涼宮ハルヒが大学生になったんだってさ


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831 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:27:19.37 ID:lRxGLhC40

 大学の合格者番号の中に自分のそれを見つけられず途方に暮れて路頭に迷っい始めてから、
かれこれ二ヶ月が経つ。あろうことか滑り止めにも引っかからなかった。
 親に申し訳なくて家にはおれず、俺は今周囲の視線から逃れるように展望の無い
フリーターとして安アパートの一室で細々ぼそぼそと呼吸を続けている。なんとも情け無い。

 これは中々どうして、しかしどうにも本当に憂鬱な出来事ではあるが、
問題はそれすら些細な事だと思えるような現在の状況を作り出した奴に
俺は圧倒的とも言える心当たりがあるからだ。

 高校生活も三周年目に突入し、いよいよ以て周囲の気配がただならぬ物になってきた頃、
やはり俺は団内最悪の成績を誇っていた。
 いや、最悪と言ってもそれは団内の話であって、学年全体からみれば
そんなに頭を抱えて穴に入りたくなるほどの物でもない。
 試験前にはハルヒに補習をしてもらったし、たまに部室で解らない所を教えてくれたりもしていたからだ。
 それにしてもまさかハルヒに受験だ受験だと発破を掛けられるとは思いもしなかったが・・・・・・
そこでふと頭をよぎる「卒業」と言う言葉。
 あぁ、そうさ。実に癪な事ではあるが、俺の無意識領域がどこかでポツリと考えてしまったんだな。

 「SOS団にずっといたい」

 とかなんとか。

832 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:27:57.46 ID:lRxGLhC40

 そんな不本意と言うかな願いをアホほど感度のいいセンサーで嗅ぎ取りでもしたのか、
あの盆と正月とハロウィンとクリスマスが同時に来た様な笑顔の持ち主は

 「ならあんたも、それから皆も! みくるちゃんと同じ大学に行きましょ! もちろん妥協はなし!
持てる力の限りを尽くして、エリート街道爆進中の連中の中から良質な不思議を発掘するのよ!
きっと一人ぐらいノートに犯罪者の名前をガリガリやってるヤツがいるはずだわ!」

 などと、どこにも根拠の無い、むしろ前例から言うとそれが根拠であるかのように
ハルヒは「団長」と書かれた腕章をつけたほうの腕でビシッと俺を指差した。
 ちなみに朝比奈さんは国内でも上から指を折って数えられるぐらいの有名な公立大学に進学していた。
 正直なところ、俺の偏差値ではとてもじゃないが届きそうも無いところである。
 しかしあの団長はやると言ったらやる。
 間も無く受験のための勉強会が不思議探しと3:1の割合で開かれるようになった。

833 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:28:29.07 ID:lRxGLhC40

 さて、冷静に敗因を挙げるとすれば、まずその時点で俺は完全に安心していた事だ。
 あるいは自惚れていたのかもしれない。俺にはハルヒがついている────と。
 あぁ、当たり前だが俺も全力を尽くしたつもりだ。
 そっぽを向き合っているニューロンに逐一和平交渉の場を設け、やっとの思い出仲良しこよしで手を繋がせて
マイムマイムを躍らせたりした。

 ところが実際はどうだ、このざまだ。
 結果的に俺は強制的に舞台に引きずり上げられ、踊らされ、そして舞台から突き落とされた。
 古泉の考え方を都合の良いときだけ拝借してしまう自分に腹が立つが、
しかし、やはりそれは脚本を決めた例の超監督の意向だとしか思えない。
 俺は出演者の資格を剥奪された。
 観客としてのチケットすら貰えなかった。
 用の無しになってしまった。

 そんな絶望的な憂鬱の海を惰性で漂っていた時、
もはやお馴染みの「アレ」はまた俺によからぬ難題を持ちかけようとしていた。

834 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:31:08.66 ID:lRxGLhC40

 昼間に来た電話は古泉からのものだった。

 「長門さんと朝比奈さんが失踪────いや、消滅しました」

 古泉よ、いくら俺に耐性があるからと言って、受け流せる冗談とそうでない物の区別がつけられないほどに
お前と俺の付き合いは浅かったのか?

 「勿論重々承知しています。しかし・・・これは紛れも無い事実なんですよ。より正確に言うならば、
情報統合思念体やその他の広域宇宙体、及びこの時空平面以外の未来的存在が完全に消滅しました。
 加えて、あの大学受験前日以降、かなりの規模の閉鎖空間が連続的に発生していますが、
我々はなぜかそこに入れない。こんな事は初めてです」

 黒い物で満たされた俺の首から上にぶら下がっていた容器が、ごちゃごちゃと攪拌される。
 つまりそれは、どういう事だ? 頼むからわかり易く伝えてくれ。わかり易かった試しなど無いが。

 「涼宮さんが自ら劇の幕を引こうとしている、と言った所ですか。これはあくまで僕個人の憶測ですが」

 やはりさっぱり意味がわからない。
 いや、わかっているけども、それを認めてしまったらそもそも話を始める事すら出来ないじゃないか。

838 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:32:15.69 ID:lRxGLhC40

 「その前段階として、出演者の解雇です。しかしいいですか? 考えても見てください。
宇宙人、未来人、そして超能力者に囲まれても尚彼女の中ではアイデンティティを失わなかったあなたが
そう簡単に切られるわけが無い。
必要ならばどんな手を使ってでもあなたは彼女の舞台に引きずり上げられるはずです」

 じゃあ、何故?

 「それは僕も、機関も全く把握していません。
何故そうならなかったのか、彼女以外に状況を把握している者など絶無でしょう。
それどころか彼女ですら状況を理解していないのかもしれない。
ともかく、これは全く不可解な現象です。この次に一体何が起こるのかさっぱり予想がつかない。
しかし今のところ端的に言うと、彼女の世界改変能力によって舞台上に上がった者達が次々と消滅か、
それに準じる事態に陥っています」

 今度は一体予想の斜め上をどこまで行くつもりだあいつは。

839 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:32:43.28 ID:lRxGLhC40

 「・・・今回僕は、世界の崩壊以上に恐ろしい物を感じていますよ。
何故なら、この世界の脚本を司る神にも等しき存在に『不要』と宣告されたかもしれないからですよ。
自分は要らない人間なんだと、一方的に決め付けられてしまった感じですからね」

 なんだ、お前も俺と一緒じゃないか。

 「・・・おっと、ではとりあえず今日はこの辺で失礼します。
機関の召集に遅れるわけにはいきませんので。
 しかしおそらくは────」

 ────と、ブツン、と切れてしまった。

 あいつがその時何を言おうとしていたのかは知らない。
 その電話以降、古泉の消息は俺の知る限り完全に途絶えてしまった。

840 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:33:27.53 ID:lRxGLhC40

 改めて受験以降物凄い勢いで錆び付いていった思考回路を再起動させてこの状況を考えてみる。
 まず、古泉曰く俺たち4人、場合によってはもっと多くの人々はそれぞれ涼宮ハルヒの願望によって
集合をかけられたそうだ。迷惑な話だ。

 では、今回はそれに解散命令がかかったと言う事なのだろうか。
 つまり、涼宮ハルヒが俺たちを必要としなくなった。
 消えてしまってもいいような取るに足らない存在、と認識を改めたから
こんな事態に陥ってしまった、と考えるのが今一番安易に行き着く思考の終着点だ。
 おまけに今回は前のような「改変」だとかそんな生易しい物ではない。
長門のヒントも、朝比奈さん(大)の助けも何も無いのだ。俺にどうしろと言うのだろうか。
いつもならそこに見えるはずの物語の筋が、今回は全く以て見えない。
 なんせ書き手が書くのを放棄してしまったのだからそれも当然なのかもしれないが、
それにしたってこれはあんまりだ。

 長門が消え、朝比奈さんが消え、そして古泉とも連絡がつかない。
 ハルヒにはこちらからは連絡を試みてはいないが、合格発表日以降交信は無い。

 重い身体と精神を、吐き気にも似た嫌悪感がじわじわと侵食してくる。

 そう、俺も、要らない側の人間なのだ。
 間接的に導かれるその事実が、考えるエネルギーを次々と虚空に放り投げていく。

 高校三年間で得たものの大半がどこかのブラックホールに飲み込まれてしまったような気分になった。
 自分もすでに片足ぐらいは突っ込んでいるに違いない。
 俺ももう、出演依頼の無い「その他大勢」なのだから。

 しかし、物語はどうやら別方面でも進んでいるようで。
 涼宮ハルヒの終幕は、ただ幕を引くだけでは終わりそうも無かった。

841 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:34:25.36 ID:lRxGLhC40

 「やあっキョンくん、めがっさ久しぶりだねっ」

 今回は元の世界の復元のために奔走する事もできず、ただただ味気の無い
暗澹とした日常がしばらく続いていた頃、
やはり怠惰にその日を生きるためのバイトから帰ってきた俺を扉の前で待ち構えていたのは

 「鶴屋さん?」

 深緑の長髪を靡かせるSOS団関係者の中の数少ない常識人であり、
ハルヒとはまた違う次元で核融合でもしたようにハイテンションな先輩だった────
と、もはやガラクタと見分けが付かない俺の脳は記憶しているはずなのだが・・・?

 「なんだか顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
 「いやー面目ないねっ、やっぱりやつれてみえちゃうかな?」

 なんだかわけありっぽかった。
 とりあえず俺は鶴屋さんを部屋に招き入れ、自分で飲んでも不味いと思うような粗茶を出す。
 仮にも良家の御嬢様に、いやはやなんとも申し訳ないが・・・
 しかし鶴屋さんは、俺が文芸部室から持ち帰った汚い湯飲みに潅がれたお茶から立ち上る湯気を
しみじみと眺めながら、ちびちびと小さく、飲むのをもったいぶるように啜っていった。

844 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:35:00.41 ID:lRxGLhC40

「あったかいねっ」
 「えぇ、そりゃまぁ。味の方は勘弁していただけたら、と」
 「いやっ、キョンくんが入れてくれたって言うのならそれで充分さ!」

 なんだか嬉しくなる事を爽やかに言ってくれる鶴屋さんの瞳は、嬉しくなさそうだし爽やかでもないし、
軽くどんよりと渦を巻く煙のように濁っているように見えた。
 多分、今は自分の眼もこんな感じなんだろう。

 「・・・」
 「・・・」

 会話が糸電話の糸を寸断したかのようにぷっつりと途切れる。
 どうも俺はこの不自然な沈黙と言う物が苦手で、では自然な沈黙とは長門と対談する時のあれなのだが、
今はそんな事を鶴屋さんに求めても仕方が無い。

 「一体どうしたんです急に?」

 そこで、俺の脳内にしっかりと録音されていた昨日の古泉の電話の内容が、無意味に再生される。
 それは不明瞭な輪郭を持て余した「悪い予感」として、俺の胸の奥の方にずしりとあぐらをかいた。

 「いやぁ、ちょっとしくじっちゃってねぇ・・・」

 ぽりぽりと頭を掻きながら首をかしげる鶴屋さんは、何故こんなに儚げに見えるのだろう。
 他にも多々ある疑問を押しのけて、それだけが俺の意識の表面部分まで泡ぶくのように浮上してきた。

845 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:36:49.49 ID:lRxGLhC40

 彼女の口から、彼女の口調で、しかし一年前とは比べるべくも無い弱々しくたどたどしい語気で
語られたその内容は、要約するとつまりこうだ。

 俺達より一年先に卒業した鶴屋さんは、大学に進学するはずだったのだが、財団の経営者である父親が急逝し、
代わりに彼女が当主となった。
 しかし、やはり他の幹部達との経験値の差は埋めがたく、組織内部で結託していた
一部のグループにその座を乗っ取られ、屋敷から放り出されたと言うではないか。

 「そんな・・・」
 「あははっ、わたしがもちっとしっかりしてればよかったんだけどさっ」

 その時点で頼れる親戚筋には全て根回しされており、朝比奈さんとも連絡がつかず、
最後に俺のところに来たと言う。

859 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:46:54.29 ID:lRxGLhC40

 「ごめんキョンくん! ちょっとの間、お宿を貸してもらえないかな・・・っ?」

 逆にこれを断る度胸など俺の中には微塵も無い。
 しかし、さっきからこの喉に引っかかった魚の小骨のようにちくちくと痛む
この不快感の正体はなんなのだろう。
 思いをめぐらそうとしたその時、

 「あ、ありが・・・」

 とさっ、と空気の入った袋のような音を立てて鶴屋さんが倒れこんでしまった。
 幸いにもお茶はもう全て飲んであり、火傷をする心配はなさそうだ。
 よく見ると、目の下にはその苦労と心労に比例するような濃度のクマが出来ているが、
とてもあの天真爛漫な先輩が一年でこうにもなってしまうとは考えがたい。
 しかし、現実に眼の前には、安堵と緊張の両方の表情を複雑に絡み合わせて
浅い呼吸を繰り返す鶴屋さんがそこには居る。
 まさか鶴屋さんまでもが降板の対象になっていたのか。

 『彼女の世界改変能力によって舞台上に上がった者達が次々と消滅か、それに準じる事態に陥っています────』

 これが、涼宮ハルヒ、本当にお前の望んだ事なのか?
 だとしたら、

 「すぅ・・・すぅ・・・キョ、ンく・・・・・・すぅ・・・」

 次に会う時、お前に平手の一発でも食らわせない保障は、どこにも無いからな。

861 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:47:38.47 ID:lRxGLhC40

 「んん・・・あ、あれ・・・?」
 「起きられますか?」

 次の日の昼頃、鶴屋さんは目を覚ました。
 俺はあらかじめ作っておいた下手で貧乏臭く、それでいて貧相なおかゆに改めて火を通す。

 「わたし・・・」
 「疲れてたんでしょう。ゆっくりしててください。」
 「あぁ・・・うん、めがっさ感謝するにょろさ」
 「いえいえ」

 少し湯気が立つようになった頃に、そのおかゆを適当な碗に移し、彼女の寝ている布団へと運ぶ。
 まるで彼女の執事になったみたいだが、きっと実際はこんなものでは勤まらないのだろうと言う
無意味な考えが脳裏を駆けた。

 「食べられますか?」
 「ん・・・あんまり食欲が、ないかも・・・」
 「そうは言いましてもね。食べないと身体に毒ですよ?」
 「それはわかってるんだけどさ・・・」

862 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:48:08.63 ID:lRxGLhC40

 ちらり、と申し訳なさそうに俺の眼を傾げた首の眠そうな瞳から覗くその仕草は、昨夜の記憶を呼び起こす。
 悪夢と悪夢のような現実に板ばさみにされた彼女は、乱れた寝息の途切れ途切れに確かに言っていたのだ。

 「キョンくん、助けて」と。

 何度も何度も、天に居るかどうかもわからない神様とやらに祈りを捧げる聖女のような、
不条理で不合理な不幸に見舞われた一人の少女の切実な哀願の声だった。
 なぜ俺の名前なのかはわからない。しかしながら、一つだけ気付いたのは、

 「ほら、先輩。口を開けてください。」
 「え? ちょ、キョンくんキョンくん、どういうことだいっ?」
 「言ったまんまですよ。あ、こぼれますからはやく」
 「あ、あー・・・ん・・・」

 俺は、この人を守りたい、と言うことだ。
 例え相手が、世界をノートの余白の落書きのように書き換えたりできる者であろうと。

 これ以上、鶴屋さんの儚げな表情も、前よりもか細くなってしまった四肢も、嘘のように軽い体躯も、
見てはいられない。
 彼女の一般人としての幸せまで壊そうとする輩は、悪いが誰だろうと許す気は無い。
 俺は何とかしてこの人の高校時代のような溌剌とした笑顔と燦々とした振る舞いを取り戻そうと心に誓った。
 ぽっかりと空洞ができた俺のどこかに、小さな炎が燈ったようだ。

 「・・・めがっさ、おいしい、ね」
 「それは恐悦至極です。さぁ、残りも冷める前にどうぞ」

864 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:48:50.82 ID:lRxGLhC40

 とりあえず食費などに関してはしばらくは大丈夫そうだ。
 長年親に取り上げ続けられていた年玉がこのタイミングで役に立つとは思わなかった。

 「わたしも何かバイト入れて手伝おう!」
 「体調がもう少し整ってからでいいですよ。今はゆっくりしてください」
 「でもだね、施しを受けっぱなしと言うのはわたしの性には合わないのさ!」
 「いいからいいから。今は自分の身体を一番大事にしてください」
 「むぅー・・・絶対この恩は返すにょろ! 覚悟しとくがいいねっ!」
 「楽しみにしておきますよ」


 それから俺は、何とか近くの食品会社の社員となり、そこそこ安定した収入を得られるようになった。
 人間ひーコラ言いながら必死に頑張れば、このくらいの事ならばどうにかなるものなのかも知れない。
 相変わらず鶴屋さんには家で安静にしてもらっているが、部屋の掃除と夕食の調理はどうしてもと頼まれて
任せる事にした。さすがにそつなくこなしてくれるのでありがたいことこの上ない。

 「おかえりっ! おつかれさまだね!」
 「ただいまかえりました。・・・おぉ、なんだかご飯がもりもり進みそうな匂いがしますね」
 「鶴屋流カレーライスなのさっ いやー、今回のは力作だねっ!」

 ・・・ん? 待てよ。
 ウチにカレーを作れるような買い置きあったっけ?

 「あ、あの・・・ちょっとそこまで買いにいくぐらいなら、もうなんともないにょろ・・・?」
 「・・・やれやれ、あまり無理はしないでくださいね。ほんとに」

 俺が肩をすくめると、彼女の顔にぱぁっと笑顔が浮かぶ。

 「まっかせなさい!」

865 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:49:24.51 ID:lRxGLhC40

 そう言えばこの肩をすくめるジェスチャーをしたのは随分久しぶりだな。
 感慨深いやら懐かしいやら色々な感覚が混ざり合う。
 そんな哀愁か何かが顔に出ていたのか、鶴屋さんは一瞬だけ逡巡した後、

 「早く食べないとわたしが全部食べちゃうかもよ!」

 ぐい、っと。
 彼女は俺の腕を取って、狭い居間へと連行する。
 少しだけ、その腕には力強さが戻っている気がした。

 引き換えに、SOS団と言うあの天国と地獄が同居するカオス空間の記憶には、
ますますヒビが入っていった。

 いや────これで、いいんだ。これで。

 「鶴屋さん」
 「んー? どうしたのかなっ?」
 「・・・いえ、すいません。何でもないです」
 「なんだか気になるねっ! 今何を言おうとしたのか白状しなさい!」

 今俺の前には、この人が、居る。
 俺はこの人を、とても愛しく思っている。
 それだけで充分なはずなのに。

 未だに俺の脳裏にこびり付いていて、業務用の洗剤をかけても落ちそうも無いあの笑顔の主は
今頃どうしているのだろう、という考えが浮かぶのは妙な事だ。

 高校を卒業して、事実上SOS団が活動不能に陥ってから四ヶ月が経とうとしていた。

867 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:51:06.02 ID:lRxGLhC40

 団長との再会は唐突にして一方的なものだった。
 会社に行くためにプラットホームでいつもの鮨詰め状態の鉄の箱の到着を待っていると、
迎えのホームにその見慣れた人影があったのだ。
 艶やかなショートの髪に、少し肌寒そうな服装の彼女は、間違い無く涼宮ハルヒその人だった。
 しかし、そう、確かにそれは涼宮ハルヒだったのだが、その四ヶ月前との変貌は鶴屋さん以上のものがある。
 俺の知っているハルヒは自分の手前6メートル以内の地面など決しては見はしない。
 その視線は常に遥か彼方を飛行するUFOを探している夢追い学者のように天を仰ぎ、
かつ自信に満ち溢れキラキラと湧き上がる泉のように輝き、背筋を伸ばして足を肩幅と同じぐらいに開いて、
不敵そうな笑みを浮かべているか、はたまた睥睨するように辺りに近寄りがたいオーラを垂れ流しているか、
そのいずれにせよ今のハルヒはそのイメージを完全に原点対称移動させたような伏目がちの弱々しい少女だ。
 一体何が起こったのか、全く想像がつかない。
 古泉が言うように自らが劇に終止符を打っておいて、
そしてあのように落ち込むというレベルを遥かに飛び越えて落ち込んでいるとはどういう事だ。

 瞬間、ハルヒはちらりと視線を上げた。
 いまいち焦点の定まらないその視線が一瞬だけ俺の視線と交錯する。

 「ハル────」

 急行電車がハルヒの居るホームの方の線路を通過していった。

 その日、俺は初めて会社に遅刻した。
 電車の延着届があるので給料やボーナスにダメージはなさそうだ。

869 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:51:45.49 ID:lRxGLhC40

 その日は全く仕事に手がつかず、茫然としたまま太陽が沈むのを待って、そして帰宅した。
 電車に乗ろうとしたが、吐き気がしたので5駅分の道程を歩いて帰る事にする。

 涼宮ハルヒの終幕は、なぜかもはや観客ですらないはずの俺の眼の前で遂行された。
 聴こえるはずの無い、彼女と金属の塊が衝突する効果音が、脳内で何度もリフレインされる。
 見えるはずの無い、彼女のすぐ手前からの視点で彼女が物に変わる瞬間の映像が、脳内で何度もリプレイされる。
 感じる筈の無い、彼女の体温がこの手の中でどんどん失われていく感覚が、脳内で何度もリピートされる。

 「やぁっ、おかえり────・・・なにかあったのかい?」

 さすがにこの人は並外れた鋭さを持っている。
 俺はこの時だけは、古泉のようにウォーリーでも探しているような回りくどい状況報告の能力が欲しいと思ったが、
所詮無いもの強請りなので、仕方なくそのままの事をそのままに伝えた。

 「ハルヒが死にました。今朝俺の眼の前で、通過する快速に突っ込んで。」

 それは本来、この世界が生まれないこと以上にありえない可能性の世界だったはずだ。

 言った途端、俺はいきなり重力定数が倍化したのを感じる。
 どしゃ、と倒れこんだ先には、鶴屋さんの暖かな身体があった。
 俺の背中にぎゅっと手を回し、支えてくれている。
 お馴染みのエメラルドの髪の毛からは、とてもいい匂いがしていた。

 「キョンくん、休もっか」
 「・・・・・・はい」

871 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:53:42.16 ID:lRxGLhC40

 そのまま敷かれた布団に横たえられた俺は、力無く瞳を閉じた。
 額には鶴屋さんの掌の温かさを感じる。
 俺は落ち着きを取り戻そうと思い一度深呼吸をすると、それをスイッチにしたように
両目から頬に向かって熱湯のように熱く煮えたぎった涙が一筋の軌跡を残した。

 「一体なんで、こんな・・・・・・」
 「・・・・・・」

 時計の秒針の音がやけに頭の中に響く。
 突然自己主張を始めたようだ。鬱陶しい。

 「ハルヒは、結局何を望んでたんだ畜生・・・!」

 「それは────」

 唐突に。
 鶴屋さんの雰囲気が変わった。いや、もはやそれは完全に別人のものだ。
 俺はこの気配をよく知っている。
 目を閉じているからこそわかるんだ。そこに居るのは────

 「な、長門か・・・?」

873 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 19:54:28.83 ID:lRxGLhC40

 一瞬の間がある。

 「正確には、涼宮ハルヒの内部意識の中で固定情報化された私。彼女のイメージする長門有希」
 「そして、僕もです。彼女が内包する莫大な情報の中に保管されていた、古泉一樹ですよ」
 「私は涼宮さんの中の朝比奈みくるです、キョンくん」

 目を閉じたままの、暗闇の向こうから、懐かしい声が聞こえる。
 些細な疑問は全て吹き飛んだ。俺は今、あの文芸部室の中に戻ってきているのだ。

 「涼宮ハルヒの意向によって完全に消滅した私たちは、
  それでも尚彼女の無意識領域に情報として保存されていた」
 「今回のことでそれが解放されたわけです。いわば、小さな情報爆発ですね」
 「だから私たちは、鶴屋さんの物理的な肉体を借りて
  ここに情報の断片としてだけ存在していられるんです」

 そんなことはどうでもいい。
 とにかく、今、俺は戻った。
 SOS団のヒラ団員として、喫茶店での財布係として、最後のストッパーとして存在が許された、あの頃に。
 妙に高揚するこの気持ちは、一体なんなのだろう。
 そんなことは1+1の答えよりも解りきっているじゃないか。
 俺は嬉しいんだ。

 「これから私たちはあなたに涼宮ハルヒがなぜ終幕を望んだのかを説明する」
 「それが僕たちの最後の役目ですね」
 「キョンくん、聞きたくないかもしれないけど・・・これも涼宮さんの最後の望みなの。
  お願い、聞いてあげて」

 今回は、一体どんなわがままだ。聞いてやろうじゃないか。SOS団唯一の語り手としてな。

879 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:00:20.65 ID:lRxGLhC40

 「まず、現在涼宮ハルヒの次空間情報改変能力は、その約82.12%があなたに譲渡されている。
  受験日以降の閉鎖空間はあなたが展開したもの」
 「・・・なに?」

 と、心の準備はできたつもりだったのだが、いきなり出鼻をくじかれた。
 俺にあのわけのわからない不思議能力が譲り渡された?
 まてまて、落ち着け。いつもの事だと思え。あの頃のように・・・そうだ・・・

・・・おい、ちょっと待て。
少し考えればわかる。
 そんな馬鹿な事があるはずは無いじゃないか。
もしそれが本当なのだとしたら、いや、勿論長門の言う事に嘘があるなどとは思えないが、
しかしそれなら俺は────

 「────こんな終幕は望まない、ですか?
  残念ながらそれは違います。これはあなたが選択した終幕なのですから」

 一転して、今度は体中から血の気が奪われていく。
 ずぶずぶと、冷たい泥の沼に沈んでゆくイメージが展開されてた。

880 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:01:17.60 ID:lRxGLhC40

 「涼宮さんが、なぜキョンくん、あなたにその能力を譲渡したのか、わかりますか?」

 わかるはずが無い。
 今回ばかりは、完全にお手上げだ。やれやれと言う気にもならない。

 「それは、涼宮ハルヒが望んだから。『あなたに選択して欲しい』と。
  それが受験前日。」

 なん、だと?

 「彼女は常にあなたを振り回している事を、心のどこかでは自覚していたのです。
  なので今回の受験で彼女は『あなた自身にこれからどうするかを決めて欲しい』と願ったのですよ」
 「だから、涼宮さんはあなたに全てを決める権利を与えた。でもそれは、彼女の願望の裏がえしなの。
  きっとキョンくんは、私たちに付いて来てくれる。私たちと一緒にいる事のできる世界を望んでくれるって」

 それはつまり、ハルヒの望みが俺に託されていたってことか・・・?

883 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:02:16.83 ID:lRxGLhC40

 「しかし、希望通りにはならなかった。原因の一つはあなたがその能力に関して全く無自覚であった事」
 「そして、あなたの無意識領域は最初から受験を『涼宮ハルヒ無くしては無理だ』と判断していた事」
 「・・・結果的に、状況は涼宮さんの期待を裏切る事になってしまったの。
  でも、それでも彼女はキョンくんを待っていた」
 「あなたが、涼宮ハルヒに『助けて』と請えば、涼宮ハルヒは自らに残した改変能力の全てをかけて
  あなたを望む舞台へと連れて行った」
 「だが、あなたはそれを望まなかった」
 「涼宮さんは待っても待ってもあなたからの接触が無い事に絶望した・・・・・・」

 だから、今こうなったって言うのか?

 「そう。あなたはその能力の一部を、あの同居人の状況回復と言う用途に当てた。
  涼宮ハルヒは終幕を悟った。彼女は手元に残った能力を使って舞台の片付けを始めた」
 「そして今日、彼女は最後の照明を落とした」
 「私たちは、最後のMCなんです・・・」

 ・・・なんてこった。
 全部、俺が決めた事だったって言うのか?
 俺は、ハルヒがいる限りSOS団は不滅だと思っていた。
 ところが、それ自体が甘えだったという話になる。

 ────確かにそうだ。俺は甘えていた。

885 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:03:09.40 ID:lRxGLhC40

 「私たちはもう役目を終えたので、もうすぐ彼女の情報プールからは完全に消滅する」
 「お別れですね。なんとも後味の悪い幕引きではありますが」
 「キョンくん・・・・・・」

 グズグズと、長門のイメージが、古泉のイメージが、朝比奈さんのイメージが崩れてゆく。

 待て、待ってくれ。
 そんな、余りにも救いが無さ過ぎる。
 俺だって変えられるものなら世界を変えたい。その話が本当なら、今からでも遅くは無いはずだな?

 「無理。これはもう、涼宮ハルヒの確定した終幕。不可避。」
 「一手、遅れてしまいましたね」
 「この世界は、既に規定事項なんです・・・」

 じゃあ、どうしろって言うんだ。

 「これからどうしろって言うんだ!」


 「「「それは、あなたが決める事」」」

887 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:04:16.24 ID:lRxGLhC40

 「もうどうしようもないんじゃないのかよ!!」


 「「「それでも、未来は常に、あなたの前にある」」」


 「んな無責任な話があってたまるかっ!! 俺は、俺はな、もっとSOS団にいたかったさ!
  これだけは間違いない!
  でもな、鶴屋さんだって俺の大切な人だ! なんで不幸にならないといけないんだ!
  だから、こんな脚本はボツだ! あの超監督を呼んで来い!!
  今すぐ話をつけてやるっ!!!」

 頭蓋の内側に虚しく響き渡る俺の怒声が、自分自身でも煩く感じられる。


 ────また、いつか────

888 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:05:55.83 ID:lRxGLhC40

 ふっ、と辺りの気配が元に戻った。
 目を開けてみると、となりでは鶴屋さんが寝息を立てている。
 もう、外は白み始めているようだ。かすかに小鳥の声が聞こえる。

 「・・・・・・」
 「すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 俺は、そっと鶴屋さんの手を握った。
 そうせずに入られなかった。全てが消えてしまいそうで、恐くて恐くて仕方が無い。
 悪い夢を見た後の子供のようだ。
 ぎゅう、と彼女のしなやかな手に指を絡め、固く結ぶ。そして、抱き寄せる。

 「本当に、なんてヤツだ・・・・・・」

 「本当に、なんてヤツだ。乙女の寝込みを襲うなんてさ」
 「・・・起きてたんですか」
 「まぁねぃ! んふふっ」
 「・・・すみません」
 「おや? 謝っちゃうのかい?」
 「・・・・・・」

889 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:06:35.60 ID:lRxGLhC40

 俺は布団に大きく広がった彼女の髪の束を避けるように手をつき、
覆い被さるようにして彼女の顔を覗き込んだ。
 背中に軽く手が回され、中途半端に抱き合ったような形になる。
 僅かに唇を離し、それでも息が掛かるほどの距離で彼女は悪戯っぽく笑った。

 「ところで、私がキョンくんの大切な人だ、ってほんとなのかなっ?」

 俺は、少しだけ音量を落とし、答える。

 「えぇ、それは間違い無く。」


 手遅れでも構わない。
 俺が望むのは、全員が笑い合って馬鹿ができて、日常非日常関係無く、
 ずっとずっと、楽しい世界だ。
 ガキみたいな望みだって? なんとでも言うがいいさ。

 この望みは、俺の中で永劫消えないだろう。

893 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:11:29.61 ID:lRxGLhC40

 それから12年ほど経って。

 「おとーさんっ、あの子の友達が来たよっ」

 今や俺たちはよく言う、幸せな家庭と言うやつになっている。
 俺と彼女の間には一人の子供ができていた。

 「おかしおかしー♪」

 なんでこの人がこんなに嬉しそうなんだろう。

894 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:12:12.68 ID:lRxGLhC40

 それにしても小学校に入学した辺りには、早くも父親の手には負えなくなってきていた倣岸不遜な娘だったが、
 一体誰に似たのか・・・・・・今ではすっかり気難しい年頃になってしまった。
 あの子を制御できるのはこの母親だけだ。波長が合うのだろうか。
 この間野球を観に連れて行ってやった時は、あまりの人の多さに驚きっぱなしで可愛い顔をしてたんだがな。

 「今日はどこに行くんですかぁ?」
 「河原の廃材置き場よ! あそこには何かがありそうだわ!」
 「・・・危ない」
 「じゃあ僕は、一応軍手と救急箱を用意しておきましょうか」
 「じゃあお母さんは保護者ね! 大人がいれば文句ないでしょ!」
 「まかされたっ!」

 また無茶苦茶を言ってるな。
 今時の親が聞いたら大音声を上げて止めに入るだろう。
 何でまざっちまってるんだお母さん。
 その子達のご両親にもし見付かってしまったら、一体どんな風に言い訳すればいいんだ。
 しかしながら、皆とても楽しそうに、大袈裟かもしれないが、幸せそうに見える。
・・・そう言えば、最近うちに遊びに来る友達もかなりメンバーが固定されてきているようだ。
 無口な女の子と、利発そうな男の子、一つ上のおしゃまな女の子だったと思う。今度名前を聞いておこう。


 ちなみにウチの娘は、その名前をハルヒと言う─────


 【終幕】

898 名前: 車内清掃員(関西地方)[] 投稿日:2007/04/26(木) 20:15:16.95 ID:lRxGLhC40

やはり慣れない事をするもんじゃないな。
文字通り夜中に一人でシコシコオナニー小説書き溜めてる俺きめぇ。

支援感謝。
ノシ



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