風景が広がっている。
だから。微睡みの中で聞こえた

「―――おやすみ、キョン」

という声も、きっと、夢想の一部に違いない。

696 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/22(火) 22:12:16.12 ID:17Lq/uwo

――――――――――――――――――――――――――――――

人間とは不思議なもので、悩み事に没頭するほど雑事をテキパキとこなすことができる。
その言葉が人類全てに当て嵌まるかどうかは定かではないが、少なくとも俺はそれが適用される人間の内の一人だった。
朝。妹にボディプレスを食らう前にベッドから躰を起こし、間違って箸を咀嚼することなく朝食を終え、
スウェットの上に制服を重ね着することなく身支度を調えた俺は、ゆったりと愛機に跨った。
客観的な視点からなら、それはとても優雅な登校風景に映ったことだろう。
でも実際は違った。冒頭通り、俺の頭が昨夜の会話のことで埋め尽くされ、
日常生活の行動全てが自動化されていただけ。断じて覚醒作用のあるクスリを服用したわけではない。
緩傾斜の坂道を上りながら思うのは、通学路への愚痴ではなく長門のことだ。

―――不明なエラー――再修正プログラム―――監視者――削除―――

春の空気に全然似付かわしくない単語が、脳裏に浮かんでは沈んでいく。
病的なまでにスムーズな教室までの行程と同じく、思考は病的なまでにループを繰り返していた。
俺は正常な意識を置いてきぼりにしたまま教室のドアを開けた。
すると、まるで俺が来ることを心から待ち望んでいたような愛情に満ちた声が届いた。

「おはよう!」
「……あぁ、おはよう」

どう比べても不釣り合いな返事。
眠いわけじゃない。ただ、その時の俺にとって挨拶なんて恒例行事はどうでもよかった。
声音からして女子だろうが、俺に挨拶してくれるなんて変わったヤツもいるもんだなあ、などと思いながら
俺は自席に足を運んだ。しかしその途中で足が強制的に縺れさせられた。
堪らず蹈鞴を踏む。誰だ? 言いかけて口を噤む。こんな子供じみた嫌がらせをするやつは一人しかいない。
俺は溜息と一緒に欠伸をした。すると俺に足を掛けた犯人――谷口――は悪びれた風もなく俺を睨め付けて、

「寝惚けるのも大概にしろよ、キョン。
 朝倉の元気いっぱいの挨拶を無碍にするなんて、おまえも随分と偉くなったもんだよなぁ?」

と言い、親指を立てて肩口から覗く男子軍団を指差すと、

「あんまり無礼が続くようなら、朝倉親衛隊が黙っちゃいないぜ」

大仰な口調でそう宣った。やれやれ……いつか結成されるとは予想をつけていたが、朝倉帰国二日目で結成されるとはね。

706 名前:指摘thx! 修正ver[] 投稿日:2008/01/22(火) 23:17:02.21 ID:17Lq/uwo

俺はわざとらしく肩を竦めて言った。

「怖いな。じゃあお前らの前では迂闊に朝倉に近寄れないというわけか」
「おうよ。特にキョン、お前はブラックリストに載ってるから気をつけた方がいい。これは親友からの忠告だ」

俺も甘い男よ、と自己陶酔する谷口。
組織構造、プロパガンダ、ヒエラルヒーの有無などなど、
"朝倉親衛隊"について訊きたいことは結構あったが、谷口に教えを請う自分を想像すると
虚しくなったので諦める。俺は谷口曰く「俺に元気いっぱいの挨拶をした」らしい朝倉を目で探した。
……いた。教室の一角で、女子達と情報交換に勤しんでいる。
情緒豊かな表情、巧みな相槌。
それらが織り成す会話に取巻きは大満足のご様子だ。時折、朝倉の形の良い唇から笑みが零れる。
そしてそれは、不意に俺の方へ向けられた。

「――――――!!」

大蛇に睨まれた子鼠のように身震いした俺を、もう一度朝倉がクスリと嗤う。
硬直した目を動かそうと瞬きすると、朝倉は談笑の輪に視線を戻していた。

「でよ、メンバーはいまんとこ13人で………」

内部情報をリークする谷口を余所に考える。
あの笑みは、対角線上にいた取巻きの一人に向けられたものだったのかもしれない。
或いは、純潔な親しみが籠められた微笑を俺が悪い方向に曲解してしまっただけなのかもしれない。
でも――その可能性を抜きにしても、俺には朝倉の心象悪化を止めることができない。
たとえどんなに俺を傷つけないと主張しようとも、長門に暴走の兆しが見られた瞬間、長門を抹消しようとするのは朝倉だ。
二年前。あいつは俺を排除するために、大量の槍で間に立ち塞がった長門を串刺しにした。
長く伸ばした腕で長門の小さな躰を貫いた。
顔に降りかかった鮮血の温かさと感触は、今でも肌が憶えている。

727 名前:風呂で間隔あいてごめん[] 投稿日:2008/01/23(水) 00:35:39.40 ID:MiPEObco

あの時は長門が崩壊因子とやらを仕込んでいたから
朝倉は返り討ちになったが――人間よりもずっと優秀なTFEIが轍を踏むとは考えがたい。
それに何より、長門は削除者に対して抵抗しない。
もし仮にバグのせいで長門が反撃を起こしたとしても、
喜緑さんと朝倉の二人を同時に退けることは叶わないだろう。

ふと、眼窩に情報制御空間の光景が映し出された。
傷つき、たくさん血を流した長門が倒れ臥す。
攻性情報を使い果たし、自己修復もままならない長門に影が差す。
朝倉だ。大きく振りかざしたナイフは、一直線に長門の喉元に向かって――
馬鹿なことを考えるのはやめろ。長門の削除は許さない。
俺は昨日、喜緑さんに、その背後にいる思念体にそう断言したじゃないか。
悪い夢を忘れるときにするように頭を振る。最悪の結末は予想せずにすんだ。

「……というわけだ。どうだ、お前も入りたくなってきただろ?」

我に返った瞬間に聞こえてきたのは谷口の熱弁だった。
おいおい、ブラックリスト入りしてる俺に勧誘をかけてもいいのかよ。

「やめとく。俺の所属する組織はSOS団だけで十分だしな」
 あとお前、その親衛隊とやらに一つ重大な欠陥があるのには気づいてるか?」
「欠陥だぁ? んなもんあるわけ――」
「お前らは朝倉が好きだから親衛隊を結成したんだよな。
 なら、お前らは同時にライバルなわけだ。誰が最初に朝倉の心を射止めるか競争だな」

最初はいい。だが、誰かが先走って告白しようものなら――
一瞬で組織は崩壊、仲間意識は敵対意識へと様変わりし、親衛隊員は互いにバチバチと火花を散らしあうことになるだろうぜ。
今から哀れんでやるよ。ま、精々頑張るといいさ。

「う、うそだ……」
「マジだよ。つーかこんなの、少し考えたら分かる話だろ」

厳しく現実を突きつける。それから谷口は譫言のように「嘘だ」をくり返していたが、やがて

「WAWAWA分からず屋〜」

と叫びながら国木田の元に駆け込んでいった。
こちらに苦笑する国木田に同じく苦笑を返して、今度こそ自席に向かう。

729 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/23(水) 01:30:23.62 ID:MiPEObco

三年間俺の後方を指定席にし続けてきた少女は、
俺の接近にとっくに気づいているはずなのに窓外観察に汲々としていた。
俺は話しかけた。とにかく今は、隙あらば浮かび上がろうとするさっきのイメージを忘れてしまいたかった。
よう、ハルヒ。今日はご機嫌斜めなのか?

「あんたがあたしの精神状態を一目で読み取れるようになったことは褒めてあげるわ。
 でもね。もうちょっとオブラートに包む努力をしたらどうかしら」

ハルヒは頬杖の上の横顔を微動だにさせず、
大きな瞳をこちらに動かして憤慨を表現した。
そりゃ三年も一緒にいたら嫌でも分かるさ。
それで団長様、恐縮ですが不機嫌の理由をお聴かせ願えないでしょうか?
俺の問い掛けにハルヒは数秒硬直していたが、
やがて頬杖を解いて体ごとこっちに向くと、

「最初にいっとくけど、あたしは別に不機嫌なわけじゃないの」

と断りを入れてから、

「団員の素行不良に辟易してたのよ。
 あんたいつから朝倉と仲良くなったの?
 あの子が日本に帰ってきてからまだ三日と経ってないのにさ」

辟易するのは俺の方だ。
まず俺は朝倉とはこれっぽっちも仲良くなんかないし、今のところ親密になる予定もない。
それに素行不良とはなんだ、素行不良とは。
俺が朝倉と仲良くなったらSOS団に害悪が及ぶっていうのか?

「だって………」

と、言い淀むハルヒ。

「だって?」

オウム返しに尋ねると、声のトーンはぐっと小さくなった。

「だって、朝倉は顔立ちも整ってて胸もおっきくてスタイルもよくて、
 帰ってきたら前よりもかわいらしさ50%増しで……」

くぐもりすぎて何を言ってるのかさっぱり分からん。俺は復唱を依頼した。
が、ハルヒは机にびたーんと張り付いて倦怠感を演出しつつも、

「とっ、とにかく! あたしは団員の不純異性交遊は認めないからね!」

結構真剣味のある声音でそう言った。はいはい。
確か恋愛は精神病の一環なんだったな、お前の持論によると。

755 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/23(水) 21:26:10.46 ID:MiPEObco

俺は美少女たちに囲まれながらも色恋沙汰とは無縁だった
これまでの高校生活と、残り僅かな青春時代を憂いて言った。

「百も承知だ。お前が眼を光らせている限り、俺に誰かと恋仲になる機会が訪れないってことはさ」
「ふぇ?」

すると今し方の科白に不可解な点でもあったのだろうか、特大の瞳がパチリと瞬く。
否定の仕草と言えなくもない。俺はまさかな、と思いつつ、

「ん、前言撤回してくれるのか。そういやもうお前の脳内学会で新説が発表されてもいい頃合いだよな。
 異性との清廉なお付き合いは学生の本分である、とか。
 恋愛によって生まれる感情の奔流は非日常的出来事によって得られる感動に匹敵する、とか」

ハハハ、と冗談めかして笑う。だが反響は至って真面目なものだった。
ハルヒはまるで占いはインチキだと決めつけていたのにも関わらず駅前の易者に心を見透かされてしまった現実主義者のように
ビクゥ、と肩を震わせて、

「あ、えと、さっきのはね……なんというか、その、あんたがあまりにも素直だったから……
 じゃなくて、……ほら、あたしの考え方もそれなりの変化を遂げたっていうか、……ううん、やっぱり今の嘘」

お前は何度語尾に否定語をくっつけたら気が済むんだ。

「……あんたも、その、SOS団の一員である前に男子生徒なわけで……、
 いや勿論あたしからしたら平団員もいいとこなんだけど……」

ハルヒはそれからしばらくゴチャゴチャになった科白を組み立てていたが、
やがて面倒になったのだろう、出し抜けに顔を上げた。

「つまりあたしは――!」
「HR始めるぞー」

まさにジャストタイミング。
ハルヒの演説の腰を折った回数は数知れず、
北高でもっとも空気の読めない熱血教師、担任岡部の登場だ。

779 名前:指摘thx! 修正[] 投稿日:2008/01/23(水) 23:10:29.59 ID:MiPEObco

「起立」

凛とした委員長の声に、憮然とした態度で立ち上がるハルヒ。
ははあ、これはHRが終わった瞬間に襟首つかまれて椅子ごと体を反転、
先程の話の続きを聞かされるパターンだな。
岡部の話が終盤に差し掛かったあたりで俺はせめて頭を机の角にぶつけないようにと首を引いた。
が、HRが終わり、一時限目が始める直前になっても襟首は掴まれない。
我慢できずに振り向く。
ハルヒは授業の準備を終えて窓の外を眺めていた。冷たい目がじろり、とこちらを見遣る。
俺は安堵と失望が交ざった複雑な気分になって首を捻りなおした。

つくづく思う。……どうして俺の悪い予感ってやつは、どうでも良い時に外れてここぞという時に当たるんだろうね。

――――――――――――――――――――――――――――――

さて、高く昇ったお日様の陽気と数学教師の起伏のない講説が
睡眠導入剤を満遍なく散布し、教室が睡魔の温床と化した三時間目中盤のことである。
学習意欲のないクラスメイトがばったばったと睡魔にやられていく中、俺は意識を保っていた。
といっても、黒板の内容を理解しようとしながら頭の隅で長門について考えを巡らすというのは
俺のシングルコアの処理能力ではいっぱいいっぱいの並列作業であり、
居眠り.exeなんて起動しようものなら一瞬でフリーズ、俺は二度と再起動されることなく机上死するに違いないからで、
実際のところはかなりの瀬戸際だ。後ろの方に耳を欹てると、

「すぅ、すぅ」

と、幽かに寝息が聞こえてくる。なんとも心地よさそうな響きだね。
いっそのこと俺も昼休みまで惰眠を貪ってやろうか――と自棄な頭で考えた、その時だった。

1、携帯が鳴った。授業中に古泉からメールなんて珍しいね。
2、………朝倉の方から視線を感じる。
3、背中に鋭い痛みが走る。どうした、寝てたんじゃなかったのか

>>773までに多かったの

765 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:54:40.56 ID:YuiUz..o



766 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:55:11.31 ID:8XZKxPAo



767 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:55:46.67 ID:zPVsgsSO

1

768 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:56:45.70 ID:WWYYyDAo

ここは……悩ましいな。


769 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:56:48.57 ID:cuK04EDO



770 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:19.01 ID:PIrK2pM0

2だ!

771 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:28.95 ID:2JAFWGc0

悩むな・・・・
3ではなく


772 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/23(水) 22:57:44.45 ID:8j7yLmAo

2

773 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/23(水) 22:58:16.00 ID:wFaENIAO

1

790 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/24(木) 00:26:28.46 ID:7GSH05ko

ポケットがぶるぶると震えだす。授業中はマナーモードが基本だ。
俺はさして慌てることもなく、教室の空気を一切乱していないことを確認してから緩慢に携帯を黙らせた。
サブディスプレイにはメール一件の表示。
いったい誰だなんだろうね、俺が授業中だと分かっていてメールを寄越すような非常識野郎は。
ジャンクメールの類なら一瞬で削除してやるからな。
心中でぼやきつつ携帯を開く。

from:古泉

朦朧としていた意識が若干回復した。
古泉からメールとは珍しい。しかもあいつは本年度から理系街道まっしぐらの特進クラスに在席している。
名門大学合格者を増やすべく躍起になっている教師たちの眼を盗んでまでメールしてくるとは、
余程切迫した用件なんだろうか。俺はメールを開けた。――眩暈がした。

subject:お話ししたいことがあります
我々機関が情報統合思念体等の宇宙的存在と折衝を重ねていることは
既にご存じですよね。一昨日のことです。
僕は長門さんと帰路を共にし、そこで以前削除されたパーソナルデータが復活する可能性を知らされました。
驚愕でしたよ。一度削除されたTFEIが再び現れるなど、前代未聞でしたから。
――――――――――――
       中略
――――――――――――
僕としては昨夜の内に済ませておきたかったのですが
電話やEメール等を媒介するよりも実際に話す方が良いと思いまして、
こんな時間にメールを送らせていただくことになりました。
お昼休みに中庭で待っています。よければ昼食も持参してください。
それでは後ほど。

夥しい文章量。まったく、下スクロール長押しでENDバーまで10秒以上かかるなんて小論文を軽く超越してるじゃねえか。
これだけの文字を打ち込むのにあいつはどれだけの時間を要したんだろうな。ラスト二行で十分だってのにご苦労なこった。

813 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/24(木) 21:33:30.43 ID:7GSH05ko

溜息を吐きつつ携帯を閉じる。
すると勢いが強すぎたのか、パチン、と鋭い音が鳴った。
教師の視線が突き刺さる。
なんでもありませんよ。それにたった今寝れない事情が出来たんで、午前中は真面目に授業を受けるつもりです。

「はは……」

と愛想笑いを浮かべて姿勢を正す。
後ろの団長様といえば相も変わらず夢の中で妖精と戯れているようで、深い寝息を立てている。
今年は受験だというのにこの余裕綽々っぷりはなんなんだろうね。忌々しい。
俺はいよいよ一つの大きなピクトグラムに見えてきた数字と記号の集合体を睨みながら、
買ってからというもの、インクの減りが芳しくないペンを握った。
黒板を写す気は毛頭無いが、それでもぐーすか寝息を立てている谷口よりはマシだろう?

――――――――――――――――――――――――――――――

古泉が俺の姿を認めた後、切れ長の目を細ませて言った。

「やぁ、お待ちしていましたよ。
 どうしてなかなか、あなたも時間厳守を心懸けるようになったんですね」

なんだその俺がつい先日まで遅刻魔だったような物言いは。

「皮肉に聞こえるから毀誉褒貶ははっきりしろ」
「これは失礼。ですが、あなたが予想以上に早く来てくださって喜んでいるのは事実ですよ。
 お話する時間を気にせずに済みますし、何より……
 独りで長時間中庭のテーブルを占有するというのは、憐憫の衆目を集めかねません」

どうぞあなたもおかけ下さい、と椅子を勧める古泉。
その様はどう見ても常に心配りを忘れない模範的優等生で、
俺はさり気なく白い歯を覗かせるアルカイックスマイルとそれを湛えるに相応しい端正な顔立ちに
激しく嫉妬しながら訊いた。

「お前が独りで飯食ってたら逆に女子共が勝手に沸いてくるだろうさ。
 樹液に集る昆虫みたいにな。ところで、話したいことってなんなんだ」
「概要はメールに記載したので、単刀直入に申しますと――「待て」

緩やかに静止する。

「あのメールは最初と最期の数行にしか目を通してない。詰め込みすぎなんだよ。
 お前さ、メールでも長広舌になる癖、どうにかした方が良いと思うぞ」

821 名前:ちょい気になったので修正ver[] 投稿日:2008/01/24(木) 22:46:33.35 ID:7GSH05ko

古泉はがっくり肩を落として、

「以後留意します」

と言い、しかし反省する風もなくテーブルの上で指を絡ませると、

「では、メール内容を更にかいつまんで説明するとしましょう。時間は有限ですから。
 一昨日、僕が長門さんと帰路をともにしたことは、まだあなたの記憶に新しいと思います。
 あの時僕は彼女から、新規TFEIが北高に配属される可能性を聞かされました」

元より機関と情報統合思念体にはパイプがあったことを知っていた分、
古泉が事前に朝倉復活の情報を手にしていたことに驚きはなかった。
だがこれはメールの冒頭部を読んだ時にも感じたことなんだが、
どうしてそういった情報が組織の末端部で遣り取りされるんだろうな。
俺は未だに機関や思念体の内部構造を把握しちゃいないが、
フツー組織というものは上層部が先に情報を手に入れてから、末端構成員に伝達されるもんだろう?

「語弊があったようですね。
 長門さんが僕に涼宮ハルヒの精神状態に関する考察を尋ねられた、と言った方が正しいかもしれません」

古泉は右手の人差し指をこめかみに当てて、

「彼女は危惧していました。
 朝倉涼子の転校は得てして、未開の湖畔の如き静逸を保つ涼宮さんの心境を乱す恐れがあるのではないか、とね」

納得する。ハルヒの突拍子な行動、消沈した気概を誰よりも素早く分析できるのは古泉だ。
朝倉復活による影響を計るにはお前を介するのが最適だったということか。

「理解が早くて助かります」
「で、お前はその質問になんと答えたんだ」

826 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/24(木) 23:27:01.67 ID:7GSH05ko

「………」

三点リーダが三つ分くらい流れた。
その刹那に古泉は思案顔を爽やかスマイルの裏側に仕舞い込んで、

「絶対の保証はできないが問題ない、と答えました。
 前述したとおり、涼宮さんは表面的な性格変化はなくとも、
 内面は"普通"の女子高生のそれに近づきつつありますからね。
 朝倉涼子の再登場程度では、彼女の心を乱すことはできないと推論したんですよ。
 これは過大評価ではなく、僕の正直な気持ちです。
 そしてその推量が正しかったことは、あなたもご存じの通り、二十四時間内に証明されました」

自分に言い聞かせるような大きめの声でそう言った。
閉鎖空間に敏感な古泉が言うなら間違いない。
これで、ハルヒが上辺で無反応なフリして実は動揺してる、といった可能性は潰えることになる。

「ところで」

と、古泉はまるで友人の恋愛遍歴を穿り返す性悪男のような笑顔になって訊いてきた。

「朝倉涼子とは上手く折り合いをつけることができましたか?」
「どういう意味だ」
「彼女は一度ならずとも二度もあなたを殺そうとした。
 両方とも未遂に終わっているにせよ、
 あなたには彼女との再会に、相当の抵抗があったのではないかと想像したまでですよ」

胸中を見透かされたような気分になって、良い具合に風化した木製テーブルに視線を降ろす。
朝倉が転校してから二日。長門のお墨付きがあり、
また"自分は安全だ"と告げてきた朝倉が二年前の朝倉とは別モノであることはもう理解していた。
だが、あいつとの会話に緊張が伴わないかと訊かれればそれはNoで、
できれば必要以上の接触は避けたいというのが本当のところだ。
それに……いくら改心したといっても、長門がバグを起こした瞬間に、あいつは――

「すみません、不躾な質問でした」

842 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/25(金) 21:47:57.51 ID:HEkLEjoo

後悔を帯びた声に我に帰る。……気にすんな。
お前にPTSD患者に接するような態度を取られることの方がよっぽど俺の矜持が傷つく。

「しかし――」

と、言い淀む古泉。その"らしくない"執着に苛立ちを覚えて、
俺は自動販売機で購入した缶コーヒーのプルタブを開けつつ、

「朝倉とは割り切って付き合っていくつもりだ。
 そりゃあ正直な話、最初は滅茶苦茶ビビったけどさ。
 いつまでも拒絶反応起こすほど俺はヘタレじゃないつもりだぜ。
 ……さ、話を進めてくれ」

そう言って、口元で缶コーヒーを傾けた。
手によって遮られていた視界が開けたとき、
影が差していた古泉の顔には完璧なアルカイックスマイルが再塗布されていた。
絵に描いたように均整のとれた唇が動いた。

「あなたはずっと朝倉涼子を畏怖していた。少なくとも三度目の邂逅を望まない程度には。
 何度もお聞きしますが、それは確かですね?」

首肯する。

「昨日、朝倉涼子は帰国子女として北高に再潜入しました。
 しかし涼宮さんと同様、あなたの情緒にも乱れは見受けられませんでした」

古泉は絡み合わせていた指の二つを手の甲から離し、

「とすると、あなたは事前に彼女の転校に関する情報を得ていたということになる。
 貶めるわけではありませんが、あなたには高位の宇宙的存在とコミュニケーションする手段がない。
 必然的に、その情報源は身近なTFEIだという結論に至ります」

必要以上に回りくどい台詞廻しに、苛立ちを通り越して呆れ始めた俺だった。
推理小説で名探偵に追い詰められる犯人のような気分だよ、まったく。

857 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/25(金) 23:27:01.71 ID:HEkLEjoo

「ですが――」

と、不意に古泉は仮初の困惑顔を作って言った。

「ここで疑問が生じるんですよ。これまでの行動を鑑みれば……
 情報統合思念体がTFEIを介し、事前に朝倉涼子の転校をあなたに知らせるとは考えがたい。
 何故ならあなたは既に幾度も修羅場をくぐりぬけてきたわけですし、
 例え彼女を見て恐れ戦いたとしても、それが涼宮さん、
 延いてはクラスメイトを含む枠外の人間に影響を及ぼす可能性は皆無だからです」

そうだな。もし仮に何も知らされていなかったとして、
俺が現実逃避に走るあまり卒倒しても誰も介抱してくれないに決まってるよな。

「少々焦点がズレていますね。
 まあ良いでしょう。とにかくあなたは事前に情報を得た。身近なTFEI、つまり――長門さんから」

事実確認ばっかで眠たくなってきた。ほとんど義務的に首肯する。

「では長門さんが自らの意志で、その情報をあなたに伝えた理由とは何でしょう? 以下は僕の憶測ですが……
 彼女は慮っていた。朝倉涼子がトラウマを持つあなたに与える心理的影響を懸念していた。
 だから彼女はあなたに、あなたが安心し、納得するだけに足りる朝倉涼子の復活理由を述べた。
 どうです、ここまでに間違いはありませんか?」

あぁ、間違いないぜ。お前の言うとおりさ。
あいつは復活の理由を伝えるどころか、俺が承諾しなければ朝倉を復活させないとまで譲歩してきた。
もっともその時の長門の説明は完璧じゃなくて、後々に喜緑さんによって補完されることになるんだけどな。
そう言いかけて口を噤む。
―――長門はさもそれが当然の行為であるかのように、俺に朝倉の復活理由を教えてくれた。
が、今一度考えてみるとおかしな点がある。
あいつが、自分が削除される可能性を俺に辿り着かれたくなかったのなら、
"朝倉が復活する理由はわからない"とか"思念体の実験的復活"とかいくらでも嘘をつけたはずだ。
俺はただ、"復活する朝倉に危険はない"と伝えられさえすれば大丈夫だったんだから。
頭中の疑問格納スペースがまた一つ埋まる。俺は惰性で首肯した。
すると古泉はアゲハ蝶を捕獲した蜘蛛の如き笑みを浮かべて、

「そうですか。では、ようやく本題に移ることができますね」

と言い、

「単刀直入に窺いましょう。
 朝倉涼子が復活した理由とは何ですか」

表情とは正反対の、虚偽を許さぬ口調で問いかけてきた。

880 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 21:32:41.09 ID:EFe1lkAo

喉を流れ落ちていたコーヒーが逆流する。
今更その質問かよ。状況によっては削除者となることならまだしも、
朝倉が"長門のエラーを監視するため"に再構成されたことは、
とっくにお前や、その大本である組織の掌中にあると思っていたんだが。
俺は噎せ返りながら聞いた。

「えっと……お前は一昨日、長門に相談を受けたんだよな。
 あいつはその時、お前に朝倉の復活理由を伝えなかったのか」
「ええ、何も。
 彼女は僕の推量を聞いた後、物言わぬ貝のように口を閉じられまして。
 執拗に問いかけても返事は梨の礫、
 仕方なく僕は諦めて、お互い無言のまま分岐路まで歩を進めました」

長門はお前の長広舌に辟易したんだよ、きっと。

「それは有り得ません。量より質。
 彼女と言葉を交わす上で、それが最も重要視されることはとっくに学習済みですから」

ジョークを真面目に返されて戸惑う俺を余所に、
古泉は思考に耽るとき特有のポーズをとって続けた。

「次の日――つまり昨日ですが――僕は朝倉涼子の転校を知った後、
 喜緑さんと朝倉さん本人に、直接事態の説明を求めました。
 しかし彼女らは口を揃えて仰いました。
 組織内部の事情が関係しているから情報呈示できない、とね」

僕も随分TFEI三人娘から嫌われたものです、と肩の高さまで手を挙げて苦笑する古泉。俺は訊いた。

「お前には話せなくても、機関には情報がいっていたんだろう?」
「えぇ、もちろんです。
 訳あって一度削除したTFEIを再構成し北高に潜入させるが、現在の勢力図を乱すつもりはなく、
 また涼宮ハルヒに実験的接触するつもりもないので黙認して欲しい。
 それが情報統合思念体からの連絡内容でした。かなり要約しましたが」

891 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:19:43.97 ID:EFe1lkAo

と、ここに来て喉が渇いたのか。
古泉は俺が待ったをかける間もなく俺の缶コーヒーを勝手に飲み始めた。
この野郎、涼しい顔して俺のカフェインを略取しやがって……!
俺はすぐさま奪い返そうとして、やっぱり自制することにした。
この件は後で猛抗議するとして、今は情報統合思念体が機関に対し、
何故明確な理由を告げずに、黙認して欲しいと伝えたのか考えるのが先決だ。
これまで二つの勢力は、円滑な協力関係を築いてきた。(古泉談)
なら何故情報統合思念体は情報を出し惜しみする必要があった?
長門のエラーが原因だと伝えれば余計な機関の詮索や衝突を生まずに済む。
それをしないということは、情報呈示することによる機関の反応の方が
思念体にとっては不都合だ、ということだろうか。
三秒じゃそこまで考えるのが精一杯だった。古泉は缶コーヒーを初期位置に戻すと満足げに喉を鳴らして、

「話を続けます。機関の上層部はその連絡を受けた後、
 情報統合思念体の要望通り黙認することを決めました」

随分あっさりと決まったんだな。

「一昨日の22:43頃に突然、構成員の一人を介して連絡が入り、
 機関が検討の機会を設ける間もなく、朝倉涼子は涼宮さんの前に姿を見せた。
 そして事実、彼女の精神に揺らぎは生じなかった……。
 済し崩しに上層部の見解は"TFEIの再配属を黙認する"方向で一致したんです」
「どうしてお前はそれに従おうとしなかったんだよ。
 上司の意向に逆らってまで情報収集に勤しむなんて疲れるに決まってるのにさ」

古泉は事も無げに答えた。

「直感ですよ。あんな超常空間に二年もいれば、否応なしに第六感が冴える。
 その感覚はあなたもよくご存じでしょう?」

否定できない。俺は無言で耳を傾けた。

「朝倉涼子の復活の裏には、後々機関、いえ、SOS団に関わる大きな理由が存在する。
 僕はそう推理しました。論拠の欠片もありませんがね」

893 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:34:10.59 ID:EFe1lkAo

「大した推理だな」
「僕もそう思います。ですが、あながちその推論は暴論でも空論でもないようにも思えるんですよ」

古泉は静かに目を伏せて、

「僕は機関から独立して情報収集に当たった。
 結果は先程の通りです。
 その時は手詰まりに陥ったかに思えましたよ。
 しかし僕は、あなたが情報を得ている可能性に考え至りました。
 そしてあなたは僕の予想通り、
 長門さんから、個人的に、朝倉さんが復活した理由を聞かされていた」

話し初め、古泉が誘導尋問紛いのことをしていた理由にようやく気づく。
大方こいつは俺が長門から口止めされてやしないかと疑っていたんだろう。周到なヤツだ。
と、俺が舌を巻いていると、おもむろに古泉は伏せていた目をこちらに向けた。

「さぁ――そろそろ答えてください。
 朝倉涼子が復活した理由とは何ですか」

蒼く鋭い眼光が眼球を差す。目を逸らしてしまいそうになる。
俺は……

1、詳しいことは知らない、朝倉が安全であると聞かされただけだと答えよう。
2、エラーのことだけ話す。長門が話さなかったということは、古泉に自分の削除をその時まで知られたくなかったということだ。
3、全て話す。長門が削除されずに済む方法に関して何か助言してくれるかもしれない。
>>905までに多かったの

895 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [] 投稿日:2008/01/26(土) 23:34:56.83 ID:96JaRN60



897 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:35:39.08 ID:rETHJwAO

2で

898 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:00.84 ID:iBBgugko



899 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:07.69 ID:.6qaeK.o

1

900 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:36:45.68 ID:fnd4HdAo



901 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:00.26 ID:TuAh69ko



902 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:47.27 ID:6dIRawDO

2

903 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/26(土) 23:37:48.42 ID:pCWDeWgo

2

904 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:38:14.00 ID:9jYVKJgo

2だな

905 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/26(土) 23:38:38.50 ID:NgHJnuk0

2

922 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 01:43:47.12 ID:bclS5Ygo

情報統合思念体の意志を尊重するならここは口を噤むべきなんだろうが、
そんなことをしたら先程の会話の辻褄が合わなくなって余計に怪しまれる。
下手に誤魔化しても古泉の炯眼には通用しないだろう。
ここは洗いざらいぶちまけてしまおうか……と安直な思考に走り始めたその時、
黄昏時の帰路を古泉と連れだって歩く長門の姿が脳裏に浮かんだ。
情報統合思念体は別にして。長門が何も話さなかったのは、
俺と同様、古泉に自分の削除を、その時まで知られたくなかったからかもしれない。
とすると俺がしようとしているのは、長門の予想の範疇を超えた情報流出ということになる。
それが二大勢力の関係性、そして長門の描いた未来図に
どんな影響を与えるかも分からないまま、全てを話してしまってもいいのか。

――――答えはNoだ。

古泉になら長門を削除されずに済む方法の手掛かりを見つけることができるかもしれないが、確証はない。
情報は古泉を通して機関に伝わる。機関の上層部が長門の消滅をどう捉え、
またそこからどんな行動に出るかは予測がつかない。ここで賭けにでるのは危険だ。

「いいぜ、話してやるよ。
 これは朝倉が復活する一日前、つまり一昨日の夜のことなんだが……」

俺は口火を切った。もっとも話すのは『長門に不明なエラーが蓄積している』ことをアレンジした情報だけだが。
如何に鋭い直感といえども、あくまで勘。
拙い説明で古泉の探求心を満足させられるかどうかは分からないが、
それ以上を追及されることもないだろう。俺はそう、高を括っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

「再修正プログラムの完成の目処は?」
「まだ立っていないそうだ」
「完成までに彼女の不明なエラーが許容量を超えた場合の対処方法は?」
「さ、さぁな、そこまでは知らない。でも解析作業は着々と進んでいるから俺たちが心配することはないだろう」

シームレスに繰り出される質問。俺は高校三年の春にして、
この超能力者が秀才という言葉では片付けられないほど優秀な頭脳を持っていることを悟った。
古泉は寒気がするほど淡々と質問から得た情報を分解、再構築し、

「バグの症状が確定していない以上、対処は即時的な手法が取られると考えた方がいいですね。
 とすると長門さんの機能停止、もしくは削除が有り得ますが――いや、それでは涼宮さんの精神に著しい影響を与え、
 環境情報操作能力を喚起させる可能性がある。思念体はリスクを最小限にしようとするはずだから
 もっと穏便な手法を用いると思考するのが妥当か」

こちらにニコリとした笑顔を向けた。

937 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 14:26:21.79 ID:bclS5Ygo

最後の最後で推理と事実は乖離したが、
もし長門と思念体がハルヒに対策をとっていることを教えていたら、
古泉の解は完璧だったに違いない。
俺はいつもの気怠そうな表情を取り繕ってから言った。

「俺も同じ考えに行き着いたよ。
 だから静観することにしたんだ。
 二年前の時と違って今度は事前にエラーの発生が分かっていて、
 その解析も順調ときてる。俺や機関が出る幕はない。そうだろ?」
「確かに。また、それなら思念体が情報呈示を拒んだことにも頷けますね。
 いたずらにTFEIの不具合を公表せず、
 自己解決してから既往の件とすれば、余計な干渉を受けずに済む」

と、古泉は絡め取るような視線を外すと、

「やれやれ」

俺の常套句を平然とパクり、

「結局は杞憂だったということですか。
 すっかり事件の真相を暴く探偵役になりきっていましたが、
 どうやら僕は、三流喜劇の道化師よりも酷い醜態をさらしていたようだ」

芝居がかった科白を長々と吐いて、

「この件からは手を引きましょう。
 勿論、今お聞きした情報は機関に持ち帰らせて戴きますが、
 あなたと同様、上層部の意向は"静観"のまま微動だにしないと思われます」

諦めたことを強調するかのように溜息をついた。

941 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 15:04:50.34 ID:bclS5Ygo

その様子を逐一眺めながらも、俺は古泉の言葉に確信を持てずにいた。
このアルカイックスマイルに何度騙されてきたことか。
古泉の口先と内心が真逆であった前例は数知れず。
自然、俺は古泉の本心を見透かそうと目を細め、

「長門さんの不明なエラーの原因とは一体何だったのでしょうか。
 今となってはそれだけが唯一、僕の興味をそそります」

席を立ちながらの一言に、意識を持って行かれていた。
長門のエラーの原因。
そりゃあいつが「不明」というからにはとことん「不明」なんだろうさ。
二年前の不明なエラーは抑圧された感情によるものが原因だった、と俺は考えている。
長門に直接訊いて確証を得たわけじゃないけどな。
だが今回のエラーはそれとは別モンだ。あいつはもう、陰気で鬱な性格を克服してる。
遅々としたスピードでだが、確実にあいつは感情を表に出すようになってきているんだ。
だからこそ俺には不明なエラーの原因が分からない。
あいつが現在の状況の何処に不満を感じているのか、全然思いつかない。
閉じた瞼の暗闇の中。長門の姿の輪郭が、はっきりしてはぼんやりするを繰り返していた。
と、沈黙を続ける俺に痺れを切らしたのか、

「こんなことが出来たら苦労しない、と笑われてしまうかもしれません。
 ただ待つだけで事態が解決するというのなら、このような思考自体が無意味なのかもしれません。
 ですが言わせてください」

軽い語調とは裏腹に、抑揚のない声が響く。

「彼女のエラーの発生原因を潰してしまえば、
 再修正プログラムの完成を待たずとも、この件は解決できるのではないでしょうか。
 もっとも、情報統合思念体ほどの知性を持つ存在が手を拱き
 長門さんと同じく独自進化した喜緑さんに解析を任せるほどのエラーだ。
 一筋縄ではいかないに違いないですが――」

そこで言葉は一旦途切れ、

948 名前:修正ver[] 投稿日:2008/01/27(日) 16:21:00.76 ID:bclS5Ygo

「高次の知的生命体が我々人類にとっては未知の物理法則を易々と理解できたように、
 数多の制限に縛られた有機生命体の方が解を得やすい事柄も、多々あるのではないか。
 僕はそう考えてしまうんですよ。ふふっ――戯言でしたね、忘れてください」

はっとした。俺はずっと"長門が削除されない方法"に固執していた。
だが、もし最悪の結末を迎える前に、長門のエラーを許容量を超えるまでに消滅させることができたら?
あいつがバグることはない。監視者も削除者も存在意義がなくなる。
今現在、あいつのエラーを消滅させるべく頑張っているのは喜緑さんだ。
それは彼女が長門と同様、感情を獲得した人間に近しい存在だから。

うんざりする。思考放棄していた自分にだ。

長門の心に刺さった棘。
それ自体を消滅させることはとてつもなく難しいらしい。情報統合思念体でさえ苦戦するほどに。
だが棘を抜くだけなら――感情に通暁した人間の方が適しているんじゃないだろうか。
自惚れているわけじゃないが、誰よりも長門の機微に触れられる俺になら、
あいつのエラーの発生原因を突き止められるかもしれない。
古泉の言うとおり一筋縄には行かないだろう。でも、それでもやってみる価値は十二分にある。
「長門に不満は見受けられないないから、エラーの発生原因は分からない」だって?
ロクに考えもせずに何を馬鹿なことを口走っていたんだろうな、俺は。
未来に起こりうる長門のバグや削除なんて関係ない。
長門は不明なエラーが蓄積していると言った。
なら俺は先ず何よりも、あいつのエラーの発生原因を調べようと躍起になるべきだったんだ。

「――――っ」

深く内省して瞼を開く。
穏やかな春風が広葉樹を揺らして、木漏れ日がテーブルの対面に、綺麗な模様を描いていた。
超能力者の姿は既にない。予鈴が静かに鳴り始めた。
ありがとよ、古泉。お前にとっては蛇足でも、俺にとっては最高の助言だったぜ。

956 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 17:08:39.68 ID:bclS5Ygo

手つかずの総菜パンを手に席を立つ。もし古泉に全てを――
長門が自ら削除を受け入れ、事後に俺がハルヒを宥めることを望んでいると
話していたら、古泉とその背後にある機関は、どうするつもりだったのだろう。
また一見無矛盾なこの説明に納得したかに見えた古泉は、
あのペルソナの裏で、長門の不明なエラーは放置しても構わないと、本当に結論付けたのだろうか。
疑問は尽きない。……だが道標はできた。これでメビウスの輪から抜け出せる。
朝からこっち、頭の中にどんよりと広がっていた雲から、天使の梯子が降りてきたような気がした。
立ち去り際、俺はテーブルの上の缶コーヒーを思い出した。
耳元で軽く左右に振ってみると、小さく水音がする。
中庭の一角には屑籠が設置されている。
俺は結構な距離があるにも関わらず、思い切り缶を投げやった。
何故そんな勿体ないことをしたのかって?
俺には古泉と間接的にであるにせよ唾液交換する趣味はないし、
缶コーヒー如きに貧乏性を発揮するのもどうかと思ったからだ。
それになんとなく、今なら一発で入れられるような気がしたのさ。
優美な放物線を描く缶コーヒー。その行方を最後まで確かめることなく、踵を返す。

数瞬遅れて――カコン、という小気味よい金属音が響いた。

――――――――――――――――――――――――――――――

16 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 20:42:53.65 ID:bclS5Ygo

午前中一睡もしなかった代償のツケを午後にしっかりと支払い、
俺は3時間分の記憶の空白を抱えたまま放課後を迎えた。
終礼が終わるや否やハルヒは余程団活を心待ちにしていたのだろう、
収納のプロも唖然の手早さで荷物を纏め、ついでに俺の私物の整理整頓もやってのけると、

「さっ、急ぐわよキョン。今日は重大発表があるの!」

瞳を紅玉のようにきらきら輝かせてそう宣った。
重大発表。こいつと出会って間もない頃の俺なら、
ハルヒが口にする危険Wordベスト3に入るそれを聞いた時点で
自身の暗澹たる未来を想像し憂鬱になっているところだが、
久しく耳にしていなかった分、好奇心が膨れてくる。俺はオウム返しに訊いた。

「重大発表?」
「そ。勘のいい古泉くんならもうあたしの発表を予見してるかもしれないけど、
 あんたは想像もしてないでしょうね」

そりゃ平団員の俺が聡明な副団長様に敵いっこないさ。俺は少しムッとして、

「また面倒事じゃあないだろうな」
「違うわ。それを聞いた瞬間、団員はみんな狂喜乱舞するに違いないもの」
「へぇ、楽しいことなのか」と俺。
「すごく楽しいことよ」とハルヒ。

おもむろにハルヒの手が俺の右手に伸びる。
俺は咄嗟に両手をポケットに突っ込んだ。危ない危ない、あと一瞬判断が遅れていたら
俺は否応なしに捕縛され、SOS団発足当初を彷彿とさせる浮き足立ちのハルヒに文芸部室へ連行されていただろう。
ハルヒは怪訝な顔になると俺の顔を覗き込み、

「どうしたのよ。早く行きましょうよ。
 時間は有限なのよ。悠長に教室で時間なんか潰してたら、有希や古泉くんを待たせることになるわ」
「いや……それがさ」
「それが?」

言い淀む俺と、追及するハルヒ。
俺が渋っているのには理由があった。

『明日、生徒会室にもう一度足を運んでください。
 これは生徒会執行部としてではなく、彼女の一人の友人としてのお願いです』

昨日、生徒会室を去り際に言われた言葉。
それが俺に文芸部室にまで一直線に足を運ぶことを躊躇わせていた。

20 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:34:30.40 ID:bclS5Ygo

喜緑さんとは今まで、折に触れて接触を繰り返してきた。
睡蓮のような優しい笑み、春陽影のように柔らかい物腰。
俺が喜緑さんに対し、好印象を抱いていたことは確かだ。でも――。
あの人は分岐する未来の一つで、長門を削除しようとするかもしれない。
その可能性が、喜緑さんに再接触を要求された事実に警鐘を鳴らしていた。
喜緑さんは悪くない。削除者という役割は、長門の望みが、思念体の意向が彼女に与えたものだ。
そう頭で理解していても、心に浮かぶ猜疑を拭い去ることができない。
と、その時だった。顔のすぐ近くに気配を感じて、俺は視線を上げた。
するとそこには、間隔5cmという至近距離でこちらを睥睨する女子生徒が。
おいおい、クラスメイトにキスしてると思われたらどうするんだよ。いくらなんでも近すぎるぜ。
不機嫌そうな顔が一転、朱紅に染まる。やべ、ちょっとデリカシーがなさすぎたかも。

「あんたねー……」

条件反射的に身構える。
しかし激昂するかに思われたハルヒは腕組みし、
右手の人差し指で左の二の腕をパーカッションしながら、

「今朝からずっと何悩んでるの?
 珍しくあんたが起きてると思って横から覗き込んだら、
 授業なんて上の空で悶々としてるし、昼休みが終わって午後の授業が始まったら、
 思い出したように爆睡し始めるし、今は今でまたあの悶々顔に戻ってるし」
「別に何も悩んでねえよ。お前の思い違いだ」

俺は自分でも不自然に思えるほどの速さで即答した。

「ホント?」
「ホントにホントだっての」
「嘘っぽいわ」
「嘘っぽい根拠を言え」

口が裂けても長門の件については話せない。
ハルヒはそれから怪訝な顔で俺の疑似アルカイックスマイルを凝視していたが、
やがて聞き出すことは無理だと判断したのだろうか、

「もういいわ。時間の無駄よ」

と捨て台詞を吐いて引き下がった。
ハルヒが腰に根を生やした俺をおいて、大股で歩き出す。
俺は――

1、文芸部室に向かおう。喜緑さんと会う気にはなれない
2、生徒会室に向かおう。約束は約束だ。

>>30までに多かったの

21 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:15.75 ID:Dv14IgDO



22 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:43.04 ID:Xrof8Roo



23 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:35:56.87 ID:WF1s012o

2

24 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:26.06 ID:YvTm8EDO

これは2

25 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:51.44 ID:Pt0MBDIo

2で

26 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:36:54.11 ID:2jGi.Rw0

あえて1

27 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:37:12.13 ID:JhOnWj6o



28 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:01.33 ID:W.sq9FMo

2

29 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:15.03 ID:Q1aaxWAo



30 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/27(日) 21:38:32.83 ID:kFzRuuc0

2

65 名前:修正ver 課題? 真っ白に燃え尽きたぜ……[] 投稿日:2008/01/28(月) 22:08:19.28 ID:GvxIV9Ao

生徒会室に向かおう。保留にしていたとはいえ、喜緑さんの要望を無碍にすることはできない。
あの人が無意味な用件で俺を呼び出すとは考えがたいし、
『彼女の一人の友人としてのお願いです』という言葉も気になるしな。
もし喜緑さんが「処罰を言い渡します♪」なんて言い出したら、
その時はその時で、丁重かつ迅速に辞去すればいいだけのことだ。
俺は黄色いカチューシャに向かって投げかけた。

「あー……、所用があるから、先に行っていてくれないか」

すると絶賛不機嫌中らしいハルヒは無言でツカツカと歩を進め、
しかし教室のドアを開けたあたりでピタリと挙動を止めると、

「……どれくらい遅れるの?」
「ちょっとだけだ。多めに見積もっても20分くらい」
「何度も言うけど、今日は重大発表があるのよ。もしそれ以上遅れたら――」

分かってるさ。

「私刑、だろ?」

科白を奪われたハルヒは、しばらくそのまま硬直していたが、やがて

「そうならないように急ぎなさいよね」

とぽそぽそ呟くと、ダダッと廊下を走っていった。
さぁて、ちゃっちゃと用件を済ませて、ハルヒの重大発表とやらを拝聴するとしますかね。
綺麗に纏められた荷物を手に腰を上げる。
教室を出際、朝の時同様に

「バイバイ」

と別れの言葉が聞こえたが、俺は体の姿勢をそのままに片手を上げて返事とした。
生徒会室の門を叩いた後の第一声は何が良いだろう、
喜緑さんに普段通り接することができるだろうか――などの懸念で席巻された俺の頭では、
まともに声紋認証を働かせることができなかったからだ。

76 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/28(月) 23:08:13.66 ID:GvxIV9Ao

――――――――――――――――――――――――――――――

さて、それから数分後に事件は起こった。急展開である。
俺が生徒会室前に立った瞬間独りでにドアが開き、
ああまるで自動ドアのようだなと感心していると、死角から現れた黒い影に首根っこを掴まれ、
俺は拉致シーンお決まりのクロロホルム使用済みハンカチで口元を覆われることを覚悟し、

「またお前か……いい加減にしてくれ。
 これ以上うちの書記の機嫌を損ねられると俺の身がもたなくなる。
 お前らはそんなに俺の胃に穴を開けてぇのか」

ドスの利いた、それでいて哀切漂う心中吐露を聞いていた。解放される。
辺りを見渡すと、どうやら生徒会室には俺と会長の二人しかいないようだった。
あのーすみません。俺、喜緑さんに用があるんですけど。

「てめぇ、さっきの話を聞いてなかったのか!」

素の自分をさらけ出して詰め寄ってくる会長にたじろぎつつ俺は反論した。

「いきなり拉致紛いのことされてそんなこと言われても、何が何だか分かりませんよ。
 俺には喜緑さんを意図的に不機嫌にした憶えはないし、それに『お前ら』ってどういうことですか?」
「自覚がないとはお前も相当鈍感だな。
 お前らっていうのは、アレだ。ほら、あの脳内お花畑女のグループに所属してる長門有希とやらも含めてってことだ。
 あいつはここ最近頻繁にここを訪れてる。そしてその度に――」

とそこで会長はクシュン、と盛大にくしゃみをし、

「俺が山積した書類の審査やら仕分けなどの雑務を任されるというわけだ。
 やってらんねぇぜ。しかもお前の場合はもっと酷い。
 喜緑め、俺に盗み聞きのつもりがないことを知ってる癖に室外退去を命じやがって。
 おかげで俺は風邪を引いた。長門と話すときは俺の同室を認めるってのに、どういうわけだ」

さあ、俺に聞かれてもね。本年度から学年上では会長と同等になり、少し調子に乗っている俺だった。

86 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/29(火) 01:08:41.86 ID:znzMtEUo

お前らの世間話に興味はないがな、と断ってから会長は内ポケットから煙草を取り出し、

「喜緑はお前が帰った後、とても哀しそうな顔をしていた。
 それは例えば、自分のしていることが正しいのかどうか判断しかねているような――。
 俺にはそれが我慢ならん」

煙を明後日の方向に吐き出した。俺は副流煙を懸念しつつ訊いた。
昨日あなたは結局いつ屋上からの帰還を果たしたのか、という質問は自重しておくとして。

「えらく細かい比喩ですね。どうしてあなたにはそれが我慢できないんですか」
「喜緑はいつも自分の行動に確固たる自信を持っていたのに、
 それが揺らぐことによって、俺に不都合なことがたくさん起こるからだ。
 長門がここにやってくるようになってからというもの、あいつは思い悩むことが多くなり、必然的に俺の負担は倍加した。
 何故この俺があいつのために紅茶を買いに行かなくちゃならねぇんだ。
 どうして俺があいつの書記としての仕事を請け負わなくちゃならんねぇんだ。
 俺はあいつの代理人かっつーの」と会長。

俺はテンポ良く相槌を打った。

「でもあなたはそれを快く引き受けていますよね。それは何故?」
「俺が喜緑に惚れているからだ。
 もしなんとんも思ってなかったら俺は即刻こんな高校生活を放棄していたに違いねーからな」

仰天告白したことにも気づかず会長は続ける。

107 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/29(火) 22:08:05.84 ID:znzMtEUo

「初めて顔を合わせてから、もうかれこれ一年になるが……
 あれほどガードの堅い女は他にいねぇだろうな。
 愛想のいい笑み浮かべた裏で、しっかり周りの人間との距離を測ってやがる。
 大抵の女は俺がちょいと気をかけるフリをしただけで落ちるがあいつは別格だ。
 ま、それでこそ攻略のしがいがあるってもんだが――」

と、そこまで言って自分の多大な失言に気づいたのだろう。
会長は電光石火の勢いで俺の胸ぐらを掴むと、

「何言わせんだこの野郎。
 いいか、今のは虚言だ。妄語だ。絵空事だ。
 分かったなら頷け。分からないなら俺自らお前の記憶消去を手伝ってやる」

極道の方々も失禁すること請け合いの眼光で睨め付けてきた。
煙草の灯が目と鼻の先にある。俺は素直に首肯した。
本気の森さんを知った俺に恫喝は効かないが、みすみすほっぺたに火傷をもらうのも癪だからな。
後々、目聡いハルヒに言及される危険性も含めて。
すると会長は

「話を元に戻すぞ」

と言い、俺を乱暴に突き放して、

「お前らはあいつの情緒を乱す。
 役職以外の喜緑に用があるなら生徒会室の外で済ませろ。
 ただでさえ留年したという事実に懊悩している最中だというのに、これ以上心配事と厄介事のタネを増やすな」
「―――遅れてしまってすみません。先生の都合で授業が延長されてしまったんです」

まるで最初からそこにいたかのような違和感のなさで、背後から凛と声が響いた。
そういえば会長の留年理由をまだ訊いていなかったなぁ、などと悠長なことを考えてた俺は直ぐさま振り返り、
ドアの前で佇む喜緑さんを認めてからこれまたすぐに会長に視線を戻す。懸念は杞憂にすぎなかった。

「早速だが君に客人だ」

喜緑さんは俺と会長を交互に見比べて、

「わたしがいない間、会長が応接を?」
「そうだ。生徒会の在り方や今後の学校運営の希望など、建設的な意見を多く得ることができた」

あの小言のどこが建設的だったのだろう。
しかし俺の視界には、感情を露わにする哀れな留年生の代わりに
どこまでも鉄面皮な生徒会長の御姿がある。達人級の早業だった、と表現する他ない。

112 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/29(火) 23:14:28.92 ID:znzMtEUo

「さあ、彼の相手をしてやりたまえ。
 わたしは教員室に用事がある。数分で済むだろう」

会長はそう言うと、俺に一瞥をくれてから足早に生徒会室を後にした。
実に手際がいいね。ドアが閉じられる直前、喜緑さんが

「それなら後でわたしが――」

と声をかけたが、会長の耳には届かなかったらしい。
今一度生徒会室を見渡すと、静かに微笑を浮かべる喜緑さんの他には誰もいなかった。
さて、これでようやく当初の目的を果たせるわけだが。
昨夜の会話が尾を引いて躰を緊張感がかすめる。
俺が言葉を探していると、喜緑さんはその場から一歩も動かずに、

「あなたなら約束を守ってくれると信じていました。
 もし忘れられているようなら帰路で偶然を装って接触するつもりだったんですけど、要らぬ心配だったようですね」

サラリと怖いことを言い、

「昨夜の時点で詳細が決まっていたら良かったんですが――。
 あなたには今夜、何か予定がありますか?」

脳内スケジュール帳を紐解くと今日の欄は真っ白だった。俺は質問を深読みせずに答えた。

「ありませんけど」

すると喜緑さんは破顔して、

「なら大丈夫ですね。一度帰宅された後、あなたに来て欲しい場所があるんです」

どこからともなく現れた万年筆とメモ帳。
長門のマンションの部屋番号――知らない数字の並びだ――が綴られる。
紙片を受け取って再度眺めてみても、その数字に憶えはなかった。
それにしても達筆だな。俺のミミズがのたうったような文字とは大違いだ。

123 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/01/30(水) 01:57:47.80 ID:AL4I6moo

――って、感心している場合じゃねえ。
麗しい先輩から目的不明のまま場所だけを告げられて、
そこに何の疑いもナシにホイホイ足を運ぶのは、後先を考えない間抜け野郎のすることである。
俺は「別段意識していませんけど」といった風を装い尋ねた。

「ここで何があるんですか」
「秘密です。着いてからのお楽しみということで」

ふふ、と艶笑する喜緑さん。
秘密と言われてもな。いつもの俺なら得意のポジティブシンキングでえっちぃ妄想を膨らませるのだが、
如何せん今は長門の件と関連づけて、その言葉の裏側を洞察しようとしてしまう。
返答に窮する俺を見かねたのか、喜緑さんは

「無理強いはしません。あなたがどうしてもわたしを信用できないというのなら、無視しても結構です。
 ですが、その選択をした場合、あなたは必ず後悔することになると思います」

譲歩のようで強制を示す追撃をしかけてきた。あっさり突き崩される俺。

「分かりましたよ。でも一つだけ訊かせてください。
 その部屋がだいぶ前の事件の時みたいに局地的非侵食性融合異時空間に通じているとか
 ドアを開けた瞬間情報制御空間に飛ばされるとかの危険はないんですよね?」

プライドを保つための質問は、しかし喜緑さんにとっては予想外だったようで、

「ふふっ、面白い人。いえ、先程の言い方では誤解されても仕方ないかもしれませんね。
 訂正します。わたしはあなたに来て欲しいんです。それに、決してあなたが不愉快になるコトは起こりません」
「じゃ、今から夜を心待ちにしときますよ。
 あなたがそういうのなら、そのイベントとやらはきっとすごく楽しいんでしょうから。
 ―――で、俺が呼び出された理由はこれだけですか?」

143 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:15:29.45 ID:MlokVJYo

喜緑さんは首を僅かに傾げて言った。

「ええ、これだけです」

正直拍子抜けだった。おっと、勘違いするなよ。
それは俺がマゾヒズムに開眼し、
昨日申し渡された『処罰』を心待ちにしていたからでは断じて無く、
昨夜の再現とも言うべきこの状況下で、
喜緑さんが長門の件に再び触れるのは必至だと思っていたからだ。
自然な微笑を湛える喜緑さんに対し、精一杯無表情を形作る俺。
会話に空白が生まれる。昨夜に全ての情報を呈示し終えたが故の沈黙か――?
そんな邪推をしてみたところで、俺に水を向ける勇気が残っているはずもなく。

「それじゃあ……失礼します。喜緑さんもお仕事があるでしょうし」

言いながら足を動かす。
が、俺がドアの前に立ち塞がる形で佇む喜緑さんを迂回しようとした刹那、

「待ってください」

喜緑さんが視線で俺を静止させた。そして時計も見ずに、

「今は三時過ぎです」

と言い、

「紅茶は如何ですか?
 もちろん今日はレディグレイとは違った種類のものを煎れるつもりです。
アップルシナモンも持ってきたんですよ。少しはお茶会らしくなると思って」

承諾してもらうことが前提の笑顔をこちらに向けてきた。
ここは――

1、遠慮しよう。ハルヒの重大発表とやらに間に合わないし、何より長門のことが気になる。
2、御言葉に甘えよう。俺が喜緑さんに勝手に抱いている抵抗感を、さっさと拭うためにも。

>>150までに多かったの

144 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:17:04.62 ID:GL8SPqM0

1

145 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:17:28.82 ID:6SX1QsYo



146 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:18:08.06 ID:uBERH2AO



147 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:18:38.04 ID:0jSiNYAO

2

148 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:07.57 ID:bwMkjW20



149 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:17.03 ID:LFShPag0



150 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 21:19:36.27 ID:zpOUV4go

1

156 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/01/31(木) 22:23:07.00 ID:MlokVJYo

喜緑さんはもうすっかり俺をお茶友に認定してくれたようである。……が、しかし。
普段なら喜んで首を縦に振るところでも、今は遷延不可のタイムリミットがある。
もしここで御言葉に甘えて紅茶を一服、ゆるゆると雑談に流されてしまえば、
ハルヒの重大発表を聞き逃し、加えて昼休みに決心したコト――長門のエラー原因究明――を実行する機会が減ってしまう。
俺は心を鬼にして、

「すみません、実はハルヒのやつに――」

用件を済ませた後は迅速に文芸部室にくるように言いつけられていることを伝えた。
すると物わかりの良い喜緑さんは肩を落とし、

「そうなんですか。では、また別の機会に。わたしは放課後は大抵ここにいます」

お誘いを受けるのはやぶさかでないんですが、その度に会長を邪険に扱うのはやめてあげてください。
あの人、高慢ちきで厚顔ですけど、あなたの言葉や行動に対しては結構繊細みたいですから。
そう言いかけて口籠もった。無粋な真似はよせ、と自戒する。

「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないっすよ。やば、もうとっくに20分すぎてる」

喜緑さんが身を引いた。俺は軽く会釈をしてから、生徒会室を後にした。

「今夜の約束、忘れないでくださいね」

廊下を出た瞬間、まるで耳元で囁きかけるように聞こえたこの言葉は……やっぱ幻聴の類じゃないんだろうな。

――――――――――――――――――――――――――――――

「遅い!」

鼓膜を突き破らんばかりの一喝。
頭蓋を右から左へ筒抜けする教師たちの怒鳴り声と違って、
ハルヒのお叱りが脱脂綿に滴下した液体の如き浸透力で髄脳に染み渡るのはどういった理屈なんだろうね。
これは毎度思うことだが、いっそ教師になればいい。

167 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/01(金) 00:42:37.79 ID:qMsS3NYo

俺は愛用パイプ椅子に腰を落ち着けながら弁明した。

「まぁまぁ、そう怒るなよ。時間もほとんど間に合ってるしさ……」

しかしハルヒは団長席を立ち、俺の隣のパイプ椅子にどっかと座り込んだかと思うと、

「絶対間に合ってない!
 あたしが与えた猶予は20分だったから……」
「4分28秒52の遅刻。プランク単位での計測も必要?」と長門。
「さっすが有希ね。でも単位は秒までで十分よ」

なぁ、長門。如何に的確かつユーモア溢れる秀逸な相の手であろうと、
ハルヒには無駄な加速燃料にしかならないことくらい分かってるはずだよな?
俺は非難を籠めた視線で窓際を見遣った。口を緘した文芸部員はこちらをチラリと見ようともしなかった。
なんともはや、冷たいね。

「――さあキョン、何かあたしたちに言うことがあるんじゃないの?」

いつぞやの元気注入時のようにジーッと俺の瞳を凝視してくるハルヒ。はいはい観念しましたよ。

「俺が悪かった。今日はえーっと、その、団長様から重大発表があるのにみんなを待たせちまってさ」
「謝罪文句としてはギリギリ及第点だけど、まぁいいわ。
 団員の怠慢は団長の責任だし、これからはもっと厳しくしていかなくちゃね」

ハルヒのニマニマ笑いによって背筋を走った悪寒に堪えていると、
テーブルの上に俺の湯飲みを見つけた。中には緑茶がなみなみと注がれており、
白浪から立ち上る湯気からそれが熱々であることが分かる。
はて、長門はいつお茶を煎れてくれたんだろう。俺はとりあえず一口分を喉に流し込み、

「………なんだその高級ドッグフードを目の前に、
 美人のお姉さんに抱きかかえられて足をバタつかせているミニチュアダックスフンドを見るような目は」
「あなたは本当に直喩がお好きですね。もっと簡潔に、同情と羨望が半々の視線、と表現されてはどうでしょう」

珍しく右手でチェス駒を弄んでいない古泉に気がついた。
羨望については解せないが、同情される覚えはないぞ。
最近はとんとご無沙汰だったが、ハルヒの横暴っぷりに振り回されるのには慣れているんだ。

216 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/02(土) 22:28:42.55 ID:F8Cffw6o

「ははあ、あなたは一つ勘違いしていますね。
 僕は同情の対象があなたであるとは一言も言っていません」
「ならその対象を言え」

古泉は俺の左隣と窓際を交互に見比べ、
まったく責任感の感じられない薄い笑みを浮かべると

「できません。諸所の事情でね。
 しかし僕が答えを言わずとも、消去法で考えていけば答えはすぐに出るでしょう。
 それともなんですか。その方法でさえ思い浮かばなかった、と?
 なるほど、それならあなたにも同情の余地がある」

うぜぇ。どれくらいうざいかというと、小学生時代、
無垢な俺の話題提起を「だから?」「で?」の二つで徹底的に潰してきた同級生よりもうぜぇ。
俺は古泉を睨め付けつつ、気分を落ち着けようと手でお茶を探した。
が、いつまで経っても湯飲みの感触が見当たらないので視線をズラすと、
ハルヒがごくごくと飲み干していた。やがてぷはぁ、と満足そうな溜息が漏れる。

「それじゃみんな揃ったことだし始めるわ。
 今更だけど、今日は団長であるあたしから発表があります」

演説前に喉の調節をするのはフツーだが、
どうしてこいつは自分のお茶よりも人のお茶の方から先に飲んでいくんだろうね。理解に苦しむ。
俺の心中を察することなく、ハルヒは団員の顔を眺め回して言った。

「その内一つは嬉しいことで、もう一つは楽しいことなんだけど……
 みんなはどっちから先に聞きたい?」
「どっちもほとんど一緒じゃねぇか」と正論を述べる俺。
「悩みますね。僕は涼宮さんにお任せしますよ」とフェミニスト全開の古泉。
「……………」と三点リーダでハルヒに選択を委ねた長門。

この三人の中で誰が冷ややかな視線に曝されたかは言わずもがな。
ハルヒはふむ、と考え込むフリをして、

1、楽しいことから話し始めた
2、嬉しいことから話し始めた

>>221

221 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/02(土) 22:37:20.21 ID:m8IXCeA0

2で

255 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 16:20:59.62 ID:SehH/6Yo

「じゃあ前者から話すわ。順序的にも話しやすいし。
 あ、でも話す前に一つだけ忠告。最後まで静かに聞くこと。
 質問は後で受け付けるわ。特にキョンは狂喜乱舞して部室の備品を壊さないように」

んなことしねぇっての。
ほら、勿体ぶらずにさっさと言え。
お前が地球外生命体とのコミュニケートに成功したとか
昨晩寝てる間にESPに覚醒したとかなら俺もそれなりに喜んでやるからさ。

「もっと現実的なことよ」

ハルヒは不敵な笑みのままに言った。

「みくるちゃんが帰国するらしいの」

へぇ、朝比奈さんが帰ってくるのか。
そりゃ確かに素直に喜べる知らせだな。お前が重大発表と銘打っただけのことも………え?
あたかも文芸部室内の空気が根こそぎ奪われ、思考が丸ごと真空状態に投げ出されたかに思われた。
朝比奈さんが今年の春で北高を卒業し、アメリカの名門大学に留学したというのは表向きの設定だ。
実際はハルヒの監視という任期を終えて、この時間平面上から元の時間平面に帰還した。
未来の時間管理局とやらがどんな組織構造かは分からないが、
今までの前例を鑑みるに、ちょっと遊びに行ってきます、みたいな理由で時間渡航することを許すとは考えがたい。
つまり朝比奈さんは、何かしらの事情を携えて"帰国"を果たしたことになる。俺はオウム返しに訊いた。

「……朝比奈さんが帰ってくる?」
「ふふん、驚きでまともに言語中枢が働いてないって顔してるわね。
 昨日の夜にみくるちゃんから電話で連絡があったの。
 急な用事で帰国することになったんだけど、もし時間に余裕ができたらあたしたちとも会えるんだそうよ」

前もって連絡してくれたら色々準備できたのにねー、と喜色満面のハルヒ。
俺はそれにちぐはぐの愛想笑いを返し、横目で残りの団員二名の様子を窺った。

262 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/03(日) 17:41:10.44 ID:SehH/6Yo

長門は本を閉じてその上に両手を重ねたまま、
いつもの無表情で耳を傾けている。
ただしこちらに向けられた琥珀色の瞳だけは、
ハルヒの言葉の真偽を確かめているといった風で、いつになく透き通っていた。
テーブルの正面に視線を移すと、古泉はちょうど口元を塞いでいた右手をどけるところだった。

「あれからもう二ヶ月ですか。光陰矢の如しとはよくいったものです」

補足しておくと、古泉のいう"あれ"とは朝比奈さんのお別れパーティのことだ。
古泉は常の爽やかスマイルに深みを持たせた顔で、

「朝比奈さんのことは今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
 いやぁ、こんなに早く再会できるなんて、今から心が躍りますね」
「でしょでしょ?」

そこでハルヒは俺の方を見て、

「キョンは照れてるのか静かだけど、古泉くんは自分の気持ちに正直で助かるわー」

それはお前が古泉の神がかった演技に騙されてるだけだろうが。
俺は黙って団長と副団長の遣り取りを眺めることにした。こういう時は口を噤んで古泉に全部任せるに限る。

「そんな古泉くんに朗報よ。みくるちゃんが時間をとれるとしたら、明日なんだって。
 良かったわね、これで心が躍り続けで過労死することもないわ」
「明日ぁ!? いくらなんでも急すぎないか」

自戒は10秒と持たなかった。

「キョンうるさい。最初にあたしが言ったこと、もう忘れちゃったの?
 質問はあとに――」
「恐縮ですが、僕も彼と同感です。
 どういった経緯で彼女が帰国したのか詳しく説明していただけないでしょうか」

267 名前:飯挟んだ[] 投稿日:2008/02/03(日) 19:24:10.13 ID:SehH/6Yo

僅かに真剣味を含んだ声が割り込んできた。
まったく、副団長殿のメリハリの付け方にはいつも舌を巻かされる。
ハルヒは椅子にきちんと座り直して、

「……あたしも詳しくは知らないのよ。
 なんかみくるちゃん、大学の研究の調べ物で、日本に戻らなくちゃならなくなったらしいの。
 最初は急がしくて、どうせ会えないなら連絡しないでおこうと思っていたらしいんだけど、
 明日一日だけならなんとかなるかもしれないってことになってあたしに電話してきた、ってわけ」

一気にぶちまけた。その話を非常識的単語を置き換えるとこうなる。

朝比奈さんは時間管理局(今更だがこの呼び名は便宜的なもので正式名称は知らん)の任務を帯びて、
再びこの時間平面を訪れた。最初はその任務が忙しすぎて俺たちとの再会を諦めていたが、
いろいろあって、明日一日だけなら俺たちに時間を割けるかもしれなくなった。

かなりテキトーだが間違ってはいないだろう。
複雑めの表情を一瞬のうちに笑顔に塗り直した古泉が言った。

「なるほど、研究の資料収集ですか。しかし一つ気になることが。
 情報化社会の現代、必要な情報は望めばいつでもどこでも手に入れることができるはずです。
 それなのに彼女が日本にわざわざ足を運ぶ理由とはなんなのでしょう」

ぐるり、と切れ長の双眸が意見を求めて部室を眺め回す。
ミステリアスな雰囲気が漂いつつあったが、しかし刹那後にはハルヒによって吹き飛ばされた。

「別にどうだっていいじゃない。
 あたしたちにとって大切なのは、みくるちゃんと再会できるということよ」
「まさにそのとおりでした。
 どうも僕には話題の焦点をズラしてしまう悪い癖があるようです」
「そんなことはみんなとっくに知ってる」

と、疎外気味だった俺は会話への参加を試みた。

271 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 20:47:18.61 ID:SehH/6Yo

「なぁ、ハルヒ。
 帰国経緯は脇に置いておくとして、明日はどうやって朝比奈さんを迎えるつもりなんだ。
 お別れパーティのときみたいな催しは今から準備しても間に合わないし、
 かといっていつもどおりの不思議探索に加わってもらうだけってのもお前が許さないだろ?」
「心配ご無用。ちゃーんと考えてあるわ」

チッチッチ、と人差し指を左右に振るハルヒ。

「明日は鶴屋さんちが造ったテーマパークに行こうと思うの。
 これならあたしたちが何か用意する必要はないし、いつもの不思議探索よりずっと楽しめるでしょ?
 ちなみに、重大発表の内の楽しい方がこれだったのよ」

一昨日辺り谷口らに見せられた特集記事を思い出す。
えーと、明日が正式オープンだったっけ。
お前が何も言わないから、てっきり混雑を避けてある程度ほとぼりが冷めてからかと思っていたんだが。
俺は朝比奈さんが未来から時間渡航してくることを忘れたまま訊いた。

「それ、朝比奈さんにかなりのハードスケジュールを強いることになっちまわないか。
 明日のテーマパークは滅茶苦茶混んでるだろうし、帰国した直後の体には堪えるんじゃ、」
「それもきちんと考えてあるわよ」

ハルヒはテーブルの上に投げ出した鞄から5枚の紙片を取り出して、

「これなーんだ?」
「テーマパークにお馴染みの優待チケット……に見えるな」
「ただの優待チケットじゃないわ。どんな待ち時間も一発スルーの最強チケットよ!」
「おいおい――」

そんなものを一体何処で手に入れたんだ、と問い質しかけて、
俺はSOS団最強のスポンサーを失念していたことに気づいた。
あの人のことだ、突然のハルヒの我儘にも二つ返事でOKしてくれたに違いない。
また今度お礼言わなくちゃな。

「どう? これならみくるちゃんもあたしたちも、
 ストレスフリーで快適かつ待ち時間で疲れることなくアトラクションを楽しむことができるわ」

283 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/03(日) 21:46:20.02 ID:SehH/6Yo

「勿論あたしは一日中遊ぶつもりなんだけど、一応聞いとくわ。
 明日の夜に予定がある人はいるかしら? 古泉くんはどう?」
「僕は一日中空いています。
 偶然にも予備校が教員研修で臨時休業中なんですよ」

古泉は即答した後、俺にしか見えない角度で唇の端を歪めた。
何の意思表示かは分からないが、とりあえず気持ち悪いので見なかったことにする。

「有希は?」
「……問題ない。明日は一日中ひま」
「そう。それにしても古泉くんも有希も、SOS団の活動を断った試しがないわよねー。
 古泉くんはルックスもいいし性格も清涼感があって優しくて、
 有希は口数少ないけど寡黙な美少女って感じなのに……二人とも誰かと付き合ってたりしないわけ?」
「交際の申し出を受けたことは何度かありますが、
 多忙を理由に断っているうちに、すっかり女性陣から一線を引かれてしまいましてね。
 最近はバイトも減り、そろそろ伴侶を見つけてもよいと思った頃には受験生になっていました」

笑わるぜ。お前がこの一ヶ月で少なくとも5人の新入生後輩女子から告られたという情報は
北高男子ネットワークに流出済みだっての。それにお前ぐらいの頭脳なら受験なんて片手間にクリアできるだろ。
――と、俺が平凡及び平凡以下なルックスの男子生徒一同の想いを代弁しようとした、その時だった。

「恋愛関係を強要されたことはある」

寡黙な美少女と評された長門が、こいつにしては大きめの声で、
まるで誰かに自分の身の潔白を証明するかのように断言する。

「……しかしそれらは一方的なもの。わたしは例外なく断った」

―――長、門?
本日二度目の、空気の流動が停止した錯覚に囚われる。
長門が自分の被告白履歴を語るのは、そこら辺の女子が恋バナに花を咲かせるのとはわけが違う。
いちはやくフリーズ状態から回復したハルヒが訊いた。

306 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/04(月) 01:10:12.39 ID:45.Kh9co

「め、珍しいわね。
 有希がこういう話をしてくれるだなんて……。
 告ってきた男の中に、一人くらい付き合ってもいいなぁって思えるヤツはいなかったの?」

どもっているあたり、こいつもまさか長門が返事をしてくれるとは思っていなかったのだろう。
質問の仕方もかなり慎重だ。長門はフリフリかぶりを振った。
先程の発言同様にダイナミックな動きで。

「そ、それはどうしてかしら?
 も、もしかして他に好きな人がいるから?」

その質問が終わった刹那、俺を耳に全神経を集中し限界まで可聴域を広げ、
どんな呟きも聞き漏らすまいとした。正面を見ると、古泉までもがポーカーフェイスはそのままに耳を欹てていた。

「……………」

沈黙が会話に舞い降りる。
無限に続くかと思われたそれは、

「わたしは――」

しかし長門の細々とした声に破られて、

「なーんて、有希の心を射止められる男がいるわけないわよねー、あはは、はは……」

ハルヒの豪快な笑いによって覆い尽くされた。
こいつめ、よくも良いところで止めやがったな。

「マジ空気読めよ……」
「くそ、あともう少しだったのに……」

歯軋りがハモる。古泉、今ならお前と結託してやってもいいと思えるぜ。
でも――。憤慨する自分とは別に、長門の好きな人を知らなくて良かったと安堵している自分もいて。
結局は寸止めさた方が幸せだったのかもしれない。
もし長門の挙げたヤツが、どこぞの馬の骨ともしれぬ不逞の輩であったなら――
俺は数時間以内に憤死していただろうからな。

324 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/04(月) 21:50:29.53 ID:45.Kh9co

細目で長門の様子を窺うと、長門はハードカバーに没頭していた。
やはりというべきか、先程の話題を煮詰める気はハルヒの横槍によって失せてしまったらしい。

「話を戻すわ」

と、ハルヒが気を取り直して言った。
当然俺は前の二人と同様に水を向けられることを期待した。

「あたしはいつも土曜日は予定入れてないし、
 古泉くんと有希もオッケーなのよね。うん、それじゃあ明日の集合時刻だけど――」

あー、久々の感覚だね。
このまるで息をするような自然さでシカトされ蔑ろにされた時のやるせなさ。

「ちょっと待て。俺には土曜日の予定の有無を尋ねないのか?」

するとハルヒは、まるで噛み癖のある飼い犬がまさに予想通りのタイミングで噛みついてきたのを確認し、
お叱りという名の虐待を加えることに喜悦しているといった風に表情を歪ませて、

「あんたが土曜日暇なのは既定事項だから必要がないのよ。
 それに――あんたには休日を一緒に過ごす彼女なんていないでしょ?」

勝手に決めつけてんじゃねぇよ。俺は反論しようと不思議探索以外での休日の過ごし方を模索した。
しかし悲しいかな、俺が今までずっと土曜日をSOS団の活動に献上し、
また彼女と甘い休日を過ごす機会に恵まれなかったことは紛れもない事実なわけで、

「そりゃまあ、確かにお前の言うとおりなんだけどさ……」
「なら話に水を差さないでちょうだい」

俺を返り討ちにしたハルヒは、再び全体を見渡して明日の予定の詳細について語り始めた。

332 名前:修正ver そして 風呂 間隔 空く[] 投稿日:2008/02/04(月) 23:07:00.54 ID:45.Kh9co

結局、話はそれから20分くらい続いた。ハルヒが集合時間と集合場所を宣言したのち、
やれ最新型アトラクションだの、やれ謎に包まれたディナーショーだのテーマパークについて熱弁をふるい、
しなくてもいいのに古泉が相槌をうってやったからだ。勿論そのくだりの描写は面倒なので割愛する。


「――話すことはこれくらいね。あ、今夜中に明日のことについて纏めたメール送るから」

最後にハルヒがそう締めくくりミーティングは解散と相成った。
とはいうもの、ハルヒが定位置の団長席に戻っただけで他のメンバーの位置に変わりはないんだが。

――――――――――――――――――――――――――――――

さて残す本日の主要イベントは喜緑さんに言い渡された帰宅後の約束のみとなり、
俺はそれまで焦って精神を摩耗させることもあるまいと、緑茶をちびちび呑みつつ長門を観察していた。

"そんな悠長に構えていていいのか?"

なんて厳しい意見が飛んできそうだが、まあ聞いて欲しい。
いくら最悪の未来が用意されているとはいえ、
ここで俺が自分の才量もわきまえずに先走って自爆したら元も子もない。
表向きは普段通りに過ごし、裏で長門のエラー発生原因について考察するのが、
パトロンも特殊能力もない俺ががとれる最善手なのではないか。
朝からこっち、ずっと空回りしていた俺の思考回路はいつしかそんな結論を出していた。
時間の経過や古泉からの助言、そして部室でなんの変哲もない長門を見たことが、
長門の件に関して暴走気味だった頭に、鎮静剤を投与するに値する役割を果たしてくれたらしい。

「…………………」

どこまでも起伏のない緘黙の上を、ページを捲る音が単調に奏でられていく。
今日も今日とて、指先と目線以外は微動だにしない読書スタイルを貫き通す長門。
所作に不和はなく。表情に乱れはなく。双眸が映すは整然とした文字列のみ。

一昨日の電話を初めとする長門に纏わる話が、
全て俺の空想であったのではないかと思えるくらいに窓際の少女は"いつも通り"だった。

338 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/05(火) 01:13:50.98 ID:Ausg8e6o

「あなたの番ですよ」

親切心に満ちあふれた声が意識をゲーム世界に連れ戻す。

「あぁ」

俺は上の空で答え、マウスを動かしてディスプレイの中の石を摘んだ。
適当なところでドラッグを解除すると、石が位置を補正されて設置された。
自動的に石が裏返っていき、盤面は一気に黒優勢になる。
オセロがデジタル化したことに対する感動はなかった。
理由は単純、リアルからバーチャルの世界に移行したところで
古泉の弱さは不変だし、半年ほど前にコンピ研から再度強奪され、
それ以来へボい処理ばかりさせられている最新型ノートパソコンが不憫でならないからだ。

「そう来ましたか………。
 今の一手は、この試合で僕が勝利する確率を二割弱にまで落としました」

そんなややこしい確率を瞬時に計算できる割に、
何故テーブルゲームのロジックを解き明かせないのか理解に苦しむ。

「角を三つとられていますが、勝機とは自ら作り出すもの。
 さぁて、本番はここからです。これから最高の逆転劇を展開して見せますよ」

ねぇよ。この状況からどうやって勝つつもりなんだ。
俺は早期投降を促そうとしたが、それよりも早く古泉はカーソルを動かした。
石は見当違いなところに置かれて、局面に与えた影響はほとんどなかった。
俺は溜息を吐こうとした。しかし小さなポン、という電子音にそれを思い留まった。
ディスプレイの右下にチャットメニューのようなものが表示されており、メッセージが届いていた。

from:古泉
お手柔らかにお願いします^^

内容は果てしなくどうでもいいが――この機能は密談にうってつけといえる。
傍目にはオセロをしているようにしか見えないからカモフラージュもばっちりだ。

355 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/06(水) 20:44:07.66 ID:wrWIziQo

to:古泉
却下だ^^

俺は以上の通りに打ち返してから目頭を押さえた。
――さて、これからどうしたもんかね。
成すべきことは明瞭なのに、それに辿り着くのを妨害するように、
あるいはそれを暈かすかのように、不可解な出来事が散在している。
取捨選択をミスるわけにはいかない。ここは――


行動対象自由安価(部室内の人物)

>>360

360 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/06(水) 20:59:06.10 ID:ITLM.k2o

長門

368 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/06(水) 22:17:15.29 ID:wrWIziQo

やはり長門のエラーの原因解明が、何よりも優先するべき事柄だ。
再度窓際をチラ見する。長門は30秒前と寸分も姿勢を変えることなく読書に勤しんでいた。
しかしそれも、今一度考えてみれば当然のこと。
普段から情緒変化を表に出さないこいつが、
俺には自分が削除される可能性があることを、古泉には不明なエラーについてさえも悟られまいとしているのだ。
距離をとって眺めただけで手掛かりを発見できるかも、と期待する方が失礼だろう。
かくして。
俺は盤石の砦に罅を入れるに足りる話題、もしくはそれに準じるものを探し、
結果、もっとも適当であると思えるアイテムを鞄の中から見いだした。
あんまり効果はなさそうだが、まぁいつか渡そうと思っていたモノだし。
長門が喜んでくれるなら、それはそれでよしとしよう。
チャットメニューに

to:古泉
しばらく長考してろ

と打ち込み、ノータイムで急所に石を放り込んでから、

「なあ、長門。今話せるか?」

控えめに訊いてみる。すると長門は視線を文字の上に踊らせたまま、

「………少しならいい」
「すまん、読書の邪魔しちまって。
 ところでさ、俺の記憶が正しければ――お前の今読んでるその本は、この前図書館で借りたやつだよな?」
「そう」

指差す俺を見ようともせずに、コクリと首肯した。
俺はどこか台本を読んでいるような作業感を感じつつも続けた。

「もう読み終わりそうに見えるが」
「……………」
「どうだ、それは読書家のお前から見ておもしろかったか?」
「……わりと」

373 名前:風呂 間隔[] 投稿日:2008/02/06(水) 23:14:11.27 ID:wrWIziQo

長門の受け答えがいつにも増して無機質に感じられるのは俺だけではないはずだ。
……ただの思い違いだといいんだが。俺は若干の寂しさを胸に立ち上がり、

「それなら俺の足労も無駄じゃなかったってことか。
 良かった良かった。実はその本の続編、つい最近図書館で見つけてさ――」

窓際のパイプ椅子に歩み寄って、

「ちょうどいいと思って借りてきたんだ。
 読み終わったら俺に返してくれればいい」

ほらよ、と本を差し出した。
ここに来て初めて面を上げた長門が、本と俺の胸当りを交互に見比べる。
表情に揺らぎはない。しかし――これは決して思い上がっているわじゃないんだが、
気紛れに開く隻眼が、長門の無表情が無感動とは違う、
むしろ相反する感情がせめぎ合っているが故の表情だと告げていた。
カーディガンに半分覆われた手が、すっと伸ばされる。

その時だった。

まるで計っていたかのようなタイミングで、一陣の春風が窓から吹き込んでくる。
そしてそいつはそのまま、長門の本の頁をメチャクチャにしようとして、

「危ねー。あとちょっと遅かったらどこまで読んだかわかんなくなってたな」

頁を押さえつける、大きさの異なる二つの手にそれを阻まれた。
手の甲から伝わる長門の手の平の感触が心地よい。あぁ、まるで子猫の肉球みたいだ。
俺は瞬間的に加速した思考でそんなことを考えていたが、理性が追いつくのにそう時間はかからなかった。
俺は何だ? 平々凡々の一般人だ。
目の前の少女は何だ? 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだ。
ならどうして、俺は長門よりも早く春風の悪戯に気づくことができた?
俺には予知能力なんて便利な力はないし、ハルヒのような超人的な反射神経も持ち合わせていない。
まったくもってわけがわからん。説明しろと言われても、無意識の内に体が動いたとしか――

378 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/02/07(木) 01:59:02.25 ID:vFJIRmIo

誰に状況説明を求められているというわけでもないのに、
弁解の科白を口の中でもぐもぐしながら視線を上げる。絶句した。
夜深の闇を凝縮し、その上に星を幾つかちりばめたような瞳が目の前にある。

「―――あ」

次の刹那、俺は自分の口から飛び出る言葉の奔流を、
理性を総動員して封さつしなければならなかった。
俺はこの"長門"を知っている。忘れるはずがねぇ。
二年前に改変された別世界で――長門はごくごく普通の、寡黙な文芸部員として生きていた。
その長門は俺が良く知る長門よりも少しだけ情緒豊かで、感情表現は苦手だったけれども、
誰にでも分かるような反応を示してくれた。
そう、例えば……羞恥に頬を染めたり、目の焦点を適当なところで固定して、周囲に気を払っていないフリをしたり。
そして今現在俺が懐かしさのあまり放心しているのは、まさにその例を、眼前の長門が再現しているからである。
ほんのりと色づいた頬、春風が吹く前に何か言いかけてそのままの唇、
抑えた頁の反対側の文字を頑なに映す双眸……
俺は屈み込んだまま、下から覗き込むように長門を観察した。
何か長門らしからぬ反応を期待したものの、

「………もう大丈夫。手をどけて」

いつもの半分くらいの声量が、耳に、延いては脳梁に追憶を促す。
手をどけて? お前さ、それお願いする前にすることあるだろ。
まず"お前の手"からどけてくれ。じゃなきゃ俺の手が脱出できん。

「うかつ」

堅い言葉とは裏腹に、優しく手がスライドされる。
俺は言い表しようのない名残惜しさに歯噛みしつつ体を起こした。
レアなんてレベルじゃない。こんな長門は、余程上手くファクターが組み合わさらない限り相対することができないだろう。

411 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 21:27:41.91 ID:nS/0eOIo

俺は五秒に一回の割合でこちらを見上げてはすぐに視線を逸らす長門に、
一時的に眼鏡を再構成してくれないか、と頼みたい衝動を抑えながら考える。いったいどうしちまったんだろう。
予め春風が舞い込むことを知っていたかのような俺の行動に驚いたからか?
それとも偶発的にであるにせよ、俺と手が触れあって照れているとか…――まさかな。
前者の可能性は、余程のことが無い限り無表情を崩さない普段の長門が否定しているし、
後者はそれこそ、二年前、俺の手首をカプリとやったこいつに限って有り得ん。

「あまりじろじろ見ないで」

とか

「あなたは早く自席に戻るべき」

とかなんとかを譫言のように呟いている長門を無視してジッと眺めていると、
案の定、団長様の団員その一に対してのみ遺憾なく威力を発揮するレーダーがレッドアラートを鳴らしたようで、

「あ、ああ、あんたってば何やってんのよ!
 部室内で、しかもこの団長の目の前でセクハラなんて万死に値するわ」

勢い良く団長席を立ち上がり、

「おい落ち着けって――、ぐふぉっ」

俺を足蹴にしつつ長門の手を優しくとりあげるハルヒ。
どうしてこいつの思考は常人のそれよりも何倍も飛躍する傾向にあるんだろうね。
俺は当然憮然とした面持ちで元のパイプ椅子に戻り、二人の遣り取りを眺めることにした。
ハルヒが訊いた。

「さぁ有希、エロキョンに何されたか話して頂戴。辛いだろうけど」

それに長門はただ一言、幾分穏やかな色づきに戻った唇で答える。

「本を借りただけ」
「ホントのホントにそれだけ?
 有希があんなになるなんて珍しいから……」
「それだけ」
「ふぅん………まぁ、それならいいんだけど」

腑に落ちない様子のハルヒは一旦こっちに流し目を送り、

「なんだ。誤解は晴れたんだろ?」

俺を鮮やかにシカトして自席についた。やれや――

「やれやれ」

誰だ、俺の常套句を俺よりも先に使用したヤツは。
発声源を辿ると、古泉がノートパソコンの向こう側で、いつものアルカイックスマイルに揶揄を溶かしたような顔でくつくつ笑っている。
それが例えようもなくムカつくので、最適箇所を思案しマウスを動かす。石を置くと同時に盤面は黒一色に染まった。ざまあみやがれ。

414 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 21:49:11.06 ID:nS/0eOIo

が、俺が勝利の余韻に浸る間もなく(まぁ浸るつもりもなかったが)、第4局目を開始する古泉。
俺は対局者に聞こえるようわざと大きく溜息をつき、しかし了承ボタンをクリックしてやった。
その時の俺には――さっきの強烈なデジャヴと、
長門のエラー発生原因の因果関係に思い当たることができなかった。
改変世界の長門に再会したような気分になった頭の中では、
当初の目的が随分稀釈化されてしまっていたからだ。

――――――――――――――――――――――――――――――

五局目に差し掛かろうと、古泉の劣勢に変わりはない。
そろそろオセロと時折交わされるチャットでのメッセージに飽きてきた俺は――

>>420 行動安価自由記入(ただし帰宅以外で あまり鬼畜すぎるとBADだぜ)

420 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/02/09(土) 21:57:10.19 ID:RYd3v3Ao

古泉に長門の話を振る。核心には触れずに。

425 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/02/09(土) 22:26:25.66 ID:nS/0eOIo

チャット機能を使って、古泉に再び長門の話を振ってみることにした。
古泉は長門を削除という未来から救う術を既に呈示してくれたが、
それでも尚手詰まり気味の俺にアドバイスを施してくれるかもしれん、と考えたのだ。
俺はチャットメニューを開いてタイピングした。
勿論確信には触れず、昼休みに教えた情報のみでアドバイスを得るつもりだ。

to:古泉
昼休みの話の延長なんだけどさ……ちょっとばかし、話を訊いてくれないか?
このチャットなら長門やハルヒにも聞こえないだろうし。

エンターキーを押す。
その気になれば長門がチャットメニューをモニタリングするなど
俺がTVのチャンネルを変えることくらいに容易なことだろうが、
今は長門が読書に夢中になっていることを願うばかりである。返事はきっかり10秒後だった。

from:古泉
構いませんよ。昼休みの話は既に僕が身を引くという形で決着したとばかり思っていたのですが……
何か腑に落ちない点でも?

即座に打ち返す。

to:古泉
お前は情報統合思念体みたいなハイレベルな知的存在にしか分からないこともあるし、
有機生命体のようなあいつらに比べりゃ庸愚もいいとこな存在にしか分からない事柄があると言ったよな。
俺はあれから考えてみたんだ。長門のエラーの発生原因についてさ。
でも一向に分からない。そこで、お前の目から見た長門に、何かおかしな点がないか教えてもらおうと思ったんだよ。

あくまで興味本位で長門のエラーの発生原因を知りたいといったスタンスを崩さないままの問い掛け。
ディスプレイの向こう側で、俺専属のアドバイザーは3mmほど目を細めた。

459 名前:修正ver[] 投稿日:2008/02/10(日) 22:06:49.59 ID:lVO6xSYo

from:古泉
長門さんの表面的な変化からエラーの発生原因を突き止めるおつもりですか。
僕が言えたものではありませんが、それは困難を極める作業になるでしょうね。

to:古泉
重々承知してるさ。二年前の時、あいつは微塵も前兆を見せなかったからな。
それとも何か、お前はあいつの内面に触れる方法を知ってるていうのかよ?

すかさず電子音が響く。

from:古泉
いいえ

二つ目の電子音は、それから若干の間隔を開けてからだった。

from:古泉
しかし……僕の視点から見た彼女の情報を伝えたところで、
それがあなたの"好奇心"を満たすための補助材料にはなるとは考え難い。
所詮、僕とあなたの思考はまったくの別物です。
僕が彼女に対して感じた、ここ最近の"記憶に留めるに値すること"が、
そのまま、あなたの推理の境界条件の一つになるとは限りません。

俺は気が短い。こいつに対しては特に。

to:古泉
あー、御託はいいからさっさと私見を聞かせろ。
さもなくば今キーボードの上で踊っている十指が
まとめてお前の綺麗なお目々にサミングを食らわすことになる。

まんざら嘘でもなかった脅迫文はそれなりの効果をもたらしたらしく、
マシンガンの連射音さながらのタイピング音が響き始める。返信は30秒後のことだった。

from:古泉
あなたの質問に対する回答を、簡潔に以下に簡潔に纏めてみました――

ふぅん、簡潔に纏めてみました、ね。突然だが、ここで脳内辞書を紐解いてみたいと思う。

【簡潔】
表現が簡単で要領を得ていること。くだくだしくないこと。
く だ く だ し く な い こ と

実にインテリジェントな辞書だ。俺が識りたいと思った単語がすぐに飛び出してくる。
さて、今の単語解説を踏まえた上で、もう一度古泉のメッセージを見直してみよう。
小さなチャットメニューに、思わず身を引いてしまいそうな程の所狭しと詰め込まれた文字、文字、文字。
これを"簡潔"であると表現するのはいささか語弊があるんじゃないかと俺は思うのだが、皆はどう思う?
……………。耳を澄ませたところで、届くのは虚しい沈黙だけ。
俺は二重の意味で辟易し、チャットメニューを拡大化した。
三時限目のメールの時みたく結論だけ読んでポイしてしまいたいが、
質問が質問だ、全文に目を通す必要がある。あぁ忌々しい。

470 名前:9デイズ観て風呂入ってたら大幅に遅れたorz[] 投稿日:2008/02/11(月) 01:26:30.79 ID:gnFj4N2o

―――長門さんの発言量が時間の堆積に比例していることは、
僕よりもあなたの方がずっと早くに気づいていたのではないかと存じます。
これは彼女が僕たちとの接触を繰り返す中で(最近ではクラスメイトの方々ともお話をされる機会があるようですが)
感情を獲得したが故の当然の帰結ですから、今回のエラーとは関係ないでしょう。
それではいよいよあなたの質問への直接的な回答ですが……
ここ最近、僕は彼女がただのTFEIではなく、"人間の少女"だと錯覚するようになりました―――

長門がTFEIだということを普段忘れている俺には、
古泉の遣った「錯覚」という言葉があまりピンと来なかった。

―――あなたは意識していないでしょうが、これはちょっとした驚異ですよ。
分かりやすく説明するために敢えて"機械"という単語を用いますが、
決して彼女を卑下しているわけではありませんので、気を害さないでください。
「人間のように有機的な機械」と「機械のように無機的な人間」。
この二つのに対し、あなたはどういった感情を抱きますか?
一見これらは、背反する二つの特徴――人間的・機械的――とが相殺しあい、
プラスマイナスゼロになることによって、等式で結ぶことが可能なようにも思える。
言葉の上では、ね。しかしその考えに至った時点で、実は大きな落とし穴に嵌っているのです―――

全然分かりやすくねぇよ。こんな哲学めいた命題に頭を悩ませるのは、哲学者もどきのお前の仕事だろ。
俺は疑問符と苛々とを満載した目で、ディスプレイの向こう側を睨付けた。
が、まるで俺が何処まで読み進めたか行単位で把握してそうな古泉のニヤニヤフェイスにあっけなく敗北、
大人しく続きを読むことを余儀なくされる。

―――恐らくあなたはこの時点で理解を諦めかけているでしょうから、まず先程の二例を更に噛み砕いて
「経験を得ることによって人間らしくなった少女型アンドロイド」と「感情発露が苦手で口数の少ない少女」とします。
どうです、この二つをあなたは"似ている"と思いますか? 僕にはそうは思えません。
何故なら例えどんな特徴を付加されようとも、片方は機械で片方は人間であることに変わりはないからです―――

どんなにシュールな場面でも至上のロマンチストであり続けたヤツが、こうも夢のない科白を吐くとはね。
苦笑しつつ次行に視線を移す。俺の反応は予想されていた。

――現実的で酷薄な考え方だ、と後ろ指を指されるかもしれません。
しかしその言葉は、結局は僕の主張を肯定していることになる。
さて、そろそろ話を元に戻しましょう………。長門さんは僕の中で、ずっと先例の前者の位置に立っていました。
僕の目は彼女を"TFEI"としてしか映さなかった。
どんなに彼女が感情を表面化させても、それが僕たち人間のそれと同質であるとは認められなかった。
一応書き添えておきますが、悪い方向に勘違いしないでくださいよ?
僕は彼女を、機関や思念体の関係を無視し、SOS団という枠組みを取っ払った上でも、唯一無二の大切な存在だと思っています。
彼女にとっては、一方的で押しつけがましい仲間意識かもしれませんがね―――

616 名前:Visual C++導入に手間取ったZE[] 投稿日:2008/03/07(金) 21:34:13.48 ID:K/DjY1co

わぁーってるよ、そう何度も確認しなくても、
お前が長門を卑下してるなんて俺はこれっぽっちも思っちゃいないさ。
全ての柵をとっぱらった上でも大切な存在、って部分が気になるが……まぁいいか。
俺はスクロールバーを進める。

――彼女は一年前の冬の時点で、感情を持ち、その奔流を扱いきれない場合があることを明らかにしました。
思えば僕の錯視は、その時からゆっくりと進行していたのではないかと思います。
彼女はTFEIという枠組みを超えて、徐々に人間の少女へと近づいていった。そして――

数行の改行を挟んで、

――彼女は僕の瞳に、人間の少女そのものとして映るようになったんですよ。
無論、姿形のことではなく、感情発露、仕草に関する面で、ね。
まだ時折ですが、このまま彼女の情緒が開拓されていけば恒常的にその錯視は起こり、
結果として、彼女がTFEIであると認識できる人間との差異は情報操作のみになるかもしれません――

要は長門が人間と変わりなくなっちまうってコトか。
大いに結構じゃないか。それは長門にとっても俺たちにとっても喜ぶべきことだろう?

――彼女の進化は加速しています。それも幾何級数的に。
あなたは喜緑さんや朝倉さんの、情緒豊かな性格に触れることによって、
長門さんがそれと同様になることに疑問を抱いていないはずです。むしろ喜んでいるはずだ。
ですが考えてみてください。
彼女たちの性格はあくまで"プログラム"されたもの。
初期条件が異なっているんですよ、それは即ち、彼女たちの感情表現がプログラムに則ったものであることを意味している
では、長門さんが獲得した"感情"とはプログラムに類するものなのでしょうか?
人間と同様に思考し、葛藤する……それはきっと、プログラムよりもずっと複雑で、単純なんです。
僕が錯視するよりもずっと早くに、あなたは彼女の機微に触れることができていた。
ならば、現時点であなたが長門さんの変化に気づけない理由は一つです――

一度は共感を誘ったものの、再び難解単語が並び始めた長文章。
いよいよ頭がオーバーヒートしてきた。俺は「だから何なんだ?」と叫びたい気持ちを抑えて視線を画面に戻した。
次の段落は、たったの一行だった。
さぞかし膨大なパラグラフが待ち受けているんだろう、と予想していた分、
俺の視線は滑りに滑ってから、その一行を読み上げる。

――あなたの長門さんに対する意識が、彼女の成長に追いついていないからですよ――

624 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/07(金) 22:21:45.52 ID:K/DjY1co

ふむふむ、俺の長門に対する認識が足りていない、と。
で、勿論続きがあるんだろうな?
俺はいっぱいにスクロールバーを引き下ろした。が、無情なエンドバーはそれ以上のスクロールを許してくれなかった。

――ふざけんな。おい古泉、散々小難しい文章並べて、最後に矛盾孕みまくりの一言残して、
挙げ句、主題である"お前の目から見た長門の変化"を置いてきぼりにしたまま締めくくるなんてどういうことだ――

エンターキーを叩く。返信の速さから見るに、返事は予め用意されていたようだ。

――鈍感なあなたの頭には、あれ位に抽象的な方が、逆に浸透しやすいと思いまして。
何度か読み返して貰えれば、適時適時に、先程の文章の一節が役に立つはずです――

あの文章をもう一度読めと? どんな拷問だよ。

――さっきの要約話をあと十回くらい要約してから俺に送ってくれ――

条件反射的にそう打ち込んで、俺は待った。十秒待った。二十秒待った。三十秒待った。
だが、デミゴッド級のタッチタイピングを見せた古泉は、いくら待てども返事を返さない。
しかもディスプレイ越しに送ってきた流し目には、
"限界まで要約したつもりです、これ以上の圧縮はできません"などと書かれている始末だ
そうこうするうちにお馴染みのパタン、という音が部室に響き、俺は泣く泣くPCをシャットダウンした。

「さ、早く出ましょ。今日は久しぶりに皆と一緒ね〜」

二日ぶりの全員下校なだけで浮き出し合っているハルヒ。
その雰囲気に押し出される形で俺たちは帰途についた。
道すがら、俺は古泉にさっきのチャットの続きを訊こうとしたが、
ハイなハルヒのお相手に忙しい副団長様に平団員が会話を挟めるはずもなく――
俺は必然的に、長門の隣で歩調を合わせることになる。

1、モノローグ「自由記入」について
2、話題を振る「自由記入」について

>>629 番号と自由記入部分を書いてね

629 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/07(金) 22:26:02.59 ID:OsElPREo

1長門の感情について考えつつ、長門観察

633 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/07(金) 23:18:06.84 ID:K/DjY1co

――――――――――――――――――――――――――――――

しょうもない話題を数打ちゃ当たるの要領で投げかけ、
たまに長門が食いつく、といった風に進めていた従来の長門との下校風景だったが、
俺の舌は今日に限って絶不調だった。
それを補うべく長門が健気にも疑問符つきの言葉を投げかけてくれる――なんてこともないから、
必然的に俺と長門の間には穏やかな沈黙が流れ出す。横目でチラ見する俺に、

「………………?」

上目遣いで見返す長門。俺たちは暫くそうして見つめ合っていたが、意外にも先に折れたのは長門の方だった。
なんだかなぁ。喋る時はびっくりするくらい自分の意見をずばずば(声の抑揚は平坦だが)言うようになったが、
無口な時はとことん無口な長門である。長門が近い未来に削除されるかもしれないことや、
長門のエラーの発生原因の解決の目処がまったく立っていないというのに、こうして実際に並んで歩いてみると、
それらをどこか遠くの国で起こっている紛争のニュースみたいに捉えてしまって嫌だ。

――――長門の感情。機微。

古泉曰く、俺はそいつが成長するスピードを見誤っているんだとか。
裏を返せば、長門の情緒は俺の認識よりもずっと人間の女の子に近づいているということになる。
なんだか複雑な気持ちだね。
極端な喩え方をするなら、ずっと子供だと思っていた娘が思春期を飛び越えて大人になってしまったような、そんな気持ちだ。
でも、それを理解した上で気づける変化って何だ?
割と白地に長門を観察してみる。
するとさっきの視線合戦で敗北を喫した後、長門は上目遣いを密かに継続させていたようで、

「…………あ」

視線がピタリと交錯した。俺が言葉を探すよりも先に、長門の頬が面白いように色づいていく。
俺は暫くその鮮やかなグラデーションを目に納めていたが、
このままでは腕章をつけたハルヒ刑事に視姦容疑で逮捕されかねないので、眼窩に焼き付けてから視線を逸らす。
それにしても、

「……あなたは歩行に集中するべき」

なんて真顔で言われたら笑うしかないぜ。
山積した課題を思い返せば、お前とはシリアスな雰囲気を醸さなきゃいけないっていうのにな。

646 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 20:09:22.20 ID:ncHljz2o

が、流石にからかいすぎたらしい。
ここんとこ偶然長門と視線がかち合うことが多く、
俺はその度に長門の照れ隠しの意味不明発言にツッコミを入れていたのだが、
当の本人は至って真面目にそう言っていたようだ、

「…………」

ご機嫌斜めの噤口状態に逆戻りしてしまった。
もしかしたら長門は、俺に何か伝えたかったのかもしれない。
俺はフォローの意味合いも兼ねて咳払いをしてから、

「どうしたんだ? 何か言いたいことでもあったのか」
「…………別に」

あれだけガン見して何もない、ってことはないだろう。
それにもし本当に用件がなかったにしても、「別に」なんて言い方は突っ慳貪すぎやしないか?

「わたしの態度は当然の帰結。
 あなたはもっと自己観察能力を向上させた方がいい」

自業自得ってことですか。
1ナノ――いや、数ミリ単位で頬を膨らませている長門。
このままじゃ一言も交わさずに分岐路についてしまいそうだ。
俺は早歩きになった隣のTFEIの癇癪を鎮めるべく……

1、エラーの蓄積レベルについて尋ねることにした
2、明日の、朝比奈さんの未来からの来訪について尋ねることにした
3、不意にわき起こった感情のままに、尋ねた


>>649

649 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/08(土) 20:14:31.33 ID:i6GjTUMo

悩むが3でどうだろう

654 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/08(土) 21:11:21.42 ID:ncHljz2o

頭をポフポフしてやろう(←全然反省してない)と手を伸ばした。
だが見慣れた小さな横顔が、夕陽の逆光で一瞬霞んでしまった刹那、

「長門」

俺は、子供時代に忘れてきたはずの切ない情動に襲われて、

「お前は、消えたりしないよな」

それに促されるままに、唇を動かしていた。
後で思い返しても、おおよそ理性的と言えない質問だったとは自覚してる。
でも、構わなかった。
夕焼けの色に決して混じらない深くて温かみのある目とか、
ちょっと伸ばし気味の、猫みたいに細くて柔らかい髪とか、
とにかく俺は、それらが失われてしまうことが、理由無しに許せなくなったのだ。

――自ら消滅を受け入れたりするな。
――例え喜緑さんたちが間に合わなければその時だ。
――抗って抗って、それでも無理ならバグればいい。

が、絶対に口にしちゃいけない部分まで口走る前に、
長門は魔法の言葉を呟いた。

「大丈夫」

向けられた双眸に、我に返る。

「わたしはいつも、あなたの傍にいる」

659 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 21:46:55.85 ID:ncHljz2o

安心感が、どっと押し寄せてくる。
俺は心の中で長門の言葉を繰り返しながら、失言を取り繕った。

「そう……だよな。すまん、変なこと聞いて。
 ほら、いつも身近にいる存在がふいに消えちまうんじゃないかっていう幻覚を起こす
 ダウナー系のドラッグをつい30分前に服用したばかりでさ、
 どうやら今頃になってキマッてきたらしいんだ――」
「いい。気にしていない」
「本当になんでもなかったんだ、忘れてくれ」
「………あなたがそう言うなら忘れる」

言って、長門はととと、と前の二人組との初期間隔まで戻っていった。
忘れてくれとは言ったものの、長門の記憶から先程の問い掛けが綺麗さっぱり消える、なんて
都合のいいことは起こりえない。でも、例え長門が、さっきの質問から俺が
"長門が消去される可能性を知ったこと"を推し量ったところで、別にその時の俺にはどうだって良かった。
「だいじょうぶ」の一言は、索漠とした不安と一緒に、目先の懸案材料も一緒に覆い隠してしまったからだ。
長門の隣に並び直す。
それから分岐路で分かれるまで、俺たちはもう一言も喋らなかった。


今から思えば。
その時の俺の眼線は、規則的な足音ばかりを追っていたように思う。
黄昏時を終える空。それと対比するように曖昧模糊になる長門の輪郭。
俺はきっと、畏れていたのだ。
もう一度長門を直視して、偽りの魔法を自ら解いてしまうことを。

666 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/08(土) 23:53:57.46 ID:ncHljz2o

――――――――――――――――――――――――――――――

現在時刻18:26。一番星が浮かび始めた空の下、
俺は自転車を漕ぎながら、生徒会室での遣り取りを思い出していた。

『あなたに来て欲しい場所があるんです』

そう言って喜緑さんは、俺に一枚の紙片を手渡した。
そこには長門が住んでいる高級分譲マンションの一室を示す番号が
記入されていたが、俺はその番号にまったく憶えがなかった。
当然俺は怪しい臭いがぷんぷんするそのお誘いの詳細を尋ねたのだが、喜緑さんは

『秘密です』

と言い、ついでに

『ついてからのお楽しみということで』

俺の好奇心と恐怖心をくすぐるに留まった。
……喜緑さんの意図が掴めない。
長門の件もあって警戒されていると知ってなお、
俺を俺が知らない場所に、"帰宅してからすぐ"と時間を指定してまで
呼び出したい用事とは何なのか。その部屋で何が行われるか、ヒントくらいくれたっていいだろうに――
と、そうこうする内に自転車がマンション前に到着した。
手際よくマンション内の駐輪場に自転車を留めて、
何食わぬ顔で住人の背中にくっついて、マンションの認証ロックを通過する。
長門に開けてもらうという手もあったが、後々何用で訪れたのか言及されたら面倒なので除外した。

「さて、と。
 喜緑さんの言ってた部屋は……」

部屋番号を復唱する。
紙片は上着のポケットにくしゃくしゃになって突っ込まれているが、
数字の並びは脳裏に刻み込んでいるのでノープロブレムだ。

677 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/09(日) 00:44:47.37 ID:DAXHbyUo

エレベーターに乗り込む。
上昇しはじめる瞬間、黒に半分塗りつぶされた小窓に、
買い物袋を両手に提げた女が映ったような気もしたが、
俺は差して気に留めずに目的のボタンを押した。
密室の小箱に、やけに重たい駆動音が響く。
マンションに来るまでの道程が短く感じられたのに対して、
十数メートル昇るだけのエレベーター内での時間が、ゆっくり経過するのは何故だろう。
まぁ今の俺にとっては好都合だ。
目的のドアを開けた後について、想像をめぐらせてみる。

ここ何日かの喜緑さんとの接触原因からして――可能性が一番高いのはやはり長門の件についてだ。
一応喜緑さんと俺の間で決着はついたが、
その後、俺が長門を救う方法を手当たり次第に模索していることを知って、
情報統合思念体が俺を危険因子と判断したとは十分に考えられる。
何の能力もない人間でも、長門の感情を動かし、結果統合思念体の意志に抗わせることはできるのだ。
思念体は、俺が長門と接触しないように説得しろと、喜緑さんに命令したのかもしれない。
ただ、もしそうだと仮定するなら色々とマズい問題が発生する。
先日の話し合いは俺が感情的になっていたにせよ終始穏便に進行していたが、
今度の説得は「話し合い」では済まないかもしれない。
喜緑さんに朝倉を加え、鋭利な刃物がチラつく恫喝紛いの会談になっても不思議ではないのだ。
最悪、コトが全て終わるまで、俺を情報制御空間に幽閉する、なんてコトも――

チン。

はい、到着。

「馬鹿な妄想はやめろ、そんな物騒な話を長門が許すわけねぇっての」

誰ともなく呟いて外に出る。直ぐさま一階に逆戻りした小箱におさらばして、
俺は廊下を探索した。
部屋は……えーっと……ここか。長門の部屋がある階と何ら変わりない外観だが、
ドアの右側にはピンクを基調にしたフラワーアレンジメントが飾られていていた。
とても春らしくていいですね。鮮やかな色合いはまるで瑞々しい生花のよう。
手で仰げば花弁が揺れ、フローラルな香りが鼻腔をくすぐり――さ、ジョークもここらにして。
目の前のドアがどこでもドアじゃないことを祈りながら、俺はドアノブに手を掛けた。

680 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/09(日) 01:15:29.91 ID:DAXHbyUo

ぐつぐつぐつぐつ。
食欲をそそる音をふんだんに奏でる鍋を囲み、俺たち四人は合掌した。

「「「「いただきます」」」」

同じく四つの声がハモる。だが、そこからの行動は見事に二分化した。
鍋の中身――おでん――を争奪する側と、それを傍観する側だ。
俺は勿論後者である。朝倉が、見るからに熱そうなこんにゃくを平然とかじって言った。

「美味しい! 味も良い感じに染みてるし、食感も最高よ」

それに喜緑さんが、これまた熱そうな大根に口をつけて答える。

「同感です。いつも美味しいけれど、今日のは格別に美味しく感じますね」

芳しいにおいと、気泡に押されて踊るおでんたち。
俺はついに食欲に負けて箸を伸ばした。
もくもくと立ち上る湯気の向こう、蜃気楼のように揺れる長門の瞳が、ジーっとこっちを睨んだような幻覚があったが、
無視してたまごを摘み、口の中に放り込む。熱い、火傷しそうだ、でもっ――

「はふっ、はふはふっ……こりゃウマイ!」

食べる前から分かっていたことだが。
TFEI三人娘のつくったおでんは超絶旨かった。


さて、先走った状況描写はここまでにして――。
呉越同舟では語弊があるものの、少なくとも和気靄々と同席できないはずのメンバーが
仲良くおでんを突いている、という背反したこの状況に至るまでの経緯を、簡単に説明するとしよう。

結論から言えば、ドアの先で俺を出迎えてくれたのはエプロン姿の長門有希だった。

709 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 16:43:39.93 ID:VFd3Qcko

半分ほど開いたドア。
そこから覗いた長門の目が、俺を認めて丸くなる。

どうしてお前がここにいる?
それとも俺が部屋を間違えたってのか?
もしかして喜緑さんに俺を待ち受けるように言われたとか?

いくつもの質問が優先順位を争って口に押し寄せ、
結局、飛び出したのは拙い誉め言葉だった。

「よう、似合ってるじゃねえか。
 いっつも制服姿だから、こーいうエプロン姿も新鮮で可愛いな」

なまじ経験を積んでいるだけに、予測不可の出来事にも冷静に対応出来てしまう俺である。
しかし、長門の方は俺ほどに状況を飲み込むことができなかったらしい。
パタン、とドアを閉めると、とてとてと走る音が聞こえ――って、おい!
ったく……いったいどうしたってんだ。
この世界で長門を慌てさせることができる人間なんて、精々ハルヒくらいだと思っていたんだが。
いや、それ以前になんでここに長門がいるんだ。
いつまでもドアの前に突っ立っているワケにもいかないので、もう一度ドアを開ける。
流石に鍵までは掛けなかったようだ。つーかこれでもし掛けられてたら、完璧不審者扱いされてるってことだよな。

「おじゃましまーす」

挨拶しつつ足を踏み入れると、フツーにそこは玄関だった。
物騒な雰囲気はなく、むしろ玄関と同じように花が飾られていて、
俺はついつい気を緩めてしまう。まずは長門を見つけなければ。
――と、俺が忍び足で歩を進めていくと、腹の虫を活性化する香りと一緒に二人分の声が聞こえてきた。

「………彼がここに来た理由を説明して」
「わたしが呼んだからです。朝倉さんの復帰パーティ参加人数は多い方がいいでしょう?
 彼女も彼が来ることを喜んでいましたし」
「わたしは彼が来ることを知らなかった」
「すみません、ついうっかり忘れてました」
「……………確信犯」

714 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 17:28:57.59 ID:VFd3Qcko

口調や声音から、
それが喜緑さんと長門の会話であることが分かる。
だが……俺は居間に入る一歩手前で迷っていた。
さっき「朝倉の復帰パーティ」なる言葉が聞こえたが、
それは即ち、この先に朝倉がいて、俺が朝倉の復帰を祝うメンバーの一人になるということである。
俺は改変世界で、長門と朝倉と一緒におでんをつついた経験があるが、
あの時の気まずさといったらそれはもう、おでんの味が分からなくなる程だった。
今度の復活で、朝倉と少しだけ打ち解けることができたにせよ、
やっぱりあいつは長門の監視者で、削除者だった。
俺が心からあいつの復帰を祝えるか、と聞かれたら――Noだ。
それに、こういうお祝いは、仲間内だけでするべきだとも思う。

「本当に言い忘れてたんです。
 それじゃあ聞きますけど、あなたは彼が来たことを快く思っていないんですか?」
「そ、それは違う」
「なら、彼が来ることに何か問題でも?」
「…………」
「あらあら、エプロンの裾なんか握り締めてどうしたんですか?
 言いたいことは言わないと体に毒、TFEIにエラー、と聞いたことがあります」
「…………もういい」

二人は仲良く(?)お喋りを続けている。
今の内なら、気づかれずに部屋を後にできるだろう。
ここは――

1、踵を返して帰ろう。俺は場違いだ
2、約束は勝手に破れない。それに、朝倉は俺の参加を喜んでいるらしいし――

>>718 この安価はキョンの心情左右安価 結果は同じ

718 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 17:33:43.40 ID:YeGGi1Yo

2

725 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 18:14:04.08 ID:VFd3Qcko

今の内なら、気づかれずに部屋を後にできるだろう。
でも――ここで帰ってしまうのが、本当に俺が取るべき行動なのだろうか。
喜緑さんとの約束を無断で破ってしまうことになるし……
いや、それは言い訳だ。
俺が足をここに固定しているのはそんな理由じゃない。
ここで帰ってしまえば、結局は、同じコトの繰り返しなんだ。
朝倉から逃げて、何かと距離を置こうとして。
俺はそんな自分にいい加減愛想を尽かしていた。

喜緑さん曰く――、朝倉は俺の参加予定を喜んでいたらしい。

自分自身に向かって言い聞かせる。

参加してやってもいいんじゃねえか?
大層な祝辞の言葉を述べるわけでもないんだ。
例えあいつが長門の削除者であっても――あいつがもう一度この世界に生を受けて、
それを喜んでいるなら、一晩でもあいつへの負の感情を忘れてやっても悪いようにはならんだろ。

眦を決すのにそう時間は要らなかった。
俺は一応上級生の喜緑さんもいるということで、

「チャイムもなしに上がってしまってすみません」

敬語でそう言ってから、台所に立つ二人の少女に声を掛けた。

「こんばんは、喜緑さん。長門も、さっきはどうしたんだ。
 いきなりドア閉められてちょっと傷ついたんだぜ」

長門は俯いたまま喋らない。その様子に首を傾げていると、
喜緑さんが長門の代わりに答えた。因みに喜緑さんの着ているエプロンは長門の色違いだ。
二人で一緒に買い物にいったのかもしれない。

「わたしが悪いんです。
 長門さんに応対を任せたんですけど、肝心のあなたが来ることを教えるのを忘れていて……
 きっと長門さんは、もう一人の方だと思ったんでしょうね」

恨めしげに喜緑さんを睨む長門と、悪戯っぽく唇を三日月型にする喜緑さん。

730 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 18:57:09.91 ID:VFd3Qcko

二人の暗闘には気づかないフリをするとして、もう一人の方、とはどういう意味だろう。
俺はこの部屋に居る筈の朝倉を探した。どこにも見当たらない。
喜緑さんが、俺の方に向き直って言う。

「ところで……あなたにまだ、ここで何をするか伝えていませんでした」

それどころか、ここが何処かも聞いてません。俺は訊いた。

「ここは私の部屋ですよ。言ってませんでしたっけ?」

喜緑さんがサラリと答える。
言ってなかったも何も、あなたが「秘密です♪」なんて言って教えてくれなかったんでしょうが。
でも、それで得心した。ドア前や靴箱近くに置かれていたフラワーアレンジメントは、
確か生徒会室にも同じようなモノが飾られていた気がする。

「今日はちょっとした夕食会に参加していただきたくて、あなたを誘いました。
 人数はわたしと長門さん、あなたと――もうすぐ、朝倉が帰ってくると思います」

朝倉と言った辺りで喜緑さんが俺の顔色を窺ったが、
俺はポーカーフェイスを保ったまま答えた。

「御馳走になってもいいんですか?」
「もちろんです。三人で丹誠込めてつくったんですよ」

俺はさっきから俺を見ようとしない長門に尋ねた。

「喜緑さんや朝倉はともかく、
 お前が自分で料理するなんて珍しいな。どんな味か楽しみだよ」
「…………そう」

そんなに俺が来たことが嫌だったのか、長門。俺は落ち込みながら、

「そういや、喜緑さん。なんでわざわざ秘密にしてたんですか?
 夕食会なら夕食会って教えてくれれば、昼飯抜いてお腹空かせて来たのに」
「特に意味はないんです。強いて言えば、あなたを驚かそうと思っていたんですけど……」

あなたは普段通りでした、と笑う喜緑さん。冗談めかしてはいるが……、
喜緑さんはきっと、俺の「一度行動してしまえば成り行きに任せてしまう」性格を利用して、
俺を朝倉復帰パーティに出席させたかったのだ。この時点で全容を明らかにしていないのも、
俺にはただの夕食会という認識のままでいて欲しいからかもしれない。
そんな気遣い、もう要らないのにな。

736 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 21:02:25.04 ID:VFd3Qcko

もう話すことがなくなって、会話に空白が生まれる。
喜緑さんが壁時計を見上げて溜息をついた。

「遅いですね。もう彼女が出発してから結構な時間が経ちました」
「待たせて悪かったわね。だってこれ、滅茶苦茶重たかったんだもん」

耳元に息がかかる。
一刹那遅れて、ふわりと甘い香りが漂う。
うわっ! 朝倉、お前いつの間に!?

「今晩は、キョンくん。今日は来てくれてありがとう」
「あ、ああ。今日は御馳走になる」

朝倉は俺の肩口から顎を外すと、
重い重いと言っていた割に軽々と巨大ビニール袋を運んでいった。
同時に背中から柔らかい感触が消えたが……いかんいかん、煩悩は身を滅ぼす。

「飲み物くらいちゃんと用意しとかなきゃ駄目じゃない、生徒会書記さん」
「役職とわたしの不注意は関係ないです」

朝倉に憤慨しつつも、

「重っ……」

ビニール袋の重さに顔を顰める喜緑さん。
喜緑さんが長門に手助けしてもらっている間に、朝倉はエプロンを装着した。
エプロンは勿論、先の二人の色違い。
もっと詳しく言うなら、長門は浅葱色で喜緑さんは淡い草色、朝倉は深い群青色だった。
と、俺のネチっこい視線に気づいたのか、長門が二人の袖をついついと引っ張って、

「………彼はお腹を空かせている」

いやいや、勘違いしないでくれ。俺は別に催促しているわけじゃあなくてだな――
三人娘が一斉に向き直る。

「確かに悠長にお喋りしてる時間はなかったわ」
「とりあえずおでんを完成させましょう」
「……あなたはテーブルにかけて待っていて。すぐに持って行く」

俺は放心したまま呟いた。

「はい、いつまでも待ってます」

あぁ。これを眼福と言わずしてなんと呼ぼう。
神話の三大天使が現世に顕現したとしたら、
こんな姿をしているに違いないと思えるほど、目の前のエプロン姿の少女たちは愛らしかった。
俺は久々に思った。生きてて良かった、と。

740 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 21:42:06.46 ID:VFd3Qcko

―――――――――――――――――――――――――――――

とまぁ、そんな感じで話は先走り描写に戻ってくる。


俺の実に分かり易い感想で、三人娘は顔を綻ばせた。
朝倉と喜緑さんは元よりパクパクおでんを頬張っていたが、
今まで箸を置いたままだったままの長門も、ようやく安心した風に頷いて食べ始める。
それからはもう、争奪戦だった。
テーブルの三辺から絶え間なく箸が伸び、ひょいひょいおでんが攫われていく。

「あっ、その巨大たまご楽しみにとってたのに!」
「残念でしたね。わたしはたまご独占権をもっているんです」
「………わたしには関係のないこと」
「「あっ!」」

三人の掛合いは見ているだけで笑えた。
俺はこの状況を愉しんでいる自分に気がついていた。
改変世界の記憶が落としていた暗い影は消え去り、
笑顔の朝倉や具を取られて不満げな喜緑さん、そして少し得意げな顔の長門が、新しい記憶になる。
途中からは俺も遠慮しなくなり、ばくばく食べた。

「いただきます」
「あっ、あなたまで……、卑怯です!」
「人聞きの悪いこと言わないでください。実は俺もたまご独占権もってるんすよ」

おでんは食べても食べても減らず、途中、俺は情報操作という名の魔法がお鍋にかかっているのでは、
と疑いをもったが、胃でたぷたぷ揺れるおでんの重みが増していくことから、鍋の中身にも限りがあるようだ。
大量の具の隙間から、鍋の底が、見えてきた。

――そして、おでんパーティ開幕から30分が経過した。

――――――――――――――――――――――――――――――

「もう食べられません」
「わたしも無理。有機生命体はどうして満腹になると
 目の前の食べ物が急に美味しそうに見えなくなるのかしら」
「それ以上胃に詰め込んだらやべー、って頭が警告ならしてんだよ。ま、こいつは例外みたいだけどさ」
「………?(もぐもぐもぐもぐ)」

俺たち三人の視線を真っ向から受け止め、長門は新たにこんにゃくを摘む。
……やれやれ、こいつの胃袋はホントにブラックホールだな。

743 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:37:23.39 ID:VFd3Qcko

と、俺が今晩何度目かの感嘆をしていた時だった。
喜緑さんがコテン、頭をテーブルに落とす。そしてジーッと俺を見て、ニコリと笑うと、

「はいはいーい、キョンくんに質問です。ちなみに拒否権はありませぇん」

えーと、誰だっけこの人。該当の声音と口調が見事に一致しない。
喜緑さんの黒檀みたいに堅い瞳は、今じゃトロンと蕩けてしまっている。

「え? ちょ、急にどうしたんですか喜緑さん!?」
「いつものことよ。そろそろ酔いが回ってくる頃だとは思っていたけど……今日はちょっと早いなぁ」

面食らって一種の譫妄状態にハマった俺を助け出してくれたのは、朝倉だった。
朝倉は自分のグラスを片付けながら、

「彼女、昔から酔いやすいタイプなの。
 お酒強くないのにがぶがぶ呑んじゃって、次に起きたときは酔っていた間の記憶の一切が抜け落ちてる。
 かなり性質が悪い酔い方よ」
「……あっ」

そう言って、喜緑さんの手からもグラスを取り上げた。
なんだか手慣れてるな……。朝倉が消去される前も、喜緑さんの悪酔いに付き合わされた経験があったのだろうか。

『わたしたちはみんな、お酒が強いんですよ』

喜緑さんはそう嘯いていたが、目の前の酩酊少女はどう見てもお酒に強いようには見えない。
あぁ。八面玲瓏才色兼備のイメージが、音を立てて崩れていく。
俺は改めて喜緑さんを見た。うわ、朝倉にお酒を取り上げられてちょっと拗ねてる。
物欲しそうに朝倉さんの方を見つめている喜緑さんは、俺にチワワを連想させた。

しっかし、TFEIもアルコールで酔ったりするんだな。
おでんに酒はつきものと言ってどこからともなく日本酒を持ち出したときは(勿論俺は断った)
長門みたいなウワバミっぷりを発揮するのだとばかり思っていたが、
TFEIが酒豪というのは、所詮、何処ぞの馬鹿の妄信だったようである。
今度古泉に教えてやろう――と、俺が一人物思いに耽っていると、喜緑さんの関心が再びこちらに向いた。

「キョンくん?」
「は、はい。なんでしょう?」

人懐こい、それでいて婀娜な笑みが俺を強襲する。
そして俺が怯んでいる間に、喜緑さんは飛んでもない質問を繰り出してきた。

1、「キョンくんのタイプをおしえてくださぁい」
2、「キョンくんは付き合ってる人いないのかなぁー?」
3、「わたしたち三人の中で付き合うとしたら誰がいい?」

>>752までに多かったので

744 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:39:24.29 ID:VO7mTSE0

3

745 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:39:48.40 ID:qfiFew60

3

746 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:40:11.42 ID:PFc8zYSO

どれがいいんだ

とりあえず3で

747 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:40:56.65 ID:nA92YEco

1!1!!
そして朝倉と答えてくれぃ!!

748 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/10(月) 22:41:08.98 ID:8bsw56SO

1

750 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:42:43.67 ID:kD5xACM0

3

752 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/10(月) 22:43:53.13 ID:zNQtLkSO



763 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/11(火) 00:39:07.49 ID:Knra/CAo

「わたしたち三人の中でー、付き合うとしたら誰がいいですかぁー?」

付き合う? 俺が? 目の前の美人三姉妹の内誰かと?
はは、妄想するのも烏滸がましい仮構ですね。馬鹿にするのはやめてくださいよ。
俺は咄嗟に答えた。隣で朝倉が無音でグラスを爆砕し、
長門が口にこんにゃくを詰め込んだままフリーズしていることにも気づかずに。

「俺ごときにそんな選択権は勿体ないですよ。高価すぎる」
「じゃあじゃあ、わたしたちに魅力がないから
 誰とも付き合えないっていうんですね?」

ぐす、と喜緑さんが涙を拭うフリをする。
困った人だ。流石は朝倉のお墨付きを貰っただけのことはある。

「それは違います。
 みんなとっても魅力的ですし、付き合いたいと思う男はごまんといると思いますよ」
「はい、論点をズラさないでください〜い。
 わたしが訊いてるのは、キョンくんが付き合うとしたら、の話ですよぉー?」
「はぁ……俺が、ですか……」

呂律の回ってない喜緑さんだが、論理的思考は失っていないようだ。都合がいいね、まったく。
俺はそろそろ助けを求めようと、テーブルを見渡した。――四面楚歌だった。なんてこった。

「わたしもその質問の答え、気になるな。同じクラスメイトとして」

好奇心に燃える紺青色の瞳が二つ。

「…………答えるか否かはあなたの自由」

期待と諦観の間を揺れる琥珀色の瞳が二つ。

「ほらほら、言っちゃいましょう。優柔不断はいけましぇえん」

もはや結果に辿り着くまでの過程を愉しんでいる浅緑色の瞳が二つ。
合計六つの瞳が、俺の答えを今か今かと待ち望んでいた。

784 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 20:29:43.33 ID:Knra/CAo

……弱ったな。
最初は酔った喜緑さんの問い掛けなんぞに律儀に答えることもないだろう、
と高を括っていた俺だったが、ギャラリーがその気になれば話は違ってくる。

差し切るプレッシャー。種々様々な思惑を乗せた視線。

刻々と時間は過ぎてゆく。一言で言えば、俺に拒否権は存在しなかった。
ええい、なんで俺がこんな質問に答えなきゃならんのだ。
腕組みをして目を瞑る。せめてもの時間稼ぎになればと考えてそうしたものの、
いざ目を瞑ると質問について真面目に考えてしまうのは、俺の意志が未熟な所為だろうか、それとも情報操作の所為だろうか。
――考えるまでもなく俺のせい、だよな。

さて、一度考え始めた以上は一応の結論を出すとしよう。
因みに諸々の非常識的事情は面倒なので割愛する。

ジャカジャカジャカジャカ、デデーン!

エントリーナンバー1番、北高三年の元委員長にして転校生、
流麗な黒髪と眉目秀麗な顔立ち、グラマラスボディがクラスメイトを魅了する――朝倉涼子!
エントリーナンバー2番、生徒会執行部の影の支配者、
ミステリアスな雰囲気と、清楚と凄艶のギャップが生徒会長をも悩殺する――喜緑江美里!
そして……エントリーナンバー3番、読書大好き本の虫、文芸部部長にしてSOS団の実力者、
可憐な仕草と庇護欲そそるいじらしさが、見るもの全てを虜にする――長門有希!
優劣つけがたい美少女たち、果たしてこの中でトップに躍り出るのは誰なのか!?

……はぁ。俺はいったい何をやっているんだろうね。溜息が出る。
がしかし、自分のアホさに呆れている場合でもなさそうだ。
寸劇を脳内で繰り広げている間に、

「まーだっかなー、まーだっかなー」

喜緑さんのテンションは20%増しになっており、

「キョンくん、いつまで引っ張るつもり?」

朝倉は貧乏ゆすりのペースを速め、

「……………」

長門は所在なさげに、おでんの鍋と俺を交互に見つめていた。下唇をちょっとだけ嚼んで。
タイムリミットが近い。答えるしか、ねぇんだよな。

「俺は――俺が、付き合いたいなぁ、と思うのは――」

1、長門
2、朝倉
3、喜緑

>>790までに多かったの

785 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 20:31:00.52 ID:bvp0TGUo



786 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:31:55.26 ID:Lax4KNoo

1!!!

787 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:32:19.35 ID:R3XMrYSO

1

789 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:33:36.53 ID:8hANhkDO

1

790 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/11(火) 20:34:39.07 ID:GSSI53co



793 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 21:18:56.72 ID:Knra/CAo

言いながら三人の顔を眺める。
最初に喜緑さん、次に朝倉、最後に長門を見て――、そしてそこで、視軸は急に滑らなくなった。

「…………!」

視線が交錯する。長門が静かに息を呑む。俺とはいえば、汗ばんだ手をジーンズで必死に拭っていた。
正直な話、この期に及んで、俺に明確な答えを出すつもりはなかった。
適当にはぐらかして、早々にお暇しよう、と考えていたのだ。だからこの事態は予想外だ。
でもいくら頭が沸騰していようと、俺の視線が長門に釘付けになっているのは事実なわけで。

「キョンくんが付き合いたいと思うのわぁー?」

喜緑さんが、谷口に勝るとも劣らないニヤニヤ顔で続きを促す。
顔は完熟りんごみたいに真っ赤だ。

「……………ん」

モジモジしながら、小さく胸を上下させる長門。俺はその光景にデジャヴを感じながら自己考察した。
優柔不断がモットーのこの俺が、頭ン中であーだこーだ言いながらも
長門の方を見ているっていうのは、とどのつまり、こいつと付き合いたいと思っている本心の現れなんじゃないか。
それにしても喉が渇く。おでんを食べ過ぎたからだな、きっと。
――さぁ、さっさと言っちまおう。

「俺が付き合いたいと思っているのは、」

声の抑揚に乱れはなく、視線は揺れず真っ直ぐなまま。
想いを伝えるにはおおよそ相応しくない淡々さで、俺は核心部分を口にしようとし、

がたん。

突然立ち上がった長門に、科白を言う機会を奪われていた。

「…………もういい」

804 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/11(火) 23:37:28.46 ID:Knra/CAo

「へ?」

思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
もういい? 何がだよ?

「そろそろお開きにした方が良い。
 明日の集合時間は定例より若干早め。
 このまま喜緑のくだ巻きに付き合えば、睡眠時間が削られてあなたは遅刻する」

長門は俯いたまま、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
いきなりんなこと言われてもな。お前はそういうけど、まだ時間は八時を過ぎたあたりだぜ?
俺は頭をかきながら、

「そう遅くまで喜緑さんの部屋に居座るつもりはなかったんだが……」

壁時計を指差した。長門は黙りこくった。
表情が見えないので、長門が俺の話に割り込んできた理由が推測しようにも推測できない。
俺の言わんとしていることをいち早く察知し、仮定論であるにせよ、迷惑だから先手を打ったとか。
喜緑さんに絡まれた俺の困惑ぶりを見て、助けようとしてくれたとか。
いくつかの憶測が脳裏を掠め、結局、朝倉が一連の流れを引き取った。
朝倉は一瞬、怪訝な顔を長門に向けてから、

「彼女の言うとおりだわ。遅くならないうちに片付けましょう」

鍋をひょい、と持ち上げた。
あれほどさっきの質問に興味津々だったってのに、
随分と話題転換がスムーズなのな、おまえ。

「それじゃ長門さん、持って行きましょうか?」

長門はコクと頷いた。すかさず申し出る。

「俺も手伝うよ。御馳走になったんだし、片付けくらい――、」
「いいのよ。すぐに済ませちゃうから、キョンくんはちょっとの間、ソファでくつろいでいて。
 ついでに喜緑も連れて行ってくれると助かるんだけど……任せてもいいかな?」

ああ、それくらいならお安い御用だが……。
俺はこのややこしい状況の仕立て人であるにも関わらず、
「我関せず」といった風にすぴすぴ寝息を立てている喜緑さんの躰に手を掛けた。
思っていたよりも軽い。対になったソファの片方に喜緑さんを寝かせて、もう片方に腰を落ち着ける。
何気なく台所を眺めると、エプロン姿の長門が洗い物をしていた。
なんだか、無性に気分が落ち着かない。どうしてだ?

808 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/12(水) 00:10:10.97 ID:mpGEGb6o

独りごちる。もち、台所には聞こえない程度の声の大きさで。

「やれやれ、また難題が一つ増えちまった。
 これ以上はいくらなんでも俺の処理能力を超えてるぞ」

俺はついでに問うてみた。

「俺を悩ませているコトに関連性があって、一つ解決できれば連鎖的に解決していく、
 なんて期待は、やっぱ、天文学的確率以前に絶対有り得ない希望的観測なんですかね?」
「………ん、………ふ…あ……」

無駄にエロい寝言が帰ってくる。喜緑さんはごろりと寝返りを打った。
ま、最初からまともな返事が貰えるとは思ってなかったからいいんだけどさ。


――――――――――――――――――――――――――――――

外は当然真っ暗だった。
満腹なお腹をさすりさすり、俺は――

1、一人でエレベーターを待っていた
2、朝倉と二人でエレベーターを待っていた

>>814 

814 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/12(水) 00:17:44.53 ID:uB0BCOoo

2

831 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/12(水) 01:12:05.24 ID:mpGEGb6o

満腹なお腹をさすりさすり、俺は朝倉と二人でエレベーターを待っていた。
温まった体に夜気が心地よかった。肘が触れあう距離に朝倉がいることも忘れて、他愛もない会話を紡ぐ。

「おでん、本当に美味しかった?」
「マジで旨かったよ。お袋には悪いけど、今まで食べたどのおでんよりも美味しかったぜ。
 世界一、いや宇宙一といっても過言じゃない」

朝倉はクス、と笑って言った。

「お世辞じゃないの?」
「俺が最初におでん口に放り込んだ時のリアクション、お前も見ただろ。
 お前の目にはアレが演技に映ったってのか?」
「ううん、そうは見えなかった。でも宇宙一なんて大げさよ。そんなこと言われたら、わたし――」

チン。その音に会話を切断されて、俺たちは密室に乗り込んだ。
お互いに自然と口を閉ざす。
朝倉には内緒だが、さっきのと似たような会話を、実は長門とも交わしていた。
元はバックアップとその主という関係だった二人のTFEI。やはり似るところがあるのだろうか。
一足先に部屋を出た朝倉と、それを追う形で玄関で靴紐を結んでいた俺。
その時。喜緑さんの部屋にお邪魔してから今に至るまで、ほとんど受動的だった長門が静かに問うた。

『………おでん、美味しかった?』

俺はしゃがんだまま、背後の長門に答えた。

『ああ、文句なしの出来映えだったぞ。また食べたい』
『どうして? わたしのつくったおでんよりも、もっと美味なおでんは存在するはず』

おいおい、今夜はお前まで酔ってるのか?

『俺はさ、三人が――長門がつくったおでんがもう一度食べたいんだよ。
 味云々の問題じゃない』
『……そう』

靴紐を結び終えて首だけを後ろに捻る。
案の定、長門の手はエプロンの裾を握っていた。俺は長門の顔を見ないままに立ち上がって、

『それじゃ、俺は帰るけど。本当に喜緑さん任せても大丈夫なのか?』
『だいじょうぶ』
『そっか。じゃ、今日はご馳走様でした』

俺は、部屋を後にした。
………うへぇ。今反芻してみてもぜんっぜん俺らしくない科白だと思う。
美味しい料理じゃなくて長門の手料理が食べたいだぁ? お前は何処のキザ野郎だっつーの。
このコトを話したら、常ニュートラルの古泉でも抱腹絶倒するだろうな――
と、俺が羞恥のあまり悶えていた、そんな時だった。

「あぁーあ。どうしてなかなか、シナリオ通りに現実は進まないものね」

朝倉が、冴え凍った一言を床に落として、砕く。

846 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 20:41:03.53 ID:mpGEGb6o

ぞくりとした。
胃袋に詰まったおでんが急冷剤になったかと思うくらいに、体の芯が熱を失いはじめる。

「思念体の計算能力も、"人間"の乱数性の高さには所詮無意味だわ。
 感情の巧緻さ、カテゴリの繁雑さの解読にはもううんざり」

寒気がするほどの無機質さが、
つい先程まで、人情味溢れる科白を吐いていた唇から漏れていた。
俺の横に立っているのは誰だ?
10数秒前の記憶がもう手繰り寄せられない。
俺はふと、これと正反対なようで酷似した状況を想起した。
そういえば、穏やかな春空の屋上で――
朝倉が半歩退いた態度から、一気に距離を詰めてきたことがある。
あの時の朝倉に俺は、どこか新しく手に入れた人格を扱い切れていない、多重人格者のような錯覚を覚えた。

「量子学的にもっとも確率の高い方法を選ぶことは可能だわ。
 けれどあなたたちの前では、正解も不正解も、全てが平等なの」

話の意図の大半を咀嚼できないまま、俺は上辺だけの返事をする。

「神様はサイを振らない。
 森羅万象がお前らの思うとおりに動くわけがないだろう?」

世界の全ての物質の移動位置予測が可能なら、この宇宙の終焉だって映像化できる。
でも、この世界にそんなことができるヤツはいないんだ。
もしいるとしたらそいつは、ハルヒの力を本人に自覚させることなくコントロールできる化物ということになるからな。
何が可笑しいのか朝倉は嗤った。

「ふふっ、その通りよ」

そして一拍置いてから、

「思念体はラプラスの魔には成り得ないわ。
 自律進化の拠り所を見つけて、究極的な個体に昇華したその時は、或いは、同等の力を手に入れているかもしれないけど。
 でもね――時間は待ってはくれないの」
「どういう、ことだ?」

絞り出した声は、譫言のように擦れていた。
それに対して、朝倉は自動音声読み上げ装置のボイスによく似た声で言った。

「長門さんのエラーが許容値ギリギリまで差し切っているのよ。
 "私"と喜緑はいろいろと画策したみたいだけど、結局のところ、彼女の余生を縮めただけだったみたい」

854 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 22:01:59.72 ID:mpGEGb6o

寒気を通り越して怖気がした。
階層表示板に目を移す。落ちていく感覚とは無関係に、数字は減っていなかった。
焦りの代わりに、冷えた密室に似合わない、熱い怒りが沸いてくるのを感じた。
結果的に長門の余生を縮めた?

「縁起でもないこと言うな。
 今日のおでんパーティで、長門がエラーを溜める要因なんてなかったじゃないか。
 お前や喜緑さんと一緒におでんをつくって、俺も加わってみんなで鍋つついて――」

そこまで捲し立てて、俺は緘黙した。緘黙せざるをえなかった。
よく考えてみろ。長門は本当におでんパーティを愉しんでいたのか?
未来ある同僚と、未来を消去される自分。将来自分を殺めるかもしれない二人のTFEIと談笑していた俺。
そんな現状を改めて直視させられて、あいつは何を思い、そしてその想いをどこに仕舞ったのだろう。

「落ち着きなさい。現実を見るのよ。原因が何であれ、
 彼女があなたの目に映らない場所でエラーを積み重ねていたのは、紛れもない事実なの」

朝倉が強引に振り向かされて、俺は暗い憶測を中断した。感情のない微笑みが目の前にあった。

「彼女にもあなたにも、もうあまり時間は残されていないわ。
 感情にあと一度でも大きな振幅が生まれればその時点で、
 たとえ今の状態を維持したとしても三日以内に限界が来るでしょうね。
 そして彼女がバグを引き起こした瞬間、わたしたちはプログラム通りに行動する」

その冷徹な口ぶりは、とても仲間の薄命を嘆いているようには聞こえない。
ただ、言葉の一つ一つが、ナイフよりも鋭い痛みで日和っていた心を醒まさせていった。
俺が手間取っている間に長門はバグって、削除される。それも早ければ一日以内に。
これは現実なのだ。

「喜緑のエラー解析はまず間に合わない。
 長門さんのバグは奇跡でも起こらない限り必至よ。あなたに奇跡のアテはあるのかしら?」

俺は力無く首を振った。すると朝倉は微笑みを崩さずに、

「なら、自分で奇跡を起こすしかないじゃない?」

おぉん、と静謐な棺桶のふたが開く。表示板の数字はいつの間にか変わっていた。
一歩外に踏み出した朝倉が次に振り返ったとき、
微笑みながらも死人のようだった能面には、可愛らしい笑顔が咲いていた。
朝倉は何事もなかったかのように、

「キョンくん」

しかし口元に少しだけ憂いを滲ませて別れを告げた。

「次のおでんパーティ、楽しみにしててね」

859 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/12(水) 23:26:27.97 ID:mpGEGb6o

――――――――――――――――――――――――――――――

エレベーターから降りた俺は、重い足取りで駐輪場に向かった。
壊れた蓄音機みたいに、先刻の朝倉の告白が頭の中で回っていた。

「はぁ」

と俺は溜息をつく。四月の夜は暖かで、息は白く染まることなく散っていった。
朝倉め、最後の最後に俺を失意のどん底に突き落としていきやがって。
毒づいてみたところで得られたのは虚無感だけ。あいつに責任がないことは重々理解していた。

あの夕食会が、朝倉復帰祝いのためだけに企画されたものではなかったらしいこととか、
朝倉が長門のエラーの蓄積レベルについて無条件に情報提供してくれたこととか、
その時の朝倉の性格が目に見えて分かるほど反転していたこととか――
不可解な点は多々あるものの、今の俺に全ての疑問に答えを出している余裕はない。

「あと一日、か。いくらなんでも短すぎるよなぁ」

圧倒的に時間が足りなかった。
――絵柄のない大量のピースを抱えたまま、冷徹に時を刻む時計をぼうっと眺めている。
それが、今の俺を形容する最も適切な喩えだ。ついでに言うなら、俺にはピースを設置する台紙さえ用意されていない。
過剰に明るいマンションの外灯に目を細めつつ、愛機と共に夜道を駆け出した。
なんとなしに仰いだ薄墨色の夜空に、長門の顔が浮かぶ。
たとえ何があろうとも、明日のテーマパークに長門は参加するだろう。
そしてひっそりと明日という日を終えるのだ。
ハルヒも古泉も朝比奈さんも気づかないまま。ただ、俺だけが認知したまま、長門は消える。
ふいに、心が折れそうになった。

もう諦めよう。
間に合わなかった。
遅すぎた。
情報が足りなかった。
仕方がなかった。
当然の帰結だ。
こうなったのは俺の所為じゃない。
自責なんかしなくていい。

でも、それは一瞬だけで。

――ふざけんじゃねえ、長門が消えるのを黙って見ていられるわけねえだろうが。

朝倉と喜緑さんに長門を削除させたりしない。
どんなに絶望的な状況でも、俺は諦めちゃいけないんだ。
長門はいつも俺を守ってくれた。なら、今度は俺がなにがなんでもあいつを守ってやらないと。
そう自分に誓ったとき、計ったかのように、朝倉の最後の言葉が耳の奥で残響した。

『なら、自分で奇跡を起こすしかないじゃない?』

ぐちゃぐちゃだった思考が、少しずつ、少しずつ固まり始める。
それは凝固剤で無理矢理形にしたみたいで不細工なことこの上極まりなかったが――それでも、家に着くころには一つの形になっていた。

880 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/13(木) 19:55:23.31 ID:KozqAdgo

――――――――――――――――――――――――――――――

晩飯を抜かした理由をしつこく問い質してくる妹を躱して自室に籠もった後、
俺は携帯のフラップを開けた。新着メールの表示があった。予想するまでもなく差出人はハルヒだ。

from:ハルヒ
to:朝比奈さん 古泉 長門 俺
明日の予定を説明するわ!
集合場所はいつもの喫茶店
時間は少し早めだけど、8:30にします
正式オープン初日で前代未聞の大混雑が予想されるから――

それからも数行ほど当日の行動に関する
小学校の遠足しおりみたいな文章が綴られていたが、俺は途中でクリアを押した。
必要なのは時間と場所だけだ。

「……ん?」

新着表示が消えていない。メールはもう一着あるらしかった。
送信者はまたもやハルヒ。重複メールだろうか。とりあえず開いてみる。

from:ハルヒ
キョン、明日はぜーったいに遅刻したら駄目だかんね
もし遅刻したら、あんたの惨憺たる遅刻履歴に特大の×を書き加えてやるから

あいつ、俺が知らないところでそんな表つくってやがったのか。
ま、PC大好きのハルヒのことだ。Excel管理されているとしてもちっとも驚かないが……
返信するべきか、否か。俺は煩悶した。
メールの文面からは、明日の予定にワクワクしているハルヒが容易に想像できた。
明日が楽しみで眠れない、といった高翌揚感が携帯を通じて伝播してきそうでもある。俺は返信フォームを開きかけて、

1、思い留まった。
2、……とりあえず、返しておくことにした。

>>885

885 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/13(木) 20:02:59.49 ID:RHHd/6Eo

1

887 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/13(木) 21:10:01.00 ID:KozqAdgo

俺は返信フォームを開きかけて、思い留まった。
重ねる嘘は少ないほうがいいに決まってる。どちらにせよ、ハルヒを裏切ってしまうことに代わりはないんだが。
それから俺は古泉と朝比奈さんに、それぞれメールをした。

古泉の返信はこうだ。

from:古泉
彼女の突発的な行動には慣れっこですが
相手があなたとなると正直、驚きを隠せませんよ
機関の立場から意見するなら、あなたの独断を容認することはできません
ですがSOS団の一員として、一人の友人としてなら、話は別です
僕はあなたに全幅の信頼を置いています
明日の行動によって伴うリスクを、あなたは誰よりもよくご存じだ
その上で決めたことならば、僕は喜んで協力しますよ

古泉の慧眼が捉えている距離を推測できないまま、俺はただ「ありがとう」とだけ返信した。

朝比奈さんの返信はこうだ。

from:朝比奈さん
わかりました
最大限の努力はすると約束します
でも、過信はしないでください
わたしたちの抑止力がどれほどもつかは
その時になってみないと分からないから

約一ヶ月ぶりのメールなのに、こんなお願いをしてしまって申し訳なかった。
俺は謝意を込めて返信した。

to:朝比奈さん
無理な頼みを押し付けてしまって本当にすみません
朝比奈さんと再会できないのが、残念です……

円滑に下準備が進んでいく。
猛反発を想定したのだが、二人ともこれが予定調和であるかのように承諾を返してくれた。
俺の恣意的な独断をすんなり認めてくれたのは、水面下の事情を看過しているからだろうか?
そう勘ぐってみたものの、古泉と朝比奈さんに俺の意図を掴むとっかかりがないことは明白だ。
特に朝比奈さんは、ここ数日の流れを一切把握していないはずなのだから。
俺はスタンド型充電器に携帯を差し込んで、ベッドに横になろうとした。と、その時だった。

894 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/13(木) 22:08:19.49 ID:KozqAdgo

ぶるぶると携帯が震動して、新たな着信を告げた。
俺は消灯しようとしていた手を止めて、再度フラップを開けた。

「どういう意味だ?」

知らず、そう呟いていた。

from:朝比奈さん
ううん、キョンくんは謝らなくていいんです
わたしの時間渡航の遠因はその行動の延長線上にあるの
だからキョンくんは、キョンくんが思うとおりに行動してください
そうすれば、そう待たずとも次の再会の機会が訪れると思うわ

直感的に解釈できるのは三行目のみだ。他の行は変換なしには読み解けない。
そして俺は、そのためのツールを持ち合わせていなかった。
ただ、未来から現在への干渉を示唆していることだけは、なんとなく分かった。
俺は携帯の電源を落としてもう一度充電器に差し込んでから、今度こそベッドに横たわった。
ナイトモードで淡く時間表示する時計が、あと数分で日付が変わることを示していた。
暗闇に明日を思い描く。

これは賭けだ。
袋小路に追い込まれた俺の、エゴと焦燥に塗れた解決策。
罪悪感はあった。でもそれを覆い尽くすほどの不安が、胸の中で存在感を膨らませていた。
成功確率は零に近く、失敗すれば悔悟に押し潰される。
あいつの最後の時間を独占して、共有して、結局それを無価値に過ごしてしまったその時、俺は自分をどう赦せばいいんだろう。

「何女々しい泣き言吐いてんだ、てめえは」

カチ。

淡泊な音とともに、零が四つ、時計に並ぶ。
自分を勇気づける言葉を見つけられないまま、俺は眠りに落ちた。

904 名前:修正ver[] 投稿日:2008/03/14(金) 00:38:51.58 ID:SWE3fo6o

翌朝。
俺は家族及び妹への説明もそこそこに、身支度を調えて家を出た。
玄関を出る間際、妹が俺のベルトを掴んで言った。

「キョンくん最近ひみつばっかりー。ねーねー、どこいくのぉ?」
「急用なんだよ。かいつまんで話してやる時間的余裕さえないほどのな。ほら、分かったら今すぐ二度寝してこい」
「キョンくんのいじわる〜」

妹は半分開いた目をぐしぐし擦り始める。嘘泣きのつもりなのだろうか。
ったく、眠たくて堪らない癖に面倒かけやがって。そう思いながらも、俺は優しく諭してやった。

「折角の休みなんだ。
 お前もいつまでも俺の後ろくっついてないで、自分のことに時間使った方が有意義だと思うぞ?」
「ゆう……いぎ……?」
「ためになるってことさ。じゃ、行ってくる」

出先の委細は口にしなかったのは、約一時間後に掛かってくるであろう電話に備えるためだ。
それを怠るほど俺は浅慮じゃあない。
愛機に跨って走り出す。行く先は喫茶店ではなく長門のマンションだ。
また、時間的にもハルヒが指定した時間よりも30分早い。
春の風は気持ちよくて、吸い込むと気分が落ち着いた。
道中、腰に妹がしがみついている幻視(妙にリアルだった)をしながらもマンションに到着、
俺は昨夜の来訪時と同じ手順で、長門の部屋の前にやってきた。
長門は今頃、支度を調えている最中だろうか。俺は自答する。
不思議探索の待ち合わせでは必ず俺よりも先についてコーヒーを嗜んでいる長門のことだ。
既に部屋を後にしていることはないだろうが、準備はとっくに済ませているに違いない。

ピンポーン。

チャイムを押してみる。

『……誰?』
『俺だ』

実に簡素な遣り取りだが、俺たちにはそれで事足りた。
しっかし、今しがたの声がかなり眠たそうに聞こえたのは、俺が緊張しすぎている所為なのかね。
1、2、3………5秒も待たず厚い金属の扉が開いた。

「よう、長門。朝から押し掛けて悪いが、ちょいと話があって――、っ!!」

瞬間、俺は卒倒しそうになった。
あろうことか、扉の先にいたのは寝癖全開のまま片手にカレーパンを装備し、口をモグモグさせている長門だった。
それだけなら良かった。だが、その寝間着が良い具合にはだけちゃったりしているから、俺はもう理性を騒動員してドアを閉めるしかない。

910 名前:>906 なんというミス\(^o^)/ >907 nice follw[] 投稿日:2008/03/14(金) 01:30:31.96 ID:SWE3fo6o

くそ、無防備にもほどがあるぜ。
あれほど隙だらけの長門を見たのはいつ以来か。
俺がドアを閉めてから数秒後、ドアの向こうは静逸を保っていたが、
十数秒後にいきなりバタバタと荒々しい音が聞こえはじめ、やがて静逸を取り戻した。
再びドアが開いて、白を基調としたワンピース姿の長門が言った。

「見苦しいところを見せてしまった」

目線は醜態を曝したことを恥じているのか、俺の胸元に定められている。
いや、さっき目に焼き付いたお前の姿は、脳内アルバムで1、2を争う可愛さだったぞ。
ところでお前、朝食はいつもカレーパンなのか?

「それは偏見。わたしの主食はカレーではない。
 現に今朝摂取したのも食パンと低脂肪牛乳だけで、とても普遍的な食事といえる」

そうかい。じゃあお前の口元についているそれにツッコむのはやめとこう。

「………約束の時間までまだ30分ほどある。どうしてここに?」

こんな序盤で見破られているようでは、とても今日一日を長門と過ごすことはできない。即ち、失敗は許されない。
俺は胸の動機を抑えつつ、慣れないポーカーフェイスで答えた。

「あれ、まだ連絡来てなかったのか?
 今日のテーマパークは中止だぜ。
 なんでもハルヒによると、鶴屋さんのくれた優待チケットが使えなくなったらしくてさ――」

軽い嘘を吐いたときと比重が違う罪悪感が去来する。
でも、罪の意識に苛まれるのは今日一日が終わってからだ。それまでは無慚でいい。
長門は5mmほど頭を傾けて、

「……………その情報は未収得だった」

そりゃそうだ。なんせ今し方言ったことは全部虚偽なんだから。

「でも、それではあなたがここに来た理由が不明」

912 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/14(金) 01:54:46.05 ID:SWE3fo6o

「テーマパークの計画がおシャカになって、ついでに今日の活動もナシだ。
 つまり俺たち団員は、もうだいぶ久しぶりに自由な土曜日を手に入れたことになる。
 そこで、だ」
「…………?」

一拍置いて、泳いでいた視線を固定する。ほぼ同時に長門も上目遣いになって、
自然と、俺たちは框を挟んで見つめ合った。
大義名分の欺瞞に染まった瞳には長門が映り、
子供のように純粋無垢な瞳には俺が映り込んでいた。
羞恥心はそんな卑怯な俺に愛想を尽かして、どこかに旅立っていったらしい。
おかげで俺は平常心を崩すことなく、長門に誘いかけることができた。

「今日は、二人きりでデートしよう」

951 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/15(土) 21:08:06.47 ID:J/UJHBAo

「デート………二人きり………」

視線を俺の靴のつま先辺りに落としながら、ゆっくりと復唱する長門。
そう吟味するほど長いセンテンスでもなかったと思うんだが。
俺は腕時計に目線を運びながら、

「返事を聞かせてくれないか?」

さり気なく長門の顔を盗み見た。長門は悩んでいるようだった。
といっても、俺みたいな呻吟や辟易とは対極に位置する、とても静かな悩み方だった。
早い話がフリーズしていたのだ。

「あぁ、無理にとは言わないぜ。
 テーマパークが御破算になった時のために私用を考えていたなら、
 そっちを優先してくれてかまわないんだ。また日を改めて誘うからさ」

長門の様子に訝しみつつも、譲歩してみる。
すると出し抜けに再起動した長門は、

「いい」

と呟き、毎度お馴染みの「その言葉は肯定と否定どちらを意味しているのか」という問い掛けを俺がするよりも早く、

「一刹那だけ待って」

といい、ドアを閉めた。本当に0.5秒後にドアが開いた。
長門有希ver2.00になった長門がそこにいた。

956 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/15(土) 22:09:32.93 ID:J/UJHBAo

―――こいつはバグの初期症状なのか?
感慨に打ち震える思考を余所に、口が自動的に正論を述べ始める。

「こういっちゃあなんだが、わざわざ着替える必要はあったのか。
 さっきのワンピースでも十分だと、」
「ちょっとしたおしゃれ」

ははあ、これをちょっとしたおしゃれ、もといバージョンアップとおっしゃいますか。
状況証拠的にデートの承諾を貰ったことも忘れて、俺はコーディネート観察に没頭する。
革命的だ。それ以外の言葉が見当たらない。
この感動を伝えるべく情景を言語化してみたいと思うのだが、俺は男で女の子の服装には少々疎い。
そのため齟齬が発生する場合があるが、そこら辺はご了承願いたいね。
さて、従来の長門と新バージョンの大きな違い、それは基調色である。
桜色のキャミワンピースは露出した肌を艶美に演出し、
キャンディホワイトのカーディガンニットが元々の清楚さを引き立たたせている。
その絶妙なバランスの支点となるのが、これまた純白のストラップサンダルである。
アクセサリの類を一切纏っていないのが少し寂しいが、
それでも、長門の可憐さが数段階高次なものに昇華したことは事実である。
後にこのバージョンアップはフランス革命と比較されるほどの革命的更新として人類史に刻まれることになるのだが、それはまた別の話。

「お願い、目を醒まして」

ブンブン、と目の前で手が動いている。俺は目頭を押さえつつ言った。

「だいじょうぶ、元から眠っちゃいない。
 それじゃあお前の準備も出来たことだし……出発するか」

時間はもう、9:00に差し掛かろうとしている。
そろそろ俺たちの遅刻に業を煮やしたハルヒが、古泉たちの宥めを無視して電話しはじめる頃だろう。
俺は一歩引いて、長門が施錠するのを待った。
と、エレベーターに向かって歩いているときだった。俺は長門の表情に滲む1pxの寒色に気がついた。
その理由を考えて、意外とすぐに答えが出た。
危ない危ない、今日一日だけでも昼行灯の烙印を押されないようにしないと。俺は訊いた。

「その服、朝比奈さんと一緒に買いに行ったのか?」
「そう。彼女が卒業する前に誘ってくれた」

やっぱりそうか。このフェミニンな服装には朝比奈さんの名残がある。

959 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/15(土) 22:50:36.04 ID:J/UJHBAo

俺はエレベーターの現在位置表示板を見上げながら、

「凄く似合ってるぜ。いつもの100倍くらい可愛い。
 ……すまん、もっと色々言いたいことあるんだけど、毀誉褒貶に慣れてなくて上手く言えない」

この大嘘つき野郎が!
さっき事細かに解説してたじゃねぇか!
などと野次が飛んできそうだが、俺はそいつらに向かって言いたい。
さっきのモノローグをそのまま口にしてみろ。長門にドン引きされること請け合いだ。それに――

「………ありがとう」

ほら、希少価値の高いお礼を賜ったじゃないか。
長門は誉められて恥ずかしがっているのか俯いている。いいね、実に幸先のいいスタートだ。
だが――鼻を伸ばしてから一分と立たずに失言し自爆するのが俺だ。
思うに、俺には咄嗟のデリカシーというものが欠けているのだ。しかも先天的で治療不可だから性質が悪い。
俺はエレベーターの中の無言を掻き消すべく、半ばジョークのつもりで指摘した。

「ずっと前から気になってたんだけどさ。いつまで口元にカレーつけてるつもりなんだ、お前。
 気合い入れたコーディネイトも、そんなオプション付きじゃ台無しだぜ?」
「…………」


密室の空気が凍結した。――そんな錯覚がした。


――――――――――――――――――――――――――――――

マンションから一歩外に出ると、抜けるような青空が広がっていた。
長門が俺の背中に、おずおずと手を回す。その初心な様子に微笑しながら俺はペダルを踏んだ。
車輪を見つめている筈の長門の目が――どこか後悔するように、或いは懺悔するように閉じられていたことを知る由もなく。

964 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/16(日) 00:31:51.56 ID:5urGeD6o

休日の朝の閑散とした街並を走り抜ける。
ハンドルはとりあえず、図書館方面に向かって切っていた。

「長門はどっか寄り道したいトコとかあるか?
 勿論図書館には行くつもりだが、いかんせんまだ時間が早いだろ」
「特に希望はない。あなたに任せる」
「そんな適当でいいのかよ。後で後悔してもしらねーぞ」

言って、先程から安定性抜群の積み荷を振り返ってみる。
長門は左手で荷台を押さえて、右手で前髪を整えつつ、

「誘ってくれたのはあなた。だから行動予定はあなたに一任する………前」

ププーッ、っとけたたましいクラクションの音が、俺のすぐ脇を駆け抜けていった。
危ねー危ねー。っと、長門のぷらぷら揺れる脚に見惚れてる場合じゃなかった。

図書館の開館まで(別にそこで少し時間を潰しても良い)に寄り道できそうな場所は――

>>970 自由安価 ただしキョンたちの行動圏外はなし

970 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/16(日) 00:41:05.23 ID:OUhc8Xs0

いつもの駅前の喫茶店

16 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/16(日) 20:30:44.07 ID:5urGeD6o

いつもの駅前の喫茶店にいってみよう。これは確認作業も兼ねている。
古泉と朝比奈さんが上手く立ち回ってくれているなら鉢合わせすることはない。
また、もし仮にまだ喫茶店に留まっているとしても、それとなく路線変更して通りすぎることも可能である。

「実は俺、朝飯まだなんだ。
 お前は退屈だろうけど、ちょっと腹ごしらえしてもいいか?」

シームレスに、コク、と頷く気配が背中を伝わってきた。
長門も朝の「必要カレー摂取量」を満たしていないのかもしれないね。
その場合、原因は間違いなく俺だが。

――――――――――――――――――――――――――――――

俺は長門と連れだって喫茶店の扉を開けた。
カランカラン、と涼しい音が鳴った。
ざっと店内を見渡してみると、店外から遠見で確認したとおり、ハルヒたちの姿はなかった。
俺は適当に選ぶフリをして店内の真ん中辺りのテーブルを指差し、

「ここにしよう。たまには違う席もいいだろ」

椅子を引いてやった。ちょこん、と腰掛ける長門。対面に俺も座る。
いつもの不思議探索で使うテーブルを使わなかったのには理由があった。
2人で6人用テーブルを占有するのが勿体ないから、というのも一つだが、
最大の理由は長門に"今日のテーマパークの計画がなくなったこと"を自分の目で視認してもらうためだ。
ここの席からは窓際のテーブルがよく見える。
因みにそのテーブルは現在、スーツ姿のインテリメガネに占領されていた。

18 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/16(日) 20:44:19.18 ID:5urGeD6o

「メンチカツサンドとエスプレッソ……お前は何にする?」
「カプチーノ」
「飲み物だけでいいのか?」

長門はメニューのフード欄に目線を這わしながらも己を律しきったようで、

「……お腹は空いていない」

あのな……そんなバレバレの嘘ついても意味ないから。

「あとベーグルサンドも一つ、お願いします」
「――ですね。かしこまりました」

復唱して店員が去っていく。
長門が非難がましい目で俺を見てくるが、どうせ10分後にはベーグルサンドをパクついているので無問題だ。
俺は食事が運ばれてくるまでの閑話にと、

1、朝比奈さんのことについて
2、周囲から向けられている視線について

長門に水を向けてみた

>>23

23 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/16(日) 20:52:16.40 ID:vvc1oHAo

2

28 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/16(日) 21:50:01.67 ID:5urGeD6o

先程からこのテーブルに集中している視線について話すことにした。

「今日お前と一緒にいる間は、ずっと傍目に曝されなくなちゃならないんだろうな。
 ま、すぐに慣れると思うけど……」

出し抜けの水向けに面食らったらしく、長門は首を傾げている。
うなじが露出しているためだろうか。見飽きたはずのその仕草が、新鮮さを取り戻して俺の眼に映った。
こいつは恐らく俺の言っている意味が分かっていないんだろう。
周囲の視線を感知していても、その視線に籠められた意図を解読しようとしないのだ。
そいつはある意味、世界で一番純粋な謙虚さと言うこともできるが――

「なあ長門。お前はちったあ、自分が客観的にどう評価されているか興味を持った方がいいと思うぞ」

でないと色々と勿体なすぎる。
と、俺は長門の相貌をまじまじ観察しながら言ったのだが、
四半秒開けて返ってきたのは俺を猛省させる魔法の一言であった。

「あなたが"可愛い"と言ってくれた。わたしにはそれで十分」

俺は肘をついて明後日の方向を向きつつ、

「……そうかい」

でもよ。お前が可愛いっていうのは、何も俺だけの感想じゃないんだぜ?
この喫茶店に入ってからこっち、お前をチラ見している男の多いこと多いこと。
加えて女性陣からのウケもいいようだ。元々、その華奢な体ゆえにハルヒに抱き竦められている長門だが、
今日のふわふわファッションも相まって、庇護欲のそそり方が半端ないことになっている。
羨望、嫉妬、求愛などなど、着飾った女性からすれば最高の評価を得ている長門だったが――
俺はというと、これは余り意識したくないのだが、悽愴なことになっていた。
パーセンテージで表すと"邪魔だどけ"が60%、"何故お前みたいなのがツレなんだ?"が30%、
残りの10%が"無関心"。描写してから思った。割愛すれば良かった、と。

「泣いてもいいかな、俺」

すると絶妙のタイミングで、

「はい」
「え?」
「エスプレッソ、メンチカツサンド、カプチーノとベーグルサンドです」

33 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/16(日) 22:41:44.43 ID:5urGeD6o

朝食セットが運ばれてきた。
注文した通り、俺にサンドが二つとエスプレッソが、長門にはカプチーノのみが渡される。

「……………」

長門の閉じられた口からは、今にもじゅるりといった擬音語が聞こえてきそうである。
俺は何も言わず、ベーグルサンドを差し出した。


「ふぃー、満腹満腹」

俺がサンドの半分を平らげた頃に、長門は泰然と俺が食べ終わるのを待っていた。
多分、完食までに要した時間は1分にも満たなかったに違いない。
俺はお腹をさすりさすり席を立ち、

「そうそう。言い忘れてたんだが……」

この先デートを妨害するであろう携帯端末を排除することにした。
ちなみにこのミッションは、デート開始からかなり早い段階でクリアしておかなければならない代物だ。
長門はファーバッグから携帯を取り出した。
女の子特有のプリクラやゴテゴテした装飾が一切なく、待ち受け画面がデフォルトのままのそれは、
持ち主に興味を持たれていないというよりは、ほぼ使用されていない、と言った方が正しい。
長門からすれば携帯なんぞ、俺たちが博物館で拝むような旧世代の遺物よりも不便なものに見えるに違いなく、
この扱いも当然といっちゃあ当然なんだが――、閑話が過ぎたな。

「今日一日だけ、携帯の電源はOFFにしておいてくれないか」
「………なぜ?」

長門の瞳の琥珀色が、俺を透かし見るように深い色に変わる。
俺は用意してあった科白を暗唱した。
舌の滑りは嘘を重ねる毎に良くなるようで、スラスラ言えた。

「邪魔が入らないようにするためだよ。
 せっかくお前と二人きりでデートしてても、メールや電話が入った途端に雰囲気は総崩れだ。
 俺はそれが嫌なのさ。それに、お前にとってこいつは生活必需品ってモンでもないだろうし……、別にいいだろ?」

42 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/17(月) 00:35:04.43 ID:sj5GbKAo

「分かった」

フツーなら有り得ない俺の頼みを、特に不思議がることもなく受け入れてくれたのは長門ならではだろう。
長門がボタンを操作して――ディスプレイは暗転した。
この目で確かめたので間違いない。そこ、信用できないとかいうな。
存外、あっさりミッションを完遂できて安堵しつつ、伝票をレジに持って行く。
長門が財布を取り出すモーションを見せたが、俺はゆるりと制止した。

「…………?」
「いつも五人分支払ってること考えたら安いモンさ。
 それにな、長門。デートっつーのは、大抵男が奢ると相場が決まってるんだよ」


喫茶店を出る。駅前には順調に人が増えてきていて、時間の経過を教えてくれた。

「それじゃ、お待ちかねの図書館に行くとしますか」

長門がコク、と頷く。その振幅が若干いつもより大きく見えたのは、図書館に行ける喜びだからだろうか、それとも――

「早く漕いで」

はい、どう考えても原因は前者です。

「了解しやした」

と荷台の読書狂に告げて、俺は立ち漕ぎで図書館に向かった。
長門がひたすらに無言な理由は、きっと、まだ見ぬ新刊たちに思いを馳せているからだろう。


図書館につくまでの暇つぶしとして、補足的モノローグを垂れ流してみる。
古泉と朝比奈さんに頼んでハルヒを説得してもらい、俺と長門抜きの状態でテーマパークに行ってもらうというこの計画。
当然、烈火の如く怒り狂ったハルヒが大遅刻した俺と長門に連絡をとろうとすることは想像に難くなく、
俺は今朝から携帯電話をOFF、家族に出先の明細も告げずに家を飛び出してきたわけだが、
長門にそれと同じことをしてもらうことは辻褄合わせの関係上、できなかった。
が、何の対策もナシでは、いくら俺が嘘を吐こうともハルヒの電話で即バレである。
そこで俺は長門に携帯電話のOFFを提案した。これで余計な情報はシャットダウンだ。
しかし、どうしてもそれでカバーしきれない時間帯が存在した。俺が長門を誘いにかけて、丁度ハルヒとの約束の時間を過ぎた辺りだ。
ここは古泉に任せた。あいつがどう乗り切ったのかは知らないが、きっと

『涼宮さんは彼に電話してみてください。僕は長門さんに電話をしてみます』

とかなんとか言って、結局繋がらないフリをしてくれたんだろう。演技派のあいつのことだ、もっと巧くやっているかもしれんが。
それにしても――なんだか今日の俺は、仕方がない部分もあるにせよ、歯の浮くような科白ばかり言っている気がするね。
お、小さく図書館が見えてきた。
そっと首だけで振り返る。長門は小さな子供みたいに目を輝かせていた。
前に一緒に図書館に来たのはいつだったけな――。もう、だいぶ昔のような気がする。

52 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/17(月) 21:07:26.64 ID:sj5GbKAo

図書館内はガンガンに冷房が効いていた。

「さむっ。これじゃあ外の方がまだ過ごしやすいってもんだ」

まだ春先でそこまで暑くないってのに……税金の無駄遣いの良い例だよな、まったく。
館外との気温差に身を竦めつつ、オープンスペースの端っこの席に座る。
受験生の利用でフリースペースが埋まる季節も過ぎ、加えて土曜の朝という、
社会人なら出社し学生なら繁華街に繰り出しているこの時間帯。図書館はいつにもまして静かだった。
長門といえば早々に姿を眩ましていた。今頃森を散策する妖精の如き足取りで、本棚の森を巡っているに違いない――
と、そこまで考えて、俺は図書館に着く少し前に思っていたことの矛盾点に気が付いた。
初めて図書館に訪れてから約二年。
本に対する愛好精神は衰えることを知らず、
世界中のハードカバーを網羅せんとする勢いで図書館の蔵書を漁っていた長門だったが、
それに比例するはずの俺との図書館デートの回数は、何故か反比例のグラフを描いていたように思う。

「俺ってもしかして避けられてる? ははっ、まさかそんなことあるわけ……」

ない。ないない。第一、避けられてるなら今日のデートだって断られていたはずだし、
俺があいつに負の感情を持たれるような行為をしたことは一度だってないんだ。誓ってもいい。
俺はネガティブシンキングを振り切るように頭をぶんぶん振って立ち上がった。
よし、ここは

1、ライトノベルを読もう。いい眠剤になってくれるはずだ
2、長門の行方を捜索するとしますか
>>57

57 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/17(月) 21:13:03.90 ID:qQOKLMAo

2

60 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/17(月) 22:07:30.78 ID:sj5GbKAo

長門の行方を捜索するとしますか。
なんだか無性に、あいつが本を選んでいるトコを見てみたくなった。
慣例に習うなら俺はオープンスペースで長門の帰りを待っていなくちゃならないのだが、
入れ違いになることはまずあるまい。

階段を上って二階へ。目指すは勿論、分厚い本がこれでもかと陳列された上級者向け区画である。
一概に分厚い本といってもジャンルは様々で、俺が最初に当たったのは自然科学の本棚だ。
何故SFの方面から探さないのか?
といった指摘が飛んできそうだが、愚かかな、そいつらは長門の読書量を量り間違えている。
長門は二年生の秋あたりに、SFジャンルの本をコンプリートしていたさ。

「長門ー?」

小声でそう言いながら、本棚を巡っていく。
他の利用者は存在しないと言っても差し支えないほどで、俺は堂々と彷徨くことができた。
が、呼びかけに反応はナシのつぶて、視界に映るのは見ているだけでお腹がいっぱいになる本ばかり。
やっとこさ本棚の隙間から長門のボブショートを見つけた時、俺は図書館内だというのに疲弊していた。
俺は本棚の上に置かれた金属プレートを仰いで、

「へえ、心理学か。フロイトの夢判断なら家にあるから無期限で貸してやるぞ」
「要らない」

即答かよ。俺は軽く傷心しつつも、長門の視線の先を追ってみた。
そこは心理学という響きに魅せられたにわか共に食い物にされがちな、初心者コーナーだった。
意外だな。お前ならこっちの『精神のコミュニケーション』に目を奪われていた方が自然だ。

「それで、どの本が入り用なんだ?」

高所の本をとるのは俺の仕事だ。
しかし長門は初心者コーナーの上部を仰いだまま唇だけを動かして

「ここにはない。わたしが読みたい本は向こうにある」

と言い、あの糸に引かれた人形のような歩き方で歩き出した。
おい、待てよ! 俺も慌てて後を追う。本棚に背を向ける間際、最後に長門が見ていた本の背表紙を見た。

『ハリネズミのジレンマ』

基礎的な心理学を題材にしたこの寓話は、あまりにも有名だが、
――こいつの何処が、長門の気を引いたのだろう。

62 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/17(月) 22:24:40.16 ID:sj5GbKAo

十分後。三冊の辞書、じゃなくて専門書を抱えて一階に下りた俺と長門は、
読書用に設けられたテーブルに腰を落ち着けた。
配置は自然と向かい合う形になった。
座った途端に頁をめくり始めた長門に対し、手持ち無沙汰になっちまった俺。
だが無論、残る二冊に手を伸ばす度胸はない。
仕方ないのでライトノベルを一冊選んでとってきた。
ラブコメ要素満載の読んでいるだけで脳味噌が蕩けてしまいそうなヤツだ。
一頁目から溜息を吐かざるを得ない。こんな恋愛ができたら、さぞかし人生が愉しいんだろうね。

俺はこのまま読み続ける気にもなれなかったので、


1、長門に話しかけた。朝比奈さんについて。
2、ライトノベルを読むフリをして長門を観察した。
3、やっぱり読んでみることにした。どうせ途中で寝ちまうに違いないが

>>67

67 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/17(月) 22:28:07.11 ID:dQErTsE0



73 名前:修正ver[] 投稿日:2008/03/18(火) 00:18:07.93 ID:3Qik8uwo

長門に話しかけてみることにした。
本の世界に沈み込んだ長門の意識を浮上させるのは簡単だが、
きちんと手順を踏まないと機嫌が悪くなる。俺は小声で訊いた。

「今話してもいいか?
 切羽詰まった話じゃなくて少し気に掛かったことだから、
 無視して本を読み続けてもらってもいいんだが……」

すると長門は直ぐさま面を上げて、

「何?」
「今日のテーマパークがナシになって、自動的に朝比奈さんとの再会も先延ばしにされちまっただろ。
 やっぱお前も、残念に思ってるのかなぁって」

一瞬の逡巡もせずに答えた。

「………とても残念。彼女との再会はわたしにとって最も楽しみにしていた予定の一つ」
「そっか」

そう、だよな。長門の変わらぬ朝比奈さんへの想いにジーンときながらも、自己嫌悪で胸が苦しくなる。
間接的であるにせよ、俺が長門から朝比奈さんとの再会の機会を奪ってしまったことは事実だ。
昨夜は事務的なメールの遣り取りで朝比奈さんの心情を察することができなかったが、あの人もきっと、長門と同じ想いだろう。
顔面の筋肉が表情をニュートラルに戻すべく躍起になっていたが、どうにも力が抜けていた。
古泉のペルソナの苦労が、ちょっぴりだけ分かった気がした。

「ところでさ、朝比奈さんがこの時間平面にもう一度渡航してきた原因って何なんだ。
 まさか本当に大学の資料を収集しにきたんじゃないだろ?」
「情報統合思念体がTPDDの使用痕跡を解析したところ、
 彼女がこの時間平面上に現れたのは今日未明だと分かった。渡航目的は不明。
 ただし、これまでの経緯を鑑みれば彼女が敵対処理される暴挙に出る確率は無に等しい」

わたしは安心している、と長門は長台詞を締めくくった。
お前はそんな悠長に言うけどな。こういう未来の干渉には、敏感になりすぎるぐらいで丁度良いと思うぞ。

「あなたに仰せつかったこの任務も、存外辛いことばかりではありません。
 思い出してください。こちらの編成メンバーの性別比率を」

何を言い出すかと思えば……
えーっと、お前が男で朝比奈さんとハルヒが女だから――

「所謂ハーレムですよ。いやぁ、夜の花火が楽しみだ。では」

ツー、ツー、ツー。
切れた携帯を握りしめて、トイレ前に立ちつくす俺。
う、羨ましくなんかないぞ。
俺にはそんな自慢話に構っている余裕はないし、第一、こっちには長門がいるじゃないか。

127 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/19(水) 23:34:10.27 ID:evEUPtwo

ホッとしたのとムカついたのとでごちゃ混ぜになった気分のまま、俺は長門の元に戻った。
途中、アウトロー気取りの悪ガキとすれ違ったが、

「お前もう撃沈したの? だせぇな、次は俺がいってやんよ」
「やめとけ、死ぬぞ。ほらこれ……」

煙草の先を震えながら見つめていたところから推測するに、
長門にちょっかいを出して蒸発させられかけたのだろう。ご愁傷様。

「よう、もう食べ終わったか?」
「終わった」

満足げに頷く長門。それを見ながら、俺は思った。
古泉、お前は失念してる。
たとえ朝比奈さんとハルヒ二人がかりでも、こんなに可愛く着飾った長門には敵わないぜ。
食べ終わったあと、必ず口元になんかついてんのが玉に瑕だがな。

さて、昼飯も食べ終わったことだし。

午後の予定は――

>>135 自由記述 ただし行動圏外はなし

135 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/19(水) 23:43:47.29 ID:Xm6Yoy6o

公園に

161 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/21(金) 14:50:11.16 ID:wo4oxqMo

午後は駅前の公園に向かうことにした。
食後のアクティブな行動は胃に堪えるから、という真面目な理由からではなく、
長門がやかましい繁華街や娯楽施設を好まないことをしっていたが故の選択――
だったのだが。

「休日の憩いの場とあって混んでるなー……失敗したかも」

園内はチビッ子で溢れていた。互いに掛け声を上げて、ボールを追いかけ回している。
元気がいいね。俺は近くのベンチに腰を下ろした。長門も隣に座る。
距離は肘が触れるか触れないかの微妙な距離。
ま、いちいち意識しても仕方がないんだけど、この距離が親密度を体現してるって言うだろ?
俺はサッカー観戦しながら、

「ここの公園さ、夜と昼じゃ全然景色が違ってるよな」

昼は結構な人数の子供が遊んでて、希に若いアベックや老夫婦が散歩してるのに……
夜は人っ子一人いやしない。寝床を求めて彷徨う浮浪者でさえも、この公園を避けているようだった。
暗闇、静寂、無人とくれば、まさに秘密の逢瀬場としてぴったりだと思うんだがな。

「わたしは昼間の方が好き」
「どうして?」

俺と同じく、サッカー観戦しながら長門が言う。

「彼らの挙動予測は不可能。個々が完全に独立している上に乱数的」

つまり見ていて飽きない、と。

「そう」

165 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/21(金) 16:13:02.73 ID:wo4oxqMo

「ここにはお前一人でもよくくるのか?」
「たまに。長時間の読書によって疲れた目を緑で癒す」
「へぇ……」

漏れた嘆息は、長門でも疲れ目になるんだという意外さではなく、
こいつが俺の知らないところで、一人の時間を楽しんでいたことへのものだ。
俺はもしかして、と思って訊いてみた。

「でも、いつも一人ってわけじゃあないだろ」
「喜緑が勝手に同行してきたこともあった。一人がいいと主張してもお構いなし」

そういう長門の横顔は、その時の記憶が蘇って不快になったのか尖っていた。
いや、あの人も同じマンションに住んでるわけだしさ、散歩に同行するくらい別に――

「迷惑」

よほど忌まわしい出来事だったのだろう。これ以上触れることはやめにして、

「じゃあ、公園でよく見掛ける人はいるか?」

高校生三年生にもなって公園を頻繁に訪れるのは余程幼児退行した変人くらいだろうが、
それでも長門と同じように、リラクゼーション目的で訪れている知人がいるかもしれない。
俺はそう思って訊いたのだが、

「数人いる。あなたのクラスの谷口がその最たる例」

なんですと?

171 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/21(金) 17:44:44.58 ID:wo4oxqMo

俺が詳細を希望すると、長門は語り出した。それを要約するとこうだ。
曰く、谷口は煙たがるチビっ子たちの輪に入ってサッカーをしている
曰く、谷口は長門が公園で過ごす日はかなりの高確率で現れる
曰く、谷口は汗を流しながらキモい笑顔を長門に向けてくる

「然るべき公的機関に通報すべきかもな」

コク、と頷く長門。
あの野郎が何を考えて公園通いしているかは知らないが、ストーカー紛いの行為はよくねぇなぁ。
直接長門の隣に座って変態行為に及んだ場合は俺が断罪の剣で細切れにしてやるが、
まだ未遂だ、警察に任せた方が穏便にコトは済むだろう。

俺は携帯を取り出そうとし、

「待って」

長門が「しっ」と人差し指を立てている。止めるな長門!
確かにまだ、アイツがチビっ子たちと触れあっていたという心温まるストーリーの可能性は捨てきれないが――

「静かにして」

長門が俺の頬を両ばさみにして明後日の方向に向ける。
その感触に頭が追いつかないまま、俺は右隣のベンチ脇を見た。赤ちゃんがいた。
やれやれ。ガキ共でさえ離れたところで騒いでいるのに、俺が騒いでどうする。

1、赤ちゃんが泣き出した
2、赤ちゃんはすやすや眠っている。うるさくすると起きそうだし、何か飲み物でも買ってくるか。

>>177

177 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/21(金) 17:49:00.94 ID:6UyB3v.o



181 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/21(金) 20:48:10.18 ID:wo4oxqMo

と、その時だった。俺の深い内省も虚しく赤ちゃんがぐずり始めた。
お母さんらしき女性が慣れた様子であやしているが、泣きやむ気配はない。

「参ったな……」

赤ちゃんを泣かせた責任は俺にある。
元々機嫌が悪かった可能性もあるっちゃあるが、起爆剤になったのは間違いなく俺の寸劇だ。
でも、泣かせる手段は知っていても、宥める手段は知らない。
相手が幼児ならいとこと遊んだ経験が生きるんだが……乳児には適用外だろう。

"どうしよう?"

俺は助けてくれオーラを出しつつ隣を見た。
長門は俺の隣から乳母車の元へテレポートしていた。おい――

「だいじょうぶ、安心して」

誰もが良く知るあやしかたを一切せずに、

「彼はとても優しいひと。あなたを傷つけたりしない」

ただただ、語りかける長門。
するとどうだろう、赤ちゃんがどんどん落ち着いていく。
魔法みたいだった。でも、今のが"魔法"じゃないことは能力がない俺でも分かる。

しかも赤ちゃんのお母さんは、長門と知り合いらしかった。
長門がお母さんと二言三言交わして、悠々と返ってくる。後光が差して見えたね。

187 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/21(金) 22:55:43.98 ID:wo4oxqMo

「凄いな。お前、保母さんとかベビーシッターとかに向いてるんじゃないか?」

長門はちょこん、と定位置に座り、

「荒れていた精神状態を修復しただけ。特別なことはしていない」

だからそれが凄いんだっての。
俺が自分を指差して「だいじょうぶ、安心してくれ。俺は優しい人間だ」なあんて言って笑ってみろ、
赤ちゃんは嗚咽を取り越して慟哭し始めるだろうよ。

長門が溜息らしき吐息を漏らして言った。

「……大袈裟」

かもな。


俺たちはそれからもしばらく公園で過ごした。
桜が散り終わる四月の終わり。温かい空気に誘われて、転た寝してしまいそうになる。
それでも俺が目を瞑らなかったのは、長門と公園を行き過ぎる人々との繋がりを見ていたかったからだ。

創造されてから五年――。
長門にはSOS団以外にも、自分を認めてくれる人たちや場所がある。
そんな当たり前のことを、俺は今日、初めて実感した。

―――――――――――――――――――――――――――――

陽が傾き始める。
子供達が散会し始めたのに従って、俺たちも公園を後にした。

192 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/22(土) 00:35:10.36 ID:qPsaRPAo

子供達と違って俺たちはまだまだ遊べるが、
その前に決めておかなければならないことがある。晩飯についてだ。
一応、ハイティーンが行くには豪奢な店(古泉が紹介してくれた)も
ピックアップしてあるにはしてあるんだが、長門の意見も取り入れるべきかもしれない。
高級料理の名だけが長門を惹きつけるわけじゃない。それはお昼の時にも証明されている。

1、長門にどうするか訊いてみよう。
2、たまには引っ張っていくことも大切だろう。

>>200

200 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/03/22(土) 00:48:39.62 ID:dPFadygo

1

205 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/22(土) 20:16:17.79 ID:qPsaRPAo

俺は訊いた。

「気が早いかもしれないけど、晩飯はどうする?
 長門に希望がないなら、俺が用意した店に――」

だが全てを言い切る前に、

「わたしがつくる」
「つくるって晩飯をか?」

長門は僅かに眉を顰めて言った。

「会話の脈絡からしてそれ以外の単語は嵌入しない」

すまん、今のは素で驚いたんだ。

「お前がつくってくれるならそれ以上の晩飯プランは存在しないな。
 でも、本当にお願いしていいのか」
「どういう意味?」

お前の手料理の前では歓楽街のエセ高級料理など霞み消えゆく。
が、二日も続けて晩飯を御馳走になると、なんだか俺が遠慮ナシの晩飯泥棒みたいじゃないか。

「わたしはあなたに料理を食べて貰いたい。だから晩飯泥棒でいい。
 それに、あなたにも助手を務めてもらう予定」

嬉しいね。よしよし、料理のセンスに乏しい俺は、お前の助手として精一杯雑務をこなすとしよう。
……おっと、一番大事なことを訊くの忘れてた。

「料理のメニューはもう決まってるのか?」

長門は自信たっぷりという風情で宣った。

「カレー」

214 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/22(土) 21:32:53.25 ID:qPsaRPAo

――――――――――――――――――――――――――――――

はぁ……重い。カレーの具材ってこんなにかさばるモンだったっけか。
俺は訴えてみる。すると長門はすいすいマンション通路を進みながら、

「それが普通」

お前の基準で、だろ?
だいたいお前が「具材がない」なんて言い出すから
わざわざスーパーまで買い出す羽目になっちまったんじゃないか。

「夕食のメニューは急遽決定された。
 適当な買い置きがなかったのは致し方ないこと」

的確な反論にぐうの音も出ないね。
ひいひい言いながらも、俺はなんとか長門の部屋に袋を運び込んだ。

「お邪魔します」
「どうぞ」

ぱちん、と明かりをつける音がして――
初めて訪れたときよりも、ほんの少し賑やかになった(それでも殺風景なことに変わりない)長門の部屋が照らし出される。
カーテンを開ける。すると、ちらちら零れていた黄昏時の日差しが一気に溢れた。
窓外の街も朱く染め上げられている。その景色に見とれていると、

「準備完了」

背後から長門の声がして、

「あなたも手伝って。丁度予備のエプロンがある」

俺は知った。眼福も可視領域を逸すれば、目を覆わずにはいられなくなるということを。
カーディガンを脱ぎキャミワンピースの上からエプロンをした長門。
その姿は昨晩の三人娘の眼福総量を遙かに上回り――

「……早く」

ぐい、と長門がエプロンを押し付けてくる。はいはい、今すぐ準備しますとも。

217 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/22(土) 22:21:33.07 ID:qPsaRPAo

長門に晩飯を御馳走になった機会は結構多い。
でもその殆どがレトルトカレーを鍋にぶちまけたもので、お世辞にも料理とは言い難かった。
だから今回、長門がカレーを手作りすると言ったとき、
果たしてまともな料理が完成するのだろうか、いや、おでんはあんなに巧く作れてたし――
と、俺は密かに葛藤を抱えていたのだ。

だが。

実際に料理が始まると、そいつは自然消滅していった。
認識が甘かったのは俺の方だった。
長門はいつのまにやら、レトルト食品に依存した生活から脱していたのである。

「人参を乱切りにして。そう難しくない。あなたにもできる」

長門はジャガイモの皮を剥きながら指示を飛ばす。その眼は手元を見ていない。
すげー。ミリ、いやミクロ単位で精密な皮剥きに唖然としていると、

「早く手を動かして」

怒られた。なんだろうな、この感覚。
幼少期にお袋の料理の手伝いしたときとシチュエーション的には似ているものの、
相手が長門とあってあまり反省する気になれない。

「ゆっくりやってもいいじゃねーか。料理は楽しんでやるもんだぜ?」
「衷情が籠もっていなければ料理の旨みは半減する。
 あなたはもっと真剣に料理と向かい合うべき」

流石長門有希先生、言うことが違うね。

俺は――

1、それでも余裕綽々を装い、手元をロクに見ないまま包丁を引いた。
2、深く感銘を受け、真面目に乱切りに取組むことにした

>>220

220 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/22(土) 22:25:02.45 ID:hgpls5Ao

1

225 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/23(日) 00:04:09.72 ID:7mv4dBoo

それでも余裕綽々を装い、手元をロクに見ないまま包丁を引いた。
そして――因果応報、意地を張った報いは指先の神経を通じて返ってくる。
要するに俺は指を切った。

「痛っ……」

鮮やかな朱色が滲んでいた。あーあ、やっちまったな。
調子に乗りすぎた罰か。馬鹿な助手だと思われているだろうな、と俺は視線を長門に移した。

カプ。

かぷ? 妙な感覚が指先を襲う。
大抵、じんわりした痛みが過ぎ去った後は痒みが広がってくるものだ。
なのに今俺の指先は気持ちのよい生温かさで包まれている。

あのう、長門先生。何をしておられるのでしょうか?

「止血」

んなもん見りゃ分かるさ。俺がつっこんでんのは止血方法についてだよ。

243 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/23(日) 23:21:09.38 ID:7mv4dBoo

「ナノマシンでも注入してくれてるのか?」
「ひはう(違う)」

長門は唇から指を離して、

「……唾液には止血作用がある。
 血液凝固因子であるトロンボプラスチンに酷似した物質が含まれており、
 また上皮細胞成長因子によって治癒速度の上昇が見込める」

やけに早口で解説してくれた。顔には少々赤みが差している。
こいつ、自分でやっといて照れてるのかよ。
かくいう俺も実のところは照れまくりで、
今すぐにでも狂喜乱舞しタミフル患者よろしくベランダからダイブしたいところだったのだが、
長門に袖を摘ままれ思い留まる。

「ちゃんと絆創膏を貼って」

トコトコとダッシュボードへ歩いていった長門は、
やがて一枚の可愛らしいくまのプリントがされた絆創膏を持ってきた。

「油断は禁物。包丁の扱いには細心の注意が必要」

説教を垂れつつ巻き始める。その手つきは慣れたモノで、
保健室の先生の手際の良さと比べても遜色なかった。

「……できた」
「あ、ありがと」
「いい。料理を再開する」

と言って、ジャガイモを超高速で乱切りし始める長門。
どうやらあの大胆行為の余韻に浸る間は与えてくれないようだ。
消沈しつつ包丁を握る。えーと、にんじんの乱切りだったっけ。

それにしても、さっきの出来事が頭を過ぎる度に、もう一度指を切りつけたくなる衝動に駆られるのはどうしてだろうね。
俺に自傷趣味はないはずなんだが――

「…………」

じーっ、と俺の指先を見つめる長門。
気づけば包丁は、さっき怪我した指とは別の指に向かい始めていた。
はぁ。単純すぎるな、俺。


253 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/24(月) 02:44:44.65 ID:z1rlPDso

――――――――――――――――――――――――――――――

それから後も薄切りしなきゃいけないタマネギを千切りにしてしまったり、
長門が最後の最後に調味料の塩こしょうを砂糖と間違え掛けたりと、
二人で初めての手作りカレーは難航を極めたのだが、それでもなんとか、鍋いっぱいのカレーが完成した。
片方は並、片方が特盛りのカレー二皿のセットをテーブルに運び終えたとき。
俺の額には汗が滲んでいた。長門もうっすらとだが、汗をかいているようだった。
合掌。

「「いただきます」」

俺たちは同時にカレーを口に運んだ。緊張の一瞬である。
もぐもぐもぐもぐ。これは――

「普通」と長門。
「だな」と俺。

可もなく不可もなく。初めての共同料理は、至極現実的な結果に終わった。
具材がちょっと崩れているのは、俺が長門にちょっかいをかけすぎたからだ。
一晩寝かせたわけでもないのに旨みが増しているのは、きっと俺が水の分量を間違えたからだ。

「見た目は酷くても味は美味。
 レトルトカレーの域は十分に逸している」

それって誉め言葉なのか?

「誉め言葉。
 それに料理に置いて結果と過程は等価」

言いつつ、二杯目のカレーをよそう長門。
その表情の綻びで、俺はもう完成度なんてどうでもよくなってしまった。
さあ、俺もどんどん食べるか。
カレーはまだまだたんまり残っている。五杯食べてもまだ余裕があるくらいにな。

261 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/24(月) 20:51:46.55 ID:z1rlPDso

二杯目の中盤に差し掛かった辺りで、俺はふと思った。
喫茶店に、図書館に、公園に、長門のマンションにと、
今日のデートは実に地味なスポットを巡りであった。
雑踏を歩かず人混みを避けて。友人と邂逅することもなければ、知人と擦れ違うこともない。
ハルヒに呈示したら即、顔面に突き返されそうなデートプランだ。
でも、俺はそれで満足だった。映画館や遊園地などの動的な場所が好きな人もいれば、
図書館や公園など、静的な場所が好きな人もいる。
長門は後者だ。俺は、長門の好むデートスポットに赴くまでのこと。
それに、退屈なんか全然しなかった。
長門の知られざる私生活の側面を覗けたし。
場面場面で、俺は初見の時と今を比べて長門の成長を再確認することができたし。
最後の最後で、長門は俺に「夕食はわたしが料理を作る」なんて言いだして、本当につくってくれたし。
今日一日だけで、随分とたくさんの思い出ができた。

カツン。

スプーンが前歯に衝突して、硬い音が鳴った。

「考え事?」
「ああ、いや……そうそう。お前、今日は楽しかったか?
 デートといっても今まで行ったトコばっかで、不思議探索の時みたく、
 真新しい発見とかおもしろおかしいイベントとかに遭遇したりはしなかったけどさ」

長門はごくごく水を飲んでから、

「……楽しかった」
「そりゃ良かったよ。デートに誘った甲斐があるってもんだ」

と言ったところで。俺はデートという言葉の意味を再吟味してみることにした。
デート。和訳で逢引。逢引とは愛し合っている二人が人目を忍んで会う、という意味だ。
現実ではもうちと柔らかく、互いに行為を抱いている異性同士が場所を決めて会うこと、と認識されているが。
とにかくデートという言葉は、広義に捉えることができる。
その男女が付き合っていても付き合っていなくても、デートはデートなのだ。
がしかし、付き合ってもいない男女がデートと称し図書館に赴き公園でくつろぎ女宅で料理を御馳走になるというのは、
客体的に見てどうなのだろう。
どちらかといえばこれは――互いに気を遣うことなく意思疎通が潤滑に行えるようになった
長寿カップル御用達のデートコースなのではなかろうか。

265 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/24(月) 22:42:10.95 ID:z1rlPDso

それに――

「ものすっごく今更だけどよ。
 お前は独り暮らしの女の子なわけで、俺はそこに晩飯を頂くという名目でお邪魔しているわけだ」

スプーンを咥えたまま首を傾げる長門。俺の質問の意図が分かっていないようだ。

「前にも夜お邪魔したことはあるけど、どれもこれも例外なく、ゆっくりする暇なんかなかっただろ」
「………」
「ところが今回は遊び目的だ。
 まぁだからといって、俺がお前相手にはっちゃける、なんてことは万が一つにもありえないんだけどさ」

お前には情報操作という最強魔法があるけど、それでも一応、男を部屋に入れる時は警戒すべきだと思うぞ。
と、俺は所々嚼みながら言った。
すると長門はますます首を傾げて、

「わたしはあなたを信頼している。
 警戒の必要性は皆無。それに、」

さも当たり前のことのように言った。

「SOS団のメンバーを除いて、部屋への進入を許す人間はあなただけ」
「そうか」

俺は口にカレーを詰め込む作業を再開する。
今俺の顔面には、胸中の感情が如実に表現されているはずだ。
とてつもなくキモいにやけ笑い。そいつを長門に見られるわけにはいかないのさ。

長門の言葉が孕んだ可能性――別に古泉でもOK――に気づかないまま、俺はスプーンの往復スピードを上げた。

279 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/25(火) 21:47:26.89 ID:t8Kkd2so

食後のお茶を啜りつつ台所の長門の立ち姿を眺めているお前は一体何様なんだと顰蹙を買いそうだが、
前日に引き続き皿洗いを申し出る前に断られたのだからどうしようもないのだ。俺は緑茶を堪能する。
カレー色に染まっていた胃が癒されていくのが分かるね。

長門が鍋と、皿とスプーンとコップそれぞれ二つずつをテキパキ洗っていく。

一年前の俺に"一年後長門はレトルト卒業して自分で料理作って皿洗いしてるんだぜ"と言ったら、どんな反応するかな。
……腹抱えて笑い飛ばすんだろうなあ。
長門がすげー甲斐性持ちになることなんて、信じる努力さえしないと思う。
指に巻かれた絆創膏と、皿洗いを続ける長門を交互に見て。俺はまた緑茶を一口飲む。
いつか遠い未来。長門の伴侶となる男はこの世界で1、2を争うほどの幸せ者になれるだろう。
家事ができて、程よく気遣ってくれて、飛切り可愛い。
最初は口数が少なくても、心を開いてくれれば会話が弾むようになる。ソースは俺だ。
洗い物が終わったのか、

「お代わり、いる?」

と言って、俺の隣に腰掛ける長門。
湯飲みがこぽこぽ音を立てている間に俺は時計を確認した。
時間の進み方はいつもとちっとも変わらなくて、短針はもう間もなく、9の数字を指そうとしている。

「――昼の公園でお前に話しかけてきたガキ――随分懐いてたじゃねーか――」
「―――彼とは249日前に出会った――その時彼は怪我をしていて―――」

それでも、俺は長門とだらだら雑談し続けた。
転機を迎えさせるのは最後の最後でいい。そう思っていたからだ。

「――へぇ、助けてやったのか―――」
「―――それから彼は、わたしをサッカーに誘うようになった――」

285 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/03/26(水) 01:40:44.17 ID:ZGwEGIEo

告白してしまえば。今となっては、カタルシスエンドを迎えられる可能性は極々小さかった。
いや、零というべきだろうか。奇跡が三つくらい重複しない限り、俺の揃えたカードではとても大逆転できそうにない。

「――今日は誘ってこなかったじゃないか―――遠くの方で友達と――」
「―――恐らく――遠慮していたと思われる―――」

しかし、今日のデートの目的がカード揃えかと訊かれたらそうでもなくて。
勿論最善のルートは俺が長門のエラー原因を突き止めることだが、
それができなかった場合のために――俺はずっと、
自分が為そうとしていることの正当性の有無について悩んでいた。
それは数日前までは明瞭で、十数時間前までは曖昧模糊で、今では正反対の評価を得た俺なりの答え。

「―――どうして遠慮なんか―――」
「――それは以前、わたしが彼に―――………」

ごーん、ごーん。

カチ、と秒針が12に重なる。
長が今までの脈絡を擲って、呟いた。その声は、古い蜘蛛糸のようにか細くて。

「………子供の夜間外出は親の心配の種。あなたはもう帰宅するべき」

タイムリミットが近いことを教えてくれた。

「親には夜遅くなるって伝えてある。まだ大丈夫さ」

と真実を述べる俺に、長門は

「わたしの部屋での夜更しは推奨できない。
 加えてあなたは明日早起きしなければならない運命にある」
「予言か?」
「そう」
「なら従わなくちゃな。お前の予言は百発百中だから」

292 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/26(水) 21:28:30.52 ID:ZGwEGIEo

でも――その前に。

「一つだけ訊いていいか」

沈黙を肯定と受け取って俺は続ける。

「お前、隠し事してるよな。
 俺はそれを今から暴露するけど、嫌なら長門が先に自分の口で話してくれ」

部屋の空気が変わる。
凍て付くと言うよりは、対流が遅くなったような感じだ。長門は依然喋らない。
それが俺の突然の問い掛けに驚いていたからか、質問の先を推測していたからかは不明だったが、

「エラー蓄積限界が来たらお前、消されるんだってな」
「…………!!」

すぅ、と息を呑む長門。

「………それを誰から………」

聞いたの、と尋ねる声に起伏はない。
ただ、隣から怒りとか悲しみとか諦めとかが混淆した気配を察知することはできた。
それほどまでに長門は感情を発露させていた。猫に置き換えるなら毛を逆立てているといったところか。

「喜緑さんが教えてくれたよ――」

監視者が削除者であること。
お前が自ら情報統合思念体の要請を承諾したこと。
事後、俺やハルヒが暴挙に打ってでないように画策していたこと。
刻限がすぐそこまで迫っているということ。

「――全部な」

319 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/28(金) 01:07:49.02 ID:Kgro/Uwo

「………………」
「初めてそれ聞いたときは参ったよ。
 お前が考えナシに承諾したわけじゃないって知ってる手前、
 遮二無二に説得するわけにもいかないし、かといって指咥えて見てるわけにもいかないし」

そんで辿り着いたのが、お前のエラーの原因を突き止めてそいつを潰すって方法だ。
でも――

「それが出来たら苦労しないんだよな。
 結局、俺にはお前のエラーの原因が全然分からなかった。
 お前を観察すればするほど、喜緑さんの話が嘘に思えてくるのさ」

隣で僅かに反応があった。
独り言みたいに俺は言葉を連ねた。

「今日なんか特に酷かったぜ」

柵を捨てて。介在を透して。できるだけクリアな思考を心懸けてお前の隣にいた。
すると、

「俺が観たのは、お前が充実していることの傍証ばかりだった。
 これじゃあ当初の目的と逆転しちまってる。まるで意味がねぇ」

湯飲みに向かって喋り掛けているみたいだった俺は、ここに来て初めて、
隣の長門と向かい合った。長門も俺に視線を定める。

「でもさ、頭を空っぽにして、鳥瞰になって、やっと大事なコトがはっきりしたんだ」
「……大事なコト?」
「そうだ。んでもって俺は今からそいつを、お前に命令したいと思う」

一瞬、懐疑色になった双眸に怯みそうになりながら、

「なぁ、長門――、」

エラー原因はもう特定不能だ。バグを起こした場合のリスクも計測不能だ。
何もかもが未知数の未来。でも、だからこそ俺はお前に言う。

「――絶対に消えるな。削除されそうになっても抗え。それが駄目なら逃げ延びろ」

332 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/28(金) 23:46:29.62 ID:Kgro/Uwo

長門の体が、電流が走ったかのようにびくつく。
実際には数秒、感覚的には数十分もの間隔を置いて、

「承認できない」
「俺が協力してやると言っても、か?」

長門は小さく首肯する。
だろうな。お前ならそう答えると思ってた。

「理由を言ってみろ」
「統合思念体と結んだ契約の破棄は不可能。
 あなたの協力を得ても成功確率は最低レベルな上、成功を前提としてもメリットの所与対象はわたしだけ。
 あなたはわたしに過ちを犯すことを推奨している。冷静になって」

どこか祈るように、俺を見上げる長門。
冷静になって、ねぇ――そうか、お前には俺が理性を失って感情的になっているように見えるのか。
ところがどっこい、俺は真面目も真面目、大真面目だぜ。

「情報統合思念体のとった策は論理的かつ妥当。
 わたしは自身が削除されることになんら猜疑心を抱いていない。
 このことは喜緑から聞いているはず。あなたはただ、感情的に――」
「いんや、違うね。俺は至極まともなことを言ってるつもりだぜ」

話の腰を一言で折られて、長門は目を丸くする。
この自信がどこから湧き出てるのか理解不能、って感じだな。
俺は言ってやった。

「いいか、良く聞け。お前は分かっていないんだ。
 手前が対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースやらTFEIやら、
 統合思念体の命を帯びた宇宙人である前に、一人の人間なんだってことをな」

356 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/30(日) 02:05:22.60 ID:PNvoZyso

「わたしが……一人の人間……」
「そうさ。代替物の存在しない、生誕から今に至るまで5年間分の歴史を持った人間なんだよ。
 この意味が分かるか?」

長門はどこか怯えるように首を横に振った。

「それはな、お前が自己主張していいってことなんだよ。
 情報統合思念体の意向とか、ハルヒ絡みの他勢力とか、お前の同僚とか、
 みーんな引っくるめて無視すりゃいいんだ。大事なのはお前の気持ちなんだよ。
 俺は今からお前に質問する。YesかNoの二つでいいから、必ず答えると誓ってくれ」

戸惑いを帯びた首肯。俺は訊いた。

「お前は本当に、自分が消えちまってもいいのか?
 後先のことはどうでもいい。メリットデメリットのことは一旦忘れろ。
 ただ純粋に――この世界からリタイアすることが、お前は不服じゃねえのかよ」

と、どうやらそれが無表情のペルソナを剥がすキーワードだったらしい。
僅かに唇を噛んで、視線を湯飲みに落とす長門。俺は黙って、しかし心の中で語りかけながら返事を待った。

Noだよな、長門。
お前がこの世界を疎んでいる蓋然性なんて万が一つにも有り得ないんだ。
お前はきっと、いや絶対にこの世界を愛してる。この街も、この殺風景な部屋も、学校も、文芸部室も、
そこで一緒に過ごしてきたハルヒも朝比奈さんも古泉も、ちょっと恥ずいけど俺も、
SOS団に関わってきた組織の構成員も、お前がプライベートで付き合いのある人たちも――みんな、大好きに決まってる。

382 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/31(月) 20:06:13.11 ID:twyD91.o

さぁ言ってくれ、長門。
ただ一言「消えたくない」と言いさえすれば、俺がお前の楯になってやる。
情報統合思念体の敵対勢力と認知されても、その結果として危険な目にあっても構わない。
だから――

「帰って」

………は? 今なんつった。

「俺はお前に二択問題をフッたんだぞ。
 それじゃ全然答えになってない。ただ単に逃げてるだけじゃねえか」

長門に詰め寄る。だが、長門はスッとソファから腰を上げて、

「帰って」

と繰り返して言い、窓際に寄って背を向けた。

「――これは忠告」

元々静かだった部屋が、その言葉が響くことによって更に静けさを増す。

「今のあなたはとても愚か。
 窮迫した状況で、正確な判断ができない状態。
 それは小さな子供がダダを捏ねているのと同義」

紡がれる一文節一文節が、まるで雨雫のように俺の心の湖に波紋をつくっていく。

「たとえわたしが自己の存続を願っているとしても、それは唯の我侭でしかない。
 打算的な行動にも身勝手な行動にも、等しく責任が付きまとう。
 そしてわたしは、後者を選んだ場合の責任処理能力を持っていない」

波紋は広がらずに、元より生じていた波紋と相[ピーーー]る形で作用した。

「あなたはわたしに自暴自棄になることを強要している。
 それは様々な弊害を生む。さっきあなたは、一時的に全てを忘れろと言った」

しばしの静寂。そいつは多分、
次のデカイ雫がつくる、飛切り大きな波紋を際だたせるためだ。長門は言った。

「でもあなたは――永遠にそれらから目を逸らせと言うの?」

392 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/03/31(月) 22:08:45.69 ID:twyD91.o

俺は答えない。
長門はそれから、自分に言い聞かせるように、自分が存続した場合に、
ハルヒとか情報思念体とかに及ぼす害悪を列挙していった。顔はずっと背けたまま。

「――だから、帰って」

締めくくって、両掌で耳を塞ぐ。どうやら反論は受け付けてくれないらしい。
独白は、俺の昂ぶっていた心を静めるには効果覿面だった。反省したよ。
確かにあんな言い方じゃ、手詰まりになったバカが捻り出した苦肉の策、ととられても仕方ねーよな。

「やれやれ」

溜息を湯飲みに落として、そっと立ち上がる。ぴく、と長門の肩が震えた気がした。
ここは長門の部屋だ。直接的な視覚と聴覚を遮断してなお、こいつには俺の一挙一動が手に取るように分かるに違いない。

それにしても……。こうしていると俺たちまるで、互いに折り合いが付けられなくて諍いあってるカップルみたいだな。
一般的なカップルの場合、行き着く先は和解か破局と明文化されているが、俺たちの場合はちょいと複雑だ。終着点は予測不可。

けどな長門。俺は喧嘩別れだけは嫌だぜ。

「俺は帰らないよ」
「…………!!」

400 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/01(火) 00:43:04.48 ID:7AshXOQo

「本当はな。さっきのYesかNoの質問に応えてくれるのがベストだったのさ。
 そしたら俺が臭い科白言うことも、お前が余計に悩むこともなかったからな」

でも今のお前は、俺よりも重症な鈍感みたいだから。仕方なく言ってやるよ。
まったく、この俺に鈍感と言わしめるなんてフィールズ賞を受賞するよりも誇っていいことなんだぞ。

「あのなぁ、長門」

俺は小柄な背中に向かって語りかける。

「正直に言うとな。俺もつい昨日まではお前の考え方と同調してた。
 さっき言ったことを口にするのは絶対の禁忌で、
 お前を救うにはエラーの原因そのものを潰すしかないって決めつけてたのさ。
 いや、断言したら語弊があるな。境界線の一、二歩手前で悩んでた、の方が正しい」
「……………」
「でも、今日お前とデートして確信したよ。
 お前と二人きりになる機会がめっきり減ってたからかな。要は切欠だったのさ」

ひたすらな沈黙。もし長門が光化学迷彩してたら、傍からみりゃ完全な独り言だな。
そんな下らないことを想像しながら俺は告げた。

「お前さ。お前の信じてる正論もある意味じゃあ我侭ってこと、分かってないだろ」

再び。長門の肩が震える。

「話ぶっ飛ぶけど着いてこいよ。
 一人の命と一個の地球、どちらが重い? って問題は知ってるよな。
 これを論理的かつ現実的に解いたら、たった一つの人命よりも、もっとたくさんの命を乗せてる地球の方が重いに決まってる。
 だがな、そいつは俺が、そのたった一人の素性についてなんにも知らされてなかった場合の話だ」
「……………」

422 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/03(木) 01:07:10.92 ID:6c5guJYo

「もし少しでも素性を知ってたとするなら、
 俺はこの世界なんてモンと比べられちまったそいつに同情するだろう。
 例えそいつと、道ばたで擦れ違っただけの関係でもな。
 が、しかし、そこまでだ。たった一度の面識くらいじゃ、同情はしても結局は世界を選ぶ」

長門の手が、一層強く耳を押える。俺は続けた。

「じゃあ、そいつが友達だったら俺はどうすると思う?
 唯一無二の親友だったら?
 恋人だったら? 家族だったら?
 掛け替えのない仲間だったら?」

俺は、どうすると思う?
上辺だけのシカトを決め込んだ長門の代わりに自分で答えるとしよう。

「迷うさ、誰だってな。少なくとも俺は滅茶苦茶迷うぜ。
 そして辿り着く先は、きっと比較の前提そのものを壊す努力だ」

もうお分かりだと思うが、この話のほとんどは長門を取り巻く状況に置き換えることができる。

「お前の消滅と、世界の安定、どっちが大切?
 これはさっきの問題の改変verだが、俺が辿り着いたのはさっきの答えとおんなじだ。
 だってお前は、俺の、掛け替えのない大切な仲間なんだから」

しかも……、だ。

「それは俺だけじゃないんだぜ。事情が飲み込めてる奴も飲み込めてない奴も、
 お前を知っている人間――SOS団の皆もそれに関わってきた組織の面々も、
 お前のクラスメイトも、図書館のお姉さんも、お前の御近所さんだって、こぞってお前が消えるのを黙認したりしないさ。
 マイノリティに属するのを覚悟でな」

生憎、お前の状態を知ってる人間は極僅かで、一般人にはどう足掻いても解決できない問題だけど。

「…………」

ふいに、長門が反論の兆しを見せた。それよりも先に釘を刺す。

「おっと、本当にそう思っている確証はない、なんて戯言は言ってくれるなよ。
 ……話を最初の質問に戻すぞ。
 俺たちの気持ちを無視して自己犠牲を貫くことも我侭だってこと、分かってくれたか?」

433 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/03(木) 22:19:22.91 ID:6c5guJYo

耳を覆っていた両手が落ちる。長門は観念した風に、

「分かった」

と呟いた。が、しかし――。
やっと分かってくれたか、と胸を撫で下ろしたのも束の間、
長門は実にシンプルかつ純真無垢な質問を投げかけてくる。

「あなたはわたしとこの世界の安定とを天秤にかけた。
 そして、わたしの……左の受け皿に錘を乗せることで平衡状態をつくった」

ま、イメージ的にはそうなるな。
相槌を打ちつつ、俺はさり気なく足を運ぶ。
長門は、まるで裁判で自ら不利な証言をする被告人のように、

「でも、その均衡は著しく不平等なもの」

消え入りそうな声で断言した。

「どうしてそう思うんだ?」
「わたしの存続を願ってくれる人もいれば、世界の安定を重視する人もいる。
 数量的に圧倒的多数を占めるのは後者」

ふぅん。だから?

「…………あなたは右の受け皿にも錘を乗せるべき」
「はぁ? んなことしたら均衡が崩れちまうじゃねぇか」

淀みない否定に余程驚いたのだろう、長門は一瞬、振り返りそうになって、

「だって、それが在るべき結果だから……」

全然違うね。
更に一歩踏み出しながら言ってやる。

「お前は自分を矮小化しすぎだ。
 かといってどこどこの誰よりも価値が高い、なんて評価はできないけどな。
 結局のところ、お前と世界中の人間一人一人を比べても、客観的な優劣なんてつけられないんだよ。
 んでもって俺が左の受け皿――お前の方――に錘を乗せた理由は、そんなとこから生まれたんじゃない」

窓に映り込んだ長門の表情は、困惑に歪んでいた。
ほっといたら"絶対"に消えてしまうお前と、お前が存在することによって世界が改変される"可能性"。

「俺はお前に賭けることにしたんだ。
 お前がこの世界を改変したりしないって信じてるからな。
 一方的な期待はプレッシャーになるっていうし、俺がこんなこと言うのも何だけど……自信持ってバグればいいんじゃないか。
 そんでお前の上司に、なんともなかったじゃねーか、って胸張ってやれ」

これが俺の、気の遠くなるくらい遠回りして導き出した答えだ。

453 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/04(金) 22:25:21.99 ID:TD7E2nYo

だから――あとは、お前の出す結論次第。

それから俺は口を閉ざして、最後の一歩を踏み出した。
手を伸ばせば触れられる。そんな距離で長門の返事を待った。

「……………」

多分、今こいつの頭の中では、色んな思考が交錯して、ぶつかりあっているのだ。
論理とか。倫理とか。一個と複数の数学的な優劣とか。従前に得てきた印象深い記憶とか。
それらみんなに踊らされて、懊悩しているんだろう。

「…………わたしは…………」

俺の場合。幾つも分岐する結論から、一つだけを選べと言われたとき、
結局のところ判断基準になるのは感情の傾きだ。分水嶺を前にして、咄嗟の直感で判断を下せるのは"人間"だけ。
プログラムに従わされる機械なら、命令に縛られたTFEIなら、最も高効率でローリスクの選択肢を選ぶだろうからな。
だから――

「…………わたしは…………」

こいつが、俺の望む答えを口にしてくれたとき――。
それは同時に、長門が"人間"であることの何よりの証明になる。

俺はただただ、硝子に反射した双眸を見据えた。それは僅かに潤んでいるように見えた。
交錯した視線にメッセージを載せる。
少し勇気を出せばいいのさ。何、ちっとも難しいことじゃない。

「………わたしは……………わたしは、消えたくない……………!!」

ほら言えた。

467 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/05(土) 20:06:01.65 ID:qqXHT3ko

「その言葉を待ってたんだ」

僅かな距離は一瞬で埋まって、俺は後ろから長門を抱き締める。
華奢で、少しでも力を入れたら頽れてしまいそうな体は、それでも確かな熱を持っていた。
あぁ、あったかい。ハルヒの奴、いつもこんな感動を味わっていやがったのか。
抱き竦められた長門はというと、

「離して」

とも

「やめて」

とも言わずに、

「………んっ……」

と小さく吐息を漏らして、なされるがままだった。
耳朶に甘噛みしたくなるほどの距離。俺は囁く。
――もう絶対に離さない。お前が助けを求めたんだ、何があっても護り通してやる。
一拍の間をおいて、長門は答えてくれた。


「………ありがとう。とても嬉しい」


その言葉の響きを哀韻と捉えてしまったのは、きっと俺が喜びで舞い上がっていたからだろう。
気持ちだけなら空の彼方、衛生軌道上を通過し月を超え、火星に到達しそうだぜ。

ぽたり。

ふんわりした甘い香りに、意識が朦朧とする。

ぽたり。

ずーっと抱き締めていたい。そんな子供じみた欲求に、俺は流されていた。
眼を瞑っているから解らないが、長門は迷惑してるかもしれないな。

ぽたり。ぽたり?

ふと、腕に等間隔に落ちる雫に気が付く。
俺はともすれば眠りに落ちていたかもしれない瞼を開けた。窓ガラスに長門が映っていた。
表情は一切崩れていない。肩の震えも哀咽も、呼吸の乱れさえなかった。
ただ、涙だけが止めどなく、双眸から零れ落ちていた。

「長門……?」

涙の理由を考えるよりも先に、綺麗だと思った。
どうかしてる、と自責しながらも、俺はその涙を拭ってやることができなかった。

481 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/07(月) 00:28:21.61 ID:YPRaQd6o

不可解だった。この涙は何に起因しているんだ?
長門の頭を愛撫してやりながらも、俺の頭は幾何級数的に混乱の度合を深めていく。
そうこうしている内に、長門はまた呟いた。

「本当に、嬉しい」

科白から欠落した目的語を推量する。長門に尋ね返す選択肢は思いつかなかった。
俺という協力者を得たことによる安堵感からか?
消去されずに思念体に抗う道を選んだことによる喜懼からか?
……うーむ、不可解だ。
がしかし。この突然の涙の理由は、なんと長門自身によって明かされることになる。

「―――している」

今度ばかりは本気で耳を疑ったね。
俺は来週には必ず耳鼻科にいこうと決心しつつ、奇蹟を目の当りにした無神論者みたいに訊いた。

「すまん、もう一度復唱してくれないか」
「――――減少している」

やっぱ聞き違いじゃねえか……。
驚いたぜ、こんな時にデウスエクスマキナの存在を知覚するなんてな。
ま、その神出鬼没性と意味不明さがデウスエクスマキナのデウスエクスマキナたる所以なんだが。
ここ数日の伏線が実を結んだ気配はないし、
今日一日の流れにおいて、特別重要なファクターを手に入れたわけでもない。
なのに長門は俺に告げた。

「今まで蓄積されていたエラーが――、急速に――、減少している」

嗚咽で言葉が濁らないよう、呼吸を整えながら、途切れ途切れにそう告げた。
へぇ。突然エラーが減少、ね。
こうも不可解な解決の糸口を呈示されたら、俺はもう常套句を吐くしかないよ。

「やれやれ」

わけがわからん。脈絡がないにも程があるだろ。俺は溜息で憤慨を示した。
すると長門は俺の腕の中で体をもぞもぞさせながら、

「一つだけ、あなたに隠していたことがある」



507 名前:修正ver[] 投稿日:2008/04/08(火) 01:43:23.29 ID:2jZgPrco

なんだ。もう何を聞いても驚かないから言ってみろ。

「三日前の夜の電話を、憶えてる?」

俺はいろいろな意味で淡朦朧とした記憶を辿りながら、

「憶えてるに決まってるじゃないか。
 お前が初めて、エラー云々の話をしてくれた電話だろ?」

ミクロン単位で頷く気配。今からほぼ72時間前――。
あの時、俺は朝倉のことで頭がいっぱいいっぱいになっていた。
おかげで概要はともかく、会話の明細まではきちんと記憶していない。
でも、その電話で長門が俺に隠し事をしている感じはなかった……と思う。
どこからか「この鈍感が!」と叱咤の御声が聞こえてきそうだが、
気紛れな慧眼と称される俺の観察眼も、電話越しじゃ意味がないのさ。

「それで、隠しごとってのは何なんだよ?」
「エラーの増減に関する、非公開情報があった。わたしはそれを、意図的に隠蔽していた」

こいつの喋り方だと、どうにも汚職議員の悪口暴露みたいに聞こえて嫌だな。
エラーの増減……。あぁ、そういえばそんなことも言ってたっけ。俺は合点する。
直後にお前の限界が近づいていると聞かされて、そっちに意識を持って行かれていたよ。

「確か、不明なエラーが不明な理由で増えて、これまた不明な理由で減っていたんだよな。
 今まではなんとか均衡してたんだけど、最近になって崩れてきて、許容量の限界がきた、――どうだ、合ってるか?」
「その通り」

再び首肯するかに思われた長門。
だがしかし、長門は今度はナノ単位で左右に首を振って

「そこに嘘がある」

と言い、

「実は……わたしはエラーの濫觴を明確化できずとも………エラーの増減に一つの規則性を発見していた。
 そして……、その規則性の……、中心にいたのは……………あなた」

半端ない滑舌の悪さで後半を宣った。
あなた? それってもしかしてももしかしなくても、俺のこと?
いくら理解不能でも、長門の主観的言の葉による「あなた」とは「俺」のことに他ならない。
そんなつまらない思考にたっぷり十数秒浪費して、俺は長門に問うた。

「あー、それは俺が、お前のエラーを間接的に増減させていた、という認識でいいのかな」

528 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/09(水) 21:32:18.40 ID:pOx8Av6o

長門はぽつりと言った。

「………いい」

なんてこった。
俺は衝動的に頭を抱えたくなったが、生憎両腕は長門を抱き締めるのに使っていたので叶わなかった。
もし俺がエラーの原因だったとするなら――。先走る思考プロセスを中途終了して、尋ねる。

「規則性の詳細を教えてくれるか?」
「エラーの蓄積・解消は、微量なら普遍的なTFEIの活動副産物。
 でもわたしの場合……その微小変化とは別に、一度の変化量が定量的でないエラーの増減があった。
 そしてその増減が起こったのは、決まって、あなたと同一空間に居合わせた時。
 以上の事実から、あなたがわたしのエラーに関する鍵を握っていると推察される」

鍵、か。遠い遠い昔、どこぞの超能力者にも同じことを言われた気がするね。
それはさておき。長門にこうも断言されちゃあ、頭の悪い俺でも解るぜ。
舞い上がっていた桜の花片の如き思考は現実という名の雨粒に叩き落とされて、

「どうして黙ってたんだよ」

俺は、責めるように訊いた。

「それは………」

と、口籠もる長門。
ここ四日間、長門のために色々と手を拱いてきた俺が、実は諸悪の根源だった――、皮肉な話だな、まったく。

「俺がエラーの解消にも関係していたのも認めるとして、
 それでもやっぱ、俺がお前と一緒にいなきゃ、エラーが発生することはなかったはずだ。
 どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ。そしたら……」

そしたら?
俺はどうするのだろう。長門が俺と共に過ごしてエラーを増減させなくなるまで、フェードアウトするのか?
いつまで? 一時だけ? 数日? 数週間? 数ヶ月?
期限は誰にも解らない。俺はそんなの嫌だ。でも、長門がエラーを溜込むのに比べたら、

「――やめて」

535 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/10(木) 00:55:46.32 ID:17IYQAUo

凄烈な緘口令。再び震え始めた長門の肩を、俺は黙って抱き締めた。

「わたしが法則性を隠蔽した理由は……、巧く言語化することができない。
 齟齬が発生する可能性がある。………それでも、聞いて」

脳梁の記憶の引き出しが、ガタガタと反応する。
齟齬。懐かしい響きだな。そんなことを考えながら、俺は頷いた。

「あの夜の電話で……、わたしはまず最初に……、叱責を受けることを覚悟していた」

叱責?

「そう。何故ならわたしは………、二年前あなたと交わした約束を、破ったから」

不意に、眼窩であの冬の日の追憶が始まる。
皎潔の病室。真夜中の薄明かり。シンとした静寂の下。
長門が淡々と「自己の処分が検討されている」と告げて、
最後に「ありがとう」の言葉を発するまでに、俺は長門にこう言った。

『お前がバグることは三年前には分かっていたんだよな。
 なら、いつでもいいから俺に言えばよかったじゃないか』

長門はきっと、それを小さな、大切な約束と捉えたのだろう。
――次にバグる時は、エラーを蓄積し始めた時点から俺に伝えよう。
さしずめそんなところだろうか。対して俺はその約束を忘却の彼方に押しやり――。長門は続ける。

「でも………、あなたから、電話越しに怒気を感じ取ることはできなかった。
 わたしは盲目的に安堵していた。………そして打ち明ける機会がないことを利用して、法則の隠匿を謀った」

声は深い懺悔と、それでも変わらぬ意志が拮抗しているかのように揺れていた。
俺は今更、言ってみることにする。本当は四日前に尋ねていなくちゃならなかったことを。

「なんでだよ。どうしてお前はエラーが生じたその瞬間から、俺に訴えなかったんだ。
 そしたらもっと時間に余裕も持てて、お前のエラーの原因とか、仕組みについて調べることができたのによ」
「先の法則性を伝えれば………、あなたは必然的に"わたしと接触機会を絶つ"という愚考に走る」

ああそうだ。つーか、もうその結論に走ってる。
だがな、長門。その考えを愚考とこき下ろすのはどうかと思うぜ。
確かにお前と距離を置くのは最高にイヤさ。でも、お前がエラーに悩まされずに済むんなら――

「わたしはそれを絶対に避けたかった。その時生じていたのは、エラーとは無関係の反理性的な思考形態」
「長……門……?」

今度は俺が三点リーダを紡ぐ手番だ。眼前の細い頸は、白から朱に染まっている。
長門は、まるで初恋を語るうら若き乙女のように俯いて、

「わたしはあなたと疎遠になるのが怖かった。
 それはわたしがエラーに飲み込まれるよりも、危険因子として排除されることよりも、怖いこと」

誤解の氷塊が融けていくのを感じる。
俺は古泉から貰い受けた助言のパラグラフを思い起こした。

551 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/11(金) 00:59:06.13 ID:kHI16gMo

――『あなたの長門さんに対する意識が、彼女の成長に追いついていないからですよ』――

婉曲な言い回しだ。
視点が間違っていれば疑問符が頭を席巻するし怒りを覚えもするが、
視点が合って、ちゃんとした解釈ができるようになれば、いとも簡単に脳味噌に浸透する。
ったく……やれやれだぜ。認めたくはないが見事に正鵠を射てやがる。
俺は先程からどこからともなく沸きつつある、しかし長門のエラー生成原因を説明するに足りる仮説のQ.E.Dを試みた。
思考のホワイトボードの上で、情報を整理する。

長門は変則的なエラーに悩んでいた。
その特殊エラーには発生法則があった。
俺が傍にいると、増えたり減ったりする、といったシンプルなものだ。
長門は俺にそれを教えなかった。教えたら俺が距離をとると思っていたから。
俺と疎遠になることは、長門にとって自己の消滅よりも許し難いことだった。
以上から導き出されるエラーの発生条件とは何か?

ここまできたら、答えはもう暗黙の内に浮上する。するのだが、俺は最終確認のために訊いてみた。

「これはちょっとした確認なんだが……。お前がエラーの増大を確認したとき、
 俺の傍にはハルヒやら鶴屋さんやら朝比奈さんがいなかったか?」

驚いたように目を瞬かせ、長門は数cmほど頷く。

「じゃあ減少した時、お前の心拍数やら体温やらはどうなってた?
 お前にとっては意味不明な質問かもしれんが、答えてくれ」

寸暇もおかず、正確無比な情報が述べられる。

「例外なく上昇傾向にあった。
 ……ただ、わたしはそれをノイズとして処理していた」

559 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/12(土) 01:04:18.18 ID:TAbyLbIo

「そうか。十分だよ、ありがとう」

情報は揃った。裏打ちは十全、めでたく証明終了というわけだ。
長い長い遠回りの末、得られたのがこうも単純明快な結論だったことには嘆息を禁じ得ないが。
俺は言った。

「ところで長門。突然なんだが、俺、お前のエラー原因分かったよ」
「えっ………?」

ミクロン単位ナノ単位じゃなくて、大袈裟に眉根を寄せる硝子の中の長門。
ま、驚くのも無理ないか。
今長門は、さっきの『エラーが急激に減少している』発言を受けた俺よりも衝撃を受けているはずだからな。
硝子に反射させた視線に、純粋な疑問符を乗せる長門。
きっとこいつは、こう思っているんだろう。
自分が処理できなかった難題を、何故俺のような人間が解けたのか、と。
でもな、長門。こいつはとある気障な吟遊詩人の受け売りだが、
”高次の知的生命体が我々人類にとっては未知の物理法則を易々と理解できたように、
 数多の制限に縛られた有機生命体の方が解を得やすい事柄も、多々ある”のさ。

「婉曲な言い回しをするなら、お前は鈍感なんだ。
 俺よりも酷い。比較対象に俺が出るということは、お前は相当の重症患者ってことだぜ?」

厳密に言うなら――、長門は鈍感とは微妙に違う。
絹糸のように繊細な機微。
大量の書物を栄養とし、情緒豊かにすることに努めてきた長門も、
いざ自身の実体験となると、蓄えた知識は無用の長物に等しい。何の役にも立たない。
長門が手に取った本のジャンルは多岐にわたり、総数は最早計上できないほど。
そしてその中には必ず"恋愛"関係の本があったはずだ。その物語の趨勢を、長門はどんな気持ちで読んでいたのだろうか。
シミュレートはできずとも、明白な事実が一つ。
感情移入こそしさえすれ、自分が同じ状況下に身を置くことになるとは、露程にも想像していなかったということ。
だから長門には分らなかった。この特異なエラーが示唆する、感情の奔流が。

567 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/12(土) 18:46:56.38 ID:TAbyLbIo

「でもお前は悪くない。それどころか今回の件では、悪者なんて何処にもいなかったんだ。
 敢えて挙げるなら……俺だな、うん」
「…………?」

長門の精神的な成長速度。
俺の認識が、もっと早い段階でその加速に追い付けていたら、
こんなゴタゴタした事態にはならなかっただろう。
長門を一人の女の子であると認めつつも、
この世界にごまんといる男に恋慕を抱くことなど有り得ず、
百万歩譲って有り得たとしても、それはずっとずっと先の未来のことであると、俺は思いこんでいた。
頼まれてもいないのに保護者ヅラして、
それっぽい雰囲気が流れた時も表面上焦った顔しながら内心は泰然自若と構えていた。
長門の「求愛を受けたことがある」宣言しかり、
喜緑さんによる俺に対しての、「付き合うなら誰がいい?」という質問しかり。
とどのつまり、俺は長門の精神年齢を過小評価していたのだ。
長門はまだまだ純真無垢で、恋愛など縁遠い感情なのだと。それはある意味、妄信に近い。

「お前の特別な感情の矛先が、どこに向いているのか。
 誰よりもヒントを与えられていた俺が、第一に気づくべきだった。
 馬鹿だよな、口数が増えたことと、心を許す度合が同じとは限らないのにさ」

何故俺が長門の機微に触れられるようになったのか。
過去の俺は表情識別眼の能力UPなどと喜んでいたが、実のところはそうじゃない。
これは推測だが……、長門は機微の表現を調整できなくなっていたのだろう。特定の条件下に置いて。
そして出力された未調整の表現から、俺は長門を「一人の少女」と認識していった。
だが、それは他の人間――長門と会話し、行動を共にした――にとっても同じだろうか。
古泉の誇大極まりない比喩も、そこから生まれたものだ。
俺はチャットでの古泉の独白に違和感をもった。
俺と古泉の、長門に対する認識のズレ。
今から思えば、それは小さな差異が積み重なってできた、当然の結果だと言える。

585 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/12(土) 22:59:30.25 ID:TAbyLbIo

「さて」

俺は長門の体を一旦離し、くるりと反転させた。
感情の波に揉まれてか、赤みが差した白皙の頬。
その上を幾筋かの涙の跡が走っている。
僅かに充血した瞳を俺が見つめると、長門はふい、と顔を背けた。

「……あなたは何を言っているの」
「さあ、何を言ってるんだろうな。
 この事態を収束させる方法が思いついたには思いついたんだが、
 同時に自省心やら内罰心やらが顔を出して邪魔するんだ」
「わたしのエラーを消滅させる画期的な方法を考案したのなら……、早々に口にすべき」

まあそう催促するなよ。
それにしても、こいつの尖った唇から紡ぎ出される言葉に、
感情を籠めまいとする意図が感じられるのはどうしてだろう。
表層上は期待しているようで、裏ではまだ俺の解決法に懐疑的だからか?
もしそうだとしたら悲しいね。
俺は99%実説となった仮説に絶対の自信をおいている。
だが――何故それを元に、さっさと実行に移さないかと訊かれれば、
それは視なくてもいい未来を勝手に予見して、書生論を踏み躙る理性が、俺に待ったをかけているからだ。

長門は自分が抱いている特殊な感情の正体に、気づいていない。
そしてその感情を定義するのは俺だ。驕っているわけじゃないが、実際そうなるだろうからな。
なら尚のことさっさと定義しちまえ、と言われそうだが――。
俺は長門と親密になり始めた時から、悩み秘めていたことがあった。心の隅に巣くう、小さな疑念。
こいつが俺に向けてくれている好意は、もしかして生まれたてのヒヨコの如き、盲目的なそれなのではないか。
長門はまだ人としての経験が少ない。なんてったってまだ5才である。
よって、心理的な依代として俺にそんな感情を抱いた可能性は否めないのだ。

「……………どうして黙っているの?」

潤んだ瞳が、俺に告白を求める。ああもう、俺はどうしたらいい。
今までそれなりに好いていた自分の情けない性格が、この瞬間とことん嫌いになった。
ここは分水嶺だ。それも天辺が目視できないくらいに空高い分水山脈に存在している。
こんな時、俺は今までどうしてた――?


1、[ピーーー]この鈍感野郎。もう小難しいことで懊悩するのはやめだ、感情のままに動けばいいんだよ。
2、確かに長門の今の気持ちは、俺に向けられているのかもしれない。
  でも、それが仮初めのモノだったら俺は取り返しの付かないことを吹き込むことにならないか?


>>592までに多かったの

586 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/12(土) 23:03:05.53 ID:avY2nxU0

1

587 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/12(土) 23:03:22.13 ID:q37dypgo



588 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/12(土) 23:03:57.37 ID:9k2mDADO

2

589 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/12(土) 23:06:14.79 ID:LcK/GwAO

11111111111

590 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/12(土) 23:09:34.00 ID:FBDFznQ0

1

591 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/04/12(土) 23:10:08.41 ID:mC/ixkQo

1111111111111

592 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/04/12(土) 23:10:34.60 ID:3KnxB6DO

111111

603 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/13(日) 01:01:28.44 ID:oq3oY5go

と、その時だった。
俺の中で傍観に徹してきていた何か――第二人格とでも呼ぼうか――がキレた。
そいつが叫ぶ。頭蓋を割らんばかりの声量で叫喚する。

いい加減くたばれこの鈍感野郎。いや、自覚してるから優遊不断野郎か。
まあそんなこたぁどうでもいいんだ。いいか、その稚拙設計な記憶を奮い起こせ。
分水嶺における要諦事項は何だ。あ?
散々長門に説教垂れといていざ自分が選択に迫られたらダンマリか?
情けねぇ。仕方ねえから代わりに俺が答えてやる。
直感だよ、直感。第六感も表情識別能力も時折発揮する鋭い洞察力も必要ない。
小難しい論理はもう捨てろ。その段階はもう終わった。
今肝要なのは長門がてめえみたいな阿呆に恋慕抱いてる事実と、
それにてめえがどう答えるか、だろうが。
長門の気持ちが仮初めのモノかもしれない? 上等じゃねえか。
利用してやれ。罪悪感なんて微塵も感じなくていい。何故ならお前は――


もういい。後は俺が言う。


何故なら俺は――長門を、愛しているからな。
深呼吸して、浮き彫りになった"答え"を再認する。
今から思えば。身を挺してでも救いたいと思ったとき、その感情は既に生まれていたのだ。
無愛想な長門。
羞恥に朱くなる長門。
本の世界に没頭した長門。
ハルヒの玩具になった長門。
新しいクラスメイトと親しむ長門。
俺の知らない他人と交流を深める長門。
困ったときにいつも俺を助けてくれる長門。
ふいに無邪気でつい微笑んでしまう失敗をする長門。
それらみんなを、俺は失いたくないと強く願った。
何に代えても守りたいと思った。ならば、これを恋と呼ばずしてなんと呼ぼう?

619 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/14(月) 01:01:40.67 ID:kpvrf8oo

さあ――。驕慢な妄想でも都合のいい絵空事でも他人が仕立てたシナリオでもない、
あるがままの事実に――俺に恋心を募らせて、その葛藤をエラーと勘違いした可愛いTFEIに、応えよう。
俺は長門の双肩に手をかけて言った。

「お前を悩ましているエラーの名前はな、俺たち人間で言うところの恋なんだよ。矛先はどんな理屈か俺に。
 いつからかはお前に訊いてみなくちゃ分からんが、その気持ちはだんだん膨れていった。
 あれだけたくさんの本を読んできたんだ。その中には何冊か、恋愛関係の小説があったろ。
 その主人公と同じ心情を、お前は経験していたというワケさ」

溜めに溜めた独白。

「でも実際、お前はそれに気づかなかった。
 こいつは適当な憶測だが、知識としては理解しているのに、経験は別の情報として処理されてたんだろう。
 とにかく、お前は未知の感情に踊らされていた。意中の俺の一挙一動に、感情をかき乱されていた」

瞠目するかと思われた長門は、滔々と耳を澄ませていた。
ただ、紅玉のように艶々した瞳が、長門の心情吐露の役割を担っていた。

「刹那的な嫉妬や安堵。
 そいつらは好き勝手にお前の心の中で暴れ回って、終いには蟠りという不純物になって蓄積されていったんだ。
 それがエラーだ。増えたり減ったりしていたのに均衡が取れなくなっていったのは、
 捌け口を知らない心が次第にバランスを崩し始めたからだ。
 当然、心は臨界点を迎えた。感情の正体をお前に気づいてもらえぬまま、蟠りだけが深まっていくのに嫌気が刺したんだよ」

遣った"心"という言葉は、もう、メタファーじゃない。

「でも、その葛藤もすぐに終わる。
 今この瞬間をもって、お前のエラーは半永久的に消滅するんだ」

硝子に映った瞳の、光彩が燦めく。
躊躇いはなかった。高翌揚感もなかった。失敗への畏れもなかった。
歪な告白だと思う。でも、これが俺と長門らしい終わりかただとも思う。いや――、始まり方と言うべきか。

「俺はお前が好きだよ、長門。さっきも言ったけど、お前を失いたくない。
 独り占めは我侭かもしれないけど、ずーっと一緒にいたい。
 だからもう、お前がいじらしい思いをする必要はないんだ」

お前は一人の女として、俺は一人の男として、お互いを想い合ってる。
これ以上の充足がどこにある?
だが、そう自負する一方で、俺は一縷の不安の糸を断ち切れずにいた。
黙したまま、眼を伏せるように彷徨わせる長門。
まさかこいつ、俺の独白がまるっきりの見当違いだ、なんて諧謔を弄し始めるんじゃあるまいな?
数刹那後、俺はそれがまるっきりの杞憂であると知る。長門は片手を胸に当てて、確認するように呟いた。

「………わたしは、あなたが好き……愛している………」

そして、使い古された二文字に、最大限の愛しみを籠めて。

「………わたしは今、とても幸せ」

647 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/14(月) 23:26:56.49 ID:kpvrf8oo

長門は微笑んだ。
言葉通りの幸福を示す、小さな小さな花が咲く。
それは、無表情の壁を壊して外に出てきた感情の結晶だった。
と、視界の中央に捉えていた長門が、いきなりぼやけた。
込み上げてくる情動が涙腺を刺激してやまない。
痒くてこするフリをして目に手をると、目尻が少しだけ湿っていた。
目にゴミが入ったとか、欠伸だとかのチープな言い訳をするつもりはない。
でも、ほん少しだけ俺の矜持を庇う表現をさせていただくならば――、俺は、泣いていたのかも知れない。

「………俺も、すっごく幸せだ」

そうだけ言うので精一杯だった。
どこまでも水平線を描いていた俺の心電図は、今じゃアルプス山脈もかくやのアップダウンを見せている。
呼吸が苦しい。よもや俺の肺胞は、普通のガス交換を一時停止し、長門の甘香を取り込もうと躍起になっているのでは――
そんな馬鹿な想像を平気でさせるほど、長門の言葉は破壊力抜群だった。
唐突に。桜唇が、俺の眼の前に突き出される。

「………ん」

ん?

「えーと……これは……」

何を求められているんでしょうかね? と言うほど、俺の頭は幼児退行しちゃいない。
こんなもん第二次性徴期を終えた中学生でも分かるぜ。
爆発しそうな頭で考える。

661 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/15(火) 00:51:25.88 ID:KnI0c3co

長門のエラーはもうほぼ消滅状態なわけで。
俺とこいつは恋人関係なわけで。
ということはキスの一つくらいしても全然おかしくないわけで。
でもここで唇触れたら、心の奥底に封鎖してきたリビドーが理性の鎖を引き千切るわけで。
人生史上、一、二を争う葛藤。
紆余曲折を経る間にも、長門の悩ましげな、雛鳥が親にごはんをせがむような声が邪魔をしてきて、
何でこんなに煩悶しなくちゃならねえんだと宛先不明の苛々が募り、

――畢竟。

俺はそっと長門の右頬にキスをして、何か言われる前にがばっと抱き締めた。

「キスはお前がもうすこし大人になってからな。
 それまではほっぺたで我慢してくれ。俺も色々と準備できてないんだ」

という、支離滅裂な科白と共に。笑いたきゃ笑え。
ヘタレ、及び腰、臆病者、意気地なし、チキン野郎、etc...なんとでも嘲弄するがいいさ。
俺はこれでいいんだよ。今は。

「………そう」

不満げに吐息を漏らす長門。……否応なしに罪悪感が沸いてくる。
今からでも遅くないかな、と安直な思考に走り始めたとき。

「それなら、代案を提唱する。――、して」

弱い力が、俺の躰を包む。
正面から抱き合った躰はより密着して、俺はなんだか「これでもいいや」という、実に投げ遣りな気分になった。
俺はそっと、長門の耳に口を近づけた。

――――――――――――――――――――――――――――――

それから――。
俺は長門と拙い睦言を交わし合ったのだが、
その内容があまりに長く、また会話の切れ端を思い起こすのも赤面必至なので、割愛させていただく。
不特定多数の人間に、俺たちの秘め事を晒すのも憚られるしな。
今現在。俺はソファに眠る長門を傍目に、窓外の夜景を眺めている。
エラー関連のことで負荷が……じゃなくて心労が溜まっていたんだろう、
長門は懐抱の途中で、いつしか眠りに落ちていた。

702 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/17(木) 22:38:32.45 ID:Yjf48CQo

落ち着いた寝息を背中で聞きながら、
一ヶ月分の密度があったといっても過言ではないこの四日間を、追憶する。
長かった。
あの夜の電話から始まって、ろくに仲間の力も借りないまま悩み、
答えが出ないままタイムリミットが訪れ、土壇場でハリウッド専属演出家も真っ青の急展開があり、
なんだかんだで長門のエラーは消滅、めでたしめでたし――なのだろうか。

巧くいきすぎじゃね? 俺ってほとんど流れに身を任せてただけじゃねえの?

まあいいじゃん。物事で重要なのは過程じゃなくて結果の善し悪し。
そして俺は今、最善の未来に立っている。
明日からまた平穏無事で、幸福度の増した日々が始まるのだ。俺は快哉を叫んでいい……。
予期せず得た達成感は陶酔感にも似ていて。
俺は朝靄みたいにぼやぼやした違和感を、斟酌することなく拭い去った。
ふいに、指先の傷が疼いた。
長門が貼ってくれたところよりも、ちょっとズレた絆創膏。
可愛らしいプリントは、無条件で見るものを和ませる。
長門もこういうの好きだったんだなあ、としみじみ思って、俺はなんとなく、絆創膏のパッケージを探した。

「確か、ダッシュボードから出してきたんだっけか」

眠り姫を起こさないよう、忍び足で。俺はダッシュボードの中身を、漁ってみた。
目的のそれはすぐに見つかった。だが、その下に、『涼宮ハルヒへ』と銘打たれた封筒を見つけたから、
俺の行動は一気に宝探しへと昇華した。

「なんだこりゃ」

好奇心は猫を殺すというが、俺は人間なので大丈夫。
横目で長門を確認して、封を切る。果たして中に入っていたのは、勾留令状だった。
勿論、ワープロで印刷したと見紛うほど綺麗に並んだゴシック体とは関係なく、文面の内容が、だ。

『この手紙をあなたが読んでいるとき、既にわたしは――』

そんな書き出しのせいで遺書めいた文章は、実に淡泊に、虚偽のの推移を説明していた。

急な用事ができた。
外国に暫く滞在しなければならなくなった。
何も告げずに消えてごめんなさい。
でも、心配しないで。わたしは大丈夫。

ざっと要約すればこんなところか。
――今までありがとう。と在り来たりすぎる文句で締めくくられた手紙。
推理するまでもなく、こいつは長門が、自分が消えた後のことを思ってしたためた手紙だ。
ハルヒが怒り狂わないように。俺が、ハルヒを嗾けたりしないように……くっ、ははっ、あははは。

「馬鹿だな、長門。
 こんな手紙ぽっちで、ハルヒが……俺が、納得するわけないじゃないか」

例え他に何か方策を講じていたとしても、こんなレベルじゃとてもハルヒの逆鱗を撫でつけることはできない。
断言してもいい。込み上げてくる笑いを口の中で噛み殺しつつ、手紙を封筒に戻す。

712 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/18(金) 20:41:46.62 ID:DXVYpLko

それから、ベランダに出た。
春の夜空は良質の墨を流したみたいに蒼黒くて、
就寝間際の街の風景は、どこまでも澄み渡っていて。
俺は肌寒さも忘れて、欄干から、少しだけ身を乗り出した。

こんな手紙、もう、要らないよな。

封筒ごと、手紙を千切る。びりびり。
小間切れになった紙片は、丁度いいところにやってきた春風に乗って飛んでいく。
それはさながら、季節外れの雪のようだった。
封筒がピンク色なら、桜の花びらに見えただろうに。
と、そんなくだらないことに思いを馳せていた時――、

遠雷のような音が俺を襲う。
月や星とは違う人工的な極彩色が、夜の闇に花開く。

それは、あまりにも唐突すぎた。
俺はしばし呆気にとられていたが、やがて長門が眠っていることを思い出した。
慌てて部屋に戻って、窓を閉める。音の波が遮断される。
長門は……よかった、目を醒ましていない。俺はホッとしてソファの端に腰を下ろした。
この鮮麗な光景を拝ませてやりたいとも思ったが、無防備に眠る長門を揺り起こすのには抵抗があった。

それから。

俺はぼうっと、四角の枠の中で自由に色彩を変える動く絵画みたいな夜の景色を眺めていた。
綺麗だった。それはまるで永い四日間を終えようとしている俺を、祝福しているかのよう。
それなのに。不思議と、睡魔が足音を響かせる。

視界に暗幕が降り始める。
思考は風凪ぐ海のように穏やかだ。

たまらず、俺はソファに横になった。
長門と同様、俺も知らず知らずのうちに疲弊していたのかもしれない。
小さな躰に寄り添う。寝息が重なる。それが心地よい。
いよいよ意識は朦朧としはじめる。そして――

『おやすみ』

誰かが、そう囁いた気がした。ああ、五感が虚ろだ。
腕の中の仄甘い香り。切り貼りの幸福。

それらが確かなものであると錯覚したまま、意識は深みに落ちていく。


-naagato routeA end-

719 名前: ◆.91I5ELxHs[] 投稿日:2008/04/18(金) 20:59:03.40 ID:DXVYpLko

あー、二周目が終わったわけだけど、まず、
ここまでついてきてくださった気長な読者の人には本当に謝りたい

安価すくなくてごめん!
ペース遅すぎてごめん!
一周目と比べて長すぎてごめん!

もう二周目は本っ当に俺の書きたいように書いちゃった気がする……
正直、二周目の三日目辺りからは
俺の文章・プロット・推敲同時進行型の書き方が通用しなくなり始めて
色々とやる気がなくなりはじめたのも相まって、かなりタイピングするのがキツかった

――――――――――――――――――――――――――――――

さて、愚痴もここらにして

RouteAとしたのは勿論別ルートがあるからです(ついでに三周目からはハルヒの別ルートもありにする予定)
あと前々から言っていたとおり、三周目は か な り 自由にかくつもり
初心に戻って、サクサクスイスイ読めるSSを目指す
具体的な例を挙げれば、安価を基本2〜3レスに一つおいたり

三周目再開は明後日日曜の14:00から



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